勇者「遊び人と大罪の勇者達」

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230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 16:23:59.13 ID:ypTt4u9i0
色欲「抱きたかった女がいた」

勇者「二人きりになった時の第一声が今度はそれか」

色欲「ずっと後悔していることがある」

色欲「死に追い込まれた、あの星降る夜。幻想的な時間。命の制限時間に迫られたときに、俺は、好きだった踊り子の身体を求めることをせず、純愛を守った」

色欲「なのに、こうしてこの谷に住み着いている今。もしもあの時、生涯で1番好きになったものと肌を重ねていたらどんな感触だったのだろう毎晩考えてしまっていたのだ」

色欲「俺は俺が大嫌いだ。性欲なんて軽んじてしまおうと思った。性欲を吐き出して生きようと思った。自分に宿る力でこの谷に貢献した。魔王がいた時は元犯罪者だったのに、魔王がいなくなってからは一転英雄となった。それも、この大罪の装備の影響のおかげなのだろう」

色欲「あの夜、俺はどうすればよかった。最後の最も輝かしい時間を、腰をふるのに使うべきだったんだろうか」

色欲「お前だったら、どうしていた」

勇者「…………」

勇者「後悔すると、心底理解していながらも」

勇者「手を繋いでいたと思う」

色欲「所詮は俺と同じ綺麗事か」

勇者「なあ、どうして穢らわしい方が人間の本能だとか、本音だとか、欲望だってことになっちまうんだよ」

勇者「性欲よりも、もっと深いところに性に対する考え方っていうのが人間にはあるんじゃないのか。お前は、その本能に従ったんだ」

勇者「禁欲という本能に色欲という本能が負けたんだ。禁欲は、理性なんかじゃ抗えない、人間に与えられた欲望の1つなんだ」

勇者「どうしようもなかったんだ。お前はそういう人間に生まれついて、そういう選択を取るような環境で育ってしまった」

勇者「そんなお前だからこそ、その子とたった一部でも人生を共有することができたんだ」
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 16:29:12.11 ID:ypTt4u9i0
遊び人が遠くから向かってくるのが見えた。

勇者「男同士の話はここまでだな。お前もこれから、愛を知っていけばいいさ」

色欲「お前は……素晴らしい勇者だ」

勇者「勇者ねぇ。そんなものにふさわしい俺ではないよ」

色欲「何を言う!勇者にふさわしくないとしたら、お前は一体……」

勇者「俺は」

勇者は青空を見つめながら言った。

勇者「通りすがりの、魔法使いさ」
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 16:32:44.07 ID:ypTt4u9i0
【色欲の勇者の思い出】

愛情は基本的に、伝えるものであり、見せるものであるが。

時として、わざとみせないものである。



踊り子「女の子3人との冒険はいかがだった?」

満点の星空を見上げながら、踊り子と色欲の勇者は寝転んでいた。

色欲「気を遣ったよ」

踊り子「私と初めて会った時も、噛み噛みだったからね。ろくに目も合わせてくんなかったし」

色欲「女の子と接したことがろくになかった。厳しい親の元で育って、勇者の素質を持っていることがわかって、ますます厳しく育てられた」

踊り子「そのおかげで私達みたいな高度な術士と冒険に出れたじゃない。めでたしめでたし」

色欲「何がめでたしだよ」

色欲「この夜が開けると、君が死ぬというのに」




色欲「夢を司る魔王の四天王の一人」

色欲「ここは奴が過去に訪れた場所」

色欲「孤島のような場所に、風が運ぶ花の香り。広がる草原に、夜空に浮かぶ満点の星」

色欲「間違いなくここにあいつの弱点があるはずなんだ」

色欲「ヤツが目覚める前に見つけないと、君だけが夢の中から出られなくなってしまう。僕の精霊との繋がりを、断ち切られた君だけが」

色欲「一生を独りここで過ごさなくてはいけなくなる。そんな生き地獄があるか」

色欲の勇者は立ち上がろうとした。

踊り子「ダメって言ってるでしょ」

色欲「どうして!!」

踊り子「星が見れなくなるからよ」

色欲「そんなことを言って……」

踊り子「どうせ、ここで永遠の時を過ごすのならさ」

踊り子「永遠に回顧する価値のあるだけの時間を、今つくっておきたいの」

踊り子「二人きりになれる時間なんて、なかったんだもの」

色欲「…………」

踊り子「私のこと、どう思う?」

色欲の勇者は口を開いた。

色欲「愛して」

踊り子に唇を塞がれた。
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 16:33:19.90 ID:ypTt4u9i0
色欲の勇者は教会で目覚めた。

覗き込む顔は、魔法使いと、僧侶だけで、踊り子はいなかった。

消滅したのよ、と魔法使いは言った。

あの満点の星空が広がる夢の世界の中で。

踊り子は、永遠に近い時を過ごすことになったのだ。

目覚めた勇者が手に握っていたのは。

見たこともない、妖艶な魅力を持つ鞭だけであった。
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 16:35:46.04 ID:ypTt4u9i0
〜思い出A〜

巨大な球体が割れた。

かつて歯が立たなかった四天王の一人を、いとも簡単に陵辱し、倒した。

右手に持っていた鞭を投げ捨て、冒険者の積み重なった死体をまたいで歩いた。

眠れる姫をそこに見つけた。

変わらぬ姿で眠っているように見える、好きな人の亡骸を抱えた。
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 16:42:23.83 ID:ypTt4u9i0
あと数十分で世界が閉じてしまうという極限状態の中。

あの夜、何故踊り子の身体に手を伸ばさなかったのか、正直今でもわからない。

恥じらいなんかで動けなかったわけでもない。

踊り子は、身体を受け入れてくれたかもしれない。

踊り子は、身体を求めていたのかもしれない。


世界で1番好きな人と、世界で1番したいことを、あえてしない。

それが、愛していることの証明だと思っていたのだ。


この世の半分なんていらなくていいから。

この世の全てよりも大切なたった1つのものを大切にしたかった。

今後、生きていく間、世界で1番愛した女を抱きしめておけばよかった後悔するという、最大の性的欲望に苦悩すると頭の中ではわかっていても。

俺は、星空ごときを選びとってしまったのだ。
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 16:44:25.86 ID:ypTt4u9i0
世界一の美女と同じベッドに入るより。

そばかすのある踊り子と、夜の星空を見上げるほうがずっとしあわせだ。

たとえこれからの自分が、純愛というものを憎み、極端に性というものを軽んじるようになってしまうとしても。


あの子と生きていた時は。


世界で1番愛おしい人とセックスする以上の快楽が、喜びが。

この世界のここには、あると思って生きていたんだ。



色欲の勇者達 〜fin〜
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 16:55:44.61 ID:ypTt4u9i0
続きはまた明日以降投稿します。

投稿文字数はここまでで、76,035文字だそうです。
(お墓の話で73,403文字くらい)

長文なのに読んでくださって、本当にありがとうございます。
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 17:02:09.45 ID:CnIAUNhGo
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 18:07:35.80 ID:cqS5SLQPo
大量乙
色欲が暴食になっとるとこあったでー>>229
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 19:03:17.14 ID:KjFdVUkyO
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:36:33.39 ID:x1j5tBVa0
暴食、色欲、傲慢、憤怒、怠惰、強欲、嫉妬。

7つの大罪の中で自分が最も何に該当するかを考えた時に、傲慢、であることを思い浮かべる者は最も少ないのではないだろうか。

なぜなら、傲慢である者こそ、こう考えてしまうからだ。

「私は、謙虚な存在である!!」

傲慢であるがゆえ、傲慢であることを自覚しない。

だが、どうだろう。

「私は大した存在ではない」と思っている大多数の人間こそ、この欲望に該当しているのではないだろうか。

自分より社会的身分の低い者に丁寧に接する者はみな謙虚とは限らない。

地道に愚直に生きている人にだけ敬意の言葉をかける人は謙虚とは限らない。


“自分が手に入れたくても、手に入れられなかったモノを手にした上々の人にも謙虚でいられるか”


謙虚な人は、1番手に入れたかったものだけは手に入れた人である。

傲慢な人は、2番目までに好きなものはほとんど手にしてきた人である。

傲慢な人は、1番手に入れたかったものにかぎって、手に出来なかった人である。

虚栄心に塗れた者は何かにしがみつく。

2番目に理解できた知識を見せびらかす。

2番目に好きだったパートナーを自慢する。

嫉妬が上にいるものを引きずり落とそうとする欲望であれば。

傲慢は下にいると思っているものに自分を押し上げさせようとする欲望である。

周囲の人間は3番目以降のものしか手にしていないと決めつけかわいがる。

1番欲しかったものを手にしているものには胸を張って威嚇をする。

戦いの優勝者に表彰として盾が与えられるのは、2番目以降の者から1位の座を守るためではない。

勝者自身の満たされなかった思いを、その盾が守ってくれるからである。

【第3章 傲慢の町 『自尊心を守る盾』】

一人ぼっちの夜の部屋で傲慢は叫んだ。

誰か、あたしを認めておくれ。



242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:38:24.90 ID:x1j5tBVa0
案内人「この街は世界で1番凄い街さ!!」

案内人「どのくらいすごいかって?手で表現すると」

案内人「こんっっっのくらいさ!!!」バン!!

勇者「…………」

案内人「えっ?お前らがどんなにちっぽけな存在かって?」

案内人「爪先で表現すると」

案内人「こんんんんっっっっのくらいさ……」シュン…

勇者「すてみしてもいいか?」

遊び人「誰も見てないところでね」

勇者「はぁ」

遊び人「どうやら、『傲慢の街』についたみたいね」
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:40:19.22 ID:x1j5tBVa0
勇者「宝石店、装飾屋、飼育用魔物売り場、変わった店が多いな」

遊び人「資格取得の店も多いね。呪文知識検定。農場経営スキル検定。かっこいいなぁー。私もなんか資格取ろうかなー。遊び人検定はないのかな」

勇者「遊び人検定8段とかになったら、もうそいつはすでに遊び人じゃないだろう」

遊び人「私はまだまだあまちゃんの遊び人だな。見た目は普通の旅人ガールだし」

勇者「そろそろバニーガールの格好をしたいという振りか!?」

遊び人「しないよ!!まだ遊び人検定4級だもん!!」

勇者「8段になってはちきれんばかりのバニースーツとうさみみをつけてくれ!」

遊び人「似合わないよ!!」

勇者「傲慢の街で謙虚になってどうする!」

遊び人「傲慢の街で色欲に塗れてどうする!」
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:41:02.23 ID:x1j5tBVa0
勇者「それにしてもなんだか騒々しい街だなぁ」

遊び人「たしかにおしゃべりの声が大きいね」



主婦A「おほほ。私は子供にこの都1番の家庭教師をつけているわ」

主婦B「おほほほ。私は子供にこの都1番の家庭教師を2人もつけているわ」

主婦C「おほほほほ。私は逆にこの都で最弱と言われる家庭教師をつけていますわ」

遊び人「それ子供かわいそうでしょ!」


男A「ふはは。俺の筋肉はどうだい!この前は牛を押し倒したぜ」

男B「ふははは。俺なんか象を押し倒したぜ」

男C「ふはははは。俺なんかのれんに腕押しだぜ?」

遊び人「何も倒せて無くない?」


占い師A「ふふふ。私なんか魔王が倒される未来を予言していたわよ」

占い師B「ふふふふ。私なんか魔王が倒される未来を予言していたという今言うあなたまで予言していたわよ」

占い師C「ふふふふふ。私なんか、魔王が砂場で井戸掘ってると思ったら、黄金の仏像がでてくる夢を見たんだった……」

遊び人「なに荒唐無稽な夢の話をしてるのよ!」


ブルジョワ娘A「ほほほ。私なんかまた別荘たてちゃいましたよ」

ブルジョワ娘B「ほほほほ。私なんか犬のために家をたてちゃいましたよ」

ブルジョワ娘C「ほほほほほ。わたしなんかお城をたてちゃいましたの」

勇者「ふひひひひ。ぼくなんか君たちみておっ勃てちゃいましたよ……」

ブルジョワ娘ABC「ギャー!!!!」

遊び人「なにあんたも混じってんのよ!!」
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:42:02.68 ID:x1j5tBVa0
勇者「なーにが私は俺は僕はだよ!鼻もちらないなあ!大罪の装備を2つも手に入れたこの吾輩が聞き耳をたててやってるともしらずに!」

遊び人「この高等で麗しき気高き乙女も聞き耳を立ててるとも知らずにね」

勇者「…………」

遊び人「何よその目は」

勇者「やんのかこら?」

遊び人「望むところよ」



勇者「昨日寝てないわ―!ぜんっぜん寝てないわ―!3時間しか寝てないわ―!!」

遊び人「昨日めっちゃ寝たわ―!13時間は寝たかなー?ロングスリーパーだからさー!」

遊び人「だから、まじっ、昨日ぜんっぜん勉強してないわ!!ぜんっぜんだわ!!今日のテストやばいわ!!絶対アカデミー留年するわ!!」

勇者「もう今週で5回飲み会あったわー!!武器屋と道具屋と防具屋と宿屋と酒場の店主と飲み会したわー!!」

遊び人「ふん、それがなによ!私なんてもう今週入って……」



〜夕暮れ〜



勇者「13体は魔王倒したわ!!もう倒しすぎて慣れちゃって、装備無しで戦ったことあるわ!!全裸で倒したこともあるわ!!放尿しながら倒したこともある!!」

遊び人「子供の頃10は人格持ってたかな!エミナ、マキナ、サラサル、チーナ……大人たちは私に巣食う10の人格に怯えてたわ!!同じ年頃の子供はままごとの延長上だと思ってたみたいだけど。ふふっ、今もまた私の中に巣食う少女の魂が……コラコラ、マキナ、落ち着いて。ここで暴れちゃだめよ……」

