神通「カリブの、海賊?」【艦これSS】

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

366 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:25:36.28 ID:sE/Vv+Mi0





泊地水鬼『!』








ジャック「後ろだマヌケめ」




天龍「撃ぅてええぇっ!!!」







作戦の効果は、極めて良しと言えた。





367 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:26:48.70 ID:sE/Vv+Mi0




泊地水鬼『ア゛アァア゛ゥァアゥア!!!!』



泊地水鬼から、血が噴き出す。
その大量の血は海に零れ落ち、ドポンと音を上げる。





吹雪「凄い……」



自分の撃った砲弾が、残さず泊地水鬼のどてっぱらに突き刺さり、炸裂する。

作戦通りとはいえ、この結果は、凄い。




しかし、吹雪は思っていた。


作戦の理屈は分かる。船で艦娘を運び、ばれずに海を走り回り、
ヒットアンドアウェイを繰り返す。


368 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:27:15.50 ID:sE/Vv+Mi0


しかし、実行となると話は別だ。


計器一つ満足に動かない異常力場の中、すぐ先の海の視界確保すら困難な暗闇で、
恐ろしく激しい荒波が船を揺らす。


こんな海では、現代の通常艦も通常に動けまい。
歴戦の艦娘ですら、機動力を落とすだろう。


そしてそうすれば、泊地水鬼の餌食だ。
つまり、この作戦は、理屈はできていても、土台無理な話だった。


369 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:27:41.14 ID:sE/Vv+Mi0



だが、あの海賊たちはやった。


この異常な海を、当たり前の様に超えて見せた。

視界ゼロのこの荒波を、我が物顔で進んでいく。
速度なんて、落とす気配はまるでない。



吹雪「あの海賊たち、いったい……」



吹雪は知らない。彼らの冒険を。
この程度の海は、幾度となく超えている。



370 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:28:43.34 ID:sE/Vv+Mi0



この海賊船は、この未来の船に比べれば、どの点を取っても劣っているだろう。
だが、その劣っている船に乗っていたからこそ、船員たちの能力は異能とも呼べる域にある。


風を読み、闇を見渡し、波を乗りこなし、船を身体の一部の様に操る。
それは、レーダーや各種機器の進歩によって必要なくなった技能。


今、どの船乗りも白旗を上げるこの海を渡ることが出来るのは、
きっとそれらを当たり前のように身に着けていた彼らだけだ。



吹雪「……」




恐るべき海を進み、数多の敵船と戦い、神話の怪物をうち倒し、世界の果てを抜け、
あらゆる伝説と出会い、あらゆる困難を乗り超えた、彼ら。


泊地水鬼を目の前にして、恐れ一つなく笑って剣を振り上げる彼ら。


この世界で唯一、この戦場に立つことができた彼らは、いったい何者なのだろう。



371 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:29:12.12 ID:sE/Vv+Mi0




泊地水鬼を超える悪の存在か。

人々を救う万夫不当のヒーローか。




いや、きっとどちらでもない。









ならばそう、海賊。









彼らは海賊。











彼こそが海賊!












372 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:29:39.87 ID:sE/Vv+Mi0

















373 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:30:07.13 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船内//





1時間を経て、夜が更に深まる。
嵐はまた激しさを増し、視界は悪化する一方だ。



泊地水鬼『グ、ウ゛ウゥ……』



吹雪「神通さん、……これ」


神通「……えぇ、このまま勝てるかもしれません」



戦況は未だに吹雪達側の優勢であった。



374 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:30:39.31 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





一方的な攻撃に晒された泊地水鬼は、
自身の内側に籠ったカリプソの魔力を吸い上げる。



泊地水鬼『ウ……ググ!』



警戒と攻勢に全力を尽くしたのだろう。
泊地水鬼はもう神隠しの力で深海棲艦を召喚することはできない。
ストックを失ってしまっていた。



だが、もう少し低級の、他の物なら呼び出せるかもしれない。


海で死んだのは深海棲艦だけではない。




泊地水鬼は、文字通り格の違うカリプソの力を使う。




375 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:31:06.01 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//





ザブリ、ザブリ、と大雨の音に混じるようにして、海から音が聞こえる。
甲板を陣取る海賊たちが周りに目を向けると、海からボロボロの姿をした人間たちが這い上がってくるのが見えた。
肌は青白く、足取りも不安定。目は青白く発光し、明らかに尋常のそれではなかった。



バルボッサ「ゾンビ共が現れたぞぉ!」



バルボッサは操船に重きを置いていた剣を戦闘用に構えなおす。




ジャック「あれ、お前んとこの部下じゃないのか?」


ジョーンズ「ハッ、俺はあんな趣味の悪い部下は持たん!」


ベケット「怨念によって半深海棲艦化させたのか! 泊地水鬼め、人を亡者に変えたか!」



376 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:32:00.79 ID:sE/Vv+Mi0


そう、泊地水鬼が引き上げたのは、海で沈んでいった無念、怨念。
それは船だけではない。人とて、当然そういった思念がある。
泊地水鬼は、カリプソの力でそれを無理やり半蘇生させ、海底から引っ張り出したのだ。


ギブス「船長! 奴ら銃持ってるぞ!!」


はっとして全員が亡者たちを見る。軍刀を抜き放っている前線の後ろで、
銃を手にしている隊がいくつもいた。


ギブス「おい来るぞ!」


亡者艦長「ゥ、ガァ!」

ベケット「退避!」



ひときわ階級の高そうな亡者が手を振るう。ベケットに言われるまでもなく、
危機を察知した海賊たちは皆射線から離れようと甲板の飛び伏せた。
それでも明らかに対応が遅く、重症は必至であった。


377 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:32:27.83 ID:sE/Vv+Mi0



亡者部下「ゥオオオオォ!」

亡者艦長「ゥオオォォォオオオ!」


ジャック「な、なんだ?」



が、危惧した銃弾は全く飛んでこず、亡者はあろうことか銃身を両手で持ち上げ雄たけびを上げていた。

銃を撃とうとする気配はまるでない。


ギブス「アイツら、銃の使い方、知らないんじゃ?」



ギブスに全員の目が向く。


378 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:32:53.65 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「水圧で頭がやられたか」

バルボッサ「死して心が壊れたか」

ジョーンズ「底知れぬ暗闇に意思が折れたか」


ジャック「ま、どれでもいい」



ちょいちょいと敵を指さす。亡者の雄たけびは拍をとり、合わさっていく。
さながら戦いを前にする蛮族である。意気が燃え上がり、目の発光が一段と増す。



ジャック「来るぞ」



いうや否や、亡者達が武器を片手に、四方八方から突っ込んできた。
ジャックたちは、だれが指示するでもなく、全員がバラバラに敵へと突っ込んでいった。



379 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:33:19.80 ID:sE/Vv+Mi0




次々と荒波から這い出て、船をよじ登ってくる亡者たち。
剣戟の音が響き渡る中、敵の一群を真っ先に抜け出したのはジャック。


彼の目的は敵殲滅ではなく、船の操舵である。
泊地水鬼の目から逃れるため、そして船側面にとりつく夥しい敵を振り落とすため
面舵に、取舵に、船を大きく動かす。



下では艦娘たちが次々に砲弾を放っている。
至近距離から攻撃を受け、鈍い動きをしている泊地水鬼は、未だに暗闇のパールをとらえられないでいる。
蟻が巨象を見つけるのは簡単だが、巨象の目には、蟻など塵埃に過ぎない。嵐の夜であれば猶更だ。


だが、巨象にかかれば、蟻の抵抗力など、これもまた塵埃程度だ。見つかれば死。捕まれば死。



ジャックは船を守るため全力で舵を回す。





380 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:34:13.30 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 前方甲板・前方//




大きなガタイから繰り出される剣戟は、その辺の海賊よりも強かった。
軍人として、海賊として、長く過酷な海上に身を置いたギブスは、この程度の劣勢など気にも留めなかった。

軍刀をもった、元は制服組であったであろう亡者が寄ってくる。
ギブスは敵が刀を振り上げる前の、出鼻の腕を蹴り飛ばし、体勢の崩れた亡者の首をはねる。

続いて小銃を、ホッケースティックの様に鈍器にして殴りかかってくる亡者に対し、
ギブスは剣を胴目掛け投げつける。剣はやすやすと貫通し、船に刺さり、亡者は磔になる。



亡者「アァ……!」



武器をなくしたギブス。敵はまだまだ視界いっぱいにいる。
にじり寄ってくる亡者に、ギブスは距離を保ちながら後ずさりする。
しかしすぐに木箱に退路を断たれる。

381 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:35:12.64 ID:sE/Vv+Mi0



亡者「アァァ!!!」


そんなギブスに亡者が殺到する。だがギブスは、さながらジャックの様に、ニヤリと笑うと、
木箱からなにかを取り出した。それは大好きな機関銃であった。


ギブス「うおぉぉぉぉおあぁ! はっはああぁーーーっ!」


雄たけびを上げながら機関銃を連射させる。3点トリガーなどという無粋なものはない。
照準や熱など、武器の継続性に関することは何一つ頭にない。
豪快にして、享楽的で刹那的。そして強い好奇心。そんな海賊としての側面と、
圧倒的にして特別な力が、ギブスの心の奥底に眠る、トリガーハッピーとしての性格を目覚めさせた。



