神通「カリブの、海賊?」【艦これSS】

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

109 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:36:13.53 ID:sE/Vv+Mi0



漣「ちょっとちょっと、今サラッと凄いこと言ってましたよ彼女!」


ウキウキした様子で話しかける漣。


漣「こんな所で補給・休憩カッコカリ出来ると思いませんでしたよ」




ここグアム基地は、正式にはグアム諸島警備府と呼ばれる。
警備府とは、簡単に説明すれば、規模の小さい鎮守府といった所である。



基本的に機能としてはほぼ鎮守府と同様の機構で、現在では重要区域の各地に根拠地として設置されている。


ただ、規模が小さいためいくつか機能縮小がされている。例えば、鎮守府と違い艦娘が何人もいないこと。
ここでは艦娘は吹雪がいるだけで、島の治安は海兵団が行い、輸送も通常艦が行っている。
基本的に深海棲艦が駆逐された地域では、この程度の戦力でなにも問題ない。



110 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:36:58.07 ID:sE/Vv+Mi0



だが、一つだけ問題があるとすれば、それは整備組織であるドッグがないことだ。


工作部という科はあるのだが、艦娘の気力体力を回復させるだけの設備はない。
鎮守府がホテルや旅館だとすれば、ここはカプセルホテルであった。
吹雪はそのカプセルホテルに、彼女たちが休めるだけの設備を仮設したのである。



漣「警備府は工廠がないからその辺諦めてましたけど、仮設ドッグとは吹雪ちゃん気が利きますねぇー」

天龍「気ぃ使わせたかねぇ」

漣「お、天使か?」


天龍「んじゃま、神通戻ってきてないけど、とりあえず休憩しますか」

漣「うっす!」




111 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:37:59.00 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 営倉//




ジャック「待て待て、そう引っ張るな! 腕が折れちまう!」


ジャラジャラと過剰なまでに鎖で腕をまかれたジャックが、神通に引っ張られている。
なんとかついて行っているが、速足の神通に対し、ジャックは前のめりだ。



神通「この程度で折れたりしません」

ジャック「まさか! ロープを引きちぎるような女が何言ってる!」

神通「……、折れませんよ。試してみますか?」



そういうと神通はグイっと鎖を引っ張る。たまらずジャックは体勢を崩し地面に激突する。
倒されたというよりも、振り回されたようだった。事実、彼は一瞬宙に浮いていた。



112 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:38:52.86 ID:sE/Vv+Mi0


ジャック「ぐえ!」


神通「ほら。折れてないでしょう?」


ジャック「……あ、ほんと。……でもほら、心が折れた」



そういってヘラヘラ笑うジャックを、神通は片手で立たせる。



神通「なら好都合ですね。シャキシャキ歩いてください」

ジャック「アイ、アイ」


そういわれてわざとらしくシャキシャキ歩き出すジャックだったが、
直ぐに元のヨレヨレの歩き方に戻ってしまう。
神通が振り向いてにらみつけても、目を大きく開け、あたかも「なぜ睨まれたのか不思議だ」と
言うような表情をしていた。


この状況で、この男は何を煽ってきているのか。呆れた神通は無視して歩き出す。



113 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:39:34.43 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「おいお嬢さん。俺を助けてくれ。ほら、見方によれば、俺は哀れな漂流者さ」

神通「私たちは自国の活動水域での調査任務中でした。その私たちに剣を向けた時点で
   あなたは我が国の法律に違反しております。その時点で漂流者ではなく、犯罪者です」


ジャック「そうだ剣といえば! あの眼帯の女にはなんで俺の剣が効かなかった?」

神通「はい?」


ジャック「結構業物だったんだが……」

神通「私たちの身体にそんなもの効くわけないでしょう?」



神通は、こいつは何を言っているのだろう、という目でジャックを見た。
何度も繰り返すが、上陸地点の地形を変えてしまう艦砲射撃を受けても
戦闘続行できる艦娘に、あの様な鉄片が通ると本気で思っていたのだろうか?
時代錯誤の珍妙な格好といい、この男、まさかタイムスリップでもしてきたのではないか?



神通「……」



114 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:40:35.77 ID:sE/Vv+Mi0



と、そこまで考えて頭を振る。いくら何でもそれはない。
どうせどこかの異常者の類だろう。悲しいことだが、長い戦火に晒され、耐えて耐えてを繰り返してきた
人々の中には、たまにこうして精神を病んでしまう人間がいるのだ。
そう思うと、多少の同情もわくというものだが、度重なるこの男の不遜な態度のせいで苛立ちの方が勝った。


そうやって考え事をしている神通にジャックは何度も話しかける。



例えば、「主は言いました。人を許しなさい、怒りから解放されたとき、貴方はヴァルハラに旅立つのです」
と教義をごちゃまぜにした宗教的な説得を。

例えば、「これは何かの間違いなんだ。勘違いで君たちに食って掛かったが、傷つけたりもしなかったろう!?」
と冤罪だという主張。

例えば、「分かってるか? お前が敵に回したのが誰か。あの最悪の海賊、キャプテン・ジャック・スパロウだぞ?」
と脅しをかけた。



しかし、基本的にどこかズレた説得が神通の心に届くはずもなく、ついに牢屋の前まで来てしまった。



115 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:41:10.51 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「わかった。降参だ。俺の集めた金銀財宝をくれてやろう」


文無しのジャックに払える財宝などなかったが、これが精一杯だった。
だがやはり神通は気にせず、牢屋の戸を開ける。



ジャック「わかったわかった、何が欲しい?」


もうどうしようもないとばかりに白紙委任状を出すジャックに、
神通は一瞥してこう答えた。




神通「ほしいものなんてないですよ」


ジャック「……へぇ、」




ここにきて、ジャックの雰囲気が変わった。
さっきまで慌ただしく許しを乞うてきただけの男が、急に薄気味悪く口元を歪ませた。



116 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:41:58.93 ID:sE/Vv+Mi0



神通「……なんですか?」

ジャック「欲しいものがない、ね。確かに真面目を気取っちゃいるが、
     俺の経験上、そんな奴は心に何かを隠し持ってる。……実際に、」



ジャックはグイ、と神通に顔を近づける。



ジャック「お前のその死んだような目の奥には、激しい炎の光が宿っている。
     ドス黒く、薄暗く。自分で気づいてないかもしれないが、お前は何かを欲してる」



分かったように、と黙らせることはできたかもしれない。
しかし神通はなぜかこの男の語りに飲まれた。図星だったからかは自分でもわからない。
自分でも、今の自分が何を欲しているかわかっていない節がある。


神通は、ジャックの言葉から意識を外せないでいた。



ジャック「それが何かは俺にも分からん。だが、それを知る手助けはしてやる」



そういうと、両手が塞がれたまま器用に身を揺する。すると懐から何かが地面に落ちた。
ジャックに促されて拾うと、それはコンパスであった。



117 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:42:37.52 ID:sE/Vv+Mi0




ジャック「ただのコンパスじゃない。そいつは北を指さない。しかし、持ち主の真に求めるナニか、
     その方角を示してくれる……」



自分たちが使う羅針盤も、妖精が動かすデタラメなものであったが、このコンパスは更にデタラメだ。
そんなことがあるのか? しかし、どこかの国が、そういうデタラメなものを作ってしまったのかもしれない。
現実に開発できたなら、それはオカルトではなく、最先端技術と呼ぶのだ。


神通は恐る恐るコンパスを握りしめ、強く願う。



すると、カリ、と針が勝手に動く音がした! ジャックが満足そうに笑う。
神通は慌ててコンパスを見た。




118 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:44:17.14 ID:sE/Vv+Mi0




神通「……」



ジャック「?」


神通「これはなんです?」


ジャック「見せてみろ……、ん、あれ?」




針はどこを指すでもなく、グルグルと回っていた。



自分の欲しいものは周囲を高速回転しているのだろうか。そんなハズはない。
論理的に考えて正しい回答は、この男が嘘をついていたということだろう。



神通「返します」




神通は牢屋の中にコンパスを放る。そのコンパスはジャックにとっても大事なものだったので慌てて拾いに行く。




ジャック「そんな馬鹿な!」


ジャックは手錠のつながった手でコンパスを拾う。
すると回転していた針は止まり、針は北を指した。



神通「馬鹿話は聞き飽きました。二度とよしてください。もう会うこともないでしょうが」




そういって神通は牢屋の扉を閉め、鍵をかける。
去っていく神通に向かって、ジャックはいくらかの希う言葉を叫んだが、頑として振り返らなかったため、
終いには罵詈雑言が、牢屋全体に反響していた。








119 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:45:06.72 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 応接室//





ギブスとバルボッサが海兵に案内された場所は、基地の応接室だった。
来客を通す場所である為綺麗な部屋だが、絢爛というほどではない。
少なくとも、バルボッサはイギリスの提督時代、もっと豪華絢爛な部屋を多々見てきた。



だが二人は、熱い視線で部屋全体を見る。調度品にはさして興味もなかったが、
透き通るようなガラス窓や、松明とは比べものにならないほど明るい照明、
そして極めつけは、部屋に入ると同時に驚いたが、室内を冷気で満たすエアコン。

それ以外にも、この部屋に来るまでに、とにかくよくわからないものが沢山あった。
奇妙な世界に誘い込まれた二人は、先導してきた水兵が退室した後、
ひたすらに辺りのものを探りまわっていた。




吹雪「……何をしていらっしゃるんですか?」



吹雪が入ってきたのは、ギブスの剣がエアコンの吹き出し口に差し込まれようとしている所だった。
ギブスとバルボッサは中に何が入っているのかを興味津々で調べていたが、吹雪が入ってきて、
不味いところを見られたと思ったのか、勢いでごまかそうと、勢いよく吹雪に近づいた。




120 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:46:22.22 ID:sE/Vv+Mi0




バルボッサ「やぁやぁ、侍女の方。私はプロヴィデンス号の指揮を任されたイギリス海軍提督だ」

ギブス「俺はギブスです! 同船の一等航海士をしております!」



ギブスの自己紹介にバルボッサが憎々し気に目を開く。下士官だと何かと不利になると思ったのか、
彼は自分の身分を高く偽るつもりだ。とはいえここにいるのは皆海賊であったし、
バルボッサも下手に反論して自分の立場を危うくするわけにもいかないので、
怒りを飲み込み、したり顔のギブスに笑顔で反応する。



