八幡「神樹ヶ峰女学園?」

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517 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/10/24(火) 14:32:40.35 ID:Zgr3nJfh0
番外編「詩穂の誕生日前編」


もう10月も終わりになってくると、涼しいというより寒い風が吹き抜ける。冬がすぐそこまで近づいていることを知らせるかのように、窓が風でことこと鳴っている。

ああ、外寒そうだな。なんかここ最近、夏から一気に冬になってませんか?秋はどこ行っちゃったの?きっと秋を擬人化したら恥ずかしがり屋の控えめなキャラ「秋ちゃん」になること間違いなし。神絵師、早くpixivに秋ちゃんのイラストあげてください。

こんなアホなことを考えながら放課後のひっそりとした校舎を歩いていると、どこからか美しい歌声が聞こえてきた。この歌を聴いていると、なんだか暖かい日差しに包まれているような錯覚を覚える。

歌声の元であろうドアの前に立つと、少し隙間が開いていた。そこからそっと中を覗いてみると、胸に手を当てながら歌う国枝の姿があった。

実際に歌う姿を見ると歌声が何倍にもよく聞こえるから不思議だ。

少しの間歌を聴いていた俺は職員室に戻ろうと回れ右をした。と、その時足がドアに思いっきりぶつかってしまった。当然、国枝は歌うのをやめ、こちらへやってきて、ドアを勢いよく開ける。

詩穂「あら、先生。どうなさったんですか?」

八幡「え?いや、まあ、その、な、なんでもないぞ。うん」

詩穂「ふふっ、そんなに動揺しないでくださいよ。逆に怪しいですよ?」

八幡「あ、ああ」

詩穂「それで、先生はどうしてここにいるんですか?」

八幡「廊下を歩いてたら、歌声が聞こえてきてな。誰が歌ってるのか気になっただけだ」

詩穂「ということは、私の歌聞かれてしまったんですね。ちょっと恥ずかしいです」

八幡「でもお前はアイドルとしてCDいっぱい出してるだろ」

詩穂「それとこれとは違いますよ。f*fの時は聞いてもらうことを意識してますけど、今はそんなこと全く考えてなかったですから」

確かに、1人で行動しているときと、誰か他人を意識して行動しているときとじゃ同じことをしていても心持ちが違う。

特に今回は本来、アイドルとして商売道具である歌をタダで、しかも無断に聞いてしまった俺に責任がある。国枝ファンに知られたら殺されかねない。

八幡「それは、そうだな。勝手に聞いてすまなかった」

詩穂「いえ、先生なら大丈夫です」

そうやって国枝はにっこりと笑う。

八幡「つうか、なんでこんなとこで歌の練習してんの?」

詩穂「私、1人の空間で歌を歌うことも好きなんです。f*fのときは、どうしてもスタッフさんやファンのみなさんを意識しなくてはいけないので、たまにこうして空き教室で歌ってるんです」

八幡「それなら余計邪魔して悪かったな。俺もう行くから、歌ってていいぞ」

詩穂「いえ。むしろ今は先生ともっと一緒にいたいと思ってます。だから先生、もう少しここにいてくれませんか?」

八幡「お、おう」

そんな風にストレートに言われたら断れないじゃないですか。というか、絶対国枝は絶対わかってて言ってるよね、これ。なんか少しニヤニヤしてるし。純粋な男子高校生の心を弄ばないでください!

結局俺はそのまま空き教室に残ることとなり、手近な椅子を引き寄せて座った。ついでに国枝のも渡してやると、少し照れくさそうにしてそれに座る。なんだよ。そんな態度取るなよ。勘違いするだろうが。

八幡「でも、ここにいるだけじゃなんともならんだろ。なんかすることとかないの」

詩穂「そうですね。でもここには特別な機材などもないですし……。あ、そうだ」

国枝はぽんと手のひらを叩いて俺の顔を見る。

詩穂「先生も歌を歌ってください。私、先生の歌聞いてみたいです」

八幡「は?いや、それは無理だろ。第一、俺そんな歌うまくないし」

詩穂「それでもいいです。先生の歌声ってどんな感じか気になるんです」

国枝は目を輝かせながら迫ってくる。だが、人前で歌うことに慣れている国枝はともかく、家の風呂で歌うことくらいしかない俺にとっては、他人に歌を聴かれるというのは恥ずかしいことこの上ないのだ。

八幡「……じゃあ少しだけな」

でもこんなにお願いされたら断れない、どうも俺です。仕方なく立ち上がって一息つくと、俺は歌い出した。

八幡「『プリキュア!プリキュア!♪』」

もう半分やけくそな感じでプリキュアのイントロのワンフレーズを熱唱した。俺が歌い終わっても、国枝はしばらくぼーっとした表情をして固まっている。

八幡「ど、どうした?」

やっぱ選曲がまずかったかな。もっとパリピによった曲にするべきだった。でも俺パリピ向けの曲全く知らない。

詩穂「先生……」
518 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/10/24(火) 14:33:30.67 ID:Zgr3nJfh0
番外編「詩穂の誕生日後編」


詩穂「その曲、懐かしいですね!今は妹たちが朝にプリキュア見ていますけど、私にとっては今の曲が一番しっくりきます」

予想外に絶賛されてしまった。いや、冷静に考えれば褒められたのは俺の歌ではなく、『DANZEN!ふたりはプリキュア』でしたね。もちろん今やってる「プリキュアアラモード」のOP『SHINE!!キラキラ☆プリキュアアラモード』も歌えます。プリキュアの曲は神曲揃い。みんな聞こうね!

八幡「まあ、一応同い年だしな。見てたテレビも被りやすいだろ」

詩穂「そうですね。たまに先生が私と同じ年齢だということを忘れてしまいます」

八幡「俺、そんなに老けてる?」

詩穂「そんなことないですよ。ただ、先生と生徒という関係だと、どうしても対等な感じがしないんです」

確かに国枝の言うことは一理ある。国枝は割ときちんと俺を先生として扱っているから尚更だろう。なんなら、他の奴らは俺のことバカにしてるまであるからな。特に煌上とか。

八幡「それを言ったら俺こそ対等な感じがしないぞ。お前は星守で、かつ人気アイドルだろ?普通、ただの男子高校生の俺が関われる相手じゃない」

詩穂「あら。私だって普通の女子高生ですよ?」

普通の女子高生はアイドルも星守もやらないんだよなあ。むしろ1つやるだけでも大変なのに、両方こなすとか、この子本当に人間?

詩穂「なんだか、先生と距離を感じますね……」

八幡「仕方ないだろ。置かれている状況が全然違うんだから」

詩穂「いえ。私はもっと先生に近付きたいんです。何かいい方法はないんでしょうか」

国枝は首をかしげて「うーん」と唸りながら考え込んでしまった。しばらくして国枝は、にっこりと笑って顔を近づけてきた。

詩穂「私、先生と一緒に歌を歌いたいです」

八幡「へ?」

突然の申し出に、まともな返事ができなかった。

詩穂「私がf*fを花音ちゃんと始められたのも、私の歌を花音ちゃんが聞いてくれたからです。他にも、歌を通じて、いろんな人と関わりを持てているんです。だから、先生とも、歌を通じて親密になりたいんです」

詩穂「先生、ダメですか?」

立ち上がって目を潤ませながら迫ってくる国枝を見たら、答えは1つしかない。俺も立ち上がった。

八幡「わかった。でも、一回だけな。それ以上は俺のメンタルが持たない」

詩穂「はい!ありがとうございます!」

八幡「で、何歌えばいいの?俺そんなに曲知らないんだけど」

詩穂「できれば、私たちの曲『Deep-Connect』を歌いたいんですが、どうですか?」

八幡「それなら多分大丈夫」

詩穂「本当ですか?ということは、先生も私たちの曲はちゃんと聞いてくれてるんですね」

八幡「まあ、同じクラスに通ってるやつの曲だしな。聞かないのも失礼だろ」

照れくさくなって、そっぽを向きながら俺は答える。それに対する、国枝のクスクス笑いが聞こえる。

詩穂「ふふっ、それでも、聞いてもらえて嬉しいですよ先生。さ、私の音楽プレーヤーにoffvocalバージョンが入ってますから、これに合わせて歌ってください」

八幡「あ、ああ」

こうして『Deep-Connect』のイントロが流れ始めた。『プリキュア』を歌った時とは比べ物にならない緊張感が身体を縛る。だが、その時そっと国枝の手が俺の手に触れた。その手が触れた場所から、じんわりと身体がほぐされていくような、そんな錯覚を覚えた。

八幡「水面に咲く」

詩穂「花に揺れた」

----------------------------

詩穂「とっても楽しかったです。ありがとうございました先生」

八幡「あ、ああ。それはよかった……」

結局、手が触れあったまま一曲歌ってしまった。なんという恥ずかしさ。曲が終わった後の俺の慌てようといったら、生涯に残る黒歴史。墓場まで秘密にしたい。

詩穂「こうして、2人で歌うのもいいものですね。花音ちゃんの時とはまた違うドキドキが味わえました」

そう話す国枝の頬は夕日に照らされてるからなのか、真っ赤に染まっているように見えた。

詩穂「すみません先生。そろそろレッスンの時間なのでお先に失礼します。本当に楽しかったです。いい誕生日が過ごせました」

未だ頭が回らない俺を残して、国枝は空き教室を後にした。マズいな。まだ冷静になれない。ひとまず窓開けて、風にでも当たりますかね。夕日に照らされてるからか、俺の頬もなんだか熱を持ってるみたいだし。
519 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2017/10/24(火) 14:37:22.01 ID:Zgr3nJfh0
以上で番外編「詩穂の誕生日」終了です。詩穂お誕生日おめでとう!詩穂推しの>>1としては、今日は本当にめでたい日です。
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/25(水) 12:48:27.29 ID:SsE7spJbO
乙、詩穂推しだったか
一緒に歌えるとか八幡うらやま
521 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/10/28(土) 00:56:47.92 ID:va7Tg3gA0
本編6-1


ブーブー

風蘭「またイロウスが出現したか」

樹「今週に入ってもう5回目よ」

八幡「多いですね」

俺たちは神樹ヶ峰女学園内にあるラボにいて、最近のイロウスの行動パターンについて解析を進めている。

高校2年組が修学旅行から戻ってから、特にイロウスの出現頻度が増している。これまでローテーションだった星守任務だが、今は全員がスクランブル体制でイロウスを撃退している。

樹「みんな、またイロウスが出現したわ。殲滅、お願いね」

八雲先生は星守たちにイロウス出現を知らせる。程なくして全員の星守がラボに集まった。

風蘭「よし。全員揃ったな。じゃあ転送装置を起動させる。準備は良いな?」

星守たち「はい!」

御剣先生の言葉に星守たちは気合の入った返事をする。すぐに転送装置が起動し、次々に星守たちがそれに入っていく。

八幡「気を付けてな」

俺はこんなふうに声をかけるしかできない。イロウスの数も多くなっているため、俺が現場へ赴くことも危険と判断されたのだ。

明日葉「行って参ります……」

蓮華「…………」

あんこ「…………」

ああ、またこの反応だ。

どうも近頃、高3の3人に避けられている感じがしてならない。もともと、俺からみて年上のこともあって、そこまで親しくはしていなかった。だからこそ、何か気に障るようなことをした覚えもない。マジで俺何したんだろ……。

風蘭「しかし、こう立て続けにイロウスが出現するなんて、今まであったかな」

樹「異常な事態だわ。早く原因を突き止めないと」

だけど、こんな状況で俺と楠さんたちのこと、それも俺の勘違いかもしれないことをわざわざ言う必要はない。むしろ、俺もイロウスについてもっと調べないと。

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あんこ「はあ、疲れた……」

風蘭「おー。お疲れさん」

樹「誰もケガはしていない?」

蓮華「大丈夫でーす」

明日葉「では私たちはお先に失礼します。行こう。みんな」

楠さんは俺に目をくれないまま、八雲先生と御剣先生にお辞儀をした後、他の星守を連れてラボを出ていった。その集団の一番後ろを芹沢さんと粒咲さんが少し沈んだ顔つきでついていく。

樹「さ、また仕事が増えたわね」

風蘭「なあ樹。アタシらももう帰らないか?」

樹「ダメよ。せめて今日の戦闘データのまとめだけでも終わらせないと」

風蘭「ちぇー。なあ、比企谷も帰りたいだろ?」

八幡「まあ、どっちかと言われれば帰りたいですけど」

樹「比企谷くんは帰ってもいいわよ?私と風蘭がいれば十分だから」

八幡「いえ……。俺も手伝います。みんなで作業して早く帰りましょう」

風蘭「比企谷……」

樹「……そうね。じゃあ比企谷くんは出現したイロウスの種類と数の整理をお願い」

八幡「わかりました」

これまでの俺なら迷わず帰っていただろう。でも、それこそイロウスと命がけの戦いをしている星守たちと間近で接していれば、俺だけがのうのうと帰ることはできない。

それに、今帰ったらあいつらと合流しちゃうからな。せめて帰り道くらいは1人静かに帰りたい。
522 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2017/10/28(土) 00:58:25.82 ID:va7Tg3gA0
本編6章がスタートしましたが、この先完結に向けて>>1のオリジナル設定が入ると思います。お許しください。
523 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/01(水) 06:46:25.73 ID:Y3HQ/bbm0
番外編「あんこの誕生日」


あんこ「ねえ、そこにある飲み物取って」

八幡「どうぞ」

あんこ「ありがと」

今、俺たちは2人でパソコン室にいる。俺は資料作り、粒咲さんは部活だ。

パソコン部は基本的に粒咲さん1人だから、学校内の喧騒を離れ、心静かに作業をすることができる。それに、粒咲さんも俺に似た思考回路を持っているから、お互いの邪魔をすることもない。正直けっこう、お気に入りの場所となっている。

あんこ「ねえ、先生ってさ、将来の夢とかある?」

八幡「なんですか突然」

あんこ「明日までに進路希望調査表とかいう紙を出さないといけないのよね。だから先生の話聞いてみようと思って」

八幡「俺じゃなくても楠さんや、芹沢さんに聞いた方が良くないですか?」

あんこ「明日葉も蓮華もワタシとは違いすぎて参考にならないのよ。ほら、先生とワタシって考え方似てるでしょ?適当に書けそうなこと教えて?」

八幡「適当に書くなら、大学進学、じゃないですか?親も先生もそれを見たら安心するでしょ」

あんこ「やっぱりそれしかないわよね……はあ、めんどくさいわ」

八幡「ですよね。進路調査なんて、所詮教師と親の自己満足にすぎないと思うんですよ。たかが17,8年の経験しかしてない高校生が、これから先数十年の人生を決めるのは不可能です」

あんこ「やっぱり先生とは話が合うわね。ワタシもそう思ってたところよ。それに、もし一般的なことじゃないことを書いたら、それはそれでまた色々言われるし」

八幡「わかります。俺も本当は専業主夫になりたいんですけど、それを言ったら元居た高校の先生に殺されかけました」

あんこ「先生も苦労してるのね……」

粒咲さんはそう言って俺に同情の目線を送ってくる。だが、それも不思議と嫌ではない。やはり、考え方が似ているからなのだろうか。

八幡「そういうことなら、粒咲さんも何か将来の夢があるってことですよね?」

あんこ「まあ、なくはないけど……」

途端に粒咲さんの声のトーンが落ちる。

八幡「なんですか?」

あんこ「……笑わない?」

八幡「笑わないです」

あんこ「有名ブロガー兼在宅プログラマーになること……」

粒咲さんは俯きながらぼそっと呟いた。

八幡「いいじゃないですか」

あんこ「え?」

八幡「俺の夢よりよっぽど現実的じゃないですか。粒咲さんはパソコンに精通してるし、何よりパソコン好きですよね?好きなことを職業にするなんて、滅多にできることじゃないですよ」

あんこ「そ、そうかしら……」

粒咲さんは俯いたまま話を続ける。

あんこ「先生って、やっぱり変わってるわよね」

八幡「それはお互い様でしょう」

あんこ「まあ、そうだけど……。でも、ワタシの夢を否定しないで応援してくれる人なんて、滅多にいないから、嬉しかった」

八幡「……」

突然の言葉に驚いてしまい、俺は何も反応できない。そんな俺の表情を見て取ったのか、粒咲さんは普段のテンションに戻って話し出した。

あんこ「ま、ようするに感謝してるってことよ。ありがと、先生」

八幡「え、ええ。どうも……」

あんこ「あ、そうだ。ついでに協力してほしいことがあるんだけど、いい?」

八幡「俺にできることならいいですけど」

あんこ「ふふっ、流石先生ね。じゃあちょっとこっち来て」

八幡「はあ」
524 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/01(水) 06:46:53.50 ID:Y3HQ/bbm0
番外編「あんこの誕生日後編」


手招きに応じて粒咲さんのところまで行くと、パソコンの前に座らされた。

八幡「あの、何をするんですか?」

あんこ「これから画面にいろんな質問が出てくるから、それに答えてほしいの。多分10分くらいで終わると思うから」

八幡「別にいいですけど、何のためにやるんですか?」

あんこ「ふ、それを言ったら面白くないでしょ?後で教えるから今はその質問に答えて」

八幡「はあ……」

さっき協力すると言ってしまった以上断れないか……。

仕方なく俺は画面に次々に映し出される質問に答えていった。というか、「就寝時間は?」みたいな普通の質問から、「もし彼女が浮気したらどうしますか」みたいな変な質問まであって、何を導き出したいのかさっぱりわからない。

10分ほど答え続けると、「質問は終了です」の文字と俺のパーソナルデータを表す番号が現れた。

八幡「粒咲さん。終わりました」

あんこ「お疲れ様先生。協力してくれてありがと」

八幡「で、これはなんだったんですか?」

あんこ「これはパパが開発した結婚マッチングシステムのアンケートよ。この質問の答えをもとに、相性のいいペアをシステムが選んでくれるの」

八幡「なんで俺がそのアンケートをやらないといけないんですか……」

あんこ「サンプルが多い方がシステムの正確性も高まるのよ。それに、先生みたいな非リアの人のサンプルって貴重なの。こういうシステムを利用する人ってリア充願望強い人ばっかでけっこう偏るのよね」

八幡「そうですか……」

ただサンプルを増やしたかったのね。納得。俺なんか絶対手を出さない領域だ。働くお嫁さん欲しいけど、こういうマッチングシステムを使おうとまでは思わんな。

あんこ「そうだ先生。ワタシもこのシステムに登録させられてるの。せっかくだからワタシたちの相性診断してみない?」

八幡「えー」

あんこ「何よ。どうせ先生、こういうのやらないでしょ?お試しと思ってさ」

八幡「これで悪い結果出たらどうするんですか」

あんこ「大丈夫よ。ワタシと先生けっこう考え方似てるし、イイ線いくと思うのよね」

俺の懸念は露知らず、粒咲さんは自分の番号と俺の番号を打ち込んでいく。

あんこ「さ、どうなるかしらね。いくわよ、Enter!」

粒咲さんがカッコよくEnterキーを押すと、

八幡「相性……」

あんこ「400%……」

シンジくんのシンクロ率並の数字が表れた。このまま俺たちはLCLに溶けちゃうのかな?

八幡「ま、こんな数字あてにならないし、気にするだけ無駄ってもんですよ」

あんこ「ありえない……」

八幡「え?」

あんこ「ありえないって言ったの!このシステム、普通100%までしか表示されないのよ!?それが400%?どうなってるの……」

粒咲さんは頭を抱えてしまう。こういうのに疎い俺からすれば、何が悪いのか詳しくはわからないが、おそらくシステムが予想外の反応を示したということなのだろう。

八幡「まあ、あれじゃないですか。人間の心はシステムを超える、みたいな感じじゃないですか」

俺のこの適当な発言に対し、ゆらゆらとしながら粒咲さんが立ち上がった。あれ。もしかして俺やらかした?流石に適当ぶっこきすぎたかな……。

あんこ「ワタシと先生の相性はシステムを超える……」

八幡「つ、粒咲さん?」

あんこ「ということは、ワタシと先生はそれだけ強く運命づけられた関係だったってこと……?それならワタシが先生と、け、結婚するってこと……?」

粒咲さんは1人で勝手に話を進めてしまっていた。

八幡「あ、あの……」

結局下校時刻になっても粒咲さんはこのままの状態だった。強引に下校させたけど、果たしてちゃんと帰れたのだろうか。
525 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2017/11/01(水) 06:51:00.40 ID:Y3HQ/bbm0
以上で番外編「あんこの誕生日」終了です。あんこ誕生日おめでとう!八幡とあんこはけっこういいコンビだと思います。
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/01(水) 23:15:18.61 ID:YXWBd1EKo
乙です
527 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/03(金) 00:57:08.51 ID:4R/IfhEA0
本編6-2


八幡「ふう」

次の日。俺は早朝の生徒会室のドアの前にいた。一つ息を整えてからノックする。

「どうぞ」

八幡「失礼します」

明日葉「おはようございます先生」

中にいたのは生徒会長の楠さんだ。メガネをかけ、書類の整理をしているようだ。

明日葉「時間通りですね。こんな朝早くからありがとうございます」

八幡「いえ。まあ、急な連絡に驚きましたけど」

昨日夜、どうしても2人で話したいことがあるから生徒会室に来て欲しい、という内容の連絡が突然来た。かなりびっくりしてしまい、ちょうどプレイしていた音ゲーを失敗してしまった。仕方ないよね。普段連絡なんて来ないから通知はONだったからノーツが隠れちゃった。

明日葉「すみません。急な用だったもので」

八幡「それはいいんですけど、その用ってなんですか?」

明日葉「それは……」

その時、なぜか楠さんの右腕が挙がった。

次の瞬間、左右から何者かが現れ、俺の手足を瞬く間に縛り上げる。

八幡「な、なんだ、って、んんっ!」

床に倒された俺はすぐ猿轡をかまされ、声を上げることもできなくなってしまった。そして目隠しもされ、完全に動きは封じられた。

明日葉「では移動しましょうか。先生」

底冷えするような声を浴びせられると、俺は台車か何かに乗せられ、どこかへ運ばれた。

-----------------------------------

そこそこの時間移動させられると、不意に台車の動きが止まった。

明日葉「さ、着きましたよ先生」

俺は再び床に転がされ、目隠しだけが外される。あたりを見渡すと、薄暗く、色々なものが積まれている。おそらく学校内にある倉庫のような場所だろう。

八幡「一体何のつもりですか楠さん」

明日葉「意外と冷静ですね。流石、敵の幹部なだけはあります」

敵?幹部?何言ってるんだこの人は。

八幡「何言ってるか全くわからないですけど、とりあえず早くこの縄ほどいてくれないですかね。俺、こういう趣味ないんですけど」

「諦めなさいよ先生」

「そうよ〜。むしろ、先生はこういう状況を楽しんでるんでしょ?」

楠さんの後ろから聞き覚えのある2つの声がした。

暗がりから姿を現したのは芹沢さんと粒咲さんだ。楠さんの隣に立ってるということはこの2人も共犯なんだろう。おそらく俺を縛り上げたのはこの2人に間違いない。

八幡「いや、けっこう本気で痛いんですけど。それに床冷たいし」

蓮華「そうやってれんげたちを油断させようとしてるのかしら?」

八幡「いや、油断も何もないですから……」

あんこ「ていうか、逆にこんなことをしておいてワタシたちが先生をすぐ解放すると思う?」

八幡「それは、ない、と思いますけど……」

楠さんと同じように、芹沢さんも粒咲さんも俺のことを明らかに敵視している。こんなに恨まれるようなことした覚えは全くないんだけど……。

明日葉「蓮華、あんこ。お疲れ様。あとは私がやるから、2人は教室に戻ってくれ」

あんこ「ええ、でも、本当にやるの?」

明日葉「ああ。やる。私にやらせてくれ」

蓮華「……わかったわ。でも、何かあったらすぐれんげたちを頼ってね?」

明日葉「もちろんだ。さ、早く行ってくれ」
528 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/04(土) 14:40:27.94 ID:ZP/Q0LvQ0
本編6-3


楠さんに言われ、芹沢さんと粒咲さんは部屋を出ていった。結果、俺と楠さんは密室に2人きり、という状況になるわけだが、今は全くドキドキしない。いや、恐怖のほうでドキドキしてるわ。それもメチャクチャ。

八幡「これから何をするつもりですか」

明日葉「それは私の台詞です。先生はこれから何をしようとしているのですか?」

八幡「質問の意味がわからないんですけど……」

明日葉「あくまでそうやってとぼけるのですね」

楠さんは鋭い視線を向けてくる。立って腕組みをして俺を見下ろしている分、さらに威厳を感じる。めっちゃ怖い……。

八幡「だから、とぼけるって言われても何が何だかさっぱりわからないんですけど」

明日葉「わかりました。先生がそのような態度をとるのなら、こっちにも考えがあります」

そう言って楠さんはしゃがみこんで、俺に携帯の画面を見せてきた。

明日葉「この人が、どうなってもいいんですか?」

その画面には小町の名前と、電話番号、メールアドレスなどが表示されていた。

八幡「あんた、何してんのかわかってんのか」

思わず俺は語気を強めてしまう。だが、楠さんはそんなものには動じるはずもなく、澄ました表情を崩さない。

明日葉「できれば私もこのような卑怯な手は使いたくないんですが、手段を選んでる場合ではないので」

楠さんは携帯をしまうと、再び立ち上がる。

明日葉「大事な妹さんを守りたいのなら、まずは私の質問に正直に答えてください」

八幡「…………」

小町を人質に取られた以上、俺に抵抗する余地は残されていない。未だにこの状況の意味が掴めないが、まずはおとなしく言うことを聞いていた方がよさそうだ。

明日葉「観念したようですね。ではまず単刀直入に伺います。あなたはイロウス側、つまり私たち星守の敵としてこの学校に潜入したのですか?」

八幡「は?」

突然、全く身に覚えのないことを言われてしまった。

明日葉「やはりとぼけるんですね。今さらそんな反応をしても無駄だと言うのに」

八幡「いや、いきなりそんなこと言われたら誰だってこういう反応になるでしょう……」

明日葉「その余裕も直になくなりますよ。では質問を変えます。先生がこの学校に来てすぐ、桜の家でひなた、サドネと勉強会をしていましたよね」

八幡「ええ。藤宮に言いくるめられて。それがどうしましたか」

明日葉「その時、どうしてイロウスが先生たちの前に現れたのですか?それもひなたたちの話によれば、イロウスは桜の家にまっすぐ向かって来たそうじゃないですか」

八幡「そんなの俺が知るわけないじゃないですか。イロウスに聞いてくださいよ」

明日葉「だから先生に聞いているのですが?」

楠さんは不快そうに目を細める。その顔やめてくれよ。マジで怖い。

八幡「その『だから』って言葉の意味が分からないんですけど……」

明日葉「ですから、先生がひなたたちを倒そうと『わざと』桜の家にイロウスを集めたのではないか、と言ってるんです」

楠さんは真剣な雰囲気を崩さない。なんだか、だんだん事態をつかめてきたぞ。

八幡「どうしてそんなことをしないといけないんですか。むしろ、イロウスを使わなくても、直接手を下せばいい話だと思うんですけど」

楠さんは一瞬、苦い顔をしたが、すぐに表情を戻して尋問を続ける。

明日葉「では楓とミミと3人で千葉に行ったときはどうでしたか?2人をわざわざ千葉に呼んだのは、自分の得意な場に誘い込もうとしたからでは?」

まあ、2人を案内するのに最適な場所として、俺の心の故郷千葉を選んだのは否定しないが。

八幡「でも、千葉には俺の知り合いも少なからずいます。千葉の人はみんな千葉で行動するんです。あの日、もしかしたら俺の知り合いも千葉駅にいたかもしれません。そんな人たちを巻き込んでまで、俺が綿木と千導院を殺そうとしたと言うんですか?」

明日葉「そのような可能性も捨てきれないと思っただけです」

だんだん状況が掴めてきたぞ。楠さんは、いや高校3年の3人は、これまでの俺の行動が全て星守たちを殺そうとした策略だと思ってるんだな。だから俺をこうして監禁するような手段に出たわけか。
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/05(日) 20:21:44.46 ID:1MhklGfA0
これ誤解が解けても遺恨が残るだろ
小町を脅しの材料にしてるのも悪手だし
530 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/09(木) 15:06:40.48 ID:cwqrML5m0
本編6-4


明日葉「それでは、心美の神社でのイロウス襲撃については?心美が雑誌に取り上げられて、一般の方もたくさんいるタイミングでイロウスが現れましたが」

八幡「だからまずは参拝客の避難を最優先させたんじゃないですか」

明日葉「ええ。だから目標をうららと心美に絞ったわけですよね」

八幡「…………」

もう何を言ってもダメだ。楠さんは俺のことをイロウス側の人間だという印象でしか見ていない。俺のどんな言葉も欺瞞にしか聞こえていない。

明日葉「黙ってしまうということは認めた、と解釈しても?」

八幡「どうせ俺が何を言っても信じないでしょう」

明日葉「そんなことはありませんよ。素直に先生の本当の狙いを話してくだされば、お聞きしますが」

優しそうな言葉とは正反対に、楠さんの目は冷え切っている。

八幡「さっきから素直に話してるじゃないですか」

明日葉「ご自身の擁護を、ですか?」

八幡「そこまで言うなら、逆にそれ以外のことは俺から説明させてもらいます。星月たち高1との戦闘の際には、新型イロウスが現れました。通常なら、まずはイロウスの特性を把握することが任務となるはずでしたが、不測の事態が起こったため、殲滅することにしました」

明日葉「不測の事態、ですか?」

八幡「まあ、星月が勝手に突っ走った結果、収拾がつかなくなったんですがね」

明日葉「ということは、あくまであの時の責任はみきにある、と」

八幡「そんなこと言ってませんよ。気合が入りすぎて少し空回りするなんて、星月の特徴じゃないですか。むしろ、初めてのイロウス相手によくやった方だと思っています。もちろん成海も、若葉も」

明日葉「……」

少し楠さんの反応が鈍い。ここはさらに畳みかけるタイミングだ。

八幡「それに、新型イロウスが現れたならこの前の修学旅行でもそうです。あんなに巨大なイロウスを相手に、被害を食い止めながらよく戦ってくれたと思います。しかも、大量の大型イロウスを倒した後にも関わらず、」

明日葉「……もういいです」

楠さんは小さな声で俺の話を遮ってきた。

八幡「……わかってくれましたか」

明日葉「いえ……。むしろ、わからないことが増えました」

八幡「え」

明日葉「先生の話から、どうにかして先生とイロウスの繋がりを探ろうとしました。ですが、先生はどの戦闘でも自分ではなく、星守や、一般の方への配慮を口にするばかりでした。そして、その言葉に嘘はなかったように思います。仮にも楠家の者ですから、話してることがその人の本心かどうかは見極められます」

楠さんって人の心を読むギアスでも持ってるの?つか、俺の心を読んでるのなら、俺がコナン君並の真実を話してることは楠さんにも明白なはずだ。

八幡「なら、」

明日葉「ですから、逆にわからなくなったんです!もし、本当に先生がイロウスと何一つつながりを持たないとしたら、先生がこの学校に来てからの不自然なイロウスの行動に説明がつかないんです!」

