チラシの裏の裏(TPk5R1h7Ng短編集)【パート1】

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195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/19(火) 22:24:35.87 ID:3NBIEcZJ0
トリフォリウムの勝利を信じて……!!
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/26(火) 14:41:19.66 ID:CJng+JMuo
そして一か月の月日が過ぎた
197 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/07(土) 02:33:26.27 ID:Gn260WEVo
「……くたばれ…異世界転生」



―――プロローグ―――



草木も眠る…と形容するのが相応しい、静かな夜。

20メートル程の頑強な城壁に囲まれた国…『木の国』とも呼ばれる『ブルーフォレスト国』

その城下町から、一つ…また一つと灯りが消えて行く。


今日一日の仕事の疲れを癒し、訪れる明日に備えて身体を休める国民達。

いつものように…また明日が来る事を信じて疑う事の無い国民達。


当たり前のように…生と言う営みを繰り返すその国を…歌を口ずさみながら、見下ろす者が居た。


キルト「あーめのひーも…かぜのひもー…くーじけずーにすすむのさー………」


その者の名は…『キルト』


小柄な体躯に、くすんだ赤褐色の肌。長く尖った鼻に、額には二本の角。

小鬼族とも呼ばれる種族…ゴブリンである。


しかし、その様相は一介のゴブリンとは一線を画し…

二本の角を囲むよう装飾の入った鉢がねに、様々な種類のプレートを幾重にも重ねた…豪華ながらも機能性を備えた鎧。


そして…その名と同じ、キルトを履いた姿が特徴的なゴブリンである。


また加えて言うならば…その恰好だけでは無く、その出で立ちや一挙一動に至るまで…その全てが、異質。

姿さえ違えば、どこぞの貴族や王族であろうかと錯覚してしまうような…そんな雰囲気を醸し出していた。


ヴェイル「キルト様、万事滞り無く配置完了しました」

突如…キルトの背後から声を上げたのは、ゴブリンスカウトのヴェイル。

黒装束に身を包み…こちらはむしろ、その正体を告げられても尚疑いの眼を向けずには居られないような…ゴブリンらしからぬ姿。


そしてキルトは、突然のヴェイルの出現に驚いた様子も無く…

キルト「………そうか」


ただ一言……小さく短く、その言葉を零した。
198 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/07(土) 03:28:59.74 ID:Gn260WEVo
キルトは僅かに視線を落とし…城壁付近に群生した林にそれを移す。


そこに居るのは…肉眼では見分ける事が不可能なまでに、精巧に草木に擬態したゴブリンの兵士達。

その手には、剣や槍…銃と言った獲物が握られており……

今はまだ…まるで石のように息や気配を殺し、来るべきその時を待っていた。


キルト「では、合図があるまでそのまま待機していろ」


と……ここまで語った上では、最早無粋な捕捉にしかならないであろうが…あえて彼等について説明をさせて貰う。

彼等『ゴブリンフォース』と呼ばれる物達は、他ならぬ『キルト』の配下。

キルトが手塩にかけて育て上げ、キルト自らが作り上げた武器をその手に携えた精鋭である。


そしてその多くを構成するのは、一見してオーガと見紛うような屈強なゴブリン達だが…

中には、小柄ながらも己の肉体を磨き上げた者や…

角さえ無ければ人間の少女と殆ど差異の無い…メスゴブリンの姿さえあった。


キルト「周囲の状況に…何か変化はあったか?」

ヴェイル「王都は依然として沈黙を保ったまま…ただ我等の侵入を警戒してか、関門の警備は強化されているようです」


キルト「『草』はどうしている?」

ヴェイル「予定通り、火の国への書状を届け終え…今夜中には帰還を果たす事でしょう」

キルト「……そうか」


ヴェイル「ただ……」

キルト「何だ?」


ヴェイル「些末ながらも、不測の事態が一つ」

キルト「…ほぅ?」
199 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/07(土) 03:53:40.59 ID:Gn260WEVo
―――時を遡る事、約半日


商人「いやぁ一時はどうなる事かと思ったけど、無事だったみたいで良かった良かった」

馬を繰りながら…ブーメランのような髭の商人が、馬車の中へと向けて声をかける。


リーゼ「…ありがとう、助かった」


返事を発した者…少女の名前はリーゼ。

歳の頃は11か12程…地に付く程に長い銀髪と、銀色の瞳が特徴的な容姿。

服装は…下は黒いスカートにニーハイソックス。上は黒地に銀縁のコート……と

この周辺の地域ではあまり見られない異色な服装。


だが当の本人はといえば、特にこれと言って不信な挙動も無く…むしろ

これでもかという自然体のまま、袋の中のクッキーに手を伸ばし…それを頬張っていた。


アウィス「ははは、そんなに慌てなくてもまだまだあるから大丈夫だよ。」


そして…そんなリーゼの様子を見守る少ね……少女。

アウィス「………」


リーゼ「…どうかした?」

アウィス「いや…何となく、誰かにとっても失礼で不本意な名誉棄損をされた気がしただけだよ」


少女の名はアウィス。


歳は14前後。金色の髪と、碧色の瞳。そして『やや』中性的と言えなくもない容姿。

魔術紋様にも似た黒い模様が描かれた、白い鎧を着こんでいて……

何故かその手に武器は無く、持って居るのは身の丈ほどあろうかと言う大きな盾のみ。


リーゼとはまた別の意味で異様な姿をしている少女…少女…少女である。


アウィス「…………」
200 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/08(日) 00:34:21.20 ID:vHohnZNLo
アウィス「ところで…リーゼはどうしてあんな所で倒れて居たんだい?」


リーゼ「…迷っていた」

アウィス「いや、それはそうだろうけど……」


リーゼ「…アウィスは、どうしてこの道に?」

アウィス「ぼく?ぼくは普通に…木の国に行く途中だったからね」

リーゼ「木の国に…何をするために?」


アウィス「騎士になるための修行…目下の所、冒険者登録をするためかな。日の国にはそういうのが無かったから」

リーゼ「…騎士………」


アウィス「そう言えば…リーゼは冒険者なの?見た事の無い恰好してるし…あ、でも…西のドラグネスト大陸の服にちょっと似てるかも?」

リーゼ「…私は冒険者じゃない。けれど、少し興味が湧いた」

アウィス「あ、じゃぁ一緒に登録しに行こうか。見た感じ、武器とかは持って無いみたいだけど…リーゼって、魔法なんかは―――」


少女同士…内容が年頃の少女相応かはさておき、少女同士の会話が盛り上がりかけた頃…

それを遮るように馬車が傾き、二人の身体が一瞬宙へと跳ね上げられた。


アウィス「な…何事!?」

馬車が止まり…外に身を乗り出すアウィス。

それに応えるように商人が振り向き…道の先、今この状態に至るまでの原因となった物へと指先を向けた。


商人「ゴ……ゴブリンだ!ゴブリンが出た!!」
201 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/08(日) 00:50:06.74 ID:vHohnZNLo
数は…4体。


剣を持ったゴブリンに、斧を持ったゴブリン。三角帽子を被り、大袋を持ったゴブリンと……

見慣れない…先に穴の開いた杖か棍のような物を持ったゴブリン。

いずれも、通常のゴブリンが持つような石製の武器では無く…明らかに不釣り合いな、鉄製の武具を手にしていた。


アウィス「ここはぼくに任せて!ゴブリンなんてすぐに追い払うから、そこで待っててよ!」


馬車を飛び出し…ゴブリン達の前に立ち塞がったアウィスが叫ぶ。そして、アウィスに続いてリーゼも馬車を降り…

リーゼ「…私も手伝う」


と、加勢を申し出るのだが……


商人「いや、そうしたいのはやまやまなんだが…馬が怯えちまって、ここに留まるのは無理そうだ!」

アウィス「えぇっ………」


商人「このまま少し先に進めば、村がある!悪いが…先に村で待っているから、片付いたら後から追い付いて来てくれるかい!?」

アウィス「そういう事なら…判った!先に行ってて!」

商人「恩に着る!くれぐれも無理はしないようにな!」


アウィス「大丈夫!後でまた!」


そう言うや否や、馬車がゴブリン達の脇に向けて突き進み…

剣を持ったゴブリンが、馬車馬に向けて飛び掛かる。


が………


刃が馬車馬に届く事は無く…側面から襲い来た巨大な盾により、刃の担い手たるゴブリンは数多の肉片へと変貌させられた。


アウィス「さぁ…次は誰だい!!」

手元の鎖を引き…盾を引き戻すアウィス。


ゴブリン達がたじろぎ後ずさる中…馬車は道の先へと消えて行った。
202 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/08(日) 01:03:18.78 ID:vHohnZNLo
ヴェイル「……鉄【くろがね】の八番隊を向かわせたのですか?」


キルト「何か言いたいようだな?」

ヴェイル「はい…お言葉ですが、念には念を入れ白銀【しろがね】を向かわせるべきかと」


キルト「案ずるな。見越した上で偵察兵も配置しておいた」


ヴェイル「では、鉄の八番隊は最初から……っ!?」

キルト「大事の前の小事だ。些細な犠牲を恐れて手を誤れば、思わぬ小石に躓く事もある。不確定要素は、念には念を入れて排除するべきだろう」

ヴェイル「………………」


キルト「……ヴェイル」

ヴェイル「はっ!」


キルト「…俺が怖いか?」

ヴェイル「はい、この上無く恐ろしくあります」


キルト「………そうか」

ヴェイル「…………ですが」

キルト「…何だ?」


ヴェイル「そのようなキルト様であるからこそ…皆、ここまで従って来たのです」

キルト「………そうか」

ヴェイル「………はっ」


キルト「皆に伝えよ!!」

ヴェイル「何と?」


キルト「今宵…俺は、この国を落とし…ゴブリンカイザーとなる!!我が名…キルトの名を恐れよ!称えよ!!その魂に刻み込め!!」


さて、それでは………

キルト……彼が如何にして今の彼となったのか…それを語ろう。
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/08(日) 01:48:39.53 ID:CVQLR4XS0
乙!
衣服系の名前で、デニムっていうタクティクスオウガの主人公思い出した
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/08(日) 18:19:35.99 ID:ixkxGSJp0
異世転者問題児多過ぎ問題……って事か?
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/09(月) 15:51:33.52 ID:Kok2b6Ylo
さて今回はどこから鬱成分が入り込んで来るのか…
206 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/10(火) 23:21:46.70 ID:CTIAipTko
彼の者の名は………

