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【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:35:50.33 ID:YeaCfPgp0










*「シーッ!」








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暇人の集い @ 2024/04/12(金) 14:35:10.76 ID:lRf80QOL0
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2 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:36:34.66 ID:YeaCfPgp0
*「大きな声で 話しかけないでよっ。あたしが ここにいること バレちゃうじゃないっ!」

*「あれ? そこにだれか いるのか?」
*「ややっ マリベルおじょうさん! また そんなところに かくれたりして……。」

*「もう……。 いいじゃないの あたしが漁に ついて行ったって!」
*「ね 見逃してよ コック長! あなたの作るシチューって最高よ! ウフフ…。」

*「…わしに おせじをいっても ムダですぞ。」
*「さあ お父上にしかられないうちに 船を おりなされ。」

*「いったい どうした? さわがしいようだが なにか あったのか?」

*「あっ ボルカノ船長 じつは マリベルおじょうさんが…。」

*「…………………。」
*「わかりました。マリベルおじょうさん。ただし 今回かぎりですぜ。」

*「やったあーーっっ!!

*「さてと そうと決まったら いよいよ出航だ! アルス グズグズするなよっ!」

*「そうよ アルス。グズグズするんじゃないわよっ。」
3 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:38:14.06 ID:YeaCfPgp0
※注意書き

1. このお話はプレイステーション専用ソフト『ドラゴンクエストZ』及び
そのリメイク版であるニンテンドー3DS専用ソフトを原作とし、
これをもとにスマホ版をクリアした記念で書き起こした後日談です。

いたスト?ヒーローズ?……設定がややこしくなるのでなかったことにしてください。


2. 内容は主人公アルスとマリベルを中心とした航海の旅です。
→最初っから最後までべったべたです。
→成人指定はありません。(少年誌くらいのレベルなら)


3. 基本一話完結型の全30話を予定しています。


4. 形式はご覧の通りセリフをメインに地の文を挟んだものになっています。
地の分も難読漢字などはなるべく平仮名や片仮名で表記しております。
また、セリフなどに関してはなるべく原作に近い形で書いていきます。


5. 基本的に原作で登場した人物、組織、地名、その他諸々の概念や設定に則ってお話は構成されています。
作者オリジナルのキャラクター及び独自設定は、ほんの一部を除きなるべく排除してあります。
あくまで原作との整合性を保ってお話を進めますので世界観を壊さずに読んでいただけるかと思います。

設定はps版がメインですが、お話の都合上3ds版で登場したモンスターなども絡んできます。


6. お話を作るにあたってはよそ様のSSなどの影響をもろに受けている部分があります。「もしかするとこのお話はあれが元ネタか」という部分がしばしば見受けられる可能性がありますのであしからず。


人生で初めてSSなんて書いたので拙いところだらけですが、
お付き合いいただける方はどうぞスクロールで読み進めください。
4 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:39:39.14 ID:YeaCfPgp0





航海一日目:船出




5 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:40:41.64 ID:YeaCfPgp0
世界を震撼させた大魔王オルゴ・デミーラが倒れ平和がもたらされて早数日、漁村フィッシュベルでは一隻の漁船が船出を迎えようとしていた。

ボルカノ「よーし 出航だあー!!」

アルス「…………………!」

数々の困難を乗り越え、魔王を打ち破った英雄たち。

その中の一人、少年アルスは父親の後を継ぎ、漁師として再出発しようとしていた。

マリベル「ついに ついに このマリベル様が この船に乗る日がきたのね!」

そしてもう一人、世界を救った少女マリベルもまた、ある想いを胸にこの船に乗り込んでいた。

マリベル「うん。うんうん。ウフフっ!」
マリベル「さあ アルス! フィッシュベルのみんなが度肝抜くぐらいの 大物をとるんだからね! 気合入れていきなさいよっ!」

アルス「マリベル まだ 最初の漁場までは 数日かかるよ。」

マリベル「そんなこと わかってるわよ!」

そんな二人のやりとりを微笑ましく思いながら、少年の父であり村一番の漁師にしてこの漁船アミット号の船長でもあるボルカノは少女をなだめる。

ボルカノ「わっはっはっ! マリベルおじょうさん まあ 気長に 船の旅をお楽しみくだせえ。」
6 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:42:06.12 ID:YeaCfPgp0
フィッシュベルからしばらく船を走らせた先で船員の一人が望遠鏡を片手に叫ぶ。

「船長っ! 後方に マール・デ・ドラゴーンを確認!」

ボルカノ「しばらく 並走するぞ。」

アミット号に近づいてきたのは、水の精霊の加護を受けた伝説の一族を乗せ、かつてエスタード島が魔王により封印された際に英雄たちの足となって活躍した海賊船だった。彼らは一族の血を引く少年を乗せたアミット号の船出を見届けるべく、海原を走らせやってきたのであった。

*「「「おーい!!」」」

アルス「おーい!」

マリベル「おーい!」

*「みなさまの漁の成功を いのっておりますぞー!」 

*「アルス様 ばんざーい!!」

*「ボルカノ殿 ばんざーい!!」

ボルカノ「そっちも 達者でなーっ!」

海賊たちを乗せた巨大な船は祝砲を上げ、少年たちの姿を見届けた後、ゆっくりと進路を大海へ、当てもない旅へと舵を切っていった。その甲板の上では、一族の長が妻と共に息子の成長を誇りに思いながら、名残惜し気に地平線に消えゆく船の姿を見つめていた。そうしてその姿が見えなくなると、その場の指揮を副官に任せ、妻と二人、船室の中へと消えていくのだった。
7 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:44:19.45 ID:YeaCfPgp0
漁場へと船を進めるアミット号の甲板では少女と、長年船で腕を振るう料理長が何やら話し込んでいた。

コック長「まったく マリベルおじょうさんには まいりましたぞ。」
コック長「万が一 お怪我でも なされたら ご両親に 何と説明したものか……。」

マリベル「ふーんだ。 別に あたしの心配なんて 無用よ。」
マリベル「ちょっとやそっとのことで どうにかなっちゃうほど やわじゃないわ。」

コック「やれやれ……。」

“この娘には何を言っても無駄だろう”

料理長は盛大な溜息をついて首を振る。

マリベル「…それにしても コック長 あれだけ反対してたのに よくあきらめてくれたわね。」

コック長「それはまあ 船長の許可が でたんですから わたしが 反対する必要なんてありませんからな。」
コック長「ただ さっきのとおり 今回限りですぞ。お父上のお気持ちを考えれば わしらも むやみやたらと おじょうさんを 連れまわすわけにはいきませんからなあ。」

マリベル「わかってるわよ。 パパも ある程度 子離れできたとは思うけど この前みたいに倒れられちゃ あたしだっていやだもの。」

コック長「まあ アルスが 付いているとあれば お父上も ご安心なさるかもしれませんがね。」

マリベル「ちょっと〜 コック長!」

コック長「はっはっは! ところでマリベルおじょうさま。 船に乗ったからには乗組員の一員として はたらいてもらいますぞ!」

マリベル「むむぅ… 仕方ないわね。 わたしも ちゃんとそのつもりで 乗り込んだんだから。」

コック長「それは たのもしいかぎりですな。 さっそく お昼の献立ですが…。」
8 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:45:30.68 ID:YeaCfPgp0
二人がそんな話をしている横で漁師の親子は。

ボルカノ「そういや アルス。 おまえ 母さんの サンドウィッチは もってきただろうな!」

アルス「あ そうだった。 はい 父さん。」

[ アルスは アンチョビサンドを ボルカノに 手わたした! ]

ボルカノ「おほっ! これこれ! これを食わなきゃ 漁に出るって感じが しねえんだ。」
ボルカノ「……モグモグ……。 ぐ ごほん。」
ボルカノ「…なにしてんだ アルス。 ぼーっと 見てねえで お前も食ったらどうだ?」

アルス「あ うん。」
アルス「…………………。」
アルス「マリベル!」

何を思ったのか少年は唐突に料理長と話し込んでいた少女の名を呼ぶ。

マリベル「…なによ? あたし いま忙しいんだけど。」

アルス「あ ゴメン。 でも マリベル 今日 朝ごはん食べてないんでしょ?」

そういって少年は持っていたアンチョビサンドを半分にして少女に手渡す。

マリベル「…これ マーレおばさまが あんたのために 作ったんでしょ?」
マリベル「あたしが 食べるわけにはいかないわ。 それにあんたは 体力つけなきゃならないんだから。」

その時。





*「……グ〜………。」





波音に負けない大きな音が甲板に鳴り響いた。

マリベル「…………………。」
マリベル「……な なによっ!」

少女はお腹を両手で抑え、真っ赤になって叫ぶ。

アルス「ぼくなら 大丈夫。 さっき 港で アミットまんじゅうもらったし なんたって 今回は マリベルも 料理をつくってくれるんでしょ?」
アルス「だったら そっちも たくさん食べたいからなあ。」
アルス「……それに さ。」
アルス「母さんの サンドウィッチは すっごくおいしいんだよ。……でも 漁の時しか作らないし せっかくだから マリベルにも 食べてほしいんだ。」

マリベル「……! アルス あんた さらっと…。」

アルス「…………………。」

マリベル「ああ もうっ! もらうわよ! 後で やっぱりお腹すいた とか言っても 知らないからね!」

アルス「うん。 その時は マリベルの 料理を たらふく食べるから別にいいよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ふ……ふんっ!」

そういって少女は船室へ靴を鳴らしながら入っていくのであった。

コック長「……アルスも なかなか 言うようになったな。」

ボルカノ「わっはっはっ! こっちが 恥ずかしくなるような セリフを よく言ってのけるよ お前は。ま オレと母さん くらいになれば 言葉を交わさずともだがな! わっはっはっ!」

アルス「…………………。」

高らかに笑う父親と苦笑いする料理長を他所に少年は何とも言えぬ表情を浮かべるのだった。
9 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:46:30.17 ID:YeaCfPgp0
マリベル「…ったく。」

船室では少女が一人サンドウィッチを片手に顔を赤く染めていた。

マリベル「何よ…… アルスのくせにナマイキよ!」 

悪態をつきながら放ったセリフは、もう何度口にしたかもわからない。

マリベル「…………………。」
マリベル「……モグモグ……ごくん。」

しばらくじっとサンドウィッチを見つめていた少女だったが、やはり空腹には敵わず一口かぶりつく。

マリベル「…おいしい……。」

少年とその父親がいつも食べている母の自慢の一品は、簡素ながらも素材の味を存分に生かした完成された味だった。

マリベル「…………………。」
マリベル「あたしも 作れるようにならなきゃなあ…… 漁の時は これを作ってあげたいし……。」
マリベル「……今度 マーレおばさまに レシピを 教えてもらおっと。」

一口で虜にされてしまった少女は、ふと少年の顔を思い浮かべてそっと独り言つと残りの欠片も残さず平らげてしまうのだった。
10 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:47:23.93 ID:YeaCfPgp0
出航時は東の空で眠気眼をこすっていた太陽も今ではすっかり目を覚まし、アミット号の調理場では慌ただしく料理人たちが昼食の準備に取り掛かっていた。

*「材料は これで 全部か?」

*「ええっ とりあえず 下処理をするんで……。」

*「かーっ! また 皮むきかよ!」

そんな喧騒の中、黙々と調理にいそしむ少女の姿があった。

コック長「ふむ… マリベルおじょうさんも かなり 腕を上げたようですな。」

マリベル「……あたりまえよ。 旅の途中じゃ みんなも 手伝ってくれたけど 基本的には あたしが みんなの 食べるものを つくってたんですもの。」

手に持った包丁を眺めながら少女は言う。

コック長「ほう それは それは。」
コック長「しかし アルスも 料理を手伝うとは 少し意外でしたな。」

マリベル「いつだったか あたしが “料理のできる 男の人って 女にとって 理想よねー。” なんていったせいかしら。ちょくちょく 手伝ったり 自分で するようになったわ。」

コック長「そうですか。 ……アルスも大変だな。」

たくわえた髭を擦りながら料理長はボソっと呟く。

マリベル「なに 言ってるのよ コック長。」
マリベル「あたしだけが 作るなんて フコーヘイだわよ。」
マリベル「それに うまい下手は 関係ないのよ。」

コック長「ほう。」

マリベル「ようは 気持ちの 問題よ。 誰かのために 作ろうって気持ちが 大事なのよ。」
マリベル「さすがに 黒焦げや この世のものとは思えない 味のするもの 出されたりしたら 許さないけどね。」

そう言って少女は目蓋を降ろして人差し指で宙にクルクルと円を描く。

コック長「…………………。」
コック長「成長されましたな マリベルおじょうさん。」

マリベル「なによ〜。あたしだって いつまでも ワガママな お子様じゃないんだからね。」

コック長「わがままだって 自覚があったんですか?」

マリベル「うっ…。まあ 多少はね。」
マリベル「そりゃあ今回だって わがまま言って 乗せてもらったんだから 文句は言えないけどさ。」

痛い所を突かれ、少女はバツが悪そうに視線を逸らす。

コック長「わがままと わかっていても ついて行きたい 理由があるんですかな?」

マリベル「……うん。まっ 今回は 特別ね。」

*「お二人とも こっちは終わりました。」

そんな二人のやりとりはもう一人の料理人や手伝いの船乗りの催促で中断されたのだった。
少女の言う理由とやらが気になる料理長だったが、少し考える素振りをした後、クスっと笑い調理に戻るのだった。
11 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:47:55.76 ID:YeaCfPgp0
“ゴンゴン”

*「昼飯が できたぞ〜!!」

鈍い金属音と共に船全体にお昼時を報せる伝令がやってきた。

ボルカノ「おっ! もう 昼飯の時間か。」
ボルカノ「アルス オレはさきに 食ってくるから 見張りをたのんだぞ。」

*「食い終わったら すぐ 戻ってくるからよ。しっかりな。」

アルス「あっ はい!」

そう言って船長を含めた何人かの船員は少年と舵取りを残して先に船室へと戻っていった。

12 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:48:33.33 ID:YeaCfPgp0
*「…………………。」
*「腹減ったなあ。」

アルス「……そうですね。」

少年は甲板に残った船員と共に見張りをしたり海鳥の鳴き声に耳を傾けたりしながら時間をつぶしていたが、しばらくすると食事を終えた者たちが戻ってきた。

*「いや〜 うまかった!」
*「……おう アルス。早く 下にいってやんな。」

アルス「えっ? ……はい。」

*「かわいい 料理人が おまえを 待ってるぜっ。」

アルス「…………………!」

ぱっと顔を赤らめると少年は駆け足で船室へと降りていくのだった。
13 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:49:07.48 ID:YeaCfPgp0
少年が食堂へとやってくるとそこには既に席について満足気な表情を浮かべる料理人たちと、エプロンをつけた少女が仁王立ちをしていた。

マリベル「来たわね アルス。」

アルス「…………………。」

マリベル「な… なに ジロジロ みてるのよ。」

アルス「いや… ごめん なんでもない。ただ エプロン 似合ってるなと思ってさ。」

マリベル「……そ そうかしら?」

思わぬ賛辞に少女は戸惑いを隠すように少年を席へと促す。

マリベル「……さあ さめないうちに はやく 食べましょっ。」

アルス「待っててくれたの?」

マリベル「先に 食べてても よかったけどね。あんたが 一人で 寂しく 食べてる姿を 思い浮かべたら かわいそうに なっちゃってね。」
マリベル「ほーんと あたしってば やさしいんだから。感謝しなさいよね!」

アルス「う……うん ありがとう。」

そうして少年は少女と共に席に着き、彼女が見守る中、初漁において最初の料理に手を付けたのだった。

マリベル「……どう?」

アルス「…おいしい…!」

少し緊張した面持ちだった顔がほぐれ、少女は満足気に頷く。その笑みにつられて少年も、そして料理人たちも微笑みを浮かべながらささやかなご馳走を平らげるのだった。
14 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:49:56.29 ID:YeaCfPgp0
涼しい風が帆を柔らかく押していく。船は遥か南の地へ向け、夕日を追いかけてゆっくりと航行を続けていた。

マリベル「綺麗ね…。夕日を じっくり見つめるなんて いつぶりかしら。」

沈みゆく夕日を見つめ少女が呟く。

アルス「魔王を 倒してから かなり バタバタ してたからね。」

ボルカノ「世界が 平穏を取り戻したってことを 実感させられるな。」

マリベル「……ねえ ボルカノおじさま これからどういう 道のりに なるのかしら?」

ボルカノ「今回の船旅は 漁だけじゃなくて 各港町にあいさつする 目的もありますんでな。」
ボルカノ「普段の漁じゃ めったに 行かないところにも 寄るつもりですぜ。」
ボルカノ「まずは コスタールに。それから……。」
15 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:51:10.59 ID:YeaCfPgp0
マリベル「……そう。それじゃあ ほぼ 世界一周って感じなわけね。」

アルス「せっかくだから あの時 凱旋で会えなかった 人たちにも 顔を出したいね。」

マリベル「そうね。また あっちこっちから 引っ張りだこに なるのは ごめんだけどね。」

少女はそう言って両手をヒラヒラと振るう。

アルス「そうなの? あの時は マリベル かなりうれしそうだったけど。」

マリベル「そりゃあ あたしだって あの時は うれしかったわよ。それこそ そういう風に 迎え入れられて 当然だと 思っていたわ。」
マリベル「でも 毎回毎回 そんなふうに 扱われちゃ こっちだって 肩がこっちゃうわよ。」

アルス「ははは… それもそうだね。」

ボルカノ「こっちとしては 英雄が 二人もいるとなれば 心強いってもんだがな。わっはっは!」
ボルカノ「ところで マリベルおじょうさん。おじょうさんは これから先 どうするおつもりなんです?」

マリベル「どうするって…。」

ボルカノ「あいや うちのせがれは このとおり これから 漁師の道を 進んでいくわけですが マリベルおじょうさんは 何か やりたいことでも?」

マリベル「それは……。」
唐突な質問に少女はどう答えたものかと言いよどむ。

マリベル「…………………。」
マリベル「…ボルカノおじさま あたしは…。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「あたしは…!」

その時だった。





*「ボルカノ船長!!」





一人の漁師が階段の下から姿を現す。

ボルカノ「ん どうした?」

*「交代の時間ですぜ!」

ボルカノ「おう!」

船長は短く返すと少女に向き直るとその目を見据える。

ボルカノ「マリベルおじょうさん。おじょうさんには きっと 引く手数多なんでしょう。」
ボルカノ「でも おじょうさんの 人生は おじょうさんのもの。網元の娘という 立場もありましょうが 自分の心に 素直になって 好きなことをしてほしいと思いますぜ。」

マリベル「ボルカノおじさま……。」

アルス「…………………。」

*「マリベルおじょうさん! コック長が 呼んでますよ。」

マリベル「すぐに行くわ!」

階下から現れたもう一人の料理人に首だけ動かして返事すると、少女は俯いて黙り込む。

マリベル「…………………。」
マリベル「……少し 考えさせてください……。」

それだけ吐き出し、少女はゆっくりと船室へと降りて行った。

16 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:53:45.71 ID:YeaCfPgp0
ボルカノ「アルス お前 本当は どう思ってるんだ?」

少女のいなくなった甲板で、父は隣に立つ息子に問いかける。

アルス「…………………。」

ボルカノ「一緒に 旅をしてきた お前なら マリベルおじょうさんのこと よくわかっている はずだろう?」

アルス「……どうだろう。」

ボルカノ「なんだ なんだ そんなことで あの娘を幸せに できるのか?」

いまいち煮え切らない返事をする息子に父はあきれた様子で片眉を上げる。

アルス「っ……!?」

ボルカノ「……神が復活したと聞いて 開かれた祭りの時 あのコは お前のいない間に ずいぶん お前のことを 話してくれたよ。」
ボルカノ「その時 あのコが どれだけ お前のことを 大切に思っているか オレには…。」

アルス「父さん!」

ボルカノ「…………………。」

アルス「…………………。」

ボルカノ「…なんにせよ あの娘を 泣かせるようなことを するんじゃあないぞ。」

俯いたまま拳を作る少年の肩をもち、父は力強い声で思いをぶつける。

ボルカノ「アルス! 我が息子よ。」
ボルカノ「一人前の 漁師である前に まず 誠実な男であれ。」
ボルカノ「……オレから 言えるのは それだけだ。」

アルス「父さん……。」
アルス「うん。わかったよ。」

ボルカノ「……なんだか 説教くさくなっちまったが ま がんばれよ。わっはっは!」

そう言って少年の父親は自分の休憩を取るために船室へと戻っていったのだった。

アルス「……ありがとう 父さん。」
17 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:56:04.22 ID:YeaCfPgp0
すっかり辺りは暗くなり、漁船アミット号の調理場は夕食の仕度で再び熱を帯びていた。

マリベル「はあ……。」

そんな中、鍋の中見を掻きまわしながら少女が大きな溜息をつく。

マリベル「…………………。」

コック長「お悩みごと …ですかな?」

思いつめた様子の少女に見かねた料理長が気を利かして優しい声で訊ねる。

マリベル「……ねえ コック長。コック長は 自分の将来を どうやって決めたの?」

コック長「わしですか? わしは 自分のやりたいことを やっているうちに こうなっただけですぞ。」
コック長「そのことで いろいろと 苦労はしましたが 後悔したことは 一度もありませんな。」
コック長「こうして 職場にも仲間にも 恵まれておりますしな。結局 自分の気持ちに 素直になれば それだけまっすぐな 気持ちでいられる ということですから 自然と 仕事にも力が入りますし なにより 幸せな気持ちで いられるわけです。」

そう言って料理長は体を逸らし自慢げに微笑む。

マリベル「ふーん……。」
マリベル「自分の気持ちに素直に…か。」
マリベル「…………………。」

少女は口を閉ざすと自分の胸に手を当て、ゆっくりと瞳を閉じる。

コック長「……マリベルおじょうさん?」

マリベル「ありがとうコック長。あたし 少しだけ 前向きになれそう。うふふ…。」

コック長「……そいつは 何よりです。」
コック長「さて それでは さっさと 準備を 終わらせましょうか。」

マリベル「ええ!」
18 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/23(金) 23:58:28.84 ID:YeaCfPgp0
眠っていた月が夜を謳歌し始めた頃、夕食を終えたアミット号の中ではこれからの漁の成功を祈って少しばかりの酒が振舞われた。
そんな中、少年は自分が甲板に残るといって早々に退席してしまい、
少女のほうは後片付けやら明日の朝の仕込みやらで炊事場にて料理人たちと動いていたのだが、
それをよそに船乗りたちは一人、また一人と吊り下げられたハンモックに横になっていくのだった。

そうして皆が寝静まったころ、明日の準備を終えた少女は揺れるロウソクの灯りを頼りに船内を見渡す。

マリベル「…………………。」



“いない”



木材を波打つ鈍い音に紛れ、少女は誰も起こさないようにゆっくりと船の上を目指していった。
19 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 00:00:27.50 ID:8lPBK+pa0
アルス「…………………。」

少年はまだ船首で見張りをしていた。

まだ遠くに見える南の大灯台の灯りを見つめ、少年は伸びてきた黒髪を後ろで束ねて潮風になびかせている。

ゆらゆらと揺れる灯台の光は、少年の中に様々な想いを沸き上がらせていく。これまでの旅のこと、父親に認められたこと、自分のなすべきこと、この漁にかける思い、そして先ほど見せた少女の曇り顔のこと。

“そんなことで あの娘を幸せに できるのか?”

父親の言葉が今になって頭の中に響く。

自分には決心がなかったのだ。確かに自分は世界を救った。だがそれは仲間の力があってこそのことだと少年はわかっていた。いくら英雄ともてはやされようが今の自分は漁師としてはひよっこに過ぎないのだ。そんな自分が少女の幸せを約束してやれる保証はない。それに父親はああいうが、実際のところ少女が自分をどう思っているのか直接聞いたことなど一度もない。どこにも確証はないのだ。

そんな思いが少年の心を、思いをぶつけることを、踏みとどまらせていた。

アルス「ふう……。」

そして詰まった思考を一度洗い流そうと、少年が溜息をついた時だった。





“ギィ”





アルス「……マリベル?」

木の軋む音に振り替えるとそこには少女が立っていた。

マリベル「まだ 起きてたのね。」

少女が歩みながら話しかける。

アルス「うん。 交代まで まだ 時間があるからね。」

マリベル「そう……。」

そう言って少女は少年の隣に立つ。

アルス「…………………。」
アルス「どう? 初めて 漁に きてみて。」

マリベル「どうって まだ 何にもしてないじゃない。 それに はじめては あなたも でしょ。」
マリベル「でも… そうね。こうして 乗せてもらえたのも もう あたしたち こどもじゃないからなんだって そういう気分になるわ。」

船縁に肘をかけ、少女は彼方を見つめる。

アルス「もう こどもじゃない か…。」
アルス「ねえ マリベル。 今回の漁についてきたのは 何か わけがあるんじゃないの?」

少年は顔だけを彼女の方に向けて尋ねる。

マリベル「…べつに。」
マリベル「今まで さんざん ボロ船や マール・デ・ドラゴンみたいな 大きな船には 乗ってきたけど やっぱり 網元の娘として 自分ちの船くらい 乗っておかないとね。」
マリベル「…………………。」
マリベル「それだけのことよ。」

遠方の灯りを見つめたまま少女は言った。

すると少年は上半身だけ動かし、少し思案するように彼女の横顔を見据えた。

アルス「…………………。」
20 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 00:03:20.49 ID:8lPBK+pa0
アルス「嘘だね。」

マリベル「!」

ピクっと肩を揺らし、少女は驚いた様子で少年の方に向き直る。

少年は構わずに問い詰める。

アルス「コック長に見つかって 父さんが降りてきたとき いつもなら ブーブーいう だけだったのに あの時は 真剣な目をしてた。」
アルス「譲れない理由が あったんじゃないの?」

マリベル「…………………。」

少女はしばらくの間少年の目を見つめていたが、やがて視線を逸らし、くせっ毛を押さえつけている頭巾をほどいて諦めたように呟いた。

マリベル「…なによ アルスのくせに。いつもは 鈍感にぶちんのくせに こういうと時だけは やけに 鋭いんだから。」

アルス「…………………。」

マリベル「…………たの…。」
マリベル「……あんたの 初めての漁を ……見届けたかっただけよ!」

アルス「マリベル……。」

マリベル「ずっと 夢だったんでしょ? ボルカノおじさまの 後を継いで 一人前の漁師に なるんだって。」
マリベル「世界を救って あんたは 本当は なんにでもなれたのに。」
マリベル「シャークアイさんの 後を継いで 海賊の総領にだって… リーサ姫や グレーテ姫と 結婚して 王さまにだってなれたかもしれないのに。」
マリベル「生まれたころから 一緒だったのに なんだか いつの間にか あんたが 遠いところに行っちゃうような気がしてた。」
マリベル「…それなのに アルスは フィッシュベルで 漁師になることを選んだ。」

ポツリ、ポツリと呟くにように言葉を紡ぎだし少女は俯く。

マリベル「…………………。」
マリベル「うれしかったのよ。網元の娘っていう立場上 あたしは ここを離れるわけにはいかない。けど アルスは違う。でも……。」
マリベル「でも……。」

アルス「マリベル。」

マリベル「…………………。」

アルス「さっき 父さんが きみに 自分の心に素直になれって言ってたけど…。」
アルス「ぼくも 父さんと同じだ。」
アルス「世界を旅してきたからこそ マリベルなら 自分のやりたいことが 見つけられたんじゃないかと思う。」
アルス「マリベルが どこかへ行っちゃったらさみしいけど ぼくは どんなことだって マリベルのことを 応援したい。」
アルス「……ねえ 聞かせてくれないかな マリベルの 本当の気持ち。」
アルス「きみは 本当は どうしたいの?」

そういって今度は少年が少女の方に向き直る。

少女は船べりにかけた白魚のような手を見つめたまま微動だにしない。

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス どうしてあたしが あんたやキーファに 付きまとって パパとママの反対を押し切って 旅に出たり したと思う?」
マリベル「旅を重ねて どんなに危険な目にあっても…。」
マリベル「どれほど つらい現実を突きつけられても…。」
マリベル「…なんど…こころが…おれかかっても…ずっと……。」
マリベル「…………………。」
マリベル「最初は ただの好奇心だって… のけ者にされたくないからだって… そういう風に言い聞かしてた。」
マリベル「でも違ったのっ! あたしは ただ…、」

声の震えも忘れて少年を真っすぐに見つめる。







マリベル「…ずっと あんたと いっしょに いたかったからよっ!!」
21 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 00:06:23.53 ID:8lPBK+pa0
少女の翡翠色のまなこから一筋の涙が伝った。その透き通る瞳から溢れた水は天からこぼれた雨水のように彼女の足元を濡らしていく。

マリベル「あたしは…」

これまでずっと誤魔化し続けた感情が、とめどなく溢れる雫となってボロボロと流れ出す。

マリベル「…あたしは…… アルスと 一緒にいたい。」
マリベル「あんたが……漁師でも……海賊でも 関係ないっ!」
マリベル「あたしは… あんたが いなくちゃ ダメな……っ!?」

突然視界が真っ暗になり、体が窮屈さを覚える。
一瞬何が起こったのか少女は理解できなかったが、やがて体を包む温もりに自分が少年に抱きしめられていると気づいた。

マリベル「あっ… アルス?」

アルス「…………………。」
アルス「……ごめん。」

”ごめん”

という言葉の真意をわかりかね、少女は自分の頭からサッと血の気が引くような感覚を覚え、途端に体が小さく震えだす。
その様子を体越しに感じて少年は何を思ったか、抱き留めていた体を少しだけ離し、彼女の顔を見て絞り出すようにゆっくりと語りだした。

アルス「ぼくが……。」
アルス「ぼくが どうして あんなに 過酷な旅を 続けてこられたと思う?」

マリベル「えっ…?」

アルス「どんなに 危険な目にあっても どれほど つらい現実を突きつけられても 何度 心が折れかかっても…。」
アルス「何度だって立ち上がれたのは どうしてだと思う?」

マリベル「…………………。」

少女は上向き、溢れる涙で霞んだ目で、静かに、ゆっくりと、
いつの間にか頭一つ分追い越されてしまった少年の顔を、すべてを包み込む闇夜のような目を見つめる。

アルス「マリベルが そばに いてくれたからだ。」

マリベル「アルス……。」

アルス「どんな時でも きみが いてくれたから 頑張れた。」
アルス「だって ぼくは……。」

そう言い出したとき、少年はこれまでの少女との思い出が走馬灯のように頭に浮かんだ。
そこに映るどんな表情の彼女も、今、少年にとっては宝物のように感じられた。

そして、温かくこみ上げる衝動にたまらず少年は白状する。

アルス「だって ぼくは きみが 好きだから。」

マリベル「っ………。」

刹那、少女はその瞳に意識を吸い込まれるような感覚を覚える。
否、吸い込まれていったのは少年の方なのかもしれない。



気づけば少女は瞳を閉じ、少年にすべてを預けていた。
22 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 00:09:12.79 ID:8lPBK+pa0
アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

いったいどれほどの間そうしていただろうか。
数秒だったのか数分だったのか。
永遠とも思えるような長い時間の末、互いに息苦しさを感じて離した口元からは名残惜し気につうっと糸が引いた。

息を整えようと努める二人だったが、少女は小さな嗚咽を漏らしながら再び涙を流し始めてしまった。

どうしていいかわからず少年はただ、優しく彼女を抱きしめる。

マリベル「ヒッ……ヒック…… あるすの ばか……。」

アルス「言うのが遅くなって ごめん。」
アルス「旅が終わったら 言おうと思ってたんだけど なかなか 決心がつかなくて。」

マリベル「遅いのよ… ばかアルスっ…!!」

そうやって自分の胸元で悪態をつく姿も愛おしくて少年は風で美しくなびく少女の髪を、頭を、そっとなでつける。

やがて少女も落ち着きを取り戻し、いつしか二人は近づきつつある大灯台の灯りをぼんやりと見つめていた。
一部始終を誰かに見られているとはつゆ知らず、抱き合う二人の表情は恍惚とも安堵とも言えぬ満ち足りたそれそのものであった。

アルス「マリベル ぼく がんばるよ。」
アルス「きみのために 早く 一人前の漁師になって 父さんを追い越して きみを幸せにしてみせる。」

マリベル「……あら あたしなら 今のままでも じゅうぶん幸せよ?」
マリベル「あせらなくたって いいじゃない。少しずつ できることから やっていけば。」
マリベル「だって……。」

アルス「……?」

マリベル「だって これまでの旅だって そうだったじゃない!」
マリベル「それにあんた 今回はいいけど 漁に出ている間 あたしがいなくて 泣きべそかいたって 知らないからね!」

本当は気が気でないのは少女自身であるということは本人が一番わかっていた。
だが実際のところ彼女は少年なら大丈夫だと確信しているし、水の精霊の加護を受けるこの幼馴染を心底信用していた。
それでも、航海の間待っていなければならない寂しさを彼に悟られまいと、精一杯の強がりを見せるのであった。

アルス「…………………。」

少々面食らったように瞬きしていた少年だったが、ゆっくりと、噛みしめるようにそっと少女にささやく。

アルス「大丈夫。どんなに 離れていても マリベルのことを 思い出すから。」

マリベル「…………………。」

この幼馴染、否、今は恋人と表現すべきなのだろうか。
彼はどうしてそんな聞くだけでもこそばゆい台詞をいとも簡単に、それでいてまっすぐ言ってのけるのか。
普段は利発な思考回路が焼き切れそうになりながら、少女は顔を赤らめては伏せ、“ぬぬぅ”と唸ることしかできないのであった。

マリベル「……アルスのくせに ナマイキよ…。」

アルス「…ふふ……。」

暗闇を進む一隻の船の上、二人の行く先を照らすように、闇に浮かぶ丸い月が恋人を祝福するように夜空で瞬く。





旅は、まだ始まったばかりだ。
23 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 00:12:17.88 ID:8lPBK+pa0
ボルカノ「なんだ 完全に 出ていくタイミングを 見失っちまったな。」
ボルカノ「これじゃあ 交代の奴を 起こしにいけねえじゃねえか。」
ボルカノ「……しかし アルスのやつ オレがいること 忘れてんじゃないだろうな?」

船の後ろの方では行き場を失った船長が盛大なため息をついていた。

ボルカノ「…………………。」

しばらく二人の様子をまじまじと見つめていた船長だったが、幸せそうに佇む二人の背中にそっと祝福の言葉をささやく。

ボルカノ「おめでとう アルス。」
ボルカノ「……なんだか 無性に 母さんの顔が 見たくなってきちまったぜ。」

そうして船長がなんとか忍び足で甲板を抜け出した後、
起こされた別の船員たちの足音でようやく二人は互いの体を離し揃って船室へと戻っていくのであった。

それぞれの寝床につく間際、もう一度軽く口づけを交わし、長い長い一日がようやく終わりを迎えた。






そして……
24 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 00:13:08.68 ID:8lPBK+pa0





そして 夜が 明けた……。




25 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 00:19:10.69 ID:8lPBK+pa0

主な登場人物

アルス
言わずと知れた主人公。世界を取り戻す旅を終え、身も心も大きく成長した。
数々の選択肢の中から、育ての父親の後を継ぎ漁師になることを決意する。
幼馴染のマリベルには頭が上がらない。
地の文では「少年」「漁師の息子」と表記。
一人称は「ぼく」。

マリベル
本作のヒロイン。
旅を通してわがままな部分も少しだけ身を潜め、大人の女性へとなりつつある。
お互いの気持ちをぶつけあい、初々しいながらも晴れてアルスの恋人に。
地の文では「少女」「網元の娘」と表記。
一人称は「あたし」「わたし」。

ボルカノ
アルスの父親にして国一番の漁師。
漁船アミット号の船長を務める。
豪胆な性格だが周りの者からは慕われている。
不器用ながら世界を救った息子を誇りに思い、自分の後を継いだことを嬉しく思っている。
地の文では「少年の父親」「漁師頭」「船長」と表記。
一人称は「オレ」「わたし」など。

コック長
漁船アミット号で長年料理長を務める老人。
アルスやマリベルのことを小さい頃から見てきており、
とくにマリベルのことを気にかけている様子。
地の文では「料理長」と表記。
一人称は「わし」。

乗組員

めし番(*)
コック長と共にアミット号で腕を振るう新人料理人。
見た目からして中年〜初老。
性格は明るく茶目っ気があるが、少々お調子者。
地の文では「料理人」「飯番の男」と表記。
一人称は「ボク」。

モリ番(*)
アミット号で銛の管理をする男。
腕っぷしには自信がある。
地の文では「銛番」「銛番の男」「漁師」と表記。
一人称は「オレ」。

その他漁師たち(*)
ボルカノと共にアミット号で漁をする男たち。
無名。
エンディングでは上記のモリ番に加え三人が同乗している。
地の文では「漁師」「漁師の男」などと表記。
一人称は「おれ」「オレ」。
26 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/24(土) 00:29:16.75 ID:8lPBK+pa0
以上第1話でした。

本文はちょうど原作のエンディングからスタートします。
このお話を通して「あの後二人はどうなったのか」について想像したものを書いていければと思っています。

成長した少年アルスと少女マリベルが漁師たちを巻き込み各地で繰り広げる冒険や懐かしい面々との再開、
そして新たな出会いや別れ。
色んな解釈ができるドラクエ7の世界を、原作からの問いを、
作者なりに考えた答えを、少しだけこのお話の中に盛り込んでいきます。


…………………


お読みいただくうえでいくつかわかりづらい所もあるかと思いますが、
登場人物の台詞などは以下の様になっております。

〇〇「…………………。」
→名前の判明しているキャラクター(本作品では主人公も思いっきりしゃべります)

*「…………………。」
→原作中で名前の出なかったキャラクター
→名前はわかっていても表示されないキャラクター

*「「…………………。」」
→二人が同じ台詞を言う場合

*「「「…………………。」」」
→三人以上が同じ台詞を言う場合

[ 〇〇は ××を △△に 手わたした! ]
→ゲーム中に登場するメッセージボックス


…………………


※予定について

既に完結まで書き起こしてあるので手直しが済み次第順次掲載していきます。
(できれば毎日一話のペースで)

万が一途中で心が折れたらpixivにでも乗っけておきます。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/24(土) 00:42:49.75 ID:bgoeQo62o

マリベルは色々先取りしてたな
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/24(土) 01:04:23.29 ID:Fv9mDHJMo

効果音が聞こえてくる
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/24(土) 11:00:02.71 ID:mtAZG7n20

最近DQベースのSSが増えて嬉C
30 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:20:58.86 ID:8lPBK+pa0
>>27
ありがとうございます!
さすがは堀井さんってところでしょうか。

>>28
そう言っていただけると嬉しいです!
31 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:22:37.62 ID:8lPBK+pa0
>>29
そうなんですか!
このお話が終ったら自分もサーチに戻ろうかと思います。
32 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:23:09.49 ID:8lPBK+pa0





航海二日目:欲望の街の酒宴




33 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:26:40.34 ID:8lPBK+pa0



*「おい アルス 起きろ。とっくに 到着してるぜ。」



アルス「…あ…… はい…。」

夜も明ける前にアミット号はコスタールの港に到着していた。
初日の緊張感からよほど疲れが溜まっていたのか、少年はあれから一度も起きることなく朝を迎えた。
大きな欠伸と共に体を伸ばして一息つくと、昨晩の少女の温もりが思い出される。
そして照れくさい感覚と共にこれからのことに思いを馳せ、胸の内からふつふつと力が沸き上がるような感覚を覚えたのだった。

ハンモックから起き上がり辺りの様子をうかがうと隣の炊事場からはトントントンという子気味良いリズムを刻む音が聞こえてくる。
どうやら料理人たちは朝食の準備をとっくに始めているようだ。

アルス「…………………。」

再び注意を凝らして耳をそばだてると一つ上の階から何やら話し声が聞こえてくる。



“しまった!”



慌てて着替えを済ませて梯子を昇ると、案の定そこでは本日の動きについて話し合う父親と漁師たちの姿があった。

ボルカノ「遅いぞ アルス。もう とっくに 話は すんじまったぜ。」

駆けてきた少年を船長が仁王立ちで迎える。

アルス「ああっ! ご ごめんなさい……。」
アルス「……それで ぼくは どうすれば いいんですか?」

ボルカノ「おう。お前は いわば 大使みたいなもんだ。」
ボルカノ「オレと 一緒に コスタール王の ところに 来てもらうぞ。」

アルス「あそこまでは ここからでも けっこうな距離があるけど 大丈夫ですか?」

ボルカノ「場合によっちゃ みんなには 何日か ここで 待っててもらわなくちゃ ならんかもな。」

船長の言う通り、ここコスタールの港から国王の住む城へ行くには大陸の端から端まで行くようなもので、
実際に徒歩で歩いて行った場合かなりの時間を要することは明らかだった。

アルス「歩いて 行くんですか?」

ボルカノ「……? 他に 何が あるっていうんでえ? 馬車でも 手配するのか?」

アルス「……いい方法が あるんです。」

確かに徒歩に比べて馬車ならば多少早く到着するだろう。
加えて王の使いという名目上、申請すれば馬車代くらいは国の経費で落ちる可能性は高い。
しかし少年には費用が掛からず馬車よりも早い移動手段があるのだった。

アルス「ぼくに 任せてもらえませんか?」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「お前が そこまで いうなら 何か 考えがあるんだろう。」
ボルカノ「まあいい。残るやつらには 次の港までに 必要な 物資を調達してもらう。」
ボルカノ「お前ら 俺たちが戻るまで 暇なら カジノにいってても 構わないからな。ただしあんまり のめりこみすぎるんじゃないぜ。」

*「「「うす!!」」」

ボルカノ「それじゃ 朝食が済んだら 解散だ!!」

号令と共に漁師たちは一斉に階下の食堂へと降りていく。
少年も続いて降りていくと既にそこにはいくつもの皿が並べられ、食欲をそそるバターの焼ける匂いがほんのり漂っていた。

少年が梯子の隣で立ち尽くしていると料理の盛り付けられた皿を運ぶ少女が炊事場から出てきた。
少女は少年の存在に気付くと少しだけ頬を紅潮させ微笑む。そんな彼女に釣られては顔を赤らめ、少年は恥じらうように後頭部を掻いて目を伏せる。

そんな二人の一瞬のやり取りに気付いたのは、
やはり昨晩のやり取りを否が応でも見せつけられてしまった船長と、小さいころから少女を見ている料理長だけだった。

ボルカノ「…………………。」

コック長「…………………。」

やがて諦めたように一息つくと、少年の父親は自分の定席に腰を下ろし、料理長も残りの皿を取りに調理場へと戻っていった。

そうして朝食の間、黙々と料理を平らげる漁師たちに加えて、お互いの顔を、視線を、どうしても気にしてしまう二人の沈黙が、
決して大きくはない食堂をさらにこじんまりと感じさせるのだった。
34 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:28:12.80 ID:8lPBK+pa0
食事を終えた一同はその場で解散し、それぞれの行動に移るための準備を始めていた。

マリベル「アルス。」

そんな中、まだ後片付けの住んでいない炊事場から少女がやってきて少年の名を呼ぶ。

アルス「んー?」

少年は自らの支度を整えるため持ってきた不思議な巾着袋を覗きこんでいた。

マリベル「…今日は どうするの?」

いつもならお構いなしに聞いてくる少女も、今朝はどこか控えめに訪ねてくる。

アルス「うん まずは 父さんと コスタール王のところに あいさつに 行ってくるよ。」

マリベル「そう……。」

そう言う少女の声は少し悲しげで、その視線は寂しげに少年の足元へと注がれていた。

そうしてしばらく口をつぐんでいたが、ハッと何かを閃いたかのように目を見開くと駆け足で炊事場へと戻っていった。

アルス「…………………。」

“いったいどうしたのだろうか”。

そんな疑問を胸に少年は食堂と炊事場を隔てる扉を見つめる。

だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

少年は再び袋の中に手を入れ、丸められた大きな布のようなものを引っ張り出すと、父が待っているであろう甲板を目指すのだった。
35 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:30:06.41 ID:8lPBK+pa0
ボルカノ「…来たか。」

少年の予想通り船長は甲板で一人、長旅に備え体を伸ばしながら息子を待っていた。

アルス「遅くなって ごめん 父さん。」

ボルカノ「いいってことよ。それよりも アルス。その布は いったい なんだ? コスタール王への 献上品か?」

アルス「ああ これ? ちょっと待ってて。」

そう言うと少年は肩に担いでいた布を広げ、その上に座って手招きをする。

ボルカノ「なんだ アルス。絨毯の上に 乗って どうするんだ?」

父はいまいち少年の真意を理解できずにいたが、やがて少年と向き合うにように絨毯に腰を下ろす。

父があぐらをかいたのを見て少年は少しだけ口角を上げる。

アルス「じっと していてね。」

そう呟くと少年は意識を集中するかのように足元を見つめる。

ボルカノ「……!」

刹那、少年の父親は周りの景色が沈んでいくかのような錯覚を覚える。
何事かと辺りを見やれば景色が沈んだのではなく、自らが浮上したいることに気付いた。

ボルカノ「こいつは たまげた! 絨毯が 浮いているじゃねえか!」

アルス「魔法のじゅうたん。これで ひとっとびさ!」

そう言って少年がホビット族の暮らす洞窟へと絨毯を旋回させようとした、まさにその時だった。




*「待って!!」




不意に呼び止められて少年が振り向くと、そこにはいつものように髪を頭巾で覆った少女が小さなつづらを持って立っていた。

アルス「マリベル!」

マリベル「あたしも 行くわっ!」

そう宣言すると少女は自分の足元に小さなつむじ風を起こし、漁師の親子が座る絨毯へと飛び乗った。

マリベル「あんただけじゃ ボルカノおじさまが 心配だから あたしが ついて行ってあげるわ。」

アルス「でも…。」

少年は困った顔で父親を見る。当の本人は息子と少女を交互に見つめる。少年の顔とは対照的に少女の表情は真剣そのものだった。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「わっはっはっ! それもそうですな。では ご一緒して もらうと しましょうか!」

マリベル「ボルカノおじさま!」

アルス「父さん!」

ボルカノ「それともなんだ お前は 男二人の方が いいか? それはそれで 別に 文句は 言わないけどよ。」

マリベル「アルス……。」

そう呟くと少女は少年の顔を見上げ、服の裾を掴む。
その手はどこかすがるような、哀願するようなそれで、幾多の困難をその手で切り開いてきたとは思えないほど弱弱しく感じられた。

アルス「…………………。」

父親の手前抵抗はあったが、彼にしてみれば彼女を拒む理由などどこにもなかった。
むしろ彼女と過ごせる時間が増えることへの喜びが増し、無意識のうちに少女の手を上から包み込むように握っていた。

アルス「わかった。一緒に 行こう。」

マリベル「……うん。」

ボルカノ「…決まりだな。」

そうしてアミット号の船長は目の前で繰り広げられている光景にあっけに取られている漁師に呼びかけ、“コック長によろしく”と伝えて少年に向き直る。

アルス「それじゃ そろそろ 行こうか。しっかりつかまって!」

そう言うと少年は今度こそ空飛ぶ不思議な絨毯をコスタール王の住まう“城”へと向けてゆっくりと加速しながら走らせるのだった。
36 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:32:54.97 ID:8lPBK+pa0
ボルカノ「こりゃ すごいな!」

快適な速度で風を切る絨毯の上で乗客が感嘆の声を上げる。

アルス「これなら お昼前には 入口まで つくと思うよ!」

ボルカノ「そうか そうか。それなら 夕方までには 帰ってこれそうだな。」
ボルカノ「どれだけ 向こうに いるかにも よるけどな。」

マリベル「ところで ボルカノおじさま 今回の訪問は あいさつだけが 目的じゃないんでしょう?」

ボルカノ「ええ。漁の時 こっちの港で 停泊する許可や 漁獲量の取り決めなどを。」
ボルカノ「こうして 世界中に 国や町 村が復活した以上 いつまでも こっちの好き勝手に 漁をするわけには いきませんからな。」

マリベル「そう… ですよね。」

アルス「…………………。」

船長の言葉に二人はどこか思いつめたように俯いて黙り込む。

ボルカノ「いえいえ これで 本来あるべき形に 戻っただけですから 二人が 責任を感じる必要は ありませんよ。」
ボルカノ「それに オレや漁師たち だけじゃない 村や国のみんな 二人が 世界を救ったことを 誇りに 思っているんですからな。」

アルス「父さん…。」

マリベル「ボルカノおじさま…。」

ボルカノ「二人には どこへ行っても 胸を張っていて ほしいんです。」

そう言って、かつて世界にたった一つだった島の、国一番の漁師はニカっと笑った。

アルス「…………………。」
アルス「うん。」

マリベル「まかしてください ボルカノおじさま! 網元の娘の 名にかけて きっと 悪くない 交渉をしてみせますわ!」

ボルカノ「わっはっはっ! 頼りに してますよ “マリベルさん”!」

マリベル「ぼ、ボルカノおじさ…。」




*「ぐぅ〜。」




不意に聞こえた大きな音に少女が振り向くと少年がお腹を抱えて目を見開いていた。

ボルカノ「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「あ アハハハ…。」

二人の視線に気づき、少年は恥ずかしげに自分の腹を見つめて空笑いする。

考えてみれば朝食をとったのは早朝。しかし今、気づけば太陽も地平線からずいぶん離れ、頂との中間辺りに浮かんでいる。
言うなれば丁度“小腹(こばら)がすく”時間だった。

マリベル「……そんなことだろうと 思ったわよ。」

すると少女は待ってましたと言わんばかりに折りたたんだ膝の横に置かれたつづらを開ける。

マリベル「はい これ。」

そう言って少年に手渡したのは一つのサンドウィッチだった。

アルス「えっ!?」

マリベル「急いでたから アンチョビじゃなくて 悪いけど… 今はそれで 我慢してちょうだい。」

アルス「ううんっ すごくうれしいよ! ありがとう。」

そう言うや否や少年は小ぶりなサンドウィッチにかぶりついた。

アルス「……モグモグ……ごくっ。」
アルス「…おいしい。」

マリベル「あったりまえよ! このマリベル様が 作ったんだから当然よ トーゼンっ!」

そんな自信に満ちた態度とは打って変わり、目の前に座る少年の父親に渡すその手はどこかおずおずとしていて緊張した面持ちだったが、
同じように称賛の言葉が返ってくると少女は安堵した様子で小さくため息をつくのだった。
37 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:34:38.18 ID:8lPBK+pa0
太陽が頂へと差し掛かろうとする頃、
“魔法のじゅうたん”を丸めて再びなんでも飲み込む不思議な袋に押し込み、一行は目の前にぽっかりと開いた洞窟へと入っていった。

日の光も届かぬ暗闇に青白く光る通路は得も言われぬ神秘さを湛え、まさにおとぎ話の世界を歩いているような感覚を呼び起こす。

そんな光景に包まれながら少年の父親は思ったままの疑問を口にする。

ボルカノ「こりゃまた どうして ここの洞窟は こんなに 明るいんだ?」

アルス「光ゴケ だよ。」

そう言って少年は腰に下げた袋から小さな焼き物の壺を取り出すと、蓋を開けて父親にその光の主の正体を明かす。

なんの変哲もないように見えるそれは、薄闇に反応してボウっと光を放ち始めた。

ボルカノ「ほう……。」

少年は“城”に向かう最中父親に、かつて自分たちが訪れた過去の世界よりもさらに過去のホビット族の王女の話を聞かせた。
光ゴケが繁茂するようになるまでの彼女の苦労、コスタール王との結婚、そして魔王の侵略により命を落としたこと。

ボルカノ「ずいぶん 苦労の歴史が あるんだな。」

アルス「まあね。」
アルス「そう言えば ここの王様だけど……。」

そこまで話して少年はこれから対面するであろう現在のコスタール王のことを思い出していた。

アルス「かなり 変わった人だけど 驚かないでね。」 

ボルカノ「……?」

少年の忠告にいまひとつ返事をできずにいたが、後ろで苦笑する少女の様子からどうやらその言葉に嘘はないことは見て取れた。
38 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:35:36.49 ID:8lPBK+pa0



*「やっほ〜 旅のお客人!」



ボルカノ「…………………。」

入口に立っていたホビットの案内人に通されて向かった玉座にその人は鎮座していた。
少年にはもはや聞きなれた挨拶の言葉にも屈強な漁師の男は口を半開きにして固まる。

コスタール王「元気に してた? あれ? 今日は 見慣れない人と一緒だね。」

アルス「先日は どうも 陛下。こちらは ぼくの 父です。」

ボルカノ「……お初に お目にかかります。フィッシュベル村の 漁師 ボルカノと申します。」

息子の紹介を受け、あっけに取られていた父親も我に返って挨拶する。

コスタール王「やあ やあ 初めまして! わしがここの 王様だよ。こっちが わしの妻。」

*「ようこそ 遠路はるばる おいで くださいました。」

王の目配せを受けた小柄な女性は上品、というよりかは可愛らしい微笑みで三人に語り掛ける。

コスタール王「それで 今日は わざわざ どうしたのかな?」

ボルカノ「はい 実は これからの 交易のことで…。まずは こちらに 目をお通しいただけますか。」

[ ボルカノは コスタール王に バーンズ王の手紙を 手わたした。 ]

上質な羊皮紙を受け取り、王はじっくりとその文面に目を通す。

コスタール王「…………………。」
コスタール王「なるほどねー だいたいの 内容は わかったよ。」
コスタール王「ところで お客人 昼食は まだかな?」

ボルカノ「はい… 港からまっすぐ きたものですから。」

コスタール王「こまかい話は 食べながら 話そうじゃないか!」
39 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:36:37.43 ID:8lPBK+pa0
昼食の用意を待つ間、来賓用の控室にて少女はグランエスタードの王がしたためた書簡の中身について漁師頭に尋ねていた。

マリベル「ボルカノおじさま 王様はなんて?」

ボルカノ「うん? だいたいの内容は さっき 移動中に 話した通りです。」
ボルカノ「港での停泊権 領海近くでの漁業許可 および 漁獲量の取り決め……。」
ボルカノ「そんなところですな。」

それはコスタールに一方的に押し付けるものではなく双方が納得できるように条件が付されたものだった。
フィッシュベルにも来航する船のための船着き場の拡張が要求されたし、同じようにエスタード島近海での漁業を認可する旨が盛り込まれていた。

マリベル「……そうですの。」

相槌を打つと少女は何か思案するように口元に手を添えた。

ボルカノ「はたして 飲んでくれるか…。」

アルス「大丈夫だよ。」

ボルカノ「…やけに 自信が あるじゃねえか?」

アルス「なんとなく わかるんだ。あの王様は 信用できるって。」

ボルカノ「……そうか。」

少年の見せた確信の表情から父親もなんとなく彼の人の人となりを垣間見たような気がし、
隣で目をぱちくりさせている少女と顔を合わせ、再び少年に向き直ると小さく頷いた。
40 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:38:29.67 ID:8lPBK+pa0
玉座の間の隣にある質素な卓の上には、港を擁するだけあってか海の幸が華やかに盛り付けられた皿が並んでいた。
3人の来賓の反対側には迎賓側の王、王妃、王女、王子が座り傍には付き添いで大臣が立っていた。

この手の席に関して三人は心得たものだった。
片や国一番の名士として城に招かれ、王と共に食事をとる機会の多い漁師頭、片や世界中でこれまた王族や領主たちに囲まれて食事をしてきた少年と少女。
片や豪快に、片や遠慮がちにも慣れた作法で馳走を口へと運んでいく。

最初に感嘆の声を漏らしたのは少年の父親だった。

ボルカノ「…うまい。素材の良さを生かした 繊細な味わいで とても 美味ですな。」

世辞を述べる媚はなく、心から舌鼓を打った。

アルス「こちらは…… なんでしょうか?」

少年が見慣れない姿の食材を覗き込んで尋ねる。

*「この辺りでしか 見られない 深海魚です。脂が乗っていて 煮つけに ピッタリなのです。」

と、傍で見ていた大臣が簡単に説明してみせる。

マリベル「これは お酒ですか?」

少女が続けて尋ねる。

コスタール王「うん それは麦芽を醸造したお酒でね。わしらは エール酒と呼んでいるよ。」
コスタール王「見たかんじ お客人たちも もう 大人みたいだし いいかなー と思ってね。」

人懐こい笑顔で王は自慢げに紹介する。
少女は意外にも苦みの中に芳じゅんな香りの広がるこの黄金に魅了され、後で港の酒場で飲めはしないかと早くも考えてはじめるのだった。

コスタール王「それで 今回の締約について なんだけどねー。」

王は笑顔を崩さずに切り出す。

コスタール王「うん こちらとしても これから どんどん 他国と親交を 深めたいし お宅の国とは 縁もあるしね。」
コスタール王「締結しましょう。」

アルス「本当ですか!」

コスタール王「もちろんだよー それに お客人たちの お誘いと あっちゃあねえ! わっはっはっ!」






マリベル「待ってください!!」





41 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:41:26.16 ID:8lPBK+pa0
突然声を上げた少女にその場の全員の視線が集まる。

アルス「マリベル?」

少女は隣に座る少年を一瞬見やり、再び視線を王に戻すと物怖じもせずに言う。

マリベル「提案書には 書かれていませんでしたが 万が一 お互いの領海内で 魔物に襲われた場合の対処も 考えるべきかと 思います。」 

ボルカノ「む…っ。」

アルス「あっ……。」

突然の少女の行動に肝を冷やした漁師頭もその息子も、その口から放たれた至極真っ当な提案に思わず声を漏らす。



コスタール王「…………………。」



対する王はしばらく瞬きを繰り返していたが、やがて一息つくと少し間をおいてから急に真面目な表情を作り顎に手をやる仕草をして言った。

コスタール王「それもそうだな。お嬢さんの 言うとおりだ。」
コスタール王「数がめっきり減って ほとんど 見かけなくなった というが 魔物はまだ 確実に おるわけであるしな。」
コスタール王「双方 海上の警備を するに 越したことは ないだろう。」
コスタール王「……ただ 書面に 書かれていない ということは そちらの王は 今の提案を 把握していないんじゃあないかね?」

マリベル「……ごもっともですわ。」
マリベル「……出過ぎたまねを お許しください。」

少女とてこちら側だけ守ってもらおうなどという虫のいい話をするつもりは毛頭なかったが、
残念ながら今から戻って王に伝えに行くには時間が掛かりすぎる。
そこまで考えていたからこそコスタール王の言葉は当然のこととして受け止めていたし、
これ以上勝手に話を進めようとも思わず、素直に謝罪の言葉を口にした。



コスタール王「やだなあ! そんな 悲しそうな顔 しないでよ!」
コスタール王「また後日 こっちから グランエスタードに 遣いを出すから ありがたく その提案は 受け入れるよ!」

マリベル「えっ…?」

コスタール王「ささっ 堅い話は ここまでにして お客人たちの 旅の話を 聞かせてよ! うちの子たちが 楽しみに してたんだ。」

マリベル「陛下……。」

そう言ってすっかり元の笑顔に戻った王は、隣に座る王子の頭を優しく撫でた。

そんな様子を向かい側で眺める漁師頭と網元の娘は、どうして少年がここの王をそこまで買うのかわかったような気がして、自然と頬を緩ませるのであった。
42 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:42:44.45 ID:8lPBK+pa0
昼過ぎ。

食事を終えて茶を飲み終えた頃、たっぷりと王の百面相を堪能した三人は港に戻ろうとしていた。

その帰りがけ、王が少年を呼び止めて小声で言う。

コスタール王「最初に 会った時から 見込みのあるコと 思っていたけど 予想以上に 大物だね あのおじょうさんは。」

アルス「……そうですね。まさか あの場で あんな風に言うとは 思いもしませんでした。」

コスタール王「そういうところにも 惹かれてるんでしょ? アルスくん。」

アルス「…!」

コスタール王「気づかれないとでも 思ったかい? なめてもらっちゃあ 困るな。わっはっはっ!」

そんなやり取りの後、王は帰ろうとする少年をまたも引き止め、カジノの特別会員証と何やら同じような材質でできた濃いピンク色の紙を手渡した。

そこには王の直筆でこう書いてあった。


“超とくべつ会員証”


アルス「…………………。」
アルス「陛下 これは……。」


コスタール王「いやあ 平和っていいよね!」


王はそれだけ言うと高らかな笑い声と共に踵を返して玉座の間の方へと歩いて行ってしまった。

何か言いたげな表情のまま固まっていた少年だったが、
出口へと続く階段の上から少女がひょっこり顔を出して呼んできたため仕方なく足早に退出するのだった。
43 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:44:57.28 ID:8lPBK+pa0

少年たちが港町に戻る頃には既に日も暮れ始め、夕日に染められた町の市場はまるで絵画のように美しく映えていた。

コスタール王によってしたためられた新しい締約書を保管すべく船へと戻った船長と別れ、
少年と少女は一足先に城の面影だけが残る大きな建物へと向かっていた。
道中どこからともなく熱い視線をちらほらと感じたが、大事になるのを避け散策もそこそこにまっすぐに通りを歩いていた。

*「おや マリベルおじょうさん それに アルスも。」

マリベル「あら コック長じゃないの。」

丁度市場を抜けようとした時、かけられた声に振り向くとそこには大量の食材が詰まった木箱を担いだアミット号の料理長が立っていた。

コック長「今 お戻りですかな。」

マリベル「ええ。これから 少しだけ カジノに 行ってくるわ。」

コック長「そうですか。あまり 入れ込みすぎないように お願いしますよ。」
コック長「さっき覗いてみたら 何人かが 大負け してましたからな。」

マリベル「まったく ばかねー。賭け事は じょうずにやらなきゃ すぐに すっちゃうってのに。」

アルス「ついでに みんなの 様子も 見てきます。」

コック長「お二人とも お気をつけて。」
コック長「……ああ! 今日は 積み荷の整理で 夕飯が 遅くなりそうですから どうぞ ごゆっくり。」

44 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:47:27.94 ID:8lPBK+pa0

カジノの中は以前の喧騒を取り戻していた。
とはいえ、魔王の君臨に際しても相変わらず博打に打ち込む客は少なくなかったため大した変化はないのだが、
客の顔は現実から逃げるような悲壮なそれではなく純粋に楽しんでいるように見える。
むしろ真剣な表情で勝負に臨む老若男女の姿にはどこか圧倒されるものがあった。

そんな賭博場の活況をまじまじと眺めている少年と少女のもとへ、その姿を見つけた誰かが走ってきた。

*「ま マリベルおじょうさん! それに アルスも!」

マリベル「どうしたのよ そんなに あわてて。」

駆け寄ってきたのはアミット号のモリ番だった。見ればその顔は屈強な体躯に似つかわず青ざめている。

“何かあった”、というのは一目瞭然だった。

*「そ それが……。」

コック長の言っていた通り、彼を筆頭とする漁師たちは意気揚々とカジノに来たはいいものの、
案の定大負けし、自分たちではとても取り返せない金額になってしまったという。

マリベル「…………………。」
マリベル「あっきれた。まったくいい歳した 男たちが 束になって これじゃあね。」
マリベル「パパに なんて言ったらいいか あたしが 困っちゃうわよ。」

*「そ そこをなんとかっ! 助けてくださいよ〜 お二人共!」
*「海の男 一生の お願いです! このままじゃ 俺たち ここで ただ働きしなくちゃ ならないんです!!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス あたしたちの 持ち金って どれぐらい 残っていたかしら?」

アルス「20000コイン くらいかな。」

マリベル「……で? あんたたちの 赤字は?」

*「…全員合わせて 30000コイン ぐらいです。」

マリベル「ハァ〜〜〜〜〜。」

長い溜息の後、少女は少年の腕をひっぱり受付へと向かって歩き出した。

*「…………………。」

少女がいったい何をするのかわからず、“不安”の二文字を顔に浮かべたまま漁師たちはぞろぞろとその後を付いて行く。

*「あら いらっしゃいませ。お名前をどうぞ。」

マリベル「アルス。」

くいっと袖を引っ張られ、少年は促されるままに署名する。

*「あら 英雄様 じゃないですか! どうぞ ごゆっくり。」
*「それで アルスさんは 現在 コインを 21504枚 お持ちです。」
*「何枚 お引き出しいたしますか?」

マリベル「全部出してください。」

*「コインの 大きさは どうなさいますか?」

マリベル「端数 以外は 100で。」

*「かしこまりました。少々 お待ちください。」

そう言って受付嬢が奥の金庫へ引っ込むと、未だ少女の真意を掴みかねている漁師の一人がたまらず尋ねた。

*「マリベルおじょうさん いったい どうする おつもりで…?」

男の問いに振り向くと少女は少しだけ口角を上げ、あっけらかんと答えた。





マリベル「足りないなら 増やせば いいんだわよ。」



45 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:48:38.96 ID:8lPBK+pa0

*「はい これで お預かりしていた コインは 全部ですよ。」

金庫から戻ってきた受付嬢は「100」と彫り込まれたコインの入った小さめのバケツを抱えて戻ってきた。

マリベル「ありがと。」

*「で でもマリベルおじょうさん いったい そんな大金 どうやって 増やすんでえ?」

マリベル「まあ 見てなさいな。」
マリベル「そのかわり もし うまくいかなくても あたしを 恨まないでよねー。」

*「と とんでもねえっ!」

そうして少女はガタイの良い男をぞろぞろと従えて階段を上っていく。
その様子はもともと可憐な容姿も相まって正真正銘のお嬢様というか、
騎士たちを連れる一国の姫のような雰囲気を漂わせ、嫌でも周りの目線を引くのであった。

一方、少年は上階を目指す手前、近くにいたうさぎ耳の係員に先ほど王から受け取った代物について尋ねる。

アルス「すいません コレ なんですけど…。」

*「…………………。」
*「お客様 コレを どちらで?」

アルス「えっ お 王様から いただきました。」

*「……そうですか。では こちらへ。」

係員はそう言って手招きすると少女たちの行った後に続き階段を昇っていった。

46 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:49:59.37 ID:8lPBK+pa0

二階では、さらに上へと続く階段の下で少女が待っていた。

マリベル「あら? どうしたのよ アルス。」

係員に連れられてバルコニーに出ようする少年に遠くから声をかける。

アルス「ま マリベル 先にやっててーっ!」

マリベル「……?」

また子供だましのラッパの音でも聞きに行くのだろうかと不審に思ったものの、少女は言われた通りに3階へと向かって行った。

*「どうぞ ごゆっくり。ウフフフ…。」

そして少年も背中を押され、そのままバルコニーへと消えていくのだった。

47 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:50:44.33 ID:8lPBK+pa0

カジノの最上階へとやってくると少女はまっすぐにある場所へと向かった。


*「100ドルスロット…。」


まさに少女の狙いはこれだった。同じスロットでも額が飛びぬけているこの台であればさして時間もかからずに勝敗の決着がつく。
かつて旅の最中も最強の装備品を人数分揃えるために躍起になって通ったものだった。

*「まさかこれで 稼ぐつもり ですかい!?」

マリベル「そうよ。それ以外に 何があるっていうんですの?」

*「し しかし これじゃ 二万枚も あっという間に…。」

銛番の男は青い顔で腕を震わせる。

マリベル「いいじゃないの。どうせ あたしとアルスの コインなんだから。」

そう言うと少女は慣れた手つきでコインを九枚投入し、右側面についているレバーをガチャリと引き始めた。
48 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:52:32.99 ID:8lPBK+pa0
始めてから五分、無機質なスロットマシーンとの格闘は一進一退だった。
手元のコインが100枚を切ろうとすればすぐに元の額まで取り戻し、300枚にまで増えたかと思いきや続けざまにハズレていく。
しかし取引される額が大きいせいもあってか無駄に演出が長く、小さな当たりの度に手を止められて少女は早くも辟易とし始めていた。
見守る船乗りたちも始めこそ一喜一憂していたが、やがて反応も薄くなり口数も減っていた。

そうして再び雲行き怪しくなり始めたころ、ふらふらとした足取りで誰かが階段を上ってきた。

*「よお アルス やっときたか。」

気づいた漁師の一人がこちらへ向かってくる少年に声をかける。

アルス「…………………。」

しかし少年は何かを捜す様子で目線を泳がせていたが、やがて台の前で頬杖をついている少女を見つけるとそのふらついた足で近づいていった。

マリベル「……あら アルス ずいぶん 時間かかってたわね。ラッパの調子でも 悪かったのかしら?」

アルス「…………………。」
アルス「………ふ………。」



マリベル「え……?」















アルス「ぱふぱふ。」















マリベル「き…きゃ〜〜〜〜〜っ!!」


49 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:56:25.16 ID:8lPBK+pa0
少年は振り向いた少女の腰から背中に腕を回し、自分の頭を少女の体に近づけるとそのまま心臓をめがけて顔を埋没させた。
突然の少年の行動に何をされているのか分からず少女はしばし少年の黒髪を見つめていたが、
やがて彼が感触を確かめるように顔を左右に振り始めると稲妻よりも早く腕を突き出した。

甲高い悲鳴とともに少年が突き飛ばされて仰向けに寝転び、ゴンっという鈍い音と共に少年が頭を抱えて痙攣する。

“いったい何が起こったのか”と辺りにいた者が一斉に振り向けば、
そこにはぴくぴくと体を震わせる少年と腕を突き出したまま肩で息をする真っ赤な少女がいるだけだった。

アルス「…………………。」

リーチを告げるスロットの音と誰の物とも分からぬ心臓の音だけがやけにうるさい。

マリベル「…………………!」
マリベル「……アルス?」

アルス「…………………。」

少女の呼びかけにも答えず、遂に少年はピクリとも動かなくなった。

マリベル「アルス!」

気づけば少女は先ほど感じた羞恥の感触すら忘れて少年を抱き起していた。

マリベル「ちょっと アルス しっかりしなさいよ!」

肩を揺らされ少年は意識を取り戻す。

アルス「んん…。」
アルス「マリベル… ぼくは いったい…。」

マリベル「…………………。」

頬を染めたまま額を青ざめさせるという器用な芸当をやってのける少女の姿がそこにはあった。

マリベル「アルス…。」
マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」
アルス「っ……!!」

名前を呼んだきりなにも言わない少女と、黙ったまま二人を見つめる観衆を交互に見やり、
少年はぼんやりとさきまで自分の身に起こっていたことを思い出し、声にならない声を一人上げる。

*「あら〜 たいへん! 英雄様には まだ 刺激が 強すぎたかしらね〜。」

騒ぎを聞きつけて階下からやってきた踊り子と係員が申し訳なさそうな、
それでいて面白おかしそうな顔をしながら、目をぱちくりさせる二人に謝る。

*「ごめんなさいね〜 お客様方。あら? そっちのスロット…」

マリベル「…えっ?」

係員に指差された方を皆が振り向くとそこにはすっかり勝負を始める前の状態にもどったスロットマシーンがあった。

当たりを報せる照明を点灯させている点を除いて。

マリベル「うそっ…!?」

そこには確かに『 7 7 7 7 7 』のパネルが一直線に並んでいた。

*「おい 嘘だろっ!?」

*「お お……。」









*「おおあたり〜〜〜〜!」






係員が叫ぶと、どこから取り出したのか、踊り子がラッパの軽快な音色でカジノ全体に奇跡の訪れを報せるのだった。

50 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:58:26.84 ID:8lPBK+pa0
*「こ… こちらで… 全てになります…。」

受付では100ドルコイン詰め込まれた木箱を抱えた受付嬢が息を切らしながら言った。

*「し… 信じられん…。」

*「こんな ことが…。」

*「夢でも 見てるんじゃあ ねえだろうな…。」

*「いつつ! 引っ張るんじゃねえ!」

アルス「今まで 10ドルスロットでも 出したことなかったのに…!」

マリベル「お おほほ… おほほほほほほっ!!」
マリベル「…………………。」

アルス「…差し引き いくら?」

*「はい 皆さんの 損得合計で… 3006054枚です!」

マリベル「さ… さんびゃくまん……。」
マリベル「ど どうしようっ アルス!!」

思わず横に立つ少年の肩と手首を掴んで揺さぶる。

アルス「ぼ ぼくたち もう 欲しい景品もないしねえ……。」

落ち着きなく狼狽えているとどこからともなく異様な雰囲気を嗅ぎつけてカジノ中から客がやって来た。
恨めしそうな目でコインの束を見つめてい者もあれば、羨望の眼差しで見る者、すがるような眼を向ける者と三者三様だったが、
あれよあれよという内に一行の周りは人だかりで完全に埋め尽くされてしまった。

“まもののむれよりも質の悪い連中につかまった”と、万が一の事態に備えて少年は自分の背に少女を隠す。

しかしそんな中、少女が少年にそっと耳打ちをすると、しばらく考える素振りの後、少年もそれに同意して頷く。
それと同時に少女は冷や汗を浮かべる受付嬢に、否、周りの雑踏にも聞こえるようにわざとらしい大声で語り掛ける。

マリベル「もし。ここにあるコインを 皆さんが抱える 赤字にすべて 当てて差し上げて よろしいかしらん?」
マリベル「それから これをチップに 今夜 ここで パーティーを 開いて いただけませんこと?」

思いがけないというより普通であればありえない提案に、受付嬢も、漁師たちも、見物客たちもが文字通り“絶句”した。

どこからともなく聞こえてきた“ごくり”という音は幻聴の類では決してないだろう。

しばらく蝋人形のように固まっていた受付嬢が走って執務室へと向かい戻ってくるまでの間、痛いほどの静寂が辺りを包み込んだ。

そして…。



*「お待たせしました。」



やがて受付嬢と共にやってきたのはこのカジノを任されているであろう人の良さそうな初老の男性だった。

*「そのご提案であれば よろこんで お引き受けいたします。では 早速。」
*「こちらにありますは 当カジノで 記録されている 負債者リストです。」
*「どうぞ これを。」

[ マリベルは 負債者リストを うけとった! ]

マリベル「ありがとっ。」

[ マリベルは メラを となえた! ]

小さな発動音と共に少女の手元にあった紙の束は一瞬で燃えカスとなった。

その瞬間、一斉に歓声と拍手が沸き起こり、一行をかき分けてなだれ込んだ群衆の手により少女は宙を舞った。

*「うおおおっ!」

*「女神だ! 女神さまが 舞い降りられたぞ!」

*「女神様 ばんざーい!!」

マリベル「きゃっ! ちょっとぉ! うわっ! あははっ!」

二回、三回、四回、五回。

いつの間にか少年も漁師たちも加わり、女神と称された少女は何度も天を舞うのだった。

51 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 11:59:45.35 ID:8lPBK+pa0
*「ふぁ〜〜 えらい目に あったわ。」

*「そう? けっこう 楽しそうだったじゃない?」

散々揉みくちゃにされた後、やっとのことで喧騒から抜け出した少年と少女は、
今は二人、建物の西側にあるテラスで宴の準備が整うまでの間時間をつぶしていた。

マリベル「そうだけどさあ 危うく スカートの中 見られるところだったわよ。」

アルス「あはは… そういえば さっきは ごめん。」
アルス「ぼく 変なこと 言ってなかった?」

マリベル「変なことなら しっかり 言ってたわよ。しかし あんた バルコニーで なにやってたのよ?」

アルス「うっ…。ラッパよりも 効果絶大な 幸運の儀式とか 言ってさ。」
アルス「二人に 挟まれて……。」

少年は先ほど自分が見た天国と地獄を思い出し思わず身を屈める。

マリベル「…………………。」
マリベル「アルスの えっち。」
マリベル「それで あんなこと したのね…。」

アルス「ご… ごめん。」

マリベル「……ふんっ。」

“これはいよいよ嫌われてしまったか”

昨晩の熱い抱擁と口づけの後がだけに少年はがっくりと項垂れる。

マリベル「…た……ん…ね。」

アルス「えっ?」

マリベル「ううん。いいわよ。特別に ゆるしたげるわ。」
マリベル「効果は 本物だった みたいだしね。」

果たしてツキをもたらしたのはバルコニーにいた女性たちなのか、それとも彼自身なのか。

今となってはどうでもいいことだった。

52 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 12:00:55.30 ID:8lPBK+pa0
日も完全に沈んだころ、カジノを擁する港町は昼に見た市の活況とはまた違った喧騒に包まれていた。誰もが浮足立ち、妖しく光るランタンが建物の輪郭をくっきりと浮かばせる。

夜の街。

そんな言葉がぴったりと当てはまる。

そしてより多くの人の息遣いが、市場を抜けた先の一際大きな建物から聞こえてくる。

*「それでは 今宵 世界を救った英雄と 同じく女神様の ご厚意を賜りまして 祝杯を あげましょうぞ。」
*「乾杯!!」



*「「「「かんぱーいっ!!」」」」



賭博場の一階では普段使われない卓や椅子を持ち出して席が並べられた。
それらに囲まれた支配人が号令を挙げると一斉に杯を打ち合う甲高い音が響きあった。

コスタールでは日常的に飲まれているエール酒が、蔵からこれでもかと運びこまれ存分に振舞われた。
チップをはずまれホクホク顔の料理人や給仕者がせわしなく行きかい、山ようなの料理を次々と運んでくる。

ボルカノ「しっかし マリベルおじょうさんには 本当に 頭があがりませんな。あのままじゃ 明日からの漁に 支障がでるところでしたよ。」

コック長「いやはや おかげ様で 調理の手間も省け 一回分の食費も 浮きました。」

マリベル「コック長が 調理を始める前で よかったわ。作ってもらって 食べられないんじゃ 申し訳が立たないもの。」

*「おれ おじょうさんに 一生 ついて行きます!」

マリベル「もう おおげさねえ。」

*「オレ このまま ここに取り残されちまったら どうしようって 思ってたんです。」
*「そんなことになったら オレは… おれぁ…。」

船員の一人は早くも泣き出す始末。

最初こそ近くにいた者たちと料理を頬張っていた参加者たちも、
ある程度腹が満たされたのか次第に席を立ち始め、少女の周りはすっかり人だかりとなっていた。

*「女神様 ささっ ぐいっと いってくだせえ! うぇっへっへ。」

*「ああん 女神様 こっちで 一緒に 飲みましょうよ!」

*「み 水…。」

*「おーい 酒だ! 酒 もってこい!」

*「おい 誰だ 足 踏んだやつ!」

マリベル「えっ ちょっと まだ 空いてないってば!」

*「おお〜 欲望の街に 舞い降りた 女神〜 その名は マリベル〜。」 

もうめちゃくちゃである。

*「あら〜 英雄の お兄さん ハンサムじゃない。」

*「お姉さんたちと ご一緒に いかが〜?」

*「わはははっ! あんちゃん ほれほれ もう一杯!」

アルス「えっ あれっ…!?」

慣れない歓迎ぶりに戸惑い助けを求めようにもどこに誰がいるのかさえわからない。

敢え無く二人ともされるがままに時が過ぎていくのだった。


53 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 12:03:22.92 ID:8lPBK+pa0
アルス「し しんどい…。」

もはや英雄どころかただの玩具になっていた少年は、やっとのことで人込みを抜け出し、今は風に当たるために灯台の階段を上っていた。

アルス「こ ここまでくれば 大丈夫だろう。」
アルス「…マリベルは 無事かな……。」

結局あれから一度も顔を見ていない幼馴染の身を案じながらも、今は捜しに行くだけの余裕もなくただひたすら足を進める。

そうして屋上への階段を上りきった時。

*「…………………。」

少女が手すりにもたれて立っていた。

アルス「よかった ここに いたんだ。」

マリベル「……アルス。」

少女の方は別段酩酊している様子もないが、ほんのり赤みを差した頬に緩慢な動作はどことなく色気を発していた。

アルス「いつからここに?」

マリベル「少し前よ。火照った 体を覚ますには ちょうどいいわ。」

アルス「そっか。」

そう言って少年は少女の隣に立ち手すりに寄りかかる。

マリベル「まさか あそこまで 揉みくちゃに されるとは 思わなかったわよ。」

アルス「まったくだよ。さすがに まいったね。」

マリベル「……でも これで よかったのよね。」

アルス「うん。どうせ あんなに 持っていても 仕方ないしね。」
アルス「ちょっと 驚いたけど いい選択だったと思う。」

マリベル「…ふふっ ありがと。」
マリベル「念願の エール酒も たらふく 飲めたし 言うことないわね。」

アルス「あれ? そういうこと?」

マリベル「じょーだんよ ジョーダン。」

アルス「それにしても マリベル 変なことされなかった?」

マリベル「変なこと? ええ まあ ぐいぐい来る おじさんは いたけど 手酌してあげてたら すぐに ひっくり返ったわよ。」

アルス「うわあ。」

マリベル「そういう 英雄サマこそ 女の人に 囲まれて デレデレ してたんじゃないでしょうね!」

アルス「そ そんなことないよ…。」

マリベル「ふーん? ……ぱふぱふ。」

そう言って少女は悪戯な笑みを浮かべて少年の胸板の間に人差し指を這わせくるくると撫でまわしてくる。

アルス「それはっ……!」

54 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 12:05:30.66 ID:8lPBK+pa0

マリベル「ふふっ。いいわ 信じてあげる。」

アルス「…………………。」

マリベル「何よ。なんとか 言ったらどうなの?」

アルス「あっ ゴメン。すごく 優しくなったなー と思って。」

マリベル「……あたしが?」

アルス「うん。」

マリベル「ばっ ばかねー。あたしってば もともと こんなに優しいのに。」

アルス「えっ いや それは そうなんだけど……。」

マリベル「…もう! どっちなのよ!」

アルス「あはは ごめんごめん。」

マリベル「むう……。」

アルス「…………………。」

そう言ってわざとらしくむくれる少女の顔を見つめながら少年は彼女の変化について思い起こす。

これまで何度となく浴びせられた理不尽な非難の数々、棘のある言葉、他人との露骨な比較。
それらが今ではすっかりとなりを潜めてしまっている。
思い返せば旅の終盤、魔王が復活してからその兆しはあったのだが、いったい何が彼女をここまで変えてしまったのだろうか。
少年にとっては喜ばしいことなれどその原因がいまいち分からず、というよりは急激な変化についていけず、
自分がどこかぎこちなく接してしまっている気がしてならなかった。

マリベル「ねえ… どうしたのよ 人の顔 ジロジロ見て。」

アルス「え? あっ ああ なんでもない。」

マリベル「…変な アルス。はあ〜〜 話してたら 喉乾いてきちゃった。」
マリベル「さて! もう一度 飲みに行きましょっ。主役が いつまでも 席空けてちゃ みんな 不安だろうし。」

アルス「まだ飲むの!?」

マリベル「あら? まさか か弱いレディを 一人置いて行くつもり?」
マリベル「どうなっても 知らないわよ〜。明日になったら どこにもいなくて みんなで 探すことになっても。」

アルス「…行きましょうか。おじょうさま。」

マリベル「よろしい! うふふっ。」

そうして再び主賓を迎えた宴会場は再び熱狂に包まれ、華やかな宴は真夜中を過ぎても続いたのだった。







そして……


55 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 12:06:13.74 ID:8lPBK+pa0





そして 夜が 明けた……。





56 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/24(土) 12:07:58.77 ID:8lPBK+pa0
以上第2話でした。

皆さんもどこかのタイミングで必ずコスタールのカジノには寄っていったことでしょう。
わたしも一日何分と時間を決めてちょこちょことコイン稼ぎをしたものです。

で、やっぱり登場するのが100ドルスロット。
PS版と比べると3DS版やスマホ版は演出がなくなってしまった分
視覚的な面白さは減ってしまいましたが、作業となると話は別です。

小さい当たりでも額が大きいので
毎回毎回長いファンファーレを聞かされる羽目になるんですよね。

…いくら景品のためとは言え正直もう二度と御免です。
(メタルキングヘルム、人数分揃えたと思ったらマリベルが装備できないだなんて……。)

そしてもう一つ忘れてはいけないのが「パフパフ」。
当たる確率が上がるという効果ですが、
期待させておいて落とすのはもはやシリーズ定番。
(戦闘では普通に女性陣がやってくれるんですけどねぇ……ただし敵に。)

そんなガッカリ感を払拭してやろうと
今回のお話ではアルスに美味しい思い(?)をしてもらいました。

落ち込むアルスに果たしてマリベルはあの時何を言おうとしたのか。
答えはもう少し先のお話で。




いやあ 平和っていいよね!



57 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/24(土) 12:09:01.99 ID:8lPBK+pa0
第2話の主な登場人物

アルス
漁師としての修行と同時にグランエスタードの大使として各地へ旅することに。
コスタール王に渡された超とくべつ会員証により災難(?)に見舞われる。

マリベル
アルスと共にエスタード島からの大使としての役割を担う。
持ち前の発想力でアルスとボルカノを助ける。
思わぬ展開からアルスにより「ぱふぱふ」をさせられるがその心境やいかに。

ボルカノ
バーンズ王より命を受けてアミット漁の間各地へ文書を届ける任を請け負う。
少年と少女の仲を微笑ましく見守る。

コック長
寄港した町や村で買い出しのリーダーを務める。
ギャンブルなどにはあまり興味がない。

漁師たち
アルス、マリベル、ボルカノがいない間暇を持て余しカジノに興じる。
しかし勝負強さを自負する海の男たちも初めてのカジノには少々てこずった様子。
マリベルの強運により難を逃れる。

コスタール王
フランクな言葉遣いが特徴だが実は非常に聡明な一国の主。
ホビット族の妃とは一男一女をもうけている。
真面目な話や緊急事態には本来の厳格な王としての姿が顔をのぞかせる。
その後の騒動を作ったもともとの原因(?)
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/24(土) 19:32:23.92 ID:bgoeQo62o

リールが5本なのって大当たりしにくいから時間がどんどん取られる
大ハズレしてリセットした時間の事なんか考えたくないね
59 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:24:34.45 ID:egR44K5f0
>>58
引き際(リセット)の見極めが難しいんですよね……
60 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/25(日) 11:25:28.79 ID:egR44K5f0





航海三日目:忍び寄る影




61 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:26:15.30 ID:egR44K5f0

アルス「あたま いたい……。」

朝日と共に少年が目覚めるとそこは宿屋の一室だった。

昨晩少女に付き合って散々飲んだ後、少年はふらつく足を引きずって予め予約していた宿まで戻ってきた。

しかしその後の記憶はぷっつりと消えている。

寝巻を着ている限りちゃんと着替えてから床に就いたようではあるが。

アルス「どうして マリベルが ここに……?」

柔い感触に布団を捲るとまさにこの頭痛の原因となった少女が少年の胸にすっぽりと頭を埋めていた。その体にはいつぞや神が半ば強引に押し付けてきた桃色の寝間着を纏っている。

アルス「これは…… ぼくは いったい…。」

ただでさえ鈍った頭に加えてのこの状況に少年の思考は完全に追いついてこない。

そうして重たい頭を回転させてなんとか記憶を整理しようとしていた時だった。

マリベル「う… ん……。」
マリベル「…おはよう アルス。」

少女が目を覚まし、頬を赤らめトンデモナイことを口にするのだった。





マリベル「もう… アルスってば だいたん なんだから……。」

62 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:27:47.77 ID:egR44K5f0



*「おはよう ございます。ゆうべは おたのしみでしたね。」



アルス「ご主人まで!」

マリベル「うふふっ。」

少年は少女にすっかり騙されたのだ。
ベッドから起き上がると少女は盛大に吹き出しながら「嘘よウソ」と言い、着替えるからと自分の部屋に戻って行ってしまった。
少女の出て行った部屋で少年は顔を真っ赤にしたまましばらく動けずにいたのは言うまでもない。

63 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:28:17.72 ID:egR44K5f0

マリベル「だ〜か〜ら〜 ごめんってば!」

宿屋を出てからというものの少年は青い顔のまますっかり黙り込んでしまい、
何度呼び掛けても“ああ”だの“んん”だのといった生返事しか返ってこず、痺れを切らした少女が遂に折れた。

マリベル「酒に付き合わせて 仕舞いに 勝手に 潜り込んじゃったのは 悪かったけどさ…。いい加減 しゃんと しなさいよ!」

アルス「うん…。」

後者も少年にとっては由々しき事態であったが、今は酔いを醒ます手段を捜すほうに軍配が上がっていた。

アルス「み… みず…。」

朝食にもろくに手が付かなかったのはお約束である。

64 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:29:11.59 ID:egR44K5f0

ボルカノ「よーし 出航だあー!!」

準備を終えたアミット号は次なる中継地を目指して海原へと乗り出した。

ボルカノ「おう アルス もう 動けるのか?」

アルス「これでも ザル二人の子だからね…。」

ボルカノ「しかし 聞いたぞ アルス。なんでも マリベルおじょうさんに 手ェ出したらしいじゃねえか。」
ボルカノ「おまえも 隅に置けない奴だな。わっはっはっ!」

アルス「と 父さんまで!」

マリベル「まあ お義父さま ったら…。」 

アルス「もうっ!!」

ボルカノ「冗談だ 冗談。」

マリベル「うふふふ…。」

アルス「みんなして ひどいや…。」

ボルカノ「わっはっは! それにしても 今日はいい風だ。」
ボルカノ「この分だと 今日はかなり 距離を稼げそうだな。もしかしたら 今日のうちに 着けるかもしれん。」

マリベル「あれから どうなってるのかしら。」

アルス「…フォロッド城か……。」

漁船アミット号の次なる目的地は魔王によって一時は住民全てが消されたという城、フォロッドだった。

魔王と対峙する前に噂を聞きつけやってきた時には既にもぬけの殻となっていたこの地方にも人々が戻ってきているらしいが、果たして現在彼らはどうしているのだろうか。

魔王討伐後に寄らなかったため実際のことは何もわかっていない。しかし国がある以上はそこの主君と何らかの締約を取り付けなければならない。今度の訪問は視察も兼ねて非常に重要なものだった。
65 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:30:06.84 ID:egR44K5f0
昼過ぎ、船長の言う通り予定よりも早くコスタール地方の南端を通過し、漁船アミット号は東へと進路を変えた。
するとそれまで体を休めていた漁師たちが慌ただしく動き始める。



今回の船旅で最初の漁が始まろうとしていた。



アルス「…いよいよだ!」

少年も今は普段着ではなく作業用の軽装に身を包んでいる。

狙うは昨日コスタール城で振舞われた深海魚。
今回は長旅ということもあって捕ったものはその場で裁いて塩漬けにし、干物として持ち帰ることにしていた。

*「それっ 網を投げろー!!」

号令と共に一斉に網が深い青色の海へと投げ込まれる。

マリベル「そーれっ!!」

わざわざ持参した作業着に身を包み少女も屈強な男たちに混じって大きな網の一端を持って海へと投げ込む。
どうやらこの辺りの海域はかなり水深があるらしく、あっという間に網は深淵へと沈んでき長い長い縄が限界まで伸びきった。
66 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:32:07.95 ID:egR44K5f0
マリベル「さーて 何が かかってるかしらね〜。」

網を投げ込んでからかれこれ二刻は経っただろうか。緩やかな追い風を受けてアミット号は北東に見える次なる大陸を目指し前進していた。

ボルカノ「よーし そろそろいいだろう。網を引くぞ!!」

*「「「おおー!!」」」

船長の号令と共に男たちが一斉に甲板に集まり、いよいよ収穫を確かめようとしたその時だった。

*「…………………!」

艫(とも)で見張っていた船員が“何か”の接近に気付いた。

不自然な泡を立たせ、船を追いかけてくるその異様な気配の正体は。




*「まものだーっ!!」




アルス「…っ!」

見れば黒い影が三つ、四つ、猛烈な速さで追い上げてくる。

*「このままだと 追いつかれるぞーっ!」

ボルカノ「なんだと!」

マリベル「……アルス!」

アルス「うん!」

二人は顔を見合わせ、少年は船首へ、少女は船尾へそれぞれ走りだした。
67 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:32:44.85 ID:egR44K5f0

アルス「追い風よ……来いっ!」

少年が念じるとそれまでゆったりと流れていた風が船の真後ろから強く吹き付け、帆を力強く押し始めた。

マリベル「くらいなさいっ! イオナズン!」

少女が詠唱するとまだ少し離れた位置にいる黒い影のやや手前で想像を絶する大爆発が起こり、一帯に真っ黒な煙が立ち込める。

ボルカノ「や… やったのか?」

マリベル「…まだよ!!」

黒煙の中からは再び影が追ってきていた。その数は爆発の前よりも増えているように見える。

*「このままだと 追いつかれますぜ!」

マリベル「あんまり 派手にやると ロープが切れちゃうわよね…。 何か いい手は…。」
マリベル「…………………。」
マリベル「人の見てる手前 使いたくは なかったけど… なりふり かまってられないわね!」

そう言うや否や、少女は全身に青白い光を纏わせる。

マリベル「スゥーーーーっ はああああああ!!」

[ マリベルは ぜんしんを ふるわせ つめたく かがやく いきをはいた! ]

吐き出された息は船の後ろをみるみる凍らせ、海上に大きな氷の壁を作り出した。

*「ひえええ!」

目の前で人間離れした技をやってのける少女に恐怖すら覚え、急激に温度の下がった船上では漁師が思わず悲鳴を上げる。

マリベル「アルス! もっと早く 進めないの!?」

そんなこともお構いなしに少女は船首で風を操る少年に向かって叫ぶ。

アルス「これ以上は無理だ!!」

一方の少年も精神を集中させて追い風を起こし続けるが網にかかった獲物の重みのせいか思うように船の速度は上がらない。そうこうしている内に再び黒い影が現れ、あっという間に開いた距離を詰めてくる。

マリベル「やるしかないわね… アルス! 迎え撃つわよ!」

アルス「わかった!」

もしもの時のために用意してきたグリンガムの鞭とオチェアーノの剣を握りしめ、船員を非難させて身構える。

*「…………………。」

船の横まで付けてきた影が消え、一瞬の静寂が訪れる。

アルス「……来る!」

こうして魔物の群れを追い払うべく、“最後の戦い”以来“最初の戦い”が幕を開けた。
68 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:34:54.52 ID:egR44K5f0
まず甲板に飛び込んできたのは先ほどの黒い影の正体だった。

*「ぐうおーん!!」

マリベル「キルゲータ……!」

堅い甲羅に鋭い牙を持つこの海亀の化け物は陸上でも素早く移動してくる厄介な相手ではあったが、経験を積んだ二人にとってはもはや敵ではなかった。
少女が鞭で数体を縛り上げるとすかさず少年が拳で何度も殴りつけ、いとも容易く甲羅を砕いていく。
ものの数秒でけりが付き、魔物たちはあっという間に沈黙して甲板に転がった。

マリベル「次が 来るわよっ!」

再び海面を見やると体を大きく膨らませた八本足の怪物が少年たちを押しつぶそうと飛び込んできた。

アルス「ダゴンか…!」

*「うぞぞぞ……!」

寸でのところで少年は獲物を抜きその体を受け止めると、剣先に灼熱の炎を纏わせる。
相手がたまらず力を緩め仰け反る瞬間を見逃さず少年は大きく切り払い数本の足を吹き飛ばす。

*「ほ ほふうっ…!」

強烈な一撃に体勢を崩しよろける軟体の化け物だったが、紫色の体を大きく膨れ上がらせると、落とされた筈の足がみるみる生えてきた。

マリベル「しつこいのよっ! このタコスケ!」

そんな光景をみすみす見逃すはずもなく、少女は再生中のそれの足を鞭で絡めとり引き倒すと、
宙へと大きく飛び上がりその反動で怪物を船外へと投げ飛ばす。

マリベル「きりさけーっ!!」

そのままバタバタ足を動かしながら宙を舞うそれに幾重もの空気の刃を飛ばし、あっという間に切り身にして海へと還してしまった。

マリベル「ふんっ 他愛ないわね。」

アルス「まだ だっ!」

少年が叫ぶと同時に船体が大きく揺れ、二人は思わずバランスを崩す。

マリベル「わわっ なに!?」

*「あんぎゃーす!」

けたたましい咆哮を浴びて振り向くとそこには青い鱗に身を包んだ巨大な水竜が首をもたげていた。

アルス「ギャオース…!」

マリベル「こいつっ…!」

強力な息吹に加え、その巨体で何度も突進されては船が危ない。
一刻も早く船体から引き離さなければあっという間に漁船は沈められてしまうだろう。

アルス「マリベル どいてっ!」

マリベル「!」

少女が身を翻し距離を取ると、少年は今にも息吹を吐き出そうとしているそれに向かって一直線に駆け寄ると、その顎下に狙いを定めた。

[ アルスは こしを ふかく おとし まっすぐ あいてを ついた! ]

*「あぎゃあっ!!」

渾身の正拳をもろに喰らい、その巨体は嘘のように吹き飛んだ。

アルス「…………………。」

少年は巨体が沈んだ先をじっと見つめ、敵の気配を探る。

すると少し離れた地点から巨大な水柱が上がり、再び姿を現した海竜が船側に向かって突進してきた。

*「ぎゃおおおおおす!」

マリベル「無駄に タフな やつね…!」
マリベル「でも これで終わりよ! 喰らいなさいっ!」

[ マリベルは メラゾーマを となえた! ]

少女がそう叫ぶと空中に巨大な火の玉が出来上がり、しぶきを上げながら接近する頭めがけて落下した。 

*「あぎゃああああっ!!」

身もよだつような断末魔を上げ、焼け焦げた体をひっくり返したまま、その脅威は遂にピクリとも動かなくなるのだった。
69 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:35:54.73 ID:egR44K5f0


マリベル「…………………。」


神経を研ぎ澄まして辺りの様子を探る。

海面はどこまでも澄み切り、波は元の静けさを取り戻していた。

アルス「どうやら 今ので 最後のようだね。」

そう少年が呟いた時。



*「「「うおおおっ!!」」」




それまで階段の下で息を潜めていた漁師たちが一斉に歓声を上げた。

*「すげぇ! 見たかよ 今の!」

*「わはははっ! こりゃあ 今回の旅は 銛の手入れが 少なくて 済みそうだな!」

ボルカノ「やるじゃないか 二人とも。さすがは 世界を救った 英雄なだけあるな!」
ボルカノ「あんなにいた 魔物の群れが あっという間に 片付いちまった。」

アルス「いやぁ…。」

父親の褒め言葉に少年は頭を掻いて俯く。

マリベル「当然よ トーゼンっ! あたしとアルスが いれば あんなの へでもないんだから!」

対照的に少女は腰に手を当て得意気な表情で漁師たちの輪の中で称賛を浴びている。

ボルカノ「一時は どうなるかと 思ったが これなら どこへ行っても 大丈夫そうだな。」

マリベル「任しておいて ボルカノおじさま! このあたしの手にかかれば どんな奴が 来ても スライム同然だわよ!」

ボルカノ「わっはっはっ! 頼りにしてますぜ。」
ボルカノ「……ところで スライムって なんですかい?」
70 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:38:07.09 ID:egR44K5f0

落ち着きを取り戻した船の上では甲板に散らばった魔物たちの残骸が処理され、今度こそ網を引く時がやってきた。

ボルカノ「よし 網をひけー!」

*「「「せーのっ!」」」

漁師の掛け声とともにリズム良く網が引き上げられていく。

アルス「ふんぬっ!」

マリベル「そーれっ!」

少年と少女は作業着を汗で濡らしながら一心に網を引いてゆく。
いくら巨大な魔物を吹き飛ばす力があるとはいっても、二人にとってそれが重労働であることには変わりなかった。

*「お 網が見えてきたぞ!」

アルス「くぅ… お 重いぃい!」

ボルカノ「しっかりしろ アルス。そんなんじゃ 獲物は 引き上げられないぞ!」

アルス「は はい!」

父親の檄を受け、少年の全身に力が入る。
なんとか網全体を引っ張り上げると、そこには見たこともないような奇怪な魚たちがかかっていた。

ボルカノ「ふむ まあまあ だな。」

*「お目当ての奴も それなりに 入っているし ひとまずは 成功ってとこですかね。」

マリベル「しかし ずいぶん 薄気味悪いのが 入っているのね。」
マリベル「これなんて ぶにぶにしてて 気持ち悪い……。」

ボルカノ「わっはっはっ。深海の魚ってのは 変わったやつが 多いんです。」

曰く、以前少年たちが旅をしていた際にも何度かこの海域で漁をしたことがあったそうだが、
その時の収穫を島に持ち帰っても皆気味悪がって誰も買い付けなかったのだとか。

しかしコスタールで味わったように、見た目は少々難ありでもコクのある味わいが楽しめるとあれば
今まで食わず嫌いしていた人たちも食べるようになるであろう。

そんな思惑から漁師たちは獲れた魚たちをすべて処理することにしたのだった。
71 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:39:42.78 ID:egR44K5f0

比較的小さな個体を何匹か持って少女が調理場へと向かっていった後、
漁師たちは魚を捌いて天日干しにし、現在は網に絡まった海藻やらゴミやらを取り除く作業に取り掛かっていた。

ボルカノ「しっかし まだ この辺の海には かなり強力な 魔物が 生息しているみたいだな。」

先ほどの魔物による襲撃を思い出し漁師頭が浮かない顔で言う。

アルス「そうだね……。魔王がいなくなって 少しずつ 減ってきてはいると思うんだけど。」

少年の言う通り魔王の影響がなくなった今、凶暴な魔物たちはその数を減らしつつあるという報告が入ってきており、
漁を行うという決定もそんな報せを聞いた網元が下したものであった。

しかし実際に相対してみるとその脅威は予想を遥かに超えるものがあった。
ある程度は漁師たちも自分の身を守る術を会得しているとはいえ、少年と少女がいなければ今頃どうなっていたか分からない。

ボルカノ「コスタール王に 安全保障を 取り付けたのは 正しい判断だったかもな。」
ボルカノ「まったく マリベルおじょうさんには 頭が 下がりっぱなしだぜ。」

アルス「本当にね。」

ボルカノ「おまえも 良い嫁さんを 貰ったもんだ。あ いや 婿に行くんだったか?」

アルス「えっ!?」

突然父親の口から飛び出してきた言葉に少年は思わず飛び退く。

ボルカノ「知らないとでも 思ったか?」

アルス「……もしかして あの晩 見てた?」

ボルカノ「見てた? じゃねえ。見せつけてくれたのは どこの 誰だ?」

アルス「うぐっ…。」

ボルカノ「わっはっはっ。孫は 最低でも 二人はほしいもんだ。」

意地の悪そうな笑顔で父親は高らかに笑う。

アルス「と 父さんっ!」

ボルカノ「それはさておき アルス。」

少年の講義をかわすように父親は真面目な顔に戻ると、息子にとあることを提案する。

ボルカノ「今後のことを 考えると 一回 王様のところに 行ったほうが いいと思うんだが おまえは どう思う?」

アルス「……うん。フォロッド城に着いたら 一度 グランエスタードに 飛んだほうがいいかもしれないね。」

ボルカノ「また じゅうたんを 使うのか?」

アルス「いや 今度は もっと 早い方法があるよ。ただ……。」

ボルカノ「ただ なんだ?」

アルス「人によっては ちょっと 気分が 悪くなるかも。」

ボルカノ「へえ なんだか知らんが とんでもない 方法みたいだな。」

アルス「慣れれば 便利なんだけどね。」

ボルカノ「楽しみに しておくか。」

72 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:41:44.80 ID:egR44K5f0
そうして日も暮れた頃、昼間捕れた深海魚が煮つけや刺身、塩焼きとなって食卓に並び、
それぞれの味や触感についてあれこれ感想を述べあった後、明日の予定について会議が開かれていた。

ボルカノ「まず フォロッド城の 南方に位置する港についたらアルスとオレで 
一度グランエスタードに戻って 今回の魔物の襲撃や コスタール王との締約について バーンズ王と話してくる。」

アルス「移動は 一瞬で済むので みなさんは 先に 城へ行ってください。ぼくたちも 話が終わり次第 直接 城に行きます。」

ボルカノ「着いたら 城をブラブラ しててもいいが できるなら そっちの王に謁見を 申し込んでおいてくれ。」 

*「ウス!」

アルス「マリベルは どうする? ぼくたちと 来る?」

マリベル「そうねえ 言い出しっぺは あたしだから あたしが 直接 王様に報告するのが 筋ってもんよねえ……。」

ボルカノ「でもそうすると フォロッド王の 顔見知りが誰も いなくなりませんかね。」

マリベル「それも そうですね…。」

アルス「…………………。」
アルス「大丈夫だよ マリベル。王様には僕から 言っておくから。」

マリベル「あら そう? じゃあ あたしは 先に 行くとしようかしらね。」

ボルカノ「他に 何かある奴はいるか?」

*「…………………。」

ボルカノ「…決まりだな。 よし 会議は終わりだ。各自 持ち場に戻ってくれ。」

*「「「ウス!」」」

73 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:43:38.37 ID:egR44K5f0

やがて夜も深まり、月が煌々と海面を照らす中、少年と少女は食堂の卓を囲んで何やら話し合っていた。

アルス「…どう 思う?」

響き渡る料理人たちのいびきの間を縫うようにして少年が小さく呟く。

マリベル「どうって 魔物のこと? そうね… あれから 日も浅いし まだまだ 出てきても おかしくはないと 思うけど?」

アルス「そう。そうなんだけどさ。」
アルス「本当に 魔王が 倒れただけで 魔物たちが いなくなるのかなって。」

マリベル「…ははん なるほどね。」
マリベル「言われてみれば そうよね。魔王も神も いないと思われていた時だって しっかり魔物は 存在していたし 襲ってきてたものね。」

アルス「うん。」

マリベル「でも まあ 少なくとも 凶暴な連中は 魔王が復活してから でてきたわけだし
 その魔王が いなくなった今 そいつらがいなくなるのは 時間の問題なんじゃないの?」
マリベル「今いる奴らが どう いなくなるのかは 分からないけどね。これ以上増えないっていうことは 確かなんじゃないかしら。」

アルス「もし 全然 減らなかったら?」

マリベル「もう ネガティブねえっ。その時は また あたしたちで ぶっ飛ばしてやれば いいじゃないの!」

そう言って少女は握り拳を少年の鼻面に突き出す。

アルス「…………………。」
アルス「は…はははっ!」

マリベル「…何よ なんか 文句でもあるの?」

アルス「ううん 違うんだ。やっぱり マリベルは マリベルだなって。」

怪訝そうな顔で睨む少女に少年は涙を拭きながら笑ってみせる。

マリベル「なによそれ〜。バカにしてるの?」

アルス「褒めてるんだよ。やっぱり マリベルはこうで なくっちゃね。」

マリベル「…………………。」

アルス「……ありがとう 安心したよ。」
アルス「うんっ。その時は また ぼくたちで がんばろう。」

マリベル「……わかれば よろしい。」

そんな少年の頷きに少女は満足げに口角を上げる。

マリベル「さてっ あんた 交代まで 時間あるんでしょ? 何かあったら 起こしてあげるから もう 寝たら?」

そう言って少女は少年のハンモックを指して目配せする。

アルス「マリベルは まだ 寝ないの?」

マリベル「お生憎サマ あんたと 違って 体力が 有り余ってるのー。」
マリベル「ほらっ わかったら さっさと 寝なさいな。」

アルス「う うん…。おやすみ マリベル。」

半ば強引に背中を押される形で、少年は戸惑いながらも少女の指示に従い横になるのだった。

74 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:44:41.84 ID:egR44K5f0

*「あれ マリベルおじょうさん そんなところで 何やってるんです?」

少年が眠ってからしばらく経った頃、一人の漁師が自分の役割を終えて食堂へと戻ってきた。

マリベル「…ん? あ ええ……。ちょっとね。」

*「……アルスが どうか したんですかい?」

漁師は眠っている少年の顔を見て不思議そうに尋ねる。

マリベル「ううん べつに。ただ 間抜け面だなー と思ってね。」

*「はあ… それより そろそろ そいつを 起こさなきゃ ならないんですが。」

マリベル「あら もう 交代の時間?」

*「へえ。」

マリベル「あっそう。邪魔したわね。」

そう言って少女は少年の元を立ち去ろうと足を踏み出す。

*「おじょうさんも お休みに なりますか?」

マリベル「ええ さすがに 今日は 疲れたわ。万が一のことがあったら と思って 起きてたんだけど もう 大丈夫そうね。」

*「さすがは マリベルおじょうさん。 おれたち 頭が 下がりっぱなしでさぁ。」
*「ゆっくり おやすみになってくだせえ。」

マリベル「ありがとっ ふあぁ… おやすみ〜。」

そう言って少女は眠気眼をこすりながら自分の寝床のある調理場へとゆっくり歩いていくのだった。
75 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:46:39.34 ID:egR44K5f0

*「おい アルス 起きろ。交代の時間だぞ。」

アルス「……んん…はい…。」
アルス「あれ マリベルは?」

少年は辺りを見回し先ほどまでここにいた少女の姿を探す。

*「おじょさんなら ついさっきまで おまえの 寝顔 見てたみたいだけど おれが来て すぐに おやすみになったよ。」

アルス「そうですか……。」

*「じゃあ おれはもう寝るから あと 頼んだぜ。」

アルス「はい お疲れ様です。」

漁師が上階に消えてまもなく船内に響くいびきが一人分大きくなった。
少年は身支度を済ませると調理場と食堂を隔てる扉をゆっくりと開き、簡素な間切りの奥で小さな寝息を立てている少女のもとへとやって来た。

アルス「…ずっと 起きててくれたんだね。」
アルス「疲れてただろうに。ありがとう… マリベル。」

そう呟くと眠る少女の頬にそっと口付けを落とし、少年は自分の持ち場へと戻っていった。



マリベル「…ん…… あるす……。」



少年の去った部屋の中、幸せそうに眠る少女をそっと波の子守歌が包み込んでいくのだった。






そして……

76 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:47:12.22 ID:egR44K5f0





そして 夜が 明けた……。





77 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 11:53:57.56 ID:egR44K5f0
以上第3話でした。

「おはよう ございます。ゆうべは おたのしみでしたね。」

…………………

今回から漁が始まります。
自分は極たまに海釣りこそしますが漁師でもなんでもないので
ここら辺の知識についてはからっきしです。

お話を書き起こすにあたって一番苦労したのがこの漁の描写と船の構造です。
現代の漁でさえ知識が乏しいのに加え、ドラクエの世界ではまだ機械のない帆船での漁なので、
正直右も左もわからない中なんとか資料を漁って手探りで書いております。

アルスたちの乗る漁船も「アミット号」と名付けてありますが、そもそもそんな名前は原作には出てきません。
うろ覚えですがどなたかのサイトを拝見した時に偶然見つけた名前をそのまま頂戴した形になります。
実際、網元の名前がアミットなのだからそういう名前になるのはあり得そうな話ですが。

そしてこの漁船、船を操作するための舵輪どころか舵柄も見当たりません。
PS版だと船尾の辺りに船乗りが配置されている描写があるのですが何かを操っている様子は見えません。
(3DS版に至っては段差の関係で漁師が船尾に回る描写すらない!)
完全に帆の調整だけで操舵していたかと思うといかに航海が大変なものだったか見えてくるような気がします。
…実際は描写を削っているだけで本当はあるのかもしれませんが。

◇ちなみにこの「漁船アミット号」についてはこんな風に決めてあります。

・寝床
一階
船首:ボルカノ・モリ番・漁師・漁師

二階
食堂:アルス・漁師・飯番・コック長
厨房:マリベル(簡単な間仕切りでスペース確保)

・操舵室はない。
・操舵輪も舵柄もない。
・移動速度はそこまで速くない
(※マール・デ・ドラゴーン)
(→フィッシュベル沖からダーマまで一晩)
(→本気を出せばアミット号の二倍くらい?)
・トイレは一階、甲板に続く階段の辺りの樽に(甲板の船首にはトイレが設けられていない)

…………………

アルスとマリベルの漁中の作業着については3DS版の「ふなのり」の恰好をイメージしていただければ結構です。


78 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 12:02:57.95 ID:egR44K5f0
第3話の主な登場人物

アルス
ダーマ神殿でつける職業はすべてマスター済みだが、
基本的には近接攻撃を中心に戦う。

マリベル
同じく職業はすべて極めている。
基本的にはムチや呪文など、中〜遠距離攻撃を中心に戦う。

ボルカノ
漁の指示を出すのはボルカノの役割。
戦闘に関して経験はないものの、魔物に囲まれようが立ち向かう姿勢を見せる。

漁師たち
抜群のチームワークで手際よく漁を行う。
鍛え抜かれた肉体は、ちっとやそっとでは疲れを知らない。
戦闘に関しては素人だが、いざとなれば戦う覚悟がある。
79 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/25(日) 12:09:32.56 ID:egR44K5f0
今回は少し短めのお話でした。

あの魔物たちとの邂逅がいったいどんな意味をもっていたのか、
それは今後の物語で明らかにしていくつもりです。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/25(日) 22:58:32.25 ID:F1LYiOiGo
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/26(月) 17:18:09.12 ID:9165da0Po
魔物退治より漁の方が大変そうwwww
82 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:06:22.34 ID:PzmFtaYD0
>>80
ありがとうございます!

>>81
慣れないことはどんなことだって大変なのです。
83 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/26(月) 19:08:44.38 ID:PzmFtaYD0





航海四日目:人の心




84 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/26(月) 19:10:27.75 ID:PzmFtaYD0

ボルカノ「よし 昨晩言ったとおり 今日はしばらく 別行動だ。」
ボルカノ「お前ら 道中 魔物に襲われても マリベルおじょうさんに 頼ってばかり いるんじゃねえぞ!」

*「「「ウース!」」」

あくる朝、ゆるやかな北西の風が吹き続けたおかげでアミット号は無事にフォロッド城の南に到着していた。
簡易的な船着き場と番兵が二人いるだけの小さなそれだったが、要件を伝えると快く見張りを引き受けてくれた。
曰く、彼らは意識を取り戻したときには既にここにおりあまり事態を呑み込めていないようだった。
しかし魔王が倒れたことを伝えると安堵の表情を浮かべ、英雄との出会いを素直に喜んでくれたのだった。

アルス「それじゃ 行ってくるね。マリベル 身の危険を感じたら ルーラで すぐに飛んできてね!」

マリベル「わかってるわよ。アルスこそ 王さまの前で 失礼のないようにするのよ。」

アルス「うん。それじゃ 父さん ぼくに つかまって。」

ボルカノ「こうか?」

アルス「行くよ!」

[ アルスは ルーラを となえた! ]

マリベル「アイラに よろしくねー!!」

少年は頷くとするとふわりと体を浮かせ、父親を連れて遥か彼方へと飛んで行ってしまった。

その後には黄色く光る羽の美しい軌跡だけが残されていた。

マリベル「さて あたしたちも 行くとしましょうか。まずは そこの丘を 右から 迂回するわよ。」

*「「「おおーっ!!」」」

そして少女たちも堅牢な壁に囲まれた若き王のいる城へと歩き出すのであった。
85 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:13:09.14 ID:PzmFtaYD0

ボルカノ「わっはっはっ! 今のが ルーラってのか なかなか 楽しいじゃねえか。」

アルス「父さんは すごいや。普通の人だったら 間違いなく 酔ってるはずなのに。」

ボルカノ「海の男を なめちゃ いけねえぜ アルス。これぐらい 朝飯前よ。」

そうやってしばしの間久しぶりに親子水入らずで城下町を歩いていく。

アルス「……久しぶりだね こうやって 二人だけで 歩くのって。」

ボルカノ「そういえば そうかもなあ。お前も オレも すいぶん バタバタ してたからな。」

少年はかつて揺れていた。
自分はマール・デ・ドラゴーンの総領の血を引いており、本当はこの漁師の父とは血のつながりがないことを知った時、
自分という存在が分からなくなり酷く悩んだのだった。

表ではなんでもないふりをしていて、実際は誰にも分かち合えない苦しみを一人で背負い込み、人知れず嘆いていた。

だが、魔王と戦うと決めた夜、それを打ち明けた時のことが彼を吹っ切れさせた。
この血のつながらない両親はこれまでどれほど自分を愛し、大切に育ててくれたか。
旅立つ息子の背中を押し、どれほど支えてくれていたか。
そしてこうして世界が闇に包まれる中、魔王を倒すと決意した自分をどれだけ誇りに思ってくれたか。

血のつながりなぞもはやどうでもよかった。
確かにかの総領と人魚姫は自分の本当の両親だった。
彼らが大切な存在であることにはなんの異論もない。
だが、同じように本当の息子として育ててくれた豪胆な父も、すべてを包み込んでくれる恰幅の良い母も、
少年にとっては本当の両親に変わりなかった。

彼は心底自分が幸せ者だと思った。自分のことを案じ、誇りに思ってくれる存在が四人もいたのだ。


“自分は誰よりも恵まれている”


それが彼にとっての誇りだった。こうした巡り合わせをもたらした水の精霊に、
そして今、こうして父と二人で歩けることに、少年は深く感謝するのだった。

アルス「父さん…。」

ボルカノ「ん? どうした?」

アルス「ありがとう。ぼくを…。」
アルス「ぼくを……。」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「っは! 礼なら オレを超える 漁師になってから 言いやがれってんだ!」

そういう父の顔は晴れ晴れとしていたが、その声は本人にしかわからないくらいほんの少しだけ、ほんの少しだけ震えていた。
86 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:18:09.52 ID:PzmFtaYD0

*「ややっ! これはボルカノどのに アルスどの。アミット漁に 行っていたのでは?」

城下町の端までたどり着いた時、警備をしている兵士が二人に気付き駆け寄ってきた。

ボルカノ「そのことで 大事な 話が あるんだ。王様に 取り次いでくれ。」

*「はっ!」

要件を伝えると兵士は一目散に城へと走り出し、二人が息をつく間に戻って来た。

*「ふぅ… 話は通しておきましたので どうぞ えっけんの間まで お進みください。」

ボルカノ「悪ぃな。」
87 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:18:57.30 ID:PzmFtaYD0

こうして漁師の親子は彼らに任を与えた本人であるグランエスタード王のもとへとやってきた。
そこにはかつて永遠の時を隔たった親友の子孫として王族に迎え入れられたユバールの踊り子と、国を取り仕切る王が待っていた。

アイラ「アルスじゃない! それに ボルカノさんまで!」

アルス「こんにちは 王さま アイラ。」

バーンズ王「よく来たな ボルカノ それに アルスよ。漁の途中にもかかわらず 大事な用とは いったい どうしたというのじゃ。」

ボルカノ「はい それが…。」

[ アルスとボルカノは これまでの いきさつを 話した。 ]

バーンズ王「そうか… 確かに マリベルの 言うとおりだな。」

アイラ「それじゃあ まだ 海では 凶暴な魔物が 暴れているのね…。」

アルス「そうなんです。」
アルス「コスタールからは じきに 使者が やってくるかと思います。」

ボルカノ「これから まだ 多くの国や町に 回る予定ですからな。
王様が お書きになった書状にも 安全保障の件を 追記されたほうが あとあと 面倒ごとにならずに 済むかと思います。」

するとしばらく考える素振りを見せた後、王は納得したように頷いてみせた。

バーンズ王「うむ わかった。そういう状況とあらば いたしかたない。」
バーンズ王「では 書状を。」

ボルカノ「はっ。」

[ ボルカノは 残りの締約書を 手わたした! ]

バーンズ王「書き終わるまで しばらく かかる。それまで 暇でもつぶしていてくれ。」

アルス「はい。」
88 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:21:25.92 ID:PzmFtaYD0

父は城にいる友人と話してくると言いどこかへ行ってしまったため、
少年は戦友と共にこの城に住まうもう一人の王女のところへやってきていた。

リーサ姫「…アルス!? アミット漁はどうしたの?」

少年を見た姫は驚いた様子でパタパタと駆けよってくる。

アルス「こんにちは リーサ姫。実は……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

リーサ姫「そう… そんなことが あったのね。」

アイラ「やっと 平和な世界を 取り戻したと 思ったのに まだ そんな脅威が 残っていたなんて……。」

王女は視線を落とし浮かない顔で言う。

アルス「うん。まだ 魔物とは 一度しか 遭遇してないけど これから先 まだまだ 戦わなくちゃ いけないかもね。」

リーサ姫「アルスとマリベルに 何かあったら 大変なんだから 十分 気を付けてね。」

アルス「はい ありがとうございます。」

アイラ「……ところで アルス。その後 マリベルとの仲は どうなの? うふふ。」

王女は悪戯な笑みを浮かべて後ろから少年の肩を掴む。

アルス「えっ そ それは……。」

リーサ姫「あ わたしも 気になる! どうなの アルス! どこまで いったの!?」

口ごもる少年にもう一人の王女も興味津々といった様子で詰め寄る。

その目はらんらんと輝いていた。

アルス「う… 話さなくちゃ ダメですか……?」

リーサ姫「王女の 命令は…。」

アイラ「絶対 なのよ。うふふ。」

アルス「…………………。」
アルス「…実は……。」

楽しそうに笑う二人の王女に挟まれ、少年は観念してこれまでのことを白状するのだった。
89 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:23:55.21 ID:PzmFtaYD0





アイラ「ええーーーーっ!」





リーサ姫「キャーー! ちゅーして 抱き合った ですって!!」






アルス「二人とも 声 大きいですよ……。」






*「リーサさま アイラさま どうなさいましたかっ!」






突然の大声に扉の前で控えていた衛兵が血相を変えて飛びこんてくる。

アイラ「ああ ごめんなさい なんでもないのよ!」

*「はあ……。」

いまいち納得できていないのか、衛兵は気の抜けた返事をして再び扉の向こう側へ戻っていった。

リーサ姫「いけない いけない。フフッ!」

アルス「二人とも 驚きすぎですってば。」

アイラ「だって あんなに 進まなかった 二人の仲が この数日で こんなに進展してるんですもの。そりゃあ 驚くに 決まっているじゃない。」

元踊り子の王女はクスクスと笑う。

アルス「そんなこと 言われてもなあ……。」

リーサ姫「でも 素敵ね〜。」
リーサ姫「あーあ いいな 二人とも。あたしも 焦がれるような 恋がしてみたい……。」

そう言って姫は両手を握りしめ天を仰ぐ。

アイラ「そうねえ 王族ってだけで 色目使われたりするのは 嫌だものねえ。」

アルス「二人とも いい人は まだ いないんですか?」

アイラ「うーん 強いて言えば アルスくらい だったけど…。 そうねえ……。」

事実か冗談かはさておき、王女は思案するように顎に指を当てて黙り込む。

アルス「……?」

リーサ姫「わたしは まだ かなあ。外に出ていけば 出会いが あるのかもしれないけれど。」

王女の言葉に城下町に住む若者を思い浮かべる少年だったが、女ったらしのよろず屋の青年や広場にいる弱虫の青年の顔にこの国の将来を思いやるのだった。

アルス「リーサ姫。一度 諸外国へ 遊びに行かれたほうが いいかもしれません。」

リーサ姫「あら お城の外 じゃなくって?」

アイラ「……そうかもね。」

少年の言わんとしていることが分かってしまい、もう一人の王女は渋い頷で頷くのだった。

リーサ姫「……?」
90 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:27:11.53 ID:PzmFtaYD0

アイラ「ところで マリベルは どうしてるのかしら?」

この話はこれ以上していてもどうしようもないと考えた王女が今はここにいないもう一人の少女に話題を移す。

アルス「マリベルは 先に フォロッド城に 行ってるよ。」

アイラ「あら 大丈夫なの? 彼女一人で。」

アルス「ああ それなら 他の漁師の人たちが ついているから 大丈夫だよ。」

アイラ「うーん わかってないわねえ アルスったら。そういう意味じゃ ないのよ。」

アルス「えっ……?」

アイラ「はあ…… これじゃ もし 彼女に何かあっても 知らないわよ?」

アルス「それって どういう……。」


”コンコンコン”


その時、短い打ち付け音と共に扉の向こう側から衛兵が少年に呼びかけてきた。

*「アルスどの 準備が 整ったようです。王様のもとへ お急ぎください。」

アルス「あ…… はい!」
アルス「それじゃ 二人とも ぼくは これで!」

そう言い残し少年は扉を開けて階段を駆けあがっていった。

アイラ「……まったく。あの調子で これから 大丈夫なのかしら。」

リーサ姫「アルスのことだもん きっと うまく やるわよ。」

アイラ「ふふっ そうね。本当 マリベルが うらやましいわ。」
91 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:28:20.78 ID:PzmFtaYD0

*「っくしゅん……!」

遠い故郷では自分のことで話が盛り上がっているなどつゆ知らず、
少女は体の不調からくるものではない不自然な悪寒を覚え、たまらずくしゃみをする。

*「大丈夫ですか マリベルおじょうさん。潮風が お体に 障りましたか?」

マリベル「ううん 大丈夫よ。それより ほら 城が見えてきたわよ。」

そう言って少女が指さす先には堀に囲まれた高い城壁がそびえ立っていた。

*「あれが フォロッド城… なんだか 砦みたいっすね。」

マリベル「はたから見たら そう思うかもねえ。」

*「……やけに 静かですね。」

マリベル「……………変ね。」

漁師の言葉に耳を澄ましてみると確かにそこには不自然な静寂が漂っていた。

マリベル「…急ぐわよ!」

胸騒ぎを感じた少女は漁師たちを促し速足で城へと近づいた。

その時だった。



*「止まれ!」

*「そこを動くな!」



マリベル「えっ…!?」

突然の大声に振り向くと詰所の脇から重装備の番兵が現れ少女たちの行く手を阻んだ。

マリベル「な 何よ あんたたち。あたしたちは ここの王さまに 用があるのよ!」

*「うるさいっ! 貴様ら 魔王の手先だろう! こんな中 外から やってくる奴が 無事なわけあるか!」

マリベル「はぁっ? ちょっと 待ちなさいよ!」

*「黙れいっ おまえら こいつらを 取り押さえろ! 抵抗するなら 殺しても 構わん!」

尚も番兵は聞く耳を持たず、辺りは武器を構えた兵士たちに取り囲まれてしまった。

マリベル「何よ やる気なのっ!? それなら こっちだって…。」

*「マリベルおじょうさん こりゃ なんかの 勘違いですぜ。」
*「ここは大人しくしておいて 後で 誤解を解いたほうが得策なんじゃ…!」

負けじと臨戦態勢を取る少女の耳に銛番の男が小声で言う。

マリベル「むぅ… それもそうね。」
マリベル「わかったわ。抵抗なんてしないから さっさと 連れて行きなさいよ!」

そういって少女は手を上げて降伏の意思を示す。

*「よし しばって 牢にぶちこんでおけ!」

マリベル「ちょっと どうして そうなるのよっ!」

*「早く歩け! 命が惜しけりゃ 大人しくしてるんだな。
*「後で みっちり 拷問してやる。」 

*「ひいいっ!」

マリベル「…っ!!」
マリベル「まずい ことになったわね…。」

*「じょ じょうだんじゃねえぜ……!」

*「こんなところで 死にたくねえよぉ!」

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス……。」

少女はただ、遠くの空を見上げ少年の名を呼ぶ。

ここにはいない少年の名を。
92 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:30:03.80 ID:PzmFtaYD0

その頃、グランエスタード城の謁見の間では王が書き直した書状を受け取るため、漁師の親子が再び集まっていた。

アルス「………っ!?」

ボルカノ「どうした アルス?」

アルス「…いや なんでもない。」

バーンズ王「ふむ。待たせたのう 二人とも。流石に 数が多くて 手間取ってしもうたわい。」

ボルカノ「とんでもありません。」

バーンズ王「では これを。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を うけとった! ]

バーンズ王「では 頼んだぞ。」
バーンズ王「道中 気をつけてな。マリベルにも 礼を言っておいてくれ。」

アルス「はい 確かに!」

会合を済ませると少年は父親を急き立て城のテラスへ出ると、人目もはばからずに転移呪文を唱えた。

ボルカノ「おい どうしたんだ アルス。もうちょっと ゆっくりしていっても 罰は当たらないんじゃねえのか?」

アルス「そうかも しれないけど 何か 胸騒ぎがするんだ!」
アルス「もしかしたら マリベルの身に 何か…。」

ボルカノ「……よしっ 急ぐか。」

アルス「父さん……。」
アルス「うん! 行こう!」

そうして親子は再び黄色の軌跡を描いて南東の方向へと飛び去っていく。

後にはぽかんと空を見つめる人々だけが取り残されていたのだった。
93 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:32:53.79 ID:PzmFtaYD0

*「おい そこの お前たちっ!」

少年たちが城門の手前に着陸すると同時に再び重装兵が槍の切っ先を向けて威嚇してきた。

*「貴様らも 魔王の手先か!?」

アルス「ぼくたちは グランエスタードからの使いです。」

*「なにぃ? 証拠を見せろ 証拠を!」

ボルカノ「こちらに。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 手わたした! ]

*「…………………。」
*「むむっ これは 確かに。いやいや 失礼しました。」

アルス「ふう……。」

*「我が国も 魔王の襲撃を 受けたばかりでしてな。こうして 厳戒態勢を 敷いているのです。」
*「どうぞ ご無礼を お許しください。」

ボルカノ「わかってくれりゃ それで いいんだ。」

*「ささっ では こちらへ。」

そう言って番兵は近衛兵を呼ぶと少年たちを任せて城門へと戻っていった。
94 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:34:47.77 ID:PzmFtaYD0

アルス「…………………。」
アルス「……静かすぎる。」

城の中は異様な静けさに包まれていた。

父親の方もそれを察知してかどこか落ち着かない様子で辺りを見回している。

*「こちらにございます。」

謁見の間までたどり着いたところで近衛兵は二人を止めると、奥に座る人物に来客を告げる。

*「王様 グランエスタードより 使者がお見えです。」

*「うむ 通してくれ。」

*「ははっ!」

王の承諾を得た近衛兵は再び二人のもとへやってくると、一言だけ挨拶を述べて階下へと戻っていった。

*「では 私はこれで。」

アルス「どうも。」
95 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:36:12.49 ID:PzmFtaYD0





*「おお そなたは アルスでないか!」





声の方へ振り向くとそこにはカラクリの開発に熱を上げていた若き王が立っていた。

アルス「王さま ご無沙汰しております。ご無事で なによりです。」

フォロッド王「はっはっは! まさか エスタード島からの 使者が そなたであったとはな。驚いたよ。」
フォロッド王「……して そちらは?」

若き王は少年の隣に立つ大柄の男に尋ねる。

ボルカノ「ボルカノと 申します。 アルスの父で エスタード島の漁師をしております。今回は バーンズ王の命により まいりました。」

フォロッド王「なんと アルスのお父君で あったか。これは これは。」
フォロッド王「わたしは 若造ながらここの王をしている者だ。どうぞ よろしく。」

ボルカノ「ははっ。」

フォロッド王「ろくな 歓迎もできず 申し訳ない。」
フォロッド王「なにせ つい先日まで我々は 魔王によって どことも 分からぬ 空間に 閉じ込められていたのでな。」
フォロッド王「城の者も ピリピリしているのだよ。」

アルス「……そのことなのですが 魔王は滅びました。」

フォロッド王「何! それは まことかっ!」

少年の言葉に若き王は身を乗り出して驚きを顕にする。

ボルカノ「ええ こいつが 奴に 神サマとやらに代わって 鉄槌を下してくれたんです。」

フォロッド王「そうか… そうであったのか。」
フォロッド王「我々が 解放されたのは 魔王がいなくなったからであったか。もしや とは 思ったが…。」

二人の言葉に合点がいったのか、王は腰を深く落とし目を伏せる。

アルス「ぼくたちは 平和になった今 こうして 漁をしながら 世界中を 回っているんです。」

ボルカノ「それで 私たちの 王から 書状を 預かっております。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 手わたした! ]

フォロッド王「…………………。」

手渡された締約書に目を通しながら王は険しい表情で呟く。

フォロッド王「なるほど 海には 未だ 魔物が 出るか。確かに 交易を 行う以上 野放しには しておけぬな。」

アルス「…………………。」

フォロッド王「あい わかった。それでは 後日 グランエスタードに使いをよこそう。」

ボルカノ「ありがとうございます。」

フォロッド王「いやいや 礼を言わねば ならんのは こちらの方だ。こうして 生きていられるのは アルスや その仲間の おかげなのだからな。」

深々と礼をする少年の父親に王は年相応の爽やかな笑顔で応えてみせる。

アルス「……そういえば ぼくらの 仲間が 先に こちらに 到着しているはず なのですが…。」

少年は辺りを見回し、少女たちの姿がないことに気付く。

フォロッド王「む? そうなのか? 報告では 魔王の手先が現れたとしか 聞いておらぬがな。」

アルス「魔王の手先?」
96 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:38:19.28 ID:PzmFtaYD0



*「おい 大人しく 白状したら どうなんだ!」



マリベル「だから あたしたちは 魔王の手先 なんかじゃないって 言ってるでしょうが!」

少年たちが王と会談しているころ、城の地下室では少女が壁に縛り付けられ番兵に囲まれていた。

*「まだ そんな戯言をぬかすか!」

*「証拠を見せい 証拠を!」

マリベル「だから 証拠なら アルスたちが すぐに 持ってくるって……。」

*「なんなんだ さっきから アルス アルスって。」

*「ふん はぐらかそうったって そうは いかねえぞ。」

*「これ以上 白を切る つもりなら こっちにも考えがあるぜ。」
*「おい。」

そう促すと番兵たちは廊下から縛られた漁師たちを連れてきた。

*「うぐぅ… ま マリベルおじょうさん…!」

マリベル「みんなっ!」

*「こいつら 一人ひとり これから 拷問にかけてやる。」

*「おじょうさん! おれたちの ことは 構わねえ! 早く アルスのところへ!」

*「黙れい! 余計なこと言うと こうだぞ!」

*「ぐあああっ!」

番兵の一人が手に持った鞭で容赦なく漁師の体を叩きつける。

*「お前から 絞ってやろうか? うん?」

マリベル「やめて!! みんなには 手を出さないで!!」

*「ほう では お前からで かまわないと 言うのか?」

醜悪な笑顔を浮かべて男が詰め寄る。

マリベル「……その変わり みんなをここから 解放しなさい。」

*「…いいだろう。おい そいつらを 連れてけ。」
*「くれぐれも 王様や 兵士長の お目汚しには ならないようにな。」

*「はっ。」

コック長「マリベルおじょうさんっ!!」

*「おう コラ 離せ! おじょうさんに 手ぇ出したら タダじゃ おかねえぞ!」

番兵たちのリーダーと思わしき男が指示すると、漁師たちは立たされ再び廊下の向こう側へと連れていかれた。
97 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:40:30.53 ID:PzmFtaYD0

*「ふん。どうせ あいつらは たいした情報は もっていないんだろう?」

マリベル「たいしたも 何もないわよ! 本当に 手を出さないんでしょうね。」

*「お前さえ 大人しく 吐けばな。」

マリベル「だから あたしたちは……。」

*「…この期に及んで まだ 言うか。」
*「ならば 体に聞くと しようじゃないか。」

マリベル「……暴力で 吐かせるつもり?」

*「別に 痛めつけても 構わんが 幸い おまえは 上玉だからな。」
*「もっと 違う方法で 聞くとしよう。」
*「……おい。」

男が目くばせをするとそれまで少女の体をがっちりと掴んでいた腕が離れる。

マリベル「…ひゃうっ!!」

突然の感触に首を動かすと先ほどまで足首を掴んでいた番兵が少女の脚をまさぐっていた。

マリベル「ちょ ちょっと あんた 何するのよ!」

脚に加えて今度は別の男が腰のあたりをいやらしい手つきで撫でまわす。

マリベル「ど どこ触って…! きゃあ!」

脚を触っていた番兵の手が少女のドレスの裾をまくり始める。

マリベル「い…いい加減しなさい!」

そう叫んで少女が呪文を詠唱しようとした瞬間。



マリベル「…がっ… かはっ…!」



男が少女の腹を思い切り殴りつける。

*「おっと 呪文なんて 使われた日には こっちが 危ないんでな。」
*「ほれっ これでも 浴びるんだな!」

マリベル「ど 毒蛾… ぐっ… ううう…。」

思考が鈍り、腹に受けた衝撃で少女の目の前が霞んでいく。

“ああ…自分はこんなところで穢されてしまうのか”

そんな嘆きを他所に目の前の男たちはにたにたと嗤う。



マリベル「ア…ルス… 助け…て……!」


98 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:43:47.56 ID:PzmFtaYD0




*「脱走だっ! えいへーい!」




城の中に番兵たちの叫び声が響き渡る。

フォロッド王「な 何事だっ!?」

突然の事態に王が立ち上がり扉の先を見据えた時だった。



*「アルス!! ボルカノ船長も!!」



勢いよく扉が開かれ、アミット号の漁師たちが謁見の間になだれ込んできた。

*「マリベルおじょうさんが あぶない!」

アルス「っ!!」

ボルカノ「お おい アルスっ!」

*「うわっ!!」

父の静止も聞かずに少年は衛兵たちの間をかき分け、漁師たちの来た方へ疾風の如く飛び出していった。

ボルカノ「お前たち いったい 何が あったんだ!」

*「それが ここに来て すぐに 捕まっちまって。弁解しても ちっとも聞いてもらえねえで……。」

*「あいつら オレたちが 魔王の手下だとか言って 拷問に かけようとしたんでさぁ!」

*「おれたちを 逃がそうとして マリベルおじょうさんは……!」

フォロッド王「なに マリベルだと!? これは 大変なことになった!」

ボルカノ「おい おじょうさんのところへ 案内してくれ!」

*「「「ウス!」」」

こうして船長と王は漁師たちに連れられ、少年の後を追って駆けだしたのだった。
99 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:46:52.65 ID:PzmFtaYD0



マリベル「…っ………ぐっ…。」



力の入らない体をなんとか弄ばれまいと少女は必死に抵抗した。
だがその度に容赦ない暴行を受け、遂にぐったりと項垂れ、大粒の涙が床を濡らしていった。

*「ほれほれ どうした。もうギブアップか。」
*「さっさと吐けば これ以上 痛いことはしないぜ。」

*「もしかしたら はじめてで 痛むかもしれないけどなあ がっはっは!」

マリベル「だれ…が… あんた…たち なんか…に……。」

朦朧とする意識の中、少女は独り言のように小さく呟く。

*「ああ? なんだって?」

*「アニキ もう やっちゃいましょうよ。どうせ 吐きやしないんですから。」

*「むっ それもそうだな。」
*「どうせ あの連中も 今頃 さらし首に なっている頃だろうしよ。」

マリベル「なっ……!?」

*「これで 魔王の手下をやったと言えば 手柄は 間違いないぜ。」

マリベル「あん…た たち… さいしょ…から…っ!」

自分が身代わりとなって助けたと思った漁師たちが結局は殺されていた。

そんな残酷な結末に打ちひしがれ、少女の体が、心が、絶望に染まっていく。

マリベル「いや… いや…。」
100 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:49:30.64 ID:PzmFtaYD0

アルス「…どうして……っ!!」

城を駆け抜けながら少年は酷く後悔していた。

”どうしてもっと早く気づけなかった”

”どうしてあの時船で待ってるように言わなかった”

”どうしてあの時自分と来るように言わなかった”

アルス「マリベル… 無事で いてくれ!」
















*「いやあああああああああっ!!」















アルス「…! そっちか!」

地下から響く悲鳴のもとへ、少年は稲妻の速さで階段を、そして長い廊下を走り抜ける。

101 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:50:15.92 ID:PzmFtaYD0




ボルカノ「…今の悲鳴は!?」

フォロッド王「地下牢だ!」

*「いそげ!」



102 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:53:27.63 ID:PzmFtaYD0



アルス「マリベルーーーーっ!」



少年が固く閉ざされた扉を蹴破ると、そこには少女を取り囲むようにして立ちはだかる男たちの姿があった。
その中心にいる少女の服は既にボロボロで、体には殴打の痕や真っ赤なみみずばれが見受けられた。

マリベル「…あ……。」

少女はその虚ろな瞳で少年を見つけるとそのまま意識を閉ざしてしまった。

*「なんだ 貴様は!」

*「扉には 厳重な施錠が されていたはず!」

アルス「…………………。」

*「……あ?」

アルス「ま……る……を…た。」

*「…なんだってぇ〜??」





















「マ リ ベ ル に 何 を し た あ あ あ あ あ あ あ !!」


















103 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:56:08.18 ID:PzmFtaYD0

少年が叫ぶと同時に凄まじい風が吹き込み、部屋全体を大きな揺れが襲う。

アルス「言え… そのコに何をしたんだ……!!」

真っ青な光を漂わせ、蒼白に染まったその瞳で男たちを睨みつける。

*「ひ ひぃ……!」

*「なんだこいつはっ 化け物か!」

あり得ない光景を目の前に番兵の一人がたまらず逃げ出そうとするも、少年にがっちりと首を掴まれ地面に叩きつけられる。

*「がはっ…!」

アルス「答えを 聞いてないぞ。マリベルに 何をしたかと 聞いてるんだ。」

*「何にも… 何もしてない! ただ…。」

アルス「ただ… なんだ? 抵抗する彼女を なぶり もてあそんでおいて?」

*「ひいい… お助けをっ!!」

アルス「誰が 許すと思うか こんなことを…!」

少年が軽く腕に力を入れると、ミシっという鈍い音が響き番兵は白目を剥いて泡を吹きだした。

*「うわわわ……!?」

また一人に手を伸ばし、片手で宙へ引っ張り上げる。

*「ま… 待て! 話せばわかる!」

アルス「ならば どうして 彼女の話を聞かなかった?」

そう言うと少年はそのまま壁に向かって番兵を思い切り投げつけた。

*「げうっ…!」

体全体でもろに衝撃を受けた男は意識を失い力なく体を横たえる。

104 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:57:25.38 ID:PzmFtaYD0
*「ち…違うんだ! おれじゃない! アニキに 命令されて 逆らえなかったんだ……!」

アルス「へえ…。」

往生際悪く言い訳を始めた最後の男を少年は無表情に見つめる。

*「な この通りだ! なんでも言うこと聞くから 見逃してくれよお!!」

なんとか命乞いをする男の言葉に少年はわざとらしく反応する。

アルス「そう なんでも 言う通りにしてくれるのかい。」

*「は はぃい…! 約束します!」

アルス「じゃあ 自分たちが 何を したか 言ってごらん。」

貼り付けたような笑顔で少年は問う。

*「は… そ そこの女性を 脅して 無理な質問をして 黙らせました……。」

アルス「…それから?」

*「そ それから… 体を触ろうとしたら 抵抗されたので… 少々…。」

アルス「少々…?」

*「そ その 少しだけ 手をあげました…。」

アルス「そっか。じゃあ どうして あんなに 服がボロボロなんだい?」

*「それは… そこの 鞭で……。」

アルス「どうして あんなに 痣だらけなんだい?」

*「それは… アニキが 殴って……。」

アルス「……どうして こんなに 床が 濡れているんだい?」

*「そりゃあ… そいつが 泣いたからで……。」

アルス「…………………。」
アルス「それで 全部かな?」

*「はは はいっ… もうそれ以上は 何もしてませんっ 本当なんです!!」

アルス「そっか。」

*「ね ねえ もういいでしょう 旦那! 言われた通り あっしは 洗いざらい 話しましたぜっ…!!」

アルス「そうだね。ありがとう。」

*「じゃ じゃあ‼」




















「  ダ メ だ ね  」











105 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 19:59:09.62 ID:PzmFtaYD0

無機質な仮面のように表情を凍り付かせ、少年は宣告する。

*「そ そんな 話がちがへあっ!!」

男は気が付くと宙を舞っていた。
意識の途切れる寸前、男が最後に見たのは凍て付くような冷たい眼差しで男を見下ろす少年の顔だった。

*「う ぐっ うう………。」

部屋に醜い男たちのうめき声が木霊する。

アルス「…………………。」

最後の男が動かなくなるのを見届け、少年はそっと呟いた。





アルス「お前たちは マリベルを 泣かせた。……ぼくが許せないのは それだけさ。」




106 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:03:06.33 ID:PzmFtaYD0

ボルカノ「……! こりゃ いったい…!」

地下牢に到着した漁師たちが見たのは異様な光景だった。

ひしゃげた扉、恐怖を顔に張り付けたまま床に転がり呻く番兵たち、
ぐったりとしている少女を腕に抱き、傷に手を当て何かを念じる少年。

壁や床には何かを打ち付けたようにひびが入り、置かれていたであろう樽や椅子、卓はひっくり返ってあちこちに散乱していた。
そんな部屋の中に消えた松明の煙がもやのように充満し、その光景をより一層不気味に仕立てている。

フォロッド王「なんということだ! この者たちは うちの 番兵だ!」

*「アルス! マリベルおじょうさんは…!」

アルス「…………………。」

ボルカノ「アルス……。」

アルス「ぼくの せいだ……。」

少年は呼び掛けには応じず、緑色の優しい光を手から発しながら自分に言い聞かせるように呟き続ける。

アルス「あの時 どうして 一緒に来るように 言わなかったんだ。」
アルス「もっと… もっとぼくが 早く気づいていれば… マリベルは こんな目に あわずに 済んだんだ。」
アルス「ぼくが ついていれば…。絶対に 守るって 約束したのに……!」

フォロッド王「アルス… すまない。こんなことに なっているとは 知らずに……。」

アルス「……王様の せいでは ありません。」

ボルカノ「…………………。」

アルス「マリベル ごめん。ごめんよ……。」

少女の頭を胸に抱き少年は何度も何度も名前を呼ぶ。

*「…ア…ルス。」

アルス「……っ!」

すると呼びかけに応じるかのように少女は薄眼を開き、少年の顔を見つめながらゆっくりと口を開く。

マリベル「やっぱり 助けに… 来てくれたのね……。」

アルス「マリベル!!」

マリベル「遅いよ… ばか……。」

アルス「ごめん… ごめんよ… きみを守るって 言ったのに。」

マリベル「あたしは… 大丈夫よ。これくらいで くたばったりしないわ……。」

アルス「でも…!」

マリベル「…………………。」
マリベル「やっぱり あんたは あたしの ヒーローだったのね……。」
マリベル「…ありがとう。」

ゆっくりと息を吐くと、安心した様子で今度こそ少女は気を失った。

まなじりから水晶のような涙が一筋滑り落ち、少年の掌を濡らす。

アルス「マリベル……。」

少年は両手に眠った少女を抱きかかえると地下室の出口へと歩き始めた。
この場の後処理は王や漁師たちに任せて、今は何よりも少女を安全な場所に移すことが最優先だった。

そんな少年の意図を知ってか知らずか少年の父親は黙ってその背中を見届けると、
二人の出て行った暗い部屋の中、今後のことを王と話し始めるのだった。
107 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:04:28.21 ID:PzmFtaYD0

夕日が地平線へと沈み始めた頃、少女は王の自室の向かいにある部屋、普段は勉強家の王が書庫として使っている部屋で目を覚ました。

マリベル「ここは……。」

“ギシッ”という乾いた音が響く。

どうやら少女は簡易的なベッドの上に寝かされていたらしい。

アルス「…気が付いた?」

マリベル「あ……っ。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「アルス… あるすぅ…!」

少年の顔を見た途端、少女は布団を跳ね除けベッドの隣に座る少年の腕を引っ張り、その胸に顔を埋めてわんわんと泣き出した。

マリベル「あふっ…う… う…っ。」

アルス「……怖かったね。」

マリベル「…うん……。」

アルス「……つらかったでしょう。」

マリベル「うん……。」

アルス「もう 大丈夫。」

マリベル「うんっ……!」

そっと少女の肩を抱き、柔らかい髪を撫でる。



少年は、涙を流さずに泣いていた。

108 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:08:12.69 ID:PzmFtaYD0

“コンコンコン”

しばらくして少女が落ち着きを取り戻すのを見計らったように扉が叩かれる。

*「二人とも いいかな?」

顔を覗かせたのは若き国王だった。

フォロッド王「……まずは 謝らせてほしい。」
フォロッド王「この度は城の者が 取り返しようもないことをしでかし
そなたらを 深く 傷つけてしまったこと 大変 申し訳なく思う。……すまなかった。」

そう言って王は二人に頭を下げる。

アルス「…………………。」

マリベル「ぐす…っ。ふふっ 危うく お嫁に 行けなくなるところだったわ。」

赤く腫れぼったい目で少女は気丈に微笑む。

アルス「それで 彼らは…。」

フォロッド王「うむ 厳重に 処罰することにした。彼の者たちのしたことは 人間として してはならない 卑劣極まりないものだ。」
フォロッド王「あんな者たちが この城で 警備をしていたのかと思うと ゾッとするものがあるな。」
フォロッド王「……カラクリ以上に 彼らの心は 空っぽなのかもしれない。」

マリベル「いいえ… あいつらには しっかりと 心があったわ。とっても 醜い心が。」
マリベル「あたしを いたぶってた時の あいつらの たのしそうな顔…!」

自分に降りかかった災難に怒りがこみ上げてくる。

マリベル「きーっ! なんであたしが こんな目に あわなきゃ ならないのよっ!」

アルス「マリベル まだ 安静にしてなきゃ…!」

マリベル「これが 安静に〜 なんて してられますかってのよ!」
マリベル「王さま! あたしは あなたや この城の人たちには 何の恨みも ないけど
あいつらには 一回ずつ メラゾーマ ぶつけてやらなきゃ 気が済まないわよ!」
マリベル「今 あいつら どうしてるのっ!?」

フォロッド王「むっ 彼らは 今 治療中だ。」

マリベル「えっ……?」

フォロッド王「われわれが 到着した時には 既に ボロ雑巾のように 地面に転がっていたぞ。」

“見てはいけないものを見てしまった”

そんなことを言いたげに王の顔は引きつっていた。

マリベル「……アルス?」

アルス「……ちょっと やりすぎたかな?」

そう言う少年はバツが悪そうな顔で明後日の方を見やる。

大切な人を傷付けられたためとは言え、極まった怒りの感情は少年をびっくりするほど冷徹に変えてしまったのだ。

少年はどこかで自分に恐怖していた。

フォロッド王「いや あれぐらいで 良かったのだろう。」
フォロッド王「……息があったのは 奇跡だったと思うがね。」

アルス「ええ。あんなの とはいえ 自分たちの助けた人々を この手に かけたくは ありませんからね。」
アルス「死なない程度に おしおき したつもりです。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……そう ならいいわ。わざわざ このマリベルさまが 直接 手を下すまでも なかったってことね。」

109 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:10:52.09 ID:PzmFtaYD0

フォロッド王「…………………。」
フォロッド王「ところで マリベル。体の調子は どうだ?」

王の質問に思い出したかのように少女は自分の体をぺたぺたと触る。

マリベル「……なんともないみたい。」

フォロッド王「そうか。……アルスが つきっきりで 回復呪文を 唱えていた おかげだろう。」

マリベル「……アルス?」

王に暴露にされ少年はそっぽを向く。

アルス「ん… いや 別に……。」

マリベル「……ふふっ。 ありがと。」

アルス「……うん。」

素直な感謝の言葉に少年は照れくさそうにたじろぎ、ポツリと返事するのが精一杯だった。

フォロッド王「さて アルス マリベル。」
フォロッド王「二人が良ければ 今夜 魔王の滅亡と平和の訪れを祝って ささやかな 宴を 開こうと 思うのだが 出席してくれるかな?」

アルス「……どうする?」

マリベル「あたしは かまわないわよ。ただ……。」

フォロッド王「…ただ?」

マリベル「新しいドレスを くれたらね! もうっ 大事な いっちょうらだったのに こんなに ボロボロに してくれちゃって!」

そう言って少女はあちこち敗れて白い肌が露出してしまっているドレスの袖を引っ張る。

アルス「マリベル! 見えっ…!」

マリベル「何見てんのよ! アルスの えっち! ヘンタイっ! どうせ あたしが 寝ている間も あっちこっち ジロジロ 見てたんでしょ バカぁ!」

アルス「わかった わかった! 出ていくから そんなに 叩かないで! ザキは やめて!」

フォロッド王「はっはっはっ! それでは メイドをよこすから 用意が 整ったら 声をかけてくれたまえ!」

そう言い残して少年と若き王は脱兎のごとく走り出し扉から出ていった。

マリベル「ったく! 男ってのは どうして どいつもこいつも ヘンタイばっかりなのよ。」
マリベル「…………………。」



マリベル「…見られた? アルスに……?」



冷静になって言葉に出した瞬間、“ぼんっ”という音を立てて怒りが羞恥心へと代わる。

マリベル「いや〜ん! もう お嫁に 行けないわ〜!!」

枕に顔を押し付け首を左右に大きく振りながら悶える姿は年頃の女子のそれそのものである。
今まで何度も際どい装備や服装をしてきたとはいえ、状況が状況だったためか余計な想像が働いてより一層恥じらいが生まれるのだった。

実際のところこんな状況で下心を働かせられるほど少年は不埒ではないし度胸もなかったであろうが。

マリベル「……まあ いっか。どうせ あいつが うちに 来るんだし。」

自分に言い聞かせるように誰にも聞こえない声で少女はそっと独り言つのだった。
110 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:13:02.91 ID:PzmFtaYD0

夕日が完全に沈んだ頃、城の外では宴の準備もほとんど終わり、残すは主賓の登場を待つだけとなっていた。

主賓が普段着では示しがつかないと言われ、
少年は急遽ふくろの中を探り“それっぽい”という理由だけで“かいぞくの服”を引っ張り出して袖を通す。

フォロッド王「おお なかなか 似合っているではないか! 海の男 という 感じが 漂ってくるな。」

アルス「ははは… そうですか?」

ファッションに関してはあまり頓着がない方なのであまり自信はなかったが、
少なくとも自分よりは目が肥えているであろう王の称賛を受け今夜はひとまずこれを着ていることにした。

ボルカノ「おお 来たか アルス。」
ボルカノ「……? おまえ いつから そんな服 もってたんだ?」

二階のテラスで暇をつぶしていた少年の父親が少年に気付き声をかける。

アルス「え? 旅の途中で 偶然……。」

ボルカノ「そうか。いや やけに 板についてるような 気がしてな。」
ボルカノ「まあ いい。マリベルおじょうさんは もう 平気なのか?」

アルス「うん。傷も全部治したし 着替えたら 来ると思うよ。」

ボルカノ「そうか。あんなことに なったってのに まったく たいした娘だぜ。」

フォロッド王「そんな ところにも 惚れているんだろう?」

あまりに突然の茶化しに少年はよろけながら抗議する。

アルス「王様までっ……!」

フォロッド王「あれだけ 心労を 割いておいて その言い草はないだろう。」
フォロッド王「誰が見たって 嫌というほど 伝わってくるぞ。そなたの 思い入れ様は。」

アルス「……そんなに わかりやすいですか?」

フォロッド王「残念ながら。」

ボルカノ「こっちの身にも なって欲しいもんだな。」

アルス「はっ ははは…。」

フォロッド王「はっはっはっ!」
フォロッド王「……おや。お姫様の お出ましのようだぞ。」
111 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:15:32.23 ID:PzmFtaYD0

王の見やる先には、まさに“お姫様”が立っていた。
レースで彩られた鮮やかな紅のドレスは花弁を吊り下げたように腰から足首までふわりと覆い、
肩から腕はさらに深い紅のシフォン生地で包まれてラインの美しさを主張している。

さながらその姿は深紅の薔薇と見紛うほどであった。

マリベル「…………………。」

*「あらまあ! 私の お古だけど ピッタリだったわね。」

そう言って少女の後ろから出てきたのは若き王の母君、つまり王太后だった。

フォロッド王「母上 いつの間に!」

*「せっかく こんなに可愛らしい娘さんが いらしているのですもの。せめてのお礼にと 思いましてね。」

ボルカノ「おお これは また お美しい。」

マリベル「ど どうかな……?」

入浴の後だからなのか、少女はほんのりと頬を染めている。
普段はあまりしない化粧もいつの間にか施されており、大人の女性の雰囲気を漂わせていた。
旅を始める前と今では体つきも随分女性らしくなり、
胸元や腰つきが強調された上半身に時々見え隠れする足首も強い色気を引き出していた。

アルス「…………………。」

半開きの口のまま、その姿を瞳に焼き付けるように少年は目を見開く。

マリベル「や やっぱり 似合わないよね… あたしなんかじゃ……。」

少年が何も口にしないのを見て不安な気持ちが沸き上がり、たまらず少女は目を伏せる。

その仕草一つ一つが少年を誘惑しているとも知らずに。

アルス「…………だ…。」

マリベル「…え?」

アルス「きれいだ……。」

マリベル「……ほんとに?」

アルス「うん… きれいだよ マリベル…!」

マリベル「…………………。」
マリベル「と 当然じゃないの…! とーぜんっ……。」

直球すぎる賛辞にうまく返せず、いつもの覇気もどこへやら。

*「この娘ったら いつも こんなに綺麗な髪を頭巾で 隠してしまっているなんて もったいありませんわよねえ。」

マリベル「こ 王太后さま…!」

*「あらあら。ウフフフ…。」

112 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:18:35.71 ID:PzmFtaYD0

フォロッド王「……さて それでは 役者も揃ったことだし 宴を始めると しようじゃないか。」

そう言って若き王は前に出ていくと民に向かって語り掛ける。

フォロッド王「皆! 今日は 素晴らしい日だ。魔王の脅威に おびえる日々は 終わったのだ!」
フォロッド王「そして 今 ここに 憎き魔王を打ち倒した英雄が 二人も 皆に会いに来てくれた。」
フォロッド「……アルス マリベル。」

アルス「はい。」

王は振り返り、二人を前へと促す。

アルス「みなさん これから 平和な 日々がやってくることでしょう。」

*「「「おおおおっ!!」」」

*「英雄様 ばんざい!」

*「キャー! こっち 見てー!!」

フォロッド王「皆 せいしゅくに!」

少年の言葉に沸き上がる観衆を王が片手でなだめる。

アルス「……でも 忘れないでください。」
アルス「魔王や 魔物たちが いなくなった今 手を取り合うことを忘れた人々が 戦争を 始めるかもしれません。」

少年の言葉を継ぐように少女が前へ出て語り掛ける。

マリベル「忘れないで。人の心の闇は いつしか 魔王を 作り出すことを。」
マリベル「忘れないで。驕りと欲望は あなたを 魔王にすることを。」

アルス「本当に怖いのは 魔王だけじゃない。魔王の心を持った 人間もなんです。」

*「…………………。」

フォロッド王「皆! しかと 聞いたか。」
フォロッド王「我々はこれからも 尊い命が 愚かな戦や争いのために 失われることのないよう
人間としての誇りを胸に 生きていこうではないか。」

*「「「おおおおっ!!」」」

フォロッド王「では フォロッド7世の名のもとに ここに 誓いを立てる。」



「 乾 杯 ! 」



*「「「かんぱーいっ!」」」

王の号令の下、人々は高々と杯を掲げて誓いを立てる。

それは無機質な城壁が、息吹を吹き込まれたように温かみを湛えた瞬間だった。
113 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:19:26.88 ID:PzmFtaYD0

宴の席もある程度落ち着き、主賓たちも用意された席でゆっくりと食事と酒に舌鼓を打ち始めていた。

ボルカノ「しかし アルス。アドリブにしちゃ やけに 説得力のある話だったじゃねえか。」

少年の父親が感心した様子で息子を見つめる。

アルス「……なんでだろうね。練習したわけじゃないのに。」

少年自身もどうしてあんなにすらすらと言葉が出てきたのかわからなかった。

ボルカノ「……そうだな 一つ 覚えておけ。人を納得させる力も いつか リーダーを 務めるうえで 大切なことだからな。」
ボルカノ「そういう話が できるやつの言葉ってのはな 信念が こもってるんだよ。」

アルス「信念……。」

ボルカノ「そうだ。本心でもないことを 言うやつの 言葉には 中身が なんにもねえ。」
ボルカノ「そいつの魂が 乗っかって 初めて 言葉ってのは 人の心を 揺さぶるんだ。」

アルス「魂を乗せる…か。うん。」

ボルカノ「……とと また 説教しちまったな。どうも 最近 歳を食っちまったみてえで いけねえ。」

そう言って少年の父親は片方の眉を上げて頭を掻く。

アルス「父さんは まだまだ 若いよ。」

ボルカノ「わっはっはっ! あたぼうよ まだまだ おまえには 負けねえぜ。」

アルス「あはははっ!」
114 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:20:31.01 ID:PzmFtaYD0

マリベル「王太后様 本当に ありがとうございました。」

漁師の親子が語らう卓から少し離れたところでは少女と若き王の母君が二人で話していた。

*「いやですわ これぐらい わたくしどもが 受けた 恩に比べれば 些細なことでしてよ。」
*「しかし お似合いですわ あなたたち。」

マリベル「えっ?」

*「……アルスさん でしたよね。あのお方は きっと素晴らしい ご主人になりますわ!」

マリベル「…どこか 抜けてて 見ていて 危なっかしい時が あるんですけどね……。」

*「でも それもひっくるめて 彼の良さなんでしょう?」

マリベル「……はい。」

短く、しかしはっきりと少女は返事をする。

その目は、いつの間にかたくましくなった少年の背中を優しく見つめていた。

*「それにしても うちの息子にも 早く よい お相手が 見つかると いいのですけども……。」

悩ましく上品なため息をついて王太后は愚痴る。

マリベル「彼なら きっと見つかりますよ。きっと。」

*「そうかしら? あの子 どこか堅いし 熱くるしいところが ありますからねえ……。」

マリベル「でも 彼は 優しい人です。今は お忙しいのでしょうけど その気になれば すぐに 素敵な人を 見つけてくるはずですわ。」

*「ふふふっ。」

115 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:22:19.03 ID:PzmFtaYD0

それから更に時は流れ、ある程度腹を満たした宴の席は再び飲み物を片手に思い思いの談笑に浸り始めた。

フォロッド王「ほう… そうか 一度は 行ってみたいものだな。」

そんな中、少年と若き王はフォーリッシュの町からやってきた元兵士長と共にこれからのことについて話し合っていた。

アルス「何もないけど 平和で 静かな国ですよ。」

フォロッド王「使いを出すつもりだったが わたし自ら赴くのも 悪くないな。」

アルマン「ほう それは いい考えですな。王も 様々なところへ行って 色んな人に会い 学んでくるのが よいでしょう。」
アルマン「きっと 気晴らしにも なるでしょうしな。」

アルス「うちの 王様も お喜びになると 思いますよ。」

フォロッド王「うむ。今から 楽しみだな。」
フォロッド王「……そういえば カラクリ人間の ことなのだが。」

そう切り出して若き王は腕を組む。

フォロッド王「……やはり 今の 技術レベルでは 到底 不可能だと 改めて痛感したよ。」
フォロッド王「まずは もっと初歩的な 研究から 始めなければ ならないようだ。
フォロッド王「いやはや アルマンの先祖の ゼボット殿には 感服する ばかりだ。」

そう言って王は大きな溜息をつくと、ふと思い出したように独り言を呟く。

フォロッド王「……ゼボット殿と言えば エリーは 今頃 どうしているだろうか。」

アルマン「…………………。」

アルス「エリーは… きっともう 天国で ゼボットさんと 幸せに 暮らしていますよ。」

フォロッド王「……そうかもな。」

少年は動かなくなってしまったカラクリ兵のことを伝えるべきか悩んだが、
咄嗟に出てきた言葉は嘘でもなんでもなく、本当に思ったことだった。

あの二人は、否、もしかすると亡くなった王女本人を含めて三人かもしれないが、きっと彼らは今一緒にいることだろう。

そんな風に少年は思えたのだった。

アルマン「……ええ きっと そうでしょうとも。」



そんな少年の言葉に頷く男の顔は、とても安らかだった。

116 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:24:33.86 ID:PzmFtaYD0

国を挙げての宴はその後明け方まで続くのだったが、明日以降の旅のことを考えて少年たちは早々に床につくことにした。


英雄たちが眠った後も尚、熱の冷めやらぬ人々の楽しそうな話し声がいつまでも絶え間なく聞こえてきたのだった。








そして……


117 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:25:12.02 ID:PzmFtaYD0





そして 夜が 明けた……。




118 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:28:07.45 ID:PzmFtaYD0

以上第4話でした。

ヒロインのピンチに駆けつけるヒーロー。
そんなありきたりな構図ですが、今回はとんだ悪党どもからマリベルを救うべく
アルスには鬼になってもらいました。
(一連の描写がちょっと生々しかったかもしれませんが、ご容赦ください。)

さて、魔王が復活してからのことで一番の衝撃だったのがフォーリッシュとフォロッド城の無人化です。
他所からやってきた行商人や傭兵志願者がポツンと立ち尽くしているのがやけに印象的でしたね。
BGMが変わっていないのも反って不気味です。
エンディングでは聖風の谷の住民の話で人が戻ってきたことを知ることができますが、
直接立ち寄っているわけではないので現場がどうなっていたのかはうかがい知れません。
第4話ではその点を想像して書いてみました。

とかく、人は疑心暗鬼に陥ると排他的・攻撃的になりがちです。
ましてやその状況を利用しようとするものがどこかにいても不思議ではありません。
そんな人の醜い心がいつの間にか魔王を作り上げていくのでないでしょうか。
心の無いカラクリと魔王の心をもった人間、果たして恐ろしいのはどちらなのでしょう。
ゼボットの台詞がやけに心に沁みます。

それから、今回はグランエスタード城の面子に登場してもらいました。
このSSでは3DS版の追加ストーリー『なつかしき友の記憶』を踏まえた上でお話を作っておりますのでご了承ください。
つまり、アイラがキーファの子孫としてグラン家に迎え入れられているという設定です。

そんなアイラの恋愛事情はメディアによって変わってきますね。
原作では少しだけ思わせぶりな発言があったようななかったような。
小説版ではアルスとくっついていますね。
プレイヤーの中にはヨハンとの関係を勘ぐったりした方もいたみたいですが、
実はアイラ加入直後にフィッシュベルに寄ると漁師がアイラに一目ぼれするシーンもあります。

一方のリーサ姫は作者の知る中ではまっさらです。
キーファという跡取りがいなくなってしまった以上、
誰かがリーサ姫と結婚して王位を継ぐというシナリオが考えられますが
本人の台詞からそういった事情を読みとることはできません。
(なんせお兄ちゃんの話ばかりなので)
もしかするとバーンズ王がアルスを婿にと画策していた可能性も捨てきれませんが
このお話ではそれもこれも全部悩んでいる最中ということで。

◇次回はフォロッド城を離れ航海の旅へ。果たして目的地は……。
119 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/26(月) 20:38:31.35 ID:PzmFtaYD0
第4話の主な登場人物

アルス
不在の間にマリベルを傷つけられ激怒。
鬼神のごとき力で番兵たちを圧倒する。
立ち寄ったグランエスタード城では王女たちの質問攻めに合いたじたじに。

マリベル
仲間想いなところを利用され、アルスとボルカノの不在の間
フォロッド城の悪番兵たちに監禁、拷問にかけられるも
駆けこんできたアルスによって救出される。

ボルカノ
息子と久しぶりに親子水入らずでグランエスタードへ。
バーンズ王からの信頼が厚く、何かと相談を受けることが多い。
初心者が気分を悪くしがちなルーラも難なく受け入れてみせた。

アミット号の船員たち
マリベルと共にフォロッド城に向かうも番兵たちに捕らえられる。
既に用済みとして危うくさらし首にされそうなところを脱走。
やってきたアルスたちにマリベルの危機を報せる。

バーンズ王
グランエスタードの主にしてキーファやリーサの父親。
思慮深く、民から愛されている名君だが時々若い頃のやんちゃな性格が顔をのぞかせることも。
アミット号一行に各国との締約を結ぶための使いを任せる。

アイラ
アルスたちと魔王を倒した英雄の一人。
放浪の民ユバールの踊り子だったが、役目を終えて先祖の故郷であるグランエスタード王家に迎え入れられた。
今ではリーサ姫の良きお姉さん的存在。

リーサ姫
グランエスタードの王女にしてキーファの妹。
お兄ちゃん子だったこともあり兄との永遠の別れに酷くふさぎ込んでいたが、時間を経てなんとか乗り越えた模様。
年頃の女子らしく誰かの恋愛が気になるようだが、自分のこととなるとまだなんとも言えない様子。

フォロッド王
現在のフォロッド城当主。フォロッド7世。
若くして王位についているが民からの信頼は厚い。
カラクリ人間の開発に熱をあげているが、地道にいこうと考え始めている。

フォロッド王太后(*)
フォロッド7世の母。息子想いの思いやりある女性。
マリベルのことを気に入り自分のお古のドレスを与える。
メイド曰くまるで着せ替え人形だったとか。

フォロッド城の悪番兵たち(*)×3
マリベルや漁師たちを魔王の手先に仕立て上げ、
拷問を行ったうえで自分たちの手柄にしようと画策していた。
アルスの制裁によって虫の息に。

120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/27(火) 00:45:36.93 ID:N7uQSqQWo

レブレサック人よりたち悪い兵士共やな…
121 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:00:21.50 ID:WJPu1BOR0
>>120
本当は話の分かるいい兵隊さんもいるんですけどね
ここではお休みいただきました
122 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/27(火) 19:01:28.08 ID:WJPu1BOR0





航海五日目:思い出のアップルパイ / 犯人は誰だ




123 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:05:29.46 ID:WJPu1BOR0

フォロッド王「では アルスよ また会おう。」
フォロッド王「その時は ここではなく エスタードでかもしれないがな。はっはっはっ!」

一晩中続いた宴が終わり人々がようやく寝静まった頃、
少年たちアミット号の船員は次の目的地へと向かうため、フォロッド城を後にした。

アルス「ええ! また 必ず。」

そう言って堅く握手を交わし一行は港へと歩き出す。
散々な事件があったとはいえ、人々の温かい心に触れた少年と少女の表情は晴れ晴れとしていた。

マリベル「ブコツな造りで つまらない ところだと 思ってたけど みんな 良い人ばかり だったわね。」

アルス「……うん。」

軽やかな足取りで前を行く少女の細い背を見つめ、少年は新たに決意を固める。

マリベル「ん? どうしたのよ。 むずかしい顔 しちゃって。」

アルス「えっ? い いや なんでもないよ! ははは…。」  

もう二度とその瞳を濡らすまいと。

マリベル「ふーん どうせまた 変な 想像してたんじゃないの?」

悪戯な表情を浮かべて少女は翻る。

アルス「い… いや その服って……。」

少女は黒いインナーに青を基調とするゆったりした動きやすいロングのワンピースを身にまとっていた。
普段は緑と赤を基調としている活発なイメージの彼女も、
こうして髪をなびかせ、おとなしい色に彩られればぐっと大人っぽさが増してみえた。

マリベル「え? ああ さすがに パーティー用のドレスで 生活するわけには いかないでしょ? だから今朝 王太后さまに お古をもらったのよ。」

アルス「そっか。……うん 似合ってるよ。」

マリベル「ふふん。このあたしに 似合わない 服があったかしら?」

アルス「それもそうだね。」

マリベル「…ちょっと いま テキトーに 言ったでしょ。」
マリベル「ふん いいわよ もう……。」

アルス「あっ……。」

そう言ってはむくれてそっぽを向く姿すら愛おしく思え、少年はつい黙って見とれてしまう。

だが、まずはこの令嬢の機嫌を取ることが少年に与えられた使命であった。
124 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:07:06.32 ID:WJPu1BOR0

アルス「……ね マリベル。」

マリベル「…なによ。……あっ。」

気が付けば手が触れていた。否、少年がもの寂しそうに揺れる少女の手を絡めとり、その甲を指で優しくなぞっていたのだ。

マリベル「……アルス?」

アルス「手 つなごっか。」

マリベル「…………………。」

一瞬強張った手の力が抜けたの確かめ、少年は少女の指と指の間に自分のそれを差し込み優しく掌を合わせる。
少しだけ身を捩りくすぐったそうにしていた少女もとうとう観念したのか少年の手をゆっくりと握り返す。

そしてこっちを向かせようとしたのに少女の顔は再びそっぽを向いてだんまりを決め込んでしまうのだった。

うっすらと頬を紅潮させているという違いを除いては。

*「おい ありゃあ 完全に…。」

そんな二人を後ろから眺めて漁師の一人が口を開く。

*「声が でかいぞ。」

*「きみも 鈍感だなあ。あんなに わかりやすいのに。」

*「なんだか この 数日で 急接近しているような 気がするけどな。」

*「なんだみんな 水くせえな。教えてくれりゃ 黙ってたのに。」

ボルカノ「…………………。」

“あの跳ねっ返り娘がなあ”

少年と共に少し離れて前を行く少女の後ろ姿を見つめて漁師頭は思う。
以前であれば気にくわないことにはすぐに口を出し、少年を振り回していたあの少女
_今は大人の女性と表現しても差し支えないだろう_が嘘のように少年の隣でされるがままにしている。

ボルカノ「変わるもんだなあ。」

*「あん? どうしたんです ボルカノ船長。」

ボルカノ「いや なんでもねえ。次の 目的地は そう遠くねえんだ のんびりいこうぜ。」

*「へえ…。」

二人の時間を邪魔するのが野暮に思えてしまい、船長と呼ばれた男は足取りを遅らせ遠くに見える小さな港を、
恋人たちの間にできた小さな窓から覗くのだった。
125 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:08:04.13 ID:WJPu1BOR0

*「お勤め ご苦労様です。」

ボルカノ「うちの 船が 世話になったな。」

*「ぜひ 我が国に また お立ち寄りください。」

*「一同 首を長くして お待ちしておりますぞ。」

アルス「ええ さようなら。」

船着き場で番兵たちと固く握手を交わし、別れを告げる。

ボルカノ「よーし 錨を上げろ!」

マリベル「目指すは 南東の地 メザレよっ!」

*「「「おおーっ!!」」」

掛け声とともに錨が巻き上げられ、漁船アミット号は緩やかな西風を受けて再び大海原へと繰り出していった。

126 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:10:14.97 ID:WJPu1BOR0

マリベル「さすがに あっちこっちで 宴会やってると 胃が疲れるわね。」

日もだいぶ昇ってきた頃、調理場では少女が連日の宴でもたれたお腹を擦りながら大きな溜息をついていた。

コック長「では リンゴをすりおろして ジュースにでも しましょうか。」

マリベル「そうね。」

コック長「たしか リンゴは そっちに置いておくように 言っといたんですが。」

マリベル「どれどれ…。」
マリベル「…………………。」

コック長「…どうか なさいましたかな?」



マリベル「これは いくらなんでも ちょっと 買いすぎじゃないかしら?」



少女が引っ張り出した箱の中には溢れんばかりのリンゴが詰められていた。

その有様は一緒に入っていた他の果物を魚よりも先に腐らせんばかり。

コック長「…………………。」
コック長「あいつ…。」

料理長は隣の部屋で眠っているもう一人の料理人の顔を思い出し大きな溜息をつくのだった。
127 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:11:23.13 ID:WJPu1BOR0




*「いやあ すいません。安かったもんですから つい 調子に乗って…。」




叩き起こされた料理人は悪気無く笑って頭を掻く。

マリベル「つい じゃないわよ。どうするの こんなにたくさんっ!」

コック長「さすがに 毎日 リンゴを かじっていては みな 飽きるでしょうしな。」

*「…………………。」
*「そ それなら アップルパイでも 作りましょうよ!」

コック長「……なるほど まあ 連日の外食で バターも小麦粉も 余っておるし 悪くはないな。」

*「じゃあ おやつにでも しましょうか。」

マリベル「…………………。」
128 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:13:05.79 ID:WJPu1BOR0



ボルカノ「今日は 暑いな……。」

アルス「うん……。」

甲板では親子が実に他愛のない会話をしていた。

先日のことから魔物の襲撃に備え武器や見張りを強化してはいるというものの、いつにも増して強烈な日差しに漁師たちも滝のような汗を流している。

今は昼すぎ、時間にしては一日で最も気温の高い時間帯というだけあってか、日よけの無い甲板の上はさながら海上の砂漠と化していた。

*「これじゃ メザレに着く前に 干からびちまいそうだな……。」

今の漁師たちにとっては魔物なんかよりも頭上から灼熱を吐き続ける太陽の方がよっぽど恐ろしい存在に思えてならなかった。

アルス「ちょっと 水 もらってきます……。」

*「おう。」

そう言って少年が船室へと入った時だった。

アルス「……ん?」

階段を下りてすぐに見える扉の左側に、“ある違和感”を覚えて立ち止まる。

アルス「…こんなところに傷なんて あったかな?」
アルス「…………………。」
アルス「ま いっか。」

暑さで鈍った頭を使う気にならず、少年は深く考えずに水を求めてさらに船の奥を目指していくのだった。


129 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:15:01.64 ID:WJPu1BOR0



マリベル「みんな おつかれー。アップルパイ焼いてきたわよ。」



*「「「おおっ!」」」

日も傾きかけた頃、甲板へとやって来た少女に男たちは群がる。

その手には大きなアップルパイを乗せた皿が抱えられていた。

マリベル「はいはい 押さないの。ちゃんと 人数分あるからっ。」

大の男たちをなだめすかし、少女は一人一人に切り分けたパイを手渡していく。

*「うほっ うめえ!」

*「やっぱり 女の子がいて良かった…。」

*「うぐっ… ゴホッ ゴホッ! つ つかえた…。」

猛暑で参っている漁師たちのことを考えて少しだけ冷まされたアップルパイは、桂皮と林檎の爽やかな香りがほんのりと立ち込めていた。

ボルカノ「アップルパイなんて 何年ぶり だろうな…。」

アルス「うちじゃ めったに 食べないからね。」

マリベル「…………………。」

少女は漁師たちが美味しそうに平らげるのを満足気に見届けていたが、やがて人気の付かない端の方へと去っていってしまった。

アルス「……?」

そんな後ろ姿を不思議に思い、少年はそっとその後を追うのだった。
130 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:17:47.20 ID:WJPu1BOR0

マリベル「…………………。」

少女は一人船縁に肘をかけ、最後の一切れを持ったままじっとそれを見つめていた。

アルス「…どうしたの マリベル?」

マリベル「…ああ アルス。いや ね 昔のことを 思い出しちゃっただけよ。」

少女は振り向きもせずに答える。

アルス「昔のこと?」

マリベル「ええ。いつだか 言ったかもしれないけど あたし おじいちゃん子だったのよ。」

アルス「それが アップルパイと……。」

マリベル「好きだったのよ。」

アルス「え?」

マリベル「死んだ おじいちゃんがね。 ……アップルパイを。」
マリベル「まだ おじいちゃんが 生きていた頃 おじいちゃんが ママに言うもんだから ママは よく アップルパイを 作ってたの。」

アルス「どうして?」

マリベル「さあね。でも 今思えば おばあちゃんとの 思い出の品だったのかなって。」
マリベル「おばあちゃんのことは 顔も 知らないけど おじいちゃんが アップルパイを食べる時の顔は なんだか 懐かしむような 感じだったもの。」

アルス「マリベルの おばあさんのことを 思い出していたのかな。」

マリベル「そうかもね。あたしも おじいちゃんと 食べる アップルパイが 大好きだったわ。」
マリベル「でも おじいちゃんが 死んじゃってからかな。アップルパイが 嫌いになっちゃったのは。」
マリベル「見たくも なかったのに。飯番が リンゴばっかり 買ってくるから。」

アルス「…………………。」

マリベル「何年たっても 忘れられないものね。おじいちゃんが 喜んでくれるからなんて言って ママに 教えてもらって 何度も 練習したっけ。」
マリベル「…………………。」
マリベル「笑っちゃうわよね。あれだけ 嫌だったのに いざやってみれば 自分でもびっくりするくらい うまく作れちゃうんだもの。」
マリベル「……二度と作らないって 思ってたのに…。」

アルス「…………………。」



アルス「きっと おじいさん 泣いてるよ。」



マリベル「え?」

アルス「マリベルが そんなこと言ってるって知ったら きっと 天国の おじいさんは 悲しむと思うよ。」
アルス「……おじいさんとの 思い出のアップルパイなんでしょ?」

マリベル「…そうだけど……っ!」

アルス「ぼくは いやだな。自分の大好きな人が 自分との思い出を 嫌だなんて言って 忘れようとしていたら。」 
アルス「大好きな人には ずっと 覚えていてほしいもん。ぼくのことも ぼくとの思い出も。」

マリベル「…………………。」
マリベル「おじいちゃん…。」

素直な感想、否、願いだったのだろうか。少年の言葉に大好きだった祖父と過ごした日々を思い出し、少女はそっと思い出の味にかじりつく。

マリベル「……おいしい。」

一度口にしだしたら止まらなかった。最後の一口まで噛みしめると少女はゆっくりと赤みを帯び始めた空を見上げる。
柔らかい微笑みを浮かべるその瞳からは名残を惜しむように滴が一筋、海の底へと消えていった。

アルス「…………………。」

空っぽになってしまった皿を見つめながら少年は少しだけ後悔していた。
今朝がた心に決めたばかりの誓いは、自らの手によってあっという間に、いとも簡単に破られてしまったと。

しかし彼の心はどこか温かい気持ちで満たされていた。

アルス「この旅が 終わったらさ……。」
アルス「また 食べたいな。マリベルの アップルパイ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うん。」

少女はもはや泣いてなどいなかった。少年の願いに小さく頷くと再び空を見上げ、優しく頬を撫でる風に身を任せ、静かに目を閉じたのだった。
131 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:19:36.71 ID:WJPu1BOR0



日が海の彼方へ沈みかけた頃、元気を取り戻した少女は再び調理場で作業に取り掛かっていた。



マリベル「さーて 干物は どうなってるかしらねー。」

そう言うと先日作った深海魚の干物の状態を確認するべく、少女は層状の金網を覆った布を勢いよく捲り上げる。

マリベル「うん……うん?」

色もよくしぼみ過ぎず嫌な臭いも全くせず、干物の状態はどこからどう見ても良好だった。

マリベル「なんで……。」

ただ。







マリベル「なんで こんなに 少なくなってるのよ…!?」



明らかに数が足りない、という点を除いては。

132 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:22:02.20 ID:WJPu1BOR0

ボルカノ「……それで 干物が いつの間にか なくなっていたと?」

それからすぐに船員が会議室に集められ、状況を確かめるべく船長による聞き取り調査が行われた。

コック長「ええ そうなんです。さっき 状態を調べようと マリベルおじょうさんが 確認した時には 既に いくつか なくなっていたんです。」

マリベル「まったく どうなってるのかしら。今朝 船に戻ってきた時には 確かに 全部 あったのに。」

ボルカノ「うーむ こいつは いったい……。」

不可解な状況に船長は腕を組み首を捻る。

*「…はっ! もしかして 誰かが 盗み食いしたんじゃ……。」

ボルカノ「信じたくはねえが その線も あり得るかもな。」

*「だとすれば 甲板にいた おれたちは みんな 潔白ですぜ。」

*「そうだよな。途中で 水飲みに 行ったりしたけど それ以外は 船室に入ってないからな。」

*「だとすれば 可能性が 残っているのは……。」

*「コック長 それから飯番のお前に マリベルおじょうさん だけだな…。」

コック長「わたしは ずっと 窯に向かっていましたからな。」

*「ぼ ぼくも コック長の隣で 火焚きや 下ごしらえを してました……っ。」



*「ということは……。」



男たちが一斉に少女の方へ振り向く。

マリベル「……な なによ! あたしが やったっていうのっ!?」

*「でも おじょうさん以外は みんな アリバイが ありますぜ!」

*「まさか おじょうさんが つまみ食いだなんて…。確かに 脂が乗ってて 美味しそうだったけど…。」

マリベル「じょ… 冗談じゃないわよ! なんで あたしって 決めつけられきゃ ならないのよ!」
マリベル「コック長だって あたしのこと 見てたでしょっ!?」

コック長「残念ながら わしは シチューの煮込みに 集中していたもので……。」

マリベル「そんな…!」

ボルカノ「……だれか おじょうさんの無実を 証明できる奴は?」



*「…………………。」



マリベル「…た たしかに 最後に干物の確認をしたのは あたしだし 調理場もいたけど……。」
マリベル「盗み食いだなんて やってないわ! ねえ 本当よ……。」

*「しかし 誰も 見ていないし 証言できない以上……。」

マリベル「…………………。」

重苦しい空気と浴びせられる疑いの眼差しに、とうとう少女は黙って俯いてしまった。
133 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:24:03.88 ID:WJPu1BOR0

アルス「……でも 干物って言っても 普通は あぶったりして 食べるものでしょう?」

沈黙を破ったのは少年の声だった。

アルス「いくらなんでも そのまま 食べたら お腹を壊すはずです。」
アルス「だとしたら 必ず 火を使うはずでしょう。
もし マリベルが 干物を焼いて 食べたというのなら 同じ調理場にいた二人が 気付いたんじゃないですか?」

*「そっか…。」

*「でも マリベルおじょうさんは 火の呪文を 使えるんじゃなかったか? このフロアでなら 誰にも 気付かれずに できるんじゃ…。」

少年に集まっていた視線が再び少女に向けられる・

マリベル「…たしかに 使えるわ。呪文じゃなくても 特別な力で 火も吹けるわよ……。」

アルス「でも 干物を焼く時の 匂いを 完全に飛ばすことは できません。」
アルス「もし 実際に あぶったりしていたら きっと 誰かが 気付いたはずでしょう。」

少年の言うことはもっともだった。だがそれだけに謎はさらに深まり、再び辺りは痛いほどの静寂に包まれる。

マリベル「もういいわ アルス……。誰にも 証明できない以上 あたしが 疑われるのは 当然のことだわよ…。」

アルス「マリベル!」

マリベル「ううん 何も言わないで。……気持ちだけは ありがたく 受け取るわ。」
マリベル「さあ ボルカノ船長! なんなりと あたしを罰してください。」

漁師頭に体を向け、少女は諦めたように目を閉じて制裁の言葉を待つ。

ボルカノ「…………………。」

いくら網元の娘とはいえ漁師にとって船の上での規律は絶対。男はこの船を任された船長として苦渋の決断を下すより他なかった。

ボルカノ「マリベルおじょうさん こんなことは 言いにくいんですが…。」
ボルカノ「規律を 守れない以上 この漁からは……。」

“離脱してもらいます”

そう告げようとした時だった。




アルス「待って! 待って父さん!」




父親の言葉を遮り少年が叫ぶ。

ボルカノ「アルス……。」

アルス「マリベルは 犯人なんかじゃない!」
アルス「ぼくが 真犯人を 突き止めるまで 少しだけ 時間をください!」

少年は本気だった。

犯行を裏付ける決定的な証拠もなければ少女がそんな自分勝手なことをする動機もない。

だが少年は彼女のことを信じていた。

ボルカノ「…………………。」

息子の揺るぎない目を見つめ、父親はやがて大きく頷く。

ボルカノ「わかった。メザレに到着するまで 待とう。」
ボルカノ「ただし マリベルおじょうさん。それまでに 疑いを 晴らせなければ その時は……。」

マリベル「ええ。大人しく 船を 降りますわ。」

少女が力強く、はっきりと答える。

ボルカノ「わかりました。」
ボルカノ「おまえら 持ち場に戻れ! 通常運転で 行くぞ。」
ボルカノ「ただし アルスには 協力してやってくれ。」
ボルカノ「……オレからの お願いだ。」

それだけ言うと船長は甲板へと昇っていった。

134 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:25:53.15 ID:WJPu1BOR0

マリベル「ごめんなさい アルス。こんなことになっちゃって…。」

すっかりしおらしくなってしまった少女に少年は笑いかける。

アルス「大丈夫。ぼくが必ず きみの疑いを 晴らしてみせるよ。」

マリベル「…うん!」

少年の力強い言葉に少女は少しだけ元気を取り戻す。

アルス「しかし 困ったな。やったという 証拠はないけど やっていないという 証拠が見つからないんだ。」

壁に背をもたれ腕を組みながら少年が言う。

マリベル「本当に 誰がやったのかしら?」
マリベル「この船には あたしたち以外 誰も 乗ってないはずよね…。」

アルス「うーん…。」

そう、確かに漁船アミット号には少年たち以外には誰も乗っていなかった。

誰も。

アルス「うんっ!?」

少年は思い出したように目を見開き走り出すと、甲板へと続く階段の手前で立ち止まった。

アルス「この傷は…!」

少年が凝視する先には昼過ぎに見つけた縦長の傷痕があった。
扉の横の間仕切りにつけられたそれは、何度も何度も引っ掻いたようにいくつもの線が刻み込まれていた。

マリベル「なになにっ? どうしたのよアルス。」

遅れてやってきた少女が不思議そうに少年の顔を見つめる。

アルス「マリベル! 犯人がわかったかもしれない!」

マリベル「……どういうこと?」

アルス「ぼくたちは たいへんな 勘違いを していたんだっ!」
アルス「この傷を見て!」

マリベル「なに…これ… まさかっ!」

アルス「その まさかだっ!」

そう言って目を合わせると二人は一目散に船の奥へと走り出した。
135 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:28:00.19 ID:WJPu1BOR0

*「なんだ なんか 下が騒がしいぞ?」

*「どうせ アルスが 慌てて 走り回ってんだろう。」

*「あいつも たいへんだよ。おじょうさんの 尻拭いとはいえ こんなことに なるなんてな。」 

*「おい おじょうさんが 犯人なんて まだ決まってないんだ。そんな言い方は よせよ。」

*「おまえだって 本当は 疑ってるくせに 何言ってるんだ。」

*「なんだとっ!」

*「なんだ やるってのか?」

ボルカノ「やめろ おまえたち! 船から 放り出されたいか!?」

*「うっ…。」

*「すいません 船長。ついカッと なっちまって…。」

ボルカノ「あの マリベルおじょうさんが 盗み食いなんて するわきゃねえ。」
ボルカノ「今は アルスが 真実を突き止めてくれることを 信じて 待つんだ。」

*「船長…!」

敢然として海を見つめる船長に漁師が何か言いたげに声をかけた。

その時だった。
136 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:28:44.63 ID:WJPu1BOR0






*「待てーーーーっ!」






突然階下から少年の怒鳴り声が響き渡り船内は緊張に包まれた。

*「なんだっ!? 何が起こってるんだ?」

*「アルスだっ! アルスが 真犯人を 見つけたに違いねえ!」

ボルカノ「っ……!」

甲板で漁師たちが狼狽えていると突然小さな影が階段から飛び出してきた。

アルス「誰かっ そいつを 捕まえて!」

後から階段を駆け上がってきた少年が目いっぱいに叫ぶ。

*「フギャーーーーッ!」

*「な なんだあっ!?」

小さな黒い影は甲板を駆け抜けると再び階段の方へ向かって飛び跳ねた。

次の瞬間。





*「ギャッ……!」





マリベル「つっかまーえたっ!!」





遅れてやってきた少女の腕にソレはがっちりと掴まれた。

*「フゥーーッ! フゥウウウッ!」

マリベル「おーよしよし。何もしないから 大人しくしてちょうだい?」

*「フゥ………。ゥゥゥ…。」

しばらく手足をバタバタさせて少女を引っ掻こうとしていたが、少女が優しく首元を掻いてやると落ち着きを取り戻し、観念したのか遂に大人しくなった。

アルス「ふう…!」

隣で見ていた少年が額の汗をぬぐいながら大きくため息をつく。

*「マリベルおじょうさんっ! そいつは……。」

マリベル「うふふっ!」

アルス「見つけましたよ。真犯人。」

137 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:30:17.43 ID:WJPu1BOR0

ボルカノ「つまり その猫が 船に紛れ込んで 干物を 食い荒らしていたと?」

アルス「うん。あそこにある ひっかき傷を見て 閃いたんだ。」
アルス「二回も停泊しているのに どうして この船には ネズミ一匹 出やしないんだろうってね。」

マリベル「それも そのはず。このネコちゃんが 紛れ込んでいて 食べてたからよね〜。」

*「ナ〜…。」

そういう少女の腕には白、茶色、黒の三色毛を持つ猫がしっかりと抱かれおり、今はされるがまま大人しくしている。

アルス「“犯人は現場に戻る”ってね。 いつだか読んだ物語の中に 書いてあったんだ。」
アルス「それで もう一度 干物棚の後ろを 調べたら こいつが 出てきてね。」

マリベル「追っかけまわしてたら 甲板まで 行っちゃったのっ。ね〜?」

*「ニャ…。」

少女に語り掛けられた猫は問いに答えるように小さく鳴く。
追いかけられたにもかからず少女に心を許したのかその手の愛撫を受けて三毛猫は気持ちよさそうに喉を鳴らしている。

*「まったく なんて 人騒がせな猫なんだ。」

*「どうりで ネズミを見かけないと思ったら そういうことだったのか。」

ボルカノ「他に 被害は ないのか?」

コック長「ええ もしやと思い 調べましたが 食べられてたのは 干物だけでしたぞ。」

ボルカノ「そうか。」
ボルカノ「マリベルおじょうさん 本当に 申し訳ねえ。おじょうさんのことを 犯人扱い しちまうだなんて… このとおりだ。」

そう謝罪して船長は深々と頭を下げる。
自分に非があればそれを認め誰であろうと必ず謝る、国一番の漁師頭が慕われる理由はただ漁の腕が良く豪放なだけではない人格者である点にもあったのだ。

マリベル「…ううん ボルカノおじさま。 そんなに 謝らないで。」
マリベル「疑いが 晴れたなら もう それで いいのよ。」

ボルカノ「おじょうさん……。」

マリベル「その代わり 一つ お願いがあるんだけど……。」 

ボルカノ「なんでしょう?」



マリベル「このネコのことは あたしに 任せてもらえないかしら。」


138 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:32:20.45 ID:WJPu1BOR0

*「こ ここで 飼うんですかい?」

マリベル「ええ。ちゃんと しつければ もう 悪いことは しないはずよ。」
マリベル「ね? 猫ちゃん。約束できるかしらね。」

*「なーぅ…。」

コック長「マリベルおじょうさんが そこまで 言うのなら わしは 反対はしません。」
コック長「ただし 調理場には入れない と約束していただければ ですがな。」

マリベル「わかってるわ。」

ボルカノ「…決まりだな。新しい 乗組員の誕生だ!」

*「「「ウスッ!」」」



アルス「あれ? おまえ 三毛猫なのに オスなのかい?」

*「……ゥナーオ。」

マリベル「あら ホントだ。 体は小さいけど… つ ついてるわね……。」
マリベル「…………………。」

少年の指摘に三毛猫の両脇を抱えて股を見るとそこにはしっかりとフグリがついていた。

ほんの少しだけ少女は顔を赤らめて黙り込む。

ボルカノ「縁起がいいな。 滅多に お目にかかれるもんじゃないぜ。」

昔から漁師の間では三毛猫の雄は航海の守りとして言い伝えられてきたが、その出現は何十年に一度とも言われている。
フィッシュベルにも多数の猫が放し飼いにされているが三毛猫はおろか、その雄なぞこの場の誰も見たことはなかった。

マリベル「そうね… 名前は何がいいかしら……。」

少女が呟くと男たちはこれしかないと言わんばかりにと声を上げる。

*「タマ!」

マリベル「ありきたりね。」

*「トム!」

マリベル「まんまじゃないの。」

*「ねこまどう!」

マリベル「魔物じゃないの。」

*「ジャガーメイジ!」

マリベル「魔物から 離れなさいよ!」

*「メイジキメラ!」

マリベル「もはや 猫ですらないっ!」

もはや大喜利である。

マリベル「ていうか なんで あんたたちが そんな魔物を 知ってるのよ!」

アルス「……キーファ。」

ボルカノ「幸運に ちなんで ラッキーとかは どうです?」

マリベル「やっぱり ボルカノおじさまが 一番 まともな センスしているわね。」
マリベル「でも… そうねえ。」

すっかり困ってしまった少女は左の眉を吊り上げてじっと猫の顔を覗き込む。
どうやら少年が何やら呟いたことにはまったく気づいていないようだった。

マリベル「あら? あんた 綺麗な 目をしているのね。」

*「…………………。」

少女に見つめられ、猫は少しだけ身動ぎをする。
139 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:33:58.96 ID:WJPu1BOR0



マリベル「…トパーズ……。」



アルス「え?」

マリベル「そう おまえの 名前は トパーズよ!」

ボルカノ「ほう そりゃまた …む なるほど。」

アルス「どういうこと?」

マリベル「あんたは 宝石なんて 興味なさそうだもんね〜。」

アルス「……?」

ボルカノ「トパーズってのは 宝石の名前でな。ちょうど このネコのような 目の色をしているんだ。」

マリベル「ビビッ ときたわね。トパーズ。」

トパーズ「ナ〜〜。」

マリベル「…おまえは 賢い子ね。ちょっと 待ってなさい お腹すいてるんでしょ?」

トパーズ「……にゃぁ。」

本当に理解しているのかはされおき、少女の呼びかけに律儀に反応する猫は見ていて庇護欲を誘うものがあり、
もはやこの場にいる誰もがこの猫のことを追い出したりしようなどとは思っていなかった。

アルス「よろしくね トパーズ。」

トパーズ「っ! ……ナゥナゥ〜。」

少年の腕に抱かれ少し動揺を見せるもやがてその手に敵意がないと分かったのか、猫は大人しく撫ぜられていることに決めたようだった。

ボルカノ「それじゃ 到着まで もう少しかかるからな。交代で 飯を食って 持ち場に 戻るように。」

*「「「ウスッ!」」」

こうして漁船アミット号は新たな仲間を“一匹”加え、すぐそこまで迫る目的の地を目指して再び通常運転へと戻っていくのだった。

140 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:34:42.78 ID:WJPu1BOR0

夜も深まり月が天を跨ぐ頃、一行はメザレにほど近い小さな船着き場へとやってきていた。

*「まさか こんな 夜更けに 船がやってくるとは 思いませんでしたよ。」

船の番をしていた漁師が突然の来客を出迎える。

ボルカノ「悪いな。ずいぶん ゆっくりしてたら こんな 夜中になっちまった。」

*「いえいえ とんでもない。遠い地からの お客とあれば ニコラもラグレイどのも きっと お喜びになる はずです。」

マリベル「ニコラに ラグレイ… そういえば そうだったわね……。」

アルス「元気にしてるかな 二人とも。」

*「ややっ あなた方は! 世界を救った 英雄さま じゃないですか!」

マリベル「ふふん。もっと 褒めても いいわよっ。」

アルス「ははは… どうも。」

*「みなさん さぞかし お疲れでしょう。今日のところは ひとまず お休みになって また明日 ご挨拶にいかれてはどうですか?」

ボルカノ「おう。そうさせて もらうぜ。」
ボルカノ「それまで 悪いんだが オレたちの 船を頼めるか?」

*「お任せください。命に 代えても 守ってみせますよ!」

そう言って男は胸を叩いてみせる。

ボルカノ「わっはっはっ! そりゃ 頼もしい。 それじゃ よろしくな。」

舟守の漁師に別れを告げて一行はかつて神の兵と呼ばれた一族の住まう村へと足を踏み入れた。
141 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:36:21.05 ID:WJPu1BOR0



*「ようこそ 旅の宿に。」
*「失礼ですが 団体さんですか? それでしたら すみませんが 部屋が 一つしか なくて…。」

ボルカノ「……だそうだ。どうする?」

疲れを癒すべくすぐに宿へと向かった一行であったが、何もない小さな村ということもあって宿泊できる人数には限りがあった。

*「このまま 船に戻っても かまいやせんけど…。」

*「ひとまずは 横になれれば……。」

ボルカノ「うーむ…。ご主人 この村に 他に 泊まれるところは ないのか?」

*「はあ なんせ 小さな村なもんですから……。」
*「あっ! 少々 お待ちください!」

何かを思いついたように言い残して宿屋の主人は表へと走って行ってしまった。

マリベル「最初から 期待は していなかったけど……。」

アルス「マリベルは ここの宿に 泊まるといいよ。ぼくは みんなと 船に戻るからさ。」

マリベル「そうは言ってもねえ… あたしも お風呂だけ 借りられれば あとは どこでもいいわよ。」
マリベル「慣れっこだしね。」

そうこうしているうちに宿屋の主人が誰かを連れて戻って来た。

*「ここの教会の シスターに 事情を説明しましたら 快く講堂で 寝床を提供してくださるそうです。」

主人がそう言うと後ろから初老の女性が一同の前に現れる。

*「たいした もてなしも できませんが うちでよろしければ 簡易ベッドを ご用意させて いただきます。」

アルス「本当ですか!」

*「ええ 是非 体を休めていってください。」

ボルカノ「そりゃあ 助かります。では お言葉に 甘えて。」

*「おお こいつは ラッキーだ!」

コック長「神は わしらを 見捨てなかったのですな。」

思わぬ助け舟に乗組員たちは口々に喜び合う。
142 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:37:35.22 ID:WJPu1BOR0
ボルカノ「さて 肝心の 宿だが 何人泊まれるんだい?」

*「うちは4人です。ただ 女性の方も 同じ部屋に なってしまいますが いかがなさいますか?」

アルス「どうする? マリベル。」

マリベル「あたしは 別に かまわないわよ。この船の人たちは あんたと違って あたしを 襲ったりなんて しないでしょうからね。」

アルス「ええっ!?」

突然の言葉に思わず少年はたじろぐ。

*「アルス お前……。」

アルス「ご 誤解ですってば!」

*「とんだ 野郎だぜ コイツぅ!」

アルス「か 勘弁してください〜!」

マリベル「っぷ… あはははっ!」

アルス「……もう!」

マリベル「ごめん ごめん …ぷぷぷっ くっ苦しい。」

少女は笑いを堪えながら苦しそうにお腹を抱えている。
人の寝てるベッドに潜り込んできたのはいったいどこの誰なのかと問い詰めてやろうかと迷うものの、
また気を落とされるのも忍びないと思い、少年はなんとか堪えることにした。

ボルカノ「わっはっはっ! それじゃあ こっちに4人 残りは教会だ。 それでいいか おまえら?」

*「ウスっ!」

ボルカノ「よし それじゃ アルス おまえは コック長 飯番 マリベルおじょうさんと ここに泊まれ。おれたちは 教会で厄介になるからな。」

アルス「わ わかりました。」

ボルカノ「それじゃ 明日の朝 ここで 落ち合うぞ。解散!」

こうして漁師たちはぞろぞろと教会へと歩いて行った。

父親と別れた後、少年たちも交代で風呂を済ませ早々に床に就いたのだった。
143 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:38:52.10 ID:WJPu1BOR0

アルス「…………………。」

ふと少年が喉の渇きに眼を覚ました時、まだ月は天頂付近で夜を謳歌していた。

隣のベッドでは少女が猫のように体を縮めて寝ているのが見て取れる。
そのベッドの下では少女が連れ込んできた猫が同じように丸まって眠っていたが、
少年が床から起き上がり扉に手をかけた時、いつの間にか目を覚まして少年の足元に纏わりついていた。

アルス「外に 出たいのかい?」

トパーズ「……にゃあ。」

アルス「…おいで。トパーズ。」

少年は猫を脇の下から救い上げるとその腕に抱えて宿の受付へと顔を出した。

*「おや アルスさん 寝付けないんですかい?」

そこには既に営業を終え、寝る準備に取り掛かる宿屋の主人がいた。

アルス「いえ 水差しが 空になってしまったので 少しお水を もらおうと……。」

*「そうでしたか。少々 お待ちください。」

そう言って宿屋の主人は奥から硝子の水差しを持って戻って来た。

*「はい どうぞ。」
*「他になにか ご用意しましょうか?」

アルス「いえ 大丈夫です。」
アルス「……あれから どうですか?」

*「村は 平和そのものですが どうも最近 妙な噂が 広まってましてね。」

アルス「妙なうわさ?」

*「はい。なんでも あの ラグレイどのが 実は なんでもない人で 英雄をかたって 村人を 騙していたんじゃないかって 話です。」

アルス「な なんですって?」

*「一緒に 魔王を打ち倒した あなた方なら その話が 嘘だって みんなに教えて あげられるんじゃないですか?」

アルス「…………………。」
アルス「そうですか……。わかりました ありがとうございます。」

*「いえいえ。もう遅いですし 明日にでも 村を回ってみてください。」

アルス「はい おやすみなさい。」



*「よい 夢を。」


144 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:39:53.42 ID:WJPu1BOR0

アルス「ラグレイが 偽物の英雄か…。」

宿屋を出た少年は風に当たりながら誰に語り掛けるでもなく呟く。

アルス「本当のところ そうなんだけど このままだと 彼は 村を 追い出されて 永遠に 悪者扱いだよなあ。」
アルス「……ねえ。ぼくは どうしたらいいかな…?」

少年は溜息をつくようにポツリと腕に抱えた猫に語り掛ける。

トパーズ「……な〜。」

アルス「ごめんよ。きみに わかるわけないよな。」

そう言って少しだけ強く抱きしめると猫は身動ぎして少年の腕からスルリと抜け落ちる。

アルス「あっ……。」

トパーズ「…………………。」

猫は少年の顔を見上げると歩き出し、しばらく辺りを散策した後、宿屋の上の階段でうずくまった。

“今日はここで寝るよ”

揺らめく長い尾がそんな風に語っているようだった。

アルス「…そっか。うん おやすみ。」

そう答えてから少年は宿に戻り、胸に小さな不安を抱いたままベッドへと潜り込む。そうして隣で眠る少女の寝息や料理人たちのいびきを聞きながら、どうにも寝付けない夜を過ごしたのだった。





そして……

145 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/27(火) 19:40:32.95 ID:WJPu1BOR0





そして 次の朝。




146 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:45:24.25 ID:WJPu1BOR0

以上第5話でした。

ここでは短いお話を二つ用意しました。

一つはマリベルと亡き祖父との思い出話。

現在のプロビナには老人の憩いの家が村の北側にありますが、
そこに行くとマリベルが自身がおじいちゃん子であったことを語ります。

今回のお話ではそんなマリベルの過去を想像して掘り下げてみました。
何故アップルパイなのか?と言われると正直なところ細かいことは考えていません。
(ただ、「マリベルにはリンゴ」という漠然としたイメージからできあがったお話なので)
この辺りは完全に作者のオリジナル設定なのでお気に召さないかもしれませんがどうかお付き合いください。

もう一つは三毛猫トパーズのお話。

このお話から世にも珍しい雄の三毛猫「トパーズ」を仲間に加えました。
立て続けで申し訳ないのですが、こちらも作者のオリジナルです。
(普通の猫ちゃんなので、どうか多めに見てください……。マスコット的なあれです。)
第5話の後編ではこの子を中心としたドタバタを推理もの風に見立てて書いてみました。
マリベルはとばっちりの連続で少々かわいそうですが、最後はやっぱりアルスに助けられます。

ちなみに昔の漁師さんは航海のお供にオスの三毛猫を連れていったという逸話がありますね。
染色体の関係でオスの三毛猫が生まれる確率は1/30000なんだとか。
(ネットで引っ張ればこの手の情報はすぐに出てきますね……)
おまけに生殖能力が低い(或いはない)というのですからその価値はドラクエの世界でも非常に高いのではと推測できます。

◇さて、次回はメザレでとある事件が起こります。
偽の英雄ラグレイはいったいどうなってしまうのか……?
147 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 19:52:40.71 ID:WJPu1BOR0

*第5話の主な登場人物

アルス
ひよっこ漁師。
機転を利かしとある痕跡からマリベルにかけられた嫌疑を晴らす。

マリベル
一張羅が破かれたので新しい衣装に衣替え。
たまたま焼いたアップルパイに祖父過ごした記憶を思い起こす。
干物泥棒の疑いをかけられるがアルスの協力により汚名返上。

ボルカノ
船長。その立場上、苦しい判断を迫られるが、船員のことを誰よりも信頼している。
無粋なことはしない主義。

コック長
料理の際は熱中するためあまり周りを気にしない。
色々な意味でよくやらかす飯番の監督者。

飯番(*)
同じく調理中は集中しているためあまり周りをみない。
それでも料理の腕は確かな様子。

アミット号の漁師たち(*)
喧嘩っ早いのがたまにキズ。
ノリツッコミはお手の物。どちらかというとボケ役?

