青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」

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211 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:28:26.90 ID:JWK7qaJQO
ある朝の事。
いつものように食堂へ向かう時、掲示板に見慣れないポスターが貼られていました。

『情報求む。心当たりの方は下記連絡先へ。』

内容はと言えば、少し前から行方不明になっている、遠くの鎮守府の司令官について。
相当に黒い噂のある方でしたが、なるほど、これはこれは…初めて顔を見ましたけど、ここまでキナ臭い方も珍しいですねぇ。

事が事なのか、憲兵隊も必死に捜査をしてるようです。
気になりますねぇ、近くだったら首突っ込んでたかもなぁ。
いや、でもこれは深入りしたら本当にやばいやつ。さすがに命は惜しいです。

「青葉ー、何見てるの?」

「ん?これだよガサ。」

「あーこの件かぁ、まだ見つかってないんだっけ?いよいよ死んでる気もするけど。」

「見るからに恨み買ってそうだもんねぇ…。」

「他の提督達も嫌ってたみたいだよ。私が前いたとこの提督も、相当言ってたもん。
まーまー、こんなの見てないで早く行こ?お腹空いちゃった。」

「あ!待ってよー。」
212 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:29:58.10 ID:JWK7qaJQO
その日は近海での任務で、いつものように戦闘を終えました。

平和になるにつれ数が減ったとは言え、今でもたまにはぐれた深海棲艦が流れ着く時もあるんです。
何も大きい任務だけじゃなく、そう言う敵を討伐するのもまた私達の仕事。

敵は全部倒したね、一応目視でも他にいないか見ないと……よし、いな…う。

「うえ〜…流れて来てる…。」

スコープで遠くを見てる間に、倒した敵の死体が足元まで。
艦娘のクセに何言ってんだって話ですけど…戦闘中はまだいいんですが、たまに冷静になった途端、死体が気持ち悪くなる時があるんです。
結構艦娘あるあるらしいんですけどね。

戦闘中なんて、離れてますからねぇ…案外そこまでグロくは見えないもので。
だけどいざここまで来られると、色々と生々しいんですよ……正直、たまに叔父さんの事も思い出してしまいますし。

確か今日の日替り定食は…げ、ハンバーグじゃんかぁ…楽しみにしてたのに……。

「ガサ…今日外食しない…?」

「えー、ハンバーグの日なのに?」

「久々にもらっちゃったんだよぅ…うどんぐらいしか食べる気しない。」

「あんた変なとこ繊細だよね。大丈夫大丈夫、いざ目の前にしたら忘れるって!食堂の美味しいし!」

「……ガサ、タフだねえ…。」

「じゃあわかった、今度克服用に映画持ってくるから!おやつはサラミかハムで!」

「やめてよー、前の超グロかったじゃん!」

ガサは青葉と違って耐性が強くて、戦闘でもらう事もないし、何ならしょっちゅう部屋にホラー映画持ってくるんですよ。
前持ってきたのとか、丸太が車の運転席に突っ込んで、頭がパーンって…うぇ、思い出しちゃった。


213 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:31:02.53 ID:JWK7qaJQO
「……って事があってさー。」

「あはは…あいつ確かにそう言う所あるもんな。」

夜、今日は彼の部屋へ遊びに来ていました。

駆逐寮こそ門限がありますけど、軽巡や重巡みたいな18歳以上が多い種類になると、門限はあって無しな所があって。
敷地内であれば、皆結構自由に行き来したりしてます。

で、彼の借家も敷地内にある訳で。付き合い始めたとは言え、なかなかお互いこう言う仕事だと休みも合わなくて。
専ら部屋デートが主になってしまうのは仕方のない所です。

ふふー…それでもこの時間は幸せなんですよ。
なんて事ない時間をふたりで過ごす、それは平穏な時間でしたし…少し前の彼だったら、考えられない事でしたから。

そんな時でした、テレビのニュースがある特集を流してきたのは。

214 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:32:08.50 ID:JWK7qaJQO
「少年犯罪史…この前もあったもんね。」

それは最近あった事件の影響か、過去の少年犯罪を振り返ったもので。
身勝手な凶行や、常軌を逸した物もありましたが…中には「仕方なかったのか?」と考えさせられるものもありました。

「この事件あったね…犯人の子、私の1コ上だったしよく覚えてるよ。」

10年ぐらい前でした。
当時11歳の女の子が、虐待を繰り返していた母親を殺した事件。

確かテンプレ通りなロクでもない母親で…生後間もない異父妹を衰弱死させて、それで母親を殺したって世間じゃ言われてた。
見つかった時、腐乱した妹の死体をあやしてたって….。

あれ?そう言えば殺された母親って…。

「母親、バラバラにされてたんだよな…因果応報と言ってしまえばそれまでだけど。
この子、今はどうしてるのやら…例え戦争でなくとも、この世は戦場なのかもな。」

彼がその言葉を口に出す事は、私にとっては一層重いものに聞こえました。
形は違えど、彼もまたそれを見てきた人。その言葉には実感が伺えます。

でもね、少なくとも今あなたは…。

「うわっぷ!?何すんだよ?」

「ふふー…まあまあ、せっかくふたりなんだし、しんみりしないの。」

じゃれつくように抱きしめてはみたけれど、本当はちょっと寂しくなったからです。
この時間だけは、そんな事は忘れて欲しいから。

いつでも見てるよ、どんな時だって。
ひとりぼっちになんて、私がさせない。

「ふふ…ねぇ…。」

耳元で甘く囁けば、それが合図。
行為の度に爪痕を付ける事が、私にとっての染め替える儀式でした。

自分から追い掛けて、見るのが私ですから。
私の目には、ずっとあなたが映っている。

そう、だからこの時は気付いていなかったんです。

自分が彼以外の誰かから見つめられている可能性は、ゼロじゃなかった事に。

215 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:32:45.87 ID:JWK7qaJQO
今回はここまで。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/17(火) 23:04:07.53 ID:wI9QGr2Wo
衣笠はヤンレズだったか
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/18(水) 00:00:36.19 ID:n0vG52Y/O
ガッサが危ない子なのは分かってたけど、こりゃ想像以上だな。

てか、青葉もガッサも21〜22ぐらいの設定か。JKくらいが多い印象なので、結構珍しいかも。
218 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:06:24.28 ID:Qp53TVB4O



とある女性が人生での中で書いた、数冊の日記より抜粋。




4歳、7月

「ぱぱとままとゆうえんちにいきました。めりーごーらんどがとってもたのしかった。」


5歳、9月

「ぱぱがいなくなった。りこんってなんだろう。」


8歳、月

「ママがきょうもわたしをなぐった。いたい。」


10歳、11月

「おなかがすいた。かおがいたい。ママのおなかが大きくなった。パパがいないのに何で。」


11歳、12月

ページの大半がこぼれた液体で赤茶けており、具体的な内容は読む事ができない。
「首」「苦しい」「ほうちょう」「妹」「かわいい。」といった単語と、「ママがママにもどった。」という記述。
そして何か所かに書かれた「天国」という単語は確認できた。


13歳、5月

「今日もカウンセリングだ、いつここから出られるんだろう?
あの女は死んで当然だったんだ、ママはあの日やっと帰ってきてくれた。私はおかしくなんかない。」


13歳、9月

「夢にあの女が出てきた。何度でも殺したい。ママに会いたい。」


14歳となった10月

「廊下で蝶が1匹死んでいた。手に取ってみると、とてもきれいな羽根をしていた。
標本の作り方を調べて、見よう見まねで乾燥を始めてみた。美しいものやかわいいものは、やっぱり手元に残しておきたいから。たとえそれが死骸でも。」

219 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:08:09.28 ID:Qp53TVB4O


14歳、4月

「やっとここから出られた。演技の勉強をした甲斐があったよ。
パパが迎えに来てくれた。久しぶりだね、ずっと会いたかったよ。何で目を合わせてくれないんだろう?」


14歳、6月

「家裁に行って、改名の許可が下りた。もうパパの苗字に戻ってるし、あの頃の私はいなくなった。
ネットを調べると、当時の事や古い名前がゴロゴロ出てくる。同級生かその親が個人情報を売ったのだろう。
顔立ちはあの頃から成長して相当変わったけど、それでも不安だった。
明日からは、少し離れた中学に転入する。長い間病気をしていたという体でだ。」


15歳となった10月

「いつも私が料理をしている頃にパパは帰ってくる。大体包丁を握っている時だ。
パパは料理中の私を見ると、決まって一呼吸置いてからただいまと言う。パパはパパだもん、だから何もしないのに。
パパは休みの日は、私に料理をさせてくれない。私が刃物を使うのを嫌がる。パパは料理上手いし、こっちも負担が減るからいいんだけどさ。」


15歳、2月

「今日は高校受験だ。受かるといいなあ。」


15歳、4月

「早速友達が出来た。放課後が最近の楽しみで、今は毎日が楽しい。」


15歳、6月

「好きな人ができた。告白したらOKをもらえたんだ。嬉しいなあ。」


16歳、10月

「フラれちゃった。怖いからって言われた。悲しい。」



220 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:10:24.57 ID:Qp53TVB4O


16歳、12月

「元カレが死んでしまった。数日前の大雪の日から行方不明で、雪が止んだ後、裏山の崖下で見付かった。
死因は崖から雪の上に落ちた際気絶、そのまま凍死してしまったと言う事らしい。お通夜に行ったけれど、確かに遺体は奇麗なものだった。
不思議と悲しいって感情は無くて、妙に胸がぽっかりとしたような、そんな死だった。」


16歳、9月

「近所のおじいさんがイノシシを捕まえたので、解体を手伝ってきた。手際がいいねと褒めてもらえた。
おすそ分けしてもらったお肉で、パパがお鍋を作ってくれた。」


16歳、9月

「未知の化物が世界中で暴れ始めた。どうなってしまうのだろう。」


17歳、11月

「またやってしまった。」


18歳、11月


「進路の一つとして、艦娘の適性検査を受ける事にした。ニュースで流れたバケモノの写真の中に、あの女にそっくりな奴がいたからだ。
まだ生きてたんだ、今度こそ殺さなきゃ。何度でも何度でも何度でも。
頭なんか海に捨てなきゃよかった。まだ見つかってないから、きっとバケモノと一緒になったんだ。

ママに会いたい。」


18歳、3月

「この家を出る日がやってきた。私は今日から艦娘だ。
新幹線に乗る時、パパは心なしかほっとしたような顔をしていた。理由は考えたくない。」


19歳となった10月

「慌ただしい毎日だ、仕事にもずいぶん慣れた。銃器って味気ないよね。」


19歳、3月

「異動の辞令が出た。早くに改二にもなれたし、ここの提督には随分お世話になったね。
新しいとこの提督、どんな人なのかな。まあとりあえず今は、この荷物と格闘するとしよう。」

221 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:12:42.67 ID:Qp53TVB4O
19歳、3月

「引っ越しも終わって、新しい鎮守府での生活。
ここの提督はまだ若くて、少佐に上がって半年ぐらいらしい。

彼は私と同じ匂いがした、でも演技は下手だ。もっと上手く隠さないと。」


19歳、4月

「この時期は新人が入ってくる。早速私の隣の部屋にも、新人が来るんだとか。
何でも姉妹艦としては姉に当たる子なんだって。1つ下のお姉ちゃん、変な響きだ。」


19歳、4月

「天使に会った。

そして私は私を知った。」


19歳、6月

「花はありのままの命を愛でるものだと、初めて知った。ドライフラワーもまた、良さがあるけどね。」


20歳となった10月

「あの子の元カレの話を聞いた。頭とぶら下がってるモノを、両方引きちぎってやりたいと思った。
アレって簡単に切れるモノなのかな?やった事ないけど。」


20歳、9月

「提督に感じる同じ匂いが濃くなった。彼もとうとうこちら側に来てしまったのだろう。

後戻り出来ない世界へようこそ。」


21歳となった10月

「ここ数ヶ月、あの子は提督の話ばかりする。あの子自身はまだ気付いてないけど、きっと好きになっているんだろう。

後押ししてあげなくちゃ。それに提督は、計画には丁度いい人材だ。
振る舞いだけでもまともな奴なら、その間どんな相手と付き合ったって構わない。私は女だから、そう言う立場にいられる。
大事なのは、あの子がその相手に…」

コーヒーをこぼしてしまったらしく、ここから先は上手く読む事が出来ない。


10月、1週間後

「あの子から提督について相談を受けた。

なるほど、そういう事ね。」


21歳、11月

「果物は旬になってから摘むもの。まだ待てば、きっと美味しくなる。

久々にイカロスの話を読んだ。受け止めてくれる存在があれば、死なずに済んだのだろうか。
提督から同じ匂いが薄まった。いい傾向だろう。」



222 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:14:50.60 ID:Qp53TVB4O

一日の任務も終えて、部屋に着いてばったり。
今日は久々に開発の手伝いに行かされてたけど、慣れない事は疲れますねぇ。

それでテレビでも観ようと、何となくリモコンを手に取ったんです。
ん?あ、そうだ!__からDVD借りてたんだ!

