【クウガ×デレマス】一条薫「灰被」

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140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 22:33:58.97 ID:t1phZiubo

これはすごい……いいぞ、すごくいい。きになるなぁ
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 22:46:44.90 ID:svBZQ9PZ0
ゴヅ

ガンダシラグ!
142 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 12:47:34.30 ID:zktv0ZWZO
作者です。
少しネタバレになりますが、この後のシーンで歌の歌詞をガッツリ全部載せる展開にしてました。
ですが、少し調べてみたら、SSには原則的に歌詞は載せてはいけないと初めて知りました。
というか、知ってたら三章のライブシーンで歌詞いれてません……無知ですいません。
なので、そのシーンの歌詞を削って、その代わりにその歌の公開されているYouTubeの動画のリンクを張り付けようと思うんですが(そういうことをしているSSは見たことあるので、セーフなんですよね?)やり方がわかりません。
どなたか教えてくださると嬉しいです。
また、三章で『Star!!』の歌詞いれてすいません。
143 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:00:58.52 ID:uGT5zZja0
再開します
144 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:02:23.40 ID:uGT5zZja0
第五章「真相」
145 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:03:19.90 ID:uGT5zZja0
一条を見つめる卯月の目に宿るのは、意外にも困惑と不安、そして恐怖のように見えた。
右手に持っていたアタッシュケースから緩慢な動作でライフルを取り出し、贈り物で返された神経断裂弾を装填しながら、ゆっくりとステージへと歩を進める。
その間にトランシーバーも取り出して、応援を呼ぶ。
146 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:04:35.26 ID:uGT5zZja0
……未だに、この状況においても信じたくはない。
彼女が見せてきた笑顔の数々は……偽物だったのか?
未確認生命体を、『同じ人間』と称したのは、君なりの皮肉だったのか?
友人に慕われていた君は、偽りの姿だったのか?
答えが知りたい……だが、同時に、知りたくない。
笑顔の君が、全て偽りだったとは……知りたくない。
……ただ……ただひたすらに……哀しい。
五代の笑顔に重なる君の笑顔を……信じた。
だから、確信に変わり行く疑問を、振り払っていた。
……だというのに。
147 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:05:50.52 ID:uGT5zZja0
一条は、ステージにたどり着き、ステージの上に上がった。
銃口を卯月に向け、一条は動きを止めた。

「……け、刑事さん……ですよね?」

ガスマスクで顔の隠れている一条だが、服装や背格好から卯月は一条だと気がついた。

「卯月くん……君は……」
「違います!わ、私じゃありません!」

何を問われるかを察した卯月は、瞳に涙を浮かべて弁明する。

「歌ってたら突然……お客さんや凛ちゃんたちが倒れて……何が起こったのかわからなくて……そしたら刑事さんが来て……」

その様子は脅える少女のそれそのものだった。
148 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:07:05.69 ID:uGT5zZja0


……それも、演技なのか?

149 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:13:50.80 ID:uGT5zZja0
状況は卯月が未確認生命体だと如実に語っていた。
逆に、卯月のことを信じられる証拠は何一つ見つからない。
一条には、銃口を下げられる理由が無かった。
かろうじて一つ、銃口を下げるべき理由は、改正マルエム法。
その法律により、警察は未確認生命体が怪人形態にならなければ発砲は出来ない。
だが、未確認生命体をここで仕留なければこの先どうなるのかわかったものではない。
相手が未確認生命体であることがほぼ確実である場合、法律に従い撃たずに数万、数十万人を犠牲にすることと、法律を破りその数万、数十万人を守った末に一条一人が処分を受けることを天秤に掛けた時、どちらに傾くかは言うまでもない。
第50号に銃口を向けた時、一条の手は1mmの震えも無かった。
だが、今はそれが嘘のように銃を持つ手が震えている。
一条は未だに葛藤の中にあった。
150 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:14:50.37 ID:uGT5zZja0
正義感、そして危機感が引き金を引かせようと急かし、警察としての矜持、そして一条の瞳に焼き付いた卯月の笑顔がそれを止める。

「刑事さん……」

涙目で卯月がまっすぐに一条を見つめる。
『信じてください』、言葉にはせずとも、その瞳はそう語っていた。
151 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:15:57.28 ID:uGT5zZja0

……なぁ、五代……お前と似た笑顔の娘に会った。
152 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:16:44.98 ID:uGT5zZja0


その娘は、未確認生命体かもしれない……その可能性が高い。

153 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:17:54.94 ID:uGT5zZja0



それでも……お前ならその娘を信じられるか?


154 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:18:47.46 ID:uGT5zZja0




……その笑顔を信じられるか?



155 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:20:01.34 ID:uGT5zZja0





…………五代……お前の笑顔を……信じていいのか?




156 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:20:51.48 ID:uGT5zZja0
一条は……銃口を下げた。
157 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:21:55.21 ID:uGT5zZja0
「……詳しい話は署で聞く、悪いが、同行してもらうぞ」
「!……ありがとうございます、刑事さん!」

ほっとした様に、卯月が涙で濡れた顔を綻ばせた。
一条は肩の力を抜き、卯月に背を向けライフルのケースを取りに……行けなかった。
158 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:22:55.30 ID:uGT5zZja0
突如、一条の腹部に鋭い痛みが走った。

「な……」

あまりにも唐突なことで声が出なかった。
一条が視線を下げ、自らの身体を見れば、腹部に鋭い獣の爪が刺さっていた。
159 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:24:01.56 ID:uGT5zZja0
「あ〜あ、つまんないの」

その獣の爪から腕へ視線を移す、そこにあったのは白く細い女性の腕、さらに視線を顔まで移すと、その先にいたのは、島村卯月……ではなかった。

「…………志希……ちゃん?」

一条が刺されて数秒、ようやく衝撃から少しだけ回復した卯月が口を開き、僅かに空気を震わせた。
160 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:25:09.47 ID:uGT5zZja0
名を呼ばれた少女、一ノ瀬志希は爪を一条の身体から抜き、異形と化した右手を卯月に向けて振った。

「は〜い♪卯月ちゃ〜ん♪」

爪の先を一条の血液で赤く染めているというのに、その表情は心底楽しそうな笑顔だった。
その爪が抜かれた瞬間、一条が感じたのは凄まじい眠気だった。
身体中の筋肉が弛緩し、一条は膝をついた。

「刑事さん!」

崩れ落ちる一条の身体を卯月が走り寄って支えた。
一条はそれを振り払うことも出来ずに、大人しく卯月の腕に抱かれるしかなかった。
161 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:27:11.10 ID:uGT5zZja0
「志希ちゃん!何でこんな事を……お客さんも、凛ちゃんたちもみんな志希ちゃんがやったの!?」
「全く〜、今さら何言ってるの?
この状況を見たらわかるでしょ?
これはぜ〜んぶ志希ちゃんがやったの♪
理由はね〜?」

志希が左手を首筋に当てる。
その手で皮膚を掴み、引っ張ると、志希の首の皮膚がペリペリと剥がれた。
その下から現れたのは、猫をかたどったと思われる黒い刺青。
それは、奇しくも未確認生命体に憧れた男、蝶野潤一が刺青を入れていた場所と同じだった。
人工皮膚、医療でも使われるその簡単な偽装方法で、志希は未確認生命体の証拠を隠し続けていたのだ。

「志希ちゃんが〜、もう人間じゃないから♪」

志希の皮膚が変化する。
黒い皮膚が盛り上がり、新たな姿へと変わって行く。
それは、まるで志希が人間という殻を破り、未確認生命体の姿へ脱皮したかのように見えた。
美しく均整のとれた体型はそのままに、その身体は黒い体毛に覆われ、その目は縦に一本黒い線が走る金、ピンと立った黒い獣の耳。
ネコ型の異形、未確認生命体第51号、それが今の一ノ瀬志希だった。

「じゃ〜ん♪」

志希は爪を短くし、自分の姿を披露するように両手を広げた。
162 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:28:19.15 ID:uGT5zZja0
それを見る卯月の表情には困惑が浮かんでいた。

「く……あ……」

舌の筋肉すら弛緩する凄まじい眠気に精神力で抗い、一条はライフルを志希に向けた。
だが、引き金を引こうとしても、眠気が増す一条の握力では引き金を引き切れない。

「それにしても、興ざめだよ刑事さん。
せっかくキミを選んだのに」
「選……ん……だ?」
「まだ喋れるんだ、凄いね〜♪
私のゲゲルのフィナーレ、その幕を下ろす役、だったんだけどにゃ〜」

少しずつ、志希の姿が元に戻る。
未確認生命体から人間に戻り、志希はため息をついた。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 21:30:49.01 ID:UZXCNhKQo
YOUTUBEのリンクはそのままはりつけるだけでいいよ、期待してるからがんばって
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 21:34:12.15 ID:IENKODYmO
クウガのssは基本ハズレが無いってのが凄いわ
165 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:38:56.56 ID:aNWtHagf0
「……どういうことですか?志希ちゃん」
「その刑事さんに通じるように話すね、卯月ちゃんには刑事さんが寝ちゃった後、詳しく教えてあげる。
……私はね、最後のスイッチを持ってない。
私が持ってるのは、任意の人物をお薬の量に関係なく起きたままの状態を保たせるスイッチと逆にお薬の量に関係なく眠りへ誘うスイッチ、熊ちゃんへの攻撃スイッチだけ。
最初のスイッチを使わないとお客さんの前にアイドルのみんながぐーすか眠っちゃうでしょ?そこのおかしさに気付かなかった?
んで、二番目のスイッチで女刑事さんを眠らせたの……あ、君は私たちにカウンセリングしてない分ちょっとお薬が足りなくてね、そのまま眠らせようとしても眠らないかもしれなかったから追加したんだ。
んで、本物の攻撃スイッチは〜……卯月ちゃんの頭の中♪
卯月ちゃんの脳の電気信号が無くなると作動するんだ〜♪
スイッチを押すのは私じゃなくてキミ……だったんだけど失敗しちゃった♪
だから真実を知ったキミには眠ってもらうよ、後は別の人間にスイッチを押してもらう。
……人間の手で、人間の正義感で、人間を殺させる……面白いと思わない?」
166 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:40:13.68 ID:aNWtHagf0
>>163さん

やり方を教えて下さりありがとうございます
167 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:41:12.93 ID:aNWtHagf0
「……どこが……どこが面白いんですか!
志希ちゃん……お願いですから、もうやめてください……こんなのおかしいですよ……」
「おかしいかにゃ〜?
動物が他の動物に淘汰される、これは自然なことだよ?」
「そこじゃありません……志希ちゃん、本気でこんなことしてるの?」
「……何言ってるの?」
「志希ちゃん……本当はこんなことやりたくないですよね?」
「……はぁ、この状況でもまだそんなこと言ってるの?」

ため息の後、志希は再び未確認生命体の姿へと変わった。

「全ては私の意思、グロンギになったのも、このゲゲルをしたのも、卯月ちゃんを刑事さんに殺させようとしたのも」
「でも……志希ちゃん……」
「……あ〜、本当イラつく。
私ね、卯月ちゃんのこと大嫌いだったの」
「え……?」
「特別な何かを持ってる訳でもない平凡な娘。
それがアイドルとして持て囃されて、この私に対等に接してくる。
オマケに人に理想を押し付けて、人を測る。
それが本当に大嫌い。
これが私、この姿が私。
卯月ちゃんの理想を挟む余地の無い、この化け物の姿が私なの」
「志希ちゃん……」
「……それ以上話すと……ここで殺すよ?」

極めて冷淡に、志希は言った。
そして、ゆっくりと卯月に手を伸ばす。
168 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:42:05.14 ID:aNWtHagf0
「う……おぉ……」

眠気に支配される身体を精神力で一条は必死に動かす。
それは、市民を守るという警察の使命。
未確認生命体となった志希に卯月は触れさせないという、強い意思。
その精神力を持って、一条は、腹部の傷口に左手の人差し指を突っ込んだ。

「ぐああああああああ!!」

激痛。
流れ出る鮮血。
それに構わず更に傷口を抉る。
169 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:43:04.04 ID:aNWtHagf0
「ぐううぅぅ!!」
「刑事さん!?」
「おっと?」

脳髄を焼く痛み。
それが一条の意識を覚醒させる。
一条は血走った眼で志希を睨み付けた。

「それ以上近寄るな」

血液の流れ落ちる腹部も、血液が流れないように一条の傷口を手で押さえようとする卯月も気にせず、ライフルを構え、銃口を志希に向ける。
170 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:44:07.09 ID:aNWtHagf0
激痛により一時的に握力は戻っている。

「ここまでとは……キミを選んで正解だったよ」

志希の皮膚が脈打つ。
志希の形態が変化して行く。
それを待たずに、一条は手の震えを消す。
数秒前まで眠気に支配されていた脳内には、もう無駄な思考は一切無い。
当てる、ただそれだけ。
一条は、右手に込める力を一際強くした。
171 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:45:01.21 ID:aNWtHagf0
「ダメぇ!」

その右腕に、卯月が抱きついた。
同時に、銃声。
放たれた弾丸は、卯月の妨害も虚しく、真っ直ぐ飛んで行き、志希の眉間に命中する。

「うわっ!?」
「卯月くん……キミは……ま……だ……」

『一ノ瀬くんを信じているのか』そう続ける前に、精神力の全てを使い果たした一条の意識は闇に落ちて行った。
172 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:48:32.58 ID:aNWtHagf0
短いですが、これで五章終了です


>>139さんが志希にゃん疑っていると見た時はドキリとしました(笑)
志希にゃんが卯月を未確認生命体だと一条さんに何をしたか、不明な部分は後々明らかになります。
173 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:49:37.27 ID:aNWtHagf0
では、引き続き六章を投下していきます
174 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:50:22.66 ID:aNWtHagf0
第六章「決意」
175 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:51:13.45 ID:aNWtHagf0
「う……」

重い瞼を持ち上げると、白い光が一条の視界に飛び込んだ。

「っ!……せ……!患…さん……ま…た!」

遠くで誰かが何かを言っている。
遠い……現実が遠い。

覚醒したと言っても、一条の意識のほとんどは未だに夢幻の中をさまよっていた。
176 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:51:56.83 ID:aNWtHagf0
僅かに現実に戻った意識で靄に包まれた記憶を探る。
まるでテレビのノイズのように、ザーザーという音が一条の耳に響いていた。

ここは何処だ?
俺は……何をしていた?
何かがあった……とんでもない何かが。
何かを忘れている……忘れてはいけない何かを……そして、誰かを……

夢現の中を行来し、夢の暗闇の中から記憶のパズルのピースを探し、己の記憶を組み立てる。

誰だ……五代の隣で、俺に笑いかけるキミは……
五代……そして……っ!?
177 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:53:07.87 ID:aNWtHagf0
重要なパズルのピースを一つ見つけると、それに連なって一気に全ての記憶が戻って来た。

「卯月くん!……うぐっ!?」

勢いよく上体を起こし、一気に意識を覚醒させた一条の腹部に激痛が走った。

「激しく動くな、傷口が開くぞ」
「……椿」

徐々にはっきりと明瞭になる視界に入って来たのは、真っ白い病室の光景と、友人の椿秀一の姿だった。
耳に響いていたザーザーというノイズはまだ続いていた、窓の外は暗く、強い雨が降っているようだった。
178 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:53:52.90 ID:aNWtHagf0
「どれくらい眠っていた?」
「三日だ」
「三日も……っ!卯月くんはどうなった!?……くっ!」

語気を強めただけで、一条の腹部は痛んだ。
その一条に、椿ではない誰かが手を添えた。

「落ち着いてください、一条さん……」
「っ!?夏目くん!」

それは、眠ったはずの夏目実加だった。
179 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:54:28.41 ID:aNWtHagf0
「夏目くんが目覚めたということは……」
「いや、眠り病患者全員が目覚めたわけじゃない。
実加ちゃんのはクウガとしての抵抗力だ」
「目覚めて……ない……」

ということは、俺は一ノ瀬志希を……いや、第51号を仕留めそこねたのか?