トパーズ
アミット号に紛れ込んできた珍しい雄の三毛猫。
飢えをしのぐために干物をこっそりと盗み食いするが、
爪とぎの痕からアルスとマリベルに発見される。
航海のお守りにと船員の仲間入り。


148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/27(火) 20:08:23.43 ID:eBAdlurr0
そういえば実写CMでマリベルがリンゴかじってた気がする
149 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/27(火) 22:53:44.26 ID:WJPu1BOR0
>>148
そうでしたね!
あとはなんといっても表紙でしょう。
さすがに旧約聖書をモチーフにしているだけはありますね。
150 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/28(水) 19:34:22.04 ID:HiFRyoCx0





航海六日目:真の英雄




151 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:35:04.35 ID:HiFRyoCx0



*「…ルス……ア………て…」




アルス「…うう…ん…?」




マリベル「アルス 起きてっ! 起きなさいったら!」




中途半端な睡眠を繰り返していた少年は少女の声で目を覚ました。

アルス「マリベル…? どうしたの そんなに 慌てて……。」

マリベル「なんだか 村の中の様子が 変なのよ。」

アルス「へん……?」
アルス「まさか…っ!」

少年は急いで身支度すると用意されていたトーストを齧りながら表に飛び出した。
152 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:35:54.50 ID:HiFRyoCx0




*「おい ねえちゃん どうなんだ!」

*「そうよ いつまで 待たせる気なの!」

*「本当のことを 話してよ!」

村の一角には人だかりができていた。

*「で ですから もう少しだけ お待ちください…!」

どうやらとある邸宅の前で若い女性を囲んで何やら抗議しているらしい。

マリベル「みんな どうしちゃったのかしら…。」

アルス「…やっぱり!」

そう呟くと少年はその人だかりに向かって走り出す。

マリベル「あ ちょっと アルスっ!?」

アルス「すいません 通してください!」

*「あ アルスさんだっ!」

飛び込んできた少年の姿に気付き村人たちが道を開ける。

*「おおっ アルスさん!」

*「なにっ!?」

*「マリベルさんも 一緒だぞ!」

マリベル「ちょっと アルスってば!」

慌てて後を追いかけてきた少女の目の前には見覚えのある女性が困り顔で立っていた。

*「あ アルスさんに マリベルさん! いいところに 来てくれました!」
*「この人たちを なんとか してくださいよ〜!」

そう言って二人に話しかけてきたのは、この村でかつて魔法のじゅうたんを譲ってくれた青年に仕える若いメイドだった。

マリベル「この騒ぎは いったい……。」

*「詳しいことは ひとまず ニコラさまと ラグレイさんに聞いてください!」
*「さあ どうぞ 中へ!」

アルス「……はい!」

少年が短く返事をすると給仕人の娘は少しだけ扉を開き、二人を屋敷の中に押し込んだ。

153 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:36:31.72 ID:HiFRyoCx0



*「ニコラさま ラグレイさん アルスさんたちが お見えです!」

そう言うや否や、扉と壁にできた狭い隙間から二人の英雄が屋内へと押し込まれてきた。

マリベル「いったたた…! もうっ なんなのよ!」

アルス「こ こんにちは 二人とも。」

ニコラ「アルスさん! それに マリベルさんじゃ ないですか!」

ラグレイ「ああっ! あなた方は!」

そう叫んで桃色の装甲に身を包んだ男は突然やって来た客の腕を引っ張り奥の部屋へと連れ込んだ。

ニコラ「…………………。」

もう三度目のことになるため、もはやお約束の光景なのだと一人残された青年は納得するしかなかったのだった。

154 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:37:28.23 ID:HiFRyoCx0

ラグレイ「アルスどの マリベルどの!」
ラグレイ「男ラグレイ 本当の本当に 正真正銘 最後の お願いでありまする。」

マリベル「いいえ。」

ラグレイ「まだ 何も 言っておりません!」

マリベル「いいえ。」

ラグレイ「話だけでも! 話だけでも聞いてくださいっ!」

マリベル「いいえ。」

ラグレイ「…………………。」

[ マリベルは ラグレイに うらみがましい目で にらまれてしまった! ]

マリベル「何よ。今回も どうせ あたしたちに 口裏合わせろとか 言うんでしょ?」
マリベル「そんなの お断りに 決まってるわよ!」

ラグレイ「そこを なんとか!」

マリベル「いいえ。」

ラグレイ「後生ですから! この通り!」

マリベル「 イイエ。」

ラグレイ「じゃあ 諦めます。」

マリベル「いい……はい。」

ラグレイ「ひっかかりませんか。」

マリベル「バカじゃないの?」

ラグレイ「ううう……。」

まるで漫才のようなやりとりをしばらく続ける男と少女だったが、しばらくその様子を見ていた少年が遂に口を開く。

アルス「ラグレイさん。表にいる人たちは 何を 求めているんですか?」

ラグレイ「それが……。」

[ ラグレイは アルスに 事情を説明した。  ]

アルス「やっぱり 宿屋の主人が 言っていた 噂は本当だったのか。」

ラグレイ「頼みますよ〜 アルスどの! その海よりも 広い心で この哀れな男を お救い下さい!」

アルス「最近 海は 大陸の出現で 狭くなりました。」

ラグレイ「アルスどのまで〜〜っ!」

そんなこんなで長いこと無駄に話していたせいか、表で住人たちを食い止めていた給仕人の娘が部屋に飛び込んできた。

*「みなさん もう 無理です! 限界です! はやく 表へ出て 事情を 説明してください!」
*「きゃあああっ!」

そう叫ぶメイドの後ろから勝手に入って来た住民が一挙になだれ込み、英雄“たち”はあっという間に取り囲まれてしまった。

*「おい ラグレイさんよお! 噂は聞いてんだろ?」

*「いい加減 白状したら どうなんだい!」

*「そうだ そうだ! 本当のことを 教えろよ!」

ラグレイ「あわわわ……。」

まるで魔獣の様に牙を剥く住人たちに“百戦錬磨の戦士”もたじたじとするばかり。

*「え? アルスさん マリベルさん あんたたち 知ってるんだろっ!?」

*「答えてください! 本当に ラグレイどのは 皆さんと 一緒に魔王と 戦ったんですか?」

アルス「えっ えっと…。」

仕舞いには住人たちの矛先が少年と少女に向けられる。

マリベル「え え〜 そうよ! みんなが 思ってる通り ラグレイは…」

痺れを切らした少女が本当のことを告げようとしたその時だった。
155 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:38:17.41 ID:HiFRyoCx0





*「たいへんだーーーっ!」





少女の言葉は駆け込んできた一人の男に遮られた。

*「まものが… 魔物が 村に 向かってきているぞ!」

その男は昨晩船を任せた舟守の漁師だった。曰く海を見ていたら村の方に魔物の群れが向かっていくのを見つけ、慌てて先回りをしてきたという。

*「なんということだ!」

*「どうしよう もう 魔物なんて いなくなったと 思ってたのに……!」

*「もうだめだ… おしまいだ……!」

もともと戦いとは無縁な平和な村というだけあって、住人たちの中に魔物と戦える者など誰もいなかった。

ボルカノ「おい! アルス いったい どうしたってんだ!」

アルス「父さん! 魔物が 村に 向かってきているんだ!」

ボルカノ「なんだと!」

騒ぎを聞きつけてやってきた父親に少年が手短に説明する。

*「ボルカノさん! 魔物が! 村の東に 魔物がっ!」

遅れてやってきた修道女が血相を変えて叫ぶ。

アルス「マリベル!」

マリベル「うん!」

少年と少女は目を合わせ、住人に避難するよう指示を出そうとした。

その時だった。

ラグレイ「みなさん!」

*「……!」

ラグレイ「みなさんは この家の 南にある階段から 地下へ 避難してください!」
ラグレイ「わたしは ここにいる アルスどのたちと 魔物を 迎え撃ちます!」

アルス「ラグレイさん…!」

*「で でもそれじゃ あんたたちは…!」

ラグレイ「心配ご無用! みなさんのことは 男ラグレイ 命に代えても お守り通します!」

ニコラ「ラグレイどの…!」

*「みなさん こちらです! わたしに ついてきてください!」

給仕人の娘が大声で叫び住人を誘導する。

アルス「父さんは みんなが 避難し終わったら 入口をふさいで!」
アルス「ぼくが 合図するまで 決して開けないで。」

ボルカノ「しかし アルス!」

アルス「父さん…… ぼくたちを信じて。」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「死ぬなよ 息子よ。」

アルス「……わかってる!」

拳を打ち付け合うと少年は一目散に走り出した。
156 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:39:27.70 ID:HiFRyoCx0

その後を追いかけて少女と男が駆け出す。

マリベル「あんた ちゃんと 戦えるんでしょうね。」

ラグレイ「なめてもらっちゃ 困りますな。これでも 一人で 魔王の城から 生きて帰ったんですから。」

マリベル「ふん。足手まといには ならないで頂戴ね!」

そう言って少年の隣で立ち止まる。その視線の先では魔物たちがゆっくりと進軍してきていた。遠くからはさらに大きな足音が近づいてきているのがわかる。

*「ビギャギャオース!!」

少年たちめがけて真っ先に突撃してきたのは紫の鱗を持つ翼竜だった。どこを見ているともわからない白目が体躯の威圧感に加えて不気味さを醸し出している。

アルス「アンドレアルか!」

少年が叫びながら真上に跳ぶ。少女と男も真横にステップし難なく攻撃をかわす。素早さでは叶わないと踏んだのか、踵を返した翼竜は振り向きざまに燃え盛る火炎を吐きつけた。

マリベル「フバーハ!」

炎が吹き付けると同時に三人の周りを優しい光が纏い、業火はそれを避けるように散っていった。

アルス「ありがとう!」

マリベル「ふふん。 もっと褒めなさい!
マリベル「お返しよ!」

少女が不敵に笑うと体に青白い光を纏わせ、口から白く輝く猛烈な冷気を吐き出した。

*「ビギッ!!」

凍てつく息を吹き付けられ、たまらずドラゴンは背中を見せる。

アルス「そこだ!」

少年が飛び上がりその背中に叩きつけるように剣を振り下ろす。

*「ビギャギャギャ……!!」

背中からはまるで魂が天に昇るように竜を象った炎が立ち上り、あっという間に翼竜は沈黙してしまった。

ラグレイ「なんと! こうも一瞬で!」
157 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:40:08.45 ID:HiFRyoCx0

マリベル「あたしたちを なめない方が いいわよ!」
マリベル「……っ!」

そう言ったのもつかの間、三人の周りにはどこから現れたのか無数の海月のような魔物が漂っていた。

ラグレイ「しびれスライム!! それも こんなにたくさん!」

マリベル「あら あんたでも 知ってたの? それなら マヒに 気を付けるのよ!」
マリベル「…ベギラゴン!」

少女が呪文を唱えると共に地面を這う巨大な火柱が走り抜け、低空で浮かぶそれらを飲み込み焼いていく。

*「ビビビっ!?」

たまらず散り散りに逃げ出そうとするところを鎧の男と少年が獲物を手に疾走する。

アルス「せい!!」

ラグレイ「だああっっ!」

少年の剣先は流れるように空間を縫い五月雨のごとく斬撃の雨を降らし、鎧の男のそれは先の読めないめちゃくちゃな動きで相手の不意をつく。

一見乱れているようでいて完璧な連携だった。

*「ピピピピ……。」

うんざりするほどいたゼラチン質の化け物はあっという間に切り刻まれ、焦げたたんぱく質の臭いを漂わせながら地面に散乱した。

マリベル「別の呪文で やるべきだったかしら。臭くて かなわないわ…。」

アルス「あとで掃除が たいへんだね。」

マリベル「しかし へんてこ斬りとは 考えたわね。」

ラグレイ「へ? あ いや 別にそんな…。」

“狙ってやったわけではない”

なんてことを言いたげな顔の男だったがこの場はとりあえず黙っておくことにした。良い方に誤解されるというのはある意味この男の才能なのかもしれない。

マリベル「さて 次は……。」

アルス「南だ! 坂の下から 異様な気配がする!」

長旅で得た感覚を頼りに、少年は再び風の如く走り出した。

158 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:40:49.16 ID:HiFRyoCx0

ラグレイ「こ これは……!」

*「ズズズ…ずるずる…。」

それはまさに身の毛のよだつような光景だった。村で唯一の井戸を取り囲んでうごめくそれらは周りの木々を赤く染めながらその“全身”を使ってゆっくりと歩いていた。

*「にんげん…人間だ…。」

*「握手しよう… あくしゅしよう…。」

*「おれみたいに どろどろに…。」

やってきた少年たちに気付いたそれらは、どこから発しているのか分からない低く呻くような声で恐ろしい言葉を繰り返している。

アルス「ブラッドハンド…!」

ラグレイ「まずいっ! あの井戸の下には みんなが!」

マリベル「落ち着いて 二人とも! あいつらは 水のある所には 行けないはずよ!」

焦る二人を落ち着かせてから少女は再び詠唱を始める。

マリベル「これでも喰らいなさい!」

[ マリベルは マヒャドを となえた! ]

次の瞬間、這い歩く血の上に巨大な氷の刃が次々と突き刺さる。

*「あああああ……。」

*「かたまる からだが かたま る……。」

*「ううう お かえし だ。」

[ ブラッドハンドFは ヒャドを となえた! ]

一匹のそれが呪いのように呟くと空から小さな氷柱が降り注いだが、男が少年と少女の前で仁王立ちすると氷の塊は桃色の鎧に当たって砕け散ってしまった。

ラグレイ「大丈夫ですか。お二人とも。」

アルス「ありがとうございます。」

マリベル「なーによ かっこつけちゃって。あんなの 片手で はじいて終わりよ!」

ラグレイ「わははは……。」
ラグレイ「さて。では ケリを つけましょう!」

真剣な表情に戻ると男は獲物を携えて動きの鈍った血の海へと切り込んでいった。

ラグレイ「ぬおおっ!」

さきほどまでの不可思議な動きとは打って変わり、今度は一体一体地に還すように重たい一撃を繰り出していく。

*「おおお…… こ… い……。」

そうして最後の赤い手も大きく反り返った後、ゆっくりと前に項垂れて地面に吸い込まれてしまうのだった。

ラグレイ「よし……。」

“残すは地響きの主だけだ”

そう男が思った時であった。






アルス「ラグレイさん 跳ぶんだ!」
159 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:41:52.59 ID:HiFRyoCx0




ラグレイ「ぬっ!?」

少年の忠告に男が飛び退いた場所には長く柔らかい“ヒダ”が、見失った獲物を捜すように辺りを探っていた。

ヒダは少年たちの囲む井戸の中から伸びている。

アルス「ま まさか!」

想定していなかった最悪の事態を予感し少年に悪寒が走る。

マリベル「メラゾーマ!」

固まる少年を尻目に少女が炎の上位呪文を唱え、潜んでいるであろう“舌”の主に攻撃を加える。

*「ゲッヘヘエエエエ!!」

しゃがれた叫びと共に飛び出してきたのはいつの間にか井戸に取りついた緑色の悪魔だった。

*「…………………。」

巨大な火球で焼かれた体から黒い煙が立ち上らせ、悪魔はギョロリとした両の眼で少年たちを睨む。

マリベル「やっぱり ホールファントムだったのね。」

アルス「ブラッドハンドの 切り札か…!」

再び獲物を構え、次の攻撃に備えようとしたその時だった。





*「グ エ エ エ エ エ エ エ!!」





井戸の亡霊はけたたましい雄叫びを上げて三人の耳をつんざいた。

160 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:43:01.68 ID:HiFRyoCx0

ラグレイ「ぐああっ!」

もろに衝撃を受けてしまった男は堪え切れずに耳を塞いで硬直する。その隙を見逃すはずもなく醜い怪人は涎を垂らしながら舌を伸ばし男を襲う。

マリベル「あ バカっ!」

魔物が動く前に気付いた少女は耳鳴りに耐えながら疾風のごとく駆け出し、その勢いに任せて男を弾き飛ばす。

ラグレイ「ぬおっ!?」

吹き飛ばされた男は訳が分からず地面に転がったが、やがて振り向くと自分の身代わりになって締め上げられる少女の姿が目に入った。

ラグレイ「マリベルどのっ!」

マリベル「っ! ぐうう…!」

強い圧力に軋む体に力を籠め、少女は必死に折られまいと抵抗していた。歯を食いしばり、か弱い腕に魔力を籠めて拘束を緩めようともがく。
しかし獲物を捕らえた本人は狡猾に眼をぐにゃりと歪ませさらに力を籠める。

ラグレイ「いまっ 今助け…!」

マリベル「く…うううう… がはっ…!」

転げた体を起こし立ち上がろうとする男を待ち、尚も力を緩めずに堪えていた少女だったが、遂に力の拮抗が崩れたのか、血を吐き出し苦しそうに悶え始めた。

ラグレイ「ぬ…ぬおおっ ……!?」

なんとか立ち上がり、男は剣を構えて走り出そうとする。

しかし。

*「エヒャアアアア!」

次の瞬間、振り向いた男の目に飛び込んできたのは、舌を切断され情けない悲鳴を上げてもだえる井戸の亡霊だった。

アルス「ベホマ。」

再び少女の方に視線を向けると男の前には少年が立っていた。咳き込み座る少女に向けて回復呪文をかけると少年はゆっくりと立ち上がる。
その全身に返り血を浴び、真っ赤に顔を濡らして魔物を見据える姿は正に“鬼神”のそれだった。

アルス「…………………。」

ラグレイ「あ アルスどの……。」

アルス「…ラグレイさん マリベルを頼みます。」

ラグレイ「は はひっ!」

少年の気迫に押され、男は思わず鼻水を垂らして気の抜けた返事をしてしまう。

*「ゲ… へェひゃひゃひゃ…。」

深手を負って尚も器用に笑い声を上げながら、“それ”は少年に向かって辺りに転がっていた石を投げつける。

アルス「…………………。」

その石がいくつぶつかろうとも少年はびくともせず、真っすぐ、ただひたすら真っすぐに井戸の中心に向かって歩んでいく。

*「げ…ひ…ひぃ…!」

その異様なまでの威圧に、恐れを知らないはずの亡霊もたまらず首を引っ込め逃げ出そうとする。

しかしその体はちっとも奥に降りて行かない。

何事かと上を見上げた時には既に体は浮き上がり、少年の眼とびったりと合ってしまっていた。

*「へ…へっ…へっ…。」

先ほどまでの愉悦そうな表情はどこへ行ってしまったのか、その白黒の瞳を文字通り白黒させて恐怖の感情を体現していた。

アルス「やあ。あのコの体は 柔らかかったかい?」
アルス「どんな 気分だったかな。動けない 女の子を 締め上げて もてあそんでさ。」

*「ひゅ…ヒュー ヒュー…。」

アルス「…………………。」





アルス「さようなら だ。」

161 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:43:52.87 ID:HiFRyoCx0

首を締め上げていた少年の腕に青白い光が走り、辺りをまばゆい光が包む。

瞬くその間に緑色の化け物は真っ黒に染め上げられ、風に吹かれて跡形もなく消し飛んでしまった。

マリベル「あ… アルス……?」

固まったまま微動だにしない背中に少女が声をかける。

アルス「っ……!!」

遅れて雷に打たれたかのようにビクッと体が揺れ、少年は悪戯を叱られた子供のようにバツが悪そうな顔で振り返った。

アルス「た ははは…… また やりすぎちゃったかも…。」

マリベル「まったく あたしは あれぐらいじゃ くたばらないって いっつも言ってるでしょうが!」

アルス「ご ごめん つい…。」

マリベル「もうっ 大袈裟なんだから。」

生きるか死ぬかの攻防の後にも関わらず、少年と少女はさも当たり前のようにちょっとした反省会を開いている。

ラグレイ「な… なんてことだ…。」

男は恐怖していた。

“レベルが違いすぎる”という共闘してみて感じた実力の差だけではない。

少年から感じた得体も知れない力に。

その純粋な怒りに秘められた底知れぬ力に。

ラグレイ「わたしは… こんな人たちと 共に 戦ったことに していたのか…!!」

男は酷く後悔していた。自分はこれまで幾多の戦いを経て、戦士としての実力を身に着け、大抵の脅威には立ち向かえる自信があった。
それこそ魔王の出現を聞き、背中を押されて止む無く城に忍び込んだ時でさえ、傷を負いながらもなんとか生き延びて帰る程には。

だが目の前にいる少年たちに、そんな自分のちっぽけな驕りは粉々に砕かれてしまったのだ。

アルス「ラグレイさん! 父さんたちを 見てきます!」

そう言って少年は井戸の中へと飛び込んでいった。

マリベル「あ ちょっと 待ちなさい! スクルトっ!」

続いて少女も飛び込んでいく。

ラグレイ「…………………。」

男は自分が恥ずかしかった。

大見栄を切って飛び出してきたくせに自分より二回りも若い女性に危機を助けられ、
青年に圧倒的な力の差を見せつけられ、今こうして情けない姿を晒している自分がたまらなく恥ずかしかった。

それと同時に怒りがこみ上げてきた。

守るべき存在に守られてしまう自分の不甲斐なさに。

下らぬ嘘や見栄の鎧で身を守る自分の弱さに。

ラグレイ「ちくしょう…っ!」

男は井戸を少しだけ覗きみる。

ラグレイ「今度は わたしが 助ける番だ……!!」

再び全身に力を入れると、少しずつ近づいてきている地鳴りのする方へ一人走り出す。



その瞳には、炎が宿っていた。

162 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:44:31.93 ID:HiFRyoCx0

アルス「……どこだ!」

井戸の底では少年が辺りを見回していた。

しかし人々の姿は暗闇に視界を阻まれ見えてこない。

*「……どいてえええええっ!」

アルス「へっ……?」

[ なんと! マリベルが アルスの 立っている場所 目がけて 降ってきた! ]

アルス「わわっ! っぐ…!」

マリベル「キャっ!」

寸でのところで軸をずらし両腕でがっちりと受け止める。

アルス「はあ…。」

マリベル「ふー… ってアルス。あんた 上 見ちゃった?」

アルス「え? それって どういうこ……。」

マリベル「…………………。」

アルス「…いやいや 見てない 見てないってば!」

マリベル「……ふーん?」

アルス「…………………。」

マリベル「赤? 白?」

アルス「ぴ …ピンげふうっ!!」



見事なとび膝蹴りが炸裂した。


163 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:45:24.97 ID:HiFRyoCx0

アルス「あたた……。」



*「アルスさん?」



アルス「へっ?」

少年の名を呼ぶ声と共に松明の灯りが近づいてくる。

アルス「に ニコラさん……?」

ニコラ「アルスさんじゃ ないですか!」
ニコラ「どうしたんですか そんな 苦しそうに …って 血だらけ じゃないですか!」

アルス「いや これは ぼくのじゃなくて。」

少年が転がり込んだ先には先ほど別れた青年が立っていた。

どうやらケガはしていないようだった。

マリベル「ったく どうしたってのよ…。あら ニコラじゃない 無事だったのね。」

ニコラ「おかげさまで なんとか。」

アルス「こっちに 魔物が出ませんでしたか?」

ニコラ「ええ 上の方で 不気味な笑い声がしてましたが どうやら こちらには 気付いていないようでした。」

アルス「そうですか! ご無事で なによりです。」

マリベル「……他の 人たちは?」

ニコラ「あっちです! ボクの家の 宝物庫へと続く 扉の先で 避難しています。」

青年の照らす先には鉄格子の扉が見えた。

その向こう側は闇に包まれ見えはしないものの、人の気配を感じ取ることができる。

マリベル「そう それなら いいんだけど。」

村人や仲間の安否を確認し、二人はそっと胸を撫でおろす。

しかし。



*「………………!!」



マリベル「…今のは!」

どこからか響いてきた地鳴りに近づきつつある存在を思い出させられる。

ニコラ「……ところで お二人とも ラグレイどのは?」

アルス「いけない! 慌てて飛びこんだから すっかり 忘れてた!」

地上に置いてきてしまった戦士はそれきり姿を見せもしなければ声をかけても来ない。

嫌な予感を胸に少年たちは再び地上を目指してロープを上りだした。

ニコラ「あの! ボクたちはっ!?」

アルス「まだ 隠れていてください! 残りの奴も すぐに 倒して戻ります!」

マリベル「ちょっと ニコラ! スカートの中 覗くんじゃないわよ!?」

そう言って少女は下に向かって小さな火球を投げつけ、真下に来ようとする青年を牽制する。

ニコラ「うわっ! あぶないな!」

マリベル「いいことっ? おとなしく してるのよ!」

それだけ残し、今度こそ二人は地上へと消えて行ってしまった。

ニコラ「がんばってくださーい!」

一人残された青年の声援が山彦のように地下に木霊していく。
164 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:45:57.62 ID:HiFRyoCx0

*「おい ニコラ どうしたんだ!」

その声を聞いてやってきたのか、佇む青年の後ろから荒くれ男が声をかける。

ニコラ「いや アルスさんと マリベルさんが 様子を見に来ていたんだよ。」

*「そうか ラグレイさんは 一緒じゃなかったのか?」

ニコラ「うん 一人で 魔物と戦っているんじゃないかな?」

*「なにっ!」

*「それは 本当かいっ!」

いつの間にか青年の目の前には村人が集まってきていた。

ニコラ「みんな どうしたんだ! 危ないから 隠れているように 言われたじゃないか!」

*「そうだけどよ 黙ってるわけにゃ いかねえぜ。」

*「そうよ 英雄たちが いるんだもの!」

*「英雄たちの戦う 雄姿を 見届けるんだ!」

ニコラ「あ 待って! ちょっと!」

ボルカノ「ニコラさん!」

ニコラ「ああ ボルカノさんっ! 村のみんなが…。」

ボルカノ「済まねえ 数が多すぎて 止められなかった。」

ニコラ「……こうなったら ボクたちも 行きましょう!」

*「うすっ!」

ボルカノ「やばくなったら すぐに 逃げるんですぜ。」

ニコラ「わかってます!」

こうして地下にいた全員が地上を目指して走り出し、再び地下はもぬけの殻となってしまった。

そんな空間に響く水の打ち付ける音は、いつしか大きな地鳴りによってかき消されていく。



脅威は、すぐそこまで迫っていた。

165 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:47:09.24 ID:HiFRyoCx0

アルス「…いない!」

地上へと戻った少年達が井戸の周りを見渡すもそこには誰の気配もなく、鈍く重たい音だが最後の一体の接近を知らせるだけだった。

マリベル「まさかとは 思うけど 一人だけで 行っちゃったのかしら?」

アルス「っ……!」

マリベル「考えても 仕方ないわ。行くわよっ アルス!」

アルス「うん!」

そうして二人は震源地に向かって全速力で坂を駆け上がり、すぐにぶつかった通りを北に向かって走り抜けた時だった。

アルス「あっ! あれは!」

そこには立ちはだかる巨大な竜と、傷んだ兜を脱ぎ捨て満身創痍で立ち向かう男の姿があった。見れば鈍竜もあちこちに傷を受けており、かなり息が上がっているようであった。

マリベル「あの色は ドラグナーね!」

その竜は先ほどの翼竜よりもさらに毒々しい紫の鱗に包まれ、嫌悪感を誘う浅葱色の体表には血管の浮き出ており、何のために存在するのかもわからない貧弱な翼が醜く太った身体を強調していた。

*「ゲッ ヒャッヒャ!!」

不細工な顔から発せられる間抜けな笑い声と共にその口から燃え盛る火炎が噴き出される。

アルス「ラグレイさんが 危ない!」

しかし男は吐き出された炎にひるむことなく剣を構えると、意を決したようにその炎の中へと飛び込んでいった。

アルス「フバーハ!」

マリベル「バイキルト!」

すかさず二人は補助呪文を唱え、沸き上がる陽炎の向こうで繰り広げられているであろう一騎打ちの行方を固唾を飲んで見守る。




*「ゲヒャアアアアア!!」




直後、おぞましい断末魔に空気が揺れた。

マリベル「ど どうなっちゃったの……?」

アルス「……あれはっ!」

陽炎の消えたその向こうには、巨大な塊が地面に横たわっていた。

マリベル「あっ……!」




ラグレイ「…また 助けられてしまいましたな。」



166 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:47:42.67 ID:HiFRyoCx0

塊の横から男が現れ、少年たちに歩みよりながら照れくさそうに頭を掻く。

アルス「ラグレイさん!」

マリベル「やったじゃない! 一人で ドラグナーを 倒せたのね!」

ラグレイ「一人でなんてとんでもない! 二人の援護がなかったら 今頃 わたしは 焼肉になって…!」

*「うおおおっーーー!」

*「キャー! 今の見たっ!?」

ラグレイ「っ…!?」

二人の賛辞に男が謙遜して答えようとするも、いつの間にか地下から抜け出てきた村人たちの歓声によってそれは阻まれた。

*「ワシはしかと ラグレイどのの雄姿を 見届けたぞ! 」

*「ありゃあ 間違いねえ! 英雄ってのは 本当だったんだ!」

*「ラグレイさん かっこいいー!」

あれよあれよという間に人だかりが出来上がり英雄たちは取り囲まれてしまった。

ラグレイ「なっ…!」

アルス「み みなさんっ!」

マリベル「避難してたんじゃ なかったのっ!?」

驚愕する三人の元に少年の父親がやってきて申し訳なさそうに言った。

ボルカノ「すまねえ 二人とも! みんなが どうしても 三人の戦いが見たいって 抑えがきかなくなってな。」

アルス「そうだったんだ…。」

ボルカノ「……しかし 恐ろしい バケモンが まだ こんなに 残ってたとはな。」

そう言って漁師頭は辺りに散乱した魔物の残骸を見つめながら険しい顔を作る。

マリベル「どれもこれも 魔王と一緒に 出てきた奴らね。」

アルス「数も 前に比べて さして 変わりなかったね……。」

こうなってはこれから先の旅にも何か支障が出る可能性がある。
さらに言えばこれから向かう先々では既に何かが起きている可能性も否めない。

想定していなかった事態に遭遇し、少年たちは唸って黙り込んでしまうのだった。

167 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:48:17.38 ID:HiFRyoCx0

*「さっすがは ラグレイどのだ!」

*「偽物だなんて 疑ったりして 悪かったね。」

ラグレイ「いや あの わたしは…!」

考え込む少年たちを横目に偽りの英雄は冷や汗をかく。
村人たちにはやし立てられ、真実を言うべきタイミングをまたしても失ってしまったからだ。

*「これで これから先も この村は 安泰だあ。」

*「そうだな なんせ こっちには 英雄ラグレイが ついてるんだもんな!」

村人の称賛は尚も止まらない。

ラグレイ「ち 違うんです! わたしは 本当に…。」

その時だった。





*「ゲヒャア!」





絶命した思っていた怪物がいつの間にか目を覚まし、最後の抵抗を試みようと巨大な足で思い切り地面を踏み鳴らした。

*「うわあああっ!!」

凄まじい揺れに辺りにいた人々は成す術もなく転倒していく。

アルス「わわっ!」

マリベル「キャーっ!」

少年達とて例外ではなく、寸でのところで堪えるも大きく体勢を崩してしまった。

*「ゲッ ヒャヒャヒャ!」

勝ち誇った様な笑みを浮かべてソレはのそのそと歩き出し、一番近くにいた女性に向かって巨大な爪を振り下ろした。






*「いやあああ!」





168 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:49:15.58 ID:HiFRyoCx0






“ズブ……”






女性が頭を抱えてうずくまると同時に肉を突き刺す音が走る。

飛び散る鮮血に誰もが目を塞いだ。

少年たちでさえ。






*「………えっ……?」

しかし当の女性は生きていた。

それどころか掠り傷一つ負っていなかったのだ。

*「…うそでしょ……。」

目を開いて女性は言葉を失う。

ラグレイ「…………………。」

女性の上には覆いかぶさるようにして男が固まっていた。

その背中には深々と怪物の爪が突き刺さっている。

ラグレイ「お おじょう さん 無事 でした か。」




アルス「はあっ!」

マリベル「やっ!」




男が崩れ落ちるよりも早く少年が紫の塊を蹴り飛ばし、少年の肩を踏み台に飛び上がった少女が身体から眩しい閃光を放つ。

*「ゲウッ!」

体勢を崩し視界を奪われた鈍い体はたちまち地面に倒れてばたばたともがきだす。

アルス「これでっ!」

マリベル「おわりよ!」

目線で合図を送り合うと二人は目の前で腕を交差させて一気に振り下ろす。

*「「グランドクロス!」」

[ せいなる しんくうの やいばが ドラグナーを おそう! ]

*「ゲ ヒャアアアア!!」

光の爆発に巻き込まれ、恐ろしい形相のまま怪物は四散して消えてしまった。

アルス「…………………。」

魔物が完全に消え去ったことを確認し二人は村人たちの中心に駆け寄っていった。


169 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:49:59.63 ID:HiFRyoCx0

男は地面に横たえられていた。傷口からは今も命が流れ出し赤い水溜まりを作っている。
その手は女性に握られ浮いてはいたものの力が入っている様子はなく、ずっしりとした重みだけが女性に伝わってきていた。

*「どうして… どうしてよ ラグレイ!」
*「あたしは あんたのこと ずっと 疑ってたっていうのに…。
*「噂を流して 皆をけしかけたのも あたしだっていうのに…。」
*「知ってたくせに……。」

ラグレイ「おじょうさん い いいんです よ。…あ あなたの推理は 正しい。」
ラグレイ「ごめんな さい みなさ… たしかに わた…は うそを ついていました。」
ラグレイ「わ たしは 伝説の 英雄 なんかでは あ…ま せん。」
ラグレイ「つい 出来心で 嘘 を ついて みなさんを だ だまして…。」

アルス「ラグレイさん! いま 回復します!」

そういって差し出しされた少年の腕をもう片方の手で力強く掴み、その動きを制す。

アルス「な……!」

ラグレイ「いいん です アルス さん。」
ラグレイ「これは 罰 な んです。人を か たったわたしへの。」

マリベル「どうして あんな 無茶したの! 下手したら そっちの お姉さんだって ただじゃ すまなかったのに!」

ラグレイ「あ ルスさん あなたが たは いつも …たしを たす…て くださった。」
ラグレイ「こん…は わたしが… だ だいすきな みなを たすける ばん…。」

ニコラ「もう いい! ラグレイどの! それ以上しゃべらないで!」

男の独白を黙って聞いていた村人たちが、すすり泣き男の名を呼ぶ。

ラグレイ「ふ ふふ わたしは おろ かもので す。でも いまは し しあわせです。」
ラグレイ「…………………。」

少年の腕は解放されていた。





*「あ……。」




170 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:51:01.47 ID:HiFRyoCx0





マリベル「ザオリク。」





皆が固唾を飲んでその最期を見届けんとした時、静寂を破るようにして少女が呟いた。

次の瞬間、男から流れ出ていた血が止まり、痛々しかった傷はみるみる塞がり、
真っ白になっていた男の顔に少しだけ赤みがさしたように見えた。



マリベル「……ばかねえ。」
マリベル「あやまんなら 最初から 嘘つくんじゃないわよ。」
マリベル「……それにね あんたが いなくなったら 誰が この村を守るっていうの?」

ラグレイ「…………………。」

沈黙したままの男に少女は尚も投げかける。

マリベル「英雄サマなら ちゃんと最後まで セキニンもちなさいよね!」
マリベル「あんたがそんなんじゃ メルビンが泣いちゃうわよっ!」

アルス「マリベル…。」

マリベル「少しでも 反省してるなら 簡単に死を選ぶんじゃなくて! 生きて その身でしっかり 償いなさいよ!」

アルス「マリベルっ!」

マリベル「なによ。」

アルス「…そのくらいに してあげて。」

マリベル「……ふんっ。」

言いたいことだけ言った少女は村人の間を掻き分け宿屋へと歩き出す。





*「いや まったく その通りですな。」





マリベル「……!」

しかし声の主に気付いて少女ははたと立ち止まる。



ラグレイ「わたしは 自分の命が もはや 自分だけのものではないことを 忘れておりました。」
ラグレイ「これからは 嘘の鎧を脱いで ありのままの自分で 生きていこうと 思います。」
ラグレイ「ありがとう マリベルさん。おかげで 目が 覚めました。」

少しだけ震えが混じっていた礼の言葉を背中に受け、少女は振り向きもせずに言った。

マリベル「わかればいいのよ。わかればっ。」

そうして今度は上機嫌で歩き出し、今度こそ少女は宿の中へと姿を消したのだった。




どこからか現れた一匹の三毛猫を連れて。


171 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:51:59.55 ID:HiFRyoCx0

*「ラグレイさん もう 動けるんですか?」

少女が去った後、男は村人たちの手により青年の家に運ばれていた。
ベッドを取り囲むように村人たちは居間に集まり、男の容態を心配そうに見つめている。

ラグレイ「ええ おかげさまで この通りですっ!」

そう言って男は得意げにチカラこぶを作ってみせる。

ニコラ「いやあ 一時は どうなるかと 思いましたよ。」

家主の青年が安堵の表情を浮かべて言う。

ラグレイ「ニコラどの それに アルスさん。本当に 申し訳ない。」
ラグレイ「村の 皆さんにも たいへん ご迷惑を おかけしました。」

そう言うと男はベッドの上で深々と頭を下げた。

アルス「……これから どうするんですか?」

少年の問いかけに男がゆっくりと頭を上げて答える。

ラグレイ「伝説の英雄を語った わたしの 罪は 大きい。」
ラグレイ「わたしの処遇は 村のみなさんに 決めてもらおうと 思います。」

そう言って男は辺りを見回す。

*「なーに 言ってんだ ラグレイさんよ。」

近くにいた荒くれ男が語り掛ける。

*「確かに あんたは 伝説の英雄でも なんでもないかもしれねえけどよ。」
*「俺たちは あんたの おかげで 命を 拾ったんだ。」

*「あなたは こんな わたしのために 命をかけて 助けてくれじゃない。」
*「ごめんなさい ラグレイ。あなたは 確かに 英雄だったわ。」

顔を紅潮させた女性がまなじりの涙をすくいながら言う。

*「そうだよ! あんたを 英雄と呼ばないで なんていうんだい!」

*「そうだ! 俺たちの村には 英雄が ちゃんといたんだ!」

*「あんたは ニセモン なんかじゃ 決してねえぜ!」

ラグレイ「みなさん……。」

次々と賛辞を飛ばす村人たちの中で、少年がそっと声をかける。

アルス「ラグレイさん。ぼくたちは確かに 魔王を倒して 世界を救いました。」
アルス「でも ぼくらには 助けたくても 助けられなかった命が いくつもあります。」
アルス「だけど あなたは 自分の意思で… その力で 多くの人の命を 守り通したんです。」
アルス「……ぼくには とても できないことだ。」
アルス「伝説の英雄でも 偽りの英雄でもない。あなたこそ 真の英雄です。」

ラグレイ「あ アルスどのっ…! わたしは… わたしは……!」

そこまで零して男は遂に泣き崩れてしまった。皆が見ているにもかかわらず、流れる涙を惜しみもせず、声を押し殺して静かに泣いていた。
172 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:52:34.76 ID:HiFRyoCx0



*「……さーてっ 忙しくなりますよ ニコラさま!」

少しだけ上ずった声で給仕人の娘が叫ぶ。

*「すぐに お片付けして 宴の準備を しなくては なりませんからねっ!」

ニコラ「…………………。」
ニコラ「ああっ!」

一瞬呆気に取られていた青年だったが、遅れて彼女の意図を解し、力強く頷く。

*「おう いっちょやるか!」

*「よおし それなら 早速 準備しなくちゃな!」

*「あたしも 料理 手伝うよ!」

*「それなら いったん解散して すぐに 広場に集合だ!」

村人たちも賛同し、フィッシュベルの漁師たちと屋敷の者を残してさっさと出て行ってしまった。

アルス「…………………。」

“自分も一度宿にもどろう”

村人たちの後に続いて少年が扉に手をかけた時だった。

ラグレイ「アルスさん。」
ラグレイ「…ありがとうございました。」

男の声に振り返りもせず、少年は困ったように微笑みながらつぶやく。

アルス「……お礼なら マリベルに。」

少年が退出するとそれに続いて漁師たちも出ていき、部屋には男一人となった。

ラグレイ「…………………。」
ラグレイ「真の英雄 か…。」

誰もいない部屋の中でポツリと呟くと、男は何かを決心したように体に力を入れるのだった。

173 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:53:30.65 ID:HiFRyoCx0

マリベル「そう そんなことが あったの。」

アルス「うん…。」

宿屋のベッドの上で寝転んでいた少女がごろりと寝返りを打って少年の方を見る。
対する少年は新しい服に着替え、ベッドに腰掛けて三毛猫の寝顔を観察している。

マリベル「ふーん。ま 今回のことで ラグレイも ビクビクしながら 生活しなくて 済むんじゃない?」

アルス「そうかもね。」
アルス「あ そうだ。ラグレイが マリベルに お礼言ってたよ。」

マリベル「あっそ。まあ 当然のことよね〜。」
マリベル「美人のあたしに ザオリクなんて かけてもらえたんですものね〜。」

脚をバタつかせながら少女は猫にちょっかいを出して言う。

トパーズ「ナ〜ゥ ナゥナゥ〜…。」

当の猫は面倒くさそうに少女の手を前足で受け止めている。

アルス「ニコラたちが この後 パーティーを 開くんだってさ。」

マリベル「あら そうなの? 今回の漁 行く先々で パーティー三昧ね。」

“あたしらも偉くなったもんだわ〜”とこぼす少女に少年は思わずカラカラと笑う。

マリベル「なによ。なんか 変なこと 言ったかしら?」

アルス「ごめん ごめん。でも 言われてみれば そうだよね。」
アルス「旅の最中 こんな風に もてなしてくれたのなんて うちの王様か 砂漠の国くらいだもんね。」

マリベル「そうよ。本当だったら あっちこっちで 歓迎される はずだったのに あったま来ちゃうわっ!」

そう言ってぷりぷりと怒る少女の表情の変わりようがおかしくなり、少年は再び笑い出す。

マリベル「……いつまで 笑ってんのよ! このっ!」

アルス「うわわっ!」

少女は急に起き上がると少年の身体を押し倒し、仰向けになった少年の腹にドッカリと座ると悪戯な微笑みを浮かべる。





マリベル「そんなに 笑いたきゃ…!」





アルス「ま マリベル待って それはっ!」





マリベル「笑わして あげるわよっ!」
174 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:54:37.61 ID:HiFRyoCx0

少年の必死の静止を払いのけ、ワキワキとその指を動かす。

[ マリベルは くすぐりのけいを おこなった! ]

アルス「うわっ うわはっ うわはははっ!」

マリベル「こちょこちょこちょ〜っ!」

アルス「やめっ やめて! あ…あはははっ!」

マリベル「そ〜れそれそれっ!」

アルス「うはひゃひゃひゃっ! し しんじゃう…ひひひひっ!」

マリベル「死んだら 生き返らせてあげるわよ〜? うふふふ〜。」

アルス「ご ごめっ ごめんってば!」

マリベル「あ〜 聞こえないわね〜 なんですって〜??」

片方の口角を上げてわざとらしく言うと少女は目を細めて悪党の顔を作る。

アルス「ひっひっひ… ご ごめんなさ…っ!」

マリベル「だ〜れにものを 言ってるのかしら〜 アルスく〜ん??」

アルス「ぐ…ぐぐぐ …ま マリベル お嬢様 ごめんな…さひっ! ひひひ…!」

マリベル「もう 笑わないって 約束できるかしら〜?」

アルス「も … もうわらいませふ…んっ! ふ ふ ふう…っ!」

笑いすぎて体を硬直させながら真っ赤な顔をした少年が懇願すると、ようやく満足したのか女王はピタっと手の動きを止める。

アルス「はーっ! はーっ! は… はあ…。 ゴホッ ゴホッ。」

ようやくくすぐり地獄から解放され、少年は苦しそうに咳き込みながら酸素を取り込んでいる。

マリベル「……で なんで笑ったのかしら?」

アルス「ごほっ そ それは……。」

マリベル「それは……?」

少女が舌なめずりをして再び手を動かそうとすると、観念した少年が小さく呟く。

アルス「うっ…それは ま…。」

マリベル「ま?」



アルス「ま… マリベルの顔が かわいくて……。」



ベッドの脇を見ながらさらに顔を赤くして少年が口をすぼませ言う。

マリベル「な… な…っ。」









*「おーい 二人とも パーティーの準備ができたっ て……。」





175 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:55:40.69 ID:HiFRyoCx0

扉が開かれ、同じ部屋に泊まっていたアミット号の飯番が二人を呼びにやって来た。

よりにもよって最悪のタイミングで。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

トパーズ「…くぁ〜… にゃむにゃむ。」

*「…………………。」
*「ご… ごゆっくり。」

“かちゃり”

扉が閉じられ、辺りに再び静寂が訪れる。

*「…………………。」

馬なりに跨った真っ赤な顔の少女とこれまた馬なりに跨れている顔の真っ赤な少年。

はたかれ見れば完全に男女の営みの前ぶれだった。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

マリベル「ば… ば…っ。」












*「ばかあああああああ!」











甲高い音と共に少年の短い断末魔が村中に響き渡った。


176 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:56:51.03 ID:HiFRyoCx0

古いレンガ造りの家々を夕日が朱に染め、閑静な孤島の村は素朴な温かさを醸し出す。

村の中央では円卓の上に色とりどりの料理が並べられ、それを囲んで村人たちが談笑していた。

*「イタイ……。」

*「ガルルルっ!」

そんな広場のとある一角に漁師たちの集まる卓はあった。

アルス「ひどいや いきなり 叩くなんて……。」

マリベル「あんたが 悪いのよ あんたがっ!」

アルス「ええっ!?」

頬を擦りながら少年が抗議するも少女はすっかり頭に血が上っており聞く耳をもたない。

*「いやいや 噂には 聞いていましたが まさか あそこまで……。」

マリベル「ちょっとぉ! あんたも 勘違いするんじゃないわよっ!」
マリベル「あれは ちょっとした おしおきで…!」

*「ほほっ そういうのが お好みですか……。」

マリベル「ちっが〜〜う! キ〜ッ! なんて ついてない日なの!」

顔を沸騰させながら少女は飯番の男に怒鳴りつける。

アルス「マリベル 落ち着いて…!」

マリベル「アルスも アルスよ! さっきのが 誤解だって 説明しなさいよ!」

ボルカノ「どうしたんだ そんなに 騒いで。」
ボルカノ「マリベルおじょうさん 何か あったんですかい?」

そこへ井戸の前の民家から出てきた漁師頭がやってきて少女に尋ねる。

マリベル「ぼ ボルカノおじさま べ べつに なんでも……。」

*「いやあ 船長 聞いてくださいよ。マリベルおじょうさんと アルスがっ…!?」

マリベル「あたしと アルスが な に か し ら?」

*「ひっ … な なんでも ありませんです はいっ!」

ボルカノ「……?」
ボルカノ「…ははあ なるほど。」

飯番の反応と少女の焦り様に漁師頭は何があったのかをなんとなく察する。

“この手の話題には触れない方が賢明だ”

隣に立つ少年の頬にできたテガタがそれを物語っていた。

そこで男は先ほどまで自分が行っていたやり取りについて二人に説明することにした。

ボルカノ「ところで 二人とも さっき 王様からの書状を この村の長に 渡してきたんだが。」

アルス「えっ 本当に?」

マリベル「どど …どうだったんですか?」

少女がわかりやすく動揺していたが少年の父親は気づかぬ振りを貫くことにした。

ボルカノ「ええ。軍や 自警団が いるわけでもないから 周辺の警備はさすがに 無理だけど 漁に関しちゃ 全面的に 協力してくれるって話です。」

*「「よかったあ……。」」

わざわざ奮闘しただけあって交渉は概ねうまくいったらしい。そんな安堵から二人は揃って胸を撫でおろす。

気付けば先ほどまでピリピリしていた雰囲気もほぐれ、少女も落ち着きを取り戻していた。

ボルカノ「…………………。」

本当に胸を撫でおろしたのは少年の父親の方だったのかもしれない。
177 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 19:58:22.26 ID:HiFRyoCx0




*「お集りの皆さん 今日は 実に 良き日です。」

ややあってから宴の始まりを告げるべく、青年が皆の前に躍り出る。

ニコラ「魔物の脅威を 打ち払い 村は 再び 平和を 取り戻しました。」

*「いいぞ ニコラ!」

ニコラ「それだけでは ありません。我々は 真の英雄を ここに迎え入れたのです!」

*「ラグレイーーー!」

*「ラグレイさーん!」

声高々に呼ばれ、どこか表情は気恥ずかしそうながらも堂々とした足取りで、桃色の鎧を脱ぎ捨てた戦士が人々の前に現れた。

ラグレイ「あー… みなさん 初めまして。」
ラグレイ「わたしの 名前は ラグレイと 申します。」
ラグレイ「今日から 再び この村で ただの戦士として やり直すことに なりました。」
ラグレイ「今は ただの男ですが いつか 一人でも心配かけないくらい 強くなって みなさんのことを 必ず お守りします。だから……。」
ラグレイ「だから もう一度 大好きな みなさんと 一緒に いさせてください!」

*「…………………。」

ラグレイ「…やっぱり ダメで……。」

その時だった。若い女性がたった一人、ゆっくりと手を打ち鳴らし始めた。
やがてその音は他の者を巻き込み、いつしか辺りは拍手の嵐に包まれていった。

ラグレイ「み みんな……。」

*「ねえ ラグレイ。良かったら あたしの 家で暮らさない?」

拍手を始めた女性が戦士の前に出てその手を取る。

ラグレイ「し しかし……!」

*「いつまでも ニコラの家で 厄介になるつもり?」

ラグレイ「いや その しかし…それでは 結局 あなたの ご迷惑に……。」

*「いくらだって かけなさいよ。」
*「……だって あたしは もう 一生分 あなたに 厄介になっちゃったんだもん…。」

それは突然のプロポーズだった。
しばらく呆気に取られたように女性の目を見つめていた男だったが、やがて目に力がみなぎり、女性の両手を優しく握り返して言った。



ラグレイ「その… ご ご厄介に なります…。」



*「「「おおおおおおっ!」」」

二人のやり取りを固唾を飲んで見守っていた村人たちだったが、男の返事に再び盛大な拍手と歓声上げる。

*「いいぞー!」

*「あついね〜! にくいね〜! よっ 幸せもん!」

ニコラ「ラグレイどの おめでとうございます!」

ラグレイ「ニコラどの… ありがとうございます!」

ニコラ「…むぅ…… ボクもそろそろ 結婚を考えるべきかなあ。」

*「あら ニコラさま それなら 丁度いい お相手がいましてよ。」

青年の隣にいた給仕人の娘がそっとニコラの手を握る。

ニコラ「あ……。」

ラグレイ「おや ようやくですか。」

男は青年に優しく微笑んだ。

178 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 20:00:12.71 ID:HiFRyoCx0

いつの間にか公開プロポーズの場となってしまった宴は、規模こそささやかなれど飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎとなった。
青年は終始笑い続け、男は途中から泣きっぱなし。
漁師の男たちも元が陽気な連中の集まりということだけあって、
王宮や城下町で行われる華やかな宴よりも性に合うのだと言って楽しそうに村人たちと交流していた。
少年と少女も村を救った英雄として、魔王討伐の時よりも熱烈に歓迎されたのだった。



アルス「…もう ここも 大丈夫みたいだね。」

マリベル「そうね。本来あるべき 形に ようやく 戻ったって感じかしらね。」



そして今、夜も更けひとしきり宴が静まった頃、少年と少女は宿屋の中で静かに杯を揺らしていた。

程よい甘さで昂った心を落ち着けてくれる蜂蜜酒はまさに琥珀を溶かしたかのような美しい輝きを放っていた。
蝋燭の揺らめく灯りにひとたび傾ければ、めでたい宴の最後を名残惜し気に飾るような甘美な香りが鼻をくすぐった。

マリベル「ふふ。おいしい……。」

アルス「こっちで 飲まれているやつよりも 花の香りがすごいね。」

マリベル「あら アルスにも そういうの わかるの?」

アルス「んー…最近 なんとなく ね。」

マリベル「ふーん。そっか。」

一見他愛のない会話を二人はこれでもかと楽しんでいた。
緊張感を常に漂わせながら皆で旅した頃とはまた違う、ゆったりとした時間。
一つ一つの相槌すら心の底から愛おしむ時間にひたすら二人は耽溺していた。

こんな“どうでもいいこと”で何時間でも、何日でも楽しく過ごせるような気すらしていたのだ。

179 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 20:01:10.81 ID:HiFRyoCx0

マリベル「そういえば さ。」

不意に少女がつぶやく。

マリベル「さっき ラグレイから 聞いたんだけど。」

アルス「うん?」

マリベル「いや ね。あんたが ラグレイにしたっていう話。」

アルス「…………………。」

マリベル「あたしたちが 助けられなかった人たちがいるって?」

少年は昼間に自分が男に話したことを思い出していた。

少女は尚も続ける。

マリベル「確かにそうね。目の前で魔物に連れ去られたり 石のまんま治せなかったり。」
マリベル「知らない間に殺された人たちだって たくさんいたわ。砂漠の城も ダークパレスを作った大工さんたちもね。」
マリベル「ううん 人だけじゃないわ。チビィだって もしかしたら 命を落とさずに 済んだかもしれない。」
マリベル「……マチルダさんなんて 今にも 夢に見る始末よ。」

アルス「…………………。」

マリベル「でもね。そんなの ほとんど あたしたちの せいじゃないのよ。」

アルス「…仕方なかった。」

マリベル「そうよ。仕方なかった。」
マリベル「みんなみんな 救ってあげることなんて 神さまでもなければ できないことよ。」
マリベル「いーえ。あの クソじじいですら みんなは 救えなかったじゃない。」
マリベル「アルス。あなたは 神さまを 超えた存在にでも なりたいっていうの?」

アルス「……そんなんじゃないよ。」

マリベル「だったら いちいち 気に病むのも ほどほどにしなさい。」
マリベル「いくら 精霊の加護がついてるからって 人の子である あんたが できることなんて 些細なことよ。違くって?」

アルス「違わないさ。ぼくは ただ……。」
アルス「ぼくは ただ 悔しいだけなんだ。」

少年は押し殺していた気持ちを吐き出すようにぽつりぽつりと語りだす。

アルス「あの時 ああしていれば 救えた命が いくつあった? …ってね。」
アルス「仕方ないことだなんて わかってるさ。ぼくは ただの 漁師の息子なんだ。」
アルス「でも……こわいんだ。」
アルス「いくら 強くなったつもりでも 知らないところで 大切な人が傷ついているのに 助けることができない。」
アルス「今 この瞬間だって どこかで 誰かが 傷ついているかもしれない。 ぼくの 大切な 人が……。」

マリベル「…………………。」

アルス「これから ぼくが 漁に出ている間だって いったいいつ 何が起きるか わからない。」
アルス「だから 本当は きみを 連れていきたい。」
アルス「……マリベル。きみを 失ったりしたら ぼくは…っ!?」


180 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 20:02:31.06 ID:HiFRyoCx0

気付けば少年の視界は暗闇に支配されていた。



マリベル「ばかね……。」

否、少女の胸に抱きかかえられていたのだ。

マリベル「いっつも いっつも そうやって 一人でくよくよ 悩んじゃってさ。」
マリベル「ほんとに あんたは いっつも 一人でしょい込みすぎなのよ。」
マリベル「なんの ために あたしが あんたのそばに ついてるんだか。まったく… こっちが 自信なくしちゃうわ。」

少年の頭に回していた腕の力を少しだけ緩め、少女は少年の目を見つめる。

マリベル「ずるいわよ。あんた ばっかり。」
マリベル「アルスの悩み あたしにも 教えてよ。あんたの 背負ってるもの あたしにも 背負わせてよ。」
マリベル「…あたしは あんたの なんなのよ……?」

アルス「マリベル…。マリベルは その……。」

マリベル「なあに?」

アルス「ぼくの… いちばん大切な人。」
アルス「きみが いたから どんなことだって 頑張れたし これからも ずっと 一緒に いて欲しい。」
アルス「どんな時でも 君が笑ってくれるなら ぼくは なんでもできる。」
アルス「だからこそ 君を失うわけには いかない。…命を投げ捨てても 守り通すよ。」

マリベル「……ダメよ それじゃ。」
マリベル「死ぬときは 一緒だって 決まってんだから。それにね……。」

少女は再び少年の頭を抱きしめる。

マリベル「あたしは どんなことがあっても あんたの前から 突然 消えたりしないわ。」
マリベル「……あたしを 誰だと 思っているのよ。うふふっ。」
マリベル「世界一の 天才美少女 マリベルさまよ? あんたを残して そう簡単に 死んだりしないんだからね。」 

アルス「マリベ る…。」

マリベル「さあっ! 今だけは あたしの胸を貸してあげるから。」
マリベル「……悲しい気持ち 悔しい気持ち ぜーんぶ 出しちゃいなさい。」

アルス「うっ……くっ……。」

マリベル「…ほーら よしよし。思いっきり泣きなさいな。」

そういって優しく少年の頭を撫でる少女の目からは月の滴が一粒だけ零れだし、琥珀と紅の輝きを写して静かに流れ落ちていく。



喉の奥に残った蜂蜜酒の甘さが、どこか切なく、しょっぱく感じた。


181 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 20:03:31.04 ID:HiFRyoCx0



コック長「どうしたものか。」

*「ええっ!? どうするも こうするも 寝床はここなんですよっ…?」

コック長「…………………。」
コック長「仕方ない 今日は シスターに無理言って 協会で寝かしてもらうとしよう。」

*「そんなあ…。」

コック長「……お前も 嫁さんを貰えば わかるさ。」
コック長「さ つべこべ言わずに ついてこい。」

そう言って扉に耳を当てていた料理人たちは気を利かして宿屋を後にするのだった。



マリベル「悪いことしちゃったかしらね……。」

部屋の中ではそんなやりとりに気付いていた少女が一人呟く。

マリベル「ま いいわよね。どうせ アルスのせいなんだし。」

そう言って少女は腫れた目を閉じてすやすやと眠る少年の髪を優しく撫でる。

マリベル「うふふっ。かわいい顔しちゃって。」
マリベル「やっと ハンサムになってきたのに 寝顔は子供のままね。」

少年の前髪を掻き分けその額に口づけを落とし、少女もまた瞳を閉じる。

マリベル「おやすみ アルス。」

どこからともなく聞こえてくる静寂が、激動の一日の終わりを告げる。

明日からの希望を夢見て、天高く月の舞う夜空の下、神の兵の村はひっそりと眠りにつくのだった。







そして……


182 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/28(水) 20:04:12.72 ID:HiFRyoCx0





そして 夜が 明けた……。





183 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 20:07:41.92 ID:HiFRyoCx0

以上第6話でした。

ラグレイ「男ラグレイ 一生にいちどの
最後のお願いでありまする。」
ラグレイ「どうか みなさんと共に 私も
魔王と戦ったことに してくださいっ!

→[ いいえ ]

ラグレイ「ううっ そんなことを言わずに
どうか どうか お願いします。
神にちかって これで最後ですから。」

→[ いいえ ]

…………………

魔王討伐の凱旋でこのループをやった人は少なくないことでしょう。
ええ勿論わたしもです。

今回はそんな風にいつまでも自分の保身に徹するラグレイに試練を受けてもらいました。
もともと彼はどこから来たのかは知りませんが、
居づらいはずのメザレに自らの足で戻ってきてしまった以上、
自分の居場所が欲しいのなら正々堂々とありのままを告げるのが筋ってものです。
……なんて偉そうなことを言ってますが、人は誰しもどこかしらで嘘をついてしまうもの。
わたしも少しでも自分をよく見せようと見栄を張ってしまうことがたまにあります。

でも、実際そういう風に自分の体を嘘の鎧で固めていくと、いつか身動きがとれなくなってしまうものです。
きっかけは何であれ、その鎧を脱いで自分を曝け出すというのはとても勇気のいることです。
偽りの英雄が真の英雄に変わるとき。
それは自分の中の見栄やプライドに打ち勝つ勇気を振り絞った時なのかもしれませんね。


それから、この第6話のラストではアルスが自分の中でわだかまる旅の傷をマリベルと分かち合います。
主人公、つまりプレイヤーとしてのわれわれの思うことと、
実際にゲームの中で少年が思うことはやはりズレがあるとは思うのですが、
もし、自分が実際にあの中の世界の主人公ならとてもじゃないけど耐えられないでしょう。
それほどにドラクエ7は陰欝なエピソードが多いです。

だからこそこのお話では、本来語られることのなかった『少年』の思いを、少しでも代弁できればと思い書いてみました。

もちろん、それは少女マリベルとて同じこと。
普段は強気な彼女も本当は普通の女の子。きっと多感な少女にはいろいろと思うところがあることでしょう。
それでも彼女は弱音を吐きません。
何故ならばそれは彼女が自分で望んで少年について行ったからです。

理由は何であれ、自分がしたいからそうする。

そんな彼女がいたからこそ少年は旅を全うすることができたし、彼女自身も旅を続けてこられた。

第1話でわたしが表現したかったのはそういうことなのです。

…………………

少々臭い話をしましたが、お話はまだまだ序盤です。

◇次回はメザレを離れ、次なる地を目指して海へ出ます。
(けっこう短いお話です)

◇ノロウィルスに感染してしまいました。
下痢は収まりましたが発熱で正直PCの前に座っているのもつらいです。
私情で申し訳ないのですが、もしかすると明日はお休みいただくかもしれません……

184 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/28(水) 20:11:51.86 ID:HiFRyoCx0
第6話の主な登場人物

アルス
世界を取り戻す旅の中で追った心の傷や不安を抱えている。
自分一人で背負いがちだったが、マリベルと共有することで少しずつ肩の荷を下ろしていく。

マリベル
同じく旅を経たことで様々な思いはあるが、かなり割り切って考えている。
優しすぎて心の傷を表に出さないアルスを優しく包み込む。

ボルカノ
性格は豪胆だが人や雰囲気の些細な変化には非常に敏感。
つまり人を良く見ている。
不器用ながら、的確な対応で場を丸く抑えてくれる頼れるおやじ。

コック長
料理人としての腕だけではなく、年長者らしい大人な対応で気遣ってくれる紳士。

飯番
ゴシップネタ大好き。
雰囲気をぶち壊すのに定評がある。

アミット号の漁師たち(*)
メザレ村の住人たちを避難させるのに一役買う。
煌びやかで華やかな王宮のパーティーより村や町の素朴な祭りの方が性に合う。

ラグレイ
メザレで厄介になっている戦士の男。
ウソを言って英雄扱いされていたが、今回の騒動で心を入れ替え、
ただの男として再出発する。

ニコラ
メザレに住む神の英雄の末裔。メルビンの盟友ニコルの遠い子孫。
容姿端麗な吟遊詩人。
「いくじなし」のレッテルをマリベルに張られるも、一族の使命には熱い。

ニコラのメイド(*)
ガボ曰く、「マリベルなんかより よっぽど きれい」だそうな。
父の言いつけを破れないニコラを陰で支える幼馴染。
居候のラグレイを苦々しく思っている。

185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2016/12/29(木) 15:58:57.93 ID:v/NSJRue0
ノロは一日じゃすまんぞ
酷い正月だった後悔したくないなら大人しくしとけ
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/29(木) 16:23:09.44 ID:wH99ZUHno
3日もありゃ症状は収まるで
ウイルス自体は1か月くらい保菌しとるけど
187 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:07:03.84 ID:TT/hGofC0
>>185
お気遣いありがとうございます。
熱も元に戻ったので投稿は続けますが、大事を取ってしばらくは外出を控えるつもりです。

>>186
お医者さんの薬のおかげか症状はほとんどなくなりました。
(念を押してしばらく絶食は続けますが)
なるべく他の人に移さないように努めます。

みなさんもどうかお気をつけて。
188 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/29(木) 19:08:35.52 ID:TT/hGofC0





航海七日目:三毛猫が顔を洗う時




189 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:10:19.60 ID:TT/hGofC0

*「う…うん……。」

窓から差し込む眩しい光に少年は目を覚ました。

アルス「……ん?」

少年が重たい瞼を上げると布団の白ではなくかわいらしい桃色の布が視界いっぱいに広がる。
目線を下に移してもそこには桃の生地が見えるばかり。

アルス「…あれ……。」

身動ぎしようにも何かががっちりと頭を押さえつけておりわずかしか動かすことができない。
代わりに前には容易く動け、視界が黒に染まる頃には柔らかい触感が少年の顔を覆っていた。

アルス「ま まさか……。」

少年を押さえつけていたものの正体は少女だった。
少女の腕は胸元に押し付けるように少年の頭を抑え込み少しも離そうとしない。

アルス「これって…。」

先日混乱した自分が少女に突撃した時のことを思い出す。

アルス「…………………。」

真っ赤な顔を少しだけ擦り付ける。

“パフパフっ!”

そんな擬音と共に少年の視界も心も桃色で満たされていくようであった





*「おはよう アルス。よく眠れたかしら?」





アルス「っ……!?」

突然頭上から降って来た声に少年が顔を上げると、少しだけ顔を赤らめた少女が少年の顔を凝視していた。

マリベル「お楽しみのところ 悪いんだけど。」

アルス「お おはよう マリベル …おじょうさま……。」

マリベル「もう一度 寝たいかしら?」

アルス「あ い いえ… 滅相もございませ……。」

マリベル「あ〜る〜す〜?」

アルス「ご ごめんなさい! ごめんなさい! つい 気持ちよくてっ!」

マリベル「…………………。」

アルス「……?」

マリベル「……っそ。まあ いいわ。」
マリベル「さっさと 起きましょ。あ お風呂入って 着替えるから 先に 出てってよね。」

そう言って少女は何事もなかったかのように伸びをすると
さっさと着替えを持って部屋を出て行ってしまった。

アルス「……??」

てっきりまた平手打ちが飛んでくるかと思っていた少年はしばらく動けずに瞬きをしていたが、
どこからか湯を流す音と共に聞こえた猫の断末魔に我に返り、手短に用意を済ませて部屋を後にするのだった。

190 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:10:54.63 ID:TT/hGofC0

ニコラ「もう 行ってしまうんですね。」

仕度を終えた少年たちを見送ろうとやってきた青年が名残惜し気に言う。

アルス「今日は 漁もありますし 次の目的地までは 距離があるので あんまり ゆっくりしていられないんです……。」

ニコラ「そうですか それは 残念です。みなさんの お話を もっと 聞きたかったんですが…。」

ボルカノ「悪ぃな あんちゃん。そのうち 新婚旅行にでも フィッシュベルに 来てくれ。」

ニコラ「ええ。その時は 是非。」

船長の言葉に青年は少しだけ照れた様子で返す。

*「ニコラさま。その前に やらなくちゃ いけないことが たっくさん あるんですからね!」
*「これからは わたしのワガママも 聞いてもらいますよっ。」

そんな青年の腕を掴んで普段着に身を包んだ彼の幼馴染が嬉しそうにはしゃぐ。

*「おお あっちも こっちも お熱いこった。なあ アルス。」

アルス「あ あははは……。」

銛番の男に妙な視線を送られ、少年はとぼけた様に笑うしかないのだった。

ラグレイ「アルスどの マリベルどの そして みなさん! この度は 本当に 世話になりました。」
ラグレイ「いつか わたしにも 必ず 恩返しを させてください。」

村の英雄となった男が威勢のいい声で胸を叩く。

その顔は、とても晴れやかだった。

マリベル「ふふっ 殊勝な 心がけね。お姉さんと 元気にしてるのよ。」

ラグレイ「ええ。みなさん 道中 お気をつけて。」

アルス「ありがとうございます。また 会いましょう!」

少年は男と固く握手すると、村の北に停泊している漁船へと向かって歩き始めたのだった。

191 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:12:45.34 ID:TT/hGofC0

*「いやあ 昨日は 色々あったけど 楽しかったですよ。」 

村の漁師が朗らかな笑顔で漁船の船長に語り掛ける。

ボルカノ「まあな。」
ボルカノ「ところで 大将。こっから 北の海は どんな様子なんだ?」

大陸が復活してからというものの、エスタードを中心とする海域には漁にきてはいたが、
大陸を挟んだ向こう側の海洋については漁師たちにとってほぼ未開の地と言っても差し支えなかった。

*「そうですね。水深はかなりあります。魚の種類も豊富ですが……。」
*「時々 嵐が 起こるんですよ。十分お気をつけなされ。」

ボルカノ「そうか。あんたにも 世話になったな!」

*「とんでもない。わたしたちが 受けた恩に比べれば 安いもんです。」 
*「みなさんの 大漁と 安全を 願っておりますぞ。」

ボルカノ「そっちもな!」

そう言って少年の父親は村の舟守とがっちりと肩を抱き合うと、船に乗り込み出航の合図を送るのだった。

アルス「さようならー!!」

*「みなさん ご達者でーっ!!」

大手を振って見守る舟守へ別れの挨拶を送り、漁船アミット号は気持ちの良い風を受けて遥か北の地を目指し進んでいくのだった。

192 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:14:07.95 ID:TT/hGofC0

マリベル「あそこも これで 一件落着ね。」

今はもうほとんど見えなくなってしまったメザレのある島を見つめながら、すまし顔で少女が言う。

アルス「うん。もう 心配ないね。」

“きっとこれからはあの戦士が村を守っていくことだろう”

最後に見せた男の雄姿に、二人は確かな自信を感じていたのだ。

マリベル「…………………。」

しかし少年にとっては、今はそれよりも心配しなければならないことがあった。

アルス「あ あのさ マリベル。」

マリベル「なに?」

アルス「お 怒ってないの?」

マリベル「何をよ。」

アルス「その 今朝の…。」

マリベル「ん? …ああ あれ?」
マリベル「いいわよ。ベツに 怒ってなんてないわ。」

アルス「本当に……?」

マリベル「なーに? それとも 怒ってほしいの?」

アルス「いやいやいやっ!」

マリベル「…ふん……。」

船縁に肘を置きながら頬杖をする少女は少年の顔を横に見ながらほんのり赤い顔で小さく溜息をつく。

どうやら少年は事なきを得たらしい。
193 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:14:55.48 ID:TT/hGofC0

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「お似合いだったね あの二人。」

少年が昨晩の求婚を思い出して言う。

マリベル「二人って どっちよ?」

アルス「どっちも。」
アルス「突然だから まさかと思ったけどさ。」

マリベル「あたしから 言わせてみれば どっちも意外すぎたわ。」 

少年とは対称的に少女は“うんざり”といった顔をする。

マリベル「ニコラは 思い込みは激しいわ 甘やかしたら どっぷりで 何もしないわ の ダメ男だったし。」
マリベル「ラグレイは 見栄っ張りで 極度の 寂しがり屋。」
マリベル「メイドも あの女の人も よく 求婚する気に なったもんだわよ。」
マリベル「どっちも御免だわね あたしなら。」

完全にこき下ろしていた。

マリベル「ま あの意気地なしどもも これからは しゃんとするかもしれないけどね。」

アルス「あ はは……。」

久しぶりに聞いた少女の毒舌に少年はたじろぎ、明日は我が身かと戦々恐々とする。

アルス「手厳しいなあ。」

マリベル「あんたが 寛容すぎるだけよ。」

アルス「そうかな?」

マリベル「そうよ。間違っても あんたは あいつらみたいな 男になるんじゃないわよ。」

アルス「えっ はは……。」

マリベル「返事は?」

[ はい ]

マリベル「うふふっ。ならば よろしい!」
マリベル「さて そろそろ お昼ご飯の 準備してこなくちゃ。」

そう言うと少女は音もたてずに階段を下りていく。

アルス「はあ…… 飼い猫なのは どっちなんだろうなあ トパーズ。」

トパーズ「…………………。」

少年は足元でグルーミングをしていた三毛猫にそっと呟く。

トパーズ「……なー。」

なんとも言えない表情で少年の顔を見つめて猫は少年の足周りをくるくると歩き始める。

アルス「おまえも 甘えん坊だなあ。」

足元のそれを抱き上げて少年は茶化したように言う。

アルス「……ぼくも 大差ないのかな。」

トパーズ「な〜う。ぅぅぅ…。」

顔を近づけたら軽いパンチが飛んできた。

194 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:16:29.94 ID:TT/hGofC0

ボルカノ「そろそろ 始めるか!」

*「「「ウスっ!」」」

西の地平線にはうっすらとフォーリッシュの町がある大陸の影が見えている。

本日はこの辺りの海域で漁をすることになった。

ボルカノ「よし アミを投げるぞおっ!」

*「「「ウース!」」」

男たちの掛け声と共に深い海原へ大きな網が投下されていく。

しばらくして縄が緊張し、網が張られたことを報せる。



その時、船長が息子を呼んで船の前方の海面を指さして言う。

ボルカノ「見ろ アルス あれが 潮目だ。」

アルス「すごい! 一本の線が できてる!」

少年の言う通りそこにはまるで一本の線のように波がしぶきをあげていた。

ボルカノ「この辺りは 寒流と暖流が 交わるみてえだな。」

マリベル「さっきの おじさんが 言ってたのって…。」

“魚の種類が豊富”という舟守の言葉がふと少女の頭によぎる。

ボルカノ「ええ。潮目ができるから なんでしょうな。」

それから小一時間、船長は巧みに帆を操り海原にできた道へゆっくりと船を走らせた。
その様子を食い入るように見つめる少年が思わず感嘆の声を漏らす。

アルス「父さんは すごいや! こんなに正確に 進めるなんて。」

ボルカノ「わっはっは! あたぼうよ 何年 漁師やってると 思ってやがる。」
ボルカノ「よく 見て置けよ アルス。そのうち おまえが 舵取りをするかもないんだからな。」

アルス「はい!」
195 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:18:17.48 ID:TT/hGofC0

幸い魔物の襲撃を受けることもなく船はいたって順調に北上していき、潮目も遂に終わりを迎えようとしていた。

*「いくぞー!」

漁師たちが一斉に網を引く。

マリベル「まーた 変な奴が いっぱい かかってるのかしらねー。」

アルス「くう… お 重い!」

ボルカノ「…ほお。みんな 気合 入れていくぞっ!!」

*「合点!」

*「…腕がなるぜぃ!」

船長の檄に漁師たちは体に力を入れなおし、少しずつだが確実に縄を手繰り寄せていった。

マリベル「ふんぬぬぬ……!」

少女も負けじと男たちに加わり縄を引っ張る。

*「見えてきたぞ!」

ボルカノ「それ もう一息だ!」

“ミシ……”

船縁取り付けた木の滑車が悲鳴を上げる。

*「おおっ!」

*「こいつは すげえ!」

漁師たちが思わず感嘆の声を上げる。

甲板に持ち上げられた網は獲物でパンパンに膨れ上がり、今にもはち切れんばかりだった。

マリベル「ちょっと ちょっと アルス! 大漁じゃないの!」

アルス「す すごい… こんなに いっぱい!」

ボルカノ「よーし それじゃあ 開けるぞ。」

船長は満足げな表情を浮かべると、他の漁師たちと共に大きな網をひっくり返した。

マリベル「うわあっ 大きいのが いっぱい 混じってるわね。」
マリベル「……あっ こら トパーズ!」

少女が魚を吟味していると、小さな魚をくわえて三毛猫が船尾に走り抜けていった。

ボルカノ「まあ あれぐらいは おこぼれですぜ。」

アルス「父さん これは?」

少年が一際大きい体を打ち付けている魚を指さして尋ねる。

ボルカノ「む。そいつは サメの仲間だな。」
ボルカノ「ものにも よるが 俺たちは いつも 切り身にしたり 卵を塩漬けにして 持ち帰ってんだ。」

アルス「そうだったんだ。……マリベル!」

少女の名を呼ぶその目はらんらんと輝いていた。

マリベル「そんな 期待した目で 見られてもねえ。あたしだって そんなに 大きいのは さばいたことないわよ。」
マリベル「ま コック長と 相談するから 後で 下まで運んでちょうだい。」

アルス「わかった!」

“今日の食事も豪華になりそうだ”

そんな期待を膨らませ、少年は元気よく返事をすると漁師たちに混じって獲物の選別に取り掛かり始めたのだった。
196 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:19:36.44 ID:TT/hGofC0

“ゴトン”

*「ふい〜 大漁 大漁!」

魚の詰まった大きな木箱を積み上げ、漁師の男が白い歯を見せて笑う。

*「これじゃあ さばいて開く方が たいへんだぜ。」 

*「これなら 次の港で ちょっとした 市が 開けるな。」

ボルカノ「そうだな。干物もそこそこにして 明日は こいつらを 市に出してみるか。」

そんな話で漁師たちが盛り上がっている中を猫がつまみ食いをするわけでもなく忙しなく走り回る。

トパーズ「にゃああああ!」

*「どうした にゃん公。落ち着きがねえな。」

*「おおかた 魚に 興奮してるんじゃねえか?」

トパーズ「…………………。」

漁師たちの声には耳も貸さず、三毛猫は走り回っては立ち止まりしきりに顔を洗っている。

*「……?」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「おい 早めに 片付けるぞ。」

*「どうしたんすか 船長。」

静寂を破った船長の顔を銛番の男が不思議そうに見つめる。

ボルカノ「……少し 荒れるかもしれん。」

そう言って漁師頭が見つめるその先、遠くの空には灰色の雲がうっすらとかかり始めていた。
197 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:22:04.44 ID:TT/hGofC0

マリベル「しっかし 異様に ブサイクね。」

調理場では少女が先ほど獲った“鮫と思わしき何か”とにらめっこをしていた。

コック長「わしたちは いつも ブタザメって 呼んでますよ。」

まじまじとそれを見つめる少女に料理長がその名を教える。

マリベル「なるほど なっとくの ネーミングね。」

漁師たちがブタザメと呼ぶ魚は鮫と呼ばれる割には随分とつぶれた鼻をしており、今にも“フゴッ”と鳴きだしそうだった。

コック長「さばくには かなり コツがいるんです。まず 湯をかけますぞ。」

マリベル「え?」

*「まあ 見ていてくださいよ!」

料理人は大きな薬缶を持ち上げると、流し一杯に横たわるそれに向かって熱湯を注ぎ始める。

マリベル「えええっ!?」

粗熱が冷めたのを確認すると、料理長はそのおろし金のような皮をそのまま指先で抓んでぺりぺりと剥し始めた。

マリベル「どうなっちゃってんのっ!?」

コック長「昔からの 知恵でしてな。サメの皮は こうすると 簡単に はがせるのです。」

マリベル「…面白いもんね〜。」

得意げな顔の料理人たちに思わず少女も感心した様子で丸裸になったそれを見つめる。

*「そして 酢の入ったお湯で 茹でるんですよ。」

マリベル「普通に 茹でちゃ ダメなの?」

コック長「まあ とりあえず 匂いを 嗅いでみてください。」

言われるがままに少女は皮の剥かれた鮫の身に鼻を近づける。

マリベル「…なんか クサいわね。すえた においっていうか。」

コック長「そのまま茹でても 臭くて あまり 美味しくないんです。」

マリベル「ふーん。それで どういうわけか 酢の 出番ってわけね。」

*「こんなことも あろうかと 酢は いつも 船に 積まれているんですよね。」

飯番は厨房の隅にある酒棚を指さしてその所在を知らせる。

コック長「さあ 急いで 下ごしらえしましょう。まだまだ やることは たくさん ありますからな。」

その言葉を合図に三人はてきぱきと手を動かし始める。

中央に置かれた卓に出来上がった料理が並ぶまではそう時間もかからなかった。
198 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:23:56.26 ID:TT/hGofC0

ボルカノ「今日は すごいな。」

*「そりゃ あれだけ 獲れましたもんねえ。」

コック長「わしらも 腕に よりをかけましたからな。」

その日の夕食は非常に豪勢だった。
数時間前に獲れたばかりの新鮮な食材をふんだんに使った海の幸のフルコースに、思わずその場の誰もが舌を巻く。

アルス「あ これって…!」

マリベル「そうよ さっきの ブタザメちゃんね。」

アルス「ん…。ずいぶん あっさりしてるんだね!」

ボルカノ「身の方はな。だが 卵巣や ヒレは 高値で 取引される 高級品でな。」
ボルカノ「卵巣は 濃厚な 味わいで 酒にはもってこいだ。」
ボルカノ「ヒレの方は 食感が良いとか言って ツウが 好んで わざわざ 買いに来るくらいだ。」

*「おれたちは タダだけどなっ!」

ご馳走を堪能しながら自然と会話に花が咲き船内は穏やかな雰囲気に包まれていた。





*「ボルカノさん!」





夕食を終えるまでは。

ボルカノ「どうした? もう交代か?」

*「ち 違うんです! どうも 波が 荒くなり始めてるような気がしてっ……!」

慌てた様子で駆け込んできた漁師はどうやら小さな異変に気付いたらしい。

ボルカノ「……やっぱりそうか。」
ボルカノ「見張りは もういいから お前も はやく食って 備えろ!」

*「はいっ!」

漁師は返事をするとすぐに空いた席に座って料理に手を付け始めた。

ボルカノ「コック長 この後は 火を 使わんほうが いいだろう。」

コック長「その様ですな。」

アルス「まさか……。」

マリベル「嵐でも きたのかしら?」

コック長「簡単に 言ってのけますが それなりに 覚悟した方が いいですよ。」

マリベル「わ わかってるわよ。あたしたちも 何度か えらい目に あってるしね。」

アルス「よく 沈まなかったよね ホント。」

修理した廃船で航海していた時のことを思い出し少年たちはうんざり顔で溜息をつく。

*「…今日は 眠れなさそうだな。」

漁師の一人が小さく呟く。




その言葉が、やけに大きく聞こえた。

199 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:24:54.15 ID:TT/hGofC0

甲板から報告があって半刻と経たぬうちにそれはやってきた。

*「うひゃー ひっでえ 雨だ!」

降りしきる雨の中、体を揺さぶるような強風が北東から容赦なく吹き付ける。

ボルカノ「おまえら 振り落とされるんじゃないぞ! 帆を右に回せ!!」

叫びながらも船長は船員に的確な指示を与えていく。

ボルカノ「よーし いいぞ! そのまま 前進だ!」

長年漁に従事してきた男たちにとって多少の嵐などそよ風に等しかった。
冷静な判断と迅速な対応が一つ一つ積み重なり、荒波に揉まれながらも漁船はなんなく海を駆けていく。

200 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:26:35.88 ID:TT/hGofC0

*「うわわわっ!」

しかし嵐との闘争は甲板の上だけではなかった。

風雨に晒されて揺れる船内では大量の積荷や道具が崩れないよう、
ありったけのロープや網でそれらを固定する作業に追われていた。

マリベル「ちょっと! レディに 体当たりするとは 良い度胸ね!」

体勢を崩してぶつかってくる飯番の男に少女が怒鳴りつける。

*「す すいませんっ! おわっ!」

マリベル「だああ! こっち くるんじゃないわよ! キャー! キャー!」

コック長「二人とも 落ち着きなさい!」

よろけふためく二人をなだめようと料理長が声を張り上げる。

*「は はひぃ……!」

マリベル「……今よ!」

揺れの弱まったタイミングを見逃さず、少女は再び縄を手に木箱を柱に括り付けていく。

マリベル「ふう…!」
マリベル「まさか こんな たいへんだなんてね…。あの ボロ船なら ほとんど空っぽだから こんなに 忙しくなかったのに!」

コック長「愚痴を言ってる 場合じゃ ありませんぞ!」

マリベル「ええ いそぎましょう!」


こうして漁船アミット号は今回の漁で初めての嵐に見舞われながれも懸命に耐え、
羅針盤だけを頼りに荒れ狂う闇の中を進んでいくのだった。







そして……



201 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/29(木) 19:27:22.60 ID:TT/hGofC0





そして 次の朝。




202 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:28:48.00 ID:TT/hGofC0

以上第7話でした。

猫がしきりに顔を洗っているとその日、または翌日は雨。
そんなお話がありますね。

今回は航海を行う上で避けては通れない嵐が近づく様子を、
三毛猫トパーズの行動に注目して書いてみました。

さて、嵐の中を航行するというのは非常に危険なことです。
信じられないような高波が発生することもしばしばあるそうで、
現在のように設備の整っていない帆船において、嵐は常に死と隣り合わせだったことでしょう。
転覆はもちろん、積載物によって怪我をしたり最悪の場合圧死もあり得ます。

主人公たちの住むグランエスタードにおいてどうしてあそこまで漁師たちがもてはやされたのか。
それはもしかするとそういった危険を孕んだ航海にひるまず出ていく男たちの姿があったからかもしれません。
そして同時にあの船乗りたちがどうして女性を乗せたがらなかったのも、そんな海の危険から守ろうとしたからかもしれません。

ちなみにこのお話で登場したブタザメは架空の生き物です。(一応)

…………………

◇嵐に揉まれて海を行く漁船アミット号。
果たして無事に次の目的地へたどり着けるのか。
203 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/29(木) 19:29:50.24 ID:TT/hGofC0
第7話の主な登場人物

アルス
新米漁師。
父ボルカノの仕事を目の当たりにし、少しずつ漁師としての技術を身に着けていく。

マリベル
網本の娘。
アルスにぱふぱふをするのはまんざらでもない様子。

ボルカノ
漁船アミット号の船長。
操舵も漁もウデはピカイチ。

コック長
長年の知恵で食材を的確に調理する。
アミット号のキッチンマスター。

飯番(*)
漁船アミット号で働く料理人。
腕は確かだが不測の事態には弱い。言うなれば肝が据わっていない。

アミット号の漁師たち(*)
嵐の一つや二つではへこたれない海の男たち。
どんなに激しい海でも経験と技術で乗り越える。

トパーズ
オスの三毛猫。
船上の生活をきままに過ごす。
湿気には敏感で、それが漁師たちにとっての一つの指標になったりならなかったり。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 04:06:20.12 ID:1s0Uqwmio
205 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/30(金) 18:45:01.80 ID:KJrfrKrx0





航海八日目:会議は踊る




206 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:45:37.48 ID:KJrfrKrx0

一晩中猛威を振るった嵐は明け方になってようやく静まった。

雲の間から差し込む光が、すがすがしい朝の訪れを告げる。

幸い船は大した被害もなく、疲労こそあれど皆脅威を乗り切った達成感に浸っていた。

ボルカノ「……終わったか。」

アルス「もう 大丈夫みたいだね。」

親子が髪から滴る水滴を拭いながら辺りを見回す。

*「みんな!」

船内へと続く扉が開かれ、心配そうな顔をした少女が飛び出してくる。

マリベル「みんな 大丈夫っ!?」

少女は辺りを見回し、船員一人一人の顔を確かめる。

皆その表情は疲れを浮かべながらも晴れやかで、日の出の光を浴びて輝いているように見えた。

マリベル「よかった……。」

アルス「やあ マリベル。そっちも 無事だったんだね?」

マリベル「うん。コック長も あいつも ピンピンしているどころか もう うたた寝してるわよ。まったく どんな 神経してんだかっ。」

アルス「あははは! ずるいなあ 二人とも。」

目の前でケラケラ笑う少年の顔をじっと見つめ少女は上目遣いで言う。

マリベル「…心配したんだから。」

そう言って少年の胸に両手を置いて身を寄せる。

アルス「ま マリベルっ! みんな 見てるよ……!」

マリベル「いいじゃない。ホントに 心配したんだから。」

濡れた服が張り付くのも構わずに少女はそっと少年の腰に手を回し肩に額を乗せる。

アルス「…………………。」
アルス「ありがとう。」

周りの目を気にしてたじろぐ少年だったが、漁師たちの温かい目線を受けてそっと少女の背中に腕を回す。





*「はやく 帰って 嫁さんに 会いたいなあ…。」

そんな愚痴がどこからともなく聞こえてきたのだった。

207 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:46:15.80 ID:KJrfrKrx0

*「いやー 腹減ったぜ!」

今は朝食時。東の空ではそれまでの鬱憤を晴らすかのように太陽が眩しく輝いている。

*「なんせ 一晩中 動いてたからな。そりゃ 腹も 減るわな。」

漁師たちは鳴りやまぬ腹を擦って笑う。

コック長「たいした ものが 出せなくて 申し訳ない。」

*「なんせ あっちこっち 元に戻すので 手いっぱいでして……。」

料理人たちはそう言いながら重たそうな瞼をこする。

マリベル「あーら 二人が 居眠りしなきゃ もっと 豪華にできましてよ〜?」

コック長「むむ……面目ない。」

*「返す言葉も ありません……。」

少女の手痛い指摘に二人は思わず咳払い。

ボルカノ「わっはっはっ! まあまあ マリベルおじょうさん こうして 生きて朝日を拝めるだけでも 贅沢なんだ。
この際 食事の 豪華さなんて 気にしませんよ!」

マリベル「もう ボルカノおじさまったら 甘いんですから。」

そんなやり取りに漁師たちは楽しそうに笑う。
今は何よりも嵐を乗り越えた安堵が些細なことすら最高に楽しく思えたのだった。

アルス「あと どれぐらいかな?」

ボルカノ「ん? もう そう遠くはないし 昼前には 着くんじゃないか?」

マリベル「ハーメリアねえ……。」

これといった期待を込めず、少女は久しぶりに口にするその町の名を呟く。

トパーズ「……くぁ〜。」

その椅子の下で大きく欠伸する猫は、もはや顔を洗おうとはしなかった。

208 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:46:47.31 ID:KJrfrKrx0

*「つ 着いた!」

それからというものの漁船アミット号は交代で休憩しながら順調に北へと進み、町の南に位置する海岸付近に停泊させた。

*「ふぃ〜 重かった!」

その後上陸した一行は、昨日捕れた獲物の一部を担いで町の入口へとやって来ていた。

ボルカノ「さすがに この量となると 運びがいがあるな。」

漁師たちは木箱を降ろし額の汗を拭っている。

*「ぜぇ ぜぇ……。」

飯番の男に至っては既に腰を下ろして天を仰いでいる。

さすがに重労働には慣れていないようだ。

アルス「腰に来るね……。」

マリベル「情けないわね〜 あんた 細身だけど チカラは かなり あるほうでしょ?」
マリベル「それぐらい どうってこと ないんじゃないの?」

腰を押さえる少年の背中に少女がバンバンと手の甲を打ち付ける。

アルス「戦いで使う筋肉と 労働は 別なの!」

マリベル「ふ〜ん?」

一息ついたところで船長が少年に問う。

ボルカノ「アルス 町の責任者か 代表者に 商売してもいいか 聞きたいんだが 誰だか 知らないか?」

アルス「ハーメリアの 代表者って誰だっけ?」

マリベル「アズモフ博士は 別に 町長って わけじゃないと 思うけど……。」

少女の言う通りこの町には町長と呼ばれる人物はおらず、件の博士も有名というだけで何か権力を持っているというわけでもなかった。

アルス「あっ でも 偽の神さまとの 謁見の時には アズモフ博士が来ていたんだよ。」

少年は各地から集まった顔ぶれの中に例の博士がいたことを思い出す。

マリベル「じゃあ 代表者ってことに なるのかしら。」

何にせよ、当てはそれしかないのだった。

アルス「父さん ぼくたち 行ってきます。」

ボルカノ「おう 頼んだぞ。今さら これ持って 戻るのも嫌だしな。」

そう言って父親は地面に積まれた木箱を指さして苦笑い。

アルス「わかってるよ。」

こうして漁師頭のおつかいを受けた少年と少女は昼の町の中へ入っていくのだった。

209 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:47:16.79 ID:KJrfrKrx0

海岸から吹き込む潮風が草原を渡り、町へと流れ込む。
心地よい日差しとそよ風の中、二人は近くにいた女性に声をかけられた。

*「いらっしゃい 旅の方。」
*「ここは ハーメリアの町。大洪水と老楽師の伝説が 語られる町です。」

アルス「こんにちは。アズモフ博士は いらっしゃいますか?」

*「ええ。たぶん ご自宅にいるかと 思うわよ。」

アルス「ありがとうございます。」

少年は礼を述べると少女と共に件の博士の家へと歩き出す。

マリベル「なんも変わりないわね ここ。」

アルス「それが 一番だよ。…っとと。」

扉の前までやってくると軽くノックし、中に呼びかける。

アルス「ごめんください! アルスです。アズモフ博士は いらっしゃいますか?」

しばらくすると扉が開き初老の男性が姿を現す。

アズモフ「やあやあ アルスさん いらっしゃい。」
アズモフ「話は 聞いてますよ! あの 魔王を 倒してくれたんですって?」
アズモフ「あれだけ止めたのに 本当に 倒してしまうなんて……。感謝してもしきれないほどですよ。」

アルス「いやあ そんな……。」

男の賛辞に少年はくすぐったそうにする。

アズモフ「それで 今日はどうしたんです?」

アルス「…じつは……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

アズモフ「そういうことなら 大歓迎です。」
アズモフ「別に 私に 権利があるわけでも ありませんが きっと 町の皆も 喜ぶでしょう。」

アルス「ありがとうございます。それじゃ 早速 準備してきます!」

礼を述べると少年は一足先に元来た道を戻り始めた。

マリベル「……そういえば ベックさんは?」

気配のない部屋の中を覗き込みながら少女が尋ねる。

アズモフ「ベックくんは いま 一人で 山奥の塔に 調査に行っていますよ。」
アズモフ「なんでも 老楽師と共に 怪物と戦った 三人の旅人の話を調べるんだとか。」

マリベル「あら そう……。」
210 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:47:46.24 ID:KJrfrKrx0

博士の家を後にし、少年たちは町の入口で待つ父親たちのもとへと戻ってきていた。

マリベル「たしか ここには来てなかったけど 話は伝わってきているみたいね。」

少女は先ほど博士が魔王討伐の話をもちだしたことを思い出していた。

アルス「うん。あんまり 他との町と接点がないから どうして知られたのかは わからないけどね。」

マリベル「おおかた 博士が どっかに行った時にでも 聞いてきたんでしょ。」
マリベル「…あっ ボルカノおじさま!」

その時少女が町の入口の塀にもたれかかっている漁師たちを見つけて駆け寄る。

ボルカノ「おう 二人とも どうだって?」

アルス「大丈夫みたいだよ。噴水広場で 市を開こう。」

ボルカノ「そうか。よし 行くぞ お前ら!」

*「「「ウース!」」」

威勢の良い返事と共に漁師たちは再び魚のたっぷり詰まった木箱を抱え、町の中へと行進していったのだった。

211 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:49:39.71 ID:KJrfrKrx0

*「寄ってらっしゃい 見てらっしゃい!」

*「新鮮な魚が いっぱいあるよ! 買わなきゃ損だよ!」

*「あんちゃん それ おひとついくら?」

*「こいつは 30ゴールドだよ!」

*「そっちは?」

*「こっちは 40ゴールドだ。」

*「じゃあ 両方とも おくれ。」

*「5ゴールド まけて おくよ!」

*「ありがとよっ!」

一行が商品を広げ始めた頃から辺りには次々と人が集まり、噴水のある広場は瞬く間に盛況で包まれた。

マリベル「はいはい お釣り5ゴールドね。」

*「マリベルちゃん これ ちょうだいな!」

*「ねえちゃん こっちも 頼むぜ。」

マリベル「はいはーい お待ちっ。」
マリベル「……い いそがしい! いそがしいわっ!」

お近づきにでもなろうとしているのか、男衆は競うように少女に注文して振り向かせようとする。

*「お兄さん これは?」

アルス「えっと 一匹15ゴールドです。」

*「うふふ。3匹下さいな。」

アルス「それなら 40ゴールドでいいですよ。」

*「ありがとうっ! あら お兄さん は……ハンサム……!」

若い娘や婦人たちも少年の端正な顔立ちに思わず見とれ、ついつい商品を尋ねて買ってしまう。

*「むっ これは……。」

ボルカノ「お客さん お目が高いね。そいつは サメの卵巣の塩漬けだ。」
ボルカノ「塩を抜いて天日干しにすれば なんとも言えない濃厚な 味になるんだ。」

*「実は うちのカミさんの 大好物でしてな。」

ボルカノ「そいつは 良かった。ただ ちょっと 値は張るぜ。」

*「いくらだい?」

ボルカノ「大まけして 一腹200ゴールドでどうだい?」

*「もう一声!」

ボルカノ「じゃあ 180ゴールドならどうだ。」

*「…………………。」

ボルカノ「なら 仕方ない。こいつは そんな安く 売れないぜ。」

*「ま 待ってくれ! 170ゴールドでどうだ!」

ボルカノ「もってけ 泥棒!」

*「ありがたい!」

漁師頭も流石は慣れているだけあって、客の心理をうまく汲み取り結構な値段で取引を成立させていった。
エスタードの漁師は漁の腕だけではなく、商いの腕も磨いていかなければならないのだ。
212 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:50:52.63 ID:KJrfrKrx0

アルス「はい ありがとうございました。……いらっしゃい!」

こうしてゆく先々で商売をするのも少年にとっては一人前の漁師としての貴重な経験であった。

アルス「店を相手に 魔物の素材を売るのとは わけが違うね……。」

マリベル「でも これが 本来の商売の姿なのよねー。」

アルス「うん……。」

それは戦いに明け暮れていた二人にとっては嬉しいことであり、
かつては存在しなかった異国の地で平和を噛みしめながら今日を生きていることへの実感が沸き上がるようだった。

*「二人とも 話してないで こっち 手伝ってくれよ!」

*「「はーい。」」

遠洋でとれた魚がなかなか手に入らないためなのか、ただ異国からの客が珍しいだけなのか、町の人々の気持ちはそれぞれだったであろう。
だが確かなことは、いくつもの木箱に山積みだった魚たちがものの数刻のうちに完売してしまったということだ。

*「すげえ! あっという間に 売れちまった!」

*「けっこうな値段の奴も あっただろ? あれもか?」

*「おうよ。ばあちゃんが 目ェ光らせて 買っていったぜ。」

*「ハァ〜 とんでもねえ ばあちゃんだな! おい。」

隅に重ねられた空っぽの箱を見ながら漁師たちは興奮冷めやらぬ様子で口々に感想を述べあっている。

ボルカノ「わっはっはっ! 商いのし甲斐があったってもんだ!」
ボルカノ「どうだった 二人とも? 自分たちの手で獲った魚を 売りさばくのは。」

アルス「…お客さんの顔見てたら なんだか 嬉しくなったかな。」

マリベル「そうねー ちょっと 忙しすぎたけど 悪くなかったかも……。」

ボルカノ「マリベルおじょうさんは もしかしてこっちのが 向いてるかも しれませんな。わっはっはっ!」

マリベル「そうですか? でも なーんか お客の目が いやらしかったような 気がするのよねえ。あんまり 一人一人の顔 よく見てなかったけど。」

*「そりゃ マリベルおじょうさんの 魅力が強すぎたからでしょう!」

*「違ぇ無え。」

銛番の男の言葉に他の漁師たちも楽しそうに頷く。

マリベル「お おほほ! それなら 仕方ないわね! このマリベルさまに かかれば 世の男どもなんてイチコ……!」

アルス「父さん お昼はどうする?」

しかしそんな少女の言葉なぞ耳に入ってもいないかのように少年は父親に話しかける。

ボルカノ「少し遅いが あそこの 酒場で なんか 食えないのか?」

そんな息子の言葉に船長は広場の西にある大きな酒場を指さす。

アルス「わかった。それじゃ……。」

マリベル「キーっ! アルスのくせに あたしを 無視するなん……!」

アルス「行こっ マリベル。」

マリベル「て……あ……。」

少女が抗議を終える前に少年はさっさと彼女の手を引いて歩き出してしまう。
少女は咄嗟のことについていけずにいたが、少しだけしてからひねり出すように一言だけ。

マリベル「……アルスのくせに ナマイキよ……。」

そう漏らして少年に引かれるがままに酒場へと入って行ってしまった。

コック長「アルスも だいぶ おじょうさんの扱いが うまくなったな。」

そんな二人の背中を見つめ料理長が感慨深そうに呟く。

*「へえ そっすかね。」

ボルカノ「まだまだ 尻に敷かれっぱなし だがな。」

*「違ぇ無え。」

二人の背中が消えた後、一行は生暖かい笑みを浮かべたままゆっくりと酒場の方へ歩き出すのであった。
213 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:52:00.32 ID:KJrfrKrx0

*「うちは 簡単なものしかないけど いいのかい?」

漁師たちよりも先に店に入った少年と少女は酒場の店主にこの店で食事ができるかを尋ねていた。
もちろん酒場なのだから多少の料理はおいているが、一品一品の量はあまり多くなく、献立自体も少ない。

アルス「ええ 構いません。ぼくはサンドウィッチとチップスを。」

マリベル「あたし トマトのパスタ。」

*「まいど。」

手短に注文を済ませ、円形の卓に着き今後のことを話し合う。

アルス「それにしても 王様からの書状も 誰に渡せばいいんだろうね。」

マリベル「そうねえ……あ ねえマスター。」

*「はい なんでしょ。」

マリベル「この町の 代表者って アズモフ博士でいいのかしら。」

*「たしかに 博士は 町の顔として 他所に行ったりするけど 別に 代表者ってわけじゃないよ。」

マリベル「そうなの?」

*「まあ 人徳があるんで 自然とみんな 決めごとは博士のところへ 相談に行くんだけどね。」

マリベル「…そ。それなら 話が早いわね。ありがと。」


“ギィ……”


*「いいえ。…あ いらっしゃい!」

別の客が入って来たらしく、店主は元気よく呼びかける。

*「食事だけしたいんだが。」

*「はい あまり メニューはありませんが。」

*「構わねえよ。」

そう言って新たな客は少年たちの隣に腰掛ける。

アルス「父さん……あれ 他のみんなは?」

見ればやってきたのは少年の父親と銛番だけのようだった。

ボルカノ「宿屋の方でも 食えるらしいからな。今そこで 別れてきた。」

*「あんまり ぞろぞろ 押しかけるのも 悪いからな。」

アルス「あ……ははは。そうでしたね。」

ボルカノ「マスター ビーフシチューと バケットを頼む。」

銛番「オレは 生ハムサラダと トーストな。」

*「はい しばらく お待ちを。」

店内はまだ昼すぎということもあってかほとんど客はおらず、隅っこでお年寄りが紅茶をすすっているくらいだった。
四人で一気に食事を注文しても回せるほどの余裕があったことは店側にとっても幸運だったかもしれない。
そんなことを少年がぼんやり考えていると父親が肝心なことを尋ねてくる。

ボルカノ「それで 結局 オレたちは 誰に書状を渡しゃいいんだ?」

マリベル「さっき 相談に行った アズモフっていう 博士のところでいいみたいですわ。」

ボルカノ「博士? この町は 学者さんが 治めてるってんですかい?」

アルス「ううん。困ったことはとりあえず相談 っていう立ち位置の人なんだ。」

ボルカノ「ほお。そいつは たいへんそうだな。」

*「なんにせよ オレたちは 町でぶらぶらしてるから なんかあったら 呼んでくれよな。」

アルス「はい。」

*「お待たせしました。お先に サンドウィッチとチップスのお客さま。」

ちょうど話が済んだところで店主が出来上がった料理を一つ一つ運んでくる。少年たちはしばらく談笑しながら食事の時間をゆっくりと楽しむのであった。
214 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:52:52.34 ID:KJrfrKrx0

アルス「アズモフ博士 いらっしゃいますか?」

*「……はーい!」

食事を終えた一行は店で銛番の男と別れて再び学者の家へとやってきていた。ノックの後、しばらくして返事があり、扉が開かれる。

アズモフ「やあ アルスさん 今度はどうしましたか?」

アルス「何度も すみません。実は ぼくたち グランエスタード王の書状を 預かってきているんです。」

アズモフ「そうですか。ああ 立ち話もなんですから どうぞ みなさん お入りください。」

アルス「おじゃまします。」

そうして三人は町の相談役の家へと足を踏み入れる。本から発せられる独特の匂いが、この家の主が列記とした学者であるということを改めて感じさせた。

アズモフ「いやはや 散らかっていて申し訳ない。どうぞ おかけに なってください。」

木製の折りたたみ椅子を引っ張り出してきて博士は客を促す。

アズモフ「ところで そちらの お方は……。」

三人が椅子に座ったことを確認した博士が少年の隣にいる大柄な男を見て尋ねる。

ボルカノ「ボルカノと申します。この度は 王よりの命で 息子のアルスたちと共に この町と締約を結ぶために グランエスタードより やってきました。」

アズモフ「ああ アルスさんの お父様でしたか!」
アズモフ「私は この町で 学者をやっているアズモフというものです。以後 お見知りおきを。」

ボルカノ「よろしくお願いします 博士。」

互いに自己紹介をして二人は丁寧に挨拶を交わす。

アズモフ「ところで その締約というのは……。」

ボルカノ「まずは この書状に 目を通してください。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を てわたした! ]

アズモフ「ふむ……。」

男の渡した書状をじっくりと眺め、博士は何か悩むような素振りで呟く。

アズモフ「だいたいの 趣旨はわかりました。」
アズモフ「ですが……。」

マリベル「ですが?」

アズモフ「これは 流石に 私だけで 決めるわけには いきませんね。」

アルス「というと?」

アズモフ「町民会議を開いて 皆の意見を 聞かなければなりません。」

ボルカノ「町民会議……ですか?」

三人は椅子から身を乗り出して食い気味に訊ねる。

アズモフ「ええ あまり大きな町ではありませんからね。夕方迄には 招集できるでしょう。」
アズモフ「みなさん お時間はありますか?」

ボルカノ「ええ 出発は 明日の朝の予定ですが。」

アズモフ「でしたら なんとか 今日中に結論を出しましょう。」
アズモフ「少々お待ちください。」

そう言うと博士は机に向かい、羊皮紙と筆を用意してなにやら書き込み始める。

アズモフ「…よし。これを町の広場にいる伝言係の男に渡してください。」
アズモフ「夜は いつも 酒場にいますが この時間ならまだ広場にいるはずです。」

アルス「わかりました。」

[ アルスは アズモフの伝言書を うけとった! ]

アズモフ「それでは よろしくお願いします。」
215 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:54:09.09 ID:KJrfrKrx0

学者の家を後にした三人は広場のベンチに腰掛けてテーブルに突っ伏している男を発見した。

マリベル「あれじゃない? いっつも 酒場にいるおじさんって。」

アルス「本当だ。」

*「…………………。」

[ どうやら 眠りこけているようだ。気持ちよさそうに寝息をたてている。 ]

[ そっとして おきますか? ]

→[ いいえ ]

[ では おこしますか? ]

→[ はい ]

アルス「すいません。」

[ アルスは 男を おこそうとした。 ]

*「ぐがぁ……ムニャ。」

[ とても 目がさめそうにない。そっとして おきますか? ]

→[ いいえ ]

ボルカノ「完全に寝てるな。」

アルス「すいません!」

[ アルスは 男の 肩を揺すり 大きな声で 呼びかけた! ]

*「ごおぉ……ギギギ……。」

アルス「ダメだ まったく 起きる気配がない……。」

[ では たたきおこしますか? ]

→[ はい ]

マリベル「おきろぉおおおおっ!!」

[ マリベルは 男を たたきおこしたっ! ]

216 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:54:56.21 ID:KJrfrKrx0

少女が男の背中に思いっきり平手打ちをする。

*「うおっ!!」

強い衝撃を受けてたまらず男は目を覚まし、辺りをきょろきょろと見回す。

*「な なんだ いまのはっ!?」

マリベル「なんだ じゃないわよ! こんな昼間っから こんなところで 眠っちゃって!」 

*「むっ 別にそんなの おれの勝手だろうに!」
*「なんなんだい あんたらは!」

突然の出来事に頭が混乱しているのか寝覚めが悪いのか、男は不機嫌そうにわめく。

アルス「ぼくたちは アズモフ博士のおつかいで あなたに用があるんです。」

*「ん? アズモフ博士があんたらに? …ってことは。」

アルス「これです。」

[ アルスは アズモフの伝言書を 男に 手わたした。 ]

*「ふむ……おお! こりゃあ 確かに アズモフ博士の伝言だ。」
*「仕方ねえ 仕事は仕事だ。」

そう言うと男は軽く足を延ばし、喉の調子を整えるように発声練習をした。

そして。








*「伝 令 だ −!!」








*「本日 日の沈む前に 広場に集まれ! 会議だ! か い ぎ !」








*「繰り返す! ほ ん じ つ 日 の 沈 む 前 に 広 場 に 集 合 !!」








それは突然の轟音だった。先ほどまで机に突っ伏していたとは思えないほどの声量に思わず三人は耳を塞ぐ。

アルス「うわっ!!」

ひとしきり叫び終わり男は三人に向き直ると“家を回る”と言ってさっさと走って行ってしまった。

アルス「び ビックリした……!」

マリベル「な なんて 大きな声なの!」

ボルカノ「わ……わははは。こりゃたまげた。」

残された三人はその後をぼんやりと見つめながらそれぞれに思ったことをそのまま口から零すのだった。

217 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:56:54.65 ID:KJrfrKrx0

夕刻、男の伝令のおかげもあってか町の広場には多くの人だかりができていた。
その中に混じって漁師の一行もいたのだが、周りの異様な雰囲気に唖然とする。



*「な……なんでみんな踊ってんだ?」



マリベル「あんの男っ! ……どうせ なんか変なこと言って 回ってたんじゃないの!?」

少女が男の“仕事ぶり”に腹を立て地団太を踏む。

アルス「まあまあ マリベル 一応こうして 人は 集まってくれたわけだし……。」

マリベル「でもっ! これじゃ 話が進まないどころか 始めることすら できないじゃないのよ!」 
マリベル「キーッ! あの男 今度見つけたら とっちめてやるわ!」

少年がなんとかなだめようとするが当の本人は握り拳を作って正拳突きの構えを取っている。
そこへ会議の招集を依頼した男がやって来て少年に訊ねる。

アズモフ「アルスさん! これは いったい どうしたことでしょう!?」

アルス「は……ははは。ぼくたちが 聞きたいくらいです。」

マリベル「ちょっと 博士! あの伝言係の男 ちっとも仕事できてないじゃないの!」
マリベル「会議のための集会だってのに みんな 舞踏会かなんかとでも 思ってるのかしら!」

アズモフ「おかしいですね……確かにあの紙には会議のためにと書いたはずなのに。」

学者の男が顎に手を添えて考え込んでいると、そこへ先ほどの伝言係の男が血相を変えてやってきて言った。

*「アズモフ博士! 面目ない! どういうわけか 途中から 口伝いで 違う話とすり替わっちまったみたいなんだ!」

マリベル「なんですって!? あんた そんなこと言って 責任逃れするつもりじゃないでしょうね!」

博士の代わりに少女がその間に割り込んで男の胸倉に指を突き立てる。

*「いやいや おれは これでも 自分の仕事には 誇りをもってやってんだ! 嘘は言ってねえ!」

少女の剣幕に圧倒されつつも男は両手を振って全力で否定する。

マリベル「……ふんっ まあいいわ。まずは この状況をなんとかしないと 話が始まらないんだからさ。」
マリベル「あんたの バカでかい声で なんとかならないの?」

*「さすがに これだけの喧噪じゃ おれの声も通るかどうか…。」

ボルカノ「ものは 試しだ。 やってみてくれ。」

*「……わかった。」

218 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:57:32.04 ID:KJrfrKrx0

男は意を決したように表情を険しくすると息をいっぱいに吸い込み雄たけびに似たような声で叫ぶ。





「み ん な 聞 い て く れ え え !!」





しかし反応は芳しくなく、手前にいたグループが眉をひそめて目障りそうに男を見つめるだけだった。

*「だ ダメだ……とてもじゃないけど 聞いてくれやしねえ……。」

すっかり気落ちしてしまったのか男はがっくりと項垂れる。

アルス「まいったなあ……。 時間ばっかり 過ぎていくよ……。」

苦々しい表情で少年が群衆を見つめる。

アズモフ「何か 皆を注目させられるようなものがあれば……。」

マリベル「空中に 爆発でも起こしましょうか?」

アルス「それじゃ みんな 悲鳴をあげて 逃げ出しちゃうよ。」

アズモフ「ただでさえ 魔王の脅威が 皆の心に 沁みついているでしょうからね。」
アズモフ「驚かすのは 得策とは 言えないでしょう。」

マリベル「ぬぬぅ……。」

あれだけ恐ろしいことがあった後となってはちょっとした事件でも暴動まがいのことになりかねない。



万事休すか。



一行が諦めかけたその時だった。

219 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:58:14.49 ID:KJrfrKrx0

*「…………………!」

*「…………………!」

広場の入口の方にあった人だかりが割れ、誰かがこちらに向かってやってくる様子がうかがえる。

アルス「あれ……?」

*「あいつだ! あいつが帰ってきたぞ!」

*「道を開けてやれ!」

*「お帰り!」

*「くたばっちまったかと 思ったぜ!」

徐々に人の道は広場の奥まで伸び、やがて一人の青年が一行の目の前までやってきた。

*「アズモフはかせ ただいま戻りました!」

アズモフ「ベックくん……!」

ベックと呼ばれたその青年は博士の前で深々とお辞儀をすると人懐っこい笑顔で自らの帰還を告げた。



*「「「おおおおっ!!」」」



*「ベックだ! ベックが帰ってきた!」

それまで思い思いの会話や踊りにふけっていた住民たちが、嘘のようにたった一人の青年の帰還を称えたのは夕闇と雰囲気のせいだろうか。

アルス「お久しぶりです ベックさん。」

ベック「あ アルスさん……! そうだ はかせ! たいへんなことが分かったんです!」

アズモフ「どうしたんですか ベックくん そんなに興奮して。」

ベック「それは今から 発表します!」

そう言うと青年は住民たちの方を向いて叫んだ。

ベック「みなさん! 聞いてください!」
ベック「ボクたちの町の歴史を 裏付ける 大事な発見をしたんです!」

*「な なんだ……?」

*「…………………。」
220 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 18:59:42.94 ID:KJrfrKrx0

青年の声に辺りのざわめきが消え、その場の誰もが次に発せられる言葉を待っていた。
それを察した青年も少し声の速度とトーンを落として続ける。

ベック「ボクたちの町が 過去に 大洪水に飲み込まれた話と それを救った老楽師の話は みなさんも ご存じのはずです。」
ベック「ボクは 今回の調査で それに次ぐ新しい発見をしました。」
ベック「それは 大陸を海で飲み込んだ 海の覇者グラコスを倒すため 立ちあがった三人の旅人が いたということです!」
ベック「そして その旅人たちの名前はっ……!」

*「…………………。」

どこからともなく喉を鳴らす音が聞こえてくる。

ベック「アルス! マリベル! そしてガボ!」
ベック「ここに今いる アルスさん マリベルさんと同じ名前なんです!」
ベック「そして かの魔王めを 打ち倒した5人の英雄も彼らだ!」
ベック「これは 偶然なんかじゃない! 塔に彫られていた文字には 旅人アルスの容姿を 細かく伝えるものもあった!」
ベック「それは 今ここにいる 英雄アルスと まったく 同じ姿をしていた!」
ベック「アルスさん! あなたたちは いったい 何者なんですか!」

*「…………………。」

マリベル「アルス……。」

少女が少年の袖を掴む。

アルス「ぼくは……ぼくたちは……。」

少年は少女の手を強く握ると、これまでの経緯を話し始めた。

アルス「ぼくらの住む エスタード島には 過去の……魔王に封印されていた 過去の世界に行くことができる 神殿があるんです。」
アルス「ぼくたちは そこを通じて 封印されていた世界を行き来し 何もなかったこの世界に 少しずつ 大陸を取り戻していきました。」
アルス「ハーメリアにやってきたのは その旅の途中でした。」
アルス「かつて その世界には ここだけではなく アボンとフズという村が ありました。」
アルス「老楽師は……ジャンという男は特別な力を持っていて グラコスという魔物の脅威を予知し 村々の人々を 山奥の塔へと避難させました。」
アルス「……ほどなくして この大陸は 大洪水で飲み込まれました。」
アルス「ぼくらは いかだを使って 海底に沈む不思議な神殿へと たどり着き そこで ジャンと共に グラコスを打ち倒したんです。」

アズモフ「そんな……そんなことが……。」

少年は尚も続ける。

アルス「元の世界に返ってきたぼくらは 再び この地へとやってきました。」
アルス「しかし 長い時の流れの中で 村は消滅し 人々の記憶は失われ ぼくらの名を知る人は 誰もいなくなってしまったようです。」

そこまで少年が言った時、不意に少女が語り始める。

マリベル「冷たいもんでね どこの大陸を 救っても あたしたちの 名前を憶えていてくれる 人たちなんて ほとんど いなかったのよ。」
マリベル「だから あたしたちも 慣れていたし 今さら 文句を言うつもりも なかったわ。」
マリベル「ま こうなっちゃった以上 白状するけどね。信じたくなければ 信じなくたって 別にいいわ。」
マリベル「あたしたちは 別の 大事な話があって ここにみんなを呼んだんだから。」

ベック「そうなんですか? だから 皆が集まってたのか……。」

アズモフ「そ そうだ!」

それまで興味深そうに話を聞いていた学者が我に返ったように声を上げる。

アズモフ「今日ここに お集まりいただいたのは 舞踏会のためでは ありません!」
アズモフ「実は エスタード島の王から 締約書を 預かっているんです。」
アブモフ「そこで これについて 皆さんで 話し合うために お呼び申し上げたのです!」
221 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 19:00:12.50 ID:KJrfrKrx0

*「…………………。」

観衆たちは呆気に取られたように学者と少年たちを交互に見つめていた。

しかし目の前で話を聞いていた吟遊詩人の青年が手をたたき始めると、
堤防が決壊したように静寂が破られ、辺りは拍手の音で包まれていった。

*「それなら 話は早い! さっさと決めて 俺たちの英雄を 称えようぜ!」

*「いいねえ! こんなすごい話を聞いた後に まともに議論できるか わからないけど…。」

*「なあ もっと 話を聞かせてくれよ!」

次々と住民たちが声を上げる。

アルス「あ……あはは……!」

マリベル「なんか すごいことに なっちゃったわね……!」

アズモフ「……これで 良かったんです。」
アズモフ「それでは 早速 ハーメリア町民会議を 始めます!」
アズモフ「ベックくん 司会は私が務めますので 君は 進行を。」

ベック「……はいっ!」

アズモフ「それでは まず 最初の項目からです。」
アズモフ「グランエスタードの漁船が 近くの海岸 及び 岸に停泊する権利についてですが……。」
222 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 19:00:45.60 ID:KJrfrKrx0

その後、博士と青年の活躍により会議は滞りなく進められていった。

そして最後の項目まで決議が済んだ頃には完全に日も沈み、昨晩は見られなかった明るい月が顔を出していた。

アズモフ「以上をもちまして ハーメリア町民会議を 終了といたします!」

終了の宣言が告げられ、辺りは拍手と歓声で包まれる。

*「さあ 飲むぞ おまえら!」

*「たまには こういうのも ありかもね!」

*「あたし うちから つまめる物 持ってこよーっと。」

思い思いの感想を口にしながら人々が散っていく。

ベック「いやあ それにしても 本当にすごい話でした!」
ベック「ボク ますます ソンケーしちゃうなあ。」

人が掃けた広場の隅で青年が興奮した様子で言う。

アズモフ「ベックくんもすごいですよ! あれだけのことを 一人で調べ切ってしまうんですから。」
アズモフ「君は もう 学者の卵なんかじゃない。立派な学者の一人ですよ。」

ベック「は はかせ……ボクなんて まだまだです……。」

博士のねぎらいに照れを隠せず、青年ははにかんで俯く。

アズモフ「しかし 驚きました。アルスさんたちが そんなに 過酷な旅をしてこられたなんて。」

ボルカノ「オレもだ アルス。」
ボルカノ「お前の旅が 大事なことだってことは 知っていたが 本当のところ かなり 危険なもんだったんだな。」
ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「息子よ。よくぞ 生きていてくれた。」

アルス「父さん……!」

そう言って漁師の親子はどちらからともなく抱き合う。

マリベル「…………………。」

そんな親子の絆を、少女はどこか羨ましそうに見つめるのだった。

ボルカノ「……マリベルおじょうさんもです。よくぞ 無事で いてくださいました。」

それに気づいた少年の父親は少女の顔を見て、一見強面なその顔で柔らかく微笑む。

マリベル「もう ボルカノおじさまったら……あたしには 堅いこと言わないでよ。」

そう言って少女も少年の隣に駆け寄り大男に抱き着く。

ボルカノ「わっはっはっ! もう 家族みたいなもんだもんな!」

朗らかに笑い、少年の父親は少女を優しく抱き留める。

マリベル「……うれしい。もう一人 パパが できたみたい…。」

そんなやり取りを少し後ろで見ていた青年の肩を、学者の男が優しく叩く。

アズモフ「ベックくん。たまには 実家に帰ってみてはどうかな。」

ベック「……はい。」

そんな青年の瞳からは小さな涙が零れ落ち、長い年月を経て海水を無くした地面をしょっぱくしていくのだった。

223 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 19:01:57.47 ID:KJrfrKrx0

それからというものの、お堅い会議を終えた町民たちはいつにも増して陽気に英雄の凱旋を祝うのだった。

少年たちといえばあっちこっちから引っ張りだこにされ、体も頭も休まる時がなかったという。

そして時は流れ夜も更けた頃、少年と少女は宿屋の一室にいた。

マリベル「ついに 自分たちから 話すことになっちゃったわね。」

少女がベッドに寝転がりながら言う。

アルス「うん。仕方がなかったとはいえ あんな 大勢の前で 話すことになるとはね。」

少年も隣のベッドに腰掛け、どこか諦めたように溜息をつく。

マリベル「でも すこ〜しだけ スッキリしたかな。」

アルス「……今まで 仲間内では 愚痴ったりしたけど こういう風に みんなに 旅の記憶を 共有してもらうって言うのも 悪くないかもね。」

マリベル「旅の記憶……か。」
マリベル「ねえ アルス。あたしたちの 旅も いつか 忘れ去られる時が来ちゃうのかな。」

アルス「……そうかもしれないね。」

マリベル「なんか 悲しいよね。前なら あんなに 苦労したのにって 怒ってたけど 今になってみれば 寂しいというか なんていうかな……。」

アルス「でもさ。ぼくは きっと忘れないよ。」
アルス「……キーファのことも。」

マリベル「キーファ……か。」

不意に飛び出した名前に少女は過去のユバールの休息地で別れたもう一人の仲間の顔を思い出す。

マリベル「どうしてるかしらね。」

アルス「いまはライラさんと 結婚して 幸せにやってるかもね。」

マリベル「……まったく アイラっていう 遺産は残してくれたけど ホンっと 無責任なんだから。」

そう言って少女は両足をばたつかせる。

224 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 19:02:33.67 ID:KJrfrKrx0

アルス「…………………。」
アルス「……さっきの話だけどさ。」

マリベル「え?」

アルス「みんなが忘れちゃうんだったらさ ぼくたちが 伝えていこうよ。」

マリベル「あたしたちの 話を?」

アルス「うん。僕たちのことを 信じてくれる人たちにだけでもいいんだ。」

マリベル「…………………。」

アルス「それに もし 誰もが 忘れてしまっても。」
アルス「ぼくは……ぼくだけは忘れない。」
アルス「楽しかった時も 辛かった時も 出会ったみんなのことも。」
アルス「そして きみのことも。」

マリベル「……忘れさせないわよ。」

アルス「え?」

マリベル「あんたにだけは あたしのこと ぜーったいに 忘れさせてあげないんだから。」

少女はいつの間にか起き上がり、どこか自信ありげに少年の目を見据えていた。

窓から差した月明かりに照らされたその瞳は、まるで夜空を映した様に煌めいていた。

アルス「マリベル……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……ごめん。ちょっと しんみりしちゃったか…っ…!?」

少女には一瞬何が起こっているのか分からなかった。

ただ少年の顔が目の前にあった。

遅れてやってきた感覚に自分は唇を奪われていることに気付き、少女は静かに瞼を閉じた。



長い長い静寂の中でただ、隣の部屋から聞こえる仲間のいびきとベッドの下の猫の欠伸だけが木霊していったのだった。






そして……


225 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/30(金) 19:03:11.06 ID:KJrfrKrx0





そして 夜が 明けた……。





226 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 19:04:24.72 ID:KJrfrKrx0

以上第8話でした。

『会議は踊る、されど進まず』

1814年から翌年まで開催された各国首脳の集まり「ウィーン会議」。
今回は遅々として進まない会議の様子を揶揄した言葉から着想を得て書き起こしました。

もともと取り決めなんぞとは縁遠そうな平和な町で招集された町民会議。
住民たちはそれが何のためなのかすら知らずにただどんちゃん騒ぎに興じる。
そんなもどかしい状況を打破するために登場してもらったのが学者の卵ベックくん。
アズモフ博士の助手として期待されている(?)彼だからこそ、注目を集め、本題に戻すことができた。
お話の流れはそんな感じです。
(ついでにアルスたちの報われない苦労をここで暴露してもらいました)

また、今回のお話ではアミット号の漁師たちがちょっとした商売をします。
獲れたての魚であればだれだって買い付けたくなりますよね。
冷凍技術の無いドラクエ世界においてアミット漁のような遠洋漁業となると
獲った獲物の大抵は塩漬けか干物かといった加工品になってしまいます。
よってそれだけ新鮮な食材には高値が付いたことでしょう。
であるならば新鮮なうちに出せるのであれば売ってしまうにこしたことはない。
(結果的に持ち帰った貨幣が誰の懐を潤し、誰が得をするのかはさておき)
そこで故郷へ持ち帰る収穫もそこそこに、ある程度は寄港先で売ってしまおうというわけです。

そしてこのお話からマリベルとボルカノはより打ち解けた仲になります。
それは二人が網元の娘と船長という立場を超え、互いを家族として認識し始めている証です。
片や娘ができたような。
片やもう一人父親ができたような。
アルスも含めそんな三人を温かく見守っていただければと思います。

…………………

◇次回はさらに北を目指して海を駆けます。
しかしそこで待っていたのは……?

227 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/30(金) 19:05:25.74 ID:KJrfrKrx0

第8話の主な登場人物

アルス
成り行きで自らの冒険を語ることに。
顔が広いので町へ出れば人目に付くことも。

マリベル
魔王討伐により名が知られ、一目見ようと男たちが群がる。
商売の才能がある。アミット号の看板娘。

ボルカノ
陸に上がれば商売の腕を存分に振るう。
マリベルのことを実の娘同然に思っている。

コック長
アミット号お抱え料理人。
歳のせいもあってか流石に徹夜をする体力はない。

めし番(*)
歳のわりに徹夜をする体力がない。
おまけに肉体労働も不得手。

アミット号の漁師たち
威勢のいい声を張り上げ、市を盛り上げる。
三人が大使の役目を果たしている間は暇。

アズモフ
ハーメリアが抱える頭脳。世界的に有名な学者。
アルスたちには何かと助けられているため、恩義がある。

ベック
アズモフの助手を務める青年。学者の卵。
少々熱くなりやすい性質だが、研究への思いは一人前。
山奥の塔での調査を終え、ハーメリアに帰還する。

伝言係の男(*)
オリジナルモブキャラクター。バカでかい声でニュースを届ける。
普段は酒場に入り浸っているが仕事はきっちりとこなす。

228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/31(土) 01:04:58.88 ID:ZQeWlYF0o

今思うとドラクエ7って正確な歴史を伝えてる所が砂漠の城くらいしかないのが逆に凄い
レブレサック?あれは論外
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/12/31(土) 05:24:23.92 ID:RPk+C8jz0
乙です
ドラクエ7は大好きなので続きを楽しみにしてます
230 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:20:04.77 ID:OqFe7abd0
>>228
本当ですよね。大抵存在すら消されてるか、英雄の付き人扱いか、良くて主人公の名前だけですもんね……

>>229
ありがとうございます。
そう言っていただけると励みになります!
231 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/31(土) 15:20:49.56 ID:OqFe7abd0





航海九日目:霧の中の幻 / 不幸せな青い鳥




232 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:21:35.49 ID:OqFe7abd0

*「アルスさん! マリベルさん!」

アルス「アズモフ博士に ベックさん!」

翌朝、宿を出た少年たちが町の入口まで来ると、再び航海の旅に出る一行を見送りに学者の青年と博士がやってきていた。

ベック「……そうですか。もう 行ってしまいますか…。」

アズモフ「寂しくなりますね。」

ベック「本当はもっと アルスさんたちの 話を聞きたかったんだけどなあ。」

アルス「すいません。次の予定もありますので……。」

マリベル「うふふっ。旅の話なら 暇になった時にでも 遊びに来るから その時にね。」

名残惜し気な青年に少女が微笑む。

アズモフ「いや しかし ベックくん。ここは僕らが エスタード島に行くのも いいかもしれませんね。」

ベック「どういうことですか はかせ。」

アズモフ「アルスさんたちの お話にある そのエスタード島の 神殿というものが 非常に 興味深いと思いませんか?」

ベック「なるほど! 調査も兼ねて 遊びに行くんですね。」

博士の提案に青年は目を輝かせる。

アズモフ「そういうことです。それなら 私たちも ゆっくり話を聞くことができるでしょう。」

マリベル「……決まりのようね。その時を 楽しみにしておきなさい!」

アルス「宿もない村ですけどね。ぼくたちの家でよければ いつでも 歓迎します。」

ボルカノ「わっはっはっ! 遠い地からの 客とあれば うちの母さんも 張り切って 腕を振るうだろうな。」

コック長「わしらも 村にいる時であれば 名産の海の幸を 存分に振舞いますぞ。」

ベック「わあ! それは 楽しみだなあ。」

学術調査のためとはいえ、これほどまでに歓迎してくれるとあってははやる気持ちを抑えられないのか、青年は今からもう待ちきれない様子で握り拳をつくる。

ベック「あ でもその前に 今回の調査の内容を まとめなきゃ。」

アズモフ「きっと いい論文が できますよ。」

マリベル「期待してるわよ。なんせ このマリベルさまと その仲間たちの 活躍のおかげなんですからねー! おほほほっ!」

おどけた様で少女は高らかに笑う。

ボルカノ「よし それじゃ そろそろ 行くか!」

ベック「お気をつけて!」

アルス「はい! それじゃ お元気で……。」

233 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:22:02.63 ID:OqFe7abd0

眩しい日の光を横に浴びながら、涼しい風を受けて草原が波打つ。

それはまるで体がふわりと浮いてしまいそうなとても爽やかな朝だった。

マリベル「はーっ… なんか 気分いいわねー。」

学者の二人と別れた一行は町を後にし、空になった木箱を抱えて船を泊めてある岸の近くまでやってきていた。

アルス「帰ったら ガボにも 話してあげないとね。」

マリベル「きっと 悔しがるわよ〜? どうして オイラも 連れてってくれなかったんだい! ってね。」

アルス「あはははっ! そうかもね。」

マリベル「…そういえば ガボってば これから どうするのかしらね。」

アルス「これから?」

マリベル「そっ。木こりのおじさんと 暮らすのは 構わないけど いったい将来 何をしていくのかなって。」

アルス「ガボのやりたいことか……。」

マリベル「まあ まだまだ ガボはお子様だから これからじっくり 考えていけば いいんだろうけどね。」

アルス「きっと 見つかるよ。」

マリベル「どうする? オイラも 漁師になるんだー! とか 言い出したら。」

アルス「えっ……うーん。まあ その時は その時かな。」
アルス「でも その場合 獲ったそばから 生でかじりついちゃいそうだけどね。」

マリベル「……ぷぷぷっ。そりゃ ケッサクねっ!」

アルス「あははは……あれ?」

二人がそんな他愛ない会話をしていると、泊めてある船の傍で何人かの男たちが話し込んでいるのが見えた。

ボルカノ「おう あんたら オレたちの船になんか用か?」

先陣を切って船の長が男たちに話しかける。

*「あ あんたたちか。」

こちらに気付いた男たちが海岸を指さす。

*「ほら 昨日の取り決めで この海岸に 船着き場を作ることになっただろ。」

*「今までは 沿岸用の 小さな漁船しか 使わなかったから なかったんだけどな。」
*「こうして お客さんを乗せた 大きな船が来ても 泊まれるように ここも整備することになったんだ。」

*「そこで 俺たち大工の出番ってわけよ。」
*「今は こうして だいたいの位置の 見積もりをしてるのさ。」

そう言って男は簡素な地図や図形が描かれた大きな羊皮紙を見せる。

アルス「そうだったんだ。」

ボルカノ「そりゃ すまねえな。朝っぱらから 頭が下がるぜ。」

*「なんの。おれたちの救世主のためとありゃ 手間暇は 惜しまないぜ。」

大工の男は頼もしそうに分厚い胸板を叩いて得意顔をする。

*「もう 出航すんのかい?」

ボルカノ「ああ。次が 控えてるんでな。」

*「そうか。こっから北の海は そんなに荒れないから 心配はいらねえよ。」

*「ただ 時々 霧が出るから 羅針盤は ちゃんと整備しておいた方がいいぜ。」

ボルカノ「それなら 問題ねえな。道具一式は いつも 手入れをかかしてないからよ。」
ボルカノ「じゃあ 行くぞ お前ら!」

*「「「ウスッ!」」」

234 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:23:38.33 ID:OqFe7abd0

ハーメリアの大陸を離れてからというものの、多少の向かい風はあれど漁船アミット号の道のりは順調そのものだった。

*「ぐごおおおおおっ…。ふしゅるるるる……。」

*「スー スー オマエ…… あいたいよお…… むにゃむにゃ。」

航海中多忙だった船員たちも見張りを減らして思い思いの時間を過ごしている。

マリベル「ふあー……あふぅ。」

そんな中この船に乗る唯一の女性である少女は眠気眼をこすり大きな欠伸をしていた。

コック長「寝不足ですかな?」

上品に紅茶をすすりながら料理長が問う。

マリベル「そりゃそうよ。」
マリベル「海じゃ アクシデント続き。ゆく先々では 遅くまで宴会。」
マリベル「これで 寝不足にならない方が どうかしてるわよ。」

*「あっはっは! それもそうですね。」

“いつでも元気いっぱい”を体現するかのように飯番が快活に笑う。

コック長「でも 原因はそれだけじゃ ないのではありませんかな?」

マリベル「な なによ。」

*「夜な夜な 熱い夜を お過ごしなんじゃないんですか?」

マリベル「ばば……バカ言ってんじゃないわよ!」
マリベル「あいつとは そ そんなんじゃ ないわっ!」

そう言って少女は腕を組みそっぽを向く。

コック長「おやおや。」

*「あらあら。」

マリベル「あ ぜんっぜん 信じてないわね!」

コック長「そうは言われましてもなあ。」

*「いくらなんでも あんな熱い抱擁を見……むぐっ!」

男がメザレでの夜を思い出してそう言いかけた時、不意に隣の料理長に口を押えられる。






“しまった!”





235 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:24:08.73 ID:OqFe7abd0

しかし気づいた時にはもう遅かった。

マリベル「なな……やっぱり 見てたのね〜!」

*「だって ボクたちの部屋でも あったんですよ!」
*「それを せっかく気を利かして 教会で寝たというのに……。」

マリベル「そ それは悪かったわよ……。」
マリベル「でも あれは あいつが いけないんだからね! 一人でしょいこんで うじうじしてたから あたしが ちょっと 慰めてあげただけよ!」

赤い顔で少女は必死に言い訳をする。実際その通りなのではあるが、こうして改めて口に出していて恥ずかしくなってきたのだった。

マリベル「それだけ……それだけなんだからっ。」

そうして再びそっぽを向いてしまう。

コック長「まあまあ 今は わしらでなんとかしますから マリベルおじょうさんも 少し お休みになってはどうですかな?」
コック長「寝不足は お肌に たたりますぞ。」

そこへきて見かねたコック長が助け舟をだす。

このあたりの年頃の娘の扱いにはそれなりに長けているあたり、流石は年配者というべきか。

マリベル「……そうね。そうさせてもらうわ。」

少女もすんなりとその提案を受け入れ、さっさと炊事場を後にする。

コック長「ふう。やれやれ お前さんときたら。」

*「へ……へへへ すいません つい からかいたくなって。」

コック長「そのうち ばったり倒れても わしゃ知らんぞ。」

*「……どういう意味ですか?」

コック長「さあなあ そのままの意味じゃ。」

*「……ぶるっ………。」

言わんとしていることを察したのか、料理人は身震いして作業に戻っていくのだった。

“あの少女をからかうのはやめよう”

などという、どうせすぐに破られそうな誓いを立てながら。

236 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:24:59.39 ID:OqFe7abd0

炊事場を出ると少女は目の前の卓に少年が突っ伏して寝ているのを見つけた。
そんな少年の顔を三毛猫が不思議そうにのぞき込んでいる。

マリベル「あら あんた そんなとこで 寝てたの。」

アルス「…………………。」

少女が話しかけても返事は帰ってこず、小さな寝息が聞こえてくるだけ。

マリベル「まったく 呑気なもんよねえ。あたしが 自分のせいで 恥かいてるっていうのに。」

トパーズ「なー……。」

マリベル「あんたも そう思うわよね〜。」

そう言って少女は少年の向かいの席について優しく猫の顔を撫でる。
猫はくすぐったそうに体を振り、少女の懐に飛び込んでくる。

トパーズ「…………………。」

マリベル「うふふっ あんたも アルスに負けじと 甘えん坊ね。」

少女は顔をじっと見つめてくる猫の体をしばらく撫でてやっていたが、
やがて自らの瞼も重たくなり、少年と対になるようにして机に突っ伏して眠ってしまった。




“ギィ……”




しばらくして料理長が二人を見つけるも何も言わずにそっと扉を閉め、
覗きたがるもう一人の料理人を諫めて再び昼食の準備に打ち込むのだった。

237 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:26:32.35 ID:OqFe7abd0

アルス「よいしょ……ふんっ!」

雲の切れ間から柔らかい日差しが差し込む穏やかな昼下がり。

少年は日課である甲板の掃除をしていた。

アルス「ふぅ〜。さすがに 嵐の後は一回だけじゃ キレイにならなかったか〜。」

先日の嵐を受けて手分けしてしっかり掃除したつもりだったが、やはりところどころに磨き残して潮のこびりついた痕が残っていた。

アルス「…はあ……。」

ふと手を止めて額の汗を拭う。

心地よい風が頬をくすぐり床磨きで火照った身体を少しずつ冷やしていく。

アルス「……ん?」

目を凝らしていると遠くの空に向かって不思議な光が昇っていくのが見えた。

アルス「あっちの方角は たしか……。」

マリベル「どうしたの?」

なにかを思い出そうとする少年に後ろから少女が話しかける。

アルス「ああ マリベル あっちの方で 光が昇っていったんだ。」

マリベル「あっち? あっちって 確か 飛空石でしか行けない場所じゃなかった?」

アルス「そうだ! 大賢者のいたところだ。」

マリベル「ふうん。あの賢者が なんかしたのかしらね?」

アルス「……なんだろうね。邪悪な感じは しなかったけど。」

マリベル「あの賢者って 結局 何者だったのかしら? 神が死んだ時代から ずっと あそこで 暮らしていたかしらね。」

アルス「ほこらの隣に たくさんのお墓があったよね。」
アルス「もしかしたら 一族でずっと 代々 あそこに暮らしていて ぼくらが来るのを 待ってたのかもね。」

マリベル「だとしたら ユバールにしろ その賢者にしろ 本当に難儀な人たちよね。
いつ来るかもわからない 人たちを待って 永遠と 使命のために 自分たちの生活を犠牲にしなくちゃ ならないなんて。」
マリベル「あたしなら まっぴらだわよ。」

アルス「でも そういう人たちがいたからこそ ぼくたちの旅は 成就したんだけどね。」

マリベル「わかってる。ちゃんと 感謝はしてるわ。」
238 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:27:19.97 ID:OqFe7abd0

アルス「使命……か。」

マリベル「ん?」

少年が唐突に少女の言葉を反芻するように呟く。

アルス「ぼくたちの旅も ひょっとして 誰かに与えられた 使命だったのかなってね。」

マリベル「…………………。」

アルス「初めて 神殿に潜り込んだ時も 大陸が復活した時も 腕の痣が光った時も。」
アルス「いろんな人たちに 想いを託されて ぼくたちは 魔王を討ち取った。」
アルス「あの 神さまは 特に言ってなかったけど 水の精霊から 話を聞いた時は 
ああ やっぱり これは偶然なんかじゃなかったんだってね。そう 思ったよ。」

マリベル「アルス……。」

アルス「魔王を倒す っていう使命が終わって ぼくたちはこれから 本当に 好きなように 生きていけるんだろうか。」
アルス「もし そうじゃないとしたら ちょっと やだなあ ってね。」

マリベル「これから……か。」
マリベル「確かに あんたの言うとおり あの旅は 偶然だけじゃない 大きな力が働いていたのかもしれない。」
マリベル「でも やることなすこと 決めてきたのは あたしで。あなたよ。違くって?」

アルス「……うん。」

マリベル「別に いいわよ。使命だろうと 運命だろうと。結果的には 悪くなかったと思ってるし いまだって満足よ。」
マリベル「どんな サダメがあっても あたしは あたしの好きなように生きるわ。」
マリベル「ふふん。どうよ。」

アルス「……かなわないなあ マリベルには。」

マリベル「なーに言ってんのよ! あんたが それじゃ あたしの計画はおじゃんだわよ。」
マリベル「もっと 堂々としてなさいってば。じゃなきゃ 人生損するわよ!」

アルス「あははは…。……ふんっ!」

少年は目いっぱい息を吸い込み、胸を膨らませて仁王立ちをする。

マリベル「あっははは! そうそう その調子よ。」
マリベル「あ……。」

少女が西の空に目をやると再び不思議な光が天へと昇り、美しい光の軌跡を残しながらやがて消えていった。

マリベル「……。」
マリベル「素敵な使命だって きっと あるわよね。」

“クスっ”と笑って少女は誰にともなく呟く。

アルス「えっ?」

マリベル「ううん。なんでもないのっ。」
マリベル「さ! サボってないで さっさと掃除しなさい!」

きょとんとする少年の背中を掌で打ち、少女はそのまま船内へと降りて行ってしまった。

アルス「…………………。」
アルス「まいっか。掃除そうじ。」

少年は少女の去ったあとをしばらく見つめていたが、
やがて甲板掃除という“今の使命”を思い出すと素早い手つきで再びデッキをこすり始めるのだった。

239 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:27:48.71 ID:OqFe7abd0

*「うひょお これじゃ 前が全然見えねえな。」

ボルカノ「よく 目を凝らせよ。何か見つけたら すぐに 報告するんだ!」

*「「「ウスッ!」」」

夕方頃から急に雲行きが怪しくなり始めた。
一雨来るかと思ったがいつまでたっても雨粒は落ちてこず、代わりに辺りには深い霧が立ち込めていた。

*「地図上じゃ この辺りは まだ 周りにはなんもねえ筈だ!」

ボルカノ「岩礁に乗り上げる 心配だけは なさそうだな。」
ボルカノ「羅針盤は 正常か!?」

*「へいっ いまのところ なんの問題もありません!」

ボルカノ「よおし あくまで 慎重に進むぞ。」
ボルカノ「帆を緩めるんだ! 速度を落とせ!」

アルス「わかりました!」

*「はい!」

例え目の前が白闇に染まっていようとも漁船アミット号はゆっくり確実に海上を進んでいく。
長年の経験は海の男たちに冷静さと度胸を与え、こんな状況においても怯む者は誰一人としていなかった。


240 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:28:39.20 ID:OqFe7abd0

*「なかなか 晴れねえなあ。」

日が完全に沈み、辺りは怖いほどの静寂に包まれていた。
相も変わらず深い霧は船の視界を奪い、惑わすかのように渦を巻いている。

*「もしかして 今日はこのまま 濃霧の中を 走り続ける羽目になるってか? 面倒くせえったら ありゃしないぜ。」

行けども行けども同じ光景が続く。

手ごたえの無い状況に見張りの漁師も辟易とし始めていた。

ボルカノ「なに それでも 方角がはっきりしてりゃ 怖いもんはねえ。焦らずに 行けよ。」

*「「「ウスッ!」」」

再び気合を入れなおし漁師たちが持ち場に戻ろうとしたその時だった。

*「ぼ ボルカノ船長っ!」

ボルカノ「あん どしたぁ! お化けでも出たか?」

*「ら 羅針盤が!」

ボルカノ「なにっ!」

船員の一人が慌てふためき漁師頭のもとへ転がり込んできた。

*「羅針盤が めちゃくちゃなんです!」

ボルカノ「なにっ!」
ボルカノ「……な なんだこりゃあ!?」

男たちは驚愕した。
先ほどまであれほど正確に方角を指し示していた羅針盤の針が不可思議に、まるで誰かが指で動かしているかのように回転しているのだった。

*「こ こいつはいったい……!」

ボルカノ「アルス! 帆をたため! 一度停まるぞ!」

アルス「はい!」

父親の指示で少年が緩く張られていた帆をたたもうとした、その時だった。

アルス「……っ!!」

少年が何かの気配を察して東と思わしき方角を振り向く。

そこには霧の向こうに不自然な視界が広がり、その中心には大きな古ぼけた船らしきものが佇んでいのだった。

その時、今朝がた町を出る時に交わした学者との会話が少年の頭をよぎった。

241 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:29:30.76 ID:OqFe7abd0

アルス「それじゃ お元気で。」

アズモフ「ああ 待ってください アルスさん。」

アルス「なんでしょう?」

アズモフ「実は 最近 漁師の者から 妙な話を聞いていましてね。」

アルス「妙な話……ですか?」

アズモフ「ええ。なんでも この北の海域で 幽霊船を 見たんだとか。」

アルス「幽霊船……。」

アズモフ「私は 学者である以上 幽霊の類は あまり 信じてはいませんが 
漁師の怯え様からするに 何か 恐ろしいものが その辺りに 出ることに間違いは ないようです。」

アルス「そうですか……。」

アズモフ「不確定な話である以上 あまり 皆さんを 怖がらせてはと思い 黙っていたのですが……。」
アズモフ「アルスさんになら 言っておいても 大丈夫でしょう。」
アズモフ「なんにせよ 注意して 行かれたほうが良いと思います。」

アルス「わかりました。ありがとうございます。」

アズモフ「…っとと。引き止めてすいません。それではまた。」

アルス「ええ。博士も お体には お気をつけて。」

242 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:30:00.99 ID:OqFe7abd0

アルス「…………………。」

少年の目の前に広がる不気味な光景には誰も気が付いていないのか、他の漁師たちは羅針盤や前ばかり見ている。

アルス「……まずいっ!」

そう呟き、剣に手を伸ばした時だった。

ボルカノ「ぬおっ!」

突然北と思しき方向から突風が吹き、アミット号の船体を大きく揺さぶった。

*「うわわわ!」

ボルカノ「アルス! 帆をたため!」

アルス「……っはい!!」

鞘にかけていた手を離し、急いで縄を引き帆をたたんでいく。
帆が完全にたたまれると同時に風はさらに強くなり、白い霧を舞い上げ吹き飛ばしていく。

アルス「ぐうううっ!」

吹きすさぶ風の中、なんとか目をこじ開け先ほど船が見えた方向に目線をやるも、そこには霧が舞うだけで何も見えなかった。

アルス「どこに……どこに行ったんだ!」

少年が息も絶え絶えに叫んだ瞬間、急に視界が開け、あれだけ吹き付けていた風がぴたりとやんでしまったのだった。

ボルカノ「……止んだか。」

それまで床に伏せていた漁師たちが起き上がり、辺りの様子を確認する。

*「船長! こいつを見てくだせえ!」 

ボルカノ「どうしたっ ……なっ!」

*「も もとに戻ってる……。」

呼ばれて漁師たちが集まってみると、なんとあれだけ狂ったように回転していた羅針盤の針がそれまで通りにピタリと南北を指し示していた。

ボルカノ「いったい どうなってやがる……。」

羅針盤の故障に突然の突風、そして晴れた霧と羅針盤の復旧。不可思議な出来事の連続で漁師たちは少々混乱しているようだった。

アルス「…………………。」

その中でただ一人少年だけが一点をじっと見つめて黙っている。

アルス「いない……!」

それは先ほど船の見えたあたりだった。

しかしそこにはただただ暗い海原が広がるばかりで、船はおろか鳥の一羽すらも飛んでいない。

ボルカノ「どうした アルス。なにか見つけたのか?」

アルス「いや……なんでもない。」

ボルカノ「…………………。」

“自分の見たものは幻だったのか”

“いや、あの時感じた恐ろしい気配は決して幻覚ではない”

しかし自分がそのことを説明すればいたずらに船員の恐怖心を煽るだけだろう。

そう判断した少年は父親や他の誰にもこの話はしまいと決めたのだった。

243 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:30:30.88 ID:OqFe7abd0

マリベル「アルス! いったい 外はどうなってるのっ!?」

アルス「マリベル! 外はもう 大丈夫だよ! それよりも 中は……!」

マリベル「それが……。」

少女が指さす先にはひっくり返ってしまった木箱の山に横倒しの机、椅子。

ハンモックをかける竿が折れなかったのは不幸中の幸いか。

アルス「……ケガはない?」

辺りを見渡し終え、少年は少女を心配そうに見つめる。

マリベル「なんとかね。それにしても ホント なにがあったってのよ?」

アルス「霧の中を進んでいたら 急に 突風が吹きつけたんだ。」
アルス「それも 一回きりじゃない。何度も 何度も。それこそ 霧が全部吹き飛ぶくらいね。」

マリベル「で? ぴたっと止まって言うの? なんだか 不自然じゃない?」

アルス「うん。羅針盤も 一時は 故障するし いったい 何がなんやら……。」

コック長「おいたたた…… おお アルス! 皆は無事だったか!」

少年が腕組をしながら考えていると奥の方から料理人たちがやってきて少年に尋ねる。

アルス「ええ なんとか 持ちこたえたようです。そっちは大丈夫でしたか?」

*「包丁が落ちてきた時は さすがに もうダメかと思いましたよ。」

マリベル「あたしがいなきゃ いっぺん 死んでたかもね。」

*「ははは おかげで 命拾いしました。」

アルス「よかった……。」





*「ま 魔物だーっ!!」 





アルス「……っ!」

階上から響いた漁師の声に一同は一斉に上を見上げる。

マリベル「今度は魔物? 忙しいわね〜。」
マリベル「二人とも 後片付け よろしく! 行くわよ アルスっ!」

コック長「お気をつけてー!!」

料理長たちの声援を背に少年たちは再び異変に苛まれる甲板へと向かって階段を駆け上る。

244 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:31:21.01 ID:OqFe7abd0

アルス「魔物はっ!?」

*「あっちだ!」

望遠鏡を片手に漁師の一人が叫ぶ。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

少年たちは瞼を閉ざし感覚を研ぎ澄ますと、魔力で視界を上空まで飛ばして前方を俯かんする。

アルス「魔物が一体に あれは……?」

マリベル「鳥……かしら? 追われているわ!」

アルス「あれは……まさかっ!」

なにかに気付いた少年が瞳を見開くと、指を天に高く掲げ呪文を詠唱する。

アルス「当たれええええっ!」

[ アルスは ギガデインを となえた! ]

次の瞬間、鳥を追っていた巨大な魔物を目がけてはげしい雷が降り注ぎ、あっという間に墜落して黒焦げの藻屑と化してしまった。

マリベル「あら あたしが 出るまでもなかったかしら。」

アルス「見て!」

追手が消えたことを悟ったのか、その鳥は最後の力を振り絞るように甲板の上まで来ると、こと切れたかのように少年たちの足元に落ちてきた。

*「こりゃ 普通の鳥なのか?」

マリベル「ひどいケガね……ベホマ。」

少女が落ちた鳥に優しく光を放つと、血のにじんだ傷口がみるみる塞がっていった。

*「…………………。」

小さな鼓動がなんとか一命をとりとめたことを示している。

アルス「ねえ マリベル。この青い鳥はまさか……。」

それはサファイア色の美しい羽毛を生やした鳥だった。

マリベル「とにかく ハンモックにでも寝かしましょ。」

少女に頷くと少年は階下にある自分のハンモックにその青い鳥をそっと横たえるのだった。

245 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:35:59.81 ID:OqFe7abd0

事態がようやく収拾したのは夜中になってからだった。

荒れていた船内も落ち着きを取り戻し漁師たちもようやく休憩を取り始めた頃、少年たちは先ほど救出した青い鳥を囲んで話し合っていた。

アルス「やっぱり あの人 だよね。」

マリベル「まだ 確定したわけじゃないけどね。ただの 他人の空似 かもしれないし。」

トパーズ「…………………。」

二人が座って覗き込んでいると横から三毛猫がやってきて鳥の匂いを嗅ぎ始める。

マリベル「あ こら トパーズ ダメよ 食べちゃ。」

“めっ”と鼻に人差し指を当てて動きを静止させるも、
当の本人(猫)はどこか納得していないかのように、そして何かを訴えるかのように少女に向かって鳴いた。

トパーズ「な〜うなうなう〜……。」

マリベル「どうしたのよ 落ち着かないわね。」

トパーズ「な〜お。」

マリベル「にゃん?」

トパーズ「…………………。」

マリベル「な〜う?」

アルス「…………………。」

思わず猫の鳴き真似をする少女だったが、すぐに違和感に気付く。

少年が肩を震わせながらにやついていたのだ。

マリベル「……なによ。」

アルス「いや…… かわいいなーと思って……。」

マリベル「フゥーーーッ!」

渾身のポーズで威嚇をする少女だったがそれすらも逆効果だったのは言うまでもない。

アルス「おーよしよし……。」

マリベル「に……あ……。」

パンチやひっかきの一撃でも喰らわせてやろうと思った時には既に遅く、
少女は頭をがっちりと少年の胸に抱かれて髪を撫でられていたのだった。

マリベル「あ……あふ……やめなさいよ……。」

アルス「やめない。」

マリベル「やめてにゃん。」

アルス「絶対やめない。」

マリベル「ザ……。」

アルス「ごめんなさい。」

“危うく尊い命がこんなくだらないやり取りで消えてしまうところだった”と、少年は名残惜し気に少女を開放しながら思うのだった。

マリベル「まったく すぐ 調子のるんだから。」

少女が目を細めて抗議するもその顔はかすかに赤く、名残惜しげなのは少年だけではないことが窺えた。

246 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:36:30.07 ID:OqFe7abd0
トパーズ「…………………。」

そんな二人の茶番劇を横目に三毛猫はある変化に気づいたらしく、青い鳥の傍に再び近寄る。

トパーズ「…………………!」

すると突如鳥の体が光り始め……

*「…………………。」

あれよあれよという間に人の姿になってしまった。

マリベル「えっ?」

アルス「あ!」

人の姿とは言っても人間離れした白い肌、先の尖った耳、露出は多いがどこか控えめな印象を与える不思議な衣服。

それは正に少年たちが過去のクレージュで出会った神木の妖精その人だったのだ。

アルス「や やっぱりそうだったんだ!」

マリベル「まさかとは 思ったけど ホントに 本人だったとはね……。」

*「う……うん……。」

二人が驚いていると、なんと眠っていた娘が目を覚ました。

*「ここは……。」

アルス「ここは 漁船アミット号の中ですよ。」

*「あなたは… あなたたちは まさか……!」

マリベル「お久しぶりね。妖精さん。」

神木の妖精「ああっ なんということでしょう! こうしてまた お二人と お話ができるだなんて!」

まるで信じられないものを見るかのように妖精は二人を交互に凝視する。

アルス「小鳥だった時は 世界樹の葉を ありがとうございました。」

神木の妖精「いいえ そんなの わたしが受けた恩に比べれば……。」
神木の妖精「そ そうでした! ご神木が……世界樹が危険なんです!」

マリベル「落ち着いて。話は聞くから その前に 何かお腹に入れたほうがいいわ。」
マリベル「ちょっと 待ってなさい。」

アルス「人と同じものは 食べられますか?」

神木の妖精「え……ええ。ですが 何せ 最後に食べたのは何世も前のことなので……。」
神木の妖精「少し…… 自信はありませんが……。」

アルス「なら 先にこれをどうぞ。」

[ アルスは せかいじゅのしずくを てわたした! ]

神木の妖精「これは……!」

妖精は少年から差し出された神秘の滴をまじまじと見つめていたが、やがておずおずと口に近づけるとまるで噛みしめるかのように残らずそれを飲み干した。

神木の妖精「ああ……身体に チカラがみなぎるようです。」

暗かった顔が明るさを取り戻し、妖精は少しだけ微笑んでみせる。

するとそこへ少女が手に皿を抱えて戻ってきた。

マリベル「作り置きの シチューで悪いんだけど…… 良かったら 食べて?」

そう言って差し出された皿からは温かい湯気が立ち上り、バターとミルクの香りが妖精の食欲をそそった。

神木の妖精「い いただきます……。」

皿とスプーンを受け取り、思い出すようにゆっくりと口元まで近づけ、何度か息を吹きかけてから口へ運ぶ。

マリベル「どーお?」

神木の妖精「優しくて あったかくて ……おいしいです。」

そう微笑む娘の瞳からは色のない宝石のような涙が一筋零れたのだった。
247 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:37:12.53 ID:OqFe7abd0

それから船員を招いて軽く自己紹介した後、妖精の娘はこの一週間ほどで起こった出来事を語りだした。

神木の妖精「あれは 魔王が倒れてからでした。いや ひょっとすると それ以前から だったのかもしれません。」
神木の妖精「ここのところ どうにも ご神木の元気がないようだったんですが……。」
神木の妖精「魔王が倒され 魔物もいなくなると 思っていましたが それは 違ったようです。」
神木の妖精「彼らは どうやら 地下深く ご神木の力の源である大地に 何か悪さをしているようなんです。」
神木の妖精「…ご神木は 日に日に 衰弱しているようでした。」
神木の妖精「そこで なんとかしなければと思い 町の古い井戸から 地下へ行き 原因を探ろうと考えたのですが……。」

マリベル「その前に 魔物に見つかっちゃったと。」

神木の妖精「はい……。」

妖精は頷くというよりがっくりと項垂れて目を伏せる。

*「しかしどうする アルスよ。オレたちの目的とは別になっちまうが。」

漁師の一人が思案顔で少年に問う。

アルス「別行動は ダメでしょうか。」

ボルカノ「オレは構わんぞ。ただ あんまり 遅くなっちまうのは困るけどな。」

アルス「出発までに 必ず戻ります!」

ボルカノ「マリベルちゃんは どうする。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「どーせ あんた一人じゃ 妖精さんも 心細いでしょうからね。もちろん あたしも付いて行くわ!」

船長やその息子の視線を受け、少女はさも当然かの様に答えてみせる。

ボルカノ「…決まりだな。」
ボルカノ「まあ 今日はもう 遅い。どうせ到着は 明日の朝だからな。三人とも それまで ゆっくりするんだ。」

アルス「あ でも この後 交代ぼくの番ですから。」

ボルカノ「寝不足で 戦えるってのか?」

アルス「父さん……。」

ボルカノ「こういう時は 素直に甘えておけ。」

*「そうだぞ アルス。町一つの命運が お前に かかってんだからな。」

その言葉に漁師や料理人たちは微笑みながら頷く。

最初から反対する者などいなかったのだ。

アルス「みんな…… ありがとうございます!」

ボルカノ「よし それじゃ 解散だ! 明朝 クレージュ南に到着次第 行動を開始する!」

*「「「ウスッ!!」」」

こうして明日のそれぞれの使命のために一行は交代で体を休め、その時を待つのだった。







そして……


248 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2016/12/31(土) 15:37:46.79 ID:OqFe7abd0





そして 次の朝。




249 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:39:40.27 ID:OqFe7abd0

以上第9話でした。

*「……私は いにしえの賢者。長き時間 そなたらが来る日を ここで 待ちつづけていた。」

ハーメリア北に位置する山に囲まれた陸の孤島。
そこにポツンと佇む小さな「謎のほこら」。
あの大賢者はいったい何者だったのか。
こればっかりはどんなに考えても想像の範疇を出ません。

ただ、このお話でアルスとマリベルが言っていた通り、あそこにはいくつかのお墓が並んでいます。
そのまま推測するなら彼らはそういう一族なのでしょう。
「机の上に かわった形の 水さしが おかれている。」
このメッセージが意味深長です。

*「旅の者に 教えてしんぜよう。」

*「この世におこる出来事に ぐうぜんなど ひとつも 存在しない……とな。」

*「過去へと通ずる道が われら人間の手によって 開かれたことも しかり……」

*「むろん そなたらが ここへ来るのも すべては はじめから 決まっていたこと。」

そう思うとドラクエ7の物語のスケールがより一層大きく感じられます。

さて、今回登場した「神木の妖精」についてですが、
先に断っておくと、「神木の妖精」というキャラクター名は原作には登場しません。
ただ、彼女が自身を妖精と言っているのでここでは「神木の妖精」と名前を付けております。
他の名無しキャラクターに比べてセリフの頻度が高いので、特別な措置として彼女に限って名前を表示させていただきます。ご了承くださいませ。

…………………

◇お話はクレージュへと続きますが、果たしてアルスが霧の中で見た影は幻だったのか。
それとも……?

