【ミリマス】ザ・ミリオンオールスターズ! 〜銀河の果てまで届けちゃいM@S〜

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1 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:10:14.60 ID:Uk8Ct2Aw0
・アイドル【idol】の意味。
・1.偶像。2.崇拝される人や物。3.憧れの的。
・4.超人的な能力を有する人材の俗称。もしかして:ヒーロー。

===序幕「遠い星から夢を越えて」

 そも! 世界を動かすのはいつでも欲望と言う名の感情なのだ。
「もっと分かりやすく!」と言うならば、それは願いと言い換えたって構わない。

 さらに願いは善と悪とに分けることができ、二つは度々衝突する。

 例えばそう、人々の希望を背負うミライたちお騒がせ魔法少女の一行が
「光のクラウン」と呼ばれる美しい王冠を冷たい湖の底よりやっとの思いで引き揚げたのと、
 絶望の化身たる悪魔軍団の本格的な攻撃が、彼女たちを襲ったのは殆ど同時のことだった。


 一体どうしてこうなったのか? 

 説明すれば簡単で、ミライたちの住まう平和な星を裏から脅かす混沌は腐敗と暴力、
 そして破壊の風となって世に吹き荒れ、彼女たちの住む星を徐々に覆いつくさんとしていたからである。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1497957014
2 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:14:45.42 ID:Uk8Ct2Aw0

 そしてまた、哀れなオイカワファームの牛さんたちも日に日にすさむ世を儚み、
 ストレスから乳の出も悪くなっていく一方だと……。

 そんな話を牧場主から聞いた時、ミライはバターミルクを飲み干したばかりのグラスを持ったまま、
 勢いよく椅子から立ち上がって言ったのだ。

「美味しい牛乳が飲めなくなるなんて許せない! 私たち、悪魔をやっつけに行ってきます!」

 正に決意だけならば正義の使者か。

 この時、同席していたミライの友人でもあるカナが
 飲みかけのミルクを盛大に噴き出したことについてもおまけで明記しておこう。

 ……なに、深く気にする話ではない。単なる余談も余談である。


 とはいえ――古来より旅立ちのきっかけとはそんな物。

 ほんに些細な出来事から始まって、気づけば世界の命運をその手に握る戦いに
 身を投じる羽目になるのも世直し人が逃れ得ぬ運命(さだめ)。

 それから程なく世間には、紆余曲折を経て集まった五人の魔法少女たちの噂がそこかしこ中で囁かれることとなる。

 ……が、しかし! その物語を一から語るにはちと長い。

 弱気を助けて悪を正す正義の人助け少女ご一行の旅も、先に述べた様に事ここに至っては佳境も佳境。

 今はただ、少女たちを襲うこの最大のピンチを、四方八方から迫り来る悪魔軍団の圧倒的な物量を前に、
 じりじりと追い詰められていくミライたちの窮地をまずは語らせて頂きたい!
3 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:19:49.00 ID:Uk8Ct2Aw0

「ミライ! まだクラウンの使い方は分からへんの!?」

「倒しても倒しても……えーいっ! キリが無いよ!」

 高々と頭上に振りかぶる魔法のステッキを縦一閃! 

 マジカル☆ナオが飛び込んで来た悪魔の一体をしばき落とすと、
 直後にマジカル☆レイカがチェーンロッドを巧みに操り流れるようなコンビネーション! 

 豪快に弧を描いて飛んで行く悪魔の行方を目で追いながら、マジカル☆フウカも負けじと必殺の魔法を放つ!

「『キミのハートにまっしぐら! ラブラブセクシーフラッシュをお見舞いよっ!!』」

 刹那、フウカを中心にして広がる桃色光線のセクシャルさに、メロメロと骨抜きにされる悪魔たち。

 まるで蚊取り線香にやられた蚊のように空からポトリポトリと落ちて来る彼らを
 ひょひょいと器用に避けながら、ナオたち二人が彼女に言った。

「おお! やるやんフウカ、ナイスフォロー!」

「その調子で悪魔さんを、バンバンメロメロお願いします♪」


 が、褒められたフウカの顔は暗い。

 転がる悪魔が自分に向ける熱のこもった眼差しから顔を逸らしつつ、

「た、確かに便利な魔法だけど。……正直この呪文は恥ずかしい!」

 しかも魔法の発動に、詠唱とセクシーな決めポーズが必要なのは五人の中でもフウカただ一人だけなのだ。

 自分たちに魔法のイロハを教えてくれたマスター・Pの顔を思い浮かべ、
 彼女は「もう、絶対にワザとなんですから!」なんていつもの恨み節も披露する。
4 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:24:39.89 ID:Uk8Ct2Aw0

 一方、そんな三人が作る三角形のフォーメーション。

 その中心では『どんな願いでも叶えてくれる』とこの星に言い伝えらえて来た"光のクラウン"を前にして、
 マジカル☆カナとマジカル☆ミライの二人が必死に頭を悩ませているところであった。

 それはもう、必死も必死。少ないお小遣いをいかに効率よくやり繰りしてお菓子を沢山買うだとか、
 魔法学校における筆記テストの時間以上に真剣だ。


「ダメっ! やっぱり全然分かんないよ!」

 だがそれでも、防壁代わりの岩に背中を預けて座り込むカナが頭を抱えて悲鳴を上げる。

 そもそもの話、そそっかしいミライが湖の中で王冠の入った箱の封印を解いてしまったのがマズかった。

 皆が止めるも間に合わず、開かれた箱から水中に浮かび上がった巻き物は妖精の鱗粉で練られた特別製。

 ……正に夢は幻の如くなり。あっという間に千切れて崩れてバラバラになり、
 湖の波間に溶けてしまった光の粉を前にして、唖然とする仲間たちにミライが言う。

「……もしかして私、またやっちゃいました?」


 それは長い旅路で何度も聞いた、もはやお馴染みの台詞でもあった。

 結局少女たちの手元に残ったのは、雫を垂らす王冠一つ。……いや、まだだ! 
 まだ少女たちの手元には、件の巻き物の写しだと伝えられている手書きの巻き物があるにはあった! 

 あるにはあったが……古すぎたのだ、それは。

 紙もボロボロ字もぐちゃぐちゃ、滲みに滲んだインクはとても読めるような物では無く、
 だからこそミライたちは宝箱の中に同封されていた"本物"の巻き物が必要だったのだと言うに!
5 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:26:37.47 ID:Uk8Ct2Aw0

「王冠なんだから頭に乗せて、それで呪文は? 魔法式は!?」

「だから肝心のその部分が、古すぎて読めないんだって〜!」

 カナに急かされるように訊かれても、ミライには答えようがない。

 そうこうしているうちに防衛線を突破したしゃらくさい悪魔の一体が、
 悩める二人に鋭いスピアを振りかざしながら迫り来る!

「わわっ! い、今はまだ来ちゃダメー!!」

「まっ、任せてカナ!」

 持っていた写しを放り投げて間一髪! 

 ミライがステッキを突き出すと、たちまち悪魔は魔法のシャボンに包まれてぷかぷかり。

「あ、ありがとうミライちゃん〜!」

「えへへ〜、今度は失敗しなかったよ♪」

 悪魔入りシャボンがゆっくりと空に昇る様を見上げると、
 すんでのところで助けられたカナが嬉しさの余りミライに抱き着いた。

 すると力一杯ハグされたミライの方も、照れ臭そうに頭を掻く。
6 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:29:54.49 ID:Uk8Ct2Aw0

「これで、さっきの汚名は挽回だね!」

 げに美しきは可憐な乙女の友情かな。

 敵の猛攻真っ只中に居るというに、まるで緊迫感の無いほわほわとした二人のやり取りを見ていたナオが
「こらぁっ! カナもミライもなにをお呑気してんねや!」と、手近な悪魔を小突きつつ怒鳴る。


「ひゃっ!」

「ご、ごめんなさ〜い!」


 そうして敵より怖いナオに叱られて、ミライたちが思わず謝った時だった。

 荒れ狂う嵐のような波状攻撃、猛烈苛烈な悪魔たちの動きが突然止まり、辺りに重苦しい雰囲気が漂い出す。

 ……まるでそれは、一筋の光すら届かない深海の底へと静かに沈んで行くような。

 吹き止まぬ吹雪に追い立てられた洞穴で、今にも消えそうな焚き火の明かりを「今にも消える、ほら消える」と
 目を離せないまま見つめ続ける、そんな気持ちにさせる空気。


 ただその場に居るだけで背筋は震え、踏みしめているハズの大地の感覚すら消えて行く。

 指先一つ自由に動かせない上に、息をすることすら躊躇わせるほどの圧倒的なプレッシャー。

 みるみる空も暗雲に覆われ、一陣の強い風が湖の上を撫で行くと、大きな波が心騒めかせるようにさざめき立ち……。

 そして今! 地平線を埋めるほどに集まっていた悪魔軍団の海を割り、こちらに近づく影が一つ。
7 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:35:41.29 ID:Uk8Ct2Aw0

 それが一体何者であるか、ミライたち五人は嫌と言うほど知っていた。

「おや、おや、おや……。これはまた、随分と景気の悪い顔じゃないか」


 その影はただただ暗く、深く、一応は人の形をしていたが、決して実体を持たぬ異形の者。
 いつからこの世に生を受け、この星に巣くっていたのか誰も知らない闇の化身。

 何の前触れも無く沈黙を破り、手勢である悪魔たちを使って求めるは純粋なる混沌と、そこから生まれる暴力の蜜。
 影にとっては怯え、すくみ、打ちひしがれる人々の生み出す絶望こそが、類まれなるご馳走だった。


 だからこそ、影は人々を助けるミライたち一行の邪魔をした。

 五人がこの湖に辿り着くまでの旅路にて、まるでミライたちを鍛えようとでもするかの如く、
 影はありとあらゆる困難を彼女たちの行く手に置いたのだ……何度も、何度も、何度でも!


