青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」

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274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/13(水) 07:56:37.43 ID:KMksZU780
>>1
東京ドームの天国旅行、凄まじかったぞ
275 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:36:01.13 ID:el1IHlhwO
その後は隣の公園に移動して、少し一休み。
原っぱの真ん中に大きな木があって、そこでぼんやりとしていました。

んー、いい天気。お昼も食べたし、ちょっと眠いなぁ。

「ふぁ…。」

「膝使うか?」

「いいの?じゃ、お言葉に甘えて!」

彼の膝枕で横になると、木漏れ日と青空が。
優しく髪を撫でてくれて、それは何とも眠気を誘うものでした。

「は〜…。」

思わずだらしない声が出ちゃうぐらい、癒される瞬間。
うーん、これはこれは……むにゃ……


「…………はっ!?今何時!?」

「15時。よーく寝てたぞー。」

「…ごめんね、重かったでしょ?」

「いやいや、良いもの見れたし。ほら。」

「あ!そ、それは!」

してやったりな顔で見せられたのは、なんと私の寝顔写真。
げ!?よだれ垂らしてるし!

「う〜…誰にも見せちゃダメだよ?」

「見せないよ。むしろ他の奴に見せてたまるかっての。」

「……ばーか。」

素でそんな事言うんだから、もう。

276 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:37:16.92 ID:el1IHlhwO
その後車に乗り込んで、移動しようとした時の事でした。
前は無かったあるものが、フックに引っ掛けられてるのを見つけたんです。

「“JUNICHIRO GOTO”…ジュンのドッグタグじゃん、どうしたのこれ?」

「前掃除してたら見付けたんだよ。階級が違うだろ?あの時付けてたやつさ。
交通安全のお守りにって思ってな。」

手に取ってみると、落としてはあるけど血錆の跡が。
…この時を越えて、この人の今があるんだね。

「日が落ちるのが早くなったな。」

「ほんとだ。もう冬になるね。」

「夕暮れが見頃な時期だよ。」

そして車はある場所へ。
ここはこの時間にこそ、どうしてもふたりで来たかったんです。

カフェの近くにある、あの大岩の上。
寂しい場所だけど、ここは大切な場所ですから。

277 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:39:04.02 ID:el1IHlhwO
「………すごいねぇ。ここ、こんなに見えるんだ。」

岩に登ると、今まで見た事もないぐらいの夕焼けが目の前に広がっていました。
真っ赤だなぁ…しばらく一眼を取り出すのも忘れるぐらい、その光景に見惚れていたものでした。

「今年一番だな。今日はついてるよ。」

「そうなの?」

「ああ、いつも以上の夕暮れだ。」

「ふふ…ラッキーだね!」

「全くだ、生きててよかったよ。」

隣同士で座って、私は彼に寄りかかって。
この光景をそんな風に見れて、その言葉を聞けた。
少し前までは、叶わないと思っていた事が現実になった瞬間でした。

天国と例えるなら、あの曇り空の寂しい日じゃなくて、きっと今日みたいな日を言うのでしょう。
夢みたいだなぁ…でもこれ、現実なんだ。

「あーかーいーゆうひをーあーびてー…♪」

子供の頃以来に聴き返して、大好きになった歌があります。
それは、楽園と言う曲。

「まさに今日の歌だな。」

「ふふ、ほんとにね。
ねぇ、ジュン。色々あったけどさ…」

色々な事がありました。これからもたくさん、辛い事もあるでしょう。
愛と勇気と絶望を、この両手いっぱいに。よく言ったものです。

それでも。
278 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:40:01.47 ID:el1IHlhwO




「……ふたりなら、どこだって楽園だよ。」




279 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:40:45.74 ID:el1IHlhwO

消えない過去も、未来を疑いたくなる瞬間も。
これから何度でも訪れるでしょう。
でもあの歌の通り、それだけじゃ悲しすぎるよ。

私はいつも、あなたのそばにいるから。

280 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:42:22.57 ID:el1IHlhwO

「ふふ……あっはっはっはっ!!!こりゃ一本取られたな!
確かにそうだ!だけどな!!」

そう言って立ち上がると、彼は手を大きく伸ばしてこう言いました。

「君が思うほど弱い男じゃないぜってなぁ!
この戦争勝つぞ!俺がお前ら全員沈ませねえからな!」

こんな事を叫んで、彼は初めてその顔を見せてくれたんです。
いつか扶桑さんに見せてもらった写真と同じ、私がずっと見たかったあの笑顔を。

それはどんなにいいカメラよりも、私の記憶の中に強く焼き付いたのでした。

「……なぁ。」

「なぁに?」

「気の早い話だけど…もしこの戦争が終わって、お互いその後が落ち着いたらさ。

その時は、一緒に暮らさないか?」

「………うん!約束だよ!!」

ちょっと、涙目になっちゃいましたね。
でもこの時は、それよりも嬉しさの方が勝って。
きっと私も、いい笑顔を見せられたんだなって感じたものでした。

いつかこんな日が、日常になりますように。

そんな事を願いながら。

281 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:43:53.15 ID:el1IHlhwO

「青葉ー!」

「ガサ!おかえりー!」

「ただいまー!久しぶりに青葉分補充するぞー!」

「あはは、何それー。」

部屋に戻ると、ガサも帰ってきてたみたいで。
物音に気付いたのか、私の部屋に入ってきました。
じゃれつかれるのも久々だなぁ、うん、いつも通りの日常が帰ってきた気がします。

「あれ?シャンプーの匂いするね。
そう言えば提督とデートって言ってたね!ははーん、さてはさっきまでおたのし…」

「言わないでよばかぁ!!」

もう、たまーに下ネタひどいんだから。
……ま、まあ、その通りだけどさ…うう、言われると何か恥ずかしい…。

それでガサが部屋に戻った後、何となくあのドッグタグの事を思い出したんです。
うーん、何か引っかかるんだよね…ジュンの名前が載ってるだけなんだけど…。

その時はまあいいかって思って、そのままいつも通りに過ごしてたんです。
でもこの時、引っかかりの正体を思い出すべきでした。


JUNICHIRO GOTO…イニシャルにするとJ.G。

かつて彼の命の危機の側にあったドッグタグ。そのイニシャルは…


『ジャガー』とも、略せるって事に。


282 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/15(金) 12:46:17.81 ID:el1IHlhwO
今回はここまで。

イエモンの東京ドームには行けませんでした…行けませんでした…行けませんでした…
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/15(金) 12:50:06.46 ID:KaPJEmGXO
おつおつ

終わりが見えてきたかなと思ったらぜんぜんそんなこと無かった
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/18(月) 00:16:17.06 ID:I6BGHyGHo

つづきまってるよー
285 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:36:17.18 ID:wEtnk3+rO
艦娘になって8ヶ月目ぐらいの、ある出撃の後だったかな。

帰投の途中で濃霧に巻かれて、私は艦隊からはぐれちゃったんだ。
そんな死亡フラグみたいな状況になったら、案の定敵とかち合っちゃって。 不幸中の幸いか、ザコしかいなかった。

でも急にそんな事が起きたら、気が動転しちゃったの。
だから抑えられなかったんだよね。

それで交戦して、一通り殺っちゃった後。
濃霧じゃあんまりGPS効かないし、晴れるまでひと息つこうと思ってた時の事。


「衣笠!………ひっ!?」


……あちゃー、見られちゃったかぁ。


その後しばらくしたら、陰じゃ衣笠とすら呼ばれなくなってた。
誰が呼んだか、『死体蹴りのマユ』。
艦名じゃなく本名を陰口に引っ張ってきたのは、皆同じ艦娘だって思いたくなかったからなのかもね。

286 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:37:32.31 ID:wEtnk3+rO
異動の話が来たのは、それから2ヶ月後。
当時の提督は、その話をしてきた時「守ってやれなくてすまない。」と頭を下げて来た。謝る事なんて何も無いのに。

後で知ったけど、その後他の『衣笠』の適合者があそこに着任したらしいね。
……穴埋めは必要だよ、うん。

異動先の鎮守府には、翌月の引っ越し前に挨拶に行った。
どんな人だろ?…へぇ、この人私と同じ匂いがするね。


気 に 入 っ ち ゃ っ た 。


いつか『加えてもいい』かもしれないね。


その後の4月だね。
私がコレクションじゃなく、そこにいたいと思ったあの子に会ったのは。

ふふ…でもね、私はよくばりなんだ。だから考えたの。
どっちも何かしらの形で手に入れる、一番の方法を。

それがうまく行けば、私はやっと……

287 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:39:07.67 ID:wEtnk3+rO
闘いの中にはあれど、それ以外は平穏な日々。
あのデートからしばらくは、そんな毎日でした。

そんなある日、他の鎮守府の手伝いにガサと行った帰り道。
青葉達はいつものように、海上を移動していたんです。

「ガサ、この前あった注意って読んだ?」

「弱った姫級の話?確か出没地域、ここからは遠かったよね。」

「記録としてはね。でも出没地域はバラバラだけど…日本そのものからは離れてないみたいだよ。
最初海外の方で戦闘があって、その時取り逃がした個体みたい。気を付けよ。」

「ふーん…まあ、大丈夫でしょ!撃沈手前の状態って聞いたし。」

今思えば、こんな会話をしていた事自体フラグだったのかもしれません。
それから少しした後、レーダーに反応があったんです。

288 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:40:54.42 ID:wEtnk3+rO
「ガサ!待って!噂をすればお出ましだよ…この反応、姫クラスだよ。」

「マジで!?まずいね…ルート避けよっか。」

「うん、北に切れば上手く…嘘!?凄いスピードでこっちに来てる!!早く行こ!!」

一気に緊張感が押し寄せて来ました。
弱ってるとは言え、こっちは重巡二人…もし敵が少しでも攻撃可能なら、タダじゃ済みません。

でもまるで犬が追いかけるかのように、敵のルートは最短でこっちに近付いて。
こうなれば一か八か、敵が限界まで弱ってるのを祈って砲のロックを外しました。

どうか間違いであってほしい。
そう思いながらモノクル型のスコープを付けて、近づいて来る影を確認しました。

あれは…防空棲姫!?艤装は無いし、ぼろぼろだ…噂の個体で間違いない。
でも……あんな顔だったっけ?

