【クウガ×デレマス】一条薫「灰被」

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2 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:40:10.82 ID:iCe2g1Pi0
序章「歌声」
3 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:41:00.94 ID:iCe2g1Pi0
ーー歌が……聞こえる。
青空のように透き通る、綺麗な歌声が。
その歌声が身体を包み込み、夢幻と精神を隔て、意識を現実へと救い上げて来た。

「……ん……ふわぁ……ん、ん〜」

口を大きく開け、間抜けな欠伸、それに遅れて寝起きの緩慢な動作で彼は腕を青一色の空のキャンパスへと伸ばす。
公園の固いベンチで横になっていたために凝り固まった身体から、ポキポキという小気味良い音が響いた。

「あ〜……良く寝たぁ」

身体を解す一環で首を後ろに反らして空を見上げれば、そこには、空の頂点までの登山を始めたばかりの太陽と、見渡す限りの青空が広がっていた。
その空に僅かに残る、大海原の中にポツンと浮かぶ小島のような雲を見上げながら彼は腹部を撫でる。
感触はないが、そこにはこの13年を共に過ごした物が残っているのが彼にはなんとなく理解出来た。
少しずつ感覚がなくなっていき、ほんの数日前にまた輝きを取り戻したその『力』は、穏やかに、だが確かにその存在を主張していた。
4 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:42:29.91 ID:iCe2g1Pi0
そんなことを漠然と感じていると、意識が覚醒するにつれ、夢と現実の橋渡しをした歌声が、今もまだ耳に届いていることに彼は気がついた。

「よっこいしょういち!っと」

彼の年齢を鑑みても多少古めかしいかけ声と共にベンチから立ち上がると、気の向くままに、歌声のする方へと歩いて行く。

「〜♪」
「おっ?」

公共の場で歌を歌える場所といえば公園ぐらいしかなく、元々、彼が寝ていた公園もそれほど広くはなかったので、声の主は案外近くにおり、簡単に見つけることが出来た。
夏とはいえ朝は少し肌寒い、その比較的涼しい冷気により透き通る空気の中で、一人の少女が気持ち良さそうに歌っていた。
いや、歌うだけではなく、自分の歌に合わせて楽しそうにステップも踏んでいる。
少女の楽しそうな笑顔につられて、彼も表情筋を緩めた。
そして、リズムをとるように彼は歌に合わせて手拍子をしてみせた。

「っ!」

少女は手拍子に驚いたのか歌うのをやめ、周囲を見回した。
たった一人の観客に気づいた少女は彼の方を向いて目を丸くした。
彼は少し困って後頭部を右手で少し掻く。

手拍子は邪魔だったかな?

そう思案し、少女に向けて謝罪の言葉をかけようとした時、少女は顔を綻ばせた。
どういうことか理解出来ずに小首を傾げた彼に向かって、少女はそれが当たり前であるかのように、また歌い、踊り始めた。
すぐに彼は、この少女が自分に歌と踊りを披露してくれていることに気づき、手拍子を再開した。
5 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:43:37.14 ID:iCe2g1Pi0
二人分の笑顔が咲き誇る、出演者一人、観客一人の小さな小さなライブが、ある夏の日の早朝の公園で行われた。
歌と踊りを披露し終えた出演者に払われたお代はほんの些細な物。

「もう最っ高!」

観客の心からの笑顔と、慣れた動作で行われたサムズアップ、そのたった二つだけ。
そのお代を受け取り、少女もまた、彼と同じように笑顔になった。

ーーこれから語られるのは、彼……五代雄介、又の名を未確認生命体第二号、兼未確認生命体第四号、兼超古代の戦士クウガと、とある少女の出会いから始まった、大きな流れと、それに巻き込まれた一人の刑事の物語である。
6 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:44:05.77 ID:iCe2g1Pi0
第一章「異変」
7 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:44:38.95 ID:iCe2g1Pi0
薄桃色の花が青い空を背景にして堂々と咲き誇っていた。
一枚の絵画として描かれそうな美しい光景に、春先であるというのに厚手のコートを羽織った凛々しい顔立ちの男、一条薫は心奪われていた。

ああ、綺麗な空だ。
この空は一人で見るには惜しいぞ、五代。
後何日、何ヵ月、何年経てば、お前と共にこの空を見られるんだ……
…………五代。

どこにいるとも知れぬ友人の顔を青空の向こうに幻視した一条の意識は、17年前へと潜って行く。
8 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:45:35.60 ID:iCe2g1Pi0
西暦2000年1月29日、長野県上伊那郡の山間にある九郎ヶ岳遺跡を調査していた夏目幸吉教授(当時46歳)率いる信濃大学文学部史学科考古学研究室の調査団5名が全員遺体で発見された。
その翌日、その事故の調査のために長野県警警備部に配属されていた一条は九郎ヶ岳遺跡を訪れ、その男と出会った。

「遅れて申し訳ありません!も、すぐに作業に取りかかります!」

図々しくも警察のふりをして調査に紛れ込もうとしたのが、五代雄介だった。
当然の如く雄介の目論見が成功することはなく、すぐさま一条に取り押さえられた。
雄介は、彼の友人である当時城南大学の考古学研究室の大学院生、現准教授の沢渡桜子が九郎ヶ岳遺跡の古代文字を解読し、その中に死の警告の文字を見つけたことから彼女に代わって雄介が現状を知りに来たらしい。
なら君も調査団の関係者なのか?と問う一条に向けて、五代雄介は。

「いいえ、ただの通りすがりで、こういう者です」

と言って名刺らしきものを手渡して来た。
『夢を追う男』『1999の技を持つ男』などと左右に書かれ、中心に大きく『五代雄介』とあり、名刺の右隅にはふざけた『サムズアップ君』的なイラストが描かれていた。
死亡事故の調査という状況の中で、あまりにも間抜けな雄介の姿は明らかに不審者であり、一条は雄介を不快に思いながら署に連行しようとした。
それを理解した雄介は突然大声を出して警官たちの気を逸らし、隙を突いて遺跡の入り口へ走るという暴挙に出た。
それをある程度読んでいた一条はそれを制すも、雄介は「やるね〜、刑事さん!」の一言と笑顔とサムズアップで済ませた。
正直なところ、一条の雄介への第一印象は悪く、おそらくプライベートで会っていたとしても馬が合わないだろうと思っていた。
振り返るたび、一条は思う。
まさかそんな奴とそれからおよそ一年間、ともに戦うことになろうとは。
あいつの笑顔の印象が、こんなにも変わるとは。
時には癒され、時には切なさを共有した。
気がつけば、自分の中で大きな位置を占める存在になっていた。
いつのまにか、あいつの笑顔に憧れていた。
9 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:46:37.85 ID:iCe2g1Pi0
「一条さ〜ん」

彼を呼ぶ声で、一条は現実へと引き戻される。
まだ若干呆けている彼の元へショートカットの小さな女性が歩み寄った。

「夏目くん」
「どうしたんですか一条さん?
調査の途中に余所見なんてらしくないですよ?」
「それは……すまない、桜があまりにも綺麗でつい……な」

それは警察の中で囁かれる一条薫の像とはかけ離れた行動だった。
警察学校では過去から現在まで全ての科目で彼の記録が塗り替えられることはなく、銃の腕前は針の穴を通すと言っても過言ではないほど。
妥協というものを嫌い、中途半端はしない。
欠点と言ったら、携帯電話をマナーモードにするために四苦八苦するほど機械に疎いことと、世間の流行り廃れなどの娯楽文化に全くと言っていいほど無関心であることぐらいだというのが、警察各位による一条薫という刑事の評価である。
そして、その評価は概ね外れてはいない。
違う点があるとすれば。

「また、五代さんですか?」
「いや、その……すまない」

今回の桜の件のように、時折雄介のことが頭に浮かぶと少しの間記憶の海に浸り、ぼーっとすることがこの頃増えたことぐらいだろう。

「あ、気にしないでください!攻めているわけではないですから!」
「と、言われてもな……聞き込みはどうなっている?」
「バッチリです!」

と女性、夏目実加は得意気にサムズアップをする。
10 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:47:30.24 ID:iCe2g1Pi0
彼女、夏目実加は年齢は一回り近く離れているものの、一条の頼もしいパートナーだ。
通常の捜査はもちろんのこと、世間の流行り廃れ、SNSなどに疎い一条を補うかのようにネットワークにも強く、柔軟な思考力と優れた発想力で一条をサポートする優秀な女刑事である。
彼女は九郎ヶ岳遺跡の件で亡くなった夏目幸吉教授の一人娘であり、彼女と一条は九郎ヶ岳遺跡の件から始まった大きな事件を通して知り合い、その際に一条に憧れて実加はこの道を選んだ。
しかしそんな彼女にも弱点、というかコンプレックスがある。

「流石だな。
……ところで、その左手に持つ干し柿はどうしたんだ?」
「えっと……ご年配の方々に孫のように可愛がられてしまって……いります?」
「……ふっ、一つ貰おうかな」

今年で31歳だというのに低身長と童顔のために威厳や貫禄が全くないことが実加の悩みであった。
そのことを言えばもう40の大台に乗った一条も年齢を感じさせない程に若いという童顔コンビである。
11 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:48:17.80 ID:iCe2g1Pi0
「それで、結果はどうだ?」

実加の手から干し柿を一つ受け取りながら一条が問う。
一条の問いを受けて実加は手帳を開きながら答える。

「……おそらく、あの情報は真実だと思われます。
多数の目撃者の証言もありますので、信憑性はかなり高いです」
「そう……か……」

この一ヶ月、市民が猛獣に襲われるという事件が多発していた。
死者2名、重傷者3名の身体にはいずれも大型の獣の爪痕が残されていることから野性動物の仕業だと判断されていたその事件は、数日前に急転直下の展開を見せた。
それは事件のものと推測される写真がSNSに投稿されたことに端を発する。
そこに写っていたのは、猛獣ではなく。

「……再び、いや三度(みたび)動き出したのか、未確認が」
「………………」

信じたくない現実を突きつけられた一条は再び天を見上げた。
実加はそんな一条を不安げな表情で見つめていた。
青空を彩る太陽が、雲に隠れようとしていた。
12 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:48:55.50 ID:iCe2g1Pi0
17年前の九郎ヶ岳遺跡での死亡事故は後に、未確認生命体第零号によって引き起こされたものだったと判明した。
未確認生命体と広く呼称される彼らは、グロンギ族という超古代人類の一種族であり、人間とほぼ同一の存在だが、殺戮をゲームとして楽しむ好戦的な種族だ。
体内に宿した霊石の力により、特定の動植物の能力を持つ怪人体に変化することができ、その状態を警察が未確認生命体と呼称し、目撃順にナンバリングするという原則から、第一号より遅れて調査団の記録映像から存在が確認された未確認生命体を便宜上第零号とした。
後に第零号はグロンギ族の頂点に立つ者であり、超古代の人類が九郎ヶ岳遺跡に封印していたのだということが判明した。
だが、調査団の発掘がその第零号の封印を解いてしまったことで、現代にグロンギが蘇ってしまった。
未確認生命体に現代の銃火器はほとんど通用しなかった。
そんな中、ある一人の男が、日本人の直系の先祖である人類、リントが残したベルトを身に付け、霊石の加護を受けてグロンギと戦った。
その男こそ五代雄介、人々の笑顔を第一に考え、争いを最も嫌う冒険野郎だ。
人々を笑顔にするために1999の技を身に付けていた彼は、2000番目の技として、超古代の戦士、クウガに変身する力をベルトから受け取り、彼自身が最も忌避する暴力で、心と身体を痛めながらグロンギと戦い続けた。
警察も彼に協力し、五代と一条、警察の連携により、次第に過酷なものになった戦いをどうにか乗り越え、遂にクウガ、五代雄介は第零号との最終決戦の時を迎えた。
霊石、アマダムの力に飲み込まれ、戦うだけの生物兵器に成り下がる恐怖とも戦いながら、五代はたった一人で第零号との戦いに赴いた。
究極の闇、黒いクウガに変身した五代の、たった一ヶ所だけ黒く染まらなかった真っ赤な瞳が、一条の記憶に焼き付いていた。
その時に、人間と未確認生命体との戦いは終結した……筈だった。
13 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:51:56.38 ID:iCe2g1Pi0
しかし、西暦2013年、実に13年ぶりにグロンギによる殺戮ゲームが行われた。
それは、九郎ヶ岳遺跡とは別の小さな遺跡から復活したグロンギによるものだった。
だが、その4年前の事件も警察の尽力、そして…………第零号の戦いの後から行方不明になっていた五代雄介の、クウガの協力によって終止符が打たれた。
ただし、4年前の事件でも夥しい量の死者が出たのだが、それが未確認生命体関連の物だという発表は一般人にはされず、飛行機事故と薬物による集団催眠事件と虚偽の発表がされた。
未確認生命体が人間の生活に溶け込んでいた事実、活動を止めた未確認生命体が再び動いていたという事実は、事件は既に沈静化されていても尚、市民への影響が大きい。
さらに、未確認生命体の内の一体が政治家だったとなれば、全てを包み隠さず発表した時の混乱は計り知れなかった。
何より、そこで4年前の未確認生命体の事件は全てが終わったのだ。
終わった事件の余波により市民に必要ない恐怖を与えることは国として得策とは言い難かった。
そのため、公式として未確認生命体のことを発表することは警察上層部、並びに国家から禁止されたのだ。
無論、市民の中には未確認生命体の仕業だと疑う声もあり、未確認生命体の物と思われる写真の投稿も多かったが、公式で何の発表もされなかったので、4年の月日の中でゆっくりと沈静化していった。
14 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:52:29.47 ID:iCe2g1Pi0
閑話休題。
15 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:53:42.81 ID:iCe2g1Pi0
4年前の事件が解決してすぐにまた雄介は旅立ち、4年間一条は……雄介を知る者は皆、雄介と会えていない。
一条が雄介のことを必要以上に気にかけるようになったのは、第零号との戦いの後に生死不明となっていた雄介が生きており、意図的な理由があって一条と会うことを避けているからである。
そして現在、雄介の心に、一条の心に、人類の心に大きな傷痕を残した未確認生命体が、4年の沈黙を破り人類の前に姿を表した。
SNSに投稿された写真に写っていたのは、猛獣ではなく、人型の化け物だった。
推定身長170cm台後半の化け物は、人の形をしていながら、その肌は黒く、腕から肩にかけて茶色い毛が生えており、その拳からは巨大な鉤爪が飛び出していた。
その顔はどこか熊を思わせる造詣をしていた。