 だがそれは、もちろん善意からでは無い。

 料理にひと手間かけることで素材の味を引き出すように、「もしかして」「いや、ひょっとして?」
「このまま行けば彼女たちが、この星から闇を払ってくれるんじゃないだろうか?」

 ……そんな空気が世間に広がり始めた今だからこそ! 影はこうして仕上げに取り掛かったのだ。

 今や希望の象徴にもなったミライたちをここで完膚なきまでに叩きのめすことにより世界は! 恐怖は! 
 より一層の"深み"を生み出すハズであると! 

 そしてそれは必ずや影の肥えた舌をも唸らせる程、至上の甘露となるだろう!
8 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:38:46.80 ID:Uk8Ct2Aw0
===

 まるで蛇に睨まれた蛙のように。

 身じろぎもできない五人の前まで悠々とした足取りでやって来ると、影は大げさなお辞儀をして見せた
 ――そう、まるで道化師やマジシャンがするような、仰々しい仕草のお辞儀をだ――

 そうしてひょいと顔だけを上げると、いやにきざったらしく喋り出す。

「見るに、苦労して手に入れたクラウンの使い方が分からないので困っている。……理由はそんなところだろう」

 影の慇懃無礼な物言いは、妙な馴れ馴れしさをも併せ持つ。
 その話し方はねちっこく、人の神経を逆なでするような実に不快なものだった。

 現に相対するナオたちには、影の言葉からこちらを見下し、嘲り、さらには馬鹿にしようとする感情しか読み取れない。


「まぁそれも、事情を知れば納得できる。なにせ肝心の巻き物がこの有様では……。
 いやはや実に愉快痛快。君たちに相応しい結末だとは思わんかね?」

 言って、影が少女たちに見せつけるように上げた手には先ほどミライが放り投げた写しの巻き物が。

「あ、あれ? さっきまではちゃんと持ってたのに」と首を傾げるミライの姿に、影がクックと肩を震わせた。
9 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:41:04.67 ID:Uk8Ct2Aw0

「フッフッフッ、ハァーハッハッハッ!」

 次いで、その身を仰け反らせながら放たれる嘲笑。

 耳につく影の高笑いに合わせて辺りを取り囲む悪魔たちも、
 ミライたちを煽るように次々と不気味な声で笑い出す……。

「く、ぅ〜っ! なんか、なんかめっちゃ腹立つわ!」

 これほどまでに面と向かって馬鹿にされ、黙っていられる者などいるものか! 

 ナオが吐き捨て、その場で小さな地団駄を踏む。
 一時の怒りの感情で彼女たちの金縛りも少しは解けたがまだ重い! 

 残念ながら未だ五人は、影の纏う禍々しいオーラに圧倒されて武器を構えることすらできぬのだ……。


 そも、人に対して横柄な態度を取れる者は二つの種類に分けられる。

 一つは相手と自分の力量を、推し量ることもできないただの馬鹿。
 二つ! 横柄な態度を取るだけの自信。即ち圧倒的な実力を、その身に宿す者とにだ。

 そして今、目の前に立つこの影は後者。

 だからこそミライたちは影に対抗するために、クラウンの持つ神秘の力を求めたのだ。

 少女たちの悔しさ溢れる顔を見渡して、影が「フフン」と鼻で笑う。
10 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:45:18.34 ID:Uk8Ct2Aw0

「無様なものだなぁ……実に! なによりお前たちのようにドジで、グズで、
 お間抜けな三下マジカルガールなど、初めから私の敵では無かったが――」

 そうして喋り続けるは、罵倒、罵声、悪態の山。
 ひとしきり少女たちを口汚く罵りこき下ろすと、影が巻き物を持つ手を振りかぶる。

「あぁっ!?」

 フウカが思わず声を上げた。
 影の手から放り出された巻き物が、空中で紫の火炎に包まれたのだ! 

 さらには五人の周りをどす黒い、炎の壁が囲い込む。 
 それはあらゆる負の感情を糧にして生み出された業の火だ。

 猛る漆黒の壁の向こう側から、影の声だけが聞こえて来る。

「それでもだ、ここまでやって来たことは褒めてやろう。
 なに、私は慈悲深い心の持ち主でね……一思いには殺さん! じわじわと嬲り、苦しめ、その絶望の果てに――」

「やっかましい! 言わせといたらペラペラベラベラいつまでもっ!!」


 しかし、遂に限界は訪れた!

 その身にたぎる怒りに任せてナオは叫ぶと、今度は力いっぱい魔法のステッキを振り上げる。
 すると空気を切り裂く閃光が目の前で燃える炎の壁にぶつかって……が、それだけだ。

 放たれた光はするりと壁の中に吸い込まれ、
 次いで無駄な抵抗だと言わんばかりに悪魔たちの笑う声が響き渡る。
11 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:47:26.25 ID:Uk8Ct2Aw0

「ああ、もう! このっ! このっ!」

「なんで!? 魔法が全然効かないよぉ〜!!」

 残る四人もナオに続いて必死に魔法を放つのだが、
 壁はさらに勢いをつけて燃えながら五人との距離を詰めるのだ。

 正に絶体絶命の大ピンチ。もう、打つ手は何も残ってはいない……。

 誰も口にはしなかったが、彼女たちは自分の胸の奥底に絶望が生まれ始めるのを感じていた。
 ……ただ一人、マジカル☆ミライを除いては。


「……みんな、心配しなくても大丈夫だよ」

 そこには何の根拠があるのだろう? 

 だがしかし、彼女の優しいその声は動揺する四人の心を落ち着かせ、
 安心させるだけの強い力を持っていた。……これまでの旅でそうであったように。

 そして! これからの戦いにおいてもそうであるように!

 自分を見つめる仲間の顔をぐるりと見回し、
 ミライは持っていたクラウンを自分の頭にちょこんとのせた。

 それから彼女は太陽のように明るい笑顔を、
 満面の微笑みを浮かべて皆に言ったのだ。


「だって光のクラウンは……最後の希望はまだちゃんと、ここに残ってるんだから!」
12 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:50:21.83 ID:Uk8Ct2Aw0
===

 ――北上麗花は夢を見た。

 それは不思議な力を持つ五人の少女が巨悪に立ち向かう夢であり、
 麗花もそんな少女たちのうちの一人だった。

 だが敵は余りにも強大で、もはやこれまで打つ手なし。
 窮地に追い込まれた状況下、リーダーでもある少女が叫ぶ。

『どっか、飛んでっちゃえぇぇーっ!!』

 次の瞬間、彼女の被る王冠から眩い虹色の光が迸り、
 それは辺りを覆う闇を払うと麗花たち五人を包み込んだ。

 ……光の向こう側から断末魔。

 きらめく星屑の層に囲まれて、麗花は自分の身体がふわりと浮かぶ感覚を味わい……そして、夢から覚めたのだ。


 カーテンから差し込む朝の光にしばしその目を細めると、
 彼女は枕元のうるさい目覚まし時計をはたいて体を起こす。

「……へくしっ!」

 そうして気の抜けるようなくしゃみを一つ。
 窓の外には雪がちらつき、部屋の中も肌寒い。

 ぶるるっとその身を震わせながら毛布を羽織ってもぞもぞと、
 麗花はベッドの上から芋虫のように床へ向かってずり落ちた。
13 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:54:56.50 ID:Uk8Ct2Aw0

「ふわ、あ……あぅ」

 寝ぼけまなこを擦って大あくび。

 猫のように体を伸ばすと、今度は四つん這いで部屋の中央に置かれた座卓の傍までぺたりぺたりと移動する。

 ……一応の補足をしておくと、立って歩かないのは足の踏み場が無いからであり、
 散らかり放題に散らかった彼女の部屋において言えば、二足歩行よりも四足歩行の方が安全かつ安定なのだ。

「ん、しょっと」

 ぐわらぐわらがっしゃん。

 現代の九龍城もかくやと乱雑緻密に積み上げられていた机の上のガラクタを腕のひと薙ぎで払いのけると、
 麗花は発掘されたスケッチブックの白いページにお気に入りのクレヨンをスルスルと走らせる。

 時折こくりこくりと船を漕ぎ、それでも彼女は描き終えた。

 五つの星でそれぞれ囲まれた五人の少女が手に手を取って笑いながら、人の形をした黒い影と戦う絵をだ。


「んっ……これでよし♪」

 半分閉じかけた瞼を瞬かせ、我ながら上手く描けたぞと満足そうに頷いて……麗花はそこで力尽きた。
 ぱたりと座卓に突っ伏して、すぅすぅと幸せそうな寝息を立て始める。

 人、これを二度寝と呼ぶ。

 次に眠りから覚めた時、彼女は今朝見た夢の内容を、
 自分の描いた絵の内容を、綺麗さっぱり忘れていた。

「……え〜っと?」

 さらにはスケッチブックの上に置かれていた見覚えの無いアクセサリーを前にして、
 不思議だと首を捻ることになる。彼女が手に取り眺めるブレスレットには、星型の光る宝石がついており……。



 全ては独立機動戦艦「ミャオ」所属、
 ミリオンアーマー部隊員麗花の休日に起きた一幕だった。
14 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 20:58:01.93 ID:Uk8Ct2Aw0
===第一幕「その一日はエイプリルフール」

 ああ、素晴らしきかなエイプリルフール! 
 この感動を伝えるためにも今一度。ああ! 素晴らしきかなエイプリルフール! 

 ……コホン。えー、皆々様もご承知の通り、エイプリルフールとは多少の嘘をついても容認される素敵な日。

 もう少し具体的なことを言うならば、
 普段よりも大掛かりなジョークを披露しても許される、一種のお祭りのような日と言える。


 が、だからと言ってどんな嘘でも無条件に許容されるワケでは無い。

 余りに悪質なジョークはジョークに成り立たず、やはり叱られ嫌われ怒られてしまうモノであり、
 行き過ぎた嘘は人を引っ掛ける前にボロを出してしまうことだろう。


 ……とはいえ嘘から出た真という言葉があるように、
 なにか冗談じみた計画をこの日に合わせて初めてみるのも一興らしい。
15 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:01:27.39 ID:Uk8Ct2Aw0

 例えばそう、ここに一人の男が居る。
 彼は今、死んだ魚のような目で手にした人形の頭を撫でていた。

 なにもひと月早い五月病でも、心が病んでしまっているワケでもない。

 手にした人形のモデルとなったある少女が、
 その胸の内に秘めていた壮大な野望の実現に向けてとうとう事を起こした結果である。

 少女は常々考えていた。

 どうすれば己の可愛さを日本中、いや世界中、まだまだもっと、もっとだ! 
 この銀河の果ての果ての先、願わくば次元を超えたそのまた向こう側にまで届けることができるかを。

 湧き水のようにこんこんと溢るる自身の魅力をもってして、全ての生きとし生ける者に笑顔の花を咲かさんと!