ハンドルネームの『キラ』で呼称する事としよう。


キラ「やっべ…寝すぎた……」

午後6時…本来の予定から3時間遅れて、キラは目覚めた。


お世辞にも、健康的とは言えない時間の起床の後……

すぐに行ったのは、三台のパソコンの起動…そして、ネットゲーム『ヴァルハラオンライン(通称VO)』の起動である。


寝ぼけ眼を右手の甲で擦り…三台のディスプレイの中央に、クライアントアップデートのバーが表示され……

ようやくアップデートが終わった所で、ヴァルハラオンラインのクライアントを起動。

しかし、映し出されたゲーム画面の中には…


キラ「って…まだメンテ終わって無いじゃん」

『ただ今ゲームサーバーのメンテナンス中です』という文章が表示されていた。


キラ「メンテの終了予定時刻は……っと、ついでに鳩達が生き残ってるかも確認しておくか」

キラの右手が、瞬く間に3つのマウスと3つのキーボードを往復し…所持している複数のアカウントで、公式HPへログインして行く。


ゲームのサーバーはメンテナンス中…だが、アカウントの状態自体は公式HPから見る事が出来る。

加えて、アカウントへの処理は毎週午後2時の時点で行われるため…キラはそれを確認する。


キラ「全員生存確認…と」

いずれのアカウントも凍結されていない事を確認した後、続いて行うのは掲示板での情報収集。


キラ「ジオセントリックが神器作成クエに失敗!?アホだろコイツら…」

掲示板に書き込まれていたのは…まず、メンテ前の出来事やそれまでの状況報告。続いて、メンテ延長に対する愚痴。


キラ「ぁー…やっぱり罠入り使ってるヤツはBANされやがんの。ってか本垢でBOT使うとか馬鹿だろ」

更にそれに続いて連なる、主に不正利用者達のアカウント凍結報告。


キラ「まぁ…お陰でRM相場も上がってくれてるし、後で一気に売りぬくとして……ん?」

そして…その種の書き込みが途切れた辺りで、少々毛色の違う単語がキラの目に飛び込んだ。


キラ「転生システムび実装……あぁ、メンテの延長もそれでか」
207 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/10(火) 23:43:36.60 ID:CTIAipTko
転生システム………


廃…ハイレベルプレイヤーのために用意されたやり込み要素。

レベルが99に到達したキャラクターに、更なる育成の幅を与えるシステムである。


概要としてはまず、ヴァルキリーの待つ『現世への門』へと行き…そこでもう一度生を受けて、人生をやり直す。

そして再びチュートリアルで死亡しヴァルハラへと送られる……と言う設定だ。


尚、転生したキャラクターはレベル1へと戻され…ステータスに補正が入り、特殊なスキルを得る等の転生特典を得る事が出来る。

と言う仕様なのだが……


キラ「そもそも…現時点でレベルカンストしてる一般プレイヤーが、一体どれだけいるのやら…」


キラが発した言葉の通り…

レベルが99に達しているキャラクター自体が、まだ殆ど存在していない。


キラのような一部の例外的プレイヤーを除けば、それこそ全てのサーバーを合わせても100人にも届かず…

ライト層のプレイヤーがレベル99に到達するには、あと一年かかるとまで言われている。

とどめのつまり……多くのプレイヤーにとっては縁が無いに等しいシステムであった。


キラ「一応、カンストキャラがどっかの垢に居た筈だが…転生方法の詳細とかまだ不明な点が多いんだよな」

そしてキラは転生システムを利用出来る立場に居るのだが…事前情報が余りに少ないため、尻込みする。


しかし…情報が少ないと言う事は、裏を返せば自分が先行してそれを得る機会でもある。

転生にあたって必要になるアイテムやスキル構成…それらを掌握する事で、相場の変動に干渉する場合もある。

開拓の手間と、それにより得られる利益…その二つを天秤にかけ……


キラ「………よし、行ってみるか」


悩んだ末に、再びゲームクライアント画面に切り替え……そのままログインを試行。

あれこれしている間にメンテナンスは終わったらしく、そのままキャラクターセレクト画面に進み……


キラ「居た居た。種族はゴブリンで、ジョブはウォーリアー…名前は『キルト』…っと、コイツで良いか」

エンターキーを押して、ヴァルハラオンラインへとログインした。
208 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/11(水) 00:03:03.69 ID:9jx5K/aio
キラ「転生の条件は…まずレベル99である事と、所持重量0…何も装備も所持もしていない事…と」


公式HPの転生システム説明ページを開き、手順を進めて行くキラ。

まずは所持品…先週の7日間でキルトが稼いだアイテムと装備を、倉庫の中へと移動して行く。


キラ「お?BOSSドロップのアクセ拾ってんじゃん、ラッキー。んでもあの狩場でBOSSなんて…あぁ、誰かがまた召還したのか」

所持品を全て倉庫の中に仕舞い終え…次は所持金。転生に必要な金額だけを残し、残りの全てを倉庫に預け終える。


キラ「で…このまま神殿の地下に新しく出来たMAPに移動……と」


事前準備を終え……いよいよ転生へと乗り出すキラ。

公式HPのチュートリアルに従い、新MAPへと移動し…そのまま『現世への門』へと続くダンジョンを突き進む。


特定の法則に従って進まなければいけない回廊…モンスターを避けながら進む迷路。

良く言えば、キャラクターの性能に捕らわれる事無くプレイヤーのスキルを試される。

悪く言えば…事前情報無しのぶっつけ本番で挑むには面倒な事この上の無い鬼仕様。

そんな道のりをやっとの事で乗り越え、ついに『現世への門』へと辿り着くのだが………


キラ「…………は?」


1000 1000 1000 1000 1000 と…キルトの頭の上に飛び出す、計5000のダメージ表示。

そして、画面の端には……


キラ「ヴァル…キリー…?それも、NPCじゃなくてモンスター扱いだと!?」

ヴァルキリーと呼ばれるモンスターが、槍を構え…今まさに追撃を繰り出さんと、ゲージをチャージしていた。



キラ「いやいやいや!ってか、今の何だ!?画面内無限射程じゃねーか、ふざけんなよ!?」

完全な不意打ちにより呆気に取られ、一瞬思考が停止するキラ。だが次の瞬間には我を取り戻し…本来の目的を思い出す。


目の前にそびえ立つ『現世への門』

いかに邪魔をされようとも、この門さえ通過してしまえば良いだけの事。


ヴァルキリーのチャージが完了する前に、キラはキルトを『現世への門』の前に移動させ、扉を開こうと試みる。

だが………


現世への門「扉はヴァルキリーの力によって閉ざされている。ヴァルキリーを倒さなければ先には進めないようだ」

キラ「………はぁ?!」

そのメッセージが表示されるのとほぼ同時に、キルトの頭上から光が降り注ぎ……


9999のダメージを受けて、キルトはその場で戦闘不能となった。
209 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/11(水) 00:23:09.65 ID:9jx5K/aio
キラ「……………………」


続く沈黙…ただただ無言で画面を見続けるキラ。

そんな状態が数十秒続いた所で、キラはやっと言葉を発する。


キラ「いや、ねーわ」

諦め…と言うよりは、怒りや憤りを含んだ声。

キラ「装備もアイテムも持ち込み不可の場所で戦闘!?しかもあれを倒せってか!?ふざけんな!!」

デスクを拳で叩きつけ、声を荒げるキラ。


しかしその怒りも、数回の深呼吸により鎮め……今度は一転して、分析へと思考を転化する。


キラ「装備もスキル発動アイテムも持って行けない以上…ダメージソースは自前のスキルだけに絞られるよな」

キラ「そうなると…回復が出来るヒーラーや、攻撃魔法が使えるウィザードが有利……」


キラ「一応、ゴブリンウォーリアーなら固定ダメージのエアハンマーがあるが…問題はヴァルキリーの耐久力か」

キラ「せめて遮蔽物があれば、物陰に移動してゴリ押しが出来ないでも無いが…」

キラ「いや…正面からの殴り合いになる事が前提なら、耐久力も低く設定されてる筈か。でないと倒しようが無いよなぁ」


キラ「んで後は…スキルスクロールでも……いや、重量チェックと同時に転送だからそれは無理か」


と……分析と対策が終わった所でリベンジ開始。

しかしその結果は…………


キラ「ざっけんなよ!!?あんなのどうやって倒せって言うんだよ!」

あえなく惨敗。


キラ「非戦闘状態に入って一定時間経過で、HP回復とか、ゾンビアタックまで封じやがって!課金か!?課金アイテム使いまくれってか!?」

思い付く限りの戦法を試した物の、それら全てが徒労に終わる始末。


キラ「良いぜ…そっちがその気だってんなら、こっちにも考えがあるって物だ」

いや…訂正しよう。


思い付く限りと言ったのは、あくまで正規の手段の中に限った話だった。
210 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/11(水) 00:38:52.48 ID:9jx5K/aio
キラ「まずは自分の位置座標を偽装して…無限射程のエアハンマー。これでスタックしたら…っと?」


ゲームのクライアントとは異なるツールを起動し、再びヴァルキリーに挑むキラ。

キラ「スタック対策でワープか?だったらこっちはこっちで仕返しだ!」


ヴァルキリーの攻撃が被弾し…ダメージ表示が行われると同時に、他の場所へとワープ…それにより、ヴァルキリーの攻撃を無効化。

パケット送信の処理順序を利用して、ダメージを無効化する…ダメージキャンセルという戦法である。

ただ本来、ここはワープ出来ないMAPの筈なのだが…キルトは、ツールを用いる事によりこれを可能に…それも自動で行えるようにしていた。


キラ「ははは!痛く無ぇ痛く無ぇ!」


そして…その上で、ワープ直後にエアハンマーによる固定ダメージの連続。

シンプルながらも、絶対に負ける事無くダメージを蓄積させる戦法を確立し……


キラ「よっしゃぁ!!撃破!ってか何だこの耐久力、ふざけてんのか!?こんな普通の方法じゃ倒せねぇだろ!!」

30分近い激闘の末、キラは見事ヴァルキリー討伐に成功した。


深いため息の後…荒いだ呼吸を落ち着かせるべく深呼吸。

改めて『現世への門』へと手をかけたその時………


ヨシヤス「おつー」

キラ「――――!?」


チャットログウィンドウに発言が表示され…キラの背筋に悪寒が走った。


キラ「やばい…見られてたか!?あぁくそっ!とにかく先に進むか!」

他にプレイヤーの存在…それはつまり……

正規ならざる方法でヴァルキリーを下した、その瞬間…下手したら、一部始終を他プレイヤー見られていたかも知れないと言う事。


折角ここまで来たと言うのに…下手に波風を立てられて、今後の活動に支障が出るような事態は望ましく無い。

だが…今となっては後の祭。

誤魔化そうにも、今更出来る事は何も無く…下手に弁明すれば、粘着される恐れさえもある。


となれば後は……

このプレイヤーがその現場を見ていなかった事を祈るか…自分のキャラクター名まで見て居ない事を祈るばかり。


あるいは………名前を確認される前に移動してしまう事くらい。


そんな焦りに背中を押されるまま、キラはキルトを操作して『現世への門』を開き…


ヴァルキリー「よくぞ試練を乗り越えました。それでは―――」


―――その先へと踏み込んだ。
211 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/11(水) 01:07:02.93 ID:9jx5K/aio
眩い光に包まれ…瞼を閉じるキルト。