「ま、まだ未確認(マルエム)の仕業と決まったわけではありません!」

少しでも希望を一条に与えるためか、実加は僅かな可能性を絞り出す。
ちなみに、マルエムとは未確認生命体の警察での専門用語である。
他にも、警察ではマルヒ(被害者)、マルガイ(加害者)などの専門用語を使うことがよくあるのだ。

「み、未確認を装い、特殊メイクを施した一般人の可能性も……」
「……夏目くん」

一条は視線を実加へと戻した。
その瞳は、雄介を思う時よりも、同僚が未確認に殺された時よりも悲しげであることに、まだ一条と行動を共にして比較的日の浅い実加にはわからなかった。

「は、はい」
「それが一番あってはならないことなんだ」

一条の視界に、実加はもうすでに映ってはいなかった。
16 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:55:20.86 ID:iCe2g1Pi0
一条は自らの記憶を通して、一人の女性を見つめていた。
未確認生命体には、人間の姿がある。
警察ではその人間形態の姿を、B1号、B2号というように、Bの次に番号をつけて識別している。
そして、未確認生命体の中に、未確認生命体本来の番号を持たず、人間形態の番号しか持たない女が一人だけいる。
それが、バラのタトゥの女、未確認生命体B1号である。
B1号は直接ゲームに直接参加はせず、つねにほかの仲間たちを監視するような立場で、時に制裁を加えることもあった。
未確認生命体の中で最も人間らしい……いや、人間のことを理解していたB1号は17年前、何度も一条の前にその姿を表した。
そして、銃で攻撃する一条たちを見て、B1号は日本語でこう言った。

「リントは変わったな」

更に、最終的に、人間は自分たちと等しくなったと言った。
殺戮をゲームとして行うグロンギと同じ存在になったと人間のことを評したのだ。
17 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 13:57:00.74 ID:iCe2g1Pi0
人間が人間を殺害する事件を何度も経験し、快楽殺人などというふざけた事件も長い警察人生で体験してきた一条は、人間とグロンギの本質的な違いを探し求めていた。

「……周囲に設置してある防犯カメラに何か映っていないか探ろう」
「は、はい!では私はこことこの通りを……」
「しらみ潰しになる、手伝える人がいないか連絡もしてくれないか?」
「わかりました。
あ、帰ったら掲示板等も調べてみますね」
「ありがとう、助かる」

どこか言い知れぬ違和感のようなものを感じながら、一条は丸一日未確認の痕跡を探し求めたが、それらしい物を見つけることは出来なかった。
18 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 13:57:54.57 ID:iCe2g1Pi0
数日後、一条は同僚の先輩刑事である杉田守道に飲みに呼び出された。
杉田は17年前に共に未確認と戦った仲であり、未確認生命体第二号並びに第四号の正体が五代雄介であることを知る数少ない人物である。

「ここだ、ここ」
「ここですか」

住宅街の中にひっそりと、民家を改造して作ったのであろう小さな居酒屋が建っていた。
はしご酒を好み、最後にはマニアックな雰囲気がする店へと足を運んでいた杉田も50半ばともなれば変わるもので、娘に耳にタコが出来るほどにアルコール周りの忠告をされている杉田は、最近は専らこのような店で杯を傾けているのだった。
19 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 13:59:01.14 ID:iCe2g1Pi0
店の内装は民家を改造しただけなのでこじんまりとしていて、カウンターを過ぎた奥に小さな個室が二つ並んでいた。
その個室の片方を占領すると、とりあえずはビールで乾杯し、早々に杉田は焼酎の水割り、一条は純米大吟醸の獺祭に切り替える。

「最近、娘が一週間に飲む酒の種類やら量やらの指定までしてきてうるせぇんだ」
「そんなに健康診断の結果がよろしくなかったんですか?」
「いや、良好……だが娘がそれは私の手柄だと思ってんのか更に管理しようとしてきてんだよ」
「はぁ……それは……お気の毒に……」
「そっちはどうだ?彼女にうるさく言われないのか?」
「10年以上前からそういうことを言われてますが、未だにそういう相手は居ませんよ」
「夏目はどうなんだ?」
「………………」

またこういう話になるのか、と一条は本人も気づかない内に若干眉間にシワを寄せて辟易していた。
一回り近く年の離れた実加のことを、一条の周りの人間はことごとく一条の彼女と認定していた。
確かに4年前、一条の相棒になった最初の頃にアプローチを受けたことはあった。
が、それ以上はなく、それからは何事もなく共に事件や事故の調査を続けてきただけだ。
……と、一条は思っていたが、細かなアプローチは一条が意識しなかっただけでまだ続いていることを一条は知らなかった。

「彼女とはそういう関係ではありませんよ」
「そうか?……相変わらず寂しいヤツだな。
おふくろさんには言われないのか?『早く結婚してくれ』って」
「実は……その……」
「ふっ……まあ当たり前か」

勿論一条も交際や結婚のことに興味や憧れが無いわけではない。
だが、警察官であった父が母と自分を残して殉職したことが記憶に残り、一条自身も相手の女性を悲しませてしまうのではないかという懸念から、真剣に誰かを愛することが出来ず、そんな中途半端な気持ちで付き合うことが一条には許せないために、未だに浮いた話は無かった。
そのせいで一条への片想いに悩んだ女性も多い、その上大概の場合において本人は無自覚なのだから尚更たちが悪い。
20 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:00:00.17 ID:iCe2g1Pi0
一条の恋愛話の後も二、三の話題を話しながら杉田はグラスを空けていく。
そのペースが明らかに早い。
酔うために飲んでいるようなペースで様々な銘柄の焼酎水割を頼んでいる。
その様に既視感を感じた一条は酒のペースを緩め、その時を待つことにした。
酔った勢いでもないと話せないような事があるのだと理解したからだ。
このようなことは前にもあった……4年前、再び未確認生命体が現れた時のことだった。
二人だけの飲み会も終盤になり、トイレから帰ってきた杉田は重々しく口を開いた。

「……最近話題になってる眠り病、知ってるよな?」
「ええ、日本各地で眠ったまま起きない原因不明の患者が増えている件ですよね?」

数ヶ月前、東京都で眠ったまま起きなくなる奇病が報告された。
突如流行し、東京都だけで数千人の被害を出したその奇病は、アフリカのある地域特有の風土病である眠り病ではないかと言われ、大変な騒ぎになった。
だが、医師たちが出した見解は、これはアフリカの眠り病とは異なる病であるということだった。
本来ならハエを媒介として寄生虫により流行る眠り病だが、患者たちに虫刺されの痕跡が無く、寄生虫も発見されなかったことが医師たちの見解の決め手であった。
感染経路、治療法不明のその恐ろしい病は、東京都のみならず、鹿児島、大阪、宮城、北海道、千葉などの都市を中心にその猛威を奮い、現在では数万人が寝たきりとなっていた。
しかし不思議なことに、患者たちは眠るだけで症状が進行することはなかった。
もちろん代謝等はしているので点滴などは必要となるものの、それ以上の事態にはならず、発見が手遅れな程に遅れてしまったために栄養失調で死んでしまったごく少数の例を除き、未だに病状の進行による死者数が0という謎の病気だった。
21 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:00:57.18 ID:iCe2g1Pi0
「一時期はバイオテロだの何だの言われて騒がれていたそれだ」
「その眠り病がどうかしたんですか?」
「……それが、未確認生命体の仕業かも知れねぇんだ」
「なっ!?」
「確証はない、だが、この眠りは人為的なものである可能性が出てきた……その上、都内での未確認生命体のものと思われる事件だ……直感だが、また動き出したとしか思えねぇ」
「……人為的なものである可能性、とは?」
「これだ」

そう言って杉田が差し出して来たのは小さな手帳だった。
一条が手帳を開くと、その1ページ目には日付と場所が箇条書きにされていた。

「……これは?」
「とあるアイドル事務所がライブツアーっていうのをやってな、日本中の色んな場所を転々としながらライブをしたんだよ……んで、その場所がな」
「鹿児島……大阪……宮城……北海道……千葉……これって!」
「そう、東京都以外は眠り病が流行った場所と一致してるんだよ。
だが例外の東京都はその事務所がある場所だからな、一番の被害になるのも納得しちまえる。
それだけならまだなんとか偶然の一致で済ませられるんだが……次のページを見たら……な……」

一条が手帳のページを捲ると、次のページには一人の男の情報が纏められていた。
どうやら眠り病の患者らしい彼は、大阪公演のライブを見に行っていたらしい。
次のページには一人の女性の情報が載せられていた。
そして、その女性もやはりツアーライブのある一回を見に行っていたらしい。
その次のページにも、その次のページにも……

「もしや、眠り病患者全員が……」
「いや、例外もあった……だが、眠り病になっちまったヤツの中に不自然な程ライブを見に行ったヤツが多いことは確かだ」
22 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:01:43.06 ID:iCe2g1Pi0
アイドルが未確認生命体関連の事件に絡んでくるという状況で、一条の脳裏には一人の人物が浮かんだ。

「……伽部凜」
「……やっぱ、思い出しちまうよな」

伽部凜(とぎべ りん)、それは4年前にゲームを行った未確認生命体の、人間としての名前である。
彼女はアイドルとして活動をし、未確認生命体としての顔を隠して、偽物の笑顔を顔に張り付けていた。
そして、彼女のコンサートで3万超の人間を一度に皆殺しにする瞬間を心待ちにしていたのだ。
伽部凜……Rin伽部……リントギベ、それは、グロンギの言葉でリント(人間)死ねという意味を持つ。
未遂に防がれ、表沙汰になっていない事件だが、一条の脳裏にはしっかりと伽部凜の偽物の笑顔が張り付いていた。