「だからこその『全人類一人一茜ちゃん人形計画』! 
 日本を! 世界を! そして全宇宙を、茜ちゃん人形で埋め尽くすのだ〜!」


 少女は言って、男は野望に巻き込まれた。

 こうして人形の量産体制を整えるための打ち合わせに出てしまった彼女に代わり、
 古い貸しビルにある事務所にて、男は人形を増やす作業に従事することとなったのだ。

 ……それにしても、一体どこから引っ張って来た技術やら? 

 彼は出処不明の超々技術によって撫でれば撫でるだけぽこぽこぽこぽこ増殖する
 にゃんとも可愛い人形の、頭をひたすら撫で続ける。
16 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:04:01.66 ID:Uk8Ct2Aw0

「まさかな。以前からちょくちょく聞いてたけど、茜のヤツ本気だったとは……」

 記念すべき765体目の人形を出荷用の段ボール箱に詰めこむと、
 男は呆れとも感心ともつかぬ調子で呟いた。

 既に計画の八割ほどは完了し、後は人形の数を揃えるだけでいいらしいのだが……。

 この計画を打ち明けて来た少女の卓越した行動力、そして準備のよさにまたため息。

 するとどうだ? 男の周りにはたちまち陰気な空気が立ち込めて、
 まだ若いというのに丸めた背中からは哀愁が……。


「……全く、なーにを辛気臭い顔してるんですか」

 そんな姿を見かねたのか、あるいは鬱陶しくも思ったのか? 

 彼の同僚である秋月律子が元気づけるようにその背中をパンと一叩き。

 気怠い呻きと共に顔を上げた男に向けて、
 念を押すように「いいですか?」と指を振りながら言葉を続けた。
17 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:07:15.97 ID:Uk8Ct2Aw0

「今日と言う日は我が765プロダクションにとって記念すべき一日になるんですよ? 
 もっとシャキッと、嬉しそうな顔をしててください」

「記念すべき一日だって? ウチが名誉ある茜ちゃん人形製作所、
 その第一工場に晴れて任命されたことかい?」

 言って、皮肉めいた笑みを浮かべる男を「違いますよ!」と一睨み。
 それから律子は腕を組むと「……もう、知ってる癖に」と拗ねるように口を尖らせた。

 もちろん、男だって本気で言ったワケじゃない。
 すぐに「悪い悪い」と頭を掻きながら謝ると。


「劇場、テーマパーク、メガフロートドームと来た次が、異星人大使を招いての765親善宇宙ライブ! 
 ……弱小だなんだって言われてた頃から比べると、随分遠くまで来たもんさ」

「それもこれも、みんなが頑張ってくれたお陰ですね」

 そう、そうなのだ。かつては所属人数も片手で数えられるほど。

 現場に赴いてはトラブルばかり起こしていた小さなアイドルプロダクションも、今では立派なその道のプロ。

 他所の追随を許さぬ尖りに尖ったアイドルたちと、
 それを活かす適材適所なマーケティング。

 さらには今までの仕事で生まれた数々のコネ、貸し、虜にした各界のお偉い方さんたちの後押しもあって、
 ついに事務所は本日この日、人類史上初となる、大掛かりな宇宙ライブを開催するに至ったのだ。
18 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:09:26.94 ID:Uk8Ct2Aw0

 とはいえ、それもたった今律子が述べた通り。

 全ては所属アイドルたちの日頃の頑張りの成果であり、
 さらには彼女たちと二人三脚でここまで歩んで来たスタッフ陣の屈力あってこそ。

「勿論、そのみんなには律子もちゃんと含まれてるぞ」

「当然、プロデューサー殿だって」

 二人は互いに見つめ合い「わっはっはっは!」と笑い合う。

 そんな彼らをパーテーションの陰より盗み見……いや見守りながら、
 事務員である音無小鳥は口元を押さえ耐えていた。

 一体何に耐えていたのかと問われれば、
 それはいつもの妄想による副作用……鼻血にだ。

 ちなみに今回の妄想テーマは実に健全、
「男女間の友情は成立するか?」だったと言う。
19 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:11:19.27 ID:Uk8Ct2Aw0
===

 例え仕事や部活が休みでも、仲の良い友人たちが集まる場所なら自然と足が向いてしまう。

 麗花が事務所を訪れたのは、つまりはそういう理由から。

「とはいえ……。せっかく来てくれたのに悪いな、麗花。
 俺は仕事があって、相手をするのは難しそうなんだ」

 ところがだ、麗花の当ては外れてしまう。

 非番で訪れた事務所には大量の人形に埋もれた男以外に人はおらず、
 普段ならば待機中のアイドルたちで賑わう談話スペースも、今は出荷を待つ段ボールが山と積まれているだけだ。

「そうなんですか? 残念……」

 口元に手を当てながら呟いて、悲し気な表情を浮かべた麗花に男は申し訳ないとはにかんだ。

 すると彼女も彼の気持ちに応えるため、そしてなにより自分の受けたショックの大きさを表すために、
 肩にかけていた大きな鞄を豪快に床へと取り落とす。……ガシャン!
20 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:13:32.35 ID:Uk8Ct2Aw0

「うーん、どうしようかな……」

「おいこら麗花」

「あ、そうだ! お仕事中のみんなに会いに行こうっと♪」

「聞いてるか、おい」

「突然会いに行ったら、みんな驚いてくれるかな? ふふっ♪ ではでは、行ってきまーす♪」

「おいってば!」

 男が声を荒げて机を叩く、驚いた麗花が目を丸くして振り返る。

 まさに今、見事なまでの切り替えの早さを見せつけて
 事務所を飛び出そうとした彼女の動きがピタリと止まる。


 そんな二人の間には、鞄の落ちたその床には、
 窮屈な場所から解放された自由に喜びはしゃぐ玩具の群れの姿があった。

 ある物はコロコロと家具の隙間に入り込み、
 ある物は辺りに散らばって、ある物は床に謎の染みを作り出している。

 ……それはつまり積み木とか、パズルだとか、シャボン液だの墨汁だのと呼ばれる玩具たち。

 ドアノブにかけていた手をそっとどけ、麗花はそれら全てから目を逸らすと、
 面倒くさげにぷくーっと片頬を膨らませた。
21 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:15:36.53 ID:Uk8Ct2Aw0

「もう、なんですか?」

 そのうえ小首を傾げると、甘えるように肩をすくめて見せたのだ。

 もはやその仕草は狂気の、いや、凶器の沙汰。

 危うく喉から出かかった「何でもない」と言う言葉を飲み込むと、
 男は腹に力を込めて惑わされまいと麗花を見た。

「なんですか、じゃあないだろう? ちゃんと片して行きなさい」

「……プロデューサーさん♪」

「却下する」

 そうして彼は、毅然と言ってのけたのだ。


 換気の為に開けられていた窓から、「うぅ、いじわるです!」なんて麗花の恨めし気な声が外へと響く。

 すると事務所の入ったビルの前、日課の清掃作業をしていた小鳥は
 筒抜けな二人のやり取りに「あらあら」と頬に手を当て苦笑して。

「今日のプロデューサーさんは強気ねぇ」

 自分も彼女のお手本にならねばと、普段よりもいくらかキビキビとした動きで歩道の箒掛けを再開したのだった。


 ……しばらく経って麗花がビルを降りて来ると、
 小鳥は消沈した様子の彼女を労いの笑顔で出迎えた。
22 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:17:28.14 ID:Uk8Ct2Aw0

「ふふっ、麗花さんは相変わらずね。お掃除はちゃんとできたかしら?」

 すると麗花は深いため息を一つつき。

「こんな時、自分の力が恨めしいです。二人より四人、四人より沢山いれば、お掃除なんてあっという間に終わるのに」

 だがしかし、小鳥は彼女の言葉を「そうねぇ」と曖昧な相槌でもって誤魔化した。

 なぜなら彼女は知っている。

 例え"麗花"がいくら居ようとも、増えた彼女たちは誰一人として
 お掃除係などやりたがらないだろうと言う事実をだ。


「それじゃあ小鳥さん、行ってきまーす♪」

「はい、行ってらっしゃい」

 他のアイドルたちに会いに行くと元気に走り出した麗花の背中を見送って、
 小鳥は集めたゴミを袋に入れた。……するとまた、背後に迫る人の気配。

「あーあ、プロデューサーさんのいじわる……。小鳥さんも、お掃除怠けてちゃ怒られますよ?」

「いやいやいや、私はちゃーんと掃除して……ん?」
23 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:19:56.58 ID:Uk8Ct2Aw0

 言って、顔を上げた小鳥の見たものは? 

 事務所の前に広がる道に、「それじゃあ小鳥さん、行ってきまーす♪」と見覚えのあり過ぎる後ろ姿が消えて行く。

 ……デジャブ。一人は街へ、もう一人は事務所の裏山に続く道へ。

「あっ……はい! 気を付けてくださいねー!」

 走り去る背中に声かけて、小鳥はやれやれと肩をすくめた。
 どうやら今日も、賑やかな一日になりそうだ……なんてことを頭の隅で思いながら。


「さ・て・と……私も一日、頑張りますか!」

 青く晴れ渡る空を見上げて気合を入れるガッツポーズ。
 今日は遠く広がる街並みにそびえ立つ"豆の木"の姿も良く見える。

 さらにはそこから上に昇れば、律子も向かった星々の輝く宇宙(そら)があり……。

 本日は素敵なエイプリルフール。
 バカバカしいほどにハチャメチャで、ドタバタなとある一日が始まった。
24 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:24:47.54 ID:Uk8Ct2Aw0
===第二幕「スクランブル・アイドルズ!」

 さて、甚だ唐突ではあるものの、ここで少し歴史のお勉強などどうだろう? 

