追われてます!

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:07:38.96 ID:0Xh/ck4b0

【追われてます!】

 追われている。

 夏の日の夕暮れ。
 まだ暑さの残る外気から逃れるように、クーラーの効いた部屋に篭っている。

 もうすぐ夏休みが終わるなあ……なんて、向かいに座る男友達が呟いた。

 テレビでは甲子園の中継。
 蝉の鳴き声はもう聴こえない。

「ていうか、こんな量の課題なんて終わるわけなくね?」

 と俺が声を上げると、

「ありえないだろ、これは紛れもなくいじめそのものだわ」

「でも、やるしかないんじゃね」

 と次々に賛同? が返ってくる。

 三人で集まっているのに、ゲームなんてしている暇なんて一瞬たりともなくて、課題課題課題課題。

 課題のゲシュタルト崩壊。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1503749258
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:08:22.44 ID:0Xh/ck4b0

 あーあー、と唸り声を出して畳に寝っ転がったのは、幼馴染のソラ。

 幼稚園からの友達で、幼小中ときて、高校までも同じ所へ進学した。

 中学からはなんとなく一緒に帰宅部で、毎年の夏だって二人でぐうたら過ごすことが多かった。

 その気になれば運動やら勉強やらも上位層に食い込める実力は持っているはずなのに、
 その持て余した力を音ゲーとダーツに(主に)費やすという変わった奴だ。

「おまえらどれくらい終わった?」

 彼が半ば諦めたような口調で言う。

「五割がいいとこかな……」

 冷めた口調で答える彼は、俺の隣に座って黙々と数式を解き続けている。

「善くんはさあ──」と、ソラが口を開く。

「サッカー部で忙しいのに、そんな量の課題出されて何とも思わないのかよ!」

「まあでも、俺ら遅れてるし……」

 その通りである。

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:09:07.11 ID:0Xh/ck4b0

「でもどうして高一の俺らが微積なんて解いてるんだ?
 他の学校の友達に訊いたら二次関数やってるっていってたぞ」

「指導要領ないんじゃね」

 ないってあるのか。
 進学校の辛いところ、人生は世知辛い。

「ミク、おまえはどうなんだ」

「いや、俺もおかしいとは思うけど。
 てかおまえ、俺の名前はミクじゃねえよ」

「じゃあ未来人か?」

「その呼び方いいかげんやめようぜ。
 おまえらくらい俺のこと未来って呼んでくれよ」

 未来と書いて「みらい」と読む。
 両親は俺が産まれた当時は「みく」と名付けようとしたらしいが、男っぽくないよな、と結局なったらしい。

 そのことを彼らに言ってしまったが運の尽き。
 たまにそういじってくるようになってしまった。

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:09:58.55 ID:0Xh/ck4b0

「ほら、おまえ顔かわいいし」

「……ソラってもしかしてゲイ?」

 善くんがすかさず横槍を入れた。

「俺はなあ……ノーマルよりのバイだ!」

 立ち上がって、俺の方へにじり寄ってくる。

 鋭い眼光。手をわきわきと動かしている。

「ま、まて、さすがに男は無理」

「……」

「……」

「冗談だ、俺はノーマルだ」

「……こわっ」

 ちょっと本気で引きかけていた。

 でも、少しおかしくなるのも無理はないのかもしれない。

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:10:59.13 ID:0Xh/ck4b0

 いくらやっても終わらない課題をし続けて、ふと気付いたら四連泊もしているからだ。
 寝たやつをぶん殴って叩き起こす約束を三人で取り決めたから、もちろんほぼ寝れていない。

「善くんはモテるからいいよなあ……。
 俺も同い年の彼女が欲しいよ、制服デートとかしてえよ!」

 まーた始まったか、俺と善くんは哀れみにも近い視線を彼に向ける。

 ソラは三徹目あたりからどんどん錯乱していって、
 いきなり、ヤりたい! とか、巨乳より貧乳だよなあ……とか、性欲に塗れた発言をするようになった。

 甲子園のチアに欲情する姿は滑稽ですらあった。

「俺もおまえらと一緒だよ」

「どういうことだ?」

「……俺、この前美柑と別れたし」

「え、マジで」

「なんか悲しくなってきた」

「……うわ、なんかごめん」

 美柑。秋風美柑。
 善くんの、今聞いた事実を踏まえると元カノか。

 俺たち三人と同じ中学出身で、少し離れたでかい駅近郊にある私立のお嬢様学校に進学した子だ。

 一度も同じクラスになったことはないけれどかわいい子だったと思う。

6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:11:31.72 ID:0Xh/ck4b0

「どうして別れちゃったの?」

「なんか、よくわからないけど振られた」

「……おお」

「つらかったな……」とソラが善くんの頭をぽんぽんと叩く。

 あやしているみたいだ。
 高一の男が高一の男をあやす光景。

 どう考えてもおかしい。眺めているぶんには面白いけど。

「彼女……ほしいなあ……」

「そんなことより勉強しろよ、おまえ俺が合宿とかしてる間なにしてたんだよ」

「……ゲーセンで遊んでた」

「留年するぞ」

「余裕だって」

「じゃああとどれくらい残ってんだよ」

「一割くらい」

「くらい?」

「終わった」

 善くんが頭を抱えた。

 今は三人で、課題に追われています。

7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:12:26.10 ID:0Xh/ck4b0

【妹】

 ガラガラと音がして、和室のドアが開いた。

 振り返ると、背後に妹が立っている。

「まだ課題なんてやってたの」

「あ、佑希ちゃんお邪魔してます」

「お邪魔してます」

 どうも、と二人にひらひらと手を振る。

 今日は午前中からいなかったから、多分部活が終わって今帰ってきたのだろう。
 妹の佑希は陸上部で、競技はいろいろやっているらしい。

 俺よりもかなり運動神経がいいし、身長は五センチ差ほどしかない。

 顔が整ってるからモテるし。

 あれこれ取り付けてくれ、と男友達に言われたのも一度のことじゃないくらいだ。
 小学校の頃だから今は知らんけど。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:12:58.62 ID:0Xh/ck4b0

「今日もみんなで泊まってくの?」

 鋭い視線で睨まれる、なんでだろう。

「……おにい?」

「ああ、うん。終わらないから、そのつもり」

「うん、みんなで頑張ってね。
 夜食あとで作って持ってくるから」

「ありがとう」

 では、とぺこりとお辞儀をして、佑希は戻っていった。

「佑希ちゃん今日もかわいいな」

 ドアが閉まるなりソラが喋り出す。

「かわいいってよりもかっこいいじゃね?」

「まあ、それもわかるかも。未来の方が女っぽい」

 指をさされる。

「つうか、人の妹を寸評すんなよ」

「いいじゃんいいじゃん、君が男らしくなればいいんだよ」

9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:13:26.71 ID:0Xh/ck4b0

「俺ってそんなに女っぽい?」

「うん」

「言うまでもなく」

 二人ともノータイムで答えてきた。

「だっておまえ、ただでさえ女顔なのに声も高めだし服だって女っぽいやつだし」

「女っ気ないし」

「高校入るまで一人称僕だったし」

 たしかに、この間までの春に十年ほど寄り添ってきた一人称にさよならを告げた。

 まあ、自然に俺って言ってるけどたまにこんがらがるときもあったりするのではあるが。

「それは別によくね?」

「なかなか似合ってねえよ」

「ねえのかよ」

「要改善だな」

 改善のしようがないと思うんですが。

「歩いてたらさらわれそうだし、おまえ」

「さすがにないだろ」

 俺がつっこむ前に、善くんが代わりに返答した。

10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:14:23.69 ID:0Xh/ck4b0

【部活】

「そういえばさ、おまえら二人部活どうすんの?」

 善くんが発した言葉で、すっかり忘れていたことを思い出した。

「部活?」

 ソラも忘れているらしい。

「ほら、夏休み開けまでにどこの部活に入部するか決めなさいって、ヒサシが言ってたじゃん」

「そんなことも、なくもなくもなかったような……?」

「あるわ」

 ヒサシは俺たちに大量の課題を出した悪魔のような担任だ。
 いかにもリア充感を漂わせてる男、最初の挨拶でヒサシと呼び捨てしていいぞと言っていた。

 今年の春から俺たちの高校は部活動全員入部制になったらしく、
 帰宅部でフラフラしている俺とソラに部活に入るよう促してきた。

11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:16:23.85 ID:0Xh/ck4b0

「だってさあ、今更入れって言われても困るよな」

 言いつつ、普通にそう思っていた。
 もう部活内でグループやらなんやらができてしまっているだろうし、あまり興味をそそられる部活もなかった。

 自由な校風を謳っているが、部活はどこにでもあるような古典的なものしかなく、文化系よりもスポーツに力を入れているためだ。

「未来は何部入りたい?」

「俺は楽なところならなんでも」

「だよなあ……。でも、あんまりそういうところなさそう」

「部活体験とか行けばよかったかもね」

「……そういや、最近ギター買ったんだよね」

「え、じゃあ軽音とか」

「それも今一瞬だけ考えたけどガチなのしかいないし、俺は趣味レベルだからなあ」

「何弾くの」

「まずチューニングが合わない」

「それ論外だろ」

 あはは、と善くんが笑った。

12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:17:04.76 ID:0Xh/ck4b0

「ソラさ、弾き語りできるようになったら弾いてくれよ」

「がんばるぜ」

「あれな、スピッツとか」

「カラオケ行きたいな」

「これが終わったらいこうぜ」

「終わるの?」

 一番進んでいる自分でさえあと二割程度残っている。
 仮に計画的に進めたとして、どう考えても終わるわけがない。

 しかも、こんな量はクラスで俺たち三人だけだ。

「つーか、俺らでつくればいんじゃね?」

 彼は何かいいことを思いついたような顔をする。

「どういうこと」

「だから、俺と未来で部活つくればいいんじゃないかって」

「何部を」

「帰宅部」

「活動は?」

「いかに有意義に帰宅するか」

「アリだな」

 適当に返答した。
 なんだ有意義に帰宅するって。

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:18:12.25 ID:0Xh/ck4b0

 うちの家高校の三軒隣だから、歩いたら一分かかんねえし。

 そもそもそんな適当な部活が申請を通るとも思えないけど。

「善くんも名前貸してよ、兼部」

「面白いからいいよ」

「よし、これで三人だな」

 とまあ、流れに身を任せてもいいかなって。

「ヒサシ意外と適当だから通ったりして」

「あるかもなあ……」

「いや、ないだろ」

「とりあえずやってみようぜ、ダメならダメで手はある」

 もはやテンションがおかしかった。

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:19:14.42 ID:0Xh/ck4b0

【喫茶店】

 こうして終盤にもなって課題に追われてるとはいえ、夏休み中はずっと遊んでいたわけではなかった。

 ソラはたまに家に来るけれど、基本ゲーセンに入り浸っているし。
 開始早々に補講でかなりの時間拘束されたりと自分のしたいことをする時間が全然とれないしで。

 だからってずっと家にいるのもなあ、と思って外に出かけると、いつも行くのは三駅先の古びた喫茶店だった。

 まあ三駅先と言ってもここはだいぶ都会に属するような場所で、自転車で行けば二十分ほどで着く。

 その喫茶店を気に入った理由は、同世代の客がいない(今まで見たこともない)ことと、勉強をしても怒られないことと、かなりの量の漫画が置いてあることだ。

 あとは店員さんがかわいい。

 歳は同じかちょっと上か。
 きっと高校生。

 俺とですら二十センチ差ありそうな小さい身体にエプロンをつけて、いつも角の席にちょこんと座っている。

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:20:11.32 ID:0Xh/ck4b0

 フロアに出ている店員さんはその子しかいない。
 厨房には老夫婦がいるけれど、あまり出てこない。

 ずっと俺がキャラメルマキアートを頼むからか、何も言わなくても目線だけで運んでくれる。
 なんか通じ合ってるみたい、と一人で謎の喜びを感じてたら蔑んだような目で見られた。

 なんか新たな性癖に目覚めそうになった。

 そんなかわいい店員さんにこの前初めて話しかけてみた。

「店員さんって高校生ですか?」

「……」

「……」

「……」

「……あの」

「……あ……わたし、ですか?」

「……いえ、すいません」

 無視されたのかと思った。
 独り言を他に客もいないのに言ってたらおかしいやつだろ。

 目つきが悪いわけではないけれど、ちょっと怖い。

 と言っても、店員さんはいつもぼーっとしていて、客が来てもゆるい感じだ。

16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:21:04.68 ID:0Xh/ck4b0

 漫画を読むか、高そうなヘッドホンで音楽を聴いて外を見つめている。たまに紙に何かを描いてたりもする。

 バイトだとしたらめっちゃ楽そうだな。

 喫茶店には猫が一匹いて、名前は"うどん"というらしい。

 来るたびに撫でていたらいつの間にか懐かれてしまった。
 カウンターの方から羨ましげな視線を感じたけれど、気付いてないフリをした。

 店員さんも少し猫っぽいし、当の猫には懐かれてはいないみたいだけど。

 何をしていても暇だから店員さんの観察をしてしまうのがいつものことだった。

 こう言っていると変態っぽいが、そういう感情ではないと思いたい。

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:21:50.04 ID:0Xh/ck4b0

【終わらなかった】

 八月二十六日、午前八時過ぎ。

 絶望の起床。

 部屋に散乱するエナジードリンクの山、胃薬の錠剤。
 もちろん課題は終わりませんでした。

「終わらなかったけど、どうすんだこれ」

 二人を揺すり起こして、そう言ってみた。

「土下座?」とソラ。

「しかないよなあ……」と善くん。

「いっそこのまま休み続けるってのも」

「それはダメだろ、今日テストあるし」

 半分終わってもないのにテストは受けるのか。

「ていうか、こんなの終わるやついるわけねえから、やる気を見るとかそんなんじゃねえの?」

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:22:30.55 ID:0Xh/ck4b0

「ポジティブに捉えすぎだな」

「どっちかといえば主観的すぎる」

 その可能性もないとは言えないけど、だいぶ低いとは思う。

 各科目ごとの課題は一応終わらせた。
 それは今日から二日間の実力テストが終わったあとに提出するはずだ。

 問題なのは、ヒサシから出された謎の量のプリント。
 それも俺と善くんはあと一日でもあれば終わりそうだ。

 ソラは……考えるのをやめたみたいな顔をしている。もう一眠りしたいみたいだ。

「とりあえず、放課後提出しに行くときに期限を延ばしてもらえるように頼むしかないな」

「まあ、そうだね」

「善くんは顧問とかにチクられたら面倒だよな」

「部活出れなくなるのはキツい」

 とにかく家を出ようぜ! と言ってすぐに着替えて外に出た。

 テストは……まあ絶望的だろうなあ。

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:23:18.16 ID:0Xh/ck4b0

【呼び名】

「よっ、みらいじーん」

 クラスに入って開口一番、隣の席の友達が話しかけてきた。

「ひさしぶり」

「課題終わった?」

「まあ授業用は」

「おまえら他にも出てたんだっけ」

「ヒサシのせい」

 彼はたしか水泳部だったと思う。

 夏休み前に席替えをして初めて話すようになったのだから、あまり彼を知らなくても無理はない。

「宇宙人くん、机に突っ伏してるけど大丈夫か?」

 言われて彼の机の方を見てみる。

 爆睡。机にだらーっと身体がかかっている。
 ソラの周りは女の子ばかりだ。というかこのクラスの七割が女子。

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:24:21.61 ID:0Xh/ck4b0

「朝まで勉強してたから疲れてんだと思う」

「あいつは終わったの」

「なわけ」

「善くんは?」

「俺と同じくらいかな、多分だけどね」

 彼は俺のことを未来人、ソラのことを宇宙人と言った。
 変な呼び名だけれど、クラスの人全員にそう呼ばれている。

 確実にソラの自己紹介が原因だ。

 家がめちゃくちゃ近いというのに、同じ中学校出身でこの高校に進学したのは俺たち三人のみ。
 中高一貫校に高校から入る枠がまず少ない上に、難易度だってそれなりに高いわけで、そのせいかうちの中学での人気はあまりなかった。

 中入生が九割以上を占めていて特進科を除いてほぼ全員が持ち上がりのため、
 最初からみんな知り合いで、見事高倍率を勝ち抜いた高入生は肩身の狭い思いをする……かもしれない。
 今のところあまり感じていないけど。

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:24:56.81 ID:0Xh/ck4b0

 ソラはなんとか印象に残りたかったらしく、

「伊原宇宙です! 宇宙と書いてソラと読みます、宇宙人とでもお呼びください!」

 どう考えてもわけのわからない自己紹介をした。

 なぜか歓声が湧いた。

 理由はわからないけれど、中入生達もこのクラスに三人だけの新参者について関心を持っていたとかそんなところだろうとは思う。

 それで。

 ソラの苗字は、彼の言った通り伊原で、あ行で、出席番号三番で、俺の苗字はさ行で。

 そのあとに自己紹介をした俺が「未来」と名前を出すなり、彼方此方から「じゃああいつ未来人じゃん」という声が聞こえてきた。

 こんな形であだ名が決まるだなんて思ってもみなかった。

 考えてみたら善くんだって人を付ければ善人なんだろうけど、そちらはあまり定着しなかった。なぜだ。

 つまり俺は未来人、ソラは宇宙人、善くんは善くん。

 どう考えてもファンタジー。

 そんなあだ名がこの世にあるのか。

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:25:39.86 ID:0Xh/ck4b0

「楽な部活って知らない?」

「あー、部活入らないとダメなのか」

 話がはやい。

「そうそう。でもうちの高校って文化系弱そうだしどーしよーかなと」

「中学の時は何部だったの?」

「帰宅部」

「帰宅部って何するの」

「そりゃ帰宅」

「いや、帰宅って……つまり暇してるってことか」

「そうだね」

 まあ、図書館で本読んだり、学校帰りにどこかに寄ったりもしてたけど、基本的にはまっすぐ家に帰ってたしな。

 することといえば勉強かダラダラしてるか、あまり趣味という趣味もなかった。

 そのおかげで、時間が取れたおかげで、こうして良い高校に受かってるわけだから、帰宅部万歳!

 ポジティブに考えるとこうなる。

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/26(土) 21:26:44.61 ID:0Xh/ck4b0

「水泳部入る?」

「百メートルがギリだけど」

「ははは、それは無理そうだな」

 じゃあ言うなよ、と思ったけれどそれ以外に返しようもないよなと一人で納得する。

 なんだろうな……。

 やりたいことは特にないし、それなりにハードな部活に入れば今でもかなりギリギリな勉強についていけなくなりそうだし。

 いろいろなことに対してぼんやりしている自分は嫌いではないけれど、このまま三年間が過ぎていくのもなんというか。

 いい機会……ではあるのだろうけど。

 と、そんなことを考えていると、出欠表を携えたヒサシが教室にやってきた。

 今日の科目は文系科目。

 国語、二時間は長い。
 日本史、ほぼ履修していない。
 英語、わけがわからない。

 目標としては、寝ないことと解答欄の空欄をできるだけなくすことぐらいにしておこう。

24 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/08/26(土) 21:28:05.92 ID:0Xh/ck4b0
本日の投下は以上です
更新ペースはあんまり高くないと思います
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/27(日) 00:36:26.88 ID:Yf3IPQRI0
なぎさちゃんの人か
こっちも楽しみにしてるぜ
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/27(日) 20:25:46.23 ID:niVVQZVT0
期待
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:28:49.50 ID:G9Ne8zbN0

【棄却】

「あー、ダメだなそれは」

 ヒサシが俺らからの提案をあっさりと棄却した。

 わけのわからないテストの時間を終え、放課後になるとすぐに三人で職員室へと足を伸ばした。
 顔を合わせると、そういや部活はどうするんだ? と問われたから、特に入りたいのもないんで部活つくれませんかね、と返した。

 初めは興味津々と言った様子で相槌を打ちながら聞いてくれたが、帰宅部、と名前を出した途端首を横に振った。

 そりゃそうだ。

「いくら俺でもそんな部活をつくる許可は出せないな」

「そんな……って、ヒサシどこかの顧問持ってるんですか?」

「俺は文化系いろいろ持ってるけど、みんな熱心にやってくれているよ」

 そう言われると、いかんせん答えに詰まる。
 中学校の時の経験から、文化系=地味、楽、下手したら幽霊部員ばかり、というイメージが根付いている。

28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:29:53.44 ID:G9Ne8zbN0

 まあ、彼もだいぶ生徒目線の教師だから、今更運動部に入れなんて言いはしないんだろうけど。

「そんなこったろうと思って、おまえら二人のために人数不足の部活リストアップしておいたから、これでも参考にしなさい」

 彼はほい、と俺に一枚の紙を手渡した。

 今の部員の人数、大まかな活動内容なんかが書いてある。
 やはり熱心にやっているとはいえ明記されているのは文化系の部活が多い印象を受ける。

「ありがとうございます」

「あ、そういや課題は? 全部終わったか?」

 二人と顔を見合わせる。
 休み時間も少しだけやったけど、少しだけ残ったままだ。

「俺と善くんはあともう少しで終わります。
 多分明日の放課後までは……」

「伊原は?」

「……先生、あんなん終わるわけないっすよー」

29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:30:35.87 ID:G9Ne8zbN0

「で、あと何日で終わるんだ」

「えっとー、あと一ヶ月かなあ……でも半分は終わりましたよ!」

「半分か……よし伊原、おまえだけここに残れ」

「高校生活最初の夏休みを謳歌……って、え? 居残りですか?」

「ちょっと話がある」

 まずいことをしてしまった、という目でちらりとこちらを確認される。

「白石と若松は、明日の十六時までに出してくれれば大丈夫だぞ。
 実際言うと、もともとあの量が夏休み中に終わると考えて作ったわけではないし」

「よく頑張ったな」と彼は言う。

「え、じゃあ朝に俺が言ったこと当たってんじゃん!」

「ん?」

「いや、さすがにあれはありえないと思って、ヒサシが俺らを試すために出したんじゃないかって言ったんすよ」

「ばれたか」

「やっぱ俺天才」

「……でも、それはそれだ。おまえは頑張ってないんだから、少しだけ残れ」

 ソラは悲しげな目をこっちに向けてくる。

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:31:38.93 ID:G9Ne8zbN0

「それに、若松は今日からもう部活だろ?」

「……あ、はい。じゃあ行こっか、未来」

「うん」

 職員室の外に出た。
 ソラは可哀想だけれど、まあ自業自得ではある。

「部活、もうあるんだ」

「定期テストじゃないからね。つーか、俺たち生き延びてよかったよな」

「でも、善くん家帰ってからで終わるの?」

「まあ、最悪また徹夜。
 明日のテストは午前だけだし、部活はあるけど」

 午後からは集会と、たしかLHRもあった気がする。
 恐らく来月末にある文化祭関係のことだけれど、諸々の勝手を知らない俺たちにとってはあまり関係があるとは思えない。

31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:32:26.73 ID:G9Ne8zbN0

 教室に戻るなり、じゃあな、と善くんはエナメルバッグを持って部活に向かっていった。

 このまま学校に残ってもすることもないし、課題の残りをしなければいけないしで、俺も変えることに決めた。

 廊下から校門まで誰とも会わなかった。

 時計を確認、それなりにいい時間。
 高三は今日模試をやっているやらなんやら。

 そういえば、と今日の夜飯の当番は俺だったことを思い出した。
 夏休み中は佑希がほぼ毎日やってくれていて、親がいるときは親まかせだった。

 辛めの麻婆豆腐食べたい。
 俺は山椒の効いてるやつが好きだけど、入れると佑希が怒るしなあ。

 あととうもろこしも食べたくなってきた。夏だし。

 荷物も少ないし、スーパーに寄ってから帰るか。

32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:33:11.77 ID:G9Ne8zbN0

【ぱんつ】

 家に帰って課題をやって、程よい時間になったら料理を作って、また課題に手をつけ始めた。

 料理をすることはそれなりに好きな部類だ。
 手先は不器用ではないくらいだけど、包丁を使うのには慣れている。

 妹の佑希か自分が家事をすることが多いけれど、両親の仲が悪いわけではない。

 両親は普通に社畜。
 父親が尻に敷かれてる感じはあるけれど、お互いラブラブ感を醸し出している。

 母親は俺たちが小学校高学年ぐらいまでは家にいたが、だんだんと仕事が恋しくなっていたらしく、俺たちが中学に上がると同じタイミングで以前働いていた会社に復帰をした。

 信頼されているのか放置されているのか判別がつかないが、きっと前者だろう。

 二十時過ぎ頃に玄関先からただいまー、と声がして、夜飯の準備をした。

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:33:51.35 ID:G9Ne8zbN0

 佑希はリビングに入るやいなやソファにごろんと寝転がる。
 どうやら学校でシャワーを浴びてきたらしい、制服に戻っている。

「おにい、晩御飯なにー?」

「麻婆豆腐ととうもろこし」

「なにその組み合わせ」

「しょっぱいのと甘いの」

「ふーん」

 彼女はそのままの姿勢でテレビのリモコンを操作する。
 数日前にツタヤで借りていた映画の続きを観るようだ。

 はあ、とため息が出る。
 キッチンからでも長い足の付け根に黒いパンツが見えている。

「見えてるけど」

「……」

 気付いていないみたいだ。

「おーい」

「……え、なに?」

「だから、パンツ見えてる」

 言うと、佑希はけたけた笑ってスカートを上までめくった。

34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:34:36.18 ID:G9Ne8zbN0

「おにいが見なければよくない?
 もしかしてかわいいかわいい妹のパンツを見たいの?」

「いや、見たくないから言ってるわけで」

「家なんだからいいじゃん」

「さすがに男の前でパンツ丸見えってのは……」

「あはは、あたしはおにいに見られてもなんとも思わないって」

 バタバタとせわしなく足を動かす。
 学校の人が佑希のこんな姿を見たらどう思うんだろうか。

 彼女は頭がよくて運動ができてかわいくて。
 ……まあ、だからこそいろいろな場所で疲れることがあるのかもしれない。

 準備を終えて、彼女を呼ぶ。

 そのまま映画は流れ続けている。
 ゾンビを銃で撃って殺すシーン、どう考えても食事には合わない。

 容赦無く血(緑色)がビチャビチャと流れ出す。人外の血が緑色って決まっているんだろうか。

35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:35:13.57 ID:G9Ne8zbN0

「そういえば、やっとあの人たち帰ったんだね」

「ああ……うん。課題は結局終わらなかったけど」

「えー、そうなんだ。おにい、こんな大変なのにどうしてうちの高校入ったの?」

「佑希が受けろって言ったから」

「まあ言ったけど、それ嘘っぽい」

「いや家から一番近いし、佑希と同じだと楽だろうと思って」

「へー」

 お、これはこれは、と言って彼女はとうもろこしをかじる。

「おいしい?」

「ちょっぴり塩が効いてておいしいよ」

「甘さは」

「うん、いい感じ」

 今日も料理は成功。
 強いていえば出来たてを食べてほしかったけれど、帰ってくる時間が毎日バラバラなので仕方がない。

「おにい」

「なに」

「食べ終わったら肩揉んで」

「いいよ」

「足もマッサージして」

「そんなに疲れたの?」

「そうそう、だからよろしく」

 かわいい妹の頼みなら断れないよな。

36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:35:41.75 ID:G9Ne8zbN0

【威厳】

「そういえば、俺どこかの部活に入るんだけど」

 肩揉みは手馴れている。

 マッサージ中はちょっぴりえっちなことを想像せざるを得ない。
 妹だけど、まああれだし。上半身見えないし。仮に見ても顔かわいいし。なんだこれ。

「え、おにいが?」

「うん、この部活の中からどれか」

 職員室でヒサシからもらったリストを手渡す。

 彼女はふむふむと頷きながら紙に目を通して、俺に投げ返してきた。

「どうして部活入んなきゃなの」

「全員入ってることがウリらしいから」

「えー、なにそれ」

 なにそれと言われても。

「知り合いがいる部活とかない?」

「……あるにはあるけど、女の子ばっかりだよ」

「それ何部」

「書いてあったのだと手芸部とか」

 うん、興味ないな。

37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:36:28.16 ID:G9Ne8zbN0

「おにいもそろそろあたし離れの時がやってきたようですね」

「今まで離れてなかったの?」

「もちろん、おにいかわいいから守ってあげなきゃって」

 急に上半身を上げて、髪を撫でられる。
 佑希はたまにこういうことしてくるが、それがなぜなのかが全くわからない。

 普通に同い年だし、じゃれあいの一種としてはあまりにもアレだし。

「かわいー、やっぱり肌しろーい」

「……はあ」

「おにいさ、陸上部のマネージャーやろうよ」

「それはいやだ」

「なんで」

「外は面倒」

 拘束時間長そうなイメージ。
 経験者か怪我した人がマネージャーをやるんだろうと思っていた。

38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:37:15.63 ID:G9Ne8zbN0

「……そろそろいい?」

「あー、うん。今日もありがとう」

 映画が終わって、またすぐにデッキに違う映画を入れた。

 もう一本観る気らしい。

「次はアメコミ」

「次はって、他にも観る気なの」

「あと二本観る!」

「夜更かしして明日のテスト大丈夫なのか?」

「えー明日部活休みだし余裕だよ。勉強するまでもない」

「さいですか」

 まあ天才だもんな。ひと学年で三十人しかいない特進科だし。

 あーあ。なんか悲しくなってくる。

 兄の威厳はどこいった。
 おにいとは呼ばれているけど、実態は弟扱いされている気もする。

39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/27(日) 22:37:43.74 ID:G9Ne8zbN0

「おにい、あたしのパルム食べたでしょ」

 怒っているのを見せるようにわざとらしく頬を膨らます。

 名前書いてなかったから気にせず食べちゃった。

「おまえのだったの?」

「おまえじゃない、佑希」

「うい」

「……最後の一本とっておいたのに。抹茶味大好きなのに」

「つまり今すぐ買って来いと」

「そういうことー、よろしく」

「勝手に決めんな、今から課題終わらせるの」

「えー、おにい……アイス食べたいよう」

「明日買ってきてやるから」

「ほんとに?」

「うん」

「じゃあ……ハーゲンダッツお願い、味はラムレーズンね」

「あいよ」

 金の出所は変わらないのだから自分で買えばいいのに。
 甘えられることは悪い気はしないけど、ぐうたらされるのはあまり。

 言っても聞かないだろうから言わないけど。

40 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/08/27(日) 22:39:12.22 ID:G9Ne8zbN0
本日の投下は以上です
こんな感じで短いのを何個もやっていきます
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 17:45:07.49 ID:ELK4awML0
おつ
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:09:12.73 ID:f1RWwZWX0

