【クウガ×デレマス】一条薫「灰被」

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39 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:41:24.38 ID:iCe2g1Pi0
椿と別れた一条は、17年前から変わらない佇まいの喫茶店ポレポレの前にいた。
雄介と連絡がつかなくなり17年、この店には何かしらの用事がある時しか訪れず、一条は17年の間に片手で数えられるくらいにしかこの店には訪れていなかった。
しかし、今日はここを訪れなければいけない理由はなかった。
だが、昨日CGプロを訪れ、島村卯月の笑顔に雄介の笑顔を重ね、感傷的な気分になった一条はなんとなくここを訪れたくなったのだ。
扉を開けると、いつもと変わらないカウベルの音が鳴り響き、オリエンタルなカレーの香りが一条の鼻腔を刺激した。
店の中は17年前と変わらない光景が……

「もう挫け〜ない〜♪」
「わぁ〜!」
「い〜よ〜!い〜よ〜!松本伊〜代〜!」

……広がっていなかった。
40 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:42:19.25 ID:iCe2g1Pi0
手狭な店内、カウンターと壁の間のスペースで一人の女性が歌って踊り、カウンターには小さな子供が一人座って女性に幼い声援を送り、カウンターの向こうでは初老の男性が古めかしい声援を送っていた。
その男性の隣では笑顔の女性が歌っている女性に合わせて手拍子を打っていた。
初老の男性の名前は飾玉三郎、周囲から『おやっさん』という愛称で親しまれている五代雄介とその妹、みのりの親代わりである。
おやっさんの隣の女性は旧姓五代みのり、現四方みのり、五代雄介の妹である。
そして、幼い子供の名前は四方雄之介、今年で4歳になるみのりの息子であり、雄介の名前を貰った雄介の甥である。
更に、最後の歌っている女性のことも、一条は知っていた……というよりも、彼女に出会ったからこそ、一条はここを訪れたのだ。

「……島村卯月」
「えっ!?刑事さん!?」

小さなライブに乱入してきた客に視線が集中し、主演である卯月がすっとんきょうな声を上げた。
41 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:43:04.71 ID:iCe2g1Pi0
「……それじゃあ、刑事さんは五代さんって方の知り合いなんですね」
「そうそう、クウガ〜!美子〜!だの、恋のクウガ〜!とか言ってたウチの今どこ行ってるのかわからない従業員」
「私のお兄ちゃんです」
「へぇ〜!」

乱入者によりライブはお開きとなり、事情のわからない卯月にみのりとおやっさんは一条とポレポレの関係を話して説明していた。
ちなみにその間……

「高〜い!」
「……ふっ」

……一条は雄之介を肩車や高い高い等をして喜ばせていた。
幼い子供にとって、親の知り合い・警察・イケメンというコンボは羨望や興味の対象であったようで、産まれたばかりの赤ん坊の頃に一度会っただけで、会った記憶の無いであろう一条に対して雄之介は臆することなく甘えに行った。
42 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:44:26.00 ID:iCe2g1Pi0

「いや〜、しかし、卯月ちゃんとコートのハンサムさんが知り合いだったなんてねぇ〜」
「私も驚きましたよ、まさかこんなところでまた会うなんて思いませんでした!」
「……君は、ここには良く来るのかい?」
「はい!候補生時代からお世話になっていて……その頃から私のことを応援していただいて、本当に感謝しています!」
「がんばれ〜!うづき〜!」
「はい!島村卯月、がんばります!」

一条の肩の上の雄之介からの声援に卯月は笑顔で答えた。

「雄之介の面倒も時々見てもらってるんです。
本当に良い人ですよ、卯月ちゃん」
「そりゃあ良い娘だよ〜、なんてったってアイドル!だからねぇ」
「あはは、ちょっと照れますね」
「今度のライブ、頑張ってね……でもゴメンね、やっぱりチケット取れなかったよ」
「しょうがないですよ、競争率も高くなってきてますし……その代わり!ここで何回でもミニライブしちゃいますよ!」
「いぇ〜い!」
「雄之介くんハイタ〜ッチ!」

卯月の発言に上機嫌になった雄之介に手を伸ばして手を合わせる。
その笑顔が、仕草が、やはり一条には懐かしく感じられた。
43 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:45:44.82 ID:iCe2g1Pi0
「卯月くん、君の周りは、笑顔で溢れているな」
「えっ?」

しみじみと、一条は言葉を紡いだ。

「昨日の事務所でも、君が来た瞬間、君の周りに人が……笑顔が集まった。
君は、多くの人に好かれているな」
「そりゃあ卯月ちゃんは良い娘だからねぇ」
「好かれるに決まってますよ」
「えへへ……なんだか照れますね。
でも、笑顔で溢れてるのは、たぶん私が良い娘だから……だけじゃないですよ!周りのみなさんが良い人だからです!」

自信満々に、今日何度目になるのかわからない笑顔を卯月は一条に向けた。

「いつ来ても、おやっさんやみのりさんや雄之介くんは暖かく私を迎えてくれますし、事務所のみんなも優しいんです……あ!例えば、このブローチは志希ちゃんがプレゼントしてくれたんですよ!」

その言葉と共に、卯月は胸元に下げた、透明感のある赤い大きな宝石のような装飾のついたブローチを右手で掴んで一条に見せた。
本物の宝石ではない、硝子細工か何かのブローチだが、その綺麗な赤は、卯月にとても良く似合っていた。
自分を卑下せず、他者を見下さず、他者との繋がりを大切にする。
それがやはり、一条には眩しかった。
44 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:46:28.72 ID:iCe2g1Pi0
「……やっぱり似てるな、五代に」
「はい?」
「あ!一条さんもやっぱりそう思います?」

一条の発言にみのりが同意するように答えた。

「五代って……刑事さんのお友達の、みのりさんのお兄さんですよね?」
「あぁ……何処が、とは明確には言えないが、なんとなく似ている……ように感じる」
「そうなんですか?
……何だか嬉しいですね」
「……アイツ、今何処で何してんのかね〜?」
「早く甥っ子に会って欲しいのに……お兄ちゃん連絡の一つもくれないんですから」
「おじさん〜?」
「そ、雄之介の叔父さんだよ〜」

また雄介との記憶が浮上して来て、一条は目を瞑った。
45 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:47:48.36 ID:iCe2g1Pi0
第零号との戦いの前、五代は言った。

「何の根拠もないですけど、フッと浮かんだんです。
俺の心が聖なる泉で完全に満たされたら、アマダム消えちゃうんじゃないかなって」

戦うために磨り減らした心が元に戻れば、アイツは戦う力を持たない只の冒険野郎に戻れると信じていた。
だからこそ、只の冒険野郎として帰ってくるために、また俺たちに戦う姿を見せないように、アイツは俺たちの前から姿を消した。
……だが、4年前にまたアイツは俺たちを助けるために拳を握った。
聖なる泉で満たされかけた心をまた磨り減らして……
それから4年……もうそろそろ、お前の腹の石ころは無くなったんじゃないのか……五代。
早く帰って来い……五代。
46 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:48:53.77 ID:iCe2g1Pi0
今この場にいない人物に思いを馳せる三名を見て、疎外感を感じた様子もなく、卯月は優しく微笑んでいた。
そして、場を和ませようと言葉を探し、思いついたのか顔を明るくした。

「五代さん、もしかして今、おやっさんみたいにチョモラマンに挑戦してたりして!」

明るい笑顔で卯月の口から放たれた言葉により、その昔エベレスト、通称チョモラ『ンマ』に挑戦したというおやっさんの逸話を知っているみのりとおやっさん本人も笑顔になって卯月の話に乗っかった。
だが、肝心の一条は鳩が豆鉄砲をくらったかのような呆け顔だった。
「伝染ってしまった……」と一条は内心途方に暮れていた。
おやっさんは、チョモラ『ンマ』、エベレストのことをチョモラ『マン』と間違って覚えていた。
正しくはチョモラ『マン』ではなくチョモラ『ンマ』であると人伝に訂正したのが17年前、チョモラ『ンマ』からチョモラ『マン』へまた間違った方に戻っているのを確認したのが4年前、そして……おやっさんの間違いが他人に、卯月に伝染してしまったことを確認したのが今日この時である。
4年前に戻っていることに気がついておきながら訂正するチャンスが無く、そのままにしていた自分を後悔する一条であった。
47 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:49:30.01 ID:iCe2g1Pi0
「刑事さんは、この後はどうされるんですか?」
「私は、この後はジムに行こうかと……この歳になると、体力の維持が大変で」

一通りの話が終わり、会計を済ませる段階になって、卯月は一条に話しかけた。

「意外だなぁ、一条さんはそんなことしなくてもこの状態かと思ってました」

みのりが驚いたように声をかけた。

「いえ、やはり衰えは感じますよ。
だからこそ、毎日のトレーニングは欠かせません」
「いや〜、偉いなぁ……やっぱり目指すは『生涯現役』by舟木一夫ですか?」
「……まあ、そう在れたらとは思っています」
「……つまり、体力が落ちないように運動すればいいんですよね!」

卯月が笑顔で一条に確認を求めてくる。
卯月の意図を掴みきれずに困惑顔になりながらも一条は「その通りだ」と正直に答えた。

「私、これからレッスンなんです!刑事さんも参加してみませんか?」
「…………え?」

一瞬、脳が情報を処理することを放棄した。
48 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:50:33.97 ID:iCe2g1Pi0
「あっ!それ名案ですね」
「レッスン風景撮って送ってオクレ兄さん」
「いちじょー!がんばれー!」

その一瞬の内に高速で外堀が埋められてしまった。
子供の純粋な瞳、そして証拠写真を送るという約束をされてしまえば、なるべく期待には応えたいという人として備わっている感情が顔を出す。

