勇者「遊び人と大罪の勇者達」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/02(金) 02:10:43.64 ID:UmFP4B0r0
応援してます
631 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/22(木) 01:04:33.16 ID:sFdH0VF70
☆ゅ
632 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:22:10.65 ID:uzWLd5/40
『努力』

好きな仕事。好きな家。好きな場所。好きな食べ物。好きな服。

運が良ければ、好きな人も。

努力によって手に入れられる価値あるものは多い。

努力といって具体的には、勉強をしたり、身体を鍛えたり、価値あるものを提供することなどが挙げられる。

労苦に耐えてでもほしいものがあるならば、努力は必要だといえる。

労苦に耐えてまでほしいものがないならば、努力は必要ない。

多くの人間は、楽園を望む、

楽園とは、努力をせずにあらゆるものが手に入る場所のことである。

楽園を手に入れるには、皮肉なことに、対価として人生一生分の努力を要する。

楽になるために、苦労を伴うのであれば、人は楽などいらないと言ってしまう。

怠惰に生きるためならば、人は手段を選ばない。

頭を働かせずに済むために、いくらでも知恵を絞る。

身体を動かさずに済むために、いくらでも口を動かす。

身体を鍛えるのも。

知識を身に付けるのも。

めんどうくさい。

めんどうくさいという、ただそれだけの理由で、全て億劫になってしまう。

周囲の信頼を失って、居場所を失ってでも、剣を振るったり、活字を読み込むことなんて、ごめんなのだ。

横たわり、何もせずに過ごした時間を全て鍛錬に費やしていれば。

愛する人が燃えることも、憎き相手が嘲笑うことも、防げたかもしれないというのに。

後悔するとわかっていながら、動かない。

自分を磨かず生きてきた青年は、本音に気付いた。

【第6章 怠惰の監獄 『努力の足枷』】

世界を救うくらいなら、二度寝した方がマシだ。
633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:23:57.48 ID:uzWLd5/40
嫉妬「くそが!!!」

嫉妬の王国の地下牢で、嫉妬は怒りに呻いた。

嫉妬の足元には割れた壺の破片が散らばっていた。

嫉妬「本物の封印の壺はどこにある!!あの遊び人を電流の拷問にかけたが、在り処を知らなかった!!妙な仕込みをしていやがった!!」

怠惰「勇者も同様です……」




勇者「……ざまーみろ。見つかりやしないさ」
634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:26:29.90 ID:uzWLd5/40
強欲の都での決戦前日。

強欲は、都にいる上級の術士を全員集めた。

封印の壺と全く同じ見た目の壺を複製しており、たった1つの本物と偽物を混ぜてランダムに彼らに渡した。

彼らは、各々の思う場所へ飛び立ち、壺をひと目のつかないところに隠して、完全な結界を施した。

嫉妬に敗北した場合の対策であった。

もしも嫉妬に敗北した場合、壺を隠した上級術士達は都から逃げるように言い渡されていた。敵の拷問にかけられて、自分の隠した壺の在り処を吐かないようにするためである。

本物の封印の壺がどういうものであるかわからない以上、嫉妬の勇者が壺の場所を感知することはできない。

大罪の装備と違い、封印の壺は独特の魔力を放たないため、感知は極めて困難なのだ。

だが、安堵していられる時間は長くはない。

勇者「封印の壺はヒビが入っていた。大罪の装備の魔力に耐えきれずに、やがて割れてしまう。そしたら奴らに感知される可能性が極めて高まる」

勇者「その前に、なんとかしないと……」

そうはいっても。

懐かしの故郷で。

囚人服を着せられ、牢獄の中に閉じ込められている勇者にとって、状況は、絶望的であった。
635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:29:55.51 ID:uzWLd5/40
勇者「ううううぐぁああああああああああ!!!!」

勇者は檻に捨て身でとっしんした!!

檻に1のダメージを与えた。

勇者「ぐぅえええっ!!!??」

勇者「いってぇええええええ!!!!!!」

勇者は大きなダメージを負った。

勇者「うぁああああああああ!!!!」

勇者は檻に捨て身でとっしんした!!

檻に1のダメージを与えた。

勇者「うぐぁ……」

「さっきからうるさいなぁ。やめるか、そのまま死ぬかどっちかにしてくれよ」

隣の牢獄からの苦情には耳を傾けず、勇者は檻を睨みつけた。
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 20:47:09.75 ID:uzWLd5/40
怠惰の監獄と呼ばれるようになった勇者の故郷は、特殊な事情で捕まった者達が投獄されている。

盗みや殺しなどの罪を犯したものではなく、王族、貴族、研究者、政治犯など、人質や重要な情報を知る人物が投獄されている。

屈強な戦士や、上級術士等もいるが。

「諦めなよ。ここから脱出できた人は未だ一人もいないって話だよ」

勇者「…………」

「檻自体が特殊な素材で出来てるんだ。物理攻撃が効かないのはもちろん、呪文も全て反射されてしまう」

「なによりも、この地には呪いがかけられているんだ。向かいの囚人達を見てご覧よ」

勇者は反対側の牢獄を見た。

ぐったりとうなだれている、白髪の男性がいた。

「あれでも名のある賢者だったんだ。嫉妬の勇者からの協力の要請を断ったらしい。かつての英雄達も、ここに来たら廃人さ」

「僕たちももうじきああなるさ」

この地に連れてこられてから、身体に気怠さが重くのしかかっているのを感じていた。

勇者は気づいた。

怠惰の勇者が支配するこの地は、怠惰の装備によって無気力化されているのだと。

脱出を試みようと檻にダメージの蓄積を続けていた者も、一週間も経てば無気力になり、動かなくなってしまうのだった。

「楽観的に考えようよ。僕らは働かなくて済むんだ。かつてのここの住人は、嫉妬の王国の奴隷にされてるって話だよ。それに比べたら……」

勇者「えっ……」

勇者が息を飲んだ時に、足音が近づいてきた。
637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 21:06:54.92 ID:uzWLd5/40
怠惰「仲良くおしゃべりだなんて。もうあの遊び人のことは見捨てたのかしら」

勇者「怠惰……」

怠惰「勇者。故郷に帰ってきた感想はどうかしら?」

勇者「どういうことだよ!!どうして嫉妬の勇者の仲間になってるんだ!!それに、故郷のみんなが奴隷になってるって……」

怠惰「最後の最後に事情を知ってあれこれ言うなんて。まるで、魔王討伐前までは冷たい対応だったのに、魔王討伐後に勇者を英雄扱いする国民みたいね」

怠惰は呪文を唱えながら檻に触れると、鍵が開いた。

怠惰「さあ、これで逃げられるわよ」

勇者「えっ」

怠惰「あの時、私達を見捨てた時みたいにね」

怠惰は勇者を蹴り飛ばした。
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 21:08:32.60 ID:uzWLd5/40
勇者「がぁっ……」

怠惰「よくも、ぬくぬくと生き延びていてくれたわね」

怠惰は勇者を殴りつけた。

怠惰「過去を全部捨てて、やり直そうとでもしたわけ?」

怠惰は勇者を殴りつけた。

怠惰「失われた者達は、決して戻らないというのに」

怠惰は勇者を殴りつけた。

怠惰「今を救って、過去を塗りつぶそうとするんじゃないわよ」

勇者「ごぼっ…………」




勇者は視界がぼやけていった。

薄れゆく意識の中。

このまま自分は、死すべき人間なのかもしれないと、思ってしまったのだった。
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/18(日) 01:13:39.12 ID:2zTPbsaX0
乙待ってた
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/19(月) 00:10:56.45 ID:GdHXJLsA0
やった、更新されてる!
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:02:12.84 ID:sWHyAgRB0
【怠惰の勇者の思い出】

怠惰「どんまいどんまい」

剣士「そう肩を落とすなって」

勇者「そう言われても……。俺も2人のいる選抜クラスに入りたかったよ」

剣士「気持ちはわかるが、勇者だってろくに鍛錬してなかったじゃないか」

怠惰「ちょっと剣士!!試験前に勇者はちゃんと体力づくりしてたって!!勉強が足りなかっただけよ!!」

勇者「あの、全然フォローになってないんだけど……」

剣士「いずれにせよ幼馴染は幼馴染だ。年齢は違えどな。これからも休日には遊び相手になってやるさ」

勇者「べつにいいし…」

怠惰「拗ねちゃって。やっぱり年下のお子様はかわいいなぁ」

勇者「まーたそうやって!!」
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:08:47.10 ID:sWHyAgRB0
〜数年後 試練の谷〜

鳥の魔物は羽根の中に魔力の渦を溜め始めた。

大気が震えた。

怠惰「『フルゴラ!!』」

怠惰が呪文を唱えると、空から雷撃が降り注いだ。

しかし、虹色の鳥獣はびくともしていないようだった。

怠惰「何度やっても電撃が効かないわ……。何よ、こんな化物出るなんて、試験官は一言も説明してなかったのに……」

剣士「珍種が谷に迷い込んだんだ。俺がひきつけている間に、怠惰は勇者を連れて逃げろ!!」

剣士は気絶寸前で呻いている勇者を見て言った。

怠惰は勇者を背負った。

勇者「ぐぼ……」

勇者の口から出た血が怠惰の肩についた。

怠惰「本当に、剣士だけを置いていくなんて……」

剣士「はやくしろ!!!」

鳥の魔物は羽根を広げた。

溜め込んだ風の魔力が、剣士に向かって飛び出した。

怠惰「剣士!!!!」



怠惰が叫んだ時。

空から青白い光が注いだ。

青白い光は気絶している勇者と怠惰を包み込んだ。

怠惰「な、なによこれは!!」

鳥の魔物が放った風の呪文は、剣士の身体を貫いた。

その瞬間、棺桶が出現し、剣士の身体を保管した。
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:12:24.78 ID:sWHyAgRB0
教会で3人は目覚めた。

夜になると、怠惰は一人で長老の屋敷に赴いた。

長老の言葉に怠惰は驚いた。

怠惰「間違えた?」

長者「そうとしか考えられん」

長老「精霊はお主に取り付くはずじゃった。幼き頃から雷の呪文を操りし、勇者の資質を持って生まれた者。その者の強い心の動きに呼応して精霊は現れた」

長老「ただしその時に背中に勇者を背負っていた。精霊は誤ってあやつに取り付いてしまったのじゃろう。ろくに鍛錬もせず、呪文も使えぬあいつに、勇者の資質があるとは思えん」

怠惰「だったら、もう私に精霊の加護が取り付くことは……」

長老「ないじゃろう。お主は精霊の加護のない勇者となり、あやつは勇者でないのに精霊の加護を持つ者となったのじゃ」

長老「急遽だが、旅立ちの時は来た。本来であれば、お主と、剣士と、優秀な術士をつけて冒険させる予定じゃったが」

長老「勇者を連れて行け。戦闘の役には立てずとも、精霊の加護はあるだけで役立つ」

長老「なんせ、殺されても死なないからの」
644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:15:52.99 ID:sWHyAgRB0
〜旅の途中〜

今日も帰り道は険悪ムードだった。

剣士「お前がそんなんだから、せっかく仲間になってくれたあの魔法使いも見切りをつけて出ていったんだ!!」

勇者「そんなこと言われたって……」

剣士「なんで戦おうとしないんだ!!」

勇者「できることはやってるよ!!俺の実力なんて最初から百も承知だったじはずじゃないか」

剣士「お前があの時!!」

怠惰「もううるさいよ……。宿に戻って休もう。クエストは無事完了したんだから」


お金だけはたくさんあった。

剣士も怠惰も戦闘能力にはかなり秀でており、キメラ狩りなどの上級クエストもクリアすることができた。

しかし、いつしか、良質の宿屋に泊まるときも、3人分の個室を取ることが増えていった。



勇者「くそ!!馬鹿が!!」

勇者「どうして俺が冒険なんかでなくちゃいけねーんだよ!!」

勇者「もう起きたくない。一生寝てたい。何も背負いたくない。何も考えたくない」

勇者「できねーよ。もう逃げさせてくれよ。努力したくねーよ」
645 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:16:56.77 ID:sWHyAgRB0
勇者こそ、最初は喜んでいた。

親しく、憧れの幼馴染の2人と、一緒に冒険ができると。

しかし、2人には才能があったし。

今まで積み重ねてきたものの差もあまりにも多すぎた。

勇者「努力が足りないっていうけど。才能があったら、俺だって努力していたさ」

勇者「センスがないんだよ。自分でもわかるんだ」

勇者「剣術の訓練なんてそう。パターンの記憶しかできない。これからどんなに頑張っても、100万通りある戦い方の、千通りの戦い方を暗記して終わってしまうだけだ」

勇者「剣士なんて身体の中に無限の戦い方の記憶が埋め込まれてるみたいだ」

勇者「呪文だって怠惰みたいに使いこなせない。呪文書に向き合っても、理論をまるで理解できない。感覚で唱えられる天才型でも決して無い」

勇者「はあ、嫌だな。寝たくないな。明日起きたくないな」

勇者「幼馴染とか、性格がどうとか関係ない」

勇者「人間関係って、実力で決まってしまうんだ」

勇者「レベルがあがったら遊び人にでも転職しようかな。そしたら戦えなくても許してくれるかな」

勇者「それとも、俺が、冗談言ったり、変な踊りを踊っても、あの2人は白い目で見てくるだけかな」

勇者「昔みたいに、もう笑い合ったりできないのかな」
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:19:23.40 ID:sWHyAgRB0
〜幻の巣〜

剣士「また、あの時と同じか……」

町を壊滅に陥れた魔物の討伐に来ていた。

それは、巨大な虹色の鳥の魔物だった。

剣士「成長しているのは人間だけではないってことか」

怠惰「剣士、無謀な攻撃はしないでよ。頂上まで着くのにこれだけの日を要したのよ。ここではあいつの魔力で移動の翼が効力を失うんだから。これで教会に転送されたら、こいつはまた卵を持って他のエリアへ……」

