【艦これ】伊58「黒く塗り潰せ」

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359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 09:04:48.04 ID:oS+mrgIWO
乙!
360 : ◆ZFgfLAc.nk [saga sage]:2017/11/03(金) 23:57:15.92 ID:rWo/AH/20
>>1です。
明日頑張って投下する予定なので、落ちないように報告だけしておきます
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/04(土) 06:50:44.99 ID:vSLXzbx/o
待ってるよ
362 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 18:03:37.38 ID:Ckdcl81j0
>>1です。
早速ですが投下を始めさせて頂きます。
363 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 18:09:56.42 ID:Ckdcl81j0


・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・



364 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 18:17:35.02 ID:Ckdcl81j0


伊8「艤肢の調子はどうなの?」

伊58「ちょっと冷たいけど、何だか本当に手足が戻ってきたみたいでち」

伊58「ほら、こうやって動く」グイグイ

伊8「ミレニアム社製艤装のサブアームを削って接続軸付けたんだっけ?」

伊8「明石が資料のコピーを何度も見返してたよ。こんなの見た事ないって」

伊8「この技術を応用すれば医療も大幅に進歩するかもしれないって」


伊58「ゴッ……」

伊58「…ゴーヤは、よくわからないでち」


伊401「提督も、こっちの明石も、その辺の事に関心が無いみたい。もったいないよね」

伊8「ふぅん…」

伊8「………」

365 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 18:22:07.66 ID:Ckdcl81j0


如月「」パラパラ

如月「」カリカリカリカリカリカリカリカリ


伊8「ゴーヤ」

伊58「?」


伊8「ゴーヤ」


伊8「ゴーヤ…まだ、聞き慣れない?」


伊58「え?」

伊8「さっき呼んだ時、ユーに言われるまで自分が呼ばれてるって気付いていなかったよね」

伊8「今だって、ゴッパって、言いかけた」

伊8「…前いた鎮守府のせいだよね。それ」

伊58「………」

伊58「今でも、夢に見るよ。あの鎮守府での事は」


伊58「夢でじゃなくても、いきなり頭の中から沸いてくる」

伊58「船着場、執務室、工廠…見るたびに思い出して」

伊58「思い出すたびに、その度に、腕と足が痛むの」

U-511「でっち…」


伊58「今だって…本当は」

伊58「如月の事だって、怖い」


如月「」ピクッ

366 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 18:30:40.51 ID:Ckdcl81j0


伊8「………ゴーヤ」

伊8「その鎮守府で、何があったの?」

伊58「………」


伊8「オリョールクルージングの事は私も知ってる」

伊8「全国の鎮守府で、今でも有効な戦略として成り立っているって」

伊8「潜水艦娘達が、潜水艦娘達だけが、過剰な労働を強いられている事も」

伊8「でも、海域に出て戦うのは他の艦娘も一緒。なのにこんな事になったのはゴーヤだけ」

伊8「もっと酷い、何かが、あったんでしょ?」

伊8「爆弾付けられるなんて普通じゃないよ」

伊8「その鎮守府で、一体何があったの?」


伊58「………」

如月「」パタン

如月「私、席外したほうがいいかしら?」

如月「…それとも、聞いてた方がいい?」

伊58「………」

如月「どんな事を言われても、酷い事を言わないし、したりもしないわ」

伊58「………じゃあ、聞いてて」

如月「うん」

367 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 18:35:46.45 ID:Ckdcl81j0


伊58「あの鎮守府は…」

伊58「あの鎮守府は、ゴーヤ達にとって」



「地獄でしかなかった」


368 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 18:38:57.51 ID:Ckdcl81j0


「資源を集めるっていう為だけに、ゴーヤ達は毎日ずぅっと、あのオリョールにいたでち」


「深海棲艦の爆雷を潜り抜けて、海に浮かぶ油を回収して、資材を積み込んで、それを無くさないように慎重かつ迅速に戻る」


「資源を鎮守府に置いたらまたすぐオリョールに出撃して、また資源を持っていくんでち」


「途中で爆雷に当たって資源が台無しになったら懲罰されたでち」


「酷い時は帰還も許されずに、そのまま沈んだ子もいたし」


「帰ってきた後に爆雷演習の標的代わりにされて殺された子もいた」


「そうじゃなくても、その後に待っているのは、酷い懲罰でち」

369 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 18:57:48.92 ID:Ckdcl81j0


「着任したての新人はまず真っ先にレイプされた。何もしてなくてもね」

「その後は、ネジを口に突っ込まれて殴られたり、蹴られたり」

「修復剤使えばすぐ治るからって言って骨を折られた事もあったでち」

「犯されながら何度も何度も顔を殴られたり、本気で首を絞められたりもした」

「…そこで、死んだ子もいた」


「大本営からの支給品は全部持っていかれた」

「酒保なんてのも使えない。トイレの水がゴッパ達の飲み水だったでち」


「鎮守府の艦娘からも、色々されたでち」

「演習で負けたからとか」

「遠征で失敗したからとか」

「提督から夜のお誘いが無かったからとか」

「その度にゴッパ達は殴られたでち」

「理由が無くても、通りがかっただけで蹴りを入れられたこともあったでち」

「それで死んだ子もいた。でも提督は何もしなかったでち」


「提督から散々懲罰受けた後に、避妊だって言ってアソコにメントスとコーラを突っ込まれたりもした」

370 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 19:05:04.16 ID:Ckdcl81j0


如月「………!!」

U-511「めんとす?」

伊8(お菓子の名前だよ。これくらいの粒みたいなお菓子なんだけど)


伊8(コーラのボトルにメントス入れると、中身が膨張してペットボトルが爆発するの)

伊8(それを、身体の中でやった)


U-511「ひっ…!!」


伊401「………誰か助けは、呼べなかったの?戦艦とか、空母の人達とか…」

伊58「いたよ」

伊58「あの鎮守府は、駆逐艦娘ばかり…いても、軽巡洋艦娘だから、もしかしたらと思って助けを求めた事があったでち」

伊58「…日向さんに」


U-511「日向…伊勢型戦艦娘二番艦?航空戦艦娘の一人?」

伊58「あの鎮守府の『対潜要員として』着任したんだけど、着任したてだったから戦艦だったでち」

伊58「でも、駆逐艦娘とか軽巡洋艦娘よりずっと強い火力と装甲を持った艦娘でち」

伊58「だから、もしかしたら何とかしてくれるかもと思って、助けを求めたんでち」

伊58「提督に気付かれないように、みんなで事情を説明して、土下座して、何でもするって言って…」


U-511「それで日向さんは、どうしたの?」

伊58「わかってくれた。何とかするって、言ってくれた」

371 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 19:08:06.66 ID:Ckdcl81j0



如月 (…けど)
伊58「…けど」



如月 (駄目だった)
伊58「駄目だった…!!」


372 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/04(土) 19:20:55.37 ID:Ckdcl81j0

☆明日また投下します☆

ハロウィンままゆで天井突き抜けました^^
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/04(土) 22:49:00.92 ID:uksE+DmpO
面白いなぁー
これからに期待
374 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:10:58.04 ID:lGLbJCQl0


・・・・・・・・・・・

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・・・・



375 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:14:55.89 ID:lGLbJCQl0


日向「ぐっ!!」バシャッ

長門「どうした。もう終わりか悪党」

日向「悪党?悪党だって?」

長門「か弱い駆逐艦娘を襲う奴が悪党以外の何だと言うんだ」

日向「潜水艦娘を奴隷のように扱う事が悪でなければ何だと言うんだ」


長門「ふん」

長門「お前は道理を知らないと見える」

日向「?」

長門「その昔、とある偉人がこう言った」

376 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:15:42.50 ID:lGLbJCQl0











長門「かわいいは、正義だ!!!!!!」










377 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:19:29.21 ID:lGLbJCQl0


長門「かわいい暁たん達朝潮たん達を狙う貴様に、正義などあってたまるか!!」


長門「そして!!」

長門「駆逐艦娘たんの為ならこの長門」

長門「例え火の中水の中巨大な光の中、朝潮たんのスカートの中だろうと駆けつける!!」





長門「それが!!」


長門「連合艦隊旗艦!!ビッグセブン!!長門型戦艦一番艦の!誇りだ!!!」





長門「この戦艦長門がいる限り!駆逐艦娘たんには傷一つ付けさせん!!!」




378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/05(日) 21:25:00.13 ID:RHp06aVDO
シリアスだと思ってたらながもんだったでござる
379 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:25:31.92 ID:lGLbJCQl0


日向「……………」

Bep「хорошо(ハラショー)」

雷「長門さんありがとう!怖かったの!!」ギュッ

長門「おっほおっぱい!!ふくらみおっぱい!!」

電「長門さん凄いのです!電尊敬しちゃいます!」

電「大きくなったら長門さんみたいになりたいのです!」

Bep「хорошо(ハラショー)」

長門「おぉーん!電たんかわいいでちゅねぇー!!」ギュッ

長門「でも電たんにはそのままでいてほしいでちゅぅー!!」

電「やっぱりキモいのです。離してほしいのです」

長門「自分に正直な電たんもかわいいでちゅねぇええええー!!!」

Bep「хорошо(ハラショー)」

380 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:29:00.79 ID:lGLbJCQl0


日向「っははっ…ははは…」

日向「同じ、艦娘同士で…こんな事で…あんな、くだらない理由で…」

日向「何をやっているんだろうな…私達は…」

日向「………」

日向「それでも…私は、筋を通さないとな…」



長門「さて、決着を付けよう」

夕張「さぁみんな!いつものアレいくわよ!!」


夕張「せぇー!!の!!!!」

381 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:30:22.69 ID:lGLbJCQl0







「「「「「「ビッグセブン!!!!」」」」」」




「「「「「「ファイナルステェエエーーーーーーージ!!!!!」」」」」」






382 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:36:29.91 ID:lGLbJCQl0


伊168弐「………!!!」

伊168弐「日向さん!逃げ…逃げて!!」

伊168弐「もういい!もういいからぁ!!」


日向「いや…機関部がやられている。『ストッパー』もさっきので止まった」

日向「もう…私は逃げられない」

伊168弐「………!!!」


日向「それよりも君達は早く逃げろ。みんな私に注目している。今なら逃げられるかもしれない」

U-511弐「で、でも………」

日向「それくらいの事はやらせて」

日向「逃げられれば、この状況から逃げられれば、それだけで違うはずだから」

伊168弐「………わかり、ました。ごめんなさい…」


日向「その代わり、君達は生きるんだ」

日向「私の分まで、生きてくれ」

伊8弐「………はい」


長門「戦艦長門の名において、お前を断罪する!!」ガシャンガシャンガシャン

日向「さぁ、行け!」

伊58「………行くよ、新入り!!」グイッ

U-511弐「………!!」グァッ

383 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:38:03.23 ID:lGLbJCQl0



長門「 全 主 砲 ! ! 」


長門「 斉 射 ! ! ! 」


長門「てェーーーーーーーーーッ!!!!!」



ズドォォン!!!



日向「がッ」

384 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:38:56.58 ID:lGLbJCQl0



「………あ………」


385 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:40:54.12 ID:lGLbJCQl0



「あの世とやらを…」



「こんな形で」



「見に行く事になるなんてな…」



「でも…」




「誰かを守って、死ぬんだ…」




「伊勢…」




「許して」







「くれるよ、な…?」









386 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:43:22.78 ID:lGLbJCQl0


伊8弐「日向…さん…」

Bep「хорошо(ハラショー)。完全に仕留めたみたいだ」

伊168弐「日向さぁあん………!!!」


U-511弐「……!!………!!!」

伊58「止まるな…!止まるんじゃないでちよ新入り…!!」

伊58「逃げられれば…逃げられれば!!」

伊58「ここで逃げなきゃ、日向さんの頑張りが全部!!!」

387 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:45:50.96 ID:lGLbJCQl0



その瞬間、彼女達のすぐ傍から爆音が響き、それに押された海水が彼女達に襲い掛かった。


388 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:47:10.77 ID:lGLbJCQl0


激しく震えながら襲い掛かる水圧に耐え、その爆心地を見た彼女達が見たものは



血を流して漂う、新入り

U-511の姿だった。



青く、黒い海が赤黒く染まっていく。

その中で彼女の左腕だったものが、漂っている。


389 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:50:31.81 ID:lGLbJCQl0



爆発が起こる。



爆発が起こる。



爆発が起こる。



そして、爆発が起こる。



潜水艦娘達の目の前で、新入り、U-511は沈んで行く。

腕と、脚と、胴体を置き去りにして。



やがてそれらも、海底へと先行する頭部に引っ張られるかのように、流れる血液というガイドビーコンに従い、ゆっくりと沈んでいった。




深く、黒く、暗い、海の底へと。



390 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:51:56.45 ID:lGLbJCQl0


伊168弐「な…何が…?」

伊168弐「何で…!?」




伊168弐「何が!どうなってるのよこれはぁ!?!?」



391 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 21:59:50.49 ID:lGLbJCQl0


夕張「脱走対策くらい考えてあるに決まってるじゃん」

夕張「昔の映画を参考に明石と共同で作った、名付けてヌカヌカカナル君2号!」

夕張「そう!両手両脚、首についているそれ!」


夕張「それはね」

夕張「こっちの遠隔操作でいつでも爆破する事ができるのよ!!」


夕張「凄いでしょう!?」

夕張「今回みたいにこっちに逆らおうとした時とか、脱走しようとした時」

夕張「いつでも!その装置を爆破して吹き飛ばせるのよ!!」

Bep「хорошо(ハラショー)」



夕張「まぁ今まで一回も使った事無かったけど」

夕張「動作テストも上手くいったみたいで、よかったわ!!」ニッコリ


392 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:00:50.39 ID:lGLbJCQl0


夕張「さて、と」



夕張「 次 は 」



夕張「 誰 が ダ ル マ に さ れ た い ? 」


393 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:01:23.47 ID:lGLbJCQl0


・・・・・・・・・・・

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・・・・



394 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:04:02.16 ID:lGLbJCQl0


伊58「何にもならなかった…!何も、できなかった…!」

伊58「よその鎮守府から来た長門型に日向さんがやられて…!!」

伊58「日向さんがゴッパ達の目の前で沈んで…」

伊58「それでも日向さんは、ゴッパ達を逃がしてくれた」



伊58「でも新人が…ユーが!!」

U-511「!?」ビクッ



伊58「ゴッパみたいに!!両手両脚吹き飛ばされて!!」


伊58「首に付いてた爆弾も…爆発して…!!」


伊58「ゴッパ達は、何にもできなかった…動けなくなった!!」


伊58「逃げるのも、戦う事もできなくなって、ただ海の中で震えていただけ…!!」

395 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:07:10.05 ID:lGLbJCQl0


伊58「逃げて、生きていくなんて無理だったんでちよ!」

伊58「ゴッパは、ゴッパ達は、鎮守府の汚点なんだから!」

伊58「みんな!みんな!そう言ってたんだから!!!」

U-511「………」


伊58「あの日だって」

伊58「ゴッパだって、本当は逃げようと思ったわけじゃないんでち」

伊58「一人でオリョールに出撃させられて」

伊58「ふと遠くの景色が目に入った時」

伊58「ここから離れたら、もしかしたらあの日常が終わるかもってちょっと思って…」



伊58「気が付いたら…海域から離れてて…」

伊58「手と、足が…!!!」


396 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:25:16.17 ID:lGLbJCQl0


伊58「うっ…うぅうう…!!」ポロポロ

U-511「………」


U-511「でも」

U-511「でっちは、今のでっちはでっちだよ!」


伊58「!」

U-511「ゴッパなんて、気持ち悪い名前はもういらないの!」

U-511「でっちはでっち!ゴッパじゃない!」

伊401「っそうだよ、ゴーヤはゴーヤだよ」

伊58「…でっちでもゴーヤでもないでち」

伊58「ゴッパは、どうせゴッパなんでち」


伊58「艤肢(これ)を見る度に、思い出すんでち」

伊58「何で、こうなったのか、どうして、あんな痛い思いをしなきゃいけなかったのか」

伊58「ゴッパがゴッパだったから、こうなったんでち」


伊58「ゴッパの本当の手足は戻ってこない」

伊58「だから、ゴッパはゴッパとして生きていくしか、ないんでち」

伊58「ゴッパはでっちにもゴーヤにもなれない」

伊58「ずぅっと、ゴッパなんでち」

397 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:33:16.73 ID:lGLbJCQl0



如月「そんなもの」

如月「もう終わった話じゃない」


398 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:37:05.28 ID:lGLbJCQl0


U-511「!?」

伊401「如月ちゃん」

如月「ゴーヤちゃん。さっき、私の事が怖いって言ってたわね」

如月「それも、ゴーヤちゃんがゴッパにしかなれない原因の一つ?」

如月「ゴッパが如月に酷い目に遭わされてきたから、同じ如月型の私も怖いのよね?」

伊58「…」

如月「じゃあ、ゴーヤちゃんに知っておいてもらいたい事があるわ」

399 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:40:30.36 ID:lGLbJCQl0



如月「その如月は」



如月「 も う 死 ん で い る わ 」



如月「だからもう二度と、ゴーヤちゃんの目の前に現れない」

如月「その人はもう、『終わった人間』。『死んだ人間』なのよ」


400 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:48:21.00 ID:lGLbJCQl0


伊58「…何で、そんな事がわかるんでちか」


如月「『如月だから』よ」

如月「少なくとも『如月は』、『如月だけは』、もうこの世にはいない」

如月「ゴーヤちゃんの話を聞いて、確信したわ」

如月「この髪に、賭けてもいい」

如月「司令官がいつも褒めて撫でてくれる、私の、大切なこの髪に賭けてもいい」


伊58「………」

如月「その如月は死んだわ」

如月「だから、ゴッパを、ゴーヤちゃんを虐める如月はもう二度とこの世に現れない」

如月「私は、今の如月は絶対にゴーヤちゃんに酷い事はしない」

如月「どんな時だって、ゴーヤちゃんの味方でいたい」


如月「だから」

如月「如月を怖いなんて思わないで」

如月「私は、絶対にそんな事をしないから」

如月「もう、ゴッパの嫌な記憶も価値観も、全部消して」ガシッ

401 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 22:57:42.58 ID:lGLbJCQl0


如月「………」

伊58「………」


伊8(え?)

U-511(如月の手、光ってる?)


伊58「…如月も」

伊58「酷い目に遭った事が、あるんでちか?」

如月「えぇ。まぁね」


如月「私達はもう二度と、昔のようには生きられない」

如月「手足も、生きる権利も、戻ってこない」

如月「やり直そうとしても、身体が、他人が、それを許さない」

如月「忘れようとしても、身体が、他人が、それを絶対に許さない」

如月「私達は、昔や過去にすがって生きる事はできないわ」

如月「昔のように、とか、気持ちをリセットして、なんて生き方はできないわ」

如月「それを許してくれるほど、社会っていうものは寛容じゃないの」

如月「でも、だからこそ」


如月「過去に戻れないなら、過去にすがれないのなら、私はせめて明日が欲しい」

如月「明日に繋がる今日を精一杯生きて、生きて、生きて、生き続ける」

如月「だから、だから如月は、その為だけに頑張るの」

如月「ゴーヤちゃんにも、そうであって欲しい」

402 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 23:05:12.54 ID:lGLbJCQl0


如月「そうしないと」

如月「私は、今日にでも殺人趣味の変態達に殺される」

如月「ゴーヤちゃんは、死ぬまで人間以下の奴隷や家畜よ」


如月「私達は、似たもの同士だから。わかるのよ」

如月「私達が生きるっていうのは、懸命に明日を求める事だって」

如月「この先の人生ずっと、血でべっとりしている道しかなくてもね」


如月「司令官から、生きろって言われたんでしょう?」

如月「だったら、生きなさい」

如月「過去なんて『無かった事』にして。無かった事にできなくても、無理矢理自分をごまかしてでも」

如月「明日に繋がる今日だけを見て、生きていきなさい」


如月「それを」

如月「私も、しおいちゃんもハチさんも、ユーちゃんも、司令官も」

如月「みんな、望んでいるんだから」

403 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/05(日) 23:08:45.63 ID:lGLbJCQl0

☆今回はここまでです☆
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/05(日) 23:16:30.32 ID:0RhLQVWko
おつおつ
405 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:02:53.18 ID:xA9Se3Ry0
>>1です。
レイテ前編イベントが近付いてきましたね。
新機能の遊撃艦隊というのも、どういう感じで動くのか楽しみです。

それでは投下を始めさせて頂きます。
406 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:04:14.69 ID:xA9Se3Ry0


・・・・・・・・・・・

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・・・・



407 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:05:42.60 ID:xA9Se3Ry0



提督「間宮さん。ご馳走様でした!」



408 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:13:11.57 ID:xA9Se3Ry0


間宮「はい。お粗末さまでした」

提督「いやほんといつもありがとうございます」

提督「ぶっちゃけ間宮さんの料理食べるってのも、ここ来る目的の一つになってますよ」

間宮「ふふっ…伊良子ちゃんじゃ不足でしたか?」

提督「いやいや!伊良子ちゃんの料理も毎日楽しみにしてますよ?」ブンブン

提督「でもね、何だろう…こう、もう好みの差?とかそんな微妙な違いがありましてね」

提督「すっげぇー食いたくなる時があるんですよね。間宮さんの料理」

間宮「好みの差、ですか」

提督「いや…んー…何なんだろうなぁ…あの違い…」

間宮「それ、伊良子ちゃんの前では言わないで下さいね?あの子ショック受けちゃいますから」

間宮「ただでさえ、どうしても勝てない人がいるって悩んでるみたいなんですし」

提督「勝てない人?」


間宮「足柄さん」


提督「あぁ〜…でもあいつ揚げ物とカレー特化だからなぁ…」

提督「足柄が作ったカツをね、カレーに乗せて食べるんですよ」

提督「それがすっっっっっっっっっっっっげぇーうまくて!」

提督「下手したら三食全部あいつのカツカレーでもいいかもって思っちゃったり…」デヘヘ

間宮「へぇ…」


提督「…あ、すいません。間宮さんにこんな話しちゃって」

間宮「いえ。でもその様子だと、伊良子ちゃんが提督さんの胃袋を掴むのはまだまだ先みたいですね」

提督「もう7割位は掴まれてるんですけどねぇ。最後の砦が、堅すぎて…」

間宮「あぁ、そうだ!今度そちらに遊びに行ってもいいですか?私も足柄さんのカレー食べてみたくなりました」

提督「あぁいいっすよ。じゃあ足柄にも伝えておきます」

提督「あの間宮さんを動かしたと知ったらあいつめっちゃ喜びますよ!」

提督「こりゃあいいお土産話ができた」ニシシ


間宮「ふふっ」

提督「へへへっ」


提督「…じゃ、その話はその時にまた!」スッ

間宮「はい。楽しみにしてますね」

提督「ご馳走様でした!」ペコリ

409 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:21:13.22 ID:xA9Se3Ry0


伊401「提督おそいー」

提督「わりー。話し込んじゃった」パタパタパタパタ

友提督「間宮と何の話してたんだ?」

提督「カレーの話。それで今度間宮さんがうちに来たいって」

提督「だからさー。余裕のある時でいいから間宮さんに許可出してくれね?」

友提督「わかったわかった。許可出す時にそっちに連絡入れるからな」

提督「サンキュー」


友提督「でだ。これ部屋の鍵な」チャラ

提督「おう」

提督「それじゃあ、こっちはしおい頼む」

伊401「はーい」

提督「明日の予定は朝食食べて俺は午前中演習の見学、で昼飯食べて1300にはみんなここを出る」

提督「しおい達は午前中自由だけど、総員起こしでちゃんと起きてな」

伊401「はーい」

如月「…」


友提督「如月…汚すなよ?」

伊401「よ、汚すぅ!?」

如月「な、何で名指しで言われたのかしら?」

友提督「だって、お前と提督が同じ部屋って聞いたから」

友提督「…するなよ?絶対にするなよ?」ジトッ

如月「…秘書艦としてのお勤め」ボソッ

提督「それはまた今度な」ポン

提督「シーツ洗濯する子の気持ちを考えると…ねぇ」(友達にそれ洗わせるって流石にヤベーよ)

友提督(また今度つった)

伊401(また今度はするんだ…)

如月「…」

提督「じゃあまた明日なみんな」ヒラヒラ

伊401「おやすみなさい」

U-511「Gute Nacht」

410 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:26:42.11 ID:xA9Se3Ry0


ツカツカツカ

如月「…」ギュッ

提督「どうしたよ」

如月「早く、お部屋に行きましょう」

提督「そうだなぁ。流石に遊び疲れちまったよぉー早く寝たい」

提督「そっちはどうだった?勉強進んだ?」

如月「えぇ…」

提督「ほんと、どうしたんだよ。大丈夫か?」

如月「…ちょっとね。でも大丈夫だから、早く行きましょう」

提督「わかった。じゃあ部屋でゆっくり教えてくれ」

如月「…」スッ

提督「」ギュッ

提督「ちょっと早歩きでいくぞ」ツカツカ

如月「うん」ツカツカ

411 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:30:49.30 ID:xA9Se3Ry0


提督「…うし、ここだな」ザリ

扉「アオオー」ガチャ

バタン


提督「ふぅー」

如月「…ふぅ」

如月「………」


提督「…で、どうし」
如月「」ガバッ

提督「わっ」


412 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:38:19.81 ID:xA9Se3Ry0


如月「司令官」

提督「おい…」

如月「司令官、司令官…」

提督「んっ…汚すなって、言われたろ」


如月「思い出しちゃったの。嫌な事」

提督「………」


如月「ゴーヤちゃんの昔の話を聞いて、ゴーヤちゃんを元気付けなきゃって思って言ったんだけど」

提督(ゴーヤの、前の鎮守府の話を聞いたのか)

如月「私も、余計な事まで思い出しちゃった」

如月「割り切れって言ったのに、忘れろって言ったのに、私も、どうしても忘れられない」

如月「何度思い出しても、苦しくなるだけなのにね」

提督「………」


如月「だから司令官に、嫌な事を忘れさせてほしいの」

如月「いつもより、もっと、如月をぐちゃぐちゃにしてほしいの」

如月「思い出せなくしてほしいの」

如月「お願い司令官」

如月「如月を抱いてください」


提督「………」

如月「お願い…」

提督「この部屋は、シャワールームがある。あそこなら汚れても流れていくだろ」

提督「ちょっと我慢できるか」

如月「…うん」

413 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:41:06.59 ID:xA9Se3Ry0


・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・



414 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 20:58:33.57 ID:xA9Se3Ry0


ふと目が覚める。

天井に一つだけ埋め込まれた、星のような僅かな光以外は暗くて何も見えない暗闇の中目が覚める。

首を動かして電子時計の時刻を見たところ、総員起こしの時間までまだ4時間以上の猶予があるようだ。

またやっちまったか。そう思いながら提督は左腕から感じる重さと温もりに視線を移した。

如月の頭と頬が彼の肌にべったりとくっついている。

普段なら布で遮られ触れられない場所まで、彼の脇腹や脚にべったりとくっついている。

如月の足の付け根と彼の身体が歯車のように噛み合っているのが彼にはわかった。視線を移さなくても、感触でわかった。

その重さと柔らかさと温もりは、二人の心に一種の安心感をもたらしていたものだ。

肌が擦り合わされる、その摩擦の感触すら愛おしい、彼女の身体をゆっくりと剥がしていく。

一定の間隔で寝息を繰り返す彼女の頭の下にそっと枕を置いて、提督は持ってきていた部屋着に身を包んだ。

あらゆる意味で無防備な如月の方を振り返り、頭を撫でる。

さら、と滑る感触。その感触を楽しんでいた時に浮かべた如月の笑顔を思い出す。

思わず身体に手を伸ばそうとした意識を強引に押さえ、扉に向き直る。

提督はゆっくりと、なるべく音を立てないように扉を開けて外に出た。


ドアノブを引きながら、もう片手でゆっくりと扉を押す。

小さくゆっくりと、がちゃと扉が閉まる音がしたのを確認した後、提督は特別鎮守府の地図を頭の中でイメージしながら廊下を歩き始めた。

次のエリアまであと3秒という所で頭の中のイメージを地図から最寄の自動販売機の陳列に切り替える。

ファンタかココアか。一瞬考えすぐにココアを選択する。そしてノンストップで廊下を出て次のエリアに足を踏み入れた。

しかし彼は、自動販売機に行く前に足を止めた。

彼が知る人物が3人、そのエリアの椅子に座っているのを見たからだ。


「しおい」

「ユー」

「ゴーヤ」

大きな声を出さないよう、少し小さな声で呼びかける。

静まり返った深夜の鎮守府の中、小さな声は確かに彼女達の耳に入った。

「Admiral」

それに対して、U-511が誰よりも早く返事をした。

415 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 21:00:25.47 ID:xA9Se3Ry0


提督「眠れなかった?」

伊58「うん」

提督「…怖かった?」

伊58「…うん」

伊58「ここは…前の鎮守府を、思い出すから」

提督「そっか」

提督「ごめんな。連れて来なきゃよかったかな?」

伊58「そんな事無いよ。ハチとも会えたんだし」

提督「それならいいんだけどさ…」


U-511「Admiralは一人なの?」

提督「ん。うん。如月は寝てる」

提督「俺はその、たまに起きちゃうんだよね。このぐらいの時間で」

提督「部屋にいて如月起こしちゃうのもアレだから出てきちゃった」

提督「しばらく一緒にいてもいい?」

伊401「うん。いいですよ」

提督「ユーとゴーヤは?」

U-511「うん」

伊58「」コクリ

提督「ありがと」

416 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 21:08:13.33 ID:xA9Se3Ry0


提督「………」

U-511「………」

U-511「Admiral」

提督「ん」

U-511「ごめんなさい」

U-511「ユー、Admiralを怒らせちゃったんだよね」

提督「え、いつ?」

U-511「こないだ、みんなで集まった時」

提督「…あぁ〜…あの時の事?こっちの明石さん呼んで集まった時の」

提督「それ、俺の方こそ謝らなきゃいけないよな」

提督「ユーは全然関係無いのに、イライラしてユーに当たっちまって。ごめん」

U-511「いいよ。ユーは、気にしてないから」

伊401「でもどうしてあんな事言っちゃったんですか?」

U-511「しおい」

伊401「変な言い方だけど、普通じゃなかったよ。あの時の提督」

提督「色々あったんだよ。色々」


伊401「色々って」

伊401「それ、私達が知っちゃいけない事?」

417 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 21:10:03.25 ID:xA9Se3Ry0


提督「そういう訳じゃ、ないけど」

伊401「じゃあ教えて」

提督「胸糞の悪い話だよ」

伊401「いいから」

提督「わかったよ。でも眠れなくなっても知らないよ」

伊401「大丈夫だよ」

伊401「胸糞の悪い話なら、お昼にも聞いたから」

伊58「………」

提督「………そっか」


提督「何か、飲み物買ってくる。その間に覚悟決めておいて」

提督「何がいい?」

U-511「お水」

伊401「ファンタ」

伊58「…えっと…」

提督「…ココアでいいか?俺のお勧め」

伊58「じゃあそれで」

提督「了解」

418 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 21:36:25.33 ID:xA9Se3Ry0


U-511「………しおい、本当に聞くの?」

伊401「ユーは知りたくない?私は知りたいよ、提督の事」

伊401「どんな事でも」

U-511「どんな事でも?」

伊401「うん…だって、悔しいんだもん」

伊401「今日一緒にいてわかった。如月ちゃんとか、ずっと傍にいて提督の事わかってるって顔されると、凄い悔しい」

伊401「だから私も、提督の事もっともっと知って、秘書艦になってやるって…決めたんだ」

U-511「Admiralの事を知ると秘書艦になれるの?」

伊401「そうだよ!秘書艦ってのは艤装の性能で左右されない『提督のお気に入り』なんだから」(他の鎮守府だって駆逐艦娘が秘書艦やってるなんて普通にあるし!)

伊401「それって提督の事何でも知ってるくらいの仲になれば、秘書艦になれるって事だよ!」


U-511「って事は」

U-511「那珂ちゃんと羽黒さんと赤城さんと如月ちゃんは」

U-511「Admiralの事、何でも知ってるの?」


伊401「………」ヒクッ

伊401「ゴーヤは知りたくない?提督の事」

伊58「え、ゴーヤは…提督の事」

伊58(見ず知らずだったゴーヤと一緒に、死んでくれるって言った時)

伊58(提督の顔は、笑っていた)



伊58(まるで)

伊58(それをずっと望んでいたかのように)

伊58(泣きながら笑っていた)



伊58(…知りたい。何があったのか知りたい)

伊58(提督の事を、もっと知りたい)

伊58(ふざけてる提督の事も、あの時の笑っていた提督の事も)

伊58(もっと知りたい。知って、知って、ゴーヤは…)


提督「おまたせー」

419 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 21:41:20.23 ID:xA9Se3Ry0


提督「いろはすとファンタグレープとココアー」

U-511「提督、それ」

提督「これはお酒。だから飲ませねぇぞ未成年達よ」

伊401「飲まないよ。でも珍しいね。お酒いつも飲まないでしょ」

提督「たまに飲みたくなるんだよねぇ」

提督「言うても、隼鷹とかからすりゃジュースみてぇなもんらしいけどなこれ」ブシュゥ!