 かの軌道エレベーター『豆の木』の建設が完了したその月のうちに、
 地球は大銀河連合に加盟する星の一つとなった。

 細かい事の経緯については教科書や専門書がより詳しく、ここでの説明は省かせてもらうのだが……。

 とにかく思い出して頂きたいのは、
 この件を一つの節目として人類が本格的な宇宙進出を果たしたという事実である。


 また、同時に米軍を中心とした世界連合軍の活動も本格的な物となり、

 卓越した戦闘能力を持つ非公式戦力「第765部隊:アイドルフォース」が
 国際テロリスト軍の新型兵器を破壊したことも我々の記憶には新しい。

 そして今、久方ぶりの緊急招集をかけられて彼女はこの地に戻って来た。

 以前に参加した作戦において、国テロ軍の汚染兵器『トリニティ』破壊に多大なる貢献を果たした兵士。
 さらにその後に起きたデストルドーとの全面対決においても功績を残した伝説の"アイドル"。

 自分よりもはるかに屈強な男たちを前にして、臆しもせず威嚇もせず、
 粛々と向き合う少女の姿は正に噂通りの鉄仮面(ポーカーフェイス)
25 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:29:54.93 ID:Uk8Ct2Aw0

「初めまして、真壁瑞希です」

 そしてまた、規律と模範を音に込めたような彼女の声は兵士たちの耳によく届く。

 ここは世界連合軍の日本支部。そのブリーフィングルームの壇上に立ち、
 765プロ所属アイドルである真壁瑞希は実に見事な敬礼を披露した。

「では、早速説明を」

 腕を降ろし、自分の隣に立つ副長
 ――サングラスをかけた髭面の、いかにも一癖二癖ありそうな悪役顔の男である――
 から資料を挟んだクリップボードを受け取って、瑞希はこの場に集められた兵士の顔をぐるっと見渡す。


「皆さん、実に見た目は良さそうで。……骨のある奴がいるといいな」

 口調はほんのりほんわかと、冗談めかしていたものの……瑞希の瞳は真剣だ。

「期待してください」副長がその太い腕を得意気に組み、兵士たちのことを顎でしゃくる。

「主力部隊は留守ですが、大半はMSSからの選抜組で……実力の方は確かですよ」

「MSS……。水瀬セキュリティからですか」
26 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:31:35.21 ID:Uk8Ct2Aw0

 懐かしそうに瑞希が呟く。

 それから彼女は被っていた軍帽を指の先に引っ掛けて「ふっ」と不敵に笑って見せた。

「『水瀬・セキュリティ・システム』にお任せください」

「はっ?」

 瑞希が突然取った行動に、副長が思わず訊き返した。

 すると彼女は何事も無かったように帽子を頭に被りなおすと、「コホン!」大きな咳払い。


「今のは……分からないなら結構です。それよりも作戦の説明を」

「はぁ……」

 質問を誤魔化された副長は釈然としたいようだったが、
 瑞希は視線を彼から兵士たちへと移動させ、「では皆さん。今回の作戦を説明します」と話し出した。
27 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:37:01.06 ID:Uk8Ct2Aw0

「本日未明、豆の木にある特災課より首都近辺の地下において異常な高エネルギー反応が確認されたと報告が。

 その移動特性、パターン等の一致から、上層部はこれを『特A級災害生物』の活動によるものだと断定。
 我々に出動を要請した次第です。……ここまでは、いいですか?」


 壇上で説明する瑞希の所作はまるで教師が生徒を教えるように。
 しかし生徒役がむさ苦しい男たちとなると、その絵面はちょっとしたアレである。

 そのうえ『特A級災害生物』が襲来すると言われれば、
 標的になる街だってちょっとしたアレのソレなのだ。


 瑞希の説明を聞いたことで、この事実の意味するところを知る兵士たちの間には緊張した空気が張りつめる。

 まるで「実戦だ」と聞かされた新兵のように強張った表情を浮かべた"腕利き"兵士たちの反応に、
 副長がわざとらしい咳払いをついてから口を開いた。

「知っての通り、今日はあの765プロが宇宙で親善ライブを開く日だ。
 日本に割り当てられてる連軍戦力の殆どは、国テロのライブ襲撃に備えて戦艦ミャオと共に空の上」

「ですから、我々は普段よりも少ない戦力でこの災害に対応しなくてはなりません。……とはいえ安心してください。
 これより部隊は目標の予測出現地点へと移動、特災課の担当者及びヒーローズとも協力して、対処作業に当たります」
28 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:40:57.18 ID:Uk8Ct2Aw0

 さらにそれから数分をかけ、任務の大まかな説明が終了した。

 これからは各班ごとに集まって、より細かい打ち合わせをすることになるのだが……。

 誰一人として言葉は発さず、ざわざわと騒ぎ出すことも無い。
 まるで行動を始めることを躊躇うように、彼らは瑞希をジッと見つめ続けていた。

 本来ならば部隊に入った時に覚悟を決めている者たちだ。
 今さら不安がることも、与えられた作戦に疑問を抱く者など誰一人として居ないハズであった。

 ……それが普通の相手、普通の作戦だったなら。

 
 だからこそ、兵士たちに広がる不安感。

 "アイドル"ではない一般人が挑むには、余りにも強大過ぎる相手……
 それが『特A級災害生物』なのであり、彼らがこれから対峙する相手だったのだ。
29 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:46:22.13 ID:Uk8Ct2Aw0

「……ふふっ」

 と、その時。そんな彼らの反応に、あの瑞希が小さく微笑んだ。

 瞬間、兵士たちの間にどよめきと動揺が走る――彼女の鉄仮面が剥がれる時。
 それは対峙する相手が最後に見ることになる表情だ――とは尾ひれもはひれもついた瑞希の噂から抜粋。

 だが、それはあくまで一人歩きした噂である。
 怯える兵士たちを優しい笑顔で見渡すと、瑞希は彼らにこう言った。

「最後に一つ、忘れてました。無事に任務が終わったら……みんなに、最高のおうどんをご馳走するぞ」

 恐らくは彼女なりの緊張のほぐし方。
 無事にみんな揃って帰って来るぞという強い願い。

 それはアイドルフォース総指揮官がかつて『トリニティ』破壊任務の際に口にした時から始まった、
 部隊に勝利を呼び込むジンクスだった。
30 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/20(火) 21:47:43.41 ID:Uk8Ct2Aw0
とりあえずここまで。書き溜めを推敲しながらなので更新ペースは遅めです。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/20(火) 22:19:50.97 ID:ABQnnOSp0
おつおつ
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/21(水) 10:58:36.16 ID:6MoVc/FRO
やっぱミリオンのイベントって頭おかしいんだなって
33 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:25:12.56 ID:U5+7jilB0
===

「みんな朝から忙しそうネー」

 もうすっかりぬるくなてしまったカフェオレのカップに口をつけて呟く姿は他人事。

 カフェのテラス席でのんびりと頬杖なんてつきながら、
 島原エレナは目の前に広がる喧騒の様子を眺めて呟いた。

 ……ここは街の大通り。

 つまりは『特A級災害生物』の出現予測地点に指定された件の場所であり、
 パラパラと聞こえる音に顔を上げれば、空には元気よく飛び交う世界連合軍のヘリコプター。

 そしてまた地上に視線を戻してみれば、物々しい装備でその身を固めた
 屈強な連合軍の兵士たちが地域住民の避難を先導しているところだった。


 ああ、言ってる傍からあれを見よ。

 基地より出でし彼らの任務が多岐に渡るのは想像に難くないことであろうが、今、一人の兵士が
 老婆の手を取りながら横断歩道を渡る姿など、ちょっと変わった青年団、またはボランティア団体に見えなくもない。
34 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:28:19.31 ID:U5+7jilB0

「でも、お陰でワタシたちも助かるヨ。……ねっ、ユキホ?」

 エレナはそんな微笑ましい光景に思わず頬を緩めると、隣に座る萩原雪歩に話を振った。

 すると雪歩は強張った笑顔を浮かべつつ――彼女は男性が苦手なのだ――

「だけどいつもより、人数が少ない気がするね」

「そう? ……ん〜、言われてみるとそうなのかナ?」

 言って、エレナがチョコンと首を傾げる。

 まるでインコやオウムがするように、
 その可愛らしい動きに合わせて彼女の頭のアホ毛もふわりと揺れる。

 そも、アホ毛とは本来寝癖なのか個性付けなのかと諸説が云々――。

「……予定されてる時間までに、避難が間に合えばいいんだけど」

 ――云々かんぬん。心配そうな雪歩には悪いが、
 エレナ自身は余りそうした印象を受けていない。

 なにせ大きくはこのような災害時の支援活動から、
 小さくは小学生の登下校における見守りまで。

 今や連軍兵士の姿は警察よりもよく目にし……それは街の治安が不安定なことを間接的には示していたが、
 逆に常日頃から地域社会と密着し、いざ事が起きれば迅速に対応する地盤が整っている証拠であるとも言えるだろう。


 現に目の前で行われている避難活動も、
 先ほどから随分とスムーズに人が流れ、滞りなく進んでいるように見える。
35 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:32:20.96 ID:U5+7jilB0

 全ては日本というこの島国が、
『地獄のハロウィーン』に端を発する連続した争いの舞台となった結果なのだ。

 人々は過去の出来事で学習し、それを次に活かすことを選択した。

 今回のような"いざという"状況下に置かれても、
 噴き出す不平不満を最小限に留めることができるのは、そうした過去の犠牲と反省があったからこそ。

 未だ復興作業も道半ば。半壊した建物と新たに建てられた建物が奇妙に同居するちぐはぐな街並みの中を
 忙しなく走り回る兵士たちの姿を目で追いながら、エレナはふとこんなことを思い出していた。

 確かそう、日本ではこんな状況を表すのにピッタリな表現があったハズ。
 ……グイッと雪歩の方に身を乗り出して、エレナが思い当たった言葉を口にする。

「でも、みんなが居るのと居ないのじゃ大違いだヨ! 日本の熟語で言うとこの、ソナーがあれば嬉しいナ!」

「ソ、ソナー? 確かにあれば便利だけど……?」


 自信満々に放たれた言葉には一つ二つ、いや三つほど引っかかる点があったものの、
 雪歩はエレナに訊き返すことができなかった。

 なぜならその時、彼女は目の前にあるひび割れた道路の伸びる先より現れた
 数台の戦車に注意を奪われたからである。
36 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:34:52.82 ID:U5+7jilB0