「……そこのプロダクションでもうすぐまたライブをするらしい。
しかも、今回は少し事情が違う」
「何かあったんですか?」
「そのプロダクションの掲示板に書き込みがあった。
今回のライブで裁きを下すだの何だのといったよくある頭のおかしいファンの書き込みらしいが、未確認生命体の話が出てくりゃ話が変わる」
「その時に事を起こす気なんでしょうね……」
「未確認の件を知ってか知らずか、書き込みを心配して事務所から警察に依頼も来た。
お前と実加には明日その事務所に行ってもらう」
「わかりました……それで、その事務所とは?」
「……一時期、『眠り姫』とかいう歌を歌ってるせいで765プロの如月千早が疑われたが、どうやら違ったようでな……CG(シンデレラガールズ)プロダクションだ」
「シンデレラ……ガールズ」

おとぎ話の主人公をなぞらえたその名が、一条には何故か、不吉なものに感じられた。
23 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:09:04.63 ID:iCe2g1Pi0
第二章「少女」
24 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:10:02.32 ID:iCe2g1Pi0
都内某所にひっそりと佇む、周囲のビル群から見れば小さな3階立てのビルの二階と三階がCGプロの事務所だった。
白い雲がいくつも浮かぶ青い空をバックにした事務所を見上げる一条の脳内を占めるのは、やはり4年前の伽部凜の事件だった。

ここにもいるのだろうか?
人間の仕草を真似、正体を隠し、人間の中に紛れ込む未確認生命体が。
……偽物の笑顔を張り付けて人間を騙し、心の中でほくそ笑む未確認生命体が。

思案し、一条は軽く首を振る。
一条がアイドルに対して良い印象を持っていないのは事実ではあったが、だからといって今回は伽部凜の時のようにこの人物が未確認生命体であるという推察は一切無いのだ。
そんな状況で真実を見極める目を曇らせないために、一条は過去を振り切ろうと努力し、ビルの中へ実加を連れて入っていった。
一階奥の階段を上り、二階のCGとガムテープですりガラスに書かれているドアにノックを一つ。

「すいません、警察の者ですが、掲示板の脅迫の件で伺いました」
「はい、少々お待ちを」

事務所の扉を開き、一条らを迎え入れたのは肩までかかる長い茶髪を太い三つ編みで一つにまとめた、黄緑色のスーツに身を包んだ綺麗な女性だった。

「お待ちしておりました、事務員の千川です」
「警視庁の一条です」
「同じく、警視庁の夏目です」

千川と名乗り、頭を下げた女性に対して一条と実加は警察手帳を見せながら軽く礼をして答える。
25 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:10:54.09 ID:iCe2g1Pi0

「詳しくはプロデューサーさんが伺いますので、申し訳ありませんが、少々お待ちしていただけますか?」
「構いませんが、その方は、今どこに?」
「弊社のアイドルの仕事の付き添いに……」
「…………?あの、それはマネージャーの仕事では……?」
「人気が出てきたとはいえ、何分小さな事務所でしで、アイドル一人一人にマネージャーを雇う余裕が無いもので……私とプロデューサーさんがアイドルの送迎その他マネージャー業を兼任しながら何とか回している状況です……」
「そ、それは大変ですね……」

CGプロに出向くと決まってからの短い時間で、一条と実加はきちんと下調べをしていた。
事務所としての実績、社員、所属アイドル、そのアイドル個々の経歴、アイドルのファンクラブその他様々なことを調べ上げ、事務員の数が少ない事は疑問に思っており、詳しく聞こうとしていたとはいえ、二人で切り盛りしていたことは予想外であった。

「どうぞ、お掛け下さい。
お茶を用意してきます」
「お構い無く」

テーブルを挟んで対面した2つの2人がけソファに座るように促され、一条と実加は片方のソファに並んで座り、形式的に一条が給湯室に向かう千川に声をかける。
ほどなくしてお茶とお茶請けをお盆に乗せて戻ってきた千川に軽く礼を言うと熱い緑茶を一口啜る。
そうして一息ついてから一条は千川に向き直った。

「千川さん、プロデューサーさんが帰って来られるまで、少々お話を伺ってもよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「今回のような書き込みは前にも?」
「いえ、批判等はありましたが、危害を加える旨を全面に押し出しているものはありませんでした……」
「批判とは?」
「大したものではないですよ、ライブのここがダメだとか、このアイドルが気に入らないといったよくある類いのものです」
「そうですか……書き込みをされる原因に何か心当たりは?……ここ最近で何か変わったことがあった、とか」
「それが全く……」
「そうですか……」

それとなく異変がないか聞いてみたが、少なくとも千川さんは何も知らないようだと一条は判断した。

「え、え〜っと……あ!ウチのアイドルのライブ映像でも見ますか?」

簡単な質問も終わり、訪れた沈黙に耐えかねたように千川が提案してきた。
26 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:15:23.42 ID:iCe2g1Pi0
娯楽文化に疎い一条にとってそれは別世界の映像だった。
ステージで歌い、舞い踊るアイドルたちはもちろん、観客の異様なまでの一体感に、一条は完全に圧倒されていた。
驚きや好奇心等が混ざった複雑な表情でライブ映像を流すTV画面を見つめていた一条の耳に事務所の扉が開く音が聞こえて来た。

「ただいま戻りました〜」

入り口を見ると、シワ一つないスーツとは裏腹に、どことなくくたびれた印象を受ける、黒縁眼鏡をつけた短髪の男性がいた。
おそらく彼がプロデューサーなのだろうと一条は推測した。

「遅いですよ!警察の方がもういらっしゃってます!」
「本当ですか!?あ、すいませんお待たせして」
「いえ、お気になさらず」
「待ち時間でライブの映像も見れたので、結果オーライです!」

果たしてそれでいいのだろうかと一条は実加の返答に疑問を抱くと共に、プロデューサーの後ろが騒がしいことに気がついた。

「けーさつ!?けーさつの人が来てるの!?」
「ふわぁ……ぷろでゅーさー、逮捕されるのぉ……?」
「大丈夫よ、そんな案件があったら私がもう逮捕してるわ」

見れば小学生ほどの背丈の子供が二人に小柄な女性が一人、事前に調査していた情報からして、子供の活発そうな方が9歳の小学生アイドル、龍崎薫で、もう片方の眠そうな方が11歳の同じく小学生アイドル遊佐こずえ、そして小柄な女性は元同僚……ではあるものの課の違いから面識は無い元警察官アイドル片桐早苗であることを一条は確認した。

「あっ!早苗さん」
「えっ!実加ちゃん!?」

だが、意外にも実加と早苗には面識があったようだ。
27 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:18:35.55 ID:iCe2g1Pi0
「知り合いだったのか」
「はい!……その、一度合った時に、童顔繋がりで話が合いまして、それから個人的に付き合いを」
「そうそう、懐かしいわねぇ」
「お話聞きたい聞きた〜い!」
「こずえも〜……お話〜」
「いいわよ〜……あれはねぇ……」

女が三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、あっという間に事務所は賑やかになった。
警察という職に興味津々な年端もいかぬ子供に詰め寄られ、それをあやしつつ、元同僚の友人と談笑を始めた実加に取り残され、一条は少し放心した。

「ハスハス〜……ん〜、困惑の匂いがするよ〜?」
「っ!」

その隙に、一人の少女がいつの間にか一条の懐に潜り込んでいた。
すぐさま一条は後退りをして距離を取りつつ、調べた情報を手繰り寄せる。
そんな一条に対して少女は猫のような笑顔を向けた。

「にゃはは〜、ビックリしちゃった?」

白衣を着て自由に振る舞う彼女の姿は、一条の良き協力者である科学警察研究所、科警研のとある人物を彷彿とさせた。

「君は……確か、一ノ瀬志希くんだったか」

彼女の名前は一ノ瀬志希、ギフテッドと呼称される、いわゆる天才的な頭脳を持つアイドルである。

「そうだよ〜?気軽に志希にゃんって呼んで?」
「…………にゃん?」

困惑に満ち、首を傾けつつ、表情はどこまでも真面目な一条薫(41)の『にゃん』が事務所に響いた。
薫とこずえの純粋な子供を除いた5人分の小さな笑い声が、一条の耳に届いたのは当然の帰結であろう。
28 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:19:37.52 ID:iCe2g1Pi0
自分の行動に気づき、多少気恥ずかしくなった一条だが、咳払いを一つするとすぐに気持ちを切り替えた。

「すまないが、今はプロデューサーと話がしたいんだ、話がしたければその後で聞くから今は我慢してくれないか?」
「は〜い!」
「は〜い……」
「にゃ〜ん!」
「では、こちらに会議室がありますので……ちひろさんは薫たちのことを見ててください」
「わかりました」
「……ねぇ、Pくん、その話し合い、私も参加してもいいかしら?」
「早苗さんも?」
「気になることがあってね、良い?」
「私は構いませんけど……」
「なら決まり!」
29 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:21:00.63 ID:iCe2g1Pi0
CGプロの事務所、その応接室の隣に会議室はあった。
建物自体が大きくないためにテーブルが一つに椅子が五つ、ホワイトボード一つというこじんまりとした部屋に、テーブルを囲み一条と実加に向き合うようにプロデューサーと早苗が座っていた。

「で、単刀直入に聞くわね」

最初に口を開いたのは早苗だった。

「これ、ただの変質者の書き込みがどうこうって事件じゃないわよね、どういうこと?」
「えっ!?早苗さん、それってどういう事ですか?」
「私みたいな交通課の警官と違ってこの二人はバリバリの刑事よ。
しかも、そっちのコートのハンサムさんは一条薫っていう、17年前の未確認生命体の事件で八面六臂の大活躍を魅せたっていう警察内部の有名人なの、そんな二人がただの警備依頼の用件で来るはずがないわ」

早苗の推理を聞いたプロデューサーは早苗の話の真偽の確認するように、心配そうな表情で一条たちに向き直る。

「騙すような真似をしてすいません。
しかし、余計な混乱を避けるための行動なのです」
「……それじゃ、聞かせてくれる?」
「……はい」

まだ仮説段階だと念を押し、東京で三度未確認生命体が目撃されたこと、眠り病の発生した場所とCGプロのライブツアーの関係、その上で今回の掲示板への書き込みから……

「それじゃあ貴方たちはウチのアイドルを疑っているってことですか!?」

プロデューサーの怒号が飛んだ。
30 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:23:13.23 ID:iCe2g1Pi0
「あの娘たちは未確認生命体なんかじゃありません!」
「落ち着いてください。
彼女たちを疑ってはいません」
「え?」
「未確認生命体と入れ代わったのであれば、その痕跡が残る筈です。
こちらで調査しましたが、記憶障害や性格の急変した時期、空白の時期のあるアイドルはおりませんでした」
「そ、そうですか……」

テーブルに身を乗り出していたプロデューサーがフッと息を吐きながら脱力して椅子に座り直す。

「一応、念のために事務所に保存してある彼女らのデータを後でお借りしたいのですが」
「はい、大丈夫です。
しかし、それならば眠り病の犯人と掲示板の書き込みは……」
「おそらく、犯人はライブツアーの最初から最後まで参加した人物だと推察されます」
「もうすでに候補は何人かに絞ってあります。
ずっとライブを見に行くだけあって、全員が筋金入りのファンなので、おそらく見覚えのある人物も何人かいると思います。
なので、プロデューサーさんには候補をお見せするので、その中で怪しい人物がいたら教えていただきたいんです」
「……わかりました」
「……それで、肝心の当日の警備はどうなるのかしら?
Pくんは警察とは書き込みの件の話だけで、警備は警備会社に依頼しようとしていたみたいだけど?」
「警備会社を装う形で入り口や会場内部をぐるりと囲うように警官を数名。
私服警官を十数人、観客に見せかける形で配備させていただきたい」
「……中止にはしないのね」
「情報がかなり不足している上に、推測が大半ですから、警察という組織としてはこれ以上の要求は出来ません……二十名近くの警官の協力を得られただけでも奇跡に近いのです。
……ですが、私個人としては……中止を検討していただきたいと思っております」
「……だってさ、Pくん」
「………………」

プロデューサーはうつむき、ブツブツと小声で何かを呟きながら、頭を押さえて考え込んでいるようだった。
リスクと情報の信憑性、それをライブでの利益と天秤にかけているのだ、悩むのも無理はない。
そのまま顔を上げずに、プロデューサーは弱々しく口を開いた。