子供A「なにあの人達」

親A「みちゃダメ!!」
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:43:03.87 ID:x1j5tBVa0
遊び人「はあ、はあ。いつの間にか暗くなってたわね。ひとまず道具屋にでもいきましょう」

勇者「色欲の谷で俺が大活躍して稼いだからな」

遊び人「はいはい。もう自慢ごっこはおしまい」

勇者「いいじゃねえか。俺だって珍しく活躍できたんだから。俺も老後はバニーガールに囲まれてあそこに住もうかな」

遊び人「大罪の装備は封印されて変態性は薄れてきているはずよ。暴食の村の食べ物も普通に戻ったって噂で流れてきたでしょ。色欲の谷でも一人だけ変態になっちゃうよ」

勇者「……………」

勇者「そうか……」

勇者「…………」

勇者「…………変態、か」

遊び人「何くだらない単語で思索にふけってるのよ」

勇者「だれが自慰にふけってるだ!!」

遊び人「……誰も言ってないけど、きっとあんただと思う」
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:43:42.52 ID:x1j5tBVa0
勇者「ふと思ったんだけどさ。大罪の装備は人の心を変えてしまう装備、というわけではなかったりして」

遊び人「どういうこと?」

勇者「人の理性を外す装備なんじゃないかな」

勇者「人間には元々、罪の意識があるだろ?夜中に油の乗ったご飯を食べ終わって罪悪感に駆られたり。夜中に油汗を垂らしながら自分の分身をしごいて罪悪感にかられたり」

遊び人「そ、それはよく知らないけど……」

勇者「そういう、してはいけない、という気持ちを取り外してしまうものなんじゃないかな」

勇者「食べたい、変態したい、と思わせる装備ではなくて」

勇者「食べてはいけない、変態してはいけない、という理性の蓋を外す装備」

遊び人「外す装備、か……」

勇者「…………」

遊び人「…………」

勇者「変態、か……」

遊び人「なんでまたそのワードで感慨にふけろうとするのよ」

遊び人「でも、確かにそうかもしれないね。暴食、色欲、傲慢、憤怒、強欲、嫉妬、怠惰の気持ちは誰にでもあるものだからね」

遊び人「大罪の装備をそんな風に考えたことなかったな」
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:44:25.74 ID:x1j5tBVa0
遊び人「この街の人も、傲慢を司る装備によってタガを外されているのかな」

遊び人「私は大した存在である。この街にいる人は、みんなそう思ってるのかな」

勇者「ちなみに俺はどういう存在だ?」

遊び人「大した変態である」

勇者「ふふん」

遊び人「威張ることじゃない」

勇者「えー」

遊び人「さて、夕食も兼ねて、情報収集に行きましょう。この世で最も寛大な心の持ち主の勇者様」

勇者「仕方あるまい。今宵は少し贅沢なものを食べよう」

遊び人「やったー!」
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:44:56.37 ID:x1j5tBVa0
遊び人「コンテストが開かれるんですか」

酒場「ああ。エントリーの締め切りは間近だよ。試しに出てみると良いよ」

酒場「ちから、まもり、かしこさ、はやさ、あとなんだったかな。それぞれの優勝者には景品と栄誉が与えられるのさ。面白いことに、冒険者よりもこの街に住んでるものの方が入賞しやすいんだ。これのために人生注いでるやつもいるからね」

遊び人「昔からあったんですか?」

酒場「つい数年前だよ。魔王が倒される前くらいだ」

酒場「その前もコンテストをやってたみたいだが、小さなイベント程度だった。種目も主婦とか子供向きのものだった」
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:45:36.21 ID:x1j5tBVa0
酒場「話はそれるが、ずっと前のことで、面白いはなしがあってね」

酒場「子供自慢コンテストが開かれたことがあったんだが。優勝者は、なんと子供を誘拐してきた女性だった」

酒場「その子のことなんてなにも知らないはずなのに。饒舌に語ってね。子供もそれを聞いて喜んで、凄くなついていたそうだ」

酒場「子供を溺愛している親に圧倒的な差をつけ、実の子供をもたないその人が優勝した」

酒場「他の街の出身者で、普段は誰とも交流を取らないらしい。なぜそんなことをしたのか、結局わからないままだった。きっと、子供と過ごす生活を夢見ていたんだろうな」

遊び人「なんだか切ないお話ですね」

酒場「空想は現実を超えることがあるみたいだ」
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:46:19.68 ID:x1j5tBVa0
酒場「この街では、数年前から偉そうに自分を語りだすやつが増え始めた。俺は魔王がいなくなって、人々が恐れを失ったせいだと思うんだが。俺は良いことだと思った」

酒場「夢と傲慢の何が違うっていうのさ。夢が許されるなら傲慢も許されよう。俺も故郷の人間に散々とめられながら、この街で自分の店を持った」

酒場「俺はこのままでは終わらない。俺はこんなんじゃない。特別な存在だ。選ばれた存在だ。そんな気持ちがあったから、努力することもできた」

酒場「見てみろ、様々な商売の中心になったこの夜も光輝く街を」

酒場「虚栄心がこの街を強くしたんだ」
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:48:38.02 ID:x1j5tBVa0
〜食後〜

勇者「数ある職業の中でさ」

遊び人「うん」

勇者「最も謙虚な職業って何だと思う?」

遊び人「賢者じゃない?」

勇者「本物の賢者ならそうかもな。でも王宮直属で働いてる賢者なんかになってみろ。傲慢にならずにはいられないと思うぞ」

遊び人「ちょっとは威張っちゃうかもね」

勇者「最も傲慢な職業はなんだと思う?」

遊び人「勇者じゃないかな」

勇者「そう。俺もそう思った」

遊び人「10年で数百人しか選ばれないと言われてるからね」

勇者「魔王を倒すのに最も近い職業から傲慢な傾向があるならさ」

勇者「遊び人こそ最も謙虚な職業なのかもしれないな」

遊び人「うふ、なによ急に」

勇者「この街に染まる前に、他人のことを誉めておこうと思ってな」

遊び人「褒められてるのかなぁ」

勇者「褒めてるよ。これからも立派に遊んでくれ」

遊び人「わーい!」ガシ

勇者「まて、財布を掴んでカジノを見るな」
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:49:45.55 ID:x1j5tBVa0
勇者「コンテストにエントリーするぞ。こういう時の展開として、優勝商品が大罪の装備だって相場は決まってんだ」

遊び人「違うみたいよ。どの部門も一律賞金だもん」

勇者「なんだよ。じゃあいいよ、めんどうくさい。ちなみにいくらだよ」

遊び人「5000G。勇者の命1000個分くらい?」

勇者「よし、出よう。大罪の装備は後回しだ」




【部門一覧】

・ちから自慢コンテスト

・すばやさ自慢コンテスト。

・かしこさ自慢コンテスト。

・みのまもり自慢コンテスト。

・うんのよさ自慢コンテスト。



勇者「遊び人は運のよさ自慢コンテストにでろ」

遊び人「はい」

勇者「俺はかしこさ自慢コンテストに出る」

遊び人「いいえ」

勇者「じゃあ何に出ればいいんだよ」

遊び人「みのまもり自慢コンテストは?死ぬぎりぎりまで粘れる唯一の人じゃん。死んでも蘇るし」

勇者「なんだよその命の軽さ。それに街人の前で急に棺桶に入ったら勇者だってばれるだろ」

遊び人「5000G」

勇者「やるよ」
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:50:25.52 ID:x1j5tBVa0
司会「2日目!午後の部!みのまもり自慢コンテスト!!」

司会「厳正なる検査の結果、次の4名に決まりました!!」

司会「バニーガールのムチシゴキ地獄に耐え抜いた猛者達を紹介しよう!!」

遊び人「(予選を勝ち抜いた話を何故かしたがらないと思ったら……!誰かさんにとってはご褒美じゃないの!)」


大男A「俺はあらゆる痛みに動じない!!岩が頭に落ちた時も立ち続けた時のように!!」

大男B「俺はあらゆる痛みに屈しない!!雷が俺を撃ち抜いたときに気絶しながらも立ち続けた時のように!!」

大男C「俺はあらゆる痛みに耐え抜く!!盗賊に拷問されても宝の在処を吐かなかった時のように!!」

勇者「僕は、痛みを快感と捉えます」

司会「さぁー!最強の男たちが出揃った―!!この世界最強の街で、最強の座を手にするのはだれだー!!」
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:53:12.90 ID:x1j5tBVa0
司会「準決勝の競技はこちらだー!!」

準決勝

「ちょう我慢大会」

司会「さあ、下剤入りの氷を食べて下さい!!」

ザワザワ…

遊び人「な、なにが始まるというの?」


司会「全員食べ終えたようです!!」

司会「それでは、勝負開始!!」

大男A「ああ!!敗退すりゅぅうううう!!!」ブリリイビチイチ!!

司会「おっとー!?開始1秒で大男Aが脱落したぁー!!勝負本番で胃が痛くなる体質が祟ったかー!?」

大男B「くっそ……臭いやがる……」

大男C「貰い下痢してしまいそうだ……」

司会「全員顔が青いぞー!!」


〜数分後〜

司会「残るはあと1名!!」

勇者「…………」

遊び人「(勇者、ずっと目を瞑ってる。がんばって!!)」

大男B「……っ!?待たれよ!!」

司会「どうした大男B!?」

大男B「お前は誰だ!!!!」

大男B「私はガスです」

大男B「よろしい!!ならば通れ!!」

大男B「はい」ビチチチブリュリュリュリュ!!!

大男B「ぬぉおおおお!!!!らめぇえええ!!!!」

司会「1試合目終了!!勝ち残ったのは大男C、そして勇者だー!!」
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:53:46.31 ID:x1j5tBVa0
勇者「…………」

遊び人「(なによ、表情1つ変えないじゃない。普段からへんなもの食ってるから頑丈なのかな)」

勇者「うぼろぇえええ!!」

遊び人「ええっ!?」

司会「おっと!!勇者あまりの汚物の臭いに吐いてしまった!!ポーカーフェイスは吐き気を堪えていただけだったようだ!!」

大男C「おうぇええええ!!!」

大男B「うぼろぉおおええええ!!!」

司会「おっとー!他の選手ももらいゲロだぁうぼろろろろ!!」

遊び人「汚い!!!!」
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:54:55.07 ID:x1j5tBVa0
遊び人「最後の戦いはどんなものになるんだろう」

遊び人「対戦相手は大男Cね」

遊び人「勇者も、普段はふざけてるけど。こんなことあなたの前で言うと、笑われちゃうかもしれないけど」

たとえあなたが倒れても。

地面に倒れたあなたに、私が王冠を被せてあげる。



遊び人「(大男Cと勇者の頭の上に水の入ったお盆が乗せられたわ。一体何を……)」

司会「決勝戦!!『美女我慢コンテスト!!』」

バニーガール「しつれいします!」

大男C「ん?」

勇者「えっ?」

司会「ルールの説明です。これはバニーガールに背後からはがいじめにされ、甘い言葉をささやかれても頭の水をこぼさずにいられるか……」

勇者「ああでりゅううううう!!!!もうらめぇええええ!!!!」ビクンビクン!!