「また物騒な物まで来ちゃったなぁ……」

 呟く雪歩の気持ちなど知る由も無く、キュラキュラとキャタピラを鳴らしながらこちらに近づいて来るソレは、
 避難者たちが乗る車の群れをかき分けるようにして進み、二人のいるカフェの前を悠然と通り過ぎていく――。

「……あれ?」

「んー?」

 ……いや、通り過ぎては行かなかった。

 カフェの傍までやって来た戦車隊は、雪歩たちの前で全車が停車。

 はて、信号でも赤になったかな? なんてエレナは辺りを見渡したが、
 目に入るのは横断歩道のすぐ横で、兵士にお礼を言う老婆の姿ぐらいのものだ。


「あ……なんだろ?」

 そしてまた、雪歩が疑問を口にしたのと戦車のハッチが開いたのは殆ど同時と言っていい。

 さらには乗組員がゾロゾロと車両から這い出て来たかと思ったら、
 そのまま二人の前で隊列を組み並んだのだ。

「え、えぇっ!?」

 慌てふためく雪歩の前に列から一歩踏み出して、隊長らしい髭の男が口を開く。
37 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:36:47.66 ID:U5+7jilB0

「お久しぶりです、雪歩さん!」

「あ、あなたはいつぞやの隊長さん!」

 それは通勤途中で偶然に、昔の知り合いと出会った人のように。

 自分一人を置いてけぼりに「お元気でしたか?」「そちらこそ息災なようで」
 なんて会話を始めた二人に向けて、エレナがキョトンと目を瞬かせながら訊いた。

「なになに? オジさんたちみんなユキホのお友達?」

 ここでエレナが顔見知りではなくお友達と訊いたのにはワケがある。

 なにせあの雪歩がこれだけの人数の男性を前に気絶もせず、
 悲鳴もあげずに会話を交わしていたからだ。


 案の定、雪歩が「うん、実は」と答えると、髭の男も力強くエレナに向かって頷いて。

「彼女は我々の命の恩人、戦場を穿つ女神です! 
 雪歩さんの神業とも言える狙撃の腕に我々が、今まで何度助けられたことか――」

「そんな、女神だなんて大げさな!」

 雪歩が謙遜するように両手を振り「私なんて、せいぜいお使い天使止まりですぅ!」と否定した。

 するとそんな彼女の反応に、兵士たちの間でにこやかな笑いが起こり……
 恐らくは以前にも行われたやり取りなのだろう。なんとも和やかなムードである。
38 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:39:23.20 ID:U5+7jilB0

「ふふっ。恥ずかしがる雪歩ちゃんってばかーわいい♪」

 その時、二人の聞き覚えのある声がした。

 雪歩たちが声にひかれて目線を上げると、並んだ兵士たちの向こう側。
 戦車のハッチから「目標発見♪ 見ーつけた!」なんて顔を出したのは麗花だった。

 雪歩の言った"いつぞや"の時と同じように軍帽を被った彼女が、
 戦車の上からこちらに向かって飛び降りる。

「二人はここで何してるの? いつものお仕事、今日はお休み?」

 するとテーブルの上に置いてあった山盛りのマカロンが載った皿を手に取りながら、
 エレナが「違うヨー」と笑って首を振る。


「お休みじゃなくて待機中。チヅルの連絡を待ってるのっ♪」

「麗花さんこそ皆さんとなにを? ま、まさか非番の麗花さんが出るような、マズい事件が起きてるんじゃ……!?」

 雪歩が、不安と恐怖に青ざめた表情でそう言った。

 麗花はそんな彼女を安心させるための笑顔を浮かべ
「ううん。私はただ、途中で乗せてもらっただけ」と違う違うと言うように手を振った。
39 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:41:30.73 ID:U5+7jilB0

「この先で莉緒さんたちと会う予定だって聞いたから。
 じゃあじゃあついでに、私も連れて行ってもらおうと思ったの」

 麗花の答えに、隊長が「ええ、まぁ」と困ったように髭を摘まむ。

「本当に驚かされました。……行き先を答えた途端にハッチをこじ開けて、無理やり乗り込んで来るんですから」

「ノックの返事が無かったから、もしかして聞こえて無いんじゃないかなって」

 さらりととんでもない話を聞かされて、雪歩は「え、えぇ?」と困惑した。

 ところが兵士たち一人ひとりにマカロンを配って回っていたエレナの方は、
「うんうん、実にレイカらしいお話だネっ!」なんて、クスクスと可笑し気に笑うのだ。


 そんな彼女に麗花も「あ、いいないいな!」と顔を向けると。

「そのマカロン、私も一個貰っていい?」

「もちろんいいヨっ、はい、レイカ!」

「ありがとう! お礼にギュ〜ってしたげるね♪」

 そうして二人仲良く抱き合う姿に、兵士たちから「いい……」なんてため息が漏れ聞こえる。

 すると髭の男はワザとらしい咳を一つつき、鼻の下を伸ばす部下たちをジロリと強く睨みつけた。
40 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:43:24.15 ID:U5+7jilB0

「なにを浮かれているんだお前たちは! 任務に戻るぞ、さっさと全員乗り込めぃ!」

 一喝、雲の子を散らすように各々の戦車へ戻って行く部下の姿に苦笑して、彼は雪歩に向き直る。

「では雪歩さん。そろそろ失礼させて頂きます」

「はい。……お仕事、頑張ってくださいね」

「も、もちろんですとも!」

 天使な雪歩に微笑まれ、男が柄にもなく頬を染める。
 ……なに、彼も雪歩のファンなのだ。

 彼は脱いだ軍帽を胸に抱き、踵を合わせて直立すると。

「お二人も怪我の無いようお気をつけて。我々一同、影ながら応援しております」

「たいちょー、いつまでカッコつけてんすかー?」

「うるさいっ、今行く! ――では!」

 気合の入った敬礼一つ、こうして戦車隊は旅立った。

 この辺りの避難は終わったのか、今はもう人も車も居ない閑散とした道路の先に
 大きな車体が消えて行くのを見送って、残された三人はカフェの席に腰を降ろす。


「あっ!」

 途端、麗花が声を上げた。

 目の前の皿に残ったマカロンを摘み上げると、彼女は口をへの字に曲げて呟いた。

「私を乗せる前に出発しちゃうなんて、隊長さんってばせっかちさん」

「あ、ははは……」

 だがしかし、渇いた笑いを浮かべて雪歩は思う。
(麗花さんの場合、ワザと置いてかれたんじゃないかなぁ?)――と。
41 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:45:40.84 ID:U5+7jilB0
===

「ところで――ひふるはんほへんはふっへ?」

 手にしたマカロンをパクリと一口。
 口をもごもごさせながら、麗花が二人に切り出した。

 それにしても……どうして彼女は話している途中で食べ物を口に含むのか? 
 まぁ、麗花だから仕方ないと肩をすくめ「レイカ、お行儀お行儀」とエレナが彼女に注意する。

「それがですね、実はもうすぐこの付近に――」

 雪歩が、麗花の質問に答えようとした時だった。

 何の前触れも無く起きた地震。

 ガタガタと辺りに並ぶテーブルが揺れ、
 あちこちから物がぶつかったり落ちたりする音が聞こえて来る。

 カフェの周辺にいる兵士たちがにわかに騒めきながら走り出したのが、
 この地震が普通の地震では無いことを語っていた。


 とはいえ、ここに動じない者が。

「わー♪ 揺れてる揺れてる!」なんてはしゃぎながら、
 変わらずマカロンに手を伸ばす麗花がそうだ。

 いや、よく見れば落ち着いているのは彼女一人だけではない。

 雪歩とエレナもカップに残っていた飲み物をゆっくり飲み干すと、
 集中するために閉じていた瞼を静かに開いて立ち上がる。
42 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:48:12.10 ID:U5+7jilB0

「――来たね。千鶴さんからの連絡が無かったのは、ちょっと気になるところだけど」

「まずは目の前のお仕事お仕事♪ それから連絡しても遅くないヨー」

 言って、雪歩が右手を前に突き出した。

 すると彼女の伸ばした手の先に、白く輝く粒子が集い始め

 ――その光は何もない空中でとある物。世間一般にはシャベルだとかスコップだとか、
 とにかく土を掘る時に使う道具として認識されているアレだ――の形になって彼女の右手に収められる。

 その名称のブレについては各自で大いに議論してもらうことにして、
 隣では全身を同じような光に包まれたエレナが軽快なリズムの鼻歌を口ずさんでいた。

 それは彼女の出囃子かつ、変身する時のテーマソング。


「よっ! いつ見ても二人の変身はカッコ良いね♪」

 エレナの奏でるサンバビートに身を揺らし、麗花がやんやと手を打った。
 例えるならばそれは、朝の特撮ヒーロー番組や、魔女っ子アニメを見ている人の反応だ。

「麗花さん、もしものことがありますから――」

 なるべく距離を取って下さい。すっかり物見気分な麗花に向けて雪歩がそう続けようとした刹那、
 一際強い揺れが三人を襲い、目の前の道路が轟音と共に隆起する。
43 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:51:07.57 ID:U5+7jilB0

 メキメキと地面が持ち上げられていく様を目の当たりにした兵士が悲鳴を上げて逃げる中、ソレは姿を現した!

「フゥッ!」

 さらには間に入ること間一髪! 