大掃除は済みましたか?
それではみなさん良いお年を。

250 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2016/12/31(土) 15:40:40.06 ID:OqFe7abd0

第9話の主な登場人物

アルス
自分に課せられた使命の行方に不安を感じていたが、マリベルの檄に感化され前向きに。
霧の中で船のような物を見つける。

マリベル
何物にも縛られることなく生きたいと思っている。
時折お茶目な行動をする。がう〜っ。

ボルカノ
どんな時でも冷静な頼れる船長。
息子のアルスには王からの任務や漁師としての仕事も勿論だが、
彼にだけしかできないことがあると認め、事件解決に向かう彼の背中をそっと押す。

コック長
収集のつかない事態を丸く収める役割。
マリベルの良き理解者。

めし番(*)
何かとマリベルを茶化す料理人。
言わなくても良いのに口が滑ることもしばしば。

アミット号の漁師たち(*)
義理と人情にあふれる海の男たち。
人助けとあらば協力は惜しまない性質。

トパーズ
アミット号のお守り猫。
初めて見るものには興味津々。
不思議な存在にはすぐに気付く模様。

神木の妖精
世界樹の森から生まれた妖精の少女。
現在は青い鳥となって世界樹を見守っていたが、とある事情から人間の姿に戻る。
魔物に追われていたところをアルスたちアミット号一行に助けられる。

251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/01(日) 01:26:11.91 ID:BBIReVfjo
252 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/01(日) 11:32:21.57 ID:Y2kK6cMS0
今日は私情でまとまった時間が取れないので更新が遅くになるか、明日になってしまうかと思います。
楽しみにしてくださっていた方には申し訳ありません。
253 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 12:53:10.36 ID:kyvdl/RT0
改めまして、あけましておめでとうございます。

それでは本日の分です。
254 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/02(月) 12:53:49.64 ID:kyvdl/RT0





航海十日目:小さな勇者と世界樹の悪魔




255 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 12:54:20.44 ID:kyvdl/RT0

ボルカノ「みんな 揃ったな。」

朝、食事を済ませた一行は水の都に向かうべく早速準備を整えていた。

*「お気をつけて いってらっしゃい!」

*「ここは 俺たちが 命に代えても守りますぜ!」

クレージュのある島には港や船着き場がなく、必然的に誰かが居残って船を見張る必要があったのだ。

ボルカノ「おいおい あぶなくなったら 逃げるんだぞ!」

*「へっへっへ。わかってますよ船長!」

どこか心配そうな船長に銛番の男が鼻の下を掻いて笑ってみせる。

ボルカノ「それじゃ 頼んだぜ。」

コック長「それじゃあな ワシ抜きでも 頑張るんだぞ。」

*「お任せください! みんなの腹は ぼくが守りますよ!」

そう言って飯番は突き出たお腹を“ボンッ”と叩く。

アルス「ぼくたちも ひとまず町を通って それから 世界樹の下まで行ってみるよ。」

ボルカノ「そうか なら悪いが 道中用心棒を頼むぜ。」

マリベル「まかせて ボルカノおじさま! どんな奴が出てきても あたしの手にかかれば イチコロよ!」

ボルカノ「わっはっはっ! 頼もしいぜ。」
ボルカノ「それじゃ クレージュに出発だ!」

*「「「おーっ!」」」

こうして船に漁師たちを残し、少年たちはクレージュの町へと歩き出したのだった。

256 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 12:55:50.13 ID:kyvdl/RT0

“ガサ…”

風の無いひんやりとした朝の草原に、町を目指す五人の足音だけが響き渡る。

アルス「……涼しいね。」

マリベル「いいけど ちょっと じめっとしてるわね。」

少年に返しながら少女は足元に張り付く背の高い草を振り払う。

コック長「ふう……。」

恰幅の良い料理長は早くも息が上がり始めている。

ボルカノ「コック長 大丈夫か?」

コック長「なんの。これくらいなら まだまだ。」

心配する船長に老紳士は爽やかな笑顔で汗を拭う。

そんな時、なにやら前方の草むらが揺れ動いた。





*「ピキーっ!」




257 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 12:56:26.59 ID:kyvdl/RT0


マリベル「あら スライムじゃないの。」

茂みから飛び出してきたのは少年と少女が過去の世界で初めて遭遇した魔物だった。

*「ピ…ピキ……!」

[ しかし スライムは おどろき とまどっている! ]

マリベル「ほーらほら 痛いことなんて しないからこっちおいで。」

アルス「うーん やっぱり 少なくなってるけど 魔物は出るみたいだね。」

マリベル「そうねえ でも ここらへんの魔物は スライム系ばっかりだから 脅威とは言いづらいわねえ。」

半ば強引に捕まえたスライムをぐにぐにと弄りながら少女が目を細める。

*「ピキー……。」

マリベル「よしよし。昔はこんなのに 腰ぬかしてただなんて 信じらんないわ〜。」

アルス「あはははっ! かわいそうだから もう逃がしてあげなよ。」

マリベル「失礼ね〜 こんなに可憐な乙女に 抱っこしてもらってるのに 嫌なわけないじゃないの! ねー。」

*「…………………。」

見ればそのゼリー状の奇妙な生き物は頬を赤らめて大人しくしている。

[ どうやら なついてしまったようだ。 ]

マリベル「こうして おとなしくしてれば スライムだって 愛嬌あるんだからね。」
マリベル「うふふっ。かわいいスライムちゃん あたしを守ってね。」

*「ピキー!」

アルス「もー どうするのそれ。」

マリベル「一時的に あたしのペット。」

アルス「はあ…。」

ボルカノ「わっはっはっ! こりゃたまげた。」
ボルカノ「マリベルちゃん 魔物の心が わかるのかい?」

マリベル「前にちょっとね〜。」

そう言って隣の少年に目くばせする。

アルス「そ そうだねー あははは…。」

話しを振られた少年も何と言っていいかわからない様子。

マリベル「言えない… 言えないわよ…… みんなで “スライムやってた”なんて……。」 

アルス「ここは 魔物ハンターやってたってことで。」

少年と少女は常人には理解できないダーマ神殿のモンスター職システムについてどう説明したものかと小声であれこれと話し合っている。

それもそのはず、自分の子どもたちが魔物をあしらった衣装を着て世界を闊歩していたなどと知っては
普通の親ならば卒倒するであろうと、少年達には容易に想像がついた。

ただ、基本的に何事にも動じないこの屈強な父親であれば話は別かもしれないのだが。

神木の妖精「……?」

マリベル「そ その…… モンスターの心を理解する 職業ってのがあってね…。」

アルス「そ そう! それで僕らも 火が吐けるようになったり したんだよ!」

ボルカノ「ん? そうなのか?」

コック長「世の中には 面白い職業があるもんですな。」

あまりうまい説明になっているとは言い難いが、
幸い初めて耳にする概念だったためか少年の父親も他の二人もそれ以上突っ込んでこようとはしなかった。

258 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 12:57:28.97 ID:kyvdl/RT0

そうしてしばらく沈黙が続いた時。





*「ボヨヨヨヨ〜ン。」

液体とも金属とも言えない巨体が一行の目の前に飛び出してきた。



マリベル「キャー メタルよ メタル!」
マリベル「……と思ったけど 今さら 倒す必要もないかしらね。」

*「ブギー!」

アルス「いや そうも 言ってられないみたいだ! 珍しく あっちが やる気だよ!」

少年の言葉通り、冠を被った大きな魔物は姿勢を低くして今にも飛びかからん様子だった。

マリベル「……三人とも下がって!」

ボルカノ「おう!」

こうして久しぶりの“メタル狩り”が幕を開けたのであった。

*「ブウ〜!」

あっという間に間合いを詰めてはその巨体で押しつぶそうとしてくる。

流石はメタルスライムの王様というだけあってか、その動きは英雄の二人といえど手間取るものがあった。

マリベル「この! しっつこいわね!」

*「ブヨヨ……ッ!?」

またも電光石火で突進をしかける巨体だったが、何かにつまづいてゴロゴロと転がりだす。

アルス「ここだっ!」

その隙を少年が見逃すはずもなく、獲物にありったけ力を籠め、魔人がごとき一振りを放つ。

*「ブモモモ…。」

鈍器で殴ったかのような重たい一撃を受け、堪らず走る金剛は沈黙する。

259 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 12:57:58.13 ID:kyvdl/RT0

アルス「ふー。」

マリベル「やったじゃない アルス!」

アルス「でも 経験を積んだ 実感はわかないなあ。」

マリベル「それだけ あたしたちが 強くなったってだけのことよ。……あら?」

アルス「どうしたの?」

マリベル「……いない! あたしの スライムちゃんがいない!」

アルス「え… まさか。」

少年は先ほどメタルキングの転んだ地点を見やる。

アルス「いた。」

マリベル「ああ! あたしの スライムちゃん!」

*「ぴ…ぴぴ……。」

マリベル「よかった まだ 生きてる…… ホイミ!」

少女は息絶えそうにしているスライムに初級の回復呪文をかける。

*「ピキー! アリガトッ!」

マリベル「えっ!? いま あんた しゃべった……?」

*「ボクッ ツヨクナッタ! アタマモ ヨクナッタ! シャベレル!」

突然流暢に話し出した不思議な生き物に後ろで隠れて見ていた三人も興味津々で近づいてくる。

コック長「ほお しゃべる魔物もいるんですな。こりゃ すごい!」

ボルカノ「わっはっはっ! こいつは いいや! 賑やかになるな!」

神木の妖精「こんにちは スライムくん。」

*「ピキー! ヨロシク! ヨロシクネ!」

マリベル「そうね……“スライム”じゃそのまんまだから…… “スラッグ” っていうのはどうかしら?」

ボルカノ「ほお 金属を転ばす 鉱石の残りカスってか!」

スラッグ「ピキ。スラッグ! ボク スラッグ!」

少女の命名が気に入ったのか、スライムはしきりに自分の名前を口にしている。

アルス「よく そんなの思いつくね……。」

マリベル「なーんとなくね。」

コック長「名付けるのは マリベルおじょうさんに決まりだな アルスよ。」

そう言って料理長は少年の肩に手を置く。

アルス「は…ハハハ……ナンノコトヤラ。」



[ スラッグが 仲間にくわわった! ]



260 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 12:58:23.83 ID:kyvdl/RT0

新たな仲間を加えた一行はその後順調に歩を進め、水の都クレージュの町までたどり着いていた。

ボルカノ「よし ここからは 別行動だ!」
ボルカノ「オレは町長のところへ コック長は食材の買出しへ行く。」
ボルカノ「それから オレたちは 今晩この町の宿に泊まるから お前たちも 事件を解決したら 早めに 来るんだぞ。」

アルス「うん わかったよ。」

マリベル「それじゃ またね 二人とも!」

コック長「気をつけなされよ。」

神木の妖精「すみませんが 二人をお借りします。危険なことはなるべく避けますので…。」

ボルカノ「おお ねえちゃんも 頑張ってな。」

神木の妖精「……はい!」

申し訳なさそうに頭を下げる妖精の娘に少年の父親は何を言うまでもなく激励を送る。
そんな気遣いに救われ、妖精も自らを奮い立たせるかのように気丈に返事をするのだった。

261 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 12:58:57.91 ID:kyvdl/RT0

*「おい あんたら こんな時にどこへ行くだ!」

少年たちが町の北口まで来た時、門のところにいた木こりの男が突然呼びかけてきた。

マリベル「え?」

*「この先の 世界樹んところへは 今は 行かねえほうがいい!」

アルス「どうしてですか?」

*「どうしてって そりゃ おまえさん 魔物どもが道を塞いで うろちょろしてるからに決まってるじゃねえか!」

神木の妖精「な なんですって!」

*「ん? おじょうちゃん 見慣れない恰好してるな。」
*「まあいい! とにかく 今 あそこに近づくのは やめとくんだ! さもねえと 命がいくつあっても 足りねえぞ!」

マリベル「ご忠告 ありがとう おじさん。でも あいにく あたしたちは そいつらを ぶっ飛ばしにきたのよ。」

*「なーに言ってるんだ! おまえさんみてえな おじょうちゃんなんて すぐに やつらの餌食になっちまう!」
*「悪いこた言わねえから やめときな!」

マリベル「ご心配なく〜。」

必死に止める木こりを振り払い少女は悠々と世界樹の方へと進んでいく。
それに続いて少年達も駆け足に北の方を目指して駆けていくのであった。



*「どうなっても 知らねえからなー!」



そう叫ぶ声が後ろの方から聞こえてきたが一行は意にも返さず、大手を振りながら進んでいくのであった。

262 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:00:43.61 ID:kyvdl/RT0

神木の妖精「こ…これは!」

三人と一匹が世界樹のある森の手前までやってきた時、妖精の娘は思わず絶句した。

本来世界樹を取り囲んでいた美しい池は毒々しい紫に侵され、
見ればそこに生息していたであろう魚たちの死骸が無惨に浮かびあがっていた。

マリベル「ひどい……。」

スラッグ「ピキ……。」

アルス「いったい 誰がこんなことを!」



*「げははは! そんなのおれたちに 決まってるじゃねえか!」



どこからともなく声が聞こえてくる。

アルス「だれだ!」

何か視覚に影響する呪文でもかけているのだろうか、声の主は近いようだが姿は見せない。

マリベル「めんどくさいわね! 隠れてないで 出てきなさい!」

痺れを切らした少女は声の主たちに向かって一言怒鳴りつけ、指先に魔力を籠める。

マリベル「そこよ!」

[ マリベルの ゆびから いてつく はどうが ほとばしる! ]

[ まもものむれに かかっている じゅもんの ききめが なくなった! ]

*「ウゲエエッ!」

*「なんだこいつ なにを しやがった!?」

*「グゴーッ!! しまった!」

マリベル「出たわね…。」

放たれた波動に幻惑の衣を剥され、少女たちの前に現れたのは三匹の赤い悪魔だった。

アルス「レッサーデーモンか!」

神木の妖精「あなたたち いったい ご神木に 何をしたんですか!」

*「グゲゲゲッ! おれたちゃ 世界樹には近づけねえからな。こうして 周りの水を 毒で染めてやってるだけさ。」

*「もっとも 苦労したけどよォ! なんせ まいてく そばから 浄化しちまうんだからよォ!」

*「だがこのとおり もう ここの水は 魚一匹 住めやしねえぜ。ゲッヘッヘヘ!」

アルス「なんて 卑劣なマネを!」

マリベル「悪いけど さっさと あんたたちを倒して 世界樹をもとに戻さなくちゃ いけないの。」

*「なにぃっ?」

*「たかが 人間のくせして 調子乗りやがって! やっちまえ おまえら!」

*「オォーフッ!」

*「ガゴォーフ!」

少女の挑発に業を煮やした一匹の合図により、前にいた二匹の悪魔が少女に向かって飛びかかる。

スラッグ「アブナイッ!」

アルス「はああっ!」

しかし飛び上がったのもつかの間、少年の掛け声と共に凄まじい雷光の一閃が空を切り裂いた。

[ アルスは ギガスラッシュを はなった! ]

*「ゲ……!」

*「ゴ……!」

断末魔を発する暇さえなく、二匹の悪魔“だったもの”は体のごく一部のみを残して跡形もなく消し飛んでしまった。
263 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:01:34.11 ID:kyvdl/RT0

*「な…なんだとォ!」

あまりの衝撃的な出来事に仲間を失った悪魔が普段は決して見せない腹を見せてひっくり返る。

マリベル「…………………。」

*「ひっ!」

そこへ腰に手を当てた少女が歩み寄り、悪魔見下すようにして立ちはだかった。

マリベル「ったく ホント 面倒なこと してくれるわよね あんたたち魔物ってさ。」

そう言って少女は最後の一匹を始末すべく悪魔の顔に掌を向ける。

*「ま 待て! おれを殺しても いいのかなァっ!?」

追い詰められた悪党のお決まりの台詞で悪魔は命乞いをする。

マリベル「何よ。あんたを 生かしておいて 何か いいことでも あるっていうわけ?」

怪訝そうな顔で少女が尋ねる。

*「あ ああ そうだとも!」

アルス「じゃあ 何か 知っていることを教えるんだ。」

少年の一言に“助かった”と思ったのか、悪魔は饒舌に語りだす。

*「お おれたちだけじゃねえ! こんな水なんて どうせ すぐに 世界樹が自力で治しちまう!」
*「だがよ! 地下ではもっと すげえことが 行われてるんだ! それこそ 世界樹が枯れちまうようなよォ!」

神木の妖精「やっぱり……!」

マリベル「ふーん。じゃあ 原因はそっちに あるっていうのね。」

*「そうさ! どうやら この二日くらい そこに ネズミが紛れ込んでいるようだがよォ。」

マリベル「…ネズミねえ……。」

*「だから な! せっかく 秘密をしゃべってやったんだ! 見逃してくれてもいいだろォっ!?」

マリベル「…………………。」










マリベル「そ ありがとね。じゃ。」








264 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:02:02.78 ID:kyvdl/RT0

*「ま 話がちが……!」

[ マリベルは メラゾーマを となえた! ]

魔物が何か言い終わる前に少女の手から業火が放たれ、跡には地面の焼け焦げた跡しか残っていなかった。

マリベル「だーれが あんたみたいな 悪党 生かしておくもんですか。百害あって 一利なしよ!」

アルス「…この下か。」

神木の妖精「やはり わたしの思ったとおりでしたか……。」
神木の妖精「アルスさん マリベルさん 急ぎましょう!」

マリベル「ええ。」

アルス「待って。その前に……。」

[ アルスは せかいじゅのしずくを つかった! ]

町の方へと戻ろうとする二人を引き止めると、
少年は袋からこの世界樹からとれた朝露を取り出し、上空まで飛び上がり辺り一帯へばらまいた。

神木の妖精「あ… 池が!」

するとそれまで瘴気の立ち込めていた毒沼が見る見るうちに澄みわたり、再び元の輝きを取り戻していくのだった。

スラッグ「ぴきー!」

マリベル「大事に取っておいて 正解だったわね。」

アルス「残り一本になっちゃったけどね。」

神木の妖精「すいません… あなたたちにとっては 貴重な朝露だというのに…。」

マリベル「いいのいいの。もともと この世界樹から 採れたものなんだから 本体のために使ってあげるのは 当然のことよ。」

神木の妖精「……ありがとうございます!」

申し訳なさそうな表情で謝る妖精だったが、少女が微笑んで答えると少しだけ元気を取り戻したようだった。

アルス「さあ それじゃ そろそろ 行こうか。」

マリベル「いざ! 世界樹の根っこへ!」

265 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:02:32.42 ID:kyvdl/RT0

世界樹を後にした少年たちは再び町の入口に戻って来ていた。

*「なんと!」

すると先ほど少年たちを引き止めた木こりが驚いた様子で話しかけてきた。

*「おまえさんたち よく 生きて帰ってこれたな! オレはてっきり……。」

マリベル「はあ? だから 言ったでしょ おじさん。あたしたちなら 平気ってね。」

少女が両手を腰に当てて胸を張りながら言う。

*「だけど あの魔物どもはどうしたんだ?」

アルス「魔物なら ぼくたちがやっつけました。」

神木の妖精「この二人は ご神木の 命の恩人なのです。」

*「ははあ おまえさんたち こう見えても ビックリするくらい 強いんだなあ!」

マリベル「こう見えて は余計よ!」

傍からすれば至極当然の感想であったが、どうにも気にくわない少女はぷりぷりと怒って抗議する。

*「わははは! こりゃすまねえ。おじょうちゃんみたいな娘が 魔物とやりあえるなんて 世の中 分からねえもんだなあ!」

マリベル「…ったく。」

アルス「それで この町で 一番古い井戸を探しているんですが。」

*「それならいつも ばあさんが 立っているところが それだ。」

アルス「ありがとうございます。」

*「おまえさんたち 今度は なにをする気だ?」

マリベル「決まってるじゃない。今度も 世界樹を 救うのよ。」

*「…どういうこった? 世界樹なら 周りこそ魔物にやられたが 本体はピンピンしてるんじゃ……。」

神木の妖精「一見 そういう風に見えますが 地下で何者かが 悪事を働いているようなのです。」

*「…事情はわからんが 頑張ってな。」

マリベル「どーも。それじゃ 行くわよ。」

266 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:02:58.07 ID:kyvdl/RT0

木こりとの会話を済ませた少年たちは町の中心にある古ぼけた井戸へとやってきていた。

アルス「ここか……。」

*「おや お兄さん どうしたんだい 井戸の中なんて覗いて。」

井戸の底を覗き込む少年に横に立っていた老婆が話しかける。

マリベル「おばあさん この町で 一番古い井戸って たしか ここだったわよね。」

*「うん? そうだけど それが どうかしたのかい?」

マリベル「ううん ありがとっ。」
マリベル「それじゃ 先に行くわね!」

老婆に簡単に礼を述べると少女はひらりと体を翻し井戸の底へと消えてしまった。

*「ひゃああ おじょうさんが 井戸に!」

アルス「ぼくたちも 行こう!」

神木の妖精「ええ!」

突然の少女の行動に仰天する老婆を尻目に少年達も後に続いて飛び込んでいくのだった。

267 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:03:28.71 ID:kyvdl/RT0

*「おおい 大丈夫かえ〜!」

上の方から老婆の心配そうな声が響く。

マリベル「あたしたちなら 大丈夫だから 心配しないでー!」

その声に応えて少女も上に向かって叫ぶ。

マリベル「さて と。暗くてあんまり見えないけど 昔と違って 周りは壁しかないわね。」
マリベル「ホントに ここから地下水脈に 行けるのかしら。」

神木の妖精「長い年月のうちに 埋まってしまったのでしょうか…。」

アルス「……見て 二人とも!」

少女たちが壁に手を当てながら考え込んでいると、何かを見つけたのか少年が呼びかける。

マリベル「なになに?」

アルス「これ……。」

少年の指さしていたのは少女たちの乗っている足元の石板だった。

アルス「ひょっとすると これは…。」
アルス「二人とも 下がって。」

少女たちが石板の上から降りると少年は力いっぱいにその板を持ち上げ、横にひっくり返した。

マリベル「これは!」

そこには地下へと続く古い石の階段があった。

神木の妖精「ここからなら ご神木の地下まで 行けるかもしれませんね。」

マリベル「……行きましょ。」

アルス「あ その前に。」
アルス「もう 出てきていいよ スラッグ。」

スラッグ「ピキー! クルシカッタ!」

少年がそう告げるとふくろの中からしゃべるスライムが勢いよく飛び出してきた。

マリベル「ごめんね〜 スラッグ。町の人に見つかると 厄介だから。」

スラッグ「……ボク キニシナイ。」

少女に抱きかかえられ、不思議なソレはどこか満足気に口角を上げる。

マリベル「それじゃ 気を取り直して しゅっぱ〜つ!」

こうして一行は世界樹を脅かす原因を取り除くべく、暗い地の底へと降りていったのだった。

268 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:04:24.48 ID:kyvdl/RT0

地下のトンネルは滑りやすく、湿気を帯びてどこまでも続いていた。

マリベル「はあ…… すっかり忘れてたけど ここってめっちゃくちゃに 入り組んでんだったわね……。」

少女は早くもうんざり顔でため息を漏らす。

アルス「前に来た時よりも さらに 複雑になってる気がするね。」

神木の妖精「それだけ 年月を経て 大きく成長した ということだと思うのですが…。」

スラッグ「…ズズ……。」

それぞれが感想を口にする中、少女の腕に抱かれたスライムにいたってはすっかり居眠りをしている始末。

マリベル「どう? 今のところ なにか 感じる?」

神木の妖精「ええ 全体的に 弱っているような感じはしますが……。」

アルス「直接の原因となっているものは まだ 遠い か。」

神木の妖精「はい……。」

辺りを見やれば以前遭遇したことのある魔物がちらほらと見受けられたが、
どれも殺気立った様子もなく大人しくしているか、興味津々にこちらを覗いてくるばかりである。

*「…………………。」

*「…………………。」

マリベル「ああして おとなしくしてれば 魔物だって そこらの 動物たちと変わらないのにね。」

アルス「魔王がいなくなって 凶暴性も 弱くなったのかな?」

少年にエサを渡され、魔物たちは嬉しそうにそれを食べている。

マリベル「まったく この だだっ広い 地下空間のどこに 元凶がいるのやら。」





*「止まれ!」




269 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:05:50.85 ID:kyvdl/RT0



マリベル「……っ!」

それは突然のことだった。

目の前の暗闇の中から刃物の切っ先がのぞき、何者かが少年たちの動きを制してきたのだ。

神木の妖精「え……!」

アルス「そこにいるのは 誰だ!」

*「むっ その声は まさか……!」

剣が引っ込み、少年の持つ松明の灯りに照らされて足元から少しずつその正体が明らかになっていく。

アルス「…き きみは!」

*「こんなところで 会うことになるとは 案外 世界は狭いもんだな。」

やわらかい砂の上を歩くために交差した皮だけで包まれた履物、軽装の下に忍ばされた鉄の装甲、
動きやすくゆったりとした白地のパンツ、真っ赤な腰巻に、不思議な模様の入った真っ青な羽織物、
腕に巻かれたベルトと包帯、首から背中に下げられた灰色のマント、そして何よりも砂漠の民の証である褐色の肌に美しい黒髪。

そこにいたのは紛れもない砂漠の村の青年その人だった。

マリベル「サイード!」

サイード「しばらくぶりだな。アルス マリベル。」

マリベル「あんた こんなところで 何やってんのよ!」

サイード「実は 旅に出てから すぐにこの町にたどり着いてな。
サイード「そこで この町の長に 話を聞いていたら この世界樹に何やら 異変が 起こっていると知らされてな。」
サイード「それで ここに潜り込んで しばらく 調べていたんだ…が なかなか 原因がつかめなくてな。」

そう言って砂漠の民の青年は腕を組んで考える素振りを見せる。

マリベル「ふーん。それにしても あの 頼りなさそうな町長が そんなことを察知していたなんて ちょっと オドロキだわ。」

あの自分の祖先の自慢話をやたらとしたがる髪の薄い、否、髪の無い町長の顔を思い出しながら少女は怪訝な顔で顎に指を添える。

サイード「あの町長にしてみても 世界樹のことは いつも気にかけているんだろう。そういうことにしておいてやれ。」

アルス「あの時 レッサーデーモンが言っていた ネズミ っていうのは 君のことだったのか。」

サイード「…ところで アルス。知らぬ顔がいるようだが……。」

そこまで話していて青年は少年たちの後ろにいる妖精に気付いたようであった。

神木の妖精「はじめまして。わたしは この ご神木を見守ってきた者です。」

サイード「そうだったか。おれは 砂漠の民 サイード。よろしくたのむ。」

マリベル「それで サイード。二日間も潜ってたんだから なんか情報が あるんじゃないの?」

挨拶を済ませたところで少女が青年に語り掛ける。

サイード「さっきも 言ったが 直接の原因はわかっていない。」
サイード「だが ここよりも さらに先に 嫌な気配を感じるんだ。」

青年はトンネルのさらに奥、深淵を指さして眉をひそめる。

マリベル「…なら 話は早いわね。そこまで 案内してちょうだいよ。」

サイード「いいだろう。おまえらとなら 何が出てきても 大丈夫だろうしな。」

アルス「また よろしくね。」



[ サイードが 仲間にくわわった! ]



サイード「ところで マリベル。その スライムはなんだ?」

スラッグ「ボク スラッグ!」

サイード「な……! 人語を話す スライムとは…… やはり 世界は広いな。」

マリベル「理解が早くて 助かるわ。」
270 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:06:17.63 ID:kyvdl/RT0

砂漠の民の青年を加えた一行はさらに世界樹の根の迷宮の奥へと歩みを進めていた。

マリベル「どうかしら 妖精さん。」

神木の妖精「はい… 何か 邪悪な気配を感じます。」

アルス「元凶が 近いってことかな。」

サイード「……! おい これを見てみろ!」

マリベル「何かしら これ……。」

それは横壁となっている大きな根についた窪みのようだった。

アルス「何かを打ち付けたような 感じだね。」

少年がその痕を指でなぞる。

サイード「それも 何度も 何度もだ。」

スラッグ「パ パンチ…!」

神木の妖精「そんな ひどい……。」

マリベル「もしかして この跡をつけた奴が元凶なのかしらね。」

アルス「可能性は高いね。」

サイード「なんにせよ ここから先は 用心して 進まなければならないようだ。」

そう言って青年は懐に差した獲物を構えて進みだす。

アルス「二人は 真ん中に。ぼくが 後ろを 見張るから。」

神木の妖精「はい……。」

マリベル「はいはい よろしくね。」

一行は再び隊列を組みなおし、再び暗がりの中を歩みだす。

*「…………………。」

張り詰められた沈黙が、地下のひんやりとした空気をまとって体にのしかかっていった。

271 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:07:04.00 ID:kyvdl/RT0

サイード「どうやら ここが 最深部らしいな。」

長いトンネルを抜けた後、梯子を昇ってたどり着いた先には巨大な空間が広がっていた。

天井からはやや眩しく感じるほどに光が差し込んでいる。

真っすぐ見つめるとそこには巨大な幹のような主根がさらに地下へと伸びていた。

過去に来た時ですら圧巻だった光景は途方もないほどに膨れ、まるで地下に巨大な塔が立っているような錯覚を少年達に与えていく。

スラッグ「ピキー!」

アルス「すごい……!」

マリベル「あの時ですら ありえないほど 大きかったのに こうなっちゃ もう わけがわからないわね。」

神木の妖精「でも…。」

そっと呟きながらエルフの娘は自分の立っている根に耳を当てる。

神木の妖精「苦しそう… ああ なんてこと……!」

サイード「よく見るんだ 二人とも。」

アルス「え?」

マリベル「どういう…な なによ あれっ!」

神木の妖精「あれは!?」

青年の視線の先にあったのは、自分たちのいる大きな根管のさらに下の方、まるで地底湖のように水が溜まっている場所だった。
水自体は上で見たような毒に侵されているわけでなく澄んでいるように見える。

しかし問題はその上にかかる謎のモヤだった。

モヤは水面だけではなくそこを通って伸びている根の周りを赤黒く染めており、その中に混じって何かがうごめいているのが見えた。

マリベル「どうしよう アルス!」

アルス「きっと あの もやの中の魔物が この異変の元凶だ! だからあいつをたたけば……!」

マリベル「でも どうやって あそこまで行くのよ!」

サイード「人体が触れて 平気な保証はないからな。」

アルス「……こうだ!」

[ アルスは トラマナを となえた! ]

少年が呪文を詠唱すると四人の周りを淡い光が包み込んだ。

アルス「行くよっ!」

そう言い残して少年はさっさと飛び降りていってしまった。

マリベル「ちょ ちょっとアルスっ!? もう 仕方ないわね! スラッグ! 妖精さんを頼むわよ!」

少女もそれに続いていく。

サイード「あんたは ここに 残れ。」

神木の妖精「いえ! わたしも 行きます!」

サイード「…戦えるのか?」

神木の妖精「わたしの 力が通用するかは わかりませんが わたしは このご神木と一心同体。」
神木の妖精「黙ってみているわけには いかないんです!」

サイード「…危なくなったら 逃げるんだぞ。」

神木の妖精「はい!」

力強い返事をすると、妖精は青年と共に水溜まりに向かって勢いよく飛び降りていった。

スラッグ「ピ ピキー…。」

そうして二人がいなくなった幹の上、残されたスライムの鳴き声が虚しく響いていたのだった。

スラッグ「…ピ……!」

272 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:07:55.69 ID:kyvdl/RT0

アルス「みんな 来たね。」

幹の下では少年が仲間たちを待ち構えていた。

マリベル「もう! ドレスが びちょびちょじゃないの!」

少女がスカートの両端を掴んで抗議する。

アルス「あははは! ごめんごめん。宿に行ったら 洗って持っていこ?」

マリベル「むー。」

少年になだめられるも、少女は不満そうにそっぽを向く。



サイード「どうだ アルスっ 何がいた!」



アルス「向こうに 動きはないね。殺気は 伝わってくるけど。」

遅れてやってきた青年に返し、少年はゆっくりと辺りを見回す。

マリベル「あれ 妖精さん スラッグは?」

神木の妖精「あっ…… すいません 置いてきてしまったようです。」

少女の問いに気付いたのか、妖精は申し訳なさそうに幹を見上げる。

アルス「まあ ここより 上の方が 安全じゃないのかな。」

マリベル「しょうがないわねー 後で 回収しましょ。」

サイード「それより 今は……。」



*「グゴォーフ!」

*「ガゴォーフ!」



サイード「こいつらを 片付ける方が 先だ!」

靄の中から現れたのは血のように真っ赤な悪魔たちだった。

アルス「ざっと 10… いや 20は下らない数だね。」

マリベル「同じ顔が みごとに 並んだわね。こんなにいると むさくるしいわ!」

そう言って少女は腰に下げた鞭を構えて別の意味での毒を吐く。

サイード「…来るぞ!」

こうしてそれぞれがそれぞれの武器や防具を手に、おびただしい数の悪魔たちとの戦いが始まった。

273 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:09:41.85 ID:kyvdl/RT0

マリベル「そこっ!」

まず先陣を切ったのは少女だった。
少女は固まって歩いているグループを見つけると鞭をしならせ轟音と共に空気もろとも悪魔たちを切り裂いていく。

*「グヒィッ……!」

マリベル「よわっちい くせに この マリベルさまと 戦おうなど 千年早いわね! ほほほ!」
マリベル「はっ!」

ものの数秒でケリがついてしまう戦いにはもう飽き飽きしているのだろうか、
少女はふんぞり返りながらも敵から注意を逸らさないという器用な芸当をやってのけている。

アルス「よしっ 来い!」

*「ゲッ……!」

一方の少年も水の抵抗を物ともせず、敵の攻撃をかわしながら一体一体無駄のない動きで切り裂いていく。

サイード「…負けてられないな。」

青年も負けじと湾曲した剣を片手に素早い動きで敵陣の中へと切り込んでいく。

神木の妖精「……消えなさい!」

そうして青年の散らした残党をエルフの娘が手から発する光で無に還していく。

別段連携を心がけているわけでもないが、自然とお互いの動きが噛み合っていく。
そんな不思議な感覚を覚えながら少年たちは少しずつ、確実にまもののむれを減らしていった。

アルス「残るは…!」

見ればあちこちに魔物の死骸が転がり、水に浄化されては消え、
這い歩く虫の如く蠢いていた悪魔たちも残すはあと数匹というところまできた時だった。

マリベル「あいつよ あいつ! あそこの デカイやつが こいつらのボスに違いないわ!」

少女が離れた位置からこちらを睨む悪魔を指さす。

その大きさは他にいる同じ者たちの優に三倍は越すであろう巨大な体躯であった。

*「ゴオォーフ!! よくも よくも やったな貴様らァ…!」

少年たちが周りを取り囲むとその巨大な悪魔は呻くような声で呪詛のような言葉を吐く。

*「オレ様が なん百年の月日を経て 復讐する機会を 待っていたとも知らずに……。」 

神木の妖精「復讐ですって!?」

*「そうだともォ! 俺は 仲間を消されて 貴様ら人間に敗走した あの時の恨みを忘れやしないのさァ!」

マリベル「なん百年〜? あんた ねちっこい性格なのねえ。」

*「むん? その声… その姿……。」

お決まりの悪口をぶつける少女の顔をじっと見つめ、悪魔はピタリと動きを止める。

サイード「なんだ 様子がおかしいぞ!」

*「貴様ら… 貴様らまさか あの時の 人間ども……ッ!」
*「許さん… ゆるさんぞォ!」

悪魔は体を震わせいきり立ち、荒い息を吐きながら血走った目で少年たちを睨みつける。

*「貴様らを 皆殺しにし 今度こそ この忌々しい木を腐らせてくれよう!」





アルス「構えてみんな! くるっ!」




274 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 13:11:25.75 ID:kyvdl/RT0

*「グゴオオオオオフ!」

少年の合図に全員が飛び退くと既にそこまで来ていた悪魔の前足が空を振った。

マリベル「あっぶな! お返しよ!」

少女は適当な根の端に鞭を巻き付けるとぶら下がり、
そのまま勢いを付けて空中から悪魔の顔目がけて強烈なとび膝蹴りを繰り出す。

*「グゲェッ!」

もろに衝撃受けた悪魔は慌てて反撃を繰り出すも、踊るような足さばきをする少女になんなくその攻撃をかわされ、
それどころか時折繰り出される拳や脚に太い腕を打たれていく。

*「ぐっ ぬ……!」

アルス「ここだ!」

そうこうしているうちに少年が懐目がけて疾風の如く潜り込み、片足を軸に水平に脚を回して真横に巨体を吹き飛ばす。

*「こ こしゃくなァ!」

再び頭に血が上った悪魔は体を起こして思い切り突進してくる。

神木の妖精「スカラ!」

サイード「むん…!」

しかしその一撃も防御魔法を受けた青年の剣に阻まれ、両者は拮抗状態に陥る。

アルス「くらえ!」

そこへ後から少年が飛び出し、悪魔の頭についている二つの角のようなものを切り落とす。

*「ギャアアアアッ!! このォ!」

痛みに悶えながらも悪魔は渾身の力で少年と青年を弾き飛ばす。

サイード「チッ!」

アルス「けっこう タフだね…!」

マリベル「根がなかったら もっと 派手にやれるってのにね!」

神木の妖精「すみませんが なるべく 傷つけないように お願いします!」

マリベル「わかってるわ 妖精さん!」

*「ナ…ニ……?」

その時、頭を押さえて呻いていた悪魔が急に静かになり、少女の後ろに立つ妖精を凝視する。

*「おまえが…… そうか おまえが この木の守護者かッ!」

そう言うや否や悪魔は目から眩しい光を発し、それまでとは比べ物にならないほどの速さで宙を駆け、
瞬く間に少年たちの後ろに回り込むとエルフの娘を鷲掴みにして飛び退いた。

神木の妖精「キャっ!!」

サイード「なっ!」

マリベル「妖精さんっ!」

*「こうなったら せめて… 貴様だけでもォ!」

恨めしそうな、そして恍惚な笑みを浮かべて悪魔は妖精を握りつぶそうと腕に力を籠める。

神木の妖精「ああああっ!!」

骨の砕ける音と共にその口から鮮血が吐き出されていく。

アルス「このっ……!?」





*「ピギイイイイッ!」




275 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:39:47.38 ID:kyvdl/RT0



*「ぬおっ!」



少年が悪魔を阻止しようと走り出した瞬間、何者かが悪魔の体目がけて猛烈な勢いで飛び込みその体を仰け反らせた。

神木の妖精「か… はぁっ… げほっ げほっ!」

悪魔の手が緩んだことでエルフの娘は地に落ち、激しく咳き込んで荒い息を漏らす。

*「き きさま スライムごときが よくも やってくれたなァ!」
*「貴様なんぞ こうしてくれるッ!!」

スラッグ「ピキーーーっ!」

すぐに体勢を立て直して硬直するスライムを手に掴むと、悪魔は力に任せてその体を握りつぶしてしまった。

マリベル「スラッグ!!」

*「げ…へへ お 俺さまの 邪魔をするから こうな……っ!?」

アルス「っ!!」

ただのゼリー状の塊のかけらとなって飛び散ってしまったスライムを見下ろし、勝ち誇ったかのようだった悪魔の顔は、
突如後ろから放たれた殺気を認知した時には既に驚愕の色で染め上げられ、ただ天井を向いていたのだった。

*「ぐごぁあッ!?」

神木の妖精「……!?」

何故ならば眼にも止まらぬ速さで飛び込んだ少年が、姿勢を低くし片足を軸に水平に悪魔を蹴り転ばしていたからだ。

アルス「この野郎……!」

*「…おおっとォ!」

少年が獲物を突き立てようとした瞬間に我に返った悪魔は、わずかにそれを交わし、すぐに体を翻して後ずさる。

*「まだだァ! まだ 死ぬわけにはいかん! この木に 破滅を与えるまではなァ!」

そう言って再び攻撃の体制を取ると少年との距離をジリジリと詰めていった。


276 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:40:13.60 ID:kyvdl/RT0

マリベル「スラッグ! しっかりするのよ!」

[ マリベルは ザオリクを となえた! ]

*「…………………。」

少年が悪魔と対峙する一方、少女はゼリー状の残骸が転がった辺りに向かって復活の呪文を唱えていた。

*「…………………。」

しかし物言わぬその塊たちはいつまでも沈黙を貫いたままだった。

マリベル「どうして… どうして 生き返らないのよっ!!」

少女がいらだちと焦りを顔に浮かべてわめき散らす。

マリベル「ザオリク! ザオリクザオリク! ……ざおりくぅ…!!」

まるで壊れてしまったかのように、すがるように何度も何度も同じ言葉を繰り返す。

サイード「マリベル……。」

マリベル「スラッグ! 返事をしなさいよ! へんじを……!」

神木の妖精「マリベルさん!」

マリベル「……!」

妖精が少女の言葉を遮るように名前を呼ぶ。

神木の妖精「残念ですが スラッグさんはもう……。ごめんなさい わたしのせいで……!」

マリベル「まだよ… スラッグは 死なせはしないわ! さっきまで あんなに 元気にしてたのに…!」

尚も諦めようとしない少女に妖精は足元に落ちている欠片を両手ですくいながら言う。

神木の妖精「復活の呪文は 完全に失われてしまった命を 生き返らせることはできないのです……。」
神木の妖精「あなただって それは 分かっているはずです。」

マリベル「…………………。」

妖精の言葉に黙ったままそれを見つめていた少女だったが、やがて立ち上がると振り向きもせずに語り掛けた。

マリベル「二人とも。」

神木の妖精「はい。」

マリベル「……スラッグを守って。これ以上 傷つかせたくないの。」

サイード「…わかった。」

マリベル「ありがとう。」

礼を伝えると少女は黙って悪魔と対峙する少年のもとへと歩き出した。

277 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:40:40.06 ID:kyvdl/RT0

アルス「次は 外さないぞ!」

*「グゴヒャヒャヒャ!! 俺は死なん! おまえらごときに これ以上の 邪魔はさせんぞォ!」 

アルス「なら これでも 受け…!」

マリベル「アルス!」

アルス「…っ! マリベル!?」

マリベル「そこを どいてちょうだい。」

アルス「でも!」

マリベル「どきなさい。」

アルス「…………………。」

少女の有無も言わさぬ言葉に少年は自身の体を横にわずかにずらす。

マリベル「ありがと。」

抑揚のない礼を言い残してその横を通り抜けると、少女は根の壁に背を張り付けるようにして立ちはだかる悪魔の目の前へと歩み寄った。

*「あんだぁ? アマァ 恐れをなして おとなしく 俺に殺されにでも来たってのかァ?」



マリベル「半分正解ね。」



*「あぁ? どういうこ… げごふぅッ!!」

訝し気に少女に詰め寄る悪魔だったが次の瞬間、体が浮き上がり背後の壁にめり込んだ。

マリベル「半分の正解は “恐れをなして”と “おとなしく殺される”ってところよ。」

*「グ… ごはぁッ!!」

今度は顎を蹴り上げられ、激しく仰け反り頭から地面に強烈に叩きつけられる。

マリベル「半分のハズレは それが “アマ”じゃなくて “あんた”だってところよ!」

*「ガ……きさまっ! ごああっ!?」

仰向けに倒れた体を起こそうとする悪魔だったが、首を鞭に締め上げられ、その上から馬乗りになった少女にそれを阻まれる。

マリベル「これは あんたに しめ上げられた 妖精さんの分!」

そのまま少女は体に紫色のどす黒い空気を纏わせると悪魔の顔に向かって猛毒の霧を吹き付ける。

*「グエフッ! ごへァッ…! い いキ が……!」

マリベル「これは 猛毒や 汚いモヤに苦しめられた 世界樹の分!」

そして少女は魔力で練り上げた巨大な手を作り出し、喘ぎ苦しむ悪魔の頭をそれで掴むと、自身の拳を握り、巨大な手にその動きを再現させていく。

マリベル「そしてこれは! あんたに 握り殺された仲間の!」

*「ヤ やメ…!」

マリベル「あたしの大事な スラッグの分よ!!」 

*「ガアアアアアッ…!」

そして少女はその拳を力いっぱい握り締め、悪魔の頭をギリギリと圧していく。

マリベル「消えろッ!!」

断末魔をかき消すかのように少女が叫ぶと悪魔の頭は赤黒い体液をまき散らしながら、内側から爆発するように四散してしまった。

*「…………………。」

マリベル「…感謝しなさい。あんたたち 悪魔の大好きな 地獄の雷で送ってあげるわ。」

そう言って頭を失くした悪魔の体に手を当て、少女が目を見開いた時だった。





アルス「やめて マリベル。」
278 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:41:14.40 ID:kyvdl/RT0


少年が少女を背中から抱き、その腕を両手にからめとる。

マリベル「……っ!!」

少女の腕を走る黒い雷光が、少年の腕を真っ黒に焼いていく。

マリベル「止まないで アルス! これはあたしの 復讐なのよ!」

少女は少年の静止を聞かず、尚も腕の雷を大きくさせていく。

アルス「ぐ……! もう そいつは死んだんだ! それ以上する必要はない!」

マリベル「ダメよ! こいつは 世界樹だけじゃなくて スラッグにまで 手をかけたのよ。」
マリベル「地獄の炎よりも苦しい 罰を 与えるべきなんだわ!」

少女の腕はもはや真っ黒に染め上げられ、少年の指先は炭のようにボロボロと崩れ落ちていった。

アルス「それでもダメだ! きみは……君は そいつと同じになりたいとでも 言うのか!」

マリベル「……っ!」

少年の言葉に少女は少しだけ腕の雷を弱める。

アルス「今の君をみて 彼が 喜ぶとでも 思うのか!?」
アルス「復讐のために 死神のように 敵をいたぶる君をみて スラッグが 喜ぶとでも 思ったのかっ!!」

マリベル「…スラッグ……。」

アルス「ぼくは嫌だ。そんな風に 復讐に身を焦がすような 君なんて見たくない!」
アルス「どうしてもというのなら ぼくが 君の代わりに こいつを消してやる。」
アルス「だから 目を覚ますんだ! マリベルっ!」

マリベル「……アルス。」

少女の呼び起こした雷が、ゆっくりと収束していく。

マリベル「…………………!」

その時初めて少女は自らの呼び起こした雷が少年の手を焼き焦がしていることに気が付いた。

マリベル「アルスっ! て 手が……。」

アルス「……いいんだ。」

少女は自分の行動の愚かさを悔いていた。

理由こそ違えど復讐のために無意味な破壊や必要以上の暴力を行うのは、先ほどまで醜く笑っていた悪魔たちと何が違うのだろうかと。

そして冷静さを欠き、見境を失くしたがために自らの愛する人にした仕打ち。

マリベル「…ごめんなさい……。」

あふれ出る後悔が、そのまま涙となって少女のまなじりからあふれ出す。

アルス「……いいんだ。」

ボロボロになった腕で少女の体を力強く抱く少年の瞳には、足元で揺れる水面に滴る雫が小さく映し出されていた。


279 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:41:40.45 ID:kyvdl/RT0

サイード「どうやら 終わったようだな。」

悪魔の断末魔が響き渡った後、辺りを覆っていた黒いモヤも次第に薄れ、地下は透き通った水面と澄んだ空気に包まれていった。

神木の妖精「あ アルスさん マリベルさん!」

アルス「やあ。」

戻ってきた二人に気付き妖精が呼びかけると少年もそれに呼応してみせる。

神木の妖精「レッサーデーモンは……!」

アルス「倒しましたよ。体も 世界樹に浄化されて 結局 消えました。」

神木の妖精「そうですか… 良かった……!」

妖精は安堵のため息を漏らす。

マリベル「…スラッグは?」

神木の妖精「はい… 私たちで かけらを 拾い集めて……。」

サイード「彼なら ここだ。」

少女の言葉にそう言って答えると、青年は自分のマントに包んだ亡き仲間のかけらを少女に見せる。

神木の妖精「わたしも 何度も 試みたのですが……。」

サイード「…やはり 戻って来てはくれなかった。」

マリベル「そう……。」

少女は青年の持つマントの上をじっと見つめる。

マリベル「…………………。」
マリベル「ねえ サイード。」

サイード「なんだ。」

マリベル「それ… 少しの間借りてもいいかしら。」

サイード「ああ しかし… いや わかった。」

一瞬真意を測りかねた様子の青年も、まっすぐな少女の瞳に何か察しがついたらしい。

マリベル「ありがとう。」
マリベル「みんな 戻りましょ。 ……リレミト。」

そう言って少女が青年の手からマントを受け取り、皆を集めて脱出の呪文を唱えると、
一同を光が包み込み、あっという間に辺りは静寂に包まれたのだった。


280 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:42:08.44 ID:kyvdl/RT0

少女たちが井戸の前に戻ってきた時には既に日は暮れ、物悲しく町の景色を朱に染めていた。

今は昼に会った老婆もいない。

マリベル「サイードは 先に 町長のところへ 報告に行ってあげて。」

サイード「…ああ わかった。」

神木の妖精「マリベルさんは どうするのですか?」

マリベル「世界樹のところへ 行くわ。」

アルス「…………………。」

サイード「それじゃ また 後でな。」

マリベル「ええ。」

281 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:42:36.73 ID:kyvdl/RT0

そうして町長の家の前で青年と別れた少女たちは再び世界樹のもとへとやってきた。

少女の手にはまだ包まれたマントが乗ったまま。

神木の妖精「マリベルさん いったい 何をするのですか…?」

マリベル「この子をね。」

そう言って少女は片手でマントの上をそっと撫でる。

マリベル「手厚く 葬って あげたいのよ。」
マリベル「それが こんな形で この子の命を奪ってしまった私からの せめてもの 償いになればね。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「……手伝ってくれる?」

アルス「…………………。」
アルス「もちろんだよ。」

282 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:43:31.46 ID:kyvdl/RT0

少年と少女は妖精の見守る中、世界樹の根元に小さな墓をこしらえ始めた。
墓とは言っても墓石のようなものはなく、ただ穴を掘って十字に縛った枝を刺しただけの粗末なものだったが、
一つ一つ丁寧に、労わる様に作っていった。

そしてぽっかりと空いた穴の中にマントの中で眠っていた仲間をゆっくりと注ぎ込むと、
上から布団をかぶせるように優しく土を盛り少女は下に眠るそれに小さく語り掛ける。

マリベル「……ごめんなさい スラッグ。あたしが あんなところまで 連れて行ったばかりに こんな目に 合わせてしまって。」
マリベル「でも あなたの おかげで 妖精さんと 世界樹を助けることができたわ。」
マリベル「自分よりも強い相手に みんなを助けるために 立ち向かった あなたの おかげで。」
マリベル「……あなたの 勇気が このご神木を救ったの。」

神木の妖精「マリベルさん……。」

マリベル「ううん。いいのよ 妖精さん。」
マリベル「…アルス! ……わがまま 言っていいかしら。」

悔しそうな顔で俯く妖精に気にしないように伝えると、少女は少年を呼んだ。

アルス「なんだい?」

マリベル「せかいじゅの葉と 最後のしずく …あたしにちょうだい。」

アルス「…………………。」
アルス「わかった。」

マリベル「ありがとっ。」

そう言って少年から手渡された二つの貴重品を受け取ると、少女は盛り上がった土の上に葉を置き、しずくで濡らしていった。

そして墓の前にかがんでゆっくりと目を閉じ、静かに祈りをささげると再び少年たちのもとへ歩き出す。

マリベル「さ! これでいいわ。行きましょう アルス。」

アルス「もう いいのかい?」

マリベル「うん。ちゃんと お別れできたわ。」

神木の妖精「お二人とも 本当に ありがとうございました。このご恩は 決して 忘れません。」

マリベル「いいのよ。それに あたしたちじゃなくて お礼は スラッグに言ってあげて?」

神木の妖精「……はい!」

アルス「それじゃ ぼくたちはこれで。妖精さんもお元気で。」

神木の妖精「また いつでも遊びに来てくださいね。わたしも …そして 彼も きっと 歓迎いたします。」

マリベル「わかってるわ。じゃあね!」

そう言って少女は後ろを振り返り、誰にも聞こえない声でそっと呟いた。





マリベル「さようなら スラッグ。]







マリベル「小さな勇者さん…。」




283 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:51:51.30 ID:kyvdl/RT0

サイード「戻ったか アルス マリベル。お父上が 首を長くして待っていたぞ。」

町へと戻ってきた少年と少女に砂漠の民の青年が駆け寄る。

アルス「かなり 遅くなっちゃったから 父さん 心配してるかな。」

マリベル「ごめんなさい 待たせちゃったわね。」

サイード「いや 気にするな。おまえたちのことだ 彼のことを 葬ってやったんだろう?」

アルス「…まあね。」

マリベル「はい これ あんたのマント。シミになっちゃったけど……。」

少女は借りていた布を青年に手渡すと大きなシミを見て俯く。

サイード「いや このままでかまわん。これからの旅に 彼がついていれば 心強いだろう。」
サイード「それに 彼の勇気を いつでも 思い出せるからな。」

青年はその優しくシミを撫でるとすぐに自分の首に巻き付けた。

アルス「優しいんだね サイードも。」

サイード「ふん。どうだかな……。」
サイード「最初はただ 魔物だからという理由だけで 彼のことは あまり 信用していなかったのも事実だ。」
サイード「結果的に 彼がいなければ どうなってたかも 分からないというのにな。」

マリベル「…仕方ないことよ。誰だって 魔物と見れば 最初はそう思うわ。」
マリベル「でも 覚えていてちょうだい。どんな見た目の魔物だって 必ず 心を通わせることできる子も いるんだってことをね。」

サイード「……ああ 肝に銘じておくよ。」

少女の言葉に青年は力強く頷いてみせる。

アルス「…そうだ サイード せっかくここで会えたんだから 今日は 一緒に夕飯でもどう?」

マリベル「いいわね! あんたにはいろいろと 聞きたいこともあったし。うふふ…。」

サイード「むっ そうだな。おまえたちの 旅の話を もっと聞きたかったしな。」
サイード「この サイード ご一緒させて いただくとしよう。」

マリベル「そうと決まれば はやく 宿にいきましょ! ボルカノおじさまも コック長も きっと 喜ぶわ!」

そう言って少女は二人の腕を引っ張り町の南に向かって歩き出す。

アルス「わわっ マリベル待ってよ!」

サイード「ちゃ… ちゃんと 歩くから そんなに 引っ張らないでくれ!」

少女に引きずられるように歩き出した二人もどこか楽しげで、今晩の話に期待を膨らませながら仲間の待つもとへと急ぐのだった。

284 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:52:29.61 ID:kyvdl/RT0

サイード「そうか… 噂には聞いていたが おまえたちの旅は なにかと想像を絶するものだったんだな。」

夜も更け町が静かになった頃、それとは反比例するかのように宿のラウンジは盛り上がりを見せていた。

マリベル「ったく 苦労したんだから。どこ行っても 無理難題の連続ってもんね!」

食事を済ませた少年少女と青年は三人で卓を囲んで酒盛りをしていた。

サイード「しかし それのおかげで おれたちは こうして平和に暮らしていけてるんだ。」
サイード「本当に 感謝している。」

少しだけ顔を赤く染めた青年がかしこまったように二人に頭を下げる。

アルス「いやぁ……。」

マリベル「ホント あんたみたいに みんな感謝してくれるんだったら もうちょっと 士気も上がってたかもねえ。」

そう言って少女は盛大な溜息をつく。

アルス「まあ ぼくらも 途中まで 自分たちの好奇心でやってたからね。」

マリベル「まあね 別に 人から 感謝されるために やってたわけじゃないからねえ。」

サイード「いや 英雄というのは みな 不遇なものだな。」

マリベル「あら あたしは まんざらでもないわよ?」

にやりと笑って少女は隣に座る少年の肩に手を乗せて言う。

マリベル「こうして また平和な世界を 満喫しながら 歩けるんだから あたしたちだって ちゃんと 報われてるわよ。」

アルス「…そうだね。」

肩に乗せられた少女の手を自らの手で覆いながら少年がそれに応える。

サイード「…ふっ 敵わないな おまえたちには。」

マリベル「あーら あんただって ホントは 隅に置けないやつ なんじゃなくって?」

苦笑する青年に少女が悪戯な笑みを浮かべて言う。

サイード「な なんの話だ?」

マリベル「とぼけちゃってー 本当は 女王さまと 何かあるんじゃないのー?」

小さなグラスに注がれた深い琥珀色の液体を一口に飲み干して少女が言う。

サイード「いや 女王様は おれたちにとっては 大地の精霊様や 神に近しい存在だ。」
サイード「そんな お方となど……。」

マリベル「なら その赤い顔はなんなのよ〜 うふふふ……。」

サイード「酒のせいだろう。」

アルス「マリベル 今日は いつになく 上機嫌だね。」

マリベル「あら そうかしら? それにしても これ きついけど…… いい香りで 癖になるわね…。」

そう言って少女は自分の盃に再び芳醇に香る液体を注ぎ込んでは鼻を近づける。
285 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:53:09.51 ID:kyvdl/RT0

サイード「あれだけあった 生命の水が ほとんど 空だな…。」

生命の水と呼ばれるその液体は水の綺麗なこの地方ならではの名産として古くから伝えられている麦を使用した飲み物だった。
生成される過程で蒸留を繰り返すことで非常に“きつく”なるのだが、水を加えることで香りや味わいが花開き、複雑で繊細な顔を見せる。
それはまるで生命が生まれ、老い、そして無に還る無限の営みの一瞬を切り取ったかのような美しさを持ち、
一度口にすれば体を目覚めさせ、精神を漲らせ、やがて眠りへと導いていく。少女はそんなこの生命の水に心酔していたようだった。

マリベル「ふふっ これ お土産に もう一本もらってこうかしらね。」

アルス「きっと ご両親 ひっくり返るかもね。」

マリベル「うちの親は 別に 弱いわけじゃ ないわよ?」

サイード「まあ おまえを見ていたら それも 納得できるが。」

マリベル「とーにーかーくっ! あんたはきっと 何か 隠しているわね?」

“ズビシッ”

再び少女の指先が青年の顔に向かう。

サイード「むっ まだ その話を引っ張るか!」

アルス「あははは…… マリベル もうそろそろ 寝ようか。」

マリベル「なによう! もうちょっとくらい からかったっていいじゃない!」

サイード「おれを からかっていたのか!」

マリベル「あんたみたいな カタブツは ちょっとからかわれて 赤くなってる方が 可愛げがあるのよ!」
マリベル「きっと 照れた あんたを見たら あの真面目な 女王さまだって…… ふふふ。」

サイード「あ アルス! はやく そいつを連れて 部屋に戻ってくれ!」

マリベル「あ! あんた 分が悪いからって 逃げるきねえ?」

アルス「はいはい マリベル そのくらいにして もう行こう? ね?」

マリベル「ぬぬう……。」
マリベル「わかったわよ…… しょうがないわね!」

そっぽを向き、頬を膨らませて腕組しながら少女は歩き出す。

少年に肩を抱かれて。

サイード「ふう…… ようやく 解放されたか。」
サイード「マリベルのやつ 調子に乗って こんなに飲むとは……。」

そう言って青年は卓の下に置かれた 空瓶の束を見てため息をつく。

サイード「……女王様…か。」

誰にも聴き取れぬような声でそっと呟くと、青年は普段はマントに隠れている首に下げられた物に手を当て、
物思いにふけるように少量だけ満たされている自分のグラスを見つめるのだった。

286 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:53:41.56 ID:kyvdl/RT0

マリベル「つまんないのー もうちょっとで あいつの 秘密を暴けると思ったのにー。」

アルス「マリベルも 意地悪だなあ。」

マリベル「なによ アルスまでぇ! ふんっ。」

アルス「あははは… ごめんごめん。」

マリベル「しーらなーい! アルスなんて だいっきらいよーだ。」

アルス「よわったなあ。」

マリベル「ふーんだ。」

アルス「…………………。」

マリベル「……はあー。」

少女が盛大なため息をつき少年に背を向けてベッドに座り込む。

アルス「マリベル。」

マリベル「なによっ ばかアル……ス?」

アルス「…………………。」

マリベル「あるす……?」

気付けばいつの間にか後ろにやって来た少年に背中を抱きしめられていた。

アルス「ごめん。ぼくも 意地悪言うつもりは なかったんだ。」

マリベル「……いじわる。」

アルス「うん。」

マリベル「ばかアルス。」

アルス「うん。」

マリベル「もうっ 顔が見えないじゃないの!」
マリベル「えい!」

アルス「えっ?」

次の瞬間少年は宙を舞い、ベッドに横倒しにされていた。

マリベル「うふふふ! ばーかばーか。」

少女はいつの間にか笑っていた。それも心底楽しそうな顔で。

アルス「…は ははは!」

マリベル「あはははっ!」

釣られて少年が笑い出し、少女もそれに負けじと腹を抱えて笑う。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

そしていつしか視線が合うと、どちらからともなく二人は唇を重ねるのだった。

しばらくお互いの感触を確かめ合っていた二人だったが、やがて少しだけ間を開けると、少女ははにかんだ笑顔で俯き、少年の胸に顔を埋めて呟く。

マリベル「やっぱり好き。」

少年は少女の背中に腕を回すと、花に似た香りのする美しい髪に顔を落とし、鼻で思い切り深呼吸する。

アルス「おやすみ マリベル。」

マリベル「おやすみなさい アルス…。」

そして二人はお互いの存在を離すまいと疲れた体を寄り添わせ、そのまま夢の中へと落ちていくのだった。

真夜中にもかかわらずどこからともなく聞こえてきた小さな鳴き声に青い鳥の姿を思い浮かべながら。





そして……

287 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:54:09.18 ID:kyvdl/RT0





そして 夜が 明けた……。





288 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/02(月) 14:54:47.23 ID:kyvdl/RT0

以上第10話でした。

過去のクレージュでいどまじんを倒したとき、
その周りで魔王の念のこもった水をまき散らしていたレッサーデーモンたちが戦ってもいないのに急に姿を消します。

……どうもおかしいなと思ったんですよね。
今回のお話ではそんなレッサーデーモンたちに脚光を浴びせてみました。

それからこの第10話限定でオリジナルキャラクター「スラッグ」を登場させました。
はじめて遭遇した魔物でもあるスライムはマリベルとは切っても切り離せないキャラクターの一つです。
「こうやってみると スライムも なかなか かわいいものだわね。」
なんていうセリフがメダル王の城では聞けたりします。
そこで今回はちょっとせつないお話ですが少女が旅を通して経た魔物に対する心境の変化を、
「スラッグ」というキャラクターとの出会いと別れで書いてみました。
(けっして某超格闘漫画の映画の悪役カタツムリではありません)

今さらですがこのSSではアルスとマリベルが飲酒するシーンがしばしばあります。
ゲーム終了時の彼らの年齢はだいたい18ぐらいだと思うのですが、
それ以前にも現在の砂漠では(メッセージで)しっかりとお酒は飲んでいますし、
ユバールではビバ=グレイプ(要するにワインですね)を飲んでいます。
序盤ではアルスの家でアミット漁から帰ってきたボルカノにお酒を進められる場面もありますね。
神の復活を祝う祭の際はメルビンやアイラに「まだ早いか」と言われていますが、
きっとドラクエの世界では成人が早いのか、お酒に関する決まりが緩いのでしょう。

…………………

◇今回から砂漠の青年サイードが仲間に加わります。
念外だった世界旅行(?)の最中、こうして出会ったのも何かの縁。
どこまでかはさておき、しばらく彼にも旅に同行してもらいます。

289 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 14:55:17.17 ID:kyvdl/RT0

第10話の主な登場人物

アルス
世界樹を救うためにクレージュの地下へ。
無用な殺生はしないがマリベルの手を汚すくらいなら自分がやる。
色んな意味で暴走するマリベルを止める鎮静剤。火に油を注ぐこともあるが。

マリベル
スラッグを目の前で殺され激怒。
自分もアルスも焼き尽くさんばかりの力で魔物を葬り去る。
旅を通して魔物に対する見方も大分変わってきている。
実は酒豪。

ボルカノ
今回は一人で町長の元へ締約書を届けに行く。
たとえ英雄という大使がいなくとも任務はしっかりこなす。
魔物が現れようと動じない。

コック長
物の見方は非常に柔軟。
不測の事態でも冷静に動く。

神木の妖精
世界樹を見守る森の妖精。
アルスたちと共に世界樹に仇なす魔物たちを退治するべく戦いに身を投じる。

サイード
砂漠の民の青年。世界を旅する真っ最中。
偶然立ち寄ったクレージュで事件を知り、
原因の解明のために地下へと潜ったところアルスたちと再会。共闘する。

スラッグ
クレージュ周辺に住んでいた何の変哲もないスライムだったがマリベルに拾われ、
メタルキングとの戦いを経て飛躍的に成長。人語を解するように。
神木の妖精のピンチを救うべく身を呈し、命を落としてしまう。

290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/02(月) 19:35:17.19 ID:4xUZINwb0

実際ザオリクってどの範囲で効くんだろうか
291 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/02(月) 21:04:39.30 ID:kyvdl/RT0
>>290
難しいですよね。
メディアによっても扱いは様々ですし、イベントで死んだキャラって基本的に即退場になっちゃいますからね……

「魂が完全に消えていない状態だけ」と思えば多少は融通が利くかもしれません。
(そうすれば「場合による」の一言で片づけられますし……)
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/03(火) 01:20:23.50 ID:RNgovhjwo

昔どっかでザオリク等蘇生手段の有効範囲はストーリーとシステムの都合って結論されてたの見たな
かなり身も蓋もないが…
293 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:09:25.80 ID:XE7nrcf00
>>292
実際そうなんでしょうね…
そんなこと言ったらどんなキャラだって生き返らせられちゃいますから
ストーリーとか演出とかが破綻しちゃいますものね。
294 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/03(火) 12:15:53.56 ID:XE7nrcf00





航海十一日目:名もなき小鳥 / 砂漠の夜




295 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:16:34.83 ID:XE7nrcf00

ボルカノ「おう 待たせたな お前たち!」

*「船長!! みんな おかえりなさい!」

翌朝、朝食後すぐに宿を後にした一行は仲間の待つ船まで戻って来ていた。

*「首尾はどうでした?」

ボルカノ「締約については ほとんど 問題なかった。じきに ここにも 船着き場を 作ってくれるとよ。」
ボルカノ「もともと 争いとは無縁な町だから やっぱり 他所の船を守るチカラはないって 話だったけどな。」

*「そうですか。」

*「……あの 妖精のネエちゃんは どうしたんです?」

銛番の男が少年たちを見回して尋ねる。

アルス「無事 問題を解決したので 世界樹のところへ 帰りました。」

*「そうか アルスたちも ご苦労さんだったな!」

*「ところで そっちの あんちゃんは……。」

漁師の一人が少年たちの後ろに立つ青年に気付いて声をかける。

サイード「砂漠の民の サイード と申します。」
サイード「世界を旅している途中ですが 訳あって この町で アルスたちと再会しました。」
サイード「この度は ボルカノ船長のご厚意で 次の地まで ご一緒させていただくことに なりました。」
サイード「みなさん どうぞ よろしくお願いします。」

漁師の疑問に答えるように青年は乗組員たちに挨拶をする。

*「こりゃまた 礼儀正しそうな あんちゃんだ! おれたちは この船で漁師をやってるもんだ。一つ ヨロシクな!」

*「ぼくは この船で コック長と共に みんなのご飯を作ってる飯番です。どうぞよろしく!」

サイード「よろしくお願いします。」

それぞれが自己紹介を終えたところで船長が号令を出す。

ボルカノ「よし! あいさつはそれまでにして そろそろ出発するぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」

*「全員乗ったか! 錨を上げるぞ!」

*「おう!」

船員たちの掛け声と共に海中から錨が引き上げられ、
新たな仲間を加えた漁船アミット号はゆるやかな東の風を受けて再び大陸間の海域を滑り始めたのだった。

296 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:17:23.98 ID:XE7nrcf00

マリベル「これでしばらく こことも お別れね……。」

船が走り出し、遠ざかる岸辺を見ながら少女が誰にともなく語り掛ける。

アルス「…そうだね。」

サイード「世界樹の回復を 見届けなくて良かったのか?」

マリベル「いいのよ。元凶はやっつけたし この目で モヤが消えるのを見たんだもの。」

青年の問に少女はあっけらかんと答える。

サイード「心残りは もう ないんだな?」

マリベル「スラッグのこと? そうね……。」

少女はしばし静かに揺れる海面を見つめていたが、やがて遠い岸辺の方を見やると自分の胸の内を語りだした。

マリベル「アルスにはさ たしか 言ったことが あったっけ。」

アルス「…………………。」

マリベル「死が かならずしも その人の価値を なくしちゃうとは かぎらない… ってね。」

サイード「…………………。」

マリベル「それが 人でも 動物でも… 魔物でもおんなじよ。」
マリベル「スラッグは確かに 死んじゃったわ。けど……。」
マリベル「あたしは あの子のこと 絶対に忘れないわ。あの子のことも あの子の勇気も。」
マリベル「たったの半日だけだったけど… あの子と過ごした時間も。」

そこまで言って少女は大きなため息をついた。

サイード「…そうか。」

そう返して青年は、昨晩宿に預けたままにしていた自分の相棒の頭をそっと撫でる。

*「にゃーう。」

少女が嬉しそうに喉を鳴らす茶虎猫を見つめていると、急に少年が声を上げる。

アルス「あっ あれ!」

マリベル「どうしたのよ? 大きな声だし… あっ!」

サイード「む? あれは……。」


297 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:18:20.16 ID:XE7nrcf00

少年が見つめる先には二匹の鳥がいた。
片方は二日前この船に迷い込んできた美しい青色の鳥。
もう片方はこれまた天をそのまま映したかの如く澄んだ水色をした鳥だった。

アルス「やあ 妖精さん! また 鳥の姿に戻ったんだね。」

呼びかけられた青い鳥は少年のもとへ降り、その手に小さな茶器のような物を落とす。

アルス「これは……?」

マリベル「ねえ それって エルフののみぐすり じゃない?」

少女の言葉を肯定するように青い鳥は少年の腕に止まり、“チチッ”と鳴いてみせる。
どうやら少年たちに礼を言いに来たかのようであった。

サイード「そっちの 水色の鳥は?」

青年が疑問を口にするとその鳥は少女の腕に止まり、口にくわえていた葉を少女に向ける。

マリベル「えっ これをあたしに?」

少女の問いかけに、水色の鳥は少女が差し出した掌にそれを落としてみせた。

*「チチチッ!」

短く一回だけ鳴くとその鳥はもう一羽と共に水の都の方面へと飛んで行ってしまった。

アルス「行っちゃったね。」

空の色に紛れて見えなくなった二羽の鳥を見送り、少年が呟く。

マリベル「……うん。」
マリベル「あっ……。」

同じようにその後を眺めていた少女だったが、ふと手に置かれた葉を見ると驚いた様子で固まってしまった。

アルス「どうしたの? マリベル。」

マリベル「……ううん。なんでもないのよ。」

サイード「その葉は… 世界樹の葉か?」

マリベル「そうみたいね。」

アルス「でも さっきの見慣れない鳥は いったい……。」

マリベル「…ふふっ さーてね。」

首をひねる少年を横目に少女は少し寂しそうに、それでいて嬉しそうな複雑な表情をしていた。
そうして消えてしまった鳥たちの後ろ姿にポツリと呟いたのだった。





マリベル「ありがとう。名もなき鳥さん。」





少女が胸に抱いた世界樹の葉にはくちばしで開けたような小さな穴が連なっていた。

小さく、形が崩れて少し見辛かったものの、よく見るとそれは文字になっていた。

たった一言の短い言の葉。

だが、そこには確かにこう書いてあった。



[ あ・り・が・と・う・ま・り・べ・る ]



鳥たちを見送る少女の瞳はいつもよりきらめいて見えたが、それに気づいたのは少女の横顔をじっと見つめていた少年だけだった。

298 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:19:09.26 ID:XE7nrcf00

*「船長 確かに ここの海底は 浅いようですぜ。」

ボルカノ「そろそろ 始めるか…。」

ボルカノ「お前ら アミの準備だ!」

*「「「ウスッ!」」」

出航から早数刻、日も徐々に昇り温かくなり始めていた頃、漁船アミット号の上ではあわただしく男たちが漁の準備に取り掛かり始めていた。

アルス「この辺では どんな魚がかかるのかな。」

ボルカノ「今回は 底曳き漁だからな。いつもと違った連中が かかるだろうな。」

漁師の親子が今日の獲物の予想を付けていると、後ろから砂漠の民の青年が声をかけてきた。

サイード「ボルカノ殿!」

ボルカノ「ん? どうした サイードくん。」

サイード「おれにも 手伝わせてくれませんか!」

アルス「えっ?」

ボルカノ「ん まあ 別にダメとは言わないが どうしてまた?」

サイード「はい 乗せていただいた 恩義もありますが 何より おれはもっと 世の中のいろんなことを知りたいんです。」
サイード「どうやって 海の食材が自分たちのもとに 届いているのか そして それに携わる人々の 苦労 努力 喜び。…少しでも 知りたいんです。」

アルス「サイード……。」

ボルカノ「わっはっは! こりゃ 見習わなければ いけないのは 俺の方かもしれんな。」
ボルカノ「そのあくなき探求心 熱い心 旅の者にしておくには もったいないくらいだ!」

サイード「では…。」

ボルカノ「おう! 是非とも 漁の厳しさを 見ていってくれ。きみのこれからの 糧になれば オレたちも 本望だしよ。」

サイード「感謝いたします!」

ボルカノ「よーし おまえら 網を投げるぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」

こうして青年を加えて男たちは大きな網を比較的浅い海へと投げ込み始めた。

マリベル「ふふっ。おいしいのが 獲れるかしらね!」

これまでとは違う環境での漁に少女も期待を寄せて笑みを浮かべている。

砂漠の大陸と水の都の大陸に挟まれたこの海域ではいったい何が姿を現すのだろうかと。

299 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:19:50.20 ID:XE7nrcf00

ボルカノ「む こんなところか。」

漁を始めてまだそれほど時間が経っていないにも関わらず、漁師頭は網の引き時を感じているようだった。

アルス「え? もう引き揚げるの?」

それに驚いた息子が父親に尋ねる。

ボルカノ「ああ そうだ。」
ボルカノ「底曳き漁ってのはな あんまり長い時間 やっちまうと 海の底にあるもの 根こそぎ獲っちまうだろ?
そうなると その辺りの生態系に悪影響が出てな 次以降の収穫が 悪くなっちまうかもしれないんだ。」

マリベル「なるほど ちょっとずつ 資源を分けてもらう って感じなのね。」

ボルカノ「さすがは マリベルちゃん 理解が早いな。」

マリベル「うふふ。ボルカノおじさまったら お上手なんだから。」

そう言って少女は少し照れたように体をよじらせる。

サイード「漁も節度をもってやらねば いつかは 自分たちの首を 絞めることになるのか……。勉強になるな。」

ボルカノ「そいつは なによりだ。」

納得したように頷く青年に船長は満足げに微笑む。

ボルカノ「よし おまえら アミをあげるぞ!」

*「「「ウースッ!」」」

そして船長の掛け声で再び甲板が動き出し、乗組員たちが一斉に網を引き揚げる。

アルス「……っ!」

サイード「ぬう…!」

*「おまえら 息を合わせていけよーっ!?」

*「そーれぃ!」

マリベル「そーれ!」

ボルカノ「それ! そんなに 時間はかからねえ! 一気に引き上げるぞ!」

*「「「ウース!」」」

漁師たちは力いっぱい綱を手繰り寄せ、ほどなくして沢山の獲物を捕らえて膨らんだ網が姿を現した。

300 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:20:40.38 ID:XE7nrcf00

アルス「す すごい…!」

網から飛び出してきた海の幸の山に少年は思わず感嘆の声を漏らす。
普段獲れる魚たちとは全く異なる姿をした甲殻類、貝類、
果てには生き物なのかもよくわからないような鈍い動きで這いまわる謎の物体。
港町フィッシュベルの少年でさえ滅多にみることない宝の山がそこには広がっていた。

マリベル「あんな 短時間でこんなに……! お おほ おほほほっ!」

同じく少女も信じられないとばかりに引きつった口から乾いた笑いがこぼれる。
どうやら金属のスライム達と対峙した時のような興奮と高揚感を覚えているらしい。

サイード「どうりで 重たいわけだ……。」

どうやら青年は慣れない作業に少し堪えたようで、軽く肩で息をしながら目の前の光景をぼんやりと見つめている。

ボルカノ「わっはっはっ! 初めてだから ちょっと 厳しかったか?」

サイード「な なんの! まだまだ おれは動けます。」

ボルカノ「それじゃ 引き続き 後片付けも 手伝ってもらうとしよう。」

サイード「はいっ!」

船長の言葉に元気よく返事をすると、青年は色々なものが引っかかったままの網の方へと向かって歩き出す。


301 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:21:18.78 ID:XE7nrcf00

コック長「いやいや こりゃまた ずいぶんたくさん獲れましたな。」

マリベル「もう ビックリしちゃったわ! 底曳き漁って すごいのね!」

先ほど獲りすぎはいけないと聞いたばかりの少女だったが、今は大漁の興奮が冷めないのか楽しそうに料理人たちに話しかけている。

マリベル「ねえ コック長! これどうやって 食べるの!」

コック長「まあ マリベルおじょうさん そんなに 慌てなさんな。」
コック長「貝や蟹は 塩ゆでが 一番でしょうな。ただ これだけ ありますし 色々と工夫してみましょう。」

*「ただ 調理に手間のかかるものが 多いですからね 鮮度の落ちないうちに さっさと 作業に取り掛かりましょう!」

マリベル「ふふふ もう お腹ぺこぺこよ!」

調理場から聞こえてくる楽しそうな声を聴きながら二匹の猫が扉の前でじっとおこぼれを待つ。

そんな光景は、もはやなるべくしてなったと言えよう。

302 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:23:02.95 ID:XE7nrcf00

サイード「これは……すごいな。」

網の手入れが一段落し、今は昼時。

太陽がちょうど天長を過ぎた頃になってその日の昼食は始まった。
食堂に降りてきた青年は感嘆の声を漏らし、海の幸を嫌というほど見てきた漁師たちも次々と息をのむ。

アルス「わ こんなにたくさん!」

マリベル「うふふ。すごいでしょ! あたしも 流石に疲れたわよ。」

コック長「それにしても マリベルおじょうさんの 手際の良さが 光りましたな。」

マリベル「これでも 料理には そこそこ 自信があるんですからねっ!」

サイード「いや しかし これほどまでとは……。」

マリベル「どう? 見直したかしらん?」

サイード「ああ。すごいな おまえは。」

マリベル「わかれば いいのよ! おほほ。」

ボルカノ「うし それじゃ 順番に飯にするとしようか。」

*「「「ウス!」」」

船長の合図で何人かの漁師は見張りと操舵に戻り、残った者たちは先に昼食にありつくこととなった。

ボルカノ「しかし 見事な盛り付けだな。」

コック長「料理は視覚でも 味わうものですからな。わしも それなりに 見た目についてはうるさい方ですが……。」

丁寧に皿に盛りつけられた貝や底魚の刺身に、
サラダを覆うようにして円状に並べられた茹で蟹のむき身、二枚貝の殻をそのまま皿として使った一品。
どれも美しく華やかに彩られたもので、とてもここが漁船の中とは思えない光景だった。
そんな船長の感想に料理長は思わず少女の顔を横目に見る。

マリベル「な なによ そんなに ジロジロ見ないでちょうだい?」

コック長「いや 失敬。」

何も普通の昼食にここまで趣向を凝らす必要などなかったのであろうが、先ほどの漁がよっぽど楽しかったのか、
少女がいつになく気合を出して調理に臨んでいたことが料理人たちにはよく分かっていた。
どうせ漁師たちは遠慮なしに食べてしまうのだが少女にとってはそんなことはどうでもよかったようである。

マリベル「どうかしら?」

アルス「うん おいひいよ!」

マリベル「うふふっ。」

どんな形であれ少女の努力は少年のこの一言で報われてしまうのだから、
その場の誰もがどんな反応を見せようがそれは些細なことなのかもしれない。

サイード「お熱いもんだな……。」

呟かれた青年の言葉は漁師たちの楽し気な会話の中に埋もれどこへやら。
彼らにしてももはや見慣れた光景であったし、
目のやり場に困るほどのことはしていないためこれといって非難する者もおらず、温かい目でそっと見守るだけだった。

サイード「…………………。」

そしてご馳走を平らげた漁師たちが次々と席を後にし、入れ替わりで甲板から戻ってきた者たちが再び席についてまた会話に華を咲かせる。
この漁船にあふれている和気あいあいとした陽気で楽し気な雰囲気は、
短い時間ながらもそれまであまり集団で行動することのなかった孤独な青年にとって何か思うところがあったようだった。

*「……ふにゃあ。」

サイード「…ふっ……。」

足元でおこぼれを預かる茶虎猫を撫でながら青年は柔らかく微笑むのだった。



303 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:24:59.15 ID:XE7nrcf00

昼下がり、西に船が進むにつれて気温は下がるどころか返って暑さすら感じる。

やがてやってくる夕暮れ時には急激に気温は下がっているのだろうか。

そんなことを考えていた少年が残りの網の手入れをしていた時のことだった。

アルス「ん? あれ?」

網の端に何かが引っかかっているようだった。

紅く、網の色と相まって見落としてしまいそうなそれは固く、しかし不思議な光沢をもつ角のようであった。

マリベル「なにそれ …サンゴかしら?」

アルス「そうみたい。」

近くで見張りをしていた少女が横からしゃがんで覗き込んでくる。

マリベル「……キレイね。」

アルス「そうだね。」

マリベル「…どうしたの?」

少女は思案顔の少年を見つめて問う。

アルス「…………………。」
アルス「マリベルはさ サンゴの洞くつ…… そこの 過去の世界にいた 二人の幽霊のこと覚えてる?」

マリベル「……覚えてるわよ。」

アルス「いやさ 結局あの二人は どこの国の王子さまと召使で あの時代は 結局いつだったのかとかさ。」
アルス「考えたら 止まんなくて。」

マリベル「さーねえ。あたしたちの行った 過去の世界 以外にも いろんな時代があるんだから そのうちのどこか かもしれないしね。」
マリベル「でも 言われてみれば変よね。だって あたしたちは 過去と現代の間で 完全に滅亡した村は知ってるけど 国はなかったはずよね。」

アルス「亡ばなくとも 魔物に攻め込まれたりした国が あったってことなのかな。」
アルス「少なくとも あれは決戦の辺りの時代だと 思うんだけど。」

マリベル「…わかんないわね あの人 あんまり 多くを語ってはくれなかったし。」
マリベル「でも……。」

アルス「でも?」

マリベル「あたしたちは 魔王を倒して あの人たちは 安らかに成仏した。それでいいじゃないの。」

アルス「…………………。」
アルス「うん そうだね!」

マリベル「あの人たちも きっと今頃 天国で楽しくやってるわよ。」

そこまで言って少女は再び少年の手に持つサンゴの欠片を見つめる。

マリベル「…そうだ これ 貰ってもいいかしら。」

アルス「いいけど どうするの?」

マリベル「冒険の時は それどころじゃなかったけど ちょっと 欲しいかなーって思ってたのよ!」

アルス「あはははっ! それなら もちろんだよ! はい。」

マリベル「うふふっ ありがと!」
マリベル「あ でも 壊しちゃったら嫌だから やっぱり アルスの ふくろの中に 入れておいてよ。」

アルス「あ うん 分かった。」

そう言って少年は再び少女の手からサンゴの欠片を受け取ると自らの腰にぶら下げている謎のふくろの中へとしまい込む。

マリベル「邪魔してごめんね。さ 残りも 頑張んなさい。」

アルス「はーい。」

そうして二人は自分の仕事へと戻っていく。

だがその表情には暑さからくる疲労の様子が消え、どこか満ち足りたような力強さを湛えていたのだった。


304 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:26:23.64 ID:XE7nrcf00

*「砂漠が 見えてきたぞ!」

日も暮れ、地平線の彼方に半円が描かれた頃、漁船アミット号は次なる目的地のある大陸の近くまでたどり着いていた。

ボルカノ「よし 停泊の準備にかかるぞ!」

*「「「ウスッ!」」」

アルス「みなさん 砂漠の夜は冷えます! 厚着を用意してください!」

*「おうっ!」

*「そうなのか? あいよっ!」

少年の忠告に漁師たちは各々寒冷地用の厚着を着込み始める。

マリベル「サイード あんたは どうするの?」

サイード「む おれは旅に出て まだ 間もないからな。船で待つとするさ。」

マリベル「本当に? 本当にそれで いいの?」

サイード「いや おれにかまわんでくれ。船は おれが守っているから おまえたちは 早く用を済ませてくるといい。」

マリベル「…ったく わかったわよ! その代わり 三バカたちが 女王様に 言い寄ってても 知らないわよ?」

サイード「おれは 族長になることを捨てた男だ。族長でもないような 人間が どうして 女王さまとの仲を 気にする必要が あるんだ?」
サイード「きっと 兄上たちなら うまくやってくれるさ。」

マリベル「…あっそ。じゃあ もう何も言わないわ。」

そう言って少女は船首へと歩いていく。

マリベル「……あの いくじなし。」

アルス「えっ?」

マリベル「あ アルスに言ったんじゃないからね? …それとも 言ったほうが 良かったかしら。」

アルス「…………………。」

突然のことに気が障ったのか、少年は眉をひそめて黙り込んでしまう。

マリベル「ちょ ちょっと なんで黙っちゃうのよ!」
マリベル「ち 違うんだって……。」

アルス「……ふふっ。」

焦る少女の反応を楽しんだのか、少しだけ意地悪そうに少年が笑う。

マリベル「……もうっ!」
マリベル「このっ このっ!」

自分がからかわれたことに納得のいかない少女は少年のわき腹を小突いて抗議する。

アルス「あっははは! ごめんごめん!」

少年は噴き出して謝ると少女の頭を一撫でしてそそくさと自分の作業に戻っていく。

マリベル「……ふーんだ。」

口をすぼめてむくれたまま少女は階段を降り、自らの旅支度を整え始めるのだった。

305 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:27:07.27 ID:XE7nrcf00

サイード「えらい変わったな あいつ。」

帆を調整している少年に向かって青年が独り言のように語り掛ける。

アルス「え? うーん そうかな。」

サイード「最初に会った時とは 歴然の差だと 思うのだが。」

アルス「…そうかもね。たぶん 少しずつ 素直になってきてるんだと思う。」

サイード「素直に?」

アルス「うん。自分の気持ちに 正直になったって感じなのかな。」

サイード「自分の気持ちに…か。」

アルス「きっと サイードも 旅を重ねていくうちに 自分にとって 大切なものが何なのか 見えてくるかもね。」

サイード「…………………。」

アルス「さて そろそろかな。」

少年は後ろにいる漁師に合図を送ると、帆を少しずつ緩め始める。

砂漠の大陸はもう目の前に迫っていた。

306 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:27:59.26 ID:XE7nrcf00

ボルカノ「しかし 足元が砂だと 体力の消耗が早いな……。」

日が沈み切った頃、一行は袋を被せた木箱をいくつか持って砂漠の中を歩いていた。
砂漠を歩くことなど今までなかった漁師たちにとっては重たい荷物を抱えての行進は流石に堪えるものがあったのか、
砂漠の村まであと半分もある距離で既に息が上がっていた。

アルス「みなさん 頑張って! これから先は 立ち止まると すぐに 体温を奪われます。」

マリベル「そうよ! 凍死したくなかったら さっさと抜けるしかないのよ!」

既に何回と砂漠を往来している少年と少女にとっては慣れたもので、沈みこまない様に脚を持ち上げ軽々と歩いていく。

アルス「ぼくたちだけなら ルーラで 飛んでいけるけど……。」

マリベル「そうも いかないわよねえ。」
マリベル「傷を治す呪文は あっても 体力を回復させる呪文は 無いからなあ。」

アルス「こればっかりは みんなに がんばってもらうしかないね。」

マリベル「ほらほら みんな いくわよー!」

307 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:28:51.24 ID:XE7nrcf00

ボルカノ「わっはっはっ! まさか こんなにバテるとはな。オレも まだまだかもしれん。」

なんとか漁師たちを奮い立たせ、夜も更けた頃にようやく一行は砂漠の村の入口にたどり着いた。

アルス「いや みんな 初めてなのに よくここまで短時間で 来られたと思うよ。さすがは 海の男やってるだけちがうね。」

*「ぜえ…… あったぼうよ!」

*「ひぃ ひぃ…… も もう 動けない。」

なんとか立ち上がる漁師たちとは対称的に料理人はすっかりその場にへたり込んでしまった。

マリベル「情けないわねえ。ほら しっかりしなさいよ!」

*「す すいません〜。」

気休め程度に回復呪文をかけてやると多少は元気が出たのか、ようやっと立ち上がりふらふらと宿の方へと歩き出す。

ボルカノ「この分じゃ こいつらを売るのは 明日になりそうだな。」

漁師頭が袋にくるまった木箱を叩いて言う。

遅いこともあって辺りはすっかり静まり返っていた。

アルス「この気温なら 昼までに売れば 鮮度も落ちないと思うよ。」

ボルカノ「そうだな。それじゃ オレたちも さっさと宿に行くとするか。」

アルス「うん。」

マリベル「はーい。」

父親に続いて宿に向かおうとした少年だったが、ふと何かを思いついたように足を止める。

アルス「あ 二人とも 先に宿に行ってて。」

ボルカノ「どうしたんだ? あいつ。」

マリベル「さあ…。それよりも ボルカノおじさま! 早く 行きましょ!」

ボルカノ「ん? んん……。」

少年が比較的大きな建物に入っていくのを見届けると父親も少女に連れられて宿の中へと入っていくのだった。

308 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:29:59.53 ID:XE7nrcf00



アルス「ごめんくださーい……。」



*「まあ 救い主さま!」



少年はこの砂漠の族長の屋敷やとやって来ていた。

*「少々 お待ちくださいませ。すぐに族長さまを お呼びしますわ。」

突然の来客にもかかわらず、使用人はすぐに奥へと取り次いでいった。



族長「これは これは 救い主さま ようこそ再びこの砂漠においでくださいました。」



しばらくして二階から立派な髭を蓄えた老人が現れた。

アルス「こんばんは 族長さん。こんな 遅くに申し訳ありません。」

族長「何を おっしゃいますか。われわれ 砂漠の民 心よりお待ちしておりましたぞ。」

アルス「ははは…… ありがとうございます。ところで 今日は お願いがあってまいりました。」

族長「ええ ええ 救い主様の お願いとあれば なんなりと。」

そう言って老人は立派な白髭をさする。

アルス「実は 今回 一塊の漁師として この村に来たのですが 今日の昼頃に獲れた 海の幸を 明日の朝から 村で売りたいと思っているのですが……。」
アルス「許可をいただけないでしょうか。」

族長「それはなんと ありがたいお話でしょう! 是非とも お願いします。村の者も きっと 喜ぶでしょう。」

アルス「ありがとうございます! それから これはもう一つの お話なのですが…。」

族長「はい なんでしょう?」

アルス「今回の旅の目的は 漁以外にもありまして…。ぼくの島の王の書状を 預かっているんです。」
アルス「明日また 改めてお伺いしますが その書状に 目を通していただきたいと 思いまして……。」

族長「ふうむ… そうでいらっしゃいましたか。それならば もしかすると 私などよりも 女王陛下の方が お渡しするには よろしいかと。」

アルス「あっ そうでしたね…! すいません。」

族長「いいえ 滅相もございません。」

バツが悪そうに頭を掻く少年に老人は朗らかに笑ってみせる。

アルス「あ それと…… 厚かましいようですが わがままを一つ 言ってもよろしいでしょうか?」

族長「どうぞ 遠慮なさらず おっしゃってください。私にできることであれば なんでも お力添えいたしますぞ。」

アルス「…その……。」

309 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:30:35.78 ID:XE7nrcf00

マリベル「ええええええっ!」

族長のもとへ向かった少年を他所に宿屋へやって来た少女たちだったが、そこではある問題が待ち構えていた。

マリベル「寝床が 足りないですって〜!?」

*「はい なんでも 旅人が少ないもんで 4人分しか 寝床がとれないらしいんです。」

飯番が焦った様子で説明する。

*「救い主さま お疲れのところ たいへん申し訳ありません……。」

少女の顔を見た店主が気まずそうに頭を下げる。

ボルカノ「オレたちは 6人だからな。あと二人が どこに泊まればいいのか…。」

マリベル「じょ 冗談じゃないわよ! まさか ここまできて 野宿するっていうの…?」

突きつけられた現実に少女は青い顔してしゃがみ込む。

マリベル「ううう… まいったわね〜〜!」

*「おれたちは 気にしませんから マリベルおじょうさん こっちで寝てくださいよ。」

マリベル「ダメよ! 疲れてるのは みんな 同じなんだから。」

*「しかし それでは……。」

少女の制止に男たちは立ち往生する。

しかししばらくして少女は立ち上がると、漁師たちに向けて明るく言いのける。

マリベル「おほほっ 良いこと思いついちゃった!」
マリベル「みんな しっかり休むのよ!」

そう言って少女は踵を返して出口へと駆けだす。

ボルカノ「マリベルちゃん いったい どこへ行くってんだ! それに アルスもまだ 戻ってきていないのに。」

マリベル「うふふ ボルカノおじさま ご心配なく! ちゃんと アテが あったのよ!」

殆ど閉じられた扉から顔だけを出して少女が笑う。

ボルカノ「……?」

マリベル「それじゃ おやすみなさ〜い!」

“バタンッ”

*「どうしたんでしょう マリベルおじょうさん。」

閉じられた扉を見つめ、飯番の男が首を捻る。

ボルカノ「まあ アテがあると言うのなら 大丈夫だろう。」

*「はあ……。」

ボルカノ「ご主人 夕食のサービスを 頼むよ。」

*「はい お待ちを。」

どうにも腑に落ちない料理人を他所に漁師頭はそそくさと店主に夕食の注文をつけるのだった。

310 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:31:19.04 ID:XE7nrcf00

アルス「ありがとうございます。」

一方、宿で行われているやり取りを知ってから知らずか、屋敷では族長と少年が話を続けていた。

アルス「では 今日は サイードさんの部屋を 使わせていただきます。」

族長「はい。息子が 旅に出てからも 掃除だけはさせておいてますので なんとか お休みになれるかと 思います。」

アルス「はい では お言葉に甘えて。」

そう言って少年が入口の扉に手をかけた時だった。

マリベル「キャっ!」

アルス「おっとっと!」

急に開いた扉の勢いで倒れこんできた少女を少年はなんとか腕で受け止める。

マリベル「あ アルス……。」

アルス「やあ マリベル もう用はすんだよ?」

マリベル「えっ?」

少年の言葉の意味が分からず少女は首をかしげる。

族長「おお そこにいらっしゃるのは マリベルさまではないですか。」
族長「今日はもう 遅いですから どうぞ よくお休みになってください。」
族長「ああ 沐浴は どうぞ うちの者に言っておきますから ご遠慮なく。」

アルス「だってさ。そうだ ひとまず ご飯食べようか。」

マリベル「えっ えっ……?」

族長「それでしたら 簡単なものよろしければ すぐに作らせますので 少々お待ちください。」

アルス「あれもこれも すいません…… ご迷惑をおかけします。」

311 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:32:21.80 ID:XE7nrcf00



マリベル「忙しかった。」



困惑する少女を置き去りに話はどんどん進んでいき、
あれよあれよという間に席に着かされ、族長にあれこれ労われ、食事と沐浴を手短に済ませ、
二人は今、族長の一番下の息子の部屋で座って話をしている。

アルス「いや ここの宿屋は 4人しか泊まれないって 覚えてたからね。」
アルス「先に 族長さんに 相談することにしたんだ。」

マリベル「そうだったのね。どうりで ことが とんとん拍子で進んでいくわけだわ。」

アルス「ごめんごめん 説明するのが 遅かったね。」

マリベル「もう。」

アルス「どうせ 宿屋に 泊まりきれなくて 君がこっちにくると思ったからさ。」

マリベル「お見通しだったってわけね。」
マリベル「…めずらしく して やられたって気分だわ。」

アルス「ははは……。」

本当は昼間にも少年には“してやられている”のだが、少年は黙っておくことにした。

マリベル「それにしても……。」

*「ミー ミー。」

*「にー にー。」

マリベル「この子たち どうするの?」

アルス「どうするも こうするも…… 放っておくとしか?」

マリベル「そんなの 分かってるけど……。」

*「みー!」

*「…………………。」

人懐こくすり寄ってくるまだ若い雄猫と、少し離れたところから様子を見ているこれまた若い雌猫。
どちらもこの部屋の主の飼い猫だった。

マリベル「サイードのやつ そういえば あの子だけじゃなくて 三匹飼ってたんだったわね……。」

アルス「よしよし おいで。」

少女を尻目に少年はあまり近寄ろうとしない雌猫に呼びかけている。

*「にー……。」

次第に慣れてきたのか、雌猫は少しずつ距離を詰め少年から差し出された指の匂いをすんすんと嗅いでいる。

マリベル「はあ… どこ行っても ネコちゃんとは 縁があるのね。」

ため息をつきながらも少女は雄猫をじゃらして遊んでいる。

アルス「…………………。」

312 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:33:51.26 ID:XE7nrcf00

しばらく猫と戯れていた二人だったが、少年は立ち上がり、部屋に置かれた二つの本棚を物色し始める。

マリベル「どうしたのよ?」

アルス「いや 地図や旅行記が いっぱいあるなーってね。」

マリベル「あいつ ホントに 旅がしたかったのね。」

アルス「うん 夢だったんだろうね。」

マリベル「あたしたちが言っちゃあ なんだけど 旅は残された人が 寂しがるからね〜。」
マリベル「あいつも 大切な人が どんな思いをしてるか 考えるべきだわよ。」

“それが家族かはたまた別の人かはさておき”と少女は心の中で付け足す。

アルス「そういえばさ。」

少年がワラブトンに寝転がりながら言う。

アルス「さっき 族長から 聞いたんだけど どうも あの三兄弟が レブレサックに派遣されたらしいんだ。」

マリベル「あの 3バカが?」

アルス「うん それっきり 戻ってきていないみたいなんだ。」

マリベル「ふーん。まあ いいんじゃないの?」
マリベル「たまには あいつらも 表に出て たいへんな思いを してくるべきなのよ。」

アルス「はははっ! そうかもね。」

少年は楽しそうにけらけらと笑う。

マリベル「……うう… ぶるぶるっ……。」

そんな少年を他所に、少女が体を抱いて小刻みに震え始める。

どうやら沐浴ですっかり体が冷えてしまったらしい。

アルス「寒い? やっぱり 族長の家の方にしておけば 良かったかな。」

マリベル「た たいして変わらないでしょ… どっちにしろ ここの寝床は 掛け布団もないんだから…。」

アルス「待ってて。」

そう言うと少年は袋の中から何やら取り出し広げる。

アルス「ほら とりあえず これをかけて…。」

少年が広げたのは赤く金色の刺繍があつらえられた布、魔法のじゅうたんだった。

アルス「こうすれば……。」

マリベル「あっ…!」

二人の体をすっぽりと覆う大きな布の下で少年は少女の体を抱き寄せていた。

アルス「ね 寒くないでしょ。」

マリベル「う …うん……。」

アルス「……?」

マリベル「あ あるすのくせに なまいきよ……。」

何食わぬ顔をする少年の胸に抱かれながら少女はもごもごと反撃の言葉を口にするも、
し赤く染まった自分の顔を見られまいと額を押し付けている。

そしてとうとう観念したのか、自分の腕を少年の腰に回しその体温を確かめるように頬を擦り付けるのだった。

マリベル「ん………。」

少年に優しく髪を撫ぜられ、気持ちよさそうに眠るその姿は絨毯の温かさにあやかろうと潜り込んだ猫たちのそれそのものだった。

いつしか少年の手の動きも止まり、あたりは小さな寝息だけが木霊する静寂の闇につつまれた。
幸せそうな二人と二匹を優しく包み込みながら夜は美しい星空と共に一日の終わりを告げていった。





そして……


313 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/03(火) 12:34:25.65 ID:XE7nrcf00





そして 夜が 明けた……。




314 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:43:25.18 ID:XE7nrcf00

以上第11話でした。

「死が かならずしも その人の価値を なくしちゃうとは かぎらないわよ。」
「もし アルスが死んでも あたしは きっと アルスのこと 忘れないもの。」

過去のフォーリッシュで聞ける有名な台詞ですが、これはマリベルの死に対する考え方をよく現していると思います。
寂しいけど、その人のことやその人と過ごした時間は決して忘れたりしない。
旅を終え、色んな場所で人や魔物と出会ってきた今の彼女ならば
きっと亡くしたのが魔物だったとしても同じことを言ったのでは。
そんなことを思い浮かべながらこのクレージュのお話を完結させました。

それから、途中で挟んだサンゴのお話について。
サンゴの洞くつは正直謎だらけの場所です。
フォーリッシュ西のほこらから行けるあの場所は、いったい何だったんでしょうね?
「海中なのに息ができる。」
これだけでもよくわからないのに加えて謎の祭壇や立ち並ぶ石柱。
そしてあそこで彷徨う二人の亡霊。
考えてもさっぱりですが、想像は膨らみますね。

…………………

◇船にサイードたちを残し砂漠へとやってきたアルスたち。
次回、そんな一行のもとへ「ある報せ」が……。
315 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/03(火) 12:52:03.32 ID:XE7nrcf00

第11話の主な登場人物

アルス
駆け出し漁師。
慎重な性格に思われがちだが、時々大胆になる。

マリベル
漁に料理に戦闘に、この旅の中ではある意味一番忙しい人物。
何かとアルスを振り回すことが多かった彼女も、
この旅が始まって以来ペースを握られることが多い。

ボルカノ
漁船アミット号の船長。
漁を行う際は漁獲量にも気を使っている。

コック長
料理に関しては口うるさい方だが、
マリベルの調理の腕を認めている。

めし番(*)
アミット号の料理人その2。
運動不足の体にムチを打ってアルスたちと共に砂漠を渡る。

アミット号の漁師たち(*)
今回は船に残る組と砂漠へ渡る組に分かれて行動。

サイード
旅の途中だったが、次の目的地を目指すべくアミット号に同乗する。
今回は船で留守番すると言うが……。

族長
砂漠の村の族長。
夜中にもかかわらずやってきたアルスたちを快くもてなす。

316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/03(火) 15:12:11.06 ID:UHs9rJ5nO
今6話見終わったけど話がよく練られてて飽きないなあ
とっても楽しいよ
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/03(火) 16:55:23.84 ID:RNgovhjwo

初回プレイ時現代砂漠で救い主様呼びで大歓迎されたのは驚いたね
他の地域だとほぼ何もなかったからあれほど歓迎されて逆に戸惑ったな
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/03(火) 18:53:07.38 ID:OAWayNo/0
名誉の為にやったわけではないけど誰かが感謝してくれるってのはいいですね
319 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:06:39.61 ID:NuDoDGza0
>>316
ありがとうございます。
書いている時はその場の思い付きで進めることが多かったのですが、
そう言っていただけると嬉しいです。

>>317
おまけに見張りの人ですら顔を見ただけでわかるっていうんですから本当に驚きですよね。
きっと砂漠の国がそれだけ戒律や言い伝えに厳しい文化だったからなのかもしれませんね。

>>318
そういう見えない苦労に気付いてくれる人たちがもっといてくれたら
プレイヤーのモチベーションももう少しだけ上がっていたかもしれませんね。
それだと「人の汚い所を描く」というコンセプトには反してしまうかもしれませんが……
320 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/04(水) 19:07:19.37 ID:NuDoDGza0





航海十二日目:信じる




321 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:09:20.27 ID:NuDoDGza0

マリベル「ふああ……。」

翌朝、少女は目を覚ますと違和感に気付く。

マリベル「あるすぅ……?」

昨晩共に寝たはずの少年がおらず、代わりに猫が二匹固まって少女の腹辺りで暖をとって寝ているだけだった。

マリベル「う うん……?」

起き上がり辺りを見回してもやはり少年の姿はない。仕方なく少女は着替えると族長の屋敷へと歩き出す。



マリベル「おはようございます……。」



アルス「やあ マリベル 目が覚めたんだね?」

マリベル「やあ じゃないわよ… あふぅ……。」

屋敷の扉を開くと少年とその父親が族長と卓を囲んでなにやら話している様子だった。

ボルカノ「アルスから 聞いてるかもしれないが ちと 問題を抱えているらしくてな。」

マリベル「3ば……三兄弟のこと?」

アルス「そうなんだ。」

族長「いやいや お気を使われなくとも結構です。実際 バカ息子ども なのですから。」

族長の話では夜明けと共に城の方から報せが舞い込んできたらしい。
なんでも例の三兄弟がレブレサックに行ったきり帰ってこないどころか、レブレサックから妙な書簡が届けられたとのことだった。

322 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:10:38.94 ID:NuDoDGza0

マリベル「それで その妙な書簡ってのには なんて書いてあったんですって?」

族長「おまえらの 手先は捕らえた。これ以上 こちらに 脅威を及ぼすならば 全面的に争うことも いとわない と……。」

マリベル「はあ? いったい 何を言ってるのかしらね? レブレサックの連中は。」

族長から教えられた書簡の内容に少女はあきれた様子で眉をひそめる。

族長「それが われわれにも 分からないのです。 いくら あの馬鹿どもでも よその町に迷惑をかけることは しないと思うのですが……。」

マリベル「わからないわよ? 弟に 不利な条件突きつけて 族長にならないように約束させるような連中だもの。」

相手が相手なだけあって少女はどこか懐疑的に言う。

族長「なんと! それは本当ですか! あの馬鹿ども……。」

どうやら話を聞かされていなかったようで砂漠の村の族長は怒りとも驚愕ともいえない表情で嘆く。

アルス「待ってください。」
アルス「もしかすると レブレサックの人々は まだ魔王が 猛威を振るっていて砂漠の民が その手先に成り代わっていると 勘違いしているのかもしれません。」

族長「そ そのようなことが あろうはずが……。」

アルス「ええ 分かってます。しかし……。」

マリベル「あり得るわね。あいつら よそ者を 異常なまでに 警戒してるからね。」

少年の指摘に少女も納得したように賛同する。

ボルカノ「そりゃ また 厄介なやつらだな。」

マリベル「過去に起きた事件を あたしたちのせいにして 村の歴史を美化してるような 連中だもの。きっと 今回も そんなことでしょうね。」

ボルカノ「……それで これからどうするんだ?」

アルス「本来なら このまま城に行って 締約書を渡すつもり だったんだけど……。」

マリベル「砂漠の城は 対応に追われて それどころじゃないってことね?」

族長「どうやら そのようです…。」

なんともやりきれない気持ちを押さえつけるように老人は俯く。

マリベル「まーーったく 仕方ないわね ホントーに。」
マリベル「アルス 行きましょ。」

アルス「あそこには あんまり 行きたくないと 思ってたんだけどなあ。」

少年も思わず苦笑い。

マリベル「泣き言 言わないの! あたしたちが 解決しなきゃ 話が先に進まないじゃないの!」

族長「おお なんということでしょう。再び 救い主さまのお手を 煩わすことになるとは……。」

マリベル「いい? 族長さん。あたしたちは 決して 3バカのために やるんじゃ ないんだからね?」

少女は両手を腰につけ、わざわざ“3バカ”を強調する。

アルス「はいはい マリベル もう行こう?」

マリベル「あ ちょっと アルス!」

アルス「父さん 市のことは お願いします。」

ボルカノ「おう まかせておけ!」
ボルカノ「さばき終わったら おれたちは 案内を付けてもらって城の方に 行ってるからな。」

アルス「わかった。」

マリベル「まったく……。」

いまいち納得しかねる少女の手を引っ張りながら少年は屋敷を後にしたのだった。
323 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:11:28.15 ID:NuDoDGza0



*「フギャーッ!」



アルス「よしよし いいこだから 放しておくれ。」

しがみつく猫からなんとか絨毯を回収し、二人は村の外まで出てきていた。

アルス「よし それじゃ いくよ? ルー……。」

そうして少年が呪文を唱え、あの忌まわしき記憶の残る村へと飛び立とうとした時だった。



マリベル「待ちなさい アルス。」



少女が少年の服の袖を掴んでその動きを制止する。

アルス「どうしたの?」

マリベル「せっかくだから サイードも連れて行かない?」

アルス「サイードを?」

マリベル「そうよ。あいつも 今のうちに 隣村の汚いところを 見ておくべきなんだわよ。」
マリベル「それに 場合が 場合だから 言ったら きっと 来ると思うわよ。」

アルス「うーん。」

少女の提案にしばらく思案していた少年だったが、独り言のようにぼそっと呟くとその案を受け入れるのであった。

アルス「まいっか。」
アルス「じゃ これで。」

そう言うと少年は先ほどしまったばかりの絨毯を取り出して再び広げる。

マリベル「それじゃ アミット号まで 出発〜!」

こうして二人を乗せた絨毯はもう一人の仲間がいる船の元へ、来た道を戻っていったのであった。

324 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:12:28.14 ID:NuDoDGza0

マリベル「快適ね〜 強いて言えば 砂が 目に入るくらいかしら。」

少年にしがみついたまま少女が目をこすって愚痴をこぼす。

アルス「歩くよりかは よっぽどマシなんだから 我慢 がまん。」

マリベル「わかってるわよぉ…… あ!」

少年が少女をなだめすかしていると件の船の影が見えてきた。

マリベル「着いたついた…! おーい!」

*「ん?」

アルス「おーい!」

*「おお あれは アルスと マリベルおじょうさんじゃねえか!」

サイード「何ですって?」

漁師の言葉に青年が驚いてその方向を見やると確かにこちらに向かって少年と少女が物凄い速さで飛んでくる。

マリベル「サイード! たいへんだわよ!」

アルス「お兄さんたちが!」

サイード「なんだってー!」

叫びながら近づいてくる二人に青年も負けじと叫ぶ。

マリベル「もう! ホントに あの3バカは いっつも あたしたちの 足を引っ張るんだから!」

程なくして到着した絨毯から飛び降りた少女がぷりぷりと怒りながら愚痴を吐き出す。

サイード「いったい 何が あったんだ?」

アルス「それが……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

サイード「何だとッ!」

325 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:12:57.92 ID:NuDoDGza0

少年から告げられた事実に青年は驚きと怒りを隠せない様子で短く叫ぶ。

マリベル「で あんた あたしたちと 一緒にくる?」

サイード「…………………。」

アルス「無理にとは 言わないけど……。」

サイード「いや 連れてってくれ。兄上たちが 心配だ。」

マリベル「やっぱりね あんたなら そういうと 思ったわよ。」

アルス「わかった。すぐに飛ぶけど 準備はいい?」

サイード「待ってくれ。」

そう言って青年は近くにいた漁師のもとへ近づくと自分の相棒の茶虎猫の面倒を頼んだ。

サイード「申し訳ないのですが こいつを よろしくお願いします。」

*「にゃん にゃん!」

*「おお 別に構わんよ! 猫が一匹だろうが 二匹だろうが たいした差はねえ。」

トパーズ「なーぉ。」

猫たちの頭を撫でながら漁師の男は快諾した。

サイード「ありがとうございます。」
サイード「…さあ 行こうか。」

マリベル「しっかり掴まるのよ!」

[ マリベルは ルーラを となえた! ]

少女が転移呪文を唱えると三人は瞬く間に天高く飛び上がり、ここから北にある排斥の村の方へと消えていった。



*「にゃー!」

*「まったく あの二人は いつも規格外だな。」

トパーズ「なおー……。」

残された漁師の呟きに答えるように猫たちは各々の声をあげるのだった。

326 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:14:36.76 ID:NuDoDGza0

マリベル「はい とうちゃく〜。」

ものの数秒で目的地へとやってきた三人だったが、見れば青年の様子が優れないようだった。

サイード「うっ… 足が……。」

よろよろとその場にしゃがみ込む。

アルス「大丈夫?」

サイード「あいかわらず すごい 呪文だな ルーラというのは。」

マリベル「なによ なっさけないわね〜。これくらいで フラついてるようじゃ この先 やってけないわよ?」

サイード「……善処する。」

アルス「今度 教えてあげるから それで 慣れればいいよ。」
アルス「さて……。」

気を取り直した一行は村の入口から中の様子を探る。

マリベル「…………………。」

サイード「何か 聞こえるか?」

アルス「……妙に 静かだね。」

マリベル「それも 怖いくらいに…ね。」

村の中はどうにも不気味な静寂に包まれていた。
魔王が倒れ、世界中の町や国で人々が喜び、祝っているこの中で、
この村だけは時間の中に閉じ込められているかのような険悪な雰囲気と殺気に満ち溢れていたのだ。

それもそのはず、このレブレサックという村は過去に村人のために尽くした神父を誤ってなぶり殺しにしようとした歴史を、
後の世の村長が魔物に化けた旅人の仕業とし、魔王が復活したと聞いたそばから他所から来たものを排斥してきたのだ。

そして現在、少年たちの前に広がる静寂は魔王が倒されたという情報が伝わっていないという何よりの証拠だった。

アルス「……行こう。」

マリベル「待ちなさいよ。なにか 罠が 仕掛けられているかもしれないわよ?」

村の中へと入っていこうとする少年を少女が引っ張り戻す。

サイード「この村に 知り合いはいないのか?」

アルス「いるには いるけど……。」

マリベル「ちびっこたちと 木こりのおじさん だけだもんねえ。」

サイード「ほかは ダメなのか?」

アルス「…………………。」

少年たちは最初から大人には期待してなどいなかった。基本的によそ者を毛嫌いする上に村長など以ての外だったからだ。

アルス「でも まずは 誰かに 話を聞かないと 始まらないね。」

サイード「むっ 誰か来るぞ…っ。」

マリベル「隠れるのよ!」



327 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:15:20.36 ID:NuDoDGza0

誰かの接近に気付き、三人はひとまず石垣の裏へ隠れた。

*「よーし! 今日も村の中に まものは 入って来ていないみたいだな!」

マリベル「サザム!」

サザム「ん? そこにいるのは誰だっ!」

“サザム”と呼ばれた幼い少年はこちらの声の主が分からず一瞬警戒したが、
少年と少女が姿を見せると安心したのか持っていたひのきの棒を下ろして歩いてきた。

サザム「なーんだ アルスにマリベルじゃないか! よう! おれの子分たちよ! 元気にしてたかっ?」

マリベル「なーにが 子分よ! いつまで あんたたちのオユウギに 付き合ってなきゃいけないのよ!」

アルス「まあまあ。ねえ サザムくん 今 この村は どうなってるんだい?」

ついつい食って掛かる少女をなだめ少年が膝を折る。

サザム「あいかわらず ひどい ありさまだよ。」
サザム「大人たちは みーんな 家に閉じこもったっきり。」
サザム「おまけに 砂漠から来たっていう 三人組を しばりあげて ここ数日 ユーヘイしてるみたいだしよ。」

サイード「なんだって!?」

青年が思わず身を乗り出す。

サザム「わっ なんだよ おじちゃん。急に でかい声 出すなって!」

サイード「お おじ……?」

マリベル「ぷっ… お おじちゃん!? ぷぷぷっ……く 苦しい。」

言葉に詰まる青年を他所に少女は腹を抱えてこみ上げる笑いをなんとか堪えている。

サイード「き きさま 笑うな! ……そ それよりも その三人組と言うのは 三つ子の男か?」

サザム「ああ そうだよ?」

アルス「その三人は いま どこに 捕まっているの?」

サザム「農家のおじさんの 家の裏にある あんちゃんのうちに 閉じ込められてるよ。」
サザム「なんでも あの あんちゃんや 行商のおっちゃんまで 捕まってるらしい。」

マリベル「た たいへん じゃないの!?」

サザム「みんな まおうの手先だとか言って 話を聞こうともしないんだ。」
サザム「このままじゃ 殺されちゃうのも 時間の問題かもね。」

アルス「…………………。」

サイード「どこへ 行くんだ?」

少年は急に立ち上がり、村の中へと足を進めようとしていた。

アルス「ぼくらが 行って なんとか説得しないと。」

マリベル「あの 村長のところに 行くって言うの? やめときなさいよ どうせ 取り合ってさえくれないわよ。」

アルス「それでも このまま 放っておくわけには いかない。」

マリベル「あ ちょっと 待ちなさい!」

そういって仕方なく少女も後に続いていく。

そんな二人を他所に青年は村の子供たちのリーダーに向き合う。

サイード「…サザムとか 言ったな。」

サザム「そうだけど? おじちゃん。」

サイード「……おれは おじちゃんと言われるほど 歳をとってはいない。」
サイード「ともかく その三人組のところへ 案内してくれないか?」

サザム「いいけど どうするんだ?」

サイード「まずは 様子だけでも 見ようと思ってな。できれば 話も聞きたいのだが。」

サザム「…………………。」
サザム「いいよ。ついてきな!」

サイード「感謝する!」

そうして青年は男の子に連れられて自分の兄たちが囚われているであろう家屋へと向かうのだった。
328 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:17:08.88 ID:NuDoDGza0



アルス「ごめんください。」



誰にも会うこともなく村長の家へとたどり着いた少年と少女は、扉を叩いて中へと呼びかけた。
しかし返ってきたのは以前にもかけられたあまりにも冷たい言葉だった。

*「……このような時に 旅人とは。わが村に 何の用ですかな?」
*「もうしわけありませんが 今は よそ者を泊めることは できません。お引きとりを。」

マリベル「このような時じゃ ないでしょ! もうとっくに 魔王はほろんだのよ?」
マリベル「いつまで そうやって 家の中に ひきこもってるつもりなのよ! この恩知らず!」

アルス「ぼくたちは 砂漠の国から 遣わされた 三人の男を 引き取りに来たんです。」

*「なんだとう? いったい 何の話だ? 魔王がほろんだとか 砂漠の国とか。」
*「わけのわからないことを 言うんじゃない!」

マリベル「わけがわからないのは あんたたちでしょ!」
マリベル「もう 世界中とっくに平和になったっていうのに この村だけよ! そんな ハイガイ主義 貫いてるのは!」
マリベル「いいから 人質を解放して さっさと 謝りなさいってのよ!」

まくしたてる少女に尚も扉越しの声は引こうとしない。

*「な なにを デタラメを! おまえたち いいか 聞くんじゃない! これは 魔王の陰謀だっ!」

マリベル「ったく なんて 強情な連中なの?」
マリベル「アルス どうする?」

アルス「…………………。」

諦めた様子でため息をつく少女だったが、少年は静かに扉の向こうを見据えたままだった。

アルス「あなたたちは これから あの三人を どうするつもりなんですか?」

*「く 口を割らなければ 処刑するまでだ!」

アルス「その昔 あなた方の ご先祖が 神父さまにしたみたいに ですか?」

*「な なんの話だ! ええい デタラメを抜かすなと 言っただろう!」

アルス「仮に あの人たちを処刑したとすれば 砂漠の国は この村に 報復をしかけるでしょう。」
アルス「あなたたちは 何百という 人々を相手に 戦うというのですか?」

*「…………………。」

アルス「彼らには 大地の精霊がついています。その気になれば この村なんて 一瞬で岩の下敷きに できるでしょう。」
アルス「それでも あの男たちを殺すというのですか? 言い分すら 聞いていないというのに。」
アルス「……彼らの父親に聞きました。」
アルス「彼らは 砂漠とこの村の友好を深めるために 大事な任をつかさどって この村へ 派遣されてきた そうですね。」
アルス「大使といっても 間違いではない 人たちを 拘束しているだけでも 砂漠の国とは 大きな溝を作ることになるでしょう。」
アルス「あの三人は確かに 欲深で 強情で いじっぱりで おまけに 弱虫の意気地なしかもしれません。」
アルス「それでも 大役を預かって 勇気を振り絞り 三人だけで砂漠を超えて この村まできたんです。」
アルス「祖国と 隣村の 発展のために。」
アルス「…………………。」

そこまで区切って一瞬間をつくり、少年はもう一度ゆっくりと語り掛ける。

アルス「扉を開けてください 村長さん。そして 彼らを 解放してあげてください。」

マリベル「アルス……。」





“言い切った。”





そう少年が思い、これでだめならどうするかと息をのんで次の言葉を待つ。

329 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:19:26.96 ID:NuDoDGza0

*「…………………。」
*「うるさい……。」

しかし無情にも返ってきたのは村中に響き渡るような怒号だった。



*「うるさい うるさい うるさああああいっ! だーまれえいいっ!」



そして部屋の奥にいる者に向かってわめき散らす。

*「おまえら 今の話は すべてうそだ! まやかしだ!」
*「やつらは わしらを騙すために あんなことを 言っているんだ!」

すると再び声はこちらに戻り少年たちに脅しかけるような低い声で言った。

*「おまえら見ておれ… わしは決して認めん! そんなことを認めては 村の威信にかかるのだ……!」
*「おまえらさえいなくなれば 村は わしの思いのままなのだ…!」
*「あいつら共々 皆の前で 汚名を着せて 殺してやるからな……!」

マリベル「なんですって!?」

信じがたいことを口にしたかと思えば今度は屋敷の窓が開け放たれ、ついに声の主が姿を現した。

村長「みな! 魔物だ! 魔王の手先が現れた! たすけてくれええええ!」

しかし次の瞬間、その男は村人全員に聞かせるように大声で叫んでいた。

*「なにぃ!」

*「待ってろ! いまいく!」

村長の叫びに呼応した村人たちが屋敷に向かってどんどんと押し寄せてくる。

*「な なに? 何があったの?」

マリベル「リフ!」

その時、叫び声に驚いた村の子供たちがガラクタ置き場から出てきた。

リフ「あ おねえちゃんたち!」

“リフ”と呼ばれた男の子はこの村で唯一正しい村の歴史を伝える家系の末裔の少年だった。
彼とその仲間の子供たちは少年と少女を見つけると、二人のもとへ駆け寄ろうとした。

*「子供が 魔物のそばにいるぞ!」

*「すぐに 引き離すんだ!」

リフ「うわっ! なにすんだよ! はなしてよおっ!」

しかし村の大人がそれを見つけるとすぐに子供たちを捕らえてしまった。

*「おとなしくするんだ! あいつらは 危ない奴らなんだぞ!」

リフ「違うよ! おねえちゃんたちは 魔物なんかじゃないよ!」

*「かわいそうに この子ったら 騙されてるのね……。」

*「おまえら! ただじゃおかねえからな!」

マリベル「キーッ! どうして そうなるのよー!!」

理不尽な状況に少女は真っ赤になって怒っている。

アルス「……マリベル。」

マリベル「なによ アルス! いま おしゃべりしてる場合じゃ……!」





アルス「頼みがあるんだ。」





マリベル「えっ?」

330 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:20:47.08 ID:NuDoDGza0

村長「そいつらを ひっ捕らえて 縛り上げるんだ! 殺しても かまわん!」

*「おうよ!」

*「覚悟しなさい!」

鍬、斧、のこぎり、金槌、フライパンに鍋。

少年が少女に話しかけている間にも村人たちはその手に武器になりそうなものを携えて集まってくる。

アルス「……あの方を 呼んできてくれ。」

マリベル「…っ! そんな ことしてたら アルスが……!」

アルス「大丈夫 ここなら すぐに戻ってこられるはずだ。それに ぼくはそんなに簡単につかまったりもしないし くたばったりもしない。」

村長「何を ごちゃごちゃと ぬかしておる!」

マリベル「でも…… あんたを 置いてなんて……。」

アルス「ぼくが 注意を引き付けていれば 人質は ひとまず無事のはずだ。」

マリベル「…でも……っ!?」





アルス「信じて。」





少女を抱きしめ、耳元でささやく。

マリベル「アルス……。」
マリベル「…………………。」

村長「何をしている! ええい はやく捕まえんか!」

アルス「さあ 行くんだ! マリベルっ!!」

マリベル「……死んだら 承知しないからね!」

*「かかれえええ!」



マリベル「ルーラ!」


331 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:21:55.59 ID:NuDoDGza0

*「ぬおっ!」

*「なんだ 今のはぁ!」

驚く村人を置き去りに、青と黄色の軌跡を残して少女は遥か彼方へと飛んで行ってしまった。

村長「…ち 逃がしたか! まあいい!」
村長「そいつだけでも やるんだ! いけ! いけ〜!」

アルス「くっ!」

少年はなんとか場を切り抜けるべく村の広場へと駆け抜ける。

*「あっ あっちへ行ったぞ!」

*「追えっ! 追うんだ!」

*「野郎! 捕虜を 放つつもりじゃねえだろうな!」

*「かまわねえ! 出てきたら まとめて殺せばいいだけの話だ!」

アルス「まいったな……!」

サイード「アルス!」

広場まで戻ってきた少年の前に人質を連れた青年が現れる。

サイード「無事だったか! やつら 本気で俺たちをやる気みたいだな。」

*「ひゃぁぁ! まだ 死にたくないよお!」

*「ひぃぃぃ! おれたちが 何したっていうんだよお!」

*「ひぇぇぇ! 頼むから 助けてくれよお!」

青年の後ろでは三兄弟がそれぞれ泣きわめきながら助けを乞いている。

アルス「サイード! ……皆を乗せて 城まで行ってくれ!」

そう言うと少年は袋から魔法のじゅうたんを取り出して広げる。

サイード「おまえを 一人にしていけるか!」

アルス「ぼくなら 平気だ。マリベルが 応援を 呼んできてくれている。」

サイード「しかし……。」

アルス「彼らを 頼めるのは きみだけだ! 行け!!」

見たこともない剣幕で命令する少年に圧倒され、一瞬たじろいだ青年だったが、
意を決したように頷くと人質たちを絨毯に乗せて宙へと浮き上がった。

*「逃がすな! 捕まえるんだ!」

*「なんだ ありゃあ!」

*「そ 空飛ぶ じゅうたんだ!」

絨毯を下ろそうと躍起になって走ってくる村人たちの前に立ちはだかり少年が叫ぶ。



アルス「ゆけ! 魔法のじゅうたんよ! みんなを 砂漠の城まで 連れて行くんだ!」


332 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:23:20.39 ID:NuDoDGza0

少年の意思に従うかのように動き出すと、定員以上を乗せた絨毯は少し重たそうにしながら南の方へと飛んで行った。

アルス「よし……!」

*「この野郎! 捕虜まで 逃がしやがって!」

*「もう 生かしちゃ おけん! 覚悟するんだな!」

捕虜を奪われた怒りからか村人たちは武器を振り回して少年ににじり寄る。

アルス「待ってください! みなさんは あの村長に 利用されているだけなんです!」

*「なにを わけわかんねえこと 言ってんだ! このっ!」

アルス「ぐっ…!」

少年の説得も虚しく、村人は手に持った鍬を少年の頭目がけて振り下ろす。少年はなんなくその攻撃をかわすも、
こちらから手を出すわけにはいかない以上、長期戦を強いられることを覚悟せねばならなかった。

アルス「落ち着いてください! ぼくは みなさんと 争いに来たんじゃないんだ!」

*「そんなことが 信じられるとでも 思ったか!」
*「おまえら 一気に かかれ!」

*「「「おおおお!」」」

アルス「……!」

総方向から迫りくる殺意を丁寧にかわしながら誰もケガをさせないようにと必死に少年は体を動かす。

サザム「やめろみんな! やめるんだ! そいつは ぼくの子分だぞ!」

*「子どもは 黙ってろ!」

子供たちのリーダーも必死になって説得するが誰も聞く耳を持たない。

その時だった。



アルス「あっ!」



*「ははは! これで動けまい!」

気付けば少年の脚には縄がかけられていた。

*「それ 引け!」

アルス「ぐぅ…!」

*「今だ やれ!」

アルス「スカラ!」

仰向けに倒れた少年に容赦なく武器が振り下ろされるその寸前に、少年は守備呪文を唱えて殺傷能力を軽減する。

アルス「うっ……! メラ!」

なんとか足を縛る縄を焼き切り、攻撃の雨を避けて立ち上がると再び村人たちとの距離を取る。

*「ち! 逃げられたか!」

*「問題ねえ! もう一度 取り囲むんだ!」

*「へへへ… おとなしく殺されるんだな……!」

どういうわけか村人たちは笑っていた。それは狂気の笑いだった。

自分たちのしていることが正義であり、目の前の悪を討つ。

今、自分たちは村の伝承に登場した勇敢な村人たちなのである。

そんな幻想がこの場の一人ひとりを虜にし、狂気の笑顔を浮かべさせていた。

アルス「…………………。」



見わたす少年の目には、彼らがいつの間にか恐ろしい魔物に見えていた。


333 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:23:57.50 ID:NuDoDGza0

サイード「兄上たち しっかり掴まっててください!」

少年が村人たちと対峙している頃、青年たちを乗せた絨毯は砂漠の城近くを飛んでいた。

*「サイードぉ 今まで つらく当たって 悪かったよぉ!」

*「サイードぉ この前の約束なんて もういいから 許してくれぇ!」

*「サイードぉ おれたち おまえに ついていくよぉ!」

三兄弟が口々に言う。

サイード「今は そんなことは どうでもいいはずです。」
サイード「城に着いたら 女王と アルスの父親のボルカノという男に このことを 伝えてください!」

*「あ あなたは どうするんです?」

捕らえられていた行商人が尋ねる。

サイード「みなさんを 降ろしたら すぐにあそこへ戻ります。」
サイード「アルスを 放ってはおけません。」

*「き 危険だよ! もし戻ったら 今度こそ 殺されちゃうよ!」

同じく捕らえられていた青年が顔を青くして叫ぶ。

サイード「友のために 死ねるなら それもまた 本望。だが おれは 簡単には死んだりしません。」
サイード「じゅうたんよ! スピードを 上げてくれ!」

青年の要望に応えるように魔法のじゅうたんは重たそうな体に力を入れて加速していく。

砂漠の城は、もう目の前だった。


334 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:24:37.94 ID:NuDoDGza0

マリベル「どうして こんな 大事な時に いつまでも 寝てるのよ!」

*「そんなこと 言われてものう。ほっほっほ!」

マリベル「笑ってる 場合じゃないわよ!」
マリベル「早くしないと アルスが 死んじゃうの!」

*「あの少年がか? そんなの にわかには 信じられん 話じゃがのう。」

マリベル「どうせ 見えてるんだから 分かるんでしょっ!?」
マリベル「と とにかく 助けて欲しいのよ!」

*「ふうむ あの少年なら 一人で なんとか できてしまいそうだがのう?」

マリベル「あいつは お人よしだから どうせ 村人の攻撃 ぜーんぶ 受け止めてすぐに くたばっちゃうに 決まってるよ!」

*「あんまり 信用してないように 聞こえるのう?」

マリベル「…………………!」

*「……図星かの?」

マリベル「いったい あんたに 何がわかるってのよ……!」
マリベル「あたしは… あたしは……!」
マリベル「傷ついて 倒れる あいつの姿なんて もう二度と 見たくないのよ!」

*「…………………。」

マリベル「何度だって 何度だって ムリにあたしのこと かばったりして……。」
マリベル「半分は冗談だったのに 約束だからって 馬鹿正直に……。」
マリベル「いつだって! いつだって そうよ! あいつばっかり 傷ついて……。」
マリベル「あたしは 自分が 情けなくなるのよ! あいつの お荷物になりたくないのよ……。」

*「ふうむ。」

マリベル「今まで あいつに支えてもらった分 今度は あたしが あいつを支える番なの!」
マリベル「だから だから お願いします! わたしたちに 力を 貸してください!」





マリベル「神さま!」





神「…………………。」

マリベル「…………………。」

神「あい わかった。そなたの 気持ち しかと 確かめさせてもらったぞよ。」

マリベル「…じゃあ……!」

神「わしに 捕まりなさい。あ ほれ もうちょっと 体を押し付けてもいいんじゃぞ?」

マリベル「…………………。」

神さま「うっ そんなに 睨まんでおくれ。」
神さま「…ではっ!」

335 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:26:32.57 ID:NuDoDGza0



アルス「はぁ はぁ… ぐっ!」



いったい何回の攻撃を受け続けただろうか。
回復呪文も体を鋼鉄に変える呪文も身の守りを上げる呪文も何十、何百回とつかった。
既に衣服もボロボロになり、休まることのない攻撃や罵声の嵐は何より少年の精神をすり減らしていった。

*「は… ははは! ついに黙り込みやがった!」

*「いよいよ 魔物の本性 発揮ってか…!」

村長「みな あやつも 相当消耗しておるはずだ!」
村長「ここは 一気に叩いて動けなくしてやれ!」

*「「「おおっ!」」」

村長の指示に村人たちは再び少年ににじり寄り、どこからか持ってきた鎖を振り回す。

村長「いまだ!」

アルス「ぐあっ!?」

遂に少年は鉄の鎖によって捕らえられ、縛り上げられて地面に転がされてしまった。

*「やった! やったぞ! 遂に 俺たち 魔物を捕まえたんだ!」

*「ば ばんざーい!」

*「は はやく そいつを 始末しておくれ! 怖いったらありゃしないよ!」

*「神よ… われわれは 試練を乗り越えました。」

村長「うむ ではこれより 処刑を 始める。」

アルス「ま… て ください もうすぐ 神が 神さまが きます……。」

村長「神とな? ふ はははは! 魔物が 神を語るとはなあ!」










村長「やれ。」










*「はい 村長。」

そうして男が斧を振り上げた時だった。








*「たいへんだああああ!」







336 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:28:01.49 ID:NuDoDGza0

*「な なんだ?」

一人の農夫が慌てた様子で走り転げてきた。

村長「何事だ!」

*「そ それが…!」

*「ケケケケ!」

男の後ろにはいつの間にか群青色の馬に跨り貴族風の衣装に身を包んだ骸骨が佇んでいた。

*「ま まものだあああ!」

*「新手か!」

村長「ええい 怯むな! やってしまえ!」

悲鳴を上げる者、武器を握りしめる者、逃げ惑う者と反応は様々だったが、
村長の一括で再び村人たちは勇み、“あらたな魔物”へと立ち向かおうとした。

[ 死神きぞくは ヒャダルコを となえた! ]

しかしそんな勇気も虚しく、死神の生み出した氷の刃に村人たちはあっという間に倒れていく。

*「ぐあああっ!」

*「ぎゃああああ!」

*「うっ がは……!」

村長「な なんということだ……!」

*「ああ 神よ 私たちを お救い下さい… 神よ……。」

並大抵の人間では相手になるはずもない魔物を前に村人たちはあれよあれよという間に戦意を喪失し、
どうにかして助かろうと物陰に隠れる者、逃げ惑う者、泣き叫ぶ者、そこはまさに阿鼻叫喚の地獄だった。

*「あっ あああ……!」

*「あ あれはオラの娘!」

先ほど走ってきた農夫が叫んだその先には女の子が地べたにへたり込んでいた。
それを死神が見逃すはずもなく、その手に抱える槍を思い切り突き刺さんと腕を引く。

*「グハハハ! シネ ニンゲ…!」




















*「ニフラアアアアアムっ!」











337 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:28:55.66 ID:NuDoDGza0

*「っ…!?」

その時だった。

突然叫び声が聞こえたかと思えば死神は淡い光の中に包まれ、足元から跡形もなく消えてしまったのだ。

*「え…っ?」

後には涙を浮かべたまま放心する女の子が座っているだけだった。

*「だ 大丈夫か!!」

*「…うっ うん……。」

父親が女の子に駆け寄り安否を確かめる。

女の子にけがはないようだった。

*「よがった… ホントによがった……。」

娘の無事に父親はすすり泣き、その体を抱きしめる。

*「今のは!」

一部始終を見ていた村の神父と修道女が何やら騒ぎ立てる。

*「まさか そんなはずは……!」

そう言ってシスターは鎖に縛られて寝転がっている少年の顔を見る。

*「今のはあなたが?」

アルス「…に ニフラム です …か。」

*「やっぱり そうなのですねっ!?」

村長「なんだ どういうことだ!」

詰め寄る村長を無視して修道女は周りの村人たちに向かって叫ぶ。

*「今 このお方が放った呪文 ニフラムは 人間の聖職者でなければ 使うことのできない 聖なる呪文なのです!」
*「つまり この方が 魔物ではありえないということの 何よりの 証明なのです!」
*「…ああ 神よ 罪深き われわれを お許しください……。」

そう言って修道女は祈る仕草で座り込む。

アルス「…………………。」

*「な なんだって……!」

*「っじゃあ なにか? おれたちは なんでもない 人間をいたぶってたっていうのか…?」

*「そんな …信じられん……。」

修道女の言葉に衝撃を受け、村人たちは手に持った武器を力なく落とし少年を凝視する。

村長「お おまえたち! そんなの デタラメに決まっておろう! きっと なにかの勘違いだ!」

*「いいえ 確かに このお方は ニフラムを 唱えました。」
*「その証拠に 死神の魔物は 光の中へ 跡形もなく 消えてしまったでしょう。」

それでも認めようとしない村長に神父が反論する。

村長「お おまえが 唱えたんじゃないのかっ!?」

*「いいえ。わたしどもは 何もしておりません。お恥ずかしながら ただ見ているだけが 精一杯でした。」

村長「ぐっ ぐぬぬ…!」





*「そこまでよ!」




338 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:30:55.12 ID:NuDoDGza0

その時だった。

曇っていた空が急に明るくなり、その神々しい光の中から何かが舞い降りてきたのだった。

*「な なんだあれはっ!?」

*「ま まさか あの神々しい光 神聖なる纏い気 あれは… あれは……!」

村人たちはその舞い降りてきた存在に無意識のうちにひれ伏していた。

神「待たせたのう アルスよ。」

光の中から現れた大きな老人の肩から一人の少女が飛び降りる。

マリベル「アルスっ!!」

アルス「まり…べる……?」

マリベル「アルス! あたしが わかる? ねえ! ねえっ!?」

少女は少年の元まで駆け寄ると縛られたままのその体を揺らす。

アルス「う…ん……。」

マリベル「っ… 待ってて 今 ほどくわ!」

アルス「…………………。」

少年は少女の言葉に瞼を閉ざすと意識を集中し、瞑想を始めた。

マリベル「…また こんなに ボロボロになっちゃって……。」

アルス「…………………。」

マリベル「ごめんね… 遅くなって……。」

アルス「…いいんだ……。」

目を開けた少年の身体からは傷が消え、衣服の傷み以外はもうどこも問題ないようだった。

神「…ふむ。人間の子らよ。」

辺りにひれ伏す村人たちを見渡し、神はゆっくりと口を開く。

*「…………………。」

神「どうやら お主たちは 自らのうちの欲望や 恐怖におぼれ 人としてしてはならないことを してしまったようじゃのう?」

*「神よ…… わたしたちは 悔いても 悔やみきれませぬ。」

語りかける神に教会の神父が答える。

*「わたしたちは 奢っていたのかもしれません。村の伝説を称えるあまり ことの本質から 目を逸らしていたのやもしれません。」

マリベル「……以前さ こどもたちが 村の歴史は嘘だって 言って回ったことが あったでしょ?」

*「はい 確かに。あの時は 戯言と 叱りましたが… それが……。」

マリベル「真実を言っていたのは こどもたちの方よ。神さま お願い。」

神「お主の頼みとあらば 仕方がないのう。…ほれっ。」

そう言うと神は杖を振りかざし、いつしか村長が粉々に砕いてしまった例の石碑の一部をどこからともなく出現させ、村人たちの目の前で復元してみせた。

神「そこに 書かれている内容を 皆に 読んで聞かせてやるのじゃ。」

*「はっ……。」


そこには こう書いてあった……。

“その身を 魔物の姿にかえて 村を守った 神父さまを われわれは 殺そうとした。”

“神父さまを 魔物の手先と うたがい 村中の みなで 殺そうとしたのだ。”

“神父さまこそが われわれを 守ってくれていたというのに。”

“われわれの あやまちは 旅人たちのおかげで ふせがれたが 罪は 消えることはない。”

“われらは いつまでも このあやまちを 忘れてはならない。”

“そして 旅人と神父さまへの 感謝の心も……。”

339 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:32:17.09 ID:NuDoDGza0

*「……なんということでしょう。」

石碑を読み終えた神父は固く目を瞑り、首を振る。

マリベル「その石碑の一部はね 何代か前の村長が ガラクタ置き場に隠しててね。」
マリベル「あたしたちが サザムやリフたちと 見つけたはいいんだけど あそこにいる大バカが 粉々に壊しちゃったのよ。」
マリベル「…村のためと 言っておきながら 実際は 自分の保身のためにね。」

アルス「……ぼくたちは あの村長に 口封じのために 殺されそうになったんです。」

マリベル「あたしたちに 魔王の手下っていう 汚名を着せてね。」

神「どうも それだけでは ないそうじゃのう?」

少年と少女に続いて神が村長に問いかける。

村長「め 滅相もない! わ わたしが そんな 罰当たりなことをするはずが……!」

神「……嘆かわしいことじゃ。せっかくこの世は 人に任せておいても 大丈夫じゃと 思ったのに。」
神「このような 嘘つきがおったとはのう。」

マリベル「神さまに 嘘が通用するとでも 思って?」

村長「ひぃっ!」

少女に詰め寄られ、村長は思わず悲鳴をあげる。

マリベル「よくも 魔王を倒した英雄を 殺そうとしてくたわね。」

村長「え 英雄?」

アルス「それに 砂漠からの使者を拘束し 砂漠の国との仲を 裂こうとした。」
アルス「すべては 自らの威信と名誉のために。」

そう言って少年は険しい顔で村長を指さす。

*「おい 村長さんよ これは どういうことなんだ?」

話を聞いていた村人たちが村長を取り囲む。

*「あんたを信用した おれたちが バカだったって言うのかい?」

*「あんたのせいで あたしたちは こんな目に……。」

アルス「いけない! けが人がいるんだった……!」

マリベル「アルスは 休んでて。」
マリベル「ベホマズン!」

少女がそう叫ぶと先ほど魔物にやられ苦しそうに地面を転がっていた人々も見る見るうちに回復し、辺りは優しい緑の光で満たされていった。

*「おお…… 傷が塞がっていく。」

*「い 痛みが 消えた……?」

*「今のは 最上級回復呪文……!」

*「あ あなたたちは いったい……!」

奇跡の正体に気付いた神父や修道女が問う。

マリベル「ふふん。だから 何度も言ってるでしょ?」
マリベル「魔王を倒した 世界の救世主 マリベルさまと! その付き添いの アルスよ!」

340 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:33:17.44 ID:NuDoDGza0

アルス「付き添いって……。」

神「ほっほっほ! まこと マリベルは 愉快な女子じゃのう。」

少女の宣言に唖然と見つめる村人を他所に少年と神は勝手な感想を言う。

村長「み みとめん… 認めんぞ!」
村長「わしは 今まで なんのために 苦心してきたと 思っとるんだ!」
村長「それが ポッと出て沸いた 旅人なんぞに……!」

マリベル「あたしたちからすれば あんたの方が よっぽど ポッと出 なんだけど?」

村長「ど どういう意味だ!」

神「ふうむ 往生際が悪いのう。その娘と少年は お主たちの伝説に出てきた 旅人 その人なのじゃよ。」
神「言うなれば 時の旅人 アルスとマリベル ってところかのう。」

マリベル「ふふっ 驚いたかしら?」

アルス「ははは……。」

*「おい ホントかよ……!」

*「もう なんだか わけがわからないわよ……!」

リフ「お兄さんとおねえちゃんが……!」

サザム「げえ! おれは そんな人たちを 子分だなんて…。」

マリベル「そーよ? サザム。あたしたちってば とっても 偉いんだからね? うふふっ。」

アルス「まあまあ マリベル。その辺にしとこうよ。」

マリベル「……それで この落とし前 どうつけてくれるのかしらね?」

神「わしは自ら 人間に手を下したりはせんからの。 おまえたちの 自由にするがええじゃろ。」

マリベル「ええ もちろん そうさせてもらうわ。」

面倒くさそうに言う神には目もくれず、少女はおごれる権力者を睨む。

マリベル「さあて 何がいいかしら? あたしたちを おとしめようとした 罪は重いわよ?」
マリベル「魔物のエサ? 海の藻屑に 生き埋め それとも神父さまみたいに はりつけからの火あぶりがいいかしら?

村長「ひ ひぃぃ! お助けぇ!」





*「どこへ 行くんだ?」




341 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:33:55.39 ID:NuDoDGza0

村長が少女から逃れようと後ずさりした時だった。

何者かが後ろから村長の首根っこを掴んで持ち上げる。

村長「な……!」

アルス「サイード!」

サイード「遅くなって すまなかったな。」

そこには砂漠の城へと戻ったはずの青年が立っていた。

マリベル「今まで どこ行ってたのよ。」

サイード「人質達は 無事 城まで 送り届けた。」

少女の問への答えも兼ねて青年は少年に告げる。

アルス「ありがとう。」

サイード「礼を言うのは おれの方だ。」
サイード「さて 砂漠の民から たっぷり 礼をさせてもらうとしようか。」

村長「お お許しを… お許しくださいぃ!」

サイード「ダメだな。それこそ おまえのような奴は 生かしておけん。」
サイード「今のうちに 神さまに 祈るんだな。」

神「わしに 祈られても どうすることも できんがのう。」

神は困ったような顔で立派な髭を擦るだけ。

村長「そ そんなぁ!」

マリベル「ざーんねん だったわね。意外と 神さまってのは 放任主義なのよ。」

村長「ぐ… す 好きにしてくれ……。」

遂に観念したのか、村長は項垂れる。

サイード「…………………。」

村長「ぐあっ……?」

それを見た青年は掴んでいた手を放し、男を解放する。

サイード「これで 己の命を絶つがよい。」

そういって青年は自らの懐に差した獲物を村長の目の前に放り投げた。

村長「…………………!」
村長「ぐっ……!」

おずおずとその剣を拾い上げ、目をつむったまま喉元に思い切り突き立てようとした、その時だった。





*「待って! お待ちください!」





342 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:34:54.64 ID:NuDoDGza0



村長「っ!?」



突然広場の奥の方から声が響き渡りその場の誰もがその方向を振り返る。

そこには村長夫人と思われる女性が震えながら立っていた。

*「その人は 確かに 保身のあまり 村の外の人を 悪者にしました。」
*「でも 元はといえば それは 村の人々を 脅威から 守ろうとしたからなんですわ!」

サイード「それで 人殺しや 拘束が許されるとでも?」

*「…いいえ。ですが わたしたちはそのおかげで 今日まで 己の精神を 保ってこられたのも事実なのです!」
*「もし そうでも しなければ とっくに村は荒れ 身内で殺し合いを 始めていたかもしれませんわ。」
*「悪いのは 夫だけではないのです わたしたち村人が 知らず知らず そうさせてしまっただけなのです!」
*「ですから お願いです! 夫を殺さないでください! どうしても というのなら わたしも 一緒に……。」

そう言って夫人は夫のもとへ歩み、その隣に座り頭(こうべ)を差し出す。

サイード「…………………。」
サイード「今回の件は おれだけでは 決められん。」

それだけ言うと青年は村長から刀を奪い、再び自分の腰に下げた。

マリベル「……いいのね?」

サイード「おれの役目は 終わった。あとは 任せるぞ。」

そう言って青年は少女に拾い上げた魔法のじゅうたんを渡す。

マリベル「そっ。じゃあ もう 帰ろうかしらね。」

アルス「……そうだね。」

*「あ ありがとうございます……!」

村長夫人は震えた声で礼を言う。

マリベル「あたしは あんたたちを 許したりしないわ。」
マリベル「いい? 自分たちの都合が悪けりゃ みんな よその者のせいにする その腐った根性 叩きなおしておくのよ。」
マリベル「それから ちびっこたちに 謝りなさいよね。」

少女は辺りの人々に向かって睨みを利かす。

リフ「おねえちゃんたち もう 行っちゃうの?」

木こりの息子が少女に歩み寄る。

マリベル「ごめんね リフ。あたしたちは 本当は 砂漠の城に用があって ここまで 来たのよ。」
マリベル「人を待たしてるから。それじゃあね。」

そう言って少女は男の子の頭を優しく撫でる。

マリベル「サザムも 元気で やるのよ!」

サザム「……うん。」

神「さすれば 砂漠の城に そなたら はこんでやろう。」

マリベル「ありがとうございました 神さまっ。」

神「礼には及ばんよ。ええものを 見せてもらったしのう! ほっほっほ!」
神「マリベルよ。アルスを想う そなたの気持ち 決して 忘れんようにな。」

そう言って神が念じると少年と少女、そして青年の身体が浮き上がり一瞬のうちに消えてしまった。

神「…………………。」

それを見届けた神は村人たちを見やる。

神「人間の子らよ。もう一度 自分の心に 語り掛けてみるのじゃな。」
神「醜い欲望を持ち 信じる心を忘れた時 人間は人ではなく 魔物となるのじゃからな。」
神「…ゆめゆめ 忘れることなかれよ。」

*「「「は ははー!」」」

神「では さらばじゃ!」

そして神もまたまばゆい光に包まれて消えてしまったのだった。

343 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:35:54.67 ID:NuDoDGza0



マリベル「はあ〜 なんとか 終わったわね。」



神の力により三人は砂漠の城の入口までやって来ていた。あれだけの出来事があったにも関わらず、日はまだ高い。

サイード「とりあえず ことのてんまつを 報告しに行くとしようか。」

歩きながら青年が二人に語り掛ける。

マリベル「それも 大事だけど あたし お腹すいちゃったわよ!」
マリベル「ねっ あんたもそうでしょ?」

アルス「…………………。」

少女が話しかけるも少年はどこか上の空。

マリベル「……アルス?」

アルス「…えっ? あ うん そうだね。」
アルス「でも 女王様たち きっと 待ってるんじゃないかな?」

マリベル「もうっ わかったわよ……。」

サイード「悪いが 報告は 二人で行ってくれないか? おれは 兄上たちの様子を 見てくるよ。」

マリベル「あくまで 女王様には 会わないって言うのね……。」
マリベル「まあ いいわ。いきましょ アルス。」

アルス「うん。」

そう言って少年と少女は女王の間のある城の地下へと降りて行った。



サイード「…すまんな。」


344 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:36:26.90 ID:NuDoDGza0



ボルカノ「おう アルス! 無事に戻ってきたな。」



城の地下に降りるとそこでは漁師たちが少年と少女を待ちわびていた。

アルス「なんとかね。」

*「おかえりなさい マリベルおじょうさん!」

二人の姿を見つけた漁師たちが駆け寄ってくる。

マリベル「もう たいへんだったんだから!」
マリベル「危うく 村人たちに 殺されちゃうところだったの!」

ボルカノ「話は サイードくんから 聞いてるぜ。ご苦労だったな。」
ボルカノ「……そうだ。アルス この後 すぐに 女王に会いに行くんだろ?」

アルス「うん。」

ボルカノ「なら これも 一緒に持って行ってくれ。お前からの方が 話も 早いだろう。」

アルス「わかった。」

[ アルスは バーンズ王の手紙・改を うけとった! ]

ボルカノ「頼んだぜ。」

345 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:37:47.29 ID:NuDoDGza0



*「まあ 救い主さま!」



謁見の間にやってきた少年たちを侍女が出迎える。

アルス「ただいま レブレサックより戻りました。」

*「ご無事で なによりですわ。」

*「今 女王さまに お取次ぎいたします。」

そう言って侍女は奥の方に見える女王のもとへ行き何かを話していたが、やがて戻ってくると二人へこう言った。

*「アルスさま マリベルさま。 女王さまが じかに お話されたいと おっしゃって おいでです。 どうぞこちらへ。」

アルス「はい。」

侍女に促され、少年と少女は女王の元へと歩み寄る。

女王「救い主さま……。この度はまたしても 砂漠の民を救っていただき 感謝してもしつくせぬほどです。」

アルス「いいえ とんでもありません。ぼくたちも 半分は自分たちのために やったわけですし……。」

マリベル「あの 3バカのためっていうのは ちょっと 気にくわなかったけどね。」

女王「彼らも 元はと言えば 砂漠の民のために遣わされた身。」
女王「その彼らを 助けていただいたということは すべての砂漠の民を お救いいただいたことと 同義です。」

マリベル「……じゃあ ついでと言っちゃ なんだけど…。」
マリベル「アルス?」

アルス「うん。」

少女に促され、少年は女王に懐にしまっていた書簡を取り出して言う。

アルス「実は ぼくらは 今回 グランエスタードの王より 砂漠の国との 締約のために 遣わされていたんです。」

女王「まあ! それは 本当ですか!」

アルス「はい。それで よろしければ こちらの書簡に 目を通していただきたいと 思いまして……。」

[ アルスは バーンズ王の手紙・改を てわたした! ]

女王「…………………。」
女王「大体の内容は 把握いたしました。わたくしどもも 喜んで 提案を受け入れますわ。」
女王「ただ エスタード島と この大地との行き来は 地形上 少々 難しいと存じます。」
女王「交友上 その辺りの課題を これから 議論していかなければ なりませんね。」
女王「近く わたくしどものところから 遣いを送ります。追い追い 話を 詰めていこうと 思いますわ。」

アルス「そうですか。ありがとうございます!」

女王「いいえ 重ね重ね お礼を申し上げるのは わたくしどもの方です。」
女王「きっと 両国はこれから 良い関係を築いて行けるでしょう。」

そう言って女王はにっこりと微笑む。

マリベル「……レブレサックとは どうするのですか?」

少女が尋ねると女王は難しそうな顔をして言う。

女王「レブレサックの村の人々は わたくしたちを 信用していないのでしょうか……。」

アルス「どうやら そのようでした。この国に限らず よその者はみな。」

マリベル「でも 今回 わたしたちが みっちり お説教してきましたので 多少は 反省して 友好的になるかと 思いますわ。」

女王「本当ですか! それでは こちらも 諦めずに根気よく 接していこうと 思います。」

アルス「それが いいでしょう。あの村には 正しい心をもった子供たちが たくさんいます。」
アルス「彼らの 未来のためにも そうしてあげてください。」

女王「はい 是非とも。」

少年の言葉に再び砂漠の女王は笑顔で答える。
346 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:38:23.24 ID:NuDoDGza0

女王「……ところで 救い主さま。」
女王「救い主さま方が よろしければ 今夜 ささやかながら 宴を 催したいと 思うのですが いかがでしょうか?」

アルス「マリベル。」

マリベル「うん。」

少年と顔を合わせると少女は微笑んで答えた。

マリベル「よろこんで!」

そうして二人が漁師たちに事情を説明するべく女王の間を後にしようとした時だった。

女王「お待ちください!」

アルス「どうなさいました?」

女王「砂漠の村の族長の 末の息子さんの…… サイードは ご一緒ではないのですか?」

女王は目を見開き慌てた様子で言う。

マリベル「サイードなら 3バカの様子を 見にいきましたわよ。呼んできましょうか?」

少女がバレない程度に口元をにやつかせて言う。

女王「あ いえ…… それなら いいのです。では また 宴の席で……。」

少々声色が落ちたような気がしたのは少女だけだったのか、少年は首をひねったまま何も言わない。
仕方なく少女は一礼し、少年を引っ張ってその場を後にするのだった。

347 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:39:19.42 ID:NuDoDGza0

マリベル「あれは ひょっとすると ひょっとするわね。」

漁師たちのもとへ向かいながら少女が言う。

アルス「何が?」

マリベル「ん? なんでもないわよ。」
マリベル「それにしても 何気なしに 言っちゃったけど 女王さまにも 3バカで通用するのね あいつら。」

アルス「ははは… 悪名高いって いつだか 城の人が言ってたもんね。」

マリベル「これじゃ あの3人が どれだけ頑張っても 女王様と結婚する可能性は 皆無ね。」

アルス「族長にだって 周りの反対で 絶対なれないだろうね。」

マリベル「あったりまえよ! あんなのが族長になっちゃったら あの村は終わりね。」

アルス「ははは… あ 父さん!」

そんなことを言っているうちに地上階までたどり着いた少年は父親に声をかける。

ボルカノ「よう アルス。首尾はどうだったよ?」

アルス「うん 肯定的な答えをもらえたよ。あとの話は 向こうから 人を派遣して進めるってさ。」

ボルカノ「そうか じゃあ オレたちの 役目はおしまいだな。」

アルス「うん それで 今夜はご馳走してくれるって。」

マリベル「ここの料理って 独特のスパイスが効いてて 美味しいのよね〜。」

*「おお! 本当ですか そりゃ!」

*「残してきた奴らに 悪いなあ。」

マリベル「しょうがないじゃない。帰ったら 土産話だけでも してあげましょ?」

*「それも そうですね!」



マリベル「ああああっ!」



まるで飯番の男の顔を見て思い出したかのように少女が声を上げる。

*「えっ どうかしました?」

マリベル「忘れてたっ! お昼ご飯 まだ食べてないんだった!」

アルス「そうだったね。」

マリベル「アルス! 食堂に行くわよ! もたもたしないでよねっ!」

アルス「食堂は逃げないよ……。」

太陽の照り付ける昼下がり、遅めの昼食をとるべく二人は再び元来た道を戻り地下へと降りていくのだった。





それから時間は流れ…。




348 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:40:22.59 ID:NuDoDGza0

*「それでは これより 再びわれら砂漠の民をお救いくださった 救い主さまに 感謝をささげ ここに乾杯の 音頭を あげます。」

*「かんぱい!」

*「「「かんぱーいっ!」」」

*「「「救い主さま ばんざーい!」」」
*「「「サイードさま ばんざーい!」」」

大気を、大地を、建物すべてを焼け焦がしていた太陽が地平線へと沈んだ頃、
砂漠の城の祭壇前ではささやかながらも規模としては十分な宴が執り行われていた。
三度も砂漠を救った少年と少女はさらに熱狂的に崇められ、砂漠の村の族長の末息子は一族の英雄として大いに祭り上げられた。

サイード「まさか たまたま立ち寄った故郷で こんなことになるとはな。」

たけなわも過ぎ、青年が気恥ずかしそうに少年たちに話しかける。

アルス「いや サイードは もっと自分を誇るべきだよ。」

マリベル「主役が そんなんじゃ みんな 盛り上がれないわよ?」

サイード「おれは たいしたことは してないさ。」

マリベル「そう思ってるのは 自分だけよ。慕ってくれる人たちの前では しゃんとしてなさいよね。次の族長さん。」

サイード「なっ……!」

アルス「きっと みんなは きみのことをそう見てるはずだよ。」

マリベル「旅に出たいのは よーくわかるけどね。あんたが いなくなれば やっぱりみんな 不安なのよ。」
マリベル「たまに そのことも 思い出してあげることね。」

サイード「しかし 兄上たちが……。」

マリベル「だめよ あんな ポンコツども。村のみんなが かわいそうだわ。」

サイード「むぅ……。」

少女に言いくるめられ青年は押し黙り、辺りを見回す。

集まった民衆は口々にサイードを称えているようだった。
族長の息子としてだけではない、彼自身がもつ人徳が、人々の笑顔にありありと映し出されていたのだ。

サイード「…………………。」

*「サイードさま。」

サイード「むっ…。」

青年が何か感傷にふけっていると不意に後ろから侍女に呼びかけられる。

*「女王さまが お呼びです。」

サイード「おれを か?」

*「はい。こちらへ。」

マリベル「うふっ うふふふっ! やっぱりね!」

アルス「マリベル?」

マリベル「どうせ こんなことだろうと 思ったのよ!」
マリベル「あたし ちょっと 盗み聞きしちゃおうかしらっ。」

そういうと少女はそそくさと席を立ち、どこかへと行ってしまった。

アルス「…まさか……。」
アルス「…………………。」
アルス「ま いいや。マリベルも 好きだなあ。」

そう独り言ちていると、少女がいなくなったのをいいことに若い娘たちがたちまち少年の周りに集まってくる。

*「救い主さま 今度 わたしと ナイラに沐浴に行きませんこと?」

*「いいえ 救い主さま わたしと 明けるまで 星を見てくださらない?」

*「ちょっと 抜け駆けする気?」

*「そういう あんただって!」

アルス「お 落ち着いてください みなさんっ!」

最強のお目付け役を失った少年は冷や汗を垂らしながらこの状況をどう乗り切ればよいのか思案する羽目になったのだった。
349 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:41:11.72 ID:NuDoDGza0



*「女王さま サイードさまを お連れいたしました。」



女王「ありがとう。少し 下がっていてください。」

*「わかりました。では 終わりましたら お呼びください。」

そう言って侍女は玉座の周りから人払いをし、自らもそこを後にする。

サイード「お呼びでしょうか 女王さま。」

女王「そう 堅くならないでください。」
女王「…この度は 本当に ご苦労様でした。」
女王「あなたの働きのおかげで 人質となっていた使いも 村にいた移民も 無事帰ったと聞いております。」

サイード「いえ わたしは アルスの指示に 従ったまでです。これといって 称えられるような ことは しておりません。」
サイード「そればかりか このように お褒めの言葉を みなからも そして あなたからも いただいてしまい 恐れ入るしだいです。」

女王「よしてください。たとえそれが 救い主さまの指示だとして 最終的に決断したのは あなた自身のはずです。」
女王「わたしたちは あなたの 勇気ある決断に 救われたのです。」
女王「それを 自分は何もしていないだなんて…… そんなこと 言わないでください。」

サイード「……!」
サイード「申し訳ございません 女王様…っ!」

女王の言葉に自分が恥ずかしくなり、青年はただ頭を垂れ謝るしかできなかった。

女王「…………………。」
女王「顔を 上げてください。みなの前で そんな姿を 晒してはいけません。」

女王はそれを制止し、近くに来るように手招くと青年の目を見据えて言う。

女王「サイード あなたは 次の族長にはならないのですか?」

サイード「…わたしは もっと 広い世界を旅し まだ知らない土地を歩き 人々と出会い 別れてみたいのです。」
サイード「それに 族長は 兄たちの役目。わたしは 元からなるつもりは ありません。」

女王「それが みなの 望まないことであってもですか?」

サイード「…………………。」
サイード「今の兄たちであれば 大丈夫でしょう。」
サイード「…女王様 ありがとうございました。 それでは。」

女王「待って!」

背を向け、その場を立ち去ろうとする青年の腕を女王が掴み引き止める。

その様子に気付いているものは誰もいないようだった。

女王「待って サイード。本当に 行ってしまうのですか……?」

サイード「…………………。」
サイード「いつか……。」
サイード「わたしが 旅を終え 人として成長して 帰ってきた時……。」
サイード「その時までに 族長のなり手が 見つからないようであれば わたしが 引き受けましょう。」

女王「…………………。」

そこまで言ってようやく青年は振り返ると、自分の首元に隠されていた控えめな首飾りを外して女王の手に掛ける。

サイード「祖父の形見です。わたしが 戻るまでの 担保として お持ちください。」
サイード「捨てていただいても かまいません。父や 兄に 渡していただいても かまいません。」
サイード「しかし! この 砂漠の民 サイード いつの日か 必ずや 故郷であるこの地に 再び 帰ってきましょう!」

女王「それでは……!」

サイード「また お会いしましょう。われらが 砂漠の女王 ネフティス。わが 君主よ。」

一度だけ微笑みかけ、青年は二度と振り返らなかった。

女王「…必ず お待ちしております!」

青年の大きな背中に投げかけた女王の宣言は寂しげでもあったが、どこか確信を持った力強さもあったのだった。

350 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:41:52.57 ID:NuDoDGza0





マリベル「は〜 まったく 見てるこっちが ヤキモキしちゃうわ!」





そんなやり取りを屋根の上から見ていた少女は盛大なため息をつきながら愚痴をこぼす。

マリベル「ん。まあ これで 砂漠の未来は 多少明るくなったかな。」
マリベル「サイードのわりには がんばった方かな……。」
マリベル「ま いーや。アルスのとこ 戻ろっと。」

片方の眉と口角を少しだけ上げて少女はそっと独り言ち、少年がいる宴席の方へと再び歩き出すのだった。


351 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:42:40.31 ID:NuDoDGza0

アルス「ええと ですから ぼくには……。」

*「ええ〜 つれないですわねえ 救い主さま。アタシと 楽しいコト しませんこと?」

相変わらず少年は一人で娘たちと不毛な格闘していた。

“このままだと 喰われる”という、本能が察知した危険に抗うため、少年はなんとか断ろうと必死に頭を回転させる。

*「うふふっ 少しいいかしら? 救い主さま〜〜〜?」

“また 新手が来た!”

そう思って振り返った瞬間、少年の顔は引きつった笑顔のまま凍り付く。

アルス「ま マリベルさん……?」

マリベル「ちょっと どういうことか 説明して いただけないかしらね〜?」

アルス「えっと こ これは その……。」

マリベル「え? 何ですって? 聞こえませんでしたわ〜?」

たじろぐ少年に対して少女は仮面のような笑顔を張り付けている。

アルス「マリベル 怖いよ……。」

マリベル「なんですって? おほほほ。」

もはや目は笑っていなかった。


マリベル「ばかアルスううう!」


甲高い音と共に少年が吹き飛び、盛大に床に崩れ落ちる。

サイード「何をやってんだ? おまえたち。」

アルス「ご ごかいなんだ……。」

力なく横たえる少年に対して青年が問いかける。

マリベル「ふーんだ。」

サイード「……?」

*「キャー! 救い主さまがふっとんだわ!」

*「誰か 救い主さまをお運びして! 

マリベル「必要ないわよ ったく!」

少女が叫ぶ娘たちをあしらって少年に小突く。

アルス「いててて……。」

マリベル「ほら 起きなさいよ アルス。弁解してごらんなさい。」

アルス「…………………。」
アルス「もういいよ。」

マリベル「……えっ?」

アルス「疲れたから 先に 宿に戻ってる。…父さんたちにも 伝えといて。」

そう言って少年は起き上がるとそそくさと村の方へと向かっていってしまった。

マリベル「あ アルス……!」
マリベル「もう! あとで 泣きついても 知らないからね!」

少女は遠ざかる背中に怒鳴りつけるが、その背中は規則的な動きをしたまま振り返ろうとはしない。

サイード「何があったかは知らんが おれも 今日は 自分の部屋で 泊まるからな。 先に帰ってるぞ。」

マリベル「……勝手にすれば?」

サイード「じゃあな。」

そう言って青年も少年の背中を追って消えて行ってしまった。

マリベル「……ふんっ。」

いまいち腹の虫が収まらない少女は再び漁師たちのいる宴の席に戻り、自棄のように料理や飲み物に手を伸ばすのだった。
352 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:43:29.11 ID:NuDoDGza0



アルス「サイード さっきは 何を話していたの?」



城を後にした少年たちは村の近くまで戻って来ていた。

サイード「む? 女王さまとか?」

アルス「うん なんだか ピリピリしているようにも 見えたけど……。」

サイード「いや 別に たいしたことじゃないさ。少しだけ これからの話をしただけだ。」

アルス「次の族長にどうか とか?」

サイード「……おまえには 隠し事は できないな。」
サイード「ああ。とりあえずは 断っておいた。」

アルス「……やっぱりか。」

サイード「今のところは な。」

アルス「じゃあ!」

サイード「まあ 落ち着け。おれはしばらく ここには戻らない。」
サイード「だが いつか 旅を終えて 戻ってきた時には わからないというだけさ。」

アルス「ぼくは きっと きみが族長になると 思うな。」
アルス「なんたって きみはハディートそっくりだしね。」

サイード「…かつて おまえたちと 共に戦った あの ハディート王にか?」

アルス「うん。性格は きみのほうが やわらかいと 思うけどね。」

サイード「は…はは 彼は よっぽどの堅物だったんだな!」

そんな冗談に青年は思わず吹き出す。

アルス「あ 今日の宿 どうしようかな。」

サイード「昨日は どうしたんだ?」

アルス「きみの 部屋を借りたんだ。」

サイード「おれは 別にかまわんが。」

アルス「そうだね… でも……。」
アルス「今日は 宿屋に泊まろうかな。」

サイード「そうか それもよかろう。後から来る者のために 家の者には 屋敷に泊まれるよう 言っておくから 安心しろ。」

アルス「うん ありがとう。今日は きみに 助けられっぱなしだね。」

サイード「なんの おれこそ おまえたちが いなければ 今頃どうしていたか わからないんだ。礼を言うのは こちらのほうだ。」

アルス「いやあ……。」

サイード「さて では おれはこれで 失礼する。二週間ぶりに子猫たちにも 会いたいしな。」

アルス「うん。 それじゃ また 明日。」

そうして二人は別れ、少年は宿屋へ、青年は自室へと入っていったのだった。

353 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:44:50.32 ID:NuDoDGza0



ボルカノ「マリベルちゃん どうしたんだ?」



一方、砂漠の城ではまだ宴は続いていた。とはいっても今はだいぶ静かになり、人の数もまばらとなってきていた。

その中で少女はしかめっ面をしたまま深い色の飲み物を煽っている。

マリベル「なんでもないのよ ボルカノおじさま。なんでもっ。」

ボルカノ「しかし さっきから 飲みすぎじゃないのかい?」

マリベル「いいじゃないの こういう時も あるんですからね!」

ボルカノ「…………………。」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「そういえば あいつ 見ないな。マリベルちゃん 聞いてるか?」

マリベル「疲れたから 先に宿に帰っているですって。サイードもね。」

ボルカノ「そうか。それにしても さっきのあいつは たいへんそうだったな。」

マリベル「…どういうことですか?」

ボルカノ「いや マリベルちゃんがいなくなった後 娘さんたちが 押しかけてきてな。」
ボルカノ「押し合いへし合いして あいつに言い寄るんだけどよ 申し訳なさそうな顔しながら 謝ってたっけな。」

マリベル「なんて 言ってたんですか?」

ボルカノ「どうだったかな。自分には 心にきめている人が います みたいなこと 言ってたっけか。」

マリベル「…………………。」

少年の父親の言葉を聞いて少女の動きがぴたりと止まる。

ボルカノ「おれには あいつの 考えていることは 時々よくわからなくなるんだけどよ。あの言葉は たぶん 真剣だったんだろうと思うぜ。」
ボルカノ「……でも あいつをして 心に決めた人と 言わしめるぐらいなんだから よっぽど その人のことを 愛してるんだろうよ。」
ボルカノ「きっと 信じてるんだろうな その人なら 自分のことを わかってくれるって。」
ボルカノ「だから マリベルちゃん きみに もし そういう人が いるんなら そいつのこと 信じてやってくれよな。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ボルカノおじさま…… あたし もう 行きます。」

ボルカノ「ん? そうか 気を付けてな。」

マリベル「ありがとうございます!」

それだけ言うと少女は村の方角へと走り去っていってしまった。

ボルカノ「……若いってのはいいねえ。」
ボルカノ「おれも 昔は 母さんと あんな 情熱的な恋を…ん?」

*「ボルカノさん 主賓がみんな 帰っちゃいましたね。」

一人感傷に耽る船長の肩を飯番の男がつついて言う。

ボルカノ「……適当に はぐらかして おれたちも 帰るとしようか。急がないと夜が明けちまう。」

*「「「ウスッ。」」」

354 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:46:44.41 ID:NuDoDGza0

マリベル「あたしの ばか…!」
マリベル「あいつも ばかだけど あたしだって ばか丸出しじゃない!」
マリベル「アルス……!」

少女は砂に足がとられるのも、ドレスに砂がつくのも気にせず無我夢中で真夜中の砂漠を走った。
上昇する体温に冷めていく気温。闇夜を照らす月光の下で少女の脳裏に映っているのは少年の顔だけだった。
あの人の良さそうな顔がいつの間にか冷たく変わり、自分に向けられたのはいったいいつ以来だっただろうか。
普段は敵や理不尽にしか向けない漆黒に凍てつく瞳に映った自分はどんな顔をしていたのだろう。

彼はいったい自分を見て何を思っていたのだろうか。


マリベル「いやよ……!」


彼は今、暗い部屋の中で一人横たわっているのだろうか。この冷え切った砂漠の夜にたった一人。


マリベル「いやよ!」


否。冷え切った砂漠に一人取り残されていたのは自分の方なのかもしれない。


マリベル「いや!」


村が目の前に見える。


マリベル「待ってよ……!」



宿屋はすぐそこに。



マリベル「行かないでよ……!」



扉の向こうに。



*「す 救い主さま! もう 宴はよろしいのですかっ!?」

マリベル「アルスは……!?」

*「アルスさまなら 部屋に……。」

マリベル「一人追加で!」

*「かしこまりました。」




扉の向こうに。






マリベル「アルス!」






いた。




355 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:47:22.28 ID:NuDoDGza0

マリベル「は〜 さっぱりしたわ。」

しばらくして落ち着きを取り戻し、沐浴を終えた少女が戻ってきて言う。

マリベル「まったく なんで あんなに 感情的になっちゃったのかしら。」

アルス「お酒のせいとか?」

マリベル「さあね……。今日は いろんなことが あったからかしらね。」

アルス「うん …そうだね。」

マリベル「…………………。」
マリベル「あそこの村は どうなるかしらね。」

アルス「さあ それもこれも 大人たち次第かな。」

マリベル「…違いないわね。」

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「もう 寝るかい?」

マリベル「そ そうね……。」

アルス「うん おやすみ。」

マリベル「おやすみ……。」

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ねえ。」

アルス「…ん……?」

マリベル「そ そっち 行っても いいかな……。」

アルス「後で みんなに 見つかっちゃうよ?」

マリベル「…………………。」
マリベル「だめ……?」

アルス「うっ……。」
アルス「…わかった。 おいで マリベル。」

マリベル「うふふっ!」
マリベル「…………………。」
マリベル「ねえ もう一度言ってよ。」

アルス「ん?」

マリベル「もう 鈍感ね!」
マリベル「その…… 好きって。」

アルス「…はははっ!」

マリベル「なによう! なんで笑うのよ!」

アルス「ごめんごめん。つい可愛くって。」

マリベル「んもう!」

アルス「好きだよ。マリベル。」

356 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:47:53.78 ID:NuDoDGza0

マリベル「…………………。」
マリベル「もう一回。」

アルス「ええっ?」

マリベル「……お願い。」

アルス「…好きだよ。」

マリベル「どれぐらい?」

アルス「これぐらい。」

マリベル「わかんないわよぉ!」

アルス「…………………。」

マリベル「えっ なあに?」
マリベル「……!」

アルス「……これくらい。」

マリベル「もうっ……!」

そんなやり取りをしばらく続けているうちに瞼が重たくなり、どちらともなく眠ってしまうのだった。





そして……

357 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:48:21.42 ID:NuDoDGza0





そして 夜が 明けた……。




358 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:49:23.01 ID:NuDoDGza0

以上第12話でした。

悪名高きレブレサック。
過去でも現在でも印象がすこぶる悪いのはほぼ全プレイヤーの共通認識と言っても差し支えないでしょう。
過去のレブレサックに登場する神父さんはその後プロビナへ流れ着くのですが、そんな彼も元々はレブレサックの住人ではありません。
現在に住まう彼らが毛嫌いしたよそ者だったのです。
……なんだか皮肉な話ですよね。

ちなみに根拠らしい根拠はない与太話なのですが、
過去のクレージュをクリアするとそこにいた神父さんが町の教会を出て行ってしまいます。
現在のシスターによるとその後彼は戻り、当時のシスターと二人で教会を盛り上げたと言います。
そして過去のプロビナで魔物に殺されてしまったと思わしき神父さんですが、その遺体は見つかっておりません。
ただ、住人の一人は自分が魔物に魂を抜かれている間の記憶をこう話していますが。
*「夢かもしれないが 雲の上で 神父さまに 会ったんじゃよ。」
*「やさしい笑顔で 手をふりながらどんどん 空高くに 昇って行ってしまわれたのじゃ。」
もしも、あの神父さんが実は生きていて、その足取りがクレージュ→レブレサック→プロビナ→クレージュという流れになっていたら面白いですよね。



話は変わりますが、大地の精霊を復活させる際のセリフから、
サイードと女王ネフティスは実は初対面ではないことがうかがえます。

女王「まあ あなたは たしか……。」
サイード「砂漠の村の族長の 末の息子 サイードともうします。」
女王「サイード どうか 砂漠の民のみなにかわって 救い主さまを 助けてください。」
女王「この広い砂漠の どこかに眠る 大地の精霊を 目覚めさせ……。」
女王「砂漠に もういちど 光と平和とを とりもどすのです。」
サイード「しょうちしております。」
女王「大地の精霊の 手がかりは 砂漠の村のシャーマンが 知っているはず。」
女王「救い主さま サイード どうぞ 砂漠のために チカラをかしてください。

果たして二人の間にはどんな関係があるのやら。
この会話を見るだけではあまり親密な仲とは言えませんが、
少なくとも悪名高き3バカよりかは好感を持たれているのではないかと推測できます。
今回のお話ではそんな二人にスポットライトを当ててみました。



あ、言い忘れておりましたがこのお話の時系列では、
魔王討伐前に神さまとの邂逅を済ませてあるという設定になっております。
つまり神さまは移民の町にいるということですね。
よく思うのは神さまと会っているのにも関わらず
他の町で仲間のセリフが一切変化しないのはどうしてかということです。
製作上、あれ以上セリフを入れるのが不可能だったのか、それともまた何か別の理由があるのか。
PS版にせよ3DS版にせよ、未来の世界で手に入れた石版を現在に持ち帰るという仕様は
物語を考えるうえでどう処理したものか迷いますね。

それから、今回のお話でアルスが咄嗟にニフラムで死神きぞくを消したのは実際に原作でもできることです。
とかく序盤以外の魔物には通用しないことで有名なニフラムですが、
その特性上「死神系」の魔物には通用するみたいですね。
おまけに運よく魔王復活後のレブレサック周辺には死神きぞくが出現します。
そこでアルスの潔白を証明するために死神きぞくに登場してもらったというわけです。
合掌。

…………………

◇次回は次なる地を目指して漁をしながら航海。
…のハズが……。

359 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 19:50:31.39 ID:NuDoDGza0

第12話の主な登場人物

アルス
たとえ自分が傷つこうと基本的に暴力で解決することを嫌う。
決して饒舌ではないが言うべきことはきちんと言う。

マリベル
アルスのピンチを救うべく一人移民の町まで神を呼びに。
自分の代わりに進んで危険な役を買うアルスを心配している。

ボルカノ
砂漠の城にて少年たちの帰りを待っていた。
二人の仲に陰りが見えればそっと助言を施す。

サイード
砂漠の民の青年。
3バカこと兄たちを救うべくアルスたちとレブレサックへ。
情には熱い方。

族長
砂漠の村の族長。
上の三つ子の兄弟が悩みの種。

3バカ(*)
砂漠の村の族長の三つ子の息子。サイードの兄たち。
顔も性格もまったく同じ。瓜二つならぬ

女王
砂漠を統べる女王ネフティス。6代目(?)
隣村のレブレサックに交易のための使いを送るも拿捕され、頭を抱えていた。
サイードとは面識があった模様。

サザム
レブレサックに住む少年。
村の子供たちのリーダーで、正義感が熱い。

リフ
レブレサックに住む少年。
村で唯一正しい歴史を教える木こりの家系の末裔。
とある出来事からサザムや他の子どもたちと和解。

村長
レブレサックを統治する中年男性。
自分の保身に走るあまりその手を汚そうとした。


この世界を創造した主。マリベル曰く「クソじじい」。
およそ厳かとはかけ離れた外見にユーモアあふれる好々爺。
今は移民の町で気ままな生活を送っている。

360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/04(水) 20:02:33.07 ID:IAc5D1D9O
おつ
ボルカノがいい味だしてるね…
レブレサックは是非その後が見たかったからとても楽しめたよ
次も期待して待ってます
361 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 21:25:55.36 ID:NuDoDGza0
あ!ごめんなさい ミスです!

>>354
>>355 の間にこれがあったんです! 