【会いたくない女の子】

 二日間のテストを終え、晴れて自由の身になった。

 数学は前日以上に何もわからなくて、解ききるので精一杯という有様だったが、まあ仕方ない。

 朝学校に来てからソラはずっと机に突っ伏したままで、なんだか話しかけにくいようなオーラを発していた。
 善くんも善くんで今にも死にそうな顔をしてぼーっとしている。

 陰鬱な気分は俺も変わらないので、善くんの方を向き目を合わせて、昼食にでも誘うことにする。

「善くん、お昼持ってきた?」

「いんや」

「じゃあ購買行かね?」

「今日は佑希ちゃん弁当無いの?」

「あー、夜更かししたみたいで作ってくれなかった」

「勉強とか? 特進だもんなあ」

「多分ね」

 違うけど、まあいいか。

「じゃあ行こっか」

 善くんの家も両親どちらも働き詰めで、いつも購買で何か買って食べている。
 オススメは焼きそばパンと言っていた。上に乗ってる紅ショウガは欠かせないらしい。

43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:09:59.99 ID:f1RWwZWX0

 廊下には多くの人がいて、やはりみんなテスト終わりというだけあって少し浮ついている。
 まあ、そうでなくても夏休み開け久しぶりに友達と会っているから、というのもあるとは思うが。

「ソラ昨日ヒサシになんて言われたか訊いた?」

 不意に、善くんがそう話しかけてきた。

「なんにも。ソラずっと伏せてるし」

「だよな……なんか面倒なことだったら可哀想」

「面倒なことって?」

「……たとえば、ペナルティとして雑用やらされたりだとか」

「でもまあそれくらいなら」

 自業自得感はあるし。

「二倍に増えたとか」

「……」

「下手したら変な部活に入部させられたりだとか」

「善くんって想像力豊かだね」

「いや、意外とリアルだったりするかもしれないぞ」

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:10:56.91 ID:f1RWwZWX0

 自分で言いながら、想像力について考えてみる。

 俺はあまり想像力を膨らますことがないと自負している。
 目の前に起こったことがすべて、というわけではないけれど、どっちかといえば現実主義寄りだとは思う。

 それも、昔から何かしら予想だったり空想をしてみると、悪い方向にしか物事が浮かばない傾向があって、
 しかも、それがなかなかに的中しやすいという経験からのことだろう。

 遠足の前日に雨降りそう→本当に降った、とか。

 この例えだとたまたま運が悪かったとか思い込みが激しいとでも言われそうだが、こればっかりは経験した自分にしかわからないことではある。

 ついでだし、何か想像してみるか。

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:11:50.62 ID:f1RWwZWX0

 今向かっている購買──高等部だけでなく中等部の生徒も多く使用している。

 それで俺には、中等部にあまり会いたくない子がいる。

 その子は、見た目だけ見れば俺の好みど真ん中で、いつも胸の近くまである亜麻色でふわふわのツインテールを大きい動きでゆらゆらと揺らしている。

 身長はそれほど高くなくて、でもそんなに小さいってわけでもない。

 他人と接する様子を見れば人当たりもそれなりにいいはずで、ここに中学受験で合格したのだから頭がいい。
 少なくとも勉強面では今の俺よりもいいのではないか? とも思う。

 一番最後に会ったのは夏休み前。

 考えるだけで変な動悸がする。
 なぜだろうか。

 その子はいつも、俺のことを「お兄ちゃん」って──。

「お兄ちゃん!」

 あ、やっぱり。

「……」

46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:12:43.84 ID:f1RWwZWX0

「……お兄ちゃん?」

「おい未来、話しかけられてるけど」

「……ああうん、久しぶり」

「びっくりしたー……聞こえてないのかなって思った」

 そう言って、ナチュラルに手を握られる。
 俺は固まる。いつもこんな感じだ。

「ちょっとお兄ちゃんのこと借りていいですか?」

「用でもあるの?」

「……いいですか」

「あー、うん。俺のことはお構いなく」

「ちょ、善くん……」

「いや、なんか、いろいろと悲しくなってくるから」

「じゃあお兄ちゃん、どっか二人きりになれるところに行こっか」

「……うん」

47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:13:26.63 ID:f1RWwZWX0

【キス】

 彼女と一緒に、中等部校舎の空き教室に入った。

 人通りの少ない場所を通ったからあまり人には見られなかった。
 どうせ誰かには見られているわけだから気にしたって意味はないが。

 てか普通にお昼食べてないじゃん。
 朝も適当なもので済ませたし、腹がへっては戦はできぬ。
 ……戦ってなんだろう。

 どうでもいいことを考えて気を紛らわそうとしたけれど、全く効果がない。

 ガチャリと音がした。ドアの鍵を閉められた。

「お兄ちゃん、どうして会いにきてくれなかったの?」

「課題とかで忙しかった」

「でも、去年も受験なのに来てくれたし」

「奈雨が会いに来てくれればよかったんじゃない」

48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:14:16.67 ID:f1RWwZWX0

「いやだよ、わたし佑希のことあんまり好きじゃないし」

「前から思ってたんだけど、なんでおまえら仲悪いの」

「……べつになんでもいいじゃん」

「……」

「ねえ、もしかしてわたしのこと避けてる?」

「いや」

「ふーん」

「ほんとだよ」

「……まあいっか」

 そこに座って、と言われる。
 そう言う彼女の目は据わっている、別にギャグじゃない。

 まあいっか、という言葉の通り本当にどうでもいいような顔をして、彼女は俺の座っている隣の椅子に腰を下ろした。

49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:15:33.61 ID:f1RWwZWX0

「お兄ちゃん、ちゅーしよ?」

 肩を掴まれて、彼女のぷるんとした小ぶりな唇が近付いてくる。
 振りほどこうとすればできるけど、なんかもういいや、と思って動くのをやめる。

 すぐに唇が触れる。
 ちゅっ、と、音をつけるならそんな感じで。

 深いわけではない(あまりそっちのことを知らないからよくわからないけど)小鳥がついばむようなキス。

 味はしない。あ、でも少しだけミントの香りがする。

「もっかい」

 また軽いキス。何度も何度もされる。
 そのうち少しだけ体が火照ってきて、ふわりと意識が飛びそうになる。

 座りながら立ちくらみ的な。千鳥足なう、奈雨と。意味わかんねえ。

「今度はお兄ちゃんからしてよ」

 彼女はそう言って瞼を閉じる。
 断る理由もないなあ、と半ば諦めて、すぐに近付いてキスをする。

 漂う義務感。でも、別に嫌ってわけでもない。

50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:16:36.87 ID:f1RWwZWX0

「お兄ちゃんってさ、すごくいい匂いするよね」

「……そう?」

「うん、わたしが好きな匂い」

「そっか」

 今度は胸に顔をうずめてきた。
 彼女から香る匂いだって、甘くて十分いい匂いだと思う。

 トリートメントかコンディショナーだよと佑希が言っていたのを思い出す。
 でも、俺が使ったとしても(使ってるけど)そんなにいい匂いにはならないだろうなあ、とも思う。

 興味ないけど香水とか……いや、やめておこう、似合わないし。

「お兄ちゃん」

「なに」

「撫でて」

 彼女から離れて、頭を撫でる。

「そうじゃなくて、抱きついたままでいいでしょ」

 また近くに寄ってくる。
 はあ、とため息が出そうになる。

51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:17:20.25 ID:f1RWwZWX0

「ついんてーる」

「ウルトラ怪獣じゃないよ」

「え、いきなりなに」

「わたしなりのギャグ」

 ウルトラマンは観ていない。
 つーかその世代ですらない。

「十五点」

「厳しい」

 しばらく撫でていた。
 そのうちだんだん腕の力が抜けてきて、胸にかかる重さが増していく。

 眠たげに「くぁー」とあくびをする。
 かわいいけど、なんだその声。

「眠いの?」

「眠い」

「寝るな」

「お兄ちゃんがちゅーしてくれるなら起きる」

 じゃあ寝かせようか、となる。
 自然の摂理。進んでしようなんて思わない。

52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:18:27.58 ID:f1RWwZWX0

 そりゃ彼女は美少女だけど、俺の好みの顔と体型だけど、なんかこう罪悪感を覚えるというか。
 傷をつけたくないような、今この時点で傷をつけてるのは俺なんだけど、なんというか……。

 言葉ではうまく表せない。

「しないの」

「うん」

「はあ、お兄ちゃんつまんなーい」

 彼女はそう言って起き上がった。
 
「でもお兄ちゃん、さっきから顔真っ赤だよ?」

「そりゃキスされたら」

「え、わたし全然赤くなってない」

「……じゃあ、部屋が暑いから」

「ふーん」

 彼女からは昔から信用されてないような反応ばかりされているような気がする。
 信頼に値する行動なんて取った試しがないから俺が悪いといえば、そうなのかもしれない。

 まあ、今回は嘘。

 普通に彼女がかわいくて顔が赤くなっていた。

53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:19:06.41 ID:f1RWwZWX0

 肌が人よりも白いから、そのぶん赤くなったらすぐバレる。
 でも、彼女だって同じぐらいの色白。つまり反論のしようがない。

「こういうのさ、いつまで続けるの?」

「こういうのって?」

「……キス、とか」

 彼女はまた、はあー……、と大きくため息をつく。

「もとはと言えばお兄ちゃんのせいじゃん」

「そうだけど」

「責任とってよ、わたしのファーストキスを奪った罪は重いよ」

「……だから、そういうのは好きな人としなさいって」

「いいじゃん、わたし今好きな人いないんだし」

「……」

「それに、お兄ちゃんだって期待してたんじゃないの?」

「してない」

「……」

 バレバレな嘘をつくと同時に、キーンコーンとチャイムが鳴った。

 助かった、と思った。

 彼女は立ち上がってドアの方へ向かって、ガチャリと鍵を開ける。

「じゃあねお兄ちゃん、夜に電話していい?」

 構わない、という意味で頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 そして、再びじゃあね、と言ってそのままてくてくと歩き去っていった。

 一人残されて、唇を触る。

 何とも言えないもやもやした感情だけが残った。

54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:20:28.45 ID:f1RWwZWX0

【発端】

「さっきの子と何してたの?」

 クラスに戻るなり、善くんが悪戯っ子のような顔をしてそう問うてきた。

「なんも」

「……いやいや、つーかお兄ちゃんって」

 ……あ。

 ……そうか、そういえば、奈雨が友達と一緒にいるときに話しかけてくるのは初めてだった。
 携帯で呼び出されたりとか、その場で会うのがいつものことで、彼らは奈雨のことを知らない。

「なになに、なんかあったのか」

 ソラが会話に入ってきた。
 元気だ。清々しいまでに元気だ。

「さっきまでなんで死んでたの?」

「寝不足」

「やっぱりヒサシに……」

「違う、夜中までウイイレしてた」

「え、じゃあ昨日の話って?」

「まあじきに話すよ」

55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:21:11.02 ID:f1RWwZWX0

 彼はなぜか得意げに笑った。
 今だ、と思って話を変える。つっこまれてボロを出したらたまったもんじゃない。

「部活どうするよ」

「あーそれならな……明日の放課後見学に行きたい部活があるんだけど」

「俺も行っていいやつ?」

「うん、多分」

 体育館での集会に向かいながら話をする。

 どうやら部員が一人だけで、需要と供給が一致しているらしい。
 部活名は聞いていないけど、サボっても別に怒られないだろう、と。

 その言葉を聞いてひとまず安心した。
 ゆるい部活があるならそこに入るに越したことはない。

 けれど、昨日もらった紙にそんな部活書いてあったか?

56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:21:43.79 ID:f1RWwZWX0

 同好会? 有志の何か? いや、それならちゃんとした部活動に入れとヒサシに言われるはずだ。
 でもまあ、どっちみち入るかは自分次第だから、あとは行ってみてから考えるか。

 体育館の後ろの方に座る。集会はいつも自由席だ。

 先生からの話。大会の表彰。佑希がされていた。

 斜め前の方に、奈雨の姿を見つける。
 女の子の友達数人と固まっている。

 そのなかでも飛び抜けてかわいい。
 身内補正がいくらか入ってるかもしれないが、俺はそう思う。

 ──奈雨。
 三橋奈雨、みはしなう。

 この学校の中等部三年生、今をときめく現役JCと彼女が自分で言っていた。

 父親の姉の娘。つまり、俺からすれば従妹にあたる。
 佑希を除いて歳が一番近いのは彼女だったから、昔から遊ぶことが多かった。

57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:22:55.31 ID:f1RWwZWX0

 彼女は俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。
 そう呼んでくるのは、今の今まで彼女しかいない。

 どうしてこんな関係になってしまったんだろう、と考える。
 俺が悪いから、彼女のせいにはできないけれど、常にもやもやが残る。

 発端は、今年のゴールデンウィークのことだった。

 長期的な休みには、親戚全員が一堂に会する。
 父さんも母さんもそこそこ兄弟姉妹がいるから、なかなかの大人数になる。

 周りはみんな成人済みで、未成年の俺たちは少し遠くに離れて食事をとっていた。

 奈雨とはこのとき全く話をしなかった。
 もうちょっと昔みたいにくっついてきてくれてもいいのに、と思ったような覚えがある。

58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:23:41.13 ID:f1RWwZWX0

 それから何かの流れでお酒を飲んでしまって、一切の記憶が飛んで、朝起きたら奈雨が隣で寝ていた。
 はー意味わかんねえよと思いつつ、身体をあげようとすると、きっちり腕枕までしている始末。

 奈雨を揺すり起こしてわけを訊くと、酔った勢いで俺にキスされた、初めてだった、と言われた。
 その事件以降、会うたびにファーストキスを返して、と彼女が迫ってくるようになった。

 その場では他の人に見られていないと言っていたし、酔ってたから覚えてないと断るのも手ではあった。

59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/28(月) 23:24:54.66 ID:f1RWwZWX0

 ……でも、今にも泣き出してしまいそうな彼女の顔を見たら、とてもじゃないが断ることはできなかった。

 それだけ、と言えばそれだけなのだが、俺にとっては重大な問題だ。

 俺だって初めてだったし、記憶に全くないし。
 従妹とそんなことをしているなんて誰にも知られてはならないと思うし。

 一度始めたことで、それを止めるきっかけを今まで持てていないから、どうにもいかない。

 彼女でも作ればいいんだろうけど、作ったからと言って止めてくれるとは限らない。

 そもそも俺に彼女なんてできやしない。

 困ったものだ、と言う他ない。

60 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/08/28(月) 23:25:32.49 ID:f1RWwZWX0
本日の投下は以上です
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/29(火) 20:52:05.57 ID:CoONsa3D0
みらいとなうか
おつ
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/30(水) 20:57:19.66 ID:fOUwy/AMO
かわいい従姉妹とキスし放題とか何てけしからん…
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:21:29.46 ID:eK00P8zJ0

【考えごと】

 いろいろと考えごとをしていると、集会やLHRの時間なんてあっという間に過ぎていった。

 LHRはやはり文化祭関係らしく、クラスの展示で何をするかについて話し合っていた。

 俺たち高入生三人は思っていた通りお客さん状態で、メイド喫茶やらお化け屋敷やら定番のものに手を挙げておいた。
 委員たちが話し合って最終的に決めるらしいが、まあ当番があれば引き受けるくらいに思っておけば障りはないだろう。

 一日目がクラスごと、二日目が部活ごとに催し物を出して、昨年は千人近くの来場者がいた。ついでに言えば俺は行かなかったけどソラと善くんは行った、と。

 どうにも県で一番楽しい文化祭らしい。
 家が近いから盛況ぶりは知っていたが、そこまで凄いとは思っていなかった。

64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:22:11.97 ID:eK00P8zJ0

 放課後になってまた三人でヒサシのところに行って、俺と善くんは一日遅れの課題を提出した。
 ソラは野暮用ができたとかどうとか言って、そのままヒサシとどこかへ消えていった。

 善くんもこれからすぐに部活、と言うので、特に用もないので帰ることにする。
 自分で考えていても、この学校で何かをするってことは今まで一度もなかったし、逆にしなければならないことがあるのも面倒かもしれない。

 行事、春の運動会(体育祭だったか?)はほぼ座っているだけでスルーした。
 名目は新入生歓迎らしいが、全校でやると人数も多いし肌は焼けて翌日痛いしで最悪なものだ。

 自分は運動は並み、それよりちょい上くらいはできる。人からの評価だから自意識過剰ではないと思いたい。
 帰宅部にしては、という枕詞がつくところではあるものの、中学と今春のスポーツテストでは五段階中の上から四番目の成績だった。

65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:22:45.51 ID:eK00P8zJ0

 まあ、だからと言って取り立てて得意な球技があるわけではないし、走るのは苦手だ。
 自分の意識的なものかもしれないが、そう思ってしまっている。

 フォームとか気にするとキリがないし。

 家に帰ると、すでに佑希がリビングに無造作に寝転がっていて「さっさとアイスかってこいやー」とねだられた。
 今日は親が帰ってくるはずだから、料理をする必要もないし、コンビニに行ってさくっと買ってこようと考える。

 とりあえず時計を確認する。十五時ぴったり。
 佑希に確認すると、食後か風呂上がりに食べたいらしい。

 なら、暇だし適当にどこかぶらぶらするか。

 夜飯はたぶん要らないから、と言って家を出た。
 外に置いてある自転車に跨る。ママチャリ、スポーツ用はいろいろと自分には合わない。

 中身が少なく比較的軽めの鞄は背負ったままで、明日からの授業の予習をしにあの喫茶店に行くことにした。

66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:23:34.16 ID:eK00P8zJ0

【気だるげ】

 店員さんは変わらず気だるげだ。

 今日は白いひらひらのスカートを履いている。
 普通に絵になる。メイド喫茶にいそうな雰囲気、ちっこいし。

 やはりこの喫茶店は落ち着く。
 店内に二人しか客がいない、ついつい入口付近の幽白を手に取る。

「いらっしゃいませ」と小さな声で言われて窓際に案内される。

 今度こそ何か話しかけてみようか。

「いい天気ですね」

「……」

「……あの?」

「……あ、はい」

 いきなり話しかけられた。なぜだ。
 店員さんにつられて外を見る。普通に曇ってる。

67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:24:20.35 ID:eK00P8zJ0

「曇ってますけど?」

「……あ、その。曇ってますね」

「そうですね」

「……ごめんなさい。すぐに、お持ちしますね」

 会話が切れる。
 彼女は耳の先までかーっと赤くして、厨房の方へと歩いて行ってしまった。

 あれ、これどう返すのが正解だったんでしょうか。

 会話のとっかかり? にしては下手すぎるというか、返しようがない質問。

 勉強道具を広げて、取ってきた漫画を読んでいると、すぐにキャラメルマキアートが運ばれてきた。

「お待たせしました」

 ぺこりと礼をして、彼女は定位置に戻っていこうとする。

「すいません」

 呼び止める。

「は……はい」

「俺も曇ってる天気好きですよ」

「……あ、ありがとうございます」

「いえいえ」

68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:25:33.20 ID:eK00P8zJ0

 なんだこの会話。
 彼女はいつものようにヘッドホンをかけて、ぼーっと外を見つめていた。

 見てるのもアレかなと思って、漫画を一巻読み終わったあとに予習を始めた。

 うちの高校はテスト返却が死ぬほど速いから、明日には一日目の科目が返ってきて、絶望しながら授業を受けるのだと思うとかなり憂鬱だ。

 来週には英単語五百問テスト、もうあほかと。

 そんで明日の放課後には部活見学か、なんかよくわからないけど面倒そうな気配を察知する。

 文化祭の二日目、さっき聞いたことによると部活単位で動く日。

 客から得た収入は一割の運営回収を除いて全額懐に入るらしい。
 半端ねえ、うまくやれば一儲けできそう。

 代表的な部活だと、硬式野球部はピザ、サッカー部はチョコバナナ、バスケ部は唐揚げセットを出しているらしい。
 佑希の陸上部は喫茶店みたいなのをやると前に聞いたことがある気がする。

 うどんが足もとに寄ってきて、机にあげて撫でる。今日もぽっちゃりしててかわいいな。
 動物は癒し、店員さんがまたこっちを見てる。

69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:26:34.64 ID:eK00P8zJ0

「撫でますか」と言おうと思ったけどやめた。
 飼い主はここの店の人だろうし、店員さんはヘッドホンをかけている。

 でも、羨ましげな視線を向けられると、それはそれでこっちも気にする。

「どうぞ」

 近くに寄ってうどんを手渡す。

 彼女は少し驚いた様子で受け取ったが、すぐにうどんがじたばたと暴れて角のほうへ逃げてしまった。

「……あ」

「懐かれないんですか?」

「……そう、みたい」

 彼女はそう言って、大きな瞳をうるうるさせる。
 なんかマジで悲しそうだ。ため息までついちゃってるし。

70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:27:37.59 ID:eK00P8zJ0

「どうやったら好かれると思う?」

「どうだろう」

「……だよね」

 彼女が普通に敬語を取ったから、俺も敬語を取ることにした。

 ていうか、今日は今までにないくらい喋っている。
 懐かれないのは店員さんも猫っぽいから同族嫌悪、それは違うか。

「エサをいつもあげるようにするとか」

「……でも、日中は私学校あるし」

「高校生?」

「あ……うん、高校一年生」

「おー、俺と同じ」

「……」

 店員さんは、まずい喋りすぎた、みたいな表情を一瞬した。気がする。

 このままの流れでフレンドリーに名前とか学校名とか訊いちゃおうと考えたけれど、それは憚られた。
 それからなぜかあたふたしながら目をきょろきょろと動かしたので、
 自然に首をかしげると、更に落ち着かない様子で彼女は立ち上がった。

71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:29:04.84 ID:eK00P8zJ0

「……あの、飲み物のおかわり要りますか?」

「じゃあ、アイスコーヒーで」

「砂糖とか、ミルクは……」

「ミルクだけでいいよ」

 距離感が掴みにくい。
 喋るのが苦手なのかと思ってたけど、さっきの様子だとそんなにコミュニケーション苦手ってわけでもないようだし。

 自分を引っ張ってくれるタイプとしか深く接していないからか、自分から距離感を作るのが致命的に下手だ。

 佑希も、ソラも善くんも、奈雨も、うちの両親も、友達作りだったり友人付き合いに関しては見習うところばかりだ。

 席に着く。裏にして開きっぱなしの漫画を元の場所に戻した。

「……羊羹、食べる?」

 突然横から声をかけられる。
 彼女の手には、注文したアイスコーヒーと羊羹。

72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:30:09.80 ID:eK00P8zJ0

「あ、あの……おばあちゃんが、持ってってあげなさいって」

「おお、ありがとう」

「私も、お腹すいたから半分食べるね」

 プラスチックのスプーンをはい、と渡される。
 半分に切り分ける、どうやら甘いものが好きらしい。

 二人の客はいつの間にか帰ってしまって、店内には俺と彼女の二人だけになった。

「店員さんは、何か部活とかやってるの?」

「……いや、何もしてない、よ」

「へー」

 帰宅部仲間。まあ、この時間にはここで働いてるんだからそれもそうか。

「中学校のときは、び……じゅつぶに入ってて」

「続けなかったんだ」

「……うん」

 美術部の「び」のところで三秒ぐらい間があったけど、部活で何かあったのかな。それとも噛んだだけか。

73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:31:01.47 ID:eK00P8zJ0

「あなたは……あ、名前訊いてもいい?」

「未来、しらいしみらい」

「……未来くんは、何部なの?」

「入ってない、中学のときも」

「ええと、じゃあ同じだ」

 ぱん、と手を叩く。少し嬉しそうだ。

「そういえば、店員さんのお名前は?」

「……」

「……」

「……しののめ」

「しののめ」

 しののめ、さん?

 どう考えても苗字だよな。
 彼女は近くにあった俺のペンを手に取って、紙ナプキンに「東雲」と書いた。

74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:32:06.85 ID:eK00P8zJ0

「……漢字、こう書く」

「珍しい」

「そう、かも?」

「下は?」

「自分の名前、あんまり好きじゃないから」

「へえ」

 キラキラネームだったりして。
 わたしもじゅうぶんきらきらしている。女の子ならよく居るけどね。

 名は体を表すと言うが、最近の名前は多種多様だから必ずしもそうなるわけではない。

 その点善くんは素晴らしいな。
 善い人、優しいしかっこいいし。

「……急に、いろいろ訊いちゃってごめんね?」

 不意に顔を上げて、覗き込まれる。

「いや、大丈夫だよ」

75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:32:45.17 ID:eK00P8zJ0

「……いつも来てくれてたから、おばあちゃんにもっと愛想良くしなさいって言われてて」

「うん」

「この前も、無視したみたいになっちゃってたから」

 この前の、ってあれか。夏休み中のね。

「……そういうわけじゃ、ないって言いたかったの」

「なんか嬉しい」

「あ……いや……ごめんね、邪魔して。勉強、がんばってね」

 そそくさと定位置へ戻っていった。

 東雲さん、か。……仲良くなれたらいいな。

76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:33:31.23 ID:eK00P8zJ0

【衝動】

 家に帰ると、ふあー、と大きなあくびがでた。

 休日が恋しい。夏休みが終わってすぐの感想はそんなもんなのかもしれない。

 冷蔵庫にアイスを入れて、リビングを経由せずに自分の部屋に向かった。
 おかえり、と母さんに言われた気がするが、スルーしてしまった。

 ベッドに寝転がる。新調したばかりの枕。まだ硬くて友達になれない。
 あまり寝なくても活動はできるが、睡眠を長く取れることに越したことはない。

 よく寝てよく食え、と親には昔から口うるさく言われたものだった。
 食べても太らない身体は家族揃ってで、みんな細身ではあるのだが。

 ほどなくして、鞄の中から着信音が鳴った。

 そういえば、と思ってすぐに携帯を出して耳にあてる。

77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:34:09.46 ID:eK00P8zJ0

「もしもし」

「あ、お兄ちゃん」

「おやすみ」

「えっ……ちょ、ちょっと待って!」

「ごめん、冗談」

 起き上がる。電気をつけたままでも寝てしまいそうだ。

「眠いの?」

「すこし」

「じゃあ、切ってもいいよ」

 柔らかく包むような声音。
 昼のときの奈雨とは全く違っていて、なんでだろう? と思う。

「大丈夫、なんか話あるんだろ」

「あの……えっと、ただお兄ちゃんと話をしたかったじゃダメ?」

「……いいよ」

「うれしい」

「……」

78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:34:59.87 ID:eK00P8zJ0

 電話口の向こうから虫の音が聞こえる。
 会うとお互い(というか俺が)変な意識をしてしまうから、電話のほうが幾分かいいのかもしれない。

「近くに佑希いる?」

「いない、俺の部屋」

「そっか」

「……呼ぶか?」

「呼ばなくていいよ」

 ほんと仲悪いのな。
 ドタドタと音がする。俺もベランダに出ることにした。

「……お兄ちゃんはさ、学校の友だち多い?」

「いきなり抉ってくるのやめて」

「え……あ、少ないのね」

「まあ、やっぱり中学上がりの人たちとは壁がある」

「そっか、そうだよね」

 はあ、と奈雨はため息をついた。

79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:36:03.35 ID:eK00P8zJ0

「お兄ちゃんは、わたしが友だちと一緒にいるの見てどう思う?」

「どうって……。たとえば?」

「いいなー、とか」

「喧嘩うってる?」

「うってない」

「……まあ、いいか」

「えっとね、ほら、わたしさ……」

「……」

「……あのね」

「うん」

 言われずとも、彼女の言いたいことが何となくわかったような気がした。
 友だちのことで悩んでいる。それか、昔と同じようになっている。

「わたしは……」

「……」

80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:36:47.73 ID:eK00P8zJ0

「……やっぱりなんでもないや、ごめん」

「そっか」

「うん、ごめん」

 それきり彼女は黙り込んでしまった。

 数分に渡って沈黙が流れる。
 こういうときに話を始めるというのは、どうにも難しい。

 そんなふうにされると、こっちまで落ち着かない。
 耳から携帯を外して、学校と、その奥のビル群を眺める。

 風が吹いていて、暑さはあまりなかった。

 もっと気の利いたことを言えればいいのかもしれないけど、俺が同じ立場だったら変に気をまわされるのはいい気がしないだろう。

 携帯を元の位置に戻す。

「お兄ちゃん、明日の放課後ひま?」

「要件は?」

「遊びにいきたい」

 また突拍子のないことを言い出す。
 断れないような雰囲気を作られると、こっちもなんとなく身構える。

「いいけど、部活見学に行くからどうなるかわからないよ」

「お兄ちゃん部活入るの?」

「なんだよ、ダメか」

81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:37:37.03 ID:eK00P8zJ0

「ちがうちがう! 今まで入ってなかったからだよ」

「高校生は全員入部が義務らしい」

「へー」

 興味ないのか、訊いといて。

「奈雨も入ってないでしょ?」

「……まあ、冬にやめちゃってね」

「そうなんだ」

 初耳。

「ちょっとね、同級生の子とつまんない喧嘩して、続けるのも嫌になっちゃって」

「ふうん」

「……ごめん、わたしの話なんて興味ないよね」

「そんなことない」

「ほんと?」

「うん」

 自分で言っといてかなり無責任だと思う。

82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:38:08.10 ID:eK00P8zJ0

 でも、奈雨のことは放っておけないと思う。
 ……今も、昔も、多分これからも。

「明日どこで待ち合わせる?」

「……え、ほんとに行ってくれるの?」

「いいよ」

「お兄ちゃんやっさしーい。えっとね、パンケーキ食べたいから駅まで行きたいの」

「重そう」

「……は」

「なんでもないです」

「わたしは太ってないです」

「英語の授業で出てきそう」

「なにそれ」

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/30(水) 23:39:05.75 ID:eK00P8zJ0