楠さんは必至な形相で声を荒げる。対する俺は、床に転がりながらただ目線を落とすことしかできない。

八幡「その理由を今、八雲先生と御剣先生が必死に探ってるんじゃないですか?」

明日葉「そうです。ですが、あの優秀な教師のお2人の力をもってしても、まだ原因究明ができないんです。これは、何か裏があるようにしか思えません……。それに、このままでは、この学校の生徒や街の住人にいつ危険が及ぶか……」

ああ。楠さんは、守りたいのだ。生徒を、住人を、ひいてはこの生活を。だからこそ、こういう強硬手段を用いてでも、俺から何か情報を引き出そうとしたのか。まあ、こればっかりは俺は何も知らないから言えることは何1つないのだが。

明日葉「先生。もう1つ質問してもいいでしょうか?」

八幡「なんですか」

明日葉「先生は、どうしてこの学校に来たのですか?」

俺がここに来た理由。それは俺自身もずっと引っかかっていた。この学校のことや、星守のことを知っていく上でますますわからなくなってきた。だが、1つだけ答えられることがある。平塚先生や、理事長に言われたこの言葉。

八幡「確か、神樹に選ばれた、って……」

明日葉「神樹に……。ですが神樹は本来星守に力を貸す存在で、星守になれない男を選ぶとは考えられません」

八幡「俺も、そう思ってます。だから、正直俺自身もここに連れてこられた理由がわからないんです」

明日葉「……そこをはっきりさせれば、イロウスの不自然な発生理由もわかるかもしれませんね」

楠さんが結論を出したその時、壁の向こうから凄まじい轟音が聞こえ、倉庫全体もその衝撃で揺れ動いた。まるで近くで大きな爆弾が落ちたかのようだ。
531 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/11(土) 15:09:19.06 ID:RVSS13OQ0
番外編「ミサキの誕生日前編」

今日、11月11日はf*fの最新アルバムの発売日である。1ヶ月ほど前から歌番組だけでなく、バラエティやCM、街頭ポスターなんかでも販促を行っていたため、過去最高の売り上げを更新するんだそうだ。普段、アイドルの歌は全く聞かない俺でさえ発売前から何曲か口ずさめるようになってるのだから、プロモーションには相当力を入れているのだろう。

そんな俺は今、ある大手CDショップにいた。今回のf*fのアルバムには初回限定盤のみの特典として、アルバムのメイキング映像が入っているらしい。これを手に入れるよう、愛する妹小町に命令されたわけだ。

だが、なんで小町が予約し忘れたのに俺が買ってこなくちゃならないんだ。小町からの扱いが雑すぎるこの頃。でも、他の人からはそもそも扱われるほど関わってないから、相対的に小町が最強になってしまう。人間関係の希薄さに俺自身驚きを隠せない。

そんなこんなでf*f特設コーナーに足を運ぶと、初回限定盤が1個だけ置いてあるのが目に入った。てくてくと近付いて手を伸ばした時、右からもう1つ別の手が伸びてきた。その手もまた、初回限定盤に触れている。

八幡,、ミサキ「あ」

その手の人物とは、星守クラスの生徒のミサキだった。そういえばこいつもf*f好きだったっけ。

ミサキ「どうして先生がここにいるのですか」

八幡「いや、f*fのCD買いに……」

ふええ、なんで俺こんなに睨まれてるのん?口調も相変わらず厳しい。

ミサキ「まさか先生がアイドルオタクだとは知りませんでした。目だけでなく、心も腐っているのですね」

八幡「その言い方ひどくない?つか、お前こそ現在進行形でf*fのCD抱えてるじゃねえか」

ミサキ「f*fはそこらのアイドルとはわけが違います。歌、ダンス、プロポーションなど2人の魅力もさることながら、楽曲、衣装、振り付けなど2人を支える要素も含めて全てが完璧なんです。例えば『Melody Ring』は、」

ミサキは熱を込めて語っていく。こいつ、こんなに喋るんだな。いつもはもっとそっけない感じなのに。

ミサキ「先生、聞いていますか」

八幡「え、ああ。聞いてる聞いてる。すごいよな」

ミサキ「反応が適当な感じがしますが、まあいいでしょう。では先生さようなら」

八幡「おお。いや、ちょっと待て」

くるりと回れ右したミサキを俺はなんとか引き留める。

ミサキ「なんですか。私も忙しいのですが」

八幡「俺もそのCD欲しいんだよ……」

ミサキ「CDならまだそこにたくさん売ってるじゃないですか」

八幡「お前わかってて言ってるだろ……」

ミサキ「……やはり先生も初回限定版が欲しいのですね」

八幡「まあ、正確に言うと、俺じゃなくて妹がな」

ミサキ「妹?」

ミサキは不思議そうな顔をして尋ねてきた。

八幡「予約し忘れてたけど、どうしてもそれが欲しいんだと。CDくらい、煌上や国枝に言って貰ってきてやるって言ったら『そんなズルはできない!買わなきゃ意味ないの!』って怒られた……」

そのお金も親父から貰った小遣いなんだよなあ。ま、今の比企谷家は俺以外全員f*fにドはまりしてるから、続々とf*fグッズが増えてきているのだが。

ミサキ「……兄妹、か」

ミサキはぼそっと何かつぶやいてから、ふっと微笑んで俺にCDを差し出してきた。

ミサキ「妹さん、良い心がけですね。気が変わりました。このCDは先生の妹さんにお譲りします」

八幡「お、おう……」

CDに手を触れようとしたその時、ミサキはひょいとCDを俺から遠ざけた。

ミサキ「その代わり条件があります」

八幡「条件?」

ミサキ「はい。私も初回限定版を探しているんです。先生、付き合ってくれますか?」

八幡「……ああ、まあいいけど」

ミサキ「言いましたね。ではよろしくお願いします」

CDを俺に押し付けてからミサキは早足でレジに向けて歩きはじめる。

ミサキ「何してるんですか。早く買ってきてください。次の店に行きますよ」

八幡「はい……」

一喝された俺は急いでレジで会計を済ませた。
532 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/11(土) 15:09:56.18 ID:RVSS13OQ0
番外編「ミサキの誕生日後編」


ミサキ「ここも売り切れだそうです……」

八幡「……じゃあ違う店行くか」

俺がCDを買ってから数店舗を回っているが、初回限定盤はどこにも見当たらない。なんなら、通常版すら売り切れている店舗もあった。

八幡「こんなに人気なんだなf*fって」

ミサキ「当たり前です。むしろ、私は同じクラスにいても何も思わない先生の神経が理解できません」

八幡「そこまで言うか……」

ミサキ「私からしたらまだまだ言い足りませんが、ってあれは……」

ミサキの視線の先には「f*f初回限定版アルバム争奪ダンスバトル!」とカラフルに書かれた看板があった。

八幡「へえ、ダンスバトルか。お前やるつもりなの?」

と俺がミサキのほうを向くと、そこには彼女の姿はなく、すでに店の前に移動していた。

ミサキ「何してるんですか。早くエントリーしますよ」

八幡「はいはい……」

俺は渋々店の中へ入っていった。

-----------------------------------

店の中には特設ステージが設けられており、その前には小さな人だかりができていた。

八幡「おいおい、なんかすげえな」

ミサキ「うろたえないでください。みっともないです」

年下に一喝されて謝ってしまう、どうも俺です。でも睨まれながらこんなこと言われたら普通謝っちゃうよね。例えるなら俺は蛇に睨まれた蛙。

ミサキ「これくらい特訓と思えば何ともありません」

言葉とは裏腹に、ミサキの手足が小刻みに震えているのがわかる。こいつも相当無理をしているんだろう。人前でダンスするなんてやったことないだろうし。

八幡「なあ、別にここじゃなくても他の店で探せば」

ミサキ「いえ、このチャンスは逃せません。この手で必ずCDを掴み取ります」

その強い決意の宣言を聞けば、俺が心配することは何もない。

八幡「ま、お前が何かの勝負で負けるなんて考えられないし、今回はf*fのダンスバトルなんだから大丈夫だろ」

ミサキは俺の言葉を聞いて、白い頬を赤くしながらもニッと笑って力強く返事をする。

ミサキ「先生も、少しは私のことわかってきたようですね」

そう言い残すと、ミサキはステージの方へ颯爽と歩いていった。

-----------------------------------

結果から言うと、ミサキの圧勝だった。ミサキの他に4,5組のエントリーがあったが、お世辞にもパフォーマンスのレベルは高いとは言えなかった。その分、キレッキレなダンスを披露したミサキが満場一致でチャンピオンに輝き見事初回限定版を手に入れた。

もう日が落ち、暗くなった道を俺たち2人は歩いている。

八幡「でも、お前よくあんなに完璧に踊れるよな」

ミサキ「そこまで驚くことですか?普段の特訓を考慮すれば、むしろ順当な結果だと思いますが」

八幡「素直じゃねえやつ」

ミサキ「それはお互い様でしょう」

八幡「……違いない」

ひとまず、俺もこいつも欲しかった初回限定版はゲットできたし、一件落着だな。

ミサキ「では先生。次のお店に向かいますよ」

八幡「は?さっき初回限定盤は手に入れたじゃんか。まだ何かするの?」

ミサキ「まだ1つしかないじゃないですか。他に観賞用と保存用と少なくとも2つは確保したいです。できれば布教用としてさらにもう1つくらいは」

ミサキはそう言いながら足取りも軽く道を歩いていく。その顔はこれまでで一番晴れやかである。

でも、これってミサキが欲しい分手に入れるまではずっと付き合わなくちゃいけないの?ギブアンドテイクが釣り合わなさすぎじゃないですかね?
533 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2017/11/11(土) 15:11:28.05 ID:RVSS13OQ0
以上で番外編「ミサキの誕生日」終了です。ミサキ、お誕生日おめでとう!本編ではミサキは登場しませんが、ここでは星守クラスに在籍していることにしてください。
534 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/14(火) 00:41:15.62 ID:hIaL0pJt0
本編6-5


縄をほどいてもらってから、急いで校庭へ出てみると、尋常ではない量の砂煙が舞っていて、何がどうなっているか一切わからない。

だが、その中で何が起こっているかは途切れ途切れに聞こえる声と、武器がぶつかり合う音で判断がつく。

明日葉「どうしてみんなが戦ってるんだ……」

八幡「わかりません。でも、まずは止めないと」

俺が一歩足を進めた瞬間、顔のすぐ横を一発の弾丸と魔法弾が通過していった。

八幡「な……」

蓮華「あら〜、なんで先生がここにいるのかしら」

あんこ「明日葉。先生を連れてくるなんて、計画と違うじゃない」

現れたのはさっき俺を縛り上げた芹沢さんと粒咲さんだった。

明日葉「でもそっちも計画とは違うんじゃないのか?」

あんこ「仕方ないのよ。予想よりワタシたちの話に加担してくれる子が少なかったの」

蓮華「それで、れんげたちに付く子と、付かない子でちょっといざこざが始まっちゃって……」

明日葉「く……」

勝手に3人で話が進んじゃって、1ミリも話を理解できてないんですけど。

あんこ「でも、明日葉。今ここに先生を連れてきたのは失敗だったかも」

八幡「それはどういう……」

俺が質問を終える前に、目の前に多くの人影が現れた。

だが、その人影は2つの集団に分かれ、お互いがお互いに武器を構えている。

明日葉「みんな……」

あんこ「ね。言った通り失敗だったでしょ」

蓮華「れんげたちが話をしたら、こんなふうに分裂しちゃって」

八幡「芹沢さん、粒咲さん、あいつらに何を話したんですか」

あんこ「何って言われても、単純なことよ」

蓮華「先生と明日葉が朝のHRにいない理由を、ね」

八幡「…………」

この2人がどこまで話したかはわからない。だが、ここまで星守クラスが分裂するということは、相当なことを言ったに違いない。そうじゃなければ、

みき「みんな!先生のことを信じようよ!先生はそんな人じゃないってば!」

うらら「だったらみきてぃ先輩も、れんれん先輩やあんちゃん先輩の言うこと信じたらどうですか?」

ミシェル「むみぃ……こんなことしてもいいことないよぉ」

ゆり「ミミの言う通りだ。だが、だからこそ!ここで決着をつけなくてはならないのだ。白黒はっきりさせるために!」

サドネ「カエデ!おにいちゃんをいじめないで!」

楓「サドネ!ワタクシにもまだ何が本当のことかわかりませんが、何かあってからでは遅いのですよ!」

詩穂「花音ちゃんは、あくまで先生を信じるのね」

花音「あいつは、卑屈でシスコンで目が腐ってるけど、悪い奴じゃないと思うの」

こんなふうにこいつらがお互いに殺気立つような雰囲気を出すはずがない。

八幡「これ、どうにかやめさせられないんですか」

蓮華「それができるのは先生だけよ」

あんこ「先生の目的をはっきりさせることね」

明日葉「聞いてくれ、蓮華、あんこ。さっき先生と2人で倉庫で話したのだが、どうも先生は私たちを騙そうとしているようには見えない」

意外にも、楠さんが芹沢さんと粒咲さんをなだめようと間に入ってくれた。

八幡「楠さん……」
535 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/16(木) 00:09:42.82 ID:s4eWkaL90
本編6-6


蓮華「何言ってるのよ明日葉……」

手をぎゅっと握りしめながら、芹沢さんがか細い声を絞り出した。

あんこ「ちょっと蓮華、」

蓮華「あんこは少し黙ってて。ねえ明日葉。れんげとあんこは、明日葉を信じてここまで付いてきたのよ?そんな明日葉がブレていたら、れんげたちは誰を信じて動けばいいの?」

明日葉「それは、すまない……。だが、どうしても私には先生が私たちに嘘を言っているとは思えないんだ」

蓮華「いい加減にして明日葉。最初にした約束を忘れたの?何があってもれんげたち3人は、意思を変えないって」

明日葉「もちろん覚えている。だが……」

蓮華「それに、れんげたちがしっかりしないと、可愛い後輩たちも動揺しちゃうことはわかってる?」

確かに芹沢さんの言う通り、高2以下の星守たちは楠さんと芹沢さんの会話を聞いて、右往左往している。

昴「どうして明日葉先輩と蓮華先輩が言い争いを……」

桜「何か、訳アリっぽいのお」

心美「な、何がどうなってるのお……」

そこかしこで不安な声が上がってきている。そんな光景を見て、芹沢さんは杖を握り直して俺に向ける。え、俺に?

蓮華「明日葉がやらないなら、れんげがやる」

明日葉「ま、待て蓮華!」

あんこ「そうよ蓮華。少し落ち着いて」

蓮華「でも、れんげはこれ以上星守クラスの子たちの、いえ、全世界の可愛い女の子たちの悲しむ顔を見たくないの!」

唇をかみしめながら芹沢さんは杖を降ろさない。そして、杖の先が光り出した。

「杖を降ろしなさい。蓮華」

撃たれる、と思ったその瞬間、落ち着いた声と、校舎のほうから刺されるような威圧感とを感じた。それを感じたのは俺だけではないらしく、目の前の高3の3人や、他の星守たちも一瞬同じ方向を向く。

八幡「理事長……」

牡丹「それと、他の全員はそこから一歩も動かないこと。もし動くようなことがあれば」

一瞬、理事長の言葉が途切れた瞬間に、突如として八雲先生と御剣先生が武器を構えて現れた。

樹「私たちが対処します」

風蘭「ワタシらに、剣を振るわせないでくれよ」

俺たち全員が八雲、御剣両先生に気圧される中、ゆっくりと理事長が俺と高3の3人のもとへ歩いてきた。

牡丹「明日葉、蓮華、あんこ、そして比企谷先生、あなた方からは詳しく話を聞きたいと思います。私と一緒に理事長室へ」

明日葉「……わかりました」

あんこ「だってさ。行くわよ、蓮華」

蓮華「…………」

高3組の反応を窺ってから、理事長は八雲先生、御剣先生が制圧する集団の方へ向き直る。

牡丹「では樹、風蘭、そちらを任せます」

樹「かしこまりました理事長」

風蘭「ほら、もう動いていいから。教室戻るぞ」

御剣先生を先頭に、ぞろぞろと星守たちが校舎の方へ戻っていく。その集団の最後尾にいた八雲先生が理事長と無言のまま頷き合う。

牡丹「さ、私たちも行きますよ。私のほうからも色々話しておかないといけないことがありますから」

八幡「俺たちに、ですか?」

牡丹「そうです。星守クラスでも中心的な立場にあるあなたたちに、伝えたいことがあるのです」

話してる雰囲気的に、怒ってるとは思えない。それもそれで不思議だが、理事長が俺たち4人に話しておきたいことがあるっていうのはなんなんだろうか。嫌な予感しかしない。だが、今の状況で断れるはずもない。……あとは流れに身を任せるしかないか。
536 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/18(土) 15:59:15.48 ID:+OLcE5MM0
本編6-7


理事長を含め、総勢5人が理事長室に集まった。3人掛けのソファには、俺の隣に理事長。机を挟んで向かいには粒咲さん、楠さん、芹沢さんが座る。

理事長「まずはあななたちの話を聞きたいと思います。明日葉、蓮華、あんこ。どうしてこんなことをしたのか、その理由を」

明日葉「……わかりました。お話しします。事の発端は、最近の異常なイロウスの発生数の増加です。先生方が原因追求をしていることは知っていましたが、星守として、私たち高3組も自主的に探っていました。そんな時、ふと先生の存在に疑問を持ったんです。なんで男の先生が星守クラスにいるのか、と」

楠さんだけでなく、芹沢さんや粒咲さん、理事長まで俺に視線を向ける。やめて、そんなに見つめられたら石になっちゃう。なんなら、緊張ですでに固まってるまである。

明日葉「それで先生の行動を逐一調べてみると、私たち以外の星守とはどこかでイロウスと遭遇し、かなり大規模な戦闘を行っていることがわかりました。こんなに都合よく星守のいるところにイロウスが現れるはすがない、そう結論づいたんです。だから、真相を明らかにするために先生から話を聞こうと、あんな手荒な手段を用いてしまいました。先生、すみませんでした」

楠さんは立ち上がって深々と頭を下げる。

八幡「いえ、まあ、もういいですよ。それより、どうやって小町の情報を手に入れたんですか」

あんこ「それはワタシが先生のスマホやパソコンのデータを抜き出した」

粒咲さんがしれっと口を開く。やっぱりあんたか。そりゃ、楠さんがそんなことできるはずがないしな。

あんこ「そ、そんな怖い顔で睨まないでよ。わかってるわよ。すぐデータは消すから。あと、ワタシもごめんなさい」

粒咲さんも頭を下げる。

八幡「消してくれるならいいです。もし小町の情報が悪い男に流れたら、兄としてそいつらを全員蹂躙しなければならなくなるんで」

あんこ「相変わらずのシスコンぶりね……」

蓮華「でも、可愛い女の子を守りたいっていう気持ちは痛いほどわかるわ。れんげも、さっきまでそうだったから」

今度は芹沢さんが珍しく真面目な顔つきで俺の方を見てきた。

蓮華「れんげ、さっき先生に杖を構えちゃった。ごめんなさい。もっと冷静になるべきだったわ」

芹沢さんまでもが頭を下げた。

八幡「……もう気にしてませんよ」

一瞬、マジで殺されるかと思うくらいの殺気を感じたのは黙っておこう。

理事長「あなた方3人は、あくまで比企谷先生にイロウス発生の原因がある、と考えているのですね」

これまで黙っていた理事長がゆっくりと口を開いた。

蓮華「逆に、それ以外の理由が思いつかないの」

明日葉「だから私が2人を説得してこのような行動に出たんですが」

あんこ「まだ、確証は得られていないって感じね」

理事長「そうですか……」

八幡「な、なんですか?」

理事長「比企谷先生。いえ、明日葉、蓮華、あんこも。今から話すことはあなた方にとっては厳しい内容になるかもしれません。それでも、聞きますか?」

これまでもそうだったが、理事長の発言によって場の空気がさらに重苦しいものになった。そんなに重い話なの?だったらなるべく聞きたくないなあ。

明日葉「聞きます。いえ、聞かせてください」

蓮華「これ以上、可愛い星守クラスの子を危険にさらしたくないし〜」

あんこ「ここで止められても余計気になるしね」

言葉を発する前に完全に流れを作られてしまった。これに逆らえるほど俺は強くない。なんでこう、星守は自分の考えで進めちゃうのかな。個が強いというか。まあ、俺も似たようなもんか。方向性は違うけど。

八幡「……わかりました。聞きます」

理事長「ありがとうございます。では最初にお話しすることは比企谷先生がなぜこの学校に来たのか、その理由です」

八幡「その話から入るんですね……」

ということは、俺も少なからずこの異常事態に関わっているってことか。……なんで?

理事長「やっぱりあんな説明の仕方じゃ疑問に思いますよね」

明日葉「先ほど、先生と私で話しているときにもその話題が挙がりました」

ちょっと?話してたっていうか、あれは完全に尋問だったからね?いや、まあもういいんだけどさ。変な趣味に目覚めなくてよかったとしておこう。

理事長「比企谷先生がこの学校に来た理由。みなさんにはそれを『神樹に選ばれたから』とお伝えしましたね。あれは嘘です」

4人「え?」
537 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/21(火) 14:40:30.26 ID:Yi5jPhBq0
本編6-8


八幡「神樹に選ばれたことが嘘ならば、俺は神樹や星守とは何の関係もないんですか?」

牡丹「いえ、むしろ密接に関わっています」

理事長は一度首を横に振って答える。

あんこ「どういうことよ」

牡丹「結論から言うと、比企谷先生のことを星守に監視させるためにこの神樹ヶ峰にお呼びしたのです」

八幡「はい?」

明日葉「先生を、監視?」

牡丹「はい。比企谷先生の命を、ひいてはこの星の生物の命を守るためです」

蓮華「なんか話が大きくなりすぎてないですか〜?」

牡丹「仕方ありません。事実なんですから」

俺を監視することが地球の生命を守ることにつながる?いったいいつから俺はそんなマンガの主人公みたいなポジションを確立したんだ……。一万歩譲っても日常系学園ラブコメラノベ主人公だろ……。

牡丹「順番に説明します。比企谷先生は『禁樹』にその存在を狙われていました」

あんこ「禁樹、って初めて聞く名前ね」

牡丹「禁樹というのは神樹の対になる樹です。神樹が星守を選ぶように、禁樹はイロウスを生み出します。比企谷先生はその禁樹に選ばれたらしいのです」

蓮華「らしい、って曖昧な言い方じゃないですか〜?」

牡丹「私も直接禁樹に干渉できるわけではありません。神樹を通して、知りうる範囲での情報をもとに判断しているのです」

明日葉「神樹と禁樹は繋がっているのですか?」

牡丹「たまに禁樹の情報が神樹に流れ込むんです。今回はそれによって、比企谷先生のことを察知することができました」

八幡「なんでその禁樹は俺のことを狙ってたんですか?」

牡丹「そこまではわかりません。私は比企谷先生の外見情報しか受け取れませんでした。そこから、なんとか先生の居場所を特定し、交流という名目でこの学校に来てもらったんです。ここにいれば、先生を監視しつつ、イロウスからの干渉にも対処しやすいですから」

蓮華「それならどうしてれんげたちに本来の目的を隠してたんですか?」

牡丹「本当のことを言ったらみなさんはどうしましたか?イロウスと日夜戦いを続けているときに、そのイロウスと関係があるかもしれない人となんの隔たりもなく接することができますか?」

あんこ「今日のことを考えたら、多分無理ね」

牡丹「そうでしょう。でも、みなさんには敵意なく比企谷先生の近くにいてほしかったのです。それが一番のイロウス対策だと思ってましたから」

明日葉「ということは、先生が来てからのイロウス襲撃は先生と関連があると?」

牡丹「ええ。それに加えて最近のイロウス発生数の増加。これにもやはり比企谷先生が関わっていると考えていいでしょう。ただ、交流での比企谷先生の対応を見る限り、先生はイロウス側の人間ではないことは間違いないはずです」

蓮華「なんでですか?」

牡丹「もし星守に対し何かしたいのなら、イロウス襲撃という回りくどい手を何回も用いることは非効率だからです。例えば、交流初日のチャーハンに毒を仕込めば、その時点で私たちを全滅させることだってできたはずなんですから」

あんこ「確かにそうかも。それに危険な場所にわざわざ自分から行く理由もないし」

牡丹「だから、比企谷先生は何かしらの理由で禁樹、およびイロウスから狙われている、というのが私の考えです」

八幡「…………」

初めて聞くことが多すぎて頭がついていかない。俺がイロウスから狙われている?なら、どこかに俺とイロウスに関連があるってことなのか?でもどうして……。こんなぼっち高校生に何の価値があるんだ。

牡丹「それで、みなさん4人に1つお願いしたいことがあります。あなたたち4人で、禁樹の場所を特定してきてほしいのです」

あんこ「4人ってことは、先生も連れていくってこと?」

牡丹「ええ。比企谷先生がいれば、禁樹の場所や思惑もはっきりすると思うんです」

蓮華「それは、先生を囮に使うってことでいいんですか?」

牡丹「時間がありません。だからこそ、現星守で実力と経験を最も兼ね備えているあなたたち高3の3人にもお願いしてるのです」

そう言うと、理事長は立ち上がって俺の顔をじっと見てから頭を下げる。

牡丹「比企谷先生。これまで事実を隠していたことをお詫びします。そして、今回も巻き込んでしまって申し訳ありません。でもどうか、協力してもらえないでしょうか?彼女たちのため、さらにはこの星のために」

頭を挙げた理事長は今度は向かいの楠さんたちにも頭を下げる。

牡丹「明日葉、蓮華、あんこ。あななたちにも事実を隠しててごめんなさい。そのために余計な心配をかけてしまったのも私の責任です。そんな私にこのようなことを頼む資格はないかもしれませんが、どうか禁樹探しの任務を受けてもらえないかしら。先生を守りながらという危険な任務だけど、これを頼めるのはあなたたちしかいないわ」
538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/21(火) 18:46:01.63 ID:r+X0a1fWO

どうやって話に決着つけるんだろ
539 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/23(木) 10:12:08.84 ID:7zQqA8yN0
番外編「樹の誕生日前編」


八幡「これが最後の資料です」

樹「お疲れ様。手伝ってくれてありがとう。おかげでとっても早く終わったわ」

八幡「お礼言われるようなことはしてないですよ」

樹「でも風蘭と違って、事務作業も真面目にこなしてくれるからとってもスムーズに進むんだもの。お礼も言いたくなるわ」

八幡「はあ」

正直そこまで言うほど大変な仕事でもなかった。今日は勤労感謝の日で祝日なのだが、案の定星守関連の仕事が立て込んでいたため休日出勤を強いられた。ただ、御剣先生がどうしても来られないということで、俺と八雲先生の2人がラボで仕事をすることになったのだ。

樹「ふう、せっかくの祝日なのにもうすっかり日も落ちちゃったわね」

八幡「まあもう冬ですからね」

樹「そうだ。せっかくならこのままあったかいものでも御馳走しちゃおうかしら。今日手伝ってくれたお礼もしたいし」

八幡「え。いや、それは悪いですって」

樹「遠慮しないで。休日出勤して、ご褒美も何もないんじゃ、やってられないでしょ。ほら、早く片付けて比企谷くん」

休日に仕事して自分にご褒美をあげるなんて、どこかのアラサー独身女教師と同じだと思ってしまうのは俺だけだろうか。

-----------------------------------

樹「〜♪」

片づけを終えた俺は、上機嫌な八雲先生に付き添って、学校近くの商店街を歩いている。

八幡「なんか機嫌いいですね」

樹「あら、そう見える?」

八幡「ええ。いつもよりかなりテンションが高い気がします」

樹「いつもは風蘭としかご飯行かないから、比企谷くんが近くにいるのが新鮮なの」

八幡「はあ」

樹「さ、ついたわ。ここよ」

八雲先生が立ち止まった場所は、典型的な居酒屋。赤ちょうちんが灯り、のれんがかかっている。

八幡「八雲先生でもこういうところ来るんですね」

樹「私も大人だもの。たまには羽を伸ばしたくなる時もあるわ」

八雲先生はそう言うと、慣れた手つきで引き戸を開けて入っていく。俺も遅れないように続いて入店する。すると、俺たち2人のところに若い女性店員が近づいてきた。

店員「あ、樹さん。いらっしゃいませ」

樹「2人なんだけど、テーブル席空いてるかしら」

店員「はい。いつもの場所空いてますよ、ってあれ。樹さん、いつの間に彼氏できたんですか?」

樹「こ、この子は彼氏じゃないわよ。うちの学校に交流に来てる高校生よ」

八雲先生は顔を赤くしながら手を胸の前でバタバタさせる。その仕草を見て、店員は余計にニヤついて八雲先生に迫る。

店員「でも、樹さんの学校って女子校じゃなかったですか?樹さん、嘘をつくならもっとマシな嘘をつかなきゃ」

樹「もう、本当のことよ。ほら、比企谷くんも何か言って」

八幡「え?ま、まあ八雲先生の言うことは本当です」

店員「ふーん。そうなんだ。樹さんをイジれるネタができたと思ったのに残念」

樹「もうからかわないでよ」

店員とここまで親密に話ができるなんて、相当通っている証拠だろう。学校での八雲先生とはまた違った一面が見れて、少し面白い。

店員「ふふ、ごめんなさい。で、注文はどうされますか?」

樹「私はビールにするわ。比企谷くんは?」

八幡「じゃあお茶で」

樹「あとこのおすすめお鍋を2人前ちょうだい」

店員「かしこまりましたー!」
540 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/23(木) 10:12:52.55 ID:7zQqA8yN0
番外編「樹の誕生日後編」


樹「もう、風蘭ったらやればできるのになんでギリギリまで動かないのかしら。そのせいで、何度私がひやひやさせられたか」

八幡「はあ」

鍋を食べながら、俺たちは話をしている。まあ、ほとんどは八雲先生の愚痴を聞いているだけなのだが。

樹「今日だって、もともと風蘭がやるはずだった仕事だったのに、終わらないからって私に助けを求めてきたのよ。それでいて本人は来ないなんて、まったくどうなってるのよ」

その愚痴の内容も大部分が御剣先生への文句だった。ただ、ある程度は八雲先生の言い分も理解できてしまうあたり、俺もかなり神樹ヶ峰に染まってしまったらしい。

店員「お待たせしました。熱燗でーす」

樹「待ってたわよー」

そして八雲先生はすでに熱燗にまで手を伸ばしている。お酒のことはあまり知らないが、八雲先生がけっこうな量を飲んでいることはわかる。

樹「そういえば比企谷くんの話を聞いてなかったわね。どう、神樹ヶ峰は?」

八幡「まあ、それなりの生活を送っています」

樹「そう言うことが聞きたいんじゃないの。同じクラスにあんなにたくさんいい子たちがいて、なんとも思わないの?」

八幡「なんとも思わないですよ」

酔っ払ってるなあ八雲先生。普段ならこんなこと絶対聞いてこないはずなのに。

樹「今くらい素直になってもいいのよ。先生が聞いててあげるから」

八幡「仮にあったとしても、先生に話す話題じゃないですよね」

樹「もう、比企谷くんはガードが固いなあ」

八幡「はは」

八雲先生って酔うとこんな感じになるんだな。ここまでグイグイ来られると、正直少しめんどくさい。

樹「でも、比企谷くんのおかげで星守クラスもすごく成長したわ。星守としての力だけじゃなく、それ以外の面も」

八幡「…………」

樹「このまま、比企谷くんがずっと神樹ヶ峰にいてくれればいいのに……」

おちょこの中のお酒を飲みながら、八雲先生はそんなことを口にした。

八幡「俺は、あくまで交流で来てるんですから無理ですよ」

樹「それはわかってるわ。でも、せっかくここまで仲良くなったのに、近いうちに離れ離れにならなきゃいけないなんて……」

八幡「…………」

愚痴を垂れ流していたさっきまでとは全く違う、しおらしい雰囲気に、俺は何も言うことができない。

樹「そうだ。比企谷くん、将来本当の教師にならない?」

八幡「はい?」

樹「神樹ヶ峰は女子校だから男子生徒を入学させるのは無理でも、男の先生が赴任してはダメという規則はないわ。比企谷くんなら絶対採用されると思うわ。どう?」

八幡「いや、急にそんなこと言われても」

樹「じゃあ比企谷くんは何かなりたい職業があるの?」

八幡「専業主夫になりたいです」

樹「ああ、静さんが言ってたのはこれか」

八雲先生の俺を見る目がかわいそうなものを見る目つきに変わってしまった。やめて!そんなジト目で見つめないで!