「それで、卯月くんは?」
「卯月さんは警視庁本部に連行されました」
「連行だと!?」

『保護』ではなく『連行』、その言葉の意味するところは……

「あの娘は未確認ではない!」

島村卯月に、未確認生命体の疑いがかかっているということ。
180 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:55:07.24 ID:aNWtHagf0
「……やはり、そうでしたか……あまりにも卯月ちゃんに不利な証拠があり過ぎて、逆に未確認かどうか疑ってましたが……」
「呑気に構えている場合か!今すぐ容疑を解きに……痛つつ……」
「その身体で何処に行く気だ?
まずはお前が見た物を教えてくれ。
会場のカメラは全て、卯月ちゃんを残して全ての人が眠りについたとこまでのデータしか残っていなかった」
「俺が見た真実は……島村卯月は利用されていた、第51号、一ノ瀬志希に」
「志希ちゃんが!?」
「一ノ瀬志希は今何処にいる?」
「志希ちゃんは……行方不明です。
渋谷凛、本田未央、遊佐こずえと共に」
「何だって!?」
「私も詳しいことはわかりませんが、応援にかけつけた警官たちが目撃したのは会場いっぱいの眠り病患者と、血まみれの卯月ちゃんだったそうです」
「血まみれだと!?無事なのか!?」
「落ち着け、大体はお前の血だ」
「俺の……あぁ」

傷口を抉り、血液はかなり流れた。
一条を抱きしめていた卯月が一条の血に濡れていても不思議ではない。
181 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:55:58.39 ID:aNWtHagf0
「ん?……大体は?」
「あぁ、渋谷凛、本田未央、遊佐こずえ、一ノ瀬志希の四名の血液も混じっていた」
「な!?俺が見た時は四人とも傷は無かった!一ノ瀬志希の血液など言うまでもない」
「おそらく、工作だよ、一ノ瀬志希による、島村卯月の心証を下げるためのな。
実際、その四人が島村卯月に着いた血液を残して行方不明になったせいで、世間じゃ島村卯月が未確認生命体だという意見が蔓延している。
……一部の意見だと、島村卯月は未確認生命体になり、四人を食ったとか言われてやがる始末だ」
「更に不味いことに……4年前の第48号、49号の事件の情報が漏洩しました」
「なっ!?だとすると……」
「はい、『アイドル』伽部凜が未確認生命体だったこと、並びに、今回の眠り病にも利用されている第49号の能力が周知の事実となりました。
それにより、伽部凜と同じくアイドルである卯月ちゃんの心証は落ちるところまで落ちました……
更に、第49号と同じく、眠り病の首謀者の未確認生命体が死ねば眠り病患者も目覚める。
又、未確認生命体の意思一つで眠り病患者が死ぬということも知られたために……その……市民の中で、警察に『卯月ちゃんを殺せ』と要求するデモ運動が盛んに……」
「な……そんなバカな!
人間が人間を殺せと要求しているのか!?」
182 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:57:23.93 ID:aNWtHagf0
「相手は卯月ちゃんを未確認だと思い込んでんだ、しょうがねぇだろ」
「……特に今日は……その勢いが強いんです」

実加は、一条が身体を預けているベッドの横のテレビにカードを挿し、画面をつける。
その画面に映し出されたのは……

『うおおおおおお!!』
『中継です!警視庁本部前は暴徒化した人々により大変な騒ぎとなっております!』
「なっ!?」

島村卯月を乗せていると思われる護送車に群がる市民と、それを中継するキャスターの姿だった。

「……伽部凜らの情報と共に、デマ情報もネット等に拡散されました。
『警察は特殊な拘束具を発明しており、島村卯月はそれにより未確認生命体の能力を封じられている』というものです。
今日は、卯月ちゃんが未確認生命体かどうか精密検査するために卯月ちゃんが警視庁から都内の病院に移送される日なんです」
「『その検査の時に特殊な拘束具が外される』
『外されれば島村卯月は未確認生命体となり眠り病患者たちを殺す』
そんな馬鹿馬鹿しい話が出回って今の騒ぎになってやがるんだ。
『その前に卯月ちゃんを殺せ』ってな……」
183 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:58:06.73 ID:aNWtHagf0
一条は、寝ている間に別の世界へ来てしまったのではないか?と本気で自分の目を疑った。
降りしきる大雨も気にしないように、大勢の人々がたった一人の少女の息の根を止めんがために護送車、そしてそれを守護する警官隊に一丸となって突撃して行く。
彼らの表情は、怒り、悲しみ、或いは恐怖……それは凡そ齢が20にも満たない少女に向けられて良い顔ではない。
叫びか雄叫びか、人の発する言葉というより、獣の咆哮に近いそれを轟かせる彼らに、警官隊は徐々に圧されて行く。

「っ!……警官隊の数が足りない!早く増員を……」
『大変です!今入った情報に依りますと警官たちの中にも島村卯月抹殺賛成派がおり、彼らが中で暴動を起こした模様です!』
「…………え?」
184 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:59:10.97 ID:aNWtHagf0
画面が切り替わる。
警視庁本部前を映していると思わしきカメラ映像に映るのは……他の者が出られないよう、建物内部にその盾を向ける警官隊の後ろ姿だった。
警察組織も意識が全て一つに纏まっている訳ではない。
第4号、クウガが活躍し始めた当初、他の未確認生命体と区別して良いのか判断がつかず、警官たちは彼に銃弾を放った。
そのようなとんでもない間違いが、また繰り返されようとしていた……しかも、今回は取り返しのつかないレベルで。
援軍のいない警官隊は一人、また一人と暴徒の勢いに飲まれ、盾を手放し倒れて行く。
暴徒たちの魔の手が卯月に届くのも時間の問題だった。
185 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:59:54.15 ID:aNWtHagf0
「クソッ!」
「待て一条!こっからどうやって警視庁本部に一瞬で行く?」

立ち上がった一条を椿は冷静な意見で止めた。

「だったらどうしろと言うんだ!このままただ見ていろと言うのか!?」
「あぁ、お前はただ見てれば良いんだ!」
「っ!?」

一条の無力を肯定するような椿の言葉に一条は憤慨し、椿の胸ぐらを掴んだ。

「椿、お前……」
「……この状況で……一条、お前に何が出来る?」
「…………わかっている!わかっている……だが……」

椿に当たったところで何も変わらないこと、一条に出来ることは最早何も無いことは一条も良く理解している。
186 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:01:04.89 ID:aNWtHagf0
一条は椿から手を離すと、力無くベッドに再び腰掛けた。

「……そうか、この光景を見せたかったから……俺を目覚めさせたのか……一ノ瀬志希……いや、未確認生命体第51号」

必死で守り、信じた卯月が未確認生命体ではなく人間の手により無惨に殺される。
そして、家族や大切な者を守るために拳や武器を握り、卯月を殺した者たちの願いと希望も虚しく、眠りに落ちている者たちの命まで散る。
最悪のシナリオだ……あまりにも醜悪なゲームじゃないか!
187 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:01:50.09 ID:aNWtHagf0
一条が嘆く間に、警官隊はほとんど全滅し、人々は護送車の鍵を無理やり壊して、中に突入した。
一条はもう見ていられず、目を伏せた……
後数秒もせずに、彼女のゲゲルは完了し、大量の人間が亡くなる。
188 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:03:16.51 ID:aNWtHagf0
……かに思われた。

『大変です!護送車の中は空!空でした!島村卯月は何処にも乗っておりません!』
「何っ!?」

キャスターの言葉に一条は顔を上げた。
画面に映っているのは、空っぽの護送車と戸惑う人々の姿だった。

「これは……」
「だから言ったろ?
お前はただ見てれば良いんだ、って」

先程までの重苦しい空気を壊すように、椿は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。
189 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:03:55.90 ID:aNWtHagf0
「椿……これはどういうことだ?」
「もうすぐお姫様と執事が来るから、その二人に聞きな」
「姫?……執事?……」

妙な言い回しをする椿の言葉を一条は復唱した。

「刑事さん!」

そんな時、病室にすっかり聞き慣れた声が響いた。
病室の入り口を見ると、そこには一条が会いたかった少女がいた。
190 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:05:03.06 ID:aNWtHagf0
「卯月くん!」
「良かった!目が覚めたんですね」

卯月は安心したように笑いながら、一条の腰掛けるベッドに近づいた。

「……何がどうなっているんだ?」
「ま、それは俺から説明する」

卯月に続くようにして、スキンヘッドの男が病室に入ってくる。
191 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:05:40.88 ID:aNWtHagf0
「杉田さん!」
「よっ、元気そうだな一条」
「いえ、あまり元気とは言えない状態ですが……
それより、状況の説明を……」
「はいはい、わかってるよ。
結果から言う、卯月ちゃんを救ったのはお前だぞ、一条」
「私が……ですか?」

全く身に覚えが無い。
というか、3日も寝ていた自分が何をしたというのか?

「お前、第51号に銃をぶっぱなしたろ?」
「……はい、確かに」
「あれでな、卯月ちゃんの鼓膜が破れたんだ」
「なっ!?……そ、それはすまなかった」

一条は卯月に軽く頭を下げた。
192 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:06:10.95 ID:aNWtHagf0
急性音響外傷。
警察官等、銃を使う者に良く見られる現象であるそれは、予期せぬ瞬間に125〜135dB以上にもなる大きな音により、鼓膜が破れることを言う。
慣れない大経口の銃の銃声、それを第50号の時のようにステージの上と観客席という離れた場所ではなく1mと離れていない場所で聞いたのだ。
慣れており、覚悟の仕方をわかっている一条なら兎も角、普通の女子高生が対処出来ることではない。
193 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:09:21.25 ID:aNWtHagf0
「あはは……気にしてませんから謝らないで下さい……それに、そのお陰で私は助かったんです」
「助かった?」
「未確認生命体の身体の構造については一条も知っているよな?
アイツらの身体は通常兵器で傷つけても大概はすぐに治っちまう。
だからこそ榎田さんが神経断裂弾を開発した訳だが、今はそれはいいか。
んで、卯月ちゃんは鼓膜が破れていた……警視庁でもすぐに調べられたよ。
状況的に、卯月ちゃんは限りなく黒だった。
だが、鼓膜の傷という僅かな綻びが、俺は気になった。
未確認生命体が人間に成り済ますための作戦だとしても、もっと分かりやすい場所を傷つけるはずだと思った。
……それに、一条、お前ほどのヤツが神経断裂弾をぶっぱなして未確認の鼓膜に小さな傷をつけただけだとは思えんしな。
んで、警視庁内部もピリピリしてたし、このままじゃヤバかったんで、信頼出来る連中に声かけまくって極秘で昨日卯月ちゃんをこの関東医大病院に移した。
色々と誤魔化すのは大変だったぜ……この事件が終わったら俺は最悪クビだな」
「そんで、俺が卯月ちゃんの身体を調べて、卯月ちゃんはただの人間の少女ですって診断を下した訳だ。
ついでに、さっきまで卯月ちゃんは鼓膜の検診をしてた」
「あと一週間もすれば完治するそうです!」
「そういうことか…………はぁ、良かった……」

一条は絞り出すようにため息をついた。
194 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:10:25.68 ID:aNWtHagf0
『暴動を起こした市民たちは島村卯月の身柄を渡すように警察に抗議しております!』
「…………とも、言ってられないか」

一瞬、ほんの少しだけ緩んだ一条の表情がまた険しい物に戻る。
画面の向こうには、警官を相手に未だに暴れまわる人々の姿があった。
195 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:11:32.14 ID:aNWtHagf0
「…………」

誰も声を発することが出来なかった。
一条の胸に飛来した感情、それを言葉にしようとすることは、とてもじゃないが憚られた。
重苦しい静寂の中、激しい雨音のみが響いていた。
196 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:12:17.78 ID:aNWtHagf0
「なぁ……一条?」

沈黙の中、最初に口を開いたのは杉田だった。
一条には、杉田が言いたいことがすぐにわかった……わかってしまった。

「……人間と……未確認生命体と、何が違うんだ?」

それは、抱いてはいけない疑問。
だが、一人のか弱い少女を殺すために、獣の大群のように群れになって襲いかかる人々の姿は、一条らが未確認生命体の姿と重ねるのに十分だった。
197 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:12:59.28 ID:aNWtHagf0
それに……志希の件もあった。

「今日のこの暴動だけじゃねぇ……熊谷和樹、そして一ノ瀬志希……アイツらは……自分で未確認生命体になることを選んだんだろ?
……一条、俺は自分の信じるもんが分からなくなりそうだよ」

杉田はタバコを取りだそうとして、ここが病院の病室であることを思いだして手を止め、タバコを戻すと何処か遠くを見つめた。
198 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:15:08.42 ID:aNWtHagf0
「違う……はずです。
未確認生命体は、ゲームで人を殺します。
暴動を起こした彼らは、間違っているとはいえ、他者の命を救うために…………卯月くんを……卯月くんを殺そうとしたんです」

それを、卯月の前で言うのは憚られたが、ぼかさずにしっかりと言葉にしなければ一条自身も人間不信に陥りそうで、それを否定するために卯月の方を向かずに、一条は言葉を絞り出した。

「彼らは、好んでそうした訳ではありません……だから、未確認生命体とは違います」
「……んじゃ、熊谷や一ノ瀬はどうなんだ?
人間の中にも、かつての蝶野のように未確認生命体に憧れるヤツがいる。
んで、自ら進んでヤツらと同じになったんだ……人間なんてのも、未確認生命体と本質は変わらねぇってことじゃねぇのか?」
「それは……」

杉田の問いに対する答えを、一条は導き出せず、頭を下げた。
「一部の特殊な人間だから」そう言い切るのも何か違う気がした。
今、テレビ画面に映る人々を見ていると、熊谷和樹や一ノ瀬志希が特殊な人間とは言い難かった。
一条は人間という種を信じられない自分が嫌になった。
199 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:15:48.51 ID:aNWtHagf0
五代……お前なら何と言った?
この状況に、暴動を起こす彼らに、一ノ瀬志希に、島村卯月に……お前なら何と声をかけた?
『未確認生命体と人間は違う』と、心の底から言えたのか?
俺は……人間を信じても良いのか?
なぁ、五代……お前ならやっぱり、こう言うのか?いつものように、親指を立てて……
200 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:16:31.64 ID:aNWtHagf0




『「大丈夫です」』



201 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:17:20.49 ID:aNWtHagf0
その声は、一条の頭の中ではなく、この病室に確かに響いた。
一条が顔を上げ、声のしたほうを確認すると、そこにいたのは……笑顔の島村卯月がいた。
202 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:17:54.48 ID:aNWtHagf0
「人を信じられなくなることもあるかもしれません。
でも、自信を持って、人間を信じても大丈夫です」

強い瞳で、優しい笑顔で……卯月は一条と杉田を、そして二人の話を黙って聞いていた実加と椿を勇気付けた。

「私は……まだ志希ちゃんのことを信じています。
身体は未確認生命体になってしまっているかもしれませんけど、心は優しい志希ちゃんのままだと信じています。
もちろん、今テレビに映っている人たちは、本当は優しい人たちだって信じています」

ザーザーと煩かったノイズが止んだ。
病室の窓が明るくなり、暗かった室内を照らす。

「人間って、悪い部分も多いです。
でも、それ以上に素敵な部分がいっぱいある生き物なんです。
だから悪い面ばかりに目を向けずに、人間の素敵な面を信じてみませんか?」

綺麗事だ。
論理的でも何でもない、論理として成り立ってない論理。
だが、それを言い放つ彼女はその笑顔も声色も瞳もまっすぐで、彼女は心からそう信じていると伝わって来る。
203 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 22:21:25.64 ID:aNWtHagf0
あ、>>201のとこ、