 あいあむのっとふぁっと。
 ふぁっとってかわいいな、禁止用語に近いけど。

「明日いろいろ終わったら連絡するから」

「うん、楽しみにしてる」

 それから少し話をして、電話を切った。

 電話だと本当にキャラが変わるような……どっちが本当の奈雨なんだろうか。
 こうして電話をする機会はたまにあるが、キスについては一切触れてこないし。

 リビングに戻ると佑希がパルムをかじっていた。
 美味しそうだったので一緒になって食べる。

 話を聞くと俺が出てからずっと寝ていたらしい。

 試験どうだったのと訊ねると、ばっちし! 時間余ったから寝た! と言われた。
 訊かなきゃよかったと思った。

 その夜は、なぜかすぐには寝つけなかった。
84 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/08/30(水) 23:40:26.22 ID:eK00P8zJ0
本日の投下は以上です
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/31(木) 07:37:24.49 ID:8ALmuHzk0
乙です
五段階中の上から四番目の成績って2じゃないかしら
86 : ◆9Vso2A/y6Q [sage]:2017/08/31(木) 15:57:26.15 ID:pmCyAsBD0
>>85 ありがとうございます

訂正
>>64
上から四番目→上から二番目
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/31(木) 19:14:19.76 ID:Gqvk/z9Mo
乙です。
文章が端的で読みやすい
ラブコメの雰囲気が王道でいいね
期待期待
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:03:35.51 ID:2VirUVWm0

【ある意味】

 翌日は朝早く目覚めて、自分で弁当を作ってから学校に向かった。

 朝のSHRで、文化祭のクラス委員が4-Eはジェットコースターをやることに決まった、と言っていた。
 なんでも、三クラスとの競合を制したらしいが、人気なんだろうか。

 そこから数分トントン拍子で係が決まっていって、俺とソラは当日の店番をすることになった。
 善くんはサッカー部の友達に誘われて、レーンだったりを造る係をするらしい。

 まあ、恐らくこれから一ヶ月間はずっとこんな浮ついたような雰囲気は変わらないだろう。
 高三生も最後の行事、学年ごとのスポーツ大会はあるらしいが、全校での行事は文化祭をもって最後となる。

 高校生活は何を言っていても過ぎてしまうのは早いのかもしれない。
 うきうき気分(大嘘)で入学をした俺だってほぼ何もせずに半年が過ぎようとしている。

 高校に入ったら何かが変わるかもしれない、と思っていても、実際はあまり変わらない。

 予想通り、一発目の授業からテスト返却。

 国語、解説を聞いてもさっぱりだった。
 漢文なんてほとんど授業でやってないし、明治文語文なんて出されても解けるわけがない。

 でも、なぜかクラスの平均点ぐらいの点数は取れていた。

 他の教科も返却されたが、平均ちょい上ぐらいだった。
 隣の彼は赤点だったらしい、謎が深まる。

 百点満点で平均点が三十二点ってのも問題かもしれないけど。

 ある意味自分の才能かもしれない。

89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:05:18.66 ID:2VirUVWm0

【保険】

 放課後を知らせるチャイムが鳴って、ソラの席へと向かう。

 補習の点数の人数が多すぎたために補習を免れたらしい。
 手で数えられる点数、と言っていたけどさすがに片手では無理だよな。

 点数を自慢するような人はクラスにはいないが、ある程度授業中の様子で成績は予想できる。
 べつに中入生に張り合おうってわけではないけれど、少しは気になるものだ。

 並んで廊下を歩く。

「最近音ゲーできてないわ」

 彼はそう言ってうがー、と唸る。
 掃除中の生徒の何人かがこっちを見ている。

「ここ数日の放課後何してたの」

「課題に取り組んでいる」

「ヒサシと?」

「そう、勉強しなきゃなんなくて」

「マジで」

「……まあ、あれだ。今は大丈夫だけどこの先どうなるかってやつだよ」

90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:05:55.04 ID:2VirUVWm0

「保険」

「そうそう、保険」

 頑張ってるな、とか言おうと思ったけれど、結局言わなかった。

 明日は我が身。俺だって危ないことは危ない。

 もうちょっとしたら進路希望を出して、文理選択なんかも決めなければならない。
 あんまり考えられていない、そういうの考えるの苦手だし、ついつい先延ばしにしてしまうものだ。

 しばし歩いて、職員室に到着する。
 コーヒーの香り、まだ採点が残っている先生は震えながら赤ペンを握っている。

「じゃあ、白石のことを連れてってやってくれ」

「了解っす! ヒサシ先生!」

「先生はいらんぞ」

 彼はビシッと敬礼をして、俺が何か話すタイミングもなく一緒に外に出た。

 俺も来る必要はなかったのかもしれない、と一人で徒労を惜しんでいると、ソラは中学校舎のほうへ足向きを変えた。

91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:06:56.09 ID:2VirUVWm0

「部活見に行くんだよな?」

「そうそう」

「何部なの?」

「行ってからのお楽しみな」

 足取りがやけに軽い。

 隣棟への渡り廊下を歩いて、人気の少ない階段をのぼる。
 奈雨とのことを思い出して、携帯を取り出したが、彼女からの連絡はまだきていなかった。

 一つの大きめの教室の前で、彼は足を止めた。

「じゃ、俺は役目を果たしたから帰るわ」

「え」

「今日ちょっと用事あんだよ! 悪いな、明日は顔出すって部長さんに言っといてくれ」

「ちょっ、ソラ……」

 じゃあな! と彼は手をあげて走り去る。

 きょろきょろとあたりを見渡してみても、人の姿は一つもないし、音だって外から漏れ聞こえてくる部活の音だけだ。

 留まっているのも嫌なので、一思いに教室のドアを開けることにした。

92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:07:51.05 ID:2VirUVWm0

【部?】

 ガチャリ、と鍵のかかっていないドアが開いた。

 見渡す。なかなかに広い。

 部屋の中には、机、椅子、パソコン、電子ケトル、ソファ。

 見覚えがある。
 ……というか、ここは昨日奈雨と二人で訪れた場所だ。

 ここ部室だったのかよ。

 頭を横に振って、変にもやもやとする気分をごまかしながら、人っ子ひとりいない部屋の中をうろつく。

 真っ黒の遮光カーテンを開けるとともに埃が舞った。
 床や入り口付近は綺麗なのに、こっちはだいぶ埃っぽい。

 けほ、と咳が出る。我ながらかわいい咳だ。

 ふと視線を移すと、窓に向けられたソファに、女の人が寝ていた。
 すぴーすぴー言っている。かなり熟睡しているらしく全く気が付かなかった。

 ソラの言っていた部長というのはこの人のことか。
 ネクタイの色を見る限り、高等部二年生。

93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:08:35.09 ID:2VirUVWm0

「あの」

 と言って、起こそうとしたけれど、彼女は一向に起きない。

 大きめのソファにすっぽりと収まる身体。さらさらのサイドテールに長い睫毛。
 見ていても仕方がないので、軽めに揺すってみる。

 起きない。

 彼女はイヤホンを耳にかけている。コードが延びて、ソファの先には型の落ちたウォークマン。

 漏れ出る音楽は、洋楽?

 このまま帰ってしまおうかと思ったけれど、どのみち話しかけることにはなると考えて、少々強引だが無理やり彼女の身体を起こさせた。

 イヤホンを取るとさすがに目が覚めたようで、彼女は目をごしごしと擦る。

「……だれ?」

「この部室に行けと言われまして」

 それ以外に言いようがないし。

 彼女はもう一度目を擦ったあとに、黒縁の眼鏡をかける。
 途端に知的に映る、偏見がすごい。

94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:09:44.00 ID:2VirUVWm0

「あー、君が……。ちょっと待ってね、お茶淹れるから」

 そう言って立ち上がって、ケトルでカップにお湯を注ぐ。
 初対面の俺が見てわかるくらいふらふらしている。

 適当に座っていいよ、と言われたものの、さっきまで人の寝ていたソファに座るわけにはいかず、パイプ椅子に腰かけた。

「……あ、言い忘れてたけど紅茶でいいよね?」

「いいですよ」

「はーい、おまちー」

 すぐに紅茶が出された。

「いらっしゃい、お名前は?」

「白石未来です」

「どうも、部長です」

 彼女は深々と頭を下げる。俺もつられて頭を下げる。

「じゃあ、さっそくこの入部届けに名前を書いてもらおうか」

「……いや、まずここ何部なんですか?」

「え、聞いてないの?」

「ソラに連れてこられました」
 
「あー、そらそらくんね……あのくるくるの」

「そうです、くるくるの」

 彼女はふう、とため息をついた。
 かと思ったらまた眠たげにあくびをする。

95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:10:25.86 ID:2VirUVWm0

「……白石くん入ってくれるよね?」

「ええ、まあ……」

「あ、忘れてた。……ここは何部でしょうか!」

 なかなかに緩いペースの人だな。こっちまで少し眠くなってきた。

 何部。と言われても……。

 彼女からの質問に解答を出すには、どうにも手がかりが少ない。

「パソコン部ですか?」

「ぶー」

「じゃあ、ワープロ部」

「ぶー」

「ええ……睡眠部」

「……それ、ちょっといいかも」

 同意されても困る。

 でもあれか、睡眠部。自分で言っといてかなり良さげだな。
 睡眠合宿、授業をサボって睡眠、放課後に睡眠。

 家で一人でできちゃうなそれ。

96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:11:12.19 ID:2VirUVWm0

「で、正解は何部なんですか?」

「正解は──」

 彼女は、いたずらっぽく微笑みながら、

「この紙とペンです!」

 と、俺にメモ帳程度の大きさの紙と青いシャーペンを渡してきた。

「今から入部テストをしちゃいます」

「あの、ですから何部なんですか?」

「いいからいいから、えっとね、じゃあそこにあるりんごの絵を描いてみよう」

 彼女の指の先には赤いりんご。
 うさぎのかたちに切られたものもおるが、描かせたいのは普通のまんまるのりんごのようだ。

「描け、って……見たままでいいですよね」

「うんうん、いいよ。好きに描いちゃって?」

 渡されたシャーペンの芯を出して、とりあえずメモ帳にアタリをとる。
 中学二年のとき美術の授業でやった覚えがある。

 部長さんは俺が描く姿をまじまじと見つめていた。
 ときどき漏れる「おお」とか「へえ」という声で少し落ちつかない。

97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:11:56.02 ID:2VirUVWm0

 言われるままにやっている自分もあれだけど、これが入部テスト? なら美術関係の部活と思って間違いはないだろう。

 漠然と見たままを写していても普通に難しいから、アウトラインと陰影だけに絞って描くことにした。
 どのみち絵なんて初心者だし、描いていれば彼女もわかるだろう。

 結局三十分足らずで描きあげた。

「これでいいですか?」

「……」

「……あの」

「え、っと……これでいいの?」

「はい」

「……うん、結構うまく描けてるね」

「……あり、がとうございます」

 そう言われるなんて思ってなくて、変な返事になってしまった。

「白石くん、合格! 入部を許可しまーす」

「……」

 ぱちぱちぱちー、と大げさに拍手をして、彼女は誇りのかぶった大きいボードを部屋の端っこから持ってきた。

98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:13:08.77 ID:2VirUVWm0

 それには、ひらがなで「いらすとぶ!」と書かれていた。

「……イラスト部?」

「そう、イラスト部! これからよろしくね」

「俺、絵は全然描けないですけど」

「いいのいいの。みんなで楽しく落書きしようってゆーのがモットーなのです!」

 なのです! ってもなあ……。

「ソラは入るって言ってたんですか?」

「うん、なんかね、自給自足とか言ってたよ」

「それは、どういう」

「……んー、たしか、美少女を描けばオカズ? にできるとかなんとか」

「さすがに絵を見てごはんは食べれないよねー」と笑いながら彼女は言う。

 ていうか普通にオカズってそのオカズだよな……。
 あいつマジで女子(しかも先輩)に向かって何言ってんだよ。

99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:13:52.39 ID:2VirUVWm0

「でも、絵描き初心者の俺とソラを引き入れるなんて、そんなに困ってるんですか?」

「ほら、春に部活紹介と部活体験ってあったじゃない?」

「ああ……体育館でありましたね」

「えっとね、私の二つ上には先輩がいたけど、一つ上は部員がいなかったから、私が去年から部長でね。
 部活紹介のときにうとうとしてこの部屋で寝てたら、イラスト部の時間が終わっちゃったの」

「……はあ」

 そんなに興味はなかったから流し流しで聞いていたけれど、イラスト部について微塵にも記憶にないってことは、本当にそうだったみたいだ。

「で、そんな失敗をしちゃったら私一人しか部員がいないじゃん、となりまして」

「……」

「ヒサシちゃんに頼んだら、なんとかしてくれるって言ってくれてね。
 冬休みまでに私を入れて五人集めれば、廃部にはならないってなったわけですよー」

 ドヤ顔、なぜだ。

100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:14:53.50 ID:2VirUVWm0

「つまり、部活に入りたい俺らと部員が欲しい先輩で、利害が一致してると」

「そう! うぃんうぃんだよ!」

「ウィンウィン……」

「……入ってくれないの?」

 じと目でぷくーっと頬を膨らます。

「い、いや、入りますよ」

「え!」

「……入りますけど、部活あんまり顔出せないかもしれないですよ」

「えー私、幽霊は認めません」

「……」

 こっちが「えー」だ。
 入ってもいいけど、貢献できるかわからない、というか貢献は全くできないのに、わざわざ入り浸る必要性はない。

101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:15:20.86 ID:2VirUVWm0

「活動日は週何日ですか?」

「毎日!」

「冗談ですよね」

「えー、でも、せっかく部員が増えたらみんなでわいわいしたくない?」

「て言っても三人ですよ?」

「あ……お茶飲みにくるだけでもいいよ?」

「……なんか、めっちゃ適当ですね」

「できればお茶を淹れてくれればベストです」

「まあ、それくらいなら」

 なぜか妥協してしまった。
 マクドナルド理論。全く違う。

「明日そらそらくんがくるって言ってたから、白石くんもきてね?」

「わかりました」

102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/02(土) 01:16:43.02 ID:2VirUVWm0

 了承すると、ふんふーん、と部屋中をスキップで駆け回る。

 精神年齢五歳くらいなんじゃないか、この人。
 普通に失礼だけど、さっきからずっとそんなテンションだ。

「──あ、そういえば、先輩の名前訊いてませんでした」

「私の名前?」

「はい」

 私の名前はー、とすらすらさっきまで俺がデッサンもどきをしていた紙に整った文字が書かれていく。

「土に時って書いて『ねぐら』って読むの! 珍しいでしょー」

「……下は、こより、であってますか?」

「そう! 胡に依で胡依! かわいいでしょ」

「じゃあ、胡依先輩って呼びますね」

「おふ……先輩っていい響き」

 なんか興奮していらっしゃる。

 苗字も絶妙に決まっているし、言動も不思議な人だ。

 でも、なんだかこの部活にいたら退屈しないかもしれない。

 まあ、胡依先輩の言う通り、お茶汲みくらいなら、家に帰ってぐうたらしているよりも、
 ここで何かをしているほうがよっぽど楽しいことが起こるのかもしれない、とぼんやりながらもそんな考えを抱いた。

103 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/09/02(土) 01:17:12.67 ID:2VirUVWm0
本日の投下は以上です
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/02(土) 10:29:31.11 ID:YOFOQU0no
105 : ◆9Vso2A/y6Q [sage]:2017/09/02(土) 11:15:48.31 ID:2VirUVWm0
訂正
>>97
誇りのかぶった→埃のかぶった
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/02(土) 23:03:02.79 ID:U91WiEjTo
乙です!
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:34:09.64 ID:0AW4qNkn0

【夕暮れ】

 それから少し胡依先輩と話をして、部室をあとにした。

「これ持ってっていいよ!」と、いくつかのものをもらって、果物なんかももらった。

 この季節らしい、もうすぐ秋がやってくる。
 暦の上ではまだ八月ではあるけれど、今年の夏はあまり暑くならなかったからか、もう夏と秋の境界と言われても特に驚かないくらいだ。

 秋といえば、まったりと過ごすのが一般的な過ごし方だろう。
 自分だってその枠から外れずに、本を買って読んでみたり、焼き芋を食べたりしてみようかな、と思う。

 自販機で缶コーヒーを買う。さすがにまだあたたかい飲み物は入っていない。
 もうちょっとしたらコーンポタージュなんかもでてくるんだろうか。

 三階まで降りて、中学棟と高校棟を繋ぐ渡り廊下に出た。

 部室を訪れていた間も奈雨からの連絡はなくて、こっちからラインを送ってみるも、「ちょっと待ってて」とひとこと返ってきたっきり、その後の返信はなかった。

108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:35:06.81 ID:0AW4qNkn0

 返信があった手前、忘れてるわけではないとは思うけど、彼女は連絡がまめなタイプだから、少し不安になる。

 まあ、何もなくてもそういうことはあるが。

 西の空を眺める。夕日が射している。
 風が冷たく吹いてきて、夏服ではだいぶ肌寒さも感じる。

 なんとなく携帯を取り出して写真に収める。
 いろいろと風景だったり景観だったりを撮ることが多くて、写真フォルダにはそういう写真ばかりがたまってきている。

「おまたせー」と後ろから声がして、振り返った。

「ごめん、ちょっとクラスでばたばたしてて」

「大丈夫だよ」

「……待った?」

「ぜんぜん」

「よかった……じゃ、お兄ちゃん行こっか」

 二人並んで歩き出す。
 夕暮れ時だというのに、ここを通る生徒の姿はない。

 うまく形容できないような、そんな不思議な気持ちになるのはどうしてだろうか。

109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:35:45.02 ID:0AW4qNkn0

【重そう】

「なんか、今日ちょっと楽しそうだね」

 かちゃり、とフォークを皿に置いて、彼女は話しかけてきた。

「そう?」

 俺も手を止めて、そう聞き返す。

 駅前の女子ウケの良さそうなパンケーキのお店。
 おしゃれで洋風の内装、デフォルメされたくじらのぬいぐるみが複数置いてある。

 着く頃には外はもう真っ暗になっていて、店内の明かりが目に眩しい。

「うん……気のせい、かな?」

 言いながら、彼女は小首をかしげる。
 すごいかわいい(語彙力)。

 冗談は置いといて、ここにいるとアウェー感が半端ない。

 周りを見渡しても女の人ばかり。見た感じカップルの男もいるにはいるが、服装やらなんやらで女の人と同化している。

「自分ではわからない」

「まあ、そんな感じに見えなくもないってこと」

「どっちだよ」

「……どっちも?」

 そういうことにしておこう。

110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:36:52.05 ID:0AW4qNkn0

 前菜っぽいサラダを食べ終えると同時に、お店の人がパンケーキを持ってきた。

「……おおー」

「ん?」

「……いや、そのね。お兄ちゃんのやつも美味しそうだなって思って」

「それなんだっけ」

「いちごきいちごらずべりーばななまうんてんくりーむ!」

 聞き取れなかった。

「俺のやつは?」

「なんだっけ、えっと……イチゴチョコバナナホイップ?」

「見たまんまなのね」

「お兄ちゃんこういうお店来たことないの?」

「ないよ、悪いか」

「……ふーん」

 彼女の皿を改めて見る。

 厚いパンケーキ、同じ。
 果物、まあ同じ。
 ホイップ、……うん。

 普通にボリューミー。SMLのMであれなんだから、Lってどんな魔境なんだろうか。

 全くわからないし呪文のような注文をする他の客にたじろいでしまって、彼女に注文を任せたが、ここではそれでいい。

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:37:33.09 ID:0AW4qNkn0

「奈雨はよく来るの?」

「うーん……ここに来たのは初めてだけど、友達付き合いとかで」

「へえー」

 女の子から友達付き合いなんて言葉が出てくるとは思わないよな、普通にビビる。

「この蜂蜜を、どばーっとかけて食べるとほっぺが落ちるんだよ」

 いただきまーす、と言って、本当にどばーっとテーブルに置いてある蜂蜜をかける。

「んー! おいしー!」

「……」

「お兄ちゃんも食べなよ」

 パンケーキの一切れをフォークにぶっさして俺に向けてきた。

「なに」

「あーん」

112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:38:27.41 ID:0AW4qNkn0

「……」

「もしかして、あーんって知らない?」

「いや知ってる」

「……こんなかわいい子にあーんしてもらえるんだよ」

「自分で言うかね」

「いいから、ね?」

 押し付けられる。なんだかんだ言って初めてかもしれない。

 食べてから、間接キスじゃん、とあたりまえのことが頭に浮かんだ。
 直接より間接のほうが緊張する。わけない。

 隣の席の人が五段(五枚?)重ねのパンケーキを食している。
 しかも見た目が華奢な女子大生くらいか? あれ俺は食べきれなさそう。

 ここらへんだと結構有名なオムライスの専門店に家族で行ったときのことを思い出す。
 佑希より食べれなかった。ビーフシチューオムライスが美味しかった。それだけ。

「じゃあ、俺のもあげる」

「いいの? ありがとう」

「どうぞ」

「……んー、あまくておいしー」

「それはよかった」

113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:39:06.89 ID:0AW4qNkn0

 えへへー、と彼女が嬉しそうに笑う。

「写真とか、撮らなくていいのか?」

「……んー、わたしそういうのあんまり好きじゃないの。
 食べ物は美味しいうちに食べちゃいたいし、SNSもライン以外やってないから」

「そうなんだ」

 珍しい。
 ぱしゃぱしゃしてる人をよく見るから、奈雨も御多分に洩れずそうなのだと思っていた。

「あ、わたしとのツーショットが欲しいのか」

「ちがうわ」

「またまたー、そんなこと言って。
 せっかくだし店員さん呼んで撮ってもらおうね」

 そう言って、本当に店員さんを呼んで写真を撮ってもらった。

 なんかやけに恥ずかしいな、奈雨につられてピースなんてしちゃったし。

114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:39:55.52 ID:0AW4qNkn0

「今日ね、遅くなっちゃったのは文化祭のクラス展示について話し合ってたからなんだ」

「……放課後まで?」

「うん、なんかみんなやるからには最優秀賞を獲ろうって本気になっちゃっててね」

「最優秀賞なんてあるんだ」

「今年はどうか知らないけど、賞金二万円もらえるらしいよ。
 そいえば、お兄ちゃんのクラスは何になったの?」

 どこからそのお金が出ているのでしょうか。
 OB会とかかな、うちの学校無駄にそういうの強いし。

「ジェットコースター」

「人気だよね」

 やっぱりそうだったのか。

「……奈雨のクラスは?」

「えっと、ミュージカルか演劇みたいなのを体育館でやるって決まったみたい。
 五年連続そのどっちかが最優秀賞獲ってるらしいから、それしかないだろ、って委員の子が言ってた」

115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:40:26.21 ID:0AW4qNkn0

「随分とベタだな」

「そりゃ、中高生なんてそんなものでしょ」

 達観してるな、中学生のくせに。
 歳は一つしか変わらないのに、どうしてこうも違ってくるのだろうか。

 性別? ではないだろうし。

「それでね、今日の話し合いで、わたしが主演になったの」

「……え、マジで?」

「まじ」

 まっすぐ見つめられる。

「……あんまり自分からやりたいとは思わないけどね」

「……」

「反対する人は一人もいなくて、みんなわたしがやるって決まったみたいになってたから、断るにも断れなかった」

「でもまあ、悪い気はしないよね」と、彼女は仕方なさそうに笑った。

116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:41:07.36 ID:0AW4qNkn0

 奈雨も……こんなふうに笑うんだ。
 なんて、拙い感想が頭にぽーっと浮かんだ。

「どうして、クラスのみんなは奈雨にやらせたがるの?」

 訊いてはいけない気もしたけど、訊かずにはいられなかった。
 もしかしたら……が浮かぶ時点で、放置するのは心もとない。

「……あ、ちがうよ? そういうんじゃないから」

「そういう、って?」

 我ながら意地の悪い質問。

「……ただ、わたしがみんなに期待されてる、というか」

「うん」

「わ、わたしがかわいいのが悪いんだよねー」

 俺から目線を逸らして、毛先をくるくると遊ばせる。

 嘘は、まあついてないんだろう。断定ができるほど、俺は彼女について知っているとは言えない。

117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:42:10.84 ID:0AW4qNkn0

「お兄ちゃん、もう食べ終わっちゃった」

 奈雨の手元を見る。パンケーキをすでに完食してしまっていた。

「ちょっと食べる?」

「……え! うん、でも太りそう」

「痩せてるから大丈夫」

「昨日お兄ちゃんがわたしのこと重そうって言ったんじゃん」

「あれは料理が重そうって話」

「ほんとに?」

「ほんとに」

 奈雨はじーっと確認するように俺の目を眺める。
 それから数秒そのままだったけれど、結局は諦めたようにため息をついた。

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 21:42:51.96 ID:0AW4qNkn0

「……じゃあ、遠慮なくいただきます」

「うん、食べろ食べろ」

 正直甘いものは多くは食べられなかったから助かった。

 俺も手をつけながら、目の前でパンケーキを美味しそうに頬張る女の子を見る。

 彼女が自分で言うとおり、容姿も、性格も、人受けするし整っているとは思う。
 だからこそ、と考える。でも同時に、どうせ、とも考える。

「どうしたの? 手止まってるけど、ぼーっとしてるとわたしが全部食べちゃうよ」

「……」

「今こいつ太るなって思ったでしょ!」

「思ってない」

 ちょっと思った。でも、口に出さなければセーフだろ。

 顔に出てたならもろアウト。

 ……まあ、普通に出てたんだろうな。

119 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/09/04(月) 21:43:17.74 ID:0AW4qNkn0
本日の投下は以上です
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/04(月) 22:17:48.97 ID:6HHn0OQLo
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 00:48:35.69 ID:OqD0+WRY0

【実践あるのみ!】

 家に帰ると、佑希がソファですやすやと寝息を立てて眠っていた。
 テーブルの上の書置きによると、父さんは泊まりで仕事で、母さんはもう寝入ってしまったらしい。

 薄いタオルケットを持ってきて彼女にかけた。

 お値段以上ではなくて西洋風のお店のやつ、超どうでもいい情報。

 彼女は身体が強い割に、風邪をひくと拗らせて長引くことが多い。
 仮に風邪を引いても無理して学校行くだろうし、日中看病できる人もいないしで、なったら面倒だ。

 兄の務め。これくらいはしないとな。

 椅子にだらんと座って、胡依先輩にもらったものを取り出す。

 いろいろな硬さの鉛筆。
 コピック? とにかく色塗るやつ。
 スケッチブック。
 無印のメモ帳、剥がして使える。普通に便利そう。

 帰る間際に、なんでもいいから明日の放課後までに好きなものを描いてきて、と課題が出された。

 実践あるのみ! なんて、横ピースをつくりながら彼女は言っていたけれど、俺は彼女に絵を描くとはひとことも言ってない。

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 00:49:28.40 ID:OqD0+WRY0

 それでも自然とメモ帳に落書きを描きはじめていた。

 ……というのも単純な理由で、絵を描くのはだいぶ好きなほうだから。

 中学の時はつまんない授業(主に技術家庭とか技術家庭とか)の教科書は落書きだらけだった。
 小学校では校庭でドッジボールをするよりも自由帳に絵を描いたりトランプをするのが好きだった。

 インドア気味の自分にとっては、趣味までとはいかずとも、数少ない楽しいことの一つだ。

 部屋から漫画を取ってきて、キャラの模写をしてみる。
 これも小さい頃はよくやっていたことだ。

 その時はたしか顔だけ描いて満足していた気がする。
 事実を言えば身体のラインを取るのが難しくてうまく描けなかっただけなのではあるが。

 でも、いつからか暇な時間や隙間の時間に軽く勉強をするようになって、そういう機会は減ってしまった。

 りんごのデッサンとは違って、鉛筆がすらすらと進む。
 思い入れのあるキャラ(このあとすぐ死ぬ)は漫画をほぼ見なくても描けた。

 友達の中でこのキャラが好きなのは俺だけだったような覚えがある。

 みんなで楽しく描く、が部のモットー。

 ざっくりとメモ帳四枚分を描いてみた。
 携帯でコピックでの色の塗り方を検索する。なかなかに難しそうだ。

 半紙にさーっと塗ってみても、画面に出ているようなグラデーションがうまく出せない。

 色を塗ってこいとまでは言われなかったけれど、ここは気になるところだ。

 明日胡依先輩に持っていって訊いてみよう。

123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 00:50:24.94 ID:OqD0+WRY0

【逃避】

 ほらね、と誰かが言う。

 わざわざバカじゃないの、と誰かが言う。

 逃げ出したくせにノコノコ戻ってきたんだ、と誰かが言う。

 そういうもの。
 割り切れずにいる嫌な思考。

 諦めたら何も残らない。
 でも、諦めなかったとして、何か残るものなんてあるのだろうか?

 その何かを成し遂げるために、それこそ、大げさだけれど命を懸けて取り組んだとして、それで取り返しのつかない失敗をしてしまったらどうする?

 諦める/諦めない、の間にあるのは自分が満足するかどうか、あるいは他人に認められるかどうかだ。

 ……けれど、その自分が満足するかどうかだって、他人からの評価がつきまとう。

 どうせ負けてしまうなら何もしなければいいよ。
 頑張って努力して、それでも越えられない壁があって、そこで打ちひしがれるくらいなら、最初からやらなければいいじゃないか。

 負け続けることと、負けに慣れてしまうことは、似ているようで全く違うもの。

 "そこ"にぶち当たった時に、自分はどうするのか。
 性懲りもなく努力を続けるのか、向いてなかったんだ、と諦めるのか。

 自分なりに、自分のためにやっているから他人は関係ない。

 どうしたら、そんなことを言えるのだろうか?