吹雪「我が国の軽巡である天龍から、事の経緯は聞き及んでおります。
   そして申し訳ないのですが、身分を示すものを、再度拝見してもよろしいでしょうか?」

バルボッサ「あぁ、構わないとも」



バルボッサは懐に入れなおしておいた命令書を吹雪に手渡す。
受け取った吹雪は、一瞬で表情を変える。



121 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:49:35.61 ID:sE/Vv+Mi0



ありていに言って、その書類はおかしかった。
偽造だとかそういうレベルではない。あの海賊船を形容する言葉を借りるならば、
とにかく時代錯誤だ。まず紙質からして羊皮紙だし、文法もいささか古い。
だがそんなことは重要でない。なによりもあり得ないことが一点ある。



吹雪「あの……」


バルボッサ「すまないね! 長旅が続いて紙がくたびれてしまっているだろう?
      一度祖国イギリスに帰れば新調してもらえるかもしれん」



バルボッサはそんな吹雪の様子を見て、内心焦りを覚える。
この書類は紛れもなく本物だが、プロヴィデンス号はとっくにホワイトキャップ湾で人魚たちに沈められ、
提督業は一度失効している。なにより最終的には、イギリスを裏切り、気ままな海賊家業に戻っている。
ここがどこだかわからないが、そういう情報が知られているとまずい。特におそらくこの侍女はアジア人だ。
アジア人はとにかく情報通が多い。商人として、労働者、下男下女として、奴隷として、あちこちに散らばっているからこそ、
それだけの数の情報網があるからだ。


しかも、この侍女がどれだけ重用されているかは分からないが、応接間に通した客に一番最初に
挨拶に来た辺り、そこそこ腕利きの侍女なのだろう。下手なことを告げられると非常にまずい。



122 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:51:58.08 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「あの! そうではなく、この署名なんですけど……」


バルボッサ「なにかね? あぁ、ジョージ2世国王がどうかされたかね?
      あぁ国王陛下のことを知りたいか? 国王は、そうだな。甘いものが好きだ。なぁギブス君?」


ギブス「あ、あぁ! そうだな。あとはあれが好きだ。水とか!」


バルボッサ「ハハハ、ギブス君!」



バルボッサは吹雪から見えない角度でギブスを「沈黙するか死ぬか選べ」と口の動きだけで脅した。
言うまでもなく、生命の泉関連の話は、バルボッサの嘘がばれるとっかかりになりかねないので、
余計なことを言わせるくらいなら、ただ頷くだけにさせるほうが何倍もマシであった。



だがそんなやり取りも吹雪には関係ない。問題はそこではなかった。



123 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:52:59.39 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「あの、ジョージ2世、ってあのジョージ2世ですか? ハノーヴァー朝の第二代国王の?」


バルボッサ「あ、あぁ。そうだが?」



一応、偽とはいえイギリス提督の前で国王を呼び捨てにするこの侍女には一瞬驚いたが、
教養のなさゆえの無礼かと納得しかける。



吹雪「あの、それはどういう意図でおっしゃられているんでしょうか?」



しかし、そうではない。理由は分からないが、なぜかこの侍女は突っかかってくる。
バルボッサこそ、吹雪の意図が分からず困っていると、吹雪は続けた。





吹雪「ハノーヴァー朝といえば、イギリスが海を制し、覇権国家として君臨した時代の王朝で、
   ジョージ2世はその時の国王です」


バルボッサ「君臨、した?」



124 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:53:29.02 ID:sE/Vv+Mi0



その説明的な口調と、過去形の言い回しに混乱始めるバルボッサ。
ギブスはとうに混乱している最中だ。革命でも起こったのか?
吹雪はそんな二人に止めをさした。




吹雪「えぇ。彼は今から250年近く前に君臨し、生涯を終えた歴史上の人物です」




そうですよね? とそれが共通認識とばかりに聞き返してくる吹雪。
しかしバルボッサはそれに言葉を失う。




ギブス「ま、待ってくれ。なん、どういうことだ?」



その狼狽具合に、ついに不信感が弾けそうになる吹雪。
吹雪の目が険しくなる。



125 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:54:25.35 ID:sE/Vv+Mi0




そんな空気の中、部屋に白い制服と軍帽を着けた男が入ってきた。




吹雪「少尉!」


少尉「彼らがそうかね?」




吹雪はその少尉と呼んだ黒髪の男に駆け寄ると、焦った様子で小さく耳打ちをする。
しかしその男は「大丈夫だ」と一言だけ告げ、バルボッサとギブスの前に立つ。
吹雪はその横に立って説明し始めた。




吹雪「とりあえず聞きたいことは色々ありますが、一先ず置いておきます」


ギブス「……なぁ、そいつが責任者なのか?」


吹雪「……、えぇ、現在、当鎮守府は前任の司令官が事故で行方不明になり、
   現在は臨時で、前任の推薦と基地内の支持によって、少尉が司令官代行を務めております」




本当にイギリス海軍の提督であれば、話を円滑に進めるため、こうした説明も必要だったろうが、
この時代錯誤の仲間たちにこんな説明をしてもまともにわかるのだろうか?



そう思った吹雪だったが、男たちを見ると、神妙に聞き入っていた。



126 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:55:28.08 ID:sE/Vv+Mi0



少尉「もう大丈夫だ。吹雪君、退席してくれて構わない」


吹雪「えぇ!? で、ですが……」



「危険です」と小さく耳打ちする吹雪。
どこの誰とも知れない、見た目海賊の様な大男と二人と、比較して小柄な少尉を同じ部屋に
放置するなど、殺されるのではないかと恐ろしくてできない。



少尉「大丈夫だ。ここで私を殺すことでどういうことになるか、彼らとて分からないわけではあるまいよ」


吹雪「しかし……」


少尉「大丈夫だ、安心しなさい吹雪君」


吹雪「うぅ、く……んむ」



127 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:56:01.77 ID:sE/Vv+Mi0



小さく唸って悩む吹雪だったが、少尉の意思を変えられないと悟ったのか、
肩を落とし、退室していった。


残されたのは、男3人。





バルボッサ「…………」


ギブス「…………」




少尉「では、諸君。少し話をするとしよう」






128 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:56:30.53 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 廊下//





吹雪「うぅん……」


余りに怪しい二人組と少尉を同じ部屋に置いてきてしまった吹雪は、
未だに後ろ髪をひかれながら、うつむき、唸っていた。

少尉が良いと言ったからといって本当に行ってしまってよかったのだろうか。

あの人は人手不足のこの基地にあって期待のホープとして扱われている人だ。
ただでさえ前任の責任者を海難事故で失っているグアム基地において、
ここで少尉があの不審者に怪我をさせられるようなことがあれば一大事だ。


戻るべきだろうか、いやしかし。




そんな風にうんうん唸って注意が散漫になっていたからだろう。
角から出てきた人影を見落とし、吹雪は軽くぶつかってしまった。



吹雪「あ、っと、ごめんなさい」


神通「いえこちらこそ、……」



129 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:57:28.07 ID:sE/Vv+Mi0



一瞬、空気が凍る。吹雪は急に現れた神通を見て極度に緊張し、なんとも言えない表情をする。
神通も神通で、なんとでも読み取れるような微妙な表情で吹雪を見た。


沈黙。


せめて何か言ってくれれば吹雪も返せるものの、こうなってしまってはなんと声をかけていいかわからない。



神通「…………」


吹雪「……あの!」



耐えきれずに言葉を発したのは吹雪。だが勢いで口を突いただけで、
何を話すかはなにも考えていない。狼狽した表情で場を取り繕おうとして、
必死で言葉を絞り出した。



吹雪「え、と、……、……身体! ……、お身体は、大丈夫、です、か?」



それは吹雪が本心で気にしていたことではあったが、
余り触れるべきではないような重い会話をしてしまい、言ってから頭を抱えたくなった。



130 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:58:22.11 ID:sE/Vv+Mi0




神通「私は、……大丈夫ですよ」


吹雪「あ、あはは、よかった、です」




神通の言葉は、暗に他の姉妹や随伴艦は大丈夫ではなかったことをさしているのか。
それとも何の意図もなく「私は」と言っただけなのか。吹雪の知る神通はそんな重々しい皮肉の
ようなことを言う人ではないので無意識のうちからでた言葉なのだと知っているが、
無意識だからこそ、そういう意図を胸に押しとどめているのが発露したのではないかと不安になる。



吹雪「それでも、神通さんが大丈夫なら、それだけでも良かったです」



吹雪の一言は、どちらの意図であっても通じる言葉だった。
どんな意味があったとしても、神通だけでも生きてくれたことは喜ぶべきことだったのだから。

吹雪は、川内や那珂とも親しかった。特に川内とは師弟の様な関係であり、神通もそれをよく知っていた。
だからこそ、あの海戦での悲劇は吹雪を大いに悲しませた。


それでも、あんな戦争の中、神通だけでも生きていてくれたことが、何よりもうれしかったのだ。



それは吹雪の偽らざる本心であった。



131 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:59:00.36 ID:sE/Vv+Mi0



神通「そうですね……、」





神通がぼんやりした目で続ける。




神通「私だけが、二人を置いて、生き残ってしまった……」



吹雪「ぁ……っ」




ついに、吹雪の表情が完全に固まる。
穏やかそうに話していた顔は、冷や汗を垂らし、徐々に沈痛な面持ちに代わっていく。

その様子に、自分が何を言ったのかようやく認識した神通は、
ハッとした表情に戻る。




神通「あ、ご、ごめん、なさい……」




流石に神通もこんなことまで言うつもりではなかったのか、すぐさま謝罪する。
しかし、そうやって口をついて出るほど、それが本音であったのだとわかり、
吹雪の心は更に追いつめられる。




漣「ふっぶきちゃーん!」



132 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 13:59:53.86 ID:sE/Vv+Mi0