提督「ほい。んじゃ。乾杯」スッ

伊401「乾杯」

伊58「乾杯」

U-511「え…えっと…Prosit?」

提督「プロージット!いいね。でも叩き付けるなよ」


U-511「え…叩き付ける…?」

提督「プロージットって、グラスを叩き付けるイメージがあるんだけど」

U-511「しないよ」

提督「しないのかぁ…」

420 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 21:45:04.68 ID:xA9Se3Ry0


提督「………」ゴクッ

421 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 21:47:25.80 ID:xA9Se3Ry0


「…あん時言った事は俺の本音だ」




「俺は」

「人間ってもんが大嫌いだ」



422 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/11/15(水) 21:55:15.07 ID:xA9Se3Ry0

☆今回はここまでです☆

ソニックフォースを2日でクリアしてしまった。
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 22:48:32.29 ID:rSuWGQs8o
おつ
これで提督の過去がわかるな
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:53:02.60 ID:t5U4AIoOO
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 01:26:31.00 ID:PUT673nk0
乙です
426 : ◆ZFgfLAc.nk [saga sage]:2017/12/01(金) 23:07:24.57 ID:NPp1L14D0
>>1です。仕事とイベントに時間とられててまだかかりそうなので生存報告だけ…
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/05(火) 05:10:19.72 ID:y2ck+7LIo
待ってる
428 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 21:09:33.03 ID:r6zBS8jK0
>>1です。イベントお疲れ様でした。
ドロップには恵まれませんでしたが、全海域クリアできました。

早速ですが投下を始めさせて頂きます。
429 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 21:22:44.46 ID:r6zBS8jK0


伊401「………」

提督「人間ってもんをさ、考えれば考えるほど訳がわからなくなるんだ」

提督「色々考えてきたつもりでいたけど、もう俺にはよくわからねぇ」

提督「ただ一つ確信した事は」



「人は皆」

「悪魔だって事だ」


430 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 21:34:52.34 ID:r6zBS8jK0


提督「昼の、車の中で見かけた奴ら、居たろ」

伊401「あぁ…うん。あの轟沈轟沈言ってた人達」

提督「艦娘反対集団SEALD。艦豚特権を許さない地球市民の会」

U-511「かん、ぶた…?」

提督「艦娘と俺みたいな提督の事だよ」

提督「あいつらにとって俺達は豚なんだよ。人間じゃない」

提督「だから平気で如月を殺せる」

伊401「殺…っ!?はぁっ!?」

提督「あいつらは休暇で街に出た如月型艦娘を見つけては殺しているんだ」

提督「もしかしたら、今じゃ他の艦娘も殺してるかもしれないけどな」

U-511「何で、そんな事」

提督「テレビ番組見た事ない?ちょっと前にやってた、艦娘のドキュメンタリー番組」

提督「あれで、如月型の艦娘が轟沈したんだ」

提督「テレビで放送したから、殺していい。そういう論理」

伊401「何それ…」

伊401「そんなの、そんな論理通るわけないじゃん!!」

伊401「そんなの、元々艦娘(私達)が嫌いで!殺してやりたいって思ってたからやってるだけに決まってるじゃん!!」

伊401「テレビで、そうだったから殺すなんて、普通しない」

提督「だろうね。普通しないさ」


提督「でもしたんだよ」

431 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 21:44:57.72 ID:r6zBS8jK0


「そいつらも」

「他の提督も」

「そのテレビ番組を作った奴らも」

「みんなやった」


「元々あの番組自体が工作だったんだ」

「深海棲艦の脅威が知られるようになって、艦娘の功績が認められるようになって」

「それが嫌だと思った連中が艦娘のイメージダウンで作成した番組。それがあのテレビ番組だった」

「如月が死んだのだって、艤装に工作してストッパーを外していたせい」

「全部何もかも、でっち上げの工作だったんだ」


「なのに、みんなそれを鵜呑みにして如月を殺した」

「提督も、反対派の連中も、一緒になって如月を殺していった」

432 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 21:54:39.97 ID:r6zBS8jK0


U-511「で、でも、Admiralはしなかったんだよね?」

U-511「泊地に、如月、いるよね?」

提督「うん。俺はしなかった。絶対にするもんかって心に決めていた」

提督「うちの泊地で、如月を秘書艦に置いたのはその辺りからだ」

提督「せめて少しでも、傍にいてやらなきゃいけないって。そう思って、怖かったから」


提督「でも俺は、一番肝心な時に何もできなかったんだ」

提督「あの番組が放送した後すぐに、俺は上司にハメられて横須賀まで行かされた」

提督「そこでその番組の本当の事を知って、友提督に助けてもらって、殺されかけて、やっとの思いで帰って」

提督「泊地に帰って来た時、あの子はもうボロボロだった」


提督「もう既に手遅れだったんだ」

433 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 22:26:31.62 ID:r6zBS8jK0


伊401「手遅れって、如月ちゃんは今だってここに!」

提督「心はもう手遅れだよ」

提督「あの子は、依存症なんだ」

提督「結局部屋に戻った時にやっちまった」

伊401「………まさか?」

提督「うん」

伊401「…!…!…!!!」

提督「下心は確かにあったさ。でも俺は、如月の心が晴れて欲しいと思ったんだ」

提督「でも、あの子の欲求はどんどんどんどん膨れ上がっていった」

提督「いや、あれは欲求じゃない。逃げだ。感情を処理しきれなくなって、俺のベッドに潜り込む」

提督「…完全に、歪んじまった。壊れちまった。病んじまった」


提督「曙さんが教えてくれた」

提督「如月には、もうセックス以外に自分の心を癒す方法が無いんだ」

提督「その為だったらあいつは」


提督「泊地の友達も、特別鎮守府の友達も、捨てる」

434 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 22:29:52.77 ID:r6zBS8jK0


「気持ちはわからなくはないよ」

「もうどうしようもない悪意を一斉に向けられて、それから逃げるにはそうする以外に思い付かなかったんだ」


「あのクソどもが、あとちょっとでも誰かを思いやる気持ちがあったら」

「あんなクソ番組をさっさと切り捨てて偏見を捨てる優しさがあったら」

「如月はあんな思いをしなくて済んだんだ」


「あとちょっと」


「あとちょっとでも」


「みんなに誰かを思いやる気持ちがあったら」


「如月はあんな辛い思いをしなかったはずなんだ」


「だけどそうならなかった」



「だから、如月は壊れた」


435 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 22:35:24.69 ID:r6zBS8jK0


「みんな如月を殺した」

「みんな如月を深海棲艦扱いした」

「俺が一緒にいる時にも言われた事があるよ」

「『お前の如月にはいつ角が生えてくるんだ』って」


「特務提督も」

「艦娘も」

「街の奴等も」

「みんなそうだった」

「どうでもいい命だって吐き捨てて、如月を見下して、殺した」

436 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 22:42:22.37 ID:r6zBS8jK0


「おかしいよな?」

「艦娘が嫌いだって言ってる奴が如月を殺して」

「みんなを守りたいとかぬかす奴も如月を殺すんだ」

「何でそうなると思う?」

「簡単な話」

「どいつもこいつも、正義だ何だなんてのは綺麗事の建前でしかねぇんだよ」

「どいつもこいつも、心の底じゃ他人を否定したくてしたくてしょうがねぇんだ」

「どいつもこいつも、人を否定したくて、人を殺したくてたまらねぇんだ」

「そうやって、優越感に浸るのが、人間っていう生物なんだ」

「だから殺す」


「だから如月を殺した」


「だからユダヤを殺した」


「だから黒人を殺した」


「だから奴隷制度なんてもんがある」


「だからカーストなんてもんがある」




「だからお前(伊58)が!こんな姿になった!!」



437 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 22:50:24.29 ID:r6zBS8jK0


真っ直ぐ目を見開いて自分を見つめる提督に対し、伊58は縮こまり自分の腕をもう片方の腕で掴んだ。

こつん、と金属がぶつかる音が響く。僅かに残った生身の二の腕に伝わる感覚以外の何物も感じなかった。

伊58が動かした腕は作り物の艤手であり、掴んだ腕も作り物の艤手だからだ。


もう二度と、伊58の指は感触を覚える事はない。


もう二度と、伊58の手は暖かくなることはない。


彼女の腕も脚も、心無い者達による虐待と仕置きによって永遠に失われたのだから。

438 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 22:55:53.99 ID:r6zBS8jK0


「だから俺は人間が嫌いだ」

「どいつもこいつも、正義面で酷ぇ真似ばかりしやがって」

「その正しさを、自分達以外の誰かが証明してくれてるわけでもねぇのに」

「そんな証明を知る事すらできるわけねぇのに」

「まるで自分が正しいと」

「正しいから何でもしていいと」

「酷い真似ばかりしていく」

「数えだして2000年も経っているのに」

「人間ってのは、ずぅっと、ずぅ〜〜っと、他人に残酷な事ばかりしていく」


「もううんざりだ」


「人間なんて皆死んじまえばいい」

439 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 23:05:22.32 ID:r6zBS8jK0


提督「こんな腐った世界、さっさと無くなっちまった方がいいんじゃないかって何度も考えている」

提督「深海棲艦も、そう考えて産まれて来たんじゃないかって思ったりもしてる」

提督「『人間なんてクソみてぇな生き物皆殺しにした方が地球の為だ』、ってな」

提督「もしそうなら、向こうの言い分にも一理あると思う。つーかむしろ喜んで手伝ってやる」

U-511「Admiral…」

提督「でも」

提督「そのせいで俺の周りの誰かに死んでほしくはないとも思うんだ」

440 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 23:07:05.03 ID:r6zBS8jK0


「みんなで安全地帯に立ちながら、死んでいく世界を指差して笑い飛ばしてやりたい」

「俺が今、こんな仕事を続けてるのはそういう事がしたいからだ」

「この腐った世界が死んでいく様を、安全かつ一番近い所から見届けてやりてぇんだ」

「ただの一般人じゃそれはできねぇ。何もできないで何も知らないまま深海棲艦に殺されちまう」

「だからこの仕事を続けてる。給料結構高いしね」

「国を守る為じゃない。自分の為に、自分を守る為だけに提督をやってるんだ」

「俺の周りの人達が死ぬのはもう見たくない」

「でも他の誰が死のうが構うものか」

441 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 23:14:48.29 ID:r6zBS8jK0


「あいつらだって同じだ。あいつらも安全なところで誰かを殺したいだけなんだからな」

「だからインテリ気取って偏った知識で人を否定する。それでマウント取ったらそのまま殴り殺す」

「俺もあいつらも全く一緒。ただ、価値観が違うだけ」

「自分が気に食わないものを、それっぽく言葉を飾って理性的っぽく見せるだけ」

「俺の言葉だって同じ。自分勝手な論理感を他人に押し付けて悪魔だなんて言って、あげくの果てに皆死ねだ」

「SEALDSの連中も、こっちを何だ世界が何だと言いながら、望んでいるのは俺達の全滅」

「俺達が望んでいるものに、違いなんて何も無い」

「ただ、自分以外の誰かが死ぬ所を見たい。それだけは何も変わらない」

「違いなんてどこにも無い」

「考える事はみんな同じさ」

「だって同じ人間なんだからな」

442 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 23:18:12.59 ID:r6zBS8jK0


「あいつらだって俺と同じように友達がいて家族がいて趣味があって仕事があって」

「それら全てを踏まえた上で、あぁいう振る舞いをしている」

「あの時話した、ホロコーストもアパルトヘイトも全部一緒だ」

「全部、普通の人間がやった事なんだよ」

「冷血だの残虐だのと言うけど、全部普通の人がやった事だ」

「常人じゃ思い付かない殺し方って言うけど、ただそいつの頭じゃ思い付かないだけだ」

「幼稚な承認欲求と愉悦感を得る為に、普通の人間がやった事なんだ」

「自業自得って言葉を免罪符にして、別の場所、別の時間で何度も何度も同じ事をやる」

「自分のくだらねぇ承認欲求に『正義』って名前を付けて暴れたいって所だけは全く変わらず残っている」


「人を殺して承認欲求が満たされる」


「人を馬鹿にして愉悦感を得られる」


「自分は正しい。何故なら自分の方が格が上だから」


「自分は死なない。何故なら自分の方が格が上だから」


「自分が上だ。あいつは下だ。ただそれを感じたい為に」


「人は、2千年以上も殺し合いを続けているんだ」

「だから、それが普通の人間…人間っていう生き物の特性だって俺は思う」

443 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 23:23:34.31 ID:r6zBS8jK0


伊401「………」

U-511「………」

伊58「………」

提督「現に俺がそうだからな」

提督「今こうやって人間ってもんに唾を吐いて、今こうして生きる為に」



提督「俺は、六人も人を殺した」



伊58「!?」

提督「俺の為だけに、みんな俺が殺した」

提督「どんな奴だったか、全員覚えているよ」


「長門」


「金剛」


「大井」


「北上」


「木曽」



「それと、那珂」


444 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 23:32:30.95 ID:r6zBS8jK0


伊401「那珂、ちゃん、さん?」

提督「意外だった?でもそんなもんだよ」

提督「偉そうな事を言ったけど、俺に正義は無い」

提督「俺も所詮はただの人間。どこにでもいるクズ野朗の一人だよ」

提督「自分の欲の為に、他の命を踏み躙ったクズ野朗の一人なんだよ」

提督「勿論、他の奴らには正義があるなんて事は絶対に無いと思うけどね」

提督「そいつが人間である限り、正義を盾にして他人を踏み躙るクズ野朗である事に変わりは無いんだから」

445 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 23:38:26.48 ID:r6zBS8jK0


「もし、仮にだよ?」

「全世界、全宇宙共通の本当の正義、っていうもんがあるのだとしたら」

「少なくとも人間にはそんなもん備わっていないし、今後備わる事はない」

「それだけは絶対に言い切れる」



「だから今」


「この地球上のどこに行ったとしても」


「本当の意味での正義は無い」


「絶対に存在していない」


「俺達人間に、この世界に、正義なんてもんはありはしないんだ」


446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/12(火) 23:45:50.39 ID:oBh67bGLO
大正義アズールレーンを信じろ
447 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 23:49:23.87 ID:r6zBS8jK0


提督「はい!これで俺の話は終わり!」パン!

伊401「え」

提督「それで、丁度俺もちょっと聞きたい事があったんだ。だから今度は俺が聞いていい?」

U-511「え?」

提督「ゴーヤ」

伊58「は、はい!」




提督「前にいた鎮守府の事。あと、そこの提督の事」


提督「話せたらでいいんだけど、俺に教えてくれないかな?」



448 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/12(火) 23:51:42.83 ID:r6zBS8jK0

☆今回はここまでです☆

戦艦少女とかアズールレーンとか、出したい気はしてます。
この世界観だとこうかなぁというイメージはできていますので。
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/13(水) 04:41:33.89 ID:6ALq6VL+o
おちゆん
450 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 16:47:14.76 ID:aGTrpE+90
メぇぇぇ〜〜〜リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁーーースぅ!!
ひゃーーーはっはっはっはっはぁーーーーっ

投下はじめまーす!
451 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 16:49:55.62 ID:aGTrpE+90


・・・・・・・・・・・

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452 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 16:53:57.75 ID:aGTrpE+90


-翌日 パラオ泊地 重巡洋艦娘青葉私室-


青葉「………」カタカタカタカタ

扉「」コンコン

青葉「はぁい」

提督「提督だけどー。入っていい?」

青葉「………」カタカタカタカタ

青葉「………」カチ、カチ、カチ

青葉「あ、どうぞー」

ガチャ

提督「相変わらず、凄いなここは…」

提督「まぁとりあえず」

提督「ただいま青葉」

453 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 17:05:41.65 ID:aGTrpE+90


青葉「お帰りなさい司令官。どうでした?特別鎮守府」

提督「流石友提督だよ。演習のやり方からしてウチとは全然違う」

青葉「そりゃあ、ウチとは戦い方が違うんですからそうですよ」

提督「普通に戦えるようになってもいいとは思うけどね。あくまでアレは最終手段だ」

提督「相手が対応しきれない内に艦隊をグチャグチャにして皆殺しにする為の切り札」

提督「できれば使わずに取っておくに越した事はない…はず」

提督「とにかくあっちの演習は凄い勉強になったよ。うちでも取り入れようと思う」

青葉「ふぅん…」


青葉「ところで本当に間宮さんうちに来るんですか?」

提督「来ると思うよ?足柄のカレー食いに。あの人は来る。絶対に来る」

青葉「勉強熱心ですねぇ」

提督「あ!間違ってもネタ取ろうとするんじゃないぞ。したら怒るからな」

提督「間宮さんは友提督の」
青葉「わーかってますよぉ!それ位の分別は青葉でもつきますぅ!!」

青葉「司令官、青葉の事そんなに信用してないんですか?」ウルウル

提督「そ、ういうわけじゃないけど…その、一応、礼儀ってのがあるでしょ?だから言っておきたかったの。念の為」

青葉「へぇー」

青葉「ま、そういう事にしておきましょうか?」ニヤニヤ

提督「何その言い方…」

青葉「それよりネタといえば一個、面白い事があったんですよ。聞きます?」

454 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 17:07:39.52 ID:aGTrpE+90


提督「え、何」

青葉「副業の方にですね…新しいお客さん、できちゃいました」

提督「………」

青葉「誰だと思います?」

提督「知らない」


青葉「雪風ちゃんですよ」

提督「………」

455 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 17:15:28.22 ID:aGTrpE+90


青葉「どこから聞いたのか雪風ちゃんの方から来ましてね」

青葉「『しれぇの動画ください』って。顔真っ赤にして来たんですよ」

提督「………」

青葉「あまりにも面白かったからスペースも貸して見せてあげたら、まぁた凄かったですよ」

青葉「『しれぇ、しれぇ、しれぇ』って。雌の顔して何度も司令官を呼んで…」

提督「…スペース貸したって事はまさかお前」

青葉「えぇ撮ってます。見ます?凄いですよ」

提督「見ない!早く処分してあげて!」プイ

青葉「えー」

提督「えーじゃない!」


青葉「でも雪風ちゃんがああなったのは、間違いなく司令官のせいですよ?」

青葉「…またやっちゃいましたねぇ司令官」

提督「うるさいなそんなつもりじゃないんだ。あの時だって俺は罰とか脅しになると思って」

青葉「パンツ脱がそうとした?」

提督「普通いきなりアレやられたら嫌悪感が勝るだろ。常識的に考えて」

青葉「残念ながら違いますねぇ」

456 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 17:31:40.07 ID:aGTrpE+90


青葉「嫌いな人とか知らない人だったらそうかもしれませんけど」

青葉「好きな人から無理矢理迫られて困っちゃう、なんて漫画じゃよくあるシチュエーション」

青葉「女の子の憧れですよ?それが懲罰だなんて、逆効果です」

提督「にしたって限度っつーもんがあるだろ普通」

提督「そんな都合の良い女演じて、俺が死ねって言ったら死ぬのか?お前ら」

青葉「言えるんですか?」

提督「またやるって言ったよな?」

青葉「いや司令官は無理ですよ。もう二度とそんな事は言えないです」

青葉「だから、今こうなってるんですから」

青葉「自分が盗聴されてるってわかってて、それでも何も言わないってのが何よりの証拠です」

青葉「青葉がこんな副業やってても、わかってても何も言わないってのが何よりの証拠です」

青葉「口では色々言うけど、司令官は優しいんです。だからもうどうにもならない」

青葉「何かやろうにも裏に何かがあるってのが見え見えになっちゃってる」

青葉「だからもう何やっても無駄ですよ」

青葉「ウチの泊地の子達は、みぃんな司令官の事が好きなんですから」

青葉「しおいちゃんもユーちゃんも、ゴーヤちゃんも」

提督「………」チッ

457 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 17:38:20.34 ID:aGTrpE+90


青葉「司令官だって別にそこまで嫌じゃないんじゃないですか?」

青葉「…現に今こうやって青葉の部屋まで来て、何がしたいんですか?」クスクス

提督「え」

青葉「挨拶だけだったら別に朝礼の時にみんなにしたからそれでも別にいいですよね?」

青葉「こんな二人っきりの場所で、密室で、青葉に何の用事なんですかぁ?しれいかん?」

青葉「さっきから、青葉のどこを見ているか、わかっていないと思っています?」

提督「………」

青葉「言わなきゃわかりませんよぉ?ちゃんと言葉にしてください」

青葉「司令官は何がしたいんですかぁ?青葉は、どうすればいいですかぁ?」ニヤニヤ

458 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 17:42:32.97 ID:aGTrpE+90


提督「…青葉の」

提督「青葉のお尻が恋しくなっちゃって」

青葉「♪」

459 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 17:48:57.71 ID:aGTrpE+90


「よく言えました」

後ろ向きで、僅かに臀部をこちらに突き出した青葉を抱きしめる。

両手を彼女の腹部に回し、かちゃかちゃとベルトを外す。

よく見えなくとも滞りなく完了できる位には繰り返し手馴れた動作。

がさ、とベルトごとズボンがずり落ちる音だけがした。

視界には超至近距離まで近付いた青葉の顔しか映っていなかった。

460 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 17:49:36.21 ID:aGTrpE+90


・・・・・・・・・・・

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461 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 17:57:47.38 ID:aGTrpE+90


「こうしてると何か、生きてるって感じがするんです」

背中に触れる感触を楽しみながら青葉が呟いた。

「生物は死にそうになると子孫を残したいっていう欲求が強くなるって聞いたけど」

青葉の背中とその下の感触を楽しみながら提督が呟いた。

「うーん。でも艤装のストッパーがあるから余程じゃないと怖くなくなっちゃうんですよねぇ」

「たまにさ、やたら緊張感がないように思えるのはそのせい?」

「司令官だったら、私達が危なくなったらすぐ帰還命令出してくれるって信頼してるんですよ」

「信頼ねぇ」

会話を続けながら、提督は片腕をベッドの外に伸ばす。

自分の上着に隠し持っていたものを掴む為に。

その信頼を裏切る為に。

462 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 18:00:19.71 ID:aGTrpE+90


「帰ってきてすぐに青葉の所に来てくれた事、嬉しかったですよ」

「ありがとうございます。司令官」

「どういたしまして」

463 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 18:04:27.52 ID:aGTrpE+90


そう言いながら提督は、手に持ったハンカチで青葉の口と鼻を押さえ付けた。

464 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 18:18:47.87 ID:aGTrpE+90


青葉のくぐもった悲鳴が提督の手の内から響く。

提督は片手で青葉を抱きしめ、片手で口と鼻を押さえ付ける。

脚を絡ませ、本気で抱きしめ、本気で気絶させようと押さえ付ける。

口と鼻から入り込む何かから、青葉は自分の身に何が起こっているのかを理解する。

普段嗅ぎ慣れない薬品の匂い。でも何故。どうして。どうして司令官が。

突然であまりにも予想外な奇襲に対する動揺と身体に入り込む何かが青葉の意識を蝕んでいく。

今青葉を落とす為に使っている片腕以外の全てで青葉を愛でながら、提督は彼女の耳元でささやいた。

「悪ぃな青葉。お前が起きてて視られてると、こっから出るのは難しいだろうからな」

「提督命令だ。ちょっと眠ってろ」

そこから少しの時間が経ち、青葉は眠るように気を失った。

465 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 18:36:46.16 ID:aGTrpE+90


青葉の身体から力が抜けた事を確認し、何度か力を緩めて意識を失っている事を確認する。

これでまずは大丈夫。提督はある種の満足感を覚えながらそそくさと準備を始めた。

散らかったゴミを片付け、青葉に布団をかけ、急いで服を着ていく。

自分の服に仕込まれた機械を記憶と視覚を頼りに外していく。だが最後の一つに手を伸ばし少し考えた後、何も掴まずに引っ込めた。

手に持った機械を机の上に並べ、パソコンを全てシャットダウンさせる。

第二段階はほぼ完了。だが提督の心には焦りしかない。

上着のボタンを上から下までしっかり留めていきながら、青葉の様子をじっと見つめる。

クロロホルムで気絶してそのまま死亡するケースがある、という知識が彼の不安を別所からも沸き立てる。

だが艦娘の身体は戦闘に耐えられるよう頑丈にできている。ストッパーが無くともちょっとやそっとじゃ死ぬ事はない。

不安を湧きたてる知識を別の知識で押し潰しながら、青葉の顔に顔を近付け寝息を確認する。

青葉がしっかり息をしている事実が、彼を少しだけ安心させた。


「ごめんな青葉。本当にごめん」

そう言い残して提督は部屋から出て行った。

466 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 18:42:30.51 ID:aGTrpE+90


もし、生きて帰ってくる事ができたなら

今日の事は仕切りなおしにしよう。

もしこれでも青葉が望むなら、もう一度青葉と触れ合おう。


そう考えながら提督は自分の携帯端末からある人物に電話をかけた。

「あ、もしもし。パラオ泊地の提督と申します」

「実は」

「ブラック鎮守府の、告発を行いたくて…」

467 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 18:44:58.12 ID:aGTrpE+90


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468 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 18:58:24.44 ID:aGTrpE+90


憲兵「提督さん。そろそろ到着します」

提督「わかりました」

提督「ありがとうございます、憲兵さん。無理を聞いて頂いて」

憲兵「いえ、これが我々の仕事ですから」

憲兵「ですがどうして、貴官まで付いて来たいと?」

提督「………」

提督「今から向かうブラック鎮守府の、ブラック提督とは研修の頃の知り合いでして」

提督「まぁ、ちょっとした恨みがあるんですよ」

憲兵「………」

提督「不純ですよね」

憲兵「不純ですね。ですがあの鎮守府がブラック鎮守府である事は確かです」

憲兵「動機が不純だろうが、行いが正しければ一考の価値はあると、小官は考えております」

提督「…そう言って頂けますと、少し安心できます」

469 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 19:08:33.56 ID:aGTrpE+90


車のガラスの向こうで、門が開く音が響く。

「開いた?」

「やけに素直な…まぁそれなら行くしかあるまい」

再びエンジンが音を立て、開いた道の先へと車が進んでいく。

提督は窓の外の風景を、網膜に焼き付けるように見回していた。

道、建物の位置、港の場所。

それらを見回してようやく当たり前のような感情を抱く。かなり大きな鎮守府だ。

そんな感情をくだらないと切り捨て、再び周囲の風景を見回す。

広場、入渠施設、その他諸々。

もしこの場で提督の事に注目している人がいたならば、挙動不審と言われかねない程周囲を見回していた。

だからこそ、まず最初にそれに気付いたのは提督だった。

470 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 19:13:47.22 ID:aGTrpE+90


寮の機能があると思わしき建物の、窓から見える二つの影。

何かに吊り下げられているかのようにも見える、縦長の二つの影。

様々な色で彩られた、少し大きな二つの影。

まるで人を形取っているかような、二つの影。


それは、首を吊ったまま晒された如月型艦娘。

それは、首を吊ったまま晒された睦月型艦娘。


模造品ではない、本物の、生きていた艦娘。

471 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 19:16:50.79 ID:aGTrpE+90



「如月」

「お前の予想、的中していたぞ」


472 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2017/12/25(月) 19:18:42.34 ID:aGTrpE+90

☆今回はここまでです☆
473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 19:44:45.33 ID:uJ8YjF5Po
乙です
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 23:26:10.66 ID:IqstxOW20
乙です
475 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 21:31:02.18 ID:iEoh7WMr0
建物の中に入った二人を出迎えたのは白い軍服を来た男。この鎮守府の提督、ブラック提督だった。

彼の傍には艦娘達が控えている。

吹雪型艦娘、漣型艦娘、電型艦娘、五月雨型艦娘、叢雲型艦娘、朝潮型艦娘に不知火型艦娘。どれも駆逐艦娘だ。

「何だと思ったら妙に懐かしい顔が来た」

「お前が今さら、一体何の用なんだ?憲兵まで連れてきて」

憲兵が一瞬口を開きかけたが、先程車の中で二人が研修時代の知り合いであると言われた事を思い出し、踏みとどまった。

「調べ物をしてたんだけど、まさかそこでブラック提督が出てくるとは思ってなかったよ」

提督が懐から取り出した、ビニールに入れたままのそれを目の前にかざす。

それは伊58が泊地に運ばれてきた時に首に付けていた首輪型の爆弾。

泊地の明石と特別鎮守府の明石が協力して解析した、一番初めに見つけた物だ。
476 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 21:34:49.64 ID:iEoh7WMr0
「これは何だ?」

「…うちの艦娘が遠征中に『死体』を見つけたんだ」

「その死体が付けていた機械がこれだ。調べてみたら、爆弾だったらしい」

この手の話題での定型文に対して提督は詳細まで説明をしていく。

多少の嘘を交えながら、九割近くの真実を、はっきりとした口調で伝えていく。

「見覚えあるか?」

首輪型爆弾だったものをブラック提督に手渡し、その顔をじっと見つめる。

その表情が少しでも変わらないかと様子を伺いながら。

この装置がこのブラック鎮守府のものである事は確信している。

伊58の言葉とそれを裏付ける憲兵の調査。罪に問える程の証拠は既に挙がっている。

今提督が持つ中でも一番大きな証拠となるこの装置を見て、ブラック提督はどう出るか。

とぼけた振りをして逃れようとするならば証拠を出して追い詰めていける。

目の前のブラック提督はどのような反応を示すのか。


「ある」

「これは俺の鎮守府で作った装置。ヌカヌカカナル君2号だ」
477 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 21:48:26.43 ID:iEoh7WMr0
毅然とした態度で帰ってきた自白と、くだらない情報によって一瞬で練っていた策が崩れた。

だが悪い事ではない。用意してきたものが全て無用になっただけの話だ。

「…この爆弾を、お前らが作ったんだな?」

念の為、確認するように提督が問うもブラック提督は何ら動揺も後悔も見せずに言い切った。

「あぁそうだ。逃亡と反乱防止用に俺が明石と夕張に命じて作らせた」

「この装置を両手両脚と首に付け、何かあれば爆発して吹っ飛ぶようにした。手も足も、首もな」

「起爆装置は俺が持っている。これを付けた奴が少しでも俺の気に障る事をすればすぐ爆破できるって事だ」

「…貴様」

いけしゃあしゃあと自らの外道を武勇伝のように言い聞かせるその様に憲兵が眉間に皺を寄せる。

そして目の前のこの男、ブラック提督が外道である事を確信する。

だが、彼にはどうしてもわからない所があった。何故憲兵である自分を前にして、あっさりと自白するのか。

諦めた様子でも無く、自暴自棄にも見えない。

そんな男がどうしてあっさりと自白したのか。その妙な自信が不気味だった。

ある種の混乱から抜け出す為に、憲兵は無理矢理物事をシンプルに考える事にした。

この男が艦娘を虐待し殺害する犯罪者であるのは事実。提督の証言、提示された証拠と、先程見た睦月・如月型艦娘の首吊り死体が何よりの証だ。

そしてこの男は自分の罪を自白した。つまりこれで何事も無く逮捕できる。それで終わりだ。

そう考え、怒りを静めようとした憲兵の耳に予想外の言葉が聞こえてくる。


「で、それが何か問題でも?」
478 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 22:02:27.85 ID:iEoh7WMr0
目を見開いた。そして口を開く前に提督が憲兵の心を代弁するように追及する。

「問題だ!お前がやっている事は艦娘の強制労働」

「それだけじゃない。『死体』には暴力を受けた跡が残っていた…お前は、艦娘を虐待していたんだろ!?」

「ここに来る前に潜水艦娘を一人見かけた。身体に痣があって、死んだ目をしていた」

「それと俺が見つけた『死体』も潜水艦娘だったし、身体に無数の傷と痣があった」


「オリョールクルージングだろ!?潜水艦娘に不眠不休で働かせながら、気晴らしで暴力まで振るった!!」

「こんなふざけた機械まで作って、無抵抗にさせた上でだ!!」

「お前らがやった事は許されるものじゃない!!!」


はっきりと、大声で、事実を突きつけるように話す提督に対し、ブラック提督はどこまでも冷静、否冷淡な反応を示す。

「許されるものじゃない?お前が、何の権利があってそんな事を言う?」

「潜水艦娘の役割がオリョールクルージング以外無いんだから仕方が無いじゃないか。潜水艦娘に他の使い道があるとでも?」


「いいか。俺達がやってるのは戦争だ。戦争には資源が必要だ。戦争を続ける為にも資源の回収は最重要なんだ」

「一個人の心情なんざ気にしてる場合じゃない」

「なのに疲れただの、休みをくれだの、そんなグダグダと弱音を吐く奴を拳でわからせて何が悪い?」

「俺がやっている事は勝つ為に必要な事だ」

「そんな事も理解してないんだからお前は、成績最下位の無能提督なんだよ」

ブラック提督の傍で話を聞いていた漣型艦娘が提督を鼻で笑い、その声は提督にもはっきりと届いた。

漣型艦娘の方を一瞥する。提督には一瞬だけ彼女が特別鎮守府の漣とダブッて見えた。

冗談を言い合い趣味の話に花咲かせる、年下の親友と同じ声、同じ姿をした憎き相手。

目の前の彼女は同じ姿で、同じ声で、同じ魂で、全く違う心を見せる。何故、と考え出そうとしたその瞬間提督は我に返った。
479 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 22:11:16.71 ID:iEoh7WMr0
ブラック提督の言い分は論理としては正しい。

