【クウガ×デレマス】一条薫「灰被」

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164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 21:34:12.15 ID:IENKODYmO
クウガのssは基本ハズレが無いってのが凄いわ
165 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:38:56.56 ID:aNWtHagf0
「……どういうことですか?志希ちゃん」
「その刑事さんに通じるように話すね、卯月ちゃんには刑事さんが寝ちゃった後、詳しく教えてあげる。
……私はね、最後のスイッチを持ってない。
私が持ってるのは、任意の人物をお薬の量に関係なく起きたままの状態を保たせるスイッチと逆にお薬の量に関係なく眠りへ誘うスイッチ、熊ちゃんへの攻撃スイッチだけ。
最初のスイッチを使わないとお客さんの前にアイドルのみんながぐーすか眠っちゃうでしょ?そこのおかしさに気付かなかった?
んで、二番目のスイッチで女刑事さんを眠らせたの……あ、君は私たちにカウンセリングしてない分ちょっとお薬が足りなくてね、そのまま眠らせようとしても眠らないかもしれなかったから追加したんだ。
んで、本物の攻撃スイッチは〜……卯月ちゃんの頭の中♪
卯月ちゃんの脳の電気信号が無くなると作動するんだ〜♪
スイッチを押すのは私じゃなくてキミ……だったんだけど失敗しちゃった♪
だから真実を知ったキミには眠ってもらうよ、後は別の人間にスイッチを押してもらう。
……人間の手で、人間の正義感で、人間を殺させる……面白いと思わない?」
166 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:40:13.68 ID:aNWtHagf0
>>163さん

やり方を教えて下さりありがとうございます
167 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:41:12.93 ID:aNWtHagf0
「……どこが……どこが面白いんですか!
志希ちゃん……お願いですから、もうやめてください……こんなのおかしいですよ……」
「おかしいかにゃ〜?
動物が他の動物に淘汰される、これは自然なことだよ?」
「そこじゃありません……志希ちゃん、本気でこんなことしてるの?」
「……何言ってるの?」
「志希ちゃん……本当はこんなことやりたくないですよね?」
「……はぁ、この状況でもまだそんなこと言ってるの?」

ため息の後、志希は再び未確認生命体の姿へと変わった。

「全ては私の意思、グロンギになったのも、このゲゲルをしたのも、卯月ちゃんを刑事さんに殺させようとしたのも」
「でも……志希ちゃん……」
「……あ〜、本当イラつく。
私ね、卯月ちゃんのこと大嫌いだったの」
「え……?」
「特別な何かを持ってる訳でもない平凡な娘。
それがアイドルとして持て囃されて、この私に対等に接してくる。
オマケに人に理想を押し付けて、人を測る。
それが本当に大嫌い。
これが私、この姿が私。
卯月ちゃんの理想を挟む余地の無い、この化け物の姿が私なの」
「志希ちゃん……」
「……それ以上話すと……ここで殺すよ?」

極めて冷淡に、志希は言った。
そして、ゆっくりと卯月に手を伸ばす。
168 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:42:05.14 ID:aNWtHagf0
「う……おぉ……」

眠気に支配される身体を精神力で一条は必死に動かす。
それは、市民を守るという警察の使命。
未確認生命体となった志希に卯月は触れさせないという、強い意思。
その精神力を持って、一条は、腹部の傷口に左手の人差し指を突っ込んだ。

「ぐああああああああ!!」

激痛。
流れ出る鮮血。
それに構わず更に傷口を抉る。
169 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:43:04.04 ID:aNWtHagf0
「ぐううぅぅ!!」
「刑事さん!?」
「おっと?」

脳髄を焼く痛み。
それが一条の意識を覚醒させる。
一条は血走った眼で志希を睨み付けた。

「それ以上近寄るな」

血液の流れ落ちる腹部も、血液が流れないように一条の傷口を手で押さえようとする卯月も気にせず、ライフルを構え、銃口を志希に向ける。
170 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:44:07.09 ID:aNWtHagf0
激痛により一時的に握力は戻っている。

「ここまでとは……キミを選んで正解だったよ」

志希の皮膚が脈打つ。
志希の形態が変化して行く。
それを待たずに、一条は手の震えを消す。
数秒前まで眠気に支配されていた脳内には、もう無駄な思考は一切無い。
当てる、ただそれだけ。
一条は、右手に込める力を一際強くした。
171 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:45:01.21 ID:aNWtHagf0
「ダメぇ!」

その右腕に、卯月が抱きついた。
同時に、銃声。
放たれた弾丸は、卯月の妨害も虚しく、真っ直ぐ飛んで行き、志希の眉間に命中する。

「うわっ!?」
「卯月くん……キミは……ま……だ……」

『一ノ瀬くんを信じているのか』そう続ける前に、精神力の全てを使い果たした一条の意識は闇に落ちて行った。
172 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:48:32.58 ID:aNWtHagf0
短いですが、これで五章終了です


>>139さんが志希にゃん疑っていると見た時はドキリとしました(笑)
志希にゃんが卯月を未確認生命体だと一条さんに何をしたか、不明な部分は後々明らかになります。
173 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:49:37.27 ID:aNWtHagf0
では、引き続き六章を投下していきます
174 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:50:22.66 ID:aNWtHagf0
第六章「決意」
175 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:51:13.45 ID:aNWtHagf0
「う……」

重い瞼を持ち上げると、白い光が一条の視界に飛び込んだ。

「っ!……せ……!患…さん……ま…た!」

遠くで誰かが何かを言っている。
遠い……現実が遠い。

覚醒したと言っても、一条の意識のほとんどは未だに夢幻の中をさまよっていた。
176 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:51:56.83 ID:aNWtHagf0
僅かに現実に戻った意識で靄に包まれた記憶を探る。
まるでテレビのノイズのように、ザーザーという音が一条の耳に響いていた。

ここは何処だ?
俺は……何をしていた?
何かがあった……とんでもない何かが。
何かを忘れている……忘れてはいけない何かを……そして、誰かを……

夢現の中を行来し、夢の暗闇の中から記憶のパズルのピースを探し、己の記憶を組み立てる。

誰だ……五代の隣で、俺に笑いかけるキミは……
五代……そして……っ!?
177 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:53:07.87 ID:aNWtHagf0
重要なパズルのピースを一つ見つけると、それに連なって一気に全ての記憶が戻って来た。

「卯月くん!……うぐっ!?」

勢いよく上体を起こし、一気に意識を覚醒させた一条の腹部に激痛が走った。

「激しく動くな、傷口が開くぞ」
「……椿」

徐々にはっきりと明瞭になる視界に入って来たのは、真っ白い病室の光景と、友人の椿秀一の姿だった。
耳に響いていたザーザーというノイズはまだ続いていた、窓の外は暗く、強い雨が降っているようだった。
178 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:53:52.90 ID:aNWtHagf0
「どれくらい眠っていた?」
「三日だ」
「三日も……っ!卯月くんはどうなった!?……くっ!」

語気を強めただけで、一条の腹部は痛んだ。
その一条に、椿ではない誰かが手を添えた。

「落ち着いてください、一条さん……」
「っ!?夏目くん!」

それは、眠ったはずの夏目実加だった。
179 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:54:28.41 ID:aNWtHagf0
「夏目くんが目覚めたということは……」
「いや、眠り病患者全員が目覚めたわけじゃない。
実加ちゃんのはクウガとしての抵抗力だ」
「目覚めて……ない……」

ということは、俺は一ノ瀬志希を……いや、第51号を仕留めそこねたのか?