樹「でも実際問題、これからどうしていくか考えないといけないでしょ?」

八幡「まあ、とりあえずは大学に進学しようとは思ってますけど、その先は何も考えてないです」

樹「そう。なら、どこかで比企谷くんに合う仕事が見つかるといいわね。それが教師だったら、私は嬉しいわ」

八幡「いや、だから俺は最終的には専業主夫にって」

樹「zzz」

言うだけ言って八雲先生はテーブルに突っ伏して寝てしまった。いつの間にか徳利が何本も空になっている。これだけ飲めば適当なこと言って寝ちゃうのも当然だわな。

だが、この状況、どうすればいいんだ?……ひとまず御剣先生に連絡してみるか。
541 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2017/11/23(木) 10:15:48.43 ID:7zQqA8yN0
以上で番外編「樹の誕生日」終了です。樹、お誕生日おめでとう!ゲームでは5部も始まりましたね。どういう風に展開していくんでしょうか。
542 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/11/27(月) 00:59:37.50 ID:PyycjPSf0
本編6-9


明日葉「理事長がそうおっしゃるなら、私たちはそれに従うだけです」

蓮華「可愛い星守クラスの子に、危険な任務はさせられないわ」

あんこ「難易度が高いと言われれば、クリアしたくなるのがゲーマーとしての性よ」

牡丹「明日葉、蓮華、あんこ……」

……楠さんたちはそれぞれの理由で理事長の提案を受け入れた。なら、俺も自分の考えを示さないといけない。

八幡「俺も……俺も行きます」

俺の小さな反応に、高3の3人は少し驚いた表情を見せた。

明日葉「先生は無理しなくてもいいんですよ?」

八幡「いえ、今の状況に少しでも俺が関わっていると分かった以上、黙ってじっとしているのも申し訳ないです」

蓮華「なんだか男らしい発言ですね先生〜」

八幡「まあ、俺自身はなんもできないんで、お三方に守ってもらわなきゃなりません。それでも、俺がいることで何か変わるのなら、行かせてください」

以前の俺なら絶対に口にしない、いや、それ以前に考えもしないようなことを喋ってしまっている。ただ、不思議と迷いはない。

あんこ「ゲームでもパーティを組む時はそれぞれタイプが違う人を集めるものだし、大丈夫よ」

明日葉「ええ。先生のことは必ず私たちがお守りします」

蓮華「その代り、先生もれんげたちのこと助けてね」

八幡「俺にできることがあれば、でいいなら」

俺の力のない言葉に、3人は顔を見合わせてふっと微笑んだ。なんか、年上のお姉さんにこんなふうに扱われるの初めてで慣れないな。ま、とりあえずは言うこと聞いてればいいか。全員、能力は高い人たちだし俺が出る幕はなさそうだ。むしろないほうがいいまである。おとなしくしてよ。

牡丹「話はまとまったみたいですね」

明日葉「それで、私たちはどこへ向かえばいいんですか?」

牡丹「樹と風蘭が禁樹の場所の候補をいくつかリストアップしてくれています。そこを中心に捜索してもらうことになります」

あんこ「実際に見て確かめろ、ということね。なんかクエストっぽくてワクワクするわ」

蓮華「なんで一つに絞れないんですか?」

牡丹「情報不足で、確実な場所までは特定できませんでした。なのでとりあえず、イロウスの活動がより活発なところをまとめてもらいました」

明日葉「わかりました。では早速探索に向かいます」

牡丹「それではラボへ移動しましょう」

高3組が前、俺と理事長が後ろでラボまで歩いていく。

牡丹「比企谷先生」

八幡「なんですか?」

牡丹「星守クラス担任として、彼女たちのことしっかり支えてあげて下さい」

八幡「いや、楠さんたちなら自分たちでなんでもできちゃうんじゃないですか」

牡丹「そんなことはありません。必ず比企谷先生の助けが必要になる場面があります。その時は、彼女たちを正しい方へ導いてあげてください」

八幡「言ってる意味があまりわからないんですけど」

牡丹「すみません。あまり深い意味はありません。頭の片隅に置いておいてください」

八幡「はあ」

こんなことを話しつつ、俺たちはラボに到着した。理事長が素早く機械を操作し、転送先の座標を決定していく。

牡丹「転送の用意が整いました。まずは一か所目、よろしくお願いします」

4人「はい」

この転送装置に乗るのも随分久しぶりな気がする。初めは強引に、次は自分でもわからないままに。今回は自分の意志で乗っている。俺も、この学校で少しは変わったんだろうか。

牡丹「では、転送開始」
543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/27(月) 04:51:42.46 ID:I36vYMcr0
妹を脅迫の材料に使われてるのに随分ドライだな
544 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2017/11/28(火) 01:09:07.68 ID:HQL0rAdJ0
申し訳ありません。6章をもう一度初めから書きなおします。今のままでは綺麗な終わり方にならないと思ったためです。見切り発車の悪いところが出てしまいました。今後はもう少し展開を考え、ある程度書きためてから投稿します。なので、読んでくださる方はしばらくお待ちください。
545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/28(火) 16:35:14.17 ID:xJ0PBn0JO
おk
舞ってる
546 : ◆JZBU1pVAAI [saga ]:2017/12/02(土) 11:36:02.55 ID:Z0LZYIdx0
本編6-1


ブーブー

風蘭「またイロウスが出現したか」

樹「今週に入ってもう5回目よ」

八幡「多いですね」

俺たちは神樹ヶ峰女学園内にあるラボにいて、最近のイロウスの行動パターンについて解析を進めている。

高校2年組が修学旅行から戻ってから、特にイロウスの出現頻度が増してきている。これまでローテーションだった星守任務だが、今は全員がスクランブル体制でイロウスを撃退している。

樹「みんな、またイロウスが出現したわ。殲滅、お願いね」

八雲先生は星守たちにイロウス出現を知らせる。程なくして全員の星守がラボに集まった。

風蘭「よし。全員揃ったな。じゃあ転送装置を起動させる。準備は良いか?」

星守たち「はい!」

御剣先生の言葉に星守たちは気合の入った返事をする。すぐに転送装置が起動し、次々に星守たちがそれに入っていく。

八幡「気を付けてな」

俺はこんなふうに声をかけるしかできない。イロウスの数も多くなっているため、俺が現場へ赴くことも危険と判断されたのだ。

明日葉「はい。行って参ります」

蓮華「明日葉〜固いわよ。もっとリラックスリラックス〜」

明日葉「おい、蓮華。戦闘前に抱き着くな!」

あんこ「何やってるのよ2人とも」

樹「そうよ。集中しないと、イロウスは倒せないわ」

明日葉「申し訳ありません」

蓮華「は〜い」

風蘭「じゃあ転送するぞ。しっかりやってこい」

こうして星守たちは転送装置の光の中に消えていった。

------------------------------------------

一通り戦闘が終わった後、再び転送装置が光り、星守たちが戻ってきた。普段よりもイロウスの数が多かったからか、何人かは疲れてぐったりとしている。
 
明日葉「ただいま戻りました」

樹「お疲れ様。戦闘のまとめは私たちでやるから、みんなはもう帰っていいわよ」

明日葉「いえ、私たちも参加します。実際に戦うのは私たちですから」

風蘭「だが、これからデータの解析をするからすぐには終わらないぞ」

桜「それなら帰らせてもらいたいのお」

ミシェル「ミミ、もう動けない……」

うらら「うららも疲れたし帰りたーい」

ゆり「こら!そんな気合ではイロウスには勝てんぞ!」

望「でも八雲先生も帰っていいって言ってるんだし、いいんじゃない?」

あんこ「そうね。ワタシたちがいても、できることは何もないし」

明日葉「しかし、」

蓮華「それなら、明日にでも話を聞けばいいんじゃない?ね、先生」

八幡「え?あ、ああ。そうですね」

いきなり俺に話を振るなよ。予想外過ぎてまともな反応ができなかったじゃないか。まさか俺に話が回ってくるとは思わないよね。無駄に関わらないよう気配を消していたつもりだったけど、芹沢さんには効かなかったようだ。

明日葉「……わかりました。じゃあみんな。今日は帰ろう。その代わり、明日は朝から今日の戦闘の振り返りだ」

星守たち「はーい」

こうして星守たちは疲労がたまった体を引きずるようにのろのろとラボを出ていった。
547 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/02(土) 11:36:48.72 ID:Z0LZYIdx0
本編6-2


八幡「ふう……」

結局昨日はそこそこな時間まで戦闘データを解析し、良かったところ、悪かったところを洗い出した。で、今日は朝から星守たちにその報告をし、さっきまで新たな特訓メニューを立案していた。

俺、なんでこんなに働いてるんだろ……。前は文字通りの交流しかしてなかったのに、最近はがっつり八雲先生や御剣先生の補助までやらされている。そのせいで、昼休みも職員室で作業しながら済ませることが多くなってしまった。

まあ、それはまだいいのだが、そのせいでいろんな教職員と顔を合わせることになるほうが嫌だ。「今日も比企谷くんは仕事ですか?まるで本当の先生みたいですね」なんて言われる始末。それに対し「あはは、まあそうかもしれないですね」なんてさらっと返す社会人スキルを身につけてしまった。俺の社畜能力が日に日に高まっていく。俺はもっとうまるちゃんみたいな生活をしたいんだ。干妹ではなく、干兄だが。なんか響きがヒアリみたいで、いかにも家の害虫そうな感じがするな。

明日葉「失礼します。先生。少しよろしいでしょうか」

そんな現実逃避をしていたところへ、不意に楠さんがやって来た。

八幡「ええ。いいですけど、どうしたんですか」

明日葉「ちょっと2人でお話ししたいんです。生徒会室に来てくれませんか?」

八幡「はあ」

言われるがまま、俺は楠さんに従って生徒会室に入った。

明日葉「わざわざすみません。この話はあまり他の人に聞かれたくはないんです」

八幡「それはいいんですけど、その話ってなんですか?」

明日葉「星守クラスの現状についてです」

八幡「何か問題でもありますか?」

明日葉「喫緊の問題はありません。しかし、これからのことを考えると無視できないことがあります」

八幡「無視できないこと?」

明日葉「星守たちの心構えです。近頃、イロウスの数も増え、全員が常に危機意識を持たなければならないのに、それが欠如している人が何人も見受けられます」

八幡「そうですか?」

明日葉「はい。特に昨日も、確かに普段よりも長い戦闘ではありましたが、それによる体力の消耗や、自分たちでできることがないという理由ですぐに帰宅することになったじゃないですか。私は、あのような普段とは違う戦闘をした時こそ、より早い段階で戦闘データを共有することが必要だと思うんです」

八幡「はあ」

明日葉「それだけではありません。どんなイロウスにも勝てるよう、特訓の時間を伸ばそうとしても、それに否定的な反応をするものもいます。あまり言いたくはありませんが、上級生の中にも特訓をサボろうとする人もいます……」

そう言うと、楠さんは大きなため息を1つついた。

八幡「まあ、あんなキツイ特訓ならやりたくなくなる気持ちもわかりますけど……」

明日葉「それではダメなんです!」

八幡「く、楠さん?」

明日葉「星守たるもの、常に心も体も鍛え上げ、イロウス相手に万全の準備をする必要があるのです。私たちは神樹に選ばれ、人類を守る使命を与えられたのですから。先生もこのことは理解してくださいますよね?」

八幡「は、はあ……」

楠さんは凛とした表情で星守について力説してきた。その勢いに圧倒されて俺はただ頷くことしかできない。

明日葉「ですので先生。1つお願いがあります。どうか私に協力してくれませんか?」

八幡「協力?」

明日葉「はい。星守の意識改革です。全員に対して、星守として向上心を持って生活するよう指導してほしいんです」

八幡「それなら楠さんが言った方が効果があると思うんですけど」

明日葉「もちろん私も言います。しかし、よりみんなの心構えを正すためには先生の力が必要なんです。どうかお願いします」

楠さんは身を乗り出して俺に懇願してくる。だけど、向上心なんてこれっぽっちも持ち合わせていない俺が説教を垂れたところで説得力はゼロだし、なんなら逆に俺の向上心の無さを指摘されるまである。そんなことを考えると、この申し入れは素直には受け入れることはできそうもない。かと言って目の前の楠さんを無視することもできないしなあ。

八幡「……事情はわかりました。でも、すいません。少し考える時間をください」

取りうる手段は、とりあえず先延ばし。これに限る。政治と一緒だね!

明日葉「わかりました……」

ひとまず楠さんから了承をもらったところで昼休みを終えるチャイムが鳴った。

明日葉「そろそろ昼休みも終わりですね。すみません、こんなに時間を割かせてしまって」

八幡「いえ、別に気にしないでください」

ホントは昼飯を食べ損ねてしまったのだが、まあそれは放課後にでも食べればいいか。
548 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/02(土) 11:37:21.97 ID:Z0LZYIdx0
本編6-3


はあ、昨日はびっくりした。いきなり楠さんにあんな相談されるんだもん。いくら俺が星守クラスの担任だからって言っても、俺のこの性格じゃ「特訓しろ」なんて言っても意味がないのは明らかなんだよなあ。どうしたもんか。

あんこ「先生。ちょっといい」

昼休みになり、1人職員室で悩んでいると、ひょこっと粒咲さんが現れた。

八幡「粒咲さん。どうしたんですか?」

あんこ「大事な話があるの。パソコン室に来てもらってもいい?」

八幡「はあ」

ん。なんか昨日と同じような展開だぞ、これ。

あんこ「さ、早く入って適当に座って」

執拗に周りを気にしながら、粒咲さんは俺をパソコン室へ誘導した後、素早くドアを閉めた。

八幡「で、話ってなんですか?」

あんこ「……最近の星守活動についてよ」

八幡「なんか問題でもありますか?」

あんこ「大アリよ!ワタシにとっては死活問題だわ!」

粒咲さんは机をバンバン叩いてそう主張する。

八幡「えーと、具体的には何が問題なんですか?」

あんこ「最近星守の任務が多くて、それだけでも時間を取られてるって言うのに、明日葉が特訓時間まで増やそうとしてるのよ。もう限界……」

八幡「まあ、確かに体力的にはキツイですよね。当番制も廃止されましたし」

あんこ「そうじゃないわ」

八幡「は?」

あんこ「常時待機してるよう言われているせいで、集中してゲームに取り組めないわ。特にオンラインゲームなんかは途中で通信切ると、仲間からの信用を失って、それ以降一緒にゲームしてくれなくなるのよ」

八幡「それが本音ですか……」

あんこ「当然。ワタシからゲームを取ったらほぼ何もなくなるわ」

八幡「ほぼ、っていうところにリアルさが出てますね……」

あんこ「そこで、先生にお願いがあるの」

なんか、昨日と同じような展開な気がするのは気のせいでしょうか。

八幡「……なんですか」

あんこ「ワタシのゲーム時間の確保に協力して!」

八幡「……え?」

あんこ「具体的にはワタシと一緒に明日葉に特訓時間の削減を求めて欲しいの。星守としての実力は実際の戦闘で上がっていくから心配ないし、これ以上特訓まで増やされたらストレスもたまる一方だわ」

粒咲さんは目に涙を浮かべながら懇願してくる。

まあ、自分のしたいことが全くできなくなるっていう辛さはわからなくもない。現に、俺も家に帰ったら録りためたアニメ観たり、本屋で買って来た小説やラノベ読んだりしてるしな。でも、星守クラスの担任という立場上、「特訓を減らそう」とは言えないだろう。仮にも星守を支える役割なわけだし、こっちからそういう提案をするのはお門違いだ。

八幡「……事情は分かりました。でも、すいません。少し考える時間をください」

あんこ「ま、そうよね。いきなりこんなこと言われても混乱しちゃうわね。じゃあまたね先生。いい返事待ってるわ」

そう言い残すと、粒咲さんはパソコン室を出ていった。

部屋に1人で残された今になって改めて考えてみると…………これどうしようもなくない?

片や星守としての使命を優先し、特訓時間を増やすようお願いしてきた。片や任務によるストレス発散を優先し、特訓時間を減らすようお願いしてきた。どっちかをとると、必ずどっちかの要求を撥ね付けなくてはならなくなる。せめて片方が明らかな論理矛盾を含んでいたり、無茶なレベルの要求だったりしたら話は簡単なんだが、今回は同レベルの要求、しかもどちらの言い分も理解できる内容だ。

極めつけはどっちも星守クラスの高3からのお願いということだ。どちらかに肩入れしてしまうと、その後のクラスの雰囲気、さらには星守任務にまで影響が及ぶかもしれない。そんな結果になることだけはなんとしても避けなければならない。

八幡「こんなの、どうすればいいんだ……」

俺の弱々しい独り言は、昼休みを終えるチャイムにかき消されてしまった。
549 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/02(土) 11:38:01.56 ID:Z0LZYIdx0
本編6-4


楠さんと粒咲さんから正反対のお願いをされてから数日経った。未だに結論が見つからない俺は、両方に適当に言葉をかけてごまかし続けてきた。だが、それも限界に近い。もしこの2人が言い争うことになったらどうなるのか、想像するだけで怖い。

八幡「うーす」

そんな気持ちで星守クラスに入っていくと、何やら空気が重々しい。そしてその原因はおそらく目の前で互いをにらみ合っているこの2人だろう。

明日葉「あんこ。そんな心構えではイロウスを倒すことはできんぞ」

あんこ「でも今まではちゃんと倒してるじゃない。それで十分でしょ」

ゆり「でも、イロウスの発生数が増加している以上、私たちも更なるパワーアップを図ることが必要だと思います」

桜「じゃが、今でも十分戦えておるじゃろ。むしろ、疲労がたまって本来の力まで出せなくなるわい」

昴「桜。そこは体力でカバーだよ」

くるみ「でも、休養をとることも大事だと思います」

2人はお互いに一歩も譲らないと言わんばかりににらみ合いを続ける。さらにそこに数人の星守たちがお互いの考えに近い方に参戦していく。

みき「あ、先生!ちょうどいいところに」

星月が俺の存在に気づいて駆け寄ってきた。

八幡「星月。どうなってるんだこれ」

みき「明日葉先輩が今日の放課後の特訓メニューを大幅に増やすって言ったら、あんこ先輩がそれに反論したんです」

懸念してたことが現実になってしまった。相反する考えを持つ2人が、こうして対立することは容易に想像がついたのに。対応を後回しにした、俺のミスだ。

八幡「あの、お2人とも、もうHRの時間なんで席に戻って、」

俺が間に入って声をかけると、両方からキッと睨みつけられた。やばい。めっちゃ怖い。

明日葉「先生は当然、私の考えに賛同してくれますよね」

あんこ「ワタシのほうよね先生?」

恋愛ゲームではときめき必至のシチュエーションだが、こんな空気の中では一切ときめかない。むしろ恐怖感が倍増されていく。

何か言わなければ、何か。でも、何を言えばいいんだ。もう時間稼ぎはできない、だが片方に肩入れする発言もできない。どうすれば、

ブーブー

その時、静まり返った教室にイロウス発生を知らせる警報が鳴り響いた。星守たちは一瞬こそ戸惑いはあったものの全員がそれぞれやっていることを中断して教室を出て行こうとする。

1人を除いて。

明日葉「あんこ……。どうした。イロウスが出現したんだ。早くラボへ」

あんこ「…………ワタシは行かない」

みき「あ、あんこ先輩?何言ってるんですか?」

あんこ「ワタシは行かない。行きたい人が行けばいいでしょ。そもそも星守の任務だって強制じゃないはずよ。だったらワタシにも断る権利があるわ」

唇をかみしめながら粒咲さんはその場を動かない。尋常じゃない状況に、他の星守たちも身動きできないでいる。

明日葉「……あんこ。自分が何を言ってるのかわかってるのか?」

あんこ「…………」

明日葉「あんこ!」

楠さんの吠えるような声にも、粒咲さんは身じろぎ1つしない。そんな様子に楠さんは何か言おうと口を開けたが、そこから言葉が出ることはなく、諦めたように視線を下げてしまう。

明日葉「私は、期待しすぎていたのかもしれないな……」

楠さんはそう呟くと、周りに目もくれず教室を飛び出していった。残された星守たちは2人のやりとりに気圧されてか、まだ動けないでいる。

八幡「ひとまずみんなイロウス討伐に向かってくれ。話はそれからだ」

みき「は、はい……」

星月がかろうじて小さな声で返事をしただけで、後は無言のまま教室を去っていった。俺は、ただ1人立ちつくしたままの粒咲さんに向き直る。

八幡「粒咲さん、あの」

あんこ「先生も行って。星守クラスの担任でしょ。星守の戦闘を見守る義務があるんじゃないの」

粒咲さんが放つ突き放すような冷たい声色に対し、俺は言われるままに教室を後にするしかできなかった。
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/03(日) 17:31:27.39 ID:A+nrHM6IO
乙、来てたか
これはこれでどう収拾つけるか気になるところ
551 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/06(水) 11:37:50.27 ID:QAJazTEy0
本編6-5


八幡「はぁ、はぁ」

粒咲さんを残し、急いでラボへ入っていくと、俺を待ちかねていたのか、八雲先生と御剣先生がすぐに詰問してきた。

樹「比企谷くん!一体何があったの?」

風蘭「あいつらの動きが普段よりかなり鈍いんだ」

八幡「やっぱりですか……」

樹「やっぱり、ってどういうこと?」

追及の手を緩めない八雲先生の表情が、一段と厳しくなる。御剣先生は何も言葉を発しはしないが、八雲先生と同様、難しい顔をして俺の言葉を待っている。

八幡「それは……」

「た、大変です!」

俺の言葉を遮るように、ラボに悲鳴にも似た声が響いた。声のしたほうを見ると、若葉と成海が誰かを肩から支えていた。支えられている当人は、かなりのケガを負っているように見える。

樹「あ、明日葉!?」

風蘭「どうしてこんなことになった?」

昴「明日葉先輩、大型イロウスの攻撃をモロに食らっちゃったんです」

遥香「明日葉先輩なら、絶対避けられる攻撃だったんですが……」

樹「明日葉、大丈夫?」

明日葉「は、はい……。余計な心配をおかけしてすみません。全ては私の力不足が原因です……」

風蘭「もう喋るな明日葉。昴、遥香。そのまま明日葉を医務室へ連れてってくれ」

若葉と成海は静かに頷いてから、楠さんを支えてラボを出ていった。

それからほどなくして、残りの星守たちも帰還してきた。が、皆一様に表情が暗い。

ゆり「出現したイロウスは全て討伐しました……ですが、明日葉先輩が負傷しました」

風蘭「ああ。すでに昴と遥香に医務室に連れてってもらった。他にケガしている人はいないか?」

心美「他はみんな大丈夫、ですう……」

樹「それならよかったわ。ひとまずみんなは教室に戻って待機してて」

楓「わかりましたわ……」

詩穂「さあみなさん、教室に戻りましょう」

国枝の呼びかけに応じ、星守たちはラボを出ようとする。

ひなた「あれ、そういえば蓮華先輩は?」

南の言う通り、確かに芹沢さんの姿が見えない。みんながキョロキョロする中でサドネが1人ぼそっと呟いた。

サドネ「レンゲなら、帰ってきてすぐ外へ走っていった」

八幡「本当かサドネ?」

サドネ「うん。レンゲ、いつもと違う顔してた」

サドネが話し終えたその時、ポケットに入っていた携帯が震え出した。取り出して画面を見てみると「♡蓮華♡」と表示されている。なんでこんな表示になっているかはともかく、俺は急いで電話に出た。

蓮華『センセ〜、出るの遅いですよ?』

八幡「いや、これでもかなり早く出たつもりなんですけど。で、芹沢さん今どこにいるんですか?」

蓮華『今、明日葉に付き添って遥香ちゃんのお父さんが勤めている病院に向かってるの』

ああ、やっぱり芹沢さんは楠さんが心配ですぐに様子を見に行ったのか。

八幡「わかりました。医務室にいた成海と若葉はどうしてますか?」

蓮華『2人とも教室へ帰したわ。付き添いはれんげ1人で十分だから』

八幡「そうですか。なら俺たちもすぐ教室に」

蓮華『待って先生』

もう電話を切ろうとした時、急に芹沢さんの声のトーンが変わった。
552 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/06(水) 11:38:30.28 ID:QAJazTEy0
本編6-6


蓮華『先生はあんこを連れて病院へきて』

八幡「粒咲さんを?」

蓮華「そうよ。なるべく早くね」

珍しく芹沢さんの声に余裕を感じられない。ということは、相当切迫した事情があるのだろう。

八幡「わかりました……」

俺が返事をすると、電話は切られた。目の前のサドネだけでなく、他の星守たちも俺のことを不思議そうに見つめていた。

八幡「みんなは教室に戻っててくれ。俺は楠さんの状態を確認しに病院へ行ってくる」

望「それならアタシたちも一緒に、」

八幡「いや、こんな大人数で行っても逆に迷惑だろ。ひとまず俺が行ってくるから、その間は高2組がみんなをまとめてくれ」

くるみ「は、はい……」

八幡「じゃあ頼んだ」

なんとか言い訳を取り繕って俺はラボを出た。向かう先は、パソコン室だ。

--------------------------------------

他のクラスは授業中なため、廊下は人影が全くない。騒がしい教室から多少声が漏れ出てくることもあるが、パソコン室が近づいてくるにしたがって、あたりはしんと静まり返っていく。

八幡「失礼します」

軽くノックをしてからドアを開ける。パソコン室の中は一部の窓から光が差し込んでいるものの、電気がついてないからか、薄暗い。そんな中に特徴的な髪飾りが揺れているのが見えた。

八幡「粒咲さん……」

近くによって声をかけてみると、粒咲さんは椅子の上で膝を抱えながら体育座りのような姿勢でじっと座っている。いつもなら点いているはずのパソコンも、今は画面が黒いままである。

八幡「戦闘は終わりました。出現したイロウスは全て殲滅しました」

粒咲さんは俺の報告になんの反応もせず、姿勢を崩さないまま黙っている。

八幡「ただ……、1つ言わなければいけないことがあります」

粒咲さんは一瞬ぴくっとしたが、相変わらず姿勢は崩さないままだ。俺は1つ息を吐いてから、なるべく冷静に話し出した。

八幡「楠さんがイロウスに攻撃され負傷しました。今、成海の親が経営する病院へ運ばれています」

瞬間、粒咲さんはがばっと俺の方を向いて、目を見開かせた。

あんこ「嘘でしょ。明日葉が?」

八幡「はい。俺も見ましたが、かなり大きな怪我です」

あんこ「ふ、ふふ、先生はそうやってワタシを騙そうとしてるんでしょ。そうでしょ?」

八幡「…………」

粒咲さんは無理やり笑顔を取り繕って迫ってくる。が、俺はそれに対し首を横に振ることしかできない。

八幡「付き添いをしている芹沢さんから、俺と粒咲さんも病院に来るよう言われました。今すぐ俺と一緒に病院へ行きましょう」

あんこ「先生だけで行けばいいじゃない……」

八幡「そんなわけにはいかないですよ」

あんこ「どうして、」

八幡「楠さんはしばらく戦線を離脱することになると思います。そうなったら、芹沢さんと、粒咲さんに星守クラスをまとめてもらうほかありません。だから粒咲さんには楠さんのケガの具合をきちんと把握しててほしいんです」

あんこ「………でも」

八幡「お願いします。粒咲さん。事態は急を要します」

いくばくかの逡巡を経て、粒咲さんはゆっくりと椅子から立ち上がった。

あんこ「わかったわ……。病院に行く」

八幡「ありがとうございます。急ぎましょう」

俺と粒咲さんは薄暗いパソコン室を出て、未だ静かな廊下を歩きだした。
553 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/06(水) 11:39:13.63 ID:QAJazTEy0
本編6-7


校門からタクシーに乗り込み、俺と粒咲さんは病院に到着した。受付で楠さんの病室の部屋番号を聞き、気持ち早足で病室へと歩いていく。

八幡「ここですね」

あんこ「そうね……」

実際に病室のドアの前に立つと委縮してしまうのだろうか、粒咲さんはドアに手をかけようとしない。

八幡「比企谷です。粒咲さんも一緒にいます」

蓮華「は〜い、どうぞ〜」

仕方なく俺がノックをして来訪を告げると、中から芹沢さんの返答が聞こえてきた。

八幡「失礼します」

中は個室で、ベッドの上に楠さんが寝ていた。上半身は起こしているが、右腕には包帯を巻いている。左腕や顔にもガーゼが貼られていて、ケガの程度が軽くないことがわかる。

明日葉「先生。わざわざありがとうございます」

楠さんは頭をぺこっと下げる。

明日葉「あんこも。来てくれてありがとう」

楠さんは笑いかけるが、その表情にはいつもの力強さはない。むしろ弱弱しく、儚い印象を受ける。

あんこ「まあ、ね」

蓮華「ほら、そんなところに立ってないで、2人とも椅子に座って」

ベッドの脇に座っていた芹沢さんが空いている椅子を勧めてきた。別に断る理由もないので、俺たち2人もそこに座る。

結果、ベッドの上の楠さんを芹沢さん、俺、粒咲さんと囲う形となった。

明日葉「申し訳ない、みんな。私の不注意でこんなことになってしまって」

蓮華「明日葉でも、注意力が散漫になるときがあるのね。そういうちょっと抜けたところがある明日葉もれんげは大好きよ?」

明日葉「蓮華、今の私にツッコむ体力はないから勘弁してくれ……」

楠さんは脇でニヤニヤする芹沢さんをほっといて、俺に向かって姿勢を正した。

明日葉「蓮華は知っていますが、私はまだしばらくこの病院に入院することになりました。遥香のお父様が全力で治療にあたってくださるとおっしゃってくれましたが、すぐに星守任務に復帰、とはいかないようです。ですので、しばらくの間、星守クラスをよろしくお願いします。先生」