司会「勇者脱落!優勝、大男D!!」

遊び人「こらぁああああああ!!!!何が出たの!!?何がでたのよ!!!!!?」
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:55:52.65 ID:x1j5tBVa0
遊び人「こんのっ馬鹿!!!!変態勇者!!!色欲の谷からやり直してこい!!!」

遊び人「1回戦で負けるならまだしも!!こんちくしょお!!!私は予選敗退っていいたいのかよ!!!」

勇者「いててて!!何のはなしだ!!?」

勇者「恥ずかしくて言えなかったけど、小便ずっと我慢してて……」

遊び人「そんなにバニーガールがいいのかよぉおおお!!!バニーガールでも転職しろよぉおおお!!!!」

勇者「わ、わるかった!転職するから!バニーガールに転職するから!!」

遊び人「するんじゃないわよっ!!!!」

勇者「ええっ!?」
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:56:56.88 ID:x1j5tBVa0
司会「さて、みさなま。最後に、この戦いへと移りましょう」

司会「唯一予選がない部門があったことを皆様ご存知のことと思います」

遊び人「運のよさの部ね」

司会「なぜなら、この勝負は、皆様全員が決勝で戦うからです」

司会「全ての応募者のなかからくじ引きで選びました」

遊び人「そういうこと!?」

司会「優勝者は……」




司会「遊び人!!!」

遊び人「わたし!?」

司会「今宵、彼女が最も運の良い人物です!」
260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:57:53.55 ID:x1j5tBVa0
遊び人「うそでしょっ!?ギャンブルは負け越してるのに!!今まで使い果たした運は今日という日のためだったのね!!!」

遊び人「やったわ!!勇者!!5000Gよ!!」

勇者「まじかよ……」

遊び人「お金は後日指定の場所で受取だって。楽しみだなぁ。またこの街でもたくさんお金稼いじゃったね」

遊び人「ということでさ。勇者様」

勇者「はぁー、しょうがねえなあ」

遊び人「勇者も遊びたいくせに」

勇者「まあな。カジノにでも行くか」

遊び人「やった!!!!!!!」




「運の良さなんてくだらないわ。自分に不相応な幸せを手に入れた人間こそ、最も不幸な目に遭うというのに」

「ちから、みのまもり、すばやさ、かしこさ、全てにおいてこの街最強の座に君臨した私でさえ、甚だしい思い違いをしていたと気づかされたのよ」

「あなた達も、束の間の勘違いを楽しんでいればいいわ」

傲慢「自惚れを、この元勇者様が踏みにじってあげるから」
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 22:59:25.50 ID:x1j5tBVa0
遊び人「うう……」

遊び人「頭が痛い。昨日カジノで遊んで、いけないと思いつつ店員の人から貰ったお酒を飲んじゃったせいかな。慣れないことをしちゃだめだな」

遊び人「それで、確か、急に具合が悪くなって、休める部屋に案内されて、そこで寝て」

遊び人「えーっと、ここはどこ?」

傲慢「不正行為をした客を、罰するための地下室よ」

遊び人「あなたは!?」

傲慢「この街を、誇るに足る街に育て上げた者よ。昨日の大会や、このカジノの経営も、私の権力が及ぶ範囲にあるの」

遊び人「責任者さんですか。あの、私、不正行為なんてしていません。その証拠に、昨日は見事な負けっぷりでしたもん。賞金がなかったらこのまま餓死してしまうほどですよ」

傲慢「あら、それは運が悪かったわね」

遊び人「ホントですよ。遊び人だというのにギャンブル運わるいんです」

傲慢「おまけに賞金も貰えないしね」

遊び人「はぁ!?」

遊び人「はぁあ!?どういうことですか!!?あなた自分が何を言ってるかわかってますか!?」

遊び人「というか、なんで私ここいいるんですか!?賞金くれるっていうのは嘘だったんですか!?勇者はどこよ!?賞金は何故貰えないの!?なんでこの街のお偉いさんと一体一になってるのよ!?賞金はどうなるのよ!?詐欺!?盛大な詐欺だったの!?賞金はどうなのよ!!」

傲慢「…………」
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 23:05:37.57 ID:x1j5tBVa0
遊び人「はぁ…はぁ…」

遊び人「あの、手始めにひとつ」

傲慢「どうぞ」

遊び人「あなたの職業、勇者なんですね」

傲慢「……恐れ入ったわ。街のうわさでも聞いたのかしら」

遊び人「そんなところです」

遊び人「(精霊が宿ってるのが見えるだけだけど)」

遊び人「(やっぱりそう。暴食の村、色欲の谷、そして傲慢の街。大罪にまつわる場所に勇者という職業の者がいる)」

遊び人「(そしておそらく、大罪の装備の所有者として選ばれるのも……)」

傲慢「何を遠い目をしているのかしら」

遊び人「…………」

遊び人「この部屋、不正行為をした客を罰するための部屋だって言ったのに。トロフィールームじゃないですか」

遊び人「金色の盾が数多く陳列されてる。これは、あなたがこの街で権力を握った軌跡ですか?」

傲慢「……関心しちゃうわね」

遊び人「こんなの洞察のうちにも入りませんよ」

傲慢「洞察の問題じゃないの。だって、他人の栄誉に関心をもつこと自体、奇跡的なことなんだから」
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 23:06:58.62 ID:x1j5tBVa0
傲慢「私は、私が育った街のアカデミーで、期待されていた生徒だった。先祖が勇者だと言われている家系に生まれ、実際に私は幼い頃からその頭角を表しはじめた」

傲慢「勇者特有の戦闘センスがあり、勇者にしか唱えられない呪文を覚え、他の生徒と圧倒的な実力差があった。そして、ある日精霊が私に降り注ぎ、私は完全に勇者として選ばれたことが証明された」

傲慢「アカデミーの校長先生にも何度も部屋に呼び出されたわ。元冒険家だったというその人の部屋にも、たくさんの盾や杯が飾ってあったの」

傲慢「そんな輝かしい表彰の数々を見て、私は何を思ったと思う?」

遊び人「自分はこれを超えられる?」

傲慢「ふふ。反対よ」

傲慢「何とも思わなかったの。それが、ほとんどの人間の、正常な反応だと思うわ」

傲慢「数ある盾のうち、ひとつだけ手に入れるのもすごい苦労を伴うことなのに。『ドラゴニクスレース 銅賞』と書かれている盾を見ても、普通の人なら数秒もしないうちに興味を失うでしょう。全国から選ばれし魔物使いが大勢集まって、命を懸けて目指すものにもかかわらず」

傲慢「魔物使いでもない者までが、その盾欲しさに、栄誉のために命を落とすのよ」

傲慢「自分は他人のことを見ないくせに。自分は他人に見られていると思い込む人がどれだけ多いことか」
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 23:12:23.23 ID:x1j5tBVa0
傲慢「話が逸れたわね。私があなたに聞きたいことがあるのに」

遊び人「何をでしょうか」

傲慢「暴食の街と色欲の谷で、棺桶を引きずって歩く冒険家の目撃情報があったの」

傲慢「加えて、今その2つの場所では、最近起きていた怪奇現象がなくなっている。食物の異常な成長は止まり、性文化に対する過剰な許容は規制されつつある」

傲慢「おそらくこれは、大罪の装備がその場所から失われたことによるもの」

遊び人「(やっぱり、大罪の装備について知ってるんだ)」

傲慢「あなた達が二人の勇者を処刑の王国に突き出し、大罪の装備を奪ったからでしょうね」

遊び人「はぁ!?」

傲慢「暴食の村の勇者、色欲の谷の勇者、彼らはあの国で死んだと聞いたわ」

傲慢「そして次は、傲慢の街の私が殺される番なんでしょう?」

遊び人「し、死んだ?」

傲慢「しらばっくれてもいいわよ。これから全てを吐いてもらうから」

傲慢「昨日の試合。本当に厳正なる抽選の結果、あなたが選ばれたと思う?賞金を受け取らせるために都合よく呼び出すために仕組んだのよ。まさか、カジノで浮かれて捕まえられるとは思ってなかったけど。あなた、最高に運が悪いわね」

傲慢「暴食の村で栽培されていた真実草はもう手にはいらないけど。力づくで全てを吐かせることならできるわ」

遊び人「うぐっ…!!」

傲慢の勇者は遊び人の頭を掴んだ。

傲慢「さあ。勇者にひざまづきなさい」

遊び人「……うぐっ!!!!???」

傲慢の勇者は、白目を剥いた女を掴みながらほくそ笑む。

勇者のみに授けられる雷撃の力を、拷問・洗脳として利用した。

とても繊細な呪文で、脳の中にある情報をそのまま話せば苦痛が与えられることはない。

脳の中にある情報を秘匿しようとし続ければ地獄のような苦しみを浴びる。



それでも、遊び人は、話すことをためらい、激痛を味わい続けた。

どうして話していけないかを理性で判断することはできなったが。

どうしてかわからないものこそ、守らねばならないと本能は感じていた。

盾も持たずに、遊び人は守った。

自分の、大切な生い立ちを。
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/07(月) 23:18:49.83 ID:x1j5tBVa0
明日以降また続きを投稿します。
真面目と下ネタの落差が激しいのは、書き溜めのタイミング差の都合です……。
おやすみなさい。
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/08(火) 13:16:11.47 ID:TFBWtfxt0
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 10:38:56.47 ID:wqGxO5g/0
【過去の章 賢者の里】

長老「この子は、長く生きまい」

無邪気に笑いながら大岩を破壊していく少女を見て、若き長老は父親に告げた。

長老「お前の母さんと一緒だ。この子は天賦の才を授かって生まれた。身体から膨大な寿命がダダ漏れにでもなっていなければ、通常呪文でここまでの威力は出んよ」

父親「どのくらい、生きられるでしょうか」

長老「里のものはおよそ40半ばにて天寿を全うする。この子が平均以上の才能を持っていなかったらより長く、もっていたらより短くなる」

長老「悲しいことだが。これが大罪の賢者の一族の宿命じゃよ」

少女「『おくちチャーっく!』」

少女が笑いながら叫ぶと、森のなかにいた魔物は全て有口詠唱を封じられた。

長老「マフウジをこんな雑に唱えられるものが世界にどれだけいる。この子が呪文を使いたがっているのではない。呪文がこの子に使われたがっているのだ」

長老は告げた。

長老「この子は、ただ一事を成すべきためにのみ生まれて来たんじゃ」





父親「一事を成すべきために、だと」

父親「ふざけるな!!」
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 10:42:52.52 ID:wqGxO5g/0
〜遊び人の父の若かりし頃〜

男は、国家所属の研究員として働いていた。

エリートとしての道を歩む前、アカデミーにいた頃は何のために生きているかわからない時期もあった。

勇者という存在を見て羨ましいと思っていた時期もあった。

何か一事を成すために人は生まれ、そのために生涯を注ぐ。

「魔王を倒す」

生まれてきた意味や目的意識を持っている存在が羨ましく思えた。
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 10:43:20.41 ID:wqGxO5g/0
目的のできた男は若いうちから仕事で頭角を現し、ある程度の裁量権を与えられた。

男は森の調査をしていた。

魔物が人間の村に入り込めない(気づかない)のと同様、不思議な生き物によって人間に秘匿されているエリアがある。

そのエリアを探すのが彼の仕事の1つだった。

同僚「また森に行ってきたのか。エルフの生き残りでも探しているのか」

男「エルフになら会ったことがあるし、もうごめんだよ。こちらがどんなにエルフに関する知識の理解を示しても、蔑まれてろくに相手にされなかった。長寿の彼らは年功序列の世界に生きてるんだ。人間の青年はエルフにとってガキにすぎない」

同僚「じゃあ何を探しているんだ。帰ってきたら魔力がいつも尽きているじゃないか」

男「1日中感知呪文を使っているんだ」

同僚「感知呪文?何を感知してるんだ?」

男「探し物以外を感知している」
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 10:47:15.93 ID:wqGxO5g/0
同僚「はぁ?」

男「もしもガラスの靴を置き忘れた女の子を探したい場合、どうやって探す?」

同僚「広域を対象にして、俺なら性別やサイズの指定をするな」

男「そうだな。より細かく分類していくのが感知呪文の基本だ」

男「だがな、拒否される場合があるだろう?魔王が人間の町村を感知できないのと同じだ。『人間以外がこの村を感知するのを防いでください』という防護呪文が人間の居住地には施されている。そして魔王城にも同様に『魔物以外がこの場所を感知するのを防いでください』という防護呪文が施されている。では何故、魔王城に侵入することができる勇者が大勢いたのか」

同僚「感知にはあまり詳しくはないが、魔物を洗脳したり尾行したりしてたんじゃないのか?」

男「洗脳は出来ない。人間に洗脳された魔物は人間の思考となり、魔王城を感知できなくなると言われている。一方、尾行は可能だ。魔物と自分を鎖で結んだら、魔物が結界に入った瞬間は途端に興味を失ってしまうが、無理やり内部まで引きずって貰えれば侵入することができるだろう。まぁ、広大なエリアから魔王城に出入りする魔物を特定すること自体がかなり困難だが」

男「実際に行ったのは、”引く”という発想だった。ある膨大なエリア全体を感知する。そのあと、魔王城に関わる要素以外を全て差し引く。結果、魔王城というエリアだけが感知されていない場所として浮き出る。この国のかつての研究員は、この地味な作業が得意だったんだ。そして勇者をばかすかと魔王城に送り込んでいた」

男「例の森のエリアにも同じような聖域がある。他の仕事も並行しながら3年近くかかったが。もうすぐだ」

同僚「お目当ての場所が見つかりそうか」

男「正確にはお目当ての場所以外の全ての場所が、だな」

同僚「いちいち会話をするのも疲れるやつだ。女性には面倒なやつだと思われないようにな」

男「余計なお世話だ」
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 10:51:50.61 ID:wqGxO5g/0
幾月が経った頃。

男「ついに……」

男「ついに終わった。長かった。明らかにこの空間だけ浮いている。近くを通ったことは今まで何度もあったのに」

男「ここに、父さんの呪縛を解くヒントが……」

男は森の中の空間を見定め、強烈に意識をし始めた。

すると、空間の歪みのものが目に見えてきた。

男「ここが、入り口……」

「触れては駄目」

男「誰だ!」

「いつ諦めるのかと3年前からニヤニヤしながら見守ってきたけど。あなた、相当暇なのね」

「里の外に出る者なんて私以外に皆無だから、まだ誰も気づいていないわよ。殺されないうちに帰りなさい」

男「君は……エルフか?」

「はぁー!?なによそれ!新手のナンパ!?」

女は頬を染めた。

「例のろくでもない国家の人間さんなんでしょう?さっさとお家に帰って、魔王を倒す研究の続きでもしなさいな。魔王は倒せても私たちは倒せないわ」

男「やはり、ここに!」

男「大罪の賢者の一族が!!」

「『ネムリン!!』」

ピンク色の泡が東洋の伝説の生き物――虎と呼ばれる獣――となり、男は10頭のそれらに囲まれた。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 10:52:19.41 ID:wqGxO5g/0
男「……なんという魔力だ」

「獅子は眠るのが好きなの。あなたもおやすみなさい」

男「させない!!」

男の身体を球体の反射鏡が覆った。魔法を跳ね返す呪文である。

「無口詠唱できるのね。私はあんまり好きじゃないんだけどなあ。呪文への感謝を感じられないんだもの。ほら、突き破っちゃって!」

1頭の虎が鏡に向かって突進した。

鏡は跳ね返そうともがいたが、溶けて消えてしまった。

「ほらね。呪文も眠りたい時があるの。気持ちを考えてあげなくちゃ」

男「魔力にここまでの差が……」

「記憶は頑張って消してあげるから。また三年後においでなさい」

女が呪文に指図しようとした時、男は声を張り上げた。

男「ま、待ってくれ!!大罪の賢者の一族にとってもこれは必要な話だ!!」

女「魔王を倒すって話?どうでもいいわよ。たまに勇者が潜り込んできては私達に討伐を頼み込んできたって聞いたことがあるけど……」

男「僕の父は、賢者の石の研究者だ!!