「それで、卯月くんは?」
「卯月さんは警視庁本部に連行されました」
「連行だと!?」

『保護』ではなく『連行』、その言葉の意味するところは……

「あの娘は未確認ではない!」

島村卯月に、未確認生命体の疑いがかかっているということ。
180 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:55:07.24 ID:aNWtHagf0
「……やはり、そうでしたか……あまりにも卯月ちゃんに不利な証拠があり過ぎて、逆に未確認かどうか疑ってましたが……」
「呑気に構えている場合か!今すぐ容疑を解きに……痛つつ……」
「その身体で何処に行く気だ?
まずはお前が見た物を教えてくれ。
会場のカメラは全て、卯月ちゃんを残して全ての人が眠りについたとこまでのデータしか残っていなかった」
「俺が見た真実は……島村卯月は利用されていた、第51号、一ノ瀬志希に」
「志希ちゃんが!?」
「一ノ瀬志希は今何処にいる?」
「志希ちゃんは……行方不明です。
渋谷凛、本田未央、遊佐こずえと共に」
「何だって!?」
「私も詳しいことはわかりませんが、応援にかけつけた警官たちが目撃したのは会場いっぱいの眠り病患者と、血まみれの卯月ちゃんだったそうです」
「血まみれだと!?無事なのか!?」
「落ち着け、大体はお前の血だ」
「俺の……あぁ」

傷口を抉り、血液はかなり流れた。
一条を抱きしめていた卯月が一条の血に濡れていても不思議ではない。
181 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:55:58.39 ID:aNWtHagf0
「ん?……大体は?」
「あぁ、渋谷凛、本田未央、遊佐こずえ、一ノ瀬志希の四名の血液も混じっていた」
「な!?俺が見た時は四人とも傷は無かった!一ノ瀬志希の血液など言うまでもない」
「おそらく、工作だよ、一ノ瀬志希による、島村卯月の心証を下げるためのな。
実際、その四人が島村卯月に着いた血液を残して行方不明になったせいで、世間じゃ島村卯月が未確認生命体だという意見が蔓延している。
……一部の意見だと、島村卯月は未確認生命体になり、四人を食ったとか言われてやがる始末だ」
「更に不味いことに……4年前の第48号、49号の事件の情報が漏洩しました」
「なっ!?だとすると……」
「はい、『アイドル』伽部凜が未確認生命体だったこと、並びに、今回の眠り病にも利用されている第49号の能力が周知の事実となりました。
それにより、伽部凜と同じくアイドルである卯月ちゃんの心証は落ちるところまで落ちました……
更に、第49号と同じく、眠り病の首謀者の未確認生命体が死ねば眠り病患者も目覚める。
又、未確認生命体の意思一つで眠り病患者が死ぬということも知られたために……その……市民の中で、警察に『卯月ちゃんを殺せ』と要求するデモ運動が盛んに……」
「な……そんなバカな!
人間が人間を殺せと要求しているのか!?」
182 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:57:23.93 ID:aNWtHagf0
「相手は卯月ちゃんを未確認だと思い込んでんだ、しょうがねぇだろ」
「……特に今日は……その勢いが強いんです」

実加は、一条が身体を預けているベッドの横のテレビにカードを挿し、画面をつける。
その画面に映し出されたのは……

『うおおおおおお!!』
『中継です!警視庁本部前は暴徒化した人々により大変な騒ぎとなっております!』
「なっ!?」

島村卯月を乗せていると思われる護送車に群がる市民と、それを中継するキャスターの姿だった。

「……伽部凜らの情報と共に、デマ情報もネット等に拡散されました。
『警察は特殊な拘束具を発明しており、島村卯月はそれにより未確認生命体の能力を封じられている』というものです。
今日は、卯月ちゃんが未確認生命体かどうか精密検査するために卯月ちゃんが警視庁から都内の病院に移送される日なんです」
「『その検査の時に特殊な拘束具が外される』
『外されれば島村卯月は未確認生命体となり眠り病患者たちを殺す』
そんな馬鹿馬鹿しい話が出回って今の騒ぎになってやがるんだ。
『その前に卯月ちゃんを殺せ』ってな……」
183 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:58:06.73 ID:aNWtHagf0
一条は、寝ている間に別の世界へ来てしまったのではないか?と本気で自分の目を疑った。
降りしきる大雨も気にしないように、大勢の人々がたった一人の少女の息の根を止めんがために護送車、そしてそれを守護する警官隊に一丸となって突撃して行く。
彼らの表情は、怒り、悲しみ、或いは恐怖……それは凡そ齢が20にも満たない少女に向けられて良い顔ではない。
叫びか雄叫びか、人の発する言葉というより、獣の咆哮に近いそれを轟かせる彼らに、警官隊は徐々に圧されて行く。

「っ!……警官隊の数が足りない!早く増員を……」
『大変です!今入った情報に依りますと警官たちの中にも島村卯月抹殺賛成派がおり、彼らが中で暴動を起こした模様です!』
「…………え?」
184 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:59:10.97 ID:aNWtHagf0
画面が切り替わる。
警視庁本部前を映していると思わしきカメラ映像に映るのは……他の者が出られないよう、建物内部にその盾を向ける警官隊の後ろ姿だった。
警察組織も意識が全て一つに纏まっている訳ではない。
第4号、クウガが活躍し始めた当初、他の未確認生命体と区別して良いのか判断がつかず、警官たちは彼に銃弾を放った。
そのようなとんでもない間違いが、また繰り返されようとしていた……しかも、今回は取り返しのつかないレベルで。
援軍のいない警官隊は一人、また一人と暴徒の勢いに飲まれ、盾を手放し倒れて行く。
暴徒たちの魔の手が卯月に届くのも時間の問題だった。
185 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:59:54.15 ID:aNWtHagf0
「クソッ!」
「待て一条!こっからどうやって警視庁本部に一瞬で行く?」

立ち上がった一条を椿は冷静な意見で止めた。

「だったらどうしろと言うんだ!このままただ見ていろと言うのか!?」
「あぁ、お前はただ見てれば良いんだ!」
「っ!?」

一条の無力を肯定するような椿の言葉に一条は憤慨し、椿の胸ぐらを掴んだ。

「椿、お前……」
「……この状況で……一条、お前に何が出来る?」
「…………わかっている!わかっている……だが……」

椿に当たったところで何も変わらないこと、一条に出来ることは最早何も無いことは一条も良く理解している。
186 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:01:04.89 ID:aNWtHagf0
一条は椿から手を離すと、力無くベッドに再び腰掛けた。