いや、とにかく先手必勝…追いつかれる前にカタを付ける!
1.2.3!ちっ!かすっただけ!それでもえぐったはず…

…嘘!?太ももえぐったのにまだ来る!?

とうとう現れた防空棲姫は、肉眼で見ると凄惨な様を呈していました。
全身は傷だらけ、さっきえぐった脚からは骨が見えていて…何より目に付いたのは、破れた布から覗く、首に走った真一文字の縫い跡。

そして目が合った瞬間、青葉は得体の知れない感覚に呑まれて。
一瞬、動く事が出来なくなってしまいました。

……なんで、あいつは泣いてるの?

両手を広げて近づいて来るその姿は、余りにも切実な何かを感じさせました。
ここで死ぬんだ、そう思った時。

私ではなく、ガサの方へと向かったのです。


「ガサ!!逃げて!!!」


だめ!間に合わない!!


それでも必死に手を伸ばした、その直後の事。



289 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:42:01.20 ID:wEtnk3+rO




「アイ…チャン……ママヲ、ユルシテ…。」



290 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:43:14.08 ID:wEtnk3+rO




防空棲姫は、攻撃をするでもなく。
何かに縋り付くかのように、ガサを抱きしめたのでした。




291 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:44:41.14 ID:wEtnk3+rO




「…………やっと、見つけたよ。」



その直後。ズドンと言う音と共に、内臓が音を立てて飛び散ったのです。
それは、ゼロ距離からガサが放った砲撃によるものでした。


「ア、イ………チャン……。」

「ふふ……あははははははははははははははははははははっ!!!!!

………その名前で……その名前で私を呼ぶなぁあああああああああっっ!!!!!!!!」


この時私は二つ、今まで知らなかったガサの顔を見ました。

返り血に塗れて、ケタケタと笑う顔と。
その直後に見せた、鬼のような形相と。

どちらも恐ろしい顔で。
だけど、とても悲しい顔にも見えたのです。



292 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/18(月) 02:46:08.32 ID:wEtnk3+rO
今回はここまで。
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/19(火) 11:19:58.11 ID:GWSV6Z1C0

想像したくないけど、もしかしてこの防空棲姫、顔がおばs(ry
294 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:15:25.16 ID:fvieGfDOO



「詰みだな、さっぱり掴めねえ。」

「ですね…はぁ、警察への協力依頼は許可下りないんでしょうか。」

「下りてりゃもっと進展してるよ。ったく…俺らは所詮憲兵、あくまで軍内専門の警察だぜ?
十中八九殺しだろうが、掴むには俺らじゃ整ってなさすぎる。
科学捜査にしろ聞き込みにしろ、設備も権限も足りやしねえ。」

「……圧力でしょうかね、やはり。」

「まぁ今は一応戦中だし、そうだろうな。
被害者も調べりゃなかなかの埃が出てきた、歩く不祥事って呼んで差支えねえ。上が絡んでるのは間違いねえだろ。
掴んだ埃が事実なら、被害者に同情は出来ねえ…だが、かと言って消すのも同じ穴の狢だ。
腐っても俺らも一応法の守護者だ、何とかとっちめてやりてえ。被害者も消した奴らも、両方な。」

「ええ、犯人と証拠さえ掴めれば。」

「……ああ、その時は立場逆転だ。暴れられりゃ、然るべき措置を取れるぐらいにはな。」



295 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:17:21.74 ID:fvieGfDOO


穴の開いた脇腹から、防空棲姫のはらわたが海へとこぼれ落ちて。
ガサは軽蔑の目を向けたまま、ただその様を見つめていました。

「ふー……ウケるね、姫級になってたなんて。
顔は良くても、腹の底はそこにこぼれてるのと一緒。
バケモノのボス、あんたにはお似合いだよ。このクソ女。」

「…アイ……チャン……。」

「……何回言えばわかるの?」

ぐしゃりと、海戦では聞き慣れない音。
ガサは機銃で敵を殴って、それが鈍い音の正体でした。

この時、止めなきゃと言う思考すら働きませんでした。
恐怖で体が動かないと言う感覚に、磔にされたようで……でもその対象は、敵ではなくガサに対してで。
何度となく響く鈍い音だけが、私の耳に触れていたのでした。

296 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:18:54.38 ID:fvieGfDOO

「……ガッ!?」

「へえ…一丁前に苦しいんだ?バケモノになった癖に?
あの時あんたもこうしてくれたよね……苦しかったなぁ、死んじゃうかと思ったよ。

でもね、立場逆転とは行かないよ…あの日の再現、してあげる。」

敵の喉に手を掛け、ガサの手が深く食い込んで行きます。
艤装装着時の艦娘の力は、普段の数倍。みちみちと指が食い込んで…その手が喉ごと肉を抉り取ったのは、ほんの数秒にも満たない時間でした。

パクパクと口を動かし、防空棲姫は何かを呟いていました。
その動きは…「ごめんなさい。」って見えたんです。

その直後、傷から噴水のように血が吹き出ました。
それはガサに向かって降り注いで…彼女の顔は血に染まって。


「あったかいなぁ……ママ。」


そう呟く血塗れの顔に、一筋の肌色。
それは、ガサの目元から走っているように見えました。

彼女は一度微笑んで、機銃を敵に向けて。


防空棲姫の首が宙を舞ったのは、その銃声の後でした。


297 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:20:49.67 ID:fvieGfDOO

「あははははははは!!!同じだよ!あの日と一緒!!

……同じだ…同じだよ……ママ…。」


ガサはその場にしゃがみこんで、ずっとそう呟いていました。
海面を見れば、ぷかぷかと防空棲姫の頭が浮かんでいて…その顔も、何だか悲しげに見えて。


“ジュン、ごめんね……ひとつだけ嘘つくよ。”


戦況撮影として写真を一枚取ると。
私はその頭へ向けて、引き金を引いたのです。

脳や目が宙を舞って、バラバラになって。
やがてその肉片も、波に飲まれて何処かへと消えました。

「こちら青葉。帰投中、注意のあった防空棲姫と遭遇。交戦し撃破しました。
遺体は回収不能と判断。写真を収めましたので、帰投次第再度報告致します。

…………ガサ。」

「あお、ば……。」

「いっしょに帰ろ。大丈夫だから…そばにいるよ。」

この時私は、泣きじゃくるガサを抱きしめる事しか出来ませんでした。
あの子が動けるようになるまで、私達はただ、じっと海の上にいたのです。

それは不釣り合いなぐらい、どこまでも澄んだ青空の日の事でした。

298 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:23:43.43 ID:fvieGfDOO

ガサを入渠させて、そのまま私の部屋へと連れて帰りました。
帰投の後は普通に振舞ってたけど…いざ二人きりになると、やはりガサから言葉は出ません。

それでも今、この子をひとりにしちゃいけない。
そう思って、今夜はそばにいる事にしたんです。

「…………青葉。」

「…なあに?」

「あいつの言ってたアイって、私の昔の名前なんだ。
『11歳女児母親バラバラ殺人』……青葉なら、よく知ってると思うな。」

「……………え?」

調べた事がある事件の名前が、耳に触れました。
ネットには名前も流れてて、確かにその名前は…。




「私ね……ママを殺したの。」




頭の整理が追いつかない内に、ガサは続けてそう笑いました。
あの夜と同じ、ゾッとするような透き通った目で。


299 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/12/22(金) 12:24:36.41 ID:fvieGfDOO
今回はここまで。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/28(木) 20:51:14.21 ID:J5jkqF5ho
おぉう・・・
301 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:53:04.53 ID:cuHvI+uf0
「そうだね…今日でちょうど10年かぁ。これも因果ってやつかな。
防空棲姫……いや、ママを殺したのは2回目なんだ。最初はあの女が人間だった時だね。」

「どう言う事、なの…?」

「聞いた事あるでしょ?死体が沈んだ艦娘は深海棲艦になるって噂…上は隠してるけど、私は全部気付いてる。
艦娘に限らず、人型の奴らは海に沈んだ死体を基にしてるんだって。

私が艦娘になった理由はね、たまたまテレビであの女を見たからなの。
忘れもしないよ……だって、ママの頭を海に捨てたの私だもん。それがバケモノになって映ってたんだから…。」

堰を切ったように饒舌に語られた言葉も、今の私には理解が追いつきません。

11歳女児母親バラバラ殺人。
異臭に気付いた近隣住民の通報で発覚。
加害者は11歳になったばかりの被害者の娘。
娘は日常的に虐待を受けていた。
警官の突入時、娘は異父妹の腐乱死体を抱いていた。
浴室にはバラバラにされた母親の遺体が転がっていた。
殺害方法は包丁、直接的な死因は首からの失血死。