そして、再び瞼を開くと………


そこには、見知った景色が広がっていた。


キルト「ここは…始まりの森、イーストウッドのゴブリンの集落か?」

最初のキャラメイクの際に、チュートリアルで見た景色。

どこか懐かしく落ち着いた雰囲気のその中で…キルトは大きく深呼吸をして……


キルト「まぁ何だかんだ、転生は成功したって事だよな。それじゃ、このキャラはこのくらいにして、他のキャラの起動を……」


現状の把握と共に、次に行うべき作業への頭の切り替え。

そしてそれを実行しようとするのだが………


キルト「…………え?…何だこれ……ログアウト………出来ない?」


事態はキルトの理解を遥かに超え…現実を振り切る程に加速していくのだった。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/12(木) 18:38:25.52 ID:CNTy8SUT0
もしやそのヴァルキリーはゲームのキャラではなく、ガチの勇者選定神話存在?
213 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/16(月) 21:54:10.58 ID:f68m+Aajo

D/RtoAnoBeginning 第一話『転生【リーンカーネイター】』


キルト「いや……いやいやいやいや、ログアウト出来ないって何だよ!」

キルトは声を張り上げていた。


キルト「おかしいだろ!ありえないだろ!そもそも…VOは……フルダイブどころか、VRですら無いんだぞ!!」


何がどうしてこうなったのか…訳が判らず、頭を抱えるキルト。

そして…その視界の中で、一つの違和感に気付く。

目の前の手が、自分の手では無い事…ゴブリンの手である事までは、ある程度予想が付いていた。


しかし……


キルト「何だこの手……ゴブリンの…子供?いや、まるで赤ん坊の手じゃないか」


頭の中で沸々と沸き上がる、嫌な予感。

キルトはそれを確かめるために、必要な物を探し…おあつらえ向きな小さな池を見つける。

池に向けて足を進めるキルト。だがその歩幅は余りにも小さく…その事実が、嫌な予感を裏付けて行く。


キルト「あぁ、やっぱり……嘘だろ…おい………」

やっとの事で、池の近くに辿り着くキルト。

そして、水面に映った己の姿を見るなり…落胆に肩を落とした。


キルト「レベル1どころか、赤ん坊…ゴブリンベビーって……」

自分の意識が、ゲームのキャラクターの中に入り込んでしまっている…そこまでは、納得こそ出来ない物の理解はした。

だがそれが…スタートライン以前の物となれば、ありとあらゆる事の難易度が桁違いに跳ね上がる。


落胆が放心へと変わり、頭の中が真っ白になって行く最中…キルトは…ふと、とある事を思い出す。


キルト「そうだ、ステータス!肝心のステータスは………」

そう……現状の変化に次いで問題となるのは、自身のステータス。

それを確認すべく、ステータス画面を開こうと試みるのだが………


キルト「開けない……いや、ステータス画面…どうやって開くんだ?」

試みは失敗に終わり…事態は更なる泥沼へと沈み込んでいった。
214 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/16(月) 22:14:03.47 ID:f68m+Aajo
キルト「本当もう…何だってんだよ一体………」

再び頭を抱えながら…それでも先ほどまでよりは幾分落ち着いた所で、キルトは再び思考を巡らせ始める。


キルト「現実の世界の俺は昏倒していて、オフラインでも意識だけがVOの中に取り込まれてしまっている。パターン…H」

キルト「オンライン状態でログインしたまま、現実では意識が無くなってしまっている。パターンS」

キルト「現実の記憶をコピーして、エミュレーターサーバー内で疑似人格として活動している…まぁこれは確証無いけれども、パターンL」

キルト「VOの世界こそが本当の世界で、現実だと思っていた世界は夢だった…パターンM」

キルト「今いる世界は異世界で…ネットゲームのキャラをシステムごと召還された…パターンO」


例に挙げた物は…キルトの知識にある限りでの、今の現状に説明を付ける事が出来る設定。

だが…そのいずれを口に出す際にも、どこか投げやりな口調で…

更に続ける言葉も、どこか重苦しくなり………


キルト「そして……クソったれの最大公約数。異世界転―――」

そう言いかけた所で言葉が止まり、キルトの視線が後方の草むらへと向けられる。


キルト「……っ…誰だ!!」

現状の把握と考察に没頭し過ぎた故に…

加えてゴブリンの集落の中と言う場所が、セーフティーゾーンであると過信していた故に…

周囲への警戒を失念していた。


今しがた草むらの奥から聞こえた音が、もし外敵の物だったとしたら……そんな不安がキルトの脳裏に過る。


ドクン…ドクン…と脈打つ心臓。

そして…ガサガサと草むらをかき分けながら、その音の主が姿を見せた時…


キルト「…………え?」

先の予想や懸念とは全く異なる理由により……キルトは絶句する事となった。
215 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/16(月) 22:35:02.58 ID:f68m+Aajo
キルト「ライディーニ…フーディーニ…?」


キルトの目の前に現れたのは…二体のゴブリン。

左肩に黄色の肩当を装備したライディーニと、右肩に緑色の肩当を装備したフーディーニ。


両名共に…キラの所持する、別アカウントのキャラクターだった。


キルト「二人とも何で……転生システムは無関係なのか?と言うかそもそも、俺が動かしてないのに何で……」

思い掛けない二人の登場により、キルトの中で僅かな安堵と途方もない困惑が入り混じる。


考え…考え……ひたすらに考えるキルト。

だが…常に進み続ける現実が、キルトが追い付くのをご丁寧に待ってくれる筈も無く…


ライディーニ「ライディーニ」

フーディーニ「フーディーニ」

ニコリと笑みを浮かべ、自らを指さして名乗るライディーニとフーディーニ。


そして今度は、二人の指先が同時にキルトを指さし

ライディーニ「キルト」

フーディーニ「キルト」


キルト「そうだ…俺はキラ…いや、今はキルトだ。二人とも、俺の事が判るのか!?」

二人の行動に、キルトが応えるのだが………


ライディーニ「ゲギル キルト ラガルゲ オーラ」


キルト「…………は?」

次から次へと…今度は、言葉の壁という難問がキルトの前に立ち塞がるのだった。
216 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/16(月) 22:55:09.06 ID:f68m+Aajo
キルト「…………」

その日の夜……ゴブリンベビー達の寝床。


他の赤子達がいびきをかきながら眠る中…

キルトだけは静かに屋根裏を見上げ、改めて今日の出来事を思い返していた。


キルト「いつも通りにVOにログインして…新規実装された転生システムでキャラを転生させようとしたら、何故かこの有様」

キルト「ゲーム内の転生特典どころか、ステータスやスキルさえ不明…おまけに言葉まで判らない、数え役満と来た物だ」


もうどうすれば良いのか……目下…それこそ一歩先に置くべき標さえも判らない。

と言うかあまりにも現実離れし過ぎていて、理解に対して実感すら追い付いていない始末。


そして…そんな事を考えて居る所に……


キルト「…あてっ!?」

ライラ「くー………ごががが………」


ライラ…キルトと同時期に生まれたメスのゴブリンベビーの足が、不意に頭の上に降り下ろされた。

キルトはその足を押しのけ、再び己の寝場所を確保して……


キルト「もしかしたら、これはただの夢で…寝て目が覚めたら、元の現実に戻っているかも知れない………よな」

最後にそんな独り言を残して、キルトの意識はまどろみの中へと飲まれ……深い眠りの中へと落ちて行った。
217 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/10/16(月) 23:15:42.39 ID:f68m+Aajo
しかし…現実と言う物は、常に無慈悲で無常で無感情な物である。


キルト「………だよなぁ」

目を覚ますなり…現実と向き合う事で零したため息から、一日を始める事になったキルト。

まだ皆が目覚めぬ内に、寝床を抜け出し…朝靄の晴れない集落の中を、四つん這いで歩いて行く。


そして…辿り着いた先は、ここに来て最初に自分を見た小さな池。

キルトはそこで再び己の姿を見据え……物思いに耽っていた。


キルト「俺は…一体どうなっちまったんだ?これから一体どうなるって言うんだ?」


ヴァルハラオンラインのチュートリアル通りなら…

ある程度キャラクターが成長した所で、住んでいる村や集落が敵対種族に襲われ全滅。

村を守るために戦って死亡したキャラクターが、ヴァルハラに送られ改めてそこから本編がスタート…と言った流れなのだが……


キルト「この…中途半端にゲームと入り混じってるのかいないのかも判らない世界だからなぁ……」

そう…ゲームと同じようになると言う保証は一切無い。いや、それどころか…


キルト「やっぱり…死んだら終わり………だよな」


つい先日まで自分が暮らしていた、安全な世界とは全く異なる…常に死の危険と隣り合わせの世界。

今の今まで真面目に考える事すら無かったそれと、真向から向き合う事になる。

死…そして、生きるために必要な事全て……その重圧をひしひしと感じながらも……心の奥底で、何かが湧き上がって来るのをキルトは感じた。


キルト「あぁ………そうか」

おぼつかない足取りながらも、二本の足で立ち上がり…水面に映った己の姿を見据えるキルト。


キルト「今…俺は、生きてるんだ。他でも無いこの世界で…俺と言う存在はここで生きてるんだ」

キルト「元の世界の俺がどうとか…元の世界に戻る方法なんかは後回しで…まずは生きなけりゃ始まらないんだよな」


当たり前と言えば当たり前の事だが…その自覚は、キルトにとっての始まりの第一歩だった。


キルト「元の世界と同じ、人間…とはいかないが、元来この世界で生きてく事が前提な身体な訳だし」

キルト「腕もある、足もある…五体満足で、これ以上の何かを求めるのは贅沢って物だよな」


キルト「よし、決めた……俺は…この世界で生きる。どこまでも…生き抜いてやる!!」


この日…この瞬間…キルトはこの世界に生まれた。
218 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/11(土) 20:13:22.78 ID:Q3RQXAG2o
D/RtoAnoBeginning 第二話『世界【ハローワールド】』