それはあのバンドのライブ映像でオススメない?って聞いて、じゃあこれをと貸してくれたもの。
ディスクを入れて、いざ再生!となった所で、ノックの音が。

「ん?ガサー?」

「あれ?青葉何観てるの?」

「司令官から借りたんだー、せっかくだし一緒に観る?」

「じゃあお言葉に甘えて。」

それで始まった映像に、青葉は息を呑んでいました。
映像越しでも伝わってくる気迫…しばらく言葉も出せず、ただ飲み込まれるままに途中まで観ていました。

“このイントロ…”

それで映像も中盤に入った頃でした。あの曲が流れて来たのは。
生の、その瞬間の気持ちで放たれた音だからでしょうか。今まで聴いてきたあの曲以上に、青葉はその世界に飲み込まれていました。

ふと横を見ると、ガサも引き込まれてしまったのか、彼女らしくもない放心した顔をしていて。
それは浅くはない付き合いの中でも、初めて見る顔です。

最後のピアノが鳴り響いて…次の曲が始まっても、余韻のせいかどこかぼんやりしてしまって。そんな時です、ガサから声が掛かったのは。

「ごめん青葉、ちょっと休憩。部屋に飲み物置いてきちゃった。」

「あ……う、うん!」

一旦DVDを止めてしばらく待っていると、ガサが戻ってきました。
何だろう、何かいつもと雰囲気が違う…ガサは元いた場所に座ると、ペットボトルの麦茶をぐっと飲み込んで。

「ねえ、青葉……。」

そしてふう、と一息つくと、こう言いました。


「……天国って、見た事ある?」


いつかの彼と同じ、ゾッとするような透き通った目の笑顔と共に。


223 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:15:24.86 ID:Qp53TVB4O
今回はここまで。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/20(金) 09:16:00.66 ID:L5bJX2iLO
おつ。やっぱりCPLか……
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 10:10:46.93 ID:mYPAkEILo
おもすれー


こいつら同じ幻覚を見てやがる・・・
226 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:10:06.38 ID:Kt2bVsaf0

「ガサ…?」


思わずは呼んでしまったあだ名は、「どうしたの?」ではなく、「誰なの?」と言う意味で発したもので。
そう思ってしまうぐらい、その時の彼女は別人に見えました。

細い指が、頬に触れて。
私を見つめてくる目は、まるで蛇のようで。

睨まれたカエルのように、体が固まって。


「ふふ…冗談だよ!じょーだん!あ、明日早いんだった、今日は戻るね!」

「う、うん!またね…。」


そうしてそそくさと、彼女は部屋に戻ってしまいました。
まるでさっきの表情なんて無かったみたいに、いつも通りの笑顔で。

何だろう、すごい怖かったなあ……気のせいかな。




『ぱたん…。』


自室の扉を閉めると、彼女はふう、と深く息を吐く。
その後に続くのは、堰を切ったように溢れ出す、浅い息切れだった。

二人の部屋の間は走るような距離ではなく、疲労ではない。
ましてや秋の今、暑さに悶えるような季節でもない。

彼女が息を切らしていた理由は…。

“あっぶなー…あんなかわいい顔されたら、理性飛んじゃうとこだったよ…。
ふふ、でも天国かあ……あの曲みたいに、怖いとこじゃないんだ。アレはもっと…。”

不意に彼女の脳裏を過るのは、とある記憶。

赤いバスタブと、人のぬくもり。そして心地よい静寂。
それらを思い出すと、彼女の全身をぞくりとした衝動が駆け抜けていく。


“あーあ、奴らで満足しよって思ってたのに、久々にムラムラしてきちゃったなあ…だめだめ、もう大人にならなきゃ。”


指に残る、肌と髪の感触。近付いた時に感じた香り。
先ほど感じたものを思い出すと。

“あの子の味、するかな…?”

立てた人差し指に舌を這わせ、彼女は恍惚とした笑みを浮かべていた。

227 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:11:38.34 ID:Kt2bVsaf0



「重巡洋艦・衣笠。連絡事項ありにつき、執務室まで来るように。」


次の日、秘書艦の仕事をしていると、彼がこんな放送を流しました。どうしたんだろ?

「どうしました?」

「大本営から連絡があってね。あいつ前の鎮守府の時から……僕も気付いてればよかったんだけどね…。」

「あー…。」

「重巡洋艦衣笠、入ります。提督、どうしました?」

「ああ、実はね…。」




「有給?」

「ああ。前の所の頃から貯め込んでたろう?いい加減使わせろってお達しがね。」

「そう言えば使った事ないかなあ…艦娘になってからは、特に冠婚葬祭も無かったし。」

「今の作戦スケジュールも来週には終わるし、そこで3、4日ぐらい休んでもらっていいかな?旅行でも行って、少し羽根を伸ばしてくるといい。」

「そうだね…うん、ありがとうございます!」

普通ならテンションが上がりそうな場面のはずですが、ガサは何やら微妙な顔。
ガサは意外とインドアな所があって、休みは部屋で映画を観るか、後は街に出るかばかりです。
いざ連休を出されても、過ごし方が分からない感じでしょうか?

おや?電話だ。

「もしもし…はい!司令官ですか?すぐお繋ぎしますので!」

「誰だ?」

「げ、元帥からです…。」

「はい、お電話代わりました。どうされましたか?
え?あ、はい…はい…そうですね、仰る通りです……分かりました、僕も取りますので…はい、失礼致します。」

「な、何か緊急事態ですか…?」

「…青葉、再来週少尉の世話を頼めるか?」

「出張ですか?」

「そういえば僕も貯め込んでたよ……少尉に経験積ませるためにも、たまには運営から抜けろってさ。」

「へ?」

228 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:12:49.24 ID:Kt2bVsaf0


「むー…。」

「はは…まあ、そんなヘソ曲げずに…。」

夜、今日は彼の家へ。
でも今夜はちょっと不機嫌です。だって彼がいない間、私は少尉さんのサポートですから。

元帥からの指示は有給の使用以外にも、休暇中は鎮守府を離れる事も含まれていました。
「内容は哨戒程度の軽いもので構わないから、少尉さんが責任持って頭を張れる日を何日か作れ。」って。
仕方ないとは分かってはいるものの…その間離れ離れだもんなあ…むう。

「俺も通ってきた道さ。埋め合わせはするから、彼のサポートは頼むよ。」

「いいけどさー。でもどうするの?家にもいられないし。」

「それなんだよな…実家は飛行機でないとだし。」

「あ!ならいいとこあるよ!私の地元に温泉あってさ、ここからならそんなんでもないし。」

「そうだなあ、ちょっと調べてみるか。」

「ふふー、ここは地元民に任せてよ!まずね…。」

むくれてはみたものの、やっぱり最近の彼はちょっと心配でした。
せめてもの気休めになればいいなあって、それで地元にある温泉を紹介したんです。

ま、まあ、いつか挨拶に来てもらう為の下準備とか…決してそんなやましい事は考えてませんけど…。
そういえば、ガサはどうするんだろ?連絡してみよっか。

『ガサー、有給どうするか決めた?』

『決めたよー。__の博物館行こうと思っててさ。』

『お!地元の隣の県だ!いいなー、あそこ美味しいのがあってさ。』

『なにそれ、教えてよ。』

そうやって二人と他愛もない旅の計画の話をして、それは何とも言えず日常で。
でも冷静になると、その間どちらもいないのはちょっと寂しいかなー、なんて思ったものでした。

そんな事を考えていると、目の前に紙が一枚差し出されて。それはシフト表でした。

「__、ここ俺の休みの最終日と、お前の休みかぶってるだろ?この日の朝帰ってくるから、デートに行こう。」

「ほんと!?」

「ふふ、要は終業時刻超えてから敷地に入ればいいんだよ。この街にいる分に問題ないさ。」

「…ありがと。」

ふてくされるみたいに抱いてたクッションを離して、今度は彼の肩へ。
ふふふ…くー、楽しみだなあ。サポート頑張ろ!


「でも、温泉街で浮気とかしちゃ駄目だよ?」

「しないっての。仮にしたらどうなる?」

「……社会的にコロス。」

「絶対しないね。断言するよ。」


229 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:13:49.92 ID:Kt2bVsaf0

「じゃあ、行ってくるよ。」

「うん!行ってらっしゃい!」

当日の早朝、いつもより早く起きて見送りへ。
温泉自体はちょっと離れたところにあるので、今回は自分の車で行くようです。


「誰も見てない所ではタメ口をききあう上官と部下……衣笠、見ちゃいました!」

「ガサ!?それ青葉のだよぉ!!」

「はいはい、朝から濃厚な事で。ごちそうさま。」

「ガサもこれから?」

「うん。急行乗り継いで、のんびり行こっかなって。」

「気を付けてね。あ、おみやげよろしくー!」

二人とも行っちゃったなあ…さて、今日も頑張らなきゃね!

その日の夜は、二人とも沢山出先の写真を送ってくれました。
あ、ガサの言ってた博物館ってあそこかあ…あの子、蝶好きだもんね。
その日はそんな風に過ごして、彼が帰ってくるのを楽しみにしていました。


それで翌日……予想だにしない事が起きたのです。

230 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:15:23.57 ID:Kt2bVsaf0

その日のお仕事を終えて、青葉は休憩室でお茶をしてたんです。
そこは大きなテレビが置いてあって、いつもニュースチャンネルが流れていました。


「本日、__県の山中にて、男性のバラバラ死体が発見されました。」


“げ…地元じゃん…。”


何とも不穏なニュースが、よりにもよって地元から。
こういう形で勝手知ったる土地の名前が出るのは、気分が悪いものではあります。

その時でした、青葉の携帯が震えたのは。

「もしもし?久しぶりじゃん、どうしたの?」

電話を掛けてきたのは、地元の友達です。
『あの件』で青葉と二股を掛けられていたあの子。久しぶりだなあ…お正月の遊びの話かな?