「……すいません、少し席を外してください、社長にもこの事を連絡して話し合ってみます」
「……焦らなくても結構ですよ、ですが、ライブまでには結論を出してください」
「大丈夫です……すぐに決められると思います。
一、二時間ほど一人にしてください……早苗さんもすいませんが……」
「はいはい、実加ちゃんと恋バナでもしてるわ」
「恋バナ!?さ、早苗さん!」

……たしか、夏目くんのほうが年上だったはずだが、完全に負けているな。
31 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:29:28.81 ID:iCe2g1Pi0
会議室から出てきた一条らは、薫とこずえ、そして、話し合い途中で事務所に来たのであろう二人の高校生くらいの女性に取り囲まれた。

「未央お姉ちゃん!この人たちがけーさつの人だよ!」
「ほうほう、お疲れ様であります!」
「おつかれさまでありまー!」
「……ありがとう」

未央と呼ばれた高校生くらいの、外に軽くハネた髪の毛が特徴的な女性と薫の労いの敬礼に対して感謝の言葉を一言。
その感謝が嬉しかったのか敬礼をしていた二人は顔を綻ばせた。
事前に手に入れた情報によれば、この少女の名前は本田未央、ニュージェネレーションズというこの事務所の看板ユニットのメンバーで、明るさがウリのアイドルである。

「確か、掲示板の書き込みの件……でしたよね?」
「ええ、その件で色々と説明して、どうすればいいのかを何通りか説明したので、プロデューサーさんに選んでもらうんです。
今はプロデューサーさんがその選択を考えているので、邪魔をしないように出てきたんです」
「へぇ、そうなんですか」

高校生くらいの女性の髪の長い方、事前情報によればおそらく未央と同じニュージェネレーションズのメンバーであり、クールな雰囲気が魅力のアイドル、渋谷凛、に話しかけられ、実加は丁寧に、嘘はつかず、しかし真実をぼかして答えた。

「あ、そうだ薫ちゃん!」
「なぁに?早苗お姉ちゃん」
「こっちの刑事さん、薫ちゃんとおんなじ名前なのよ?」
「ホント!?」

龍崎薫は一条薫のことをキラキラとした瞳で見つめた。
32 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:30:53.75 ID:iCe2g1Pi0
どうやらこの少女は警察というものに憧れがあるようだ。
もう少し有名になったら一日署長の仕事を出来るように上に伝えてみるのも良いかもしれない。

「……私は、警視庁の一条薫です」
「CGプロのアイドル!龍崎薫でー!」
「おなじく!本田未央です!」
「ふわぁ……こずえはこずえだよー」
「……なんで未央たちまで自己紹介?
まあいいか、渋谷凛だよ」
「先を越されましたけど、警視庁の夏目実加です」
「元警官、現アイドルの片桐早苗よ!……まあ知ってるでしょうけど」
「お?何々集まって、ギフテッドの一ノ瀬志希ちゃんで〜す!」
「あ、それで、あそこで事務処理してるのが千川ちひろさん!」

遅めの自己紹介と本田未央による補足紹介が入った後、一条は薫とこずえ、更に未央と志希、暴走しないように見張る凛の五人に取り囲まれ、彼女らに仕事で経験したこと等を話すことになった。
実加は久しぶりに早苗と二人で世間話をしている。
刑事という立場でありながら、矢継ぎ早に質問される一条の気分はさながら尋問を受ける容疑者のようだった。
33 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:33:58.91 ID:iCe2g1Pi0
「……そういえば、このプロダクションにはもう一人アイドルが所属しているそうだが、その娘は今何処に?」
「しまむーなら、電車が少し遅れちゃったみたいでね、もうそろそろ来るんじゃないかなぁ?」
「しまむー……?」
「あ、すいません、未央が呼んでいるアダ名です」
「そういうことか、情報によれば、確か名前は……」

一条の言葉を遮るように、ドアの開く音がした。

「みなさん、こんにちは!」

音と声に促されるようにして、部屋にいた全員が入り口を見る。
そう、彼女の名前はーー

「島村卯月、今日もお仕事がんばります!」

島村卯月。
未央、凛と同じくニュージェネレーションズの一員であり、笑顔が得意なアイドルである。
彼女は明るくトレードマークの笑顔を振り撒く。
その瞬間、一条は時間が止まった……いや、時間が戻ったような錯覚に陥った。
34 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:34:47.35 ID:iCe2g1Pi0

彼女の笑顔は、私見だが他のアイドルと比べても特に勝っているということはない。
ルックスも他のアイドルよりも優れているということはない。
何も変わった点はない……筈なのに……何故、何故だ。
何故アイツの……五代の顔が被る。
性別も違う、笑い方も少し違う、なのに何故……俺は彼女の何処にアイツの面影を感じている?

「あれ?お客さんですか?」

その言葉で一条は我に返った。
今、こちらを見つめている少女は五代雄介ではない、アイドルの島村卯月、それだけだった。
35 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:35:40.98 ID:iCe2g1Pi0
「……警視庁の一条です、今回は掲示板の書き込みの件でこちらに参りました」
「そうなんですか!ありがとうございます」

笑顔、そしてペコリと軽く一礼。
それだけのことなのに、何故か心が少し暖まる。
漠然と、本当に漠然と、彼女は良い娘なのだと、そう一条は感じた。

「今Pさんが考え込んでるとこだからさ、こっちの薫ちゃんに色んな話を聞かせてもらってたとこだよ、しまむーも聞こうよ」
「……その、『ちゃん』付けはやめてほしいのだが」
「こっちの薫ちゃん?」
「卯月お姉ちゃん!このおじさん、かおると同じ名前なんだよー!」
「へ〜!そうなんですか、それは嬉しい偶然ですね」
「だよね!」
「ハスハス〜、卯月ちゃん今日も良い匂いだね〜」
「香水とかはそんなに着けてないんですけど……?」
「香水とかの話じゃないでしょ……志希、そろそろ離れなよ」
「凛ちゃんも嗅ぐ?」
「………………嗅がないよ!」

……返答まで間があったことは掘り下げてはいけないのだろうか?

卯月が来て、彼女に積極的に話しかける未央たちや、ソファに座った卯月の膝に自然に膝枕をされに行ったこずえの行動から、卯月がどれほど仲間に愛されているのかが伝わって来た。
36 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:37:22.90 ID:iCe2g1Pi0
「あの、社長との話し合いが終わりました」

卯月が来てすぐに会議室からプロデューサーが顔を出した。
一条と実加、早苗はプロデューサーに呼ばれて再び会議室に移動した。

「……申し訳ありません。
やはり、情報の信憑性が低く、ライブをキャンセルしたときの損失と釣り合っていないと判断されました。
なので、警備だけをしてもらいます」
「わかりました。
ご検討、感謝致します」

ある程度予想していた展開なので一条が動揺することはなかった。
交渉が終了し、一条らはCGプロを後にした。

「薫ちゃん……あ!龍崎の方の薫ちゃん、一条さんに懐いてましたね」
「名前が同じということで興奮していたようだな。
夏目くんも片桐さんと随分盛り上がっていたな」
「久しぶりに会ったので話すことが多くて。
……何事も、無ければいいですね」
「……そうだな、彼女らの笑顔を、曇らせたくはない」
「……みんな、良い笑顔でしたもんね」
「………………あぁ……良い笑顔……だったな」

一条の頭に浮かんでいるのは、アイドルたち全員の笑顔……ではなく、たった一人、あの島村卯月の笑顔だけだった。
37 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:38:41.62 ID:iCe2g1Pi0
CGプロを訪れた翌日の良く晴れた日、都内某所の行きつけのカフェ、古くからの友人に眠り病の件で呼び出されて一条はそこにいた。

「原因がわかったというのは本当か、椿」

一条の向かいに座る男の名前は椿秀一、一条の同級生であり、関東医大病院に勤務する司法解剖専門医だ。
17年前の未確認生命体関連の事件では五代雄介、クウガのかかりつけ医として雄介の身体の変化を観察し、サポートしていた。
椿は眠り病の原因を司法解剖により解明した、と言って一条を呼び出した。

「原因というよりは眠るメカニズムだがな」
「どう違うんだ?」
「感染経路が依然不明なんだよ、俺が突き止めたのはその後のことだけ」
「感染した『何か』がどうやって人間を眠らせるのかという部分か」
「そういうことだ」
「しかし、よく突き止めたな。
死者が出ないから司法解剖は行えない筈だが……」
「……昨日、都内で十人目の餓死者が出た」
「…………そうか」
「だが今までと比べて発見が早くてな、ほとんど腐敗していない状態だったために詳しい調査が行えた」
「………………」
「しんみりすんのは後だな。
解剖した結果、その遺体は脳漿に異常が発見された」
「異常?」
「謎の化合物が脳漿全体に含まれていた。
その化合物が脳の活動を抑制し、被害者を寝たきりにさせているらしい」
「その化合物は」
「もうサンプルは科警研に送ったよ。
後は榎田さん次第だな」
「そうか」
「……だが、やっぱりこの件は未確認臭いぞ」
「……やはりか」
「……アイツは、今何してんだ?」
「アイツは……五代は未だに冒険中だ」
「……今度こそ、アイツに拳を握らせんじゃねぇぞ」
「わかっている、拳を握るのは警察だけで十分だ」
「……ま、暗い話はここまでにして。
お前、彼女とはどうなんだ?」
「ごふっ!?」

180度話が変わってしまったことと話題の衝撃で、一条は飲んでいたコーヒーが食道ではなく気道へ入ってしまった。
38 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:40:23.70 ID:iCe2g1Pi0
「げほっ!げほっ!」
「おいおい、大丈夫か?」
「お前が妙なことを言うからだろ……」
「まさか、上手くいってないのか?」
「……はぁ……何度も言うが、彼女はいない」
「マジか……寂しい奴だなぁ」
「お前こそ、桜子さんには相手にされてるのか?」
「………………」
「……もう17年だぞ」
「うるさい」

城南大学助教授、沢渡桜子。
彼女に惹かれた椿は、17年前からずっと然り気無いアピールを繰り返し、そのことごとくが空回りし、相手に気づかれていなかった。
久しぶりに会った一条だが、未だにその関係が変わってないことを悟り、若干椿を見る眼差しが優しくなっていた。

「俺よりもお前だ、相手もいないってのはヤバいだろ」
「お前も似たようなものだろ……相手にされてないんだから」
「………………この話はやめるか」
「そうしてくれ」

会話の流れが一瞬止まり、二人とも無言でコーヒーを口に運ぶ。
悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、恋のように甘い……と称されるにはまだ足りない、話していた時間で多少ぬるくなったコーヒーを楽しむ短い静寂の時間が訪れる。
その静寂を破ったのは案の定椿だった。

「……実加ちゃんとは、そういう関係じゃないのか?」
「ごふっ!?」

話を止めるんじゃなかったのか?
そんな台詞を吐く代わりに一条の口からは苦しそうな咳が漏れた。
39 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:41:24.38 ID:iCe2g1Pi0
椿と別れた一条は、17年前から変わらない佇まいの喫茶店ポレポレの前にいた。
雄介と連絡がつかなくなり17年、この店には何かしらの用事がある時しか訪れず、一条は17年の間に片手で数えられるくらいにしかこの店には訪れていなかった。
しかし、今日はここを訪れなければいけない理由はなかった。
だが、昨日CGプロを訪れ、島村卯月の笑顔に雄介の笑顔を重ね、感傷的な気分になった一条はなんとなくここを訪れたくなったのだ。
扉を開けると、いつもと変わらないカウベルの音が鳴り響き、オリエンタルなカレーの香りが一条の鼻腔を刺激した。
店の中は17年前と変わらない光景が……

「もう挫け〜ない〜♪」
「わぁ〜!」
「い〜よ〜!い〜よ〜!松本伊〜代〜!」

……広がっていなかった。
40 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:42:19.25 ID:iCe2g1Pi0
手狭な店内、カウンターと壁の間のスペースで一人の女性が歌って踊り、カウンターには小さな子供が一人座って女性に幼い声援を送り、カウンターの向こうでは初老の男性が古めかしい声援を送っていた。
その男性の隣では笑顔の女性が歌っている女性に合わせて手拍子を打っていた。
初老の男性の名前は飾玉三郎、周囲から『おやっさん』という愛称で親しまれている五代雄介とその妹、みのりの親代わりである。
おやっさんの隣の女性は旧姓五代みのり、現四方みのり、五代雄介の妹である。
そして、幼い子供の名前は四方雄之介、今年で4歳になるみのりの息子であり、雄介の名前を貰った雄介の甥である。
更に、最後の歌っている女性のことも、一条は知っていた……というよりも、彼女に出会ったからこそ、一条はここを訪れたのだ。