八幡「……はい」

状況も状況だし、ここは引き受けるしかない。楠さんが戻ってくるまでの間だし、芹沢さんや、粒咲さんだっている。俺の仕事はそんなに多くないはずだ。

明日葉「あんこ。お前にも迷惑をかけた。すまない」

あんこ「……ワタシのほうこそ、あんな態度とっちゃったから明日葉はケガを」

明日葉「違う。このケガは完全に私の失態だ」

あんこ「でも朝のことが原因なんじゃ」

明日葉「あんこに責任はない」

楠さんはきっぱりと言い切る。その迫力に粒咲さんは押し黙ってしまう。

明日葉「それで、あんこ。お前に話がある」

声量は大きくはない、だがその声は病室の壁に反響してはっきりと聞こえた。粒咲さんは怪訝そうな顔で次の言葉を待ち、向かいの芹沢さんはなぜか視線を下に落としている。

明日葉「あんこ。今までありがとう」

あんこ「な、何よ急に」

予想だにしない言葉に粒咲さんは少し引き気味に返事をする。

明日葉「本心を話しているだけさ。あんこには色々助けられた。感謝している」

楠さんの慈愛に満ちたような儚い笑顔による更なる感謝の意に対し、粒咲さんは目を潤ませる。だが、それが嬉し涙でないことは、強く握りしめられた手が示していた。

あんこ「…………待って」

明日葉「だからあんこ、」

あんこ「待って、言わないで」

明日葉「無理して星守を続けなくても、いいぞ?」
554 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/06(水) 11:42:14.29 ID:QAJazTEy0
本編6-8


粒咲さんの制止を無視し、楠さんはなおも言葉を続ける。

明日葉「思えば、私はかなりの負担を強いていたことを今回のケガを通して痛感したんだ。幸い、私のケガはそこまで重症ではなかった。でも、いつまたこういうことが起こるかわからない。こんな危険なことを、私はもう他人に強制することはできない」

あんこ「だからワタシは、」

明日葉「いいんだ、あんこ。もう強がらないでくれ。今朝の様子、いやもっと前から私がきちんと気づいてあげるべきだった。すまない」

八幡「楠さん、」

蓮華「待って先生。今は、2人の話よ」

介入しようとした俺を芹沢さんが遮る。

あんこ「明日葉は、なんでそうやって勝手に決めるの……?」

明日葉「勝手じゃない。今回はあんこの気持ちを汲んで」

あんこ「ワタシの気持ち……?明日葉はワタシの気持ちなんてこれっぽっちもわかってないわよ!」

粒咲さんはそう叫ぶと、椅子を転がす勢いで立ちあがって、そのまま病室を駆け出してしまった。

明日葉「ま、待てあんこ!……っ」

八幡「楠さん、落ち着いて」

蓮華「先生。れんげがあんこを追いかけるから、先生はここにいて」

すぐさま芹沢さんも病室を出ていった。残された楠さんは、痛みに顔をゆがめながらも、ドアに向けて懸命に手を伸ばす。だが、その手も次第に下へ下へと落ちていく。

明日葉「あんこ……」

八幡「芹沢さんが追いかけてますし、なんとかしてくれますよ、多分……」

明日葉「……また、私は間違えたのか?はは、星守のリーダー失格ですね」

楠さんは長い青みがかった黒髪をベッドにだらりと垂れ下げて、力なく呟く。そんな弱々しい様子に、俺はかける言葉が見つからない。

明日葉「楠家を代表して、神樹ヶ峰女学園を代表して、私が精一杯みんなを引っ張らなくてはいけないと、そう心に誓っていました。ですが、それを快く思わない人もいることを失念していました。私は自分の理想を他人に押し付けていたんです」

八幡「そんなことは、」

明日葉「ありますよ。現にさっきのあんこはそうだったじゃないですか」

半ば切れ気味な口調で楠さんは反論する。そこには普段の凛とした強い楠さんの姿は全くと言っていいほど感じられない。

明日葉「す、すみません。つい、厳しい言い方をしてしまいました……」

八幡「いえ、別に……」

明日葉「はあ……ダメダメだな、私は……」

今にも泣きそうに腫らせた瞼が一瞬見えたが、楠さんはそれを隠すように布団をかぶってしまう。

明日葉「すみません。少し1人になりたいので、退出してもらってもいいですか?今の私を、先生に見せることはできません」

八幡「はい……。それでは、また来ますね」

布団でくぐもったか細い声に従って、俺は物音をたてないようにそっと病室を後にした。

------------------------------------------

病院を出て携帯を確認すると、色んな人からLINEが来ていた。その中でも俺は一番上に表示されているこの人のLINEに反応した。

蓮華『ごめんなさい先生。あんこを見失っちゃった。何か所か心当たりあるけど、どうする?』

どうして候補が何か所かあるのか、っていうツッコミは今は置いといて、とりあえず一度合流して話しあわなければいけないだろう。今までのこと、これからのことを。

八幡『今はそっとしておきましょう。それより、今から2人で会えますか?話しあいたいことがあるんです』

返信を返すとすぐに既読がついた。そして1分も経たないうちに新しいメッセージが来た。

蓮華『え〜、もしかしてれんげとデートしたいんですか〜?まあ、先生とならしてあげてもいいけど、どうしようかしら〜』

返事早っ。しかもうざっ。だけど既読を付けた以上、早く返事をしないと余計いじられる。まさか、こんなふうにLINEの既読機能に振り回される日が来るとは……。世のリア充はよくこんなものを使いこなせるな……。

蓮華『冗談ですよ。学校で話しましょ。そのほうが色々都合もいいし』

すぐに芹沢さんから追加のメッセージが来た。この人が自分からこんなフォローするってことは、かなり切羽詰まっているのだろう。

俺は『了解です』と返信して携帯をしまうと、病院の前でタクシーを拾い、学校へ急いだ。
555 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/07(木) 18:07:57.39 ID:z4lMZ8g50
番外編「サドネの誕生日前編」


12月である。もう朝晩だけでなく、昼間もかなりの防寒対策をしないと外を歩けないような気候となってしまった。千葉はほとんど雪は降らないからまだいいが、ここが豪雪地帯だったとしたらぞっとする。特に俺は夏生まれだから、自然と身体も夏に特化したつくりとなっているのだ。(八幡調べ)

そもそもクマでさえ冬眠するのに、人間が冬にもせっせと働いているのは本来おかしいのだ。冬はじっと寒さに耐え、暖かい春が来たらまた動けばいいのだ。

けど、社畜にはそんな理屈は通用しない。うちの両親は相も変わらず朝早くにコートを着込んで出勤し、夜遅くにコートを着込んで帰宅する。かくいう学生の俺や小町も、毎朝寒さに震えながら学校を家を往復している。こうして子どもの時から社畜精神を鍛えさせるのがこの国の教育の目的なのかもしれない。だからブラック企業がなくならないんだ。全企業ホワイトプランに加入しろ。そしたら正義の名の下にどうにか変わるかもしれない。

サドネ「おにいちゃん、何ぶつぶつ言ってるの?」

ふと横を見るとサドネがいた。どうやら俺の考え事が口から出てしまっていたらしい。不覚。放課後の星守クラスで、他に誰もいないからって油断していた。

八幡「なんもねえよ。それより、なんか用か?」

サドネ「おにいちゃん、コイって何?」

八幡「コイ?コイっていうのは、魚だよ。あー、ちょっと待ってろ」

俺は持ってたスマホでコイを画像検索してサドネに見せる。だがサドネは画像を見ても納得した顔にはならない。

サドネ「違う。これじゃない」

八幡「違う?確かにこれはコイだと思うんだけど」

サドネ「そうじゃない。サドネが聞きたいのこのコイじゃない」

ん?魚のコイじゃないコイを聞きたい。……まさか、ね?

サドネ「えーと、確か漢字だとこう書く」

サドネはチョークを持って黒板に向かうとゆっくりと文字を書いていく。けっして上手いとは言えない、むしろかなり下手な文字だが、何を表しているかは読み取れた。

サドネ「このコイ。おにいちゃんわかる?」

サドネが書いたのは、まぎれもなくLOVEの「恋」だった。

八幡「あー、そうだな……。そもそもなんでサドネは恋のこと知りたいんだ?」

サドネ「お昼休みにノゾミが持ってきてた本にコイのことが載ってた。他にウララとかスバルとかもいたけど、みんな知ってた。でもサドネ知らなかった。だから質問したけど、誰も答えてくれなかった……」

サドネは寂しそうに目を潤ませながら答える。でも、そりゃ答えられないだろ。恋心なんて人それぞれだし、説明する相手がよりにもよって、何も知らないサドネだ。松本に相談できればいいのだが、それはできない。多分、コナンの劇場版主題歌の作曲中だろう。邪魔するわけにはいかない。

八幡「天野や若葉だけじゃなくて、八雲先生や御剣先生なんかにも聞いてみたか?」

サドネ「聞いた。でもイツキもフーランも知らないって」

あの2人、逃げたな……。でも、どっちともちゃんとした恋愛経験があるわけじゃなさそうだし、こういう対応をするのも頷ける。

サドネ「おにいちゃんは、コイ、知ってる?」

八幡「え、いや、ああ、どうだろうな……」

サドネ「ごまかさないで」

八幡「……知ってるか知らないかと言われれば、知ってます」

サドネの厳しい追及に、すぐ白旗を挙げてしまった。だって、ハイライトが消えた目で睨まれたら、誰だって怖いでしょ?そうでしょ?

サドネ「じゃあおにいちゃん教えて」

サドネは笑顔になって体を寄せてくる。まさか、中学1年生の情操教育に関わることになるなんて夢にも思わなかった。ここで変なことを言ってしまったら、サドネはそれを一生背負って生きていかなければならなくなる。どうにか、一般的な知識を身につけて欲しいところだ。

八幡「……わかった。ただ、1つ約束してほしい。今日、俺とこういうことを話したってことは誰にも言っちゃいけない。いいな?」

サドネ「どうして?」

八幡「どうしてもだ。これを守れないなら、恋は教えられない」

サドネ「ん。わかった。約束する」

ひとまずこれで俺の尊厳は守られるだろう。こっからが勝負だ。

八幡「恋っていうのはな、誰かを好きになる事を言うんだ」

サドネ「好き?サドネ、おにいちゃんとかカエデとかみんな好きだよ?」

八幡「そういう好きじゃないんだ。なんというか、その、『キュン』とくる感じがある好きが恋なんだ」

自分で言ってても恥ずかしい。少女漫画の描写の受け売りだからな。年的にも性別的にも、これでわかってくれればいいんだが……。

サドネ「キュン、ってどういうこと?」

ダメかー。そりゃ、キュンがわかれば恋もわかるしなあ。うーん、これ以上どうやって説明すればいいんだ……。
556 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/07(木) 18:09:44.81 ID:z4lMZ8g50
番外編「サドネの誕生日後編」


サドネ「おにいちゃんの説明わかりづらい。おにいちゃんが知ってるコイを教えて」

八幡「それは、つまり、俺の恋の歴史を語れってこと?」

サドネ「うん。そのほうがサドネわかるかもしれない」

お、俺の中学の頃の黒歴史を語れと言うのかこいつは?そんなことをしたら、俺の中の開かずの間に封印された怨念が吹き出し、これからしばらく毎晩枕を濡らしながら寝なければならなくなる。

だが、目の前のサドネはそんなことは露知らず、純粋無垢であどけない表情を崩さない。サドネがこんなふうに聞いてくるんだ。多分、本心から知りたいに違いない。なら、俺もそんな希望に応えるよう一肌脱がなきゃならないだろう。

八幡「…………わかった。俺の知ってる恋を、教える」

サドネ「わぁ」

八幡「まずは……」

そこから俺はしばらく自分の恋遍歴を語り続けた。だが、そのどれもが報われない恋だったため、結末がどれも悲惨なものになってしまった。サドネは終始興味深そうに話を聞いて、時には質問もしてきた。

八幡「ま、俺の話はこんな感じだ」

サドネ「ん。長かったね」

八幡「う、まあ、色々あったからな……」

鋭いツッコミで俺のハートを壊しにかかってくるサドネ、恐ろしい。

サドネ「で、まとめるとどういうこと?」

八幡「ようするに、恋をすると、ある特定の人のことばかり考えるようになったりドキドキしたり。その人と何か関わった日には嬉しくなるし、逆に他の人と仲良くしてるところを見たら悲しくなるって感じだ」

俺の場合はそう。他の人の恋が一体どんな感じなのかは定義できない。人だけじゃなく、他の動物や壁なんかとも結婚する人がいるくらいだ。10人いたら、10通りの恋があるはずだ。

サドネ「ドキドキ、嬉しい、悲しい……」

サドネは何やらぶつぶつ呟いた後、座っていた椅子を俺の隣にぴたりと寄せ、若干頬を赤く染めながら見上げてきた。

サドネ「おにいちゃん。サドネコイしてるかも」

そう言うとサドネは俺の腕をつかんで、自分の胸のあたりに押し当てた。え、何してるのこの子。やばいやばいやばい。サドネは身体つきだけは平均よりも大人っぽいから、柔らかさを余計感じてしまう。こんなところを誰かに見られたら警察行きまったなしだぞ?

八幡「な、何してんだサドネ?」

サドネ「わかる?サドネのここ。おにいちゃんのコイの話を聞きだしてからドキドキしてる。今は、もっとドキドキしてる」

八幡「サドネ……」

サドネ「それに、おにいちゃんといるといつもすっごい楽しいし、嬉しい。でも、サドネじゃない他の子と仲良くしてるのを見ると悲しくなってた。これって、おにいちゃんが言うコイ、と同じだよね?」

俺の腕を胸に押し当てたまま、サドネはなおも言葉を続ける。

サドネ「ずっと不思議だった。サドネ、おにいちゃんの前に来るとドキドキしちゃう病気なのかと思ってた。カエデに相談したけど、カエデもよくわからないって言ってた」

うーん、知らないから罪にはならないかもしれないが、こんな質問に答えなきゃいけない千導院も大変だな。

サドネ「でも、今日おにいちゃんの話を聞いてわかった。サドネ、おにいちゃんに恋してるんだって」

そう話すサドネは、普段よりもずっと大人びて見えた。それは、窓から差し込む夕日にサドネの顔が綺麗に照らされているからかもしれない。

サドネ「おにいちゃんは、今ドキドキしてる?」

八幡「…………してないって言ったらウソになる」

そりゃ、こんな状況下で冷静でいられるわけないでしょ。俺の場合は、恋じゃなくて、緊張の方でドキドキで壊れそう。サドネに触れている手は熱いけど、額からは冷や汗が噴出してるからね?

サドネ「ふふ、サドネと一緒だね」

やばい。俺はサドネの中の開けてはいけない扉を開けてしまったのかもしれない。これ以上刺激を与えてはいけない。もう止めなければ。

八幡「サドネ。最初に言ったことを覚えてるか?」

サドネ「うん。今日のことは誰にも話さないって」

八幡「ああ。そうだ。。そろそろ下校時間だからサドネは帰らないといけない。だから最後にこの約束をもう一度確認したかったんだ」

サドネ「うん。サドネ、約束守る」

サドネの返事を聞き、俺はゆっくりと手をサドネから離す。サドネは一瞬物足りなそうな顔をしたが、すぐに笑顔になる。

サドネ「おにいちゃん。今日のことは2人の秘密、ね?ずっと覚えててね?」

サドネはそう言い残すとカバンを持って教室を出ていった。俺はと言えば、冷や汗をかいたところが冷えて寒くなってきたが、サドネに触っていた手だけは、どっちのぬくもりかはわからないが、しばらく熱を保ったままだった。
557 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2017/12/07(木) 18:11:28.86 ID:z4lMZ8g50
以上で番外編「サドネの誕生日」終了です。サドネ、お誕生日おめでとう!

昨日でこのスレが立って1年が経ちました。全員の誕生日を祝うことが1つの目標だったので、達成できて満足しています。これからは本編頑張ります。
558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/08(金) 03:30:29.41 ID:1i17G0bC0
1年!そんなに経ってたとは
これからも応援してるよ
559 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/17(日) 00:54:37.96 ID:9dn1MVGQ0
本編6-9


タクシーが校門前に到着すると、携帯が震え出した。着信先は「♡蓮華♡」。この表示嫌だな。後で誰かに変え方聞こ。

八幡『もしもし』

蓮華『先生。遅いですよ。もっと早く来てください』

八幡『いや、これでも病院から直行したんですけど……。つか、なんで俺が学校着いたの知ってるんですか?』

蓮華『ふふ、先生。上の方見てください』

言われた通りに目線を上げると、ある教室から芹沢さんがこっちに手を振っているのが見えた。

八幡『何してるんですかそんなところで……』

蓮華『あら。先生のために2人で話せる場所を用意したんですよ?』

確かに病院を出た時の連絡では、2人で話したいと言ったのは俺だ。芹沢さんはそれを踏まえて事前に場所を取っておいてくれたらしい。意外に俺の言うことはきちんと聞いて覚えてくれていたらしい。

八幡『……ありがとうございます』

蓮華『あら〜?やけに素直ね。どうしたの先生?』

八幡『別になんもないですよ。すぐそっち行きます』

蓮華『は〜い』

俺は電話を切ると、小走りに校舎へ急いだ。

-------------------------------------------------

ひっそりとした廊下を歩きながら、さっき芹沢さんがいた教室を探す。

八幡「確か、ここらへんに……」

外からの情報と校舎内の構造を照らし合わせてたどり着いたのは生徒会室だった。

八幡「失礼します」

中に入ってみると、いつもは楠さんが姿勢よく座っている会長用の椅子に、芹沢さんがだらりと腰かけているのが目に入った。

蓮華「あら先生。ようこそ生徒会室へ」

八幡「なんでそんなくつろいでるんですか……」

蓮華「れんげ、明日葉と話すために、よくここに来てたの。でもこの椅子には絶対座らせてくれなかったから、今日試しに座ってみたらすごい座り心地が良くて〜」

八幡「そうですか……」

なんか、この人と話してると自分のペースで話せなくて疲れる。最初から芹沢さんのペースにされたら、話がこれから先に進まない

八幡「そういえば、なんで生徒会室に入れるんですか?普段は閉まってるはずじゃ」

蓮華「先生とあんこが病院に来る前に、明日葉からカギを預かってたの。『私が退院するまで管理を頼む』って。だから、先生から2人で話したいって言われたとき、ここを使うことを思いついたの」

八幡「なるほど……」

蓮華「だから、ここなら誰に聞かれないわ。それで先生、話って何?」

今までの軽い雰囲気は鳴りを潜め、ひりついた空気感が教室内を包む。俺は、唇をひとなめして、聞きたいことを整理してから口を開く。

八幡「まずは確認したいことがあります。芹沢さんは、楠さんと粒咲さんが対立していたことを知ってましたよね?」

蓮華「ええ。多分、先生が知る少し前から知ってたわ」

八幡「それで、芹沢さんはどんなことを2人に言ったんですか?」

蓮華「先生と同じよ。れんげはどっちの味方にもならなかったし、どっちの敵にもならなかった」

八幡「なんでですか?」

蓮華「だって、2人ともれんげの大切でかわいい星守クラスの仲間だもの。どっちかだけを贔屓するわけにはいかないわ」

八幡「はあ」

蓮華「それに、もしれんげが仲裁してたら、その場は収まるかもしれない。でも、根本的な解決にはならない。必ずどこかで同じ問題が噴出する」

八幡「……だから教室でも、病室でも、2人の言い争いに介入しなかったんですね」

蓮華「そ。それがれんげの取れる、唯一の方法だったから……」

芹沢さんはいつの間にか姿勢を正して椅子に座っていた。その表情は昼の明るい陽射しとは真逆の、暗く冷めたものになっている。
560 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/17(日) 00:56:58.81 ID:9dn1MVGQ0
本編6-10


蓮華「でも、先生もそうだったでしょ?問題解決に至らず、応急措置として回避を続ける。ここ数日の先生の様子を見てたらわかっちゃった」

八幡「……わかったんなら助けてくださいよ」

蓮華「それはムリよ。だって、れんげにもそれしかできなかったんだもの」

そう言うと、芹沢さんは俺の目を少しの揺らぎもなく見定めてきた。その眼力に、俺は身動き一つとれなくなる。

蓮華「だから、今回のことをれんげに頼ろうとしても意味はないわ。……ごめんなさい」

八幡「……そうですか。じゃあ八雲先生や御剣先生に、」

蓮華「それはダメ!」

立ち上がろうとした俺の腕をつかみながら、芹沢さんは必至な形相で訴える。

八幡「なんでですか?」

蓮華「八雲先生も御剣先生も、多分明日葉の言い分を聞くと思う。そしたらあんこはクラス内で孤立しちゃうわ。それに、星守クラスの中には、あんこの意見に賛成している子も何人かいるはずよ。そういう子たちも肩身が狭くなっちゃうわ」

八幡「なら、どうしろって言うんですか……」

問題回避もダメ、芹沢さんに頼るのもダメ、八雲先生や御剣先生に相談するのもダメ。もう打つ手は何も残ってないぞ……。

蓮華「れんげは、先生にならどうにかできると信じてる」

顔を上げると、芹沢さんが真剣な表情を崩さないまま優しく語りかけてきた。

八幡「……それって、俺に全てを任せようとしてませんか?」

蓮華「そんなことはないわ。れんげだって、できるサポートはなんでもする。それに、問題の中心こそ明日葉とあんこのことだけど、残された星守クラス子たちのことも同時になんとかしないといけない。れんげが下級生の面倒を見るから、先生には明日葉とあんこのことお願いしたいの」

確かに芹沢さんの言う通り、問題は楠さんと粒咲さんのことだけではない。星守クラス全体にもこのことで動揺が広がっているだろう。それを芹沢さんがフォローしてくれると言ってくれている。本来なら、担任の俺が全ての面倒を見なければならないはずなのに、だ。

八幡「……できるかどうかはわかりませんが、やるだけやってみます」

蓮華「ええ。お願いね。先生」

そう言うと芹沢さんは、立ち上がってつかつかとドアの前に移動する。そしてくるりとスカートや髪をはためかせながらこちらを向く。

蓮華「じゃあ先生。行きましょ。星守クラスへ」

八幡「……ええ。まずはあいつらに現状を説明しないといけないですしね」

俺も立ち上がると、芹沢さんとともに生徒会室を出て、星守クラスへと向かった。
561 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2017/12/17(日) 00:59:37.70 ID:9dn1MVGQ0
書きためていたものが消えたので、間は空きましたが今回の更新は以上です。これからも、しばらくは更新頻度が遅くなります。申し訳ありません。
562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/17(日) 19:56:12.36 ID:ZimzKrHO0
乙!
気長に待ってる。
563 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/22(金) 00:13:29.12 ID:Pv98AXp+0
本編6-11


俺と芹沢さんが教室に入ると、全員の視線が痛いほど俺たちに向けられた。その視線は星守たちだけでなく、八雲先生や御剣先生からも注がれている。

樹「比企谷くん!蓮華!明日葉はどうだった?」

八幡「命に別状はありませんでしたが、ケガが治るまでは入院を続けることになりました」

風蘭「そうか……。リーダーの明日葉がいないとなると、これからイロウス殲滅が大変になるな」

蓮華「だから、明日葉が帰ってくるまでは、れんげがみんなのリーダーをやります」

望「れ、蓮華先輩が!?」

桜「珍しくやる気じゃのお」

突然の芹沢さんの宣言に、クラスの中にいた全員が驚きの反応を見せる。まあ、そりゃそうだわな。普段の言動からしたら天地がひっくり返るか、中身が入れ替わるかしてるんじゃないかって思われてもおかしくない。

遥香「でも、それが一番の対応策なのは確かですよね」

蓮華「遥香ちゃんわかってるじゃな〜い。ご褒美に蓮華がぎゅ〜ってしてあげる〜」

だが、芹沢さんの提案に反対する声は聞かれない。ここらへんは流石最上級生といったところか。かなりの信用度はあるらしい。

うらら「ただ、このテンションを抑えてくれる人がいないのが問題ね……」

昴「あはは……。そういえばあんこ先輩は?」

心美「朝、教室で明日葉先輩と言い争いしてから見かけないですう……」

八幡「粒咲さんも、俺たちと一緒に病院に行きました」

蓮華「ただ、あんこには明日葉のケガがけっこうショックみたいだったの。だから先に帰らせちゃったわ」

ミシェル「むみぃ、あんこ先輩……大丈夫かな……」

花音「けっこう本気で言い争いしてたものね……」

やはり、楠さんと粒咲さんのことになると、クラスの雰囲気が暗くなる。逆に言えば、2人はそれほど大きな存在感を持っていたということだろう。支柱がなくなれば、全体が揺れ動くのは必然だ。

蓮華「あんこなら大丈夫よ。絶対」

色々な憶測がささやかれ始めたところで、芹沢さんが力強く言葉を発した。その最後の言葉は、いったい誰に向けていったものなのだろうか。それを俺が考える間もなく、芹沢さんは話し続ける。

蓮華「今すぐ、は無理かもしれないけど、必ずあんこは戻ってくる。それは明日葉も同じ。それまでは、れんげや、先生たちがみんなを支える。だから、みんなも明日葉を、あんこを、れんげたちを信じてほしい」

芹沢さんは教壇の上で頭を下げる。その光景に、誰もが面食らってしまった。まさか、この人がここまでやるとは思わなかった。普段の軟派な性格は鳴りを潜め、そこにあるのは、それだけで絵になりそうなほど綺麗なお辞儀だ。

樹「蓮華……」

風蘭「でも、どうするつもりなんだ。アタシや樹は実際に現場を見ていないから何とも言えないが、今この場にあんこがいないことを考えると、事態はけっこう深刻なんじゃないのか」

八幡「……確かに簡単に解決できるものではないと思います。具体的にどうこうというアイデアも、まだありません……」

御剣先生に睨まれた俺は、強気な発言をした芹沢さんと対照的に、弱腰な態度を隠せなかった。俺の返答を聞いた星守クラスの中に、再び不安げな声が上がり始める。

牡丹「みなさん。比企谷先生を信じましょう」

その時、教室に理事長がゆっくりと教室に入ってきた。今まで俺や芹沢さんに注がれていた視線が一気に理事長に集まる。だが、理事長は見られることに慣れているからか、全く動じるそぶりも見せない。

牡丹「恐れることはありません。これまでもみなさんは、危機的な状況を何度も乗り越えてきたじゃないですか」

ゆり「ですが、今回は今までの状況とは全然違う気がするのですが……」

牡丹「ええ。それでもみなさんなら、きっと大丈夫です。だって、みなさんは神樹に選ばれた星守なんですから」

くるみ「は、はい……」

牡丹「さ、話はひとまずこれで終わります。比企谷先生、樹、風蘭、それと蓮華。私と一緒に来てください。後のみなさんは自習にします」

星守たち「はい」

樹、風蘭「わかりました」

蓮華「は〜い」

八幡「はい……」
564 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/22(金) 00:16:11.06 ID:Pv98AXp+0
本編6-12


理事長に連れられ、俺たち4人は再びひっそりとした廊下を歩き、理事長室へたどり着いた。

樹「比企谷くん、蓮華。もっと詳しく話を聞かせて」

風蘭「あんたたちが病院に行っている間に、星守たちから事情は聞いた。明日葉とあんこが星守任務のことでいい言い争いをしたらしいな」

部屋に入るや否や、八雲先生と御剣先生は激しく俺たちに詰め寄ってきた。

八幡「……まあ、そうです」

蓮華「でも、2人のことはれんげと先生に任せて欲しいの」

樹「ダメよ。私もそのことはさっき聞いたけど、どう考えてもあんこが悪いじゃない。星守は常に、清く正しくたくましく、よ」

風蘭「待て樹。悪いのはあんこじゃなくて明日葉だろ。アタシたちとしてもギリギリで調整をしているところへ、さらに特訓時間を増やそうとしたんだろ?アタシが現役の星守だったら、真っ先に反対してるね」

樹「今はあなた個人の考えは関係ないでしょ風蘭。教師として考えなさい」

風蘭「今さっき樹も自分のポリシーで語ってたじゃんか」

樹「私の考えは星守としては当然の考えよ」

風蘭「そうか〜?少なくともアタシは、そんなことこれっぽっちも考えてなかったけどな」

樹「それは風蘭だからでしょ。それに、今だって高校生の時からほとんど変わってないじゃない。この前だってヘンなもの作って危うくラボを爆破させるところだったでしょ?」

風蘭「い、今の話は関係ないだろ!それに、実験には失敗はつきものだっつーの!」
565 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/22(金) 00:17:30.70 ID:Pv98AXp+0
本編6-13


牡丹「2人とも、落ち着きなさい。どうしてあなたたちが言い争いをするのですか」

言い合いが過熱してきたが、理事長のクールダウンによって、2人は押し黙ってしまった。

牡丹「やはり、この件は比企谷先生と蓮華に任せようと思います」

樹「ですが理事長、」

牡丹「教師として今一番大切なのは、生徒の心に寄り添うことです。さっきの2人の発言には、それが欠けていました」

風蘭「うう……」

牡丹「時にはそのような熱い指導も必要です。が、今は明日葉とあんこの気持ちを両方とも理解することが求められています」

理事長はそう言うと、俺のほうに向きなおった。その瞳はわずかに濡れていて、じっと見ていると吸い込まれそうな錯覚さえ覚える。

牡丹「どうか、明日葉とあんこのこと、よろしくお願いします」

八幡「はい……」

そんなこと言われたら、頷くしかないじゃん。まあ、もともとそのつもりだったから、結果オーライみたいなところはあるけど。

蓮華「計画通りね先生」

突然、芹沢さんが俺の腕をつかんで密着しながら、耳もとでそっと囁いてきた。ねえちょっとやめてくれませんか?いきなりそんなところ刺激されたらドキッとしちゃうでしょ。

八幡「あの、離れてくれませんか……」

蓮華「え〜?先生は、れんげのこと嫌い?」

何せ美人な年上のお姉さんからのスキンシップだ。嫌いな人がいるはずがない。

押しつけられる身体の肉質だったり、うっすら香る女の子特有のシャンプーやら香水やらの匂いだったり、頬にわずかにかかる息遣いだったりが気になってしかたがない。

だが、相手は芹沢さんだ。これが俺をおちょくるだけの行動であることは明白である。もしかしたら、自分の計画通りに事が進んで安心しているのかもしれないが。

八幡「嫌いとかないですよ。まあ、好きな人もいませんけど」

蓮華「もう。先生はつれないわね〜」

しぶしぶ芹沢さんは俺から腕を離す。べ、別にもったいないなあ、とか思ってないんだからね!