「一緒にがんばりましょう!……ね?」

一条は卯月と雄介の似ている点を発見した。
変に強情な部分はよく似ていた。
49 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:51:32.75 ID:iCe2g1Pi0
歳による体力の衰えは感じてはいたが、若さに満ち溢れた娘たちと比べてこれほどまで動けないものなのか、と一条は壁を背もたれにして座り込み、項垂れ、荒くなった息を整えながら落ち込んだ。

「刑事さん、つかれちゃったの?……はい!お水あげる!」
「はぁ……あぁ龍崎くん、ありがとう。
俺も年をとったのか、体力が無くなってきているようだ……その点、龍崎くんは凄いなぁ」
「えへへ〜♪かおるはいつも元気だよ!」
「いえ、一条さんも良いセン行ってますよ?」

龍崎薫から貰った水筒の水を少し喉に流し込んだ一条に一人の女性が話しかけた。
今回の龍崎薫、遊佐こずえ、片桐早苗、島村卯月……そして一条の五人のレッスンを担当するトレーナーであった。

「トレーナーさん、お世辞はいいですよ」
「いえいえ、お世辞じゃないですよ!……確かに、若い子に比べてしまうと少し劣りますが、そのお歳で、初めてのレッスンでここまで動けるなんて凄いですよ」
「そうですよ!私なんて、初めてのレッスンではこの段階でもう床にへばりついちゃいましたよ。
どうです?アイドルやってみませんか?刑事さんならルックスもばっちりですし、人気出ますよ!」

疲れていても尚輝くような笑顔で卯月が一条を励ました。
50 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:52:13.28 ID:iCe2g1Pi0
アイドルを推す発言に、一条は高校時代、同級生の女子が勝手に美少年コンテストに応募してしまったという秘めていた過去を思い出した。

「いや、私にはアイドルよりも警察の方が性に合っているのでね、遠慮する」
「そうよね〜、私が警察だったころも、一条さんは刑事の中の刑事って感じだったしねぇ」
「……片桐さん、その携帯を何故私に向けているのですか?」
「それはもちろん、こんなレアな姿、撮影して警察時代の同僚に拡散しまくるに決まってるでしょ!」

……明日、予想される同僚からの言葉に対する返答を用意しておかなければな。

「さっ、休憩時間は終わりです!」
「遊佐くん、休憩時間は終わりだ、寄りかかるのをやめてくれないか?……遊佐くん?」
「……すぴー…………」

休憩時間に入ってからずっと一条の身体に寄りかかっていたこずえは、いつの間にか小さな寝息をたてていた。
一条は一瞬、眠り病かと心配したが、少し揺すると目を擦りながら起きたので安心した。
51 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:52:55.06 ID:iCe2g1Pi0
その後も厳しいレッスンは続き、一条は充実した疲れを引き連れて解散の時間になった。

「今日は私の言い出したことに付き合ってくださり、ありがとうございました!」

ぺこり、と礼儀正しく卯月が頭を下げた。

「かおるも刑事さんとレッスンできて楽しかったよ!またしよ〜ね!」
「ふわぁ……いちじょー……またね〜」
「警視庁全体と言っていいほどに拡散されちゃったみたいだから、明日弄られるわよ〜!」
「体力低下防止用のレッスンも考えておきますから、機会がありましたらまた来てください」

卯月に続いて、薫、こずえ、早苗、トレーナーも一条に声をかける。
その声に応えるように微笑み、一条も礼を返した。

「みなさん、今日はありがとうございました。
卯月くん、良い経験になった、提案してくれてありがとう。
龍崎くん、私も楽しかったよ、機会があれば、またレッスンしよう。
遊佐くん、また会うのはいいが、私を枕にするのは程々にしてほしい。
片桐さん、その……覚悟しておきます。
トレーナーさん、レッスンメニュー、後で聞きに伺います」

一条は一人一人律儀に一条へ送られた言葉への返答をした。
52 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:53:54.97 ID:iCe2g1Pi0
そして……

「最後に……卯月くん」
「は、はい!」
「…………正しくは、チョモランマだ」
「……はい?」

呆気にとられる卯月と、何のことかわからずに卯月と一条を交互に見つめるアイドルたちとトレーナーを残し、何かをやり遂げたように清々しい顔で一条は去った。
53 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 14:57:19.54 ID:iCe2g1Pi0
これで二章までが終了になります。
三章から後は夜にまた投稿していきます。
具体的には7時ころでしょうか。
54 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 19:00:41.10 ID:iCe2g1Pi0
再開します
55 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:01:28.45 ID:iCe2g1Pi0
第三章「開幕」
56 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:02:16.20 ID:iCe2g1Pi0
卯月とのレッスンから数日、同僚たちに弄られに弄られ続けた一条は、卯月たち、CGプロのライブ当日を迎えていた。
灰色の空の下、小さなドーム状の会場の中に、CGプロのアイドルたちがいる。
大勢の人に溢れ、賑やかな会場前を一条と実加は遠巻きに眺めていた。

「わぁ〜、大人気ですね、早苗さんたち!」
「……17年前の夏目くんのフルートの演奏会を思い出すな」
「…………ありましたね、そんなことも」

17年前、未確認生命体への対策に追われていた一条と雄介は息抜きの意味も込めて、当時実加が習っていたフルートの演奏会へ赴いた。
だが、楽しい物となる筈のその思い出は、一条、雄介、実加の三人にとって苦い思い出となってしまった。
雄介は会場へ来る途中で第零号の強烈な思念に感応してしまい、ダメージを受けていた。
一方、一条もまた、演奏会の主催者である会社社長に解雇された青年が復讐心から社長を拉致するという事件が起こり、その場にいた一条は事件の解決のために駆り出された。
そのため結局、一条と雄介は実加の演奏を聞くことが出来なかった。
そして、演奏会は終わり、実加が会場から出てきたまさにその瞬間、彼女の眼前で一条は犯人確保の荒々しい一部始終を見せつけることとなった。
追い詰められ、昂ぶり、危険極まりない犯人を相手にするならば、徹底して臨まねば反撃をくらう。
だから一条は冷徹に銃を撃ち、無言で犯人を押さえつけ、力でねじ伏せた。
だがそれを見た実加は戦慄し立ち尽くしてしまった。
容赦なく力を振るった一条が恐ろしく感じてしまい、一条が笑顔で差し伸べてくれた手を拒絶し、そのまま言葉を交わすこともなく、実加と一条は長らく会うことは無かった。
57 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:03:35.09 ID:iCe2g1Pi0
だが、その一件が切欠で実加が警官への道を志すこととなったのなら、その苦い経験も悪い物では無かったのだろう。

「……演奏会、かぁ……このライブをあの時と同じ悲劇には……させたくないですね」

実加は身体の前で拳を握りしめた。
その姿を横目に見た一条は、力を振るった先に見た実加の表情を思い出した。
だからといって、一条には力を振るうなとは言えず、一条に出来ることは、これからこの会場で歌う卯月らアイドルたちが、力を振るう者の姿を見ないように祈るだけだった。

「……そろそろ中に入ろうか、ライブが始まる前に一度片桐さんたちに挨拶をしておこう」
「そうですね!一条さんも出演することですし、共演者への挨拶は大事ですよね!」
「もうその件で弄るのはやめてくれないか……」

一条は実加の言葉を聞いて困惑した表情を実加に向けるも、実加はただ悪戯っ子のような笑みを返すだけだった。
一条をレッスン写真のネタで弄った人物断トツの一位はやはりというか、相棒の実加だった。
58 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:05:03.47 ID:iCe2g1Pi0
会場に関係者入り口から入ると、CGプロのアイドルたちが控えている控え室の扉を軽くノックし、「はいは〜い」という軽い返事が返ってくると、一条がドアノブに手をかける前に内側から扉が元気よく開かれた。
扉の向こうから小さな身体が覗く。
顔を出したのは華やかな衣装に身を包んだ龍崎薫だった。

「あー!刑事さんだー!入って入って!」

パーっと表情を明るくした薫は、一条の右手を掴むと、グイグイと引っ張って一条と実加を控え室の中に招き入れた。
控え室の中には、CGプロに所属しているアイドルが全員揃っていた。

「みんなー!刑事さんが来たよー!」
「おっ!遅いよ〜!もう皆着替えたんだから、刑事さんも着替えて着替えて!ほら!荷物も置いて!」
「……君もか、本田くん」

あの日、レッスンには参加していなかったものの、話を聞いていたらしい未央に詰め寄られて、コートと一条が左手に持っているアタッシュケースに手をかけられ、その手を振り払いながら疲れた声が一条から発せられる。
59 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:06:16.08 ID:iCe2g1Pi0
「脱げー!」
「脱げ〜……」
「……困ったな」

しかも未央の声に反応し、薫とこずえの二人もコートを後ろに引っ張り脱がそうとしてきた。

「ふふっ、それくらいにしてあげましょう?
刑事さん、困ってますよ?」
「は〜い!」
「は〜い……」

それを卯月が優しく制し、二人に引っ張られてついたコートのシワを手で気持ち程度に伸ばした。

「すいません刑事さん」
「いえ、謝るようなことじゃありませんよ。
それで、プロデューサーさんはどちらに?」
「Pなら、スタッフさんと細かい打ち合わせしてるよ。
もうすぐここに戻って来るはずだよ」
「渋谷くん……そうですか、では少しここで待たせてもらいます」
「……それなら聞きたいんだけど、実際どうだった?あの写真の反響」
「……四面楚歌でしたよ、片桐さん」

若干恨みのこもった眼で一条は早苗を見た。
60 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:08:01.57 ID:iCe2g1Pi0
その反応を見た早苗は愉快そうに笑う。