「……島村卯月」
「えっ!?刑事さん!?」

小さなライブに乱入してきた客に視線が集中し、主演である卯月がすっとんきょうな声を上げた。
41 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:43:04.71 ID:iCe2g1Pi0
「……それじゃあ、刑事さんは五代さんって方の知り合いなんですね」
「そうそう、クウガ〜!美子〜!だの、恋のクウガ〜!とか言ってたウチの今どこ行ってるのかわからない従業員」
「私のお兄ちゃんです」
「へぇ〜!」

乱入者によりライブはお開きとなり、事情のわからない卯月にみのりとおやっさんは一条とポレポレの関係を話して説明していた。
ちなみにその間……

「高〜い!」
「……ふっ」

……一条は雄之介を肩車や高い高い等をして喜ばせていた。
幼い子供にとって、親の知り合い・警察・イケメンというコンボは羨望や興味の対象であったようで、産まれたばかりの赤ん坊の頃に一度会っただけで、会った記憶の無いであろう一条に対して雄之介は臆することなく甘えに行った。
42 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:44:26.00 ID:iCe2g1Pi0

「いや〜、しかし、卯月ちゃんとコートのハンサムさんが知り合いだったなんてねぇ〜」
「私も驚きましたよ、まさかこんなところでまた会うなんて思いませんでした!」
「……君は、ここには良く来るのかい?」
「はい!候補生時代からお世話になっていて……その頃から私のことを応援していただいて、本当に感謝しています!」
「がんばれ〜!うづき〜!」
「はい!島村卯月、がんばります!」

一条の肩の上の雄之介からの声援に卯月は笑顔で答えた。

「雄之介の面倒も時々見てもらってるんです。
本当に良い人ですよ、卯月ちゃん」
「そりゃあ良い娘だよ〜、なんてったってアイドル!だからねぇ」
「あはは、ちょっと照れますね」
「今度のライブ、頑張ってね……でもゴメンね、やっぱりチケット取れなかったよ」
「しょうがないですよ、競争率も高くなってきてますし……その代わり!ここで何回でもミニライブしちゃいますよ!」
「いぇ〜い!」
「雄之介くんハイタ〜ッチ!」

卯月の発言に上機嫌になった雄之介に手を伸ばして手を合わせる。
その笑顔が、仕草が、やはり一条には懐かしく感じられた。
43 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:45:44.82 ID:iCe2g1Pi0
「卯月くん、君の周りは、笑顔で溢れているな」
「えっ?」

しみじみと、一条は言葉を紡いだ。

「昨日の事務所でも、君が来た瞬間、君の周りに人が……笑顔が集まった。
君は、多くの人に好かれているな」
「そりゃあ卯月ちゃんは良い娘だからねぇ」
「好かれるに決まってますよ」
「えへへ……なんだか照れますね。
でも、笑顔で溢れてるのは、たぶん私が良い娘だから……だけじゃないですよ!周りのみなさんが良い人だからです!」

自信満々に、今日何度目になるのかわからない笑顔を卯月は一条に向けた。

「いつ来ても、おやっさんやみのりさんや雄之介くんは暖かく私を迎えてくれますし、事務所のみんなも優しいんです……あ!例えば、このブローチは志希ちゃんがプレゼントしてくれたんですよ!」

その言葉と共に、卯月は胸元に下げた、透明感のある赤い大きな宝石のような装飾のついたブローチを右手で掴んで一条に見せた。
本物の宝石ではない、硝子細工か何かのブローチだが、その綺麗な赤は、卯月にとても良く似合っていた。
自分を卑下せず、他者を見下さず、他者との繋がりを大切にする。
それがやはり、一条には眩しかった。
44 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:46:28.72 ID:iCe2g1Pi0
「……やっぱり似てるな、五代に」
「はい?」
「あ!一条さんもやっぱりそう思います?」

一条の発言にみのりが同意するように答えた。

「五代って……刑事さんのお友達の、みのりさんのお兄さんですよね?」
「あぁ……何処が、とは明確には言えないが、なんとなく似ている……ように感じる」
「そうなんですか?
……何だか嬉しいですね」
「……アイツ、今何処で何してんのかね〜?」
「早く甥っ子に会って欲しいのに……お兄ちゃん連絡の一つもくれないんですから」
「おじさん〜?」
「そ、雄之介の叔父さんだよ〜」

また雄介との記憶が浮上して来て、一条は目を瞑った。
45 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:47:48.36 ID:iCe2g1Pi0
第零号との戦いの前、五代は言った。

「何の根拠もないですけど、フッと浮かんだんです。
俺の心が聖なる泉で完全に満たされたら、アマダム消えちゃうんじゃないかなって」

戦うために磨り減らした心が元に戻れば、アイツは戦う力を持たない只の冒険野郎に戻れると信じていた。
だからこそ、只の冒険野郎として帰ってくるために、また俺たちに戦う姿を見せないように、アイツは俺たちの前から姿を消した。
……だが、4年前にまたアイツは俺たちを助けるために拳を握った。
聖なる泉で満たされかけた心をまた磨り減らして……
それから4年……もうそろそろ、お前の腹の石ころは無くなったんじゃないのか……五代。
早く帰って来い……五代。
46 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:48:53.77 ID:iCe2g1Pi0
今この場にいない人物に思いを馳せる三名を見て、疎外感を感じた様子もなく、卯月は優しく微笑んでいた。
そして、場を和ませようと言葉を探し、思いついたのか顔を明るくした。

「五代さん、もしかして今、おやっさんみたいにチョモラマンに挑戦してたりして!」

明るい笑顔で卯月の口から放たれた言葉により、その昔エベレスト、通称チョモラ『ンマ』に挑戦したというおやっさんの逸話を知っているみのりとおやっさん本人も笑顔になって卯月の話に乗っかった。
だが、肝心の一条は鳩が豆鉄砲をくらったかのような呆け顔だった。
「伝染ってしまった……」と一条は内心途方に暮れていた。
おやっさんは、チョモラ『ンマ』、エベレストのことをチョモラ『マン』と間違って覚えていた。
正しくはチョモラ『マン』ではなくチョモラ『ンマ』であると人伝に訂正したのが17年前、チョモラ『ンマ』からチョモラ『マン』へまた間違った方に戻っているのを確認したのが4年前、そして……おやっさんの間違いが他人に、卯月に伝染してしまったことを確認したのが今日この時である。
4年前に戻っていることに気がついておきながら訂正するチャンスが無く、そのままにしていた自分を後悔する一条であった。
47 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:49:30.01 ID:iCe2g1Pi0
「刑事さんは、この後はどうされるんですか?」
「私は、この後はジムに行こうかと……この歳になると、体力の維持が大変で」

一通りの話が終わり、会計を済ませる段階になって、卯月は一条に話しかけた。

「意外だなぁ、一条さんはそんなことしなくてもこの状態かと思ってました」

みのりが驚いたように声をかけた。

「いえ、やはり衰えは感じますよ。
だからこそ、毎日のトレーニングは欠かせません」
「いや〜、偉いなぁ……やっぱり目指すは『生涯現役』by舟木一夫ですか?」
「……まあ、そう在れたらとは思っています」
「……つまり、体力が落ちないように運動すればいいんですよね!」

卯月が笑顔で一条に確認を求めてくる。
卯月の意図を掴みきれずに困惑顔になりながらも一条は「その通りだ」と正直に答えた。

「私、これからレッスンなんです!刑事さんも参加してみませんか?」
「…………え?」

一瞬、脳が情報を処理することを放棄した。
48 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:50:33.97 ID:iCe2g1Pi0
「あっ!それ名案ですね」
「レッスン風景撮って送ってオクレ兄さん」
「いちじょー!がんばれー!」

その一瞬の内に高速で外堀が埋められてしまった。
子供の純粋な瞳、そして証拠写真を送るという約束をされてしまえば、なるべく期待には応えたいという人として備わっている感情が顔を出す。

「一緒にがんばりましょう!……ね?」

一条は卯月と雄介の似ている点を発見した。
変に強情な部分はよく似ていた。
49 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:51:32.75 ID:iCe2g1Pi0
歳による体力の衰えは感じてはいたが、若さに満ち溢れた娘たちと比べてこれほどまで動けないものなのか、と一条は壁を背もたれにして座り込み、項垂れ、荒くなった息を整えながら落ち込んだ。

「刑事さん、つかれちゃったの?……はい!お水あげる!」
「はぁ……あぁ龍崎くん、ありがとう。
俺も年をとったのか、体力が無くなってきているようだ……その点、龍崎くんは凄いなぁ」
「えへへ〜♪かおるはいつも元気だよ!」
「いえ、一条さんも良いセン行ってますよ?」

龍崎薫から貰った水筒の水を少し喉に流し込んだ一条に一人の女性が話しかけた。
今回の龍崎薫、遊佐こずえ、片桐早苗、島村卯月……そして一条の五人のレッスンを担当するトレーナーであった。

「トレーナーさん、お世辞はいいですよ」
「いえいえ、お世辞じゃないですよ!……確かに、若い子に比べてしまうと少し劣りますが、そのお歳で、初めてのレッスンでここまで動けるなんて凄いですよ」
「そうですよ!私なんて、初めてのレッスンではこの段階でもう床にへばりついちゃいましたよ。
どうです?アイドルやってみませんか?刑事さんならルックスもばっちりですし、人気出ますよ!」

疲れていても尚輝くような笑顔で卯月が一条を励ました。
50 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:52:13.28 ID:iCe2g1Pi0
アイドルを推す発言に、一条は高校時代、同級生の女子が勝手に美少年コンテストに応募してしまったという秘めていた過去を思い出した。

「いや、私にはアイドルよりも警察の方が性に合っているのでね、遠慮する」
「そうよね〜、私が警察だったころも、一条さんは刑事の中の刑事って感じだったしねぇ」
「……片桐さん、その携帯を何故私に向けているのですか?」
「それはもちろん、こんなレアな姿、撮影して警察時代の同僚に拡散しまくるに決まってるでしょ!」

……明日、予想される同僚からの言葉に対する返答を用意しておかなければな。

「さっ、休憩時間は終わりです!」
「遊佐くん、休憩時間は終わりだ、寄りかかるのをやめてくれないか?……遊佐くん?」
「……すぴー…………」

休憩時間に入ってからずっと一条の身体に寄りかかっていたこずえは、いつの間にか小さな寝息をたてていた。
一条は一瞬、眠り病かと心配したが、少し揺すると目を擦りながら起きたので安心した。
51 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:52:55.06 ID:iCe2g1Pi0
その後も厳しいレッスンは続き、一条は充実した疲れを引き連れて解散の時間になった。

「今日は私の言い出したことに付き合ってくださり、ありがとうございました!」

ぺこり、と礼儀正しく卯月が頭を下げた。

「かおるも刑事さんとレッスンできて楽しかったよ!またしよ〜ね!」
「ふわぁ……いちじょー……またね〜」
「警視庁全体と言っていいほどに拡散されちゃったみたいだから、明日弄られるわよ〜!」
「体力低下防止用のレッスンも考えておきますから、機会がありましたらまた来てください」

卯月に続いて、薫、こずえ、早苗、トレーナーも一条に声をかける。
その声に応えるように微笑み、一条も礼を返した。

「みなさん、今日はありがとうございました。
卯月くん、良い経験になった、提案してくれてありがとう。
龍崎くん、私も楽しかったよ、機会があれば、またレッスンしよう。
遊佐くん、また会うのはいいが、私を枕にするのは程々にしてほしい。
片桐さん、その……覚悟しておきます。
トレーナーさん、レッスンメニュー、後で聞きに伺います」

一条は一人一人律儀に一条へ送られた言葉への返答をした。
52 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:53:54.97 ID:iCe2g1Pi0
そして……