「……そうか、この光景を見せたかったから……俺を目覚めさせたのか……一ノ瀬志希……いや、未確認生命体第51号」

必死で守り、信じた卯月が未確認生命体ではなく人間の手により無惨に殺される。
そして、家族や大切な者を守るために拳や武器を握り、卯月を殺した者たちの願いと希望も虚しく、眠りに落ちている者たちの命まで散る。
最悪のシナリオだ……あまりにも醜悪なゲームじゃないか!
187 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:01:50.09 ID:aNWtHagf0
一条が嘆く間に、警官隊はほとんど全滅し、人々は護送車の鍵を無理やり壊して、中に突入した。
一条はもう見ていられず、目を伏せた……
後数秒もせずに、彼女のゲゲルは完了し、大量の人間が亡くなる。
188 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:03:16.51 ID:aNWtHagf0
……かに思われた。

『大変です!護送車の中は空!空でした!島村卯月は何処にも乗っておりません!』
「何っ!?」

キャスターの言葉に一条は顔を上げた。
画面に映っているのは、空っぽの護送車と戸惑う人々の姿だった。

「これは……」
「だから言ったろ?
お前はただ見てれば良いんだ、って」

先程までの重苦しい空気を壊すように、椿は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。
189 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:03:55.90 ID:aNWtHagf0
「椿……これはどういうことだ?」
「もうすぐお姫様と執事が来るから、その二人に聞きな」
「姫?……執事?……」

妙な言い回しをする椿の言葉を一条は復唱した。

「刑事さん!」

そんな時、病室にすっかり聞き慣れた声が響いた。
病室の入り口を見ると、そこには一条が会いたかった少女がいた。
190 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:05:03.06 ID:aNWtHagf0
「卯月くん!」
「良かった!目が覚めたんですね」

卯月は安心したように笑いながら、一条の腰掛けるベッドに近づいた。

「……何がどうなっているんだ?」
「ま、それは俺から説明する」

卯月に続くようにして、スキンヘッドの男が病室に入ってくる。
191 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:05:40.88 ID:aNWtHagf0
「杉田さん!」
「よっ、元気そうだな一条」
「いえ、あまり元気とは言えない状態ですが……
それより、状況の説明を……」
「はいはい、わかってるよ。
結果から言う、卯月ちゃんを救ったのはお前だぞ、一条」
「私が……ですか?」

全く身に覚えが無い。
というか、3日も寝ていた自分が何をしたというのか?

「お前、第51号に銃をぶっぱなしたろ?」
「……はい、確かに」
「あれでな、卯月ちゃんの鼓膜が破れたんだ」
「なっ!?……そ、それはすまなかった」

一条は卯月に軽く頭を下げた。
192 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:06:10.95 ID:aNWtHagf0
急性音響外傷。
警察官等、銃を使う者に良く見られる現象であるそれは、予期せぬ瞬間に125〜135dB以上にもなる大きな音により、鼓膜が破れることを言う。
慣れない大経口の銃の銃声、それを第50号の時のようにステージの上と観客席という離れた場所ではなく1mと離れていない場所で聞いたのだ。
慣れており、覚悟の仕方をわかっている一条なら兎も角、普通の女子高生が対処出来ることではない。
193 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:09:21.25 ID:aNWtHagf0
「あはは……気にしてませんから謝らないで下さい……それに、そのお陰で私は助かったんです」
「助かった?」
「未確認生命体の身体の構造については一条も知っているよな?
アイツらの身体は通常兵器で傷つけても大概はすぐに治っちまう。
だからこそ榎田さんが神経断裂弾を開発した訳だが、今はそれはいいか。
んで、卯月ちゃんは鼓膜が破れていた……警視庁でもすぐに調べられたよ。
状況的に、卯月ちゃんは限りなく黒だった。
だが、鼓膜の傷という僅かな綻びが、俺は気になった。
未確認生命体が人間に成り済ますための作戦だとしても、もっと分かりやすい場所を傷つけるはずだと思った。
……それに、一条、お前ほどのヤツが神経断裂弾をぶっぱなして未確認の鼓膜に小さな傷をつけただけだとは思えんしな。
んで、警視庁内部もピリピリしてたし、このままじゃヤバかったんで、信頼出来る連中に声かけまくって極秘で昨日卯月ちゃんをこの関東医大病院に移した。
色々と誤魔化すのは大変だったぜ……この事件が終わったら俺は最悪クビだな」
「そんで、俺が卯月ちゃんの身体を調べて、卯月ちゃんはただの人間の少女ですって診断を下した訳だ。
ついでに、さっきまで卯月ちゃんは鼓膜の検診をしてた」
「あと一週間もすれば完治するそうです!」
「そういうことか…………はぁ、良かった……」

一条は絞り出すようにため息をついた。
194 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:10:25.68 ID:aNWtHagf0
『暴動を起こした市民たちは島村卯月の身柄を渡すように警察に抗議しております!』
「…………とも、言ってられないか」

一瞬、ほんの少しだけ緩んだ一条の表情がまた険しい物に戻る。
画面の向こうには、警官を相手に未だに暴れまわる人々の姿があった。
195 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:11:32.14 ID:aNWtHagf0
「…………」

誰も声を発することが出来なかった。
一条の胸に飛来した感情、それを言葉にしようとすることは、とてもじゃないが憚られた。
重苦しい静寂の中、激しい雨音のみが響いていた。
196 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:12:17.78 ID:aNWtHagf0
「なぁ……一条?」

沈黙の中、最初に口を開いたのは杉田だった。
一条には、杉田が言いたいことがすぐにわかった……わかってしまった。

「……人間と……未確認生命体と、何が違うんだ?」

それは、抱いてはいけない疑問。
だが、一人のか弱い少女を殺すために、獣の大群のように群れになって襲いかかる人々の姿は、一条らが未確認生命体の姿と重ねるのに十分だった。
197 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:12:59.28 ID:aNWtHagf0
それに……志希の件もあった。

「今日のこの暴動だけじゃねぇ……熊谷和樹、そして一ノ瀬志希……アイツらは……自分で未確認生命体になることを選んだんだろ?
……一条、俺は自分の信じるもんが分からなくなりそうだよ」

杉田はタバコを取りだそうとして、ここが病院の病室であることを思いだして手を止め、タバコを戻すと何処か遠くを見つめた。
198 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:15:08.42 ID:aNWtHagf0
「違う……はずです。
未確認生命体は、ゲームで人を殺します。
暴動を起こした彼らは、間違っているとはいえ、他者の命を救うために…………卯月くんを……卯月くんを殺そうとしたんです」

それを、卯月の前で言うのは憚られたが、ぼかさずにしっかりと言葉にしなければ一条自身も人間不信に陥りそうで、それを否定するために卯月の方を向かずに、一条は言葉を絞り出した。

「彼らは、好んでそうした訳ではありません……だから、未確認生命体とは違います」
「……んじゃ、熊谷や一ノ瀬はどうなんだ?
人間の中にも、かつての蝶野のように未確認生命体に憧れるヤツがいる。
んで、自ら進んでヤツらと同じになったんだ……人間なんてのも、未確認生命体と本質は変わらねぇってことじゃねぇのか?」
「それは……」

杉田の問いに対する答えを、一条は導き出せず、頭を下げた。
「一部の特殊な人間だから」そう言い切るのも何か違う気がした。
今、テレビ画面に映る人々を見ていると、熊谷和樹や一ノ瀬志希が特殊な人間とは言い難かった。
一条は人間という種を信じられない自分が嫌になった。
199 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:15:48.51 ID:aNWtHagf0
五代……お前なら何と言った?
この状況に、暴動を起こす彼らに、一ノ瀬志希に、島村卯月に……お前なら何と声をかけた?
『未確認生命体と人間は違う』と、心の底から言えたのか?
俺は……人間を信じても良いのか?
なぁ、五代……お前ならやっぱり、こう言うのか?いつものように、親指を立てて……
200 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:16:31.64 ID:aNWtHagf0