124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 00:51:11.93 ID:OqD0+WRY0

【萌え?】

 やわらかな朝の日差しで目覚めた。

 昨日は結局日付が変わるまで絵を描いていて、
 佑希を風呂に入れたあとに自分も風呂に入って、上がってそのままベッドに倒れこんだ。

 起き上がると、携帯から遅れたアラームが鳴った。
 警告音。いつもはこれでよく目覚めるけれど、いかんせん心臓に悪い。

 朝食と少なめの昼食を作って家を出た。
 朝練があるだろうけど、まだ彼女は眠っているはずだ。

 外に出て歩けばすぐに学校がある。

 なんとなく、先輩はもう部室にいるような気がして、中学棟のほうから四階まで上がった。

 体育館からはボールの跳ねる音、こんなに早い時間から外周をしている部活だってあった。

 ドアの取っ手を握る。

 考えてみれば当然かもしれないけど、ドアはしっかり施錠されていた。

 反対側の窓を開けて、冷たい風を廊下に送り込む。
 ずっと閉め切られていた学校はやはり暑い。

 することもなくて、メモ帳とスケッチブックを取り出して自分の絵を眺める。

125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 00:52:02.65 ID:OqD0+WRY0

 漫画の絵。携帯で適当に検索した画像の模写。

 一夜置いてみると、あまりうまく描けたとは思えなくなっていた。
 自信たっぷり解けたと思っていた問題が、試験時間の終わりとともに急に不安になることと似ている。

 学生からしたらありがちなこと。

「おはよー」

 寝惚け眼を擦りながら、階段のほうから声をかけられた。

「おはようございます」

「はやいね」

「……うち、学校のすぐ近くなんで。胡依先輩もこれぐらいなんですか?」

「うん、いつも始発で来てるよ」

 彼女はふわー、とあくびをしながら、鍵を使って部室を開けた。

 そのままふらふらした足取りで部屋の電気をつけて、奥の窓に手をかける。

「お茶淹れますか」

「……おお、ありがとー」

 棚をいじって、紅茶のパックを取り出す。
 あんまりわからないけど、多分いいとこのやつ。どうりで昨日美味しかったわけだ。

 小さい冷蔵庫には牛乳があって、それを入れて欲しいと言われた。
 こういうのは常温のほうがいいと思うけれど、まあ大丈夫だよな。

126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 00:52:55.62 ID:OqD0+WRY0

 カップをテーブルに持っていくと、「ね、そういえば」と胡依先輩に呼び止められた。

「昨日から思ってたんだけど、どこかで会ったことある?」

「……俺と、ですか?」

「うんうん、見たことあるよーな……」

「初めて会ったと思いますけど」

「んー……そっかあ」

 先輩は首をひねる。

「まあ……同じ学校ですし、校内で見たことあるとかじゃないですかね」

「でも、うち中高合わせて千人くらいいるよ」

「そんなにいるんですか」

「……あ、もしかして白石くんって高校から」

「はい、ソラもですよ」

 うんうんと頷かれる。
 ひと学年百七十人で中高合わせて六年だから、単純計算でも千人以上か。

 反応的に、胡依先輩は中学からの人か。
 年によって違うらしいけど、今年は普通科十人、特進五人の募集だったから、高校からの人を見つけるほうが難しい。

127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 00:54:05.71 ID:OqD0+WRY0

「それ描いてきたの?」

「えっと……いくつか、模写ですけど」

「どれどれ、見せてみんしゃい」

 お願いします、と言って、彼女に描いてきたものを手渡す。

 ぱらぱらとページを捲る音が響く。

「先輩はどんな絵を描くんですか?」

「……んーと、ちょいとそこのノーパソの電源入れてみて」

 言われるままに、転がっているノートパソコンのスイッチを押す。

「入れましたよ」

「そしたら、『らくがき』ってフォルダあるから、それクリックすると昔描いたのが見れるはず」

 開くと、画面いっぱいにデジタル絵が並んでいた。
 おお、と思いながらスクロールすると、風景画から人物画まで、幅広くいろいろなものが描かれていた。

 素人目で見てもかなり上手い。
 なんつーか、俺の絵とは違って線が一本ちゃんと取れてる?

128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 00:56:09.13 ID:OqD0+WRY0

「これ、ペンタブで描くんですか?」

「……どの絵?」

「向日葵畑のやつです」

「あー、それはたしか液タブで描いたやつかな……?」

 液タブ……液晶タブレットか。
 iPad的な。機械を使って絵を描いたことはもちろんないから、そこらへんには疎い。

「てかてか、白石くん絵上手いじゃん!」

「そうですか?」

「うん、さすが私が見込んだだけあるなって思ったよー」

 見込んだというか、俺が勝手に来たんじゃなかったっけ。

 きっとお世辞だろうけど、それでも褒められると嬉しいな。

「この漫画、私も好きなやつ」

「うちに全巻ありますよ」

「……え、読ませて」

「今度持ってきます」

 へんな約束。

 まあ、先輩がかなりフレンドリーな人だから、こっちも気疲れしなくて済むみたいだ。

129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 01:01:49.87 ID:OqD0+WRY0

「白石くんって手首を使って描くタイプ?」

「手首……」

「あ、えっとね。絵を描くときには、紙を固定して手首で描くのと、腕を移動して描く二つがあるの」

「先輩はどっちですか?」

「うーんと、腕を動かすほうかな、私はデジ絵だとそのほうが描きやすいと思うから」

 手首か腕か。

 その場でいつも絵を描いているときの様子をイメージしてみる。

「……よくわからないですけど、多分手首で描いてますね」

「そうだよね。あれでしょ、チラシの裏とかに落書きするタイプ」

「あってます、すごいですね」

 でしょー、とドヤァなんていう効果音がつきそうな目を向けてきた。

 やっぱり、見る人が見ればわかるものなのか。

130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 01:02:23.95 ID:OqD0+WRY0

「なんか、見てて思ったんだけど」

「はい」

「白石くんは、どっちかと言うとかわいい絵柄が好きでしょー。
 目の描き方とか、身体のラインとか、男なのに女らしく見える気がするよ」

「それは、意識したことないですね」

「……なんだろう、深夜アニメとかよくみる?」

「いえ」

「えー、そっか……。輪郭の丸さとか、女の子がきゃっきゃうふふしてジャンプするアニメっぽいなって」

 百合アニメですね、はい。

 ソラが音ゲーからハマったとかでそういうのが好きだからおすすめされて何作か見たことはあるけど、そんなんで影響されたりするんだろうか。

「先輩はそっち系のアニメみるんですね」

131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/07(木) 01:03:36.00 ID:OqD0+WRY0

「うん、みるみる」

 あれは大きいお兄さん向けだと思っていた。
 まあ、あれか。ニチアサのとかショッピングモールのゲームコーナーに並ぶなんちゃらおじさんと同じ類。

 女の人向けのはずなのに男の人が多い謎。

 胡依先輩は、ちょっと待ってね、と棚から漫画を何冊か取り出して、俺の前に持ってきた。

 見たことがあるタイトルもいくつか。やはり絵柄はかわいめだ。

 出版社を爆破する漫画もあった。
 これは違うだろ、ちょっと面白いしラインのスタンプ買ったけど。

「貸してあげるから、何冊か読んでみて」

「布教ですか?」

「そうです!」

 予鈴が鳴って、渡されたなかから数冊を鞄の中に入れて教室に向かうことにした。

 胡依先輩は今から睡眠をとると言っていたが、あの人は授業出なくていいのかな。

132 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/09/07(木) 01:04:22.11 ID:OqD0+WRY0
本日の投下は以上です
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/07(木) 01:53:38.37 ID:XObmVZbMo
おつ
134 : ◆9Vso2A/y6Q [sage]:2017/09/09(土) 11:55:29.72 ID:RsEnnpw50
おそらく四、五日程度更新できません。
連絡用その他にブログ作っておきました。前に書いたのも随時修正を加えてまとめていきます。
http://vso2a.hatenablog.com
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/10(日) 13:08:47.43 ID:NFKS9Tgv0
まってる
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:30:52.71 ID:BAzZeNB60

【視野】

 放課後になり、入部届けをヒサシに提出してから部室に向かった。

「ほんとに入るの?」と、彼は驚いた様子で書類を受け取った。
 ソラはもうすでに提出していたらしい。それもそうか。

 教室では着々と文化祭の準備が進められていた。
 日ごとに部活が休みの人が有志でいろいろなものを作っているが、ほぼ全員がやる気に満ち溢れている。

 賞金とかは特に狙っていないっぽい。
 でも、クラス費との差額は打ち上げその他に回せるから頑張ろう、ということらしい。

 部室に入ると、ソラが窓から校庭を眺めていた。

「入部届け、ちゃんと出してきたよ」

「おー」

 彼はずっとぼんやりしている。
 魂が抜けたみたいだ。教室ではそんなこともなかったような気がするのに。

137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:32:04.02 ID:BAzZeNB60

「胡依先輩は?」

「コンビニ行ってくるってさ」

「そう」

「うん」

 今日は金曜日。
 つまり明日は土曜日。

 夏休み明け最初の休み。特段なにもすることはないが、それはそれでいいことだ。

 胡依先輩から借りた漫画を棚に戻して、その続きの巻を読むことにした。

 その前までのものは業間と昼休みに読んだが、なかなかに面白かった。

 表紙の一枚絵が目をひく。捲って数ページの絵もかなり好み。

 雰囲気を楽しむもの、と聞いていたが、キャラも立っているし、
 作品にもよるかもしれないけど、先輩にすすめられたのは、ただ平穏な日々が流れていくだけではなくて、ちゃんとテーマがあるように思えた。

 一貫性のある行動はいろいろと身に刺さる。
 自分がそうでないから、自分ができないから。

 まあ、フィクションだからって言えばそれしかないけど、この学校にいると、それを感じることが多い。

138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:32:43.02 ID:BAzZeNB60

 純粋なもの。きっと、楽しさややりがいがついてまわるもの。
 こうすると決めたら徹底してやり抜く態度。

 その意味での気概。慎始敬終。徹頭徹尾。毒を食らわば皿まで。

 ……うーん。やっぱり自分には難しい。

 思考の焦点が逸れた。
 キャラのかわいさに関して言えば、こういう絵柄はだいぶ自分の好みと重なっている。

 キャッチーで、華奢かつ細部が丸っこくデフォルメされた女の子(男もたまにいるけど)。

139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:33:39.33 ID:BAzZeNB60

「ただいまー」

 がらっと勢いよくドアが開けられた。
 あたりまえだけど胡依先輩が来た。手にはポリ袋を引っさげている。

「どーも」

「おつかれさまです」

 さすがのソラでも先輩には礼儀正しいか。
 俺はというと、出会って二日かそこらなのに、かなり馴染めたかもしれない。

 いい傾向。今のところは。

「白石くん、紅茶よろしくー」

「ミルクティーにしなくていいですか?」

「迷うなあ……」

「じゃあ紅茶で」

「白石くんの好みでいいよ」

 俺が紅茶の気分だったから。まあ、それだけだったけど、意見が一致するのはありがたい。

 お湯を沸かして、三人分の紅茶を準備した。
 どうでもいいところで家事スキルを発揮。こんなの誰でもできるけど、胡依先輩には好評のようだ。

140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:34:37.12 ID:BAzZeNB60

「ケーキ買ってきたからみんなで食べよ」

「ゴチになっていいんですか?」

 ソラが窓際からすぐにテーブルの方へと移動してきた。

 一緒にいていつも思うけど、こいつ食欲半端無いな。

「どうぞどうぞー。これは、私からの入部祝いということで」

 彼女がショートケーキを、彼がモンブランを取ったので、俺はチョコケーキを食べることにした。

「そらそらくん、元気は出た?」

「……絶望の淵ですかねえ」

「まあ、最初はみんなそうだと思うよ?」

「で、でも……なんつーか、ここまで下手だと」

「がんばろ! ね、白石くん」

「……なんの話ですか?」

 訊ねると、これだよ! と、ソラがメモ帳を取り出してきた。

 数ページに渡ってびっしりと絵が描いてある。

141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:35:09.89 ID:BAzZeNB60

「何度描いても、女の子がうまく描けないんだよ」

「……へえ」

「手とか腰回りとか、がんばって柔らかくしようと思うんだけど、どうにもゴツくなっちゃうんだ」

「そらそらくんは、白石くんと正反対なんだよね」

「そうそう」

「りんごのデッサンしてもらったときとか、新たな現代アートかと思っちゃったよ」

「ははは、めっちゃむずいっすわアレ」

 さりげなく現代アートを愚弄したような気もするが、気にしないでおこう。

 そういうあなたには、こんな本を授けます! と、萌え系の絵の画集をソラに手渡した。

「模写あるのみです」

「あざっす」

「とにかく、がんばろうね」

「へい」

 なんかすげえな胡依先輩。
 先生みたいだ、素直に従えてしまっている。

142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:36:17.60 ID:BAzZeNB60

 ゆるふわ系のオーラってわけでもないんだけど、気が付いたらペースを握られてしまう、みたいな。

 年上のなせる技……なのかなあ。

「白石くんは、漫画はお読みになりましたか?」

「あ、はい。面白かったですよ」

「どこらへんが?」

「一番は……やっぱりキャラのかわいさですかね」

「うん、よろしいよろしい」

「特にこのツインテールの子がかわいいですね」

「おー、じゃあ私と結構趣味が合うのかもね。
 あとあと読み進めてくと、その子の闇っぽい部分も出てきて、でもそこがまたかわいいんだよ」

 闇と病みで解釈が違うと思うんですけど。多分闇の方だと思うけど。

「そらそらくん、最初に見せてくれた車の絵はもう描いてくれないの?」

「そうですね……。車みたいに、女の子もささっと描ければいいんすけど」

143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:37:03.80 ID:BAzZeNB60

「えー、でも、私的にはそらそらくんの車の絵はじっくり描いたんだー、って思えたよ」

「あざーす」

 彼は嬉しそうに笑った。やはりわかりやすい。

 それにしても、物を描くっていう選択肢はハナから消していた。
 ここはイラスト部だから、何を描いても特に問題はないわけか。

 先輩も風景画とかは描いていたし、そっちのテイストも悪くはないかもしれない。

「ていうか、胡依先輩」

 授業中にふと考えたことを思い出した。

「なーに?」

「俺とソラと胡依先輩で、まだ三人じゃないですか。
 あと二人の部員はどうするんですか?」

 俺からの質問に、彼女は首をかしげて、数秒静止した。

 それから、んーと軽く唸ったあとに、紅茶のカップに手をつけて、そのあとに口元に手を置いて考え込むような仕草を見せた。

144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:37:36.39 ID:BAzZeNB60

「……どうしようね」

「考えてなかったんですか」

「そうなのですよ、二人が入部してくれたことが嬉しくてすっかり忘れてた」

「先輩って結構抜けてるとこありますよね」

 思ったままを口にした。
 案外すんなりと、自分でも不思議。

「……ほら、抜けてる女の子はモテるってどこかで見たような」

「俺にモテてどうするんすか」

 向かいの席でソラがぴくっと反応したが、気付いていないフリをした。

 こいつ、もしかしてアレか、アレなのか。単純なのか。

「んー、やっぱり女の子が欲しいよね……」

「ですね」

「え、そらそらくんもそう思う?」

「うぇるかむ! 女子!」

「いえーい」

「いえーい!」

 ハイタッチして盛り上がっている。
 単純男子と単純女子。半分は偏見だけど、ソリは合っているらしい。

145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:38:05.57 ID:BAzZeNB60

「二人は、姉妹とかこの学校にいないの?」

「いないっす」

「妹がいます」

「何年生?」

「高等部一年で、同い年ですね」

「え、じゃあ双子なの?」

「そうですね」

 と言っても、似ても似つかない。

 顔のつくりに関しては似てるとよく言われるけど、それ以外の、そもそものスペックが違いすぎる。

 よく言えば以下。普通に俺の意思抜きで言えば未満。
 比較対象ですらないのかもしれないけど、まあそこらへんは。

146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:38:45.18 ID:BAzZeNB60

「その子も、高校から入ったの?」

「いや、妹は中学からで、部活は陸上部に入ってます」

「……うー、運動部かあ。じゃあダメだね」

「やっぱり幽霊は嫌なんですか」

「うん、幽霊でよかったらクラスの友達に頼んでるし」

 このままだと本当に廃部になりそうだ。
 中学上がりなら、ほぼ全ての人が入部しているだろうし、朝にも感じたように、高入生を見つけるのはかなり難しい。

「胡依先輩はアテとかあるんですか?」

「無い!」

「そうですか……」

 自信満々に言わないでいただきたい。

147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:39:27.87 ID:BAzZeNB60

「だからね、そらそらくんと白石くんにお願いしたいなー。
 新入部員、できれば女の子がいいけど、男の子一人でもいいから、ね?」

「俺知り合い少ないですよ」

「そらそらくんは?」

「うーん」

 ソラは俺よりも知り合いは多いけど、それにだって限りはある。

「ヒサシに訊くってのは?」

「……あー、でも私と同級生には入ってくれそうな子はいないってヒサシちゃん言ってた」

「難しいっすね」

「……ま、私も考えとくからさ。入ってすぐで悪いけど、二人も考えといてくれると嬉しいな。
 一応猶予は冬休みまで……あと三ヶ月くらいはあるから」

 それきりその話題は打ち切りで、時間も時間だし解散しようとなった。

 続きを家で読むために借りていいかを訊ねると、またおすすめ数冊と、今度はアニメのブルーレイディスクを押し付けられた。

 収集力が素晴らしい。これが本物のオタクか。

148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:39:56.72 ID:BAzZeNB60

【すきま】

 翌日、昼過ぎに目覚めてリビングに向かうと、佑希がもそもそとパンをかじっていた。

 服装からして部活は午前だったらしい。
 怠惰な兄とは違って朝から活発なこと。

 夜更かしは良くないとはわかっているけど、ついついお絵描きをして、それから渡されたアニメをみてしまった。

 大抵のアニメは、一クール十二話もしくは十三話だから、ぶっ続けでみれば六、七時間で全てに目を通せる。

 自分は続きがすぐにでも気になるタイプで、
 文庫本の上下巻とか、映画の続編とか、そういうものは最初にまとめて全シリーズ買ったり借りたりするものだ。

 ただしダイハード、テメーはダメだ。

 回を追うごとにクソ化が進行しているように思える。

 もちろんベストは最初のやつ。
 爽快感がまったく違う。

 ブルースウィルスのフレッシュさの問題もあるが、やはりアランリックマンの存在が良さを際立てている。
 ハリーポッターのスネイプ先生でお馴染みの人、彼は大変素晴らしい。

 趣味が欲しくていろいろ手を出していたから、各分野で少しずつ知識がついている。

 良いのか悪いのか、話のタネになるからマイナスではないと思いたい。

149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:40:42.19 ID:BAzZeNB60

「おにいもパン食べる? 一応、作っておいたんだけど」

「うん、食べる」

「どーぞ」

 お皿の上からハムチーズとウインナーのパンを手に取る。
 佑希も好きな組み合わせだ。作りやすいし、手頃で美味しくできるから。

「ケチャップ、いる?」
 
「あーうん」

「はい、これ」

 こういうところは優しいし気がきく。
 ……いや、こういうところ『は』ではなくて、『も』なのかもしれない。

 少なくとも、つまらないことで喧嘩にはならないし、お互い自分でできることは自分でしている。

 佑希はほぼ誰に対しても優しいし、俺もそれに倣って彼女に優しくしている。

 それはわかっているけれど、自分の中からはどうにも不安定な気持ちは止まない。

150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:41:44.72 ID:BAzZeNB60

「……あ、雨降ってきちゃった」

 声につられて外を見る。
 灰色の曇り空。ガラス窓にいくつかの水滴が付着していた。

「洗濯物」

「いいよ、おにいは座ってて」

「……ありがとう」

「うん」

 こういうことはよくある。

 ある……が。
 寝起きだからか? この落ち着かなさは何なのだろうか。

 テレビの前のソファに移動して、リモコンで電源を入れた。
 麦茶を冷蔵庫から出して、一応ふたりぶんコップに注いで、リビングに持っていく。

 まもなく洗濯物を取り込んだ佑希が戻ってきて、身を寄せて隣に座ってきた。

151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:42:33.04 ID:BAzZeNB60

「そういえば」

「……そういえば?」

「おととい、誰と夜ごはん行ってたの?」

 気のせいかもしれないけれど、彼女の声音が、いつもの凜としたものとは少し違ったように聴こえた。

「奈雨と」

「……ふーん、仲良いんだ」

「そりゃ同じ学校だし」

「いや、あの子と三年同じ学校でも喋んないけど」

「……」

 思ってはいたけど、やっぱりこっちもか。女ってコワイ。

「どうして仲が悪いんだ、って顔してるけど」

「バレた?」

「おにい、結構わかりやすいし」

「そうすか」

「……まあ、なんといいますか。
 あたしがあの子を嫌ってるってよりも、あの子があたしを嫌ってるって感じだと思うよ?」

「そうなの」

「うん、そうだよ」

152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:43:00.38 ID:BAzZeNB60

 余計わかりにくくなった。
 当人たちの問題だから、そこまでして事情を訊きたいとは思わないけど、自分に近いふたりが全く話さないってのも……うーん。

「で、どこのお店に行ったの?」

「駅前のパンケーキ屋」

「くじらの?」

「そう」

「……デートじゃん、それ」

「ちげえよ」

「まあ」と佑希がリモコンでチャンネルを変えながら口にした。

「あたし、ぶりっ子は嫌い」

「奈雨のこと言ってるの」

「……どうでしょうねー」

「俺から見たら、そこまででもないと思うけど」

「ふうん……べつにあの子なんて言ってないし。
 てか、そこまで訊きたいなら、あの子に訊いてみればいいじゃん。
 おにいはあたしと違ってあの子と仲良いんでしょ」

153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/12(火) 21:44:13.28 ID:BAzZeNB60

「なんで怒ってんの」

「怒ってないし」

 どうみても怒っているのだが。
 いずれにせよ、意味がわからない。

「はいはい、この話はもう終わりね。いろいろと面倒だし」

 やはり、この件について俺に探られるのは嫌らしい。

「ああ、うん。佑希がそう言うなら」

「……はあ。なんか、そういうの……」

「……」

「あたしは……おにいと、その……」

「……うん」

 彼女は一瞬顔をしかめて、その続きを言うことをやめた。

 ……そういうの。
 そういうの、か。

「ごめん。疲れたから、ちょっと寝てくるね」

「夜は?」

「あー……ふたりだし、外に食べに行こ」

「うい」

「起こしてね」

「自分で起きろ」

「……ま、どうせ起こしてくれるよね、よろしく」

 普段と変わらない様子で、彼女は俺に向けてけらけらと笑った。

154 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/09/12(火) 21:45:19.46 ID:BAzZeNB60
本日の投下は以上です
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/13(水) 15:45:20.84 ID:EhGLDpuao
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:46:45.35 ID:z3C36wGf0

【掃除しておきました】

 夕食を食べ終えて、自室のベッドに倒れこんだ。
 たいして疲れているわけではないけれど、柔らかい感触は人を安心させてくれるものだ。

 週明け提出の宿題をしようかとも思ったが、そんな気はすぐに消え失せる。
 ふらーっと絵を描く。……にも、身体を起こすのが面倒。

 数分間に渡ってぼーっとした後、横に身体をずらす。
 気が付けば二十一時。時間の流れほど酷いものはない。

 昨日少し徹夜して視聴したのは結構な人気作。
 借りたのは一期だけだが、アニメは三期まである。原作もなかなかに売れていて、映画化もしたらしい。

 漫画で読んだストーリーからアニメオリジナルの回まで、最終話までの時間はかなり短く感じた。

 幼馴染って良いな。なんかほっこりするし、女の子同士でも良いシチュではある。

 ついでに言えば悲恋が似合う。
 と、胡依先輩が言っていた。

 基本結ばれると思うけど、そこは人それぞれの好みか。

 それにしても、恐るべきアニメの魔力。

 仮に親とかに言ったとしたら、時間を無為に過ごしてどうのこうの、と小言を言われそうだが、
 高校に入ってからの休日はぐうたらすることがいつものことなので言われないかもしれない。

157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:47:48.77 ID:z3C36wGf0

 昔は何度かあったけど、今は勝手に部屋に入ってくるようなこともないし。
 困るようなものは持っていないし、見られて困るようなことをする気もさして起きないが。

 つまり、ソラみたいに勉強机に隠したエロ本を「掃除しておきました」という文言とともに机の上に置かれることも、善くんみたいに姉と同じ部屋ということもないのだ。

 まあ、三つ上の姉と同じ部屋ってのも少し気にはなるけど、これは姉がいない身だから言えることだ。
 実際妹(しかも同い年)の佑希と同じ部屋だったら普通に嫌だと思う。

 姿勢を倒したまま、足で通学用のリュックを近くまで引き寄せる。
 中から借り物の漫画を取り出して、続きを読み進める。

 美術系の漫画。舞台は同じ高校一年生。
 表紙絵が色鮮やか、作中は常にテンションが高めだけど要所でシリアス展開にもなる。

 読んでいくうちに絵が描きたくなってきた。
 キャラがみんなかわいいけど、特に桃色の子と黄色の子の関係性がとてもいい。

 やる気が出ると、さっきまでとは違って身体がよく動く。

 スケブと鉛筆を持ってリビングに降りることにした。

158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:48:35.75 ID:z3C36wGf0

【部位】

 一階の明かりは全て消されていた。

 いつの間にか帰宅していた母さんも父さんも、明日の休日に向けてもう寝入っているようだった。

 佑希は、この時間は勉強をしているのだろう。
 家での様子がこれでも、学校だとかなり真面目っぽいし。

 成績然り所作然り。
 部活だって、練習している姿を見たことはないけど、なかなかストイックにやっているらしい。

 家にいるとそんなことばかり考える。
 かなり昔から。誰もそんなこと言わないのに。

 思っているだけで、口に出さない。
 自分が、自分のみが思っているだけ。一言で表すなら自意識過剰。

 最近、範囲を広げればここ数年くらい「なんとなく」とか「まあいいか」だとか、そんな思考に至ることが増えている気がする。

 ふわふわしている状態は危険かもしれないけれど、だからってそれを変える気なんて更々ない。

159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:49:29.90 ID:z3C36wGf0

 ふう、と一呼吸おいて、手元の鉛筆を握る。

 さっきまで読んでいた漫画の模写。
 漫画でも初めはりんごのデッサンだった。たまたまだろうけど。

 先輩に教えてもらったポイントを踏まえると、すらすらと手が進んだ。

 目……は、だいぶ掴んできた。
 髪との境界がぼやけてしまうところは、要練習。

 もともと顔はうまく描けているらしいからあとは身体をどうするか。
 いろいろ言われることはあっても自分の身体つきは普通に男だし、あまり参考にならない。

「身体は経験!」と胡依先輩がこの前言っていた。

 どこの部分に関節がある。骨と靭帯の組み合わせが関節。腕の骨は固定されているわけではなくてただ乗っているだけ。
 ケンタッキーのあの部位はここの部分で、私そこの部位好きなんだー、とか。

 最後の方は関係ないだろうけど、そんなことを細かく喋ってくれた。

160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:50:45.41 ID:z3C36wGf0

 今度ホワイトボードを使って図解してくれるらしい。
 自分からしてみればとてつもない知識量。入部した手前、少し気にもなるものだ。

 ゆるくてやわらかいタッチのものだと、あまり細部を描くことは少ないし使わないことも多いらしいが、知っていることに越したことはない。

 そういえば、どこの筋肉が肉感あると女の子がえっちに見えるか、なんてのも言っていた。
 とっかかりの発言からそういう想像をしてしまったことを彼女には内緒にしておいた。

 コツを掴むこと。
 自分の絵柄を確立すること。

 二つ目はまだまだこれからのことで、彼女も模写を粗方終えてから、とそう言っていたけれど、少しずつ掴めてきた。

 ただ、驚くほどすんなり受け入れられている。
 何度も言及するように、絵を描くことは比較的好きな部類に属する。

 胡依先輩もいい人だし、活動日は多いが基本的に緩い部活に入ることができたのは幸運だったとは思う。

 まだ始まったばかりで、断定のできないような一過性のものかもしれないけれど、"楽しい"という想いを少なからず抱いている。

161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:52:10.49 ID:z3C36wGf0

 部活とは本来そういうものなんだろう。
 体育会系に入ったことがないからわからないけど、そっちだって勝ち負け・評価よりも大事な何かはきっとあるはずだ。

 楽しいから続ける。自分がこれを好きだからやり続ける。

 濁りのない綺麗な感情。
 部活に限らず、誰しも一度は経験したことのある感情。

 何かをするたびに、いつも自分に問いかける。

 おまえは誰のためにそれをしているのか? と。

 明らかに癖になってしまっている。
 最初にそんなことを思ったのはいつだったろうか。全く覚えていないけれど、気付いた時にはそうなっていた。

 そしていつものように、俺が何かをするのは全て自分のためだ、と答える。

 事実がどうであるかは抜きにして、必ずそう結論付けるようにしていた。
 身体的にも精神的にも、そうでなければやっていけないから。

162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:52:47.75 ID:z3C36wGf0

 そうこうしているうちに、女の子を二人描き終えた。

 一人目はマスコット系のかわいい子。猫耳パーカー。個人的にかなり好き。
 二人目はぶっとんだ感じの元気っ子。自分で描いたものだけれど、とりあえずかわいい。

 冷蔵庫からヨーグルトを持ってきて食べる。
 何となくだ。いつも食べているわけではない。

 ……どうしてだろう。

 それまで感じた通り、描いている時間はどうにか落ち着いていられる。
 余計なことを一切を抜きにした嘘偽りのないもの。

 今は、意識せずともそれができている。
 確実に、何かを描くことで何かを発散しようとしているわけではない。

 〜〜だから……だ。
 〜〜でも……だ。

 だが、間違いなくすぐ近くに壁は迫ってきているはずだ。

 潜るか、飛び越えるか、壊そうとするか、抜け穴を見つけるか、はたまた諦めて踵を返すか。

 全て、自分の意識次第だ。

163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:53:53.78 ID:z3C36wGf0

【そっとじ】

「あ……いらっしゃいませ、未来くん」

 ぺこりとお辞儀をして入口で迎えてくれた東雲さんは、ラフなパーカーにエプロン姿だった。

 店内にはコモドアーズのBrick Houseが流れていた。

 彼女はまだ朝だというのに、眠気のある様子を一切見せていない。
 あくび混じりで彼女に頷きを返すと、くすりと微笑んで優しげな目を向けられた。

「今日も、いつものでいい?」

「うん、いつもありがとね」

「……ううん、たいしたことないよ」

 席に座って週明けの数学の課題を進めていると、飲み物はすぐにやってきた。

 ベクトルの問題。本当にわけがわからない。
 ページを捲ると、確率漸化式の問題が出てきた。

 そっと前のページに戻した。

164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:54:30.42 ID:z3C36wGf0

 時間をかければできるんだろうけど、一問一問解いていたらキリがない。
 例題レベルじゃない、括弧付きで大学名が書いてあるから、入試の過去問だろう。

 死んでも理系選択にはしないでおこう。心の中でそう考えた。

 昨年までは、高入生向けの補習授業なんてのもあったらしいが、今年からはなくなってしまった。
 土曜の午前まで学校に行くのは憂鬱だから、気持ちの上では良かったとは思ってしまう。

 近隣の学校は土曜授業が月一であるといつか聞いた覚えがある。
 それなりに学業に力を入れているところだと一般的なのだろうか。

 気晴らしに何かを食べよう。
 朝早く家を出たから、豆乳の他に何も口にしていない。

 立ち上がって窓際に向かって歩く。
 彼女は頬杖をつきながらぼーっと外の景色を眺めていた。

165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:55:25.66 ID:z3C36wGf0

「東雲さん」

「……どうしたの?」

「お腹すいちゃったから、何か食べたいんだけど」

「あー……えっと、この時間だと、ランチになっちゃうんだけど」

「うん」

 それほどがっつり食べたいわけではないけれど、まあいいだろう。

「今日……だと、Aランチが唐揚げ定食、Bランチが生姜焼き定食、で。
 それで、えっと、日替わりランチが……」

「じゃあ、えっと」

「ま、まって! 日替わりが、日曜日だから」

 なにやら困っている様子。
 あたふたする姿が新鮮でかわいい。

「に、ちよ……あ、思い出した。
 カレーで、茄子とか、お野菜いっぱい入ってるの」

「そうなの」

「うん、私けっこう好きなんだ」

「……じゃあ、カレーにしようかな」

 目がきらきらしている。
 様子からして、ほんとに好きなんだな。

166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/17(日) 00:55:56.45 ID:z3C36wGf0

「よかったら、なんだけど……私も、一緒に食べていい?」

「いいけど、店番は大丈夫なの?」

「……うん、うん平気だよ。たったいまお昼休憩になったから」

 自分で決めていいのだろうか。

「よし……おばあちゃん、日替わり二つ」

 はいよ、と厨房から声が聞こえた。

 思ったよりも意外と彼女と喋れている。
 口下手か、そもそも無口なタイプだと踏んでいたけれど、話しかけたら返してくれるし。

 彼女はヘッドホンを外して俺の向かいの席に座って、荒川アンダーザブリッジを読み始めた。

 数年前に読んだから名前覚えてないけど、金星人すげえかわいいよな。

 一応ラブコメではあるか。女子高生が読むものなのかってのは……まあ現に目の前で読んでいる子がいるから、読むものなんだろう。

167 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/09/17(日) 00:56:37.18 ID:z3C36wGf0
本日の投下は以上です
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/17(日) 05:03:00.85 ID:WwDm/if7O


…モテすぎじゃね?(血涙
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/17(日) 08:10:42.58 ID:V72KQAQx0

東雲ちゃんかわいい
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:48:24.23 ID:sxjls/bm0

【きっかけ】

 頭にはりついたまま、剥がすこと、動かすことのできないものがある。

 それまで好きだったものが、ふとしたことをきっかけに怖くなってしまった。

 ふとした、と言うと真実ではないかもしれない。
 ……でも、露呈してしまったものを取り繕う手段を、かつての自分は持ち合わせてはいなかった。

 ──予兆、もしくは前兆。

 それはあったのかもしれない。とっくの昔に気付いていたのかもしれない。
 あえて見なかったのかもしれない。隠して、必死に糊塗していたのかもしれない。

 結局のところ自分の本質はこうなのだろう、とは薄々理解していた。
 誰かに指摘された悪癖も、何一つとして定まらない気持ちも、他のことも、わかっているつもりではいた。

 けれど、それらを一度でも認めてしまったら、何もかもを失ってしまう気がして、ひたすらに何度も拒もうとした。

 いくつもの感情が混じり合ったような、そういう狭間に、私はずっと取り残されていた。

171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:49:30.41 ID:sxjls/bm0

 他の人からしてみれば、ほんの些細なことで、それを是とできない私が異端なのかもしれない。
 そう思って、いろいろなことを試した。でも、私を揺らせるものは何一つとしてなくて……だからこそ、それが私にとってどれだけ致命的なものであるかがわかってしまった。ただそれだけだった。

 ほしいものをほしいと言えなくて、どこかひねくれてしまった想いを、何かに置き換えようとした。
 言葉にすることができない私が悪いとは、一瞬たりとも考えはしなかった。

 憧憬とか、情愛だとか、そういう綺麗な感情であったなら、私はここまで落ちることはなかっただろう。
 それができなかったから、こんなふうに、何に対しても構えてしまう私になってしまった。

 それまでずうっと思っていた通り、その欠陥を意識してしまった途端に、私の心が揺り動かされることはなくなった。

 出会いはきっと間違ってはいなかった。
 けれど、年月を重ねるごとに、最初はとりとめもなかったような綻びから、どんどんズレが大きくなっていってしまって、最終的には何ひとつとして残ることはなかった。

 ──果たして、私は。
 持ち得なかったものを、私は、まだ求めているのだろうか?
 覆い隠したものが、どうしても止められない事態に陥ったとき、私は動き出すことができるのだろうか?