『ねえ、ニュース見た…?』

「ん?ちょうど今やってるよ。怖いねえ、バラバラって…。」

『……__が、昨日から行方不明なんだって…多分そうじゃないかって…。』

「………え?」


そこで出てきたのは、まさに私達に二股を掛けていたあの男の名前でした。


「…男性は死後1日ほど、頭部と四肢、陰部が切断されており、陰部のみ現在も捜索中との事です。」


ニュースから流れている遺体の状況は、とても凄惨なもので。
仮にも一度関係を持った人がそんな風になっているのなんて、想像がつかなくて。

「だ、大丈夫だって!殺しても死なないよあんな奴!」

そうやって月並みな言葉を友達にかけた、その直後。

231 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:16:25.48 ID:Kt2bVsaf0



「今入った続報です!先ほどお伝えしたバラバラ死体の身元が判明しました!
遺体は県内に住む男子大学生、__さんのものであると警察から発表がありました!」



232 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:17:17.64 ID:Kt2bVsaf0



そのニュースが流れた瞬間、私は感じたのです。

こみあげてくる嫌悪感の中…それでも自分の顔が、確かに笑っているのだという感覚を。


233 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:17:48.05 ID:Kt2bVsaf0
今回はここまで。
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/24(火) 12:40:11.34 ID:SKZbXJLaO
おつ。皆病んどる…。
前作のRJことアカネさんのような良心はおらんのですか?
235 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:17:32.84 ID:OW6pln5X0
思う所ありしばし投下を控えさせていただいておりましたが、ひとまず継続とさせていただきます。
236 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:18:08.00 ID:OW6pln5X0
数年前の日付、元帥の日記より抜粋。

『鹵獲した人型深海棲艦の、生体解剖の結果が出た。結果は予測通りだ。

艤装は込められた艦の魂が適合者、つまり操縦者と言う依代を得て初めてその力を発揮できる。
艤装を操る者がいなければ、ただの魂を持つ鉄塊でしかない。

敵の正体は、ある意味それに近い。
怨念が敵と言う生命としての形を得るには、やはり依代となるものがあったのだ。

生体部の鑑定の結果、様々な生物のDNAが検出された。
その中にはヒトのDNA、並びに特に骨格からヒトの骨と合致するものが含まれていた。
怨念が海中に沈んだ様々なものを混ぜ合わせ、生物としての実体を伴っているようだ。

頭蓋骨を薄く覆う形で、膜のように別の骨が生成されており、敵の顔が各種別で同じな点はここから来ているのであろう。
もしかしたら、この骨が無い敵もいるのかもしれない。出現初期のものには、顔が違うものもいた覚えがある。

ある研究員が膜を剥がした頭蓋骨に複顔を試みた所、驚異的な結果が出た。
やはり鹵獲時と違う顔に仕上がったと言う。

複顔されたものを各国で行方不明者リストに照合した所、身元が判明した。
20年前に犯罪に巻き込まれ、行方不明となっていた欧米の女性のものであると。』

237 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:18:56.55 ID:OW6pln5X0


とある日、二人の提督の会話。


「おい、あの注意来たか?」

「ああ、うちにも来たよ。弱った姫級の話だろ?
南の中佐からも聞いてて、あの人ははぐれメタルだ!なんて言ってたがな。」

「ワンパンで倒せるんじゃねえかってぐらいズタボロらしいな。
戦果稼ぎか、他所じゃ討伐作戦も立て始めてるってよ。」

「腐っても姫級だし、優先順位は上じゃないんだけどな。うちは追わない事にしたよ。
最初に接触した艦娘、軽いPTSDになったそうじゃないか。
確かに弱ってはいたが、それ以上にどんな敵よりも恐怖を感じたって。」

「…誰かの名前を連呼しながら、攻撃するでも無く追い掛けて来たんだっけか?日本人の名前だったらしいな。」

「あと、一個他と違う点もあるんだよ。」

「何だっけ?」

「……他の同種と、顔が違うんだとさ。」


238 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:20:12.21 ID:OW6pln5X0

『事件、大丈夫だった?』

あの後、青葉は彼にこう連絡を入れていました。
彼がいる温泉は、現場からはかなり離れてますけど…ああいう事が起こると、県外ナンバーは真っ先に怪しまれますから。

今は部屋にいて、PCを開いています。
深夜ニュースを待つよりも、ネットの方がこの時間は情報が早いですからね。

発見場所は…ああ、あそこのモールの近くか。
県境を越えてすぐにショッピングモールがあって、地元側の山中で見つかったようです。
峠から少し森に入ると洞窟があって、そこが殺害と解体の現場だと出ていました。大量の血痕と、剥がされた衣服があったと。

創傷の具合から、先に生きたまま陰部を切断され、その後殺害との検死結果が報道されていました。
「怨恨の可能性が高いと見て捜査を進める方針。」と記事は締められて。

……まあ、『そういう本性』でしたからねぇ。
よく覚えてますよ、問い詰めた時に「一発ヤッたらどうでもよくなった。」なんてほざかれた時の顔は。
あの後知り合った女の子から、怨みぐらいは買っててもおかしくはない。


ほんとはあのとき、わたしがきりおとしてやりたかったけど。


不思議と、ふっと肩の荷が下りた気がしました。
今はあの人がいてくれるし、人の死にこんな開放感なんて感じちゃいけないけど…やっぱり、悪い意味でも心は正直で。
きっともう、振り回されないで済むんじゃないかって思ったものでした。

実際新聞部時代のスキルを使えば、社会的制裁ぐらいは出来たんですけどね。
そんな気にすらなれない程、嫌な記憶の一つでしたから。

…そうだ、ガサの行ってた博物館も県境だ。騒ぎ、大丈夫だったのかな?

239 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:21:06.19 ID:OW6pln5X0
『事件大丈夫だった?』

『特に何もなかったよ。騒ぎにはなってたけどね。
でも怖いね、ご飯食べ行ったとこでおばさん達が噂してたんだけど、こっちの県の人が見付けちゃったみたい。
腰抜かしちゃって大変だったみたいよ。』

『ありゃ、それは災難な…でも気を付けてね、まだ捕まってないんだし。』

『うん、そうする。』

ガサは無事そうだね…後は彼からの連絡が来れば。
あ、来た!

『参ったよ、がっつり検問引っかかった。県外だし仕方ないけど。』

『大丈夫だったの!?』

『身分証見せたら解放してもらえたよ。念の為って事で、車の中は見られたけどね。』

『気を付けてね、今回は拳銃無いんだっけ?』

『プライベートだから銃器の携帯は禁止。一応休暇でも、警棒の所持は義務になってるけど。
でもお陰で滝に行きそびれちゃったな、名所だったんだけど。』

『じゃあその内、ふたりでリベンジしよ!』

『それもそうだな、今度は君と行こうか。』

『言ったね?約束だよ!』

よし、言質取った。
ふふ、早く帰ってこないかなー…そうだ、楽しい事を考えなきゃ。

そんな事を考えて……でもつくづく、ジャーナリスト志望の癖に自分はバカなのだと、数分後には知るのでした。


「失礼するぜ。青葉、いるかー?」

「少尉さん?どうかしましたか?」

「電話が入ってんだよ…君の地元の刑事さんからなんだけどな。」

240 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:22:05.17 ID:OW6pln5X0


「もしもし、お電話代わりました。」

『__さんでお間違いないでしょうか?私、××県警の_と申します。
昨日発生した殺人事件について、お訊きしたい事がありまして。』

「はい……。」

『今回捜査にご協力をお願いしたく、ご連絡させていただきました。
被害者の_さんですが、過去にあなたと交際されていたのはお間違いないでしょうか?』

「ええ、間違いありません。今日ニュースで知りました。」

『かしこまりした。つかぬ事をお訊きしますが、被害者と破局された原因は何でしょうか?』

「それは…その、彼の二股ですね。」

『そうですか…この言い方は良くないのですが、被害者は女性関係が少々乱れていたようですね。怨恨の線でも捜査しておりまして。
何か他に女性関係でご存知の事はありませんか?』

「いえ、その頃二股されてた子以外については何も…もう何年も彼の近況は知りませんし。」

『かしこまりました、ご協力感謝致します。
また捜査上で何かありましたらご連絡させて頂く事もあるかと思いますが、その際ご協力をお願い出来ますか?』

「ええ、私に分かる範囲であれば……。」

『ありがとうございます。
海軍の総務課にもご協力をお願いしておりますので、お電話が難しい時はそちらを通じてご連絡があるかと思います。では、失礼させていただきます。』

「はい、失礼いたします…。」

これだけの事があれば、捜査線上に青葉が出て来るのなんて、ちょっと考えればわかる事だったんです。
もしかしたらこれから先、何度もあの話を蒸し返されるかもだし…何より警察からの電話は、あの男が殺された事への現実味を増させたのでした。

241 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:23:33.83 ID:OW6pln5X0

「青葉、ちょっと顔色が悪いな。今日はもう部屋で休みな。
事情は先に聞いてるから、先輩には俺から連絡する。」

「…はい、よろしくお願いします。」

少尉さんに促されるまま部屋へ戻ると、すぐにベッドに倒れ込みました。
でもそれも、5分と持たなかった。

気持ち悪い。

そう思った時にはもうトイレに駆け込んでいて、げえげえと吐いていたのでした。

吐瀉物のグロテスクな見た目とすえた匂いは、さっきまで人の死を喜んでいた私の腹の底を、実体として見せ付けているかのようで。
それを流してみたところで、気分の悪さは変わらない。

開放感と、そこへの嫌悪感。
それが複雑に絡み合って、手はぷるぷると震えていました。

『ヴィーーー……』

そんな時でした、携帯のバイブ音が聞こえたのは。
この長さ、電話だ…誰だろ。え?

『もしもし?』

「………“ジュン”。どうしたの?」

『少尉から連絡が来てね…さっきは被害者が誰か、隠してたんだろう?』

「……うん。あのね、最初のニュース見た時…私、すっきりした気分にもなってたんだ。人が死んだのに…。
ざまあみろって…叔父さんやあの子の時は、あんなに泣いたクセに…。」

『…無理するな。複雑な気分になるのはわかる。

でも何かあったら、いつでも寄っ掛かっていいんだよ。今は俺がいるだろ?』

「………!!」


たったそれだけの言葉でも、どれだけ救われたでしょうか。

そうだよね…今は、彼がそばにいてくれるんだ。
ずっと振り回されてても、それを無下にする事になる。

242 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:24:15.91 ID:OW6pln5X0

「うん…ありがと!」


この時ようやく、青葉は明るい声を発する事が出来たのでした。

本当は今すぐ会いたいけど、それは出来ない。
これは言うまでも無いけど…それでも、今伝えたいから。

「ジュン。」

『どうした?』

「………大好き。」

『〜〜〜〜!?こら!不意打ちは卑怯だろ…。』

「ふふー、デート楽しみにしてるね!気を付けて帰って来てよ!」

『はいはい、今日はちゃんと休めよ。』

「うん!おやすみー。」

『おやすみ。』

電話越しでもうろたえてるのが分かって、それはとっても可愛くて。
彼が確実に心を取り戻しているのが、よく分かった瞬間なのでした。

この戦争、勝たなきゃね。
敵討ちやそれまでの夢以外に、この時もう一つ夢が増えたんです。

それは……ふふ、まだ内緒ですよ。


243 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:25:10.87 ID:OW6pln5X0

前日の事。

とある公園の湖に、女が一人立っていた。

観光スポットの一部であるが、平日の今、ここにいるのは彼女だけ。
自販機で鯉の餌を買うと、彼女は湖のほとりまで近付いた。

人影に反応してか、鯉達が重なるように女の足元へと集っている。
ここでは見慣れた光景であり、仮に誰かがそれを見たとて、気にも留めない光景であったろう。


「たーんとおあがりよー…♪」


ぱちゃぱちゃと音を立て餌が撒かれる中、『とぷん』と一際大きな音が、一度だけ鳴る。
その音の場所に輪を掛けて鯉達が群がるが、全て食べ尽くしたのか、やがてその音も止んだ。