そこにいたのは……笑顔の島村卯月がいた。

そこにいたのは……笑顔の島村卯月がだった。

の方がいいですね。
なにぶん、長いのでこれ以外にも、今までも誤字や文章の間違いがあったと思いますが、脳内補完してください。
204 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:22:30.46 ID:aNWtHagf0
「……何故そこまで信じられる!?」

今回の事で、一番辛い思いをしたのは卯月のはずなのに、彼女はその明るさを曇らせなかった。
その光は、今の一条には眩しすぎて、一条は声を上げ、卯月に詰め寄った。
そうせずにはいられなかった。

「市民も!警察も!君のことを信じずに殺そうとしている!
日本中から疑われて否定されて!そんな中で何故君は笑っていられる!?人々を信じられる!?一ノ瀬志希を信じられる!?」

それは、およそ大人が少女に……警官が女子高生に使って良い語気ではなかった。
疑問は怒りを孕んで卯月に問いかける。
205 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:23:19.64 ID:aNWtHagf0
その一条に対して……卯月はやはり笑顔だった。


「だって……刑事さんは私を信じてくれました」


包み込むような、それでいて感謝の意を感じさせる穏やかな笑みで、卯月は答えた。
206 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:24:25.33 ID:aNWtHagf0
「杉田さんも、椿さんも、実加さんも……私を信じてくれました。
ライブの時……あの状況では撃たれていてもおかしくはないって杉田さんが言ってました。
それでも、刑事さんは……一条さんは私のことを信じてくれました」
207 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:24:53.94 ID:aNWtHagf0
テレビ画面はいつの間にか切り替わり、黄緑色の服を映す。

『卯月ちゃんはそんなことをする子じゃありません!
卯月ちゃんが未確認生命体だと決めつけないでください!』

個人を特定されないように顔は映さず、声も加工されてあったが、誰が放った言葉かはすぐにわかる。
そしてまた画面が切り替わった。

『卯月ちゃんのこと、あんまり悪く言うと、私がシメちゃうわよ?』

怒りを顕にして、片桐早苗がカメラに向かって言い放った。
208 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:26:02.58 ID:aNWtHagf0
「……私は、私がこんな状態になっても信じてくれたみなさんと同じように、みなさんを、そして、志希ちゃんを信じているんです。
今は勘違いしてるけど、きっとみんなで笑い合えるようになるって」

その言葉は、雰囲気は……やはり、雄介の姿と被った。
209 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:26:44.61 ID:aNWtHagf0
「……卯月くん……君は……君は何故折れずにいられる?……信じている者が多少いるだけで」

一条の憤りはその勢いを無くし、少しずつ緊張と凍えた心が溶かされる中で、純粋な疑問が口をついて出た。
その疑問に、卯月は眉根を寄せた。
210 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:28:36.88 ID:aNWtHagf0
「ん〜?何でと言われましても…………これは……あるおじさんとの出会いが理由かもしれませんね」
「出会い?……おじさん?」

卯月はゆっくりと目を閉じて、過去の記憶を思い起こすようにして語り出す。

「……私、今はアイドルとして活動出来てますけど、実は、養成所に通い始めたのは五年くらい前からなんです。
それで、養成所に通って一年くらい経って……私が中学生になって最初の夏のある日……デビューの話が来ました。
二、三人の娘たちと一緒にデビューするという話だったんですが……私たちが選ばれた理由が……その……他の候補の娘が、飛行機の墜落で亡くなったからだそうで……」
「それは……」
「ごく最近、志希ちゃんによって情報が流されましたけど、あれは第49号が起こした事故だったんですよね?」
「……そうだ」

その年、つまり四年前の夏の日、第49号のゲゲルによって千人近くの人が亡くなった。
第49号の能力により数百人が狂わされ、その中に飛行機の操縦士もいたためにそこまで被害が拡大した。
211 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:29:48.72 ID:aNWtHagf0
「私以外の娘は……喜んでいました。
『ラッキー』って、人の死を笑ってました……でも、私にはそれが理解出来なくて、人の死を笑う彼女たちとデビューすることがどこか恐ろしくて……デビューの話を蹴りました。
そして、デビューを蹴った翌日……飛行機事故から五日くらい経った時ですね……家の近くの公園で、歌の練習をしてたら、笑顔の素敵なおじさんに会ったんです。
不思議な人で……する話もちょっとおかしな人でした。
なんでも、『金属の虫に乗って太平洋を越えて友達のピンチに駆けつけたんだけど、荷物向こうに置いてきちゃってさぁ。
ゴウラム……あ、金属の虫は大学に帰っちゃったから、大道芸をして向こうに帰るためのお金貯めてるところでさ』
……とか何とか」
「「ゴウラム!?」」
「は、はい……確かそんなことを言ってたはずです……?」

一条、並びに卯月以外の全員の声が揃った。
212 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:30:45.04 ID:aNWtHagf0
ゴウラムとは、古代においてクウガを手助けしていた金属で出来た甲虫であり、17年前の未確認生命体の騒動の後、城南大学に安置されている。
その言葉を使う、大道芸をする『おじさん』を、一条たちは一人だけ知っていた。

「その日から数日、その公園にはそのおじさんがいて、お手玉とかあや取りとか……こう……カンカンって……ストンプ?とかいう、身の回りの物を叩いて演奏する芸とかをしてました。
私の歌の練習にも付き合ってくれて……私の笑顔を、『青空みたいな笑顔』って誉めてくれたりしました」

一条の思い描くその『おじさん』は、青空が好きだ。
『おじさん』が『青空みたいな笑顔』と称するのは、その『おじさん』にとって最上級の誉め言葉である。

「それで、仲良くなったある日、相談してみたんです……人の死を笑っていたその娘たちのことが信じられないって。
人の命って、そんな軽い物なのかな?って」

それは、かつてある少女もぶつけた問い。
未確認生命体に殺された恩師の死が軽視されていると感じた少女が吐露した思いと同じ物だった。
213 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:31:29.57 ID:aNWtHagf0
「そしたら……おじさんは、『人間だから、間違っちゃうこともあると思う』って、『大切なのは、その間違ってることを間違ってるって伝えることだよ』って。
それで、『どうやったら伝わるんですか?』って聞いたら、『それは卯月ちゃん次第だよ……でも、暴力は絶対にダメだと思う。
暴力でしかやり取り出来ないなんて、悲しすぎるから』って。
考えてみれば、当たり前の……普通のことを言っているだけなんですけど、なんだか心に刺さって……すぐにその娘たちと話しに言って、どうにかわかってもらって。
それで、その日を境に、そのおじさんに色んなことを相談して、色んなことを聞きました。
おじさんのお話を聞く度に、私は心の中が暖かくなるのを感じて……こんな風に生きたいって思ったんです。
私には、そのおじさんとは違って、色んなことは出来ないから、歌と私の笑顔で、みんなに笑顔を、幸せを届けたいなって。
何日かして、おじさんは外国に旅立っちゃいましたけど、私はおじさんを、おじさんの言葉をお手本にして生きようって決めて……その生き方を意識せずに出来るようになった頃……今から一年と少し前に、プロデューサーさんからスカウトされて、ついにアイドルとしてデビューして……って、ここまでは話さなくてもいいですね。
兎に角、今の私を作っているのは、そのおじさんとの出会いなんです」
「……その『おじさん』の……名前は何ていうんだい?」
「それが……教えてくれませんでした……
『ん〜?今は名刺もないし……それに、今は自分に戻る旅の途中だから、ちょっと名乗れない、ゴメンね。
今の俺は……そうだな、クウガさん、とでも呼んでよ。
名前を取り戻したら、また日本に戻って来るからさ』
って誤魔化されました。
クウガって、ポレポレのおやっさんも言ってましたけど、昔の有名な人か何かですか?」

はにかみながら、卯月は話す。
214 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:36:00.89 ID:aNWtHagf0
その卯月の話の全てが一条にとって衝撃的であり、内容が脳に浸透していくまで少し時間がかかった。

「ふっ……そうか……そうか!」

卯月の話を少しずつ受け入れ、噛みしめて、一条はだんだん表情筋を緩ませ、そして……笑顔になった。

アイツめ、金が無かったなら貸してやったのに、意地を張りやがって。
いや……それよりも

「『おじさん』……か……ふっ、そうだよな、もうそんな年か、お前も、俺もな。
しかし……アイツが『おじさん』とはな」
「一条さん?」
「いや、俺も年を取ったと思ってな……随分と脆くなっていた……
そして、君の言った綺麗事を否定した。
だが……そうだよな……本当は綺麗事が一番良いんだ……
綺麗事を実現させる努力を怠ってはいかんな……」

自分に言い聞かせるように言いながら、一条はゆっくりと病室の窓に歩いていく。
そして、窓から空を見上げれば、空を覆い尽くす黒い雲の隙間から、明るい陽光と、綺麗な青空が覗いていた。
215 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:37:20.18 ID:aNWtHagf0
……思えば、俺はアイツに憧れたことが何度もあった。
だが、アイツのように生きようと思ったことは無かったな……
心の底で、『出来るはずがない』と決めつけていた。
アイツの笑顔は、アイツの生き方は、眩し過ぎて、難し過ぎて……
だが、この娘は……卯月くんは……それでは……憧れでは終わらせなかった。
努力を惜しまず、同じ生き方をし、それを自分の生き方とし……その意志が彼女を生かし、俺の心を生かしてくれた……ならば、それに応えなくてはな。
216 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:37:56.37 ID:aNWtHagf0
『臨時ニュースです。
各テレビ局宛てにFAXが送られて来ました!
『未確認生命体第51号からのお知らせ。
三日後の24日、正午より、○○公園のステージにて特別コンサートを開催します。
興味のある人は是非とも来られたし』
同様のFAXはテレビ局のみならず、警察や新聞社にも届いている模様!
たちの悪いイタズラなのか、本当に第51号からのメッセージなのかの調査が待たれます!』

テレビ画面が新たな情報を伝える。
それがどういうことなのか、この病室の中にいる誰もが理解していた。
217 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:41:51.59 ID:aNWtHagf0
部屋中の視線が卯月に集まり、代表して一条が口を開く。

「……一ノ瀬志希からの最後の招待状だ。
俺たちは君を全力でサポートしよう……いや、君が望む演出を叶えよう……こうだろうか?
……やはり俺には似合わないが、今回、俺は君の魔法使いになろう。
答えてくれ、君はどうしたい?」

真摯に一条は卯月を見つめる。
その瞳は人間に絶望していた先程までの弱々しい瞳ではなく、意志の宿った強い瞳だった。
王子様の殺害現場に落ちていたガラスの靴から、罪の無いシンデレラが探されている。
そのシンデレラにもう一度魔法をかけるために、シンデレラに励まされた魔法使いは一度落としかけた杖を握りしめた。
218 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:42:30.29 ID:aNWtHagf0


「志希ちゃんに会いに行きます。
この事態を、終わらせるために」

219 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 22:45:22.79 ID:aNWtHagf0
これで六章は終了です。

もう夜遅いので、また明日の夜九時ころに再開します。
おそらく明日で最後まで投稿出来ると思います。
まだ途中ですが、改善点や文句、感想などがありましたらお気軽にコメントしてください。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 22:50:30.95 ID:Uvx76zxao
クウガしか知らないけどとてもいいと思います
明日が楽しみです
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 23:12:10.62 ID:7DjFqo/T0
五代の思いが卯月に受け継がれていくのいいな
222 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/04(火) 21:00:53.15 ID:eRGHfrTr0
再開します
223 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:02:14.14 ID:eRGHfrTr0
第七章「卯月」
224 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:03:33.79 ID:eRGHfrTr0
一条の病室、そこには島村卯月、一条薫、夏目実加、杉田守道、椿秀一、榎田ひかりの六名がいた。

「それじゃ、第51号、一ノ瀬志希ちゃんのスペックと謎について解明して行きましょう」

榎田ひかりが全員をまとめるように、病室に持ち込まれたホワイトボードを差しながら言う。
225 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:05:06.40 ID:eRGHfrTr0
「まず、眠り病だけど、今回はガスマスクは必要ないわ、屋外だからガスで眠らされる心配はない。
でも、ガス以外でも爪等で眠らせることが出来るみたいだから気をつけて……と言っても、一条くんみたいに手加減されなきゃ普通に死ぬわね」
「それより、神経断裂弾を撃ち込んだはずなのだが、効かなかったのは何故なんだ?」
「あ、私の見たことを話しますね。
一条さんが撃った弾は確かに志希ちゃんに当たって、ボボン!って爆発しましたけど、志希ちゃんの身体はその弾丸を通さなかったみたいで、ポトッて弾は落ちました」
「なるほど……どうやら、五代くんの紫の形態みたいに硬くなったみたいね。
弾丸を弾くほどに」
「なるほど……」

そういえば、引き金を引く前に、志希の体表が蠢いていたような気がする。

「神経断裂弾のサンプルを掠め取って研究して、体表で弾くにはどれ程の硬度が必要かを計算して、弾ける形態を手に入れたのでしょうね。
……軽く言うけど、とんでもない硬度よ。
ま、4年前に開発した改良型なら大丈夫だと思うわ、科警研から幾つか無断で持ってきたから、一条くんに渡しとくわね、それ用のライフルもあるから」
「ありがとうございます」
226 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:05:59.18 ID:eRGHfrTr0
「そして、第50号に攻撃したのと実加ちゃんが寝ちゃった件ね。
第50号の件は、第50号と別のタイミングで会っていた時に別途の薬品を仕込んでいたという解釈で良いとして、実加ちゃんを眠らせたのはどうやったのかしら?」
「あ、多分……ブローチだと思います」
「ブローチ?」
「志希ちゃんから貰った物で……事件の時も着けて行ったんですが、18日のライブの時に、警察に連行されて私物を見せられたんですが、その中に無くて……」

ポレポレにて、嬉しそうに赤い石の着いたブローチを見せてきたのを一条は思い出した。

「その中にカメラとかを仕込まれてたのね……」
「多分、そうだと思います」
227 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:07:11.65 ID:eRGHfrTr0
「そういえば、ポレポレ経由で私にライブのチケットが届いたのだが、ポレポレの事は一ノ瀬くんに教えていたのか?」
「あ、はい。
事務所で教えられる機会があったらみんなに教えてました、昼食の時とかに。
機会が無かったこずえちゃんとちひろさん以外は知ってるはずです」
「……それでまんまと心証操作された訳だ……私は」
「あ、あはは……まあしょうがないですよ」
「そのしょうがないで殺されかけたのに、優しいなぁ卯月ちゃんは……それにしても、良い鎖骨だ」
「?……鎖骨、ですか?」
「椿、相手は高校生だぞ?」
「そういう意図はねぇよ!」
228 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:08:44.10 ID:eRGHfrTr0
「んで、現場のカメラが全て壊されていた件はどうなんだ?」

一条と椿のやり取りを無視して杉田が榎田に訊いた。

「全てのカメラの中に猫の体毛らしき物が入っていたわ。
何らかの方法でカメラの隙間からその体毛を潜り込ませて、眠らせるタイミングに合わせて武器化し、カメラを破壊したと考えるのが妥当ね」
「……第42号の針を思い出すな……」

椿が苦々しい顔をして言った。
未確認生命体第42号。
緑川高校2年生男児90人を12日間以内に殺すというゲゲルを行った未確認生命体である。
その殺害方法は極めて悪質であり、未確認生命体の能力により小型化した針を目的人物の脳に刺し、四日後に針を元の大きさに戻し、脳を破壊するというものであった。
任意のタイミングでの武器化、その点において志希の能力と共通している。