剣士「わかってる」

剣士「勇者、俺と怠惰がやつを引き付ける。その間にお前はたまごを奪うんだ」

勇者「…………」

剣士「どうした、できないのか?」

勇者「……やるよ」
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:32:15.42 ID:sWHyAgRB0
剣士と怠惰が魔物の注意をひきつけている間。

魔物の巣に勇者は駆け寄った。

勇者「これが……大賢者の言ってた……」

虹色の小さなたまごを掴んだ。



勇者が駆け戻ってこようとしたとき、鳥の魔物は振り返った。

そして、たまごを抱える勇者を見て、雄叫びをあげた。

剣士「まずい、気づかれた!!」

魔物は毛を逆立て、勇者に向かって駆けてきた。

怠惰「勇者!!はやく自殺してよ!!たまごの所有権は今私達にあるわ!!」

勇者「い、いきなり言われても困るよ!!」

両腕でたまごを抱えながら、勇者はパニックに陥った。

魔物が足を伸ばし、勇者の首を引き裂こうとした。

勇者「うわぁ!!」

勇者は身体をのけぞらし、思わず手を顔の前に出した。



勇者の腕は引き裂かれた。

勇者の両手から大量の血が溢れ出した。

卵は地面に落下し、割れてしまった。

怠惰「卵が!!!」

勇者「……うぐぁあああ!!!」

勇者「いだい!!!いだい!!!!か、回復!!はやく!!!」

怠惰はショックのあまり呆然としていた。

魔物さえ、割れた卵を見つめながら、動きを止めてしまった。
648 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:36:48.94 ID:sWHyAgRB0
剣士「おい、この無能」

剣士は痛みに呻いてる勇者の胸ぐらを掴んだ。

剣士「これで、1つの町の命が無駄になったぞ」

剣士「お前には精霊の加護しかないのか。お前自身の価値はどこにあるんだ。お前は何のために生きてるんだ」

剣士「どうして俺達と一緒にいられる。平気で歩いてこれたんだ。飯を食って、寝てこれたもんだ。俺らがどんな思いを抱えてきたかなんて、お前は一生知ることはないんだろう」

剣士「お前なんか、仲間にするんじゃなかった」



剣士は怒りにまかせて言葉を吐くと、割れた卵を見つめたままの魔物の背後に忍び寄っていった。

勇者は霞んだ景色を、ただ不思議な気持ちで見ていた。

迷惑をかけないように、行動してこなかったことで今まで怒鳴られていたのに。

いざ、役に立ちたいと思って動いてみたら、また失望された。

両手から血を流しても心配などされないくらいに、自分はこのパーティで無価値な存在となってしまった。

勇者「…………」

憎しみがわいた。

幼い頃より誰よりも早く起きて剣術の訓練をしていた剣士。

幼い頃より誰よりも遅くまで呪文集を読み込んでいた怠惰。

そして、今ある時間を過ごしたいように過ごしてきた勇者。

自業自得の報いを受けただけに過ぎないのに。

勇者は、世界に、2人に憎しみを抱えた。

勇者「……滅べ。滅んでしまえ」

勇者「自分を認めてくれない、こんな世界……」

勇者「魔王に滅ぼされてしまえ……」

勇者はつぶやいた。
649 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:45:30.40 ID:sWHyAgRB0
魔物は身体を起こすと、目を閉じた。

虹色の羽毛が真っ赤に色を変えた。

魔物は振り返り、剣士に向かって羽根を向けた。

剣士「まずい……」

剣士が防御の姿勢を取るよりも早く、飛び出した羽根が剣士の身体に刺さった。

バサバサと音を立てながら、無数の羽根が剣士の全身に刺さっていく。

身体中からどばどばと血が溢れ出した。

剣士「……ガ……ゴ……ギギ……」

目をまわしながら剣士は崩れ落ちた。



異変は明らかだった。

怠惰「……どういうことよ」

怠惰「ねえ、なによ。どうして棺桶が出現しないのよ!!」

怠惰「精霊の加護を防ぐ通常攻撃なんて理論上ありえないわ!!どういうことなのよ!!」

怠惰「……まさか」

怠惰は、勇者を見た。

勇者はもがれた両手を突き出し、朦朧としながらうすら笑いを浮かべていた。

怠惰「あんた……まさか!!」

怠惰「パーティを解除したのね!!」
650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 15:46:38.16 ID:sWHyAgRB0
バサバサという音が再び響き、怠惰は鳥の魔物を振り返った。

羽根の色は虹色に戻っていたものの、魔力を蓄え、次の攻撃準備にうつろうとしていた。

怠惰「こ、ころされる……」

怠惰「し、しぬ……」

怠惰の全身に汗が吹き出た。

足が震えてまともに立てなくなった。

怠惰「う、うそでしょ……し、しにたくない……」

怠惰「勇者、ちょっと、冗談でしょ……」

怠惰は震えながら勇者に近づいた。

両手から血を流していた勇者は、出血多量で死亡した。

棺桶が即座に勇者を保管し、精霊が出現し、教会へと転送した。

塔の頂上には、剣士の死体と、伝説級の鳥の魔物と、怠惰だけが残された。

怠惰「……はは、見捨てられた。し、死ねってことなのね……」

怠惰「やだ……。死にたくない……」

怠惰「だ、誰か助けて……」



怠惰が恐怖で震えていると、鳥の魔物は気が変わったのか、魔力を溜めるのをやめた。

そして、剣士の亡骸に近づいた。

くちばしを伸ばし、死体を貪りはじめた。

液体の飛び散る音が響いた。

怠惰はよろけ、転びながら、今まできた道を急いで引き返していった。
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/22(木) 00:50:01.52 ID:xeSHWv790
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/22(木) 01:52:05.72 ID:crdEtf/DO
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:10:25.70 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

「おーい、生きてるぅ?」

勇者「……うぐ……」

「ここからじゃ見えないけど、ひっどい音が聞こえてきたよ。なんか、昔仲間を見捨てて逃げたそうじゃないか。殺されないだけましだよ。毎日拷問攻めにされたっておかしくない」

勇者「……俺を殺せない理由があるんだと思う。あいつらの求めてるものについて、俺が何か知ってるかもしれないと思ってるんだ」

「でも、もう拷問にかけられたんだろ?吐かずに耐えたっていうのかい?」

勇者「俺自身でさえ大した情報ではないと思っていることが、奴らにとっては大きな価値を持つことがある。電撃流しの拷問はそういう繊細な情報の引き出しには不向きなんだ」

「ふーん」

勇者「それより、この数日間で俺以外に投獄されたやつを知らないか。職業は遊び人で、女の子なんだけど」

「私のこと?」

勇者「……そういう冗談はいい。とにかく、何か知ってることがあったら何でも教えてくれ」

「今夜のご飯は肉が出るよ。楽しみでしょ」

勇者「そういう冗談は良い」

「自分では大したことないって思ってることでも、誰かにとっては大事な情報かもしれないってさっき自分で言ってたじゃん」

勇者「俺が言いたいのは」

「カリカリしないでよ。ここは怠惰の監獄だよ?焦ってどうするのさ」

勇者「その焦りも消えてしまったらどうするんだよ」

「その時は今の意識さえ消えてしまってるんだ。怠惰に生きていけばいい」

勇者「ふざけた理屈だ。そんなの、死んだらどうせ無になるから、死んでも構わないって言ってるようなものじゃんか」

「死んでもかまわないけどなぁ」

勇者「口だけだ。いざ死に直面したら」

「うぐっ!!!!」

勇者「な、なんだよ」

「うぐっ……おぇええ……」

勇者「布の音……衣類を首に巻き付けてるのか!?」

「……こ……に……」

勇者「お、おい!!誰か!!誰か!!」

「こんやは……おにく……」

勇者「…………」

「本当に死ねばいいって思った?嫌だよ、生きたいから生きてるんだもの。死にたくないから生きてるなんて言ってる奴らはみんな嘘つきさ。おやすみ」

654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:11:56.02 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

ガン!ガン!

「……うるさいなぁ。また檻を破ろうとしてるの?」

勇者「……救いにいかなくちゃいけない人がいるんだ」

「遊び人の女の子を探してるって言ってたね。恋人なの?」

勇者「そんなんじゃない」

「それじゃあ片想い?」

勇者「…………」

「あっ、ちょっとイラッとしてる」

勇者「パーティメンバーだよ。もう、今は違うかもしれないけど……」

「なにそれ」

勇者「俺の中に宿っている精霊を破壊されたんだ。パーティメンバーは精霊の力を授かったものが、仲間として認識することで結成される。その精霊がいなくなってしまえば、もう効力は無いんだ」

「えっ、職業勇者だったの!?」

勇者「違う。精霊が宿っただけの無能だよ。だからここに閉じ込められてる」

「本当の職業は何なの?」

勇者「無職だと思う。でも、案内人に向いてるって言われたことはある」

「なにそれ、面白いんだけど。珍しいじゃん」

勇者「ありがとよ。ところで、あんたとおしゃべりしている暇はないんだ」

「いくら体当りしても無駄だよ」

勇者「今の俺は身体能力を強化されているんだ。その代わり寿命を消費しやすい体質になっているけど。1ヶ月もきれたら効果が消えてしまうらしい。まあ、あんたには何のことだかさっぱりだろうけど……」

「人そのものに枕詞をつけたんだね。『大罪の』って。怖いことする人もいるもんだよね。大罪の一族でさえその枕詞は中々つけないものなんだよ。超優秀な賢者ならともかく」

勇者「大罪の一族を知ってるのか!?」

「…………」

勇者「知ってるんだな?」

「…………」

勇者「えっ?なんでいきなり黙った?」

「些細な情報に驚くと相手は喜んでもっと大きな情報を教えてくれる。大きな情報に興味がそそられないふりをすると相手はムキになってもっと細かい情報を教えてくれる」

勇者「……ふ、ふーん。大罪の一族か、どうでもよさそうな話だな」

「じゃあ話さなーい」

勇者「絶対言うと思った!!」

「絶対言うと思ったって絶対言うと思ってたからもう話さない」

勇者「絶対言うと思ったって絶対言うと思ってたからもう話さないって絶対言うと思っ」

「絶対言うと思ったって絶対」
655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:12:45.14 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

勇者「いいこと考えた」

「どうぞ」

勇者「死んだふりをすればいい。そしたら死体だと思って引きずり出してくれる。食事が来たときにでも試そう」

「今まで誰も試みなかったと思う?」

勇者「どうなったんだ?」

「死体には魔弾が撃ち込まれるんだ。死んだふりをしている生者じゃないか確かめるために。ここの食事は魔力を奪う素材が使われているから、防御呪文も唱えることはできないよ」

勇者「抜かり無いな」

「そういえば体当たりばかりで、呪文を使おうとはしなかったね。普通みんな呪文から試そうとするもんだよ」

勇者「ろくに使えないんだよ。精霊の信頼が一般人よりも全然無いんだ」

「精霊の加護がついてたのに?変なの」

勇者「あんたはどんなのが使えるんだ」

「ドラゴンになる呪文とか」

勇者「えっ!?」

「使えたら楽しいだろうなあって妄想する呪文」

勇者「はいはい」

「想像は魔法だよ。実際に目の前に現れるか現れないかの違いだけだ」

勇者「かなり大きく違うと思うんだけど」

「こんな独房の中で発狂せずにいるのに必要なのは、頭の中の世界をひろげることだよ」

勇者「あんたはいつからここにいるんだ」

「いつからだと思う?」

勇者「俺と同じくらいからじゃないのか?」

「そういうことを想像するだけでもいい訓練になると思わない?」

勇者「何の訓練だよ。妄想か?」

「呪文の訓練だよ」

勇者「えっ?」

「頭の中に強く思ったものだけが、目の前に現れるんだよ。だから、現実を大切にしたければしたいほど、想像することをやめちゃ駄目だ」

勇者「そっか……。たしかに、そうかも。俺も自分の願いを浮かべて……」

「肉肉肉肉肉」

勇者「せっかくいい話だったのに」

その夜の食事は質素なスープだった。
656 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:14:01.10 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

「貴族が貴族である所以は、努力をしなくていい人間であるからだよ。つまり、働かないっていうのは偉いってことなんだ」

勇者「遊び人が聞いたら泣いて喜びそうな言葉だな」

「奴隷が何を強いられているかといえば、労働の二文字に尽きるよ。奴隷が反乱を起こしたのは、命を賭けてでも、働くことを辞めようとしたからだよ。それこそ、命がけの労働から逃げるためにも」

勇者「嫉妬の勇者は元奴隷だって言ってた」

「同情するかい?」

勇者「俺の育ったこの地域は、奴隷制度なんてものとは無縁だったから。正直、あんまり想像できないよ。それに労働はまた別問題だろ。今の時代王様だって忙しそうに働いているさ。職業あるものみな労働者さ」

「だとしたら職業無きあんたは最も偉大な存在だ」

勇者「はいはい」

「誰だって労働なんてしたくないのさ。労働せずに色々なものを手に入れられるならそれがいいに決まってる」

勇者「俺も努力は嫌いだった」

「努力と労働はまた別だよ。最低限を求めるのが労働で、最大限を求めるのが努力なんだから」

勇者「正反対だな」

「働いてる人々がみんな最大限の幸福を追求しているように見えるかと尋ねられたら、そんなことはなさそうに見えるだろう?頑張って何かを入れることより、頑張らないことの方が楽なんだもの」

勇者「頑張らない方が楽なのは当たり前だろう?」

「好きな人と結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を持つ可能性をあげるくらいなら、訓練もせずに怠けていた方がましだ、ってことの何が当たり前なのさ。ありふれた怠惰というのは、実に非常識なことなんだよ」