 いつになっても叶えることのできない願いを、誰かに打ち明けることができるのだろうか?

 一年以上が経過した今でも、ずっとこの気持ちは消えていない。

172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:50:47.46 ID:sxjls/bm0

【意識】

 食事を終えたあと、俺は午前中の課題の続きを、
 東雲さんは皿洗いをしたあとに、また向かいの場所に戻ってきて、ノートに何かを書き始めた。

 サービス、と言って目の前に差し出された食後のアイスコーヒーを受け取った。

 彼女は斜め前に座っているから、距離が遠いわけではなかったけれど、俺の場所からは何をしているのかが見えない。

 気になって彼女の方へ視線を向けていると、明らかに戸惑った様子でもじもじと身体をひねりながら、手元のノートを手で隠した。

「……み、見えた?」

「いや……ごめん。見えてないけど、ちょっと気になったから」

 わかりやすく、ふうとため息が聞こえてきた。

「あの……未来くんは、漫画のほかに、小説とかって読んだりする?」

「どういうの?」

「あ、や……分類はなんでもいいんだけど」

「うーん……まあ、現代物の読みやすいのなら」

173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:51:22.43 ID:sxjls/bm0

 映画化されたのを見てから書籍版を手に取るとか。
 イメージとしては表紙絵がポップなやつ。読んでみようと思いつつ湊かなえは読んだことないな。

 ライトノベルとかも友達にすすめられて読んだことはある。
 ラノベは読書と言わないって誰かが言ってたけど、字があってちゃんとしたストーリーがあるなら程度の差はあれどもさして変わらないはず。

 ああ、そうだ。中学の国語教師だ。
 いやまあ、あれは読書感想文をラノベで書こうとする人が悪いとは思うけど。

 異世界転生から学ぶことなんてあるのか。普通にないだろ。

「ほら、読書の秋って言うから、いろいろ本を読むようにしてて……。
 読んだことを忘れないうちに、感想とか書き記しておこうかなって、思って」

「凄いね」

「い、いや……ぜんぜんぜんぜん。
 物語の中で、気に入ったセリフを書くのを、少しやってみようかなって」

「……たとえば?」

 ちょっと前に読んだのだとこれかな、と指をさされた先には、いくつかの短い英文が書かれていた。

174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:52:03.05 ID:sxjls/bm0

 The train came out of the long tunnel into the snow country.
 The earth lay white under the night sky. The train pulled up at a signal stop.

 単語自体は簡単ではあるから、頭のなかで大まかに訳出をしてみた。
 なんかどこかで見たことのあるような気もする。

「国境の長いトンネルを抜けると……」

「……あ、雪国?」

「そー。……ちょっと頑張って、英訳版を読んでみたのです」

「すごいね」

「ううん、私いつも暇だから、何かしたいって思っててね」

 さっきからさらっとすごいことを言っているな。
 著名な作家の代表作は読んでおこうと中学一年の初頭あたりに読んだけれど、理解が難しかった。

 今ならラストシーンの意味もなんとなくはわかるが。
 あんまり、なあ……ああいうのは、うん。

175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:52:42.56 ID:sxjls/bm0

「俺も同じ」

「……おなじ?」

「何かしらしなくちゃなって、漠然とだけど思ったりするから」

「……」

「……いや……変な意味じゃなくてね」

「う、うん。……おなじ、ね」

 ……まずいな。
 ついつい余計なことまで口走ってしまった。

 名前を知っているくらいで、あとはよく知らない相手から、勝手に同じと言われたらいい気はしないだろう。

 とか。遅いけど。

 まあ、きっと、俺が彼女のことをよく知らないからそんなことを言えるのだろう。
 お互いについていろいろ知ってしまったら、発言に対して何を思われるのか不安になってしまうかもしれない。

 彼女がどうかはわからないけれど、少なくとも、俺はそうだ。

176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:53:48.08 ID:sxjls/bm0

「──そういえば、部活始めたんだよね」

 仕方がないので、話題を変えることにした。

 聞くなり、彼女はゆっくり首をかしげた。
 切り揃えられた前髪がさらりと揺れて、同時にグラスの中の氷がからんと落ちる音がする。

「……えっと、何部に入ったの?」

「イラスト部」

「……イラスト部」

 って言われても困るよな。
 おうむ返しされるのにも頷ける。

 説明するより早いと考えて、描いた絵を見せようと、スケブを取り出した。

 くせっ毛セミロングの子と三つ編みカチューシャの子。
 妖怪お絵描きクラゲ。アニメ絵より原作絵のほうが好きだ。

 語らずともわかる尊さ。これが百合沼……。最初にこれを見せるあたり胡依先輩のセンスが光っている。
 まあ、生意気な妹も好きだけどね、し。

「こういうの」

「これ、未来くんが描いたの」

177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:54:31.68 ID:sxjls/bm0

「まあ……下手でアレだけど」

「うん」

「……」

 ぐさっとくる。

「……あ」

「いや」

「あの、かわいい絵柄だから、ちょっと驚いた……だけなの」

 べつに自分の絵が上手いとは思ってはいないし、びびったけど。

 なんというか、それまでと少し空気の変わった東雲さんの様子が気になった。
 それも、俺の気のせいかもしれないけれど。

「こういう……萌え系? の絵を描く部活なの?」

「……えっと、どーだろう。基本自由に描くってのが活動理念とは言ってたけど」

「ふうん」

「入ったばかりだし、探り探り……みたいな。
 とりあえず描きたいと思ったものを、模写したりしてる段階かな」

178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:55:28.77 ID:sxjls/bm0

「でも……かわいい、ね」

「お、おー……ありがとう」

 紙を捲ってもいい? と、目で問いかけられて、一瞬戸惑ったけれど、すぐに首肯した。

 捲る。
 絵をメルヘンに描いちゃう子。隣にはダウナー系目つき悪めの子。

 もう一枚捲る。
 ウワサの緑の猫娘(猫アレルギー)。少し離れてその子の先生。めっちゃかわいい。正直好き。

 人に見られるのは、やはり緊張するものだ。
 胡依先輩に見せるときのほうがよっぽど緊張したけど。今回は今回で、彼女は中学のとき美術部だったと言ってたし。

 東雲さんは時折うんうんと頷きながら、上手いとも下手とも言えない絵を全て見終えて、。

「……女の子以外は描かないんだ」

「まあ、今のところは」

「未来くん、指描くの苦手?」

「やっぱわかる?」

「うん、だって……」

 後ろで組ませたり、握りこぶしを作らせたりして、手を描くのを避けている。
 実にわかりやすい。あと、横顔も苦手。だから正面絵ばかり。なぜか右斜め四十五度は得意。

179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:56:42.27 ID:sxjls/bm0

「輪郭とか、カラダの部分はいいと思うけど、髪の毛のところだけ線が多いよね」

「……そう?」

「うん、ペン絵にするならわかると思うんだけど、線が取りづらくなっちゃうから……」

 こういうふうにね、と掛けてあったボールペンと紙ナプキンを手元に引き寄せて、
 さささっと手慣れたような軽快な手つきで、アタリを取ることなくややシャープで整った輪郭と、数本の線を描いた。

 瞬く間に形作られていく上品そうなストレートの髪。
 描き込み量はそれほど多くはないのに、分け目や跳ねが一本の線でわかりやすい。

 思わず、おお……と息が漏れた。
 それぐらいに凄いのだ。語彙力が喪失するような凄さなのだ。

 某漫画のキャプテンが月刊誌を片手に夢を力説するときのような語尾になるほど凄いのだ。
 そのあと教室の端っこにぶん投げられるところまで思い出してしまった。

 あのシーンを思うと、否応なしに息苦しくなってしまうな。隠れた名シーンでもある。

 合わない人と共に生きるって大変なんだなあ。

180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:57:18.31 ID:sxjls/bm0

 冗談はさておき。

 ちゅーちゅーストローで飲み物を吸いながら彼女を眺めていると、ふいに肩がびくりと跳ねて、ペンの動きが止まった。
 はっとした顔で見上げられて、数回ほど目を瞬かせた。

 目があったままお互い固まる。人形のように長い睫毛。それに似つかないような、どこか冷め切ってしまったような眼差し。

 感嘆の意味での吐息の他に何か口走ってしまったのではないかと思ったけれど、様子からしてそうではないらしい。

「どうしたの?」

「……ううん」

 ふるふると首を振りながら、彼女は描いていたものをくしゃくしゃに丸めて、無造作にテーブルに置いた。

「……さっきまでの、忘れていいからね」

 言葉の真意が解せなくて、聞き返そうかとも考えたけれど、やめた。
 理由は単純で、これ以上踏み込むなとでも言いたげな目を向けられたから。

181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:57:54.06 ID:sxjls/bm0

 どこか、見覚えのあるような。
 それは今と違ってもっと攻撃的、というか、敵意をまっすぐと向けられていたような、そんな気もするけれど。

 数秒よりももっと刹那的な沈黙のあと、東雲さんの強張った表情もどこかへ溶け落ちてゆき、いつもの彼女の笑みが戻った。

 彼女は胸元をきゅっと握って、軽くふうとため息をついた。

「なんか、ごめんなさい。……なんとなく、だけど、未来くんの絵、私は好きだよ」

「え……ああ、うん」

「描いたら、また見せてほしいな」
 
「そう改まって言われると恥ずかしい」

「……いや、大丈夫だよ」

 何が、というのも訊くだけ野暮なのかもしれない。
 答えてくれなさそうだし。よく知らんけど。

182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/23(土) 09:58:49.87 ID:sxjls/bm0

「……」

「……あ、うどんちゃん」

 ごろにゃーんとかわいらしい猫が近付いてきて、足に頭をすりすりと擦り付けてきた。
 テーブルに抱え上げると、ずてっと身体を丸めて尻尾をばたつかせた。

 もふもふ。ほどよい肉感が相まって気持ちいい。

 東雲さんが撫でようと身を乗り出すと、うどんはすかさず俺のほうに寄って、彼女から離れた。

「むう……」

「あはは、ドンマイ」

「う、うどんちゃん……」

 恨めしそうに、ぷくーっと頬を膨らませる。

 今日の東雲さんは表情がころころ変わってよくつかめない。
 でも、まあ。見てるぶんには退屈しない。

183 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/09/23(土) 09:59:16.01 ID:sxjls/bm0
本日の投下は以上です。
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/24(日) 12:12:01.00 ID:cmDqzaKy0
おつ
パロ元が大体わかって嬉しい
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:53:01.85 ID:+O2eMHkM0

【止まない】

 休み明けの気だるさほど憂鬱なものはない。

 金土日と三日間とも短時間の睡眠しか取らなかったから、朝からずっとふわふわと宙に浮いているような気分だ。
 一日二日なら大したことはない(後には響くけれど)が、さすがに三日連続は堪える。

 東雲さんに絵を少しでも褒められたことが悪かった。
 ……いや、正しくは嬉しくてつけあがってしまった自分が悪かった。

 ちょっとのつもりが気がついたら深夜。
 三時を過ぎた頃に雨粒が窓から吹き込んできて、そこでやっと寝ようという思考に移った。

 雨は陽が出てくる時間になっても降り続き、鬱感が増す。

 ソラは連絡もなしに学校を休んでいるし、善くんは新人戦の最終予選があるとかで公欠らしい。

 おかげさまで見るからに眠たげな様子を鑑みずに話しかけてくる人はいなくて、一限からずっと前を向いてぼーっとしていた。
 怒られると面倒だから寝る気はなかったものの、授業は当然頭に入ってこないし、昼休みになっても、持ってきた弁当が喉を通らなかった。

186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:53:49.23 ID:+O2eMHkM0

 おまけに五限は体育。雨だから体育館でバレーボール。

 集合整列をして出欠を取られてから、保健室に向かった。

 どうしてかはわからないけれど、うちの学校は体育教師は授業の最初にしか来ない。
 新学期からはほとんどが選択種目で、勝手に来て勝手にやって解散という形がとられる。

 名目上は自主性を育むということらしい。
 給料泥棒と生徒たちが皮肉っているのもわかっているだろうに、べつに楽だからいいけど。

 保健室までの道のりは冷え切っている。九月に入ったばかりだというのに、窓から吹き抜ける風に身体がぞわりとする。
 保健室に行って許可をもらって家に帰ろう。

 体育教師のサボり擬きについて考えたそばから自分がサボろうとしているのだが、いろいろと仕方ない。

187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:54:51.70 ID:+O2eMHkM0

 長引く、とか。
 季節の変わり目だから、とか。

 ともあれ、俺は自分に弱いんだ。
 甘やかすことは一概には悪いとは言えないけど、それにしても限度がある。

 俺は、きっと。
 それを区切れない。定義できない。

 疲れたら疲れた。辞めたくなったら辞めた。譲歩できる手段があるならそうする。
 いろいろなものに張り合って肩肘張っているよりは、そっちの方が楽で効率的だ。

 今までそうしてきた。変えようと思ったこともあったけれど、結局変わっていない。

 どうでもいい。
 染み付いているなら変えようがない。変える努力すらも怠っている。

 体調が優れないのに……だからこそかもしれないけれど、止まない。
 
 ああもう、嫌になる。

188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:55:27.86 ID:+O2eMHkM0

【ふたりだけの】

 部室の扉を開けると、予想していた通り胡依先輩がソファで熟睡していた。

 例のように、締め切られたカーテンを開けると外は依然として曇ったままであった。

 少しくらくらする頭でケトルに水を入れる。
 明日からはやる気が出るんだ、とかそんな何の慰めにもならないようなことを思いながら。

 二人ぶんの紅茶を淹れて、テーブルに置いた。
 教室から荷物を持ってきたから、借りた漫画とブルーレイを棚に戻した。

 高校生活初サボり。一年生にしてこの有様である。
 クラスの人も度々消えるし(仲良いみんなでゲーセンに遊びに行ったりするらしい)無断欠席でも親に連絡が入ったりもしない。

「ここに入れば」という思いが微塵にもなかったわけではない。
 実際真面目でガリ勉な人が多いと思っていた。小さい頃から、近所迷惑なくらい学校が騒がしいこともあったけれど、それも行事の時だけであると考えていた。
 それもこれも家での佑希を見れば一目瞭然なんだけど、人それぞれってのもあるし……と。

189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:56:06.25 ID:+O2eMHkM0

 端的に言えば理想を壊されたわけだ。
 でもま、完全な偏見で俺の見方が間違っていたということだけど。

 あたたかい部屋であたたかい飲み物を飲んで、ちょっと眠くなってきた。
 余程俺はあたたかさを欲していたらしい。

 気を紛らわせる為にそこらへんに転がっていたリモコンを手にとってテレビの電源を入れる。

 まあ、あたりまえだけどこの時間は再放送のドラマと報道番組しかやっていないから、適当に再生ボタンを押してみた。
 ここの部屋にあるのは大抵胡依先輩の私物らしいけど、多少触っても怒られないだろうという気持ちから。

 やはりゆるーい雰囲気の女の子がオープニングに登場する。
 少なくともこの部屋の棚にはそっち系のアニメしかないようだ。

 観ること数分。確かにかわいい、が……。

 なんかすごいえろいアニメだった。
 平気で女の子同士でキスするし、「二人だけのヒミツ」とか言ってるし。

 二人だけのヒミツ。
 ふたりだけのひみつ。

190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:57:06.87 ID:+O2eMHkM0

 甘美な響きだ。死ぬまでに女の子に耳元で囁かれたい台詞ランキングトップ10にランクインしそう。

 つうか、これ全年齢対象なんだろうか。今までのものと毛並みが同じようで異なっている。

 一話二話を終えて、続きをかけようかと棚の方へ歩いていくと、後ろからもぞもぞと音が聞こえた。

 彼女は寝ぼけ眼をこすりながら立ち上がってソファの周りをぐるぐると歩き出した。

「はあ……ねみいや」

「お目覚めですか」

 声をかけると、わたわたした様子で眼鏡を手に取った。
 寝起きだからな、そりゃ驚かれるか。

「……うっ、白石くん。おはよー」

 慌てた様子はそのまま、手鏡で髪の跳ねを直す。

 ……妙にサマになっている。
 おいろけー。じゃねえや。

191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:57:51.17 ID:+O2eMHkM0

「どうも」

「おちゃ」

「……はい?」

「目覚めの一杯を」

 召使いか何かか、俺は。

「……あー、さっき淹れたんですけど、なかなか起きないんで冷えちゃいましたよね」

 それです、と近くを指差すと、
 おおー、と感心めいたような声をあげて、胡依先輩はカップを口につけた。

「今日も美味しいよ、ありがとね白石くん」

「いえいえ」

「いまはー……えーっと、何時かなあ。時計時計っと」

「……先輩、五限終わりです」

「気が利くねぇ……ありがたいありがたい」

192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:58:31.07 ID:+O2eMHkM0

 飲み終えたカップを受け取って、新しいものと、家から持ってきたお茶菓子を机の上にあげた。
 同時に、六限開始のチャイムが鳴る。

「思ったんだけど、どうして白石くんはこの時間に部室にいるの?」

「胡依先輩こそ」

「え……私?」

 まるでここにいることが普通かのように首をかしげられた。

「いや、俺は頭痛くてサボったんですけど、ここに来たら先輩が寝てたんで」

「ねむかったからね」

「そりゃそうですよね」

「ていうか、サボるなんて意外……きみは結構真面目な子だと思ったのに」

「そんなでもないですよ」

「はっ……私もしかして後輩を悪の道に引き入れる悪い先輩になってる?」

「ぜんぜん」

「そう、ならいいや」

「……で、先輩もサボりなんですか?」

「んー、二年になるとね、いろいろあるのよね」

193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:59:02.18 ID:+O2eMHkM0

 そんな言い出しで、彼女は長くも短くもない話を始めた。

 二学期からは受験じゃない科目を削れること。
 とはいっても今日は日本史をサボったということ。
 この学校は中間期末の点数を取っていれば授業に出なくても見逃される科目もあること(定年からなぜか戻ってきたおじいちゃん先生だからゆるいらしい)。

 ……いつも眠いからよくサボってここで寝ていること。

 つまり、いつも普通にサボっていると。

「先輩って頭いいんですか?」

「ペーパーはできるよ!」

「あっ……はい」

 平常点とか日常生活はアレってことですね、わかります。

「白石くんは? ついていけてる?」

「今のところは」

194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:59:29.66 ID:+O2eMHkM0

「まあ、頭良さげに見えるしそうだよね。
 ……あ、もしかして妹さんに教えてもらったりするの?」

「それはないです」

「へえー」

 妹に勉強の質問をするとか無駄なプライドじゃなく恥ずかしいし。
 えーこんなのもわからないのー、なんて言われたもんなら死ねる。

「やっぱり、歳が近いとそうなっちゃうんだよね」

「あ、や……べつに仲悪いってわけではないんですよ」

「……ん」

「歳が一個でも違えば変わっていたとは思いますけど、そんなことなく同い年で、それでいて性別が違うとなると、いろいろ難しかったりですかね」

「あー……そゆこと。わかる、わかるよ!」

 ふふんと彼女は自信ありげに鼻を鳴らした。

195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 00:59:56.97 ID:+O2eMHkM0

「きょうだいって難しいんだよね」

「ですね」

「同い年なら、なおさら、ね」

「はい……でも、うちは言うほどかもしれないです。中学は別でしたし、今だってクラスが近いわけでもないんで」

「比べられたりしないの?」

「たまには、ありますけど」

「そっか、うんうん」

 噛みしめるように頷いて、彼女は窓の外に目を移した。
 会話が途切れ、俺も彼女の視線を追う。

 彼女の口元から、ふふふと微笑がこぼれた。

 いつの間にか雨が上がったのだろうか。外には虹が架かっていた。

196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 01:00:41.95 ID:+O2eMHkM0

 久しぶりに見るような気もする。
 虹があると、少しだけかもしれないけれど気分が高揚する。

 虹と飛行機雲は昔から好きだった。
 あのときも、虹が架かっていた。

 雨上がりの雰囲気は好きだった。
 街並みを歩くのも、ただ家の窓から見つめるのも。

「白石くんさ、外に出てみない?」

「いま授業中ですよ」

「屋上開いてるし」

「屋上……ですか?」

「……あそこ、立ち入り禁止だけど簡単には入れちゃうのよね。
 鍵もかかってないし、柵の外から中に手を入れるとすぐに開いちゃうし」

 眉唾みたいな話だ。

「まあ、二人だけの秘密ってことで」

「なんですかそれ」

「いやー、好きだった漫画が完結しちゃってね。
 失意の中アニメを観ようと思いつつさっきまで寝ていたのね」

197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/29(金) 01:01:25.10 ID:+O2eMHkM0

「あー……そうですか」

 どうりで。さっきのアニメか。

 じゃあ決まり! と手を叩いて外に出るよう促された。

 かちゃりと部室の鍵が閉められた。
 こういうところはちゃんとしているのか。俺が来たときは開きっぱなしだったけれど。

 階段に差し掛かると、授業だろうか、下階から笑い声のようなものが聞こえてきた。

 自分のクラスは、記憶の限りだと物理の実験。どうせ来年には選択していないだろうし、取るに足らない。

「あ、忘れてた」

 三段先を進む胡依先輩が振り返る。

「どうかしましたか?」

「白石くんってさ、結構わかりやすいんだね」

「……そうですか?」

「うん、そうだ」

 一体なんのことだ。ちっとも見当がつかない。

198 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/09/29(金) 01:02:05.34 ID:+O2eMHkM0
本日の投下は以上です
更新遅くて申し訳ありません
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:19:56.70 ID:6/W7nyI80

【偽物は】

 中学棟の屋上から見える景色はあまり良いとは言えないものだった。

 端っこにぽつんと置いてあるベンチは雨に濡れていて、雨が上がったとはいえ雲がかかっていて陽は射していない。

 冷たい風が頬を撫でる。上空を流れる雲の流れが早い。

 どういうわけか、ここの校舎の警備は緩々だ。
 すぐ隣の高校棟には厳重すぎるほどの高くて緑色のフェンスが聳えているというのに、こちらはどこにでもありそうな金網があるのみ。

 胡依先輩の言った通り鍵はかかっていなかったし、ここまですんなり来ることができた。

「結構いいところじゃない?」

 わざとらしく、あずけた背中からきしきしと音を立てながら、彼女は呟く。

「天文部の友達に教えてもらってね、よくここに来るんだ」

「俺に教えていいんですか」

「さっきも言ったじゃん。二人だけの秘密って」

「安いセリフですね」

「そう?」

 先輩からの浅い問いかけに、頷きのみを返した。
 誰にでも言ってそうってわけではないけれど、付き合いはまだまだではあるし。

200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:20:36.55 ID:6/W7nyI80

 俺からのあまり思慮のあるとは言えない言葉も全く意に介さない様子で、冷えるなあ、と彼女は息を吐いた。

 両手をくしくしと擦る姿はどこか小動物を思わせて、少しかわいいと思えてしまった。

 まだ時刻的には三時過ぎ。
 先月よりはだいぶ陽は短くなってきた。

 部室から持ってきた緑色のパーカーを羽織って、口笛を吹きながらその場に腰を下ろす。
 俺も何か持ってくればよかったと思ったけれど、衣替えまではまだひと月ある。
 地球温暖化なんて全くの嘘っぱちじゃねえか。

「せぷてんばー」

 ふああ、と口元に左手を添えて欠伸を噛み殺しながらぼんやりした顔でひとりごとを言う。

「また眠いんですか」

「気温が寒いと、余計に眠くならない?
 冬場になってくると毎年そう思うんだ」

「夏の終わりかけですけど」
 
「私の中では春は冬だし秋も冬なんですよ」

201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:21:40.23 ID:6/W7nyI80

「じゃあ今年は夏日もあまりなかったですし、一年中冬ですね」

「あ、やー、そういうわけでもないや」

 言い終わるのを待たずして、もう一度欠伸をする。
 気付かないうちにその姿を凝視してしまっていたみたいで、戸惑ったように彼女は笑った。

「そういえば……借りたアニメと漫画、両方みましたよ」

「どうだった?」

「絵が描きたくなりました」

「うんうん……てことは、漫画の方ね」

「そうです」

 わかるわかる、と先輩は頷く。
 絵も綺麗だし、キャラもかわいいし、と。

「まだ始まったばかりだから、ツイッターで作者さんをフォローするとフォロバが返ってきたり、感想を言うと返信くれたりするんだよ」

「どんだけ好きなんですか」

202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:22:32.07 ID:6/W7nyI80

「……世の中にはね、二巻乙っていう悪しき文化があってね。応援してる気持ちを直接伝えたくなるのですよ」

「二巻乙……」

「えっと、一巻の売れ行きとか月刊誌終わりのアンケの結果が振るわないと二巻で完結になっちゃうの。
 だから、好きなものはちゃんと投資して続けられるようにしなきゃって思うのです」

 たしかに、好きな漫画が打ち切りになったら悲しいだろう。
 奇抜な設定とか、かわいい絵柄だけでは残っていけないということらしい。

 それなりに詳しいってことは胡依先輩も雑誌に持ち込みをしたりするのだろうか。
 前にパソコンでちらりと見た絵は素人目でもかなり整っている絵ではあった。

「片方はその人とだけ秘密を共有したいって思ってるのに、もう片方はフレンドリーでいろんな所にうまく溶け込んでるっていうの、ほんといいよねえ」

「えっと……ああ、はい」

「あの二人はふとしたきっかけでどこまでも堕ちていきそうじゃない。
 先月の連載で、二人の尊さに泣きそうになっちゃったくらい」

 プロポーズ紛いのことまでしてたんだよ、と彼女は嬉しそうにはにかむ。

203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:23:16.00 ID:6/W7nyI80

 話題がひとつ前に戻ったようだ。

「先輩って、そういう恋愛好きなんですか?」

「女の子とね……うーん、どうだろ」

「そっちですか」

「え?」

「いや、なんでもないです」

 てっきりそういうちょっとした依存が絡むものが好きなのかと思って訊ねたつもりでいた。
 で、女の子同士って実際のところあるのだろうか。女子校ならありそうだけど、ここ普通に共学だし。