牡丹「比企谷先生、それに蓮華。できれば明日葉が退院する前に、事態を収束させてください」

蓮華「でないと、あんこが戻りづらくなるから?」

牡丹「その通りです」

ということは、時間はあまり残されていない。無理はしないよう医者に言われたらしいが、楠さんの真面目さを考えると、そう長く入院しようとは思ってないはずだ。

それに、粒咲さんも時間が経てば経つほど戻りづらくなるだろう。一旦炬燵に入ってしまうと、なかなか出てこれないのに似ている。違うか、違うな。

八幡「……わかりました」

だがここでぐだぐだ色んな事を考えていてもしょうがない。俺が考えることは、楠さんと粒咲さんのことだ。

牡丹「では、そういうことでよろしくお願いします」

理事長の一言によって、この場は解散となり、俺と芹沢さんは理事長室を後にした。
566 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/22(金) 00:21:07.69 ID:Pv98AXp+0
本編6-14


放課後になった。廊下は授業を終えた生徒たちによる喧騒に包まれているが、今の俺からしたらその物音もなんだか別世界のように感じる。

その原因はまぎれもなく、この生徒会室の雰囲気だろう。部屋の中には俺と芹沢さんの2人しかおらず、それぞれが別の作業をしている。

蓮華「あ〜ん。もう書類多すぎ。もうやだ〜」

手元の書類をばさっと机に放って、芹沢さんは背筋を反らして思いっきり伸びをする。……なんか、一部の膨らみが強調されているが、眼福には違わないし、黙っておこう。

八幡「それ、生徒会関係の書類ですよね。芹沢さんじゃなくて、他の生徒会役員がやれば」

蓮華「いないわよ。他の役員なんて」

八幡「は?いや、会計とか、書記とか」

蓮華「会計も書記も、それ以外も全部明日葉がやってるの。明日葉は、なんでも1人でやっちゃうから」

わかってはいたが、楠さんも相当なハイスペックの持ち主だなあ。普通、どんな生徒会も数人でやるもんだぞ。黒神めだかだって、1人では生徒会を運営していない。ということは、楠さんも何かしらの異常性を持っているのか?箱庭学園の生徒だったら、楠さんは間違いなく13組。

蓮華「だから、たまに遊びに来てたれんげ以外、誰も生徒会の仕事を知らないの。まあ、れんげもちゃんと手伝ったことはないから見よう見まねでやってるんだけど」

見よう見まねで出来てしまうあたり、芹沢さんもかなり有能なんだよなあ。ホント、星守クラスの人たちは皆何かしらに秀でているのがすごい。やはり星守になる子たちは一般人とは違う存在なのだろうか。

蓮華「せめてあんこがいればまだどうにかなったんだけど、それも叶わないわ」

八幡「粒咲さんも手伝ってたんですか?」

蓮華「明日葉、パソコン使わないから書類も手書きなのよね。だからそれをデータに打ち直すのをあんこがよく手伝ってたわ」

八幡「意外ですね……。粒咲さんってずっとパソコンでゲームしてるイメージしかなかったです」

蓮華「あんこからしたら、資料なんてすぐ作れるし、それで明日葉に恩を売って部が存続できるならって思ってるんじゃないかしら」

八幡「なるほど……」

蓮華「だから蓮華は明日葉用に手書きの資料を作りつつ、あんこがやってたデータ化も同時にやらなきゃいけないの。早く2人に戻ってきてもらわないとれんげまで倒れちゃうわ」

芹沢さんは大きなため息を吐いた。そりゃ、大変に決まってるだろう。目の前の紙の山を見れば、その仕事量の多さを実感してしまう。

なんで仕事ってやってもやっても終わらないの?この仕事量の多さこそ、何かの陰謀何じゃないかと疑うレベル。科学が進歩して、人間は確実に働かなくてもよくなってるのに、なぜか仕事は減らない。この矛盾は、どこからやってくるのん?

八幡「手伝いましょうか?」

蓮華「……ううん。先生には、明日葉とあんこが戻ってくる方法を考えることに集中してほしい」

八幡「……そうですね」

と言われても、そう簡単に思いつくなら苦労はしない。日常業務をこなしつつ考えてはいるが、ちっともアイデアが浮かばない。

八幡「とりあえず、もっと本人たちから話を聞かないことには始まらないですよ」

蓮華「そうね。なら電話してみましょうか」

芹沢さんはスマホを取り出して画面をフリフリフリックすると、しばらくそれを耳に当てる。

蓮華「う〜ん、あんこ出ないわねえ」

八幡「まあ、仕方ないですね」

スマホをしまった芹沢さんは、散らばった書類を整えるとカバンを持って立ち上がる。

蓮華「こうなったら、直接探すわよ」

八幡「は?」

蓮華「朝に電話で言ったじゃない。候補は何個かあるって」

八幡「確かに言ってましたけど……」

蓮華「れんげだけで会いに行くより先生がいたほうがいいわ。ほら。早く職員室から荷物取ってきて」

八幡「ちょ、行きます、行きますからそんなに急かさないでください……」

俺は芹沢さんに引きずられるように生徒会室から職員室に連れていかれた。まるで、散歩に行きたがらない犬が飼い主に引っ張られるかのように……。
567 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/29(金) 21:12:20.21 ID:rPgrHdTl0
本編6-15


八雲先生たちに事情を説明し、俺と芹沢さんは繁華街にやってきた。

蓮華「学校にいなければ、あんこはよくここらへんのゲーセンにいるの」

八幡「はあ……」

夕方の繁華街はカラフルなネオンと、赤い太陽の光が交わり、賑やかな雰囲気に包まれている。中に入ると、各筐体のきらびやかな明るさと、あまりの爆音に目と耳を抑えたくなる。千葉のゲーセンは行き慣れているからそこまでだけど、初めて入るゲーセンは勝手もわからないから余計居心地が悪い。

蓮華「あんこがプレイしていれば、そこに人だかりができてるはずなの。それを手掛かりにして探して」

仕方なく芹沢さんの言う通りに、人が集まっている場所を見ていく。格ゲー、音ゲー、メダルコーナー、UFOキャッチャーとジャンルを問わず目を凝らすが、どこにも見当たらない。

というか、なんで芹沢さんはこんなことまで知ってるんだろうか。粒咲さんに限らず、星守クラス全員の生活スタイルを知ってたとしたら、恐ろしすぎるんだが。ストーカーの域をはるかに超えている。もはや神業。

店員「あの、すみません」

ふと肩を叩かれながら声をかけられた。振り返ると、店員が訝し気に俺のことをじっと見てくる。

店員「ここプリクラゾーンなんで、男の人だけの入場はお断りしてるんですが……。何であっちの女の子たちをじっと見てたんですか?」

八幡「え、いや……」

しまった。人だかりを探すのに気を取られてプリクラゾーンに足を踏み入れてしまったようだ。店員さんだけじゃなく、プリクラ機の前にいる女の子たちも、遠巻きながら不審がってこっちを気にしているのが見える。そればかりか、俺と店員の様子をうかがうように周囲に人だかりができてきた。

店員「まさかそのスマホで盗撮とかしてないですよね?」

八幡「し、してないですって」

蓮華「もう、何やってるのよ」

強引に店員が俺のスマホを取ろうとした時、芹沢さんが小走りにこっちへやって来た。

店員「ああ、彼女さんと待ち合わせてたんですね。すみませんでした」

八幡「え、いや、あの」

蓮華「は〜い」

店員は勝手に早とちりをすると、そそくさと筐体の裏へと消えていった。集まり始めた人だかりも一瞬で解消された。たまに、刺さるような視線を浴びせられたのには納得いかないが。

蓮華「なんで先生が人だかり作ってるのよ」

八幡「いや、間違えてプリクラゾーン入ったら呼び止められたんですよ」

蓮華「まあ、先生は目腐ってるものね」

八幡「それどころか、盗撮してるんじゃないかって疑われましたよ。なんでプリクラ撮りに来た女子を俺が盗撮しなきゃいけないんですか……」

蓮華「そ、そうね」

俺が愚痴るように言うと、芹沢さんは慌ててスマホをポケットにしまった。……この人、絶対女子高生盗撮してたな。

蓮華「そ、それより、ここにはあんこの姿はないわ。移動しましょ

八幡「はあ。でも、移動するってどこに行くんですか」

蓮華「そうね〜。時間も時間だし、もう家にいるんじゃないかしら」

八幡「家ですか……」

帰宅したとなれば、俺たちが出る幕はなくなったな。よそ様の家に突然お邪魔するなんてぼっちにとってはハードルが高すぎる。

小学生の時、仲がいいと勝手に思っていた二宮君に居留守を使われて以来、他人の家を訪れることはやめた。なんで大井君のことは楽し気に招いているのに、俺には居留守使うの?まあ、今となってはどうでもいいが、俺にとっては、それくらい難易度が高いミッションなのだ。

蓮華「先生。早く行くわよ〜」

だが芹沢さんは俺とは違い、何の気兼ねもせずに軽やかな足取りでゲーセンの出口へと向かう。バレエや新体操で身につけたであろう身のこなしは流石、と言うしかないほど洗練されている。

蓮華「うふふ、あんこの部屋着楽しみだわ〜」

粒咲さん、すみません。俺にはもうこの人は止められません……。
568 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/29(金) 21:15:04.82 ID:rPgrHdTl0
本編6-16


電車に乗ること数駅。なんの躊躇もなく電車を降りた芹沢さんは、勝手知ったように歩いていく。

八幡「粒咲さんの家行ったことあるんですか?」

蓮華「もちろん。あんこだけじゃなくて、星守クラス全員の家に行ったことあるわよ」

よくこの人を家の中に入れられるなみんな。粒咲さんや楠さんなんて特に嫌がりそうではあるが。

蓮華「まあ、帰宅するみんなをウォッチングしただけだから外観までしか知らないけど」

八幡「それは行ったことある内に入らないですよ……」

ホントこの人なにしてんだ……。ウォッチングの域なんぞはるかに超えて、犯罪行為と言われてもおかしくない。というか、どう考えても犯罪。

蓮華「でも、れんげがあんこの家に行ってなかったら、今日話をすることもできなかったわよ?」

八幡「そうやって自分の犯罪を正当化するのはやめてくださいよ」

蓮華「みんなへの愛が深いだけよ?」

八幡「それがストーカーしていい理由にはならないですよ……」

蓮華「あら、好きな子のことは何でも知りたいって思うのはおかしいこと?」

八幡「……もういいです」

口で争ってもこの人には負ける。それどころか何しても負けるまである。卑屈さくらいでしか勝ち目がない。いや、この発想をしてる時点で完全敗北。

蓮華「ここよ」

その後もくだらない話を続けていると、ある家の前に芹沢さんが止まった。外観は至って普通の家。うちとそんなに変わらないだろう。

蓮華「ピンポーン」

俺が家を見上げていると、突然芹沢さんがインターホンを押した。

八幡「ちょ、いきなり何してるんですか?」

蓮華「いいのいいの」

ほどなくしてガチャと言う音がして、なんだか久しぶりに聞く声がインターホンから流れてきた。

あんこ『はい』

蓮華「宅配便で〜す」

あんこ『はいはい』

インターホン越しの芹沢さんの声に全く気付くことなく、粒咲さんはインターホンの通話を切った。

蓮華「あんこが出てきたらすぐに突撃するわよ」

芹沢さんがドアの前でそわそわしている。手もわきわきし、口もはあはあ言っている。そんなに興奮するシチュエーションじゃないだろ。

と、少ししてカギが開く音がして、ドアが開いた。瞬間、芹沢さんはドアに足を入れつつ、強引にドアを開けて粒咲さんに迫る。

あんこ「のわあ!なんで蓮華がいるのよ!」

蓮華「あんこと話したかったの〜。ゲーセンにいってもいなかったから、家まで来ちゃった?」

あんこ「来ちゃったじゃないわよ!なんでワタシの家知ってんのよ!」

蓮華「れんげの愛の前には、どんな隠し事だって無意味よ〜」

あんこ「何訳わからないこと言ってるのよ!」

2人はワーワーキャーキャー言いながら押し問答を繰り返す。そろそろ、家の前で大騒ぎするのも忍びなくなってきたし、混ざりたくはないけど、声をかけるか。

八幡「あの、もう少し静かにしないと近所迷惑に、」

あんこ「げ、先生もいたの?」

俺のことを初めて認識した粒咲さんは驚きながら少し体を引く。いや、そこまであからさまに嫌そうな態度取らなくてもいいんじゃない?

八幡「え、あ、まあ、いました」

蓮華「ほら、あんこ。先生も来てくれてるのよ?少しれんげたちとお話ししない?」

あんこ「連れてきたのは蓮華でしょ?……はあ。じゃあ2人とも上がって」

不本意そうに粒咲さんはドアを開けて俺たちを迎え入れる。
569 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2017/12/29(金) 21:15:59.29 ID:rPgrHdTl0
本編6-17


あんこ「今飲み物持ってくるから、そこらへんに座っといて」

リビングに通された俺と芹沢さんは、粒咲さんの言う通りキッチンの前にある椅子に腰かける。ぱっと見、いわゆる普通の家な感じがするが何か違和感がある。

あんこ「お待たせ。インスタントコーヒーくらいしかなかったけど」

蓮華「ありがと」

八幡「どうも……」

3人ともコーヒーを一啜りする。その間、部屋の中には時計の秒針が小さな刻む音が響く。

八幡「なんか、この家静かすぎませんか?」

あんこ「そう?まあ、いつもよりは静かね」

蓮華「確かあんこの両親はおうちで仕事されてたわよね?今日は出かけてるの?」

あんこ「まさか。ワタシ以上に引きこもりなパパとママが部屋から出るわけないじゃない」

八幡「じゃあこの家の中に今もいるんですか?」

あんこ「もちろん。あ。ちょっと待ってて」

粒咲さんは立ち上がると、部屋の隅を歩き回って何かごそごそ探し出した。

あんこ「ふう。油断も隙もないんだから」

部屋を一周した粒咲さんの手の中は、なんだかわからない大量の機械でいっぱいになった。

八幡「なんですか、それ」

あんこ「これ?監視カメラと盗聴器。ワタシが玄関にいる間にパパとママが付けたんじゃない?」

八幡「俺たちそんなに疑われてるんですか……?」

あんこ「違うわよ。ワタシの知り合いが家に来ることなんて滅多にないから、観察したかったのよ。きっと」

蓮華「あんこの家族って面白〜い」

芹沢さんは面白がっているが、俺はそんな風には笑えない。相当変わっているぞこの家。なんか、粒咲さんがまともな人に見えてきた。

八幡「というか、部屋から出ない親とどうやって会話してるんですか?」

あんこ「ああ、うちでの会話は全部チャットでやってるの」

粒咲さんはいじっていたノートパソコンをくるりと回転させて俺と芹沢さんに見せてくる。そこにはチャットの画面が表示されていて、今も物凄い数のメッセージが更新され続けている。

蓮華「へえ。チャットだとものすごくおしゃべりなのね。あんこの家族」

あんこ「そうね。チャット越しだと色々気軽に言い合えるから楽だわ。たまにばったり家の中で顔合わせたときはお互いびっくりして何も話さないけど」

2人が話しているのを尻目に俺はパソコンの画面に顔を近づける。するとまたチャットが更新された。

『お、これが噂の比企谷先生か!あんこの言う通り目が腐っているな』

『でも意外と男前よ?あんこが毎日先生のことを話したくなるのもわかるわ〜』

『そうだな。どうだ比企谷先生。あんこはとってもいい子でしょ?学校でも元気にやってますか?』

『私たちの子どもだから、周りとうまくいかないときがあるかもしれませんが、根は優しい子なんです』

『うんうん。料理も作ってくれるし、買い物にも行ってくれるしな』

『もうあの子なしじゃ私たち生きていけませんね〜』

粒咲さんの父親と母親が矢継ぎ早にチャットを更新していく。てか、なんで俺が今この画面見てるの知ってるの?まだどっかに監視カメラあるんじゃないの?

チャットが盛り上がっているのに気づいた粒咲さんは、顔を真っ赤にしてパソコンをひったくる。

あんこ「ちょ、パパ!ママ!何勝手に話進めてるのよ!」

粒咲さんは素早く何か書き込むと、パソコンを勢いよく閉じた。

あんこ「まさかワタシのパソコンをハッキングして、カメラ機能を乗っ取ってるとは思わなかったわ。今度からはさらにセキュリティを強化しなきゃ」

そう言う粒咲さんの表情は次第に険しくなっていく。それを感じ取った俺と芹沢さんもまた、椅子に深く腰かけて姿勢を正す。

あんこ「で、なんでわざわざうちまで来たのよ?」
570 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2017/12/29(金) 21:17:22.55 ID:rPgrHdTl0
今回の更新はここまでです。この本編6章もかなり長くなりそうです。まだしばらくお付き合いしてもらえると助かります。今年最後の更新かも知れないのでみなさん良いお年を。
571 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/05(金) 15:16:29.06 ID:cigdtzRv0
本編6-18


あんこ「話って言ってたわよね。もしかしなくても、明日葉とのことでしょ」

蓮華「バレちゃってたかしら」

あんこ「蓮華と先生がわざわざワタシのためにうちに来る理由なんて、それくらいしかないじゃない」

ここらへんは流石に読まれていたか。逆に考えれば小細工なしに色々聞けるってことで、良い意味で開き直ろう。

八幡「まあ、そうですね。今日のことでもっと詳しく話を聞きたかったんです」

あんこ「話すことは特にないわよ。ワタシと明日葉の意見が食い違った末に起こった結末だし。というか、明日葉にはワタシの考えなんて一生わからないでしょうね」

粒咲さんは目線を落としながら投げやりな感じで呟く。それに対して芹沢さんは悲し気な表情を浮かべつつ、諭すように粒咲さんに迫る。

蓮華「でも、明日葉にも明日葉の事情があって」

あんこ「わかってるわよそれくらい。だからこそ明日葉はワタシのことはわからないって言ったのよ」

芹沢さんの言葉を遮るように、粒咲さんは語気を荒げる。

八幡「そりゃ、人間誰だって他人のことは完全にはわからないですよ」

あんこ「そういうレベルの話じゃないの。明日葉とワタシじゃ住んでる世界が違いすぎるのよ」

八幡「住んでる世界?」

俺の疑問に粒咲さんは一つため息をついてから口を開く。

あんこ「明日葉は有名な楠家の令嬢。ワタシは引きこもり一家の娘。明日葉とワタシは生まれたところからすでに別世界の存在なのよ」

蓮華「でも生まれた場所だけで人は決まらないと思うけど」

あんこ「じゃあ、家のことを抜いてもワタシと明日葉の共通点って何かある?同い年ってこと以外何もないじゃない」

蓮華「あるじゃない。2人ともと〜ってもかわいい、っていう共通点が」

八幡「芹沢さん。今はそんなこと言ってる場合じゃないですって」

あんこ「ほら。所詮そういうことしか言えないじゃない。それくらい違うワタシたちが理解しあうなんて、土台無理な話だったのよ」

八幡「……」

蓮華「……」

粒咲さんの言葉に、俺と芹沢さんは押し黙ってしまう。

あんこ「まあ、逆に今までよくやってこれたと思うわ。ワタシも明日葉から見たらかなり問題の多い星守に見えてただろうし、だからこそ今日病院であんなことを言われたのよ。きっと」

蓮華「あんこはこのまま明日葉とすれ違ったままでいいの?」

あんこ「しょうがないじゃない。もともとワタシたちはすれ違っていた。それが今日噴出しただけで、遅かれ早かれこうなってたわよ。もう、ここらへんが潮時なのかもね……」

粒咲さんはコーヒーを一気飲みすると勢いよく立ち上がって俺たちを見下ろす。

あんこ「もうこの話は終わり。時間もあれだし、帰って」

八幡「……わかりました。帰ります」

蓮華「え、ちょっと、先生?」

八幡「突然お邪魔してすみませんでした」

蓮華「あんこ〜。学校で待ってるわ〜」

居残ろうとする芹沢さんを強引に急き立てて粒咲家を後にする。

家が見えなくなったあたりで立ち止まった芹沢さんは、不満げな顔で俺を睨んできた。

蓮華「もう。なんで勝手に出てきちゃったの?まだあんこの話しっかり聞けなかったじゃない」

八幡「今日の感じじゃあれ以上話を聞くのはムリだと思ったんですよ。無理やり聞いたところで、本当の気持ちを話してくれるとは思いませんでしたし」

蓮華「それはそうだけど……」

八幡「まあ、これからも粒咲さんとは話を続けるにしても、今日は終わりにしましょう。もう少し、冷静になる時間も必要だと思うんです」

蓮華「先生がそう言うなら……」

渋々と言った感じで芹沢さんは再び歩きはじめる。俺もその一歩後ろをついて歩く。

それから俺たちは、ほとんど話をしないままお互いの家の方向に別れていった。
572 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/05(金) 15:17:07.17 ID:cigdtzRv0
本編6-19


あれから一週間ほどが過ぎた。相変わらずイロウスは出現数を増し、星守たちは授業に殲滅に忙しい日々を送る。

そして、楠さんと粒咲さんの席は未だ空いたままだ。

そんな放課後、俺と芹沢さんは荷物の整理のため一時帰宅をする楠さんの手伝いをしに病室にいた。

もともとケガをしたのは主に上半身だったので、この1週間で普通に移動する分には何の支障もないところまで回復してきた。ただ、星守という立場や、効率的なリハビリを兼ねて入院は続いている。

八幡「これで持って帰る荷物は全部ですか?」

明日葉「はい。すいません。結果的に手伝わせる形になってしまって」

蓮華「いいのよ〜。明日葉のおうちに行かせてもらえるんだから〜」

そんな時、ドアがノックされ、鮮やかな和服に身を包んだ女性が入ってきた。相貌は楠さんにそっくりだ。多分、30年くらいしたら楠さんもこうなってるんだろうな。

明日葉の母「明日葉さん。準備はよろしいですか?」

明日葉「はい。いつでも出発できます」

八幡「あの、本当に俺たちもお邪魔していいんですか?」

明日葉の母「もちろんです。是非、日頃明日葉さんがお世話になっているお礼をさせてください」

楠さんの母親は楠さん以上に凛とした雰囲気をバシバシ出しながら答える。

明日葉の母「外に車を用意してあります。それで帰りましょう」

明日葉「はい」

楠さんの荷物を持って病院を出ると、出入り口のすぐ前には高そうな黒塗りの車が数台停車していた。俺たちが、というより楠親子が姿を現すと、車の中から何人もの男の人が出てきて頭を下げた。和服の女性に頭を下げているあたり、なんだかヤクザ映画のワンシーンみたいだ。

使用人1「お荷物お持ちいたします」

使用人2「奥様、お嬢、それと御友人がたもどうぞお車へ」

八幡「はい……」

蓮華「やっぱり明日葉の家の人はいつ見てもすごいわね……」

明日葉「まあ、一般的な家庭とは相違点も少なくないだろうな」

少なくないどころか違いすぎるんだよなあ。うちとは雲泥の差。そもそも私服に和服は着ないし、使用人もいない。

明日葉の母「出してちょうだい」

使用人3「かしこまりました」

俺たちを乗せた車は一路、楠邸へひた走る。

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八幡「なんだこりゃ……」

思わず口から感想が漏れ出てしまった。外装もさることながら、中も完全に純日本風な家だ。中庭には松や桜などの木が植えられていているほか、燈籠や鹿威しが存在感を示している。極めつけには、庭園の真ん中には大きな池があり、立派に育った色とりどりの鯉が悠然と泳いでいる。

こんな和風豪邸、天然ドSの苺香ちゃんの家以外にも存在したのか。scaleが違いすぎる。予想外のsurpriseに、俺はその場にstandしつくしてしまった。こんなふうに自然とブレンド・Sしてしまうくらい俺は緊張している。

隣にいる芹沢さんも、現実離れした光景に驚きを隠せていない。

明日葉「先生、蓮華。こちらへ」

案内されたのは大きな和室。真ん中に数枚の座布団とテーブル、その上にお菓子と飲み物が置いてある。

明日葉「こちらで休んでください。私も着替えたらすぐ参ります」

八幡「は、はあ」

俺は目の前にある座布団に座る。が、その座布団の高級そうな感触に足が自然と正座になる。

蓮華「なんでそんな固くなってるのよ先生」

八幡「いや、こんな豪邸にいたら、こうなっちゃいますから」

明日葉「どうそ、楽な姿勢になってください」

声のした方をみると、和服に着替えた楠さんが立っていた。ただ、袖はまくられ、腕には包帯がまかれている。そんなちぐはぐな見た目に違和感を拭えない。

明日葉「やはり家で和服を着るのが一番落ち着きますね」

楠さんはそう言いながら俺と芹沢さんの向かいに腰を下ろした。
573 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/05(金) 15:17:43.83 ID:cigdtzRv0
本編6-20


蓮華「病衣もよかったけど、明日葉と言ったらやっぱり和服よね〜」

明日葉「おい蓮華。勝手に写真を撮るな」

楠さんの注意も聞かず、芹沢さんはスマホのカメラで連写を続ける。

まあ、芹沢さんの言うこともあながち否定できない。楠さんの凛とした雰囲気や、長い黒髪は和服によく映える。かといって、俺は別に写真を撮ろうとは思わないが。

明日葉「それで先生。星守クラスはどんな感じですか?」

芹沢さんのスマホを強引に取り上げた楠さんは、俺に話を向けてくる。

八幡「そこまで変わらないですよ。みんな毎日イロウス殲滅に勤しんでいます」

明日葉「みんなっていうのは、あんこも含めてですか?」

楠さんの問いかけに、俺は目線を下げることしかできない。隣でスマホを取り返そうと駄々をこねていた芹沢さんもいつの間にか静かになった。

明日葉「そうですか……」

蓮華「ねえ、明日葉。この前病院であんこにあんなこと言ったのはどうして?」

芹沢さんの質問に、楠さんはしばらく目をつぶって押し黙る。やがて、ゆっくりと目を開いて、俺たち2人をしっかりと見据える。

明日葉「あんこのため、ひいては星守のためを思って言ったんだ」

八幡「粒咲さんと星守のため?」

明日葉「あんこは当初から星守という枠に縛られるのを嫌っていました。今まではそれでもフォローしてくれる先輩方がいたのでなんとかなっていましたけど。でも、今は私たちが最上級生です。本来なら下級生の手本となるべきところですが、お世辞にもあんこは良い手本とは言えないです。実力はあるのに、そこは本当にもったいないと思っています」

明日葉「しかし、星守以外にもあんこはいいところをたくさん持っています。ゲームだったり、パソコンだったり、そういうところでは私は何一つあんこに敵いません。それなら、嫌々星守を続けるよりも、やりたいことをやって欲しいんです」

蓮華「……明日葉は、それで本当にいいと思っているの?」

明日葉「私だってあんこがいなくなるのは寂しい。でも、星守はそんな風に私情を挟んでいい存在ではない。イロウスの脅威から人類を守るためには、苦渋の決断をしなければならないときだってある」

蓮華「たとえそれが、仲間を切り離す行為だとしても?」

明日葉「本人がそれを望んでいるんだ。仕方ないだろう」

蓮華「明日葉はちゃんとあんこと話したの?」

明日葉「当たり前だろう。何回も何回も話した。その結果が、今だ」

蓮華「嘘よ。それなら、あの時病室であんこはあんなに悲しそうな顔をするはずない」

芹沢さんは首を横に振りながら楠さんの考えを否定する。

明日葉「なら……、なら私はどうするべきだったんだ?教えてくれ蓮華」

蓮華「そ、それは……」

明日葉「答えられないのなら、私の思いを尊重してくれ。私だって、こんな結末は望んでいなかったんだ……」
574 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/05(金) 15:18:14.29 ID:cigdtzRv0
本編6-21


明日葉の母「失礼します。お茶のおかわりをお持ちしました」

明日葉「ありがとうございます。お母様。そういえばお菓子をまだ頂いていませんでした。みんなでいただこう」

タイミングがいいのか悪いのかわからないが、楠さんの母親が部屋に入ってきた。それを合図に、楠さんは話を終えた。

明日葉の母「今日はみなさんが来るということで、有名な老舗店のお菓子を用意したんです」

蓮華「すごいわ。こんな美味しい和菓子初めて食べた〜」

明日葉「お、お母様。これはかなり高価なものでは?」

明日葉の母「いいんですよ明日葉さん。せっかく先生や御友人がいらっしゃってくださったんですから」

こうして芹沢さんと楠さんが和菓子を食べている最中、楠さんの母親が俺を手招きした。それに応じて俺は隣の部屋へ移動する。

明日葉の母「いつもお世話になっております。先生。こちらから挨拶に伺わなければならないところを、わざわざお越しくださって、ありがとうございます」

そう言って楠さんの母親は袖を折って深々と頭を下げてきた。

明日葉の母「あの子、家じゃ先生のことばかり話すんですよ?それも時々顔を赤くしながら。その時の明日葉さん、先生にもご覧になってもらいたいくらいです」

八幡「はあ……」

あれ、なんで俺は娘かわいい自慢を聞かされてるんだ?そのためだけに俺はこの部屋に呼ばれたのか?

明日葉の母「今日この家へお呼びすることになってからも、ケガをしているにもかかわらず楽しみにしてましたから」

俺の背中の向こう、襖の奥にいる楠さんを思っているのだろう、楠さんの母親は少し目を細める。

八幡「……ケガをさせてしまったのはこちらの監督責任です。申し訳ありませんでした」

明日葉の母「星守である以上、ケガをするのは仕方のない事です。明日葉さんには、これを機に、さらに研鑽に努めてもらいたいところです」

やっぱり楠さんの母親なんだな。こうして1対1で話すと、ただごとじゃない雰囲気に気圧されて下手なことが言えなくなってしまう。

明日葉の母「ただ、体がよくなっても、心も治らなけば戦えません。今の明日葉さんは、決定的に心が弱っています」

八幡「心、ですか」

明日葉の母「私が聞いても何も話してくれません。おそらく自分1人で責任を抱え込もうとしているのでしょう。小さい頃から、責任感は人一倍ある子でしたから」

確かに楠さんは1人で頑張りすぎるところがある。生徒会しかり、星守のリーダーしかり。

明日葉の母「今までのあの子のやり方を否定するつもりはありません。ただ、今のやり方がいつまでも通用するとは思えません。そう思われませんか先生?」

八幡「……そうですね」

俺もどっちかと言うと1人でこなしてきたタイプだ。だが、楠さんと決定的に違うのは、俺の場合は1人だったからこそ1人でやらざるを得なかった。でも楠さんは、周りに信頼できそうな人がいるにも関わらず1人で色んなことを背負いこんできた。

明日葉の母「ですから先生。あの子のこと、どうかよろしくお願いします」

八幡「……は、はい」

もう一度頭を深々と下げてきた楠さんの母親に合わせ、俺も同じように頭を下げて返答するしかできなかった。
575 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/01/05(金) 15:21:04.73 ID:cigdtzRv0
あけましておめでとうございます。今回の更新はここまでです。このスレを今年度中に完結させることが目標ですが、達成できるかどうかは不明です。
576 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/01/05(金) 15:29:50.29 ID:cigdtzRv0
>>574訂正


本編6-21


明日葉の母「失礼します。お茶のおかわりをお持ちしました」

明日葉「ありがとうございます。お母様。そういえばお菓子をまだ頂いていませんでした。みんなでいただこう」

タイミングがいいのか悪いのかわからないが、楠さんの母親が部屋に入ってきた。それを合図に、楠さんは話を終えた。

明日葉の母「今日はみなさんが来るということで、有名な老舗店のお菓子を用意したんです」

蓮華「すごいわ。こんな美味しい和菓子初めて食べた〜」

明日葉「お、お母様。これはかなり高価なものでは?」

明日葉の母「いいんですよ明日葉さん。せっかく先生や御友人がいらっしゃってくださったんですから」

こうして芹沢さんと楠さんが和菓子を食べている最中、楠さんの母親が俺を手招きした。それに応じて俺は隣の部屋へ移動する。

明日葉の母「いつもお世話になっております。先生。こちらから挨拶に伺わなければならないところを、わざわざお越しくださって、ありがとうございます」

そう言って楠さんの母親は袖を折って深々と頭を下げてきた。

明日葉の母「あの子、家じゃ先生のことばかり話すんですよ?それも時々顔を赤くしながら。その時の明日葉さん、先生にもご覧になってもらいたいくらいです」

八幡「はあ……」

あれ、なんで俺は娘かわいい自慢を聞かされてるんだ?そのためだけに俺はこの部屋に呼ばれたのか?