「そりゃ良かった」
「写真ありがとうございました!早苗さん、一条さんの慌てる姿が何回も見られました」
「それ私も見たかったわ〜、この数日だけ警察に復帰出来たら良いのにな〜」

……味方はいないのか。

そう思った一条の肩に不意に手が乗せられた。

「その時の困惑のスメル、志希ちゃんも嗅ぎたかったな〜」
「っ!?」

志希は死角に入り込むのが上手いのか、一条は再びその登場に驚いた。
だが、どうにか今回は冷静を装い、肩に置かれた手を払った。

「君のその人を驚かせる登場の仕方はやめて欲しいな」
「にゃはは〜、メンゴメンゴ」
「そうよ〜、一条さんとのスキンシップは最小限にしないと、実加ちゃんに怒られるわよ〜?」
「怒りません!」

実加の反応に場が和む。
決して小さくはない規模のステージだが、彼女らはそれほど緊張していないようで、ステージには関係のない一条ではあるが安堵する。
61 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:09:27.25 ID:iCe2g1Pi0
一条たちが控え室に入り少しして、扉が開く音がした。

「お〜い皆、そろそろ……あ、刑事さんたち」
「プロデューサーさん、こんにちは、今日はよろしくお願いします」
「いえ、それはこちらの台詞ですよ。
こちらこそ、今日はよろしくお願いします」

お互いに軽く頭を下げ一秒後、頭を上げ、目を合わせる。
プロデューサーのその目は、これからのステージへの不安の色が現れていた。

「……最善を尽くします」

そのプロデューサーの瞳を一条は真っ直ぐに見つめ返し、ちっぽけな、だがしかし一条にとって最大限の真実を伝える。
楽観的な視点でも悲観的な視点でもない、ただ事実、真実のみを見据え、伝える。
それが中途半端はしない男、一条薫の誠意だ。

「……よろしくお願いします」

本日二度目となる懇願、だが二度目の言葉は感情のこもっていない、形式的な台詞ではなく、プロデューサーの思いの丈の詰まった一言だった。
62 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:10:28.18 ID:iCe2g1Pi0
「さ、皆、そろそろ時間だから移動するよ」
「「「は〜い!」」」

プロデューサーは瞬時に気持ちを切り替えると、アイドルたちに声をかけ、CGプロの面々は控え室から退出し、一条たちもその後ろに続き、途中で彼女らと別れる。

「刑事さん!私たちのライブ、楽しんでくださいね!」

ステージへ向かう道と観客席へ向かう道で別れる直前、アイドルを代表するようにして卯月が一条の方へ向き直り、一条にまた目映い笑顔を見せた。

「楽しみにしている」

たった一言、簡潔に、微笑んで一条は卯月に返した。
その言葉を受け、アイドルたちは纏う空気を変化させ、強い意思のこもった瞳を一条たちに一瞬だけ向けると、身を翻し「いってきます」の声と共にステージへの道を歩んで行った。
63 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:11:45.22 ID:iCe2g1Pi0
ステージの近く、関係者用の観客席にて一条は完全に空気に飲まれていた。
所属するアイドルこそ少ないものの、その人気は業界では無視出来ないものとなっている。
そのため、小さな会場を埋め尽くすほどの人の波を見て、一条は困惑していた。

「……この量の人々が、彼女らを見る目的に集まったのか……信じられんな」
「4年前の伽部凜の時はもっと多かったんですよ」
「……本当に信じられん」

ちらほらと見えるサイリウムの光を眺めながら、一条は僅かに眉間に皺を寄せた。
64 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:12:46.44 ID:iCe2g1Pi0
そして、その時は訪れる。
元から多少暗い室内が更に暗くなる。
それとは逆に、ステージの上に目映い光が降り注いだ。
その演出だけで、会場から歓声が上がった。

「……始まるのか」
「はい」

明るいステージに、ドレスのような衣装に身を包んだアイドルたちが登場した。
65 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:13:14.83 ID:iCe2g1Pi0
SAY☆いっぱい輝く
輝く星になれ
運命のドア 開けよう
今 未来だけ見上げて
66 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:13:51.15 ID:iCe2g1Pi0
一曲目は『Star!!』
中央にいるのは島村卯月。
その左右に本田未央と渋谷凛、三人揃ってニュージェネレーションズ。
ニュージェネレーションズの外側には龍崎薫と遊佐こずえ。
ステージの両端に片桐早苗と一ノ瀬志希。
事務所の全員揃って一つの歌を歌い上げている。
いや、ステージの上のアイドルたちだけではなく、観客も一体となってこの曲を作り上げている。
歌声と声援とサイリウムが作り上げるステージのエネルギーは、一条を完全に圧倒していた。

「……これが、アイドルか」

その言葉に含まれる感情は、感心。
観客たちと心を合わせ、会場を一つにまとめあげるその姿に、一条は素直に感心していた。
67 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:15:17.61 ID:iCe2g1Pi0
一曲目が終わると、準備時間を挟んでニュージェネレーションズが二曲目を歌いに登場する。
そして、三曲目、四曲目とアイドルたちが入れ替わり立ち替わりに歌を歌い、ステップを踏んでいく。
サイリウムこそ振らないものの、際限なく盛り上がる会場の熱気に、観客を魅了するアイドルたちの歌に、一条は釘付けだった。
ライブが終わりに近づく頃には、一条にも少しはアイドルを見に集まり、サイリウムを振る観客たちの気持ちが分かるような気がした。
ライブの最後の一曲、『M@GIC☆』が始まる。

「……杞憂だったか」
68 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:16:19.11 ID:iCe2g1Pi0
未確認生命体の登場を警戒していた一条が、ようやく少しその意識を緩めた瞬間に、事件は起こってしまった。

『やめて!』

突如として、ステージの上にいた卯月が叫んだ。
その顔は蒼白で、目は見開かれ、表情は険しい。
突然の大声に会場全体が止まる。
いち早く何が起こったのかを理解したのは一条と実加、そして観客に紛れた警官たち……そして、被害者たちだった。
観客席の中央付近から、悲鳴が発せられた。
一条たちからは離れた場所であったために確認することは不可能だったが、その場所は赤く染まった。
会場の視線が一点に集中する。
その中心にいたのは……人型をした獣。
69 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:17:44.66 ID:iCe2g1Pi0
黒き体毛をところどころ赤く染めた、熊を思わせる頭部を持つ、未確認生命体、その第50号がそこにいた。

「……!未確認周囲20mの者は第50号の制圧!それ以外の者は避難指示を急げ!」

コート内に持っていたトランシーバーを用いて一条は迅速に指示を出し、混乱の中を未確認生命体の方へ進む。

「キャアァァァ!」
「うわぁああああ!」

未確認生命体の姿の確認より一瞬遅れて、会場全体が悲鳴と混乱に包まれた。
我先にと会場の出口へと向かう観客たちは、お互いに邪魔し合い、警官たちの誘導も聞こえていない様子である。

「落ち着いて下さい!」

一条たちもその波に揉まれ、なかなか第50号に近づけないていた。
70 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:18:59.54 ID:iCe2g1Pi0
その間にも第50号は暴れまわり、運悪くその周囲にいた人たちはその血液によって床を染め上げていく。
近くに陣取っていた警官たちが駆けつけ、銃を構えるも、銃の射線上、第50号の向こう側には何の罪もない観客たちがおり、外した時のことを考慮し迂闊にトリガーは引けない。
そのため銃で威嚇するのみに止まるが、それで未確認生命体が大人しくした例はない。
第50号の周囲数mは銃を構えた警官たちと物言わぬ、黄色い脂肪と赤い肉、白い骨を覗かせる死体だけとなり、必然的に警官たちが次の獲物として狙われた。

「これで、九人目」

第50号が僅かに口を動かし、そう言った。
第50号は一人の警官の首を左腕で掴み、その腕の力だけで成人男性一人の身体を浮かせた。
一人の警官が確実に当たる距離まで近づいて外さないように腹に銃弾を発射するが、硬い皮膚に阻まれ弾丸はひしゃげ、第50号に傷つけることなく地面に落ちた。
警官に支給されているニューナンブでは威力が明らかに足りなかった。
だが、より威力の高い銃を持つことは原則禁止されており、未確認生命体関連だという確たる証拠を提示出来なかったために、未確認生命体の肉体を破壊出来る特殊弾丸、神経断裂弾、そして神経断裂弾を放つための特殊なライフルを所持しているのは一条薫、その人ただ一人であった。
第50号の左腕で吊り上げられた警官がもがくのも気にせず、第50号は鋭い爪を備えた右腕を引いた。
71 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:20:14.06 ID:iCe2g1Pi0
未確認生命体に対抗出来る一条は人の波に揉まれて近づくことが出来ない、絶望的な状況で……銃声が響いた。
それを撃ったのは一条薫。
狙いは天井。

「伏せろ!」

銃声に驚き静寂が支配していたため、一条の周囲は声が良く届いた。
鋭い声での命令と銃声の恐怖によって自然と観客たちは身を低くした。
そのため、一瞬射線が開けた。
その隙を見逃さず、一条は銃声を響かせるために利用したニューナンブを放し、実加がアタッシュケースから取り出していた特殊なライフルを受け取り、構えた。
観客が身を低くしてからの時間は1秒もない。
常人であればその人の波の向こうにいる第50号の姿を確認することすら難しい。
ましてや、銃弾を当てるなんて言わずもがな。
外したら無関係の人物を殺しかねない。
だというのに、一条薫は引き金を引いた。
その眼光は猛禽類のように鋭い。
外すことは考えず、だが焦らず、全神経を集中させて神経断裂弾が放たれる。
72 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:21:40.34 ID:iCe2g1Pi0
姿勢を低くした観客の頭上を通り、頭の横を通り抜け、吸い込まれるように弾丸は第50号の左腕に命中した。