頭部は現在もなお見つかっていない。


箇条書きに頭を流れる、過去に調べた情報。
その当事者が、目の前の親友。

ガサとあの敵の間に何かがあるのは、昼の件で覚悟していました。
それでも現実になると、理解が追い付かない。

ガサはそんな私の様子を気にかける事なく、楽しそうに話を続けました。

「そうだね、あの時は……。」

302 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:54:27.50 ID:cuHvI+uf0
もう理由もよく覚えてないけど、私が5歳の時、ママはパパと離婚したの。
それでママに引き取られて…後でパパから聞いたのは、その時かなりの親権争いがあったんだって。
ああいうのってさ、大体は母親が有利なんだ。決め手を上手く揃えられなくて、パパは負けちゃったみたい。

ママは美人さんだったよ?私は全然似なかったけどね。
うん……似なかったから、かな。それでも最初は優しかったママが、段々私を殴るようになったのは。

いつもそうだったよ。
大っきくなる度パパに似てくる私を、パパの名前を呼んで殴るの。
何であの人に似たのって、殴って、殴って、殴って……何年も続いた。

離婚する前はね、いつも私を抱っこしてくれたの。
でもその頃になると、私に触るのは拳かビンタばっかりだった。

今でこそ身長そこそこあるけど…捕まった時ね、9歳で成長止まってたんだ。
頭も良くなくてさ、でも裁判の後に施設に入れられたら、途端にどっちも成長したの。

そりゃそうだよ。ご飯もろくにもらえなかったし、毎日ビクビク過ごしてた。
ママが帰ってくる度、またいじめられるんだって…その頃のストレスじゃないかな。

見た目だけなら、子供がいるようには見えない美人さんだったね。
だからだろうね……一応仕事はしてたらしいけど、何日も帰ってこない日もあって。

それである時ね、ママのお腹が大きくなったの。

303 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:55:33.43 ID:cuHvI+uf0
父親はわかんない。一体何人と関係あったのか、把握しきれないんじゃないかな。

お腹の中にいる時は、随分大事そうにしてたよ?それでも私を殴るのは変わらなかったけど。
お腹撫でて、歌なんて歌って……私には罵声しか浴びせなかったくせに。

何ヶ月かして、妹が生まれた。
でも…「また失敗した。」って言って、結局育児放棄。
あの女は結局、自分に似た子が欲しかったんだよ。

そのくせ何だかんだでパパには未練たらたら。今思えば、そう言う未練で頭おかしくなってのかもしれないね。
ま、同情なんてしないけど。

そんなにしないうちに、また家に帰って来なくなった。
でも妹は可愛いかったの。だから出来ないなりに妹の世話を一生懸命したけど……母親がいないと、段々衰弱してさ…。


妹、結局死んじゃった。あはは。


後であの女が帰ってきたの、何日経ってからか覚えてないなぁ。
確かもう妹が腐り始めてた時かな。久々にあいつの顔を見て…それで気付いたんだ。

『ママ』はもういなくて、目の前の『この女』は同じ顔の別人だって。
304 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:56:52.89 ID:cuHvI+uf0
あいつも限界だったんじゃないかな?帰っきて早々、思いっきり私の首を絞めてくれたよ…何であんたはまだ生きてるの!って思ったのかもね。
丁度台所のシンクにぶつけられた感じでさぁ、苦しくて苦しくて……咄嗟に近くにあった包丁掴んで…あいつの喉を掻っ切ったんだ。
しゅー!って、血が噴き出したね。

出たての血って、あったかいんだよね…そのまま私の方に倒れてきて、丁度抱きしめられてるみたいになって。

その時、やっとママが帰ってきてくれたの。
あったかくて抱きしめてくれる、優しかったママが。
だって、人のぬくもりって血の温度じゃん?体中にママを浴びてるみたいで……ふふ。

その時もだったね、口パクで「ごめんなさい。」って言っててさ。
なーんにも、感じなかったけどね。

しばらく包丁持ったままぼーっとしてて、何となく部屋見回したら当然血まみれ。
死体しか無い部屋って、ほんとに静かなんだ。

…でもね、それがすごく心地いいの。
私にとって、それ以上の夢心地は無かったよ。

ママは帰ってきてくれた。
溶けちゃってるけど、妹はずっと可愛いまま。この子までこの先あの女にいじめられる事も無い。
もう誰も私を傷付けないし、それ以上何も変わりようが無い永遠ってやつ。

…ああ、これが天国なんだって。そう思ったんだ。
305 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:58:21.23 ID:cuHvI+uf0
大人の死体って子供には重くてさ…まずママの腕を切ろうって思った。自分の肩にかける為にね。
丁度クローゼットにさ、新品のノコギリと手斧があったの。
…いつか私を殺して埋める為に買ったんじゃないかな。

その時ね…やっぱり顔が見えるでしょ?段々ムカついてきちゃってさ。
だから先に頭を切って、夜中に近くの海に捨てたの。二度と見ないで済むようにね。
その時は海沿いの街に住んでたから、歩けばすぐだったもん。堤防のちょっと水の汚い辺りに、思いっ切り投げてやった。
丁度ゴミ浮いてる辺りに落ちて、そのまま沈んでくのを見て……ほんとにせいせいした。

それからは青葉も知ってると思うけど、あっさり逮捕されて、医少にぶち込まれたよ。
児童自立支援の方じゃ扱いかねるって、特別措置でね。
毎日毎日カウンセリング、お前はサイコだ、頭がおかしいんだって言われ続けてるようなもんだった。

中3になる頃に出てこれて、後は今に至る…って感じかなぁ。
はは………まさか何年かして、あんな親子の再会だなんて思わなかったよ。
306 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 04:59:33.58 ID:cuHvI+uf0
でもその後も、しばらく尾を引いてたかな。
高校入っても、昔の流行り物や思い出話とか話せなくてさ…病気だったから知らないって誤魔化して。
大好きな人と付き合えたりもしたけど……カミングアウトしたら、やっぱり怖がられて振られちゃったりさ。

まぁ自業自得なんだけど、ずっとずっと憎かったよ。あの人の子にさえ生まれなければって。

でも、ほんとは寂しかった。

…だから私はね、ママをもう一度殺す為に艦娘になったの。
世の中や人を守るなんて大義名分も無く、ただ自分の人生をやり直す為にね。
307 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 05:04:24.09 ID:cuHvI+uf0
「…………そんな話。ふふ、衣笠さんサイテーでしょ?」


何を言ってあげればいいのか、分かるはずもありません。
想像なんて届かないぐらい、あまりにも壮絶な半生でした。


「ガサ……大丈夫。」


だから今この子にしてあげられる事なんて、抱きしめてあげる事だけでした。

それ以上の事なんて、何も思いつきませんでしたから。
言葉をひり出せないなんて、記者失格だなぁ。

「青葉……ねぇ、ずっと友達でいてくれる?」

「うん!ずっと友達だよ!戦争が終わっても、お互いおばあちゃんになってもね!」

「………!!ありがとう…青葉…。」

胸元にぎゅっと彼女を抱いて、私はただ髪を撫でて。
それ以上の事は、きっと要らないとさえ思いました。


それは大きな間違いだったんですけどね。


自分が誰かにした事は、自分が誰かにされる事もある。
例えば…いつか私が下卑た笑みを隠す為に、ジュンの胸元に抱きついたように。
ガサもまた、この時何かを隠していたのかもしれませんね。

後々、私は一つ後悔をするのでした。
それは、恐らく一生続くであろうものになるぐらいの。




308 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/04(木) 05:05:22.61 ID:cuHvI+uf0
今回はここまで。
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/06(土) 01:23:21.44 ID:53s6iQwzo
いつも読んでます
310 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:00:05.74 ID:55A9FZXzO


数年前、ある新聞記事より抜粋。


『連続殺人犯卍男、遂に逮捕

3月より発生していた連続殺人事件・通称卍男事件の容疑者として、8日午前、都内に住む____容疑者(31)を逮捕したと警視庁から発表があった。

他誌の担当記者・A氏の取材過程に於いて容疑者が浮上。
しかしA氏の動向に気付いた同容疑者は、捜査協力の為警視庁に向かっていたA氏を襲撃。
居合わせた通行人の悲鳴により容疑者は逃走、その後の捜査により台東区内にて逮捕された。

A氏は腕を切られ、全治1ヶ月の重症。命に別状は無いとの事。

容疑者は3月より5名を相次いで殺害。
被害者には全て卍状の傷が付けられており、卍男連続殺人事件と題され捜査が続けられていた。
今後事件の全容の解明を急ぐと共に、動機について容疑者を厳しく追及して行くと警視庁は明かした。』



311 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:02:01.18 ID:55A9FZXzO



“………綺麗な夕日ね。”

“ああ、ここの夕日はいつ来ても心が洗われる。”

“ふふ、子供の頃から見てるけど、いくつになってもここが一番よ。”

“全くだ、正直地元より綺麗だと思うよ。
こうして君と出会えたし、ここに着任出来たのは幸せだ。”

“そうね…うん!私、あなたに出会えて本当に幸せ。”