資源が無ければ戦えない。戦えなければ、世界は深海棲艦に支配され人間は絶滅するかもしれない。

種の存続がかかっている戦いに一個人の心情を汲みいれる余地は無い。

そこだけ切り取れば、その通りだ。種全体を生き残る為に多少の犠牲は必要、と考える事もできる。


だが提督は覚えている。

先程見た、首を吊られ晒された睦月と如月の姿。

そして伊58の心と身体に刻まれた傷をはっきりと見て、覚えている。

その記憶がブラック提督の言い分を叩き潰す最大の要因となる。


「…じゃあ、あの窓から吊り下げられた二人はどう説明するつもりだ」

「あれが、どうって?」

「睦月と如月だ!!何であんな真似をしているかって聞いてるんだよ!!!!」

「あれが、戦争と、どう関係あるって言うんだ!!!」

「あれが勝つ為に必要な事か!?味方をブッ殺して晒しモノにする事と戦略に何の関係があるんだ!?」

「言えよ!!!!!!!」
480 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 22:13:38.66 ID:iEoh7WMr0
激昂への返事は無言。それが提督の感情を更に逆撫でしていく。

「綺麗事ばかり言いやがって!!お前の言ってる事は全部嘘っぱちだ!!」

「お前は!!!ただ誰かを傷付けて殺したいだけじゃねぇか!?」

「何が潜水艦娘の役割だ!何が反乱阻止だ!!何が戦争を続ける為だ!!」

「そんなもんは建前なんじゃねぇか!!!」

「お前は!!綺麗事や一方的な正義を押し付けて自分の殺しを正当化したいだけのクソッタレのクソ提督だ!!!」

「だから潜水艦娘を虐待する!!だから睦月と如月を殺した!!!」

「一緒なんだよ!!お前は仲間を傷付け殺して喜ぶ最低のサディスト、サイコパスなんだからな!!!」

「それがお前だ!!!」


「この…」

「ク ソ 野 朗 が ぁ !!!!」
481 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 22:18:45.85 ID:iEoh7WMr0
そこまで言い切り、息を吸った瞬間


「司令官を愚弄するなァ!!!!!」


背後から聞こえた怒号と激痛がほぼ同時に提督を襲った。

脚の間から何かが引き抜かれるのを感じながら、腰を折り曲げ床に倒れ伏す。

下半身の激痛。体外にありながら内蔵の一部である箇所への蹴り上げ。

簡潔に言うならば後ろから股間を蹴り上げられた。

胃まで裏返るかという程の痛みと怒号でそれを把握するが、起き上がれない。

艤装を付けていない、かつ非力な駆逐艦娘とは言え多少は鍛えてある脚で股間を蹴られたのだ。

目を強くつぶり、歯を食いしばり、声が漏れないようにするのが精一杯だ。
482 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 22:31:43.65 ID:iEoh7WMr0
「あんな雌豚、絶殺されて当然よ!」

「朝潮のように戦闘にも出られない雑魚!」

「朝潮と違ってどこの鎮守府にも重宝されない産廃!」

「朝潮の司令官を誘惑する事しか考えてない淫乱女の分際で…!!!」

「あの雌豚のせいで、鎮守府が、艦娘全体の地位が貶められた!」

「あろうことか、司令官の顔にまで泥を…!!」

「そんな死んで当然、産業廃棄物どころか核廃棄物にも劣る生ゴミを!!殺して何が悪い!!!」

「朝潮達の手で殺されるだけでも光栄に思うべきなのよ!!!」


朝潮型艦娘の怒号が上から降り注ぎ、電型艦娘が嫌がらせのように落ち着いた声でそれに続く。

「少し前に睦月ちゃんと如月ちゃんがてるてる坊主を作っていたのです」

「ゴミの分際で生意気だったから、代わりに如月ちゃんをてるてる坊主にしてあげようと思ったんですけど、睦月ちゃんが邪魔するから…」

「姉妹揃って首を吊らせて、窓から下げたのです」

「ゴミにしてはなかなかいいてるてる坊主っぷりになったのです」

「でもそしたら、死んでしまったのです」

「死んだ、のです…ふふふふふ」


「ふふふふふ!!!ふふふふふふふふふふふふふふふふ!!!!!!」



「DEATHDEATHデース!!!!死んでしまったの、でーす!!!!!」

「きゃはははははははははははは!!!!!!!あははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」

483 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 22:37:36.79 ID:iEoh7WMr0
堰を外したように、一斉に笑い声がこの空間に轟いた。

提督は床に倒れ伏したまま、吐き気を堪えながら周囲を見渡す。

吹雪型

綾波型

暁型

初春型

白露型

朝潮型

陽炎型

島風型

夕雲型

多くの駆逐艦娘。

そして鳳翔型

天龍型

川内型

駆逐艦娘に混ざって少数存在するその他艦娘。

伊58から聞いていた通り、重巡洋艦娘も戦艦娘もいない。だが、その数十人の艦娘が提督と憲兵を囲んでいた。


「貴様ら何をしている!!!」

憲兵が笑い声をかき消すように怒号を上げるが、ブラック提督の片手で静止された。

「憲兵殿。貴方では俺を逮捕できない」

「いや…誰も、俺とこの可愛らしい駆逐艦娘たん達を逮捕する事などできやしない!」

「馬鹿な事を言うなぁ!!」

罪を犯せば罰せられる。社会のルールを完全に覆すその発言を憲兵は馬鹿な事と切り捨てる。

この外道どもをこの場で逮捕できないのならば何の為の規則か。何の為の憲兵なのか。

戯言だ。この男が言う事は戯言だ。そう憲兵の頭の中でブラック提督の言葉が何度も何度も切り刻まれていく。

「少し冷静になってください。そんなに俺の言っている事を疑うなら貴方の上司に聞いてみればいい」

「誰も、俺達を逮捕する事などできやしないとわかるから」
484 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 22:41:24.31 ID:iEoh7WMr0
ぴん、と指を一度鳴らすと朝潮型艦娘と不知火型艦娘が一切躊躇することなく顔を上げブラック提督の方を向いた。

「朝潮、不知火。憲兵殿を別室までお連れしろ」

「了解しました」

「抵抗はしない方がいいです。貴方の首が飛びますから」

両脇を抑えられたまま憲兵は連れて行かれ、倒れ伏したままの提督は残された。


その周囲を多くの艦娘が敵意の視線を送りながら囲んでいる。

自分の提督、司令官を侮辱した提督に対する怒りと、ヘドロのようにドロドロとしたドス黒い加虐心を孕んだ目で。
485 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 22:51:16.80 ID:iEoh7WMr0
ブラック提督は倒れた提督の髪を掴み、勝ち誇った目で彼を見下す。

「クソ野朗か。俺に対してよくもまぁそんな口が利けるな?」

「一番のクソ野朗はお前だろ?裏切り者の提督君」

「あぁ。そういえばそうだったな。裏切り者のクソ野朗」

天龍型艦娘が唾を吐いて毒づく。唾が脇腹に当たり、白い軍服に染みを作る。

事情をよく知らない他の艦娘達は好奇心と窃視願望を露に首をかしげた。


「こいつは深海棲艦と密通して人類を売った」

「史上最悪の裏切り者の一人さ」
486 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 22:56:45.40 ID:iEoh7WMr0
「アイアンボトムサウンドの話は聞いた事があるだろう?」

「数多くの轟沈者を出した、史上最悪の大規模作戦」

「何故そう呼ばれるに至ったか。その一番の原因はいくら敵の本拠地を叩こうがすぐさま修復された事だ」

「それによって戦いが長引き、功を焦った提督や艦娘が無策で突撃…沈んでいった」


「では何故、敵の本拠地が修復されたのか?」


「その答えはただ一つ」


「人間陣営に裏切り者がいたからだ」


「深海棲艦と必死に戦っている裏で、深海棲艦と密通して物資を横流ししていた裏切り者がいたからだ」


「大本営から送られてきた物資と資源を深海棲艦に横流しして、奴らはその補給ルートをフル活用。本拠地の修復を行った」


「そして、アイアンボトムサウンドは無間地獄になった」


「一部の人間の私利私欲に塗れた裏切りで、あまりにも多くの、取り返しの付かない程の犠牲者が出たんだ」
487 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 23:01:41.58 ID:iEoh7WMr0
「その後大本営は裏切り者の存在を察知。憲兵隊も動き回らせて裏切り者の捜索と逮捕に回った」

「そこまでしてようやく、深海棲艦への補給ルートを断つ事ができた」

「もうあいつらに本拠地の修復を行うほどの物資が送られる事はない」

「だけどな。その時の裏切り者の一部はまだ娑婆に残ってのうのうと生きているんだよ」
488 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 23:03:44.91 ID:iEoh7WMr0


「それがこいつだ」

「パラオ泊地所属、提督特務中佐」

「こいつこそが、人類の敵なんだ」

489 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/11(木) 23:07:19.90 ID:iEoh7WMr0
☆今回はここまでです☆

てるてる坊主って何の事だ、と思われるかも知れません。
季節限定家具の梅雨の緑カーテン窓と、季節限定ボイスが元ネタです。
もう一つ元ネタがあるのですが、見つからず…あれは夢だったのか。気のせいだったのか
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/12(金) 22:13:11.46 ID:nLLg+Ri1o
おつ
続き待ってるわ
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/15(月) 10:05:41.21 ID:GYcwVX5To
おつ
492 : ◆ZFgfLAc.nk [sage]:2018/01/24(水) 23:05:52.89 ID:Rszmy9Zk0
相変わらずめっちゃ遅くなってますが生存報告
493 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/27(土) 18:54:37.62 ID:x4LQrqlJ0
・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・
494 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/27(土) 18:58:31.16 ID:x4LQrqlJ0
「納得できません!何故逮捕してはいけないのですか!?」

客室に憲兵の声が響く。至近距離で大声を受けた通信端末がその声を電波に載せてそのまま相手に送っていく。

「何でもだ。とにかく君は動こうとするな」

それに対して彼の通信端末から聞こえてくる声は落ち着いている。その落ち着きが憲兵のいらつきを更に煽った。

「何もしないわけにはいかないでしょう!?」

「奴は潜水艦娘に労働を強制し、それだけでなく虐待して殺害しています!」

「だとしても何もするな」

「どうしてですか!?」

何もするな。何故。

何もするな。何故。

この繰り返しがこれまで二度三度繰り返されてきた。

そしてこの無意味な繰り返しに痺れを切らした通信相手が彼を納得させようと論調を変える。

「いいか正直に言おう。我々はブラック提督を失う事を良く思っていないんだ」
495 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/27(土) 19:05:45.60 ID:x4LQrqlJ0
「少し考えてみてくれ」

「奴の鎮守府の所属艦娘を見ただろう。殆どが駆逐艦娘、潜水艦娘、それと他艦種の艦娘が少し。それだけだ」

「ではこの構成でどうやって日々鎮守府を運営していると思う?」

鬼級、姫級との戦いで重要になる重巡洋艦娘以上の艦娘や、正規空母娘がいない鎮守府が日々どのような活動をしているか。

当然できる事も限られてくる。強力な深海棲艦が出現する海域には出られないからだ。

今まで集めた情報を基に推測して憲兵は答えを出す。

「遠征とオリョールクルージング、ですか」

「そうだ。その鎮守府はその二つで回っている」

「ではもう一つ考えてくれ。そうして手に入れた有り余る資源を、ブラック提督はどうしていると思う?」

「戦艦娘も正規空母娘もいないその鎮守府で溜まり続ける多くの資源を君ならどう扱う?」

どう扱う。その問いに憲兵の考えが詰まる。

低燃費の小型艦娘による遠征、オリョールクルージングで資源は溜まる一方だ。

この資源をどう扱う?資源とは艦娘の艤装を動かす為の必需品だが、それをどれだけ使おうが収入の方が上回る。

余った資源は大規模作戦に備えて備蓄に回すのがセオリーだ。だがこの鎮守府の構成では大規模作戦で戦果を挙げるのは難しい。

いくら遠くの敵に砲弾を当てられるようになろうが、敵の装甲を貫けなければ意味が無い。

溜まり続ける多くの資源をどう使う?考えても考えても憲兵には自分が納得できる答えが出す事ができない。
496 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/27(土) 19:11:51.11 ID:x4LQrqlJ0
数秒の沈黙の後、通信相手が答えを出してきた。

「答えは『他の鎮守府に売り捌く』だ」

「ブラック提督は手に入れた資源を商品として他の鎮守府に売買しているんだ」

「その顧客の中には多大な戦果を挙げている提督も数多くいる」

その答えは憲兵に、疑問が解けた快感と恐怖を同時にもたらした。

この鎮守府は規模の割りにあまりにも豪勢な造りをしている。今ここにある小物一つ取っても高級品ばかりだ。

何故そんなものがここにあるのか?そしてあの男は資材を売り捌いて稼いだ金をどう使っているのか?

一部は賄賂。今こうやって上層部がブラック提督を庇っているのもそれがあっての事だ。

そして残りは何の戦術的価値も無い贅沢にのみ使われている。

食材、家具、パソコンにゲーム機、雑誌に漫画に酒に煙草等々等。

ありとあらゆる軍事的価値の無い贅沢に残りの全てが注がれていた。

他の提督が日々任務や作戦で奮闘している中、彼らはここでだらだらと無為に日々を過ごす。

潜水艦娘を始めとした、自分達が弱者とみなした艦娘達を虐げながら。

傷付かず、痛みも感じず、ただ快楽それだけを感じて過ごす無為な日々を、無価値な死体を増やしながら延々と続けている。
497 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/27(土) 19:16:34.13 ID:x4LQrqlJ0
「つまり彼がいなくなれば今後の作戦遂行が困難になるかもしれない」

「我々の敵は人間ではない。人間を滅ぼそうとする侵略者、インベーダーのようなものだ」

「負ければ人間が滅びる。だから我々は勝たなければならない。作戦の失敗は許されないのだ」

だが資源を供給する存在が必要不可欠である事も確かだ。

資源が無ければ作戦の遂行すらできないなら、資源を供給するブラック提督の存在がどれだけ重要であるかなどすぐにわかる。

人類の存亡がかかっている作戦に失敗が許されないなら、彼の役割は作戦成功に欠かせない存在である事などすぐにわかる。

「だから、逮捕するなと?」

「そうだ」


「その陰で何人の艦娘が虐げられて殺されていると思っているんですか!?」

しかしその為に犯罪を見逃していいとはならない。正義感の強い憲兵は葛藤しつつも叫んだ。

守る為に味方を殺すのか。それを良しとしていいのか。それが本当に正しい事なのか。

「潜水艦娘だけじゃありません!睦月型艦娘と如月型艦娘も首を吊って晒されているんですよ!?」

「こんな鎮守府を見逃して何が憲兵なんですか!?」

そんなはずがない。多くの人が生き残る手段を探していかなければいけない。

例えそれが自分の死を覚悟して戦場に立つ軍人であっても、無為に殺していいものではないはずだ。

まして戦いの果てで死ぬのではなく味方に虐め殺される末路など、絶対にあってはならないはずだ。

胸のざわめきを力で抑え付けるように憲兵は力の限り叫んだ。
498 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/27(土) 19:19:11.06 ID:x4LQrqlJ0
「いいから黙っていろ!!」

そんな彼を更に大きな力で抑えようと、通信端末から大声が届いた。

「なら今奴と話をしている特務提督はどうなるんですか!?」

「奴の艦娘が提督に暴行を加えるのを見ました!このままでは彼は!!」

相手を言い負かす為だけに飛び出した考えを、憲兵は一切ろ過せずに相手にぶつけた。

艦娘が失われるのならともかく、指揮官の立場に居る特務提督ならどうだ。失えば鎮守府や泊地一つが丸ごと機能停止する。

嘘は吐いていない。憲兵は事実だけを述べた。

彼が今危険な状況にいるのは確かだ。さぁどう出る。
499 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/27(土) 19:21:42.08 ID:x4LQrqlJ0
「それでも動くな。君は彼には何もせずに帰ればいい」

「それと君が考えているであろう最悪の場合だが」


「その特務提督の死体の処理は君がやれ」


「あの鎮守府はあのままでいい。あのまま維持するのが一番なんだ。何の騒ぎも起こす事無く、資源を供給している現状が一番なんだ」

「彼には何もするな。死体の処理は君がやれ」

「これは命令だ。以上」

通信端末からの声はそう言い残し、切れた。
500 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/27(土) 19:24:47.72 ID:x4LQrqlJ0
☆続きます☆
501 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/28(日) 20:35:15.08 ID:kHsRUOb+0
・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・
502 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/28(日) 21:03:16.10 ID:kHsRUOb+0
-同時刻 パラオ泊地-

阿賀野「矢矧!?矢矧!?そっちに提督さん行ってない!?」

阿賀野「いないぃ!?そ、それじゃあ友提督さんとか何か知ってない!?」

阿賀野「提督さんがいないのよ!!いなくなっちゃったのよ!!」

龍田「ほんとにどこ行っちゃったのかしらね」

龍田「提督ー?出てこないと後でひどいわよー」

那珂「ほんとにそれで出てきたらいいんだけどねー!」


大淀「青葉、提督は何かおっしゃられてましたか!?」

青葉「いえ、その…いきなり薬をかがされて」

大淀「クロロホルムって誰よこんなの持ち込んだの!?」

明石「あー…うん。それ私だ。そういうプレイしたいのかなーって思って仕入れちゃった」

大淀「何やってるのよこの淫乱ピンク!!」

阿賀野「納豆ヘアー!!」

龍田「ドスケベスカート」ボソッ

明石「ちょ酷くない!?というかあんた達に言われたくないんだけど!?」
503 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/28(日) 21:14:05.37 ID:kHsRUOb+0
明石「盗聴器の類は?ワレアオバで使ってる奴」

青葉「取られてるみたいで…!あ、いや、ちょっと待って!!」

阿賀野「もしかしてあるの?」

青葉「ちゃんと数えてなかったけどもしかしたら取られてない奴があるかも!」

青葉「1、2、3…やっぱり。司令官一個だけ付けたままだ」

青葉「よぉしそこの盗聴器から音声を取れば場所がわかるかも!!」カタカタカタカタ

大淀「どれ!?」

青葉「わかんない!しらみつぶし!!」

那珂「ですよねー!!」
504 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/28(日) 21:24:19.40 ID:kHsRUOb+0
青葉「1個ずつ調べるから何か音立てたり声出したりしてみて!」


大淀「あーあー!」

青葉「違う!」


那珂「You listen to my voice Listen to my heart〜♪」

青葉「違う!」


龍田「」ガリガリガリガリガリガリガリガリ

青葉「違う!」


阿賀野「あ、あ、あ、あっぷるぺんぺんぺん!!」

青葉「違ーう!」
505 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/28(日) 21:35:38.93 ID:kHsRUOb+0
『…!…!』

青葉「あった!これかも!?」

大淀「音量上げて!」

青葉「わかってる!!」

『…ね!』

青葉「…」
506 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/28(日) 21:45:46.33 ID:kHsRUOb+0
『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!裏切り者!』

『死ね!』

『この鎮守府から出て行け!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『なのDEATH!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『なのDEATH!』

『死ね!』

『死ね!』

『なのDEATH!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『死ね!』

『なのDEATH!』

『死ね!』

『死ね!』

『なのDEATH!』

『死ね!』

『死ね!』
507 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/01/28(日) 22:46:02.16 ID:kHsRUOb+0
☆続きます☆
508 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:01:22.90 ID:7pY4BLrl0
「がふ!ごっ!おぇえ!おごえぇえ!」

腹部にめり込む複数の足と拳が内臓を痛めつけていく。

消化が間に合わなかった内容物が逆流し、提督の口から吐き出された。

「うぅわ!汚ぇな!!」

最後の一撃を加えた天龍が床にぶちまけられたモノから逃げるように後ずさった。

痛みと止まらない吐き気で歪む提督の視界に吐瀉物が広がっていく。

おかしいな。そう感じた彼は今日の食事の記憶を辿る。

泊地を抜け出す前にこっそり作って食べた握り飯、今日彼が食べたものはそれだけだ。

白い米に白い塩。海苔すら巻かない、人によっては料理とも呼ばないであろうそのあまりにもシンプルなその料理を彼は好んでいた。

自分で作る握り飯。ただ真っ白で、塩の辛さと米の甘さが口の中で溶け合う握り飯。

自分で作るからこそ美味しいと感じる。自分で作ったからこそ価値がわかる料理。


なのに、目の前で吐き出された握り飯の成れの果ては何故こんなにも赤いのか。

喉を焼く苦味と一緒に来るこの鉄のような味は何だ。
509 : ◆ZFgfLAc.nk [sage]:2018/02/08(木) 19:07:11.84 ID:7pY4BLrl0
「何だ、血はまだ赤いのか?てっきり青い血でも出すかと思ったんだけどなぁ裏切り者ォ!!」

声が裏返ったブラック提督の声が頭上から聞こえる。声の大きさからしてすぐ近くにいるのが提督には感じ取れた。

その言葉の間違いは、どうしても訂正しなければならない。

「あの時の疑いは晴らしただろ!?俺はあ号艦隊決戦作戦を成功させた…それで全部終わりだったろ!」

「そんな事で俺が納得するかァ!!!」

痛む箇所に響くか、という程の叫び声が食い気味に返ってくる。

「お前は深海棲艦に資源と情報を流した!どれだけごまかそうが俺にはわかる。お前は裏切り者だ!!」

「お前は俺達に嫉妬していたんだ。成績最下位で何をやっても駄目駄目の無能提督!!」

「お前は自分が認められないこの世界を恨んだ!そして俺達と世界を滅茶苦茶にしてやろうと企んだ!!」

「お前はガキだからな!!だから裏切った!!深海棲艦に世界を売り渡したんだお前は!!」

「俺にはわかる!!お前みたいな馬鹿の考えなんて俺にはお見通しなんだよぉお!!!!」

アドレナリンを大量に湧き立たせている脳の与える命令に従い、ブラック提督は目の前のゴミを力一杯蹴り上げた。
510 : ◆ZFgfLAc.nk [sage]:2018/02/08(木) 19:09:55.54 ID:7pY4BLrl0
ブラック提督「あぁーもういいや。こいつの処理はお前達に任せる。飽きるまで使ってやれ」

電「殺してもいいのです?」

ブラック提督「[ピーーー]と面倒が増えるんだけど、まぁいいんじゃね」

ブラック提督「こんな奴死んだって問題ないだろ?」

電「なのですなのです♪」

天龍「だとよ。とうとうお前も終わりだな。フフッ怖いか?」

提督「…クソだよ。お前ら全員」

天龍「あ?」

提督「そうやって潜水艦娘や如月達を殺して何になるかわかってんのか?」

提督「死人が増えれば深海棲艦が増える。それがわかってやってんのか!?」

提督「お前らが遊びでやってる人殺しはただ深海棲艦を増やすだけの利敵行為だ!!」

提督「何が裏切り者だよ。お前らのほうがよっぽど裏切り者じゃねぇか!!」
511 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:12:08.59 ID:7pY4BLrl0
雷「それの何が悪いの?この雷様をあなた達と一緒にしないで貰えるかしら」

提督「…は?」

雷「わたしは何やっても許されるのよ。何やったって生きていけるのよ」


雷「だってわたしは愛されているから!」


雷「あんなゴミクズとは違う!わたしは愛されている!あいつは愛されていなかった!」

雷「愛されなかったら、死よ!当然じゃない!!」

雷「でもわたしはああならない!だってわたしは愛されているから!!」

雷「だからわたしは死なない!あいつとは違う!わたしは特別!特別なの!!」

雷「だから何でも手に入る!どこにいっても誰にも愛される!!」

雷「あいつは愛されなかった!どこにいったって愛されない!!」

雷「だからテレビでも轟沈したんでしょ!?だから殺した!!いいじゃない!誰にも愛されないゴミを殺して何が悪いの!?」

雷「むしろ感謝して欲しいくらいだわ!『雷様のかませ犬にしてくださってありがとうございます』ってね!!」
512 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:16:32.81 ID:7pY4BLrl0
「あぁそうかよ。いつかてめぇらみてぇなのが出てくると思ってた所だ」

耳を疑いたくなるような暴言を提督はあっさりと受け入れた。彼は本当にいつか彼女のような存在が出てくるであろうと予想していた。

何故なら彼女達は艦娘であり、艦娘のベースは人間であるからだ。

暁型、一部朝潮型は多くの鎮守府に配属されている駆逐艦娘の中でもメジャーな存在だ。

その理由は彼女達の見た目と性格、それが小児性愛の性癖がある特務提督達にうけたからだ。

後進の特務提督は先進に倣い、戦略的価値の薄い理由で決められたメジャーな彼女達を選択する。

特務提督とその鎮守府泊地の人事事情の歴史は殆どがその繰り返しだ。

そしてそれを繰り返していく事でとある深刻な問題が彼らの預かり知らぬところで現れてくる。


それは艦娘間の格差だ。
513 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:27:51.00 ID:7pY4BLrl0
艦娘という存在が認知され始め艦娘候補生達にも現場の情報が伝わるようになると、彼女達の心に今まで無かった不安が出てくるようになる。

あの艦娘にはなりたくない。あの艦娘になりたい。

魂の適正などという、人間からして見れば不確かなそれが彼女達の今後の全てを左右するようになる。

上記の通り暁型・一部朝潮型艦娘の適正を受ければその後の人生に光が見える。

特務提督の寵愛を受け、万が一の事があったとしても悲劇のヒロインとして祭り上げられるだろう。


だが、例えば潜水艦娘の適正があるとわかってしまえばどうなるか。

彼女に待っている未来は馬車馬のように延々と働かされる事だろう。

甘味処で舌鼓を打つ他の艦娘を横目に、延々とオリョールクルージングに狩り出されて行くだろう。

最悪の場合はこのブラック鎮守府のように虐げられ殺される。

例えば如月型艦娘の適正があるとわかってしまえばどうなるか。

あのドキュメンタリー番組の模倣が世界中で流行した今、多くの如月型艦娘がその後を追って轟沈させられている。

生存権を奪われ悲劇の舞台装置として痛みと恐怖の中死んでいく可能性が大きいのだ。

誰にも見向きされずあったとしても自分のものではない不幸に酔いしれる、あぁ自分はなんて優しいんだろう、という自己表現の自己陶酔の涙だけ。

自分達がその材料として消費されていくという未来が彼女達の目前に立ちふさがるのだ。


それを知って絶望する哀れな負け組達を見て、勝ち組となった艦娘達は優越感に浸る。

自分はあぁはならない。自分は勝ち組だ。自分は特別な存在なんだ。

自分は愛される。たとえどこの鎮守府に行こうが。何故なら自分は勝ち組の艦娘だからだ。

戦果を上げずとも、傷を負わずとも、ヒエラルキーの上位に立てる勝ち組の艦娘だからだ。

人気の艦娘になる、というアドバンテージは特務提督の人事ではかなり大きいものとなると理解していた。

良くて秘書艦、上手く行けばケッコンカッコカリ、そしてその特務提督が有能であればそれだけで将来は安泰。

何の苦労も要らない。ただ提督の好みの反応をするフリさえし続けていれば自分の未来はバラ色になると考えるようになる。


そして彼女達が向かった先で見るのはその通りの未来だ。

輝かしい未来を得られると思っていた者は特務提督の寵愛を受け地位を確かなものとし

反面モノとして消費される未来に絶望した者は消耗品として死に絶えていった。

寵愛を受けた艦娘はその消耗品達を陰で見下し、蔑み、優越感に浸る。特務提督には自分の本性を隠しながら、格下となった艦娘を虐げる。

その候補生全員がかつて予想した通りの未来が、情報の正確性を補強して周囲に伝播していく。

残虐で陰湿な格差体制が更に強固なものとなっていく。
514 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:35:49.09 ID:7pY4BLrl0
その救いの無いループの果てに出来上がったのが提督の目の前に立つ醜悪な娘。

上っ面のプライドと上っ面の可憐さの内側はヘドロよりも吐き気を催す腐臭と醜悪を撒き散らす。

愛や人気と言ったものと引き換えに、艦としての誇りすら失った人間の末路。

恐らく睦月・如月型艦娘も伊58から聞いた話を聞いた限りでは、そういう艦娘だったのだろう。

だがあの番組によってその地位が貶められ、彼女らは一気に最下層まで堕ちた。そんな彼女達の結末があの窓際の首吊り死体だ。

ヒエラルキー最下層に置かれた彼女達に同情も何も無い。ただ他がそうしている通り、消耗品として殺されていくだけだ。

ブラック提督はそれに気付いているのだろうか。気付いていないのか。それすら当然の結果として受け入れているのか。

それとも自分の考えに追随する者として彼女達すらも自己陶酔の消耗品としているのだろうか。


いずれにせよ、この元凶は特務提督達だ。

戦略的に何ら意味の無い格差を設けた事による意味の無い悲劇。無意味な傷と無意味な死。

もし彼らがこれを見たらどう思うだろうか。怒るだろうか、悲しむだろうか。これは嘘だこれは夢だと認めないだろうか。

だが彼らにはそんな権利すらない。そんな権利を与えられるべきではないし、そんな権利を持っているという自覚すら与えられるべきではない。

何故なら今目の前に広がる地獄こそ彼らの軽率な考えの産物なのだから。

彼らが一人一人の人間として艦娘を見ていたのならば起こりえなかった地獄。

そう。『ならば』だ。これは仮定の話。つまり現実はそうならなかった。だからこそ提督は今この地獄を目撃している。

この地獄の本質は掃き溜めだ。誰もが見向きをしなかったからこそ産まれてしまった地獄なのだ。

そして、人が人であるが故に産まれた地獄でもある。
515 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:41:01.52 ID:7pY4BLrl0
「意味わかんねーよ死ねバーカ!!!」

「あはははは!!それポプテピ!?ポプテピ!?あはははははははは!!!!」

提督の目の前に立った彼の親友、漣にそっくりな別人が両中指を立てながら叫んだ。

「死ねーッ!死ねーッ!死・死・死・ね!!」

周囲の反応からしてまたネットや漫画のネタなのだろう。そんな所まで彼女にそっくりだ。だが、それ以外は全然違う。

どうして同じ漣型艦娘なのに。どうして、こうなったんだ。

提督の知る漣は、漣型駆逐艦娘の面々はあんな残酷な事をするような人間ではない。

漣も、潮も、曙も、みんな誰かを想っていた。助けたいと、苦しみを取り除きたいと、誰もがそう思って動いていた。

今はもういない朧も、確かそうだった。

それが彼が知る漣型駆逐艦娘だ。ではこの目の前のこいつは何だ。

周囲に立ってこちらを嗤うこいつらは何だ。どいつもこいつも嗤ってやがる。

どいつもこいつも自分より格下と見るや否や奴隷のように扱い、虐め殺す最低のクズどもだ。

でなければ今ここにはいない。鎮守府を去っているか、それより前に殺されているか。

もしくは先程の雷の発言に反論するはずだ。

だが現実にはここにいる誰もがそう信じ、自分が特別、自分は愛されていると実感していた。

雷の発言に何ら間違いは無い。

自分達は愛されているから何をやってもいい。愛されているから死なない。

そう心の底から信じていた。
516 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:46:51.48 ID:7pY4BLrl0
「てめぇが死ね」

提督が思わず呟いた。精一杯考えて思いついた反撃の言葉だ。だがあまりにも小さい。

それでもその言葉に気付いた一人が、目を見開いて提督に近付き胸倉を掴む。

「なんて事を言うんですか!!」

左頬をぶん殴られてまた地面に倒れこんだ。

「許しません!絶対に許しません!!」

マウントを取られ、乾いた音と頬の痛みと同時に視界が激しく左右に揺れる。

「流石お母さん!流石お母さん!!母は強し!母は強し!母は強しぃぃぃぃぃぃー!!!」

誰かが叫ぶのが提督の耳に入る。状況がグルグルと変わるせいでもう誰が発言しているかも提督にはよくわからない。

だが誰が殴ったかはわかった。軽空母艦娘鳳翔だ。

何が母だ。こいつが本当に母を気取るなら潜水艦娘を虐げている時に止めるべきだった。

だがこいつはそれをしなかった。所詮こいつも周囲の奴らと同じ。自分の地位に甘え、自分の地位を優位に感じ、それに酔っているだけ。

『母』という魅力、いやこの場合は属性と言った方が正しいか、に甘え酔っているだけで何もしない醜悪な人間。

『鳳翔』という名に酔い、『鳳翔』という名声に依存し、『鳳翔』という存在に甘える醜悪な人間。それがこの鳳翔だ。
517 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:50:04.59 ID:7pY4BLrl0
「さっきから如月如月如月如月うるせぇんだよ」