『その餌』を入れていたビニールを軽く洗い、女は立ち去っていく。

後には元通りの、静かな湖があるばかりだった。


244 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:25:54.99 ID:OW6pln5X0
今回はここまで。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 08:02:04.22 ID:+I035/C1o
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 17:47:55.26 ID:QsrTVhCyo
やっぱり衣笠だったか
247 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 03:52:49.15 ID:j4j5Io3UO
あれはいつかの休み明けの事だったかな。
青葉とふたりで、それぞれの帰省の写真を見せ合いっこしたの。

青葉の写真はスマホでもとっても上手で、皆いい笑顔をしてた。
あの子の両親に兄弟、それにペットの犬に至るまで。それはそれは、素敵な写真だった。

「ガサは何撮ったの?」

「んー、友達の写真ばっかりだよ。あ、でもパパと撮ったのがあるね。ほら、これ!」

お母さんは?とは、あの子は聞いてこなかった。
小さい頃に離婚して、それから3回引越しもしてる。それまでは前に話してたから。

肝心な所は、黙ったままだけど。

「どれどれ…へー、お父さんすごいそっくりだねぇ。」

「でしょ?髪の色も顔立ちもパパ譲りなの。」

私を男にして老けさせたらパパになる。それぐらい、私は極度のパパ似だった。
ママに似た所なんて、それこそ些細な体質ぐらいじゃないかな。


だからあの女は、殴りたくなるぐらい私の事が嫌いになったんだ。


248 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 03:54:57.13 ID:j4j5Io3UO
「次のニュースです。
××県の男子大学生殺害事件について、新たに凶器は近隣の住居から盗難されたものと判明しました。
また、被害者の拘束に使われた縄も、同じく近隣から盗まれたものと判明しています。

証拠品が多数残されておりますが、現状指紋などの犯人に繋がる有力な手掛かりは無く…。」

食堂のテレビでは、朝からあの件のニュースが流れていました。
個人的な感情自体は吹っ切れたけど…ジャーナリスト志望の悲しい性でしょうか、この手の事件自体は色々と分析してしまいます。

司法解剖の結果、死因そのものは首からの失血死。
喉に殴られた痕があり、声を潰された後に拘束され、拷問を受けた…あの辺りの住人自体はお年寄りが多くて、鉈やノコギリなんかがそのまま車庫に置いてあったりします。
気付かれずに盗むのは、その気になればとても簡単で。

艦娘をやるって事は、殺すのが仕事です。
特に人型の敵と戦う時は、必然的に人体が破壊されるのに近い光景を見る。
攻撃が近くの敵の喉を掠めた結果、凄まじい勢いで血が噴き出した事があります。
あの時は返り血で視界が塞がりかけて、かなり焦ったっけ。とてもじゃないけど、拭いただけじゃ落としきれなかった。

ニュースでは洞窟以外に血痕やルミノール反応は無く、足跡も消されてると…返り血を浴びないよう、後ろから手を回してトドメを刺した?
そうだとしたら、何か引っかかる…それらを見て思ったのは、犯人はまるで『人をどう殺したら何が起こるか』を、しっかり理解してるような印象で。

その後出演されたコメンテーターの方も、青葉と同じ疑問を抱いたようでした。
「解体の仕方や犯行の速さも含め、まるで経験があるような手口だ。」と。

249 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 03:56:50.35 ID:j4j5Io3UO
SNSを覗いてみると、同級生はやっぱりあの話で持ちきり。
そっちは地元ならではの、ニュースではやらないような情報が流れていたのです。

県境の一帯はアウトレットモールがあるからか、有名なナンパスポットだったそうですね。
それで殺害現場の洞窟は、所謂アオカンスポットだったようです。

攫われた形跡がないって事は、犯人は女の子?
いやいや、でも手馴れてて殺す動機もあるって…うーん、逆にわかんないなぁ。美人局的に誘き寄せた、複数犯かもしれないし。
それにいくら喉を殴ったって、素人が手早く捕縛術を仕掛けるなんて…。

青葉みたいな、ニュースやネットしかソースのない素人にさえこれだけ分析されるなんて、すぐ捕まりそうな気もしますけど。
もしかしてそれ自体、撹乱目的だったりして…まあ、こんな事考えてもしょうがないかぁ。

そんな事よりも、考えなきゃいけないのは今日の仕事と明日の事。
明日の朝には彼も帰ってくるし、今日も頑張らなきゃね。

…そう言えば、ガサも明日帰ってくるんだっけ。博物館以外、どこに行ってるんだろ?

250 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 03:59:52.47 ID:j4j5Io3UO
休暇の2日目、朝の9時。

事件の発覚は、当日の早朝だった。
女が朝食を摂りに入った現地の食堂は、報道されるよりも前にその話が入っていた。

「さっき県境で死体が出たんだってねぇ。」

「4丁目の田中さんが見付けちゃったみたいよ。あの人腰抜かして運ばれたらしいわ。」

「怖いわねぇ。」

パートの主婦達の会話もよそに、彼女は興味無さげに朝食を食べていた。

その内心は、誰も知る事は無かったが。


同日、14時。

女はとある家に辿り着くと、キーケースを取り出した。
鍵を開けると飾り気の無い玄関があり、何足か置かれた靴は全て男性のもの。

彼女は前日はスーパー銭湯で風呂と仮眠を取り、この日急行を乗り継いでやってきた。
宿やバスと言った、予約として本名の記載が必要な手段を避けるためだ。

家に入ると冷蔵庫を開け、彼女は何やら品定めをしている様子。
スマートフォンのメモ帳に書き込みをし、女は再びその家を後にした。

「おや、__ちゃんじゃないか。帰ってきたのかね。」

「佐藤のおじいちゃん!そうなの、休暇をもらったから。」

「それはそれは、ゆっくりしておいきよ。お父さんもきっと喜ぶよ。」

「うん!これからスーパーにお買い物行くの!久々に何か作ってあげようってね。」

そうして迷わずスーパーへ向かい、彼女は難無く買い物を済ませた。
何故ならこの町は、現在の実家がある町なのだから。

食材を冷蔵庫に入れ、かつての自室にあるクローゼットからジャージを取り出すと、それに袖を通す。
箒を手に庭に出てみると、落ち葉がかなり積もっていた。
それを掃いて山を作り、彼女は一度台所に戻る。おやつにしようと買っておいたサツマイモを、アルミホイルで包むためだ。
彼女はサツマイモをビニールに入れ、再び庭へと出た。

だがその手には、もう一つビニールが握られている。

251 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:01:32.33 ID:j4j5Io3UO
落ち葉を燃やし始めるも、少し火力が足りないのだろうか?
彼女はもう一つのビニールからあるものを取出し、それも火にくべた。燃やしたものは黒の古着であり、ようやく充分な火力となったようだ。
焼き芋の仕上がりを楽しみにしているのか、女は微笑みながらその炎を見つめていた。

火の始末も終え、焼き芋を食べ終えた女は、風呂の掃除を始める。
浴槽と床を擦り終え、シャワーで洗剤を洗い流す。この時だけ何故か、女は湯沸し器の設定を下げていた。
設定された温度は、36℃。人肌と同じもの。
その温度が手に触れた時、女は何かを思い出している様子だった。

風呂掃除を終え、女は今度は調理器具を取り出した。
試しに野菜を一かけ切ってみると、包丁の切れ味が気になる。砥石を出し、まずは包丁の手入れを始める事にしたようだ。
しゃこしゃこと無機質な音が台所に響き、仕上がった所で洗われた包丁がまな板に置かれた。

しっかりと研がれた包丁は、先程よりも幾分綺麗になっていた。
照明が反射し、刀身が鈍い輝きを放っている。

そのまま彼女が下拵えを終える頃、一台の車が車庫へと入った。
だが車の主は家の灯りが点いている事に気付くと、その場に5分程立ち尽くし、ようやく家の鍵を開ける。

その顔には、複雑な感情が浮かんでいた。

「あ!パパおかえりー!」

「あ、ああ。どうしたんだ急に?」

「有給溜めちゃったみたいでさ、それで休めって言われて帰って来たの。サプライズって奴!」

彼は女の父親だ。
久々に帰って来た一人娘が、料理をして待ってくれていた。
そんな愛する娘の甲斐甲斐しい姿に、確かに喜びの感情もある。

だが彼は娘を愛していたと同時に、ひどく恐れてもいた。
252 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:03:18.66 ID:j4j5Io3UO
「今日はキャベツあったし、豚が安かったの。カツにするから待ってて!」

そう屈託無く笑う娘が取り出したのは、豚のロース肉。
まな板に置かれたそれに、昨日自分が使った時よりギラつく包丁が入る。

ちぎれる音も無く、肉は一口大に切られていく。それは淡々とした日常の光景だった。
しかし最後の一欠片の肉が、娘の手で切られる時。


彼の目は、まな板に置かれた自身の首の幻を見た。



「…………っ!?」

「どうしたの?」

「い、いや、そう言えば会社に忘れ物をしたなって…明日ついでに取ってくればいいものだから、大丈夫だよ。」


カツも揚がり、仕上げられた料理が並ぶと夕食が始まる。
久々の娘の手料理は美味しく、ビールの味に1日の終わりを噛み締める。
何年か会う事も出来なかった時期もあり、娘が遠くで働く今も、彼にとってはこの時間は何より大切なものだった。
彼は何度も心の中で、「自分は幸せだ」と呟く。
何度も何度も、己に擦り込むように。

その日眠る前、携帯でニュースサイトを開くと、とある事件の見出しが複数躍っている。

『××県にてバラバラ死体発見。』

『__峠バラバラ殺人、遺体の身元は県内の男子大学生と確認。』

今夜は少し冷える。肩に震えを感じた彼は、早々に目を閉じた。
253 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:04:56.12 ID:j4j5Io3UO
その夜、彼は夢を見た。
夢には娘が出ていたが、まだ小4〜5程の年齢の時の姿だった。しかし彼の記憶の中に、その頃の娘の姿は殆ど無い。
唯一ある当時の記憶は、白い部屋でアクリル板越しに見た姿のみ。

夢の中の娘は、大事そうに籠を抱えていた。
ちらりと見えた中身は、溢れんばかりの黄色の花々。
娘がこちらに気付くと、笑みを浮かべて近付いてくる。


「パパ、見てよ!」


満面の笑みで、幼い姿の娘はそう籠を掲げた。
どんな花だろうと籠の中を覗くと…。

そこには黄色い花に囲まれた、元妻の生首があった。

「ひっ……!?」

狼狽し、一瞬娘から目を逸らす。その一瞬の間。
再びそちらを見ると、今度は今の姿となった娘が彼を見て笑っていた。

254 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:07:23.96 ID:j4j5Io3UO





「ねえ、パパ。


私を裏切ったら、こうなるよ?」






255 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:09:20.73 ID:j4j5Io3UO

「………。」

「あ、やっと起きた!ご飯冷めちゃうよ?」


目を覚ますと、娘が屈託の無い笑みで彼を見下ろしていた。

朝食の香りと朝の光が、乱れていた呼吸に平静を与える。
先程まで見ていた悪夢とは、真逆の光景がそこには広がっていた。

「ああ、ありがとう…少ししたら行くよ。」

「うん!待ってるね!」

あの子は『もう大丈夫』だ。今だってこうして良き娘でいてくれる。
何も怯えることなどないのだ。

そう己に言い聞かせるも、直後に胸の痛みを感じる。


“………あの時俺が、親権争いに負けなければ…。”