ギブス「どうしたどうしたゾンビ共! 俺を倒したかったらクラーケンでも呼んできな!」


382 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:35:53.28 ID:sE/Vv+Mi0



そして性格だけでなく、才能も目覚めさせていた。通常命中率の悪いフルオート射撃を、
ギブスは銃口を上げることなく、水平に振り回し、横一列に敵をなぎ倒していった。


ギブス「イカ野郎が無理ならタコでもいい! サメでも来い! 
    強いならエビでもカニでもなんでもいいぞ! ハッハッハ!!」


恐らく、ジャックですら見たことのない歓喜の混じった笑い声を弾けさせるギブス。



そんな一方的な虐殺は、持ち込んだほとんどの機関銃を撃ち尽くすころには終わり、
ギブスのいる前方甲板に乗り込んだ亡者は全滅していた。



木箱を覗くと、あれだけあった機関銃がもう2丁しかない。


敵がいなくなったことで少し冷静になったギブスは息絶えた亡者から剣を奪い、
いそいそと腰に付けた。



流石に調子に乗りすぎたと、冷静になって恥ずかしさがこみ上げた。





383 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:36:18.88 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 前方甲板・後方//




亡者「ウ゛ゥ……」



ベケット「さて……」


手持ちの拳銃を撃ち尽くしたベケットは、不要とばかりにそれを投げつける。
上手く亡者の顔面に直撃したが、一瞬ひるむだけで、効果はほとんどなかった。

ベケット「……」


ベケットは軍刀を抜き、左右から寄ってきた亡者を鋭く斬りつけ、その勢いのまま、
目の前の敵に切りかかる。


亡者部下「グ、アァ!」


ベケット「っ!?」


斬り殺しにかかった一撃は、亡者の軍刀にいなされる。
あきらかな知性ある動きに一瞬動揺するが、ベケットは落ち着いて距離を取る。


384 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:36:44.35 ID:sE/Vv+Mi0



全身を見ると、他の亡者たちと同じく死者であるように見えるが、多少衣服の
劣化が少ない。推測であるが、恐らくはまだ沈んで間もないのだろう。
最近起きた軍艦の遭難事件の被害者の一人だろうか。


亡者部下「……」


知性のある亡者は、軍刀を正眼に構える。間違いない。この亡者は知性がある。
そう確信するベケット。そして、この亡者は剣道の有段者だとも推測した。
日本に来て、軍人として生きたベケットには、それが分かった。


ベケット「……」


そしてベケットも、同じように軍刀の切っ先を正眼にする。
剣道の、最も基本にして隙の少ない構え。ベケットは腰を落として相手の動きを待つ。


385 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:37:32.48 ID:sE/Vv+Mi0



開始の合図はない。

不意を突くように、相手がすり足で身体を左にずらす。
他の亡者のような千鳥足では断じてない。


ベケットも同じようにして動き、対角線上に動いていく。

前後、左右、せわしく足を動かすが、上半身にブレはない。


亡者が右足を上げる。

ベケットは軍刀を横にして、頭を防御する。


何歩かあった間合いをつぶすようにして、全体重を乗せた面の一撃が振り下ろされる。
ベケットは刀の切っ先を下にし、勢いに逆らわない形でそれを流した。


もし足を上げた瞬間に防御に移っていなければ、今頃頭蓋骨が半分になっていただろう。
互いに面も防具もない。当たれば一貫の終わりだ。


386 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:38:34.81 ID:sE/Vv+Mi0



しかし、そんな状況でも、亡者は攻撃の手を緩めない。


奇声を上げて小手を狙う。ベケットが反撃しようとすると、即座に刀を返し、そのまま面を突き刺してくる。
無理やり身体を動かして避けると、また全体重を乗せて振り下ろしてくる。


倒す隙はある。しかし相手の命を捨てるような怒涛の攻撃に、
ベケットの剣は後手に回っていた。亡者だから命に執着がないのだろうか?



いや、そうではない。いるのだ、世界には。目先の何かに捕らわれて、
大局的な利益や、命さえも秤に乗せることができる輩が。


ベケットは知っている。かつてベケットが命を落としたのも、そのせいだったのだから。
そういう男が、ベケットにとっての天敵なのだ。



ベケットは自嘲するように笑う。


亡者がにらみつける。



387 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:39:01.46 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「構えろ、海賊」



かつては同じ軍人だったのだろう。しかし、海を脅かす敵となれば、すべては賊であった。

ベケットの声に応じたのか、亡者は再び正眼に構える。
大してベケットは、軍刀を高く掲げ、上段に構えた。
隙が多く、上段者になって使いこなせる構えである。
しかし、勢いと攻撃性、速度は、五方の構えの中で最も高い。



ベケット「ゆくぞ」


勢いと体重を乗せて突っ込む。有段者から見れば隙だらけである。
一撃をいなして、その隙に首を斬って終わる。亡者はいなすために防御に構える。


388 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:39:32.05 ID:sE/Vv+Mi0


しかし、剣が重なるや否や、ベケットは突進の勢いを殺さず、そのまま相手に体当たりする。
驚く亡者の剣を鍔迫り合いの要領で抑え、足を払い、甲板に背中から倒す。


攻撃は止まない。圧倒的に体勢不利になった亡者相手の喉目掛けて強烈な突きを放つ。
頸椎を傷つけたのか、敵の動きが弱る。運動機能を麻痺させられなかったベケットは
サッと刀を喉から抜き、敵の腕を斬りつけ、筋肉を切断。動けなくなった敵の股間を
思い切り踏みつけ、意識を奪った。



剣道、というには明らかに邪道。武道というより武術。
今は前線に配置されてる元皇宮護衛官から習った上官に習った技、というまた聞きの様な技だったのだが、
練習を欠かさず行っていたからか、一連の動きをスムーズに行えた。


戦時の混乱の中でも、陛下を守る為に磨き上げた殺しの技術。



艦娘の様に海で戦うことはできなくても、人は、人として戦うための技術を研鑽しているのである。

文字通り、命を懸けて。



389 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:39:59.13 ID:sE/Vv+Mi0



さて、誤解されないように補足しておくが、確かにベケットは命を秤に乗せることができる者にやられた。
しかし、ベケットもまた、何かの為に命を秤に乗せることができる者である。


ウィル・ターナーが指揮するダッチマンとジャックの乗ったブラックパールに挟まれたとき、
ベケットには十分反撃のチャンスがあった。彼が乗るエンデバー号は文句なしの一等艦。
当時最大の攻撃兵器で、その砲門数は先の2艦を合わせても余りある数字だ。
撃ち返せば、重症を負いつつも、彼らを海の藻屑とすることができただろう。



しかしベケットはそんな絶体絶命の折り、なにもしなかった。

彼らと相打ちしても、後ろには多数の海賊がいる。



英国としては、海賊と敵対し、力を弱め、他国に有利を取られるわけにはいかない。
最悪の場合、海賊と組んだ他国に攻められて、大英帝国そのものが終わるかもしれない。


390 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:40:27.15 ID:sE/Vv+Mi0


利益に聡い彼は、一瞬にしてそんなことを悟った。

ならば、大英帝国はこの後、自国の利を確かなものとするため、海賊と手を組むだろう。

形は不明だが、国営海賊、国にに略奪を認められた海賊、この様な制度の下、海賊を手なずけるだろう。

であれば、ここで海賊と相打ちになるのは、利益にはならない。




ベケット「すべては利益のため……」




ベケットは、静かにそんな未来を思い、英国の将来のため、騒乱の元凶となった自分の死で、全てを終わらせた。



かつてベケットが命を落としたのは、彼自身が、大局的な利益の為に、命さえも秤に乗せることができる輩だったからだ。
そうやって命を懸けて、何かを守る為に力を尽くした男の剣が、弱いはずがなかった。




剣道使いの亡者を倒したベケットは、軍刀の血を振り払い、未だ群れなす亡者に突撃する。



命がけで磨き上げた剣術には、亡者ごときでは相手にならなかった。





391 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:41:34.27 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 中央甲板・右舷//






ベケットとギブスが前方甲板で奮戦をしている頃、
吹雪たちのいる船底に繋がる中央甲板では、面積が広いこともあってか、無数の亡者であふれかえっていた。



バルボッサ「亡者どもめ! 死にたい奴からかかってこい! 2度でも3度でも死なせてやる!!」


猛然と駆け寄ってきた亡者を、勢いに任せて脳天から唐竹割にする。
亡者はその惨状をみて進む足を躊躇ってしまい、結果、その隙を見逃さなかったバルボッサになで斬りにされた。




バルボッサ「どうしたぁ! 日本のヴォードヴィリアンは湧いて出るくる芸しかないのかね!」



そうして振り回した剣でまた敵の命を奪う。バルボッサはジャックの様な機敏な相手には後れを取りがちだが、
彼の剣の強さはその膂力にある。彼の剣はしばしば一撃で敵の命を奪うのだ。
そんな彼に、黒ひげから奪った、重く鋭いトリトンの剣を持たせれば鬼に金棒である。



392 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:42:10.90 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサ「うん?」



しかしそんな彼の一人舞台をいつまでも続かせてたまるかと、亡者たちが陣形を組み始める。



バルボッサ「ほう、少しは脳漿が海水になってない奴もいたか」




連携が取れているとは言いづらい拙さだが、亡者たちは一か所に固まって武器をバルボッサに向ける。


その塊のような密集陣形は、古来では槍衾やファランクスと呼ばれたそれの少人数版のようであった。
違うところは、盾がないことと、穂先が槍ではなく、剣や銃底であったことだ。


しかしそれでも、30人近い亡者で作り上げられたこの集団で殴り掛かられれば死につながる。
そしてまた、この塊のどこを切り崩しても、他の剣がバルボッサを貫くだろう。


393 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:42:38.92 ID:sE/Vv+Mi0



亡者「ウォア゛アア!」



身ぎれいな亡者の掛け声と共に、絶叫を上げながら突進してくる凶器の塊。
だがバルボッサはそんな死を前にしても表情を変えず剣を構えた。




バルボッサ「錨を上げろおぉ!!」




なぜか出航の合図を大声で叫ぶバルボッサ。そんな彼に亡者たちはなんの迷いもなく突っ込んでいく。
バルボッサが渾身の力で剣を振るう。彼我の距離は5m弱。剣は届かない。風切り音が鳴る。





亡者「!?」


バルボッサ「遅いっ!」




394 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:43:10.65 ID:sE/Vv+Mi0



風切り音が、唸りを上げる。


嵐の雨幕を突き破るようにして、
宙に浮かんだ錨が、横薙で突っ込んできた!