男「君たちの寿命を延ばせるよう、協力したい!!」

女は驚いた。

虎の群れは弾けて消えてしまった。
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 11:05:47.09 ID:wqGxO5g/0
女「……凄いわ。天才よ。ここまで研究してきた人間がいたなんて」

資料の束や、謎の浮遊物がある小瓶を眺めながら女は言った。

女「あなたの父親は何者なの?」

男「国家の研究員だった。回復呪文を垂れ流すという賢者の石の創造に取り組んできた。死者の蘇生の研究を勝手に始めて辞めさせられてしまったけどね」

男「それと、その研究資料の作成は僕も手伝ったんだぜ?」

女「あなたも同じ道を辿っているってことかしら」

男「まさか。死んだ者は蘇らない。似たような研究をしている変わり者は決まってこう言うんだ」

男「日々の研究の成果は出ている、死者の蘇生は不可能だということの証明が日進月歩で進んでいる、ってね」

女「あなたの父親はどうしてそんな研究を始めたの?」

男「十年前に死んでしまった母さんを、蘇らせようとしたんだ」
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 11:07:37.57 ID:wqGxO5g/0
男「死者を復活させることはいかなる方法でもできない。勇者と呼ばれる職業でさえ、肉体が滅んだ後も精霊が魂を束縛しているだけで、死に至っているわけではないという」

女「あなたは何故お父様のお手伝いを?」

男「無駄にしたくないからだよ。母の死や、母の死を悼む呪われた父の研究をね。死者に対して研究は無力でも、生者に対してできることは多いからね」

男「例えば、命を永らえさせることは可能だ。食料が多い国は長生きする。衛生の良い国は病死率が低い。長寿は努力によって可能にすることができる」

男「死んだ母を蘇らせることは望まない。けれど、母が生きていた頃に、母の命を永らえさせることなら僕にもできたはずなんだ」

男「寿命の増長の理論は構築しつつあるんだ。だけど、それを確かめるための呪力が足りない。データが足りない。そんな時に、幼い頃に母に聞かされた物語を思い出した」

男「短命な寿命で生まれつく、賢者の一族がいた。彼らは己の寿命と引き換えに、強力な呪文を創造し、放ってきた」

男「僕の研究には君たちの力が必要なんだ。お願いだから力を貸して欲しい!」

女「……事情はわかったわ」

男「なら!」

女「『ネムリン!!』」

虎が女の手から飛び出し、男に直撃した。

女「今日はもう疲れちゃったの。またね」

男は薄れ行く意識の中、小指に何かが触れた感触を覚えた。

そして、深い眠りに落ちた。
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 11:08:53.06 ID:wqGxO5g/0
〜小雨の降る日〜

男「……見つけたぞ」

女「あら、ごきげんよう」

男「よくもこの前は眠らせてくれたな」

女「クマがひどかったんだもの。よっぽどお仕事がお忙しかったんだろうなって」

男「荷物も全てなくなっていた!!研究資料も、ここにたどり着くための特殊な地図もだ!!また3年かかるところだった!!」

女「今日こうして会えたじゃない」

男「偶然のおかげだ!!奇跡だよ!!どうしても里に入れさせないつもりか!!」

女「まあまあ、そう怒らないでよ。雨も降ってるのに熱い人ね」

男「それはあんたが……」

女「『かさ!』」

そういうと、葉っぱが女の頭上に浮いた。

男「……そんな呪文聞いたことがない」

女「あなた達が興味を持ってないだけよ。燃やしたり、凍らせたり、惑わしたり、そういう物騒なことばかりに興味を持つ」

女「まるで戦うためだけに生まれてきたみたいに見えるわよ」
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 11:26:03.34 ID:wqGxO5g/0
〜小雨の降る日〜

男「……見つけたぞ」

女「あら、ごきげんよう」

男「よくもこの前は眠らせてくれたな」

女「クマがひどかったんだもの。よっぽどお仕事がお忙しかったんだろうなって」

男「荷物も全てなくなっていた!!研究資料も、ここにたどり着くための特殊な地図もだ!!また3年かかるところだった!!」

女「今日こうして会えたじゃない」

男「偶然のおかげだ!!奇跡だよ!!どうしても里に入れさせないつもりか!!」

女「まあまあ、そう怒らないでよ。雨も降ってるのに熱い人ね」

男「それはあんたが……」

女「『かさ!』」

そういうと、大きな葉っぱが頭上に浮いた。

男「……そんな呪文聞いたことがない」

女「あなた達が興味を持ってないだけよ。燃やしたり、凍らせたり、惑わしたり、そういう物騒なことばかりに興味を持つ」

女「まるで戦うためだけに生まれてきたみたいに見えるわよ」
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 11:27:54.36 ID:wqGxO5g/0
男「戦うためだけに生きてきた、か」

男「勇者という職業はまさにそのような運命を辿るのだろう」

女「哀れんでるの?」

男「哀れむさ。でも、戦う宿命を背負っているのは、勇者だけではない。僕の父も、今では孤独に母の死と戦うためだけに生きている」

男は物憂げな顔をして言った。

男「人は、何のために生きてるんだろう」

女「…………」

男「大罪の一族として生まれついた君たちこそ、こういう問をよくするんじゃないのか」

女「そうね。でもこの問は、古代から人類が問い続けていたことで、今だ解の出ないこと」

女「だからこそ、私達には最も不向きな問なの。考えてる間に、寿命が尽きてしまうもの」

女「だから、簡単に、こう思うことにしたの」

女は言った。

女「何のために生きてるかわからないから、生きることは素晴らしいのよ」

女「人間には何か成すべき一事があって、それを叶えて神様に認めてもらうために生きているわけではないの」

男「何のために生きるんだ?」

女「しいていうなら」

女「しあわせに生きるために生きるのよ」

男「どうやったら幸せになれるんだ?」

女「質問の多い人ね!幸せになればいいのよ!」

男「そのままじゃないか!!」

女「『ネムリン!!』」

男は深い眠りに落ちた。

女「面倒な男ね!」
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 11:29:47.89 ID:wqGxO5g/0
男「どれだけ俺を眠らせれば気が済む」

女「あら、こんな森のなかで奇遇ね」

女「目の隈は取れたかしら。よく見せて。『アカリン』」

女が呪文を唱えると、手の平から輝かしい光が溢れた。

男「やめろ!眩しい!!」

女「うんうん。最近綺麗になってる。寝不足は健康によくないよ?」

男「それに関してはこちらも聞きたいことがある」

男は目を細めながら女に言った。

男「大罪の賢者の一族は呪文を使用すると寿命が削れると聞いた。そんなに気軽に使用して大丈夫なのか?」

女「削れるよ。使わなくても短命だけど、使うとより短命になる」

男「じゃあ使うなよ」

女「あなただってよく削ってるじゃない。森の中を歩き回ってる時にスパスパやってた」

男「ああ、これか」

男は葉巻を取り出した。

男「確かに寿命に影響をもたらすと大方証明されてるな」

女「あなたにとって、それは命より大切なものなんでしょ?」

男「それとこれとは」

女「同じよ。暴飲暴食や、過度な鍛錬は、人を短命にする。けれどそれはその人にとって命そのものに等しいから、やめられないのよ」

男「お前が呪文を使うのはどうしてなんだ」

女「どうせ、短いんだもの。だったら短いものを長くするよりも、太くすることに注ぎたいじゃない」

男「さっきも言っていたな。呪文を使わなくても短命だと」

女「寿命が漏れているの」

男「寿命が漏れている?」

女「そう。身体から常に寿命が漏れてるの。呪文の使用によっても追加でどばどば溢れちゃう」

女「私たちは呪術の餌なのよ。だから代わりに、強力な呪文を使用させて貰える。だったら使わなきゃ損じゃない」
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 11:33:43.75 ID:wqGxO5g/0
男「わかったよ」

女「何がよ」

男「俺はスパスパをやめる。だから君も、不要な呪文を使うのをやめてくれ」

女「嫌よ。ただの寿命の短い女に成り下がるだけだもの。あなた一人でやめなさいよ」

男「やめるよ。代わりに今日100本だけ吸わせてくれ」



男はその日、葉巻を100本吸った。

50本を超えた頃には、嫌だ、吸いたくないと思いながらも吸った。

そしてこの日以来、手が震えるほどの禁断症状が出たが、、一度も葉巻を吸うことがなくなった。




後に、女は考えた。

この男は、私を彼の母親に重ねたんじゃないだろうか。

この賢い男は、研究のための呪力を求めて私達を探してきながら、私の寿命のために呪文の使用を辞めさせるという愚かな矛盾に気づいていない。

私達の寿命を伸ばすという話も、まだ絵空事の段階だ。

やはり、外界の人間は自分勝手な生き物だ。

その身勝手さに、私の寿命を巻き込んできた。

愚かだ、と思いながらも。

いつしか、女も男の前でだけは呪文を使わなくなっていった。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 12:21:23.05 ID:wqGxO5g/0
男「あのさ」

女「なにかしら」

男「どうして俺がいるところがわかるんだ。いつも先回りされている」

女「ふふ、思い上がりじゃないかしら。あなたが私をつけているんじゃなくて?感知呪文なんかを使って」

男「なっ!特定の人物を感知できる芸当ができるなら3年もかからなかったさ!」

男「この森にやってきて、君と話しては眠らされて。里の手がかりを失ったと絶望して森に訪れると、また君に奇跡的に再開して、そして眠らされる」

女「最近体の調子はどう?」

男「すこぶる良い。だが、寝てる間に虫に刺されてかゆい」

女「魔物避けは張ってあげてるんだから、贅沢言わないでよ」

男「……すみません」
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:01:48.33 ID:wqGxO5g/0
男と女は幾日も出会いを重ねた。

地図もなしに、約束もなしに、男が森に入ると不思議と女と出会うことができた。

浅い話で笑ったり、深い話で共感したり。

男は女を研究の協力者として。女は男を森をさまよう不審者として。お互い認識していたが。

1秒も建設的な話もせずに帰った日に、男はふと思った。

「何のために会ってるんだろう」

何のために会ってるかわからない時間にこそ、男が今まで生きてきた時間の中で最も価値を感じていた。



男は女に惹かれていた。

それを悟られたくはなく、表情をなかなか崩せず、時々研究の話題で誤魔化した。

女も男に惹かれていた。

それを表情で素直に伝え、自分の話したいことを話した。

寿命が短い一族だからこそなのか、気持ちの表現に遠回りをしないようだった。

男は女の好意を感じ取り、情けなく思った。

自分が生涯を捧げる覚悟を決めた研究というものが、唯一脇に避けられてしまうことに気づいていた。

「君が好きだ」

あまりに似つかわしくないそのセリフに、女は驚いた表情をした。

里への尾行を封じるために男が深い眠りに落とされることはもうなかった。

代わりに、2人は深い恋に落ちた。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:03:32.31 ID:wqGxO5g/0
男は里の中に入ることを許された。

里の中で議論はあったものの、里随一の呪力を持つ女を信頼する者は多く、さらに寿命の延命という一族最大の目標を叶えられる可能性を持つ者として男は受け入れられた。

男「やっぱり僕は異端に見えるんだろうか」

女「どうして?」

男「みんなが僕を見てクスクス笑っている気がする。特に女の子がだ」

女「思い上がりじゃなくって?」

男「手を見られている気がする。研究者のか細い腕は馬鹿にされやすいんだろうか」

女「この里は呪文に頼ってばっかの頭でっかちの賢者ばかりよ。気にすることないわ」

そういう女も、クスクス笑いを堪えているようであった。



男「どうして里の者達は外に出ようとしないんだ」

女「色々精神的な理由が多いけど。1番の理由は、結界の外に出ると寿命がより激しく流出するからよ」

女「天才研究者でさえ発見に3年もかかるほどに、この広大な里には結界が張り巡らされているのはご存知よね」

男「はは、よしてくれ」

女「私たちは別に、人間を含む他の生き物の侵入を恐れているわけではないの。見つかるのもめんどうだから、見つからないようにはしているけど」

女「さっきも言った通り、結界の外に出ると寿命が激しく漏れ出すの。里の中にいる間はある程度流出が抑えられる。だからみんな中にいつもいるのよ」

男「でも君は外に出ていたじゃないか」

女「自由の制限に対する抵抗のつもりだったの」

男「もうやめてくれ」

女「やめてるじゃない。あなたも中に来てくれるようになったし」

女「来る日も来る日も感知呪文を使い続けている人間の気配があれば、嫌でも気になって外に出てしまったわよ」

男「わるい……」
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:09:38.02 ID:wqGxO5g/0
男は王国の研究者として働くかたわら、里にも頻繁に訪れ研究を重ねた。