「そうね、大体それと同じ」
229 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:09:32.73 ID:eRGHfrTr0
「一ノ瀬志希のスペックについてはこれくらいでしょうか?」
「わかってる範囲ではね。
それじゃ、次はこちらの武装について……なんだけど」
「改良型の神経断裂弾三発、従来の神経断裂弾六発……だけですね」

言葉を濁す榎田の後を実加が続けた。

「こればっかりはね〜。
特に効果を発揮する何かは無いし、卯月ちゃんがいる時点で非公式になっちゃうから神経断裂弾は私がくすねて来たヤツだけだからね〜」
230 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:10:56.88 ID:eRGHfrTr0
「……それよりも、問題は当日に殺到するであろう一般市民への対策ですね」
「……そうだね〜」

そう、今回の一番の障害、それが暴徒化した一般市民だ。
無論、一条や実加や杉田に一般市民を取り押さえる経験が無い訳ではない。
だが、大量の人間を、たった三人で捌くことは限りなく不可能に近い。
まして、一人一人が武装していれば尚更だ。
無闇に傷つけることが許されない分、もしかすれば未確認生命体よりも厄介な相手であるかもしれない。

「悪いけど、一般人用の特殊兵器その他はないから」
「わかっています。
正面突破は望めないとして……卯月くんを変装させてどれだけ持つか……」
「顔を隠すのにも限界があるでしょうね、変装を警戒して顔出しを原則にしているそうです……」

実加がネットから拾った情報に一条はまた顔をしかめた。
231 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:11:58.94 ID:eRGHfrTr0
「変装もダメとすると……陽動作戦でしょうか?」
「……そうね、端から戦力外の私と椿くんで島村卯月がこっちに出ただの何だのと言った情報を拡散して場を引っ掻き回して道を開ける」
「……とはいえ、ステージ前の警戒が一番強いだろう、そこの連中を偽情報でどかすにしても全員は当然無理だが……いけるか?一条」
「いけるかどうかじゃない、やるしかないんだ」
「そうか……一応、まだ腹の傷が治りきってねぇこと、頭に入れとけよ?」
「わかっている。
……さて、それでは当日まで、榎田さんと椿は情報操作の方法の相談と練習。
夏目くんと杉田さんは対一般人用の訓練。
俺は回復に専念して、程々に訓練もしておく」
「あと、椿くんは私と杉田さんの居場所の用意もしてくんない?卯月ちゃんと神経断裂弾の件で警察にも科警研にも居られないんだわもう」
「……これがバレたら俺も榎田さんたちと一緒にクビかもなぁ。
ま、用意しときますよ」
232 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:12:35.75 ID:eRGHfrTr0
「んで、最後に卯月ちゃん」
「はい!」
「……サインくれない?息子がファンでさぁ……今眠っちゃってるんだけど」
「あ、はい!よろこんで!……はい?」

緊迫した状況にそぐわない榎田の発言に、卯月は首を傾げた。
233 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/04(火) 21:14:32.39 ID:eRGHfrTr0
展開の都合上どこかに入れることが出来なかったんですが、榎田さんの息子の冴(さゆる)くんはこの四年でドルオタまで発症したという設定です。
234 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:15:58.80 ID:eRGHfrTr0
そして、一条が眠らされたライブより六日後。
その日はやって来る。
それぞれの思惑を胸に、人々は一ヶ所に集まった。
雲一つ無い快晴の空の下、大量の人がひしめいていた。
その人数は、遠目から一条が確認するに、ゆうに五十人……しかも公園端から見える範囲で、である。
235 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:17:27.94 ID:eRGHfrTr0
一条と卯月と実加と杉田は、公園前に車を止め、車内からその人の波を観察していた。

「ネットでガセ情報等を流して別の日時や場所に出来る限り誘導しましたが、それでもなしのつぶてですね……」
「榎田さんと椿が別場所でデマ情報を流し、島村卯月の振りをした人物が逃げることで追わせて更に人を誘導するそうだが……大丈夫なのか?その影武者は」
「えっと……相談して、千川さんにお願いしたそうです」
「千川というと……CGプロの事務員さんか……まあいい、今は時を待つだけだ」
「そうですね……」
「……卯月くん、大丈夫か?
覚悟は……出来ているか?」
「……はい、覚悟は出来てます……けど」
「けど?」
「やっぱり、緊張しますね……デビューライブを思い出します」
「……ふっ、命がかかっているというのに、デビューライブか……」
「はい?何かおかしかったでしょうか?」

困ったような笑顔で卯月が言う。
どこか抜けている卯月に、卯月以上に緊張していた車内の空気が少し弛緩した。
236 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:18:25.86 ID:eRGHfrTr0
「……11時半、正午まで後30分です。
そろそろ榎田さんたちが動き出すはずです。
私もネットにデマ情報を流します」
「頼む」
「上手くやってくれれば良いんだが……」

杉田は不安げに呟いた。
待つことしか出来ない不安の中で、アナログ式腕時計の針の動く小さな音と実加のパソコンのタイプ音だけが響いていた。
人の動きから目を離してはいけない、チャンスを逃す訳にはいかない。
瞬時に行動するため、車内の四人は無言で気を張り詰めていた。
237 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:19:27.90 ID:eRGHfrTr0
「あっ!?……えっ!?」
「どうした!?夏目くん!」

突然に、パソコン画面とにらめっこをしていた実加がすっとんきょうな声を上げた。
それとほぼ時を同じくして、人の群れにも動きがあった。

「一条!市民が動き始めた!」
「よし!陽動が成功したのか!」
「うわぁ、ノリノリだなぁ……榎田さんたち」
「?……夏目くん、何があったんだ?」
「島村卯月が未確認生命体を二体引き連れて現れたと話題になってます……」
「……そういう手に出たのか」
238 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:20:45.64 ID:eRGHfrTr0
「島村卯月が逃げるのを未確認二体が手助けしているそうです。
ガスが〜、急に爆発音が〜、等と話題になってます。
二酸化炭素ガスや爆竹でしょうね……他にも色んな事をしてくる未確認だとされて、迂闊に近づけず、かといって島村卯月を逃す訳にはいかないのでどんどん人がそっちに行ってるみたいですね…………あと、マスク等で顔を隠していて良く見えないので確信とまでは至らないものの、島村卯月は偽物なのでは?と疑う声がちらほら……でも、誘導には十分のインパクトと時間を稼げると思います」
「……警察が来たらどうする気だ?あの二人は」

杉田が素朴な疑問を口にした。

「……えっと……どうするんでしょう?」
「……来たところで、群がる一般市民を押し退けるのに時間を食い、警察の存在による話題性で更に人を集めようという作戦……だと思います。
……大分人も減りました、行きましょう。
卯月くんは俺たちの中央を歩いて、俺たちは市民を発見次第卯月くんと市民の間に入り、遮蔽する、良いですね?」
「「はい!」」
「おう!」
239 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:21:49.60 ID:eRGHfrTr0
さっと素早く車から降り、前面に一条と杉田、後ろに実加の三人で三角形を作り、その中央に卯月という隊列を組む。
そして、急ぐと怪しまれるので歩きで公園のステージがある場所へ向かう。
誘導により、人の大分減った道だが、それでも人が完全に居ない訳ではない。
自然に、四人で話ながら歩いている風を装って、卯月の顔を一条や杉田や実加の身体で市民から隠す。
ごくわずかな動作で行われるそれは、動きの少なさに比べて異常な程の精神力を必要とし、一条たちを疲弊させてゆく。
240 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:22:42.38 ID:eRGHfrTr0
「……この角を曲がれば、ステージが見えるはずです」
「ここまで来ると、大分人も多くなって来やがったなぁ」
「もう一息です。
どうにか正午までにステージの近くへ……」
『島村卯月が出たぞ〜。
こっちだ〜♪』
「「っ!?」」

拡声器でも使ったかのような大声、それが、一条たちのすぐ近くから聞こえた。
音のした方を見れば、緑の葉をしげらせる一本の木の上に、一瞬、志希の姿が見えた気がした。
241 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:23:29.67 ID:eRGHfrTr0
そんな声がすれば確認しに動くのは当たり前のこと。
ステージ前の人数からしたら少しの、しかし、三人で遮蔽出来ない程の量の人が一条たちの下へ向かってきた。

「マズイ!どうすんだ一条!?」
「どうもこうもない!ステージまで走り抜ける!
襲い来る市民は我々が捌く!なるべく傷つけずにな!
やるしかない!」
「はい!」
「おし!」

完璧に卯月を認識され、前方から数人の市民が走ってくる。
それを杉田と一条で強引に押し倒し、一瞬道を開く。
その道を実加が後ろに気をつけながら四人で通る。
242 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:24:39.84 ID:eRGHfrTr0
第一段が終われば第二段のさっきよりも人数が増えた塊がやって来る。
ステージ前に集まっているとはいえ、声を聞いてこちらを確認に来るのは第一段の数人、その様子を見て第二段の数人が、それにより騒ぎが大きくなり一条たちだけでは対応出来なくなるだろう。
疎らに人が襲って来る内に一条たちは距離を稼ごうとした。
それは上手く行き、第一段、第二段、第三段と一条たちが対処出来るだけの人数を相手にして彼らの間を抜け去ることが出来た。
だが、騒ぎは確実に大きくなり、徐々に一条たちは押され始める。
そしてステージまで後50mも無くなった時、一条たちの足が止まった。
243 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:29:20.51 ID:eRGHfrTr0
「邪魔すんなー!」
「退けー!」

鉄パイプやスコップ、バットやゴルフクラブ等を手にした市民が卯月を守る一条たちの間を強引に抜けようとしてくる。
それを押し返そうとするものの、一条一人に対し相手は複数。
いくら一条と言えども押し返すことは不可能だった。
空砲にした拳銃を杉田と実加が放つもひるむのはほんの数秒、一条のコートの背中部分に仕込んだ神経断裂弾用ライフル、改良型神経断裂弾用ライフルを抜くわけにもいかず、一条たちは市民相手に苦戦していた。
244 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:30:10.07 ID:eRGHfrTr0
「一条!もう限界だぞ!」
「踏ん張ってください!
……退く訳にはいかないんです!」
「一条さん、杉田さん!少しずつ回転して場所を換えてください!」
「夏目くん!策があるのか!?」
「はい!一応」

卯月を中心としてその周囲を囲んでいた三人が市民に押され、その円を小さくしながらも、円は回転し、実加を前方に、後方で二ヶ所を一条と杉田がカバーする陣形になった。

「きゃっ!?」

円が小さくなったために、手を伸ばした市民の持っていたゴルフクラブが卯月をかすり、卯月は短く悲鳴を上げた。
それに実加は焦り、その双腕に力を込める。
245 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:31:14.13 ID:eRGHfrTr0
「お、おりゃぁあああ!!」
「うわっ!?」
「なんだこの女!?」

クウガの力、変身しないでその力の何割かを引き出す。
それが実加の策。
白い未熟な姿にしか慣れないとはいえ、その力は人間を遥かに凌ぐ、その力の欠片を得て、人の波はステージの方へと押されて行く。
卯月を中心とする円も若干広くなり、少しだけ余裕が出来た。
246 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:31:51.08 ID:eRGHfrTr0
だが、ここからが問題だった。

「痛っ!」

実加の肩に、金属バットが降り下ろされた。
247 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:32:36.02 ID:eRGHfrTr0
「夏目くん!」
「こいつらは卯月の仲間だ!未確認の仲間だ!遠慮すんじゃねぇ!」

市民の集団において、リーダーという者はいないだろうが、血の気の多い者は多くいるだろう。
そんな攻撃的思考を持つ一人が、実加を躊躇せずバットで殴り、声を張り上げた。
それまでの集団は、卯月は兎も角として、一条ら三人には攻撃して良いか図りかねて攻撃らしい攻撃はしてこなかった。
だが、今の一人が大義名分を与えてしまったのだ。

「「ウォォォオオオ!!」」

先程の若者に呼応するように市民の集団が吼えた。
248 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:33:32.87 ID:eRGHfrTr0
遠慮を無くし、目の色を変えた集団が各々の武器を掲げて一条たちに襲いかかった。

「くっ!」

第一陣の木刀を一条は右腕に当て、受け止める。
一条たちとしても、これを予想していなかった訳ではない。
だが、機動力も必要とするため、装着出来た防具は籠手とすね当て程度。
攻撃を受け止めるには腕を使うしかない。
そして、それは同時に守護の瓦解と成りうる。
249 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:34:04.91 ID:eRGHfrTr0
「うぉおおお!」
「っ!クソッ!」

防御により腕を身体に寄せた一瞬、一条と杉田の間に割り込むようにして一人の市民が卯月へ向かう。

「はっ!」

どうにか足をかけ、投げ、転ばせると少し後退し卯月に近づき、崩れた陣形を前より縮めて戻す。
250 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:35:23.01 ID:eRGHfrTr0
「……やむを得ん、か」

合図は無い、がしかし、警察官三人は理解していた。
もう手加減は出来ない、と。
止めるために振るう拳に込める力が増す。
技が本格的な物へと変わる。
それでも時間稼ぎにしかならないとはいえ、警察が罪無き市民に振るって良い物では無くなって行く。
251 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:35:55.80 ID:eRGHfrTr0


「……やめて」

252 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:36:39.51 ID:eRGHfrTr0
小さく、声が聞こえた。
チラリと後ろを見れば、涙目の卯月がいた。
襲われる恐怖で泣いているのではなく、戦うことしか出来ないことに対する悲しみで涙を流しているということが一条には瞬時に理解出来た。
何故なら……一条も正にその悲しみを感じていたからだった。
暴力でしかやり取りの出来ない、とてつもない悲しみを……
隠してきた心の痛みを、卯月の涙で自覚した一条の気がほんの少しだけ緩んだ。
253 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:37:32.93 ID:eRGHfrTr0
そして、その隙は致命的な隙となった。

「オラァ!」
「あぐっ!?」

腹部へのスコップの一撃。
普段ならば十分耐えられる一撃に、一条は膝をついた。
人間の身体に深く傷が付いた時、それは比較的すぐに閉じるが治った訳ではない。
少しの衝撃で痛みと共に開く。
一ノ瀬志希による刺し傷が、その一撃により開き、一条の肌着の下の包帯に血が滲んだ。
254 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:38:14.55 ID:eRGHfrTr0
「「一条さん!」」
「一条!」
「オラァ!」
「うぐっ!?」

膝をついた一条の頭に、スコップでもう一撃。
255 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:39:15.68 ID:eRGHfrTr0
籠手でどうにか頭に直接当たるのは防げたものの、その衝撃は頭の芯まで届く。
軽い脳震盪により意識が遠退き視界が揺らぐ。
円形の布陣は崩れ、一人の壮年の男性が卯月に向かった。
その手に持つは猟銃。
猟友会か何かに所属し、それを得ているであろうその男性は、卯月にだけその弾を当てられる、絶対に外さないであろう距離まで近づき、構える。
他の市民は猟銃を恐れて離れた、ならば邪魔はなく確実に当たるだろう。
256 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:40:28.03 ID:eRGHfrTr0
そして、その肩に下げるは遺影。
一条に辛うじて見えたその姿は……第50号、熊谷和樹。
今回の未確認生命体の正体は人間、その発表を避けるために、熊谷和樹は第50号に殺されたということになっていた。
その親類であろう男性が、皮肉なことに未確認生命体第50号を憎み、未確認生命体ではない少女を殺そうとしていた。

「死ねぇぇぇええ!!」
「やめろっ!」

一条はその足を掴むものの、まだ脳は揺れており力が入らない。
そして、壮年の男性は引き金に指をかけ、別の男性は一条の頭に目掛けて止めに三回目のスコップを降り下ろそうとしていた。
ここで一条たちの抵抗も虚しく、一ノ瀬志希のシナリオ通りの展開になる。
257 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:41:12.61 ID:eRGHfrTr0