明日葉の母「今日この家へお呼びすることになってからも、ケガをしているにもかかわらず楽しみにしてましたから」

俺の背中の向こう、襖の奥にいる楠さんを思っているのだろう、楠さんの母親は少し目を細める。

八幡「……ケガをさせてしまったのはこちらの監督責任です。申し訳ありませんでした」

明日葉の母「星守である以上、ケガをするのは仕方のない事です。明日葉さんには、これを機に、さらに研鑽に努めてもらいたいところです」

やっぱり楠さんの母親なんだな。こうして1対1で話すと、ただごとじゃない雰囲気に気圧されて下手なことが言えなくなってしまう。

明日葉の母「ただ、体がよくなっても、心も治らなけば戦えません。今の明日葉さんは、決定的に心が弱っています」

八幡「心、ですか」

明日葉の母「私が聞いても何も話してくれません。おそらく自分1人で責任を抱え込もうとしているのでしょう。小さい頃から、責任感は人一倍ある子でしたから」

確かに楠さんは1人で頑張りすぎるところがある。生徒会しかり、星守のリーダーしかり。

明日葉の母「今までのあの子のやり方を否定するつもりはありません。ただ、今のやり方がいつまでも通用するとは思えません。そう思われませんか先生?」

八幡「……そうですね」

俺もどっちかと言うと1人でこなしてきたタイプだ。だが、楠さんと決定的に違うのは、俺の場合は1人だったからこそ1人でやらざるを得なかった。でも楠さんは、周りに信頼できそうな人がいるにも関わらず1人で色んなことを背負いこんできた。

そんな俺からしたら、楠さんの責任感の強さは正直理解しがたい。どうして楠さんはここまで1人で背負いこんでしまうのだろう。

明日葉の母「ですから先生。あの子のこと、どうかよろしくお願いします」

八幡「は、はい……」

そんなことを考える前に、もう一度頭を深々と下げてきた楠さんの母親に合わせ、俺は同じように頭を下げて返答するしかできなかった。
577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/06(土) 21:16:53.80 ID:lh8qY1JdO
あけましておめでとう
今年も応援してる
578 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/12(金) 21:19:53.88 ID:r8JV+X930
本編6-22


楠さんの家を訪れてから数日。俺は放課後までは神樹ヶ峰に行き、その後は楠さんの病室や粒咲さんの家を訪れていたが、目立った成果は出ない。星守クラスも活気を失ったままで、以前は騒がしく感じていた教室も、静まり返ることが珍しくなくなっている。

そんな状況で唯一緊張の糸をほぐすことができるのが我が家なわけだ。家ってすごい。安心感が半端じゃない。そんな家のリビングで、俺は今コーヒーを飲みながらぐでーっとしている。

八幡「はぁぁぁぁぁ」

小町「どうしたのお兄ちゃん。そんな魂が抜けるような大きなため息なんかついて」

ついついため息が出てしまった。俺の向かいで参考書を広げて勉学に励んでいる小町が声をかけてきた。

八幡「まあ、なんだ。お兄ちゃんも色々あるのよ」

小町「ふーん」

小町はそれだけ言うと再び参考書に目を落とした。しばらくリビングには俺がコーヒーを啜る音と、小町がペンを走らせる音、それと時々鳴るカマクラの足音だけが響く。これが比企谷家の日常だ。

小町「うーーん、ちょっと休憩しよ」

しばらく経って、小町は肩をほぐすように大きく伸びをした。

八幡「休憩って、まだそんなやってないだろ」

小町「小町の勉強は密度がすごいんだよ?密度が」

八幡「密度がすごいやつは英語の問題のこんなところ間違えねえよ」

小町「お兄ちゃん、小町の問題のぞき見してたんだ〜。それは小町的にポイント低いかも」

八幡「目の前でやってたら嫌でも視界に入るだろ……」

小町「そういえば、お兄ちゃんがリビングで何もしてないなんて珍しいね」

八幡「そんなことないだろ」

小町「そんなことあるよ。いつもならパソコンで仕事してるか、スマホで星守の誰かとLINEしてるじゃん」

八幡「…………」

我が妹ながら、素晴らしい洞察力だ。確かに俺はここ最近、星守たちとしっかりしたコミュニケーションが取れていない。教室で顔を合わせればそれなりの会話はするが、今までのような無駄に暑苦しい言動はなくなったように思える。

ぞれに付随して、大量に来ていたLINEも今は鳴りを潜めている。今まで異常な量が来ていた分、何も来なくなるとそれはそれで違和感がある。

小町「うららちゃんや心美ちゃんも最近元気ないし、なんかあったの?」

八幡「まあ……、な」

小町「そっか……」

俺の煮え切らない返事に、小町はそれ以上追及してくることはせず、コップを2つ持ってきて、片方を俺に渡してきた。

八幡「サンキュ」

小町「うん」

温かいコーヒーを俺たち2人は同じようにずずっと飲む。

八幡「何も聞かないんだな」

小町「うん。聞いたところで、小町は何もわからないから」

正直、小町のこういうところは助かる。小町も俺に似て意外とドライなところあるからな。いちいち根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。

小町「でもね、うららちゃんや心美ちゃんに元気がないのは、小町も寂しいんだよね」

小町はコップの水面にそっと目線を落とす。

小町「お兄ちゃん、頑張ってね」

八幡「……ああ」

小町「うん!お兄ちゃんが頑張るなら、小町も頑張らなくちゃな〜」

そう言って小町は再びペンを握って参考書に向かう。

妹にここまで言われたら、兄としてやらないわけにはいかないだろう。妹の期待に応えてこその兄というものだ。

もう冷めたはずのコーヒーを一口飲むと、なぜか胸のあたりが暖かくなった気がした。
579 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/12(金) 21:20:41.39 ID:r8JV+X930
本編6-23


八幡「はぁ……」

小町からエールを送られて数日。楠さんのケガが順調に回復していること以外、全く事態に進展が見られない。

一番の問題点は楠さんと粒咲さんの考えが真っ向から対立していることだ。芹沢さんとも話し合いはしているが、どうにも決め手に欠ける。

さらには八雲先生たちへの途中経過の報告、楠さん、粒咲さんの親との連絡なんかも同時にこなさないといけない。もう疲れたよパトラッシュ……。

「八幡」

ほら、疲れの余り天使の声のような幻聴が聞こえてきた。

「八幡〜」

ああ、幻聴でもいいから今はこの天使の声に浸っていたい。耳から幸せになるって言うのはこういうことを言うんだろうな。

「八幡!」

どんどん声が大きくなっていく。それに比例して俺の幸福度も高くなっていくようだ。

「ねえ、八幡ってば!」

数十センチからの声とともに、俺の腕が何者かに引っ張られた。

彩加「やっぱり八幡だ!」

目の前にいたのは現世に舞い降りた天使。この世の全ての造形物の頂点に君臨していると言っても過言ではない。むしろ、それすらこの戸塚彩加の魅力を語るうえでは不十分である。

八幡「と、戸塚?」

彩加「うん!久しぶりだね八幡!」

にっこり笑う戸塚の笑顔は、夜の街の中でひときわ輝いて見えた。こんな笑顔を俺が独占えきるなんて、神に感謝したい。

八幡「お、おう。こんなところで何してるんだ?」

彩加「ぼくはスクール帰りなんだ。ほら」

戸塚は背負ったテニスバッグを、体を横にして俺に見せてくる。この何気ない一連の動作も、戸塚がやると癒し効果が計り知れないほどほとばしってくる。まるで歩くパワースポットだ。

八幡「こんな夜まで大変だな」

彩加「ぼくはテニスが好きだからやってるんだよ。そういう八幡こそこんな時間まで神樹ヶ峰女学園にいたの?」

八幡「ああ、まあな」

彩加「へ〜。向こうでの話聞きたいなあ」

八幡「……なら、どっかで一緒に飯でも食べるか?」

戸塚が話を聞きたいならば、俺が話さないわけにはいかない。それに、ちょうど何か食べて帰ろうとしてたところだし。

彩加「うん!」

戸塚は満面の笑みを浮かべて大きくうなずいた。

--------------------------------------------

彩加「ふう。美味しかった」

八幡「ああ。やっぱ千葉ならサイゼだな」

結局俺たちは近くのサイゼに入った。俺は王道のミラノ風ドリアとドリンクバー。戸塚はカルボナーラとドリンクバーだ。

彩加「八幡サイゼ好きだもんね」

八幡「ああ。俺だけじゃなく、千葉民ともなれば、体の8割はサイゼでできていると言っても過言ではない」

彩加「それは流石に八幡だけじゃないかな?」

なんだか、こういう風に男の同級生と話をするのは久しぶりな感じがする。神樹ヶ峰は女子校だから男がいないのは当たり前だが、こんな性分なゆえに、休日も誰か友達と遊ぶなんてしなかったからな。

彩加「なんか、八幡とこうして話すの久しぶりだね」

嘘。戸塚も俺と同じこと思ってくれてた。戸塚と以心伝心できるなんて、最早わが生涯に一片の悔いなし。

八幡「まあ、俺が神樹ヶ峰に行っちまってるからな」

彩加「うん。それもあるけど、八幡全然ぼくにメールくれないんだもん。せっかくアドレス交換したのに」

八幡「いや、なんていうか、取り立ててメールするようなことがなかっただけで、別にしたくないってことはないからな?」
580 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/12(金) 21:21:55.83 ID:r8JV+X930
本編6-24


彩加「なら、どんなことでもいいからこれからはメールしてね?」

八幡「……努力する」

戸塚のかわいらしいおねだりに、俺は魂が抜けるのを必死に抑えつつなんとか返事をした。

彩加「ところで八幡。交流先の学校はどんな感じなの?」

戸塚は興味津々に俺に質問してきた。そういえば、俺が神樹ヶ峰の話をするためにサイゼに来たんだったな。

八幡「あー。まあ色々変わってるっちゃ変わってる」

彩加「どんなところが?」

八幡「例えばあれだ。星守クラスはみんな総じて見た目がいい子ばっかだし、それでいて個性的だし、必要以上に構ってくるし」

彩加「面白いね」

八幡「1人だけでも大変なのに、それが18人もいるクラスだから、大なり小なり毎日何かしらトラブルが起こる」

彩加「へ〜」

八幡「それに、頭をなでないと拗ねるし。なんで俺が18人の面倒をそこまでみなくちゃならないんだ……」

ああ、そうだった。少し前までは話したような明るい騒がしい話題に事欠かないクラスだった。だが、今はその時の面影はほとんどなくなっている。授業も特訓もイロウス殲滅も淡々と進む。

そんな変わってしまったクラスを、星守クラスと呼べるのか?

彩加「八幡、怖い顔してどうしたの?」

八幡「え?ああ、いや、なんもねえよ。それより、戸塚は最近どうなんだ。部長だとやっぱ色々大変だろ」

俺はこれ以上ツッコまれないうちに、話題の矛先を変えた。

彩加「うーん、そうだね。部員をまとめないといけないから、そこは大変かなあ。みんなそれぞれ目指しているところは違うしね」

八幡「同じ部活の中でも違うもんなのか」

彩加「うん。ぼくみたいにスクール通ってるような子はいないしね。それだけじゃなくて、部活自体をサボる子もいないわけじゃないよ」

八幡「やっぱ人それぞれなんだな」

彩加「でも、みんなテニスが好きなのは一緒だからね。テニスをしたいっていう気持ちを、ぼくは一番に尊重してあげたいんだ。それに、ぼくはテニスが大好きだから朝練も苦じゃないけど、みんながみんな同じようにテニスを好きなわけじゃないからね。それに口出しする権利は、たとえ部長にもないと思ってる」

八幡「なるほどな」

彩加「あはは、こんな風に偉そうに話して、なんか恥ずかしいな……」

戸塚は紅くなった頬をぽりぽり搔く。

八幡「そんなことねえよ。すげえ立派だと思う」

彩加「ありがとう。八幡にそう言ってもらえると、なんか自信が湧いてきたよ」

いや、俺に何か言われなくても、戸塚は自分の考えをしっかり持って部長の責務をこなしている。その姿勢は言葉を飾らなくとも、素晴らしいと、そう思える。

彩加「あ、そろそろぼく帰らなきゃ」

スマホで時間を確認した戸塚が声を上げた。

八幡「なら、もう店出るか」

彩加「うん」

店を出て、道の分かれ目にきた。ここで戸塚とはお別れだ。

彩加「今日はありがとう八幡」

八幡「こっちこそ、飯付き合ってもらって悪かったな」

彩加「ううん。またご飯食べようね。あ、ご飯じゃなくても遊んだり運動したりしようね」

八幡「おう。また連絡してくれ」

彩加「うん!でも八幡もメールしてね?」

八幡「ああ。じゃあまたな」

彩加「ばいばい」

名残惜しさを感じながら、俺は1人帰路についた。
581 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/01/12(金) 21:24:45.68 ID:r8JV+X930
>>578訂正

本編6-22


楠さんの家を訪れてから数日。俺は放課後までは神樹ヶ峰に行き、その後は楠さんの病室や粒咲さんの家を訪れていたが、目立った成果は出ない。星守クラスも活気を失ったままで、以前は騒がしく感じていた教室も、静まり返ることが珍しくなくなっている。

そんな状況で唯一緊張の糸をほぐすことができるのが我が家なわけだ。家ってすごい。安心感が半端じゃない。そんな家のリビングで、俺は何をするでもなくぐでーっとしている。

八幡「はぁぁぁぁぁ」

小町「どうしたのお兄ちゃん。そんな魂が抜けるような大きなため息なんかついて」

ついついため息が出てしまった。俺の向かいで参考書を広げて勉学に励んでいる小町が声をかけてきた。

八幡「まあ、なんだ。お兄ちゃんも色々あるのよ」

小町「ふーん」

小町はそれだけ言うと再び参考書に目を落とした。しばらくリビングには俺がコーヒーを啜る音と、小町がペンを走らせる音、それと時々鳴るカマクラの足音だけが響く。これが比企谷家の日常だ。

小町「うーーん、ちょっと休憩しよ」

しばらく経って、小町は肩をほぐすように大きく伸びをした。

八幡「休憩って、まだそんなやってないだろ」

小町「小町の勉強は密度がすごいんだよ?密度が」

八幡「密度がすごいやつは英語の問題のこんなところ間違えねえよ」

小町「お兄ちゃん、小町の問題のぞき見してたんだ〜。それは小町的にポイント低いかも」

八幡「目の前でやってたら嫌でも視界に入るだろ……」

小町「そういえば、お兄ちゃんがリビングで何もしてないなんて珍しいね」

八幡「そんなことないだろ」

小町「そんなことあるよ。いつもならパソコンで仕事してるか、スマホで星守の誰かとLINEしてるじゃん」

八幡「…………」

我が妹ながら、素晴らしい洞察力だ。確かに俺はここ最近、星守たちとしっかりしたコミュニケーションが取れていない。教室で顔を合わせればそれなりの会話はするが、今までのような無駄に暑苦しい言動はなくなったように思える。

ぞれに付随して、大量に来ていたLINEも今は鳴りを潜めている。今まで異常な量が来ていた分、何も来なくなるとそれはそれで違和感がある。

小町「うららちゃんや心美ちゃんも最近元気ないし、なんかあったの?」

八幡「まあ……、な」

小町「そっか……」

俺の煮え切らない返事に、小町はそれ以上追及してくることはせず、コップを2つ持ってきて、片方を俺に渡してきた。

八幡「サンキュ」

小町「うん」

温かいコーヒーを俺たち2人は同じようにずずっと飲む。

八幡「何も聞かないんだな」

小町「うん。聞いたところで、小町は何もわからないから」

正直、小町のこういうところは助かる。小町も俺に似て意外とドライなところあるからな。いちいち根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。

小町「でもね、うららちゃんや心美ちゃんに元気がないのは、小町も寂しいんだよね」

小町はコップの水面にそっと目線を落とす。

小町「お兄ちゃん、頑張ってね」

八幡「……ああ」

小町「うん!お兄ちゃんが頑張るなら、小町も頑張らなくちゃな〜」

そう言って小町は再びペンを握って参考書に向かう。

妹にここまで言われたら、兄としてやらないわけにはいかないだろう。妹の期待に応えてこその兄というものだ。

もう冷めたはずのコーヒーを一口飲むと、なぜか胸のあたりが暖かくなった気がした。
582 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/12(金) 21:27:21.84 ID:r8JV+X930
>>581再訂正

本編6-22


楠さんの家を訪れてから数日。俺は放課後までは神樹ヶ峰に行き、その後は楠さんの病室や粒咲さんの家を訪れていたが、目立った成果は出ない。星守クラスも活気を失ったままで、以前は騒がしく感じていた教室も、静まり返ることが珍しくなくなっている。

そんな状況で唯一緊張の糸をほぐすことができるのが我が家なわけだ。家ってすごい。安心感が半端じゃない。そんな家のリビングで、俺は何をするでもなくぐでーっとしている。

八幡「はぁぁぁぁぁ」

小町「どうしたのお兄ちゃん。そんな魂が抜けるような大きなため息なんかついて」

ついついため息が出てしまった。俺の向かいで参考書を広げて勉学に励んでいる小町が声をかけてきた。

八幡「まあ、なんだ。お兄ちゃんも色々あるのよ」

小町「ふーん」

小町はそれだけ言うと再び参考書に目を落とした。しばらくリビングには小町がペンを走らせる音、それと時々鳴るカマクラの足音だけが響く。これが比企谷家の日常だ。

小町「うーーん、ちょっと休憩しよ」

しばらく経って、小町は肩をほぐすように大きく伸びをした。

八幡「休憩って、まだそんなやってないだろ」

小町「小町の勉強は密度がすごいんだよ?密度が」

八幡「密度がすごいやつは英語の問題のこんなところ間違えねえよ」

小町「お兄ちゃん、小町の問題のぞき見してたんだ〜。それは小町的にポイント低いかも」

八幡「目の前でやってたら嫌でも視界に入るだろ……」

小町「そういえば、お兄ちゃんがリビングで何もしてないなんて珍しいね」

八幡「そんなことないだろ」

小町「そんなことあるよ。いつもならパソコンで仕事してるか、スマホで星守の誰かとLINEしてるじゃん」

八幡「…………」

我が妹ながら、素晴らしい洞察力だ。確かに俺はここ最近、星守たちとしっかりしたコミュニケーションが取れていない。教室で顔を合わせればそれなりの会話はするが、今までのような無駄に暑苦しい言動はなくなったように思える。

ぞれに付随して、大量に来ていたLINEも今は鳴りを潜めている。今まで異常な量が来ていた分、何も来なくなるとそれはそれで違和感がある。

小町「うららちゃんや心美ちゃんも最近元気ないし、なんかあったの?」

八幡「まあ……、な」

小町「そっか……」

俺の煮え切らない返事に、小町はそれ以上追及してくることはせず、コップを2つ持ってきて、片方を俺に渡してきた。

八幡「サンキュ」

小町「うん」

温かいコーヒーを俺たち2人は同じようにずずっと飲む。

八幡「何も聞かないんだな」

小町「うん。聞いたところで、小町は何もわからないから」

正直、小町のこういうところは助かる。小町も俺に似て意外とドライなところあるからな。いちいち根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。

小町「でもね、うららちゃんや心美ちゃんに元気がないのは、小町も寂しいんだよね」

小町はコップの水面にそっと目線を落とす。

小町「お兄ちゃん、頑張ってね」

八幡「……ああ」

小町「うん!お兄ちゃんが頑張るなら、小町も頑張らなくちゃな〜」

そう言って小町は再びペンを握って参考書に向かう。

妹にここまで言われたら、兄としてやらないわけにはいかないだろう。妹の期待に応えてこその兄というものだ。

もう冷めたはずのコーヒーを一口飲むと、なぜか胸のあたりが暖かくなった気がした。
583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/15(月) 17:27:56.78 ID:c1giPXG/0
むみぃをすこれ
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/15(月) 17:28:52.72 ID:amp6t3HiO
>>583
むみぃはすこれない
とうふさんすこ
585 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/20(土) 18:36:09.61 ID:KDJ0X6YH0
本編6-25


戸塚と別れ、家に着いてからかなりの時間が経った。リビングにはもう俺しかいない。

ぼっちな俺には家の中でも1人でいるほうが思考は捗る。まあ、それで考える内容が星守クラスに関してなところがなんとも皮肉なことだが。

ソファに寝ころび、電気もついていない暗い天井を見つめる。

小町がエールをくれた。戸塚がヒントをくれた。そしてなにより、星守クラスの人たちが待っている。後は、俺がどう動くかだ。

星守クラスの沈痛な雰囲気、イロウス発生数の止まらない増加、と問題は山積みだ。それでもやはり一番の問題は楠さんと粒咲さんの関係不和だ。2人がまた元通りの関係に戻れるようにするのが俺の果たすべき役目だろう。

だが、いかんせん2人の考えが違いすぎるのが難点だ。粒咲さんも言ってたが、2人の共通点としては同級生という以外何もないだろう。

粒咲さんがゲームやパソコンなどの趣味に生きる人であるのに対して、楠さんは星守一筋に頑張る人だ。もちろん、他にも2人の特徴は色々挙げられるが、どれもこれもバラバラだ。

なんなら、芹沢さんが言ってたように、2人とも可愛いってところしか本当に共通点ないんじゃないかって思えてくる。

あれ。じゃあなんで2人はこれまでうまくやってこれたんだ?というか、この2人だけじゃなくて、他の星守たちもどうしてこんなに仲良くやってるんだ?

俺が言うのもなんだが、星守たちは全員個性が強すぎる。一人残らず全員だ。普通ならそりが合わなかったり、苦手なタイプがいたりしてもおかしくない。

でも、星守クラスにはそんなことは一切ない。18人全員が個性を出しつつ、生き生きと学校生活を送っている。学年も、趣味嗜好も、何もかも違うのに、だ。

そういや、雪ノ下と由比ヶ浜もタイプは全然違うのに、妙に仲いいな。まあ、あそこはタイプが違うからこそいい関係を築けてるんだろうけど。それに、根っこの部分は意外と近い感じもするし。

八幡「…………そうか。そうだったのか」

何故だか、すっと心に落ちてきたものがあった。俺ともあろう者が、こんな簡単なことにも気づかなかったらしい。

思い返してみれば、これまでの2人の言動にヒントは隠されていたんだ。それを俺は今の今まで見落としてしまっていたんだ。

立場が人を作る、なんてよく言うが、俺もまがりなりにも教師という立場にいたがゆえに、いつの間にかどこか教師らしく物事を捉え、考えてしまっていたのだろう。

だが、今は比企谷八幡という1人の人間として考えられている。ならば、これが俺のたどり着いた答えと言っていい。

ゴールは見えた。あとはどのようにこのゴールに持っていくか逆算して方法を練るのみだ。

--------------------------------------------

窓から見える空はすでに青白い。知らない間に徹夜してしまったようだ。

でも不思議と気分は悪くない。いや、そりゃ眠いし、目もしょぼしょぼする。けど、俺なりに筋道の通った策を考えつくことができた。早速今日実行するしかない。

今日が楠さんの退院予定日でよかった。タイムリミットぎりぎりで滑り込みセーフって感じだ。朝から行動すれば、なんとか間に合うだろう。そのためには色々根回しも必要なんだが。

はあ、正直人との交渉はあんまり気が進むことじゃないんだよなあ。それが日頃関わりのない人とくればなおさらだ。ただ、俺にはこの学校で磨き上げた社畜コミュ力がある。仕事関係の会話ならそれなりに円滑に進めることができるだろう。それに、どの人たちも話が分からない人じゃないはず。

それに、ここまできたら引き返すことはできない。何にしてもこの作戦で行くしかない。あとは、うまくはまってくれることを祈るだけだ。

俺はスマホを取り出してお目当ての人たちにメールを送る。……こうして仕事のようなメールを送ることに慣れてしまった自分も怖い。

顔を洗い、朝食を食べてからメールを確認すると、すでに返信が来ていた。そのどれもが、送ってから数分後に返信されている。どんだけみんな暇なんだよ。……いや、みんな心配なんだろうな。

とりあえず、第一段階はクリアできた。後は学校での作業だ。正直ここが一番先が読めない。この結果によっては事態がどの方向に転がってもおかしくない。

それでもこの方法をとることでしか問題解決には至らないことは確かだと思う。

やっぱり、星守クラスのことは、星守クラスでしか乗り越えていくことはできないと思うから。
586 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/20(土) 18:37:21.58 ID:KDJ0X6YH0
本編6-26


今日はいつもよりかなり早めに学校に着いた。だが今日の俺にはやらなくてはいけないことがいくつもある。無駄にしている時間はない。

まずは、ここだ。

八幡「比企谷です。朝早くに申し訳ありません」

牡丹「どうぞ入ってください」

声をかけてから理事長室の中に入ると、理事長がテーブルの前に座っていた。いつもと違うのは、テーブルの上にたくさんのファイルが置いてあることだ。

八幡「理事長、このファイルは」

牡丹「おそらく比企谷先生に有益な情報が載っていると思いましてね。取り出してみました」

俺が今朝送った「星守になる方法について教えてください」という短いメールの文面から察したのだろう。話が早くてとても助かる。

牡丹「さて、教えて欲しいことは星守になるための方法でしたね。星守になるには大きく分けて2通りの方法があります」

八幡「2通り、ですか?」

牡丹「はい。神樹に力を認めてもらうか、神樹に力を見出されるか、です」

八幡「すいません、あまりよくわからないのですが……」

牡丹「もう少し簡単に言えば、オーディションを勝ち残るか、スカウトされるか、というような感じでしょうか」

八幡「なるほど」

牡丹「では1つずつ説明しますね。まずは神樹に力を認めてもらう、いわゆるオーディションのほうですね。これは毎年一回、神樹ヶ峰女学園星守クラスの入学試験と題して行っています」

八幡「そこで星守としての資質を見極めるってことですか?」

牡丹「その通りです。神樹が私を通じて受験者1人1人を審査していきます」

八幡「1人1人見るなんて、大変そうですね」

牡丹「確かに時間はかかります。けれど、星守になる子を選ぶのに、手を抜くことなんてできませんから」

八幡「そうですね……」

牡丹「そして、その審査に合格した人が晴れて星守になることができるわけです。ここまでに何か質問はありますか?」

八幡「いえ、特にないです」

牡丹「では話を続けますね。次は神樹に力を見出される、いわゆるスカウトのほうですね。こっちはもっと簡単で、神樹が見出した人物を私が特定して入学を勧める、というだけです」

八幡「それってどうしても星守になりたくない子は辞退とかできるんですか?」

牡丹「ええ、できますよ。ただ、これまでただの1人も辞退者はいませんけれど」

辞退者ゼロってなにか怪しい闇取引でもしてるんじゃないかって疑うレベル。どこの悪徳業者だよ。

そして理事長は机の上のファイルをごそごそし始めた。開かれたページを見ると、星守クラスの子たちのプロフィールのようである。

牡丹「これは現星守たちのデータです。ここに、あの子たちがどのようにして星守になったかも記録されています。例えばこれを見てください」

理事長は1つのファイルを差し出してきた。

八幡「これは、高3の人たちのデータですか?」

牡丹「ええ。明日葉は神樹に力を認めてもらう方法で、蓮華とあんこは神樹に力を見出される方法で星守になっていますね」

俺はパラパラと他のファイルも見ていく。ほ〜。本当にみんなばらばらだな。見てて少し面白い。

八幡「でも、選ばれ方が2通りあれば、それによっていざこざとかが起きたりしないんですか?」

牡丹「それが、一切ないんです。毎年心の優しい子たちが星守クラスに揃ってくれますから」

こうなってくると、神樹の見る目の良さが恐ろしく思えてきた。難しい年ごろの女の子をこれほど集めて、なお全員が良好な関係を保っている。こんなこと、○元康や○ャニーさんでも無理だっての。

牡丹「だからこそ、今回のことはとても大きなショックでした。これまで星守クラスを引っ張ってきたあの2人が……」

理事長は窓の外に見える神樹を見ながら呟いた。その横顔は、言葉以上に理事長が受けた衝撃の大きさを物語っている。

牡丹「だから比企谷先生が今朝連絡をくれたときは本当に嬉しかったんです。先生が動くということは、何か打開策を見つけたのでしょう?」

八幡「まあ、そんな大げさなものじゃないですけど」

一転して俺の顔を見つめてくる理事長にしり込みして、俺は顔を背けながら返答する。

牡丹「それでもかまいません。どうか、あの子たちのこと、よろしくお願いします」
587 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/20(土) 18:37:53.58 ID:KDJ0X6YH0
本編6-27


理事長室で全員分のファイルを見てから、俺は職員室での短時間の打ち合わせを終え、朝のHRを行うために教室へ急いだ。

一般クラスは朝の喧騒に包まれているものの、このクラスは静寂に満ちている。なんだか、中には誰もいないんじゃないかと思えてしまう。

八幡「うす」

ドアを開けると、すでにほぼ全員が座っていた。が、誰も言葉を発しない。皆一様に表情を暗くしたまま目を伏せている。

蓮華「あら、先生〜みんな〜。おはよう〜」

最後の1人、芹沢さんがチャイムと同時に入ってきた。だが、その芹沢さんもかなり無理しているのはわかる。これまで楠さんや粒咲さんがやっていた仕事を1人で肩代わりしているのだ。それに加えクラスの雰囲気を明るくしようと余計にテンションを高くして活動している。無理が出てきて当然だ。

八幡「日直、号令を」

うらら「…………」

八幡「蓮見、今日はお前が日直だろ」

うらら「え、ああ、そうね、うららだったわね」

マズイ。いつもは元気が良すぎる蓮見までこのありさまだ。相当心にダメージが来ているなこれ。

うらら「起立……。礼……。着席……」

蓮見の弱々しい声に合わせるかのように、力のない挨拶が終わる。出席確認も終え、連絡事項の伝達に移る。

八幡「お知らせだ。今日、楠さんが退院する」

今の星守クラス内で唯一と言っていい明るい話題だ。これによって、多少教室の雰囲気は柔らかくなった。

ゆり「ならば明日はみんなで明日葉先輩の復帰をお祝いしなければいけないな」

楓「ええ。千導院家総出で準備させますわ」

サドネ「させます、わ」

遥香「……でも、あんこ先輩はどうなるんでしょうか?」

成海の発言により、再び教室内は重苦しい雰囲気に包まれる。まあ、こうなってしまうのは仕方ないか。

八幡「必ず、明日までにはここに連れてくるつもりだ」

ここでHRの終わりを告げるチャイムが鳴った。本来ならここで俺は教壇を降り、自分の席につくことになっている。

ひなた「なんで先生席に着かないの?1時間目始まっちゃうよ?」

八幡「いいんだ。今日は俺がこのまま国語の授業をやる」

ミシェル「先生が〜!?」

八幡「ああ。担当の先生の許可は今朝もらった。どうしても今日、みんなにやってほしいことがあるんだ」

樹「比企谷くん、協力してほしい事って何かしら?」

風蘭「今朝いきなりメール来てびっくりしたぞ」

八幡「わざわざすみません。八雲先生、御剣先生。空いている席に座ってください」

俺は持ってきていたプリントを1人ずつ配っていく。星守たちと2人の先生はそのプリントを訝し気に眺める。
588 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/20(土) 18:38:26.65 ID:KDJ0X6YH0
本編6-28


八幡「全員行き渡ったか?じゃあ説明をする。みんなには『私と星守』という題で作文を書いてもらいたい」

昴「『私と星守』、ですか?」

八幡「ああ。各自が持っている星守へのイメージ、理想の星守像、実際の自分の現状、星守をやる上での喜び、不満、なんでもいい。自分の星守に対する考えを率直に書いてくれ」

心美「自分の考え……」

八幡「それと、『星守になった理由』だけは全員必ず盛り込んでくれ」

花音「ちょっと待って。今さら私たちにこんなこと書かして何の意味があるの?」

煌上が強い口調で質問してきた。他の星守たちも俺の答えを聞こうと耳を傾ける。

八幡「一番の意味は、お互い持っている星守イメージが違うということをはっきりさせることだ」

詩穂「違いをはっきりとさせるんですか?」

八幡「ああ。同じ星守として、星守クラスで生活をしていても、全員が全く同じ星守像を持っているとは限らない。そりゃ、全く同じ人はいないからな。当たり前のことなんだが、ついつい俺たちはそういうことを忘れてしまいがちになる。今回はそこを明確にしたいんだ」

桜「確かに、人間は、他人が自分と同じ考えのはずだと思い込んで行動してしまうことも多いからのお」

八幡「ああ。だからこの作文を通して、自分と他人の違いを浮き彫りにしたい。逆に、そうすることで、星守として全員が共有できる理念みたいなものも見えてくると思うんだ」

俺の言葉の後に、しばらく静寂が流れる。……あれ、もしかして、やらかした?