おとぎ話である大罪の一族を発見したことはそれだけで大きな偉業とも言えるべきことであるが、男はその発見を秘匿し続けた。

死者蘇生の研究を続ける故郷においてきた哀れな父や、亡くなった母を思ううち、いつの間にかこの呪われた一族の命に貢献できないかと考えるようになった。

男は初め里の者から疎まれていたが、呪文の創造などに貢献していくうちに信頼されるようになった。



男が王国で今までしてきた研究は、主に命を奪うことにつながっていた。

男が今勝手にしている研究は、命を豊かにすることに繋がっている。


呪文で全てを解決しようとしてきた一族は、植物や鉱物に関する知識が少し乏しい所があった。

男は科学の知識を提供した。

高度な治療呪文の使用機会を減らすことは、たとえ数分程度であろうと、里の者の寿命を伸ばすことを意味した。


次第に里でも男が認められ、男も里に対して第二の故郷のような愛着を持ち始めた頃。

女が珍しく、里の歴史に関する話題を自分から話し始めた。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:12:47.84 ID:wqGxO5g/0
女「どうして私達が、大罪の賢者の一族と呼ばれるか知ってる?」

男は里の他の男から聞いたことがあったが、黙って話を聞いた。

女「遥か昔。現代と同じように、勇者が魔王を倒すために冒険していた時代のこと。私達の祖先は、こう呼ばれていたの」

女「精霊殺しの一族、と」



女「智に聡く、呪術を知り尽くし、一般の人間や、魔族とも別に生きていた私達賢者の一族」

女「一方、自らの人生を捧げ、報いを求めることもなく、魔王を倒すためだけに我が身を注ぐ勇者という存在。そして、彼らに自らを捧げた精霊達」

女「私たちは、その精霊を殺すことが可能だった」

女「私たちは特別な目を持っている。精霊を目視することができる。精霊を呪文で破壊することも、儀式の生贄に利用することもできる」

女「精霊は有益な存在よ。賢者の石の材料にもなる。禁忌の儀式の材料にもなる。そんな貴重な精霊は、普段は違う世界に住んでいると言われている。この世界に現れること自体稀だし、捕縛することなんて数百年に一度可能かどうかというほどだった。そんなとき、魔王という存在が現れ、同時に勇者という存在が現れた。そして勇者に精霊が取り付くことを知った」

女「私達の祖先はね、人間が魔王と対峙して苦しんでいる時に、勇者を捕縛したの。勇者に取り付いている精霊を利用するためにね。精霊だけを引き剥がす術を知らなかったし、勇者を生きて逃がすことに意味もなかった。勇者殺しの一族でもあったわけなの」

女「もしも、私の寿命を伸ばすのに、精霊が必要だとわかったらどうする?」

男「…………」

男「勇者を殺しちゃうだろうな」

女「私が断ったら?」

男「断れないさ。その頃にはかわいい子供もいるんだから」

女「あら、そうなの?」

男「そうだと思ってる」

女「あなたも大罪人ね」

男「牛や豚や鳥を食べて生きているんだ。勇者と精霊を犠牲にして長生きして何が悪い」

女「悪いわよ」

男「悪くても生きるんだ」

女「私が死ぬまで間に合うかしら」

男「間に合わせるよ」
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:15:55.88 ID:wqGxO5g/0
男と女は結婚した。

女の寿命の漏れは里の中でも激しいものだ。

このまま何もしなければ、二人で老後を過ごすなど、夢のまた夢だとわかっていた。

男は彼女といる時間以外は、全てを長寿命化の研究に取り組んだ。

命の研究、精霊の研究、魔族の研究、勇者の研究、長寿の手がかりになりそうなことについてはどんなことでも研究をした。

遠くの故郷では亡くなった母を蘇らせようと父が研究していて。

ここでは早く亡くなる運命の妻を長生きさせようと自分が研究している。

研究者として生き、運命や因果応報等には関心を向けず、命を個数として考えて生きてきた彼もこう思わずにはいられなかった。

男「どうして価値ある命こそ、早く尽きてしまうのだろう」


研究員としての立場を利用しながら、あるいは大罪の賢者の里という貴重な研究環境にいることを利用し、彼は研究成果をあげていった。

充実した日々だった。

王国で仕事をし、移動の翼で帰宅し、妻と会話をし、生まれた子供の寝顔を見る。

この日々を守るために、日々時間を費やした。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:19:51.82 ID:wqGxO5g/0
一仕事終えた男は、王国の研究室で考え事をしていた。

男「今日も無理をしないといいが」

妻は里で新呪文の開発に取り組んでいた。

呪文の開発には多くの魔力の使用を伴うが、仕方のないことだ。

膨大な魔力を使えぬ者にしか行うことのできない仕事がある。

その中でも最たる目標が、自分らの寿命を長生きさせることではあった。

そのために寿命をすり減らして研究をするのは、皮肉といってはいけないことで、やめさせることのできないことであろう。

同僚「おい、何をぼーっとしてるんだ」

男「おお。ちょっと考え事をな」

同僚「それどころじゃないだろ。急げ、間に合わないぞ。闘技場に行くんだろ?」

男「闘技場?下賤な見世物を見る暇はないぞ」

同僚「お前、まさか例の話を聞いてないのか!?」

男「ここしばらく現地調査をしていた」

同僚「俺らの王国から勇者が誕生したんだよ!」

男「なっ……!?」
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:20:31.28 ID:wqGxO5g/0
異国や書物の研究に夢中で、探し求めていた人物がまさに足元に現れていたことに気づかなかったことを恥じた。

同僚「ああ。表向きでは馬鹿王子……おっと、王子様が勇者に選ばれたってことになっているんだがな」

同僚「奴隷が選ばれたんだよ。広場で労働していた奴隷に精霊の光が直撃したんだ」

同僚「これから行う実験は『精霊の加護』の特性の研究だ」

同僚「精霊の加護の専門チームがつくられる。俺も今の研究をきりあげて、近々チームに加わらせてもらうことになる」

同僚「お前も今は何故か転移呪文の研究をしているそうじゃないか。お前みたいな変人にもきっと興味がわくものが見られると思うぜ」
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:22:05.73 ID:wqGxO5g/0
奴隷「…………」

魔物使い「本当に、いいんだな?」

研究員A「構わん」

魔物使い「ラック。あいつを引き裂いてくれ」

魔物使いが命じると、巨大な虹色の鳥が、爪で奴隷の首を引き裂いた。

奴隷の姿は消滅していた。

研究員A「本物だ!!」

同僚「い、今のはなんだよ!」

男「伝説の通りだ。かつてこの王国も、一人で冒険していた他国の勇者を生け捕りにしたことがあったが、勇者が短剣で自分を刺し逃亡をはかったという」

同僚「意味わかんねーよ。なんでお前詳しいんだよ」

2人の会話をよそに、研究者は続々と移動を始めた。

同僚「どこ行くんだ?」

男「教会だろう。闘技場の近くにある」
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:22:39.66 ID:wqGxO5g/0
教会にたどり着くと、倒れた奴隷の姿があった。

研究員A「何が起こった?」

研究員B「私たちはここで待機していました。一瞬白い光が見えたような気がして。気づいたら奴隷が横たわっていました」

研究員B「神官の様子がおかしかった。無意識に蘇らせているようでした」

研究員A「おい。あんたが蘇らせたのか」

神官「蘇らす?」

研究員「そこの奴隷だよ」

神官:なにがおのぞみですか。どくをちりょうしますか。まひをなおしますか。のろわれたそうびをはずしますか。

同僚「おいおい、どうなってるんだ……」

男「…………」
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:23:58.50 ID:wqGxO5g/0
研究員A「次の実験に移る。仲間がいる状態での死亡ケースだ」

研究員A「かつて同じ屋敷で働いていた奴隷を用意した」

研究員A「こいつを仲間だと認めろ。さもなくば、こいつの命は失われることになる」

奴隷「…………」

奴隷B「ひ、ひぃ……」

研究員A「よし。まずはこの仲間から殺せ」

魔物使い「ラック」

鳥の鉤爪が奴隷Bの首を引き裂いた。

生首はごろごろと飛び跳ねながら転がった。

同僚「うげぇ!!」

研究員A「棺桶が出現しないぞ!」

研究員A「貴様!!奴隷同士の命には関心がないというわけか!!」

研究員B「もしかしたら、目的の共有がないからでは。勇者のパーティが結束されるのは、魔王討伐という目的のためです。そのことを意識させてみては?」

研究員A「それくらい知っている!!おい、新しい奴隷をもってこい!!」

その後も、少しずつ条件を変えながら実験は繰り返された。

しかし、奴隷は、元いた屋敷の奴隷を仲間だと認識しなかった。

転がる生首の数だけが増えていった。
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:26:56.89 ID:wqGxO5g/0
研究員A「駄目だ、仲間だと認識しない。魔王討伐に関する知識を吹き込み、討伐拒否に対する恐怖を拷問で植え付けようとも、討伐成功に関する報酬を洗脳で見せつけようとも、一切変わらない」

研究員A「4人のパーティなど、ただの冒険譚の中の伝説だというのか……」



同僚「伝説なんじゃねーの。棺桶がパーティの肉体を保護する、だったっけか?」

男「……なぁ。どうしてさっきから、男の奴隷ばかりが使われているんだ」

同僚「そりゃあ、あの商人の屋敷に勤めていた奴らだからだろう。力仕事のできる奴隷しかいないんだ」

同僚「なんだお前、女の生首が飛ぶところでも見たいのか?研究しすぎておかしくなったか?」

男「…………」

男「所詮は……」

同僚「おい、何してる!中に入るな!」

男は見学の取り巻きから離れ、闘技場内にいる研究員Aに近づいた。

研究員「何だ、お前は」

男「所詮は、男という生き物だ」

男「恋をさせればいい。同じ年頃の、美しい奴隷を連れてくるんだ」

男「俺も、精霊の加護の研究チームに入れてくれ」
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:38:45.65 ID:wqGxO5g/0
精霊→勇者を選別
目的:?

勇者→仲間を選別
目的:魔王の討伐?

男「魔王の討伐を望むのは世界の望みであって、勇者の望みではないのではないか」

男は羊皮紙に書いた自分の書き込みを見て考え事をしていた。

男「だとしたら、命を失わせたくないという思いだけで、パーティは結束できるはずだ」



幼い頃にアカデミーに通えなかった者達が、大人になってから通いはじめるコースが有る。

そのような環境を擬似的に作成し、男の奴隷と女の奴隷を2人の生徒に見立てた。

男奴隷はまだ自分が勇者であることどころか、勇者という存在についてさえよく知らなかった。

女奴隷は屋敷での酷い虐めから解法されながらも、新たな環境に移されたことに対する不安で一杯のようだった。



研究員は適当な嘘を並べ、試練を用意した。

魔物の討伐であったり、治療薬の合成であったり、2人で協力すれば達成できる試練であった。

奴隷が男女で喋ることなどご法度であったため、なかなか男奴隷は話そうとしなかったものの。

女奴隷から男奴隷に話しかける機会を増やさせ、2人を親密にさせる機会を多く創り出した。

いつしか。

男奴隷は、時折笑顔を見せるようになった。

小さな箱庭の中で。
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:40:04.48 ID:wqGxO5g/0
数週間後のこと。

奴隷「やめろ!!貴様ら!!またこんなところに連れてきやがって!!」

研究員A「おうおう。ちょっと日がたっただけで随分威勢がよくなったねぇ」

女奴隷「……何がはじまるの?」

研究員A「まずは男からだ」

魔物使い「ラック」

鳥の魔物が男奴隷の首を撥ねた。

女奴隷「あ……あ……」

研究員「見ろ!!棺桶が出現した!!肉体の損傷を抑えるためのシステムだ!パーティが結成されている証だ!!」

研究員「肉体が粉々に砕けた場合での蘇生の限界も知りたいが、失敗すれば永遠にあいつが失われるからな、なやましいところだ」

研究員A「女も殺せ」

女奴隷「いや、うそよ、やめて!!」

鳥の魔物は女奴隷の首を撥ねた。

女奴隷の棺桶は出現せず、2人は同時に消滅した。

研究員A「理論通りだ!!教会に行くぞ!!」

研究員達は走り出した。

同僚「……おい。俺ら、禁忌に触れようとしてるんじゃないか……」

男は同僚の言葉に応えず、教会へと走った。

女奴隷の首が飛んだ瞬間に、女の笑顔があたまをよぎったが、首を振った。
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:41:56.69 ID:wqGxO5g/0
奴隷「くそ……貴様ら……」

研究員A「男奴隷しか蘇っていないな」

神官:女奴隷を蘇らせますか

研究員A「はい、でいいんだよな」

神官:50G頂きます

研究員「神官のくせに人の命に値段つけやがって。ほら、やるよ」

神官:女奴隷の御霊を呼び戻し給へ!