『「大丈夫です」』



201 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:17:20.49 ID:aNWtHagf0
その声は、一条の頭の中ではなく、この病室に確かに響いた。
一条が顔を上げ、声のしたほうを確認すると、そこにいたのは……笑顔の島村卯月がいた。
202 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:17:54.48 ID:aNWtHagf0
「人を信じられなくなることもあるかもしれません。
でも、自信を持って、人間を信じても大丈夫です」

強い瞳で、優しい笑顔で……卯月は一条と杉田を、そして二人の話を黙って聞いていた実加と椿を勇気付けた。

「私は……まだ志希ちゃんのことを信じています。
身体は未確認生命体になってしまっているかもしれませんけど、心は優しい志希ちゃんのままだと信じています。
もちろん、今テレビに映っている人たちは、本当は優しい人たちだって信じています」

ザーザーと煩かったノイズが止んだ。
病室の窓が明るくなり、暗かった室内を照らす。

「人間って、悪い部分も多いです。
でも、それ以上に素敵な部分がいっぱいある生き物なんです。
だから悪い面ばかりに目を向けずに、人間の素敵な面を信じてみませんか?」

綺麗事だ。
論理的でも何でもない、論理として成り立ってない論理。
だが、それを言い放つ彼女はその笑顔も声色も瞳もまっすぐで、彼女は心からそう信じていると伝わって来る。
203 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 22:21:25.64 ID:aNWtHagf0
あ、>>201のとこ、

そこにいたのは……笑顔の島村卯月がいた。

そこにいたのは……笑顔の島村卯月がだった。

の方がいいですね。
なにぶん、長いのでこれ以外にも、今までも誤字や文章の間違いがあったと思いますが、脳内補完してください。
204 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:22:30.46 ID:aNWtHagf0
「……何故そこまで信じられる!?」

今回の事で、一番辛い思いをしたのは卯月のはずなのに、彼女はその明るさを曇らせなかった。
その光は、今の一条には眩しすぎて、一条は声を上げ、卯月に詰め寄った。
そうせずにはいられなかった。

「市民も!警察も!君のことを信じずに殺そうとしている!
日本中から疑われて否定されて!そんな中で何故君は笑っていられる!?人々を信じられる!?一ノ瀬志希を信じられる!?」

それは、およそ大人が少女に……警官が女子高生に使って良い語気ではなかった。
疑問は怒りを孕んで卯月に問いかける。
205 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:23:19.64 ID:aNWtHagf0
その一条に対して……卯月はやはり笑顔だった。


「だって……刑事さんは私を信じてくれました」


包み込むような、それでいて感謝の意を感じさせる穏やかな笑みで、卯月は答えた。
206 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:24:25.33 ID:aNWtHagf0
「杉田さんも、椿さんも、実加さんも……私を信じてくれました。
ライブの時……あの状況では撃たれていてもおかしくはないって杉田さんが言ってました。
それでも、刑事さんは……一条さんは私のことを信じてくれました」
207 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:24:53.94 ID:aNWtHagf0
テレビ画面はいつの間にか切り替わり、黄緑色の服を映す。

『卯月ちゃんはそんなことをする子じゃありません!
卯月ちゃんが未確認生命体だと決めつけないでください!』

個人を特定されないように顔は映さず、声も加工されてあったが、誰が放った言葉かはすぐにわかる。
そしてまた画面が切り替わった。

『卯月ちゃんのこと、あんまり悪く言うと、私がシメちゃうわよ?』

怒りを顕にして、片桐早苗がカメラに向かって言い放った。
208 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:26:02.58 ID:aNWtHagf0
「……私は、私がこんな状態になっても信じてくれたみなさんと同じように、みなさんを、そして、志希ちゃんを信じているんです。
今は勘違いしてるけど、きっとみんなで笑い合えるようになるって」

その言葉は、雰囲気は……やはり、雄介の姿と被った。
209 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:26:44.61 ID:aNWtHagf0
「……卯月くん……君は……君は何故折れずにいられる?……信じている者が多少いるだけで」

一条の憤りはその勢いを無くし、少しずつ緊張と凍えた心が溶かされる中で、純粋な疑問が口をついて出た。
その疑問に、卯月は眉根を寄せた。
210 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:28:36.88 ID:aNWtHagf0
「ん〜?何でと言われましても…………これは……あるおじさんとの出会いが理由かもしれませんね」
「出会い?……おじさん?」

卯月はゆっくりと目を閉じて、過去の記憶を思い起こすようにして語り出す。

「……私、今はアイドルとして活動出来てますけど、実は、養成所に通い始めたのは五年くらい前からなんです。
それで、養成所に通って一年くらい経って……私が中学生になって最初の夏のある日……デビューの話が来ました。
二、三人の娘たちと一緒にデビューするという話だったんですが……私たちが選ばれた理由が……その……他の候補の娘が、飛行機の墜落で亡くなったからだそうで……」
「それは……」
「ごく最近、志希ちゃんによって情報が流されましたけど、あれは第49号が起こした事故だったんですよね?」
「……そうだ」

その年、つまり四年前の夏の日、第49号のゲゲルによって千人近くの人が亡くなった。
第49号の能力により数百人が狂わされ、その中に飛行機の操縦士もいたためにそこまで被害が拡大した。
211 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:29:48.72 ID:aNWtHagf0
「私以外の娘は……喜んでいました。
『ラッキー』って、人の死を笑ってました……でも、私にはそれが理解出来なくて、人の死を笑う彼女たちとデビューすることがどこか恐ろしくて……デビューの話を蹴りました。
そして、デビューを蹴った翌日……飛行機事故から五日くらい経った時ですね……家の近くの公園で、歌の練習をしてたら、笑顔の素敵なおじさんに会ったんです。
不思議な人で……する話もちょっとおかしな人でした。
なんでも、『金属の虫に乗って太平洋を越えて友達のピンチに駆けつけたんだけど、荷物向こうに置いてきちゃってさぁ。
ゴウラム……あ、金属の虫は大学に帰っちゃったから、大道芸をして向こうに帰るためのお金貯めてるところでさ』
……とか何とか」
「「ゴウラム!?」」
「は、はい……確かそんなことを言ってたはずです……?」

一条、並びに卯月以外の全員の声が揃った。
212 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:30:45.04 ID:aNWtHagf0
ゴウラムとは、古代においてクウガを手助けしていた金属で出来た甲虫であり、17年前の未確認生命体の騒動の後、城南大学に安置されている。
その言葉を使う、大道芸をする『おじさん』を、一条たちは一人だけ知っていた。

「その日から数日、その公園にはそのおじさんがいて、お手玉とかあや取りとか……こう……カンカンって……ストンプ?とかいう、身の回りの物を叩いて演奏する芸とかをしてました。
私の歌の練習にも付き合ってくれて……私の笑顔を、『青空みたいな笑顔』って誉めてくれたりしました」