消えてなくなりたくなるような陰鬱な雰囲気を霧散させるようにして、陽気100%の漣の声が割って入る。

工作部の倉庫に仮設した風呂から上がったところらしい天龍・漣が吹雪を見つけて声をかけた。




漣「仮設ドック超よかったですよ! 庭に置くプールみたいなアレ」

天龍「そんな小さくないだろ」

漣「訂正、アメリカ人が庭に置く200ドルくらいのでっかいプールみたいなアレ」




久しぶりの安らぎを経てテンションの上がる二人だが、
神通を見つけ、やってしまったという顔になる。



天龍「あー、っと……」



沈鬱たる空気が4人を纏いだす。



133 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:00:35.09 ID:sE/Vv+Mi0



さすがにどうにかしなければと思ったのだろう。
やや強引だが、吹雪は神通に「そういえば」と言って慌てて仮設ドックを進める。
神通は黙って頷くと、そのまま行ってしまった。



残されたのは、気まずそうにする3人。



吹雪「あ、あはは、すみません。ちょっと仕事が残っているので、
   ちょっと、戻りますね。ごめんなさい!」



天龍「あ、ちょっと」




吹雪「ごめんなさい」


言い留める暇もなく、吹雪は去っていった。




天龍「あー……」

漣「……、まぁなんていうか、……あーこれはキツイキツイ」



事情をある程度察することができるからこそ、
彼女たちはどうしていいかわからなかった。






134 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:01:10.20 ID:sE/Vv+Mi0













135 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:03:56.29 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 営倉//





営倉に閉じ込められていたジャックは、
牢屋で何とか脱出しようと手始めに手錠の解除を試みていた。

ここの牢屋は自分がいつも閉じ込められるところとは違い、
ご丁寧に水場とベッドまでついていた。水場など、恐るべきことに、
取っ手を動かすと透き通った新鮮な水が出てくるのだ。

しかし、一方で脱出に役立ちそうなものは何一つなかった。
壁も継ぎ目一つない石でできており、鉄の柵も錆び一つなかった。


そんな整った牢屋の中、しばらく手錠と格闘したジャックだったが、
一向に外れる気配がしなかった。少し休憩を取ろう。
牢屋の暑さと疲労でダウンしたジャックは、水を飲もうと取っ手をひねる。
するとザザーと勢いよく水が流れだす。直接口をつけるのは難しかったので、手ですくって飲んだ。



ジャック「うん、美味い」



清潔な水なのだろう。透き通るようなそれはトルトゥーガの泥水とは違う。
意外とここの牢屋は貴族高官用なのかもしれない。そう思うと悪い気はしないジャックだった。




ジャック「ウチにもこういう水飲み場が欲しいな」




持って帰れないだろうが、せめてこの名前だけでも憶えておこうと全体を見回す。
すると簡単に名前が見つかった。






ジャック「TOTO、……トト、か。エジプトの神だな。つまりこいつはエジプト製か」




蓋を閉じ、ジャックは忘れないようにと記憶にとどめておいた。






136 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:04:43.73 ID:sE/Vv+Mi0




そんな牢屋生活を満喫しているジャックのもとに複数の足音が迫ってきた。
ジャックは気を取り直して入口付近を見つめる。


入口の扉が開くと、男は部下を外に待機させ、一人、牢屋の前に立った。




少尉「変わった不審者がいると聞いて、どんな顔をしているかと見に来たが……、」



柵を隔てて見下ろしているのその男は、ジャックより一回り小柄であった。
黒の短髪で少し焼けた肌。歳は決して若くなく、その振る舞いはどこか威厳がある。






少尉「着ている服が流行遅れだな、海賊?」





137 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:05:23.67 ID:sE/Vv+Mi0



牢屋の薄暗さと、一見した見た目では全く気付かなかったが、青い目と、
その隠しきれない嫌味な声に、ジャックは驚きを通り越し、笑ってしまった。



ジャック「お偉いさんが、まるで一兵卒の様な恰好をしていかがなされたんです?」

少尉「まるでもなにも、本当に一兵卒のようなものだ。ただの勘定係だよ」


ジャック「なんだ、特赦でも出してもらおうとおもったんだが」

少尉「君に? 私が? 冗談を言え。君が私に何をしたか思い出してみたまえ」



138 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:05:54.83 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「一生懸命働きましたとも」

少尉「一生懸命、宝を隠蔽し、積み荷を逃がし、船を奪って逃走した」

ジャック「古い記憶だ。酒飲んでわすれちまった」

少尉「そしてなにより、」





ガチャン、と格子の鍵が開く音がした。






少尉「私を殺した」





139 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:06:30.90 ID:sE/Vv+Mi0



鍵を開けたのはもちろん短髪の男。
だが手枷までは外そうとはせず、依然として見下すように立っている。

ジャックは見上げながら、この男がウィッグを外したところは久しぶりに見たと
どうでもいい感想を抱いていた。



少尉「立ちたまえ。ついてこい」

ジャック「俺は部下じゃない。命令するな」

少尉「部下さ。さもなくば犯罪者だ。ここから生きては返さん」



140 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:07:08.41 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「ケツでも差し出せばよろしいので?」

少尉「ツケを差し出せばよろしい。私に対する数々の負債のな」

ジャック「パールを燃やすのはナシだぜ、卿?」



少尉「卿はやめろ。もう昔の私ではない」

ジャック「じゃあ今日からなんて呼べばいいので?」 






ベケット「カトラー・ベケット少尉と呼べ。ここでの私の呼び名はそれだ」







141 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:07:38.44 ID:sE/Vv+Mi0





















142 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 14:11:29.23 ID:sE/Vv+Mi0
サントラが終わったので、一旦休憩。

次は15:20くらいから再開予定です。


ざっとやって見た感じ、

15:20→一時間くらい投稿、休憩→
17:20→一時間くらい投稿、休憩→
20:00→終わるまで、って感じの投稿予定になりそうです。


143 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:19:37.20 ID:sE/Vv+Mi0
再開
144 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:20:02.25 ID:sE/Vv+Mi0






少し、世情の話になる。






世界規模で展開した深海棲艦との大戦争は、人類から多くの命と生活を奪った。
戦争初期は未知の敵に対するまともな戦略が練られず、制海権、制空権と奪われていき、
人類は生きる余裕を完全に奪われてしまった。

戦争中期には、人類が艦娘という対抗策を生み出し、苛烈な戦闘の中、
多くの英雄と、多くの死亡者と、多くの損失を生み出し、多くの勝利を重ねた。

そして、人類がようやく優位にたった現在、戦争後期たる今は、殲滅戦の名のもと、
広い戦線で最終戦争が行われている。


そうやって失い続けて勝利した人類に今立ちはだかる問題は人的資源の圧倒的不足である。


戦線から離れた、内地と呼ばれる戦争のないテリトリーに回せる人材が世界的に足りなかった。
そんな状態で意外にもいち早く譲歩したのが海軍である。自国の軍は自国の人間で構成することが
当然であったが、世界連合戦の様相で、各国の人間や艦娘が入り混じって力を合わせて戦ったこともあり、
世界的に海軍の多国籍化が進んだ。特に、地域防衛の際、現地で有能な人間を軍に入れることは
少なからずあることだった。




そんな状況で、ベケットは一気に実力で少尉まで上り詰めた。





145 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:21:01.65 ID:sE/Vv+Mi0





もともと、父と反目して家出し、大した後ろ盾もなく入った東インド貿易会社で
一躍幹部に躍り出、最後は英国貴族となり、会社重役として、国王代理に任命され、
東インド貿易会社大艦隊の総督となった男だ。


そんなベケットからしてみれば、こんな非戦闘区域の島の、主計科の少尉など、
さしたるものでもなかったはずだ。



現代知識が欠けているという不利があったが、記憶喪失を装い、
短期間で周りが違和感を抱かない程度の常識を身に着け、
数年たった今では、一角の知識人の様な扱いを受けている。
昔、東インド会社の時代に、3年間、日本の江戸支社で働いた経験も生きた。




一時代で頭角を現した人間というのは、どの時代でもそれなりにやっていけるようだ。





146 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:21:57.01 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区//





ベケット「と、まぁ、かいつまんで言えば、このようなものだ」



手にしていたティーカップを音を立てずに置くと、ベケットは一息をついた。
カップは決して安物には見えず、部屋の造りからも、ベケットが地位以上尊重されていることが分かる。



ギブス「それで、俺たちはどうすればいいんです? ベケット少尉」

ギブスも似合わない紅茶を一飲みし、カップを置く。


バルボッサ「とりあえず俺たちは、いまいち状況が呑み込めていないのだよ、ベケット少尉」

バルボッサも紅茶を瀟洒なソーサーに置く。意外と様になっている。


ジャック「同感だ。……、あと俺も飲みたい、ベケット少尉」



ジャックの両手は依然手枷がはめられていて、目の前に置かれた菓子と紅茶にありつけないでいる。
甘いものが好きというわけではないが、一人だけお預けというのが気に食わなかった。



147 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:23:28.13 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「別にどうもしなくていい。ただ質問に答え、必要な時に力を貸してくれればいいだけだ」

ジャック「おいおい、この泣く子も黙るキャプテン・ジャック・スパロウ様を捕まえて
     ただグータラしてろって命令は良き上官とはいえないぜ、ベケット少尉」

ベケット「逆に、貴様らがこの海域で何ができるのかという話だ。言っておくが、ここは貴様らがいた
     カリブの海とはまるで違う」

バルボッサ「だろうな。ここはどこだ? 中国か?」

ベケット「東アジアの、グアム諸島だ。現在の支配国は日本という国になる」

ギブス「ニホン、ねぇ聞いたことのない国だ」



ベケット「船乗りならば、長崎か江戸という名なら聞いたことはないか?」



あぁ、と納得する一同。



ベケット「ここはその日本だ。そして時代は200年以上後の異なる未来だ」



一気に納得から遠ざかる一同。



148 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:24:18.58 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「まるで意味が分からねえ……」

ベケット「そうかね? 目が覚めたら見知らぬ土地にいた、目が覚めたらありえない時間が経っていた。
     そうした話は神話・民話・逸話・噂話として、いくらでもあるだろう?」

ギブス「だけど所詮ホラ話だ!」

ベケット「だがそういう中にこそ真実がある。現に私たちはこうして時間を飛んできた。
     例えばニューネーデルラントの民話などにもあったろう。リップ・ヴァン・ウィンクルという男が……、
     いや、失礼。あれは十九世紀の話だった」