女奴隷は蘇った。

女奴隷「うーん……あれ、私……」

研究員「お前、さっきまでの記憶はあるか」

女奴隷「鳥の魔物に襲われて、それからは何も……」

研究員「死ぬ瞬間のことは覚えてるか」

女奴隷「すぐに意識が消えたから……」
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:42:45.01 ID:wqGxO5g/0
2人の奴隷はまた闘技場に連れ戻された。

同僚「いちいち移動がめんどうくさいな。教会でやったらどうなんだ」

男「こんなことがばれたらまずい。世の中の奴隷が大人しく従うのは、大人しく従えば命だけは助かると思い込んでいるからだ」

男「奴隷仲間がこんな実験をさせられてると、街中の奴隷が知れば反旗を翻すものが現れかねない。すでに商人の家の奴隷が急に売り飛ばされたという噂に疑いの目を向けている者も多い」

同僚「はぁー。あの馬鹿上司は何を試したいのかねぇ。あらゆるパターンを虱潰しにする気かね」

男「……見つけたいものがあるならば、見つけたくないもの全てを見つけるのも感知の方法の1つだ」

同僚「ああ?」

男は上司に様々な提言をしていた。

今行っている残酷な実験に関する案も、ほとんどが男が提案したものだった。

上司はそれらの手柄を全て横取りにしていたため、上司が発案したものだと周囲のものは理解していた。

男にとってはかえって都合がよかった。
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:44:38.92 ID:wqGxO5g/0
魔物使い「ふぁー。ラック」

鳥の獣が女奴隷を殺した。

奴隷「…………」

奴隷は拘束具で縛られた手に力を込めながら、鳥の魔物を睨みつけていた。

研究員A「棺桶を破壊して、中身の遺体を塵にしてくれ。どこまで肉体が損傷しても蘇るか確認したい」

奴隷「やめろ!!」

魔物使い「エグいこと考えるねぇ」

魔物使い「ラック。棺桶を破壊して、火炎を吹くんだ」

鳥の魔物が棺桶を鉤爪で破壊し、女奴隷の亡骸が現れた。

火炎を吹くために大きく息を吸い込んだ、その時だった。

奴隷「……ぐぉおおおおおおおお!!!!!」

同僚「な、なんだ!?」

男「まずい!!!」

空に暗雲が立ち込めた。

びりびりと空気が震え感触がした。

男「『マハンシャ!!』」

研究員達は慌てて防御呪文を唱え出した。

魔物使い「ラック!!防御呪文だ!!」

奴隷「ぐぉおおおおお!!!!!!!」

巨大な雷撃が空から降り注いだ。

雷撃は防御呪文を突き破り、魔物に直撃した。

鳥の魔物は死んでしまった。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:46:42.52 ID:wqGxO5g/0
魔物使い「ラック!!!」

研究員C「『マフウジ!!』」
男「『マフウジ!!』」同僚「『マフウジ!!』」

囲んでいた研究員が勇者に呪文封じを多重にかけた。

同僚「はぁ……はぁ……。おい、あれ見てみろよ」

同僚の指差す方を見ると、研究員Aは女奴隷の亡骸を抱えていた。

棺桶を囲うように、雷撃があけた穴の塊があった。

研究員A「き、きさま……」

研究員A「こいつは呪文を知らないはずだ!!無口詠唱ですらない!!なのに何故!!」

男「……直感型の逸材だ」

思ったことを口にするだけで、聞いたこともない呪文を唱える恋人を男は思い出していた。

研究員「こいつはあの上級魔物を焼き尽くすほどの呪力をすでにそなえている!!」

魔物使い「レオ!!その棺桶の女を焼き尽くすんだ!!」

研究員Aは急いで飛び退いた。

タテガミの生えた猛獣は火を吐いた。

女奴隷の体は焼き尽くされた。

魔物使い「そいつも殺せ!!」

猛獣は勇者の首を噛みちぎった。
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:50:09.32 ID:wqGxO5g/0
教会に着くと、男奴隷は研究員や賢者に囲まれてい床に横たわっていた。

研究員B「ひどく暴れたので、気絶させてしまいました……」

研究員A「それでいい。おい、神官。いつものやつだ」

研究員Aはお金を神官に渡した。

神官:女奴隷の御霊を呼び戻したまえ

女奴隷は蘇った。

女奴隷「……!!」

女奴隷「ウゥー!!!ウゥーーーー!!!」

女奴隷の様子はおかしかった。

奴隷女「オゥエエエエ!!!」ビチャビチャ!!!

研究員A「やはりそうだ。棺桶は肉体の保護のためにあったのだ。身体が損傷しているほど、蘇った時の副作用も大きい」

研究員A「これを100回繰り返したらどうなるか、非常に興味がわくところだ」

男「…………」
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:51:25.38 ID:wqGxO5g/0
女「おかえりなさい」

男「……ただいま。欲しがってた王国のお菓子、買ってきたよ」

女「やった!!さっそく出会った日記念日を2人で祝いましょ!!」

男「ああ」

女「……あのね。私実はね、あなたに内緒にしていたことがあるの。でもこの日に打ち明けようって思ってたの」

女「あるおまじないに関することで、ずっと打ち明けたくなかったんだけど、いつかは言わないとって……ねえ、どうしたの?」

男「え、ええ?」

女「なんか嫌なことでもあったの?凄い怖い顔してたよ?」

男「ああ……仕事で、理不尽な上司がいてさ。くだらないことばっか手伝わされて疲れたんだ」

女「そうだったんだ。あんまり無茶しないでね。この子も心配しちゃうから」

女は自分のお腹を撫でた。

男「ああ、そうだな」

男は自分の手を、お腹に添えることはしなかった。

男「適当にやるさ」

男は嘘を告げた。

この幸せを守るためならば、他の幸福がどんなに壊されたってかまわない。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 14:55:42.03 ID:wqGxO5g/0
〜王国〜

神官「何をする!!」

奴隷「降り注げ!!!!」

教会で待機していた研究員の、呪文封じの呪文が遅れた。

教会の屋根を貫き、雷撃が奴隷と神官に突き刺さった。



男「どういう状況だったんだ」

同僚「女奴隷が死亡し、続いて男奴隷が死亡。教会で蘇生した瞬間に男奴隷が雷撃の呪文を放ったそうだ」

同僚「しかし、呪文の威力が強すぎて、周囲の人間だけでなく男奴隷にも雷撃が直撃してしまった。すると、面白いことが起こった」

同僚「男奴隷だけがその場で蘇ったんだ。神官は焼け焦げたままだ」

同僚「男奴隷は状況が読み込めず、再び自分に雷撃を注いだ。おそらく女奴隷と心中するつもりだったんだろう。しかし、研究員が秘匿でつくっていた地下室の教会の神父の前で蘇った」

同僚「今は魔力も全て抜かれて眠らされている。実験もしばらく中止だ」

男「つまり、強力な雷撃を浴び、奴隷と神官は同時に死んだ。しかし、奴隷は蘇った」

男「……タイムラグがあったというわけか」

同僚「神官という職業の定めだろうな。自分の命が消え行く時でも勇者の復活を最期の瞬間まで成し遂げようとする。勇者を蘇らせていたのは、やはり精霊ではなく神官だったということだ」

同僚「何かに活かせないかとみんな考えているんだが、使い道は思い浮かばないね。思い浮かんだところで、次は神官殺しの始まりだ。こんなのは、研究者がやる域をとっくに超えてるよ」

同僚「魔物がやることだ」
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 15:42:04.71 ID:wqGxO5g/0
深夜の王国に警報が鳴り響いた。

同僚「緊急事態だ!!またやつらが脱走を試みた!!!」

男「なんだと!対策は講じていたはずじゃ……」

同僚「あの女奴隷もいつの間にか呪文を習得していた!!僧侶の特性を持っていたようだった!!男奴隷が自分に雷撃を与えて拘束具を壊し続ける間、回復呪文を浴びせていたようだ!!拘束具だけが壊されたんだ」

研究者Aが血相を変えて賭けてきた。

研究者A「神官は全員殺された!!今やこの王国に奴らはいない!!」

研究者A「おい、男!!この場合はどうなる!!この王国に最も近い街に出現するのか!?すでに賢者を派遣して……」

男「無闇やたらに探さないでください!!対処マニュアルをつくっていたでしょう!!」

男は怒鳴った。

研究者A「お、おまえ……」

男「あいつは輸入奴隷なんです!!この王国に来る前は北の港町に奴隷船が寄っていたんだ!!以前訪れたことのある場所に出現するという伝説が本当ならそこを探すべきだろう!!会議資料にも記載していたはずだ!!」

男「逃亡の可能性を防ぐために他の街へ連れて行く実験だけはしていなかった。やつが以前訪れたことのある場所にしか出現しないはずだ!!」

男「早く追うんだ!!奴はまだ移動呪文を覚えていない!!だとしたら、自分が蘇った街の神官を殺した後に立て続けに自殺をはかることで移動していると考えられる!!奴の訪れたことのある場所の教会を全て確認するんだ!!」

同僚「男……お前なんだか……」

男「はやく探し出せ!!」
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 15:47:18.06 ID:wqGxO5g/0
王国中が騒いだ夜となった。

国民は何が起こったかも知らないまま、王国の研究者や賢者が無闇に発動する感知呪文に1日中頭を痛みつけられる目に遭った。

だが、数日が経っても、結局男女の奴隷を見つけることはできなかった。



男「まだ、試さなければならないことがたくさんあったんだ……」

男「実際、今まで集めた”精霊の教会への転移”のデータを元に、新呪文の理論を構築できた」

男「このまま研究が続けば、長寿命化の儀式も完成する見通しがついていたというのに……」

男「ともに、老後を過ごすことができたはずだったのに……」

男「そのためになら俺は、魔物になる覚悟さえあったんだ」
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 15:52:46.53 ID:wqGxO5g/0
数年後。

男は出世のコースから逸らされていた。

研究者として形見の狭い思いをする傍ら、家庭で過ごす時間が増えていた。

女「ただいま!あなたのかつての研究の成果がついに今日結ばれたわよ!」

男「おかえり。新呪文が完成したのか」

女「強制転職呪文ができたわ。転職の神殿でも大罪の賢者しか選べなかった私達が、ついに他の職業になれるようになったの!!」

男「おお!!それは……凄いことなんだよな?」

女「私達の願いの一部は叶えられそうってとこね。誰もまだ使用してないし、理論上でわかる部分の範囲だけど」」

女は咳払いをして説明をはじめた。

女「良い面。身体からの寿命の放出の速度を遅くすることができる。里の外に出ても漏れを遅くできるわ。なんせ、大罪の賢者という職業を放棄できるのだから」

女「悪い面は、代償が大きすぎること。呪文の発動に際して、発動者が極めた職業1つ分のスキルを全て捧げなければならない。そのかわり、発動者が指定した者なら誰でも強制的に転職させられるわ」

女「もう1つ悪い面。寿命の漏れは多少抑えられても完全に止めることはできない。大罪の賢者の一族の呪いはそう簡単に解かせてくれないってわけよ」

男「それでも新たな道は拓けたわけだ。いっそのこと、僕の研究者としてのスキルを犠牲に、君を呪文を一切使わないような職業にでも変えてしまおうかな」

女「そんな職業あるのかしら。一度覚えた呪文は他の職業に転職しても使えるんだから、あなたが私を戦士に変えたって無駄よ」

男「僕は女戦士よりもバニースーツのほうが……」

女「はいはいうるさいうるさい!!子供も出来たってのにまだそんなこと言ってるわけ!!?ガリ勉研究者に限って過激な衣装に夢中になるんだから!!」

男「ガリ勉研究者で悪かったな!!別にいいだろ!!男どもに聞いたらいつも賢者と僧侶が人気トップ2だ!!君はぼくがそんな平凡な男でいいというのか!!」

女「あー!!そう!!賢者で悪うござんした!!」

男「別に君はどの職業になっても一番素敵だよ!!」

女「うるさいわね!!あなたもよ!!」
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 15:53:43.64 ID:wqGxO5g/0
勇者という職業に生まれついた奴隷と、女奴隷が逃亡してから数年。

小声で激しく口論する2人の隣の部屋では、小さな女の子が眠りについていた。

精霊の手がかりをなくした男の研究は行き詰まり、長寿への手がかりは遠のいてしまった。

この穏やかであたたかい時間は、遠くない未来で失われてしまうとわかっているものだ。



男は思った。

絶望は、今まで積み上げてきたものが何もかも失われてしまった過去にあるのではない。

これから積み上げて行くはずだったものが、何もかも失われてしまう未来にあるのだ。
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 16:02:15.36 ID:wqGxO5g/0
〜数年後 小雨の降る日〜

女「あの子も、同じなのよね。長く生きられないのよね」

母は隣の部屋の寝室で眠っている娘を思った。

男「ああ。長老もかつてそうだと言っていた」

女「ノーマル(非一族)のあなたと私の子供だから、寿命も足して半分こになると思ってたんだけどな」

男「片親が大罪の一族であれば子供も大罪の一族の賢者として生まれる。わかっていたことだ」

女「あなたとあの子、どちらが長生きするのかしら」

男「…………」

女「ノーマルと結婚する人が里に極わずかしかいない理由を、最近身をもって感じるの」

男「僕と出会ったことを後悔しているか?」

女「そうね。こんなに素敵な人と出会わなければよかったって思ってるわよ」

女は男の肩に頭をあずけた。
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 16:05:00.03 ID:wqGxO5g/0
女「覚えてる?」