鳳翔が身体の上からどいた途端、今度は髪を掴まれて頭を持ち上げられる。

強引に動かされた視界の先で天龍がその手の中に何か布のような何かを握り締めていた。

「だったらこれでも食ってろクソがァー!!!!」

それが口の中に強引に捻じ込まれる。

「オラこいつは!おまけだぁ!!!」

如何ともし難い臭いに吐き出しそうになる所に更に何かが捻じ込まれた。

口の中に一杯に詰め込まれたそれらを口と喉の動きだけで吐き出す事はできない。腐臭に近い何かと身の危険を感じる味が滲み出す。

吐き気と口を塞ぎ呼吸を遮る何かによって提督が呻き声を上げる。
518 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 19:53:24.65 ID:7pY4BLrl0
「うわぁ汚い!!」


「パンツ食った!?パンツ食った!?パンツ食ったの!?」


「パンツ食ったのぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!!!」


その様を見て周囲がげらげらと嗤い喚き立てる。

今提督の口に詰め込まれたものは下着だ。それも首を吊られて死んでいた如月、そして睦月の下着。

わざわざ脱がせてここまで持って来て、提督の口に無理矢理詰め込んだのだ。

乾燥した糞尿がこびりついたそれをそのまま口の中に無理矢理詰め込んだのだ。

「って事は次は!?次は次は次はー!?」

「あぁ!」


「おめぇら!『爆撃部隊』の準備だァ!!」
519 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 20:40:47.08 ID:7pY4BLrl0
『爆撃部隊』という言葉を聞いた途端、周囲が沸き立つ。

すかさず提督の右腕左腕右脚左脚それぞれを艦娘一人が抱え込むように掴まれた。

そのままずりずりと身体を引きずられ、階段の前まで持っていかれる。

その間他の艦娘達がどたどたと階段を上り出す音が聞こえた。

「準備はいいか?絶対に離すなよ」

「大丈夫よ。何度もやってきてるんだし今回はただの人間じゃない」

階段の上から見下ろす複数の艦娘、自分の両手両脚を掴んで引っ張る四人の艦娘。そして今仰向けになって階段の近くに置かれている自分。

今から彼に何が降りかかるか、提督はもうわかってしまった。
520 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 20:47:46.91 ID:7pY4BLrl0
「えい!」

時雨型艦娘が階段から躊躇無く飛び降りた。その様子を提督は下から見つめている。そう、下から。

時雨の身体が落下し提督に近付く。時雨は提督の腹部に向かってその足を伸ばす。

時雨はバランスを崩す事無く着地し、その足は見事提督の腹部にめり込んだ。

「ン"ン"ン"ーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

言葉にならない悲鳴が顎を揺らす。
521 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 20:56:02.84 ID:7pY4BLrl0
時雨が身体の上からどくと今度は初霜の足がめり込む。

「ぽい!」

夕立

「それ!」

島風

「えい!」

春雨

若葉。初霜。皐月。そこから先はもう提督には見分けも付かなかった。

今までとは比べ物にならない程の激痛

口に詰め込まれた物に唾液と吐血が染み込んで感じる窒息感

絶え間なく続く激痛

強制的に吐き出される空気

艦娘達は何度も何度も階段を駆け上がり、飛び降りる。


何度も


何度も


何度も


口から吐き出された血が漏れ出し、首元を赤く染めていく。

暇を持て余した抑え役の艦娘達が手慰みに提督の両腕両脚を捻っていく。

そしてまた上から飛び降りた艦娘の足が提督の腹部にめり込んだ。
522 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:03:14.91 ID:7pY4BLrl0
これでいい。提督はそう考えていた。

これでいい。これでいいんだ。

全部計算通りに行っている。

あんな事でブラック提督がどうにかなるわけがないというものわかっていた。

そしてその報復が来る事も覚悟していた。

ここまでは全部考えていた通りに行っている。

そう言い聞かせ、何とか意識を保たせる事に全力を注ぐ。

後は、後は、俺がここから生きて帰れればいい。

生きて帰れればそれでいい。後は何もいらない。

どんなに惨めな目に遭おうが、どんなに辛い目に遭おうが、生きられればそれでいい。

生きるんだ。生きてここから出ることができればいい。

そう言い聞かせ、提督は何とか自分の意識を保たせる事に全力を注いだ。

生きて帰れれば、次の手が打てる。死ねば、それまでだ。
523 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:09:20.98 ID:7pY4BLrl0
「如月パンツ号!!」

「 史 実 通 り 轟沈しましたぁぁああああーーーーーーーーー!!!!!!!wwwwwwwwwwwwwww」

げらげらげらげら。喚き立つ声がし始め、口に詰め込まれた物がつまみ出される。

思わず息を吸い込んだ。空気が触れるだけで激痛が走る。

「が!ごぶっ!ごえ」

新しい血が、びちゃとあふれ出し、床と服と身体を汚した。

身体を転がし、うつ伏せになり、腕の力で前へと進む。

生きるんだ。生きてここから出ることができればそれでいい。

そう自分に言い聞かせながら、提督は少しずつ前へと進む。

両腕に力を入れ、痛みを我慢して立ち上がろうとした瞬間

「なのDEATH!!」

真下から顎を蹴り上げられ、ひっくり返るように倒れた。
524 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:17:30.35 ID:7pY4BLrl0
頭が揺さぶられ、視界が更に歪んでいく。呼吸がいつまで経っても整わない。

痛みだけがどんどん強くなっていく。

前を、出口を見なければいけないのに肺が空気を獲る為に顎を引く事を許さない。

これはまずい。死ぬ。

「何見てるんですか」

そう思った時、視界の外、頭上から冷酷な声が聞こえてきた。

吹雪型駆逐艦娘一番艦娘吹雪。

彼女の足が視界の上からぬっと現れた。彼女の大きな鉄の靴が。

「変態!!」
525 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:26:54.15 ID:7pY4BLrl0
ぐしゃ、という音が提督には聞こえた気がした。

次に認識できたのは、吹雪の脚部艤装が彼の左手を手の甲ごと踏み潰している映像だ。


「ぎゃァあああああああああーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」


痛みとその衝撃に絶叫する。

「ひっ!ぎっ!んぐ!!あぁあああああ!!!!!」

潰れた左手を庇うように右手で傷跡を押さえ、痛みを少しでも抑えるかのように横向きになり体重で左腕を押さえつける。

吹雪はそんな彼の姿を見て

鉄の靴を再び上げ


「死ねェェェェえええええええええええええええええええーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」


提督のこめかみ目掛けて叩き付けた。
526 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:27:58.60 ID:7pY4BLrl0
みし、と自分の頭蓋が軋むような音

頭が割れるような激痛

それらを感じながら提督はついに意識を手放した。
527 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/02/08(木) 21:31:16.11 ID:7pY4BLrl0
☆今回はここまでです☆

艦娘だって人間です。
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/08(木) 21:32:07.37 ID:LQrl/vBQ0
以前アズールや戦艦少女も出す予定とか言ってたけど、同型艦を出すのか、リアンダー・エンタープライズみたいな艦これに出てない艦が出るのかどういう感じに絡むのか楽しみ。
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/08(木) 22:04:02.48 ID:6pQHEZSno
おつー
530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/08(木) 22:55:37.15 ID:GIxyhj650
乙です
531 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:19:29.11 ID:1i78kN2R0


・・・・・・・・・・・

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532 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:32:48.41 ID:1i78kN2R0
「発見しました。潜水艦娘です」

「またか。相変わらずこの辺りは素材の宝庫だな」

「我々としては大助かりですけどね」

「全くだ。自分で自分の首を絞める人間のお家芸には笑わせられる」

「あんな馬鹿な連中が万物の霊長で居続けていいはずが無いんだがな」

「さて回収するぞ。今回ので素材が十分集まるはずだ」

「ここはどこ」

「お前がいる場所は海の底だ」

「海の底」

「体を吹き飛ばされてここまで沈んだ。覚えているかな」

「覚えています。でも、これから何をすればいいですか」

「何かやらなきゃいけない事があったような」

「そんなものは忘れろ」
533 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:38:21.25 ID:1i78kN2R0
「お前はそんなものよりやりたい事があるんじゃないのか」

「何も知らぬまま海を渡り、見知らぬ土地で」

「犯され」

「踏み躙られ」

「手足を失い」

「命まで奪われ」

「何も思うところが無いはずがないだろう?」

「お前が何を思っているか我々にはわかる」

「あの男に、誰かに」

「同じ目に」

「同じ位の苦しみを味わってほしい」

「どうしてこんな事になったのか全然納得できない」

「どうしてこんな、どうしてわたしがこんな目に」

「なのになんであいつらは笑っているんだ」

「あいつらも同じくらい苦しめばいい」

「納得できない」

「憎い」

「許せない」
534 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:45:28.95 ID:1i78kN2R0
「ではその為には身体がいるな」

「わたしがそれを用意しよう。何せ素材は沢山ある」

「素材?」

「お前の同士だ。お前と同じ感情を抱いた誰か、と言ってもいいか」

「お前は誰かとなり、誰かがお前となり、お前と誰かはそれになる」

「それになったお前は人間を滅ぼせるかもしれん」

「見てみろ。あれらが全部次のお前になる。皆お前を歓迎している」
535 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:49:19.87 ID:1i78kN2R0
「さぁ行けU-511」

「お前は」

「モウ」

「死ンダンダ」
536 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:50:15.40 ID:1i78kN2R0
「あなたは一体誰なんですか?」

「ワタシハ」

「神」

「ソシテ、今カラオ前モソウナル」
537 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/08(木) 23:53:08.72 ID:1i78kN2R0


・・・・・・・・・・・

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538 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/09(金) 00:01:24.07 ID:Utjgvb1b0
「二千十六年七月二十六日」

「潜水艦U-511、フィリーネ・シュナイダー」

「定時報告を行います」

椅子と机と白い壁、壁沿いに置かれた機材。

その部屋に彼女は一人立っていた。

彼女の目の前にはビデオカメラが置かれ、彼女はカメラのレンズを見つめながら言葉を続ける。

「…お父さん、お母さん、元気ですか?」

「パラオに着任して五ヶ月目になったよ」

「今月は色々あったよ」

一つ一つ思い出しながらU-511がドイツ語を紡いでいく。

伊58との出会い、特別鎮守府内の図書室での語らい

「新しい友達ができて、友提督さん所に遊びに行って」

そして特別鎮守府で過ごした夜。

その後姿を消した提督が、満身創痍で戻ってきた事。

「その後、ちょっと、色々あって提督さんが怪我して今泊地はお休みしてるの」
539 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/09(金) 00:23:28.10 ID:Utjgvb1b0
泊地から突然居なくなった提督は憲兵に連れられて泊地に戻ってきた。

顔や身体中に痣ができ腫れあがり、服は所々赤く染まった姿で、ぴくりとも動かずに。

憲兵に連れられ、否抱えられて戻ってきた彼を真っ先に見た名取の悲鳴が彼の痛々しい姿と共に脳細胞に記憶されている。

多くの艦娘が愕然と立ち尽くす中、何とか平静さを保っていた陸奥と龍田が主導となって事情の把握や医師との諸手続を済ませた。

彼女達が今把握している事はたった三つだけ。

提督が伊58の古巣であるブラック鎮守府に向かい、その罪を糾弾しようとした事。

ブラック提督と彼の指揮下の艦娘達の怒りを買い集団リンチを受けた事。

そして、今もなお提督の意識が戻らず眠り続けている事。

彼女達がわかっているのはそれだけだ。客観的な事実以外の何もわかっていない。

何故そんな事をしようとしたのか。何故たった二人でブラック提督に立ち向かったのか。U-511には何もわからない。


今泊地は秘書艦達と秘書官補佐達、そして特別鎮守府からの応援で最低限の仕事を回している。

それはU-511も同じだ。今彼女は自分に課せられた仕事をこなす為、ここに立っている。
540 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/09(金) 00:51:30.24 ID:Utjgvb1b0
最低限の仕事。課せられた仕事。義務。

この一ヶ月間の経験の末、その言葉を再確認する度に彼女は迷うようになった。

深海棲艦という人類の敵を倒し世界の平和を維持する。それが艦娘の仕事だ。

その為に人類が一丸となりこの脅威に立ち向かう。提督と艦娘、艦娘と艦娘同士、そして鎮守府泊地と周囲の人間。

全員で協力し合って世界を守る。彼女はそう信じていた。

だが彼女が見てきたものがその考えを変えようとしている。


搾取と虐待の末、手足を奪われた伊58。

一部の人間の欲望の為に名誉と生きる権利を奪われた如月。

それらに絶望する者。歓喜して命を奪う者。それらを嘲り笑う者。

そこには協力なんて言葉も平和なんて言葉もどこにも無かった。


人は皆悪魔だと提督は語っていた。

正義や平和が綺麗事で、建前でしかないと提督は語っていた。

なら艦娘のしている事は一体なんだ?

悪魔を守ってどうなる?守っても守っても否定され奪われなきゃいけないなら、守る意味があるのか?


手足を奪われ怯えきった伊58の姿が。鉄の手足を見て寂しそうな表情を浮かべる伊58の姿が。

艦娘としての将来を捨て、勉学に励む如月の姿が。恐怖と不信感に押し潰されて提督を求める如月の姿が。

そして何よりも、目を背けたくなるほど痛めつけられた提督の姿が、彼女が今まで抱いていた人間という概念を根底から破壊していた。


あの悪魔どもがどうなろうが知ったことじゃないんじゃないか?どうしてそこまでして守らなきゃいけないのか?

彼女は何度も何度も答えにたどり着いていた。

戦う意味がわからない。もう戦いたくない。今この場でそう言えば、全てが終わる。

艦娘U-511ではなく一人のフィリーネとして、国や家族が自分を連れ戻しに来てくれるはずだ。

この場で全て吐き出してしまえば、全てが終わる。自分は帰れる。この狂った世界から抜け出せるし、避けて生きることもできるはずだ。

それでももはや根付いてしまった人間への不信感は彼女の今後を蝕み続けるのだが、幼い彼女にはそこまで考えられない。

だが今ここで全て言ってしまえばU-511としての彼女は終わる。彼女が抱くその予想は何も間違っていない。


ここで自分の感情を全て出してしまえば、自分は家族の元に帰れる。

そう考えながら彼女は口を開いた。
541 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/03/09(金) 00:56:37.18 ID:Utjgvb1b0
☆今回はここまでです☆

いつも乙や期待のコメントありがとうございます。
エンタープライズは出せるかどうかわかりませんが、同型艦やユニコーンは出したいと思います。
あと忘れかけていたのですが、戦艦少女の方は実はもう出てます。どこでとは言いませんが。
542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/03/09(金) 01:03:25.23 ID:mju1ZrXa0
乙です。リアンダー出してくれるとうれしい。ノーマル艦だけど実は強いという感じがいい。
543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/09(金) 01:08:37.00 ID:Pio/pFSSO
ブラ鎮は核攻撃しなきゃ
544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/10(土) 00:15:47.54 ID:qNWssoJp0
乙です
545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/14(水) 02:16:14.05 ID:lZp4xnIe0

これからの展開が全く読めない
546 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 20:39:40.58 ID:PAnp9vz00


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547 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 20:43:38.41 ID:PAnp9vz00
『傲慢傲慢傲慢子!!』

『沈沈ハメハメ轟沈子!!!』

『傲慢艦娘轟沈子!!!』

『大本営は頭がパー子!!!』

『傲慢艦娘轟沈子!!!』

『運子!!!!!!!!』


あの日、特別鎮守府からの帰り道、行きでも見かけた民衆の叫び声を聞いた。

U-511は廊下を歩きながらその記憶を反芻する。

彼女には彼らが何を叫んでいるのか意味がわからなかったし誰も教えてくれなかった。

提督に尋ねても知らなくていいと言われ、それっきりだ。

だけど傍から見てもわかる敵意。ドイツにいた頃とは比べ物にならないほど大きな悪意。

それだけは言葉の意味がわからない彼女でも感じ取る事ができた。
548 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:01:38.37 ID:PAnp9vz00
U-511がまだU-511ではなくどこにでもいる一人の少女だった頃、彼女の周りでは艦娘というものを恐ろしい存在と捉えている人が多かった。

当然、彼女が艦娘になる事を決意した時も周囲は彼女の決意を折ろうとした。

死ぬかもしれないぞ。両親や友達ともう二度と会えないかもしれないぞ。そんな彼女の身近な心配は序の口。

ナチスの手先になるのか。そんなに人を殺したいのか。そんな罵倒が来るのも時間の問題だった。

ファシスト、ネオナチ、狂ったサディスト。ありとあらゆる暴言が飛んでくるのも時間の問題だった。

彼女は彼らの行動に恐れを感じて軽蔑もしたが、心のどこかで同情もしていた。

これまでの人生でナチスの恐ろしさを学んだのは、彼らも彼女も同じだからだ。彼らは、自分と同じようにナチスが怖いんだと感じ取っていた。

恐れるからこそ出てくる暴言。恐れるからこその行動。彼女は彼らの行動に対してそう解釈していた。

自分も同じドイツ国民だからこそ、それらの一種の暴挙にも理解が示せた。


だがあの日あの時見た民衆が、彼女の価値観を歪ませていく。

あの連中は何だ。恐れでもない。義務でもない。悪意だ。悪意だけが滲み出ている。

悪意を撒き散らす事でのカタルシス。射精感といっても差し支えない程の解放が彼らの行動原理。

そしてあれが、自分達が守る人々。あれが、自分達が戦った結果。

あれが本当の人間で、もしかしたらドイツにいた頃のあの人達も彼らと何も変わらないのでは。

ナチスという言い訳を使い、悪意を撒き散らす事を目的とした集団だったのでは。

もし、そうならそれは、ナチスと何が違うのだろうか。

ナチスが絶対悪である理由が虐殺や差別にあるのだとしたら、彼らがしている事は何が違うのだろうか。


正義という言い訳を使い、悪意と暴力を撒き散らす事を目的とした集団であるのならば。

人種主義反ユダヤ主義という言い訳を使い、悪意と暴力を撒き散らしていったのがナチスであるのならば。

ナチスがあってはいけなかったものだとしたら

彼らもまた、あってはいけないものではないのだろうか。
549 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:07:02.14 ID:PAnp9vz00
U-511の視界に扉が見えてきた。それはもうこれまでに何度も見てきた執務室の扉。

定時報告用の記録メディアを手の内に感じ取り、その扉と向き合い、ノックする。

返事が返って来た事を確認してからU-511は扉を開けた。反芻した記憶の感触を胸で感じながら。
550 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:11:18.21 ID:PAnp9vz00
そういえば、と彼女は思い返す。

あの叫び声を塗り潰すように大音量で車内に響いた歌も覚えている。

提督が一番好きな歌だと教えてくれたあの歌は暗く、重く、それでいてどこか軽快な音。

英語で紡がれるその歌声が語るものはその意味がわからなくてもある程度察しがついた。


あれは呪いだ。

何もかもを黒く塗り潰す。

その呪いの歌は、その題名の通り車内に届く悪意の叫び声を黒く塗り潰していた。
551 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:13:29.72 ID:PAnp9vz00
U-511「これ…月次報告です」

大淀「はい、承りました。それじゃあこれは検閲してからドイツ支部に送りますね」

愛宕「お疲れ様。ユーちゃん」

U-511「………」

U-511「大淀さん」

大淀「はい?」

U-511「大淀さんはどうして戦っているの?」

U-511「大淀さんは人間が好き?」
552 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:18:35.58 ID:PAnp9vz00
大淀「どうしたんですか?」

U-511「ユーは、よくわからないんです」

U-511「ユー達が戦ってどうなるの?」

U-511「戦って勝って、またでっちみたいに不幸な人が増えるの?みんなを幸せにしたいから戦うんじゃないの?」

U-511「外で集まってる人たちを増やしたいとか、誰かを傷付けたいから戦っているんじゃ、ない」

U-511「でも、ユー達が戦ってそうなるんなら」

U-511「ユー達が戦う理由なんて無いんじゃないかな、って」

U-511「Admiralだって…如月ちゃんだって」

U-511「もし今頃人間が深海棲艦に負けてみんないなくなってたらあんな事にはならなかったんじゃないかな、って」


U-511「ユー達が戦って増やすのは、何?」

U-511「ユー達がやってる事って意味があるの?」
553 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:43:27.67 ID:PAnp9vz00
大淀「それは…」

愛宕「意味なんて無くても、私達はこれがお仕事だからね」

愛宕「泊地を運営して、深海棲艦を倒して、海の平和を取り戻してお給金を貰う」

U-511「でも、お給金なら別に他のお仕事でも」

愛宕「そうね。艦娘になんてならなくたってどこかのお仕事に就けばお給金は貰えるものね」

愛宕「学校を卒業して、どこかの会社に就職して、彼氏と結婚して…そんな生き方もあったかもしれないわ」

愛宕「でも、もう無理よ。もう戻れない。戻りたくもない」

U-511「どうして?お給金以外に何かがあるの?」
554 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 21:48:41.93 ID:PAnp9vz00
愛宕「…ユーちゃん。今ユーちゃんが言ってた事は誰かに話した?」

U-511「ううん」

愛宕「ご両親にも?」

U-511「………うん」

愛宕「そうなのね、ユーちゃんも私達と同じ、かな?」フフッ

U-511「同じ?」

愛宕「ねぇユーちゃん。どうしてその事をご両親に言わなかったの?ユーちゃんならそれを言えば、すぐにここから離れられるでしょう?」

愛宕「戦う理由もモチベーションも無くなったなら、それを言えばいつでも帰れるのよ?」

U-511「だって!!」

U-511「ユーは…どうすればいいのかわかんない」

U-511「もう守りたくない、でも…怖い」

愛宕「何が怖いの?正直に教えて?もしかしたら私も一緒かもしれないわ。私も怖いものがあるもの」

U-511「ここを離れるのが、怖い」

愛宕「どうして?」

U-511「…離れたくない」

U-511「でっちと離れたくない。しおいと離れたくない。イクと離れたくない。イムヤと離れたくない。はっちゃんと離れたくない」

U-511「雪風と、大和と、香取と…」

U-511「Admiralと離れたくない」
555 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:13:27.20 ID:PAnp9vz00
U-511「もう会えないなんて嫌。でも…」

愛宕「戦う理由なんてそれで十分よ」ギュッ

U-511「!」

愛宕「私も人間がどうとか世界がどうとかなんて関係ない。提督と一緒にいたいから戦ってるのよ」

愛宕「大淀もでしょ?」

大淀「…うん」

U-511「大淀さんも?」

大淀「ユーちゃんはこれまでずっと世界の事や人間の事を考えて戦ってきたんですね。偉いね、本当にユーちゃんは偉い」

大淀「でも、もう無理はしなくていい」

大淀「世界がどうとか人類とか、私はもう信じていないもの」

大淀「私も最初は信じようとしたけど…そのせいで、提督は壊れた」

大淀「一度だけじゃない。二度もよ、二度も私はあの人が壊れる所を見させられた」
556 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:20:04.62 ID:PAnp9vz00
大淀「私はああなる前の提督を知っている。今よりもっと子供っぽくて、だけど今と同じくらい優しい人だった」

大淀「今の提督はあの時と変わらず優しいけど…」

大淀「人殺しの目をしている」

大淀「…多分、また壊れる事があったら今度こそ」

大淀「提督は取り返しの付かないところまで行ってしまう」

U-511「取り返しの付かない…?」

大淀「死ぬか、それともまたもっと別の…うまく言えないけど、何かが起こる」

大淀「それが嫌なのよ。だから私はここにいる。すぐ近くであの人を見ていられるこの仕事をしている」
557 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:22:00.72 ID:PAnp9vz00
「理由なんてそれで十分」

「私は提督の為にここにいる」

「私と同じ屋根の下で、私と同じご飯を食べて、私と同じこの部屋で仕事をする、私の提督」

「あの人の為だけに、あの人を守る為に、あの人が幸せになる事だけを願って今ここにいる」

「あの人が、みんなの幸せを願っているから、私は彼とみんなの幸せを願って動く」

「あの人に、死んで欲しくないから、私は彼の未来を願って動く」


「愛してるのよ。提督を」

「提督も、私が愛する分…うぅんそれ以上に私を愛してくれる」

「彼を幸せにして、彼をここに繋ぎとめて、私の事を見て欲しくて今私はここにいる」


「それ以外の理由なんてない。例え他人から見たら支離滅裂な事をするとしても、いつも私の根底にあるのはそれ」

「世界だとか人類だとか、目にも見えないよくわからないものなんてどうでもいい」

「私の目の前にいる私の愛する人の為に戦う。私とあの人が幸せになれれば後の事なんてどうでもいい」
558 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:26:02.00 ID:PAnp9vz00
大淀「そうよね?愛宕」

愛宕「えぇ」

愛宕「私も人類や世界なんてどうでもいい。提督の為だけに動くわ」

愛宕「提督が守りたいっていうから戦ってる。提督が救いたいっていうからゴーヤちゃんを保護した」

愛宕「そうやって、提督が幸せになって私がその隣にいればそれ以外の事なんてどうでもいい」

愛宕「私が見ている世界が幸せなら、それ以外がどうなろうが知ったことじゃないわ」

愛宕「騒ぎたいなら騒げばいいし、馬鹿にするならすればいい」

愛宕「それで幸せになるなら勝手になればいいし」


愛宕「死ぬなら勝手に死んで頂戴って感じ」


愛宕「人類の敵と唯一戦える艦娘って言ったって私も一人の人間なのよ?」

愛宕「好きな人とは一緒にいたいし美味しいものは食べたいし、世界とか人類全体をどうこうできるほど大きな存在じゃない」

愛宕「だからこれでいいんだって、思う。自分の幸せの事だけを考えて生きていけばそれで…」
559 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:31:43.28 ID:PAnp9vz00
愛宕「ユーちゃん。自分に正直になりなさい」

愛宕「帰りたいっていうなら手配する。提督だって、ユーちゃんを無理矢理残そうだなんて思わないはずよ」

愛宕「でももし泊地(ここ)に何か、失いたくないものがあるのなら残ったほうがいい」

愛宕「人類とか世界とか正義とかそんな上っ面は取っ払って、ユーちゃんが本当にやりたい事を考えなさい」

愛宕「ユーちゃん自身がどうしたら幸せになれるか、それだけを考えなさい」

U-511「………」

愛宕「もしそれが誰かを守る事であるのなら、ここ以外にそれをできる場所は無いわ」

愛宕「人類とか世界とかそんな曖昧なものじゃなくて、誰を守りたいって具体的でしっかりとした意志があるのならね」

愛宕「だって深海棲艦に対抗できる艤装の力を使えるのは艦娘だけだから」

愛宕「人類や世界だなんてそんな曖昧なものじゃなくて、ユーちゃんの家族とか提督とか、そういうのを守れるのはここ以外に無いわ」

愛宕「力を手放して家族のところにいたって、私達が負けたらみんな深海棲艦に殺されるんだから」

愛宕「でもここにいて、勝っていければ例えどれだけ辛い事があったとしても、一番望んでいるものだけは手に入る」

U-511「辛い事は、あるんだ」

愛宕「どこだってそうよ」

愛宕「全部が全部得ようとしたらただただ傷付くだけ。本当に、一番、望んでいるものの事だけを考えて」

愛宕「もし、色々考えて結局艦娘を辞める事になってもそれだけは忘れないで」

愛宕「あなたが本当に欲しいものが何なのか、それだけははっきりさせて、その為だけに生きていきなさい」

愛宕「自分が本当にやりたい事。本当に欲しい一つや二つの為だけに」

愛宕「全部欲しいだなんて、そんなのは無理なんだから」
560 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:32:24.23 ID:PAnp9vz00


・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・



561 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:39:52.53 ID:PAnp9vz00
大淀「…ふぅ」

愛宕「お疲れ様大淀。随分喋ったんじゃない?」

愛宕「久々よ。あんな情熱的なあなたを見たの」

大淀「愛宕もね…」

愛宕「どうしたのぼーっとしちゃって、本当に疲れた?」

大淀「愛宕。『大切なものを守る為に戦う』って、私言ったよね」

愛宕「うん」


大淀「提督の、大切なものって何だろう」

愛宕「そりゃあ…」

大淀「一番大切なものよ?」

愛宕「………」

大淀「………」


愛宕「何かしら?」

愛宕「多すぎるような」
562 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:48:12.90 ID:PAnp9vz00
大淀「だよね」

大淀「あの人は、一番大切なものが多すぎる」

大淀「それは私であって愛宕であってユーちゃんであって雪風ちゃんであって…」

大淀「その『一番大切なもの全部』に幸せになって欲しいと願って願って願って願って」

大淀「傷付いて」

大淀「また壊れて」

大淀「それでいて」

大淀「自分がそこにいる価値を見ていない」

大淀「いつまでも、どこまでも、お子様で、完璧主義者…」

愛宕「………」
563 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:52:01.82 ID:PAnp9vz00
大淀「私、どうして提督が無策でブラック鎮守府に突っ込んだのかがわかった気がする」

大淀「あんな事で何とかなるならゴーヤちゃんみたいな子が出るはずがない。ほぼ完璧に守られているからあんな振る舞いができるってわかるはずなのに」

大淀「提督だってそういう事を考えていなかったはずがないのに」

大淀「だけどもし提督が最初から」


大淀「『糾弾に失敗して私刑に遭う事まで考えて動いていた』としたら」


大淀「…提督が目を覚ましたら、何が起こるんだろう」

大淀「私達は、どうすればいいんだろう?」


愛宕「大淀。起こっちゃう事に対してどうもこうもないわ。私は私の幸せの為に動く」

愛宕「それで誰がどうなろうが、私が幸せになれるなら知ったことじゃないわ」

愛宕「大好きな人と一緒に幸せになる。それ以上に素敵な事なんて何も無いんだから」

愛宕「その為だったら私は…」

愛宕「また、人を殺すわ」
564 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/05(木) 22:54:47.38 ID:PAnp9vz00
☆今回はここまでです☆

冬イベでグラーフツェッペリンが二人来ました。
烈風の上位互換滅茶苦茶おいしいです。
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/06(金) 23:56:06.20 ID:w0l4rW800


グラーフ裏山ですなぁ
566 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 21:39:13.57 ID:C1MSIyGP0
本当に大切なもの。その言葉を何度も繰り返しながらU-511が廊下を歩く。

本当に大切なもの。本当に守りたいもの。

人類を守る。そんな大義名分を捨て、本当にやりたい事とは何か。

U-511はすぐに思いついた。

彼女が艦娘になる事を決意した最初の想い、そしてここに来てから芽生えた大きな想い。

家族を守る事。提督を守る事。彼女にとってそれが根元なはずだったのだ。

でも、だからと言って。それでも彼女は迷い続けた。本当にそれでいいのかと、悩み続けた。

家族の命と他の人間全てを天秤にかける事が正しい事なのか。

それでも、他人を優先してその先に待っているものがあの惨状なのだとしたら。
567 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 21:59:22.43 ID:C1MSIyGP0
悩み続け歩き続ける途中で見知った、気を許せる姿が見える。雪風だ。

「ユーちゃん、定時報告終わったの?」

「うん。これからAdmiralの所に行くけど、一緒に行く?」

この道でばったり会うという事は、つまりそういう事だろう。

そう察してU-511が誘うと雪風は頷いた。

しかし、そこからの会話が繋がらない。ただ無言で歩き続ける。

音楽がかかっていない廊下で二人の足音だけが響く。

足音が無言の空間に響く。まるで気まずさに言及するように足音が響く。

「雪風、今、何を考えているの?」

雪風と共に過ごし、会話が途切れる事は今まで無かった。つまり雪風の様子がおかしいという事だ。

U-511は少ない語彙から言葉を選び、雪風に問いかける。

「別に、何も」

そして返って来た答えがこれだ。会話が繋がらず、無言の空間に逆戻りした。

U-511の問いかけを不快と思ったわけではない。

U-511と共に過ごす事に嫌悪感を抱いているわけではない。


雪風は、今の自分の考えを誰かに知られるわけにはいかなかったのだ。

特に、今彼女の隣にいる友人、U-511には絶対に知られるわけにはいかなかったのだ。
568 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:15:12.65 ID:C1MSIyGP0
『伊58を助けなければよかった』