「だめぇ!!」


258 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:41:56.98 ID:eRGHfrTr0
筈だった。
視界の揺らぎが収まった一条が捉えたものは、時が止まったかのように動かずに、目を見開いてこちらを見る人々。
誰かに取り押さえられた壮年の男性。
259 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:42:30.99 ID:eRGHfrTr0
その誰かとは……

「はいはい、銃刀法違反の現行犯でシメちゃうわね」
「片……桐……さん?」

CGプロのアイドル、片桐早苗だった。
260 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:43:34.93 ID:eRGHfrTr0
だが、一条には違和感があった。
先程の制止の声。
それは片桐早苗の声とは違った。
もっと、角の無いというか……幼い声だった。
そして、動きを止めた人々の視線は、片桐早苗でも壮年の男性でも島村卯月でもなく、一条の後ろに注がれていることに気づいた。
261 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:44:12.12 ID:eRGHfrTr0
ゆっくりと、自らの背後を振り向いた一条が見たのは……

「っ!?龍崎くん!?」

スコップを降り下ろそうとして止まった男性の前に、一条を庇うように両手を広げる小さな背中だった。
262 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:45:13.75 ID:eRGHfrTr0
「刑事さん……大丈夫?」

こちらを振り向いた幼い横顔は、暴力への恐怖からか涙が零れていたが、一条を思いやる笑顔をしていた。
263 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:46:36.76 ID:eRGHfrTr0
一条が呆気に取られつつ頷くと、ホッと息を吐いて、凛とした表情に顔を変えると再び一条に背を向けた。

「刑事さんや卯月お姉ちゃんをいじめないで!
刑事さんや卯月お姉ちゃんは悪いことなんてしないもん!
刑事さんはみかくにんせーめーたいからかおるたちを助けてくれたの!
……だけど、刑事さんがみかくにんせーめーたいからかおるたちをまもってくれた時、刑事さんのことをこわいって思っちゃった。
だけど!それは悪いことをしたからじゃなくて、かおるたちをいっしょーけんめーまもろうとしてくれたからだって卯月お姉ちゃんが教えてくれたの!
刑事さんはかおるにけーさつのことをいっぱいお話してくれて……卯月お姉ちゃんはかおるといっぱい遊んでくれて……刑事さんも卯月お姉ちゃんも優しいの!
なのに……なんで……なんでみんないじめるの?」

背を向けているが、震えている声から、一条には薫が泣きながら言葉を絞り出しているのが理解出来た。
264 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:47:26.71 ID:eRGHfrTr0
年端もいかない少女の周りで、様々なことが起こった。
人が未確認生命体により殺され、優しい刑事は鬼神のような表情に変わり、未確認生命体の正体は大好きな優しいお姉さんだと言う。
未だに年齢が二桁にすら達していない少女が受け止めるには重すぎる状況。
それでも彼女は、それを必死に受け止め、その上で否定した。
社会ではなく、自分が見てきた優しい刑事さんとお姉さんを信じたのだ。
265 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:48:02.10 ID:eRGHfrTr0


「うっく……うぁ……うぇぇぇええん!」

266 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:48:46.83 ID:eRGHfrTr0
だが、耐えきれる筈もない。
様々な状況に、感情に圧し潰され、それを全て吐き出すように薫は大声で泣き出した。
裸の王様という童話がある。
それは、無邪気な子供により、嘘で塗り固められた世界が壊される物語。
今ここでも、同じことが起ころうとしていた。
幼い少女の泣き声は、絶叫は、卯月に暴力を奮おうとしていた者たちの心の揺らがせた。
267 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:49:33.49 ID:eRGHfrTr0
「……薫ちゃん」

大きな泣き声が響いている筈なのに不気味な程に静かな中で、卯月が暖かな声色で薫に語りかけた。

「卯月……お姉ちゃん……」

卯月に振り向いた薫の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
268 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:50:44.55 ID:eRGHfrTr0
そして、感情に任せて薫は卯月の下へ泣きながら駆け寄った。

「頑張ったね……薫ちゃん」

両手を広げて走ってきた薫を、卯月は優しく抱き締めた。

「うぁ……うぁぁぁぁぁ!」

その胸に顔を埋めて、声が漏れないように顔を、口を卯月に押し付けて、薫は絶叫した。
その背中を撫でながら、卯月は何も言わずに抱き締め続けた。
269 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:51:29.76 ID:eRGHfrTr0
先程までうるさかった市民の声は聞こえない。
全員が武器を下ろし、目の前の光景に目を奪われていた。
今の卯月の姿は、人をゲームで殺す未確認生命体の姿とはおよそ正反対の位置にあった。
270 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:52:24.95 ID:eRGHfrTr0
「その……ママにはダメって言われたんだけど、早苗お姉さんにナイショでつれてきてもらったの……そしたら、卯月お姉ちゃんがいじめられてて……じゅうを持ったおじさんが出てきて、みんなおどろいてはなれたから、刑事さんと卯月お姉ちゃんを守らないとって……」
「うん……うん……ちゃんと分かってるよ……偉いね、薫ちゃん」

卯月が薫の頭を優しく撫でる。
その暖かさで、薫は涙で濡れた顔を綻ばせた。
271 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:53:47.74 ID:eRGHfrTr0
>>270
一文抜けてました。

叫びを全て吐き出し、大人しくなった薫が卯月から顔を離した。

「その……ママにはダメって言われたんだけど、早苗お姉さんにナイショでつれてきてもらったの……そしたら、卯月お姉ちゃんがいじめられてて……じゅうを持ったおじさんが出てきて、みんなおどろいてはなれたから、刑事さんと卯月お姉ちゃんを守らないとって……」
「うん……うん……ちゃんと分かってるよ……偉いね、薫ちゃん」

卯月が薫の頭を優しく撫でる。
その暖かさで、薫は涙で濡れた顔を綻ばせた。
272 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:54:32.50 ID:eRGHfrTr0
「薫ちゃんが頑張ったんだから、私も頑張らないとね。
……見てて、薫ちゃん、私も頑張るから!」

卯月がステージを見た。
その瞳にはもう涙も困惑も浮かんでいない。
強い覚悟で満ちていた。
すぅっと、卯月が大きく息を吸う、そして……
273 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:54:59.95 ID:eRGHfrTr0



「憧れてた場所を ただ遠くから見ていた」


274 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:55:33.45 ID:eRGHfrTr0
歌った。
輝くような笑顔で、力強く凛とした声で、ただ歌った。
275 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:57:17.00 ID:eRGHfrTr0
S(mile)ING!

https://www.youtube.com/watch?v=hsiSbpOQ0rw
276 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/04(火) 21:59:37.02 ID:eRGHfrTr0
>>275

本当はフルなんですが、卯月の声だけのフルバージョンは上がっていませんでした。
フルバージョンは各自、CDなどでご視聴ください。
とても良い曲ですよ。
277 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:00:58.18 ID:eRGHfrTr0
音響機器の一つもない、楽器の音もないたった一つだけの歌声。
みんなに笑顔を、幸せを届けたいと夢を語った卯月の歌声。
それは、確かな光を放っていた。
その光は、人の心を照らす。
自らの心を照らし出され、武器を手にしていた人々は、自分の正義の歪みを自覚せざるを得なかった。
そして、その後の行動はたったの二種類。
武器を下ろし、道を開ける。
もしくは、自らの歪みを認める勇気を持てず、やけくそ気味に卯月に襲いかかるか。
278 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:02:08.94 ID:eRGHfrTr0
だが、襲いかかる彼らは止められる。
一条薫に、夏目実加に、杉田守道に、片桐早苗に、そして……ある者たちに。
彼らはずっと自分の信じる彼女を、卯月を本当に信じていいかどうか葛藤し、それを見極めるためにここに来た。
襲われる卯月を見ても、どうするのが正解なのか、自分の正義が正しいのか、自信が無く、ただ見ていることしか出来なかった。
だが、卯月が放つ光により、自分の正義の正しさを照らされ、彼らは動き出した。
その者たちを、今は『ファン』と呼ぶ。
だが、一昔前はこうとも呼んだ、『親衛隊』と。
歪みを認める勇気の無い者を取り押さえる彼らは、正しく卯月の『親衛隊』だった。
279 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:03:04.55 ID:eRGHfrTr0
もう、卯月の進む道を邪魔する者は居なかった。
ステージまで、綺麗に道が開き、そこを卯月は薫と手を繋いで歩いて行く。
ステージの階段で、薫の手を離すと、卯月はたった一人でその階段を上る。
ステージにまで上がり、武器を構えていた人々はもういない……ステージの上にはたった一人、卯月だけがいた。
280 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:03:47.38 ID:eRGHfrTr0



「愛をこめてずっと歌うよ」


281 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:04:15.32 ID:eRGHfrTr0

ステージに上がり、観客席の方を振り向いた卯月の表情は、歌い始めた時から変わらない眩しい笑顔だった。
282 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:05:22.98 ID:eRGHfrTr0
「わー!」

歌い終えた卯月を、薫の感嘆詞と拍手と笑顔が祝福した。

「「うおおおおお!」」
「……大したもんだな」

杉田が卯月にコールを送り出した『親衛隊』を見て呆れたように声を出した。

「腕、全然衰えてませんね、早苗さん」
「アイドルのレッスンってのもハードなのよ、やってみる?」
「それは一条さんだけで結構です」

実加と早苗はお互いに称えあった。

「……ありがとう、龍崎くん……おかげで助かった」
「えへへ〜♪どういたしまして!
それと、刑事さんにも!この前はありがとうございまー!
それと、お礼言えなくてごめんなさい!」
「気にするな……そうだ、龍崎くん、一日署長には興味は無いかい?」
「しょちょー?」
「一日だけ、警察官としてお仕事が出来るお仕事だ」
「ホント!?かおるやってみたい!」
「私が上に掛け合ってみよう、期待していてくれ」
「わ〜い!」

一条と薫はわだかまりを無くして語り合った。
その誰もが『笑顔』だった。
卯月が歌を通して与えたかった『笑顔』を、彼らはしっかり受け取っていた。
辺りが和やかな空気に包まれ……
283 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:06:10.23 ID:eRGHfrTr0


「……何で?」

284 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:06:40.61 ID:eRGHfrTr0
一瞬で崩壊する。
ステージに、突如として一ノ瀬志希が現れたのだ。
285 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:07:42.09 ID:eRGHfrTr0
「志希ちゃん!?」
「志希お姉ちゃん!?」

真実を知らない早苗と薫が驚きの声を上げ、周囲がざわついた。
286 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:08:47.00 ID:eRGHfrTr0
「うるさいよ」

志希が口に右手を当てる。
その右手を離した時、その手には直径3cm程の玉が握られていた。
それを志希は無造作に空に放り投げる。

「っ!?まさか!毛玉!?」

いち早く事態を把握した一条が薫を庇うように抱き締める。
と、ほぼ同時に毛玉がはじけた。
287 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:09:43.18 ID:eRGHfrTr0
毛というより、針の硬さと鋭さに変化したそれが降り注ぐ。

「「ぐああああ!」」

おそらく、ライブの際にカメラを壊したのと同じように、それは観客席にいた人々に刺さると、刺さった人は次々と倒れて行く。

「眠ってて?」

刺さった者は体内に特殊な薬品を注入され、眠りについた。
残ったのは、毛玉から逃れた……いや、標的から外されたのは、一条薫、夏目実加、杉田守道、龍崎薫、片桐早苗、そして『親衛隊』の面々のみ……会場の約2/3が一瞬にして眠りについた。
288 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:10:37.98 ID:eRGHfrTr0
「これって……まさか……志希ちゃんが……?」
「志希お姉ちゃん……?」

志希の行動は、早苗と薫に即座に真実を教えた。
289 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:11:24.54 ID:eRGHfrTr0
戸惑い、声を絞り出した二人になぞ興味無いかのように、志希は光の消えた目で卯月を見つめ、卯月も志希を見つめ返していた。

「……ねぇ、どうして?
どうして失敗するかなぁ?」
「……志希ちゃん」

一歩ずつ、ゆっくりと志希は卯月に歩を進める。
290 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:12:07.12 ID:eRGHfrTr0
一条は危機感から銃を構えたくなる衝動に刈られたものの、それを抑える。
卯月が、それを許さない。
卯月は一条たちが銃を抜くことを善しとしない。
卯月は、まだ志希と人間として向き合おうとしている。
警察官として失格だが、一条たちは卯月のその意思に賭けていた。
291 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:13:15.82 ID:eRGHfrTr0
「これで三度目……本当はあの刑事に撃ち殺させる筈だった。
護送中の暴動で殺される筈だった。
今ここで死ぬ筈だった……
なのに何故?何が卯月ちゃんを生かすの?」
「………………」
「歌って何が変わったの?
歌なんてただの振動数の組み合わせなのに、貴女の歌は何が違うの!?」
「志希ちゃん……」
「完璧だの天才だの言われたアタシの計画を!何にも無いお前が何でここまで狂わせる!?何が違う!何が違うの!?」
「うぐっ!」

卯月に近づいた志希は、激情を顕にして卯月の首を締めた。
そのまま、未確認の姿に変わりながら、力を強めて行く。
猫を思わせる異形の顔が、卯月を見つめる。
292 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:14:05.22 ID:eRGHfrTr0
だが、一条は銃を抜かない。
かつて、17年前に五代雄介を信じた時のように、島村卯月を信じているから。

「何でお前は全部持ってる!?
何がアタシと違う!?
何なの卯月ちゃんは!?
どうして貴女だけ……」
「志希ちゃん……」

首を締められ、苦しいだろうに、その様子を出さず、卯月は優しい声で呼び掛ける。
293 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:14:46.22 ID:eRGHfrTr0
「ゴメンね……志希ちゃんが何で苦しんでいるのか……私にはわからないの。
だけど……貴女の気持ちには成れないけど、貴女を思いやることなら出来る……だから、ね、お願い」

首を押さえられかすれた声で、優しく、先程の薫にしたように、卯月は志希の背中に手を伸ばして、その化け物の身体を抱き締めた。
294 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:15:19.01 ID:eRGHfrTr0





「………………志希ちゃん」




295 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:15:46.46 ID:eRGHfrTr0
そして、ただ名前を呼んだ。
続く言葉はない。
いや、それに続く数々の言葉を、声色に詰め込んで、名前を呼んだ。
296 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:16:35.86 ID:eRGHfrTr0
「うぁ…………」

志希の動きが止まる。
卯月の首を締めていた手が離れる。

「あぁ……」

その手が、卯月の背中に回り、少しずつ身体から色が抜け、志希の肌が戻って行く。
297 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:17:01.73 ID:eRGHfrTr0
そして、卯月を抱き締め返した。
志希自身の、人間の身体で。
志希の顔に表情が戻る。
その顔は…………
298 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/04(火) 22:19:08.27 ID:eRGHfrTr0
ここで七章は終わりです。