ギブス「十九世紀!」



ギブスが手をたたく。十八世紀に生きた彼にしてみれば、一世紀先の未来の話が当たり前に出てくる
今の会話にどうしようもない滑稽さを覚えたのだ。



バルボッサ「その程度で驚くな。ベケット卿の、いや失礼。ベケット少尉の話なら、いまは21世紀だ」

ベケット「そうとも。今は21世紀。2017年、8月だ」

ギブス「2017年!」


ギブスが再び手をたたく。もうおかしくてたまらないといった様子だ。
バルボッサは静かにギブスをにらみつけた後、ベケットに言った。


149 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:25:38.57 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「重要なことはここがどこで、今がいつか、ということではない。世界の果てでなければな。
      問題は、なぜ、そしてどうやって俺たちがここに来たのか、どうやって帰れるのか、だ」


バルボッサの真剣な発言に流石のギブスも笑いが引っ込んだ。
特に「どうやって帰れるのか」というのはかなりの死活問題だ。視線がベケットに集中する。



ベケット「……、ふむ、」



少し悩んだしぐさをして、ベケットは続けた。



ベケット「どうやって帰れるのかは知らん。が、見当はつく。それはなぜ、どうやって来たかという質問につながる話だ」




意外にも、ベケットはその問いに対する答えめいたものをもっていたようだ。


バルボッサ「続けろ」


ベケット「NOだ。Can'tといっていい。推測は立つが、決定的な証拠を見つけていない」



150 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:26:22.69 ID:sE/Vv+Mi0


ギブス「それでもいいじゃねえか」


ベケット「残念だがギブス君。私はこの日本という国で、あやふやなことは明言しないという術を身に着けたのでね」


ギブス「坊ちゃん役人みたいなことを言いやがる! ジャック! お前もなんとか言ってやれ!」

ジャック「熱っっつ!!」



会話に参加せず、手枷のついた両腕で器用に紅茶を飲んでいたジャックは、驚いた拍子に
カップの中身をを自身にぶちまけてしまったようだ。


ギブス「ジャック! お前はずっと何やってんだ!」

ジャック「ギブス! お前は急に何すんだ!」


ベケット「では、反論はなしということで」

バルボッサ「…………」

ベケット「まぁ安心したまえ。何も君たちを帰さないと言っているわけじゃない。
     時が来れば帰れるのを手伝うし、手伝ってもらうことになるだろう。
     こちらとしても国籍不明の海賊に居座れていては都合が悪い」


151 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:26:59.77 ID:sE/Vv+Mi0



ベケットはこの件はこれ以上喋れないと言わんばかりに口を閉じた。
だが決して答えないというよりは、本当に答えられないといった様子だった。



バルボッサ「では質問を変えよう。民話や逸話には俺たちの様に、異なる世界、異なる時間を
      飛んできた人間がいたということだが……、この辺りでもそういった伝説があると思っていいのかね?」

ベケット「まさに君たちや、私がそうだな」


ギブス「そういえば、アンタも俺たちみたいに船で飛ばされたのか?」


ジャック「ギブス君、よしてやれ。少尉がそんな便利なもんに乗ってたわけないだろう?」


バルボッサ「あぁそうだ、砲撃で木っ端みじんになったのだからな」


ベケット「なった、のではなく、させたのだろう君たちが。木っ端みじんに」



それを聞いて、海賊3人は不謹慎に笑った。ベケットは冷静に努めようと一度深く呼吸し、切り替える。



ベケット「私は、君たちに船を挟撃された。そのエンデヴァー号が轟沈し、私自身も海底に沈んでいくだけだった。
     だがあるところで急に反転したのだ」

ジャック「反転?」



ベケットが語りだしたのは、世界を超えてきたときの話。
三人が身を乗り出す。気が付けば別世界にいた彼らにとっては貴重な証言だ。



152 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:29:05.89 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「そうだ。なんといえばいいのか。重力……、海そのものがひっくり返るような感覚だ。
     その感覚に身を任せていると、大海原に出て、そこを偶然遠征に通りかかった吹雪君に助けられた。
     ほら、ちょうど先ほど君たち二人と話していた娘だよ」


ギブス「まて、助けられたってえと、まさかアイツも海を滑れるのか?」


ベケット「あぁ、彼女も滑れるぞ。彼女や、それから君たちをここに連行してきた三人も、
     艦娘と呼ばれる、船の魂を宿した現在最強の兵器たちだ」



懇切丁寧な説明だが、海賊3人はほとんど話に追いついていない。
この短時間の間に、ここは別世界の未来だの、女の形をした兵器だの、理解しがたいことが沢山あったからだ。

海賊たちの時代では、女を船に乗せるのは危険だと言われていたが、まさか女が船を乗せる時代が来るとは。



ベケット「分からずとも良い。要するに、彼女たちは君たちよりずっと強いと考えておけばいい。
     そして私はその彼女たちを指揮する立場にある。状況を、分かってくれたかね?」


153 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:30:06.64 ID:sE/Vv+Mi0



3人の中でも、ひときわジャックは思い切り頷く。彼も話を半分ほどしか理解できていなかったが、
少なくとも、剣も通らず、圧倒的な怪力をもつあの女共が、普通の人間である方が驚きだった。
よく分からないが、ユダヤ教のゴーレムみたいなものだろうか。


ベケット「詳しくは手記に記載してある。その本棚の左上だ。
     君たちが現状を知りたいのなら、取って読みたまえ。
     どうせしばらくは何もできることはない」


立ち上がり、本棚からいくつか本を斜め読みするバルボッサ。
きちんとした背表紙の本もあれば、明らかに個人の手で纏められた資料集などもあり、
製作年もバラバラであった。



ベケット「貴重な資料だ。汚すなよ」


ギブス「これ全部が別世界に転移した逸話の記録なのか?」


ベケット「いや、それは全体の1割だ。それ以外にも、さっき言ったような、
     各地の神話や民話、このあたりの伝説が主だ。あとは海賊の記録とかな」


154 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:31:10.19 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「またそれは、何のために?」


ベケット「4年前に私がこの世界に飛ばされた理由を知りたくてね。
     まぁ、そういった方面から読み解くアプローチを試みていたわけだ。
     事実、私がこの世界が別世界だと気づいたのは、海賊の資料からだった。
     この世界の歴史には、我々の記録はない。あれほどの大規模な戦争も、語られてはいない」


歴史書がすべてをカバーすることはないにしろ、ここにいる4人は、いずれも世界の岐路となる、
大きな戦いを経験した者たちだ。ギブスは置いておくとしても、最悪の海賊と言われたジャックも、
東インド会社のトップになったベケットも、イギリス公認の私掠船船長となったバルボッサの記述も、
どんな小さな情報一つものこっていないとなれば、それは過去に存在しなかったということ。
つまり、それが存在した世界ではないということだ。


ジャック「なるほどねぇ。猶更この世界とやらに愛着がなくなった。
     お前が研究を始めたのも、こっから帰る方法を探してのことか?」


ジャックのその一言に、ベケットは向き直る。



ベケット「いや、最初はそうしようと色々方策を探して、そういう伝説を聞き集めた。
     だが、戻っても死ぬだけだと思い、帰るのは辞めた。今ではライフワークの一つだ」


バルボッサ「そして過去の遺物を掘り漁る、ホラ話の研究家になったわけだ」



155 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:31:39.66 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサからしてみれば、こんなわけの分からない世界に飛ばされて、
まず初めにやることが資料でコツコツと研究などという遠回りな手を使うことが信じられなかった。
彼は決して猪突猛進な方ではないが、そんなことをして何の意味があると思った。
所詮は碩学を集める東インド会社のお坊ちゃんかと嘲笑した。
しかしベケットもそんな反応には無表情で返す。



ベケット「フッ、どんなに偽物らしいホラ話でも、中には真実が混じっているものだ。
     大体そういう伝説上の体験を君たちは何度もしているはずだろう?
     例えば、金貨に呪われて無限の空腹と渇きを味わったりな」



痛いところを突かれ、バルボッサの笑い声が止む。
そもそもベケットは自分が古代アステカの金貨に呪われたことをどこで知ったのだろうか。
バルボッサの視線が少し鋭くなる。



ベケット「呪いなど信じていなかったか?
     だがいかなる偽物の中にも、必ず本物が隠れてる
     それを見抜けなかったな。過去の遺物くん」


バルボッサ「何だと?」


ベケット「違うかね? ここは2017年だ。君は既に過去の遺物だ」



156 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:33:00.83 ID:sE/Vv+Mi0




気が付けば一触即発の空気。


そんな緊張を打ち払うように、タイミング良くドアがノックされ、
吹雪が入ってくる。



吹雪「あの、一応命令通りお部屋は準備しましたけど……」


ベケット「よし、彼らを案内してくれたまえ」

吹雪「はぁ……」



吹雪は非常に胡散臭そうな目でジャックらを見る。
海賊たちはそういう視線に慣れているのかどこ吹く風だ。



ベケット「まぁ、時が来るまでは部屋で待機しておけ。
     君たちには、いずれその船を貸してもらう」



その言葉に、ジャックが椅子から飛び跳ねた。




ジャック「やっぱり船を盗るんじゃないか!」




157 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:34:10.36 ID:sE/Vv+Mi0




ベケットは静かに首を振る。



ベケット「違う。君が動かすんだ。
     君の操舵する船に、ほんの少しの間私を乗せてほしい。これだけだ」


今度は、ジャックがベケットを胡散臭そうな目で見る。
その視線の気づいた吹雪は、ベケットをかばうようにして立つ。


ジャック「ほんの少し、はどれくらいだ?」


ベケット「機が来れば、恐らく半日もあるまい」


ジャック「……」


ベケット「君は反抗できる立場でもあるまい」


ジャックはフンと息を漏らし、部屋を出る。


ジャック「まぁ、いい。船に入れば、俺の指示に従え。わかったな。
     おい、案内してくれ」




そのままズンズンと歩いていくので、吹雪は慌てて先導した。



158 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:35:43.31 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 廊下//