独立した今も、娘は自分を大切にしてくれる。
彼は変わらず良き父であろうとし、葛藤しながらも娘を大切に思っている。

だが、親子の間にあった数年の空白。
その間に壊れてしまったものと、生まれてしまったもの。

それはもう、二度と取り返す事は出来ないのであった。

256 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:09:58.80 ID:j4j5Io3UO
今回はここまで。
257 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/27(月) 06:23:05.87 ID:3Y4cAnbMO
「叔父さん!聞きたい事あるの!」

「お、何かなぁ?」

「こういう文章のコツなんだけど…。」

「ああ、それならよ…。」


叔父さんは二つ隣の市に住んでいて、青葉が記者になりたいと思ったきっかけの人でした。
月に何度か話をしに行って、スカイプでもよく色々な事を訊いて。たくさんの事を彼から学んだものです。

叔父さんは元は東京で事件記者をしていたのですが、この頃には地元に帰ってローカル誌の記者になっていました。
彼の左腕には、大きな傷跡。
ある殺人事件の取材をしていた時、偶然警察よりも早く犯人を掴んでしまったらしくて。
そのせいで逆に狙われて、殺されかけた時のものだと言っていました。

青葉のノートには、彼から教わった事を箇条書きに纏めた項目があります。
PCやスマホのメモにも同じものを記録しているぐらい、いつでも見られるようにしていて。
そこに自分で感じた事も書き足して行くうちに、それはいつしか結構な量になっていました。

4年前を最後に、彼の言葉は増えなくなってしまいましたけど。

258 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/27(月) 06:28:26.35 ID:3Y4cAnbMO


「叔父さん!!」


亡くなったと報せが来たのは、避難から帰宅してすぐの事でした。

遺体の回収先は、警察署でした。
兄であるお父さんが身元確認に呼ばれて、そこに青葉も同行したんです。

「その子は?」

「私の娘です。タカシの姪にあたります。」

「……お嬢さんも確認にご協力いただけると言う事でよろしいでしょうか?」

「…はい。叔父さんに会わせて下さい!」

霊安室に連れて行かれると、納体袋が置かれていました。
それは妙にペタンとしていて…この中に人が入ってるとすら思えなかった。

でも職員さんが袋を開けた時、確かに叔父さんがいました。
あったのは頭と、そこに繋がった右腕だけ。
目を覆いたくなる光景で……なのに叔父さんは、笑って死んでいたんです。

259 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/27(月) 06:29:04.28 ID:3Y4cAnbMO

「…軍での検死結果ですが、ご遺体の右手にSDカードが握られていたようですね。
データを確認した所、あの未確認生物が写っていたそうです。軍経由で各報道機関に送られたと報告がありました。
ここまで鮮明に写ったものは、どの国の軍でも撮れなかったそうですよ。」

「……叔父さん。」

“どうせ死ぬならこいつらの脅威を世界中に伝えてやる!”

きっとそんな事を考えて、彼は最期にカメラを構えたのでしょう。
何かの役に立つ報道をしたいと、叔父さんはいつも言っていましたから。

ふふ…ほんと最後まで記者バカだよ…でもさぁ、死んじゃったら記事書けないよ。せっかく叔父さんが見た事なのに…。

小さい頃に撫でてくれた手は冷たくて。
いくつになっても見上げるばかりだった身長も、随分ちっちゃくなっちゃって。
左手、なくなっちゃってるなぁ…これじゃ一眼持てないじゃん。

叔父さん…ねえ、叔父さんってば……。

呼びかけたところで、返事なんてありませんでした。
それでも私は、返答がないインタビューをずっと心の中で繰り広げていたんです。

その後形見分けの時、彼のサブ機の一眼をもらいました。
それは予備として買ったばかりの、まだどこにも取材に行った事が無かったカメラ。
でも3枚だけ、その中にデータがあったんです。叔父さんがカメラを買う時、勉強にと私もついて行ってましたから。

それは家に寄った時に試し撮りした、彼の奥さんの写真と、私の写真と。
それと、私が撮らせてもらった叔父さんの写真。

叔父さんの遺影には、その写真が使われたんです。
この先自分の撮った写真が誰かの遺影に使われるなんて、もう無いだろうって思ってました。


その時は。


260 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/27(月) 06:31:51.72 ID:3Y4cAnbMO

『prrrrr……』

とある民宿の一室に、着信音が響く。
浴衣姿の男が電話を持つと、画面には職場からの通知が出ていた。

「もしもし。少尉、何かあったか?」

『先輩、バラバラ殺人のニュース見ましたか?』

「見たも何も、今僕のいる県だよ。検問に引っかかって、警棒の説明に手間取ったんだ。」

『さっき警察から、総務経由でその件で電話があったんですよ。
何でも被害者、青葉の元カレらしくて…刑事さんと電話した後顔色が悪かったんで、部屋に帰らせました。』

「そうか、報告ありがとう。捜査協力の話は総務でついてるのか?」

『ええ、概要がまとまり次第、先輩の方にも総務からメールが来る手筈になってます。
でもキツいっすね…こういうケース自体初めてですけど、青葉の精神衛生に悪いですよ。』

「ケアなら任せてくれ。後であの子に連絡するよ。」

『お願いします。』

電話を切ると、彼はタバコに火を灯す。
久しいメンソールの香りは、秋の夜も手伝ってか妙に彼の胸に冷たいものをもたらしていた。

「ふー…………ふふ、はははは……。」

煙を吐き出す吐息は、次第に笑い声へと変わる。
彼もまた、ヒトなのだ。善意もあれば、その逆もまた然り。
この時彼の胸に去来していたのは、明確かつ真っ黒な感情だった。

「…因果応報だ。」

顔も名も知らぬ者ではあるが、彼にとっては、過去に大切な者を傷付けた事実は変わらない。
彼は『感情』を失っていたのだ。その中には悪意や憎悪の類も含まれていた。

取り戻したそれは時折、彼自身の過去にも牙を剥く。
表には決して出さないが、作戦中、中破や大破をした者が出ると、強烈な憎悪が敵に向く瞬間も増えた。
いつかの光景が、その度に彼の中でフラッシュバックするのだ。
261 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/27(月) 06:33:26.98 ID:3Y4cAnbMO


『ちゃり…』


だが、それを止める存在が今の彼にはいる。
入浴中以外は絶えず身に着けている、葉のペンダント。
離れている時も、その存在が彼の感情を抑えていた。


“……あいつ、きっと悩んでるだろうな。”


タバコを吸い終え、携帯を手に取る。
電話越しに聞こえてくるのは、やはりどこか元気の無い声だった。

悪意に自己嫌悪を抱く程、本来は優しい性格の彼女だ。
彼の読み通り、随分と憔悴しているのが声のトーンで理解出来た。

『ジュン…。』

「どうした?」

『……大好き。』

しかし短い会話ではあったが、最後の方はようやくいつもの元気な声を聞かせてくれた。
彼にとっては不意打ちなおまけも付けてだ。

通話を終え、彼には珍しく、続け様に二本目のタバコに火を点ける。
しかし今胸にあるのは、先程とは別の感情だった。

262 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/27(月) 06:34:52.45 ID:3Y4cAnbMO

“………まさかこんな奴でも、そう言ってもらえるなんてな。”

あの子に少しでも多くの幸せを。

今の彼が一番に願うのは、その事だった。

その為にこそ、今の戦いに勝つ。
そのきっかけは個人的なものだが、それは彼自身の過去に打ち勝つ為にも、仲間や人々の為にもなる。

「僕は弱さの真ん中じゃ、命は散らせない…ってな。」

そう好きな歌の一節を口ずさみ、彼は布団を被った。

この短い期間に、様々な事が起きた。
それらに苦しむ時もあるが、『あの子と生きたい』、その願いが彼を生かしているのは紛れも無い事実だった。

携帯を手に取り、ある画像を開く。
そこにはいつか二人で撮った写真があった。
彼が愛して止まぬ、満面の笑みを浮かべた彼女の姿が。


「おやすみ……“マリ”。」


二人きりの時しか呼ばない、彼女の本当の名前。
優しい声でその名を呟き、彼は眠りへと落ちて行った。

263 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/27(月) 06:36:35.91 ID:3Y4cAnbMO

『どうしてお母さんの頭を海に捨てたの?』


『あの女が大嫌いだから。』


『では、どうしてお母さんをバラバラにしたの?』


『ママが好きだから。』


『同じ人でしょう?』


『違うよ。』


『何が?』


『ママはいつも、私を抱きしめてくれたから。
でもあの女は、いつも私を殴るから。』


『どういう事なのかしら?』




『頭が無かったら、ママは私を抱きしめてくれるから。
だからママとあの女を切り離したの。』




264 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/27(月) 06:37:05.35 ID:3Y4cAnbMO
今回はここまで。
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/29(水) 07:35:39.42 ID:+R8cWx12o
266 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/08(金) 11:57:17.19 ID:aqnBp5IgO
加減はどう?あはは、でも喋れないかあ、喉潰して猿轡だもんね。

一生懸命あんたの事探したのよ?あの子のSNSの友達とかフォロワー辿って。あんたがクロだって確信得るには、相当頭使ったけど。
あんた女癖悪い癖に、逆ナンなんて引っかかるんだね。
ま、『イカせてあげる』のは間違いないしね。のこのこ引っかかってくれてありがとう。

ふふふ…ねえ、私って何のお仕事してると思う?艦娘だよ。
艦娘ってさぁ、何も銃の扱いとか戦闘ばっかりやってる訳じゃないの…例えば体術の基礎に、捕縛術なんかも習ったりする。
あんたをそうするのに使ったのは、それなんだよね。

お、何か思い出したね。艦娘って聞いたからかな?真っ青な顔してるけど。
くす…あんたの元カノも今そうだもんね。『初めて』奪ってポイしたあの子も。


このクズ。


私ね、あの子が大好きなんだぁ。
私って男も女も両方行けるんだけど…それに気付いたの、あの子がきっかけ。
でも違いはあるよ?女の子は愛でたくて、男の子は……ふふ。

…でもあんたはね、それ以前の問題なの。許さない。
あの子強がってるけど、あんたのせいで凄くトラウマになってるんだもん。
267 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/08(金) 11:58:47.11 ID:aqnBp5IgO
ほら、女の下着姿だよ?私が着替えるまでにせいぜいおっ勃てなよ。
ふー…さて、何で私は黒い上下に着替えたんでしょうか!

正解はね……今からあんたで遊ぶから。

刃物って、結構簡単に錆びちゃうよね…これ見てよ。
このちっちゃい鉈ね、近くの家から借りたんだけど…これだけ錆びてても、切れないわけじゃないの。でも『ちょっと切りにくい』んだよね。
さてさて、息子さんを拝見しますよっと…あはは、大したモノじゃないね。

ん?何するかわかっちゃった?
そうそう、こんな悪いモノはバイバイしなきゃねー…っと!!