男「初めて出会った頃のことか」

女「人は何のために生きるのかってあなたが言ったこと」

女「この年まで生きても、答えはあまり変わらなかった」

女「何のために生きるのかわからないまま生きてるから、生きてることに価値があるということ」

女「生きる理由があって生きてたら、当たり前すぎるんだもの。毎日おいしいものたべて、好きな人と過ごして、好きな勉強をして、周囲から尊敬されて、生きてるのが愉しいって人も極少数はいるんだろうけどさ」

女「食べたいものもお財布を見て我慢して。好きな人は他の人に夢中で。何のために就いているかわからない職業で働いて。やりたくもないことをそれなりにやってガミガミ怒られて。なのに我ながらどういうわけか生きている、というのが大多数の人だと思うの」
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 16:05:39.87 ID:wqGxO5g/0
男「君と出会う前の、かつての僕はとくにそうだったね」

女「それは、やはり生きることに価値があるからなのよ。苦痛にもかかわらず、苦悩にも関わらず、絶望にも関わらず、切ないにも関わらず」

女「それでも生きてしまうほどに、生きることは可能性に満ちたことなのよ」

女は男と目をあわせぬまま話を続けた。

女「だから、思春期の頃の私に言ってやりたいよ。馬鹿みたいに呪文の連発するなって。外に出るのは、怪しい男がうろつく気配を感じるときだけにしろって」

女「あなたと過ごせる時間が、1秒でも減っちゃうんだもの」

男「…………」

女「だから、今の私の答えはこう」

女「生きることに意味は見いだせない。でも、出会うために生きることは必要だった」

女「好きな人と時間を重ねるために、人は生まれて、生き続けていくのね。だから命は、大切なのね」

女「あの子と生きて」

女「すきよ、あなた」



肩に、重い力がかかった。

女の身体がだらりと崩れた。

男は泣きながら抱きしめた。

女は目覚めることはなかった。

寿命が尽きたのだった。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 16:07:14.67 ID:wqGxO5g/0
【遊び人 14才】

少女「うるさいな!!」

賢者の少女は怒りを呪文に乗せた。

家の中にヒビが入った。

男「やめなさい!!」

父親は少女に命じた。

少女「直せばいいんでしょ!」

少女が念じると、家はもとの姿におさまった!

男「不用意に呪文を使うな!!」

少女「私の勝手でしょ!!」

少女は家を飛び出した。

数分もしないうちに、森から爆発音が聞こえた。

男「はぁー。君とそっくりの子が生まれたよ」

父親は亡き伴侶を思い出しながらつぶやいた。
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 16:10:38.08 ID:wqGxO5g/0
一族の人間は、自身の寿命に対して不満を抱かない。

賢者の里のに生まれた自分達を特別な存在だと思っており、普通の人間が他の生物の寿命と自分の寿命を比較することが少ないように、ノーマル(非一族。普通の人間)より自分たちの寿命が短いことは気にしなかった。

ところが、少女は特別だった。

賢者の母とノーマルの父親というハーフであるものの、里の中で桁違いの魔力をほかった。

里の中で誰よりも短い生涯を終えるのは明らかであった。

そのことを、周囲の大人や老人たちが神聖なことのように崇めているのも気に食わなかった。

少女「こんな狭い里の中で生まれて。こんな狭い里の中で早く死ぬのかなぁ私」

少女「こんなところ、絶対脱出してやるんだから。それで、物語みたいに、勇者様と冒険して、魔王を倒しにいくんだ」

少女はまた禁止事項を試みようとした。

少女「よーし、結界の外に出てやるわ!!」

少女は足を踏み出した。

少女「うっ……」

少女「やばいやばい。これはさすがにまずい感じがする」

結界の外に出た途端、自分の中からものすごい速度で時間が流れ出していくのを感じた。

少女「アカデミーでも習ったわ。里の結界から外に出ると寿命の放出が著しくなるって」

少女「でも、それは寿命という対価を多く支払い強力な呪文も使えるということよね」

少女「『孤独に生きる空よ、涙で汝の罪を拭いたまへ』」

少女「『アーメン!!』」

少女は単純な雨の呪文を使用した。

そのとたん、空から滝のような水が流れ出した。

少女「なにこれ!!!」

少女「わたし、すげー!!」

少女「…………」

少女「……果たして、今の一発で私の人生はどれだけ短くなってしまったんだろう」

少女「冒険なんて私には無理なんだな。魔王城に着く前に寿命が尽きちゃうよ」
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 17:40:15.57 ID:wqGxO5g/0
少女は父に尋ねたことがあった。

どうして賢者の里の一族が魔王を倒しに行かないのかと。

倒す理由がないからだ、と父は答えた。

水には火をかけると良いように、暗闇は光で照らすのが良いように、魔王には勇者をさしあてるのが良い。

勇者一人の資質で魔王との勝敗は決してしまうものなのだそうだ。

火(魔王)を消すのに水(勇者)という存在がいるのに、その火を消すためにわざわざ強い風である賢者の一族がでる必要はない。

実際に一族を抜け出して冒険に出た者もいたが、音沙汰を聞かない。

それに。

魔王がいることで救われていることもあるんだと、神妙な面持ちで父は最後にぼそりとつぶやいた。
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 17:41:52.31 ID:wqGxO5g/0
賢者「今日も来てくれてありがとうね。そこに立ってちょうだい」

やさしい口調で里の大人たちに命令される。

数多くの大人に囲まれながら、少女は魔法陣の中心に立たされる。

見守る大人の中には、私のお父さんもいる。

娘を実験台にして、やっていることといえば、新しい研究報告書のページ数を増やすだけ。

賢者「いくわよ」

賢者たちが詠唱を始めた。

痛みを伴わない実験だといいなと願った。

強力な魔力を持って生まれてしまったがために、呪文創成の溶媒として使われてしまっている。

母の才能を恨みながら、亡くなった母を恋しく思った。

今日はひときわあかりが強く輝いた。

私は気絶して倒れた。
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 22:58:04.33 ID:wqGxO5g/0
目覚めると、自宅の布団の上で横たわっていた。

怒りをぶつけようと家の中を歩き回るが、父の姿は見つからなかった。

少女「わたし、何のために生きてるんだろう」

後日研究員の賢者に聞いたところ、私を実験台とした成果として、人間の感情を物に閉じ込める研究が少し前進したらしい。

私のこの虚しさを、壺にでも閉じ込めてくれないだろうか。
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 23:05:38.48 ID:wqGxO5g/0
研究の呼び出しを無視して、結界の外に出た夜のことだった。

少女「みんな困っちゃえばいいよ。目の前にある生命を大切にしない人達が、長寿命化の研究だなんて馬鹿馬鹿しいよ」

結界の外に出た少女は、体から凄まじい速度で時間が流れているのを感じた。

少女「はは……。私は里で一生を過ごして、朽ちていくのかな」

少女「冒険譚みたいにさ、勇者様と出会って、旅をしてみたかったな」

少女「いつの時代も魔王と戦うのに、賢者は必要でしょ?」


楽しい空想をしながらも、自暴自棄になっていた。

母の死さえ早かった。

その母よりも早く寿命が尽きると言われてきた。

少女「呪文なんて使えなくてもいいから、ノーマルの人達みたいに長生きしたかったな」

少女「そうだ。今日は近くの街まで行ってみよう。里の人以外話したことなんて、滅多になかったからな」
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 23:10:55.97 ID:wqGxO5g/0
少女「うう……」

少女「迷ってしまった。どうやって帰ろう……」

少女は困った。

里の特殊な結界のせいで、移動呪文を発動しようとしても具体的な場所のイメージがわかない。

自力で歩いて帰るしかなかった。

少女「月明かりはあかるいけど、やっぱり夜の森って不気味だな……」

少女「怒りにまかせてこんなことしなければよかった。大人しく里で実験台にされてればよかった」

少女「どうしよう。私の寿命、どれくらいの速度で流れてるんだろう。もしかして、一日で死んじゃうくらい流れてたりするのかな」

少女「お父さん……助けに来てよ……」

少女「うっ……うう……」

少女「……あれ、なんだろ」

少女は小屋を見つけた。

明かりはついていなかった。

少女「こんな森の中に、誰か住んでるのかな?」
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 23:15:40.37 ID:wqGxO5g/0
少女「『マハンシャ』!!」

少女の周囲を、宝石のような輝きが覆った。

少女「いつにまして呪文が綺麗だな。寿命という餌は呪文にとってよほどおいしいんだろうな」

少女「ちょっと、侵入してみよっか」

少女は小屋の入り口に立った。

少女「東洋の冒険譚にもこういうシーンがあったな。なんだかワクワクしてきたよ」

少女「『開け〜、ゴマ』!!」

通常の呪文集では決して載っていないようなセリフを唱え、少女は小屋の鍵を開けた。

少女「おじゃましまーす」
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/10(木) 23:41:11.25 ID:wqGxO5g/0
自分の存在を強調しないように、月明かりだけを頼りに少女は部屋の中を歩き回った。

少女「誰もいない。というか、本ばっか。誰かが書庫代わりに使ってるのかな」

少女「どうしてこんなところに。誰のための小屋なんだろう」

少女は書架にある本を眺めた。

少女「……なによこれ」

少女「『賢者の石のつくりかた』『新呪文創造の儀式』『生贄を必要とする呪文集』『勇者に宿る精霊の加護の効力』『呪いを転移させる術』『太古の呪文』」

少女「『側室を求めた勇者の伝説』『冒険の書の完結について』『僧侶の手記』」

少女「『死者蘇生に必要なもの』『生贄としての精霊』『魔剣を奪いし者』『魔王は死したか』『大罪の賢者の一族は実在するか』」

少女「今里で行われている実験に関するものばかり。それと、勇者に関する本も多い」

少女「誰が、何のために……」

混乱にとらわれる少女の視界に、綺麗な用紙に書かれた紙の束が見つかった。

少女は「ぐりもわーる?どういう意味の表題だろう」

少女「なになに?」

少女「これは王国研究者による、精霊の加護に関する実験結果報告書である」

少女「どういうことなの……」
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 00:32:21.02 ID:BRUCYk3f0
紙の束の前半は、無数に分けられた実験パタ―ンと数値の羅列が多く、読むには退屈な内容だった。

少女「対象Aが使用する雷撃呪文の分析結果。コントロール可域。最低値、最大値……」

少女「パーティメンバー結成による効果。伝達速度の向上。”命令”と”洗脳”における反応差異。アイテム効力範囲の増減」

少女「神官死亡時のタイムラグから測る魂の消滅時間の推定」

少女「過激なことが書いてありそうな割には、淡々とし過ぎてて頭に入ってこないよ。表と数値ばっかりで面白くない」

少女は飽きて頁をめくると、一転、メモ書きのようなものが書き込まれた用紙がみつかった。

少女「『大罪の賢者と呪文の関係』!!」

少女「凄い!通常呪文集に載っていない内容ばかり書いてある!!呪文使用のイメージの魔法陣までついてる!!凄い呪文があったら使ってみようっと!!」

少女「どれどれ」

少女は頁をめくった。

独特の呪文が羅列されており、魔法陣を見るだけで少女は次々と呪文を習得していった。

少女「面白い……。私が知らない呪文がこの世界にはたくさん存在していたんだ」

少女「これは……」

【総魔力放出呪文】
この呪文の特性について述べられる時、威力に焦点をあてられがちだが、最大の特性は断続性がないということに尽きる。一度呪文を浴びたものは、詠唱者の魔力が尽きるまで反対呪文を唱える隙きを与えられない。
大罪の一族にこの呪文が伝承されていない理由は自明である。大罪の一族は寿命を魔力に変換して術を発動する。一度この呪文を唱えた場合、寿命が尽きるまで発動し続けると考えられる。



【赤い糸の呪文】
大罪の賢者の一族にまつわる伝説の呪文である。感知呪文の一種に分類されるが、使用に魔力は伴わない。大罪の賢者の一族にのみ使用が可能であることは、寿命の漏洩と関係がある。
身体から漏洩する寿命を特定の人物に結びつけることにより、疑似パーティを結成する。パーティメンバーにできるものは一人が限界とされ、勇者がパーティメンバーに”命令”を行えるのと同様、赤い糸の呪文はパーティメンバーに対して”移動”に関する制限を課すことができる。糸を引っ張ることで対象者を無意識に自分の元に寄せることが可能となり、また、対象者との距離感をおよそ把握することができる。
欠点として、大罪の賢者の一族はこの赤い糸を目視することができるため、非一族相手にしか使用することができない。
これには私も困らされた。


男「見たのか」

私は恐る恐る振り返った。

汗だくの父が息を切らしながら立っていた。

顔は恐怖と、怒りに満ちていた。

少女「ご、ごめんなさい!!今日、抜け出して……」

男「見たのか!!」

男の危惧していたことが起こった。

少女は赤い糸の呪文を覚えた。

少女は総魔力放出呪文を覚えた。
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 00:52:12.74 ID:BRUCYk3f0
【少女 20才】