…………………




アルス「…………………?」
アルス「やあ マリベル。どうしたんだい? そんなに 慌てて。」

窓辺に立ち、月を見上げていた少年は少女に振り返り言う。

マリベル「はっ… はっ…… えっ……?」

アルス「そんなに 砂まみれになって…… 走ってきたんだね。」

マリベル「んっ……。」

アルス「髪もこんなに バサバサになっちゃって……。」

そう言って少女の髪や服を優しくはたいていく。

アルス「せっかく おめかししたのに これじゃ もったいないよ。」

マリベル「あっ……。」

アルス「ん? どうしたの? どこか怪我でもした?」

マリベル「…………でよ……。」

アルス「ま マリベルっ!?」

マリベル「一人にしないでよっ!!」

気付けば少女は少年の胸を掴み、小さく震えながら嗚咽を漏らしていた。

マリベル「うっ…ふ…うう…。」

アルス「…………………。」
アルス「ごめんよ。」

そう言って少年は少しだけきつく少女を抱きしめる。その顔にはもはや先ほど見せた険はなく、柔らかくすべてを包み込むかのような微笑みを浮かべていた。

アルス「ぼくは どんなに 言い寄られたって きみを裏切ったりなんかしない。 本当さ。」

マリベル「わ わかってる… わかってるわよ……。」

アルス「もっときつく 言って 近寄らせなければ 良かったかな…… ごめんね。不安だったんでしょ?」

マリベル「…うん……。」

アルス「ごめん。」

マリベル「……うん。」




…………………



し 失礼しました……
362 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/04(水) 21:26:59.10 ID:NuDoDGza0
>>360
楽しんでいただけたのならば幸いです!
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/05(木) 00:16:36.88 ID:NKVuZzzko

神様ってすげぇや
これでステテコダンスに一発ギャグさえなけりゃ…
364 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:22:51.23 ID:jh5nLVyG0
>>363
人知を超えた存在ですからねえ……
きっとセンスも我々の及ばないレベルなのでしょう。
いや、そういうことにしておきましょう。
365 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/05(木) 19:23:57.96 ID:jh5nLVyG0





航海十三日目:狙うはあいつだ / 幽霊船の眠り




366 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:25:07.23 ID:jh5nLVyG0



*「……て …きて……。」



マリベル「ん…んん……?」



*「ル…… おきて……。」



マリベル「ア…ルス……?」





*「マリベルおじょうさん 起きてくださいよ!」





マリベル「え キャーっ!」



*「ぶほぉっ!」



マリベル「あっ……。」

367 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:27:25.05 ID:jh5nLVyG0

マリベル「ごめんってば。」

*「どうせ アルスさんじゃ ありませんでしたよーだ。」

マリベル「もう……。」

少女は自分を起こしに来た人物が少年じゃないことに驚き、起こしに来てくれた飯番の男を勢い余って突き飛ばしてしまったのだった。

マリベル「…………………。」

隣に寝ていたはずの少年はいない。

マリベル「あのさ……。」

*「ん アルスさんでしたら 顔を洗ってますよ?」

アルス「どうしたの マリベルっ! ……?」

その時悲鳴を聞いた少年が血相を変えて飛びこんでくるも、事態をうまく呑み込めていないのか首をひねっている。

*「おはようございます アルスさん。」

マリベル「…おはよう アルス。」

はきはきとしている飯番に対して少女は少しだけむすっとした顔であいさつする。

アルス「お おはよう ございます……。」


368 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:28:11.29 ID:jh5nLVyG0



アルス「いやあ 悪かったって。あんまり 気持ちよさそうに 眠っているからさ。」



マリベル「は〜 そうですか〜。」

アルス「弱ったなあ。」

その後飯番からことの顛末を聞かされ少女がむくれている理由を知り、現在少年は少女のご機嫌取りに必死になっていた。

ボルカノ「また なんかあったのか?」

*「いやあ 実はさっき……。」

ボルカノ「…ほほう。くっくっく……。」

同じようにことの詳細を聞かされた少年の父親はおかしくて仕方がないようで、必死に笑いを堪えている。

アルス「笑わないでよ 父さん! こっちは 必死なんだからさ……。」

ボルカノ「ガッハハハっ! まったく お前たちときたら……。」

少年の抗議に堪え切れず父親は盛大に吹き出し腹を抱えて苦しそうにしている。

アルス「はっ ははは……。」

マリベル「な−によ あんたまで。」

アルス「いや これは その……。」

“ジトーっ”とした視線を受け少年は両手をばたつかせる。

ボルカノ「まあ いい。朝食を食べたら すぐに出発だ! いいな お前たち!」

*「「「はいっ!」」」

なんとか父親の号令でその場を切り抜けた少年は、
この後どうして少女の気を引いたものかと再び頭を振り絞って考えることになるのだった。

369 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:28:40.49 ID:jh5nLVyG0

サイード「…で もう 出発するんですね?」

朝食を終えた一行は村の出入り口まで来ていた。

ボルカノ「おう 早めに出ないと 次の目的地に 到着できねえからな!」

今朝は早いうちから船に戻り午前中のうちには出航しなければならなかったのだ。

サイード「わかりました。船までは おれが 先頭で 案内しましょう。」

ボルカノ「ああ 頼んだぜ。」

族長「サイードよ ボルカノどのたちに ご迷惑のないようにな。」

サイード「わかっております 父上。」

*「おまえが いない間 おれが 村を守ってやるぜ。」

*「いやいや おれが 村を発展させるんだ。」

*「気を付けろよ またな。」

サイード「兄者たちも お元気で。」
サイード「行きましょう みなさん。」

ボルカノ「おう それじゃ 出発だ!」

砂漠の村に別れを告げ、今度こそ一行はアミット号を目指して砂漠へと繰り出すのだった。

370 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:30:01.80 ID:jh5nLVyG0

マリベル「なんて 暑さなの……。」

青年の案内で一行は船の元まで歩いていた。徐々に高度をあげる太陽は猛烈な日差しを容赦なく浴びせてくる。文句が出るのも無理はない状況だった。

マリベル「アルス 疲れた。おぶりなさいよ。」

アルス「ええっ!? こんな暑さの中で?」

最後尾を歩く少年に少女がとんでもないことを言ってのける。

マリベル「なによ なんか 文句でもあるの?」

アルス「め 滅相も ございません……。」

ごねる少女に仕方なく背を貸す少年だったがどうにも落ち着かない様子でいる。

アルス「…………………。」

マリベル「……落ち着かないわね。どうしたのよ。」

少女がめんどくさそうに尋ねる。

アルス「あの その……。」

マリベル「なによ はっきりなさいよ。」

アルス「…や…ら………のが…。」

マリベル「え? なに?」

少女が乗り出して耳を少年の顔に向ける。



アルス「や やわらかいのが 当たってて……。」



マリベル「…………………。」


371 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:30:54.03 ID:jh5nLVyG0

照り付ける日差しの中、汗で張り付いた服越しに感じる“その感触”は少年には少しだけ刺激が強かったようで、
額は青冷め頬は赤く染まるという器用な顔で笑っている。

一方少女は体を固まらせたまま微動だにしない。

アルス「は …ははは……。」

マリベル「…たい……。」

アルス「えっ?」

マリベル「アルスのへんたい……!」

アルス「ぐぐ……苦し…い。」

真赤な顔をしたまま少女が少年の首を締め上げる。

マリベル「変態 ヘンタイ へんたい!」

アルス「ご ごめ ごめんなさ……っ。」

マリベル「えっち! スケベ!」

アルス「ぎ…ぎぶ……。」

マリベル「…………………。」

アルス「…ぷはぁっ!!」

ようやく解放され、少年は盛大に咳き込みながら息を整えようとする。

一方の少女は黙ったまま動こうとも降りようともしない。

アルス「はぁ… はぁ ……マリベル?」

マリベル「…………………。」
マリベル「は はやく 進みなさいよ。」

アルス「で でも……。」

マリベル「置いて行かれるわよ?」

アルス「あっ いけない!」

よそ見をしている間に集団からかなり遅れてしまっていた。

前方の彼らも暑さのせいで後続の動向に気が回っていないようであった。

マリベル「さっさと 進んでよね。暑くってたまらないわ。」

アルス「でも くっついてたら 余計に あつ……ぐぐっ……。」

マリベル「いいから。はやく。」

アルス「はいぃ……。」

抗議しようとする少年を再び制して少女は急ぐようにと指示を出す。
どんな顔をしているのかと少年が覗き込もうとするがその顔は少年の肩に埋もれ見えない。
加えて少女は余計に体を密着させてくる始末。

アルス「…………………。」

結局悶々とした気持ちを抱えたまま少年は足早に仲間の元へと急ぐしかなかったのだった。





マリベル「……アルスのへんたい。」


372 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:31:27.16 ID:jh5nLVyG0



サイード「どうして そんなに バテてるんだ?」



船までたどり着いて間もなく、青年は少年の疲れ様に違和感を覚えて尋ねる。

アルス「じつは……むぐっ!」

これまでの経緯を話そうとする少年の口を少女が塞ぐ。

マリベル「なーんでも ありませんでしてよ〜 うふふふ〜。」

サイード「目が引きつってるぞ。」

マリベル「もう なんでもないって 言ってるでしょ!」

サイード「わかった わかった! そんなに睨むな。」

ボルカノ「なんだ ばてちまったのか アルス。そんなんじゃ 今日の漁で 大物は獲れんぞ。」

アルス「わ わかってるよ 父さん。でも マリベルが…!」

マリベル「あたしが なんですって?」

アルス「ナンデモアリマセン。」

ボルカノ「……まあいい。さっさと 出航するぞ!」

アルス「はい!」

マリベル「はーい。」

いつものように船長の掛け声で一行は船に乗り込み仲間たちと対面すると、砂漠での土産話に盛り上がるのだった。

サイード「…………………。」
サイード「またな わが故郷よ。」

遠ざかる砂の大陸を見つめながら青年は一人別れを告げ、相棒の顔を見るため足早に船室へと戻って行くのであった。

373 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:33:42.91 ID:jh5nLVyG0

マリベル「ハエナワ?」

船室で本日行われる漁について話合いが行われる中、聞き慣れない言葉に少女が首をかしげる。

ボルカノ「延縄っていうのは 漁のやり方の一つでな。数十本から 数百本の 針縄の付いた一本の長い綱を 垂らして 狙った魚を獲るんだ。」

*「ただ 鳥や亀なんかが 引っかかっちまわないように 注意が 必要なんですけどよ。」

*「そんでもって 人手が多くないと できないっていう 欠点がありましてな。乗組員がたくさんいないと なかなか できねえんです。」

マリベル「じゃあ うちの船みたいに 大きな漁船じゃないと できないってわけね。」

アルス「さすがは マリベル 理解が早いね。」

マリベル「ふふん。もっと 褒めなさい。」

この日、アミット号では比較的頻度の高い延縄漁を行うことになっていた。
狙った魚を釣りやすいこの漁は漁師たちの間では有名な漁法だったが、
フィッシュベルのように漁師が多く、漁船自体も大きいものを保有していない地ではほとんど行われていない方法だった。

アルス「そういえば 他の町では あんまり 漁師がいなかった気がするね。」

マリベル「ハーメリアと コスタールくらいかしらね。」

ボルカノ「まあ 海に近くない場所では 漁に出る者も 少ないだろうからな。ほとんどは 個人でやっているような もんなんだろうよ。」

*「基本的には 一人じゃ あんまりたくさんの魚は獲れないし 規模も小さくなっちまう。」
*「だから おれたち フィッシュベルの漁師は 力を合わせて この船で共に漁をするってわけよ。」

ボルカノ「ベンギ的には オレが 指揮を執っているがな 実際は 上下関係なんて あったもんじゃねえ。」

マリベル「ボルカノおじさまは 漁の腕も 人徳もあるからね〜。」

*「そういうわけです マリベルおじょうさん。」

少女の一言に漁師が同調する。

サイード「…そういえば どうして 皆は マリベルに対して 敬語を使うのですか?」

するとそれまで壁にもたれて話を聞いていた青年が疑問に思っていたことを尋ねる。

*「さすがに 船の持ち主である アミットさんがいなくちゃ オレたちは漁にも出られないからな。」
*「船を貸してくれる アミットさんには みんな 感謝しているんだ。」

マリベル「あたしも 鼻が高いわね。こんな 立派な漁師たちから 慕われてるんだもの。」

少女が満面の笑みで言う。

ボルカノ「その一人娘である マリベルちゃんには みんな 頭があがらないってわけだ。わっはっは!」

*「なんてったって 将来の アミット婦人だからな!」

漁師たちは楽しそうに笑う。

マリベル「もうっ よしてよね そんな言い方……。」

対する少女は珍しく男たちの前でしおらしく体を捩っている。

サイード「そういうことでしたか。疑問が 解消しました。」

*「まあ 次の網元に変わっても おれたちは 安心して漁ができそうだけどな!」

*「ちげえねえ! がははははっ!」

そう言って今度は少年の顔を見て笑う。

アルス「へっ!?」

突然やり玉に挙げられ、少年は素っ頓狂な声を出す。

マリベル「ちょ ちょっと みんな……!」

サイード「なるほど とっくに 公認だったか。」

“我意を得たり”と言わんばかりに青年が目を見開いて頷く。

アルス「さ サイードまで!」

ボルカノ「おまえたち それくらいに しておけ。」

*「う ウスッ! ……くく。」

漁師頭の一言に返事こそするものの、漁師たちは相変わらずからかうように、生暖かい目で少女とその隣にいる少年を交互に見やっている。
374 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:35:28.16 ID:jh5nLVyG0

マリベル「ちょ…… っと なんとかしなさいよ この状況!」

少女が少年のわき腹を小突く。

アルス「そうは言われても……。」

ボルカノ「よーし そろそろ 準備にかかるぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」

気を聞かした船長の号令で船員たちが一斉に動き出す。



アルス「…………………。」



マリベル「…………………。」



取り残された少年と少女はなんとなく気まずい空気のまま沈黙していた。

アルス「……マリベル。」

マリベル「…何よ……。」

俯いたまま、呼び掛けに振り向きもせず少女は答える。

アルス「…ぼ ぼく もう準備にかかるね!」

マリベル「さ さっさと 行きなさいよ……!」

アルス「う うん また後で!」

そう言って少年も甲板の方へと走っていった。



マリベル「…………………。」



一人きりになった少女はしばらくそのまま立っていたが、
やがて足元に二匹の猫がやってくるとその顔を交互に見てはため息をつく。

マリベル「はあ〜……。もう あいつの顔 まともに 見れないじゃないの……。」

トパーズ「なう〜。」

*「にゃ〜。」

漁師たちのせいで自分の未来のことを再び思い返し今さらになって恥ずかしくなってきたらしい。
少女はしばらく猫を触りながらぼーっとしていたが、
慌ただしく準備する漁師たちに自分が置かれた状況を思い出させられ、自らも足早に手伝いに取り掛かるのだった。

375 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:36:51.94 ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「イカは ちゃんと 用意してあるか!」

太陽の照り付ける昼時、甲板では幹縄と枝縄の準備を終えた漁師たちが待機していた。

*「ウスっ!」

アルス「えっ いつの間に!?」

*「実はな クレージュで 漁場がここらにあるって聞いてたからよ。おまえたちが 砂漠にいる間に 釣り上げておいたってわけさ。」

驚く少年に漁師の一人が得意顔で答える。

アルス「そうだったんだ……。」

ボルカノ「きつい 仕事になるが 気合入れていけよ!」

アルス「はい!」

サイード「どれぐらい かかるんですか?」

ボルカノ「そうだな… 延縄漁業は エサ入れから回収まで 恐ろしく時間のかかる漁業だ。」
ボルカノ「場合にもよるが 大陸が復活する以前は 遠洋に出て 何か月も行うこともあったぜ。」
ボルカノ「だが 今となっては 近くに漁場が移ってきたからよ。短い期間で 釣ることができるようになったんだ。」
ボルカノ「今回は 時間もかけられないから 一日で終わるけどよ。
交代でやって エサ付けに二刻 エサ入れに二刻 しばらく滞在して二刻 回収に二刻 釣り上げた獲物の処理に数刻 とまあ こんな感じだな。」

サイード「かなり たいへんそうですね。」

ボルカノ「そうだな。今からだと 早くても 夜には なっちまうかもしれん。」
ボルカノ「お前さんにも 頑張ってもらわねえとな!」

船長が青年の肩に手を置いて奮い立たせる。

サイード「微力ながら 精一杯 やらせていただきます。」

ボルカノ「頼もしいぜ サイードくん。」
ボルカノ「アルスも 負けるんじゃねえぞ。」

アルス「わかってます 船長!」

負けじと少年も力強い返事で応える。

ボルカノ「それじゃ まず エサ付けなんだが お前たちは 今回は目でよく見て 覚えろ。」

アルス「手伝わなくても いいのですか?」

決意を新たにしたところへ拍子抜けする指示が入り思わず少年は目を丸くして尋ねる。

ボルカノ「エサ付けってのは 微妙なもんでよ。どれだけ イキの良いエサに見せられるかで 釣果が全然違うのよ。」
ボルカノ「…だから そう簡単に 任せるわけにはいかねえ。」
ボルカノ「何度も何度も 見て 頭に叩き込むんだ。」

アルス「わかりました。」

納得いったように少年は頷く。

ボルカノ「おーし お前ら エサ付け 始めるぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」

376 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:38:13.12 ID:jh5nLVyG0



*「よし これで最後だ!」



エサ付けと投げを終えた漁師たちは最後にエサを投げ入れた地点に目印を浮かべ、その場で船を泊めて休憩することになった。

*「ふい〜 ようやく終わったぜ。」

アルス「お疲れさまでした。」

*「よお 悪いな お先に 昼飯 食ってきちまったぜ。」

交代で先に昼食をとった銛番の男が甲板に上がってきて言う。

*「かまわねえよ どうせ 何人いたって 変わらねんだからな。」

*「おまえらも 早く 食ってこいよ! コック長たちが お待ちだぜ。」

サイード「はい。」

アルス「すいません 行ってきます。」

*「まったく アルスは 羨ましいぜ。」

アルス「え?」

不意に漁師の一人に呼び止められ、少年は不思議そうに振り返る。

*「おれなんて もう カミさんに会いたくて 仕方がないっていうのに……。」

アルス「は はあ……。」

サイード「何してるんだ アルス 早く 昼食をもらいに行くぞ。」

アルス「あ うん!」

思わぬ愚痴に困惑する少年だったが、青年の呼び声にその場を切り抜けそそくさと船室へと降りていってしまった。

*「くう〜 いいよなあ アルスは。毎日 マリベルおじょうさんの顔を 見られるんだからよ……。」

*「まあまあ そう言うなって。どうせ アイツも おまえと 同じようなこと 言うようになるんだから。」
*「それに 愛っていうのは 何も 毎日顔を合わせてるから いいってもんじゃあ ねえんだ。」
*「…おまえなら そんなの 言わなくてもわかるだろ?」

いなくなった少年に愚痴る漁師を諫めて銛番の男が言う。

*「そうだな…… 帰ったら しばらく カミさん おれに べったりだしなあ。」

*「少しくらい お互い 距離があるほうが 心の距離は 近づくってもんだ。へっへっへ!」

そう言って銛番は鼻の下を指の背でこすりながら笑うのだった。

377 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:38:50.40 ID:jh5nLVyG0

コック長「おお ようやく 来たか。」

一方の食堂では待ちわびたと言わんばかりに料理長が少年たちに声をかける。

*「どうやら これで 最後みたいですね。」

隣に立つ飯番の男もこれで洗い物ができると言いたげな表情をしている。

アルス「あれ マリベルは……。」

コック長「ん? マリベルおじょうさんなら ハンモックで お休みになっているぞ。」

アルス「そうですか。」

そう言って少年は閉じられた炊事場へ続く扉を見やる。

いつもであれば少年が食事をする時は必ず同席していた少女が、今日に限ってはいない。

アルス「…………………。」

先ほどの気まずい空気が原因なのかと少年は一人考え込む。

*「さあ はやく 食べちゃってくださいね。」

*「おう 悪ぃな。」

サイード「では 早速 いただくとしましょう。」

アルス「あ… いただきます!」

“考えていても仕方がない”

複雑な想いを抱えながらも、飯番に促され腹ペコの少年は漁師たちに混じって我先にと目の前の料理へ手を伸ばすのだった。

378 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:40:11.11 ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「そろそろだな……。」

日も傾き外気も涼しくなり始めた頃、しばらく海上で停泊していたアミット号は再び動き出した。

縄を引っ張り始める時間となったのだ。

ボルカノ「舵は任せたぞ。」

*「ウスっ!」

船のかじ取りを一人に任せ、漁師たちは船を緩やかに前進させながら少しずつ縄を手繰り寄せていく。
海に投げ入れたすべてを自らの腕で引いていかなければならないため、漁師たちにとっては大変な重労働だった。

*「それ引け!」

“ギシッ……”

木と縄の擦れる鈍い音が甲板に響く。

アルス「あれ? この感触……!」

サイード「100本はあるんだ。どれかにかかっていても おかしくはないはずだ!」

ボルカノ「気を抜くなよ! こいつは 時間との勝負だ!」

次の目的地のことを考えればそう長い時間漁を行っているわけにもいかない。

男たちは懸命に縄を引き、少しずつ重さの主を船へと寄せていった。
379 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:41:26.73 ID:jh5nLVyG0

マリベル「あ! あれ!」

いつの間にか加わってきた少女が指さす場所にはキラキラと輝く魚影が見え始めていた。

*「こいつは でかそうだぞっ!」

*「オレの出番だな。」

そう言うと銛番の男は鋭くとがった銛を構え、魚影を視線の先に捉え目を凝らす。

ボルカノ「よく 狙えよ。」

*「任せてくだせえ。」

少しずつ魚影は浮上していき、遂にその姿を水面に表す。

*「ここだっ!」

銛番は物凄い力でえらの部分に銛を突き立てると、柄から伸びた縄を引っ張り獲物が暴れないように力を籠める。

ボルカノ「よおし 引き揚げるんだ!」

*「うおおっ!」

サイード「なんて 巨体だ!」

アルス「ぐっ!」

優にひと一人分はあろうかというその巨体を男三人がかりで引き揚げていく。

ボルカノ「いいぞ! なかなかのサイズだ!」

マリベル「これは……! マグロね!」

ボルカノ「それも 一番高く売れる ノコギリマグロだ。」
ボルカノ「残りも どんどん 引き揚げろ!」
ボルカノ「マリベルちゃん さばくのを手伝ってくれるか?」

マリベル「え ええ!」

*「では いきますぜ。」

そう言って漁師の一人が言うと、太いナイフを使ってマグロの頭を貫く。

*「まず こうやって 完全に動きを止めるんです。」

ちょうど脊椎のある部分を切り裂くとマグロは大きく一度跳ねたきり動かなくなった。

*「それから 内臓を出していきます。普通の魚の何倍も堅いんで しっかり チカラを入れてやらなきゃ いけませんぜ。」

そう言って今度はえらの下からナイフを入れてこじ開け、中の臓物を一気に引っ張り出す。

*「普段は 市場に こっちしか出さないんですが 内臓も ちゃんと洗って 血抜きすれば うまいんですよ。」

マリベル「へえ……。でも なんだか 見た目が……。」

*「そのうち慣れますよ。」

マリベル「そ そうね……。」

いくら魔物たちを葬ってきた少女も目の前でこうして大きな生き物をばらしていくのはあまり気分がよくないのか、眉をひそめて口を閉ざす。

*「これも みんなが 食っていくためなんです。我慢してくだせえ。」

マリベル「…大丈夫よ。なれっこだから。」

380 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:43:25.74 ID:jh5nLVyG0

アルス「ふう… ふう……。」

サイード「これで 最後か……。」

*「はっはっは! お疲れさん 二人とも!」

ボルカノ「思った以上の 収穫だったな!」

トパーズ「…………………。」

いつの間にか甲板へやってきた三毛猫がばたつくマグロの匂いを嗅いでは引っ込み、嗅いでは引っ込みを繰り返している。

*「しかし 船長 これだけのもの 鮮度がもちますかね。」

*「次まではまだ かなり距離がありますぜ。」

甲板に並んだ獲物たちを見つめ漁師たちは腕を組んで唸る。

ボルカノ「それなんだよな。塩漬けにしちまうのは ちと 惜しいからな。」

マリベル「あら それなら 問題ないわよ。」

*「どういうことです? マリベルおじょうさん。」

マリベル「こうすれば いいのよ。」

[ マリベルは ヒャドを となえた! ]

*「おおっ!?」

少女が呪文を唱えると身の丈ほどもあろうかという氷の塊が目の前に現れ、漁師が思わず飛び退く。

マリベル「生モノは よく冷やせってね。これを割って砕いて 一緒にしておけば 明日までなら もつんじゃないかしら。」

ボルカノ「こ 氷……!」

マリベル「あ 違うわね。これ自体を 凍らしちゃえば いいのかしらね。」
マリベル「じゃあ 傷まないようにしたいものだけ あたしのところに 持ってきてちょうだい。」
マリベル「別に アルスでも できるけど。」

*「マリベルおじょうさんを 乗せた 恩恵が こんなところまで 出るとは……。」

ボルカノ「いや これはちと オレも 予想外だったかもしれん。」

漁師たちは目をまん丸にして口々に言う。

対する少女は得意な顔で尚も続ける。

マリベル「ああ でもそれなら なるべく 溶けないように 凍らせて さらに 氷で囲めばいいのかしらね。」
マリベル「あーあ どうして もっと早く 思いつかなかったのかしら。」

サイード「あいかわらず 規格外だな おまえたちは。」

ひっきりなしに顔を洗う猫たちをよそ目に青年が思ったままのことを言う。

アルス「なかなか 刺さる言葉だなあ。」

青年の呟きに対して目の前に置かれた数体のマグロを見つめながら少年はしみじみと言う。

ボルカノ「よーし 目的地までは まだまだある。船の速度を上げるぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」

船長の号令により漁師たちはそれまでゆっくりと航行していた船を再び風に乗らせて走らせる。



日は既に地平線に沈み、東の空にはほのかな光を放つ月が浮かび始めていた。


381 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:46:48.83 ID:jh5nLVyG0



*「むっ 霧が出てきたな……。」



それは真夜中過ぎのことだった。

昼間の温かさとは打って変わり急に辺りの空気が冷え込み、あれよあれよという間に漁船は霧の海に囲まれてしまったのだ。

*「ボルカノさん どうしやす!」

ボルカノ「少し速度を 落とすぞ。羅針盤を頼りに 進むんだ。」

*「ウスッ!」

アルス「…………………。」

ボルカノ「どうした アルス。浮かない顔だな。」

アルス「…ううん 何でもないんだ。」

ボルカノ「霧が不安なのか?」

アルス「そうじゃないんだ。ただ……。」

ボルカノ「……?」

アルス「この前みたいなことが 起きなければ いいんだけどね。」

少年の脳裏にはクレージュに到着する前に出くわした霧と謎の船の影が浮かんでいた。

“あの霧はいったいなんだったのか”

“あれはいったい何者だったのか”

考えたところで答えはでず、確かに父親の言うように募る不安はあった。
だがそれは進路が見通せないことからではなく、何者かがこの船を付け狙っているという危機感からくるものだったのだ。

ボルカノ「アルス お前 そろそろ 休憩の時間だぞ。いいのか?」

アルス「いいんだ 父さん。この霧が止むまで ぼくも ここにいるよ。徹夜は慣れてるから 心配しないで。」

ボルカノ「それなら いいんだが 体を壊すなよ?」

アルス「わかってる。」

父親に短く返すと少年は神経を張り詰めさせて辺りの様子をうかがうことに徹した。
まるで失われた世界での野営を思い出させるかのような感覚に、
少年の心にどこか高揚とも落胆とも言えない妙な感情が渦巻いていった。

ぎらつく眼差し、研ぎ澄まされた神経、冷えていく身体は氷のように固まり意識のある物質のように動かなくなる。

いつしかその腕は獲物の鞘に掛けられ、今にでも臨戦できる体勢となっていた。

ボルカノ「…………………。」

”ぼんやりとした眼差しに柔らかい表情”

そんな今まで家族の前で見せてきた顔からは想像もできない少年の姿に、
父親は“英雄”としての面影を見た気がしていた。

382 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:48:51.85 ID:jh5nLVyG0

ボルカ「むう……。」

いったいどれほどの時が流れたのだろうか。
空は霧に月の光を遮断され、今がいったい何時なのか、どれほどの距離を進んでいるのか、
岸との距離はどれほどなのか、徐々に船乗りたちの感覚を奪いつつあった。

*「船長!」

その時一人の漁師が叫び声をあげる。

ボルカノ「どうした!」

*「羅針盤が また……!」

アルス「っ…!」

漁師の言葉に少年の背に何かが走る。

アルス「まずい……!」

ボルカノ「船を泊めろ! 錨を下ろすんだ!」

*「アイアイ!」

すぐにその場で錨は降ろされ、霧の中漁船アミット号は再びその動きを止める。

ボルカノ「まいったな… 霧が晴れるまで 待つしかないか……。」
ボルカノ「オレの感覚じゃ まだ 大陸間は出てないはずだ。」
ボルカノ「霧が晴れれば どっちかの大陸が見えてくる! 焦るんじゃないぞ お前たち!」

*「「「ウスッ!」」」

船長の言葉に漁師たちは己の心を落ち着け、再び持ち場に戻ろうとした。

その時だった。





*「なんだ ありゃあ!」





突然一人の漁師が叫び声をあげる。

ボルカノ「どうした!」

漁師の指さす方向を、甲板にいた全員が目を凝らし見つめる。










その先に、それはいた。









383 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:50:34.98 ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「……!」

アルス「…来たか……。」

漁師たちが唖然とそれを見つめる中、少年だけは微動だにせずそちらの方を目だけで見やる。

*「あれは… 船なのか!?」

*「でかいぞ……!」

ボルカノ「なんなんだ あれは!」

*「このままだと こっちに来ますぜ!」

アルス「全速前進! ぼくが 風を起こして巻きます! 錨を上げて 帆を張ってください!」

ボルカノ「しかし アルス!」

アルス「急いで! 奴らは この船を狙っている!」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「わかった。お前たち! 今は アルスの指示に従え!」

*「「「ウスっ!」」」

漁師たちは返事をすると一斉に持ち場につき、少年の言ったとおりに船を動かし始める。


384 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:51:50.86 ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「それにしても あれは いったい何なんだ?」

アルス「幽霊船……。」

ボルカノ「なっ…!」

アルス「ハーメリアで 確かに ぼくは そう聞きました。」
アルス「そして この前の 不可解な霧と羅針盤の故障… その時も ぼくは あの船を見ました。」
アルス「……あれからは 途方もない 殺気が 漂ってきます。」
アルス「もし 追いつかれたら この船は ただじゃいられないでしょう。」

ボルカノ「しかし これ以上 船を進めると 進路がわからなくなるかもしれんぞ。」

アルス「父さんなら みんなの 命を優先させるはずです。それに ぼくには うみどりの目がある。大陸や 国の場所なら すぐにわかりますよ。」

ボルカノ「……信じていいんだな?」

アルス「ぼくを 誰だと思ってるんですか?」
アルス「エスタード一の漁師 ボルカノの一人息子 アルスですよ?」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「頼んだぞ! 息子よ!」

アルス「…はい!」

言葉を交わし終えると少年は船尾まで走り、力を籠めて強烈な追い風を起こし始める。

アルス「まだだ!」

[ アルスは バギクロスを となえた! ]

自らの船の周りに複数の竜巻を起こし、辺りの霧を一気に吹き飛ばす。

*「ぬおっ!」

*「うわわわ!」

突如として吹き荒れる強風の嵐に漁師たちは身をかがめて堪える。
だが少年の巻き起こした風の影響で辺りの視界は少しだけ晴れ、追ってくる船の全容がなんとか一望できるようになった。

ボルカノ「なんて でかさだ……!」

*「マール・デ・ドラゴーンよりかは 小さいけどよ…… ありゃ 間違いなく戦艦だぜ!」

漁師たちはその大きさに肝を抜かし、みるみる顔を青くしていく。

アルス「みなさん これから ぼくは あの船を迎え撃ちます。」
アルス「万が一のことが ありますので 手の空いている人は 船室に 避難していてください!

そんな中少年は船員たちに再び指示を与え、自らの出陣を宣言する。

ボルカノ「マリベルちゃんは どうする。」

アルス「彼女には この船に残って ここを守ってもらいます。」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「何か 伝えておくことは あるか?」



アルス「…………………。」
アルス「きみを信じると そう 伝えておいてください。」



父親の言葉に少年は一言、力強い目で言伝を預ける。

ボルカノ「…わかった。」

アルス「行ってきます!」

少年は袋の中から例の絨毯を取り出して広げると、あっという間にそれに乗って戦艦の方へと飛んで行ってしまった。

ボルカノ「頼んだぞ 息子よ!」

遠ざかる背に向かって父親が思い切り叫ぶ。

少年は振り返らず片腕を上げてそれに応えて見せた。



霧の中で一瞬だけ見えた空は、灰色の雲に覆われていた。

385 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:53:17.95 ID:jh5nLVyG0

アルス「これが… 幽霊船か……。」

少年の目の前に姿を現したのはやはりハーメリアで噂に聞いた幽霊船だった。

否、詳細については聞いてはいなかったが実際にこうして目の前にした時、少年にはそれが他の何者以外でもないと確信できたのだ。

ボロボロに朽ちた船体。折れたマスト。ところどころ穴の開いた帆。割れた大砲に無造作に転がる玉や武器。

それは見紛う事なき幽霊船だった。

アルス「ひどいな……。」

しばらく甲板の上を回っていた少年だったが、やがてあることに気が付く。

アルス「人の気配がない…。少なくとも 甲板には 誰もいないな……。」

そう、船は進んでいるのに甲板には誰一人として作業に当たる“乗組員”がいないのだった。

一度船内に戻ったのだろうか。

否、普通の船であれば必ず甲板に見張りや作業員を残すはずであった。


“何かがおかしい”


アルス「罠…か。」

それでも少年はこの正体不明の船の正体を突き止めるべく、その船上へと降り立ったのであった。

アルス「何も起こらない……。」

人どころか生き物の気配すら感じない。

それだのに漂ってくる不快な雰囲気。刺すような視線。浴びせられるような殺気。

常人であれば気付かないであろうそれを少年はひしひしと感じていた。

アルス「誰もいないのに 動いているのか?」

独りでに回り続ける舵輪。ゆらゆらと頼りなく揺れる帆。どこからともなく聞こえる金属を引きずる音。

不気味にもまるで人がひっきりなしに働いているような状況に少年は思わずゾッとする。


その時だった。



“キィ……”



アルス「っ…!」

木材の軋みと共に何かが開かれるような音がした。

アルス「なんだ……?」

音の正体は扉だった。

甲板から船室へと続く扉が勝手に開いていたのだ。

*「…………………。」

やはり人の気配はない。

アルス「降りてこい というのか。」

ポツリと少年は呟く。

その扉は少年を誘うように辺りの空気を吸い込み、室内へと吹き込ませていた。

アルス「…いいだろう。」

そう残して少年はゆっくりと階段を降りていく。





少年が階下へと降りたのを確認したかのように、扉は音もたてずに閉じられたのだった。

386 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:57:00.47 ID:jh5nLVyG0

マリベル「ボルカノおじさま! 表はどうなってるの?」

一方漁船アミット号の船内では船長によって乗組員に対して状況説明が行われていた。

ボルカノ「落ち着いて聞いてくれ みんな。今 オレたちは 謎の巨大船に 付け狙われている。」

*「あんな 不気味な船は 今まで 見たことがねえ!」

*「ありゃ 本当に 幽霊船に ちげえねえぜ!」

マリベル「上は大丈夫なの?」

漁師たちの間を縫って少女が問う。

ボルカノ「とりあえず 追い風を使って 全速で 逃げている。」
ボルカノ「船員たちに 被害はないぜ。」

マリベル「そう……。」

ボルカノ「ただ アルスが……。」

マリベル「…あいつに 何かあったのっ!?」

ボルカノ「落ちつけ マリベルちゃん。」
ボルカノ「あいつは 一人で あの船に乗り込んでいった。」

マリベル「何ですって……!」

ボルカノ「マリベルちゃんには ここに残って 万が一の事態に備えて欲しいと 言っていた。」

マリベル「あ あたしも 行くわ!」

ボルカノ「マリベルちゃん! ……あいつからの 伝言だ。」

マリベル「え な 何ですか?」

ボルカノ「……きみを信じる だとよ。」
ボルカノ「さて 報告は以上だ。あぶねえから 各員 甲板には出ないようにな!」

コック長「わしらが 出て行ったところで 足手まといになるだけですからな。」

*「ぶるぶるぶる……。」

*「ボルカノさん! 上の奴らが疲れたら すぐに交代しますぜ!」

サイード「いざとなれば おれも戦います。」

ボルカノ「助かるぜ。それまで カラダを休めておいてくれ。」
ボルカノ「それじゃ また後でな!」

*「「「ウスッ!」」」

そうして船長は再び甲板へと戻っていった。

後に残された料理人や乗組員たちは不測の事態に備えるために思い思いの準備に取り掛かる。

サイード「こんなところで くたばるわけにはいかん。全力で迎え撃ってやる。」

青年は体を伸ばして戦闘に備えている。

コック長「いつ 衝撃が来てもいいように 食材をまた固定しておくぞ。」

*「はいっ!」

料理人たちは自分たちの持ち場を守ろうと動き出す。

*「今日は また 銛が活躍するかもな……。」

銛番の男は立てかけてある銛を手に取りその刃を磨き始める。



マリベル「…………………。」



少女は。



マリベル「どうしろってのよ……。」


387 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 19:58:45.00 ID:jh5nLVyG0

少女は葛藤していた。

マリベル「万が一の事態ですって? それって この船に 敵が乗り込んできた時よね……?」

相手が賊であればそうなることは想像がついた。
海戦など魔物相手にしかやったことはないが、少女にも自分がどう立ち回るべきかはわかっていた。

マリベル「でも その船って 幽霊船なのよね……。」

問題は相手が幽霊船であるということだった。

相手の出方がまったく想像つかない。

大砲を使ってくるのか、本当に幽霊が飛んでくるのか、未知の相手なだけに嫌な想像ばかりが膨らんでいく。

マリベル「…………………。」
マリベル「自分の目で 確かめるしか なさそうね。」

そう思い立つと少女は人目をはばかり作業着に着替え、自らも甲板を目指して走り出した。

サイード「待て どこへ行く!」

少女の姿を見つけた青年がその腕を掴む。

マリベル「決まってるじゃない あたしも見に行くの!」

サイード「おまえは ここを守るんじゃなかったのか?」

マリベル「なんにせよ 自分の目で見ないと 良い作戦も 思いつかないわよ!」
マリベル「それじゃ ネコちゃんたちを 頼んだわよ!」

サイード「あ コラ!」

青年を振り切り少女は上がっていってしまった。

サイード「まったく。」

*「ううう……!」

トパーズ「あう〜……!」

サイード「おまえたち どこかに隠れていろ。おれが なんとかしてやる。」

猫たちの頭をふわりと撫で、青年もまた甲板へと走り出すのだった。


388 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:00:21.62 ID:jh5nLVyG0

マリベル「ボルカノおじさま! 船はっ!?」

甲板へ飛び出した少女は指揮を執る船長に向かって叫ぶ。

ボルカノ「マリベルちゃん! あそこだ!」

船長の指さす方には薄気味悪く軋む音を鳴らしながらこちらへ接近してくる戦艦の姿があった。

マリベル「なんて 大きさなの…!」

ボルカノ「今のところ こっちに被害はないが 追い風をもらっても 少しだけ 向こうの方が早いと来た!」
ボルカノ「このままじゃ いつまで もつか分からんぞ!」

マリベル「わかったわ!」
マリベル「ほら そこどいて!」

*「マリベルおじょうさん 何をするんです?」

マリベル「決まってるじゃない! 足止めよ!」
マリベル「すううう…… はああああっ!」

少女はいつか魔物の群れを足止めしようとしたように、全身に凍気を纏い全身を震わせると、冷たく輝く息を吐きだした。

*「見ろ! 海面が凍っていくぞ!」

マリベル「海面どころじゃないわよ! ひと 二人分は 下まで凍ったんじゃないかしら?」
マリベル「どれだけ もつか分からないけど やらないよりは マシだわよ!」

ボルカノ「なんて 凄まじい冷気だ……!」

マリベル「ボルカノおじさま! アルスが 乗り込んでから どれくらい 経ったの!?」

ボルカノ「……わからない。」

マリベル「…………………。」
マリベル「なにやってるのよ アルス……!」

少女が見つめる後方の船は相も変わらずなんの動きもなく、中で何が起きているのか窺うことはできない。

“彼は無事なのか”

そんな不安が徐々に少女の心を染め上げていく。

389 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:03:25.60 ID:jh5nLVyG0

アルス「誰もいない…か。」

少年は船内を歩き続けていた。
落ちていた木材を使って松明をあしらえ灯りのない船内をどうにか散策するも、怪しい影はおろか音すら響かない。

見えるのは長い年月のうちに朽ち果てた道具や蜘蛛の巣だけ。

聞こえるのは自らの息遣いと朽ち木を踏み鳴らす足音だけ。

アルス「この船はいったい……。」

*「…け………。」

アルス「誰だ!」

突如聞こえてきた声に振り返るもそこには誰もいない。

*「…い…け……。」

アルス「…………………。」

再び聞こえた声は心なしか先ほどよりも大きく聞こえた。

*「い…… おい…け……。」

アルス「……っ。」

次第に輪郭を帯びる声に少年は次に浴びせられるであろう言葉を察して獲物を構える。



*「おいてけ。」



*「いのち おいてけ。」



アルス「うわっ!」



咄嗟に少年は飛び退く。

真後ろを振り返ればそこには湾曲した剣が突き刺さっていた。

アルス「何者だ!」

*「おいてけ……。」

*「いのち おいてけ……。」

*「おれ…ち の …のち お…てけ……。」

声の数はあっという間に増えていく。

アルス「……!」


390 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:05:44.45 ID:jh5nLVyG0

いつしか少年の周りはドクロで埋め尽くされていた。

今まで見えなかったはずのそれらは一瞬の間に少年を取り囲み、表情のない顔でニタニタと笑っていた。

あるいは泣いているのかもしれない。

少年にはどちらとも見えていた。

*「カエセ。」

*「おれたちの いのち。」

*「おまえの いのち。」

*「カエセ。」

壊れた人形のようにそれらは同じような言葉を繰り返している。

アルス「おまえたちは いったい 何者だ!」

*「おまえの いのち。」

*「カエセ。」

*「オウジ……。」

*「かえせ。」

*「まもの。」

*「おれたちの……。」

アルス「話にならないか……。」





*「ガ …カタタタタ……。」




391 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:07:47.82 ID:jh5nLVyG0

そう少年が呟いた時、一体が突然体を震わせ始める。

*「カタタ… カタカタカタ……。」

*「カタ… ガタガタ… カタ……。」

死霊たちの嘆きの声だったのだろうか。

それらはまるで骨を楽器のように震わせ何かの合図を送り合っているようでもあった。

アルス「なんだ……!」
アルス「…っ!」

骸骨たちが骨を震わせている間にもどこからともなく次々と不規則な斬撃が振り下ろされていく。

それを必死にかわしながら少年は暗闇の中で目を凝らす。



アルス「これは…!」



ただの骸骨だと思っていたそれらは様々な身なりをしていた。
兵士の姿をした者。何の変哲もない町人の姿をした者。貴族のような恰好をした者。使用人の姿をした者。

その光景に少年は思わず喉を鳴らす。

アルス「あなたたちは……。」

少年には彼らがただの魔物には見えなかった。

*「カエシテ。」

*「ヨルナ。」

*「ころす。」

*「いのち おいてけ。」

アルス「…………………。」

口々に言う言葉を一つずつ丁寧に拾っていく。



アルス「あなたたちは まさか…っ!?」



そして少年の中にある仮説が生まれた。



*「ガアア!」



少年が再び問いかけようとした矢先に再び兵士の恰好をした骸骨が少年に刃を振り下ろす。

先ほどとは違いどことなく洗練された動きはそれがかつて本物の兵士であったかのような感覚を少年に与えていく。

*「カエセ。」

*「イノチ かえせ。」

アルス「やめてくれ! あなたたちとは 戦いたくない!」

少年はどこか確信した様子で骸骨たちに語り掛けるも、その声は虚ろな言葉にかき消されていく。



アルス「まずいな……。」



止まることのない斬撃と鳴りやまぬ呪詛に少年は静かに、確実に焦りを覚えていた。

392 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:18:21.83 ID:jh5nLVyG0

*「船長! やつら 氷を砕いてきやがりますぜ!」

一方、海上では尚も静かな争いが繰り広げられていた。

ボルカノ「やはり ダメか……。」

少女が張り巡らせた氷の結界は幽霊船の衝角によって少しずつ、確実に砕かれていっていた。

マリベル「大丈夫よ ボルカノおじさま。また 近場から凍らせていってやるんだから!」

焦る船員に対して少女は気丈に振舞う。
少年のいない今、この船の命運は彼女にかかっているといっても差し支えなかったからだ。

マリベル「いざとなったら 船に直接攻撃するわ。だから 安心してちょうだい!」

*「う ウス!」

甲板いっぱいに少女が叫ぶと、それに呼応して漁師たちもなんとか士気を取り戻し再び持ち場へと戻っていく。

自分よりいくつも年下の少女が恐れをなさずに脅威へと立ち向かおうとしているのに
海の男を自負する己たちが弱気になっているわけにはいかない。

そんな自分への戒めが船員たちを奮い立たせていく。

サイード「……見ろっ!」

そうした中、険しい顔の青年が相手の船の辺りを指して叫ぶ。

ボルカノ「……!」

船員たちが再び顔を向けると、そこにはにわかに信じがたい光景が広がっていた。



*「ウケケケ!」



*「うひょひょ……!」



*「ギャホ〜ウ!」



それまで何も乗っていないと思われた幽霊船の甲板へ向かって、何かが海面から飛び出し這い上がっていく。

*「ななな なんだ ありゃ!」

*「人間なのか!?」

体には横じまの入った服、頭には赤い布。

それらは一見ヒトのようでもあった。

しかし、漁師の見当は外れていた。

およそ人とはかけ離れた黄色い体色に頬まで裂けた大きな口。

そして何よりも殺意の結晶である湾曲した剣。

マリベル「……デスパイレーツ。」

ボルカノ「知ってるのか マリベルちゃん!」

マリベル「海賊の魔物よ。いったい 今まで どこにいたって言うのよ……!」

サイード「船室へ入っていくぞ!」

ボルカノ「あの 中には アルスがいるんじゃねえのかっ!?」

*「どんどん 増えていきやすぜ!」

*「こ こっちにも 向かってきます!」

見れば海賊の姿をした魔物は瞬く間に数を増やし、
優に二十を超える数が船の前進と共に氷の上を真っすぐアミット号目がけて疾走してきたのだった。

サイード「来るか……!」

青年は来るべき時に備えて獲物を構える。

393 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:20:11.08 ID:jh5nLVyG0



マリベル「サイード。ここを任していいかしら。」



それまでじっと船の方を見ていた少女が不意に青年に語り掛ける。

サイード「おい! どこに行く気だ!」

船尾の淵から身を乗り出そうとする少女に青年が叫ぶ。

マリベル「あたしは アルスのところに行くわ。」
マリベル「乗り合わせのあんたに こんなこと頼むのも おこがましいとは 思うけどさ。」
マリベル「どっちも あたしの 大切な 人たちなの。守ってくれないかしら。」

ボルカノ「マリベルちゃん 行くんだな?」

マリベル「ええ ボルカノおじさま。必ず 生きて帰ってきますわ。」

ボルカノ「…わかった。オレたちのことは 心配しなくていい。頼もしい 用心棒がいるからな。」

そう言って船長は隣に立つ青年を横目に言う。

サイード「ふっ……。」
サイード「乗り掛かった舟だ。この サイード 責任もって お守り通そう。」
サイード「だから おまえは 存分に暴れてくるといい。」

諦めたようにため息をつくと、青年は苦笑いして少女を後押しする。

マリベル「ありがとっ! やっぱり あんた いいやつね。」

サイード「調子のいいやつだ。さっさと行け。」

青年の憎まれ口を聞き流し少女は氷の道へと体を下ろす。
ひたすら真っすぐに幽霊船へといざなうその道は透明に輝き荒れる波をものともせず、
まるでここが海の上であるということを忘れさせるかのようであった。

マリベル「さーて 渡れるものなら 渡ってごらんなさい。」

そう言うと少女は腰に下げた唯一無比の鞭を取り出し自分の後方を叩きつける。

サイード「な……!」

少女は漁船へと続く氷の道を粉々に砕いてしまったのだ。

自らの退路を断つことで魔物もそれ以上簡単に船へは近づけないようにと。

マリベル「さ これでいいわ。」
マリベル「どっからでもかかってきなさい! …とは言っても あんたたちの 相手をしている暇は ないんだけどね!」

そう言って少女は氷の道を、立ちふさがる魔物たちをなぎ倒しながら全速力で進んでいく。



少年のいる幽霊船まではあと数百歩の距離だった。


394 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:21:41.56 ID:jh5nLVyG0

アルス「くっ……!」

少女がこちらに向かってくる最中も幽霊船の中では激闘が繰り広げられていた。

*「うきょきょきょ!」

*「ウケケケ!」

*「ヒャッホホホ!」

骸骨たちの合唱が止まったと思った矢先に今度は甲板の方から次々と魔物がなだれ込んでくる。

切り捨てても切り捨てても湧いて出るそれらに少年も少しずつ疲労を覚えていた。

アルス「いったい 何体 いるっていうんだ!」

少年を狙うのは魔物だけではなかった。

鋭い剣技を放つ骸骨の兵士。
どこからともなく飛んでくるしゃれこうべを貫いた不気味な刃物の嵐。
鳴りやまぬ呪詛の言葉の雨。

どれもこれもが少年を追い詰めようと執拗に畳みかけてきた。

アルス「はあっ!」

さしもの少年も自分の劣勢を感じずにはいられなかった。

*「カエセ……。」

*「オレタチノ イノチ……。」

*「ころせ。」

*「コロセ。」

アルス「き 切りがない!」

なんとか状況を打開しようと少年が甲板へと戻ろうとした時だった。





アルス「うわあっ!」





マリベル「あ アルス!」




395 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:23:05.61 ID:jh5nLVyG0

突然現れた少女に思わず少年が固まる。

アルス「あ ま マリベル…?」

マリベル「アルス 後ろ!」

アルス「…っ!」

少女の声に我に返り身を翻すと、少年は振り下ろされた斬撃に己の獲物で応えてみせる。

アルス「マリベルっ… どうしてここに!」

マリベル「デスパイレーツが わんさか 現れたから 助太刀に来たのよ!」

刃を返して相手を切り裂く少年の背中に少女が答える。

アルス「船は… みんなは どうしたんだっ!?」

マリベル「あれぐらいなら サイード一人で十分よ。それより さっさと こいつらの親玉を 叩く方が 先よ!」

アルス「……親玉?」
アルス「…………………。」

マリベル「どうしたのよ?」

少年は少女の言葉に何か思い当たる節があったようで、目の前の敵を見据えたまま少しの間を黙りこくる。

アルス「マリベル きっとこの奥に この人たちを 操っている元凶が いるはずなんだ。」

マリベル「この人たち……?」
マリベル「……っ!」

396 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:24:47.79 ID:jh5nLVyG0

少年の言葉に戸惑う少女だったが、少年の背中越しに見える様々なドクロの姿にそれが何なのかを悟り思わず絶句する。

マリベル「これって……。」

アルス「うん。この人たちは 死んでもなお 魔物に操られている 人間たちなんだ!」

マリベル「まさか グラコスみたいな 奴がいるってこと?」

アルス「わからない。でも あの グラコス5世が こんなことをするとは 思えない。」
アルス「きっと 別の何かが この船に潜んでいるに違いないんだ。」

マリベル「じゃあ そいつを 叩けば……!」

アルス「おそらく……!」
アルス「くッ!」

再び振り下ろされた斬撃を少年が受け止める。

アルス「とにかくっ! このままじゃジリ貧だ! なんとかして こいつらを突破しないと!」

マリベル「はッ!」

少年とつばぜり合いをする魔物を少女が鞭で吹き飛ばす。

マリベル「…………………。」

そしてそのまま少年の前に立つと背中越しに少年に語り掛ける。

マリベル「ここはあたしが 喰いとめておくから あんたは 親玉を倒してきちゃいなさいよ。」

アルス「そんなっ! きみを一人 残していけ……!」

マリベル「きみを信じるって。……そう言ったのは 誰だったかしら?」

アルス「…っ!」

言葉を失う少年を尻目に少女は敵を退けながら言う。

マリベル「あたしを 誰だと思ってるのよ?」
マリベル「世界一の 美少女にして 世界最強の英雄……。」
マリベル「そしてあんたの パートナー! マリベルさまよ!」

アルス「…………………。」
アルス「一つ 約束してくれ。」

マリベル「なによ。」

アルス「必ず 二人で 生きて帰るって!」

マリベル「…………………。」
マリベル「その言葉 あんたに そっくりそのまま 返すわ!」

アルス「…はっ ハハハ……!」

マリベル「うふふっ! あははは……!」

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「…行ってくる。」

マリベル「いってらっしゃい アルス。」

アルス「うん!」

最後に短い挨拶をかわし、少年は蠢く骸骨の山を掻き分け船室の奥へと走り出した。



マリベル「負けないで。」



少年の背を見送り、少女は唸り声を上げる魔物と骸骨の群れを相手に再び己の獲物を握り直すのだった。


397 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:26:32.05 ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「今のところ こっちに魔物は来てないみたいだな。」

アミット号の上では船員たちが静まり返る幽霊船を見つめていた。

サイード「きっと 二人が 注意を引き付けてくれているからでしょう。」

*「船長! こっちに 異常はありません!」

ボルカノ「わかった! 引き続き 全速で進むぞ!」

*「わかりやした!」

船員の報告に答えると、船長は再びかなたに見える正体不明の船を見据える。

ボルカノ「いったい 中は どうなっているんだろうな。」

サイード「あの 魔物どもの恰好を見るに あれは 海賊船か 何かなんでしょうか。」

ボルカノ「…あれは戦艦だが どうも 帆に描かれた印は そういう 賊っぽい感じには見えねえんだ。」

サイード「確かに 不吉な感じは 見受けられませんね。だとすると あれはいったい……。」

ボルカノ「わからん。だが 二人とも 甲板に出てこないところを見ると 一筋縄ではいかない 連中のようだ。」

サイード「…アルス マリベル 無事でいろよ……!」

“いったいあそこでは何が起こっているのか”

青年は大事な仲間の、船長は二人の子どもの無事を願い、吹き荒れる風の向こうをじっと見つめるのだった。


398 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:28:21.82 ID:jh5nLVyG0

アルス「ここは……。」

少女と別れた少年は船の奥の奥、最後の扉を開けて中の様子をうかがう。

アルス「…………………。」

暗闇に目を凝らし辺りを探るとそこはかなり広い部屋のようだった。

中央に置かれた横長の机。端に備えられた巨大なベッド。横たわった大きな化粧台。床を転がる酒瓶に上等な絨毯。

どうやらここは高貴な身分の者が使っていた部屋のようだった。

*「…ふ……。」

アルス「…っ!」

*「ぐふふふ……。」

アルス「誰だ!」

*「まさか この船に乗り込んでくるどころか あれを 突破してくるとはな。」

アルス「おまえは……。」

暗闇の中、部屋の一番奥から聞こえる低く呻くような醜い声、赤黒く光る二つの点が、少しずつ少年の方へと近づいてくる。

*「おどろいたぞ ニンゲンよ。」

少年の持つ松明に照らされその全容が少しずつ明らかになっていく。

*「イきた ニンゲンと チョクセツあうのは ナンびゃくねんぶりだろうか。」

上にいた者たちと同じような骸骨の身体。それも人間の比ではないような強靭な骨格。
体にまとう横じまの服、血のこびりついた鋭い獲物。

アルス「おまえは… デッドセーラーか!」

唯一普通のそれと違う点を挙げるとすれば、
それは頭につけているのが船乗りによく見る赤いバンダナではなく
海賊の長のようなキャプテンハットであることだった。

*「でっどせ〜ら〜?」
*「ショセン そんなものは マオウや ニンゲンが カッテにつけたナよ。」

気にくわないとでも言いたげに船乗りの恰好をした魔物は少年に返す。

*「オレサマに ナマエなんてない。 あるのは コロしとリャクダツのヨクだけだ。」
*「グフフフ……! メイレイをむししてた おかげで マオウには くらいウミのソコに フウインされちまったがな。」
*「…どういうワケか しらんが フウインが とけた。」
*「グフフフ… グフ グフフ……。」

楽し気にドクロが嗤う。

アルス「上にいた人たちは 何なんだ!」

*「ぐふふ… やつらは オレサマが フウインされるマエに コロシテやった クニのニンゲンよ……。ナンニンかには ニゲラレちまったがな。」

アルス「やはりか……。」

少年の頭にあった仮説はあっさりと証明されてしまった。

アルス「どうして ぼくらを 付け狙う!」

*「トある カタに イライ されてナ……。」
*「…クック…… オマエたちも アイツラのナカマいりだ……。」

アルス「そんなことは させない……!」

少年は覚悟を決め自らの獲物を構える。

アルス「ハッ!」




*「ギャー!」




魔物とは不釣り合いな甲高い叫び声が上がった。


399 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:29:56.90 ID:jh5nLVyG0

アルス「…っ!」

素早く走り込み魔物の腕を切りつけようとする少年の行く手を、いつの間にか現れた婦人姿の骸骨が阻む。

*「ヤメテ…。」

*「ドウシタ テがトマッテいるぞ。グフフフ……。」

アルス「卑怯者め……!」

*「コロサナイデ…。」

*「やめてくれ。」

*「コロセ コロセ。」

骸骨たちは次々と現れ、少年の方へ向かってじりじりとにじり寄ってくる。

アルス「来るな! ぼくは あなたたちを 助けに来たんだ!」

*「グフフフ…… ムダナことよ。」
*「ソイツらに イシはない。ショセン オレサマのあやつりにんぎょうだ。」

魔物は呪いの力を使い、上の部屋にいたはずの骸骨たちを自らの盾として呼び寄せたのだった。

アルス「ぐ……。」

“打開策はないものか”

少年が、そう模索していた時だった。



マリベル「アルス!」



アルス「マリベル!」

少女が少年の後を追いかけてきた。

マリベル「どうなってるの? 急に骸骨たちがいな……なななっ!」



アルス「危ない!」



マリベル「……っ!?」


400 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:31:55.94 ID:jh5nLVyG0

目の前に広がる光景に一瞬反応が遅れた少女を抱えて少年が飛び引く。
その跡にはまたも鋭利な刃物が突き刺さっていた。

アルス「ケガはっ?」

マリベル「…大丈夫よ。それにしても これは いったい……。」

アルス「あいつだ。」

そう言って少年は部屋の奥で椅子に腰かけて笑う一際大きな骸骨の化け物を指差す。

アルス「あいつが この人たちを殺し ここに縛り付けているんだ。」

マリベル「じゃあ あいつを ぶちのめせば 解決ってわけね!」

アルス「うん。でも……。」

*「アア……。」

*「カエセ。」

*「かえして。」

*「イタイヨ……。」

マリベル「…この人たちを なんとか しなければと?」

アルス「……うん。」

マリベル「甘いわよ アルス! 下手をすると こっちが やられちゃうわ!」

アルス「でも!」

マリベル「この人たちは とっくに死んでるのよ! だったら さっさと あいつを倒して ここから解放してあげるのが先よ!」

*「イけ オマエたち。」

*「アアア!」

*「オオオゥ!」

アルス「ぐっ……!」

振り下ろされる斬撃を避けながら少年は葛藤する。

マリベル「やるのよ アルス! あたしたちが やらなくて 誰がやるの!」

*「コロセ。」

*「ウウウ…。」

マリベル「アルスっ!!」



アルス「…っおおおおおお!」



少年はとびかかる骸骨を蹴飛ばし、目の前に向かって風の刃を放つ。

*「ギャアア!」

*「たすけて……。」

*「イタイ… イタイヨ…!」

アルス「許せ!」

*「ほお ここまでクルか。」



マリベル「よそ見してんじゃないわよ。」



*「グオ…!?」


401 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:33:03.77 ID:jh5nLVyG0

声の方に振り向く間もなく胴体が締め上げられ、魔物は床に叩きつけられる。

*「コシャクな!」

水兵の魔物は持っていた斧を思い切り少女に向かって投げつける。

マリベル「キャっ!」
マリベル「あぶないわね!」

間一髪でそれをかわし、鞭を拾い上げながら相手の懐を目がけて思い切り膝を蹴り上げる。

*「グう……!」
*「ふんっ!」

蹴り上げた足をそのまま腕で掴まれ、少女は空中に放り出される。

マリベル「えっ きゃ〜!」

*「クラエ!」

[ デッドセーラーは こごえる ふぶきを はいた! ]

マリベル「ああっ! …ぐううう……!」

空中で体勢を整えられぬまま、少女は相手の息吹をもろに受けて床に転げる。

アルス「マリベル!」
アルス「…これでも 受けてみろ!!」

[ アルスは ばくれつけんを はなった! ]

少年は魔物の背に回り込むとその身を目がけて目にも止まらぬ速さで連打を与えていく。

*「グオオオ!」

あまりの威力にたまらず化け物は前によろけて手足を床に付ける。

マリベル「これで 終わりよ!」

*「ガッ! っ……!」

そこへすかさず立ち上がった少女がグリンガムの鞭を振るい、無防備となった骸骨の頭を弾き飛ばす。



そのまま魔物の身体は崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。


402 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:33:51.09 ID:jh5nLVyG0

マリベル「…やった!」

アルス「マリベル! 体は……!」

歓声をあげる少女に少年が駆け寄りその身を案じる。

マリベル「これくらい 平気よ!」
マリベル「ベホイミ!」

さっと体を一撫ですると冷え切った少女の身体は熱を取り戻し、擦りむいた傷もすっかり塞がってしまった。

マリベル「骸骨たちは…… 動かないわね。」

*「…………………。」

少女の言う通り、少年の起こした真空波により床に転がった骸骨たちはそれっきり沈黙したままだった。

アルス「…終わったのかな?」

マリベル「さあね。それより外の様子が心配だわ。こんなところ さっさと出……。」










アルス「あぶないっ!!」









403 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:35:26.94 ID:jh5nLVyG0



サイード「むっ?」



魔物の襲撃に備え身を構えていた青年が何かを察知し顔を上げる。

サイード「見てください! 船が!」

*「沈んでいく……。」

*「ふ ふたりとも どうしちまったんだッ!?」

*「まさか やられたり してないだろうな……!」

ボルカノ「…………………。」

船員が口々に言う中、船長だけは黙ったままじっと沈みゆく幽霊船を見つめていた。

*「このままじゃ 二人とも 海の藻屑になっちまう!」

サイード「仕方がない ここはおれが……!」

ボルカノ「待つんだっ!

サイード「っ……!」

海へ飛びこもうとする青年を少年の父親が制する。

ボルカノ「帰ってくる!」
ボルカノ「…信じるんだ。あの二人を。」

父親は振り返りもせず、乗組員に言葉を投げかける。
有無を言わさぬが、自身に満ち溢れた父親の力強い言葉に思わずその場の誰もが動きを止め、再び船を見つめる。

だが、遂に船は船首を残してすべて沈んでしまった。

ボルカノ「アルス… マリベルちゃん……。」

父親の顔が険しくなり、誰しもがあきらめを覚え始めていた。

その時だった。



サイード「あれは!」





*「……ーーい!」




404 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:38:51.75 ID:jh5nLVyG0

青年の見つめる先には空飛ぶ絨毯に乗った人影があった。

*「まさか!」

*「間違いねえ!」



マリベル「おーーい!」



ボルカノ「マリベルちゃん!」

それは間違いなく誰もが待ち望んだ瞬間だった。

マリベル「おーい! おーーい!」

絨毯に乗った少女がこちらに大手を振って叫んでいる。

彼らは無事に脱出できたのだ。

マリベル「ふー…… た ただいま……。」

*「うおおおお!」

*「帰ってきた! ちゃんと帰ってきたぞ!」

*「ばんざーい!」

アミット号の上まで戻ってきた少女を見て漁師たちは一斉に歓声を上げる。

ボルカノ「アルスは……! アルスはどうした!」

しかし少年の父親は違った。

その目で確かめるまで素直に喜ぶことができなかったのだ。



マリベル「ボルカノおじさま…… アルスが… アルスが……!」



安堵の表情を浮かべていた少女は一転して泣き出しそうな顔に変わってしまった。

その理由は少女が絨毯を甲板に下ろしたときに明らかとなった。



アルス「…………………。」



少年は少女に抱きかかえられていた。



ボルカノ「アルスは どうしちまったんだ!」

マリベル「それが… 目を覚まさないの……!」










それは、一瞬のできごとだった。


405 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:41:27.06 ID:jh5nLVyG0





アルス「あぶないっ!!」





マリベル「へっ!?」

少女はいつの間にか少年に思い切り突き飛ばされ横になっていた。

マリベル「あたた……。」
マリベル「な 何が…。」
マリベル「……!?」

*「グフフフ…… ツカマえたぞ。」

*「オオオ……。」

*「イノチ……。」

*「いのちだ。」

*「カエセ……。」

アルス「ぐあああ!」

少女が振り返ると少年は先ほど倒したはずの魔物に首を掴まれ宙に浮いていた。

少年の腹部には深々と斧が突き刺さりおびただしい量の血が滴り、
その周りを取り囲むように、少年の身体をむさぼるかのように骸骨たちが群がっている。



マリベル「アルス!」



アルス「クるなあああっ……!!」



マリベル「……っ!」

少年の絶叫により少女は動きを止める。

*「もう オソイ。」

アルス「がっ……。」

魔物が手を放すと少年は力なく床に横たえ、その体は骸骨たちに阻まれ見えなくなってしまった。

マリベル「う うそ…… あ……。」





マリベル「アルスうううううっ!!」





*「ザンネン だったな。」
*「ツギは オマエだ。」





マリベル「…こ………け…。」

*「グフフフ… カンネンしたか。」

マリベル「そこを……。」

*「グ……?」


406 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:43:25.49 ID:jh5nLVyG0


















「 そ こ を ど け え え え え え ! ! 」



















407 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:45:20.93 ID:jh5nLVyG0



[ マリベルは れんごくかえんを はいた! ]



*「ガアア……!」

*「アアア!」

*「ニゲロ…。」

*「アツイ…。」

少女が吐いた地獄の炎は亡者の群れを飲み込み、あっという間に辺りは火の海と化す。

*「マダ そんなチカラが…!」

マリベル「今度こそ 終わりよ! 消えなさいっ!」
マリベル「うぅううう…! はああああああ!」

*「ナ…!」

[ マリベルは ギガスラッシュを はなった! ]

*「オオオオォ……!」

身体を一回しすると、稲光を放つ少女の腕から巨大な雷の刃が解き放たれ、
火の海もろとも水兵の化け物をバラバラに砕いていく。

マリベル「はぁ… はぁ…! んっ……。」

荒く肩で呼吸し、少女は息を飲む。

マリベル「…………………。」



*「オノレ… オノレ…… コムスメごときが……。」



頭だけとなってしまった魔物が、呪詛のように呟く。

*「だが オトコは もう たすからん。」

マリベル「…………………。」

*「トワのノロイを…… グフ… グフフ……。」
*「グフフフ…グっ!?」










マリベル「うるさいのよ あんた。しつこい 男はきらいなの。」









408 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:46:59.81 ID:jh5nLVyG0

最後の笑い声をあげるしゃれこうべを粉々に踏みつぶしながら少女が吐き捨てる。



*「…………………。」



もはや魔物は何も語らなかった。

ただそこにはおびただしい数の骨が散らばり、辺りは静寂に包まれていた。

だが、その静寂からは先ほどまでの不気味さは消え、どこか寂しさを湛えているように感じられた。

マリベル「……っ!」

少女が少年のもとへ駆け寄る。

マリベル「アルス!」

血の海の中に少年はいた。

腹部からは鮮血が垂れ、その肌は血の気を失い青白く変色していた。

マリベル「アルス! 死んじゃいやよ!!」
マリベル「…………………。」

少年の口元に手をかざす。

*「…………………。」

息は既に止まっていた。

マリベル「…………………。」

少女は焦らずに胸に耳を当てる。



“トク……”



マリベル「…生きてる……。」

微かに聞こえる心臓の音、微かに感じる生命の鼓動。





少年は完全には死んでいなかった。




409 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:48:32.65 ID:jh5nLVyG0

マリベル「待ってて! 今 助けるわ。」

少女はそう呼びかけると少年の腹部に刺さる斧に手をかける。

マリベル「ごめんね。少しだけ… 我慢してちょうだいっ!」

そう言うと少女は思い切りそれを引き抜く。

音もなく斧が少年の身体から抜け落ちると、再びその身体から真っ赤な血があふれ出る。

マリベル「ザオリク!」

斧を投げ捨て、すかさず少年の身体に完全復活の呪文を唱える。

すると光に包まれ少年の傷はみるみる内に塞がり、血の気も多少は良くなった様子だった。

マリベル「アルス… 起きてっ アルス。」

アルス「…………………。」

少女が少年の身体を揺さぶり声をかけるも当の本人は相変わらず目を伏せたままで、
体は動かず、ただ規則的に小さな息が聞こえてくるだけだった。

マリベル「アルス… アルスってば!」

尚も少女は少年の名前を呼び続ける。

アルス「…………………。」

それでも少年は目を覚まさず、力なくその体を横たえるばかり。

マリベル「どうして 目を覚まさないの……。」
マリベル「キアリク!」

いつまで経っても目を覚まさないことに疑問を抱き、少女は仕方なく目覚めの呪文を唱える。

アルス「…………………。」

マリベル「ねえ アルス! 起きてるんでしょ! 返事を… 返事をしなさいよ……!」

アルス「…………………。」

マリベル「そんな… どうして… どうしてなの……?」

少年の手を取る少女の顔から血の気が引いていく。





*「ああ…… なんてことだ……。」





マリベル「……っ!」


410 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:49:53.94 ID:jh5nLVyG0

マリベル「だれっ!?」

*「待って! そんなに 構えないでください。」

*「わたしたちは 先ほどまで そこに転がっていた 骸骨です。」

突如響いた声の正体は先ほど少女が焼き払った骸骨、否、今は半透明の姿をした普通の人々のものだった。

マリベル「あんたたちは いったい……。」

*「……もう 何百年も前のことに なるのでしょうか。」

*「わたしたちは ある国の王族だったのです。」

高貴な身なりをした初老の男女が交互に言う。

*「それが ある日 魔王の差し金により 大量の魔物が 国を攻めてきまして……。」

*「大勢の民を連れ この戦艦で海へ逃げたまでは 良かったのです。」

*「しかし そんな我らを 付け狙い 再び大量の魔物が 姿を現しました。」

*「それが あの海賊帽子の魔物たちだったんです。」

マリベル「それで 殺されちゃったのね。」

*「ええ 我らの兵士だけでは 到底 太刀打ちできませんでした。」

*「辛うじて メイドの娘に任せ 王子を逃がすことには 成功したと思ったのですが……。」

*「海の中にも 魔物がいて……。」

マリベル「そう… そうだったの……。あの子のご両親だったのね。」

*「なんと! 息子を知っているのですか!?」

マリベル「以前に 海底で 会ったことがあってね。」
マリベル「成仏できないで 泣いていたんだけど こいつが魔王を倒したら あたしたちの目の前で ちゃんと逝ったわよ。」

そう言って少女は自分の膝に眠る少年を撫でる。

*「そうでしたか…… なんと お礼を言えばよいのやら……。」

*「息子の恩人に 対して こんな仕打ちをしておいて……。」

*「しかも その青年…… どうやら 呪いをかけられてしまったようですね?」

マリベル「呪い…?」

*「最後にあやつが 何か言っていたでしょう。やつは 私たちをここに縛り付けたように 彼にも 同じような 呪いをかけたのです。」

マリベル「そんな! それじゃ アルスは……!」

*「わかりません。ただ 私たちと違って 彼は 生きています。」

*「もしかすれば 何か 呪いを解く方法が あるかもしれません。」
411 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:50:27.50 ID:jh5nLVyG0

マリベル「…………………。」

*「さあ この船は 直に沈んでしまいます。」

*「その青年を連れて すぐに逃げてください!」

マリベル「あ あんたたちは?」

*「わたしたちは 依り代となっていた 骨を 失いましたからな。」

*「もうすぐ 息子の待つもとへ ゆけることでしょう。」

*「さあ お行きなさい われらが 恩人よ。」

マリベル「……わかったわ。」
マリベル「アルス……。」
マリベル「リレミト。」

少女は少年の袋を探ると魔法のじゅうたんを取り出し、小さく呪文を唱える。

マリベル「さようなら 名前も知らない国の王さま。」

*「ありがとう。」

*「ありがとう。」

*「さようなら。」

いつしか部屋の中は人々の姿であふれていた。

その表情は安らかで、どこか名残惜しげに見えた。



マリベル「行くわよ。アルス。」



何も語らない少年を抱えるようにして少女は立ち上がると、光の中へと消えていった。


412 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:51:54.21 ID:jh5nLVyG0

マリベル「うっ… っ……。」

ことの顛末を離し終えた少女は声を押し殺して俯いた。

ボルカノ「と とにかく船室へ運ぶぞ! お前たち! 羅針盤の調子を 確認して 航行を続けてくれ!」

*「「「ウスッ!」」」

そう言って船長は漁師たちに指示を与えると少年を背負い船室へと降りていく。

そんな船長の姿を見送り、漁師たちは戸惑いながらも穏やかになった風の中、再び自分たちの持ち場に戻っていったのだった。

413 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:53:47.68 ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「それで アルスは……。」

マリベル「あたしも 色々試してみたんだけど… 全然 目を覚ましてくれなくて……。」

サイード「呪い……。」

*「にゃ〜。」

トパーズ「なー。」

猫たちが不思議そうにハンモックに横たわる少年を見上げている。

ボルカノ「それは どんな 呪いなんだ?」

マリベル「わからないの。でも あいつは 永久の眠り だって……。」

サイード「永久の眠りだとっ!? それでは アルスは もう 目を覚まさないのか!?」

マリベル「…あたしのせいよ…… あたしが 油断してなきゃ こんなことには……。」

少女の目に大粒の涙が浮かぶ。

ボルカノ「この先の町で なんとか ならんだろうか……。」

サイード「神父なら 呪いを解けるんじゃないのか?」

マリベル「たぶん 神父さんじゃ 道具の呪いを 解くのが せきのやまよ……。」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「アルス……。」

マリベル「ボルカノおじさま ごめんなさい……。」
マリベル「あたしが ついていながら……。」

ボルカノ「自分を責めるんじゃねえ マリベルちゃん。きみがいなければ こいつは とっくに 死んでたかもしれねえんだ。」
ボルカノ「こうして 戻って来てくれただけでも オレは十分だ。」

父親が少年の頬を撫でて言う。

マリベル「ボルカノおじさま… あたし……!」

ボルカノ「いいんだ。もう 何も言わなくていい。」

マリベル「あたし……!」
マリベル「ひっ… ひっく… ひっく……。」
マリベル「アルス… あるす……。」

すすり泣く少女がどんなに名前を呼んでも少年はぴくりとも動かなかった。

いつしか霧は晴れ、曇で覆われた空が再び現れた。

それと同時にそれまで狂ったように動いていた羅針盤も正常に方位を示すようになった。

海を脅かしていた幽霊船は海の底で再び永久の眠りについたのだ。

そうして気付けば、何もかもが霧の起きる前に戻っていた。



目覚めぬ少年だけを残して。





そして……

414 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/05(木) 20:54:15.56 ID:jh5nLVyG0





そして 次の朝。




415 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:54:54.17 ID:jh5nLVyG0

以上第13話でした。

このお話では前半は延縄漁の様子について、後半ではクレージュの前に出現した幽霊船を舞台とした戦いを書いてみました。

結婚という言葉を匂わされ、微妙な空気となってしまってもやはりいざという時にはお互いのために命をかける。
そんな様子を書きたかったのですが、どうやらお話は雲行きの怪しい展開となってしまいました。

そしてこのお話で登場した幽霊船。
原作にはまったく存在しませんが、今回はどうしてもサンゴの洞くつの幽霊の謎を掘り下げたく登場してもらいました。
あの二人はいったいどこの国の王子とメイドだったのか。
第11話の中でアルスとマリベルが話していたことなのですが、
このお話ではあえてその答えを書いてはいません。

「まったく根拠がないから」と言ってしまえばあれですが、
以前も書いた通り想像を膨らませてみると面白いお話が作れそうですね。
わたしの中では一つの国(?)が候補に挙がっていますが、それはまた皆さんのご想像にお任せします。
でも、原作の中であまりにもヒントがない以上、ある程度候補は絞られてしまうのですが。
(というより、「それ以外に何と言っていいのかわからない」と言った方が正しいでしょうか?)

また、今回の漁からマリベルが冷凍保存の方法を思いつきます。
現実であればあり得ない話ですが、これはドラクエの世界。
技術を呪文や不思議なチカラで補えるのは実に便利ですね。
こうして新しい保存方法を手に入れた以上、漁にも拍がつくことでしょう。
ただ、アルスやマリベルがいないと成立しないというのは少々ネックかもしれませんが。

補足
デッドセーラーやデスパイレーツは3DS版のダウンロード石版で出会える魔物です。
PS版しかプレイされてない方には馴染み無かったかもしれませんね。

…………………

◇話は脱線しましたが、お話はまだ中盤に差し掛かったところです。
引き続き物語をお楽しみください。

416 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/05(木) 20:55:24.76 ID:jh5nLVyG0

第13話の主な登場人物

アルス
幽霊船の追跡を食い止めるため一人敵の本拠地へ乗り込む。
マリベルとの連携により元凶を討ち取るも、強力な呪いにより意識不明に。

マリベル
アルスを追って幽霊船に殴り込みをかける。
縛られていた死霊たちからことの真相を聞かされる。

ボルカノ
乗組員に指示を与えながら二人の帰りを待っていた。
息子の容態を聞かされ、珍しく慌てる様子を見せる。

アミット号の船員たち
例え指揮官が不在であろうとも自分たちの役割を全うする。
戦艦の姿に恐れおののくも、冷静な対応でなんとか船を逃げ延びさせる。

サイード
アルスとマリベルの不在の間、船の守り手を担う。
戦闘の腕は確かで、流れるような動きと豪快は体さばきで敵を圧倒する。

デッドセーラー(*)
幽霊船や死んだ乗組員たちを操っていた張本人。
マリベルによって完全に倒されるも、死の間際にアルスに呪いをかける。

417 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/06(金) 20:04:27.23 ID:QSmDR/W/0





航海十四日目:おはよう おやすみ




418 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:06:02.02 ID:QSmDR/W/0

*「…………………。」


*「…り……お………さ…!」


*「マリベルおじょうさん!」


マリベル「…………………。」


*「マリベルおじょうさん……?」


マリベル「……あ あら どうしたの?」

*「もうすぐ 港に 到着しますぜ。」

マリベル「そう… わかったわ。」

少女は一晩中どうするべきか考えていた。

少年がどうすれば目を覚ますのか。

どうすれば呪いを解くことができるのか。

マリベル「気にくわないけど やっぱり あのクソじじいを 頼るしかないのかしらね。」

いつになく冴えない頭を振り絞り考え出したのは先日助けてもらったばかりの神に再び助けを乞うことだった。
流石の神であれば呪いの一つや二つ解くことも容易いことだろうと、そう思い及んだからだった。

トパーズ「アゥ〜。」

膝に乗った猫がそんな彼女の言葉を肯定するかのように一鳴きする。

マリベル「港に着いたら 行くしかないわね。」
マリベル「待っててアルス。必ずあんたを 元に戻してみせるわ。」
マリベル「…これ 借りるわね。」

少女は少年の手を強く握り、袋を腰に下げると少女は甲板へ歩き出した。


419 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:07:28.65 ID:QSmDR/W/0



マリベル「眩しい……。」



船上へ出ると少女は泣き腫らした瞳をこすり呟く。

その目の下には青いクマがくっきりと浮かんでいた。

ボルカノ「マリベルちゃん 何か思いついたのかい?」

甲板では少年の父親が待ち構えていた。

マリベル「ええ ボルカノおじさま。 行ってきますわ。」

ボルカノ「そうか。…息子を 頼んだよ。」

マリベル「はい。」

船長を含めた漁師たちは自分たちの商いや役目を果たすために少女とは別行動をとることになっていた。
務めだから仕方がないとはいえ皆その顔は暗く気が気でない様子で、
それだけ少年がこの船において大きな存在になっていたことがうかがい知れた。

*「マリベルおじょうさん 良い報せを 待ってますぜ!」

サイード「おれも 一緒に行ってやりたいところだがな。どうせ 足手まといになるだけだ。」
サイード「健闘を 祈る。」

マリベル「みんな ありがとう。」
マリベル「それじゃ 行ってくるわ。」
マリベル「ルーラ!」

船員たちに挨拶を済ませると少女は短く詠唱し、はるか遠い町へと飛び去っていった。

*「大丈夫ですかね おじょうさん。」

*「さあな… 一晩中 泣いてたからな……。」

ボルカノ「いや… 少し すっきりしたのかもしれん。」

漁師たちが心配の声を上げる中、船長だけは少女から何か別のものを感じ取っていたようだった。

ボルカノ「あの目には 強い信念が宿っていた。きっと やってくれるさ。」

コック長「信頼してるんですな。彼女のこと。」

料理長がそっと語り掛ける。

ボルカノ「わっはっは! それはみんな 同じだろうよ!」

*「この船に あの二人を 信じていない人なんて いませんもんね!」

豪快に笑う船長に同調して料理人が言う。

コック長「違いありませんな。はっはっは!」

ボルカノ「さて オレたちは オレたちの 務めを果たすとしようぜ!」

*「「「ウスッ!!」」」

こうして船長の号令の元、漁師たちは港の舟守たちに自分たちの船を託し、キンキンに冷えた獲物を抱えて町へと繰り出すのだった。

420 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:08:58.92 ID:QSmDR/W/0

*「え? あのヒゲの ジイさんかい?」

*「あの人なら ばかんすにいくんじゃよ〜 とかいって どっか飛んでっちまったぞ?」

マリベル「な なんですって〜〜〜!?」

漁師たちが町へと向かっている頃、少女は神が住まう移民たちの町へとやってきていた。
しかしお目当ての神はといえば、昨日より“ぴちぴちぎゃるを見に行く”などとぬかし何処へと行ってしまったらしい。

マリベル「…………………。」
マリベル「あんの クソじじい〜〜〜!」

当然少女の怒りは爆発する。

マリベル「きい〜っっ! どうして こんな 大事な時に限って あのクソじじいは いつもいないのよ〜!」

“神頼みが必ずしも良い方向に転ぶとは限らない”

そう言いたげに東の太陽が笑っていた。

マリベル「それで! あのじじいは どこに行ったのっ!?」

*「うわ あわわわ〜!」

少女に両肩を揺さぶられ、移民の男はたまらず悲鳴を上げる。

*「し しらねえ! おれはなんも聞いてねえよ!」

マリベル「あんたは!?」

*「お おれも 聞いてねえって!」

マリベル「ほ〜んとう でしょうね〜? 嘘ついてたら 海まで ぶっとばすわよ?」

少女が男の胸元に指を突き立ててさらに問い詰める。

*「あわわ お助け……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ごめんなさい。ちょっと 熱くなりすぎちゃったわ。」
マリベル「他を当たるわ。じゃあね。」

怯える男に少女は嘘はないと見抜き、素直に謝ってその場を後にした。

421 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:10:07.87 ID:QSmDR/W/0

マリベル「だれか 神さまの行先を 知ってるやつは いないのかしら……。」

いったい何人に聞いて回っただろうか。

誰からも帰ってくる答えは“知らぬ”、“存ぜぬ”だけでこれといって有益な情報を得ることもなく時は過ぎていった。

マリベル「まいったわね……。」

神を見つけ出せなければ少年を助けることができない。

そんな焦燥感が少しずつ少女の心を蝕んでいく。



マリベル「あつい……。」



この町に来てどれぐらいの時間が経ったのだろうか。

太陽はいつの間にか少女の真上まで昇り、焦る少女の姿を嘲笑うかのように強烈な日差しを降り注がせている。

マリベル「何か 別の方法を考えなきゃ ダメかしら……。」

仕方なく近くにあった酒場に立ち寄り、少女は冷たいものを飲んで少しの間休むことにした。

*「いらっしゃいませ。」

マリベル「マスター。ジュースちょうだい。キンキンに冷えたやつ。」

*「かしこまりました。」

程なくして出された果汁を飲みながら気持ちを落ち着かせ、少女は周りから聞こえてくる会話に耳を傾ける。

*「やーねえ あのじいさん またやったの?」

*「まんまと してやられたって 感じだわ。まさか このあたしが おしりを触られちゃうなんてね。」

カウンター席では遊び人風の女性たちが助平な年寄りの愚痴を言っている。

*「そろそろ オラ みんなの前で 披露しようかと 思うんだな〜。」

*「それなら オイラも がんばって踊るっち!」

店の奥の方からは農夫の恰好をした男とあらくれ風の男が今後の活動の話をしている。

*「あいつめ また 抜け出したらしい。」

*「脱走の手口も どんどん 巧妙になってきやがる。まいったもんだな。」

すぐ後ろの卓からは元囚人にして脱獄犯の男の噂をしている。

マリベル「……ダメか。しっかし どいつもこいつも いいわよね〜 真昼間から 呑気に お酒なんか飲んじゃってさ。」

マリベル「ごちそうさま マスター。また くるわ。」

*「ありがとうございました。」

料金を払って店を後にしようと扉に手をかけた時だった。

*「…んでよ その人に頼んだら 一発で 治っちまったんだとよ!」

*「ホントかよ? おらぁ 聖職者ってのは どうも 好かんから 信用できねえがよ。」

テーブル席では二人の男が何やら話し込んでいるようだった。

*「いやいや それが おれっちの 姪っ子も その人の祈祷のおかげで 魔物の呪いが解けたんだとよ!」

マリベル「っ……!」

*「おまえが そこまで 言うなら 信じなくもないけ…。」

マリベル「ちょっと!」

*「ん? おお マリベルさんじゃねえか! どうしたんだい 今日は。」

*「今日は アルスさんと 一緒じゃねえのかぁ?」



マリベル「その話 詳しく聞かせてもらおうかしら。」


422 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:10:50.20 ID:QSmDR/W/0

*「へい らっしゃい!」

*「特別加工で 新鮮なままの マグロだよ!」

*「簡単には手に入らない 究極の魚だ! 安くしとくよっ!」

その頃、漁師たちは町で商売に精を出していた。

*「る〜らら〜 おにいさん それは いくらだい〜?」

*「一切れ 40ゴールドってところだい!」

*「ららら〜 おひとつ お〜くれ〜。」

*「へい〜 ま〜いど〜!」

優雅に歌いながら品定めする青年に釣られ、漁師も思わず旋律に乗せて接客をこなす。

*「この国の連中は どうしてみんな 歌ってばかりなんだ?」

*「そりゃ 音楽の都なら 仕方ねえだろ。」
*「いらっしゃ〜い〜!」

仲間の漁師の疑問に銛番の男が投げやりに答える。

*「マリベルおじょうさんは あれから どうしたんだろうな。」

コック長「さあな……。まあ その内 戻ってくるだろう。」

料理長もどこか落ち着かない様子で答える。

*「だと 良いんですけどねえ。」

ボルカノ「信じて待つんだ。オレたちにできることは それだけだ。」

サイード「彼女には いろんな 知り合いがいます。きっと アテがあるのでしょう。」

ボルカノ「ああ あの子なら やってくれる。」
ボルカノ「とにかく さばき終えたら いったん船に戻るぞ。」

*「「「ウスッ」」」

船長の言葉に一同は頷くと再び自慢の品を売りさばくために商へと戻るのだった。

423 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:11:54.66 ID:QSmDR/W/0



マリベル「盲点だったわ……!」



移民の町を後にし、音楽の都の入口へと転移した少女は自分の船へと急ぎ空飛ぶ絨毯を走らせていた。

マリベル「まさか あの人が そんな力をもっていたとわね……。」

少女は移民の町の酒場で聞いた言葉を思い出す。

“マーディラスっていう国の 南にある大神殿には 高位の神官がいましてな。”

“その人に頼めば 強力な呪いも たちまち 治っちまうんですってよ。”

マリベル「あの大神官のいたところなら それくらいできる人がいても 当然ってもんよね……!」

少女は絨毯の速度を上げて船の中で眠る少年へ呟く。

マリベル「待ってなさいよ アルス。すぐに 連れてってあげるんだから……!」

既にその目に昨晩の憂いはなく、いつもの自信と活力にあふれる輝く瞳が力強く目の前の港を見据えていた。

424 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:13:05.81 ID:QSmDR/W/0

ボルカノ「アルス……。」

商いを終えた漁師たちは漁船へと戻って来ていた。

*「やっぱり 目え 覚ましませんね……。」

父親の声にも反応はせず、少年は静かに呼吸を繰り返している。

*「マリベルおじょうさんは まだ 戻って来てないんですかね……。」

ボルカノ「…どうやら そのようだな。」

少年の状態を見ても動かされた様子はなく、件の少女もまだここへは戻ってきてはいないようだった。



トパーズ「なうなう〜。」



少年の身体で暖をとっていた三毛猫がハンモックから飛び降り、扉の向こうへ歩いていく。

*「ん?」





“ギッ……”




425 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:15:13.44 ID:QSmDR/W/0

その時、甲板から響く足音に一人の漁師が首をもたげ、何事かと上へと続く階段を見つめる。



マリベル「あれ…っ!? ボルカノおじさまっ! みんなっ!」



やって来たのは少女だった。

その腕には先ほど出て行った猫が抱きかかえられている。

トパーズ「なぉー。」

*「マリベルおじょうさん!」

*「……てことは。」

ボルカノ「マリベルちゃん! どうだった?」

マリベル「…………………。」
マリベル「残念だけど アテは外れたわ。」

*「そんな……!」

*「それじゃ アルスさんは……。」

ボルカノ「…………………。」

マリベル「まだよ! まだ 望みは ついえちゃいないわ!」
マリベル「ここから南にある 大神殿には 高位の神官がいて……。」
マリベル「その人なら 強い呪いも 解けるかもしれないの!」

*「そ それじゃあ……!」

ボルカノ「これから そこに行くんだな?」

マリベル「ええ! アルスと一緒にね!」

コック長「でも アルスは……。」

料理長がハンモックに横たわる少年の顔を見やる。

マリベル「忘れたの? コック長 あたしたちには 魔法のじゅうたんが あるのよ!」

そう言って少女は腰に下げた少年の袋から赤い布の端を覗かせる。

マリベル「あたしは すぐに 神官長のもとへ行くわ。」
マリベル「みんなは 疲れているでしょうから ここで休んでて!」

言うや否や少女は少年をハンモックから降ろし、なんとか肩を担ぐと甲板へ向かって歩み始める。

マリベル「ふ…んぬぬ……!」

普段とはまったく逆の状態。

少女は少年の全体重を支えながら懸命に上を目指す。

マリベル「あ……んた… 思ったより 重…たいのね……!」

コック長「マリベルおじょうさん……!」

“今まで何度ともなく負ぶらせた少女が、この少年のためにここまでするとは”

料理長だけではない。
その場の誰もが少女の健気な姿に目を見開き、その背中を見つめているしかできなかった。

引きしまった筋肉を持つ少年の身体は見た目以上に重く、少女は少しずつ前進しながらもその足元はふらついていた。

マリベル「フゥー…。はあ… はあ… …えっ?」

息を上げながら階段を上っていると急に体が軽くなり、少女は目の前を見上げる。



サイード「手を貸すぞ。」



そこには少年の身体を支える青年の姿があった。



426 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:19:11.33 ID:QSmDR/W/0

マリベル「た 助かるわ……。」

サイード「むっ… たしかに 見た目に反して けっこう重たいな。」
サイード「それだけ からだを よく鍛えている ということか……。」

感心する青年に対して少女はどこか悲しげに言う。

マリベル「いっつも あたしのこと かばったり 体張って 無理しちゃってさ……。」
マリベル「…守れ とは言っても もうこれ以上 傷ついてほしくないのよ。」

サイード「…………………。」
サイード「そういうことは アルスが起きたら 直接 言ってやるんだな。」
サイード「こいつのことだ。きっと 言われても おまえのためなら ムチャし続けるだろうが。」

マリベル「…そうね。」
マリベル「この人ったら 変なところで ガンコなんだから。ね〜 アルス。」

そう言って少女は片手で少年の頬をつつく。

サイード「……甲板までで 大丈夫なのか?」

マリベル「ええ 表なら 絨毯を広げられるわ。」

サイード「おれも お供しようか?」

マリベル「絨毯にはまだ 座れると思うけど……。」

サイード「おまえたちには 借りっぱなしだからな。少しでも 恩を返したい。」
サイード「それに その大神殿とやらも この目で 見てみたいしな。」

マリベル「アルスもだけど あんたのお人よしも 大概ねえ。」
マリベル「ふふん。まあ 好きにしてちょうだい。」

サイード「わかった。」

少年を甲板に運び終えた青年は漁師たちに自分の旨を伝えると、少女と共に少年を抱えて絨毯で南へと飛んでいった。



*「頼んだぞ〜〜!」



三人の後ろからは無事を祈る漁師の声援が大きく響き渡っていた。


427 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:20:14.81 ID:QSmDR/W/0



サイード「あれが 大神殿か……。」



昼下がり、三人は件の大神殿に到着していた。

サイード「なんとも 荘厳な 佇まいだな… 神を祀るとはいっても これほどの規模とは……。」

地面に降り立った青年は巨大な大神殿を見上げて感嘆の息を漏らす。

マリベル「正直 あんなのには もったいないくらいよ。」

腕組をしながら少女が溜息をつく。

サイード「あんなの…?」

マリベル「ああ そっか。あんた まだ 神さまの イイトコしか 見てないんだっけ。」

サイード「どういうことだ?」

マリベル「あの じじいの 体たらくと言ったら……。」

サイード「…………………。」

“神に対してなんて罰当たりな。”とは思う青年だったが、
少女の態度に何かを察したのか、それ以上何も言う気にはならなかったらしい。

マリベル「さ 行きましょ。」

そう言うと絨毯を袋にしまい、今度は少年を青年に任せて大神殿の中を目指して歩き出す。

428 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:22:08.02 ID:QSmDR/W/0

マリベル「…………………。」

しばらく歩みを進めて少女は違和感を感じる。

サイード「どうした マリベル。」

マリベル「…いつもは シスターが 立っているはずなんだけど。」

サイード「…何か 用でもあるんじゃないのか?」

マリベル「…………………。」
マリベル「待って。」

その時少女が唐突に足を止め、青年を制する。

サイード「…………………。」

マリベル「誰か来るわ。」

二人の見据えるその先、大神殿の入口の扉からは真っ黒なローブを身に纏った呪術師を思わせる身なりの者が出てきた。



*「そこの おまえたち。お引き取り願おうか。」



それも一人ではなく複数。

マリベル「なによ あんたたち。こっちは ここの神官長に 大事な用があるのよ。」

*「神官長どのは 今 忙しいんだ。われわれの 用が済まない限り 誰にも邪魔させるわけにはいかんなあ。」

マリベル「ずいぶん 自分勝手なこと 言ってくれるじゃないの。」
マリベル「あんたたちこそ その用ってのは なんなのよ?」

物怖じもせず少女は訊ねる。

*「おまえのような小娘には 関係のない話だ。」

*「話してやっても いいだろう どうせ 一般人にはどうにもできん話だ。」

*「ふん。まあいい。」
*「われわれは 魔法の研究をしている。」
*「去る昔 ここは 魔法大国として栄え 今も その資料が 残っているというじゃないか。」
*「……究極の魔法の資料が。」

マリベル「あんたたち どこから その話を聞きつけてきたのよ。」

*「君たちと違い われわれのような 高位の呪術師にとっては 常識なのだよ。」

*「魔王亡き今 われわれが その魔法を使って 世界を牛耳ることも できるやもしれん。」

*「しかし われわれは そんなことには興味はない。われらの目的は ただ未知なる 呪術を追い求めるのみ。」

*「そのためにも ここの神官長には 知っていることをすべて 話してもらわねばならん!」
*「……たとえ 何年かかろうとな。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ふーん あっそ。」
429 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:23:52.96 ID:QSmDR/W/0

マリベル「サイード 行きましょ。」

サイード「ん? ああ。」

そうして二人は黒づくめの集団の方へと歩き出す。

*「貴様 今の話を聞いていたのか!」

すかさず呪術師の一人が叫び、二人の動きを止める。

マリベル「うるさいわねえ。あんたたちの 目的はわかったから さっさとそこを 通しなさいよ。」
マリベル「もう一度言うわ。あたしたちは 大事な用があるのよ。」

*「この……!」

*「まあいいだろう その代わり……。」



[ 呪術師Aは メラを となえた! ]



サイード「っ……!」

呪術師は少女を指さすとそこから小さな火球を放つ。

*「われわれを 倒せたならな。」

マリベル「…………………。」

*「むっ?」

それを片手で弾き飛ばし、少女は再び前進する。

マリベル「なによ。そんな ちんけな呪文で あたしを ビビらせるつもりだったの?」

*「こいつ ただの小娘では ないようだな……。」

マリベル「わかったから そこを どきなさい。邪魔なのよ。」

*「ぐっ… 皆の者!」

呪術師の一人が叫ぶとさらにその後ろから何人かが出てきて少女を取り囲む。

マリベル「……やり合おうって言うの?」

*「ふんっ 女をいたぶるほど 落ちぶれちゃいない!」

*「もし おまえが われわれよりも 優れた魔法使いであれば ここを 通してやろう。」

マリベル「ふーん? で あたしは どうすれば いいわけ?」

*「ルールは簡単だ。われわれの中から その道の スペシャリストを出す。」
*「おまえが その者たちよりも 優れた力を 示せたらば 勝ちだ。」

*「かわいそうだから だれか 一人にでも 勝てたら 特別に通してやってもいいぞ。」

マリベル「あら? ずいぶん お優しいじゃないの。」

*「ふっふっふ。それだけ おまえとの 差は 歴然ということだ。」

マリベル「はいはい。それじゃ 外までいくわよ。」
マリベル「ここじゃ 床が ボコボコになっちゃうわ。」

そう言うと少女は踵を返し、青年と少年を残して歩いて行ってしまう。

*「…………………。」
*「生意気な 娘だ……!」

*「言わせておけ。どうせ われらの勝ちは目に見えている。」

*「そ…そうだな……。」



マリベル「いつまで グズグズしてんのよ? レディを 待たせる気?」



少女は呆れた顔で冷たく吐き捨てるように言った。


430 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:25:12.90 ID:QSmDR/W/0

マリベル「さっさとしてよね。こっちは 病人がいるのよ。」

神殿の敷地から外にやってくると、少女は腰に手をあてて呪術師の集団を睨む。

*「きさまらの 都合は知らん。本気で 邪魔をするつもりなら 暴力もいとわんぞ。」

マリベル「脅しはいいから 始めるわよ。まずは どいつかしら?」

*「減らず口を…… おい!」

*「…………………。」

無口な呪術師が前に立ち、少女と対峙する。

*「そいつは ギラ系の 専門家だ。まずは お手本を 見せてやろう。」

リーダーと思わしき人物が余裕をにじませた声で言う。

*「…………………。」

[ 呪術師Bは ベギラゴンを となえた! ]

無口な呪術師が呪文を唱えると目の前の足元から二本の火柱が現れ、前方で交差した。

するとその地点から真横一列に巨大な火柱が飛び出し、辺りの地面を焼いていった。

*「…………………。」

*「今のは ギラ系の 上級呪文 ベギ……。」

マリベル「ベギラゴン。」

*「…………………!」

*「なにぃっ!?」

リーダーの呪術師が説明を終える前に少女は同じ呪文を簡単にやってのける。

マリベル「……はあ。」

それもため息をするかのように。

*「くっ 今のはほんの序の口よ! 次だ!」

*「ハッ。」

リーダーに促され、背の高い男が前に出る。

*「そいつは バギの使い手だ! 驚いて 腰を抜かすなよ?」

“まだまだ勝機はある”と言いたげにリーダーは言う。

*「はああっ! バギクロスっ!!」

大きな掛け声と共に四本の巨大な竜巻が現れ、少女の前までやってくる。

マリベル「あぶないじゃないの!」

[ マリベルは バギクロスを となえた! ]

*「なんだって!」

少女は咄嗟に同じ呪文をぶつけて竜巻をかき消してしまった。その様子を見て思わず男は声を荒げる。

*「くっ… これも 引き分けか……!」
*「次だ!」



*「はい。」


431 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:27:33.95 ID:QSmDR/W/0

いらだつ男の後ろから背の低い女性と思われる呪術師が前に出てくる。

*「いきます。」

[ 呪術師Dは マヒャドを となえた!  ]

今度は呪術師の上から無数の巨大な氷の刃が現れ、少女の目の前に次々と突き刺さる。

*「ふん! これで 身動きもとれまい。」

氷の向こうに消えた少女を見据え、司令塔が鼻を鳴らす。

マリベル「ちょうど 暑かったのよ。助かるわ。」

*「えっ…。」

突然氷の壁が割れたかと思えばその向こうから少女が現れ、涼しい顔をして言う。

マリベル「マヒャド。」

そのまま少女は呟くと呪術師たちを取り囲むように氷の刃を突き刺す

マリベル「でも 邪魔よね?」
マリベル「すううう… はあああ!」

すると今度はその壁の向こうから隙間目がけて煉獄の火炎を吹き付ける。

*「ぬおっ!」

*「あ あつい!」

呪術師たちの手前までやってきた火炎はあっという間に地面を焦がし、ぶすぶすと音を立てる。

両者の目の前にあった巨大な氷塊は、跡形もなくなっていた。

*「……ちぃ! ゆけ!」

*「おうよ。」

焦りを隠せないリーダーの前に立ちふさがるようにして大男が前へ飛び出す。

*「これならどうだ!」

[ 呪術師Eは メラゾーマを となえた! ]

詠唱を終えると男の真上に巨大な火球が形成され、少女と呪術師たちの間に着弾すると猛烈な火柱をあげて爆発した。

*「ふ ふふふ… どうだ! 先ほどの 子供だましとは 比べ物にもなるまい!」

マリベル「そうね。欠伸が出るわ。」

[ マリベルは メラゾーマを となえた! ]

男の放った火球の後を追うようにして巨大な火の玉が撃ち込まれる。

*「なんだとぉ!?」

大男が信じられないといった様子で叫ぶ。



マリベル「ふあ〜 まだやるの?」


432 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:29:07.89 ID:QSmDR/W/0

*「な 舐めおってぇぇ!」
*「刮目せいっ!!」

その時、遂に痺れを切らしたリーダーの呪術師が叫び声とともに呪文を唱える。



[ 呪術師Aは イオナズンを となえた! ]



マリベル「……っ!」

その直後、想像を絶する大爆発が巻き起こり辺りを黒煙に包み込んだ。

*「ふ… ははは! ふははははっ! 見たか! 流石のおまえも これには……っ!?」

*「あ あれは!」

*「か 固まってる……!」

黒煙が晴れる中、呪術師たちが見たのは体を鋼鉄に変えた少女の姿だった。

マリベル「…………………。」
マリベル「ん……ふう……。」

次第に体の色が戻り動けるようになると少女は相変わらず冷たい眼差しで言う。

マリベル「ったく ホント サイテーね。あれだけ 言っておきながら しっかり 当てに来てるじゃないの。」
マリベル「都合が悪くなったら 消せば なんとかなる とでも思って?」

*「だ 黙れ 黙れぃ!」
*「貴様の番が まだ 終わってないぞ!」

マリベル「ったく 往生際が 悪いわね。」
マリベル「イオナ…! ……モゴモゴ……モゴゴっ!?」

[ しかし じゅもんは ふうじこめられている! ]

マリベル「…っ!」

いつものように指を突き出し呪文の詠唱をするも、魔力は少女の体の中に留まったままだった。

*「どうした? 今のはハッタリか? フフフフ……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「やってくれたわね……!」

不敵に笑う呪術師に少女は自分が何をされたのかを悟り、怒りの眼差しで呪術師たちを睨む。

*「何のことだ? われわれは 常にフェアだぞ?」

マリベル「よくも そんなセリフが言えたものね。人に マホトーンなんて かけておいて。」

*「困るなあ。いくら 呪文が使えないからと言って われわれのせいにされては。」

マリベル「……あっそ。わかったわ。今は イオナズンはおろか 呪文は一切使えないみたいだしね。」

*「ほう? 素直に 負けを認めるか。さすがは 物わかりの良い お嬢さんだ。」


マリベル「だれが 負けを認めるなんて 言ったかしら?」


*「…何だと……?」

マリベル「あんな しょぼい爆発で 勝った気になってるんじゃないわよ。」

*「このアマ……!」

マリベル「あんたたちなんて 呪文を使うまでも ないわ。」

*「もういい! 皆の者 やってしまえ! そいつを 黙らせるんだ!」

遂に堪忍袋の緒が切れたのか、呪術師たちは一斉に呪文を唱え少女を倒そうと仕掛けてくる。

マリベル「はいはい。結局はこうなるのよね。」



マリベル「……ビッグバン。」


433 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:31:33.61 ID:QSmDR/W/0

そう呟くと少女は両腕を前に突き出し、全てを破壊する大爆発に魔力を変えて呪文もろとも呪術師たちを吹き飛ばす。

*「ぐあああっ!」

*「ぎゃあああ!」

*「あああぐううっ!」

*「…………………。」



“パンッ…”



マリベル「安心しなさい 手加減しておいたわ。」



転がる呪術師たちを見渡して少女は掌を払う。

*「うう……。」

*「あ…ぐ……。」

*「こ… んな… こんな ばかな……!」

マリベル「これでいいわよね?」

“イオナズンに対する答えがこれだ”と言わんばかりに、
少女はボロボロになったリーダーの呪術師を見下して問いかける。

*「ぐ… 一つ… 聞かせてくれ……。」

マリベル「なによ。まだ なんかあるの?」

*「きさまは いったい……。」

マリベル「あーら そんなことも知らずに 勝負を吹っかけてきてたの?」

少女は心底あきれた様にため息をつき、再び目を見開くと呪術師たちに宣言する。





マリベル「世界一の美少女にして 世界の救世主 マリベルさまとは このあたしのことよっ!!」





*「…………………。」
*「マリベル… そうか おまえのような 娘がそうだったとはな……。」

マリベル「人は見かけにはよらないってこと よーく覚えておくのね。呪術師さま?」

*「…………………。」

マリベル「ふんっ。」

434 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:32:21.88 ID:QSmDR/W/0

力なく横たえる呪術師たちを背に少女は歩き出す。










マリベル「遊んでくれて ありがと。」










マリベル「つまらなかったわ。じゃあね。」









435 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:34:46.91 ID:QSmDR/W/0



サイード「……来たか。」



大神殿へと続く広場で戦いを見届けていた青年が、今まさにこちらに向かってくる少女に歩み寄る。

サイード「派手な 爆発だったな。」

マリベル「いまごろ みんな 仲良く昼寝してるわよ。」

サイード「じゃあ もう いいんだな?」

マリベル「まったく 失礼しちゃうわ。あたしを 誰だと思ってたのかしら。」

不機嫌そうに少女が言う。

サイード「……口のうるさい 小娘ぐらいだろう。」

マリベル「口のうるさい は余計よ!」

サイード「……そうだったな。」

”言うまでもなかった”とは言うまでもなかった。

マリベル「はやく 行きましょ! 神官長に会わなくっちゃ。」

サイード「どれ……。」

そうして青年は再び少年を背負うと、少女を追って大神殿の中へ歩いていくのだった。

436 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:36:17.78 ID:QSmDR/W/0



*「あ あなた方は!」



神殿の中へ入った二人におびえた様子の修道女が呼びかける。

マリベル「お久しぶりね シスター。」

*「マリベルさん あの呪術師たちは……。」

マリベル「表で ノびてるわよ。」

*「ああ 良かった……。すぐに 神官長に お知らせしなくては。」

サイード「おれたちは その神官長に用があって ここまで来たんだ。」

*「まあ! その背中の人は……。」

マリベル「強力な呪いを かけられちゃってね… 神官長に 解いてもらおうと 思ってきたの。」

*「それでしたら どうぞ こちらへ!」

そう言って階段の上まで昇ると修道女は長い赤色の絨毯の上を駆け、奥の方で男性と話し込んでいるようだった。

しばらくして戻ってくると少女たちをベッドの置かれた部屋へと通す。

*「すぐに 施術しますので 少々お待ち下さい。」

マリベル「ええ。」

そして急いで部屋を後にすると別の部屋の方へと走っていった。

437 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:39:35.43 ID:QSmDR/W/0

サイード「よっ…と。」

砂漠の青年は少年をベッドに横たえると近くの椅子を引っ張り出して少女を座らせる。

マリベル「ありがと…。ふあ……。」

ほとんど無尽蔵の魔力を持つとはいえ、
不眠の上に上級呪文を唱え続けさしもの少女もかなりの疲労を覚え、目をこすり大きな欠伸をする。

*「お休みになりますか?」

炊事場に立っていた修道女が少女に語り掛ける。

マリベル「いいえ。アルスが 目覚めるのを 見るまでは 眠れないわ。」

*「そうですか……。」

修道女が心配そうに見つめる中、少女は気休め程度にと自分に目覚めの呪文をかけて気を取り直す。

サイード「便利なものだな。」

マリベル「まあね。使い方次第では どんな 呪文だって 化けるわよ。」
マリベル「でも やっぱり 万能じゃないの。」

サイード「完全に 失われた命は 戻らない……か。」

青年はつい先日別れたばかりの妖精やスライムのことを思い出していた。

マリベル「そ。それに さっきみたいな連中は 力に溺れてばっかりで 呪文の本質を 見極めようとなんて してないように 見えたわ。」
マリベル「呪文ってのは ただ 自己満足のために あるんじゃなくて 誰かのために 役に立って はじめて その真価を 発揮するってのにね。」

サイード「…………………。」

マリベル「でも… でも それでも 万能じゃないの。」
マリベル「大切な人を 眠りから 覚ましてあげることもできない。」

少女の独白は続く。

マリベル「いろんな 呪文を覚えて どんなことだって できる気に なってたけど……。」
マリベル「やっぱり駄目ね。あたしは 所詮 ただの 網元の娘なのよ。」
マリベル「メザレであんたに あれだけ 説教したっていうのに……。」

少年の手を握るその手は震えていた。

マリベル「あたしも おんなじよ。どこまで いっても 人は人でしかない。」
マリベル「神さまに なんか なれないのよ……。」

そう言って少女は静かに瞳を閉じる。



マリベル「…………………。」



祈りをささげるその姿は言葉にならない美しさと慈しみを湛えていた。

*「……っ!」

見れば見るほど不思議な神々しさすら覚え、修道女はいつの間にか胸の前で手を合わせている自分の姿に驚く。

サイード「…………………。」

青年もどこか不思議な心地がしていた。普段は絶対に見せることのない少女の姿は、
この世に天使というものがいるならこういう者のこと言うのだろうかとすら感じさせるものがあった。



そして。





*「お待たせしました。」




438 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:41:43.53 ID:QSmDR/W/0

永遠に感じられた静寂を破り、緑の法衣に身を包んだ男が姿を現す。

この大神殿で代々受け継がれてきた神官長の名を持つ、まさにその人だった。

マリベル「…………………。」

*「アルスどのの ご容態は……。」

サイード「マリベル。マリベル!」

マリベル「…………………。」

いくら揺さぶっても少女は目を閉じたまま動かない。
少年の手を握り、祈りに集中していて周りの音も、感覚も、すべてが失われているかのように硬直していた。

*「…祈りに 集中しているようです。」

サイード「では おれが 説明しましょう。」

[ サイードは これまでの いきさつを 話した。 ]

*「そうでありましたか……。」
*「わたしが おチカラになれるかは わかりませんが 全力を尽くしましょう。」

サイード「お願いします。……彼女のためにも 彼の家族のためにも。」

青年は神官長に深々と頭を下げると少年のベッドから少し後ろへ下がる。

*「シスター よろしいかな?」

*「はい。彼女は どうしますか?」

*「大丈夫だ。このまま 施術する。」

*「わかりました。さあ あなたも。」

*「はい。」

神官長と二人の修道女は少年の身体に両手をかざし、どこの教会でも行われている祈りの言葉をささげていく。



*「おお われらが神よ! その身を賭して世界を救いたもうたアルスを 魔物にかけられし いまわしき呪いより 解きはなちたまえ!」



*「そして その意識を 再び ここに呼び戻し 迷える子羊を 救いたまえ!」



*「彼の者に祝福を!」



三人がそれぞれ言葉を言い終えると、不思議なことにどこからか朗らかな老人の声が聞こえてくる。





[ ほっほっほ。また ずいぶん ひどく やられたものじゃのう。 ]
[ 心配せんでよい。その子は もうすぐ 目を覚ますじゃろう。 ]



*「あ あなたは……っ!」



[ わしは いつも そなたらと 共にあるぞ。……では さらばじゃ。 ]





その言葉を最後に声は聞こえなくなった。


439 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:43:58.35 ID:QSmDR/W/0

*「神官長!」

*「い 今のは……。」

*「うーむ まさかとは 思ったが ひょっとすると……。」



マリベル「…………………。」
マリベル「あの クソじじい…… どこ行ってたのよ…。」



気付けば俯いていた少女が目を薄く開いていた。

サイード「気が付いたか マリベル。」

マリベル「えっ……何のこと?」

サイード「…………………。」

少女は自分が祈りに集中して意識が途切れていたことには気づいていないようだった。

マリベル「そ それより アルスは……。」

*「さきほどの 言葉が 真であれば じきに目覚めると……。」

マリベル「お願いよ アルス! 目を覚まして……!」

アルス「…………………。」

マリベル「……もう…!」
マリベル「いつまで 寝てるのよ! ばかアルス!」

そう言うや否や少女はベッドに横たわる少年の上に跨ると頭を揺さぶり始める。





*「うっ!!」





突如響き渡った声に少女は思わず周りを見る。

マリベル「…………………。」
マリベル「いま 誰か 何か言った……?」

*「いいえ。」

*「わたしたちは何も…。」

*「むう?」



サイード「見ろ! アルスが!」



マリベル「えっ……。」


440 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:44:47.09 ID:QSmDR/W/0



*「ねえ あそぼ?」



*「…うん。」

夢を見ていた。

*「きょうも なーんもないね。」

*「そうだね。」

まだ幼いころ、二人だけで歩いた夕日の海岸。

*「あっちに いってみよ!」

*「あ まって。」

何かないかと立ち寄った桟橋。

*「あれ なにかな。」

*「きれいだね。」

*「そうだね。」

*「まっかだね。」

海底に見えた真っ赤なサンゴ礁の欠片。

*「…………………。」

*「…………………。」

*「ねえ とってきて あげるよ。」

*「ほんとっ!?」

*「うん まってて。」

きみにあげたくってぼくは海に飛び込んだ。

*「ねえ ほんとに だいじょうぶ?」

*「すぐ もどるから。」

*「うん まってる。」

*「…………………。」

*「…………………。」

*「…………………。」

*「ねえ… ねえ……。」

*「…………………。」

*「ねえってば……。」

*「…………………。」





*「ねえっ!」




441 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:46:06.69 ID:QSmDR/W/0

*「うぐっ… ひっ… ひっく……。」

*「それでは 命に別状はないんですね?」

*「ええ もう 大丈夫でしょう。」

結局ぼくはそのまま溺れてしまった。

*「ほら もう泣かないで。」

*「ぐすっ… でも あたしのせいで……。」

*「おまえのせいじゃないよ。」

*「勝手に 飛びこんだ この子が いけないんだから。」

騒ぎを聞きつけた大人たちによってぼくは助けられた。

*「しばらく 寝かせておきましょう。」

*「でも どうして この子は……。」

*「どうしたんだろうな。普段は引っ込み思案で おとなしい子なのに。」

*「ねえ ねえ……。」



彼女が呼んでいる。



*「おきてよ… おきてよぉ……。」



彼女が泣いている。





*「おねがいよ アルス! めをさまして……!」





目を覚まさなければ。




442 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:47:52.97 ID:QSmDR/W/0



サイード「見ろ! アルスが!」



マリベル「えっ……。」

アルス「く くるし……。」

青年の声に恐る恐る正面を向くと少年が苦しそうな顔をしながらうめき声を上げていた。

マリベル「あ ああ……。」
マリベル「アルス!」

アルス「うわっ!」
アルス「ま マリベル……?」

マリベル「アルス……。」

アルス「…………………。」

気付けば少年の目の前には少女の顔があり、いつの間にか頭を抱きしめられ唇を奪われていた。

頬を伝う雫は自らのものではなかったが、ちっとも拭う気になれなかった。

マリベル「…おはよう アルス。」

アルス「お おはよう マリベル……。」

唇が離れ少しだけ照れくさそうに少年は挨拶を交わす。
今はとっくに日も暮れてきているというのに、妙にしっくりくるこの言葉は
二人の間の時がようやく一日の始まりを迎えたような、そんな安堵の気持ちを表しているようだった。



サイード「ふっ……。」



それを見ていた青年はようやく自分の務めが終わったと言わんばかりに部屋を後にする。

*「どうやら わたしたちの お役目は終わったようですね。」

*「そのようだ。では これで失礼。」

*「しっかり 休んでくださいね。」

そう言い残して聖職者たちも青年の後を追って部屋を出る。

マリベル「ありがとうございました。」

最後の修道女に礼を述べるとその女性はにっこりと笑いそのまま静かに扉を閉めた。
443 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:48:47.47 ID:QSmDR/W/0

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

残された二人は身体を起こしてしばらく無言のまま扉を見つめていたが、やがて向き直ると再びお互いの体を抱きしめ合う。

マリベル「良かった… ホントに 良かった……。」

アルス「ごめん… 心配かけたね。」

マリベル「まったくだわよ。あたしが どれだけ 苦労したと思ってるのよ……。」

アルス「ごめん。」
アルス「ありがとう。マリベル。」

マリベル「うん……。」

アルス「ありがとう。」

マリベル「…ん……。」

アルス「マリベル。」

マリベル「…………………。」

アルス「…マリベル……?」



マリベル「…スゥー…… スゥー……。」



アルス「…………………。」
アルス「そっか。眠らずに 見ていてくれたんだね。」

少年は自分に身を任せたまま眠る少女の髪を優しく撫で、そのままベッドを捲って少女を寝かしつける。

マリベル「…んん… あるす……。」

アルス「……おやすみ。マリベル。」



そうして少年と入れ替わるように少女は深い眠りに落ちていったのだった。


444 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:51:20.80 ID:QSmDR/W/0

サイード「もう 動けるのか?」

少女を寝かしつけ、しばらくしてから少年は部屋を出た。

月明かりの下、青年が池のほとりに座っているのを見つけて歩み寄ると、それに気づいた青年が話しかけてくる。

アルス「うん。おかげさまでね。」

サイード「あいつは どうした?」

アルス「今は ぐっすり 眠ってるよ。」

サイード「そうか。ようやく か。」

アルス「一睡も してなかったんでしょ?」

サイード「そのようだな。」

アルス「…………………。」
アルス「ここに来るまでに 何があったの?」

サイード「話せば 長くなるな。」

アルス「…聞かせて くれないかな。」

少年は真剣な表情で頼み込む。

サイード「ふむ。おまえが幽霊船の中で 倒れたと マリベルから聞いてな。」
サイード「魔物の呪いを受けたと。あの時の あいつの取り乱しようは その……。」

あまり思い出したくないのか、青年は少し顔を逸らして言いよどむ。

サイード「とにかく おまえを横にした後は ああでもない こうでもないと いろいろ船のみんなで 話し合ったんだが 結局 何もいい案はないまま このマーディラスに たどり着いてな。」
サイード「それから あいつは 神に会いに行ったようだが あいにく 不在だったらしい。」
サイード「だがその時 ここに 呪いを解くことができる者がいると 突き止めたらしくてな。それから 一悶着あって 今に至るわけだ。」

アルス「そっか。それが さっきの 神官長だったわけか……。」

サイード「感謝するんだな。あいつはおまえのことを ずっと 気に病んでいたからな。」

アルス「ぼくが ああなったのは 自分のせいだと?」

サイード「そうだ。自分がついていながら 申し訳ないと 親父さんに謝ってたぞ。」
サイード「それに 自分の無力さを 嘆いていた。おれからすれば あれだけの 力をもっていて 何を恥じることがあるのかと 疑問に思ったものだがな。」

アルス「そっか… また ぼくのせいで 彼女を傷つけてしまったのか……!」
アルス「…………………。」

少年の握り拳から血がしたたり落ちる。

サイード「あまり 自分を責めすぎないことだ。それが 彼女のためだと おれは 思うが。」

青年は振り返りもせず言う。

サイード「おまえも 沐浴していくといい。シスターたちには 言ってあるから 覗きに来るものもいないだろう。」

アルス「……ありがとう。」

サイード「礼なら マリベルに …だ。」

アルス「でも きみにも 世話になった。」

サイード「気にするな。こうして 少しずつでも 借りを返していかないと 一生かかっても 返せないだろうからな。」
サイード「じゃあ おれはこれから 船に戻る。おまえたちの 無事を 報告しなければな。」

アルス「それなら ぼくが……。」

サイード「おまえは ダメだ。いまは あいつの 傍にいてやれ。」

アルス「…………………。」
アルス「わかった。それなら これを 使って。」

そう言うと少年は袋の中から魔法のじゅうたんを取り出し青年に手渡す。

サイード「助かる。それじゃ また 明日。」

青年を見届けた後、少年も袋から着替えを取り出し水浴びを始めた。
体の疲労は消えたはずなのに心はどこか重たく、とても自分の回復を喜ぶ気にはなれなかった。

そうしてしばらく体を浸し、少年は天を仰ぎながら少しずつ沸き上がる感情を洗い流していくのだった。
445 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:53:51.85 ID:QSmDR/W/0

アルス「ふー……。」

水浴びを終え、再び少年は少女が眠る部屋へと足を運ぶ。

アルス「…………………。」

食欲がないので眠れるかはさておき今日はもう横になろうと決め、少女の隣に開いたベッドへと歩いていく。

マリベル「スゥー… スゥー……。」

先ほどまで自分が寝ていたベッドでは少女が小さな寝息を立てて眠っている。

だがその顔はどこか寂し気で、眉間に少しだけしわを寄せているのがぼんやりと見えた。

アルス「…………………。」

しばらく少女の寝顔を眺めながら眠気がやってくるのを待っていた少年だったが、少しだけ少女の寝息に変化が現れた気がした。

アルス「……?」

注意深く少女の口元を見ていると何か言っているようにも見える。

少しだけ興味が沸いた少年はベッドから降りて少女の顔に耳を近づける。

マリベル「……す……。」

アルス「…………………。」

マリベル「あ……。」

アルス「…………………。」



“名前を呼ばれている”



そんな気がして少年はしばらく思案した後、そっとベッドをまくり少女の隣へと滑り込むと、その体を後ろから抱きしめる。

アルス「ぼくは ここにいるよ。」

少女の温もりを全身で感じつつ少年はそっと少女にささやく。
そして小さく、赤子をあやすように低く甘い声でゆりかごの歌を口ずさみながら少女の頭を優しく叩く。

後から少女の顔は見えなかったが寝息はまた規則的に繰り返され始め、安心してくれていることを感じさせた。



アルス「おやすみ マリベル。」



三日月が優しい光を放ちながら夜空を昇っていく。

少年に抱かれて眠る少女の夢には、いったいどんな景色が映っていたのだろうか。

それは少年にも、これから目覚める本人でさえも、わからない。





そして……

446 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/06(金) 20:54:21.33 ID:QSmDR/W/0





そして 夜が 明けた……。




447 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:57:26.55 ID:QSmDR/W/0

以上第14話でした。

マリベル「アルス キーファ 遊んでくれて ありがと。つまらなかったわ。じゃあね。」

…どうしてもこのセリフを言わせたかったんです。

今回のお話には謎の呪術師集団が登場します。
もちろん原作にはいないオリジナルなのですが、
あの世界のどこかにそういう怪しい集団がいてもおかしくはないでしょう。
ましてや過去に魔法大国が実在したという設定を考えれば、
かの大神殿にそういった連中が集まってくることも考えられます。
理由は上記の通りですが、今回はマリベルの噛ませ犬という形でそんな可能性を実現させてみました。

誰しもが一度は「あんな呪文が使えたら」と思ったことはあるでしょう。
それがどんなものであれ、常識を覆す未知のチカラに憧れるのは無理もないことです。
ドラクエの世界には様々な呪文が登場しますね。
炎や氷、雨や風に爆発。傷を癒したり命を蘇らせたり、
変わったものではサンゴの渦を巻き起こすものまで、その種類は膨大です。

ゲームをプレイしている中ではなかなか思い及びませんが、
どんな呪文であれ様々な用途があるはずです。
前回マリベルが生鮮の冷凍保存を思いついたように、
それまで殺傷のために用いられてきた呪文でさえ生活のために役立てることができます。
「ものは使いよう」という言葉がありますが、
どんな技術であれ使い方を工夫すれば生活のために、人の役に立つのです。

されどどんなチカラも万能ではありません。
このお話で書いたように、どれほどの技術を持ち、どれほどのチカラを得たとしても成しえないことがあります。

そんな時、人は自分のちっぽけさを噛みしめることになるでしょう。
どうしようもできない状況に置かれた時、最後にできるのは「祈る」ということです。
わたしは普段超越的なものの存在などまるで意識しませんが、
都合の悪い時(或いは良い時もあるかもしれません)に限っては「神頼み」をしてしまうものです。
でも、実際にはこういうこともあり得ます。
「強い気持ちは、結果に作用する」
知らず知らずのうちに強い想いが行動の端々に現れ、結果的には良い結果を産む。
…なんてことが起こり得るのです。

そこで、せっかく「神さま」のいるドラクエ7なのだからということで
少女マリベルの強い願いが神に届いた結果、少年アルスの呪いは解かれるという
ちょっと奇跡的な展開を思いついたわけです。

少々ベタかと思いますが、話のタネはそういうことなのです。
…が、実際にアルスの呪いを解いたのが「神」なのか「少女」だったのかは、わたしも考えていません。
みなさまのご想像にお任せします。

ちなみにここで登場した移民の町ではPS版と3DS版の両方からキャラクターを出演させております。
誰が誰なのか、みなさんはわかりましたか?

…………………

◇次回はマーディラスでとあるイベントが行われます。
そしてマリベルとあの方との決着は果たして……?
448 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/06(金) 20:58:25.19 ID:QSmDR/W/0

第14話の主な登場人物

アルス
魔物の呪いを受け昏睡状態にあったが、
マリベルの必死の奔走により意識を取り戻す。

マリベル
眠りから覚めないアルスのためにあちこちへ飛ぶ。
祈るその姿は聖職者たちすら息を飲むほど美しい。

ボルカノ
息子の身を案じながらも漁師頭としての仕事をせねばならない自分に葛藤する。
マリベルにすべてを託し、船でアルスの帰りを待つ。

コック長
アミット号の料理長。
日々、アルスとマリベルの成長を目の当たりにし驚くと共に喜びを感じている。

アミット号の漁師たち(*)
一番のひよっこのアルスのことは可愛くて仕方がない。
それだけにアルスの容態を案じている。

サイード
漁師たちと共に商いに挑戦したり、
見た目のわりに重たいアルスを担いだりと忙しい一日を過ごす。
元々ひとが良いため困っている者は放っておけない性質。

神官長(*)
マーディラス大神殿にいる聖職者。
神父たちよりも強いチカラを持つが、呪術師たちに軟禁されていた。

謎の呪術師たち(*)
突如として大神殿を占拠した魔法使いの集団。
魔術を極めんと志すあまり、人としての振る舞いには少々難がある。
マリベルとの勝負に敗れ撤退する。
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/06(金) 22:42:32.03 ID:235p+7+U0
面白い
頑張って
450 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:43:51.52 ID:KtF5zPtg0
>>449
ありがとうございます。
451 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/07(土) 17:44:26.07 ID:KtF5zPtg0





航海十五日目: 仮面の踊る夜




452 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:45:19.33 ID:KtF5zPtg0

アルス「…ん…んん〜……。」

気持ちのいい朝日が少年のいる部屋に差し込んでくる。

どうやら今日も空模様は好調のようだった。

アルス「あれ……?」

昨晩抱きかかえたままだった少女がいない。

アルス「マリベル……?」

辺りを見回しても少女の姿はなく、魔法研究をしている男たちが眠っているだけだった。

アルス「よいしょっと……。」

体を起こしてベッドから出ると少年は自分の持ち物を探るが、例のふくろが見当たらなかった。

どうやら少女が持ち出したらしい。

*「おはようございます アルスさん。」

部屋を出ると朝の早い修道女が少年に挨拶をしてくる。

アルス「おはようございます シスター。昨日は ありがとうございました。」

*「いいえ。お礼なら マリベルさんに。」

アルス「そうだ マリベルは……。」

*「マリベルさんなら 下に降りますが……。」

アルス「そうですか わかりました。」

そう言って少年は少女のもとを目指して階段を降りていく。

*「ああ! お待ちください 彼女は今……!」

少年が修道女の呼び声に気付いたのは階段を降り切ってからだった。

*「き きゃーっっ!」

アルス「…マリベル!」 

突如響き渡る叫び声に少年は少女の危機を感じて走り寄る。

アルス「マリベ……へっ?」

少年の目に映ったのは体を池の中に隠し、腕を胸元で交差させて口をパクパクさせている少女の姿だった。

マリベル「…………………。」

少女の危機の原因は自分自身だと気づいたのはそれからもう間もなく、少年の視界が急に霧で包まれた時だった。

アルス「ま マヌーサ……!」





マリベル「アルスのばかああああ!」





神殿中に響き渡る大絶叫が、その日の朝の目覚ましだったとか。

453 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:46:22.94 ID:KtF5zPtg0

アルス「ごご ごめんよ マリベル! そんなつもりじゃ……。」

マリベル「へんたいへんたいへんたいへんたいへんたいっ!」
マリベル「アルスのえっち! やっぱり あんたは ムッツリすけべなのね!」

アルス「そんな 誤解だってば!」

マリベル「よりにもよって レディの水浴びを覗くなんて サイテー!」
マリベル「旅の間でさえ 見られなかったてのに どうして 今日に限って 油断しちゃったのかしらね!!」

アルス「だから これは たまたま……。」

マリベル「シスターの言うこと 聞いてなかったの? あたしが 入ってるって!」

アルス「それに 気付いた時には もう 遅かったんだって……。」

マリベル「どっちにしろ 見たんでしょ! 見たのよね〜っ!?」

アルス「み 見てない! 決して 裸は見てない!」

マリベル「う〜そつ〜いた〜ら どくばり千本の〜ま……。」

アルス「大事なところは 見てないよ……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ザ……。」

アルス「本当です 信じてください マリベルさま!」



マリベル「キ。」



アルス「ぐふ……。」



[ アルスは しんでしまった! ]



死の間際、意識の遠のく中で少年はこんなにあっさりと死んでしまうにもかかわらず、不思議と心地よいと感じていたのだった。
それは最後に見た少女の顔が羞恥と怒りと驚愕が入り混じったようななんとも言えない悩ましさを湛えていたからかもしれない。










The end.





454 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:48:02.05 ID:KtF5zPtg0










アルス「ここはどこだろうか。」










神「おお アルスよ しんでしまうとは なさけない…。」



神「そなたに もういちど きかいを あた……。」





アルス「えっ なんですって?」





神「…た…び… の……な……… …い…う……。」





アルス「うわっ うわあああ!」




455 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:49:19.53 ID:KtF5zPtg0

*「ザオリク。」

アルス「う ううん……。」

少年がわけのわからない夢を見ているとどこからか少女の声が聞こえ、意識は再びこの世に引き戻されていた。

アルス「いたた……。」

*「気が付いたかしら?」

アルス「…っ!」

真上から降ってきた声に少年は一瞬戦慄を覚える。
もちろんその声の主は先ほど自分を正体不明の世界に追いやった魔王のそれだったからだ。

アルス「ひぃ おたすけ……!」

再び少年は目を瞑る。

”まさかこのまま死と生を無限に繰り返されるのではなかろうか”

そんな恐怖がこみ上げてきたからだ。

アルス「…………………。」

しかしいつまで経っても恐怖の言葉は降ってこない。

アルス「……?」

恐る恐る目を開けるとそこには少女の顔があった。

アルス「マリベル……さま…?」

そもそもここはどこなのだろうか。少女の名前を呼ぶが返事は返ってこない。

アルス「ぼくは いったい……。」

マリベル「アルスのえっち。」

アルス「だ だから……。」



マリベル「どうだった?」



アルス「えっ!」

456 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:50:06.63 ID:KtF5zPtg0

少年にはわけがわからなかった。

少女の頭ごしに見える景色は吹き抜けの天井。
頭の感触に気付けばそこは少女の膝の上。
顔を真赤にして問う少女。

必死に頭を回転させて少女の言わんとしていることを探り当てようと試みるも、いまいち確信はもてない。

アルス「それは つまり どういう……。」

マリベル「だ だから あたしの裸 みたんでしょ…?」

アルス「い いや だから……。」

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

マリベル「ママにすら 見せなかったのに…… ぐすん。」

アルス「わっ わっ マリベル 待って!」

マリベル「ぐす……なによ。」

アルス「その ……きれいだったよ。」

マリベル「…………………。」

アルス「大事なところは やっぱり見てないけど。」

マリベル「……ほんと?」

アルス「うん。ぼくの目に 狂いはない。」

マリベル「…アルス……。」

アルス「…マリベル……。」





マリベル「……ザキ。」





アルス「ぐはっ。」



それが少女の照れ隠しだったのか本当の怒りだったのかはわからない。しかし少年は薄れゆく意識の中こう思うのだった。





“ちゃんと 見ておけば 良かった。”





[ アルスは しんでしまった! ]




457 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:50:46.65 ID:KtF5zPtg0



マリベル「仮面舞踏会?」



*「ええ グレーテ姫の思い付きで 今日 ここで 開催されるんです。」

アルス「…………………。」

あれから再びこの世に舞い戻った少年と二度の殺人を犯した少女は、
神殿に住まう修道女から本日ここで開催されるという国の催事について情報を得ていた。

マリベル「ふうん。面白そうじゃない ね アルス!」

アルス「……そうだね。」

興味津々の少女に対して明らかに不機嫌そうな少年が答える。

マリベル「で それって いつ頃 始まるのかしら?」

*「夕方から 真夜中までと 聞いています。よろしければ ご参加していってみては?」

マリベル「おほほほ! ついに このあたしも 社交界デビューってわけね!

アルス「…そう 楽しんできてね。」

マリベル「……えっ?」

“きっと自分が行くと言えばとりあえず自分も行くと少年は言うだろう”

そんな流れを予想していた少女は豆鉄砲を喰らったかのように目を見開いている。

アルス「ぼくは ちょっと 体調が悪いから 今日は大人しくしてるよ……。」

マリベル「ちょちょ ちょっと アルス! あんたってば あたしを一人で 行かせる気っ!?」

想定外の事態に少女は狼狽する。

アルス「ごめん マリベル。でも きっと きみなら 大活躍 間違いなしだよ。」

少年は淡々と答える。

マリベル「…………………。」
マリベル「おーほほほ! そうよね。あんたがいなくても あたし一人で 会場を沸かせるには 十分よね〜… ほほほ……。」

いまいち開き直れず少女は中途半端に威張って言う。

アルス「ぼくも 応援してるよ マリベル。」

少年はまっすぐ少女を見据えて言う。その瞳にいつもの輝きはなく、言われてみれば体調が悪そうとも見えなくはない。

*「……?」

二人の微妙な変化に気付かぬ修道女は疑問符を頭上に浮かべて首をかしげるしかなかった。


458 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:51:47.02 ID:KtF5zPtg0

*「…え……。」

*「ね…………す…。」

アルス「…………………。」



*「ねえったら!」



アルス「…ん……?」

マリベル「ん〜? じゃないわよ!」

神殿からの帰り道、うわの空で絨毯を飛ばしていた少年は少女の声に気付かずにいたようで、
痺れを切らした少女が少年の肩を揺すりながら呼ぶ。

マリベル「ねえ もしかして 怒ってるの?」

アルス「…怒る? ぼくが?」

マリベル「そうよ……。」

アルス「どうして?」

マリベル「そりゃあ あんた……。」

アルス「船が 見えてきたよ。」

マリベル「えっ。」

自分の思考を遮る少年の言葉に視線を前へ移すとそこには確かに港に停泊する漁船アミット号の姿があった。

アルス「みんなにも 迷惑かけちゃったな。」

明らかに落胆した様子で少年が言う。

マリベル「そ そうよ! あんたのために みんな 苦労したんだからね!」

アルス「うん。」

少年を叱咤する。

そうでもしなければ少女は平常心を保っていられないような気がしていた。

マリベル「みんなに ちゃんと お礼言っとくのよ? とくに ボルカノおじさまと サイードは あんたのこと……。」

アルス「わかってる!!」

マリベル「っ……!」

アルス「っ…! ご ごめん……。」

無意識だったのだろうか、普通に言ったつもりが大声になってしまい少年は自分でも驚き、すぐに少女に謝罪する。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

“いったい彼女は今どんな顔をしているのだろうか”

後に座るその人の表情を想像しただけで少年は心に凍てつく刃が突き刺さるような感覚を覚えた。

アルス「ごめん……。」

しかし少年には振り返る勇気がなかった。
どんな脅威にも立ち向かっていくいつものあふれ出る勇気は微塵も出なかった。

マリベル「…ん……。」

少女も小さく返すだけでそれ以上の言葉はでなかった。
次に出てくる言葉はきっと少年だけではなく、自分すら傷つけてしまうのではないか。
そんな恐怖が背筋を走り、とてもではないが何かを話す気にはなれなかった。

459 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:52:40.96 ID:KtF5zPtg0



ボルカノ「アルス! マリベルちゃん やったな!」



船に到着してからは物凄い歓迎ぶりだった。船員たちが全員甲板に集まって少年と少女を迎え、その無事を喜んだ。

*「おかえり アルス!」

*「おまえが いないと どうにも 落ち着かなくてよ〜。」

*「一時は どうなるかと 思いましたよ……!」

アルス「父さん みなさん 心配をおかけして すみませんでした。」

詰め寄る漁師たちに少年が俯く。

ボルカノ「気にするな。」
ボルカノ「おまえが 無事 戻ってくれた。それだけで もう 言うことはねえ。」

そんな息子の肩に手を置き船長が微笑む。

コック長「マリベルおじょうさんも よく がんばりましたな!」

マリベル「……うん。」

なんとも言えない表情で少女が料理長の労いに頷く。

*「聞いた話によると 今日は 仮面舞踏会ってのが あるそうじゃ ないか。」

そんな折、銛番の男が城下町で耳にかじった話を持ち掛ける。

ボルカノ「今日は この国で 一泊するから ふたりで 行って来たら どうだ?」

アルス「せっかくの ところ 悪いんだけど ぼくはちょっと 体調が……。」

気を利かす父親に返す少年の表情は、どうにも浮かないものだった。

マリベル「…………………。」

ボルカノ「むっ? まだ 呪いの影響が残ってるのか?」
ボルカノ「なら まあ 無理はするな。」
ボルカノ「これから ここのお姫さまんところに 行くんだが お前は 船か宿で 休んでいたほうがいいだろう。

アルス「はい ごめんなさい。」

ボルカノ「いいってことよ。」
ボルカノ「マリベルちゃん 悪いんだが 一緒に 城に行ってくれるか?」

マリベル「も…もちろんですわ。」

一瞬狼狽した様子を見せるも、なるべく悟られないように平静を装って少女は答える。

サイード「ボルカノどの おれもお供していいですか?」
サイード「この国でしばらく 厄介になる以上 君主に挨拶ぐらいしておかねばと 思いまして。」

ボルカノ「おう! かまわねえぜ。」

サイード「ありがとうございます。」

こうして少年を船に残して漁師たちは城下町へ、
船長と少女、それから砂漠の民の青年は城へと向かってそれぞれ歩き出すのであった。


460 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:53:14.58 ID:KtF5zPtg0

ボルカノ「へえ この国のお姫さまってのは そんなに すごい人物なのか。」

マリベル「そりゃ すごいなんて もんじゃないわ。…もう いろんな 意味で。」

サイード「ほう そいつは 楽しみだな。」

城下町を抜けた橋の上、漁師たちと別れた三人はこれから謁見する国の主のことについて話していた。

マリベル「なんせ あの年で こんな大国を仕切ってるんだから 仕事のできは たしかよ。」
マリベル「ただ……。」

ボルカノ「ただ?」

マリベル「…………………。」

言葉の続きは出てこず、代わりに少女は沈黙する。

サイード「……?」

マリベル「二人とも お願いがあるんだけど……。」

ややあって口を開いたかと思えば少女は立ち止まり、神妙な面持ちで二人を交互に見やる。

ボルカノ「なんだい?」

マリベル「その… お姫さまには アルスが来てること 黙っててほしいの。」

サイード「なにか あったのか?」

マリベル「…………………。」

青年の問いにも、少女は俯いて何も話そうとしない。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「わかった。アルスは家にいることにしよう。」

サイード「まあ いいだろう。」

見かねた少年の父親が気を利かして承諾すると青年もそれに続く。

マリベル「ごめんなさいね。」

申し訳なさそうに言う少女の目には若干の安堵の色が浮かぶ。

件の姫が住まう城は、もう目の前に見えていた。

461 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:55:14.80 ID:KtF5zPtg0

アルス「ふー……。」

一人船に残された少年は船縁に腕を置いて海の彼方を見つめていた。

アルス「久しぶりだな……。」

“こうして一人で静かな時をのんびり過ごすのはいったいいつ以来だっただろうか”

“過去の世界で魔王を倒してつかの間の休息を得た、あの時が最後だっただろうか”

アルス「…………………。」

少年は潮風を受けながらこれまでの旅のことを思い出していた。
幼馴染二人と好奇心から旅を始めて紛れ込んだ過去の世界。
初めて見た魔物への恐怖や高揚感。救われない人々と救われた人々。
新しい仲間との出会いと親友との別れ。少女の離脱。
魔王との邂逅。偽りの神の降臨。封印された故郷と伝説の海賊たち。
世界の復活と魔王の出現。そして全員で挑んだ魔王との最終決戦。

アルス「ふふっ。」

わずか二年のうちに起きたあっという間の出来事。
しかしそのどれもこれもが昨日のことのように思い出される。
それほど凝縮されて濃い時間だった。
そしてそれは少年にとってかけがえのない思い出であり、そのすべてが今の少年を形作っていた。

あの出来事がなければいまだに自分は臆病な漁師の息子としてある意味幸せに過ごしていただろう。
だが今は別の意味で幸せに過ごしていると言えた。
何も知らない幸せと、運命を切り開き、すべてを受け入れ充実のうちにいる幸せとでは天と地ほどの差があったのだ。

こうして今の自分がいること、それそのものが少年の幸せだった。

そしていつも隣には少女がいる。旅の始まる前のあの日と同じように。

そこまで思いを巡らせて少年は少女の顔を思い出す。

アルス「マリベル……。」

幼馴染の少女はどんなに文句を言っても結局は最後まで自分と共に旅を続けてくれた。

少年にはわかりかねていた。

少女を突き動かしていたのは彼女の好奇心なのか、彼女なりの使命感だったのか。

答えはどちらも正しかった。だがそれだけではなかった。

今回の船旅の初日に少女はもう一つの答えを教えてくれたのだ。

“あんたと 一緒に いたかっただけ”

少年は嬉しかった。小さい頃から一緒に育った少女はこんな自分のことを好いてくれていたのだ。

ワガママで、高飛車で、見栄っ張りで、強情で、人を見れば毒を吐く表向きの姿。

今思えばそのどれもが少年に対する寂しさで、自信のなさと素直じゃない優しさの裏返しだったのかもしれない。

だが、少女は勇気を振り絞って思いの丈をぶつけてくれた。

少年は思った。“二度とこの笑顔を曇らせまい”と。

しかし実際はその顔を濡らしてばかりだった。
旅の最中どんなに辛いことがあっても涙を見せなかったあの少女が、この船旅ではか弱い女の子のようにその目を泣き腫らしている。

魔王すら打ち倒したあの英雄の少女が。

アルス「…どうして………。」

その原因を作るのはいつも少年だった。

“いつも泣かせるのは自分だ”

“どうしてこんなにも彼女を悲しませているのか”

“何が彼女を弱くしてしまったのか”

思えば今朝だってそうだった。必死になって自分を眠りから覚まさせてくれた少女。
その顔を再び自分が曇らせてしまうことになろうとは思いもしなかった。
自分に非があるとはいえ、あの仕打ちにはすっかり堪えてしまい一刻も早く少女と離れたくなり、いつにも増して口数が減ってしまった。

そして今に至る。

思えばそれすら彼女を傷つけていたのかもしれない。
462 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:55:54.08 ID:KtF5zPtg0

アルス「くそ……!」

少年は自分の不甲斐なさを恨んだ。

“どうしていつもこうなるのだろう”

良かれと思ってすることは結局彼女を悲しませてしまい、最後は自分で彼女を慰めることになってしまう。

“どうすれば彼女は笑ってくれるのか”

“どうすれば彼女は喜んでくれるのか”

アルス「わからない……。」

*「にゃん。」

トパーズ「な〜。」

気付けば足元で二匹の猫が少年の顔を見上げていた。

トパーズ「な〜うなうなう〜。」

お腹でもすいたのだろうか、少年の脚に前足をかけて伸びあがり何かを催促しているように見える。

アルス「ごはん?」

トパーズ「…………………。」

アルス「はは… わかったよ。」

“少し頭を冷やそう”

“彼女のことはそれからゆっくり考えればいい”

そう思って少年は猫を連れて船室へと下っていく。



太陽はちょうど少年の真上まで差し掛かっていた。


463 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:57:09.53 ID:KtF5zPtg0

グレーテ「よくぞ まいった 旅の者たちよ。」

少年が一人甲板で海を見つめていた頃、三人はマーディラス城の謁見の間にやってきていた。

ボルカノ「お目にかかれて 光栄です 姫さま。」

先陣を切って船長が挨拶をする。

グレーテ「うむ くるしゅうないぞ。」

ボルカノ「本日は わが グランエスタード王より 親書を お届けにまいりました。」

[ ボルカノは グレーテに バーンズ王の手紙・改を 手わたした! ]

グレーテ「なんと! エスタードとな?」
グレーテ「むっ そなたは!」

姫はそこで男二人の背に紛れていた少女に気付く。

マリベル「ごきげんうるわしゅう。お姫さま。」

二人が間を開けるとその場で少女はドレスの両端をつまんで挨拶する。

グレーテ「マリベルではないか! ということは……。」

マリベル「お生憎 アルスはいませんわ。ね ボルカノおじさま。」

そう言って少女は少年の父親の顔を見て目配せをする。

ボルカノ「ん? ああ そうだな。」

グレーテ「…そのほうは アルスとは どういう関係なのじゃ?」

二人の会話を聞いて疑問に思った姫が少年の父親に尋ねる。

ボルカノ「申し遅れました。わたしは アルスの父親で ボルカノという者です。」

グレーテ「なんと! アルスのお父上であったか! これは これは 失礼いたした。」
グレーテ「わらわは グレーテ。このマーディラスの あるじじゃ。」

少年の父と聞いた途端、姫は佇まいを直し改めて名乗る。

ボルカノ「ははっ。」

グレーテ「して なにゆえ そちたちが まいって アルスが 来ておらんのじゃ?」

マリベル「そ そのアルスは……。」

ボルカノ「アルスは 漁師としての修行をするべく 一人で漁にでております。」

少女の言葉を遮るように少年の父親が語る。

グレーテ「むう… やはり アルスは 漁師になると申すか… ううむ……。」

ボルカノ「…なにか?」

グレーテ「いいや なんでもないぞえ?」

マリベル「…………………。」

グレーテ「もし アルスが その気になってくれれば わらわの夫にと 思っていたのじゃがのう……。まこと 残念じゃ。」
グレーテ「…………………。」

姫は俯いて悲しそうに眼を伏せていたが、しばらくすると顔を上げて言う。

グレーテ「しかし アルスが 目指す道とあらば わらわも 全力で 応援するまでじゃ。」
グレーテ「ボルカノどの マリベル。アルスを頼んだぞえ?」

マリベル「えっ……!」

グレーテ「わらわの目は 誤魔化せんぞ? ……そちの気持ちもな。」

マリベル「そ そんな あ あたしは……。」

グレーテ「よいよい。無理に申さんでも。同じ男に 惚れてしまった オトメの気持ち わらわにはよくわかるぞ?」

言いよどむ少女に姫は微笑みかける。

マリベル「姫さま……。」

グレーテ「…わらわも 新しい恋を 探さねばならんようじゃの。」

名残惜し気な溜息が、静寂を押し流していく。
464 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:57:54.12 ID:KtF5zPtg0

グレーテ「……さて この話はこのへんにしておいて と。」
グレーテ「ボルカノどの そなたらの王には 良きに計らう旨 伝えておいてくれぬか。」

ボルカノ「ありがとうございます。」

グレーテ「うむ。」
グレーテ「それで…… そのほうは?」

忘れていたと言わんばかりに姫は青年に声をかける。

サイード「砂漠の民 サイード と申します。旅の道すがら しばしの間 貴国でご厄介になりますので ご挨拶にと。」

少し後ろから三人のやり取りを眺めていた青年は前に出ると深々と頭を下げて挨拶する。

グレーテ「ほっほっほ! そうであったか。」
グレーテ「見れば そちも 若くて なかなかの ハンサム顔じゃのう。」

サイード「め 滅相もございません。」

グレーテ「つれないのう。」
グレーテ「…まあよい。しばらく ゆっくりしていくがよいぞ。」

サイード「ははっ。」

グレーテ「そうじゃ せっかく 今日 ここにいるのじゃからな。みな 仮面舞踏会に 参加するがええぞえ。」
グレーテ「顔も分からぬ誰かと 手をとって踊るとは なんと トキメキであろう……。」
グレーテ「ま わらわほどの 美貌をもってすれば 仮面の上からでも バレバレじゃろうがの。ほっほっほ!」

そう言って姫は口元を押さえて上品に笑うのだった。


465 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 17:59:15.99 ID:KtF5zPtg0



ボルカノ「しっかし 驚いたな。」



無事謁見を済ませた三人は再び城下町へと戻ってきていた。

ボルカノ「アルスに あんな キレイなお姫さまの知り合いが いたとはよ。」

サイード「しかも アルスに惚れていたと……。」
サイード「まったく どこまでも すごい奴だよ。」

青年と船長は先ほど会ったばかりの姫について感想を述べあっていた。

マリベル「…………………。」

ボルカノ「どうしたんだい マリベルちゃん。」

サイード「浮かないを顔してるな。」

目の前で恋敵が降参したというのに少女はどこか落ち着かない様子で手を擦っている。

しばらくそのままでいたが、少女は意を決したのか手を下ろして少年の父親に話しかける。

マリベル「ねえ ボルカノおじさま。」

ボルカノ「なんだい?」

マリベル「もし アルスが漁師にならないで 王さまになるって言ったら ボルカノおじさまは どうしました?」



ボルカノ「…………………。」



ボルカノ「あいつの 好きにさせただろうな。」



マリベル「えっ……。」

ボルカノ「オレは もともと どんな道であっても あいつの好きにさせてやるつもりだったんだ。」
ボルカノ「だが あいつは 漁師になって オレのあとを継ぐことを選んだ。」
ボルカノ「どんな 理由があったかは 知らねえが オレはそれだけで じゅうぶんだよ。」

マリベル「…………………。」

466 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:00:01.20 ID:KtF5zPtg0

やはり少年の父親は誰よりも少年のことを信頼していたのだ。
息子がたとえどんな道を選ぼうと、それが息子の決めた道ならば大手を振って見守ろうと。

思えば今はいないもう一人の幼馴染の父、グランエスタードの王もそうだった。
一度は落胆したものの、彼もまた息子の進んだ道に誇りをもちその背中を全力で押してやったのだ。

“親というのはそういうものなのだろうか”

そんな風に少女が考えていた時だった。



ボルカノ「きっと マリベルちゃんも そうだったんじゃねえのか?」



マリベル「っ……。」

どうやら少年の父親にはお見通しのようだった。

船出の日に確かめ合った互いの気持ち。それは偽りのない本心からの言葉だった。
愛する者の進む道ならばどんな形であれそれを応援してあげたいと。

ボルカノ「あいつは幸せもんだな。こんなにも いろんな人から 愛されてよ。」
ボルカノ「父親として 鼻が高いぜ。」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「ところで マリベルちゃん 今日は舞踏会に行くんだろ?」
ボルカノ「衣装は 大丈夫なのかい?」

マリベル「へっ!?」

ボルカノ「たぶん それなりにみんな めかしこんで来るだろうし マリベルちゃんも 今のうちに パーティー用の ドレスをさがしておいた方が いいんじゃないのか?」

マリベル「あ いけない… すっかり 忘れてた……。」

父親の言葉に少女は口を押えて俯く。

サイード「じゃあ ここからは 別行動だな。」
サイード「おれは まだ 参加するか決めてないが まあ いざとなれば 適当に見繕って 行くとするさ。」
サイード「いまは ひとまず 城下町を散策してくるかな。」

そう言って青年はあいさつを交わして雑踏の中に消えていった。

ボルカノ「オレも野郎どもと合流して 今日は 羽休めといくか。」
ボルカノ「それじゃあな マリベルちゃん。」

マリベル「あ…はい……。」

そうして漁師頭も宿屋の方を目指して去って行った。

マリベル「…………………。」

一人きりになった少女はしばらくその背中を見つめていたが、やがて服飾店を見つけると吸い込まれるようにその中へと消えていった。



今は昼時。



舞踏会の始まりまでは、まだ時間がたっぷりあった。


467 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:01:11.91 ID:KtF5zPtg0



マリベル「うーん。」



少女はまるで魔王と対峙するかのような真剣な目つきでドレスの品定めに興じていた。

*「舞踏会に ご参加するのですか?」

見かねた店主の女性が尋ねる。

マリベル「ええ。」

*「それでしたら こちらのドレスはいかがですか?」

そう言って店主は少女に桃色の可愛らしいふっくらとしたプリンセスタイプのドレスを見せる。

マリベル「かわいいわね。」

*「これなら お客様にもぴったりですよ。」

少女の体にドレスを当てて店主が微笑む。

マリベル「…………………。」

しばらく少女は鏡に映った自分の姿を見つめる。
もう十八になる少女だったが世の中の女性からすれば決して背のある方ではない。
旅を始める前よりかはプロポーションも抜群になったと自負はしていたが、
それでも豊満な体を武器にする踊り子たちにはかなわないとはわかっていた。
しかし端整な少女がこの何重にもフリルをあしらったふわふわのドレスを着れば、
それこそ世界中の男たちを虜にする“マリベル姫”が誕生することだろう。

マリベル「そうかもしれないわね。でも……。」

*「はい なんでしょう。」

マリベル「あっちのでいいわ。」

そう言って少女が指さしたのは、今着ている普段着の青いワンピースよりも控えめな紺色でストラップレスタイプのロングドレスだった。

*「たしかに お似合いだとは思いますが… 舞踏会には 少々 地味じゃないですか?」

店主の言う通り、そのドレスはスパンコールのような派手さもなく、フリルのような可愛さもない。
クリノリンでスカートを広げもしない。
腰から少しだけロングスカートを浮かせただけの何の飾り気もない素朴なドレスだった。

マリベル「いいのよ。これくらいが あたしには おあつらえ向きだわ。」

しかし少女は譲らなかった。

*「でも 良い生地を使ってるんですよ これは。きっと お客様の肌で 実感していただけますわ。」

マリベル「そう それは 楽しみね。」

店主もそれ以上は何も言わなかった。素直にそれを勧めてくれ、少女は購入を決めると軽く会計を済ませる。

*「ありがとうございました! また お越しくださいませ。」

決して安い買い物ではなかったが少女の財布は旅を終えた今や無尽蔵と言ってもよかった。

“彼もこれくらいなら笑って許してくれるだろう”

そう思いながら少女は店を後にするのだった。

468 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:01:54.52 ID:KtF5zPtg0

マリベル「お腹すいた……。」

服飾店を後にした少女は昼食をとりに再び町へと繰り出す。

マリベル「相変わらず 賑やかなところね。」

久しぶりに見て回るマーディラスの都は活気にあふれていた。
歌いながら踊りの練習をする男女、楽器の練習に余念のない楽師、しゃがれた声で歌う二人組の屈強な男。

”ここの空気を吸っていれば自分もこんな風になってしまうのだろうか”

そんなことを少女が考えていた時だった。



*「あれ〜 そこにいるのは マリベルじゃないのかい?」



不意に後ろから呼び止められ振り返るとそこには赤髪のハンサム顔の男が立っていた。

マリベル「ヨハン!」

ヨハン「いつもと 恰好が違うから 一瞬 誰だか わからなかったな。」
ヨハン「にしても 魔王討伐のがいせん 以来じゃないか! 元気してたかい ベイビー!」

マリベル「だ〜れが ベイビーよ。あいかわらず 調子いいのね。」

ヨハン「これから お昼かい? なら 一緒にどう?」

青年はいつもの調子でナンパするかのように少女を誘う。

マリベル「…………………。」
マリベル「まあ いいわ。どっか 良い店でも 紹介しなさいよ。」

ヨハン「ありゃ てっきり 誰があんたと! とか言われるかと 思ったんだけど。」

拍子抜けといった感じで青年は冗談を飛ばす。

マリベル「ぶっとばすわよ?」

対する少女はむっとした様子でにらみつける。

ヨハン「こわいなー! よしてくれよ。」

マリベル「行くの? 行かないの? あたしは別に 一人でも かまわないんですけど。」

ヨハン「わ〜かった わーかった! 案内するから ついてきなよ ベイビー。」

そうして不機嫌な少女を連れて青年は陽気に歩き出すのだった。

469 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:03:28.05 ID:KtF5zPtg0



*「いらっしゃい。おや ヨハン 新しいガールフレンドかい?」



ヨハン「ははっ まあ そんなところさ。」

マリベル「な〜に うそ 吹き込んでるのよ。」
マリベル「マスター こいつが 女の子連れてたら どいつもこいつも シリガル女だと 思わない方がいいわよ。」

*「はははは! こいつはまた 気の強そうなコだ。」
*「それで ご注文は? おじょうさん。」

マリベル「豆のスープでも 貰おうかしら。」

ヨハン「オイラ がっつり肉が 欲しいぜ。」

*「あいよ。」

注文を聞き終えると店の主人は背を向けて調理に勤しむ。

ヨハン「そういや アルスは 一緒じゃないのかい?」

青年は先ほどから疑問に思っていたことを口にする。
少女は基本的にあの少年とセットで現れるものだとばかり思っていたからだ。

マリベル「ああ アルスなら 体調が悪いって言って 休んでるわよ。」

少女はなるべく悟られまいとあっけらかんと答える。

ヨハン「へえ 珍しいこともあるもんだな。あの ビンビンのアルスが 調子悪いだなんてよ!」

マリベル「そうね……。」

ヨハン「なんだよ 元気ねえなあ ベイビー。もしかして そのことで アルスと何かあったのかい?」

マリベル「ばっ バカ言わないでよね!」

ヨハン「ははぁ〜ん そうかそうか!」

青年は経験豊富なだけあってこの手のことには非常に勘が良いらしく、
少女が何かを隠していることはすぐにわかってしまったようだ。

マリベル「ちょっと ヨハン〜?」

ヨハン「うっ。まあ なんだ。どんなことがあっても あいつなら 大丈夫さ! うん。」

マリベル「…………………。」

青年の適当な言葉を聞き流しつつ少女は先ほどの姫の言葉を思い出していた。
彼の生き方や行く道がどんなものであれ応援したいという気持ちは、どうやら彼の姫とて同じようだった。
だが彼女は立場上、自分がここから離れるわけには行かないという使命感から少年のことを諦めたのだった。

マリベル「は〜……。」

どこかで安堵する自分がいたが、一方で彼女に対して申し訳ないような気がしてならなかった。
嘘をついて少年の居場所を隠したことも、自分が少年を独り占めしてしまったことも。
好いてしまったものを諦めるということはどれほど辛いことなのか、
何度と歯がゆい思いをしてきた少女にはそれが痛いほどわかっていた。

*「どうぞ。」

マリベル「ありがと。」

どうしても拭えない後ろめたさのせいか、出された食事もほとんど味を感じられなかった。


470 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:04:18.59 ID:KtF5zPtg0

マリベル「つき合わせて悪かったわね ヨハン。」

酒場を後にして宿屋の前までやってきていた二人はそこで別れることにした。

ヨハン「いいってことよ。かわいい女の子と 過ごせるなら オイラは本望さ。」

少しも気にしていない様子で青年は軽口を飛ばす。

マリベル「ったく 少しはうちのアルスを みなら……。」
マリベル「…………………。」



“口が滑った!”と言わんばかりに少女は両手で口を押える。



ヨハン「…………………。」
ヨハン「ぶふっ!」

マリベル「なっ!」

ヨハン「悪い悪い! うん! わかってるから! な〜んも言わなくていいって。」

マリベル「なによ バカにして……!」

ヨハン「う〜ん。何か悩んでるなら 直接その人と 腹割って話した方が 早いこともあるってもんだぜ? ベイビー。」

マリベル「えっ?」

ヨハン「それが アルスだか お姫さんだか 知らないけどよ。」

マリベル「…………………。」

まさかこの青年にそんなことを言われるとは思ってもみなかった少女は、ぽかんと口を開けて瞬きをするだけだった。

ヨハン「まっ オイラは 師匠と 舞踏会で演奏する曲の 確認があるから もう行くけどな しっかりやれよ? マリベル。」

そう言って青年は背を向けて町の北へと歩き出す。



マリベル「ヨハン!」



ヨハン「……なんだい?」

青年は振り返り尋ねる。

マリベル「ありがとう。たまには あんたも 良いこと言うじゃない。」

ヨハン「惚れちゃったかい ベイビー?」

マリベル「バーカ。あんたこそ 早く 本命を決めなさいよ!」

ヨハン「ははっ 言われちまったぜ。じゃ!」

そう言って今度こそ青年は自分の家へと帰っていった。

マリベル「さーてと。あたしも 少し休んでいこうかしら。」

一人呟き、少女も宿の中へと消えたのだった。


471 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:05:20.26 ID:KtF5zPtg0



大臣「姫さま そろそろ よろしいかと。」



大神殿の彼方、眩しい夕日が地平線へと沈み、辺りは暗がりに包まれていた。

グレーテ「うむ! では みなのもの これより 仮面舞踏会を はじめる!」

若き為政者の号令が響き渡るとロウソクが灯され、集まった数百もの人々がざわめく。

大臣「静かに!」

グレーテ「それでは ヨハンたちよ 良い曲を頼むぞえ。」

ヨハン「まっかせなって!」

*「うぉっほん。」

ヨハン「ま まじめにやるよ 師匠……。」

そんなやり取りの後、大神殿の広場には軽快なメロディーが流れ始める。

*「こんばんは マダム。」

*「よろしくてよ?」

*「どう?」

*「あら 素敵……。」

*「踊りましょうよ。」

*「ぼくと いかがですか?」

集まった人々は皆派手な衣装に身を包み、顔には上半分だけを覆うアイマスクを着用している。
よく見ればそれが誰だかはわかってしまいそうではあったが、
月光とロウソクの灯りだけでは誰かを特定するのは少々心もとないものだった。

それでも彼らは意中の異性を見つけては思い思いのステップを踏んで楽しんでいる。

マリベル「…………………。」

広場の隅、休むために設けられた卓に少女はいた。
昼間に購入した控えめのドレスに真っ白なマスクはこの場においては少々場違いなほどに地味に見える。
周りの女性たちはというと、赤やピンク、黄色や薄緑、花嫁のように純白のドレスに身を包んだ者もいる。
どうやら彼女たちは暗がりでも目立つ明るい色を好み、闇に紛れる暗い色を選んだ者は少女以外に誰もいなかった。

マリベル「……そろそろね。」

そう呟くと少女は広場に躍り出るのではなく、そっと席を外してある場所に向かっていった。

472 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:05:49.49 ID:KtF5zPtg0

グレーテ「うむうむ みな 楽しそうにしておるのう。」

踊りに興じる民を見回して若き女王は言う。

大臣「姫さまも そろそろ 踊りに行かれてはいかがですか?」

グレーテ「そうじゃの… いや 大臣こそ 先に行ってまいれ。」

大臣「……?」

グレーテ「わらわに 客が来ておるでな。」
グレーテ「……のう マリベル?」

マリベル「グレーテ姫……。」

そこには仮面を外した少女が立っていた。

473 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:07:20.14 ID:KtF5zPtg0

グレーテ「いったい どうしたというのじゃ?」

大臣と別れ、人払いを済ませた姫と少女は広場にある壇の下にやってきていた。

マリベル「…………………。」
マリベル「あたし あなたに 謝らないといけないことがあるの。」

グレーテ「はて わらわは 身に覚えがないのじゃが?」

不思議そうに首をかしげる姫を横に少女は俯いたままポツリポツリと語りだす。

マリベル「……ホントはね アルス 来てるんだ。」

グレーテ「……ふむ。」

マリベル「今は 体調崩して 港にいるはずなんだけど…。」
マリベル「来てるって言ったら 絶対 会いに行くと思って……。」

グレーテ「そうじゃのう アルスの身に なにか あったら わらわも 気が気でないわい。」

マリベル「もし そうしたら なんだか あいつを 取られちゃうような気がして。」
マリベル「あたしが 独り占めしたいからって 嘘ついてたの……。」

グレーテ「…………………。」

マリベル「でも あなたは あいつが英雄だからとか 外見がいいとか そんなんじゃなくて 本当にあいつのことを 好きだったんだって わかって……。」
マリベル「自分が 恥ずかしくなったわ。」
マリベル「あいつが どんな道を選んでも それを応援したいって気持ちは あたしも おんなじはずだったのに。いざ ここに来たら なんだか怖くなって……。」
マリベル「ごめんなさい。グレーテ姫。あなたのほうが よっぽど あいつにふさわしい人よ。」





グレーテ「…………………。」





グレーテ「まっこと そなたは 優しい奴じゃのう。」




474 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:08:40.21 ID:KtF5zPtg0



マリベル「えっ……?」



グレーテ「恋敵に ここまで 本音を打ち明けるおなごが どこにいると いうのじゃ?」

マリベル「…………………。」

グレーテ「わらわはの 最初からこうなることは わかっておったのじゃ。」
グレーテ「そなたらを見れば 一目でわかる。わらわが 割って入れる間柄ではないとな。」
グレーテ「じゃがの わらわは ほれ この通り ろくに恋などしたことがない。」
グレーテ「……まあ なんじゃ。アルスには ヒトメボレしてしまったのじゃよ。」
グレーテ「それで アルスには 二人きりで 言い寄ってはみたりはしたがの。…最初から アルスの心は 決まっておったんじゃろうて。」
グレーテ「…………………。」
グレーテ「かなわぬ恋と知りながら わらわは 夢を見たかったんじゃ。」
グレーテ「謝らねば ならんのは わらわの方じゃのう。わがままな わらわを 許しておくれ マリベル。」

マリベル「そんな! …よしてよ。」

グレーテ「じゃがのう! わらわは決めたのじゃ!」

マリベル「えっ!?」

グレーテ「きっと そちに 負けぬような 燃ゆる恋を してやるのじゃとのう!」

マリベル「…………………。」

グレーテ「今日とて そのために 若い男を たんまり集めたんじゃからのう! ほっほっほ!」



マリベル「ふ… フフフ!」
マリベル「ねえ グレーテ姫さま。」

グレーテ「堅苦しいのう マリベルとわらわの仲じゃ グレーテでよい。」

マリベル「…グレーテ。」

グレーテ「なんじゃ?」

マリベル「一緒に踊りましょ?」

グレーテ「そなたとか? ほっほっほ! いいじゃろう。」
グレーテ「じゃが わらわは 踊りにはちと うるさいぞえ?」

マリベル「望むところよ! こう見えて あたしも おどりこを マスターしてるんですから!」

グレーテ「ほほっ 楽しみじゃ。」



そうして二人は持っていた仮面を付けなおすと、再び踊りと音楽の中へ戻っていったのであった。



475 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:11:39.70 ID:KtF5zPtg0

マリベル「ふー……。」

姫との踊りを終えた少女のもとには多くの男性が詰めかけ、
その一人一人の相手を終えて少女は席につき優雅に酒をたしなんでいた。
一方の姫と言えばまだ楽しそうに若い男の相手をしている。

マリベル「あー しんど…。」

“ちやほやされるのは嫌いじゃない。”

そう思っていた少女だったがいざ沢山の男に囲まれてみれば
“肩は凝る”、“疲れる”、おまけに“面倒くさい”と散々な感想を抱いていた。

社交界というものはこんなものなのだろうかとどこか辟易とし、
つくづく自分は田舎娘にすぎないのだと、心の底でどこか否定したかった部分を完全に裏付けてしまう羽目になったのだった。

マリベル「あれは サイードかしら……。」

見れば広場の反対側の席では褐色の肌をした男がどぎまぎしながら若い娘に引っ張られていく。
慣れない舞踏会な上に不器用な青年にしてみればここはまさに異世界にして試練ともいえる状況だっただろう。

マリベル「ぷぷぷ… どうして あいつ来ちゃったのかしらね。」

不慣れな足取りで辛うじてステップを踏む青年の姿は見ていて飽きなかった。
対する娘はそんなぎこちない青年の動きをリードして遊んでいるように見える。

マリベル「まっ これも 経験ってやつよね〜。」

”今度ダーマ神殿に行くことを本気で勧めるべきか”

そんなことを考えていた時だった。



*「なにかしら あの人……。」



*「やあねえ 変な人が 紛れ込んだのかしら。」



*「あれじゃ 顔どころか 髪まで わからんな。」



近くの席に座っていた参加者が新しくやって来た誰かを見て口々に言い始める。



グレーテ「マリベル。」



マリベル「グレーテ! どうしたの?」

その時、不意に名前を呼ばれて振り返るとそこには先ほどまで踊っていた姫が立っていた。

グレーテ「なにやら 奇妙な者が現れたと聞いての。」

マリベル「きみょうなもの?」

グレーテ「ほれ あれを 見てみい。」

マリベル「…………………。」

姫の目配せする方の先には一人の男と思わしき人物が立っていた。
体にはあまり見かけないおしゃれなスーツを着込んでいるのだが、問題はその上だった。

マリベル「顔が見えないわね。」

顔全体を隠す仮面にシルクハットという出で立ち。
一見仮面舞踏会にはありがちかと思われる姿だったが、
まったく自分の正体がわからなくなるような恰好をする者はこの場に誰もいなかった。

グレーテ「髪型すら 見せぬとはのう。」



大臣「おお 姫さま こちらに おいででしたか!」


476 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:13:56.13 ID:KtF5zPtg0

その時いなくなった姫を探していた大臣がやってきた。

グレーテ「大臣よ あそこにおるのは いったい 何者じゃ?」

大臣「むっ? ああ あの者でしたら 先ほど ここに来て 参加したいと申しましてな。」

グレーテ「なにゆえ そのほうは あんなにも 顔や頭を隠しておるのじゃ?」

大臣「はあ なんでも 自分の顔から頭にかけて 大きな傷があるそうで。」
大臣「皆の お目汚しに なりたくないと申しましてな。おまけに 口もきけぬと。」

マリベル「思いっきり 怪しんだけどね。」

そんな会話をしている間にもその仮面の男は誰かを捜すように広場をうろうろとしている。
そんな姿に女性たちはどこか気味の悪いものを感じて少しずつ身を引いていき、
気付けば広場の中心にはぽっかりと穴ができ、そこに例の男が一人で佇んでいた。

ヨハン「なんだ? あいつ。」

いつの間にか楽団も演奏をやめてその男の一挙手一投足を眺めている。

*「…………………。」

完全に沈黙してしまった広場の中で尚も仮面の男は周囲を見渡し、人探しをやめる気配はない。



グレーテ「これ そのほう。いったい この場に 何用じゃ?」



痺れを切らした姫が男に歩み寄り問いかける。

*「…………………。」

男は何も語らず、代わりに姫に頭を下げて紳士的な挨拶をする。

グレーテ「ふむ。口をきけぬらしいが 誰か 探し人でもおるのかえ?」

姫も敵意はないとみて男に語り掛ける。

*「…………………。」

言葉の代わりに男は小さく頷く。

グレーテ「悪いがのう そなたが おると 皆が 不審がっていかん。」
グレーテ「ここは わらわの顔に免じて お引き取り 願おうかのう?」

*「…………………。」

男は黙って姫を見つめる。否、見つめていたのは姫の肩越しに見えた濃紺のドレスを着た女性だった。

グレーテ「こ これ どこへ行くのじゃ!」

*「…………………。」

男は姫に一礼してその横を通り過ぎると、夜の帳に紛れて目立たない女性のもとへと歩み寄る。

*「…………………。」

マリベル「えっ あ あたし?」

”まさかこんなわけのわからない男に自分が指名されるとは”

そんな思いを胸に少女はしばらく男の仮面をじっと見ていたが、
男は少女に動きがないことを確認するとなにやら妙なステップを踏み始める。

*「…………………。」

マリベル「え う うそ……!」

気付けば少女は立ち上がり足が勝手にステップを踏み始めていた。





“さそうおどりだ!”




477 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:15:15.99 ID:KtF5zPtg0

少女がそう気づいた時にはもう遅かった。

マリベル「…っ!」

いつの間にかその手は男に握られ、相手のペースに合わせて足を動かしていく。

マリベル「……どういうこと?」

強制的に引っ張り出した割には相手の動きは非常に紳士的で、まるで少女の動きを完全に理解しているようであった。

*「…………………。」

男は何も語らない。否、語れないのだろう。
しかしその動きからにじみ出る気品ややさしさ、そして力強さは警戒していた少女の心境を少しずつ変えていく。

マリベル「ふ ふふ……。」

さすがは“おどりこ”や“スーパースター”を極めているだけあって少女も負けじと上品かつ力強い動きで応える。

*「お おお……。」

*「すごいじゃない あの人!」

*「いや 女の方も なかなか……!」

それまで黙って二人の動きを見ていた参加者たちも徐々にその見事な動きに惹かれていく。

ヨハン「……いいね! 乗ってきたじゃないか!」

そう呟いて赤髪の青年はトゥーラをかき鳴らし、情熱的な調べを奏で始める。

唯一無二の演奏を受けて二人の踊りはさらに加速していく。

しなやかに伸びる腕。複雑に絡み合う脚。柔らかく曲線を描く体。そしてほとばしる熱。

その場にいた誰もが見とれ、思わず息を飲んだ。

愛と哀の調べに乗って二人はどこまでも美しく、力強く踊り続ける。

グレーテ「……見事じゃ!」

そしてトゥーラの調べが最高潮に達した時だった。










*「……っ!」









478 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:16:01.95 ID:KtF5zPtg0

突然男が足をつまずかせて前に倒れ、そのはずみで固定してあったシルクハットが地面に転がり落ちる。



マリベル「えっ…!?」



*「…………………!」

すると男は起き上がりわき目もふらず大神殿の外へと走り出した。

まるでこの場から逃げるかのように。

マリベル「…………………。」

しばらくその後姿を呆然と眺めていた少女だったが、
男の忘れていったシルクハットを見つけるとそれを拾い上げ、まじまじとそれを見つめる。

ヨハン「なーんだよ! せっかく いいところだったのに!」

演奏をしていた青年が名残惜しそうに叫ぶ。

*「あんなすごい やつが この国にいたのか!?」

*「惚れ惚れしちゃったー!」

*「まさか あそこで 転ぶとは……。」

グレーテ「むむう…… しかし まっこと 見事な動きじゃった。あれは いったい……。」

参加者たちがいなくなった男についてあれこれと感想を述べ、辺りは騒然となる。

マリベル「…………………。」

そんな中、踊っていた当事者はあることに気が付く。





マリベル「頭に傷なんて なかったじゃない……。」




479 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:17:12.55 ID:KtF5zPtg0

グレーテ「マリベルよ また 暇なときにでも 会いに来てくれんかの。」
グレーテ「なんといっても わらわとそなたは マブダチじゃからの! ほっほっほ!」

マリベル「ええ 必ずよ!」

月が真上に差し掛かった頃、少女は姫と固く抱き合い別れを告げ、今は一人港を目指して一人歩いていた。
砂漠の民の青年は宿に泊まると言って途中で別れた。
トゥーラ弾きの青年は師匠や姫と何やら話し込んでいるようだったのでそのまま放っておくことにした。

マリベル「…………………。」

少女は胸に抱えたシルクハットを見つめ、考えにふけっていた。

あの男はいったい何者だったのだろうか。口のきけぬ、顔と頭に大きな傷のある男。
しかし実際は頭に大きな傷などなかった。それどころかその髪は美しい漆黒で肩まであったのだ。

マリベル「どうも 怪しいのよね……。」

思えば口がきけぬという点も顔に傷があるという点も疑おうとすれば疑えぬことはなかった。
ただ大臣からそう聞かされていたからそう思わなかっただけのことだったのだ。

マリベル「…………………。」

そして何より納得いかなかったのは男がどうしてあんな場面で転んだのかだった。
少女からしてみればそれは決して難しいステップではなかったのだ。

“あれほどまでの踊りを見せた男があの程度の動きでもつれるはずがない”

マリベル「……っ!」

そんな風に考えていた時、少女の頭にある記憶がよぎった。


480 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:18:02.89 ID:KtF5zPtg0

…………………

*「あっ!」

マリベル「ばっかね〜 また 転んだの?

*「イテテ……。」

それはまだ少女が少年たちと旅をしていた時のこと。

マリベル「そんなんじゃ いつまで経っても マスターできないわよ?」

少年たち一行は過去のダーマ神殿を救った後、しらみつぶしに初級職を総なめしてしまおうと躍起になっていた。

アルス「は… ははは…… あつっ!」

マリベル「…ったくもう しょうがないわね〜 ホイミ。」

アルス「…ありがとう マリベル。」

マリベル「いいから さっさと 続けなさいよ。あんた いっつも おんなじところで 転ぶわよね〜。」

アルス「どうも この動きが 苦手みたいでさ……。」

ガボ「オイラなんて もう なんでも踊れそうだぞ! へっへ〜ん。」

マリベル「ほら さっさと やる!」

アルス「…うん。」
481 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:18:46.80 ID:KtF5zPtg0

…………………

アルス「イテッ!」

マリベル「あ〜もう! なんて センスがないのかしら!」
マリベル「もう 見てらんないわ! ほら 手〜貸しなさい!」

アルス「う うん……。」

マリベル「こう! こうして! こうよ! わかった!?」

アルス「…………………。」
アルス「こうして… こうして… こう?」

マリベル「……なんだ できるんじゃないの。」

アルス「えっ?」

マリベル「あ〜あ つきあって損したわ〜。ほら さっさと終わらして 次の職業やるわよ?」

アルス「…………………。」

482 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:20:45.99 ID:KtF5zPtg0



マリベル「あの時の動き……。」



少女はそこまで思い出して先ほどの仮面の男の動きと照らし合わせる。

マリベル「…………………。」
マリベル「まさかねえ?」

そう、少年は今、体調不良で漁船アミット号で休んでいるはずだった。
いくら共通点があったとしても少年が動けない以上あの男は別の誰かに違いない。

少女はそう結論付けることにした。

マリベル「あっ……。」

船までたどり着いた時、少女は甲板に誰かがいることに気が付いた。
緑色の上着に少し血で染まった白いシャツ。
肩まで伸びた後髪を一本に束ねている少年、彼女のよく知る幼馴染にして恋人その人だった。



マリベル「アルス。」



アルス「マリベル? もう 舞踏会は終わったの?」

少女に呼ばれた少年はどうしてここに少女がいるのか分からないといった様子で問いかける。

マリベル「ええ……。」

アルス「あれ どうしたのそれ?」

そう言って少年は少女が胸に抱えたシルクハットを指さす。

マリベル「えっ… ああ いや なんでもないのよ。」

少女はそれを背に隠す。

アルス「……?」

首をかしげる少年に少女は思い切って今日のことを告げる。

マリベル「…………………。」
マリベル「あのね アルス。実は グレーテ姫と 話してきたんだけど。」

アルス「…………………。」

マリベル「グレーテに あんたのこと話したら ちょっと 残念そうにしてたけど それでも あんたの選んだ道を 応援するって言ってたわ。」

アルス「……そっか…。」

マリベル「……会いに行かなくていいの? あの人 本当に あんたのことが……。」

アルス「今は…… 今は 会わない方がいいと思う。」

マリベル「…………………。」

アルス「きっと いま 行ったら 彼女を泣かせちゃいそうな気がする。」

マリベル「…………………。」

アルス「でも 近いうちに 必ず 会いに行く。会って 自分の口から話すよ。ぼくのことも きみとのことも。」
アルス「ぼくが どれだけ 彼女に感謝しているかも。」

マリベル「…そう……。」

少年が今どんな表情をしているのか、少女にはわからなかった。
しかし少女は少年の言葉を信じることにした。

”きっと彼は一度やると言ったことは絶対にやるだろう”

長い間少年のことを見てきた少女にはそれが彼の本心であることがすぐにわかったのだった。


483 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:22:10.91 ID:KtF5zPtg0

アルス「…………………。」

マリベル「ねえ アルス。」

黙ったままの少年の背中に少女は語り掛ける。

マリベル「少し 踊らない?」

アルス「えっ? まだ 踊り足りないの?」

突然の提案に少年は振り返り、意外そうな顔で問い返す。

マリベル「なんでもいいじゃないの!」

アルス「うーん……。」

マリベル「ふっ……。」

渋る少年を見て少女は少しだけ悪戯に笑うと、一人でに靴を鳴らして踊りだす。

アルス「あ しまっ…!」

マリベル「もう 遅いわよっ!」



“やられた!”



自分たちのいる場所を思い出してみればここは船上。そして少女の少し荒っぽいステップ。

彼女は少年に“船上ダンス”を仕掛けてきたのだった。

マリベル「うふふ……。」

アルス「ごく…っ。」

少年はいつの間にか同じようにステップを踏んでいた。まんまと彼女の罠にかかってしまったのである。

マリベル「…最後まで つきあってよね。」

アルス「…………………。」

意を決した少年は少女の手を取るとゆっくりと足を動かし始める。

マリベル「…………………。」

波の音を背景に少女は月空の下で先ほどの情熱的な瞬間を思い出すかのように体を動かす。
あの時感じたのはまさに心が躍るということだったのかもしれない。

アルス「…………………。」

対する少年も何度も練習した記憶を頼りに少女に合わせて華麗なステップを踏み、巧みに少女の体を支える。

マリベル「…………………。」

何度も何度も少年の練習に付き合って覚えたアクロバティックな動き。

アルス「…………………。」

少女は奇妙な感覚だった。
顔も、名も、そして動きのくせすら知る由もない二人の男女が、
どうして初めて聞く旋律に合わせてあそこまで息を合わせられたのか。
形式的な社交ダンスとは異なる本気の踊りを。魅せるための激しく情熱的な踊りを。



マリベル「ねえ。」



アルス「うわっ…!」



マリベル「きゃっ……!」


484 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:23:44.96 ID:KtF5zPtg0

少女が真相を確かめようとした時、少年は突如体勢を崩して前のめりに倒れこんだ。

アルス「いてて……。」

それはかつて少年が練習に明け暮れていた時によく転んでいたあのステップ。

マリベル「…ふ…ふふふ……!」

少女は確信を得てこみ上げる笑いを堪え切れずに口元を隠す。

アルス「えっ?」

マリベル「あっははは! どうして もっと 早く気づかなかったのかしら!」

そういうと少女は先ほど床に放ったシルクハットを抱えて少年のもとへ戻る。

アルス「ま マリベル……?」

マリベル「はい お忘れ物ですわよ? 仮面の男さん。」

アルス「…………………。」

少年は立ち上がり無言でそれを受け取ると船縁に寄りかかり暗い海を見つめる。

アルス「……どうして わかったの?」

マリベル「ばかね〜 あたしが あんたのくせを 見抜けないとでも 思ったのかしら?」
マリベル「アルスってば 何度も 同じところで 転ぶんだもの。わからないわけがないわ。」

アルス「変装は完璧だと 思ったんだけどなあ。」

背中越しに指さされ、少年はぼんやりと呟く。

マリベル「まったく なんて 怪しい恰好で くるのよ。」

少女は両手を腰に当てて軽く眉を吊り上げている。

マリベル「もうちょっと ましな 恰好なかったの? もっともらしい 理由まで つけちゃって。」
マリベル「おまけに あんなのに ウロウロされちゃ 誰だって 怪しむに決まってるじゃないの。」

アルス「うーん……。」

少年は尚も首をひねっている。

アルス「正体がバレたら 騒ぎになるかと 思ってさ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……はあ…。」

実際はそれが裏目に出たのだと声を大にして言いたい少女だったが、
幸い自分以外に気付いているものはいない様子だったのでそれ以上は追及しないでおくことにした。

アルス「ごめん マリベル。」

その時ようやく少年は振り返り、少女に謝罪の言葉を述べる。

マリベル「別にいいわよ。あんたが あんな 突拍子もないこと するなんて 意外だったけど… 悪くなかったわ。」

少年の真っすぐな瞳から目を逸らして少女は言う。

アルス「ううん。そうじゃないんだ。」

マリベル「えっ?」


485 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:24:44.02 ID:KtF5zPtg0

思わぬ言葉に少女は少年に視線を戻す。

アルス「体調が悪いなんて 嘘だったのさ。」
アルス「でも なんだか あれ以上 話してたら きみを 傷つけちゃいそうな気がしてさ……。」

マリベル「……気づいてたわよ。」

結い上げていた髪を下ろし、伏し目がちに少女は言う。

アルス「えっ!」

マリベル「いくらなんでも あんなことしたんだもの 気を悪くするのも当然だわ。」

アルス「い いや あれは ぼくが いけなかったからで……!」

慌てて少年が身振り手振りしながら言う。

マリベル「ううん。あたしも あそこまで するつもりはなかったんだけど……。」
マリベル「……やっぱり は 恥ずかし…くて…。」

指をもじもじさせながら少女は赤面する。

アルス「…………………。」
アルス「今度からは 気を付けます。」

マリベル「う… うん。」

アルス「…………………。」

マリベル「さっ! てと。」
マリベル「もう一回踊りましょ!」

少女は吹っ切れた様に背を向けると体を捻って微笑んで言う。

アルス「ええっ! まだやるの!?」

マリベル「あたしが やるって言ったら やるのよ! ほら!」

不満そうに言う少年の腕を引っ張り踊りの体勢を作る。

アルス「は はは……。」

マリベル「…今度は ゆっくりね。」

アルス「……こう?」

少年は少女の手を引きゆっくりと動き出す。

マリベル「……もっと 近くで…。」

アルス「……うん。」



そうしてお互いの体を抱き合うように密着させ、さざ波の音を聞きながら二人は心ゆくまで踊り明かしたのだった。



真夜中過ぎにもかかわらず城下町の方から聞こえてきた優しい調べは、いったい誰のものだったのか。

二人が知る由もない。





そして……

486 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/07(土) 18:25:11.64 ID:KtF5zPtg0





そして 夜が 明けた……。




487 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:26:26.21 ID:KtF5zPtg0

以上第15話でした。

さて、今回のお話ではグレーテ姫とマリベルという因縁の二人がアルスを巡ってお互いの本音をぶつけ合います。
原作を最後までプレイした方にはお分かりかと思いますが、
主人公のお相手はいったい誰になるのかと巷では論争になったりしたものですね。
(わたしはもちろんマリベル一択ですが、人によってはグレーテ姫、
はたまたアイラやリーサ姫だと思った方もいるでしょう。)

この第11話はなんとか二人を穏便に和解させたいと思って苦心した結果でもあります。
非常に苦しいですが、きっとあの二人は気が合うと踏んでこういった運びとなりました。
こんなのでも納得していただける方がいらっしゃれば幸いです。

それで、このお話を作るのに欠かせない存在だったのが楽師ヨハンです。
普段はあんなチャランポランですが、いざという時にはかなり気の利く青年だと思います。
「大勢の女性に囲まれている彼だからこそ言えるセリフがあるのではないか」
そう思い今回はマリベルとグレーテの間を取り持つのに、間接的ですが一役買ってもらいました。

そんな彼は果たして誰が本命なのか。
原作からはうかがい知れませんが、きっと彼は突き放してくる女性に惹かれる性質だとは推測できます。
そう考えると彼を軽くあしらっていたアイラとの組み合わせはお似合いかもしれませんが、
彼がグランエスタードの王位につくとなると……あんまり想像がつきませんね。

以上、戯言でした。

…………………

◇次回はマーディラスを離れて次なる地を目指します。
その間、エスタードでボルカノの語り草となっている「あの漁」をやるのですが……

※しばらくは平和なお話が続きます。
もしよろしければお暇な時にでもお読みください。

488 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/07(土) 18:26:55.77 ID:KtF5zPtg0

第15話の主な登場人物

アルス
とある出来事から生死の境をさまよう。
体調不良を装って船で休んでいたが、
その後変装して大神殿に。

マリベル
仮面舞踏会に参加し、グレーテと和解。
突如現れた仮面の男と情熱的な踊りを繰り広げる。

ボルカノ
病み上がりのアルス船をに置いて、グレーテのもとに親書を届けに行く。
その後は宿で休憩。

アミット号の船員たち(*)
本日は仕事がないので城下町で一日を過ごす。
思い思いの羽休めを満喫。

サイード
不慣れながらも舞踏会に参加。
若い女性たちにリードされながらなんとか踊る。
しばらくはマーディラスに滞在することに。

グレーテ
マーディラスを治める若き姫君。容姿は美しいが癇癪もち。
失恋するも漁師になることを選んだアルスのことを応援している。
大神殿で仮面舞踏会を開催する。

ヨハン
国一番の楽師にして伝説のトゥーラの引き手。
ユバールの血を受け継いでいるがどうにも軽い性格で女たらし。
だが一方で義理深い一面をもつ。
仮面舞踏会では師や他の楽師と共に演奏を担当。
489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/08(日) 00:27:55.17 ID:Q3bDH0lOo
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/08(日) 09:11:26.99 ID:tJbmQ/7Po

やっと追いついたぜ
いくつかドラクエ7のSSは見てきたがここまでしっかり再現して続いてるのは珍しいな
491 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 12:47:30.40 ID:W5dqu19v0
>>489
ありがとうございます!