キルト「そう言えば…VOでも、人間キャラの時はゴブリン語習得クエストなんてのがあったなぁ…」


キルトがまず着手したのは、情報収集。そして、その手始めとしてゴブリンの文字を覚える事だった。


キルト「こう言うのって…普通はこっちの世界に来た時点で読めるようになったり、せめて話せるようになってる物じゃ無いのか」

新たな言語……本来ならば長い年月をかけて習得して行く物なのだが…

ゴブリンの言語に限って言えば、他のそれとは大分勝手が違った。


まずゴブリン文字の構成は…母音と子音を組み合わせた、いわゆるローマ字形式。

左側に子音、右に母音を現す記号が用いられ…それらを組み合わせる事で一つの文字と成す、という物で…


それ故に基礎を覚えるのが容易である事に加え、単語の種類自体が少ない事。

更にキルトには日本語の下地があったため、習得にさほど時間はかからなかった。


キルト「ギギレ ボゴン ミドガ」

ガレル「ゴレル レレド ゼゼ」

キルト「セセレ」


これは、集落の戦利品倉庫での見張り番『ガレル』との会話である。

直訳すると…


キルト「探している 本 世界」

ガレル「奥の方 下の方 棚」

キルト「ありがとう」


となる訳だが……

このままでは読み辛いと思われるため、ニュアンスによる翻訳を挟ませて貰う。


キルト「世界の事について書いてある本を探しているんだけど、どこかにあるか?」

ガレル「それなら、奥の棚の下の方にあったと思うぜ」

キルト「ありがとう、探してみるよ」


ガレル「それにしても…ちょっと前までまともに話す事も出来なかったキルトが、そんな難しい本を読むようになるたぁねぇ」

キルト「おいおい、そんな赤ん坊の時の事は忘れてくれよ」

ガレル「って、まだまだ赤ん坊のくせして何言ってやがんだ」

キルト「ははっ、それを言われると言い返せねぇや」


尚…正確には、話す事が出来なかったでは無く異世界の言葉を喋っていたのだが…無用な騒動を避けるため、キルトはその事を隠している。
219 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/11(土) 20:27:17.01 ID:Q3RQXAG2o
キルト「この世界は…中央と東西南北、五つの大陸に分かれている」

キルトは小さな池のほとりに座り、書物を読み進める。


キルト「まずここ…中央大陸は日の神を最高神に頂き、天の神…海の神…冥の神。更にその下の、水…金…火…木…土の神の加護を受けている」

キルト「また大陸内においては、それぞれの信仰する神に属した国が存在し…様々な特色を有する」


キルト「北の大陸は魔族と天族…有翼種の多く生息する大陸で、教会の総本山所在地。通称『サンクフロンティア』」

キルト「信仰による抗争が絶え間無く続いており…天族においては、他種族他宗派に対しての攻撃性が異常なまでに高い」


キルト「西の大陸…通称『ドラグネスト大陸』竜族や、それに準ずる亜人が数多く生息する大陸」

キルト「国は…『インゴルト帝国』と『アルテリック龍皇国』の二つの国が勢力を二分し、他の殆どの国はいずれかの属国となっている」


キルト「南の大陸…『サンパラディア』中央大陸に次ぎ、多数の種族が共存する大陸」

キルト「国は部族単位で形成され、その全てを把握する事は至難。また、大陸の南半分は未だに調査の手が伸びていない暗黒地帯である」


キルト「そして最後に、東の国…『亜ノ国』人間族以外では、獣人や鬼人族等が生息する大陸」

キルト「東の更に端の国………多分ここが、日本に相当する国なんだろうな……」


と…一部主観を交えつつの、地理や世界情勢の確認。

書物自体の古さもさる事ながら、翻訳のされていない部分など…

不確かな部分を憶測で埋めながらも、基本的な事は頭に詰め込む事が出来たのだが……


キルト「で…ワールドマップはVOとは別物なんだよな。いや…俺の知ってるVOは天界で、ここは地上界って違いかも知れないが…」

知る事で…また一つ浮かび上がる疑問。


どこまでが同じで、どこまでが別物なのか…更にそれを突き詰めるべく、キルトは次の課題に移る事にした。
220 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/11(土) 20:42:53.56 ID:Q3RQXAG2o
キルト「ゴロド!! サンダー!! 雷よ!! ブリッツ!! トニトルス バレーノ!! エクレール!! 」

集落から少々離れた場所…切り立った崖の上に出来た広場。

崖の下を流れる川を挟み、対岸に聳え立つ大樹に…手の平を向けながら、キルトは叫ぶ。


………が、周囲にその声がこだまするのみで、見て取れる変化は一切無し。

キルトが言葉を終えた後は、何事も無かったかのような静寂が訪れた。


キルト「ゴブリン語もさる事ながら…日本語で唱えるだけじゃぁ無理、他国語も以下同文。さすがに…これだけで魔法は使えないか」

試みは…言語による魔法の行使。

しかし…当然ながら、思い通りに事が運んでくれる訳も無く…結果は見ての通り。清々しいまでに成果無しであった。


キルト「遠征中の部隊には、ゴブリンシャーマンが居るって話だし…魔法自体は存在してるって事で良いんだよなぁ?」

ファンタジー世界において、定番とも言える技能………


 『 魔法 』


キルト「転生前のクラスが原因…って線は薄いよな。そもそも、今の俺にクラスが設定されてるかどうかも怪しい所だしなぁ」


独学で学ぼうにも、あまりにも漠然とし過ぎて掴み所の無いその分野。

キルト自身は手を付け始めたつもりでも、その実は片鱗に触れる事すら叶ってはいない。

始めて早々に行き詰まり、大きなため息をついた所で……


フーディーニ「どこかで聞いた声だと思ったら…キルト、やっぱりお前か」

キルト「げっ……フーディーニ」


集落の守衛…フーディーニが現れた。
221 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/11(土) 20:59:46.78 ID:Q3RQXAG2o
フーディーニ「この辺りは人間が出て危ないから来るな…と、一体何回同じ事を言わせるつもりだ?」

フーディーニ……キルト、ライディーニに続き、ヴァルハラオンラインでキラが使用していたキャラクター…その中のゴブリン族の一人。

ゲーム内では転生間近のレベル98という、かなりの高レベルキャラクターだった。

そしてそれは、この世界でも同様らしく…集落の中でも5本の指に入り、正門の守衛を任される程の実力の持ち主である。


キルト「悪かった、次回からは気を付ける」


フーディーニ「俺の覚え違いで無ければ…確かお前に、何回も同じ事を言わせてしまっているな。これは俺に問題があるのかな?」

キルト「いや……俺が悪い。俺の行動に問題がある、悪かった」

フーディーニ「判れば宜しい。で…話は変わるが、こんな所で一体何をしていたんだ?いつぞやのように、変な言葉を発していたようだが?」


キルト「あれは…何とかして魔法が使えないかと思って…な。シャーマンのゴーゲンが遠征から帰って来るまで待ちきれなくて、色々試してたんだ」

フーディーニ「あぁ成程……だが、ゴーゲンが帰って来たとしても、習えるかどうかは判らないぞ?」

キルト「え?」


フーディーニ「ゴーゲンでなければ直せない施設の修理待ちが幾つか。で…それが終わってからも、次の遠征の準備なんかがあるだろうから…」

キルト「…………」

フーディーニ「っと、そんな顔をするな。俺で良ければ仕事の合間にでも基本的な事を教えてやるよ」


落胆するキルト…そして、そんなキルトに提案するフーディーニ。

会話の流れ自体は、別段何もおかしくは無い。違和感を覚えるような事など無い。

だが……キルトはそこで大きく目を見開き、確認するように問いかけた。


キルト「はっ……?ちょっと待ってくれ。フーディーニ…お前…魔法が使えるのか!?」

ヴァルハラオンライン内で…キラがキャラクターとして使用していたフーディーニは、完全な近接特化…魔法とは無縁の存在だった。

だが、目の前のフーディーニはそれとは異なり………


フーディーニ「そこまで驚くような事か?まぁ、とは言っても…魔術で風を少し操れる程度だけどな」

キルト「クラスが違っても魔法が使える…いや、そもそも俺の知ってるフーディーニとは別の存在なのか?」

フーディーニ「クラス?お前…最近また変な事を言うようになったよな」


キルト「あ、いや。何でも無い、忘れてくれ。と言うか…それよりまず、魔法の使い方を教えてくれ!」

フーディーニ「お、おう…?」


類似点と相違点の狭間…未だに、この世界について確かな事は何一つ得られていない。

キルトの行動が、己の立場を知るための手段なのか…あるいは、知識を求めるただの欲望なのかは判らない。


ただ、キルトは高ぶり躍る想いに身を任せ…それを求めた。
222 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/11(土) 21:07:40.88 ID:Q3RQXAG2o
フーディーニ「まず始めに……魔力は世界のいたる所に存在している」

再び場所は変わり…集落の門の前。

守衛としての持ち場に戻った後、フーディーニはキルトに魔法の仕組みを教えていた。


フーディーニ「俺やお前の体内…草木や大地…空気の中と、どこにでも魔力はある」

キルト「ふむふむ」


フーディーニ「そして魔法を使う上では、これは大きく二つに別けられる」

キルト「二つ?」

フーディーニ「生物の個体…自分自身が体内に保有する内魔力と、それ以外の外魔力だ」


キルト「えーっと…ちょっと良いか?」

フーディーニ「何だ?」

キルト「その場合、他人の体内に保有された魔力はどっちになるんだ?」


フーディーニ「良い質問だな。他人はあくまで他人…外魔力に該当する。その辺りもついで説明しよう」

キルト「頼む」
223 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/11(土) 21:22:38.64 ID:Q3RQXAG2o
フーディーニ「内魔力と外魔力だが…まず、魔法を使うには内魔力を消費する事になる」