へー、柔らかいからかな?結構切れないもんだね。
ん〜……いいね!これじっくりやるには最高だよ!ほらもういっちょ!!
あは、ちょっと切れたね、三分の一ぐらいかな?でもあの子はもっと痛かったと思うよー?女の子の初めてって、そんなもんじゃないもん。
今は一回ずつやったけど……今度は前後させてみよっか?ゆっくり…ゆーっくり……ねえ、ダメだよ男の子が泣いちゃ!我慢するの!
おー、半分くらいまで入ったね!もうちょっと頑張って!ほら!ほら!!

あっ……もう切れちゃったかぁ。力入れすぎちゃったかな?

まあいいや、まだ切るとこあるし。
え?当たり前じゃん。男の子は切るとこもう一個あるでしょ〜。さ、もう少し頑張ろっか?

268 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/08(金) 12:00:26.25 ID:aqnBp5IgO
………さて、終わったね。大好きな女の子になった感想はどうでしょう?
うんうん、泣くほど嬉しいんだね!じゃあそろそろ解放してあげるよ。


人生から。


え?逃すわけないじゃん、捕まっちゃうもん。
これだけベラベラ喋ったのは、冥土の土産ってやつだよ?
任せてよー、しっかり楽にしてあげる!私達って殺しのプロみたいなものだよ?艦娘ってしょっちゅう人みたいなの殺してるし……


それに私、人も3人殺っちゃってるしね。


そうだね、一人は崖から落として…もう一人はちょっと家に仕掛けして……でも大丈夫!あんたは一番好きなので殺ってあげるから!
ふふ…銃器も悪くないけど、やっぱり刃物が一番いいね。
そう、首から吹き出る血は良いんだよ…あったかくて、抱きしめてもらってるみたいで……まあ、あんたの血なんて浴びたくもないけど。
気に入らない奴殺すの、あの女以来だもん。

これも借りて来たんだけど……いいでしょこの鎌、ほとんど新品なの。
よく切れるよー?スパッと行っちゃえば、あっという間に天国だよ。

嬉し泣き?うんうん、大好きな女の子にもなれて、天国にも行けるんだもんねー。
安心してよ…あんたの死体、お似合いな感じにしといてあげるから。
……っと、あんまり長話してると誰か来ちゃうかぁ。


じゃあ、『逝かせて』あげるね。


269 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/08(金) 12:03:41.69 ID:aqnBp5IgO

待ちに待った今日が来ました。

起きたら携帯に連絡が来てて、それは到着予定の報せ。
その時間に合わせて準備して、今か今かと車が来るのを待っています。

あ!来た!

「おかえり!」

「ただいま。待たせたね。」

助手席に乗り込めば、ずっと会いたかった人の横顔。
疲れも取れたのか顔色も良くなっていて、胸を撫で下ろしたものでした。

「温泉どうだった?」

「良いところだったよ、教えてくれてありがとう。
でもいざ休んでみると、案外疲れてたってわかるな。お陰様で体調が段違いだよ。」

「ふふ、自覚無いだろうけどいつも頑張ってるもん。」

熱さを表に出す事は無いけれど、彼の指揮や作戦は、常に艦娘の負荷と勝率のバランスを考え抜いたものでした。
如何に無駄な犠牲や疲弊を出さずに敵を倒すか、そこが前提にあるのは皆感じていて。

例え人としては近寄り難くても、それが彼が支持を集めていた理由。
感情に問題を抱えていた頃からそれは変わらなくて、そこには彼の本質的な優しさがある。

でも、いつも無自覚にそこまで考えてると、やっぱり疲れちゃうよね。
良いガス抜きになってくれたなら、温泉を教えた甲斐もあるってものです。

今日のデートは、そんなに遠くには行きません。
ふたりでいられる事が、何より大切ですから。それが青葉からのお願いでした。
…それに最後に、行きたい場所もありますし。

艦娘になって1年半ぐらいになりますが、実はこの街で行った事がない所もあって。
今日はまずはそこに行ってみる事にしました。

ふふー、そこはですね…動物園です!

270 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/08(金) 12:05:10.65 ID:aqnBp5IgO


「お…おお…おー!」

……やばいです。これぞ天国です。
何なのこのかわいさのかたまり。召されそうです。
アルパカ…フクロウ…はは、とどめにオオカミの子供…あ、だめ、パンフ見ただけで鼻血出そう…。

「おーい、帰ってこーい。朝潮型の探照灯が動く顔だぞー。」

「………はっ!?」

誰が呼んだか通称防犯ブザー。
いけないいけない、思わず顔が緩んじゃいました…で、でも…これは……。

「お、あっちにふれあいコーナーがあるって。行ってみるか?」

「行く!!」

いやぁ〜、やっぱりかわいい動物目の前にしちゃうとだめなんですよねぇ。
それでふれあいコーナーにいたのはうさぎ。
青葉は膝に乗せて撫でていたのですが、隣を見てみると…。

271 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/08(金) 12:06:35.78 ID:aqnBp5IgO

「お?おお?」

「あはは、よじ登られてるじゃん!」

丁度彼のお腹に張り付くように、うさぎがぴょこんと。
懐かれたんでしょうねぇ、うさぎを撫でる彼の顔は、随分と穏やかで。
少し前ならそんな顔も見れなかったんだよねって、感慨深くなりました。

ふれあいコーナーを出て、次に行ってみたのはハシビロコウのコーナー。
動きませんねぇ…うーん、何かこの目付き、既視感あるんだよなぁ。

あ!あの子だ!

「この眼光誰かに似てるんだよな…誰だろ?」

「……ハシビロコウに何か落ち度でも?」

「んっふ!?やめろっての!あいつの顔まともに見れないだろ!?」

「ふふ…司令、ハシビロを怒らせたわね!」

「本人に言うなよ?」

「言わないよーだ。」

ふふ、不知火ちゃんには悪いけど、面白い瞬間見ちゃいましたね。
この人の吹き出しそうな顔なんて初めて見ましたよ。

よく晴れた、なんて事は無い日ですけど。青葉はこんな日が一番好きなんですよ。
うーん、落ち着くなぁ。日常って感じ。

272 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/08(金) 12:09:15.08 ID:aqnBp5IgO
その後も色々な所を見て、他愛も無い話をしたものです。
それで最後、一番楽しみにしていたオオカミのコーナーに向かったのでした。

「………かわいすぎる。」

語彙力が轟沈しました。
もふもふ…ああ、天使がいる…。

「ふふ、顔が溶けてるぞ?」

「あんなかわいいの見たらだめだよー。私、イヌ科が一番好きだもん。」

「お、顔かじってるな。何だあれ?」

「あれはね、オオカミの愛情表現ってやつだよ。ああやって顔全体甘噛みするの。」

「へー、なるほどな。」

「あー。」

「口開けてどうした?」

「かじられる?」

「はは、俺たちじゃホラーになるよ。」

こんなバカなやり取りが、本当に幸せです。

一眼の中身は着々と増えて、そこには動物たちだけじゃなく、彼の写真もたくさん。
どれも大切な思い出になるけど、それでもやっぱりこの瞬間には勝てないや。

ふふ…オオカミ、実物見るとやっぱり愛情深い生き物だなぁ。
今日はそこまで人もいないね…じゃあ、これぐらいならいいかな。

「えいっ。」

「……ふふ。」

こっそりとじゃなく、敢えて彼にバレるように手を繋いで。
優しく微笑んで、手を握り返してくれました。

273 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/08(金) 12:09:52.20 ID:aqnBp5IgO
今回はここまで。
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 07:56:37.43 ID:KMksZU780
>>1
東京ドームの天国旅行、凄まじかったぞ
275 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:36:01.13 ID:el1IHlhwO
その後は隣の公園に移動して、少し一休み。
原っぱの真ん中に大きな木があって、そこでぼんやりとしていました。

んー、いい天気。お昼も食べたし、ちょっと眠いなぁ。

「ふぁ…。」

「膝使うか?」

「いいの?じゃ、お言葉に甘えて!」

彼の膝枕で横になると、木漏れ日と青空が。
優しく髪を撫でてくれて、それは何とも眠気を誘うものでした。

「は〜…。」

思わずだらしない声が出ちゃうぐらい、癒される瞬間。
うーん、これはこれは……むにゃ……


「…………はっ!?今何時!?」

「15時。よーく寝てたぞー。」

「…ごめんね、重かったでしょ?」

「いやいや、良いもの見れたし。ほら。」

「あ!そ、それは!」

してやったりな顔で見せられたのは、なんと私の寝顔写真。
げ!?よだれ垂らしてるし!

「う〜…誰にも見せちゃダメだよ?」

「見せないよ。むしろ他の奴に見せてたまるかっての。」

「……ばーか。」

素でそんな事言うんだから、もう。

276 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:37:16.92 ID:el1IHlhwO
その後車に乗り込んで、移動しようとした時の事でした。
前は無かったあるものが、フックに引っ掛けられてるのを見つけたんです。

「“JUNICHIRO GOTO”…ジュンのドッグタグじゃん、どうしたのこれ?」

「前掃除してたら見付けたんだよ。階級が違うだろ?あの時付けてたやつさ。
交通安全のお守りにって思ってな。」

手に取ってみると、落としてはあるけど血錆の跡が。
…この時を越えて、この人の今があるんだね。

「日が落ちるのが早くなったな。」

「ほんとだ。もう冬になるね。」

「夕暮れが見頃な時期だよ。」

そして車はある場所へ。
ここはこの時間にこそ、どうしてもふたりで来たかったんです。

カフェの近くにある、あの大岩の上。
寂しい場所だけど、ここは大切な場所ですから。

277 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:39:04.02 ID:el1IHlhwO
「………すごいねぇ。ここ、こんなに見えるんだ。」

岩に登ると、今まで見た事もないぐらいの夕焼けが目の前に広がっていました。
真っ赤だなぁ…しばらく一眼を取り出すのも忘れるぐらい、その光景に見惚れていたものでした。

「今年一番だな。今日はついてるよ。」

「そうなの?」

「ああ、いつも以上の夕暮れだ。」

「ふふ…ラッキーだね!」

「全くだ、生きててよかったよ。」

隣同士で座って、私は彼に寄りかかって。
この光景をそんな風に見れて、その言葉を聞けた。
少し前までは、叶わないと思っていた事が現実になった瞬間でした。

天国と例えるなら、あの曇り空の寂しい日じゃなくて、きっと今日みたいな日を言うのでしょう。
夢みたいだなぁ…でもこれ、現実なんだ。

「あーかーいーゆうひをーあーびてー…♪」

子供の頃以来に聴き返して、大好きになった歌があります。
それは、楽園と言う曲。

「まさに今日の歌だな。」

「ふふ、ほんとにね。
ねぇ、ジュン。色々あったけどさ…」

色々な事がありました。これからもたくさん、辛い事もあるでしょう。
愛と勇気と絶望を、この両手いっぱいに。よく言ったものです。

それでも。
278 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:40:01.47 ID:el1IHlhwO