勇者「なんで俺は頑張れなかったんだろう」

「人が今までやってきたことを繰り返すのは、生き残る確率が高いからに違いないからじゃないかな。昨日と同じ道を通れば、新たな危険に遭遇せずに済むからね。変化に適応できない生物から死ぬというのに、皮肉な話だよ」

勇者「平穏に生き伸びることだけを考えて怠惰に過ごしていたら死にたくなる人生を送ってしまったわけか」

「人生皮肉だらけだね」
657 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:26:10.11 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

「精霊が失われたとわかった時どんな気持ちだった?」

勇者「自分が失われたような感触だった」

「それは精霊への愛情?」

勇者「違う。精霊の加護がなくなったことによって、自分の唯一の取り柄がなくなってしまったという絶望」

勇者「それは、今まで隣にいてくれた人が、離れていくかもしれないという恐怖でもあった」

「離れると思う?あんたの大事な遊び人さんとやらは」

勇者「……あの子は多分、そういう子じゃない。俺と冒険を始める理由に精霊の存在はあったかもしれないけど。精霊がいなくなったからって、人を見捨てるような子じゃない」

「だとしたら、離れていくのは君自身からだね。精霊のいいない素の自分に失望されるのが怖くて、距離を置かれる前に距離を置こうとする未来が見えるよ」

勇者「…………」

「だから今までの人生努力していた方がよかったのに」

勇者「みんなが口にするセリフだろそれ」

「才能によって人望を得た人は『自分から才能が失われたら何も残らない』という負の側面に目を向ける。努力によって人望を得た人はそうは思わない。才能は手に入れる過程がなかったから一瞬で失うことを想像しやすいけど、努力は積み上げた過程があるだけ失った自分を想像しにくい」

「努力によって培ったものを失った自分なんて、所詮過去の自分に過ぎないからね」

勇者「あんたは今までの人生努力してきたのか」

「もちろんさ。毎日寝てても飯が運ばれてくる生活を追い求めてきたさ」

勇者「夢がかなったというわけか」

「肉肉肉肉肉」

勇者「今夜叶うといいな」
658 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 08:59:06.96 ID:TCmnjeZu0
〜翌日〜

勇者「…………」

「…………」

勇者「…………」

「……何考えてたの?」

勇者「何も」

「嘘ばっかり。真面目なこと考えてたんでしょ」

勇者「精霊って何なんだろって考えてた」

「ふーん。で、何だったの?」

勇者「信頼そのものだった」

「信頼?」

勇者「人間の信頼を具現化したものだった。って、精霊を目視したことはないけどさ」

勇者「精霊が人を信頼するんじゃなくて、人に宿る信頼度こそが精霊の力足り得るんだって」

「よくわかんないな」

勇者「実力の高い人は精霊の力をより借りられるようになって、呪文の威力が増すだろ。最たるものが無口詠唱だ。そして、無口詠唱を唱えられる代表的な存在が魔王だった」

勇者「でも、精霊は魔王に宿ったことはかつて一度もない。精霊が力を貸すのはいつも人間だった」

「それは世界の力の均衡を保つためじゃないの?」

勇者「遊び人から聞いたことがある。精霊は、精霊を守ってくれる唯一の存在が人間であると信じていたと」

勇者「俺は、俺に奇跡的に宿りついてくれた精霊を、守ってあげられなかった。精霊は最初から俺に失望していたし、最後の瞬間まで思った通りの出来損ないだった」

勇者「一度でいいからさ。信頼されてみたかった。信頼されるような自分になるべきだった」

勇者「変わりたくても、変われなかった」

勇者「多くの人間は、努力する人間が好きだ。それは多くの人間が、変わりたくても変われないからだよ」

勇者「頑張っても変われないんじゃなくて。変わりたいのに頑張れない」

勇者「頑張ったら、変われるというのに……」

「……一度でも頑張ったことあるの?」

勇者「最近、少し頑張ってた。でも、間に合わなかった」

勇者「三つ子の魂は百までっていう通り、俺の性根が腐っていることはきっと死ぬまで変わらない」

勇者「けれど。後悔の日々の積み重ねの先に、自分の中に新しい魂が宿ることもあると思うんだ。ひねくれていた頃の自分では決して信じられないようなほどの、希望や善意に満ちた自分がさ」

勇者「戦わなくていいと言ってくれた人のために、戦おうって思ったんだ」

勇者「俺だけじゃない。今まで散っていった数多くの勇者の願いはきっと一緒だったに違いない」

勇者「好きな人が、遊んでいられる世界をつくろう」

「…………」

勇者「遊び人という職業を生むために、賢者という強き職業が存在しているのかもしれない」
659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 09:51:08.54 ID:TCmnjeZu0
〜翌日 深夜〜

コンコン

勇者「なに?」

「あっ、起きてた」

勇者「眠れないからな。あんたと同じだ」

「へへっ。あのさ、暇だから昔の話でもまたしてよ」

勇者「どんな?」

「将来の夢とか」

勇者「冒険譚を自分で書くのが夢だった」

「へー!意外」

勇者「俺も世界各地の異変を自分の目で見て。冒険譚を自分で書いて。故郷のやつらから尊敬の眼差しを集めようなんて妄想して」

勇者「認められること、見られることばかり考えて、誰のことも見てあげようとはしなかった。そのせいで、今や監獄となった故郷で、こうして閉じ込められることになった」

勇者「悔いだらけだな。自分には才能もないって努力もしないで。故郷のやつらが今の俺を見たらどうおもうかな。駄目なままだって思うかな」

勇者「こんなところに閉じ込められたら、怠惰の呪いがなくても過去を思い出して廃人になりそうだよ」

「…………」

「今まで馬鹿なことしちゃったね」

勇者「本当だよ」

「まして、才能なんてものに縋ろうとするなんてさ」

「才能って、誰もができないことを自分だけはできることを言うでしょ」

「努力って、過去の自分ができなかったことを今の自分ができるようにすることを言うでしょ」

「努力しておけば、とにかく間違いは起きなかったのにね。他人よりいくらスピードが遅くてもさ。昨日の自分より今日の自分が遅いってことは絶対ありえないんだから」

「一歩も進まなくても他人により秀でるのが才能だとしたら、昨日の自分より一歩秀でることが努力なんじゃない?なんだか、そっちの方が幸せを感じて生きられそうじゃない?」

「だからさ」

「今から、また変わればいいじゃん」

勇者「でも、どうやって……」

「こうやって」





ガチャリ。




660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 10:33:32.52 ID:TCmnjeZu0
勇者「……えっ」

勇者が格子に手を触れると、扉箇所が開いた。

今夜は曇りなのか、月明かりも差しておらず、いつも話していた相手の顔をろくに判別できなかった。

勇者は驚きを抑えつつ、小声で尋ねた。

勇者「鍵を盗んだのか?」

「持ってた」

勇者「持ってた?」

「看守だから」

勇者「はっ?あれ、いつも食事を運んできた看守は……」

「役目が細かく分かれててさ。死んでるかもしれない人に魔弾を打ち込んで生存確認なんかをするのが僕の役目なんだ」

勇者「隣の部屋の囚人かと思ってた……」

「隣の部屋は今空き部屋だよ。労働者を強いられている奴隷という意味では、囚われていることに変わりはないんだけどね。みんなと違って故郷にいられるだけましかも」

「今まで騙しててごめんね。本音を聞きたかったんだ。もうちょっと聞きたかったけど、看守は一定期間ごとに交代されるんだ。怠惰の装備とやらの影響で看守自身が働かなくなってしまうからね」

看守は勇者の手を引くと、監獄の外へ連れ出した。
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 10:35:00.04 ID:TCmnjeZu0
勇者「……えっ」

勇者が格子に手を触れると、扉箇所が開いた。

今夜は曇りなのか、月明かりも差しておらず、いつも話していた相手の顔をろくに判別できなかった。

勇者は驚きを抑えつつ、小声で尋ねた。

勇者「鍵を盗んだのか?」

「持ってた」

勇者「持ってた?」

「看守だから」

勇者「はっ?あれ、いつも食事を運んできた看守は……」

「役目が細かく分かれててさ。死んでるかもしれない人に魔弾を打ち込んで生存確認なんかをするのが僕の役目なんだ」

勇者「隣の部屋の囚人かと思ってた……」

「隣の部屋は今空き部屋だよ。労働者を強いられている奴隷という意味では、囚われていることに変わりはないんだけどね。みんなと違って故郷にいられるだけましかも」

「今まで騙しててごめんね。本音を聞きたかったんだ。もうちょっと聞きたかったけど、看守は一定期間ごとに交代されるんだ。怠惰の装備とやらの影響で看守自身が働かなくなってしまうからね」

看守は勇者の手を引くと、監獄の外へ連れ出した。
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/24(土) 10:36:44.42 ID:TCmnjeZu0
「勇者、無理しないでね。でも、頑張るんだよ」

「戦い続けなければいけない、なんてことはない。勝ち目のない相手と戦って、負けて死んじゃったらどうするの」

「逃げ続けてもいい、なんてことはない。守るべきものを守れなくて、生きがいを失っちゃったらどうするの」

「選択肢は2つあったんだ。戦い続けるか、逃げ続けるか、じゃなくて。今日は戦って、明日は逃げて、を繰り返してもよかったんだ」

「でも、とりあえず今は逃げなきゃだね。そして戦って、守りたい女の子を守りなよ」

「ついでに、故郷のみんなも救ってね」

暗闇の中、ほんのりと笑みが見えた。

「勇者、おかえり」

「そして、さよなら」

看守は手を振ると、元来た道を戻っていった。





涙がとまらなかった。

勇者「……なんだよ。なんだよそれ」

勇者「だって、こんなことしたら」

勇者「あんた、殺されるだろ……」

故郷を後にし。

勇者はにげだした。






変わろうとしているあなたの、目指している姿をこそ、あなたらしいと言ってあげるの。

怠惰の勇者達 〜fin〜
663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/24(土) 18:44:01.11 ID:QRhFWagoO
1レス貼り付けミスしました…外出中なので帰ったら修正します。
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/25(日) 00:56:45.58 ID:jqWNyRsV0
665 :>>661.5 [saga]:2018/03/25(日) 01:08:59.23 ID:jymK58TD0
久しぶりに外の空気を吸い込んだ。暗闇で景色は見えなかったが、懐かしい匂いがした。

「これ、持って。役に立つもの詰め込んであるから」

看守は道具袋を渡した。

「ここから先はついて行けない。特定の奴隷を感知する魔法陣が敷いてあるって聞いたことがあるから。囚人はついていないから大丈夫だよ。監獄の中で廃人になるか、自殺してしまうかのどちらかしか普通ありえないから」

「勇者一人で行くんだ。僕はまたすぐに監獄に戻らないといけない。一定時間ごとに備え付けの魔法石に触れないと、労働をさぼっていると思われて他の監視人が来てしまうから」

勇者「待って。待ってくれよ。あんたは一体……」

「勇者と同じ劣等生の元学生だよ。クラスは別だったけど、君のことはよく聞いてた。落ちこぼれなのに旅に出ることになったのもね。嫉妬や冷やかしの対象として非難されることも多かったけど、僕にとっては羨望だった」

「僕もやがて旅に出た。強くなって、仲間も得て、色々な知識に触れた。でも、最後には挫折して故郷に逃げてきた。それは仕方のないことだった」

「僕は世界を救うどころか、一緒にいてくれた人達さえも救えなかった。そして思ったんだ」

「世界を救いたい人が世界を救うんじゃなくて、隣にいる人を守ろうとする人が、ついでに世界も救うんだと」
666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/25(日) 02:01:43.56 ID:SMC4Uqs90
667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:12:37.13 ID:e+epmtSx0
お姫様「なんであの女はこの国に来ないわけ?やることなんて山程あるってのに」

研究者「怠惰の監獄の地にいるんだ。あの装備を持ってこの王国に来られると衰退しかねないからな」

お姫様「ふん、いい気味よ。嫉妬様とはろくに会えないでしょうからね」

研究者「用がある時は嫉妬様が赴いている」

お姫様「はっ!?なによそれ!!」

研究者「嫉妬様の味方になった唯一の勇者だ。貴重な存在だ」

お姫様「ろくに働いてもいないくせに!!なのに嫉妬様の寵愛を受けてる……。他の勇者みたいに精霊の加護を剥がされてしまえばいいのに」

お姫様「ムカムカしてきた……腹いせに罵倒してくる」

バタン!