「ま、まあ、あれよね。抱きしめたくなるくらいかわいい子はいるよ」

「猫かなんかですか」

「自分よりちっちゃい子はかわいく見えるし、近くに寄ってこられると胸がどきどきしちゃうよね」

 まるで誰かのことを思い浮かべているように左胸に手をあてる。

「その発言ろりこんっぽいです」

「えっ! ちがうよ!」

「かなり怪しいですけど」

 さっき自分が言われたけれど、胡依先輩だっていろいろとわかりやすい。

204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:24:01.54 ID:6/W7nyI80

 まあ、そうとは言っても何を考えているのかはわからないし、
 普段ゆったりとした口調と動きをしているから、それが少しでも機敏になったらいつもと違うように映る。

 好きなことを話す姿は、年上とは思えないほどのあどけなさが垣間見れる。

「私のことはいいからさ、白石くんはどうなの?」

「なにがですか?」

「ほら、彼女とか好きな人とかいるかって話」

 男の子と恋バナしてみたかったんだよね、と彼女は続ける。

「いませんよ」

「……」

「……なんですか」

「んー」

 探るようにじっと見上げられる。
 溜め息が出そうになるのを堪えて彼女の隣に腰を下ろすと、ふっと視線が俺から外されて、ドアの方に移った。

「やっぱり白石くんわかりやすいよ」

「……はあ」

 こういうのは取り合わないのが吉だ。
 無駄に否定すると余計に嘘だって思われるオチが見えている。

205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:24:35.65 ID:6/W7nyI80

 一瞬自分でも好意を持っている人がいるかどうか考えたが、あまりいい意味での想像はできなかった。

「あ、ごめんね。別に変な勘ぐりとかじゃないんだよ」

「わかってます」

 たしなめるように言われる。
 変な思いを掻き消す為に軽く首を振る。そういえば眠いんだった。

「見ようによっては今だってアニメでよくありそうなシチュエーションじゃない?」

「授業をサボったことですか?」

「んー、授業中の学校の屋上に男女がふたりっきり、とか」

「ベタですね」

「ベタベタのベタだよー。ほんとさあ、こういう絵も描いてみよっかなとか思ったり思わなかったり」

 その場から立ち上がって俺から少し距離をとって手で四角を作った(手カメラとでも言うのだろうか?)。

 しばらくズームインズームアウトを繰り返したあと、そんなことにも飽きたようで、元いた場所に戻ってきて、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 少し前の機種。黒色のシンプルなカバーは彼女に似合っているように思える。

206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:25:35.03 ID:6/W7nyI80

 すすす、と細い指で数秒スクロールして、彼女の動きは止まった。

「ね、ライン交換しようよ」

「これまた急な……」

「いいじゃんいいじゃん、そらそらくんも入れてさ、部活のグループとか作っちゃおうよ!」

 ほとんど思いつきなんじゃないかと感じるくらい、唐突な提案が多い。

 でもまあ断る理由もないし、いいですよ、と言って俺もスマートフォンを取り出した。

 アプリをタッチして彼女に手渡す。

 こんなふうに軽く人に携帯を手渡しちゃって大丈夫なの、と言われたけれど見られて困るものは特に何も入っていない。
 ネットサーフィンもスマートフォンでは画面が小さくて窮屈だし、SNSもあまり登録してないから連絡はとらないし。

「……これ」

 目を丸くした彼女に驚いて彼女が握っているものを覗き込むと、それまで開いていた画面が表示されたままでいた。

 誰かとのトーク履歴。
 ただ、ラインする人なんて決まっているから、その誰かは自明なんだけどな。

207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:26:24.61 ID:6/W7nyI80

『おにいちゃん今度も遊びにいこうね』
『写真(二人で写っているもの)』

「……」

「いや、みてないみてない」

「……はあ。いえ、ごめんなさい」

 スマホを受け取ってQRコードを表示させた。
 隣の彼女は慣れた手つきでそれを読み取る。

 返ってきた画面を見ると表示名は「胡依」となっていた。
 登録するやいなや、パンダのスタンプが送られてきた。

「白石くん、妹さんとラインするんだね」

「……」

 躊躇せずに突っ込んでくるのな。
 一瞬水に流してくれると期待した自分を恨みたい。

「妹じゃないです」

「……え、でもおにいちゃんって」

 やはりがっつり見ておられたのか。

 なんと答えたものか、と沈黙した俺に、彼女は訝しげな目を向けた。

「まさか、妹じゃない女の子に妹って呼ばせてるとか?
 ……いや、人の趣味にとやかく言うつもりはないんだけど、でも──」

 変な勘違いを生んでしまったらしい。

208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:27:12.53 ID:6/W7nyI80

「……あの」

「……あ、別に大丈夫だからね。誰にも言ったりしないし、私もがんばって忘れるから」

「いや、だからですね」

 従妹の子で、と言いかけて、なぜかそれを言葉にするのを躊躇した。
 自分でも意外なくらい、喉から出かけた言葉がするりと重力に負けて落ちていった。

「好きとか嫌いとか、あんまりわからないんですよね」

 沈黙を埋めるために、話題を僅かに変えた。

「クラスの友達と話してると、それなりに浮いた話になったりもして、誰と誰が付き合ってるとか、誰が誰を好きだとか、まあ高校生なら普通の会話だと思うんですけど」

「うん……みんな好きだもんね」

 トーンを合わせてくれた。
 そういう配慮は、素直に嬉しい。

「でも、それってどうなんだろうなって。
 本当に好きって気持ちを持っているなら、軽々しく誰かに言うものではないと思うし、それを人に誇ったり、見せつけたりする必要なんてあるのかな? って思うんです」

209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:28:03.17 ID:6/W7nyI80

「嫉妬、ってわけではないんだよね?」

「まあ、そう言われると多少はあるかもしれないですけど。
 なぜか中学のときから恋愛相談を受けることが多くて、いろいろアドバイスをして、がんばってくっついても三ヶ月経過する前に別れちゃったりとか」

 言ってから、ほんのちょっとだけ後悔した。
 でも、わからないってのは、本当のことだ。

 まともな女性経験の……恋愛経験のない俺に相談をするのは如何なものかと思いつつ、適当にそれっぽい言葉を並べただけだった。
 運が良かったのか悪かったのか、俺に相談を持ちかけてきた人の成功率はほぼ100%だ。少しだけ自慢になる。……いや、ならない。すぐに別れてしまったのが大半だから。

 善くんとだって、初めはそんな感じで知り合った。
 隣のクラスの子と付き合いたい、と相談されて、二、三回アドバイスにも満たなく当たり障りのない返答をしていたらそのうちに付き合っていた。

 けれど、どうやらそんな二人もこの前別れたらしい。

 学生の恋愛なんて、ほぼ全てがそんなものだ。

210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 02:28:36.69 ID:6/W7nyI80

「すこし、わかる気がするよ」

「……」

「ぜんぶがぜんぶ錯覚なのかもしれないよね。
『好きだって思おう』となったら、それはもう好きじゃないのかもしれないよね」

「……なんか、経験豊富って感じの言い回しですね」

「……ううん、ちがう。恋愛の話じゃなく別のことだからさ」

「そうですか」

 じゃあなんのことなんですか、とは言わずにおいた。
 どこか遠くを見つめる目と拗ねたような口調。

「偽物や贋物だって言われたり思ったりしたら、それを否定しようとして。
 気が付いたときにはそこはもう行き止まりで、どつぼにはまってて、でもそこから抜け出す勇気はなくて」

「諦めて、折り合いをつけるために嘯いて、どうにかして逃げ出して、そこで終わり」と言い切って、彼女は手をぽんと叩いた。
 示し合わせたかのように放課後を告げるチャイムが鳴って、胡依先輩は立ち上がる。

「戻ろっか、白石くん」

211 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/10/01(日) 02:29:29.88 ID:6/W7nyI80
本日の投下は以上です。
212 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/10/01(日) 02:37:13.05 ID:6/W7nyI80
訂正
>>196
簡単には→簡単に
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/10/01(日) 19:11:50.85 ID:hQFGGy4v0
おつ
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/02(月) 14:32:11.76 ID:FoGdozFgO
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:09:21.32 ID:i1qDrOtc0

【SS/in the fog】

 "人の価値はその経験したことの多さで語られる"

 そう、小さいころに何かの本で読みました。

 たしか、家の書斎に積まれたままになっていた本で、内容は子供向けではなかったですけど、表紙の絵がかわいいものでした。

 どうしてかはわかりません。仮に今の私がそれを見たとしても、あまり考えずに流してしまうことでしょう。
 でも、あのときの私は、何の変哲もないその文字列を見た瞬間に、頭の中がひどく混乱しました。

 とはいえ、私もそれは正しいとは思います。
 なにせ空っぽよりは、中身がある方が見栄えはいいですから。

 ごまかしや我慢が身を結ぶことだってあります。
 石の上にも三年、雨垂れ石を穿つ、待てば海路の日和あり、なんて言葉もあります。

 溢れたものを掬う感覚になることもあります。
 それが正しいか間違っているかは、私の決めることではありません。

 気付いたら無我夢中になってしまうこともあります。
「私はこんなじゃなかったのに」と後悔することは、少なくありません。

 それは一種の呪いなのかもしれません。

216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:10:33.55 ID:i1qDrOtc0

「何者でもない私は評価に値しない」
 そう頭ごなしに決めつけて努力を重ねるのは、果てしのないことですから。

 誰かから求められる自分をつくりだすことは、辛いようで実は楽なのかもしれません。

 だって、本当の自分をないがしろにしてつくりだす自分は、自分と呼べるのでしょうか?
 中途半端な気持ちなら壊したいって思うことは、いけないことなのでしょうか?

 切っても切れないものは、人それぞれ確実にあります。

 自分とその名前。自分とその家族。身体。自我。精神。

 何が正しいかなんて、私にはわかりません。
 でも、それを嘆いたところで何も変わりません。

 動き出すには勇気が足りません。
 立ち止まってしまっていても、取り残されてしまってしまっていても、助けを呼ぶ声が出ません。

 私の弱さは、そういうところです。

217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:11:40.03 ID:i1qDrOtc0

【SS-T/Violet】

 たくさんの本を読み、たくさんの音楽を聴き、たくさんの知識を身体に浴びせました。

 生き物や花と触れ合おうと、近くの公園にいる野良犬や、そこにある花壇の世話をすることにしました。
 小さい頃からぬいぐるみと観葉植物に囲まれてきた私にとっては少しの──でも、私にとっては重大な──変化でした。

 シンプルに言うと、寄る辺がない私にとって、それが最善とは言わずとも納得できるような手だったのだと思います。

 私の世界には私しかいません。
 沈むところまで沈むのが私なら、浮かび上がるのもまた私なのです。

 朝起きて、砂糖のたんまり入ったコーヒーを飲み、二枚のパンを食べて学校に向かい、放課後になればすぐに帰宅し、身の回りのことを済ませてから、日付が変わる前に布団に入ります。

 全部私です。誰かの意思に左右されることはないのです。寂しくはないです。きっと、そうです。

 だから、それでいいと思っていました。
 誰かに何かを決めてもらうのは、私にとって畏怖の対象でしたから。

218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:12:34.02 ID:i1qDrOtc0

 そんななか、私はある人と出会いました。

 その人は綺麗な毛並みの犬を連れていました。あとで訊いたら血統書付きと言っていました。
 白いコートと紫色のマフラー。初めて会ったのはちらちらと雪が舞う冬の日でした。

 その人は何事にもまっすぐで、いろんなことに後先考えずに取り組むような人でした。
 どこかへ踏み出すことに、相応な理由なんて必要がないように見えました。

 その人にはみっつの口癖がありました。

 明日死んだとしても後悔がないように生きたい。
 初めから答えがないと生きていけないようにはなりたくない。
 がんばってる人のことは心から応援してあげたい。

 利己的なような、利他的なような。
 けど、その人らしい、と思いました。

 ──だからでしょうか。

 いつからか、私の中に恋に似た感情が芽生えました。
 今になって考えてみれば当然のことだったのだと思います。

219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:13:21.89 ID:i1qDrOtc0

 あの人は私からしてみればすごく眩しくて、焦がれる何かを持っていて、きらきらと輝いていました。
 人は持たないものを欲しがる性質があり、それを持っている人を羨んだり妬んだりするものである、まさしくその通りでした。

 でも、その気持ちを、恋と呼んでしまいたくありませんでした。

 背伸びしても、逆立ちしても、あの人には釣り合わない、といたく思ったからです。

 あの人は私にたくさんのことを与えてくれる。私が求めたことも、そうでないことも。

 けれど、それに比べて私はどうでしょう?

 そう、何も与えることができていないのです。今までも。きっと、これからも。

 あの人の時折見せる弱さや綻びを、「どうしてなの、なにかあったの」、とは訊けないでいました。
 それどころか、弱音を吐くあの人に苛立ちを覚えすらしました。

 どうしてでしょうか。
 そういうことではないのに、そういうことなのだろう、と決めつけることにしました。

 結局は、それもまた自分を守る手段でした。

220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:14:35.03 ID:i1qDrOtc0

【雨の子】

 置いていた荷物を取りに戻ると、まだ教室に残っていたクラスメイトに話しかけられた。

「六限どうしていなかったの?」と問われて、
 単純に「サボっていた」と言うのも不真面目だしつまんないなあと思って「野暮用があって」とお茶を濁しておいた。

 へんな顔をされた。
 意味わかんないしあたりまえだ。

 ロッカーから家に持ち帰る教材を取り出しトートバックを提げて教室の外に出る。
 人ごみを掻き分けて部室への道のりを歩く。

 通学用カバンを手に持って昇降口へと向かう人。
 運動部のジャージを着た人。
 廊下で何かを話す男女。
 教師に質問をしている人。

 廊下を吹き抜ける風はなぜかあたたかかった。

 何か重要なことを忘れてしまっている気がする。
 でも、それもきっと気のせいだ。

 階段を下りながら、胡依先輩の語ったことについて考えた。

 あまりいい話ではなかった。
 ひどく抽象的で決めつけの多い物言いではあったし、実体験を語ったとすれば話が重すぎる。

221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:15:20.93 ID:i1qDrOtc0

 ただ、心のどこかに刺さる話ではあった。

 諦めることで成長する。
 ありがちな話。中学でも高校でも、悟ったような顔で教師が言い出しそうな話だ。

 取捨選択をうまくできる人が優れた人間だ。
 それもありがちな話。俺はそうは思わないけれど。きっと、胡依先輩も俺と同じ考えだろう。

 渡り廊下を鼻歌を歌いながら歩いていると、前から二人の女の子が向かってきた。

 一人は奈雨。もう一人は、わからないけど中等部の子だろう。

「これから帰るの?」と問いかけると、「今から遊びに行くんだ」と笑顔で返された。
 もう一人の方からは、怪訝な目を向けられた。

 じゃあねお兄ちゃん、と小さく手を振られて、もう片方からはぺこりと頭を下げられた。

222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:16:09.07 ID:i1qDrOtc0

 そのまま中学棟に入り部室に向かうと、先輩は神妙そうな面持ちでパソコンを操作していた。

「今日は時間があるし、せっかくだからデジタルの絵を描いてみない?」

 缶ジュースが投げ渡された。
 さっきのお礼、と彼女は言う。

「せっかくだから」と遅れて俺は復唱した。

「うん、暇だし」

「ちょっと気になってましたし、いいですよ」

「……よし。てかてか、そらそらくんは?」

「よく知らないですけど、無断欠席ですかね」

「じゃあここサボり部じゃん!」

「そうですね」

 彼女はけたけた笑った。つられて俺も笑った。マジで廃部になりそうだ。

 とりあえずこっちにきて、と言われてパイプ椅子に腰掛ける。

 こなれた感じでソフトを立ち上げてペンタブをパソコンに接続した。
 どうぞ? とペンを手渡されて、何本かの線を描いてみたが、あまり上手くはいかなかった。

 直接その場に紙があるわけではいから、距離感がとりにくい。
 円を描くのにも、少しいびつな形になってしまった。

223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:17:10.24 ID:i1qDrOtc0

「最初は難しいよね」

 後ろで見ていた先輩が呟いた。

「先輩ちょっと何か描いてみてください」

「お題は?」

「何でもいいですよ」

 席を交換すると、胡依先輩は数分で制服姿の女の子の絵を描いた。
 丈の長いセーラー服にポニーテール。
 雨の雫を確認するかのように出された手。少し困ったような顔。

 あまりにも簡単そうに描くものだから、自分にもすらすらと描けそうな気がした。
 普通こういうことを体験したら、自分には無理だ、と思うだろう。
 難しそうなことをあっさりと簡単に。見てるぶんには違いがわからないほどに。
 でも、それを突き詰めていくと、より簡単そうに映る。
 それくらい、自分からしたら異次元だった。

「塗りも見たい?」

「……あ、はい。お願いします」

224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:17:41.63 ID:i1qDrOtc0

 ラフ画を少し太めの線で起こしてから、色のついた線で囲う。
 塗りつぶしのボタンをクリックすると選択した部分に色がつく。
 また同じ部分を選択して違う色をつける。
 レイヤー分けと言うらしい。聞いたことくらいはある言葉だ。

「髪色は何色がお好き?」

「茶色ですかね」

「へえ、了解」

 べたりと髪が茶色に染まる。
 それから、レイヤーを保護? して、その上から影をつけていく。

 あっという間に立体感が出てきた。

 筆で影をつける。ブラシで伸ばす。で、発光レイヤーでハイライトを入れて。ニュアンスカラーを乗算して。

 ゆっくり手順を追って説明してくれた。

225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:18:28.22 ID:i1qDrOtc0

「制服は透けさせる?」

「はい?」

「ブラの色は? ピンク? 黄緑?」

「なんで蛍光色なんですか」

「私の趣味」

「なんでもいいですよ」

 なんでよつれないなあー、と棒読みで言ってにこにこ顔でパソコン画面に目を戻した。

「ちなみに私のブラは──」

「言わなくていいです」

「つまんなーい」

 部活の先輩のブラの色を知ると得か何かあるんだろうか。
 実際ちょっと気になったけど、まあ冷やかしの類だろう。

 佑希のせいで下着やらを見ても特に何も思わなくなった気もしないでもないし。
 家族だからか? でも、そういう場合って自制心とかそういう問題だとは思う。

「先輩ってよく男の人勘違いさせるタイプの人でしょ」

「ぜんぜん、普段先生としか話さないし」

 それはそれで悲しいな。俺もたいして変わらないから何も言えないが。

226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:21:37.44 ID:i1qDrOtc0

「もしかして見慣れてるとか?」

「……いや、それはないっす」

 彼女は結局肌を透けさせなかった。
 目を、セーラー服を、短めのスカートを、黒い靴下と赤いスニーカーを塗って、
 これで完成、と手元のコーヒーを手に取った。

 すらすらと描いていたから気にしていなかったけれど、髪の毛先はレイヤーをかけて塗りやすいように整えられていた。

 目の輪っかも途切れることなく三つ四つに分かれていて、塗るのに最適なものになっていた。

 改めて思う。この人の描く絵は凄い。

「……じゃあ、白石くんもどうぞ?」

「やってみます」

227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:22:22.15 ID:i1qDrOtc0

【こいめすくなめかため】

「で、どうしてラーメン屋なんですか」

「そりゃもちろん、私が食べたいからだよー」

 すぐ隣を歩く胡依先輩は、さっきから相も変わらず上機嫌だ。
 時々鼻歌が混じる。何の曲ですか? と訊くと、昔よく聴いた曲、と返された。

 雨上がりの街は閑散としていた。
 時間も時間だ。会社帰りのリーマンが通るには早いし、学校帰りの学生が通るには遅い。

 それでも、駅に近付くにつれて街灯の数は増え、車の行き来する音がけたたましく鳴り響くようになった。
 先輩に連れられるがままに駅近くのコンビニに寄ってヨーグルトとプリンを買うのを眺めていた。

「白石くんは、今日楽しかった?」

 んーっと大きく伸びをしながら彼女は言う。

「難しかったです」

「そゆこともあるよ」

「……でも、がんばります」

「ふふふ、そりゃ嬉しい」

228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:23:13.72 ID:i1qDrOtc0

 最終下校時刻の十九時を過ぎるまで、先輩に見てもらいながらデジタル塗りの練習をした。

 大まかな基礎知識とスキャナーの使い方も教えてもらった。

 改めて思ったが、部室の設備はかなり充実している。
 マシンについて、それはおいくらまんえんなんですか、なんて情緒のないようなことは訊かないが、見た目は厳つければ機能も幅広いしで。

 駅を南口から抜けて数分後にラーメン屋に到着する。
 そこそこに繁盛しているようで、店の客層もまばらだった。

 中太ストレート麺。
 ねぎ、薄切りチャーシュー、海苔、ほうれん草。
「こいめすくなめかため」と胡依先輩は謎の呪文を唱え出したのでハチマチをした店員さんに「同じものを」と注文をした。

 なんかデジャブだ。

 テーブルに置かれたラーメンをずるずるすすっていると、向かいから視線を感じた。

 ラーメンだしなあ、でもすすると気にする人もいるかなあ、と無駄な邪推をしながら問うと、すすれないから羨ましい、と言われた。

 盲点だった。それに、気にしたこちらが恥ずかしい。

229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/04(水) 00:23:51.31 ID:i1qDrOtc0

 なぜ部活の先輩とふたりでラーメンを食べているのかは食べている間ですら謎だったが、いろいろ教えてもらった手前頼みを無下にはできないのだと結論付けることにした。

 ラーメンははっきり言って微妙だった。
 胡依先輩は好きみたいだったけど、替え玉まで食べていたし。

「べつに自分は何時に帰ってもいいですけど、先輩は大丈夫なんですか?」

「大丈夫って?」

「ご両親とか」

 ぷっ、と彼女は吹き出した。

「私、こう見えて一人暮らしなんだよね。
 だから、いつ帰っても変わらないよ」

「そうなんですか」

「タワーマンション! セキュリティ完備! 最上階にはシアタールームもあるよ!」

 話を聞くと、どうやら彼女の家は郊外の住宅地にあるようだった。
 まあ、どうりで。気を抜くといつも寝てるような人だから、始発ぐらいの心持ちじゃないと起きれないのか。

 駅に戻ってくると、定期入れをバッグから取り出してから、「また明日部室でね」と彼女は言った。

230 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/10/04(水) 00:25:04.73 ID:i1qDrOtc0
今回の投下は以上です
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/05(木) 01:38:28.39 ID:SzfpFGM4o
おつおつ
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:10:29.58 ID:3Ent1u4Q0

【真似できない】

 次の日も、その次の日も、胡依先輩に指南してもらいながらパソコンに向かった。

 それなりに人気のあるイラストレーターの書いた入門書をぱらぱらと見てみたものの、やはり人に直接訊く方が早いだろうと思うだけだった。先輩の教え方が上手かった、というのもあると思うけれど。

 ソラもちゃんと学校にも部室にも顔を出したが、
 教室では授業以外全ての時間を睡眠に費やし、部室では終わっていない夏休みの課題を進めていた。

 その姿について、胡依先輩は特に咎めることはしなかった。
 
 まあ、先輩も俺に呼んだとき以外は別のパソコンでシューティングゲームをするかソファで寝るかしていたから、同じようなものだ。
 肝心の部長が絵を描いていないんじゃどうしようもない、と自分にしてはらしくないことを考えたが、そもそもこの部活のコンセプトはそういうところではなかったことを思い出した。

233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:11:16.07 ID:3Ent1u4Q0

 先輩は寝ているときは整った身なりも相まって綺麗に見えるが、起きているとなんだかんだうるさい。

「思ったんだけど、なんか味気ないよねー」と言ったかと思えば、空き教室からテーブルをくすねてきて部屋の隅っこに設置してみたり、
「なんとなく寂しいなー」と言ったかと思えば、資料室からコンポを持ってきてそれなりの音量で音楽を鳴らし始めたりしていた。

 曲名がわからないものも多かったが、「はっぴいえんど」や「aiko」「perfume」「YUKI」「筋肉少女帯」などが流れた。多分。

 この人いつの人なんだろう。つーか選曲センス面白いな、と心の中で笑っていたら顔に出ていたのか「CD持ってくる友達が入れた曲だもん!」といーっと口を大きく横に開けて睨まれた。

 ちょっとかわいいと思ったのは内緒だ。

 今日も今日とて家で描いた絵に色彩を加えながら、朝のことを少し思い出した。

234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:12:14.12 ID:3Ent1u4Q0

 SHRで文化祭の告示プリントが渡された。
 それは、部活の方はまだ不確定ではあるものの、クラス展示は全クラス決定したようで、学年ごと一覧表になっているものだ。

 奈雨の言っていた通り、3-Aはミュージカル。佑希のクラスは脱出ゲームと紙には記されていた。

 彼女の様子がなんとなく気がかりではあったけれど、あまり踏み込んでほしくはなさそうにしていたから、その思いは留めるべきだろう。

 ただ、忘れないうちに一応「がんばれよ」とラインを送っておいた。すぐに「なんのこと?」と返信がきた。
「いろいろ」とそれに返すと、すぐに既読がついてウサギのスタンプで返された。

 なんと返信したものかな、それともこれは打ち止めの意味でのスタンプか、要領の得ないことを言ったのは俺だしな、と頭を悩ませていると後ろから善くんに声をかけられた。

 どうにも、最終予選で見事勝利をおさめて県大会出場が決まったと。
 興味がなくて知らなかったけど、善くんもベンチから試合に出たらしい。

 一年生で、それも高校からチームに入ったのにもうレギュラーだなんてすごいなと思った。

 素直におめでとうと言うと、彼は嬉しそうにはにかんだ。
 一瞬夏休みの終わりに聞いた元彼女のことが頭によぎったものの、どうにかして押し込めた。

235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:12:46.59 ID:3Ent1u4Q0

 屋上での胡依先輩との会話も思い出した。

 あのとき、彼女はなんて言ってたんだっけ?

「……どうしたの? 分からないところでもある?」

 不意に横から手をひらひらと振られた。

「……いえ。ちょっと休憩してました」

「もー、ならいいんだけどさ。そらそらくん帰っちゃったし、暇だなーって思って」

「え、ソラ帰ったんですか?」

 言いながら後ろを振り返ると、さっきまでパイプ椅子に腰掛けていた彼の姿は消えていた。

「そらそらくんって不思議な子だよねー」

「そうですね」

「私が言えたことじゃないけど常にぼーっとしてるところあるし、話しかけても反応薄いし……」

 いや、多分それは女性のいる空間だからで。よく知らんけど。

236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:13:28.84 ID:3Ent1u4Q0

 でもそれを胡依先輩に言ったところでなあ。先週は普通に話をしてたから違う可能性もあるし、迂闊なことを言うのは控えたい。

「まあ、きっと胡依先輩の美貌に怖気付いてうまく話せないんですよ」

「……はあ、私かわいいもんね」

「……」

 そういう返しか。軽口にそういう返しをされると戸惑う。

「……とりあえず、大丈夫だと思いますよ?
 あれでかなり人付き合いのいいやつですし、先輩みたいなタイプの人も別に苦手とかじゃないと思いますよ」

「私みたいなタイプ!」

「たとえですよ、たとえ」

「私みたいなタイプってどんなタイプ?」と彼女は繰り返す。

「すぐ寝てるタイプ」

「いや、そりゃそうなんだけどさー。
 もっと、こうなにかあるでしょ」

「美少女アニメが好きとかですか?」

「えー」

237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:14:07.75 ID:3Ent1u4Q0

「……あの、じゃあ逆に俺ってどんなタイプですか」

 出会って数日レベルの相手の印象なんて容姿と口調くらいしか掴めていないはずだ。
 でもまあ、人の容姿についてあれこれ言うのも避けたいことではあるし、心の中で思うだけなら制限なんてないけれど。

「えー……白石くんは救いようのないシスコンでしょ」

「……」

「それでいて、女の子の扱いはけっこう手慣れてて、でもちょっと拗らせてるところがある。
 基本やさしいけどいろんなことに少しずつセーブをしてるような感じ。面倒なことにもとりあえず手を出してから考えるタイプ。
 知り合って少しだからあんまりわからないけど、まあ、ここの部員としての適性はばっちりだね」

 俺はどう返せばいいんだろう。
 シスコン……。シスコンか……。

「あと、私と趣味がかなり合う」

 そう言って、彼女は笑う。

238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:14:46.48 ID:3Ent1u4Q0

「あたり?」

「勝手に分析しないで下さい」

「しろって言ったのは白石くんじゃん」

「そうですけど……」

「話したら眠くなってきた」

「じゃあ寝てください」

「やっさしー」

 今度は真顔でそう言った。

 あたっているかどうかは抜きにしても、すらすらと言葉が出てくるだけですごいものだ。
 それに、自分からしてみれば少しエスパーかと思うような発言ではあった。

「きみはお兄ちゃん力が高いんだよ。私と話してても、どっちが年上かわからないってたまに思うよ」

「でも、敬語使ってますよ?」

「それはかたちだけでしょー。
 ……あ、別に責めてるとかじゃなくて、接しやすくていいと思うよって言いたいんだからね?」

「それは……ありがとうございます」

239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:15:27.55 ID:3Ent1u4Q0

 それにしても、お兄ちゃん力か。
 意識したことはなかった。佑希にはあまり兄として慕われてるわけではなさそうだし、奈雨に対しても最近は受動的になってしまっている。

 と思ったところで一旦思考をストップさせた。

 そんでもって、いやいやちょっと待てよ、と自分につっこみを入れる。
 ……奈雨に対しても?

 自分で考えながら引っかかりを覚えた。なぜか奈雨をカウントしてしまっている。
 いや、意味は分かる。従妹で年下で小さい頃から妹みたいに扱ってきたとは思う。

 でも、会うとキスをする。される。
 こう考えるとよく分からない。妹とキスなんてするんだろうか。
 普通ならしない。じゃあ奈雨との関係はアブノーマルなものなのかというとそういう気はあまりしない。

 心配に思う。兄と妹のような関係だから。
 けれど、別に佑希のことはほっといても大丈夫だろうし心配することはほぼない。どちらかと言えば俺が心配されているような気もする。

240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:16:16.73 ID:3Ent1u4Q0

「ここはひとつ、先輩がお話をしてあげましょう」

「ええと、はい」

「具体的なことを言う人よりも、抽象的なことを言う人のほうが頭良さそうに見えない?」

「なんの話ですか?」

「うんと、友達と話をしてて、昨日のテレビでやってたこととかをそのまま喋られてもつまらないじゃないってこと」

「はあ……はい」

 これまでと何かつながりのある話なんだろうか。

「私は、結構具体的な話を避けるタイプだよ」

「つまり、他人に頭良く見せたいってことですか?」

「……ちっがうよー。でも、そういうことにしておこっか」

 結局何が言いたいんだろう。
 抽象的な方が何かと都合がいい、とかか?