“照れるなあ。また来ような…


____サクラ。”



312 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:03:46.55 ID:55A9FZXzO


「……………。」


また、なのね…。

今でも時々、あの頃の事を夢に見る。
あの日から少しでも進めた気がしたけれど、眠ると本音が出るものなのかしら?
『あの子』の連絡先は、敢えて聞かなかったもの。今頃どうしているのか、知る由も無い。

きっと、『あの子』と幸せにやっているのでしょうね。
妹からは、幾分顔色は良くなっていたって聞いたわ。

妹は彼を恨む事はやめてくれたけど、何かを吹っ切ったようにも見えて。
少しだけ、それを羨ましく思った。

軋む体を起こして、でも何となく、何もする気になれなくて。
窓の外は雨。せっかくの休日も、今日はぼんやりと過ごしてしまいそう。

イヤフォンを付けたらまたベッドに体を横たえて、私は再生ボタンを押す。
彼は…ジュンは様々な音楽を教えてくれた。
その影響かしら、自分でも色々なものを聴くようになって。


『楽しかったあの日は…背中のシュレッダーに…』


今の私は、彼の一番好きなバンドのボーカルさんが、解散後にソロになってからの作品を好んで聴くようになっていた。


313 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:05:54.71 ID:55A9FZXzO
その人は解散後は精神的に危うい時期もあったらしくて、バンドの時に比べると暗い曲が多いの。
でも、その暗さが今の私には心地よかったから。

……あのままだったら、どうなっていたのかしら?
きっと私は彼を殺して、今頃刑務所にでもいるのでしょうね。
ジュンが飲まれてしまった闇は、それだけ深い物だった。

それでも『あの子』は、明るく笑って。彼の為に笑って。
かわいい『あの子』は、その暗闇を照らしてあげたのでしょう。

だから彼は、あんなにも取り戻す事が出来た。
私の事など、少しも引きずらないぐらいに。


かなうなら、あのこみたいになりたかった。
でもわたしは、あのこにはなれなかった。


私は過去への復讐として、『艦娘の扶桑』になった。
だけどその根にあるのは…『女であるサクラ』としての復讐心。

どうあっても、私は私のまま。
扶桑にもなりきれない、サクラのままよ。
どれだけ終わりを見ても、受け入れきれない私のまま。


幸せな記憶をシュレッダーにかけたって、きっと繋ぎ合わせてしまうような。


ねえ、ジュン。もし私が……


314 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:10:16.93 ID:55A9FZXzO
あの日以来、ガサは今まで以上によく笑うようになりました。
10年苦しみ抜いた事から、ようやく放たれたのかもしれませんね。

映画好きなのは変わりませんけど、青葉の部屋に持ってくるものはコメディやストーリー物に変わって。
ゴア描写だらけのホラーばかり観ていた時は、何処かでそこに過去を重ねていたのでしょう。

あの事は、私達だけの秘密です。
ジュンには悪いけれど、墓場まで持って行くって決めましたから。

「青葉、次の作戦について話がある。」

「あ、はい。どうしましたか?」

「今度うちでこのマップの所を叩く事になったんだけど、偵察隊の情報によると、ここは戦艦棲姫が出るらしい。
よって編成は高レベル組で揃える。青葉もそこに参加して欲しいんだ。」

「勿論です!青葉にお任せですよ!」

確かに危険な相手ですが、姫級とあれば出ない理由はありません。
倒せば倒しただけ、終戦が近付きますからね!

315 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:12:07.26 ID:55A9FZXzO
目の前のジュンの事、自分や仲間の事。
そこに、ガサの事も加わりました。

ガサの因縁には一応のケリがついたのかもしれません。
でも本当にあの子が自分の人生を歩む為には、やっぱりこの戦争そのものを終わらせる事が不可欠で。

ガサの今の本名である『マユ』は、事件の後に自分で付けた名前だそうです。
「いつか繭から孵って羽ばたけますようにと言う願いを込めた」って、そう言ってました。

だったら尚の事、私も頑張らないと。
そこはもう、無二の親友ですからね!

「ふむ、しかし気になるな…。」

「どうしたんですか?」

「戦艦棲姫は青葉も何度か戦った事があるだろう?艤装に覚えはないか?」

「ありますねぇ…自律型で気持ち悪いんですよねぇ。」

「そうなんだよ、あの艤装は曲者だ。
しかし今度狙う戦艦棲姫の艤装は、他と少し違うらしい。」

「違いですか?」

「通常は両腕が生身だが…偵察の結果、艤装の右腕も機械化されているようだ。
そこに何か兵器が仕込まれている可能性もある、出来るだけ早くそこを潰して欲しい。」

「機械化済みですか…また厄介そうですねぇ。」

次の作戦は、何やら特殊な敵がいるようです。
一体その腕に何があるのか、この時心してかからねばと思ったものでした。

その腕の秘密は、実際の戦闘で明らかになりました。
いえ…正確には機械でない腕にこそ、秘密があったのです。

316 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/09(火) 05:12:37.69 ID:55A9FZXzO
今回はここまで。
317 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:05:43.58 ID:CAYfeAj6O

「………随分、オ気ニ入リノヨウデスネ。」

「エエ、トテモイイワ。コノ子ガ一番ヨ。」

とある海域にて、戦艦棲姫はそう自慢気に艤装に視線を送った。
それは彼女の首から繋がるチューブによって制御されているが、尚も艤装は息を荒げ、涎を垂らしている。


「ぐる…ギッ……ギがあアアアアアっッ!!!」

「………!!」


咆哮を上げ、艤装は戦艦棲姫へと襲い掛かる。
だが、彼女が手を翳し何かを放つと共に、堰を切ったように艤装はその首を垂れた。

しかし尚も、艤装は荒い呼吸を吐き続けている。

「……ヤハリ、危険デハナイノデスカ?ソレダケ“残ッテシマッテイル”モノナド…。」

「フフ……ヨク言ウデショウ?“手ノ掛カル子ホド可愛イ”ッテ…コノ子ハソノ分、トッテモ強イノヨ。」

そう頭部に体を寄せ、彼女は愛おし気にその頬を舐めた。
荒い呼吸を続ける艤装は、指一つさえ動かさず。

しかし、か細くとある声を漏らしていた。




「………ハな、セ……離、せ……。」






318 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:09:03.23 ID:CAYfeAj6O
ある日の事です。

次の作戦でのシミュレーションもあり、少し久しぶりに出向く方での演習がありました。
それで相手は…スケジュールが空いていたのは、扶桑さん達のいるあの鎮守府でした。

久しぶりに二人と会うけど…特に山城さんとは、やっぱり気まずいかな。
でも、『あの人』に報告しなきゃいけない事もあるしね。

……ジュン、今は『あの人』の事をどう思ってるんだろ。
ううん、だめだめ!今はそんな事気にしちゃ。

そんな事を考えつつ集会所で待機していると、赤いスカートが目に入りました。

「久しぶりね、青葉ちゃん。今日はよろしく。」

「山城さん…。」

久々に見た彼女は、何だかすっきりした顔をしていて。
それが逆に、青葉の胸にズキリとしたものを与えたのでした。

「……その、あの時はすみませんでした。あんな事言って…。」

「ふふ、あの時も言ったでしょ?ありがとうって。アレで大分吹っ切れたわ。
…まあ、ちょーっとキツかったけどね。」

「うう…。」

「なんてね。じゃあ後でジュースおごってよ。それでチャラ。
それからはもうあんたも気にしない事。」

「はい…ありがとうございます。」

「そこはありがとうでしょ?同い年じゃない。あ!連絡先教えてよ!」

「…うん!ありがとう山城ちゃん!」

それからしばらくは、山城ちゃんと色々な話をしていたものです。
前みたいなギスギスした空気も無く、タメ口をきき合って。
この時ようやく、私達は友達になれた気がしました。

319 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:09:55.62 ID:CAYfeAj6O
「……で、ジュンさんとはどうなのかしら?」

「仲良くやれてるよ!一時期は本当危なっかしかったけどねぇ。」

「ふふ、それはあんたが頑張ったからよ。
さっき廊下で挨拶したけど、雰囲気前より戻ってたしね。」

「………うん。」

それを聞いて、素直に嬉しいなって思いました。
山城ちゃんが彼を殴らなかった事も、当時を知る彼女から見ても良い状態に見えるようになった事も。

…少しずつでも、前に進めてるんだ。


「ふふ…随分仲良くなっちゃって。嬉しいわ。」


その時、その声と共に覚えのある匂いを嗅ぎました。
それは今回一番会いたくて…ある意味、一番会いたくなかった人。


「……お久しぶりです。」

「ええ、久しぶりね。青葉ちゃん。」


そこにいたのは、扶桑さんでした。


320 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:11:12.30 ID:CAYfeAj6O
演習後は宿の門限さえ守れば、ある程度自由行動が出来ます。
交流を深める意味でも、他鎮守府の艦娘同士で食事に行く事は、珍しい事でも無くて。
そして青葉は今、この街の個室居酒屋に来ていました。