>>490
ここまでお読み進めくださりありがとうございます。
よければまたお訪ねください。
492 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/08(日) 12:49:19.87 ID:W5dqu19v0





航海十六日目:銀色の雨




493 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/08(日) 12:51:07.63 ID:W5dqu19v0

サイード「短い間ですが 世話になりました。」

舞踏会を終えた次の日の朝、マーディラスの港では砂漠の民の青年が漁師たちと別れの挨拶を交わしていた。

ボルカノ「なーに いいってことよ。オレたちも いろんな話が聞けて 楽しかったぜ。」

*「たぶん あんちゃんは 将来大物になるぜ? おれは そんな予感がする。」

*「もし フィッシュベルに 立ち寄るようなことがあったら 是非 訪ねてきてください! 歓迎しますよ!」

サイード「それは 楽しみです。」

コック長「砂漠の伝統料理は なかなかだったな。また レシピでも 教えてくれ。」

*「あ ずるいですよコック長! いつの間に そんなことを!」

サイード「ははは… それも またいつか。」

*「ネコちゃんも 元気でな。」

*「にゃん。」

トパーズ「なうー。」

二匹の猫はお互いの匂いを嗅ぎ合っている。どうやら別れが近いことを察しているのだろうか。

マリベル「せっかく二匹とも 仲良くなったのにねー。」

そんな猫たちの様子をまじまじと見つめながら少女が呟く。

サイード「さすがに 一人旅は 寂しいからな。相棒を置いて 行くわけにはいかん。」

マリベル「わかってるわよっ ふふ。」

アルス「サイードも 元気でね。」

サイード「結婚式には もちろん 呼んでくれるだろうな?」

アルス「えっ……!?」

マリベル「そっちこそ 女王さまを 泣かすんじゃないわよ〜?」

言葉に詰まる少年を他所に少女は余裕の表情で言う。

サイード「き きさま 聞いていたのか!?」

マリベル「ええ 聞いてましたとも。最初から 最後まで ばーっちりね。」
マリベル「大事なネックレスを預けて 予約しちゃうなんて あんたも きざったらしいのね〜。」

サイード「だから 女王さまとは 何ともないと…。」

マリベル「はいはい 悪かったですよ〜だ。」

アルス「そ それじゃあ もう 行くね?」

サイード「ふん! さっさと こいつを 連れて行ってくれ。」

マリベル「じゃあね〜。」

サイード「くっ……。」

苦々しい表情の青年を尻目に少女は船長の元へ歩み寄る。

マリベル「ボルカノおじさま 行きましょ!」

ボルカノ「もう いいんだな?」

マリベル「ええ!」

ボルカノ「よーし 錨をあげろー! 出航だあー!」

*「「「ウスッ!」」」

こうして漁船アミット号は二日間の滞在を終え、次なる大地を目指して海原へと繰り出すのであった。

サイード「……達者でな。」

仲間の船出を見届けた後、青年はこの地で見分を広めるべく再び城下町へと歩き出した。

*「…にゃう〜………。」

その隣でお腹いっぱいにエサをもらって少し肥えた相棒が、物珍しそうな顔で新しい土地の地面を踏み歩く。

一人と一匹の旅は、まだまだ始まったばかりなのだ。
494 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 12:51:39.80 ID:W5dqu19v0

マリベル「ずいぶん 慌ただしく駆け抜けたわね。 この二日間 いや 三日かしら。」

船の甲板の上、遠ざかる港を見つめながら少女が呟く。

アルス「ご ご迷惑をおかけしました……。」

マリベル「まっ あんたのせいじゃ ないから あんまり気にしないことね。」

アルス「う うん。」

マリベル「それにしても これから 楽しみね!」
マリベル「腕が鳴るわ〜。」

アルス「…そうだね!」



時は遡ること一刻ほど前、まだ港に漁師たちが集まる前の頃のことだった。

495 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 12:52:42.84 ID:W5dqu19v0



マリベル「え… 一本釣り?」



ボルカノ「ああ どうも 昨日 酒場で聞いたんだが この辺りの海域には 大型の回遊魚が 回ってきているみたいでな。」

マリベル「そ それじゃあ この間みたいな マグロとか釣れちゃったりするわけ!?」

ボルカノ「むっ? ああ そうだよ。」

マリベル「…も……。」

アルス「も?」

マリベル「燃えてきたわ! アルス! あんたには負けないからね!」

アルス「えっ!?」

マリベル「漁の腕でも この マリベルさまには かなわないってことを 記憶に刻み込んでやるわ!」

アルス「ええー!?」

ボルカノ「はっはっは! こりゃ オレたちも 負けてらんないな!」

アルス「でも 一本釣り漁って かなり 体力がいるんでしょ?」

マリベル「あーら あたしには 体力はなくても 魔力があるわ! ちょちょいと 応用すれば 男にだって負けないんだからね!」

アルス「うぐぐぐ……。」

ボルカノ「わっはっは! 今から 楽しみだな。」
ボルカノ「後で コツを教えてやるから 今日は みんなで 競争だな。」

マリベル「おっほほほ! 待ってなさいよ 巨大魚! この マリベルさまが いくらでも 釣り上げて見せるわ!」

アルス「ぼ ぼくだって……!」

496 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 12:53:45.09 ID:W5dqu19v0



ボルカノ「それ! 網をひけ!」



*「「「ウースっ!」」」

港からほど近い岸辺にやってきた漁船アミット号の上では一本釣りのためのある仕込みを行っていた。

マリベル「うわー! これ 全部イワシなの!?」

一行が獲りに来ていたのは一本釣りのエサに使うためのイワシだった。
大型の回遊魚はこういった小魚の群れを追ってやってくる習性があるため、
今回の漁では時間の都合上、沿岸にいて比較的手に入りやすいイワシをエサとすることとなったのだった。

アルス「一瞬で 確保できちゃったね。」

大きな生け簀の中に入れられた大量のイワシは脆い鱗をまき散らしながら泳いでいる。
日の光に当てられてキラキラと光輝く鱗の渦は見ていて飽きないものがあった。

*「うまそうだなあ そのまま 食いたくなっちまうぜ。」

*「大事なエサなんだ。がまんしろよ。」

漁師たちにとっては見慣れた魚だがやはり鮮度のいいものには食欲をそそられるのか、中には涎を垂らしている者すらいる。

ボルカノ「よーし これだけ あれば足りるだろう。」
ボルカノ「出航だ! 急いで 漁場に向かうぞ!」

*「「「ウスッ!」」」

こうして無事準備を整えた一行はそこから南下した場所にある大陸と島の間、
ちょうど円形になった海域に向かい船を走らせるのだった。

497 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 12:54:36.59 ID:W5dqu19v0

ボルカノ「見つけたぞ。」

日はだいぶ高度を上げ、少しずつ昼間の暑さが顔をのぞかせようとしていた。

船長は望遠鏡を覗くのをやめ、船員たちに指示を送る。

ボルカノ「あっちだ! 海鳥の群れを見つけたぞ!」

*「ウス!」

*「ガッテン!」

漁師たちは船長の指し示す方に向かって船を進める。

マリベル「ボルカノおじさま どうして 海鳥の群れを探してたの?」

ボルカノ「マリベルちゃん どうして あの海鳥たちは 群がっていると思う?」

マリベル「……エサをとるため かしら?」

ボルカノ「その通り。そして あの海鳥たちが 狙ってるのは イワシだ。」

マリベル「つまり 同じように そのイワシを狙って やってくる奴らを 釣り上げるって言うのね!」

ボルカノ「さすがは マリベルちゃんだ。察しがいい。」

マリベル「うふふ。これでも網元の娘ですから……。」

どうも少女は少年の父親に褒められるのが苦手な様で、簡単な誉め言葉でもすぐに顔がほころんでしまうのだった。

アルス「…………………。」

そんな少女を複雑な顔で見つめる少年はいったい何を思っていたのか。

それは彼の父親ですらわからない。

498 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 12:56:49.17 ID:W5dqu19v0

ボルカノ「ここらへんで いいだろう。錨を下ろすんだ!」

*「ウス!」

ほどなくして海鳥の群れの近くに船を泊め、船長は錨を下ろすように指示すると少年たちに話しかける。

ボルカノ「どの漁でも 同じだが 大切なのは カラダ全体を使うことだ。じゃねえと すぐに 腕がしびれちまうぞ。」

マリベル「はーい。」

アルス「わかりました。」

*「おっと アルス! おまえには まず エサ撒きをやってもらうぜ?」。

一本釣り漁はスピードが命であるため、釣る者と餌を配る者、そして餌を撒く者などの役割が定められていた。
基本的に釣る役を担えるのは経験を積んだ熟練の漁師だけとされている。
そうでない若手の漁師はまず餌配りや餌撒きをして釣る者の手助けをするのが習わしだった。

*「この船にのったやつは 必ず 通る道だ。頼んだぜ?」

アルス「……はい!」

ボルカノ「わっはっは! 息子よ まあ 悪く思うな。何事も こうやって 少しずつ 経験していくもんだ。」

アルス「わかってます 船長。」

少年は竿を握れないことを少しだけ残念に思う反面、
船長の息子だからと特別扱いされないことに少しだけ喜びを覚え、与えられた仕事を全うしようと意気込むのだった。

マリベル「…………………。」

少女の心は複雑だった。

少年は漁師の一員として、たいへんな上に地味ながら大事な仕事を任されている。

それは少年の成長を見守る少女にとっても喜ばしいことであった。

だがそれに比べて今の自分は網元の娘として、半分は客として扱われている。
普通に考えてみれば初めて漁に出たものが竿を握れるはずもなく、
地道な下積みを経て初めて魚と対峙できるのだろうが、これから自分はその過程を飛ばして甲板に立つ。
そんな二人の立場の違い、否、男女の違いといった方がいいのだろうか、それを再確認させられているような気がしてならなかった。

なんとなく、自分がどうして今まで漁に連れて行ってもらえなかったのかがわかってしまったような気がした。

アルス「…マリベル?」

マリベル「……えっ?」

アルス「どうしたの? 浮かない顔しちゃってさ。」
アルス「ぼくのことなら 気にしないでよ。きみが 大物釣れるように 頑張るからさ!」

自信に満ちた表情で少年が言う。

マリベル「…………………!」

それはなんでもないような気づかいだった。

しかしどこかで少女の胸は高鳴ってしまっていた。

マリベル「ふふっ。」

“今はこのことで悩むのはやめよう”

“彼が自分のために頑張ると言ってくれたのだ”

“ならば自分はそれに全力で応えるべきだ”

そう思えたのだった。

マリベル「まっかせときなさい! あたしが あんたの分まで いっぱい釣り上げて見せるわよ!」

威勢よく声を張り上げると少女は手に持った竿を力強く握りしめる。

マリベル「さあ 行くわよ!」

群れが去るまでの短期決戦。



船長の合図で投げ込まれた撒き餌と共に、一本釣り漁は幕を上げた。

499 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 12:59:38.27 ID:W5dqu19v0



ボルカノ「…きたな!」



釣り糸が絡まぬよう船の片弦だけに立って行われる一本釣り漁はそれぞれの立ち位置もたいへん重要であった。
船首と船尾に釣る者が立ち、中央には餌撒きと餌配りが立ってそれぞれの役割を全うする。

最初に引きがあったのはやはり船尾に立っていた船長だった。
重たい引きを腕に感じ力強く竿を引っ張り上げれば一瞬で魚が宙を舞い、その勢いで針が外れて甲板へと落ちる。

黒光りする背に側面にかけて銀の虎模様の入ったソレは、脂が乗って丸々と太っていた。

*「良い型のマルサバカツオですね!」

そう言って別の漁師が餌を渡すと漁師頭は素早くイワシを針にかけてそれ投げ込む。

片手で竿を小刻みに動かし、もう片方の手で長い柄杓のような物を使って海面をたたけばたちまち次の魚が食いつく。

まさに入れ食い状態となっていた。

マリベル「ボルカノおじさま それはなんですの?」

少女が長い棒を指して問う。

ボルカノ「これは カイベラといってね。これで 海面を叩いてやれば イワシが逃げているって 魚に勘違いさせられるのさ。」

船長が餌を付け替えながら言う。

マリベル「ふんふん なるほど そういうことなのね。」

そういうと少女は身体に呪文をかけ、左手で餌の付いた竿を海面に垂らしながら右手のカイベラで海面を叩く。



マリベル「…………………。」



辛抱強く海面を見つめてその時を待つ。

その横では船長がまたしても次の獲物を釣り上げていく。

船首の方でも漁師の一人が次々とカツオを甲板に放り込む。

マリベル「むむぅ。なかなか 来ないわね。」

そう言って少女は釣れない原因を探り始める。

マリベル「…………………。」

隣に立つ船長に注目してその動きを観察する。

自分に足りないものは……。

マリベル「あっ そうか!」

何かに気付いた少女はすぐさまその動きを自分にも取り入れる。



マリベル「…………………。」


マリベル「……っ!」



にわかに竿が重たくなり、何かに引っ張られる感覚を全身で感じる。

ボルカノ「マリベルちゃん 思いっきり 竿を立てるんだ!」

マリベル「はいっ!」

その様子に瞬時に気が付いた船長の助言通り、少女は身体をしならせて竿を思い切り持ち上げる。



500 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:00:15.23 ID:W5dqu19v0

マリベル「……!」

針にひっかかったままの丸々と太ったカツオが甲板に転がり込む。

ボルカノ「…お見事!」

マリベル「…………………。」

少女は竿とカイベラを置いて自分の釣り上げた獲物をまじまじと見つめている。

マリベル「…やった!」
マリベル「アルスー! やったわよ!」

アルス「おめでとう マリベル!」

少女が獲物を釣り上げたことに少年も素直に喜んでくれているようだった。

マリベル「この調子で ドンドン釣っちゃうわよ!」

アルス「こっちも がんばるよ。」
アルス「……よし!」

少年も気合を入れなおすと今度は餌配りの仕事に取り掛かり始める。

コック長「血抜きは わしらが やっておきますから マリベルおじょうさんは 釣りに集中してください。」

マリベル「ありがとう コック長!」
マリベル「見てなさい! あいつが 腰ぬかすくらい 釣ってやるんだからね!」

そう自分に言い聞かして少女も再び釣り針を垂れる。



カツオとの勝負はまだこれからだった。


501 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:02:01.21 ID:W5dqu19v0

ボルカノ「こんなところか……。」

まだ日が天頂を通る前、漁を始めてから二刻ほどした時だった。
海鳥の群れもいなくなり、辺りからはイワシもカツオの群れもほとんど見受けられなくなった。

ボルカノ「撤収だ! 錨を上げろ!」

*「「「ウスッ!」」」

漁師頭の号令と共に漁師たちは一斉に竿を引き、船を発進させる。
船の操縦を数名に任せ、その他の船員たちは釣れた獲物の処理や使い終えた道具の片づけを行うことになった。

マリベル「うーん 思ったより 釣れなかったわね……。」

二刻で少女が釣り上げたカツオは30匹ほどだった。それでも初めての一本釣り漁にしては本当によく釣ったと言える。

ボルカノ「いやいや マリベルちゃん ひょっとすると アルスより センスがあったりしてな。わっはっは!」

アルス「すごいや マリベル! こんなに釣っちゃうなんて!」

少年やその父親は素直に少女のがんばりを褒める。
長い間彼女のこらえ性の無さに苦労した少年にとっては、
少女が大変な重労働を辛抱強くやり続けたことはもはや奇跡と言っても良かった。
それほどに少女も今回の漁には思い入れをもって挑んだということだったのだろう。

マリベル「ふふっ ありがとっ。」
マリベル「でも ボルカノおじさまみたいに ポンポン 針から外れたら もっと たくさん 釣れたかもしれないのに…… やっぱり 難しいのね。」

照れながらも少女は悔しそうに言う。

*「ああ 跳ね釣りですか。あれは少なくとも 三年は修行しないと うまくいかないんですぜ。」

船長と同じように大量にカツオを吊り上げた銛番の男がやってきて言う。

マリベル「そりゃ そうよね〜。いい勉強になったわ。」

ボルカノ「おう コック長 血抜きはもう 済んだのか?」

コック長「ええ 一匹残らず やってきおきましたよ。」

この日の漁獲は指の先から肘ほどの長さの物が全部で三百匹ほどだった。

比較的よく釣れて味も良いこのカツオは鮮度が落ちるのも早いのだが、
それ以上に早めに血抜きをしなければ食あたりを起こす物質が体内で生成されてしまうため、
釣ったらその場で血抜きをしておかなければならなかったのだ。

*「早くしないと 売り物にならなくなっちゃいますからね!」

ボルカノ「よし それじゃ あとは保存だが……。」

マリベル「お任せあれ! ほら アルスもやるのよっ!」

アルス「え? あれ ぼくもやるの!?」

マリベル「あら レディだけに あんな姿 晒せって言うの?」

アルス「う… わかったよ……。」
アルス「それじゃ ぼくはこっちから行くね。」

マリベル「じゃあ あたしはこっちの列ね。」

そうして二人は真っ白に輝く冷たい息を吐きながら満遍なくカツオの列を凍らせていく。

ボルカノ「便利なもんだな。あれ。」

コック長「いつか 食材の保存方法が 変わるかも しれませんな。」

*「え? みんな あんなの 吐くようになるのか?」

コック長「バカモン。冷凍保存する技術が 出てくるようになるってことだよ。」

*「きっとこりゃ 高く売れますよ〜! ボク 帰ったら 久しぶりに城下町で 遊んじゃおうかな〜!」

そう言って飯番は小躍りしながらにやつく。

*「気が早えな おまえ。まだまだ 航海はこれからだぜ?」

*「ははは… わかってますって!」

そんなやり取りをしながら男たちは二人の作業が終わるのを見つめる。
真剣ながらもどこか楽しそうに見える二人の姿は見ていて飽きないものがあり、
屈強でこわもてなはずの漁師たちの表情もいつの間にか子を見守る親のようなそれになっていた。

雲一つない空の下、温かい日差しを浴びながら漁船アミット号は次なる目的地へと向けて再び舵を切るのだった。
502 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:04:02.72 ID:W5dqu19v0


ボルカノ「お 城が見えてきたな。」


その後北上しながら漁場をいくつか見つけては少しだけ漁をし、
漁船はマーディラスの大陸とグリンフレークのある大陸との境、つまり海峡を越えようとしていた。

マリベル「あら 本当だわ。…見て見て アルス!」

アルス「うん?」

マリベル「だれか 橋の上にいるわよ?」

アルス「えっ!」

少女の呼び声にマーディラスの方を見やると確かに橋の辺りに人影が見える。

マリベル「だれだろうね。」

アルス「…………………。」

少年は意識を集中させ、遠い海の向こうの崖に佇む誰かの姿を見据える。

アルス「……!」

黙ったままの少年だったが、突然手を上げたかと思えばゆっくりと大きく左右に振った。

まるで誰かに合図を送っているかのように。

マリベル「どうしたの?」

アルス「……ううん。何となくね。」

果たして少年の見つめるその先の人物に少年の姿が見えたかどうかはわからない。
だがどういうわけか少年はそうせずにはいられなかった。

マリベル「…………………。」
マリベル「…まっ 誰でもいいわ。」
マリベル「それより ボルカノおじさま。今日はどこまで 行くんですの?」

ボルカノ「ああ それなんだが……。このまま 夜通しで突っ走るか どこかで休憩するか 迷ってるんだよ。」

マリベル「夜通しだと どうなりますの?」

ボルカノ「次の目的地までは 明日の 真夜中ごろには つくだろうな。」

マリベル「どこかで 休憩すると?」

ボルカノ「明後日の昼頃 だな。」

マリベル「うーん。記憶が正しければ この辺りに 一軒だけ 宿があったはずなんだけど……。」

アルス「いいんじゃないかな 昨日は みんな じゅうぶん 休んだんだろうし。」

少女が頬に手を添えて考え込んでいると、それまで西の方を見つめていた少年が向き直って言う。

ボルカノ「……まあな。」

実際、漁師たちはマーディラスに滞在している間、少年や少女のように慌ただしい時間を過ごしていたわけでなく、
城下町で二日間を過ごしてしっかりと羽休めを終えていたところだった。
それにこれまで何十日もの間陸に上がらず漁に出ていた漁師たちにとっては
一日ベッドに横にならなかったからといってどうこうという話ではなかったのだ。

ボルカノ「二人とも 体は大丈夫なのか?」

マリベル「うふふ。これぐらいで 音を上げるようじゃ 英雄なんて 務まっていませんですことよ!」

アルス「……父さんの子ですから!」

ボルカノ「……決まりだな!」

二人の言葉に頷くと船長は号令をかける。

ボルカノ「おまえたち! 今日は このまま 船を走らせる! 到着は明日の夜中だ! いいな!」

*「「「ウスッ!!」」」

こうして日も傾きかけた頃、漁船アミット号はあの忌まわしき事件以来の夜通しでの航海を決め、
一同は交代で見張りと操舵を行うこととなったのだった。

トパーズ「くぁ〜……。」

甲板で日光浴に耽る三毛猫は、どこまでも退屈そうに欠伸をするだけだった。
503 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:05:54.70 ID:W5dqu19v0

マリベル「気持ちいい風ねー。」

アルス「……そうだね。」

西から吹く涼しい風を受けながら、帆船は夜の海をゆっくり確実に東へとその船体を滑らせていた。

マリベル「ねえ あそこにあった 洞窟のこと 覚えてる?」

アルス「……覚えてるよ。」

甲板で見張りをする少年に付き合っていた少女が不意に話しかける。

アルス「たしか お宝探しだとか言って みんなで 張り切って 乗り込んだんだっけ。」

マリベル「あの時の キーファとガボの はしゃぎようったらね。見ていておかしかったわ。」

アルス「洞窟の中も 不気味だったけど あそこにいた 魔物もかなり 厄介だったよね。」
アルス「えーっと なんだっけ? コスモファントムみたいなやつ。」

マリベル「洞窟の魔人で いいんじゃないの? にしても 趣味悪いやつよね〜。」
マリベル「どこの誰が 流した噂だか知らないけど やってきた人間を 片っ端から殺していたなんてね。」

アルス「好奇心は 猫を殺す か……。」

トパーズ「なおー。」

そう言って少年は足元で八の字を描いていた三毛猫を抱きかかえる。

マリベル「ちょっと 縁起でもないこと 言わないでよ。」

アルス「ごめんごめん。」

マリベル「それにしても どうして 洞窟がなくなって あんな宿が立ったのかしらね。」
マリベル「毒沼の真ん中に 宿屋を立てるなんて あたまが どうかしてるわ。」

二人で三毛猫を撫であっていると、思い出したかのように少女が呟く。

アルス「洞窟って 数百年で 消えちゃうものなのかな?」

マリベル「バカねえ。そんなこと言ったら 他の洞くつだって とっくになくなってるわよ。」

アルス「…………………。」
アルス「えーっと レブレサックにあった 魔物の洞くつは……。」

マリベル「……お店になったわね。」

アルス「ダーマの洞くつは……。」

マリベル「山賊のアジト……。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「って なに言ってんのよ! 今でも そのままの洞くつなら いっぱいあるじゃないの!」

アルス「あ ばれちゃった?」

マリベル「キーッ! アルスのくせに このあたしを 陥れようとするなんて 生意気よ!」



トパーズ「フギャアアアッ!」


504 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:08:32.54 ID:W5dqu19v0

しっぽを触っていた少女の手に力が入ったのか、思わぬとばっちりを受け三毛猫は絶叫を上げる。

マリベル「あっ ごめんなさいね。」

トパーズ「ぅう〜。」

鼻頭をなめて低く呻く猫に謝りながら少女は優しく患部を撫でる。猫は少女を恨めしそうに見た後、少年の腕の中で少しだけもがき、さっさと降りて船室の方へ行ってしまった。

アルス「あははは!」

マリベル「…ったく。要するに 脆いところは崩れて 後から来た人が 埋め立てて 造っただけの話よね。」

アルス「だとすると いまも 地下には 魔物たちが 潜んでいるのかもね。」

マリベル「……よしなさいよ。」

二人の間を風が抜けていく。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」



マリベル「今日は おつかれさま。」



アルス「えっ?」

突然の労いの言葉に少年は戸惑う。

マリベル「たいへんだったでしょ?」

アルス「……まあね。」

少女は先の漁で汗を流して働いていた少年の姿を思い浮かべていた。

マリベル「悪いわね あたしだけ はしゃいじゃってさ。」

釣り手が楽な仕事ではないことはお互いわかっていた。

だが少女はなんとなくそう言わずにはいられなかったのだった。

アルス「マリベルだって あんなに がんばってたじゃないか。」
アルス「どれも 大切な役割に 変わりないし ぼくは そのうちの一人として 仕事ができるだけでも 満足さ。」
アルス「それに ぼくも これから少しずつ みんなや 父さんに 仕込んでもらうからさ。」

思いのほか少年はなんでもない風に言う。

マリベル「……そうよね。あんたは これから いっぱい修行して 立派な漁師になって……。」
マリベル「あたしは……。」
マリベル「この漁が終わったら… やっぱり あたしはもう 連れてってもらえないんだもんね……。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「本当は ずっと……。」
マリベル「…………………。」
マリベル「なんでもないわ。…今のは 忘れてちょうだい。」

アルス「…………………。」



アルス「マリベル。」


505 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:12:20.56 ID:W5dqu19v0

マリベル「ん? …っ!」
マリベル「……なによ。」

呼ばれたと思ったら不意に抱きしめられ、少女は困惑しているような怒っているような、
そして少しだけ恥ずかしそうな顔を横に逸らす。

アルス「ごめん 本当は ぼくも ずっと一緒にいたいけど……。」

マリベル「…わかってるわ。ワガママだって。」

アルス「…だからさ 一緒にいられる時間は 他の人より 少ないかもしれないけど その時間を 大切にしよう?」

マリベル「…………………。」
マリベル「なによ… アルスのくせに かっこつけちゃってさ。」

少年の肩に頭を乗せると、少女は照れ隠しの悪態をつく。

マリベル「あたしを 満足させられなかったら メラゾーマ百発よ?」

上目使いに少年を見上げて少女はさらっと恐ろしいことを言ってのける。

アルス「せめて メラじゃ……。」

マリベル「あら そんなに ザキがいいですって?」

アルス「メラゾーマでいいです。」

マリベル「…バカね。しないわよ そんなこと。」

ジトっと少年を睨んでいた少女だったが、あまりの少年の即答ぶりに思わずクスッと笑う。

アルス「前科があるからなあ。」

マリベル「だーかーらー。悪かったって 言ってるじゃないの!」

そう言って眉を吊り上げると、今度は腕を伸ばして少年の頬を引っ張る。

アルス「わ わハっハ わハヒまヒハ!」

身振り手振りで降参の意思を示し少年は必死に懇願する。

マリベル「ふんっ。」

アルス「あいたた……。」

マリベル「もとはと言えば あんたが 悪いんだからね? わかってるの?」

アルス「ハイ ワカッテマス。」

マリベル「…………………。」



マリベル「ね アルス。」



訝しげに少年の顔を睨んでいた少女だったが、
少しだけ頬を染めて少年の名前を呼ぶと何かを訴えるように上目がちに少年の目を見つめる。

アルス「…………………。」

マリベル「……もうっ やっぱり にぶちんね。」

黙ったまま見つめ返す少年に痺れを切らして少女は後を向いてしまう。

マリベル「は〜あ。どうして こんなの 好きになっちゃったのかしらね〜。」



アルス「マリベル。」



マリベル「なによ…っ!?」
マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」



マリベル「あっ……。」

506 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:15:02.35 ID:W5dqu19v0

振り向きざまを狙った不意打ちの接吻。

少女は一瞬何をされたか分からずにいたが、
唇の離れる瞬間にそれがなんだったのかに気付き、名残惜しげに短い声を漏らす。

アルス「…もう一回?」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うん。」

どこか意地悪そうに見つめる少年に少しだけ心臓の高鳴りを覚えて見とれる少女だったが、
真っ赤になったまま少しだけ目を逸らすと絞り出すように懇願の言葉を呟いた。

アルス「大好きだよ マリベル。」

そんな少女が愛おしくてたまらなくなり、少年は促されるまでもなく素の言葉を少女に浴びせる。
そして少女の首に腕を回して正面を向けさせると、そのまま吸い込まれるように唇を重ね合わせた。

マリベル「ん…ん…… ふ……。」

荒くなる少女の息を聴きながら、ゆっくりとその柔い感触を確かめるように口を動かし少女の唇に自分のそれを這わせていく。
心臓と心臓の鼓動が重なり、いつしか二人は一体となってしまったような錯覚を覚えていった。



アルス「……苦しかった?」



長く短い時の中で愛を確かめ合った後、
どちらともなく離された口元からは刹那の橋がかけられ、風に流されて水面へと消えていった。

マリベル「はあ… ちょ…ちょっとね。」

少しだけ乱れた息を整えながら少女が答える。
その頬は林檎のように染まり、瞳はとろんと溶け、少年の理性を根こそぎ奪い去るかのような際どさを感じさせた。

アルス「ゴク……。」

マリベル「アルス……。」





“あっ まずいかも”





少年がそう思った時だった。


507 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:16:56.50 ID:W5dqu19v0



*「それでよ うちのカミさんが言うんだ。いつまで 待たせるんだってな。」



階下から近づいてくる声に気付いて少年がさっと少女から腕を離す。

*「そりゃ おめえ そんなの おまえが その気になりゃあよ……。」

*「おっ アルスに マリベルおじょうさん。見張りごくろうさん。」

*「なーんだ 二人で イチャイチャしてたのかい?」

*「ついでに こいつの のろけ話でも 聞いてくれよー!」

アルス「は ハハハ……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……んもうっ。」

少女の悪態を横に聞きながら少年は乾いた笑いを上げることしかできなかった。
ただ、あのまま放っておいたら何をしてしまうのか、否、何をされるかわかったものではなかった。
そうなってしまえば取り返しのつかないことになる。

言い方は悪いが少年はこの二人の漁師に救われたのだ。



*「それでさ カミさんったらよぉ……。」



頭に入ってこないのろけ話を聞きながら少年はそっと胸を撫でおろし、
この後またどうやって少女のご機嫌をとろうかと考え始めるのだった。

そんな少年を眺め、星空に浮かんだ月が楽しそうに笑っていた。





そして……

508 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/08(日) 13:17:29.45 ID:W5dqu19v0





そして 夜が 明けた……。




509 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:18:59.79 ID:W5dqu19v0

以上第16話でした。

*「ボルカノさんのことは 城下町でもよく ウワサしてるんだ。」
*「荒れた海での いっぽん釣りは 今でも 語りぐさだよ。」

既にこの旅の中ではいくつかの漁法を行ってきましたが、
原作をプレイしているとこの一本釣り漁業はちょっと特別なものであることが分かります。
「ああ、これぞ漁」というインパクトは確かにありますよね。
わたしは実際に一本釣りを見たことはありませんが、
ドキュメンタリー番組などで見かけるカツオ一本釣り漁は物凄い迫力ですよね。
針を入れた傍から釣れる光景には息を飲むものがあります。

ああいう風に入れ食い状態になるのはカツオの習性を利用した方法なんだとか。
興奮状態になったカツオは動くものをなんでも飲み込もうとするらしいですね。
ドラクエの世界で疑似餌などを使っているかどうかはわかりませんが、
今回のお話では実際に昔行われていた漁法を参考にさせていただきました。
(なので一応エサには生のイワシを用意しましたが)

それで、キーアイテムとなるのが「カイベラ」。
棒の先に竹の筒を半分にしたような物を取り付けた道具らしいのですが、
現在の様にスクリューの無い時代にはそれを水面に叩きつけてしぶきを起こしたそうです。
きっと大変な労力だったでしょうね。

マリベルがそれをこなす上でわたしなりに考えたのが魔力で身体を強化するという安直なものなのですが、
実際主人公たちがレベルアップして強くなるのはどういう原理なのかと考えた時に
どんなに体が丈夫になっても人には限界があると思うので、
やはりそういった謎の力を使って身体を強化していると解釈するのが無難ものかと。

みなさんはどうお考えでしょうか。

…………………

◇次回はいつもとは違った形式で物語をお届けします。


510 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 13:20:38.86 ID:W5dqu19v0

第16話の主な登場人物

アルス
アミット号の新人漁師。
船長の息子にして世界の英雄という立場であるが、
新入りに変わりはないため漁においては特別扱いされない。
本人もそれでよいと思っている。

マリベル
自分が網本の娘であることを再認識する。
悲しくはあるが、アルスのことを後ろから応援したいと思っている。

ボルカノ
アミット号を仕切る国一番の漁師。
一本釣り漁では誰もが見とれる腕で獲物を吊り上げる。

コック長
場合によっては甲板に出て漁の手伝いをすることもある。
サイードに砂漠の料理を教えてもらっていた。

めし番(*)
コック長と一緒に甲板へ出て獲物の処理をする。

モリ番(*)
今回の漁ではボルカノと同じように釣り役に徹する。

アミット号の漁師たち(*)
新人アルスの成長を見守る先輩漁師たち。
漁が滞りなく進むよう、流れるような動作で作業に勤しむ。

トパーズ
アミット号のお守り猫。
暇な時は寝ているか、アルスやマリベルのもとへ行くことが多い。
511 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/08(日) 22:38:16.91 ID:W5dqu19v0





航海十七日目:ある少女の一日 / 少年の独白




512 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 22:42:08.12 ID:W5dqu19v0



“漁船アミット号の朝は早い”



と、言いたいところだけど、漁をしながら長期間航海を続ける漁師たちに朝も何もないわ。

もっとも、今回の航海は特別なものだからいつもとは勝手が違うんだけど。

基本的に夜通しで船を走らせている間、交代で見張りと舵取りをしなきゃいけないから、

漁師たちは寝たり、寝なかったり、その日の予定で一日の動きが変わってくるわけよ。

あたしと言えば、今日は朝から三毛猫のトパーズに扉を叩かれてコック長たちが起こしに来る前に起きちゃったわ。

まったく、人の苦労も知らないでネコちゃんってのはいい気なもんよね。

隣で寝ているんだからあいつが止めてくれればいいのに、ホント気が利かないやつ。



仕方ないから起きて着替えて、あたしがいつも作ってる猫用のごはんをあげる。

流石に人と同じようなのを与えるわけにはいかないからね。

もっとずっと健康志向な献立で体調を保ってあげるの。あたしってばなんて優しい人なのかしら。



それが終わって二度寝しようと思ったら今度はコック長たちが来ちゃうんだもの。

せっかくの睡眠時間はあっさり朝ごはんの準備時間に早変わりよ。



今日の献立は芋のサラダとトマトのスープ、それから厚切りのベーコンとトースト。

朝だけどみんな本当によく食べるから作る量もかなりのものだわ。

芋の皮むき一つとってもその数は軽く二十弱。

面倒な作業だけど隣から起きてきた奴にテキトーに任せてあたしはひたすらベーコンを焼いたわ。

燻されたいい香りが寝不足ですっかりしぼんだお腹を少しずつ元に戻して、すっかりあたしもお腹ペコペコよ。



それから日が完全に昇りきる前にそれまで寝ていた漁師たちも少しずつ起きてきて、今日の朝ごはんが始まったわ。

やっぱり海の男たちね。あれだけ用意した料理がみるみるなくなっていくんだもの。作り甲斐があるってもんだわ。



食べ終わったら交代で来た漁師の人が皿を洗い、その横でコック長とあたしが鍋を洗う。

飯番といえばもうお昼ご飯の下ごしらえを始めようとしているわ。

それから自分の仕事を済ませたら、悪いんだけどあいつのハンモックで寝かせてもらうことにしたの。

流石に調理場はうるさいし、寝てたら気を使わせちゃうからね。

それにどうせあいつはしばらく表の見張りでいないし、昨日は遅くまで付き合ってあげたんだからこれぐらい良いわよね。



ハンモックに横になろうとしたらそこには先客がいたわ。三毛猫のトパーズよ。

まったくこの子ったらあたしの睡眠の邪魔をするのが生きがいなのかしらっていうくらいね。

仕方ないから渋るトパーズを無理やり持ち上げて自分の寝場所を確保することにしたわ。

もちろん嫌そうに鳴いてたけどそんなことは知ったことじゃないわ。あたしの眠りを妨げた罪は大きいのよ。



それからしばらく仮眠をとってお昼ご飯の準備が本格的に始まる前に体を休めておくことにしたわ。

この船の上での料理は戦場なのよ。


513 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 22:45:13.08 ID:W5dqu19v0

日もだいぶ昇った頃に目を覚ましたあたしはとりあえず濡らした布で体を拭いてお風呂に入れなかった体をきれいにしていくの。

もちろん簡単なカーテンをかけて誰にも見られないようにね。

そもそも男だらけのこの船の中であたしってば紅一点だから普通に考えてみればかなり危ないのよね。

まあこの船に一人を除いてそんなことをする人はいないし心配はないんだけどね。



身体を洗い終わったらすぐに昼食の手伝いが始まるわ。

お昼の献立は鶏を二匹つかった香草蒸しにニンニクときのこの唐辛子パスタ、それから鶏からとれた出汁の玉ねぎスープ。

いくら途中の町や港で買い足せるからと言って船の上では食材は何一つ無駄にはできない。

過酷な旅に野営を重ねてきたあたしにとっては当たり前の感覚だけど、
いろいろと考えながら食材を使わなきゃいけないのはやっぱり難しいのよね。

そこの辺りは流石はコック長といったところかしらね。

パパや漁師のみんなが信頼を置くだけあるってものね。



なんでも今日の夕方からまた漁を始めるらしくて、男どもは競うように鶏肉に手を伸ばしては腹の中へ放り込んでいたわ。

体力付けなきゃいけないのはわかるけどもう少し味わってほしいもんだわよ。

そうこう言ってるうちに出遅れたやつが渋い顔でこっちを見てくるもんだから、
かわいそうになって皿洗いの時に差し入れしてあげる羽目になっちゃったわよ。

ホントとろいんだから、余計な世話を焼かなきゃいけなくなるこっちにの身にもなりなさいってんだわ。



昼すぎ、風に当たりに甲板に出たらボルカノおじさまが船の先端で海面を鋭い目で見ていたわ。

どうやら潮の流れを見てこの先魚がどのあたりに来るかを見ているんですって。

その横では普段は間抜け面のあいつが真剣そうな顔してその話を聞いていたわ。

あたしが後ろの方からその様子を見てるのなんてまったく気づいてないみたい。

せっかくこーんな美少女が見守ってあげてるんだから挨拶くらいしたらどうなのかしら。失礼しちゃうわ。



でも、いつもは何考えてるか分からないあいつが時々見せるあの顔はちょっとかっこいいなって思うわ。

ちょっと前まではカボチャの方が素敵だと思ってたのに、今なら素直にそう思えるんだから人って変わるものね。



いつかあいつもボルカノおじさまを追い越してエスタード一の漁師って呼ばれる日が来るのかしらね。

そしたらあたしは世界一の美少女、いやその頃には美女の方が正しいのかしら、まあいいわ。

あたしは世界一の美女にしてエスタード一の漁師の、漁師の……。

まっ、なんでもいいかしらね。

とにかくあいつには誰にも恥じない男になってもらわなくちゃ困るわ。

そうでないとつり合いがとれないものね。誰ととは言わないけど。



そんなこと考えてたらあいつがこっちに気付いて笑って呼ぶもんだから咄嗟で変な声が出ちゃったじゃない。

まったくレディに恥をかかせるなんてあいつもなってないわね。

後で仕返ししてやろうっと。


514 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 22:47:46.80 ID:W5dqu19v0

そうして時間を過ごしているうちにすっかり日は傾いて夕方。

甲板が慌ただしくなって漁師たちがボルカノおじさまの指示を待たずとも自主的にどんどん仕事をこなしていく。

やっぱりお互い信頼して何をすべきなのか分かってるのね。

少し緊張してるけどあいつも状況を見て自分のすべきことを見つけてなんとかやってるみたい。

昔だったらおろおろするだけで何もできなかっただろうに、あいつも随分成長したんだなって感心したわ。

もちろんあたしの進歩には敵わないけどね。



今日は海面付近で群れを作る魚たちを網で獲るらしいわ。

今まで比較的深い所の、しかも大きな魚ばかり狙って漁をしていたから返って今回の漁は新鮮味があって面白かったわ。

なんてったってあたしも投網の技術に関しては自信があったからね。

漁師たちに混じって投げるのを手伝ったりしたわ。

結局それが運よくなのかわからないけどちょうど魚の群れに当たって、正に一網打尽よ。

重たすぎて引き揚げるのが辛いくらいだったからバイキルト使っちゃったわよ。

こんなところでもそつなく対応してしまう自分が怖いわ。



投げられた網を回収して、それだけで甲板には魚の山が積みあがっていたわ。

でも問題はここからよ。

すぐにみんなお腹を出して、食材にできるものは別にしてあとは全部冷凍保存。

この作業が大変なのなんの。

なんせ何百匹という魚を一匹一匹捌いていかなきゃならないんだからそりゃ骨も折れるってものよね。

網の手入れはひとまず置いといて船の全員で片っ端から選別しては捌いて、
ある程度まとまったらあたしとあいつでひたすら凍らせる作業の繰り返し。

もう口が凍傷になっちゃうかと思ったわよ。

鮮度を保つためには仕方ないとはいえこっちの身にもなって欲しいもんだわ。



もちろん獲った魚は全部冷凍じゃなくてこれまで通り塩漬け、酢漬け、干物、コック長が小さな窯を使って燻製を作ったりしてね。

全部が全部生で出されても調理の仕方がわからないなんて人も内陸の町にはいたりするから、これも大事な保存方法なのよね。

それに、やっぱり加工するにしてもコック長みたいな料理人が作った方が美味しく仕上がるってものよね。

こっちだってこれで食べていかなくちゃいかないわけだもの、常により高く取引できるように努力を惜しまないのよ。

あたしも網元の娘としてそういうセンスを磨かないとダメね。

これまでの旅で十分身に着けたつもりだったけど、この手のことについては果てが見えそうにないわ。

まっ、それだけやりがいがあるってもんだわよね。


515 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 22:49:53.44 ID:W5dqu19v0

魚を処理し終わって一息つけるかと思いきやすぐさま夕飯の準備よ。

今日は昨日釣り上げたカツオとさっき獲れた魚をふんだんに使ったフルコースね。

たたきに、燻製、意外といける炒め物まで、手分けして存分に腕を振るってあげたわ。

結果は大反響。まったく、あたしってばフィッシュベルでお店が経営できるんじゃないかしらね。

コック長も飯番もそんな手もあったのかとか言って雷にでも打たれたみたいだったわ。

まあそうしたらこの船で誰が料理作るのよって話だけど。



夕飯が終わった後も漁師たちは網の手入れが終わってなかったみたいだからあたしも混じって手伝ったわ。

みんなは休んでていいって言ってくれたけど、やっぱりあたしだけが特別扱いなのも嫌だし、
何より自分だけ手持無沙汰っていうのがなんとなく許せなかったのよね。

疲れた体に鞭打って手入れを終えて、気づけば辺りは真っ暗。

もともと夜だったのはわかってたけど今日は新月だったみたいで、見上げれば月のない夜空が延々と広がっていたわ。

それで辺りを見回してみたら空をぼーっと眺めているあいつを見つけて、昼間の仕返しに後から首に息を吹き付けてあげたの。

そしたら驚いたあいつの素っ頓狂な声。

おかしかったらありゃしなかったわ。これでお相子ってところかしらね。



それからしばらく二人でどうでもいい会話をしながら過ごしてたんだけど、
気づいた時にはもう瞼がほとんど塞がってて、また目を開けた時にはハンモックに横になってたのよね。

いったいあの後どうしちゃったのかしら。

あたしのことだから死に物狂いで歩いて降りたのかしらね。

まあそういうことにしておきましょ。

でもおかしいわね。いつもバッグに隠してあるあたしだけの航海日誌を抱えたまま寝てたなんて。

いつの間にこんなもの持って寝てたのかしら。

やーねえあたしってば。



たぶん、真夜中を過ぎたぐらいだったかしら。

いつの間にか船の揺れが小さくなってどうやら港に到着したみたいね。

でも周りの物音がしないのをみると今日はこのままここで一泊するみたいね。

ま、このまま疲れた体で宿まで行く気力もなかったし、ありがたいと言えばありがたいことね。





さて、あしたはどんなことがあたしたちを待ってるのかしらね。




…………………

516 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 22:52:47.26 ID:W5dqu19v0



どうやら彼女はもう限界らしかった。



無理もない。

昨日は遅くまで付き合わせちゃって、今朝はいつもより早く起こされ、料理に片付け、
漁の手伝いに魚の後処理、休む間もなく夕飯の支度に網の手入れ。

途中で仮眠はとったとはいえ、彼女にとっては少々酷な一日だったかもしれない。

もっとも、過酷な旅をしていた頃はこれ以上にひどい有様だったこともあったのだが。



なんにせよ今の彼女はぼくの言葉にも虚ろで、もう半分は夢を見ているようだった。

次第に頭が下がり始め、時々はっとしては頭を振っている。



もう寝かせよう。



そう思いぼくは彼女の体を抱きとめるとそのまま脇の下から背中にかけ、
もう片方は膝の下を抱えて持ち上げ、ゆっくりと起こさないように彼女を船室の一番奥へと運んでいく。

途中で見つかった時はどうなるかと思ったけどどうやら見て見ぬふりをしてくれているようだった。

彼らには後でお礼を言っておかなければ。



調理場にあるハンモックに彼女を横たえると少しだけ彼女は目を覚まし、
かけてあった鞄の中から何かを取り出しては広げて顔に被せる。

どうやら航海日誌のようだった。

だがそれはぼくたち漁師がつける簡素で分厚いものではなく、
織り込まれた羊皮紙を何十枚か束ね、可愛らしい装飾を施した本のようだった。



まじまじとそれを眺めていると不意に彼女が寝返りを打ち、例の日誌が床に転げ落ちる。

ぼくがそれを拾おうと手を伸ばしたとき薄闇の中である一文だけが目に映った。

そこに書かれていた内容はこうだった。





“あたしはこれからあいつのために何をするべきなのか”




517 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 22:53:51.50 ID:W5dqu19v0

一瞬でそれは見えなくなってしまったが、
その文になんとなく彼女がここのところ見せていたどこか思い悩むような表情はこれが原因だったのだろうかと思いを巡らせた。



ぼくは彼女が一緒にいてくれるというだけでそれ以上はもう何も望まない。

だが、どうやら彼女はそうじゃないのかもしれない。

ぼくは何を彼女に無理強いするつもりもなく、ただ彼女のやりたいように楽しく生きていてくれればそれでいいと思っていたのだが。



漁についてきてくれとは言わない。

ではぼくは彼女になんと言ってやれば良いのだろうか。

こればっかりはぼくがどうこう言って解決できる問題ではないのかもしれない。



そこまで考えて日誌を拾い上げると、彼女の腕の中にそれを滑り込ませ、ぼくは厨房を後にした。


518 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 22:55:26.18 ID:W5dqu19v0



自分の寝床のある食堂の椅子に座って今日一日を振り返る。



朝から食事は大満足だった。



旅をしていた頃だって、乏しい食材でも彼女がよく料理をしてくれたから、
量は少なかったけど楽しくて、満足していたことには変わりない。

だけど今や彼女は豊富な食材や料理人に囲まれて思う存分にその腕を振るってくれている。

すべてにおいて文句のつけようもない。



ただ昼はみんなの食べる速さのあまりにちっとも鶏肉が食べられずじまいだった。

それでも見かねた彼女が、皿洗いをしている時に昨日の残りをこっそりくれたのが嬉しくてたまらなかったな。



それから今日は父さんに魚の群れと潮の流れのことを教わった。

この世界には膨大な種類の魚がいて、場当たりではなく一つ一つを追いかけて漁をしなければならない以上、
この勉強は漁師にとってはなくてはならない知識だ。

知識だけじゃない。体の感覚をすべて使ってその時の状況を読み、的確に動いていかなければ漁は成功しない。

少しずつ経験を積んで、ぼくもいつかは父さんを超える漁師になるために精進しなければならない。

そのためにもこうやって吸収できることはなんでも吸収していかなければ。


519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/08(日) 22:56:53.58 ID:R/UD89Ioo
懐かしき我が青春のアルマリよ
520 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 22:57:36.19 ID:W5dqu19v0

日が暮れてきた頃、漁師のみんなと一緒に今日は魚群を狙って海面付近で曳網をした。

移動しながらの漁となると漁法も限られてくるしチャンスも少ない、そこで頼りになるのがやはり父さんの目だ。

号令と共に放った網はすぐに魚群を飲み込んでずっしりと重たくなった。

引き揚げるとそこにはやはり大量の魚たちが掛かっていた。

網の目は大きめにしたあったから売り物にならないような小さな魚はかからなかったけど、それ以上に収穫は多かった。

片っ端から腹を出しては選別し、ぼくと彼女で加工しないものを冷凍していく。



それが終わった後はすぐに網の手入れだ。

複雑に入り組んでいる網はところどころ絡まったり変なものがくっついたりしている。

でもこういうものを放っておいては次に使う時にちゃんと広がらなかったり、魚が傷ついてしまったりする。

だから地道な作業だけどこの手入れだけは絶対に欠かせない大事な作業なんだ。



しばらくして夕飯に呼ばれて食堂に降りれば今日も豪勢な料理がテーブルの上に所狭しと並んでいた。

目移りしそうになりながら一つ一つ丁寧感想を言いながらに食べていく。

獲った魚が美味しい料理になって出てくるのはもちろん嬉しいし、
そうやって美味しそうに食べるぼくたちを見て料理をした3人も嬉しそうだった。



夕飯を食べ終わったらさっき終わらなかった網の手入れの続きだ。

丁寧にゴミを取り除きながら甲板に並べて乾かしていく。

切れやほつれがないか確かめながら作業を進めていたら夕飯の後片付けを終えた彼女がやってきて手伝ってくれた。

ぼくに加えて操舵や見張りをしていた人も休んでいるように言ったんだけど彼女は引かなかった。

どうやらただ乗っているだけの時間というのがなんとなく嫌ならしい。

もうこの船の誰もが彼女を網元の娘としてではなく一人の船員として見ているというのに。

いや、もしかすると漁師たち以上に彼女はこの船の上では働き者なのかもしれない。

漁師たちだけでは乗り越えられなかった困難も彼女がいてくれたおかげで突破することができた。

ぼくも彼女にどれほど助けられたことかわからない。

それくらいみんなが彼女に感謝していたし慕っていた。あの父さんですらね。



どちらかというとぼくは彼女が辛くないのか心配だった。

誰がどう見たってこの2週間はいろいろありすぎたと思う。

行く先々で事件が起こり、ひと悶着あり、魔物たちと戦う。

まるであの旅の続きをしているかのように。

それもほぼ毎日それの繰り返しで、流石に彼女も疲労が溜まっているのではないだろうかってね。



ぼくの予感は当たっていた。

作業が終わって星を見ていたら彼女がやってきて、その後、今に至る。

確かに宿に泊まったりしてるから肉体的な疲労はそこまでないかもしれないが、蓄積というものがあったに違いない。

彼女にはしばらくゆっくりしてもらいたいものだ。


521 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 23:00:03.99 ID:W5dqu19v0

そこまで考えてぼくはふと隣の厨房で眠る彼女の顔を思い浮かべた。

この航海中、彼女は今まで以上に色んな表情を見せてくれた。

怒ったり笑ったりした顔はしょっちゅう見てるけど、あんな泣き顔を見せることなんて一度もなかった。

そう、気丈な彼女はどんな辛いことがあってもあの旅の中で涙を見せることはなかった。

プライドのせいで弱い自分を見せられなかったのはあるかもしれない。

でも、よく考えてみたら彼女の涙のほとんどの原因はぼくにあるのだろう。



最初の夜も、フォロッド城でも、クレージュでも、砂漠でも。

それに最近だって大神殿で泣かれてしまった。

ああなってしまったら不器用なぼくにはどうすればいいか分からないし、ただ抱きしめて謝ることしかできない。



理由は様々だけど、ぼくにはあの彼女が涙を見せるということ自体が衝撃的なことだった。

明らかに以前の彼女とは違うのだ。

いや、もしかしたら彼女はぼくたちに隠れてこっそり泣いていたのかもしれない。

でも今は恥ずかしがることもなく涙を流している。

きっと強がらずに素の自分を曝け出すことに対して彼女の中で何か思うところでもあったのだろう。



ぼくにとってはそれが嬉しかった。

彼女とはどんな気持ちも共有していたい。

これまでどうしてあげることもできなかった心の傷に気付いてあげることができる。

抱きしめて慰めてあげることができる。

一緒に笑って泣いて、時には怒ったりして。

これから起こるどんなことでも彼女と一緒なら乗り越えていける。

そんな確信がぼくにはある。





さて、そろそろぼくも寝よう。明日は彼女とどんなことを話そうかな。




522 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 23:01:12.03 ID:W5dqu19v0

…………………



小さな船着き場へとたどり着いた船の中で、漁師たちが一人、また一人と眠りについていく。

少年は全員が寝静まったことを確認すると、食堂の卓を照らしていた小さな蝋燭を吹き消した。

真っ暗になった船内で、少年は自分の寝床で丸くなっている三毛猫を抱え、
三人分の大きないびきの木霊する中、小さな寝息を立てて眠り始めるのだった。

明日からの未来に、淡い希望を抱きながら。





そして……

523 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/08(日) 23:01:43.77 ID:W5dqu19v0





そして 夜が 明けた……。




524 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 23:02:49.96 ID:W5dqu19v0

以上第17話でした。

今回はこれまでのお話の中で二人が募らせてきた想いを少しだけ語ってもらおうと、
趣向を変えてマリベルとアルスの独白という形にしてみました。

二次創作のお話を書くうえで、
どんなキャラクターにせよイメージというものが土台になってセリフなり描写なりが作られていくと思うのですが、
こういった一人語りとなるとそういうものが如実に出てしまいます。

「いかに原作に近い形で、読む人のイメージを壊さずに書けるか」
……難しいことですね。

「マリベル」という人気の高いキャラクターは勿論、
「主人公(アルス)」というプレイヤーの分身に色を付けていくというのはある種の冒険です。


描写と言えば、このSSの中では飲食の場面がたびたび登場しますが、
ドラクエの世界で食されているものがどんなものなのか
明確に描写されているところは見たことがありません。
(ただの勉強不足かもしれませんが……)
そこで悩むのは「現実世界で食べられている料理の名前をそのまま出して良いものか」ということです。

「アンチョビサンド」のようにわかりやすく名前の出ている物は良いのですが、
他にどんな料理があるのかはほとんどわかりません。
例えば、このお話では言えばペペロンチーノ一つとっても
「ニンニクときのこの唐辛子パスタ」と表現しております。
実際、「パスタ」なんてものがあるのかすらわからない以上、料理の名前を出すこと自体博打です。
「食事の描写がわかりにくい!」と戸惑われた方もいらっしゃるかと思いますがご容赦ください……。

ちなみに、前回登場した「マルサバカツオ」も勿論架空の生き物です。

…………………

◇ようやく次の目的地へと到着したアミット号。
王からの指令を受ける一行はある問題を抱え、別行動を取るのですが……

525 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/08(日) 23:03:37.36 ID:W5dqu19v0

第17話の主な登場人物

アルス
漁についてきたマリベルの体を案じているが、
一方で一緒にいられる時間を大事にしようとも思っている。
少女の変化には敏感で、いろいろと思うところがある様子。

マリベル
網本の娘としてではなく、一人の船員としてアミット号に乗り込む。
日々成長するアルスのことを見守っている。
実は隠れて自分だけの航海日誌を付けているらしい。
526 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/09(月) 20:57:41.51 ID:3FxrOVId0





航海十八日目:少女、城へ行く / 迷子を探せ




527 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 20:59:23.05 ID:3FxrOVId0



マリベル「あふぁ〜… 良く寝た……。」



朝日が半分ほど登った頃、波に揺られる船の中で少女は眠りから覚めた。

マリベル「あら?」

いつの間にか腕に日誌を抱えたまま寝ていたことを思い出し、そっとそれを鞄に戻すと濡れた布で身体を拭きながら呟く。

マリベル「だれにも 見られてないわよね……。」

それが日誌の内容なのか、自分の体のことなのかは彼女にしかわからない。



“カシ…カシ……”



そんな中、隣の部屋から餌を催促する猫が扉を叩く音が小さく聞こえてきた。

マリベル「はいはい 待ってなさいよ。」

手短に体を清め終えると少女は猫のエサを作りながら扉の向こうに呼びかける。
漁船は昨日の真夜中のうちに港に到着し乗組員全員が眠っていたらしく、どうやらまだ誰も起きてはいないようだった。

トパーズ「なお〜。」

一匹を覗いては。

マリベル「シーッ! 静かにしてよね。みんなが 起きちゃうじゃない。」

トパーズ「…………………。」

扉を開けて餌入れと共に少女が現れると途端に三毛猫が膝に飛びついて餌をねだる。

マリベル「はい どうぞ。」

それからその部屋、つまり食堂の中を見やる。

コック長「グ… ゴゴゴ……。」

飯番「…ふしゅるるる……。」

アルス「スゥ……スゥ……。」

料理人たちの間に混じって少年もまだ眠っていた。昨晩も少女と話した後、遅くまで仕事をしていたのだろうか。

マリベル「…………………。」

少女はその様子を眺めていたがしばらくして少年の毛布がずり落ちていることに気付き、そっとそれを掛けなおしてやる。

マリベル「ふふっ……。」

それから少年の頬をぷにぷにと指で押して遊び、やがて飽きると猫を抱えて忍び足で船の上へと歩き出した。


528 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:02:37.45 ID:3FxrOVId0

マリベル「まぶし……。」

甲板へやってきた少女は朝日の眩しさに思わず顔を隠す。
腕に抱いた三毛猫も眩しそうに眼をつむっている。

空にはそれなりに雲はあったが本日も概ね晴れのようだった。

マリベル「平和な朝ね〜。」

トパーズ「ナー。」

辺りを見回しても人は見当たらず、閑散とした港にはカモメの鳴き声が木霊しているだけだった。

マリベル「散歩でも しようっか?」

トパーズ「なおー……。」

そう言って三毛猫を降ろし、港と呼ぶには少々小さい船着き場へと降りて辺りを散策する。

マリベル「…………………。」

トパーズ「…………………。」

“何か変わったものはないだろうか。”

そんな期待を胸に少女も三毛猫も無言で歩く。
しかし船が二隻泊まれる程度のこの船着き場にそんな興味深いものなどあるはずもなく、少女はつまらなそうに近くの係船柱に腰かける。

マリベル「なにも ないわね〜。」

トパーズ「…………………。」

ため息をつく少女を他所に三毛猫は入念に辺りの匂いを嗅いでいる。
知らない土地にくれば大抵こうなるのだからおかしな話ではないのだが、それが一層少女にはつれなく見えてしまう。

マリベル「はぁ……。」





*「どうしたの?」




529 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:04:53.80 ID:3FxrOVId0



マリベル「きゃっ!」



しばらく猫の動きを目で追っていた彼女だったが、不意に後ろから呼びかけられて体が跳ねる。

アルス「あっ ゴメン 驚かせちゃった?」

マリベル「び びっくりするじゃないの!」

アルス「おはよう マリベル。」

マリベル「お… おはよう……。」

アルス「一人で散歩? あ トパーズもいたんだっけ。」

トパーズ「な〜う〜。」

そう言って少年は三毛猫を拾い上げる。

マリベル「ま〜ね。」

アルス「今朝は よく眠れた?」

マリベル「うん。」

返事の通りもう少女の顔には疲労の様子は残っていなかった。それを見て少年は少しだけ安堵する。



マリベル「ねえ アルス。」



アルス「ん?」

マリベル「昨日 あたし あんたと話してた辺りから 記憶があいまいなんだけど どうしちゃったのかしら?」

アルス「え……と……。」

曖昧ながらも鋭い質問に少年はどう答えたものか考えあぐねる。

マリベル「……?」

アルス「そ そう! 自分で ちゃんと 部屋に戻ってったよ!」

マリベル「本当に?」
マリベル「なにか いやらしいこと してないでしょうね〜。」

アルス「ち 誓ってしてません。」

マリベル「神さまに誓って 言える?」

アルス「も もちろん。」

マリベル「…あんな クソじじいに 誓って言えるようじゃ やっぱり あんた……。」

少年はまんまとはめられたようである。

530 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:06:15.60 ID:3FxrOVId0

アルス「誤解だよ! ひきょうだよ!」

マリベル「うふふ。冗談よ。」

アルス「ほっ。」

マリベル「でも 変なのよね〜。いつも 鞄にしまってある に……っ!」

アルス「えっ?」

マリベル「なんでもないわっ。」



アルス「もしかして 航海日誌のこと?」



マリベル「な なんで あんたが それを 知ってるのよ!」
マリベル「あっ さては あんた あれ 読んじゃったわけっ!?」

口に出すまいと思っていた物をピタリと当てられ、少女は困惑と同時に少年にさらなる疑惑の目を向ける。

アルス「い いやいや 決して読んでないから! 本当だから!」

“一文を除いては”とは死んでも言えなかった。

マリベル「嘘おっしゃい! じゃあ 何で あれの中身が 航海日誌だなんて わかるのよ!」

アルス「い いや なんとなく……。」

実際事細かに内容を見たわけではないので厳密にはあれが航海日誌だったのかはわからない。
ただ、それらしき何かと思って口に出しただけだったのだが。

マリベル「う 嘘よね…!?」
マリベル「ま まさか よりにもよって あんたに 見られるなんて……!」

そう言って少女は頭を抱えてしまう。

アルス「ま マリベル落ち着いて!」



マリベル「ふ ふふ…… ビッグバンと ジゴスパークと マダンテ どれがいいかしら……?」



トパーズ「……!」

必死に少年がなだめるも少女は世にも恐ろしい選択肢をずらずらと並べていく。
そんな少女からあふれ出る不吉な雰囲気に思わず猫が飛び退く。

アルス「……本当に 読んでないって。」

またかと思い少年は半分自棄になって言う。

マリベル「…………………。」

アルス「いいよ もう どれでも 好きにすればいいじゃないか。」



マリベル「……信じてあげる。」



しかし少女から返ってきたのは意外な言葉だった。

アルス「え……。」

マリベル「その代わり 本当にあの後 どうしたのか 詳しく話してちょうだい。」

アルス「…………………。」
アルス「わかった。」

本当のことを話すべきか少しだけ迷った少年だったが、
真実を知りたいという少女の意を汲んで昨晩あったことを話し始めたのだった。

531 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:07:09.25 ID:3FxrOVId0



マリベル「は 恥ずかしぃ……。 そんな シュウタイ さらしていたなんて……。」
マリベル「今なら いくらでも れんごく火炎が 吹けそうだわよ……。」

少年からことの顛末を聞いた少女は両手を膝に置き、顔を真赤に染めては俯いて言う。

アルス「…でも かわいかった。」

マリベル「ふ ふんっ……。」



*「お いたいた 二人とも!」



少年の一言に少女は赤い顔のままそっぽを向いていたが、再び声のする方へと振り返る。

アルス「あ おはようございます。」

マリベル「おはよう。」

*「マリベルおじょうさん もう 朝ごはんの支度を 始めますよ!」

そこにいたのは飯番を任されている男だった。どうやら料理長から少女を呼びに寄越されたらしい。

マリベル「あら そう。わかったわ。」

アルス「ぼくも 手伝います。」

*「お 嬉しいですね! それじゃ 行きましょうか!」

トパーズ「なお〜。」



それからいつものように朝食の準備を済ませ、漁船アミット号は新しい一日を迎えたのであった。


532 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:08:00.94 ID:3FxrOVId0



ボルカノ「この町が どういうところかは 大体わかった。」



朝食を終えた後、乗組員たちは今日一日の予定を会議室で話し合っていた。

ボルカノ「それで ここじゃ 誰に 締約書を渡せばいいんだ?」

だがここに来てある問題が発覚することとなったのだ。

アルス「うーん……。」

マリベル「この町も 町長って 呼べる人はいないのよね。世界一の 資産家の奥さんは 住んでるけど。」

アルス「町長がいない以上 住民会議を 開いてもらうしかないかと思います。」

マリベル「…てことは 下手をすると しばらく 滞在してなきゃ いけないのかしらね。」

*「ええっ! まだまだ 行くとこは いっぱいあるってのに 足止めか!?」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「とりあえず 行ってみるしかないか。」
ボルカノ「準備ができたら 出発するぞ。今日は 荷物が たくさんあるからな!」

*「「「ウスッ!」」」

ここで話していても埒が明かない。

そう判断した船長の号令で一同は動き出し、魚の詰まった木箱を抱えてすぐ北に見える町へと歩き出したのだった。


533 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:09:36.67 ID:3FxrOVId0



*「ようこそ ルーメンの町へ。こんな片田舎に 旅のお方とは めずらしい。」



男性が片田舎と呼んだこの町こそ、
今回の一行の目的地にしてかつて再三滅びの運命を少年たちに救われた町、ルーメンだった。

*「おや? それは…… なんと! あなたたちは 漁師ですか?」

ボルカノ「おう! この町の広場で 市を 開きたいんだが どうかね。」

*「そりゃあ みんな 大歓迎ですよ!!」
*「みんなには ぼくたちから 伝えておきますから どうぞ 始めちゃってください。」

ボルカノ「わるいな。」

そう言って男性は町の中へと消えていった。

*「しかし…… 本当に ド田舎だな。」

漁師の一人が呟く。

ボルカノ「あの調子じゃ 漁師をやってる人間も ほとんどいなそうだし ここの町とは 特に 締約を結ばなくても いいんじゃないか?」

バーンズ王からの書状には港への停泊権、国の間での漁獲量の取り決め、
近海での漁業権及び安全保障など様々な項目が並んでいたが、
そもそもここまでやってくること自体が少なく、許可を取らなければならない相手がいない以上、
反って余計な取り決めはしない方がお互いのためになるのではないかと船長は考えていた。

マリベル「あたしも そんな気が してきたわ……。」

アルス「まあまあ とりあえず よろしくお願いしますってことで……。」

ボルカノ「……あいさつだけで 良さそうだな。」
ボルカノ「よし お前ら 商品を広げるぞ! 市の 準備だ!」

*「「「ウスッ!!」」」

534 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:10:34.82 ID:3FxrOVId0

*「いらっしゃい いらっしゃい!」

*「とれたてピチピチの魚を さらに 冷凍して 鮮度そのまま!」

*「うちでなきゃ 味わえない 素材そのままのうまさだよ!」

*「うわっ 全然 におわねえ! あんちゃんこれ どうなってんの?」

*「カチコチだ! いったい どうやったんだこりゃ…?」

*「へっへっへ! すごい 技術があんだよ!」

*「おひとつ おくれ!」

*「あ あたしも!」

*「でっかい 魚…!」

*「おお これうまそうだな!」

535 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:11:45.13 ID:3FxrOVId0

アルス「ひぃ ひぃ……。」

マリベル「ふぅ ふぅ……。」
マリベル「なんてことなの! あれだけ あった 魚が 飛ぶように売れたわ…!」

少女の言葉通り、町の中心に並べられた大量の魚は噂を聞きつけた住人たちによってあれよあれよという間になくなり、
今ではカツオの切り身ぐらいしか残っていない。

アルス「すごい 盛況だったね!」

ボルカノ「まさか ここまで 売れるとはな……。」

船長や漁師たちもあまりの客の殺到具合に少し引き気味。

マリベル「しっかし 魔王が現れたとかいって みんな 家の中に ひきこもってたっていうのに いなくなったとたん こんなに活気づくなんてね……。」

少女が辺りを見回して言う。

確かに町の中は依然とは比べられないほどに活気づいていた。
町の中を歩く人々の顔も明るく、どこか楽しそうに見える。

アルス「それだけ 抑圧されていたってことだろうね。」

マリベル「ま おかげさまで きれいに売れたし あたしたちから言わせれば 文句はないんだけどね。」

少女の言うようにいつの間にか木箱の中はゴールドでいっぱいになっていた。
普段のアミット漁でもこれほどの利益をあげることはなかなかできないためか、漁師たちもホクホク顔で頷いている。

ボルカノ「それで これから どうするかだ。」
ボルカノ「思ってたよりも 要件が 早く片付いちまったし 午後は 解散しようと思うんだが。」

マリベル「ああ それなら あたしは ちょっと 王さまに会ってこようかしら。」

ボルカノ「ん? どうしてだい?」

少女の突然の言葉に船長は思わず首をひねる。

マリベル「この町のこととか 王さまに 先に報告しておいた方が 安心して 航海が続けられると思いまして。」

アルス「ぼくも 行こうか?」

マリベル「ダメよ。あんたは ここで みんなに 漁のことを 教えてもらってなさい!」

アルス「わ わかったって……。」

ボルカノ「助かるぜ マリベルちゃん。」

マリベル「うふふっ お任せくださいな。」

アルス「…………………。」

本当は少しでも一緒にいたいという気持ちを抑えて少年は黙り込む。

マリベル「…ふっ……。」

そんな少年の気持ちに気付きながらも、少女は少年の漁師としての向上のために心を鬼にするのだった。


536 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:13:04.89 ID:3FxrOVId0



*「これはこれは マリベルどの!」



*「おや? アミット漁は もう 終わったのですか?」



昼頃になり一行が市場をたたんだ後、少女は一人故郷の島にある城へとやってきていた。

マリベル「いいえ。実は うちの船が立ち寄っている町のことで 王さまに お話があるのよ。」

*「そうでありましたか! 王さまは 謁見の間におわします。どうぞ お進みください。」

マリベル「ありがとう。」

番兵たちに通され、三階にある謁見の間を目指して少女が階段を上っていると何やら婦人の話し声が聞こえてきた。



*「大丈夫だって! きっと お父さまなら あなたのこと わかってくれるはずだわ!」



*「うう… そ そうでしょうか……。」



マリベル「……?」

*「あ マリベル!」

なにやら込み入った話をしていた二人だったが、
こちらの姿に気付くと片方の可愛らしい少女が来訪者の名前を呼んで掛けてくる。

マリベル「リーサ姫?」

リーサ「どうしたの? あ もしかして アミット漁が終わったのね?」

マリベル「いいえ。実は ある町のことで 王さまに お話がありまして。」

リーサ「まあ そうだったの? それより 聞いてよ この人がね……。」

*「お お待ちくださいまし! やっぱりわたくしは……。」

リーサ「いいじゃない! この際だから マリベルにも 話してあげて?」

*「…は はい……。」

537 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:16:00.23 ID:3FxrOVId0



マリベル「それで 王さまに 想いを伝えたい…と。」



少女は婦人のバーンズ王に対する熱い思いを聞き、一言でそれをまとめる。

リーサ姫「そうなの。」

*「何度も何度も 打ち明けようと 思ったのですが 結局 今の今まで できずに……。」

婦人は瞳を閉じてため息をつく。

マリベル「…………………。」
マリベル「まあ 話してみないと 何も 先に 進まないんじゃないのかしら?」

*「それは そうなのですが……。」

マリベル「リーサ姫は どう思って いらっしゃるんですか?」

いくらこの婦人と王が上手くいったとして、
亡き王妃との間の娘である姫が首を縦に振らなければその後王家が揺るぐ可能性も出てくるだろう。

そう考えて少女は本人に確かめることにした。

リーサ姫「私は いいんじゃないかなーと 思ってるの。」
リーサ姫「お父さまは お母さまが亡くなってから もう ずっと 一人で 私やお兄さまのことを 育ててくれたんだもの。」
リーサ姫「アイラが来てくれたとはいっても やっぱり どこかで寂しいと 思ってるに違いないわ。」
リーサ姫「それに 家族が 増えたら 私も 嬉しいなって……。」

それが彼女の本心なのかはわからない。ただ、自分の父親やこの婦人のことを思って言っているということは伺えた。

マリベル「そう… そうですか……。」
マリベル「アイラは?」

リーサ姫「アイラも 応援してるって 言ってたわ。」

どうやらもう一人の王女もそれについては否定していないようだった。

*「でも… もし ダメだったら……。」



マリベル「…………………。」



マリベル「一つ いいですか?」



*「……なんでしょう。」

マリベル「わたしは これから わたしたちの国の 王妃になる人が そんな風に いつまでも うじうじしている人だったら 耐えられないわ。」
マリベル「そのことを はっきりと 覚えておいてくださいね。」

煮え切らない婦人に対して少女は釘をさす。

リーサ姫「マリベル……。」

マリベル「わたしから 言いたいことは それだけです。」
マリベル「それでは わたしも 王さまに お話があるので これで失礼しますわ。」

それだけ言うと少女は踵を返して三階へ続く階段をつかつかと上って行ってしまった。

*「あっ……。」
*「…………………。」


538 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:17:35.86 ID:3FxrOVId0



大臣「おお マリベルではないか!」



階段を登り切ったところで国王を補佐する大臣が少女を見つけ歩み寄ってきた。

マリベル「こんにちは 大臣。締約書のことで 王さまに お話があるの。」

大臣「そうであったか。ささ では こちらへ。」

そう言って大臣は少女を玉座の前まで案内する。

バーンズ王「よく来てくれた マリベルよ。また 何か 起こったのか?」

マリベル「こんにちは 王さま。さすが お察しが よろしくって。」

少女は微笑んで挨拶をする。

バーンズ王「まあ そうでもなければ わざわざ アミット漁の途中で ここまで きたりせんじゃろう。」

マリベル「そうなんです。実は……。」

[ マリベルは 事情を説明した。 ]

バーンズ王「ふうむ。そうか……。」

マリベル「ですから ルーメンは あいさつだけで 済ませようかと 思うんです。」
マリベル「漁にしたって あそこまで 行くことは ほとんど ないでしょうし……。」

バーンズ王「うむ わかった。では その ルーメンについては また しかるべき時がきたら 使いをよこすとしよう。」

マリベル「わかりました。それから こちらが これまで 預かってきた 各国や町からの書状です。」

[ マリベルは 預かった書状を バーンズ王に 手わたした! ]

バーンズ王「ご苦労だったな。それに 領海内での 安全保障の項については わしも 盲点じゃった。」
バーンズ王「ありがとう マリベルよ。」

マリベル「もったいない お言葉ですわ 王さま。」

バーンズ王「これからも アルスや ボルカノを 頼んだぞ!」

マリベル「は はい!」

バーンズ王「では 引き続き 気を付けてな。」


539 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:19:52.90 ID:3FxrOVId0

マリベル「あら?」

王との謁見を終え、階段を降りてきた少女の目の前には先ほどとは別の人物が立っていた。

アイラ「あら マリベルじゃない!」

それは先ほど少女が名前を口にしたばかりの、元ユバールの踊り子にしてこの国のもう一人の王女だった。

マリベル「アイラ! 元気してた?」

お互いの顔を見ると二人は駆け寄り軽く抱き合う。

アイラ「あたりまえよ! マリベルこそ 慣れない 漁船での生活で 苦労してるんじゃない?」

マリベル「ううん けっこう たのしくやってるわよ。」

アイラ「そう それなら いいんだけど。」
アイラ「それよりも 聞いたわよ〜 アルスとのことっ!」

マリベル「えっ…!!」

まさか王女がそのことを知ってるとは思わず少女は“アストロン”をかけられたかのように固まって動かなくなる。

アイラ「マリベルも 隅に置けないわねー あんなに 素直じゃなかったのに!」

マリベル「ちょ ちょっと アイラ…!」

王女は意地悪そうな笑みを浮かべる。

アイラ「あら ちょっと からかいすぎたかしら。ウフフっ。」

マリベル「もうっ!」

なんとも楽しげに笑う王女に少女がかわいらしく抗議する。

アイラ「で ちゃんと 彼とは うまくやってるの?」

マリベル「っ…… うん……。」

あの夜以来いくつもの困難を乗り越えながら二人は順調に互いの距離を詰めている。

そんな気が少女もしていたため、なんとか王女の問いかけにも答えることができた。



アイラ「あーあ うらやましいな マリベルは。」



マリベル「えっ?」

唐突な言葉に思わず少女は下がっていた目線を上げる。

アイラ「あんなに 素敵な人 滅多にいないもの。そんな人と結ばれた マリベルは 幸せ者よ。」

王女はどこか寂しそうな、なんとも言えない表情をしていた。

マリベル「アイラ……。」

アイラ「でも 安心しちゃダメよ? きっと 世界中の美女が 彼を狙っているに違いないから。」

マリベル「っ… も もちろん 誰にも 渡さないわ! あいつのことを 全部受け止めてやれるのは 世界で あたしだけなんだから!」
マリベル「あっ ボルカノさんやマーレさんには 敵わないかもしれないけど……。」

そう言って少女は再び意気を失くして俯く。

アイラ「ふ ふふふ……。あっはははは!」

そんな少女を他所に王女は高らかに笑いだす。

マリベル「アイラ……?」

アイラ「やーっぱり あなたには 敵わないわね マリベル。」
アイラ「これなら どんな人が 彼に言い寄ったって 大丈夫そうね。 安心したわ。」

そう言って王女はまなじりに溜まった涙を拭いて微笑む。
540 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:21:02.59 ID:3FxrOVId0

マリベル「アイラ……。」

アイラ「そうそう そういえば さっきここにいた おばさまだけどね。」
アイラ「マリベルに ありがとうと伝えておいてください ってさ。なんだか 晴れ晴れとした 感じだったわよ。」

マリベル「……そう。」

先ほどの婦人はきっと本当に決意したのだろう。

国王の答えがどうかはさておき、結果を聞ける日がそのうち来るのだろう。

そう思い少女は瞳を閉じて微笑む。

マリベル「あっ そうだ アイラ お昼ってもう 食べちゃった?」

アイラ「まあね。城のお昼は 基本的に 同じ時間だから……。」

マリベル「そっか……。」

アイラ「いいわよ。食後のデザートでも 食べようかと 思ってたから!」

そう言って王女は片目を閉じてウィンクする。

マリベル「ホント!?」

アイラ「たまには 二人だけで 城下町を 歩きましょうよ! あ リーサも連れていく?」

マリベル「賛成っ! リーサ姫の 恋愛事情とか 聞きたいもの!」

アイラ「うふふっ あんまり 期待できないと 思うけどね。」

こうして少女たちは姫を連れて楽しそうに昼下がりの城下町へと繰り出すのであった。

王女二人に英雄の美少女という取り合わせに城下町は大いに盛り上がったとかなんとか。

541 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:21:53.45 ID:3FxrOVId0



アルス「どうして こうなったんだろ……。」



そんな少女たちが会話に華を咲かせている頃、少年はとある“困ったこと”に苦心していた。

*「いやー まさか こんなことになるとはな。」

漁師の一人が苦笑して呟く。

元はと言えば“モンスターおじさんの運営するモンスターパークがある”と
町人に聞いた漁師の一人がそこへ行こうと提案したことから始まった。

食材の調達も済み、次の目的地までそう離れていないことから今日はいとまにするということもあって、
誰も反対することなく見物へとやってきたのだったが、どうやら間が悪かったようだ。

ボルカノ「メタルスライムっていうと この前 会った 体がブヨブヨしてる 金属の魔物のちっこいのだろ?」

アルス「うん……。」



遡ること数刻前。



…………………
542 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:22:38.97 ID:3FxrOVId0

*「おお お前さんか!」
*「モンスターたちから 話は聞いておるぞ! 魔王を 倒してくれたそうじゃないか!」
*「モンスターたちを代表して わしからも 礼を言わせてもらうよ。」

アルス「いえいえ とんでもない。」

*「むむ どうやら お仲間さんがいっぱいのようじゃな。」

アルス「今日は みんなで 遊びに来たんです。」

*「そうか。きっと モンスターたちも 喜ぶじゃろう……。」
*「…………………。」

アルス「どうか したんですか?」

*「うーむ 実はのう……。」



…………………


543 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:23:44.72 ID:3FxrOVId0



アルス「行方不明の メタルスライムを 探せ…か。」



そう、モンスターじいさんの言う“困ったこと”とは
つい先日まで山地にいたはずのメタルスライムが姿を見せなくなったということだった。

コック長「そんなに すばしっこいというやつを わしらが 見つけられるんじゃろうか。」

アルス「みんなで 手分けすれば もしかしたら 見つかるかもしれません。見物がてら みなさんも 探してみてください。」

ボルカノ「それじゃ 夕日が沈む前にここに 集合だ。いいな。」

*「「「ウスッ!」」」

アルス「ここの魔物たちは みんな 人間に対して 友好的です。」
アルス「あんまり 怖がると 向こうが 悲しむかもしれませんので みんな 楽しんできてください。」

*「おうよ!」

こうして一行はそれぞれ好きな場所へと移動しながら行方知れずのメタルスライムを探すことになったのだった。
544 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:25:05.08 ID:3FxrOVId0



ダークパンサー「ガウッ ガウッ!」



オニムカデ「プギー! プギー!」



*「お おう…。」

*「ホントに 魔物が いっぱいいるんだな……。」

草原地帯へとやってきた漁師たちが早速魔物と対面して面食らっている。



スライム「ピキー!」



*「お こいつって アルスの言ってた メタルスライムじゃ ねえのか?」

*「よく見ろ 色が 青じゃねえか。たぶん 普通のスライムだろ。」

スライム「おじさんたち だあれ? ぼく スライムだよ!」

*「うおっ!」

*「驚いたな おまえさん しゃべれるのか!」

スライム「ぼくだけじゃないよ! ここには 人と話せる魔物が いっぱいいるんだよ!」

*「こりゃ 思ったより 楽しめそうだな。」

*「だな。いろんなやつと 話してみようぜ。」

*「見ろよ! このワンコ 首が二つあるぜ!」

バスカービル「くううーん……。」

もはや迷子探しをそっちのけで漁師たちはモンスターパークを満喫し始めてしまうのだった。


545 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:25:46.34 ID:3FxrOVId0

アルス「そっか ありがとう。」

エイプバット「いいってことよ またなんかあったら 飛んでいくぜ。」

アルス「よろしくね。」

メタルスライムと聞いて真っ先に少年がやってきたのは山地のエリアだった。
最後に来た時にもあの怖がりなメタルスライムはそこにある洞くつで見かけたからである。
しかしどの魔物に尋ねても見かけていないという話だった。

ボルカノ「そうか じゃあ ここには もういないかもしれないのか。」

少年についてきた父親が腕を組んで言う。

アルス「そうみたい。他を探そうか。」

ボルカノ「その メタルスライムってやつに 仲間はいねえのか?」

アルス「心当たりは いくつか あるんだけど……。」

ボルカノ「じゃあ しらみつぶしに 回っていくとしようぜ。」

アルス「うん。」

こうして少年とその父親は観光に耽る漁師たちを放って律儀に一か所一か所回っていくことにしたのだった。


546 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:27:55.64 ID:3FxrOVId0


スライム「あっ アルスさんだ! こんにちは!」


アルス「やあ 迷子のメタルスライムを 探してるんだけど 知らないかい?」

スライム「プルプル… ぼく わかんないや。」

アルス「そっか。」


*「ホイミ!」

[ アルスの キズが 回復した! ]


アルス「……ありがとう。」


*「…………………。」
*「……知りませんね。」


*「知らんなあ わしの 部下じゃないからのー。」


*「やっぱり メタルはゴールドには 勝てないさ!」


*「…………………。」

[ スライムタワーは グラグラしている! ]



*「ぴ? ぴるる?」


*「それより ボクを みがいてかない?」


*「そんなコ いたんベスか?」


*「ピキー!」


*「はぐれメタル ナラ ワカルケド……。」


*「ピュキー!」


*「ピキュキュ?」


*「プルプル…… フルフル……。」


*「ギギ…… ワタシハ ハンター…… メタルハンター……。」


アルス「まさか もう やっちゃった?」

メタルハンター「ヤッテナイ……。」



メタルキング「ブヨヨ…。」



アルス「う〜ん。」

ボルカノ「何言ってるか さっぱりわからんな。」



メタルライダー「なに? メタルスライムが 消えただと?」
メタルライダー「それは 由々しき事態だが 残念ながら わたしも 見てはいないな。」
メタルライダー「なあ 相棒よ。」

*「…………………。」
547 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:30:01.85 ID:3FxrOVId0



ボルカノ「結局 どこにもいなかったな。」



アルス「はぁ……。」



日がちょうど地平線に足を付けた頃になっても件のメタルスライムが見つかることはなかった。
途方に暮れた少年と父親は諦めてパークの入口へと戻り、漁師たちの帰りを待つばかりだった。

*「探すには 探しましたけど 見つかりませんでしたぜ。」

*「びっくらこいたぜ。あんな でっかい 魔物がいたなんてよ!」

*「そっちも ダメだったのか。」

戻ってきた漁師たちも手掛かりは掴めなかったようだ。

コック長「マリベルおじょうさんも 心配してるだろうし そろそろ 町に 帰らないか。」

*「そうですねー。」

パークの経営者には結局見つからなかったと報告して帰るしかない。

そう誰しもが思った時だった。





*「あら みんな ここにいたの。」




548 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:31:34.00 ID:3FxrOVId0



アルス「えっ!」



後からした声に少年が振り向くとそこには昼間別れたはずの少女が立っていた。

その胸には銀の光沢のあるスライムを抱えている。

マリベル「まったく 情けないわね〜。みんなして どこ探してたわけ?」

アルス「マリベル どうしてここに……?」
アルス「それに その子は……。」

少年が震える指先でそれを指す。

マリベル「ああ さっき 城下町から戻ってきたんだけど みんな船だけ残して どこにも いないんだもん。どうせ ここだろうと 思ってね。」
マリベル「それで モンスターじいさんに 話を聞いたら この子が 行方不明だって聞いてね。砂漠で 見つけてきたわけよ。」

メタルスライム「ピキー!」

少女の言葉にそのスライムは元気よく鳴き声を上げる。

アルス「え でも 確かに 砂漠は 探したはずなんだけど……。」



マリベル「メタルブラザーズは 見たのかしら?」



首を捻る少年に少女は問いかける。

アルス「も もちろん! でも それしか いなかったから……。」

マリベル「は〜 あっきれた。もう よく見なさいよ! メタルブラザーズは3匹でしょ!」
マリベル「むしろ 4匹のやつがいたら 是非 教えてほしいもんだわよ。」

アルス「あっ!」

少年の脳裏には普段は絶対に崩れない形がいつになくグラグラしているメタルブラザーズの姿が浮かんでいた。

マリベル「へんだと思って 話してみたら すっかり仲良くなっちゃって 遊んでただけですって。」
マリベル「ねー。」

メタルスライム「…ナカヨシ!」

*「な なんて 人騒がせな……。」

*「ほえ〜。」

アルス「…………………。」

感想をあげる漁師たちを他所に少年は口を半開きにして呆然と立ち尽くしている。

マリベル「さ はやく おいき。」

メタルスライム「ピキー! マリベル モ スキー!」

マリベル「もう一人の 友達が 山で待ってるわよ?」

メタルスライム「ピ ピキー! ボク モウ イクネ!」

マリベル「今度 遊びに行くときは 誰かに 言っておくのよ!」

メタルスライム「ワカッタ! アリガト! アリガト!」

549 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:32:17.47 ID:3FxrOVId0

マリベル「さ あたしたちも 帰りましょ!」

無事案内人にメタルスライムを預け、少女は一行に町への帰還を促す。

ボルカノ「そうだな。」

*「けっこう 楽しかったなー!」

*「腹減ったぜ……。」

*「はやく 宿に 行きましょうよ!」

コック長「どれどれ この地方の味を もっと 確かめるとしようか。」

アルス「…………………。」

マリベル「なーにやってるのよ アルス。」

一行が動き出しても固まったままの少年を少女が呼ぶ。

アルス「…えっ……?」

マリベル「いつまで 固まってんのよ! 早くしないと 置いてっちゃうわよ?」

アルス「…ぼくの 半日は いったい……。」

それでも尚、少年は青い顔で呪詛でも唱えるかのようにぶつぶつと呟いている。

マリベル「もうっ わかったから! ほらっ。」

アルス「あっ……。」

いつまでも視線の定まらない少年に痺れを切らして少女が手を引く。

マリベル「うじうじしてると かわいい 女の子が いなくなっちゃうわよ〜。」

アルス「は ハハハ……。」

そんなことあってはたまらないと言わんばかりにから笑いすると、少年は諦めて少女に歩調を合わせて進みだす。

マリベル「で 久しぶりのパークは どうだった?」

アルス「うん それがね……。」

そんな他愛もない会話をしながら二人は少し前を行く漁師たちの背を追いかけていくのだった。

550 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:33:10.41 ID:3FxrOVId0

マリベル「ふう… やっぱり 自分で作る料理より 誰かに作ってもらった方が 楽でいいわよね〜。」

宿で食事を済ませた一行は思い思いの時間を過ごしていた。
早々に横になる者、散歩に行く者、さらに食事をする者、酒を交わして仲間との会話に盛り上がる者。

そんな中に少年と少女も混じっていた。

アルス「やっぱり たいへん?」

マリベル「あたりまえよ。一人二人の量とは わけが 違うんだからね!」

少女がカウンターに頬杖をついて愚痴をこぼす。

マリベル「アルス あんた たまには あたしの代わりに 料理作ってよ。」

アルス「う うーん あんまり 自信ないな……。」

その隣で少年が頬を掻く。

マリベル「そんなこと言ってたら いつまでたっても 上達しないわよ?」

アルス「ちょっとは 練習してるんだけど……。」

マリベル「うふふっ 偉いわ アルス。ちゃんと 言いつけを 守ってたのね!」

アルス「とは言っても うちじゃ 母さんが 作ってくれるから なかなか 機会がないんだけどね。」

マリベル「じゅうぶんよ。それに マーレおばさまの横で 見てるだけでも 勉強になるんじゃないかしら。」

アルス「まあね。でも 母さん 手際が良すぎて 何やってるのか あんまりわからないんだけどさ。」

マリベル「……その分じゃ あたしが 料理を作らなくてもいい日は 遠そうね……。」

ぼそっと本音が漏れる。

アルス「えっ?」

マリベル「なーんでもないのよっ! それより グラスが空っぽよ。」

そう言ってはぐらかすと少女は少年が飲み干したグラスを指さして言う。

マリベル「お姉さん オススメちょうだい。」

*「はいはーい。」
551 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:35:05.86 ID:3FxrOVId0



*「それじゃ あの二人は どこまで いってるんだ?」



カウンターで飲んでいる少年と少女の背中を横目に漁師たちはひっそりと俗な話で盛り上がっていた。

*「あんまり 現場は見てねえから わからんが コック長たちの話じゃ 同じベッドで 寝てたとか なんとか……。」

広間を照らすロウソクの灯りが会話に妖しい雰囲気を漂わせていく。

*「おい それって もう……。」

*「さあな。だけどよ ここのところの 仲の良さを見てると あながち 間違いじゃないかもしれねえな。」

確かに漁師たちの目から見ても“お嬢様と付き人”くらいの関係にしか見えなかった二人が、
いつの間にか“かかあ天下”のような関係に昇格したような印象を受けていた。
正確に言えばもともと仲は良かったのだろうが、今ではずっとお互いの距離が近くなりどこからどう見ても恋人に見えるのである。
それに加えて“そんな噂”を聞けば“そんな発想”になるのも無理はないことだった。

*「うぇっへっへ! しかし アルスも 隅に 置けないやつだな。」

*「まさか アミットさんの娘を めとるなんてよ! ぐへへへ……。」





*「ちょっと〜?」





*「「ひぃ!」」

思わずかけられた言葉に二人の背筋が凍る。

マリベル「あたしが アルスと なんですって〜?」

少女の目は座っていた。



*「お おたすけー!」



今日出くわしたどんな魔物よりも恐ろしいモンスターがそこにはいたのだった。



マリベル「おほほほほ〜 待ちなさ〜い?」



こうして酒を酌み交わしながら、漁船アミット号一行は久しぶりに全員そろって宿で楽しく一晩を過ごしたのだった。





そして……

552 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/09(月) 21:36:08.13 ID:3FxrOVId0





そして 夜が 明けた……。




553 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:37:16.61 ID:3FxrOVId0

以上第18話でした。

*「あなたたちの おかげで 私も勇気が もてるような気が してきましたわ。」
*「今夜 王さまに 私の気持ち つたえてみようかしら……。」
*「……て。たしか この前も そう思ったのに……。わたくしの いくじなし……。」

PS版のエンディングの最中、グランエスタード城で聞ける婦人の台詞です。
今回のお話ではバーンズ王に想いを寄せるそんな彼女に脚光を浴びせてみました。

その後どうなったのかはわかりませんがこのSSでは結局打ち明けていないという設定になっております。
果たしてバーンズ王は婦人の想いを受け止めるのか、それとも亡きお后への想いを貫くのか。
ある意味あの島の未来を決める大事なお話です。
どちらにせよあのエンディングの後、バーンズ王は難しい判断を迫られる日が来るでしょう。
後のことはご想像にお任せします。

そして後半に書いたのはモンスターパークでの騒動。
あれだけの魔物が同じところに集うのだからきっと魔物同士で何かいざこざが起こるだろうと考え、今回のお話を書き起こしました。

モンスターパークと言えば、PS版のモンスターパークでは台詞の前に魔物の名前が表示されますが
3DS版では“*”で統一されています。
そういったこまかい違いもあれば、新たに追加された魔物が増えているといった大幅な変更まで。
お話を書くうえでどう処理したものか迷いましたが、結局は演出の関係で折衷となりました。

ちなみに「メタルブラザーズ」は3DS版(ダウンロード石版)からの参戦です。

…………………

◇次回はクレージュから次の目的地までの短めのお話です。

554 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/09(月) 21:39:59.67 ID:3FxrOVId0

第18話の主な登場人物

アルス
せっかくの暇な時間を有効に使おうと思った矢先、
モンスターパークでの事件に巻き込まれる。今回はいいとこなし。

マリベル
町で市を終えた後、一人でグランエスタード城へ。
懐かしい仲間や知り合いとの再会を終えルーメンへ戻る。
漁師たちが手をこまねいていた事件をあっさりと解決してみせる。

ボルカノ
息子のアルスについてモンスターパークを見て回る。
結果はほとんど徒労に終わってしまったが、本人もそれなりに楽しんでいた模様。

アミット号の乗組員たち
アルスに連れられモンスターパークへとやってくるも、
見物に忙しくて迷子探しどころではなくなる。

バーンズ王
グランエスタードを統治する王。
アルスたちに課した任務の成功はもちろん、
アミット漁の成功を祈っている。

アイラ
元ユバールの踊り子にしてグランエスタードの王女。
道中連れ添ったマリベルとは非常に仲が良い。

リーサ姫
自分のことよりも妻と息子を両方とも失ってしまった父親のことを心配している。
煮え切らない様子の婦人の背中をそっと押す。

婦人(*)
バーンズ王に想いを寄せる婦人。
募る想いをなかなか打ち明けられずに悶々としていたが、
リーサやマリベルの後押しで遂に決心をする。

モンスターおじさん(*)
ルーメンの北にあるモンスターパークを運営する心優しき男性。
行方不明になったメタルスライムのことを気にかけ、何日も探していた。

メタルスライム
モンスターパークで暮らす魔物。かなり臆病な性格。
偶然知り合ったメタルブラザーズと仲良くなり、
遊んでいるうちに行方不明扱いに。
555 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/10(火) 19:14:33.48 ID:qDyAt+CI0





航海十九日目:つかまえた




556 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:16:10.33 ID:qDyAt+CI0



マリベル「へえ あの奥さん いなくなったんだ。」



明くる日、一行は朝日が昇るとすぐに朝食を済ませ、早々にルーメンの船着き場を出発していた。

現在はしばらく航行し、目の前には二つの大陸が見えている。

アルス「うん ブルジオさんと 仲直りするっていって それっきりなんだって。」

少年と少女は船尾に立ち、離れ行くルーメンのある島を眺めながら話をしていた。

マリベル「あの人 後悔してたもんね。いつまでも 意地はるんじゃなかったってさ。」

アルス「うまくいくと いいね。」

マリベル「どうかしら。あの ブルジオさんだもん。」
マリベル「それに きっと 息子なんて 見たら ひっくり返っちゃうわよ。」

アルス「あまりの 臭さに?」

マリベル「あまりの 汚さもね。」

*「「あっははは!」」

二人は顔を見合わせると愉快そうに腹を抱えて笑い出す。

マリベル「それにしても あの お屋敷って あの時から あのままなのかしらね。」

アルス「うーん チビィのお墓も いつの間にか 立派になってたし 一階もきれいになってたから 一度は 建て直したんじゃないのかな。」

マリベル「…かもね。」
マリベル「そうだ アルス チビィのかたみって 持ってる?」

アルス「うん。」

そう言って少年は袋の中から虫のような形をした琥珀色の塊を取り出す。

マリベル「…………………。」

少女はそれを見つめ、やがて目を伏せた。

アルス「どうしたの?」

マリベル「…………………。」
マリベル「……大切な人のために 命を張ろうとするのって 人だけじゃないのよね。」

アルス「…………………。」

思ってもみなかった言葉に少年は目をぱちくりさせる。

マリベル「今だったら チビィやロッキーの気持ちも 痛いほどわかるわ。」
マリベル「あたしもね きっと いつか そういう時が 来るのかもなって。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「それがパパなのか ママなのか ……あんたなのかもしれない。」
マリベル「それでも きっと あたしは その時 満足して 死んでいけるんだろうなって。」
マリベル「前は 誰かのために 死ぬなんて 真っ平ごめんって思ってたわ。」
マリベル「でも 今は 違う。」
マリベル「どこかで みじめに野垂れ死するでもなく 欲望の限りをつくした後でもなく 大切な人のために 死んでいけるなら それも悪くないかなってさ。」
マリベル「…………………。」
マリベル「ごめん。いまのは 忘れてちょうだ……っ!」





アルス「…………………。」




557 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:17:28.84 ID:qDyAt+CI0

言葉を遮って少年が少女の体を優しく抱きしめる。

マリベル「あ アルス……?」

アルス「させないよ そんなこと。」

マリベル「えっ?」

アルス「死ぬときは一緒って 言ったのは きみじゃないか。」
アルス「きみは どんなことがあっても 生き延びて 幸せに生きるんだ。いいね?」

マリベル「…………………。」
マリベル「ふふっ 一本取られたわね……。」

ささやく少年の言葉に心地よさと嬉しさ、そして少しだけの哀しさを覚え、少女はそっと瞳を閉じる。

“自分がいなければ何もできない”

そんな風に思っていた少年がいつの間にかこんなに強く、大きくなったのに対して
自分はこの少年なしでは生きていけなくなってしまった。

そんな風にすら思えたのだ。



*「あのー……。」



*「「ギャッ!!」」



いつの間にか二人の前に立っていた男に声をかけられ二人は毛を逆立てて飛び退く。

*「お楽しみのところ 悪いんですけど マリベルおじょうさん そろそろ お昼の準備をしますよ。」

マリベル「あ え… ええ わかったわ……!」

アルス「そ そっか それじゃ また 後でね!」

マリベル「うん……。」

空気を読まない飯番の男に促され、少女は甲板を降りて行った。

アルス「び ビックリした……。」

*「アルスさん アルスさん。」

アルス「は はい?」

*「今夜にでも マリベルおじょうさんとの アツイ話 聞かせてくださいよっ。」

アルス「え………………。」

*「楽しみにしてますからね!」

それだけ残して固まる少年を尻目に料理人はそそくさと調理場へと向かっていってしまった。

アルス「…ま まいったな……。」

そうして少年はふらつく足取りで見張りへと戻るのだった。
558 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:19:01.35 ID:qDyAt+CI0

ボルカノ「しかし 助かったぜ。もしかしたら この先も そういう町や村が あるかもしれないからな。」

今は昼時、一行は交代で食事をとりながら少女が交わした国王とのやりとりついて話していた。

マリベル「お役に立てて 嬉しいですわ。」

配膳が終わり自分の食事に手を付けたばかりの少女が微笑む。

アルス「この先の目的地で 同じようなところは あったかな?」

マリベル「どうかしら…… ううん。一応は 大丈夫なんじゃないかしら。」

ボルカノ「それなら 安心だ。ただ あの ルーメンの町が ちょっと 特殊だったってわけだな。」

*「たしかに 町長もいない 町なんて 珍しいっすよね。」

*「でも ハーメリアも そうだったじゃないか。」

*「あそこは 一応 アズモフっていう博士がいただろ?」

*「まあ そうだけどよ……。」

ボルカノ「とにかくだ 次は 村長がいるみてえだし とくに心配はなさそうだな。」

マリベル「温泉! 今度こそ 温泉入りたーい!」

少女が興奮気味に言う。

*「その温泉ってのは どんなとこなんです?」



アルス「……混浴の大浴場です。」





*「「「うおおおっ!」」」





*「本当か アルス!」

*「むほっ!」

*「船長! 急いでいきましょうぜ!」

ボルカノ「……お前ら 目的 忘れてないか?」

雄たけびを上げる漁師たちに思わず船長も苦笑する。

マリベル「もう やーねえ みんなして!」
マリベル「いっとくけど あたしは みんなとは 入らないからね!」

あからさまな助平心に少女も眉を吊り上げて宣言する。

*「そんな殺生な!」

*「なんてこった……。」

*「千載一遇のチャンスが……。」

漁師たちはこの世の終わりかのような顔を浮かべて嘆く。

マリベル「……ったく。」

アルス「…………………。」


559 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:20:14.03 ID:qDyAt+CI0

マリベル「まったく 男って どうして すぐそうなるのかしら。」

食事の後片付けを終えた少女は食堂で休む少年のハンモックを奪ってぶつぶつと文句を言っている。

アルス「まあまあ。みんな たぶん 冗談で 言ってるんだと思うよ。」

寝床を盗られた少年は椅子に腰かけ卓に寄りかかったまま答える。

マリベル「ホントに そうかしら?」

あの時の漁師たちの落ち込み様をみた少女には少年の言葉はにわかには信じがたかったし、
実際に少女の抱いた疑念はほぼほぼ正しいというのが現実だった。

アルス「それにしても エンゴウか…… あの時の ほむら祭は 楽しかったよね。」

少年は魔王を倒した後の凱旋で立ち寄った際のことを思い出して言う。

アルス「過去のほむら祭は ろくに 楽しんでいられなかったもんなあ。」

マリベル「まあ…そうね。お祭りって言うと うちのアミット漁ぐらいしか なかったし たまには ああいうのも 悪くないけど……。」 

アルス「グランエスタードも 恒例のお祭りとか やればいいのにね。」

マリベル「……あの 何もない島で お祭りやるっていう方が 難しいんだわよ。」

アルス「そんなことないよ。水の精霊は あの島に 眠っていたんだから やろうと思えば できるんじゃないかなあ。」

マリベル「そうはいっても 水の精霊のこと みんな わかってるのかしら。」

アルス「うーん……。」
アルス「…もし 知らなくても ぼくたちが 広めていけばいいんじゃないかな。」

マリベル「…………………。」
マリベル「…面倒くさい。」
マリベル「いっそのこと 魔王討伐を記念して あたしたちを 祭り上げればいいだわよ!」

アルス「ええっ? なんか 恥ずかしいよ……。」

マリベル「いいじゃないの あたしたちは それくらいのことを したんだから。」

アルス「きっと そのうち 面倒になると思うよ?」

マリベル「どうしてよ。」

アルス「毎年毎年 お祭りのときに 主賓にされて 挨拶させられて みんなに囲まれて……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「やっぱり なしね。」

そう言うと少女は壁側に寝返りを打ってつまらなそうに大きなため息をつく。

560 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:22:17.16 ID:qDyAt+CI0



マリベル「…あ そうだ!」



かと思えば突然跳ね起きて炊事場から何かを持ってきた。

マリベル「じゃーん。」

アルス「あ それって…!」

マリベル「あたしの お気に入りのドレスよ!」

その手にぶら下がっていたのはかつてフォロッド城での事件で破かれてしまった少女の一張羅だった。

アルス「どうしたの?」

マリベル「ほら 昨日 城下町に行ってきたでしょ? その時に 偶然 同じのが 一着だけあったから 買ってきたのよ。」
マリベル「このドレスも 大人っぽくて 好きだけど やっぱり これも惜しくってさ。」
マリベル「うふふ。高かったんだからね〜。」

そう言って少女は買ったばかりのドレスを両手に掲げて鼻歌を鳴らす。

アルス「たしかに それの方が マリベルって感じだしね。」

マリベル「それって 褒めてるの?」

アルス「も もちろんだよ……。」
アルス「…そ そういえば 頭巾も買ってきたの?」

マリベル「え? ええ そうだけど それが どうかしたかしら?」

アルス「いや せっかく きれいな 髪なのに また 隠しちゃうのかなって。」

マリベル「なっ……。」

少女はいつの間にか立ち上がった少年に髪を撫でられていた。

マリベル「…………………。」

心地よい感触と少年の真っすぐな殺し文句に思わず顔が熱を帯び、少女はしばらく黙り込んで思案する。

マリベル「……そうね そこまで 言われちゃ 仕方がないわ。」
マリベル「…頭巾をするのは 甲板に出た時と お料理中 だけに しておこうかしらね。」

いつもは潮風で髪が痛むのを防ぐためと周りには言い聞かしているが、
本当のところはところどころ跳ね返る癖っ毛が恥ずかしく、
隠しておきたいというのが彼女なりの本音だった。
しかしフォロッドの王太后のみならず少年にまでこう言われてしまった以上、
必要以上に髪を隠すことも、気にすることもないのではないかと、少しだけだがそんな風に思えたのだった。



マリベル「…で いつまで 触ってるのよ?」



アルス「…飽きるまで。」



気付けば少年は少女の跳ね返った巻き毛を指に巻き付かせて遊んでいた。

マリベル「…………………。」

”いったい何が楽しいのだろうか”

少年の考えることはさっぱりわからなかったが、なんだか振り払うのも惜しいような気がして、
言葉通り少年が飽きるまで少女はそうして身を預けているのだった。

561 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:24:27.14 ID:qDyAt+CI0



ボルカノ「いいか アルス 今日の漁は まさに 魚のゴキゲン次第だ。」



夕刻になってあたりが暗くなり始めた頃、漁船アミット号はまだ大陸間の細長い海域を航行し続けていた。

既に地図上ではもう少し行けばこの海域を抜け西側が開けてくるという位置に差し掛かっている。

ボルカノ「流し網っていうのは こっちから 働きかけない以上 うまいこと 魚の群れに 当たることを 祈るしかねえ。」
ボルカノ「だからこそ 時期や 潮目 天候が 大事になってくる。」
ボルカノ「少しずつでいいから しっかり 覚えていけよ。」

アルス「わかりました。」

本日行う“流し網”という漁法は“刺し網漁”に分類されるものの一つで、
一般的な刺し網漁法が帯状の網をオモリで海底に固定して通りかかる魚を捕えるのに対して、
流し網の場合は軽いオモリを使い、浮標の付いた身網を漁船が曳回して流れてきた魚を捕える漁法である。

航行を続けながら漁を行うアミット号にとっては都合の良い漁法の一つだった。

アルス「でも ここで サケが 獲れるとなると それこそ エンゴウの人たちに 配慮しなくちゃ いけなくなるね。」

そして今回の狙いはサケ。

エスタード島では馴染みのない魚ではあったが、他の大陸ではところどころで振舞われており、
ルーメンで仕入れた情報を元にこの海域で漁をすることになったのだった。

ボルカノ「まあな。ただ 他の漁場で ちゃんと育った サケが獲れるなら どこが一番の漁場か 見極めなくちゃならねえ。」
ボルカノ「今は とりあえず 確認も兼ねて しっかり やらせてもらうとしようぜ。」

アルス「はい。」
562 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:26:50.96 ID:qDyAt+CI0

*「ボルカノさん! そろそろ いいですか!」

ボルカノ「おう! そろそろ 引き揚げるぞ!」

*「「「ウスッ!」」」

船長の号令で漁師たちが少しずつ網を引っ張っていく。

*「おっ! かかってるぜ……!」

先頭で浮網を引いていた漁師が薄闇の中で魚影を確認する。

*「よっしゃ どうやら アタリみてえだ!」

*「ったく これだけ 重くっても どれだけ かかってんのか さっぱりだぜ。」

ボルカノ「気張っていけよ お前たち!」

*「「「ウース!」」」

船長の言う通り、本当の勝負はここからだった。
刺し網漁というのは、比較的水深の浅い沿岸部で海底にいる甲殻類や底魚を対象とする場合、その長さは短い。
しかし遠洋で行われる流し網漁の場合、対象は回遊魚となりその長さは数百反に及ぶこともあるという。
アミット号は漁船としてかなり大きい方だが、乗組員の人数はさして多いというわけではないため、労働力を考えてある程度規模は抑えられていた。

アルス「ふう… ふう…。」

*「ぐっ ぬぬぬ……。」

*「ふんっ ふんっ!」

しかしそれでもかなりの重労働であることに変わりなく、長期戦を強いられる漁師たちの顔には疲労の色が見え始めていた。



マリベル「お待たせ! あたしも 手伝うわよ!」



そこへ夕飯の準備を終えた少女が作業着に着替えて甲板へ飛び出してきた。

アルス「マリベル……!」

マリベル「ふふっ みんなして お疲れのようね。でも このあたしが いれば……!」
マリベル「ふんっ……!」

そう意気込んで少女は漁師たちの間に滑り込んで力強く浮網を引き始める。

*「ぬおっ……!」

アルス「は ハハハ……!」

マリベル「今日は… コック長の…特製シチューよ! 会心のでき…だからっ みんな がんばるのよっ!!」

*「こりゃ へばってらんねえな!」

ボルカノ「それ もう一息だ!」

*「「「ウスッ!」」」


563 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:28:53.64 ID:qDyAt+CI0

少女の鼓舞に気を引き締めなおした漁師たちは力を振り絞り一つ一つ確実に浮標を回収していった。

*「よしよし いい感じだ……!」

ところどころ絡んだ型の良いサケが次々と甲板へ並べられ、漁師たちに笑みがこぼれる。



*「これで 最後だ!」



そして最後の浮標が引き上げられた。

*「ぶはぁっ!」

*「うおお 終わったぜ!」

*「ちと 力みすぎたかな……。」

アルス「はっ… はっ… はあ……。」

ボルカノ「ふう……。」

長い長い揚網(ようもう)作業を終え、漁師たちは座り込んで息を整えている。

マリベル「みんな お疲れさま。」
マリベル「さっさと 処理して ひとまず 夕飯にしましょ。」

額の汗を拭いながら少女が労う。

ボルカノ「む そうだな……。」

そう言うと漁師たちはさっと起き上がり獲れたてのマスを捌き始めた。

564 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:29:48.06 ID:qDyAt+CI0

*「おお 筋子もってるぜ。」

漁師の一人が呟く。

マリベル「えっ! ホントに!」

少女が興奮気味に反応する。

アルス「マリベル ハラ子好きだったっけ?」

マリベル「何言ってんのよ。好きっていうか 美味しいじゃない!」

アルス「ま まあ そうだね……。」

ボルカノ「そうか もうすぐ そういう時期なのか……。」

すると何か思い当たる節があるのか少年の父親が顎に手を添えまじまじと見つめる。

マリベル「どうしたの ボルカノおじさま。」

ボルカノ「いや そろそろ サケも 川に帰る頃だったんだと 思ってな。」

マリベル「…この辺に 川なんて あったかしら?」

アルス「……ナイラ?」

マリベル「ええっ あんな バカでかい川に 帰るって言うの!?」

ボルカノ「いや もしかすると ここから もっと 西にある川かもしれん。」

アルス「そんな所に 川なんて あったかなあ。」

マリベル「……ははあ あそこかしらね。」

顎に手を置いて疑問符を浮かべる少年とは違い少女はそれがどこかわかったらしく、一人でうんうんと頷いている。

アルス「えっ?」

マリベル「ほら リードルートの 北から西にかけて 大きな川があったじゃない。」

アルス「…………………。」

マリベル「思い出せないの? ダメね〜 まったく。」

アルス「うっ 悪かったですね……。」

*「おおい みんな 休んでいないで 手伝ってくれよ!」

ボルカノ「むっ おお すまんすまん。」
ボルカノ「ほら 二人とも 早く終わらせて 飯にするんじゃねえのか。」

マリベル「あら いやだ あたしったら。」

アルス「そうだった もう 腹ペコだよ……。」

そうして漁師の催促に我に返った三人は雑談をやめ、すきっ腹を抱えて作業に戻っていった。



空には既に月が昇り、辺りはとばりで埋め尽くされていた。
565 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:32:24.39 ID:qDyAt+CI0

マリベル「さすがに この長さは しんどいわね……。」

それから夕食を済ませた後、現在は数名で網の点検をしているのだが、
如何せん網の長さが尋常ではないのでその作業になかなか終わりが見えない。

マリベル「あんた なんか 面白い話ないの?」

アルス「えっ 急に そんなこと 言われても……。」

マリベル「…そーよねー……。」

最初から期待はしていなかったのだろうが、その顔にはハッキリ“つまらない”と書いてあった。

アルス「それを言うなら こっちの セリフだよ。」
アルス「城に行った時 なんか なかったの?」

マリベル「…そうねえ……。」
マリベル「あっ。」

少年に返され、何かを思い出したかのように少女は声を発する。

マリベル「そういえば 前から お城に 王さまがうんぬんって 言ってた おばさんがいたでしょ?」

アルス「いたいた。王さまに 片思いしてる 人だよね。」

マリベル「その人がね リーサ姫に 背中を押されてたわよ。」

アルス「えっ リーサ姫が!?」

姫がこれから自分の義理の母になるかもしれない人物を応援するなど、傍から見ればにわかには信じがたい話だった。

マリベル「そう そうなのよ。」
マリベル「それでも うじうじしてたから あたしが ビシっと言ってあげたんだけどね。」

アルス「なんて?」

マリベル「王妃になる人が そんなんでどうするって それだけよ。」
マリベル「ずいぶん 神妙な 面持ちしてたけど 後で アイラ伝いで お礼を言われたわ。」

アルス「そっか。じゃあ いよいよ 覚悟を決めたんだね。」

マリベル「まっ どうせ あの人のことだから また やっぱりダメなんです〜 とか 言いそうだけどね。」

アルス「あはははっ! でも もし 王さまが真剣に考えたら 王室が また 変わるかもね。」

マリベル「は〜あ もしかして あたし 面倒ごとに 加担しちゃったのかしら。」

これから先起こるだろうことを想像して少女はため息をつく。

アルス「そんなことないよ。マリベルの意見は もっともだって きっと みんな 言うと思うよ。」

マリベル「…アルスは どう思う? 新しい 王妃さまが 誕生して もし 子供が できて それが 男の子だったら。」

アルス「…きっと その子が 次の王さまに なるんだろうね。」

マリベル「そうなのよねえ。そうしたら リーサ姫や アイラの立場は どうなっちゃうのかしら。」

アルス「…わからない。でも リーサ姫も アイラも 決して 悪いようにはならないと思うけどな。」

マリベル「どうしてよ。」

アルス「もし 王子が誕生したら リーサ姫も アイラも 結婚のことで 悩まなくて済むだろうし 王さまも あの二人を 愛してるはずだから きっと 大事にしてくれると思うんだ。」
アルス「それに もし 王子が生まれなくても それはそれ。 今まで通り リーサ姫か アイラがお婿さんを もらって それで おしまいさ。」
アルス「考えようによっては エスタードの未来の 選択肢が 増えたってことになるんじゃないかな。」

マリベル「…………………。」
マリベル「いっつも あったますっからかんの ふりして けっこう 考えてるのね。」

アルス「ひどいなあ。」

マリベル「冗談よ ジョーダン。」



マリベル「…あ これで 最後ね!」


566 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:33:57.88 ID:qDyAt+CI0

話し込んでいるうちに最後の一反まで点検が終わり、少女は感嘆の声を上げポキポキという音を鳴らしながら首を回す。

マリベル「ん あーあ……。」

*「終わった……!」

*「ふいー これで 今日の仕事は終わりだな。」

漁師たちも欠伸をしながら作業を終えた達成感を味わっている。



*「見ろよ 港が 見えてきたぜ!」



アルス「本当だ……。」

漁師の言葉に北を見ればそこには灯りの付いた小さな船着き場のようなものがあった。

マリベル「ようやく 着いたわね。」

*「でも 今日は もう 遅いから 宿も 閉まってるだろうな……。」

*「ちぇー 温泉入ろうと思ったのにな。」

*「まあ いいじゃねえか お楽しみは また 明日だ。」

*「へっへっへ!」



マリベル「…………………。」



*「ご ゴホン! オレは 船長に 点検が終わったことを 伝えてきますぜ。」

*「お おれもっ!」

少女のしかめっ面を尻目に漁師たちはそそくさと甲板を降りて行ってしまった。

マリベル「まったく あれじゃ 明日は 油断できないわね……。」

舵取りを残していなくなった漁師たちの後を見つめながら少女は腕を組んで呟くのだった。


567 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:36:01.69 ID:qDyAt+CI0

それからほどなくして漁船アミット号は船着き場に到着し、朝まで休眠をとることになった。

マリベル「あーあ それにしても あたしってば 罪な女ね……。」

二人だけとなった甲板で足元に絡みつく三毛猫を見つめながら少女が呟く。

アルス「えっ?」

マリベル「なんせ 王子になれた人を 奪っちゃったんだもの。」

屈託のない笑顔で少女が笑う。

アルス「…ぼくは 王さまになんて なるつもりはないよ。」
アルス「だって ぼくは 漁師になるって ずっと前から 決めてたし それに……。」

マリベル「それに?」

アルス「王さまになったら きみと 一緒に いられないじゃないか。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ホント あんたって ばっかねー。」

アルス「むっ なんだよ……。」

少しだけ口角を上げて言う少女に少年は拗ねたように抗議する。

マリベル「あんたは 王様になんて なれっこないわよ。」
マリベル「なんたって このあたしが そんなこと 許すわけないじゃない。」
マリベル「あんたは これまでも これからも あたしのものよ。誰にも 渡してやるもんですか。」

アルス「それ 普通 ぼくの セリフじゃないの?」

あっけらかんと言ってのける少女に少年がツッコミを入れる。

マリベル「はあ? なーに 調子に乗ってんのよ。あたしは あたしのものよ。」
マリベル「ふふっ それとも なあに? あんたのものにしたいって言うの?」

勝ち誇ったように、それでいて挑発するように少女が言う。

アルス「…………………。」

押し黙る少年に尚も少女は続ける。

マリベル「それなら… 捕まえてごらんなさいな。」
マリベル「このあたしが ぐうの音も 出ないほど 良い男になって あたしをあんたのものにしてみせてよ。」

アルス「…………………。」

マリベル「……ちょっと なんか 言ったらどうなっ……!」





アルス「つかまえた。」




568 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:37:32.91 ID:qDyAt+CI0

少女はいきなり腰をがっちりと抱かれ、気づけば目の前に少年の顔があった。



マリベル「あ いや そういう意味じゃ……んっ……!」



いきなりのことに戸惑っているうちに唇を奪われ、少女は成す術なく身を預ける。

アルス「…………………。」

マリベル「…ふ……ん…… はあっ……。」

やがて唇を離すと少年は少しだけ赤い顔で少女を見つめそっと呟く。

アルス「……努力するよ。」

マリベル「……ばか。」

真っ赤に染まった少女の口からはもはやそれしか出てこなかった。

トパーズ「なーお。」

そうして言葉を失くした二人の代わりをするかのように
三毛猫が足元でつまらなそうに月を見上げて鳴くのだった。





そして……

569 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/10(火) 19:38:13.32 ID:qDyAt+CI0





そして 夜が 明けた……。




570 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:39:51.48 ID:qDyAt+CI0

以上第19話でした。

今回はルーメンからエンゴウまでの短いお話でした。
それでもお話の中には原作をプレイしていて思ったことをふんだんに盛り込んであります。

別居していたブルジオ夫妻のこと、
ルーメンで出会った二匹の魔物を通して少女が思うこと、
グランエスタードの世継ぎのこと、
そしてマリベルがどうしていつも頭巾をしているのかということ。

とあるサイトさんでは中世ヨーロッパの人々の服装について書かれた本を紹介されていて、
その中には女性の服装の挿絵があるのですが(もちろん男性のものも)、どう見てもマリベルのソレそっくりなんですね。
きっと鳥山さんはそういった資料から登場人物の服装をデザインしていったのだと思いますが、
そうであるならばマリベル以外にも頭巾をしている女性がいてもおかしくはないと思うんです。
(マーレなんかのそれはちょっと違うと思うんですが)
何が言いたいのかといいますと、「ファッションとして片づけるにはちょっと限界があるのでは」ということです。

そこでこのお話の中では「癖っ毛が恥ずかしいから」という理由も付け加えさせていただきました。
まあ3DS版では惜しげもなく髪を晒してくれているのでなんとも言えないのですが……

その方が可愛げがありますものね。

どれもこれもわたしの想像のうちのことですが、
些細なことでも考えてみると面白いものですよね。

…………………

◇火山のふもとの村にたどり着いたアミット号。
しかしそこにやってきていたのは彼らだけではなく……

571 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/10(火) 19:40:53.79 ID:qDyAt+CI0

第19話の主な登場人物

アルス
航海中暇な時はマリベルと話していることが多い。
自分の未来だけでなく、故郷の未来のこともよく考えている。

マリベル
人や魔物たちとの出会いと別れを繰り返し、
自分の生き方を考えることが多くなった。
城下町へ行った際にいつものドレスを入手。

ボルカノ
アミット号の船長として息子のアルスに様々な知識を教え込む。
馴染み無い魚でも果敢に漁に挑戦する。

めし番(*)
アミット号の料理人。
雰囲気をぶち壊すのに定評がある。

アミット号の船員たち
人数こそ少ないが、技量と腕っぷしでそれを補う。
パワフルな精鋭たち。
572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/11(水) 01:40:29.41 ID:jXEshlkwo
573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/11(水) 01:52:19.67 ID:6o9pYHDXo

3DS版では、PS版の「意地でも脱ぐものか」って感じのマリベルの頭巾があっさり脱げてて面白かったなあ
574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/11(水) 01:55:45.21 ID:ZS0KiyLr0
DSの5678リメイクは割りと思い出ブレイクだった印象
575 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:12:45.13 ID:LLGD6zi70
>>572
ありがとうございます!

>>573
その割にキャミソール+頭巾が変わらないのは安心というか残念というか……

>>574
良くも悪くも追加要素がいっぱいでしたものね……
576 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/11(水) 19:13:29.64 ID:LLGD6zi70





航海二十日目:ハダカのこころ




577 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:14:05.31 ID:LLGD6zi70

マリベル「なんか 船が 増えてない?」

朝、少女が甲板から辺りを見渡すとそこには昨晩まではなかったはずの船が数隻泊まっていた。

アルス「いつの間に 来てたんだろうね。」

隣に立つ少年も他の漁師たちも覚えがないという。

マリベル「ま まさか……。」

アルス「どうしたの マリベル 置いてくよ?」

顔色悪そうに突っ立っている少女に木箱を抱えて前を行く少年が呼び掛ける。

マリベル「えっ あ 待ちなさいよ!」

少女の中にはある懸念があったのだったが今はそれを確かめる術もなく、
少年に呼ばれて少女は我に返り慌てて駆け寄っていくのだった。

578 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:14:56.41 ID:LLGD6zi70

ボルカノ「おお こりゃ すごい 人だな。」

村までやってきた一行の目に飛び込んできたのは人込みだった。

*「……ってえと さっきの船は ぜんぶ 旅客船だったってわけか。」

*「これなら もっと 魚を持ってきてもよかったかな?」

*「いやいや フィッシュベルに持って帰る分が 減っちまうぜ。」

ボルカノ「とにかく オレたちは 村長の所に 行ってくるから おまえたち 適当に 店を広げておいてくれ。」

*「「「ウスッ!」」」

そうして漁師たちは早速持ってきた魚を並べ、店を構え始める。

ボルカノ「それじゃ オレたちも 行くぞ。」

アルス「うん。」

マリベル「…ええ……。」

アルス「どうしたの マリベル?」

どこか覇気のない返事をする少女に少年が尋ねる。

マリベル「この分じゃ 温泉も いっぱいよね……。」

アルス「…やっぱり 見られたくない?」

マリベル「あったりまえじゃないの! …はーあ 諦めるしかないのかしらねえ。」

盛大なため息をつきながら少女はがっくりと項垂れる。

ボルカノ「がっははは! また 来れば いいじゃないか。」

マリベル「……ええ……。」

生返事をしながら少女はとぼとぼと村長の屋敷を目指して歩き出す。

アルス「あ はは…は。」

ボルカノ「…………………。」

少年とその父親は苦笑いしながらそれに続くしかなかったのだった。


579 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:15:45.62 ID:LLGD6zi70



マリベル「ええっ 村長に 会えないですって!?」



せっかくの温泉への望みが絶たれ、腹いせにさっさと用を済ませて適当に休んでいこうと思っていた少女だったが、
屋敷で使用人に聞かされたのは意外な言葉だった。

*「ええ そうなんです。今は 観光客の方々との お話で 忙しいようで……。」

マリベル「こっちは ただの観光で 来てるんじゃないのよ!?」
マリベル「王さまから 預かった 大事な大事な 書状を 持ってきてるんだから!」

*「そ そうは 言われましても わたくしでは……。」

ボルカノ「まあまあ マリベルちゃん。」

詰め寄る少女をなだめすかして漁師頭が給仕人に問う。

ボルカノ「村長さんに あとどれぐらいで 話が 終わるのかだけでも 聞いてきてくれませんか?」

*「わ わかりました 少々 お待ちを……。」

そう言って使用人はすごすごと奥の階段を上っていった。

マリベル「いったい あの連中は どこのやつらなのよ……!」

少女が両手を腰に当てて眉間にしわを寄せる。

アルス「……さっきの人たち なんか いい匂いしてなかった?」

ボルカノ「んっ?」

マリベル「そういえば… どっかで 見たことあるような……。」



*「お待たせしました。」



少年の言葉に少女が何かを思い出そうとしていると先ほどの使用人が降りてきた。

*「どうぞ こちらに。」

そう言って使用人は少年たちを案内する。

マリベル「……?」


580 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:17:19.95 ID:LLGD6zi70



村長「これはこれは アルスさん マリベルさん わざわざ お越しくださったのに お待たせして 申し訳ありません。」



階段を昇ると、炎の村の長が少年たちを出迎え慌てて謝罪してきた。

アルス「いえ ほむら祭の時は お世話になりました 村長さん。」

マリベル「…………………。」
マリベル「待たせたっていうわりには その 先客が いないじゃないの。」

気にせず挨拶をする少年を横目に訝しげな表情を浮かべて少女が問う。

村長「…それが……。」





*「いや〜ん❤」





*「「「…っ!」」」



表から聞こえてきた嬌声ともとれそうな甘ったるい悲鳴に、三人は一斉に窓の外を見る。





*「ふんがー!」





そして目をぱちくりさせる船長を他所に少年と少女は盛大なため息をつくのだった。



“アイツか……”


581 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:18:02.22 ID:LLGD6zi70

村長「メモリアリーフからの お客さんなんですが どうも あの頭首は 変な 趣味をお持ちのようで……。」

マリベル「ここまでやってきて あんなことするなんて ヘンタイもここまでキたのね。」
マリベル「……うっわ やだやだ。アルス はやく 用を終わらして さっさと 逃げましょうよ!」
マリベル「いつまでも ここにいたら ヘンタイがうつるわ!」

村長「なんでも そこが 終わったら今度は 温泉で やるんだとか。」

マリベル「……サイアク。」

アルス「…………………。」

村長「と ところで そちらのお方は……。」

なんとかこの場の空気を打破しようと村長が二人の後ろに立つ大男について問う。

ボルカノ「アルスの父の ボルカノです。この度は グランエスタード王の命で 参りました。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 村長に 手わたした! ]

村長「なんと アルスさんの お父上でしたか。」

そう言って書状を受け取ると村長はそれに目を通す。

村長「むっ どれどれ…… ははあ…… なるほど。」
村長「だいたいのことは わかりました。では お返事を書きますので しばらく お時間を いただけますかな。」

ボルカノ「ありがとうございます。」
ボルカノ「それと これから 広場で 魚を売らせてほしいんですが いいですかね。」

村長「お おおっ それでしたら 大歓迎ですよ。どうぞ お好きなだけ。」

ボルカノ「ありがとうございます。」

思惑はさておき、村長の快諾を受け船長は深々と礼をする。

マリベル「…ほらっ 二人とも 早く行きましょ!」

アルス「うわ 引っ張らないでよ! うわわわ……!」

ボルカノ「ぬおっ……!」

そうして一先ず用が済んだと分かった途端、少女はものすごい勢いで二人を引っ張り階段を降りていくのだった。


582 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:19:57.60 ID:LLGD6zi70

*「なんだなんだ?」

*「見ろよ なかなか 面白えじゃねえか!」

案の定、屋敷の外には見物客が集まってきていた。

荒くれの姿をした男が嬉しそうな給仕人の娘を延々と追いかけるという
村長宅のテラスで行われている奇妙な光景を目の当たりにし、周囲は大きな騒めきに包まれていた。

*「いいぞー!」

*「ねえちゃん こっち 向いてくれー!」

*「やだよ なんだい あれ。」

*「オレにもやらせろー!」

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

ボルカノ「…………………。」

そんな様子を三人は呆然と見つめる。

マリベル「…サイテー。あんなののために 温泉に 入れないなんて。」

アルス「…ぼくも 今日は 普通に宿屋で お風呂入ろうかな。」

ボルカノ「宿に 泊まれたらな。」

少年の父親は人だかりを見て今晩泊まる宿はないだろうと最初から気付いていたようだ。

アルス「……そうだね。」

少年も諦めたように肩を落とし両手を軽く上げる。

マリベル「ああ チカラが抜けてゆく……。」

アルス「おっと。」

マリベル「ボルカノおじさま は 早く 行きましょ……。」

少年に支えられて少女が絞り出すように言う。

ボルカノ「そうしたいのは やまやま なんだが……。」

そう言って少年の父親の指す先には村人に混じって歓声を上げる船員たちの姿があったのだった。


583 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:21:46.47 ID:LLGD6zi70

その後、興奮する漁師たちをなんとか落ち着かせ、
メモリアリーフの主人の奇行を横に見ながらアミット号一行は少しだけ店を開いた。
購買者は村人が多かったが、お土産にするのだといって観光客たちもそこそこに買い付けていった。

マリベル「は〜あ……。」

現在は店もたたみ、今晩をどう過ごすのかを宿屋兼食事処である“温泉亭”で話しながら遅めの昼食を摂っている。

マリベル「まったく あんなのの 何がいいって 言うのかしら。」

先ほどまで繰り広げられていた光景を思い出し、少女は肺の中の空気を全て吐き出す。

*「いやいや マリベルおじょうさん あんな光景 滅多にみられるもんじゃ ないですよ。」

*「まあ もう 見飽きたけどな。」

ボルカノ「あの 頭首は いつも あんなんなのか?」

アルス「……うん。」

ボルカノ「…それで よく ハーブ園が 回っているな……。」

少年の父親がもっともな疑問を口にする。

マリベル「きっと 使用人たちが しっかりしてるからだわよ。…メイド以外は。」

少女は食べ物を口に運ぶ代わりにこれでもかと毒を吐き続ける。

*「それで 今晩は どうするんです?」

ボルカノ「空きがないいじょう 船で 寝るしかねえな。」

アルス「ぼくは 構わないけど……。」

*「せめて おじょうさんだけでも 泊まれないんすかね。」

年頃の女性に気を利かせて銛番が尋ねる。

マリベル「あら おきづかいは けっこうよ。」
マリベル「あいつらと 同じ宿で 泊まるなんて まっぴらだもんね!」
マリベル「きっと あたしまで ヘンタイになっちゃうわ。」



アルス「……ごくっ。」


584 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:22:19.66 ID:LLGD6zi70



*「おっ いま アルス ちょっと 期待してただろ。」



食べ物を飲み込んだからなのか、はたまた別の何かなのか。
喉を鳴らした少年を漁師の一人が茶化す。

アルス「えっ そ そんなこと ありませんよっ!」

マリベル「……スケベ。」

アルス「ご 誤解だよ!」

ボルカノ「わっはっは!」

*「がっはっは!」

コック長「まあ 宿は取れないが 温泉は しっかり 入らせてもらおうかね。」

*「そうですよ! ここまで来たのに もったいないですって!」

*「あとで 行こうぜ。」

*「メモリアリーフの人たちも いるかもな。」

*「バカ それが 狙いよ ぐっへっへ。」

顔を赤くする少年と少女を差し置いて他の乗組員たちは非常に楽しそうにこのあとの話をしている。

マリベル「……あんたも 行ってくれば?」

アルス「えっ?」

マリベル「あたしは 我慢するけど あんたは 平気なんでしょ?」
マリベル「遠慮しないで 行ってきなさいよ。」

アルス「…うーん……。」

決して少年の目を見て話そうとしない少女を見ながら少年は迷っていた。
確かに彼女の言う通り自分が気にすることはないので漁師たちについて行っても何ら問題はないのだが、
少女残して自分だけ楽しんでしまうのも何かが違う気がしていた。

アルス「まあ 考えとくよ。」

結局少年はそれだけ言ってお茶を濁すしかなかった。

マリベル「………はあ……。」

アルス「…………………。」

喧噪の中に紛れて吐き出されたため息を少年は聞き洩らさなかった。

585 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:23:02.60 ID:LLGD6zi70



マリベル「あーあ つまんないのー。」



漁師たちが温泉につかりに行ってしまい、一人取り残され少女は当てもなく村の中を歩いていた。

今は喧騒もなくなり、村の中は普段通りの静けさを擁している。

マリベル「男は いいわよねー 気楽でさ。」

誰に言うでもなく、自分に語り掛ける。

マリベル「あいつも 行っちゃったのかな……。」

なんとも難しい表情をしていた少年の顔を思い出す。

マリベル「…………………。」
マリベル「まいっか。…あいつの 自由よね。」

“考えとく”という言葉だけではどうするかは推測できない。

押しに弱い彼ならば誘われたら行ってしまいそうな気もするが。



マリベル「…あ……。」



そうこう考えているうちに少女は一見の店の前で立ち止まる。



“ラルドン商店へ ようこそ! うらないも できます。”



そう書かれた看板が目の前に立っていた。

マリベル「パミラさんと イルマさん 元気にしてるかな……。」

助手の方はもちろん元気であることだろう、しかし老いた占い師のことはなんとなく気になってしまう。

マリベル「…せっかくだから 顔だけでも 見ていこうかしらね。」

最後に会ってからさして時が流れたわけでもないが、ここまで来たのであれば挨拶をしておいてもいいだろう。

そんな風に思い少女は店の中へと入っていったのだった。


586 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:24:51.17 ID:LLGD6zi70



*「いらっしゃいませー! あらっ? あなたは……!」



マリベル「こんにちは イルマさん。」

少女が店の扉を開くと元気の良い声と共に一人の女性が現れた。

イルマ「マリベルさん いらっしゃってたの! もっと 早く 声をかけてくれれば 良かったのに。」

そう言って若き占い師は微笑む。

マリベル「ごめんなさいね さっきまで お店やってたから。」
マリベル「元気にしてたかしら?」

イルマ「そりゃ もちろんですよ。あれから ますます 占いの腕も 磨いたんですよ!」

マリベル「そう やっぱり 将来のパミラさんは あなたみたいね。」

イルマ「そ そんな お世辞を……。」

少しだけ照れた様子で若き占い師ははにかむ。

マリベル「あ そうだ パミラさんはどう?」

イルマ「パミラさまなら 奥にいらっしゃいますよ。ここのところ 事件もなくて 張り合いがないんだとか。」

マリベル「そう じゃあ 挨拶していこうかしら。」

イルマ「ちょっと お待ちください。」
イルマ「パミラさまー マリベルさんが お見えですよー。」

娘の呼びかけにややあってから老婆が声を返す。



*「おお マリベルか 入っておいで。」



イルマ「さ どうぞ。」

マリベル「ありがとう。」

若き占い師に促され、少女は暗い部屋へと足を踏み入れる。



*「よく きたね マリベル。また キレイになったんじゃないかい?」



すると薄暗い部屋の奥に水晶を置いて佇む人の良さそうな老婆が少女に声をかけてきた。

マリベル「パミラさんも お元気そうでなによりだわ。」

パミラ「まだまだ このとおりじゃわい。」
パミラ「それにしても 今日はどうしたのじゃ? また何か 困ったことでも あったのかい?」

マリベル「あ いや そういうわけじゃ ないんだけど……。」

パミラ「そういう割には 何か 憂いた顔をしておるのう。どうせ 悩みでも あるじゃろう。」

マリベル「えっ…?」

パミラ「隠さないで 話してごらん? それとも 占ってみせようかね?」

マリベル「あたしが 悩んでること……。」

パミラ「うむ あいかわらず 心の奥底で わだかまってることが いろいろ あるようじゃのう。」
パミラ「どれ お代は いいから 少し 見てあげるとしようかね。」

そこまで言うと占い師の老婆は助手に声をかける。

パミラ「イルマ! 少しの間 誰も とおさんでおくれ。」

イルマ「はーい。」

返事と共に入口には幕が敷かれ、部屋の中はさらに暗くなる。
587 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:28:20.77 ID:LLGD6zi70

パミラ「さて それじゃ 始めるとしようじゃないか。」

マリベル「ま 待って! あたし そんな つもりじゃ……。」

パミラ「いいんだよ。おまえさんたちには 恩があるからね これくらいの ことはさせておくれよ。」
パミラ「それじゃ カオを見せてごらん……。」

そう言って老婆は水晶を挟んで少女の顔を覗き込む。

マリベル「…………………。」

パミラ「ううむ これは…… いろんな景色が見える。それに お前さんの顔も。」
パミラ「……何やら神妙な… むっ? 満足そうな表情に 変わったようじゃ。」
パミラ「……お前さんを 囲む たくさんの人々。みんな 幸せそうじゃのう。」
パミラ「場面が 変わったようじゃ……。これは 巨大な船かのう。」
パミラ「また 変わったぞ…… こっちは荒れ狂う海 それに……。」
パミラ「…………………。」

マリベル「……どうしたの?」

パミラ「うむ…… どうやら この先 お前さんたちに いろんな運命が 降りかかる様に見える。」
パミラ「最初に見たものは どうやら その後のようじゃ。」
パミラ「じゃが そのことが お前さんの悩みと どうつながっていくのかは わしにもちとわからんのう。」

マリベル「そう……。」

パミラ「ふうむ どうやら お前さんは 数奇な運命のもとにいるように感じる。」
パミラ「あの少年もそうじゃが いったい お前さんは 何者なんじゃろうかのう?」

マリベル「……?」

パミラ「まあよい また 何か 見て欲しいことが あれば 立ち寄るがよいぞ。」
パミラ「わしは いつでも お前さんたちの 味方じゃからな!」

マリベル「……え ええ ありがとう。」

なんとも腑に落ちないものを抱えたまま少女は部屋を後にする。



イルマ「お疲れさまでしたー! どうでしたか?」



部屋の外で待機していた助手の娘が声をかける。

マリベル「…よく わからないわ。」

イルマ「そうですか… あ でも あたしは ひとつ わかったことがありますよ!」

なんとも言えない答えを返す少女に若き占い師は人差し指を立てて自信ありげに言う。

マリベル「えっ……?」

イルマ「今晩 月が てっぺんまで昇った頃 温泉にいけば いいことが あるみたいですよ!」

マリベル「真夜中に 温泉に 行くの?」

イルマ「これでも 会心の占いだと 思うんですけど……。」

頬に手を当てて娘は呟く。

マリベル「…そう ありがとう。考えとくわ。」
マリベル「ああ それから これ。」

そう言うと少女は微笑んで占い師の娘に何かを手渡す。

イルマ「えっ これは……?」

マリベル「お礼よ。また よろしくね。」

イルマ「こ こんなに…!」

マリベル「じゃあね!」

そう言って少女は店を飛び出して行ってしまった。



イルマ「こんな 大金 どっから 出てくるのよ……!?」



掌に置かれた多額の貨幣をまじまじと見つめ娘は固まるのだった。
588 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:29:26.71 ID:LLGD6zi70

マリベル「数奇な運命…か……。」

店を出た少女は先ほど老婆から言われた言葉を思い出していた。

マリベル「いろんな光景に人々…… 神妙で……満足そうなあたし……。」
マリベル「……ダメね さっぱりわからないわ。」

どんなに考えても思い当たるようなことは浮かんでこなかった。

マリベル「あーあ 温泉でも入って ゆっくり考えたいところだけど……。」

肝心の温泉は多くの人で溢れたまま。
女性だけならまだしもどうせ男性ばかりで女性が入ってくるのを今か今かと待ち構えているに違いない。

そんな風に考えたら恐ろしくてとてもではないが入る気にはなれなかった。

マリベル「ここも 有名になったら ずっと こんな感じになっちゃうのかしら……。」

そう考えると先ほど若い占い師に言われた深夜の温泉というのは少し気になるところだった。
もしかすれば深夜であれば誰にも遭遇せずに入浴することができるかもしれない。

マリベル「かけてみるか……。」

そう呟いて少女は再び当てもなく村の中を彷徨い始める。

静かになった村には件の温泉のある井戸の中から漏れた男女の楽しそうな声が響いていた。

589 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:30:40.08 ID:LLGD6zi70



*「いやあ 良かった良かった!」



*「メイドさんたちが あんなに いるとはよお!」



*「あのご主人 さまさま だったな!」



*「こんなの カミさんに 話せねえよ……。」



日も落ちた頃、温泉亭ではいろんな意味で入浴を十分楽しんだ漁師たちが口々に感想を述べていた。

*「来てよかった……。」

コック長「おまえ まだ 顔赤いぞ。」

もはや温泉の感想などではなく、混浴という事実のもたらした効能についての話題しか上がっていなかった。

マリベル「…………………。」

そんな様を少女だけが不機嫌そうに眺め、何もしゃべることなく食事に徹していた。

*「おい 食べ終わったら もう一回 行こうぜ!」

*「いいね どうせなら 温泉の効能を 存分に 楽しもうぜ!」

*「とか 何とか いって どうせ 女が目当てなんだろ?」

*「おまえだって 鼻の下 伸ばしてたくせに 何言ってんだ。」

*「へっ バレてたか。」

漁師たちは昼間の入浴に飽き足らず夜の入浴もしっかり堪能するつもりでいるらしい。

果たして裸になるのは身体なのかそれとも邪な感情なのか。

マリベル「……ごちそうさま!」

いい加減ここにいてはいつ自分まで引っ張り込まれるか分かったものではない。

そんな風に感じて少女は早々に席を立ち足早に外へ出て行ってしまった。

*「ああ マリベルおじょうさん 行っちまったぜ!」

*「くそっ なんとかして 誘おうと 思ったのによ……!」

ボルカノ「よく 考えてみろ お前たち。もし そんなことが アミットさんに 知れたら どうなったことか わからんぞ?」

そこまで来てようやく漁師頭が口を開く。
彼にとっては正直混浴などどうでもよかったが、
万が一仲間が下手なことをしては網元に申し訳が立たないと思いここは場を鎮めることにしたのだ。

*「うっ…!」

*「い いやあ おっしゃる とおりでさあ。」

*「あぶねえ あぶねえ 危うく 首が 跳んじまうところだったぜ。」

アルス「…………………。」

そんなやり取りを少年は複雑な顔で見つめるのだった。
590 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:32:16.67 ID:LLGD6zi70

マリベル「あーあ もう やんなっちゃうわ。」

一人宿を出た少女は行く当てもなく村の中をぶらついていた。

マリベル「この分だと 酒場も 混んでるわよねえ。」

そうは言ってもこのまま船に帰るのも少々癪に感じ、少女は不機嫌そうに腕を組みながら酒場へと入っていくのだった。

*「いらっしゃい! おや これは これは マリベルさんじゃないか!」

マリベル「こんばんは マスター。」
マリベル「…………………。」

適当に挨拶を交わすと少女は辺りを見渡す。

*「そんでよ ご主人ったらさ……。」

*「まったく あの人には 驚かされてばかりだぜ……。」

*「ダンスダンス ダダダン ダンスッ!」

*「ステキ……。」

店のカウンターには例のハーブ園からやってきた従業員と思わしき男たちが、
その反対側では相変わらず情熱的な踊りを見せている踊り子とそれに見入る女性が何人かいるだけだった。

マリベル「おもったより 空いてたわね……。」

*「マリベルさん 今日は 何にします?」

マリベル「何か オススメでもある?」

*「はい それでしたら 買ったばかりの ハーブで 作ったのが。」

マリベル「せっかくだから それ もらおうかしら。」

*「かしこまりました。」

そう言って店主は少女の目の前にトウキビ酒に大量のハーブを散らした薄緑色に輝くハーブ酒を差し出す。

マリベル「……いい香り。」

鼻を近づける前から鼻腔をすっきりとした爽やかな香りが突き抜けていく。
まるでバロックの橋で飲んだハーブティーを思わせるようなそれは
食後の苦しさを取り去ってくれるかのような清涼さを漂わせていた。

*「どうです? 食後には ぴったりのお酒でしょう?」

マリベル「……いいわね これ。」

“今度あのハーブ園に寄ったときはハーブを大量買いして家で作り置こうか”

そんな風に少女はぼんやりと考えていた。





*「いらっしゃいませ!」





また一人新しい客が入ってくるまでは。
591 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:33:32.09 ID:LLGD6zi70

*「あ やっぱり いらしてましたか アルスさん。」

マリベル「……アルス。」

アルス「こんばんは。」
アルス「…やあ ここだったんだね。」

少年は軽く手を上げて挨拶を交わす。

マリベル「なによ あんたも みんなと一緒に 混浴に行ったんじゃなかったの?」

アルス「……きみだけ残して 入るのも なんだかね。」

マリベル「ふん 調子いいこと 言っちゃって。」

少女は相変わらず不機嫌そうに言う。

アルス「……マスター 彼女と同じのを。」

*「かしこまりました。」

そう言って先ほどと同じように店主は手早く少年にハーブ酒を差し出す。

マリベル「どうせ あんたも 女の人の裸 見たいくせに このすけべ。」

少女は少年の顔を見ようとせず頬杖をついたまま。

アルス「…………………。」

少年はちびちびと出された酒を飲みながら視線を天井にやり考え込む。

アルス「そういえばさ。」

マリベル「…………………。」

アルス「あの人たち 明日は 早いから 深夜は 入らないんだってさ。」

マリベル「……あっそ。」

そっぽを向いたままそれだけ返すと少女は杯を傾ける。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

二人は無言で酒を煽る。

“カラン”という氷の音が狭い店の中へ消えていった。

アルス「…本当はさ。」

しばらく押し黙ったままだった少年がポツリとつぶやく。



アルス「一緒に 入りたかったなって。」



マリベル「…………………。」
マリベル「…えっ? はっ……?」

592 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:34:40.14 ID:LLGD6zi70

少年から飛び出した突然の言葉に少女は一瞬理解が遅れ、ややあってから驚いた表情で少年の方を振り向いた。

かくいう少年は杯の中を見詰めながら少し照れた顔をしている。

アルス「いや なんでもない。忘れて。」

マリベル「ばっ ばっかじゃないの!?」
マリベル「な なんで あたしが あんたと お風呂に……。」

真赤になって少女は小さく叫ぶと再びそっぽを向いて黙り込んでしまった。

アルス「ごめん。」

短く謝ると少年は杯の中の残りを一気に飲み干す。

アルス「マスター ごちそうさまでした。また いつか。」

そう言って少年は多めのお金を置いて席を立つ。

*「ありがとうございました。」

アルス「おやすみ マリベル。」

マリベル「…………………。」

それだけ残して少年は静かに扉を開け、表へと出て行ってしまった。

マリベル「…………………。」

“バタン”という重たい音が店内に木霊し、一人の客が帰って行ったことを報せる。

マリベル「…ばかアルス。」

独りいなくなった少年に呟くと、少女は自分の中にわだかまる複雑な思いを洗い流すように残りのハーズ酒を飲み干した。

マリベル「マスター もう一杯。」

*「かしこまりました。」

店の主人は何も言わずに黙々と酒を作り始める。

そうして再び店内には男たちの楽しそうな声とステージを踏み鳴らす踊り子の靴音、
そして氷がグラスを叩く音だけが静かに響いていったのであった。


593 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:37:34.89 ID:LLGD6zi70

マリベル「…………………。」

夜も更けた頃、満天の星空の下で少女は一人、
酒で火照った身体を覚まそうと村の隅に置かれた角材に腰かけて煌々と揺らめく灯を眺めていた。

マリベル「…バカみたい……。」

少女には少年の行動がわかりかねていた。
前ならば男たちだけで温泉に浸かっていたはずの彼が今日ばかりは誰ともつるもうとせず、
それどころか少女だけが入らないからというだけで自分まで入らないと言い出す始末。
あまつさえその彼は自分と入りたいと言ってのけたのだ。

“本当はさ 一緒に 入りたかったなって。”

今まで決して彼が自分の願望をそんな形で口にすることはなかった。
それが他の男たちがむき出しにする邪な欲望だったのかはわからない。
しかしあの時少年が見せた顔はそれとは違って、どこか自分の羞恥の気持ちを隠しているように見えた。
それがますます少女を混乱させていた。

“ばっかじゃないの!? なんで あたしが あんたと……。”

思えば先ほどは驚愕と恥じらいから咄嗟であんな風に言ってしまったが、少々あれは言いすぎだったかもしれない。
自分と彼は既に恋人なのであって友達でもただの幼馴染でもない。
であれば入浴を共にするというのはさほど不自然なことではないのかもしれない。
しかしどういうわけか未だに自分の中で自らのすべてを晒してしまうことへの不安が先を行ってしまい、それを許そうとしないのだった。
たとえ相手が自分の好いた幼馴染であったとして。

マリベル「…はあ……。」

少女は基本的に相手がどう思おうが自分の思ったことはすべて言ってきたし、自分の気持ちに嘘はつかないようにしてきた。
時にはそれが人に自分を以て“わがまま”と言わしめる要因でもあったのだが、本人はそれをあまり気にしては来なかった。
今でこそ場面をわきまえられるようになったが、基本的に彼女の姿勢は変わらない。

しかしそんな彼女もあの少年と何かをしたり何かをしてもらうようなことに関しては正直に口に出せないこともあった。
様々な出来事を通してこれまでの旅も、そしてこの旅の中でも彼との距離を詰めていっていたはずだったが、
どうにも越えられない一線というものがあったらしい。

マリベル「やっぱり 恥ずかしいわよ……。」

そう言って少女は誰に見られているわけでもないのに両手で紅潮した頬を隠す。
彼にも散々正直にいろいろなことを言ってきたはずだったがこればっかりは言えない部類だったようだ。

マリベル「……ぶるっ………。」

あれこれ悩んでいるうちに気付けば体はすっかり冷え、
心地よく吹いていたはずの風はいつの間にか北風に変わり寒さを運んできていた。

マリベル「…さむい……。」

火に当たり寒さを紛らわそうとするも体の芯が冷えるような感覚に思わず身がすくむ。

マリベル「あっ……。」

なんとか暖をとれないものかと辺りを見渡した時、ふと煙の立ち上がる井戸が目に入った。

マリベル「温泉かあ……。」



“あの人たち 明日は 早いから 深夜は 入らないんだってさ。”



先ほど少年が言っていた言葉を思い出す。

マリベル「…………………。」

井戸までやって来た少女は耳を近づけて音で中の様子を探る。

マリベル「……誰も いないみたいね。」



“行くなら今しかない。”



そう思い立ち少女は急いで井戸の中へと降りて行くのだった。


594 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:39:00.51 ID:LLGD6zi70

井戸の中は温泉の湧き出る音だけが木霊し、他には何も聞こえなかった。

マリベル「…………………。」

少女は目を凝らして辺りを確認する。

マリベル「……やった!」

奥の隅々までつぶさに観察したが確かにそこには誰もおらず、少女は思わず握り拳を作る。

マリベル「今のうち 今のうち……!」

そう言って少女はドレスを脱ぎ、近くにあった籠にまとめると浴巾(よっきん)を体に巻きつけて湯へと近づいた。

その時だった。



*「…いやあ 外は冷えるなおい。」



*「ホントだよな! もういっぺん 入っていっちまうか!」



マリベル「…っ!」



“しまった!”



どうやら二人組の男が井戸の手前までやってきているらしい。
自分の後に誰かが来る可能性などすっかり頭から抜け落ちていた少女は慌てて踵を返す。
このままでは湯に浸かれないどころか布越しとはいえ自分の裸体を見られてしまう。
そんな焦りから思うように濡れた床の上を走れず、少女は泣きたい気持ちになった。

そしてまたその時だった。



*「待ってください!」



男たちとは別の声が聞こえてきた。

*「あん?」

*「なんだ あんちゃん あんたも 風呂かい?」

*「いま 女の子が 一人で 入っているんです。」

*「なら 尚更 入らなくっちゃよ! なんせ ここは 混浴なんだぜ。」

*「そうだぜ へっへっへ……!」

男たちはいやらしい笑い声を上げる。

*「頼みます! 誰かに見られたくないからって 何度も あきらめていたのが ようやく 一人で ゆっくり 入れる時が来たんです。」
*「せめて 彼女が 出てくるまで 待ってください!」

*「……どうするよ?」

*「うーん……。」

*「お願いします! 宿代でも なんでも お支払いしますから!」

*「え ほ ホントか?」

*「そこまで 言われちゃ 仕方ねえ。まあ 風呂なら 宿にも あるからいいけどよ。」

*「ありがとうございます!」

*「……おう 確かに 受け取ったぜ。」

*「そのじょうちゃんに ヨロシクな! がっははは!」

その言葉を最後に男たちの声は聞こえなくなった。どうやら行ってしまったようだ。

595 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:40:14.61 ID:LLGD6zi70

マリベル「…………………。」

“助かった”

少女はドレスにかけたその手をいったん止める。

マリベル「…アルス?」

少しだけ大きな声で井戸の上にいる人物を呼ぶ。

アルス「ぼくは いいから ゆっくり 浸かっていきなよ!」

声の主はそう言って少女を気遣う。

マリベル「…………………。」

少女はしばらく俯いて考えていたが、やがて決心するともう一度上にいる少年に呼びかける。



マリベル「アルス! 降りてきなさいよ!」



アルス「えっ?」

少女の真意が分からず少年は聞き返す。

マリベル「……い… いっしょに はいりましょ!」

ややあって返ってきた声は、少しだけ上擦っていた。

アルス「……うん!」

何かの呪文を唱える音が響いたあと、少年は降りてきた。

アルス「や やあ……。」

下まで降りてくると少年は少女の方を見ずにそのまま背中越しに言う。

マリベル「……こっち 見なさいよ。」

アルス「で でもっ……。」

マリベル「いいからっ!」

躊躇する少年に少女が語気を荒げる。

アルス「…………………。」
596 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:42:01.96 ID:LLGD6zi70

振り返った少年は少女の体を見て黙ったまま固まった。
すらっと伸びた手足、絹のように白くやわらかな肌。
そしてまるで人形のように整った顔立ちは誰が見ても文句のつけようなどなかった。

マリベル「…なんか いったら どうなの?」

少女が恥ずかしそうに体を捩る。

アルス「…よかった……。」

マリベル「えっ?」

アルス「……タオルしてなかったら どうしようかと思った……。」

少年は冷や汗を流しながら言う。
体は大きな浴巾によって隠されてはっきりと見えはしないが、
それでも小さすぎず大きすぎない胸にくびれた腰から尻、
そして膝上までにかけての曲線美は少年の目のやり場を困らせるには十分すぎた。

マリベル「…………………。」
マリベル「はー……。」

少年の拍子抜けする感想に盛大なため息をついて少女が言う。

マリベル「まさか あたしが 素っ裸で 立ってるとでも 思ったの?」
マリベル「もっと 他に ないわけ? こう キレイだとか なんとか。」

アルス「いや 肌がきれいなのは 知ってたし……。」

マリベル「……もうっ!」

少しぐれた様子で少女は浴槽に向かうと、体を流してさっさと湯に入っていった。

アルス「…ご ごめん……。」

マリベル「いつまで そうしてるのよ はやく あんたも 入ったら?」

アルス「え あっ うん!」

少女の催促に少年は素早く服を脱ぎ、浴巾を腰に巻いて湯をかけてから少女の隣に腰を落とす。


597 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:43:35.86 ID:LLGD6zi70

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

浴槽に背をもたれ、二人はお互いを見ないように目線を下にしたまま黙り込む。

マリベル「あ あのさ……。」

なんとなく気まずい空気を打開するかのように少女が話し出す。

アルス「…うん?」

視線だけ少女の膝に移しながら少年が相槌を打つように問う。

マリベル「ありがと。あいつら 追っ払ってくれてさ。」

アルス「……うん。」

マリベル「…それに さっきは ごめんなさい。」

アルス「えっ?」

思いがけない言葉に少年は少女の顔を見つめる。

マリベル「あんな 言い方しちゃってさ。」

少女は尚も俯いたまま答える。

アルス「…いいんだ。謝るのは ぼくの方さ。」
アルス「だれだって あんなこと 言われたら そうなるよ。」

自分の膝に視線を落とし少年は後悔するように呟く。

マリベル「……恥ずかしかったの。あんたに あたしの体 見られちゃうのがさ。」
マリベル「あたしたち もう ただの幼馴染じゃないっていうのにね。」

アルス「ぼくも ちょっと 急すぎたと思う。ごめん。」
アルス「…でも やっと 叶ったんだな……。」

そう言って少年は目を閉じる。
598 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:44:38.06 ID:LLGD6zi70

マリベル「えっ……。」

その言葉の意味が分からず今度は少女が少年を見つめる。

目に映った少年の身体は細身ながらかなりの筋肉質で、
その肌には相変わらず癒えない傷痕がいくつも刻み込まれており、
これまで彼がいかに身を挺して仲間を守ってきていたかが窺えた。

まるで誰かの傷を肩代わりするかのように。

マリベル「…………………。」

少女も滅多なことでは見ない少年の裸体は、非常に痛々しくもあり、
それでいて猛々しく、不思議な魅力を醸し出していた。
だがその傷の多くが彼女を守るためにつけられたものであることもわかっていた。

アルス「……マリベル?」

マリベル「…………………。」

少女は少年の言葉も聞こえぬほど食い入るように少年の身体を見つめていた。
いったいどれほどの血がこの体から流れたというのだろうか。
いつも何食わぬ顔して少女をかばい続けるその体は、どれほどの痛みを抱えてきたというのだろうか。

改めて目の前にして見ているうちに少女の中で感情が沸き上がってくる。

マリベル「アルス……。」

アルス「ん?」

呼び掛けに応じるその瞳は優しく、そんなものなど最初からなかったかのように少女の翡翠色の瞳を写していた。

マリベル「ごめんなさい。」

アルス「えっ?」

マリベル「ありがとう。」

そう言って少女は少年の身体を、その傷痕を労わる様に、何度も、何度も優しく撫でる。

アルス「…………………。」
アルス「それは ぼくのセリフだって いつも 言ってるじゃないか。」

そうして少年は少女の手を取り、そのまま優しく少女の肩を抱く。

マリベル「…ばかアルス……。」

そう言って少女は少年の肩に首をもたれる。

密着する二人の体がいつもより熱く感じられたのは、温泉のせいだったのだろうか。


599 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:47:44.81 ID:LLGD6zi70

アルス「…嬉しいな。」

しばらくして少年が呟く。

アルス「夢だったんだ。こうして 誰にも邪魔されずに 二人で 温泉に入るのがさ。」

マリベル「うふふっ。あんたってば 意外と ロマンチストなのね。」

アルス「意外で 悪かったね……。」

不服そうに少年が言う。

マリベル「スねないの! これでも 褒めてんだからね?」

アルス「はいはい。」

そう言って少年は微笑む。

マリベル「…ふふ……。」

アルス「…………………。」

マリベル「……また 来ましょうよ。」

アルス「二人っきりで?」

マリベル「あったりまえじゃないの! やっぱり見られたくないし それに……。」
マリベル「誰にも 邪魔されたくないからね!」

片手を腰につけて少女は悪戯な笑みを浮かべる。

アルス「あっははは! また 夜中にこっそり 来ないとね。」

楽しそうに少年が笑う。

マリベル「…そういえば さっきは 何の呪文を かけたの?」

先ほど上から聞こえた呪文の発動音を思い出し少女が尋ねる。

アルス「えっ? ああ あれ見てよ。」

マリベル「……!」

少年に促されて視線を移したその先には入口から滴る水滴があった。

マリベル「もしかして 入口を ヒャドで 塞いだの?」

アルス「アタリ。だから 一応 時間制限が あるんだけどね。」

マリベル「そうねえ のぼせないくらいには 早めに 上がらないと いけないものね。」

アルス「ずっと 独占するわけにも いかないからね。」

マリベル「…そっ。でも……。」



“今晩 月が てっぺんまで昇った頃 温泉にいけば いいことが あるみたいですよ!”



アルス「……!」



マリベル「もう少し こうしてたいな。」



そう言って少年にもたれかかる少女の白魚のような体が少しだけ桜色に染まって見えたのは
湯にあてられたせいなのか、それとも彼女なりの恥じらいの色だったのか。

同じように頬を染められた少年が知る術はなかったのだった。





そして……

600 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/11(水) 19:48:24.32 ID:LLGD6zi70





そして 夜が 明けた……。




601 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:52:44.44 ID:LLGD6zi70

以上第20話でした。

「ドラクエの世界にお風呂に入る文化はあるのか」

描写の上で非常に悩んだ部分です。
そこで原作中に出てくる民家や宿屋をすべて回ってみたのですが
わたしが見つけた範囲内ではグランエスタード城下町に一件、
過去のハーメリアに一件、ルーメンに一件といった具合です。
これだけ見るとあまり文化として根付いていないのではないかと思われますが、
マリベルとの会話の中でお風呂は毎日入るのが普通であることがわかります。
「アルスは ちゃんと 毎日 おフロに入ってる?」
(実際ゲーム画面では置かれていなくても、トイレ然りきっと省略されているだけなのでしょう。)

ただそうなるとお風呂を沸かすための設備などはどうしているのか…
なんてことを考えてみてはみたんですが、ハッキリ言うとよくわかりませんでした。
第6話でもマリベルがお風呂に入るシーンがあるのですが、
結局は描写を減らしてだましだまし書くことでことなきを得ました。
難しいものですねえ…

さて、今回はエンゴウで温泉に入るというイベントを書きました。
「温泉! 温泉入りたーい!」
…とは言いつつも、混浴だからやっぱり恥ずかしい。
結局原作では一度も温泉に入ることなくエンディングを迎えてしまいました。
(仕様上、着衣のままでジャボジャボ入っていけるのですが)
そこで、このお話ではアルスのチカラを借り、マリベルに念願だった温泉に浸かってもらったというわけです。

…観光の目玉として確立させたいのであればやはり男女別で入れるよう配慮してもらいたいものですよね。
もちろん、混浴は混浴の良さがあるので無くさないとして。

…………………

◇果たしてパミラが占いを通してみたのはいったいなんだったのか。
それはまた後々。

602 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/11(水) 19:54:47.83 ID:LLGD6zi70

第20話の主な登場人物

アルス
混浴で入るのをためらう少女に遠慮して自分も温泉には入らずにいた。
吹っ切れたマリベルと共に深夜の貸切温泉へ。

マリベル
裸を見られるのが恥ずかしく温泉に入るのを拒否していたが、
イルマの占いやアルスの手助けでなんとか入ることに成功。

ボルカノ
混浴は別にどうでもよく、温泉自体をしっかり堪能。
メモリアリーフの当主に唖然とする。

コック長
アミット号で一番の年長者。
もともとお風呂が好きなので温泉は楽しみだった模様。

アミット号の乗組員たち(*)
魚を売りさばいた後は温泉で混浴を楽しむ(愉しむ?)
日頃の疲れを存分に癒してほくほく顔に。

パミラ
エンゴウで代々占い師を務めている。「パミラ」は襲名制。
占いの腕は確かで、知識も豊富。

イルマ
パミラの助手を務める若い女性。
一見ただの元気な娘だが、占いの腕をちゃくちゃくと上げている。

村長
エンゴウの長。
村を発展させようとするあまり炎の精霊をないがしろにしていたが、
魔王復活から討伐までの一連の事件を経て改心する(?)

メモリアリーフの当主(*)
荒くれ男に扮してメイドを追いかけるという奇行が有名。
それでもハーブ園は上手くいっているというのだから世の中わからない。


603 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/11(水) 23:11:31.43 ID:YHI443RXo
DQ世界の温泉文化は1の頃から存在してる、マイラの温泉があるからな
お風呂は少なくとも3のアッサラームの時点で存在してる

7だと他に、ブルジオが息子に対して「風呂に入って欲しい」とか言ってたりもするね
604 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:13:13.23 ID:/ZAUKCR40
>>603
そうなんですよね。
ただ温泉ならともかく、あの世界の一つ一つの家庭において
毎日大量の水を使うお風呂を沸かして入ることができるのかどうか…さっぱりです。

設備に関しても、普通に考えたら薪で火を起こして…となるんでしょうけど、
原作中ではそこまで描写してくれませんからもう何にも言えません(投げやり)

やっぱり貧富の差や地域によるんでしょうか?
605 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/12(木) 19:13:45.37 ID:/ZAUKCR40





航海二十一日目:冷めないハーブティー / 同じ月を見てる




606 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:15:07.02 ID:/ZAUKCR40

コック長「ん?」

日が昇り始めた頃、アミット号の料理長はいつものように網元の令嬢を起こして朝食の準備に取り掛かるために調理場へと続く扉を開けた。



マリベル「あら おはよう コック長。」



少女は既に起きて着替え終えていた。

コック長「珍しく 今日は 早いですな マリベルおじょうさん。」

マリベル「うん まあね。」

そう言って少女は微笑む。

コック長「……なにか いいことでも ありましたかな?」

マリベル「へっ? あ いや そんなことないわよっ?」

コック長「…わしに 隠し事しても ムダですぞ。」

上擦った声で少女は誤魔化そうとする少女に料理長は片眉を上げて釘をさす。

マリベル「べ 別に いいじゃないの。」

コック長「なにやら 肌のつやが いつもより 良くなっているような……。」
コック長「さては 昨晩でも 温泉に入りましたかな?」

ずずいと寄って少女の顔をまじまじと見つめると料理長はズバリと少女の隠し事を当てて見せる。

マリベル「っ……。」

コック長「良かったですな ちゃんと 誰にも見られず 入れたんですか?」

絶句する少女に対して料理長は特に顔色を変えずに質問を続ける。

マリベウ「え ええ まあね……。」

コック長「……ふうむ。ははあ そういうことですか。」

歯切れの悪い少女を見てコック長はある仮説を立てる。

マリベル「な なにっ?」

コック長「いやいや なんでも ありませんぞ。」

マリベル「ちょっと コック長 何か 勘違いしてないでしょうね!」

コック長「何がですかな?」

マリベル「うっ……。」

その“何が”が言えず少女は押し黙る。

コック長「いいんです 言わなくても。わしは わかっておりますし 誰にも 言いませんからな。」

マリベル「えっ ち ちが……。」

コック長「さて それでは あいつを起こしますから ちょっと 待っててください。」

そう言って料理長は少女の言葉を最後まで聞かずに隣の部屋へ出て行ってしまう。



コック長「……おい 起きろ。朝だぞ。」



*「……うーん…。」



マリベル「…………………。」
マリベル「どうして あんなに 勘がいいのよ!」

一人になった部屋で少女は誰にも聞こえないように小さく叫ぶのだった。
607 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:16:10.98 ID:/ZAUKCR40



アルス「えっ バレた!?」



マリベル「シーっ!」
マリベル「大きな声で 言わないでよっ! 余計に あやしまれちゃうじゃないっ!」

そういって少女は少年の口を塞ぐ。

*「……?」

近くにいた漁師が不思議そうにあたりをキョロキョロと見渡す。

アルス「モガモガ…… ぷはぁ!」
アルス「ど どうして わかったんだろ……。」

物陰に隠れたところでようやく口を解放された少年が呟く。

マリベル「肌の加減で あたしが 温泉に入ったことは わかったらしいんだけど……。」

アルス「それにしたって ぼくまで いたって どうしてわかるんだろう……。」

マリベル「侮れないわ コック長……。」
マリベル「とにかくっ! これ以上 他の人に 知られたりでもしたら 面倒どころか あたしがここ いられなくなっちゃうわ!」
マリベル「アルス! あんたは 何もなかったふりするのよ! いいわねっ。」

そうまくしたてて少女は指先を少年の顔に突きつける。

アルス「わ わかったよ……。」

やや引き気味にそれを承諾すると少年は見張りに戻って行くのだった。

マリベル「まったく 油断ならないわね。」

一人呟く少女は自身の恥ずかしさよりもとあることを気にしていた。



“なにっ アルスが うちのマリベルと 風呂に!? け けしからんっ!!”



マリベル「…こんなこと パパに知れたら なんて言うか わかったもんじゃないわ。」

万が一そんなことがあっては娘を溺愛しているあの父親のことだ、
たとい相手が信頼を置いているあの少年だったとしても何をするか。

マリベル「もう一回 コック長に 釘をさしておくかしらね。」

ほとぼりが冷めるまで少女の中の最高機密の一つとして刻み込まれたのであった。

608 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:16:52.64 ID:/ZAUKCR40

東の空から昇った太陽が真上に差し掛かろうかという頃、
漁船アミット号は次の目的地を目指して西の方角へと航海を続けていた。

*「んん? なんだ ありゃ?」

そんな折、甲板で操舵をしていた漁師の一人が何かに気が付いた。

*「なんだい ありゃあ。」

*「さあ おれにも わからん。」

それを皮切りに次々と漁師たちが遠くに見える何かに視線を注ぐ。



*「みんな 飯だぞー!」



その時、休憩していた別の漁師が甲板へやってきて昼時を告げる。

*「よう あれ 知ってるか?」

その男にも同じ質問を投げかける。

*「えっ あれって……。」
*「……よくわからんが アルスたちなら 知ってるんじゃないか?」

*「アルスは?」

*「昼当番だから 下にいるぜ。」

*「おうよ じゃあ 後 頼んだぜ。」

*「任せとけ。」

そんなやり取りを交わし、漁師たちは一人を残して下に降りて行った。

609 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:17:59.80 ID:/ZAUKCR40

漁師たちが食堂までやってくると、既に食事を終えた船長と新しい皿の配膳と片づけをしている少年たちがいた。

*「お いたいた。」

*「よう アルス。なんか いま 北の方に 変な塔が見えたんだけどよ。」

アルス「北ですか? 南じゃなくて。」

“塔と言えば南にはかつて魔王が居城としていた巨大な塔があったはずなのだが”

そう思い少年は聞き返す。

*「おう なんか 良く分からねえが 派手な色した 塔だったぜ。」



マリベル「それって バロックタワーじゃない?」



話を聞いていた少女が思い出したように呟く。

*「……?」

アルス「ああ 天才建築家 バロックが 生涯の最後に造った作品です。」
アルス「ぼくたちも 登ったことがありますよ。」

マリベル「あの中は そりゃあもう 侵入者をはばむ 罠ばっかりでねえ。」

アルス「でも 塔の最深部には 彼が残した お宝が あったんです。」

*「へえ それでそれで。」

アルス「……お宝とは なんてことない 石盤が二枚だけでしたとさ。」

続きを聞きたがる漁師に少し考えてから少年は答える。

*「なんでえ つまんねえな。」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「その石版ってのは お前たちが 探していた アレか?」

アルス「うん。」

マリベル「…結果的には バロックさんに 助けられたってことですわ。」

*「ふーん じゃあ あの塔の中には もう 何も残ってないのか?」

アルス「ええ そうです。」

マリベル「それでも ないはずの お宝を求めて やってくる人は 後を絶たないんだけどね。」

*「まあ お宝っていう 響きだけで なんか ワクワクするもんな。」

コック長「おいおい 料理が冷めちまうから はやく 食べてくれ。」

*「お 悪いな コック長。」

そうして料理長に促され、漁師たちは話をやめて食事に手を伸ばし始めるのだった。


610 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:20:48.00 ID:/ZAUKCR40



マリベル「アルス。」



昼下がり、食堂にある自分のハンモックで休憩をとっていた少年は少女に呼ばれる。

マリベル「お茶にしない?」

アルス「えっ うん……。」

ゴロリと寝返りを打って少年は声の方に振り返る。

何やら爽やかないい匂いが漂ってきた。

アルス「よっこらせ。」

マリベル「はい コレ。」

そう言って席に着いた少年に少女は揺れに強い大きめのコップを手渡すと、ポットの中の液体を半分ほど注いでいく。

アルス「あれっ これって……。」

マリベル「昨日のうちに コック長たちが 買ってきたんですって。」

アルス「スウー……はー……。いい香りだね。」

コップの中からは眠気を吹き飛ばすような透き通った香りが立ち上っている。

マリベル「ふー…ふー……。」
マリベル「…っ! あちち……。」

揺れる船内で熱いものをすするのはなかなか以て難しいものがある。
少女は運悪く口の中に予定より多めの量が入ってきてしまったらしく目をぎゅっとつぶった。

アルス「…ふふ ははは……。」

その様子がどうにもおかしく少年は思わず笑いをこぼす。

マリベル「な なによ……。」

アルス「いや かわいくて つい。」

マリベル「むっ また 調子いいこと 言って。」

アルス「…ふふふ。」

そうやってムキになる姿が余計愛おしくなり、少年の目はだらしなく垂れさがる。

マリベル「…なんて顔してるのよ……?」

そんな様子に少女も怒る気が失せ、ため息をつきながら次の一口をすする。



マリベル「……あっ。」


611 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:22:04.04 ID:/ZAUKCR40

何かを思い出したらしく、少女は急いで調理場へと走っていくと、しばらくしてその“何か”を抱えて戻ってきた。

マリベル「じゃーん。マリベル特製クッキーよ!」

アルス「……やった!」

少女の手の上にはたくさんのクッキーが乗ったお皿があった。

マリベル「やっぱり ハーブティーだけじゃ 寂しいからね。」

アルス「いつ作ったの?」

マリベル「朝一番でね。いい匂い してたでしょ?」

“美味しいお茶菓子と共にハーブティーをたしなむ”

今朝少女がわざわざ早起きしていたのはこのためだった。

アルス「……うーん 覚えてない。」

マリベル「…あっそ まあいいわ。たくさんあるから 遠慮なく 食べてちょうだい。」

アルス「うん。」

そう言って少年は早速一つ摘み取ってかじりつく。

アルス「…サク…サク……ごくん。」

マリベル「……どう?」

アルス「おいしい。」

マリベル「…うふふ。あったりまえよね〜 このマリベルさまに 失敗なんてないんだから。」

アルス「…………………。」

”先ほど小さな失敗をしていたではないか”と言わずに微笑むのは少年の優しさか。

マリベル「まっ ホントは 明日食べる予定だったんだけどね。」

アルス「…………………。」

心の中で小さくツッコミを入れながら少年は少し冷めて飲みやすくなったハーブティーを一口すする。
612 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:23:21.41 ID:/ZAUKCR40



マリベル「ハーブかあ……。」



不意に少女が呟く。

アルス「ん?」

マリベル「ううん ちょっと グリンフレークのことを思い出しただけよ。」

アルス「リンダとペペのこと?」

マリベル「うん。」
マリベル「…………………。」

アルス「どうしたの?」

マリベル「もしも… もしもよ?」
マリベル「どうしてもあたしが 他の男と 結婚しなくちゃいけなくなったら……。」
マリベル「アルス。あなたは どうする?」

口調こそ平然としているがどこか少女は不安そうに俯いて上目遣いに見る。

アルス「…………………。」

突拍子も無いながら非常に繊細な質問に少年は真剣に考える。

アルス「……そうだなあ。」

やがて答えがまとまったのか少年は顔を上げた。

アルス「本当のところ ぼくは 君さえ幸せでいてくれたら それでいいと 思ってたけど。」

マリベル「…………………。」

アルス「やっぱり 嫌だな。他の誰かと 君が 一緒にいるなんて。」
アルス「自分の気持ちに嘘ついて 結局 後で 後悔するくらいなら……。」

一呼吸を置いて気持ちを吐き出すように少年は少女の顔を真っすぐに見据えて言う。

アルス「ぼくは 君をさらってでも 連れていく。誰にも 見つからないような 遠い所へね。」



マリベル「…………………。」



マリベル「ブフっ…… ぷぷぷ……。」


613 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:25:08.26 ID:/ZAUKCR40

いつの間にか少女は口元を抑えて必死に笑いを堪えていた。

アルス「な なんだよ……。」

マリベル「あっははは! だって あんた…… あんな 恥ずかしいセリフを……。」

アルス「…うっ……。」

言われてみれば確かに今の発言は顔から火が飛び出るくらいこっぱずかしい台詞に他ならなかった。

だが少年は同時にあることに気付く。

アルス「言わせたのは どこの 誰だよ。」

マリベル「ハッ…… う うん まあ そうだけど……。」

アルス「せっかく 真剣に考えたのに 損した気分だよ。」

そう言って恥ずかしそうに体ごとそっぽを向くと足を組んでハーブティーを一気に飲み干す。

マリベル「…もうっ 言ったでしょ? もしものことって。」

困ったような顔で少女は微笑む。

アルス「…そうだけど。やっぱり ペペさんみたいに 家族も リンダさんも救えないくらいなら ぼくは……。」

マリベル「……ばかねえ。まず その状況をなんとかしようって 思わないの?」
マリベル「二人で逃げなくても いいように その時は あなたが なんとかしてよ。」
マリベル「…駆け落ちなんて それからでも じゅうぶんだわ。」

アルス「……わかってる。」

マリベル「まっ 間違っても そんなことにはならないと思うから 心配するだけ無駄だったかしらね。」

アルス「…………………。」

少年は気を紛らわそうとハーブティーを注ぎなおし、また一つクッキーを頬張る。
614 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:25:56.07 ID:/ZAUKCR40



マリベル「……今度 さ。」



不意に少女がポツリと語る。

アルス「ん?」

マリベル「あそこのハーブ園に 行こうよ。」

アルス「ふハりで?」

マリベル「当り前じゃない。それとも あたしと 二人っきりじゃ 不満かしら?」

昨晩二人でまた湯に浸かろうと話したばかりとは思えない言葉を発しながら少女は目を細める。

アルス「…ゴクン…… めっそうもない。」

マリベル「……そしたらそこで たっくさん ハーブを買って うちでも 育てるの。」
マリベル「あっ もちろん 水をやったり その他 もろもろの世話は アルスの役目だからね。」

少女はにやりと笑う。

アルス「それ 前も 聞いたような……。」

マリベル「そうかしら?」

アルス「でも ぼくが いない間どうするの?」

マリベル「そんなに 長い漁やるの?」

少しだけ顔を曇らせて少女が尋ねる。

アルス「……わからない。前と比べて 漁場が近くなったから すぐに帰ってこられると思うけど。」

マリベル「じゃあ すぐに帰ってきて あんたが やれば いいのよ。」

アルス「はは…… マリベルには 敵わないなあ。」

マリベル「当然じゃない。あんたが あたしに勝てることが あって?」

アルス「……うーん。」

首を捻って考える少年を見て少女は勝ち誇った様な笑みを浮かべて目を閉じる。

マリベル「ほーら 見なさい! あんたは 素直に あたしの言うことを聞いてれば……っ!?」





アルス「こうしちゃえば ぼくの勝ち。」




615 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:27:42.62 ID:/ZAUKCR40



“またやられた”



いつの間にか席を立った少年に後ろから抱きしめられながら、少女は飛び跳ねそうな心臓を抑えて言う。

マリベル「……ずるい。」

彼にこうされてしまうと少女はまったく抵抗する気にならなくなってしまう。
それは他のどんなことでも優勢を保つ彼女にとってたった一つにして最大の弱点だった。

それを知ってか知らずか、少年は優しく、力強く彼女を包み込んでいく。

アルス「ずるくていいんだ。」

だがそんな少年も、包み込まれているのは“彼女”なのか“自分の心”なのかわからないでいた。
少女を抱きしめている時、少年の心は温かく包み込まれているような安心感と満足感が満ちていた。

だからこそ少年は悲しくなったり、嬉しくなったり、寂しくなったり、そして愛しくなった時、
少女の体を思いっきり抱きしめるのだった。

マリベル「ね 約束よ?」

アルス「うん 行こう。ふたりで。」



波に揺られながら心行くまで時間を過ごし、互いの心が冷めぬように温めあう。

そんな二人に忘れられたハーブティーだけが、寂しそうに冷えていくのだった。


616 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:28:30.00 ID:/ZAUKCR40



ボルカノ「錨を降ろせ!」



それから漁船は何の問題もなく航行を続け、夜も更けた現在、
一行は小さな港を見つけて新しい大陸に降り立っていた。

マリベル「着いたのね! リートルードへ!」

少女が大きく体を伸ばして言う。

ボルカノ「今日は遅いから 明日にするか?」

アルス「いや たしか あそこには 大きな宿が あったはずだよ。」

マリベル「きっと あたしたちが 行っても 余裕で泊まれるわよね!」

ボルカノ「…どうするよ?」

コック長「今回は 店も開きませんし このまま 行っても いいんじゃないですかな。」

ボルカノ「よし! じゃあ このまま リートルードへ 出発するぞ!」

*「「「ウスッ!」」」

そうして船長の号令と共に一行は町へと向かって歩き出す。

マリベル「あっ 先に行ってて!」

そう言って少女は船に戻ると三毛猫を抱えて戻ってきた。

トパーズ「なうー。」

追いついてきた少女に少年が問う。

アルス「トパーズも 連れていくの?」

マリベル「一日 ほったらかしにしてたら かわいそうじゃない。」

アルス「それもそうだね。」

少年は三毛猫の顎を撫でながら頷く。

マリベル「さ いきましょ。」

アルス「うん。」

そうして二人は先を歩く漁師たちのもとへ小走りに向かっていった。

一行の向かう先に見える芸術の町はまだ明かりが灯っており、どこか幻想的な光景を醸し出していた。


617 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:31:53.92 ID:/ZAUKCR40



*「うひゃあ こりゃまた 変な建物が いっぱいだな!」



町に着いた漁師が開口一番に率直な感想を述べる。
もともと芸術的な感覚など二の次な漁師たちにとってこの町の前衛的な芸術の様式にはとてもついていけない隔たりがあったのだ。

マリベル「あら 奇遇ね あたしも これには どうかと思うわ。」

うんざりといった様子で少女が言う。

ボルカノ「マリベルちゃんが 言うなら たぶん 間違いねえんだろうな。」

アルス「感性が合う人には 合うのかもしれないけど 合わない人には とことん わからないのが 芸術だからね。」

マリベル「それを ここの人たちは これが当たり前のように 言うもんだから まいっちゃうのよね。」

*「まあ いいから さっさと 宿に行きましょうぜ。もう 眠くってしゃあねえ。」

*「だな。」

アルス「ほら あそこが この町の宿ですよ!」

少年が指差す先には二階建ての大きな宿屋が立っていた。

*「おお すげえ!」

コック長「さすがは 観光業で もうけているだけ あるな。」

マリベル「おまけに 宿代も格安! いいことづくめってわけ!」

*「よっしゃ! そいつは ラッキーだ!」

*「ぼく エンゴウで 結構 飲み食いしちゃって ちょっと ピンチだったんですよ!」

そんな会話をしながら一行は宿の中へと入っていく。



*「いらっしゃいませ。お泊りになりますか?」



宿の受付ではすっかり回復した女将が温かい笑顔で一行を迎え入れた。

ボルカノ「部屋は空いてるかい?」

*「ええ まだ だいぶ 余裕がありますよ。」

ボルカノ「よし それじゃ ここで 解散だ。明日は 適当に 観光でもしていてくれ。」

*「「「ウスッ。」」」

そうして一行は部屋の登録を済ませてそれぞれ散っていくのだった。



アルス「おやすみ。」



マリベル「うん。」



一人部屋がまだまだ空いていたため少年と少女も今日は久しぶりに別々の部屋を取り、
就寝の挨拶を済ませてそれぞれの部屋に入っていった。

618 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:33:36.64 ID:/ZAUKCR40

アルス「ふー……。」

軽く風呂を済ませた後、少年はベッドに転がり一人窓から差し込む月明かりを見つめていた。
昨晩は宿にこそ泊まれなかったとはいえ、温泉に浸かりじっくりと体を労わったためか、
今晩はあまり疲労も溜まっておらず、このまま眠ってしまうのもなんだか惜しいような気がしていた。

アルス「下に行くか……。」

そう言って少年は扉を開けると階下にある酒場へと降りて行った。



*「いらっしゃいませ。」



ボルカノ「おう なんだ アルス お前も来たのか。」

アルス「父さん。」

コック長「まあ お前も こっちきて 飲もうじゃないか。」

アルス「はい。」

二人に促され少年は適当な飲み物を注文して男たちの中に座る。

コック長「それで どうなんじゃ?」

アルス「…いろいろと 覚えることが多くて たいへんですけど 今は漁に出られる 嬉しさの方が 上ですね。」

コック長「…そりゃ よかった 嫌になって 投げだされでもしたら どうしようかと 思ったよ。」

ボルカノ「漁のことは 今はいい。お前なら すぐに 上達するだろう。」

コック長「それよりも じゃ。」

アルス「……なんですか?」

コック長「何ですか じゃないわい。マリベルおじょうさんとのことだ。」

アルス「えっ……。」

*「お待たせいたしました。」

どうしたものかと少年が固まっていると酒場の主人が注文した酒を席に置く。

ボルカノ「ちゃんと うまく やってんのか?」

アルス「……うん。」

少年は出された酒を一口飲み、杯を置いてポツリと言う。

コック長「ここのところ やけに おじょうさんの機嫌が よくてな。」

アルス「そ そうですか……。」

ボルカノ「まあ あんまり 無粋なことは聞かねえけどよ 女の子ってのは 繊細だ。」
ボルカノ「オレが若いころも けっこう たいへんだったもんだ。」

父親は懐かしむような遠い目をして言う。

コック長「わっはっは! マーレも乙女じゃったからのう!」

ボルカノ「……ゴホン。とにかく 大事にしてやるんだな。ちょっとしたことでも 傷つきやすいもんだからよ。」

コック長「みんなに 迷惑がかからない程度に な!」

アルス「は はい。」
アルス「…そういえば……。」
619 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:35:37.94 ID:/ZAUKCR40

ふと少年は何かを思い出す。

ボルカノ「ん?」

アルス「最近 悩んでることが あるみたいなんだ。」

コック長「あの マリベルおじょうさんが 悩むことってったら そりゃ 家族のことか お前さんのことくらいだろうよ。」

察しの良い料理長がすぐにその原因を言い当てる。

コック長「心当たりは ないのか?」

アルス「うーん。なんていうか これから先 何をするか みたいなことだと思うんですけど……。」

少年が腕を組んで答える。

コック長「これから先 か。網元の娘としてではなく 彼女自身が 何をするかってことか?」

アルス「なんとか 気の利いたことでも 言えればいいんですけどね……。」

コック長「そればっかりは 彼女自身が 決めることじゃからな。」

やはり料理長も少年と同じことを考えていたようだ。

アルス「なんだか 歯がゆいんです。何もしてあげられなくて……。」

コック長「ふーむ。」

ボルカノ「……見守ってやれ。」

アルス「えっ?」

するとしばらく黙って話を聞いていた少年の父親がゆっくりと口を開く。

ボルカノ「何もできなくても 黙って傍で 見守ってやることだけはできる。」
ボルカノ「もし 彼女が 立ち止まったら 背中を押してやればいい。」
ボルカノ「ふさぎ込むようなことがあったら その時は お前が そっと 手を取ってやるんだ。」
ボルカノ「それに なにより……。」



ボルカノ「信じてやるんだな 彼女のことを。」



アルス「…父さん……。」
アルス「……うん。」

どんな時でも互いを信じてここまで生きてきた自分の両親のことを少年はよくわかっていたからこそ、
父親の言葉には素直にうなずけたし、不思議な安心感があった。

コック長「…さ そういう話はそこまでにして 今日も遅いから 適当に 切り上げるとしますかな。」

そう言って料理長は自分の杯を傾ける。

ボルカノ「……だな。」

少年の父親もそれに続いて杯を一気に乾かす。



アルス「…………………。」



少年はそんな二人の間で再び窓の向こうを見上げる。

丑三つ時の月は相変わらず空高く、美しい光を放っていた。

620 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:40:27.25 ID:/ZAUKCR40

マリベル「うーん……。」

少年たちが酒場で語らっていた頃、少女もまた入浴を済ませてベッドに横になっていた。

マリベル「なんだか ベッドが 懐かしいわー。」

とは言ってもせいぜい二日ぶりにすぎないのだが、
エンゴウで宿に泊まれなかったという悔しさから少女は全身でベッドの柔らかさを味わうのだった。

マリベル「…………………。」

うつ伏せに寝転がり枕を胸に抱きながら少女はなんとなく昼間少年と交わした会話を思い出す。



“そんなに 長い漁やるの?”