今の雪風の考えを一行で表すのならばそうなる。

それを知ればU-511は怒り、雪風を軽蔑するだろう。今やU-511と伊58は友人同士なのだから。

それがわかっていても、雪風は自分の行動を後悔した。

泊地に伊58が現れ、伊58の鎮守府に提督が向かった結果、提督はリンチに遭いボロ雑巾のようになって帰って来た。

そして未だ目を覚ましていない。いつ目覚めるかもわからない。もしかしたら彼が死ぬまでずっと目覚めないままかもしれない。

伊58を助けたのは自分だ。つまり、今提督が意識不明の重体になったのは雪風自身が原因である。彼女はそう考えていた。

自分が気付きさえしなければ、あの時蒼龍達の静止を無視しなければ、提督に褒められたいと思わなければ、提督があんな事にならずに済んだ。

そうでなくても、あの時の魚雷が自分に直撃していればよかった。

魚雷が不自然に逸れた時、雪風は心の底から安堵し喜んだ。

伊58を助けた事を提督に褒められた時、そしてその後の一連の流れも雪風の中では幸せな思い出として残っている。

自分が自分だけが幸せになろうと思ってしまったから、こんな事になってしまった。

その考えが雪風の胸中に打撲のように滲む痛みを広げていく。
569 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:32:45.45 ID:C1MSIyGP0
「よくわかるでしょう?」

「雪風の幸運が多くの不幸と引き換えにもたらされているんだって」

頭の中の声が響く。以前雪風の事を教えてくれた、どこからか聞こえる声。


幸運とは他の不幸との引き換えだ。そしてその代償を払うのは幸運を感じた自身とは限らない。

駆逐艦雪風の幸運の代償は常に誰かが払い続けてきた。

敵も味方も、全員が雪風が生きるという幸運の代償をおっかぶり傷付いていった。


今も何も変わらない。伊58を見つけた事、無事に連れ帰れた事。それら全ては雪風の奇跡であり幸運だった。

だからこそ、その代償を提督がおっかぶった。彼は意識不明の重体となった。

雪風はそう望んでいなかったが、そうならざるを得なかったのだ。

伊58が泊地に辿りついた瞬間から、こうなる事は決まっていたのだ。


自分が雪風でなければ、あの時の魚雷が直撃して伊58は死んでいただろうし、そもそも見つける事すらできなかった。

自分が幸福になろうと考えなければ、提督が傷付く事もなかった。

だからこそ、雪風は心の底から自分の責任を感じ、人命救助を心の底から後悔した。

例えその結果、友人に新しい友人ができたとしても。

いや、だからこそ、それを知られるわけにはいかなかった。

だから雪風は何も言わなかった。だから雪風は自分の心を隠した。
570 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:35:32.98 ID:C1MSIyGP0
「あ」

「でっち…Admiralは?」

目の前の扉から伊58が出てきた。その表情は暗い。彼女は無言で首を横に振った。

失った手足を再び与えてくれた男が、古巣の人間にリンチにあって意識不明。

その辛さをU-511は100%正しくイメージできないが文面としては理解できる。

今伊58から目を逸らした雪風の心情は理解もイメージもできないが、察する事はできる。

それは言葉としても表せない余りにも曖昧な予感に過ぎない。だが今自分がするべき事は伊58の傍にいる事だと理解した。
571 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:37:47.59 ID:C1MSIyGP0
提督が泊地に戻ってきてから、特別鎮守府から睦月と曙が毎日来ている。

目的は泊地の秘書艦如月だ。彼女にとって提督の受難はショックが大きすぎたのだ。

絶大なハンディキャップを背負う彼女にとって今の提督の姿は猛毒以外の何物でもない。

だから今の提督を如月に見せないよう、如月が提督に会いに行かないよう支え、悪く言えば監視する必要があった。

一班の夕立と潮、睦月と曙、そして空母班や金剛型の人々が中心となって日々彼女を支えようと彼女の元に通っている。


如月は泊地の中心人物だ。多くの人に大切にされている。U-511は常日頃から如月に対してそう感じていた。

自分とそう歳が変わらないにも関わらず秘書艦に抜擢された事、駆逐艦娘だけではなく空母艦娘や戦艦娘との交流も盛んな事。

飛龍や蒼龍、金剛や比叡と一緒に食事をしている光景が彼女の印象として強く残っている。

如月は本当に多くの人に大切にされている。だけど、伊58はまだそうなれていない。

彼女もまた大きなショックを受けた一人だ。感情を量で測れるのならば、彼女の負担は如月と同等かそれ以上かもしれない。

だが泊地の艦娘達は如月に気を取られ、彼女を支えられなくなっている。

如月がそう支えられているように、伊58も支えなければならないはずだ。

そしてそれは今の自分がやるべき事なのだろう。

まして伊58の命を救った当事者である雪風が伊58を見てそんな顔をするというのならば。

「雪風。やっぱりユーは、でっちと一緒にいるね」

そう判断したU-511は伊58の横に付いて共に歩く。

本当に大切なものの事だけを考える、とはこういう事なのだろうか。

雪風の視線を背中で感じながら、愛宕と大淀が教えてくれた言葉の意味をU-511は探り続けた。
572 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:41:47.17 ID:C1MSIyGP0
U-511が去り、雪風は一人で部屋に入る。

この部屋に入れば提督が目が覚めているかもしれない。

そんな事が起こるはずがないと理解しながら心のどこかで期待していた。

だがそんな彼女の目の前に映る光景はある意味全く予想もしなかったものだった。


伊401が、提督の上で馬乗りになっている。
573 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:45:03.36 ID:C1MSIyGP0
「提督」

両手で提督の頭を支え、誰にも見せない表情を浮かべ、頬を赤らめ、提督の顔に唇を近付けていく。

目をつぶり、首をかしげ、ドラマの1シーンのように唇を捉えようとする。

「しおい?」

伊401の唇が触れるか触れないかの距離に近付いた瞬間、雪風の声に跳ね飛ばされるように遠ざかった。
574 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:51:46.25 ID:C1MSIyGP0
え、あ、は、と顔を赤くしながら雪風から目を逸らす伊401に追撃をかける。

「とりあえず、降りて」

「はい」

「何してたの?」

「…キス」

『は?』たった二文字で表せる感情が一瞬にして雪風の脳内に埋め尽くされる。

この子は一体何を考えているのか?どうしてそんな事を考えたのか?

「キスしたら、提督の目が覚めないかな、って」

『は?』たった二文字で表せる感情が疑問で埋め尽くされた雪風の脳内にずどんと圧し掛かる。

「駄目かな?」

雪風は返事の代わりに思いっきり白い目で伊401を見つめる事にした。ずっとずっと見つめる事にした。

駄目かな?じゃないよ。言葉に出さず表情に出したままずっと伊401を見つめる事にした。

「うー、あー、悪かったよぉ!じゃ!!」

いそいそと退室する伊401の姿を雪風はずっと同じ表情で見つめていた。
575 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:54:25.41 ID:C1MSIyGP0
ばたんと音が鳴り、部屋には彼女と目覚めぬ提督だけが残される。

思わず溜息が漏れた。こんな状況で彼女は何を考えているのだろうと。

伊401と雪風は歳が近く、着任もほぼ同時期でお互いがお互いに話しかけやすい環境だった。

休暇で遊ぶ事もあるし、趣味趣向の話で盛り上がったりもする。

活発で能動的な彼女と行動を共にする事を雪風は好んでいたし、彼女のそういう所に好感を持っている。

だが彼女は少し、悪い人でもあると常日頃から感じていた。

歳相応の腕白。可愛らしい甘え方。そう捉えるのが相応だが真面目な気性かつ幼い雪風にはまだその度量はなかった。

夜更かし、悪戯、そしてまだ踏み入れてはいけない大人の世界。それらを自分に持ってくるのは大抵伊401だと雪風は記憶している。

ワレアオバ、という通称の隠し撮りの存在にいち早く気付き雪風に持ってきたのも伊401だ。

電気を落とした深夜の部屋で、彼女と同じ布団の中で視たスマホの映像は衝撃的過ぎて忘れられない。

助平だ。伊401を悪く言うとしたら雪風は彼女をそう評する。彼女はやたらそういう所に興味を持つ。言い換えるならば『ませている』のだ。

今だってそうだ。キスで目が覚める?そんな事があってたまるか。

御伽噺じゃあるまいし。ただ自分がキスしたいだけだろうに。

そんな奇跡が起こってたまるか。そんな奇跡が。奇跡が。奇跡が。
576 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:55:23.19 ID:C1MSIyGP0
奇跡が。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡。奇跡??

奇跡。その言葉に至った時、雪風は妙な気配を感じたかのように提督の顔に視界を移す。

奇跡。奇跡。奇跡。言葉が繰り返されるごとに雪風の視界が狭まっていく。

テープやガーゼ、包帯で覆われ、見ていて気分がよくもならない提督の顔。

何にも塞がれず、まるでその為だけに用意されていたかのように晒されている彼の唇。

魔法が解けるように、異性のキスで目が覚める。そんなものは童話だけだ。

ありえない。そんな奇跡は起こらない。


本当にそうだろうか?
577 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 22:58:20.29 ID:C1MSIyGP0
雪風が唾を飲み込む。奇跡は起こらないのだろうか?本当に起こらないのだろうか?

心臓が高鳴る。何故そう言い切れる?仮に起こらないとしても、万が一があるのではないか?

何故なら自分は雪風だからだ。深い眠りに沈む男の唇を見ながら少女はそう自答した。


奇跡の駆逐艦雪風。幸運艦雪風。それが自身だ。自分自身だ。

他の誰かができない事でも、自分ならば、雪風ならば、奇跡を起こせるのではないだろうか?

自分は幸運艦雪風だ。今までだって、幸運だったから生き延びてきた。

幸運艦だったから、自分は幸せに生きてこれた。これからもそうだろう。何故なら自分は雪風だからだ。


ならば。靴を脱ぎ、ベッドに乗る。ぎしと音を立てながら雪風は提督の身体を両腕両脚で囲い込んだ。

彼の頭を包むガーゼや包帯の端から青痣が見える。

内出血の様相がグロテスクに浮かび上がり、傷が腫れ上がり輪郭を歪ませている。

それは常人からしてみればとても見れたものではない。カエルより醜いとも捉えられるそれにキスをするなど誰が考えようか。

だが雪風の精神は常人のそれではなかった。

責任感と義務感、罪悪感と焦燥感、優越感、慢心、傲慢

そして下腹部から湧き上がる衝動が彼女の精神を狂気の沙汰に至るまで高揚させ、彼女を非常人へと変えた。


「司令」

「幸運の女神の、キスを、感じてください」
578 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:22:55.02 ID:C1MSIyGP0
自分が起こした幸運の結果が今の提督ならば、自分が彼を癒さなければならない。

奇跡を起こして彼を目覚めさせる義務がある。それはこの幸運艦雪風にしかできない責務だ。

他の誰にもできない。羽黒にも、那珂にも、大淀にも、伊401にも、如月にも、他の誰にもできない。

自分の、雪風の、自分だけの、自分だけの特権だ。他の誰かができる役割であってたまるか。


そう自分に言い聞かせ、雪風は湧き上がる衝動の全てを彼の唇にぶつけた。

彼女の舌が感じ取ったのはレモンの味も、血の味もしない無味だった。


頭をがっしりと掴み、肘と膝の支えすら無くし、提督の身体にべったりとくっ付く。

軍服から着替えさせられ薄着になっている提督の身体の感触が、彼に押し付けた身体から伝わってくる。

青葉から貰った映像を思い返しながら、提督に自分の何かを分け当たえ彼は抵抗せずに全てを受け入れていく。

彼女自身の幸運だけではない、感情の全てを送り込んでいく。

どれだけの時間そうやって過ごしたか、ただ彼女は傷付いて目覚めぬ提督に口付けをし、彼女が持つ全てを彼に分け与え続けた。

たった一行で表せる行動を数秒、数分、数十分も延々と繰り返した。舌に流れる電流と息苦しさに喘ぎながら、その行為だけを延々と。
579 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:24:35.51 ID:C1MSIyGP0
「司令、司令、司令、しれい、しれい、しれい、しれい」

奇跡を起こす。その建前すらも湧き上がる衝動が吹き飛ばそうとしていたその瞬間、提督がびくと動いた。

「…あれ?」

聞きたかった提督の声。

「しれぇ!」

「え、雪風?ここはどこ?」

「しれぇ!しれぇ!!」

自分の名前を呼ぶ提督の声に感情が暴走する。

二度と聞けなかったかもしれないその声を雪風は再び聞いている。

あぁ、あぁ。雪風は奇跡を起こしたのだ。

そして雪風は確信した。

やはり雪風は、奇跡の駆逐艦。幸運艦なのだと。
580 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:26:31.45 ID:C1MSIyGP0
かつて目の前の彼がかけてくれた言葉は、今この瞬間内なる声と衝動に塗り潰された。

全身で彼を感じながら、雪風は彼から与えられたものを忘却した。

それでも状況が飲み込めていない提督以外の全員が笑っていた。


雪風も、彼女に問いかけ惑わす彼女の頭の中の声も。口角を上げてその奇跡を味わっていた。

異性のキスによって目覚めるという童話のような奇跡。それが今現実となった。

その奇跡の代償、幸運の代償がある事には誰も気付いていなかった。

童話のようなロマンティックな奇跡。


その代償は、焼けた鉄の靴を履かされ死ぬまで踊らされるものだと相場が決まっているのだ。
581 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:27:33.37 ID:C1MSIyGP0
そして提督はその代償と、そもそも奇跡が起こった事にすら気付かないまま自分勝手に思考を巡らせていた。

ここが自分の泊地だとするならば、青葉は無事なのだろうか。


不安だ。

青葉に会いたい。

あの子に何も起こっていなければいいのに。

青葉に会いたい。

会って無事を確かめたい。


少しずつ状況を理解しだした提督は彼に抱き付いて離さない雪風の身体を感じながら、そう考えた。
582 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/04/28(土) 23:28:35.83 ID:C1MSIyGP0
☆今回はここまでです☆

艦これ5周年おめでとうございます。
583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 00:46:52.13 ID:8kTJly5yo
おつ
次も待ってるわ
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/04(金) 01:31:00.81 ID:Q/SEHse00
乙ー

雪風も助平ですなぁ・・・
585 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:08:12.82 ID:DnDdznZx0
友提督は走った。車を走らせ、自分の足でも走った。

一刻も早く辿りつかなければいけない。それだけを考えながら走った。

先に泊地にいた睦月と曙と合流してまた走る。

一刻も早く提督に会わなければいけない。

意識不明の重体を負った提督が意識を取り戻した事はすぐに彼の耳にも入った。

友人が目を覚ました事は喜ばしい。だが問題はその後の事だ。

三人は泊地を駆け回り、ようやく提督を見つける。

傍らには秘書艦である如月がぴたとくっ付き提督が見やすい位置に書類を掲げていた。

「提督!!」

話し合いの途中のようだが友提督はあえて割り込んで呼びかける。これ以上その話し合いを続けさせるわけにもいかないのだ。

「お前、本気なのかよ」

今彼がやろうとしている事を止めなければいけないのだ。

「うん。本気」

「俺はあいつを、ブラック提督を殺す」

彼は、ブラック鎮守府に攻め入るつもりなのだから。
586 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:27:03.34 ID:DnDdznZx0
「…やめろ」

渾身の本心がかろうじて口から漏れた。

「そんな事をしたらどうなるかわからないのか?」

ブラック鎮守府の行いが許されることではないのは友提督にも十分理解できる。

だが、それでもやるべきではない。やってはいけないのだ。

「あいつは、潜水艦娘を虐待してる事を罪に問われていない!」

ブラック提督は世間一般的には清廉潔白。何の罪も無い有能な提督の一人だ。

裏で何をしていようが、賄賂で憲兵を買収している以上それが表沙汰になることは無い。

「なのにお前が突っ込んだらお前の暴走って事で話がついちまう!殺せようが殺せまいがお前は捕まる!」

だが提督は違う。彼は弱小泊地の司令官でしかない。

後ろ盾も何も無い彼がブラック提督に手を出せばたちまち憲兵に見つかり捕まる。

その罪もすぐに表沙汰になる。その場合ブラック提督は一方的な被害者であり、提督は一方的な加害者でしかない。

そこに正義なんて何もない。ただ個人的感情で味方を撃った最低な軍人が出来上がるのだ。

例え撃たれた奴が何十何百もの味方を個人的感情で殺してきた下種だとしてもだ。

「それが何?俺はあいつを殺したいんだ。殺さなきゃいけないんだ」

それでも提督は合理的な未来予想を放棄し、殺意でボロボロの身体を動かし続ける。

「何で…?」

「何でって、これ見てみろよ!」

そう言って彼は左手を掲げる。吹雪に踏み潰された手には包帯が巻きつけられていた。

「ちょっと文句言っただけでこんなにボコボコにされたんだ!」

「左目だって見えちゃいない!これでムカつくなっていうのは無理な話だろ!!」

そう言って潰れた左手を、左目を指し示すように顔に向ける。

これもあの暴行で受けた大きな傷の内の一つだ。彼の左目は失明していた。

かろうじて意識は取り戻したものの、片手は潰れ、片目を失明。彼はまさに半殺しにされたのだ。

「その仕返しだよ。この位許されるはずだ」

それでも未だ生きている彼の右目が殺意で満ちているのが友提督にも見て取れた。
587 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 17:50:01.83 ID:DnDdznZx0
「嘘」

その意志を曙がたった一言で、誰もが聞き取れるように、はっきりと、真っ向から否定する。

「嘘って何」

その態度には流石の提督も反応せざるをえなかった。それが曙の狙い通りだったとしてもだ。

「仕返しなんかじゃない。伊58の事でしょ」

「ゴーヤの事は…あいつは、関係ない」

提督が視線を逸らした事で曙は確信した。

「嘘が下手くそ」

仕返しというのは建前なのだと。身内ほど目を背けたくなるような重傷ですら、理由付けに過ぎないだと。

「あんた、本当にあいつらがもみ消してるってわからなかった?」

「わからなかったよ」

「嘘ね。人をダルマにして殺すような真似してる奴が何で捕まらないかなんて私でもわかるわよ」


ブラック鎮守府のやり方はあからさまだ。

四肢と首に爆弾を取り付けて殺すなんてやり方では奴隷に恐怖を与える事はできるだろうが、証拠が残りすぎる。

今まで彼らがずっとそのやり口で悪行を重ねてきて、一切の証拠が出ないなんて事はありえないのだ。

それなのに堂々としていられるのには裏がある。自分達が特別な存在であるという自覚がある。そう考えるのが普通だ。

提督より十以上年下の自分ですら気付いたのだから、提督がそれに気付けないはずがない。それが曙の考え方だった。

ここで提督が言いよどめば止められるかもしれない。

個人的な復讐ではなく伊58の為であるとはっきりさせられたなら、他の方法に導く事だってできるはずだ。

ここにいる曙や睦月を始めとした特別鎮守府の面々も提督の事を心配している。そしてこのままいけば彼が破滅する事もわかっている。

だが大本営から『パラオの英雄』と呼ばれる特務提督屈指の実力者である友提督の力も使えばいくらでもやりようはあるはずなのだ。

例え相手が賄賂で誤魔化すとしても、それを跳ね除けるだけの力が特別鎮守府にはある。個人的な報復でないのならば、いくらでも力を貸す事ができる。

言葉でなくてもいい、態度で現れれば後は強引に引っ張り、『そういう話』にしてしまえるのだ。

仕返しではなく義挙にしてしまえば、彼は破滅せずに済むのだ。


「俺は、無能だから」

その目論見は提督の、彼自身のプライドを完全に投げ捨てた言葉に打ち倒された。

「とにかく、俺はあいつを殺しに行く。殺さなきゃ気がすまねぇんだ!!」

無能だから気付けませんでした。このままじゃ納得できないから殺しにいきます。

子供の駄々こねに近いその叫びに、彼を追い詰めようとしていた曙が逆に呆気に取られてしまった。

その隙に話はどんどん先に進んでいく。ブラック提督を殺し、提督が破滅する話へと。
588 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:03:34.21 ID:DnDdznZx0
「如月ちゃん!提督さんに何か言ってよ!!」

ならばやり方を少し変える。提督を動かせないのであれば彼の周辺を動かそう。

丁度曙に助け舟を出すかのように睦月が叫んだ。彼の秘書艦である如月に、睦月の姉妹艦である如月に向かって。

ここが提督が破滅するかしないかの瀬戸際だ。形振り構っていられない。

「如月、あんたはそれでいいの?」

曙も友提督も如月を見つめる。彼女が今までの話を全く聞いていなかったはずはないだろう。

「私は司令官についていくだけよ」

それでも如月ははっきりとそう答え、提督の腕に絡みついた。

「それでコイツがいなくなるような事があっても?」

もう一度確認する。このままいけば提督は破滅するのだ。

提督と如月が男女の関係である事はここにいる全員が知っている。

こんな形でパートナーを失う事が彼女にとってどれだけのダメージになるかも誰もが予想できる。

「…そうはさせない。司令官は、絶対に」

三人にとってその言葉はただの理想論でしかない。

如月には現実が見えていない。そう感じ取った睦月の感情が高ぶった。


「だったら提督さんを止めてよ!!」

睦月がヒステリックに叫ぶ。


「こんな事しても何にもならないよ!!」

感情のままに如月に詰め寄る。


「どうなったって提督さんの為にもならない!!」

感情のままに合理的判断を如月に叩き付けていく。


「止めようよ!!こんな事して何になるの!?」

如月はそんな姉の姿を見て


「如月ちゃん!!」

感情を消す事にした。
589 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:04:53.20 ID:DnDdznZx0

如月の身体が一瞬後ろに下がった。彼らに視えたのはそこまでだ。
590 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:18:12.35 ID:DnDdznZx0
次の瞬間には睦月の身体はぐるりと反転し、倒れ、腕を極められていた。

経緯は視えなかった。その結果だけが彼らの視界に映った。

関節を極められて悶える睦月と、冷酷な顔で姉を見下ろす如月の姿。

「うるさいな」

「睦月ちゃんは関係ないのに口出ししないで」

その言葉が痛覚で状況を感知できない友提督と曙の意識を引き戻した。

「私は司令官についていく」

「どんな事があっても、私はずっと司令官と一緒にいる」

「どんな事があっても、どんな方法でも、どんな手段を使っても」


びき、という音が睦月の痛覚の中に流れ込んで脳を刺激する。

睦月の腕が、折れた。
591 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:29:33.38 ID:DnDdznZx0
「痛い!痛い、痛い…」

折った腕を放し、転がる姉を見下す。

あまりにも呆気ない。睦月の練度は如月のそれと二桁は違う、それも睦月の方が上であるというのに。

如月は表情一つ変えずに叩き伏せ、表情一つ変えずに言い放った。


「これ以上私と司令官の邪魔をするなら」


「睦月ちゃんでも殺すわよ」
592 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:41:47.34 ID:DnDdznZx0
侮蔑の言葉を投げかける彼女の目は提督のそれと同じようにも見え、曙はその瞬間に詰みを確信した。

駄目だ。どうにもならない。どうする事もできない。

こいつら全員本気だ。嫌だ。本気で殺しにいく。嫌だ。本気で破滅する気だ。そんなの嫌だ。

そんなのは嫌だ。でもどうにもならない。どうにかしたいのにどうにもならない。

曙には、ただ如月の目を、自分の意志を込めて見つめるだけしかできなくなった。

せめて自分が何を考えているかだけでも伝わってくれ、と願いながら。そして伝わった所で無駄だともわかっていながら。


「如月」

その状況を変えたのは提督の呼びかけだった。

「なに?司令官」


「睦月さんを入渠施設へ連れて行ってくれないか?腕折ったままじゃあんまりだ。ここで治してもらいたい」

二人は何も言わずに提督を見つめ、如月は少し驚き困った顔で提督を見つめた。

「脅しはもう済んだだろ?それに、如月の大切な姉妹艦じゃんか」

「…頼むよ。俺は、まだ曙さんが話したそうだからここにいるけど」

ねぇ、と少し崩した、甘えたような呼びかけを聞き如月は身体の力を抜いた。

「わかったわ。司令官がそう言うなら」

「もう折るなよ」

「…それは睦月ちゃん次第よ」
593 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:46:41.04 ID:DnDdznZx0
提督「如月はあんな感じだけどさ。ずっと気にかけてくれている曙さんには本当に感謝してるよ」

提督「あの子の友達でいてくれて本当にありがとう」

提督「俺に何かあったら如月の事は頼んだ。友提督も、できたらあの子の事を頼む」

友提督「何だよ…それ」

曙「死ぬ気?」

提督「殺しに行くんだから殺される事だってあるだろ。殺されなくたってその後社会的に死ぬんだしね」

曙「意味わかって言ってる?」

提督「勿論。動いたり喋ったりできなくなる。一切の価値の無い肉の塊になる」

提督「物を食べない分、一人分の食料を他に回すことができる」

提督「人が増えなければ、食事の量が増える」

提督「みんな満足する」
594 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:52:01.06 ID:DnDdznZx0
曙「何でそうやって自分の命を投げ出そうとするの!?」

曙「『何かあったら如月の事は頼んだ』!?無茶な事を言わないでよ!」

曙「あんたに何かあったらあの子は絶対あんたの後を追う!!私がどうこうできる問題じゃなくなるのよ!!」

提督「じゃあ『何があっても死んじゃいけない。如月にはまだご両親がいる』って言っておいてよ」

曙「ざけんな!!!!!」

提督「…じゃあ止めてみろよ。ぶん殴ってでも止めてみろよ」

提督「艤装を使ってもいい。俺を止めろよ。だけど俺は殺されなきゃ止まらないぞ。止めるんなら死ぬまで殴らなきゃな!」

曙「死ぬなって言ってんでしょうが…!!」

提督「中途半端なやり方で止められる程俺もあいつらもできちゃいねぇからな」

提督「所詮人間なんざ、死ななきゃ変われねぇよ」

提督「だからどうしても変えたいんだったら、止めたいんだったら殺せ」

提督「俺はそうするし、曙さんもそうする事はできるよ?止めたきゃ殺れよ!!!」

曙「死ぬなっつってんだろうが!!!!」

提督「じゃあ諦めて。俺は殺しに行く。その後どうなろうが知ったこっちゃない」
595 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:54:41.40 ID:DnDdznZx0
提督「俺は生きてちゃいけない人間だから」

提督「俺は死んだってどうだっていい人間だから」

曙「誰が!?誰がそんな事言った!?」

提督「あいつだよ。ブラック提督」

曙「何でそんな奴の事を真に受けてるのよ!?」

提督「事実だからね」
596 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 18:59:31.40 ID:DnDdznZx0
「俺、あいつとは研修時代からの知り合いなんだ」

「俺は特務提督の中でも成績が悪くて」

「どれだけ頑張っても、どれだけ考えても全然上手くいかなくて、何やってもダメで、色々なことをやらかして」

「その度に言われたんだ。『生きてる価値も無い』って」

「辛かったよ。だから否定しようと努力したんだ。でも駄目だった。何度やっても失敗する」

「何度やっても上手くいかなくて、何やってもダメで、何かやろうとしたら変なことやらかして」

「『そらみろやっぱりこいつには価値が無い』」

「だから俺は本当に生きてちゃいけない人間なんだって納得した」

「あいつらは、間違っていないんだって。だってあいつらはいつも、上手くやっていたから」


「でも、でもだからってただ死んでいくのは嫌だ!!」

「どうせ死ぬなら誰かの為に死にたい!今まで迷惑をかけてきた分、俺の命を使って誰かを助けたい!!」


「人を殺すのが犯罪だって事くらい俺にだってわかるよ!」

「でもあいつらが人殺してケラケラ笑ってる奴なのに俺が手段選んでちゃ何もならないだろうが!!」

「同じ土俵に立つなとか、同じレベルになるなっていうけどさ、やらなきゃどうにもならねぇ」

「俺ができるのは本当に手段を選ばずに動く事だけだ」

「そんな事俺にしかできない。この先生きてる価値が無い俺にしかできないんだ、これは」
597 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:07:55.00 ID:DnDdznZx0
曙「だから、伊58の事を隠してブラック提督を殺そうとしているの?」

提督「そうだよ。罪に問われないとかそんなのはどうでもいい」

提督「あの子にとって、あいつらが今生きている事自体が問題なんだ」

提督「あいつらが傷付かずにのうのうと生きているだけであの子はずっと苦しまなきゃいけない」

提督「邪魔なんだよあいつらは。ゴーヤが生きていくのに邪魔でしかないんだ」

提督「あいつを、あいつらを、いなくなった過去の人間にしねぇとゴーヤはこれから生きていくだけでも辛いんだ」

提督「ゴーヤがこれから、自分の手足の事も含めて生きていくには、あいつが生きてちゃいけないんだよ」

提督「逮捕とかじゃ駄目だ。死ななきゃ、殺さなきゃ、何にもならねぇんだよ」


友提督「でもそれを理由にすれば伊58に疑いの目を向けられる」

友提督「だからお前は、無策でブラック鎮守府に突っ込んでわざとリンチを食らった」

友提督「仕返しっていう体裁が作れれば憲兵もそっちに目が行って伊58に疑いの目を向ける事はなくなるから」

友提督「まして研修時代に虐められてたっていうなら、その仕返しと思うのが憲兵側から見たら自然」

友提督「つまりそういう事か?お前は自分の復讐心を利用してゴーヤを助けたいと」

提督「ゴーヤがブラック提督の所の艦娘だったっていうのは知らなかったけどね」

提督「でも、後は友提督の言うとおりだ。おかげでもっとやりやすくなった」

提督「俺が例えブラック鎮守府の連中を皆殺しにしたとしても、憲兵は俺個人の復讐だと思うだろ」

提督「そうなったら誰もゴーヤを気に留めない。俺がやる事でゴーヤに迷惑がかかる事はないんだ」


曙「それじゃあ如月はどうなるの?」

曙「あいつは、アンタの為に人を殺すのよ。人殺したら当然罪に問われる」

提督「大丈夫。それもちゃんと考えてある」

提督「俺の泊地の艦娘は、誰一人として罪に問われない。問われたとしても情状酌量の余地はある」

提督「そう思って貰えるように用意はしてある」
598 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:09:46.32 ID:DnDdznZx0
曙「で、アンタは死ぬと」

提督「ゴーヤを助ける為には手段なんて選んじゃいられないんだ」

提督「あの子はまだ自分の手足を失った事を受け入れられていない。傷付けられてきた事を忘れられていない」

提督「もう時間は無いけど方法が無いわけじゃないんだ」

提督「誰もやらない、誰も選ばないやり方…だってこれをやったら自分が死ぬ」
599 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:11:03.30 ID:DnDdznZx0
誰もやらないやり方、つまり加害者を殺して過去の人間にする事。今後一切の痕跡を絶つ事。存在そのものを無くす事。

殺人は犯罪だ。やれば捕まり、その罪は一生消えない。死ぬまで永遠に残り続ける。

ブラック提督のような特例もいるが、そう簡単に人は特別な存在にはなれない。そんな実力も財力も無い。

だからこそ人は人を安易に殺さない。そこには理性や慈愛があるわけではない。

やれば捕まるという強迫観念、一種の恐怖政治が機能してこそ、法により殺人が抑止される。

誰かを愛する心、誰かを傷付ける事を嫌う心が殺人を抑止するのではない。

自分の身が可愛いと思う人間こそ、自分の人生が何よりも大切だと思う人間こそが、法によって抑え付けられる。

慈愛などというくだらない概念ではなく我が身可愛さこそが、この世界の秩序を保っている絶対の感情なのだ。
600 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:14:22.03 ID:DnDdznZx0
提督「でも俺なら何も問題はない。俺は死んでもいいんだから」

曙「だから死んでもいいっていうのをやめろ!!!」

曙「私はね!潜水艦娘が死のうがダルマになろうが食われようが何だっていいのよ!!!」

曙「如月が無事なら!如月が幸せになるならなんだっていい!!でも如月が幸せになるにはあんたがいなきゃいけない!!」

曙「あんたが死ねば如月はもう全部失う!如月にはもうあんたしかいないの!!あんたしか残っていないの!!!」

曙「あんたが何だろうが他の誰に何を言われようが、あいつにはあんたがいなきゃ駄目なのよ!!」

曙「それを、わかれ…!!」

提督「わからないよ。何で俺じゃなきゃ幸せにできないなんてわかるんだ?」

提督「男なんて星の数いる。それに俺よりいい男が大半じゃん?なら俺と一緒にいたっていい事なんて無いんじゃないか?」

提督「そりゃ最初は辛いかもしれない。でも如月だって俺がいなくなればわかるはずだ」


提督「『人を殺してくれるか』なんて聞いてくる奴がまともであるはずがなかったって」
601 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:17:56.68 ID:DnDdznZx0
ブラック鎮守府に攻め入る。