一条の思い描くその『おじさん』は、青空が好きだ。
『おじさん』が『青空みたいな笑顔』と称するのは、その『おじさん』にとって最上級の誉め言葉である。

「それで、仲良くなったある日、相談してみたんです……人の死を笑っていたその娘たちのことが信じられないって。
人の命って、そんな軽い物なのかな?って」

それは、かつてある少女もぶつけた問い。
未確認生命体に殺された恩師の死が軽視されていると感じた少女が吐露した思いと同じ物だった。
213 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:31:29.57 ID:aNWtHagf0
「そしたら……おじさんは、『人間だから、間違っちゃうこともあると思う』って、『大切なのは、その間違ってることを間違ってるって伝えることだよ』って。
それで、『どうやったら伝わるんですか?』って聞いたら、『それは卯月ちゃん次第だよ……でも、暴力は絶対にダメだと思う。
暴力でしかやり取り出来ないなんて、悲しすぎるから』って。
考えてみれば、当たり前の……普通のことを言っているだけなんですけど、なんだか心に刺さって……すぐにその娘たちと話しに言って、どうにかわかってもらって。
それで、その日を境に、そのおじさんに色んなことを相談して、色んなことを聞きました。
おじさんのお話を聞く度に、私は心の中が暖かくなるのを感じて……こんな風に生きたいって思ったんです。
私には、そのおじさんとは違って、色んなことは出来ないから、歌と私の笑顔で、みんなに笑顔を、幸せを届けたいなって。
何日かして、おじさんは外国に旅立っちゃいましたけど、私はおじさんを、おじさんの言葉をお手本にして生きようって決めて……その生き方を意識せずに出来るようになった頃……今から一年と少し前に、プロデューサーさんからスカウトされて、ついにアイドルとしてデビューして……って、ここまでは話さなくてもいいですね。
兎に角、今の私を作っているのは、そのおじさんとの出会いなんです」
「……その『おじさん』の……名前は何ていうんだい?」
「それが……教えてくれませんでした……
『ん〜?今は名刺もないし……それに、今は自分に戻る旅の途中だから、ちょっと名乗れない、ゴメンね。
今の俺は……そうだな、クウガさん、とでも呼んでよ。
名前を取り戻したら、また日本に戻って来るからさ』
って誤魔化されました。
クウガって、ポレポレのおやっさんも言ってましたけど、昔の有名な人か何かですか?」

はにかみながら、卯月は話す。
214 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:36:00.89 ID:aNWtHagf0
その卯月の話の全てが一条にとって衝撃的であり、内容が脳に浸透していくまで少し時間がかかった。

「ふっ……そうか……そうか!」

卯月の話を少しずつ受け入れ、噛みしめて、一条はだんだん表情筋を緩ませ、そして……笑顔になった。

アイツめ、金が無かったなら貸してやったのに、意地を張りやがって。
いや……それよりも

「『おじさん』……か……ふっ、そうだよな、もうそんな年か、お前も、俺もな。
しかし……アイツが『おじさん』とはな」
「一条さん?」
「いや、俺も年を取ったと思ってな……随分と脆くなっていた……
そして、君の言った綺麗事を否定した。
だが……そうだよな……本当は綺麗事が一番良いんだ……
綺麗事を実現させる努力を怠ってはいかんな……」

自分に言い聞かせるように言いながら、一条はゆっくりと病室の窓に歩いていく。
そして、窓から空を見上げれば、空を覆い尽くす黒い雲の隙間から、明るい陽光と、綺麗な青空が覗いていた。
215 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:37:20.18 ID:aNWtHagf0
……思えば、俺はアイツに憧れたことが何度もあった。
だが、アイツのように生きようと思ったことは無かったな……
心の底で、『出来るはずがない』と決めつけていた。
アイツの笑顔は、アイツの生き方は、眩し過ぎて、難し過ぎて……
だが、この娘は……卯月くんは……それでは……憧れでは終わらせなかった。
努力を惜しまず、同じ生き方をし、それを自分の生き方とし……その意志が彼女を生かし、俺の心を生かしてくれた……ならば、それに応えなくてはな。
216 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:37:56.37 ID:aNWtHagf0
『臨時ニュースです。
各テレビ局宛てにFAXが送られて来ました!
『未確認生命体第51号からのお知らせ。
三日後の24日、正午より、○○公園のステージにて特別コンサートを開催します。
興味のある人は是非とも来られたし』
同様のFAXはテレビ局のみならず、警察や新聞社にも届いている模様!
たちの悪いイタズラなのか、本当に第51号からのメッセージなのかの調査が待たれます!』

テレビ画面が新たな情報を伝える。
それがどういうことなのか、この病室の中にいる誰もが理解していた。
217 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:41:51.59 ID:aNWtHagf0
部屋中の視線が卯月に集まり、代表して一条が口を開く。

「……一ノ瀬志希からの最後の招待状だ。
俺たちは君を全力でサポートしよう……いや、君が望む演出を叶えよう……こうだろうか?
……やはり俺には似合わないが、今回、俺は君の魔法使いになろう。
答えてくれ、君はどうしたい?」

真摯に一条は卯月を見つめる。
その瞳は人間に絶望していた先程までの弱々しい瞳ではなく、意志の宿った強い瞳だった。
王子様の殺害現場に落ちていたガラスの靴から、罪の無いシンデレラが探されている。
そのシンデレラにもう一度魔法をかけるために、シンデレラに励まされた魔法使いは一度落としかけた杖を握りしめた。
218 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:42:30.29 ID:aNWtHagf0


「志希ちゃんに会いに行きます。
この事態を、終わらせるために」

219 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 22:45:22.79 ID:aNWtHagf0
これで六章は終了です。

もう夜遅いので、また明日の夜九時ころに再開します。
おそらく明日で最後まで投稿出来ると思います。
まだ途中ですが、改善点や文句、感想などがありましたらお気軽にコメントしてください。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 22:50:30.95 ID:Uvx76zxao
クウガしか知らないけどとてもいいと思います
明日が楽しみです
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 23:12:10.62 ID:7DjFqo/T0
五代の思いが卯月に受け継がれていくのいいな
222 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/04(火) 21:00:53.15 ID:eRGHfrTr0
再開します
223 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:02:14.14 ID:eRGHfrTr0
第七章「卯月」
224 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:03:33.79 ID:eRGHfrTr0
一条の病室、そこには島村卯月、一条薫、夏目実加、杉田守道、椿秀一、榎田ひかりの六名がいた。

「それじゃ、第51号、一ノ瀬志希ちゃんのスペックと謎について解明して行きましょう」

榎田ひかりが全員をまとめるように、病室に持ち込まれたホワイトボードを差しながら言う。
225 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:05:06.40 ID:eRGHfrTr0
「まず、眠り病だけど、今回はガスマスクは必要ないわ、屋外だからガスで眠らされる心配はない。
でも、ガス以外でも爪等で眠らせることが出来るみたいだから気をつけて……と言っても、一条くんみたいに手加減されなきゃ普通に死ぬわね」
「それより、神経断裂弾を撃ち込んだはずなのだが、効かなかったのは何故なんだ?」
「あ、私の見たことを話しますね。
一条さんが撃った弾は確かに志希ちゃんに当たって、ボボン!って爆発しましたけど、志希ちゃんの身体はその弾丸を通さなかったみたいで、ポトッて弾は落ちました」
「なるほど……どうやら、五代くんの紫の形態みたいに硬くなったみたいね。
弾丸を弾くほどに」
「なるほど……」