「最後に……卯月くん」
「は、はい!」
「…………正しくは、チョモランマだ」
「……はい?」

呆気にとられる卯月と、何のことかわからずに卯月と一条を交互に見つめるアイドルたちとトレーナーを残し、何かをやり遂げたように清々しい顔で一条は去った。
53 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 14:57:19.54 ID:iCe2g1Pi0
これで二章までが終了になります。
三章から後は夜にまた投稿していきます。
具体的には7時ころでしょうか。
54 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 19:00:41.10 ID:iCe2g1Pi0
再開します
55 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:01:28.45 ID:iCe2g1Pi0
第三章「開幕」
56 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:02:16.20 ID:iCe2g1Pi0
卯月とのレッスンから数日、同僚たちに弄られに弄られ続けた一条は、卯月たち、CGプロのライブ当日を迎えていた。
灰色の空の下、小さなドーム状の会場の中に、CGプロのアイドルたちがいる。
大勢の人に溢れ、賑やかな会場前を一条と実加は遠巻きに眺めていた。

「わぁ〜、大人気ですね、早苗さんたち!」
「……17年前の夏目くんのフルートの演奏会を思い出すな」
「…………ありましたね、そんなことも」

17年前、未確認生命体への対策に追われていた一条と雄介は息抜きの意味も込めて、当時実加が習っていたフルートの演奏会へ赴いた。
だが、楽しい物となる筈のその思い出は、一条、雄介、実加の三人にとって苦い思い出となってしまった。
雄介は会場へ来る途中で第零号の強烈な思念に感応してしまい、ダメージを受けていた。
一方、一条もまた、演奏会の主催者である会社社長に解雇された青年が復讐心から社長を拉致するという事件が起こり、その場にいた一条は事件の解決のために駆り出された。
そのため結局、一条と雄介は実加の演奏を聞くことが出来なかった。
そして、演奏会は終わり、実加が会場から出てきたまさにその瞬間、彼女の眼前で一条は犯人確保の荒々しい一部始終を見せつけることとなった。
追い詰められ、昂ぶり、危険極まりない犯人を相手にするならば、徹底して臨まねば反撃をくらう。
だから一条は冷徹に銃を撃ち、無言で犯人を押さえつけ、力でねじ伏せた。
だがそれを見た実加は戦慄し立ち尽くしてしまった。
容赦なく力を振るった一条が恐ろしく感じてしまい、一条が笑顔で差し伸べてくれた手を拒絶し、そのまま言葉を交わすこともなく、実加と一条は長らく会うことは無かった。
57 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:03:35.09 ID:iCe2g1Pi0
だが、その一件が切欠で実加が警官への道を志すこととなったのなら、その苦い経験も悪い物では無かったのだろう。

「……演奏会、かぁ……このライブをあの時と同じ悲劇には……させたくないですね」

実加は身体の前で拳を握りしめた。
その姿を横目に見た一条は、力を振るった先に見た実加の表情を思い出した。
だからといって、一条には力を振るうなとは言えず、一条に出来ることは、これからこの会場で歌う卯月らアイドルたちが、力を振るう者の姿を見ないように祈るだけだった。

「……そろそろ中に入ろうか、ライブが始まる前に一度片桐さんたちに挨拶をしておこう」
「そうですね!一条さんも出演することですし、共演者への挨拶は大事ですよね!」
「もうその件で弄るのはやめてくれないか……」

一条は実加の言葉を聞いて困惑した表情を実加に向けるも、実加はただ悪戯っ子のような笑みを返すだけだった。
一条をレッスン写真のネタで弄った人物断トツの一位はやはりというか、相棒の実加だった。
58 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:05:03.47 ID:iCe2g1Pi0
会場に関係者入り口から入ると、CGプロのアイドルたちが控えている控え室の扉を軽くノックし、「はいは〜い」という軽い返事が返ってくると、一条がドアノブに手をかける前に内側から扉が元気よく開かれた。
扉の向こうから小さな身体が覗く。
顔を出したのは華やかな衣装に身を包んだ龍崎薫だった。

「あー!刑事さんだー!入って入って!」

パーっと表情を明るくした薫は、一条の右手を掴むと、グイグイと引っ張って一条と実加を控え室の中に招き入れた。
控え室の中には、CGプロに所属しているアイドルが全員揃っていた。

「みんなー!刑事さんが来たよー!」
「おっ!遅いよ〜!もう皆着替えたんだから、刑事さんも着替えて着替えて!ほら!荷物も置いて!」
「……君もか、本田くん」

あの日、レッスンには参加していなかったものの、話を聞いていたらしい未央に詰め寄られて、コートと一条が左手に持っているアタッシュケースに手をかけられ、その手を振り払いながら疲れた声が一条から発せられる。
59 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:06:16.08 ID:iCe2g1Pi0
「脱げー!」
「脱げ〜……」
「……困ったな」

しかも未央の声に反応し、薫とこずえの二人もコートを後ろに引っ張り脱がそうとしてきた。

「ふふっ、それくらいにしてあげましょう?
刑事さん、困ってますよ?」
「は〜い!」
「は〜い……」

それを卯月が優しく制し、二人に引っ張られてついたコートのシワを手で気持ち程度に伸ばした。

「すいません刑事さん」
「いえ、謝るようなことじゃありませんよ。
それで、プロデューサーさんはどちらに?」
「Pなら、スタッフさんと細かい打ち合わせしてるよ。
もうすぐここに戻って来るはずだよ」
「渋谷くん……そうですか、では少しここで待たせてもらいます」
「……それなら聞きたいんだけど、実際どうだった?あの写真の反響」
「……四面楚歌でしたよ、片桐さん」

若干恨みのこもった眼で一条は早苗を見た。
60 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:08:01.57 ID:iCe2g1Pi0
その反応を見た早苗は愉快そうに笑う。

「そりゃ良かった」
「写真ありがとうございました!早苗さん、一条さんの慌てる姿が何回も見られました」
「それ私も見たかったわ〜、この数日だけ警察に復帰出来たら良いのにな〜」

……味方はいないのか。

そう思った一条の肩に不意に手が乗せられた。

「その時の困惑のスメル、志希ちゃんも嗅ぎたかったな〜」
「っ!?」

志希は死角に入り込むのが上手いのか、一条は再びその登場に驚いた。
だが、どうにか今回は冷静を装い、肩に置かれた手を払った。

「君のその人を驚かせる登場の仕方はやめて欲しいな」
「にゃはは〜、メンゴメンゴ」
「そうよ〜、一条さんとのスキンシップは最小限にしないと、実加ちゃんに怒られるわよ〜?」
「怒りません!」

実加の反応に場が和む。
決して小さくはない規模のステージだが、彼女らはそれほど緊張していないようで、ステージには関係のない一条ではあるが安堵する。
61 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:09:27.25 ID:iCe2g1Pi0
一条たちが控え室に入り少しして、扉が開く音がした。

「お〜い皆、そろそろ……あ、刑事さんたち」
「プロデューサーさん、こんにちは、今日はよろしくお願いします」
「いえ、それはこちらの台詞ですよ。
こちらこそ、今日はよろしくお願いします」

お互いに軽く頭を下げ一秒後、頭を上げ、目を合わせる。
プロデューサーのその目は、これからのステージへの不安の色が現れていた。

「……最善を尽くします」

そのプロデューサーの瞳を一条は真っ直ぐに見つめ返し、ちっぽけな、だがしかし一条にとって最大限の真実を伝える。
楽観的な視点でも悲観的な視点でもない、ただ事実、真実のみを見据え、伝える。
それが中途半端はしない男、一条薫の誠意だ。

「……よろしくお願いします」

本日二度目となる懇願、だが二度目の言葉は感情のこもっていない、形式的な台詞ではなく、プロデューサーの思いの丈の詰まった一言だった。
62 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:10:28.18 ID:iCe2g1Pi0
「さ、皆、そろそろ時間だから移動するよ」
「「「は〜い!」」」

プロデューサーは瞬時に気持ちを切り替えると、アイドルたちに声をかけ、CGプロの面々は控え室から退出し、一条たちもその後ろに続き、途中で彼女らと別れる。

「刑事さん!私たちのライブ、楽しんでくださいね!」

ステージへ向かう道と観客席へ向かう道で別れる直前、アイドルを代表するようにして卯月が一条の方へ向き直り、一条にまた目映い笑顔を見せた。

「楽しみにしている」

たった一言、簡潔に、微笑んで一条は卯月に返した。
その言葉を受け、アイドルたちは纏う空気を変化させ、強い意思のこもった瞳を一条たちに一瞬だけ向けると、身を翻し「いってきます」の声と共にステージへの道を歩んで行った。
63 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:11:45.22 ID:iCe2g1Pi0
ステージの近く、関係者用の観客席にて一条は完全に空気に飲まれていた。
所属するアイドルこそ少ないものの、その人気は業界では無視出来ないものとなっている。
そのため、小さな会場を埋め尽くすほどの人の波を見て、一条は困惑していた。

「……この量の人々が、彼女らを見る目的に集まったのか……信じられんな」
「4年前の伽部凜の時はもっと多かったんですよ」
「……本当に信じられん」

ちらほらと見えるサイリウムの光を眺めながら、一条は僅かに眉間に皺を寄せた。
64 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:12:46.44 ID:iCe2g1Pi0
そして、その時は訪れる。
元から多少暗い室内が更に暗くなる。
それとは逆に、ステージの上に目映い光が降り注いだ。
その演出だけで、会場から歓声が上がった。

「……始まるのか」
「はい」

明るいステージに、ドレスのような衣装に身を包んだアイドルたちが登場した。
65 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:13:14.83 ID:iCe2g1Pi0
SAY☆いっぱい輝く
輝く星になれ
運命のドア 開けよう
今 未来だけ見上げて
66 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:13:51.15 ID:iCe2g1Pi0
一曲目は『Star!!』
中央にいるのは島村卯月。
その左右に本田未央と渋谷凛、三人揃ってニュージェネレーションズ。
ニュージェネレーションズの外側には龍崎薫と遊佐こずえ。
ステージの両端に片桐早苗と一ノ瀬志希。
事務所の全員揃って一つの歌を歌い上げている。
いや、ステージの上のアイドルたちだけではなく、観客も一体となってこの曲を作り上げている。
歌声と声援とサイリウムが作り上げるステージのエネルギーは、一条を完全に圧倒していた。

「……これが、アイドルか」

その言葉に含まれる感情は、感心。
観客たちと心を合わせ、会場を一つにまとめあげるその姿に、一条は素直に感心していた。
67 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:15:17.61 ID:iCe2g1Pi0
一曲目が終わると、準備時間を挟んでニュージェネレーションズが二曲目を歌いに登場する。
そして、三曲目、四曲目とアイドルたちが入れ替わり立ち替わりに歌を歌い、ステップを踏んでいく。
サイリウムこそ振らないものの、際限なく盛り上がる会場の熱気に、観客を魅了するアイドルたちの歌に、一条は釘付けだった。
ライブが終わりに近づく頃には、一条にも少しはアイドルを見に集まり、サイリウムを振る観客たちの気持ちが分かるような気がした。
ライブの最後の一曲、『M@GIC☆』が始まる。

「……杞憂だったか」
68 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:16:19.11 ID:iCe2g1Pi0
未確認生命体の登場を警戒していた一条が、ようやく少しその意識を緩めた瞬間に、事件は起こってしまった。

『やめて!』

突如として、ステージの上にいた卯月が叫んだ。
その顔は蒼白で、目は見開かれ、表情は険しい。
突然の大声に会場全体が止まる。
いち早く何が起こったのかを理解したのは一条と実加、そして観客に紛れた警官たち……そして、被害者たちだった。
観客席の中央付近から、悲鳴が発せられた。
一条たちからは離れた場所であったために確認することは不可能だったが、その場所は赤く染まった。
会場の視線が一点に集中する。
その中心にいたのは……人型をした獣。
69 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:17:44.66 ID:iCe2g1Pi0
黒き体毛をところどころ赤く染めた、熊を思わせる頭部を持つ、未確認生命体、その第50号がそこにいた。

「……!未確認周囲20mの者は第50号の制圧!それ以外の者は避難指示を急げ!」

コート内に持っていたトランシーバーを用いて一条は迅速に指示を出し、混乱の中を未確認生命体の方へ進む。

「キャアァァァ!」
「うわぁああああ!」

未確認生命体の姿の確認より一瞬遅れて、会場全体が悲鳴と混乱に包まれた。
我先にと会場の出口へと向かう観客たちは、お互いに邪魔し合い、警官たちの誘導も聞こえていない様子である。