それは、扶桑さんに誘われる形で。

「「乾杯。」」

ふぅ、演習明けの一杯は沁みますねぇ…。
でもまさか、この人とこうしてお酒を飲むとは思いませんでしたよ。

「その後はどうかしら?言わずもがなだと思うけど。」

「…ええ、お陰様で。彼とは…ジュンとは良いお付き合いをさせて頂いています。
その節は本当にありがとうございました。」

「そう…ふふ、本当に良かったわ。
昼に実際に顔を見たけど、良い顔になってたもの。」

「はい、約束でしたからね。」

あの日扶桑さんに宣言したし、実際ジュンは大分立ち直ってくれましたけど。
それでもこの人にその後を伝えるのは、傷付けてしまわないかって怖かった部分もあったんです。

それだけこの人は、ジュンの事を想っていた。
自分が同じ立場なら何を感じるだろう?って、ふとよぎる時はやっぱりありましたからね。

…前より強くこんな考えを抱くようになったのは、山城ちゃんの件がきっかけでしたけど。

321 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:12:42.55 ID:CAYfeAj6O
「……私の事、気にしてるのかしら?」

「……!!はい、そうじゃないと言えば嘘になりますかね…。」

「あなたの気にする事じゃないわ。私は昔の女だもの。
私はね、彼の幸せをあなたに託したの。だから上手く行ってる事が一番嬉しいのよ。
…これからも、ジュンの事をよろしくね。」

「……はい!」

そう微笑んでくれた時は、心底良かったと思いましたよ。
ずっと心に引っかかっていた事が溶けたみたいで。

それからは寮に戻るまで、扶桑さんと今までしなかったような話をしていました。
個人個人のお酒の趣味から始まって、好きなファッションや音楽に、ジュンの面白いエピソードまで。

へー、なるほど、そう言うのに弱いかぁ…今度ケンカしたら使ってやろ!
そんなしょうもない事を考えてみたりして、さっきまでのシリアスな空気は頭の隅へ追いやられていたのです。

それはいつもの仲間達とは趣の違う、楽しいお酒でした。
歳の離れた先輩とサシで飲むなんて、まだ飲めるようになったばかりの青葉には無かった事でしたから。

でも本当、身も心も美人だなぁ…何年かしたら、この人みたいになりたいね。
そんな気持ちを抱いて、その日はお開きになりました。

「じゃあまたね。おやすみなさい。」

「ええ、おやすみなさい。」

宿までの慣れない帰り道で、酔った頭でこれからの事を考えてみました。
私もまだ若いしなぁ…そもそもこんなの考えるの、気が早いかなぁ…。

……うん!でもやっぱり私は、ジュンの苗字になりたいな。

そう願い事を抱きつつ、てくてくと歩いていたのでした。



322 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:15:14.57 ID:CAYfeAj6O
青葉と別れた後。
扶桑は寮ではなく、とある場所へと向かっていた。

そこは同じ街にある、彼女と山城の実家だ。
親族は海外におり、管理の関係上週に一、二度はどちらかがここへ泊まりに来ていた。

この日青葉と出掛ける前、彼女はいつものように外泊許可を申請していた。
だがそれは、ただ実家に訪れる為だけではなく。

妹に今夜の自分を、見せたくないが故の事。

この家には、彼との思い出も多くある。
今自室で彼女が横たわるベッドも、また同じだ。

任務続きで疲れていた彼を気遣い、共に昼寝をした事もあれば。
いつか妹が修学旅行に行っていた間、ここで体を重ねた日もあった。

過ぎた幸福が、慣れたマットレスに横たわると津波のように押し寄せてくる。
それを嫌い、彼女は普段ここに泊まる時、和室に布団を出して眠っていた。


“青葉ちゃん、前より可愛くなってたわね…。”


脳裏をよぎるのは、先程まで一緒にいた、彼の現在の恋人。
きっと彼の為に頑張っているのだと、その姿を見た時扶桑は感じていた。

少し古いマットレスは、当時より彼女の体に合わせ深く沈む。
それはまるで、別の物に沈むような感覚を彼女に与え。



「………腐った気持ちに沈むのなんて、私だけで充分なのよ。」



そう呟いた後。

彼女は独り、泣いた。



323 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/17(水) 23:16:13.19 ID:CAYfeAj6O
今回はここまで。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/18(木) 00:29:59.20 ID:tZKRAy+VO
おつ
325 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:19:49.93 ID:zzMbTBd6O

ある冬の日。
男は陽も上り切らぬ内に車を走らせ、とある街へと向かっていた。

神奈川県に入り、横浜方面へとハンドルを切る。
道中で横須賀と書かれた看板が目に入った時、その懐かしい名前に彼は一抹の切なさを感じていた。

しかし今日は、そこに目的は無い。

横浜を抜け、高速から降りた先は藤沢市。
そして鎌倉へ入ると、車はとある駐車場へと停まる。
助手席に置かれた花束と線香、そして途中で買った缶コーヒーを手に、彼は車を降りた。

そこは地元の小さな寺。
彼の学生時代の友人が、現在眠る場所だ。


「久しぶりだな。
…って言っても、聞こえちゃいねえか。」


4年前のあの日以来、彼は初めてここに訪れていた。
そして今日が、初めて変わり果てた友人を目にする瞬間でもある。


326 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:21:57.05 ID:zzMbTBd6O
彼は青葉によって感情を取り戻して以来、暇を見つけては亡き友人達の墓参りをしていた。
今日が二人目の墓参りになる。

花と線香を手向け、手を合わせる。
続けて缶コーヒーと火の付いたタバコを供えると、彼もまた、自分のタバコに火を点した。

二つの紫煙が立ち上るが、吐き捨てられた煙は一つのみ。
生きる者の溜息と、吸われる事のない煙と。
その差が空へと舞い上がっては、風にまかれて消えて行く。

「……あの後色々あってな、サクラとは別れたよ。

昔は研修先の少佐にムカついて、いつかぶっ殺す!なんて俺らも息巻いてたんだけどなぁ…気付いたら俺も少佐だ。
二階級特進したお前らよりも、上になっちまった。

あのバケモノも、随分倒したよ…ケリが着くのは時間の問題さ。
今は新しい彼女も出来たし、こっちは何とか上手くやってるよ。
その子のおかげで、やっとこうしてお前の所に来れるようになった。

なぁ……そっちは、最近どうだ?」

どれだけ近況を伝え、訊ねてみた所で返事はない。
ただ風の音と、物言わぬ墓石がそこにあるだけだった。

やがて全てを伝え終えると、男は墓石に敬礼をし、その場を去って行く。

墓の床石には、少しだけ濡れた後が残っていた。
しかしその日は、どこまでも澄んだ快晴の空。


雨が降っていたのは、誰かの瞼と胸の奥だけの事だった。

327 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:23:17.44 ID:zzMbTBd6O

遂に作戦決行の日が来ました。

いざ出撃すると、敵は相応の強さで。
しかしこちらも高レベル隊、そう簡単にはやられません。
雑魚を倒しながら、やがて青葉達は目的の部隊へと接敵して行きました。

その部隊には偵察通り、戦艦棲姫の姿が。
やはり艤装の右手は、機械化されていました。しかし取り立てて特殊な様子は無い。

相手の旗艦は、どうやらあいつのようです。
あいつを叩き潰しさえすれば、今回の敵は壊滅する。

そう決め込み、私達は戦闘を開始したのです。

「……やった!?」

やがてこちらの返り血の量も増えた頃、私の砲撃が戦艦棲姫の腹を貫きました。

急所を抉り取り、間違いなく致命傷。
その瞬間、その場の全員が勝利を確信したのでした。


「………フフ…アナタ、“コノ子”ト匂イガ似テルワネ……。」


戦艦棲姫が、この一言を放つまでは。

328 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:24:55.96 ID:zzMbTBd6O

「……青葉!気を抜くな!!そいつは暴走するぞ!!」

「……っ!?はい!!」


気を抜きかけた時、先輩の一声で我に返りました。
そうだ、戦艦棲姫の艤装は自律型…宿主が死んだ時、無差別に暴走するケースもある。

戦艦棲姫が死んで倒れた瞬間、一度解けた緊張が一気に戻って来ました。
沈黙か、暴走か……どっち!?


「ギ……ギガアアアアアアアアアアアア!!!!!」


暴走!全弾発射!?それとも肉弾!?
まずい!発射だ!!


「総員防御姿勢だ!!障壁全開!!来るぞ!!」


四方八方に弾が乱射され、断末魔が響き渡りました。
味方は無事…でも弱っていた敵の一部は、爆風でバラバラに吹き飛んで行くのが見えて…すぐに煙が視界を覆いました。

見えない…どうなった!?

329 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:25:43.30 ID:zzMbTBd6O







「………マ………リ……。」







330 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:26:14.22 ID:zzMbTBd6O







え?







331 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:27:38.68 ID:zzMbTBd6O
その時聞こえて来たのは。
艤装のくぐもった声で囁かれた、私の本名。

やがて煙が晴れて、目の前には巨大な艤装の姿。
生身の方の腕は、私へと伸びていて…その時初めて、二の腕の内側が見えました。


そこには、卍状の傷が一つ。


“卍男、遂に逮捕。当誌記者の取材過程にて犯人判明。”

“ご遺体の右手にSDカードが。”

“私は気付いてる。人型の奴らは海に沈んだ死体を基にしてるんだって。 ”

いたいはあたまからみぎうでにかけてしかみつかっていない。

このぎそうのなまみはひだりうで。

あのひとのひだりうでにはまんじじょうのきずが。

その時、私の中で次々と記憶が蘇り。
情報が、そして激情が駆け抜けて行きました。

この不自然に屈強な腕は、無理矢理肥大化させられたものでは?
そうだ…深海棲艦が雌型だけだなんて、私はいつどこで、誰に習った?
日頃の座学でも、研修でも習った事は無い。

日々戦う内に、勝手に私の中で生まれた常識だ。

一体何コンマ、何秒の間のことなのか。もう分かりませんでした。
ただ、この直後。そんな永遠の一瞬も、破壊されてしまうのです。




「マ……リ………コロシ、テ、クレ……。」




この言葉が、私に全ての確信を与えた事によって。


うそ、だよね……どうして、ここにいるの……?