器用にもそれは、パールの甲板を一切傷付けることなく、綺麗に敵陣を崩壊させた。




バルボッサ「ハッハッハ!! 雑魚共めぇ!!」



重い鉄の塊が衝突してはひとたまりもない。敵は弾け、砕け、吹き飛んだ。





バルボッサ「覚えて逝け! これが本場のヴォードヴィルだ!」



彼の剣の強さはその膂力にある。だが今やそれだけではない。その剣は船のすべてを操るのだ。
彼にトリトンの剣を持たせれば鬼に金棒と重機関銃持たせるようなものである。
亡者はまだまだ居よう。しかし、こと船上では彼は止められない。








395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2017/08/15(火) 21:43:55.95 ID:qOcUYkn40
凄い力作だな。
396 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:44:00.52 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 中央甲板・左舷//






同じく、最大の敵数を抱える中央甲板にて、もう一人の海賊の力が吹き荒れる。


亡者「ウ……、グ……」


ジョーンズ「死を前にする気分はどうだ?」



ジョーンズの顎髭が亡者の首に巻きつく。髭といってもそれはイカの触手の様なもので、
取ろうと思っても吸盤がきっちり張り付きかなわない。そうしてもがいている内に、酸素が途切れ、
亡者は再びこと切れた。ジョーンズは顎髭の触手だけで死体を横に放り捨てるとまた前へ進み出る。



397 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:45:02.14 ID:sE/Vv+Mi0



中央甲板の戦いは、異様であった。


バルボッサが暴虐の限りを尽くす右舷とは異なり、左舷はとても冷たく、静かな戦場であった。
右舷は血潮や肉片が飛び散っているが、左舷はただただ山の様な死体だけが重なっていた。



ジョーンズ「前なら船員にしてやることもできたが、あいにく今はそういうことはやっておらんのだ。
      よって死ね。速やかに死んでゆけ」



淡々と亡者を倒していくジョーンズに、躊躇いながらも突撃していく亡者たち。
心や思考があるかはわからないが、圧倒的なまでの戦闘に、恐怖を抱いたのかもしれない。



ジョーンズ「ふんっ!」



ジョーンズの攻撃に慢心はない。ハサミで身体を砕き、剣で突き刺し、触手の鞭で首を折る。
全身が武器ともいえるその肉体を生かし、よってきた敵を一掃する。



398 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:45:35.75 ID:sE/Vv+Mi0




ジョーンズ「海の亡者が海の死神に敵うと思うか!」



ジョーンズの声に一様に怯える亡者たち。この圧倒的な差は、個人の力の差だけではなかった。
いくら強くてもこれだけの人数を相手どればここまで余裕ではいられない。

こうなった理由は、偏に相性のせいであった。海で死んだ霊の魂を捕らえ、あの世に連れていく
ジョーンズにとって、海で死んだ亡霊たち相手に負ける道理は無かった。




ジョーンズ「どうだ、死ぬのは怖いだろう?」




万が一もあるまい。海の亡者を相手にする仕事は、嫌というほど繰り返してきたのだから。





399 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:46:08.08 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//






泊地水鬼『アァァァアア!!!』



悲しみ、怒り、憎しみ。様々な気色が混ざった絶叫を上げ、泊地水鬼が暴れる。
豪雨が音を消し、雷一つ起こらないこの暗い夜の帳の中、唯一相手を認識できる要素は、直感だけ。

気狂いの様に心が乱れているからか、巨象たる泊地水鬼は、未だジャックらパール号を
発見できずにいた。亡者たちは人の魂に敏感に反応し殺しにかかってくるが、
泊地水鬼は存在がそもそも違うせいか、レーダーに映らないパールは不可視の存在であった。



ジャック「っと!」



400 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:46:37.40 ID:sE/Vv+Mi0



しかし止まれば砲撃の位置から割り出されて一撃で沈められるだろう。
さっきから豪雨の音に混じって、砲音ではない爆発音、鯨が飛び跳ねたような、海を割る音が聞こえてくる。
怪物はパールの全長より巨大な双腕を持っていた。捕まれば、殴られれば、命はない。


ジャック「あぁ! くそ!」



故に逃げ回り続けるため、嵐に乗って舵を取り続けるジャックであったが、
襲い来る亡者たちがそうはさせなかった。後方甲板に来ている敵は、他よりは少なかったが、
それでも操舵をしながら戦い抜けるのは至難の業であった。



401 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:47:19.70 ID:sE/Vv+Mi0



亡者艦長「ア゛ァッ!」



一見して指揮官らしい亡者の合図で、また敵がとびかかってくる。
ジャックは右手で舵を回しながら、左手で3人の亡者と応戦していた。
しかし、ジャックと言えど、あまりに劣勢すぎるその状況に焦りを覚え、一度舵から手を放し、
身軽な動作で敵をかいくぐり、身体が追い付いていない敵に剣戟を浴びせ、まとめて殺しきった。

が、安堵するジャックを追い立てるように、すぐ近くで海が割れる音がし、船が大きく揺れる。


泊地水鬼の腕が、海面に叩きつけられた音だ。

ジャックは慌てて舵を握りなおす。




亡者艦長「ウォ゛ッ!」


亡者「オォ゛オ!」





今度は海から這い出た増援を合わせて、8人がかりで突撃してくる。
応戦したいが、近くで響く泊地水鬼のヒステリックな叫び声を前に舵を離すわけにはいかない。



402 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:48:12.72 ID:sE/Vv+Mi0



ジャックが辺りを見回すと、そこに都合よく樽があった。

艦娘たちが船下層部で戦う間、万が一が起きないように外に出していた火薬樽だ!




舵にギリギリ指先を掛け、足をグッと延ばす。届かない。


敵が走ってくる。我慢できなくなったジャックは一瞬だけ手を放し、樽を敵に向かって蹴り、
もう一度舵を握る。また真横で衝撃音が聞こえた。間一髪だった。


船の傾きとともに、敵味方が揺れ、そして一樽が転がっていく。
しかし波は寄せて押し返す。坂道を下るように転がっていった火薬樽が、
転じて、ジャックに向かって勢いよく転がってきた。




ジャック「いや、ちょ、ちょっと! 待てっ!」


腰を舵に預け、ジャックはなんとか落ち着いて足で、衝撃を殺すように受け止めた。
それを返す波に合わせて強く蹴り押す。すると凄い勢いで亡者たちの一団に突っ込み、巻き込まれた敵は勢いをなくす。

ジャックはほくそ笑み、懐から愛用しているフロントリック式のピストルを放つ。
早撃ちながら精確なその銃弾は、真っすぐに火薬樽を貫き、敵陣の中で小さな爆発が起こった。




ジャック「ビンゴ」




403 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:49:05.37 ID:sE/Vv+Mi0



亡者艦長「ウ゛ヴゥ……!」



警戒すべき敵と、ようやく認められたのか、指揮官の亡者が軍刀を構えすり足で寄ってくる。
牽制しようとピストルを再び発砲するが、雨中に出したせいか、早くも濡れて撃てなくなっていた。
ジャックは無用となったピストルを捨てる。



ジャック「考えてみろ、俺が舵を取らなきゃお前もまとめて死んじまうぞ?」

亡者艦長「ヴア゛ァ!」


ジャック「聞く気なんて無ぇか、ふやけた鼓膜しやがって!」




亡者は爛々と青白く目を発光させ、上段の構えで軍刀を握りしめる。


ジャックは脱力して、左手にもった剣の切っ先を亡者に向ける。右手は依然舵を握ったままである。
豪雨音に混じって海を進む泊地水鬼の音が聞こえる。まだ亡者とは距離がある。
ちらりとコンパスに目を遣ると泊地水鬼が真後に来ているのが分かった。


その視線をそらした一瞬、生前は部下と同じく剣道の達人であった亡者が勢いよく切りかかってくる。



404 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:49:50.25 ID:sE/Vv+Mi0



距離、およそ5歩。すぐに必死の間合い。


ジャックは切っ先を向けたままの剣を押し出すようにして投げた。
直線上にカットラスの剣先が迫った亡者は器用に重心を後ろに下げ、剣を弾き飛ばす。


無手になったジャック。亡者が再び迫ろうと刀を構える。
それを無視してジャックは両手で舵を面舵一杯にきる。


風と波に煽られたパールは船体を大きく傾け、勢いよく進路を曲げる。
すると船尾左舷ギリギリのところを泊地水鬼の腕が掠めた。


その余波で、体勢を崩したジャックと亡者に大量の海水が降りかかる。
二人にとっては目くらましとなるだろう。


知性の残っていた亡者はそれに気づき、反撃の目を与えぬようジャックの剣の刀身を踏みつけ、取らせないようにする。
海水の目くらましが止めば、ジャックは切り殺されて終わる。