キルト「まぁそれは基本だよな。でも、何で外魔力は使えないんだ?」

フーディーニ「内魔力ってのは自分自身の身体の中にある魔力の事だ。で…それは自分の身体の一部に近い物だから、比較的自由に扱えるんだが…」


キルト「自分の外にある物は、扱えない…って事か?」

フーディーニ「そう言う事だ」


フーディーニの話を聞き、キルトが頭の中で思い描いたのは…脳から末端まで電気信号が駆け巡る映像だった。

明確な原理こそ判らない物の、大体のニュアンスを把握し、イメージを固めていく。


キルト「でも…内魔力も外魔力も要は同じ魔力なんだよな?そこの境界を取り払えば、外魔力を使う事も出来るんじゃないのか?」

フーディーニ「またまた良い所に気が付いたな。だが…それは無理だ」

キルト「その理由は?」


フーディーニ「外魔力ってのは、流れの向きも密度も性質もバラバラで…とてもじゃ無いが、そのまま扱う事なんて出来やしないんだ」

キルト「そのまま…って事は、使えるようにする方法が………あぁ、そうか。自分の中で外魔力をろ過したのが内魔力か!」

フーディーニ「ご名答。そうやって自分専用にした魔力が内魔力な訳だから、一部の例外を除けば他人の魔力も同様に使えない」


キルト「例外って言うと?」

フーディーニ「俺とライディーニみたいに双子だったりすると、稀に魔力の性質が近くなってお互いに譲渡したり使えるようになったりするんだ」


キルト「双子設定…ちゃんと反映されてるのか」

フーディーニ「設定?」

キルト「いや、気にしないでくれ。それより、他にもその…例外はあるのか?」


フーディーニ「あぁ、そうだな…判り易い例なんだかと、魔法陣や希少な魔道具なんかもあるな」

キルト「その辺り詳しく」
224 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/11(土) 21:49:46.61 ID:Q3RQXAG2o
フーディーニ「まず魔法陣…平面なんかに魔術式を描いて、そこに外魔力を集める事で魔術を発動させる形式だ」

キルト「魔法陣自体がろ過装置になって外魔力を使えるようになる…か。でもその代わり、魔法陣を書く手間が…いや、予め書いておけば…あぁ、そうか」

フーディーニ「おっと、これは後半の説明は必要無さそうか?」


キルト「スクロール…あるいは、別の何かに魔法陣に変わる物を刻んでおけば…外魔力を使う事も出来る。それが魔道具か」

フーディーニ「頭に『希少な』が、漏れなく付くけどな」

キルト「そうなのか?」


フーディーニ「まずスクロールだが…コイツは、誤作動を塞ぐための特殊な用紙が必要になる」

キルト「あぁ、それもそうか」

フーディーニ「しかもその殆どが、1回使ったらダメになる。何度も繰り返し使えるようなスクロールなんてのは、伝説やおとぎ話の存在だな」


キルト「って事は…聞くまでも無い事かも知れないんだが、スクロール以外の魔道具も同様か」

フーディーニ「その通り。常用出来ない上に手に入れるのも難しい…ま、珍し過ぎて俺達には縁の無い話だがな」


キルト「じゃぁ…話を戻すが、俺が魔法を使えるようになるにはどうすれば良いんだ?内魔力を使えば魔法を使えるんだよな?」

フーディーニ「あぁ、それなんだが…もう一つ説明を挟んでおこう。魔法と魔術の違いだ」


キルト「魔法と…魔術の違い?ってか、違いがあるのか?」


フーディーニ「まず…魔法って言うのは、魔力を扱う上での法則…ルールその物の事だ。魔法を使うって言葉も間違いじゃないが、厳密には変な言葉だぞ」

キルト「あぁ…そう言えばフーディーニはずっと魔術って言ってたな」

フーディーニ「そうだ。で…その魔法の範囲の中で魔力を使い、現象を引き起こすのが魔術。これは簡単だろ?」


キルト「パソコン使えるって言うのと、C言語でコード組めるって言うのの違いみたいな物か…」

フーディーニ「パソコン?C言語?コード」

キルト「あぁ悪い、いつものヤツだ忘れてくれ」


フーディーニ「お…おう、判った」
225 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/11(土) 22:08:08.86 ID:Q3RQXAG2o
キルト「それで、原理が判った所で話は戻るんだが…結局の所、魔術を使うには具体的にどうすれば良いんだ?」


フーディーニ「そうだな…一番良いのは、魔力を直感で操作出来る場合なんだが…」

キルト「残念ながら、俺にその才能は無いらしい。でも…一番って言うからには、他の場合もあるんだよな?」


フーディーニ「あぁ、ちなみに次点は…魔力は感じるが、制御が苦手って場合なんだが…この場合は、さっきの魔道具の内魔力版を使う」

キルト「内魔力版?そんなのもあるのか?」

フーディーニ「あぁ、むしろ一般的に魔道具って言うとそれになる。代表的な物だと…杖なんかだな」


キルト「あぁ…『希少な』が付かないのが内魔力版か」

フーディーニ「その通り。で、それを使えば予め術式を用意しておいたり安定性を高める事が出来るんだが……」


キルト「そもそも魔力を感じる事も出来ない俺には、その方法も無駄…だろ?ここまで聞いた感じだと、物凄く絶望的な感じなんだが…」


フーディーニ「なぁに、落胆するにはまだ早い。実の所、ゴーゲンも今のキルトと同じなんだぞ?」

キルト「同じ?じゃぁどうやって………いや、待てよ?まさか…」


フーディーニ「ヒントは、自分以外の力…と言っても、もう殆ど気付いてるみたいだな」


キルト「神との契約…あるいは信仰で、魔法を使えるようになる…って事だな?だからゴブリンシャーマンなんだよな?」


今まで見聞きした事…ここに至るまでの説明を繋ぎ合わせる事で、キルトはその答えに辿り着く。


フーディーニ「その通りだ。更に言うと…自分で術式を組み立てなくて済む分、不安定さを解消する事も出来る」

キルト「なるほど……至れり尽せりじゃないか!」


フーディーニ「あぁ…ただ、それには………」

キルト「頼む!教えてくれ!どうすれば良い?どうすれば神と契約する事が出来るんだ?」


好奇心と向上心が捻じれて絡み合った導火線…それに火が付いたキルト。

フーディーニも、そうなったキルトを止めるのは容易では無い事を知っていた。

それ故に………


フーディーニ「判った。それじゃぁ今から言う物を持って来い」

キルトの気が済むまで…とことん付き合う事を覚悟したのであった。
226 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/11(土) 22:57:10.66 ID:Q3RQXAG2o
キルト「…………」

フーディーニ「………」


そして時は夕刻。空が茜色から夜の闇色へと変わり始めた頃。

キルトとフーディーニの周囲には、一見してガラクタのような物が幾つも転がっていた。


キルト「各々の神々に縁のある品を通じて…神との契約を試みる。契約が結ばれれば、神がそれに応える……だったよな?」

フーディーニ「……あぁ」


キルト「誰か一人の神に絞らなかったから、そっぽ向かれたとかって訳じゃぁ無いよなぁ?」

フーディーニ「それは無い筈だ。現にゴーゲンは、十曜の神の内の火と金と水の三柱と契約をしている」


キルト「じゃぁ……この結果は…」

フーディーニ「思っている通り、どの神からも契約を結んで貰う事が出来なかった…という事になるな」


そう……転がっている数多のガラクタは、神々に縁のある品々である。

それこそ、中央大陸の神に止まらず…五大大陸の神々に片っ端から契約を試みたキルトであったのだが……


その結果は、見ての通り…惨敗である。


キルト「ぁー……じゃぁつまりはアレか?俺の信仰心が無かったからとか、そういう話か?」

フーディーニ「それは考えにくいな。始めは信仰心が無くとも、恩恵を受けている間に自然と育まれる物だからな…最初の契約の時点でこれは…」


キルト「………これは?」

フーディーニ「神々との相性が悪かった…としか、言いようが無いな。それに、付け加えるておくと…」

キルト「おくと?」


フーディーニ「通常は、幼ければ幼い程に契約を結びやすい物なのだが…この結果を見るに、将来性を期待するのも難しい」

キルト「…は?」

フーディーニ「早々に魔術は諦め、別の道に進んだ方が良い…と言う事だ」


キルト「いやいやいやいやいや、おかしいだろ!?ここはむしろ、転生特典で全ての神と契約結べちゃったりしても良い所じゃないのか!?」

フーディーニ「何を言っているのか判らんが…これが現実だ。諦めろ」


キルト「………………」


自力で魔術を使う事が出来ず…神との契約さえ叶わない。

事実上…魔術を使う事が出来ない……キルトは、その事実を幼い身で痛感した。

そして………


この事が、後にキルトの運命を大きく左右する事となった。
227 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/15(水) 20:27:57.69 ID:QGpMEda3o

D/RtoAnoBeginning 第三話『邂逅【エンカウント】』


―――キルトの転生から、二年の月日が流れた。


赤子だったキルトは青年となり……

集落その物にも、幾つかの大きな変化があった。


一つは…農耕技術の確立、並びに畜産による食料供給の安定化。

それにより、今まで食料調達の要であった遠征の必要性が減少し…それに伴うリスクを大幅に削減出来るようになった。


一つは…工業技術の向上。

それまで遠征に費やしていた労力を、内部の増強に回す事が出来るようになった結果、集落の防衛力の飛躍的な強化に成功。

そして更には防衛以外の各種施設…建築物全般の強化行う事で、住環境の改善にも繋がった。


一つは…衛生環境の改善

水道インフラを開通する事により、生活水準その物が大幅に上昇。

今まで掃き溜めになっていた汚物の処理はもちろんの事、衣服や食器の洗浄にかかる時間や手間を大幅に短縮出来るようになった。


………等々


実に様々な改革を実行した結果。ゴブリンの集落は、要塞と呼んでも差し支えない程の防衛力を備えるに至った。


そして、これらの変化の中心には常にキルトの姿があり…

キルトは、ゴーゲンやライディーニやフーディーニに次ぎ…集落の中でも一目置かれる存在になっていた。
228 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/15(水) 20:33:20.36 ID:QGpMEda3o
ライラ「あーー!キルト、またこんな所で油売ってる!」

キルト「………ん?」


集落の中にある池のほとり…二本の木の間に吊るされたハンモックの上で、読書をするキルト。

そんなキルトを目にするなり、声を張り上げたのは…ライラ。キルトと同時期に生まれたゴブリンの少女である。


ライラ「ん?じゃ無いわよ。水車の調子が悪いみたいだから、ちゃんと見に行きなさいよね」

キルト「今日の俺の仕事はもう終わってるんだが…と言うか、水車はガロットとグロットの担当だろ?」

ライラ「ガロ兄達がマジメに仕事なんてすると思う?」

キルト「………そうだな」


パッチリと開いたややツリ目の目がキルトに向き…

ゴブリンにしては珍しい、サラサラな髪質のショートヘアが微かに風に靡く。


キルトが気だるげにハンモックから降りる間、腕を組みながらため息交じりにその様子を眺めるライラ。

そして、そんなライラの視線に気付いたのか、キルトの視線もまたライラへと向かう。


腰みの一丁のオスゴブリンとは異なり、上がチューブトップ下が簡素な前掛け状の越布、というメスゴブリン特有の服装。


組まれた腕で押し上げられながらも、まだその存在を誇示するだけの威厳の無い胸部。

しかし言い換えれば、無駄な肉が無くしなやかな曲線を持ち、健康的と言って差し支えの無い身体。


低いながらも細い鼻だちに薄い唇。先にも述べた通りの、ややツリ目の目。

額に二本の角が生えている事を除けば、ゴブリンと言うよりも人間に……いや、人間の美少女と言っても差し支えの無い容姿をしている。


ライラ「そう言えば……もうすぐ、成年の儀よね」

キルト「あぁ…もうそんな時期か。参加者発表の時は舟を漕いでいたんだが、今年は誰が参加する事になったんだ?」


また補足程度に加えて言うと、本日は普段付けない貝殻のネックレスを付けて、少々おめかしをしているのだが…


ライラ「レーガス兄貴にアガン兄貴に…それにガロ兄とグロ兄と…キルト…アンタよ」

キルト「あぁ…俺も今年だったか…」


そんな乙女心などつゆ知らず。キルトはマイペースのまま水車小屋へと向かって行った。


ライラ「………バカ」
229 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/15(水) 20:36:16.06 ID:QGpMEda3o
そして、水車小屋近く……河原を歩く最中。