まさか七章を投下するだけで一時間以上かかるとは思いませんでした。
では続けて八章を投下していきます。
299 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:19:55.15 ID:eRGHfrTr0
第八章「志希」
300 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:20:47.62 ID:eRGHfrTr0
アタシは、産まれた時から天才だった。
言葉を話すのも早く、一人で歩けるようになるのも早かった。
両親は、そんなアタシに喜んで、誉めた。
『天才だ!』『wonderful!』二、三ヶ国語を用いてアタシを称賛し、撫で、抱きしめた。
その時の両親の良い香りを今でも覚えている。
301 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:21:21.87 ID:eRGHfrTr0
アタシには人の感情が匂いで判る。
各種ホルモンやエンドルフィン、ドーパミン、アドレナリン、etc、それらが分泌された時の僅かな匂いの変化を嗅ぎ分けることが出来るらしい。
成長するにつれて、その鼻がアタシを誉める両親の匂いに混じる嫌な匂いを嗅ぎ分けるようになった。
その嫌な匂いの正体にも、賢いアタシはすぐに気づいた。
302 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:22:10.66 ID:eRGHfrTr0
それは……恐れ。
両親は、私の才能を恐れ始めたのだ。
アタシのダッド……父親は科学者だった。
ダッドは、アタシが齢六歳にして彼の論文を読み、理解した時、遂に私を誉めることすらしなくなった。
アタシが何をしようと否定も肯定もせず、叱りも誉めもしない。
それがアタシが六歳の頃のダッド。
それまでの良い匂いはしなくなり、生ゴミか何かが腐ったような匂いしか発しなくなったダッド。
303 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:23:02.48 ID:eRGHfrTr0
だけど、アタシはその匂いに惹かれた。
科学者としての知識欲故か、その酷い匂いはどこまで行き着くのか知りたくなり、更に知識を詰め込み始めた。
同年代の子と全く遊ばず、ダッドの部屋に並んだ分厚い科学の専門書とにらめっこを続けるアタシに、遂にママもおかしな匂いを出し始めた。
たぶん、それは心配と困惑の香り。
我が子の成長の仕方を憂いて放たれた香り。
304 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:23:51.25 ID:eRGHfrTr0
やり方は間違ってなかったことを知り、アタシはダッドとママの匂いを更に発酵させて行った。
まだ十にも満たない年齢で、アメリカの超一流大学に特例で入学し、見せ物を見るような周囲の視線に堪え、研究を続けた。
だけど、研究成果なんてどうでも良かった。
何を発見しようと、何を作ろうと、それはあくまでも過程に過ぎなかった……人の匂いの変化を知るための。
アタシが成果を上げる度、ダッドの匂いは嫉妬と劣等感と恐怖でどんどん酷い物になって行った。
305 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:24:44.72 ID:eRGHfrTr0
それが堪らなく嬉しくて、アタシは加速して行った。
ママが止めるのも気にせずに、寝食を惜しんで研究を続けた。
そして、アタシが12歳の時、遂にアタシの研究が終わりを告げた。
306 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:26:04.82 ID:eRGHfrTr0
ダッドが科学者人生で数十年間ずっと追い求めていた命題を、アタシが解明したのだ。
親として、科学者としてのプライドをズタズタに引き裂かれ、どうなるのかが楽しみだった。
学会でそれを発表し、小うるさい記者たちのインタビューに付き合わされすっかり帰宅が遅くなったアタシは、期待に胸を膨らませてダッドの部屋に飛び込んだ。
307 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:26:41.09 ID:eRGHfrTr0


そのアタシを出迎えたのは、酷い腐臭と、首を吊ったダッドだった。

308 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:27:12.72 ID:eRGHfrTr0
吊られて首は伸び、括約筋が弛み、足元には汚物が転がるダッドの死体。
時間的には、私が学会で発表していた途中に抜け出し、自殺したようだった。
机の上に置かれた遺書には、アタシはダッドの数十年の努力を嘲笑う悪魔だと書かれていた。
309 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:27:54.11 ID:eRGHfrTr0


そうして、アタシは12歳にしてダッドを殺した。

310 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:28:38.36 ID:eRGHfrTr0
自殺だったけど、ダッドを追い詰めたのは間違いなくアタシだ……アタシが殺したも同然だった。
その時から……周囲の目が変わった。
珍しい珍獣か何かを見るようだった不快な視線は、親殺しの化け物を見る、恐怖の視線に変わった。
311 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:29:06.25 ID:eRGHfrTr0
ママはそれに堪えきれなくなり、ママはアタシを連れて日本に逃げた。
日本に帰る前までは、どうにか正気を保っていたママだったけど、ダッドが自殺して時間が流れると、放置された食べ物が腐っていくように、少しずつママは壊れていった。
312 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:30:07.44 ID:eRGHfrTr0
岩手県の母方の実家に行けば良いものを、アメリカに渡る前に住んでいた東京に拘って、東京に、僅かに残るダッドの残滓にすがり付くママは、アタシを殴るようになった。
『産まなければ良かった』
『どうして産まれてきた』
『どうしてあの人を殺した』
『お前は悪魔だ』
それだけがその頃のママがアタシに吐き出す言葉。
アルコールと、当時笑顔になれる、疲れがとれる等と言われて広く販売されていた未確認生命体第49号の化学兵器、『リオネル』がママの主食。
固形物の栄養はほぼ摂取せずに、アルコールとリオネルに溺れるママは、みるみる衰弱していったけど、アタシを殴る力は強いままだった。
313 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:31:08.74 ID:eRGHfrTr0


結果、4年前の夏のある日、ママは死んだ。
第49号のゲゲルの被害者となって。

314 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:31:57.57 ID:eRGHfrTr0
リオネルの効果で狂気に飲み込まれ、大声で高々と笑いながら絶命したママの姿は、酷く滑稽だった。
こうして、アタシは両親を失った。
不思議と、どちらが死んだ時も涙は出なかった。
ただ、アタシが求めた酷い悪臭が無くなったことは寂しかった。
315 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:33:01.38 ID:eRGHfrTr0
ママが死んで、アタシは、引き取るというグランマの手を振り払って一人で生きることを決めて、飛行機事故、並びに集団催眠だのなんだのと言われていた第49号の事件の傷痕の残る町を宛もなく徘徊していた。
そうしてママが死んだ五日後。
アタシはいきなり路地裏に連れ込まれた。

「……何かな〜?アタシに何か用?」
「小娘一人が出歩くと危ないってことを教えてやろうと思ってな」

4人の男たち、その目的は火を見るよりも明らかだった。
316 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:34:10.00 ID:eRGHfrTr0
その男たちを前に、アタシは心の底から笑った。

「何を笑って……」

言い終える前に、その男はアタシにぶん殴られて倒れた。

「バッカじゃないの?
人間4人で悪魔をどうこう出来ると思う?」

怒りで襲って来る男たちを、アタシは軽々と投げ飛ばした。
武道の根底にあるのは力学と生物学だ。
科学という分野に置いて、アタシを越える頭脳は恐らくない。
自分の身体の限界、出来る動き、耐久力、その全てを把握することなど造作もなく、また実践するのもアタシにとっては楽なことで、4人の武道の心得もない男たちなんて相手にならなった。
317 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:35:17.48 ID:eRGHfrTr0
「つぇぇ……」
「フフッ、こっからが本番だよ?」

仰向けに倒れた男の一人に跨がり、懐から茶褐色の小さな瓶を取り出した。

「これ、何だと思う?」
「何って……」
「はい時間切れ〜。
正解はね、フッ化水素酸」
「は?」
「そうか〜、キミの軽い脳ミソじゃ解らないか。
反応性の極めて高い薬品……劇薬だよ?」
「なっ!?」
「はい!ここで問題!
人間の身体で、痛覚が一番強い場所は何処でしょう?」
「はぁ?」
「ブブ〜!歯の神経は第二位で〜す!
一位はね、目の粘膜だよ!
そうだよね〜、少しゴミが入るだけでも物凄く痛いもんね!」
「な、何を……」
「フッ化水素酸ってね、歯科医が間違えて小さな子供の歯に塗っちゃって、その子供は大の大人数人に押さえつけられてたのにそれを振り払う程の力を出して絶命したんだって!
第二位だもんね歯は!
第一位だとどうなっちゃうのかにゃ〜?」
「お、おい……冗談……だろ?」
「さて……目薬のお時間ですよ?
もっと嗅がせて?その恐怖の匂い」

風の影響等を計算に入れ、恐怖をじっくりと味わえるように目の1メートル程上から液体を一滴垂らす。
押さえつけられて動けぬ顔に自由落下で落ちる雫は、目標をズレずに相手の目玉に……
318 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:36:25.11 ID:eRGHfrTr0
「ほう?」

落ちる前に、間に入り込んだ手がその雫を受け止めた。

「リントの中にも、面白い奴がいたのだな」

むせかえる程濃厚な薔薇の香りを放つ女性がそこにいた。
319 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:37:46.22 ID:eRGHfrTr0
その女性は、恐怖で気絶した男、逃げ出した男たちなど毛ほども気にせずに、アタシを、アタシだけを見下ろしていた。

「誰アナタ?」
「私が誰なのかはどうでもいい。
それよりも訊きたい……コイツらの恐怖に歪む顔を見て、楽しいか?」
「う〜ん?わかんない。
でも……この恐怖の匂いは、大好きだよ。
だって、志希ちゃんは悪魔だから♪」
「そうか……ならば、本物の悪魔になってみる気はないか?」

白い薔薇のタトゥを入れた彼女は、アタシの頬に手を這わせて誘った。
断る理由なんて、どこにも無かった。
320 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:38:39.11 ID:eRGHfrTr0
グロンギの霊石の欠片が馴染むまで一年、体内の霊石の欠片が完全な物に再生するのに二年がかかった。
その間に、もう一人彼女に選ばれ、アタシとそいつは彼女からグロンギのことを学んだ。
殺戮ゲーム以外では人間を殺してはいけないと聞いて、酷くガッカリしたのを覚えている。
そうして一年前、ようやくほぼ完全にグロンギとなり、ゲゲルの許可を得た。
だが、ペナルティをつけられる程霊石は馴染んでおらず、最初のゲゲルはチュートリアルということで時間制限等は無し、ただし、失敗したら問答無用で殺される。
そういうことになった。
321 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:39:47.36 ID:eRGHfrTr0
なるべく人間を沢山殺したかったアタシは、どんなことをすればいいか気ままに考えながら町を徘徊していた時……アイドルのロケ現場に出くわした。
伽部凜のことは薔薇の女、バルバから聞いていた。
同じようなゲゲルも悪くない。
そう思って、アタシはアイドルになった。
そこは、つまらない、同じような匂いのする人間しかいない陳腐な世界で、アタシは酷く退屈していた。

面白くない。
アイドルなら少しは面白い人間がいるかもと思っていたのに、全員つまらない香りばかりでイライラする。
322 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:40:40.86 ID:eRGHfrTr0
そう感じていた時。

「あの……怒ってますか?」

一辺たりとも、その感情は表に出していなかった筈だった。
なのに、彼女は……卯月ちゃんは初対面のアタシにそう話しかけた。
卯月ちゃんからだけは……嗅いだ覚えのないような、嗅いだことのあるような、不思議な、良い香りがした。
323 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:41:31.86 ID:eRGHfrTr0
アタシから見て彼女は酷く平凡だった。
突出した何かは無かった。
人の感情の機微に悟い訳でもない。
それなのに、何となくでアタシの感情を読み取ってみせた。
気に食わなかった。
アタシより何もかも下のくせに、同じ目線で、馴れ馴れしく、心に触れようとする彼女が。
だから、潰そうとした。
ダッドと同じ方法で。
彼女が習得に苦労していたステップを、一回見ただけで完全にモノにして卯月ちゃんに見せつけてやった。
軽々と自分を越えられ、彼女のプライドはどうなるのか楽しみだった。
324 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:42:30.76 ID:eRGHfrTr0
だけど、アタシのステップを見た彼女の反応はアタシの予想とは全く違った。

「わぁ〜!凄いですね、志希ちゃん!」

ただの、称賛。
鼻が良いから判る。
その称賛に嫉妬や劣等感等が、微塵も含まれてないことが。
ただ、ただただ純粋に、アタシのことを誉め称えていた。
325 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:43:36.55 ID:eRGHfrTr0
思い通りにならないのが、また嫌だった。
アタシに追い付こうと、夜遅くまでステップを練習する彼女の姿が目障りだった。
どれ程才能の差を見せつけようと、卯月ちゃんは挫折せず、純粋にアタシを称賛し、自分を研鑽し続けた。
不快で堪らなかった。
自分がダメになる数歩手前まで無理をして、それでも決して壊れない彼女が。
してはいけない無理はしない、それが彼女で。
それでもやらなきゃいけない無理ならする。
そんなおかしな人間が卯月ちゃんだった。
その生き方が、アタシへの姿勢が、大嫌いだった。
326 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:45:10.44 ID:eRGHfrTr0
だから、彼女のアタシのゲゲルのキーにした。

「リントにリントを殺させる、か……面白いゲゲルだ」
「でしょ?
オマケに〜♪その時にグロンギの素質のある人間を選別すりゃ一石二鳥ってこと♪」
「お前は……ダグバをも越える存在となるかもな……」
「ダグバ?なにそれ?」

バルバは、アタシのゲゲルを肯定した。
327 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:45:50.21 ID:eRGHfrTr0
ゲゲルはスタートし、CGプロが博打の覚悟で企画したライブツアーに、アタシが参加していない時も客席に紛れ、観客を眠らせた。
ブローチで卯月ちゃんの行く場所を知り、卯月ちゃんの印象を悪くするために卯月ちゃんのみが良く行く場所にいる人物を眠らせた。
後は、トリガーを引く人間の選出。
第一候補はプロデューサーだが、残念なことに彼には力がない。
少し不満が残るが、警察を呼び、その中から選んでみるのも良いだろう。
328 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:46:22.45 ID:eRGHfrTr0
「……なぁ、志希……お前は、躊躇しないのか?」
「はぁ?」

ある日、熊谷和樹がアタシに語りかけて来た。
それまで一切干渉しようとしなかったくせに。
329 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:47:17.52 ID:eRGHfrTr0
「俺のゲゲルが始まった。
特に拘りはなく、九人殺すだけだ……俺も、人は死んだほうが良いと思ってきた……でもよ、実際に手にかけてみて……なんか……さ」
「……何言ってんの?
ここまで来て今更何を言っているの?
アナタはもう殺人者、グロンギ、戻ることは出来ない」
「……そ、そうだけどよ……」
「……そうだ、場所を提供してあげる……そこなら、アナタのゲゲルはすぐに完遂される……そこで、完全に人間を捨てちゃいな?」

万が一にも卯月ちゃんを殺させないように、熊谷の身体に薬品を仕込むと、そのライブのために状況を整えた。
掲示板に書き込みをし、プロデューサーとちひろさんを誘導して警察に相談させた。
330 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:48:12.77 ID:eRGHfrTr0
その男の匂いを嗅いだ瞬間に、トリガーを彼にすることを決めた。
一条薫、彼の匂いは独特だった。
いや、彼自身の匂いは平凡な物だ……だが、何かの残り香のような物がついている。
それは、例えるならば青空の香り、その残り香が、彼から漂っていた。
331 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:48:48.51 ID:eRGHfrTr0
そして、あのライブの日、熊谷のゲゲルは失敗した。
一条薫によって熊谷は追い払われた。
その結果にがっかりしながら着替えていた時、卯月ちゃんの様子がおかしいことに気づいた。

「どうしたの?卯月ちゃん」
「志希ちゃん……あの人、何であんなことしたんでしょう……」
「ああいう生き物なんだよ。
未確認生命体、卯月ちゃんやアタシが産まれたばっかの頃の奴らだけど、知ってるでしょ?」
「はい……でも……」
「『でも』?」
「……あの人、人を襲う時、手が震えていました……」

熊谷の奴は、怖じ気付いていたらしい。
全くもって情けない、グロンギの恥だ。
332 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:50:00.66 ID:eRGHfrTr0
だが、この状況は善い。

「……それなら、確かめに行ってみる?」
「え?」
「本当はアレはどんな人なのか……黙っててあげる、そこの窓から出ていって確かめに行ったら?
ん〜、たぶん近くの公園に行ってると思う」

熊谷に仕込んだ、眠り病のとは違う薬品のおかげで、アタシには居場所がしっかりとわかった。

「志希ちゃん……はい!行ってきます!」
「うん……おっと、ちゃんとブローチ着けてってね」
「あ、はい!」

こうして、あの一条とかいう刑事に卯月ちゃんが未確認生命体だという偽の証拠も掴ませた。
333 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:50:57.91 ID:eRGHfrTr0
あとは……