 フレンドリーだけど、どこか掴みづらいところもある。
 それは年上だからかもしれないけど、狙ってやっているのならそれはそれで十分納得できる。

241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:17:03.84 ID:3Ent1u4Q0

「白石くんまたなんか考えてる」

「……」

「おーい」

「……すみません、聞いてますよ」

「言っといてあれだけど、あんまり気にしないでよ?」

「ああ、はい」

「……ほら、続きやろうよ」

 絵の続きを描くことを促された。
 クッションのついた椅子を俺の隣まで持ってきて、それに腰掛ける。

「先輩は描かないんですか?」

「んー、白石くんの絵を見てると楽しいから、今は見てたいな」

「あんまり見られてると緊張するんですけど」

242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:17:50.41 ID:3Ent1u4Q0

「いいじゃない、私も人に教えてると学べることもあるなあって思うし、自分の絵を見つめなおしたりもできるから、一石二鳥どころか一石三鳥だよ」

 でも、でもなあ……。

 デッサン崩れてるとかパースめちゃくちゃとかグサグサ刺してくるし。
 背景まで描いてくると消失点がどこかとかの話にまでなってくるし。

 彼女に言わせると、俺の上達スピードはかなり早いらしい。
 前にそう言われたときはちょっと嬉しかった。

 楽しくお絵描きをするのにも見せるに値するものなのかを考えてしまうあたり、自分がとてつもない完璧主義者に思えてしまう。
 そこに的確にアドバイスをくれる胡依先輩はありがたい存在だ。もっと肩肘張らなくてもいいのに、とも言われたけど。

「じゃあさ、当面の目標をつくろうよ」

 長い髪を手櫛で梳かしながら彼女はそう口にする。

「私も、夏コミのロスであんまり絵を描く気が起きなくてさー、なにかやろうとは思ってたんだよね」

 夏コミ、初耳だ。
 やっぱりあれだけ上手いんだから外に出したりはしているのか。

243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:18:49.66 ID:3Ent1u4Q0

「なにか、って言いますと?」

「うーん……すぐには思いつかないや。でも、なにかやるってなればモチベもアップするかなって思わない?」

「……まあ、はい。胡依先輩の絵、もっと見たいですし、そういうものがあるなら喜んで」

 単に上手いから、色彩が綺麗な絵だから、絵柄が好きだから。
 そういう"要素"ではなく、彼女の絵にはどこか惹かれるところがあった。

 これもまた抽象的ではあるけれど、それは、"どこかで見たことがある絵"ではないような気がした。

 線から、塗り方から、多くの人が見過ごしてしまうような細部にまで、彼女らしさが宿っている。

 人それぞれ見てる世界、見えてる世界が違うと言ってしまえばそれまでだが、それを叙述・描出できるだけでも俺からは離れたことだ。

「そう言ってもらえると私も嬉しいよ」

 なんでもないように、あたりまえのように彼女は笑うけれど、それってほんとうに凄いことだと思う。
 絵に限らず、俺には真似できない。

244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:20:16.53 ID:3Ent1u4Q0

【よくわからない】

 家に帰って夕食を作っていると、佑希に後ろから抱きつかれた。

 正しくは、腰に手を回された。
 ふんふーんと喜びを露わにするように、彼女は笑う。

 米を研いでいるときはシャワーを浴びたまま髪も乾かさずに床の上にぐでーとなっていたが、どうやら目を覚ましたらしい。

 密着度が増して、背中にやわらかいものが当たる。
 おいおい、とさすがに思って彼女の手をつつくも離そうとはしてくれない。

「料理しづらいんだけど」

「いいじゃんいいじゃん」

「よくねーから、離して」

 言ったところで離してはくれないのはわかっているけど、一応言ってみた。

「やだ」

 案の定離れる素振りを見せてはくれない。
 はあ、と短いため息が出た。

245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:21:03.19 ID:3Ent1u4Q0

 昔からそうだ。佑希は俺の事情なんて考えてくれやしない。
 俺のことも考えてくれよ、と主張する気はさらさらないけれど、ちょっとは考えてくれるとありがたいのに。

「ごはん一緒につくろーよ」

「いや、もうできるからいいよ。あとはサラダの盛り付けだけだし」

「じゃあそれをあたしがやってあげよう」

 身体から手が離れた。流しで手を洗ってから皿を取り出して、野菜とチキンを盛り付けていく。

「そういえば、お母さん今日も遅いって」

「知ってるよ」

「だから、今日は家におにいとふたりっきり」

 意味のわからないことを言ったあと、運ぶねーと言ってキッチンからお皿をテーブルに持って行った。

246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:21:52.00 ID:3Ent1u4Q0

 俺も炊飯器から米を茶碗によそってから佑希の向かいに腰掛けた。

 米。味噌汁。サラダ。青椒肉絲。

 佑希が美味しそうに食べてくれる。
 まあ、青椒肉絲は佑希の好物だし、それもそうか。

「ふたりっきりって嬉しいの?」

 かかっているテレビがつまらなかったから、さきほどの発言を掘り返した。

 "ふたりきり"とか"ふたりだけの"は甘美な響きを持つ言葉だ。前にもこんなことを考えたような気もする。

 箸が一瞬止まって、「今更なに言ってんだこいつ」とでも言いたげな視線を向けられた。

「あたりまえじゃん」

「そう」

「ひとりよりはマシじゃん、あたりまえだよ」

「まあ、そうか」

 そっちか。そっち以外だったら引く。主に俺が俺自身に。

247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:22:28.79 ID:3Ent1u4Q0

「てゆーかおにい、部活入ったんなら教えてよ」

「言わなかったっけ?」

「昨日の夜にお母さんから聞いた。
 相談してたくせに報告しないのはどうかと思いますよ」

「それはごめん」

 心にもない謝罪をした。
 俺の中では相談というよりも可能性の模索くらいの気持ちだったから、そんなことを言われる謂れはないのだ。

「で、部活は楽しいの? イラスト部だっけか」

「まあ、それなり」

「ふうん、部員に女の子いるの?」

「……その質問意味ある?」

「あるよ」と大真面目な顔で返される。

「部員は三人、そのうち部長が女」

「へえ、名前は?」

「ねぐらこより」

 先輩をつけなかったことを心の中で謝罪した。断罪、アーメン。

248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:23:04.97 ID:3Ent1u4Q0

「ほー、身長高めで髪長めの人?」

「うん、多分そう。てか知ってんの? 胡依先輩のこと」

「えー、だってあの人有名人だし」

 ずずずっと味噌汁を飲み込んだ。
 胡依先輩が有名人、あまり像を結ばない。

 サボりで有名。謎の行動で有名。どうしてこんなことばかり浮かぶんだ。
 胡依先輩に対して変人フィルターという名の偏見を持ちすぎている。

「有名人って?」と俺が問うと、
「絵がすごい上手いんだって、中等部のときからよく名前を聞いた」と。

「でも、最近は聞いてなかったかな。
 一昨年の文化祭のポスターとか、入場門とかつくってくれたんだよね。あたしそのとき文化祭実行委員だったから、なにかやってるのは見てたんだ」

「へえ」と感想にもならない声がもれた。

「あ、でもその人美術部だったはずだけど、今はそのイラスト部ってのに入ってるんだね」

「そうみたいだな」

249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:24:02.32 ID:3Ent1u4Q0

「あんまり覚えてないけど、よくわからない絵だったような?」

「なんの話?」

「文化祭のポスターの話」

 よくわからない絵。
 その言葉がよくわからない。

 キュビズムとかか? でも、胡依先輩の話にはそういうのは出てきていない。

 中学のときは風景画をよく描いていたとは言っていた。
 美術部だとすると油絵とか水彩画が想像できる。

「そいえば、どうしておにいがイラスト部に入ろうと思ったの?」

「ああ……いや、なんとなく、だな」

「えー、そんなでいいの?」

「いいんだよ、楽しくお絵描きしようって部活だから」

 そう言うと、佑希はそれ以上何も言ってこなかった。

250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:24:34.47 ID:3Ent1u4Q0

 食べ終わったものを流しに運ぶ。
 佑希がわたしのぶんもよろしくと言うので素直に了承した。

 洗い物をする。こういうときに手伝ってくれるのがやさしさだと思うんだ。

 だから佑希はやさしくないのだ。人類の敵だ。

 洗い物をするのはパパの務めです。
 ママが普段家事をしてくれるので、これぐらいはやらないとな、という気持ちになるのです。
 だから、慈しみの念を持ってやりなさい(暗黒微笑)。

 そううちの母親が言っていたのを思い出した。

 子供はもう母さん父さん呼びのくせに当の両親がお互いをママパパで呼び合うのってどうにかしてるよな。

251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:25:12.13 ID:3Ent1u4Q0

「おにいさ、もう少ししたらコンビニいこうよ」

 また近くに寄ってきて話しかけられる。

「食べたばっかじゃん」

「いいじゃーん。ほら、夜のデートだと思ってさ」

「誰とだ?」

「あたしと」

「ふっ」と俺は鼻で笑った。なんてこといいやがる。どきっとしちまっただろうが。

「かよわい少女をひとりで外に出させるなんてマネ、お母さんとお父さんが許さないと思うんだけど」

「……」

「おにい、いこうよー」

 普通にかわいいから困るんだよな。
 かわいい子に上目遣いで見上げられると思考がパニックになる。当然。

252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:25:38.40 ID:3Ent1u4Q0

 これは妹萌え。ただのシスコンじゃねえか。俺はシスコンじゃねえ。胡依先輩恨むぞ、まじで。

「わかったけど、ちゃんと服着ろよ」

「えー、やったー! おにいなにか奢ってね!」

「奢らねえよ」

 きゃぴきゃぴとスキップを踏んでリビングに戻っていった。
 ほら、こういうときに早く終わるように洗い物を手伝うとかね?

 思っても佑希には何も言わないけど。
 これが"救いようのない"シスコンである。

 妹にやさしくするのは兄として当然のことだ。
 まあ、それにしたって限度はあるが。

253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:26:25.71 ID:3Ent1u4Q0

【食えない】

 コンビニったっていろんな店舗がある。

 元氷屋からアニオタ御用達の店、店名が感謝そのもの、ホットスナックの美味しいところ、アイスが美味しいところ。
 好きだったご当地コンビニは消滅した。

 今はそんなだけど、ちょっと前まではコンビニに行くとホットスナックを買っていた。
 ジュースだけを買うつもりだったのにレジ前の美味しそうなホットスナックに欲を刺激されてしまう。実に単純な消費者である。

 三本柱プラス1。
 揚げ鳥。ファミチキ。Lチキ。(骨なしチキンプレーン)。

 誰になにを言われようとも俺の中では揚げ鳥が圧勝だ。
 最後のなんて「骨なしチキンのお客様〜」で軽くトラウマになっている。

254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:26:59.99 ID:3Ent1u4Q0

 彼女が行きたいのは学校の裏(つまり家から一番近い)にあるコンビニではないらしく、少し歩いたところにあるところらしい。

 佑希は財布を持つ気配を見せなかったので、仕方なく俺が財布を部屋から取ってきた。食えない女だ、ほんとに。

 外はさすがに二十二時過ぎだと冷える。
 着ろよ、と言ったのに薄手のTシャツにホットパンツだ。おまえの頭ん中は年中夏なのかよ。

「手をつなごうか」

 シスコンか確かめるためにそう言ってみた。

「うわ、きも」

「待って傷つくんだけど」

「まあ、べつにいいよ」とすっと手が出てきた。

「や、俺はピュアだからやっぱいいや」

「なんなの」

255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:27:39.68 ID:3Ent1u4Q0

「佑希がつなぎたいならいいよ」

「なにその上から目線、うざい」

「……泣いていい?」

 今の俺はメンタル最弱だ。

「ね、奈雨にもそんなこと言ってるの?」

「……は?」

「や、だから、奈雨とふたりでいるときも手をつないだりしてるの? って質問してるんだけど」

「そんな歳じゃないだろ」

「はあ?」

「いや、『はあ?』と言われましても。
 お互い手をつなぐ歳じゃないでしょうに」

「ああ、そっちですか」

 他にどっちがあるんですか。
 と思ったところで彼女は大きなくしゃみをした。

「さむい」

「上着貸す?」

「やさしい」

「語彙力低下してんな、おまえ」

「おまえとか言うな、佑希って呼べ」

 どこにちがいがあるんですかね、それ。

256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:28:30.62 ID:3Ent1u4Q0

 そうこうしているうちにコンビニに到着した。

 ほい、と買い物カゴを渡されて、それに飲み物やらお菓子やらが瞬く間に詰め込まれていく。

「あのな、俺の小遣いが消えるんだけど」

「だって使い道ないでしょ?」

「あるわ、漫画買ったりメシ食べに行ったり」

 言いながら悲しくなったので俺も好きなものを買うことにした。

 子持ちししゃも。酒のつまみだ(飲まない)。

 元からあまり持ち歩かないタイプだけど、財布の中の金の半分が消えた。
 半ば絶望しながらコンビニの外に出ると、佑希が「あれ」と声を上げた。

「どうした?」

「いや、あの子ってさ」

 人差し指の先には制服姿の女の子。
 こちらの存在に彼女も気付いたようで、じっと俺ら二人を見つめてきた。

 県内でも人気の制服。その制服目当てで入学する不心得な輩もいるらしい。ちなみにそこは女子高だ。

257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:29:31.73 ID:3Ent1u4Q0

「ひさしぶりー」

 と佑希はその女の子に近付いていく。フレンドリーさに目眩がする。

「……あ、佑希ちゃん? ひさしぶりだね」

「うんうん、美柑ちゃんってここらへんに住んでるんだっけ?」

「うん、すぐ近く」

 中学振りに見た。そう言っても半年振りくらいだけど。

「未来くんもひさしぶり」

「うっす」

 ひさしぶり、と言われてもな。
 美柑ちゃん──秋風美柑と中学時代に話をしたのは二度か三度しかない。

 善くんの彼女、という漠然としたイメージで、廊下で二人でいるところにすれ違ったら冷やかしていた。
 顔も朧げにしか覚えていなくて、今目の前でみてはっきりとしたくらいである。

「佑希と秋風さんって知り合いだっけ?」

 訊くと、二人は顔を見合わせた。

258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:29:58.91 ID:3Ent1u4Q0

「知り合いもなにも、小学校同じじゃない」

「そうそう、小三と小五で同じだったんだよね」

 へえ、と俺は思った。

 うちの中学は普通の公立だから、小学校からの持ち上がりがほとんどだ。
 それでも、三つから集まっているから、善くんはひとつ隣の小学校だったと記憶している。

「そいえば、彼氏さんとはどうなの?
 名前は、なんだっけ。よくうちに来る人」

「善くんな」と横から補足をした。

「そう、その人! たまに道とかで会ったよね」

 佑希が興味のない人について覚えないのは昔からのことだった。あまりいいとは思えない。

「えっと、別れちゃったの」と秋風さんはすぐにそれに返した。

「え……えー、ごめん」

「いいよいいよ、もう終わったことだし」

259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:30:54.57 ID:3Ent1u4Q0

 それから二人はどちらからともなく話を始めた。

 俺が入る話じゃないなと思ってゴミ箱の前でホットスナックを食べたり飲み物を飲んだりしていると、
 十分間くらいか、それくらい話をしたあとに佑希と連絡先を交換してから、「じゃあね」と秋風美柑はうちとは反対の方向へと歩いていった。

「そんなに仲良かったの?」

 帰り道を進みながら訊ねると、佑希は肩をすくめた。

「いや、そんなに。普通の友達だったよ?」

「でも、小学校のときはいろいろと張り合ってきてたかなあ?」と続けた。

 秋風美柑について、あまりそういうイメージはない。
 初めて会ったときからほんわかおっとり系オーラを発していたし、誰に対してもやさしいと評判だったから。

 でも、成績はいつも上位だったはずだ。善くんと同じかそれ以上に。
 そのことについて嘆く善くんの話を聞き流しながら聞いていた。

260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:31:28.65 ID:3Ent1u4Q0

「ね、帰りは手つなごっか」

「なんで?」

「昔を思い出したから?」

「いや捏造すんな、佑希と手をつないだ記憶なんてないぞ」

「じゃあいっか、チャンスだったのに」

「チャンス?」

「なんでもないよばーか」

 家に帰ってから、佑希は借りてきた映画を見ながら俺に買わせたものを食べていた。

 部屋で生ものを食べるとゴミの処理が面倒だから俺もリビングでだらだらすることにした。
 そのうちなにもしないのにも飽きてきて、来週提出の課題をだらだらと解いた。

 風呂から上がっても佑希はテレビに夢中だった。

261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:32:16.73 ID:3Ent1u4Q0

 なんだかな、と思う。

 善くんは気落ちした様子を見せるほど落ち込んでいたのに、当の元彼女はさほど気にはしてなかったようで。
 振る/振られるを経験したことがないからよくわからないけど、性別もあるだろうし。

 男の恋愛は名前をつけて保存で女の恋愛は上書き保存だとなにかで聞いたことがある。

 どっちも不義理だろ、と思う。

 上書きにしろ名前をつけてにしろずっと取っておくなら軽々しく好きになんてならなければいいのに。

 別れたらゴミ箱にトラッシュかつガベージでウエストでリターなものをシュートしちまえばいいのに。
 そのあとゴミ箱を開いて修復不可能にするためにもう一度消すまでやるべきとは思わないけど。

 考えすぎだぜ、と一人で呟いた。

262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/06(金) 18:32:43.66 ID:3Ent1u4Q0

 寝る直前にスマホを開くと、奈雨から「明日の昼」とラインが来ていた。

 それに「わかった」とだけ返信をしてすぐに寝ることにした。

 明日は週末だ。明日が過ぎれば惰眠を貪り続けられる休日がやってくる。

 ワクワクで眠れなくなった。
 ドキドキが、止まらないよ!

 こよりちゃんが頭の中でそう言っていた(胡依先輩ではない)。

 あてもなくもう一度スマホを開くと、今度はソラから「そういえば、部員のアテが見つかった」と通知が表示されていた。

 明日返信しよう、と思いつつ瞼を閉じると、案外すんなりとまどろみに落ちていった。

263 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/10/06(金) 18:33:31.25 ID:3Ent1u4Q0
今回の投下は以上です。
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:20:44.34 ID:x7PMoiGY0

【微睡】

 翌日の朝はかなり冷えこんでいた。

 いつもなら窓から差し込む陽射しでいい感じの時間に目が醒めるのに、重く深い雲によって太陽は覆われていて、薄手のタオルケットだけでは寒すぎて夜中に一度起きた。

 おかげで時間感覚が狂っている。
 欠伸は出るし頭痛は酷いしで、朝から憂鬱だ。

 まだ九月だぜ? 夏だぜ?
 現実は非情である。夏なんもやってねえ、それしか頭に浮かばない。

 なんかどうしてもやる気が出ないので佑希を起こして朝食を作ってもらおうと思った。

 両親の部屋からはイビキが聞こえる。お疲れ様っす、まじで。昨日はそんなんまでして稼いだお金を無為に……。
 でもまあ、たまにうるさいからプラマイゼロということにしておこう。

265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:21:28.15 ID:x7PMoiGY0

 彼女の部屋のドアをノックする。反応はない。

 ドアを開ける。ベッドにいないと思ったら床に寝ていた。たぶん落ちたんだろう。

 はあ、とため息が出た。
 どうしてこうも無防備でいられるのだろうか。
 部活もあるだろうに、床で寝たら身体が痛くなってパフォーマンスにも影響が出るはずだ。

 骨折とかの大きな怪我とかはしたことがないし、部活終わりにストレッチとかはやっていると思うけど、それにしたってなあ。

 お姫様抱っこで持ち上げて顔をぺちぺちと叩いてみた。
 眠ってるとな。最近それしか言ってない。

 体重絞ってるわけでもないはずなのに、思ったよりも軽く感じた。

 ベッドに降ろして身体を揺すってみたが「ん……」とか「んんっ……」とか吐息交じりの声を上げるだけで起きようとしない。

 でも佑希だって起こされるのも嫌か、と急に頭に浮かんだ。
 こういうところか、胡依先輩が言いたかったのは。

266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:22:17.66 ID:x7PMoiGY0

「おに……いちゃん」

 不意に、腕を掴まれた。
 掴まれたことは特になにも感じない。

 奇妙に思ったのは呼び方だ。「お兄ちゃん」なんて呼び方を佑希はしていただろうか?

 おにい、か、未来。
 怒ったときは後者だ。その変化について訊ねたことはない。

 なぜか、俺は形容しがたい違和感を覚えた。
 妹にお兄ちゃんと呼ばれても別に普通なのに、それを身体が拒んでいるように感じた。

 "おにい"、だってお兄ちゃんの訳語なのに、なんでだ。

 気付くと「おい」、と俺は口に出していた。

 佑希がゆっくりと目を開ける。
 ごしごし目をこすって、俺がいることにびっくりしたかのようにばっと手を離した。

「なんでいるの」

「……なんでだろう」

「ふほーしんにゅう」

「おやすみ」

 出ていこうとした。
 寝れば部屋に俺が来たことなんて忘れるだろう、と思ったから。

267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:23:07.23 ID:x7PMoiGY0

「待って、あたしも起きる」

「あそう」

「……おにい、具合悪そう」

「なに、心配してくれてんの?」

「うん」

 なんだろうな。もやもやする。
 心配されているなら、素直に受け取っておくべきではある。

 心配されたくないとは思わないけど、やっぱりなんだか無性にイライラする。

「今日は一緒に朝ごはんつくろうぜ」

 忘れてた、と思ってそう口にした。
 なぜか当初の目的の作ってもらうからは下方修正されていた。

「……ねむい」

「どっちだよ」

「でも、とりあえず手伝うよ」

「はあ……」

 この部屋に来たことを後悔した。
 なにがしたかったんだ、俺は。

 正常な思考をしていたら佑希に頼ろうなんて思わない。俺のちんけなプライドがそれを許さないはずだ。

 佑希と関わると変なことを考えてばかりだ。なんなんだよ、ほんとうに。

「コーヒー淹れてくれるだけでいいよ」

「うん」

268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:23:54.12 ID:x7PMoiGY0

 二人並んで一階に降りた。
 昨日食べたお菓子やらが散乱していて、まずはそれを片付けた。

 朝食ったってパンとスープだ。
 コーヒーがあるならスープもいらない。

 ばかやろう、と自分で自分を責めた。

「おにいって弁当ないときどうしてんの?」

「購買」

「なに食べるの」

「豆乳とか」

「それ飲み物じゃん」

 今日も母さんと父さん夜遅いみたいだな、と俺は言った。訊かずともそれは分かった。
 朝なのにリビングに紙が置いてあったから。こういうところは律儀なのだ。

「あー、今日友達と食べてくるんだ。言い忘れてた」

「え、じゃあ俺ひとり?」

「ごめん、そうなっちゃう」

「そうか」となんとなく呟いた。

 するとすぐに心配するような目を向けられた。
 それに俺はまた苛立つ。反射的な反応。

 結局それから佑希との会話は一言もなかった。

269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:25:57.79 ID:x7PMoiGY0

【抜けてる】

「なんかあったのか?」

 と教室に着くなりソラに声を掛けられた。
 彼が朝早いのは珍しい。いつも家が近くなのをいいことにチャイムギリギリに入ってくるようなやつだ。

「なに、おまえエスパー?」

「おう、エスパータイプだ」

「意味わかんねえ」

 エーフィとかエムリットかわいいよな。超どうでもいい情報。

「で、なにがあったんだよ」

 急かすように言われる。
 こっちだって学校に来たり休んだり部室から急に消えたりするおまえについて訊きたいわ。

 だいたい、部活に誘ってきた本人が部活に真面目じゃないってどうなんだよ。
 胡依先輩がなにも言わないから俺もなにも言わないけど、気になることは気になる。

270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:26:40.16 ID:x7PMoiGY0

「俺ってシスコン?」

 問いかけると、ノータイムで彼はあはは、と吹き出した。

「あたりまえだろ」

「マジか」

「いや……マジもなにも、おまえは佑希ちゃんのこと好きすぎるからなあ」

「そんなに?」

「そりゃあ、おまえらが喧嘩してるの見たことないし。
 あっちは結構奔放っていうか、自分勝手なところあるのに、よくおまえ怒んないなっていつも思うぜ」

 奔放、自分勝手……。
 まあ、そういうところはあるよな。

 でもそういうところが人を惹きつけるのかどうなのか。

 この学校での佑希は優等生だから、ソラはうちでの印象を言っているんだろう。
 それか小学生のときか。あんときは佑希もよく泣いたり怒ったりしてたものだ。懐かしい。

「ミクちゃんはさー、みんなにやさしくしようとしすぎてるんだぜ」

「ミク言うな」

「それに、おまえ最近調子悪そうだし」

「最近」と俺は繰り返した。

271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:29:14.86 ID:x7PMoiGY0

 調子が悪いというよりは、なんとなく落ちつかなかったり、もやもやすることが多いだけだ。
 今まではそういうことはなかったはずだ。
 思春期にありがちな逃避衝動かなんかだと思うことにしていた。

 開口一番俺の不調を見破ったあたり、ソラはいろいろ察してくれているのだと思う。
 付き合い長いしな。俺は俺で彼のことを全く察せないあたり、コミュニケーション能力の欠如が浮き彫りにされているようでなんか嫌だけど。

「いや、最近じゃないな、春からだ。
 ……おまえ中学のときはギラギラしてたじゃん。勉強に限らず、いろいろなことにさ」

「そうか?」

「だっておまえ、受験に落ちたら自殺するくらいの勢いで勉強してたじゃねえか。
 おかげで受験前は話しかけづらかったし、たまには無理やり取り付けて遊んだけどよ」

 そうだったっけ。俺は首をかしげる。その様子を見て、彼はまた言葉をつなぐ。

272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:30:10.65 ID:x7PMoiGY0

「魂抜けてるみたいだぞ、近頃のおまえは」

「気のせいだよ」

 ごまかす。同時に乾いた笑いが出た。

「そういう反応も、前の未来ならしなかったと思うぜ」

「……」

 なんだかひどく落ちつかない。
 思ったとおりだ、今日の俺はいつにも増しておかしい。

 魂が抜けてる。たしかにそうかもしれない。

 以前の俺は日々を無為に過ごすことを嫌っていたと思う。
 出来事の価値や意味は抜きにして、どこかへ遊びに行ったり、あてもなく出かけたりしていた。

 どうしてここを受けようとしたんだっけ?
 わからない。でも、少し思うところがあったから。

273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:31:46.53 ID:x7PMoiGY0

 けれど、それも埋まらなかった。
 その事実が眼前に突きつけられている気がして、そこから脱したいとでも思っているのだろうか。

「ま、元気出せよ。なにかあったら相談乗るぜ、俺たち親友だろ?」

 そう言って、彼は自分の席に戻っていく。

 そうじゃないだろ、と俺は思った。
 相談できるようなことなら、ここまで考え込むべきではないのかもしれない。

 得も言われぬような不快感が頭を支配しているだけだから、言葉にしようったってうまく出てきてくれない。

 バイトでも始めようかな、と急に思った。
 いや、でも部活始めたばかりだしな、平日は毎日あるしな、とすぐに打ち消した。

 当面の目標、と昨日胡依先輩は言っていた。

 目標。道標。指針。
 建物がぐらつくのは土台がしっかりしていないから。

 いや、でもそれは自己完結的だ。思い込みで物事を判断しては失敗するのが目に見えている。
 きっと俺はこういう人間性なんだろう。覚束ないのはいつものことだ。

274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:32:58.46 ID:x7PMoiGY0

【柱】

 昼休みになるや否や、善くんに誘われて購買に行くことにした。

 授業中は催眠術にかかったかのように眠っていた。
 クラスの大半がそうであったようで、教師も半ば諦めていたことだろう。

 それでも、四限の地学の時間にはもう寝れないほどに回復していた。
 睡眠のとりすぎはかえって毒になるものだ。

 ホットプルームがどうこう言っていた。どうでもいい。

 夢の中で奈雨との約束を思い出した。
 場所は指定されなかったから、きっとこの前会った購買あたりをうろついていれば会えるだろう。

 渡り廊下を横に並んで歩く。ただの邪魔だ。

「そういえばさあ」と善くんが口を開いた。

275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:33:54.67 ID:x7PMoiGY0

「この前購買に言ったときに未来が中等部の子とイチャイチャしてたの、あれ結局誰だったの?」

「まあ、それはいいとして」

「よくねえよ」

 仕方ない、話題を変えようか。

「昨日秋風さんと会ったよ」

「美柑と?」

「うん、コンビニ行ったらいた」

「そっか」と彼は頷いた。

 悪いことをした、と思う。
 でも、なんとなく、奈雨とのことを知られるような綻びが生まれることすら避けてしまいたい。

「どうだった?」

「どうって?」

「あいつの様子。話したりしたの?」

「……あー、話はちょっと、挨拶くらいだけだったけど、まあ普通だったかな」

「ふーん」

 善くんは見るからに落ち込む。相当好きだったんだろうな。

 彼がパンと焼きそばを買うために行列に並ぶのを少し離れて待っていた。

276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:34:51.89 ID:x7PMoiGY0

 あたりを見渡す。

 考えていたとおり、購買近くの柱に奈雨はもたれかかっていた。
 この前見た女の子も一緒で、そのほかにも二人同級生が側にいる。

 彼女に視線を向けると、こちらに気付いたようで、ほわっと頬を緩めた。
 そのまま友達に手を振って、俺に向かって人差し指をちょいちょいと上に向けた。

 上?