332 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:28:19.70 ID:zzMbTBd6O













叔父さん。














333 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/23(火) 06:28:45.70 ID:zzMbTBd6O
今回はここまで。
334 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:34:55.11 ID:BIem1TAHO

「………ほんとに…叔父さんなの?」


目の前の現実は、拒絶反応を起こす心すら容赦無くこじ開けて来ました。

折しも、ガサの母親の件からそう経っていない時期。
故に私の中で、その事実は確固たるものとして突き刺さったのです。

照準を合わせていた手が、ガタガタと震えているのが解りました。
仲間はまだ爆煙に巻かれていたり、他の敵に集中している状態。
艤装は…いや、叔父さんはその爆煙の中で、私に近付いてきていた。

「殺してくれ」と、私に助けを求めるように。


「……!?マ、り……にゲ、ろ……。

……ギガああ!?アアっ!?が!」

「叔父さん!?」

直後、頭を抱えて彼は苦しみ出しました。
それは何かを押さえ付けようとするかのような悶絶で…。


その時。




『ごっ……!!』




私の視界は拳で覆われ。
殴り飛ばされた衝撃と共に、意識が暗転したのでした。


335 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:37:02.29 ID:BIem1TAHO

…………風の音。ここは…海?

体が無い…意識だけだ。
でも、目が見えてる…私、死んじゃったのかな。


“19290925”

“泣きたくなるほど…ノスタルジックに……”


……今のは?

その日付が脳裏を過ぎった時、同時にあるメロディが頭を駆け抜けて行きました。

それは、天国旅行のあのメロディで。


“19421011”


その数字が瞬いた時、無いはずの頭に激痛が走って。
私のいる場所は、ストロボと連写を繰り返すかのように場面が入れ替わりました。

“サボ島沖海戦”
“ワレアオバ”
“古鷹、吹雪、叢雲轟沈”
“19430303”
“36名死亡”
“相次ぐ修理”
“ソロモンの狼”
“我曳航能力ナシ”
“熊野沈没”

場面が何度も入れ替わる。
実際に見たものじゃないのに、どれが何の事なのか、手に取るように分かる。

その明滅に晒される中、次第にある声が津波の様に押し寄せて聴こえて。

336 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:37:58.28 ID:BIem1TAHO





“ごめんなさい”




337 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:38:33.46 ID:BIem1TAHO






ごめんなさい。








338 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:39:14.66 ID:BIem1TAHO
ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”ごめんなさい“ごめんなさい”




ごめんなさい。



339 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:40:33.20 ID:BIem1TAHO
流れ込んでくるこえが、かん情が、次だいに私のものに変わって。
わたしはだれなのか、わからなくなって。
ただいたくてかなしくてかなしくてかなしくてかなしくてかなしくてかなしくて。


あやまりたくて。


“19450319”


その時。急に青空が見えました。


星?昼間なのに、流れ星がたくさん…


“潮は満ちてく 膝から肩へ”


それが『わたし』の身体を貫いて。
痛いのに、暖かい布団にいるような気持ちで。


“苦しさを超え 喜びになる”


「アア、ヤット…眠レル……。」


歌が聴こえる。あの歌が鳴り止まない。
その中で聴こえて来た声は、『わたし』と同じような、違うような。
ただ一つ分かったのは、あの子は疲れ果てていた。

全てに、疲れ果てていた。

340 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:41:21.29 ID:BIem1TAHO





ぶちん。




341 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:42:59.04 ID:BIem1TAHO
まっくら。


まっくら。


まっくら。


きっとわたしはほんとうにしんだ。


あれ?


あおぞら?


れっしゃのまど?


あれ?おりてる?


ここはどこ?


からだがある。


あかいはな。


かぜのおと。


とりのこえ。


うみだ。


なにもない。


なにもかんじない。


もういたくない。


わたしはいない。


からだがあるのにない。


ばらばら。


とけた。


だらだら。


しあわせ。


しあわせ。


しあわせ。



“お前は、ここに来ちゃダメだ。”



ジュン?


待ってよ、置いてかないでよ!ねぇ…ねえってば!
ずっと一緒だよ!
342 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:44:05.39 ID:BIem1TAHO


『どんっ…』


ジュンに突き飛ばされて。
今度は、深い穴に落ちて行くように、何かに引き寄せられて。

落ちて行く中で見えていたのは、何も無い青空。

あの場所で私が私でいたのは私だけ。
感じたのは、孤独。


その時また、あの歌が聴こえました。

343 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:45:00.78 ID:BIem1TAHO




けしの花びら、さえずるひばり。

僕は孤独なつくしんぼう。






344 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:46:03.08 ID:BIem1TAHO

「…………。」


体、痛いなぁ…。

ああ、今のはほんとに一瞬の事だったんだ……皆、さっきと戦況変わってないや。


「フシュー…フシュー……。」


目の前の叔父さんは、頭を押さえて、涎を垂らしていて。
それはもう、彼が怪物にされてしまった末の姿なのだと。

ただの現実として、理解出来てしまって。

345 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:48:43.21 ID:BIem1TAHO
「フギ…ギッ……ギアあアああああアアあっっ!!!」

その時叔父さんが、機械の右腕を自分で引きちぎりました。
ちぎられた場所は肉まで達していて……そこから流れていたのは、真っ赤な血。

「ア……ウ……チクしョウ…イテぇナァ……。」

「…叔父さん!!」

「へへ……頭、ネえカらよ…俺は魂ダけシカ…モウ、残っテネエンだろ…。
今ナラ痛みで…ナントカ、頭の方、ヲ、押さエラレ、る……。

マリ……ヤルなら、今シカネエ、ぞ…。」

「叔父さん…一緒に帰ろ?何とか元に戻る方法探して…。」

「バカ言ってンジャねえ…!俺はモう死んだ身だ。
全部、覚えテンだ…俺が殺しタ、罪もネエ人達の事も、全部…。

ジャーナリストが、バケモンにナって…悪党トシて取材サレるなんざ…お笑いモん、だ…。

マリ…嫁は元気か?」

「……うん!おばさん、笑ってくれるようになったよ!」

「ナラ、良かッたヨ…アのカメラ、今はオ前の所か?」

「うん…今はね、私が使わせてもらってるよ。大事な写真、いっぱい撮れたんだ!」

「ヘヘ…人の笑顔、大事にしろよ。
平和な日々ガ…何よリの、すくープだ…ギッ!?
ハヤクしろ!!時間ガねえゾ!!」

「…………!!

…わかったよ。」


照準を合わせる手が、ガタガタと震えます。

走馬灯って、自分が死ぬ時じゃなくても見えるんですね。
この時私の脳裏で、叔父さんとの思い出が何度も巡っていました。

小さい頃遊んでもらった事や、初めて書いた新聞もどきを褒めてくれた事。
教えてもらったジャーナリストの基本、技術。

そして何より、心意気。

その全部を噛み締めた時、ふ、と震えが消えました。


346 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:49:37.08 ID:BIem1TAHO
「………叔父さん。教えてもらった事、今でも私の中で生きてるよ。
これからも、ずっとずっと私の中で生きてるから!!」

「………へへ。そりゃ嬉しいね。記者冥利に尽きるってもんだ!
お前のジャーナリズム、あの世で見守ってるぜ!」

その時。
艤装ではなく、ちゃんと何度も聞いた叔父さんの声が聞こえたんです。
頭はああなっちゃってたけど、きっと笑ってくれていた。

だから、最後に伝えようと決めたのは。

347 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:50:29.40 ID:BIem1TAHO




「……叔父さん、大好きだったよ。


さよなら!!」


「………ありがとよ。」




348 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:51:23.89 ID:BIem1TAHO

こうしてその砲撃と共に、艤装は沈黙したのです。

海面に浮かぶ血は真っ赤で。
それは怪物にされても尚、最期まで人であろうとした、彼の魂の色でした。

349 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:52:55.63 ID:BIem1TAHO


「叔父さん……。」


おかしいですねぇ…悲しくて、涙が止まらないのに。
何でか今、頭と胸が妙にすっとしてるんですよ。

ああ…少しだけど、敵の増援が来てるなぁ…。
皆が戦ってる敵は、どいつもこいつも、ニヤニヤヘラヘラと笑ってる。

さっき『あの世界』が見えた時、いくつかわかった事があるんですよ…。

艤装を付けてる時、ふとあの歌が流れるのは。
艤装越しに私に残った『重巡・青葉』の記憶が、私の記憶のあの歌に、何かを思い出したからで。

それと、もう一つ。

あの場所はやっぱり、天国じゃなくて…


地獄なんだ。


死んでしまった仲間も、そしてジュンも。
あの場所を、知ってしまったんだ。

目の前では戦闘が続いています。
ケタケタと汚い笑い声を上げて、奴らが味方と戦っている。

叔父さんが死んだのは、誰のせい?
あの子が死んだのは、誰のせい?
この戦争は、誰のせい?
お前達が好きに使ってるその体は、本当は誰のもの?