“……わからない。前と比べて 漁場が近くなったから すぐに帰ってこられると思うけど。”



“じゃあ すぐに帰ってきて あんたが やれば いいのよ。”



マリベル「すぐに帰ってくる か……。」

少年はああ言っていたが、実際漁は魚が獲れるまで帰ってこないこともある。
さすがに積荷が尽きれば帰らざるを得ないのだろうが、こればっかりはその時の漁獲次第。
いくら目当ての魚が近くでとれるようになったからと言って毎日が日帰りというわけではない。
時には一週間以上航海することもあるのだろう。

マリベル「どうしよう あたし……。」

少年の帰りを待つ間、家でじっとしていろべきなのか。
現にフィッシュベルの漁師の妻の多くはそうして夫の帰りを待っている。例えばあの少年の母親もその一人。
621 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:42:49.19 ID:/ZAUKCR40

マリベル「…………………。」



“パパとママはなんていうかしら。”



そんな想像をしてみる。

最終的には少年達と冒険を再開することを許してくれた両親だったが、
使命を受けた旅が終わった今、網元の娘としてどう生きていくべきかについては話が別なのかもしれない。

マリベル「んー……。」

そもそも自分はまだこれからどう過ごしていくのか何も決めていない。
ただ漠然とあの少年の顔が浮かんでくるだけで具体的に何をするべきなのかはわからない。

やはり他の女性たちと同じように村で時間を過ごし、きれいな服を着て、嗜みや習い事に精を出す。
そしていつかは世界の王宮や名家と交流し華やかな舞台で生きていく。
網元の娘として生きるというのは今の世界ではそういうことなのだろう。
きっと自分の母もそうしたはずだ。ましてや世界を救った英雄とあらばどこからも引っ張りだこになるだろう。

マリベル「でも……。」

それが必ずしも自分のやりたいこととは限らない。
確かに、讃えられて令嬢として華やかな世界で生きるというのは決して悪い選択肢ではない。
普通の人より優遇されて生きることができるのはまず間違いないだろう。
しかしそれが自分の幸せなのかと聞かれたら頷く自信はない。
自分が世界を救ってまで得たかったものは名誉や富のためではなかったのだ。

“あたしが そうしたかったから そうしただけ。”

少女は寝返りを打って天井に掲げた自分の掌を見つめる。

好奇心のうちに危険な旅に出たりして、出会いと別れを繰り返し、力を得ては脅威を打ち払い、
少年と共に成長し、いつしか惹かれるようになり、最終的には世界のために奮い立ってみせた。
ただの好奇心はいつしか勇気となって少女を突き動かし続けた。
数々の因縁をもつ仲間たちの中で唯一何の変哲もない人生を歩んでいたはずの少女は、
自ら運命を切り開いて新しい世界を勝ち取ったのだ。

マリベル「…………………。」

それもこれもどうしても見たかった未来があったからに他ならない。

世界中の人々や家族と仲間の笑顔に囲まれ、自分がいて、あの少年がいる。

そんな“未来”を少女は“現在”にして見せた。

だがこれが終着点ではない。

マリベル「……アルス。」

あの少年は漁師となり、いつか必ず自分を幸せにしてみせると言ってくれた。
だが自分は彼に何がしてあげられるだろう。きっと彼は何も望まないと言うだろう。
船出を見送り、漁の帰りを待ち、港で出迎える。それだけで良いと言うだろう。
もしかするとそれすら遠慮するかもしれない。
彼は少女が幸せであればそれでいいと、ただ彼女がしたいことをしていて欲しいと言うかもしれない。

マリベル「ホントはいつでも 一緒にいたいくせに。」

しかしそれは叶わないことだと分かっている。
だからこそ少年はせめていられる時はその時間を大切にしようと言ったのだろう。
それ以外の時間、つまり彼が漁に出ている間は彼女がどんなことをしていようが構わないと、そういうつもりだったのだろう。

マリベル「…そうね………。」

そうであるならば少女のやりたいことは決まっている。

しかし。

“彼と自分のためにできることとはいったいなんだろうか”

マリベル「あーもう! わかんないわよっ!」

トパーズ「っう〜。」

結局結論は出ずに堂々巡りなのだった。
622 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:44:14.57 ID:/ZAUKCR40



マリベル「……ねえ おまえは どう思う?」



そう言って少女は足元でうずくまる三毛猫に語り掛ける。

トパーズ「…………………。」



“自分で考えな”



無言で鼻先を見つめてくる三毛猫はなんとなくそう言っているように見えた。

マリベル「…………………。」
マリベル「そうよね。」

そう言うと少女はベッドから体を起こし窓の向こうを見上げる。

月は二カっと笑ったまま何も答えてはくれない。

マリベル「……ふふっ。」

今はそんなことで悩めることすら愛おしくて、少女は一人微笑む。

奇しくも同じ月を見上げる二人は同じ想いを抱えながらもその内を打ち明けることはなく、
いつしか襲ってきた眠気につられ、ぼんやりと深い夜の中に落ちていくのだった。





そして…

623 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/12(木) 19:46:35.59 ID:/ZAUKCR40





そして 次の朝。




624 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:49:30.48 ID:/ZAUKCR40

以上第21話でした。

アルスは漁師になりました。
ではマリベルはこれから何をするのか。

第17話でマリベルが日記に残していたように、
「魔王を倒し世界に平和を取り戻した今、自分は何をするべきなのか」という疑問が少女の中に沸き上がります。

果たして少女は答えを出すことができるのでしょうか。
そしてそれはどんな答えなのか。

……お話を進めていきましょう。

…………………

◇リートルードへやってきたアルスは偶然にもとある人物と再会します。
そしてそこでは妙な噂が……?

625 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/12(木) 19:50:11.58 ID:/ZAUKCR40

第21話の主な登場人物

アルス
思い悩むマリベルのことを心配している。
マリベルのこととなると普段の様子からは想像もできないセリフを吐いたりする。

マリベル
これから先、自分がどうやって生きていくのか考え中。
メモリアリーフのハーブが気に入った様子。

ボルカノ
アルスとマリベルの姿にかつての自分とマーレを思い出し、
懐かしさを感じるとともに的確な助言を与える。

コック長
非常に堪が良く、人の些細な変化でも見逃さない。
アルスとマリベルのことを案じ、時には相談に乗ることも。

アミット号の漁師たち(*)
知らない土地へ行くことがちょっとした楽しみになりつつある。
面白そうなことにはすぐに飛びつく。

トパーズ
今回はマリベルと共にリードルートへ上陸。
時々人の言葉を解するかのように振舞うことがある。
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/12(木) 20:18:07.94 ID:3l1Qf9Fao

アルスかっこいい
バロックタワーの本当のお宝はやっぱり内緒か
627 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:23:57.30 ID:ZKa88jEr0
>>626
内緒です!
628 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/13(金) 19:25:21.97 ID:ZKa88jEr0





航海二十二日目:時計塔と隻腕の像




629 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:27:26.05 ID:ZKa88jEr0



“コンコンコン”



アルス「マリベルー?」

*「…………………。」

翌朝、少年は父親とランキング協会を訪れるために少女を起こしに来たのだったが、扉をノックしても帰ってくるのは静寂だけだった。

アルス「マリベル 寝てるのー?」



“ガチャリ”



その時、不意に鍵の外れる音がした。

アルス「……?」

しかし扉は一向に開く気配はなく、扉の向こうからは誰も現れない。

アルス「マリベル 入るよ?」

仕方なく少年は扉の取手に手を掛け、ゆっくりと回す。

次の瞬間。





トパーズ「なうー!」





アルス「うわっ!」




630 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:29:38.23 ID:ZKa88jEr0

わずかに開けた扉の隙間から三毛猫が飛び出してきた。

アルス「…びっくりした……。」

そうして今度は猫を抱え上げ、少年は再び部屋の中を覗き見る。

トパーズ「なうなうなう〜。」

アルス「ん?」

いつになくよくしゃべる三毛猫を撫でながら少年はベッドの膨らみを見つける。

アルス「……マリベル?」

マリベル「…………………。」

アルス「……?」

どうやら寝ているわけではなさそうだが、呼び掛けても返事のないのを不思議に思い
少年は少女の肩の部分と思わしきところを少しだけ揺さぶる。



マリベル「…う……。」



アルス「ま マリベルっ!?」

突然漏れた苦しそうな声に少年は慌てて布団を剥し少女を呼ぶ。

マリベル「あ アルス…… ごめん ちょっと待ってて……。」

少女は痛みを堪えるように片目をつぶったまま弱弱しい声で言う。

アルス「えっ ど どこか 悪いの!?」

マリベル「…………………。」

少年の問いかけに少女は無言で下腹部を擦る。

アルス「っ…… わかった。」
アルス「今日は 父さんと 二人で 行ってくるから マリベルは休んでて。」

少年は少女の言わんとしていることを察して布団をかけなおす。

マリベル「だ 大丈夫よ そんなに 辛くないから……。」

口では強がっているがその顔は冴えない。

アルス「いいんだ。それより 無理しないで。」

マリベル「……ごめん。たぶん すぐに 良くなるから また後でね。」

アルス「うん わかった。じゃあ……。」

そう言うと少年は少女の額に口づけを落とし、“ベホマ。”と小さく呟いて部屋を後にする。

マリベル「…………………。」

少女は少しだけ赤い顔で閉められた扉を目だけで見る。
どうやら先ほどの呪文は少年なりの“おまじない”だったのだろう。
呪文では痛みを取り除くことはできないが、冷えた体の内側が温まるような不思議な感覚に包まれた。

マリベル「…ふう……。」

“まさか彼にこんなことまで気を遣われてしまうとは”

そんな不甲斐なく思う気持ちもあったが、どこか嬉しい気持ちが勝り、いつの間にか痛みが引いて行くような感覚を覚える。

マリベル「…フフフっ……。」

なんとか今日一日も頑張れそうな気がしてきたのだった。

631 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:31:04.80 ID:ZKa88jEr0

ボルカノ「おお アルス。」
ボルカノ「ん? マリベルちゃんは どうしたんだ?」

宿の一階で待機していた少年の父親が少年に尋ねる。

アルス「…今日は 無理させない方が いいみたい。」

ボルカノ「……そうか。なら 仕方ねえ 二人で行くとするか。」

アルス「うん。」

少年の神妙そうな顔に何があったのかを察すると、
父親はひとまず朝食を済ませるために少年を連れて酒場兼食堂へと入っていくのだった。



…………………



ボルカノ「そんで その ランキング協会ってところにいきゃ いいんだな?」

朝食を終えた親子はこの後のことについて話をしていた。

アルス「うん。偽の神との 謁見の時にも そこの三人組が 代表として来ていたからね。」

ボルカノ「そうか なら いいんだけどよ。」

アルス「まあ ここも たいして 漁をしているわけじゃないから あんまり 関心なさそうだけどね。」

ボルカノ「……海がすぐそばにあるっていうのに もったいない こったぜ。」

それは漁師を務める彼にしてみればもっともな疑問であり、実際この町は行商人や買い出しで生活が成り立っている節があった。

アルス「ははは… 言われてみれば そうかもね。」

ボルカノ「ま オレは 別に 芸術を 否定するわけじゃねえけどよ。」

アルス「父さん 意外と 繊細な作業 得意だもんね。」

ボルカノ「ん そうか?」
ボルカノ「まあ いい そろそろ 行くとするか。」

アルス「うん!」

そう言って二人は席を立ち、宿を後にするとすぐ近くに見える派手な建物を目指して歩き出すのだった。
632 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:33:05.26 ID:ZKa88jEr0

*「ようこそ。こちらは 世界を 評価する 世界ランキング協会の本部です。」
*「ややっ あなたは アルスさん!」
*「本日は どのような ごようけんでしょうか?」

ド派手な建物の扉をくぐると受付の男が少年に話しかけてきた。

アルス「こんにちは。先生たちに 大事なお話があってきたんです。」

*「そうでしたか。では 奥へどうぞ。」

少年が簡単に用件を伝えると受付は二つ返事で二人を通す。

アルス「失礼します。」

*「おや。」

*「これはこれは。」

*「アルスくん じゃないか!」

少年が扉を開けると奥の部屋から三人の審査員がそれぞれ声を上げた。

アルス「先生方 ご無沙汰しております。」

アイク「アルスさん いったい どうしたんですか?」

頭の切れそうな初老の男性が少年に問う。

モディーナ「もしかして また ランキングに登録しにいらっしゃったんで?」

若々しい婦人が続けて尋ねる。

マッシュ「おっ 後ろの 旦那は かなり チカラもちそうだな!」

筋骨隆々の覆面男が少年の後ろに立つ大男を見て興奮気味に言う。

ボルカノ「ん? オレか?」

アルス「あ 今日は 別のことで みなさんに お願いがありまして。」

本題から逸れて長くなりそうなので少年は話を遮り単刀直入に用件を伝える。

アイク「ほう。」

モディーナ「なんで ございましょ?」

マッシュ「…ていうと?」

ボルカノ「実は オレたちは グランエスタードの使いとして 来たんです。」

アルス「こっちは ぼくの父の ボルカノです。」

マッシュ「おお アルスくんの お父さんだったか!」

モディーナ「なかなか ダンディーなお方ですわ!」

アイク「して そのお願いというのは……。」

ボルカノ「まずは この書状に 目を通していただきたい。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を アイクに 手わたした! ]

アイク「ふむふむ なるほど。」

モディーナ「なんですって?」

マッシュ「…………………。」

アイク「大体の内容はわかりました。話合ってから お返事を書きますので また後で お越しいただければと 思います。」

アルス「ありがとうございます。それでは また。」

流石はかしこさランキングの審査員というべきか、
いの一番に内容を理解した初老の男はそう伝えると残りの二人に内容をかみ砕いて説明し始める。

ボルカノ「どうやら 話が 早そうだな。」

アルス「うん。もう 用は済んだみたいなもんだね。」

ボルカノ「それじゃ いったん おいとまするか。」

そう言って二人が部屋を出ようとした時だった。
633 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:34:18.19 ID:ZKa88jEr0





マッシュ「ちょ ちょっと 待った!」





チカラじまんランキングの審査員が叫ぶ。

マッシュ「ボルカノさん …つったっけか。」
マッシュ「アンタ 良かったら チカラじまんランキングに 登録してってくれよ!」

ボルカノ「ん オレか?」

マッシュ「あんたなら いい 順位に組み込めるはずだぜ!」

ボルカノ「うーむ オレは あんまり そういうのは 興味ないんだがな……。」

大男は顎を擦って困った顔をする。

マッシュ「そ そういわずにさ!」

アルス「せっかく来たんだし 記念にやっていってみたら?」

ボルカノ「むっ そうか?」

息子に後押しされ、そこまで言われてはと父親は受付へと向かう。

*「では ボルカノさんを チカラじまんランキングに 登録いたしますね。」

ボルカノ「おう 頼むぜ。」

*「審査に 少しかかりますので 少々お待ちください。」

ボルカノ「……だそうだ。アルス お前はどうする?」

*「アルスさんも 久しぶりに 一位を総なめにしてみては いかがですか?」

アルス「……ぼくはしばらく 町を散策してくるよ。また お昼に宿で。」

ボルカノ「おう。」

そう言って少年は一足先に扉を出て協会を後にした。



ボルカノ「…で 一位を総なめって どういうことだい?」



父親は受付の男の言葉を思い出して尋ねる。

*「あ ご存じありませんでしたか? 彼とお仲間の伝説。」

受付の男は愉快そうに笑いながら言う。

ボルカノ「詳しく 聞かせてもらおうじゃねえか。」
634 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:36:05.93 ID:ZKa88jEr0

アルス「…目が チカチカする……。」

父親と別れた少年は久しぶりに訪れた芸術の町の中を当てもなくさまよっていた。

アルス「…宿に戻ろうかな……。」

この町にはたいして知り合いがいるわけでもない。
強いて言えば過去の町になら何人かいるのだが、現在はあの協会を除いて特に話し相手もいない。

アルス「……あれ?」

*「うーん……。」

ふと少年の目には見覚えのある人影が広場にあるランキング表の前で佇んでいるのが見えた。



アルス「こんにちは。」



*「ひゃっ! あ アルスさん!?」



急に後ろから声をかけられその人物は驚いて振り向く。

アルス「まさか こんなところで お会いするとは 思いませんでしたよ。」

*「もう ビックリさせないで ください……。」

アルス「セファーナさんは 何をしてたんですか?」

“セファーナ”と呼ばれたリファ族の若き長は少し照れくさそうな顔で答える。

セファーナ「じ 実は ランキング表のことで……。」

アルス「また かしこさランキングの登録に来たんですか?」

セファーナ「あ いや そうではなくて……。」
セファーナ「って どうして アルスさんが そのことを!?」

リファ族の長は驚きを隠せない様子で少年に問う。

アルス「いや だって そこのランキングに セファーナさんの名前が あったもんですから。」

そう言って少年は娘の後ろに立っている表を指す。

セファーナ「あっ… こ これは……。」

普段は冷静で物静かな族長も少年に知られてしまったことがよっぽど恥ずかしかったのか、恥ずかしそうに両手を握って体を捩っている。

セファーナ「前に 遊びに来て 登録したはいいんですけど やっぱり 恥ずかしくて……。」
セファーナ「も もう 登録を消しちゃおうと 思いまして……。」

アルス「ええっ もったいないですよ?」

セファーナ「いえ いいんです。別に 名声や副賞が欲しくて やったわけではないので……。」

彼女にとってはそういうふうに自分の名前が知られてしまうことや、
自分のかしこさを誇示してしまうようなことはしたくなかったのだろう。
さしずめ村の者たちと来た時に勧められて仕方なく登録したのだろうと少年は推測した。

アルス「…そうですか。なら 止めはしないんですけど……。」
アルス「…………………。」

セファーナ「……な なんでしょう?」

この娘さんならばきっとカッコよさランキングでも上位に食い込むことだろうと少年は睨むのだったが、
既に村の中で引く手数多であろうその人にわざわざ勧めることもないだろうと思いとどまり、黙っておくことにした。

アルス「いえ なんでもないんです。」

セファーナ「それより アルスさん 今日は おひとりなんですか?」

アルス「あ いえ 実は……。」



[ アルスは これまでの いきさつを 話した。 ]


635 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:38:18.56 ID:ZKa88jEr0

セファーナ「そうでしたか… 世界を救っても アルスさんには やることが たくさんあるのですね。」

そう言って娘は目を閉じて頷く。

アルス「今回の訪問先に 聖風の谷は 入ってなかったんですけど そちらでは漁はされるんですか?」

少年もこの航海に先立って気になっていたことをぶつける。
自分の説明によって王は最終的に聖風の谷を訪問先から外したのだが、
果たしてその判断が正しかったのかを知りたかったのであった。

セファーナ「いえ 川での漁はするんですが 海までは 滅多なことでは 行きませんね。」

若き族長の答えは少年の予想した通りだった。

アルス「そうですか……。」

少年はそっと胸を撫でおろす。

セファーナ「ただ 他の大陸や島からのお客さんを お迎えするための港は 整備していた方が 良いかもしれませんね。」
セファーナ「アルスさん。もしよろしければ エスタード島の王様に このことを 伝えてはいただけませんか?」

アルス「はい もちろんです。」



*「おう アルス ここにいたか。」



アルス「父さん。」

一通り話が終わったところで少年の父親がランキング登録を済ませて広場へとやってきた。

セファーナ「お父様……ですか?」

娘は何やら不思議そうな目で二人を交互に見比べている。

ボルカノ「ん? ああ オレが アルスの父親ですが こっちのおじょうさんは?」

父親は息子に尋ねる。

アルス「ああ この人は 聖風の谷の族長 セファーナさん。」

セファーナ「お初に お目にかかります。ええと……。」

ボルカノ「ボルカノです。息子が 世話になってます。」

そう言って大男は軽く自己紹介する。

セファーナ「ボルカノさん… いいえ お世話になりっぱなしなのは わたしたちの方です。」
セファーナ「アルスさんには 語りつくせないほどの恩を受けました。」
セファーナ「今や わたしたちにとって アルスさんと そのお仲間のみなさんは わたしたちリファ族の 英雄なのです。」

リファ族の長は柔らかな目で語った。

アルス「そ そんな ぼくたちは……。」

あまりの褒められように少年は照れくさくなり頭を掻く。

ボルカノ「わっはっは! オレも鼻が高いぞ アルス。」
ボルカノ「こんな 美人さんから そこまで 言われるなんて お前も 隅に置けないやつだな。」

そう言って父親は少年の背中をバンバン叩く。

アルス「と 父さん!」

セファーナ「そ そんな わたしは……。」

さらっと容姿を褒められ娘は少しだけ赤面して控えめに首を左右に振る。
636 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:40:04.21 ID:ZKa88jEr0

ボルカノ「…おっと オレも 登録が終わったんだった。」

そう言うと父親は一番左に置いてあるチカラじまんランキングの掲示板を覗き込む。

ボルカノ「…………………。」

アルス「…どうだった?」

ボルカノ「うーむ…… おっ。」

セファーナ「…ありましたか……?」

二人とも男の横から覗き込む。

アルス「えっ。」

セファーナ「うそ……。」

掲示板の一番上の欄にはしっかりと“1. ボルカノ”の文字が刻み込まれていた。

ボルカノ「なんだ 一番か。がっはっは!」

アルス「す すごい……!」

セファーナ「さ さすがは アルスさんの お父様……只者では ありませんね……。」

豪放に笑う本人の脇で少年と族長は思わず固まる。

ボルカノ「よし じゃあ 宿に戻るとするか。」

セファーナ「えっ!」

アルス「待って 父さん! 一回 ランキング協会にもどろう!」

そう言って宿の方に歩き出そうとした父親の行く手を二人が阻む。

ボルカノ「あん どうした?」

アルス「表彰状と 副賞を もらわなきゃ!」

セファーナ「そ そうですよ! せっかく 一位の座に 輝いたんですもの!」

ボルカノ「む…… いや いらん。」

少し考える素振りをした後、少年の父親はあっけらかんと受け取らない意思を示す。

アルス「ど どうして!?」

驚いて少年が大声で言う。

ボルカノ「…オレは 別に そういのが欲しくて やったわけじゃねえからなあ。」

アルス「そ そうだけど……。」

ボルカノ「そこまで言うなら アルス お前が 代わりにとってきてくれて いいんだぜ。」

アルス「ダメだよ 本人が行かなきゃ。」

ボルカノ「…行ったら 表彰式とか やるんだろ? そんな しち面倒臭せえのは お断りだぜ。」

そう言う彼の顔は本当に面倒臭そうであった。

セファーナ「そうですか……。」

アルス「父さんが そこまで言うなら……。」

少年も一度決めたらなかなか考えを変えない父親の頑固さをよくわかっていたため、それ以上説得しようとはしなかった。

ボルカノ「まあ 母さんへの 土産話くらいには なるだろうよ! がっははは!」
ボルカノ「それより セファーナさんでしたな。良かったら 飯でも どうですか。」

セファーナ「えっ! えっと……。」

アルス「行きましょうよ セファーナさん。マリベルもきっと 会いたがってますよ!」

セファーナ「そ そうですか。それでは……。」

突然のお誘いに娘は決めかねている様子だったが、少年に後押しされ素直に誘いを受けることにしたらしい。

ボルカノ「…決まりだな。」

そうして少年と父親は族長を連れて今度こそ宿へと歩き出すのだった。

637 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:42:06.94 ID:ZKa88jEr0



“コンコンコン”



*「……はい。」

アルス「ぼくだよ。」

“ガチャリ”

マリベル「アルス……。」

アルス「大丈夫かい?」

マリベル「うん… もう 大丈夫。」

少年が部屋を訪ねると少女は既に支度を終えていた。
彼女の言う通りその顔に痛みの表情はなく、完全とは言えないが多少は回復したようだった。

アルス「お客さんが 来てるんだけど 一緒に 食べない?」

マリベル「お客さん?」

アルス「うん。いま 下で待ってる。」

マリベル「…そう じゃあ 行こうかしらね。」

アルス「わかった。」

短く返事をすると少年は少女の腰を支える。

マリベル「あっ じ 自分で歩けるわよ……?」

少しだけ上ずった声で少女が言う。

アルス「いいから。」

マリベル「……うん。」

触れ合った部分から伝わる温もりがなんとなく嬉しく、少女は照れながらも少年に体を預けて歩き出す。

マリベル「…………………。」

隣に立つ少年は少女の歩幅にぴったりと合わせて歩いている。

“いったいいつの間にこんな気遣いができるようになっていたのだろう”

そんな風に思いながら少女は少しずつ、ゆっくりと足を進めていく。

アルス「…………………。」

少年は黙ったままだったが、少女が目線を合わせると見つめ返して微笑んだ。

マリベル「っ……。」

どういうわけか今日の少年はいつにも増して力強く、優しく感じてしまう。

柔らかい微笑みを受けて少女の頬に少しだけ赤みがさす。

アルス「マリベル 顔赤いけど 大丈夫?」

マリベル「……もうっ!」

“やっぱり にぶちんね”

心の中で小さく憎まれ口をたたくも、少女はそのまま少年に身を任せ続けるのだった。

638 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:44:19.43 ID:ZKa88jEr0

食堂では既に少年の父親とリファ族の娘が席について二人を待っていた。

ボルカノ「…お きたな。」

息子にエスコートされてやってきた少女の顔を見て父親は少しだけ安堵の表情を浮かべる。

マリベル「遅くなって ごめんなさい。」

ボルカノ「いいってことよ それより もう 体はいいのかい?」

マリベル「ええ おかげさまで。」

確かに少女の顔に苦痛の色はなく、それどころかいつもより血行が良さそうに見えた。

セファーナ「マリベルさん 大丈夫ですか?」

マリベル「あら お客さんって あなたのことだったのね。」
マリベル「見ての通り もう 大丈夫よ。」

そう言って少女は族長に微笑む。

アルス「でも しばらく 無理は させられないね。」

少女を席に座らせて少年が言う。

アルス「コック長には ぼくから言っておくから しばらく安静にしてないと ダメだよ?」

マリベル「わ わかってるわよ……。」
マリベル「は〜あ まさか あんたに ここまで 心配されちゃうとはね……。」

そう言って肘をついてわざとらしくため息をつきながらも、その表情はどこか嬉しそうにも見える。

セファーナ「……フフフ。」

そんな様子を目の当たりにして娘は微笑む。

ボルカノ「……?」

セファーナ「いえ 前にお会いした時も 仲がいいなとは 思ってましたけど いつの間に こんなに お熱くなっていらしたなんて……。」

マリベル「なっ……。」

ボルカノ「わっはっは! こっちが 目のやり場に 困るくらいです。」

そう言って少年の父親は楽しそうに笑う。

アルス「…………………。」

少年は恥ずかしそうに後頭部を掻くだけで何も言わない。

マリベル「ちょっと アルス なんか 言いなさいよ!」

恥ずかしさからかなんとなく大きな声が出てしまう。
639 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:45:44.80 ID:ZKa88jEr0

アルス「えっ …と そうだ! そういえば さっき父さんがね。」

必死に頭を回転させ、少年は先ほどあった事件について触れる。

セファーナ「そうなんですよ。ボルカノさんったら チカラじまんランキングで 一位をお取りになったんです。」

マリベル「ええっ!? 本当? ボルカノおじさま。」

ボルカノ「む? ああ まあね。」

マリベル「す すごい… さすがは ボルカノおじさまね。そんじょそこらの あらくれどもとは わけが違うわ!」

アルス「魔物と 渡り合えるくらいだからね。」

マリベル「魔王討伐も あんたより ボルカノおじさまに ついてきてもらった方が 良かったかしらね?」

セファーナ「まあっ!」

アルス「そんな ひどい……。」

ボルカノ「わっはっは! そりゃ いくらなんでも 無理があるってもんだろうよ!」

マリベル「それで もう 表彰式はやってきちゃったのかしら?」

アルス「それが……。」

セファーナ「ボルカノさんは かたくなに 受け取りに 行こうとしないんです。」

マリベル「ええっ!?」

ボルカノ「……そんなもの もらったところでなあ。」

マリベル「ダメよ ボルカノおじさま! ちゃんともらって マーレおばさまに 見せてあげないと!」



ボルカノ「っ…!」


640 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:46:14.94 ID:ZKa88jEr0

マリベル「…! ふふふ……。」

それまでと明らかに違う反応に少女は何かを思いついたらしい。

マリベル「あたしだったら〜 自分の夫が 世界一のチカラもちだなんて知ったら ご近所でも 鼻が高いんだけどなあ。」
マリベル「でも みんなに 言いたくても 証拠がなくちゃ 話せないものねえ……。」

そんなことを言いながら体をくねくねさせている。

アルス「…! そうだよ 父さん 母さんのためにも 持って帰ろうよ!」

セファーナ「そ そうですよ! きっと 奥さんも お喜びになりますよ!」

少女の目配せに気付いた少年と族長もそれに続いて再び説得を試みる。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「……まあ 母さんのためなら 仕方ないな。」

流石にこれには少年の父親も参った様子で頷くのだった。

マリベル「さすがは ボルカノおじさまですわ! じゃあ 食べ終わったら 早速 行きましょ!」

少女はすっかり元気になって三人を催促する。

アルス「ええっ! マリベルも行くの?」

そんな彼女の体を案じて少年が目を見開く。

マリベル「あったりまえじゃないの! それとも あたしがいちゃ 不満かしら?」

そう言って少女は両手を腰に当てて少年をひと睨みする。

アルス「そうじゃなくて!」

マリベル「……心配しすぎよ。あたしは 大丈夫だから。」

ため息交じりに少女は眉を落とす。

マリベル「ま それに なんかあったら アルス あんたが なんとかしてくれるんでしょ?」

アルス「……わかったよ。」

少年は渋々それを了承するのだった。

自分の体のことではないので何をどうしろというのかはわからなかったのだが。

マリベル「ふふっ ありがと。」

セファーナ「それじゃ 注文をしてしまいましょうか。」

それから一行は手短に注文を済ませ、やってきた大皿の料理を四人で分けながら楽しく昼時を過ごしたのだった。

641 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:47:45.13 ID:ZKa88jEr0



マリベル「ふー 食べた 食べた。」



朝から何も食べていないという少女は身体の不調などもはや感じさせないほどの食欲を見せ、
あっという間に料理を平らげてしまった。

アルス「それだけ 食べられれば もう 本当に 大丈夫みたいだね。」

少年が紅茶をすすりながら言う。

マリベル「だから 言ったでしょ?」

ボルカノ「オレも 安心したぜ。」

セファーナ「それでは そろそろ 行きましょうか?」

アルス「そうですね。」

そうして席を立とうとした時だった。



*「おい 聞いたか あの像の話。」



別の卓から男たちの話が聞こえてくる。

*「ええ 聞きましたよ。なんでも 真夜中に どこかへ 消えたりしたとか。」

*「それだけじゃねえぜ あれが動いたって 言うやつもいるんだ。」

*「そんなわけ ないじゃないですか。普通に考えたら ありえませんよね。」

*「ま ウワサは あくまで ウワサだ。」



アルス「…………………。」



マリベル「…………………。」



セファーナ「どうしたんですか 二人とも。」

急に動きを止めて黙り込んだ二人を見て不思議に思った娘が尋ねる。

アルス「えっ? いえ……。」

マリベル「…なんでもないわ。」

セファーナ「…そうですか。なら いいのですが……。」

ボルカノ「…………………。」

マリベル「さて 行きましょ。」

そうして声のする方を背に少女は歩き出す。

セファーナ「あ 待ってください。」

他の三人もそれに続き、少女を加えた一行は再びランキング協会へと歩き出すのだった。

642 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:49:01.79 ID:ZKa88jEr0

*「おお あなたは。」
*「ようこそ ボルカノさん。チカラじまんランキング 初トップおめでとうございます。」
*「つきましては 当協会より トップかくとくの記念品を おくらせていただきます。」
*「かんたんな セレモニーも おこないますので ボルカノさんは 左の階段を 上ってください。」

ボルカノ「お おう……。」

ランキング協会までやってくると受付の男はすぐにボルカノの姿に気付き、表彰の会場へと誘導する。

マリベル「さあさ ボルカノおじさま はやくはやく!」

そう言って少女は少年の父親をせかす。

ボルカノ「マリベルちゃん そんなに 押さないでくれ……。」

アルス「ははは……。」

セファーナ「わたし ここの表彰式って初めてだから ちょっと どきどきします……。」

聖風の谷の長は二階までやってくると少しだけ興奮気味に会場をきょろきょろと見渡している。

マリベル「見ててっ すぐに 人が集まるから!」

アルス「ほらっ 早速 話を聞きつけてた人が 来たみたいだよ。」

少年の視線の先には階段を上ってくる人が既に何人かいた。

ボルカノ「…ちょっと 緊張してきたな。」

柄にもなく大男が言う。

アルス「でも すぐに 終わるよ。何か 話すわけでもないし。」

ボルカノ「そうか? なら いいんだけどよ。」

少年の言葉に少し安心した様子で男は小さく鼻息を漏らす。

そうしている間にも人々はどんどん会場を埋め尽くしていく。

どうやら開式は近いようだ。


643 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:50:32.18 ID:ZKa88jEr0



ボルカノ「案外 あっけなかったな。」



アルス「でしょ?」

式を終えた一行は協会のロビーでしばし休みを取っていた。

マリベル「きっと マーレおばさま 喜びますわ!」

少年の父親の持つ賞状と副賞の腕輪を見ながら少女は興奮冷めやらぬ様子で言う。

セファーナ「あんなにたくさんの人が 見に来るなんて……。」

族長もどこか興奮気味に感想を述べている。

アルス「さて そろそろ 行こうか。」

そう言って少年が出口に向かって歩き出した時だった。



セファーナ「あ 待ってください!」



急に族長が少年を呼び止めると小走りに受付に向かっていく。

*「おや あなたは。」
*「セファーナさん 今日は どんなご用件で?」

セファーナ「わたしのランキング登録を 消していただきたくて……。」

*「なんと! それはそれは もったいない! あなたほどもあろう人が かしこさランキングから 名を消してしまうだなんて……。」

セファーナ「いえ いいんです。もともと 自分の意思で 登録したわけではありませんから。」

*「そうですか…… 少々お待ちください。」

そう言って男は書類に目を通し、後ろに向かって何やら話しかけた。

すると奥の部屋から審査員の初老の男性が出てきて娘に語り掛ける。

アイク「これは セファーナさん この度は ランキング登録を 抹消してしまう ということですが いったい どうしてですか?」

セファーナ「ランキングという形で 自分のことを 誇示してしまうようで なんだか 恥ずかしくて……。」

アイク「そうですか 確かに ランキングに名を連ねることは それだけで 人に 一目置かれてしまうこと かもしれませんね。」
アイク「それならば 仕方のないことです。」
アイク「……ですが あくなき探求心は 決して 忘れないでいてくださいね。」
アイク「かしこさランキングは いつでも あなたのような賢人を お待ちしておりますよ。」

セファーナ「……はい。」

アイク「では あとは お願いします。」

*「はい わかりました。」

受付の男は審査員に促されると書類を引っ張り出して作業に取り掛かる。

セファーナ「…お待たせしました。それでは 行きましょうか。」

少年たちの方を向き直って族長が言う。

アルス「いいんですね?」

セファーナ「ええ。もう 心残りはありません。」

マリベル「もったいないわねえ… セファーナさんなら カッコよさランキングでも 上位に入りそうなのに。」

ボルカノ「なんとなく その気持ちはわかるけどな。」

こうして無事それぞれの目的を終えた一行は協会を後にした。

セファーナ「…これで いいんです。」

重厚な木の扉がリファの娘によりゆっくりと閉じられる。

その扉はまるで来賓の帰りを惜しむように大きな軋みをあげながら、
いつか再び娘に開かれるに時を心待ちにしているようだった。
644 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:52:09.82 ID:ZKa88jEr0

マリベル「ねえ アルス あたしたちの順位 どうなってた?」

表通りを歩きながら少女が問う。

アルス「え… あ ごめん 見てなかった。」

マリベル「ちょっと あんた 何見てたのよいったい。」

アルス「あ…ははは… 父さんの名前しか 見てなかった。」

マリベル「ふん いいわ。今から 見に行くわよ!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「…なにか?」

アルス「なんでもありません。」

マリベル「よろしい。」

セファーナ「…………………。」
セファーナ「すっかり 尻に敷かれてますね。」

そんな二人のやり取りを後ろで見ながら娘は苦笑する。

ボルカノ「気持ちいいぐらいにですな。」

セファーナ「…………………。」

それでも二人はぴったりとくっついて離れないのを娘は気付いていた。
互いを許していなければトゲのある物言いをしながらああはできないだろう。

そんな信頼関係を目の当たりにして娘はふと考え込む。

ボルカノ「…どうしたんですか?」

セファーナ「い いえ なんでもありません。」

マリベル「どれどれ あたしたちの名前は ちゃんと 載ってるでしょうね?」

そうこうしているうちに一行は掲示板の前までやって来ていた。

アルス「どれから見る?」

マリベル「そんなの カッコよさランキングに 決まってるじゃないの。」

アルス「そうなの?」

マリベル「そうなの!」
マリベル「えーっと……。」
マリベル「…………………。」

アルス「あった。」

ランキング表の上位にはこうあった。

1. マーシャ
2. リージュ
3. アイラ
4. ビゼー
5. マリベル
6. ロマリオ
7. アルス

マリベル「…………………。」

アルス「少し落ちちゃったけど ちゃんと あるね。」

少年は順位こそ落としていたが自分たちの名前がしっかり上位に組み込んでいることに安心して少女に語り掛けるのだった。



が。





マリベル「……戻るわよ。」




645 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:53:59.16 ID:ZKa88jEr0



アルス「えっ……?」



少女の口から飛び出してきたのはやはりというべきか、少年からすれば思わぬ言葉だった。

マリベル「今すぐ ランキング協会に戻るわよ!」

アルス「ど どうして!?」

狼狽して少年が問う。

マリベル「取り戻すのよ! 一位を!」

アルス「そんなむちゃな……!」

どうやら少女は自分たちが首位から落ちたことにお冠のようであった。

マリベル「行くったら 行くのよ! ついてらっしゃいっ!!」
マリベル「あの時から ずいぶん経ったんだから 今やれば 首位独占 間違いなしだわ!」

アルス「あ はあ……。」

そう言って少女が少年の腕を引っ張って歩き出した時だった。





*「うわああ!」





*「なんだこりゃ!」




646 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 19:55:31.93 ID:ZKa88jEr0



*「「「……っ!」」」



突然響き渡った悲鳴に一行は一斉に振り返る。

*「…………………。」

町人たちが逃げてくる方向からは何やら派手な配色をした片腕の無い像が、足の無い体でのそのそと動き回っていた。

ボルカノ「なんだありゃ?」

セファーナ「魔物!?」

アルス「……嫌な予感は してたんだ。」

先ほど食堂で聞いた噂話を思い出しながら少年が言う。

マリベル「まさか あれが バロックトーテムとして 動き出すとはね……。」

*「…………………。」

“バッロクトーテム”と呼ばれた無機質な魔物は不気味に身体をくねらせて妙な踊りをしている。

アルス「三人は避難してて! ぼくが やっつける!」

少年が一行の前に立ち袋の中から剣と盾を取り出して言う。

マリベル「あたしも行くわ!」

アルス「ダメだ! 君は カラダが万全じゃない!」

すかさず少女も少年の隣に立ったが、少年に押し戻される

マリベル「で でも……!」

アルス「父さん もしもの時は マリベルとセファーナさんを 頼みます!」

渋る少女を父親に託し、少年は背を向ける。

ボルカノ「……無理は するなよ?」

アルス「…はい!」

背中越しに返事をすると少年は不可思議な像のもとへと駆け出していった。

マリベル「アルス……!」

少女はその後を追おうとするが少年の父親にがっちりと肩を掴まれ身動きが取れなくなる。

マリベル「は 離して ボルカノおじさまっ!」

セファーナ「マリベルさん……。」

ボルカノ「ダメだ。今のキミは 安静にしてなくちゃな。」

マリベル「でも あいつ 一人じゃ……。」

ボルカノ「まあ ここは アルスを信じて 待とうとしようじゃねえか。」
ボルカノ「あいつのチカラは 君が 一番よくわかってるんだろ?」

マリベル「…………………。」
マリベル「……はい。」



少年の父親に説得され広場を後にする少女が不安そうに振り返った時、少年はまさに魔物と対峙しようとしていた。


647 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:00:27.00 ID:ZKa88jEr0



*「…………………。」



アルス「バロックさん… 悪いですけど 壊させてもらいますよ!」

*「……!」

少年が剣を構えると敵意を察したその像はくるっと背中を向けて一目散に逃げだしてしまった。

アルス「あっ 待て!」

少年はすぐにそれを追いかけようと走り出す。

しかし次の瞬間。

*「……!」

*「……!」

*「……!」

アルス「なっ……!」

どこからやってきたのか同じ姿をした両腕を持つ魔物が三体も現れ、少年の行く手を塞いだ。

*「…………………。」

その間にも隻腕の像は広場を走り、時計塔の方へと消えてしまった。

アルス「くっ……。」

両腕の付いた像はくねくねと動きながらギョロリと動く無機質な二つの瞳で少年の動きを注視している。

アルス「そこをどくんだ!」

そう言って少年が像の間を縫って駆けだそうとした時だった。





[ バロックトーテムBは イオナズンを となえた! ]





アルス「しまっ……!」





呪文の発動音が響き、少年の身体は巨大な爆発と共に宙に放り出される。

アルス「ぐうっ!」

なんとか空中で体勢を整ると、下にいる魔物の一体に向かって急降下する。

*「……!?」

アルス「これで……どうだ!」

少年はその首根っこを足で絞めるとそのまま顔に向かって猛烈な殴打の嵐をお見舞いする。

*「…………………。」

強烈な攻撃をもろに受けたその像はそのまま横倒しになり動かなくなった。

*「……!」

その様子を窺っていた別の一体が少年目がけて両腕を力任せに振り下ろす。

アルス「ふん……ぬ…!」

寸でのところでそれを盾で受け止めると少年は真空波を飛ばして相手を吹き飛ばす。
648 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:01:56.84 ID:ZKa88jEr0

*「…………………。」

開けた視界には風圧で押し倒された魔物と妙な動きをしているもう一匹が見えた。

アルス「はっ…!」

動けなくなっている今が好機と見た少年はそのまま駆け出して高く飛び跳ねると、転んだままの魔物に剣を突き刺す。

*「…! …………。」

一度だけ大きく体を波打たせ、それきりその魔物も沈黙した。

アルス「残るは……!」

そう呟いて少年が振り向いた瞬間だった。





[ バロックトーテムBは イオナズンを となえた! ]





“迂闊だった!”

少年はその瞬間、先ほど最後の一体がしていた動きが“マホトラおどり”であったことに気が付く。
少年の身体からは知らず知らずのうちに魔力が吸い取られ、相手の呪文の糧にされていたのだった。

アルス「ぐっ……!」



*「マホターン!」



*「……!?」



衝撃に備えて盾を構えた瞬間、どこかから放たれた呪文に爆発は跳ね返され、跡には少年だけが残されていた。

否、正確に言えば少年と色のついた石塊が転がっているだけだった。

アルス「い 今のは……。」





*「ほーんと… あんたってば あたしが…いなきゃ ダメなんだから。」




649 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:02:55.40 ID:ZKa88jEr0

少年が何事かと煙の向こうに目を凝らす。

そこには肩で息をしている少女が階段の上に立っていた。



アルス「マリベル!」



少年はすぐに少女のもとへ駆け寄りその体を支える。

マリベル「はあ… はあ…… ふふっ。助かったでしょ?」

アルス「ど どうしてここに?」

マリベル「二人には 止められたんだけどね。」
マリベル「バロックトーテムが どんなやつか 思い出してたら あんた一人じゃ 危なっかしいと思ってさ。」
マリベル「…隙を見て 走ってきたのよ。」

少女は息を整えながらウィンクする。

アルス「そうだったんだ… おかげで助かったよ。」

マリベル「ふふん。まだまだ 手がかかるわね。」

少女はそれでもどこか得意げで、それでいて嬉しそうに言う。

アルス「ははは。マリベルには 敵わないなあ。」

そんな様子に少年も困ったような顔で笑う。

マリベル「……それで 一件落着なわけ?」

アルス「いや まだ 最初に逃げ出した 片腕のやつが 残ってる。」

マリベル「で そいつは どこにいるのかしら?」

アルス「たぶん あそこ。」

そう言って少年は両の針が東の方向を指し示している時計塔を指さす。

マリベル「きな臭いわね。また なんか 起きなきゃいいけど。」

少女は腕を組んでじっと時計塔を睨みつける。

アルス「でも マリベルは もう 戻っていた方がいい。」

しかしそれでも少年は少女の体を案じて先に帰そうとする。

マリベル「……本当に あんた一人で 大丈夫?」

少女は疑わし気に少年を横目に見る。

アルス「もう あんなヘマはしないよ。」

それに対して少年は鋭い目つきで時計塔を見つめたまま動かない。

マリベル「…………………。」
マリベル「…まあいいわ。」
マリベル「その代わり さっさと終わらせて 帰ってくること。いいわね?」

アルス「うん わかってる。」

力強く頷くと少年は時計塔へ向かって駆けだした。

マリベル「…………………。」
マリベル「マジックバリア。」

遠のく背中にそっと防御の呪文をかけて少女は残してきた二人のもとへと歩き出すのであった。
650 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:05:02.77 ID:ZKa88jEr0



アルス「…………………。」



時計塔へと飛びこんだ少年は先ほどここに逃げ込んだであろう騒動の元凶を探して辺りを見回していた。

アルス「……静かすぎる。」

どうやら一階部分の広間にはその気配はないようだった。

アルス「上かな……。」

少年の脳裏に過去の町で起きた時間の止まった世界のことが浮かぶ。

“あんなことがまた起きるのではなかろうか”

そんな不安がじわりと少年の胸に去来する。

“ギィ……”

階段を上り扉を開けた先にも誰もいない。

残すところは最深部となる歯車の部屋のみとなった。

アルス「…………………。」

少年は音を立てないように“しのびあし”で慎重に階段を上っていく。

そして三階部分へやってくると階段から頭が出ないように辺りを見渡した。



アルス「……っ!」



*「…………………。」



そこに、それはいた。



魔物は少年のいる階段の方へ背を向け、大きな歯車を見つめてじっとしていた。

アルス「……?」

少年が少しだけ頭をずらして奥を見やった時、先ほど感じた違和感の正体に気付いた。

“止まっている?”

ここに来るまで確かに表の時計の針は動いていた。
しかしこの時計台の中に入ってからというものの、
いつもは大きな音を立てて回っているはずの歯車の音が一切聞こえなかった。

妙な静寂の原因はこれだったのだ。

651 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:06:31.19 ID:ZKa88jEr0



*「……!」



アルス「くっ…!」

その時少年の気配を察した像が振り返り、一気に床を滑ると少年に向かって体を思い切り振り回した。

アルス「あぶなっ!」

少年は間一髪でそれをかわして飛び引く。

“ブオン”という野太い風切り音と共にそれは首をもたげると表情一つ変えずに少年を睨みつける。

アルス「お前は… いったい 何がしたいんだ!」

*「…………………。」

像は何も語らない。

アルス「だれが お前を 操っているんだ!」

*「…………………。」

語りもしなければ攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただじっと少年を見つめている。

アルス「どうして 人を 襲ったりしたんだ!」





*「襲ってなんていない。」





アルス「えっ?」




652 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:09:02.68 ID:ZKa88jEr0

突如放たれた言葉に耳が追い付かず、少年は目を丸くして身じろぎする。

*「オレは 人を 襲ってなんていない。」

あれほど固く動かないと思われた顔はいつの間にか険しく寄り、飾りのようだった口は流暢に動いている。

アルス「そ それじゃ あの人たちは お前におびえて 逃げてきただけだと 言うのか?」

*「そうだ。」

アルス「なら どうして 逃げたりしたんだ。」

*「お前の目は 敵意に満ちていた。だから 逃げただけだ。」

アルス「……ここに 逃げたのは なぜだ?」

*「見ろ。」

そう言って隻腕の像は後ろにある止まったままの歯車の方を向く。

アルス「その歯車は どうして 止まっているんだ。」

少年は“稼働”の方に倒れているレバーを見ながら言う。



*「この時計塔と オレは 不思議な魔力で つながっている。」



アルス「…………………。」

*「どうやら この時計塔の近くにいると オレの身体は動くようだ。」

アルス「じゃあ 離れたら……。」

*「動けん。だが オレは バロックの作品だ。」
*「長い時を 人々と共に 過ごしてきた。オレは この町が好きだ。」
*「しかし こうして 体が動いてしまっては 人々は オレを恐れるだろう。」

アルス「…………………。」

*「人間よ オレはどうすればいい。」
*「オレはこの町にいたい。だが この町にいては 人がいなくなってしまう。」

名もない作品は問う。

アルス「きみは 自分が 動けなくなっても 構わないのかい?」
アルス「せっかく 自らの意思で 動けるチカラを 手に入れたのに。」

*「…構わん。もともと オレは あそこで 立っているのが 好きなのだ。」
*「一心不乱に オレの体を観察する芸術家。楽しそうに オレの周りで遊ぶ子供たち。」
*「話し相手になってくれる 小鳥たち。愛の素晴らしさを教えてくれる 恋人たち。誰に頼まれるでもなく 体を洗ってくれる老人。」
*「……これ以上 望むものはない。」

アルス「…………………。」

少年にはこの像が前に石版世界で戦った者たちのように、ただ彷徨い、生ある者に害するような魔物には見えなかった。

アルス「わかった。ぼくも できるだけのことはしてみよう。」
アルス「ついてきて。」

そして決心すると少年は“彼”の望みを叶えてやるため、彼を連れたって時計塔を後にしたのだった。


653 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:12:51.71 ID:ZKa88jEr0



*「ここで 何をするんだ?」



人がいなくなり静まり返った広場の隅、つまりもともと彼が立っていた場所までやってくると、
少年は袋の中から何やら丸い鏡と液体の詰まった小瓶、それから砂の入った小さな透明の袋を取り出した。

*「それで どうする気だ?」

アルス「成功するかは わからない。でも かけてみてくれないかな。」

*「…………………。」

彼は無言で頷くと元立っていた位置で固まる。

アルス「最初にこれだ。」

そう言うと少年は近くにあった椅子を持ってきてその背もたれに鏡を立てかける。

アルス「何が見える?」

*「オレだ。どういうわけだ? 鏡の中のオレは 動いていないぞ。」

アルス「…わかった。」

少年はそれだけ言うと、今度は彼の元までやってきて語り掛ける。

アルス「上に乗ってもいいかい?」

*「……かまわんが。」

アルス「ありがとう。」

そう言うと少年は小瓶と袋を持ったまま彼の体を昇り、頭の上に立ち上がる。

アルス「重たくないかい?」

*「大丈夫だ。」

アルス「……それじゃ いくよ。」

*「…………………。」

少年が振り落とされないように腕だけで返事をすると、それっきり彼は黙り込む。



アルス「天使の涙よ 彼を元の姿にしてくれ!」



そう言うと少年は小瓶の蓋を開けて数滴、彼の頭にそれを振りかける。



*「むお……。」



アルス「そして 時の砂よ 彼の時間を 巻き戻してくれ!」



そう叫んで袋の中の砂を思い切り彼に向かって振りまいた。



*「おおおおおお……!!」



彼と少年の周りの空間だけが歪み始め、辺りは不思議な空間に包まれていく。

アルス「うっ……!!」

撒きあがる時の砂とぐらつく景色に少年は思わず彼の頭を降りて目を閉じる。
654 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:16:50.75 ID:ZKa88jEr0

*「…………………。」

アルス「…………………。」

やがて視界が開け、少年の前に彼が姿を現した。



アルス「ど どうなっ……。」



*「うわああ!」



*「な なんだ 今の……!」



突然背後から聞こえた叫び声に少年は振り返る。

アルス「えっ?」

*「あ あんちゃん 今どっから 現れたんだ!」

そこには先ほど広場から逃げていったはずの二人組の男が立っていた。

アルス「えっ……?」

*「そ それに さっき その像 動いてたよな?」

アルス「そ そうだ どうなったんだ……!?」

男の言葉に我に返ると、少年はもう一度彼がどうなったのか確かめるべく振り向いた。



*「…………………。」



アルス「…………………。」

彼はそこにいなかった。

否、そこにあったのはただ真っすぐに遠くを見つめている隻腕の像だった。

アルス「ねえ……。」

*「…………………。」

先ほどまで言葉を発していた口は閉ざされたまま動かなかった。

それどころかその腕は元のように上を向いたまま動かず、体はピクリとも動かない。

アルス「……もとに 戻ったんだね。」

*「…………………。」

少年がどれだけ言葉をかけても、彼はしゃべらない。

*「あーれー? おかしいなあ。」

*「確かに さっき 動いてたような 気がすんだけどよお。」

男たちは不思議そうに首をかしげている。

*「…にしても あんちゃん どっから 現れたんだ?」

アルス「えっ ああ ちょっと 呪文で……。」

*「なんだ あんちゃん 魔法使いか なんかか。じゃあ いきなり出てきても 納得だわな。」 

アルス「は はは……。」

少年はなんとか誤魔化すとから笑いしてその場をやり過ごす。

*「ちぇ 驚いて損したよ。もう 行こうぜ。」

*「おう。」

そうして男たちは広場の方に去って行ってしまった。
655 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:18:20.56 ID:ZKa88jEr0



アルス「…………………。」



*「…………………。」



アルス「これで 良かったのかな。」



*「…………………。」



アルス「……ん?」

少年が像を眺めていると何か光る物が落ちていくのが見えた。

アルス「…これは……。」

アルス「……!」

“どこから落ちてきたのだろう”

そう思って少年が見上げると、そこには流れるはずもない雫のようなものが彼の目から伝って顔を濡らしていた。

アルス「……泣いて いるのかい。」

*「…………………。」

彼は何も答えなかった。

だがその顔が以前のような仏頂面ではなく、ほんのり微笑んでいるように見えたのは少年の見間違いだったのだろうか。

アルス「……またね。」

大きく深呼吸すると少年は自分を待っている人たちのもとへ歩き出す。

きっと急に自分の姿が見えなくなって三人とも驚いているだろう。

そんなことを考えながら。

656 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:20:15.04 ID:ZKa88jEr0



マリベル「まったく 急にいなくなるから ビックリしちゃったわよ。」



それからランキング協会で無事首位を取り戻した少女と少年はその日の夜、少年の父親とリファ族の長を交えて食堂で夕飯を摂っていた。

アルス「だから ごめんってば。」

ボルカノ「あの時の マリベルちゃんの 慌てようったら そりゃ お前……。」

マリベル「ボルカノおじさまっ!」

ボルカノ「おっと こりゃ 余計な一言だったか。」

そう言って少年の父親は頭を掻く。

セファーナ「フフフ。」

マリベル「…でも 本当に 何にもなかったのかしら?」

少女は腕を組んで考え込む。

アルス「うん?」

マリベル「だって 悲鳴が聞こえたのよ?」
マリベル「それなのに 何にも 起こらなかったなんて やっぱり 変だわよ。」

アルス「きっと 誰かが 何かを 見間違えたんだよ。」

少年は少しだけ微笑んで言う。

マリベル「…………………。」
マリベル「まあ いいわ。」
マリベル「ごちそうさま。今日はさっさと 寝ちゃおうかしらね。」

そう言って少女は立ち上がる。

アルス「うん それがいいよ。」

それに続いて少年も立ち上がると再び少女の腰を支える。

マリベル「い いいってば アルス……。」

その手を少女は振り払おうとするが。

アルス「いいから。」

そう言って少年は聞かなかった。

マリベル「…もう…… わかったわよ。」

アルス「それじゃ 先に上に行ってます。おやすみなさい。」

少女が抵抗をやめたところで少年は残る二人にそう告げて歩き出す。

セファーナ「……いいですね。」

するとリファ族の娘が不意に言葉を漏らす。

マリベル「えっ?」

セファーナ「なんだか お二人を見てると わたしも そろそろ 結婚を考えようかなって 気になってしまいます。」

そう言って娘は少しだけ赤く染まった頬を隠すように手を当てている。

アルス「……!」

マリベル「ちょ ちょっと セファーナさん!?」

セファーナ「あ ごめんなさい。体を冷やすといけませんから 早く お風呂に入った方が いいですよ。」

たじろぐ二人を置いてけぼりにして、娘は二人の背中をそっと押す。

アルス「……行こうか。」

マリベル「……ふんっ。」

そうして少年に促されて歩き出した少女は、そっぽを向きながらも少年の手を剥さないのだった。
657 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:23:51.21 ID:ZKa88jEr0



アルス「…………………。」



少女を部屋へと送り届けた後、入浴を終えた少年は一人部屋の中で隻腕の像のことを思い出していた。

アルス「芸術に宿った命か……。」

思えば彼は謎だらけだった。

無機物に命が宿り魔物となった例は少なくない。

宝箱に機械、石や金属、数えればきりがないだろう。

アルス「時計塔は どうして 止まったんだ?」

その魔物があの時計塔とどういう繋がりがあって動き出したのか、少年にはいまいち納得がいかなかった。
同じ作者によって作られたからという共通点を除いてはあの二つに関連性はないはずだった。
しかしそれがああして結びつき、実際に動き出したからには何か因縁があったに違いない。
例えば過去のリートルードであの時計塔が時間を操るカギだったかのように。

アルス「……わからないなあ。」

そうして少年が枕に顔を埋めていた時だった。



“コンコンコン”



アルス「……開いてます。」

扉を叩く音に起き上がり声をかける。

“キィ…”

開かれた扉の向こうには寝間着姿の少女が立っていた。

アルス「やあ どうしたんだい?」。

マリベル「…………………。」

少女は何も答えず少年のベッドにめがけて真っすぐ歩いてくると少年の横たえた足元に膝をついて身を乗り出す。



マリベル「ねえ やっぱり なんか 隠してるでしょ。」



アルス「……なんのことかな。」

少年は視線を外して答える。

マリベル「相変わらず 嘘をつくのが へたくそね。」
マリベル「……時の砂でも 使ったのかしら?」

アルス「えっ…!」

少年の隠し事をズバリと当てられ、開くまいとしていた口があっさり開く。

マリベル「だから言ったでしょ? あんたのことなんて すべて お見通しよ。」

少女は勝ち誇った笑みを浮かべて少年の鼻を指さす。

アルス「フー……。」
アルス「実はね。」

少年は観念すると大きなため息をついてポツリポツリとことの顛末を語りだした。

658 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:25:38.61 ID:ZKa88jEr0



マリベル「そう… そんなことが あったのね。」



アルス「うん。だから もう 大丈夫なんだ。」

一通り話し終えると少年は大きく伸びをする。

マリベル「つまり 長い時間を 経たことで あの時計塔に なんらかの 魔力が宿ったって ことなのかしらね。」
マリベル「それが たまたま 近くにあった バロックトーテムに 作用した…と。」
マリベル「そんなとこかしら。」
マリベル「…あ もしかして その逆かなあ。」

アルス「う〜ん 両方……とか?」

マリベル「お互いが お互いを 動かしたってこと?」

アルス「うん。よくわからないんだけどね。」

人知を超えた現象に二人は首を捻るばかり。

マリベル「……これから先 また 動きだしたり しないのかしら?」

少女は少年のベッドに座り腕を組んで言う。

アルス「……それもわからない。もしかしたら あれが 根本的な解決とは 言えないのかもしれない。」

マリベル「なによ 頼りないわねえ。それじゃ また同じようなことが 起きちゃうわよ?」

アルス「その時はまた……。」

マリベル「必ずしも あんたがいるときに 起こるとは限らないわ。」
マリベル「その時には もう 手遅れかもしれないのよ?」

少女は少年に首だけ向けると強めの口調で言う。

アルス「うーん……。」

マリベル「まっ 安心なさい。その時は あたしが 代わりにやってあげても よくってよ。」

アルス「…………………。」

マリベル「あんたは 漁に集中してれば それでいいの。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「…………………。」
659 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:28:06.62 ID:ZKa88jEr0

マリベル「それとさ。」

少女は再び少年に背を向けると小さく呟く。

マリベル「……今日は ありがとね。」

アルス「えっ?」

マリベル「まさか あんたが こんなに気遣ってくれるなんて 思ってなかったから ちょっと 意外だったわ。」
マリベル「……いつの間に そんなこと 覚えたのってくらいね。」

アルス「…だって マリベル 旅の時も たまに 辛そうにしてたでしょ?」

マリベル「……バレてたか。」
マリベル「でも 普段は なんともないんだけどね。」

アルス「きっと 慣れない旅で いろいろ たまってたんでしょ?」

少年は口には出さないでいるがこの旅が少女に負担をかけていることはわかっていた。
しかし本人がそれで良いと思っている以上、自分が口出しするのもどうかと考え、ずっと黙っていたのだった。

マリベル「……そうなのかしらね。」

アルス「君がいつも言う通りだよ。無理しちゃ ダメだって。」

マリベル「ふ ふふふ…… まいったわ。」
マリベル「それじゃ ついでで もう一つ 甘えさせてもらおうかしらね。」

アルス「……なあに?」



マリベル「よっこいしょ。」



そう言って少女は少年の隣に横たわる。

アルス「……マリベル ここは ぼくのベッドだよ?」

マリベル「…わかってるくせに。イジワルね。」

アルス「ははは… はい どうぞ。」

そう言って少年は背を向ける少女にスペースを少しだけ開ける。



マリベル「ねえ アルス。」



アルス「なんだい?」

扉の鍵を閉めてベッドに戻った少年は布団をかけながら問う。

マリベル「…………………。」

少年の問いかけには答えず少女は黙って背中を少年に押し付けてくる。

アルス「……はいはい。」

そう言うと少年は少女の背中側から腕を回してそっと少女を抱きしめる。

マリベル「うふふっ ありがと。」

アルス「ふふ。」

そうして少年は少女の髪に自分の顔を埋もれさせながら小さく少女の耳に名前を呼びかける。

安心した様子で眠る少女の髪をゆっくりと撫でながら少年もまた、静かなる夜の闇の中へ溶けていくのであった。





そして……

660 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/13(金) 20:28:41.24 ID:ZKa88jEr0





そして 夜が 明けた……。




661 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:31:33.45 ID:ZKa88jEr0

以上第22話でした。



*「芸術に 生命が やどり そして 生まれたのが オレさ。」

3DS版のモンスターパークでバロックトーテムから聞けるセリフです。

この「バロックトーテム」というモンスター自体3DS版のダウンロード石版でしか出会えないトクベツなモンスターなのですが、
はじめて出くわしたときには思わず声を上げてしまったものです。
(おまけに仲間呼びにイオナズンと結構強い)

今回のお話はそんなバロックトーテムを題材に、ただの物体に命が宿り魔物になるという現象を、
同じくバロックの芸術である時計塔と絡めて書き起こしたものです。

そしてここでその姿を元に戻すのに使ったのがラーの鏡、天使の涙、時の砂。
ラーの鏡で本当の姿を映し出し、そこに石になったものを元に戻す天使の涙、
さらにそれに逆の効果を与える目的で時の砂を使用しました。

ラーの鏡はさておき、後者二つは本来の使いかたとは大分かけ離れたものになってしまっておりますが、
タイムマスターの企みを考えるとあながち利用方法はあれだけではないのかもしれませんね。

…………………

◇次なる目的地を目指してリートルードを離れるアミット号。
しかしそんな中、遠くに見えてきたのは因縁の……

662 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/13(金) 20:33:33.70 ID:ZKa88jEr0

第22話の主な登場人物

アルス
謎の石像の出現を知り一人で奮闘。事件を解決する。
ランキング協会での仕事を終えたところでセファーナと再会。

マリベル
体調不良により一日休養を取る。
万全ではない状態とあってもアルスのピンチは見過ごせない。

ボルカノ
マッシュの誘いで登録したチカラじまんランキングでなんと一位に。
アルスやマリベル、セファーナに押され、妻のために賞状・副賞を受け取る。

セファーナ
聖風の谷に住まうリファ族の若き長。賢人。
自分の名前をかしこさランキングから抹消しようと思い来たところ偶然アルスと再会。
そろそろ結婚を考えるお年頃。

アイク
世界ランキング協会でかしこさ部門の審査員を務める初老の男性。
物静かで非常に聡明。

モディーナ
世界ランキング協会でカッコよさ部門の審査員を務める婦人。
一瞬の美を重んじ、カッコよさは人類の宝とも考えている。

マッシュ
世界ランキング協会でチカラじまん部門の審査員を務める筋骨隆々の男。
男女共にチカラもちであるべきと考えている。

バロックトーテム(*)
突如として動き出した片腕の像。
長年リートルードの街並みを見てきて本人なりに愛着があったらしい。
アルスの協力により無事に元の姿に戻る。
663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/13(金) 21:42:29.96 ID:jWmoSLteo
乙乙
何日経っても女の子の日が来ないのはファンタジーの謎の一つ
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/14(土) 07:26:10.68 ID:FPHrF2J/o

オルゴデミーラがその辺に放ってたラーのかがみが出てきてワロタ
665 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:03:31.06 ID:I8BPs1sh0
>>663
「ゲームだから」の一言で片づけるのはあまりにも無理があると思ったのであえて書きました。

>>664
なんだかそのまま出しっぱなしにするのはかわいそうだったので……
666 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/14(土) 18:04:16.68 ID:I8BPs1sh0





航海二十三日目:本当の親子




667 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:05:03.20 ID:I8BPs1sh0

セファーナ「短い間ですが ご一緒できて 楽しかったです。」

明くる日の朝、少年たちはリファ族の長と別れの挨拶をしていた。

アルス「セファーナさんも お元気で。」

マリベル「たまには 遊びに いくからね。」

ボルカノ「まあ なんだ いろいろと がんばってな。」

セファーナ「ええ 皆さんも お元気で。では!」

そう言うと族長は天にキメラの翼を掲げ、あっという間に空高く舞飛んでいってしまった。

マリベル「行っちゃったわね。」

鮮やかな建物群に溶け込んでいく黄色と青の美しい軌跡を眺めながら少女が言う。

ボルカノ「そうだな。」

アルス「…………………。」

朝日が眩しく照らす中、かつて天才建築家の住んだ邸宅はその光を反射して石畳を色とりどりに染めている。
その幻想的な光景に三人はしばらく会話も忘れて魅入っていた。

ボルカノ「オレたちも そろそろ 行かねえとな。」

アルス「うん。」

マリベル「みんな 待ってるもんね。」

トパーズ「なおー。」

そうして三人は振り返ると、仲間たちが待つ町の外へと歩き出したのだった。
668 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:07:59.66 ID:I8BPs1sh0

*「もう いいんですかい?」

ボルカノ「おう 出発するぞ!」

*「「「ウスっ!」」」

町の外で漁師たちと合流した三人と一匹はそのまま船着き場へと向かい自分たちの船へと乗り込んだ。

まだ東からは眩しく太陽が照り付け、水面に反射してキラキラと光っていた。



…………………



マリベル「今日 一日で 着くのかしらね?」



それから昼すぎになり食事を終えた少女が甲板掃除をしていた少年に話しかける。

アルス「わからない。もし 着いたとしても 真夜中に なるかもね。」

マリベル「また 真夜中かあ。たまには 昼間とか 夕方に 着いてほしいもんだわよね。」
マリベル「アルス あんたが おいかぜ 吹かせ続けたら 少しは 早く着くんじゃないかしら?」

アルス「そんな無茶な……。」

そう言って少年は試しに少しだけ追い風を起こしてみる。
いくらか船の速度は上がったように思われたがそれもいつまでも続くわけではない。
しばらく集中して風を吹かせていた少年だったが次第に集中力が切れたのか大きな欠伸をする。

結局風は途絶えてしまった。

マリベル「……やっぱり 無理ね。」

アルス「当り前じゃないか!」

マリベル「おほほ。いつまでも サボってないで 早く 掃除しなさい〜。」

アルス「ぐぬぬ……。」

そうやって少女が少年で遊んでいるうちに空には少しずつ雲が現れ始め、視界を阻んでいた太陽を隠し始める。

アルス「雲が出てきたね……。」

マリベル「そうねー。」

上機嫌な少女は呑気に答える。
669 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:08:37.54 ID:I8BPs1sh0

マリベル「……そういえばさ。」

アルス「んー?」

マリベル「あれから あそこって どうなったのかしらね。」

アルス「飛空石で 飛んでた時 見なかったっけ?」

マリベル「うーん ずいぶん 遠くを飛んでたから 見てないような気もするのよね。」

少女は頬に指を当てて曖昧に答える。

アルス「……たぶん オルゴ・デミーラを倒したときに 地下部分は 崩れたと思ったんだけど。」

そう言う少年もモップの先端に顎を乗せて当時のことを思い出す。

マリベル「あのままだったら あたしたち ぺっちゃんこ だったかもしれないのね。」

アルス「うわあ……。」

マリベル「うー やだやだ。あれだけは あのクソじじいに 感謝しないといけないわね。」
マリベル「……でも 待って。上の 城の部分は まだ残ってたのよね?」

アルス「…………………。」

マリベル「ちょっと 何か 言ってよ。」

アルス「いや うん そうなんじゃないかな。」
アルス「ブルジオさんも言ってたし……。」

少年は冷や汗なのか労働の汗なのかわからない謎の水を垂らしている。

その時だった。

*「おーい 何か見えてきたぞ!」

舵取りをしていた漁師が叫ぶ。

マリベル「アルス……。」

アルス「…どうだろうね?」

名を呼ぶ少女の顔を見つめ返して少年が呟く。

漁船アミット号の向かう先には小さな島とそこに聳え立つ巨大な塔が見えた。



まるで一行の行く手を阻むように。


670 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:09:54.15 ID:I8BPs1sh0

ボルカノ「この前も 見えてたが ありゃ なんなんだ?」

報せを受けて甲板にやってきた船長が呟く。

アルス「ダークパレス。」

ボルカノ「ん?」

船長の疑問に答えるように少年と少女が語りだす。

アルス「魔王オルゴ・デミーラが 世界中の大工たちを集めて 作らせた 偽りの神の城。」

マリベル「地上のキレイな所は 見せかけで 本当は 地下のまがまがしい所が 本拠地だったんだけど。」

アルス「……秘密を知ってしまった 大工たちは たぶん 口封じに 殺されたんだと思う。」
アルス「もちろん 上の部分で 神官として集められた人たちもね。」
アルス「おかしいと思ったんだ。どうして あんなところで 凶悪な魔物を オリに入れてるのかってさ。」

マリベル「最初から あそこに仕えた人たちを 生かして帰すつもりは なかったってことね。」

ボルカノ「……胸くそ悪い 話だな。」

船長が険しい顔で吐き捨てるように言う。

アルス「ぼくたちが 魔王を倒したときに 地下は崩れたんだけど 地上の部分は まだ残ってたんだろうね。」

マリベル「ま それだけ 大工さんたちの腕が 良かったってことでしょ。」

アルス「……そうかもね。」

ボルカノ「この分だと 夕方には 着くかもな。」

アルス「上陸するの?」

ボルカノ「いや 魔王がいたとこってなると まだ 魔物がうろついてんじゃねえのか?」
ボルカノ「だとしたら 危ねえから 近寄らない方が かしこいだろうよ。」

アルス「……そうだね。」

マリベル「あんた まさか 中がどうなってるか 気になってんじゃないでしょうね。」

神妙な顔をする少年の顔を覗き込んで少女が言う。

アルス「ええっ!?」

マリベル「やっぱりね〜 そんなことだろうと 思ったわよ。」
マリベル「でも 今は 次の目的地を目指すのが 先なんじゃなくって?」

アルス「……うん。」

マリベル「あら? もっと 渋るかと思ったけど。」

いつになく素直に少女の助言に従う少年に少女は首をかしげる。

アルス「いいんだ。」

マリベル「…………………。」

いつもなら“それでも ぼくが いかなくちゃ”などと言って調査に乗り出そうとするかと思っていた少年が
自分を抑え込むかのように口を閉ざしているのを見て、少女は何か引っかかるものを感じた。

マリベル「どうしちゃったのかしら?」

ボルカノ「むっ?」

アルス「どうしたの 父さん。」

ボルカノ「あそこに うっすらと見えてる でかいのは 船か?」

そう言って船長は島の南側を指差す。

アルス「えっ?」

マリベル「船? うちより 大きな船って言ったら……。」

アルス「まさか……。」

少年と少女は船長の見やる遥か先を見つめる。

そこにはもう一つの島と見紛うほどの巨大双胴船が漂っていたのだった。


671 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:10:47.70 ID:I8BPs1sh0



*「ボルカノさん どうするんですかい?」



それからしばらくした後、今晩の予定について話合うために会議室に操舵と見張りを除いた乗組員が集められていた。

ボルカノ「あの船が いるってことは 周りの海は 特に危険はねえってことだろう。」

いくらあの要塞のような船とて魔物が大量に現れるような場所に留まっていたりはしないだろうというのが船長の読みだった。

*「じゃあ おれたちも あそこに 行くんですか?」

ボルカノ「どうせ このまま 走らせたって 真夜中過ぎちまうんだ。どうせなら 船を泊めて 全員 休んだ方がいいだろう。」
ボルカノ「それに この前 助けてもらった礼も まだしてねえしな。」

*「わかりやした。上の奴らに 伝えてきます。」

そう残して漁師の一人が上へと昇っていく。



アルス「…………………。」



ボルカノ「どうした アルス さっきから 無口だな。」

甲板で船を見つけて以来黙ったままの少年を見て父親が問う。

アルス「えっ いや… なんでもありません。ぼくは 掃除に戻ります。」

そう言って少年は漁師の後を追って甲板へと昇って行った。

ボルカノ「……?」

マリベル「…………………。」

いつもとは違う少年の様子に首をかしげる父親を他所に、少女はさらに少年の後を追って階段を上っていった。


672 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:12:39.06 ID:I8BPs1sh0



アルス「…………………。」



少年は船縁に両肘をついて物思いに耽っていた。もしこのままあの船と出会ってしまったら、
自分の本当の父親と育ての親が出会ってしまったら、自分はその時なんと言えばいいのだろうか。

そんなことを考えていたためか少年はいつになく無口になってしまっていた。

“このままでは父に余計に怪しまれる”

そんな思いで少年は逃げるように甲板へとやってきたのであった。

アルス「ぼくは どうすれば いいんだ……。」



マリベル「どうしたのよ。」



アルス「っ…! マリベル……!」

急に後ろから話しかけられ少年はまるで敵を目の前にしたかのように目を見開き振り返る。

マリベル「な 何よ……。」

そんな少年の形相に押され少女はほんの少しだけ後ずさる。

アルス「……ごめん なんでもないんだ。」

すぐに警戒の色を解くと少年は謝り、また船縁に肘をついてまだ遠くに見える双胴船を眺めてため息をつく。

マリベル「どーしちゃったの? マール・デ・ドラゴーンが どうかしたわけ?」

アルス「なんでもないよ。」

少年は振り向きもせずに答える。

マリベル「嘘ね。それなら そんなふうに 過剰反応したりしないわ。」

アルス「…………………。」

少女の指摘に少年は押し黙る。

それすら少女の言葉を肯定していることはわかってはいたが、返す言葉が何も浮かんでこなかったのだ。

マリベル「ねえ あの船で 何かあったの?」

アルス「なにも……ないよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「あっそ。あたしにも 話せないなんて よっぽどのことなのね。」

少女はこれ以上問いただしても答えはしないだろうと踏んで追及をやめる。

マリベル「でもね あんたの悩みは 今や あんただけのものじゃないってことを 忘れないでちょうだい。」

そう言って少女は船室へと降りて行ってしまった。

673 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:13:29.25 ID:I8BPs1sh0

アルス「…………………。」

少年は黙ったまま動かなかった。

否、動けなかったのだ。

いくら彼女だとしても自分の複雑な出自を伝えるのはどこか気が進まなかったのだ。

旅の最中も隠し通した自分の運命を。

“土足で踏み込んで欲しくない最後の領域”

そんな言葉が少年の胸をよぎっていった。

そう、これは少年とあの夫婦だけが知る秘密として墓場まで持っていくつもりのことだった。

しかし少年はどこかでこのままでいいのかという気もしていた。
愛情を注いで育ててくれた両親に、自分の隣で共に歩んでくれる彼女に、
そして共に戦ってきた仲間たちに永遠に自分の正体を隠したまま生きていくことが果たして正しいことなのか。



“あんたの悩みは 今や あんただけのものじゃない”



先ほど少女が残した言葉が少年の頭の中で繰り返される。

そう、彼女とて興味本位で少年を問いただしたわけではないのだ。
少年が思い悩み、苦しんでいるのがわかっていたからこそこうして自分を追いかけ、訊ねてきてくれたのだった。

その悩みを自分と共有できるように。

アルス「まいったな……。」

考えれば考えるほど少年は迷っていく。

秘密を持つという罪悪感と打ち明けた時の衝撃との間に挟まれ、抜け出せない葛藤の中へとはまっていくのだった。


674 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:14:13.38 ID:I8BPs1sh0



*「……キャプテンはまだ 戻らないか。」



*「ああ なんせ 奴の居城だ そう簡単に 終わらないだろうよ。」



*「それより 御身の無事が 気になる……。」



*「バカ言え! あのお方が くたばったりするもんかよ。」



*「でもよ もしものことが あったりしたら……。」



*「信じて 精鋭たちの帰りを待て! オレたちにできるのは それだけだ。」



*「…………………。」



*「…ああっ!」



*「どうした?」



*「船が… 船がやってきます!」



*「なんだと? 見せてみろ……。」
*「……こいつは たいへんだ! すぐに あの方を お呼びするんだ。」



*「あっ はっ はい!」 



*「うむ… キャプテンがいない今 どう もてなしたものか……。」


675 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:15:19.75 ID:I8BPs1sh0

*「「「おーい!」」」

マリベル「おーーい!」

それから漁船は航行を続け、日も傾きかけた頃には巨大双胴船の元までやってきていた。

*「よっと。」

遥か上の甲板から降ろされた縄を船体に括り付けて固定すると、別の縄を掴んで漁師は上に合図を送る。

*「引き揚げてくれるみたいだぜ。」

*「よっしゃ 行こうぜ。」

ボルカノ「一人ひとり 行くんだぞ。」

*「ウッス。」

漁師の一人が縄をクイっと引くと、そのまま漁師は上の方へ引き上げられていった。

*「よし 次は おれだ!」

そうして再び垂らされた縄に一人ひとり釣り上げられていく。

マリベル「アルス あんた 先に行きなさいよ。」

アルス「…ぼくは 最後に行くよ。マリベルも もう 行きな。」

マリベル「……あっそ。」

それだけ言って少女も猫を抱えて上に登っていった。

ボルカノ「じゃあ オレも 先に行くからな。」

アルス「うん。」

他に誰もいなくなったのを確認して船長も上の甲板へと引き上げられていく。

後に残された少年は縄を掴むべきか悩んでいたが、
双胴船の住民たちが上から催促してきたため、仕方なくそれに応じるのだった。


676 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:16:15.27 ID:I8BPs1sh0

*「みなさん ようこそ マール・デ・ドラゴーンへ。」

*「ボルカノさん 元気してましたか。」

*「ほお なかなか 屈強な男ぞろいだな……。」

甲板へ引き上げられたアミット号一行は双胴船の乗組員たちから口々に声をかけられていた。

*「マリベルさん あいかわらず おきれいだね。」

マリベル「あら ありがとう。」

*「あれ アルスさまは?」

少女がいてあの少年がいないはずがないと言わんばかりに船員の一人が訊ねてくる。

マリベル「ああ あいつなら……。」



アルス「お待たせしました。」



少女が答えようとした矢先、最後に引き上げられた少年が甲板へ姿を現した。

*「おお!」

*「アルスさまだ! アルスさまが おいでになったぞ!」

*「アルスどの よく お訪ねになってくださいましたな。」

少年の登場に辺りが一斉に騒ぎ始める。

アルス「みなさん お久しぶりです。」

ボロンゴ「アルスさま 是非 お会いしていただきたい方が いらっしゃいます。」

アルス「ぼく ですか?」

ボロンゴ「はい どうぞ こちらへ。」

そう言ってかつて少年の世話役を司った船員は少年を連れて歩き出す。

マリベル「ちょっと アルス どこ行くのよ!」

その様子を見ていた少女が少年の背中に叫ぶ。

ボロンゴ「あっ!」
ボロンゴ「み みなさんも アルスさまの後で 会っていただきたいので ご一緒に  来ていただけませんか。」

慌てて船員は戻ってくると一行についてくるように言う。

ボルカノ「オレたちもか?」

*「だれっすかね?」

コック長「さあな。」

マリベル「もしかして シャークアイさん?」

この船で少年に会いたがっている人物と言えばそれぐらいしか思い当たる節がなかったのだが、返ってきたのは意外な答えだった。

ボロンゴ「いえ 総領は今 ダークパレスの調査に 向かっておりますので……。」

マリベル「え……?」

トパーズ「なおー。」

ボロンゴ「と とにかく 行きましょう!」

三毛猫の声に我に返った船乗りはそう言って急ぎ足で少年の前まで戻ってくると、
中央にある船室へと向かって再び歩き出すのだった。


677 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:16:56.26 ID:I8BPs1sh0



*「ご苦労だったな ボロンゴ もう 下がっていいぞ。」



船長室の手前の階段では無骨な青服に身を包んだいかつい男が待ち構えていた。

ボロンゴ「は はい! カデルさま!」

カデル「む そうだ この後 総領と共に 皆さんを お迎えする 宴を開くからな。」
カデル「準備に取り掛かるよう 伝令を頼むぞ。」

ボロンゴ「わかりました! 早速!」

そう言って副長から指令を受けると部下の船員は足早にその場を去って行った。

マリベル「ボロンゴさんってば あいかわらず そそっかしいのねー。」

そんな様子を見て少女がクスクスと笑う。

カデル「アルスさま マリベルさま それに ボルカノどの お久しぶりです。」

するとこの双胴船の副長である髭面の男が丁重な挨拶で一行を出迎えた。

マリベル「もしかして 会いたがってたのって カデルさんのこと?」

まさかと疑問に思ったことを少女が正直に訊ねてみる。

カデル「いいえ。そのお方は 船長室におられます。」
カデル「申し訳ないのですが あんまり そのお姿に 驚かないで いただけませんかな?」

ボルカノ「……どういうことです?」

カデル「実際に お会いすれば わかります。」
カデル「では アルスさまから 先に 行きましょうか。」

アルス「…………………。」
アルス「はい。」

少年はしばらく考え込んでいたがやがて瞼を開くと小さく返事をし、ゆっくりと階段を上っていくのであった。
678 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:18:09.74 ID:I8BPs1sh0



カデル「失礼いたします。アルスさまを お連れしました。」



階段の上までやってくると副長は跪き、部屋の中の人物に少年の来訪を告げる。

*「ありがとう カデルさん。少しだけ 二人にさせて いただけませんか?」

透き通るような声の主は副長をねぎらうと、後ろにいる少年を少しだけ見てそう答える。

カデル「では 失礼します。」

そう言って副長は階段を降りていった。



アルス「…………………。」



二人だけとなった部屋の中で少年は少しだけ歩みをすすめ、小さな池の縁に腰かけている人物の顔を見つめる。



*「アルスさん ……いいえ アルス。こっちへ来て お顔を見せて。」



アルス「アニエスさん いや……。」















アルス「お母さん。」














679 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:18:52.40 ID:I8BPs1sh0



マリベル「…………………。」



ボルカノ「どうしたんだ マリベルちゃん。」

その頃階段の下では、上でどんな会話が行われているのかを聞こうと少女が耳を凝らしていた。

マリベル「……ダメね。よく 聞こえないわ。」

カデル「きっと 二人だけの話もありましょう もう しばらく ご辛抱くだされ。」

そんな少女を諫めて副長が言う。

マリベル「わかってるわよぉ……。」

*「どんな人なんですか?」

痺れを切らした飯番の男が問う。

カデル「それも これも ご本人の口から 聞いたほうが 良いでしょうな。」

*「むむむ……。」

カデル「しかし 我々にとっては 総領とも等しいお方と 言っておきましょうか。」

マリベル「……まさかとは 思うけど…。」

そこまできて少女にはいつか海底王の神殿で聞いた話のことを思い出していた。

マリベル「…………………。」

しかし少女の仮説が正しいという保証もない。

ボルカノ「ん? どうしたんだ?」

マリベル「いいえ なんでもないわ ボルカノおじさま。」

“答えは直にわかる”

そう思い少女は口をつぐんだ。


680 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:21:15.17 ID:I8BPs1sh0



アルス「みんな 上がってきて。」



しばらくしてから少年が現れ、階下にいる一行に向かって呼びかける。

カデル「もう よろしいのですかな?」

アルス「ええ。」

カデル「では みなさん おあがりください。」

マリベル「そうさせてもらうわ。」

アルス「マリベル… みなさん 驚かないでくださいね。」

マリベル「くどいわ。あたしは もう ちょっとやそっとじゃ 驚いたりしないわよ。」

アルス「ありがとう。」

少女の答えを聞くと少年は振り返り部屋の中にいる人物に語り掛ける。

アルス「アニエスさん ぼくの父さんと 仲間たちです。」



*「「「…………………。」」」



そうして通された一行は思わず絶句する。

その人物は部屋の奥にある玉座に座るでもなく、部屋の左右に置かれた小さな二つの池、その一つの縁に腰を掛けていた。

*「に 人魚……?」

漁師の一人が呟く。

魚のような鱗とひれ、明らかに人の物ではない下半身を持ったその人物は
すべてを映すかのような深い青色の瞳で一行を眺めていた。





*「ボルカノさんに お仲間のみなさん ようこそ おいでくださいました。」




681 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:23:15.91 ID:I8BPs1sh0

その女性はさざ波のように淡く優しい声で出迎えた。

マリベル「あなたが アニエスさんね。」

少女は自分の仮説を証明しようと臆せずに問いかける。

アニエス「いかにも 私はシャークアイの妻の アニエスです。」
アニエス「こんな姿を お見せしてしまい さぞ 驚かれていることでしょう。」

マリベル「いいえ。アルスや海底王から 話は聞いていたわ。」

アニエス「……あなたは マリベルさんですね?」

マリベル「どうして あたしの名前を?」

アニエス「夫や アルスさんから お話をうかがってます。」
アニエス「よくぞ アルスさんを支え 魔王を打ち倒してくれましたね。」
アニエス「本当に ありがとう。」

マリベル「い いや 別にあたしは そんな……。」

素直な感謝の言葉に珍しく少女は狼狽え、少年の袖を少しだけ引っ張る。

“なんとか言ってよ。”

とでも言いたいのだろうか。

アルス「アニエスさんは はるか昔に この船が 魔王に封印された時 夫のシャークアイさんへの想いから こうして 人魚に姿を変えて 生きてきたんです。」

少年は漁師たちに彼女が現在の姿に至るまでの過程を噛み砕いて説明する。

マリベル「で それをやったのが 海底王っていう へんな おじいさんってわけ。」

少年の助け舟に乗っかって少女も付け加える。

アルス「へんな は余計だよ マリベル。」

”借りにも目の前にその人にお世話になった人がいるのにそんなこと言って大丈夫だろうか”

そんなことを考えながら少年は慌てて釘をさす。

マリベル「あんなところで 寝てるだけのじいさんの どこが 変じゃないっていうのかしら?」

アルス「そりゃ そうだけど……。」



ボルカノ「……にわかには 信じがたい 話だな。」



その時、話を聞いていた漁船の船長が重たい口を開く。

アニエス「無理もありません。最初は私も わらにもすがる思いで 海底王さまに お願いしたのですが…。」
アニエス「こうして人魚となってからも しばらく 実感がわきませんでしたから。」

ボルカノ「…………………。」

漁師頭は難しそうな顔で腕を組んでいる。

マリベル「…ははあ。海底王が シャークアイさんに 用があるってのは アニエスさんと 会わせるためだったのね。」

すると少女が魔王討伐の凱旋の時にシャークアイが言っていた言葉を思い出して言う。

アニエス「ええ。魔王の封印が溶け こうして また 夫に会える日が来るなんて 夢のようでした。」
アニエス「たとえ この体が 一年に一日しか 歳を取らないとしても 私は最後まで 夫の傍にいるつもりです。」

*「そりゃ また 難儀な……。」

漁師の一人が気まずそうな顔で言う。

アニエス「いいえ いいんです。」
アニエス「こうして 夫と 再び 同じ時を生きることができる。それだけでもう 私に 望むものは ありません。」

そんな漁師たちに気遣ったのか人魚は気丈に微笑んでみせる。

682 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:24:01.60 ID:I8BPs1sh0

ボルカノ「…それで その シャークアイさんは まだ 戻らないんですか? この前の お礼を 言いたかったんですが。」

重たい空気を変えようと船長は今はここにいない海賊たちの総領について尋ねる。

アニエス「ええ そろそろ戻って来ても いいころだと 思ったのですが……。」



アルス「…………………!」



その時、少年が階段へと走り出した。

マリベル「ちょっと! アルス どこ行くのよ!」

アルス「様子を見てきます!」

そう言って少年は物凄い勢いで階段を下りどこかへと走っていってしまった。

マリベル「あのバカっ!」

それに続いて少女も後を追おうとした時だった。

アニエス「待って!」

マリベル「っ…!?」

人魚に呼び止められ少女は慌てて振り返る。

アニエス「彼 一人で 行かせてあげてください。」

マリベル「で でも……!」

アニエス「信じて… 夫とアルスを 信じてあげてください。」

マリベル「…………………。」

強い信念の宿る瞳に心を揺さ振られ、少女は少年を追うのをあきらめて踏みとどまる。

アニエス「…あなただけに お話しておきたいことがあります。」

マリベル「えっ あ あたしに……?」

アニエス「みなさん 少しの間 二人だけにして いただけませんでしょうか。」

そう言うと人魚は漁師たちを一瞬見回した後、階段の下の方に向かって叫ぶ。

アニエス「カデルさん!」

カデル「はい なんでしょう アニエスさま。」

すぐにやってきた副長が指示を仰ぐ。

アニエス「みなさんに 休めるところを。それから 何かお出しいただけませんか。」

カデル「ハッ かしこまりました。」
カデル「では こちらに。」

人魚の言葉を聞いて一礼した後、すぐに副長は漁師たちを伴って船長室を後にした。

マリベル「…………………。」

アニエス「…………………。」

漁師たちのいなくなって部屋にどこか重たい沈黙が訪れる。

アニエス「マリベルさん どうぞ 立ってないで こちらに来て 座ってください。」

マリベル「え ええ……。」

人魚に促され、少女はその隣に腰掛ける。

アニエス「これから話すことは どうか 他の人には 黙っていて欲しいの。」

マリベル「…なんの お話ですか?」

アニエス「…………………。」
アニエス「あの子… アルスのことです。」

少女に語りだすそれは何物でもない母の顔をしていた。
683 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:25:34.95 ID:I8BPs1sh0



アルス「…………………。」



甲板まで出た少年はすぐに魔法のじゅうたんを広げ、自分の本当の父親がいるであろう魔の巨塔を目指して飛んでいた。
魔王が倒れたとはいえ、あの中が安全であるという保証はどこにもなかった。
万が一あの強力な魔物たちが未だに巣食っていたとすればそれは調査に向かった海賊たちの命にかかわりかねない。
それが例え百戦錬磨の戦士たちであろうと危険なことに変わりはない。

アルス「無事でいてくれ……。」

偶然にも再開を果たした本当の父親の背中が脳裏に浮かぶ。
跡を継ぐことさえ断ったものの、彼とて少年の大事な人であることに変わりはないのだった。

アルス「っ!」

入口が見える。

地上部分に設けられた大きな扉はまだ開かれたままだった。

少年はさっと絨毯を飛び降りると、それをしまうのも忘れて一直線に走り出す。

周囲の状況など目に入ってこなかった。

アルス「シャークアイ!!」

扉をくぐると少年は力いっぱいに叫び己の存在を知らしめる。

アルス「どこですか! キャプテン・シャークアイ!」

少年の叫び声が、がらんどうの広間の中に木霊する。

アルス「…………………。」



“ドンッ!”



アルス「…っ!」

突如響いた地響きのような音に少年は天井を見上げる。
パラパラと落ちてくる砂埃を払いながら少年は音のする方を目指して階段を上っていく。

[ アルスは トラマナを となえた! ]

毒の沼を超え、長い長い梯子を登っていく。

時々起こる振動は徐々に大きさを増し、何者かがそこで暴れていることが窺えた。

アルス「間に合ってくれ!」

梯子を昇りきり、息が上がるのも忘れてさらに階段を駆け上がる。

*「ぐあああっ!」

誰かの悲鳴が聞こえる。

アルス「くっ……!」

*「ケェェェェ!!」

甲高い鳴き声が聞こえる。

*「おい しっかりしろ!」

聞き覚えのある男の声。





アルス「シャークアイさん 伏せて!」





階段を上りきった少年はその背中目がけて思い切り叫ぶのだった。
684 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:26:55.46 ID:I8BPs1sh0



マリベル「…………………。」



アニエス「…………………。」



少年が魔城の中を駆け抜けている頃、双胴船の船長室は重たい沈黙に包まれていた。

マリベル「あいつが ボルカノさんと マーレさんの 本当の息子じゃなかったなんて……。」

思えばおかしな点はいくつもあった。彼の腕に浮かび上がった謎のアザ。
それは不思議な渦を呼び起こし、いつの間にか水の精霊の紋章と同じ形に変わり、道標を作り出した。
そしてなにより彼が母親の体の中に6か月しかいなかったということ。

アニエス「…………………。」

マリベル「…どうして……。」
マリベル「どうして 黙ってたのよ ばかアルス……。」

自分の身体をぎゅっと抱きしめ、少女は今はここにいない少年に向かって吐き捨てる。

アニエス「あの子は… 悩んでいました。」
アニエス「あなたや 彼の育ての親が そのことを 知ってしまったら どう思うだろうかって……。」

マリベル「っ……。」

少女にもそれは容易に想像がついた。
自分の子だと思って大切に育ててきた息子が
本当は遠い過去から水の精霊によって運ばれてきた誰かの子だと知ったとしたら、あの二人はどう思うだろうか。

マリベル「でも どうして あたしにそれを……?」

少年の母親がどうしてそのことを自分だけに伝えたのか。

少女にはわからなかった。

アニエス「きっと あの子は あなたにだけは 伝えるつもりだったのでしょう。」
アニエス「さっき 二人きりの時に ……いつか 自分で伝えると 言ってました。でも……」
アニエス「今は何より あの子の孤独を わかってあげられる人が 傍にいて欲しいの。」
アニエス「あなたは きっと あの子の 大切な人なんでしょう?」

マリベル「あっ い いや そんな……。」

アニエス「っふふ。恥ずかしがらなくても いいんですよ。」
アニエス「あなたのことを 話している時の あの子の顔を見たら すぐにわかりました。」

マリベル「…………………。」

すっかり見通されてしまい少女は両手を握ってもじもじとさせる。

アニエス「だから あの子が いつか このことを打ち明けた時 あの子のことを 何も言わずに 受け入れてあげて欲しいんです。」

マリベル「…………………。」

少女は黙ったまま一回だけ頷く。
685 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:27:26.35 ID:I8BPs1sh0

アニエス「……でも 良かった。」

マリベル「えっ…?」

アニエス「あの子は いつの間にか いろんな人に 助けられて 大きくなってたのね……。」

マリベル「アニエスさん……。」

人魚の瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。
そして零れ落ちた滴は水面を波打ち、いつしかそれは宝石のように固まり輝きだした。

アニエス「あら いけない 私ったら… ちょっと 湿っぽくなっちゃったかしらね。」

まなじりを指で払いながら人魚は微笑む。

マリベル「…いいんです。だって 何百年ぶりにやっと 会えたんですから……。」

アニエス「うふふ。マリベルさんは 優しい人ね。これなら 安心して あの子のことを 任せられそうだわ。」

マリベル「あ アニエスさんっ! き 気が早いですよ……。」

突然の言葉に少女はまたも顔を赤くして言葉に詰まる。

アニエス「あらあら。うふふっ。」
アニエス「それじゃ あの子たちが帰ってくるまで お休みになっていらしてください。」
アニエス「カラダが 本調子ではないのでしょう?」

マリベル「えっ…!」

“どうしてわかったんだろう”

アニエス「さっきから 無意識に お腹を擦っていたでしょう。」

マリベル「…………………。」

“どうやらこの人には敵わないだろう”

一瞬で少女はそう悟ると、人魚の言うことを素直に聞き入れその場を後にするのだった。



686 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:29:14.96 ID:I8BPs1sh0





アルス「シャークアイさん 伏せて!」





*「うおっ!?」

少年が叫んだ次の瞬間、黒髪の男の頭上を稲妻の刃が通り過ぎていく。



*「グギャアアア!」



遅れて耳をつんざくような醜い悲鳴が響き渡る。

*「今のは……!」



アルス「みなさん 無事ですか!」



シャーク「あ アルスどの! どうして ここに!?」



アルス「話は 後です!」

そう言って少年は辺りを見渡す。
海賊たちはざっと十人ほどいたようだったがそのうちの殆どが虫の息となり残すは総領ともう一人だけとなっていた。

アルス「…………………。」

剣を構えじりじりとにじり寄ってくる魔物たちを睨みつける。
相手の数は五体ほどだが、辺りにはおびただしい数の死体が転がっていた。
どうやら少年が駆け付ける前に倒されたらしい。



*「おおおー!」



その時、近くにいた盾を持つ鬼が少年たちめがけて突進してくる。

アルス「むううん!」

少年は片足を踏み出し重心を低く構えると、そのまま突進してくる鬼に向かって思い切り正拳突きを繰り出した。

*「がああっ……!」

鬼の持っていた盾は見事に貫かれ、その拳の勢いで鬼の体は宙へと放り出される。

アルス「はっ!」

少年はそのまま高く飛び上がると獲物で鬼の体を頭から真っ二つに切り裂いた。

アルス「次……。」

*「クァァァ!!」

アルス「っ!」

振り返った瞬間放たれた爪撃を寸の距離でかわすと少年は七色の魔鳥の首を掴んで投げ飛ばす。

*「グゲッ!?」

アルス「はあああああっ!」

少年は両手に獲物を握りしめるとそのまま魔鳥にとびかかり両手から何度も斬撃を繰り出し、その体を切り裂いていく。

*「グゲエ……。」

魔鳥が沈黙したのを確認すると少年は再び走り出す。
687 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:30:06.71 ID:I8BPs1sh0

アルス「シャークアイさん これを!」

シャーク「むっ! これは 水竜の剣!」

アルス「くらえっ!」

別の魔物と対峙していた海賊の総領に獲物を投げ渡すと、少年は走り込み魔物目がけて飛び膝蹴りを放った。

*「キシャ!?」

体勢を崩した紫の鱗を持つ首長竜目がけて好機と見た総領が声を上げる。

シャーク「ゆくぞっ!」

アルス「はい!」

総領の合図で踏み込み頭部と腹部に分かれて一斉に切り刻んでいく。

*「キシャアアアッ……!」

身体を寸断され、金切り声のような断末魔を上げて竜の魔物は息絶える。

*「これでも 喰らえい!」

[ ヘルバトラーは イオナズンを となえた! ]

アルス「そうはさせない!」

[ アルスの からだから あやしいきりが ふきだし あたりをつつんだ! ]
[ すべてのものたちに かかっている じゅもんの ききめが なくなった! ]

*「な なぜだ! なぜ呪文が 発動せん!」

シャーク「遅い!」

呪文がかき消され狼狽する魔獣にすかさず総領が重い一撃を繰り出す。

*「ぐぬおお!」

アルス「おおおっ!!」

そしてそのまま少年が大きく振りかぶり、魔人の如くその頭目がけて獲物を振り下ろす。

*「…………………!」

何かが砕ける音と共に魔獣は力なく、血の海の中へ沈んでいった。

*「おのれ 貴様ら よくも ここまで……!」

遂に最後の一体となった鋼鉄の鎧が恨めしそうに軋み、呪詛のような言葉を吐き散らしている。

シャーク「いいたいことは それだけか。」

アルス「いくぞ!」

歯の浮くような金属音をかき消すように二人は鎧に向かって走り出す。

シャーク「ふんっ…!」

懐まで潜り込んだ総領がその足に刃をかけて思いっきり引っ張る。

*「ぬおおっ!?」

脚を取られて鎧はたまらず仰向けに寝転がる。

シャーク「っ…!」

アルス「これで… 終わりだああっ!」

少年は腕にまばゆい光の剣を作り出すとそれを握りしめ、鎧に向かって究極の一撃を振り下ろした。





[ アルスは アルテマソードを はなった! ]




688 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:31:21.67 ID:I8BPs1sh0



マリベル「…………………。」



魔城跡で激しい戦いが繰り広げられている頃、
部屋で一人休んでいた少女は先ほど少年の本当の母親から聞かされた話を思い出していた。

…………………

“あの子は… アルスは 本当は 私と シャークアイの子供だったのです。”

“それが コスタールが魔王に 封印されて程なくして 私のお腹の中から消え
水の精霊さまの加護によって 未来のエスタード島に託されたと 海底王さまは おっしゃっていました。”

“私たち 水の精霊のチカラを受け継ぐ 一族の長は 代々 体に 精霊の紋章を 身体に宿すと言われておりますが……。”

“あなたも 見たのでしょう。あの子の 腕にアザがあるのを。”

“夫の話では あの子が 水竜の剣を掲げた時 夫に宿っていた 半分の紋章が あの子に宿り 完全な形になったと言います。”

“それは紛れもなく あの子が 私たち一族の血を引いている証……。”

“そして あの子の顔を見た時に持った 不思議な感覚……。”

“私のは直感でしたが 夫は確信したようです。”

“……あの子こそが 私たち夫婦の 失われた 光だったと。”

“でも このことは あの子と 私たち夫婦の秘密……。”

“あの子には 大切に育ててくれた 両親がいます。”

“私たちが できなかったことを 代わりにしてくれた……。”

“…あの子は 夫の跡ではなく ボルカノさんの跡を継ぐことを 選びました。”

“残念と言えば 残念ですが それはあの子が決めること。何も してあげられなかった 私たちが 決めることではありません。”

“……私たちは あの子の決めた道を 陰ながら 見守ることにしました。”

“それが 私たちにできる 唯一の親としての務め。”

“きっと あの子なら どんな世界でも 立派に生きていける。私たちは そう 確信しています。”

…………………

689 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:32:13.25 ID:I8BPs1sh0

マリベル「…………………。」

頭では理解できていたが、心の底ではまだ整理が付けられずにいた。
ただの幼馴染と思っていた彼がそれほどの重たい宿命の下に生まれていたとは夢にも思わなかった。
彼は最初から運命づけられた人生を生きてきたのだ。時代を超え、多くの人々と大切な家族の願いを一身に受けて。

あの気弱でおとなしく、引っ込み思案だった少年が。

マリベル「アルス……。」

魔王を倒す旅の途中で時折見せた彼の物思いに耽った顔の裏にそんな事情が隠されていたことなど、
ずっと隣で歩いてきた少女も、コスタールでの出来事を知っている仲間たちでさえも知らなかったのだ。

“どうせくだらないことでうじうじと悩んでいるのだろう”

そんな風に思ってしまった自分を恨めしく思う。

いつも何も考えていないような顔しておきながら彼は心の底でずっと家族のことで思い悩んでいたのだろう。

マリベル「どうか……。」

本当の父親を助けに行った彼は今、何を思い、どんな顔をしているのだろうか。

マリベル「どうか 無事に帰ってきて……。」

少女は少年の帰還をただ祈るのだった。


690 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:33:04.34 ID:I8BPs1sh0



シャーク「すまない アルスどの。」



戦いを終えた少年と本当の父親は海賊たちの手当を終え、ようやく落ち着いて会話を始める。

アルス「いえ 間に合って 本当に良かったです。」

シャーク「あのままでは 確実に 全滅していただろう。情けないことだ……。」

アルス「…むしろ これほどの数を相手に 生き残れた方が 不思議なくらいです。」

シャーク「うむ。我が一族の中でも 選りすぐりの戦士たちを 集めたのだったが……。」
シャーク「また アルスどのに 助けられてしまったな。」

アルス「いいんです。ぼくにできることは これぐらいしかありませんし……。」

シャーク「はっはっは! 何を言うか! 命を助けられてこれ以上 何をしてもらえと 言うんだ。」
シャーク「心から 礼を言わせてもらうよ。」

総領は高らかに笑うと少年の肩を叩く。

アルス「は ははは……。」

少年は照れ隠しをするように笑って頭を掻く。

シャーク「さて どうやら 魔物はすべて片づけたようだし そろそろ 帰るとするか。」

アルス「地下は やっぱり 崩れて 埋まってたみたいですね。」

シャーク「どうも それが 幸いしたようだ。」
シャーク「もし 地下の魔物まで 襲ってきていたら 今頃 我々は 髪の毛一本残っていなかっただろう。」

総領は腕を組んで何度も頷く。

アルス「この上は どうなっているんでしょう。」

シャーク「どうやら 上にはもう 何もいないようだ。」
シャーク「仲間が何人か 調査に行ったのだが 何の気配も 感じられなかったそうだ。」

アルス「そうですか……。」

シャーク「では 行くとしようか。みなも 待っているだろうしな。」

*「「「おおっ!」」」

総領は海賊の戦士たちに合図を送ると、辺りを警戒しながらゆっくりと地上へ降りていく。



遂に誰もいなくなった城内からは、ただ血と死臭の混じった戦場の匂いだけが立ち込めていたのだった。


691 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:34:03.65 ID:I8BPs1sh0

*「……帰ってこねえな。」

*「まさかとは 思うがよお……。」

地平線に夕日が完全に沈みかけた頃、双胴船の客室に通されたアミット号一行は少年や海賊たちの帰りを待ちわびていた。

*「あの アルスさんが そう簡単に やられるわけないじゃないですか!」

最悪の結末を想像する漁師たちに飯番の男が叱咤する。

コック長「そうだともよ。魔王を倒しちまうようなやつが そんじょそこらの魔物相手に くたばったりしないだろうよ。」
コック長「そうでしょう ボルカノ船長。」

ボルカノ「…………………。」

呼ばれた船長はただ黙って窓の向こうに見える巨塔の入口を眺めていた。
彼は何も語らなかったがその背中はどこか確信を得たように堂々たるもので、彼がいかに少年を信頼しているかを物語っていた。



ボルカノ「……来たか。」



不意に船長が口を開く。

*「えっ!」

*「ほ ホントですか!!」

その言葉に漁師たちは一斉に窓に群がる。

*「ああっ 見えた! あそこだ!」

*「アルスさんだけじゃない!」

*「海賊たちも 一緒だぞ!」

少年たちの姿を見つけた漁師たちは一斉に声を上げる。

ボルカノ「…迎えに行くか。」

船長はにやりと笑うと男たちにそう告げる。

*「「「おおっ!!」」」

それを聞いた漁師たちは部屋を飛び出し、甲板へと続く階段を目指して走り出す。
見れば船の乗組員たちも精鋭達の帰還を聞きつけ脇目も振らずに甲板へと向かっている。

漁船アミット号の男たちはそれに負けじと階段を駆け上っていったのだった。


692 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:34:49.48 ID:I8BPs1sh0

シャーク「ここまで来れば 大丈夫だろう。」

魔塔の入口まで戻ってきた総領が呟く。

アルス「どうやら 本当に 魔物はいなくなったみたいですね。」

*「くぅ〜! 生きて帰ってこられて 良かったぜ!」

*「カミさんに 早く 会いてえなー!」

*「これで 魔王との因縁も 遂に 切れたってわけですな!」

シャーク「……そうだな。」

仲間たちの嬉しそうな声を聞きながら総領は穏やかな声で応える。



*「おーい!!」



その時、海の方からこちらに向かって叫ぶ声が聞こえてきた。

アルス「ん……?」

*「あれは……。」

シャーク「…どうやら 迎えが 来たようだな。」

そう言って一行が見やる先には大手を振ってこちらにやってくる大勢の海賊たちの姿があった。

*「キャプテン! キャプテン・シャークアイ!!」

*「みんなー! 無事かー!」

*「あなたー!」

駆け寄ってくる船員たちを迎えて精鋭たちは再開を喜ぶ。

*「おおっ……!」

*「みんな 来てくれたのか!」

*「へへっ 待たしたな。」

続々とやってくる海賊たちの後ろの方に見えた人影に、少年も思わず声を上げる。

アルス「あっ……!」

*「おーい!」

*「アルスさーん!」

*「アルスー!」

アルス「みんな……!」

シャーク「……行ってやれ。」

顔を上げて目を見開く少年に総領は優しく声をかける。

アルス「……はいっ!」

元気よく返事をすると少年は仲間たちのもとへ、大切なもう一人の親の元へと駆け寄って行くのだった。
693 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:35:53.47 ID:I8BPs1sh0

*「シャークアイさま!」

*「おかえりなさい キャプテン!」

*「みんな よく 戻って来てくれた!」

*「良かった! ホントに良かったよ〜!!」

一行が双胴船に戻ってからというものの甲板は精鋭たちの帰りを待ちわびていた乗組員たちで埋め尽くされていた。

シャーク「みな 心配をかけたな。」

総領は微笑みながら力強く片腕を挙げてそれに応える

*「シャークアイさまー!」

*「ばんざーい!」

*「さあ お部屋へ! アニエスさまが お待ちですぞ!」

シャーク「ああ。」

船員の言葉に小さく頷くと総領は後ろにいる仲間たちへと声をかける。

シャーク「集まってくれた 戦士たちよ! よくぞ われらが船に生きて戻った!」
シャーク「ここで 調査隊を解散とする! 後は 自由に 体を休めていてくれ。」



*「「「おおっ!!」」」



総領の号令と共に戦士たちは帰りを待っていた仲間のもとへとそれぞれ歩み寄っていくのだった。
694 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:36:31.57 ID:I8BPs1sh0



シャーク「アルスどの。」



それを見届けた総領は戦士たちの後ろの方に立っていた漁師たちに近づき少年に声をかける。

シャーク「この度は 危ないところを助けていただき 誠に感謝する。」
シャーク「おかげで こうして 家族たちと 再会することができた。」

そう言って総領は少年にゆっくりと敬礼する。

アルス「いやあ よしてください……。」

少年は首を横に振って顔を上げるように促す。

シャーク「…さて この後 戦士たち全員の 無事の帰還を祝って 宴をするのだが もちろん あなたがたも 参加してくれますな?」

総領は一行を見渡すとどこか確信を得たような表情で微笑む。

アルス「父さん。」

隣に立つ父親を少年が見上げる。

ボルカノ「…まあ どうせ 今日は ここで 一泊する予定だったからな。」
ボルカノ「せっかくだし ご厄介になるとしようじゃねえか!」

*「ひゃっほーい!」

*「酒だ 酒だー!」

コック長「こりゃ この船の料理を味わえる チャンスだな。」

*「ちょっと 厨房 のぞかせてもらいましょうよ!」

船長の言葉を聞いた漁師たちは沸き立ち、早くもお祭り騒ぎとなっている。

アルス「…………………。」

少年は微笑みながら黙ってそれを見つめていたが、やがてそこにいるべきはずの人物が一人いないことに気付く。

アルス「あの マリベルは?」

*「んっ? マリベルおじょうさんなら どっかにいると思うが……。」

少年は漁師の言葉を聞くと少しだけ目を伏せる。

アルス「そうですか……。」

そんな少年のところへ総領がやってきて語り掛ける。

シャーク「……アルスどの 少し 付き合ってもらえないか。」

アルス「え ええ……。」

シャーク「ボルカノどの しばしの間 アルスどのを お借りします。」

ボルカノ「ええ。」

シャーク「では 行こうか。」

総領は漁師頭にそう告げると、少年を連れて船長室の方へと歩みだした。

ボルカノ「…………………。」

そんな二人の背中を漁師頭はただじっと見つめているのだった。



695 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:38:05.63 ID:I8BPs1sh0

宴の準備で慌ただしく動き回る船員たちの合間を縫いながら船長室の手前までたどり着くと、総領は階段の上に語り掛けた。

シャーク「アニエス! いま 戻ったぞ!」

そして隣に立つ少年に目線だけやって言った。

シャーク「……行こうか。」

アルス「…はい。」

少年は小さく返事をすると総領の後に続いて階段を上っていった。



アニエス「お帰りなさい あなた。そして アルス。」



階段を上りきった二人に人魚が呼びかける。

シャーク「ただいま アニエス。」

そう言って総領は妻の隣に腰掛ける。

アニエス「アルス あなたも こっちに来て?」

シャーク「紹介しよう。わが妻の アニエスだ。」

アルス「あ あの……。」

目を輝かせている総領に少年は気まずそうに声をあげる。

シャーク「ん?」

アニエス「ふふっ あなた。」

不思議そうにしている夫に人魚はおかしそうに笑う。

アエニス「もう 私たちは 三度も 会ってるんですよ。」

シャーク「なっ… そ それは 本当か!」

アルス「は ははは……。」

滅多に見せない総領の焦り様に少年も少しだけ気まずそうに笑う。

シャーク「ご ゴホン! ……ま そういうわけだ。」

アニエス「うふふ……。」
アニエス「なんだか……夢のようだわ。」

そう言って人魚は静かに瞳を閉じる。

シャーク「むっ?」

アニエス「こうして 時を超えて あなたと再会して そして 今度は 失くしたと思っていた わが子に会えるだなんて。」
アニエス「それも こんなに 立派になって……。」

シャーク「……そうだな。」

696 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:38:54.45 ID:I8BPs1sh0

総領は妻の手を握り優しく微笑むと、少年の顔を見つめてその名を呼ぶ。

シャーク「アルスどの…… いや アルス。」

アルス「……はい。」

シャーク「海底王や 水の精霊の話を 聞いて すでに わかっていたかもしれないが……。」
シャーク「お前こそ 水の精霊により 未来に託された オレたち夫婦の子なのだよ。」

アルス「……はい お父さん。」

少年は少しだけ複雑な表情でそれに応える。

シャーク「大きくなったな。……いや 会った時には すでに 大きかったか。」

アニエス「あなたっ。」

シャーク「おお そうだったな。」

妻に咎められた総領は思い出したように呟くと、自分の想いを少年に告げる。

シャーク「アルス こうして 名乗り出たからと言って 跡を継げと 言うつもりはない。」
シャーク「オレたち一族の役目は 終わったのだ。」
シャーク「これから どうするかは まだ決まっていないが オレたちは また 世界を航海しながら お前たちが勝ち取った平和を 見守って行こうと思う。」

アニエス「だから あなたは 自分の選んだ道を しっかりと 歩んでいってくださいね。」

アルス「……ありがとうございます お父さん お母さん。」

本当の両親の想いに触れ、少年は照れくさそうに眼を伏せて頭を掻いていたが、
やがて二人の顔を見つめ、はっきりと返事をするのだった。

アニエス「ああ アルス! もう一度 抱きしめさせてちょうだい……!」

アルス「お母さん……。」

両手を広げる人魚の母親に少年はそっと身体を寄せ、優しくその体を抱きしめる。

アニエス「うっ… うっ……。」

シャーク「お前は オレたちの 誇りであり 宝だ。」

妻の涙を拭いながら夫は少年に語り掛ける。

その顔は、紛れもない父親の顔だった。


697 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:39:59.19 ID:I8BPs1sh0

シャーク「そういえば アルス このことを ボルカノどのは もう ご存じなのか?」

ひとしきり再開を喜んだ後、総領は気になっていたことを口にする。

アルス「……いえ まだ 言っていません。」

どこか思いつめた様な表情で少年は答える。

シャーク「そうか……。いや それは お前が決めることだ。」

アルス「……はい。」

シャーク「お前が 望むなら オレたちは秘密として 黙っておこう。」

アニエス「もし その時が来れば 私たちにも 教えてくださいね。」

アルス「……はい。」



アニエス「ああっ いけない!」



ハッとしたかのように人魚が口元を隠す。

アルス「どうしたんですか?」

アニエス「あなたの帰りを 待っていたのは 私たちだけじゃ なかったんだったわ!」

シャーク「……?」

事情を知らない父親は何のことかわからず首を捻っている。

アルス「そ そうだ マリベルを見てませんか?」

言われて思い出したのか少年も慌てて少女の行方を尋ねる。

アニエス「きっとまだ 客室で お休みになっているはずだわ。」

シャーク「…なるほど それなら 早く 行ってあげるといい。」

意を得た父親が少年を促す。

アルス「で でも……。」

シャーク「見つけたんだろう? おまえの 相棒。」

アルス「お父さん……。」

微笑む父親に少しだけ困ったような顔で少年は呟く。

アニエス「もう あなたっ それを言うなら 伴侶ですよ。」

そんな夫の言葉を正して母親が目を細める。

アルス「お お母さん……!」

アニエス「女の子を待たせては いけませんことよ? アルス。」

アルス「……失礼します!」

母親の一言に後押しされ少年は転びそうになりながら階段を駆け下りていった。

シャーク「……まだまだ 若いな。」

そんな様を見届け父親が呟く。

アニエス「あら それをいうなら あなただって。この前の 夜なんて……。」

そう言って妻は顔を両手で隠して赤らむ。

シャーク「あ あの時は 喜びのあまり その…… いろいろと な。」

再開した日のことを思い出す妻に夫は鼻を掻いてボソボソと言う。

アニエス「もうっ これから 時間はたっぷり あるじゃないですか。」

シャーク「……そうだな。」

そうして再び手を重ねる妻の顔を見ながら総領は赤い顔で微笑むのだった。
698 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:42:08.30 ID:I8BPs1sh0



アルス「ここは……っ!」



*「おや アルスさま どうしたんですか こんなところへ。」



アルス「ご ごめんなさい 間違えました……!」

その頃船長室を飛び出した少年は彼を待ち詫びているであろう少女の元を目指してあっちへこっちへと走り回っていた。

アルス「こ ここは…!」



*「んっ?」



アルス「違う!」

アルス「今度こそ!」



*「あら アルスさまったら 乙女の部屋に ノックもせずに 大胆なんだから……!」



アルス「うわっ ごめんなさーい!」

何度か足を運んでいたはずだったがその巨大さゆえに少年はお目当ての部屋を探し当てることができずにいた。

アルス「ここは……!」



*「あ アルスさまだ! ねえねえ アルスさま 握手して!」



アルス「えっ あ うん……。」
アルス「ねえ ボク。お客さんの部屋って どっちだっけ?」

*「あっち!」

アルス「ありがとう!」

アルス「こ 今度こそ……。」
アルス「マリベルっ!」



*「あん? おじょうさんは 向こうの部屋だぞ。」



アルス「す すいません……。」

もう何度いったかわからない謝罪の言葉を口にしてから少年は指示された扉の前で息を整える。



“コンコンコン”





*「……どうぞ。」




699 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:43:13.84 ID:I8BPs1sh0

扉の向こうから返ってきた声を聞いて少年は思い切って扉を開ける。

アルス「……見つけた!」

少女は部屋の隅に置かれたベッドに腰掛け、一人物思いに耽る様に窓の向こうを見つめていた。

マリベル「…アルス……。」

少女の姿を見つけて安心したように表情の明るくする少年とは対称的に、振り向いた少女の顔はとても暗かった。

アルス「……マリベル?」

少年が少女の手を取りその名前を呼ぶも当の本人の表情は尚も晴れない。

マリベル「……おかえりなさい。」

アルス「どうしたの?」

不審に感じた少年は少女の隣に座ると心配そうにその顔を覗き込む。

マリベル「……ううん。なんでもないの。」

そう言って少女は自分の体を抱きしめるように腕を組み瞳を閉じる。

アルス「も もしかして まだ 辛いの?」

昨日に引き続き今日も体の調子が良くないのだろうかと少年はその身を案じて訊ねる。

マリベル「ちがう… 違うのよ……。」

それすら否定する少女の声は今にも消えてしまいそうで、まるで触れたら壊れてしまいそうな儚さを湛えていた。

アルス「……なにか あったんだね。」

マリベル「…………………。」

少女は何も答えず、ただ少年の目をじっと見つめていた。

だがそれは少年の問いに対する何よりもの答えだった。

アルス「……そう。」

少年はそれ以上何も聞かず、少女の体を壊してしまわないようにそっと抱きしめる。



アルス「きみに 言わなくちゃいけないことがあるんだ。」



マリベル「えっ……?」



少年は少女の耳元でそっと囁く。

これまで自分が誰にも打ち明けずに黙っていたことを、少女に話す決心を付けたのだ。





アルス「ぼくが 本当は何者なのか。」




700 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:44:19.15 ID:I8BPs1sh0

マリベル「っ…!!」

その言葉を聞いた瞬間、少年に抱かれていた少女の体がぎゅっと強張る。

アルス「ぼくは 本当は……。」



マリベル「待って!!」



アルス「っ……!?」

突然耳元で叫ばれ、少年は驚き目を見開く。

マリベル「言わないで……。」

少年を止める声は、少しだけ震えていた。

アルス「マリベル……?」

マリベル「……あなたの お母さんから 聞いたわ。」

アルス「……アニエスさんから?」

マリベル「…んっ……。」

少女は無言で頷く。

アルス「じゃあ シャークアイさんが ぼくの 本当の父さんだってことも?」

マリベル「うん……。」

アルス「そっか……。」
アルス「本当は ぼくの口から 言おうと思ってたんだけど……。」

そう言って少年は目を伏せる。

マリベル「……あなたのお母さんが 謝ってたわ。」
マリベル「でも あたしには 先に 知っておくべきだって……。」

アルス「そう… だったんだ。」

マリベル「あ あたしね……?」

少女は少年の身体を押して少しだけ間を開ける。

アルス「うん?」

マリベル「あなたの親が誰で どんな運命の元に生まれたかなんて 関係ないわ。」

そして少年の目を見つめると力強く言い放つ。

マリベル「あなたは あなたよ。アルス。あたしの大好きな。」

アルス「…マリベル……。」


マリベル「だから… だから 独りで背負わないで。」


アルス「…………………。」

マリベル「んっ……。」

少年は目を閉じるとそのまま少女の唇を塞ぐ。

アルス「……ありがとう マリベル。」

マリベル「いいのよ アルス。」

そして少女は少年の頭を抱き、そのまま自分の胸に押し付ける。

マリベル「…ふふっ 少しはスッキリしたかしら?」

アルス「……うん。」

マリベル「…………………。」

“すっきりしたのは あたしの方だったかしら?”

目を閉じる少女はどこかでそんなことを思いながら体を揺らすのだった。
701 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:45:51.02 ID:I8BPs1sh0



マリベル「……ねえ アルス。」



アルス「ん?」

しばらくそうして少女の鼓動を感じていた少年だったが、不意に少女に呼ばれて顔を上げる。

マリベル「これから どうするの?」

アルス「これから……?」

マリベル「ボルカノおじさまには このこと まだ 言ってないんでしょう?」

アルス「うん……。」

マリベル「いいの?」

アルス「…………………。」
アルス「……怖いんだ。」

マリベル「なんて言われるかが?」

アルス「きっと 父さんは ぼくが 自分と血のつながりのない子どもだって知ったら 傷つくだろう。」
アルス「父さんだけじゃない 母さんもだ。たいへんな思いをして 産んで育てた子供が 赤の他人の子だった なんて 知ったら……。」
アルス「その時 ぼくは なんて言ったらいいか わからないんだ。」

マリベル「…………………。」

絞り出すようにして吐き出された言葉が部屋の空気の中に溶けていく。

アルス「…………………。」

マリベル「…あたしは さ。」
マリベル「あの二人なら きっと あなたのこと わかってくれると思うな。」

アルス「えっ……?」

マリベル「だって あなたは 本当の両親が誰かを 知っても ボルカノおじさまの元で生きるって 決めたじゃない。」
マリベル「あなたは それでも あの二人のことを 本当の両親だって 思ってたからこそ 海賊じゃなくて 漁師になるって 決めたんじゃないの?」
マリベル「……だから 夢を叶えたんじゃないの?」

アルス「そう… そうだけど……。」

マリベル「……それに。」

そう言って少女は少年の頬に両手を添え愛おしげに微笑む。

マリベル「もしも あなたが 勘定されちゃったとしても あたしは あなたについてってあげるから。」

アルス「ま マリベル……!?」

マリベル「だから 勇気を出して アルス。」

アルス「…………………。」
アルス「…………………!」

少年はしばらく呆気に取られたように少女を見つめていたが、
やがてその目に色が戻ると拳を堅く握り、力強く頷いてみせた。



マリベル「さあ いつまでも ここにいちゃ 宴に遅れちゃうわ!」



アルス「うん 行こう! みんなが待ってる。」



そう言うと少年は少女の手を取って甲板へと歩き出すのだった。


702 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:47:55.76 ID:I8BPs1sh0

*「おっ きたきた!」

*「探しましたよ アルスさま!」

甲板へとやってきた少年と少女は大勢の海賊たちに迎え入れられた。
皆が二人を見て歓声を上げているのが聞こえてくる。

*「きゃ〜っ!」

*「おやおや こりゃまた なんと お似合いな お二人なことだよっ!」

*「キャプテンと アニエスさまも きっと お喜びでしょう!」

少女の細い腰を抱いてリードする少年を見て女性たちが黄色い声を上げている。

マリベル「ううっ なんか 恥ずかしいわ。」

アルス「そ そうだね……。」

そうやって気まずそうに言いながらも二人は離れようとしない。
少年はますます少女を自分に引き寄せ、少女は少年の服の裾を引っ張る。

*「よお 来たか! 二人とも!」

*「待ってたぜ アルス マリベルおじょうさん!」

甲板の一角でたむろしていた漁船アミット号の一行の元へ近づくと、少年たちに気付いた漁師が大声で呼ぶ。

*「やっぱり 二人がいねえと 始まんねえな。」

コック長「二人とも あんなに 立派になって……。」

*「コック長 泣くのはまだ 早いですよっ。」

こちらへやってくる二人を見て早くも感極まりまなじりに涙をためている料理長を、もう一人の料理人がなだめる。

ボルカノ「戻ってこねえから なんかあったのかと 心配したぜ。」

そして男たちの中央でどっしりと構えていた漁師頭がにやりと笑ってみせる。

アルス「ごめんごめん 父さん。」

マリベル「うふふっ ちょっとね。」

そんな父親の姿を見て安心した少年は少しだけおどけてみせる。



ボロンゴ「み みなさん 準備が整いましたので どうぞ まんなかへ!」



そこへ中央の船室から出てきた海賊が開会のため一行を案内しにやってきた。

ボルカノ「おし! おまえら 行こうぜ。」

*「「「ウスッ!!」」」

漁師頭の号令で一行は男に続いて歩き出す。

ボロンゴ「しょ 少々 お待ちを!」

中央までやってくると男は再び船室の中へと入っていく。

マリベル「アルス。」

アルス「ん?」

マリベル「……どうするの?」

アルス「落ち着いたら あの二人を交えて 話そうと思う。」

マリベル「わかったわ。……あたしも 一緒だからね。」

アルス「ありがとう。」



*「みな 待たせたな!」


703 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:48:50.65 ID:I8BPs1sh0

その時、二階の船室の扉が青服の男に開けられ、中から黒い長髪の男が人魚を抱えて人々の前に姿を現した。

*「おおっ! シャークアイさま!」

*「アニエスさま!」

カデル「みな 静粛に!」

一斉に歓声を上げる乗組員たちに副長が叫ぶ。

シャーク「大丈夫か?」

アニエス「ええ。」

海賊の総領は人魚を椅子に座らせると観衆の方へと向き直る。

シャーク「みな! よく 集まってくれた!」
シャーク「長きにわたる 調査と 戦いの末 われわれはこうして 帰ってきた。」

*「「「おおおおっ!」」」

*「「「シャークアイさまー!」」」

カデル「静粛に!」

シャーク「……精鋭ぞろいとはいえ 調査は 苦しいものだった。」
シャーク「しかし もう少しで 全滅せんという時 幸い 駆けつけてくれた若者に われわれは救われたのだ!」
シャーク「アルスどの こちらへ。」

アルス「は はい!」

マリベル「ほらっ いったいった!」

緊張した面持ちの少年の背中を少女がそっと押す。

アルス「うん……!」

そうして少年が階段を上がり総領の隣まで来ると、総領はその名を叫ぶ。

シャーク「ここにいる 若者こそ われらが一族の救世主にして 世界の英雄 アルス!」

*「「「うおおおっ!!」」」

*「アルスさまー!」

*「アルスどのー!」

カデル「静粛にっ!!」

シャーク「ここに 今日という良き日を祝って 祝杯をあげる!」
シャーク「みな 杯は持ったか!」

そう言って総領は仲間たちから自分の盃を受け取ると辺りをゆっくりと眺める。

そしてその盃を高らかに掲げ、力強い声で言い放った。



シャーク「乾杯!」



*「「「かんぱーい!!」」」


704 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:51:23.64 ID:I8BPs1sh0

音頭の後はもう収拾も付かないどんちゃん騒ぎとなった。
普段は石像のように表情を崩さない強面の戦士も、酒の大好きな船乗りも、
いつでも笑顔の踊り子も、おしとやかで通しているはずの婦人まで、
老若男女入り混じり皆楽しそうに踊り、歌い、山のようなご馳走を囲み、酒を酌み交わした。

*「ひゃっほーう! 今夜は死ぬまで飲むぜー!」

*「ちょっと うちの息子見なかったかい?」

*「アルスさま 素敵……。」

*「おおい 料理を運ぶの 手伝ってくれー!」

*「マール・デ・ドラゴーンは永遠に不滅だー!」

*「ららら〜 われらが 水の精霊よ〜 わ〜れら〜を みちび〜き〜た〜まえ〜。」

甲板のいたるところで思い思いの会話に華を咲かせ、その表情は幸福の色で満ち溢れていた。

コック長「むむっ この味付けは なかなか……!」

*「なあなあ この船じゃ どんな漁をしてんだ?」

*「うわっ おいしいっ! これ どうやって 作ったんだ!?」

多くの海賊たちの中に混じって漁船アミット号一行もなかなか味わえない船上での宴に浮かれ、少しずつその中に溶け込んでいった。

アルス「す 少し 食べすぎたかも……。」

マリベル「あんたねえ。後で お腹壊しても 知らないわよ?」

そんな中、少年と少女もひとしきり挨拶を終え、今は総領やその妻、そして顔見知りの海賊たちを交えて輪を作っていた。

シャーク「はっはっは! これほど大きな宴を開いたのは 実に 何年ぶりだろうか。」
シャーク「…いや 正確には 何百年ぶり だったかな?」

総領が愉快そうに笑う。

アニエス「あなた あんまり はしゃぎすぎると お体に 触りますよ?」

シャーク「はっはっは! そう言うな。こんなにめでたい日に 騒がずして いつ騒げというのだ。」
シャーク「少しくらい 浮かれても 罰は当たらないだろう。」

カデル「そうですとも アニエスさま。ささっ アニエスさまも グラスが空っぽですぞ!」

そう言って副長は瓶を持ち出すと人魚の杯に赤く輝く液体を注いでいく。

マリベル「あれ カデルさん それって……。」

カデル「おや マリベルさん これを ご存知ですかな?」

瓶を指さす少女に副長が尋ねる。

マリベル「ねえ アルス これって もしかして……。」

アルス「……ビバ=グレイプだ!」

少年は少女と顔を合わせるとその液体の正体をピタリと当てて見せる。

カデル「さすが 世界を旅してきただけあって 博学ですな!」

ボロンゴ「先日 ユバールの方々を 船に乗せた時に 渡し賃として 置いていってくれたんです。」

大樽を叩きながら下っ端の男が笑う。

マリベル「まあ! ユバールの民が!?」

アルス「あちゃー 会いたかったな……。」

“ユバール”と聞いて二人は神の復活の儀式を最後に行方の分からなくなった放浪の民のことを、
そして過去に残った親友とすごした晩のことを思い出していた。

カデル「お二人も お召しになりますか?」

マリベル「……もちろん!」

アルス「いただきます。」
705 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:52:20.36 ID:I8BPs1sh0

そう言って二人は副長からぶどう酒を受け取ると、その透き通るような濃い赤色に鼻を近づける。
杯の中から香るどこか懐かしい香りはあの時の情景を思い出させるように二人の鼻をくすぐる。
揺らめく炎、美しく儚く、もの悲しいトゥーラの調べ、情熱的な娘たちの踊り、すべてがあの時のままのように二人の記憶を呼び覚ましていく。

マリベル「なんだか なつかしいわね。」

アルス「……うん。」

二人は瞳を閉じ、記憶の糸を手繰り寄せるように一口、また一口、甘みと渋み、そして酸味を共に思い出の味を飲み干していく。

マリベル「……おいしいね。」

アルス「…………………。」

マリベル「……アルス?」

少女は空っぽになった杯をじっと見つめる少年の名を呼ぶ。

アルス「マリベル。」

マリベル「なあに?」

アルス「これ 父さんにも あげたいんだ。」

少年は少女の顔を見てそう告げる。

マリベル「……行くのね。」

アルス「うん。」

少年の顔に、もはや迷いの色はなかった。

アルス「父さんを 連れてくるよ。」

そうして少年が歩き出そうとした時だった。

マリベル「待って。」

アルス「っ……?」

マリベル「……あたしが行くわ。」

少年の肩に一瞬だけ手を添えると少女はそのまま雑踏の中に消えて行ってしまった。

アルス「…………………。」
アルス「カデルさん ボロンゴさん。」

しばらく少女の消えた跡を眺めていた少年だったが、振り返ると二人の海賊に声をかける。

ボロンゴ「なんでしょうか アルスさま。」

アルス「人払いを お願いできませんか。ぼくたちと シャークアイさん アニエスさんだけで お話がしたいんです。」

カデル「かしこまりました。」

少年がそう伝えると二人はすぐに辺りの人々を辺りから遠ざけ、少し離れたところで邪魔が入らないように見張りを始める。

アルス「お父さん お母さん。」

シャーク「なんだい アルス。」

アニエス「……ボルカノさんに お話しするのですね?」

人魚の母親は少年の意図がわかっていたらしく、少しだけ目を細めて少年を見上げる。

アルス「……はい。」

シャーク「そうか…… わかった。」
シャーク「この先何が 起ころうと オレたちは お前の味方だ。」
シャーク「臆することなく 思いの丈を ぶつけるといい。」

そう言って総領の父親は少年の肩を叩く。

アルス「ありがとうございます お父さん。」

アニエス「……いらしたみたいね。」

アルス「…………………。」

人魚の見据える先にはさきほどまでいた少女と、少年のもう一人の父である大男が立っていた。
706 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:54:27.08 ID:I8BPs1sh0

ボルカノ「おう アルス ここにいたのか。」
ボルカノ「……と なんだ シャークアイさんに アニエスさん…だったよな?」

少女に連れられやってきた漁師頭は少年たちを見つけると
相変わらずちっとも酒酔いしていなさそうな顔でいつものように呼び掛ける。

アニエス「ボルカノさん 楽しんでおられますか?」

人魚がにっこりと微笑む。

ボルカノ「ええ おかげさまで 上手い料理に酒までご馳走になっちまって…… 助けてもらった時といい みなさんには 頭が下がるばっかりだぜ。」

そう言って男は申し訳なさそうに頭を下げる。

アルス「父さん はい これ。」

そんな父親に少年が杯を手渡す。

ボルカノ「ん? こりゃあ なんだ?」

男はそれを受け取ると盃の中をまじまじと覗き込む。

アルス「ビバ=グレイプっていう ブドウのお酒なんだ。」
アルス「父さんにも 飲んでほしくってさ。」

明るい声とは裏腹に少年はどこか伏し目がちに言う。

ボルカノ「ははは そりゃ 悪いな。どれ ひとつ いただくとしようか。」

そう言って男は少しだけ香りを楽しんだ後、杯を傾けて半分ほど中身を飲み干す。

ボルカノ「おお… こいつはうめえな。オレにはもったいないくらい 上品で芳醇な味わいだ。」

杯から口を離すと男は正直な感想を述べる。

アルス「気に入ってもらえたみたいで 何よりだよ。」

そんな様子を見て少年は一瞬だけ笑顔を取り戻すが、やはりその表情はどこか堅く、真剣な面持ちでいる。



ボルカノ「ところで アルス。お前 何か オレに言いてえことが あったんじゃないのか?」



アルス「えっ……!」

ボルカノ「ここまで わざわざ マリベルちゃんに呼びにこさせたんだ 何か言いづれえことがあるんだろう?」

生まれた時からずっと接してきたからなのか、親としての直感なのかはわからない。
だがどうやら少年のことは彼にもまた、お見通しのようだった。

ボルカノ「思えば オレが 家に帰ってから ずっとそうだったな。」
ボルカノ「なんだか 妙に よそよそしい時があったりよ… いったい どうしたってんだ? アルスよ。」

そう言って男は浮かない少年の顔をじっと見つめる。

アルス「父さん… ぼくは……。」

その時だった。





マリベル「待って!」




707 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:55:50.93 ID:I8BPs1sh0

言いだそうとした少年を遮って少女が叫んだ。

アルス「っ…!?」

ボルカノ「どうしたんだ マリベルちゃん。」

突然のことに二人は驚き、少女を見つめる。
それは傍で見ていた本当の両親も同じだったようで、二人とも同時に少女の方へ振り向く。

マリベル「ボルカノおじさま。これから アルスが言うことが どんなことでも 決して アルスのことを 悪く思わないでください!」

少女は目をぎゅっとつむり、全身の力を籠めるように腹から思い切り声を出す。

アルス「マリベルっ……!」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「マリベルちゃん オレは こいつの父親だ。」
ボルカノ「たとえ こいつがどんなことを言っても オレは正面から 受け止める。…それが 親の務めってもんだ。」
ボルカノ「だから アルス。お前が オレの息子なら 言いてえこと ドーンと言っちまえ。言って 楽になっちまえ。」

少女の言葉にしばらく呆気に取られていた男だったが、やがて歯を見せて二カッと笑うと力強く語り掛ける。

アルス「あ…ぐっ…… 父さん……!」

そんな育ての親の言葉に思わず少年は涙ぐみ、からからに乾いてしまった喉を必死に動かして声を絞り出す。





アルス「ぼくは…… ぼくは……!」

























アルス「本当は 父さんと 母さんの子じゃないんだっ……!」
























708 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:58:13.67 ID:I8BPs1sh0



“言ってしまった。”



アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

シャーク「…………………。」

アニエス「…………………。」

少年が最後の言葉を吐き出した後、辺りは痛々しいほどの沈黙に包まれていた。
それは異様な様子を察した辺りの人々が思わず振り返ってしまうほどの静寂だった。

真実を告げてしまうということの恐ろしさを、少年はその身にひしひしと感じていた。

次に父親から放たれるのは、果たしてどんな言葉なのだろう。

次に父親が見せるのは、どんな表情なのだろう。

次の瞬間、自分はもうあの船にいられなくなるのではないだろうか。

もう、自分は大好きな母親の待つ家には帰れないのだろうか。

故郷で待つ大切な人たちとお別れしなければならないのだろうか。

まるで走馬灯のように少年の頭の中をぐちゃぐちゃになった思考の断片が駆け巡っていく。

ボルカノ「…………………。」










ボルカノ「……なんだ そんなことか。」









709 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 18:59:53.61 ID:I8BPs1sh0

しかし意外にも、否、最初から彼はわかっていたのかもしれないが、
男の口からこぼれた言葉は少年の予想を裏切るものだった。

アルス「えっ……?」

マリベル「っ……!?」

重い沈黙を破った予想外な感想に少年と少女は思わず言葉を失くす。

ボルカノ「うすうす 気づいてたさ。」
ボルカノ「お前が 母さんのお腹から6か月で 生まれてきた時も その腕にできた痣を見た時も おまえがいつの間にか 魔王を倒すほど 強くなったって 聞いた時も。」
ボルカノ「何より シャークアイさんと アニエスさんの顔を見た時によ ……わかっちまったんだ。お前が本当は この二人の子なんだってよ。」
ボルカノ「いったい どういういきさつで そうなったのかは わからねえけどな。」

アルス「父さん ぼくは……。」

ボルカノ「もう何も言うな。」
ボルカノ「たとえ お前とオレたち 血のつながりがなくてもよ… これまで 一緒に過ごしてきた時間は 本物だ。」
ボルカノ「だれが何と言おうと お前は オレと母さんの息子だ。……これまでも これからもな。」
ボルカノ「それにお前は オレの跡を継いで 漁師になることを 選んでくれたじゃねえか。」
ボルカノ「それが オレたち親子の 何よりの絆だ。そうだろう?」

アルス「…父さん……!」 

それ以上の言葉は出てこなかった。

少年は父親にしがみつくとそのまま静かに嗚咽を漏らす。

父親はそんな少年を力強く抱きしめる。

悩み傷ついた少年の心を包み込むように。

アルス「…………………。」

ボルカノ「…………………。」

シャーク「ボルカノどの……。」

アニエス「ボルカノさん……。」

ボルカノ「……なんでしょう。」

本当の両親に声をかけられ、父親は顔を上げる。

アニエス「確かに この子は 私たちの子です。」

シャーク「ですが この子は 立派に育ち こうしてわれわれの前に 姿を現してくれた。われわれが 望むものは もうありません。」
シャーク「どうか この子のことを よろしくお願いします。」

ボルカノ「……言われるまでもないことさ。」
ボルカノ「任してください。アルスは きっと 世界一の漁師に してみせます。」

深々と頭を下げる二人に父親は力強く応えてみせる。

710 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 19:01:21.07 ID:I8BPs1sh0

シャーク「マリベルどの。」

マリベル「は はいっ…!」

シャーク「これからも アルスを 支えてあげてはくれないか。」

アニエス「私に似て 少し 気の弱いところは あるけれど とっても 優しい子だから……。」
アニエス「時には あなたに迷惑を かけることも あるでしょうけど そんな時は そっと 背中を押してあげてくださいね。」

マリベル「……はい!」

本当の両親の想いを受け、少女は力強く返事をしてみせる。



マリベル「アルス!」



アルス「……マリベル。」

泣き腫らした瞳で少年が振り返る。

マリベル「いつまで 泣いてるの! せっかく 本当のことを 打ち明けられたんだから 後は 楽しく 飲みましょうよっ!」

そんな少年に少女はわざといつものように強気に叱ってみせる。

アルス「…………………。」
アルス「ふっ… は はは……!」

そんな少女の優しさが愛おしく、つい少年は笑ってしまう。

マリベル「ほら 涙も拭いて。もう 泣かないの。」

そういって少女は少年の顔をハンカチでそっと拭いていく。

アルス「……ありがとう マリベル。」

マリベル「いいってことよ。それより 喉乾いてない?」

アルス「……のもっか。」

少しだけ悪戯な少女の微笑みにつられるようにして遂に少年は笑顔を取り戻すのだった。

ボルカノ「そうと決まれば 湿っぽい話は終わりだ! せっかく うまい酒が あるんだ! もっと いただくとしようぜ。」

それを見て父親も豪放に笑いだす。

マリベル「さーんせいっ! さすがは ボルカノおじさまだわ!」

シャーク「ビバ=グレイプなら まだ たんまりある。遠慮しないで 飲んでくれ!」

少年と少女のやり取りを微笑ましく見つめていた総領だったが、
もう一人の父親の言葉を聞くとそれを後押しするかのように瓶を叩いてみせた。

アニエス「もうっ 二日酔いになっても 知りませんよ?」

シャーク「その時は お前に介抱してもらうから いいさ。」

アニエス「まあっ あなたったら。うふふっ。」

夫の言葉に少しだけ顔を赤らめると、人魚はそっとその手を絡める。



夜は更け、上弦の月が西の空に傾きかけた今でも尚、人々は宴を楽しみ、熱狂ともいえる夜は明け方まで続いた。

そうして空が白み始めた頃、明日からの旅路への希望を抱いて、人々はようやく眠りにつくのだった。





そして……

711 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/14(土) 19:01:49.53 ID:I8BPs1sh0





そして 夜が 明けた……。




712 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 19:06:42.18 ID:I8BPs1sh0

以上第23話でした。


原作では最後まで明確にアルスとシャークアイ、そしてアニエスの関係が語られることはありません。
精霊の紋章がアルスの腕に宿る決定的な瞬間、奇妙なことにあの場には誰もいませんでした。
よってアルスの仲間たちは誰一人として真相に気づいてはいません。
(それは各キャラクターのセリフからもわかりますね)
これはあの親子だけの秘密だったのです。

きっと少年は複雑な思いを抱えたことでしょう。
本当の両親と育ての両親、自分にとって大切なのはどちらか。
片方が死去しているならばまだしも、偶然の悪戯か二つの両親は同じ時代に存在してしまいます。

今回のお話はその二つの親が同じ場に会したらどうなるのかという疑問から、
主人公が自身の出生を巡る数奇な運命を受け入れ、
そのことを誰かと分かち合っていくまでの過程を書いてみました。

そしてもう一つ気になるのはダークパレス自体のことです。
この第23話で書いたようにダークパレスの地下部分は魔王の死によって崩れたと見ていいでしょう。
しかし、エンディングのブルジオの口ぶりからするに地上部分は崩れていません。
あの後あの建物はいったいどうなるのか。
万が一魔物が残っていたとして、それがいなくなったらあの塔は解体されるのでしょうか。
それともそのまま利用されるのか。
現実的に考えると前者だとは思いますが、本気でブルジオが購入するとなると話は別かもしれませんね。

…………………

◇無事親子の絆を確かめ合ったアルスたちは再び航海の旅へ。
しかし些細なことからマリベルの様子に変化が……?
713 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/14(土) 19:08:28.85 ID:I8BPs1sh0

第23話の主な登場人物

アルス
偶然再会したマール・デ・ドラゴーンで
自らの出生の秘密をボルカノに打ち明ける。

マリベル
アニエスの口からアルスの秘密を聞かされ、
ボルカノに打ち明けようとするアルスの背中をそっと押す。

ボルカノ
いつも船員の体力には配慮している。
アルスが自らの実子ではないと知っても尚、
彼のことを実の息子として再び受け入れた。

コック長
いつでもアルスやマリベルのことを気にかけている。
実はマール・デ・ドラゴーンの厨房で見学をしていた。

めし番(*)
いつもは頼りない雰囲気だが、
アルスたちのことを心から信頼している。

アミット号の漁師たち(*)
同じ海に生きる者として
マール・デ・ドラゴーンの船員たちとは気が合う様子。

キャプテン・シャークアイ
水の精霊のチカラを受け継ぐ一族の長にして
若くして海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領を務める。アルスの実の父親。
父親として息子の選んだ生き方を尊重し、応援している。

アニエス
シャークアイの妻にしてアルスの実の母親。
失くしたと思っていた息子との再会を喜ぶ。
息子にまつわる秘密をマリベルにだけ先に打ち明ける。

カデル
双胴船マール・デ・ドラゴーンの副長。
総領が不在の間も冷静な判断と指揮で船を守る。

ボロンゴ
かつてアルスの世話役を任されていた船員。
少々おっちょこちょいな部分があるが、気さく。

マール・デ・ドラゴーンの住人達(*)
巨大双胴船に住む海の一族。
平和になった世界で海の見回りをしながら暮らしている。

714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/14(土) 20:56:54.55 ID:tReoHLiBo


7のストーリーって全体的に重いよね
人間関係的な意味で
そのぶん印象に残りやすい
715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/14(土) 21:10:57.57 ID:6DKpnzWho


後日談どころか7の続編になってきてる
毎日楽しみ
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/14(土) 22:57:13.75 ID:FPHrF2J/o

これがDQ7-2ですか
やっぱりボルカノさんならそう言うよなあ
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/14(土) 23:18:59.54 ID:lZ8k/WL7o
小説版だとダークパレスどころかクリスタルパレスも魔王の死で崩れてたんだっけかな
718 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:22:24.22 ID:8S3LzPGC0
>>714
人の業をよく描いてありますよね。
それが人によって賛否を分ける所以だとは思うのですが……

>>715
わたしもみなさんのコメントいつも楽しく拝見しております。
ありがたいことです。

>>716
いえいえ、みなさんそれぞれのDQ7がありますので……
こんなのもありかなくらいに思っていただければ幸いです。

>>717
そうだったのですか!
(お恥ずかしい話、わたし自身あまり小説版は読んでいないのです)
でもあれほどの建造物となるとやっぱりもったいない気もしちゃいますねえ……
(間違いなく“曰くつき”スポットになるんですが)
719 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/15(日) 18:23:11.99 ID:8S3LzPGC0





航海二十四日目:人魚の涙 / 花畑で待ってる




720 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:24:31.79 ID:8S3LzPGC0



アルス「うーん……。」



全てを打ち明けた次の日、少年はとある客室の一角で目を覚ました。

アルス「よく 寝た……。」

それは明け方まで飲み明かしたというわりにはスッキリとした目覚めだった。
肩の荷が降りたということもあったのだが理由はまた別。

アルス「ここは…… あっ あれ?」

大きく伸びをした後、部屋の中を見回すと他にもアミット号の仲間が数名寝ていたが、少女はもちろん、父親もそこにはいなかった。



ボロンゴ「あ アルスさま お目覚めですか?」



部屋の外で待機していたであろう世話役の海賊が少年の起床に気付き、部屋に入ってきて小さな声で呼びかけてくる。

アルス「おはようございます ボロンゴさん。」

ボロンゴ「よく お休みでしたね。」

アルス「……いま どれぐらいですか?」

ボロンゴ「もうすぐ お昼になりますよ。」

アルス「えっ……。」

“しまった!”

少年は昼という言葉を聞いて焦った。
予定では本日中には次の目的地に到着していなければならないのだが、この分だと間に合うかどうかも怪しい。

アルス「ちょっと 待ってください! みんなと 起こしますから!」

ボロンゴ「ああ それなら じぶんがやっておきますから アルスさまは お顔を洗ってきては いかがですか?」

男に引き止められ、少年はいびきをかいている仲間のもとへ向かうのをやめる。

アルス「あっ そ それじゃ お言葉に甘えて……。」

ボロンゴ「いってらっしゃいませ。」


721 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:25:32.17 ID:8S3LzPGC0

アルス「さっぱりした……。」
アルス「あっ……。」

顔を洗い、甲板へとやってきた少年はそこでようやく少女と父親を見つけた。

アルス「おはよう。」

マリベル「あら アルス おはよう。」

ボルカノ「おうっ ようやく 起きたか。」

船縁から塔を見つめていた二人が少年に挨拶を返す。

アルス「ははっ ごめんごめん。」

ボルカノ「他のやつらは どうした?」

アルス「ボロンゴさんが 起こしてくれてると 思うんだけど……。」

そう言って少年は辺りをきょろきょろと見渡す。

マリベル「遅くても お昼ご飯にはくるでしょ〜。」

少女がどうでもよさそうに欠伸をしながら言う。

アルス「……それも そうだね。」
アルス「そうだ 父さん 今日中に ウッドパルナに行くんだよね?」

そんな少女の間延びした言葉を聞き流し、少年は先ほどから懸念していたことを父親に訊ねる。

ボルカノ「ん? ああ そうだが。」

アルス「間に合うかな?」

ボルカノ「ここからなら すぐだろうよ。焦るこたあねえ。」

父親の言う通り、この魔塔のある島から次の目的地まではこれまでの距離と比べれば目と鼻の先にあるも同然だった。

マリベル「そうよ せっかくなんだから のんびりしていきましょ。」
マリベル「それに…… つぎ いつ会えるか わからないでしょ?」

そう言って少女はどこか心配するような目で少年を見つめる。

アルス「……うん そうだね。」

そんな少女に少年は困ったような顔で少しだけ微笑むのだった。
722 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:29:04.15 ID:8S3LzPGC0



シャーク「そうか…… もう 行ってしまうのだな。」



それぞれが食堂で昼食を終えた後、漁船アミット号一行は海賊船に別れを告げるべく甲板に集まっていた。

ボルカノ「すまねえな シャークアイさん。」
ボルカノ「本当はもっと 話したかったけど オレたちにも まっとうしなきゃならねえ 使命がありましてな。」

シャーク「ええ… そうでしたな!」

ボルカノ「また 飲みましょうや。」

同じ海に生きる男としてやはり通じるものがあったらしく、少年の父親たちは名残惜し気に握手を交わす。

アニエス「アルス たまには 顔を見せにきてくださいね。」

アルス「こっちから 探すのは たいへんですから みなさんも 是非 フィッシュベルに遊びに来てください。」

シャーク「わかっているさ。」

アニエス「ふふっ 漁ももちろん大事だけど マリベルさんとも 仲良くするんですよ?」

アルス「……は はいっ。」

シャーク「もしかすると 次に行った時には 孫ができているかもな。」

アニエス「まあ あなたったら!」

マリベル「なっ なななっ……!」

アルス「気が早いですよ……。」

アニエス「あらあら うふふふ。」

夫の冗談に真っ赤な顔をして口をパクパクさせている少女とどこかまんざらでもない少年を交互に見て人魚が笑う。

アニエス「……ああ そうだったわ!」
アニエス「アルス。これを……。」

ふと思い出したかのように呟くと人魚は服の下から何かを取り出して少年に手渡した。

[ アルスは 人魚の涙を うけとった! ]

アルス「これは……。」

アニエス「あなたに渡したくてね 今朝 作ってもらったのよ。」

シャーク「アニエスは 涙が 真珠になるんだ。お守りに もっていってくれ。」

差し出された真珠の垂れ飾りをまじまじと見つめる少年に夫婦が言う。

アルス「ありがとうございます!」

マリベル「よかったね アルス。」

アルス「……うん。」

少年の顔を覗き込んで微笑む少女に、少年は少しだけ照れくさそうにはにかんでみせた。
723 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:30:04.05 ID:8S3LzPGC0

アルス「それじゃあ また。」

シャーク「お前なら きっと 世界一の漁師になれる。オレたちは 応援しているぞ。」

アニエス「エスタードにいる お母さんを 大事にしてくださいね。」

アルス「はい!」

最後に力強く返事をすると、少年はもう一人の父親に向き直る。

ボルカノ「……もう いいんだな?」

アルス「うん 行こう!」

マリベル「うふふっ。」

ボルカノ「よーし そうと決まれば 出航だ! 船に乗り込むぞ お前たち!」

*「「「ウスッ!!」」」

トパーズ「なおー!」

かくして少年は親子の絆を確認し、再び漁船アミット号に乗って大海原へと繰り出していったのだった。



カデル「いま再び われらが一族の英雄と その仲間たちの 新しい船出を祝い ここに祝砲を上げる!」



副長の雄叫びと共に轟音が鳴り響く。

*「さよーならー!」

*「また いつかー!」

*「みんな 元気でなー!

見送る者と見送られる者、そのすべてが別れの寂しさを感じてはいなかった。
むしろ、これから先に起こるだろう新しい日々、そしてまたの再開の時を楽しみに、再び訪れた日常の中へと戻っていくのであった。


724 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:31:35.42 ID:8S3LzPGC0

アルス「…………………。」

まだ遠くに見えている海賊船を眺めながら少年は船尾で休憩をとっていた。



*「アールス。」



そんな少年を見つけた少女が呼びかける。

アルス「……マリベル。」

マリベル「何 考えてんの?」

そう言って少女は少年の隣に立って縁に肘を立てる。

アルス「いや いろいろあったな って思ってね。」

少年は真っすぐ海賊船を見つめたまま答える。

マリベル「でも これで 良かったのよ。」

アルス「……そうだね。」

少年はゆっくりとそう答えると瞳を閉じる。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

少しだけ涼しくなった潮風が少年と少女の間をすり抜けていった。

マリベル「…それにしても あんたには この2年間 驚かされてばっかりね。」

アルス「そう?」

マリベル「そうよ。どこ行っても人には好かれるし 腕のアザもそうだし 過去の魔王は勝手に倒してきちゃうし それにご両親のことも……。」
マリベル「数えれば キリがないわ。」

アルス「狙ってやってるんじゃ ないんだけどなあ。」

ため息交じりに少年が言う。

マリベル「わかってるわよ! ……でも なんだか 不思議ね。」

アルス「……?」

マリベル「こうして あたしと あんたが 数百年の時を経て めぐり会って ついに 現在と過去の 両方のご両親と 一晩過ごしただなんて。」

アルス「本当だね。」

マリベル「……運命 ってやつなのかなあ。」

アルス「素敵な偶然 でいいんじゃない?」

マリベル「ふふっ……そうかもね。」

“ヒトの台詞を!”と思ったのは内緒である。

725 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:33:26.54 ID:8S3LzPGC0

アルス「これから みんなは どうするんだろう。」

マリベル「そうねえ… 魔王が滅んだ 今となっては もう 海賊を続ける必要は ないんじゃないかと 思うけど。」

アルス「そういえば ユバールの一族も そうだったね。」

神の復活を目的とする放浪の一族は神の復活の儀を終えると同時に何処へと消えた。
ならば海の魔物を倒し航海してきた水の一族もまた、近いうちにその役目を終える時が来るのかもしれない。

少年は自分が総領となるわけでもないが、やはり自分の原点がある一族の行く末が気になってしまうのであった。

マリベル「きっと みんな どこかへ そろって 移住するんじゃないのかしら。」

アルス「だから あの船に乗ったのかな。」

マリベル「きっと そんなところでしょ。」
マリベル「あーあ ビバ=グレイプ もっと 飲んでおけば 良かったわ。」

アルス「…マリベル あんなに飲んで 大丈夫なの?」

マリベル「あれから カラダは ほとんど 平気よ。」
マリベル「あの日が ちょっと 異常だっただけ。」

アルス「そう… ならいいんだけどさ。」

マリベル「あんたも あいかわらず 過保護ねえ。」

アルス「じ 自分の恋人の心配して 何が悪いんだよ!」

マリベル「うっ あ あんた そういうことは もうちょっと 声 控えていってよね!」

少女が顔を赤らめて抗議する。

アルス「えっ?」



*「なんだ アルス また のろけてんのか?」



アルス「わっ……!!」



マリベル「キャッ…!?」


726 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:34:57.26 ID:8S3LzPGC0

どうやら操舵をしていた漁師に今の台詞が筒抜けだったらしい。
少年は驚いて猫のように飛び上がり、その拍子で体勢を崩して少女に覆いかぶさるようにして倒れてしまった。

アルス「ご ごめん マリベル!」

少年はすぐに体を起こし四つん這いの状態で少女に声をかける。

*「うおっ 見せつけてくれるな アルス!」

アルス「あっ ち 違うんです これは!」

必死に首を振って弁解をはかる。

マリベル「…………………。」

*「がっははは! ちょっと 目を離したすきに これだもんよお!」

アルス「うわわわっ 待ってください!」
アルス「ま マリベルも なんか 言ってよ!」

茶化す漁師に抗議すべく少年は少女に助けを求める。

マリベル「…………………。」

しかし少女は少年の顔を見つめたまま固まっている。

アルス「マリベル……?」

マリベル「……えっ? あ アレ?」

抱き起されて名前を呼ばれると少女は我に返ったのか裏返った声で状況を整理しようとしている。

アルス「大丈夫? どっかぶつけた?」

マリベル「……う うん 大丈夫 なんでもないわ。」
マリベル 「ちょ… ちょっと 冷えたみたいだから 着くまで 休んでるわね……。」

心配そうに見つめる少年を他所に少女はどこかぎこちない歩きで甲板を降りて行った。

*「あちゃー こりゃ マリベルおじょうさん お熱かもな。」

アルス「ええっ 熱ですか!? な なんとかしなくちゃ……。」

そうやって慌てて後を追おうとする少年を漁師が制する。

*「待て アルス! お前が行ったら 余計に 熱があがっちまうだろ!」

アルス「ど どういう意味ですか!」

*「……お前 やっぱり 鈍感だな。」

いまいちピンときていない少年に呆れて漁師はため息をつく。

アルス「あ! ね 熱って そっちの…… いや まさか……。」

*「はあ〜 これじゃ おじょうさんが 苦労するわけだぜ。」
*「島一番の漁師の息子にして 伝説の海賊の息子も 女心は まだまだだな。」

アルス「うぐっ……。」
アルス「しょ 精進します……。」

痛い所を突かれてしまい少年はすっかり項垂れる。
船室へと戻っていった少女に次にどんな顔をして会えばよいのだろうか。

少年の受難は、尚も続く。



そうして太陽が西に傾きかけた頃、漁師たちの向かう先には既に緑が生い茂る小さな島が迫っていたのだった。
727 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:35:54.02 ID:8S3LzPGC0



ボルカノ「ここが アルスたちの最初に 復活させた島か。」



島へとたどり着いた漁船アミット号は村にほど近い西の船着き場に船を泊め、辺りの様子をうかがっていた。

ボルカノ「よく 漁の時に見ちゃいたけどよ こうやって 上陸するのは これがはじめてかもな。」

アルス「ぼくも 久しぶりに来た 気がするなあ。」

*「なんでえ 辺りは 森ばっかりだな。」

アルス「なんせ ウッドパルナ ですからね。」

少年たちの上陸した場所を境に南北はうっそうとした森に覆われていた。
木々の間の闇にはいかにも魔物が潜んでいそうではあるが、
城での話によると魔王が倒れてから現在のところ、魔物の出没情報は出ていないらしかった。

*「まっ さっさと 村に入りましょうや。」

ボルカノ「そうだな。 よし いくぞ お前たち!」

*「「「ウースッ!」」」

そんな会話をしながら一行はところどころ踏み固められた道を進み、
これまた森に囲まれたのどかな村へとたどり着いたのだった。


728 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:37:10.29 ID:8S3LzPGC0



*「ようこそ 旅の方。」
*「ここは 森の中の村 ウッドパルナ。どうぞ ゆっくりしていってね。」



村の南口に立っていた女性は一行を見つけるとパタパタとかけてきて話しかける。

ボルカノ「すいません。この村の 代表者さんを 探してるんですが。」

“これは好機”と見た船長がその女性に気になっていたことを尋ねる。

*「代表者 ですか?」
*「うーん この村に 代表と 呼べるような人は……。」

ボルカノ「まいったな……。」

アルス「ぼくたち グランエスタードからの使いなんですが この村と 漁業のことで お話がしたくて……。」

困った顔で首を捻る女性につられて困った顔になる船長の脇から少年が前に出て話しかける。

*「ああっ そうでしたの! それなら ちょうどいい人が いるわよっ。」

アルス「本当ですか!」

*「ええ すぐに 呼んでくるわね。」

そういってまたパタパタと駆け出し女性はどこかに消えた。

*「ちょうどいい人って どんな人だ?」

女性の消えた先を見つめながら漁師が呟く。

*「そんな 権力をもったやつが ここにもいるのかな?」

*「地主とか?」

*「それなら 代表者って 言われても おかしかねえだろ。」

*「うーん。」

*「仙人みたいな じいさんだったりしてな。」」

*「長老ってか? まあ それなら 納得だけどよ。」

アルス「確かに この村には 老夫婦が 住んでましたけど 特別 慕われているわけでも ありませんでしたよ。」

*「なんだ ますます わからねえな。」

ボルカノ「まあ すぐに わかるだろ。」

コック長「ボルカノ船長の 言う通りだ。」



*「あっ 戻ってきたみたいですよ。」



そう言って飯番が指さす方には女性がガタイのいい男を連れて戻ってくるのが見えた。
729 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:38:38.91 ID:8S3LzPGC0

*「お待たせしましたー! つれてきたわよっ!」

女性は一行の元までやってくると男を前に出す。

*「おいおい どうしたってんだ? オレに用だなんてよ。」

わけのわからないまま連れてこられたのだろう。
男は急なことに困惑した様子で自分を指さしている。

ボルカノ「この人は……。」

*「この村で 唯一の 漁師さんよ。」

*「は はあ どうも……。」

アルス「急に お呼びしてすいません。ぼくたち エスタード島から来た 漁師なのですが……。」

ボルカノ「王の使いで この村と 漁業のことで 取り決めがしたくてですな。」

*「はあ なるほどな……。それで オレが 呼ばれたわけか。」
*「確かに この村には 村長なんて いないからな。」

アルス「それで いろいろと お話をしたいのですが……。」

*「……わかった。ここじゃなんだから 場所を移そう。」

ボルカノ「よし お前ら 今日はここで 解散だ。明朝 村の西口に集合だ いいな!」

*「「「ウスッ!!」」」

ボルカノ「宿を 人数分 頼むぜ。」

*「わかりました。」

ボルカノ「アルス それに マリベルちゃん。あとは オレが話すから 二人とも 休んでていいぜ。」

号令をかけ終えると漁師頭は少年と少女にも自由を言い渡すのだったが。

アルス「いえ ぼくも 行きます。」

少年はそれを断った。

マリベル「…………………。」

ボルカノ「どうした? 別に 一人でも 問題ないぞ?」

アルス「これから先 大事なことですから 聞くだけでもいいから ぼくも ご一緒させてほしいんです。」

ボルカノ「……わかった。」

力強い目で訴える少年の意思を汲み父親もそれを承諾する。

ボルカノ「それじゃ 案内してくれ。」

*「あいよ。」

短く返事をすると男は自分の家の方へと歩き出す。

アルス「マリベル また後でね。」

マリベル「えっ ええ……。」

そう言って少年と父親は男の後を付いていった。

マリベル「…………………。」

二人を見送る少女はどこか心ここにあらずといった感じでしばらく立っていたが、
やがて我に返るとどこか宿とは違う方へと歩き出すのだった。
730 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:41:21.53 ID:8S3LzPGC0



アルス「王さま どうやって ここと 交易するつもりなんだろう。」



月が頂を目指してちょうど半分まで空を登った頃、少年とその父親は漁師の家を出て宿へと向かっていた。

ボルカノ「さあな。まあ 外部からの働きかけがありゃ ここも なにかしらの 決めごとをする体制が できるだろ。」

代表者のいない以上、村民が集まって集会を開くなりなんなりするのだろうが、今はそれすら収集する人間がいない。
しかし今回のように他国や他の大陸の町と交流せざるを得ない状況となっては
いずれ大事な取り決めをするための機関なり人間が現れるようになるだろう。

少年の父親が言いたいのはそういうことであった。

アルス「だと いいんだけどね。この村の人たち のほほんとしてるから。」

ボルカノ「……アルス それ お前が 言えたことか?」

アルス「むっ 失礼な! これでも ぼくは 父さんと母さんの息子なんだよ?」

ボルカノ「わっはっは! ……そういやよ。」

楽しそうに笑ったかと思えば父親は急に神妙な顔になる。

ボルカノ「オレが思ってるこたあ 昨日 言ったとおりだけどよ。お前は どう思ってんだ?」

アルス「…………………。」

“自分には二つの両親がいるということを”

父親の言わんとしていることはそういうことだろうと少年にはすぐに理解できた。
そして立ち止まり、この旅が始まる前から思っていたことを正直に語りだすのであった。

アルス「確かに 血のつながりは ないのかもしれない。」
アルス「でも ぼくを産んで ここまで 大きく育ててくれたのは 紛れもなく 父さんと母さんだ。」
アルス「ぼくにとっては 二人とも 本当の両親に変わりない。」
アルス「……だからさ ちょっと 嬉しんだ。」

ボルカノ「ん?」

アルス「ぼくを 息子として 愛してくれる人が この世に 4人もいるんだなって。」
アルス「普通の人なら どうやっても 2人なのにね。」
アルス「こんなこと言うのも 恥ずかしいけどさ…… いま ぼくは 幸せだな。」

ボルカノ「……そうか。」
ボルカノ「帰ったら 母さんに話すのか?」

父親の言葉を受け少年の脳裏に家で待つ母の笑顔が浮かぶ。
恰幅の良い体と海原のように広い心でいつも少年を包み込んでくれた母の顔が。

アルス「……うん。本当のこと話して スッキリしたい。」
アルス「それでさ 言ってあげるんだ。」



アルス「ぼくは 母さんの 本当の息子だってさ!」



ボルカノ「……そうか!」

父親はニカっと笑うと黙って歩き出す。
どうやら聞きたかったことは全て聞き終えたらしい。

少年にはその表情は見えなかったが大きなその背中はどこか満足げに見えたのだった。



ボルカノ「なにしてんだ 早く いくぞ。」



アルス「あ うん!」

いつまでたってもついて来ない少年に痺れを切らした父親に催促され、少年は駆け足でその背中を追う。

親と子の時間は、再び動き出したのだ。


731 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:42:18.09 ID:8S3LzPGC0



アルス「まだ 戻ってないんですか?」



*「おうよ いつまで待っても 来ないもんだから これから 探しに行こうかと 思ってたんだ。」

宿屋に戻った少年と父親だったが、先に宿に入っていた漁師たちからある問題を聞かされる。

コック長「やれやれ。まあ 村から 出てはいないと 思うがな。」

*「何かあったら たいへんだからよ アルス お前見てこいよ。」

アルス「えっ は はい。……みなさんは?」

何故か一人で行くように言われ少年は疑問をそのまま口にする。

*「いいや アルス お前ひとりで行くんだ。」

アルス「で でも……。」

ボルカノ「……アルス。」

尚も食い下がる少年に父親が声をかける。

アルス「はい。」

ボルカノ「行ってやれ。」

アルス「……うん。」

少しだけ納得しかねた様子だったが少年は頷くとそのまま外へ向かって走り出すのだった。

ボルカノ「…さて オレたちは 先に夕飯を いただくとするか。」

閉められた扉を前に父親は誰にともなく呟く。

*「さんせーい。」

*「さっすがは ボルカノさん わかってるなあ。」

*「待てど暮らせど 来ないから もう 腹ペコですよ!」

トパーズ「ナオーっ!!」

待ってましたと言わんばかりに漁師たちは沸き立つと、早速宿の女将に料理を注文し始めるのだった。


732 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:45:29.00 ID:8S3LzPGC0

マリベル「…………………。」

少女は一人、村の北にある花畑を眺めていた。

マリベル「どうしちゃったのかしら あたし……。」

昼間に少年ともつれて転んだ時からどうにも心臓の高鳴りが止まないことに少女は困惑していた。

マリベル「今さら あんなことで……。」

少年とはこの旅の最中幾度も体を抱き合い、何度も口づけをかわしてきた。

それなのに、この体の火照りはいったい何なのだろうか。

マリベル「はあ……。」

こうして花畑へ導かれるようにしてやってきたのもどこかで自分の心を落ち着けるためだったのだが、あれからどれほどの時間が経ったのだろう。
辺りはすっかり暗くなり夜のとばりが支配している。
月明かりに照らされた花はどこか寂し気で、風で揺れるたびに物悲しく懐かしい香りを少女の鼻へと運んでくる。





マリベル「アルス……。」





*「なんだい?」





マリベル「ヒャッ! キャ〜〜〜!!」





*「うわっ!」

不意に耳元で話しかけられ、今度は少女が猫のように飛び跳ねる。

マリベル「アルス! あ…あんた いつの間に!?」

慌てて振り返り、少女は上擦ったまま声の主に叫ぶ。

アルス「いや いま来たばっかりだけど……。」

マリベル「もうちょっと わかりやすく 来なさいよ!」

アルス「そんなこと言ったって……。」

“気付かない方が悪い”とは口が裂けても言えないのだった。
733 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:46:47.66 ID:8S3LzPGC0

マリベル「……何しに来たのよ。」

少女はにらみつけるように少年を見る。

アルス「何って… きみを 探しに来たんだ。」

マリベル「ふんっ 余計な お世話だわ。」

そう言って少女はそっぽを向く。

アルス「みんな 心配してるよ。」

マリベル「どーだか。厄介払いが できたとか 思ってんじゃないの?」

アルス「…………………。」
アルス「……こんなこと言うのも なんだけど きみは 自分がどれほど 愛されてるか わかってないね。」

マリベル「はあ? どういう意味よ それ。あたしは 今や 世界中の愛を受けているのよ?」

両手を腰に当てて言い放つその背中が、少年にはどこか虚勢を張っているように見えた。

アルス「…うん そうだね。」
アルス「でも 英雄だからとか そんな理由じゃなくて 純粋に君のことを 愛してくれている人たちが 近くにいるってこと もうちょっと 考えたらどう?」

諭すような落ち着いた声色で少年はゆっくりと話す。

マリベル「何よ……それ。どうせ あたしは みんなにとっては 漁の邪魔でしか ないんでしょ?」

アルス「……本当にそう 思ってる?」

少年は少女の目の前まで回り込んで問いただす。

マリベル「…………………。」

目を合わせようとしない少女を刺激しないように少年は優しく語り掛ける。

アルス「今や この旅は きみがいなければ 成立しない。」
アルス「ぼくだけじゃない。みんなが… 父さんも そう思ってる。」
アルス「それは きみが 色んな事ができて 役に立つからじゃない。」
アルス「……きみはもう 立派な 船の一員なんだ。」

マリベル「…………………。」

どうしてこんな言葉が自分の口から飛び出してくるのか、少女にすらわからなかった。

マリベル「……ごめん。」

少女はぎゅっと目を瞑る。

アルス「ううん わかってくれれば それでいいんだ。」

マリベル「……でも 今は 一人にして。」

そう言って少女は再び背を向けてしゃがみ込む。

今はどうしてかわからないが少年の顔を直視できなかったのだ。
734 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:48:30.79 ID:8S3LzPGC0

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「なにを見てたの?」

マリベル「…見れば わかるでしょ。花を見てただけよ。」

少女は振り向きもせず答える。

アルス「きみが 持ってきた花だね。」

マリベル「あたしのじゃないわ。」

そう言われて少年は彼女が言っていた悪夢のことを思い出す。

アルス「……マチルダさんの?」

マリベル「ん……。」

アルス「お墓…… なくなっちゃったもんね。」

マリベル「…本当はね。もう一度 あそこに お花を植えてあげたいんだけど。」

そう言う少女の顔は晴れない。

アルス「どこかも わからなくなっちゃったからね。」

マリベル「…………………。」

アルス「…明日さ。」

押し黙ってしまった少女に少年はある提案をする。

アルス「出発する前に 植えていこうよ。」

マリベル「えっ?」

アルス「お墓の場所は わからないけど きっと マチルダさんは 気付いてくれるよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うん。」

少年の言葉に少女は小さく、小さく頷く。

アルス「…………………。」

“これ以上話しかけても彼女は動かないだろう”

アルス「……それじゃ 先に戻ってるね。」

そう思い少年が踵を返した時だった。





マリベル「…待って!」





アルス「……!」


735 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:51:48.95 ID:8S3LzPGC0

アルス「……。」

不意に呼び止められ、少年は少女に振り返る。

マリベル「…………………。」

少女は震える体を抱いて立ち尽くしていた。
まるでどうして呼び止めてしまったのかわからないとでもいうように。

アルス「…………………。」

そんな少女を見て少年はすぐに袋の中をまさぐり、毛皮のマントを取り出すと固まったままの少女に被せ……



マリベル「あ……。」



そしてそのまま抱きしめた。

アルス「こんなに冷えちゃって……。」
アルス「気づけなくて ごめん。」

耳元でそうささやかれ、少女は心臓の高鳴りと共に抱かれた体が再び熱を取り戻していくのを感じた。

マリベル「…………………。」

アルス「さあ もう 戻ろう。」

マリベル「アルス……。」

アルス「なあに?」

マリベル「もう少し このままで いさせて……。」

身体がぬくもりを取り戻すと同時に少女は自分の中で固まっていた不機嫌さや不安が溶けていくのを感じていた。
そして昼からどうにも落ち着かなかった感情の波が、いつしか凪のように穏やかになっていくのも。

マリベル「おねがい。」

少年の背中に手を回して体を密着させる。

アルス「…………………。」

少年は何も言わずにそれを受け入れた。

マリベル「…そうだった……。」

アルス「ん?」

ずっと感じていた心の違和感の正体。

マリベル「アルス……。」

“あなたと 触れ合っていたかった だけなのね。”

アルス「…………………。」

名を呼ばれた少年は何も答えなかったが、見つめてくる少女の瞳を柔らかい微笑みで受け止める。



少女の体は、もう震えてなどいなかった。


736 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 18:53:52.10 ID:8S3LzPGC0



トパーズ「なー…。」



マリベル「トパーズ!」

宿屋に戻った少女をまず出迎えたのは三毛猫だった。
少女の足元で八の字を描くようにクルクルと歩いては少女の顔を見上げてくる。

*「おお マリベルおじょうさん!!」

マリベル「ただいま みんな。」

続いて扉の音に気付いて部屋から駆けてきた漁師たちが叫ぶ。

*「よかったー!」

*「戻ってこないから 心配したんですよ!」

コック長「まったく あんまり ヒヤヒヤさせないでくださいよ。」

*「まあまあ こうして 無事 戻って来てくれたんだから。」

*「危うく 見捨てられちまったかと 思ったぜ。」

マリベル「…うふふっ ごめんなさーい。」

皆のあまりの心配ようにどこか自分の父のことを思いだし、少女は少しだけ微笑んで謝る。

ボルカノ「体は 冷えてないかい?」

マリベル「ええっ なんとか。」

アルス「はー…… お腹減ったなー。」

*「おお アルス お前の分も 食っといてやったからな。」

アルス「ええっ なんですか それ!」

*「いつまでも 帰ってこない お前が 悪いんだぞ?」

*「せっかくの料理が 冷めちまうからなあ がっはっは!」

コック長「ほれ 今から さっさと 注文するんだな。」

ボルカノ「早くしないと おかみさん 寝ちまうぞ。」

アルス「う うわっ すいませーん!」

マリベル「あははは! あたしの分も おねがーい!」



慌てて女将を呼ぶ少年の後ろで少女が楽しそうに笑う。

そんな少女の笑顔につられて漁師たちもにんまりと笑う。

最初はどうなるかと思ったこの旅も、こうして少年と少女を中心にたくさんの笑顔が生まれ、困難こそあれどそのすべてを乗り越えてきた。



残る旅路は短い。

しかしそれでも漁船アミット号は最後まで誰も欠けることなく大海原を突き進んでいくのだろう。

すべては帰りを待つ愛する家族と、故郷で待つたくさんの人々のために。





そして……

737 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/15(日) 18:54:26.07 ID:8S3LzPGC0





そして 夜が 明けた……。




738 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 19:00:54.48 ID:8S3LzPGC0

以上第24話でした。



神の兵、天井の神殿、ユバール、そしてマール・デ・ドラゴーン。

どれもこれも魔王との戦いや神の復活を目的として生きてきた人々です。
それが主人公たちの手によって達成された後、彼らはいったいどのようにして生きていくのか。



神の兵はそのほとんどがメザレで生活しています。
そもそも彼らには子孫であるという自覚はあってもそれでどうこうというつもりはなく、
他の村と変わらず気ままに暮らしていましたね。



では天上の神殿の人々はどうでしょう。
彼らは神に仕える身としてメルビンを筆頭にあそこに住まうことを続ける模様ですが、
主人公たちの手引きにより神は移民の町へとやってきました。
そうである以上、彼らがいつまでもあそこに居続ける必要があるのか、という疑問が生まれます。
魔王が倒れ、神が地上に降りたったエンディング後の世界で、彼らはこれから何をするのでしょうか。



その点ユバールの民は目的を果たした後、それぞれが好きなように生きていくことになりました。
事実上、一族の解散です。
しかしそうは言っても急に多くの人々が移民として一つの町や村などに流れ込んではトラブルが起きるでしょう。
きっと、少しずつ分かれて別々の場所に移住するか、
どこか未開の地を見つけてそこで村を作るかのどちらかが現実的な線です。
しかしエンディングの時点でそう言った新しい村が作られてない以上、彼等はまだ旅を続けていると推測できます。
よってこのSSではそんな彼らのその後という形でちょろっとだけ登場してもらいました。



さて、マール・デ・ドラゴーンはどうなるのか。
かつて神が魔王に倒されたときに生まれた水の精霊。
彼等はそんな水の精霊のチカラを受け継いでおり、その目的は海の魔物を倒すことにあります。
では魔王亡き後、もし魔物が世界から姿を消したら彼らはどうなるのか。

あの船が完全な都市国家的機能を持ち合わせていることや
ユバールの民と比べてあまりにも人数が多いことを考えると、
彼らは海での生活を続けるのかもしれません。
(一族としてのアイデンティティもあるかもしれませんが)

ましてや魔王がいない時代でも行くところに行けば魔物が存在していたということを考えると
魔物が絶滅するという可能性は低いので、彼らのすべきことに終わりはないのかもしれませんが。

まあその方がドラクエの世界っぽくて良いかもしれませんね。



…………………

◇なんとかウッドパルナで仕事を終えたアミット号一行。
そして次の地へ向かう最中、マリベルは城へ行った時のことを語るのでした。

最近 >>1000 までに終わるか心配です。

739 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/15(日) 19:02:56.26 ID:8S3LzPGC0

第24話の主な登場人物



アルス
エスタード島一の漁師の息子にして
海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領の息子でもある。
今は駆け出しの漁師として日々奮闘中。

マリベル
網元の娘にして世界の英雄でもある。
日々心も体も大人になりつつあるが、
アルスのこととなると時々自分の心境の変化についていけなくなることも。

ボルカノ
グランエスタードが誇る漁師。
とある一件からアルスとの絆を確かめ合う。

コック長
アルスやマリベルを保護者のように見守る。
寄港先ではその地の料理を研究している。

アミット号の漁師たち(*)
義理と人情に熱い海の男たち。
網本の娘であるマリベルには頭が上がらないが、
それ以上に彼女のことを信頼している。

キャプテン・シャークアイ
海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領。
息子のアルスの成長を願い、遠くから見守っている。

アニエス
アルスのもう一人の母。
息子の安全を願い、自らの涙の結晶である真珠の垂れ飾りを渡す。
アルスのおっとりしたところは母親似か。

カデル
海賊船の副長。髭の強面オヤジ。
総領に変わって船員に指示を与えることも多い。

ボロンゴ
普段はただの下っ端だが、
ひとたびアルスが船に乗り込めばその世話役に変身。
ちょっと気が弱い。

ウッドパルナの漁師(*)
村で唯一漁師として生計を立てている男。
エスタードの使いとしてやってきたアルスとボルカノに応対する。

740 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/15(日) 21:11:51.68 ID:QnDOuBAjo

次スレまで行ってもいいのよ
741 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:28:36.18 ID:da5wJlLm0
>>740
もしダメならそうしようかと……
でもなんだか収まりが悪いのでなんとか押し込みます
742 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/16(月) 19:29:23.94 ID:da5wJlLm0