亡者は軍刀を再び上段に構えた。



405 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:50:16.80 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「よう」


亡者艦長「ッ!!?」



水しぶきが晴れ、再び二人が向かい合った時、ジャックの手に握られていたのは、ピストル。
それも真新しい、現代式の9mm拳銃! 工作部の倉庫から奪い、今まで腰に隠していたのだ。


ジャック「卑怯? 大いに結構。俺ぁ海賊だ」


引き金を引く。現代の拳銃は多少雨や海水に濡れたところで撃てなくなったりはしない。
水浸しの周囲に馴染まない、乾いた破裂音が響く。如何な達人とは言え、至近距離からの
拳銃発砲に耐えられるはずもない。奇跡的にも、一発目は急所を避け、なんとか踏ん張ったものの、
銃弾は残り7発。弾倉すべてを撃ち尽くす頃には、亡者は2度目の死を迎えていた。



ジャックは拳銃を捨てると、舵に集中する。




406 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:51:04.32 ID:sE/Vv+Mi0
















407 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:51:46.60 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号//





至近距離からのヒットアンドアウェイは現状有効であるが、
徐々に、徐々に泊地水鬼が対応してきている。
嵐と荒波のおかげで船が振り回されるような高速移動しているため、
今のところ捉えられていないが、それも時間の問題だ。
パールは敵のラッキーパンチ一発で沈む。



万全を期すなら、近寄って撃てる機会は次が最後だ。


敵の集中が途切れるまで距離を保ち、チャンスを待ちながら闇の中を旋回するべきだ。



度重なる泊地水鬼の攻撃をスレスレで避けたジャックはそう判断を下すと、
泊地水鬼から逃れるように舵を大きく回す。しかし明らかに奴はこちらについてきている。
流石に接近しすぎたか。逃れられるかは怪しい。



そして敵はそんな状況などお構いなしだ。
ジャックの周囲に、また腐臭に似た不快な臭いが立ち込める。海から亡者が再び這い上がってくる。




408 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:53:09.89 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//





当然、それはジャックのいる舵取りの場所にも殺到する。
しかし泊地水鬼が大暴れしている中、この数に応戦している暇はない。
とはいえむざむざ死ぬわけにもいかないジャックは、剣を拾い上げ、
亡者の目を突き刺し、剣の切っ先を脳まで到達させた。



ジャック「光ってて目が狙いやすいな」


バルボッサ「どけぇ!」



軽口を叩くジャックの横をもの凄いで通り過ぎると、バルボッサが舵を握り、また大きく回す。
その避けたところに巨大な水柱が爆発音とともに上がる。直前に砲炎が見えた。


泊地水鬼の砲撃だ。


どんどん増えていく亡者たちのせいだろう。
船を覆いつくさんばかりの、彼らの青白い目の光がブラックパールの位置を知らせているのだ。


これは本格的に補足された。操舵に集中しなくてはならない。



409 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:53:42.80 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「ヘクター! その便利な剣で舵取れないのかっ!」



敵に囲まれながらバルボッサに叫ぶ。



バルボッサ「無理だぁ!」



バルボッサはバルボッサで、中央甲板から引き連れてきてしまった敵一団を相手取っていた。
その数もまた多く、バルボッサも剣に専念しなくてはならなくなった。



ジャック「なんで!」



片手での応戦を横目で見ながら、そろそろバルボッサが舵から手を離しそうだと感じたジャックは
力いっぱい剣を払い、亡者の喉をかき切る。



バルボッサ「まだそこまで使い慣れていないっ!」



410 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:54:09.22 ID:sE/Vv+Mi0



バルボッサに3人の亡者が剣を振り下ろしてくる。バルボッサは剣を横にして、二人分の剣をなんとか片手で受け止め、
受けきれなかったもう一人を、ジャックが走ってきて後ろから突き刺す。


それを見て、バルボッサが舵から手を放す。
一切の間断なくジャックはその舵を握り、また泊地水鬼からの砲撃を避ける。


両手が使えるようになったバルボッサは二対一などものともせず、力づくで鍔迫り合いを押し込んでいき、船縁から突き落とした。



バルボッサ「フン、俺にだって出来ないことくらいある」

ジャック「あら、珍しい。お前、そういうのを認めるタチだっけ?」

バルボッサ「お前なんかに見栄を張っても意味はないだろう?」



411 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:54:45.70 ID:sE/Vv+Mi0



敵の襲撃は止まない。また性懲りもなく一団が突っ込んでくる。


いなし辛い突きで突進してきた亡者の攻撃をなんとか避けるジャック。


敵はそのまま勢い余って船の壁に突っ込み仰向けに失神した。


哀れにも、そんな隙を見逃すはずもなく、バルボッサは勢いよく義足で頭を踏みつけ砕くと、
ジャックの元に走ってくる。ジャックは左舷階段を上ってくる一団を追い払うため、
舵から手を離すと、それを今度はバルボッサ引継ぎ、船を動かす。


仲間となったり、共闘したり、殺しあったり……、二人の関係は何とも複雑なものだが、
いずれにせよ長い付き合いである。互いにとって実に不本意ではあるだろうが、
一切のアイコンタクトや口頭指示もなく、この死地で互いが互いの苦境をカバーし、
雰囲気で舵取りの限界を察知し交代するその様は、一種の老夫婦のような関係にあった。







412 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:55:32.42 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//




そうして、ジャックとバルボッサの連携は続き、こうした交代劇が3度も続く頃には、
流石に体力が落ちてきた。唯一の朗報は、この間に泊地水鬼と距離ができたことだけだ。


バルボッサ「斬っても斬っても……、なんだ、こいつらは! イグアナのなり損ないか!」

ジャック「こいつらは玉無しのなり損ないさ」


二人は互いに大きく剣を振るい、お互いの後ろにいた亡者を切り払う。



バルボッサ「玉無しというよりも魂無しという方が正しいな」

ジャック「なるほど、いい考えだ」



二人は揃って海面を見て、苦い顔をする。
海面と船体側面に広がる、まだまだ夥し程の青白い光、光、光。
ホタルイカでももう少し慎ましやかに発光するだろう。



413 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:56:17.12 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズ「流石に埒が明かんぞ」


顎の触手で器用に顔の返り血をぬぐいながら、ジョーンズも後方甲板に来た。
ジャックが全体を見渡すと、船の上は惨状といえる様子であったが、
幸いにも船の損傷は少なく、船上の敵は死に絶え、同乗者も全員無事のようだった。



ギブス「うぉ、こりゃ酷ぇ。一斉に来られたら死ぬな」


一足遅れて海面をのぞき込んだギブスは、舌を出して顰めた。



ベケット「奴もそれほど焦っているということだ」


確かに、最初よりも明らかに泊地水鬼の声が引き攣ったような印象を受けるし、
何よりも艦娘たちの砲撃のおかげか、攻撃した際の返り血の量が多くなってきた。
敵の外殻を破り、生身の部分に達しつつあるのかもしれない。



414 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:56:47.74 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では……、ん?」



ベケットは一同に指示を出そうとするが、視界の端に、まだ息のある亡者が見えた。
自前の拳銃で仕留めようと腰に手をやるが、そこにあるはずの拳銃が無くなっていた。

苛烈な近接戦の中で落としてしまったかもしれない。仕方なくベケットは軍刀で
倒れた亡者に止めを刺し、痙攣が終わったのを見計らうと、何事もなかったように
ジャックらに向かって言った。



ベケット「亡者は想定外だったが、問題ない。敵は弱っている。
     今作戦の総仕上げと行こう。……吹雪君!」


船底に繋がる入口から、ベケットは大声で吹雪を呼ぶ。
慌てて来たのか、一瞬ゴン、とどこかにぶつかるような音がした後、
入口部から吹雪が出てきた。



415 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:57:15.71 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「っ、は、はい! ベケット提督代行! お呼びでしょうか!」


ベケット「そういうのは良い。戦地だ。手短に」


吹雪「はいっ!」



ベケット「天龍殿にあれの用意を。次の接敵で決めるぞ」


吹雪「! 畏まりました!」



ベケット「君は作戦伝達後、ここに戻って船底へ通じる入り口の守備に尽きたまえ」


吹雪「はいっ!」




キビキビと敬礼をして甲板下に戻っていく吹雪を見送ると、
一同はもう一度戦闘のために剣を構えた。



416 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:57:45.93 ID:sE/Vv+Mi0



嵐の真っ只中で使う言葉ではないかもしれないが、
この一時的な休憩状態と、海面に満ちていく殺気。
嵐の前の静けさ、という言葉が一番似合う一瞬である。




ギブス「来るか……」


作戦遂行のため、指示に従って配置につく一同。
中でもギブスは一段と緊張している。



ジャック「安心しろ、ギブス君。お前は舵だけに注意していればいい」

ギブス「あぁ……」



417 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:58:28.40 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「海軍、海賊と長く海にいた君ならば、この程度の荒波の操舵は
     わけもないだろう? ギブス君」