「う〜ん……」
「どったの?プロデューサー」
「志希か……いや、この前のライブが未確認のせいで大赤字になってしまってな……少し経営がな……」
「ふ〜ん……ならこれは?」
「?……何だこの書類?」
「仕事場から貰ってきたの、その合同ライブ、シークレットゲストのアイドルたちが全員眠り病になっちゃって急遽代わりのアイドルたちを探してるんだって」
「……近いな」
「だけど、それしかないんじゃない?」
「う〜ん……確かにな……検討しておく、準備期間が短いからキツいだろうけど……」
「……にゃはっ♪」

舞台は整った。
334 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:51:33.38 ID:eRGHfrTr0
「へ〜、あの刑事さん、ポレポレ知ってたんだ……」
「うん、おやっさんと結構前からの知り合いみたいだったよ」
「へぇ〜♪」

キャストも呼んだ。
335 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:52:01.31 ID:eRGHfrTr0
「調子はどうだ?」
「上々、もう超硬化形態も手に入れた……後は、時を待つだけだよ」

力も手に入れた。
336 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:52:50.56 ID:eRGHfrTr0
「……なぁ、志希」
「どったの?プロデューサー」
「……時期的に、お前が来た頃から……眠り病になる人が出てきてる。
出演してなかった公演の時、お前がチケットを購入して見に来てることがわかった。
そして、このライブの話を持ってきたのは……お前だ、志希」
「……何が言いたいの?」
「……お前は……未確認生命体……なのか?」
「………………」
「ハハッ……なんてな、悪いな、疑って」
「ん〜、卯月ちゃんじゃなくてアタシに来ちゃうか……鋭すぎるのも考えものだね〜、トリガーをキミにしなくて正解だったかも♪」
「…………志希?」
「おやすみ、プロデューサー」

邪魔者は眠らせた。
後は、本番だけ。
337 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:53:51.40 ID:eRGHfrTr0

なのに……
338 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:54:18.66 ID:eRGHfrTr0
失敗した。
あの刑事は、卯月ちゃんを撃たなかった。
どうして?
あの刑事は完全に卯月ちゃんを疑っていた、なのに……何で卯月ちゃんを信じたの?
339 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:55:03.92 ID:eRGHfrTr0
「痛たた……撃つなんて酷いなぁ」
「刑事さん!刑事さん!」
「完全に寝ちゃったみたいだね。
応援が来るまで時間もないし、アタシはもう行かないと……でも、その前に」

アタシの腕を、渋谷凛の腕を、本田未央の腕を、遊佐こずえの腕を切り裂いて血を流させ、卯月ちゃんに浴びせた。

「きゃっ!?」
「だいじょぶ、みんな殺しはしない、ちゃんと止血もする……けど、卯月ちゃんが死ねばみんな死ぬ。
卯月ちゃんの命は、今眠り病で眠っている人たち全員に繋がってるんだよ♪
じゃね、卯月ちゃん、ちゃんと死んでね?」

卯月ちゃん以外のアイドル、そしてブローチを運び出す。
卯月ちゃんは捕まって、ネットには卯月ちゃんに不利な情報を流す。
これで、卯月ちゃんは殺される。
当初の予定とは違い、トリガーの刑事ではなく、市民によって。
340 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:55:38.87 ID:eRGHfrTr0

何故?
341 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:56:41.68 ID:eRGHfrTr0
卯月ちゃんは、何者かによって逃がされた。
警察ですら卯月ちゃんを疑っていたのに、何故、誰が卯月ちゃんを信じたの?
最後の手段を使うことになってしまった。
本当は、卯月ちゃんが死に、その他多くの人間も死んだ後のネタばらし、全てを知らしめて絶望させるための舞台、それを、卯月ちゃんの墓場とすることになった。
たった四人のレジスタンス、小細工しか出来ない弱い四人。
居場所を知らせれば、すぐに卯月ちゃんは死ぬ。
342 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:57:14.94 ID:eRGHfrTr0


なのに……何故?
何故……卯月ちゃんを信じる?

343 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:57:51.41 ID:eRGHfrTr0
彼女は何もしていない。
歌には何の力もない。
全ては、卯月ちゃんの信頼の力。
卯月ちゃんが人間を、自分を信じ、みんなが卯月ちゃんに惹かれ、卯月ちゃんを信じた結果。
344 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:58:30.27 ID:eRGHfrTr0



何で?


345 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:58:59.99 ID:eRGHfrTr0
「……ねぇ、どうして?
どうして失敗するかなぁ?」
「……志希ちゃん」
346 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 22:59:30.33 ID:eRGHfrTr0




何で卯月ちゃんばっかり?



347 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:00:09.81 ID:eRGHfrTr0
「これで三度目……本当はあの刑事に撃ち殺させる筈だった。
護送中の暴動で殺される筈だった。
今ここで死ぬ筈だった……
なのに何故?何が卯月ちゃんを生かすの?」
「………………」
「歌って何が変わったの?
歌なんてただの振動数の組み合わせなのに、貴女の歌は何が違うの!?」
「志希ちゃん……」
「完璧だの天才だの言われたアタシの計画を!何にも無いお前が何でここまで狂わせる!?何が違う!何が違うの!?」
「うぐっ!」
348 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:00:50.16 ID:eRGHfrTr0





何で平凡な卯月ちゃんは、他の誰よりも特別なの?




349 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:01:39.95 ID:eRGHfrTr0
「何でお前は全部持ってる!?
何がアタシと違う!?
何なの卯月ちゃんは!?
どうして貴女だけ……」
「志希ちゃん……」
350 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:02:10.75 ID:eRGHfrTr0





どうして……アタシがーーーー




351 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:03:08.15 ID:eRGHfrTr0


「ゴメンね……志希ちゃんが何で苦しんでいるのか……私にはわからないの。
だけど……貴女の気持ちには成れないけど、貴女を思いやることなら出来る……だから、ね、お願い」

352 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:03:50.64 ID:eRGHfrTr0


ーーーーーーーー

353 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:04:22.26 ID:eRGHfrTr0





「………………志希ちゃん」




354 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:04:51.55 ID:eRGHfrTr0


何だろう……この暖かい感触は……

355 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:05:27.96 ID:eRGHfrTr0


「うぁ……」

356 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:06:05.38 ID:eRGHfrTr0



この優しい匂いは……


357 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:06:38.80 ID:eRGHfrTr0


「あぁ……」

358 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:07:20.02 ID:eRGHfrTr0



あぁ……どうして?
どうして卯月ちゃんは全部持ってるの?
どうしてアタシにくれるの?


359 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:07:50.38 ID:eRGHfrTr0





アタシが……本当に欲していた物を。




360 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:08:28.94 ID:eRGHfrTr0





「うぁぁぁぁぁあん!」




361 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:08:54.04 ID:eRGHfrTr0


ダッドが死んだ時も、ママを失った時も流れなかった涙が、堰を切ったように溢れ出した。

362 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:09:31.36 ID:eRGHfrTr0
本当は……アタシは……両親を愛していた。
アタシは、ただもう一度ダッドに、ママに愛して欲しかった。
ダッドを追い詰めるつもりなんてなかった。
ただ、研究を手伝って、偉いねって、凄いねって、誉めて欲しかった。
また、私を誉める時の良い匂いをアタシに嗅がせて欲しかった。
ただそれだけだった。
363 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:10:14.79 ID:eRGHfrTr0
なのに……アタシは幼く、そして歪んでいた。
アタシが、ダッドが喜ぶと思ってしてきたことは全て裏目に出てしまった。
研究を続けている途中で、ダッドの匂いがどんどん酷くなっても、成果が足りないせいだと勘違いして、成果を求めて無理をし続けた。
364 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:10:55.12 ID:eRGHfrTr0

両親がつけてくれた名の通り、『希』望を『志』して……
そのアタシの希望が、ダッドを壊し、ママを壊した。
365 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:11:29.18 ID:eRGHfrTr0
そして……アタシ自身も壊した。
壊れるしかなかった。
壊れなければ、もっと酷くなっていただろうから。
だから、アタシは自分の記憶の中の感情を改竄した、自分を悪魔だと思い込んだ。
そして、アタシはグロンギになった。
366 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:12:11.70 ID:eRGHfrTr0
……なのに。
卯月ちゃんは残酷だ。
壊れてしまったアタシに、全てを見せて、全てを与えた……
367 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:12:47.46 ID:eRGHfrTr0
卯月ちゃんのように、平凡に生まれたならば、両親は壊れなかったと何度も思った。
アタシは、卯月ちゃんのように、真っ当に努力をして、認められたかった。
当たり前のように両親に愛され、当たり前のように友達と遊んで、夢を追い求めて……
アタシは……心の底から、卯月ちゃんが羨ましかった。
368 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:13:25.67 ID:eRGHfrTr0
そして、卯月ちゃんは、アタシにくれた。
純粋な称賛を、無条件の信頼を……抱き締める肌の温もりを…………包み込む愛情を。
アタシを抱き締める彼女の身体からは、卯月ちゃん自身のとても良い匂いと……昔嗅いだ両親の愛情の匂いがした。
それは全て、壊れる前のアタシが欲してやまなかった物。
369 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:14:11.15 ID:eRGHfrTr0
卯月ちゃんは、アタシが求める全てを持っていて、アタシが欲する全てを与えてくれる……正しくアタシの理想(アイドル)だ。
そのアイドルは、アタシが壊れたままであることを許さない。
すっかり干からびたアタシの心の泉に愛情を注ぎ込み、埋めて、アタシの心を治し、アタシの心を傷つける。
だけど、何故か、その傷の痛みは暖かい。
370 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:14:46.72 ID:eRGHfrTr0
みっともなく、赤子のように泣き喚くアタシを、卯月ちゃんは優しく抱き締め続けてくれた。
ありがとう……ありがとう、卯月ちゃん。
そして……ゴメンね……酷いことばかりして……ゴメンね。
感情が溢れ出しても、それは言葉にならず、ただアタシの口からは泣き声が流れ続けた。
言葉は出ないのに、今まで流さなかった分の涙が次から次へと溢れ出して止まらなかった。
371 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:15:44.84 ID:eRGHfrTr0
どれだけ時間が経ったのかは分からない。
ようやく、涙は流れなくなってきて、口からは短い嗚咽が漏れるだけになった。

「……落ち着きましたか?」

卯月ちゃんが優しい声で語りかけてくれた。

「……うん」
「……よかった。
後で……志希ちゃんの背負っている悩みを、未確認生命体にならなくてはいけなかった理由を、私に教えてくれませんか?
少しでも……志希ちゃんの助けになりたいんです……」
「……うん」
372 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:16:29.52 ID:eRGHfrTr0
ずっと、卯月ちゃんの身体は離さずに、彼女の言葉と温もりと匂いだけを感じていた。
ずっと、永遠にこうしていたい。
ずっと、彼女の温もりに包まれていたい。
だけど、そういうわけにもいかない。
アタシは……罪を犯した。
なら、それを償わなくてはいけない。
373 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:17:18.53 ID:eRGHfrTr0
「……ありがとう、卯月ちゃん」

ゆっくりと卯月ちゃんから手を離して、卯月ちゃんにお礼を言う。

「いいんですよこれくらい」
「……卯月ちゃんは凄いなぁ。
アタシなんかじゃ敵わないよ」
「へ?そ、そうですか?
志希ちゃんの方が凄いと思いますけど……」
「いやいや……って、こうして言い合っちゃうとキリが無いよね。
……今、眠ってる人たちを起こすよ……待ってて」

少し神経を集中して、眠り病のスイッチを……
374 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:17:58.16 ID:eRGHfrTr0
「っ!?」

誰かが、息を飲む微かな音がした。
その四半秒後、静けさを切り裂く鋭い銃声が響いた。
僅かに硝煙を燻らせるのは、一条薫の持つ神経断裂弾用の特殊なライフル。

「へ?」
「一条さん!何を……」
「そこから逃げろ!卯月くん!一ノ瀬くん!」

あの刑事の持つ銃口は、アタシではなく、アタシと卯月ちゃんの立つステージの端に向いていた。
振り向けば、視覚よりも先に嗅覚が反応する。
375 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:18:26.11 ID:eRGHfrTr0


……濃厚な薔薇の香り。

376 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:19:04.27 ID:eRGHfrTr0
「やれやれ……お前は優秀だと思ったのだがな」

未確認生命体B1号、バラのタトゥの女、ラ・バルバ・デ。
その女が、ステージに立っていた。
出来損ないのアタシを始末するために。
377 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:20:13.30 ID:eRGHfrTr0
「卯月ちゃん、下がってて」
「でも……」
「いいから!」
「……はい」
「ゴメンね、バルバ。
アナタには悪いと思うけど、志希ちゃん、ホントはグロンギ向いてなかったみたい。
だからもう、ゲゲルもしない。
……悪いけど、帰ってくれない?」

腹部が熱を持つ。
その熱が身体中に伝染し、もう一つの皮膚が皮膚の下から浮き上がるような奇妙な感覚が脳に情報として送られて、身体が変質する。
グロンギとしての姿に変わる。

「こちらも帰る訳にはいかない、ゲゲルを達成出来ぬ者には死を、それがグロンギだ」

刑事は、銃を構えるものの、先の一発が触手で防御されたことで残弾を危惧し、迂闊に撃てない。
未熟なクウガは、卯月ちゃんのファンや早苗さんや薫ちゃんの目を気にして変身出来ず、人目のない場所へ走って行くところ。
もう一人のハゲのおっさんは、ファンや早苗さんたちへの避難誘導。
まともな戦力はアタシだけ。
相手はグロンギの中でもゲゲルの進行を行う者。
グロンギの中でもかなり上位の力を持つ。
だが……

「ギベ!」
「にゃはっ♪」

アタシはそれ以上に強い。
378 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:20:46.22 ID:eRGHfrTr0
伸びて来る触手を全て切り落とし、バルバに迫る。
触手が減った隙に刑事の銃から弾丸が発射される……が、バルバが素早く触手を伸ばして防御する。
そして、通常の植物の成長スピードなぞ軽く無視し、一本、二本と次々に触手を生やして襲いかかる。

「その程度じゃ!アタシは殺せないよ!」
「……あぁ、グロンギのお前なら殺せないだろうな」

圧倒的不利な状況にあるというのに、バルバの余裕のある笑みは崩れない。
肉薄し、アタシの爪がバルバに迫った。
379 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:21:37.70 ID:eRGHfrTr0
「キャーッ!」

かん高い悲鳴、勿論バルバの物ではない……なら……

「卯月くん!」

人間の手が切り落とされても、処置が適切なら再びくっついて元と同じく動かせるようになるのと同じように、植物にも再生力がある。
切れた茎が合わさって再生し、元の姿に戻る植物がある。
それと同じ、しかしそれよりも並外れた速度で、切れた触手が繋ぎ合わされ、卯月ちゃんに襲いかかっていた。
380 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:22:21.85 ID:eRGHfrTr0
これは陽動。
未確認生命体、グロンギは、ゲゲル以外でリントを、人間を殺さない。
ルールを重んじるバルバなら尚更だ。
だが、殺しはせずとも、痛め付けることはする。

バルバの茨の蔓が、卯月ちゃんを傷つける?
ふざけるな!