「グアァァァァ!?」

内部から弾丸の爆発により破壊される痛みにより第50号が叫び、警官を放した。
一条はそれに満足せず、二発目の狙いを定める。
狙いは頭部。
第50号の息の根を止めるつもりで……命を奪う覚悟を決める。
73 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:22:31.29 ID:iCe2g1Pi0
そして、引き金を……

『……刑事さん?』

……会場に備え付けられたスピーカーから、脅えた声が発せられた。
その声色に、ほんの一瞬、一条の気が乱れた。
放たれた二発目の神経断裂弾は針の穴を通すような精度で再び観客の間を通り抜ける。
だが、頭部を狙っていた弾丸はほんの僅かにズレ、第50号の左肩の根元に着弾した。

「ウガァァァァ!」

激痛に第50号が呻いた。
そして、第50号は周りの警官を振り払って走り去る。
逃げ惑う観客たちを薙ぎ倒し、道を掻き分け会場の出口に向けて走る。
74 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:23:29.94 ID:iCe2g1Pi0
それを逃がすまいと射線が通る場所を探し一条は観客を掻き分ける。
銃の射程距離内から第50号が外れるギリギリで、一条は第50号の背中を狙える場所に陣取ることが出来た。
チャンスはあと一発。
本部はこの件で未確認生命体が出現する可能性は低いと考えていたため、神経断裂弾を支給したのは一条薫のみ、しかも神経断裂弾の弾数は僅か三発のみ。
もう既に二発使用し、残っているのは一発のみ。
外すわけにはいかない。
外すつもりもない。
やれることを全てやり尽くしたなら必ず中る。
中途半端は決してしない、やれることは全てやる、だから中る。
完全に狙いをつけ、引き金を引いたとしても1mmもブレないように身体全体で支える。
狙いは首の後ろ、脳幹。
75 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:24:12.63 ID:iCe2g1Pi0
その一点を狙い、一条薫は最後の弾丸をライフルに装填するため、コートの内側に手を入れた。

「……何っ!?」

第50号の頭部に弾丸が命中することはなかった。
いや、それ以前に、弾丸は発射されなかった。
一条は何が起こったのか理解出来なかった。
会場に来る前に神経断裂弾が二発、ライフルに装填されているのは確認していた。
そして、万が一の理由でライフルが他の者の手に渡ってしまうようなことがあった時、強力な威力を持つ神経断裂弾を全てその者に使われぬようにコートの中に残りの一発を忍び込ませていたのも今朝確認した。
ならば何故だ?
何故、ポケットの中を探った手は空を切ったのか?
疑問を抱いても答えは出てこない。
76 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:24:49.00 ID:iCe2g1Pi0
そして、一発のチャンスを逃したせいで第50号は人を掻き分け逃げ出してしまった。

「…………逃したか」

肩の力を抜きつつ、内ポケットを確認する。
そこには……何も無かった。
勿論、穴が空いている訳もない。
万が一にもポケットで暴発しないようにされている弾丸ケースも存在しなかった。
だが、今朝確認した際には確かに『一発』あったはずなのだ。
なのに、その一発がそれを入れていたケースもろとも無くなっている。
その謎を考えつつ事態収束のために辺りを見回そうとした時……目が合った。
77 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:26:27.17 ID:iCe2g1Pi0
脅えた目、普段の元気に満ち溢れた目とは違う目、幼い、龍崎薫の目。
ステージの上で、安全な場所に避難させようと年上のアイドルたちに引っ張られながら、脅えた目が、一条薫を見つめていた。
17年前にも見たことのある、17年前の夏目実加が演奏会での事件の時に一条に向けた目。
未確認生命体ではなく、一条のことを恐れる目。
それを、龍崎薫が一条薫に向けている。
まだ幼い薫にとっては未確認生命体によって人が殺されるということは例えようがないほどにショッキングな出来事である。
だが、それ以上に彼女は、一条の豹変に脅えていた。
未確認生命体に向けて、無慈悲に銃の引き金を引いた一条に戸惑い、思わず声をかけた、そして、薫の方を向いた一条の表情は……
少し前まで、控え室で楽しく談笑していた一条とは全く違う、冷たい表情、人を殺す覚悟をした表情。
数秒前まで第50号を仕留める気でいた一条は、その表情を上手く崩すことの出来ぬまま、ステージを、龍崎薫を見てしまった。

『ひっ!』

衣装についたマイクを通して、龍崎薫の短い悲鳴が響いた。
それが、一条薫の胸に静かに、そして深く突き刺さった。
78 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:28:09.09 ID:iCe2g1Pi0
一条が第50号に銃口を向けている間、実加は手早く避難指示をしつつ、警察本部への状況説明と応援要請を済ませていた。
そのため、事件発生から三十分もしない内に事態は収束し、第50号のいなくなった会場では観客たちと、観客たちへ事情聴取をする警察で溢れかえった。

「やっぱりこうなっちまったか」
「杉田さん」

ステージ端でその光景を見る一条の隣に、一条にCGプロのことを教えた杉田守道が立っていた。

「予想していたとはいえ、こうなって欲しくなかったんだがなぁ」
「……そうですね。
ですが、未確認が出てしまったことはもう覆せません。
我々は、これからすべきことをするしか他に道はないんです」
「……そうだな、んじゃ、俺は調査に戻るが、お前はどうするんだ?」
「CGプロのアイドルたちに事情を聞きに行きます。
今は夏目くんが彼女らのことを落ち着けているところでして、それが一段落つきましたら私も合流して話を伺うことになっています」
「何だ?何でお前はダメなんだ?」
「その……色々とありまして」

一条の銃撃は、アイドル全員が目撃している。
つまり、龍崎薫のみならず、アイドル全員が少なからずショックを受けているのだ。
それを、同じような経験のある実加が慰めなければ、前と同じようにアイドルたちが一条と接することは難しいのである。
79 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:30:01.16 ID:iCe2g1Pi0
「?……そうか、ま、頑張れよ」

そう残して杉田は調査に戻って行った。
それから実加から何かしらの連絡があるまでの間、一条は弾丸の謎について思案することにした。
確かに今朝、神経断裂弾の確認はしていた。
その時は間違いなく『三発』銃弾はあったはずだ。
だが、内ポケットには弾丸はなかった。
銃を撃った現場を軽く探したが、残りの一発は見つからなかった。
今日の朝から銃弾を撃つまでの間で、弾丸が失われる可能性があるのは……

『脱げー!』
『脱げ〜……』

一条の脳裏に、控え室での一幕がよぎった。
あの時、コートに触れたのは……本田未央、龍崎薫、遊佐こずえ、そして……

『すいません、刑事さん』
『その時の困惑のスメル、志希ちゃんも嗅ぎたかったな〜』

島村卯月と一ノ瀬志希。
彼女らなら、相当なテクニックを必要とするが、弾丸を抜き取ることは不可能ではない。

「……いや、無いだろう」

技術があったところで、やる意味がない。
彼女らは未確認生命体ではないことは今回のライブでほぼ証明されたと言っていい。
経歴におかしな点はなく、ライブ中に、『観客席から』第50号が姿を現したのだ。
ならば彼女らは未確認生命体では……?
一条の中で、あることが引っ掛かった。
80 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:31:05.39 ID:iCe2g1Pi0
何故、あの未確認生命体は……人を殺した?

そう、それ自体は未確認生命体としてはありふれたこと……だが、今回は事情が違う。
今回の未確認生命体は、人を眠らせる力を持つ者のはずだ。
ならば、殺さず、眠らせるはずだ。
眠らせないにしても、眠らせた人を遠隔で殺すのではないか?
だが、眠り病により眠っていた人たちが急死したという連絡は一切無い。
そして、警官たちから聞いた情報。

『これで、九人目』

あの未確認生命体は、そう『日本語』で言ったそうだ。
未確認生命体は、グロンギは、彼ら独自の特殊な言語で話す。
だが知能が高いために、日本語も学習し、日本語も話せる個体がいることは一条も知っている。
だが、誰に聞かせるでもない独り言のような言葉まで日本語で話すものだろうか?
一条の疑問は深まるばかりであった。
81 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:31:58.23 ID:iCe2g1Pi0
「一条さん!」
「おお、夏目くん」
「もう大丈夫です……が……」
「が?」
「薫ちゃんは……重症で、一条さんと直接顔を合わせることは、今は無理です……」
「……しょうがないだろう、兎に角、今は情報が必要だ。
ステージの上という他よりも辺りを見渡せる場所では何が見えたのか知りたい、特に、一番最初に未確認生命体を発見したと思われる卯月くんが見た物を」
「はい、ではこちら……」
「刑事さん!」

実加の言葉を遮るようにして、実加の後ろからプロデューサーが走って現れた。

「プロデューサーさん?どうかされましたか?」
「ハァ……ハァ……う、卯月が!」
「卯月くんが?」
「ハァ……いなくなりました!」
「何だって!?」

走ったために乱れた呼吸を整えながら、プロデューサーは焦りを隠さずに言った。
82 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:33:14.13 ID:iCe2g1Pi0
「どういうことですか!?」
「夏目さんの状況説明と軽いカウンセリングの後に、一息つけさせる意味も込めて衣装から着替えるように指示したんです。
そして、更衣室からみんなが出てきたんですが、卯月だけ出てくるのが遅くて……更衣室の中を確認したら、卯月がいなくなっていたんです!どうやら窓から出ていったみたいで!」
「何故そんなことを?」
「わかっていればここには来ませんよ!警察の方で卯月の姿を目撃してませんか?」
「少し待っていて下さい」