「……ふたりなら、どこだって楽園だよ。」




279 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:40:45.74 ID:el1IHlhwO

消えない過去も、未来を疑いたくなる瞬間も。
これから何度でも訪れるでしょう。
でもあの歌の通り、それだけじゃ悲しすぎるよ。

私はいつも、あなたのそばにいるから。

280 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:42:22.57 ID:el1IHlhwO

「ふふ……あっはっはっはっ!!!こりゃ一本取られたな!
確かにそうだ!だけどな!!」

そう言って立ち上がると、彼は手を大きく伸ばしてこう言いました。

「君が思うほど弱い男じゃないぜってなぁ!
この戦争勝つぞ!俺がお前ら全員沈ませねえからな!」

こんな事を叫んで、彼は初めてその顔を見せてくれたんです。
いつか扶桑さんに見せてもらった写真と同じ、私がずっと見たかったあの笑顔を。

それはどんなにいいカメラよりも、私の記憶の中に強く焼き付いたのでした。

「……なぁ。」

「なぁに?」

「気の早い話だけど…もしこの戦争が終わって、お互いその後が落ち着いたらさ。

その時は、一緒に暮らさないか?」

「………うん!約束だよ!!」

ちょっと、涙目になっちゃいましたね。
でもこの時は、それよりも嬉しさの方が勝って。
きっと私も、いい笑顔を見せられたんだなって感じたものでした。

いつかこんな日が、日常になりますように。

そんな事を願いながら。

281 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:43:53.15 ID:el1IHlhwO

「青葉ー!」

「ガサ!おかえりー!」

「ただいまー!久しぶりに青葉分補充するぞー!」

「あはは、何それー。」

部屋に戻ると、ガサも帰ってきてたみたいで。
物音に気付いたのか、私の部屋に入ってきました。
じゃれつかれるのも久々だなぁ、うん、いつも通りの日常が帰ってきた気がします。

「あれ?シャンプーの匂いするね。
そう言えば提督とデートって言ってたね!ははーん、さてはさっきまでおたのし…」

「言わないでよばかぁ!!」

もう、たまーに下ネタひどいんだから。
……ま、まあ、その通りだけどさ…うう、言われると何か恥ずかしい…。

それでガサが部屋に戻った後、何となくあのドッグタグの事を思い出したんです。
うーん、何か引っかかるんだよね…ジュンの名前が載ってるだけなんだけど…。

その時はまあいいかって思って、そのままいつも通りに過ごしてたんです。
でもこの時、引っかかりの正体を思い出すべきでした。


JUNICHIRO GOTO…イニシャルにするとJ.G。

かつて彼の命の危機の側にあったドッグタグ。そのイニシャルは…


『ジャガー』とも、略せるって事に。


282 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:46:17.81 ID:el1IHlhwO
今回はここまで。

イエモンの東京ドームには行けませんでした…行けませんでした…行けませんでした…
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/15(金) 12:50:06.46 ID:KaPJEmGXO
おつおつ

終わりが見えてきたかなと思ったらぜんぜんそんなこと無かった
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/18(月) 00:16:17.06 ID:I6BGHyGHo

つづきまってるよー
285 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:36:17.18 ID:wEtnk3+rO
艦娘になって8ヶ月目ぐらいの、ある出撃の後だったかな。

帰投の途中で濃霧に巻かれて、私は艦隊からはぐれちゃったんだ。
そんな死亡フラグみたいな状況になったら、案の定敵とかち合っちゃって。 不幸中の幸いか、ザコしかいなかった。

でも急にそんな事が起きたら、気が動転しちゃったの。
だから抑えられなかったんだよね。

それで交戦して、一通り殺っちゃった後。
濃霧じゃあんまりGPS効かないし、晴れるまでひと息つこうと思ってた時の事。


「衣笠!………ひっ!?」


……あちゃー、見られちゃったかぁ。


その後しばらくしたら、陰じゃ衣笠とすら呼ばれなくなってた。
誰が呼んだか、『死体蹴りのマユ』。
艦名じゃなく本名を陰口に引っ張ってきたのは、皆同じ艦娘だって思いたくなかったからなのかもね。

286 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:37:32.31 ID:wEtnk3+rO
異動の話が来たのは、それから2ヶ月後。
当時の提督は、その話をしてきた時「守ってやれなくてすまない。」と頭を下げて来た。謝る事なんて何も無いのに。

後で知ったけど、その後他の『衣笠』の適合者があそこに着任したらしいね。
……穴埋めは必要だよ、うん。

異動先の鎮守府には、翌月の引っ越し前に挨拶に行った。
どんな人だろ?…へぇ、この人私と同じ匂いがするね。


気 に 入 っ ち ゃ っ た 。


いつか『加えてもいい』かもしれないね。


その後の4月だね。
私がコレクションじゃなく、そこにいたいと思ったあの子に会ったのは。

ふふ…でもね、私はよくばりなんだ。だから考えたの。
どっちも何かしらの形で手に入れる、一番の方法を。

それがうまく行けば、私はやっと……

287 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:39:07.67 ID:wEtnk3+rO
闘いの中にはあれど、それ以外は平穏な日々。
あのデートからしばらくは、そんな毎日でした。

そんなある日、他の鎮守府の手伝いにガサと行った帰り道。
青葉達はいつものように、海上を移動していたんです。

「ガサ、この前あった注意って読んだ?」

「弱った姫級の話?確か出没地域、ここからは遠かったよね。」

「記録としてはね。でも出没地域はバラバラだけど…日本そのものからは離れてないみたいだよ。
最初海外の方で戦闘があって、その時取り逃がした個体みたい。気を付けよ。」

「ふーん…まあ、大丈夫でしょ!撃沈手前の状態って聞いたし。」

今思えば、こんな会話をしていた事自体フラグだったのかもしれません。
それから少しした後、レーダーに反応があったんです。

288 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:40:54.42 ID:wEtnk3+rO
「ガサ!待って!噂をすればお出ましだよ…この反応、姫クラスだよ。」

「マジで!?まずいね…ルート避けよっか。」

「うん、北に切れば上手く…嘘!?凄いスピードでこっちに来てる!!早く行こ!!」

一気に緊張感が押し寄せて来ました。
弱ってるとは言え、こっちは重巡二人…もし敵が少しでも攻撃可能なら、タダじゃ済みません。

でもまるで犬が追いかけるかのように、敵のルートは最短でこっちに近付いて。
こうなれば一か八か、敵が限界まで弱ってるのを祈って砲のロックを外しました。

どうか間違いであってほしい。
そう思いながらモノクル型のスコープを付けて、近づいて来る影を確認しました。

あれは…防空棲姫!?艤装は無いし、ぼろぼろだ…噂の個体で間違いない。
でも……あんな顔だったっけ?

いや、とにかく先手必勝…追いつかれる前にカタを付ける!
1.2.3!ちっ!かすっただけ!それでもえぐったはず…

…嘘!?太ももえぐったのにまだ来る!?

とうとう現れた防空棲姫は、肉眼で見ると凄惨な様を呈していました。
全身は傷だらけ、さっきえぐった脚からは骨が見えていて…何より目に付いたのは、破れた布から覗く、首に走った真一文字の縫い跡。

そして目が合った瞬間、青葉は得体の知れない感覚に呑まれて。
一瞬、動く事が出来なくなってしまいました。

……なんで、あいつは泣いてるの?

両手を広げて近づいて来るその姿は、余りにも切実な何かを感じさせました。
ここで死ぬんだ、そう思った時。

私ではなく、ガサの方へと向かったのです。


「ガサ!!逃げて!!!」


だめ!間に合わない!!


それでも必死に手を伸ばした、その直後の事。



289 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:42:01.20 ID:wEtnk3+rO




「アイ…チャン……ママヲ、ユルシテ…。」



290 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:43:14.08 ID:wEtnk3+rO




防空棲姫は、攻撃をするでもなく。
何かに縋り付くかのように、ガサを抱きしめたのでした。




291 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:44:41.14 ID:wEtnk3+rO




「…………やっと、見つけたよ。」



その直後。ズドンと言う音と共に、内臓が音を立てて飛び散ったのです。
それは、ゼロ距離からガサが放った砲撃によるものでした。


「ア、イ………チャン……。」

「ふふ……あははははははははははははははははははははっ!!!!!

………その名前で……その名前で私を呼ぶなぁあああああああああっっ!!!!!!!!」


この時私は二つ、今まで知らなかったガサの顔を見ました。

返り血に塗れて、ケタケタと笑う顔と。
その直後に見せた、鬼のような形相と。

どちらも恐ろしい顔で。
だけど、とても悲しい顔にも見えたのです。



292 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:46:08.32 ID:wEtnk3+rO
今回はここまで。
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/19(火) 11:19:58.11 ID:GWSV6Z1C0

想像したくないけど、もしかしてこの防空棲姫、顔がおばs(ry
294 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:15:25.16 ID:fvieGfDOO



「詰みだな、さっぱり掴めねえ。」

「ですね…はぁ、警察への協力依頼は許可下りないんでしょうか。」

「下りてりゃもっと進展してるよ。ったく…俺らは所詮憲兵、あくまで軍内専門の警察だぜ?
十中八九殺しだろうが、掴むには俺らじゃ整ってなさすぎる。
科学捜査にしろ聞き込みにしろ、設備も権限も足りやしねえ。」

「……圧力でしょうかね、やはり。」

「まぁ今は一応戦中だし、そうだろうな。
被害者も調べりゃなかなかの埃が出てきた、歩く不祥事って呼んで差支えねえ。上が絡んでるのは間違いねえだろ。
掴んだ埃が事実なら、被害者に同情は出来ねえ…だが、かと言って消すのも同じ穴の狢だ。
腐っても俺らも一応法の守護者だ、何とかとっちめてやりてえ。被害者も消した奴らも、両方な。」

「ええ、犯人と証拠さえ掴めれば。」

「……ああ、その時は立場逆転だ。暴れられりゃ、然るべき措置を取れるぐらいにはな。」



295 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:17:21.74 ID:fvieGfDOO


穴の開いた脇腹から、防空棲姫のはらわたが海へとこぼれ落ちて。
ガサは軽蔑の目を向けたまま、ただその様を見つめていました。

「ふー……ウケるね、姫級になってたなんて。
顔は良くても、腹の底はそこにこぼれてるのと一緒。
バケモノのボス、あんたにはお似合いだよ。このクソ女。」

「…アイ……チャン……。」

「……何回言えばわかるの?」

ぐしゃりと、海戦では聞き慣れない音。
ガサは機銃で敵を殴って、それが鈍い音の正体でした。

この時、止めなきゃと言う思考すら働きませんでした。
恐怖で体が動かないと言う感覚に、磔にされたようで……でもその対象は、敵ではなくガサに対してで。
何度となく響く鈍い音だけが、私の耳に触れていたのでした。

296 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:18:54.38 ID:fvieGfDOO

「……ガッ!?」

「へえ…一丁前に苦しいんだ?バケモノになった癖に?
あの時あんたもこうしてくれたよね……苦しかったなぁ、死んじゃうかと思ったよ。

でもね、立場逆転とは行かないよ…あの日の再現、してあげる。」

敵の喉に手を掛け、ガサの手が深く食い込んで行きます。
艤装装着時の艦娘の力は、普段の数倍。みちみちと指が食い込んで…その手が喉ごと肉を抉り取ったのは、ほんの数秒にも満たない時間でした。

パクパクと口を動かし、防空棲姫は何かを呟いていました。
その動きは…「ごめんなさい。」って見えたんです。

その直後、傷から噴水のように血が吹き出ました。
それはガサに向かって降り注いで…彼女の顔は血に染まって。


「あったかいなぁ……ママ。」


そう呟く血塗れの顔に、一筋の肌色。
それは、ガサの目元から走っているように見えました。

彼女は一度微笑んで、機銃を敵に向けて。


防空棲姫の首が宙を舞ったのは、その銃声の後でした。


297 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:20:49.67 ID:fvieGfDOO

「あははははははは!!!同じだよ!あの日と一緒!!