踵を返し、卯月ちゃんの元へ稲妻のように駆け寄る。
そして、彼女に襲いかかる触手を爪で切り落とした。
381 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:22:51.15 ID:eRGHfrTr0
「志希ちゃん!」

だが、卯月ちゃんを優先したために、アタシ自身の防御が甘くなった。
結果、アタシはバルバの触手に捕まった。
382 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:23:25.15 ID:eRGHfrTr0
「だが、リントのお前を殺すことなど容易い」

バルバが妖しく笑った。
バルバの触手が、身体を締め付ける。
熊谷がどうなったのかはアタシも知っている。
383 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:24:05.98 ID:eRGHfrTr0
「おりゃあ!」

遅れて駆けつけてきた未熟なクウガがバルバの触手を外そうともがくが、未熟な白い力では馬力が足りない。
刑事が神経断裂弾の爆裂で触手をふっ飛ばして切るが、追加される触手の量の方が多い。
384 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:24:56.46 ID:eRGHfrTr0
「はぁぁ!」

逃れることは出来そうにない。
だが、アタシはやられない。
対神経断裂弾用の超硬化形態。
未確認生命体の力といえども、局部を圧縮して千切ることも、手や足を引っ張って引き千切ることも出来ない、速さと引き換えに手に入れる最硬の防御形態。
385 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:26:11.10 ID:eRGHfrTr0
これなら……

「……やはり惜しい、能力だけならば、金の赤いクウガだろうと難なく殺せるだろうに……」
「誉めてくれてありがと、でも全然嬉しくないよ。
で?どうするの?」
「……まだ未熟であったことも悔やまれる」

バルバの触手が、アタシの腹部に集中した。

「ぐあっ!?」

タイムリミットを設定出来ない、つまりそれは、霊石が完全に馴染んでいないということ。
超硬化形態、その弱点は……完全に定着していない腹部。
腹部の霊石のみが他よりも硬度が低く、結合が甘い。

「……残念だ。
ガジョグバサ、シキ」

ブチッ、そんな、何かが千切れる音がした。
386 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:26:53.61 ID:eRGHfrTr0
腹部を見れば、そこにあったはずのベルトが触手に剥ぎ取られていた。

「あ……キャァァァアア!!!」

一瞬遅れて飛来する凄まじい痛みに脳細胞が焼き切れる。

「志希ちゃん!」

触手はもう絡んで来ない。
絡む必要が無い。
グロンギとなった時から、アタシの核はあの腹部のベルトだった。
それを失った瞬間に、全身余すところ無く通っている神経全てが痛みを訴える。
筆舌に尽くし難い激痛が身体の隅から隅まで縦横無尽に走り回る。
387 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:27:41.26 ID:eRGHfrTr0
「待て!B1号!」
「……シキは、私が知る中で最もグロンギに近いリントだった。
そのシキがダメだったのだから、今のリントにはグロンギになる資格は無い。
次のゲゲルが行われる日まで、私は暫く休むとしよう」

涙で歪む視界の中で、薔薇の花弁を残してバルバは消えた……アタシの霊石と共に。
助かる方法なんて無い。
あったとしても激痛の中で考えることなんて出来ない。
388 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:28:20.31 ID:eRGHfrTr0

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
389 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:29:10.37 ID:eRGHfrTr0
「志希ちゃん!しっかりして!」

ふわりと香る優しい匂い。
気休め程に和らぐ痛み。
アタシは、卯月ちゃんに抱かれているらしい。
390 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:29:40.74 ID:eRGHfrTr0
「志希ちゃん!……志希ちゃん!お願い……死なないで……」

あぁ、無茶を言わないでよ卯月ちゃん。

「う、づき……ちゃん……」
「志希ちゃん!!志希ちゃん!!」

脳内分泌物質によって、若干痛みが和らぐ。
だけど、それも一時のこと。
もうアタシの身体は、死に向かってつき進んでいる。
391 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:30:12.80 ID:eRGHfrTr0

「きょう……えらんだの……りゆう……あるの」
「はい……何ですか理由って……」
392 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:30:48.06 ID:eRGHfrTr0


卯月ちゃん、泣かないで……悲しみの匂いは嫌だよ。

393 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:31:14.75 ID:eRGHfrTr0

「たんじょうび……おめでとう」
「……ありがとうございます……志希ちゃん……」
394 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:32:18.51 ID:eRGHfrTr0


泣かないで……お願い……

395 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:32:49.06 ID:eRGHfrTr0
「卯月ちゃん……笑って?」
「はい……祝ってくれて、ありがとうございます。
私……とっても嬉しいです」

うん……その笑顔。
やっぱりアタシ、卯月ちゃんの笑顔、大好きだよ。
396 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:33:26.31 ID:eRGHfrTr0
大分意識が遠退いた時、近くの木の枝に僅かに残っていた花がアタシの身体に舞い降りた。
あぁ……そうか。
その花は、一般的に無臭と言われているが、本当は違う。
微かに、その芳香を発している。
平凡だ、何の特技もないと広く言われているが、彼女のことを知れば知るほど、彼女に近づく程彼女の素晴らしい部分が判って行く。
そうか……卯月ちゃんの良い匂いは……桜と同じ匂いだったんだね……
397 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:33:58.22 ID:eRGHfrTr0



「にゃはっ♪」


398 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:34:30.18 ID:eRGHfrTr0


彼女の笑顔に答えるように、アタシも精一杯の笑顔を作って……眠りについた。

399 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/04(火) 23:38:41.06 ID:eRGHfrTr0
これで八章も終了になります。
演出の都合で小出しになり、何度か連投規制をくらいましたが無事に終わることが出来ました。
残るは終章、エピローグのみになります。
みなさんあともう少しだけ付き合ってください。
400 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:39:18.86 ID:eRGHfrTr0
終章「帰還」
401 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:39:51.36 ID:eRGHfrTr0
関東医大病院の一室、そこで彼女は眠りについていた。

「……笑顔で、眠っているな」
「あぁ、全く……あんな大事件を起こしといて、呑気なもんだな」

一ノ瀬志希は、笑顔で延々と眠り続けていた。
402 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:40:56.31 ID:eRGHfrTr0
だが、死んでいるのかと問われれば、言葉に詰まる。

「で、一条、何がどうなってこうなったのか、詳しく聞かせてもらえるか?」
「……あの時、一ノ瀬くんの肉体は死に始めていた。
その時、夏目くんの一か八かの思いつきでな、一ノ瀬くんの身体にクウガの蹴りを入れた。
第50号の時のことが起これば、あるいは、とな」
「なるほどな……で、結果がコレか」
「椿、一ノ瀬くんは……どうなったんだ?」
「志希ちゃんは、やられる直前に硬化形態になっていたらしいな」
「あぁ」
「そして、クウガの蹴りの何らかのエネルギーにより、死にゆく神経が休眠状態に入ったんだが、その神経から身体を硬化するという命令が発せられ続けていたのか、クマムシなんかの乾眠に近い状態になったらしい」
「乾眠というと……大抵の環境では死ななくなるという、アレか?」
「そうだ、まあ、志希ちゃんのは強力で、どうやれば傷つけられるのかわからん。
そして、今彼女が死んでいるのか生きているのか、この状態は解除されるのかどうか、俺にはさっぱりわからん。
わかっているのは、この身体は誰にも傷つけられることなく、老化も腐敗も何もしないってことだけだ。
眠り病患者も目覚めたが、それが一ノ瀬志希本人の意思なのか、一ノ瀬志希がこうなったために自然に目覚めたのかもわからんから、何の証拠にもならん」
「……治せるか?」
「今はもちろん無理だ。
だが……努力はしてみるさ。
卯月ちゃんの希望だしな」
「頼む……」
403 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:41:45.46 ID:eRGHfrTr0
俺は、卯月くんを信じた。
その結果、犠牲は最小限に抑えられた……一ノ瀬くんたった一人に。
これは快挙と言っていい、しかも、暴力ではなく、心でこの事件を解決したのだ。
だが……卯月くんとしては手痛い結果となっているのだろう。
…………卯月くん、落ち込むな、悲しむな。
見てくれ、一ノ瀬くんのこの笑顔を……どれほど彼女が安らかに眠ったのかがわかるだろう。
だから、悲しまないでくれ。
君の笑顔が曇ったら、一ノ瀬くんが泣いてしまうから。
……笑顔……か。
404 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:42:25.28 ID:eRGHfrTr0
「五代……」
「またそれか?一条」
「あ……あぁ、すまん」
「もう言わなくても良いだろ」
「あぁ……は?」
「ん?どうした?その反応」
「もう言わなくても良い……とは?」
「は?……な!?まさかお前!まだ会ってなかったのか!?」
「会ってないって……まさか!」
「ちょっと前にここに来て……おい!一条!」

まさか!
帰って来たのか!?
あいつが!……五代が!
405 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:43:28.25 ID:eRGHfrTr0
青空になる

https://www.youtube.com/watch?v=uqLrfxJTi4o
406 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:45:18.33 ID:eRGHfrTr0
城南大学、そこには、今回の事件にはあまり関われなかったが、17年前に古代文字の解読をし、雄介にクウガの力の説明をし、第零号の秘密を解き明かすことに尽力していた沢渡桜子がいる。

「五代は!?」
「一条さん!?……い、いきなりですね」
「沢渡さん、五代は……」
「五代くんは、ポレポレに……」
「ありがとうございます!」
「あっ!ちょっ!?……全く……一条さんも五代くんに似て来ちゃったのかな?……」

桜子が視線を移した壁には、どこの民族の物かもわからない仮面が沢山飾られていた。

「……また窓、開けとかないとな」

その壁には、桜子本人と『彼』にしかわからないが、新しい仮面が一枚、飾られている。
407 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:46:14.48 ID:eRGHfrTr0
「五代!」
「わっ!?」
「刑事さん!」
「一条さん!?」

オリエンタルな味と香りのポレポレには、おやっさん、四方みのり、四方雄ノ介の他に、夏目実加、片桐早苗、龍崎薫がいた。

「どしたの?ハンサムさん」
「五代が帰って来たって……」
「あ、すいません、ほとんど入れ違いで、お兄ちゃんは卯月ちゃんと出て行っちゃいました」
「そうか!ありがとう!」
「あっ!?刑事さん!……行っちゃった……」
「あはは……ゴメンね、一条さんのとっても大事なお友達が久し振りに帰って来たからはしゃいじゃってるの」
「そっかぁ……一日しょちょーのお話、どうなったのかなぁ?」
「あ!それなら大丈夫、一条さんが真剣に上に頼み込んで、OK貰ってたよ」
「ホント!やったぁ!」
「あらら、薫ちゃん、いつの間にか警察大好きになっちゃったわね」
「うん!かおるね!おっきくなったら刑事さんみたいなカッコいいけーさつになるの!」
「あらま……恋のライバル登場ね、実加ちゃん」
「なっ!?早苗さん!」
「フフフ……大人気ですね、一条さん」
「……おやっさんたちも負けてないぞ〜!
キラーン!」
「きら〜ん!」
「「「………………」」」

おやっさんと雄ノ介の二昔前くらいのポーズ決めを、女性陣は呆れたような笑顔で見た。

「…………おやっさんの趣味が、雄ノ介に移っちゃったら大変だなぁ」

みのりが呆れたように言った。
408 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:46:50.84 ID:eRGHfrTr0





五代!……五代!五代!!




409 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:48:09.76 ID:eRGHfrTr0
「僕は、僕は…青空になる」

とある公園に彼らはいた。
そこは、彼らの出会いの場所。
そこで、彼は旅の荷物を枕にして草原に寝転がっていた。
その側では、島村卯月が歌を一曲歌い終えたところだった。
410 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:48:35.46 ID:eRGHfrTr0
「ん、ん〜……良い歌だったよ、卯月ちゃん」
「はい!クウガさん!」
「俺はもうクウガじゃなくって……って、そういや名刺渡してなかったね。
俺は……」
411 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:49:07.41 ID:eRGHfrTr0





「五代!!」




412 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:49:36.95 ID:eRGHfrTr0
彼が一条を認識する。
だが、何も言わない。
ただゆっくりとお互いに近づいて行くだけ。
不意に一条の目頭が熱くなる……だが、涙は流さない。
彼に見せる表情はやはり、彼の好きな……2000ある、いや、おそらく今はそれ以上ある彼の技の中で、彼が最も得意とする、彼の一番初めの技。
413 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:50:07.82 ID:eRGHfrTr0



笑顔


414 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:50:42.11 ID:eRGHfrTr0

そして、台詞も決まっている。
415 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:51:09.90 ID:eRGHfrTr0



「……遅いぞ、五代」


416 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:51:38.66 ID:eRGHfrTr0
どれだけ我慢しても、一条の言葉は涙で少し濡れてしまった。
それを聞いた雄介は、右手の握りこぶしの親指を立て、前に出す。
417 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:52:06.66 ID:eRGHfrTr0

サムズアップ。

それは、古代ローマで、満足出来る、納得出来る行動をした者のみに与えられる仕草。
それは、今までの一条の努力を称えているように思えた。
418 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:52:37.05 ID:eRGHfrTr0



「すいません!一条さん!」


419 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:53:07.16 ID:eRGHfrTr0



昔と変わらぬ笑顔が、そこにあった。


420 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 23:53:59.12 ID:eRGHfrTr0
一条薫「灰被」  終
421 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/04(火) 23:56:42.98 ID:eRGHfrTr0
蛇足的なとても短い終章も終わりました。

ここまでお付き合いしてくださり、本当にありがとうございます!

それと、少しだけ、この作品を書き、ここに投稿するまでの経緯について語らせてください。
422 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/05(水) 00:16:51.66 ID:y6FUlUOd0
友達に進められ、デレマスのゲーム、デレステを始めることから私のプロデューサー生活が始まりました。
そして今年の一月、課金した時のお金の残りで、電子書籍の仮面ライダークウガを買えることを思いつき、書店でクウガの小説を発見できず、インターネットの使い方にも疎くクウガの小説を手に入れられなかった私はクウガの小説を電子書籍で購入し、一晩で全て読み、あまりの素晴らしさに感動しました。
そして、元々友達間で作成したSSを送りあっていた私は早速このSSの執筆を開始し、4月24日に完成させ友達に送りました。
しかし、友達からはあまり芳しい感想、返答は貰えず、また、自分で読み返して、これをこのまま数人しか知らない、知りえない状況にしておくのは惜しいなぁと思い、この場に投稿することを思いつきました。
ですが、リアルが忙しく、ようやく今になって投稿することになってしまいました。
そのため、時期外れになってしまって申し訳ありません。

クウガ、デレマスの内片方しかご存じではなかった方がその二つに興味を持っていただけたら嬉しいです。
拙い作品でございますが、このSSを読んで誰か一人でも『笑顔』になってくださったら幸いです。
423 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/05(水) 00:18:41.29 ID:y6FUlUOd0
では、html化依頼というものをしてきます
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/05(水) 01:44:19.08 ID:32ZFA/RlO
乙彼
思い切って投稿してくれて有難う
面白かったよ
投稿すると仲間内と違って酷評も多いかもしれんが評価してくれる人も多いはずだ
また何か書いたら読ませてくれ
ヅギン ゲゲルグ ガゴグ(次のゲームで会おう)
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/05(水) 08:05:25.01 ID:cSH48nxA0
おつおつ、完結してないのに途中でしきにゃんが怪しいとか犯人当てみたいなコメントしてすまぬこれただのマナー違反だった
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/05(水) 08:06:54.06 ID:O8KKkK/xO
最高だった。
本当にありがとう
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/07(金) 11:45:19.45 ID:CxYHi4DJO
いやぁ、すごく…よかった……
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/27(木) 22:44:02.89 ID:cPiFB3ci0
ところで、蝶野が死んでたけどこのSS独自の設定って解釈でいいのかなぁ?

そういえばクウガ小説に蝶野いなかったよね
429 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/09/29(金) 00:35:51.19 ID:IbGQhrfc0
作者です
久しぶりに確認しに来たら質問をされている方がいたので返答をば。
蝶野が死んでいたのはこのSSのみの設定でございます。
クウガ本編にて、蝶野さんが絵を届けるのにあんなに必死になっていたのは、蝶野さんの病気が本当に重い物だから、少しでも生きていた証を残そうとしていたからなのではないか?というのが私の解釈でして。
なら、十数年も後の世界では流石にお亡くなりになられているのではないかという自己判断です。
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