バルボッサ「その通り。この作戦の要は、期せずして君になった。
      存分に辣腕をふるってくれたまえギブス君?」

ギブス「あ、あぁ……」

ジョーンズ「今この瞬間だけは、ここにいる5人、いや、下も合わせて9人分の
      魂の価値が貴様にはあるぞぉギぃブス君!」


ジャック「あ、なら108人分だ」

ジョーンズ「何ぃ?」

ジャック「ほら、俺の魂って100人分に釣り合うんだろう?」



昔、ジャックはパール引き上げてもらう代わりに100年間ダッチマンでの労働を課せられる契約をした。
その後、それを踏み倒し、代わりに誰かほかの人間を連れてこようとしたが、ジャックの魂は
100人の水夫に匹敵すると言って、代わりの生贄を100人用意するよう迫ったことがある。


418 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:59:13.92 ID:sE/Vv+Mi0


バルボッサ「なら307人分だ。俺はジャックの倍の価値はある」

ジャック「なら相対的に、俺一人で300人分の価値になる」

バルボッサ「ならば俺は必然的に400人だ!」

ジャック「なら500人!」

バルボッサ「600人!」

ベケット「なら、20億人だ」



ギョッとした目でジャックはベケットを見る。


ベケット「ここを突破されれば日本はおろかアジア一帯の制空権を握られ、防衛線は内から崩れる。
     この作戦は、このアジアに住む全ての人命を賭すものだ」



ジャック「あ、そりゃズルい」



419 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 21:59:49.86 ID:sE/Vv+Mi0



戦争で大きく減ったとは言え、まだこの一帯の国々には力強く生き抜く人間が沢山いる。
制海権と制空権を奪われるということは、この国々を危機にさらすことと同義であった。


ギブス「なら、とりあえず俺の価値は20億と1100人ちょっと分の価値があるってことで、
    俺の魂がダントツで一番ってことだな?」



ジャックとバルボッサは白い目でギブスを見る。
ただ、幸いなことに、余りにハードルが上がりすぎたのかギブスの緊張は取れていた。



ベケット「さぁ、ここにいる誰も彼も、ここより後は無いぞ」




軍刀を抜き、掲げる。


ベケット「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ!」



420 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:00:19.91 ID:sE/Vv+Mi0



それは、かつて絶体絶命の日本海海戦にて、ロシア・バルチック艦隊を破った名参謀、秋山真之の言葉。
全軍の士気を鼓舞するために、アルファベットの最後である「Z」を意味する旗を掲げ、
後のない背水の闘志を以て帝国海軍を歴史的勝利を導いた。そんな縁起の良い言葉にあやかったのだ。

とはいえどれだけの効果があるのやら。


少なくともこの言葉の真意を理解する者はこの甲板には居まい。
そして、後がないことを象徴する「Z旗」などという洒落た旗もこの船にはない。




唯一ブラック・パールに掲げられているのは、海賊旗。

ドクロの下に剣が二本交差する、死と勇ましさと力を象徴。




後なき逆境を笑って進む、命知らずの旗である。










421 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:04:25.34 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//







泊地水鬼『ウ゛アァァア゛アアアア!!!』






壊れた怒声がジャックらの腹に響く。もはや音のレベルを超え、衝撃に匹敵している。
そしてそれに呼応するように、再び亡者たちが集ってくる。



ジャック「来るぞ!」








四人が一斉に剣を構える。舵をとるギブスを中心に、
ジャック、バルボッサ、ベケット、ジョーンズの四人が背中合わせに四方に向く。


かつて殺しあった者同士であるが、……いや、死力を尽くして殺しあった者同士だからこそ、
互いの実力の程は分かっている。ギブスもそれを知る者の一人である。
背中を預けて舵に集中するには申し分のない安心感があった。




水面が荒れる音がする。すぐに船の側面がバタバタと音を鳴らし、
一瞬だけ軋む音がすると、青い目を光らせ、亡者たちが次から次へとよじ登ってきた。

ジャックらは船縁から豪快に飛び乗ってきた一群を切り伏せ、串刺しにする。
側面を這い上がり、階段を駆け上がり、とどまることなく敵が押し寄せる。



だが高さを利用して侵入を留め続ける4人を抜くことはできていない。




彼らはかつてのカリブの海で、世界の海の趨勢を担った主役たちである。
その辺の亡者とは、役者が違う。








422 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:05:01.42 ID:sE/Vv+Mi0



ギブスはジャックから手渡されたコンパスを見ながら、海流と風を読んで、操舵する。
針の示す方に近づいていくと、正面から船の横を砲弾がすり抜けた!
亡者たちのせいで再び補足されたようだ。だがここまでは予想通り。
念のために蛇行運転をしていた甲斐がある。


ギブスは面舵へ大きく回すと、船が軋み上げて転進を始める。
泊地水鬼もそれを追ってきている。荒れ狂う風であるが、今は追い風。
パールは追い風ならだれにも負けない。ギブスは長く乗ってきたこの船の力を信頼していた。



ロデオの様に揺れる波に乗って、パールと泊地水鬼とつかず離れずの距離を保つ。

勿論、泊地水鬼もそれをただ見ているだけではない。
逃がすまいと後ろから何度も砲撃を放ち、その度に巨大な水柱を上げさせる。
危うい場面は何度もあった。しかし、直撃はしない。

単純に、経験の違いだ。


423 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:05:30.45 ID:sE/Vv+Mi0



ギブスたちには知る由もないが、ベケットだけは剣を振りながら何となく理由を察していた。


この泊地水鬼はセイロン島作戦で初めて存在が確認された、比較的新しい深海棲艦だ。
いつ生まれたかまでは知らないが、敵の情報は全世界で共有している。
今まで戦場で発見されたことがない以上、少なくとも、戦闘経験は無に等しいだろう。


圧倒的な火力と、泊地に由来する防御力。そして搭載した膨大な艦載機。
これが泊地水鬼の強みだ。通常であればスペックに任せて蹂躙でき、こんな骨董船では5秒と保たなかったろう。



それが、この視界なき海で、雨と風に纏われ、荒波に足を取られる。
経験が少なければ、どれだけハイスペックでも十全に力を発揮することは絶対にできない。


故に、いくつもの嵐を超えてきたパールとギブスを、泊地水鬼の未熟な砲撃が捉えられないのは当然であった。




ギブス「よしよし、いい子だ、付いてこい……!」



ギブスはひたすら前を向く。
亡者の光によってパールの位置が探られているが、逆にそれはパール側にもメリットがあった。

微弱な発光であるが、無数の亡者の両目が、薄暗くだがパール周囲の海上を見えるようにしていた。



424 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:05:58.67 ID:sE/Vv+Mi0



ギブス「何処だ、何処だ何処かにあるはずだ!」



砲撃回避もいつまで続くかわからない。一刻でも早く泊地水鬼の懐に入り込む必要がある。
しかし補足された今、減速して泊地水鬼に並ぶのは自殺行為だ。
だから、それをなんとかするために、ギブスは海面を凝視していた。


長い海上生活、海の機嫌を伺うのは慣れたものである。
こんな荒れた海の日には、きっとあれがあるはずだ。


これだけ強烈な海流が海をひっかきまわしていれば、
そして海中に大きな岩の地形でもあれば、それはどこかにあるはずだ。




見逃せば死ぬ。ギブスの腕の見せ所である。







425 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:06:29.19 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船底//




天龍「漣! まだか!」


漣「分かってます! 無駄に機構が多いんだからもぉー……!」

神通「こっちのケーブルですか?」

漣「あぁ、それより先にここをドッキングさせて下さい。嵩張りますから」


漣の指示で、神通が天龍に艤装を装備させていく。
いつ何時反攻の機会が来るかわからない今、装備にまごついている時間はない。



漣「くっそぉー、手順が複雑すぎますねぇ。試作品ってのはこれだから……」

天龍「おい、漣――」


漣「あぁ、大丈夫大丈夫! 絶対間に合わせます! 
  こういうの慣れてますから。プラモとか得意ですしね!」



426 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:06:58.09 ID:sE/Vv+Mi0


いつものように軽口を叩く漣だが、その目は真剣そのもの。
額から流れる汗も気にせず、自分も小さなジョイントを繋いでいく。



漣「ま、どっかり構えててくださいよ!」


天龍「……、任せた」


漣「任されました! ……神通さん! ここのボルトは後で締めますのでやり直しです!」



漣は戦闘においては、充分に活躍できる素養はないかもしれない。
しかし、幾多にも渡る彼女の得意分野においては、時折一流の力を発揮する。

設備が十分な鎮守府工廠の工兵でさえ、殆どやったことがないであろう作業。
それを漣は瞬く間にクリアしていく。艦娘としての腕力と、実際に艤装を装備される側の
知識と経験がある分、工兵よりも有利とはいえ、その作業速度は圧倒的だった。




427 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:07:27.49 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 中央甲板//