研究者「はぁー、これだからお嬢様は」
668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:14:55.98 ID:e+epmtSx0
お姫様「やっほー。無能な彼氏と引き剥がされた気分はどう?毎日寂しい思いしちゃってる?」

遊び人「…………」

お姫様「あんた、大罪の賢者の生き残りだったんだってね」

遊び人は目を閉じていた。

凄まじい魔力の気配とともに、遊び人は口を開いた。

遊び人「『渺茫たる海原に住まいし大蛇よ』」

お姫様「ひっ!!?」

遊び人「『その渇きを潤すため、汝の住処である水をすべて飲み干し……』」

遊び人「『ヒュ――――!!』」

遊び人は口笛を吹いた。

呪文は不発に終わった。

お姫様「……は、はは!そうよ!!あんた、全然唱えられないくらいに遊び人の職業の縛りが強いそうじゃない!!」

お姫様「あんたの閉じ込められているこの部屋は特殊な素材で出来ていて、物理も呪文も全て跳ね返すの。元々は研究者が特別な魔物を封じ込めるために創った部屋でさ。食事もお気づきの通り、魔力を奪う素材が入れられている」

お姫様「でも、関係ないのよね。寿命を消費して呪文を発動できるのだから。それにあなたの力なら、こんな部屋吹き飛ばせるに違いないんだもの。」

お姫様「その残り少ない寿命を使えなくてよかったじゃない。ここでモルモットとして、余生を愉しむことね」

遊び人「…………」

お姫様「ねえ、聞いてるの?」

遊び人「『かさ』」

遊び人が詠唱を終えると、一瞬植物の香りがした。

しかし、遊び人の頭の中は虹色に輝く星を触りたい衝動でいっぱいになった。

瞬く間に植物の気配は消えてしまった。

お姫様「……いつまでもやってなさい。絶望するまで」

お姫様「あなたが脱出したところで、あの勇者はあなたともう会いたくないでしょうけどね」

お姫様「精霊の加護があるから今まで同情心で付き添ってくれたかもしれないけど。命がけとなったら、他人のために命を投げ出そうなんて思うような奴には見えないわよ」

お姫様「そもそも、あの怠惰の監獄から抜け出すことはできないわ。どんなに腕力と知力があっても破壊できない檻がそなえられてあるんだもの。加えて怠惰の装備の呪い。きっともう廃人になってるわよ」

お姫様「二人とも監獄がお似合いだわ。一生もがいてなさい。オホホホホ!!」

お姫様は高笑いしながら去っていった。




遊び人「……そうね。監獄が私達にはお似合いね」

遊び人「世界に居場所のなかった私達」

遊び人「この旅のきっかけも、牢獄の中だったんだもの」
669 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:35:59.67 ID:e+epmtSx0
【過去の章 『殺人勇者と泥棒遊者』】



遊び人「……許してくれませんか?ただ働きしますので」

村長「駄目じゃ!貴様は立派な大罪人じゃ」

遊び人「村の物だと知らなかったんです」

村長「畑から食料を盗んで何が知らなかったじゃ!!」

遊び人「一般常識に疎くて……」

村長「食い物どろぼうめ!!それにしてもぎょうさん食いよったわ!!人間の皮を被った魔物じゃないのか!!」

村長「まぁいい。おい、そこの日雇い。この女のことをちゃんと見張っておけよ」

「はい……えっと」





遊び人「あっ」

勇者「あっ」
670 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:37:33.19 ID:e+epmtSx0
〜1月ほど前 カジノ〜

勇者「お、俺はさわってなんかいない!!信じてくれよ!!」

僧侶「絶対触ったわ!!どさくさに紛れて私のお尻揉んだのよ!!」

「最低……」

「テーブル周りに人が集まってたもんね……」

「冒険者の格好をしてるくせに、一人でカジノに来て怪しいわ」

勇者「ち、違うんだって……本当に……」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!!大人しく捕まるか大金でも差し出せや!!」

「そうよそうよ!!」

勇者「……なんだよそれ」

勇者はポケットに手を入れた。

小型の毒針を掴んだ。

自分の首に突き刺そうと考えた、その時だった。

遊び人「見てました!!!!」
671 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:38:25.17 ID:e+epmtSx0
ザワザワ……

遊び人「私、この人のこと見てました!!触っていませんでした!!!」

「なんだって?」

遊び人「私、喉が乾いて、バニーガールさんに飲み物を貰おうとしてたんです」

遊び人「そしたら、さっきから何度も何度もバニーガールさんにしつこく話しかけている男がいて気になったんです」

遊び人「話の内容を聞くに、食事に誘っているようでした。でも結果は全滅。この人は、まったくつれないバニーガールさんに落ち込んでフラフラになっていました」

遊び人「このテーブルでダブルアップが続いて観客が押し寄せた時に、この人も波に飲まれていました。それでそこの僧侶さんのところに流されたんです」

遊び人「でも、手は自分の顔のところにありました。なぜなら、両手で涙を拭っていたからです」

遊び人「他に犯人はいるのかもしれませんが、その人は無実です!!」
672 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:39:48.68 ID:e+epmtSx0
勇者「今日は……ありがとうございました……」

遊び人「いえいえ」

勇者「酒場でパーティメンバーを探そうと、片っ端から声をかけても誰も味方になってくれなくて……気分転換に普段行かないカジノなんかに来て。気持ちを切り替えてバニーガールさんに話しかけるも、気味悪そうに拒絶されて……」

勇者「僕の味方になってくれる人がまだこの世界に……」

遊び人「(さっきから全然人の目見ないなこの人)」

勇者「ほ、ほんとうに助かりました……」

遊び人「いえいえ。どういたしまして」

勇者「……あ、あの」

勇者「よ、よかったら……」

遊び人「はい?」

勇者「…………いえ」

勇者「ありがとうございました。お気をつけて……」

トボトボ……
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/27(火) 00:56:04.94 ID:e+epmtSx0
遊び人「うわぁ……悲壮感めっちゃ背中からにじみ出てるよ」

遊び人「大丈夫かなあの人。自殺とかしないかな」

遊び人「えーっと、こんな時外界の人になんて言葉をかければよいのか……」

遊び人はカジノの外に出た。

外はすっかり暗くなっていた。

少し離れたところをとぼとぼと歩く勇者の背中に向けて叫んだ



遊び人「あ、あの!」

勇者「…………」

遊び人「世界に女の子は星の数ほどいますから!!」

遊び人「4つ5つ星が消えたところで、夜空は明るいですから!!」

勇者「…………」

勇者「上、見上げてみ」

遊び人が夜空を見上げると、くもりがかっており、星は見えなかった。

月だけが輝くだけだった。

勇者「無数に輝く星が1つも振り向いてくれないのは、絶望ってもんさ」

勇者「星の数ほどいる女の子はこう思うさ。星の数ほどいる男から、どうしてこんな奴を選ばなくちゃいけないんだって」

勇者「ちなみに、さっきの、嘘だから。パーティメンバーを探してたって」

遊び人「……じゃあ一体」

勇者「俺と、心中してくれる相手を探していたんだよ」

勇者はポケットから毒針を取り出した。

遊び人「ちょっと!!駄目よ!!」

勇者「安心しろよ。一人で死ぬから。隣町にある教会まで歩くのがしんどいだけだ」

勇者は毒針を自分の首に突き刺した。

一瞬にして勇者の身体は消え去った。

遊び人「…………消えた」

遊び人「……わからないことだらけだけど」

遊び人「なんか、消えて清々した!!」
674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 00:56:11.15 ID:tjvbygWDO
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 23:49:17.54 ID:HzPjqMxl0
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:25:21.81 ID:Z7HvKCQr0
〜小さな村の牢屋にて〜

勇者「なんで畑の食べ物なんて盗んだんだ」

遊び人「わたし、冒険に疎くて。地面に食料が実ってる地域にたどり着いたと思ったんです」

勇者「あるのかそんなこと。というか仲間はいないのか」

遊び人「……いません」

勇者「そうか。金はあるのか?金を出せば許して貰えるかもしれない」

遊び人「お金がないから食べ物に困ってたんですよ」

勇者「カジノに行くくらいに余裕あったんだろ」

遊び人「カジノに行ったからですよ」

勇者「…………」

勇者「生活費を全てギャンブルに注ぎ込んだのか?」

遊び人「恥ずかしながら……」
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:29:11.20 ID:Z7HvKCQr0
遊び人「困りました……」

勇者「俺はこの前あんたの世話になったからな。なんとかして助けてやりたいが、いかんせん俺も金に困ってるんだ」

遊び人「今は何をされてるんですか?」

勇者「この村で短期間の労働だ」

遊び人「囚人の監視ですか?」

勇者「ちがうよ。家畜見張りだよ。ついでにあんたの見張りも頼まれてるだけだ」

遊び人「えっ」

勇者「餌やりの時間だから行ってくる。ほら、これはあんたの分だ」

遊び人「今や私は家畜同然ですか」
678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:40:59.42 ID:Z7HvKCQr0
ゴゴゴゴゴ……

勇者「うわわわ!!なんか凄い魔力の波動が!!」

勇者「あの女の牢屋から気配が!!」

タッタッタ…

勇者「何をしている!?」

遊び人「…………」

勇者「……どうして逆立ちしてるんだ」

遊び人「脱獄しようと思って……」

勇者「なるほど。それで逆立ちしたわけか」

遊び人「はい」

勇者「なんでだよ!!」

遊び人「なんか呪文を唱えようとすると遊んでしまうみたいで」

勇者「なんだそりゃ」

遊び人「地に足をつけて生きられない呪いなんです」

勇者「手はついてるけどな」

遊び人「脱獄には逆転の発想が必要ですから。逆立ちだけに」

勇者「…………」

遊び人「ところで、腕が限界なのでもう降りていいですか?」

勇者「好きにしてくれ」
679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:47:39.67 ID:Z7HvKCQr0
遊び人「あれ、教えてくださいよ」

勇者「なんだよ」

遊び人「私の前から一瞬で消えたじゃないですか。魔力の気配を一切出さずに。あんな特技が外界にはあるんだなって」

勇者「なんだよ外界って」

遊び人「あれができれば私もこの牢屋から脱獄できます」

勇者「やり方は簡単だ。毒針を自分の首に突き刺すだけだ」

遊び人「死にますよね?」

勇者「うん。死ぬ」

遊び人「でもあなたは生きている」

勇者「完全には死んでないからな」

遊び人「なんですかそれ。ゾンビみたいですね」

勇者「アンデット系男子」

遊び人「ちょっとかっこよく聞こえます」
680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 00:57:36.00 ID:Z7HvKCQr0
勇者「ギャンブル系女子に仲間はいないのか」

遊び人「その響きはかわいくないですね。ちなみに酒場に行って仲間の募集を探しに行ったりはしましたよ」

勇者「どうだった」

遊び人「お酒が苦手だということが判明しました」

勇者「それは残念だったな。ところで仲間の募集についてはどうだ」

遊び人「ろくに戦闘のできない遊び人を仲間にいれたがるのはろくでもない男ばかりに見えました」

勇者「そうだろうな」

遊び人「自分がろくにならないと見合った禄は与えられないというわけです」

勇者「一理ある」

遊び人「あなたはどうでした?行ったことあるんでしょ?」

勇者「ろくに戦闘をしようとしない勇者を仲間にいれたがらないのはまともな冒険者に見えました」

遊び人「えっ、ろくに戦闘をしようとしないんですか」

勇者「だって戦うのってしんどいから。ああでもないこうでもないと言い訳を並べて戦闘から逃げ続けてきた」

遊び人「世界平和は勇者ではなくあなたのような人が生み出すのかもしれませんね」

勇者「そうだな。勇者なんてろくでもない職業だ」

遊び人「でしたら遊び人はろくでもある職業ですね」

勇者「ああでもないしこうでもないけどろくではある職業」
681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 01:07:24.85 ID:Z7HvKCQr0
遊び人「そこで何をしてるんですか?」

勇者「鳥の数を数えてる。仕事のうちの1つだ」

遊び人「誰の役に立つんです?」

勇者「これをすることで俺にお金が手渡されて俺が助かる」

遊び人「もっといい人助けがあるんですが」

勇者「どんな」

遊び人「逃してくれませんか?」

勇者「俺の仕事がなくなっちまう」

遊び人「この前助けてあげたでしょ!!」

勇者「そんな悪く無いじゃん、この環境」

遊び人「この牢屋に入れられてもみてよ」

勇者「俺が立ってる場所もあんたが座ってる場所も大して変わりないだろ。むしろ俺は勤務中は立ちっぱなしだから疲れるんだ」

遊び人「いいところに気が付きました。そう、あなたは労働という檻の中に閉じ込められているのです。そこで1ついいことを教えてさしあげましょう。実はこの檻の内側だと思われている私の寝ている場所こそが世界で唯一の外であり、この檻の外側だと思われている世界全てが檻の中なのです。さあ、檻をあけてください。そして入れ替わりましょう。外の世界は目と鼻の先ですよ」

勇者「シラフなのに飛んだ発言をするのはやめてくれ」

遊び人「それを言うなら逆立ちもしていないのに逆転の発想はやめてくれ、でしょ。私お酒飲めないんですから」

勇者「ただの天然か」

遊び人「天然ってなんですか?」

勇者「そういうとこだよ」
682 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/05(木) 01:20:57.50 ID:Z7HvKCQr0
勇者「俺もあんたも金がないだろ。ここでなら飯は食える」

遊び人「家畜の餌食べさせられてるんですよ」

勇者「俺だって同じもん支給されてるぞ」

遊び人「えっ!?そうなんですか!?あははは!!」

遊び人「ごめんなさい、今ちょっと笑いそうになっちゃいました」

勇者「思いっきり笑ってたな」

遊び人「私をここに閉じ込めている理由は何なのでしょう。こんな小さな村だから、私以外に囚人もいないみたいです。もしかして、私自身も家畜とみなされていて、食べられるまでここで飼育される運命なのでしょうか……あわわわ……」

勇者「さあな。俺だってこの村に来たばかりでろくに情報を教えてもらっちゃいないんだ」

遊び人「あなたも最後には村人の餌にされてしまうかもしれませんよ?」

勇者「それは困る」

遊び人「一緒に逃げましょうよ。さぁ、ここの鍵をあけてみましょう。大丈夫、私がついているから。やらずに後悔するより、やって後悔するほうがいい」

勇者「励ます風にしたらやると思ったら大間違いだぞ」

遊び人「やって後悔するより、やらずに後悔するより、他人にやらせて後悔させる方が良い」

勇者「うわ、最低なこと言ったよ。うまいこと責任俺に背負わせて逃げ出すつもりだよ」

遊び人「家畜として、社畜の隣で生涯を終えるとは思いませんでした」

勇者「誰が社畜だ」
683 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/05(木) 04:01:40.05 ID:AZBWYvaT0
684 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 17:13:26.70 ID:D6bjl4o10
ガヤガヤ…