この泊地の艦娘にそれを伝えた時、心のどこかでみんながここを去る事を期待していた。

そうなればそうなったで彼は一人でブラック鎮守府に突っ込み、上手く行ったとしても刺し違える程度で終わるつもりだった。

予防策は張ってあるとは言えそれが通じなければ罪に問われる。そう考えて彼は艦娘達には転属願いの案内もした。

この泊地と無関係になれば罪に問われないし、逆にこのタイミングで抜け出した事が評価に繋がるかもしれない。

確固たる倫理観と断固たる正義感を持ち合わせた艦娘の演出としては最適だろう。

だからこそ彼はあえてこう言った。反対ならすぐにこの泊地から出て行け、と。

だが結果として誰一人として出て行く者はいなかった。

集会でそれを伝えた時、真っ先に侵攻部隊入りを志願してきたのは神通だった。

神通の挙手を皮切りに他の艦娘からも手が挙がり始め、泊地が二派に分かれるのにそう時間はかからなかった。

ブラック鎮守府を攻め滅ぼす戦力として志願する賛成派か、戦力にはならないが文句は言わない消極的賛成派。その二派だ。

だが集会が終わった後からも志願者は増え続け、消極的賛成派はじわじわと数を減らしていった。

その有様を第一人者として見届け続けた提督は、心の奥底で彼女達を罵った。


『お前達はどこまで都合のいい女でいれば気が済むんだ?』
602 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:25:34.47 ID:DnDdznZx0
口には決して出さなかった。出した所で彼女達を傷付けるだけだし、何と返ってくるかも予想がついたからだ。

予想はつくが、彼が理解しようと思わない感情。彼自身が毎日のように向けられる感情。

合理的な考えを放棄するその感情を、それを自分に向けられる事を提督は何よりも嫌悪し危険視していた。

何故自分にその感情を向けるのか、理解できなかった。そしてその感情の赴くままに自分に媚びる艦娘を哀れんだ。

その感情は艦娘達にとって害でしかない。そう信じていた。


艦娘達はどういうわけかその感情に縛られがちだ。

何故そうなるかなど全くわからないが、多くの艦娘がそういう感情を持ち合わせている。特性か、洗脳か、それともまた別の何かか。

だが間違いなく言える事は男に媚び、男の為に殺人まで犯す、男にとって都合のいい女が幸せになれるはずがないという事だ。


だから自分は死ななければならない。ただ離れるだけでは彼女達の感情を切り離す事はできない。

自分がこの世からいなくならなければ、彼女達はずっと自分に縛り付けられたままになる。

誰かに依存するのではなく、自分の意志を持って、自分の意志で生きて、自分の意志で幸せになって欲しい。

それだけをずっと願い続けてここまできた。今だってそうだ。

俺はゴーヤが今後幸せになる為に自分の身も削った。彼女が幸せになる為に邪魔になるブラック鎮守府の連中は今から皆殺しにする。

それで初めて彼女はスタートラインに立てるのだ。苦しい過去を忘れなければ、そこに立つ事すらできない。

そして自分が死ねば、他の艦娘達もまたいなくなった自分を忘れ、スタートラインに立つ事ができる。


まして先のブラック鎮守府への訪問で左手は潰れ、片目を失明した。もう二度と回復する事は無いだろう。

こんな壊れた人間にいつまでも執着していても不幸にしかならない。

壊れた玩具は廃棄処分にしなければならない。いつまでも残しておく必要なんてない。

だが今回の襲撃で全部うまくいけば、皆が幸せになれる。


戦力は揃った。作戦も立てている。後は適材適所で対応して、死人を出さずに終わらせる。

こちらからは一切被害を出さず、敵は皆殺しにする。一人でも被害が出ればこちらの負けだ。

誰一人として死なせてはいけない。あの子達にはまだ未来がある。

みんな若く美しく優しい子ばかりだ。彼女達は幸せになる権利があるし、誰一人としてこんな所で死んでいい人間じゃない。

死ぬのは自分とブラック提督、そしてあのブラック鎮守府の艦娘全員だ。

それ以上の死人は絶対に出してはいけない。

絶対に死なせてはならない。それだけは何があっても譲れない。命に替えてもだ。
603 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/05/28(月) 19:27:57.71 ID:DnDdznZx0
☆今回はここまでです☆

劇場版アマゾンズ観ました。北斗が如く買いました。
ドバドバーのグシャグシャビシャビシャですぜ!!!
604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/09(土) 00:28:45.01 ID:R3fNPLpE0


提督死んだらみんな殉死しそうだけどな・・・
605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/19(火) 11:45:59.79 ID:CFOCe7ASO
19:名無しNIPPER[sage]
2018/05/25(金) 00:41:23.83 ID:yBb2DXJv0
乙です

これだから女はどろっどろで嫌なんだよ
やはりスッキリサッパリしていてそれでいて濃厚であり、口のなかでシャッキリポンな俺たちのような雄と雄の関係が一番だな!なあ最上!
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/26(火) 18:39:12.13 ID:Hn7zce2BO

久しぶりに見に来たがゾクゾクするね
607 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 21:57:41.30 ID:WO+G3lfq0


・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・



608 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:01:17.89 ID:WO+G3lfq0
「用意できたわ。睦月ちゃん」

如月の呼びかけに応じて睦月は自分の衣服を脱いだ。

用意されていたバスタオルを身体に巻いて湯船に浸かる。折れた腕も湯の中に浸からせた。

本来ならば骨折した箇所を湯につける事は避けるべきだ。だが彼女達は特別なのだ。

一糸纏わぬ腕の痛みを押さえ込むように湯が包み込んだ。

「修復剤入れるわね」

服を着たまま浴室に入ってきた如月の手には、修復剤と大きく印字されたバケツが握られている。

慣れない光景に睦月は一瞬驚いたが、すぐに状況を理解して頷いた。

睦月が所属する特別鎮守府では修復剤を投入する作業は機械で行われている。

しかしこの小さな泊地にはそんな設備を購入する余裕もスペースも無い。だから人の手でその作業を行っているのだ。

如月がバケツの蓋を開け、ひっくり返して中の液体を浴槽に注ぎ込んだ。

ばしゃあ、と流れ込んだ緑の液体は湯の中でぐにゃりと曲がり薄れ広がっていく。

湯が一面緑に染まり、それらは睦月の肌から潜り込み睦月の神経を直接愛撫するかのように刺激した。

腕の中にある痛みを溶かすように包み込み、消していく。その感覚に睦月は、はぁ、と喘いだ。
609 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:07:44.07 ID:WO+G3lfq0
「私達は恵まれてるわよね」

「入渠施設と高速修復剤があれば、腕が折れても穴が空いても治せるんだから」

戦争はあらゆるものを破壊する。無機物も有機物も等しく暴力の前に砕かれ切り裂かれ捻じ曲がる。それは艦娘であっても変わらない。

無機物である艤装は人と妖精の手で、有機物である艦娘の身体はこのようにして修理される。

一見スーパー銭湯のようにも見えるこの設備は艦娘を修理するのに必要不可欠なものだ。

湯船に浸かる事で彼女達はそれぞれが持って生まれた、魂の姿に戻る。そして入渠施設の湯の上位互換となるのが高速修復剤だ。

製造にはそれ相応の時間と資材を要するらしく、湯に溶かす事で量を少しでも節約するべし、という事を特務提督達は研修で学ぶ。

だが、治ると言うがその現象は開発者からしても不可解な部分が多く、万能でもない。

まず、あまりにも大きな傷は治せない。

事実、手足を爆弾により失った伊58の治療にはこの高速修復剤が大量に使われたが彼女の手足が戻る事はなかった。

そして

「艦娘は治せるけど、人間は治せない…」

「だから提督さんの片目はもう見えない。提督さんはもう治らないって?」

如月が呟きだした言葉を遮るように、腕を折った仕返しとばかりに睦月が事実を突きつけた。
610 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:22:44.62 ID:WO+G3lfq0
沈黙した如月に、睦月は再度確認する。

提督が睦月を治すと言った以上、その言葉を突きつけた所で本当に殺されることは無いという打算があった。

「如月ちゃん。本当に、人を殺すの?」

「殺すわ」

答えはすぐに返ってきた。

「睦月ちゃんが何を言いたい事はわかってる。でも今の私にはもう司令官しかいないのよ」

「私の全部を受け入れてくれる司令官」

「もう何も失いたくない。これ以上失うのが怖い」

「もう私のものが誰かに殺されるのを見たくない…見るくらいなら、殺してやる」

如月の目が潤んでいる。それを見て、殺してやるという言葉に込められた感情が読み取れる。怖さと悲しさ、悔しさと憎しみ。

あまりにもシンプルかつ簡潔にまとめられるが、あまりにも大きいそれらは睦月にも向かって流れ込んできた。

「睦月ちゃんには一生わからないでしょうね。まだ沢山色々なものが生きて残っている睦月ちゃんなんかに」

「艦娘なんかに、理解できるわけない」

「夕立ちゃんや潮ちゃんだって、わかったふりしてるだけ」

如月自身にも、それは制御できないものだった。押さえ込もうとしても溢れ出てくる。

彼女の身体から血小板を失った血液の如く溢れ出して止まらない。

外部からの止血もできないほど大きな傷が開き、それらを溢れ出させていく。

では、その傷はどうして付けられたのだろうか。
611 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:37:01.34 ID:WO+G3lfq0
「そんな事ない!そんな事…!あるわけがない…!!」

ついに身内にまで向けられた暴れる感情を抑えるように睦月が反射的に否定する。

夕立と潮そして如月はこの泊地内では同じ班員として活動をする事が多い。

駆逐一班、それが彼女達に付けられたチーム名だ。班員は同じ部屋で生活し、枕を並べる。

もっとも最近の如月は駆逐一班の部屋に戻る事が少なくなっている。提督の部屋で夜を過ごす事が多いからだ。

如月は、同じ班員を避けているのかもしれない。泊地の誰かがそう感じていた。そしてそれはこの場で彼女自身の言葉で明らかになった。


「日本街に遊びに行った時、殺されかけたのよ」

道理のわからないお前に教えてやる。そう言わんばかりに如月は口を開いた。

「テレビで轟沈したはずのお前が何で生きている。お前は深海棲艦だ。お前はスパイだ。殺してしまえって」

その先の話は睦月も覚えている。

「顔も殴られたしお腹も蹴られた。ブロックで頭を潰されかけた」

如月は殺され続けたのだ。

「必死に逃げてる途中でも、路地裏に引きずり込まれて殺される如月を沢山見たわ」

何度も何度も何度も何度も。

「その後も、仲間の艦娘に裏切られて殺される如月も…沢山…」

あらゆる存在によって

「大した理由なんかじゃなかった。どれもこれも『テレビで轟沈したから!』」

たった一つの理由によって。
612 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:40:30.90 ID:WO+G3lfq0
「それだけよ!?たったそれだけの理由で殺しに来るのよ!?」


「たったそれだけの理由で、たった数日の間で、如月は数え切れないくらい殺された!!今だってそう!!!」


「こうしている今だって、どこかで如月は殺されている…!!」


「それで信じろって方がおかしいわよ!!」


「ただ生きたいと思うことだけでも思うようにいかない!!誰も許してくれない!!」


「もう信じられないのよ!!人間も!艦娘も!!」


「みんな、敵に見える」


「私に死んでほしいと願っている」


「『可哀想な私』を哀れんで自己満足を得ようと思っているように見える!!」
613 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 22:58:53.66 ID:WO+G3lfq0
ヒステリックに叫ぶ如月の目の前で睦月が口ごもった。

でも、だけど、それでも、こういう場面で99%出るであろう言葉が出かかっていた。

でも自分は違う。だけど皆は違う。それでも

「如月は、睦月型艦娘にすら裏切られて死んでいったのよ?」

「なのに、同じ睦月型艦娘の睦月ちゃんがそうじゃない理由って何?」

その言葉を如月は完全に潰しにかかった。

「『私』は、如月だからっていうたったそれだけの理由で今こうなっているのに?」

「『私』にはパパもママもいる、鹿島先生との大切な思い出もある。他の如月だって似たようなものがあるかもしれなかった」

「悪い事を考えて如月型艦娘になった人だっていたと思うし、そうじゃない如月型艦娘だっていたはずよ」

「でもそんなのは関係なかった。みんなみんな殺されたのよ。『テレビで轟沈したから』っていう理由だけでね」

「それで、睦月ちゃんや他の艦娘の時だけ何も示さず『信じろ』だなんて、都合のいい話だと思わない?」

言葉を失った睦月に追撃をかけるように如月は彼女に近寄り、瞳を覗き込むように見つめた。

「ねぇ」

「誰にとっても『私』と他の如月型艦娘に違いはない」

「じゃあ睦月ちゃんと他の睦月型艦娘は、何が違うの?」

動揺する睦月より先に、如月の目から涙が零れ出す。

「違うって言うなら、止めてよ。『私』だって『私』よ。それをみんなに認めさせてよ。誰も認めてくれないのよ」

「みんな外側しか見ないくせに自分が否定された時だけ中身を見ろだなんて綺麗事言わないでよ!!」
614 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:14:31.15 ID:WO+G3lfq0
睦月の心が折れ、この言い争いは如月が勝利した。

この話はこれで終わりだ。そう感じ取った如月は距離を取り、紺色の上着の裏側に手を入れた。

如月が改二となり追加されたその服は、結界増幅装置が縫い付けられており艦娘の生存性を劇的に向上させている。

彼女がそこから取り出したのは、一本の短刀だ。

その短刀は睦月にも見覚えがあった。確か如月の提督が日向型の武装を改造して彼女にプレゼントとしたものだ。


「ねぇ、見て睦月ちゃん。これは司令官がくれたお守りなの」

「私は、いつもずぅっとこれを持っているわ。これがあるから私はみんなと話ができる。他のみんなにはない私だけの命綱」

「臆病になった私の安全装置」

如月は短刀をぎゅ、と握り締める。

ナイフを持って自分が強くなった気がする奴は絶対ナイフを持ってはいけない。

睦月は昔、まだ睦月型艦娘になる前に、読んだ本にそう書いてあったのを思い出した。如月はまさにそのタイプなのだろうと。

「今まで一度も使った事はなかったけど…今回は使う」

如月がそう呟き、短刀が鞘から引き抜かれたと同時に、入渠施設内に風を切る音が響いた。
615 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:30:05.20 ID:WO+G3lfq0
睦月には過程が一切見えなかった。残心の様でようやく刃の位置が把握できた。

「人生は絶え間無く続く問題集だ」

「揃って複雑。選択肢は酷薄。加えて制限時間まである」

「一番最低なのは夢見たいな解法を待って何一つ選ばない事」

「オロオロしている間に全部おじゃん。誰一人、何一つ救えない」

「司令官の部屋にあった漫画にそう書いてあったわ。本当にその通りだと思う」

「私は何もしなかった。何もできなかった。何もしてなくて、あの馬鹿が何かをしたから、如月は全部失った」


「だから今度は選ばなくちゃいけない。選ばなかったら、また失って殺されるのよ」

「如月を、私の全部を受け入れて愛してくれる司令官が、殺されるのよ」

「司令官以外、もうここには何も残っていない。司令官しか。司令官だけが、今の私の心の支え」

「だから私は、選ぶ」

「あいつらを皆殺しにして、無かったことにして、できる限り今までの生活に戻る」

「あいつらを全員殺して、無かったことにして、私達二人は幸せになる」

「その後どうなったとしても私は、司令官となら生きていけるから」


「私が本当に大事にしているものはたった五つだけ」

「司令官と、私と、パパと、ママと、鹿島先生」

「それ以上のプラスはもう何も望まない。もう何もいらない。あってもいいけど消えるんなら勝手に消えちゃっていい。今の私にはもう持ちきれない」

「睦月ちゃん。あなたも如月にとっては余分なプラスでしかないのよ。司令官が仲良くしておけって言うから付き合っているだけ」

「だから如月を見捨てるなら早めに見捨てて頂戴。それはあなたの為にもなるかも知れないわ」

「でもそれで私と司令官の邪魔をするなら、次は、本当に殺す」

「首を折って、腱を切って、指を切り落として、内臓を引っ張り出して、主砲でバラバラのグチャグチャにしてから燃やしてあげる」
616 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:35:39.34 ID:WO+G3lfq0
そう言い切り、浴室から立ち去ろうと動かした足を如月は強引に止める。

「あぁ、そうだ」

「腕が治ったら施設そのままでいいからね。後片付けは如月達でやっておくから」

「それじゃあ、ごゆっくり」

そう言い残して如月は立ち去り、睦月は一人残された。

もしかして今自分に向けた笑顔も演技なのだろうか、そう睦月は疑った。

その疑心は睦月の心にドス黒い感情を染み込ませていく。


「何で!何で、こうなった…!!」

誰一人いない入渠施設で睦月は感情に従い怨嗟の声を上げる。

自分の腕を折り、自分の意志を否定した妹に向かってではない。この世界そのものを罵った。

そうするしか、睦月の心の痛みが治まる事がなかったからだ。

彼女はやろうとした。やれる事を精一杯やった。だが結果として如月は壊れた。

彼女に起こった事に同情するからこそ彼女を否定はしない。否定できない。

それが彼女の甘ったれた所でもある。

もし今置かれている状況が逆だったのなら、そして止めようとするならば、如月は睦月の全てを否定するだろう。
617 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:44:52.31 ID:WO+G3lfq0
「もう、死んじゃえ…!!」

けれど彼女が壊れた原因を作った全てを呪い殺さんが如く恨みを抱く。

如月に向けるべき憎しみすらも全て乗せて。

「全部死んじゃえ…!!!」

睦月は匙を投げた。如月を救う事ではなく、彼女が殺す誰かを救う事を。

如月が死ぬ、という事は頭になかった。ブラック鎮守府の連中が本当に全滅するという確信が睦月にはあった。

睦月は特別鎮守府所属の艦娘だ。そして指揮官は英雄と呼ばれるほどの男だ。

ただ日々をだらだらと過ごしているわけではない。その立場に相応しい戦果を挙げ、日々の鍛錬を通じて練度を上げている。

わかりやすい言い方をすれば叩き上げのエリート。経験と知識を兼ね備えた最高の兵士の一人だ。

その睦月が動けなかった。何もできず腕を折られ、先程の刃は一切見切れなかった。もはや実力の差は明確だ。

睦月にとって最早如月の存在は恐ろしいものとなっていた。

あの一件からまだ一年も経っていない。どれだけの執念があればあそこまでの技量を見に付けられるのか。

そしてあの技が、艤装の出力を乗せて振るわれるとしたらどうなるか。

こんな小さな泊地だが、あれほどの実力を持った艦娘があと数人でも居れば、駆逐艦娘や軽巡艦娘ばかりの鎮守府など数時間で皆殺しにできる。

睦月の、今まで多くの戦場を乗り越えてきた軍人としての勘、そして知識と経験による予想がそう告げていた。

だからこそ、完全に匙を投げた。

よほどの事が無い限りブラック鎮守府はもう終わりだ。そのよほどの事が何なのかなど想像すらできない。

だから、もう何が起こっても知るものか。
618 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:46:39.47 ID:WO+G3lfq0
ここから先は、何があっても自業自得だ。

全てお前達が招いた事であり、お前達の一時の快楽の代償として引き起こされるのだ。

少しでも誰かを思いやる気持ちがあれば、こうはならなかった。

誰かが少しでも彼女を思いやる気持ちがあれば、如月は壊れなかった。

だがそうはならなかった。だから起こる。必然として起こってしまうのだ。

これは自業自得だ。

存分に苦しめ。

存分に後悔しろ。

それでもどうにもならない諦念に沈みながら壊死してしまえ。

何もかもがお前達が引き起こした事であり、何もかもがお前達の責任なのだ。

それを理解しろ。

苦しみをかみ締めて、死んでしまえ。
619 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/06/30(土) 23:47:38.75 ID:WO+G3lfq0
何度呪っても、彼女の心の痛みが収まる事はなかった。

もう治っている腕を動かし、頭を抱え、如月を歪ませた全てを呪い続けた。

それでも彼女の心の痛みが収まる事はなかった。
620 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2018/07/01(日) 00:04:08.06 ID:S4E63O0z0
☆今回はここまでです☆

たーのしー
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/01(日) 01:19:33.11 ID:QMDZpYqE0


ブラック鎮守府全滅が楽しみ
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/02(月) 00:26:36.66 ID:pmanxrfdO
これ暗に人気の艦娘がクソになってこの展開になったのが全部アニメと俺たちのせいっつってんのか
623 : ◆ZFgfLAc.nk [sage]:2019/04/05(金) 23:25:10.13 ID:R7A+k8Zk0


・・・・・・・・・・・

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・・・・



624 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:26:19.72 ID:R7A+k8Zk0
「それで、どうなったんです?」

「失敗…」

「いやあれは我々の仲間になる器ではなかった、という事だ」
625 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:28:45.07 ID:R7A+k8Zk0
「なるほど」

「最新型の潜水艦の開発、どうもうまくいかない」

「素材が薄汚い肉袋ではどうしようもないのでは?」

「なるほどなるほど!そうかもなぁ!!」

「怨念だけは大したものだったんだがなぁ!」

「あの海域に巡らされた怨念!それらをかき集めればもしやとも考え張ったがこのザマ!」

「お前のいう通りだ。奴らは所詮薄汚い肉袋!神に歯向かう排泄物!!」

「上手くできたとて根本的に我々と違いすぎる。汚らわしい。矢避け以外に使い道があるだろうか?」

「ではあの残りカスはどうするのです?我々はあんなものと肩を並べなければいけないのですか?」

「まさか。元居た場所にでも送り返してやろう」

「恨み辛みだけは一人前だからな」
626 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:33:19.68 ID:R7A+k8Zk0
「ゴミはゴミらしく」

「汚物の中で戯れているのが一番だという事だ」


「なぁ」

「嬉しいだろう?元居た便所に戻してやると言ってるんだよぉ?」

「なぁ、おい、聞こえてるのかぁ?」

「 失 敗 作 ?」



「おい、返事をしろ失敗作」



「失敗作」



「失敗作」



「失敗作」



「失敗作失敗作失敗作失敗作失敗作ぅぅぅ!!!!」



「………」



「と言っても」

「お前達じゃあ我々の言葉は理解できないか」

「格が違うからな。格が」

「ククククク」
627 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:35:17.80 ID:R7A+k8Zk0


「せいぜい殺し合え」

「意地汚く、醜く、無様に」

「お前たち下等生物にはそれがお似合いだ」

628 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:35:50.87 ID:R7A+k8Zk0


・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・



629 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:41:29.34 ID:R7A+k8Zk0


「違ウ」


「違ウ」


「コンナンジャナイ」


「コンナハズジャナカッタ」


「私ハ」


「私ハ」


「私ハ!!!」


「誰カ」


「誰カ」


「私達ヲ」


「私ヲ」


「認メテ」

630 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:43:28.37 ID:R7A+k8Zk0


・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・



631 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/05(金) 23:53:30.04 ID:R7A+k8Zk0
水を裂く空気の音。

海が動く流れの音。

僅かな光が前を照らす。

「ユー、聞こえる?」

こめかみにまで響く自分を呼ぶ声。

こちらを心配するその声を聴いて少し安心する。

「潜入先は予定通りならドッグの中。万が一でもそこに艦娘がいたらまずい。慎重にな」

指示通り彼女は突き進んでいく。

信頼に答える為に。

自分の意思を突き通す為に。

「ドッグから上がったら水門の制御装置を動かして開門。場所はさっきゴーヤが教えてくれた所だ。覚えている?」

「すぐに開門して終わったらすぐに本隊と合流。あとは他の奴らに任せてくれ」

「それと」

「万が一見つかったら…すぐに連絡ちょうだい。何とかするから」
632 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:07:55.84 ID:bmKj3dQl0
海面からそっと顔を出す。近くに艦娘はいないのを確認して一安心した。

誰一人としてそこにいない事以外全て、周囲の光景は伊58が教えてくれていた通りだ。

その先の道も全て教わっている。この建物をよく知る伊58が教えてくれた。

ブラック鎮守府への攻撃作戦は提督と伊58の二人が主軸となって立てられた。

元々所属していた伊58、そしてつい先日直接乗り込んで地理を把握した提督の二人でだ。

誰かが言っていた。提督は最初から全てこうなる事を狙っていたのではないか、と。

ブラック提督への糾弾が失敗する事、自分が大怪我を負う事、そして今こうして鎮守府に攻め入る事。

提督の知る情報と伊58が知る情報に差はあっても間違いはなかった。

だから最初からブラック鎮守府を攻撃するつもりでできる限り情報を集めていたのではないか、と。


二人の情報を元にあっという間に作戦が立てられた。移動手段が無い上、現地の市民を騒がせない為地上からの攻撃は却下された。

艦娘の集団が艤装を付けたまま鎮守府に向けて行進などナンセンスだ。かといって海上からの侵攻には一つ大きな問題がある。

鎮守府を守るように壁が、門が立ちふさがっているのだ。これも資源売買で得た金をつぎ込んで作ったのだろう。

この水門と幼児性愛の戦艦長門を主力とする外部からの救援がブラック鎮守府の堅牢な守りだ。

だがその水門のある一か所にだけ自由に通り抜けができる抜け穴がある事を伊58が教えてくれた。

潜水艦娘は四六時中オリョールクルージングを強制されている。彼女達を虐げ搾取する事でブラック鎮守府は成り立っている。

だから自分たちが作った門が、彼女達だけは守らないよう、あえて抜け穴を作った。

潜水艦型の深海棲艦も入り込めてしまうが、その程度なら何も問題は無いと踏んだのだろう。

ブラック鎮守府の艦娘は対潜だけは達人だ。たった数匹の深海棲艦なぞものの数秒で藻屑にできる。

それでもわざわざ経路があるならば利用させて貰う。今回の侵入経路もそこからだ。だからこそ潜水艦娘にしかこの潜入作戦は実現できない。
633 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:09:25.81 ID:bmKj3dQl0
それを伝えられた時、U-511はこの潜入作戦に立候補した。

誰もが一瞬躊躇した。危険すぎるからだ。万が一見つかりでもしたら文字通り一たまりもない。

一たまりもなければまだましとも言える。

わざわざ手足をもぎ取ってから殺すような連中だ。

脱走者でそれならば、敵である捕虜ともなれば喜んで嬲り殺すのは想像に難くない。

それでもU-511は真っ先に立候補した。彼女を見て誰よりも提督が驚いていた。

提督から何度も何度も任務の危険性を言い聞かされた。それでも立候補を取り止めなかった。

最終的に他の潜水艦娘を槍玉にあげてようやく提督は折れた。U-511が折れようが、誰かが行かなければならないのだからと。
634 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:14:08.59 ID:bmKj3dQl0
U-511だって勿論怖い。だがそれ以上に彼女には強い意志があった。提督を見る度にそれが湧き上がってくる。

踏み潰され包帯を巻かれた左手。それが度々添えられる腹部。顔の痣も腫れもまだ消えていない。

伊58が教えてくれたブラック鎮守府特有の集団私刑。爆撃部隊とやらを受けたのだろう。

艤装を付けた艦娘の全体重で腹部を踏み潰される。

艦娘ですらトラウマになるほどの私刑、常日頃から鍛えていない提督の内蔵は無事ではないだろう。

彼は隠そうとしているが、もしかしたらもう彼の身体に取り返しのつかない何かが起こっているかもしれない。

その不安が刺す心の痛みが、そしてそれでも動き続ける彼の意思がU-511の意思を作り上げていた。

彼がそこまでしてやる事が味方殺し。彼のやる事は世界にとって何の役にも立たない。

それでも、いや、だからこそ彼女は真っ先に立候補した。

彼女の忠誠と愛情、そして残虐な好奇心は他の潜水艦娘より、誰よりも新鮮だ。

自分達が今から行う事は悪だ。私怨の為に味方を殺す。だけどそれでいい。

戦う理由に迷った時に大淀と愛宕に教えられた言葉を実行する時、彼女はそう感じていた。

だから、作戦会議の時に何度も、何度も警告されても意思を曲げなかった。

ボロボロの顔を向けられ、踏み潰された手で身体を押さえられ、何度も何度も諭されたが変わらなかった。

やりたい事をやる。守りたいものを守る。その為にこの危険な任務に立候補したのだ。確かに怖いがもはや止まれない。
635 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:23:58.85 ID:bmKj3dQl0
淵を掴んで這い上がる。背を壁に貼り付かせて周囲を探るが、誰一人もいない。

ここを使う艦娘は潜水艦娘、それ以外はたまの散歩がてらの遠征か、『味方を殺す為の』出撃だけだ。

情報通りとはいえ100%その通りとはいかないと何度も言い聞かされた。そのせいでU-511の足は震えっぱなしだ。

目を凝らして薄暗いドッグの中を見渡していく。

目には自信がある。何故なら艦娘とはそういうものだからだ。

艦の魂を受け入れ、人の姿かたちが変わる。それは身体の内側にも干渉する。健全で健康、かつ強靭な肉体へと修復されるのだ。

魂の個体差はあれど、どれも若く優秀。そして身体能力はあらゆる意味で人類の理想、最上位に匹敵する。

あらゆる病気を打ち負かす抗体、鉄の塊を背負うしなやかな筋肉、シミ一つ無い肌に整えられた顔立ち。

人外の生物深海棲艦と戦うにあたり、人間が至る発想の中であまりにも理想的すぎる身体。

人間の理想の身体。故に人は後先を考えずにそれを欲した。

一時期艦娘の臓器が大量に、あらゆる意味でばら撒かれたのだ。

『違法解体』それが流行した時那珂型艦娘を中心に艦娘達が多数ばら撒かれたが、今では気が付いたら理由すらわからず廃れていた。

艦娘の肉体が劣化したのではない。艦娘の肉体は相も変わらず人間の理想であり続けている。

新米の艦娘U-511も例に漏れず、敵もまた例に漏れない。つまり目が良いのは相手も同じだ。

ゆっくりと、慎重に、U-511は歩み始める。
636 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:27:02.34 ID:bmKj3dQl0
時間制限は無い。それでもあるとするならそれは彼女の体力と精神が擦り切れるまで。

提督から託された危険極まりない作戦を遂行するために、U-511は動き出す。

だが何もかも彼の言う通り、作戦通りにするつもりはない。

一つだけ、一か所だけ、どうしても寄りたいと思う所があった。

場所は知っている。伊58が教えてくれた、彼女にとって一番思い出したくない場所。

何よりも、誰よりも、真っ先に何とかしたいと感じる場所へ向かって歩き出す。

彼女達もまた、U-511にとって守りたいものの一つであるのだから。
637 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:31:22.49 ID:bmKj3dQl0
幸い、その場所はドッグからすぐの所にあった。偶然でもない、事情を知っていればある意味必然だと思える場所にそれはあった。

耳を澄ませて中の様子を探る。震える手でドアノブを掴み、ゆっくりと回す。

一切の音を出さないようにゆっくりとドアを開け、覗き込んだ。

中の住人達、いや囚人達の首と目だけがU-511を捉えるように動く。視線があった瞬間、驚きと恐怖でU-511は身じろいだ。

そこは潜水艦娘達の部屋、否部屋ではなく牢獄と言った方が正しいか。

伊168、伊8、伊19、伊401。どれもU-511にとっては見知った顔だ。見知った顔の、はずだ。

見知った顔のはずなのだが、それでもU-511は記憶の中の彼女達と今目の当たりにしている彼女達の違いに衝撃を受けた。

露出が多い彼女達の肌は赤い線が浮かび上がり、内出血の痣、そして円状の焦げのようなもの、U-511には理解できなかったが煙草の火を押し付けられた火傷があった。

所々の皮膚が僅かにでろんと剥がれ赤黒くグズグズしたものが湧き出ている。

視線が合った彼女達の目からは侮蔑と諦めしか読み取れない。全員が、何もかもが違いすぎる。

同じ艦娘でここまで違うのかと考えると気が遠くなりそうになる。

だが、そう、ここは全員いた。どんな理由で全員揃っているのかは知らないが、全員揃っているのはある意味奇跡であり理想的だ。

U-511は意識をはっきりとさせ、勇気を振り絞って声を上げた。
638 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:35:19.55 ID:bmKj3dQl0
「ユーは、私は、潜水艦娘U-511」

何の反応も無い。それでもU-511は続けた。自己紹介がしたくてここまで来たのではない。だからこそ、最低限でも伝えなければいけない事がある。

「ユーは!」

「ユーは!味方です!」

後先も考えず、感情のままに言葉を繋げる。

「皆さんを助けに来ました!」

提督と、彼の艦娘達から教わった日本語の知識の全てを使って。

この場所は意図されたかのように作戦範囲から外された場所だった。U-511はそれが不満でしかなかった。

今誰よりも苦しんでいる彼女達を一分一秒でも早く安心させ、救う事に何の遠慮がいるだろうか。

この作戦に時間制限は無い。それでもあるとするならそれはU-511の体力と精神が擦り切れるまで。

だがそれはあくまでも泊地内だけの事情だ。このブラック鎮守府内の事情を、彼女達潜水艦娘達の事情を一切考えていない。

U-511が遅れれば遅れるほど彼女達は危険に晒される。彼女達は大半の艦娘がほぼ確約されたも同然の明日の命もわからないのだから。

U-511の作戦が成功して攻め入る事ができたとしてブラック鎮守府の連中はまず真っ先にここの潜水艦娘を皆殺しにする事だってありえた。

敵を手引きしたと罪を擦り付けるか、ただの八つ当たりとしてだろうか、とにかく作戦が進むにつれ彼女達の命は脅かされる。

だから、この作戦が失敗して提督達が返り討ちに遭えば間違いなく潜水艦娘達も皆殺しにされるだろうが、成功したとしても危険であることには変わりはないのだ。

伊58のように奇跡的に助かるなんてどこの誰も約束をしていない。

ならば助けるとしたら今この瞬間しかない。今この瞬間でなければいけなかった。

そして彼女はここまで辿り着いた。あともう少し、あともう少しで彼女達を助けられる。

これが終われば、完璧に終わらせることができる。守りたいもの、救いたいものを全て。

おぼつかない日本語で、それでも全力を込めてU-511は呼びかける。

もう彼女達は自由だ。自分の言葉は彼女達にとっての勝利宣言になる。

理不尽に苛まれて命を奪われるかもしれない恐怖に怯える日々はもう終わりだ。

伊58のように普通の日常を送れるように、その為ならいくらでも支える覚悟をU-511は持っている。
639 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:36:17.07 ID:bmKj3dQl0


だから、伝われ。

「逃げられるんです!」

伝われ!