みき「やりましょう……やりましょう!」

その静寂を破ったのは、星月の大きな声だった。

望「けっこう面白そうだしね〜。みんなの作文」

サドネ「サドネ、頑張って書く!」

星月の言葉に続き、あちこちでやる気に充ちた反応が聞こえてきた。よかった。これで話を進められる。

八幡「最後にもう一つだけ。楠さんと粒咲さんの関係修復のために、これから書いてもらう作文を使いたいんだが、いいか?」

くるみ「はい。使ってください」

常磐の声に合わせ、教室中が一斉に頷いた。その力強い頷きに思わず目が熱くなるのを感じた。

八幡「ありがとう。じゃあ、始めてくれ」

俺の合図によって、総勢18人の新旧星守たちによる作文が始まった。
589 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/01/20(土) 18:41:55.35 ID:KDJ0X6YH0
更新が遅くなってすみません。インフルエンザにかかってしまい、なかなか書き溜めができませんでした。まだ完治してないので、所々分かりにくいところがあるかもしれませんが、脳内補完お願いします。
590 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/01/20(土) 20:47:59.52 ID:KDJ0X6YH0
>>587訂正

本編6-27


理事長室で全員分のファイルを見てから、俺は職員室での短時間の打ち合わせを終え、朝のHRを行うために教室へ急いだ。

一般クラスは朝の喧騒に包まれているものの、このクラスは静寂に満ちている。なんだか、中には誰もいないんじゃないかと思えてしまう。

八幡「うす」

ドアを開けると、すでにほぼ全員が座っていた。が、誰も言葉を発しない。皆一様に表情を暗くしたまま目を伏せている。

蓮華「あら、先生〜みんな〜。おはよう〜」

最後の1人、芹沢さんがチャイムと同時に入ってきた。だが、その芹沢さんもかなり無理しているのはわかる。これまで楠さんや粒咲さんがやっていた仕事を1人で肩代わりしているのだ。それに加えクラスの雰囲気を明るくしようと余計にテンションを高くして活動している。無理が出てきて当然だ。

八幡「日直、号令を」

うらら「…………」

八幡「蓮見、今日はお前が日直だろ」

うらら「え、ああ、そうね、うららだったわね」

マズイ。いつもは元気が良すぎる蓮見までこのありさまだ。相当心にダメージが来ているなこれ。

うらら「起立……。礼……。着席……」

蓮見の弱々しい声に合わせるかのように、力のない挨拶が終わる。出席確認も終え、連絡事項の伝達に移る。

八幡「お知らせだ。今日、楠さんが退院する」

今の星守クラス内で唯一と言っていい明るい話題だ。これによって、多少教室の雰囲気は柔らかくなった。

ゆり「ならば明日はみんなで明日葉先輩の復帰をお祝いしなければいけないな」

楓「ええ。千導院家総出で準備させますわ」

サドネ「させます、わ」

遥香「……でも、あんこ先輩はどうなるんでしょうか?」

成海の発言により、再び教室内は重苦しい雰囲気に包まれる。まあ、こうなってしまうのは仕方ないか。

八幡「必ず、明日までにはここに連れてくるつもりだ」

ここでHRの終わりを告げるチャイムが鳴った。本来ならここで俺は教壇を降り、自分の席につくことになっている。

ひなた「なんで先生席に着かないの?1時間目始まっちゃうよ?」

八幡「いいんだ。今日は俺がこのまま国語の授業をやる」

ミシェル「先生が〜!?」

八幡「ああ。担当の先生の許可は今朝もらった。どうしても今日、みんなにやってほしいことがあるんだ」

樹「比企谷くん、協力してほしい事って何かしら?」

風蘭「今朝いきなりメール来てびっくりしたぞ」

1時間目の開始を知らせるチャイムとほぼ同時に、八雲先生と御剣先生が教室に入ってきた。2人にも今朝、メールで協力をお願いしてある。

八幡「わざわざすみません。八雲先生、御剣先生。空いている席に座ってください」

俺は持ってきていたプリントを1人ずつ配っていく。星守たちと2人の先生はそのプリントを訝し気に眺める。
591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/21(日) 13:16:42.92 ID:tcJcyPw30
いい感じに収束しそうで嬉しいけど終わりが近そうで寂しいな
592 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/23(火) 18:09:12.56 ID:AiXh2lpU0
本編6-29


八幡「そろそろ書き終わったか?」

大体の人がペンを置いている状況をみて、俺は声をかける。

18人「はーい」

八幡「じゃあ自分の作文を他の人のと交換して読み合ってくれ」

俺の指示に合わせ、みんなは近くの席の人と作文を交換して読み合わせをする。

ミシェル「むみぃ、楓ちゃんの星守になった理由、やっぱりすご〜い!」

楓「ミミも立派な理由を持ってるじゃないですの。ワタクシと変わりありませんわ」

花音「あれ、望って意外とちゃんとした考えを持ってるのね」

望「そりゃアタシだって色々考えてやってるからね!」

うらら「ふーん。ここみってこんなふうに考えてたのね」

心美「そ、そんなにじっくり読まれると恥ずかしいよぉ……」

こんな風にいたるところで感想が交流されている。作文を通してお互いの星守への思いを確認できて、成果は出ているように見える。

昴「遥香の作文、すごいよ。読んでもいい?」

遥香「お、音読はちょっと恥ずかしいわ……」

ひなた「待ってよ!桜ちゃんのほうがすごいよ!『わしが星守になろうとしたのは、』」

桜「これひなた。勝手にわしの作文を大声で読み上げるな」

いつの間にか、教室全体が一体となって作文を読み合っている。その顔はどれもこれも久しぶりに見る明るい表情で、なんだか懐かしさを覚えた。

蓮華「これが先生の狙いだったのね」

するっと芹沢さんが俺の隣にやってきて、星守たちの楽し気な交流に目を細めながら口を開いた。

八幡「まあ、ここまでうまくいくとは思わなかったですけどね」

蓮華「ふふ、みんなの貴重な作文もばっちり読めたし、れんげも満足だわ〜」

八幡「はは……」

もはやこの人は美少女が関わるものならなんでもいいんじゃないだろうか。自分もかなり見た目はいいはずなんだから、自己生産、自己消費すればいいのに。

蓮華「でも、これで終わりじゃないんでしょ?」

崩れていた表情を立て直し、芹沢さんが真に迫った声で俺に尋ねてきた。

八幡「ええ」

というか、むしろこれからが本番だ。この作文はこの教室内で完結させるものではない。

八幡「そろそろ授業が終わる時間なんで、席についてくれ」

盛り上がっている輪の中に向かって、気持ち大きめの声で俺は声をかける。

みき「あ、先生!最後に先生の作文読んでくださいよ!」

はいはい、と手を挙げながら星月がそんな提案をしてきた。

八幡「俺の?」

サドネ「おにいちゃんも書いてたの、見えた」

八幡「……どうしても読まなきゃダメ?」

星守たち「当然!」

八幡「わかったよ……」

なんでこういうところは息がぴったりなんだろうか。八雲先生と御剣先生も叫んでたみたいだし、そんなに俺に辱めを味わわせたいのか。

仕方なく俺はプリントを顔の高さまで持ち上げ、一行目から音読を始めた。
593 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/01/23(火) 18:12:25.06 ID:AiXh2lpU0
本編6-30


放課後、俺と芹沢さんは楠さんが入院している病院へやって来た。早朝から色々動いてきたが、それらは全て、今日ここからのためにあったといっていいだろう。

俺と芹沢さんは歩き慣れた廊下を進み、楠さんの病室へたどり着いた。

蓮華「明日葉〜、準備できた?」

芹沢さんがドアを開けると、中には私服に着替えた楠さんが、すでにバッグをベッドの上に置き、退院できる準備を整えていた。

芹沢さんに続いて病室に入った俺を見つけると、楠さんは一礼した。

明日葉「蓮華、先生。最後までありがとうございます」

蓮華「いいのよ〜。れんげはやりたくてやってるんだから〜」

八幡「ま、これで退院ですし、最後まで見守りますよ」

俺はベッドの上にあるカバンを持ち上げる。

明日葉「ありがとうございます、先生」

蓮華「なーんか先生ってたまにあざとい行動するわよね〜」

八幡「あざとくないですから……」

それ以降も俺のこれまでのあざとい行動を逐一口にする芹沢さんに多少イラっとしながら、俺はタクシーに乗り込んだ。俺に続いて楠さんと芹沢さんもやって来た。

八幡「この住所のところまでお願いします」

助手席に座った俺はタクシーの運転手に行き先の書いてあるメモを見せる。

タクシー運転手「かしこまりました」

運転手はカーナビで行き先を設定すると、車を発進させた。

----------------------------------------------

車が走ること数十分。始めは何の変哲もなかった楠さんの表情だが、今は明らかに疑り深いものになっている。

明日葉「なあ蓮華。これは。どこへ向かってるんだ?」

蓮華「さあ。どこでしょう?」

明日葉「先生。どうなってるんですか?」

八幡「まあ着けばわかりますから」

そう。今日ここからが本番と言ったのは、楠さんを俺と芹沢さんでうまく病院から連れ出すことを言ってたのだ。もちろん、朝の時点で楠さんの母親には事情を説明してある。本人に言わなかったのは、行き先を伝えると拒否されかねないと思ったからだ。

明日葉「家に向かってるんじゃないんですね?どこに向かってるんですか先生?」

楠さんはかなり強い口調で追及してくる。その隣で、芹沢さんがなんとかなだめようとペットボトルを差し出した。

蓮華「ほらこれでも飲んで落ち着いて。別に明日葉を取って食おうってわけじゃないから安心して」

明日葉「だからと言って、行き先がわからなければ不安になるだろう」

渡された飲み物を律儀に飲む楠さんだが、その声色からは不信感が漂う。

ほどなくして、タクシーが一軒の家の前に到着した。俺と芹沢さんは一度来ているからささっと降りる準備をするが、楠さんは未だ首を左右に振って周りの様子を窺っている。

明日葉「え、ここですか?」

八幡「はい。そうですよ」

蓮華「ほら早く出ないとタクシーの運転手さんにも悪いわよ〜」

芹沢さんは半ば強引に楠さんをタクシーから降ろした。俺もトランクから3人分の荷物を取り出して、2人のすぐ傍に立つ。

八幡「じゃ、行きますか」

蓮華「そうね〜」

明日葉「だから、行くってどこに」

蓮華「どこって決まってるじゃない〜」

芹沢さんは答えを言い終えないうちに、「粒咲」と書かれた表札の隣にあるインターホンを押した。

蓮華「あんこの家よ」
594 : ◆JZBU1pVAAI [saga ]:2018/02/03(土) 22:24:10.79 ID:Pu25Pkrr0
本編6-31


しばらく待ってみるが、インターホンはうんともすんとも言わない。芹沢さんは腕を組みながら「うーん」と首をひねる。

蓮華「出ないわねえ」

明日葉「留守なんじゃないのか?」

蓮華「そんなはずないわよ。ね、先生?」

八幡「ええ」

粒咲さんの両親には、今日この時間に俺たちが来ることは伝えてある。「先生が来るまでしっかり見張ってます」という返信を信じれば、粒咲さんはこの家にいる。

それでもインターホンに出ないということは、粒咲さんは俺たちが来ていることを知っていながら無視している、と考えるのが妥当だろう。まあ、アポなしで、しかもケンカ相手の楠さんもいるってなれば、こうなってしまうのもわからなくもない。

蓮華「もう、じれったいわね〜」

しびれを切らした芹沢さんはインターホンを連打する。

明日葉「お、おい蓮華!何してるんだ!」

蓮華「だってあんこが出ないんだから仕方ないじゃない」

楠さんは慌てて芹沢さんを止めようとするが、芹沢さんは連打を続ける。

そんな時、ポケットの中のスマホがメールの受信を告げた。受信フォルダを開くと、粒咲さんの父親からのメールだった。

「鍵は玄関前の植木鉢の底」

八幡「芹沢さん、家の鍵が植木鉢の底にあるみたいです」

蓮華「植木鉢って、これかしら」

芹沢さんは玄関に移動して、そこにある植木鉢を持ち上げる。

蓮華「あったわ〜!」

そう言う芹沢さんの手には、確かに鍵が握られている。その声と同時に、何やらインターホンの向こうからガタガタと音が聞こえた。

明日葉「勝手に鍵使っていいのか?」

八幡「いいんじゃないですか。粒咲さんのお父さんが教えてくれましたし」

蓮華「それなら遠慮なく〜」

芹沢さんは鍵を鍵穴に挿す。くいっと捻ると鍵が開いた音がした。

蓮華「開いた!」

芹沢さんはドアを引いて開けようとする。が、ドアは少し開いたところで止まってしまった。

あんこ「はあはあ、なんとか間に合った……」

蓮華「あんこ、そこどいてくれないかしら?」

あんこ「嫌よ。どいたらあんたたち入ってくるでしょ?」

蓮華「もちろん。そのために来たんだから」

どうやら粒咲さんが中でドアを押さえているらしい。必死な顔でドアを開けようとしている芹沢さんを見る限り、かなり激しく抵抗しているようだ。

どうしたもんかと思っていると、再びメールの受信音がした。送信元は粒咲さんの父親だ。

八幡「えーと、『あんこへ。これから5秒ごとにあんこの秘蔵画像を先生に送ります。止めて欲しければドアを開けなさい』って、なんだこりゃ」

声に出して読んでいると、続けざまにメールが来た。添付画像がついており、そこにはベッドの上で嬉しそうにペンザブローのぬいぐるみを抱えている幼少期の粒咲さんの姿があった。こんなの流出させて大丈夫なのか粒咲家?

明日葉「先生?急に静かになってますがどうされました?」

八幡「い、いや、送られてきた画像が想像よりもすごかったもんで……。見ます?」

明日葉「で、では少しだけ……」

蓮華「先生!その画像後でれんげにも転送して!」

あんこ「み、見るな〜!」

蓮華「あら。あんこいなくなっちゃった」

恥ずかし画像を見られるのが耐えられなかったのか、粒咲さんは叫び声をあげてから、バタバタと大きな音を立ててドアの向こうからいなくなってしまった。
595 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/02/03(土) 22:24:59.93 ID:Pu25Pkrr0
本編6-32


あんこ「どうぞ……」

何分かして再びドアのところへやって来た粒咲さんは、渋々と言った表情で俺たちを迎え入れた。

蓮華「お邪魔しま〜す」

明日葉「すまないあんこ……」

あんこ「……まあ、こうなっちゃったものは仕方ないわよ」

2人が家に入っていくのを見て、俺も敷居を跨ごうとする。

あんこ「ちょっと待って」

だが、そんな俺の前に粒咲さんが立ちふさがる。

あんこ「どういうつもりよ。蓮華はともかく、退院したばっかりの明日葉まで連れてくるなんて」

八幡「事態を打開するには、このタイミングしかないと思ったんで」

あんこ「何よそれ。余計なお世話よ」

粒咲さんは鋭い目つきで俺を睨んでくる。ヤバッ、めっちゃ怖いんですけど。粒咲さんでもこんな顔するのかよ。

八幡「かもしれませんね」

俺は粒咲さんの雰囲気に気圧されながらも、なんとか返事をした。

あんこ「だったら、」

明日葉「あんこ!蓮華があんこの部屋を漁っているぞ!」

粒咲さんの声は、家の中から響いた楠さんの声にかき消されてしまった。

あんこ「げ。なんとか止めといて!すぐ行くから!」

粒咲さんの表情が急に焦ったものに変わり、素早い動きで家の中へと消えていった。

……とりあえず、中入って待ってるか。

----------------------------------------------

なんとか芹沢さんを鎮圧した粒咲さんと楠さんは、ぐったりしながらリビングへやって来た。

あんこ「いきなりワタシの部屋漁らないでよ蓮華」

蓮華「だって〜。この前来た時は部屋入れなったし〜」

明日葉「それは理由になってないぞ……」

芹沢さんを注意する2人だが、心なしか、彼女らの雰囲気は柔らかいものになっているような気がする。まさか、芹沢さんはこれを見越して粒咲さんの部屋に入ったのか?

全員が椅子に座って落ち着いたところで、粒咲さんが切り出した。

あんこ「というか、あんたたちは何しにうち来たのよ」

粒咲さんの問いかけに、楠さんと芹沢さんも俺の方に顔を向ける。

八幡「あー、まあ、ノープランです……」

俺の言葉に、楠さんと粒咲さんは口をぽかんと開けて呆けてしまった。

明日葉「どういうことだ蓮華」

蓮華「まあまあ」

あんこ「よくノープランで人の家に来ようとしたわね」

八幡「本当のことを言えば、少しあるんですけど……」

あんこ「何よ」

八幡「粒咲さんの家での生活を、俺たち3人に見させて欲しいんです」
596 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/02/03(土) 22:26:43.92 ID:Pu25Pkrr0
本編6-33


明日葉「先生、その発言はどうかと思いますが……」

蓮華「うふふ」

あんこ「ホントに何言ってんのよ先生」

3人が3人とも、俺のことをゴミを見るような目つきで睨んでくる。いや、芹沢さんには事前に話してたでしょ。なんで2人と同じ顔してんの。

八幡「いや、あの、他意はないんですけど……」

あんこ「当たり前よ」

明日葉「当たり前です」

粒咲さんと楠さんの返事が同時だった。やっぱり根っこはこの2人仲いいんだろうな。

蓮華「ちゃんと説明しないとわかんないわよ、先生」

芹沢さんがぞっと俺の方に近付いて囁いてきた。いきなり囁かれたことにドキッとはしたが、心臓はすぐに落ち着いた。今までのからかい口調と違って、声色に包み込むような優しさを感じたからだろうか。

八幡「そうですね……」

俺は依然状況を呑み込めていない楠さんと粒咲さんに向かって口を開いた。

八幡「今日ここに3人で来たのは、粒咲さんのことをもっとよく知ろうと思ったからです」

あんこ「ワタシのことを?」

八幡「はい。普段は学校での粒咲さんしか見れてないですから」

明日葉「なんで先生まで蓮華みたいなことを言い出してるんですか?」

蓮華「れんげはこんなこと言わないわよ」

あんこ「いや、それは言ってるぞ。確実に」

明日葉「ああ。言ってるな」

蓮華「2人ともひどい!先生はれんげの言い分分かってくれますよね?」

八幡「いや、そこは2人と同意見です」

蓮華「みんなひどいわ〜」

よくわからないことで喚き始めた芹沢さんを放っておいて、俺は楠さんと粒咲さんに顔を向ける。

八幡「俺が楠さんをこの家に呼んだ理由は、おそらく2人なら察していると思います」

明日葉「私とあんこのこと、ですか?」

八幡「ええ」

あんこ「はあ……、やっぱりね」

八幡「もうネタバレされているところへ言うのも変な話ですが、俺も芹沢さんも、他の星守クラスのみんなも今の状況からの改善を願っています」

明日葉「だから私とあんこに仲直りをしろ、と?」

八幡「そうは言いません」

あんこ「どういうことよ」

八幡「俺は、あくまで2人に結論を出してもらいたいと思っています。ただ、そのためにはお互いがお互いのことを知らなさすぎるんです。今日は、楠さんに粒咲さんのことをもっと知ってほしくて計画しました」

明日葉「あんこのことを知る……」

八幡「はい。これまでよりもわかることが増えれば、それだけ判断材料も増えると思うんです。これからのことは、それから判断しても遅くはないんじゃないでしょうか?」

明日葉「……」

八幡「それに、まだ2人とも自分の気持ちをきちんと伝えてないですよね」

俺の言葉に2人の肩がビクンとはねた。

八幡「普段はいろんな人の視線がありますけど、ここならその心配はありません。粒咲さんの家族にも、俺たちの話は聞かないよう頼んであります」

あんこ「……わかった。先生の案に乗る」

明日葉「私もです」

2人はしばらく考え込んだ後、小さいながらもはっきりとした口調でそう答えた。
597 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/02/14(水) 01:03:17.73 ID:p38ubzSs0
本編6-34


あんこ「そうは言っても、ワタシは具体的に何をすればいいのよ」

八幡「特にこれといってないんですけど」

明日葉「本当に無計画に来たんですね……」

蓮華「たまにはいいじゃない。こういう行き当たりばったりな感じも」

あんこ「ワタシと明日葉にとってはドッキリに近い感じがするんだけど……」

こんな風に雑談をしていると、来訪者を告げるインターホンが鳴った。

あんこ「ん?」

粒咲さんは疑い深くインターホンの映像を見つめる。

あんこ「はい」

宅配便業者「宅配便でーす」

あんこ「……本当の宅配便ね」

粒咲さんはじっくり確かめてから玄関へと向かって行った。

----------------------------------------------

あんこ「ねえ。見てこれ……」

数分経ち、粒咲さんは食材がいっぱいに詰まった段ボールを抱えて戻ってきた。

八幡「野菜に、肉ですね」

蓮華「こんなにいっぱいどうしたのあんこ?」

あんこ「パパがさっきネットで注文したんだって。わざわざお急ぎ便で……」

明日葉「あんこのお父様は色々とすごい方だな……」

蓮華「……あ。いいこと思いついちゃった」

芹沢さんが何やら考えついたのか、手をポンと叩いた。

あんこ「何よ」

蓮華「せっかくこんなに食材があるんだから、みんなで料理しましょ」

明日葉「料理?」

蓮華「そ。もうすぐ晩御飯の時間になるし、ちょうどいいと思わない?」

あんこ「まあ、ワタシんちだけだとこんなに食べ切れないし。しょうがないわね」

明日葉「これだけあれば、色々な料理が作れそうだな」

なんだか勝手に話が進んでいく。みんなで料理をするってことは、俺も手伝わなきゃいけないってことか?見たところ、台所は4人もいたら窮屈そうな感じだし、そもそも俺は小学6年生レベルでしか料理作れないんだけど大丈夫なのか?

八幡「あ、あの、」

蓮華「先生はお皿や食器の準備しといて」

八幡「は、はあ……」

どうやら俺はお呼びではなかったようです。それならそうと言ってほしいかったなあ。「みんな」ってどこまでを指すのか不明瞭なんですけど。まあ、いつも「みんな」から外れているのが俺なんですけどね……。

蓮華「さ、何作ろうかしら〜」

あんこ「激辛料理は外せないわ」

明日葉「和食も作りたいところだな」

3人はあーだこーだ言いながら、段ボールを持って台所へ消えていった。
598 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/02/14(水) 01:04:03.66 ID:p38ubzSs0
本編6-35


明日葉「完成だな」

あんこ「こんなにたくさん作ったの初めてよ……」

蓮華「みんなの料理楽しみだわ〜」

3人は思い思いの感想を言い合いながら料理を運んできた。

八幡「それにしても、量多すぎません?」

蓮華「はりきりすぎて作りすぎちゃった♡」

芹沢さんがここぞとばかりに笑顔を作って説明してくる。

八幡「そうですか……」

明日葉「先生やみんなに食べてもらうということで、私も多少力を入れすぎたところはあります。すみません」

あんこ「そうね。ワタシも途中から加減がわからなくなっちゃったわ」

他の2人もこう言ってるってことは、やっぱり大変だったのだろう。テーブルには料理がぎっしりと並べられている。

明日葉「準備できたか?」

楠さんの問いかけに俺たちは同じように頷く。

明日葉「では、いただきます」

八幡、蓮華、あんこ「いただきます」

楠さんに続いて、全員で手を合わせての「いただきます」コール。なんだか給食を思い出すなあ。無駄な早食い競争とか、デザートの残り物を賭けたじゃんけんとか。ま、どれも参加したことないけど。競走する相手も、じゃんけんする相手もいなかったし。

あんこ「先生。なんだか目が異様に腐ってるわよ」

明日葉「私たちの料理に何かご不満が?」

八幡「いえ、何もないです。料理はどれも美味しいです」

蓮華「ホント?みんなで腕によりをかけて作ったから、そう言ってもらえて嬉しいわ」

八幡「そうですね。芹沢さんのハンバーグは肉汁もたっぷりで食べ応えがありました」

俺の感想を聞いた芹沢さんはきょとんとしている。

八幡「いきなり黙ってどうしたんですか?」

蓮華「先生。どの料理を誰が作ったかわかるの?」

八幡「え?ええ。ハンバーグとオムライスが芹沢さん。麻婆豆腐とスンドゥブが粒咲さん。鯖の味噌煮と豚汁が楠さんでしょう?」

料理をぱっと見れば、誰が作ったか大体わかるだろ。

まあ、どれも美味しそうだし、星月みたいな破壊工作員が紛れ込んだりもしてないから、安心して食べられたけど。

蓮華「やっぱり先生ってあざといわ」

明日葉「ああ。病院でもあったな」

あんこ「ギャルゲーの主人公に成り得る素質を感じるわね」

3人とも散々に俺に罵言を浴びせてくる。一体俺の何があざといんだ。芹沢さんのほうがよっぽどあざといだろ。

八幡「いや、別にあざとくないですから……」

明日葉「自覚なし、ですか」

蓮華「余計タチ悪いわね」

あんこ「これから先生のことは鈍感無自覚系ギャルゲー主人公と呼ぼうかしら」

3人ともため息をついてから、更に罵倒してくる。特に粒咲さんが言ったあだ名なんて、絶対星守クラスでは広めたくない。蓮見や天野あたりが面白がって言ってきそうだし。

八幡「……早く食べないと冷めますよ」

対抗手段を持たない俺は、食事を促すことで口を閉ざさせることしかできなかった。
599 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/02/14(水) 01:05:23.98 ID:p38ubzSs0
本編6-36


あ〜、食べた食べた。残さないよう、かなり無理はしたが全部食べ切ることができた。どれも美味しかったからよかったが、一品でも変なのが紛れてたら無理だったろう。

あんこ「あ。もうこんな時間じゃない」

洗い物を終えた粒咲さんは時計を見ると少し慌てた感じで手を拭く。

八幡「何かあるんですか?」

あんこ「これからネトゲのイベントが始まるのよ。ランキング一位の座は譲れないわ」

ははあ。さてはMMOだな。俺もアカウントだけ作ったことあるけど、すぐやめたなあ。無課金かつ、どこのギルドにも入れず、ほとんどクエストをクリアできなかったからだが。

なんだってネトゲの住人はあんなに排他的なんだ?少し質問しただけで「ggrks」とか「情弱」とか言われる始末。ネトゲの話し相手は人間じゃないと思った。

明日葉「ネットゲームって楽しいのか?」

蓮華「れんげもネットゲームについてはよくわからないわね〜」

片づけを終えた楠さんと芹沢さんも話に加わった。

あんこ「チームの連携だったり、敵の行動パターンを予想したり、色々大変だけど、それを乗り越えてクリアした時の快感はすごいわよ」

粒咲さんはうっとりと上を見上げながら語る。何かしらの思い出にふけっているのかもしれない。

明日葉「連携、敵の行動予測……」

粒咲さんの言葉に引っかかる所があったのか、楠さんが小声でぼそぼそと何かつぶやいている。

蓮華「ねえあんこ。れんげたちもあんこのゲームしてるところ見た〜い」

楠さんの様子を横でじっと見ていた芹沢さんが、ぎゅっと粒咲さんに抱き着きながらおかしな提案をする。

あんこ「いきなり抱き着かないで……。それに見たって面白くないわよ」

蓮華「それでもれんげは見たいの!先生もそうですよね?」

八幡「は?あ、ああ、まあ、はい」

実際、少し興味はある。ランキングトップの人のプレイを間近で見るなんて滅多にない機会だし。

蓮華「そういうことで決定〜。ほら、みんなであんこの部屋行くわよ」

明日葉「お、おい蓮華!私には質問しないのか」

蓮華「明日葉は強制参加で〜す」

あんこ「ちょ、片付けるから勝手にワタシの部屋行かないで!」

楠さんの手を引っ張って廊下を進む芹沢さんを、なんとか粒咲さんが押しとどめる。そりゃ、二度も勝手に部屋はいられるのは嫌だよなあ。

-----------------------------------------

あんこ「いいわよ」

片付けが終わった粒咲さんがドアの隙間から顔を出した。俺たちはそれに応じて中に入る。

八幡、明日葉、蓮華「おお……」

まず目に入るのは大きなマルチディスプレイだ。一つ一つの画面も大きいが、それが横並びになっているため、かなりの存在感を示している。その周りにはデスクトップパソコンや、ゲーミングキーボード、ヘッドセット、お菓子などが置いてある。