勇者「なんだか外が騒がしいな」

遊び人「お祭りでもやるんでしょうか」

勇者「だとしたら何か生贄を捧げる儀式でもする可能性があるな」

遊び人「ちょっと!怖いこと言わないでください!」

勇者「ふわふわの綿毛に囲まれながら、甘いクリームをお口いっぱいに頬張るのだ」

遊び人「怖いことを言うなって言ったんです。かわいいことを言えなんて言ってません」



バタバタ…

村人「おーい、日雇い!村長さんがお呼びだで!!」

勇者「俺は日雇いじゃない!!期間契約の労働者だ!!」プルプル…

遊び人「怒ることではないでしょう」

村人「そこの女も連れて来いとのことだ」

遊び人「えっ……あの、許してくれるんですか?」

村人「詳しいことは村長さんに聞きな。早く行くべ」

勇者「そうだ。早く行くぞ、7番」

遊び人「……この男ぉ……」
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 17:20:36.68 ID:D6bjl4o10
広場を通り過ぎると、一人の青年を村中の人が囲っていた。

勇者「あれは誰ですか?」

村人「吟遊詩人だ。昔この村から冒険に出て、今日ついに帰ってきたんだ」

遊び人「昔から有望な少年だったんですか?」

村人「罪人は口を慎むんだな」

遊び人「…………」

勇者「昔から有望な少年だったんですか?」

村人「そうだとも。呪文を使える者なんてほぼ皆無のこの村で、あの子だけは呪術を使用できたのさ。すっかり大きくなっちまって」

勇者「へえー、そうなんですね」

遊び人「(私の代わりに質問してくれた……気を遣ってくれたのかな)」

遊び人「あの、ありが……」

勇者「へっへーん!労働者の俺は罪人のあんたと違って、質問に答えて貰えるべさ!」ニヤニヤ

遊び人「…………」
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:09:03.97 ID:D6bjl4o10
村人「連れて参りました」

村長「うむ。下がってよろしいい」

村人「はっ」

ガチャリ…

村長「……さて。いきなり本題に入ろうかの」

勇者「そうですね。私の賃金の支給に関して」

村長「この村では毎年、大蛇の魔物に生贄を捧げておる」

遊び人「えっ……」

村長「その表情、理解が早くて助かるわい」

村長「今年はあんたが生贄になるんじゃ。村娘からこれ以上犠牲者は出せん」

遊び人「はいわかりました、と素直に言えるわけないでしょう。にげだしますよ」

村長「あの道具を置いてか?」

村長は鉄製の箱の中に入れられている道具袋と壺を指さした。

村長「あんな材質の壺、触れたこともない。貴重なものなのじゃろう?壺の中は見えないくせに、手を入れても何も入っておらんかった。何か特殊な用途のものに違いない」

村長「そこでじゃ。生贄を要求する魔物を無事討伐できたら、持ち物ごとお主を無罪放免にしてやろう」

遊び人「私の職業は遊び人です。戦闘なんて出来ません。近くの王国から兵士でも要請すればいいでしょう」

村長「……ふぉっふぉ」

村長「近くにあった王国は既になくなったのじゃよ」

遊び人「大蛇に滅ぼされたのですか」

村長「より肥沃な土地を求めて国民ごと大移動しただけじゃ。あの王国があった頃は魔物も手を出してこんかった」

村長「王国という脅威が去ってから、魔物はこの村から生贄を要求してくるようになったのじゃ」
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:10:44.48 ID:D6bjl4o10
遊び人「その生贄に私がなれというのですか」

遊び人「定期的に生贄を要求するような魔物なら、知能が高く、言語もある程度理解できるのでしょう」

遊び人「私は正直に、よその場所から来た冒険者だって伝えます。それでも魔物は認めてくれるのでしょうか」

村長「怒りをかってもいいんじゃよ。わしらも命がけじゃ」

遊び人「えっ?」

村長「ここの地域一帯に魔法を使えるようなものはろくにおらん。神から見捨てられたようなこの土地で、ほそぼそと生きることを望むだけの我らに、精霊は力を貸そうとはしてこなかった」

村長「しかし、ついに今日、一矢報いる可能性が帰ってきたのじゃ」

遊び人「さっきの吟遊詩人……」

勇者「一人の魔法使いに頼って、大蛇を倒そうというのですか?」

村長「そのとおりじゃ」
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:12:35.00 ID:D6bjl4o10
遊び人「危険だわ!!近くに国がないのなら、強力な冒険者が来るのを待ったほうが……」

村長「こんな土地に強き冒険者など来ないわい。それに、他の国に強さを借りるという発想はもちろんしたわい」

村長「力だけでは勝てんのは百も承知じゃ。力と智をあわせてこそ強大な力となりうる」

勇者「智とは何のことですか?」

村長「村1番の賢き者を、税金でMBA取得のためよその都の留学に行かせたのだ。数年前のことじゃがな」

遊び人「えむびーえー?」

勇者「それで帰ってきたのがあの吟遊詩人?」

村長「いや、わしじゃ」

勇者「お前かよ!」
689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:13:13.50 ID:D6bjl4o10
村長「魔法こそてんで駄目じゃが、学識の方はお手の物じゃわい」

村長「特技としてSWOT分析を修得しておる」

遊び人「すうぉっとぶんせき?」

村長「たとえば、そこの雇い人」

勇者「はい」

村長「あんたを主軸に、大蛇と戦うことを想定した場合はこうなるじゃろう」

カキカキ…

勇者「どれどれ?」

・強み…弱みの数の多さ。

・弱み…身体弱そう。おつむ弱そう。根暗そう。貧乏そう。女子苦手そう。挙動不審。

・機会…この時期は花粉が少なく、花粉への炎症持ちでも大丈夫。

・脅威…わし

勇者「強みが強みじゃねーしなこれ!てか弱み多すぎだろ!!」
690 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 18:30:38.30 ID:D6bjl4o10
〜牢屋〜

遊び人「説明を一通り聞いてまたここに逆戻りです……」

勇者「仕事の期間延びた!やったった!こんな楽な仕事今までなかったし!!」

遊び人「はぁー」

勇者「気を落とすなって。なんとかなるって」

遊び人「なんとかなるのはなんとかしようとしてきた人だけですよ」

勇者「堅いこと言うなよ」

遊び人「あの、お願いですからあれのやり方教えてくれませんか」

勇者「あれってなんだよ」

遊び人「私の前から消えた奴ですって」

勇者「……無理だよ」

遊び人「あんな転移の方法なんて見たことないです。呪力の気配もないし、特技でも聞いたこともないし」

遊び人「自殺の行動を取ったあとに蘇るなんて、まるで冒険譚に読んだような……」

遊び人「…………えっ。うそ」

遊び人「あなた、もしかして……」

勇者「もう消灯の時間だ。また明日な、7番」

遊び人「ちょっと!!!」

トコトコトコ…
691 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:04:58.36 ID:D6bjl4o10
〜翌日〜

遊び人「あなた、勇者なんでしょう!!!」

勇者「…………」

勇者「朝の第一声で昨日のテンションを引きずって来るなよ。いい感じで途切れたのに」

遊び人「パーティを結成することで発生する精霊の加護。それによる教会への転移があの瞬間移動の正体だったのですね」

遊び人「お願いです!私を仲間にしてください!!」

勇者「精霊の加護目当てか?」

遊び人「……否定できません」

勇者「それとも、身体目当てか?」

遊び人「否定します。精霊の加護目当てです」

勇者「……やだよ」

遊び人「どうして!!」

遊び人「あなたにどんな信念があるか知りませんが。人の命がかかってるんですよ!!」

勇者「確かに俺を冤罪から救ってくれた恩人ではあるが……」

遊び人「大蛇を倒せなかったら、村娘が毎年攫われて……」

勇者「はっ?」

勇者「自分を牢屋に入れてる村の心配している場合かよ。あんたの生き死にがかかってるんだぜ」

遊び人「……たしかに、そうですね」

遊び人「では、助けてくれるんでしょうか」

勇者「わかったよ。パーティの結成も解除も簡単だ。俺があんたをパーティと認めて、あんたも俺をパーティと認めてくれれば結成できる」

勇者「おそらく俺が前回訪れた小さな町の教会で復活する。そこで復活して、それでパーティを解除して、俺もあんたも晴れて自由の身だ」

遊び人「……駄目です」

勇者「何がだよ。例の大切な壺か?諦めろって」

遊び人「それもありますが……村を裏切るなんて」

勇者「ちょ、ちょっと。お前それ本気で言ってんの?」

遊び人「私の里は滅んだんです。だから、この村が大蛇によって苦しめられているのを放っておくことなんて」

勇者「じゃあどうするんだよ。戦うのか?俺は嫌だぞ」

遊び人「勇者なのに戦わないのですか?」

勇者「勇者じゃねーよ。ふざけんな」

遊び人「な、何なんですかじゃあ」

勇者「俺は、人殺しだ」

勇者は家畜の餌やりに向かうと、その日は中々戻っては来なかった。
692 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:07:33.32 ID:D6bjl4o10
〜翌日〜

遊び人「私は、寿命泥棒ですから」

勇者「朝からなんなんだよ」

遊び人「時間が無いんです。だから、本音で話し合わないといけないんです」

勇者「戦闘準備を整えているらしいな。あと数日で出発だとか」

遊び人「寿命ですよ」

勇者「寿命?」

遊び人「私の寿命には、限りがあるんです。それも、人よりとても短く」

遊び人「あなたが自分を殺人者だと言った一言には、きっと過去の深い意味が込められているのでしょう。それを掘り起こされたくなければ、私は掘り起こしません」

遊び人「私が寿命泥棒だと言った一言には、過去の深い意味が込められています。それを掘り起こしたくはありませんが、今あなたに伝えるべき内容だと確信しています」

勇者「俺の協力を得るためか?」

遊び人「はい」

勇者「俺があんたに同情して何でも協力してやると言ったら、どうするつもりなんだ?」

遊び人「魔物に大人しく食べられます」

勇者「それで?」

遊び人「死んだらすぐ教会に転移して逃げ出せます」

勇者「俺があらかじめ死んでいた場合は、口の中に入ったあんたが急に消えることになる。俺が生きていた場合は、口の中に入っていたあんたが棺桶にかわり、大蛇の口に広がることになる」

勇者「食べさせたと錯覚させることは困難だぞ。それに、生贄ってのが食べることを意味するのかわからないじゃんか。もっと残酷な趣味のことを意味してるかもしんないんだぞ」

遊び人「…………」

勇者「まあ後のことはお前の好きにすればいい。過去のことについて話したいならどうぞ話してくれ。一日中暇だからな」

遊び人「……感謝します」
693 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:09:09.98 ID:D6bjl4o10



……

…………

………………



勇者「……なんだよ大罪の一族って。冒険譚に出てくるような話だったぞ。里が装備に吸い込まれたって。信じろっていうのかよ」

遊び人「信じなくてもいいから同情してください。この長い時間話したことが仮に全て嘘であったとしても、こんな嘘をつくくらいに追い詰められているんだと」

勇者「その7つの装備は人間の欲望を満たすことができ、さらに7つ集めれば吸い込まれた者達の寿命を吸収することができるんだったな?」

勇者「あんた、あと10年くらいしか生きられないんだろう?だったらさ、おばあちゃんになれるくらいまで寿命貰っちゃいなよ」

勇者「あんたに生きてほしいと思ってる人は、あの世にも、この世にも、たくさんいると思うぜ」

遊び人「……味方になってくれるんですか?」

勇者「割り切った関係でいいならな。あんたは精霊の加護を利用する。俺はあんたに一切手を貸さない」

遊び人「ありがとうございます!!!!」
694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:15:02.26 ID:D6bjl4o10
勇者「ギャンブルで生活費なくして、俺以下の存在に出会えたと見下せていたのにな」

遊び人「酷いこと言いますね」

勇者「それは俺が酷い奴だからだよ。俺は俺が最低だって知ってるから、他人のことを最低だと言っても許されるんだ」

遊び人「あなたが最低なら、他人の人は最低にはならないでしょう。最低とは言わない方が敵も増やしませんよ」

勇者「理屈っぽいやつだな。これだからエリートは」

遊び人「別にエリートなんかじゃ……」

勇者「学習しない人、成長しない人は、世界中から疎まれる」

勇者「駄目なままでは、ダメですか、と聞きたいよ」

勇者「毎朝起きた時、いつも憂鬱だった」

勇者「毎朝眠いのは、毎晩寝る前に、明日を迎えたくなくて、寝なくちゃいけないのに夜更かしをしてしまったからだ」

勇者「不器用で弱い俺にとって、冒険は自己嫌悪と劣等感を味わう日々の連続に過ぎ無かったよ」
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 19:16:39.06 ID:D6bjl4o10
勇者「もしも明日世界が滅びるとしたら」

遊び人「えっ?」

勇者「よく周囲の大人から言い聞かされてた。嫌いだったなこの言葉」

勇者「どうする?明日しんじゃうって聞いたら」

遊び人「えーっと」

遊び人「移動の翼を体中につけて、どこまで飛べるか実験してみたいです」

勇者「純粋で良いな」

遊び人「あなたは?」

勇者「バニーガー」

勇者「植物でも眺めて過ごすかな」

遊び人「純粋で悪いこと言いかけましたね」
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:23:07.80 ID:D6bjl4o10
勇者「ちょっと前はさ、1つの明確な答えがあったんだ」

遊び人「世界が滅ぶ前日に何をしたいんですか?」

勇者「世界が滅ぶことを願う」

勇者「笑えるだろ。実話だ。俺はさ、精霊の加護を授かって、仲間と一緒に魔王討伐の冒険に出ててさ」

勇者「それでもその旅があまりにもつらくてさ。自分を否定する毎日が続いて。いっそ世界が滅ぼされてしまえなんて願ってた」

勇者「俺は精霊の加護こそ与えられているが、勇者じゃないんだよ」

勇者「戦いなんて大っ嫌いだ。争うのがいやとかじゃなくて、戦闘センスがなさすぎる」

勇者「精霊の信頼もないから魔法も1つも使えない。というか、自分が何の職業かもわからないくらいに特徴がない」

勇者「だからさ。間違っても、俺のことは勇者様なんて呼ばないでくれ」

勇者「もうあの頃のように、期待されて、それを裏切る日々には戻りたくないんだ……」
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:25:00.34 ID:D6bjl4o10
勇者「精霊の加護を目当てに、俺の仲間になりたいと言ってくれるやつはいたさ。結成しては、数日で解散して、みたいな日も実はあったんだ」