「王国から連れて参りました」

「7人の、勇者です」

特殊な魔具で身体を拘束された勇者達が、魔法陣の中心に投げ込まれた。

賢者「ついにこの時がきたわね」

男「……ああ」

賢者「寿命の転移呪文を行う」

少女は広場の外側から、黙って様子を見ていた。

今まで実験材料にされていた少女は、父親達がどのような実験をしているかをだいたい把握していた。

その実験によって、犠牲になる命があることもわかっていた。

少女は何も感じなかった。他国で戦争が起きていると聞いた時のような気持ちで、今陣の中にある生命が7つ失われようが、遠い出来事のように感じるのだった。

里に束縛されて生きてきた彼女は、自分の人生に無関心にならざるを得なかった。

長寿命化どころか、自分の命にさえ関心を失いつつあった少女にとって、他人の命の心配をする気持ちを生じさせることは難しかった。
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 01:09:20.22 ID:BRUCYk3f0
賢者B「これが精霊の輝きか。幼き頃に読んだ伝説の存在が、七体もいるのを見ると圧巻だな」

賢者「他のパーティメンバーは処分しているのよね?精霊が現れずに棺桶が出現したら第無しよ」

「抜かりはない。全て手はず通りだ」

賢者B「そりゃよかった。そうだな、儀式が成功したら、魔王は俺達が代わりに倒してやるさ」

賢者B「よし、さっさと始めるぞ」

賢者B「撃て」

七人の術士が、七人の勇者に魔法弾を打ち込んだ。



その時だった。

少女「わっ!」

少女はとっさに、グリモワールの書のメモ書きで覚えた「飛行虫の目」の呪文を唱えた。

世界がスローモーションで動き始めた。

凄まじい速度で白い輝きが勇者の中から外に飛び出した。

ガラスで出来たような羽根の生えた存在が、勇者の亡骸を抱えた時だった。

賢者「来るわ」

魔法陣は自動的に発動した。

ペリペリペリ、という音が聞こえた。

賢者「精霊が勇者から引き剥がされたわ。呪術の網に入れるわよ」

賢者たちは有口詠唱を唱えた。

無言で巨大な魔物を切り裂く呪文を唱えることのできる彼/彼女らが、声を揃えて長い詠唱を始めるのは異例なことであった。

呪文の発動には精霊の力を介在する。

精霊殺しのための呪文の発動は、賢者と言えどよほどの敬意を払う必要があった。

世界に日常的に寿命を提供している彼らでなければ、発動さえ決して許されることのない、禁忌の儀式であった。

儀式は淡々と進んだ。

少女「14歳のときに書物で見た儀式が、ついに完成を迎えたんだ」

少女「寿命の移転が,始まる」

この一族が魔王の討伐に出なかった理由が、腑に落ちた。

私達一族にとって、勇者は、人間は、実験動物となんら変わらぬ存在だったんだ。

父にとっても。
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 01:37:06.19 ID:BRUCYk3f0
かつてないほど長い詠唱だった。

少女はただじっと耳をすまして聞いていた。

それは、あまりに突然の出来事だった。

賢者「……待って!!」

賢者「あなた、どういうつもりよ!!」

賢者の言葉で、他の術者も違和感に気づいた。

術者「…………」ブツブツ…

術者のうちの1人だけが、明らかに異質な詠唱を始めていた。

男「その詠唱は……!」

男「今すぐ止めろ!!」

6人の術士が、詠唱封じの呪文を放った。

しかしそれは、天から降り注ぐ雷撃によって遮られた。

男「なんだ!!」

「命令させてもらったんだよ。勇者という職業は電流を操るのに長けている。その術士は僕のパーティメンバーで、洗脳に近いことをさせて貰った。よくご存知だろう?」

冒険者の衣服をまとった男が立っていた。

賢者「この男、勇者よ!!精霊を宿しているわ!!」

賢者はとっさに魔法陣の中にいる勇者を数えた。

賢者「7人いるわ……だとしたら、あなた一体……」

「君たちは王国と手を組み、そこにいる7人の勇者を提供してもらっただろう。」

「僕はその王国出身の勇者だ。そして、こう呼ばれていたこともある」

「勇者殺しの勇者、とね」

男「お前は、まさか……」

奴隷「ひさしぶりだね、研究者さん」

奴隷「今度は、僕が実験する番だ」
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 01:48:21.12 ID:BRUCYk3f0
操られた術士は、詠唱を終えた。

魔法陣の色が、強烈な紫色に変わった。

儀式は失敗し、欲望は分裂した。

『キィィイイィイイイイ!!!!』

ガラスを鋭利なものでひっかくような音が響いた。

精霊が絶叫していた。

死んだ状態で精霊を引き剥がされた勇者達は、こと切れていた。

7匹の精霊は自分が宿っていた勇者の元まで飛んでいき、中に入り込んだ。

ぼこっ、ぼこっ、という音とともに、勇者の死体がうねりだした。

7人の勇者が身に付けている装備の一部だけを残し、他の部分は青い光の中に消滅していった。

賢者「どうなっているんだ!!」

奴隷「お前らは失敗したんだよ」

奴隷「勇者の命を大罪の賢者に送り込むための儀式は、勇者の死体に大罪の賢者の命を送り込む儀式へと変わった」

奴隷「装備に飲み込まれてしまえ。精霊殺しの大罪人どもめ」

7つの装備から、青白い手が伸びだした。
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 02:01:36.39 ID:BRUCYk3f0
賢者「えっ?」

青白い手が賢者を掴んだ。

途端、賢者は装備を中心とした青い渦の中に飲み込まれた。

賢者B「破壊しろ!!」

術士達は呪文を放った。

強烈な呪文を食らっても、手は怯まずに、大罪の賢者を次々と引きずり込み始めた。

危険を知らせる感知呪文が里中に伝達された。

男は娘のもとへ駆けた。

少女「お父さん!!これ、どうなってるの!!」

男「逃げるんだ!!手の対象は、一族出身者に絞られている!!」

男「俺が、間違っていたというのか。生きながらせたい命を願ったことの代償は、こんなにも……」

男「あの混乱の夜から、何も変わっていない」

里にいたものは逃げ出そうとしていた。

空中浮遊呪文や、魔法反射呪文、移動の翼などあらゆる手段で逃げようとした。

しかし、青白く光る7つの手が、片端から捕らえ渦の中に引きずり込んでいった。
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 02:36:12.88 ID:BRUCYk3f0
奴隷「無駄だ!!」

大賢者と呼ばれる者達が、己の有する最大級の呪文を放つ。

それでも青白い手は弾かれては立て直し、腕を伸ばして襲いかかった。

絶え間なく呪文を放つが、劣勢に立たされていった。

少女「持続性……」

少女「持続性のある呪文を唱えれば、足止めができる……」

焦燥に駆られた少女は頭に浮かんだ呪文を、念じかけていた。

男「よせ」

父親は少女の頭に手を置いた。

男「今から大事な話をするからよく聞くんだ」

父親は里の混乱をよそに、少女に説明をはじめた。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 02:38:14.04 ID:BRUCYk3f0
男「大罪の一族が全て飲み込まれたら、あの手は引っ込むはずだ」

男「そしたら、あの7つの装備を身に付けなさい。そしたら、今度こそ正規の効力を発揮する。あの装備達が飲み込んだ寿命を、大罪の賢者に送り込むことができる」

男「寿命を伸ばすことができるんだ」

父親はまっすぐ娘の目を見つめていた。

男「生きることは、欲望だ。命の力を、人間を構成する7つの欲望に変えて、欲望に最もふさわしい者のもとに装備は向かってゆくだろう」

男「冒険に出なさい。そして、君を助けるものを見つけなさい」

男「生きるんだ」

少女は、目の前の父親に強烈な怒りをぶつけたかった。

少女「愚かよ!!!」

少女「おじいちゃんと一緒よ!!お母さんの亡骸に捕らわれて、私が生まれる前に王国でろくでもない研究をして!!そして自分を認めてくれた一族を滅ぼそうとしている!!」

少女「私もあの手に掴まれて死ぬんだわ!!それに、冒険なんかできっこない!!寿命が尽きてしまうもの!!」

少女「誰も、こんなこと望んでいなかったのよ!!」

少女は、涙を流しながら罵声を浴びせた。

父親は、涙を流しながら聞いていた。

男「お前の言うとおりだよ。父さんは、愚か者だった」

男「これからすることも、愚かなことなのだろう」

父親は魔力を使用し、地面に即席の魔法陣をつくった」
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 02:39:00.45 ID:BRUCYk3f0
少女「一体、何を……」

父親は詠唱を始めた。

少女「たしか、これ、あの書物にあった……」

男「『我から能力を奪い給え。我の全うせし職業を奪い、この子へふさわしい職業を与え給へ』」

父親は強制転職呪文をつかった。

少女「きゃっ!!」

少女は遊び人へと転職した。

父親は今までに身に着けた研究に関する知識を全て忘れてしまった。

父親は今までに覚えた呪文を全て忘れてしまった。

父「君はもう、何ものとも戦うな」

少女に向かって伸びかけていた手は空中で止まり、他の獲物へと向かっていった。

手は、少女を、恨みを晴らすべきものたちではないと感じたらしかった。
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 02:40:05.01 ID:BRUCYk3f0
奴隷「最期まで立派なお父さんだ。自分たちの幸せだけは守りたいというわけか」

すぐそばに、混乱を引き起こした男が立っていた。

男「奴隷……」

奴隷「俺は今、迷っている」

奴隷「あんたの大切な娘さんを目の前で殺すか、それとも拷問にかけるか」

父親は奴隷を睨みつけた。

奴隷「もう呪文は使えないんだろう?どうやって抗う?」

少女「あの……」

少女は座ったまま、奴隷の手を握った。

少女「助けてください……」

奴隷「……くく」

奴隷「はははは!!!!命乞いか!!!!!」

奴隷「気に入った!!痛みを与えずに今すぐ殺してやろう!!」

奴隷は手を天にかかげた。

奴隷「女が灰になる姿を、もう一度眺めればいいさ」

男「やめろ!!!!」
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 02:41:30.63 ID:BRUCYk3f0
バリィイイインン!!!!!

バリィイイインン!!!!! バリィイイインン!!!!!

ガラスが激しく割れる音が立て続けに聞こえた。

奴隷は思わず振り返った。

奴隷「精霊が破壊された時の音だ。装備が完成したんだ」

奴隷「もう飲み込み終えたということか。これで大罪の賢者は全滅だ」

絶望している父娘に、奴隷は告げた。

奴隷「あとは生き残りのノーマルを殺すだけだ」

奴隷は掲げたままの手を、振り下ろそうとした。

その時だった。

奴隷「ぐぉ!!?」

装備のうちの1つが、奴隷の首に絡まりついた。

奴隷「どういうことだ!!」

奴隷が混乱している隙きをつき、父は1枚だけ懐に入れていた移動の翼を娘にもたせた。

男「生きてくれ」
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/11(金) 03:42:44.57 ID:BRUCYk3f0
広場に生き残っていたものは、奴隷と男だけであった。

奴隷「はぁ…はぁ…」

奴隷「そういうことか。俺は、選ばれたということか」

奴隷は、狂喜に満ちた表情をしていた。

奴隷「嫉妬の欲望は俺を所有者として認めた!!嫉妬の首飾りは俺を選んだのだ!!!」

奴隷「まさか大罪の装備の所有者として選ばれるとは思わなかったぞ!!!だが、今なら確信できる!!」

奴隷「俺以外に、この欲望にふさわしき者などいないとな!!!」

男「……嫉妬か」

奴隷「ふん、娘を逃して父親の役目を果たしたつもりか。用が済んだなら、他のノーマルの生き残りより先に殺してやろう」

男「その力を以て、何を望む?」

奴隷「大罪の装備を全て手に入れる。はなからそのつもりだった」

男「自分の欲望のためになら、他の幸福を踏み台にできるか」

奴隷「当たり前さ。お前がそうしてきたようにな」

男「僕は、自分の欲望のために世界を犠牲にしようとしたことを後悔してはいない」

奴隷「正当化か。くだらん」

男「正しいも間違っているもない。強いていうなら、全て間違っている」

男「魔王の気持ちが、今ならよくわかるよ」

男「きっと生まれ変わっても。同じような選択をしてしまうほど」

男「あの子に惹かれていたんだ」

奴隷は男の言葉をろくに聞かず、首を刎ねた。




奴隷「お前には、少しだけ感謝をしているんだ」

奴隷「こんな俺と、出会わせてくれたのだからな」

奴隷は広場を見渡した。

奴隷「他の大罪の装備は消えたか」

奴隷「いずれ俺が全てを手にしてやる」

奴隷「手に入れられなかったものを全て、奪ってやるのさ!!」



残り6つの大罪の装備は、世界に散らばっていった。

暴食、色欲、傲慢、憤怒、怠惰、強欲。

それぞれの欲望に、ふさわしき持ち主を求めて。




〜fin(後編に続く)〜


329 :踏切交差点 ◆uw4OnhNu4k [saga]:2017/08/11(金) 03:43:51.97 ID:BRUCYk3f0
ここまで読んでくださりありがとうございました。
長い文章のため、世間が連休に入るこの時期までに後編も完成させたかったのですが、間に合わずに前編だけ投稿しました。
後編の投稿は秋頃の予定です(書き溜めを全体的に見直したいのと、仕事の都合で、少し間が空きます)。
中途半端になって申し訳ございませんが、お待ち下さると幸いです。


[紹介]
・ツイッターアカウント
踏切交差点
@humikiri5310
ウェブサイト代わりに使用しています。
後編が完成したらお報せします。


・他作品はこちらです(上からオススメ順)

女「また混浴に来たんですか!!」

女「人様のお墓に立ちションですか」

男「仮面浪人の道」


あらためて、長文にも関わらず読んでくださりありがとうございました。

素敵な夏を過ごせますよう。
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