 その衝撃によってこちらに向けて弾き飛ばされたコンクリート片の一つを
 すんでのところで蹴り落とし、エレナが麗花の身を守る。

「レイカ、ダッシュ!」

「もう、しょうがないなぁ」


 先ほどまでの服装から一変。神話の登場人物のようなキトンを身に着けて、
 あまつさえ羽根まで生やしたエレナが麗花のことを急き立てる。

 さらにはこちらもすっかり変身を終え、エレナ同様にキトンを纏った雪歩が光り輝くスコップを構えて仁王立つ。

 ……そして! そんな二人が睨む先、地面に生まれた巨大な裂け目から今、
 ゆっくりとその巨体を持ち上げたのは――。
44 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:54:25.96 ID:U5+7jilB0

「出たな、地底怪獣モグランゾー!」

 雪歩が手にしたスコップを斜に構え、現れた巨大なモグラに向けて見栄を切る。

 そも、地球が銀河連合にその名を連ね、
 科学技術が急速な進歩を見せた時、人は宇宙だけでなく地下へも目を向けた。

 今まで以上のスピードで行われる地下空間の開発と整備、さらには埋没資源の調査発掘。

 それらが人々の暮らしに大きな利益をもたらす半面、
 新たな脅威をも呼び覚ましてしまったことは既に皆さんご存知だろう。


 そう! それこそが地底怪獣モグランゾー。
 人類が宇宙へ進出する遥か以前より地底をねぐらとしていた巨大生物。

 昨今、地下深くから人の手によって揺り起こされたこのモグラに似た巨大生物は、
 時折こうして地上に現れては人を、街を襲うのである!

 まさに天災、厄災、そしてある意味では人災とも言える人類史稀に見る天敵に対し、
 悲しいかな、人々の取れる抵抗の手段は余りに少ないものだった。

 当然、初めてこの生物と対峙した時には撃退するために軍が、そして自衛隊が動いたが、
 その強靭な硬度を誇る皮膚と毛皮はあらゆる火器を物ともせず、

 一度は核にも匹敵する威力を持つという、火星製の熱線化学兵器で対処を主張した学者もいたが……
 彼は今、未曾有の大火災を引き起こした責任者の一人として法廷に。
45 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:55:55.22 ID:U5+7jilB0

 後に『モグランゾー・コンタクト』と呼ばれることになるこの一連の騒動は、

 既存の兵器での撃退は不可能どころか、返っていたずらに被害を悪化させてしまうことを
 最悪の形で立証してしまった事件であり、その後の政府の対応をガラリと変えさせるきっかけとなった出来事だった。

 そんな窮地に立たされた人類に、唯一残された対抗手段はと言えば――"アイドル"! 

 それは常人離れした身体能力を有して時折生まれる異能体。
 又は未知なる脅威と戦うためにステージを進んだ新人類。

 そして今、この場に居合わせる雪歩とエレナの二人はモグランゾーのような
 "災害指定"された生き物を鎮めるためにその力を開放して立ち向かう。


 "アイドル"事務所765プロダクション特殊災害対策課所属、
 雪歩とエレナが背中に生えた翼を開き、気合を入れるように名乗りを上げた。

「採掘天使、ユキホホル!」

「天道天使、エレナール!」

「地底怪獣モグランゾー! 聖なる光で導きます!!」

 天使! 人は戦う彼女たちの姿からも、二人のことをそう呼んだ!
46 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/21(水) 23:57:11.99 ID:U5+7jilB0
とりあえずここまで。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/22(木) 08:17:40.58 ID:eI2f/OqfO
ステージってそういう意味かよ!
アイドルって凄い…
乙でした
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/22(木) 12:39:57.47 ID:6E5f9zNZO
おいおい、idolの意味に一つ抜けてるぞ
5.ロボット
なんちゃって

……まさかこれ元は「走れ麗花」?
おつおつ
49 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:00:45.50 ID:QXl1fQYg0
>>48
これ明記してた方が良かったりしたのかな?

仰る通り「とある一日」「茜ちゃんメーカー」「マジカルクラウン」をベースにしていた「走れ麗花」に
残りのミリマスイベントを混ぜ込んだうえで辻褄合わせの為のオリジナル要素を足した話になります。

結果、どんな話になったかは……どうぞ続きをご覧ください。
50 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:02:27.49 ID:QXl1fQYg0
===

 都市部にモグランゾーが出現した。

 そのことは慌ただしさを増した付近の連軍兵士の様子だけでなく、
 耳に聞こえて来る騒音と、先ほどから断続的に続く地面の揺れで千早にも察することができた。

 雪歩たちのいる大通りからは距離のある河川敷。
 型の古い携帯電話を耳に当て、如月千早は電話の主に返事する。


「天使が? ……分かりました。私たちも合流して対処します」

 言って、千早は電話を切った。

 ポケットに携帯を押し込むと、
 彼女は傍らで待機していた篠宮可憐に振り返る。
51 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:05:47.12 ID:QXl1fQYg0

「篠宮さん。たった今、早坂さんから連絡が」

「き、聞こえていました……天使、ですね」

「ええ、それと例の地底怪獣も」

 千早の物言いは淡々としたものだったが、そこには微かな焦りがある。

 彼女の緊張を可憐は匂いで感じ取ると、自分も知らずの内に
 跨っていたロードバイクのハンドルをしっかと握りなおしていた。

 ……遂に来たのだ、この時が。
 日頃の訓練の成果を見せるにはうってつけとも言える檜舞台。

 自分と交代するように千早がサドルにお尻を置くと、可憐は自転車のペダルを踏みこんだ。

 ロードバイクの二人乗り。本来は大変危険な行為だが、緊急事態だ大変なのだ。
 ぐんぐん加速度をつけながら、二人は大通りに向けて走り出す。


「それにしても――」

 ダンシングする可憐の肩に両手を置いて、バランスを取りながら千早が言う。

「今日は少々、忙しすぎると思いませんか? 平時の業務に、モグランゾー」

「それに事務所の……し、親善ライブのことですね」

 可憐の打った相槌に、千早が「はい。……それが一番問題です」と頷いた。

 首から紐でかけているデジタルカメラに視線を移し、
 彼女は苛立ちを抑えられないと言ったように唸る。
52 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:08:03.15 ID:QXl1fQYg0

「このままだと間に合わなくなるかもしれないわ。……高槻さんのステージに!」

 瞬間、可憐の肩に痛みが走った。
 千早が掴まっている両の手に、不意に力を込めたのだ。

 ……とはいえ、それも仕方がないことだろう。

 本来ならば彼女は今頃、765プロの専属カメラマン見習いとして戦艦ミャオに随伴していたハズなのだ。

 理由は単純、贔屓のアイドル高槻やよいのライブ姿を、カメラに収めるためである。


「……すみません千早さん。私が、その、デビュー戦なばかりに迷惑を」

「い、いいえ! そんなつもりで言ったワケでは……。それにこれも、私の大事な仕事ですから」

 申し訳ないと謝る可憐に、千早が慌てて首を振った。そう、仕事。

 世間的には歌手寄りのアイドルとしても認知されている千早がなぜ、カメラを持ってここにいるのか? 
 ……その理由についてはもう間もなく、詳しく語ることができるだろう。
53 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:10:25.37 ID:QXl1fQYg0

 それまでは比較的滑らかだったアスファルト道路が、
 徐々に亀裂と段差混じりのガタガタとした物に変わる。

 が、可憐たちの乗る自転車の造りは特別製。
 この程度の悪路でたちまちダメになってしまうほど、ヤワな素材では出来ていない。

 とはいえ、大通りに近づくにつれて道はますます悪くなり、
 次々と目に入る光景も、まさに惨事と言って然るべし。

 周囲には崩壊したビルや黒煙を上げる車が転がって、
 あちこちの瓦礫には連軍兵士が右往左往。

 逃げ遅れた人々の救助や避難を指揮する横を通り抜け、
 破壊の傷跡が生々しい街並みに、可憐が怖気付くように呟いた。


「あぅ……こ、これは……」

「……今回も派手にやってますね」

 その時、避難する市民の列から一人の人間が飛び出して、二人の傍へとやって来た。
 どんな時でも笑顔だけは決して崩さない、ご存知北上麗花その人だ。

「千早ちゃんに可憐ちゃん! こんなところで会うなんて奇遇だね〜」

「れ、麗花さん!? ここで何をしているんですか!」

「皆さんのお手伝い……でしょうか?」

 二人の乗った自転車と涼しい顔で並走しながら、麗花が「ううん、違う違う」と首を振る。
54 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:12:42.86 ID:QXl1fQYg0

「実は莉緒さんたちのところに行く途中で雪歩ちゃんたちと偶然会って……巻き込まれちゃった」

 そうして参ったとでもいうように、ポンと頭を一叩き。
 千早が小さく肩をすくめ、麗花の被る軍帽を呆れた顔で一瞥した。

「今日、私と同じで非番でしたよね?」

「そうだよ? だけどお仕事中のみんなに差し入れなんかしてあげたら、喜んでくれるかもって思ったから」

 麗花が言って、ウェストポーチのチャックを開けた。
 次の瞬間、辺りに響く轟音、爆発、大炎上。

 空高くから降って来た巨大な岩が直撃し、
 三人の傍で燃える鉄塊へと成り果てるのは路肩に止められていたタンクローリー。

「ひゃあぁっ!?」

 熱気と爆音に驚いた可憐が絶叫し、乗っていた自転車のバランスが崩れるが……
 咄嗟に足を出した千早と支えに入った麗花のおかげで、なんとか転倒は免れる。
55 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:15:34.53 ID:QXl1fQYg0

「あ……ありがとう、ございます……」

 お礼を言う可憐に「なんのなんの」と応えると、麗花はパラパラと肩にかかる火の粉を払いつつ、
 ポーチの中からおにぎりの入ったビニール袋を引っ張り出した。

「それでねそれでね? ツナマヨと鮭と生たらこ! みんな気に入ってくれるかな〜♪」

「まぁ、麗花さんにしては無難なチョイスだとは思いますけど。
 それより火の粉は熱いので、できれば他所に散らしてください」

「お、お二人とも流石……場馴れしてますね」

 突然のアクシデントに取り乱した可憐とは対照的に、
 麗花たちは普段通りのテンションだ。

 ここに、踏んで来た場数の違いがキラリ。


 そんな一行の向かう先、モグランゾーが暴れる市街では、
 二人の天使が奮闘虚しく苦戦していた。

 ……もちろん、雪歩とエレナのことである。
56 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:19:01.94 ID:QXl1fQYg0

 それを形容するならば、正に威圧感の塊か。

 二本の後ろ足で立ち上がり、自分を見下ろす
 巨大なモグラ獣を険しい視線で捉えたままで、雪歩は訝し気に呟いた。

「……なんだろう、変な感じ」

 刹那、この巨大なモグラ獣は凄まじいほどの怪音を――黒板を爪で引っかいた時に出る不快な音を、
 さらに野太くしたような嫌な音だ――発してその太い腕を雪歩目がけて振り下ろす。

「はっ!」

 すんでのところで身をひるがえし、その強烈な一撃をステップを踏んでかわす雪歩。
 日頃の辛いダンス練習が、こういう時に役に立つ。

 地面がめくれ、破片となったアスファルト道路が散弾のように辺りへ飛び散る。

「くぅっ!」

 今度は手にした光のスコップをバトンのように回転させ、飛んできた破片を弾き飛ばす。
 彼女の生成したスコップの、その大きさは自由自在。


 有事の際にはこのように盾としても――。

「はあぁっ!!」

 また、武器としても使うことができる――地面を強く蹴り跳躍! 