これだけ見るとただのゲーマーの部屋だが、目線をずらせばぬいぐるみや制服がかかっていたりと、女子高生らしさもきちんと感じられる内装になっている。

あんこ「見るだけならいいけど、絶対邪魔しないでよ」

ヘッドセットを付けた粒咲さんの目は、完全に獲物を狩る獣のような眼をしていた。

あんこ「じゃあ、始めるわよ」

粒咲さんはそう言うと、目にもとまらぬ速さでキーボードとマウスを動かし始めた。画面もそれに合わせ目まぐるしく動いていき、最早何がどうなっているのかさっぱりわからない。

あんこ「デバフ来るよ!」

あんこ「ヒーラー仕事して!」

あんこ「タンクとアタックの入れ替え早く!」

粒咲さんは常に指示の声を絶やすことなくプレイし続けている。その姿は「指揮官」と言うにふさわしいだろう。

そんな普段とは全く違う光景に、俺は新鮮な驚きを感じている。が、隣に座っている楠さんと芹沢さんは、何か懐かしいものを見るような目で粒咲さんの後ろ姿をじっと見ていた。
600 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/02/14(水) 01:07:16.83 ID:p38ubzSs0
更新が遅くてすみません。今回はここまでです。この話がどのくらい続くのか、書いてる自分もわからなくなってきました。
601 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/14(水) 02:11:52.44 ID:jU6/vu6B0
おつ
面白ければよかろうなのだ
602 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/02/24(土) 18:31:07.77 ID:1HMSGrsY0
本編6-37


あんこ「ふう……」

数十分経って、粒咲さんは一つ伸びをするとヘッドセットを取り外した。

明日葉「終わったのか?」

あんこ「最低限のノルマはね。だから今日はおしまいにするわ」

八幡「夜通しはやらないんですね」

あんこ「ギルドの他のメンバーは限定素材を集めに行くそうよ。ワタシは断ったけど」

蓮華「じゃあ今度はれんげたち4人でゲームしましょ」

八幡、あんこ、明日葉「はい?」

俺たち3人は素っ頓狂な声を上げた。が、芹沢さんはどこからかゲーム機と4個のコントローラーを取り出してきた。

蓮華「このレーシングゲームなら操作も難しくないし、みんなで遊べると思うの」

あんこ「ちょっと蓮華。勝手にゲーム出さないでよ」

蓮華「まあいいじゃない。れんげたち退屈だったし、今度はあんこがれんげたちに付き合って?」

明日葉「わ、私もゲームやるのか?ほとんどやったことないから自信ないぞ……」

八幡「大丈夫ですよ。俺もやったことありますけどそんなに難しくないですから」

芹沢さんが引っ張り出してきたのは「マ○オカート」だった。ハンドルを使って操作するアレだ。俺も一時期ハマってたなあ。

あんこ「まあ難しくはないとは言っても、ワタシ相手だと流石に差がつきすぎる気が……」

蓮華「ならチーム戦にしましょ。れんげと先生がチーム。あんこと明日葉がチーム。お互いの順位を足して、合計が少ない方が勝ちってことで」

明日葉「それなら、なんとかなるかもしれん」

あんこ「チーム戦ね。面白そうじゃない」

蓮華「じゃあけって〜い!」

またしても俺が意見する前に決められてしまった。もはや俺には発言権は存在しないらしい。俺に残されている道は、忠犬さながらに、決められたことに素直に従う義務だけ。

あんこ「じゃ、起動するわよ」

久しぶりに見るオープニング映像とともに、ゲームが開始された。

明日葉「こ、これはどうやって操作するんだ?」

あんこ「このボタンがアクセルよ。ここを押しながら、ハンドルを傾けることで車も曲がるわ」

明日葉「な、なるほど」

あんこ「やってくうちに慣れていくと思うし、とりあえずエキシビションマッチでもやる?」

蓮華「そうね。いきなり対決じゃ明日葉がかわいそうだものね」

ということで、まずは練習試合が組まれた。各々カートを選び、コースを決めて、いよいよレースが始まった。ふふ、俺のロケットスタートが火を噴くぜ。

明日葉「あ、あ〜!」

あんこ「明日葉!体じゃなくてハンドルを曲げて!」

明日葉「やってる!やってるぞ!」

蓮華「うふふ〜。慌てふためく2人、とってもいいわ〜」

スタートしてすぐ、初心者の楠さんは、カーブに差し掛かるたびに体ばかり傾く。それを修正しようと粒咲さんは躍起になっている。そんな光景を芹沢さんはスマホを掲げてニヤニヤしながら眺めている。

結局、俺しかまともにゲームをプレイしていない状況になった。なんか、1人でハンドルまわしてるの恥ずかしいな……。

あんこ「一旦ストップ!」

業を煮やした粒咲さんはレースを中断すると、楠さんの手を握りつつ、俺と芹沢さんを睨みつける。

あんこ「30分頂戴。それまでに明日葉を戦力にしてみせるわ。だから2人はいったん外に出て」

八幡「ちょ、待って……」

蓮華「あんこ乱暴〜」

半ば強引に、俺と芹沢さんは外に出されてしまった。
603 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/02/24(土) 18:32:01.61 ID:1HMSGrsY0
本編6-38


俺と芹沢さんが部屋を追い出されて30分ほど経ったとき、粒咲さんと楠さんがドアを開けて顔を出した。

あんこ「入っていいわよ」

明日葉「お待たせしました」

八幡「はあ」

俺は何の気もなしに部屋へ入ろうとした。が、そんな俺の腕は芹沢さんにがっちりと捕まえられてしまった。

蓮華「あんこ、明日葉。れんげのお願い一つ聞いて。じゃないとれんげたちは行かない」

あんこ「何よいきなり」

蓮華「だってれんげたちのこと待たせたんだから、一つくらいお願い聞いてくれてもいいじゃない」

粒咲さんと楠さんは互いに顔を見合わせ、小さくうなずくと芹沢さんに向き直る。

あんこ「……まあ、そうね。で、何」

蓮華「難しい事じゃないわ。今からレース勝負して、れんげたちが勝ったら、れんげの言うことを何でも一つ聞いて欲しいの」

あんこ、明日葉「え?」

何が来るかと顔をこわばらせていた2人は、拍子抜けしたトーンで聞き返した。まあ、芹沢さんにしたら、まともなお願いなのは確かだな。いつもなら問答無用で変なこと言い出すし。

明日葉「なら、私たちが勝てば蓮華のお願いは聞かなくていいのか?」

蓮華「そうね〜」

芹沢さんはニコニコ顔を崩さず返事をする。そんな芹沢さんを見て、粒咲さんと楠さんはニヤッと笑った。

明日葉「あんこ。ここは是が非でも勝つぞ」

あんこ「もちろんよ。ワタシの辞書に敗北の二文字は存在しないわ」

こうして戦いの準備は整った。やはり俺抜きで。

-----------------------------------------

話し合いの結果、ルールは2対2のチーム戦。2人の順位の合計が少ないチームが勝利だ。カートもコースも決め、画面はそれぞれのカートの後ろ姿を映している。もう数秒でスタートだ。

あんこ「さっきの通りやれば大丈夫よ明日葉」

明日葉「ああ。任せろ」

蓮華「先生。れんげのためにも、死ぬ気で頑張ってね?」

八幡「はい……」

ふええ、なんで俺脅迫されてるの?あっちはいい雰囲気なのに、こっちは修羅場。芹沢さん、表情は笑ってるけど、目は笑ってない。ここで負けたら何をされるかわからない……。

『Ready Go!!』
604 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/02/24(土) 18:32:44.59 ID:1HMSGrsY0
本編6-39


俺がロケットスタートを決めた直後、進路を妨害するようにカートが前にやって来た。この色は……。

八幡「粒咲さんですね」

あんこ「そうよ。悪いけど、先生にはずっとワタシの後ろにいてもらうわ」

粒咲さんは不敵な笑みを浮かべながらコントローラーを操作する。

だが、中学生の時1人でもレースをしてきた俺の経験を侮るなよ。友達いなかったから、誰に聞くこともなく編み出した俺のドライビングテクニックを見せつけてやる!

そう意気込んで操作するものの、ちっとも粒咲さんを抜くことができない。正確に言うと、抜かせてくれないのだ。

粒咲さんは俺が通ろうとするルートと全く同じ道を走るからだ。カートの最高速も同じで、ドリフトするタイミングも全く同じなのだ。まるで、俺がどこでそう走るかを知っているかのように。

あんこ「先生。今、なんで俺と同じように粒咲さんは走るんだろう、って思ってない?」

八幡「……」

俺はいつの間にジョセフ・ジョースターと戦っていたのだろう。……まさか、波紋かハーミットパープルかを使ってるのか?

あんこ「別に波紋もスタンドも使ってないわよ」

八幡「……」

またしても思考を読まれてしまった。てか、粒咲さんジョジョ読んでんのか。今度どのキャラ好きか聞いてみよ。

あんこ「ネタバラシをするとね、先生の通るルートってCP相手には効率がいいルートなのよ。ワタシはそれがわかったから、先回りして邪魔をすることができるわけ」

なるほど。俺は1人プレイをしすぎて、無意識にCP相手のルートを走っていたわけか。納得。1人でしかレースしたことないからそんなこと気づかなかった。

あんこ「でもね、これは対人レースなの。それに今回は2対2の勝負。ワタシが独走するよりも、明日葉と一緒に勝つことの方が重要。だから、」

粒咲さんの言葉が途切れるとともに、前のカートも止まってしまった。その真後ろにいた俺のカートも、必然スピードが落ちる。

あんこ「こうして先生をブロックすることも可能ってわけ」

粒咲さんがスピードを止めたのは一瞬で、すぐまた走り出した。だが、そこから度々俺の前でスピードを落としては、俺のカートの進行を邪魔してくる。いつの間にか、他の2人とはだいぶ差ができてしまった。

八幡「こうして俺の邪魔をするのが作戦ですか」

あんこ「そうよ。ここまですれば、ワタシと先生で下位争い。明日葉と蓮華で上位争いをすることになるわ」

そうか。まともにレースをしたら、やりこんでる俺と粒咲さんが上位に行くのは必然。だが、俺のことを粒咲さんが抑えれば、楠さんと芹沢さんの2人の勝負になる。

……よく考えたら、芹沢さんにはなんとしても勝ってもらわないといけないんだよなあ。俺が粒咲さんの前に出ることはほぼ不可能だから、もし芹沢さんが楠さんに負けるとなると、合計順位は俺たちの負けになってしまう。

チラッと楠さんを見ると、まだ多少体は揺れるものの、最初とは比べ物にならないほど操作が安定している。選択されたコースがそこまで難易度が高いわけではないため、楠さんレベルでも十分走れている。

芹沢さんはと言うと、相変わらず笑みを絶やさないまま画面を見つめている。操作も基本はできている。

順位は速い順に芹沢さん、楠さん、粒咲さん、俺、となっている。上位2人はかなり接戦である。俺たちも接戦と言えばそうだが、まあ抜ける可能性はゼロに近い。

あんこ「今よ!」

明日葉「ああ!」

もうラストスパートというところで、粒咲さんが声を上げた。何事かと思って画面を見ると、楠さんのカートからアイテムが発射され、それが芹沢さんのカートに命中した。

蓮華「あら〜」

当然、芹沢さんのカートは減速し、後ろを走っていた楠さんが追い抜いていく。

まさか最後にこんな切り札を持っていたなんて、ここでも粒咲さんの戦術が光った形になったなあ。

蓮華「でも、まだ終わりじゃないわ」

体勢を戻した芹沢さんも、カートからアイテムを発射した。それが楠さんのカートに命中する。

明日葉「あ!」

あんこ「ウソ!」

蓮華「明日葉ごめんね〜」

ゴール手前で楠さんのカートは減速し、その横を芹沢さんが追い抜き、一位でゴールした。

次いで楠さんがゴール。だいぶ離れて三位で粒咲さんが、ビリで俺がゴールした。
605 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/02/24(土) 18:35:45.08 ID:1HMSGrsY0
更新がどんどん遅くなってすみません。多分、これからも更新頻度は低空飛行を続けることになります。気長にお待ちください。
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 15:06:32.54 ID:W7M3xr8f0

アプリでも最近マリオカートらしき何かをあんこの家でやってましたねぇ
607 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/04(日) 16:38:11.27 ID:o1Qfh0fD0
本編6-40


明日葉「す、すまないあんこ。アイテムを発射するときに手元が少し狂ってしまった……」

あんこ「仕方ないわよ。それより、ここまでよく蓮華について行ってくれたわ」

申し訳なさそうに謝る楠さんを、粒咲さんは何でもないように慰める。

明日葉「だが、蓮華には負けてしまった……」

あんこ「ワタシが先生に勝ったから、総合勝負では引き分けよ」

蓮華「そうね〜。れんげもアイテムをキープしてて助かったわ」

あんこ「まさか蓮華もワタシと同じことを考えてるなんてね」

蓮華「本当はあんこ対策だったんだけど、それがいい方向に転んだわ」

明日葉「正直、あんこが先生を抑えてくれていなかったら、と思うとひやひやするな」

あんこ「このゲームを知ってる先生にいろいろ掻きまわされたらワタシのプランも崩れちゃうから。抑えさせてもらったわ」

粒咲さんは俺に向かいニヤッと笑いかける。

八幡「まあ、できる範囲で邪魔はしたでしょうね」

あんこ「でしょ。蓮華も色々意地悪するかと思ったけど、このゲームが得意ってわけでもなさそうだったから、先生の妨害を優先したわ」

八幡「なるほど……」

流石に戦況をよく見ている。各個人のレベルを加味しつつ、そこからできうる限りの策を講じている。おそらくゲームで培ったものだろうが、それにしてもすごい。この能力を持っているから、粒咲さんのイロウス撃破時間はいつも短いのだろう。

明日葉「そういえば、言い出しっぺの蓮華は最後の場面以外は静かだったな。どうしたんだ?」

あんこ「ワタシもそれが気になってたのよね。蓮華のことだから何か仕掛けてくるんじゃないかとひやひやしてたんだけど」

蓮華「最初はちょっかいかけるつもりだったんだけど、やめたの」

八幡「どうしてですか?」

蓮華「だって、いつもは追いかけても逃げる明日葉が、必死ににれんげのことを追いかけてくれてるのよ?これに乗らない手はないじゃない!」

やはり芹沢さんはブレていなかった。カーレースなんだから下位の人が上位の人を追いかけるのは当たり前だろうに、この人はそんな普通のことでさえ自分に都合のいいように脳内変換できてしまうようだ。

他の2人も同じことを考えているのか、粒咲さんは頭を抱えているし、楠さんは自分の肩を抱くようにして少し引いている。

蓮華「れんげ、いつもはあんな風に追いかけられることはないから新鮮だったわ〜。明日葉。またいつでもれんげのこと追いかけていいからね?」

明日葉「アホか!そんなことするわけないだろ!」

蓮華「照れなくてもいいのよ〜。あ、そうだ。ならあんこでもいいわよ?」

あんこ「ワタシだってやらないわよ!」

蓮華「え〜。じゃあ先生でもいいです」

八幡「じゃあってなんですか……。あと、俺もそんなことはしません」

ホントこの人何言ってるの。俺に言うときだけすごい嫌々そうにしてるし。そんなに嫌なら言わなくてもいいから。

蓮華「もう、みんな恥ずかしがりやさんね」

明日葉「恥ずかしいとかそういう話ではないんだが、」

あんこ「もう何言っても無駄よ明日葉。無視しときましょ。あとは先生がどうにかしてくれるわ」

八幡「ちょっと。めんどくさいからって俺に振らないでくれます?こういうのは仲のいい同級生同士で解決すべきことでしょう」

あんこ「先生は生徒の問題を放っておくっていうの?」

明日葉「いや、蓮華のあれは1人1人で対処できるものではない。全員が力を合わせないといけない」

蓮華「ちょっと。なんでみんなしてれんげのこと悪者扱いするの?」

あんこ「逆にあそこまでやっといて、何も思われてないと思ってたの……?」

明日葉「驚異的な精神力だな……」

八幡「全くですね……」

いや、本当に。性別が違えば100%逮捕されている。現に同じ性別の楠さんや粒咲さんもドン引きしている。後輩たちはもっとだろう。星守になってしまったばかりに、芹沢さんの毒牙に怯え続けなければならないなんて可哀想すぎる。

うん。男に生まれてよかった!
608 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/04(日) 16:38:58.78 ID:o1Qfh0fD0
本編6-41


「先生、ほら起きて」

あれ。なんか耳元で声がする。

「先生〜。起きないんですか?」

なんか心地よい響きだなあ。もう少しこのまま聞いていてもいいかもしれない。

「起きないのなら……」

起きないのなら?

蓮華「れんげのおもちゃにしちゃいますよ?」

八幡「それはやめてください……」

俺は寝起きでボーっとする頭を振り払って起き上がる。そんな俺の横には、すでに着替えを済ませている芹沢さんの姿があった。

蓮華「あら先生。おはよう」

八幡「もう少しちゃんとした起こし方はなかったんですか?」

蓮華「今まで寝てるのが悪いんでしょ?ほら、もうすぐ約束の時間になるわよ。そこに先生分の朝御飯があるから、顔洗ってから食べて」

八幡「……はい。すみません」

時間を見ると、確かに約束の時間まで余裕はない。俺は急いで顔を洗って着替えを済ませ、ごはんをかきこんだ。

今日も今日とて忙しいのだ。悠長に構えている暇はない。

ピンポーン。

ちょうど食器も洗い終わったときに来客を告げるチャイムが鳴った。おそらくあの人が来たのだろう。

蓮華「来たわね」

あんこ「来たって誰が?」

蓮華「見ればわかるわよ。ほらみんな行くわよ〜」

芹沢さんは周りにいた楠さんと粒咲さんを玄関の方へと押しやる。

明日葉「見ればって……ああ!」

開いたドアの先にいたのは、高級そうな和服に身を包んだ楠さんの母親だった。

明日葉の母「おはようございます皆さん。出発の準備はできていますか?」

八幡「ええ、大丈夫です」

明日葉の母「それは結構ですね。では参りましょう」

蓮華「は〜い」

俺と芹沢さんは用意しておいた荷物をもって楠さんの母親についていく。だが、案の定状況が呑み込めていない楠さんと粒咲さんは、その場に立ち尽くしている。

八幡「楠さん、粒咲さん、行きますよ」

あんこ「いや、行くってどこによ」

蓮華「明日葉のお母さんが迎えに来てるのよ?それを踏まえたら行先は一つしかないじゃない」

明日葉「ま、まさか」

明日葉の母「ええ。そうです。私たちの家んみ帰りますよ。明日葉さん。皆さんと一緒に、ね」

明日葉、あんこ「ええ!?」
609 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/04(日) 16:39:37.57 ID:o1Qfh0fD0
本編6-42


困惑する楠さん、粒咲さんをよそに、車は無事に楠邸へと到着した。

明日葉の母「さあ皆さん。到着しました。こちらへどうぞ」

楠さんの母親は俺たちを先導する。その後ろを俺たち4人がついていく。

あんこ「なんなのよこの家……」

1人粒咲さんだけが周りをきょろきょろしながら歩ている。まあ、粒咲さんだけこの家に来るのは初めてだから仕方ないか。俺も初めて来たときはめちゃめちゃキョドてったし。

明日葉「お母様、なぜこのように蓮華やあんこ、先生までお連れしたのですか?」

明日葉の母「なぜって、先生に頼まれたからよ」

明日葉「先生に?」

楠さんの訝し気な視線が、少し後ろを歩いていた俺をとらえる。

八幡「あぁ、まあ、簡単に言えば、昨日の粒咲さんの時と同じ理由です」

明日葉「……つまり、今度は学校外での私のことを知ろうというわけですか?」

八幡「そういうことですね」

明日葉「別に私は学校の内外で変わるようなことは何も、」

蓮華「明日葉のことだけじゃないわ。れんげたちが知りたいのは、明日葉の周りのことも含めて、なの」

不意に、芹沢さんが助け舟を出してくれた。

明日葉「私の、周り?」

蓮華「そ。あんこの家にいた時も、あんこのお父さんだったり、ゲーム仲間だったり、あんこの周りにはいろんな人がいたわ。それを知ることができて、あんこのこともまた、深く知れたの」

あんこ「ワタシだってそんなに変わらないでしょ」

蓮華「でも『変わらない』ってことが知れたわ。それに、自分のことだけじゃなくて、周りのこともちゃんと考えられる優しい性格も持ってるってことも再確認できた」

明日葉「それは、確かにそうだな」

蓮華「でしょ?明日葉に関して言えば、あんこより、もっと多くの人と日常的に関わっていると思うの。それを見るには、退院したてのこの日がベストってわけ」

芹沢さんの力説に、楠さんは押し黙ってしまう。

まあ、今の言葉は俺が芹沢さんに言ったことほぼそのままなんだけどね。

人は、常に誰かと関わって生きている。ぼっちを自称する俺でさえそうだ。なら、日常的に「家」を背負って暮らしている楠さんはもっとだろう。学校での俺たちとの関りだけでなく、家での過ごし方も見ることで、必ず何か発見があるはずだ。

あんこ「ま、昨日は散々ワタシの家を荒らされたし、次は明日葉の番でもいいんじゃない?」

明日葉「ちょっと待て。あんこの家を荒らしたのは蓮華だ。私じゃない」

蓮華「諦めなって明日葉。もうここまで来ちゃったんだから♪」

明日葉「そうやって既成事実を作るな」

こうして話していると、先頭を歩いていた楠さんの母親がある襖の前で立ち止まった。

明日葉の母「皆さん。この部屋にお入りください」

楠さんの母親が襖を開けると、中から複数のクラッカーの音がした。

「明日葉、退院おめでとう!」

明日葉「あ、みなさん……。ありがとうございます」

楠さんは突然のサプライズに多少驚きながらも、深々と頭を下げる。

どうやらクラッカーを鳴らしたのは楠さんに所縁のある人たちのようだ。

明日葉の母「今日は明日葉さんの退院祝いということで、腕によりをかけて料理を用意しました。さ、先生たちも召し上がっていってください」

楠さんの母親がそう言うと、部屋の別の襖が開いた。その向こうには、テーブルの上に豪華な料理がずらりと並べられていた。

あんこ「こ、これはすごいわ。ブログのネタとして写真に収めなきゃ」

蓮華「れんげも撮っちゃお」

確かにすごい。一言でいえば、和食中心のパーティー仕様って感じだ。量もさることながら、料理一つ一つの綺麗さも目に留まる。おそらく、何日も前から準備してたのだろう。とても1人でほいほい作れるものじゃない。

それゆえ、この料理は、楠さんがいろんな人から愛されている証拠だと、そう言い換えられるかもしれない。
610 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/03/04(日) 16:42:05.48 ID:o1Qfh0fD0
今回の更新はここまでです。第5部もストーリーが進んでいって面白いですね。その分、イベントのストーリーがおざなりになってる気もしますけど。
611 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/07(水) 18:26:48.82 ID:Ix7yRmef0
番外編「葵とエリカと雪乃と結衣と@」


エリカ「ほらほら早くしてよ2人とも!置いてっちゃうよ!」

結衣「そうだぞー!限定パンケーキはなくなるの早いんだから!」

雪乃「はあはあ……。あの2人、授業中は寝ているのに、休日はどうしてあんなに元気なのかしら」

葵「大丈夫、雪乃?エリカー!結衣―!雪乃がへとへとだから待ってー!」

エリカ「えー、もう。雪乃は体力ないなあ」

結衣「ほかのことは何でもできちゃうのにね〜」

葵「私たちだってできないところはあるし、そういうところを補い合えるのが友達なんじゃないかな、って思うけど」

雪乃「七嶋さん……」

結衣「おー、なんか深い!」

エリカ「今の録音したいからもう一回言って?」

葵「……もう、結衣もエリカもからかわないで。行くよ!」

結衣「あ、待ってよ!」

エリカ「結局私たちのこと置いてくじゃん!」

雪乃「後で追いつけばいいかしら……」

----------------------------------------------

結衣「おいしかったねパンケーキ!」

葵「エリカはこういうお店見つけるの上手だよね」

エリカ「ファッション雑誌の特集ページとかで紹介されてるんだよね。この近くにはオシャレな服売ってるお店がいっぱいあるし、ショッピングの合間の休憩にもってこいだよ」

雪乃「そんなにアパレル関係の知識が持てるなら、どうして学校のテストでは点数取れないの」

エリカ「えー、だって数学とか理科とか、将来なんの役にたつのー?意味わかないんだけどっ」

結衣「そうだよ!ナントカ定理とか、ナントカの法則とか、大人になったら一生使わないし!」

雪乃「そういう先人の発見があったからこそ、今の私たちの生活が成り立ってるのよ。それに、勉強は知識を蓄えるだけでなく、思考の方法を学ぶものでもあるの。これから生きていくうえでは十分必要なことだと思うけれど?」

葵「どうどう雪乃。まあ、そこまで高いレベルまではいかなくてもいいけど、せめて次の定期テストでは赤点取らないように勉強してほしいなあ……」

結衣「そうだった。もうすぐ定期テストじゃん……。エリチー勉強してる?」

エリカ「もも、もちろんよ……!」

葵「これはやってないわね……」

エリカ「あーん!教えてお二人様―!」

結衣「アタシもー!」

雪乃「はあ、なんだか前回の定期テスト前もこんな感じだったわね……」

葵「あはは……」

エリカ「よし。これで次のテストもなんとかなる!さ、ショッピングに行くぞ!」

結衣「おー!!」

葵「おー!」

雪乃「お……おほん。そうね」
612 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/07(水) 18:27:54.05 ID:Ix7yRmef0
番外編「葵とエリカと雪乃と結衣とA」


葵「今日は何見るのエリカ?」

エリカ「買いそびれてた春物を見ようかなーって思ってる」

結衣「いいねー。アタシも何か買おうかなー」

雪乃「あなたたちたくさん服持ってるでしょう」

結衣「いろんな服持ってれば、バリエーションも増えるじゃん!」

エリカ「結衣の言う通り!若いうちに色んな服着ておきたいし!」

雪乃「私にはいまいち理解できない概念ね」

結衣「そんなことないって!ゆきのんかわいいんだから、もっといろんな服着て楽しもうよ!」

エリカ「結衣の言う通り!そうだ。今日は雪乃に似合う服を私たちで見つけてあげる!」

雪乃「え」

結衣「うん!それいい!」

葵「私も賛成」

エリカ「よし、じゃあいってみよー!」

雪乃「自分で行くから、強引に腕を引っ張らないでくれるかしら……」
613 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/07(水) 18:28:54.29 ID:Ix7yRmef0
番外編「葵とエリカと雪乃と結衣とB」


葵「雪乃の服かー。どんなのがいいかなー」

エリカ「雪乃はスタイルいいから、少々露出度が高めな服でもイケルと思うんだよねー」

結衣「肌も白いし髪もキレイだから、どんな服でも似合いそうで逆に困っちゃうね」

葵「うんうん。女の私でも憧れちゃうもん」

雪乃「……そんなに大声で私のことを話さないでもらえるかしら」

エリカ「雪乃、照れてるの?」

雪乃「別に照れてなんかいないわ。私自身、自分のスタイルが人並外れているのはわかっているし、それを否定するつもりも毛頭ない。というか、あなたたちもスタイルの良さで言ったら、申し分ないでしょう」

結衣「そ、そうかな……」

エリカ「まあ、そうね。私の魅力は隠しきれないから!」

葵「そんな風に自分に自信を持ってるエリカはすごいよ」

結衣「いやいや、葵だって十分かわいいよ?」

エリカ「そ。雪乃も結衣も葵も私も、みんなかわいいんだから、オシャレな服を着てもっと自分の魅力を高めなきゃ!手始めにこんな服はどう雪乃?」

雪乃「い、いくらなんでもそれは布面積が狭すぎないかしら……。肩もへそも、太腿まで出てるじゃない」

エリカ「大丈夫だって!私もたまにこういうの着るし」

雪乃「あなたが着られるからと言って、私が着られる理由にはならないでしょう」

結衣「じゃあゆきのん。こんなのはどう?」

雪乃「こ、このヒラヒラしたレースがいっぱいついた服は何?」

結衣「ゴスロリだよ!ゆきのん、肌白いし、髪も黒くて長いから絶対似合うって!」

雪乃「似合う似合わない以前に、これを着て外出するのは私には不可能よ」

葵「じゃあ私の番。やっぱり雪乃にはシンプルなものがいいって思ったからこれ!」

雪乃「スキニーパンツに、白シャツ、ジャケット、かしら」

葵「これで雪乃のカッコよさがより引き立つと思うんだ!体のシルエットもきれいに見えるし!」

雪乃「はあ……」

結衣「ねえ、ゆきのん。それ着てみてよ!」

雪乃「別に買うわけではないのだから着る必要は、」

エリカ「つべこべ言ってないで、試着室に行く!せっかく葵が選んでくれたんだから!店員さんー。試着室使いまーす」

雪乃「またそうやって強引に」

エリカ「いいからいいから。葵も見たいよね?」

葵「そうだね。せっかくだし。お願い雪乃」

雪乃「はあ。着るだけよ」
614 : ◆JZBU1pVAAI [saga]:2018/03/07(水) 18:29:46.49 ID:Ix7yRmef0
番外編「葵とエリカと雪乃と結衣とC」


雪乃「どうかしら」

結衣、葵、エリカ「おー!」

結衣「ゆきのん、かっこいい……」

葵「うん。すごく似合ってる……」

エリカ「似合いすぎてて、言葉が出ない……」

雪乃「ありがと。自分では、想定内の感じだけど、あなたたちの反応は予想以上だわ。だから……」

結衣「だから?」

雪乃「だから、これ買うことにするわ」

葵「本当?」

雪乃「わざわざ嘘をつく理由がないじゃない」

エリカ「よし。じゃあ私ももっといい服選んで雪乃に認めてもらうんだから」

結衣「アタシもえらぼーっと」

雪乃「待ちなさい。もう私の服を選ぶのは終わったでしょう?」

結衣「何着買ってもいいじゃん!もっと色んな服着てるゆきのん見たいし!」

エリカ「そうそう。まだまだ時間はあるし、少なくともこのフロア全部は回るよ!」

葵「あはは。私もまた頑張っちゃおっかな♪」

雪乃「はあ……。私はいつ解放されるのかしら……」
615 : ◆JZBU1pVAAI [sage]:2018/03/07(水) 18:32:14.69 ID:Ix7yRmef0
以上で番外編「葵とエリカと雪乃と結衣と」終了です。プレイアブルキャラになってから葵を登場させてなかったので、なんとか書きたいと思い、こんな形になりました。イラストでは葵もエリカも高3のリボンをつけていますが、この番外編では4人とも同じ学校の同級生だと思ってください。
616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/08(木) 01:43:43.23 ID:VLhMIaEW0
乙、いい意味で予想外な番外編
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