案内途中、吹雪はジャックに部屋に水飲み場があるかを聞かれた。
よほど気に入っているらしい。

吹雪は水飲み場と聞いて、洗面所のことかと思っていたが、
ジャックは地面に備え付けられているものだという。

それでも首をかしげる吹雪に、ジャックは名称を思い出して伝えた。



ジャック「あれだほら、エジプト製の、TOTOって書かれたやつだ」


吹雪「……え?」


吹雪は躊躇いがちにそれが何かをジャックに伝えた。



牢屋で、ジャックは水飲み場のことを忘れないようにと記憶にとどめておいたが、
今では記憶から全て抹消しようと、必死でトイレに吐き出した。



159 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:36:11.56 ID:sE/Vv+Mi0





















160 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:36:50.57 ID:sE/Vv+Mi0




それから。


吹雪の警戒とは裏腹に、海賊たちは暴れまわることも脱走騒ぎを起こすこともなく、
与えられた個室で三者三様にくつろいでいた。


それでも吹雪は万が一はあってはならないと思い、
念のため深夜でも様子を見に来たりしていた。
どうにも少尉はこの海賊たちと面識があるようだ。
もし、恨みか何かで寝所に暗殺に来るかもしれないと恐々としていたからだ。


だが、彼らはもう全くと言っていいほど敵愾心がない。
この世の天国とばかりにクーラーの利いた個室でのんべんだらりとしていた。

余りの独り相撲ぶりに、吹雪は空しさすら覚えた。
海賊なんだから少しは無法を働けと理不尽な気持ちすら抱いた。


そんな吹雪の気が気ではない時間がしばらく続き、
身元不明の海賊たちが滞在して、今日で3日目を迎えた。




161 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:37:43.08 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区・休憩広間//





天龍「…………」


昼休憩のため、人の少ない外国人士官区の広間で涼んでいた天龍は、
興味深そうにギブスを見ていた。


ギブス「? なんだ、髭以外になんかついてるか?」


天龍「うんにゃ、何も」


先日、この海賊たちが、いわゆるタイムスリップをしてきた存在だという説明を受けた。
正直半信半疑もいいとこだったが、逆にそうであればピンとくる点も多くあり、
とりあえず信じることにしていた。



天龍「オレの知ってる海賊とは違うなぁ、とおもってな」



そういわれて、ギブスはクッキーを食べる手を止め、いい顔で向き直る。



162 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:38:41.37 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「そりゃあそうよ! 俺はなんといっても、あの最悪の大海賊、
    伝説のジャック・スパロウの船の副船長なんだからな!」



誇り一杯に胸を叩くギブスを見て横にいた漣はウゲーと嫌な顔をした。



漣「天龍さん、関わっちゃだめですよ。これがいわゆる虎の威を借る狐、
  牛の背中に乗っかる鼠って奴です」


天龍「牛の背の鼠は意味が違うんじゃないか? ことわざでもないし」


漣「人の力を我が物様にする点では同じでしょう?」



そこまで言われてようやくギブスがカチンときた表情をしていた。
翻訳は常時変換されているとはいえ、ことわざの意味までは通じなかったのだろう。
ましてや干支の文化もない西洋人である。知る由もない。



ギブス「俺がそんな鼠野郎だってのか!」



163 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:39:07.15 ID:sE/Vv+Mi0



漣「そーですよー、鼠っていっても絵本のネズミじゃなくて、
  あの船にも出てくるガチの鼠です。あの薄汚れてる害獣使用の鼠です!
  あ、天龍さん、これネズミ上陸させてもらえるんじゃないですか!?」


ギブス「俺が薄汚れてるだと!?」


漣「そうですよ薄汚れた海賊! 薄汚れてるでしょう物理的に! 服を洗え!」



そう言って、漣は天龍の後ろにひょいっと隠れる。



漣「大体、出てくるにしたって、もっとワンピースみたいな人畜無害なやつ出してくださいよ。
  冒険、勝利、肉! みたいな。なんでこんなリアルガチ使用の海賊の中の海賊みたいな
  奴らが居座ってんですかもぉー!」


ギブス「お、おう。そ、そうか?」


漣「ふえーん、なにこの反応……」



どういう翻訳で伝わったかは知らないが、恐らく「彼こそ真の海賊である」みたいな
形で伝わっている。実に不本意だった。



164 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:40:21.44 ID:sE/Vv+Mi0



不本意だったのは吹雪も一緒である。


神通がグアム基地に任務に来て数日、未だに顔を合わせるたび微妙な緊張が走るし、
会話もポツポツと短文で、当たり障りのないことをいうだけ。

今も、一人離れた席に座る神通に果敢に話しかけはしたものの、
互いに気まずい空気になり、一先ず退散した。


こうして、神通とのコミュニケーションの時間がみるみる減っていった。



逆に、みるみるコミュニケーションの時間が増えているのがこの海賊たちである。




バルボッサ「アッサムティーとスライスのリンゴを持ってこい」


ジャック「俺は次はこのコーヒーをくれ」



もはやそのくつろぎ様たるや貴族か喫茶店の客である。
吹雪は彼らの侍女のように扱われ、もう既に「お前」などの主語すら消えている。
彼女が当たり前に対応すると思われているのだ。


165 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:41:58.25 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「…………」



吹雪は、ふつふつとしたものを心に溜めながら、コーヒーメーカーを沸々とさせた。
普通普通とよく周りに言われる程度にはアクの少ない彼女は、昔からこういう損な役回りをうけることが多い。
だがそんな役目を不屈不屈とした精神で耐え抜いて来たのだ。こんな海賊の小さな横暴など、なんのその。

吹雪は頭にうっすらとした怒りマークをつけながら、
顔だけは笑顔で彼らに対応する。

離れた席で彼女の後姿を見ていた天龍と漣は、その姿に一人前の社会人のなにかを見た。


漣「しかも見てください、あれ」


吹雪は、ジャンピングティーポットにアッサムとスライスしたリンゴをいれると、
誰に言われるでもなく余ったリンゴを皿に置いて出した。


漣「しかもわざわざウサギさんリンゴですよ」


頼まれたわけでもないのに、手間をかけてウサギ型にリンゴをカットした。
嫌々やっているのはオーラで分かるが、それでも言われたこと以上に
全力やってしまうのが吹雪の常だ。


天龍「なんつーか、難儀な性格だなぁ」



166 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:43:06.43 ID:sE/Vv+Mi0


そう、難儀な性格なのだ。
だからこそ、戦力としてはいまいちでも、この警備府司令官付きの秘書官をやらされているのである。
こんな部下が居れば何事も捗って仕方ないだろう。どこかで爆発しなければ。



バルボッサ「ほほう」



バルボッサは初めて見たウサギさんリンゴを興味深そうに見つめている。
リンゴは彼の大好物だが、こんな形のものは初めてだった。
彼は銀色のナイフとフォークを手にすると、慣れた手つきでウサギを口に運ぶ。


バルボッサ「ふむ、悪くない」


吹雪「それはようございました」


167 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:44:07.99 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪の返事が投げやりになってくる。
そのやり取りを見ながら、一つ隣の机のジャックがコーヒーカップで
コンコンと軽く机をたたく。


ジャック「俺のコーヒーはまだ来ないのか?」


吹雪「……」



吹雪は無言でゆっくりとジャックの方を向く。
顔には笑顔が張り付いている。



ジャック「……、おかわりぃ?」


吹雪「はいよろこんでー」


168 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:45:07.47 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪の投げやりさが頂点に達する。
もう完全な侍女扱いだ。連日の警戒による寝不足も重なってそろそろ限界だった。



漣「あ、これアカンやつや」

天龍「ちょっと海賊を止めに行こうか」

漣「え? 海賊に止めを刺しに行く?」

天龍「我慢だ我慢、ステイッ!」



この様にして、日常の中に17世紀の海賊という特級の異物が混じってはいたが、
予想を超えるような反発も抵抗もなく、案外その生活に溶け込んだ。

彼らはいつまでいるのだろうか。
その時まで吹雪の胃は持つのだろうか。




そんな軽い疑問は、その翌朝には全て吹き飛んでしまった。




169 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:46:49.51 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 居住区西館//




さて、今日も一日くつろいでみるか。
快適な基地内で、そんな海賊らしからぬことを思うジャックたちを驚かすように、
基地全体に大きな警告音が響き渡った。



ジャック「な、なんだ!?」


部屋から廊下の様子をちらりとみると、廊下を慌ただしく走る兵士たちが見えた。



ジャック「……」



兵士たちが通り過ぎると、ジャックは剣を取り部屋から出る。ちょうど同じタイミングで、
両隣の扉も開いた。バルボッサとギブスである。



170 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:47:48.29 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「敵襲だな」


バルボッサもまた、完全武装で部屋から出てきた。



ギブス「だろうな」



ギブスもその辺りは抜かりない。いつでも戦える準備をしていた。



ジャック「んじゃま、状況確認といこう」



海賊たちは三人同時に歩き出す。

もはやくつろいでいた面影はなく、その顔は、歴戦の海賊のものだった。



171 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:48:28.25 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 外国人士官区//




あちこちで兵士たちが走り回る中、
ジャックらが真っすぐ向かったのが、ベケットのいる部屋だ。

現状の基地責任者である彼の下が一番情報が集まると思ったからだ。



ジャック「失礼しまーす」


ジャックが中の様子を伺いながらゆっくりドアを開けると、
中ではベケットと艦娘たちが集まって、なにやら機械の周りを囲んでいた。

ドアが開く音で一瞬視線がジャックらに向けられたが、
それどころではないのか、すぐに全員の視線が機械の方に戻る。




とりあえずジャックたちは空いている席に、全員我が物顔で座った。
流石にコーヒーと紅茶は出てこないので我慢した。





172 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:49:14.94 ID:sE/Vv+Mi0








吹雪「か、解析完了しました!」




ジャックたちが席に座って5分も立っていないだろう、
機械の画面と真正面に向かって座っていた吹雪が声を上げた。
その声は焦りと、どこか悲痛な音が混じっていた。


ベケット「敵の数は?」


ベケットの質問に追従するように、天龍たちの視線も吹雪に集まる。
吹雪は、乾いた喉をなんとかするため一度唾を飲み込み、その結果を読み上げた。


吹雪「て、敵艦隊、およそ30隻!」


漣「30っ!?」


吹雪「内訳は、ソイブイの波形から、おそらく軽巡が5、駆逐が20、
   そ、それから、……空母が5です!」


事実だとすれば、敵艦の一大攻勢である。
一つの戦場で空母含む敵艦隊30に囲まれれば、島に籠城しても1日と持たないだろう。


173 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:50:13.68 ID:sE/Vv+Mi0



あまりの情報にベケットや艦娘は表情を凍らせた。



漣「え、いや、ありえないですよ。誤報では……?」


ようやく口を開くことのできた漣が口を開く。
その言葉に吹雪も同調したいと思った。



ここグアム島は最戦線よりも少し内側にある。
ハワイ、マーシャル諸島、ソロモン諸島、オーストラリア東部を一直線に貫くように四重の防衛線が敷かれ、
そこには大戦を生き延びた一級の艦娘たちが任務に就いている。