勇者「圧倒的な実力不足だった。他人より努力しても、剣術の腕は並に劣っていた」

勇者「呪文だってそう。世界が滅べと願う男に、精霊が信頼してくれるわけもない。頭を垂れてお願いしても何の呪文も使えず、命に数Gの価値しかない」

勇者「性格だってそう。魔王を倒そうという意識もない」

勇者「一番最初の仲間とは、冒険が進むに連れて段々険悪な雰囲気になった。『俺を棺桶に閉じ込めたままお前らで冒険してろ!!魔王を倒したら復活させてくれ!!』なんて言ったこともあった。殴られたけどな」

勇者「勇者でもないのに勇者の使命を与えられた。天職じゃなかったんだ。精霊の加護を与えられたばかりに無理やり故郷を追い出されて冒険に出された」

勇者「そんな俺と旅してると、強い志のもと冒険している仲間じゃ、ぎくしゃくしちまうよな。巨大な魔物を倒してるのをだまって後ろで見てるだけ。魔物を倒したあと長く歩く無言の時間がきつかった」

勇者「俺じゃなければよかったのに。俺じゃなくて、然るべきものがちゃんと精霊の加護を受け取っていたら……」

勇者「俺は毎日早起きしてまで世界を救いたくなかったんだ」
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:27:10.52 ID:D6bjl4o10
勇者「誰かと群れるのが嫌になって。独りで冒険を始めた」

勇者「いろんな場所にたどり着いてさ。のんきな街もあれば、殺気だった村もあって」

勇者「道具屋が冒険者にクレームつけられて土下座させられてたり、宿屋で変な客が暴れてたり、酒場で食い逃げした冒険者をぼこぼこにしたって話しを聞いたり」

勇者「ある屋敷の令嬢を慕っていた青年が、失恋の悲しみで無理心中したり。新呪文の開発のプレッシャーに押しつぶされた術士が自殺したり」

勇者「魔物と人間の殺し合いだけが苦しみじゃないこの世界で。みんな、どうして生きてるんだろうな。何のために頑張ってるんだろうな」

勇者「ただ生きるのって、どうしてこんなに大変なのかな」

勇者「何のために生きてるんだろう」

遊び人「…………」

遊び人「生きることは、つらいよね」

勇者「あんたみたいなやつでもそういうこと言うんだな」

遊び人「こっちのセリフですよ」

遊び人「私の一族なんて寿命も短いしさ。生きることを考えなければならないという焦燥感がある一方、そんなことを考える暇も無駄っていう諦観もあってさ」

遊び人「何のために生きてるかわからないけど」

遊び人「何のために生きてるかわからないのに生きてることが、生きる価値の裏付けにもならないかな」

遊び人「人間には何か成すべき一事があって、それを成すために生きている。って考えると楽だけどさ」

遊び人「私が思うのはさ。生きることの意味は、生まれる前や、まして死んだ後にできるものではなくて」

遊び人「今、生きているこの時間、この私の中にあるものなんだと思う」

遊び人「お母さんはね。ずっといたい人とずっといるために生きてるんだって言ってた」

遊び人「もう、死んじゃったんだけどね」

遊び人「でも、故人を偲ぶ時間も、苦しみそのものだけど、生きている大切な理由の1つに違いないよね」

遊び人「つらくても、生きるんだよ。大切な人との時間を重ね続けていくために」

勇者「…………」

勇者「俺には、そんな相手は……」

ガチャリ

699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:40:53.91 ID:D6bjl4o10
〜出発の日〜

村長「今までご苦労じゃったの。ほれ、賃金じゃ」

勇者「…………」

村長「なんじゃ、不満かの?」

勇者「いいえ……」

勇者「あ、あの」

村長「なんじゃ」

勇者「今夜、あの吟遊詩人と、遊び人は本当に2人で大蛇の討伐に行くんですか」

村長「お主には関係のないことじゃろう」
700 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 21:44:58.51 ID:D6bjl4o10
〜牢屋〜

遊び人「どうされたんですか?」

勇者「逃げるぞ。俺のパーティになれ。心中してどっかの教会に行くんだ」

遊び人「大蛇を倒しにいかなければなりません。私がオトリになって呼び寄せる必要があるんですから」

勇者「あの吟遊詩人が倒せると信じているのか?」

遊び人「信じていませんよ。話したこともありませんし」

勇者「じゃあどうして!」

遊び人「言ったでしょう。好きな人と時間を重ねるために生きてるんだって」

勇者「だから、あんたが生き延びて、あんたの心の中に生き続ける故人のためにも……」

遊び人「生きることはつらいって、言ったじゃないですか……」

勇者「なんだよ。なんで泣いてるんだよ。俺に偉そうに励ましてたじゃないかよ」

遊び人「他者が生きることを願うのは簡単です。でも、自分が生きることを自身で肯定するのは、私には難しいことなんです」

勇者「世界が滅ぶことを願って、自分が生き延びることだけを考えてる俺より、あんたの方がよっぽど生きる価値があるだろ」

遊び人「私のせいであれだけの命が奪われてしまったのだから。せめて、私の命をもって……」

勇者「なんだよなんだよ。自暴自棄かよ。というか、大人しく生贄になるつもりじゃないだろうな」

遊び人「出てってください……」

勇者「どういうことだよ!!今更自己否定かよ!!」

遊び人「黙ってくださいよ!世界なんて滅べばいいと思ってたのなら、私の命1つくらいどうだっていいでしょう!!」

勇者「この数日間話してたことに何の意味があったんだよ!!」

遊び人「意味なんてありません!!」

勇者「っ…………!」

勇者「そうかよ!!あー、そうかよ!!」

勇者「独りで死んでろ!!」
701 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:05:35.09 ID:D6bjl4o10
〜荒野〜

ズカズカ!!

勇者「…………」イライラ

勇者「知るかよ。世界なんか知るかよ」

勇者「幼馴染を捨てたんだ。親友を見殺しにしたんだ。そんな俺が、今更他人を救おうだなんて、罪滅ぼしに過ぎないだろ」

勇者「独りで冒険している時間があまりにも長過ぎた。自分について孤独に考える時間があまりにも多すぎた。そのせいで、こんなにも偽善者になっちまった」

勇者「……あー!!!」

勇者「パーティを組むくらいならいいだろ!!!」

勇者「大蛇には畑の飯でも食わせときゃいいんだよ!!」




〜牢屋〜

勇者「おい!!どこにいる!!」

村人「何だお前。出てったんじゃなかったのか」

勇者「あの遊び人はどこへ!!」

村人「もう洞窟へ向かっただろ」

勇者「くそ!!」

村人「ちょ、ちょっと待つべ!!!何するつもりだぁ!!!」

ザワザワ…

村人2「どうしたべ!?」

村人「こいつ取り押さえるだ!!!」

勇者「ふざけんな!!やめろよ!!」

村人「早く牢屋へ入れるべさ!!」

勇者「くっそ!!なんだこいつ!!力つえぇ!!!」

村人2「冒険者の癖に貧弱だべさ!!」

勇者「うわ、やめろ!!離せ!!!」

村人「道具も取り上げろ!!」

勇者「やめろおおおお!!!!」
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:25:57.20 ID:D6bjl4o10
前〜

遊び人「ここね」

吟遊詩人「…………」

遊び人「道中に魔物が一体も出なかったですね。あなたが楽しそうに大きな音で演奏して歩いていたにも関わらず。気持ちを落ち着けたいとかなんとか言ってましたけど」

吟遊詩人「…………」

遊び人「幸運だと思いますか?」

吟遊詩人「…………」

遊び人「私、こう見えても呪文の達人で。呪文の解析には自信があるんです」

遊び人「魔除けの呪文を使っていたでしょう」

吟遊詩人「だ、だから何だと言うんだ」

遊び人「あなたが村を出てから数年間の間、同じように冒険していたんじゃありませんか?」

遊び人「あなた、ろくに魔物と戦ったことがないでしょう?」

吟遊詩人は怯えと怒りの混じった表情で遊び人を睨みつけた。

吟遊詩人「お、お前みたいな女に命懸けの冒険の恐怖がわかるか……!!」

遊び人「やっぱり。今夜は私を見殺しにして、大蛇に差し出すつもりだったんでしょう。これから私にかけるのは眠りの呪文ですか、それとも麻痺の呪文ですか?」

吟遊詩人「お前……ま、マハンシャが使えるのか?」

遊び人「内緒です。でもあなたに何かをされるのは癪なので、かけようなんて思わないでくださいね」
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:29:53.33 ID:D6bjl4o10
遊び人「仕方ないことですよ。人を見捨てることは、絶対に許されることではなくて、しかし逃れられない選択です」

遊び人「その十字架を背負って生きてください。あなたが悪人であればのんきに生きられます。その代りに他者の恨みによって殺されるでしょう。あなたが善人であれば、自身の罪悪感によって自分を殺して生きるでしょう」

遊び人「きっと、この洞窟の前に立って、同じ選択をした人は多くいたに違いありません。魔王城の前に立って、同じ選択をした冒険者もたくさんいたに違いません」

遊び人「職業についている人はかわいそうですね。戦士は戦わなければならない。盗賊は盗まなければならない。魔法使いは魔物を焼かなければならない。僧侶の仕事でさえ、傷つく仲間を癒す前に、傷つく仲間を一度は後ろから見なければならないんですから」

遊び人「逃げることは仕方がないことです。ただ、逃げた相応の報いが訪れるだけです」

吟遊詩人「し、死を前に何を悟ったふりをしている!!黙って進め!!」

遊び人「黙りません。でも進んであげますよ。あなたの魔除けの呪文もあると便利ですしね」



遊び人は、遊ばず祈った。



戦わなかった戦士に、祝福を。

欺いた武道家に、祝福を。

祈りを捨てた僧侶に、祝福を。

毒を放ちし魔法使いに、祝福を。

逃げ出した勇者に、祝福を。

遊び人「逃げ出したくて、逃げ出した人なんていなかったんだよね」

そう言いつつも、遊び人は洞窟の中に入った。
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:43:11.12 ID:D6bjl4o10
大蛇「……来たか。待ちくたびれたぞ。不快な音をさっきから出しおって。女の匂いがしたから出てきてやったが」

吟遊詩人「ほ、本当にいた……」

大蛇「奇跡にすがりついていたか。しかし、私は伝説ではなく確かにここにいる」

巨大な牙を剥き出しにしながら大蛇は語りかけてきた。

大蛇「今夜の生贄はお前か」

遊び人「はい」

大蛇「今夜余に喰い殺される気分はどうだ」

遊び人「可哀想です」

大蛇「かわいそう?」

遊び人は考えた。

大蛇の目的は、娯楽だと。

死に怯える村娘と、村娘を殺された怒りに震える村人。

それを味わうことを愉しんでいる。

しかし、遊び人が死んでも悲しむ人もいなければ。

遊び人自身、一人ぼっちのこの世界で、死んでしまいたい気持ちが沸いていた。

ただ、大人しく、村娘のふりをして死ぬつもりでいた。

大蛇「ふふ……いつまで強情を張っていられるか楽しみだ」

大蛇「おい、そこの男。わしを殺すことを目的に来たのだろ?」

吟遊詩人「そ、そんな!滅相もない!この娘を無事送り届けるために……」

大蛇「毎年女は独りでここに来ていた。わしがこの周囲の魔物に手を出さぬよう指示をしていたのでな」

大蛇「見栄を張ってきたんじゃろう。お前みたいな臆病者のクズは吐き気がするんじゃよ。男はまずくて食えんが、どれ、余興に遊んでやろう」



大蛇があらわれた!
705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 22:50:23.65 ID:D6bjl4o10
吟遊詩人「う、うわあ!!」

吟遊詩人はにげだした!

しかし、まわりこまれてしまった!

大蛇「遅いわ」

大蛇は巨大な尾で吟遊詩人を叩きつけた。

吟遊詩人「ぎやぁ!!!!」

倒れた吟遊詩人の身体に、激しく何度も振り下ろされる、

吟遊詩人「ギッ!!」

吟遊詩人「ゴッ!!」

吟遊詩人「グェッ!!」

村で囲まれていた時の落ち着いた吟遊詩人の姿とは対象的に。

両目があらぬ方向を向き、血と一緒に奇妙な声を上げていた。

遊び人「……う、うわ、わ……」

大蛇「トドメはまだ刺さんぞ」

大蛇は尾を吟遊詩人に巻きつけると、きつくしばりあげた。



ポキポキポキポキ。


吟遊詩人「……グェエエエエエ!!!!!!」

どばどばどば、と、吐瀉物を吐き出した。

遊び人「ひっ、わ、あ……」

遊び人はにげだした!