キルトは、木々の合間で光る何かを捉え…足を止めた。


そして、次の瞬間……

キルトのすぐ目の前を、一本の矢が通り過ぎた。


もしあのまま歩みを進めていれば、矢は確実にキルトのこめかみを捉えていた。

にも拘わらず、キルトは戸惑いの表情すら浮かべる事無く射手を見据え…口を開いた。


キルト「居るんだったら、仕事くらいしたらどうだ?」


ガロット「……けっ、お前の方こそ少しくらいビビったらどうだ?」

林の中から姿を現したのは、ガロット…ライラの兄にあたるゴブリンだった。


キルト「当たっても死なないような物を相手に、どう怯えろって言うんだ?殺す覚悟も無いくせに粋がるな」

そう言ってキルトが視線を向けた先は…ガロットが持つ矢。

ただしその矢は、戦闘や狩りで使われるような通常の石の矢とは異なり…矢尻が樹脂で作られた、訓練用の矢であった。


この矢であれば殺傷能力は低く、もし万が一当たったとしても致命傷にはなり難い。

……とは言え、矢は矢。当然、当たり所が悪ければ怪我も負いかねない。


だが…こうして淡々とキルトが語る事が出来るのは、そうならない事を確信していたからである。

どちらに転ぶにしろ、ガロットが下手な矢を射る事はない…と言う確信。だが…あえてそれを口にはしない。


ガロット「……まぁ良い。お前がそうやって粋がってられるのも、成年の儀までだ」

キルト「おいおい…成年の儀の最中に何かやろうって言うのか?予告してくれるなんて、随分と親切になったじゃないか」


グロット「邪推……するな……」

そしてキルトとガロットが見えない火花を散らす中…ガロットの背後から、グロット…ガロットの双子の弟が姿を現した。
230 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/23(木) 21:41:26.10 ID:VndzBLPKo
ガロット「あぁ、そうだぜ。俺達はただ…キルト、お前が成年の儀を乗り越えられず赤っ恥をかくんじゃぁ無いかって心配してるだけだぜ?」

キルト「へぇ……失敗ねぇ」


グロット「何が起こるか…判らない。だから…お前のように…調子に乗っている奴は……どこかで躓く」

キルト「御忠告痛み入るぜ。だったら…躓かないように、小石も取り除いておいた方が良いって事だよなぁ?」


一触即発…まさにそんな言葉で言い表すのが相応しい状況。

ガロットは、訓練用の矢では無く石の矢を握り…グロットは、鉈を構える。

それに対し、キルトもまた腰の短刀に手をかけたその瞬間………


ライラ「あーーーーーもう!!いい加減にしなさい!!」

ライラの怒鳴り声が響き渡り…キルト達の間の張り詰めた空気を吹き飛ばした。


グロット「ラ…ライラ……お前…いつの間に……」

ライラ「いつの間にじゃないわよ!何?アタシが居たら何か不味いっての?アタシが居なかったら何しても良いの?」


ガロット「いや、俺達は…」

ライラ「言い訳しない!!」


有無を言わせぬライラの怒号。

つい先程までの勢いを失ったガロットとグロットの様子に、キルトは苦笑を零した。

だが……それがいけなかった。


ライラ「キルトもキルトよ!何でガロ兄とグロ兄にだけそんなに敵意持ってるの?他の兄貴達とは別に仲悪く無いわよね!?」

ライラの矛先はキルトへと向いてしまった。


キルト「いや、それこそガロットとグロットに聞いてくれよ!俺だってあんな風に喧嘩を売られなければ――」

ライラ「売られたからって買うからこんな事になるんでしょ?判ってる!?」


こうなってしまうと、後はライラの気が済むまで収まらない。

そして、いつの間にかガロットとグロットの姿は忽然と消え去っており……

日が暮れるまでの間、キルトは一人でライラの相手をさせられるのであった。


―――といった流れ…これが今のキルトの日常である。

だが……そんな日常さえも、全く同じ日は一日たりとも存在しない。

そして…ほんの僅かな亀裂から始まった変化が、瞬く間に瓦解へと進む事に…その時のキルトは、気付いていなかった。
231 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/23(木) 21:54:28.54 ID:VndzBLPKo
それは……いつもの遠征部隊の帰還から始まった。

そう、いつも通り…いつも通りの筈だったのだが………


まず違和感を覚えたのは…獲物の量だった。


食料に困窮する事は無くなった物の、遠征部隊の需要が無くなった訳では無く…

猪や鹿など…集落の付近では余り捕る事が出来ず普段は食べられない食料を、遠征部隊に期待している者は少なく無い。


そして、遠征部隊の方もそれを十分に理解しており…多少予定を過ぎてでも、多めに獲物を獲ってからの帰還するのが恒例になっている。

しかしながら今回は…獲物の量が目に見えて判る程少ないにも関わらず、本来の予定よりも少々早い帰還となった。


いつもの帰還とは明らかに異なる…事の異様さ。それに皆が気付いたのか、門の前ではざわめきが起き始めていたのだが…それが長く続く事は無かった。


ゴーゲンに手を引かれ

………メスゴブリンの少女が姿を現したのだ。


僅かに紫がかった…膝の辺りまで伸びた黒髪、髪よりも鮮やかな紫色の瞳。

ゴブリンにしては色素の薄い、浅い褐色の肌。身体を包むのは、白いワンピース。

角は短く、殆どが髪に隠れ…腕は細く、筋肉も贅肉もあまり付いておらず…体格からしても、全身が腕と同様に細い事が伺え…


ライラとはまた別系統の美少女であり…ライラよりも、より人間に近い印象を与えていた。


「おい…メスだぞ」

「他の集落のメス…だよな?何で集落の外に…」


再びざわめき立つゴブリン達。

だが…それが広がり切るよりも先にゴーゲンが手を挙げると、皆が押し黙り……

ついさっきまでの騒ぎが幻だったのではないかと錯覚する程に、周囲が静まり返った。


ゴーゲン「この子の名は『ホタル』だ。ここから南の集落に住んで居たのだが…その集落が先日、人間の襲撃を受けて滅ぼされた」

そして連ねられる、ゴーゲンの言葉。皆の表情には目に見て判る程の険しさが浮かぶ物の、今度は誰一人として声を上げる事は無かった。


ゴーゲン「幸い…集落を襲撃していた人間達はその場で始末する事が出来たのだが…この子以外の住民は既に……」

ゴーゲンの口からそれ以上続けられる言葉は無かった。だが…同時にその場の誰もが、その言葉の先を理解していた。


こうして………ホタルは、新たに集落の一員として手厚く迎え入れられた。
232 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/23(木) 22:08:54.65 ID:VndzBLPKo
そして、討伐隊の帰還から一週間。

キルトは、襲撃された集落から密かに書物を何冊か拝借し…持ち帰ったそれを、ハンモックの上で読み耽っていた。


キルトの数少ない趣味である読書…それを行う憩いの一時。

…だがそんな一時に、本来ある筈の無い影が一つ。


ホタル「………」

ハンモックを吊るす木の傍に、ホタルが佇んでいた。


キルト「なぁ……」

ホタル「……何…?」


声をかけられた事に対し、意外そうに問い返すホタル。

そしてキルトは小さくため息をついた後、言葉を続ける。


キルト「…何で俺なんだ?」

ホタル「え?」


キルト「懐くにしても…同性のライラなり、助け出してくれたゴーゲンなり…もっと頼り甲斐のあるライディーニやフーディーニが居るだろ?」

ホタル「ライラ…せわしない。ゴーゲン…遠征中。ライディーニ…フーディーニ…忙しい」


見た目よりも幼い…たどたどしい言葉遣いで返すホタル。

対してその言葉を受け取ったキルトは、またもため息を吐いた後…問いを連ねる。


キルト「つまり……暇そうでのんびりしているから俺を選んだ…と?」

ホタル「それも…ある。でも…それよりも………」

キルト「何だ?」


ホタル「どうしてか…どこか…懐かしい感じが……したから」


キルト「……………」

ホタル「………」


キルト「妹が居たら…こんな感じなんだろうかな……」

ホタル「…え?」


キルト「最初に言っておくが…俺について来ても、面白い事なんか無いぞ?退屈する事うけあいだぞ?」

ホタル「…構わない……ありがとう」


そう言ったホタルは、心なしか嬉しそうに口元を緩めていた。
233 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/23(木) 22:34:25.07 ID:VndzBLPKo
ホタルの面倒を見る事になった、その日の夜………