圧倒的といえば、船底に至る入口を守る、吹雪もまた、敵を圧倒していた。


亡者「ウヴアァ!」


下に天龍達がいることを知ってか知らずか、ジャックたちのいる舵方向と同じくらいの
亡者たちが、吹雪にも襲い掛かってくる。



吹雪「せいっ!」


しかし、身体能力が圧倒的に違いすぎた。
この甲板の上では、船へのダメージが怖くて砲も機銃も撃てない。



428 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:07:55.54 ID:sE/Vv+Mi0



そこで吹雪は軍属故に鍛えられた柔道で敵を封じ込めていた。


ただそれは教わった内容とは大きく異なる。
軍で教わったのは、暴徒化する民衆を怪我無く抑え込む為の練習であった。

しかし今は、締める要領で頸椎を折り、関節を極める要領で靭帯を切り、投げる要領で頭蓋を叩き割る。
手加減なしで艦娘としての身体能力を合わせた柔道の技は、完全に殺人技術と化していた。



吹雪「はぁっ、……っ!」


真面目だが、心根の優しい吹雪である。ここまで危険な技を使ったことなど一度もない。
ましてや、彼らは元は日本の軍人や国民だったのだろう。亡者になったとはいえ、
それを一方的に殺害していくたびに、吹雪の心に動揺が走っていった。


429 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:08:31.88 ID:sE/Vv+Mi0



亡者「ウヴアァ!」



吹雪「っ、ああああぁっ!」



不意打ち気味に襲い掛かってきた亡者の首を右手でつかみ、左手を添え力づくで持ち上げる。
ジタバタと暴れるのを気にも留めず、そのまま大きく弧を描いて甲板に叩きつけた!
通称、喉輪落とし。柔道ではなくプロレスの技。亡き師匠である川内に教わった近接格闘術だった。


吹雪「ここは、通しませんっ!」



師匠は、夜戦が得意だった。
吹雪は彼女の一番弟子である。
ならば、この月の光も射さないこの夜に、動揺などしていては笑われる。



怯える心にグッと活を入れ、吹雪は敵集団に向き直った。






430 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:09:04.25 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 後方甲板//






ギブス「……見つけた!」





喜色満面の表情で、ギブスが叫ぶ。


船首の位置を調整する。反撃のチャンス。死が後ろから迫り、生が目の前にある。
文字通り生きるか死ぬかの状況。このスリルに、ギブスの口が歪む。



真剣な目で、凶悪な笑みを浮かべてスリルを乗り越えるその姿は、紛うことなき海賊のそれ。



431 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:09:57.11 ID:sE/Vv+Mi0





ギブス「行くぞ行くぞ行くぞ、来いっ来いぃっ!!」




唾を飛ばしながら真っ赤な顔で叫ぶギブス。泊地水鬼が近づいてくる。
それを見たギブスは風に乗り、パールを加速させる。


風を味方にしたパールは一直線に目的地へ進んでいく。






その先には、大渦。










ギブス「皆つかまれえぇぇぇ!!!」





戦闘に集中していた面々は、ギブスの声を聞いて、一目散に近くの手すりにしがみつく。
船は渦の外周に巻き込まれ、渦の流れに沿って船の進路が急激にグルっと大きく回転する。




船にいた亡者たちは突然の重力に耐えきれず飛ばされ、海面にいた者たちはそれに飲まれる。


船首が180度回転したところで、取舵一杯に舵を回し、渦から無理やり抜け出し、直進する。




急激な転進をするパール。泊地水鬼と向き合った。





432 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:10:28.02 ID:sE/Vv+Mi0



予想外の動きに泊地水鬼は急に止まれない。



ようやくもって、オーダー通りの立ち位置。



ギブスの奇策が、操舵の腕が、経験が、絶好の状況を作り出した。



ブラック・パールが泊地水鬼の領域へ突入する。







二つの船が、超至近距離で交差する!









433 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:11:12.23 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船底//






吹雪「皆さん! 今です!」



甲板上でその光景を見ていた吹雪は、急いで天龍達の下に戻ってきた。
相対していた亡者たちはほとんど船から振り落とされていた。



漣「よっしゃあ! The end!!」


時、同じくして、漣の作業が完了する。




天龍「おし! よぉし! 総員、オレを支えろおぉ!!」





434 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:13:57.56 ID:sE/Vv+Mi0





その艤装は、余りに巨大だった。






機関部分も、主砲も、何もかもが常軌を逸していた。



本来の規格通りでは、この艤装は天龍では扱えない。
実験用の変換器具を多数使い、無理やり起動させたそれは
あり得ない程、天龍の体格に見合わない巨大な艤装。


文字通り規格外の艤装の出力上げる為に、天龍の一気にエネルギーが吸われる。
一瞬意識が飛びそうになるが、奥歯をかみしめ、耐える。


天龍は獰猛な目つきで、船外の泊地水鬼を睨みつけた! 




巨大な艤装の内部機構がガリガリと凶悪な出力音を上げる。


しかし彼女はそれを不敵な笑みで押し込めて、叫ぶ。



その音は本当の持ち主でない天龍への警告にも聞こえた。




435 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:14:58.52 ID:sE/Vv+Mi0







天龍「喰らいやがれクソがっ! 天龍様の攻撃だ!」










それもそのはずだ。


その艤装の本来の持ち主の名は、大和。






戦艦大和。




主砲の名は試製46cm連装砲。





海軍工廠砲熕部が極秘開発した世界最大最強の戦艦の砲撃が、
轟音を上げて泊地水鬼を貫いた!









436 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:15:36.44 ID:sE/Vv+Mi0
























437 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:17:17.87 ID:sE/Vv+Mi0
太平洋 海上//





泊地水鬼『ヴ、グ、ァ……、……!』



大和の主砲の最大射程は40km。
試製であるから多少は及ばないとはいえ、1.4tの質量を持った砲弾が、
音速を超えて、超至近距離から放たれた。

生き物どころか、地形すら一瞬で変えてしまうその一撃を喰らい、
泊地水鬼の胴体からは夥しい量の血と、そして瘴気のようなものが噴き出していた。




???『――』


瘴気はぼんやりと女の形を作ると、嵐の風に溶けていく。
その正体は、泊地水鬼がセイロン島から瀕死になっていた逃亡していた時に、
その怨念と結びついた、海の女神であるカリプソである。



438 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:18:02.92 ID:sE/Vv+Mi0



泊地水鬼『マ、マッテ……ッ!』



カリプソと精神が分離し、泊地水鬼としての意識が明瞭になっていく。
呪いに塗れた叫び声しか上げられなかった彼女は、
肉体が壊れ、高位存在であった女神との精神結合が解けることで、思考を取り戻したのだ。

だが、いいことばかりではない。
敵の攻撃の度に身体を直し、嵐を操って基地同士を分断し、別の場所から一団や亡者を呼び寄せ、
羅針盤やレーダーをジャミングできたのは、他ならぬ融合していた女神の力だ。



泊地水鬼『ワタシ、ハ、……フクシュウヲ!! モット! コロシテヤルノヨ!!』



大破炎上をする泊地水鬼の目から血涙が流れる。
それを見たのか、海の一部がカリプソを象り始め、泊地水鬼と向き合った。



439 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:18:39.36 ID:sE/Vv+Mi0



カリプソ『安らぎを持たぬ憎しみの徒よ。その生に意味はあるかしら?』



泊地水鬼『エエ!』


女神の声が低く響く。それはクジラの声のようだった。

泊地水鬼はカリプソの問いに、血を吐きながら笑って即答する。
小気味よいその答えに、表情のない海水の塊が、確かに笑った気がした。


カリプソ『お前もまた、波の泡に消えゆくニンフ。幾多の愛と深刻な惨禍を目にした海。
     また一人の女がそこに身を投じる決意をした』


海の塊となったカリプソが泊地水鬼に触れると、貫通した胴体が徐々に治りゆく。



カリプソ『アリアドネー パイドラー、アンドロマケ、ヘレ、スキュラ、イオ、カッサンドラ、メーデイア。
     名前を今さら挙げる必要などあるのだろうか? それらみながこの海を渡り、何人かはそこに留まった。
     精液と涙にまみれた海のことを、思わないではいられない』



朗々と語るカリプソ。融合が分かれたことで止むかと思われていた嵐は、
ここに来て勢いを増す。



440 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:19:29.67 ID:sE/Vv+Mi0




泊地水鬼『ワタシノ ウミ ハ、チ ニマミレタ、セイロンノ……ウミ ダケヨ!』



この世に初めて生を受けたセイロン島。

そこは彼女の始まりの地で、終わりの地。短い彼女の人生は、硝煙と血に塗れた者。
ギリシャの女たちとは異なり、男も知らず、愛も知らず、ただ戦いと憎しみを抱えて、
ついに届かなかった空への思いを今でも未練に思い、海に全てをゆだねた女。



そんな泊地水鬼に、カリプソは微笑んだ。




カリプソ『傷はこれきりだけど、あなたが死なない限り、嵐は止まないわ……』



気づくと、胴体は傷一つなく綺麗なものになっていた。
泊地水鬼は疑問に思う。精神が融合していただけあって、カリプソの意思くらいは知っている。


彼女は好いた男を呼び寄せる為にこの世界に転移した。そこで泊地水鬼と事故のような形で融合した。
愛を知らない泊地水鬼だが、理屈くらいはわかる。なぜ好いた男にとって不利になるようなことをするのか。
なぜこの女神は味方をしてくれたのだろう。




441 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:20:15.06 ID:sE/Vv+Mi0



疑問に思った泊地水鬼だが、カリプソは答えないだろう。
泊地水鬼は、その程度には彼女の人となりも知っているのだ。



カリプソ『私にとって価値のあるものは、今も全てあの洞窟の中にある。
     女神たちにどんな説得をされても、心だけは今もあそこに置いてきたまま……。
     老い先短い人間は、未来こそが全てという。間違いではないでしょうが、
     永遠の命を持つ私からすれば、……必死に過去を向いて生きるその姿、美しい魂の火が灯って見えるわ』