ジュンを……私の愛する人を地獄に突き落としたのは、誰?


350 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:54:18.47 ID:BIem1TAHO

あはは、そっかぁ。
答えなんて、最初から分かりきってるじゃん…誰でも分かる、普通の事だよ。
だから『私』は、ここにいるんだ。

そう、簡単な事…。


オ マ エ タ チ サ エ イ ナ ケ レ バ 。


『びいいいいいいぃん……』


ああ、背中のタービンが、唸ってる…。
『青葉』……分かってくれるんだね……。


わたしのこのいかりを。


「ふふ……あはっ…あはは……。」


ちからがみなぎる。
もう、ほかのことはかんがえられない。



みんなみんなころしてやる。



351 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:55:24.55 ID:BIem1TAHO



「……………うああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」






私がこの戦闘で意識を保っていたのは、その時までの事でした。
自分の叫び声を聞いた、その瞬間まで。


後の事は、何も覚えていませんでした。



352 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/01/26(金) 06:56:17.30 ID:BIem1TAHO
今回はここまで。
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/27(土) 10:33:41.20 ID:T3Vj94k5O
おつおつ

ここでタイトル回収か
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/29(月) 15:13:06.05 ID:ZrVuWb0l0
喋れない奴は深海棲艦だ!!
喋れる奴はよく訓練された深海棲艦だ!!
ホント戦場は地獄だぜ!
355 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:35:25.51 ID:rBI88CKnO

「ごめん…別れよう。これ以上は一緒にいられない。」

大好きな人だった。
だから隠し事は、したくなかった。

「私は人殺しなんだ」って。

彼の様子がおかしくなったのは、それからだった。
私のふとした仕草にぎょっとするようになって、その度ごめんって辛そうに言うの。
まだ片手で数える程度だったセックスどころか、キスですら段々なくなって…最後の1週間は、触ってもくれなくなった。

うん…何の事件かだけは、伝えたもんね。
私が具体的に何やったかなんて、ちょっとネット調べれば出てくるよ。
………怖くなるのは、おかしくなんてない。

その時はただ受け入れて、別れただけ。
でもね…後からじわじわと効いて来るんだ。

言わなきゃよかったとか、どうして受け入れてくれなかったの?とかさ。毎晩毎晩考えて、その度泣いて。
でもいつも、最後にはこう思うんだ。

「当たり前だよ、だって私は人殺しだから。」って。

もう一人殺しちゃったから、私は一生人殺しなんだ…。

356 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:38:01.91 ID:rBI88CKnO

気付いたら秋も終わって、冬になってた。

出所してから暮らし始めたのは、パパの地元の雪国でさ。
横須賀生まれで、その後も県内や京都にいた私にとっては別世界だった。
地元の人は気にしないような、色々な事が目に付くぐらいね。

例えば…吹雪の日は、音も声もあんまり通らないとか。
ほんとに静かなんだ、まるで『あの日』みたいに。

彼は丘の方にある住宅地に住んでた。
そこはね、元は小さい山を開発した場所で…途中の坂のゾーンには、家が無かったの。

坂は大分曲がりくねってて、その分距離があって。
人が住んでる内に、だんだん山を突っ切る感じで裏道が出来ててね。
高校生ぐらいの時ってさ、結構雪とか気にしないじゃない?だから雪の日は地元の人も通らない裏道も、彼はいつも通りに通ってた。

毎週水曜日は、彼の部活は長いの。
雪国だから、特にそれも変わる事は無くてね。

そんな水曜日。
私は吹雪の中、じっと彼が来るのを待っていた。

ちなみにそこ…麓の方は畑しか無いんだよね。

357 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:38:43.66 ID:rBI88CKnO

「……!!…マユ……。」

「………。」

「風邪引くぞ。早く帰れよ……。





…………え?」




358 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:40:10.97 ID:rBI88CKnO

叫び声、あんまり聞こえなかったなぁ。
でも最後に名前を呼んでもらえたの、嬉しかった。

だって…私が彼の最初で最後の女で、最後に名前呼んだのも私で。
それってもう、永遠って奴でしょ?

それで彼の命も、私のものになったんだから。

そう…私は一生人殺しだもん。
一人殺したら、その後100人殺そうが人殺しなのは変わんない。

ひとごろしのそばにはだれもいてくれないなら、ひとごろしはひとりぼっちなら。

そばにおいちゃえばいいんだ。ころしてでも。


「………っ!!…はぁっ、はぁっ…。」


その時ね、私…何もしてないのに……ふふ。
まるで初めて彼とした時みたいに、好きな人とひとつになったみたいで。

359 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:41:27.79 ID:rBI88CKnO

その1年ぐらい後かな。
違う人を好きになっちゃったのは。

その人は教育実習生で…近くのアパートに住んでるのをたまたま見かけたの。
その人ね、運動部の練習にも参加してたんだ。

それで休みの日、忘れ物したからって嘘ついて学校行って…こっそり鍵を盗んで。
また別の忘れ物した!!って、学校に戻ったの。
寒い日だったなぁ、『手袋外せなかった』よ。

その日の晩、アパートに消防車がいっぱい来てた。
近所に避難指示も出てたかな?

そのアパートのお風呂場、内開きでね。
良い角度のとこに、『蓋開けた洗剤を2種類置いた』んだよね。


結局自殺って事になったよ。




360 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:42:35.39 ID:rBI88CKnO

でもね、提督はちょっと違うんだ。
恋愛感情って言うよりさ…仲間が欲しいなって。

わたしのきもちをわかってくれる、ひとごろしのなかまが。

あの人は私とタイプ違うけど、きっと分かり合えるんじゃないかな。ずっとずっと仲間でいてほしいんだ。
まぁ……別の興味もあるしね。

青葉だけだよ…殺さなくてもずっと一緒にいてくれるって思えたのは。

私、あの子にもそう思って欲しいの。
ガサなしじゃ生きてけないってぐらい、そう思って欲しい。

あの子は元カレや叔父さんの事で、裏切られたり大切な人がいなくなったりするのに、トラウマがある。
それでちょっと…人に依存したいしされたいって願望があるな、って思ったんだ。

だから考えたの……ふふ。あの子が一生私から離れられなくなる方法を。


それはね……ほんと、提督様様だよ。


361 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:43:37.24 ID:rBI88CKnO

「…………。」


目を覚ますと、ベッドの中にいました。
手があったかいなぁ……ぼやけた頭でそのぬくもりの方に視線を動かすと…。

「………ジュン。」

そこには、私の愛する人がいました。

彼は何も言わず、ただ微笑んでいて。
私は少し軋む体を起こして、彼に手を伸ばして。

でもそれより先に、彼の方から私を抱きしめてくれたんです。

「…………良かった。本当に、良かった……!」

耳元で聞こえる声は、少し震えていて。
体中に伝わるぬくもりに、私も思わず涙が出て。
この瞬間の私達には、きっとそれ以上の言葉はいらなかった。

ただただ、私達はそうして生還の喜びを噛み締めていたのでした。

362 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:44:34.24 ID:rBI88CKnO

「…………あれからどれぐらい経ったの?」

「2日だ。その間ずっと、お前は眠ったままだったよ。」

私、そんなに…。

ぼーっとしていた目も覚めて来た頃、ようやく部屋の様子が理解出来ました。
ここは医務室で…それと、ジュンの目元に深い隈がある事に。

「ちゃんと寝てる?」

「ん?ああ、あの後少し忙しかったからな…大丈夫、毎日家に帰ってるよ。」

「……ほんとに?」

「はは…い、いや、仕事の後はずっとここに……。」

「ばか!ジュンまで倒れちゃったらダメじゃんかぁ…。
……でも、ありがとう。」

「ふふ、どういたしまして。」

「うん…!」

またぎゅっと抱き付いて、おかげで彼の服は涙でびちょびちょでしょう。
でも無理した罰だもん。もう汚れるまで抱き付いてやるんだから!

そんな私を、彼はそのままにして。
落ち着くまで、ずっと髪を撫でてくれていたのでした。


363 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:45:51.29 ID:rBI88CKnO

「………あの後、私結局どうやって帰って来たの?」

「…覚えてないのか?」

「うん……ある時から、記憶無いんだ。」

「………途中敵の増援はありつつ、重巡・青葉の活躍もあり敵は殲滅。
破竹の勢いで敵へと突入し、猛攻の末次々敵艦を沈めて行った…と言った所かな。」

「………本当は?」

「他の子達に担がれて戻って来た時は、血塗れだったよ。
ただ怪我自体は深くなくて、殆どが返り血だ。

………それと、戦艦棲姫の艤装の左腕を回収した。」

「………っ!!」

「検査の結果、上腕部に卍状の傷あり……いつか言っていた、君の叔父さんの特徴と合致する。
……お前が記憶を飛ばす程激昂した原因は、それだろう?」

「…………ジュン。」

私が口を開こうとした時、ジュンはおもむろに上着と軍帽を脱ぎました。
今の彼は、スラックスとインナーのTシャツだけ。


「………今からする話は、どこぞの軍人がプライベートでした噂話だ。」


その時私は、彼の意図を察したのでした。

364 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:47:14.82 ID:rBI88CKnO

「海軍にはこんな噂がある。

『沈んだ艦娘は深海棲艦になる。』…或いは、『沈んだ死体が深海棲艦になる。』ってな。

相手はヒトではなく、未知の怪物だ。
故に人類は生物学的観点からも、敵を学ぶ必要があった。

そこである軍と科学班が、鹵獲した敵を生体解剖した。
あらかじめ艤装を無効化し、それでも警備に数人の艦娘を配置した、大掛かりなプロジェクトだ。

ところがだ。
通常兵器が効かないとされる敵に、すんなりとメスが通った。

敵に通常兵器が効かない理由は、防御障壁を張れる事にある。

しかしその個体は、鹵獲過程で散々艦娘の攻撃を受け、艤装も無効化されていた。
障壁を張るのが不可能な程弱体化させてしまえば、ただの人並の怪物でしかないと、まずはそこで分かった。
…そこまで弱らせる事が出来るのは、結局艦娘だけだがな。