航海二十五日目:エデンの少女と楽園の果実




743 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:31:04.29 ID:da5wJlLm0

ボルカノ「ん? どうした 二人とも。」

眩しい朝日を浴びながら宿を後にした時、急に別行動を取ると言い始めた少年と少女に船長が問いかける。

アルス「ちょっとね。」

マリベル「お墓参りに 行ってきますわ。」

ボルカノ「墓参り? この村に 墓地なんて あったか?」

そう言って船長は顎髭を擦る。

アルス「ここを出て 南にある 森の中だよ。」

マリベル「魔法のじゅうたんで ひとっとびだから ボルカノおじさまたちは 先に 船に行ってて。」

*「おれたちゃ 構いませんが……。」

*「あんまり 遅くなんねえでくれよ?」

アルス「わかってます。」

マリベル「それじゃ また 後で会いましょっ。」

そう言って少女は少年と村の入口を出ると絨毯を広げて飛び去って行ってしまった。



*「しかし この島で 墓参りする人って どんな人だろうな。」



小さくなっていく絨毯を見つめながら漁師が言う。

コック長「あの二人のことだ。長い旅の間で 失くした友人の 一人や二人いても おかしくはないだろう。」

そう言って料理長は遠い目で空を見上げる。

ボルカノ「…まあ なんにせよ 大事な人なんだろうよ。」

*「……そっすね。」

ボルカノ「よし。それじゃ オレたちは 先に 船に戻ってるとしようか。」

*「「「ウスっ。」」」

*「おいで トパーズ。」

トパーズ「な〜…。」

足元で毛づくろいをしていた三毛猫を拾い上げて飯番の男も漁師たちに混じって歩き出す。

照り付ける朝日を背中に受けながら今日も漁船アミット号の一日が始まるのだった。


744 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:33:35.13 ID:da5wJlLm0



アルス「えーっと 過去はここに 道があったんだけどな……。」



少年と少女は仲間と別れて程なくして、
かつて二人がもう一人の親友と初めて過去の世界で訪れた不思議な森“のあった場所”へとやってきていた。

マリベル「もう 森っていうよりかは ただの林ね。」

そう、長い年月を経たことでいろんな思い出の詰まった筈のその地は形を変え、
もはやあの時の面影はほとんど残されてはいなかった。

アルス「うーん せめて 目印になる物でも 残ってればなあ。」

少年は辺りを見渡してため息をつく。



マリベル「……いいわ。」



アルス「えっ……?」

不意に少女が悪戯でも思いついたかのように笑う。

マリベル「この辺り 一帯 ぜーんぶ お花で埋め尽くしてやるのよ!」

アルス「ええっ!?」

突飛な言葉に少年は素っ頓狂な声をあげる。

マリベル「花の種なら 持って来れば いっぱい あるんだもん。別にいいじゃない?」

アルス「でも 時間かかるよ?」

マリベル「それは! あたしと あんたで やればいいのよ! だって……。」
マリベル「あたしたちには これから たっぷり 時間があるんですもの!」

そう言って少女は微笑む。

アルス「……そうだね。」

そんな少女の笑顔を見せられた少年には、もう反対する理由など何もなかった。

アルス「きっと マチルダさんも 喜んでくれるよ。」

マリベル「……そうね。」

少年の言葉に少女はもう一度、少しだけ哀しそうに笑った。
745 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:34:28.54 ID:da5wJlLm0

マリベル「……さっ グズグズしてると 置いてかれちゃうわ。」
マリベル「今日は この辺に 植えてきましょ。」

そう言って少女は草の生えていない地面を見つけるとそこにしゃがみこむ。

アルス「うん わかった。」

そうして二人は両手を泥んこにしながら丁寧に一粒一粒種を植えていった。

まるでその下に眠る遠い昔の友人を弔うように。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」
アルス「うんしょっと……。」

マリベル「ふぅ… 今日の所は これで いいかしらね。」

作業が終わり、二人はその場に立ち上がると腰に手を当てて体を伸ばす。

アルス「……うん。それじゃ 行こっか。」



マリベル「あっ 待って。」



近くに広げて置いた絨毯に向かう少年を少女が引き止める。

アルス「急がないと……。」

マリベル「うん でも……。」

そう言って少女は手を胸の前で組み、祈るように瞳を閉じる。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

マリベル「うん これで よしっと。」
マリベル「お待たせっ。」

アルス「……うん。」

少女の祈りを黙って見届けると少年はまだ泥の付いたままの手で少女の手を握る。
細い指は少年に絡めとられ、その温もりを確かめるように隙間を埋めていった。



マリベル「帰りましょう。あたしたちの 船へ。」


746 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:35:31.72 ID:da5wJlLm0

それからしばらくして少年と少女は仲間の待つ船へとやってきた。

*「おっ 戻ってきたな!」

甲板で二人の帰りを待っていた漁師がその姿に気付き絨毯に駆け寄る。

*「もうちょっとで 出発しちまうところだったぜ。」

アルス「お待たせしました!」

絨毯から降りて少年が叫ぶ。

ボルカノ「もう いいのか?」

マリベル「ええ。もう ここに用はないわ。」

アルス「行きましょう!」

ボルカノ「よーし 出航だ! 錨を上げろー!」

*「ウスッ!」

ボルカノ「目指すは 南東の方角! 取舵いっぱーい!」

*「おっしゃー! 行くぜ!」

そうして船長の号令を受けた漁船はまだ太陽が東にあるうちに船着き場を後にした。

森に覆われた島が遠ざかっていく様を甲板で見つめる少年と少女は、いったい何を感じていたのだろうか。

言葉には出さない二人ではあったが、その手に残された柔らかい土の感触がどこか名残惜しさを呼び起こし、
島が霞みに消えるまでいつまでも眺めていたのであった。


747 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:39:40.75 ID:da5wJlLm0

*「おお 見えてきた 見えてきた。」

それから時は流れ、太陽がちょうど船の真上を跨ごうとしていた頃だった。

*「城が 見えてきたぞー!」

甲板で見張りをしていた漁師が大声で叫ぶ。

*「おー どれどれ。」

その声に気付いた漁師たちが続々と甲板に集まってきた。

アルス「……うっすら 見えてきましたね。」

少年が目を凝らして言う。

*「いやー 久しぶりに見たな。」

*「もう あれから 一月近く立つもんな。」

*「まーた カミさんの 顔が 見たくなってきちまったぜ。」

ボルカノ「もう 世界を 一周したことになるのか。」

フィッシュベルからエスタード島を出発し南に抜けた後、
東まで進んでメザレから一気にマーディラスまで北上、それから再び東へと航海を続けルーメンまで戻り、
そのまま南へと突き進みエスタード近海に戻ってきた。

船長の言う通り漁船アミット号はざっくりとではあるが世界中を旅してきたことになる。

アルス「案外 早かったね。」

風の力だけで動く帆船にしてはある意味驚異的な速さで駆け抜けてきた二十五日間、
否、途中滞在していた時間を考えると実際はもっと早く世界一周を成し遂げたことになるのかもしれない。
その間漁はあまりしてこなかったが、行く先行く先で漁場の情報を得ていたためか漁獲については申し分ない程だった。
それこそ店を構える程には。

ボルカノ「あと もう少しだな。」

アルス「今回の旅だけでも 学ぶことが いっぱい あったなあ。」

少年が腕を組みしみじみと言う。

ボルカノ「そうだろうよ。だがな アルスよ。お前に仕込むことは まだまだ たくさんある。」
ボルカノ「まあ この漁が終ったら しばらく 海には出ねえから まずは 覚えたこと じっくり 復習しとくんだな。」

アルス「その間も いろいろ 教えてもらえますか?」

そう言って少年は目を輝かせる。

ボルカノ「お前が 望むなら な。」
ボルカノ「ただ 休める時には しっかり 休んでおくのも 漁師としては 大事なことだ。それに 道具や港の手入れもある。」
ボルカノ「まっ 焦らず 一つ一つ やってきゃ いいさ。」
ボルカノ「なんせ 時間は いっぱい あるんだしな! がっはっは!」

アルス「……はい!」

豪快に笑う父親に少年は握り拳を作り力強く返事をする。

これから自分が歩んでいく道を一歩一歩踏みしめんと言わんばかりに。



マリベル「みんな お昼よーっ! 順番に 降りてきてちょうだーい!」



その時、下の方から少女の昼時を告げる声が響いてきた。



*「「「ウースッ!!」」」



まるで船長の号令に応えるかのように漁師たちは一斉に返事をすると
男たちは舵取りを残していそいそと食堂へと向かっていくのだった。


748 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:41:07.46 ID:da5wJlLm0

マリベル「あら ホントだわ。お城が しっかり見えるわね。」

昼食を済ませた少年と少女は甲板で休憩を取っていた。

アルス「そろそろ うちが 恋しくなってきたんじゃない?」

少しだけ意地悪そうに少年が笑う。

マリベル「……そうねえ。」

しかし一方の少女はそれを否定もせずに素直に答える。

アルス「あれ? …意外だな……。」

マリベル「どうかしたかしら?」

アルス「いや 前だったら……。」



アルス「そんな こと このマリベルさまが 言うと 思ったかしら?」



アルス「……とか 言ってたのに。」

マリベル「……あんた それ マネしてるつもり?」

アルス「いちおう。」

少年なりに精一杯真似をしたつもりらしかったが、やはり彼には無理があったらしい。

マリベル「……まあ いいわ。」
マリベル「あたしもね やっぱり たまには パパとママに会いたいわよ。」
マリベル「あんたは 毎日 お父さんと 顔合わせてるし 本当のご両親とも 会ってるから あんまり わかんないかもしれないけどさ。」
マリベル「……あたしだって やっぱり 寂しくなるわ。」

ジトっとした目で少年を見ていた少女だったが、大きなため息を一つつくと少女なりの心境を語るのだった。

アルス「……そっか。…そうだよね。」
アルス「…………………。」

不味いことを聞いてしまったかと少しばかり反省し、少年は俯き加減に海を見つめる。



マリベル「…お城と言えば……。」



そんなしんみりとした雰囲気を打破しようと少女が話題を変える。

マリベル「この前 城下町に行った時 よろず屋さんでね……。」


…………………

749 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:43:14.27 ID:da5wJlLm0



*「いらっしゃい ここは よろず屋だよ。」



マリベル「ごきげんよう おじさま。」

*「…ってなんだ マリベルちゃん 久しぶりだな。」
*「……しかも 今日は リーサ姫にアイラ様まで ご一緒とは!」

アイラ「こんにちは。」

リーサ姫「ごきげんいかがですか?」

*「い いやあ おかげさまで……。」
*「でっ 今日はどういった ご用件で?」

マリベル「実は おたくで買った お気に入りのドレスが ビリビリに破かれちゃったの。」
マリベル「それで 代わりになる ドレスが ないかしらと思いまして。」

アイラ「わたしたちは その付き添い。」

*「あ ああ それなら この前 同じのを 入荷したばかりですよ!」

マリベル「本当! よかったあ!」

*「しかし すごい 顔ぶれだ!」
*「世界を救った英雄に われらが国の 王女様が 二人も うちに来てくれるなんて……。」



*「どうしんだい 騒がしいな。」



*「おお オルカ! 見ろよ すごい お客さんだぞ。」

オルカ「へっ? わぁ〜!」
オルカ「リーサ姫にアイラさま それに ま マリベルまで!」

マリベル「あら オルカさん ごきげんうるわしゅう。」
マリベル「石版探しは もう よろしいんですこと? ほほほ。」

オルカ「うぅっ ま まあ そんなとこさ。」

マリベル「今さら もう 遅いのよ。」
マリベル「あんた 女の子の気を引こうと ヤッキになるのは いいけど いい加減 遊んでばっかりいないで お父さんの 役に立つこととか 考えたら どうなのかしら。」
マリベル「そんなんじゃ 一生 うちのアルスには 敵わないわよ?」

オルカ「ぐ ぐぐぐ……。」

アイラ「…ふーん。ご主人も 苦労してるのねえ……。」

マリベル「今のうちに 息子さんには 厳しく しておくことね。」

*「へ へえ……。」

マリベル「それで 例のドレスは まだかしら?」

*「は はい すぐに……。」

リーサ姫「マリベル いいの? あんなこと言っちゃって。」

マリベル「いいんですよ リーサ姫。ああいう ダメ男には あれぐらい 言っておかないと 薬にならないんだから!」

オルカ「ダメ男って……。」

マリベル「……ふふっ まあ せいぜい シリガル女たちと 仲良くすることね。オ・ル・カ・さ・ん?」

オルカ「く くそ〜〜〜!」



…………………


750 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:44:44.20 ID:da5wJlLm0



アルス「あっはっはっはっ!」



マリベル「おーほっほっほっ!」



話を終えた少年と少女は腹がよじれる程大声で笑う。

アルス「しっかし これでもう あのお店には 顔 出せないね。」

マリベル「いいのよ もう。このドレスさえ 手に入れば。」

そう言って少女は着ているドレスをパンパンと手で払う。

アルス「それも ダメになっちゃったら?」

マリベル「その時は もう あきらめるもん。」
マリベル「今や 仕立屋さんは 世界中にあるんだから。有効に 活用しないとね!」

“フフン”と鼻を鳴らして少女は背を反る。

アルス「それもそうだね。」

マリベル「あ それから その後 酒場にも行ったわよ。」

アルス「三人で?」

マリベル「リーサ姫の 社会科見学も かねて ね。」
マリベル「それで その時……。」



…………………


751 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:46:04.75 ID:da5wJlLm0

*「いらっしゃいませ。」
*「おや これはこれは 皆さん このような 汚い所へようこそ。」

マリベル「どーも。」

アイラ「今日は リーサ姫に いろいろと 見せてるのよ。」

リーサ姫「こんにちは。」

*「ごぎげんいかがですか リーサ姫さま。」

*「こんなところで良かったら ゆっくりしていってくださいね。」

リーサ姫「ありがとう……。」

マリベル「マスター 甘くて スッキリ飲めるのちょうだい。」

*「かしこまりました。」

アイラ「じゃあ 同じのを 全部で三つ もらおうかしら。」

*「リーサ姫は お酒は よろしいのでしょうか?」

リーサ姫「ええ……たしなむ程度には。」

*「わかりました。しばし お待ちを。」

マリベル「…………………。」

アイラ「…………………。」

リーサ姫「…………………。」

マリベル「そういえば マスター。ホンダラさんは ちゃんと 働いてるのかしら?」

*「ああ それなら……。」



*「いらっしゃいっ!。」



アイラ「……あら?」

マリベル「…服装だけで 人って ずいぶん 違って見えるのね。」

ホンダラ「そりゃ ねえだろうよ マリベルさん。」

マリベル「相変わらず 元気そうね ホンダラさん。」

ホンダラ「へへっ まあ 見てのとおりでっさ。」

マリベル「……ふーん。意外とマジメに 働いてるのね。」

*「まあ 仕事中 けっこう 飲んでるけど ちゃんと やってはくれてますよ。」

ホンダラ「きっと これが オレの天職に違いねえ! ヒック……。」
ホンダラ「ところで マリベルさんよ。もし アルスとケッコンするなら ひとつ このオレも ラクして暮らせるように……。」

マリベル「…………………。」

ホンダラ「ひ ヒィっ… そんなに 睨まないでくれよ!」 

マリベル「ふんっ。」

アイラ「……先が 思いやられそうね。」

*「お待たせしました。」

リーサ姫「い…いただきます。」

マリベル「…ん けっこう いけるじゃないの これ。」

*「蜂蜜酒に オレンジとレモンの果汁を。」

アイラ「確かに これなら スッキリ 飲めるわね……。」
アイラ「ん? リーサ……?」



…………………

752 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:47:51.72 ID:da5wJlLm0



アルス「へえ リーサ姫 けっこう いける口だったんだ。」



再びそこまで話を聞き終えた少年が感想を口にする。

マリベル「ビックリしちゃったわよ! こっちは ちょっと ひっかけてく くらいのつもりだったのに。」
マリベル「気付いたら 三杯 キレイになくなってるんだもん。」

少女は普段おしとやかでおっとりした姫のケロっとした顔を思い出して言う。

アルス「……おしのびで 通わなければ いいんだけど。」

マリベル「そんなこと されたら あそこを教えた こっちが 危ないわ。」

“きっと国王は黙ってはいないだろう”

そんなことを少女が考えていると話題は少年の叔父に移る。

アルス「で… そうか あの人も マジメに働いてるのか……。」

難しい顔をして少年は唸る。

マリベル「調子の良さは 変わらなかったけどね。」

アルス「それで あの人が マリベルになんて言ったって?」

マリベル「い いや 別に……。」

なんとなく少女は会話の内容を省いて説明していたのだった。

アルス「え? なんか マリベルが怒るようなこと 言ったんでしょ?」

マリベル「……そうだけど。」

アルス「お父さんのこと?」

マリベル「パパのことじゃないわ。」

アルス「じゃあ きみのこと?」

マリベル「もうっ… なんでもいいじゃない!」

アルス「いや 今度 ぼくから 言っておくからさ……。」

マリベル「……何でもない。た たいしたことじゃないわ。」

自分を納得させるように少女は頷く。



アルス「……ひょっとして ぼくのこと?」



マリベル「っ! ……。」

アルス「……気になるな。」

わかりやすくを目を逸らす少女の顔を少年が覗き込む。

マリベル「た ただ あんたのおじさんが 無神経なこと 言ったりするからよ。」

身体を逸らして少年の追求から逃れようと少女は試みる。

アルス「…………………。」
アルス「まあ いいや。何にせよ きみを怒らせることを言うようなら ぼくが 許さないから。」

そう言って少年は身を引いてため息をつく。

マリベル「……ったく あんたのおじさんってば どうして あたしと アルスのこと 知ってるのかしら。」
マリベル「それとも ただの あてずっぽう?」

アルス「…………………。」
アルス「あっ そ そういうこと?」



マリベル「…あ……。」


753 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:50:43.75 ID:da5wJlLm0

どうやら口が勝手に動いていたらしい。少女は慌てて口を両手で隠すとそのまま固まる。

アルス「さては ぼくとの よしみで オレにラクさせてくれ〜 とか 言ってきたんでしょ?」

マリベル「……そのとおりよ。」

少女は観念したように目を閉じて腕を組む。

アルス「うーん でも まだこのことは あの二人しか 知らないはずなんだけど……。」

マリベル「どうしてかしらね?」

*「「うーん。」」



*「どうしたんだ? 二人とも そんなとこで 難しそうな顔して。」



アルス「父さん。」

二人で唸っているとそこへ少年の父親がやってきた。

アルス「ねえ 父さん。おじさんに ぼくとマリベルのことが 知られてたんだって。」

マリベル「ちょ ちょっと アルス!」



ボルカノ「ん? そりゃ お前 みんな いずれ そうなるだろうって 思ってたから 知ってるも何も……。」



マリベル「えっ…!?」



何の躊躇もなく話し出す少年に抗議する少女だったが少年の父親の一言でその動きはぴたりと止まる。

ボルカノ「まあ あんだけ 二人でいつも 行動してれば 誰だって そう思うだろう。」
ボルカノ「みんな 知らんぷりは してるがな。」

アルス「は ははは……。」

マリベル「…………………。」

どこか気恥ずかしさを紛らわすためにから笑いをする少年だったが、
ふと隣の少女が顔を青くして黙っているのに気づき名前を呼ぶ。

アルス「マリベル……?」



マリベル「あたしもう 帰れないわ……。」



アルス「ええっ!?」



マリベル「みんな そんな目で あたしたちを見てたなんて……。」

そんな恥じらいから少女は今度は顔を真赤にして俯く。

マリベル「あ アルス! どうしてくれるのよ!」

かと思えば思い切り少年に食ってかかる。

アルス「そ そんなこと 言われても!」

マリベル「は 恥ずかしいったら ありゃしないじゃないの!」
マリベル「それもこれも ぜーんぶ あんたが悪いんだからね!」

そう言って少女は真っ赤な顔のままで少年の鼻っ面を指さす。

アルス「そんな むちゃくちゃな……。」

あまりの勢いに少年は掌を胸元で見せて降参の意思表示をする。
754 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:52:01.20 ID:da5wJlLm0

ボルカノ「わっはっは! いちいち説明する 手間が 省けると思えば いいじゃないか。」
ボルカノ「それに きっとみんな ヤキモキしてたから 祝ってくれると思うぞ。」

少年の父親はそんなやり取りを微笑ましく思い快活に笑う。

マリベル「ぼ ボルカノおじさま まで……。」

ボルカノ「…おっと。オレとしたことが ちと 口出ししすぎたみてえだな。」
ボルカノ「すまん 今のは 忘れてくれ。」

マリベル「……いえ いいんです。あたしも 取り乱しちゃって ごめんなさい。」

まだ少し紅い頬で少女は俯く。



アルス「マリベル。」



マリベル「ん……?」

すっかりしおらしくなってしまった少女の手を少年が取る。

アルス「ぼくは うれしいな。」

マリベル「えっ?」

アルス「だって みんなが ぼくたちのこと 認めてくれてるみたいでさ。」
アルス「……もちろん ぼくときみのことだから 誰かに 口出しなんて させやしないけど。」

マリベル「アルス……。」

アルス「胸を張って帰ろうよ。恥ずかしがってたら 余計に 茶化されちゃうしね!」

マリベル「…………………。」
マリベル「…ふふっ それもそうね。」

どうしてこの少年はいつもこっちが恥ずかしくなるような台詞をあっさりと言ってのけてしまうのだろう。
そんなことを思いながらも、目の前で屈託なく笑う少年につられ、少女も自然と笑みが零れるのだった。

ボルカノ「っとと おジャマだったみてえだな。」
ボルカノ「アルス。もう少ししたら 漁の準備を 始めるからな。」

アルス「あ はい!」

そう言って少年の父親は甲板を降りて行った。

マリベル「…………………。」
マリベル「さっ あんたも いつまでも 油売ってないで さっさと 行きなさい!」

少年の父親を見送ると少女はまるで急かすように少年の背中を押す。

アルス「え……うん。」

マリベル「あんたには がんばってもらわなくちゃ いけないんだからね。」
マリベル「しっかり 働きなさい!」

アルス「はーい。」

そう言って少年はどこか名残惜しそうに甲板を去っていった。

マリベル「…………………。」
マリベル「じゃないと パパに 認めてもらえないんだからね。」



少年のいなくなった甲板で、少女は誰にも聞こえないように独り言つのだった。


755 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:55:06.41 ID:da5wJlLm0

それから時間は過ぎ、今は夜。

漁を終えた漁船アミット号はただひたすらに次の目的地を目指して航行を続けていた。

マリベル「…………………。」

そんな船の誰もいない調理場の一角で一人、少女は日課である自分の航海日誌を書きしたためていた。

マリベル「うーん……。」

今日一日あったことを自分の言葉で書き連ねていく。
ふと思い立って持ち込んだこの日誌にはこれまであった事柄が彼女の視点で事細かに記されており、
航海も二十五日を迎えた今日、残る頁も少なくなってきていた。

マリベル「周りからは しっかり 見られてたのね……。」

昼間少年の父親に言われたことを思いだす。

自分はなるべくそういったことを悟られまいとしてきたつもりだったが、
どうやら周りの目にはしっかり少年への好意だとか、仲の良さが見えていたらしい。
実際、自分は彼を好いていたし、仲が悪かったかと言われればそれは嘘であるとわかっていた。
そうでなければどんなことであれ話しかけたりしないし、ましてや一緒に行動するなど以ての外だ。

マリベル「あいつは どう思ってたのかしら。」

この航海が始まるまで少年はそういったことはほとんど口にしなかった。
周りがどう思ってるかだとか、自分に対してどんな感情を持っているのかとか。
今でこそ言葉なり体への接触なりでいろいろと示してくれているが、旅の途中、彼の真意を垣間見ることはほとんどなかった。

マリベル「ガマン…してたのかな……。」

ひょっとすると少年はもっとずっと早くからこうしていたかったのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
自分がどこかで認めたくなかった感情を少年はさっさと認めていたのかもしれない。
そうだとすれば自分は随分彼にきつく当たってしまっていたのではないだろうか。

マリベル「はあ……。」

今さらになって自分の言動を少しだけ後悔する。
結果的に彼は自分のことを受け入れてくれたが、やはり心のどこかでは傷ついていたのではないか。
そんな不安が胸に重りを乗せたような気怠さを引き起こしていく、



マリベル「……ダメね。」



考えれば考える程鈍っていく思考を閉ざし、少女は鞄の中から一つのリンゴを取り出す。


756 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 19:57:00.18 ID:da5wJlLm0



…………………



アルス「あれ?」



それは今朝、少年たちが森を後にしようと魔法のじゅうたんに乗ろうとした時だった。

アルス「こんなところに どうして リンゴが……。」

それは赤い赤い林檎だった。

マリベル「どうしたの?」

アルス「いや じゅうたんの上に リンゴがあったんだ。」

マリベル「リンゴ? この辺に リンゴの木なんて ないと思ったけど……。」

アルス「うーん……。」

マリベル「もしかして これかしら?」

そう言って少女は朽ちて今にも倒れそうな樹木を指さす。

少しだけ残った葉が寂しそうに風に揺れている。

アルス「……ついてないね。」

少年はてっぺんまで見上げて言う。

マリベル「きっと 最後の 一個だったのね。」

少女が目を細めて見つめる。

アルス「どうする これ。」

マリベル「……いい香りね。」

少年の手からそれを受け取ると少女は鼻を近づけて息を吸い込む。

アルス「一応 食べられそうだね。」

マリベル「これ もらってもいいかしら。」

アルス「いいけど 船に残ってないの?」

少年はいつか飯番の男が大量に購入して箱一杯に詰め込まれていたリンゴの山を思い出す。

マリベル「もう さすがに 空っぽよ。」

アルス「そっか。じゃあ いいんじゃないかな。」
アルス「きっと これは この森からの きみへの おくり物だよ。」

マリベル「うふふっ。そうかしらね。」



…………………


757 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 20:01:05.69 ID:da5wJlLm0

少女は真っ赤なリンゴを片手にそれをしばらく見つめていた。

マリベル「…………………。」

気分を変えようと、皮も剥かずにそのままかじりつく。

“シャリ”という食感と共に爽やかな酸味と甘みが口いっぱいに広がる。
密のぎっしり詰まったそれはエスタード島で採れるものと同じぐらい強い誘惑の香りがした。

マリベル「……おいし。」

少女はリンゴをかじるのが好きだった。

小さい頃からよく食べて育ったということもあるが、
何より生でかじった時にしか味わえない皮と実の絶妙な渋みと甘みがたまらなく好きで、
町や村によった時は必ず買って一人食べていたものだった。

かつての移住者が楽園と呼んだ島に実る禁断の果実は、少女を虜にしたのだ。



“シャリ…”



少女はリンゴをかじる。

その甘美なうるおいは少女の心のわだかまりを優しくほどいていく。
そして同時にその一口一口が旅で起こった出来事を、手に入れたものを、そして失くしてきたものを少女に思い起こさせていく。

マリベル「思えば あの時もそうだっけ……。」

初めてあの神殿から過去の世界に旅立つ前にもこんな赤いリンゴをかじっていた気がする。



楽園から飛び出した少年たちについて行き、旅を共にしてきた少女は今、再び禁断の果実をかじる。



しかしそれは誰かの思惑のためにするのではない。誰かにそそのかされたわけでもない。



彼女は自分の意思でリンゴをかじる。



決して知恵を授けてはくれない贖罪の実をかじり、少女は今、何を手にするのだろうか。

マリベル「…今からでも 遅くないよね……。」

その場にはいない誰かに呟く。

マリベル「…しっかり しなくちゃ!」

これは贖罪の旅ではないのだ。

マリベル「あたしが支えるって 決めたじゃない!」

頬を両手で一度だけ叩いて気付けすると、少女は日誌を閉じる。

マリベル「まだ 起きてるかな……。」

そう言って立ち上がると、少女は厨房の扉を開けてもう一人のエデンの戦士を探しに出かけるのだった。





そして……

758 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/16(月) 20:01:34.63 ID:da5wJlLm0





そして 夜が 明けた……。




759 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 20:07:50.58 ID:da5wJlLm0

以上第25話でした。



”われわれが この美しき無人島を 発見した 記念に この 文字を 記す。“

”この島は 楽園だ。水も 森も 生き物も 食べ物も つきることはない。“

”願わくば 世界のすべての地にも この平和が おとずれんことを。“



まだ魔王に世界が封印される前、エスタードと呼ばれた島は無人島だった。
しかしやがてマール・デ・ドラゴーンから旅立った漁師の一人が、
そしてその後にも誰かが流れ着き、その間に世界は封印されていった。

いつしか無人島だと思われていたエスタード島だけがこの世界に残り、周りの大陸や島々は全て封印されてしまった。
それからというものの、エスタード島というこの世の楽園は魔物たちと戦っていた記録を葬り、
人々の記憶からは魔王や魔物、そして他の大陸の存在は忘れ去られていった。

物語はそんな現在の「エデン」から始まります。

『エデンの戦士たち』

このタイトルからもわかる通り、ドラクエ7は旧約聖書をモチーフにしていると思われます。
どなたかのサイトでこれについて考察がなされていましたが、
誰がアダムとイブをそそのかしたのかとか、アダムやイブに当たる人物は誰なのかとか、解釈のしようはいくらでもあります。

今回のお話は、そこまで難しい問に答えるつもりはありません。(というかわかりません)
ただリンゴを齧っているマリベルの姿から着想を得ました。(PS版扉絵)

”楽園を追放された”と表現していいかは疑問ですが、「飛び出していった主人公に付いていき傍で見守る」、
そんな役割をマリベル自身は担っていたのではないかとわたしは考えております。

「後付けキャラ」という設定がどこまでストーリーのモチーフに関わってくるのかはわかりませんが、
そういう風に考えるとあの意味深な扉絵の、「リンゴ」が生きてくるのではないでしょうか。

…ふか〜い根拠はないのですけどね。



…………………

◇目的地へと到着したアミット号一行。
しかしそこには何やら奇妙な光景が広がっていたのでした。
760 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/16(月) 20:08:34.35 ID:da5wJlLm0

第25話の主な登場人物



アルス
漁師として一人前になることはもちろん、
マリベルに似合いの男になれるように日々奮闘中。

マリベル
マチルダのためにウッドパルナ周辺を花畑にする計画を立てる。
リンゴが好きでよくかじっている。

ボルカノ
時には早く一人前の漁師になろうと逸る息子をなだめることも。
息子やマリベルの噂については前から知っていた模様。

アイラ
マリベルの回想にて登場。
マリベル、リーサ姫と共に城下町へ繰り出す。

リーサ姫
マリベルの回想にて登場。
意外とお酒には強いらしい。

よろず屋の店主(*)
マリベルの回想にて登場。
グランエスタードの城下町で唯一服を扱っている雑貨屋のオヤジ。
息子のオルカには頭を抱えている。

オルカ
マリベルの回想にて登場。
よろず屋の一人息子。
女ったらしでお調子者。
アルスの真似をして石版を探そうと出かけるも挫折。

酒場のマスター(*)
マリベルの回想にて登場。
グランエスタード城下町で酒場を営む男性。
ホンダラを従業員として雇うというお人好しっぷり。

ホンダラ
ボルカノの弟にしてアルスの困った叔父。
遊び惚けて家賃滞納、酒代滞納だったが、
魔王が討伐された後は改心したのか城下町の酒場で働くことに。
調子の良さはあいかわらず。


761 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/16(月) 23:00:13.36 ID:ZrErMfqzo
762 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/17(火) 22:41:22.28 ID:Gbhcinl20





航海二十六日目:好奇心は猫を殺す




763 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:42:24.78 ID:Gbhcinl20



*「ぶう ぶう!」



*「わわわん わん!」



*「にゃん にゃ〜にゃ。」



*「ブルルルー……。」



*「コケーッコココ! コケーッコケーッ!」



*「ひひひーん! ……!? んっんももうー!



*「なっ……。」

*「どうなってんだ この町は!?」

*「町中 動物だらけじぇねえか!」

ボルカノ「…………………。」

トパーズ「ハーッ! フゥーッ!!」

コック長「見ろ! あの猫のバカでかさ! ありゃ 普通じゃないぞ!」

*「ニワトリもです! あんなデカイの ボクは 見たことありません!」

マリベル「ぶっ… あははは…… ふふふ……。」

仲間たちの初心な反応を見て少女が思わず吹き出す。

アルス「……今年もやってるね。」

それは遡ること二刻程前のこと。



…………………


764 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:43:49.31 ID:Gbhcinl20

真夜中に岸につけた漁船アミット号はその場で一泊した。

それから朝を迎え、食事を終えてから一行は会議室で本日の予定を話し合っていた。

*「で その オルフィーってのは どんな 町なんですかい?」

一通り話が付いたところで漁師の一人がこれから向かう町について尋ねる。

マリベル「……のどかなところよ。」

アルス「町の人は みんな あったかみのある人たちですよ。」

マリベル「今でこそ平和だけど 過去の世界では 動物と人の姿が 入れ替えられたりしちゃったのよ?」

*「人と動物が……?」

アルス「近くにある山に 封印されていた魔物が 悪さをしたんです。」

マリベル「まっ あたしたちが ちょちょいと やっつけたら エラく反省してたけどね。」

*「へへっ さすがは マリベルおじょうさんだ。」

アルス「……それから オルフィーには 白いオオカミの伝説が あるんです。」

*「へえ。」

アルス「人々を魔物から 救ったっていう オオカミの一族がいたんですけど……。」
アルス「封印されていた魔物に破れ 幼い子オオカミ 一匹だけになってしまったんです。」

マリベル「それが いまの ガボってわけ。」

*「ええっ あいつって オオカミだったのかよ!」

*「こいつぁ 驚いた。それじゃ 何だ? あいつは オオカミ少年ってわけですかい!」

マリベル「……なんか ゴヘイあるけど そういうことね。」

*「ほええ… 言われてみりゃ 確かに そんな気がするな。」

マリベル「ま それで ガボと一緒に 町を救って以来 あの町は 日頃からの動物への感謝をささげる祭りを……。」



*「おーい 準備できたぞー!」



ボルカノ「むっ そろそろ 行くか。」

*「「「ウスッ!」」」

*「マリベルおじょうさん また 後で 話をきかせてくだせえ!」

マリベル「えっ……。」

アルス「行こう マリベル。」

マリベル「む むか〜っ! 人が 話してる最中に 何よお!」

アルス「まあまあ……。」



…………………


765 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:44:27.63 ID:Gbhcinl20

それから見張りを残してそのまま町へとたどり着いた一行は現在に至る。

マリベル「ぷぷぷ…… いいこと アルス? しばらく 黙ってるのよ!」

少女はこみ上げる笑いを必死にこらえて小声で少年に話しかける。

アルス「……いいの? 本当のこと 教えなくて。」

マリベル「人の話を 最後まで 聞かなかった 罰よ バツ。」

少女は意地の悪そうな笑顔を浮かべる。

アルス「うーん。」

マリベル「あっ そうだわ! あたしたちも 紛れ込んじゃいましょ!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「こっそり 抜け出すのよ! ほほほ。」

アルス「いいのかなあ……。」

マリベル「さ 行くわよっ!」

トパーズ「…………………。」

そう言って少女は三毛猫を抱えた少年を“しのびあし”で引きずりだすのだった。
766 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:47:06.56 ID:Gbhcinl20



*「ミミちゃ〜ん! もう いいかな〜。」
*「早くしないと 祭りが 終わっちゃうな〜!」

ミミ「うふふ。長老さまったら。ホントせっかちなんだから〜ン。」
ミミ「いま ストッキングを はいてる と・こ・ろ……。」

*「うほほ。ミミちゃ〜ん! まだ ちょっと早かったかな〜?」



マリベル「…………………。」



アルス「…………………。」



*「あわわ……。」
*「ゴホッゴホッゴホッ!! こ これは お客さまとは!?」

*「なんと あの時の お二人では ありませんか!」

町の長老の邸宅へとやってきた二人を出迎えたのは例の如く助平な長老とお色気むんむんな給仕人の見たくもないやりとりだった。

アルス「……こんにちは。」

マリベル「あいかわらずの すけべじいさんね……。」

*「いやいや またもや おはずかしいところを お見せしましたな。まあまあ こちらへ。」

そう言って長老は恥ずかしそうに手招きする。

マリベル「…………………。」

アルス「はい……。」

トパーズ「なーお。」

なんとなく気乗りはしなかったが自分たちの目的を果たすため、三毛猫を降ろしてしぶしぶ椅子に腰かける。
767 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:47:35.24 ID:Gbhcinl20

*「コ コホン……。ようこそ また いらっしゃいましたな。」
*「見てのとおり いまこの町は 動物たちへの 感謝祭の真っ最中。」
*「もしかして また 参加していって くれるのですかな?」

マリベル「ええ その通りよ。」

*「それなら この前 お貸しした ブタさんのぬいぐるみを……。」

マリベル「いやよ! こんな美少女に ブタのかっこうなんてさせて どうするつもり?」

タンスを指さす長老に少女は机を叩いて猛抗議する。
流石に年頃の娘には耐えかねるものがあったようだ。
否、たいていの人は嫌がるものだが。

*「い いや それもまた オツなもので……。」

マリベル「……いい度胸してるじゃない?」

情けなく鼻の下を伸ばしている長老に少女が不気味な笑みを浮かべて脅す。

*「…い いやいや なんでもございませんぞ??」
*「ミミちゃ〜ん! このお二人に 余ってる ぬいぐるみを 見せて 差し上げてくれ。」

凄まじい殺気を感じ取り長老は慌てて背を向けるとわざとらしく大きな声で使用人を呼ぶ。

マリベル「……っふん。最初から そうしてれば いいのよ!」

アルス「は ははは……。」



“マリベル おそろしい子……!”



などと少年が思ってることなどつゆ知らず、少女は使用人に促されてこの前とは別のタンスの中を漁り始める。

マリベル「うーん…… あっ!」

しばらく物色を続け少女が取り出したのは真っ黒な犬とな真っ白な猫の着ぐるみだった。

アルス「それでいいの?」

マリベル「うんうん これあたしたちに ピッタリじゃない!」

アルス「ぼくは どっち?」

マリベル「はあ? 何言ってんのよ あんた。アルスが 犬に決まってるじゃない。」
マリベル「そして あたしは かわゆい ネコちゃんになるのよ〜。」

そんなことを言いながら少女はぬいぐるみを掲げてくるっと一回転する。

ミミ「あらあら ウフフ……。」

アルス「……なにそれ。」

マリベル「いいから 早く着るのよ! みんなが 来ちゃうじゃないっ。」

どうして少女が自分に犬を選んだのか分からず首を捻る少年だったが、
少女がグイグイとそれを押し付けてくるので仕方なく着替えることにしたのだった。
768 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:49:00.05 ID:Gbhcinl20



トパーズ「…………………。」



着替えを終えた少年と少女のぬいぐるみの顔を覗き込みながら三毛猫は不思議そうな顔をしている。

マリベル「あたしよ トパーズ。」

そう言って少女は被り物を外して少しだけ顔を出す。

アルス「ワンワン。……なんちゃって。」

来てみたら案外乗り気になったのか、少年は四つん這いで犬の鳴き真似をしている。

ミミ「あら〜 かわいい ワンちゃんで・す・こ・と。」
ミミ「お姉さんが よしよし してあげましょ〜か?」

着替えを終えた二人を見て長老の使用人がなまめかしい声で手を伸ばしてくる。

アルス「えっ いや……。」



マリベル「フゥ〜〜ッ!」



アルス「キャインっ!」



少女に背中からのしかかられ、たじろいでいた黒犬はその場に崩れ落ちる。

マリベル「バカやってないで さっさと 行くわよ!」

*「うほほ。これまた かわいい ネコちゃんじゃのう! ワシにも なでなで させてくれんかの〜。」

マリベル「フギャアアアッ!!」

*「ぎええっ!」

隙を見てお尻の辺りを擦ってきた長老に白猫は渾身の猫パンチをお見舞いするのだった。

アルス「…………………。」

マリベル「…ったく 油断もすきも あったもんじゃないわ!」

*「ぐふっ しつれいしまひた……。」

ミミ「だいじょうぶ〜? 長老さまったら〜ん。」

壁際で体をけいれんさせている長老の脚をバニーガールがつつく。

マリベル「……あとで事情を知らない うちのツレが 来ると思うから よろしくね。」

そう言って少女は背中をさすっている黒犬の首を引っ張って歩き出す。

マリベル「あっ あたしたちが みんなに紛れ込んでること 言っちゃだめだからね!」
マリベル「トパーズ しばらく お留守番 よろしくね。」

トパーズ「なう〜………。」

部屋の中を嗅ぎまわっている三毛猫に語り掛けると少女は扉を勢いよく閉め、表へと出ていってしまった。

*「は はひ〜……。」

ミミ「もうっ 長老さまったら あたしが いるのに。この節操なしさんっ。」

トパーズ「…………………。」

二人のいなくなった部屋の中で尚も腑抜けた返事をしている長老を眺めながら三毛猫は再び部屋の探索を始めるのだった。
769 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:49:57.30 ID:Gbhcinl20

*「おっ かっこいいワンコだな!」

アルス「ど どうも……。」

*「うほっ そこの おねえちゃん オレと にゃんにゃん しねえか? ブッヒヒ。」

マリベル「フシャーッ!」

*「ピチャ ピチャ!」

[ おいしそうに 水を飲んでいる。 ]

アルス「…………………。」

長老の家を後にした少年と少女は町の中でいろんな動物のぬいぐるみたちと話をしながら時間をつぶしていた。

マリベル「…ったく どうして この上からでも 中身が わかるのかしら?」

アルス「それより 見てよ あの人 また 犬みたいに……!」

そう言って少年は慌てた様子で池のほとりにいる白い犬を指さす。もちろん四つん這いのまま。

マリベル「ばっかねー よく見なさいよ。あれは 本当の ワンちゃんよ。」

そういう少女ももちろん四つん這いなのだが。

アルス「あっ……。」

マリベル「あんたも やってくれば?」

アルス「エンリョしときます。」

*「おや あんたらは 旅人さんかい?」
*「もう少ししたら お祭りのイベントが 始まるんだけど よかったら 参加していかないか?」

そんな二人の所へ馬の着ぐるみをした男がやってきて言う。

マリベル「そうね。せっかくだから 今回は あたしたちも 当てられる側に 参加しましょうよ!」

アルス「女の人を当てる アレに?」

*「おっ そいつは 面白いね!」
*「町の連中も 知らない人の特徴は なかなか 見切れないもんだろうから いい刺激になるんじゃないか?」

“ブヒヒン”と鼻を鳴らす真似をして男が愉快そうに言う。

マリベル「だってさ! ほら 行きましょうよ!」

アルス「はいはい……。」

そう言って少年は渋々と猫のように足取り軽く歩く少女について行くのだった。


770 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:52:38.87 ID:Gbhcinl20



*「ったく 感謝祭ってのは 悪いことじゃねえけどよ。」



*「知らなきゃ ホントに わけがわからねえな。」



少年と少女が町の広場で他の動物たちに紛れ込んだ頃、
長老の家を出てきた別の動物の群れは、否、動物の着ぐるみの群れはそんな愚痴をこぼしていた。

コック長「それにしても あの二人は いったい どこに行ってしまったんじゃ?」

ぽってりとした豚の着ぐるみが辺りを見回す。

ボルカノ「おおかた どっかに 紛れてんだろうよ。」

立ち上がった大きな熊がお腹を掻きながらのしのしと歩く。

*「にゃっ! おっきいクマさんだにゃ!」

長老の家の近くをうろついていた女性と思わしき猫が熊の姿に気付き、驚いた様子で近づいてくる。

ボルカノ「むっ? なあ おじょうさん どっかで 若いカップルを 見かけなかったかい?」

熊の方もなるべく脅かさないように言うと猫は安心した様子で語った。

*「……にゃんにゃん。それは わからないけど そろそろ 広場に いそいで いそいで!」
*「早く行かないと お祭りのイベントが 終わっちゃうのにゃ〜ん!」

*「イベントですかモー?」

そこへこれまた脂の乗ってそうな牛姿の飯番が尋ねる。

*「わはは! おまえ すっかり ハマってるな!」

近くで見ていた馬がヒヒンと笑う。

*「とにかく 行ってみれば わかるのにゃん!」
*「司会がいるから 細かいことは そっちで聞くといいのにゃん。」

愛想のよい猫は少しだけ慌てた様子で男たちをせかす。

ボルカノ「ありがとよ。」

*「ボルカノさん 行くんですかい?」

ボルカノ「まあ 用事はすんだし 別にいいだろ。」

*「へへっ そうこなくっちゃな!」

大熊の言うとおり既に長老の家で王からの締約書を渡し、
後は返事の親書をもらうだけとなったため男たちの務めは待つだけとなっていた。
つまり、今は暇の一言に尽きるのである。
おまけに町中がこうなっていてはろくな観光はできない。
よって彼らのすることは最初からこうすること以外になかったのである。

加えて今はいなくなった少年と少女を探す必要もあった。
実際はこちらから探さなくとも時が立てば勝手に帰ってくるのだろうが
事態を飲み込めないうちに放り出されたことへのせめてもの報復にこちらから探し出してやろうという思いが漁師たちにはあった。



ボルカノ「それじゃ コック長 後 頼んだぜ。」



こうして男たちは揃って町の中心へと歩き出すのだった。


771 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:54:19.77 ID:Gbhcinl20

*「さあさ いらっしゃい! どなたさんも 楽しく遊んでいってちょうだいよ!」
*「おおっと。こいつは おどろき モモの木 旅のお方だって おにいさん!?」
*「そんなら このイベントは 旅の記念に ぴったしだ。一発チャレンジして いってよ!」
*「なにしろ 参加するのはタダで 当たればステキな賞品まで もらえちゃうって すぐれものだ!」
*「ホント やらなきゃソンだよ。さあ どうだ! チャレンジするだろ なっ?」

漁師たちが広場に着くなり催しの司会と思わしき男が有無も言わさぬ勢いで話を進めてきた。

*「……まだ なんも 言ってないんすけど。」

漁師の一人が答える。

*「そもそも どうして オレたちが 旅のもんだって わかったんでい?」

*「そんなの おにいさんたちの ウブな反応を見れば 一目リョーゼンさ!」

司会の男は人差し指を突き立てては左右に振り、得意げな表情を見せる。

ボルカノ「イベントは ともかく オレたちは ツレを探してるんだが。」

*「んっんー? そのお連れさんも もしかすると この中に まぎれてるかもしれないよ?」

そう言って男はたくさんの動物の着ぐるみたちの方を向いて両腕をいっぱいに広げる。

*「…どうします? 船長。」

*「アルスたちは ともかく タダで 景品もらえるなら やって損は ないですぜ。」

ボルカノ「まあ そうだな。」

口々に言う漁師たちの言葉に大熊は顎を擦りながら言う。

*「よーしっ 決まりだ。じゃあ 始めるぞー!」
*「……でっ だれが 挑戦するのかな?」



*「おれ! おれが やるぜ!」



そう言って羊の恰好をした漁師が名乗りを上げる。

*「よ〜し いいかい 羊のおにいさん。動物のかっこうした 6人のうち 半分の3人が 男の人なんだ。」
*「だけど 男なんか当てたって 色気も花も ありゃしないやね。なっ おにいさん。」
*「というわけで この中から3人の キレイな女性を 当ててちょうだい。ねっ おにいさん。」
*「ルールは それだけ。簡単すぎて いやになっちゃ イヤ〜ンッ なんちゃって!」
*「じゃあ 始めちゃおう! 女性だと思う人の ところに行って 話しかけて ちょうだいね!」
*「あっ 言い忘れてたけど ハズしちゃったら やり直し! 動物たちも 控えと シャッフルされちゃうよ! それじゃ……。」





*「レッツら スタート〜!!




772 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:56:07.16 ID:Gbhcinl20

マリベル「ふっふっふ。ついに 来たわね!」

広場の中心がイベントで盛り上がってる頃、
少し外れた動物達の控えの場所で少年と少女はひそひそと話し込んでいた。

アルス「でも マリベル うまく ごまかせるの?」

マリベル「何がよ?」

アルス「だって ルールは 女性を 当てることなんでしょ?」
アルス「あんまり 高い声 出したら すぐにバレるんじゃない?」

普段からイベントをやっている町民にはなんでもないことかもしれないが、
他所から来た人間であれば普通は動物の鳴き真似なぞ上手くできるはずもない。
万が一少女がいつもの声色で鳴いてしまえば女性であることはおろか、
日頃から声を聞いている漁師たちにはすぐに誰か見当がついてしまうだろう。

マリベル「ぬぬぅ 言われてみればそうね……。」

アルス「ちょっと 鳴きマネしてみてよ。」

少年がそう言うと少女は自分の喉を整えるようにいくつかの鳴き声を試してみる。

マリベル「……にゃ〜ん。」
マリベル「にゃお〜ん。」
マリベル「にゃんにゃん。」

アルス「…………………。」

マリベル「……アルス?」



[ アルスは マリベルの あまりのかわいさに もだえている! ]



アルス「だ ダメだ… ぼくには ちょっと 耐えられない……っ!」

そう言って少年は思わず少女に抱き着く。

マリベル「ふみゃっ!? ふ フゥーッ!」

咄嗟のことに少女もつい猫のままで対応してしまう。

アルス「そ それだ!」

マリベル「えっ……?」

何かを閃いたように黒犬は白猫の顔を見る。

アルス「その いかくの声なら きっと 女性だって 気付かれないんじゃないかな!」

マリベル「シャーッ!」

アルス「キャインッ!」

不意に浴びせられた猫パンチをもろに受け黒犬は悲鳴を上げるのだった。

マリベル「うふふ。あんたこそ それなら 女に まちがわれるかもねっ。」

アルス「むむむ……。」

*「おい 次 あんたたちの番だぜ。」

そこへ役を終えた動物たちがやってきて黒犬と白猫の出番を知らせる。

アルス「あっ はい。」

マリベル「さあ アルス。グズグズしてないで 行くわよ!」

アルス「わかった! わかったから……。」

黒犬は尻尾を引っ張る白猫の手を振り払い、トボトボとその後ろをついていくのだった。


773 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:58:04.98 ID:Gbhcinl20



*「あいたーっ 残念! 見事に はずしちゃったねー。ベリーバッドだね こりゃ。」



その頃、催しの会場ではまた一人、漁師が挑戦に失敗していた。

*「ちくしょー いけると 思ったんだけどよお……。」

*「なんだ お前も ダメだったのか。」

*「おいおーい みんなして ダメダメじゃないか! え?」
*「だれか 我こそはという ビッグなひとは いないのかい?」

どこか呆れた様子で司会の男は観衆に発破をかける。

*「おい どうするよ?」

*「まだ あの二人も 見つけてねえしよ……。」

*「もう ボルカノさんしか 残ってねえじゃねえか!」

ボルカノ「……しかたない。せっかくだから オレもやっていくか。」

他の漁師たちの視線を浴びて椅子に座っていた船長はその重い腰を上げる。

*「おっ そう こなくっちゃな ビッグマン!」
*「じゃあ 始めちゃおう! 女性だと思う人の ところに行って 話しかけて ちょうだいね!」
*「レッツら スタート〜!!

*「ぶひひひ ひーん!」

*「くーん……。」

*「んっんももうー!」

*「にゃあごろん。」

*「ふごふごー。」

*「フゥーッ!」

司会の掛け声と共に再び順列を変えた六匹の動物たちが熊の前に並びたつ。

ボルカノ「…………………。」

並んだ動物たちは左から順に馬、黒犬、牛、茶虎猫、豚、白猫。

*「おいおい 今度は ネコが2匹かよー!」

*「あの牛 良い目をしてるな……。」

*「あの腹… 間違いねえな。」

観客たちは動物たちの面子を見てあれこれと予想している。

*「…………………。」

“まさか 挑戦者が 父さんだなんて……。”

*「…………………。」

“うまく ごまかすのよ アルス! もっと クネクネしなさいっ!”

ボルカノ「…………………。」



ボルカノ「まずは これだ。」


774 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 22:59:50.44 ID:Gbhcinl20

しばらくじっと見つめていた熊だったが、やがて一匹の動物の前に立つと司会の方に向き直る。

*「おっ 一人目は そのお馬さんで いいのかい?」

ボルカノ「ああ。」

そう言って熊は列の一番左にいた馬を指さす。

*「お〜け〜! それじゃ 答え合わせだ! お馬さんっ ぬいぐるみを 脱いじゃって!」

*「ぶひひひ ひーん!」
*「あら〜 当てられちゃった!」

司会がそう告げると馬は一鳴きし、中から若い女性が飛び出してきた。

*「…………………。」

“うわっ 隣の人にいったか。” 

*「やったっ やったね。すごいカンだね。こりゃ超能力ってやつだね!」
*「その調子で どんどん 当てちゃって ちょうだいよ!」
*「レッツら ゴーゴーッ!」

ボルカノ「うーむ。」

司会に促され、熊は再び女性を当てるべく並びなおした動物の列を見定める。

今度は左から牛、白猫、豚、黒犬、茶虎猫。

しばらく悩んでいた熊だったがある動物の前まで来ると一言。



ボルカノ「……このブタは 男だな。」



*「フゴッ!?」



*「…………………!」

“ええっ どうして わかったんだ!?”

*「…………………!」

“や やるわね ボルカノおじさま……。”

二人の真ん中にいた豚の正体をピタリと当てられ、これで残る動物は四匹、確率は再び二分の一になってしまった。



ボルカノ「むっ!」



そして熊は少女の手前まで来ると司会の方を振り向いた。

*「…………………!」

“うそでしょぉっ!? あたしだって わかっちゃったと言うの!?”

*「おーっと? ビッグマン 今度はそのネコちゃんで いいのかい?」

*「…………………。」

“まずいっ まずいわ……!”

*「…………………。」

“ま マリベル……っ!”





ボルカノ「いや こっちの 牛だ。」




775 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:01:27.23 ID:Gbhcinl20

そう言って大熊は太くごわつく指で白猫の隣にいた牛を指さした。

*「…………………!」

“えっ!?”

*「な〜んだ そっちか! それじゃ 牛さん 答えをどーぞっ!」

*「んっんももうー!」
*「もーっ どうして わかっちゃったの?」

またしても女性が当てられ、辺りは騒然となる。

*「ま また 正解だ!」

*「おおっと! やるもんだね 大将! 二人わかれば あと一人。って あたりまえか!」
*「さあさ バシバシ行くよ! 次はずれたら くやしいよ。それ!」

*「こりゃ いけるんじゃねえか あの熊さん!」

*「ボルカノ船長 頼んますぜー!」

沸き立つ観衆とは正反対に動物陣営は静まり返っている。

*「…………………。」

“た 助かったわ……。”

危うく命拾いした白猫は心の中で叫ぶ。

“でも これで 残るは あたしだけ。おまけに ネコは 一匹じゃないのよ!”

“黒犬の正体も バレてないし まだ 勝機はあるわ!”

ボルカノ「…………………。」

最後に残った三匹の動物を眺め、熊は腕を組んで黙り込む。

*「…………………。」

“まずいな…… さっきから 父さんは ぼくのことを じっと見てる。”

“もしかして バレちゃったかな? 怪しい動きは してないと 思うんだけど……。”



ボルカノ「…違うな……。」



そう呟くと熊は真ん中に固まっている二匹の猫をじっくりと見定め始める。

*「…………………。」

*「…………………。」

“ふ…ふふふ たとえ ネコを選んでも 確率は半分! さあ どーするかしら?”

ボルカノ「ネコで 思い出したんだが……。」
ボルカノ「あの二人は どこに行ったんだったか。」

*「…………………。」

“えっ…… 急に どうしたのかしら ボルカノおじさま。”

ボルカノ「マリベルちゃんに 伝えておかねば ならない 大事な ことがあったんだがなあ……。」

*「…………………。」



ボルカノ「なんでも トパーズが 行方不明だとか なんとか。」



*「っ……!?」



ボルカノ「むっ!」


776 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:02:46.83 ID:Gbhcinl20

白猫が動揺したのを熊は見逃さなかった。

*「ひゃっ…… ふ フゥ〜ッ!」

すぐに白猫の首の皮をむんずと掴んでそのまま持ち上げると司会に向き直る。

*「おおっ そのネコちゃんで いいんだね? だんな!」

*「…………………。」

ボルカノ「ああ。まちがいねえ。」

*「それじゃあ 最後の 答え合わせだっ! 白猫ちゃん 出てきておーくれっ!」



マリベル「プハッ!」
マリベル「ぼ ボルカノおじさま ひきょうよーっ!」



ボルカノ「……やっぱりな。」

ぬいぐるみを脱いで抗議する少女を他所に熊はあまり浮かない声を出す。

*「パンパカパーンッ! やっちゃったよ 当てちゃったよ。こりゃ すごいねどうも!
*「3人正解。お見事でしたー!
*「それでは ここで長老さまより すてきな賞品を わたして いただいちゃいましょう!

ボルカノ「実はな マリベルちゃん……。」

そんな司会の言葉など聞かず、少年の父親は少女に耳打ちをする。

マリベル「えっ……?」



*「はあ はあ……。おおっ 今回の優勝者が 決まりましたな!」



呼び声を聞きつけいつかの様に慌てて長老がバニーガールを連れてやってくる。

*「はい。長老さま! この 旅のおじさんたちが みごと優勝でございます!

*「うむっ。それでは今回の優勝者に わたしから ごうか賞品を プレゼントしよう!」
*「ささっ 早く私のところに……。」

そう言って村長が熊を手招きした時だった。





マリベル「ちょーっと まったあ!」





少女の大声が広場に響き渡った。

777 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:04:07.76 ID:Gbhcinl20



*「「「???」」」



マリベル「長老さん! あたしが 預けた トパーズが 行方不明って どういうことよ!」

突然のことに混乱する観衆を置き去りに少女は長老のもとへ歩きながら大声で問い詰める。

*「そっ それは そのう……。ちょっと 目を 離したすきに……。」

マリベル「なーんですって〜っ!?」
マリベル「どーして そんな 大事なこと 早く言わなかったのよ!!」

そう怒鳴りながら少女は長老の襟元を掴んで揺さぶる。

*「いや その……。」

物凄い剣幕に押され長老は冷や汗をかいてたじたじとなる。

ミミ「いや〜ん 長老さま 死んじゃうから 落ち着いて〜!」

そう言って使用人の娘が少女を止めようと必死に押さえつける。

マリベル「むう〜〜っ!」

ボルカノ「実は そのことで 二人を探してたんだが 一向に見当たらなくてな。」

*「それで 仕方ないから このイベントに参加してたって わけですよ。」

マリベル「あっ そ そうだったの……。」

見かねた船長と漁師にことの顛末を聞かされ、少女はようやくおとなしくなった。

マリベル「そ それで 心当たりはっ?」

*「それが まったく わからんのです。」

村長は申し訳なさそうに項垂れて言う。

マリベル「…まいったわね……。」

ボルカノ「先に コック長には 探してもらっちゃいるがな。」

マリベル「それなら まずは コック長と 合流しなきゃね!」
マリベル「アルス!」

そう言って少女はまだ動物たちの間に紛れている黒犬を呼ぶ。



*「ワン!」



マリベル「もうっ いつまで やってるのよ! ほらっ さっさと 行くわよ!」

アルス「え? あ うん……。」

ボルカノ「…………………。」

“果たしてこの男…息子は本当に世界を救った英雄だというのだろうか?”

二人のやり取りを見つめる父親の心のうちにはそんな不安が去来する。

そして同時に息子の将来をどこかで憐れんでいる自分に思わず溜息するのだった。


778 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:05:29.35 ID:Gbhcinl20



コック長「それで あちこち 町中を探しまわったのですが……。」



マリベル「結局 見つからなかったのね……。」



程なくして合流した料理長は冴えない顔で目を閉じる。

コック長「お役に立てずに 申し訳ありませんな。」

マリベル「しかたないわ。きっと あの子も 移動しているだろうし……。」
マリベル「……遠くに 行ってないといいんだけど。」

少女もまた不安そうに彼方を見つめる。

アルス「町の外へ 出てみる?」

マリベル「警戒心が強くはないとはいっても あの子も ネコよ。」
マリベル「知らない土地で 下手なことは しないはずだわよ。」

少年の提案に少女は首を横に振る。

マリベル「とにかく 手分けして もう一回 町の中を 探してみましょうよ。」

アルス「……わかった。」

マリベル「それじゃあね みんな あたしたち 行ってくるわ。」

*「…………………。」
*「何言ってんです マリベルおじょうさん。」

去ろうとする少女を漁師の一人が呼び止める。

マリベル「えっ?」

*「あいつも オレたちにとっちゃ 大切な 船員なんです。」

*「そうですよ! おれたちも いっしょに 探しますよ!」

*「一人より 二人。二人より 三人。三人より 全員だ!」

*「こう見えても おれ 狭いところまで 入っていけるんですぜ。」

*「こうなったら あいつの好きな 美味しい エサで おびきよせて あげますよ!」

マリベル「みんな……。」

ボルカノ「……決まりだな。」

アルス「……父さん!」

ボルカノ「よーし お前ら これから 三毛猫探しを 始める!」

*「「「ウスッ!」」」

ボルカノ「万が一 進展がなくても 日が沈むまでには 宿に 集合するように! いいな!」

*「「「ウスッ!!」」」

マリベル「みんな ありがとう!」
マリベル「…よーし それじゃ 行くわよー!」
マリベル「待ってなさい トパーズ! 必ず 連れ帰ってみせるからね!」

蜘蛛の子を散らしたように走り出した漁船アミット号一行は町の隅から隅まで怪しい所を探し始めた。



雲一つない青空の下、握り拳と共に響き渡った鬨(とき)の声は果たして迷子の三毛猫に届いたのか。


779 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:06:26.54 ID:Gbhcinl20



*「ややっ そんなところで 何をしてるんだい?」



*「オスの三毛猫を 探してるんだ! 見つけたら 教えてくれよな!」



*「にゃあごろん。」



*「なあ きみ 三毛猫を見てないかい。」



*「にゃんにゃん! あっ もう お祭りは 終わったんだったわ。」



*「か かわいいなあ…。っとと いけねえ。おねえちゃん それよりもさ……。」



*「なんざますか そんなところ のぞいたりして!」



*「うわあああっ ブタが しゃべったあああ!」



*「うわっ 人がせっかく いいムードになってるのに 邪魔しないでくれよ!」



*「おっと こいつは 失礼!」



*「おじちゃん タルなんてのぞいて なにしてんの?」



*「おじょうちゃん 三毛猫を 見たら 教えてくれよ。」



*「ん? オラの家に なんか 用だか?」



*「実はな……。」



*「コケーッコココ! コケーッコケーッ!」



*「お前に聞いてもなあ……。」


780 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:08:18.26 ID:Gbhcinl20



マリベル「ダメね… 全然それらしい 情報も 手に入らないわ。」



日がちょうど水平線へと付きそうな頃、少女と少年は町の隅で腕を組んで溜息を漏らしていた。

マリベル「これだけ みんなで 探しても なんの手がかりも ないだなんて……。」

アルス「うーん。トパーズも 誰かを見つけたら よってきて おかしくないと思うんだけど……。」

マリベル「……ねえ アルス。いやな予感がするわ。」

アルス「外に 行ってみるかい?」

そう言って少年は近くにある町の北口を指さす。

マリベル「…ええ……。」

少女が頷き二人で歩き出した時だった。





*「だ 誰かー!!」





突如、町の外の方から男の叫び声が聞こえてきた。

アルス「…っ!」

マリベル「今のはっ……!?」

アルス「…行こう!」

マリベル「ええ!!」

二人は互いの顔を見合わせ一回だけ頷くと、叫び声の聞こえてきた方へ向かって全力で走り始めたのだった。


781 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:09:48.75 ID:Gbhcinl20



*「だ 誰かー!」



町の入口までやってきた少年と少女は外から走ってきた青年と出くわした。

マリベル「ちょっと あんた!」

*「た 助けてくれーー!」

少女の声に気付いた青年が足をもつれさせながら駆け寄ってくる。

アルス「落ち着いてください。いったい 何が あったんですか!」

*「ま まものが! 魔物が 現れたんだ!」

マリベル「なんですって!?」

アルス「その魔物は どこに?」

*「ここから すぐの 森の方だ!」
*「町へ 買い出しに来たんだけど 急に 変な音が聞こえたから 行ってみたら 魔物が暴れてたんだ!」

尚も慌てふためく男は顔を真っ青にしてわめく。

アルス「お怪我は ありませんか?」

*「お オレは大丈夫だ! それより もう一人が……!」
*「おっさんが 魔物に 立ち向かっていくのが 見えたんだ!」

マリベル「聞いた アルス? これは グズグズしてる暇はないわ! すぐに 行きましょう!」

アルス「わかった! じゅうたんで行こう!」
アルス「さあ 乗って!」

そう言って少年は袋からすばやく魔法のじゅうたんを取り出しそれを広げる。

マリベル「ええっ!」
マリベル「あんたは このことを 漁師のかっこうした人たちに 伝えてちょうだい! それじゃあね!!」

絨毯に座った少女はそれだけ言うと少年と共にふわりと浮かんで西へ向かって飛んで行ってしまった。

*「な なんだあ 今のは!?」

ただでさえ狼狽していた青年は目の前で繰り広げられた光景に肝を抜かれてその場にへたり込んでしまうのだった。


782 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:12:01.53 ID:Gbhcinl20



*「くううっ こんなところで 魔物にあってしまうとは……!」



その頃、町の西にある森の中では一人の男が巨大な角を持つ大柄な魔物と対峙していた。

*「ブモ〜〜!! ブモッ! フンッ!!」

*「昔だったら こんなやつ ちょちょいのちょい だったのに……!」

そう言う男の体は既にボロボロで、体中に切り傷と打撲傷ができていた。

*「だが 負けないぞっ! くらえ!」



[ ????は かまいたちを はなった! ]



[ グレイトホーンには きかなかった! ]



男が放った渾身の一撃はむなしくも魔物の獲物によってあっさりと絡めとられ、
巻き起こされた風の刃はたちまち消え失せてしまった。

*「な なにぃ!?」
*「まずい このままじゃ……!」

そう呟くと男は少し後ろで毛を逆立てている獣に向かって叫ぶ。

*「ネコちゃん はやくどこかへ 逃げるんだ!」

*「フゥ〜〜ッ!」

*「どうして 逃げない! もっと ネコらしく さっさと 安全なところへ 行ったら どうなんだ!?」

男の後ろには三毛猫がいた。
本来猫同士でするケンカ程度にしか戦闘を知らないはずのその獣は、
巨大な魔物を前にしているにも関わらずまったく引けを取ろうとしない。
それどころかその目は闘志に満ちていた。

*「ナウナウ〜〜ッ!」

*「ブモッフフ!」

対する巨躯は余裕の笑みを浮かべている。どうやら自分の勝利を確信しているようだ。

*「私も…… そうは もちませんよ!」
*「でも……!」

*「ブモッ!?」

*「このまま ここを 通すわけには いかない!」」



[ ????は おおきな かいぶつに すがたを かえたっ!! ]



783 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:14:14.88 ID:Gbhcinl20



*「ぐおおおっ!」



紫色の体表をもった恐ろしい怪物は相手の魔物に向かって思い切り突進していく。

*「フンッ!」

*「ガアアッ!?」

しかし捨て身で繰り出した攻撃はなんなく避けられ、代わりに棘(トゲ)の付いた獲物による手痛い反撃を受けてしまった。

*「ぐるる……。」

流れ出す大量の血がそう長くは立って至られないことを物語っていた。

そして次の瞬間。



*「ブモ〜〜〜ッ!!」



[ グレイトホーンは ライデインを となえた! ]



普通の魔物であれば使用してくるはずもない雷の呪文が発動し、薄暗い森の中、木々の隙間を駆け抜けて落雷が男を襲った。

*「ギャッ!! ギギギ……!」

“ドシン”という低く重たい地鳴りを起こして怪物は自らの血の海の中へ崩れ落ちた。

周りは赤黒く焼け焦げ、死を連想させる嫌な臭いが辺りに充満する。

*「なう〜!!」

後で身構えていた猫がその毛をさらに逆立てて魔物を睨む。

*「ブホホホッ。」

よだれを垂らし勝利の笑みを浮かべると、魔物は目の前にいるか弱い命を踏みつぶそうと一歩一歩地を慣らすように歩き出す。

*「フゥ〜〜〜ッ!」

それでも猫は勇ましく駆け出し、相手の脚に飛びつき思い切り牙を立てる。

*「ブモモッ!? ブモ〜〜〜ッ!!」

*「ミギャッ……!」

思いもよらぬ反撃に一瞬だけたじろいだ魔物だったが、力任せに脚を蹴り上げ、そのまま物凄い勢いで猫を吹き飛ばした。

*「…ふ… フゥゥ……。」

その衝撃でもろに木の幹に叩きつけられた猫は、それが致命傷となったのかそのままぐったりと体を横たえてしまった。

*「ブモオオオ!!」

それでも頭に血を登らせた魔物は鬱憤を晴らそうとそれに近寄り、とどめを刺さんと獲物を振り上げる。

しかしその時。





*「させるかーーっ!」




784 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:15:17.04 ID:Gbhcinl20

風よりも早く駆け抜けてきた何者かが魔物目がけて思い切り獲物を突き立てた。

*「ブモオッ!?」

たまらず魔物は獲物を手放し傷を抑える。

*「トパーズ!」

そう叫んで猫を拾い上げたのは先ほど魔物に一撃を加えた少年と共にやってきた少女だった。

マリベル「もう 大丈夫よ! ベホマ!」

少女は魔力を集中させ、三毛猫の傷を治していく。

トパーズ「な−お!」

たちまち雄猫は元気を取り戻し、少女の顔を覗き込む。

アルス「どけっ!」

*「ブモッ! ブモオオッ!」

一方の少年は地団太を踏んで怒りを顕にする巨大な獣を相手どっていた。

アルス「お前が 暴れてたっていう 魔物だな?」

*「ブモ〜〜〜!」

少年の問いかけに魔物は荒い息を吐き出し少年を睨みつける。

アルス「…話は 通じないか……。」

*「ブモオッ」

魔物は少年に思い切り突進を仕掛け、その巨大な角で少年を突き飛ばそうと試みる。

アルス「ハッ!」

少年はその下に身を滑り込ませるとそのまま魔物の鼻っ面を思い切り蹴り上げる。

*「ブッ……オオオ!?」

強烈な蹴りをまともに喰らい、魔物はその巨体を仰け反らせるとそのまま足元を滑らせて背中から地面に倒れ込む。

マリベル「トパーズ! 下がってなさい!」

トパーズ「ナッ……!」

少女がそう叫ぶと三毛猫は何を言われたのかを察したように大木の後ろへと回り込み、そのまま魔物と少年を迂回するように走り出す。

マリベル「よくも あたしの かわいいトパーズを 傷つけてくれたわね!」

*「ブモッ……!?」

マリベル「これでも くらいなさい!!」

アルス「うわっ マリベル ちょっと待った!」



“ピイイイイイイッ!”



少年の制止も聞かず、少女は指をくわえて思い切り笛を吹いた。

*「ブモモッ!?」

“ドドドド……”

するとその直後、どこからともなく何かの押し寄せるような地響きが聞こえてきた。

アルス「うわわわっ!」

マリベル「いけえええええええっ!!」

[ マリベルは どとうのひつじを はなった! ]

*「ブモ〜〜〜〜〜〜ッ!?」

どこからともなくやってきた凄まじい数の羊たちが、魔物を襲った。

785 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:16:55.52 ID:Gbhcinl20



マリベル「ありがとね〜! ひつじさんたちっ!!」



放牧中だった羊たちを見送り少女が手を振る。

アルス「あいたたた……。」

想像を絶する羊の群れを寸でのところで回避した少年が、転んで擦りむいた傷をさする。

*「…………………。」

アルス「うわあ… 派手にやったね……。」

砂煙の消えた跡には、無惨にも踏みつけられて絶命した魔物がボロ雑巾の様に転がっていた。

マリベル「ふんっ 魔物なんて こんなもんよ。」

羊をけしかけた当の本人は両手を腰に当てて不機嫌そうに吐き捨てる。

アルス「は ははは……。」
アルス「…それより トパーズは?」

少年は冷や汗を拭うとあたりを見渡す。

マリベル「安全なところに いったと思うんだけど……。」



マリベル「あっ……!」



同じく辺りを見回していた少女は何かを見つけるとそちらの方へと走っていってしまった。

アルス「あ 待ってよ!」

慌てて後を追う少年だったが、すぐに何かを見つけ、その足を止める。

マリベル「…………………。」

アルス「これは……?」

マリベル「……わかんないわ。」
786 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:17:53.96 ID:Gbhcinl20

少年が立ち止まった先に見えたのは既に虫の息となっていた一体の怪物だった。

*「ぐ ぐるる……。」

苦しそうに呼吸をしながら力なく横たえるそれは少年たちを見つけるとどこか悲しそうな目で二人を見つめた。

マリベル「……あたしたちに 何か 言いたいことでも あるのかしら?」

*「…………………。」

するとその怪物は目だけを動かして自分の足元でじっとしている三毛猫を二人に報せる。

アルス「…ん? と トパーズ!」

マリベル「あんた こんなところに いたのね!」

トパーズ「な〜お!」

二人の呼びかけに応えるように一鳴きするとその猫は怪物の顔まで回り込んでその口元をなめる。

トパーズ「なうー。」

マリベル「この魔物が どうしたっていうのよ?」

交互に自分と怪物の顔を見てくる三毛猫に少女は首を捻る。

アルス「見て マリベル。この魔物 見覚えがないかい?」

マリベル「えっ…?」

少年に言われ少女は自分の記憶の引出を片っ端から開け始める。

マリベル「…………………。」
マリベル「あっ! 思い出したわ!! これってば 変身で あたしたちが化けた怪物 そっくりよ!」

少女はいつだか不細工で恰好が悪い上に理性が飛ぶという理由で二度と使うまいと決めていた“へんしん”を思い出していた。

アルス「そうか! つまりこれは… この人は……。」
アルス「ベホマ!」

少女の言葉に少年もピンと来たのかすぐに回復呪文を唱え、怪物の手当を行った。

*「ぐ…ううう……。」

すると怪物は身体を起こして伸びをするように大きく震わせると、やがてその体を元の姿に戻し始めた。

アルス「あっ……!」

マリベル「あんたは……!」





*「た…ははは…… どうも お久しぶりです おふたりとも。」




787 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:20:18.99 ID:Gbhcinl20

なんと怪物の正体は以前魔封じの山で戦い、力を失って人間になってしまったあの魔物だった。



*「いやあ 助かりました! ありがとうございます!」



マリベル「デス・アミーゴ!?」
マリベル「どうして あんたが ここに?」

*「もう その名前は やめてくださいよお!」
*「今は 私も ただの人間なんですから。」

少女にかつての名を呼ばれ、男は恥ずかしそうに頭を掻く。

アルス「魔封じの山に いたんじゃないんですか?」

*「いや それが… すっかり魔物たちも いなくなったんで キレイな服でも 買いに行こうかなーと 町に行ったんですけど あいにく 感謝祭の真っ最中で……。」
*「出直そうと思って 町を出たら 途中で大きな音がしたんで ここまで 見にきたら このザマですよ。」

マリベル「……それで どうして トパーズが いっしょなわけ?」

少女が三毛猫を抱えたまま訝しげに男を睨む。

*「あ…ああ。町を 出ようとした時に このネコちゃんと 会いましてね。」
*「なんだかついてきちゃうもんですから そのまま ほっといたんですけど 気付いたら 魔物に襲われちゃって。」
*「この子だけ 逃がそうとしたんですけど なかなか 逃げてくれなかったんですよ。それどころか 立ち向かおうとして……。」

アルス「それで 大けがしたって わけですね。」

*「はい そうなんです……。」

マリベル「本当でしょうね……?」

*「ほ 本当ですって! 神にちかって 本当です!」

マリベル「ねえ トパーズ こいつの言ってること 本当?」



トパーズ「……なー。」



マリベル「ほら トパーズも 嘘だって 言ってるじゃない。」

*「そんな テキトーな こと言わないでくださいよお!」
*「な なんだったら このネコちゃんに しゃべってもらって……。」

そう言って男は三毛猫に両手をかざして魔法をかけようとする。

マリベル「あーっ! いいっ! いいからそんなことしなくって!」
マリベル「わかったわよ 信じてあげるわ。」

少女は三毛猫を男から遠ざけると仕方ないといった表情で溜息をつく。

*「よ よかったあ……。」

マリベル「確かに この子の言うことも 気にはなるけど ガボみたいに ベラベラしゃべられちゃ たまんないわ。」
マリベル「トパーズは トパーズのままで いいのよ。ねー。」

そう言って少女は三毛猫の顔と自分の顔を近づける。

トパーズ「…………………。」

三毛猫はどこか居づらそうに首をキョロキョロと動かしている。

アルス「それにしても もとから 人懐っこいネコだとは 思ってたけど まさか 知らない人に ついてっちゃうなんてね。」

三毛猫の喉を撫でながら少年が言う。

マリベル「そうよ。心配したんだからね?」

トパーズ「なーう。」

*「きっと 好奇心が強かっただけですよ。」

男が困ったような顔で笑う。
788 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:21:29.61 ID:Gbhcinl20

マリベル「…………………。」



“好奇心は 猫を殺す か……。”



少女の中でいつか少年が言っていた台詞が思い出される。

マリベル「はあ…… まあいいわ。こうして 間に合ったんだしね。」
マリベル「みんな 心配してるでしょうし そろそろ 帰りましょ。」

溜息を一つつくと少女は誰に言うまでもなく呟く。

アルス「そうだね。」
アルス「あなたは どうするんですか?」

そう言って少年は元魔物の男に訊ねる。

*「え いや わたしは……。」

男はどこか気恥ずかしそうに指を組む。

マリベル「まだ あの町に 負い目感じてるの?」

*「ええ まあ そりゃあ……。」

マリベル「あんたのやったことは 許されることじゃないけど もう過ぎたことなんだから いつまでも うじうじしてないで 遊びに行きゃ いいじゃないの。」
マリベル「なんだったら 罪滅ぼしに あの町の役に立つようなことでも やったらどうかしら?」
マリベル「それに 一度は 行ったんじゃない。だったら どうして 二度目は ダメなわけ?」

尻込みする男に少女が矢継ぎ早に言い聞かす。

アルス「そうですよ。みんな いい人たちですから きっと あなたのことを 受け入れてくれますよ?」
アルス「それに 今日はもう 遅いから 泊まっていったら どうですか?」

*「あ はははは… そ それも そうですね…… じゃあ お言葉に甘えて……。」

少々引き気味だった男は少年に救いの手を差し伸べられ、少しだけ明るさを取り戻す。

マリベル「ちょっと 誰が あんたのお金出してあげる って言ったのよ。」

アルス「まあまあ マリベル。」

再び眉を吊り上げる少女を少年がなだめすかす。

マリベル「アルス! あんた また 甘やかしてっ。」

アルス「あはは…… いいじゃない たいした お金じゃないんだから。」

*「あ ありがとうございますーっ! このご恩は いつか……。」

すっかり調子を取り戻した男がペコペコと頭を下げながら少年の手を握る。

そして三人と一匹は魔法のじゅうたんを使うことも忘れ一列に揃って仲間の待つ町へと歩き出すのであった。

マリベル「まったく あんたは 人が良すぎるのよ! この前だって……。」

そんな風に悪態をつく少女も今ではしっかりと少年の腕に自分のそれを絡ませている。



いつの間にか日は沈み、軽やかに歩む少年たちを寝坊助の月がぼんやりと眺めていたのだった。


789 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:23:24.37 ID:Gbhcinl20



マリベル「あーあ さすがに疲れちゃったわよ。」



宿に着いてからというもの少年たちは漁師たちに囲まれてしまった。
加えて身なりの悪い見知らぬ男を連れているものだからあれこれと質問攻めにあい、
各々の苦労話を聞かされたりと、食事を終えるまでの間二人に気の休まる時間はなかったのだった。

それから更に時間は経ち、二人は三毛猫と共に広場の椅子に腰をかけ、静かに時を過ごしていた。

アルス「……でも それだけ みんな トパーズのこと 心配してくれてたんだね。」

マリベル「ふふっ そうね。」
マリベル「あんたは 幸せ者だわね〜。」

そう言って少女は膝に座る三毛猫に笑いかける。

トパーズ「…………………。」

三毛猫はなんのことかとでも言うように目を閉じたまま尻尾を振っている。

マリベル「それにしても あのおっさんが 町のために 体張るなんてねえ。」

少女が猫を撫でながら言う。

アルス「それだけ 反省してるって ことじゃないかな。」

件の男は、既に宿の中で眠りについていた。

マリベル「…世の中 分からないわね。」
マリベル「あたしたちに のされた 魔物が いつの間にか 人間になって 一度は滅ぼそうとした町のために 自分を犠牲にしようとするなんて。」

アルス「……そうだね。」

マリベル「でも これから あいつ どうすんのかしら?」

アルス「さあ。普段も 何してるか わからない人だし。」

マリベル「そんなやつに ポンッて 手を貸しちゃうんだもん あんたってば ほんとーに どうしようもない お人良しよねえ。」

アルス「……いやあ なんとなく ほってなくてさ。」

そう言って少年はバツが悪そうに頬を掻く。

マリベル「時々 そのお人よしのせいで こっちが 不利益こうむってんだからね? しっかりしてよね。」

アルス「んー…… ごめん。」

マリベル「もうっ 頼りないわねえ! そんなんじゃ いつか ろくな目に会わないわよ?」

アルス「…………………。」

少年は反論こそしないものの、どこか拗ねたように目線だけでそっぽを向いている。

マリベル「…………………。」
790 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:25:37.66 ID:Gbhcinl20



マリベル「……まっ そうならないようにするために あたしが いるんだけどね。」



少女はどこか自嘲気味に微笑む。

アルス「えっ?」

マリベル「感謝しなさいよね? こんな 美少女が あんたを 見守っててあげてんだからさ。」

なんだかんだと言っても少女はそんな少年の人柄を好いていたし、
もしもそれが災いしようものなら自分が彼を助けようと最初から考えていた。
それもこれもひっくるめて少女は少年についていくと誓ったのだ。

アルス「……うん。」

たったの短い返事。だが少年も少女が心底自分を許してくれているということを痛いほど感じていた。
普段はトゲのある言葉に隠れて見落としがちな少女の優しさ、労わり、不器用な愛を、少年は決して見逃してはいなかった。
長い間隣で歩いてきたからこそ分かる、少女なりのサインに。

だからこそ少年は面と向かって少女に告げる。
互いの気持ちを打ち明けられずにいたあの頃とは違う、今だからこそ心から言える言葉。



アルス「ありがとう マリベル。」



マリベル「っ……。」

予想以上に直球な感謝の言葉に、少女は少しだけ面食らったように少年の顔を見つめる。

アルス「きみが そばにいてくれるから ぼくは ぼくの言いたいことが言えるし やりたいことができる。」
アルス「だから… ありがとう。」

マリベル「……ふん。いいわよね あんたは そうやって 人の気も知らずに。」

素直な想いをぶつけてくる少年の目を直視できず、少女は膝の猫へと視線を落とす。

アルス「……そうかもね。」

マリベル「ばーか。」

アルス「うん。」

マリベル「お人好し。」

アルス「うん。」

マリベル「褒めてないからね?」

アルス「うん。」

マリベル「なによなによ バカにして。てきとうに 答えないでよね! もうクチきいてやんな……。」



マリベル「っ……!?」


791 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:27:25.99 ID:Gbhcinl20



アルス「マリベル。」



マリベル「…………なによ。」

いつの間にか立ち上がり回り込んだ少年に後ろから抱かれ、少女は言葉を失くす。
もう何度こうされたか分からないのに、こうなってしまっては少女はたちどころに膝の上の猫のようにおとなしくなってしまう。

アルス「…たしかに ぼくは ニブいって よく言われるけど……。」
アルス「きみのことなら なんとなくだけど 誰よりも わかってるつもり。」

マリベル「えっ……?」

アルス「だから さ。」
アルス「だからこそ きみに 迷惑かけてるってことも よくわかってるし きっと これからも 迷惑をかけちゃうんだと思う。」

マリベル「…………………。」

アルス「でも きみが 本当にイヤって言うなら ぼくは 絶対にそんなことは しない。」
アルス「……どんな時でも きみに笑っててほしいから。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うふふっ ばかね。」

アルス「……?」

マリベル「どんな時でも 笑顔だったら 感覚が マヒしちゃうわ。」
マリベル「…時に 辛いことがあって ちょっと 苦しいからこそ 嬉しかったり 楽しかったりした時に 全力で 笑えるの。」
マリベル「だから……。」

アルス「だから……?」



マリベル「だから どんな時でも あたしは あなたについていくのよ。」



マリベル「……全部 あなたと分かち合いたいから。」



アルス「…マリベル……っ!」

マリベル「え ちょっと…… ん……。」

感極まったようにその名を呼び、少年は身を乗り出して少女の唇を奪う。

マリベル「あふっ………ん…う…。」

やがて少女もそれを受け入れ、体を少年の方へと向き直る。

トパーズ「なう〜……。」

少年と少女の体に挟まれるような形になってしまった三毛猫が、苦しそうに身をもがき少女の膝からスルリと抜け出る。
792 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:28:12.86 ID:Gbhcinl20



アルス「ぷはっ!」



マリベル「はっ……はあ……。」
マリベル「…もう……アルスったら……。」

しばらくしてようやく少年から解放され、苦しそうに息を整えると少女はか弱げに悪態をついた。

アルス「はは……ごめんごめん。」
アルス「つい 嬉しくってさ。」

それすらも愛おしげに少年は少女の体を優しく抱きしめる。

マリベル「ふふっ あんたってば ここのところ 積極的よね。」

そんな少年を満足げに、そしてどこか小ばかにしたように少女が鼻息を漏らす。

アルス「だって マリベルがかわいいから いけないんだ。」

マリベル「んー! もうっ!」

またしても恥ずかしい台詞を悪びれもなく言ってのける少年に、
少女はこの町で何度も耳にしてきた牛の鳴き真似の如く可愛らしい抗議の声を漏らすのだった。



いつしか月は天まで昇り、二人の影は小さく重なり合って一つとなっていた。

そんな二人の小さな影の中で三毛猫が、香箱座りで退屈そうに尾をなびかせながら二人の顔を交互に見上げる。



“たまにはオレにも感謝しろよ”と。





そして……

793 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/17(火) 23:28:39.19 ID:Gbhcinl20





そして 夜が 明けた……。




794 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:30:13.07 ID:Gbhcinl20

以上第26話でした。



デス・アミーゴはあの後どうなったのか。

彼は結局ただの人間(?)になって、いじめられるのが怖いからという理由で“魔封じの洞くつ”にひきこもっているわけですが
(魔王復活後は例の部屋を出て途中の山道にいましたが)
長い年月の間にいったい何があったのか、きれい好きで腰の低いおっちょこちょいな男になっていました。

今回は魔王のいなくなった平和な世の中で
そんなきれい好きな彼が自らの衣服を改めようと町までやってきたというお話と、
オルフィーの感謝祭に偶然やってきたアルスたちが現れた魔物と対峙するというお話が同時進行で行われます。

さて、今回デス・アミーゴが使った“変身”については勝手な想像ですが、
元々彼がそういった類の魔法の使い手だったことから付け加えた設定です。

ちなみに変身後は「モンストラー」という名前の魔物になります。
(6をやった方には見覚えがあるかもしれませんが、7には登場しないキャラクターです。)
これは誰が“変身”を使用しても同じですが、
AI行動となる上に圧倒的な使えなさを誇り、正直日の目を見ることはほとんどありません。

しかし戦闘力を失くしてしまった彼にとっては一時的にではありますが、
グレイトホーンと戦う手段としてちょうど良かったのではないかと思い、今回はあえて起用しました。

ちなみに“かまいたち”は実際に過去のデス・アミーゴが使ってくるワザですが、
グレイトホーンには本当に通用しないのです。ああ無念。



…………………

◇次回はいよいよ最後の訪問地へ。

795 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/17(火) 23:31:16.14 ID:Gbhcinl20

第26話の主な登場人物



アルス
黒い犬のぬいぐるみを着てオルフィーの感謝祭に参加。
ひょんなことからかつて魔物だった男と再会。

マリベル
アルスと共に感謝祭に参加。ぬいぐるみは白い猫。
行方不明になったトパーズを探してひた走る。

ボルカノ
町民に紛れ込んだアルスとマリベルを探すべく感謝祭に参加。
見事イベントで優勝してみせる。ちなみにぬいぐるみは熊。

コック長
アルスとマリベルのことは漁師たちに任せ、
行方不明になったトパーズを先に探していた。
着ぐるみはブタさん。

めし番(*)
漁師たちと共に感謝祭に参加。
着ていたのは牛。

アミット号の漁師たち(*)
自分たちをほったらかしにして行ったアルスとマリベルを探すべく感謝祭に参加。
その後は行方不明の三毛猫を探して町をうろつく。

トパーズ
オスの三毛猫。
長老の家に預けられていたが、屋外に出た際町へやってきていた男についていってしまう。
勝ち目のないような相手にも果敢にとびかかっていく。

オルフィーの長老(*)
町長といっても良いような立ち位置にいるが
どうにも助平なおじいさん。

ミミ
長老の家で働くお色気たっぷりのメイドさん。
長老の趣味でバニーガールの恰好をさせられているが本人もノリノリ。

イベントの司会(*)
感謝祭で司会を務める男。
饒舌で独特の言い回しをする。
妙にテンションが高く、とにかくうるさい。

船着き場の使用人(*)
ブルジオの船着き場で働いている使用人の男。
オルフィーの町まで買い出しへやってくる途中、魔物と遭遇。
急いで町へ逃げてきたところで出会ったアルスたちにことの顛末を聞かせる。

元デス・アミーゴの男(*)
かつて魔封じの洞くつに封印されていた元魔物の男。
長い年月を経て人間の姿となり、ほとんどチカラを失っていたが
突如現れた魔物を相手に奮闘する。
796 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/18(水) 19:13:24.69 ID:NwVM2m3w0





航海二十七日目:時を渡る英雄 / 涙の真珠を君に




797 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:14:16.29 ID:NwVM2m3w0



*「コーケコッコー!!」



鶏たちのけたたましい鳴き声が静かな町に響き渡り、朝の訪れを告げる。



*「コケー! コココ!」



*「コッケー! コケッコ!!」



*「コココ… コケコッコー!」










マリベル「うるさーーーーい!!」










*「「「うおおっ!?」」」



少女の絶叫が静かな宿屋に響き渡り、少年達にも朝の訪れを告げた。


798 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:15:09.52 ID:NwVM2m3w0



マリベル「まったく… 人の安眠をさまたげるとは いい度胸してるわね!」



アルス「そんなこと ニワトリに言ってもなあ……。」



すぐに始まった朝食をぱくつきながら少女が眉間にしわを寄せて言う。

*「おれたちの 安眠は……。」



マリベル「な・に・か?」



*「ヒィッ なんでもありませんっ!」

恨めしそうな顔をする漁師も少女の人にらみですっかりすごんでしまうのだった。



*「それにしても ここの朝は すごいですねー!」



早朝からやかましいくらい元気な元魔物の男が笑う。

*「こんなに たくさんのニワトリが鳴くなんて! ここの人たちは きっと 規則正しい生活が 保障されてますね!」

などと、的を射ているのかいないのかわからないような冗談を飛ばす。

マリベル「ふんっ おかげで こっちは 寝不足だわよ!」

アルス「まあまあ どっちにしろ そろそろ 起きなきゃ いけない時間だったんだし……。」

マリベル「……ふん。」

アルス「ふう……。」

“どうやら今朝は彼女のご機嫌取りが最初の仕事になりそうだ。”

そんなことを考えながら少年は残りの食事を平らげるのだった。


799 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:15:50.18 ID:NwVM2m3w0



*「もう 行ってしまうんですね……。」



食事を終えた一行に一晩寝食を共にした男が別れを惜しんで語り掛ける。

ボルカノ「オレたちも 長いこと 航海してるからな。早く 役目を終わらして 故郷に帰りたいんだ。」
ボルカノ「悪く 思わないでくれよな。」

*「ええ……。」

昨晩、元魔物と少年たちの話を興味深そうに聞いていた船長は少しだけ困った顔で笑う。

アルス「たまには 遊びに来るので また その時にでも。」

マリベル「ええ? あたしは あの山まで 行きたくないわよ?」

少年の言葉に少女は怪訝な顔。

*「あ っははは… わたしも 時々は 町にきて 人助けでもしようと 思ってるので 運がよければ!」

元魔物の男はそう言って頭を掻く。



マリベル「……そう あんたは見つけたのね。」



*「えっ……?」

マリベル「なんでもないわ。さっ 行きましょ。」

アルス「…うん。」

ボルカノ「よーし! いくぞ お前たち! 海で仲間が待ってる!」

*「「「ウスッ!」」」

こうして一行は感謝祭を終え静まり返った町を後にし、次なる目的を目指して元来た道を歩き出すのであった。


800 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:17:58.39 ID:NwVM2m3w0

青い空がどこまでも続いている。

今にも消えてしまいそうな雲だけがわずかばかりに浮かんでいるだけの空。

そしてその空をそのまま映したように真っ青な海の上、漁船アミット号は緩やかな東からの風を受けて航行していた。

マリベル「…………………。」

そんな中、少女は一人、船尾に立って先ほどまで滞在していた町の方角を眺めていた。

マリベル「あんなのでも もう 自分のやることを 見つけてるのね……。」

少女は先ほど男が言っていた言葉を思い出して独り言つ。

“私も 時々は 町にきて 人助けでもしようと 思ってるので”

かつて町を壊滅へ追い込んだ魔物は封印され、時を経ることで人の姿となりその心を改め、
今ではすっかり罪滅ぼしをせんと意気込むまでに至っていた。

少女が“軟弱”とこけおろしたあの男が。

マリベル「…………………。」

少女にはそれが羨ましく感じられた。
いつまでもこれからすべきことの見つからない自分とは違い、
彼はしっかりと自分の道を見つけ、それに向かおうとしている。

マリベル「なんか 腹立つ。」

そんなことを考えているうちに自分への怒りなのか、
彼への嫉妬なのか、それとも今朝の鶏への恨みなのか分からぬ苛立ちが少女を襲ってきた。



アルス「あ マリベル そんなとこに いたんだ。」



そんなことも知らずにのこのことやって来た少年が少女の背中に呼びかける。

マリベル「……いいところに 来たわね アルス。」

アルス「ん?」

羊を目の前にした狼は今まさに跳びかからんと低い唸り声を上げている。

マリベル「このイライラを なんとか なさい。」

アルス「ええっ? 何の話?」

マリベル「いいから なんか スカッとする 話しなさいよ。」

いきなりのことに狼狽する少年に少女は詰め寄りにらみつける。

アルス「そんな 無茶な……。」

マリベル「……この 役立たず。もう いいわよ。」

そう言って少女は身体を仰け反らせて抗議する少年に背を向け、だんまりを決め込んでしまった。

マリベル「……はあ………。」

アルス「…………………。」
801 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:19:56.44 ID:NwVM2m3w0

いつもより小さく見える少女の背中を見つめ、少年は何を思ったか呟くように声をかける。

アルス「…次で 最後だね。」

マリベル「……そうねー。」

面倒くさそうに少女が答える。

アルス「一か月。長いようで 短いような……。」
アルス「もう 終わるんだね。」

マリベル「……そうね。」

小さく返す少女の背中は、どこか寂しそうにも見えた。

アルス「いろいろあったね。」

そう言って少年は少女の隣に並ぶ。

マリベル「…旅の時よりも ヒヤヒヤしたわよ。」

アルス「コスタールから始まって 途中 いろんな国や町によって いろんな人に会ったり 事件があったり。」

マリベル「あたしも あんたも ボロボロになるし。ロクなことが なかったわ。」

アルス「でも 宴があったり みんなで真剣に 漁をしたり。」
アルス「……ぼくは 楽しかったな。」

少年は懐かしむように目を細めて小さく微笑む。

マリベル「……あんたって ホント 気楽よね。あたしなんて……。」



アルス「やっぱり ついてきて 後悔した?」



マリベル「…………………。」

少年の問いかけに少女は目を伏せたまま何も答えない。

アルス「ぼくは きみがいてくれて 良かったって 思ってんだけどな。」

マリベル「…………………。」

アルス「……そっか ごめん。」

そう言って少年は踵を返してその場を立ち去ろうとする。

マリベル「………い…。」

アルス「えっ?」





マリベル「そんなわけ ないじゃない!」





アルス「…………………。」
802 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:21:02.33 ID:NwVM2m3w0

マリベル「あたしだってそうよ… 辛いことも いっぱいあったけど 何一つ 後悔なんてしてないわ!」
マリベル「あんたが… アルスが いっしょだったから。」

そう言って少女は力強い目で少年を見つめる。

アルス「マリベル。」

マリベル「んっ……。」

アルス「ありがとう。」

マリベル「……ふん。言ったじゃないの。あんたについて行くって。」
マリベル「あんたと いっしょなら あたしは どこにだって行くし どんなことだって 耐えてみせるわ。」
マリベル「…それに あたしだって 楽しかったわよ。」

抱きしめられたまま少女は少年の顔を見上げる。

マリベル「自分たちが 取り戻した 平和な世界を こうやって 堂々と 歩けるんですもの。これが 愉快以外の なんだっていうのかしら?」

アルス「……ふふっ。その通りだね。」

少女の微笑みに少年も笑って答える。

マリベル「ねえ アルス。」

アルス「なんだい?」

マリベル「いつか あなたが この船を仕切れるようになったらさ。」
マリベル「年に 一回でもいいの。」
マリベル「……また わたしを 漁に 連れていってよ。」

少女はどこか照れくさそうに視線を少年の目から逸らす。

アルス「……わかった。約束する。」

マリベル「ほんとう?」

期待に膨らんだ眼差しで少女はまた少年の目を見つめる。

アルス「……もちろん。」

優しく受け止めるその瞳に曇りはなく、どこまでも澄んだ黒で少女を見つめ返した。

マリベル「うふふ。ありがとっ。」

アルス「でも その時は 日帰りかもよ?」

マリベル「なんでもいいのよ。」
マリベル「あなたと 一緒に 海に出られるなら…。」



アルス「……っ!」


803 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:22:37.26 ID:NwVM2m3w0

“この人はどうしてこんなに可愛いことを言ってのけるのか”

まるで少年の理性をドロドロに溶かしてしまいそうな台詞を吐きながら、少女は赤みがかった頬で体を捩っている。

マリベル「アルス……?」



アルス「マリベルっ!」



マリベル「んっ!? …んん……。」



あどけなく名前を呼ぶ少女に、この旅の中で何度交わしてきたかもわからぬ口づけを施す。

まるで彼女のすべてを覆いつくさんばかりに激しく、甘い口づけを。

マリベル「はあっ…… もう アルスったら。見られてるわよ?」

そう言って少女は帆の方を見やる。

アルス「……いいんだ もう。」

マリベル「ふふっ。ん〜!」

アルス「…む……!」

言葉とは対照的にどこか恥じらいを見せる少年に今度は少女から攻撃をしかける。

アルス「ぷはっ… ま マリベル?」

マリベル「…なーんちゃって ホントは 見られてませんでした〜。」

そう言って少女はどこか小馬鹿にしたように笑う。

アルス「あっ やったな!」

マリベル「おほほほ。アルスってば かわいい〜。」

赤面して怒る少年を少女は尚も挑発する。

アルス「それなら こうだ!」

マリベル「ひゃっ……!?」

そんな少女に対抗すべく少年は首筋をぺろりとひとなめ。

少女の体はビクンと跳ねる。

アルス「まさか 魔物 以外に このワザを使う時が くるとは……。」

マリベル「あ あふっ……。」

脱力する少女の体をしっかりと支えながら少年が勝ち誇った笑みで言う。

マリベル「ひ ひきょうものぉ……。」

アルス「あははっ …ごちそうさま。」

そう言って少年はようやく少女を解放すると今度こそ歩き出す。



マリベル「あっ……。」



不意に離れていった体温の名残を惜しむかのように少女は少年の背に手を伸ばす。
しかしその手は少年には決して届かず、ただ虚しく宙を触るだけ。

マリベル「…………………。」

むすっとした表情でどこか不満足そうに少女は腕を組むと、彼の後を追うようにして甲板を降りていくのだった。



“必ず仕返ししてやる”と誓いを立てて。


804 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:24:10.97 ID:NwVM2m3w0

*「なあ… まだ 着かねえのか?」

アルス「もうすぐですよ。」

日も暮れ始めた頃、次の大陸へと上陸した漁船アミット号一行は
料理長と漁師を船に残し、日のあまり射さない薄暗い森の中を行進していた。

*「しかし こんな 森の中 歩いてて 本当に 大丈夫なのか?」

マリベル「なによ 弱気ねえ。もう あんまり 時間ないんだし 急がないと。」

そう言って不安そうに辺りを囲う背の高い木々を見上げる漁師たちを少女が急かす。



ボルカノ「ん? 出口か?」



するとそれまで何も言わずに少年と少女についてきていた船長が急に口を開く。

*「おおっ 視界が ひらけた!」

*「見ろよっ! 村だ!」

船長の言葉に、前へ出てきた漁師たちが嬉しそうにはしゃぐ。

アルス「あれが プロビナの村です。」

そう言って少年が指差す先、そこには山々に囲まれた小さな村があった。

*「おっ こっちにも 道があるじゃねえか!」

*「じゃあ どっちも 正しい道って わけなんだな。」

マリベル「だーから 言ったでしょ? こっちの方が 近道だって。」

*「いやあ すいません ついつい……。」

得意げに言う少女に飯番の男がバツが悪そうに頭を掻く。

アルス「さあ 急ぎましょう。早くしないと 山の上まで 着けません。」

*「ええっ おれたちも 登るのか!?」

少年の言葉に漁師の一人が顔を青くして身動ぎする。

マリベル「べっつにー? 嫌なら 宿で 待っててもいいんだけど。」

ボルカノ「まあ お前たちは 先に休んでて かまわんぞ。」

アルス「王さまの手紙は ぼくたちが わたしておきますから。」

*「さ さっすが ボルカノさんに アルス! 話が わかりますなあ!」

そう言って男は胸を撫でおろす。

マリベル「…わーるかったわねえ。話の分からない人で。」

*「うっ… いや マリベルおじょうさん ち 違うんですよ これは……。」

いかにも不機嫌そうに言う少女に男は慌てて弁解につとめようとする。

マリベル「ふーん? 何が ちがうって言うのかしらん?」

アルス「まあまあ マリベル。」

マリベル「なによ アルス。」

アルス「ほらっ 急ごう?」

そう言って少年は少女を呼び止めるとその手を握り催促する。

マリベル「……ふんっ わかってるわよ。」

少女はまだ不機嫌そうな表情でそれを受け入れると、男を残してさっさと歩き出してしまうのだった。

*「…………………。」
*「た たすかった」

そして一人残された漁師は額の汗を拭うとこっそりと、心の中で少年に感謝しながら列の中へ戻って行くのだった。


805 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:25:21.33 ID:NwVM2m3w0



*「おや こんなところに 旅人とは めずらしい。しかも 団体と来たもんだ。」



村へと到着した一行を出迎えたのは入口の近くにいた酪農家の婦人だった。

アルス「魔王が倒れてからも 人は あまり来てないんですか?」

先頭に立っていた少年が尋ねる。

*「そりゃあ こんなへんぴな所にある 村だからねえ。普段から 旅人なんて めったなことじゃ 来ないんだよ。」

婦人はつまらなさそうに言った。

アルス「そうですか……。」



マリベル「それより 神父さまたちは 元気にしてるかしら?」



二人の会話が途切れたのを見計らうように少女が婦人に問う。

*「おや おじょうさん お祈りかい? エライねえ 若いのに……。」
*「神父さまたちなら 前よりも 生き生きとした ご様子だよ。なんでも 神の気配を 感じ取ったとかなんとか。」

マリベル「ふーん…。やっぱり わかる人には わかるのね……。」

少女は人差し指に顎を乗せて思案する。

*「どうしたんだい? そんなに考え込んじゃって。」

マリベル「えっ あ いや なんでもないわ。それじゃ あたしたちは 教会に行きましょう。」

はぐらかすように話を変えると少女は少年に向き直る。

アルス「うん。」

ボルカノ「よし 今日はこれで 解散だ。オレたちの宿も 取っておいてくれよ。」

*「「「ウスッ!!」」」

そうして山の向こうに日が沈みゆく中、一行は別々の方向へと歩き出すのだった。


806 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:27:07.73 ID:NwVM2m3w0

漁師たちと別れた三人は教会を目指すべく村の中を歩いていた。

*「おにいちゃん まだー?」

*「んー もうちょっとで……。」

*「んもももーっ!」

*「おーい お前たち もう 家の中に 入りなさい。」

*「えーっ!? ちょっとまっててよー!」

マリベル「あら 見て アルス。あの子たち またやってるわ。」

通りの南の方にある家の庭では遅い時間だというのにも関わらず子どもたちが牛の乳を搾ろうと躍起になっているのが見えた。

アルス「ホントだね。」



ボルカノ「…なあ あれって 牡牛だよな?」



そんな光景に少年の父親は顎を擦って首をかしげる。

マリベル「ええ。でも あの子たち 乳牛とかんちがいして いっつも ああやってるの。」

なんてことはないと言わんばかりに少女が歩きながら説明する。

ボルカノ「……平和な村だな。」

アルス「あくびが 出るくらいね。」

思わず漏れた感想に少年が付け加える。

マリベル「平和と言えば……。」

そう切り出し、思い出したように少女が何かを言おうとした時だった。





*「お気をつけて お帰りくださいねー!」





今度は村の北の方から若い女性の声が聞こえてきた。
807 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:28:23.63 ID:NwVM2m3w0

*「ありがとう ベルルちゃん また 明日ね。」

ベルル「はい! また 明日。」

声のする方へ向かう三人は連なって歩いてくる老人たちとすれ違う。

ボルカノ「……あれは?」

そのさらに奥、老人たちへ手を振って見送る女性を見て父親が尋ねる。

マリベル「ベルルさんっていって あそこにある 村の老人の憩いの家で 働いているの。」



ベルル「あら? あなたたちは たしか 以前にも……。」



少年の父親に少女が説明しているところへこちらに気が付いた女性が歩いてきて語り掛ける。

アルス「お久しぶりです。」

マリベル「あいかわらず たいへんそうね ベルルさん。」

そんな娘に二人は笑顔で挨拶を交わす。

ベルル「ふふっ それだけ やりがいがあるってものですよ。」
ベルル「世界が平和になって お年寄りのみなさんも ますます 元気になって なんだか こっちも 明るくなっちゃうわ!」

そう言って娘は屈託なく笑う。

マリベル「……でも それだけじゃ 疲れちゃうんじゃない? たまには 若い人と 過ごすなりして 気を抜かなきゃ ダメよ。」

ベルル「うふふっ。ありがとう。」
ベルル「でも こんな時間に どうしましたの?」

ボルカノ「実は 山の上の 神父さんに 用がありましてな。」

そこへ二人の後ろで見ていた少年の父親が答える。

ベルル「そうなんですか……。」

アルス「…何か あったんですか?」

急に曇ってしまった娘の顔を見て少年が尋ねる。

ベルル「この前 おじいさんの神父さまが ひどく せきこんで 歩いていらしたものですから 何か あったんじゃないかと思って……。」

ボルカノ「具合が 悪いんだろうか。」

そう言って少年の父親は腕を組んで唸る。

マリベル「ねえ それなら 早く 行って たしかめましょうよ。」

アルス「そうだね。」
アルス「ベルルさん すいませんが ぼくらは これで失礼します。」

少女に頷くと少年は娘に挨拶をして山を目指して歩き出す。

ベルル「足元暗いですから お気をつけて……。」

マリベル「ありがとう!」

ボルカノ「そちらも 気を付けて。」

そう言って少女と父親も少年の後を追って速足に歩き出す。

目の前にそびえ立つ山はすっかり闇に覆われ、日の差さない足元はおぼつかなくなっていたが、
幾多の暗闇を渡り歩いてきた彼らにとってはほんの些細なことにすぎない。
少年と少女は小さな火の玉を掌の上に作り出すとそれを灯りに山のふもとにぽっかりと空いた洞窟の中へ進んでいくのだった。


808 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:30:26.76 ID:NwVM2m3w0



マリベル「うー………。」



登れども登れどもなかなか山頂の見えてこない洞窟は、
今でこそ魔物はいなくなったが過去の世界ではちょっとした迷宮で、少年たちの体力を根こそぎ奪っていったものだった。

そして現在……。



マリベル「つかれたー。アルス あたしの手も 引っぱってよ。」



アルス「やれやれ……。」



ボルカノ「はあ… ふう……。」



再び少年たちの体力を奪っていた。

普段であればゆっくりと進んでいたところを、
時間がないことを理由に駆け足で登っていたため、三人はあと少しという所で息を切らしてしまったのだった。

マリベル「ここは 何度来ても こたえるわね……。」

少年に手を引かれながら少女が力なく言う。

アルス「しゃべる元気があるなら 自分で 歩いてよ……。」

マリベル「やだ。」

アルス「はあああ………。」

無情な返事に少年は恨みがましそうにため息をつく。

ボルカノ「まだまだ 若いと思ってたが これは ちと 自信を無くすな……。」

そう言う少年の父親もげんなりとした表情で重たい足を持ち上げる。

マリベル「…ひぃ……ふぅ……。」



アルス「……あっ!」



そんなこんな階段を上りきったところで少年が声を上げる。

マリベル「なによ アルス なんか あったの?」

アルス「違うよ! もう 着いたんだよ!」

マリベル「えぇ……?」

あまりに急いでいたため、道順こそ覚えてはいたが自分たちが今何階にいるのか忘れていたらしい。
少女は少年の言葉を一瞬理解しかねたように間抜けな返事をしてから前を見つめる。

マリベル「つ 着いたの?」

ボルカノ「ふう ようやくか。」

アルス「さっ もうひとがんばりだ。急ごう。」

マリベル「はー……。」

そう言って再び歩き始めた少年の背を追いながら少女は盛大な溜息をつくのであった。


809 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:33:52.61 ID:NwVM2m3w0

*「まあっ こんな 暗い中 うちにいらっしゃるなんて!」
*「あなたたち ただ者じゃないわね……。」

なんとか教会へとたどり着いた三人を出迎えたのはこの教会に住まう息子の方の神父の妻だった。

アルス「こ こんばんは……。」

マリベル「神父様に 用があって 来たんですけど。」

息を整えながら二人が用件を伝える。

*「そ そうなの…。でも あなたたち 汗びっしょりじゃない。」
*「よっぽど 急いでいらしたのね。」
*「良かったら 裏の 泉で 体をお清めに なっていらしたら?」

そんな三人の様子を見て女性が水浴びを勧める。

ボルカノ「それは ありがたいんだが それよりも先に 用を片付けないとな。」

マリベル「そ そうね……。」

*「そう… それなら ちょっと待っててくださいね。」
*「あなたー! お客様よーっ!」

女性が教会の一階部分、つまり居住用の部屋へ呼びかけると奥から中年の男性が現れた。

*「これはこれは こんな夜分に どうなさいましたかな?」
*「おやっ あなた方は 以前 お会いしたような……。」

アルス「こんばんは 神父さん。遅くにすいません。実はぼくたち……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

*「そうでしたか… それでは 父と話し合いますので どうぞ こちらに。」

そう言って神父は三人を部屋の中へと招き入れた。

マリベル「失礼します……。」



ボルカノ「む?」



しかし通された部屋には件の老神父はおらずもぬけの殻だった。

アルス「あれ? お父さんの方は……。」

*「ああ こちらです。」
*「父さん お客さんだよ。」

少年の疑問に答えるように隣の部屋を指すと、若神父は中へ一言呼びかけ扉を開ける。



*「あれっ お客さん?」



*「ん?」


810 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:36:34.47 ID:NwVM2m3w0

そこにいたのは若神父の息子と、かつて少年たちが山の途中で出くわしここまで引っ張ってきた老神父だった。

アルス「こんばんは。お久しぶりです 神父さま。」

マリベル「ボクも 元気してたかしら?」

*「うん おねえちゃん!」

*「ややっ あなたがたは あの時の!」
*「これはこれは よく お訪ねになってくださいましたな。」

そう言って老神父は少年と少女の顔を交互に見やって微笑む。
しかしその顔は以前よりも少しやせて見えた。

マリベル「……神父さま もしかして どこか 具合が悪いんじゃないの?」

*「いや お恥ずかしながら ちと 病を患ってしまった様でしてな。」
*「なあに しばらく 養生すれば すぐに 良くなりますって!」

アルス「そうですか……。」

”こう言われてしまえば返す言葉もない”

そう思い少年は黙って頷くことにした。

*「おおそうだ それで 今日は どういった ご用件で?」

ボルカノ「……実は われわれは グランエスタードの使いで 来たんです。」

*「おお ここから 東にあるという あのエスタード島から!」
*「……ということは 何か 重要な お話なのでしょうか。」

少年の父親の言葉に老神父は三人を見回して神妙な顔つきになる。

ボルカノ「これを 読んでいただきたい。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 神父に 手わたした! ]

*「ふむふむ… うーむ… なるほど……。」

*「ふむ そうですか……。」

二人の神父は異国の王からの手紙を真剣な表情で眺め、やがて一通り読み終えたのかその顔を上げた。

*「だいたいの 内容は 把握いたしましたぞ。」

ボルカノ「まだ この村とは 交易も 締約も 結んでいませんからな。」
ボルカノ「加えて こちらの村が 漁業を どれぐらいなさっているのかも われわれには わからない。」
ボルカノ「とにかく 今回は これから どうしていくかを 考えていただく機会にと バーンズ王は おっしゃっていました。」

そう言って少年の父親は二人に王からの伝言を伝える。

*「そうでしたか。たしかに この村は 他の地との 交易は ほとんどありませんからな。」
*「こうして お話をいただけるだけでも 十分ありがたいことです。」

*「この村は 基本的に 農業で 成り立っているところが ありますので あまり漁業はしないのですが これを機に 船着き場を整備するのも いいかもしれませんね。」
*「では……。」

そう言って若神父は机に座ると羊皮紙を取り出してペンを濡らし始める。

*「お返事を したためますので 少々 お時間を いただけますか。」

ボルカノ「え ええ 構いません。」

*「おねえちゃん 汗かいてんなら うらの泉でみずあびしてきたら?」

マリベル「あら いいのかしら?」

*「おお そうですな。急いで いらしたんでしょう。よければ どうぞ。」
*「外の池もきれいにしてありますから そちらも 使えますよ。」

アルス「……それでは お言葉に甘えて。」

男の子と老神父に勧められ、少年たちは若神父を待つ間に体を清めることにするのだった。

811 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:38:16.98 ID:NwVM2m3w0

アルス「マリベルは 泉にいきなよ。」

教会で浴巾を借り、表へ出てきたところで少年が気を利かせて言う。

マリベル「あら どうも。でも 最初から そのつもりよ?」

アルス「は ははは… ごめんごめん。」

彼女にとっては、もとい誰がどう見てもそうなることは明らかだったのだが。

ボルカノ「もう 急がなくていいから ゆっくり 入ってきな。」

マリベル「はーい。ありがとう ボルカノおじさま。」

アルス「むむむ……。」

あいかわらず父親には愛想の良い少女に少しだけ抗議の目線を送るも
当の少女はまったく意にも介している様子はなく、さっさと奥の祠へと入って行ってしまった。

アルス「……さてと 入ろっか 父さん。」

ボルカノ「おう。」

少女がいなくなったのを見計らい、二人は着替えて湧き水の中へと入っていった。

アルス「うー……。」

ボルカノ「けっこう 冷たいな。」

汗ばんだ身体は既に冷え始め、水の冷たさにはもはやありがたみなど感じられなかった。

アルス「さっさと 体をふいて 出よ……。」

ボルカノ「だな。」

山の上に吹き付ける風が、ただでさえ低い気温の中、二人の体温を奪っていく。

アルス「ほこらの中は 温かいんだろうなあ。」

ボルカノ「だろうな。」

そう言って少年は少女の入って行った祠を恨めしそうに見つめる。

アルス「…………………。」

ボルカノ「…………………。」

アルス「…さて そろそろ 出ようかな。」

身体を洗い終え、着替えを手に取ろうとした時だった。



ボルカノ「アルス お前のアザ 光ってないか?」



アルス「えっ?」

父親に言われふと目をやると確かに腕の痣がどこか淡い光を帯びているように見えた。

ボルカノ「……まだ 何か お前には 大切な役目が 残っているのか?」

アルス「……わからない。なんでだろうね。」
アルス「あっ……。」

そんな会話をしていると次第にその光は弱まり、元の真っ黒な紋章へと姿を戻してしまった。

アルス「……なんだったんだろう?」



アルス「…くしゅんッ!」



不思議そうに腕を眺めていた少年だったが、寒気から大きなくしゃみを一つ。

ボルカノ「さて カゼひかねえうちに 上がるか。」

アルス「ズビ……うん。」
812 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:39:09.95 ID:NwVM2m3w0

着替えを済ませ、教会の礼拝堂に戻ってきた二人は少女の帰りを待っていた。

ボルカノ「……戻ってこないな。」

しかし件の少女はしばらく待っても戻ってくる気配はない。

アルス「そうだね。」

ボルカノ「おい アルス ちょっと 様子を見てこい。」

アルス「ええ? 大丈夫でしょ。」

ボルカノ「……万が一 何かあったら たいへんだからな。」

そういう父親の顔は真剣そのものだった。

アルス「うーん……。」
アルス「わかった ちょっと 行ってくるね。」

少し悩む素振りを見せた少年だったが、一つ頷くと再び外へ出ていくのだった。


813 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:40:58.53 ID:NwVM2m3w0

アルス「うっ 寒い……。」

池のほとりを歩く少年は吹き付ける北風に思わず身を縮める。

アルス「マリベルったら いつまで 入ってんだろう……。」

“乙女の 入浴は 長いのよ!”

なんていう言葉がすぐに返ってきそうだと思いながら少年は歩みを進める。

その時だった。



アルス「ん……?」



少年はふと胸のあたりに不思議な温かさを感じ服の下を覗き込む。

アルス「あれ…… ペンダントが……。」

熱の正体は人魚の母から受け取った涙の真珠の垂れ飾りだった。
そしてよく見るとそれは僅かながら淡い光を発しているように見えた。

アルス「んっ!?」

そして気付けば腰に下げた袋の中からも青白い光が漏れているのが見え、少年は急いで袋の中に手を突っ込み中をまさぐる。

アルス「これは…… 人魚の月?」

そう言って少年が取りだしたのは蒼白の三日月の中に真珠のような純白の玉取り付けられた海底に眠る月。
それはかつて少年が過去のコスタールで手に入れた伝説の宝石だった。
その人魚の月が胸の垂れ飾りと同じように淡い光を放っている。

アルス「うっ…!」

そして妙な感覚を腕に覚え袖をまくれば再び精霊の紋章が浮き上がりぼうっと輝きだした。

まるで二つの宝石に呼応するかのように。

アルス「これは… いったい……。」

少年はその幻想的な光にしばらく魅入っていたが、やがて腕の紋章が光を失うとつられるようにして二つの宝石も発光を終えた。

しかし少年にはその輝きが先ほどよりも増したように感じられた。

アルス「…………………。」
アルス「あれ?」

少年はそれらが光を失くしても尚まじまじとそれを眺めていたが、ふと足元を見た時、そこに何かが転がっていることに気が付いた。

アルス「これは……?」

それは一枚の紙のようだったが、ひどく古ぼけていて一見何が書かれているのかはわからなかった。

アルス「…………………。」

拾い上げて裏返すとそれは絵画だった。

そこには女神が泉の水で傷を癒す姿が描かれている。

アルス「いつの間に 落としたんだろう……。」

どうやら先ほど慌てて袋の中から人魚の月を取り出すときに引っかかって落ちてしまったのだろう。
少年はしばらくそれをじっくりと眺めていたがあることを思いだして駆けだす。



アルス「いけないっ マリベルのこと 忘れてた!」


814 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:43:12.34 ID:NwVM2m3w0

アルス「ふう……。」

祠の前までやってきた少年は一息つくと中を覗かないように入口に背をつけて中に呼びかける。

アルス「マリベルー?」

*「…………………。」

しかし返事はかえってこず、風で揺れる木々の音しか聞こえてこない。

アルス「マリベルーっ?」

今度はもう少し大きめの声で呼びかける。

*「…………………。」

だが返ってきたのはやはり静寂。



アルス「ま まさか……。」



少年は嫌な予感を覚える。

“彼女に何かあったのではなかろうか”

アルス「……よし。」

少年は迷った挙句意を決するとゆっくりと中を覗き込んだ。



マリベル「…………………。」



そこには確かに少女がいた。
入口に背を向けるように泉に半身を浸し、水をすくっては身体にかけている様子が見て取れた。

アルス「っ……!」

思わず目を逸らす少年だったがやがてあることに気付く。

“この絵と そっくりだ……。”

もう一度少年は視線を奥にやる。

アルス「…………………。」

確かに少女の姿は手に持った絵画とそっくりだった。
否、そこにいるのが知らない人であったならば確実に本人と勘違いしてしまいそうな、そんな美しさを少女は湛えていた。

アルス「ごくっ……。」

少年は思わず息を飲む。

“彼女はひょっとして女神の生まれ変わりか何かではなかろうか”

そんな気すら覚えていた。

気付けば視線は釘付けになっていた。

否、釘付けにされていたというべきか。



マリベル「アルス……。」



アルス「……!!」


815 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:45:43.67 ID:NwVM2m3w0

少女の声に我に返ると少年は慌てて身を隠す。

アルス「ご ゴホンッ!」

わざとらしく咳ばらいをすると少年は中までしっかり聞こえるようにもう一度声をかける。

アルス「マリベル。」

マリベル「ひゃっ…… あ アルス!?」

どうやら今度こそ少年の声が届いたらしい。少女は慌てて振り返ると祠の外に向かって呼びかける。

アルス「お 遅いから 呼びに来たんだけど どうしたの?」

なるべく悟られないように平静を装いながら少年は訊ねる。

マリベル「い… いつから そこにいたのよっ!!」

少女は少年の問いには答えず、質問で返す。

アルス「い いや 今来た ばかりだけど……。」

“本当のことを言ったら何をされるか分かったものではない”

少年はなんとか誤魔化そうと嘘をつく。



マリベル「……ウソでしょ。」



少女は身体を拭きながら、さも当然のように嘘を見破る。

アルス「ほ ホントだって!」

それでも少年は譲らない。

”何せ命がかかっているから”

マリベル「フーン? あたしに 嘘ついたら どうなるか わかってんでしょうね?」

アルス「…………………。」
アルス「……見てました。」



マリベル「…………………。」



アルス「…………………。」



痛いほどの静寂。



“シュル……”



布のすれる音だけが祠の中に木霊している。

そして。





マリベル「……もういいわよ?」





祠の中から少女の呼ぶ声が聞こえた。


816 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:47:45.78 ID:NwVM2m3w0

アルス「……はい。」

少年は青い顔で祠の中へと足を踏み入れる。

マリベル「…………………。」

着替えを終え、濡れた髪を拭きながら少女は少年の顔をじっと見据えている。

その表情からは何も読み取れない。

アルス「い いや… その… ごめんなさい。」

マリベル「…………………。」

少女は無言でじろりと少年を見つめると口を半開きにして固まる。



“あっ 死んだな。”



次に放たれるであろう言葉に少年は死を覚悟し、目をぎゅっと閉じて歯を食いしばる。



マリベル「ねえ。」



しかしかけられたのは意外な言葉だった。



マリベル「それ なに?」



アルス「えっ……?」

思いもよらない言葉に少年は目を開ける。

少女は少年の右手を指さしていた。

マリベル「何もってんの?」

アルス「えっ? あ これ……?」

そう言って少年は少女に持っていた女神の絵を渡す。

マリベル「なんで こんなもの 持ってるわけ?」

アルス「い いや さっき 袋から出てきてさ…… なんか 今の君に そっくりだなって……。」

しどろもどろになりながら少年はなんとか言葉を紡ぐ。

マリベル「……どういう意味?」

アルス「だ だから きみが この絵の 女神さま みたいだなって……。」

そう言う少年の顔は先ほどとは打って変わり真っ赤に染まっている。

マリベル「…………………。」

少女は女神の絵を見つめ、何を思ったのか少年の目の前に手をかざす。

アルス「……っ!」





マリベル「フバーハ。」




817 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:48:52.26 ID:NwVM2m3w0

小さな呟きの後、二人の体は優しい光の衣に包まれた。

アルス「えっ…?」

マリベル「おほほほ! まっ このあたしを 女神さまと 間違えちゃうのも 無理はないわね!」
マリベル「……だから これは 女神さまの ご加護。」

そう言って少女は微笑み、少年の胸に顔を埋める。

アルス「…怒ってないの?」

マリベル「だって もう 二人で 温泉入ってるじゃない。」
マリベル「…背中見られた ぐらい もう いいわよ。」

そう言って少女は少年の顔を見上げてにやりと笑う。

アルス「良かった……。」

マリベル「……じゃあ 髪かわかすの てつだってよ。」

アルス「…うん。」

少年は安堵の表情で頷くと、ゆっくり少女の髪を布で包み込んでいく。

アルス「こう…?」

マリベル「…うん… そんなかんじ……。」

アルス「人の髪って 意外と難しいな。」

マリベル「痛くしたら 承知しないわよ?」

アルス「…がんばります……。」

マリベル「ん…… ふ………。」

アルス「…………………。」

“まるで ネコみたいだ。”

おとなしく身を預ける少女を見つめながら少年は心の内で呟く。

マリベル「……ん これくらいでいいかしらね。」
マリベル「…どうしたの?」

自分の髪を散らしていた少女だったが、ふと少年の目が自分を見つめていることに気が付くと不思議そうに首をかしげる。

アルス「……いや かわいいなーって。」

マリベル「……ばか。」

自分では豪語するものの、実際に言われては何度も聞いても慣れない言葉に、悪態をつきながらもその頬は少しだけ赤く染まる。

アルス「はははっ。」

マリベル「……ったく そろそろ 行くわよ?」

愛おしそうに笑う少年を置いて少女は歩き出す。



アルス「はいはい 女神さま。」



その後をついていく少年の顔は尚も綻び、幸福の顔そのものだった。


818 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:50:35.37 ID:NwVM2m3w0



ボルカノ「おお 戻ったか 二人とも。」



教会の講堂では少年の父親が階段の手前で二人を待っていた。

マリベル「お待たせしました。」

アルス「ごめんごめん ちょっと いろいろあって。」

ボルカノ「…まあ いいんだけどよ。」
ボルカノ「こっちも ちょうど 返事の手紙を もらったところだしな。」

そう言って少年の父親は質素な封筒に包まれた手紙を二人に見せる。

マリベル「じゃあ わたしたちも ごあいさつしていきましょ。」

アルス「そうだね。」

二人は顔を見合わせると神父の家族が暮らしている部屋の扉を軽く叩く。

*「はーい。」

返事と共に若神父の妻が扉を開ける。

マリベル「あの タオル ありがとうございました。」

アルス「帰る前に 神父さまに ごあいさつをと 思いまして。」

*「あらあら ごていねいに ありがとうございます。」
*「どうぞ。」

女性は浴巾を受け取ると二人を奥の部屋へと通す。

*「おや もう よろしいんですかな?」

二人が部屋に入るとベッドで横になっていた老神父が身を起こして尋ねてくる。

マリベル「ええ 身も心も 清められた 気分ですわ。」

少女は一礼するとベッドの隣に立つ。

アルス「帰る前に ごあいさつをと。」

*「わはは! これは これは さすがは 神の遣わした 英雄どのというだけは ありますな。」

マリベル「神父さま…… やっぱり 気付いていらしたのね。」

*「これでも 聖職者ですからな。神が再び この世に お出ましになったことくらいは わかりますよ。」
*「……ありがたいことです。」
*「魔王は滅ぼされ 再び 平穏を取り戻した。それもこれも 神がわれわれを 見捨てておられなかった おかげです。」
*「老い先短い わたしも これで安心して 息子に 後を任せられるというものです。」

そう言って老神父は椅子に座っていた若神父を見やる。

*「よしてくれよ 父さん。まだまだ 長生きしてもらなくちゃ。」

*「そうだよ おじいちゃん! そんなこと 言わないでよ……。」

ベッドに腰かけていた男の子が泣きそうな顔で老神父の手を握る。

*「わはは。こりゃ まいった。孫にまで 言われては そう簡単にくたばるわけには いきませんな。」
*「まずは この病を しっかり 治さないと… ゲホッ ゲホッ!」

口ではそう言うが、青い顔で苦しそうに咳き込む姿からはそれが簡単なことではないことがうかがえた。

マリベル「神父さまっ……。」
マリベル「ねえ アルスっ。」

アルス「……うん。」

819 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:52:31.24 ID:NwVM2m3w0

二人は顔を見合わせると床を挟んで老神父に向かい合うようにして立つ。

*「お お二人とも なにを?」

マリベル「ちょっと 待っててくださいね。」

アルス「それじゃ いくよ。」

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

二人は目を閉じると深い祈りをささげるように両手を合わせる。

*「う むむ……?」

すると老神父の体を優しい緑の光が包み込み、その体に吸い込まれるようにして消えていった。

*「おお なんと……。」

そばで見ていた若神父が思わず声を上げる。

マリベル「ふう……。」

アルス「どうですか? 神父さま。」

二人は息をつくと老神父の顔を覗き込む。

*「ど どうしたことでしょう 体が 急に楽になりました!」

驚いたように言う老神父の顔には赤みが差し、幾分か元気を取り戻していることが見て取れた。

マリベル「ちょっとした おまじないですわ。」

アルス「後は これを。」

そう言って少年は袋の中から数枚の大きな葉を取り出してそれを若神父に差し出す。

*「これは……。」

アルス「世界樹の葉です。これを すりつぶして 服用すれば 少しは 元気になれると思うのですが……。」

マリベル「気休めかもしれないけど どうか 受け取ってくださいな。」

*「あ ありがとうございます!」

世界樹の葉を受け取ると若神父は深々と礼をする。

*「え えーっと おにいちゃんと おねえちゃんが 祈ったら おじいちゃんが 元気になって その葉っぱが ええと……。」
*「ああっ だめだ! あたまが こんらんして よく わからないや!」

そう言って男の子は頭を抱えて唸る。

マリベル「あははっ! ボクってば やっぱり ラズエルさん そっくりね。」

少女は男の子を見つめて楽しそうに笑う。

アルス「さあ 行こうか マリベル。」

マリベル「ええっ。」

少年に促され、少女が部屋を後にしようとした時だった。





*「お待ちください!」




820 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:53:29.72 ID:NwVM2m3w0

マリベル「……?」

少女は突然老神父に呼び止められた。

*「ラズエルというのは わたしの 遠い 先祖の名前……。」
*「どうして あなたが それを……?」

マリベル「…………………。」
マリベル「答えはきっと あなたの一族の 本の中に 書かれているわ。」
マリベル「それじゃあね 神父さま。お大事に。」

そう残して少女は少年とその父親のもとへかけていくのだった。

*「…………………。」
*「あの二人は……。」

二人のいなくなった部屋の中で老神父が神妙な顔で呟く。



*「アルスとマリベル……。」



*「むっ?」

不意に若神父が思い出したように二人の名を口にする。

*「たしか ラズエルの時代に 起こった事件を かの神父様と共に救ったという 伝説の旅人の名だよ。」

*「まっ まさか あの二人が……!?」
*「おおっ 神よ これも あなたの思し召しなのか…。」

寒気によるものではない心躍るような震えを覚えた老神父は、
先ほどまで彼らがそうしていたように両手を合わせると、
この世界のどこかに存在するであろう神へと祈りを捧げるのだった。

それは、不思議な世の巡り合わせ。まさに奇跡のなせる業だったのかもしれない。

それは、プロビナの村に新しい伝説が刻まれた瞬間だったのかもしれない。



時を渡る少年アルスと少女マリベルの伝説の。


821 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:54:39.78 ID:NwVM2m3w0



*「あっ! お兄ちゃんたちもしかして 漁師さんたちと いっしょの人?」



村まで降りてきた三人は宿屋の前で一人の幼い娘に声をかけられた。

アルス「そうだよ。ぼくたちの ベッド空いてるかな?」

*「うん フカフカのベッドだよ!」

女の子はにっこりと微笑む。

ボルカノ「よし それじゃ さっさと 飯をもらって 寝るとするかな。」
ボルカノ「明日は 早朝出発だからな。」

アルス「うん。」

マリベル「あー お腹すいた。」

*「はーいっ お客さま ごあんなーい!」

少女は勢いよく扉を開けると三人を招き入れる。

それから三人は仲間と合流し、すぐに食事を取ると先ほど別れた後のことや明日一日の段取りについて話し合うのだった。





そして その 夜ふけ……。




822 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:56:06.88 ID:NwVM2m3w0

アルス「…………………。」

少年は宿屋のすぐ東に流れている川のそばに立ち、先ほど突然輝きだした二つの宝石と自分の腕を交互に眺めていた。

アルス「結局 あれから なにも 起こらない か……。」

先ほどの現象がもう一度起こらないかと試してみてはみたものの、それらしき予兆は一切見られない。

アルス「…ダメか……。」



*「何してんの? こんなところで。」



急に後ろから呼びかけられ少年は一瞬身を強張らせる。

アルス「っ! …マリベル?」

振り返るとそこには眠っていたはずの少女が立っていた。

マリベル「どっか行ったなー って思ったら こんなとこにいたのね。」

アルス「マリベルこそ 起きてたのか。」

マリベル「みんなのいびきが うるさくて とてもじゃないけど 眠れやしないわ。」
マリベル「まったく… せめて 個室がほしいところだわね。」

そう言って少女は盛大な溜息をつく。

アルス「それか 耳栓?」

マリベル「どっちもね。」

アルス「あははは!」

マリベル「ところで どうしたのそれ?」

アルス「へっ? ああ これ?」
アルス「実は さっき 紋章と この二つが 光りだしてね。」

マリベル「光ったあ?」

少年の端的な説明に少女は信じられないといった声で聞き返す。

アルス「うん。なんだか よく わからないんだけど。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ウデの紋章は ともかく アニエスさんの真珠に 人魚の月もねえ……。」

アルス「それで もう一回 起こらないか 試してたんだけど ぜんぜんでさ。」

マリベル「ふーん……。」

アルス「…ぼくには まだ やらなくちゃいけないことが あるのかなあ。」

そう言って少年は険しい顔で自分のアザを見つめる。

マリベル「…………………。」

アルス「また 何か たいへんなことが……。」



マリベル「ねえねえ。」



アルス「…ん?」

すっかり思考の世界にはまってしまった少年を少女が引き戻す。

マリベル「人魚の月は わからないけど 少なくとも その真珠は もっと 別のことで 光ったんじゃないかしら。」

考える素振りのまま少女は少年の胸の真珠を見つめる。

823 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:57:38.44 ID:NwVM2m3w0

アルス「どういうこと?」

マリベル「だって それは シャークアイさんと アニエスさんが あんたに お守りにって 渡したんだから。」
マリベル「少なくとも また あんたに 新しい 使命がどうとか そういうのじゃ ないと思うんだけど。」

アルス「そうかなあ。」

マリベル「もしかしたら お守りとしてのチカラが 水の精霊から 与えられた とか。」

アルス「…………………。」
アルス「ふふっ。」

マリベル「あ なによ 人が せっかく 一生懸命 考えてあげてるってのに。」

急に笑われて少女は拗ねたように口を尖らせる。

アルス「ううん ちがうんだ。」
アルス「……なんか そう思ったら 気が楽になったというか…。」
アルス「そっちの方が しっくりくるかも。」

そう言って少年は微笑む。

マリベル「ふふっ きっと そうよっ。」

アルス「…うん そうだね。」

マリベル「……それにしても あんたが うらやましいわ。」

少女は澄み切った星空を見上げる。

アルス「えっ?」

マリベル「あたしも いつか もらえるのかしらね。」
マリベル「いつでも その人を 思い出せるようなもの……。」

そう言って少女はゆっくりと瞳を閉じる。

アルス「…………………。」
824 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 19:59:12.06 ID:NwVM2m3w0

アルス「マリベル。」

しばしその様子を眺めていた少年だったが、ふと思い立ったのように自分の垂れ飾りを外すと少女の名前を呼んだ。

マリベル「なーに?」



アルス「はい。」



マリベル「えっ……?」

アルス「これは きみが持っていて。」

そういうと少年は少女の首に腕を回し、自分の持っていた両親からの贈り物を少女につけた。

マリベル「だ だってこれは あんたの……。」

アルス「ぼくなら 大丈夫。もし きみの言う通りなら この紋章と 人魚の月が ぼくを 守ってくれる。」
アルス「それに……。」

マリベル「…………………。」

アルス「きみが持ってれば 離れてても ぼくたちは つながっていられるから。」

少年は少女を優しく抱きしめ、その耳元にささやく。

マリベル「アルス……。」

アルス「ぼくにとっては 母さんの 形見だけど…。」
アルス「よかったら それで ぼくのことを 思い出して。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……ばかね。」

少女はクスッと笑うと少年の左胸をゆっくりと押す。

マリベル「あたしは いつでも ここにいるわ。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「ねえ アルス。」

アルス「なんだい?」

マリベル「フィッシュベルに帰ったらさ……。」





マリベル「パパとママに 会ってよ。」




825 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 20:00:26.17 ID:NwVM2m3w0

アルス「…………………。」

少年にはそれが何をさしているのかすぐに分かった。

“両親に会う”

その意味の重たさを。

アルス「マリベル……でも まだ ぼくは……。」

“きみを 養える身ではない。”

“きみを 幸せにできない。”

そう続けようとした時だった。





マリベル「それでもいいのっ!!」





アルス「っ……!」

マリベル「わたしが あなたを 支えるから……。」
マリベル「だから…… だからっ……!」















マリベル「…だから いっしょに 幸せになろうよ。」














826 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 20:02:53.95 ID:NwVM2m3w0

“マリベル ぼく がんばるよ。”

“きみのために 早く 一人前の漁師になって 父さんを追い越して きみを幸せにして見せる。”



アルス「マリベル……!!」



それは船出の日に少年が立てた誓いへの少女が出した答えだった。

マリベル「アルス…… ん……。」

アルス「……愛してる。」

少女の唇からゆっくりと離れると少年はもう一度少女の体を強く抱きしめる。

マリベル「アルス……。」

アルス「もし 許されなくても ぼくは あきらめない。」
アルス「どんなに 反対されても お父さんを 必ず 説得してみせる。」
アルス「そして いつか 絶対に 世界一の漁師になってみせる。」
アルス「だから……。」





アルス「だから ぼくに ついてきてくれますか?」




827 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 20:03:42.59 ID:NwVM2m3w0

マリベル「…………………。」
マリベル「……ひっ ……ひっ……。」

アルス「あっ ま マリベル!?」

マリベル「ひっく… ひっく……。」
マリベル「ぐすっ…… そんなの…… 最初から きまってるじゃない!!」
マリベル「ふ… つつか者ですが…… よろしく おねがいします……。」

アルス「…………………。」
アルス「は ははは……。」
アルス「マリベル それ ぼくのセリフじゃない?」

マリベル「んなっ なによ…… あるすのくせに なまいきよ……。」

聞きなれた憎まれ口には、いつもの凄みなど微塵もなかった。

アルス「ごめんごめん。」

少年は微笑み少女の涙をぬぐうとそのまま少女の背中と膝に腕を回して持ち上げる。



アルス「よっと。」



マリベル「わっ…… あ アルスっ!?」

アルス「今日は いっしょの ベッドで 寝よっか。」

マリベル「えっ で でも みんなに見られちゃうわっ。」

アルス「……かまうものか。」

マリベル「あ うう… もう……。」

アルス「さ 行こうか。悪いけど ドアだけ 開けてくれないな。」

マリベル「わかったわよう……。」

そうして二人は灯りの消えた宿屋の中へと入っていくのだった。

空には船出の日と同じようなまん丸の月がちょうど夜空のてっぺんで優しい光を放っている。
満月に始まったこの航海も、一月の時を経て満月の夜に終わりを迎えようとしていた。
そして満月の夜に確かめ合った男女の愛は再び満月の夜に実り、この夜空の下、二人は晴れて結ばれたのだ。



だが二人は知らない。



少年の腕に宿った紋章が光輝いた本当の理由を。





そして……

828 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/18(水) 20:04:14.78 ID:NwVM2m3w0





そして 夜が 明けた……。




829 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/18(水) 20:07:22.38 ID:NwVM2m3w0

以上第27話でした。



毎回ダラダラと書き綴った閑話はここまで。
最後まで物語をお楽しみください。

…………………

◇すべての訪問を終えたアミット号一行。
そして彼らは愛する故郷のもとへと舵を切るのですが……

※金曜日には完結する予定です。

…………………


第27話の主な登場人物



アルス
突如として腕のアザが光りだす。
新たなる決意を胸に真珠のペンダントをマリベルに渡す。

マリベル
病気の老神父のためにアルスと共に祈りを捧げる。
これまでの旅を振り返りアミット漁についてこれたことを嬉しく思っている。

ボルカノ
久しぶりに三人で王の親書を届けに山へ登る。
少々体力の衰えを感じている(?)

めし番(*)
今回はコック長の代わりに買い出しへ。
怖がりな性格のため、薄暗い森の中を歩くことも乗り気でなかった。

アミット号の漁師たち(*)
アルスたちと共にプロビナへやってくるも大変な山登りはパス。
宿屋の看板娘の健気さに思わず顔がほころんだとかなんとか。

老神父(*)
プロビナの山の上の教会で神父を務める老人。
病を患っていたが、アルスとマリベルの祈祷により回復の兆しを見せる。

若神父(*)
プリビナの山の上の教会で神父を務める中年男性。
毎日教会の裏の祠にある泉に祈りを捧げ清めている。

神父の息子(*)
プロビナの山の上の教会の若神父の一人息子。
自分の家系の歴史を勉強しているが、一度に色んな事が起こると頭が混乱する。
その辺りはラズエルそっくり。
830 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/18(水) 23:08:30.89 ID:qWA/2KIK0
いよいよ終わりか…嬉しいような悲しいような
完結できるよう応援しているぞ
831 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:27:00.20 ID:lJAdciEW0
>>830
頑張ります!
832 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/19(木) 19:27:41.75 ID:lJAdciEW0





航海二十八日目:なつかしき友の記憶 / 嵐と共に




833 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:29:14.20 ID:lJAdciEW0



どうしてなのかしら。



今、あたしは幸せなはずなのに。



あなたが隣にいてくれているのに。



どうしてなのかしら。



妙な胸騒ぎが止まらないの。



これはいったい……。



“……べ…………。”



マリベル「うう……。」



誰かしら。



“ま……る………。”



あたしを呼んでいるの。



“マリベル………。”



この声は。










*「マリベルっ…!」









834 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:30:35.42 ID:lJAdciEW0



マリベル「…うう……。」



*「気が付いたかい?」



マリベル「…アルス……?」

アルス「ずいぶん うなされてた みたいだけど 大丈夫?」

マリベル「う ううん……。」
マリベル「あれ? みんなは……。」

少年に起こされた少女は辺り見回す。どうやらこの部屋には少年と自分しかいないようだった。

アルス「エントランスで 待ってるよ。」

マリベル「そう……。」

少女はため息をつくと額の汗を拭う。

アルス「いやな 夢でも みたの?」

マリベル「……わからない。」

アルス「動けそうかい?」

マリベル「……ええ 大丈夫よ。」

心配そうに顔を覗き込む少年にそう告げると少女は立ち上がり伸びをする。

アルス「はい タオル。」

マリベル「ありがと。」
マリベル「着替えるから 先に行っててちょうだい。」

アルス「わかった。」

マリベル「…………………。」

扉が閉じられたのを確認すると少女はいつものドレスに袖を通しながら先ほどまで見ていた夢のことを思いだそうと試みる。

マリベル「…うーん………。」

しかしどれだけ首を捻ってもその内容は浮かんでは来ない。
自分はいったい何に怯えていたというのか。考えても答えは出てこない。

そもそも本当に自分は夢を見ていたのか。それすらもわからずにいる。

“ぎゅるる……”

マリベル「…だめね……。」

空腹の音に我に返る。

マリベル「…スン…… 良い匂い。」

扉の向こうからバターの甘い匂いが漂ってくる。

どうやら宿屋が気を利かしてトーストを焼いているらしい。

マリベル「…………………。」
マリベル「まいっか。」

そう呟くと少女は元気よく扉を開けて仲間たちの待つもとへ歩き出すのであった。



マリベル「おはようっ。」


835 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:31:45.47 ID:lJAdciEW0



*「では いってらっしゃいませ。」



宿屋の主人からサービスのトーストを受け取った一行はまだ日の登らない薄暗い朝もやの中、山間の村を出発した。

*「へへっ 長かった この漁も 今日で 終わりか。」

*「どうせ 着くのは 明日だろ?」

*「ま いいじゃねえか どっちでも。」

*「おうよ はやく 帰ろうぜ!」

森の中を歩きながら漁師たちは望郷の思いを口にしている。

ボルカノ「ま 最後に 一回だけ 漁をしていくがな。」

*「コック長 まだ 寝てるかあな。」

マリベル「ふわあ……。」

そんな話を聞き流しながら、否、最初から聞いてなどいないのか、少女は大きな欠伸をしている。

アルス「大丈夫?」

マリベル「んー。」

流石に睡眠不足だったのか、返ってきた生返事はハッキリと大丈夫ではないと言っていた。

アルス「キアリク。」

マリベル「……ッ!?」

アルス「目 さめた?」

マリベル「うん……。」

覗き込む少年に冴えない顔で返事をすると少女は少年の腕にしがみつく。

アルス「どうしたの?」

マリベル「……なんでもいいじゃない。」

そういう少女にいつもの覇気はなく、周りの目を気にしている様子もない。



アルス「…………………。」



少年は何を思ったか子気味良い音頭を取って口ずさみ始めた。
836 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:32:51.15 ID:lJAdciEW0

“ゆられ ゆられ また ゆられ
われらは きょうも うみをいく
こきょうのためよと ほをはれば
おおうなばらが ふねはこぶ“

*「おっ?」

*「どうした アルス めずらしいな。一曲 歌ってくれんのか?」

マリベル「…………………。」

隣で聞いていた少女は突然の少年の行動に口をポカンと開いている。

アルス「ふふっ……。」

“はじめに きたるは コスタール
カジノで ひとやまあてたなら
うたえや おどれや のみあかせ
さけのつなみを のりこえて“

*「あんなに 酒を カッくらったのは はじめてかもな……。」

*「おまえ 完全に 酒に のまれてたじゃねえか。」

*「マリベルおじょうさんの 強運には まいったよな!」

“てちがい みちがい くびちがい
まものといわれりゃ フォロッド城
わるけんぺいを たたきだし
めでたや めでたや はれぶたい“

*「あんときは ホント ひやひや したぜ。」

*「まあ その後の 料理は うまかったけどな。」

“にせのえいゆう たちあがり
おしてまいるは メザレ村
まもの たおして みをとせば
しんの えいゆう みなかこむ“

*「まさか 町の中まで 魔物が 入ってくるとはなあ。」

“おどる かいぎに さそわれて
やってきました ハーメリア
わかき がくしゃに たすけられ
われらも おどるよ よをあかし“

*「なんだかんだ おれたち あっちこっちで パーティーしてたよな。」

*「あそーれ!」

“しあわせ はこべや あおいとり
みずの みやこに みちびかれ
たいじゅの したに きたならば
いのちの みずで のどかわく“

*「ちゃんと みやげに 買ってきたぜ へっへっへ。」

*「あの ねえちゃん かわいかったよな!」

“ひとをしんずる こともせず
レブレサックに こどもなく
さばくのひかりが さしこめば
かわいた のどが またかわく“

*「あの スパイス効いた料理 また 喰いてえなあ!」

“はなやか おとさく マーディラス
いろめく ひとに さそわれて
あしが ちょいと うごきだしゃ
かめんのよるに はながさく“

*「実は おれも 踊ってたんだぜ。」

*「う うそだろぉ?」
837 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:34:15.55 ID:lJAdciEW0

“さがせ さがせよ まいごのこ
ルーメンのその ひたはしる
くれて こまれば きみがたち
かかえた まいごが わらってる“

*「モンスターパークだっけ?」

*「ありゃ きっと すげえ 観光スポットになるぜ。」

“にえよ もえよ エンゴウよ
ふろのけむりに かくされて
のぞけば てんごく みはうだる
のぼせりゃ じごくだ みをこがす“

*「デヘヘヘ… また 行こうぜ あそこ。」

*「団体さんが きてたら 勝ちだな!」

“ちからに かしこさ かっこよさ
リートルードに なをきざめ
ゆめは めざせよ せかいいち
フィッシュベルの なをきざめ“

マリベル「ふふっ……。」

*「おれらの 船長が 世界一だ!」

*「こいつぁ きっと 語り草に なるぜ。」

ボルカノ「むっ そうか?」

“もりと もりに かこまれて
やってきたは いいけれど
だれに わたせよ このてがみ
ウッドパルナは もりのうみ“

*「ホント 森しかなかったよな あそこ。」

*「空気は うまかったけどな。」

“みれど みれども ひとはおず
ここはどこだ オルフィーよ
どうぶつたちに まじっては
ぶうぶう わんわん だれおまえ“

*「コック長の ブタすがた 似合ってたよなあ!」

*「バカ おまえ それ 絶対 本人に言うなよ?」

*「きいちゃった きいちゃった!」

マリベル「あはははっ!」

“のこすは たかい やまのうえ
きょうかいまでは あとすこし
ばてれば さかを まっさかさま
いのちからがら プロビナざか“

*「「「あそーれ」」」

“さあさあ かえるぞ わがこきょう
あいする かぞくの まつもとへ
それゆけ まえゆけ アミット号
めざすは われらが フィッシュベル“





[ アルスは コミックソングを うたった! ]




838 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:35:56.04 ID:lJAdciEW0



アルス「ふー……。」



*「ブラボー!」

漁師の一人が手を叩いて少年を労う。

*「おまえが 歌えるなんて 知らなかったぜ。」

*「なあなあ 今の いつ考えたんだ?」

アルス「えっ いや 即興です……。」

*「やるな アルス。おまえ 吟遊詩人でも やってけるんじゃないのか?」

アルス「冗談よしてくださいよ……。」

ボルカノ「がっはっは! しかし なかなか おもしれえ 歌だったな。」

*「こうして 聞いてみると 今までの 道のりが 思い出されるぜ。」

男は懐かしむように目を閉じる。

*「いろいろ あったよなあ。」

*「ぼくなんだか 泣けてきちゃいました……。」

そう言う料理人の目はすっかり潤んでいた。

*「おいおい。……まあ わからんでも ないがな。」

アルス「あ アレ……?」

どうにも面白さに徹しきれない部分があったのか、それともただ彼らが涙もろいからなのかはわからない。
しかし少年の歌はこっけいな歌というよりかは旅を懐古する気持ちを呼び覚ましてしまったらしい。

アルス「うーん……。」

マリベル「ふふ……。」

アルス「……マリベル?」

見れば少女の頬にも涙の痕が残っていた。

アルス「わわっ ごめん 別に 悲しませるつもりは……!」

マリベル「あ ごめんなさい。ちょっと さびしくなっちゃって。」

アルス「えっ?」

マリベル「……帰りたいけど 帰りたくないような。」

そう言う少女は俯きながらも微笑んでいるように見えた。
839 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:37:31.39 ID:lJAdciEW0

アルス「……マリベル。」



マリベル「アルス ボルカノおじさま みんな。」



すると突然一行の名前を呼び、少女は前に飛び出して言った。

マリベル「つれてきてくれて ありがとう。」
マリベル「本当に 楽しかったわ。」

*「マリベルおじょうさん……。」

*「そ そんな よしてくだせえ……。」

漁師たちはどこか面食らった様子ながらも少女に微笑み返している。

*「そうですよ! ボクたちこそ マリベルおじょうさんが いてくれて 本当に 楽しかったですんですから!」

そんな漁師たちの想いを代弁するかのように料理人が力説してみせる。

マリベル「ほ ほんとう?」



ボルカノ「マリベルおじょうさん。」



マリベル「は はい ボルカノ船長……!」

不意に名を呼ばれ、いつになく緊張した面持ちで少女は船長に向き直る。



ボルカノ「また いつか 漁にいきましょう。」



しかし返ってきたのは思わぬ言葉。

マリベル「あっ……!」

少女は言葉を失い立ち尽くす。

マリベル「で でも 今回だけって……。」



“きみはもう 立派な 船の一員なんだ。”



アルス「マリベル。」

マリベル「アルス……。」

アルス「かならず つれていくよ。」

マリベル「……はい!」

*「おじょうさんが いると 船が 華やかになるっていうかなあ。」

*「そうそう。野郎ばっかりじゃ やっぱり 息がつまらぃ。」

*「おじょうさんの料理も 今日で 食べ納めか……。」

漁師たちはしみじみといった様子で顎を擦っている。

マリベル「………うふふ。」
マリベル「まかして! 今日も 腕によりをかけて 作ったげるから!」

*「へへっ そうこなくっちゃな!」

マリベル「よーし! それじゃ あらためて フィッシュベルに向けて 出発よ!」

*「「「ウスっ!!」」」

そう言って少女は男たちを従えてズンズンと森の中を歩いていくのだった。
840 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:39:12.65 ID:lJAdciEW0

アルス「…………………。」

ボルカノ「すっかり 元気になったみたいだな。」

船長は少女の背中を見つめている少年の横に立ち、その肩に手を置く。

アルス「うん。まあ 結果オーライかな。」

ボルカノ「お前も 苦労するな。」

アルス「あははっ なんのこれしき。」

ボルカノ「…今度は オレが 船乗りの歌を 教えてやるかな。」

アルス「あっ 前に 誰かが 口ずさんでた アレ?」

ボルカノ「おうよ。まっ そのうちな。」



マリベル「二人とも 何やってんのーっ! はやくしないと 置いてっちゃうわよー!」



いつまで経っても追いついてこない二人に気付いた少女が遠くから叫んでいる。

アルス「はーい!」

ボルカノ「行くか。」

アルス「うん。帰ろう!」

少女に返事をすると二人はその後を追って歩き出す。
そんな二人の背中を、森に差し込んだ朝日が眩しく照らすのだった。


841 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:40:55.40 ID:lJAdciEW0

日が東の空に登り始めた頃、漁船アミット号は最後の目的地を目指して海原へと繰り出していった。
空は多少の雲はあれど概ね良好で、風も緩やかに東へ吹いている。絶好の航海日和だった。

ボルカノ「よし お前ら 帰る前に まず 漁だ! 気合入れていけよ!」

*「「「ウスっ!」」」

船長の号令を受け漁師たちは一斉に自分の仕事にかかりだす。

マリベル「ボルカノおじさま 今日は 何をやるの?」

後で見ていた少女が船長のもとへやってきて尋ねる。

ボルカノ「この辺りの海域は 比較的 浅いからね。底曳き網をやるよ。」

マリベル「わかりましたわ。」

アルス「この辺りは 何が 獲れるんだろうね。」

ボルカノ「前は ウニやエビが わんさか かかったもんだったが 今は どうかな。」
ボルカノ「それも 踏まえて 今日は 調査だ。」

アルス「わかりました。」

返事をすると少年も与えられた仕事を全うすべく走り出す。

マリベル「あたしも 手伝おっと!」

そう言うと少女は自分にできる仕事を探しにどこかへと歩いていった。



トパーズ「ゥなーお。」



ボルカノ「ん? どうした トパーズよ。」

自分も作業に取り掛かろうしたところで船長は自分の足元で唸る三毛猫に気付く。

トパーズ「あおー! ナォナウ〜。」

三毛猫はどうにも落ち着かない様子で辺りを見回している。

ボルカノ「なんだ お前も 漁に 参加したいのか。」

トパーズ「…………………。」

しかし猫は船長の言葉など聞いていないという風にしばらく固まると、速足で船内へとかけていくのだった。

ボルカノ「…………………。」

船長は不可解な猫の動きに首を捻りながらも今はそれどころではないと気持ちを切り替え、
この旅最後の漁に向けて準備を始めるのだった。


842 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:43:10.52 ID:lJAdciEW0

それからしばらく放たれた網を引きずりながら漁船アミット号は航海を続けた。

日はすっかり昇り辺りの気温はだんだんと上がり始めている。



ボルカノ「よーし アミをあげるぞおーっ!」



*「「「ウスっ!!」」」

頃合いを見計らっていた漁師頭の号令の元、一つ目の網が引き揚げられていく。

*「おおっ まずまずの 当たりだな。」

船上に揚げられた網の中から底魚や甲殻類がゴロゴロと転がっていく。

マリベル「やだっ このエビおいしそー!」

アルス「食べごたえありそうだね。」

そう言って二人は一匹の巨大なエビに視線を落とす。

*「ダメダメ! それは 売り物にする エビだぜ!」

それを見た漁師が困ったような笑顔で注意する。

マリベル「えーっ こんなに 美味しそうなのに!」

アルス「そう うまい話はないかあ……。」

ボルカノ「わっはっは! まあ そう落ち込むな。値はつかなくても ウマい エビはいっぱいあるからな!」

ガックリと肩を落とす二人を漁師頭が笑い飛ばす。

マリベル「むむっ これは 次のアミに期待ね!」

ボルカノ「それっ もう一つも 揚げるぞ!」

*「「「ウースっ!!」」」

アルス「よーしっ!」

マリベル「待ってなさいよ おいしい 食材ちゃん!」

船長の号令に気合を入れなおすと二人は漁師に混じってもう一つの網を引き揚げていく。

843 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:45:16.45 ID:lJAdciEW0

*「そーれいっ!」

*「どっこらせ!」

*「よいしょー!」

*「ぐっ お 重てえ!」

引き始めて間もなく、一行の引っ張る綱が急に重さを増した様に感じられた。

*「なんだなんだ 何が かかってんだ?」

マリベル「魔物でも かかったかしらっ!?」

アルス「縁起でもないっ……!」

そんなことを言っている間にも網はどんどん船体に近づいていく。

ボルカノ「もう少しだ!」

コック長「どれどれ 珍しいものでも かかっているかな?」

*「おいしいやつだと いいですね!」

下処理で甲板に出てきていた料理人たちも正体不明の重たさに期待を寄せて固唾を飲んでいる。

アルス「……見えてきた!」

その時、目を凝らしていた少年が水面下にまで上がってきた網を見つけた。

*「ん? なんだ? さっきと たいして 変わらねえぞ?」

それに続くように網を捉えた漁師が疑問の声をあげる。

*「そんな重たいやつ いたっけか?」

マリベル「と とにかく 開けてみましょうよ!」

少女の言葉に促されるように網はすぐに船上に上げられ、その中身を確認することになった。

*「「「せーのっ!」」」

漁師たちの掛け声と共に網が逆さにされ、中身が甲板に落ちていく。

そこには赤、青、銀、大小色とりどりの魚にくわえてヒトデが少々混じっていた。

そして。










“ドンッ!”









844 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:46:21.22 ID:lJAdciEW0

ボルカノ「ん? なんだ? この石の板みてえなもんは?」
ボルカノ「おい アルス これって お前たちが 集めていた…… とは ちがうみたいだな。」
ボルカノ「地図じゃなくて 文字が 彫られているぞ。なになに…… 親愛なる アルスへ……。」

そう言って少年の父親は石版を拾い上げるとそこに書かれていた内容を読み上げた。



“親愛なる アルスへ”

“オレは 今 ユバールの民
ライラたちと 旅をしている。“

“お前たちと別れて いったい
どれくらいたっただろうか…。
あの日以来 ジャンも姿を
消したままだ。“

“オレは ユバールの守り手として
ライラと結婚した。“

“もし これを お前が
見つけることがあったなら
親父たちに 伝えてほしい。
キーファは 元気にやっていると。“

“そして アルス。
どんなに はなれていても
オレたちは 友だちだよな!”

“キーファより”


845 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:47:20.77 ID:lJAdciEW0



アルス「…………………。」



マリベル「…………………。」



*「き キーファ……?」

*「キーファって あの キーファ王子か!?」

*「こいつぁ 驚いた! まさか あの キーファ王子の メッセージたぁな!」

長く続いた静寂を破ったのは驚愕した漁師の声だった。

アルス「…そうか……。」

マリベル「キーファ……。」

ボルカノ「どうするんだ アルスよ。」

アルス「……持って帰るよ。」

そう言うと少年は父親の手からその石版を受け取り、甲板を降りていった。

ボルカノ「……そうか。」

マリベル「あっ……。」

その背中を追いかけようと少女は手を伸ばす。

マリベル「…………………。」

しかしその手が届くことはなかった。

ボルカノ「よーし 撤収だ!」

*「「「ウスッ!!」」」

船長の号令で漁師たちが動き出しても尚、少女は甲板の入口を見つめたまま腕を抱えて立ち尽くしていた。

否、足が動かなかったのだ。

マリベル「アルス……。」

しばらくしてから少年は作業のために戻ってきたが、誰しもが彼を気遣ってか石版の話題については触れなかった。



少女の目に入ったその表情からは、何も読み取ることができなかった。


846 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:50:57.03 ID:lJAdciEW0

それから更に時は経ち、昼食を終えた船内は見張りと舵を残して休憩に入っていた。

アルス「…………………。」

少年は自分のハンモックに寝転び先ほど海底から拾い上げられた石版を眺めていた。

アルス「…ふっ。」

少年は小さく溜息を漏らす。

偶然拾った石版の世界で別れた直後の王子に再会し、声は届かぬもののなんとか王のメッセージを届け、彼の試練を見守った。

彼の姿を見たのは、それが最後だった。

そして今、この石版からは詳細こそわからないが彼がその後元気に過ごしているということが見て取れた。

正確に言えば“元気に過ごしていた”、というべきか。

それが、彼が少年たちに残した最後のメッセージだった。

アルス「運よく拾ったからいいもの……。」

“もし 拾われなかったら どうするつもりだったんだ。”

アルス「……ったく。」

吐き捨てるように言うと少年は天井を見上げる。少し黒ずんだ木目が少年を嘲笑うかのように見下ろしていた。

アルス「キーファ……。」

“あの時どうして無理矢理にでも連れて帰らなかったのか”

今でも時々自問自答を繰り返す。

息子が二度と帰らないと聞かされた時の国王の悲しみ、兄が忽然と姿を消してしまったことへの王女の絶望、国民の落胆。

“彼が残らねばあの大陸は復活しなかったのだ”

そう結論付けて飲み込むしかなかった。

ユバールの踊り子との出会いも彼があの地に残らねば実現しなかった。

それどころか偽の神の復活も魔王の君臨も、その討伐もなかったのかもしれない。

結果的に彼の行動がなければ現在はなかったのだ。

少年にとっては親友との別れという残酷な運命も、
本来あるべき世界を取り戻すためには必要不可欠で、
それが少年の助けとなったこともまた事実なのだ。

だからこそ少年は今もこうして自らの好奇心に、下した決断に、運命に苛まれている。

アルス「っ……。」

“ギリリッ”という音を立てて少年は歯を食いしばる。





*「フー……。」





そんな時だった。
847 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:52:23.49 ID:lJAdciEW0

“ギィ”という音と共に厨房から少女が現れた。どうやら昼食の後片付けが終ったらしい。

マリベル「…………………。」

少女は少年を見つけると彼に身体を向けて椅子に座る。

マリベル「アルス……あんまり……。」



アルス「これは ぼくの罪の証だ。」



マリベル「っ……。」

アルス「バカな好奇心のために 親友を失って……。」
アルス「みんなから 大切な人を 奪ってしまった ぼくの……。」

マリベル「…………………。」

少年は石版を見つめたまま自嘲する。

アルス「…笑ってくれよ マリベル。」
アルス「ぼくは 結局 なにも 成長しちゃいない。」
アルス「……優柔不断で 弱っちい アルスのままだ。」



マリベル「あたしは そうは 思わないな。」



アルス「えっ……?」

振り向いた先にいた少女は目を伏せてはいたが、どこか微笑んでいるようにも見えた。

マリベル「元はと 言えば 世界中のひとが 救われたのは あんたや キーファのおかげじゃない。」
マリベル「それに 王さまや リーサ姫だけじゃない。グランエスタードのみんなが あいつのことを 誇りに思ってるわ。」

少女の言う通り王や王女は彼の決めた道を信じ、みなが彼のことを応援していたのだ。

アルス「でもっ……!」

起き上がった少年は少女に向き直るとその先の言葉を言いよどむ。

少年にも少女の言うことはよくわかっていたのだ。

しかし、それでも少年は思うのだった。

アルス「……それで本当に あの二人は 幸せなんだろうか。」

マリベル「さあ どうかしら。」

アルス「ときどき 思うんだ。」
アルス「人の幸せを 奪っておいて 自分は 幸せになっていいものかって……。」
アルス「ぼくの どこに そんな権利が あるのかってさ……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「人の幸せを 奪ったですって?」
マリベル「……バカ言ってんじゃないわよ。」

少女は眉を吊り上げたまま少年が抱える石版を指して言う。



マリベル「あいつなら 幸せにやってるじゃない。」


848 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:54:22.89 ID:lJAdciEW0

アルス「っ……!」

呆気に取られたように少年は石版を見つめて瞬きする。

マリベル「……それにね。」

少女は立ち上がり少年の目の前にやってくると、柔らかく微笑んだ。

マリベル「家族が 幸せに暮らしてるのに それを 幸せに思わないような 二人じゃないわ。」
マリベル「きっと… 喜んでくれるわよ。」

アルス「………そうだね。」

少女につられるようにして少年も少しだけ笑った。

マリベル「それに。」



アルス「……イテッ…!」



突然指を討ちつけられ少年は額を抑える。

アルス「な 何すんだよ……。」

マリベル「ふんっ。」
マリベル「あたしを幸せにするのが あんたの幸せでしょーが。」
マリベル「それとも なに? イヤだって言うのかしら?」

そう言って少女は腕を組んで挑発的に見下ろしてくる。

アルス「は ハハっ……!」
アルス「……やっぱり 敵わないな マリベルには。」

少年は俯いたままクスクスと笑う。

マリベル「おーほほほ! あったりまえじゃないの!」
マリベル「アルスは おとなしく あたしの 言う通りにしておけばいいのよっ。」

そう言って少女は高らかに笑う。

アルス「むむっ。そう言われると なんか 負かしてやりたくなるな。」

マリベル「あーら あんたに 何ができるっていうのかし……んー!?」





アルス「……隙あり。」




849 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:55:52.50 ID:lJAdciEW0

マリベル「ぐ ぐぬぬっ……!」

不意打ちの口づけを喰らい少女は顔を真赤にして抗議しようとするも、
手足をがっちり絡め捕られ身動きが取れずにただ唸るだけ。

アルス「ぼくの勝ち。」

マリベル「あ あいかわらず ヒキョウね……。」

勝ち誇った顔に憎まれ口を叩くもまったく迫力はない。

アルス「なんとでも。」

そんな様子を愉しむ様に少年は笑う。



マリベル「……ふーん。ペロっ。」



アルス「ぃいいっ!?」

思わぬ反撃を首筋に受け、少年は素っ頓狂な声を出す。

マリベル「ふっふーん 昨日の お返しよ!」

アルス「こ こりゃ 一本取られたな…。」

その時だった。



“ガチャ”



*「「っ!!」」



その時、扉の開く音が響き二人はサッと体を離す。

*「あ あの……。」

どこか照れたような、それでいて申し訳なさそうな表情で料理人が呟く。

マリベル「な なにっ…?」

少女は必死に何事もなかったかのように振舞うのだった。

が。



*「会話 ダダもれなんですけど……。」



マリベル「あ… あああ……!」

アルス「は ははは……。」





マリベル「アルスのばかーーっっ!!」





[ マリベルは ザキを となえた! ]



アルス「グフッ。」



[ アルスは しんでしまった! ]

850 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 19:58:19.76 ID:lJAdciEW0

コック長「まったく 一時は どうなることかと……。」

マリベル「あっ ははは……。」

アルス「神さまが 浮輪もって ビーチで 遊んでました。」

騒ぎを聞きつけた料理長や他の漁師たちに囲まれ一時はみな強張った表情をしていたが、
少女が復活の呪文を唱えると少年はすぐに息を吹き返し、今は元の平静を取り戻して船はそれまで通り航行を続けていた。

*「いやあ ビックリしたなあ もう。」

そう言って料理人は苦笑いする。

マリベル「ビックリしたのは こっちよっ!」

一方の少女は腕を組んでご立腹の様子。

コック長「そりゃ わしらは 隣の部屋にいるんですから 最初から わかってやってるもんだと……。」

そんな少女に料理長が痛い所を突く。

マリベル「だ だって アルスが……。」

アルス「はいはい ぼくが 悪かったですから……。」

マリベル「……もう一回 クソじじいに 会ってくる?」

アルス「エンリョしときます。」

ドス黒い何かを漂わせる少女に少年は即答するとそそくさと食堂を後にするのだった。

マリベル「はあ……。」

*「ああ こんな 光景も あとわずかか……。」

コック長「早いもんじゃな。」
コック長「マリベルおじょうさんが コソコソと 隠れていた頃が なつかしいわい。」

マリベル「ふーん わるかったですねー。」

コック長「……それが 今や みんなの信頼を 集めていらっしゃる。」
コック長「感慨深いもんですなあ……。」

そう言って料理長はしみじみと唸る。

マリベル「ちょっと やめてよ コック長……。」

*「また いっしょに 料理を作れる日が 楽しみですね……。」

マリベル「あ あんたまで……。」
マリベル「……ふふっ。あたしも ずいぶん いろいろと 教えてもらっちゃったしな。」
マリベル「二人にも 感謝してる。」
マリベル「……ありがとねっ。」

コック長「ま マリベルおじょうさん……!」
コック長「うっ うっ… まさか あの じゃじゃ馬娘が こんなに 立派になって……ぐすっ……。」

マリベル「んー………。」

思わず泣き出した料理長に少女も困ってしまいもう一人の料理人に助けを求めようと目配せをするものの、
当の飯番は空笑いするだけで何も気の利いたことはしてくれない。

“役立たず!”と心の中で思いながらも少女はなんとか機転を利かして場を盛り上げようとする。



マリベル「そ そうだわ。そろそろ 夕飯の支度を 始めなくちゃね!」



*「そ そうですねっ!」

男も少女の意図を察したのか話を合わせて立ち上がる。

マリベル「見てなさいよっ 今日は 張り切っちゃうんだからね!」

そう言って少女は料理長の大きな背中を強く叩くとわざとらしく大きな声を出して厨房に入っていくのだった。

コック長「ぐすっ…… ふむ。こうしては おられませんなっ!」

そんな少女の気遣いを嬉しく思いながら料理長は袖で涙を拭きとると、一つ大きな鼻息をついて厨房へと向かっていくのだった。


851 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:01:05.16 ID:lJAdciEW0

*「はー うまかった!」

*「ううっ 次回から また 野郎だけで ここを囲むのか……。」

*「気持ちはわかるが な。」

*「今度 うちの妻に 料理を 教えてやってほしいもんだ。」

夕日が地平線の彼方に沈んだ頃、漁船アミット号の食堂ではこのアミット漁最後の夕食が振舞われていた。

先の中継地で仕入れた新鮮な野菜に肉、漁で獲れた魚介を惜しみなく使った料理は長旅で疲れた漁師たちの心を満たしていく。
そしてその一口一口に漁師たちの顔はほころび、それがまた料理人たちの心を満たしていく。

船の中は笑顔で包まれていた。

料理が美味ければ話にも華が咲くもので、それぞれが自分たちの土産話をどう聞かせたものかと沸き立ち、食卓は大いに盛り上がった。

それから更に時は経ち、今は先の喧騒などなかったかのように辺りには波の音が木霊している。

そして再び二人だけとなった食堂には少年と少女の話声だけが響いていた。

アルス「おいしかったなあ……。」

先ほどの味が忘れられないのか、少年がポツリと呟く。

マリベル「そりゃ よかったわ。」

そんな間の抜けた横顔を少女が笑う。

アルス「帰ったら また 作ってよ。」

マリベル「えー? もう それ 何度目よ?」

アルス「だって ぜんぶ おいしんだもん。」

面倒くさそうに言う少女に少年は殺し文句で切り返す。

マリベル「なら 今度は あんたも 手伝うことね。」

アルス「うっ… はーい。」

どうやら少女の方が一枚上手だったらしい。

852 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:02:02.14 ID:lJAdciEW0

マリベル「ねえねえ それよりさ。」

そう言うと少女は少年の腕を掴んで楽しそうに目を輝かせる。

マリベル「帰ったら 何しよっか?」

アルス「えっ? うーん……。」
アルス「ま まずは みんなに 挨拶……。」

マリベル「もちろん うちにも ね?」

アルス「う うん……。」

気恥ずかしそうに少年は鼻の下を人差し指の背で擦る。

マリベル「それから?」

アルス「グリンフレークに 行こっか。」

マリベル「うふふっ。」

アルス「それとも 先に 温泉に行く?」

マリベル「どっちもよ!」

アルス「ははは……。」
アルス「あとは そうだな……。」

マリベル「あ そうだ ちょっと メルビンのこと 気にならない?」

アルス「……たしかに。」

マリベル「あれから ぜんっぜん 会ってないし あの人も 若くないからねー。」

アルス「ちょっと 心配かも。」

山の上の教会の老神父と話している時、どこかで二人はかの伝説の英雄のことを思い出していた。
あの屈強な戦士がそう簡単に病に臥せるとは思えないが、老齢であることを思えば定期的に会いに行くのが吉なのではないか。

そんな風に考えていたのだ。

マリベル「それに あの神殿の人たちが これから どうするのかも 気になるしね。」

アルス「そうだね。」

少女の言う通り、復活した神が移民の町にいる以上、天井の神殿にいつまでも住まなければならない理由はないのだ。

彼らもまた、一つの節目を迎えようとしている。

マリベル「それからねえ……。」

アルス「……母さんに 話をしなきゃな。」

マリベル「…アルス……。」

ポツリとこぼす少年の瞳はしっかりと前を見据えていた。

マリベル「…ふふっ そうよね。」
マリベル「だって マーレおばさまも あなたの 本当のお母さんだもんね。」

そう言って少女は少年に微笑みかける。

アルス「……うん。」
853 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:04:18.58 ID:lJAdciEW0

マリベル「で まだまだ やりたいことあったんだけどなー。」

アルス「…たまには 買い物にでも 行こうか?」

マリベル「ほんとっ!? ねえ ほんとに?」

アルス「うん。きみのドレスとか たまには ぼくも 自分の服とか 買わないとね……。」

マリベル「ねねっ! 約束よ!」

子供みたいに身を乗り出してせがむ少女の姿に少しだけ頬を緩ませて少年は力強く宣言する。

アルス「……約束する!」

マリベル「うふふっ。」

アルス「みんなにも お土産話 しないとなあ。」

マリベル「きっと 質問攻めだわね!」
マリベル「なんせ 船で 世界一周したんですもの!」

そう言って少女は破顔する。

アルス「あはははっ! そうだね。」
アルス「……もうすぐだ。」

マリベル「待ち遠しいわ〜!」

その時再び“ガチャリ”と音を立てて扉が開かれた。



*「あっ マリベルおじょうさん。そういえば トパーズのエサが まだでしたよね?」



マリベル「……あっ!!」

現れた飯番の言葉に少女は雷を討たれたように固まる。

マリベル「いっけない! 忘れてたわっ!!」

そう言って少女は急いで炊事場へとかけていき急いで三毛猫の夕飯を作り始めた。

アルス「ははは… まだ あげてなかったんだ。」
アルス「トパーズ?」

*「…………………。」

いつもであれば食堂の辺りで誰かのハンモックを陣取っている三毛猫だったが今はここにはいないようだ。

アルス「いないのかな?」



マリベル「トパーズ?」



そこへ簡単なエサをこしらえた少女が戻ってきて呼びかけるも、やはり反応がない。

マリベル「おかしいわね。呼んだら すぐに 来るのに。」

アルス「探そうか。」

マリベル「ええ。」

二人は見合わせると三毛猫が隠れていそうな場所を探し始めるのだった。


854 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:05:39.50 ID:lJAdciEW0



アルス「見つけた!」



件の三毛猫はすぐに見つかった。
地下二階の船首側の部屋の一角、普段は資材を置いている樽の山の奥で潜む様に身を丸めていた。

アルス「おいで トパーズ。」

トパーズ「ウウウ……。」

アルス「おかしいな……。」

名前を呼んでもただ低く唸るだけの三毛猫に少年は妙な違和感を感じて首を捻る。

マリベル「どうしたの アルス。」

少年の声を聞いてやってきた少女が問う。

アルス「なんだか 様子が 変なんだ。」

そう言って少年が指す先には相変わらず隅っこで小さくなってる三毛猫がいた。

マリベル「トパーズ ご飯よ。」

トパーズ「フゥウウ……。」

マリベル「遅くなって ごめんなさい。機嫌 直してちょうだいよ。」

トパーズ「ウウゥ……。」

マリベル「…………………。」

エサをちらつかせても態度の変わらない猫に少女は違和感を感じてじっと観察する。

アルス「どうも 変だね。」

マリベル「ええ。」
マリベル「なんだか おびえてるみたい……。」

三毛猫は耳をピッタリと伏せ、目を見開いて縮こまっていた。まるで何者かに狙われていることを察知しているかの如く。

その時だった。





“ドンッ!!”