「今外にユー達の味方も来ています!」

伝われ!

「もう酷い目に遭う事も無いんです!!」

伝われ!!

「行きましょう!一緒に!」

伝われ!!!

640 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:38:37.79 ID:bmKj3dQl0
一瞬の沈黙。U-511の瞳から涙が零れ落ちた。

同情と言えば安っぽいが、U-511は本気で彼女達の現状を悲しみ、救いたいと願ってここまで来た。安っぽいありふれた感情だろうがそれは彼女の本心だ。

奴隷のように働き、奴隷のように虐げられ、家畜のように勝手な都合で殺される。

聞いただけで胸がざわついた。深海棲艦にすら向けたことのないようなどす黒い殺意が染み込んだ。

その現状の何もかもを否定したかった。一切の未来を断ち切って無かったことにしたかった。

だから彼女はここに来た。理不尽な世界の一切合切、何もかもを終わらせる為に。

そう思ってここまで来た。そして今、感情のままに叫んだ。



だから、だからこそだろうか。

伊168が部屋の隅に追いやられた古びた通信機に手をかける理由が理解できなかった。
641 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:41:47.26 ID:bmKj3dQl0


「こ、こちら潜水艦娘室」

「し、侵入者です」

「侵入者が、います!!」

642 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/04/06(土) 00:42:40.08 ID:bmKj3dQl0
☆今回はここまでです☆
643 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:35:05.01 ID:rM4PLBOB0
突き刺すかのように腕が伸び、握り潰すかのように手が開かれる。

蛆のように視界のあらゆる箇所から湧き出たそれらがU-511の身体を捉えた。

U-511は彼女の真正面から彼女の首を絞める艦娘の姿をその瞳に映す。

伊19。例に漏れず彼女もまたU-511がよく知る艦娘の一人だ。

未成熟な精神に反して豊満で淫靡な身体。U-511に比べ、否他の潜水艦娘と比べても肉付きの良い身体をした艦娘だ。

胸や尻といった直接的に異性を興奮させる部位だけでなく、二の腕や太腿も柔らかい贅肉に包まれていたはずだ。

そのはずだ。U-511の記憶にある伊19とはそういった見た目のはずだ。

だが目の前のそれは、胸は豊満なもののアンバランスなほど腕が細い。骨と皮、文字通りの骨と皮だ。

幼いながらも色気を含み輝いていたはずの瞳からは楽観や甘えから来る親近感は一切見られない。

焦りと皮算用、羨みと卑屈な優越感、鬱屈した暴発手前の破壊衝動。血走り瞳孔の開いた眼でU-511を捉え全力で気道を潰しにかかる。

窒息感と絶望で顔から一斉に血が引いていく。窒息感と今の状況からU-511はようやく試みが失敗だったと思い知った。
644 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:37:00.39 ID:rM4PLBOB0
甘かった。否杜撰だった。杜撰を杜撰とすら気付かないまま我が身一つで突っ込むなど傲慢ですらある。

U-511はその傲慢さを振りかざし、会って話をすれば必ずこちらの言う事を聞いてくれるものだと信じて疑わなかった。

自分達を虐げる者への反逆、それに手を貸す自分。こちらにある正義。

何もかもを一切自己否定も想定もしないままここに来た。だからこそ今こうなっている。

彼女達潜水艦娘にとってブラック提督がどういう存在なのかU-511には理解できていなかった。

彼女たちにとって彼は神なのだ。人間性はおろか生殺与奪を含む全てを掌握する神。

何もかもを否定され虐げられ抵抗もできない彼女達が唯一すがれるものがそれ。例えそれが自分達を虐げ殺すものであってもそれにすがるしかない。

奴隷とはそういうものであり、艦娘というものもまたそういうものでもある。

このブラック鎮守府で培った彼ら彼女らの強固な絆は偽善的な第三者の甘言では崩せない。

例えそれが悪意で作り上げられた絆だとしても、否、悪意で作り上げられたものだからこそ、誰も崩せるものではない。

自分の異常性を棚に上げ、自分が正しく認められるべきというU-511の傲慢さが招いた悪手が今のこの状況だ。
645 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:42:12.27 ID:rM4PLBOB0
だが彼女だけが飛びぬけた間抜けというわけでもない。

確かに彼女は作戦に反発して勝手な行動を取った。そして最悪の結果を招いてしまった。

しかし作戦を立案した二人が潜水艦娘達の心理を理解していたというわけでもなかった。

作戦範囲に入れなかったのはあくまで、彼女達がどうなろうがどうでもいいからだ。

今の自分の周囲以外何も気に留めない提督と、自分の恨みを晴らす事以外考えていない伊58。

敵でも味方でもない潜水艦娘などどうでもよかった。ただ連中を皆殺しにする事以外どうでもよかった。

U-511がそうでないように、彼らもまた賢者だったわけではない。

彼らはU-511と同じように自分の欲望のままに行動しただけだ。

結果的にそれが正解であり結果的にそれに反発したU-511が結果的に最悪の状況に持ち込んだ。ただそれだけだった。

誰も予想も想像もしていなかった。だからこその結果論だ。それ以上でもそれ以下でもない。

大多数を納得させる為に現状説明の言葉を選ぶのであればこうなるだろう。


運が悪かったのだ、と。
646 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:44:41.17 ID:rM4PLBOB0
伊19の二つの親指がU-511の気道を潰す。

視界の外から手首も足首も肩も掴まれ抑え込まれている。

最悪の状況、だがこの状況は潜水艦娘達にとってもまた不運な状況でもある。

狂乱したかのようにU-511が身体を振るわせる。ただそれだけで数の有利にも関わらず潜水艦娘達は振りほどかれたからだ。

数で不利だろうが艤装の有無、健康状態その他諸々何もかもがU-511にとって有利。だからこそ簡単に脱せた。

もし艤装が無ければ簡単に取り押さえられただろう。彼女達はそれを悔やむしかない。

扉を突き破らんばかりにU-511が部屋から飛び出ると同時に鎮守府中にサイレンが鳴り響いた。

敵襲の合図。同時にアナウンスが流れる。


「鎮守府内に敵が侵入。侵入者はU-511型艦娘。艤装を装着して侵入者を捕らえろ」
647 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:49:12.57 ID:rM4PLBOB0
鎮守府が湧き上がった。

まるで人気アイドルがライブでベストヒットの曲を歌い出したかのような興奮と高揚。

それは敵と称するものに向けるものとしては明らかに不適切だった。少なからずある恐怖や不安は一切ない。

中世貴族の狩猟、そう例えるのすらおこがましくおぞましい。

まるで給食の人気メニュー、購買部のパンや弁当の奪い合い。あるいはコミックマーケットの行列か。

欲望の坩堝。理性と人間性の喪失。

それらを向けられているのはモノではない人命なのだが。

鎮守府全体が揺れんばかりに湧き上がる。それは外に潜んでいる提督達にもはっきりと感じ取れた。
648 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 19:56:57.36 ID:rM4PLBOB0
「ユー!大丈夫かい!?ユー!!」

U-511に通信で呼びかけるが返事が返って来ない。どたどたと走る音と息遣いが聞こえる事からまだ捕まっていない事はわかる。

時折かすかに聞こえてくる奇声や怒声が焦りを煽る。

見つかった。追われている。捕まったらU-511はどうなるか。

状況把握と未来予想に心臓と腹部が締め付けられ、痛めつけられた身体が悲鳴を上げる。

そうなるかもしれないとは思っていたが、目の当たりにしてしまうと平然とはしていられない。

指揮官に相応しくない小さな器から溢れ出した感情が脳髄をかき回す。

「羽黒!!如月!!夕立!!」

焦りを声に乗せて呼びかけた。以心伝心と言わんばかりに三人は身構える。

「先に行け!!如月と夕立は二人一組!!絶対に離れるな!!」
649 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 20:01:24.92 ID:rM4PLBOB0
その言葉を聞くや否や三人とも全速で海を走り出した。目の前には彼女達の身長の十数倍もある壁。

その壁に向かってやや斜めから小さな弧を描くように突っ込んでいく。

あわや激突かという瞬間、三人の右足は海面を抉り飛沫を上げながら跳ね上がった。

だが地上と違い滑る海面では艤装の力を持ってしてもわずかにしか飛び上がれない。身体は壁の根元わずか上の箇所に跳ね上がり、勢いそのまま壁に。


激突を避ける為足を突き出して壁を蹴る。僅かに上、そして壁の反対側に身体が跳ねる。

背中の主砲が爆音を鳴らし、その反動が身体を再び壁に突き飛ばす。足がその衝撃を吸収して再び壁を蹴る。

爆音が鳴り響く度、壁に小さなひびが入る度、羽黒の身体はどんどん上へ上へと向かっていった。

それを追いかけて二人が同じように壁を登っていく。

壁を底辺とした三角形を無数に描きながら蹴り登っていく。

数十秒足らずであっさりと壁を飛び越え一瞬の無重力の後、壁の向こうの世界へと落ちていった。

提督にはもうその姿は見えないが着水に失敗したとは露にも思わない。


何故ならあの三人は異常だからだ。
650 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/05/18(土) 20:05:57.84 ID:rM4PLBOB0
「いいか。とにかく暴れろ。それだけでいい」

たったそれだけのあまりにも曖昧な命令を聞いた瞬間、夕立の身体は着水の衝撃を受け止めないまま更に加速する。

とにかく暴れろ。その命令を一瞬でも早く飲み込んだ。そしてそれを誰よりも強く望んでいた。

主砲が轟音を上げ彼女の身体を吹き飛ばす。数キロメートル先の鎮守府まで一直線に。

炎でも血でもない赤い光が彼女の動向を軌跡のように彼女の尾のように、螺旋を描き、彼女がいた空間に残っていた。

「ごめん。あと一つ大事な事を言い忘れた」

「できる限り殺すなよ。できる限りでいいからさ」
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/12(水) 23:09:36.24 ID:wo3B5+dYo
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/06(土) 15:24:40.91 ID:FTlql2AiO
ほしゅ
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/07(日) 08:05:10.55 ID:RXOibRwDO
やっと追い付いた
これはつまり艦娘はそこの提督の影響を強く受けるという事なのかと思った
過去の経験もあるだろうけど提督の破滅的な価値観が伝播しているようにも見える
654 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:28:56.99 ID:WS8HAR6A0

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655 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:30:05.42 ID:WS8HAR6A0
世界には数多くの物語が存在する。

書籍として出るもの、テレビで放送されるもの、インターネットの僻地に点在するもの。

万億兆京それ以上、文字通り数えられない程の物語があり人はそれに触れて生きていく。

ある人は子供の時だけであり、ある人は大人になってもそれに触れ、またある人はそれに依存して生きていく。

物語には個性がある。どれもが千差万別多種多様種種雑多の盛沢山。

それでもマクロに見てしまうと大半の物語で必ずと言ってもいいほど表現されるものがある。

正義、もしくは悪。たった二文字と一文字で表せるそれは物語の臓器。
656 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:31:04.38 ID:WS8HAR6A0
物語に触れるという事は正義に、悪に触れる事。

正義の行いを見て人は生きる勇気を得る。もしくは悪の行いを見て悪へ怒り正義の勝利を願う。

正義の敵は悪と、悪に媚びへつらう小物。

少年少女は小物を薙ぎ払い、悪に肉薄する正義を見て成長する。

力の差を理解できない小物を一蹴する正義が掲げる反撃の狼煙に神聖さを感じる。

だが何故だろう。彼ら彼女ら我々は誰もが気付かない内に成り代わるのだ。


悪か、小物か、ただそれだけに。


「ここまでよ潜水汚物!!この暁様が成敗しバアアアアアアアアアッ!!!!!」

そんな小物の一人が今ド派手に吹っ飛んだ。
657 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:32:04.17 ID:WS8HAR6A0
今まさにU-511の前に立ちふさがった暁型艦娘は艤装を付けていなかった。常日頃から虐待と虐殺を繰り返していた彼女はそれでもいけると誤解したのだ。

艤装の有無なんて関係ない。潜水艦娘なんかに負けるはずがない。潜水艦娘の何もかもを自分が支配できる。

暁は自分のこれまでの経験からそう信じていた。確信していた。力の差を理解できていなかった。

自分たちの力が絶対だと信じていた。

自分が暁型艦娘であるという特別感もその感情を膨れ上がらせる重曹となった。


あの轟沈した如月型のような産業廃棄物ではない。


誰にでも愛され


誰にでも求められ


誰にでも評価される暁型艦娘。


故に何をしても許される。


世界がそう決めている。


自分は生き続ける。


勝者であり続ける。


だが現実、艤装を装着したU-511が恐怖と使命感に駆られて彼女をブッ飛ばした。
658 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:35:23.47 ID:WS8HAR6A0
それは彼女にとってあまりにも想定外の出来事であり、客観的に見れば当然の出来事でもあった。

例えば毎日牛肉を食べて牛乳を飲んでいれば人は素手で闘牛に勝てると強弁されて信じる事ができるだろうか。

支離滅裂、意味不明、論理破綻。大っぴらに話してしまえば夢想の狂人と誹られても無理はない。


だが同意義の言葉で置き換えると人はあっさりとそう思い込む。

今回の場合で言うならばつまり、潜水艦娘程度なら艤装無しでも勝てると、そう誤解したのだ。

今までそうして来たのだからこれからだってずっとそうだと、永遠にそうだと。

何故なら常日頃から潜水艦娘を虐待し、時には嬲り殺しにしてきたからだ。彼女はその力関係が永遠に続いていくものだと思っていた。

調理された、お膳立てされた肉を食べながら自分が獲物を狩るライオンだと思い込んだ。闘牛を肉としか見えなくなっていた。
659 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:37:48.45 ID:WS8HAR6A0
悪と小物は価値観を共有している。だが悪は決して闘牛を肉とは見ない。そこが小物が小物たる理由だ。

今対峙したのは虐げられ怯え弱り切った上に練度も不十分、何より艤装を取り上げられた艦娘ではない。

ごく平凡な環境でごく平凡な鍛錬を積みごく平凡な艤装を積んだごく平凡な艦娘。

圧倒的な力と都合の良すぎる豪運を持つ正義ですらない。たかが同格の相手だ。

自分と同格であるが故に危機が及ぶ、その想像力と危機感が致命的に欠如していた。

艤装を装着した艦娘の力は何千、何万馬力。たかが人間の力でどうにかなるはずがない。それが例え今までずぅっと虐げてきた潜水艦娘でもだ。

その見分けすら付かないからこそ小物は小物なのだ。

敵対するものが全て自分より弱いと思い込み主役に突っかかり、無様に一蹴される小物。

目に見える敵全てが肉にしか見えなくなった狂人。

それこそが小物が小物たる理由であり、物語的な都合。

そして人間の本質でもある。決して自らを客観的に評価できないそれ故に悪か小物かにしかなれないという本質。

そんな一小物が宙を飛び今顔面から床に激突した。
660 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:38:27.64 ID:WS8HAR6A0
「хорошо(ハラショー)」

後ろから聞こえる機械的な言葉を尻目にU-511は駆けていく。

「制御装置、制御装置は」

ぶつぶつと呟き歯をガタガタと震えさせながらU-511は駆けていく。

この鎮守府を守る水門の制御装置。それを見つける事が彼女の目的であり、彼女が今選べる最も有効な安牌だ。

何故か。それは今しがた見せた艤装の有無による力の差が要因だ。

鎮守府の艦娘、U-511の敵が持つ艤装の保管場所はドック、入渠施設、もしくはその近くだ。

これはどの鎮守府泊地でも同じ事が言えるし、U-511達の泊地の施設もそのようにできている。

その位置関係がどういった手間を生むかというと、敵はこれから艤装を取りに行き装着した上でU-511を追いかけなければならないという事だ。

逆にU-511の目的地はドックではない、ドックは彼女の入り口であり目的地は水門の制御装置。

つまり敵は単純計算彼女の倍ほどの距離を移動しなければならない。

例え相手が潜水艦娘だろうが艤装を付けないままでは抑えるのは不可能。

途中で出くわす可能性は高いが艤装が無ければ先ほどの暁のように艤装の出力に力負けし、蹴散らされて終わるだけだ。

U-511からすれば制御装置に向かえば危険からの逃亡と目的達成を両立できる。だからこそU-511は全力で制御装置まで走る。
661 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:39:38.28 ID:WS8HAR6A0
その時建物が轟音で揺れた。彼女はそれだけで味方の誰かが壁を越えて鎮守府に突貫した事を理解した。

どうやってやったかはU-511にはよくわからないが、恐らくこの警報を聞いてU-511が見つかったと判断してかく乱の為に突っ込んだのだろう。

U-511を捕まえる為に艤装を装着した艦娘はドックを攻めるそちらの対処をせざるを得なくなる。

U-511の目的がわかっていなければ尚更だ。敵からしてみれば目的を知るには情報もそれを知る手段も少なすぎる。

この鎮守府の構成員は殆どが駆逐艦娘。偵察機を上げられる軽巡洋艦娘も多く見積もっても両手で足りる程度。

そしてそれらは外で待機している空母艦娘が全て撃ち落とす。

だからこちらの手を読むには情報が足りない。上手く勘を働かせられでもしなければ作戦に問題は無い。

とにかく走る。水門を開ければ多大な戦力が鎮守府になだれ込む。そうなれば勝ちだ。

駆逐艦娘も軽巡洋艦娘も潜水艦娘にとっては脅威以外の何物でもないが、それ以外の艦娘にとっては基本的には脅威にはならない。

その理屈も基本的には、という注釈が付くがこちらには空母艦娘も重巡洋艦・戦艦娘も揃えている。少なくともパワー負けは有り得ない。

だからこそ水門を開けてそれらの戦力をこの鎮守府にぶつけられれば勝敗はほぼ決する。
662 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:40:43.50 ID:WS8HAR6A0
伊58から教えられた地理を必死に思い出して走る。走り続けた先に扉が見えた。

突き破るように扉を開けると大仰な機械が視界に映った。これが水門を開閉する制御装置、コンソール。

コンソールに飛びつき装置を操作すると数秒おいて水門が左右に割れ始めた。外敵から身を守っていた水門がたった数秒の手間であまりにもあっさりと割れ始める。

その隙間を縫うようにして我先にと飛び出す影はU-511には見えない。それらは水に広がる絵具のように滑らかに、確実に、広がっていった。

そしてすぐさま聞こえてくる怒号と砲声。けたたましい警報により揺れていた鎮守府に今度は感情の津波が襲う。

それらはすぐに鎮守府を覆いつくす。誰一人逃がす事無く全員を飲み込むだろう。これでU-511の任務は終わりだ。
663 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:47:32.15 ID:WS8HAR6A0
制御装置の陰でしゃがみ込み隠れた彼女は自分をぎゅっと抱きしめた。

あとは帰るだけだがある意味それが一番難しい。突出した味方が妨害しているとしても一部はこちらに向かって来ている。

迎えが来るまではたった一人で耐えなければいけない。無暗に飛び出しては囲まれて袋叩きだ。

その為にはこの制御装置を最大限利用しなければいけない。こちらにとっては今やただの盾だが向こうからしたら家の一部だ。

主砲で破壊でもしたら水門は二度と戻らない。金で買った安全と安心があっさり崩れ去る。だからこそ物でありながら人質に成り得る。

とはいえ怖いものは怖い。いくらアドバンテージがあろうとも危険から逃れられるわけがない。

人質が効かない。それは無い話ではない。

迎えが殺されたら。それも無い話ではない。

迎えが来るまで自分が持ち応えられなければ。それが一番の問題だ。

不安が心に染み渡る。危険は彼女のすぐ隣にある。次の瞬間それは彼女の何もかもを奪い去るかもしれない。

何もかも、そう何もかもだ。

手足を失った伊58。原型を留めないほど腫れ上がった提督の顔。潰された彼の手。正気を失った潜水艦娘。

そして、この鎮守府の海の底に眠る何人もの死体。

グロテスクでおぞましい光景を思い出し、その姿に自分を重ねてしまう。
664 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:48:44.40 ID:WS8HAR6A0
U-511はずっと掴んでいた、布に包まれた鉄塊を抱きしめる。それは潜入前に唯一持ち込めた提督からの贈り物だった。

いざという時の為にと渡されたそれの中身は、引き金一つで人を殺せる拳銃だった。

艤装を付けていない艦娘にも、生身の人間である提督にも有効なそれは文字通り今の彼女の最終兵器。

艤装付きのU-511ならばその気になれば首をへし折る程度は容易いが彼女にその度胸も覚悟もない。

手足に貼り付く死の感触に彼女の心は耐えられない。それは彼女自身もよくわかっている。

それでも拳銃なら人差し指一つ動かす労力で同程度の成果を得られる。故にこれを持たされ、故に敵もそれを理解している。

だからこそ引く引かないに関わらずその存在そのものが牽制に成り得る。それが銃の価値の一つだ。

縋りつくように抱きしめる。提督の温もりでも求めるかのように、その熱越しに彼に助けを求めるかのように。

だが返ってくるのは鉄の冷たさだけ。海水で冷やされ人の温もりなど一切感じない。

それでもU-511は抱きしめる。返ってくるものが非情な現実だとしてもそれに縋るしか思い付けない。

大義を見失った今、縋れるものはただ一人だけだ。そのただ一人の為にここまで無理無茶を通してきた。だからこそひたすら求める。

早く。早く。助けて。迎えに来て。提督。心の中で囁き、祈り、念じる。何度も何度も何度でも。

動きが止まった彼女を捉えるように細い腕が絡み付く。U-511はそんな幻覚を見かけていた。

先ほどの、あの時と同じように、首を絞め手足を掴むかのように。
665 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:50:32.84 ID:WS8HAR6A0
「助けて」

「早く助けて」

骨と皮だけの腕が増えていく。首を絞める手が首輪のように何重にも重なっていく。逃れるように身体を丸め込む。

幻の腕は彼女の身体を突き抜けその手を首に重ねていく。

もうここに居たくない。早く帰りたい。帰ったら提督は褒めてくれるのだろうか。

帰ったら、帰ったら、帰ったら、帰ったら、帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。

帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい

帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい

帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい

U-511の中の何かが切れた。物理的にない『それ』の代わりに蝶番が軋む音が響く。

あるいはそれらは逆の順番だったかもしれないがそれらはほぼ同時に起こった。
666 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:51:40.34 ID:WS8HAR6A0
こつこつと近づいてくるそれを気付かれないように覗き見る。

そして見えるのは白い裾、黒い靴、金の装飾。


「Admiral」
667 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:53:44.48 ID:WS8HAR6A0
提督だ。提督が迎えに来てくれた。そう判断した。外で待っていた提督が水門を開いたのを見て迎えに来てくれたんだ、と。

緊張の糸が解れだしていくと共に気持ちが揺れ動いていく。

怖かった。本当に怖かった。それももう終わりだ。帰れる。あの泊地に。

制御装置の陰から身を出して提督と向かい合う。提督はそんなU-511の姿を見て笑う。


顔の皮膚を歪ませ、黄色い歯を覗かせながら、のこのこ出て来た敵の姿を見て笑う。


野太い銃声が響いた。


血と肉片をまき散らしながら彼女の視界と重心がぐるりと回る。


それでも痛みを感じなかった。床に叩き付けられるまでは。
668 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:54:43.13 ID:WS8HAR6A0

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669 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 00:58:56.95 ID:WS8HAR6A0
艦娘とは至極都合の良い雌だ。

求めればそれに応え、求めずとも求め、媚びる。

艦娘とは至極都合の良い雌だ。

雄の意思は瞬く間に群れの中に伝播して、雌はそれに応える。

艦娘とは至極都合の良い雌だ。

全ては雄に応える為。それこそが艦娘の行動原理であり根本的な欲求。

恋慕の情を根幹に置いた雄との同調、雄との共有、雄との共感。

それらは雄の自尊心を愛撫し己に依存させる手段でしかない。

だがそれ故に、この地獄絵図が成り立った。今こうしている時も、知らない所で、世界各地あらゆる場所が雄から伝播された悪意で満ち溢れている。
670 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 01:00:15.93 ID:WS8HAR6A0
U-511も例には漏れない。彼女もまた、彼女の提督と同調している雌の一匹。

では彼女は提督から何を得て何に同調したのかと言えば、答えは一つ。愚純さだ。

でなければこんな結果にはならない。でなければ、こんな過程すら起こり得ない。


彼女もまた、間違いを犯す馬鹿な雌の一匹に過ぎない。
671 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/07/16(火) 01:04:35.56 ID:WS8HAR6A0
☆今回はここまでです☆
672 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/09(水) 04:31:22.38 ID:i0tEhb290
床に叩き付けられ頭が揺れると同時にU-511の頭のお花畑は散った。痛みが彼女の意識を現実に引き戻す。

「やりやがったな」

引きちぎれた肉から血が溢れ出て床に広がる。

あふれ出る血の勢いが石を削り取る川の流れのように神経を刺激する。

「やりやがったな。やりやがったなこの野郎!!この野郎!!この野郎ォ!!!」

怨嗟の叫びを上げる声は聴きなれたそれではなかった。

彼女を撃ったその男は彼女がAdmiralと呼ぶ提督ではない。この鎮守府の提督、つまり敵。

「何しやがったこのクソ野郎ォ!!」

潜水艦娘を奴隷のように搾取し虐げ殺す、地獄のような鎮守府を作り上げた男。

コンソールの裏に飛び込むように逃げ込むと、元いた場所が破裂音と共に焼け付いた穴が開いた。

拳銃、銃弾。艤装を付けた艦娘ならばそんなものは脅威にならない。

それでもU-511にとって安心材料にはならない。

ブラック提督が築いてきた実績、死体の山、そして彼女自身が目の当たりにした伊58の姿。

引きちぎれ焼け爛れた両腕両脚、溢れ止まらない血、直視してきた惨状。

その輝かしい実績と、何より現に今、銃弾が結界を突き破り彼女の腕を抉った事実が彼女を怖気付かせる。
673 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/09(水) 04:39:09.23 ID:i0tEhb290
「バリアが通じると思ってねぇよなぁこいつはな!!お前ら艦娘をぶっ殺す為に特別に作られた銃なんだ!」

その言葉は間違っている。少なくとも建前上は。否、建前という言葉すら不適切なのかもしれない。

これが作られた経緯、その表向きの理由は建前というにはあまりにも軽薄で、無責任で、無価値な、口から出た出まかせだからだ。

既存の兵器では深海棲艦が持つ結界に通用しない。それ故に深海棲艦と同じような結界を持ち結界を突き破る武器を持つ艦娘の存在は重要視されていた。

深海棲艦に対抗する唯一の戦力にならざるを得なかった艦娘。

だがもし既存の兵器が深海棲艦に通じるようになったのであればどうなるか。例えば歩兵の突撃銃が、戦闘機の機関銃が、イージス艦のミサイルが。

まず間違いなく深海棲艦の殲滅速度は飛躍的に向上するだろう。熟練の職業軍人たちがその力を遺憾なく発揮し、深海棲艦は彼等の前に圧殺される。

その大義名分の下、結界を破る通常兵器の開発は進められた。

だが出資者と開発者たちの多くはそれを人類を守る為の兵器としてではなく艦娘『だけ』を殺す為の兵器として作っていた。

深海棲艦はついででしかない。そんなものよりただ目の前の、気にくわないそれを殴りたい、否定したい、殺したい。

理由は人それぞれだ。ある者は立場を奪われたから、ある者は見下された事が気に食わなかったから、ある者は女性上位の社会になる事を恐れたから。

そしてある者は、それらの人間を隠れ蓑として殺しを正当化できるから。

根底は多種多様だが大多数がそう感じ、ごく僅かな人間が大義名分を鵜呑みにし大多数に利用されていた。

そして大多数は信念の無い軽薄な責任逃れから斜め読みした正義を、ごく僅かな純粋な人間が信じた正義を、都合の良い箇所だけを飲み込みわが物とした。

結末を危惧する者、つまり彼らの本心を突く人間が現れた時、責任逃れの言葉をかざし、人類の敵のレッテルを貼り皆殺しにした。

本心を追求する数々の言葉に併せ建前を変え事実を捻じ曲げ、不当性を相手に押し付ける。

気にくわない障害を排除し続けることで彼らの正義は彼ら自身によって確固たるものと成り上がっていく。

正義が凝り固まっていくと共に彼らの行動もまた刃のように固まっていく。

先鋭化。思想の差別。道徳的優位に立ったと思い込んだ彼らの生態は彼らにとって気に食わないものを排除する事のみに特化していく。


彼らに倫理も合理性もありはしなかった。そうした者たちの意思が形になった武器を手にしたブラック提督もまた、彼らと違いはなかった。

オリョールクルージングで金を稼ぎ他者を蔑み殺す度、殺された潜水艦娘達は次々と深海棲艦へと姿を変えていく。

人類が不利になれば、深海棲艦が勝利すれば、その金が無価値になっていく事にも自分が殺される側に回る事にも気付いていない。

あるいはその合理性のない短絡的な思考と行動こそが人を人たらしめるものであるのかも知れない。

何故ならば自分の行いが自分達の首を絞める結果になると予想できていないのは、今この戦場にいる誰もがそうなのだから。
674 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/21(月) 00:33:51.25 ID:Ga8/KscD0
手負いの潜水艦娘が隠れたコンソールの裏側に回り込む。

その先で見た、たかが潜水艦娘の手に持つ物にブラック提督は一瞬硬直した。その手に握られているのは拳銃だ。

特別な仕様も無いただの拳銃だが人間相手に特別も何もあったもんじゃない。当たれば死ぬ。運が良くても重症だ。

潜水艦娘、U-511が指一つ動かせば弾が出る。ブラック提督が一歩でも近付けばそれだけで彼女が引き金を引く十分な理由になる。

彼自身も艦娘に通用する銃を持っているから五分五分。だが引き金を引く事に五の利益が保証されているわけではない。

殺したいから殺したといっても反撃で殺されれば0、全て台無しだ。そして撃った弾みで撃たれた弾に当たる可能性が十分ある距離に二人はいた。

膠着状態。

「撃てねぇだろ」

それは本来ならば、の言葉だ。

ブラック提督はU-511の人間性、内面を見抜いた。

長年の経験、人を虐げ殺し続けて得た知識と勘。自分を傷付けるか否かを見極めるのに関して言えば彼の技量は非情に優れている。

矮小化して例えるのであれば『いじめられっ子を見つける達人』とでも言えばいいだろうか。

あまりにもしょうもない技術であるが彼はこの技術一つで莫大な資産を手に入れたのだ。その即物的証拠はこの場において目をつぶってでも分かる。

周囲にある何もかもがその『いじめられっ子を見つける』技術によって生み出されたものなのだから。

いかに自分が傷付くことなく相手を傷付けられるか。どれだけ自分が責任を負わずに取り返しの付かない事をやらかせるか。

彼を小物ではなく悪たらしめる、長年の経験から培われた第六感を遺憾無く発揮し彼は優位に立つ。
675 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/21(月) 00:40:35.94 ID:Ga8/KscD0
「撃てるのか?撃ったらどうなるかわかるよな?」