……同じだ…同じだよ……ママ…。」


ガサはその場にしゃがみこんで、ずっとそう呟いていました。
海面を見れば、ぷかぷかと防空棲姫の頭が浮かんでいて…その顔も、何だか悲しげに見えて。


“ジュン、ごめんね……ひとつだけ嘘つくよ。”


戦況撮影として写真を一枚取ると。
私はその頭へ向けて、引き金を引いたのです。

脳や目が宙を舞って、バラバラになって。
やがてその肉片も、波に飲まれて何処かへと消えました。

「こちら青葉。帰投中、注意のあった防空棲姫と遭遇。交戦し撃破しました。
遺体は回収不能と判断。写真を収めましたので、帰投次第再度報告致します。

…………ガサ。」

「あお、ば……。」

「いっしょに帰ろ。大丈夫だから…そばにいるよ。」

この時私は、泣きじゃくるガサを抱きしめる事しか出来ませんでした。
あの子が動けるようになるまで、私達はただ、じっと海の上にいたのです。

それは不釣り合いなぐらい、どこまでも澄んだ青空の日の事でした。

298 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:23:43.43 ID:fvieGfDOO

ガサを入渠させて、そのまま私の部屋へと連れて帰りました。
帰投の後は普通に振舞ってたけど…いざ二人きりになると、やはりガサから言葉は出ません。

それでも今、この子をひとりにしちゃいけない。
そう思って、今夜はそばにいる事にしたんです。

「…………青葉。」

「…なあに?」

「あいつの言ってたアイって、私の昔の名前なんだ。
『11歳女児母親バラバラ殺人』……青葉なら、よく知ってると思うな。」

「……………え?」

調べた事がある事件の名前が、耳に触れました。
ネットには名前も流れてて、確かにその名前は…。




「私ね……ママを殺したの。」




頭の整理が追いつかない内に、ガサは続けてそう笑いました。
あの夜と同じ、ゾッとするような透き通った目で。


299 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:24:36.41 ID:fvieGfDOO
今回はここまで。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/28(木) 20:51:14.21 ID:J5jkqF5ho
おぉう・・・
301 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:53:04.53 ID:cuHvI+uf0
「そうだね…今日でちょうど10年かぁ。これも因果ってやつかな。
防空棲姫……いや、ママを殺したのは2回目なんだ。最初はあの女が人間だった時だね。」

「どう言う事、なの…?」

「聞いた事あるでしょ?死体が沈んだ艦娘は深海棲艦になるって噂…上は隠してるけど、私は全部気付いてる。
艦娘に限らず、人型の奴らは海に沈んだ死体を基にしてるんだって。

私が艦娘になった理由はね、たまたまテレビであの女を見たからなの。
忘れもしないよ……だって、ママの頭を海に捨てたの私だもん。それがバケモノになって映ってたんだから…。」

堰を切ったように饒舌に語られた言葉も、今の私には理解が追いつきません。

11歳女児母親バラバラ殺人。
異臭に気付いた近隣住民の通報で発覚。
加害者は11歳になったばかりの被害者の娘。
娘は日常的に虐待を受けていた。
警官の突入時、娘は異父妹の腐乱死体を抱いていた。
浴室にはバラバラにされた母親の遺体が転がっていた。
殺害方法は包丁、直接的な死因は首からの失血死。


頭部は現在もなお見つかっていない。


箇条書きに頭を流れる、過去に調べた情報。
その当事者が、目の前の親友。

ガサとあの敵の間に何かがあるのは、昼の件で覚悟していました。
それでも現実になると、理解が追い付かない。

ガサはそんな私の様子を気にかける事なく、楽しそうに話を続けました。

「そうだね、あの時は……。」

302 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:54:27.50 ID:cuHvI+uf0
もう理由もよく覚えてないけど、私が5歳の時、ママはパパと離婚したの。
それでママに引き取られて…後でパパから聞いたのは、その時かなりの親権争いがあったんだって。
ああいうのってさ、大体は母親が有利なんだ。決め手を上手く揃えられなくて、パパは負けちゃったみたい。

ママは美人さんだったよ?私は全然似なかったけどね。
うん……似なかったから、かな。それでも最初は優しかったママが、段々私を殴るようになったのは。

いつもそうだったよ。
大っきくなる度パパに似てくる私を、パパの名前を呼んで殴るの。
何であの人に似たのって、殴って、殴って、殴って……何年も続いた。

離婚する前はね、いつも私を抱っこしてくれたの。
でもその頃になると、私に触るのは拳かビンタばっかりだった。

今でこそ身長そこそこあるけど…捕まった時ね、9歳で成長止まってたんだ。
頭も良くなくてさ、でも裁判の後に施設に入れられたら、途端にどっちも成長したの。

そりゃそうだよ。ご飯もろくにもらえなかったし、毎日ビクビク過ごしてた。
ママが帰ってくる度、またいじめられるんだって…その頃のストレスじゃないかな。

見た目だけなら、子供がいるようには見えない美人さんだったね。
だからだろうね……一応仕事はしてたらしいけど、何日も帰ってこない日もあって。

それである時ね、ママのお腹が大きくなったの。

303 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:55:33.43 ID:cuHvI+uf0
父親はわかんない。一体何人と関係あったのか、把握しきれないんじゃないかな。

お腹の中にいる時は、随分大事そうにしてたよ?それでも私を殴るのは変わらなかったけど。
お腹撫でて、歌なんて歌って……私には罵声しか浴びせなかったくせに。

何ヶ月かして、妹が生まれた。
でも…「また失敗した。」って言って、結局育児放棄。
あの女は結局、自分に似た子が欲しかったんだよ。

そのくせ何だかんだでパパには未練たらたら。今思えば、そう言う未練で頭おかしくなってのかもしれないね。
ま、同情なんてしないけど。

そんなにしないうちに、また家に帰って来なくなった。
でも妹は可愛いかったの。だから出来ないなりに妹の世話を一生懸命したけど……母親がいないと、段々衰弱してさ…。


妹、結局死んじゃった。あはは。


後であの女が帰ってきたの、何日経ってからか覚えてないなぁ。
確かもう妹が腐り始めてた時かな。久々にあいつの顔を見て…それで気付いたんだ。

『ママ』はもういなくて、目の前の『この女』は同じ顔の別人だって。
304 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:56:52.89 ID:cuHvI+uf0
あいつも限界だったんじゃないかな?帰っきて早々、思いっきり私の首を絞めてくれたよ…何であんたはまだ生きてるの!って思ったのかもね。
丁度台所のシンクにぶつけられた感じでさぁ、苦しくて苦しくて……咄嗟に近くにあった包丁掴んで…あいつの喉を掻っ切ったんだ。
しゅー!って、血が噴き出したね。

出たての血って、あったかいんだよね…そのまま私の方に倒れてきて、丁度抱きしめられてるみたいになって。

その時、やっとママが帰ってきてくれたの。
あったかくて抱きしめてくれる、優しかったママが。
だって、人のぬくもりって血の温度じゃん?体中にママを浴びてるみたいで……ふふ。

その時もだったね、口パクで「ごめんなさい。」って言っててさ。
なーんにも、感じなかったけどね。

しばらく包丁持ったままぼーっとしてて、何となく部屋見回したら当然血まみれ。
死体しか無い部屋って、ほんとに静かなんだ。

…でもね、それがすごく心地いいの。
私にとって、それ以上の夢心地は無かったよ。

ママは帰ってきてくれた。
溶けちゃってるけど、妹はずっと可愛いまま。この子までこの先あの女にいじめられる事も無い。
もう誰も私を傷付けないし、それ以上何も変わりようが無い永遠ってやつ。

…ああ、これが天国なんだって。そう思ったんだ。
305 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:58:21.23 ID:cuHvI+uf0
大人の死体って子供には重くてさ…まずママの腕を切ろうって思った。自分の肩にかける為にね。
丁度クローゼットにさ、新品のノコギリと手斧があったの。
…いつか私を殺して埋める為に買ったんじゃないかな。

その時ね…やっぱり顔が見えるでしょ?段々ムカついてきちゃってさ。
だから先に頭を切って、夜中に近くの海に捨てたの。二度と見ないで済むようにね。
その時は海沿いの街に住んでたから、歩けばすぐだったもん。堤防のちょっと水の汚い辺りに、思いっ切り投げてやった。
丁度ゴミ浮いてる辺りに落ちて、そのまま沈んでくのを見て……ほんとにせいせいした。

それからは青葉も知ってると思うけど、あっさり逮捕されて、医少にぶち込まれたよ。
児童自立支援の方じゃ扱いかねるって、特別措置でね。
毎日毎日カウンセリング、お前はサイコだ、頭がおかしいんだって言われ続けてるようなもんだった。

中3になる頃に出てこれて、後は今に至る…って感じかなぁ。
はは………まさか何年かして、あんな親子の再会だなんて思わなかったよ。
306 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:59:33.58 ID:cuHvI+uf0
でもその後も、しばらく尾を引いてたかな。
高校入っても、昔の流行り物や思い出話とか話せなくてさ…病気だったから知らないって誤魔化して。
大好きな人と付き合えたりもしたけど……カミングアウトしたら、やっぱり怖がられて振られちゃったりさ。

まぁ自業自得なんだけど、ずっとずっと憎かったよ。あの人の子にさえ生まれなければって。

でも、ほんとは寂しかった。

…だから私はね、ママをもう一度殺す為に艦娘になったの。
世の中や人を守るなんて大義名分も無く、ただ自分の人生をやり直す為にね。
307 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 05:04:24.09 ID:cuHvI+uf0
「…………そんな話。ふふ、衣笠さんサイテーでしょ?」


何を言ってあげればいいのか、分かるはずもありません。
想像なんて届かないぐらい、あまりにも壮絶な半生でした。


「ガサ……大丈夫。」


だから今この子にしてあげられる事なんて、抱きしめてあげる事だけでした。

それ以上の事なんて、何も思いつきませんでしたから。
言葉をひり出せないなんて、記者失格だなぁ。

「青葉……ねぇ、ずっと友達でいてくれる?」

「うん!ずっと友達だよ!戦争が終わっても、お互いおばあちゃんになってもね!」

「………!!ありがとう…青葉…。」

胸元にぎゅっと彼女を抱いて、私はただ髪を撫でて。
それ以上の事は、きっと要らないとさえ思いました。


それは大きな間違いだったんですけどね。


自分が誰かにした事は、自分が誰かにされる事もある。
例えば…いつか私が下卑た笑みを隠す為に、ジュンの胸元に抱きついたように。
ガサもまた、この時何かを隠していたのかもしれませんね。

後々、私は一つ後悔をするのでした。
それは、恐らく一生続くであろうものになるぐらいの。




308 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 05:05:22.61 ID:cuHvI+uf0
今回はここまで。
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/06(土) 01:23:21.44 ID:53s6iQwzo
いつも読んでます
310 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:00:05.74 ID:55A9FZXzO


数年前、ある新聞記事より抜粋。


『連続殺人犯卍男、遂に逮捕

3月より発生していた連続殺人事件・通称卍男事件の容疑者として、8日午前、都内に住む____容疑者(31)を逮捕したと警視庁から発表があった。

他誌の担当記者・A氏の取材過程に於いて容疑者が浮上。
しかしA氏の動向に気付いた同容疑者は、捜査協力の為警視庁に向かっていたA氏を襲撃。
居合わせた通行人の悲鳴により容疑者は逃走、その後の捜査により台東区内にて逮捕された。

A氏は腕を切られ、全治1ヶ月の重症。命に別状は無いとの事。

容疑者は3月より5名を相次いで殺害。
被害者には全て卍状の傷が付けられており、卍男連続殺人事件と題され捜査が続けられていた。
今後事件の全容の解明を急ぐと共に、動機について容疑者を厳しく追及して行くと警視庁は明かした。』



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