再び、カリプソが海に溶けていく。



カリプソ『過去への復讐も、未来への前進も。きっとみな等価値よ。
     さぁ、生きてその燃え盛る魂の価値を証明してごらんなさい』



もう会うこともないだろう。
泊地水鬼の相貌は、暗闇のどこかに居るブラック・パールに向けられる。



カリプソ『あぁ、全ては波の泡』




女神は海に混じり、その暴れる感情の奔流を嵐に変えていく。








442 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:20:51.29 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 船底//






天龍「ぐえ」


天龍が尻餅をつく。



吹雪「やった! 天龍さん! やった! やりましたよ!」



無邪気に喜びの声を上げる吹雪。
一瞬の交差の後、船はすぐに離脱。後方に少し離れたところで、泊地水鬼が炎を上げて大破している。


その様子に漣も安心した表情で艤装を取り外しにかかった。
戦艦大和の試製艤装を、変換用のケーブルや器具を使って無理やり軽巡の天龍に接続したが、
無茶が過ぎたのだろう。天龍は一気に憔悴し、艤装も無理な挙動に煙を上げている。


443 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:21:20.69 ID:sE/Vv+Mi0



漣「それにしても、よくこんなレア物ありましたね」


吹雪「えぇ、こんなこともあろうかと、ベケット少尉が掛け合って保管してたみたいですね」


大和は現在、帝国最強の戦艦として、オセアニア海域奪還作戦の帝国海軍旗艦を務めている。
それをいいことに、前線の後ろだからと、大和の型落ちである予備の装備を置く倉庫としてグアム基地を使わせた。
根回しや内部工作を行わせれば、ベケットは現代でも随一の策略家だ。



漣「でも、こんな風に壊したのがバレたら首が飛ぶでしょ。物理的に」


天龍「ハッ、この化物を倒した功績なら、お釣りがくるぜ」



穏やかに話をする三人。
その様子を神通は感情の読めない顔で黙ってみていた。


神通「…………」



444 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:22:13.75 ID:sE/Vv+Mi0



泊地水鬼は、死んだのだろうか。ならば、仕方ないのだろう。
きっとここは死ぬべき場所ではなかったのだ。


内心でそんな独白をつぶやいて、沈みゆく泊地水鬼に目をやる。



神通「……?」



あれだけの砲撃を受けて、泊地水鬼はまだ沈んでいなかった。
漏れた燃料の影響だろう。自身の身体と周囲の海を燃やしながら、
それでもまだ奴は健在だった。

どうなっているのだろうかと砲門の窓から泊地水鬼をじっと見る。
その周囲に、何かが見えた。あれは、



神通「まさか――!」




神通の上を、けたたましいエンジン音が突っ切った。





445 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:22:53.58 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//







ジャック「駄目だ、死んでない!」




泊地水鬼『フッ……、イタイ…イタイワ……ウッフフフフフフ……!』



ゾッとするような女の声が船に届く。
人魚のような、美しくもどこか人外じみたその声に、ジャックはひるんだ。







ジョーンズ「おい! カリプソはどうした!? あれはなんだ!」






ハサミが指すその先には、泊地水鬼を取り囲む、多数の戦闘機。




446 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:23:37.95 ID:sE/Vv+Mi0



ほぼ空域を制圧した戦闘に、戦闘機を送る必要もなかったのだろう。
周囲の基地攻撃に送られず、艦載されたままだった戦闘機が、
泊地水鬼から彼女の身体を覆うようにして次々と現れた。


話が違う! ジャックはベケットを睨みつけて掴みかかる。



ジャック「おい嘘つきめ! あの飛ぶ奴は出てこないって言ったはずだぞ!」

ベケット「普通夜戦では艦載機は飛ばん! 視界が確保できず、着艦もできん。
     ましてやこの嵐では猶更だ」

ジャック「だったら何でだ!?」

バルボッサ「生還する必要がないからだ……」



ベケットがバルボッサに振り返る。敵はこの夜嵐の中、決死の特攻を決め込んだのだ。
通常であればあり得ない戦法だが、そうせざるを得ない程に、敵を追い込んでしまった。
先の砲撃で、一撃で殺せなかった報いがここに来た。


447 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:24:18.86 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では視界の確保は? 亡者無き今、あの高度からでは我々は見えん」

バルボッサ「馬鹿かお前は! さっさと撤退だ!
      見えなくともいいんだ。あの数で撃ちまくって当たればそれでいいんだからな!」


天龍「おいっ! なんだありゃあ!」




事態を察した艦娘の4人が船底から駆け上がってくる。
空を見ると、炎を上げる泊地水鬼の周りを一機、また一機と戦闘機が囲んでいく。

倒したと思った敵が奥の手を発揮してこようとしていることに気づき、漣は顔を青くした。
戦闘経験の多い天龍でさえ顔をしかめ、実務経験の浅い吹雪は茫然とその光景見上げていた。



448 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:24:47.09 ID:sE/Vv+Mi0





神通「夜……、艦載機……」




唯一怯えを見せていなかったのは神通。意味深な言葉をつぶやき、空を見上げている。
ほとんど誰もが敵を見ていたからだろう。そのつぶやきを聞くことが出来ていたのは近くにいたジャック一人であった。



神通「…………」

ジャック「おい、お前……」



聞かれていたことに気づいたか、神通はジャックに顔を向ける。その表情からは何を思うか全く想像ができない。
だが、それでも何かを感じることはできたのだろう。ジャックは軽く舌打ちをし、舵を取ろうと後方甲板へ急ぐ。



神通「…………」




神通の眼には、何処か妖しい光が宿っていた。
戦闘狂の様な血に飢えた目ではない。それは、死に飢えた目。
自身の死を求めるものが、それを目の前にして宿す、目の輝きであった。




449 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:25:36.50 ID:sE/Vv+Mi0




バルボッサ「畜生! 少しでも闇に紛れるぞ!」




バルボッサの指示で全員が動き出す。流石に争う暇もないとわかっているジャックは懸命に舵にとりつく。
ギブスは少しでも身軽になるようにと、ブラック・パールの不要な荷物を海に投げ捨てていた。

ベケットは艦娘たちに、再び甲板下で身を隠すよう指示した。
対空砲火をさせてもよかったが、それをすれば居場所がばれる。
そしてそうなればすべてを墜とせる程の戦力は整っていなかったのだ。



神通「少尉、お言葉ですが、このような木造船、狙われればハチの巣です。
   泊地水鬼に肉薄する許可を」


神通の判断は、半分正しかった。あそこまで大破寸前に追い込んだ敵の攻撃を
一方的に受ける意味など無い。戦力差が如何に大きくとも、このまま艦娘だけで戦闘を続ければ
敵が沈む方が早いのではないか。それ理屈としては正しかった。問題は、カリプソが回復させたことであったが。




ベケット「……」


勿論ベケットもそんなことは知る由もなかったが、彼の直感がそれを止めた。
通常、大破した空母は艦載機が出せないという。無理に離艦させたのかとも思ったが、
それにしては数が多い。これは何かある。慎重になるべきだと思っていた。



450 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:26:08.30 ID:sE/Vv+Mi0



だが、その姿をみて、神通は深く頭を下げた。



神通「少尉、申し訳ありません」


ベケット「? 何だ――」




神通は、ベケットが止める間もなく、船を飛び降り、波を滑るようにして泊地水鬼の下へ駆け抜けた。



451 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:26:45.48 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「っ!」


吹雪「神通さんっ!!」


天龍「あの馬鹿野郎!」



天龍は一瞬身体をよろめかせ、慌てて船外の神通を追いかける。




漣「ちょ、待ってください! 海に出たら捕捉されて死にますよっ!」


天龍「分かってる! あの馬鹿を連れ戻すだけだ! 危ねェから漣と吹雪は待ってろ!」




天龍が勢いよく加速し、海を滑走する。




452 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:28:03.83 ID:sE/Vv+Mi0




しかしトラブルはここで終わらない。
二人の艦娘が離艦したのがバレたのだろう。すぐさま敵のレーダーがそれを捉える。
そしてその離艦元であるパール目掛けて、多数の戦闘機が唸りを上げて押し寄せてくる音がした。


ベケット「不味いっ!」


本来は対艦用ではない戦闘機とはいえ、こちらは木造船だ。
機銃一つでも簡単に穴が開く。一撃では沈まないだろうが、対空戦闘もほとんどできないこの船では、
一度取りつかれれば、それは死を意味する。





ジョーンズ「……、仕方あるまい」



パールの面々を見て、ジョーンズはそう呟く。
一瞬だけ嵐の空を見上げて目を瞑り、見開いて大声で叫んだ。



ジョーンズ「船長たる俺の意思に従い、……来いっ!」



453 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:28:43.67 ID:sE/Vv+Mi0



ジョーンズは叫びとともに、海に飛び込む。
気でも違ったかと慌てて船外に目を落とす一同。

その荒れ狂う海に身を飲まれてしまうと恐れたが、
なんとジョーンズは、艦娘たちと同じように水面に立っていた。




これには全員が驚く。




ジャック「何してんだタコ野郎!?」


ジョーンズ「不本意ながらぁ、化物を殺す為にもブラック・パールを沈めるわけにはいかん。
      よって実に不本意だが、この私が手を貸してやる。不本意ながらな!」