そういえば、引き金を引く前に、志希の体表が蠢いていたような気がする。

「神経断裂弾のサンプルを掠め取って研究して、体表で弾くにはどれ程の硬度が必要かを計算して、弾ける形態を手に入れたのでしょうね。
……軽く言うけど、とんでもない硬度よ。
ま、4年前に開発した改良型なら大丈夫だと思うわ、科警研から幾つか無断で持ってきたから、一条くんに渡しとくわね、それ用のライフルもあるから」
「ありがとうございます」
226 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:05:59.18 ID:eRGHfrTr0
「そして、第50号に攻撃したのと実加ちゃんが寝ちゃった件ね。
第50号の件は、第50号と別のタイミングで会っていた時に別途の薬品を仕込んでいたという解釈で良いとして、実加ちゃんを眠らせたのはどうやったのかしら?」
「あ、多分……ブローチだと思います」
「ブローチ?」
「志希ちゃんから貰った物で……事件の時も着けて行ったんですが、18日のライブの時に、警察に連行されて私物を見せられたんですが、その中に無くて……」

ポレポレにて、嬉しそうに赤い石の着いたブローチを見せてきたのを一条は思い出した。

「その中にカメラとかを仕込まれてたのね……」
「多分、そうだと思います」
227 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:07:11.65 ID:eRGHfrTr0
「そういえば、ポレポレ経由で私にライブのチケットが届いたのだが、ポレポレの事は一ノ瀬くんに教えていたのか?」
「あ、はい。
事務所で教えられる機会があったらみんなに教えてました、昼食の時とかに。
機会が無かったこずえちゃんとちひろさん以外は知ってるはずです」
「……それでまんまと心証操作された訳だ……私は」
「あ、あはは……まあしょうがないですよ」
「そのしょうがないで殺されかけたのに、優しいなぁ卯月ちゃんは……それにしても、良い鎖骨だ」
「?……鎖骨、ですか?」
「椿、相手は高校生だぞ?」
「そういう意図はねぇよ!」
228 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:08:44.10 ID:eRGHfrTr0
「んで、現場のカメラが全て壊されていた件はどうなんだ?」

一条と椿のやり取りを無視して杉田が榎田に訊いた。

「全てのカメラの中に猫の体毛らしき物が入っていたわ。
何らかの方法でカメラの隙間からその体毛を潜り込ませて、眠らせるタイミングに合わせて武器化し、カメラを破壊したと考えるのが妥当ね」
「……第42号の針を思い出すな……」

椿が苦々しい顔をして言った。
未確認生命体第42号。
緑川高校2年生男児90人を12日間以内に殺すというゲゲルを行った未確認生命体である。
その殺害方法は極めて悪質であり、未確認生命体の能力により小型化した針を目的人物の脳に刺し、四日後に針を元の大きさに戻し、脳を破壊するというものであった。
任意のタイミングでの武器化、その点において志希の能力と共通している。

「そうね、大体それと同じ」
229 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:09:32.73 ID:eRGHfrTr0
「一ノ瀬志希のスペックについてはこれくらいでしょうか?」
「わかってる範囲ではね。
それじゃ、次はこちらの武装について……なんだけど」
「改良型の神経断裂弾三発、従来の神経断裂弾六発……だけですね」

言葉を濁す榎田の後を実加が続けた。

「こればっかりはね〜。
特に効果を発揮する何かは無いし、卯月ちゃんがいる時点で非公式になっちゃうから神経断裂弾は私がくすねて来たヤツだけだからね〜」
230 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:10:56.88 ID:eRGHfrTr0
「……それよりも、問題は当日に殺到するであろう一般市民への対策ですね」
「……そうだね〜」

そう、今回の一番の障害、それが暴徒化した一般市民だ。
無論、一条や実加や杉田に一般市民を取り押さえる経験が無い訳ではない。
だが、大量の人間を、たった三人で捌くことは限りなく不可能に近い。
まして、一人一人が武装していれば尚更だ。
無闇に傷つけることが許されない分、もしかすれば未確認生命体よりも厄介な相手であるかもしれない。

「悪いけど、一般人用の特殊兵器その他はないから」
「わかっています。
正面突破は望めないとして……卯月くんを変装させてどれだけ持つか……」
「顔を隠すのにも限界があるでしょうね、変装を警戒して顔出しを原則にしているそうです……」

実加がネットから拾った情報に一条はまた顔をしかめた。
231 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:11:58.94 ID:eRGHfrTr0
「変装もダメとすると……陽動作戦でしょうか?」
「……そうね、端から戦力外の私と椿くんで島村卯月がこっちに出ただの何だのと言った情報を拡散して場を引っ掻き回して道を開ける」
「……とはいえ、ステージ前の警戒が一番強いだろう、そこの連中を偽情報でどかすにしても全員は当然無理だが……いけるか?一条」
「いけるかどうかじゃない、やるしかないんだ」
「そうか……一応、まだ腹の傷が治りきってねぇこと、頭に入れとけよ?」
「わかっている。
……さて、それでは当日まで、榎田さんと椿は情報操作の方法の相談と練習。
夏目くんと杉田さんは対一般人用の訓練。
俺は回復に専念して、程々に訓練もしておく」
「あと、椿くんは私と杉田さんの居場所の用意もしてくんない?卯月ちゃんと神経断裂弾の件で警察にも科警研にも居られないんだわもう」
「……これがバレたら俺も榎田さんたちと一緒にクビかもなぁ。
ま、用意しときますよ」
232 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:12:35.75 ID:eRGHfrTr0
「んで、最後に卯月ちゃん」
「はい!」
「……サインくれない?息子がファンでさぁ……今眠っちゃってるんだけど」
「あ、はい!よろこんで!……はい?」

緊迫した状況にそぐわない榎田の発言に、卯月は首を傾げた。
233 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/04(火) 21:14:32.39 ID:eRGHfrTr0
展開の都合上どこかに入れることが出来なかったんですが、榎田さんの息子の冴(さゆる)くんはこの四年でドルオタまで発症したという設定です。
234 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:15:58.80 ID:eRGHfrTr0
そして、一条が眠らされたライブより六日後。
その日はやって来る。
それぞれの思惑を胸に、人々は一ヶ所に集まった。
雲一つ無い快晴の空の下、大量の人がひしめいていた。
その人数は、遠目から一条が確認するに、ゆうに五十人……しかも公園端から見える範囲で、である。
235 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:17:27.94 ID:eRGHfrTr0
一条と卯月と実加と杉田は、公園前に車を止め、車内からその人の波を観察していた。

「ネットでガセ情報等を流して別の日時や場所に出来る限り誘導しましたが、それでもなしのつぶてですね……」
「榎田さんと椿が別場所でデマ情報を流し、島村卯月の振りをした人物が逃げることで追わせて更に人を誘導するそうだが……大丈夫なのか?その影武者は」
「えっと……相談して、千川さんにお願いしたそうです」
「千川というと……CGプロの事務員さんか……まあいい、今は時を待つだけだ」
「そうですね……」
「……卯月くん、大丈夫か?
覚悟は……出来ているか?」
「……はい、覚悟は出来てます……けど」
「けど?」
「やっぱり、緊張しますね……デビューライブを思い出します」
「……ふっ、命がかかっているというのに、デビューライブか……」
「はい?何かおかしかったでしょうか?」