前線壊滅の報は聞いていない。昔と違い、ソイブイや高性能ソナーを用いた哨戒もあり、
戦線より後ろに小型級一体でも忍び込む隙間はない。
事実、こうした防衛ドクトリンを実施して現在に至るまで、10年間、一度として一体の敵にさえ抜かれたことはないのだ。



だというのに、敵襲の報。しかも進路は北から。すなわち祖国、日本の方角からの攻撃である。
絶対安全圏ともいえる本土方面から敵が来た等、冷静に考えてあり得る話ではなかった。



174 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:51:06.74 ID:sE/Vv+Mi0



漣「だってそうでしょう!? もしホントならテレポートですよ! 瞬間移動ですよ! ドラえもんかっての!!!」



信じたくないとばかりに力説する漣。彼女の実力では、おそらくこんな大規模の敵艦隊と接触すれば10分ともたない。
笑い話であってくれと願うあまり、無意識に口元が緩んでしまっていた。



天龍「なぁ、漣」


漣は縋るような視線を天龍に向ける。二人は短くない間本土でコンビを組み、いくつもの地道な任務をこなしてきた仲だ。
関係も良好で、漣にとっては、数少ない本音で話し合える相手だった。きっと自分の味方をしてくれる。
そう思って振り返った。しかし、



天龍「でもよぉ、この海賊のオッサン達は、文字通りそのテレポートしてきたんじゃねーのか……?」



漣が固まる。動きも表情も、思考さえ止まった。いつもの頭の回転の早い漣らしからぬ拙い推理力だった。
現に、ここにその実例がいたのだ。原理は不明でも、そういうオカルティックな可能性だってあり得るのだ。


175 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:51:50.38 ID:sE/Vv+Mi0



漣「そんな……」


天龍「大丈夫だ、お前はオレが死なせねえよ」



そういって、怯える漣の手を取る。
この辺りは、二人の経験の差が出た。基本、軍歴を戦線の内側で過ごした漣と、今でこそ内勤とはいえ、
片目を失って本土に退くまでは最前線で刀を振るっていた天龍の差だ。



天龍「よし。じゃあまず、オレと神通と砲台で湾内の防衛線を……、あれ、神通は?」


出撃用意の為に振り返ると、そこに神通はいなかった。
気が動転していたのと、もともとあまり会話に入ってこない性格もあって、
居なくなっていたことに気づかなかった。



ジャック「長髪の女なら大分前に出て行ったぞ」



その言葉に、ギブスとバルボッサが頷く。



176 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:52:37.64 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「貴様ら気づいていてなぜ言わなかった?」

ジャック「ケージュンだの、クチックだの何言ってっかいまいちよく分からなかったからであります、少尉」


この緊急事態にも、基本守るもののない部外者3人はリラックスしていた。



天龍「いつ! どこに行った!?」

ギブス「女なら、ホラ、あそこだ」



詰め寄る天龍に、窓の外を指さす。一同が視線を向けると、港に向かって走っていく神通が見えた。



天龍「アイツ……!」


ジャック「早くいった方がいいんじゃないのか?」


天龍「んなことはわかって――」




突如、遮るようにして基地内にさらに大音量の警戒音が鳴る。




177 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:53:30.29 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「今度はなんだよ!!」



振り向くと、血相を変えて、ベケットと吹雪が窓の外を凝視していた。



ベケット「吹雪君、放送室へ。第一種戦闘配備を指示しろ」


吹雪「は、はいっ!」


ベケット「お二方も戦闘に出てくれ。指揮系統は違うが、緊急事態だ。手を貸してくれ」



短くそう告げると吹雪は走って出ていく。
ただならぬ様子に、天龍と漣は窓の外を見る。

先ほどまで晴れていたはずの空が真っ黒な雲に覆われつつあった。
そして、先ほどまで何もいなかったはずの海に、7体の敵軽巡艦と空母1体の姿があった。



ベケット「緊急時の警備府司令長官不在における規定に従い、
     基地責任者代理の私が司令官代行として艦隊の指揮を執る。湾内で止めるぞ!」


178 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:53:56.97 ID:sE/Vv+Mi0



漣「なんでもうこんなところに……!?」


天龍「深く考えるな! 居るもんは居るんだ!」




天龍に叱咤された漣が、腕を引っ張られて出ていく。




ジャック「お前も早く行った方が良いんじゃないか?」

ベケット「……」


ベケットはジャックたちをジロリと睨む。


ベケット「……、まぁ身を守っていたまえ。逃げるなよ。これは忠告だ」





そういうとベケットは足早に出ていった。



179 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:54:43.43 ID:sE/Vv+Mi0








バタン、と扉が閉まると、ジャックはベケットが手を付けずに机に置いていた紅茶を飲み干す。





バルボッサ「さて。ではこんな所、さっさと出ていくか」



それを聞いて二人は頷く。ベケットの忠告も、一切の躊躇なく無視した。





ギブス「そうだな。俺たちも、早く行った方が良いんじゃないか?」


バルボッサ「船の位置は分かっている。さっさと行くぞ」


ジャック「もちろん。だがその前に……、と」





ベケットの机の中を開けると、鍵束が入っていた。ジャックはそれを掴んで見せつけると、
ニヤリと笑ってこう言った。







ジャック「略奪しよう」













180 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:56:07.29 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 港・海上//




だれよりも早く港へ駆けつけた神通は、艤装の動力をフル回転させ、
初速からトップギアで距離を詰める。

湾内の南北には囲うようにして砲台が設置されているが、
余りに突然の出現のせいか、その砲撃は未だ散発的だ。
敵の深海棲艦はそれをいいことに、基地や砲台に砲撃を仕掛け、
敵空母級からは対地攻撃用の爆撃機が放たれる。



神通「っ……」


飛行機は神通など意にも介さず、島全体を四方に飛んでいく。
あちこちに爆炎と轟音が上がる。敵の軽巡艦が神通に主砲を向ける。
空母級の攻撃は来ない。あれは基地攻撃に全てのリソースを割くようだ。


181 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:56:37.23 ID:sE/Vv+Mi0


あの空母は自分には一機も差し向けるつもりはない。
そう考えて、一瞬神通の頭が熱を帯び、怒り狂った表情になる。
が、手のひらを握りしめ、ひとたび落ち着く。


神通「――だ、まだよ。きっとここじゃない」


神通はブツブツと呟く。まるで自分に何かを言い聞かせるように。
目は落ち着きを取り戻し、しかしぼんやりとした視線になる。


神通「これだけじゃ、足りない」



この戦力差では、神通は苦戦を強いられるのは確実。
しかし、どういうわけか神通はそんな一言を放つと、
主砲に装填し、刀を装備した。


182 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:57:17.83 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 工作部・格納庫//




ジャック「おじゃましまーす」


ジャックたちがカギを開け、侵入したのは、
いくつか建っている中で、唯一兵士が誰も居なかった倉庫だ。

格納庫には、定期整備のためか武器がびっしりと並んでいた。
海賊たちは用途すら不明の品がいくつもあったが、その中で、
彼ら自身も分かりやすい兵器を見つけた。


ギブス「おい! あったぞ! これなんてどうだ!」


それは在庫として保管してあった機関銃で、
10丁近い数が木箱に入れてある。


ギブス「これぁライフル銃だろう? なら持っていこうぜ!」


ジャック「それはいい考えだ」


183 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:58:36.25 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックはそういうと、机に置かれていた9mm拳銃を手にする。
それは兵士たちの一般的な装備品の一つであったが、
この突発的な急襲に慌てて置き忘れられたもので、幸運にもマガジンが入ったままだ。

ジャックは9mm拳銃をまじまじと見る。
弾が入っているとはいえ、銃そのものは彼らの時代と大きく異なる。
引き金を引くだけでは何の反応もない。どう使ったものだろうとあちこち動かして
試行錯誤していると、銃の上部がスライドできた。カチッと何かがハマるような感触がする。
ビンゴ、どうやらそれらしい。ジャックは銃口を高い天井に向けると、引き金を引いた。



ギブス「うぉぉ!?」


ジャック「ハッハッハ!」


184 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:59:09.16 ID:sE/Vv+Mi0



銃声は誰もいない倉庫に響き渡る。突然の発砲音と、敵に見つかるかもしれない状況から
ギブスは大いに驚いたが、兵士たちは外での戦争に忙しいのかだれも気付いてすらいなかった。


窓から外を見ると、物陰から軍人らしき男たちが、開けた道を決死の表情で走り抜けていた。
しかしすぐに敵の航空兵器に見つかり、機銃で撃たれハチの巣にされる。応戦を嫌った空母級が、
第二陣として放った兵士殺戮用の対地機銃のついた攻撃機だ。


ジャックとギブスは、その戦場を恐ろしげに凝視していた。
飛び交う銃弾は恐ろしく早く、精確で、間断なく連射されている。
空で炸裂する砲弾も、ジャックたちのいたどの砲撃よりも恐ろしいものだ。
だがあんな空飛ぶ兵器があれば、どれも意味がない。そこから降ってくる射撃や砲撃は、
全ての抵抗を届かせずに、一方的に殲滅するだろう。


彼ら海賊たちの居た時間とは、数百年も離れた未来。
それも世界大戦という戦争におけるパラダイムシフト期を経たこの時代、
もはや戦争の情景は彼らの知るものとは遠くかけ離れている。


185 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 15:59:37.63 ID:sE/Vv+Mi0



そしてその中でも、もっともかけ離れていると断言できるものが、
今、海の上で戦っている神通と深海棲艦だろう。船の攻撃力と耐久性を
人間の女性に詰め込んだ存在。理屈は分からないが、その戦闘風景は
まさしく船同士の戦いであった。