大蛇「ふっはっは!!やっと恐怖を実感したか!!」

しかし、まわりこまれてしまった!!
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 23:09:52.18 ID:D6bjl4o10
遊び人「う、うぅ、うっ……」ポロポロポロ…

大蛇「足が震えているではないか。さっきの落ち着いた態度はどうした」

遊び人「あぅ、あ……」

遊び人「ゆ、許して……」

大蛇「何を許せと?」

大蛇は尾を緩めた。

吟遊詩人は地面に倒れ込んだ。

吟遊詩人「……クヒュ―。クヒュ―」

遊び人「い、生贄は1人だから……」

大蛇「ほおっ!?」

大蛇は感情を剥き出しにして嬉しそうな表情をした。

遊び人「い、生贄は毎年ひとりって決まってて……」

遊び人「も、もうその人、死んじゃうから……」

遊び人「だ、だから……」

大蛇「……いいや」

遊び人「えっ」

大蛇「まだ、死んではおらん」

遊び人「えっ……」

吟遊詩人「クヒュー。クヒュー」

大蛇「選べ」

遊び人「え、選ぶって……」

大蛇「わしがこいつを殺すか。それともこいつを殺さないか」

遊び人「……た、愉しみたいだけでしょ」

遊び人「わ、わたしがその人を、こ、こ、殺してって言葉を言わせたいだけなんでしょ……」

大蛇「それだけではないぞ。お前ら2人を見逃す選択肢もある。その代わり、村を壊滅させに向かうがな」

遊び人「た、愉しんでるだけじゃない……」

大蛇「早く決めろ。こいつが死ぬ。その前にお前を締め殺すぞ」

大蛇は遊び人に詰め寄った。
707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/04/08(日) 23:10:37.76 ID:EmfGW+4n0
エレファント速報ですがまとめさせてもらいます
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 23:11:43.76 ID:D6bjl4o10
遊び人「あ、う、あ……」

大蛇は尾を遊び人の身体に巻き付けた。

汚物の臭いが遊び人の鼻腔をついた。

遊び人「ひ、ひっ、ひっ……」

遊び人「う、ああ、や、やめ……ご、ごべんなざい……」

遊び人「ゆ、ゆるじでくだざい……」

大蛇「言うべきことを言えば考えてやらんこともない」

遊び人「う、うっ……おぇ……」

遊び人「いぎだい……」

遊び人「じにだくない……」

大蛇「ふはは!そうではないだろう!」

遊び人「そ、そいつを……」

大蛇「そいつを?」

遊び人「こ、こ、こ……」

遊び人「こ、こ……」

遊び人「殺して……」

大蛇「ふははは!!!」

大蛇が狂喜に満ちた顔をした。

大蛇は牙を吟遊詩人に突き刺した。

大蛇「おっと、もう既に死んでおるようじゃ!!」

大蛇「結局は人間の子よ!!一晩かけてお前を……」

遊び人「殺して……勇者様!!」



勇者のこうげき!
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 23:55:42.48 ID:D6bjl4o10
大蛇に1のダメージ。

驚いた大蛇はとぐろをほどき、洞窟の隅へと逃げた。

勇者「勇者様って呼ぶなって言っただろ」

遊び人「う、うう……」

勇者「ほら、死ぬのは怖いだろ」

遊び人「う、うん……」

勇者「人を見殺しにするのもつらいだろ」

遊び人「うん……」

勇者「とかいって。俺は死ぬこともないし、自ら人を見殺しにしたからさ。絶対ろくな死に方しないんだけどな。お前には話したくもない過去だけど」

勇者「そこの蛇も言ってるだろ。所詮は人間だって。善悪とか、そういうものを超越した感情が、人間にはあるんだよ」

勇者「俺がお前を助けに来たことは、あの村を見捨てることを意味するんだから」

大蛇「なんだ貴様……この俺様を倒そうというのか……」

勇者「既に勝負はついている」

大蛇「……なに?」

勇者「致死性の毒針を打ち込んだ。残念だったな」

大蛇「…………」

遊び人「…………」

遊び人「大蛇に毒って効くのかな?」

勇者「…………」

大蛇のこうげき!
710 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 23:57:13.76 ID:D6bjl4o10
大蛇は尾をふりかざした!

勇者は必要以上に距離をとって避けた。

勇者「うぉわ!?」

大蛇「愚弄しおって……!!」

大蛇は遊び人めがけて尾を伸ばした。

大蛇「今すぐ絞め殺してくれるわ!!あの男はあとでなぶり殺してくれる!!」

勇者「遊び人!!」

遊び人「な、なに!?」

勇者「俺の、仲間になってくれ!」

遊び人「えっ」

勇者「ここまで来るのも大変だったんだ。武器もないまま牢屋に入れられたもんだからさ。物凄い痛みに耐えて牢屋に頭打ちつけたり、首を爪で引っ掻いたりして、激痛に耐えて自殺して。まあ俺はすぐ転送されやすいんだけどさ」

勇者「隣町の教会で目覚めて、移動の翼を盗んで、こっそり村に飛んで。この洞窟への地図の入った道具袋も一緒に回収して。急いでここまで駆けてきたんだ」

勇者「はやく仲間になれ!!」

遊び人「私が生贄にならないと、あの村は!!」

勇者「死にたいのかよ!」

遊び人「生きたいよ!」

勇者「そうだろ!」

遊び人「誰にも迷惑をかけずに、生きたいんだよ!」

勇者「諦めろ!!」

遊び人「わ、私は大勢の人間を犠牲にさせた大罪人なの!!」

勇者「俺に関係あるのかよ」

遊び人「無いよ。あなたとは数日間一緒に話しをしただけよ」

勇者「救うよ」

遊び人「勇者だから?」

勇者「俺は、人殺しだから」

遊び人「私は、寿命泥棒だから」

勇者「知るかよ。滅んじまえばいいだろこんな世界」

遊び人「だったら私一人なんて」

勇者「自分を許してくれた人を、世界と天秤にかけられるかよ!!
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/09(月) 00:00:14.78 ID:4y9IhOFv0
勇者「戦わなくていいなんて、女の子から言われたことなかったんだ!!」

勇者「精霊の加護目当てで集まってきたくせに。精霊の加護に見合った力を周囲は期待してきた!!」

勇者「俺は、精霊の加護の存在に苦しめられていたんじゃない!!勇者の素質をもたないことに、俺自身の力を否定されることに苦しんでいたんだ!!」

勇者「何度でも言うよ。俺は勇者様なんかじゃないよ。勇気の欠片もなくて、強くなくて、世界が大嫌いな男なんだ」

勇者「自分が歩き出すことで花を踏み潰したっていいって思ってるほどだ。その花だって、周りの土の養分を吸い取って生きているって言い訳をしてな」

勇者「あんたみたいにやさしい人が、幸せになれない世界なんて否定しちまえよ!!」

遊び人「…………あなたのこと、大嫌いだな」

遊び人「好きの裏返しとかじゃなくて、ただただ大嫌い……」

勇者「俺はあんた以上に俺のことが嫌いだよ。生きるけどな」

大蛇の尾が遊び人の全身を巻き付けた。

遊び人「強み!!」

遊び人「それでもやさしいところ!!」

遊び人の身体は大蛇の尾によって潰された。

大蛇「ぐぉつ!?」

強烈な締め付けを跳ね返すほどの棺桶が出現した。

勇者「中の死体には絶対触れさせないほどの防御力を誇るんだ。外面は剣で表面をなぞっただけで傷がつくただの木箱なんだけどな」
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/09(月) 00:08:59.34 ID:4y9IhOFv0
大蛇「妙な術を……」

勇者「遊び人はそこでゆっくり寝てな。あとは俺に任せろ」

大蛇「小僧!!本気で俺様を怒らせたな!!」

勇者「小僧って呼ぶのやめてくれないか」

大蛇「今から死ぬ者に呼び名などないわ!!」

勇者「勇者様って呼べって言ってんだよ!!」

勇者は大蛇に飛びかかった。

大蛇は勇者に体当りすると、勇者は無残に吹き飛んだ。

勇者の身体は出現した棺桶に保管された。

二つの棺桶は教会に転送された。

〜教会〜

勇者「やべやべやべやべ」

勇者「強すぎワロタ」

神官「…………」

勇者「すいません!遊び人を蘇らせてください!」

神官:1,900G頂きますがよろしいでしょうか。

勇者「はい。1,900……はぁ!?」

勇者「遊び人だろ!?今呪文も使えない状態だってのにそんな金額すんのかよ!!」

神官:1,900G頂きますがよろしいでしょうか。

勇者「は、はらうよ!わかったよ!!俺のここ数日の労働代が……」

勇者はさきほど村から取り戻した道具袋からお金を取り出した。





遊び人「ぷはぁ!!」

遊び人「はぁ…!はぁ…!」

勇者「気分はどうだ?」

遊び人「えっと……いつの間にか寝てたみたい……」

勇者「死の恐怖を和らいでくれるのは精霊の加護の恩恵の1つだ。よし、今すぐ村に戻るぞ」

遊び人「えっ?」
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/09(月) 00:31:37.02 ID:4y9IhOFv0
村長「何をしておる!」

勇者「あっ、見つかった」

勇者と遊び人は村長の屋敷に忍び込み、檻の鍵を見つけ、封印の壺を回収した。

村長「何をしておるのだ!!」

勇者「にげだしました」

村長「逃げた?お、おい、そこの女は……」

遊び人「にげだしちゃいました」

勇者「大蛇がこの村を壊滅させに今からやってきます」

勇者と遊び人は村長の脇を通り抜けて村の広場に出た。


勇者「号外!!号外!!」

勇者「生贄がにげだしました!!今に大蛇が襲ってきます!!」

遊び人「わたしがにげだしました!!」

勇者「これから村人で新たな地を求めた大移動です!!」

勇者「ここに、少しおすそ分けしておきますね」

勇者は教会のある町から盗んだ大量の移動の翼を村の広場にばらまいた。

言葉の意味を理解しはじめた村人が、血相を変えて駆け寄ってきた。


勇者「よし、にげるぞ」

遊び人「にげちゃいましょうよ」

2人は移動の翼をつかった。

混乱に陥る村の夜空をあがっていった。

勇者「勇者失格だな」

遊び人「ええ。確かに、冒険譚では見たことないです。村人を見捨てる冒険者の物語」
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/09(月) 00:34:11.18 ID:4y9IhOFv0
遠くの村に降り立ち、あてもなく2人は草原を歩いていた。

勇者「勇む心を持たぬ勇者」

遊び人「遊ぶ余裕も猶予もない遊者もここにいます」

勇者「やっと開き直ってくれたか」

遊び人「はい。世界に心を開きなおりました」

勇者「たとえ世界からぼろくそに言われようが。信頼を失い続けようが。それでも生き続けるんだよ」

遊び人「私たちには、私達しか知らない私達がいるはずだから?」

勇者「ろくでもない自分の正体を、自分だけが知っているってだけだ。精霊の加護を持ちながら、魔王や魔物なんか見向きもしない」

勇者「俺は、したいこともないし、がんばりたくもない」

遊び人「それならなおさら私と冒険しましょう」

勇者「精霊の加護目当てだろ?」

遊び人「自由に考えて良し」

勇者「俺は戦えないよ?」

遊び人「逃げるのも良し」

勇者「いつも昼過ぎに起きるよ?」

遊び人「早起きして稽古しなくても良し!!」

勇者「俺は……」

遊び人「世界を救わなくても良し」

遊び人「村長の願いを聞き届けなくても良し!!魔物に襲われている村を素通りしても良し!!」

遊び人「世界に散らばった装備を盗んで集めるだけの簡単なお仕事です!!」

勇者「おいおい。さっきとは打って変わったな」

遊び人「死の恐怖を前にして、生きることに執着がわいてしまいました。善悪の比ではありませんでしたよ」

勇者「精霊の加護があると生に執着が沸かないみたいな言い方だな」

遊び人「そんなことありませんよ。私には生きるためにあなたが必要なんです」

勇者「俺の精霊の加護がだろ?」

遊び人「自由に考えて良し」

勇者「さっきも聞いた。まあいいか」

遊び人「いつか、冒険譚に載るといいですね」

勇者「何が」

遊び人「村を見捨てて。魔王も討伐しようとせず。寿命を手に入れようとする冒険者の物語」

勇者「人殺しと、寿命泥棒か」



運命の人とは、きまって不思議な出会い方をする。

10人にも20人にも心を求めて近づいては、拒絶されて気力もなくなった頃に。

下心もないまま会話をいつの間にかしている、やさしくてかわいい女の子。

無数の星が振り向いてくれない人に限って。

遊び人「あはは!お互い、大罪人ね!!」

月だけが振り向いてくれる運命なのかもしれない。
715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/09(月) 00:46:08.50 ID:4y9IhOFv0
遊び人「一つだけお願いが」

勇者「どうぞ」

遊び人「バニーガールの格好じゃなくてもいいですか?」

勇者「自由に考えて悪し。着てください」

遊び人「明日世界が滅ぶなら考えてあげる」

勇者「明日滅ぶかなぁ」

遊び人「いいよ別に。明日、世界が滅ぶからなんなの。好きなもの食べて、本読んで、寝てやりましょうよ。それこそ、明日世界が滅びるとわかった時にやりたいことなんじゃない?」

勇者「いつでも出来ることだろそれ」

遊び人「当たり前だよ。いつでも出来ることは、世界が滅ぶ前にもできるってことだもの」

勇者「なんかウキウキしてないか?さっきまで足が震えてたのに」

遊び人「してるよ。私、生きてるんだって。怖かったのに、怖くなくなったって。ほら、今も」

勇者「おわっ!いつの間に!」

魔物の群れが現れた!

遊び人「記念すべき第一戦!私達の冒険の始まりだね!!

勇者「はぁー。誰にも自慢できない冒険譚になるぞこれ」




勇者  たたかう
    まほう
    どうぐ
    にげる▼



勇者たちはにげだした!