艦娘にしろ深海棲艦にしろ、科学とオカルトの複合物と呼んで差し支えない。
そこで軍では、オカルトの面でも分析すべく、高名な霊能力者も呼んでいた。

その人の能力は、写真に霊体を収める事。
本格的な解剖に移る際、被験体を注射で殺す必要がある。
その魂が離れる瞬間を収めてもらう為だ。

結果として死ぬ瞬間を収めた写真には、二つの物が写った。

一つは深海棲艦の元であろう、真っ黒に吹き出す怨念と思わしきもの。
もう一つは……ほぼ消えかけていたが、『ごく普通の霊体』だったそうだ。
365 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:48:33.20 ID:rBI88CKnO
研究チームに一気に緊張が走った。

次に科学班が本格的な解剖に入る。
骨格、内臓共に、表向きの構造はほぼヒトと合致した。

違いは二つ。
頭蓋骨が薄い膜状骨との二重になっていて、それが各種別で角や同じ顔を有している理由。
後は、生殖機能が飾りだって事ぐらいだ。

次に…本格的なDNA鑑定に入った。
結果は多様な海洋生物と……それとヒトのものも含まれていた。
『特に骨格からは多く』ヒトのものが出たらしい。
それを行方不明者リストに照合すると、何人か合致したって噂になっているよ。

……PT子鬼と俺達が呼んでる個体を、知っているだろう?」

「う、うん……。」

「ある国の軍が、倒した子鬼を何体か回収し、解剖とDNA鑑定をした。

丁度開戦から2年経った時期か……その国でも初襲撃の時、民間船が何隻か犠牲になっていた。
その中には遠足に出ていた小学生達が乗る船もあったらしい。

発見出来なかった遺体には、特に子供達のものが多くてね。
DNA鑑定の結果は………言わずもがなって噂だよ。」

「…………っ!?」

「……まぁ、あくまで噂話だ。だが仮にそれが真実だとするなら、こうも言える……。
殺す事が、肉体の本来の持ち主を開放する事でもあると。」

そう言うと、彼は私の手を掴んで。
暖めるように、優しく包んでくれたのでした。

それはせめてもの気遣いだったのでしょう。
……ジュンはきっと、私が何を思っているのか分かってくれるでしょうから。
366 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:50:10.07 ID:rBI88CKnO

「たまたまそうだっただけかもしれないけど…あの艤装は間違いなく叔父さんだったよ。
私達にしか分からない事話して、最期ね…ちゃんと叔父さんの声で話してくれたんだ。

とどめを刺した時、返り血があったかくて…こうして起きた今も、ありありと思い出せるの。
“殺してくれ”って…叔父さん、自分の腕ちぎってまで自我を保とうとして……。

ジュン…これで良かったのかな…?」

「……お前は求められた助けに、応えただけだ。
今は泣けよ。でも悔やむな。悔やめば本当に叔父さんが浮かばれない。」

「うん……う……ひっ……。」

「……大丈夫だ、俺しか聞いてない。胸ならいくらでも貸してやるよ。
泣けるなら、まだ大丈夫だから。」

「うん……ありがとう……。」

その夜、私は彼の胸で子供のように泣きました。
明け方私が泣き止んで眠るまで、彼はずっとそばにいてくれたんです。

固く固く、手を繋いだままで。

367 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/03(土) 03:51:16.55 ID:rBI88CKnO
今回はここまで。
368 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:01:56.97 ID:kxRu56uZO
普通の生活に戻る許可が出たのは、翌日でした。
でも旗艦への命令違反と言う形で、ジュンから3日間の出撃停止を言い渡されたのです。

私を休ませる為の、便宜上の処分みたいですけどね。
一緒に出撃した仲間たちからも、「休ませてあげた方がいい」と打診があったとの事でした。

そんなに心配されるって…私、あの時一体……。
そうやって思い出そうとすると、こめかみに痛みが走りました。

……?
この匂いって…。

ふと感じたある匂いも、どうやら気のせいのようで。
自室のベッドに横になってみると、気疲れなのかどんどん眠気が押し寄せて来ました。

眠いなぁ……


……………。


369 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:02:41.50 ID:kxRu56uZO


“戦艦棲姫だ!”

“青葉!今だ撃て!”


せんかんせいきをころした。

ぎそうがぼうそうした。

それもころした。

からだにおおきなあながあいた。


かえりちが、あったかい。てつのにおい。


“青葉!よくやった!”


血まみれのそれを見る。


“マ……リ………。”


そこにはぐずぐずにくずれたおじさんがいた。

370 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:03:36.70 ID:kxRu56uZO

「…………!!」


悪い夢を見たけど、叫び声すら上げられませんでした。
心臓が痛いぐらいばくばくしていて、冬なのに汗まみれで。
頭から水を掛けるような静寂で、ようやくそこが自室だと理解出来たのでした。

目覚めてしまえば、そこはひとりぼっちの部屋。
ゆうべはジュンがいてくれたけど、一人になった今、ようやく込み上げて来るものを生々しく感じていたのです。

ふと鼻の奥に、血の匂いを感じました。
じっとりとした寝汗はまだ暖かくて、それはまるで……そう思った瞬間、心臓に鉄を針を刺されたような嫌な感覚が走って。
ガタガタと震える手で、私は必死に目からこぼれて来るものを押さえていました。

そうだよ…私は……この手で叔父さんを……。
血が…たくさん……。

その時また、こめかみに痛みが。
それに思わず目をしかめると…ある光景が広がって。

ミンチになるまで主砲を撃って。
片手で首を引きちぎって。
命乞いをする敵に魚雷を放って。

返り血と血煙の光景。思い出す頬の感触は……。


あのときわたしは、わらっていた。


気付いたら私は、ジュンの家の前に立っていました。
今は雨降り。寮を出た記憶もおぼろげで、足元は裸足のまま。

「…明日は俺も休みだ。しばらくここにいるといい。」

そんなひどい姿の私を見ても、彼はそう微笑んで家へと招いてくれました。

371 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:05:02.63 ID:kxRu56uZO

冷えた体を暖めるよう、お風呂を勧められました。
私はそう言われて、一緒に入ってと懇願したのです。
……今は血のぬくもりを思い出しそうで、とても怖かったから。

初めはシャワーの感覚にゾッとしそうになったけど、髪を洗ってくれる手が、それを溶かしていく。
その後二人で湯船に浸かりながら、私はずっと彼の胸にもたれていました。

人肌は血に近い温度でも、あの冷たい感じは全くなくて。
そのぬくもりに溺れている時、ようやく怖さを忘れる事が出来ました。

同じベッドに入ると、私は彼に近付いて…手首の傷が残る左手を掴んで。
くちびると舌を傷に這わせれば、脈拍の振動が伝わって。
ただ彼の命が今もある事。それが嬉しくて。


「ジュン……おねがい、して?」


縋り付くように腕を絡めて、私はそう囁いたのでした。

372 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:06:28.26 ID:kxRu56uZO
行為の最中に歯や爪を立てるのは、私なりの独占欲の表れでした。
でも、私が与えた痛みや傷が彼の感情を呼び戻したのは…今はもう、ふたりの中では確かな事でしたから。

噛み付いた血の味だけは、あんな事が起きた今でも怖くない。
爪の間に食い込む肌も、ぬるりとした血の感触も、何もかも愛おしくて。
命を確かめ合うような、そんな瞬間でした。

それはかけがえの無いもの。
わたしだけのもの。

でも……わたしだってほしい。

その時私の中に瞬いた欲望は、とある恐怖の裏返しだったのかもしれません。


「ジュン……背中、引っ掻いて…血が出たっていいよ。

私をジュンだけのものにして…。」


肌に走る痛みさえ、とても甘いものに思えました。

背中を滴るのは、私の命。
指先や舌に残るのは、彼の命の感触。

血と血が混じり合うような痛みは、ここにふたりが生きている事を教えてくれる。

もう一生、私からこの人の跡は消えない。

それは今夜芽生えた『あるお願い』を、彼に伝える為の傷。


「…ふふ。傷、残っちゃったね。」

「…大丈夫か?」

「うん!これでずーっと、ジュンと一緒だもん!
………ねえ、お願いがあるの。」

「………何だ?」

「もしね、私が沈んで深海棲艦になっちゃったら…鹵獲して欲しいの。
それで弱らせるだけ弱らせて…もう何も出来なくして……。」


くらいくらいよくぼうに、どこまでもおちていく。
きっとかなしくさせてしまう。

それでもいわずにはいられない。

373 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/02/10(土) 13:07:06.45 ID:kxRu56uZO



「………その時はジュンの手で、私を殺して。

ずっとずっと、私の事を覚えてて。」



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