困ったような笑顔で卯月が言う。
どこか抜けている卯月に、卯月以上に緊張していた車内の空気が少し弛緩した。
236 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:18:25.86 ID:eRGHfrTr0
「……11時半、正午まで後30分です。
そろそろ榎田さんたちが動き出すはずです。
私もネットにデマ情報を流します」
「頼む」
「上手くやってくれれば良いんだが……」

杉田は不安げに呟いた。
待つことしか出来ない不安の中で、アナログ式腕時計の針の動く小さな音と実加のパソコンのタイプ音だけが響いていた。
人の動きから目を離してはいけない、チャンスを逃す訳にはいかない。
瞬時に行動するため、車内の四人は無言で気を張り詰めていた。
237 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:19:27.90 ID:eRGHfrTr0
「あっ!?……えっ!?」
「どうした!?夏目くん!」

突然に、パソコン画面とにらめっこをしていた実加がすっとんきょうな声を上げた。
それとほぼ時を同じくして、人の群れにも動きがあった。

「一条!市民が動き始めた!」
「よし!陽動が成功したのか!」
「うわぁ、ノリノリだなぁ……榎田さんたち」
「?……夏目くん、何があったんだ?」
「島村卯月が未確認生命体を二体引き連れて現れたと話題になってます……」
「……そういう手に出たのか」
238 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:20:45.64 ID:eRGHfrTr0
「島村卯月が逃げるのを未確認二体が手助けしているそうです。
ガスが〜、急に爆発音が〜、等と話題になってます。
二酸化炭素ガスや爆竹でしょうね……他にも色んな事をしてくる未確認だとされて、迂闊に近づけず、かといって島村卯月を逃す訳にはいかないのでどんどん人がそっちに行ってるみたいですね…………あと、マスク等で顔を隠していて良く見えないので確信とまでは至らないものの、島村卯月は偽物なのでは?と疑う声がちらほら……でも、誘導には十分のインパクトと時間を稼げると思います」
「……警察が来たらどうする気だ?あの二人は」

杉田が素朴な疑問を口にした。

「……えっと……どうするんでしょう?」
「……来たところで、群がる一般市民を押し退けるのに時間を食い、警察の存在による話題性で更に人を集めようという作戦……だと思います。
……大分人も減りました、行きましょう。
卯月くんは俺たちの中央を歩いて、俺たちは市民を発見次第卯月くんと市民の間に入り、遮蔽する、良いですね?」
「「はい!」」
「おう!」
239 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:21:49.60 ID:eRGHfrTr0
さっと素早く車から降り、前面に一条と杉田、後ろに実加の三人で三角形を作り、その中央に卯月という隊列を組む。
そして、急ぐと怪しまれるので歩きで公園のステージがある場所へ向かう。
誘導により、人の大分減った道だが、それでも人が完全に居ない訳ではない。
自然に、四人で話ながら歩いている風を装って、卯月の顔を一条や杉田や実加の身体で市民から隠す。
ごくわずかな動作で行われるそれは、動きの少なさに比べて異常な程の精神力を必要とし、一条たちを疲弊させてゆく。
240 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:22:42.38 ID:eRGHfrTr0
「……この角を曲がれば、ステージが見えるはずです」
「ここまで来ると、大分人も多くなって来やがったなぁ」
「もう一息です。
どうにか正午までにステージの近くへ……」
『島村卯月が出たぞ〜。
こっちだ〜♪』
「「っ!?」」

拡声器でも使ったかのような大声、それが、一条たちのすぐ近くから聞こえた。
音のした方を見れば、緑の葉をしげらせる一本の木の上に、一瞬、志希の姿が見えた気がした。
241 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:23:29.67 ID:eRGHfrTr0
そんな声がすれば確認しに動くのは当たり前のこと。
ステージ前の人数からしたら少しの、しかし、三人で遮蔽出来ない程の量の人が一条たちの下へ向かってきた。

「マズイ!どうすんだ一条!?」
「どうもこうもない!ステージまで走り抜ける!
襲い来る市民は我々が捌く!なるべく傷つけずにな!
やるしかない!」
「はい!」
「おし!」

完璧に卯月を認識され、前方から数人の市民が走ってくる。
それを杉田と一条で強引に押し倒し、一瞬道を開く。
その道を実加が後ろに気をつけながら四人で通る。
242 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:24:39.84 ID:eRGHfrTr0
第一段が終われば第二段のさっきよりも人数が増えた塊がやって来る。
ステージ前に集まっているとはいえ、声を聞いてこちらを確認に来るのは第一段の数人、その様子を見て第二段の数人が、それにより騒ぎが大きくなり一条たちだけでは対応出来なくなるだろう。
疎らに人が襲って来る内に一条たちは距離を稼ごうとした。
それは上手く行き、第一段、第二段、第三段と一条たちが対処出来るだけの人数を相手にして彼らの間を抜け去ることが出来た。
だが、騒ぎは確実に大きくなり、徐々に一条たちは押され始める。
そしてステージまで後50mも無くなった時、一条たちの足が止まった。
243 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:29:20.51 ID:eRGHfrTr0
「邪魔すんなー!」
「退けー!」

鉄パイプやスコップ、バットやゴルフクラブ等を手にした市民が卯月を守る一条たちの間を強引に抜けようとしてくる。
それを押し返そうとするものの、一条一人に対し相手は複数。
いくら一条と言えども押し返すことは不可能だった。
空砲にした拳銃を杉田と実加が放つもひるむのはほんの数秒、一条のコートの背中部分に仕込んだ神経断裂弾用ライフル、改良型神経断裂弾用ライフルを抜くわけにもいかず、一条たちは市民相手に苦戦していた。
244 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:30:10.07 ID:eRGHfrTr0
「一条!もう限界だぞ!」
「踏ん張ってください!
……退く訳にはいかないんです!」
「一条さん、杉田さん!少しずつ回転して場所を換えてください!」
「夏目くん!策があるのか!?」
「はい!一応」

卯月を中心としてその周囲を囲んでいた三人が市民に押され、その円を小さくしながらも、円は回転し、実加を前方に、後方で二ヶ所を一条と杉田がカバーする陣形になった。

「きゃっ!?」

円が小さくなったために、手を伸ばした市民の持っていたゴルフクラブが卯月をかすり、卯月は短く悲鳴を上げた。
それに実加は焦り、その双腕に力を込める。
245 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:31:14.13 ID:eRGHfrTr0
「お、おりゃぁあああ!!」
「うわっ!?」
「なんだこの女!?」

クウガの力、変身しないでその力の何割かを引き出す。
それが実加の策。
白い未熟な姿にしか慣れないとはいえ、その力は人間を遥かに凌ぐ、その力の欠片を得て、人の波はステージの方へと押されて行く。
卯月を中心とする円も若干広くなり、少しだけ余裕が出来た。
246 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:31:51.08 ID:eRGHfrTr0
だが、ここからが問題だった。