ジャック「あんなのに巻き込まれるくらいなら、鮫に頭からかじられる方がまだ生きられそうだ」


ギブス「間違いねえ。早く逃げようぜ!」


ジャック「あぁ。ところであの髭親父はどこ行った?」



何度も言うが、バルボッサなしでは船が動かない。
置いていきたいのは山々だが、それが出来ないことにジャックは歯噛みする。

ジャックが辺りを見渡す。すると倉庫の一角にある部屋のシャッターが開いていた。
早くにげだしたいジャックは縛り付けてでも連れて行こうとその後を追う。


186 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:00:26.78 ID:sE/Vv+Mi0



シャッターの内側に入ると、中には同じ兵器がビッシリと並んでいた。
ジャックはそれがどんな兵器かは知らなかったが、見覚えがないわけではなかった。
それは全て艤装だった。



バルボッサ「一人の人間が海上で船と渡り合う力を得る兵器だ。
      まるで魔法の産物だな」


奥から出てきたバルボッサ。彼も先ほどの戦闘を見ていたのだろう。
この装置の有用性に気づいて探していたようだ。


ジャックも奥に入り、中を覗く。



そこにはやはり艤装があったが、その中にひと際大きいものを見つけた。

ジャックはそれを興味深そうに調べるが、バルボッサは無関心だった。


187 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:01:08.67 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「巨大で、一点ものであることを考えれば、これが一番強いのだろうが、
      見ろ。薄く埃被っている。使われていない証拠だ」


ジャック「持って帰ろうにもこの人数じゃ無理か」


バルボッサ「その通りだ。俺は別の戦利品がある。お前はこれを持て」



そういって、バルボッサはどこで手に入れたのか食器を入れた箱を手にする。
中身のものは、この時代ではそれこそスーパーにでも行けば置いてあるようなものだったが、
彼らの時代で考えれば、真っ白の白磁の食器やカップは高価なものであった。

一方で、ジャックに持たせるために選んだのは、艤装の中でも最も小さい12cm単装砲であった。
小さいとはいえと呼ばれるそれは複雑な機構を備えた鉄の塊であるため、
当然重く、ジャックに持たせるつもりでここで待っていたらしい。



バルボッサ「何も持っていないのだから構うまい?」



ジャックは渋々といった面でそれを持ち上げる。
とはいえ彼もそれには興味があったので、文句の一つも言わなかった。








188 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:01:57.28 ID:sE/Vv+Mi0
グアム諸島警備府 港・海上//




空爆や対地砲撃は平和であったグアム基地を脅かすには十分すぎた。
あちこちの施設を破壊し、走り回る水兵たちを殺した。空母一隻でこれだ。
敵本隊が合流すればもはや勝ち目はないだろう。


この基地の戦力では、30艦からなる敵の攻勢を支えられまい。
しかし比較的本土に近く、前線の裏側にあるここ奪われれば、
日本の柔らかい脇腹に刺さった短剣となりうる。



天龍「なんでもいい! 軽巡共を抜いて、空母の首を墜とすぞ!」


漣「――っ! 分かりましたよっ! 援護します!」


天龍「無茶すんなよ!」


漣「できればね!!」



軽巡級3体が、空母との間を阻むようにして並んでいる。
天龍達は手法を装填し、一気に距離を詰める。敵は数の利を生かして
3対2で包囲してくる。


189 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:04:00.02 ID:sE/Vv+Mi0



天龍「漣、動けるか?」


漣「こ、こんくらいなら、演習で経験してますからヨユーヨユー……」



漣は涙声だ。支援砲撃の為や前線への輸送任務で敵と戦ったことはあるが、
不利な戦場は未だ経験したことがなかったのだ。




天龍「なら大丈夫だ。帝国海軍の演習はその辺の前線よりきついからな」



そういって漣を元気づけると、敵の一角を近接攻撃で切り崩しにかかる。
漣は砲撃で牽制し、速度で攪乱した。切り札の雷撃を使うタイミングを狙う。


一方で湾内に一人ぽつんと取り残された空母ヲ級は攻撃態勢の整った対地爆撃機を再び発艦させる。



淡々と続く苛烈な空爆に、グアム基地の誇る対艦砲群は機能を喪失していた。
また、ドッグで修理していた通常重巡艦が、スクランブルできるほど整備されていなかったので、
せめて的にされるだけならと、だめもと陸地から砲台として応戦した。
その砲撃は運よく敵軽巡を一体仕留めるも、そこが運の尽き。結局爆撃機に破壊された。



190 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:05:16.73 ID:sE/Vv+Mi0



装填の済んだ砲門が神通に向けられる。


しかし神通は逃げることなく、徐々に増速しながら、敵軍めがけて懐に飛び込むよう変針する。
予想外の動きに一瞬ためらった深海棲艦だが、すぐに容赦ない砲撃と爆撃が一斉に神通を襲う。

だが神通は躊躇なく、最大戦速を維持つつ艤装内部の舵機構を一杯に切り、一挙に急転舵し敵の後ろに回り込む。
見事全弾を回避して見せ、そのまま神通は一直線に敵空母へ向かう。



神通「那珂、ありがとう」



このよけ方は、かつて妹であった那珂が編み出した機動で、彼女はこれにより必殺の間合いで放たれた
爆撃を何度も華麗に避けていた。自分の命は、今でも姉妹たちによって助けられてばかりいるのだと感じた。

だが、今はそんな思い出に浸っている場合ではない。涙が出そうに眼を拭い、獣の様な目つきに変え、
空母をに睨む。



敵は射程圏。なんとしても、あの空母どもを鎮めなければ。







191 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:06:02.96 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





港に繋がれていたフーチー号を、戦いの隙をついて奪い、海に出たジャック一行。

激戦中であるからか、皆が目の前の敵に集中しており、
一度兵士に見つかってしまったが、そのまま見なかったことにされ、
湾の半島スレスレを気づかれないようゆっくりと船を動かして逃げ出せた。
皆それどころではなかったのだろうか。



ジャック「ともかく、自由だ。諸君」



ジャックは基地から盗んできた酒をあおる。
バルボッサとギブスは机に戦利品を並べていた。

もってきた木箱の中には、価値のありそうな光物。それから、酒、食料。
それから多数の銃器がいれてあった。



ギブス「さっき外の兵隊が応戦に使ってた銃だ。引き金を押せば、この通り!」



ダダダダダダ、と発砲音が海上に連発する。制限点射されないフルオートの連射は、
初めて目にしたジャックらを驚かせた。ギブスは快感とばかりに打ちつつづけている。
未知の連射に一瞬でトリガーハッピーと化していた。
ジャックやバルボッサもそれを見て、楽しそうに連射した。



海の上で男たちの粗野な笑い声が響く。



192 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:06:56.53 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「で、こいつはどうなんだ?」



ジャックが足で艤装を小突く。




ギブス「これが背負えば船と同じ力をもつことのできる武器か」


ジャック「その通り。威力はご覧になった通りだ」


バルボッサ「よし、ものは試しだ。ギブス。背負ってみろ」




三人の中で立場の弱いギブスが実験台にされる。
正直二人としても、好奇心はあるが、こんなわけのわからないものを背負うのはゴメンだった。


恐る恐るギブスが艤装を背負う。鉄製のそれは当然とても重いが、
大の男であるギブスが背負えない程ではなく、なんとか立ち上がった。


193 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:07:55.75 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「どうだ?」

バルボッサ「力が湧いてくるか?」



興味深々な顔を向けるジャックとバルボッサ。
しかし当のギブスは困惑した顔だ。ただ重いものを背負っている以上の感覚はない。




バルボッサ「仕方ない。とりあえず海に飛び込ませよう」


ギブス「待て待て待て! 万が一動かなかった俺は溺れ死んじまう!」


ジャック「ならロープを腰に括り付けてから飛びゃあいい。なぁに、この海は穏やかで――」




そう言いながら海を見る。すると船の後方で、大きく黒い何かが一瞬見えた。



ギブス「なんだありゃ、サメ、いやクジラか?」




クジラと呼ばれたそれは徐々に速度を上げながら、
目を青色に発光させ、大きく牙をむいて、フーチー号に向かってくる。




それは駆逐イ級と呼ばれる、深海棲艦の仲間であった。




194 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:08:50.58 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「あれは化物だ!」

ジャック「嘘だろおい戦闘準備!」

ギブス「あ、アイ! 船長!」



ギブスは走って後方甲板にたどり着くと、備え付けてあった大砲を放つ。
わざわざ造船所が取り付けた逸品らしいが、直撃したのにまるで効かない。

お返しとばかりにイ級も砲撃を放つ。クジラが大砲を撃ってくるなど思ってもみなかったろう。
海賊たちは目を見開き、身をかがめる。
幸いにも小さい船なので当たらず掠めただけだが、水面は大きく揺れ、水柱が上がった。
弾速も威力も違いすぎた。これが敵の親玉だろうとジャックは思った。


195 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:09:28.48 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「この野郎!」


砲撃を何度か命中させるも、敵は傷を負うどころか、ひるみすらしない。
どうにかならないかとギブスは先ほど手に入れた戦利品の機関銃を放った。
しかしやはりこれも効かない。




ギブス「畜生!」


イ級はクジラの様な巨体を生かし、突撃してくる。バルボッサの剣の魔力とジャックの奇跡的な操舵と、
ギブスの応戦で何とか持っているが、時期に追いつかれるだろう。



ジャック「ギブス! さっきの! 俺の戦利品を使え!!」


ジャックが言っているのは、ギブスが今なお律儀に背負っている艤装のことだろう。
確かに、あの砲撃が出来れば、この怪物も倒せるかもしれない。



ギブス「ようし……!」


意気込むギブス。が、引き金や火縄、レバーなど、発射に必要そうな機構は何もない。
身体をゆすってみるも変化はない。



196 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:10:20.24 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「ギィブスー!! 何をやってる気合を入れろぉ!」


ギブス「うおぉ! 動けぇ!!」



彼らは知らないが、この装置を使えるのは艦娘だけで、
これを動かすのは妖精というオカルティックな要素が必要なのだ。

ギブスは必死に動かそうとするが、動かない。



ギブス「ジャーック! 無理だぁーー!!」

ジャック「却下だぁー! それさえ当たればなんとかなるはずだー! ギーブス!」



背中から降ろし、どこかに取っ手でもないか、必死で動かそうとするギブスだが、
まるで見当たらない。うんともすんとも言わない。





イ級「ゴアアァ!!」




そんな隙に、イ級が大きな口を開けて迫ってくる。
もう無理だ! そう思ったギブスはやぶれかぶれに、艤装をイ級の口に放り投げた。




だが当然、それは簡単に噛み砕かれてしまう。




197 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:11:02.44 ID:sE/Vv+Mi0





ギブス「あぁっ!」

バルボッサ「この馬鹿者めがっ!」

ジャック「いや、……待て! 伏せろ!」





イ級の噛み砕いた艤装は、どこかの機構に当たったのか、艤装が口の中で小さな火花を起こす。




それが燃料に引火し、炎上。同時に、12cm単装砲に組み込まれていた砲弾の火薬に着火。
さらに爆発が起き、イ級の口の中で、弾頭が四方に飛び散った!