プロデューサーの言葉を聞き、一条はすぐさま会場の中、周囲を見張っている警官たちに連絡し、情報を募ったが、卯月を目撃したという情報はなかった。

「……すいません、こちらも誰も目撃していないようです」
「そうですか……」

大切なアイドルの安否がわからない不安からプロデューサーは頭を押さえてうずくまった。

『こちら追跡班!』

そんな時、一条のトランシーバーから連絡が入る。

『傷ついた第50号の血痕から追跡したところ!未確認の人間態らしき男を○○公園にて発見!事情聴取を試みるも未確認生命体の姿となり現在交戦中!至急応援求む!』
「なっ!?」
「急ぎましょう!一条さん!まだ神経断裂弾は届いていないんです!私たちが向かわないと!」
「そうだな!急ごう!」
『なっ!?何だ君は!?』
『攻撃をやめてください!』
「この声は!?」

トランシーバーからの音声が乱れ、女性の物と思われる、どこか聞き覚えのある声が割り込んで来る。
その声にプロデューサーが反応した。

「卯月!」
「なっ!それは本当ですか!?」
「プロデューサーとしてあの娘の声は直接でもテレビ越しにも聞き続けてます!間違えるはずがありません!今のは卯月の声です!」
「何故第50号のところに……今はここでとやかく言ってる場合ではないな、急ごう!」
「お、俺も!」
「プロデューサーさんはここに残っていて下さい!
誰が他の娘たちのことを見てやれるんですか!」
「うっ……卯月を……頼みます」
「任せてください!」

手短に話を済ませると、一条と実加は全速力で会場最寄りの公園へと急いだ。
83 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:35:03.62 ID:iCe2g1Pi0
全速力で五分未満のその公園から銃声が聞こえてくる。
公園に入り状況を確認する。
負傷し気絶している警官数名、未だに応戦している警官数名、その中心にいる未確認生命体第50号、そして……

「止めて下さい!何で警察のみなさんと争うんですか!」

第50号に必死に語りかける普段着の島村卯月がいた。

「何故お前がここにいる!島村卯月!」
「あ!刑事さん!」
「問答はいらん!今すぐ退避するんだ!」
「でも……」
「『でも』じゃない!」
「一条さん!みなさんが!」

実加に促されてもう一度第50号の方を向くと、応戦していた警官たちが負傷により全員戦闘不能な状態にされてしまっていた。
84 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:36:18.75 ID:iCe2g1Pi0
この場にいる動ける者は、一条薫、夏目実加、島村卯月……そして、左腕と左肩の付け根から血を流し、更についさっき警官の銃撃により右目を潰された未確認生命体第50号だけであった。

「逃げろ!」
「嫌です!」

第50号に向けてニューナンブを放つ一条の命令を無視し、卯月は退かなかった。
それどころか、一歩踏み出し、第50号に語りかけた。

「なんでこんな酷いことをするんですか!……お願いですから……話し合いましょう!」
「何を馬鹿なことを!」

卯月の努力むなしく、第50号にその言葉は届かないようで、第50号は右腕を上げ卯月に襲いかかり、一条は卯月を庇った。
だが、第50号の鋭い爪が一条に届くことはなかった。
第50号の右腕を、白い腕が止めていた。

「……ハァッ!」

気合いを込めて白い拳の戦士が正拳を第50号に放った。
一条らに背を向け、第50号と対面するのは、短い二本の角を持つ白い戦士、超古代の戦士クウガ、その未熟な姿であった。
85 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:38:11.43 ID:iCe2g1Pi0
「あれって……実加さん!?」

4年前、未確認生命体が再び復活した。
第零号と雄介が変身したクウガによって滅ぼされたはずの未確認生命体が何故まだ残っていたのか?
その疑問は、とある発見によって解明された。
第零号が封印されていた、長野県の九郎ヶ岳遺跡、その近くにもう一つ、同様の形式を持つ小さな遺跡が発見されたのだ。
そこには、三体の未確認生命体と、リントが作ったクウガのベルトの試作品が納められていた。
4年前の事件は、その遺跡から復活した三体の未確認生命体が起こしていた。
そして、本庁に務める前に長野県警に務めていた実加は、災害による地形隆起によって偶然表層が顕になったその遺跡から、試作品のクウガのベルトを回収していた。
そうしてクウガの力を得た実加は、一条らに隠れて三体の未確認生命体と戦ったのだ。
今でもその事実を知るのは、一条を含めて数人しかいない。
86 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:39:19.01 ID:iCe2g1Pi0
「邪魔だ!」

実加の正拳を受け、二、三歩のけぞった第50号であったが、あまり怯んだ様子もなく力任せに右腕を振り回した。

「ウグッ!?」

白いクウガは至近距離だったために右腕の薙ぎ払いを受け、地面に倒れた。
実加が使用する試作品のベルトには欠点があった。
感情に左右されやすく、負の感情に飲まれ、暴走しやすいのだ。
さらに、実加がそのベルトを扱うには精神力が足りなかった。
実加が変身出来るのは未熟な白い姿のみ、赤や青になることは出来ず、暴走か未熟な姿かの二択しか存在しない。
手負いとはいえ、グロンギとして完成されている第50号の方が白いクウガよりも力は強い。
勝機は五分と言ったところだろう。
87 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:40:27.66 ID:iCe2g1Pi0
実加はすぐに立ち上がると、再び第50号に向き直る。
その実加に第50号は右腕を振り下ろした。
その右腕を両手で受け止めた実加の顔面に第50号の左ストレートが決まった。

「かはっ!?」
「実加さん!」

左腕は神経断裂弾により破壊されていることから、左腕で攻撃されることはないと実加は完全に油断していた。
その隙をついた一撃だった。
88 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:41:32.99 ID:iCe2g1Pi0
事実、第50号の左腕のダメージは深刻であり、今のストレートも死力を振り絞った苦し紛れの一撃である。
だがそれが勝負を分けた。
実加の体勢は大きく崩れ、防御体勢へと移行するまで一、二秒。
一条の持つ銃は威力の弱いニューナンブ。
ニューナンブでもある程度のダメージを与えられる場所は左目をおいて他にない……が、その左目はかろうじて動く左腕で即座に守られている。
第50号が右腕を引く。
その爪に貫かれれば、白のクウガではひとたまりもあるまい。
万事休す。
この状況を表すならば、その言葉しかないだろう。

「やめてください!!」

第50号が右腕を始動させる直前、一人の影が実加と第50号の間に割り込んだ。
実加の前で両手を広げるのは島村卯月……何の力もない人間が、争いを止めんがために、無謀にも立ち塞がった。

「卯月くん!」

一条が第50号に制止のために銃弾を放つが、皮膚に阻まれ傷一つつけることなく弾丸は落ちた。

「死ね!」

恐ろしい威力を内包した抜き手が卯月に迫る。

「っ!」

圧倒的な死の予感からか、卯月は涙を流す目を閉じた。
第50号の右手は卯月の身体を貫通し、卯月の身体と第50号の右腕を赤く染め上げる……
89 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:42:27.91 ID:iCe2g1Pi0
「…………?」

……ことはなかった。
一条が見たのは、卯月の腹部まで後数cmのところで右腕を静止させた未確認生命体第50号の姿だった。

「うぐ……痛い……痛い痛い痛い痛いぃぃぃ!?」

静止から数秒、突如として第50号は自らの頭を押さえて苦しみだした。
理由は不明、だが好機には違いない。

「夏目くん!今だ!」
「はい!」

体勢を立て直した実加が第50号に向けて走る。
90 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:43:52.22 ID:iCe2g1Pi0
それは攻撃へ繋げるための助走。
第50号へと一歩、また一歩と歩を進める度に白い戦士の右脚に力が集まって行く。
そして、助走の勢いそのままに大きく跳び上がり、右脚を前に出し力を込める。

「オリャァァ!」
「グウウッ!?」

第50号の胸に放たれた跳び蹴り。
その命中地点には古代文字が浮かび上がった。
それはクウガから放たれた封印エネルギー。
古代文字は腹部の装飾へと亀裂のように広がって行く。
17年前、雄介はこうして封印エネルギーを送り込み、それが未確認生命体の腹部のベルトのエネルギーと反応し、内部から爆発を起こさせて未確認生命体を倒して来たのである。
91 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:44:43.70 ID:iCe2g1Pi0
今回もその例に漏れずに、第50号は苦しげな嗚咽を漏らしながら爆発……しなかった。

「!?……これは……どういうことだ?」

一条の困惑の声が飛ぶ。
そもそも、一条含め人間たちは何故未確認生命体が爆発するのか、クウガが放つエネルギーが何なのかを知らなかった。
本来ならばグロンギを封印するのがクウガなのだが、雄介が上手くクウガの封印の力を使いこなせなかったこと、そして、グロンギはゲゲルの際に自分のベルトに細工を施され、タイムオーバーすると爆発するように仕込まれていたことが災いした。
そのため、一条は攻撃を受け爆発、もしくは死亡し潰れる未確認生命体の姿は見たことはあるものの、この姿を見るのは初めてだった。
第50号は……彫像のように完全に固まってしまったのだ。
92 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:45:49.65 ID:iCe2g1Pi0
「……死んだ……のか?」

全く動かない第50号を一条は注意深く探った。
そして、動く様子が無いことを確認すると、銃を下ろして大きく息を吐いた。
確信はないものの、危険はないことを半ば本能的に理解した。

「理由はわからんが、もう危険は無いようだ。
……卯月くん」
「は……はい!」
「後で詳しく話を聞かせてもらう。
……それと、夏目くんのことは内密に頼む」
「はい……」

卯月に手短に要件を話すと次に一条は実加の方を向いた。
すでに実加は変身をといていた。

「夏目くん、無事か?」
「ええ、なんとか……でも、一体何が……」
「…………今ここで考えても答えは出ないだろう。
考えるのは後にして、今は事態の収束を優先させる。
負傷した警官並びに卯月くんと第50号を移送させなければ」
「はい!すぐに……応援を…………」
「……夏目くん?」