「痛っ!」

実加の肩に、金属バットが降り下ろされた。
247 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:32:36.02 ID:eRGHfrTr0
「夏目くん!」
「こいつらは卯月の仲間だ!未確認の仲間だ!遠慮すんじゃねぇ!」

市民の集団において、リーダーという者はいないだろうが、血の気の多い者は多くいるだろう。
そんな攻撃的思考を持つ一人が、実加を躊躇せずバットで殴り、声を張り上げた。
それまでの集団は、卯月は兎も角として、一条ら三人には攻撃して良いか図りかねて攻撃らしい攻撃はしてこなかった。
だが、今の一人が大義名分を与えてしまったのだ。

「「ウォォォオオオ!!」」

先程の若者に呼応するように市民の集団が吼えた。
248 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:33:32.87 ID:eRGHfrTr0
遠慮を無くし、目の色を変えた集団が各々の武器を掲げて一条たちに襲いかかった。

「くっ!」

第一陣の木刀を一条は右腕に当て、受け止める。
一条たちとしても、これを予想していなかった訳ではない。
だが、機動力も必要とするため、装着出来た防具は籠手とすね当て程度。
攻撃を受け止めるには腕を使うしかない。
そして、それは同時に守護の瓦解と成りうる。
249 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:34:04.91 ID:eRGHfrTr0
「うぉおおお!」
「っ!クソッ!」

防御により腕を身体に寄せた一瞬、一条と杉田の間に割り込むようにして一人の市民が卯月へ向かう。

「はっ!」

どうにか足をかけ、投げ、転ばせると少し後退し卯月に近づき、崩れた陣形を前より縮めて戻す。
250 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:35:23.01 ID:eRGHfrTr0
「……やむを得ん、か」

合図は無い、がしかし、警察官三人は理解していた。
もう手加減は出来ない、と。
止めるために振るう拳に込める力が増す。
技が本格的な物へと変わる。
それでも時間稼ぎにしかならないとはいえ、警察が罪無き市民に振るって良い物では無くなって行く。
251 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:35:55.80 ID:eRGHfrTr0


「……やめて」

252 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:36:39.51 ID:eRGHfrTr0
小さく、声が聞こえた。
チラリと後ろを見れば、涙目の卯月がいた。
襲われる恐怖で泣いているのではなく、戦うことしか出来ないことに対する悲しみで涙を流しているということが一条には瞬時に理解出来た。
何故なら……一条も正にその悲しみを感じていたからだった。
暴力でしかやり取りの出来ない、とてつもない悲しみを……
隠してきた心の痛みを、卯月の涙で自覚した一条の気がほんの少しだけ緩んだ。
253 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:37:32.93 ID:eRGHfrTr0
そして、その隙は致命的な隙となった。

「オラァ!」
「あぐっ!?」

腹部へのスコップの一撃。
普段ならば十分耐えられる一撃に、一条は膝をついた。
人間の身体に深く傷が付いた時、それは比較的すぐに閉じるが治った訳ではない。
少しの衝撃で痛みと共に開く。
一ノ瀬志希による刺し傷が、その一撃により開き、一条の肌着の下の包帯に血が滲んだ。
254 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:38:14.55 ID:eRGHfrTr0
「「一条さん!」」
「一条!」
「オラァ!」
「うぐっ!?」

膝をついた一条の頭に、スコップでもう一撃。
255 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:39:15.68 ID:eRGHfrTr0
籠手でどうにか頭に直接当たるのは防げたものの、その衝撃は頭の芯まで届く。
軽い脳震盪により意識が遠退き視界が揺らぐ。
円形の布陣は崩れ、一人の壮年の男性が卯月に向かった。
その手に持つは猟銃。
猟友会か何かに所属し、それを得ているであろうその男性は、卯月にだけその弾を当てられる、絶対に外さないであろう距離まで近づき、構える。
他の市民は猟銃を恐れて離れた、ならば邪魔はなく確実に当たるだろう。
256 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:40:28.03 ID:eRGHfrTr0
そして、その肩に下げるは遺影。
一条に辛うじて見えたその姿は……第50号、熊谷和樹。
今回の未確認生命体の正体は人間、その発表を避けるために、熊谷和樹は第50号に殺されたということになっていた。
その親類であろう男性が、皮肉なことに未確認生命体第50号を憎み、未確認生命体ではない少女を殺そうとしていた。

「死ねぇぇぇええ!!」
「やめろっ!」

一条はその足を掴むものの、まだ脳は揺れており力が入らない。
そして、壮年の男性は引き金に指をかけ、別の男性は一条の頭に目掛けて止めに三回目のスコップを降り下ろそうとしていた。
ここで一条たちの抵抗も虚しく、一ノ瀬志希のシナリオ通りの展開になる。
257 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:41:12.61 ID:eRGHfrTr0



「だめぇ!!」


258 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:41:56.98 ID:eRGHfrTr0
筈だった。
視界の揺らぎが収まった一条が捉えたものは、時が止まったかのように動かずに、目を見開いてこちらを見る人々。
誰かに取り押さえられた壮年の男性。
259 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:42:30.99 ID:eRGHfrTr0
その誰かとは……

「はいはい、銃刀法違反の現行犯でシメちゃうわね」
「片……桐……さん?」

CGプロのアイドル、片桐早苗だった。
260 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:43:34.93 ID:eRGHfrTr0
だが、一条には違和感があった。
先程の制止の声。
それは片桐早苗の声とは違った。
もっと、角の無いというか……幼い声だった。
そして、動きを止めた人々の視線は、片桐早苗でも壮年の男性でも島村卯月でもなく、一条の後ろに注がれていることに気づいた。
261 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:44:12.12 ID:eRGHfrTr0
ゆっくりと、自らの背後を振り向いた一条が見たのは……

「っ!?龍崎くん!?」

スコップを降り下ろそうとして止まった男性の前に、一条を庇うように両手を広げる小さな背中だった。
262 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:45:13.75 ID:eRGHfrTr0
「刑事さん……大丈夫?」

こちらを振り向いた幼い横顔は、暴力への恐怖からか涙が零れていたが、一条を思いやる笑顔をしていた。
263 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/04(火) 21:46:36.76 ID:eRGHfrTr0
一条が呆気に取られつつ頷くと、ホッと息を吐いて、凛とした表情に顔を変えると再び一条に背を向けた。

「刑事さんや卯月お姉ちゃんをいじめないで!
刑事さんや卯月お姉ちゃんは悪いことなんてしないもん!
刑事さんはみかくにんせーめーたいからかおるたちを助けてくれたの!
……だけど、刑事さんがみかくにんせーめーたいからかおるたちをまもってくれた時、刑事さんのことをこわいって思っちゃった。
だけど!それは悪いことをしたからじゃなくて、かおるたちをいっしょーけんめーまもろうとしてくれたからだって卯月お姉ちゃんが教えてくれたの!
刑事さんはかおるにけーさつのことをいっぱいお話してくれて……卯月お姉ちゃんはかおるといっぱい遊んでくれて……刑事さんも卯月お姉ちゃんも優しいの!
なのに……なんで……なんでみんないじめるの?」

背を向けているが、震えている声から、一条には薫が泣きながら言葉を絞り出しているのが理解出来た。
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