イ級「ゴギャアァァァ!!」





ジャックらの砲弾が効かない程強力な外殻を持つイ級とはいえ、
流石に口の中から、口蓋や内臓に向かって飛び散る現代の砲弾に耐えることはできない。




イ級そのまま口から煙を上げて、大きな体を海の底に沈ませていった。





198 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:12:07.45 ID:sE/Vv+Mi0



爆音と、敵の轟沈を見て、ジャックらはつい動きを止めてその姿を見つめた。




バルボッサ「やったか……?」



その言葉に、三人そろって持ち場を離れ、船から水面を見下ろす。





海は青く深い色をしており、その中はうかがい知れない。


恐らくは倒したのだろう。しかし確証がないため、緊張がいまだ解けないでいる。



あの敵が不死身の逸話を持つ怪物ならば、また息を吹き返し襲ってくるかもしれない。
また、他にも似た敵がいれば包囲されるかもしれない。

歴戦の三人は、常に最悪を考えて海に立っている。




緊張が高じてか、ギブスは意味もなく剣を抜く。
効く筈もないが、持っているだけで安心できる気がした。
とりあえずこうしているわけにもいかない。

三人は、だれが言うでもなく、もう一度元の持ち場につこうとした。




199 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:12:58.61 ID:sE/Vv+Mi0



その時である。



ベケット『聞こえるかね? スパロウ君!』


ジャック「うぉあああ!!?」



緊張した空気を割くように、ベケットの声が船上に響く。
ベケットの命令を無視し逃げたこと、武器や食料・貴重品を奪って逃げたこと等、多数の負い目と、
そして何より、陣頭指揮を執っているはずのベケットの声が聞こえたことで、ジャックは腰を抜かした。
バルボッサも、声は上げていないが、流石に固まっていた。



ベケット『死んではいないだろうな。それは構わんが、手順が一つ増えるからよしてくれ』



聞きなれた冷酷な声に、ジャックとバルボッサは剣を抜きながら声のする方へと寄る。
しばらく探し回った結果、積み上げているロープの山に取り付けられるようにして、黒く固い箱がついていた。
ジャックは恐る恐る剣でそれをつつくが、何も起こらない。


200 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:13:35.32 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「なんだこりゃ」

ベケット『無線だ。覚えておかなくてもいい。とりあえず遠隔で会話できるものだと思え』



それはアンテナを経由して、リアルタイムで双方向的会話ができるタイプの無線であった。
イメージとしては携帯電話に近い。
が、18世紀の海賊である彼らにはそんなことは分からず、ただ物珍しそうに頷いていた。



ベケット『まぁ逃げるとは思っていたよ。構わないがな』

バルボッサ「これはこれは、追跡部隊でも派遣してくれたかな?」

ベケット『迎えは用意した。今から私もそちらに向かう』

バルボッサ「随分と俺たちに執着するな、ベケット卿」

ベケット『正直、私の目的のためには、君たちは最重要ではない』

バルボッサ「では逃がしてくれるかね?」



ベケット『死ぬのは構わないが、逃げるのはよしてくれ。この近海でなければ、引き上げるのが大変だ』


201 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:15:57.53 ID:sE/Vv+Mi0
すみません、訂正。 18世紀→17世紀。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





ジャック「なんだこりゃ」

ベケット『無線だ。覚えておかなくてもいい。とりあえず遠隔で会話できるものだと思え』


それはアンテナを経由して、リアルタイムで双方向的会話ができるタイプの無線であった。
イメージとしては携帯電話に近い。
が、17世紀の海賊である彼らにはそんなことは分からず、ただ物珍しそうに頷いていた。


ベケット『まぁ逃げるとは思っていたよ。構わないがな』

バルボッサ「これはこれは、追跡部隊でも派遣してくれたかな?」

ベケット『迎えは用意した。今から私もそちらに向かう』

バルボッサ「随分と俺たちに執着するな、ベケット卿」

ベケット『正直、私の目的のためには、君たちは最重要ではない』

バルボッサ「では逃がしてくれるかね?」


ベケット『死ぬのは構わないが、逃げるのはよしてくれ。この近海でなければ、引き上げるのが大変だ』



202 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:18:59.26 ID:sE/Vv+Mi0



無線から聞こえてくる声色は慌ただしさを思わせない。向こうの一次戦闘も終わったのだろう。
ガヤガヤと背景の音が混じって聞こえるが、脱出前にあちこちでなっていた爆音などは聞こえなかった。



バルボッサ「引き上げるとは、まさか死後の弔いでもしてくれるのではあるまいね?」


ベケット『笑わせるな。命があれば楽だが、とりあえずスパロウのコンパスだけ拾えればいい』


ジャック「まーた俺のコンパスが欲しいのか」



以前、デイヴィ・ジョーンズを操る為、心臓を手に入れようとジャック・スパロウの持つ
「望むものの場所示すコンパス」を求め、ウィル・ターナーを派遣したことがある。
コンパスは、ジャックの持ち物の中でも屈指の価値を持つ。奪われまいとの思いで、
彼はそれを握りしめた。



ベケット『正確には、コンパスと、元の時代に帰りたいと思う人間が欲しいのだよ。
     君でも、バルボッサでも、ギブスでも誰でもいい』


ジャック「何かを探させる気か」


203 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:19:49.96 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「とはいえ、三人死んでしまえば水の泡だ。死ぬ気はないが、
      これで奴が俺たちを船ごと殺せないことが分かった。さぁ逃げるぞ」


バルボッサは剣を振り上げる。船がゆっくりと動き出す。


ベケット『最悪、君たちが死んでいてもいいさ。それを使役してやる』



バルボッサ「はっ、死ねば海の亡者になるだけだ。誰も使うことなどできん」

ベケット『できるさ』




無線の向こうで、かすかに兵士たちの声が聞こえる。
その声色には、これから圧倒的戦力差の敵を迎える怯えや興奮といった温度がなかった。


バルボッサはふと思った。このベケットの余裕は何だ。詳細は不明だが、逃走前、
基地全体が慌ただしく動揺するほど、彼我の戦力差があったはず。
指揮官である彼が無駄話をしている暇などどこにもないだろう。

なのに、ここまで落ち着き払っている理由はなんだ?
そもそも、戦闘中に指揮官自らここまで来ることなど可能なのか?



この短い間に、それをひっくり返す何があった?




204 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:20:17.74 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックを見ると、彼も同じ考えに至ったのか、髭を触りながら思案していた。



ジャック「戻ったところで、俺たちも戦争に巻き込まれるんじゃないか?」


ベケット『安心しろ、後続にいた敵主力は壊滅した。……いや、消滅したといえるか』

バルボッサ「消滅?」




ベケット『探し始めてから2年。ようやく奴を視界にとらえた』


バルボッサ「何の話をしている……?」



205 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:20:55.95 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット『では、部下たちよ。私からの最初の命令だ。
     死んでも奴を連れてこい』


ヘクター・ベケット少尉は、書類上部下預かにしていたジャックらに告げた。



ベケット『安心しろ。死んだら今度は、奴が連れてきてくれるさ』



ブツッ、と無線が途切れる。
意味深なベケットの言葉の意味を考えるより先に、ギブスが走ってくる音が聞こえた。







ギブス「ジャーーック!!! 不味い! 逃げろ!!!」





206 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:21:48.39 ID:sE/Vv+Mi0
>>205
書類上部下預か→書類上部下預かり、です。たびたびすみません。
207 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:23:22.65 ID:sE/Vv+Mi0



引き攣った声で叫ぶギブスに、二人は何事かと船後方を見る。
気づけば巨大な船が後方から、もの凄い勢いで追いかけてきた。




ジャック「嘘だろ……」

バルボッサ「島を探せぇ!」



バルボッサは誰よりも早く動き出し、船を走らせる。ジャックやギブスも慌てて操船に従事する。
軽装備で足の速いフーチー号。魔船クイーン・アンズ・リベンジからしばらく逃げ切ったその力は、
トリトンの剣の魔力と、歴戦の海賊三人によって最大限に活かされようとしていた。


距離も十分あった。向かい風であったことも幸いした。
向かい風であれば、追う側で、しかも巨大な船であればその風のあおりを大いに受ける。
条件からいえば、フーチー号に勝機があった。


だが、その船は、そんなものを無視して、恐ろしい速度で進んできた。





その船は、向かい風を、最速で突っ切ってきたのだ。






208 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 16:24:56.79 ID:sE/Vv+Mi0






逃走むなしく、船が接弦する。








???「諸君! 生きることの痛みにしがみつき! 死を恐れている諸君!!」






ガン、と甲板に足を叩きつけ船に乗り込んで来る男が一人。
彼もまた、この時代の者ではない、海賊のような風体。


だがここにいる誰とも違い、男の外見は尋常ではなかった。

触手の様な右腕。左腕はカニの鋏。全身にフジツボがまとわりつき、
顔はタコの触手のようなあごひげに覆われていた。




???「死の彼岸を遠ざけたいのなら、お前たちに選ばせてやろう!」




その男は、ジャックやバルボッサと並ぶ、悪名高き伝説の男。
船長の意思に従い自由自在に動く船。向かい風で最速を誇る船。
歴史上最も有名な、伝説の幽霊船、フライング・ダッチマン号。


それを駆る、伝説の海賊。その名は、








ジャック「デイヴィ・ジョーンズ……!」



ジョーンズ「死にたくなくば、向こう100年、俺に仕えろぉ!」










ジャックの仇敵、デイヴィ・ジョーンズであった。









512.57 KB Speed:0.2   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)