 攻撃の隙を突く形で、雪歩は巨大モグラの頭部に重たい一撃をお見舞いした。

 ……が、「効いてない!?」相手は多少よろめいただけで、
 ダメージというダメージを受けてはないらしい。

 どころかそのよろめきから戻る動きを利用して、
 下ろしたばかりの腕を勢いつけて振り上げる!
57 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:22:27.28 ID:QXl1fQYg0

「きゃあああぁっ!!」

「ユキホっ!?」

 岩盤をも易々と引き裂く爪による、重く、鋭いアッパーカット。

 おまけに打ち上げられた雪歩が落ちて来るところを見計らい、
 モグランゾーは腰の入ったストレートを彼女の体に打ち込んだ!

 横っ飛びに吹き飛んだ雪歩が道路脇のビルへと叩きつけられて、辺りに破片とガラスが派手に散る。

 さらにエレナが彼女の安否に気を取られた一瞬の内に、死角に迫る巨大な殺気。
 不気味な風切り音と共に突き出された脅威の一撃が、彼女を上から押しつぶす。


「きゃうっ!?」

 思わずエレナは悲鳴を上げて……。

 どうにか受け止めた両腕がミシミシと音を立てて鳴っている。
 続く二撃目を受ける寸前に、後ろへ跳ねて距離を取る。

 大地が軋み、傍にあった電柱が道に倒れ込む。

 放電しながら踊る電線の束を避けながら、
 エレナは自分たちが追い詰められている事実に戦慄した。
58 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:26:39.41 ID:QXl1fQYg0

 そも、これまでに確認された地底怪獣は、その殆どが温厚な個体であった。

 彼らは例え地上に出て来ても、こちらから攻撃を加えない限りはもっぱら周囲を散策することをメインの活動行為とし、
 建物の破壊や人的被害といったものは、いわばお散歩による副次的な結果でしかなかったのだ。

 そんな彼ら"お上りさん"を強い光によって誘導して元いた巣穴に戻すのが、
 天使たるエレナたちのお役目であり、与えられていたお仕事なのだが……。

 にも関わらず、この個体は違う。

 手当たり次第に近くの物を攻撃する凶暴性、こちらの妨害を物ともしない強靭性、
 そして何より話が、意思疎通ができやしない。


 怪獣であるモグランゾーに話が通じないだって? 

 なにを当たり前のことを言っているんだと仰る方は、
 どうやら異種族とのやり取りを補助する為に生まれた画期的な新技術、通称『ハナセール』のことをご存知ないと見た。

 これは大銀河連合より提供されたテレパス理論を応用した技術であり、
 人語を解せぬ生物とも簡単な意思の疎通ができるようにする為の製品で

 ――例えば相手の喜怒哀楽を読み取ったり、お手、伏せなどの簡単な指示を出したりだ――

 アイドルの中でも使える者は限られるが、
 天使たちがそれぞれ頭の上に浮かべた輪っか、アレこそがハナセールなのである。

 ちなみに研究開発は世界の水瀬が行っており、現在特許出願中。
 アドバイザーはかの有名な、我那覇響その人である。
59 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:29:04.43 ID:QXl1fQYg0
===

「押されてるわ」

 構えたカメラのファインダー越しに、
 二人の天使の戦いぶりを見守っていた千早が呟いた。

 戦況は甚だ芳しくなく、派手に倒壊を続ける街並みも、
 彼女の心証を悪くする材料の一つだった。

 なにせ対モグランゾー戦における損害費用の何割かは天使側――
 つまりは765プロが負担しなくてはならないのだから当然だろう。

 千早がカメラを構えて危険な戦地に赴く理由はここにある。

 彼女の隣でオペラグラスを目に当てて、見物していた麗花が言う。

「二人とも派手に壊してるけど……今度の写真集、売り上げで補てんでるのかな?」

「できるできないで言うならば、できてくれないと困ります。その為の撮影なんですから!」


 麗花の呑気な疑問の言葉に、千早が苛立ちを隠せず唸る。

 もう前回受けたような屈辱は……ダメ押しとばかりに猫耳スク水写真を
 おまけでつけるような事態だけは回避したい。

 そして、その為にはこれ以上被害が広がるのはマズい、マズいのだ。非常に……。
60 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:31:21.24 ID:QXl1fQYg0

 そんな千早の心情を察したのか、「わ、私、出ます!」瓦礫の山に片足をかけて、
 自転車用のヘルメットを外した可憐が言った。

「篠宮さん!? でも、アナタは――」

 アーマー無しでの戦闘は、初めてのことになるのだから。

 そう続けようとした千早の言葉を「大丈夫です」と遮ると、
 可憐は強い決意を秘めた眼差しで彼女のことを見下ろした。

 その長く美しい髪がざわざわと生き物のように脈打って、辺りの空気を震わせる。
 千早も無言でカメラを構え、その美しい横顔にレンズを向ける。

「その為に私はここに居るんです。事態が手遅れになる前に、
 これ以上、二人に負担を強いるワケにはいきません……!」

 先ほどまでのオドオドとした態度は既に消え去り、
 そこには765特殊災害対策課が満を持して送り出す、新米サイキッカー・アイドルの雄姿があった。
61 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:33:11.54 ID:QXl1fQYg0
===

 一方その頃別の場所。

 モグランゾー出現の報を受け、平時は天空騎士団を率いる聖母こと天空橋朋花も、
 可憐たちがいる現場近くにちょうど到着したところであった。

 既に尋常ではない崩壊っぷりを見せる街並みを鋭い視線で一瞥し、
 彼女は最寄りの連軍キャンプに足を運ぶ。

「失礼、ヒーローズの者ですが〜」

 市民の避難を指揮していた連合軍の部隊とコンタクト。
 自身がアイドルヒーローズの一員であることを証明するバッジを見せながら、朋花は責任者の行方を聞いて回る。

 これだけ破壊された街を見るのは、
 そう、デストルドーとの最終決戦以来のことだ。

 連れて来ていた騎士団員たちには部隊を手伝うよう指示を出し、彼女は騒動の中心部へと急ぐ。

 髭面の男が運転する戦車に乗って移動中も、
 遠い戦地からの振動が、大地を断続的に揺らしていた――。
62 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/22(木) 21:34:18.49 ID:QXl1fQYg0
とりあえずここまで。読みにくい箇所などありましたなら、ご指摘いただけると対処します。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/22(木) 23:17:10.41 ID:l/u1GT+c0
おつおつ
がんばって
64 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 20:30:57.51 ID:2C0HgFtZ0
訂正

>>59
〇「二人とも派手に壊してるけど……今度の写真集、売り上げで補てんできるのかな?」
×「二人とも派手に壊してるけど……今度の写真集、売り上げで補てんでるのかな?」
>>60
〇千早も無言でカメラを構え、その凛とした横顔にレンズを向ける。
×千早も無言でカメラを構え、その美しい横顔にレンズを向ける。
65 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 20:40:05.12 ID:2C0HgFtZ0
===第三幕「襲撃者たち」

 地面が揺れた、いや揺らした。一人の少女が身をもって。

「わわわわわっ!?」なんて慌てた悲鳴が室内に響き、
 一拍置いてどんがらがっしゃーん! 

 近くに置かれた荷物やらなにやらを巻き込み床の上。

 その一部始終を見ていた北沢志保は、
 床に転がる少女に向けて呆れた様子でこう言った。

「アナタと言う人は本当に……またですか?」

「え、へへ……うん。またやっちゃった」

 髪につけた二つのリボンが可愛らしいその少女は、
 ペロリと恥ずかしそうに舌を出すと打ちつけた腰をさすりながら立ち上がる。


 彼女の名前は天海春香、又は旧名ハルシュタイン。

 かつては自らの製作した怪ロボット軍団を率い、
 地球征服に乗り出したこともある悪の天才科学者その人だ。
66 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 20:44:05.71 ID:2C0HgFtZ0

 そんなともすればお縄についていてもおかしくはない人間が、
 なぜ山の上に作られた小さな陶芸小屋の中で、粘土と向き合っているのだろうか? 

 ……答えは単純至極明快で、彼女もまた厄介者の島流し先、
 765プロダクションの一員となったからである。

 なにを隠そう件の軌道エレベーター、豆の木の建設にも一枚噛んでいる曲者だ。

 彼女の知識的、そして技術的な協力無くば、
 計画を主導した水瀬グループも今世紀中に工事を終えることなどとてもとても! 

 ……故に、彼女とその一派はかつての悪行に多少のお目こぼしを貰ってここにいる。

 ちなみに蛇足も良いほどの補足をしておくと、春香を見下「してません!」失礼、
 見下ろす志保の方もまた、元悪の組織デストルドー所属という経歴の持ち主であった。


「いやー、いつまで経っても地球の重力には慣れなくって!」

「はぁ……。そういうことにしておきます」

 言って、志保は手元にある自分の作品に視線を戻す。

 完成率は六割ほどの、彼女が作っている食器は親友である少女への贈り物。

 まだいびつな形のこの茶碗、
 最終的には可愛い猫の模様を入れてみようかな、なんて計画だって立てている。
67 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 20:52:37.29 ID:2C0HgFtZ0

 ……受け取った相手の心温まる笑顔を胸に描き、
 志保は頬を緩めると再び作業に取り掛かった。

「春香さんもいい加減に遊んでないで、お勤めに精を出した方が良いですよ」

「お勤めって言い方は好きじゃないな〜。お仕事って言おうよ、お仕事って」

 が、その一言で志保が額に手を当てる。

 ああ、あの極悪非道で冷徹無慈悲な悪の首領がすっかり平和に腑抜けてしまって! 