流石に寝床まで一緒になるのは問題があるとキルトは考え、同じメスゴブリンのライラとその母…バーラに一時的にホタルを預けた。


そして自室に帰るその足で、散策がてらに夜の森を歩いて居たのだが…いつの間にか、崖の上の広場に辿り着いていた。

何もする事が無い時など…自然とこの場に足が向かう事は少なくは無い。

今日もそんな、いつもの癖で広場に辿り着いた…ただそれだけの筈だったのだが……キルトは、広場の様子に違和感を覚えた。


キルト「獣の鳴き声が…近付いて来ている?いや、違う。これは……」

対岸の、とある地点を中心に…鳥や獣が蜘蛛の子を散らすように逃げていき……その中心の木々が薙ぎ倒されていく。

そうして開けた景色の先に居た物は………


キルト「何だ…あれ?」


サイ…あるいは恐竜のような角を持った、全長10メートルはあろうかという未知の生物。

その頭部は、角と目以外の部分が皮袋のような物に包まれ…上半身は毛皮、下半身は鱗…と、見るからに異常な様相を呈していた。


見るからに獰猛…見るからに狂暴…見るからに危険。

そう……本来ならば、そんな怪物になど間違っても関わろうとはしないのだが……


キルト「って言うか…ちょっと待てよ。アイツの進行方向…集落の方じゃ無いか!」

とてもでは無いが、見なかった事に出来るような状況では無かった。


キルト「戻って皆に知らせ……いや、それじゃぁ間に合わないっ!」


キルトが偶然この場に居合わせたのは、果たして幸か不幸か…まるで見えない何かに弄ばれているような、嫌な感覚が身体の奥から沸き上がる。

そしてそれが背筋をぞわぞわと這い上がり、身体を内側から縛り付けるようなような…そんな錯覚を感じながら、キルトは崖を滑り降りる。


キルト「さすがにアレを止めるのは無理だとしても…何とかして集落からは逸らさなけりゃなぁ…っ」

そしてキルトは、唯一の手持ちの装備…腰にかけたナイフに手を添え、愚痴るように呟いた。
234 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/23(木) 22:45:25.23 ID:VndzBLPKo
キルト「にしても…勢い勇んで来ては見た物の、一体どうやってアレの進路を逸らせば良い?」


キルトと怪物との距離は、約200メートル。

何かしらの小細工を講じようにも、余りにも時間が無さ過ぎる。となれば、残された手段は……


キルト「正攻法…真正面からって言うのは苦手なんだが……くそっ」

真っ向勝負…とは言っても、本当に正面からぶつかり合う訳では無い。


キルトはまず、手近な木によじ登り……怪物が木々をへし折りながら近付いて来た所で、その巨躯の上へと自由落下。

着地に失敗して危うく転がり落ちそうになるも、毛皮を掴んで何とかしがみつき…そのまま頭部へと辿り着く。


キルト「で…ここから何とかして舵を切れば良いって話なんだが…」

しかし…そこでまた問題が立ち塞がった。


進行方向を変える…ただそれだけで良いのだが…ただそれだけの事が、これまたとてつもなく困難であった。


最初は角をハンドル代わりにしての舵取りを試みたが…キルトの腕力では到底無理。

下手に悪手を打ってしまった事で、警戒される事を懸念もしたのが…それどころか、怪物はキルトの存在にすら気付いていない様子。

気付かれなかったのは幸いながらも、それは裏を返せば全く影響を与えていないという事だった。


素手による解決は早々に諦め、次にキルトが選んだのは…少々手荒な方法。

手持ちのナイフで顔を刺して、刺激を与えようと試みるのだが……


ナイフは表皮を貫く事さえ叶わない。


キルト「まぁ…そうだよなぁ。こんなので気を変えてくれるってんなら、木にぶつかった時点で曲がってるよな」

と…あれこれ試行錯誤している内に、視界の先から木々が途切れ…更にその先にある河原が見え始める。


河原……更に進んでしまえば、その先に控えて居るのはキルトの住む集落。

いくら防壁を強化したとは言えば、これだけの怪物の襲撃は想定外。侵入を許せば、決して少なくは無い被害を被る事になる。

怪物の侵攻から集落を守るべく、今すぐにでも手を打たなければいけない状態で…キルトは選択を迫られ……


キルト「……悪い。お前に恨みは無いが、背に腹は代えられないんでな」


手に持って居たナイフを、怪物の…角の下に隠れた眼球へと突き刺した。
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/24(金) 22:17:52.73 ID:z6lhg7Rto
怪物「グ……ブッ…………グヴォォォォォーーーー!!!」

キルトのナイフが眼球を貫き…僅かに間を置いてから、怪物が苦悶の叫びを上げる。

そして、それと同時に怪物の身体が大きく跳ね上がり………


キルト「っ……うおぉぉ!?」

キルトは、振り落とされまいと必死に怪物の体毛を掴んで抵抗する…が、その甲斐も無く小さな体が宙に舞い…地面へと叩き付けられた。


キルト「ぐっ……あがっ……」


幸いにも、怪物が薙ぎ倒した木々の枝が緩衝材代わりになり、致命傷は免れる。

だが…墜落の衝撃が全身に響き、激痛により指一本動かす事すらままならない。


キルト「っ………マジ……かよっ…」

当初の目的を果たし、集落への襲撃を防ぐ事は出来た。だが…その代償として、今度はキルトが怪物の標的となり…

いや…標的などと言う、まだ逃げられる可能性のある物では無く……それこそ手も足も出ない、ただの餌食になろううとしていた。


キルト「後は…集落とは逆方向に逃げるだけで、終わりだってのに……くそっ…動け…動けよ!」

顔面から指先に至るまで…体中のありとあらゆる場所がビリビリと痺れて動かない。


対して怪物の方は、この上無い程の怒りが籠った眼をキルトに向けながら、全体重を乗せた突進を始め……


キルト「………えっ?」

次の瞬間……怪物は、無数の肉片へと姿を変えて居た。


降り注ぐ血の雨と、肉片のつぶて…

一体何が起きたのか…訳が分からないまま、キルトは唖然とした表情を浮かべていた。


そして。束の間の静寂の後……


男の声「レナッツェラ! テレーネ ツォリナ!」

聞き慣れない言語を耳にした直後、森の奥から一人の男……剣士らしき装備に身を包んだ、人間の男が姿を現した。
236 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/24(金) 22:32:56.97 ID:z6lhg7Rto
一難去ってまた一難…とはまさにこの事だろう。


キルト「ぶっちゃけありえねぇー………」

命からがら…満身創痍になりながら、やっとの事で怪物の脅威から集落を救った…と思った矢先の出来事。


恐らくは目の前の人間の男が放ったであろう魔法か何かにより、怪物の脅威は消滅した。

だが今度は、ある意味怪物よりも性質の悪い…人間を相手に立ち回らなければならない。


キルト「平和的に解決…出来る程、友好的な相手には見えないよな」

誰に語り掛けるでも無く…キルトはただ小さく独り言を呟いた。


痛みや痺れは先程よりかは幾分かマシになり、多少は動く事も出来るようになってはいる。

だが…交戦を行えるまでの状態には、まだ程遠い。


そして、目の前の相手…人間の男は、案の定臨戦態勢を取っている。

左手で鞘を握り締めた後、右手で得物を引き抜き…それをキルトへと向ける。


………が


キルト「ん?………え?」

目にした得物を前に、キルトは疑惑の声を上げた。


キルト「日本……刀?」

男が手にしていた武器は…日本刀だった。


元々が日本人であったキルトにすれば、身近では無い物の縁遠くは無い…と言った程度の、伝統的な武器である。

もしそれを持って居たのが、侍のような和風の剣士ならば、特に違和感は無い…

いや、こんな場所に居る事に違和感はあるだろうが…最低限、ミスマッチとは思わない。


だが…目の前の男の防具は、どちらかと言えば西洋寄りの物。

何故そんな組み合わせの装備なのか…目の前の男は何者なのか……

そもそも、この世界に日本刀が何故存在しているのか…あるいは、キルト自身が知らないだけで意外と一般的な武器なのだろうか…


思考が一回りして、どうても良いような内容のループに入ってしまった辺りで…その答えが明らかになる。


人間の男「お前…今、何て言った?日本刀って言わなかったか?」


男は……『日本語』でそう問いかけた。
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/25(土) 13:47:34.23 ID:zZSanLWC0
ぶっちゃけありえない♪
238 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/25(土) 22:22:51.57 ID:oF5oM33ko

D/RtoAnoBeginning 第四話『裏側【アンロック】』


ヨシヤス「いっやぁ…まさか君もこの世界に転生していたとはねぇ」


怪物の死骸から少し離れた、開けた場所。

焚火を囲み語り合う、キルトとヨシヤス…日本刀を持った人間の男。

それと、ヨシヤスのパーティーメンバーと思われる修道服姿の女と魔法使い風の女。


修道服姿の女の名前は、レナ。

見るからに回復役と言った感じの修道服の下に、スレンダーながらも出る所は出ている身体。

ショートカットの金色の髪と、蒼い瞳が特徴的な人間の女。


魔法使い風の女の名前は、ミア。

黒ずくめの服装に、つばの広いとんがり帽子。ぐかぶかな服のせいか体格まではよく判らないが、背は低く小柄。

腰まである濃い紫色の髪と、同じく紫色の瞳を持つ女。


二人の女は警戒を露わにし、得物を握り締めながらキルトを睨み続けている。

だが、それとは対照的に…ヨシヤスはあくまで自然体で、胡坐を組んで手を後ろにつけながら談笑を続ける。


キルト「俺の事を何処で…あぁ、現世への門か?」

ヨシヤス「そそっ、一瞬だったけど覚えててくれたんだねぇ」

キルト「それじゃぁ、あのヴァルキリー戦は…」


キルトの中には、一つの懸念があった。

今となってはどうでも良い事なのだろうが…キラであった頃の自分が行った、不正行為の件である。


あの時あの場所に居合わせたと思われるキャラクター、そのプレイヤーと思われる人物が目の前にいる。

もしかしたら、不正行為を見られて居たかも知れないと言う懸念。どう転ぶにしろ、それをハッキリとさせるべく問いかけたのだが…


ヨシヤス「ヴァルキリー戦?俺が来た時には丁度倒れた所だったんだけど…何かあったのかい?」

キルトの懸念は、無駄な心配に過ぎなかった事が明らかになった。


キルト「いや…もしかしたらあれが今の俺達になった原因かもって思っただけだ。そっち…えっと、ヨシヤスさんだっけ?何か心当たりは?」

喉の奥につっかえていた小骨が取れたような感覚に、キルトは安堵した。

そして、思考に余裕が戻った所で改めて…核心に迫るべく問いを続ける。


ヨシヤス「呼び捨てでヨシヤスで良いよ。ってか、心当たりも何も…あぁ、そうだ。どのルーンを選んだんだい?」

しかし、ヨシヤスから帰ってきた言葉は、キルトの意図した物とは異なり…それどころか、また新たな謎を呼ぶ事となった。
239 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/25(土) 22:38:47.41 ID:oF5oM33ko
キルト「ルー…ン…?」