彼の勘は正しかった。U-511に人を撃つ勇気は無い。

撃ち方を教わったとしても実際に引き金が引けるわけではない。誰かから命じられるわけでも無く自分の意思でとなると尚更だ。

彼女の提督がこの場にいて彼がこの場で撃てと言えば撃ったかもしれない。

そしてブラック提督の内蔵や脳髄に穴を開け銃弾からにじみ出る毒の追い打ちは彼を確実な死に至らしめるだろう。

提督に対しての信頼感、そして人を殺す事への責任の放棄による安心感、それらを両立してようやく彼女は撃てる。

だが独りでは決められない。

彼女は汎用的倫理と現代社会の常識を持つどこにでもいる女の子だ。

これまでの経験から人間への不信感を抱いていたとしても根付いたそれは簡単には捨てられない。
676 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/10/21(月) 00:50:02.87 ID:Ga8/KscD0
「艦娘が、提督を、人間を殺すのか?あ?」

だからこそ撃つのが怖い。撃ったらどうなるかわかるか、それを予想できてしまう。

自分が人を殺すということ、艦娘が人を殺すということ、艦娘が提督を殺すということ、全て予想ができてしまう。

「撃つのか?ナチスのクソ野郎」

その一言がU-511の意志にとどめを刺した。

自分はナチスだ。その現実がU-511の意志を完全に潰した。

引き金を引けば自分一人の力ではどうにもならない取り返しの付かない事態を引き起こしてしまう。

悪評は伝播する。その最悪の形を如月の末路を彼女は目の当たりにしている。

テレビ番組内で轟沈したというだけで無遠慮に、無許可に、無法に殺され続ける如月を。

ドイツの艦娘が、ナチスの艦娘が人を殺したと広まれば自分だけではない全世界のドイツ艦娘が危険視される。

他の艦娘以上に過敏に、過剰に、大げさに危険視される。何故なら彼女がナチスの歴史を持つ艦娘だからだ。

如月のように海軍や一般市民によって殺されだす可能性だって十分ある。

彼女に罪や落ち度はなかった。ただテレビ番組で轟沈したそれだけなのに彼女は狩られだした。

それならばナチスという罪を背負ったドイツ艦娘ならどうなるか。

自分一人の行いによって他の全てのドイツ艦娘が皆殺しにされるかもしれない。

かつてナチスが引き起こしたホロコーストのように。今度その標的にされるのはナチスの歴史を汲んでしまった同属だ。

だからそれを意識した途端彼女は引き金を引けなくなる。

自分独りの判断で同属を如月のようにできる程彼女は利己的になれないし、その代わりの勇気も持ち続けられなかった。

「クソが!」

この場において唯一倫理を完全に無視できる、責任を放棄できる存在がU-511の銃を蹴り飛ばし仕返しとばかりに銃を突き付けた。

トリガーに指をかけ彼女の薄い筋肉に、ごりごりと銃口を押し付ける。

彼は撃てる人間だ。

自分が撃つこと、人を殺すこと、提督が艦娘を殺すということ、それらの責任を一切負わずに済む存在だ。

いくら殺そうがいくら倫理に反していようが常に彼は危険の外にいる。

かつてホロコーストを引き起こしたナチスがそうであったように。

いくら殺そうがいくら罪に反していようが常に彼の身分も正義も保証され続けている。
677 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/11/07(木) 23:02:48.45 ID:X/ny5HSS0
「ごめんなさい。ごめんなさい!」

銃声が響く。

硝煙が彼女の皮膚を焼き銃弾が筋肉を引き千切る。痛みと衝撃で眼球がひっくり返り内蔵が揺れる。

飛ぶ意識を痛みが引き戻し痛みが意識を飛ばし、次の痛みが意識を引き戻す。

最早謝っても戻らない。後悔しても戻らない。この状況を勝負とするのであれば彼女は今この瞬間詰んだ。

銃弾は急所を外れているがそんなものは些細な事だ。彼女にもう状況を巻き返す力は無い。


「ごめんなさい。ごめんなさい」

泣きながら謝り続けるU-511の頭に銃床が叩き付けられた。

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「許してください」


痛みに喘ぎながら謝罪する。もうこれしか方法が思い付かなかった。

相手が潜水艦娘を虐め殺す殺人鬼である事など最早関係ない。

それしかやれる事が無いのだから例え百億分の一の確率だろうがそれに縋るしかない。

この男が気まぐれで彼女を見逃すか、他人への慈しみの心に目覚めるか、憐れみを持って解放するか。

そんな興醒めな奇跡に縋るしかない。

だがそんな奇跡が起こる道理はない。


この世の運命を書き換えられる存在が居たとして、それが『余程性格が捻じ曲がっていて極端に偏った思想を持っている』のであれば起こる『かもしれない』。

自分の意志を突き通す為に世界のルールを書き換える程妥協を許さぬ頑固さと、自分の意志こそが正義と信じ抜く程の狂気的な思想の偏り

もしこの世の運命を書き換えられる存在がそんな幼稚な精神構造の持ち主であれば奇跡は起こるかもしれない。

勿論そんなものはいない。何よりブラック提督がU-511を許す理由が一切無い。

彼女は艦娘であり、敵であり、獲物であり、何より玩具であるのだから。
678 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/11/07(木) 23:07:55.57 ID:X/ny5HSS0
U-511の胸に刃が刺さる。

彼女の皮膚に突き刺さった刃が力強く彼女の下腹部目掛けて突き進む。

特製の潜水服が裂ける。白く滑らかな肌とその中心部からうっすらと吹き出す短く赤い血の線が外気に晒される。

自分の胸に刃が刺さるという光景を目撃した事で自分の生を諦めたU-511が正気を取り戻したのはブラック提督が裂け目に指を突っ込み開け広げた瞬間だった。
679 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2019/11/07(木) 23:16:22.66 ID:X/ny5HSS0
潜水服の下に隠されていた幼い乳房が男の眼前に晒された。

色素の薄い乳房の先端に獣のような視線を感じ嫌悪感と先ほどとは別の恐怖を感じる。

この男が今から自分に何をするのか、言葉は知らずとも行動の意味と意志は理解した。

この男は自分の命だけではなく女まで踏みにじるつもりだ。

ただ殺すだけでは飽き足らず命だけではないそれ以外の全て一切合切を貶めなければ満足しない。

自分は自分が持つ何もかもを嬲り殺しにされた後にようやく殺されるのだと。

最期の一瞬、いや最期の後も自分は嬲られ続ける。

何の生産性も未来も価値も無い。ただこの男の自己満足の為それだけの為に何もかもを踏み躙られる。

林檎を握りつぶすかのように晒された乳房が鷲掴みにされる。銃弾とは別の痛み、銃弾とは別の恐怖が思考を乱していく。

男がヒグマのように口を開く。歯と舌を剥き出しにして鼻の孔を膨らませながら顔を乳房に近付けていく。

思わず手で抑えるが今までの傷が艦娘の力を振るう事を阻害する。唾液を垂らした口が少女の乳房にじわじわと近付き


がり、と歯を立てた。
680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/26(火) 14:08:06.74 ID:Uvmmim6QO
681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/14(土) 15:33:28.07 ID:ivgzjNqxo
ほしゅうううう
682 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:39:05.42 ID:FKUpOvs40
歯が肉に食い込む。痛覚が感情を更にかき乱す。

食い込む歯と握り潰す指が痛みを、頂点を舐めまわす舌が嫌悪感を。足の間で膨らむ何かが踏み躙られる怒りと恐怖を沸きたてる。

最早反射的に頭を手で押さえる。本来差がある身体能力も怪我や精神状況といったコンディションの違いが差を埋める。

抵抗するには遅すぎた。早々に何もかもを捨て去る覚悟で反撃したのなら今この場で助かる事はできた。

身体が前後に揺れ出し、乳房の痛みが増していく。

ペンチで潰されハサミで切られるような痛みが徐々に中央に集まっていく。噛み千切られる。犯される。

頭を押さえる手が震え、涙が零れる。

痛みという空気が感情という風船に詰め込まれていく。それは許容量を越え出してもなお詰め込むのを止めやしない。

だが油断が一瞬訪れた。息を吸う、無意識で行われる生理現象が一瞬U-511の感情を止める。

その瞬間
683 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:39:57.07 ID:FKUpOvs40
ごぉん、と下手糞が叩く鐘の音のような空気の振動が響いた。

目と鼻の先で鉄の塊が男の側頭部にめり込んでいく。

その鉄塊は彼の顔を一切変形させる事なく視界の外に押し出していく。

男の身体は顔に引きずられるように転げ落ちU-511にのしかかっていた重みも転げ落ちる。

そして映った見知らぬ天井に、見知った男の影が映っていた。その男は鉄のバットを持ち今もこちらを見下している。

「名取!!!!!」

「そのクソ野郎を縛れ!!」
684 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:40:35.96 ID:FKUpOvs40
視界の隅に別の影が映る。その影は慌ただしく視界から外れた後がさがさと音を立て始めた。

「あぁ可哀想に。もう大丈夫、大丈夫だから。ごめんな」

「ごめんな。ごめん」

提督だ。バットを持った影は自分の提督だった。

安堵と緊張の落差で気を失う寸前で彼に抱き抱えられ上半身を起こされた。

彼は肩から下げていた鞄から小瓶とガーゼを取り出し中身をU-511の身体に染みこませる。艦娘相手なら簡単にできる応急処置だ。

緑色の粘液、高速修復材に浸されたガーゼを乳房を抉る歯形に付けるとU-511は羞恥と刺激に喘いだがそれを無視して処置を終わらせる事に集中する。

この程度の傷なら恐らくこれだけで治る。艦娘とはそういうものだ。取り出した包帯で潜水スーツごとぐるりと巻き、破かれ空いた穴を隠す。

銃弾で抉られた筋肉も同様に修復材を染みこませたガーゼで覆い保護テープで固定した。

素人の提督にはその傷がどれだけ深刻なのかも判断ができない。銃弾が身体に埋まっているのか、それとも身体を掠り抉っただけなのか彼には判別付かない。

だがどちらにせよ修復材に浸けておけば万事解決する。彼はその答えだけは知っている。修復材に浸けておけば内側から治る際に弾が排出される。その結果だけは知っている。

麻酔がそうであるように修復材を用いた回復の原理は未だ判明しておらず、更にこれは人には効能が無い。

故に修復材の存在は艦娘反対派が彼女らを『人モドキ』と揶揄する一因でもある。
685 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:41:11.94 ID:FKUpOvs40
「怖かった」

「怖かったよ」

「そうだよな」

「ごめんな」

「ありがとう」

「本当にありがとう」
686 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:42:06.90 ID:FKUpOvs40
胸の中のU-511が落ち着いてきた矢先、何かの咆哮が聞こえて二人の身体がびくんと跳ねた。

慌てて窓から様子を見るとそこには地面に描かれた無意味で荒々しい赤い線。その軌道の先に黒い服の少女が見えた。

手に何かを持ち叫んでいる。その手に捕まれた長く、節のある棒のようなものがぶらぶらと揺れる。周囲には誰もいない。

提督はそれだけである程度の状況を把握できた。

「できれば殺すなっつったんだけどな」

悪態をつき彼女の不幸に嘆きながら内心喜びが勝っているという事実を確認する間もなく彼は次の計画の指示を出そうと考えた。

これで正面広場は確保した。そして先ほど敵の指揮官を捕まえた。ならば後は待つだけだ。

自分は今から正面広場に向かい艦娘達を待つ。捕虜になった艦娘と艦娘を捕虜にする艦娘両方を待つ。

「名取」

「引き続き護衛をお願い。今から正面広場に向かう」

「長良は」

「こいつを引きずって付いてきて」

随伴、否ここまで提督の足になってくれた長良と名取が頷く。

ただの人間である彼がここまで高速移動できたのも長良が彼を抱えて走ってくれたからだ。

その上で何の贔屓も無く客観的に判断するのであれば提督のこの指示は致命的なミスだ。
687 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:42:42.51 ID:FKUpOvs40
ここから先の戦力は手が塞がった長良と負傷したU-511、そして未だ困惑の意思が見て取れる名取の三人だ。

人質がいるとしても万が一戦うとなればまともにやれるのは名取だけ。

その名取が艦娘同士で戦う事にまだ迷いがある、というのが危険すぎる。

名取は艦娘を殺す事に躊躇するかもしれないが相手は絶対に躊躇しない。彼女らの頭の中は日々の虐待の中でそんな良識がとうに消え失せている。

ましてや人間一人殺す事くらいは名取が躊躇した一瞬の間に済ませられる。

長良は状況を割り切っている。躊躇する前に敵を撃てるだろう。

だからこそ長良と名取の役割を逆にするべきだった。生死を決める決断で提督は選択を間違えた。

あえて間違えた。理屈をわかった上で更に彼は考えを走らせる。

確率はどうか。先に突入した三人、否夕立が正面広場にいるから二人、が暴れまわればそちらに意識が取られるか。それでも一部はこちらを狙うかもしれない。

ブラック提督という人質がどれだけの抑止力となるのだろうか。相手に向ける情なんてものがこの辺の艦娘相手にまだ残っているかどうかはわからない。

それでもし万が一上手くいったとしたならば。否下手をこいて本当に正面広場まで行けたなら自分はこの先これからどうしていればいいだろう。
688 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:43:21.56 ID:FKUpOvs40
そう悩んだ時に思い付く。

歌でも歌おう。本心をさらけ出せる歌を歌おう。それが彼女から奪った自分の役割なのだから。

一番好きな歌を歌おう。心の底から笑える歌を歌おう。

何もかも黒く塗り潰す、世界で一番大好きな歌を歌おう。

ろくでなしのように、狂人のように、気取った物語の主人公のように歌おう。

彼女から押し付けられた役割を果たしながら、自分は自分のやりたい事をしよう。

気取れば気取るほど、狂人であれば狂人であるほど、勝ちを確信していると思われれば思われるほど、報いが来た時に全てがひっくり返る。

ひっくり返ったその瞬間を自分は一番待ち望んでいる。

だから歌おう。

歌手に敬意と尊敬を、自分と世界に呪いと嘲笑を。

心の底の感情を今ここでさらけ出して歌おう。これが最期だと思って。

最期でなかったらなかったで、こんな無様な事は他にない。
689 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:44:14.33 ID:FKUpOvs40
Amen(そうあれかし)と願い歌う。

笛の音を追いかける動物のように、三人の少女は歌い始めた男の後に続いた。


「俺の目の前に」

「赤い扉が立っている」


「俺はそれを」

「黒く塗り潰したくてたまらない」


「それ以外の色は要らない」

「何もかも」

「黒く塗り潰してやりたい」


690 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 20:49:46.00 ID:+XYm0fRV0
・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・

691 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 20:51:56.24 ID:+XYm0fRV0
提督がU-511と合流する数分前。彼女、夕立は激怒した。

しかしもう夕立には、自分が何に怒っているのかわからなかった。

この、目の前の売女のような恰好をした糞餓鬼に対して怒っているのだろうか。

この、目の前の売女のような恰好をした糞餓鬼の何が気に食わないのか。

提督を半殺しにした奴らの一員だからか。

それとも夕立と並び立つ彼女の親友、如月を産業廃棄物と罵った事だろうか。
692 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 20:53:03.42 ID:+XYm0fRV0
テレビで轟沈した雑魚駆逐艦娘、この鎮守府の一部屋に玩具のように首を吊られてぷらぷらと揺れている駆逐艦娘。

だからこそ、今夕立の隣にいる如月もゴミ同然で片付けられる。

何故なら、如月は如月だから、如月が如月故に死ぬしかない。

殺されるしかない。

何故なら如月だから。

テレビで轟沈した如月だから。

だから死ぬしかない。殺されるしかない。

何故なら如月だから。

テレビで轟沈した如月だから。

だから死ぬしかない。殺されるしかない。

何故なら如月だから。

何故なら如月だから。

この糞売女、島風はそう言ってのけた。

それを聞いた時夕立は『これ』を生ゴミにしてやると心の奥底から誓った。
693 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 20:59:03.26 ID:+XYm0fRV0
島風を夕立が抑えている間に如月と羽黒を鎮守府内に突入。

夕立は何も考えずそう提案した。

羽黒と如月がこの場から離れれば夕立は敵地で孤立するにも関わらずだ。

単独行動厳禁、それは泊地の艦娘に徹底されていた絶対の軍規だった。

それはあのテレビで得た教訓。無意味に孤立させた結果援護も得られず沈んだ如月から得た教訓。

常に二人で行動すれば死角をカバーし合える。だからこその単独行動厳禁。

それは泊地の艦娘にとって最優先のルールだった。

そう強く念を押されていたにも拘らず夕立はそれを無視して行動した。

水門が開けば仲間は後ろからいくらでも来る。

それを信じた結果でもあるが何よりも今ここで島風を自分の手で縊り殺さなければ気が済まなかった。

言ってはならない事を口にしたこの糞売女は誰の手でもない、自分の手で縊り殺さなければ気が済まなかった。

その点において羽黒と如月は邪魔ですらある。

この優等生どもは提督の指示通り殺さずに捕まえるはずだ。

このクソガキはここで、自分が、殺す。

そうでなければいけないという怒りと使命感に駆られた夕立の決意は固い。
694 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 21:01:13.02 ID:+XYm0fRV0
だが心の奥底のその端で、夕立は疑問を抱いてもいた。

何故それは言ってはならない言葉なのか。何故自分はその言葉に怒るのか。

自分ではない他人に向けられた言葉に、何故ここまで怒るのか。

本当に腹立たしいのは一体何なのだろうか。自分は一体何に怒っているのだろうか。

心に僅かな迷いがありつつも、その答えを見つける間もなく戦いは一瞬で終わった。
695 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 21:03:09.83 ID:+XYm0fRV0
蹴り飛ばされた島風が地面に削り取られながら勢いのまま転げ回る。

彼女の唯一の親友である連装砲型自立砲撃デバイス、島風が連装砲ちゃんと呼んでいるそれの首根っこを夕立は掴んでいた。

わしゃわしゃと首を振るそれを握力だけで強引に黙らせる。

そうでもしなければうるさく動き回るこの玩具の可動域で指を挟んでしまう。

それでも手足をわしゃわしゃと動かす連装砲型自立砲撃デバイスから視線を外し島風の顔を見据える。

最早余裕は一切感じられない。動揺と絶望。理由は二つ、親友が捕まった事。そして親友兼武器を失った事。

夕立にとってこの結果はわかりきっていた事だった。

何もかもが自分の理想と予想通りに事が動いている。

だからこそ、これからする事も何もかも自分がやりたいと願い望んでいた事だ。
696 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 21:08:51.30 ID:+XYm0fRV0
島風にゆったりと近付きながら連装砲型自立砲撃デバイスの頭を空いた片手で掴む。

全力を込め鉄板に指を食い込ませるが如く締め上げ、捻る。

ごきん、ばきん、ぶちん、という破壊の感触が手に伝わる。もう片手にはびくびくと震える感触が伝わった。

それは喋れない、そうでないとしても少なくとも意思が理解されない機械の断末魔だ。

それが生き物のように、子供に蹴り飛ばされた虫のように、叩き落された羽虫のようにじたばたと蠢いている。

更に捻る。稼働域の限界以上に捻り上げられ、あるべき形を砕きながら更に周る。

想定外の稼働により内部の部品が引っ張り上げられ擦れ圧され砕ける。

エネルギーを伝えるケーブルがぶちぶちと音を立て引き千切られる。

そして、今島風の目の前で彼女の唯一の親友はその首をもぎ取られた。


首が引きちぎられてもなお張り詰め残っていた最後のケーブルがぶちりと切れる。

動力を失い機能を止めたデバイスの頭部の明かりが消える。その明かりは島風の心の灯火でもあった。


「ゴミじゃん」

意思で働かせられる限りの悪意を込めて吐き捨て、手に持っていた『ゴミ』も文字通り投げ捨てた。

怒りのままに叩き付けられたデバイスは中身に詰まっていた基板の欠片を空中に撒き散らしていく。

「次はお前だ」

ゴミと呼ばれ嘲られた島風の親友は今この瞬間死を迎え、島風は今この瞬間完全に戦意を喪失した。
697 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:17:56.88 ID:kzBmeXH00
島風は走った。鎮守府内部に逃げ込めば振り切れると思い込み、夕立に背を向け走った。

そうすれば生き残れると確信していた。何故なら自分は島風だからだ。

誰よりも早く強い。それが島風型艦娘だ。それが海上だろうが地上だろうが同じ事。

誰も自分に追い付けない。後ろでキレ散らかしてる醜い化け物も島風に追い付く事はできない。

そう思っていた。足に何かが引っ掛かったのを認識した瞬間、空に影が差すまでは。

影は島風を見つめながら勝ち誇るように唱えた。

「おっ」

「そぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい」
698 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:19:05.43 ID:kzBmeXH00
前のめりになる身体より早く顔面が地面に激突する。

島風の頭を中心に赤がじわりと広がった。激突で鼻を強打して鼻血が吹き出している。

その僅かに見える赤い染み目掛けて夕立は艤装付きの足で踏みつけると絶命する蛙のようなうめき声が彼女の足の下から聞こえた。

違う、島風は遅くなんてない。

踏まれた脳味噌はそれだけを考えていた。遅い、という反射的に出た悪意を何度も何度も反芻する。

お前が島風に追い付けたのは島風が何かに引っ掛かったからだ。

逃げる島風の足に一瞬引っ掛かった『何か』が敗因だ。実力で負けたのではなく不幸に見舞われただけだ。

島風はそう信じ込んでいた。

お前は早くない。島風より早いわけがない。島風が一番。島風が一番早いんだ。

もう一度。もう一度やればわかる。

島風は早い!島風は誰よりも早い!早いんだ!!

これはノーカウントだ!!!だからもう一度!もう一度!!もう一度!!!

島風が!!!!!!!!!一番早くて!!!!!!!!!!強いんだ!!!!!!!!!!!!

島風の顔が火花を吹いた。轟音と土煙を上げながら地面を滑りだす。
699 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:21:13.04 ID:kzBmeXH00
夕立が島風の後頭部を踏みつけたまま上空に向けてその手に持つ主砲を撃ちだした。

反動制御をあえて切って撃たれた砲弾の爆発は夕立を反対方向へと弾き出す。砲弾は上空へ、その反動は地面に向かう。島風の後頭部を踏みつけたまま。

即席のスケートボード。それを支えるのは島風という名の無限軌道だ。

皮膚という名の履帯が回り、すぐさま熱と衝撃で千切れ失う。それでも推進力は収まらない。

その下にある皮下組織、そして筋肉や眼球を代表される臓器が代理になる。血液が噴出し僅かだが摩擦を奪う。まだ推進力は収まらない。

今の島風は、自分で走るよりも早く駆けていた。反動制御機能を切った砲撃、それによって生まれる反動という名の暴挙によって成立するそれを島風が次に活かす機会は無い。

眼球が千切れ飛ぶ、血液の赤と火花の黄色、髪の黄色が軌跡を描く。その過程で皮膚と肉は摩耗し、その下の骨と脳味噌が地面に触れる。

それでも夕立は止まらなかった。射線を横にして砲弾を撃ちだすと彼女の身体は横に回転しだした。

ぐるぐると回転しながら進んでいくそのスケートボードの足を掴み、あえて後頭部から軸足を踏み外す。

脚部艤装が摩擦で火花を散らし地面を抉り取る。進行方向の斜め前の壁を見据えて夕立は身体を捻った。

回転の勢いを殺さないまま、艦本式オール・ギアードタービン2基2軸、夕立型艦娘が持ち得る全力を込める。

それの両脚を掴み、身体を捻り、42000馬力を以て、島風を壁に叩き付け振り抜く。


主砲のそれとは比較にならない程の爆音と衝撃が走った。
700 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:23:24.23 ID:kzBmeXH00
島風の死は、轟沈という括りに入るものではなかった。

人としての死、否、人としてですらない。

物理的な生物としての明確な死。人の形を保っていない、無意味無価値の肉塊と壁の染みに島風は成り果てた。

何の意味も価値も無い。微生物の餌となり臭い匂いを発する以外の役割は島風には無い。

艦娘、砲雷撃戦の結果としての死とは認められない程惨たらしい死。

そして夕立が望んで望んで、望んでやまなかった形での殺害。

千切れた両脚がぶらぶらと揺れ、新鮮な血液と垂らしているのを視認して夕立は達成感を得た。

これでいい。何もかもが夕立の思い通りに行った。

だけどまだ足りない。まだまだ、もっと沢山これを作らなければならない。

誰の為に?提督か、如月か。否、自分自身の為にだ。少し満たされた今、夕立は自分の意志を思い返していた。

自分が負け犬に成り下がったあの日々の事を思い返していた。
701 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:26:07.00 ID:kzBmeXH00
あの夜起こった出来事が何もかもを壊してしまった。夕立は今でも覚えている。あれは夕立の改二改装が間近に迫った夜だった。

テレビで放送されてしまった如月型艦娘の轟沈。

それはたった一人の男の私怨によるもの。全てを知ってしまえばそんなくだらない真相があった。

だがそんなくだらない真相は最悪の事態を引き起こした。

待ち望んでいたかのように動き出した艦娘反対派の人間達。そして同じ海軍の仲間であるはずの人間達。

彼等は身近の如月型艦娘を次々を殺し、あるいは壊した。

『テレビでそうであったから』と免罪符を掲げ、何の経済的価値も戦略的価値も無い自己満足の悦楽に狂った。

夕立の友人だった如月もその狂気の例外ではなかった。

何も知らなかった彼女は何も知らないまま日本街に赴き、暴徒に殺されかけ追い詰められた。

殺され続ける自分の姿を見続け、深海棲艦の精神汚染にも晒された。

そんな友人を、夕立はただ追い詰める事しかできなかった。

助けたいと守りたいと心から願っていたにも関わらず、夕立は守る事すらできずむしろ如月を傷付ける事だけしかできなかった。

自分が夕立であったからこそ、如月にとって自分はただの害でしかなかった。

それでも助けたいと、守りたいと、その時の夕立はただ純粋にそれしか考えていなかった。

結局如月は金剛の時間稼ぎと、戻ってきた提督の言葉で寸での所で救われた。

そして夕立は約束されていた輝かしい未来を全て否定されたのだった。

その後如月は帰還する途中に負傷した提督の身の回りの世話役に就いた。

秘書艦に任命されていた三人すら押し退け彼女が抜擢された事について誰も文句を言わなかった。

夕立だけが、言葉に出せずにいた。

本来ならそこにいるのは夕立だったはずだ、と。

如月が新しい秘書艦に任命され泊地の皆が祝う片隅で夕立はひっそりと改二改修を済ませた。
702 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:28:03.89 ID:kzBmeXH00
駆逐艦夕立は第三次ソロモン海戦で多大な戦果を挙げた武勲艦である。

一夜にして夕立は重巡級五隻を撃沈、二隻大破、防空巡洋艦の二隻を撃沈、駆逐艦の三隻を大破、三隻中破に追い込んだのだ。

夕立の非論理的、非常識的な暴挙とも言える殺戮は一部の者を異名で呼ばせた。その異名は『ソロモンの悪夢』。

駆逐艦娘夕立もその名に劣らぬ高性能な優秀な艦娘だった。

自分のルーツがそこにあると知った時、夕立は喜びを隠せなかった事を忘れられない。

自分の家族を奪った深海棲艦をこの手で倒せる機会に恵まれている。そう予想できたからだ。

他の誰でもない自分が、今度こそ守れるのだとそう信じ込めたからだ。

事実、駆逐艦娘夕立はあらゆる鎮守府泊地で重宝されていた。

だからこそ自分も重宝されるだろうし、守る為の力を十分に得たのだとそう信じ込んでいた。

パラオ泊地の補充要員として着任した夕立は同期の如月、潮と日々切磋琢磨し合った。

その合間に絆を紡ぎ、そして増える守りたい者。同期班員の如月と潮、そして提督。

何故か話題に乗らない潮はともかく、如月とは提督の話でよく盛り上がった事を昨日のように思い出す。

しかし必ず訪れるとすら思っていた輝かしい未来はたった一か月程度の出来事で全て否定された。
703 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:32:36.36 ID:kzBmeXH00
『ソロモンの悪夢』の力で如月を守る事はできなかった。

新たな力を求め鍛錬を続ける中で如月は秘書艦に着任した。

彼女自身の適正と何よりあまりにも醜い理不尽に対する同情が要因だったが、周囲がそんなものを理解するはずがなかった。

演習の度に自分達に、否提督と如月に向けられる嘲笑と侮蔑。

その度に如月は提督との絆を深めていく。夕立を置き去りにして。彼との絆だけが自分の命を繋ぐと思い込んでいるかのように。

提督もそれを受け入れた。夕立と如月と潮の部屋だった場所は気付けば夕立と潮の部屋になり彼女の面影は消え去った。

外部の人々が望んでいるように本当に如月が死やその他の要因で消えたわけではない。如月は常に提督の傍に居た。

それに感づいた時、夕立はとどめを刺された。
704 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/19(土) 21:52:19.62 ID:Y+aHME880
あの日全てを失ったのは如月ではない。自分だ。夕立はそう感じていた。

確かに如月は多くのものを失った。名誉、地位、発言力、そして生きる権利すらも失った。

それでも最後の最後で彼女は得たかったものを得た。何もかもを失ったという自分を利用してそれを確固たるものとした。

だが夕立は、自分はどうだ。

得たかった力は何の意味も無かった。『ソロモンの悪夢』では何も守れなかった。

そして目の前で男を奪われた。自分が守ろうとしていた、自分が守れなかった友人に奪われた。

どれだけ力を付けようとも如月を守れない。何も知らない何も感じないキチガイは如月を傷付け続け、如月はそれすら利用して愛を得る。

湧き上がり止められない劣等感は夕立を確実に壊していった。

何も知らない外部の馬鹿が如月を貶めようとすればするほど、夕立は劣等感を刺激される。

優っているからこその無力感と劣等感。それ故に並大抵の事では覆せない。運命に近い絶望的状況。

ついに狂った夕立はある一つの答えに辿り着いた。


ならば自分を貶めてしまえばいいのだと。
705 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/19(土) 21:57:31.35 ID:Y+aHME880
夕立型艦娘が忌み嫌われる存在になったその時、提督は如月より自分の事を見てくれる。

提督の視線を独り占めできる時間が増える。

その為には『悪夢』では足りない。『地獄』を見せなければ。

自分に、自分の身内に害する者全てに『地獄』を見せてやる。

悪夢なんてものは所詮目を開ければ消えるもの。

二度と取り返しの付かない苦痛と損失を与えてやらなければいけない。

やりすぎと言われるほど痛めつけ、過剰に力を振るう。

軍規や規則なんていくらでも破ってやる。良識を捨て、時に良識を相手に突き刺す。

惨たらしく殺す事だけを考え、惨たらしく殺す事だけを実施し、惨たらしく殺す事を最優先事項として行動すれば自分の希望は成される。

軍規違反という汚点、制御不能という欠点、過剰防衛という短所。

どれだけ積み上げれば、否掘り下げれば如月に届くのかわからない。

だけどもうこれしかない。悪意という名の永久機関に届くには最初からこうするしかなかった。

これこそが最適解だ。夕立はそう確信した。

軽蔑されようが見下されようが嘲られようが構わない。むしろそれこそ自分が望むもの。

何もかもを自分が殺してしまう事こそが夕立の運命を切り開く唯一の道だ。

それができなければ負け犬だ。
706 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/19(土) 21:58:17.06 ID:Y+aHME880
動かせるだけの理性を動かし、心を塗り潰していく。

自分のトラウマを、辛い過去をわざと掘り起こし感情を沸き立てていく。

心を黒く、黒く、塗り潰していく。

歯痒さを、無力感を、怒りを、嫉妬を、夕立が思いつく限りのあらゆる負の感情を沸き立てていく。

黒く、黒く、塗り潰していく。

手に持っていた島風の両脚の破片が握り潰され余りが千切れて地に落ちた。

塗り潰せ。

殺意で自分の全てを塗り潰していけ。
707 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/19(土) 22:00:04.43 ID:Y+aHME880
夕立は叫んだ。今からお前達を皆殺しにするぞと言葉を使わずに叫んだ。

その音の波に弾き飛ばされるように二房の髪がびんと跳ね上がった。

あの頃絹糸のように柔らかくすらりと垂れ下がっていた彼女の髪。

今は彼女の心を表すように癖が付いて跳ね上がり、広がっている。

髪が女の魂という論が正しいのであれば、今の夕立の髪こそ彼女の魂が如何に変質したかを物語っていた。

目を見開き、牙を剥き、爪を立てる彼女の姿は獲物を殺す猟犬そのもの。

否、これは猟犬ではあるが猟犬ではない。

ティンダロスの猟犬。

腐臭をまき散らしながら時間や時空すら飛び越えながら獲物を追い詰めて殺す『犬の形をした化物』。

絶えず飢え、執念深く、獲物を恐怖させ発狂させても尚その命を啜るまで追い続ける。

伝説の通りあらゆる邪悪を自分の身体に集約させる為に今

化物が鎮守府の扉真正面から突っ込んでいった。
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