急に実加の声が弱々しくなった。
93 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 19:46:56.03 ID:iCe2g1Pi0
トランシーバーで状況説明と応援要請をしようと実加から一瞬目を離していた一条が実加に視線を戻す。
そこに、実加の姿はなかった。
かすかに聞こえた音を頼りに視線を下に向けると、そこでは実加が散った桜の花びらの絨毯の上に倒れ伏していた。

「夏目くん!」
「実加さん!」

2017年、三度(みたび)姿を現した未確認生命体、その第50号は、数多の謎を残して活動を停止した。
……第二のクウガ、夏目実加と共に。
94 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 19:49:04.13 ID:iCe2g1Pi0
これで三章終了です、一旦落ちます
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 19:50:17.25 ID:O8MpdB2hO
待ってるぞ
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 20:58:54.12 ID:CqcsrAnn0
おもしろい続き期待です
97 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 21:04:14.14 ID:iCe2g1Pi0
再開します
98 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:06:00.21 ID:iCe2g1Pi0
あ、コメント来てる!
ありがとうございます!
99 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:06:28.73 ID:iCe2g1Pi0
第四章「究明」
100 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:07:18.95 ID:iCe2g1Pi0
「……夏目くん」

一条は、護送車の中で眠ったままの実加に話しかけた。
確証はないものの、実加は例の眠り病であることは誰の目にも明らかだった。
護送車は四台、二台で負傷した警官たち、一台で実加と卯月、残りの一台で活動を停止した第50号を運んでいる。

「……あの、それって、眠り病……ですよね?」

険しい顔をする一条に、卯月が話しかけた。

「おそらくは、な……だが、これで更にわからなくなった……」
「何がですか?」
「……こちらの話だ」
101 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:08:15.48 ID:iCe2g1Pi0
第50号を倒せば、眠り病の患者は目覚める……そう思ってきた。
だが、眠り病患者は誰一人として目覚めないどころか、実加が新たに眠り病を発症してしまった。
そして、卯月を前にして急に苦しみだした第50号。
一条の中では、一つの結論が芽生えていた。

「……だとしたら……いや、まさかな」

一条は隣に座る卯月に視線を向け、すぐに首を振る。
102 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:09:11.17 ID:iCe2g1Pi0
「島村卯月」
「は、はい!」
「……後でまた訊かれるだろうが、この場で簡単に聞いておこう。
ステージの上で真っ先に声を上げたのは君だ、一体何を見た?」
「それは……あの人が、あの姿に変わる瞬間です。
ステージって、結構細かく、色んなものが見えるんです。
お客さんはほとんどサイリウムを振ってくださるんですけど、その光の波が、あの人のところでポッカリ空いてて、それで少し気になってたんです。
そしたら、新しい皮膚が身体の中から盛り上がるみたいに、出て来て、あの姿に変わったんです。
それでも凄く驚いたのに、あの人が腕を振り回して……それで、私……」
「声を上げた、と」
「はい……」
「それからのことはもういい。
あと訊きたいことは一つ。
何故あの未確認生命体を追った?」
「それは……知りたかったんです……どうして人を傷つけるのか……」
「……『どうして』だと?」
「はい……同じ人間なのに……何であんな酷いことが出来るのかなって……どうにか、説得とか、出来ないかな?って、そう思ったんです」
「…………君は知らないのかもしれないが、アイツらは、『同じ人間』ではない、別の生物だ」
「……私にはそうは思えません。
……いえ、そう思いたくありません」
「……そう思うのは君の勝手だが、命を危険に晒す真似は止めてくれ」
「…………はい、すいませんでした」

卯月は自分の思いを否定され、項垂れた。
103 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:10:21.13 ID:iCe2g1Pi0
そのまま、沈黙が流れて数秒後、異変は起こった。
護送車が突如急停止したのだ。
それに驚き、一条は護送車を運転している警官に声をかけた。

「っ!?どうした?」
「あの……女性が急に飛び出して来たんです」
「女性?」

促され一条はフロントガラスから前方を確認した。
そこにいたのは……

「っ!?あれはっ!」

その姿を視認した瞬間、一条は護送車の外へと飛び出した。

「刑事さん!?」

卯月がそれに驚き声を上げた。
だが一条はそれもお構い無しにコートの内側から、応援部隊により運ばれてきた追加の神経断裂弾を何発か取りだし、ライフルに装填すると女性に銃口を向けた。

「キサマ!一体何をしに来た!」

その声に、女性がゆっくりと一条の方を向く。
その額には……白い薔薇のタトゥがあった。
104 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:11:47.31 ID:iCe2g1Pi0
薔薇のタトゥの女、B1号は一条を確認するとゆっくりと微笑んだ。

「安心しろ、お前たちと争う気はない。
私は……失敗作を破壊しに来た」
「……失敗作?」
「そうだ」

短く一条の声に応えると、薔薇のタトゥの女は右手を護送車のうちの1台に向けた。
次の瞬間、薔薇のタトゥの女の右腕が変質し植物の蔓のような触手が伸びた。

「っ!?」

不穏な気配を感じた一条は躊躇せずにライフルの引き金を引いた。
だが、その弾丸は薔薇のタトゥの女の蔓に器用に絡め取られ、薔薇のタトゥの女に届く前にその勢いを無くし、受け止められた。
105 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:13:44.19 ID:iCe2g1Pi0
その後も、二発、三発と銃弾を放つが、薔薇のタトゥの女に届く前に全て受け止められる。

「無駄だ」

一条が放つ弾丸を受け止めつつも、薔薇のタトゥの女はその蔓で護送車の壁を突き破り、その中から未確認生命体第50号を引き摺り出し、第50号の身体に蔓を絡めて行く。

「仲間の救出に来たのか!?」
「言っただろう?……失敗作を破壊するために来たのだと」
「破壊……まさか!」

蔓が第50号の身体にきつく巻き付き、ギリギリと、特に腹部を締め上げる。
そのまま、あっという間に第50号の身体はいくつかの部分に引きちぎられた。

「キャァアア!?」

その残酷な光景を見て、一条を追って護送車を降りていたらしい卯月が悲鳴を上げた。
106 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:14:56.41 ID:iCe2g1Pi0
「……用は終わった」
「……一つだけ、答えてくれ。
今回のプレイヤーは……何人いる?」
「二人……いや、もう一人だけか。
いや、もしかしたら、プレイヤーとも呼べぬのかもしれないな」
「プレイヤー……ではない?」
「今回のゲゲルはジュジュドシガスだ、ゲゲルとは呼べん。
……だが、もう一人は……成功だ。
奴ならすぐにでもゲゲルのプレイヤーになれるだろう……何万というリントの屍の上でな」
「そんなことはさせん!」
「ふっ……見届けさせてもらうぞ、キサマの足掻きをな」

そう残して、薔薇のタトゥの女は何処からともなく薔薇の花びらを巻き上げた。
そして、視界が晴れた時には既に薔薇のタトゥの女の姿は何処にもなかった。
だが、一条には微かに見えた。
薔薇のタトゥの女は、姿を消す直前に一条の方を向いて妖しく微笑んでいた。
107 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:16:04.68 ID:iCe2g1Pi0
薔薇のタトゥの女の出現から数日、一条は警視庁本部に設置された未確認生命体対策本部にて、部下の報告に頭を抱えていた。

「……空白の期間も何もかも、ない……だと?」
「はい、ライブチケットより身元を特定しましたが、未確認生命体第50号、熊谷 和樹(くまがい かずき)には性格が急変した時期も、空白の期間も存在しませんでした」
「そんなはずは……未確認生命体が人間社会に紛れるためには、誰かと入れ替わるか、存在しない人間をでっちあげるしかないんだぞ?」

4年前、人間社会に紛れるために未確認生命体たちは、山野愛美という女子高生と入れ替わり、伽部凜となり、もう一体の未確認生命体は記憶喪失を装って人間社会に溶け込んだ。
このように、未確認生命体が人間を装うと、その人間には空白の期間が生まれるはずなのだ。
108 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:16:48.45 ID:iCe2g1Pi0
だが、いくら調査しても、未確認生命体第50号であった熊谷和樹という人間には、空白の期間が存在しなかった。

「はい……ですが、親族や近隣住民にいくら聞き込みをしても、そのような期間は全く……」
「そんな馬鹿な……」

空白の期間、その前後の人間関係や行動から、もう一体の未確認生命体を炙り出そうと考えていた一条はさっそく壁にぶつかった。
そのもう一人の未確認生命体が眠り病の真の犯人であり、一番の難敵であるというのに、折角掴んだその尻尾がするりと一条の手から滑り抜けて行ったように感じた。
109 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:20:58.89 ID:iCe2g1Pi0
「しかし、空白の時期こそないものの、この熊谷ってやつは……最初からおかしかったみてぇだな」
「杉田さん!」

資料をパラパラと捲りながら、杉田が呆れたように部屋に入って来た。

「熊谷和樹33歳、小学生の頃から問題行動を繰り返す、いわゆるサイコパス……普段の言動からその危険性が垣間見られるためか、就職は出来ずフリーター。
周囲の人間との問題も絶えず、危険視されていた……最初からコイツは未確認だったんじゃねぇのか?」
「いえ、子供の未確認生命体がいると仮定しても、熊谷が子供の頃に未確認生命体と入れ替われるような状況はありませんし、17年前から彼は既に問題児でした」
「マジか……何か別のアプローチが必要ってことかぁ」

杉田は資料をテーブルの上に放ると、椅子にドカッと腰を沈めた。

「お、そうだ一条、榎田さんから連絡があった。
眠り病の原因をある程度発見し、対策がとれるようになったらしい」
「本当ですか!?」
「俺はそう聞いている、詳しくは科警研に行きゃわかるはずだ、行ってこい」
「はい、失礼します」