「落ち着いて下さい!」

一条たちもその波に揉まれ、なかなか第50号に近づけないていた。
70 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:18:59.54 ID:iCe2g1Pi0
その間にも第50号は暴れまわり、運悪くその周囲にいた人たちはその血液によって床を染め上げていく。
近くに陣取っていた警官たちが駆けつけ、銃を構えるも、銃の射線上、第50号の向こう側には何の罪もない観客たちがおり、外した時のことを考慮し迂闊にトリガーは引けない。
そのため銃で威嚇するのみに止まるが、それで未確認生命体が大人しくした例はない。
第50号の周囲数mは銃を構えた警官たちと物言わぬ、黄色い脂肪と赤い肉、白い骨を覗かせる死体だけとなり、必然的に警官たちが次の獲物として狙われた。

「これで、九人目」

第50号が僅かに口を動かし、そう言った。
第50号は一人の警官の首を左腕で掴み、その腕の力だけで成人男性一人の身体を浮かせた。
一人の警官が確実に当たる距離まで近づいて外さないように腹に銃弾を発射するが、硬い皮膚に阻まれ弾丸はひしゃげ、第50号に傷つけることなく地面に落ちた。
警官に支給されているニューナンブでは威力が明らかに足りなかった。
だが、より威力の高い銃を持つことは原則禁止されており、未確認生命体関連だという確たる証拠を提示出来なかったために、未確認生命体の肉体を破壊出来る特殊弾丸、神経断裂弾、そして神経断裂弾を放つための特殊なライフルを所持しているのは一条薫、その人ただ一人であった。
第50号の左腕で吊り上げられた警官がもがくのも気にせず、第50号は鋭い爪を備えた右腕を引いた。
71 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:20:14.06 ID:iCe2g1Pi0
未確認生命体に対抗出来る一条は人の波に揉まれて近づくことが出来ない、絶望的な状況で……銃声が響いた。
それを撃ったのは一条薫。
狙いは天井。

「伏せろ!」

銃声に驚き静寂が支配していたため、一条の周囲は声が良く届いた。
鋭い声での命令と銃声の恐怖によって自然と観客たちは身を低くした。
そのため、一瞬射線が開けた。
その隙を見逃さず、一条は銃声を響かせるために利用したニューナンブを放し、実加がアタッシュケースから取り出していた特殊なライフルを受け取り、構えた。
観客が身を低くしてからの時間は1秒もない。
常人であればその人の波の向こうにいる第50号の姿を確認することすら難しい。
ましてや、銃弾を当てるなんて言わずもがな。
外したら無関係の人物を殺しかねない。
だというのに、一条薫は引き金を引いた。
その眼光は猛禽類のように鋭い。
外すことは考えず、だが焦らず、全神経を集中させて神経断裂弾が放たれる。
72 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:21:40.34 ID:iCe2g1Pi0
姿勢を低くした観客の頭上を通り、頭の横を通り抜け、吸い込まれるように弾丸は第50号の左腕に命中した。

「グアァァァァ!?」

内部から弾丸の爆発により破壊される痛みにより第50号が叫び、警官を放した。
一条はそれに満足せず、二発目の狙いを定める。
狙いは頭部。
第50号の息の根を止めるつもりで……命を奪う覚悟を決める。
73 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:22:31.29 ID:iCe2g1Pi0
そして、引き金を……

『……刑事さん?』

……会場に備え付けられたスピーカーから、脅えた声が発せられた。
その声色に、ほんの一瞬、一条の気が乱れた。
放たれた二発目の神経断裂弾は針の穴を通すような精度で再び観客の間を通り抜ける。
だが、頭部を狙っていた弾丸はほんの僅かにズレ、第50号の左肩の根元に着弾した。

「ウガァァァァ!」

激痛に第50号が呻いた。
そして、第50号は周りの警官を振り払って走り去る。
逃げ惑う観客たちを薙ぎ倒し、道を掻き分け会場の出口に向けて走る。
74 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:23:29.94 ID:iCe2g1Pi0
それを逃がすまいと射線が通る場所を探し一条は観客を掻き分ける。
銃の射程距離内から第50号が外れるギリギリで、一条は第50号の背中を狙える場所に陣取ることが出来た。
チャンスはあと一発。
本部はこの件で未確認生命体が出現する可能性は低いと考えていたため、神経断裂弾を支給したのは一条薫のみ、しかも神経断裂弾の弾数は僅か三発のみ。
もう既に二発使用し、残っているのは一発のみ。
外すわけにはいかない。
外すつもりもない。
やれることを全てやり尽くしたなら必ず中る。
中途半端は決してしない、やれることは全てやる、だから中る。
完全に狙いをつけ、引き金を引いたとしても1mmもブレないように身体全体で支える。
狙いは首の後ろ、脳幹。
75 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:24:12.63 ID:iCe2g1Pi0
その一点を狙い、一条薫は最後の弾丸をライフルに装填するため、コートの内側に手を入れた。

「……何っ!?」

第50号の頭部に弾丸が命中することはなかった。
いや、それ以前に、弾丸は発射されなかった。
一条は何が起こったのか理解出来なかった。
会場に来る前に神経断裂弾が二発、ライフルに装填されているのは確認していた。
そして、万が一の理由でライフルが他の者の手に渡ってしまうようなことがあった時、強力な威力を持つ神経断裂弾を全てその者に使われぬようにコートの中に残りの一発を忍び込ませていたのも今朝確認した。
ならば何故だ?
何故、ポケットの中を探った手は空を切ったのか?
疑問を抱いても答えは出てこない。
76 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:24:49.00 ID:iCe2g1Pi0
そして、一発のチャンスを逃したせいで第50号は人を掻き分け逃げ出してしまった。

「…………逃したか」

肩の力を抜きつつ、内ポケットを確認する。
そこには……何も無かった。
勿論、穴が空いている訳もない。
万が一にもポケットで暴発しないようにされている弾丸ケースも存在しなかった。
だが、今朝確認した際には確かに『一発』あったはずなのだ。
なのに、その一発がそれを入れていたケースもろとも無くなっている。
その謎を考えつつ事態収束のために辺りを見回そうとした時……目が合った。
77 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:26:27.17 ID:iCe2g1Pi0
脅えた目、普段の元気に満ち溢れた目とは違う目、幼い、龍崎薫の目。
ステージの上で、安全な場所に避難させようと年上のアイドルたちに引っ張られながら、脅えた目が、一条薫を見つめていた。
17年前にも見たことのある、17年前の夏目実加が演奏会での事件の時に一条に向けた目。
未確認生命体ではなく、一条のことを恐れる目。
それを、龍崎薫が一条薫に向けている。
まだ幼い薫にとっては未確認生命体によって人が殺されるということは例えようがないほどにショッキングな出来事である。
だが、それ以上に彼女は、一条の豹変に脅えていた。
未確認生命体に向けて、無慈悲に銃の引き金を引いた一条に戸惑い、思わず声をかけた、そして、薫の方を向いた一条の表情は……
少し前まで、控え室で楽しく談笑していた一条とは全く違う、冷たい表情、人を殺す覚悟をした表情。
数秒前まで第50号を仕留める気でいた一条は、その表情を上手く崩すことの出来ぬまま、ステージを、龍崎薫を見てしまった。

『ひっ!』

衣装についたマイクを通して、龍崎薫の短い悲鳴が響いた。
それが、一条薫の胸に静かに、そして深く突き刺さった。
78 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:28:09.09 ID:iCe2g1Pi0
一条が第50号に銃口を向けている間、実加は手早く避難指示をしつつ、警察本部への状況説明と応援要請を済ませていた。
そのため、事件発生から三十分もしない内に事態は収束し、第50号のいなくなった会場では観客たちと、観客たちへ事情聴取をする警察で溢れかえった。

「やっぱりこうなっちまったか」
「杉田さん」

ステージ端でその光景を見る一条の隣に、一条にCGプロのことを教えた杉田守道が立っていた。

「予想していたとはいえ、こうなって欲しくなかったんだがなぁ」
「……そうですね。
ですが、未確認が出てしまったことはもう覆せません。
我々は、これからすべきことをするしか他に道はないんです」
「……そうだな、んじゃ、俺は調査に戻るが、お前はどうするんだ?」
「CGプロのアイドルたちに事情を聞きに行きます。
今は夏目くんが彼女らのことを落ち着けているところでして、それが一段落つきましたら私も合流して話を伺うことになっています」
「何だ?何でお前はダメなんだ?」
「その……色々とありまして」

一条の銃撃は、アイドル全員が目撃している。
つまり、龍崎薫のみならず、アイドル全員が少なからずショックを受けているのだ。
それを、同じような経験のある実加が慰めなければ、前と同じようにアイドルたちが一条と接することは難しいのである。
79 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:30:01.16 ID:iCe2g1Pi0
「?……そうか、ま、頑張れよ」

そう残して杉田は調査に戻って行った。
それから実加から何かしらの連絡があるまでの間、一条は弾丸の謎について思案することにした。
確かに今朝、神経断裂弾の確認はしていた。
その時は間違いなく『三発』銃弾はあったはずだ。
だが、内ポケットには弾丸はなかった。
銃を撃った現場を軽く探したが、残りの一発は見つからなかった。
今日の朝から銃弾を撃つまでの間で、弾丸が失われる可能性があるのは……

『脱げー!』
『脱げ〜……』

一条の脳裏に、控え室での一幕がよぎった。
あの時、コートに触れたのは……本田未央、龍崎薫、遊佐こずえ、そして……

『すいません、刑事さん』
『その時の困惑のスメル、志希ちゃんも嗅ぎたかったな〜』

島村卯月と一ノ瀬志希。
彼女らなら、相当なテクニックを必要とするが、弾丸を抜き取ることは不可能ではない。

「……いや、無いだろう」

技術があったところで、やる意味がない。
彼女らは未確認生命体ではないことは今回のライブでほぼ証明されたと言っていい。
経歴におかしな点はなく、ライブ中に、『観客席から』第50号が姿を現したのだ。
ならば彼女らは未確認生命体では……?
一条の中で、あることが引っ掛かった。
80 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:31:05.39 ID:iCe2g1Pi0
何故、あの未確認生命体は……人を殺した?

そう、それ自体は未確認生命体としてはありふれたこと……だが、今回は事情が違う。
今回の未確認生命体は、人を眠らせる力を持つ者のはずだ。
ならば、殺さず、眠らせるはずだ。
眠らせないにしても、眠らせた人を遠隔で殺すのではないか?
だが、眠り病により眠っていた人たちが急死したという連絡は一切無い。
そして、警官たちから聞いた情報。

『これで、九人目』

あの未確認生命体は、そう『日本語』で言ったそうだ。
未確認生命体は、グロンギは、彼ら独自の特殊な言語で話す。
だが知能が高いために、日本語も学習し、日本語も話せる個体がいることは一条も知っている。
だが、誰に聞かせるでもない独り言のような言葉まで日本語で話すものだろうか?
一条の疑問は深まるばかりであった。
81 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:31:58.23 ID:iCe2g1Pi0
「一条さん!」
「おお、夏目くん」
「もう大丈夫です……が……」
「が?」
「薫ちゃんは……重症で、一条さんと直接顔を合わせることは、今は無理です……」
「……しょうがないだろう、兎に角、今は情報が必要だ。
ステージの上という他よりも辺りを見渡せる場所では何が見えたのか知りたい、特に、一番最初に未確認生命体を発見したと思われる卯月くんが見た物を」
「はい、ではこちら……」
「刑事さん!」

実加の言葉を遮るようにして、実加の後ろからプロデューサーが走って現れた。

「プロデューサーさん?どうかされましたか?」
「ハァ……ハァ……う、卯月が!」
「卯月くんが?」
「ハァ……いなくなりました!」
「何だって!?」

走ったために乱れた呼吸を整えながら、プロデューサーは焦りを隠さずに言った。
82 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:33:14.13 ID:iCe2g1Pi0
「どういうことですか!?」
「夏目さんの状況説明と軽いカウンセリングの後に、一息つけさせる意味も込めて衣装から着替えるように指示したんです。
そして、更衣室からみんなが出てきたんですが、卯月だけ出てくるのが遅くて……更衣室の中を確認したら、卯月がいなくなっていたんです!どうやら窓から出ていったみたいで!」
「何故そんなことを?」
「わかっていればここには来ませんよ!警察の方で卯月の姿を目撃してませんか?」
「少し待っていて下さい」