途端に、ジョーンズの足元の海が大きく盛り上がる。


その波しぶきを激しく散らし、現れたのはフライング・ダッチマン号!
船長の意思に従い自由に動く幽霊船。ジョーンズは海面下に呼び出したダッチマンの船首の先に乗っていたのだ。





ジョーンズ「さあ行けダッチマン!」




ダッチマンは号令とともに向かい風をも難なく走り去っていく。









454 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:29:21.94 ID:sE/Vv+Mi0
フライング・ダッチマン号 甲板//





上空に居れば確実にパールを見落とすかもしれない。
その懸念を解消するため、戦闘機は海面ギリギリを滑空していた。

すれ違えば流石に船の存在に気付けるだろう。


だが、そんな意図もむなしく、低空飛行の戦闘機は一撃で撃墜される。



ジョーンズ「クハハハハッ! さぁ死ねぇ! 回転式の三連式カノン砲ぉ!」


いつもは部下に稼働させていたカノン砲に砲弾を詰めていく。
船の真正面しか捉えられないその連射砲だったが、その質量弾は
上手く敵戦闘機に直撃し、墜落させ、その周囲にいた編隊にもダメージを与える。



ジョーンズ「ハハハーッ!」


まさかの攻撃に慌てて回避行動をとるも、距離が近すぎた。
上昇するまでに軽く3機はカノン砲に撃墜された。
最新鋭の兵器である航空機を、大航海時代の海賊船が落とした。
言うまでもなく、とんでもない快挙である。



455 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:29:47.60 ID:sE/Vv+Mi0



しかし、快進撃もここまで。


カノン砲の砲炎と音に気付いたのだろう。
夥しい数のエンジン音がダッチマンに迫り、機銃を一斉掃射させた。


ジョーンズ「チィイ!!」


レーダーにかからない木造船ではあったが、
いかんせん砲炎に気づいた敵が多すぎた。
機銃は一部が当たったにすぎないが、それでも数百発の銃弾が船を貫通。



健闘むなしく、ダッチマンは瞬く間に沈んでいく。



ブラック・パールの囮という目的を果たして。







456 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:30:18.24 ID:sE/Vv+Mi0
ブラック・パール号 甲板//




遠くでジョーンズの駆るダッチマンが炎上し、沈んでいく。
ジャックたちの時代では最強を誇ったその船が、瞬く間に、易々と葬られる。


これがこの時代最強の、航空機という兵器の力。


ジャック、ギブス、バルボッサはその恐ろしさを目の当たりにし、絶句した。




ベケット「呆けている暇は無いぞ諸君!」


ベケットの声に反応し、三人は意識を切り替える。
殆どの飛行機が馬鹿みたいにダッチマンの下に集結している。
ジョーンズが不本意ながら稼いだこの時間。無駄にするわけにはいかない。




ベケット「第一作戦は失敗した。作戦は予備の第二作戦に移行する」




それは、事前に話し合った作戦の一つにして最終作戦。

万が一、大和級の砲撃が通らなかった場合に実行が予定されていたもので、
ほとんど使うつもりのない、更に博打要素の高い作戦だ。
これも外せば、今度こそ逃げるしかない。逃げ切れるかはさておき。




457 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:31:01.87 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「では各自、行動開始!」


ジャック「反対! 断固として反対!」




ベケットがジャックを睨みつける。だがジャックもそれを睨み返す。




ベケット「時間がないことくらい分からないか、海賊?」


ジャック「んなもん子供でも分かる。だけど、この作戦は反対する。
     大体、これをやらせない為にわざわざ船を出してやったんだぞ?」



表情を変え、いつものようにヘラヘラとベケットを煽るジャック。
ベケットは額に青筋を浮かべた。



ベケット「この作戦は事前に了承を得ていた筈だが?」


ジャック「多数決でな。だけど、今やればどうかな?」



基地で決を採った時には、ジョーンズもいた。彼を含めて2対3。
ジャックとギブスの反対を、三人の賛成で押し切ったのだ。


458 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:31:39.87 ID:sE/Vv+Mi0


ジャック「作戦に反対の人。はーい!」

ギブス「おう」


二人は示し合わせたように、同時に手を上げる。
斬り殺してやろうかと心がささくれ立つベケット。



ジャック「こりゃ決まりそうもないな。でもこっちは、いつまでも多数決してて構わないんだぜ?」


ベケット「私に対する負債、……ツケがあることを忘れたか?」


ジャック「こんだけ働いてやったんだ! これ以上何を求める!?」



両手を広げて大きくアピールする。



ジャック「気に入らなければ降りてくださってもいいんだがね、提督?」



ベケット「……、……わかった。吹雪君!」


吹雪「はいっ!」


459 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:32:08.03 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「砲撃を許可する。パールを燃やしたまえ」


ジャック「おいおいおいおい! 待て待て待て待て!」


ベケット「何か?」


ジャック「何かじゃない! パールを燃やすのはナシだって約束したろ!」


ベケット「くだらない取引を仕掛けてきたのは君だ。やれ、吹雪君」


460 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:32:35.67 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「任されました! 少尉!」

漣「手伝いましょう!」


ジャック「任されるな! 手伝うな!」


ベケット「選びたまえ。パールをとるか、作戦をとるか」


ジャック「……あぁクソ!」


無論、ジャックにとって自由の象徴であるパールを捨てることなどできない。
作戦を実行するために、ジャックはハチェット(手斧)を持ってマスト頂上へとよじ登る。



ベケット「損のない商取引だったぞスパロウ君。全ては互いの利益のためだ」



ジャックは聞こえよがしに舌打ちをした。



461 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:33:19.73 ID:sE/Vv+Mi0



ベケット「万が一の接近戦に備えて、念のため残りの艤装の数も確認しておく。
     漣殿、生きている艤装はどれか教えてくれ」


漣「了解しました。散らかってるので注意してくださいね」


漣に先導されて、ベケットが船の下層部に降りていく。


残ったバルボッサたちは、昇っていくジャックを下で監視している。




そんな中、吹雪は一人目を海に向ける。
時折機銃の音に混じって、小さな砲音が聞こえる。


神通と天龍はこの海を走り回っている。


妖精技術に反応する深海棲艦のレーダーは、
こんな真っ暗な海の中でも天龍と神通に反応している。


事実、敵戦闘機はそちらに気を取られ、
空のあちこちを飛び回っていた音はパールから離れている。


結果として、ジョーンズと天龍、神通が囮となって
パールの危機を回避した形となる。



462 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:33:56.11 ID:sE/Vv+Mi0



この最後の作戦とやらが早期に成功しなければ
暗闇の中で二人は人知れず沈んでいくかもしれない。


吹雪「神通さんは、大丈夫でしょうか?」


その呟きは、誰に向けたものか。
独り言かもしれないし、ベケットや漣に向けた言葉かもしれない。



しかし、それに耳ざとく反応したのジャックだった。



ジャック「……」



ジャックは目を瞑って逡巡し、もう一度悩む。
何かに葛藤するような表情を経て、その末に苛立った溜息をついた。



463 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:34:29.35 ID:sE/Vv+Mi0



ジャック「おい、一つ結び!」


ジャックがマストを上りながら思い切り呼びかける。
搭乗員がそれぞれキョロキョロと顔を見合わせ、一人に視線が集まった。


吹雪「え? あ、私ですか!? 吹雪です!」


ジャック「お前、あのジンツウを止められるか?」


吹雪「? どういう意味ですか!」


ジャック「あいつはお前の何だ?」


雨風にあおられ、必死で踏ん張りながら、ジャックは叫ぶ。
意図の読めない質問だが、吹雪は正直に答えた。


464 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:35:08.24 ID:sE/Vv+Mi0



吹雪「大切な、先輩です!!」


ジャック「命よりもか?」




風の音にかき消えそうになりながらも、その一言は不思議と明瞭に耳に入った。




ジャック「ジンツウは死ぬ気だ」


吹雪「……え」




ジャック「あいつは死地を求めている。そういう目をしてる」


吹雪「え? ……え?」


バルボッサ「チッ!」



465 : ◆JjxDNGokTU [saga]:2017/08/15(火) 22:36:34.32 ID:sE/Vv+Mi0



その言葉にバルボッサは舌打ちをした。



バルボッサ「死にたい人間には好きにさせておけ! その命で俺たちが助かるなら猶更だ!」

ジャック「黙ってろヘクター!」


バルボッサ「人の命の大切さを説くタマかお前が! いつの間に宗教に感化されたっ!」


ジャック「うるせぇ! 俺は覚悟もなく死に急ぐタマ無しが大っ嫌いなんだ!!」



二人の怒鳴りあいを茫然と眺める吹雪に、ジャックは叫んだ。




ジャック「フブキ! 必要なのは何ができて、何ができないかを知ることだ」



吹雪の視点が、ジャックに向く。
業を煮やしたバルボッサは懐からフロントリック銃を取り出し、ジャック目掛けて銃口を向ける。

しかしとっさにギブスに腕を抑えられ、銃弾は明後日の方向へ飛んでいく。
睨みつけるバルボッサに、ギブスも険しい目つきで睨み返す。



ジャック「お前にジンツウを止める腕っぷしはあるか。あいつを背負う覚悟はあるか」



512.57 KB Speed:0.2   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)