一条はペコリと一礼すると、足早に未確認生命体対策本部から出て、科警研へ急いだ。
一つの道に大きな壁が立ちはだかったところで、そこで立ち止まってはいられない。
少しでも前に進むために、一条は奔走していた。
110 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:21:54.79 ID:iCe2g1Pi0
科学警察研究所、科警研に赴いた一条を待っていたのは、長い黒髪を後ろで一つに束ね、ガスマスクを着けた怪しげな白衣の女性だった。

「あ!待ってたよ〜一条くん!」

ガスマスクを着けた女性がくぐもった声で一条を呼んだ。

「榎田さん、なんですかそのマスクは?」

彼女こそ、科警研の要、榎田ひかり。
17年前、クウガと一条に未確認生命体と争うための数々の武器を開発し、与え、未確認生命体の身体構造やその攻撃の謎を解明した頼りになる女性である。
ちなみに、普段からガスマスクを着けているわけではない。
111 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:23:05.72 ID:iCe2g1Pi0
「例の眠り病の原因になってた化合物、あれガス状でライブ会場に散布されてたみたいなのよ!」
「あぁ、それでガスマスクを……ガスマスクを?
ここで着ける必要はあるんですか?」
「ううん、無い」

あっけらかんと榎田は言ってのけた。

……やはりこの人と一ノ瀬志希はどことなく似ているな。
雰囲気というか、ノリのようなものが。
112 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:26:43.97 ID:iCe2g1Pi0
「そ、そうですか……」
「一条くんの部隊の人にお願いして、警備の片手間に会場内の大気サンプルを回収してもらったのよ。
そうしたら、未知の化合物がステージに近くなるほど多く発見されてね。
その化合物を詳しく解析した結果、人体、もしくはそれに近い環境で別の化合物に変化することがわかったの」
「その変化した化合物が、眠り病を……」
「そ、経口、もしくは鼻から入った化合物は、その構造を変化させ対象者の脳内に移動、その後、脳漿にて潜伏……更に、これには後二段階ありそうなのよ」
「二段階?……これに追加して、ですか?」
「そ、脳漿に多少含まれている段階では何の効果もないんだけど、その物質は脳漿内で少しずつ分裂してその数を増やしていって、脳漿に対する化合物の割合がある一定量を越えると化合物が再び変化して、それが人を眠らせてしまう性質を有しているみたいなのよ」
「それが、椿が発見した……」
「そう、化合物を人体と同じ環境に置いて変化させた時、椿くんに貰った化合物とは組成が異なっててね、変だな〜?って思ったから少しアプローチを変えてみたら発見出来たのよ……ただし、何故この段階を挟むのかは不明。
そして、最後の段階なんだけど……これは完全に推測」
「推測……ですか?」
「椿くんから第50号の脳漿からまた別の化合物が出てきたって情報が来てね、サンプルの解析はまだ終わってないから確定したわけじゃないんだけど、一条くんからの情報も会わせると、それが最後の段階だと思う」
「最後の……段階」
「うん、4年前の、第49号の事件のリオネル、覚えてる?」
「……忘れるはずがないですよ」

4年前、第49号は記憶喪失を装い、郷原忠幸という政治家として人間社会に紛れ込んだ。
そして、リオネルという商品を売り出した。
疲労が取れ、中毒性が無く、笑顔になれるというその飲料は瞬く間に日本中で人気となった。
だが、そのリオネルに含まれる、ある化合物は第49号の能力によるものであり、体内に侵入後脳内に止まり第49号の意思一つでその化合物はその組成を変え、人を狂わせるという恐ろしいものであった。
113 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:28:06.11 ID:iCe2g1Pi0
「あれは量子もつれを用いて飲んだ人を狂わせていたわけだけど、たぶん今回のも同じパターンだと思うの」

量子もつれとは、一度関連付けられた二つの量子は、片方が外からの力や自然変化によりその性質を変化させると、もう片方には力が加わっていないのにも関わらず同様の変化を見せるという現象のことである。
第49号は、リオネルを飲んだ者の脳に潜伏する化合物を、第49号自身が持つ化合物の量子を変化させることにより量子もつれを起こして変化させていたのだ。

「ほら、一条くんの報告だと、急に第50号が苦しみだしたそうじゃない?それと合わせて考えると、どうやら第50号はもう一体の未確認生命体に量子もつれを用いて攻撃されたんじゃないかな?って」
「なるほど……しかし、何故仲間を……」
「それはもう一体の未確認に聞かないとね〜。
……あ〜、疲れた!」

榎田が身体を伸ばすと、ボキボキと凄まじい音がした。
114 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:28:55.06 ID:iCe2g1Pi0
「また徹夜ですか?」
「うんにゃ、五十越えるともう徹夜は無理だね〜。
椅子に座って仮眠を何回か……だからもう身体じゅうバッキバキよ」

依然としてガスマスクを着けたままの白衣の女性が柔軟体操をする図というのはシュールなもので、一条にはかける言葉が見つからず、「は、はぁ……」と力の無い相槌を打つので精一杯だった。
115 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:30:39.33 ID:iCe2g1Pi0
一通り関節を伸ばし終えると、ようやく榎田はガスマスクを外した。

「ふぅ、んじゃ、これ、はい」
「えっ?」

唐突にそのガスマスクを手渡され、一条は呆気にとられた。

「まだ意味あるかどうかはわからないけど、これ着けとけば眠り病の原因の化合物の侵入は防げるはず。
それと、屋外だとちょっとの風にでも飛ばされて化合物は飛んじゃうからほぼ無害。
今日は何にも受け取らない日だろうけど、これはホント必要かもだから貰っといて……それと言葉ぐらいは受け取って、ハッピーバースデイ、これでまた一歩オジサンになったね」

未確認生命体が三度現れたという情報が発信されてから約三週間、この日、4月18日は一条薫の誕生日であった。
116 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:32:22.23 ID:iCe2g1Pi0
「その……ありがとう……ございます」

一条の誕生日、それは一条の父親の命日である。
一条の父は家族を大切にする人間であった。
その日も、仕事から帰って来たら一条に野球のネット裏の席のチケットをプレゼントするつもりで父は仕事へ向かい……殉職した。
それ以来、一条は誕生日にプレゼントを一切受け取らなくなった。
だが、このガスマスクは受け取らなければいざという時に困るので、誕生日プレゼントではないと自身に無理矢理納得させて受け取った。
その一条の表情は複雑なものだった。

「よし……んじゃ、椿くんから送られて来た化合物の解析終わるまで私は寝るわ。
もう眠くて眠くて……」
「最後に、一つ訊ねてもよろしいでしょうか?」
「ん?いいよ、何かな?」
「そのーー」
117 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:33:06.08 ID:iCe2g1Pi0
科警研を後にした一条は、椿に呼び出しを受け、関東医大病院に赴いていた。

「椿、何か掴んだのか?」
「あぁ……嫌な真実をな」
「嫌な真実?」
「熊谷和樹のレントゲンを撮った。
それがこれだ」

そう言って椿はレントゲン写真を指し示す。
何枚ものレントゲンが、パズルのように切られ、人型に重ねられていた。

「何だこのレントゲンは?」
「バラバラだったんだからしょうがねぇだろ。
んで、これ見て何か気づかないか?」
「何か?」

椿に促され、一条はレントゲン写真を注視した。
118 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:34:43.54 ID:iCe2g1Pi0
腹部に穴のような物が空いており、そこから白く神経が伸びて全身に絡んでいた。
一条には、それに見覚えがあるような気がして、必死に記憶を手繰り寄せた。

「……!五代!」
「その通りだ」

五代雄介、クウガのレントゲン写真と、今椿が見せているレントゲン写真は良く似ていた。

「違うのは腹部にアマダムが無いことぐらいだが、これは恐らくバラバラにされた時にB1号が回収したんだと思う」
「だが、これがどうかしたのか?クウガと未確認生命体のレントゲン写真が似ているということか?」
「いや、お前は見たことがないだろうから知らないだろうが、未確認のレントゲンは、こうはならない」
「……なに?」
「未確認は神経が完全に身体の一部になっているため、中央のアマダムから神経が伸びているようには映らない。
確かに、アマダムに神経が集中するものの、末端まで太く神経が行き渡るはずなんだ。
だが、第50号の手先などの末端に届いている神経は細い、つまり、こいつは普通の未確認じゃない」
「普通の未確認生命体じゃない!?
それなら、一体何だと……」
「お前は、このレントゲンが誰のに似てると言った?」
「……まさか!」
「そ、こいつは……熊谷和樹は……人間だ……いや、人間だった、が正しいかもな」
119 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:36:28.59 ID:iCe2g1Pi0
「…………馬鹿な」
「恐らく、五代と同じように腹部にアマダム……いや、未確認になる、クウガでいうアマダムに対応する何かを埋め込まれたんだろう。
そして、自分の意志で、未確認生命体になることを選んだ」
「自分の意志だという根拠は?」
「クウガは五代の意志に応えて力を与えた。
なら、推測でしかないが、向こうも同じなんだろう。
警察の報告書によると、熊谷和樹という人物は元から人間を嫌っていた様だしな、だから未確認の道を選択したのだと頷ける。
爆発せずに固まったのも、完全な未確認生命体ではなく、未確認生命体への変化の途中だったから……かもしれん」
「……人間は、遂に……未確認生命体と同じになってしまったのか……」

それは、一条が危惧していたことであった。
人間は、殺戮をゲームとして楽しむ未確認生命体とは違う。
一条はそう信じて、それを信じるために警察という職から人間を見続けて来た。
その一条に突きつけられたのは、人間は未確認生命体と変わらないという事実だった。
120 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:37:14.94 ID:iCe2g1Pi0