プロデューサーの言葉を聞き、一条はすぐさま会場の中、周囲を見張っている警官たちに連絡し、情報を募ったが、卯月を目撃したという情報はなかった。

「……すいません、こちらも誰も目撃していないようです」
「そうですか……」

大切なアイドルの安否がわからない不安からプロデューサーは頭を押さえてうずくまった。

『こちら追跡班!』

そんな時、一条のトランシーバーから連絡が入る。

『傷ついた第50号の血痕から追跡したところ!未確認の人間態らしき男を○○公園にて発見!事情聴取を試みるも未確認生命体の姿となり現在交戦中!至急応援求む!』
「なっ!?」
「急ぎましょう!一条さん!まだ神経断裂弾は届いていないんです!私たちが向かわないと!」
「そうだな!急ごう!」
『なっ!?何だ君は!?』
『攻撃をやめてください!』
「この声は!?」

トランシーバーからの音声が乱れ、女性の物と思われる、どこか聞き覚えのある声が割り込んで来る。
その声にプロデューサーが反応した。

「卯月!」
「なっ!それは本当ですか!?」
「プロデューサーとしてあの娘の声は直接でもテレビ越しにも聞き続けてます!間違えるはずがありません!今のは卯月の声です!」
「何故第50号のところに……今はここでとやかく言ってる場合ではないな、急ごう!」
「お、俺も!」
「プロデューサーさんはここに残っていて下さい!
誰が他の娘たちのことを見てやれるんですか!」
「うっ……卯月を……頼みます」
「任せてください!」

手短に話を済ませると、一条と実加は全速力で会場最寄りの公園へと急いだ。
83 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:35:03.62 ID:iCe2g1Pi0
全速力で五分未満のその公園から銃声が聞こえてくる。
公園に入り状況を確認する。
負傷し気絶している警官数名、未だに応戦している警官数名、その中心にいる未確認生命体第50号、そして……

「止めて下さい!何で警察のみなさんと争うんですか!」

第50号に必死に語りかける普段着の島村卯月がいた。

「何故お前がここにいる!島村卯月!」
「あ!刑事さん!」
「問答はいらん!今すぐ退避するんだ!」
「でも……」
「『でも』じゃない!」
「一条さん!みなさんが!」

実加に促されてもう一度第50号の方を向くと、応戦していた警官たちが負傷により全員戦闘不能な状態にされてしまっていた。
84 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:36:18.75 ID:iCe2g1Pi0
この場にいる動ける者は、一条薫、夏目実加、島村卯月……そして、左腕と左肩の付け根から血を流し、更についさっき警官の銃撃により右目を潰された未確認生命体第50号だけであった。

「逃げろ!」
「嫌です!」

第50号に向けてニューナンブを放つ一条の命令を無視し、卯月は退かなかった。
それどころか、一歩踏み出し、第50号に語りかけた。

「なんでこんな酷いことをするんですか!……お願いですから……話し合いましょう!」
「何を馬鹿なことを!」

卯月の努力むなしく、第50号にその言葉は届かないようで、第50号は右腕を上げ卯月に襲いかかり、一条は卯月を庇った。
だが、第50号の鋭い爪が一条に届くことはなかった。
第50号の右腕を、白い腕が止めていた。

「……ハァッ!」

気合いを込めて白い拳の戦士が正拳を第50号に放った。
一条らに背を向け、第50号と対面するのは、短い二本の角を持つ白い戦士、超古代の戦士クウガ、その未熟な姿であった。
85 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:38:11.43 ID:iCe2g1Pi0
「あれって……実加さん!?」

4年前、未確認生命体が再び復活した。
第零号と雄介が変身したクウガによって滅ぼされたはずの未確認生命体が何故まだ残っていたのか?
その疑問は、とある発見によって解明された。
第零号が封印されていた、長野県の九郎ヶ岳遺跡、その近くにもう一つ、同様の形式を持つ小さな遺跡が発見されたのだ。
そこには、三体の未確認生命体と、リントが作ったクウガのベルトの試作品が納められていた。
4年前の事件は、その遺跡から復活した三体の未確認生命体が起こしていた。
そして、本庁に務める前に長野県警に務めていた実加は、災害による地形隆起によって偶然表層が顕になったその遺跡から、試作品のクウガのベルトを回収していた。
そうしてクウガの力を得た実加は、一条らに隠れて三体の未確認生命体と戦ったのだ。
今でもその事実を知るのは、一条を含めて数人しかいない。
86 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:39:19.01 ID:iCe2g1Pi0
「邪魔だ!」

実加の正拳を受け、二、三歩のけぞった第50号であったが、あまり怯んだ様子もなく力任せに右腕を振り回した。

「ウグッ!?」

白いクウガは至近距離だったために右腕の薙ぎ払いを受け、地面に倒れた。
実加が使用する試作品のベルトには欠点があった。
感情に左右されやすく、負の感情に飲まれ、暴走しやすいのだ。
さらに、実加がそのベルトを扱うには精神力が足りなかった。
実加が変身出来るのは未熟な白い姿のみ、赤や青になることは出来ず、暴走か未熟な姿かの二択しか存在しない。
手負いとはいえ、グロンギとして完成されている第50号の方が白いクウガよりも力は強い。
勝機は五分と言ったところだろう。
87 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:40:27.66 ID:iCe2g1Pi0
実加はすぐに立ち上がると、再び第50号に向き直る。
その実加に第50号は右腕を振り下ろした。
その右腕を両手で受け止めた実加の顔面に第50号の左ストレートが決まった。

「かはっ!?」
「実加さん!」

左腕は神経断裂弾により破壊されていることから、左腕で攻撃されることはないと実加は完全に油断していた。
その隙をついた一撃だった。
88 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:41:32.99 ID:iCe2g1Pi0
事実、第50号の左腕のダメージは深刻であり、今のストレートも死力を振り絞った苦し紛れの一撃である。
だがそれが勝負を分けた。
実加の体勢は大きく崩れ、防御体勢へと移行するまで一、二秒。
一条の持つ銃は威力の弱いニューナンブ。
ニューナンブでもある程度のダメージを与えられる場所は左目をおいて他にない……が、その左目はかろうじて動く左腕で即座に守られている。
第50号が右腕を引く。
その爪に貫かれれば、白のクウガではひとたまりもあるまい。
万事休す。
この状況を表すならば、その言葉しかないだろう。

「やめてください!!」

第50号が右腕を始動させる直前、一人の影が実加と第50号の間に割り込んだ。
実加の前で両手を広げるのは島村卯月……何の力もない人間が、争いを止めんがために、無謀にも立ち塞がった。

「卯月くん!」

一条が第50号に制止のために銃弾を放つが、皮膚に阻まれ傷一つつけることなく弾丸は落ちた。

「死ね!」

恐ろしい威力を内包した抜き手が卯月に迫る。

「っ!」

圧倒的な死の予感からか、卯月は涙を流す目を閉じた。
第50号の右手は卯月の身体を貫通し、卯月の身体と第50号の右腕を赤く染め上げる……
89 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:42:27.91 ID:iCe2g1Pi0
「…………?」

……ことはなかった。
一条が見たのは、卯月の腹部まで後数cmのところで右腕を静止させた未確認生命体第50号の姿だった。

「うぐ……痛い……痛い痛い痛い痛いぃぃぃ!?」

静止から数秒、突如として第50号は自らの頭を押さえて苦しみだした。
理由は不明、だが好機には違いない。

「夏目くん!今だ!」
「はい!」

体勢を立て直した実加が第50号に向けて走る。
90 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:43:52.22 ID:iCe2g1Pi0
それは攻撃へ繋げるための助走。
第50号へと一歩、また一歩と歩を進める度に白い戦士の右脚に力が集まって行く。
そして、助走の勢いそのままに大きく跳び上がり、右脚を前に出し力を込める。

「オリャァァ!」
「グウウッ!?」

第50号の胸に放たれた跳び蹴り。
その命中地点には古代文字が浮かび上がった。
それはクウガから放たれた封印エネルギー。
古代文字は腹部の装飾へと亀裂のように広がって行く。
17年前、雄介はこうして封印エネルギーを送り込み、それが未確認生命体の腹部のベルトのエネルギーと反応し、内部から爆発を起こさせて未確認生命体を倒して来たのである。
91 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:44:43.70 ID:iCe2g1Pi0
今回もその例に漏れずに、第50号は苦しげな嗚咽を漏らしながら爆発……しなかった。

「!?……これは……どういうことだ?」

一条の困惑の声が飛ぶ。
そもそも、一条含め人間たちは何故未確認生命体が爆発するのか、クウガが放つエネルギーが何なのかを知らなかった。
本来ならばグロンギを封印するのがクウガなのだが、雄介が上手くクウガの封印の力を使いこなせなかったこと、そして、グロンギはゲゲルの際に自分のベルトに細工を施され、タイムオーバーすると爆発するように仕込まれていたことが災いした。
そのため、一条は攻撃を受け爆発、もしくは死亡し潰れる未確認生命体の姿は見たことはあるものの、この姿を見るのは初めてだった。
第50号は……彫像のように完全に固まってしまったのだ。
92 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:45:49.65 ID:iCe2g1Pi0
「……死んだ……のか?」

全く動かない第50号を一条は注意深く探った。
そして、動く様子が無いことを確認すると、銃を下ろして大きく息を吐いた。
確信はないものの、危険はないことを半ば本能的に理解した。

「理由はわからんが、もう危険は無いようだ。
……卯月くん」
「は……はい!」
「後で詳しく話を聞かせてもらう。
……それと、夏目くんのことは内密に頼む」
「はい……」

卯月に手短に要件を話すと次に一条は実加の方を向いた。
すでに実加は変身をといていた。

「夏目くん、無事か?」
「ええ、なんとか……でも、一体何が……」
「…………今ここで考えても答えは出ないだろう。
考えるのは後にして、今は事態の収束を優先させる。
負傷した警官並びに卯月くんと第50号を移送させなければ」
「はい!すぐに……応援を…………」
「……夏目くん?」

急に実加の声が弱々しくなった。
93 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:46:56.03 ID:iCe2g1Pi0
トランシーバーで状況説明と応援要請をしようと実加から一瞬目を離していた一条が実加に視線を戻す。
そこに、実加の姿はなかった。
かすかに聞こえた音を頼りに視線を下に向けると、そこでは実加が散った桜の花びらの絨毯の上に倒れ伏していた。

「夏目くん!」
「実加さん!」

2017年、三度(みたび)姿を現した未確認生命体、その第50号は、数多の謎を残して活動を停止した。
……第二のクウガ、夏目実加と共に。
94 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 19:49:04.13 ID:iCe2g1Pi0
これで三章終了です、一旦落ちます
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 19:50:17.25 ID:O8MpdB2hO
待ってるぞ
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 20:58:54.12 ID:CqcsrAnn0
おもしろい続き期待です
97 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 21:04:14.14 ID:iCe2g1Pi0
再開します
98 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:06:00.21 ID:iCe2g1Pi0
あ、コメント来てる!
ありがとうございます!
99 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:06:28.73 ID:iCe2g1Pi0
第四章「究明」
100 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:07:18.95 ID:iCe2g1Pi0
「……夏目くん」

一条は、護送車の中で眠ったままの実加に話しかけた。
確証はないものの、実加は例の眠り病であることは誰の目にも明らかだった。
護送車は四台、二台で負傷した警官たち、一台で実加と卯月、残りの一台で活動を停止した第50号を運んでいる。

「……あの、それって、眠り病……ですよね?」

険しい顔をする一条に、卯月が話しかけた。

「おそらくは、な……だが、これで更にわからなくなった……」
「何がですか?」
「……こちらの話だ」
101 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:08:15.48 ID:iCe2g1Pi0
第50号を倒せば、眠り病の患者は目覚める……そう思ってきた。
だが、眠り病患者は誰一人として目覚めないどころか、実加が新たに眠り病を発症してしまった。
そして、卯月を前にして急に苦しみだした第50号。
一条の中では、一つの結論が芽生えていた。

「……だとしたら……いや、まさかな」

一条は隣に座る卯月に視線を向け、すぐに首を振る。
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