殺人勇者と泥棒遊者 〜fin〜

716 : ◆uw4OnhNu4k [sage]:2018/04/09(月) 00:59:18.43 ID:4y9IhOFv0
>>707
仮面浪人の道の時は細部まで丁寧にまとめてくださってありがとうございました。宜しくお願いします。
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/09(月) 01:06:29.47 ID:cOo0Bs2DO
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/09(月) 01:10:21.21 ID:Ue+fOZ2A0
719 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/09(月) 19:20:31.47 ID:WyNz/uSn0
720 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:18:12.53 ID:/yKl3BVY0

『焼餅(やくきもち)』


喉から手が出るほど欲しいものといえば。

青く見える隣の芝生。

赤く見える隣の花。

面白く聞こえるあの男の話。

やさしく聞こえるあの女の声。

賢く映るあの年下の頭。

美しく映るあの年下の顔。

死んでしまえばいいと願ったのは、それは私が努力しても手に入れられなかったものだから。

殺してしまいたいと望んだのは、努力しても手に入らないと諦めるほどの輝きだったから。

あらゆる欲望を包括する、この、嫉妬こそ。

人間を破滅足らしめる7つの大罪のうち、最も災厄の欲望である。

罪を背負わされて生まれし、罪なき人間に、精霊はただ願う。

【第7章 嫉妬の王国 『渇望の首飾り』】

さち、あれかし。
721 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:18:47.35 ID:/yKl3BVY0
〜嫉妬の王国〜

コツン…

旅の荒くれ者「ふっざけんじゃねえよぉおおおおおおお!!ぶつかってんじゃねえよクソ女ぁああああああ!!!!!」

怠惰「……邪魔よ」ジロリ

旅の荒くれ者「うっ……な、なんでもねえよぉおおお!!」



〜城内〜

怠惰「久しぶりに王国に来たのに、下民に触れて不快だわ」イライラ…

お姫様「あれー、怠惰なひきこもりお姉さま。働かずに何をしていたんですの?」

怠惰「あら、いたの。今のあなたに言われたくないわ。立派な遊び人さん」

お姫様「私は嫉妬様の身代わりになったの!!私が庇わなければ嫉妬様が遊び人にされていたのよ!!」

怠惰「庇ったんじゃなくて盾にされたんでしょ」

お姫様「あ、あなたね……」

怠惰「そんなことはどうでもいいわ。それより嫉妬様はどこ?」

お姫様「例の”旧”決闘場よ。いつも研究者の男どもといるのよ……」
722 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:19:39.06 ID:/yKl3BVY0
お姫様「そういえば、話に聞いたけど、あんたが捕獲していた勇者、逃げ出したそうじゃない。大罪の装備がありながら、自分の統括する故郷でまんまとしてやられたわね!!」

怠惰「…………」

お姫様「へへーん、なんか言ったらどうなの?」

怠惰「廃人にさせるわよ」ジロリ…

お姫様「ひっ……」

お姫様「せ、せいぜい見つかることを祈ることね!!あの遊び人を人質にしたら来てくれるかもしれないし」

バタン

怠惰「……来ないわよ。かつて、仲間を見殺しにした奴だもの」



〜外〜

主人「おら、さっさと働け!!!」バチン!!

奴隷「ひっ!!」

主人「俺の同僚がまた屋敷を建て替えたんだ。負けてらんねぇんだ……」


青年「……許せない。あいつが研究者に選ばれ、俺は落ちた……。いつも成績は及ばなかった……。なんで……なんであいつばっかり……」


令嬢「どうしてあの方は、小汚い農家出身の選んだというの……。何よ……私の何があの女に及ばなかったというの……。い、色仕掛けをしたに違いないわ……。穢らわしい……こ、ころしてやる……」ギリリ…



怠惰「何度訪れてもまともじゃないわね。負の感情で満ちた国」

怠惰「だけど、嫉妬という感情がこの国を覆うようになってから、以前にも増してこの王国は巨大な力を持つようになった。近隣国の滅亡と引き換えに」

怠惰「うちの故郷とは大違いね。今や怠惰な囚人が寝そべるだけ」

怠惰「私はそこで、何もせずただ日々を無為に過ごすだけ」
723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:21:11.42 ID:/yKl3BVY0
〜旧決闘場〜

嫉妬「よく来てくれた」

怠惰「足枷を持ちながらの移動はしんどいですわ。これだけは肌身離さず持ち歩けと嫉妬様から言われてるから仕方ないですけど」

嫉妬「君のそばにあるのが一番安全だからな」

怠惰「このまま故郷を離れてたら故郷の囚人がやる気を取り戻してしまいそうです」

嫉妬「そうだな。全員に脱走されてしまうかもしれん。先日、あの男にも逃げられたそうじゃないか」

怠惰「……っ!!も、申し訳ございません!!」

嫉妬「俺は気にしていない。逃げ回るしか脳のない雑魚だ。あの男に私怨があるのは君の方だろう」

怠惰「ええ。あいつがのうのうと余生を過ごすことは私が許しません」

嫉妬「ふん、私怨を晴らすのは大罪の装備が見つかってからにしてほしいものだ」

怠惰「はい……。ところで、これを」

怠惰の勇者は報告書を嫉妬に手渡した。

怠惰「怠惰の装備が故郷に与える影響の記録です。いつものように、定刻に看守に記録させたものを集めています」

嫉妬「君自身が書いてある箇所もあるだろう。そこを読むのが愉しみでな」

怠惰「自分の装備の特徴について記して置きたいですから。私の身の回りの世話人、私と会話する道具屋、装備の持ち主である私と直接触れ合うものについての記録も残しています」

怠惰「ただ、申し訳ございませんが、世話人の勘違いか私の記載した今回報告分は破棄してしまったようで……」

嫉妬「そうか。殺したか」

怠惰「クビにしただけです」

嫉妬「相変わらず甘い女だ」

怠惰「ところで、嫉妬様は連日ここで研究者と何をしているのですか」

嫉妬「自動感知呪文の調整をしている」

怠惰「自動感知呪文?」

怠惰は地面に描かれた巨大な魔法陣を見た。


【TIPS】

嫉妬の王国には、二つの決闘場がある。

旧決闘場。新決闘場。

旧来使っていた決闘場が老朽化し、近年になってから新しい決闘場がつくられた。

旧決闘場は現在研究施設として使われている。

嫉妬の勇者が奴隷時代に、実験台にされていたのもこの旧決闘場である。
724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:22:32.37 ID:/yKl3BVY0
嫉妬「感知には二種類の方法があるのは知っているな」

怠惰「1つは直接対象を絞り出す感知です。もう1つが、対象以外の要素を全て特定し、全体から差し引く感知です」

嫉妬「そうだ。差し引く感知は時間と魔力こそ膨大にかかるものの、世界規模の広さを範囲の対象にすることを可能にし、感知対策も無効化できる。エルフの里の特定も、魔王城の特定も、この方法によって可能にしてきた」

嫉妬「数多の勇者共の捕縛にもこの方法を使った。暴食の勇者、色欲の勇者を運良く感知にかけることもできた。大罪の装備は手放していた後だったがな」

怠惰「それで大罪の装備も?」

嫉妬「傲慢の盾は感知にひっかけることができた。赤い糸の呪文に気付く前は散々錯乱させられたがな。今は特集な物質であればたいてい感知することができる」

嫉妬「だが、封印の壺だけは別だ。あれは感情を物に閉じ込める研究によって造られた。直接にせよ間接にせよ感知をしようにも、ただの特徴のない壺に過ぎないのだ。世界中の壺と同じ扱いのため対象を絞りきれない」

嫉妬「だが、大罪の装備を抑え続けるには限界がある。壺が割れた時には、自動感知呪文が暴食の鎧と色欲の鞭を感知する」

怠惰「あの……その魔法陣の感知呪文を使えば、あの勇者も……」

嫉妬「ふはは。それは無理だ」

怠惰「感知の力を割くのさえもったいないと?」

嫉妬「ただの特徴のない壺と一緒だ。航海士だったか、無職だったか忘れたが、あの程度の男はあまりにも多すぎる」

怠惰「そうですか……」

嫉妬「もっといい方法がある。あの遊び人を日時指定で処刑すると脅せばよい」

怠惰「お姫様からも言われました」

嫉妬「不満か?」

怠惰「勝てない戦いに挑むような奴ではありませんよ」

嫉妬「利口ではないか」

怠惰「勝つための脳がないだけです」
725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:24:07.76 ID:/yKl3BVY0
怠惰「今日私をここにお呼びた理由は何でしょう。大罪の装備の発見は、封印の壺が割れるまでの時間の問題に思えます。何もせず待っていれば自然と……」

嫉妬「怠惰の勇者らしい発想だ」

怠惰「申し訳ありません」

嫉妬「君の言う通りだ。だが、俺のやることはただ寿命を延ばすことだけではないのだ」

嫉妬「この旧決闘場は、研究施設の他にもう一つの顔がある。地下室にもう一つの”檻”としての役割がな」

怠惰「檻ですか。私の故郷と同じですか」

嫉妬「こちらに閉じ込めているものは人間の貴族などではない。そこでだ、怠惰の装備が与える影響を見せてくれ」

怠惰「はぁ、囚人ですか……。怠惰の足枷を使うまでもない対象だと思いますが」

嫉妬「そうかな」

怠惰「もしや、ドラゴンやゴーレムのような魔物でしょうか。あ。あるいは、勇者の生き残り……」

嫉妬「どちらかといえば、勇者に近いかもしれん」

地下の奥にたどり着いた嫉妬は、檻の中の”ソレ”を怠惰に見せた。

怠惰の表情は、凍りついた。
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:24:50.83 ID:/yKl3BVY0
遊び人が嫉妬の王国に囚われてから、時は過ぎ。

三ヶ月以上が経った。

その間に、嫉妬の王国は以前にも増して勢力を伸ばし。

怠惰の監獄には多くの罪なき人々が収監され。

魔王が君臨していた頃、いや、その時以上にも増して。

世界は不機嫌な表情を見せるようになっていた。

ただ1人を除いて。

研究者「国王。緊急のご報告です。自動感知に波形の乱れが現れました。封印の壺の耐久が間もなく尽きる前兆です」

嫉妬「ほほう、ようやくか」

嫉妬「いよいよ、俺の欲望を永遠に満たし続ける世界が訪れる」






「にへへへ!!そこの旅人のお姉さん!!どうですかこの僕のバニー姿!ようこそこの……」

旅人「ギャー!!!」

いや、ただもう1人を除いて。
727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:26:05.12 ID:/yKl3BVY0
〜祭り 当日〜

お姫様「はぁー、退屈。嫉妬様は怠惰の女の故郷に行っちゃうし。お祭りの祝日で相手してくれる研究者もいないし。まぁそれは計画が順調に進んでるってことなんだろうけど」

お姫様「ねえ、あんた。独りぼっちって虚しくない?」

遊び人「…………」

お姫様「怠惰の監獄でもないのに死んだみたいな表情してるんじゃないわよ」

お姫様「ねえ、あんた、嫉妬ってしたことある?」

お姫様「私はあるわよ。金が無限にあるような地位に生まれて、音楽の才能も、術士としての才能にも恵まれて生まれてきたこの私でさえね」

お姫様「母親の愛情に恵まれている女を見ると、殺してやりたくなった」

お姫様「一番求めたいものを得られないから心に闇が生まれるの」

お姫様「持っている本人を見るなら憎悪。受け取っている他人を見るなら嫉妬。私は母を憎悪し、母親の愛情を受け取っている小娘に嫉妬した」

お姫様「もういいんだけどね。私には嫉妬様がいるから。それに、お父さんはちゃんと私のこと愛してくれてたっぽいし」

遊び人「…………」

お姫様「男に愛されないのが一番可哀想なことよ。本当に惨めな女。自分のせいで親がイカれた研究を続けて、里が滅んで、遊び人になってやっと出会った男にまで見捨てられた」

お姫様「嫉妬様はあんたを何かの材料として手元に残しておきたいみたい。もう人間としての余生じゃないわね」

遊び人「……見捨てても許してあげる。とかさ」

お姫様「は?」

遊び人「自由に生きて、っていうのはやさしさなんだろうけど。それは、以前の私なら平気で言ってた言葉なんだろうけど」

遊び人「勇者はきっと助けに来てくれる。そう信じてる。だから、見捨てたら許さないんだ」

お姫様「……羨ましい頭ね」
728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:26:37.38 ID:/yKl3BVY0
夜になった。

お祭りが始まり、王国中は賑わいに包まれた。

奴隷は自由こそないものの、主人が家を留守にするため、一時的に労働から解放された。

色とりどりの呪文が夜空に打ち上げられ、鮮やかに城下町を照らした。



“魔王消滅の日”



世界中でそう噂されたのがこの日である。

嫉妬の王国だけでなく、世界中が今日という日を祝っている。

遊び人「そんな日に、嫉妬の勇者は怠惰の監獄に何をしに行ってるんだろうか」

遊び人「そんな日に、私はこんな場所でどうして閉じ込められているんだろうか」

遊び人「はぁー、勇者のお金使ってカジノに行って、大負けしてやりたいなぁ……」
729 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 18:27:39.45 ID:/yKl3BVY0
〜怠惰の監獄〜

高速移動型の鳥型の魔物が、手紙を運んできた。

怠惰「嫉妬の勇者様の文章だわ」

“怠惰の装備を奪い取った、勇者の徒党について記した後、この魔物を送り返せ”

怠惰「なによそれ」

怠惰は窓を開けて外を見る。

いつも通りの、ひとけの全く感じさせない虚しい故郷の夜だった。

怠惰「この魔物に遅れて、嫉妬の勇者様が今こっちに向かっているということよね」

怠惰「こんな記念すべき日に!!冗談じゃ済まされないわ!!」

怠惰「”魔王を討伐したのは嫉妬様なんだもの”」

怠惰の勇者は一言書き添え、手紙を魔物にくくりつけて送り返した。

“情報は嘘です。貴方が不在の嫉妬の王国に、侵入しようとしている者がいるはずです”

怠惰「嫉妬様への報告書が、世話人の勘違いで捨てたものだと思っていたけど……それがもし誰かに盗まれたものだとしたら。私の字体を模倣して、嫉妬様に手紙を送ったに違いない」

怠惰「私と嫉妬様の関係を知っていて、私の住処を知っていて」

怠惰「嫉妬様に敵対しているもので、私を知っている者。私の字体を判別した者」






怠惰「あいつ!!!!」
879.27 KB Speed:0.3   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)