855 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:07:34.43 ID:lJAdciEW0

*「「……っ!!」」

突如船体が大きく揺れた。

アルス「い 今のは!?」



*「魔物だー!!」



甲板の方から絶叫が響き渡る。

アルス「行こう!」

マリベル「ええ!」

すぐさま二人は武器を携えて甲板へと駆け上がる。

*「なんだなんだ!?」

*「また 襲撃か!」

会議室で待機していた漁師たちも慌てて武器を構える。

ボルカノ「落ちつけ お前ら!」

奇襲に驚く船員たちに喝を入れる船長の声が響き渡った。

アルス「みなさんは 避難していてください!」

マリベル「あたしたちで 撃退するわ!」

少年達が船内を駆け抜けながら漁師たちに叫ぶ。

*「おお アルス! それに マリベルおじょうさんも!!」

二人が甲板に飛び出すと見張りをしていた漁師がそれに気づいた。

アルス「状況は!」

*「いきなり わんさか 魔物が!」
*「うわわわっ!?」

アルス「あぶない!」

海面から跳び上がってきたヒトデの怪物が漁師目がけて攻撃をしかける。

マリベル「はあっ!」

しかし寸でのところで少女の鞭に絡めとられ、魔物はそのまま甲板に叩きつけられた。

*「ま まほっ……。」

アルス「はっ…!」

そこへ少年がすかさず剣を振り下ろす。

*「マッ………。」

お化けヒトデは真っ二つに分かれ、そのまま沈黙した。

マリベル「甘いわよ アルス!」

すると今度は少女が再びそれを鞭で器用に絡めとり、宙に放り投げると大きな火球で消し炭にしてしまった。

マリベル「あいつらは 再生するのよ!」

アルス「ごめんごめん!」

*「ふいー……。」

*「まだだ! まだ いっぱい いるぞ!」

ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、海面ではおびただしい数の魔物がこちらを見つめていた。

アルス「むっ……!」

マリベル「どっからでも かかってきなさい!」

こうして少年と少女の、決死の戦いが幕を開けた。
856 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:09:33.06 ID:lJAdciEW0



[ アルスのこうげき! ]

[ シードラゴンズAを たおした! ]

[ マリベルのこうげき! ]

[ シードラゴンズBを たおした! ]
[ シードラゴンズたちを やっつけた! ]



[ マリベルは れんごくかえんを 吐いた! ]

[ ボーンフィッシュAを たおした! ]
[ ボーンフィッシュBを たおした! ]
[ ボーンフィッシュCを たおした! ]
[ ボーンフィッシュDを たおした! ]
[ ボーンフィッシュたちを やっつけた! ]



[ アルスは ぜんしんを ふるわせ つめたく かがやく 息をはいた! ]

[ エレフローパーAを たおした! ]
[ エレフローパーBを たおした! ]
[ エレフローパーたちを やっつけた! ]



[ アルスは バギクロスを となえた! ]

[ マリベルは イオナズンを となえた! ]

[ 岩とびあくまAを たおした! ]
[ 岩とびあくまBを たおした! ]
[ 岩とびあくまCを たおした! ]
[ 岩とびあくまたちを やっつけた! ]



[ マリベルは すいめんげりを はなった! ]

[ ギャオースAは すっころんだ! ]

[ アルスは こしを ふかく おとし まっすぐに あいてを 突いた! ]

[ ギャオースAを たおした! ]

[ ギャオースBは こごえる ふぶきを はいた! ]

[ マリベルは フバーハを となえた! ]

[ アルスは マリベルを かばっている! ]

[ マリベルは バイキルトを となえた! ]

[ アルスは ばくれつけんを はなった! ]

[ギャオースBを たおした! ]
[ギャオースたちを やっつけた! ]


…………………
……………
………



857 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:13:30.84 ID:lJAdciEW0

倒せども倒せども海の底からは湧き出るかのように魔物が現れた。

いつしか空は真っ黒な分厚い雲に覆われ、大粒の雨の中、辺りは強い風に包まれていた。

巨大な魔物たちの絶叫の如く、近くの空から雷鳴がとどろく。

アルス「っ……きりがない!」

*「ギョッ……!!」

また一匹、魔物を切り捨てて少年が叫ぶ。

マリベル「…おかしいと思わないっ!?」

船を取り囲む魔物たちを見回しながら少女が言う。

マリベル「どうして こんなに 魔物たちがいるのよ!?」

アルス「しかも どれもこれも 明らかに 統率された動きだ。」

少年の言う通り、襲い掛かってくる魔物はどれも隊列を組んでやってきているようだった。

マリベル「だとしたら 誰の 差し金よ!」
マリベル「魔王以外に こんなに 魔物を従えられるやつなんて いるの!?」

アルス「……わからない!」

そう言って少年が海の魔物たちに向かって呪文を放とうとした時だった。





*「ぶひゃひゃひゃひゃ!」





アルス「……!」

*「よおおお? マヌケな 人間ども!」

声のする方へ振り向くとそこには水色の鱗に身を包んだ半魚人のような魔物が浮かんでいた。

それも十はくだらない数。

マリベル「グレイトマーマン!?」

*「ぶひょひょ! お前たちが アルスに マリベルだな?」

アルス「だったら どうした!」

*「探したぜえ! お前たちが コスタールを後にしてから ズゥ〜っとなぁ!」

その言葉に二人の脳裏に航海を始めてまもなくあった魔物たちの襲撃のことが浮かぶ。

マリベル「じゃあ あの時の 襲撃も あんたたちの 仕業ってわけねっ!」

アルス「なぜ ぼくたちを 付け狙う!!」

*「ぶっひゃひゃひゃひゃ!」

*「よくぞ 聞いてくれた!」

*「お前たちが 魔王オルゴ・デミーラを 倒してくれたおかげで 俺たち 海の魔物は 自由になったのだ!」

*「そして 魔王亡き今っ! われわれ 一族が 世界を 支配する番となったのだ!」

*「そのためにも 貴様らに いてもらっては 困るのでなあ!!」
*「ぶひゃひゃひゃっ。」

マリベル「じょうだんじゃないわよ!!」

下品に笑う魔物たちの群れに向かって少女は怒鳴りつける。

マリベル「あたしたちに 歯向かって 無事で済むと 思わないことね 三流ども!」

*「なぁんだとう〜?」

*「おいっ!! 貴様ら かかれ! あの 小娘を やっちまえ!」

858 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:15:48.56 ID:lJAdciEW0

少女の馬頭に業を煮やした半魚人が残っている魔物たちに向かって号令をかける。

*「「「ぐおおおおおお!!」」」

すると海面下に潜んでいた魔物たちが一斉に浮上し、アミット号を目がけて一直線に襲い掛かってきた。

マリベル「……マストに 当たらないでよね!!」

そう呟くと少女は魔力を集中させ、天ではなく足元に手を付けて念じる。



マリベル「落ちなさいっ! ジゴスパーク!!」



[ マリベルは じごくから いかずちを よびよせた! ]

[ まもののむれに 268 から 290 のダメージ! ]

少女の放った黒く光る雷は誘導されたかのように漁船の周りを取り囲んでいた魔物たちを突き刺し、あっという間に沈めてしまった。

*「うおっ!!」

あまりの恐ろしい光景に帆を操っていた漁師が慌てて身をかがめる。

*「な なんだと〜〜っ?!」

一瞬で海の藻屑と化した配下の魔物たちを目の当たりにし、半魚人たちは愕然とした様子で甲板に立つ少女を見つめる。

アルス「最初から みんな かかって来てくれたら 楽だったのにね。」

マリベル「ええ まったくよ。」

“パンパン”と手を払って少女が面倒くさそうに返す。

*「お おのれら〜〜〜!」

*「ま まさか ここまでとは……!」

*「魔王殺しの名は ダテじゃねえってわけかよ……!」

見下すような視線を受けて魔物たちは憎々し気に二人を睨む。

*「だが! お前たちの 命運も ここで尽きる!!」

*「そうだっ! あのお方に かかれば 貴様らなど 一ひねりだ!」

マリベル「あのお方って だれよ!」

含みを持たせた言いかたをする魔物たちに少女が問う。

*「ぶひょひょひょ!」
*「オレたち一族の 救世主にして 最強の男よ!」

*「海の魔神 グラコスを名乗る 新しい 魔族の王よ!」

アルス「なんだってっ!?」

聞き覚えのある名前に少年が食いつく。

*「しか〜し! あのお方の目を わずらわすまでもない!」

*「そうだともよ! オレたちが ここで 貴様らを 船ごと 沈めてくれよう!」

*「ぶひゃっひゃっひゃっひゃ!」
*「フロッグキング! 出番だ!」





*「うむ。」




859 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:17:50.68 ID:lJAdciEW0

半魚人の中の一匹が後へ向かって叫ぶと、どこからともなく布を纏った蛙の化け物が姿を現し、天に向かって杖を振りかざした。

*「いでよ 大渦。かの船を 海の底へ 沈めたまえ!」



[ フロッグキングは メイルストロムを となえた! ]



蛙の魔物が叫ぶと同時に辺りの海面は大きく波打ち、次第にそれは大きな渦となって周囲を飲み込み始める。

アルス「あっ!!」

*「まずい! 船が ウズに 巻きこまれる!」

*「ほっほっほ! 気付いても もう 遅いわい!」

そう言って魔物はニタニタと哂う。

マリベル「マール・デ・ドラゴーンみたいに 大きければ あんなの へでもないのに!」

ボルカノ「どうした! この動きは……っ!?」

その時、階下で漁師たちに指示を出していた船長が甲板へ飛び出してきた。

アルス「父さん! 危ないから 下がっていて!」

ボルカノ「……っ そういうことか!」
ボルカノ「舵を代われ!」

*「はっ はい!」

そう言って船長は舵取りの男を船室に戻すと引き寄せられる動きに合わせて船を滑らせ始める。

ボルカノ「アルス! 船の心配はいらねえ! さっさと あいつらを 倒してきちまえ!」

アルス「父さん……!」

マリベル「行くわよ アルス!」

アルス「うんっ!」

父親と少女に促され、少年は敵を見据えて再び剣を構える。

*「こしゃくな! これでも くらえい!」



[ グレイトマーマンAは マヒャドを となえた! ]



魔物は巨大な氷塊を作り出し、それを漁船に向かって降り注がせていく。

アルス「あぶないっ!!」

マリベル「キャッ!!」





“バキッ”





ボルカノ「なにっ!」
860 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:20:07.66 ID:lJAdciEW0

それぞれが身を翻してかわしたのも束の間、そのうちの一本の氷刃は船の前側ついている帆に直撃し、
太い帆柱は大きな音を立てて真っ二つに折れてしまった。

*「ぶひゃーっひゃっひゃ! ざまあみろってんだ!」

痛手を与えることに成功した魔物は不細工な顔をさらに醜く歪めて笑う。

*「溺死体になって この下で待つ あのお方に 喰われるがいい!」

*「骨くらいは 拾ってやるぜ! げひゃひゃひゃ!」

マリベル「ど どうしよう アルスっ!!」

ボルカノ「万事休す なのか……!?」

アルス「くっ……!」

船を捨て、仲間を抱えて転移呪文で逃げるという選択肢もある。
しかしそれはここにいる魔物たちをのさばらせておくことに他ならない。
そうなれば次に襲われるのは自分たちだけではないだろう。

”ならばこの状況をどう切り抜ける”

そう、少年が策に窮した時だった。



アルス「あっ……!」



にわかに少年の腕が、腕の紋章が強い光を放ち始めた。



マリベル「見てっ!」



ボルカノ「あれは!?」

少女の声に二人が近くの海面を見ると、そこにはいつか見た青白い光の渦が立ち上っていた。

*「な なんだ あれは!?」

*「おい カエル野郎! アレも お前の ワザか!?」

*「わしゃ あんなの 知らん。」

*「だにぃ!?」

突然の現象に驚いた魔物たちは何事かと喚き散らしている。

アルス「これは まさか……!」

自分たちの船を追うように動き続ける光の渦に少年は何か閃くものがあったらしい。

マリベル「親玉の ところに 導いてるのかしら?」

少女もすぐに察しがついたのか、少年の考えていたことをそのまま声に出してみせる。

ボルカノ「だとしたら こいつに 飛びこみゃ そいつを 叩きに行けるって ワケか!?」

マリベル「そ それなら すぐに 行きましょう アルス!」



アルス「ダメだ!!」


861 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:21:51.95 ID:lJAdciEW0

走り出そうとする少女を少年は大声で制止する。

マリベル「えっ……!?」

アルス「ぼく一人で行く。」

マリベル「そんな 無茶よ! 相手は 魔王の座を 狙うようなやつなのよ!?」

一人で縁まで歩き出した少年の腕を少女が引き止める。

マリベル「いくら あんたでも そんなの……。」



アルス「じゃあ この船は いったい 誰が守るんだ!!」



マリベル「……っ!!」

見たこともないような鋭い眼光に少女の足がすくむ。

アルス「まだ 魔物は 残ってるんだ。二人とも 行ってしまったら あっという間に この船は 沈められてしまうだろう。」

すると少年は父親に向き直る。

アルス「……父さん!」

ボルカノ「……なんだ 息子よ。」

アルス「この船を 頼みます。」

ボルカノ「……任せておけ!」

アルス「ありがとうございます。」

そう言って少年は上着を脱ぎ捨て剣と袋を付けなおし、海に飛び込もうと身構える。
862 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:23:14.10 ID:lJAdciEW0



マリベル「アルス 待って! 待ってよ……。」



アルス「……マリベル。」
アルス「大丈夫 ぼくは必ず きみのところへ 帰ってくるから。」

マリベル「でも……。」

アルス「マリベル。」

マリベル「っ……。」

泣きそうな顔で訴える少女に口づけをすると少年は今度こそ海面を見据えて身構える。



アルス「みんなを… 父さんを 頼む。」



マリベル「…………………。」
マリベル「……わかったわ!」

アルス「魔物ども 今いくぞ!!」

少女の力強い返事を背に少年は雄たけびを上げ、勢いよく飛び出し光の渦の中へと消えていった。



*「今度こそ 沈めてくれる! くらえい マヒャド!!」



少年が消えたのを勝機と見た魔物たちが一斉に呪文を繰り出してくる。



マリベル「同じ手は くわないわ!」



[ マリベルは マホカンタを となえた! ]



*「なんだとぉ!?」

*「ぐおおッ!?」

まさかの反撃に魔物たちは呪文をなんとか鱗で耐えしのぎ、憎々し気に少女を睨みつける。

マリベル「あたしは 負けないわ!」
マリベル「みんなには 指一本 触れさせない!!」
マリベル「あんたたちは この場で 全員 海のもくずに してやるんだから!」

少女は仁王立ちすると怯んでいる魔物たちへ高らかに宣言する。

*「こんのぉお!!」

*「言わせておけば いけしゃあしゃあと!!」

*「かかれ! あいつらを 生きて帰すな!」



こうして荒れ狂う海の上、生死を駆けた少女の戦いの火蓋が切って降ろされた。


863 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:25:08.22 ID:lJAdciEW0



アルス「ここは……!!」



光の渦に飛び込んだ少年は、かつて訪れたサンゴの洞くつのような場所にたどり着いていた。

アルス「ここにも こんな場所が あっただなんて……。」





*「グハハハ! よくぞ ここまで 生きて たどり着いたな。」





周囲を見回していた少年の耳に聞き覚えのある声が響いてくる。

アルス「だれだ!」

*「ぐっふっふ……。」

声の主は岩場の影からゆっくりと姿を現すと、少年の姿をじっくりと眺めた。

アルス「お前は……!」

*「思い出したか われのことを。」

少年はいつか手に入れた不思議な石版の世界で対峙したグラコスの名を持つ凶悪な怪物のこと思い出していた。

アルス「グラコス……!」

その魔人は以前よりも深い緑色の鱗に身を包んではいたが、確かに少年たちが過去の世界で打ち倒したそれそのものだった。

アルス「どうして お前が ここに!」

あまりに突然の再会に少年は声を荒げる。

アルス「お前は 確かに ぼくたちが 倒したはずだ!」

グラコス「ぐふふ。確かに われは一度は 死んだ。」
グラコス「だが その後 われは 魔王によって 再び 生を与えられたのだ。」

アルス「なんだと……!」

グラコス「お前たちの 力によって 魔王は 倒れた。」
グラコス「そして 今度は 更なる力をつけた われこそが 再び 世を席巻する時がきたのだ。」
グラコス「かつて 国をそのまま 海底に沈めた時のようになあ。ぐはーはっはっは!!」

アルス「そんなこと させるものか!」

グラコス「ぐふふ… 貴様ひとりに 何ができる!」

アルス「強くなったのは お前だけじゃない!」

グラコス「ぬかせいっ!」
グラコス「今度こそ お前を ひねりつぶし この世を 海で覆い尽くしてくれるわ!」





グラコス「…この 海の魔神 グラコスエビル がなあ!!」




864 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:27:34.06 ID:lJAdciEW0



*「グハアッ!!」



マリベル「つぎよっ!」

その頃海上では少女が魔物の群れとの格闘を続けていた。

*「おのれ〜〜……!」

マリベル「あんたたちが 束になってかかって来ても おんなじよ!」
マリベル「ビッグバン!」

*「がああっ!!」

*「ぎょっ……!」

[ グレイトマーマンCを 倒した! ]
[ グレイトマーマンDを 倒した! ]

*「ぶひゃひゃ! いくら おれたちを 倒したって 無駄だぜ!!」

[ グレイトマーマンEは こおりつく 息を はいた! ]

魔物は海面を凍らせるとその上から跳び上がり船上に転がり込む。

ボルカノ「ちっ…!」



マリベル「伏せてっ!」



*「ぐおっ!?」

少女はすぐにそれを鞭で縛り付けるとそのまま鞭に電撃を這わせる。

マリベル「ハッ!」

[ マリベルは いなずま斬りを はなった! ]

*「ギギギギ!!」

強烈な電撃に体のしびれた魔物は動きを止め、体の力を緩める。

マリベル「そこっ!」

それを少女は見逃さず、全身を使って自分の何倍の重たさもある魔物を甲板の外へ放り投げる。

マリベル「かまいたち!」

するとそのまま宙に放り出された魔物に向かって少女は鋭い風の刃を巻き起こした。

*「ギッ…!?」

体勢を崩したままもろにそれを受けてしまった魔物は成す術もなく体を真っ二つに切り裂かれ、海の中へと落ちていった。
865 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:28:15.92 ID:lJAdciEW0

*「ちくしょう! フロッグキング! もっと渦を強くしやがれっ!」

*「ふん 言われるまでも ないわい。」

仲間からの野次に蛙の化け物は面倒くさそうに答えると海面を杖でかき回し始める。

ボルカノ「むおっ!?」

すると先ほどまで拮抗していた船の推進力をそぐようにして高波までもが押し寄せ始めた。

マリベル「きゃっ。」

激しい揺れに二人は体制を崩し床に手を付ける。

ボルカノ「マリベルちゃん! あのカエル野郎を なんとか できねえか!!」

マリベル「あたしの 呪文でも あそこまでは 届かないわ!」

尻もちをついたまま少女が叫んで答える。

ボルカノ「…このままじゃ 渦の中心に飲み込まれちまう!」

数々の困難を乗り越えてきたとは言え、この状況に少しばかり焦りが出て来たらしい。
船長は甲板を殴りつけ憎々し気に歯を鳴らした。

マリベル「どうすれば……。」
マリベル「…っ!」
マリベル「渦の中心…… あそこまで行けば……!」

そう呟く少女の目には巨大な渦の中心でにやついている魔物の群れが映っていた。


866 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:31:50.88 ID:lJAdciEW0



グラコス「くらえいッ!!」



アルス「ぐっ……!」

その頃、海底の空間では少年と海の魔神が熾烈な争いを繰り広げていた。

グラコス「どうした! 魔王を倒した 男の実力は その程度か!!」



[ グラコスエビルは げはげは 笑いながら アルスを なぎはらった! ]



アルス「っ……!」

少年はすんでのところでそれをかわすと片足で相手の顔目がけて回し蹴りを放つ。

グラコス「むっ!?」

鼻先をかすった足はそのままの勢いで手に持った武器を弾き飛ばした。

グラコス「ふん 油断していた ようだな。」
グラコス「ならば…!」

[ グラコスエビルは ベギラゴンを となえた! ]
[ グラコスエビルは マヒャドを となえた! ]

そう言うと魔神は立て続けに呪文を唱え、少年を追い込んでいく。

アルス「ぐあああっ!!」

灼熱の炎をかわすあまり退路を断たれ、少年は巨大な氷塊に吹き飛ばされて地面に転がる。

グラコス「ぐははは! 終わりだ! 串刺しになれい!」

アルス「ぐっ!」

少年は咄嗟に守りの体制を取ると間一髪それを獲物で受け止めた。

グラコス「なにぃ? …なかなか やるな。」
グラコス「だが!」

すると魔神は一気に距離を詰め、太い腕を少年の身体に叩きつける。

アルス「ぐうっ……! べ ベホマ!!」

吹き飛ばされた少年はなんとか呪文を唱えて傷を癒し、立ち上がると補助呪文で相手の攻撃に備えた。

[ アルスは マジックバリアを となえた! ]

アルス「グラコス… ぼくは あきらめないぞ。」

グラコス「ふんっ 傷を 塞いだか。」

魔神は二又の槍を拾い上げ、唾を吐き捨てる。

グラコス「だが そんなものは 無意味よ……!」
グラコス「スウウ… ブハアアアア!」

[ グラコスエビルは もうどくの きりを はきだした! ]

アルス「……!」

少年はさっとそれを避けると相手に向かって真っすぐに走り出し思い切り獲物を振り下ろした。

グラコス「ふん ムダだ!」
グラコス「むっ…ぐああっ!?」

少年の獲物を自分の槍で受け止めた魔神だったが、オチェアーノの剣から放たれた第二の斬撃を体に受け、一瞬の隙が生まれる。

アルス「そこだ!!」



[ アルスは はやぶさ斬りを した! ]


867 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:33:24.72 ID:lJAdciEW0

一瞬の怯みを見逃さず少年は獲物を素早く動かし攻撃を加える。

グラコス「ぐっ!」

目にも止まらぬ斬撃に鱗を切り裂かれ、魔人は小さく呻いて後ずさった。

アルス「まだだ!」

“ならば”と少年は手に雷の刃を作り出し全身を使って振り抜いた。



[ アルスは ギガスラッシュを はなった! ]



グラコス「ぐおおおっ!?」

距離を取れば攻撃を回避できると考えていた魔神はそのあまりにも巨大な刃に飲み込まれ、後方に大きく吹き飛ばされた。

グラコス「い 今のは 効いたぞ…。」

立ち上がりながら口元を拭う。

紫色をした体液が海底の岩にしたたり落ちていった。

アルス「さすがに これだけじゃ ダメか……。」

グラコス「グハハハッ! われを 舐めてもらっては 困る!」

アルス「だけど ぼくも 負けるわけにはいかない!」
アルス「ようやく 手に入れた 平和を お前なんかに 渡してたまるものか!」

グラコス「ぬかせい!!」

再び身構える少年に魔神は武器を構えて一直線に突きを放つ。

アルス「はっ!」

少年は最小限の動きでそれをかわすと相手の槍の柄を掴んで相手の巨体ごと力任せに投げ飛ばした。

グラコス「なにっ!?」



アルス「来い! ジゴスパーク!」



少年が手を地に付け叫ぶと何もないはずの海底から禍々しい雷の球が浮かび上がり、魔人の体に当たって炸裂した。

グラコス「がああああああっ!」

アルス「ぼくは お前なんかに 負けない!」



グラコス「ぬ… ぬかせえええええ!」



すると魔神は電撃の中から目にも止まらぬ速さで少年に接近し、剣を弾き飛ばして少年を薙ぎ払った。

アルス「ぐあっ!」



グラコス「たかが 人間ごときがっ! 図に乗るなああああ!」



[ グラコスは マヒャドをとなえた! ]
[ グラコスは マヒャドをとなえた! ]

アルス「……っ!!」

怒り狂う魔神の呪文は少年目がけて巨大な氷塊を次から次へと降り注がせ、暴走した魔力の刃は辺りを埋め尽くしていく。



グラコス「消えろ 青二才! 世界は わがものなのだ!!」


868 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:35:45.32 ID:lJAdciEW0



ボルカノ「本気か マリベルちゃん!」



豪雨と強風の吹き荒れる中、荒れ狂う海上では巨大な渦と漁船アミット号が壮絶な争いを繰り広げていた。

マリベル「いいから ボルカノおじさま! あの渦の中心に 向かって行って!」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「……なにか 考えが あるんだな!?」

頑なに言い張る少女に船長は何かを察し、少女をじっと見つめる。

マリベル「船長! あたしを 信じてください!」

ボルカノ「……わかった!!」

力強い少女の瞳に確信を得た船長は大きく頷いてみせた。

ボルカノ「オレたちの命 きみに 預けるぞおっ!」

マリベル「……はいっ!!」



*「ぶっはっはっは! これで お前らも おしまいだ!」



そこへ再び接近してきた魔物の一匹が船に向かって跳びかかる。

マリベル「…うるさいのよっ! メラゾーマ!」

*「ぎゃああああ!!」

マリベル「さあ ボルカノおじさま!」

少女はそれを空中で焼き払うと船長を促す。

ボルカノ「任された!」

少女の催促に船長は一言だけ返すと残された帆を操り、船を渦の中心へ向かうように走らせ始めた。

*「おおっ? なんだ 奴ら こっちに向かってくるぞ?」

*「おおかた あきらめて 自決しちまおうってのさ! ぶひゃひゃ!」

*「げっへっへ! なら 一思いに 叩き潰してやろうぜ!」



マリベル「そうはさせるもんですか!!」



[ マリベルは コーラルレインを となえた! ]



*「な なに!?」

少女の叫び声と共に渦の中から光る物体が現れ始め、瞬く間に魔物たちの皮膚を切り裂いていった。

*「いででで! なんだこりゃあ!」

*「さ サンゴだ! サンゴの欠片が!」

*「ぎゃああ!」

マリベル「ふんっ これで しばらくは 動けないわね。」
マリベル「ボルカノおじさま! もっと 中心へ!」

突然の事態に慌てる魔物たちを尻目に少女は鼻を鳴らすと後方の船長に向かって呼びかける。

ボルカノ「がってんだ!」

威勢の良い返事と共に船長は帆を傾け、さらに船を渦の真ん中へと巧みに滑らしていく。
869 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:38:30.69 ID:lJAdciEW0

マリベル「待ってなさい! すぐに そっちに 行ってあげるわ!!」

*「ぐっ こ 小娘! きさま 何をするつもりだああ!!」

マリベル「あんたたち まとめて 吹き飛ばしてやるのよ!」

そう言うと少女は鞄の中から青みを帯びた小さな茶器を取り出すと、そのフタを外して小さく呟く。

マリベル「チカラを 借りるわよ 妖精さん……!」



[ マリベルは エルフののみぐすりを つかった! ]



*「なにを 企んでるんだか 知らんが お前たちに 未来はねえ!」

*「やっちまおうぜ おまえら!  総攻撃で 船を 叩き潰してやれ!」

*「「「おおおおっ!!」」」

妙な動きをする少女を警戒してか、魔物たちは一気に船を沈めようと船へ向かって進軍し始める。

ボルカノ「どうするんだ マリベルちゃん!!」
ボルカノ「……マリベルちゃん!?」

マリベル「…………………。」

魔物たちの動きに船長は焦りの色を顔に浮かべて少女に叫ぶも、当の少女は目を閉じたまま微動だにしない。

*「ぶひゃひゃひゃひゃ! 見ろ! あいつ ついに 観念したぞ!」

*「一思いに 一撃で 殺してやる!」

ボルカノ「……このままでは!」



マリベル「…………!」



その時、少女が船長に向かってなにかを叫んだ。

ボルカノ「……っ!」

雷鳴と共にその言葉はかき消されたが、船長の目は確かに少女の言っていることを捕らえていた。





[ し・ん・じ・て ]





ボルカノ「……むっ!」

船長は再び気を引き締めなおすと船をさらに渦の中心へ、魔物たちの来る方向へとさらに船を進める。

*「ぶひゃひゃひゃひゃ!」

*「これで 終わりだ! いくぞ おまえら!!」

[ グレイトマーマンたちは マヒャドを となえた! ]

無数の魔物たちの大合唱が嵐の轟音をかき消し、
恐ろしく強大な氷の刃が漁船アミット号へと向かって一列の剣山を作る様に海面へと突き刺さっていく。

*「しねええ! 人間どもぉっ!!」





マリベル「甘いわ。」




870 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:41:15.21 ID:lJAdciEW0



その時だった。



ボルカノ「ぬおっ!?」



[ アミット号の 船体が やさしい ひかりに つつまれた! ]



それまで巨大な渦の中でまともに操舵することすら叶わなかった船体が、まるで波一つ立たぬ海を進むかのように軽やかに進みだした。

そう、それはまさに宙に浮いたかの如く。

*「なんだとおお!?」

*「な なんだあ ありゃあ!」

*「船が 飛んだ だとう!?」

否、船はまさしく飛んでいた。

そう、それはまさにおとぎ話に出てきたあの伝説の箱舟の如く。



[ マリベルは ノアのはこぶねを となえた! ]



[ アミット号は ひかりに つつまれ うきあがっている! ]



マリベル「残念だったわね。」

魔物たちの放った氷の刃は虚しく宙を掻き、ただ海面に向かって落下していくだけだった。

*「く くそっ!」

*「もう一度 やるぞ! 今度は もっと 上を 狙え!」

*「「「おおおっ!!」」」

一匹の言葉に雄たけびが上がり、再び巨大な氷塊の雨が漁船を目がけて降り注いだ。



マリベル「だから ムダって 言ってるのよ。」



[ アミット号の 船体は ひかりにつつまれ なにものも うけつけない! ]



*「ばかな!」

*「なんなんだ あの光は…!」

マリベル「……あたしは 負けない!」
マリベル「こんなところで くたばるわけには いかないのよ!」

少女が魔物たちの群れを見下ろし魔力を集中させる。

すると脚のつま先から頭のてっぺんまで、赤紫の光が少女の体から吹き出し全身を駆け巡っていった。
871 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:43:40.28 ID:lJAdciEW0





マリベル「見ていて アルス!」





マリベル「はあああああっ!!」




















[ マリベルは すべての まりょくを ときはなった! ]




















刹那。


少女の解放した魔力は渦の中心から端までを塞ぐ大爆発を巻き起こし、その場のすべてを飲み込んでいった。



*「な な…!」



*「こんなばかなあああ!!」



*「グラコスさまああああ!」



*「ぐおおおおおおっ!!」




…………………
872 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:46:51.42 ID:lJAdciEW0



*「……。」



グラコス「ぜえ ぜえ……。」

魔力を爆発させ、一気に消耗した魔神は肩で息をしながら辺りを窺う。

*「……。」

氷刃で埋め尽くされた海底には、ただ静寂が広がっていた。

グラコス「ふ ふん… 他愛ない。所詮は 人間一匹 このわれに 勝とうなどというのが 夢幻に すぎないのだ。」
グラコス「ぐ グハハ……! これで 心置きなく 地上を 制圧できるぞ!」
グラコス「まずは 上のゴミ共を 沈めてやるとしようぞ……。」

そう独り言ちながら魔神が海面を目指そうと振り返った時だった。





*「待てよ。」





グラコス「っ……!?」

不意に響いた低い声に魔神は息を飲んで振り返る。



“バキッ”



まるで何かが割れるような高い音が海底に木霊した。

グラコス「ま まさか…!!」



*「そのまさかだ!」



歯ぎしりする魔神をよそに巨大な氷柱はいともたやすく崩れ落ち、その奥から声の主が姿を現した。

グラコス「き きさま あれだけの 攻撃を受けて 何故倒れぬ!」

どこも負傷した様子のない少年に魔神は焦りの顔を浮かべて怒鳴り散らす。

アルス「……お前には わからないだろうね。」

[ アルスは バイキルトを となえた! ]

グラコス「なんだとお!?」

アルス「来い グラコス。お前なんかに もう 剣は 必要ない!」



グラコス「だまれえええい!」



挑発を受け、魔人は怒りに任せて武器を振り回す。

アルス「どうして お前たちが ぼくらに 勝てないか 教えてやろうか!」

それをなんなくかわしながら少年は普段の温厚そうな顔からは想像もできないような鋭い目つきで魔神を睨みつける。

グラコス「だまれ だまれ だまれぃいい!!」



アルス「それは!」


873 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:48:43.15 ID:lJAdciEW0

グラコス「ぐうっ…!?」

少年は魔神の振り回す獲物の柄を捕らえ、両手でがっちりと握り締める。

アルス「お前たちには ないものを 持っているからだ!」

そしてそのまま力を込め、いとも簡単に握りつぶしてしまった。

グラコス「わ わが 槍が……!」

アルス「ぼくたちは 一人で 戦ってるんじゃない!」

グラコス「なぜだ! われらとて 徒党を組んでいる!」

間合いを取りながら魔神が叫ぶ。

アルス「分からないだろう! ただ 支配することを望む お前なんかには!」

グラコス「ぐうう こしゃくなあああ!」

武器を失った魔神は遂に己の腕で少年に殴りかかる。

アルス「お前たちになくて ぼくたちにあるもの!」
アルス「それは!」

グラコス「死ねええええ!」



アルス「……それは 絆だ!!」


874 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:50:57.03 ID:lJAdciEW0



アルス「おおおおおっ!」



[ アルスは ばくれつけんを はなった! ]



グラコス「ぐっ がっ……!!」



アルス「…ぼくは 負けない!」



グラコス「こ この……!」



アルス「ぼくの 愛する世界のために!」



[ アルスは せいけんづきを はなった! ]



グラコス「げぼおっ…!?」



アルス「ぼくの 愛する人たちのために!!」



グラコス「…き きさまあああああ!」



アルス「……チカラを 貸してくれ!」



[ アルスの せいれいの紋章が かがやきだす! ]



アルス「終わりだ 魔神グラコス!!」



グラコス「ばかな… ばかな…!!」














[ アルスは アルテマソードを はなった! ]













875 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:52:28.72 ID:lJAdciEW0



マリベル「はっ… はっ……。」



死闘の末、疲弊した少女は甲板にぺたりと座り込んでしまった。

ボルカノ「ぐうぅ…… ど どうなったんだ!?」

凄まじい光と衝撃に身を屈めていた船長が起き上がり、辺りの様子を窺う。

ボルカノ「っ……!」

しかし彼は絶句した。



*「…。」



そこにはただ荒れ狂う波以外、何も残されてはいなかったのだ。

たった一隻の漁船だけを残して。

ボルカノ「あいつらは……?」

マリベル「やった… やったわ アルス……。」

ボルカノ「マリベルちゃん!」

大きく揺れる甲板を駆け抜け船長は少女のもとへ駆け寄る。

マリベル「あっ… ボルカノおじさま……。」

ボルカノ「大丈夫か!?」

マリベル「あたしは 大丈夫です……。」

そう言うと少女は自分の鞄の中をまさぐり、青い液体の入った一本の瓶を取り出すと、中身を全て飲み干した。

マリベル「ふう……。」

ボルカノ「立てるかい?」

マリベル「ええっ。」

ボルカノ「渦まで 消えちまった……。」
ボルカノ「オレたちは 助かったのか?」

マリベル「……そうみたいね。」
マリベル「いや まだだわ。」

ボルカノ「そうだ アルスは! アルスは どうなったんだ!?」

マリベル「アルス……。」

二人は甲板から辺りの海面を見回す。

*「…。」

しかしどこにも少年の姿は見当たらない。
この荒波の中、視界の悪さゆえに見つからないのか、それともまだ海底で闘っているのか、或いは……。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「ちと 見張りを 呼んでくる。」

マリベル「ええ……。」

そう残して船長は甲板を降りていった。

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス……。」

嵐は少しも止む気配を見せない。それどころか更に風は強くなり、今にも海面から竜巻が巻き起こりそうな様子である。
少女も自力では立っていられなくなり、船の縁に掴まって必死に体を支える。

マリベル「お願い アルス 戻ってきて……!」

すがるような思いで少女は彼から託された真珠を握りしめる。


876 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:54:08.56 ID:lJAdciEW0





マリベル「えっ…?」





それは突然の出来事だった。

少女の握っていた人魚の涙が突如強い光を放ち始めたのだ。

そしてそれと同時に船から少し離れた海面上に小さな光の渦が立ち上り始めた。

マリベル「あれは……!!」

ボルカノ「どうした マリベルちゃん!」
ボルカノ「むっ……!?」

その時、甲板から漁師たちを連れて戻ってきた船長が異変に気が付き目を凝らす。

マリベル「ボルカノおじさま! あっちへ!!」

ボルカノ「わかった!」
ボルカノ「全速力で 船を 向かわせる! いいな!」

少女の言葉に返事をすると船長は腹の底から声を張り上げ漁師たちに指示を出した。

*「「「ウスっ!!」」」

持ち場についた漁師たちは激しい揺れをものともせず高波の間を縫いながら船を光の渦へと近づけていく。

マリベル「…………………。」

霞む視界の中、少女は意識を集中させ渦の付近に何かないかと目を凝らす。

[ マリベルのまなざしは うみどり目となって 大空をかけぬけた! ]

しかし探せども探せども少年の姿はおろか、身に着けていた物や道具すら見当たらない。

*「何も 見当たらないっすね……。」

*「下は どうなったんだ!?」

*「アルス〜 生きててくれよ!」

ボルカノ「…………………。」

渦の近くまできても一向に姿を見せない少年に、漁師たちが焦りの色を浮かべて叫ぶ。

マリベル「…………………。」

父親と少女はただ黙って光の中を見つめていた。
しかし二人の表情はどこか確信を得たかの如く、そこに悲観の色はまったく見受けられなかった。

二人は信じていたのだ。

少年は必ず帰ってくると。





そして……


そして何度目かの高波をやり過ごしたときだった。


877 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:55:47.59 ID:lJAdciEW0





*「プハアッ!!!」





何者かが海面から飛び出し、再び海中に沈んでいった。

マリベル「……!!」

ボルカノ「今のは!!」

*「……こ ここは!?」

“ザバッ”という音と共にゆっくりと浮上したそれは、状況を確認するように辺りを見渡すと船に気付いてその手を振るう。

光の届かぬ深海の様に黒い髪、傷痕だらけの引きしまった体、光輝く腕の痣、そして何よりも人懐っこそうな笑顔。



マリベル「アルスっ!!」



*「「「うおおおっ!!」」」



それはまさに皆が待ちわびた少年その人だった。

時々迫りくる荒波を呪文でなんとか凌ぎ、体勢を崩しながらもこちらに向かって大手を振っている。

ボルカノ「アルス! いま 助けるからな!」

アルス「……!」

少年は身振り手振りでそれに応えると再び波の回避に意識を注ぎ始める。

*「これを!」

ボルカノ「おう!」

ある程度近づいたところで銛番の男が船長に長い網縄を手渡す。

ボルカノ「それ!!」

アルス「っ!」

マリベル「アルスー! それに つかまって〜〜!」

少年は投げ込まれた網の端をなんとか掴むと渾身の力で身を手繰り寄せていく。

ボルカノ「それっ 引っ張るんだ!」

*「「「ウスッ!!」」」

漁師たちの力によって少しずつ縄は引き寄せられていき、遂に少年は漁船の側面下までたどり着いた。

878 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:57:06.98 ID:lJAdciEW0

アルス「父さん! マリベル! みんな!!」

マリベル「アルスー!!」

ボルカノ「よく 無事で戻った!!」

アルス「敵は倒しました! すぐに 安全な場所へ!」

*「ガッテンだ! いま 引き上げるから 待ってろよ!」

アルス「はいっ!」

ようやく仲間と愛する家族の顔を間近で見られたことの喜びからか、
少年は安堵の表情を浮かべ、すっかり気が緩んでいる様子だった。

マリベル「アルス!」

少女が少年に手を差し伸べる。

“終わったのだ。”

“これで ようやく 我が家に 帰れる。”

そう誰もが確信した時だった。





アルス「かっ…………。」





マリベル「えっ………?」





アルス「ぐ… あっ…… ま まりべ る……。」

マリベル「あ アルス……?」



急に網が軽くなったかと思えば、少年は力なく海へと落ちていった。


879 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 20:58:46.77 ID:lJAdciEW0



ボルカノ「アルス!!」



少年の落ちた海面は真っ赤に染まり、いったい何が起きたのか、
そしてその赤が誰のものなのか、その場の全員がすぐに理解した。

*「なっ!!」

*「アルス! おい!!」

マリベル「う うそっ……!」

顔を真っ青にした少女が必死に目を凝らすも、暗く、赤く染まった海面には何も見出すことができない。



マリベル「なにが……。」



そして降りしきる豪雨の中、船から少し離れた海面から、恐ろしい姿をした怪物が、
体に大きな傷を負った新緑の鱗の化け物が、少年を抱えて姿を現したのだった。

グラコス「ぐふ… ぐふふふ……。」

アルス「あ き… さま……。」

少年は背中に突き刺さったままの折れた槍に手をかけながら血まみれの体をばたつかせる。

グラコス「き さまらも みちず れ に……!」

アルス「や………。」

苦しそうに体を動かすも流れ出る血液に意識が遠のいてきたのか、少年の動きは徐々に鈍っていく。

グラコス「と もに し ずもう ぞ。」

アルス「……。」

そしてぐったりとした少年をその腕に抱いたまま、海の魔神は塔すらも呑み込むような高波を巻き起こした。

ボルカノ「あぶねえ!」

*「面舵いっぱい!」

マリベル「そんな!!」

*「おじょうさん 伏せて!」

*「のみ込まれる!!」





マリベル「っああああああ!!」





少女の絶叫と共に再び船は光に包まれた。

その上を、想像を絶する波が覆い尽くしていく。

船も、魔神も、そして少年も。

ボルカノ「ぐうっ……!!」

*「船に つかまれ!」

*「うおおおおっ……!」

すべてを押し流す高波は光の鎧に守られた船すらも揺るがし、その衝撃に漁船アミット号は成すがままに流され続けるのだった。


880 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 21:00:41.61 ID:lJAdciEW0

永遠に続くかと思われた高波は遂にその猛威を緩め、船は再び元の荒波の中を進みだした。

*「げほっ… げほっ……!」

長いこともみくちゃにされた漁師たちが、身体を支えきれずに腹ばいになったまま辺りの様子を探る。

*「お 収まったのか……!」

*「こ ここは… いや それより!」



ボルカノ「…………………。」



マリベル「…………………。」



船長と少女はおぼつかない足取りで甲板を歩き回り、あちらこちらで立ち止まっては海を眺めていた。

探しているのだ。

ボルカノ「アルス……。」

マリベル「…………………。」

だが、それらしき影はどこにも見当たらない。

*「そんな 嘘だろ……?」

*「おい そんな… こんなことって……。」

*「ボルカノさん!」

ボルカノ「…………………。」



ボルカノ「……羅針盤は無事か!!」



*「っ…… はい!」

漁師の呼びかけに船長は振り向きもせずに言った。

ボルカノ「急いで ここを 離れるんだ!! すぐに 持ち場にもどれ!!」

*「し しかし……!!」





ボルカノ「…このまま ここで 全員 死ぬつもりか!!」





*「っ……!」

ボルカノ「必ず 生きて 帰るんだ! いいな!!」

*「「「ウスッ……!」」」

船長の有無を言わさぬ言葉に男たちはやりきれない思いを抱えながら黙って持ち場に戻って行く。
881 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 21:02:22.63 ID:lJAdciEW0



マリベル「……うそよ。」



ボルカノ「マリベルちゃん……。」

マリベル「待ってて アルス。」

少女は生気の無い顔で呟くとふらふらと船縁へ向かって歩き出す。

ボルカノ「っ……!」

マリベル「…いま そっちに 行くから……。」

ボルカノ「待つんだ!」

少年の父親はすぐに駆けより少女の体を抑え込む。

マリベル「は 離して ボルカノおじさま!」
マリベル「アルスが… アルスが……!」

面を張り付けたような無表情が見る見る絶望に染まっていく。

ボルカノ「きみまで 死んでどうする気だ!」

マリベル「約束したのっ! 死ぬときは 一緒だって!!」
マリベル「あいつ 一人で さよならなんて 認めない!! 絶対に 認めないんだから!!」

そう言って少女は腕を伸ばす。

ボルカノ「きみまで 死んだら 残されたものは どうするんだ!!」

マリベル「知らない… そんなのもう どうだって いい!!」
マリベル「あたしの邪魔をするなら いくら ボルカノおじさまでも!!」

ボルカノ「マリベルちゃん!」

とても華奢な少女の体とは思えないほどの力に大男は身体を引きずられていく。

マリベル「離して! あたしは あいつとの 約束を 果たしに行くのよ!!」



ボルカノ「……あいつなら なんて言うと思う。」



マリベル「えっ……?」

ボルカノ「あいつは いつも きみの幸せだけを 願っていた。」
ボルカノ「きみが 自分の後を 追って 死んでしまったと知ったら あいつは どんな顔をすると思う!!」
ボルカノ「きみを この船に残したのも きみにすべてを 託していたからじゃないのか!」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「あいつのことを 思ってくれるなら きみは 生きなければ いけない。」
ボルカノ「生きて 幸せを 勝ち取ることこそが あいつの 願いだ!」
ボルカノ「……違うかい?」

マリベル「…………………。」
マリベル「…アルス……。」
マリベル「うっ… うぐっ……。」
882 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/19(木) 21:03:10.09 ID:lJAdciEW0

少女はその場に座り込むとそのまま泣き崩れてしまった。

激しい雷雨の中、少女の泣き声は風の中にかき消され、ただただ深い絶望が船を支配していった。

海は尚も荒れ狂い、世界の命運をかけた大激戦があったことなどすべて押し流さんばかりに海面を上塗りしていく。

まるで魔神と共に消えた少年をその下に埋めていくように。



こうして深い嘆きを乗せた方舟は帰るべき港を目指し、傷だらけの体を引きずる様にして航行を再開したのだった。



少年という希望を海に残して。





そして……

883 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/19(木) 21:03:43.61 ID:lJAdciEW0





そして 次の朝……。




884 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/20(金) 19:02:35.82 ID:K4Y9JjXm0





航海二十九日目:




885 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:03:32.34 ID:K4Y9JjXm0



どうして。



どうしてなのよ。



あたしたちが何したって言うのよ。



どうして。



神さまは。



あのクソじじいは何をやってたのよ。



ちがう。



あの時あたしはどうして助けられなかったの。



どうして。



どうしてあんたは一人でいなくなっちゃうのよ。



どうしてあたしを置いていってしまったの。



どうしてなのよ。



あたしを一人にしないでよ。



あたしも連れていってよ。










アルス。









886 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:04:44.20 ID:K4Y9JjXm0



*「たいへんだーっ!」



*「おおっ どうしたんだ ぼうず。」

ここはエスタード島ののどかな港町フィッシュベル。

まだ日の登りきらない早朝、この閑静な町、
というよりかは村と言った方が正しいだろうか、その港から一人の小さな少年が駆けてくる。

*「あっ よろず屋のおじちゃん! たいへんだよっ!!」

*「わかったから 落ち着け。いったい 何が たいへんなんだ?」

男の子の慌てように訝しげに顔をしかめる万屋の男だったが、次の言葉を聞いた瞬間、みるみるとその血相を変えた。

*「船が……。」
*「船が 帰ってきたんだよ!! しかも ボロボロで!!」

*「な……。」





*「なんだってええええええ!」





眠っていた村の中に男の絶叫が響き渡った。


887 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:07:56.91 ID:K4Y9JjXm0

*「なんだなんだ?」

*「船が 帰ってきたって 本当かい!?」

*「おい あれを見ろ!」

*「おおっ ありゃ 間違いなく アミットさんの船じゃねえか!」

*「ま マストが 折れてやがる!」

*「船体も ボロボロだぞ!」

*「こりゃ 大変だ! アミットさんを 呼んでこなくちゃ!」

*「みんな 船を 迎える準備をするんだ!」

*「漁師たちは 無事なのか?」

*「ウチの人は……。」

*「見ろ! みんな 手を振ってるぞ!」

*「ああ 良かった……。」

*「船は ボロボロだけど これなら 魚は 期待できそうだな!」

*「おいっ 板を持ってこい!」

*「やった〜! 今日のご飯は お魚だ。」

*「にゃ〜ん!」

港はあっという間に噂を聞きつけた村人たちで埋め尽くされていった。
最初こそその船の佇まいに不安がってはいた者の、次第に近づいてくる船に乗組員を見つけると一斉に沸き立ち、
やがて降りてくる者たちをもてなしてやろうと皆が意気込んでいた。



*「おい そこを 通してくれっ。」



そこへ一人の男が端整な顔立ちの妻を連れて港に現れた。
888 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:08:43.45 ID:K4Y9JjXm0

*「あ アミットさん! ほら この通り船が!」

“アミット”と呼ばれた男は港の先までやってくると自らの船の有様に目を白黒させる。

アミット「おおっ これは いったい どうしたことだ!?」

*「マリベルは 無事かしら……。」

後ろに立つ妻が心配そうに船を見つめる。

そうこうしているうちに漁船はゆっくりと速度を落とし、遂に船着き場へと滑り込んだ。
投げ込まれた綱を係船柱に結び、陸から板が駆けられ、乗組員たちが降りてくる。

小さく歓声が上がる中、一人の大男が網元の前に歩み寄った。

ボルカノ「アミットさん すまねえ。」
ボルカノ「船が こんなになっちまって……。」

漁師頭は申し訳なさそうに俯く。

アミット「いやいや ボルカノどの それに みんな よく無事で……。」
アミット「そういえば マリベルの姿が 見えんようだが……。」

ボルカノ「それなら……。」

網本の言葉に船長がさっと身を避けると、そこにはひどく憔悴した様子の少女が立っていた。

アミット「おおっ マリベルや!」
アミット「よくぞ 無事に 戻って来てくれたな。」
アミット「マリベル……?」



マリベル「…………………。」



アミット「っ……。」
アミット「疲れただろう。先に 家で 休んでおいで。」

最初こそ娘との再会を喜んだ父親だったが、少女の顔に並々ならぬ事情を感じ取ると、その肩を抱いて妻へと託す。

マリベル「パパ……ママ……。」

*「さっ マリベル。」

マリベル「…………………。」

そうしてふらつく足取りのまま、少女は母に抱えられるようにして自宅へと帰っていってしまった。

アミット「いったい 何が 起こったんじゃ?」

ボルカノ「それは……。」

網本の問いに男が窮した時だった。



*「ちょっと いいかいっ……!」



一人の婦人が人込みを掻き分けて現れた。
889 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:09:30.09 ID:K4Y9JjXm0

アミット「おお マーレさんじゃないか。」

マーレ「おはようございます アミットさん。」

ボルカノ「母さん……。」

やって来たのは船長の妻だった。妻は夫と抱き合うと辺りを見回してある異変に気付く。

マーレ「父さん アルスは どうしたんだい?」

ボルカノ「…………………。」

マーレ「父さん……?」

ボルカノ「ちょっと 待ってくれ。」

そう言うと船長は船員たちに向き直る。

ボルカノ「オレはこれから 事情を 説明してくる。」
ボルカノ「みんなは 悪いが 積荷を 降ろしておいてくれないか。」

*「うすっ! 任しといてください。」

*「オレたちも こっちが 済んだら すぐに 行きます!」

コック長「では 始めるとしようか。」

*「「「おうっ!」」」

そう言って男たちは作業に取り掛かり始める。

ボルカノ「すまん みんな……!」

船員たちの気遣いに感謝し、船長は集まった村人たちを見渡して言う。

ボルカノ「…場所を 変えましょう。ここでは 作業の 邪魔になります。」

アミット「うむ。そうしようか。」

マーレ「…………………。」

辺りは妙な緊張感に包まれ静まり返っていた。
これから船長の話すことがいったい何なのか、誰にも想像はついていなかったが、
船の状態からして何かしらの出来事があったことだけは見て取れたようだ。

それでもこの後船長の口から飛び出した言葉に、その場の誰もが絶句することになるのだった。

網元も、村人も、そして少年の母親も。



港には、漁師たちの作業する音だけが、ただ虚しく響いていった。


890 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:10:55.16 ID:K4Y9JjXm0



ここはどこかしら。



“マリベル……。”



アルス!?



“マリベル 苦しいよ……。”



待ってて今すぐ助けるわ!



“嘘つき。”



えっ?



“ぼくを 見殺しに したくせに。”



あの時は身体が動かなかったのよ。



“ふんっ もういいよ。”



待って。



“さようなら マリベル。”



待って。



いかないでよ。



あたしを一人にしないでよ。



マリベル「アルスっ……!!」





*「マリベルっ!?」




891 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:12:06.75 ID:K4Y9JjXm0



マリベル「はあ… はあ…… あれ…?」



そこには薄桃色の天井があった。

否、正確に言えばそれはベッドの天蓋のようだった。

*「マリベル 大丈夫?」

マリベル「ま ママ……。」

そして自分に声をかける見慣れた顔の存在に、少女はようやく自分が帰って来ていたことに気付く。

マリベル「…………………。」

開いた窓から流れてくる風が、少女のぼんやりとした頭を覚ましていく。

*「……パパから 話は 聞きましたよ。」

マリベル「っ……。」

その言葉に少女は再び現実に引き戻される。

先ほどまでの夢は、決して夢ではなかったのだ。

そう悟った時、いつの間にか涙が勝手に溢れ出し頬を濡らしていった。

*「…………………。」

少女の涙に気付いた母親はその頬を優しく拭って微笑む。

*「……私は 下にいるから いつでも 呼んでちょうだい。」

そうして席を立とうとした時だった。



*「っ………。」



不意に服の袖を掴まれその動きは止められた。

マリベル「…………………。」

少女は黙ったまま顔を見ようとはしない。

*「マリベル。」

そんな少女を胸に抱き、母親は少女の頭をゆっくりと撫でる。

*「悲しかったわね……。」

マリベル「ママ………。」

*「ほんとうに 辛かったでしょう。」

マリベル「…うん……。」

*「辛いときは 泣いてスッキリ しなさいな。」

マリベル「……く……ぅう……。」

*「おかえりなさい マリベル。」

少女はあふれ出る感情を爆発させわんわんと泣き始めた。
その悲鳴のような泣き声が、開け放たれた窓を飛び出して静まり返った町へと響いていく。

そしてそれは、漁師たちの話が嘘ではなかったことを、人々へと報せたのだった。



“もう、少年は帰らないのだ”と。


892 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:15:37.29 ID:K4Y9JjXm0

少年が海に消えたという知らせは瞬く間に島中に広まった。
かつて世界の平和に湧いたことなどすっかり忘れてしまったかのように人々は沈み、町は死んでしまったかのように静まり返っていた。

ある者は静かに涙し、ある者は憤りに足を踏み鳴らし、ある者は嘆き顔を覆った。

そして今、この国に最近王女として迎え入れられたばかりの娘は、噂を聞きつけ、少年の自宅まで文字通り“すっ飛んで”きていた。

すべてはことの真相を両親に直接確かめるため。

ボルカノ「…………………。」

アイラ「そう ですか……。」

それ以上の言葉は出てこなかった。

にわかには信じ難い話だった。

神と、そして精霊の加護を受けるあの少年が、あの魔王をも打ち倒してしまうほどの少年が、こうもあっさりと消えてしまうものかと。

だが彼の両親の表情を見た瞬間、王女はすべてを察してしまったのだ。



“この二人の言っていることは嘘ではない”と。



ボルカノ「わざわざ すみません アイラさん……。」

すっかり言葉を失ってしまった王女へ気を利かすように少年の父親が紅茶を勧める。

アイラ「……ありがとう ございます…。」

その時王女は気付いてしまった。

気丈に振舞っているように見えるこの男の手が、小さく震えているのに。

アイラ「……っ。」

そしてそれを受け取り膝に抱える自分の手も、また、震えていることに。

アイラ「……いただきます。」

そうして王女が気を落ち着けようと紅茶を一口飲み込んだ、その時だった。
893 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:16:38.19 ID:K4Y9JjXm0



*「アルスの父ちゃん 母ちゃん!」



一人の小柄な少年が家の中に転がり込んできた。

アイラ「ガボっ!?」

ガボ「う 嘘だよな……?」

“ガボ”と呼ばれた元狼の少年は三人の顔を見合わせると震える声で尋ねた。

ガボ「アルスが 死んじまったなんて 嘘に決まってるよなあっ!?」

アイラ「ガボ……。」

ガボ「なあ こたえてくれよ…… き きっと どっかに 隠れてるんだろ!? なあ!!」

狼の少年は床に手をついて命を乞うかのように少年の両親を交互に見つめる。

ボルカノ「ガボくん… アルスは……。」

マーレ「…ううっ………。」

ガボ「…そんな……。」

言葉に詰まる父親と堪え切れずに涙をこぼす母親。

それがどういう意味を持っているかなど、今の彼には十分に理解できたらしい。

否、理解できてしまったのだ。

狼の少年はその場に力なく座り込むと、まなじりを涙でいっぱいにしながら言った。

ガボ「ウソだ…… そんなの嘘だ……っ!」
ガボ「オイラは 信じない! アルスが 死んじまったなんて 信じてやるもんか!!」

アイラ「ガボっ……!」

一粒、また一粒涙をこぼしていく少年を胸に抱き、王女は瞳を閉じる。

アイラ「泣いちゃダメよ ガボ。」

ガボ「…わ わかってらいっ!!」

優しく頭を撫でる王女にぶっきらぼうに返しながら狼の少年は目元を拭う。

部屋には狼少年の鼻をすする音と、船長の妻のむせぶ声だけが木霊していた。
894 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:18:45.74 ID:K4Y9JjXm0

アイラ「…席を 外しましょう。」

王女はそう言って少年を促すと出口へと向かって歩き出す。

ボルカノ「……よかったら マリベルちゃんに 顔を見せてあげてください。」

その時、船長が二人へ向かって声をかけた。

アイラ「ええっ もちろん そのつもりです……。」

ガボ「マリベル 元気ないのか……?」

ボルカノ「ああ……。」

ガボ「…そっか。じゃあ オラたちが 元気づけて やらないとな。」

ボルカノ「よろしくお願いします。」

アイラ「はい 失礼しました。」

一つ頷くと今度こそ王女は狼の少年を連れて家を出ていった。

ボルカノ「…………………。」

マーレ「ああっ アルス……!」

二人がいなくなったのを境に少年の母親は声を出して泣き始めてしまった。

ボルカノ「母さん……。」

夫はそんな妻の肩を抱き、黙ってその背中を擦る。

悲しみに暮れる彼女にしてやれることは、今はこれしか思いつかなかったのだ。

だが男は泣かなかった。

“泣いてしまえばどんなに楽になれるだろうか”

“しかし今自分が泣いてしまえば、いったい誰が妻の涙を拭ってやれるのか”

そんな思いが男の眼を乾かしていくのだった。

ボルカノ「母さん すまない。」

そう言うのが精一杯だった。

マーレ「…父さんの せいじゃ ありませんよ。」
マーレ「それに…… あの子は みんなを 助けようと 自分から 飛び込んでいったんだろう?」
マーレ「……あたしゃ あの子のこと 誇りに思うよ。」

ボルカノ「母さん……。」

マーレ「あんた…… よく 帰って来てくれたね……。」

ボルカノ「マーレ……。」

男は強く妻の体を抱きしめる。

こうして愛する妻に再会できたのも、すべて息子が身を賭して自分たちを守ってくれたからだったのだと、男は酷く実感する。

それと同時に張り裂けそうな胸を上ってくるかのように喉の奥が熱くなり、口の中はカラカラに乾いていく。



未だ衝撃に揺れるこの小さな漁村の中へ、声にならない叫びが響いていった。


895 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:19:25.69 ID:K4Y9JjXm0



“ゴンゴンゴン”



金属と木材を打ち合う重たい音が鳴り響く。

アイラ「ごめんください。」

少年の家を後にした二人は少女の家の前へとやってきていた。

*「…………………。」

しかし呼び掛けても返ってきたのは静寂。

ガボ「…………………。」

アイラ「……日を 改めましょうか?」

そう言って王女が狼の少年の手を引いた時だった。



*「……は〜い。」



重たい扉が“ギギギ”と音を立て、中から若い娘が顔を見せた。

アイラ「あ こんにちは。」

*「まあっ アイラさまに ガボさんじゃないですか。」

屋敷の使用人は突然の来客に驚いた様子で言った。

ガボ「ですだよの ネエちゃん マリベルいるか?」

*「おじょうさまなら お二階に いらっしゃいますだよ。」

アイラ「わたしたち マリベルさんの お見舞いに来たんです。」

*「まあ! それなら どうぞ おあがりくださいだよ。」

使用人の娘はそう言うと扉を開けて二人を中へと通すのだった。


896 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:20:35.66 ID:K4Y9JjXm0

*「だんなさま アイラさまと ガボさんが お見えですだよ。」

使用人の娘は入って左の部屋を開けると、そこにいる屋敷の主人に来客を告げる。

*「……はいっ。」
*「こちらですだよ。」



アミット「おおっ アイラさまに ガボくん よくぞ お訪ねくださいました。」



しばらくして一人の男が使用人に連れられ二人の前に現れた。

アイラ「ご無沙汰しております。」

アミット「お二人が こちらに いらしたということは もう既に 話が伝わっているのでしょう。」

アイラ「ええ。それで マリベルさんの お見舞いをと思って……。」

アミット「ありがとうございます。」
アミット「娘は 二階にいますから どうぞ 顔を見せてやってください。」
アミット「ただ……。」

そう言って少女の父親は顔を伏せる。

アイラ「ただ……?」

アミット「会ってくれるかどうか……。」

ガボ「マリベル そんなに 具合悪いのか?」

狼の少年が心配そうに顔を曇らせる。

アミット「なにせ アルスとは 小さい頃からの 仲でしたからな。」
アミット「それに 彼は 娘の目の前で 魔物に……。」

父親は俯いたまま首を振る。

アイラ「……そうですか。」

ガボ「……行こうぜ。アイラ。」

アイラ「ええ……。」

少年は険しい顔のまま王女の腕を引っ張り、二階を目指して階段を上っていく。

アミット「…………………。」
アミット「マリベル……。」

少女の名を呼ぶ声が広間の中へ消えていく。

二人を見送った父親は何もしてやれない自分を歯がゆく思いながら居間へと戻っていくのだった。


897 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:21:37.36 ID:K4Y9JjXm0



“コンコンコン”



少女の部屋の前までやってきた二人は装飾の施された品の良い扉を軽く叩いた。

*「…………………。」

しかし返ってきたのはやはり静寂。

アイラ「眠ってるのかしら。」

ガボ「…………………。」

少年は黙ったままじっと扉を見つめている。

アイラ「……今日は やめておいた方が いいかしらね。」

そう言って王女が踵を返した時だった。



*「はい……。」



静かに扉が開かれ、中から若々しい婦人が顔をのぞかせる。

アイラ「あっ……。」

*「まあっ アイラさまに ガボさん!」

婦人は二人の姿を見ると驚いたように口元を抑える。

アイラ「こんにちは。マリベルさんは いらっしゃいますか?」

*「ええ いるには いるのですが……。」

ガボ「オイラたち マリベルの オミマイにきたんだ。」

*「そうでしたの…… でも 今は ちょっと 会わせられるような 状態じゃ ありませんわ……。」

少年の顔を見つめ、網元夫人は申し訳なさそうに言う。

アイラ「そう ですか……。」

*「ごめんなさい。また こちらから 顔を出させますから 今日の所は お引き取り くださいませんか。」

アイラ「わかりました。」

*「王様やリーサ姫にも どうぞ よろしくお伝えください。」

アイラ「ええっ もちろんです。」
アイラ「さっ ガボ 行きましょ。」

そう言って王女は狼の少年の肩に手を置く。

ガボ「…………………。」

アイラ「……ガボ?」
898 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:22:21.58 ID:K4Y9JjXm0



ガボ「マリベルー! オイラだ! ガボだよ!」



何を思ったのか、それまで微動だにしなかった少年が突然扉を強く叩き、
中にいるであろう少女に向かって大声で呼びかけたのだった。

アイラ「ちょっと ガボっ!!」

思いもよらぬ行動に王女は慌てて少年を制止しようとする。

ガボ「マリベルっ! 本当のこと おしえてくれよ!」

*「ガボさん おやめになって……。」

渋る少年に少女の母親が困ったように言う。

ガボ「マリベルの母ちゃん……。」

*「今 あの子は ぐっすり眠っているの。」
*「だから 起こさないであげて…。」

ガボ「……わかった。」

少女の母親の哀しそうな顔を見て少年も観念したらしい。俯いてそのまま階段を降りようと歩き出した。

その時だった。



*「ママ。」



扉の奥から声が響く。

*「マリベル? あなた 起きて 大丈夫なの!?」

その声の主に母親は驚いて呼びかける。

*「あたしは 平気よ。それよりも 二人を 通して。」

*「でも あなた まだ……。」

*「いいから。」

*「…………………。」

有無を言わさぬ物言いに母親は少しだけためらう様子を見せたが、少し考える素振りをしてから扉の前を開けた。

*「……どうぞ。」

アイラ「……失礼します。」

少女の母親に促され、二人はゆっくりと扉を開いた。
899 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:24:59.69 ID:K4Y9JjXm0



マリベル「…………………。」



少女は自分のベッドに上半身だけを起こして座っていた。
その顔は天蓋から垂れた幕で隠され見えないが、開け放たれた窓の向こうを眺めているのはわかった。

アイラ「マリベル……。」

マリベル「…………………。」

アイラ「……マリベル わたし なんて言ったら いいか……。」

マリベル「いいのよ アイラ。」

ガボ「マリベル!」

狼の少年は少女の姿を見つけるなりその横まで詰め寄り問うた。

ガボ「なあ マリベルなら 本当のこと 知ってるんだろ!?」

マリベル「…………………。」

ガボ「アルスが 死んだなんて ウソだよなぁ? なあ!」
ガボ「教えてくれよ! アルスは どこにいんだ!!」

アイラ「ガボ……っ!」

最後の希望にすがりつくように、少年は少女のベッドに両手をついて少女の顔を窺う。

マリベル「……嘘なんかじゃないわ。」

しかしその希望は脆くも崩れる。





マリベル「アルスは… あいつは もういないのよ!!」




900 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:26:11.55 ID:K4Y9JjXm0

ガボ「っ……!!」

声を荒げて振り返った少女の顔を見て少年は言葉を失う。
生気のない白い顔、頬に残った涙筋、目の周りにできた真っ黒な隈。

マリベル「…………………。」

それは以前の少女を知る二人からすればとてもではないが直視できるような状態ではなかった。

アイラ「っ……。」

マリベル「助けられなかった…… あたしの目の前で あいつは……。」

アイラ「マリベル あんまり 自分を責めちゃ……。」

マリベル「どうしてなの?」

虚ろな瞳はもはやどこを見ているのかもわからなかった。

アイラ「…………………。」

マリベル「約束したのに。」
マリベル「ハーブ園に行って 温泉に行って お買い物して。」
マリベル「……パパとママに会って話すって 約束したのに……。」
マリベル「一緒に 幸せになろうって 約束したのに……。」
マリベル「愛してるって… そう 言ってくれたのに……。」

アイラ「マリベル……。」

マリベル「…どうして あたしを 置いていっちゃったのよ……。」

抑揚のない声で少女は独り言のように呟き続ける。

ガボ「…………………。」

その異様な姿に少年は底知れぬ恐ろしさを感じ、ただ固まってその様子を見つめることしかできなかった。

マリベル「…またいつか 漁に連れてってくれるって 約束したじゃない。」
マリベル「あたし 一人で… どうやって 幸せになれって言うのよ……。」
マリベル「アルス……。」

不意に少女はベッドから降りると、おぼつかない足取りで窓際へと向かっていく。

アイラ「っ……!!」

マリベル「ねえ……。」
マリベル「あたしも 連れてってよ……。」

そう言って少女が窓枠に手をかけ、身を乗り出そうとした時だった。



アイラ「マリベルっ!!」



マリベル「っ……!?」





乾いた音が響き渡った。




901 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:27:11.89 ID:K4Y9JjXm0

マリベル「な…… 何するのよっ!!」

赤くはれた頬を抑えて少女が怒鳴り散らす。

アイラ「あなたが そんなんで どうするのよ!」

王女はそんな少女の肩を両手で掴む。

マリベル「……!」

アイラ「今のあなたを 見たら アルスは なんて思うかしら?」

マリベル「そ それは……。」

すっかり生きる気力を失い抜け殻の様になってしまった自分を見て彼は何と言うか。
脳裏をよぎった少年の悲しそうな顔に少女は返す言葉を失くして立ち尽くす。

アイラ「…愛する人を思うなら その人の分まで 生きてみせなさいよ!」
アイラ「アルスの分まで 幸せになってみせなさいよ!」

マリベル「…………………。」
マリベル「アイラ… あたし……。」

そう言って俯く少女の肩は、小さく震えていた。

アイラ「…ごめんなさい。少し 強く言い過ぎたかしらね。」

バツが悪そうに視線を逸らすと王女は扉に向かって歩き出す。

アイラ「また 来るわ。今度は おいしい 果物でも 持ってくるからね。」

それだけ残して部屋を出ていってしまった。

マリベル「あっ……。」

引き止めようとした背中は既になく、部屋には狼の少年と少女だけが残された。

ガボ「…………………。」

少年は王女の剣幕に圧倒されしばらく黙り込んでいたが、難しい顔をして腕を組むと独り言のようにつぶやいた。

ガボ「オラは 信じないぞ。」
ガボ「あの アルスが そう簡単に くたばるはずがないんだ……!」

そう言うと、王女の後を追うように部屋を後にした。

マリベル「…………………。」

たった一人になった部屋の中で少女は俯いたまま黙り込んでいたが、
やがて脇に置かれた化粧台へと座るとそこに置かれた真珠の垂れ飾りを手に取り、それをゆっくりと握り締めた。



マリベル「……形見だなんて 言わないわよね。」


902 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:28:03.40 ID:K4Y9JjXm0



*「キャプテン・シャークアイ!」



シャーク「何か 進展はあったか?」

*「いえ それが……。」

シャーク「そうか……。」

その頃、エスタード島のはるか南西では巨大な双胴船が、あるものを探して嵐の去った海原の上を彷徨っていた。

カデル「…本当に どこに 行ってしまわれたのでしょう。」

副官が腕を組んで唸る。

シャーク「……わからん。」

ボロンゴ「あの アニエスさまが 誰にも 何も告げずに いなくなってしまうなんて……。」

すっかり気落ちしてしまった部下の男が肩を落とす。

シャーク「もう 丸一日になるか……。」
シャーク「……だが 妻は 必ず帰ってくるだろう。」

そう言って総領は力強い眼差しで遠くの海を見つめる。

カデル「そうでしょうとも。アニエスさまが あなたを 置いて 消えるはずが ありませんからな。」

シャーク「はっはっは! そう言われると 少し 気恥ずかしいがな。」

副官の言葉に高らかに笑うと、総領は報告に来た男に向き直り指令を出す。

シャーク「……さて すまないが もう少し この辺りを 探してくれないか。」
シャーク「もし 危険な目にあっていたら 取り返しが つかないからな。」

*「はっ。」

シャーク「アニエス… いったい どうしたというんだ。」

カデル「昨晩の 嵐も 気になりますね。」

シャーク「うむ。」
シャーク「……まさかとは 思うがな。」


903 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:29:19.48 ID:K4Y9JjXm0

一方、少女の家を後にした王女と狼の少年は当てもなく村の海岸を歩いていた。

アイラ「マリベル 早まったことしないと いいんだけど……。」

王女が曇り顔で足元を見つめる。

ガボ「オラ マリベルの あんな顔 初めて見たぞ……。」

すっかり元気を失くしてしまった少年が項垂れてぼやく。

アイラ「無理もないわ。」
アイラ「せっかく 結ばれたと 思った矢先に これだもの。」
アイラ「……ふだんは 強がってみせてるけど あの子も やっぱり 女の子なのよ。」

王女は少女の家の開け放たれた窓を振り返り大きなため息をつく。

ガボ「でも よお。」
ガボ「……みんなは ああ言ってるけど オイラには アルスが 死んじまったなんて やっぱり 信じられないぞ。」

そう言って少年は鼻息を荒くして王女の顔を見上げる。

アイラ「……わたしもよ。あの アルスが 魔物ぐらいに やられるわけがないわ。」
アイラ「それに 彼には 水の精霊の加護が あるじゃない。」

ガボ「……そうだよなっ!」

水平線の彼方を見つめる王女の言葉に後押しされ、その顔は徐々に明るさを取り戻していく。

アイラ「……ねえ ガボ。あなた この後 暇かしら?」

ガボ「ん? おう 暇だぞっ!」

動物たちと戯れるのが仕事の彼にとってはいつだって忙しいと言えば忙しく、暇と言えば暇なのであった。

アイラ「それなら メルビンのところへ 行ってくれないかしら?」

ガボ「メルビン?」

アイラ「わたしは バーンズ王や リーサに 事情を 説明してこなくちゃ いけないから 動けないのよ。」
アイラ「だから ね 代わりに 行ってくれないかしら。」

ガボ「そっか。メルビンは まだ このこと 知らないんだもんな……。」

アイラ「お願いできる?」

ガボ「おうっ 任しとけ!」

しばらく腕を組んで難しそうな顔をしていた狼の少年だったが、王女の事情を察してか、
それとも単純にあの好々爺に会いたくなっただけなのか、一つ大きく頷いて応えてみせるのだった。

アイラ「それじゃ 頼んだわよっ!」

それだけ残すと王女は光の軌跡を描いて城の方へと飛んでいってしまった。

ガボ「さてっと。えーと 天上の神殿は……。」
ガボ「……よしっ!」

そして少年も王女の後を追うようにして転移呪文を唱えると、
空に浮かぶ摩訶不思議な神殿を目指して天高く舞い上がっていったのだった。


904 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:31:12.06 ID:K4Y9JjXm0



アミット「おお マリベル もう 起きて 大丈夫なのか?」



日も沈み始めた頃、少女は両親のいる居間へと降りてきていた。

マリベル「ええ……。」

*「マリベル。少し 顔色が 良くなったかしら?」

母親が少女の顔を覗き込みながら心配そうに言う。

アミット「まあ マリベル こっちに 座りなさい。」

そう言って父親は席を引くとそこへかけるように促す。

マリベル「…………………。」

少女は黙ったままそこへ腰かけ、二人の顔を交互に見る。

アミット「マリベル。何はともあれ よく 戻ってきてくれた。」
アミット「さぞかし たいへんだったことだろう。」

少し間を置いてから父親が少女に労いの言葉をかける。

マリベル「うん……。」

アミット「……アルスのことは 聞いたよ。」

マリベル「…………………。」

アミット「……今は 辛いだろうが いつか きっと お前のことを 理解してくれる 良い人が 現れるはずだ。」
アミット「だから どうか 元気を 出しておくれ……。」

父親は自分の言葉が少女にとって何の慰めにもならないことなどわかっていたが、それでも言葉をかけられずにはいられなかったのだった。

マリベル「…………………。」
マリベル「あたしは 大丈夫よ パパ。」
マリベル「それにね……。」

アミット「…………………。」

マリベル「どんなに 離れていても…… アルスは いつも ここにいるわ。」

そう言って少女は胸に光る真珠の垂れ飾りを握りしめ、祈る様に目を閉じる。

*「マリベル……。」

その顔には先ほどまでの悲壮感は見当たらず、まるで静かに幸福を称えているかのようであった。



マリベル「そういえば……。」



するとふと思い出したように眼を見開き、少女は二人を見つめる。

マリベル「船の中に 三毛猫が いなかったかしら?」

アミット「ん? ああ それなら さっき その辺りに いた気がするが……。」

マリベル「ねえ その子 うちで 飼ってもいいかしら?」

アミット「あ ああ…… いいよ。」

“そんなことで娘の気が晴れるなら”

そんな親心から父親は二つ返事でそれを了承する。

マリベル「うふふっ ありがと パパ!」

そう言うと少女は席をたち、外へ向かって飛び出していってしまった。
905 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:33:18.89 ID:K4Y9JjXm0

*「マリベル……。」

アミット「…まさか あの子が あれほどまでに アルスのことを 想っておったとはな……。」

少女の出ていった部屋の中で両親が重たい口を開く。

*「あなた…。」

アミット「ああ。あの子の 傷が 癒えるまで 縁談は すべて 断ろう。」

*「いいんですね?」

アミット「うむ。きっと それが あの子のためだ。」
アミット「自分の未来は 自分で決める……。あの子は 必ず 自分で 幸せをつかみ取っていくだろう。」

*「……そうですわね。」

その時だった。



マリベル「パパ ママ この子よっ。」



少女がそう言って腕に何かを抱え戻ってきた。

*「まあっ!」

アミット「これは 珍しい。三毛猫な上に オスなのか……!」

二人は少女の腕の中でおとなしくしているそれの下腹部を見て驚く。

マリベル「トパーズって 言うのよ。」

トパーズ「ナ〜オ。」

少女の紹介を受けてか、まるで挨拶をするように三毛猫は二人へ一鳴きした。

マリベル「この子はね あたしたちの 船の お守りだったの。」

アミット「それは それは 娘が世話になったな。ええっと……。」

*「トパーズちゃんね。ウチにも 一匹 ネコちゃんが いるのよ〜。」

咄嗟に名前の出てこない夫に代わって少女の母親が三毛猫の鼻先を撫でて微笑む。

アミット「おお そうそう トパーズだったな。ようこそ わが家へ。」

トパーズ「なう〜。」

*「…この子も きっと いろんなものを 見てきたんでしょうね。」

マリベル「あら 聞きたいかしら? 今回の旅の話。」

母親の言葉に少女は“待ってました”と言わんばかりに目を細める。

アミット「おおっ そうだったな。」

マリベル「さて 何から 話したもんやら……。」

アミット「……時間は たっぷり あるんだ。」
アミット「聞かせておくれ。お前の見てきたものを。」

忌まわしい記憶を思い出させるようなことはしたくないという思いから聞くのをためらっていた父親だったが、
少しでも娘と気持ちを分かちやってやりたいという気持ちから、ゆっくりと息をつき、少女の声に耳を傾けるのだった。

マリベル「ふふっ そうね〜……。」



*「あ〜っ マリベルおじょうさま! わたしにも お土産話 聞かせてほしいですだよっ!」


906 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:34:48.61 ID:K4Y9JjXm0

その時偶然料理を運んできた使用人の娘が慌てて部屋へと駆けこんで来る。

マリベル「もう しょうがないわね〜 早く こっち 座んなさい。」

*「あっ 少しお待ちを! すぐに お料理 持ってきますから!」

マリベル「うふふっ 急いでらっしゃい。」

*「ありがとうございますだよっ!」

そう言うと娘はどこかで出会った金属の魔物よろしく目にも止まらぬ速さで夕食の仕度を整え、あっという間に席へと着いたのだった。

*「お待たせしました!」

マリベル「それじゃ 最初から 話そうかしら。」
マリベル「……あれは 最初に寄った コスタールの町だったわ。あの時 偶然……。」



その日、網元の家には一か月ぶりに可憐な花が咲いた。

それは小さくて可憐な、今にも枯れてしまいそうな儚いものだったが、たしかにそこには笑顔が咲いていた。

少年との思い出を一つ一つ言葉にするたびに少女の心はちくりと痛む。

それでも少女は笑ってみせた。



“幸せになる”



それが命を賭して少女を、世界を守った、愛する者の願いだったから。


907 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:37:36.56 ID:K4Y9JjXm0

そうして夜は更け、どよめきに揺れた町も静寂を取り戻していった。

家々から漏れるろうそくの光が一つ、また一つ消え、悲しみに暮れる人々を優しく包み込むように闇が町を染めていく。

いつしか町が眠りについた頃、波の音がやけにうるさく聞こえる海岸で、野良猫たちが満天の星空にぽっかりと浮かぶ月を静かに見上げていた。

船出の日と同じ丸い月が、ゆっくりと西の海へと落ちていく。



まるで水面に映った自分に吸い寄せられるように。





[ 航海二十九日目:(無題) ]




908 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:39:14.82 ID:K4Y9JjXm0





最終話




909 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:41:59.44 ID:K4Y9JjXm0



“お月さまは とても うぬぼれや。
ある日 海にうつった 自分の顔に
みとれて タメイキ ついたとさ。”

“ああ!こんな美しい人に
会ったのは 初めてだ!
ぜひ もっと お近づきになりたい!”

“そう言うと お月さまは
どんどん どんどん 海のほうへと
どんどん どんどん 降りていった。”

“そうして はっと 気がつけば
お月さまは 海の底。
もう お空には 帰れない。”

“あわてた 天の 神さまは
もひとつ 月を お作りに。
新しいお月さま 空の上でピカリ。”

“海の底の お月さま
今じゃ 人魚に かこまれて
かなしく ピカリと 光ってる。”


910 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:43:34.00 ID:K4Y9JjXm0



ねえアルス。



元気してるかしら。

あたしは元気にしてるわよ。

あんたが行方不明になったって報せはすぐに島中に広がったわ。

ううん。それどころじゃない。

2、3日もたたないうちにあっという間に世界中に広まったみたい。

おかげさまでこっちは大変よ。

毎日のようにウチにはあたしとお見合いしようって連中が押しかけてくるんだからいやんなっちゃうわ。

幸いパパとママが門前払いしてくれてるからなんとかなってるけど、
そのうち力に任せて押し入ってくる奴が現れるんじゃないかって、ちょっと不安だわよ。

まっ、そんなやつがいたらこのあたしがコテンパンにしてやるんだけどね。



そんなあたしは毎日浜に出て海の様子を見てるわ。

あんたが打ち上げられてクラゲみたいに干からびてないかってね。

感謝しなさいよね。



それからあたしはずっと考えてたの。

あなたのためにできることは何かってね。

それでさ、これまでの旅のことを思い出してたんだ。

たぶん、そうね。

あたしはあんたが漁に出ている間、きっと暇を持て余すだろうから、あっちこっちに行って世界の様子を見ることにしたの。

もしかしたらまたどこかで魔物に苦しんでる人たちがいるんじゃないかって思ってね。

だって、もしまた魔王みたいなやつが現れたら、せっかく取り返した平和がおじゃんじゃないのよ。

そんなことさせないわ。

あんたと手に入れた世界は、あたしが守ってみせる。



だから、だから早く帰ってきなさいよ。

アルス。

今どこにいるの。



会いたいよ……。




911 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:45:10.18 ID:K4Y9JjXm0



息が苦しい。



*「…………………。」

どうやらこいつは完全に死んでしまったらしい。

だがこの腕から逃れようにも体はまったく動かない。

ぼくはこのまま死んでしまうのか?

“マリベル”

彼女のためにも必ず生きて帰らねば。

*「ゴボッ……。」

意識が遠のく。

なにかがぬけていくようだ。



ダメだ、いしきを失っては。

ぼくは かえるんだ



だめ……



ま りべ


912 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:46:16.19 ID:K4Y9JjXm0



*「……あなた!」



*「ほ 本当か!」

*「ええっ 私たちの子ですよっ!」

*「そうか…! ついに……!」

*「ちょっと あなたったら くるしいわ……。」

*「はっはっは! いいじゃないか!」

*「もう……。」

*「まったく 今日ほど 神に感謝した日は ないだろう!」

*「うふふっ おおげさなんだから。」

*「いや これを神からの授かりものと 言わずして 何と言うんだ。」

*「そうね… きっと 私たちの 愛の結晶ね。」

*「むっ……。」

*「いやだわ あなたったら そんなに 赤くなって。」

*「……時々 お前には 敵わないと 実感させられるよ。」

*「ふふっ。それよりも この子が 産まれたら なんて 名前を 付けましょうか?」

*「そうだな……。」
*「きっと この子は 神に愛された子だ。」
*「ならば かの伝説の名に ちなんで……。」

*「あらあら あなたったら あいかわらず ロマンチストね。」

*「なっ…… べ 別のにしたほうがいいか?」

*「いいえ。素敵だと 思うわ。」
*「……この子は きっと みんなから 慕われるわ。」
*「そして いつか 本当のおとぎ話の英雄みたいに この世界を 救って 私たち一族を 導いていくかもしれないわね。」

*「……そうだな。」
*「よし 決まりだ。もしも 男の子なら この子の名は……。」


…………………
913 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:47:08.59 ID:K4Y9JjXm0



*「……っ!」



*「……あんたっ!」

*「生まれたのか!!」

*「そうだよ あんた。」
*「ほらっ この通り よく眠ってるよ。」

*「お おお……!!」

*「ほら 起きて ぼうや。父さんが 帰ってきたよ。」

*「…………………。」

*「おほっ! はじめまして 父さんだぞ〜。」

*「……ぅ おぎゃあああああ!」

*「うおっ!?」

*「あらあら あなたの顔をみて 泣き出しちゃったわね。」

*「う ううむ……。」

*「おお よしよし 怖くないよ〜。」

*「ちと ショックだな……。」

*「ほらほら あんたも そんなに 落ち込まないで。すぐに 慣れますよ。」

*「……でも よかった。」

*「うん? どうしたんだい?」

*「こんなに 早く 生まれてきたってのに 元気そうじゃねえか。」

*「あたしも ビックリだよ。まさか 6か月で 生まれてくるなんてねえ。」
*「でも ほら この通りさ。」

*「だぁ……。」

*「きっと あたしたちが 早く 会いたいって 思ったからじゃないかい?」

*「そのわりに オレの顔見て 泣き出したじゃねえか……。」

*「まあまあ。」

*「……ん?」

*「どうしたんだい?」

*「ウデのこれは アザか?」

*「そうなんだよ。お腹の中で ぶつけちゃったのかねえ。」

*「ううむ…… しかし 不思議な形を しているな。」

*「……きっと 神さまが おまじないでも かけてくれたんですよ。」

*「……そうかもな。」

*「そうそう まだ 名前を考えてなかったね……。」

*「むっ あんまり 早いもんだからな。」

*「……そうだねえ。きっと この子は あんたを 超える 立派な 漁師になるはずだよ。」

*「まあ オレの跡を 継ぐか どうかは わからないが きっと この子は 何か大きなことをしそうな 気がする。」
*「……海の生き物を 導いていく 潮の流れみたいに な。」

*「流れ ねえ。そうだね それが いいかもしれないね。」

*「ああ この子の名前は……。」



…………………
914 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:49:43.11 ID:K4Y9JjXm0

*「ぐ うう……。」
*「今のは… 夢……?」

少年が目を覚ますとそこには不思議な景色が広がっていた。
一面を覆い尽くす白い霧のような絨毯、見上げれば何もない青、そしてポツンと佇む小さな屋敷。
そこはまるで以前に謎の石版に導かれてやってきたあの世界のようだった。



*「なんと また 来てしまったのか アルスよ。」



混乱する頭を抱えてしばらくその景色に見入っていた少年だったが、不意に後ろから声をかけられ慌てて振り向く。

アルス「か 神さま!? では ここは……。」

神「うむ。まあ お前さんたちの 言う あの世ってところじゃのう。」

神と呼ばれた感じの良さそうな老人は髭を擦りながら言った。

アルス「つまり… ぼくは……。」

神「ご苦労じゃったな アルスよ。」

少年の言葉を遮って老人は労いの言葉をかける。

アルス「…………………。」

神「そなたの 決死の覚悟によって 世界は再び 救われたのじゃ。」

アルス「……見ていらしたんですか。」

少年は俯いたまま尋ねる。

神「左様。グラコスは 二度と 復活せんよ。」

アルス「そうですか……。」

神「どうじゃ アルスよ。このまま ここで ワシと共に 世界を見守っていかんか?」

アルス「……ぼくは…。」

神「ふむ。まあ そう 焦らんでもよい。」
神「時間は たっぷり あるんじゃからのう。」

そう言って神は柔らかく微笑む。

アルス「そ そうだ…! マリベルは! 父さんたちは 無事なんですか!?」

神「……もちろんじゃよ。あの娘は そなたとの約束を果たし 見事に 仲間たちを 守ってみせたぞい。」

アルス「そうですか……!」

神の言葉に少年は握り拳をほどき、そっと胸を撫でおろす。
915 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:50:25.91 ID:K4Y9JjXm0

神「じゃがのう……。」

しかし神の顔は浮かない。

アルス「……?」

神「かわいそうな子じゃ マリベルは……。」
神「そなたが いなくなってしまったことに 深く傷ついておる。」

アルス「ぐっ……。」

最後に見た彼女の顔が鮮明に浮かぶ。

あの絶望に染まった顔が。

神「家族や仲間の前では 立ち直って 元気なフリを しておるがのう。」
神「……吹っ切れるかどうかは ちと わからん。」

アルス「マリベル……。」

神「残念じゃが ワシが 彼女に してやれることは 何もない。」

神は首を振って項垂れる。

アルス「そんな……。」

神「彼女を 信じて待ってやるんじゃ。」

アルス「マリベル…!!」



“成す術もない”



その残酷さに打ちひしがれ、少年は膝をついて雄たけびをあげる。



神「…………………。」


916 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:51:49.40 ID:K4Y9JjXm0

だが次に飛び出したのは意外な言葉だった。



神「会いたいかの?」



アルス「っ……!!」

神「生きて あの子を 幸せにしてやりたいかの?」

アルス「ぼくは……っ!!」

少年は立ち上がり、強い眼差しで神を見つめた。

神「……されば 願うのじゃ。」
神「お主は まだ 完全に死んでなど おらん。」

アルス「っ!?」

その言葉にわけがわからなくなり、思わず体が跳ねる。

神「ほっほっほ。意地悪言って 悪かったのう。」
神「少し そなたを 試させてもらったぞい。」

そう言って老人は満足気に笑う。

アルス「神さま い いったい……。」

神「……腕を よく 見てみい。」

アルス「こ これは……!」

言われた通り下を見やると、少年の腕は、正確に言えば腕の紋章が淡い光を放っていた。

神「耳を澄ましてみるのじゃ。ほれっ 聞こえてくるじゃろう。お主を 呼ぶ声が。」

アルス「えっ……?」
アルス「…………………。」





*「アルス……。」





瞳を閉じて神経を集中させると、少年を呼ぶ透き通った声が聞こえてきた。

アルス「こ この声は……。」
アルス「っ!!」

ふと目を開けると目の前にはいつか見た光の渦が立ち上っていた。

[ ゆくのじゃ アルスよ。 ]
[ 行って すべてを取り戻すんじゃ。 ]

そこには既に神の姿はなく、どこからともなく声が響いてくるだけだった。

アルス「……はい!」

そう言って少年はその渦の中へと飛び込んでいく。



[ また 会おう 人間の勇者よ。 ]



[ あの町で 待っておるからのう。 ]



それを最後に、少年の意識は再び途絶えるのだった。


917 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:53:26.64 ID:K4Y9JjXm0



*「……ス……。」



誰?



*「アルス……。」



ぼくを呼ぶのは……。



*「しっかりして アルス。」



頭が痛い。体が鉛のようだ。

*「海底王さま 息子が 目覚めないんです。」

海底王?

*「ううむ。もう 命の危険は ないはずなんじゃがのう。」

ぼくは生きているのか?

*「むっ 人魚の月が 光を失っていく。」

人魚の月? そうかぼくはあの時……。

*「まあ しばらく 安静にしておれば そのうち 目が 覚めるだろう。」

瞼が重たい。

*「そうですか……。」

*「しかし 驚いたぞ。お前さんが 血相を変えて 飛び込んでくるもんだから 何ごとかと 思ったわい。」

ここはどこなんだ?

*「ごめんなさい 海底王さま。あの時は 気が気じゃなかったものですから。」

*「まあのう。あのグラコスとやらの執念が あそこまでとは わしも うかつじゃったわい。」

*「私も 水の精霊さまのお告げを 受けなければ 二度も 息子を 失ってしまうとろこでした。」
*「夫たちには 何も 言わずに 飛んできてしまったのですけど……。」

この声は……。

*「まあ あやつのことじゃ お主を 信じて 待ってくれているじゃろう。」

*「……そうですわね。」

*「さて わしはちと 疲れたから ひと眠りさせてもらうとしようぞ。」

*「はい。おやすみなさい。」

ダメだ。頭が痛い。

気が遠ざかる。

*「アルス。今は ゆっくり おやすみ。」
*「……元気になって 立派な 漁師に なるんでしょう?」



そうだ。



ぼくは……。



…………………


918 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:54:44.68 ID:K4Y9JjXm0

*「ううむ。神は いったい どうなさったというのでござろうか。」

*「メルビンにも わかんねえのか。」

*「ガボ 動物たちは 何か 言ってたかしら?」

*「ダメだ アイラ。みーんな 知らねえってよ……。」

少年が失踪してから早一週間が立とうとしていた。

最初こそ世界中でもちきりだったその話題も今は少しずつ収まりを見せていた。

一方で少年と共に戦った英雄たちは毎日のように少年の消息を掴もうと躍起になって情報収集にあたっていた。

アイラ「それにしても 神さまが どこにも 姿を見せないなんて 少し 変じゃないかしら。」

色気の漂う元ユバールの踊り子が焦りを隠せない様子で呟く。

メルビン「わしら 神の使いも 毎日のように お伺いを立てているだが いっこうに 返事が 帰ってこないのでござるよ。」

老齢の戦士が顎を擦りながらすっかり意気消沈して言う。

ガボ「神さま まで どこに 行っちまったんだろうなあ。」

まだ幼い狼の少年が腕を組んで眉間にしわを寄せる。

アイラ「このままじゃ マリベルが あまりにも フビンでならないわ。」
アイラ「ここのところ 毎日 海岸に出ては お祈りしてるって ご両親が 言っていたわ。」

踊り子の王女は足しげく少女の家に通っては少女の様子を見ていたのだった。

ガボ「なんだか 変な やつらが 家の前にいたけど あれは なんだ?」

同じく港町まで様子を見に行っていた少年が不思議そうに尋ねる。

アイラ「アルスが いなくなったって聞いて 世界中の男たちが マリベルを 狙ってるのよ。」

メルビン「もともと 資産家の令嬢な上に マリベルどのは 容姿が抜群でござるからな。」
メルビン「世の男どもが 放っておくわけがないでござるよ。」
メルビン「……そういう アイラどのの ところにも 連日 面会の申し込みが 殺到してると 聞いてるでござるが。」

そう言って老紳士は横目でにやりと笑う。

アイラ「メルビン あんた どうでもいい情報 仕入れてんじゃないわよ!」

そんな現状をうっとおしく思っていたのか、王女は眉を吊り上げて抗議する。

メルビン「むおっ これは失言だったでござる!!」

“ゴホンゴホン”とわざとらしい咳ばらいをして老戦士は額の汗を拭う。

アイラ「……ったく。」

ガボ「なあ これから どうすんだ?」

メルビン「無論 アルスどのの 捜索を 続行するでござるよ。」
メルビン「わしらが 諦めるわけには いかんでござる!」

アイラ「そうよ! 必ず 見つけ出すのよ!」

ガボ「…そうだな! アルスは 絶対に 生きてる! オイラには わかるんだっ!」

メルビン「よし! そうと決まれば また 情報が集まり次第 ここに集合でござる!」

*「「おおっ!」」

三人は奮起すると、心当たりのありそうな場所へ向かって散り散りに飛んでいった。

確かな情報などどこにもない。だが誰もやめようとは言わなかった。



彼らは信じていたのだ。



少年は必ず生きて帰ってくると。


919 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:55:18.74 ID:K4Y9JjXm0



“○月×日。”



“今日は 朝から レブレサックに行ってみたわ。”

“あれ以来 あの村が ちゃんと 反省してるか確かめにね。”

“そしたらビックリ。”

“砂漠に ルーメン クレージュからも 旅人が来てたわ。まるで それまでの排外主義が ウソみたいに 他所の人たちに友好的になっててさ。”

“ちょっと 拍子抜けしちゃったわよ。”

“そうそう リフや サザムたちも すっかり 大人たちと 仲直りしてうまくやってたわよ。”

“どうやら あの村は もう大丈夫みたいね。”

“まっ 長い目で見ないと わからないけどさ。”


920 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:55:50.19 ID:K4Y9JjXm0



“○月△日。”



“今日は リートルードに行ってきたの。”

“そしたらね。ちょうど その日は アイクさん主催の 学会が 開かれてたみたいで 町がにぎわってたわ。”

“それで 何気なしに 覗きにいったら なんと 演壇に ベックさんがいたのよ!”

“あの ベックさんも 偉くなったもんだわ……。”

“それでもって あたしたちのことを 発表しちゃうもんだから あたしは もう 逃げだしちゃったわ。”

“また 質問攻めにあっても 困るからね。”

“あっ そうそう バロックさんの像だけどね 結局 あれから 変化はないみたいよ。”

“まあ そう 物質が 生き物に変わるわけないんだから 当然といえば 当然なんだけど。”

“今日は このくらいかしらね。”


921 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:56:18.27 ID:K4Y9JjXm0



“○月□日。”



“今朝は 聖風の谷に行ってきたわ。”

“セファーナさんに会ったら なんだか すっごく 心配されちゃって そりゃ もう 大変だったんだから。”

“あの人って 意外と おせっかい焼きなのね。”

“まあ あの歳で 村を任されてるくらいだから 面倒見は いいのかもしれないけど。”

“それ以外には とくに 何もなかったかしら。”

“もともと あそこは トラブルとは 無縁そうな ところだからね。”

“あっ でも 上のリファ族の長が 来てたわ。”

“なんでも 近いうちに 下と 親交を持とうと してるんだとか。”

“でも そうなっちゃったら 知らない人からすれば 大事件よね。”

“……その時は あたしが なんとかしようと 思うわ。”

“だから 応援しててよね。”


922 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:56:51.67 ID:K4Y9JjXm0



“○月☆日”



“今日は お城に 呼ばれたの。”

“なんでも 世界中の 王様たちが 一堂に会して 話し合うんだってさ。”

“でっ あたしは 全員と 面識があるから 仲介役にってね。”

“まったく ひとを 便利に使わないでほしいわ!”

“まあ 久しぶりに メルビンたちにも 会えたから よしとするか。”

“そうそう みんな ずいぶん 暗そうな顔してたわ。”

“そりゃそうよね。世界の英雄が 行方不明なんだもの。”

“議題そっちのけで アルス アルス ってうるさいから 言ってやったのよ。”

“今は いないやつより いる人のために 話し合いなさいよ! ってね。”

“みんな しばらく 固まってたけど それで 目が覚めたみたい。”

“その後は 滞りなく 話が進んでいったわ。”

“まったく 国のトップなんだから しっかりしてほしいもんだわよ。”

“あんたも そう思うでしょ?”


923 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:57:21.06 ID:K4Y9JjXm0



“〇月〇日。”



“今日は なんだか 体の調子が 悪いの。”

“おかしいわね。熱は ないのに どうにも 体が 重たいわ。”

“パパは しばらく 休んでなさいって 言うけど あたしにも やらなくちゃ いけないことが あるのよ。”

“まだまだ 見て回らないといけない ところは たくさんあるんだから。”

“それで 今日は メザレに行ってきたわ。”

“あれから 村は どうなってるのか 気になってたしね。”

“で 行ったら あの ラグレイが 結婚式を あげるんですって。”

“今度 予定が決まるから 是非 来てくださいってさ。”

“ニコラも 例のメイドさんと よろしくやってるみたいだし なんだか 村全体が 楽しそうだったの。”

“結婚式か…… あんたは どんな 結婚式が したい?”

“あたしはね……。”

“やっぱり 書くのやめとこ。”


924 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:58:48.72 ID:K4Y9JjXm0



“○月◇日。”



“今日は ほとんど 表へは 出られなかったわ。”

“あたしは 大丈夫だと 思うんだけど パパとママが 聞かないのよ。”

“仕方ないから 村の中を 散歩してたわ。”

“そうね 最近のことと言えば…… フィッシュベルや 城下町も ようやく 落ち着きを取り戻して 少しずつ 元に戻りつつあるわ。”

“様子を見に 町へ行けば みんな あたしに優しくしてくれてさ。”

“複雑だったけど ちょっとだけ嬉しかったわ。”

“それに みんなを見てれば よくわかったけど あんたってば 本当に みんなから好かれてたのね。”

“まあ それもそうよね。なんせ あたしが 認めた男なんだもの。”

“あたしも 鼻が高いわ。”

“あたしじゃなくて あんたが注目されるのは ムカつくけど。”

“……話は変わるけど ウチの村は あれから 漁をやってないわ。”

“そりゃそうよね。船が ダメになっちゃったんだから。”

“その代わりに ボルカノおじさまは マーレおばさまに つきっきりでいられるから 今はこれでいいのよ。”

“あんたがいなくて 一番つらいのは あの二人なんだから。”

“特に ボルカノおじさまは たしか 親友を……。”

“いや なんでもないわ。”

“ダメね。あたしが 弱気になってちゃ。”

“あんたは 必ず 帰ってくるって。”

“あたしが 信じなきゃ 誰が 信じるもんですか。”

“だから。”

“……待ってるから。”

“今度は あなたが わたしを みつけて。”

“アルス。”


925 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 19:59:52.66 ID:K4Y9JjXm0



*「お〜い!」



少年が海へ消えてから二週間が経とうとしていた。
彼の仲間の必死の捜索も虚しく時間は過ぎ去り、世の中もだんだんと彼の死を受け入れ始めていた。
喪に服していた人々も嘆くのをやめ、世界は徐々に平穏を取り戻しつつあった。



*「マリベル! マリベルや〜!」



そんなとある日の朝、閑静な港町に男の叫び声が響き渡った。

*「ど どうしたんですか アミットさん!」

船着場で沖を眺めていた漁師が驚いて駆け寄る。

アミット「娘が いないんだ!」

*「な なんだって!?」

少女の失踪という事態に漁師の男は衝撃を受ける。

アミット「あれだけ 横になっているように 言っておったのに……。」
アミット「今朝 起きて 部屋を 開けてみたら もぬけの殻じゃないか!」

顔を真っ青に染めて少女の父親がわめき散らす。普段の威厳ある網元の顔は、そこにはなかった。

*「あ あんな体で どこへ!?」

アミット「あの子のことだ。もしかすると また 呪文で 遠くへ 行ってしまったのやもしれん!!」

*「と とにかく 手分けして 探しましょう!」
*「他の連中にも 声を かけてきます!」

アミット「あ ああ 頼んだぞ!!」

駆けだす男の背中に叫んで父親は辺りを探し出す。



*「あなた!」



そこへ家から飛び出してきた少女の母親が心配そうにかけよる。

*「あの子は 見つからないの!?」

アミット「うむ。いま 村のみんなに 探すのを手伝ってもらうように お願いしてるところだ。」

*「そう…… もう 立っているのが やっとだっていうのに あの子は……。」

化粧も乱れた髪もそのままに少女の母親はオロオロと辺りを見渡す。

アミット「わしらも こうしちゃ いられん! 家は あの子に 任せて 探しに行くぞ!」

*「ええっ もちろんだわ!」

アミット「マリベル 無事でいてくれよ……!!」


926 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:00:28.27 ID:K4Y9JjXm0



*「た たいへんだー!!」



網本の伝令を受けた漁師の男が村中に少女の失踪を伝えて回る。

*「た たいへんだ ボルカノさん!!」

そして男が次に向かったのは漁師たちの指導者ともいえる漁船の船長の家だった。

ボルカノ「どうした! 何が あった?」

いきなり扉を開けて転がり込んできた漁師に少年の父親が歩み寄る。

*「ま マリベルおじょうさんが 行方不明なんだ!」

ボルカノ「なんだとっ!?」

マーレ「ま マリベルさんがかい!?」

朝食の支度をしていた少年の母親もその言葉に思わず皮をむいていた芋を落とす。

*「さっき アミットさんが 血相変えて 探してたんだ!」

ボルカノ「あんな 状態で いったい どこに 行っちまったんだ!?」

みるみる表情を険しくして船長は歯を食いしばる。

*「わからねえ! と とにかく 探すのを 手伝ってくれねえか!」

ボルカノ「わかった すぐに行く。」
ボルカノ「母さん!」

マーレ「あいよっ 待ってな!」

そう言うと船長の妻は急いで弁当をこしらえ、夫に手渡した。

マーレ「頼んだよ あんたっ!」
マーレ「あの子は あたしたちの 最後の希望なんだ!」

ボルカノ「わかってる!」
ボルカノ「よし いくぞ!」

*「おうっ!!」

そうして妻の希望を託された船長は、漁師の男と共に薄暗い朝もやの中へ飛び出していったのだった。


927 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:01:11.71 ID:K4Y9JjXm0



“今度はマリベルがいなくなった”



その知らせは昼を跨ぐ前には城下町に広がり、それを聞いたかつての仲間たちはすぐに港町へと集結した。

ガボ「マリベルが いなくなったって ホントか!?」

アイラ「恐れていたことが 起きてしまったわね……。」

メルビン「こうしては いられないでござる! わしらも すぐに 探しにいくでござるよ!!」

アミット「頼みます みなさん! あの子の 命がかかってるんです!!」

集まった三人に少女の父親はすがる思いで助けを乞う。

メルビン「こうなったら 三人で 手分けして マリベルどのの行きそうなところを 探すでござるよ!」

アイラ「わかったわ!」
アイラ「一つの場所を 見終わったら ここに来て 何か 印を 残してちょうだい!」

ガボ「それを たよりに 別の所に行くって わけだな!」

メルビン「さえてるでござるよ 二人とも! それでは 行くでござる!!」

そう言って三人は握り拳を天高く挙げると、瞬く間に彗星の如く飛び去って行ってしまった。

アミット「……わしも 行けるところまで 探しにいかねば!!」

それを見送った少女の父親は、遠出の準備をするために家の中へと戻っていく。

分厚い雲がかかった空には、少女の名を呼ぶ村人の声と、餌を求めて飛び交うカモメたちの声が響いていた。


928 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:01:42.91 ID:K4Y9JjXm0



*「えっ? マリベルさんが!?」



メルビン「そうなんでござる!
メルビン「アズモフどの! 心当たりは ないでござるか!?」

アズモフ「いえ… この町に いらっしゃっていれば すぐに 噂が広がるはずなのですが……。」
アズモフ「ねえ ベックくん。」

ベック「ええ。彼女ほどの 有名人であれば どこへ 行っても 人だかりが できているはずなのです……。」

メルビン「そうでござるか……。」

アズモフ「もし 何か わかったら のろしをあげます。」

メルビン「かたじけないでござる!」


929 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:02:08.09 ID:K4Y9JjXm0



*「マリベルが 消えただと!?」



アイラ「そうなのよ サイード。」
アイラ「あなたは 何か 知ってないかしら?」

サイード「むう…… 残念だが ここに来てから それらしき 人影は見ていないな。」

アイラ「彼女 ここで アルスとデートするって 言ってたんだけど……。」

サイード「ふむ。もし それが本当なら この後ここに来る可能性も 捨てきれんな。」
サイード「わかった。おれも しばらく ここで 探すとしよう。」

アイラ「ごめんなさいね。お願いするわ。」

サイード「任せておけ。あいつには 返しきれないほどの 借りが あるからな。」


930 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:02:38.24 ID:K4Y9JjXm0



ガボ「なっ どうなんだ パミラのばっちゃん!」



パミラ「むう…… なんだい この光は?」

ガボ「ひかり?」

パミラ「これは…… 虹かねえ?」
パミラ「とにかく 何か 特別なチカラが わしの 占いを阻んでいるようだよ。」

ガボ「そんなあ!」

パミラ「じゃが どうやら まだ 彼女は死んではおらん!」
パミラ「わしから 言えるのは それだけじゃ。」

ガボ「……そっか。」

パミラ「すまんのう ガボ。こんな時に チカラになれんとは……。」

ガボ「いいんだ パミラのばっちゃん!」
ガボ「オイラには わかんねえけど もしかしたら メルビンとアイラなら わかるかもしんねえ!」

パミラ「いい結果を 待ってるよ!」


931 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:04:53.11 ID:K4Y9JjXm0

いつの間にか時間は流れ、雲に覆われ暗かった空はいよいよ闇に染まり始めていた。



アイラ「どうだった!?」



網本の家の前に集合した三人の英雄は顔を見合わせて項垂れる。

メルビン「ダメでござる。どこにも 見つからないでござるよ……。」

ガボ「あっちこっち行ったけど 全然だめだァ!」

アイラ「……いったい どこに いっちゃったのかしら?」

三人はこれ以上になく動揺していた。

真っ暗な闇の下で冷えていく少女の姿が頭をよぎり、最悪の事態になるのではないかと焦燥感が心を支配していく。

もはや一刻の猶予もなかった。

メルビン「せめて 手がかりさえあれば……。」

その言葉に狼の少年はあることを思い出し、はっと顔を上げる。

ガボ「……そう言えば さっき パミラのばっちゃんが ヘンなこと言ってたんだ!」

アイラ「変なこと?」

ガボ「たしか ニジが なんとかって……。」

メルビン「ニジ… 虹でござるか?」

アイラ「確かに 今日は天気が 悪かったけど 雨は降らなかったわよね?」

三人は自分の記憶を頼りに今日一日で回った地点の空を思い出す。

ガボ「うーん。場所によっては ぽつぽつ 振ってたけどよお……。」

メルビン「虹は 雨が少ないときは 見えないでござるよ。」

アイラ「それに 降った後 太陽の光が 必要よ。」

ガボ「そんな所 あったっけなあ……。」

アイラ「…………………。」
932 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:05:36.32 ID:K4Y9JjXm0

占い師の出した不可解な言葉に三人は再び首を捻る。

メルビン「と とにかく このままでは らちが明かないでござる!」
メルビン「もう一度 それをヒントに 考えてみるで ござるよ!!」

アイラ「そうね。今は その情報を 頼るしか なさそうね。」

ガボ「虹… ニジ… にじ……。」
ガボ「……いけねえ!」

突如、狼の少年は何かを思い出した様に目を見開く。

アイラ「何か 思い出したの!?」

ガボ「は……。」

アイラ「は?」





ガボ「は 腹減ってきた!!」





メルビン「…………………。」

アイラ「がぼ〜〜〜!」

思わず拍子抜けしてしまい王女は天を仰いで唇を噛む。

メルビン「むう だが 言われてみれば 昼から 何も 食べてないでござるよ。」

そう言って老戦士は腹を抱えて顔をしかめる。

ガボ「オイラちょっと マリベルんち 行ってくる!」

アイラ「あっ こら ガボ!」

駆けだした少年の背中に王女が怒鳴り声を上げる。

メルビン「アイラどの。わしらも いったん 軽く食事を もらうでござるよ。」

アイラ「で でも……。」

少年の背中を見つめて言う老紳士に王女はためらいの声をもらす。

メルビン「こういう 切羽詰まった状況だからこそ 頭を冷やして 気持ちを 切り替える必要が あるでござる。」
メルビン「アミットどのや 奥方に 話を聞けば また 活路が 見出せるやもしれんでござるよ。」

アイラ「……わかったわ。」

老紳士の説得を受け、王女はため息をつくととぼとぼと少女の家に向かって歩き出すのであった。


933 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:07:41.82 ID:K4Y9JjXm0



*「ここからなら あなたでも 泳いでいけるかしら?」



*「ええ これでも漁師ですから。」

*「それにしても 良かったわ。もう 身体は 万全のようね。」

*「でも 動けるようになるまで 随分 かかってしまいました。」

*「ふふっ きっと あの子が待っているわ。」

*「そうだといいんですけど……。」

*「手遅れにならないうちに さあ お行きなさい。」

*「ありがとうございます お母さん。」

*「私は お父さんの所へ 戻っていますからね。」
*「また 会いに来てちょうだい。」

*「はいっ それでは!」


934 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:10:44.06 ID:K4Y9JjXm0



ここはどこかしら?



どうしてあたしはこんなところにいるんだっけ。

朝、起きてから今までの記憶がぼんやりとしてて思い出せない。

寒い。

ここは……入り江?

どこかからカモメの声が聞こえてくる。



……ああ、そうだ。



ここはあいつらの思い出の場所。

そうだった。

あんたが呼んだんだっけ。

ここに来てくれって。



……。



あたしね。

疲れちゃったのかな。

ここのところどうにも体が動かないの。

どこも悪い所なんて無いはずなのに。



……ねえアルス。



あんたはどうしてここにあたしを呼んだのかしら。

ねえ。

あたし、もうそっちに行ってもいいかなあ。

やっぱり無理だわよ……。



……。



カモメか……。

もしもカモメになったら、あなたのところへ行けるのかな。

会いたいよ。

アルス。



……。



待ってて。



…………………
935 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:12:10.99 ID:K4Y9JjXm0



アミット「そうですか……。」



メルビン「何か心当たりは ありませぬか?」

*「虹と 言われましても……。」

アイラ「今日 フィッシュベルに 虹は 出ませんでしたか?」

マーレ「いいや 今日はずっと 曇ったままだよ。」

ガボ「なんでもいいんだ! なんか 思い出さねえか?」

*「おじょうさまと虹… 何の関係があるのか わたしには さっぱりですだよ……。」

*「虹ねえ。もしかすると あの聖水が あった……。」

ボルカノ「おい ホンダラ! 何か 知ってるのか!?」

ホンダラ「うっ… く 苦しいぜ 兄貴っ……!」

ボルカノ「なんでもいい! 心当たりはねえのか!?」

ホンダラ「じ 実は 以前 アルスたちに 七色に光る聖水を くれてやったんだが その聖水があった場所がよぉ……。」

メルビン「……そ それでござる!!」

アイラ「どうして 今まで 気付かなかったのかしら!?」

ガボ「オラも わかったぞ! あそこだな!?」



*「「「七色の入り江!!」」」



メルビン「こうしてる場合では ないでござる! すぐに行くでござるよ!!」

アイラ「みなさん わたしたちに ついてきてください!」

ガボ「マリベルが 待ってる!!」


936 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:14:09.57 ID:K4Y9JjXm0



*「ねえ。」



夢を見ていた。

*「えっ?」

いや、これはあたしの記憶。

*「幸せって なんだろうね。」

漁を始める前の夜。

*「幸せ?」

城下町でのパーティーが終った後。

*「そう 幸せ。」

二人だけで来た七色の入り江。

めずらしくあいつが誘うもんだから付き合ってあげたのよね。

誰もいない入り江は静かで、今夜みたいにカモメの鳴き声だけが聞こえてたっけ。

*「旅を始める前の世界は ぼくたちの島以外 何もなかったけど 幸せだったよね。」

*「…そうね 争いもなければ 飢えも 危険もない。たしかに 幸せだったかもね。」

*「時々 思うんだ。あのまま 平和に暮らしていれば これ以上 誰かが 不幸になることも なかったんじゃないかって。」

*「不幸? 誰が?」

*「……わからない。でも きっと どこかで 苦しくて 辛くて 泣いている人が いるんじゃないかって。」

*「……そうかもしれないわね。」

*「ぼくたちは 本当に 正しかったのかな。」

*「なに 言ってるのよ。」
*「あたしたちが やらなかったら 無念のうちに 死んでいった 大勢の人たちは そのままだったのよ?」

*「……うん。」

*「それに たしかに 以前の世界は 幸せだったかもしれないわ。」
*「でも それは 何も知らない 幸せ。」
*「そこには 本当の幸せなんてないわ。」
*「それなら あたしは いっそのこと 不幸でもいい。」
*「どん底の不幸だったしても あたしは 決められた運命に抗って 自分で 幸せを勝ち取るの。」

*「…………………。」
937 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:15:28.70 ID:K4Y9JjXm0

*「ねえ あなたは 今 幸せ?」

*「そういうきみは?」

*「あたしは 幸せよ。なにせ 自分で 運命を切り開いたんですもの。」

*「っふふ。」

*「で? あなたは どうなの?」

*「ぼくは そうだなあ……。」
*「たぶん これから 幸せになる。」

*「なにそれ?」

*「今は まだ わかんないや。」
*「でも もしかしたら だけど……。」
*「次に ここに来るときは 幸せになってるかも。」

*「どういうこと?」

*「ふふっ 教えない。」

*「ちょっと 人に言わせておいて それはないわよ!」

*「あっはっは! じゃあ そうだなあ……。」
*「また ここに 二人でこようよ。」

*「えっ?」

*「その時になったら 教えてあげる。だからさ……。」



*「だから 待ってて。」



*「待ってて って…… ここで?」

*「うん。必ず 迎えに行くよ。」
*「だから……その時まで。」


938 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:16:41.79 ID:K4Y9JjXm0



ねえ、アルス。

あたしは幸せだったわ。

気弱で優柔不断で、ときどき何考えてるか分からないけど、優しく、温かくて、あたしのことを包み込んでくれる。

あなたがいつも隣にいてくれたんですもの。



ねえ、アルス。

あなたは幸せになれたのかしら。

漁師になる夢を叶えて、二つの両親とめぐり会えて、その身を世界のために賭して。



ねえ、アルス。

あたしはあなたを幸せにしてあげられたかしら。

わがままで、高飛車で、口うるさいこんなあたしだったけど、あなたのことを少しでも幸せにしてあげられたかしら。



ねえ、アルス。

もう一度、その腕であたしを抱きしめて。



いま、いくから。


939 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:19:03.10 ID:K4Y9JjXm0

























*「マリベル。」
























940 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:20:16.61 ID:K4Y9JjXm0





えっ?





*「マリベル。」

だれ? 

あたしの名前を呼ぶのは。

*「マリベル。」

この声……。

あたしは知ってる。

*「しっかりして マリベル!」

あたしを包み込んでくれる大好きな声。

*「マリベル! 死ぬんじゃない!!」

あなたは……。

マリベル「っ……。」



*「マリベルっ!!」



マリベル「げほっ げほっ……!」


941 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:21:48.70 ID:K4Y9JjXm0

*「っ……!」

マリベル「…………………。」
マリベル「……あ…。」

*「マリベル!!」

マリベル「……おそいの よ。」

*「ごめん……。」

マリベル「あ あたし…が どれだけ待ったと… 思ってるの……。」 

*「うん…… うん……!」

マリベル「もうちょっとで… 死んじゃ う とこ だったじゃない……。」 

*「もう 大丈夫。」

マリベル「ねえ… 夢じゃないよね?」

*「うん。夢なんかじゃない!」

マリベル「本当に あなたなのね?」

*「…………………。」















*「ただいま マリベル。」














942 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/20(金) 20:24:33.68 ID:K4Y9JjXm0

神さまってのはやっぱり意地悪なクソじじいね。

最初っから助けてくれればいいのに、何かと理由をつけては自分が手を下すことを嫌がる。

そのくせしっかりとあたしたちを見てるんだもの。

そんでもってヒトがこんなにボロボロになるまで放っておいて最後にポンッて、何事もなかったかのように奇跡を起こすんだもの。

でも……今日ばっかりは本当に感謝しなくちゃいけないわね。

何故ならあたしの目の前にあいつがいるんだもの。

幻でも見てるんじゃないかってちょっと疑っちゃったわ。

“ああ ついに あたしも 壊れちゃったか”

ってね。

でも、その後駆けつけてきたみんなの反応を見たらそれが嘘じゃないってわかったわ。

だから。

だから、今度こそあたしは言ってやるの。










マリベル「おかえりなさい。」










マリベル「アルス。」










The end.


943 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/20(金) 21:18:51.90 ID:Xxnv11XAO
ドラクエ7ってほんと名作だよな
貴方のお陰で再認識したわ
本当にお疲れ様です
毎日の楽しみでした‼
944 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/20(金) 23:11:27.97 ID:rNapXrkno
最後が駆け足気味だった気がしなくもないが、いいSSが読めた
ありがとう、お疲れ様
945 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/20(金) 23:22:10.11 ID:TG88OGDk0
乙 本当に力作だったし楽しめたよ
昔DQ7をやっていた時の気持ちが鮮やかに蘇って懐かしい気分だ
やっぱりマリベルと主人公のコンビはいいよね…
次回作も期待しているよ
946 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:03:30.56 ID:iolHgxip0
>>943
いつもコメントありがとうございました。おかげさまで完走することができました!
無駄に長いお話だったのにここまで読んでいただき感謝感激。
こちらこそ、毎日本当にお疲れさまでした。

>>944
自分でも納得いっていない部分があるんですよね。
なんだか最終話だけでもう一本書けちゃうくらい内容を凝縮(圧縮?)してしまったので……
それでも、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

>>945
いい作品ってやっぱり色あせないものですよね。
主人公像が人それぞれあると思うので一概にコレ!とは言えませんが、
漠然としたイメージの中だけでも掴める良さがある辺りやっぱり主人公とマリベルはお似合いだなって思います。
次回作は…なんとも言えません……
947 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:09:29.16 ID:iolHgxip0

あとがき

長いので飛ばしていただいてかまいません
>>952 へ。


一応これにて完結となります。

「こんなアルマリ小説が読みたい」
「ない」
「じゃあ自分で書くか」

…と思い当たったのがこのSSを書こうと思ったそもそものきっかけです。
今まで誰かの創った作品を消費するだけだったのですが、ふと、自分もアウトプットしてみたいなと思いなんとかかんとかここまでやってきました。

本当は漫画でも描いてみたかったのですが、
如何せん独学で絵の勉強をしていたら恐ろしく時間がかかるのもあって、そちらのほうは泣く泣く断念しました。
ラノベのように挿絵でも入れられたらもっと良かったのになと今でも思っております。

SSにしてもこれまで文章なんて論文しか書いたことがなかったので表現力についてはご覧の有様です。
おまけに基本的に寝る前にスピリッツを飲みながら書いていたので誤表記の多いこと多いこと。
何度見直しても後から後から間違いが見つかるのはもう仕方がないことだと割り切ってしまいましたが……
(一応、このスレでも残りのレスを使ってできる限り修正箇所を指摘していこうかと思います。)

構想と書き起こしに二か月、手直しと投稿に一か月とかなり時間が掛かったこともあって、
かな〜り長いお話になってしまいました。
完結を急ぐあまり展開を急いだのも否めません。(モチベーションとかいろいろありましたしね)

そんなこのSS、最初は一人の目にとまればいいかなと考えて投稿してみたのですが、
思ったよりも覗いてくださった方が多く、とても励みになりました。

「ドラクエ7」というコンテンツのなせる業だとは考えられますが、
コメントを残してくださる方がいらっしゃっただけでもやってみて良かったと心から思います。
とっても嬉しかったです。

賛否のわかれる作品ではありましたが、やっぱりドラクエ7は名作だったんだなと、今さらながらに実感します。



最後まで付き合って読んでくださった方、本当にありがとうございました。



このSSを通して少しでもドラクエ7で感じたことをみなさんと共有できたのなら幸いです。



…………………



あの後二人は、世界はどうなるのか。
たしかにこの先の展開が予想できないわけではありませんが、
これ以上お話を進めるとなるとオリジナルの要素が多すぎる結果になると思うのでそれは控えようと思います。
あくまで、このSSは原作の世界観にのっとったお話にしておきたいので。
(とっくに破綻しているという意見もあるかと思いますが)
もしあるとすれば長編ではなく、一話完結の短めのお話になるかと思います。
……それも実現するか怪しいところではありますが。

948 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:10:27.95 ID:iolHgxip0

第28話以降の主な登場人物



アルス
復活したグラコスとの死闘の末、行方不明に。
死んだものと思われていたが、駆けつけたアニエスによって海底王のもとへ行き治療。
二週間以上の養生を経てエスタード島に帰還。

マリベル
アルスに仲間を託され奮闘。
無事にフィッシュベルへ帰港するもアルスを失ったショックから次第に心を病んでいく。
最終的には入水自殺を図ろうとしたところで帰ってきたアルスに救出された。

ボルカノ
息子を失っても尚、船員の無事を優先し泣く泣く船をフィッシュベルへ帰港させる。
それでもきっと息子は生きていると心のどこかで信じていた。

マーレ
息子の死を夫から聞かされ、悲しみに暮れる。
そして同時にマリベルこそ、自分たちに残された最後の希望と考えるようになる。

アミット
フィッシュベルの網元にしてマリベルの父親。
一族の名を冠した「アミット漁」は8代前の「アミット」から続いている。
娘の無事の帰還を喜ぶと同時にアルスが戻らなかったことを心から残念に思っていた。
失踪してしまったマリベルを血眼になって捜索する。

アミット夫人(*)
マリベルの母親。良家の奥方という肩書がピッタリくるような女性。
心労から日に日に弱っていく娘の身体を案じていた。

アミット邸のメイド(*)
通称「ですだよのネエちゃん」。
マリベルの家で使用人として働いている若い娘。
独特のしゃべり方をする。

キャプテン・シャークアイ
アルスの実父。
突如姿を消した妻を捜索するためマール・デ・ドラゴーンを走らせる。

アニエス
グラコスによって重傷を負ったアルスを抱えて海底王の元まで行く。
その後はアルスの様子を二週間見守っていた。

コック長
アミット号の料理長。
成長したマリベルの姿に思わず涙する。
マリベルの失踪時は村の者と一緒になって捜索に当たっていた。

めし番(*)
アミット号の料理人。
漁を終えたことで一回り成長…したのか?
マリベルの失踪時は村の者と一緒になって捜索に当たっていた。

アミット号の漁師たち(*)
無事に生きて帰れたものの、やりきれない思いを抱えたままでいた。
アミットの依頼を受けすぐにマリベルを探しに出かけた。
949 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:11:16.37 ID:iolHgxip0

ガボ
アルスの失踪の真偽を確かめるためボルカノの元を尋ねる。
それでも尚アルスの死を信じれず、かつての仲間たちと共に情報収集に。
マリベルの失踪を知るとすぐに各地へと飛び回った。

アイラ
アルスの失踪の真偽を確かめるべくボルカノの元を尋ねる。
すっかり生きる気力を失くしてしまったマリベルを叱咤する。
マリベルの失踪を知るとすぐに各地へ飛び回った。

メルビン
ガボからアルスの失踪を知らされ、ガボ、アイラと三人で情報収集へ走る。
神へ聞こうにも返事がないことに焦りを募らせていた。
マリベルの失踪時は仲間と共に各地へと飛び回った。

サイード
旅の途中の砂漠の青年。
メモリアリーフへと来ていたところ、アイラからマリベルの失踪を知らされる。

アズモフ
世界的に有名な学者。
ハーメリアへやって来ていたメルビンからマリベルの失踪を知らされる。

ベック
自分の発見を学会にて発表する。
ハーメリアへやって来ていたメルビンからマリベルの失踪を知らされる。

パミラ
エンゴウに住む占い師。
ガボからマリベルの失踪を聞かされ、その居場所を突き止めるべく占う。
間接的ではあったが、そのヒントのおかげで一行はマリベルの所在を突き止められた。

海底王
フィッシュベル沖の海底に住む海の守り神。
アニエスによって運ばれてきた瀕死のアルスを治療。
別に人魚にしたわけではない。

グラコスエビル(グラコス)
かつて過去のハーメリアでアルスたちを苦しめた海の魔神。
一度はアルスたちに倒されるもその後魔王に復活させられ、どこかの深海でチカラを蓄えていた。
魔王が倒れたことにより、再び世界を海に沈める計画を実行に移す。
そのために邪魔なアルスたちを消そうと手下の魔物たちやデッドセーラーを追手として派遣していた。
再びアルスによって倒されるも、絶命の直前アルスを串刺しにし、海の中へと引きづり込む。
950 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:12:57.97 ID:iolHgxip0

アルスとマリベルの旅の軌跡



1. 船出
2. コスタール
3. 深海でトロール漁
4. フォロッド
5. 林檎・猫
6. メザレ
7. 潮目でトロール漁
8. ハーメリア
9. 霧と青い鳥
10. クレージュ
11. 底曳き漁
12. 砂漠・レブレサック
13. 延縄漁・幽霊船
14. 大神殿
15. マーディラス
16. 一本釣り漁
17. 航行(独白)・投網漁
18. ルーメン
19. 流し網漁
20. エンゴウ
21. 航行(ハーブティー)
22. リートルード
23. ダークパレス(マール・デ・ドラゴーン)
24. ウッドパルナ
25. トロール漁(エデンの果実)
26. オルフィー
27. プロビナ
28. 底曳き漁( / 石版)・嵐
29. フィッシュベル
30. 最終話

31. ???
951 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:15:00.63 ID:iolHgxip0

*「The end. と言ったな。アレは 嘘だ。」

以下、蛇足という名のエピローグ。
952 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/21(土) 18:18:16.81 ID:iolHgxip0





後日談




953 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:19:55.83 ID:iolHgxip0

*「ただいま マリベル。」

*「おかえりなさい アルス。」



*「おお〜〜い!」



*「……!」

*「あの声は……!」



*「マリベル〜〜!!」



*「……パパ?」

*「マリベル どこだ〜!!」

*「マリベルどの〜!!」

*「返事をしてちょうだ〜い!!」

*「きみのお父さん だけじゃない!」
*「…おお〜〜い!!」

*「な… あ あの声は!!」

*「……っまさか!!」

*「こっちだー!」



*「間違いねえっ あの声は!」



…………………


954 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:22:31.51 ID:iolHgxip0



七色の入り江で彼女を見つけた時は思わず目の前が真っ暗になりそうだった。

すぐに泳いで彼女を抱え上げたけど、身体は既に冷え切って息もしていないようだった。



ぼくはすぐに蘇生呪文を唱え人工呼吸を試みた。

すると、幸い彼女はすぐに息を吹き返した。

目を覚ました彼女は虚ろにぼくを見ていたけど、しばらくしてぼくのことがわかったらしい。

彼女は確かにぼくの顔をみて笑ったかと思えばすぐに泣き出してしまった。



そうしてしばらく彼女の涙を拭っていたら、彼女のことを探しに来たみんなに見つけられた。

みんなはぼくの顔を見た瞬間言葉を失ってしまった。

無理もない。

ぼく自身も自分が死んでしまったと思ったくらいだからね。

でもぼくのウデの紋章と人魚の月がお母さんをぼくの元まで案内してくれたらしい。

ぼくはお母さんの腕に抱えられて海底王の神殿に行き、そこで二週間を過ごしていた。

グラコスにやられた傷が塞がって動けるようになるまでにかなり時間を要してしまったんだ。

おかげさまで最愛の彼女は入水自殺をしてしまうところだった。



でも不思議なことがある。

どうして彼女はぼくが七色の入り江からエスタード島に上陸することを知っていたのだろうか。

彼女は何も覚えていないというのだからますます謎は深まるばかりだ。



偶然。

これは偶然というやつなのだろうか。

それとも神さまはすべてを知っていて、そこまで仕組んでいたとでも言うのか。



わからない。

でも、もうそんなことはどうだっていいんだ。

彼女は無事助かり、ぼくはこうして再び故郷の地を踏み、愛する家族のもとへ帰ってこられたのだから。



…………………


955 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:24:09.81 ID:iolHgxip0

少年が生きて戻ったという知らせは翌日のうちには島中に広がり、
話を聞きつけてきた人々によって少年の家の周りはごった返していた。

なんとかその場を鎮めると、少年はグランエスタード城へと出向き、王に自らの帰還を告げに行った。

王は驚きと喜びを爆発させ、無事帰った少年をたいそう労ったそうな。

しかしその日のうちに宴を開こうかと提案したところで少年はそれを断ったらしい。

なんでもすぐに戻って少女の隣にいてやりたいのだとか。

王はそれを聞くと“あい わかった!”と言って少年を送りだしたという。

他国や町への知らせは任せておくように言い、王は少女が回復し次第アミット号一行の功績をたたえて宴を開くと約束したらしい。

それからというものの、少年は少女の家へと足しげく通い、ほとんどの時間を二人で過ごしていた。

それが、少女の心にポッカリと空いていた穴を埋める最良の薬だと思ったからだ。





そして そんな ある日……。




956 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:24:58.93 ID:iolHgxip0



“コンコンコン”



ゆっくりと三回、扉が叩かれる。

*「はい。」

*「入っても いいかな?」

*「どうぞ。」

部屋の中から聞こえた少女の声に扉が開かれ、奥から一人の中年男性が現れた。

*「やあ アルス。」
*「マリベル 調子はどうだい。」

現れたのは少女の父親だった。

アルス「ど どうも アミットさん。」

マリベル「ふふっ 身体も だいぶ 思うように 動かせるようになったわ。」

父親の問いに少女は微笑んで大きく伸びをする。

アミット「そうかそうか。」

久しぶりにみた少女の心からの笑みに父親は満足げに頷くと、少年に向き直って言った。

アミット「アルス ちょっといいかい。」

アルス「は はい…!」

手招きする少女の父親の顔に何かを察したのか、少年はどこか緊張した面持ちでそれに応じ廊下へと出ていく。

アルス「ちょっと 行ってくるね。」

マリベル「え ええ……。」



“バタン”



マリベル「…………………。」

閉じられた扉を見つめ少女はどこか複雑な表情をするのだった。


957 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:26:50.31 ID:iolHgxip0

アミット「…………………。」

*「…………………。」

アルス「あの……。」

一階の居間まで連れてこられた少年は少女の両親を前にどこか居づらそうに肩を強張らせていた。

*「…………………。」

しかしそんな少年とは対称的に少女の両親の表情は非常に柔らかいものだった。

アミット「……アルスよ お前が 無事に帰って来てくれて 本当に良かった。」

アルス「……ご心配 おかけしました。」

少女の父親の言葉に少年は俯いて目を伏せる。

*「そんなに 自分を 責めないで アルス。」
*「あなたが 戻って来てくれた。それだけで みんな 明日からの希望を 取り戻せたんだから。」

アルス「そんな……。」

少女の母親の微笑みに少年はバツが悪そうに頭を掻く。

アミット「まったく その通りだよ。」
アミット「とくに わしからは お前に… いや。きみに お礼を 言わねばならん。」
アミット「きみが いなければ あのまま マリベルは 死んでいたかもしれないんじゃ。」
アミット「……よくぞ 生きて 戻ってきてくれた。」
アミット「ありがとう アルス。」

アルス「よ よしてください アミットさん……。」

アミット「マリベルから 聞いたよ。」
アミット「きみが いかに マリベルのことを 想っていたか。」
アミット「……あの子が きみを どれだけ 想っていたか。」

アルス「…………………。」

*「マリベルを 見ていたら すぐにわかったわ。」
*「あの子と あなたが どれほど 固い絆で結ばれていたか。」

アミット「だれもが あきらめていたが あの子は 最後まで きみを 信じていたようじゃ。」
アミット「あの時 あの子が あそこに行ったのも 何かを感じていたからなのだろう。」

*「不甲斐ないけど 私たちでは どうやっても あの子の傷を 癒してあげられなかったわ。」
*「……アルス あの子には あなたが 必要なのよ。」

アミット「こんなことを わしらの口から 話すのも 情けないことではあるが……。」
アミット「アルス どうか……。」



アルス「待ってください。」



アミット「……!」
958 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:27:51.93 ID:iolHgxip0

その時、それまで黙って二人の話を聞いていた少年が口を開いた。

アルス「ぼくからも お話があります。」

*「…………………。」

アルス「ぼくは 今回の旅で 確信しました。」
アルス「ぼくにとって マリベルさんが どれほど 大切な人なのかを。」

アミット「…………………。」

アルス「……ぼくは たしかに 戦う者としては 経験を積んできました。」
アルス「ですが 漁師としては この通り ただのひよっこにすぎません。」
アルス「きっと 彼女には 苦労をかけるでしょう。」



アルス「でもっ!」



アルス「ぼくは 約束したんです。」
アルス「……いつか必ず 世界で一番の漁師になって…。」





アルス「彼女を 幸せにすると。」





アミット「アルス… つまり それは……!」

アルス「アミットさん!」
アルス「……娘さんを。」
アルス「マリベルさんを……ぼくに……!」





*「ちょ〜っと いいかしら?」





*「「「……!?」」」





959 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:29:46.93 ID:iolHgxip0

不意に響いた声に三人は一斉に振り向く。

マリベル「な〜に 勝手に 話進めてんのよ。」

*「マリベルっ!?」

母親の呼びかけに扉の向こうから少女が姿を現した。

アミット「マリベル 寝ていなくて 大丈夫なのか!?」

マリベル「大丈夫よ パパ。」

驚愕の色を浮かべる父親に少女は簡単に応えてみせる。

アルス「マリベル いつから そこに…?」

マリベル「あんたが 話し始めた 辺りかしらね〜。」

アルス「っ……!」

“聞かれていたのか”

そう悟った瞬間、少年は真赤に染まってしまった。

マリベル「こんな大事な話 してるのに あたしを のけ者にするなんて ひどいじゃない。」

アミット「す すまん マリベル… そんなつもりじゃ……。」

マリベル「……ふふ。」
マリベル「わかってるわ パパ。」

冷や汗を流す父親に少女は少しだけ笑いかけ、ゆっくりと少年の隣の席へと腰掛けた。

マリベル「……アルス。」

アルス「……なんだい? マリベル。」

マリベル「言ったでしょ? あんたが あたしを 幸せにするんじゃないの。」





マリベル「二人で 幸せになるのよ。」





アルス「あっ……!」





マリベル「……忘れたとは 言わせないわよ?」

少女は少年の唇から離れると、悪戯な微笑みを湛えて言った。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「……うん。」

*「まあっ……。」

アミット「……おめでとう マリベル。」

マリベル「うふふふっ。」

アミット「アルスさん。」

アルス「…はい。」

アミット「娘を… マリベルを よろしくお願いします。」

アルス「……はいっ!!」


…………………
960 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:32:05.19 ID:iolHgxip0


アミット漁が終わって一か月。

あたしはすっかり調子も戻って、今はあっちこっちに出かけたりしてる。



“世界を見守る”



あの時心に決めたことは少しもぶれちゃいないわ。

毎日とはいかなくても、週に二、三回はルーラで飛び回って各地の様子を見て回ってるの。

最初こそパパとママは心配そうにしてたけど、ちゃんと夕方には帰るから少しは安心したみたい。
あたしのやることを応援してくれてるみたいだわ。



それからあたしはもう一つ大事なことを始めたの。

網元としての勉強よ。

船はもちろん、漁に使う道具なんかも時々壊れたりするから修理したり買い足したり、
あとは漁獲量とかに応じて漁師たちに賃金を支払ったり。

お金のやり取りがあたしの主な仕事ね。



どうしてあたしが網元の仕事をするかって?

決まってんじゃない。

あいつはいつも漁で忙しいからよ。

いくら日帰りが多いからっていつまでもあいつが帰ってくるのを待ってたらできる仕事も滞っちゃうわ。



それに……

あいつには漁に集中して、早く一人前の漁師になってほしいしね。

そんなこんなであたしは以前にもまして結構忙しい生活を送ってるわ。



でも、少しも嫌だなんて思わない。

結局、あたしのやりたかったことってこういうことなんじゃないかって、今ならハッキリと言えるんだもの。

あいつを漁に送り出して、その間に網元としての仕事をして、時々世界を回って、そんでもって帰ってくるあいつを出迎える。

それからたまに二人っきりで遊びに出かけたりしてね。



うん。満足してるわ。


961 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:33:15.78 ID:iolHgxip0



出かけると言えば、この間は二人でメモリアリーフに行ったわ。

例によってあのヘンタイ頭首の奇行が目立ってたけどそんなものは無視よ。

すぐに使えるように買い置きして、庭師さんたちからちょっとだけ育て方を教わって
苗を買ったり、最後にハーブティーを飲んでゆったりしたり。

なかなか楽しかったわ。



それからそれからエンゴウに温泉に浸かりにいったりしてね。

この前みたいに人がごった返している時を避けていったからなんなく入れたわ。

むしろあの時我慢しておいても別に良かったかしら。

まっ、それだとあいつが悲しい顔しちゃうだろうから良しとするかしらね。

あたしってばなんて優しいのかしら。



ああそうそう、あたしを二週間以上もほったらかしにしてた罰としてあいつには買い物に散々付き合わせてやったわ。

そりゃもうあいつの腕が買ったものでいっぱいになるくらいにね。

それでもあいつったらうれしそうな顔してるんだからあんまりお仕置になってないのかしら。



まあいいわよね。



これからもあいつにはあたしのワガママいーっぱい聞いてもらうんだから。

楽しみにしておくがいいわ。



…………………
962 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:35:58.92 ID:iolHgxip0



この一か月は本当に目まぐるしく過ぎていった。



ぼくが帰ってきたことで集まって来ていた人たちもほとんどいなくなって、
ようやくほとぼりが冷めた頃、彼女の家でぼくは彼女の両親と腹を割って話し合った。

どうなることかと思ったけど、二人ともぼくたちのことを祝福してくれた。



それからほどなくして彼女は不便なく動けるほどに回復していった。

それを見計らったようにぼくたちは城に呼ばれて盛大なパーティーが開かれた。

どうやら仲間の漁師たちは魔物たちとの戦いまでしっかりと伝えてくれていたらしい。

大使としての使命だけじゃなくて、また世界を救ったなんていってみんなの前で表彰されちゃったりして、ちょっと恥ずかしかったな。



そしてその宴の後、ぼくは父さんの前で母さんに本当のことを打ち明けた。

水の精霊のこと、シャークアイとアニエスというもう一つの両親のこと、ぼくがどうして二人のもとに生まれたのか。

全部、全部ね。

それで最後に言ったんだ。

“ぼくは 母さんの 本当の 息子です”ってさ。

最初こそ驚いていたけどそこはやっぱり母さんだ。

“なに 当たり前のこと 言ってんだよっ”ってぼくのことを抱きしめてくれた。

父さんなんてこれっぽっちも心配してなかったみたいだ。

さすが、母さんのことをよくわかってる。



これで。

これで良かったんだ。



それからぼくはすっかり元気になった彼女にあっちこっち連れまわされた。

というのは冗談で、彼女の笑顔が見たくて約束していたところに行ったりしたんだ。

メモリアリーフにエンゴウ、それから町での買い物にぼく自身の無事の報告まで。

どこへ行ってもああじゃないこうじゃないって言うんだけど、やっぱり本人は楽しそうだった。

ぼくからすれば彼女といられるならどこへ行っても楽しいんだけど、ね。



そうそう、最近あれ以来の漁が始まったんだ。

とはいってもアミット号はボロボロになっちゃったからしばらく、いや、当分の間遠洋には出られない。

だからぼくたちは新しい船が完成するまで海岸に泊めてある小さな船で沿岸の漁業をすることになったんだ。

いくら日帰りで帰れるとはいってもやっぱり漁は大変だ。

せっかくアミット漁でいろんな経験ができたっていうのに、今度は小さな船でやらなきゃいけないからこれがまた勝手が違くって戸惑うことばっかりさ。

少なくとも造船には一年くらいかかるらしい。

なんでも今度の船は舵輪がついた新しい形になるんだとか。

今から楽しみだな。

まあ、それまでは少しずつ父さんにいろんなことを教えてもらおうと思ってる。

それにぼくだっていつかは網元としての仕事をやらなくちゃいけないわけだし、そっちの勉強もしなくちゃいけない。

ただ、これは彼女に教えてもらうことが多いんだけど。
963 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:36:24.37 ID:iolHgxip0



ぼくは正式に彼女の婚約者となった。

あの日彼女の両親と話し合った時、結婚するにはまだちょっと早いっていう理由からそういうことにね。

これはぼくも彼女も納得した上でのことだった。

ぼくはまだまだこれからだ。

彼女に見合うだけの男になれる日は遠いのかもしれない。

だけど、それでもぼくは必ず彼女と二人で幸せになってみせるんだ。

そのためにはできることはなんだって惜しまない。

一日一日を大切に、ぼくたちは一歩ずつ前に進んでいくんだ。

二人で手を取り合って、ね。



ひとまずこれでお話はおしまい。

でも、ぼくら旅はまだ終わっちゃいない。

“世界を救って、いろんな町に行って、大変だけど楽しかった”

たしかに、これは一つの区切りなのかもしれない。

だけど、これは一つの区切りにすぎないんだ。



そう。



ぼくと彼女の物語はまだ始まったばかりなのだから。





そして……




964 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:36:50.58 ID:iolHgxip0





そして 月日は流れた……。




965 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:38:21.97 ID:iolHgxip0

涼しいそよ風が吹いている。

マーレ「アルス! そろそろ 起きなさい! とっくに 夜は明けてるよ!」
マーレ「そう そう! 今日は 年に いち度の アミット漁の日 でしょ。」
マーレ「父さんは もう とっくに 港に 出かけていったよ。」

ここはエスタード島の静かな港町フィッシュベル。

マーレ「したくは できたかい。あれだけ がんばってきたのに ねぼうしたんじゃ 話にならないからね。」

この日、フィッシュベルでは一隻の漁船が新しい船出を迎えようとしていた

マーレ「…………。アルス よおく 顔を見せておくれ。」
マーレ「お前も あれから ずいぶん 成長したね。」
マーレ「母さんは 本当に 鼻が高いよ。」

そしてここはとある漁師の少年の家。

マーレ「アルス お前は もう 立派な 一人前の漁師だよ。」
マーレ「ただね……。」
マーレ「そう 一つ 言うことが あるとすれば……。」
マーレ「無事に 帰って来ておくれ。」
マーレ「……さあ いっといで!」

一年の修行を終え、一人の少年が再び船員として漁に参加することになっていた。

マーレ「おっと いけない! 忘れるとこだったよ。」
マーレ「はい アンチョビサンド。これが 父さんの分で…… こっちが お前の分だよっ。」

[ アルスは 2つのアンチョビサンドを 受けとった! ]

マーレ「気をつけて いってくるんだよ。」

母親はそう言うと去りゆく少年の背中を見つめ、一筋の涙を流すのだった。


966 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:42:20.70 ID:iolHgxip0

*「あら アルスじゃない。」
*「やっぱり あなたは ボルカノさんの 息子ね。」
*「その目を見れば みんな きっと 安心すると思うな。」

*「おや アルスじゃないか。いろいろ話は聞かせてもらったよ。毎日がんばってるんだってな。」
*「えらいもんだよ。つい この間までは はなたれ小僧と思っとったのにな。」

*「わしも 聞いたぞ。アルスは 大使としても 活躍しておるようじゃのう。」
*「アルスは いまや有名人じゃからのう。わしも ハナが高いぞ。」

*「わーい アミット漁だ! わーい わーい!」

*「こうして また アミット漁を 見れるなんて 夢のようですね。」
*「新しいアミット号も 無事 完成したみたいだし めでたし めでたしだよ!」

*「やあ アルス! ずいぶん 自信に満ちた 目をしてるね!」
*「これなら 今年の 漁獲も 期待していいかな?」

*「さあさ! おいしいよ! アミットまんじゅうに アミットせんべいだよ!」
*「今日だけの 特売品だよ! 買わなきゃ ソンだよ!」
*「おや アルスじゃないかっ。そうかい 今日は 一年ぶりの アミット号での漁だったな。」
*「よし! お祝いだ。持ってってくんな!」

[ アルスは アミットまんじゅうを 1つ もらった! ]

*「がんばって いってくるんだぞ。」

*「今日の航海は 一年前ほどじゃないけど いろんな港に 寄ってくるそうだねえ。」
*「おみやげ 期待してるよ!」

*「いつもは 朝が ニガ手なんだが 今日は 早起きして 城下町から 来ちゃったよ。」
*「朝の さんぽも たまには いいもんだな。わっはっは。」

*「こうしてると 村は平和で あの頃と なにも 変わっていないように思えます。」
*「しかし 世界は 少しずつ 手を取り合って そして……。」
*「悲しみにくれる 人々の 姿を もはや 見ることはないのですね……!」

神父「アルスよ 今だから言おう。」
神父「マーレと ボルカノは お前の名に トクベツな 意味を こめたのじゃ。」
神父「あの時 わしは お前が いつか 人々を 導く 運命のもとに あるような そんな気がして ならんかった。」
神父「やはり お前は 神が この島につかわした 赤ン坊だったのかもしれんな。」

*「あら アルス おはよう。そういえば 今日で アルスも 漁師になって 一年を 迎えるのね。」
*「おめでとう アルス。あなたも もう 一人前ね。」
*「それに ひきかえ うちの娘ったら 朝食もとらずに どこかへ とび出して いったきりなのよ。」
*「まったく マリベルったら どこへ いったのかしら…。こまった娘だわ。」

*「わたしは メイドっ メイドっ わったしは かっわいい メっイドさんっ……。」
*「あっ… あら アルスさん。マリベルおじょうさまなら どこかへ おでかけ ですだよ。」

*「わっはっは。ガボにせがまれて ひさしぶりに 村まで出てきただよ。」

ガボ「オイラ おっちゃんにたのんで 今年も アミット漁の見物に 来たぞ。」
ガボ「アルス! また おいしい魚を いっぱいいっぱい まっているからな。」
ガボ「気をつけて いってくるんだぞ。」

アミット「おお 来たな アルス。どうかね 久しぶりに 遠洋に出る気分は?」
アミット「……ふむ。いい目だ。これなら 期待できそうだな。」
アミット「まあ 誰でも 久しぶりの時は きんちょうするものだ。」
アミット「だが アルスなら きっとやれる!」
アミット「……よいな アルス。ボルカノどのは 最高の漁師だ。だが やがて お前は父をこえる。」
アミット「なにせ アルスは 世界を 二度も 救った男だからな。」
アミット「きっと わしの娘 マリベルも お前を支えてくれるだろう。」
アミット「おっと! これは 今さらの話だったかな。わっはっは。」


967 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:43:26.47 ID:iolHgxip0

ボルカノ「やっと来たな アルス! よし 今日から お前の 日頃の 努力の成果を見せてもらうぞ。」
ボルカノ「オレも 合間を見て てってい的に お前を しこむからなっ。」
ボルカノ「さて じゃあ 船内の連中に あいさつをして来いっ! そしたら いよいよ出航だ!」

*「よお アルス。待ってたぜ。」
*「お前は きっと すぐに オレたちを 追い越していくんだろうな。」
*「…なーに お前の 努力を 見てたら わかるぜ。」
*「今日から また よろしくな。」

*「やっとだ! おれたち ついに 外海に出られるように なったんだな。」
*「久しぶりの遠洋だからって 手抜きは 許さねえから そのつもりでな!」

*「おお アルス! モリの準備は ばっちりだ! 今回もよろしく たのむぜっ。」

*「きたか アルス。よし お前さんに いっちょう 言っておこう。」
*「いいか? どんな時でも 無茶だけは するんじゃないよ。無茶と勇気は 別物だからな。」

*「オレ 今回から 正式に 漁に 加わるんだ!」
*「なに? カゼはどうしたって?」
*「わっはっは! この通り もう バッチリだよ。」

*「ああ 今回の漁は どれぐらい 続くんだろうか。」
*「やっぱり 奥さんと 離れ離れになるのは 辛いなあ。」
*「…なんてね いまから そんなんじゃ アルスさんに 笑われちゃうかなっ!」

コック長「……アルスよ。」
コック長「わしから 言うことは もう 何もない。」
コック長「今までの 経験を生かして 存分に 漁を楽しむが いいぞ。」

*「あ! アルスさん。やっと ボクも 仕事が 始められますよ。今年も よろしく おねがいしますね。」

968 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:44:50.69 ID:iolHgxip0

アルス「これで 全員に あいさつが 終わったかな……。」

食堂までやってきた少年はこの船の料理長や飯番と挨拶を交わし、新しく作られた自分のハンモックを見やった。

アルス「それにしても マリベル どこ行ったんだろう?」

婚約者の家に挨拶に行った時には既に彼女の姿はなく、彼女の母親と家の給仕人に尋ねても行先は知らないということだった。

アルス「行く前に 会っておきたかったのに……。」

コック長「なんだ アルス 今朝は まだ マリベルおじょうさんに 会ってないのか。」

アルス「ええ。」

コック長「…そうか。まあ いい。」
コック長「それより 今日から この漁の間だけ 一緒に 働く人が いるんじゃよ。」

アルス「えっ そうなんですか?」

コック長「台所に いるから あいさつしていくと いい。」

アルス「わっ わかりました。」
アルス「……あの。」

コック長「なんだ?」

アルス「それって 料理人なんですか?」

*「まあ そうとも言えます。とにかく すっごく 頼りになる 最強の助っ人です。」

アルス「……?」

コック長「ほれ さっさと 行ってこい。」

アルス「…………………。」



“キィ……”



*「…………………。」



アルス「なっ……!」





*「……あら。アルス どうしたの?」





アルス「な なんで きみが ここに……?」

*「……聞いてなかったかしら?」

アルス「き 聞いてないよ!」

*「あら そう。」
*「じゃあ 今 教えてあげる。」



*「アルス あたし……。」


…………………
969 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/21(土) 18:45:33.40 ID:iolHgxip0



ボルカノ「よーし 出航だあー!!」



完成したばかりの漁船の上に船長の号令が響き渡る。

たくさんの人々に見守られる中、二匹のカモメと共に一隻の船が大手を振って港町から旅立った。





それは、楽園と呼ばれた島から大海原へと繰り出す船の物語。





それは、英雄と呼ばれた少年と少女の物語。





970 : ◆N7KRije7Xs [saga]:2017/01/21(土) 18:46:22.15 ID:iolHgxip0










マリベル「アミット漁についていくわ。」










The end.
971 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 19:18:08.78 ID:GXrckcjG0
素晴らしい後日談でした。
各地域の後日談(特に砂漠)も気になるから、一話完結で続けても良いんじゃないか?
しかし、平和主義なグラゴス5世ってのが居たような……。
972 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 19:26:47.21 ID:POkRHMk8o
一回目のendは急いでた感じがしたけど、今回の話があって、すとんとまとまった感じで素晴らしかったです
ちょうど今3ds版をやっているところなのでより引き込まれました
おつさまです
973 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 22:07:45.76 ID:+usA1S+Uo
ああこれだよこれ、この後日談が読みたかったんだよ
もう思い残すことは何もない
974 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 22:31:02.86 ID:BsoCgELao

ウッドパルナで初めて夜を明かすときのマリベルのセリフとか転職前のガボの職業とか
エンディング前の出航のセリフとか最後にガボとメルビンが出てきたとことか
愛にあふれててすごく面白かった
975 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/22(日) 02:24:58.76 ID:JgHzx2Tb0
この満足感…ただブラボーという言葉しか出てこない
アルスとマリベルは言うまでもなく登場人物全てが生き生きと動いていた
このスレと出会えて本当に良かったと心から思うよ
976 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/22(日) 08:34:02.59 ID:GDD5SDgJO
2日かけて1から読み切ったけど素晴らしく原作愛に溢れてますな
終始マリベルが可愛くて最高でした
977 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/22(日) 12:29:12.34 ID:IKNlbit60

※訂正(第1話)


第1話


>>10
×:
そんな二人のやりとりはもう一人の料理人や手伝いの船乗りの催促で中断されたのだった。
少女の言う理由とやらが気になる料理長だったが、少し考える素振りをした後、クスっと笑い調理に戻るのだった。

〇:
そんな二人のやりとりはもう一人の料理人や手伝いの船乗りの催促で中断された。
(改行)
コック長「…………………。」
(改行)
少女の言う理由とやらが気になる料理長だったが、少し考える素振りをした後、クスっと笑い調理に戻るのだった。

>>12
×:
少年は甲板に残った船員と共に見張りをしたり海鳥の鳴き声に耳を傾けたりしながら時間をつぶしていたが、しばらくすると食事を終えた者たちが戻ってきた。

*「いや〜 うまかった!」
*「……おう アルス。早く 下にいってやんな。」

〇:
少年は甲板に残った船員と共に見張りをしたり海鳥の鳴き声に耳を傾けたりしながら時間をつぶしていた。
(改行)
*「いや〜 うまかった!」
(改行)
そうしてしばらく暇をつぶしていると、食事を終えた漁師たちが甲板へと戻ってきた。
(改行)
*「おう アルス。早く 下に 行ってやんな。」

>>13
×:
少年が食堂へとやってくるとそこには既に席について満足気な表情を浮かべる料理人たちと、エプロンをつけた少女が仁王立ちをしていた。

〇:
少年が食道へとやってくると、そこには既に席について満足気な表情を浮かべる料理人たちと、
エプロンをつけて仁王立ちをしている少女がいたのだった。

>>16
×:
ボルカノ「…なんにせよ あの娘を 泣かせるようなことを するんじゃあないぞ。」

〇:
ボルカノ「…なんにせよ あのコを 泣かせるようなこと するんじゃあないぞ。」

>>17
×:
そんな中、鍋の中見を掻きまわしながら少女が大きな溜息をつく。

〇:
そんな中、鍋の中身を掻きまわしながら少女が大きな溜息をつく。

>>20
×:
マリベル「…なによ アルスのくせに。いつもは 鈍感にぶちんのくせに こういうと時だけは やけに 鋭いんだから。」

〇:
マリベル「…なによ アルスのくせに。いつもは 鈍感にぶちんなのに こういうと時だけは やけに 鋭いんだから。」

×:
マリベル「でも違ったのっ! あたしは ただ…、」

〇:
マリベル「でも違ったのっ! あたしは ただ…。」

>>41
×:
コスタール王「また後日 こっちから グランエスタードに 遣いを出すから ありがたく その提案は 受け入れるよ!」

〇:
コスタール王「また後日 こっちから グランエスタードに 使いを出すから ありがたく その提案は 受け入れるよ!」

>>49
×:
甲高い悲鳴とともに少年が突き飛ばされて仰向けに寝転び、ゴンっという鈍い音と共に少年が頭を抱えて痙攣する。

〇:
甲高い悲鳴と共に突き飛ばされ仰向けに寝転び、“ゴンッ”という鈍い音を立てて少年は頭を抱えケイレンする。
978 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/22(日) 14:03:18.05 ID:IKNlbit60

※訂正(注意書き, 第2話, 第3話)


注意書き

>>3
×:
4. 形式はご覧の通りセリフをメインに地の文を挟んだものになっています。
地の分も難読漢字などはなるべく平仮名や片仮名で表記しております。
また、セリフなどに関してはなるべく原作に近い形で書いていきます。

〇:
4. 形式はご覧の通りセリフをメインに地の文を挟んだものになっています。
地の文も難読漢字などはなるべく平仮名や片仮名で表記しております。
また、セリフなどに関してはなるべく原作に近い形で書いていきます。



第2話


>>33
×:
実際に徒歩で歩いて行った場合かなりの時間を要することは明らかだった。

〇:
実際に徒歩で行った場合かなりの時間を要することは明らかだった。

>>34
×:
“いったいどうしたのだろうか”。

〇:
“いったいどうしたのだろうか”

>>38
×:
[ ボルカノは コスタール王に バーンズ王の手紙を 手わたした。 ]

〇:
[ ボルカノは バーンズ王の手紙を コスタール王に 手わたした! ]

>>40
×:
少女は意外にも苦みの中に芳じゅんな香りの広がるこの黄金に魅了され、後で港の酒場で飲めはしないかと早くも考えてはじめるのだった。

〇:
少女は意外にも苦みの中に芳醇な香りの広がるこの“黄金”に魅了され、後で港の酒場で飲めはしないかと早くも考えを巡らせるのだった。

>>50
×:
受付では100ドルコイン詰め込まれた木箱を抱えた受付嬢が息を切らしながら言った。

〇:
100ドルコインの詰め込まれた木箱を抱え、受付嬢は息を切らして言った。

>>53
×:
マリベル「少し前よ。火照った 体を覚ますには ちょうどいいわ。」

〇:
マリベル「少し前よ。火照った 体を冷ますには ちょうどいいわ。」



第3話

>>68
×:
少女が身を翻し距離を取ると、少年は今にも息吹を吐き出そうとしているそれに向かって一直線に駆け寄ると、その顎下に狙いを定めた。

〇:
少女が身を翻し距離を取ると、少年は今にも息吹を吐き出そうとしているそれに向かって一直線に駆け寄り、その顎下に狙いを定めた。


>>75
×:
*「おじょさんなら ついさっきまで おまえの 寝顔 見てたみたいだけど おれが来て すぐに おやすみになったよ。」

〇:
*「おじょうさんなら ついさっきまで おまえの 寝顔 見てたみたいだけど おれが来て すぐに おやすみになったよ。」

979 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/22(日) 15:43:23.81 ID:IKNlbit60

※訂正(第4話〜第6話)


第4話

>>84
×:
少年は頷くとするとふわりと体を浮かせ、父親を連れて遥か彼方へと飛んで行ってしまった。

〇:
少年は頷くとふわりと体を浮かせ、父親を連れて遥か彼方へと飛んでいってしまった。

>>92
×:会合を済ませると少年は父親を急き立て城のテラスへ出ると、人目もはばからずに転移呪文を唱えた。

〇:会合を済ませた少年は父親を急き立て城のテラスへ出ると、人目もはばからずに転移呪文を唱えた。

>>111
×:
*「この娘ったら いつも こんなに綺麗な髪を頭巾で 隠してしまっているなんて もったいありませんわよねえ。」

〇:
*「このコったら いつも こんなに綺麗な髪を頭巾で 隠してしまっているなんて もったいありませんわよねえ。」



第5話

>>132
×:
マリベル「…た たしかに 最後に干物の確認をしたのは あたしだし 調理場もいたけど……。」

〇:
マリベル「…た たしかに 最後に干物の確認をしたのは あたしだし 調理場にもいたけど……。」

>>133
×:
だが少年は彼女のことを信じていた。

〇:
少年は彼女のことを信じていたのだ。

>>142
×:
ボルカノ「わっはっはっ! それじゃあ こっちに4人 残りは教会だ。 それでいいか おまえら?」
(改行)
*「ウスっ!」
(改行)
ボルカノ「よし それじゃ アルス おまえは コック長 飯番 マリベルおじょうさんと ここに泊まれ。おれたちは 教会で厄介になるからな。」

〇:
ボルカノ「わっはっはっ! それじゃあ こっちに4人 残りは教会だ。それでいいか お前たち?」
(改行)
*「「「ウスっ!」」」
(改行)
ボルカノ「よし それじゃ アルス お前は コック長 飯番 マリベルおじょうさんと ここに泊まれ。オレたちは 教会で 厄介になるからな。」

>>143
×:
少年は猫を脇の下から救い上げるとその腕に抱えて宿の受付へと顔を出した。

〇:
少年は猫を脇の下からすくい上げるとその腕に抱えて宿の受付へと顔を出した。



第6話

>>157
×:
たまらず散り散りに逃げ出そうとするところを鎧の男と少年が獲物を手に疾走する。

〇:
たまらず散り散りに逃げ出そうとするところへ鎧の男と少年が獲物を手に疾走する。

>>165
×:
そうして二人は震源地に向かって全速力で坂を駆け上がり、すぐにぶつかった通りを北に向かって走り抜けた時だった。

〇:
そうして二人が震源地に向かって全速力で坂を駆け上がり、すぐにぶつかった通りを北に向かって走り抜けた時だった。

980 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/22(日) 17:16:58.93 ID:IKNlbit60

※訂正(第6話続き〜第8話)


第6話

>>169
×:
そういって差し出しされた少年の腕をもう片方の手で力強く掴み、その動きを制す。

〇:
そう言って差し出された少年の腕を、男はもう片方の手で力強く掴みその動きを制す。

>>170
×:
そうして今度は上機嫌で歩き出し、今度こそ少女は宿の中へと姿を消したのだった。

〇:
そうして少女は上機嫌で歩き出し、今度こそ宿の中へと姿を消したのだった。

>>171
×:
ラグレイ「伝説の英雄を語った わたしの 罪は 大きい。」

〇:
ラグレイ「伝説の英雄をかたった わたしの 罪は 大きい。」

×:
アルス「だけど あなたは 自分の意思で… その力で 多くの人の命を 守り通したんです。」

〇:
アルス「だけど あなたは 自分の意思で… そのチカラで 多くの人の命を 守り通したんです。」

>>181
×:
コック長「仕方ない 今日は シスターに無理言って 協会で寝かしてもらうとしよう。」

〇:
コック長「仕方ない 今日は シスターに無理言って 教会で寝かしてもらうとしよう。」

>>184
×:
ニコラ
メザレに住む神の英雄の末裔。メルビンの盟友ニコルの遠い子孫。

〇:
ニコラ
メザレに住む神の兵の末裔。メルビンの盟友ニコルの遠い子孫。


第7話

>>194
×:
ボルカノ「よく 見て置けよ アルス。そのうち お前が 舵取りをするかもないんだからな。」

〇:
ボルカノ「よく 見て置けよ アルス。そのうち お前が 舵取りを するかもしれないんだからな。」



第8話

>>213
×:
銛番「オレは 生ハムサラダと トーストな。」

〇:
*「オレは 生ハムサラダと トーストな。」

>>214
×:
[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を てわたした! ]

〇:
[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を アズモフに 手わたした! ]

981 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/22(日) 18:39:06.85 ID:IKNlbit60

※訂正(第9話, 第10話)


第9話

>>234
×:
*「夜な夜な 熱いひと時を お過ごしなんじゃないんですか?」

〇:
*「夜な夜な 熱いひと時を お過ごしなんじゃないんですか?」

>>243
×:
マリベル「で? ぴたっと止まって言うの? なんだか 不自然じゃない?」

〇:
マリベル「で? ピタッと止まったって言うの? なんだか 不自然じゃない?」

>>244
×:
次の瞬間、鳥を追っていた巨大な魔物を目がけてはげしい雷が降り注ぎ、あっという間に墜落して黒焦げの藻屑と化してしまった。

〇:
次の瞬間、鳥を追っていた巨大な魔物を目がけてはげしい雷が降り注ぎ、あっという間にソレは墜落して黒焦げの藻屑と化してしまった。

>>246
×:
[ アルスは せかいじゅのしずくを てわたした! ]

〇:
[ アルスは せかいじゅのしずくを 神木の妖精に 手わたした! ]



10話

>>259
×:
マリベル「そうね……“スライム”じゃそのまんまだから…… “スラッグ” っていうのはどうかしら?」

〇:
マリベル「そうね…… スライム じゃそのまんまだから…… スラッグ っていうのはどうかしら?」

>>277
×:
マリベル「半分の正解は “恐れをなして”と “おとなしく殺される”ってところよ。」
(改行)
*「グ… ごはぁッ!!」
(改行)
今度は顎を蹴り上げられ、激しく仰け反り頭から地面に強烈に叩きつけられる。
(改行)
マリベル「半分のハズレは それが “アマ”じゃなくて “あんた”だってところよ!」

〇:
マリベル「半分の正解は 恐れをなして と おとなしく殺される ってところよ。」
(改行)
*「グ… ごはぁッ!!」
(改行)
今度は顎を蹴り上げられ、激しく仰け反り頭から地面に強烈に叩きつけられる。
(改行)
マリベル「半分のハズレは それが アマ じゃなくて あんた だってところよ!」

>>278
×:
少女は少年の静止を聞かず、尚も腕の雷を大きくさせていく。

〇:
少女は少年の制止を聴かず、尚も腕の雷を大きくさせていく。

×:
その時初めて少女は自らの呼び起こした雷が少年の手を焼き焦がしていることに気が付いた。

〇:
その時初めて少女は自分が少年の手を焼き焦がしていることに気が付いた。

>>284
×:
そう言って少女は自分の盃に再び芳醇に香る液体を注ぎ込んでは鼻を近づける。

〇:
そう言って少女は自分の杯に芳醇に香る液体を注ぎ込んでは鼻を近づける。
982 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/22(日) 21:03:39.86 ID:IKNlbit60

※訂正(第11話, 第12話)


第11話

>>298
×:
ボルカノ「わっはっは! こりゃ 見習わなければ いけないのは 俺の方かもしれんな。」

〇:
ボルカノ「わっはっは! こりゃ 見習わなければ いけないのは オレの方かもしれんな。」

>>309
×:
突きつけられた現実に少女は青い顔してしゃがみ込む。

〇:
突きつけられた現実に少女は青い顔をしてしゃがみ込む。

>>310
×:
族長「それでしたら 簡単なものよろしければ すぐに作らせますので 少々お待ちください。」

〇:
族長「それでしたら 簡単なものでよろしければ すぐに作らせますので 少々お待ちください。」

>>312
×:
何食わぬ顔をする少年の胸に抱かれながら少女はもごもごと反撃の言葉を口にするも、
し赤く染まった自分の顔を見られまいと額を押し付けている。

〇:
少女はもごもごと反撃の言葉を口にするも、 赤く染まった自分の顔を見られまいと、何食わぬ顔をする少年の胸に額を押し付ける。



第12話

>>322
×:
ボルカノ「さばき終わったら おれたちは 案内を付けてもらって城の方に 行ってるからな。」

〇:
ボルカノ「さばき終わったら オレたちは 案内を付けてもらって 城の方に 行ってるからな。」

>>331
×:
サイード「無事だったか! やつら 本気で俺たちをやる気みたいだな。」

〇:
サイード「無事だったか! やつら 本気で おれたちを やる気みたいだな。」

>>334
×:
マリベル「だから だから お願いします! わたしたちに チカラを 貸してください!」

〇:
マリベル「だから だから お願いします! わたしたちに チカラを 貸してください!」

>>339
×:
マリベル「よくも 魔王を倒した英雄を 殺そうとしてくたわね。」

〇:
マリベル「よくも 魔王を倒した英雄を 殺そうとしてくれたわね。」


>>345
×:
[ アルスは バーンズ王の手紙・改を てわたした! ]

〇:
[ アルスは バーンズ王の手紙・改を 女王に 手わたした! ]

×:
女王「近く わたくしどものところから 遣いを送ります。追い追い 話を 詰めていこうと 思いますわ。」

〇:
女王「近く わたくしどものところから 使いを送ります。追い追い 話を 詰めていこうと 思いますわ。」



983 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/23(月) 00:42:25.24 ID:xHEzxNpL0

訂正(第13話, 第14話)



第13話

>>370
×:
ごねる少女に仕方なく背を貸す少年だったがどうにも落ち着かない様子でいる。

〇:
ごねる少女に仕方なく背を貸す少年だったが、どうにもそわそわとした様子でいる。

>>373
×:
*「なんてったって 将来の アミット婦人だからな!」

〇:
*「なんてったって 将来の アミット夫人だからな!」

>>388
×:
少女はいつか魔物の群れを足止めしようとしたように、全身に凍気を纏い全身を震わせると、冷たく輝く息を吐きだした。

〇:
少女はいつか魔物の群れを足止めしようとしたように、凍気を纏い全身を震わせると、冷たく輝く息を吐きだした。

>>389
×:
落ちていた木材を使って松明をあしらえ灯りのない船内をどうにか散策するも、怪しい影はおろか音すら響かない。

〇:
落ちていた木材を使って松明をあつらえ灯りのない船内をどうにか散策するも、怪しい影はおろか音すら響かない。



第14話

>>418
×:
少女は少年の手を強く握り、袋を腰に下げると少女は甲板へ歩き出した。

〇:
少女は少年の手を強く握り、袋を腰に下げると甲板へ歩き出した。

>>423
×:
マリベル「まさか あの人が そんな力をもっていたとわね……。」

〇:
マリベル「まさか あの人が そんな力をもっていたとはね……。」
>>426
×:
マリベル「ええ 表なら 絨毯を広げられるわ。」

〇:
マリベル「ええ 表なら じゅうたんを広げられるわ。」

>>438
×:
三人がそれぞれ言葉を言い終えると、不思議なことにどこからか朗らかな老人の声が聞こえてくる。

〇:
三人がそれぞれ言葉を言い終えると、不思議なことにどこからか朗らかな老人の声が聞こえてきた。


>>439
×:
そう言うや否や少女はベッドに横たわる少年の上に跨ると頭を揺さぶり始める。

〇:
そう言うや否や少女はベッドに横たわる少年の上に跨り、その頭を揺さぶった。

>>444
×:
月明かりの下、青年が池のほとりに座っているのを見つけて歩み寄ると、それに気づいた青年が話しかけてくる。

〇:
月明かりの下、青年が池のほとりに座っているのを見つけて歩み寄ると、それに気づいた青年が話しかけてきた。

984 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/23(月) 17:25:45.84 ID:lTEtFosc0
本当いい物読ませてもらったよ。おつ!
所々つっこみどころや疑問なところもあったけど原作愛がこれでもかと伝わって来たし本当素晴らしい作品だった
アルスが帰ってきたところで終わりだと物足りなかったけどエピローグで完璧な終わり方になったと思う
大人になってからの二人を書いてくれてもいーのよ?

Zはマリベルの存在に助けられてる所が多々あると思う
要するにマリベルはかわいい
985 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/23(月) 19:22:26.36 ID:xHEzxNpL0

※訂正(第15話〜17話)


第15話

>>452
×:
*「マリベルさんなら 下に降りますが……。」

〇:
*「マリベルさんなら 下にいらっしゃいますが……。」

>>458
×:
神殿からの帰り道、うわの空で絨毯を飛ばしていた少年は少女の声に気付かずにいたようで、
痺れを切らした少女が少年の肩を揺すりながら呼ぶ。

〇:
神殿からの帰り道、うわの空で絨毯を飛ばしていた少年は少女の声に気付かずにいたようで、
それに痺れを切らした少女が少年の肩を揺すりながら呼んだ。

>>463
×:
[ ボルカノは グレーテに バーンズ王の手紙・改を 手わたした! ]

〇:
[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を グレーテに 手わたした! ]

>>469
×:
だが彼女は立場上、自分がここから離れるわけには行かないという使命感から少年のことを諦めたのだった。

〇:
だが彼女は立場上、自分がここから離れるわけには行かないという使命感から少年のことを諦めたのだ。

>>477
×:
いつの間にかその手は男に握られ、相手のペースに合わせて足を動かしていく。

〇:
いつの間にかその手は男に握られ、相手のペースに合わせて足も動いていた。


第16話

>>502
×:
その後北上しながら漁場をいくつか見つけては少しだけ漁をし、
漁船はマーディラスの大陸とグリンフレークのある大陸との境、つまり海峡を越えようとしていた。

〇:
その後北上しながら漁場をいくつか見つけては少しだけ漁をし、
漁船はマーディラスの大陸とメモリアリーフのある大陸との境、つまり海峡を越えようとしていた。

×:
まるで誰かに合図を送っているかのように。

〇:
まるで誰かに合図を送るかのように。


第17話

>>512
×:
燻されたいい香りが寝不足ですっかりしぼんだお腹を少しずつ元に戻して、すっかりあたしもお腹ペコペコよ。

〇:
燻されたいい香りが寝不足でしぼんだお腹を少しずつ元に戻して、すっかりあたしもお腹ペコペコよ。

>>518
×:
この世界には膨大な種類の魚がいて、場当たりではなく一つ一つを追いかけて漁をしなければならない以上、
この勉強は漁師にとってはなくてはならない知識だ。

〇:
この世界には膨大な種類の魚がいて、場当たりではなく一つ一つを追いかけて漁をしなければならない以上、
この知識は漁師にとってはなくてはならないものだ。


……………………

(コメントを下さった方本当にありがとうございます!)
(最後にまとめて返させていただきますのでもう少々お待ちください!)
986 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/23(月) 19:46:51.74 ID:xHEzxNpL0

※訂正(第18話〜第20話)

第18話

>>527
×:
飯番「…ふしゅるるる……。」

〇:
*「…ふしゅるるる……。」

>>528
×:
しかし船が二隻泊まれる程度のこの船着き場にそんな興味深いものなどあるはずもなく、少女はつまらなそうに近くの係船柱に腰かける。

〇:
しかし船が二隻泊まれる程度のこの船着き場にそんな興味深いものなどあるはずもなく、少女はつまらなそうに近くの係船柱に腰かけた。

>>536
×:
なにやら込み入った話をしていた二人だったが、
こちらの姿に気付くと片方の可愛らしい少女が来訪者の名前を呼んで掛けてくる。

〇:
なにやら込み入った話をしていた二人だったが、
こちらの姿に気付くと片方の可愛らしい少女が来訪者の名前を呼んで駆けてきた。

×:
リーサ「どうしたの? あ もしかして アミット漁が終わったのね?」
(改行)
マリベル「いいえ。実は ある町のことで 王さまに お話がありまして。」
(改行)
リーサ「まあ そうだったの? それより 聞いてよ この人がね……。」
(改行)
*「お お待ちくださいまし! やっぱりわたくしは……。」
(改行)
リーサ「いいじゃない! この際だから マリベルにも 話してあげて?」

〇:
リーサ姫「どうしたの? あ もしかして アミット漁が終わったのね?」
(改行)
マリベル「いいえ。実は ある町のことで 王さまに お話がありまして。」
(改行)
リーサ姫「まあ そうだったの? それより 聞いてよ この人がね……。」
(改行)
*「お お待ちくださいまし! やっぱりわたくしは……。」
(改行)
リーサ姫「いいじゃない! この際だから マリベルにも 話してあげて?」


第19話

>>561
×:
ボルカノ「だからこそ 時期や 潮目 天候が 大事になってくる。」
〇:
ボルカノ「だからこそ 時期や 潮流 天候が 大事になってくる。」

第20話

>>593
×:
井戸までやって来た少女は耳を近づけて音で中の様子を探る。

〇:
井戸までやって来た少女は耳を近づけて音で中の様子を探った。

>>594
×
そんな焦りから思うように濡れた床の上を走れず、少女は泣きたい気持ちになった。
(改行)
そしてまたその時だった。

〇:
そんな焦りから思うように濡れた床の上を走れず、少女は泣きたい気持ちになってしまった。
(改行)
そしてまたその時。

>>595
×:
少女はしばらく俯いて考えていたが、やがて決心するともう一度上にいる少年に呼びかける。

〇:
少女はしばらく俯いて考えていたが、やがて決心するともう一度上にいる少年に呼びかけた。
987 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/23(月) 22:58:51.76 ID:xHEzxNpL0

※訂正(第21話〜第23話途中まで)


第21話

>>606
×:
上擦った声で少女は誤魔化そうとする少女に料理長は片眉を上げて釘をさす。

〇:
上擦った声で誤魔化そうとする少女に料理長は片眉を上げて釘をさす。

第22話

>>630
×:
そんな不甲斐なく思う気持ちもあったが、どこか嬉しい気持ちが勝り、いつの間にか痛みが引いて行くような感覚を覚える。

〇:
そんな不甲斐なく思う気持ちもあったが、どこか嬉しい気持ちが勝り、いつの間にか痛みが引いて行くような感じを覚える。

>>631
×:
宿の一階で待機していた少年の父親が少年に尋ねる。

〇:
宿の一階で待機していた少年の父親が息子に尋ねる。

>>632
×:
アイク「大体の内容はわかりました。話合ってから お返事を書きますので また後で お越しいただければと 思います。」

〇:
アイク「大体の内容はわかりました。話し合ってから お返事を書きますので また後で お越しいただければと 思います。」

>>656
×:
そう言って娘は少しだけ赤く染まった頬を隠すように手を当てている。

〇:
そう言って娘は少しだけ赤く染まった頬を隠すように手を当てる。


第23話

>>669
×:
漁船アミット号の向かう先には小さな島とそこに聳え立つ巨大な塔が見えた。

〇:
漁船アミット号の向かう先には小さな島とそこにそびえ立つ巨大な塔が見えていた。

>>676
×:
慌てて船員は戻ってくると一行についてくるように言う。

〇:
慌てて船員は戻ってくると一行についてくるように言った。

>>678
×:
透き通るような声の主は副長をねぎらうと、後ろにいる少年を少しだけ見てそう答える。

〇:
透き通るような声の主は副長をねぎらうと、後ろにいる少年を少しだけ見てそう答えた。

>>680
×:
しばらくしてから少年が現れ、階下にいる一行に向かって呼びかける。

〇:
しばらくしてから少年が現れ、階下にいる一行に向かって呼びかけた。

>>681
×:
アニエス「ええ。魔王の封印が溶け こうして また 夫に会える日が来るなんて 夢のようでした。」

〇:
アニエス「ええ。魔王の封印が解け こうして また 夫に会える日が来るなんて 夢のようでした。」

988 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/24(火) 19:28:03.80 ID:5gh4Lsoo0

※訂正(第23話続き)


第23話

>>683
×:
跡を継ぐことさえ断ったものの、彼とて少年の大事な人であることに変わりはないのだった。

〇:
後を継ぐことさえ断ったものの、彼とて少年の大事な人であることに変わりはないのだった。

>>688
×:
“…あの子は 夫の跡ではなく ボルカノさんの跡を継ぐことを 選びました。”

〇:
“…あの子は 夫の後ではなく ボルカノさんの後を継ぐことを 選びました。”

>>690
×:
戦いを終えた少年と本当の父親は海賊たちの手当を終え、ようやく落ち着いて会話を始める。

〇:
戦いを終えた少年と本当の父親は海賊たちの手当を終え、ようやく落ち着いて会話を始めた。

>>693
×:
総領は微笑みながら力強く片腕を挙げてそれに応える

〇:
総領は微笑みながら力強く片腕を挙げてそれに応える。

>>696
×:
シャーク「アルス こうして 名乗り出たからと言って 跡を継げと 言うつもりはない。

〇:
シャーク「アルス こうして 名乗り出たからと言って 後を継げと 言うつもりはない。

>>699
×:
少女の姿を見つけて安心したように表情の明るくする少年とは対称的に、振り向いた少女の顔はとても暗かった。
〇:
安心したように表情を明るくする少年とは対称的に、振り向いた少女の顔はとても暗かった。

>>702
×:
甲板の一角でたむろしていた漁船アミット号の一行の元へ近づくと、少年たちに気付いた漁師が大声で呼ぶ。

〇:
甲板の一角でたむろしていたアミット号一行の元へ二人が近づくと、それに気付いた漁師が大声で呼んだ。

>>707
×:
少女の言葉にしばらく呆気に取られていた男だったが、やがて歯を見せて二カッと笑うと力強く語り掛ける。

〇:
少女の言葉にしばらく呆気に取られていた男だったが、やがて歯を見せて二カッと笑うと少年へ力強く語り掛けた。

>>709
×:
ボルカノ「それにお前は オレの跡を継いで 漁師になることを 選んでくれたじゃねえか。」

〇:
ボルカノ「それにお前は オレの後を継いで 漁師になることを 選んでくれたじゃねえか。」


989 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/24(火) 19:30:11.60 ID:5gh4Lsoo0

※訂正(第24話, 26話途中まで)


第24話

>>722
×:
[ アルスは 人魚の涙を うけとった! ]

〇:
[ アルスは 人魚の涙を 受けとった! ]

>>725
×:
少年は自分が総領となるわけでもないが、やはり自分の原点がある一族の行く末が気になってしまうのであった。

〇:
少年は自分が総領となるわけでもないが、やはり自らの原点がある一族の行く末が気になってしまうのであった。

>>728
×:
*「仙人みたいな じいさんだったりしてな。」」

〇:
*「仙人みたいな じいさんだったりしてな。」

>>729
×:
*「「「ウスッ!!」」」

〇:
*「「「ウスッ!!」」」

×:
二人を見送る少女はどこか心ここにあらずといった感じでしばらく立っていたが、
やがて我に返るとどこか宿とは違う方へと歩き出すのだった。

〇:
二人を見送る少女はどこか心ここにあらずといった感じでしばらく立っていたが、
やがて我に返るとどこか宿とは違う方へと歩き出すのだった。


第26話

>>763
×:
*「ひひひーん! ……!? んっんももうー!

〇:
*「ひひひーん! ……!? んっんももうー!」

>>768
×:
来てみたら案外乗り気になったのか、少年は四つん這いで犬の鳴き真似をしている。

〇:
着てみたら案外乗り気になったのか、少年は四つん這いで犬の鳴き真似をしている。

>>770
×
大熊の言うとおり既に長老の家で王からの締約書を渡し、
後は返事の親書をもらうだけとなったため男たちの務めは待つだけとなっていた。
つまり、今は暇の一言に尽きるのである。
おまけに町中がこうなっていてはろくな観光はできない。
よって彼らのすることは最初からこうすること以外になかったのである。
(改行)
加えて今はいなくなった少年と少女を探す必要もあった。
実際はこちらから探さなくとも時が立てば勝手に帰ってくるのだろうが
事態を飲み込めないうちに放り出されたことへのせめてもの報復にこちらから探し出してやろうという思いが漁師たちにはあった。

〇:
大熊の言うとおり既に長老の家で王からの締約書を渡し、
後は返事の親書をもらうだけとなったため、残る男たちの務めは待つことのみだった。
つまり、今は“暇”の一言に尽きるのである。
おまけに町中がこうなっていてはろくな観光はできない。
よって彼らのすることといえば最初からコレ以外になかったのだ。
(改行)
加えて今はいなくなった少年と少女を探す必要もあった。
(改行)
実際はこちらから探さなくとも時が立てば勝手に帰ってくるのだろうが
事態を飲み込めないうちに放り出されたことへのせめてもの報復にこちらから探し出してやろうという思いが漁師たちにはあったらしい。
990 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/24(火) 19:31:31.12 ID:5gh4Lsoo0

※訂正(第26話続き, 第27話)


第26話

>>771
×:
*「レッツら スタート〜!!

〇:
*「レッツら スタート〜!!」

>>773
×:
*「レッツら スタート〜!!

〇:
*「レッツら スタート〜!!」

>>776
×:
*「パンパカパーンッ! やっちゃったよ 当てちゃったよ。こりゃ すごいねどうも!
*「3人正解。お見事でしたー!
*「それでは ここで長老さまより すてきな賞品を わたして いただいちゃいましょう!

〇:
*「パンパカパーンッ! やっちゃったよ 当てちゃったよ。こりゃ すごいねどうも! 」
*「3人正解。お見事でしたー! 」
*「それでは ここで長老さまより すてきな賞品を わたして いただいちゃいましょう!」

×:
*「はい。長老さま! この 旅のおじさんたちが みごと優勝でございます!

〇:
*「はい。長老さま! この 旅のおじさんたちが みごと優勝でございます!」

>>784
×:
トパーズ「な−お!」

〇:
トパーズ「なーお!」

>>786
×:
なんと怪物の正体は以前魔封じの山で戦い、力を失って人間になってしまったあの魔物だった。

〇:
なんと怪物の正体は以前魔封じの洞くつで戦い、力を失って人間になってしまったあの魔物だった。

×:
アルス「魔封じの山に いたんじゃないんですか?」

〇:
アルス「魔封じの洞くつに いたんじゃないんですか?」

>>789
×:
アルス「……いやあ なんとなく ほってなくてさ。」

〇:
アルス「……いやあ なんとなく ほっておけなくてさ。」


第27話

>>813
×:
そしてよく見るとそれは僅かながら淡い光を発しているように見えた。

〇:
そしてよく見るとそれは僅かながら淡い光を発しているのがわかった。

×:
そして妙な感覚を腕に覚え袖をまくれば再び精霊の紋章が浮き上がりぼうっと輝きだした。

〇:
そして妙な感覚に袖をまくれば再び腕の精霊の紋章が浮き上がりぼうっと輝きだした。

>>827
×アルス「さ 行こうか。悪いけど ドアだけ 開けてくれないな。」

〇アルス「さ 行こうか。悪いけど ドアだけ 開けてくれないかな。」
991 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/24(火) 19:33:32.63 ID:5gh4Lsoo0

※訂正(第28話)


第28話

>>847
×:
“ギィ”という音と共に厨房から少女が現れた。どうやら昼食の後片付けが終ったらしい。

〇:
木の軋む音と共に厨房から少女が現れた。どうやら昼食の後片付けが終ったらしい。

>>848
×:
突然指を討ちつけられ少年は額を抑える。

〇:
突然指を打ちつけられ少年は額を抑える。

>>852
×:
アルス「グリンフレークに 行こっか。」

〇:
アルス「メモリアリーフに 行こっか。」

>>863
×:
声の主は岩場の影からゆっくりと姿を現すと、少年の姿をじっくりと眺めた。

〇:
声の主は岩場の影からゆっくりと姿を現すと、少年の顔をじっくりと眺めた。

×:
グラコス「お前たちの 力によって 魔王は 倒れた。」
グラコス「そして 今度は 更なる力をつけた われこそが 再び 世を席巻する時がきたのだ。」

〇:
グラコス「お前たちの チカラによって 魔王は 倒れた。」
グラコス「そして 今度は 更なるチカラをつけた われこそが 再び 世を席巻する時がきたのだ。」

>>867
×:
少年は最小限の動きでそれをかわすと相手の槍の柄を掴んで相手の巨体ごと力任せに投げ飛ばした。

〇:
少年は最小限の動きでそれをかわすと槍の柄を掴んで相手の巨体ごと力任せに投げ飛ばした。

>>869
×:
そう言うと少女は鞄の中から青みを帯びた小さな茶器を取り出すと、そのフタを外して小さく呟く。

〇:
そう言うと少女は鞄の中から青みを帯びた小さな茶器を取り出し、そのフタを外して小さく呟いた。

×:
船長は再び気を引き締めなおすと船をさらに渦の中心へ、魔物たちの来る方向へとさらに船を進める。

〇:
船長は再び気を引き締めなおすと船をさらに渦の中心へ、魔物たちの来る方向へと進める。

>>870
×:
そう、それはまさにおとぎ話に出てきたあの伝説の箱舟の如く。

〇:
そう、それはまさにおとぎ話に出てきたあの伝説の方舟の如く。

×:
すると脚のつま先から頭のてっぺんまで、赤紫の光が少女の体から吹き出し全身を駆け巡っていった。

〇:
すると頭のてっぺんから足のつま先まで、赤紫の光が少女の体から吹き出し全身を駆け巡っていった。

>>879
×:
そして降りしきる豪雨の中、船から少し離れた海面から、恐ろしい姿をした怪物が、
体に大きな傷を負った新緑の鱗の化け物が、少年を抱えて姿を現したのだった。

〇:
そして降りしきる豪雨の中、船から少し離れた海面から、恐ろしい姿をした怪物が、
体に大きな傷を負った深緑の鱗の化け物が、少年を抱えて姿を現したのだった。

992 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/24(火) 19:35:23.48 ID:5gh4Lsoo0

※訂正(最終話, 第10話)

最終話

>>922
×:
“○月☆日”

〇:
“○月☆日。”



第10話

>>264
×:
魔物が何か言い終わる前に少女の手から業火が放たれ、跡には地面の焼け焦げた跡しか残っていなかった。

〇:
魔物が何か言い終わる前に少女の手から業火が放たれ、あとには地面の焼け焦げしか残っていなかった。

993 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/24(火) 19:37:28.21 ID:5gh4Lsoo0

以上で訂正は終わります。

これに加え序盤は改行など試行錯誤しながら投稿していたので読みづらいかと思いますが、そこはもうまとめサイトの方にお任せします。



994 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/24(火) 19:55:05.17 ID:5gh4Lsoo0

おへんじ


>>971
あの後となるともう原作との整合性が保てるかどうか怪しいので今は保留です。
そうなると書いてみたいのは聖風の谷もそうなのですが…
ちなみにグラコス5世はおっしゃる通り平和主義かつ、
事なかれ主義なので今回の騒動には首を突っ込まなかったと考えていました。

>>972
なんだか騙すような感じになってすいません…
ちょっとしたサプライズのつもりで一日遅れで投稿させてもらいました。
(おかげさまでまとめサイトさんにはエピローグが載りませんでした笑)

>>973
こんなのでもご満足いただけたのならば幸いです。
やって良かったと心から思えます。

>>974
原作をプレイした方がクスッと笑えるような要素をちょこちょこと入れてみました。
楽しんでいただけて本当に良かったです。

>>975
頭の中にある映像を文章にするって難しいんだなーと思い知らされました。
こちらこそ、最後まで読んでいただきありがとうございました!

>>976
貴重な時間をさいていただきありがとうございました。
アルスのキャラクターに違和感があったかと思いますが、
すべてはマリベルを引き立てるためだったのです!

…言ってしまった。

>>984
読み直してみるとわたし自身もツッコミどころや強引なところがあるなーとよく思います。
無理やり書き起こしたんだなと……
大人になった二人ですか…難しいですね。
あの二人を描くと言うことは同時にどうにも重たい課題をクリアしないとあの世界は書けませんからね…

マリベルがいなかったらたぶんわたしも途中でプレイを投げ出していたかもしれません。
マリベルかわいい。以上。



995 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/24(火) 20:02:24.32 ID:5gh4Lsoo0

おまけ


当初は第1話と以下のこれでおしまいの予定でした。


没案



“そして アルス。
どんなに はなれていても
ォレたちゎ… ズッ友だょ……!“

”キーファょり”



アルス「キーファ死ね。」

マリベル「もう死んでる。」



完。


996 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/24(火) 20:09:09.03 ID:fqt9Wps7o

ワロタ
ドラクエ4コマでアルスがビバ=グレイプの入ったツボを割りまくるやつ思い出した
997 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/26(木) 19:29:19.78 ID:Zy0pDPCE0
>>996
そりゃ誰だってそうしたくなりますよね笑
998 : ◆N7KRije7Xs [sage saga]:2017/01/26(木) 19:30:38.02 ID:Zy0pDPCE0

スペシャルサンクス



このSSを作成するにあたり、一部のセリフを以下のサイトよりお借りしました。
管理人の 縞 さん、本当にありがとうございました。

『ドラクエ7 セリフ集』
http://slime7.nobody.jp/

(原作に登場するキャラクターのセリフが網羅されていて原作ファンにはたまらないサイトです。是非ご一読あれ!)

2017/01/26 作者

999 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/26(木) 20:21:16.50 ID:0zhCZRDYo



                                           ノ¶ー_,―一
                                  /¶、    7 ̄ ̄     /
                                 ナ__|ト_,―一 ノ        /|
                               ノ ̄ ̄     | (        ( |
                              (        | ヽ        ヽ|
                            _人__,     (、又ヽ__     ヽ|
                       _― ̄  ノ /(__ _( 乂  √    匸ー`\
 /\ー―、_           <二二_ ̄ー――、/__l| |__/ヽ√     _/|>7~~>
<   >-、  _ ̄ヽ^、 ̄ー、,―-、  ___ー=`ー、      __ __ _二 ,― ̄)/ ̄ _   / /
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    ヽ/ヽ    _/ヽ | |__||__|~|__| `―-.^゙,ニフl.ニl、ロ b ∠、二'L_/(__/ | / /\|
    <   L- ̄/V二/´-'―`ー´` ̄          `ー'   `―``―、__ノ|/  /
     ヽ∠― ̄           ===  =====          \/
                             ヽヽ   / | | | |
        ド ラ ゴ ン ク エ ス ト VII  ヽヽ  /  | | | |  エデンの戦士たち
                        ヽヽ /  | | | |
                              ヽヽ/   | | | |
                               V   ====
1000 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/26(木) 21:21:34.27 ID:5I2sFHHoO
>>1000
1001 :1001 :Over 1000 Thread
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | もうたらい回しは勘弁だぜ
 |_____ _____________
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