 一度は世界の三分の二を武力で掌握した大総統も、
 今では自ら率先して世直しアイドル業に励む始末。

 彼女のカリスマ性に感化され、後追いとも言えるデストルドーを立ち上げた琴葉が聞けば何というか……。


『そうですね。一緒にお勤め、頑張りましょう!』

 ああ違う! 暴力と破壊を信条とした悪の集団、
 デストルドーはそんな組織じゃ無かったハズ! 

 志保は頭に浮かんだ自分の上司、その満面の微笑みを想像して言葉にできぬ忍びなさを感じると、
 春香には見えないようにため息をついた。

 するとそんな二人のやり取りを傍らで聞いていた人物が、
「まぁまぁまぁ、二人ともケンカはダメだよ」と間に入る……勿論、北上麗花である。
68 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 20:59:41.64 ID:2C0HgFtZ0

「ケンカだなんて心外な……大体、どうして麗花さんがここに居るんです?」

 志保が冷たくあしらうと、麗花は「むぅ」と自分の口元に手をやって。

「志保ちゃんってばつれないな〜。折角遊びに来てあげたのに」

 嘆く麗花にジトッとした抗議の視線を投げつけて、志保は数十分前の悲劇を思い出す。

 陶芸小屋に"折角"乱入して来た彼女によって、ほぼほぼ完成していた作品を、
 見るも無残な粘土の塊に戻されてしまったあの悲劇を。

「……有難迷惑って言葉、知ってます?」

「勿論だよ! ありがたい迷惑のことでしょ♪」

 胸を張って答える麗花に、志保は「これ以上言っても無駄だな」と見切りをつけて作業を再開することにした。

 なに、彼女の相手は暇そうなハルシュタイン大閣下様がしてくれることだろう。
 ……と、言うより実際そうだった。

「でねでねこれがね? 私の考えたでんでんむす君!」

「むむむ、何だかロボット映えする見た目……できる!」

 二人は先ほどから粘土を使い、ワケの分からないオブジェ作りに夢中である。

 それからさらに数十分後、まずまず納得いく形になったカップを前に、
 志保が「よし」と頷いた時だった。


「た、大変だよぉ!」

 突然小屋の扉が開き、転がり込むようにして現れたのは木下ひなた。
 彼女もまた例には漏れず、765プロ所属のアイドルだが……。

 今、ひなたが纏うはまるで赤ずきんのような真っ赤なフード付きケープの下に純白のキトン。
 それはつまり、先の雪歩やエレナ同様彼女も戦闘態勢に入っているということで。

「なっ、なに?」

「どーしちゃったのひなたちゃん!?」

 春香と麗花が驚く声に志保が顔を上げた次の瞬間、視界を覆う閃光、爆発! 
 鼓膜を揺らす残響に、その場の全員が思わず顔をしかめて音の出処へと目を向ける。
69 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 21:04:36.40 ID:2C0HgFtZ0

「……ありゃー、外しちゃったかな?」

 つい先ほどまで扉だった物を押しのけて、彼女は姿を現した。

 激しい衝撃波により乱雑に散らかった陶芸小屋を見回すと、
 この場に似つかわしくない背中のマントをなびかせる。

「まっ、いいや! 不意打ちなんてらしくないもんね」

 言ってからニヤリ、少女が不敵に微笑んだ。
 その視線が捉えるのは、先ほどまでとはガラリと雰囲気を変えた春香を含む麗花たち。

 鋭く、目つきも一段と悪くなった春香……
 いや、ハルシュタインがこの荒っぽい訪問者に尋ねる。

「ご挨拶だね、海美ちゃん……一体なんのつもりかな?」

「やだ、怖い怖いなその目つき! 流石はワルの大総統っ!」


 名前を呼ばれ、少女は――マイティ・セーラー高坂海美はおどけたように身を震わせた。

 彼女は正義の治安維持組織、ひなたも所属する
 アイドルヒーローズの主戦力であるスーパーアイドル。

 その戦闘服でありヒーローネームの由来にもなっている
 超ミニセーラー服の純白は、正義の使者である印。

 胸元に輝くアミュレットも同じく、彼女がヒーローである証。
 ……しかし今、海美の様子はどこかおかしい。
70 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 21:11:48.39 ID:2C0HgFtZ0

「どうこう無いよ、ハルシュタイン。私はただ、ヒーローとしての仕事をしてるだけ」

「仕事? 善良な一般市民を襲うのが?」

 途端、海美がケタケタと腹を抱えて笑い出した。

「善良? 市民? ハハッ、冗談!」

 いやいやいやと首を振り、彼女は春香を睨みつける。

「とっくに狙いはバレてるんだ。とぼけようったってさせないんだから!」

 刹那、直立する海美の両腕から激しい雷光が迸る! 
 溢れ出したキネティック・パワーの疾走により、はぜる電灯と窓ガラス。

 壁際に並ぶ作品棚をも穿ちながら、
 ソレは複数の奔流となって上下左右から春香たちを襲う!


「危ないっ!」

 まさに秒の差で反応し、麗花が春香とひなたの二人を抱えて飛び上がった! 
 弾ける電撃瞬くスパーク。だがしかし、それは海美の狙い通り。

「まっ、そー来ると思ったよ!」

 彼女は待ってましたとばかりに両手を上げると、見えない弓をつがえるようにして構え、
 鋭い矢の如く尖らせたエネルギー体を空中で無防備になった三人に向けて解き放った!

「あらら……!」

 あの海美に一杯食わされたと悟り、麗花が衝撃に備えて目を細める。
 着弾! 雷鳴の轟くような音を響かせながら、室内は激しい点滅に包まれて……。

 ようやく視界が安定すると、麗花たちは床に崩れていた。
 とはいえ、やられてしまったワケではない。

 そう! 我々は皆知っている。
 ここには彼女たち以外にももう一人、頼れる"アイドル"が居たことを!
71 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 21:15:20.37 ID:2C0HgFtZ0

「これはまた……妙な芸を覚えたようで」

 それはかつて、デストルドー幹部としてヒーローズと対峙した悪のマイティ・セーラー志保。

 麗花たちを攻撃から守るため、海美の前にシールドを張って立ち塞がった彼女の服は、
 黒猫のプリントが入った陶芸用エプロンの下に身に着けたセーラーは、漆黒の闇を思わせるほどに黒く
 ――このため、彼女はダークセーラーと呼称されることもあった――

 だが、その目は海美ほど淀んだ輝きを秘めてはいない。

 むしろ今、志保は怒りに燃えていた。

 それもそのハズ、彼女は先ほどの襲撃によって大切な作品を"またもや"台無しにされたのだ。

 二度も散った苦心作を苦悶の表情で看取った志保が、海美に向けて吐き捨てるように口を開く。

「どこで習って来たんです? "そんな"力の使い方」

「ふふん……知ってる癖に」


 怒れる志保の質問をはぐらかし、海美が両手を低く構える。
 またもバチバチと音をたててパワーを蓄え始めた敵の姿に、志保は「ちっ」と舌打ちした。

 こんな狭い空間で、ああいった放出系の技は厄介だ。
 アレは天井だろうが壁だろうがお構いなしに駆け巡り、こちらを狙ってくるだろう……ならば!

「麗花さん!」

 春香とひなた、二人を両脇に抱えた麗花に向けて志保が叫ぶ。

「ここは私が食い止めます! 二人を連れて、とにかく脱出を――っ!?」

 が、その隙を見逃す程に海美は間抜けでもなく甘くもない。

 志保の懐まであっという間に詰め寄ると、
 彼女はキネティック・パワーを纏った両手をガラ空きの腹部に叩き込んだ!
72 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 21:20:03.26 ID:2C0HgFtZ0

「キネティック・ショックッ!!」

「ああああああぁぁっ!?」

 海美が技の名を叫ぶと同時に、小屋に響くは志保の絶叫! 

 物と肉が焦げる嫌な臭いが漂って、
 弾けた磁石のように壁に叩きつけられる志保。

 しかし、彼女も素直に攻撃を受けたワケではない。

 意地でもただでは転ばぬ女である。その吹き飛ばされた衝撃をも利用して、
 志保は小屋の一角に巨大な穴をこしらえた。……逃げ道だ。

「行って、早くっ!!」

「逃ぃがさないっ!」

 麗花が脱兎の如く駆けだしたのと、
 海美が三人のいた場所に電撃を放ったのは同時だった。

 そして麗花に抱えられたままの春香が、
 頭に付けていたリボンを床に叩きつけたのもだ!

「っ!? ……煙幕!」

 だけでない! 目くらまし用の閃光が、
 広がり出した煙に注意を引かれた海美の視界を焼く。

 次に彼女が目を開けた時、小屋には誰もいなかった。

 まんまと出し抜かれたことを知り、
 海美が「くそぅっ!」と八つ当たり気味に壁を叩く。


「あっ」

 そして、それがトドメとなった。

 戦闘によって蓄積していたダメージは、
 とっくに小屋の限界を超えていたのだ。

 マズいと思うも間に合わず、
 そのままバラバラと崩れて来た天井に生き埋めにされてしまう海美。

「〜〜〜っ! 覚えてろぉ!!」

 瓦礫の下で悔し気に吠えるが、返事を返す者は無い。

 とにかく……運は麗花たちに味方した。
 僅か数分ではあるものの、彼女を足止めできたのだから。
73 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/06/23(金) 21:20:44.40 ID:2C0HgFtZ0
とりあえずここまで。
74 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/06/23(金) 21:25:34.87 ID:2C0HgFtZ0
訂正
>>68
〇それからさらに数十分後、まずまず納得いく形になった茶碗を前に、
×それからさらに数十分後、まずまず納得いく形になったカップを前に、
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