「……蝶野潤一」
「……?」
「覚えてるか?一条、蝶野潤一を」
「蝶野……潤一?」

一条はその名前を頼りに記憶の海の中を検索する。
最初に脳裏に浮上してきたのは、首に施された刺青だった。
その一欠片が見つかると、芋づる式に次々と記憶から蝶野潤一という人間に対しての情報がサルベージされて行った。
17年前、未確認生命体を捕らえたという一報が入った。
その男は第23号の殺しの現場の近くに居合わせ、未確認生命体の人間態の特徴とされるタトゥが首に施されていたことから第23号ではないかと疑われ、疑われた本人もそれを否定しなかったために警察に連行された。
後に、その男は未確認生命体ではなく只の人間であることが判明する。
その男こそが蝶野潤一であった。
蝶野が只の人間であることと共に、蝶野は病気であることも判明した。
蝶野はその病気から自暴自棄になっており、その経緯から未確認生命体という圧倒的な力に憧れ、首にタトゥを入れた、未確認生命体の信者だった。
だがしかし、椿に第23号に殺された遺体を見せられ、死というものと向き合わせられ、更に第23号に命を狙われ、クウガ、五代雄介に助けられたことで改心した。
121 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:38:02.42 ID:iCe2g1Pi0
「ああ、思い出した……」
「あいつもさ、馬鹿だったよな。
未確認生命体に憧れて、未確認生命体に成りたいってさ……
でもよ、自分の思いが間違ってたことに気づけたじゃねぇか」
「……そうだな」
「実はな……蝶野は7年前に病気が悪化して死んじまった……この病院でな」
「…………そうか」
「だが、アイツは最期まで人間として生きて……死んだ……人間として生きれたことを誇りに思ってな。
この熊谷和樹って男は手遅れだったが、蝶野みたいに、周りの人間が導いてやれば人は道を踏み外さない……俺は、そう思う。
だから、へこたれてる時間はねぇぞ!
熊谷和樹みたいな人間をもう出さないために、もう一体の未確認生命体とB1号を止めなきゃいけねぇだろ!しっかりしろ!一条!」
「……ふっ、お前にそんなことを言われるとはな……
ああ、落ち込むのは後だ、人間が未確認生命体になるなら、空白の時期は必要ない、日本語しか話さなかったことにも説明がつく……捜査をまたやり直さなければ……いけない……な……」
「……?……どうした?」
「いや……何でもない」

一条の中で、一つのビジョンが明確になって行く。
122 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:38:56.69 ID:iCe2g1Pi0
そんな中で、椿は思い出したように「あ、そうだ!」と声を出した。

「一条、この前ポレポレに行ったんだが、お前宛てに手荷物を渡されてな……あ、いや……今日は無理か?」
「手荷物の内容にも依るだろう。
俺はさっき榎田さんにガスマスクを持たされたよ」
「ガスマスクゥ!?」
「眠り病の原因のガス対策でな」
「はぁ……ま、俺も中身は見てないが、多分そんな有用な物ではないだろ、ほいコレ」

椿は小さな包みを投げて一条に渡した。

「おっと」
「手紙が着いてたが、そっちも俺は読んでない……なんか面白いことが書いてたら教えろよな」
「わかった」

一条は包みを開ける前に、その手紙を確認することにした。
123 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:40:08.06 ID:iCe2g1Pi0
一条は包みを開ける前に、その手紙を確認することにした。
封を切り、二つ折りされた手紙を取り出し、広げる。
その内容に目を走らせると、一条は首を傾げた。
その手紙に書かれていた内容は、至極簡単なものだった。

『最高の舞台への招待状です、受け取ってください。
PS.必要無くなったので、お返しします』

明らかに、おやっさんやみのり、雄之介の字ではないそれに書かれていた文の意味を理解出来ずに、とりあえず一条は包みを開くことにした。
そこには……

「っ!?」

一枚のアイドルのライブへのチケット、そして……『一発の銃弾』が入っていた。
124 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:41:01.98 ID:iCe2g1Pi0
銃弾の後部に書かれている文字から、いや、その前になんとなく理解出来た、それは、『神経断裂弾』だった。
それを認めた瞬間、すぐさま一条はポレポレへ電話を繋げた。

「お、おい一条、どうした?」
「……留守電!
……椿!おやっさんかみのりさんの連絡先を知らないか!?」
「はぁ?何だよいきなり……みのりちゃんの番号が確かスマホに……」
「早く繋いでくれ!」

一条の真剣な表情から、長い付き合いの椿は一刻を争う事態なのだと理解した。

「っ!後で説明しろよ、ホレ」
「すまない!」

椿のスマホを受け取りながら、駐車場へ急いだ。
125 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:42:31.60 ID:iCe2g1Pi0
その途中に電話が繋がり、スマホの向こうは騒がしかったが、確かにみのりの声が聞こえて来た。

『椿さん?どうかしたんですか?』
「一条です」
『あ、一条さん!贈り物、届きましたか?
ライブ、今日なんですけど……来てます?』
「今日だって!?」

慌ててチケットを良く見ると、公演日は4月18日となっていた。

『はい!いくつかの事務所のアイドルたちによる合同ライブらしいんですが、卯月ちゃんたちのところの事務所がシークレットゲストとして参加するらしくて!チケットをプレゼントしてくれたんですよ!
もちろん、一条さんにも』
「いいですか!今すぐそこから……」
『あ!すいません!もうすぐ次の娘たちのライブ始まるので切りますね、それでは』
「みのりさん!……みのりさん!……マズい!」

駐車場に着いた一条は、愛車に乗り込むとパトランプを着けて急いで今日のライブの会場へと向かった。
126 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:43:47.77 ID:iCe2g1Pi0
その間に、今までの情報を全て整理する。
一条は何度も思い付いては否定してきた答えに、またたどり着いた。
127 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:44:44.62 ID:iCe2g1Pi0
眠り病が広まった原因と思われる、事務所が社運を賭けて挑んだライブツアー、その全てに参加したアイドルは、稼ぎ頭のニュージェネレーションズの三人のみ。
眠り病の騒ぎの中心にあったCGプロ、そのアイドルたちが容疑者から外れた理由は、空白の時期の有無。
だが、椿からの情報から、今回の未確認生命体は、人間が未確認生命体へ変質した者であることが発覚した。
これならば空白の時期の有無は未確認生命体ではない証明にはならない。
つまり、彼女らも容疑者となる。
128 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:46:31.10 ID:iCe2g1Pi0
途中からポツポツと小雨が降り出した中、警察という立場でも許されないような速度で道路を疾走したことにより、かなり早くライブ会場が見えてきた。
129 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:47:15.63 ID:iCe2g1Pi0
そして、消えた神経断裂弾。
ついさっきのプレゼントから、神経断裂弾は盗まれていたということになる。
ならば、全員にその技術があると仮定して、盗めたのは……本田未央、龍崎薫、遊佐こずえ、島村卯月、一ノ瀬志希。
130 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:47:42.93 ID:iCe2g1Pi0
とはいえ、1時間は経過しており、CGプロはシークレットゲストとはいえ、ライブが始まるまでは秘密というだけで、CGプロが出るタイミングは特段遅くはない。
つまり、もう時間はない。
131 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:48:34.33 ID:iCe2g1Pi0
さらに、第50号の不自然な苦痛と実加の眠り病。
榎田ひかりに訊ねたのは……

『その、相手を選んで量子もつれを起こす場合、相手を見なくても可能なのでしょうか?』
『範囲によるかな、周囲何mの〜、とかなら見なくても大丈夫だろうけど、個人レベルでこの人とこの人を〜とかなら目視したり何だりで、個人を特定しないといけないだろうね』

つまり、公園でのあの時、第50号を狙うにはその姿を見ていなければいけない。
132 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:49:27.02 ID:iCe2g1Pi0
乱暴に車を会場前に止めると、ガスマスクを片手に持ち、会場入り口の警備員とスタッフに警察手帳を見せ、その確認をさせる時間もなく無理やりに近い形で会場に潜り込む。
警備員が追って来ることも気にせずにガスマスクを装着し、重い防音扉を力任せに開いた。
133 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:50:05.11 ID:iCe2g1Pi0
そして、眠り病のガスは屋外ではほぼ無害。
その状態で実加を眠り病にするには、かなり近距離まで近づいてなければいけない。
134 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:51:01.82 ID:iCe2g1Pi0
扉を開けた瞬間、会場内の熱気が一条を襲った。
その熱気に少し怯むと、その隙に会場の警備員に追い付かれる……が、警備員は一条に触れることなく倒れた。
確認するまでもなく、眠り病だ。
135 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:51:40.17 ID:iCe2g1Pi0
もし、薔薇のタトゥの女が消える直前に見せた微笑みが、一条に対する嘲笑でなかったとしたら……
一条の後ろへいた人物への、期待の笑みだったとしたら?
導き出される人物はたった一人……
136 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:52:18.62 ID:iCe2g1Pi0
会場内の観客たちは、一人残らず眠っていた。
そして、ステージの上には五つの影。
その中で倒れているのは四つ。
渋谷凛、本田未央、一ノ瀬志希、遊佐こずえ。
そして……ステージの上でたった一人、マイクを片手に、一条の方を見つめているのは……
137 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:53:11.78 ID:iCe2g1Pi0




「…………島村、卯月」



138 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 21:58:06.21 ID:iCe2g1Pi0
これで四章終了です。
時間も遅いので、今日のところはここまでにしときます。
残りは明日の夜、九時ころに投下していこうと思います。
読んでくださり、また、コメントしてくださりありがとうございます。
改善点や文句、まだ途中ではありますが感想などありましたらお気軽にコメントしてください。
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