聞き馴染みこそ無いものの、どこかで聞いた事はある単語。それを耳にしたキルトは、ヨシヤスに聞き返す。


ヨシヤス「そら、転生の時のあれだよ」

キルト「転生の時?いや…俺は、ヴァルキリーを倒した後すぐに扉を潜って…そのまま転生したみたいだったから…」

ヨシヤス「すぐに?あぁ……まさか」


キルトの言葉を吟味するように、考え込むヨシヤス。

自分が被った異世界転生について、初めて有力な手掛かりを得る事が出来るかも知れない。

キルトはそう考え、ヨシヤスの返答に期待を寄せる。


しかし……


レナ「ヨシヤス! ッアルーベ ケルナ ヴェデーラ!」

ヨシヤスの連れの一人、レナが…これまた絶妙なタイミングで横槍を入れた。


ヨシヤス「レナ! ユーヴェリ アヴォル リッァテーネ!」

キルトからすれば、何を言っているのか判らないが…口論している事だけは目に見えて明らか。

そしてその内容が、他ならぬキルトの事である事は容易に想像する事が出来た。


どうせ碌な事は言われて居ないのだろう…そんな事をキルトが考えた時、ある事に気付く。


キルト「…ん?言葉?こっちの言葉を普通に喋れて…いや、見た感じ20くらいだし覚えるには十分…いや、待てよ?」

ヨシヤス「どうしたんだい?」

キルト「物凄く自然にこっちの世界の言葉を使ってるみたいなんだが、転生したのって…何年前だ?」


キルトは、浮かんだままの疑問を投げつける。そして、キルトの質問に対してヨシヤスは、間を置く事無く答えた。

ヨシヤス「転生したのは…まぁ、20年くらい前かな。言語はさすがに、スキルポイント使って取ったけど」


しかし…今度は、聞き馴染みがありながらも久しく耳にしていなかった言葉を聞く事になった。
240 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/25(土) 23:03:57.70 ID:oF5oM33ko
キルト「スキルポイントって……え?スキルポイント…いや、そもそもVOのシステムが残ってるのか?」


ヨシヤス「残ってるも何も…普通に、念じればメニューウィンドウが出るだろ?そこから…」

キルト「いや、メニューウィンドウの気配すら無い。と言うかそもそも、先に門を括った筈の俺が転生したのが2年前なんだが…」


同じ転生者でありながら、根本的な何かが食い違っているキルトとヨシヤス。

しかし、困惑するキルトとは対照的に、ヨシヤスは至って落ち着いた様子で考え込み…


ヨシヤス「もしかしたら俺達は…全く別のシステムで転生してしまったのかも知れないね」

その仮説を口にした。


新たな情報を得る度にまた謎が深まり、翻弄される。

見えない何かを掴もうとして、それが指の隙間をすり抜けるような…霞を掴むような感覚に苛まれるキルト。

だが、そんなキルトの耳をレナの怒号が揺さぶる。


レナ「ズゥイーレ!デリア!ゴブリン!!」

ヨシヤス「ディレ ゴブリン スティーア ニレ ヒュームヌ レアム」

しかし…ヨシヤスの一言によりレナの勢いは瞬く間に静まり、畏怖にも似た表情を浮かべながら黙り込んだ。


ヨシヤス「いやぁすまないすまない、レナが少々興奮してしまってねぇ。で…申し訳無いんだけど、白黒付けようと思う」

キルト「白黒って…一体何の事だ?」


事態を飲み込む事が出来ず、戸惑うキルト。だが、そんなキルトに構わずヨシヤスは言葉を続ける。


ヨシヤス「あんまり腹の探り合いは好きじゃぁ無いから、単刀直入に聞く」

キルト「だから何なんだ?」


そして、ヨシヤスの口から飛び出したそれは…

ヨシヤス「ゴブリンの集落はどこだ?」


余りにも不穏な言葉だった。
241 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/26(日) 22:12:39.57 ID:+HXfB1sro
キルト「…確かに、急所に単刀直入してくる質問だなそれは。同じVOプレイヤーとは言え、今日会ったばかりの相手にそれを教えるのは無理な話だ」


人間とゴブリン…先にあった襲撃の事からも判る通り、両者の種族間に浅からぬ因縁がある事は容易に想像出来た。

そしてヨシヤスの口調からも、それが穏やかな意図の物では無い事が判る。


当然ながら、キルトはその回答を拒んだ。


ヨシヤス「そうか…じゃぁそれは宣戦布告と取って良いんだよな?」

キルト「どうしても俺達に危害を加えたい、って言うならそうなるが……もう少し穏便に…見なかった事には出来ないのか?」


ヨシヤスは得物の日本刀に手をかけ…キルトは、腰のナイフに手をかける。

何がきっかけで戦闘が開始するかも判らない、緊迫した状況の中…ヨシヤスは、大きくため息を吐いてから言葉を続けた。


ヨシヤス「無理な事はお前も判ってる筈だ。答えてみろ…お前の居る集落には、一体何人の女が捕らえられている?」

キルト「女って…人間の女の事か?」


そして…ヨシヤスの口から飛び出した言葉は、キルトが予想だにしていない物だった。


ヨシヤス「あぁ、そうだ。お前達が人間を攫う以上……」

キルト「いや、ちょっと待ってくれ!」


たまらずヨシヤスを制止し、話を遮るキルト。


ヨシヤス「…どうした?」

キルト「女を捕えてるとか攫うとか、一体何を言ってるんだ!?」


ヨシヤス「………は?」


次から次に沸き上がる、致命的なまでの二人の認識の違い。

その溝を僅かでも埋めるべく、キルトは問答を続ける事にした。
242 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/26(日) 22:27:41.10 ID:+HXfB1sro
キルト「俺達は…そんな事はしない!した事が無いし、する気も無い!」


ヨシヤス「はぁ!?なに寝言を…だったら君ははどうやって生まれたって言うんだ!君の母親は人間じゃないのかい!?」

キルト「いや…実際に会った事は無いんだが……俺の母親は、ゾイって名前のゴブリンらしい」

ヨシヤス「……は?って事は……メスゴブリンが居るって事かい?あ、いや…でも、その口ぶりだと…」


キルト「あぁ、俺を生んだ時に死んだらしい。で、バーラが母親代わりに俺の面倒を見てくれて…」


語り始めたそれは、キルトの生い立ちその物。

その姿を目にする事も無く死に分かれた母と、母親代わりのメスゴブリンの事を話し始めたのだが…


ヨシヤス「いや、ちょっと待ってくれ」

さわりの部分も語り始めない内から、早々に遮られた。


キルト「いや、まだ何も…」

ヨシヤス「キルトの母親以外にも、メスゴブリンが居るのか?」


まるで信じられない物を見たかのように、大きく目を見開いて問い詰めるヨシヤス。

そんなヨシヤスに気圧されそうになりながらも、キルトは言葉を連ねて行く。


キルト「え?あぁ…今言ったバーラと、幼馴染のライラ。それと、最近襲撃を受けた他の集落から助け出された、ホタルって子が居る」

ヨシヤス「襲撃を受けたって…ここから南南西の方角のゴブリンの集落か?」


キルト「あぁ、そうだ」


正直に答える事に、抵抗が無かった訳では無い。

だがここで下手に嘘を吐けば、ボロが出たり裏目に出る可能性が極めて高い。


そう判断したキルトは、ヨシヤスの問いに答えた。
243 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/26(日) 22:42:41.63 ID:+HXfB1sro
ヨシヤス「なるほど………そう言う事か」

キルトの話を聞いて納得したのか、ヨシヤスは頷きながら考え込む。


一先ず、先程までの険悪な空気を吹き飛ばす事は成功した。

しかし相変わらず、キルトは話の全容を見渡すが出来ず…僅かな糸口でも掴めない物かと、思考を巡らせる。


そして…先の会話を反芻した所で、ある事に気付いた。

いや…その時は向き合う事を意図的に避けていた、それ を切り出した。


キルト「いや、一人で納得してないで説明してくれよ!さっきの話だと、まるで……まるで、ゴブリンが人間の……」

ヨシヤス「説明も何も…お前が想像している通りだ」


ヨシヤスの肯定により、キルトの背筋に寒気が走る。


キルト「それじゃぁ…」

ヨシヤス「そう…この世界での一般的なゴブリンは、人間の女に子供を産ませて繁殖してるんだ。それこそ…苗床扱いにして…な」

キルト「いや…いや、待ってくれよ?でも…少なくとも俺の居る集落は違う!」


寒気を振り払うように、キルトは言葉を放つ。


ヨシヤス「あぁ、それは聞いてて判った。嘘を吐いてるように見えないし……と言うか、今の今まで他のゴブリンを知らなかったんだろうなってのも判る」

闇の中を手探りで進むような、先の見えない対話。そんな中で見付けた光明に向かい、一歩…また一歩と歩み続ける。


キルト「だったら……」

ヨシヤス「でもな…それがいつまで続く?」


だが…そんな足元もおぼつかないような歩みでは、目的地になど到底辿り着けない。


キルト「…え?」
244 : ◆TPk5R1h7Ng [saga]:2017/11/26(日) 23:36:27.74 ID:+HXfB1sro
ヨシヤス「その様子だと、キルトはメスゴブリンが生まれて来るのが普通だと思ってたんだろうね」

キルト「それって……」


ヨシヤスの口調から、その真意はある程度汲み取る事が出来る。


ヨシヤス「察しは付いて居ると思うけど…聞いてて判る通り、メスゴブリンってのは本来滅多に生れない…希少な存在なんだ」

キルト「……」


言いたい事、意図している事は既に察している。

だがキルトは、それを説き伏せるだけの言葉も材料も持ち合わせていない。


ヨシヤス「もし…次の世代のメスゴブリンが生まれないまま、今のメスゴブリンが死んだら…そのまま大人しく衰退を受け入れられるのか?」

キルト「………判らない。だが、必ずそうなるとも限らない。少なくとも、今の俺達は人間に危害を加える気は無いんだ!だから!!」


結果…キルトが返す言葉は、説得力に欠ける稚拙な主張に過ぎなくなった。


ヨシヤス「……………」

キルト「……………」


長く続く沈黙。

キルトはそれ以上の言葉を連ねる事が出来ず、ただ真っ直ぐにヨシヤスの目を見据え…


ヨシヤス「…あー、まったく、判ったよ!判った!」

キルト「え?じゃぁ……」


その眼差しに折れたのか、ついにヨシヤスが音を上げた。


ヨシヤス「ただし…あくまでキルト達の集落のみ、人間に危害を加えないのが大前提だ。他の集落や、人間に襲い掛かって来る奴らは論外だからね?」

キルト「あぁ…勿論だ!恩に着る!!」


ヨシヤスの連れの二人…修道女姿のレナと、魔法使い風の女…ミアは、最後まで戸惑い気味な表情を浮かべていた。

しかし主導権はあくまでヨシヤスが握っているらしく、正面切っての反論は出来ないらしい。


万事が滞り無く…とまでは言えないまでも、上々と言って差し支えない程の成果を得て……

キルトはヨシヤスと和解し、二人はお互い帰路へと着く事になった。
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