 うん、と頷いて階上に向けてすたすた歩いていった。
 女の子から視線を向けられたけれど、たぶん奈雨からのサインは見えていないはずだ。

「善くん、ちょっと用事できたから先戻ってていい?」

「あ、うん。どったの?」

「……いや、五限の課題やり忘れてた」

「おお、そりゃ大変」

 彼女のあとを追うように階段をのぼりながら、ひとつまずいことに気付いた。

 上。ということはこの前の場所。
 部室、胡依先輩がいる。たぶん寝てる。

 ……いや、さすがに人の気配には気付くか。鉢合わせても、まあ大丈夫だろう。

277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:35:44.11 ID:x7PMoiGY0

【わたしのために】

「奈雨」と名前を口に出して、ドアに手をかける彼女を呼び止めた。

「あ、お兄ちゃん」

 てくてくと子犬のようにこちらに向かってくる。後ろに尻尾が見えた気がした。
 いつもの奈雨だ。少し安心している自分に気付く。

「そこ、人いると思うから他のところにしよ」

「え……でもこの前は空き教室じゃなかったっけ」

 説明すんのもめんどくせえなあ、と思った。

 なんとなく、彼女の頭の上に手を置いてみた。
 ところどころ毛先のウェーブした髪の毛。そのまま抱き寄せるとほのかに甘い匂いが鼻腔を刺激する。
 かわいい。めっちゃかわいい。世界一かわいい。

 なんだろうな、すげえ安心する。
 圧倒的母性。身体はちっこいくせに、どうしてこうも安心感を与えてくれるのだろうか。

 耳元で彼女の息遣いが聴こえる。
 はあはあ言ってる。気のせいだ。
 こちらはこちらで息を殺すのにも精いっぱいだ。

278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:37:06.84 ID:x7PMoiGY0

「ねえ」

 冷めた口調ではっとする。
 彼女を腕から解放する。手櫛で髪を整えながら、居心地悪そうにひきつった笑みを浮かべられる。

 なにしてんだ俺。
 性犯罪者並みの行為だ。昨日の佑希とはわけが違う。俺は男で、彼女は女だ。

「べつになにされてもいいけど、場所くらい考えようよ」

「ああ、ごめん」

 "なにされてもいい"。
 ……聞かなかったことにしよう。

「とりあえずほかの場所いこ」

「へい」

 奈雨は先を進んでいくので、そーっと部室の扉を開けてみた。
 案の定胡依先輩はソファに座っていて、寝てはおらずカップラーメンを食べていた。

 ドアが僅かに開いたことには気付いていないようだったので、ゆっくりと閉めてから彼女のあとを追った。

 上か下か迷ったけれどきっと上だろうと思い階段を駆け上がると、中盤の踊り場に彼女は立っていた。

279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:38:19.99 ID:x7PMoiGY0

「さっきのはどういう意図なの」

 ぽんぽんと足元を叩いて、一番上の段に座ることを促される。
 座ってから、奈雨からの質問について考えてみる。

「わからない」

「うん」

「……わからない、けど、今日の俺はなんかおかしい」

「だいじょうぶ? 具合わるいの?」と額に手を当てられた。
 ひんやりした彼女の手に驚いて思わず距離を取る。

「ごめんね」と彼女は蠱惑的な微笑をたたえる。

「風邪とか引いてるなら、さすがにできないって思ったんだけど」

「じゃあ風邪ってことにしよう」

「なにそれ」

 いらっとしたのが顔に出た。
 分かりやすいときは分かりやすいのが彼女らしい。わざとやってるんだろう。

280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:39:31.56 ID:x7PMoiGY0

「風邪でも、うつされてもいいや。こっち向いて」

 頬に両手を当てて、そのまま唇を重ねられる。

 じんわりと口の中にミントの味が広がる。
 いつも思うけれど、どうしてこうもやさしいものなんだろうか。押しつけるだけなら、もっと乱暴にされたって怒らないのに。

「手、出して」

「……」

「お兄ちゃん?」

「ああ、はい」

 なぞったり握ったりして、手を弄ぶ。小さくてあたたかい手。また唇を塞がれて、視界がぐらつく。

「……それ、楽しい?」

「んー……うん」

 楽しいとか楽しくないじゃないの、と彼女は言う。

「やっぱりお兄ちゃん具合わるそうだね」

「んなことはない」

281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:41:33.95 ID:x7PMoiGY0

「ちゅーすると落ちつくよ。ほら、うぇるかむうぇるかむ」

「……で、なんかやなことでもあったの?」

「なによ、いきなり」

「ただそう思っただけ。いきなり呼び出すし、俺にすることで落ちつくんなら奈雨だって落ちつきを求めてるってことだろ」

「……な」

 彼女は視線をきょろきょろとさまよわせた。
 図星か。勘だったけど、当たったのなら言わないでおく。

 奈雨はいつだってどこか危うい。
 乱暴に扱わずとも壊れてしまいそうなほど繊細なのは、なんとなく分かっている。

「お兄ちゃんは、わたしにそれを訊いてなにかメリットでもあるの?」

「……」

 言ってから、彼女はまずいことを言ってしまった、言葉の選択をまちがえた、みたいな罪悪感と紙に書いて貼り付けたような顔をする。

「たんなる世話焼きだよ。うっとおしいって思うならもう訊いたりしない」

 そう言って欲しいのだろうから、俺はそう言った。

282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/08(日) 01:42:32.56 ID:x7PMoiGY0

「そっか、べつにいいけど」と彼女は目尻を下げる。

「ていうことで、わたしに安心感を与えてよ。はやくはやく、時間きちゃうよ」

「俺は安心感とは程遠いの」

「わたしのために、ってことでここはひとつ」

 そこまでしてキスさせたい理由ってなんだろうか。

 少女漫画的思考に陥っているとか?

 中二じゃないけど厨二病とか。
 いやあれは邪気眼とか黒の教科書とか気が付いたら拳が血で染まっていたとかだろう。ジャンルが違う。

 まあいいか、と諦めて彼女のすぐ近くまで顔を持っていく。

「するよ」

「報告しなくていいから、はやく」

 左肩に手をかけて、唇を重ねた。

 困らされてばかりだ。

「満足か?」

「うん、満足した」

 えへへ、と彼女は笑う。
 している間は無表情なくせに、終わった途端笑顔になるのはずるい。

 でも、これが少しでも彼女のためになるって言うのなら、悪い気はしない。

283 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/10/08(日) 01:44:25.73 ID:x7PMoiGY0
今回の投下は以上です。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:16:57.44 ID:kWAsA2wb0

【SS-W/Sasanqua】

 春が来て、夏が来て、秋が来て、また冬が来ました。
 日常には彩りが増し、私のなかの雪は少しずつ溶けていきました。

 ふたりで花見をして、ふたりで花火をして、ふたりで紅葉をみて、ふたりで冬を迎えました。
 週に二度か三度。一時間にも満たない時間に、約束はせずにそこに居たら話をする。そんな関係が続いていました。

 まだ日が長いときに、彼女は公園にお酒をもってきました。
 私は未成年だから飲めない、と言うと、わたしもそうだから関係ない、と返されました。気になって歳を訊くと、驚いたことに同い年でした。

 少しくらい大丈夫だよ、と言われるままに缶ビールを飲みました。案外私はお酒に強いようで、これといった感想も出ませんでした。
 彼女はお酒に弱く、少しの量でかなり酔ったようで、ベンチに座る私の肩に頭を預けてきました。

 そのまま眠りについた彼女をどうすることもできずに、ひとまず私の家に寝かせることにしました。
 家に到着して彼女を起こすと、まだ酔っている様子で、いろいろなことを話しはじめました。

 名前や家族構成、通っている高校、訊いていないのにブラのサイズなんかも教えてくれました。彼女の痣については、聞いていないふりをしました。

285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:17:39.71 ID:kWAsA2wb0

 彼女のことについて知るのは、それが初めてのことでした。彼女は私に何も訊かなかったし、私も彼女に何も訊きませんでした。お互い避けていたのだと思います。
 ……だから、彼女の個人的な情報を、そのとき初めて知りました。

 酔っているのなら何を訊いてもいいのかな、と思って、彼女に質問をしてみることにしました。
 "好きな人はいますか?"と。

 ──ですが。

 はっきり言って、それは失敗でした。

 彼女は私を指差して、それから微笑みました。

 きっとどこかで、期待はしていたのだと思います。私が感じている気持ちを彼女も感じているのなら、それがどれだけ嬉しいことなのかということを。

 でも、実際にそれを訊いてまず一番最初に頭に浮かんだのは後悔でした。
胸の高鳴りよりも、少しばかりの嫌悪感に私の頭の中は支配されました。

 言葉の意味をわかっていないふりをしました。それが、私のためにも彼女のためにもなることだって、そう思ったから。

 朝が来て、彼女は驚いた様子であたりを見渡しました。
 覚えてなくてよかった、と私は思いました。

 それから、彼女と私の行動範囲に私の家が加わりました。

 まだ、その夜のことは私の胸の中に秘めたままでいます。

286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:18:39.08 ID:kWAsA2wb0

【それとも】

 キスはモルヒネの十倍鎮静効果があるらしい。

 一日三十秒のハグでストレスが1/3になるらしい。

 安心……。落ちつく。
 そういうものなのか? それとも、ただ……。

 意識しすぎるのはよくない。したら困るのは俺よりも彼女のはずだ。

 でも、この罪悪感は──。

287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:19:39.77 ID:kWAsA2wb0

【揺れる】

 放課後になり部室に向かうと、制服姿の東雲さんがソファに座っていた。

 思わず二度見した。嘘、五度見ぐらいした。

 だって超おしとやかなんだもんな。
 この学校の制服をここまできちっと着ている人なんて見たことないし、ちゃんと着こなしててかわいいし。

 いやまあ、同じ学校ってことのほうが驚くべきだと思うけど。
 そういえば学年と苗字まで訊いておいて学校名は訊かないままでいた。

 固まる俺をよそに胡依先輩は珍しくお茶を出したりなんかしちゃっている。
 視線を察知され彼女もこちらを向いた。

「あ……」

「あ、うーん……こんにちは」

「こ、こんにちは……えっと──」

「なになに、ふたりはお知り合い?」

 明らかに訝しむような目を向けられる。知り合い……知り合いではあるけど、まあ知り合いか。

「ちょっと」

「うん、ちょっと……です」

 ストーカー客。いや違うけど。
 カフェ店員と客、うん。言わなくていいや。

288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:20:31.29 ID:kWAsA2wb0

「それで、どうしたんですか?」

「俺が連れてきた!」

 窓際の席に座るソラが自信ありげに胸を張りながら大きな声をあげた。

「昨日言ってたアテってやつ?」

「これで俺も部員の役目を果たしたぜ」

「ぱちぱちぱちー」と胡依先輩は声に出しながら拍手をする。

「私はこの部活のプレジデントの塒胡依です。胡依先輩でも、部長でも、胡依ちゃんでも好きに呼んでください」

 思わず「プレジデント」と復唱する。

「白石くん、笑わない! ギャグじゃないんだよ!」

「ギャグじゃないんですか」

「うん……スベったから」

 急に悲しそうな表情をつくるのはやめていただきたい。
 当然ながら俺も笑ってないし、東雲さんに至っては眉をひそめているし。

289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:22:05.29 ID:SFz/9XQG0

「じゃあさ、さっそくだけど自己紹介をしてちょうだい!」

 ずっと立っているのもアレだったので、女二人から少し離れたところに腰掛けた。視線を向けられたが、見返したら逸らされた。
 頬杖をつきながら瞑想していると、なんとなくだけど、東雲さんとこの前会ったときのことを思い出した。

「いや、でもあの、今日は見学だけだって……そっちの人が言ってたんですけど」

「とりあえず」

「は、はあ……。えっと、高等部一年の東雲……です。クラスは4-Aです」

 佑希と同じクラスか。

「んん、Aクラってことは特進なの?」

 俺も思ったことを、胡依先輩が質問してくれた。

「……まあ、そうです」

「てことはあたまいーんだ。あそこって中等部のとき成績良くないと入らないらしいじゃん」

 なぜ他人事なのだろうか。
 素行的に論外だから知らなかったとか、さすがに失礼すぎる想像をした。

290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:23:08.12 ID:SFz/9XQG0

「……いえ、ここの高校には四月から入りました」

「え! じゃあ高入生で特進ってこと? すごいすごい初めて見た」

「握手しよ!」と胡依先輩は右手を東雲さんに向ける。
 一瞬困ったような顔をしてから東雲さんも手を出した。

「それでそれで、中学はどちらで? 部活は今まで入ってなかったの?
 私からのせくはらはどこまで平気?」

「あの……」

 胡依先輩ってなにがしたいんだろうか。最後に至っては意味がわからない質問だし。

「……中学は、隣の県です。部活は、いまさら入るのもなって思ってどこにも行けずじまいで」

「せ、せくはらは……」と目を泳がせる。あたりまえだ。

「冗談だよ、シノちゃん」

「あ、はい。驚きました」

「今流れでシノちゃんって愛称つけちゃったけど大丈夫?」

「構いませんよ」

291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:24:04.17 ID:SFz/9XQG0

 さっきからだけど、この二人の掛け合いを見ていると心配になる。主に東雲さんが。
 先輩のことだから冗談を言える範囲を探っているんだろうけど、聴いていて心臓に悪い。

「それで、シノちゃん入部しちゃう?」

 俺とのときのように、鉛筆とメモ用紙を前に出した。
 入部テスト(仮)。形式だけのものだけど、一応やらせたいみたいだ。

「いや、私絵はあんまりで……」

「どれくらい?」

「どれくらいっても……えっと、上手くはないです」

「じゃあ下手でもないと」

「あの、下手です」

「とりあえず描いてみようよ」と胡依先輩は鉛筆を手渡す。
 そのまま、また転がっていたリンゴを設置して、ふんふんと鼻を鳴らしながら好奇心に満ちた目を東雲さんへ向けた。

292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:25:33.01 ID:SFz/9XQG0

 おそるおそる、といった様子で彼女は鉛筆を握りしめる。
 紙に芯の先を触れさせて、小さく横に首をひねった。

 目線を下から外して、俺のほうを向いた。
 あまり見て欲しくないということか? 誰だってじっと見られるのは恥ずかしい。

 よく分からないけれど頷いて、逆の方向を向くことにした。

 昨日の続きでもすることにしよう。
 ソラもソラでペンと課題を取り出した。それ、今日提出のじゃないんですかね。

 数分の間かりかりと鉛筆の音が響く。

 彼女があのカフェで描いてくれた絵は整っていて上手いものだった。
 あれで下手と言うなら俺の絵は紙ゴミにでも出してしまいたい。胡依先輩が見たらきっとべた褒めすると思う。

 あのとき、急に手が止まって、慌てた様子で紙をぐしゃぐしゃにしたのは一体……。

 と、そんなことを考えていると、鉛筆の音が鳴り止んだ。

293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:26:30.52 ID:SFz/9XQG0

「今日は、えっと……バイトというか、お手伝いあるので、帰ってもいいですか?」

 画面に表示されている時間を見た。
 十七時二十三分。実に微妙な時間だ。

「いいよー。これ、描いてる途中だけど取っておく?」

「あ、はい。お願いします、たぶんまた来ます」

「うけたまわりましたー」

 荷物をまとめて、すぐに部室から出ていった。

「これで四人か……あと一人どうしよっか」

 扉が閉まった後に胡依先輩が呟いた。

 まあ怒られないだろうと思って東雲さんが描いた絵を見ると、正方形とそのなかに円が描いてあるのみだった。

「入るんですかね?」

「ん、あの子は入るよ」

 本当に今日の様子で入部するのか、と怪訝な気持ちで訊ねたものの、なぜか確信めいたような大真面目な顔をして、胡依先輩はそう返してきた。

294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:26:57.70 ID:SFz/9XQG0

【画集】

「よし、じゃあ当面の目標として、部誌でもつくろっか!」

 部室に三人になって数分後に、胡依先輩はそう叫んだ。

 人差し指を立てながらドヤ顔でのたまう姿は、どことなく自信に満ち溢れているような気もする。

「まず、概要を説明するよー。
 文化祭で、せっかく四人も集まったんだからなにかしらしたいじゃない。
 そんで、私の先輩がいたときは、画集というか、イラスト集を毎年文化祭で出していたのね」

「だから今年も出しましょー」と彼女は微笑みながら言う。

「面白そうなんで賛成です」とソラがすかさず口に出した。

「はい二対一! 多数決により決定!」

 三十秒にも満たない間のうちに重要なことの決定がなされてしまった。

「一応訊くけど、白石くんも賛成だよね?」

「……部活としてやるならべつに構いませんけど、どれくらいの規模なんですか?」

 自分の絵が他者に見られることを抜きにしても、文化祭で出すってことはそれなりにちゃんとしたものをつくるということだ。

295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:28:04.34 ID:SFz/9XQG0

「昨年は、たしか七十ページくらいだったかな?
 みんなデジタルでもアナログでも、好きなものを好きなふうに描いて載せてたよ」

「わかりました」

「私の絵はそんなだったけど、先輩の描いた漫画は結構好評でね。
 これは来年もイラスト部は安泰だね! って先輩に言われたんだ」

 どういう意図だ、それは。

「漫画も載せられるんですか」

 ソラが食いついた。目がキラキラしている。

「うん、自由自由。絵でも文でも象形文字でもなんでもいいよ!」

「すっげーわくわくしてきました」

「そらそらくんならそう言ってくれると思ったよ!」

 また二人のハイタッチ。
 なんだろうこのノリで生きている感じ。

 昨日の今日ですっかり仲良いじゃねえか、少し気を揉んで損した。

「じゃあ決まりね、さっそくヒサシちゃんに伝えてくるから」

 軽快な動きで彼女もまた部室を出ていった。
 言葉で表すのも難しいほど嬉しそうだった。なぜそんなに、と思うくらいに。

296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:28:40.41 ID:SFz/9XQG0

「ソラはなに描くの?」

 公に出るものを描くったってなあ、と思って彼に訊ねてみた。

 ふう、とため息をついてから、首を横に振った。

「思いつかねえ」

「……ん?」

「いや、さっきのはノリで言った」

「ノリかよ」

「いやだって、さっきの部長すげえかわいかったじゃん。
 なんかめっちゃ楽しそうにしてたし、かわいさ倍増って感じで俺得だったから賛同しといた」

「おまえ胡依先輩のこと好きなの?」

 すぐ好きとか考える。
 我ながら男子高校生らしい安直な思考回路だ。

 彼はきょとんとした顔をする。

「小動物的かわいさ……?」

「お、おう」

「愛でたい。寝てる姿とか見ると撫でたくなる」

「……」

「かわいい人は見ているだけで癒される。ここは俺の癒し空間だ」

「さっきの子もかわいかったし」とソラは付け加える。

297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:29:57.92 ID:SFz/9XQG0

 たしかに、と思った。
 東雲さんはかわいい。胡依先輩ももちろんかわいい。

 実に単純な思考回路だ。やはり俺と同じ普通の男子高校生だ。

 かわいい子に囲まれたいと以前からソラは言っていた。
 遠巻きに見ているだけでもいいから聡明で知的な美女と同じ空間に居たい、という妄想を俺に何度も話してきたくらいだ。
 
「なんか、未来もきっかけになんじゃねーの、とも思ったし」

「きっかけ?」

「なにか打ち込めることがあれば、おまえの気持ちだって多少なりともマシになったりするんじゃねーのってことだ」

「やけに友達思いの発言だな」

「まあ、ついでだけどな」

「ついでかよ」

「あたりまえだろ」

 まあ、とりあえず部長のためにもがんばろーぜ、とソラは笑いながら言った。

298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:30:37.10 ID:SFz/9XQG0

 打ち込めること。
 おまえの気持ち。

 場所や機会をつくれば完成に向かって努力を続けることができる。
 締切だったり期限があれば、それに危機感が増して、終わったあとの達成感を得ることができたりする。

 俺の気持ち。彼に言わせてみれば「魂が抜けている」ようなものらしい。

 努力することを放棄している。
 もっと言えば、誰かと競うことを放棄している。

 ──ちょっとぐらいでいいから。
 ──こっちだって毎回毎回だと面倒なのよ。

 どうしてこんな言葉ばかり浮かぶのだろう。

 整備を怠ればあたりまえのように劣化する。
 今の俺は削りかすだ。何から何まで。

 環境で人は変わらない。
 誰とも向き合えない。

 変わりたいけど変われない。
 向き合いたいけど向き合えない。

 ただの怠慢クソ野郎だ。価値なんてないペラッペラの人生。

 こんなことばかり考えてしまうのは、病気以外の何物でもないのではないか。

299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/09(月) 13:31:40.42 ID:SFz/9XQG0
訂正
>>266
訳語→略語
300 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/10/09(月) 13:32:12.79 ID:SFz/9XQG0
今回の投下は以上です。
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/11(水) 13:18:44.41 ID:hZOri00NO
おつ
みんなかわいい…
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/11(水) 13:38:05.79 ID:vgsfhCf90
なうちゃんほんまかわええな
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:27:45.64 ID:BNHhIjJ20

【簡単でも】

 妹が泣いている。
 俺は素直に喜べない。

 すうっと冷めていく。
 どうしたらいい。どうしたらいい。

 少しずつ調整する。
 窮屈でも、そのほうが心が痛まない。

 募るフラストレーション。
 子供だったのかもしれない。けど、今の今まで抱えたままでいる。

 安定した(ような)学校生活。
 それも、一年後に反転する。

 それで、今に至る、と。

 俺が考えているよりもずっと単純なことなのかもしれない。
 彼女が考えていることは、もっとずっと普通のことなのかもしれない。

 でも、だからと言ってそう簡単に割り切ることはできない。

304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:29:06.02 ID:BNHhIjJ20

【伝わらない】

 ゆさゆさと身体を揺すられる感覚で意識が浮上すると、胡依先輩がすぐ近くに立っていた。

 慌てて立ち上がって周りを確認する。

 カーテン越しに見える景色は真暗闇で、部室の掛け時計は二十二時を指し示していた。

「白石くん寝すぎ!」

「ああ、すみません」

 マジかよ、と俺は思った。

 そりゃあ更け過ぎた時間にもだけれど、先輩が濡れた髪をタオルで拭き取っているのだから無理もない。

「それ、どうしたんですか?」

「それって?」

「髪」

「……あー、今日は週末だしお泊まりしようかなって思って!
 体育館のシャワールーム借りてきたんだ」

「いいんですか」

「ふっつーにダメだけど、バレなきゃ大丈夫だよ?」

「まあ、ですね」

 電気を消していると見回りが来ないとこの前言っていたけど、ここまでくるとさすがに杜撰すぎませんかね……。

305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:29:55.20 ID:BNHhIjJ20

 ちょっと動いただけで頭が痛い。俺は今まで何をしてたんだ。

 できる限りで、寝る前のことを思い出してみようとする。

 たしか、ラフ画を描きながら胡依先輩を待っていたら、ソラが「今日は晩飯カレーだから帰る」と言って帰ろうとして、
 でも勝手に帰るのもなあ、って思って俺はここに残ったんだっけか。

「にしても白石くんって幸せそうな顔で寝るんだね。ちょっと起こしにくかったんだよ」

「そうなんですか」

「ありゃ私を凌ぐよ、動画に収めたかったくらいだよ」

「……」

 不意に、お腹がきゅるるー、と音を立てた。
 そういえば夜飯食べてねえな、と思ったものの、佑希は今はどうか知らないけどいないしな、と思った。

「……お菓子食べる?」

「ありがとうございます」

 手渡された木箱に入っていたお菓子はキットカット。至福だ、頭の中ではあのCMが流れ出していた。

306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:30:42.15 ID:BNHhIjJ20

 食べてから気が付いたけれど、朝飯からろくに食べていなかった。昼休みはあのままずっと奈雨と一緒にいたし。
 もともとあまり食べるタイプじゃないから、二食抜いたくらいじゃ倒れたりはしないけど。

「ヒサシに相談したんですっけ」

「あ、そうそう。なんか喜んでたよ。活動してくれると残すのにも理由ができるから、みたいな感じで」

 ヒサシも存外適当だな。
 俺が入部するのに驚いた反応を示したり、部誌の提案を普通に許可したり。

「……そう言っても、どうするんですか? さっきも訊きましたけど、そこまで適当ってわけにもいきませんよね」

「いいんじゃないのかなー、そこまで根詰めすぎずに楽しくやれれば」

「美術部と違って何かつくらされるわけじゃないし」とぽしょっと彼女は付け加える。

 美術部、という単語で佑希が言っていたことが想起された。

 でもまあ、詮索するのはあまりいいとは言えないだろう。

307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:31:31.43 ID:BNHhIjJ20

「胡依先輩はどんなのを?」

「……わ、私? 私は、うーん……迷うけど、この前見せたようなのとか、今まで描いたやつにしようかなって」

「コミケで出したようなものですか?」

「あれ、私コミケの話したっけ」

「この間言ってましたよ」

「え……そう」

 彼女は照れたようにかりかりと頬を掻いた。
 その様子を見つめていると、突然ぐわーとか言いながらそこらへんをぐるぐるとまわり始めた。

「し、白石くん! ちょっと席替わって!」

「あ……はい」

 その言葉のまま席を離れると、胡依先輩は緊張したような面持ちでパソコンを操作しだした。

「私の絵、見たい?」

「……見せたくないならいいですけど、見せてくれるなら、はい」

「うん、うん……そうか」

308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:32:33.72 ID:BNHhIjJ20

 なら仕方ない、とマウスで『17夏』と書かれたファイルを開くと、かわいい女の子の描いてある漫画が表示された。

 メインキャラクターは二人の女子高生。
 おちゃらけた三枚目タイプの一人が、もう一人のクール系眼鏡っ娘優等生の弱みを握って──。

「胡依先輩の漫画、初めて見ました」

「まあね……って言っても、私は絵だけで、内容とか文章だったりは同じサークルの他のメンバーが考えてくれたんだ。
 私は、絵には吹いたら飛ぶくらいのちっぽけな自信はあるんだけど、お話とか考えるのはからっきしで、二次創作ならまだしもオリジナルを描くのはもっとひどいものでね……」

「……そうなんですか」

「いろいろとかおすちゃん状態なんです」

「かおすちゃん状態……?」

「混沌です」

「ああ、なるほど」

 先輩は胸を張っているけど、普通に意味わかんねえ。
 けれど、その前に言っていたことはなんとなく察しがつく。

309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:33:22.70 ID:BNHhIjJ20

 絵が上手い=漫画が面白い、とそう単純にはいかない。

 数ページのなかでも矛盾点を見つけようとすれば見つけられるし、大長編のくせに冗長でつまらないものもあれば、短編で見ている人にグサッと刺さるものもある。
 文章にしても漫画にしても言葉にしても、何かをクリエイトするには様々な能力を同時に使う必要がある。

 とまあ、そんな感じなのかな。一概には言えないけれど、おそらくそうだろう。

「その、サークルの人って」

「この部の先輩。私が入ったときにはもうここを卒業してた人なんだけど、いろいろ趣味も合う人だから、かなりよくしてもらってるんだ」

「おお、なんかいいっすねそういうの」

 趣味を通じて卒業後も関係が続くなんて素晴らしいことではないか。
 そう、月並みな感想を抱いた。体育会系だと年末年始長期休暇に元気のよくなるOBが煩くてかなわない、と誰かが言っていた記憶もあることにも気付いた。なんとも恨めしい。

310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:34:54.23 ID:BNHhIjJ20

「一応、二次創作も描いたには描いたんだけど、それも読みたい?」

「それは、私がストーリー考えたんだけど」と少し身を揺すりながら口にする。

「えっと……見ます」

 そう言うと、意を決したようにふうと深呼吸をして、『17夏/JS』と記されたファイルを開いた。

 めくるめく水着の世界。女の子同士の戯れごと。
 一ページ目から勢いがすごい。あまりに画面が肌色すぎてすごいとしか言いようがない。

 ていうか、これって……。

「これって18禁ですか?」

 もしそうならば、続きを見るのは躊躇うものだ。
 一人でもあまり露骨なのは好かないだけに、女性と見るなんて恥ずかしいし。

「……ち、ちがうよ! 健全図書だよ! 全年齢対象だよ!」

「あ、そうなんですか」

 どうやら違ったらしい。良かった。

311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:35:38.35 ID:BNHhIjJ20

「前までは結構オリジナルも出してたんだけどね。
 やっぱり広がらなくて、描きたいことがあっても奥行きまで届かなくて、それがもどかしくて……」

「去年は漫画も載せたんですか?」

「うん、ちょっとだけね」

「それは、どんなのを?」

「えっと……」

 胡依先輩は一瞬迷ったような顔をした。
 それでもすぐに、諦めたようにいつもの微笑みを戻した。

「……わかりにくい、とか。キャラがかわいい、とか。
 そういう感想しかもらえなくてさ、結構しょげちゃったんだ」

 感想もらえるだけですごいですよ、って言うのは野暮な返しなんだろうな。

「どういう内容だったんですか?」

「……えっとね、私が描きたかったのは、『誰かが喜んでくれると思ってした行為が、かえって自分を苦しめることになった』、みたいな」

 まあ詳しくは今度バックナンバーを渡すからさ、と胡依先輩は話をそこで打ち切った。

312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:37:12.94 ID:BNHhIjJ20

【偏見】

「そういえばさ、シノちゃんってどんな子なの?」

 今思いついたかのように(というか多分そうなんだろうけど)胡依先輩は東雲さんについての質問を俺にぶつけてきた。

「どんな子……って難しいですね」

 実際どんな子なんだろう。
 あんまり喋らないけど思ったよりも気さく。ちっちゃくてかわいい。

 それくらいしか知らない。

「あんまりよく分からないんですけど、ぼーっとしてるタイプだと思いますよ」

「ふうん」

 カタカタとキーボードを打つ音が部室に響く。
 帰る気もあまり起きないし、いざ帰るとなっても近いし、とそんなことをふと考えた。

 机の上には先ほど東雲さんの描いた絵がそのままにされていて、なんとなくそれを手に取ってみた。

 なんの変哲もない四角と丸。
 見たままだ。でも、胡依先輩はそれをじっくりと見ていたように思えた。

313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:37:57.42 ID:BNHhIjJ20

「シノちゃんは謙遜してたけど、あの子相当絵を描くの得意だと思うのよね」

「そういうのって、やっぱりわかるものなんですか?」

「ううん、なんとなくかな」

 けど、絵を描くのはあんまり好きじゃないのかな、と彼女は言った。

「中学のとき美術部に入ってたとは言ってましたよ」

 ベラベラ喋っていいものなのかとも考えたけれど、そこまで重要なことだとは思わないし、部長になら言っておいても……。

 違うな、勝手に口に出てしまった。

「まあ、白石くんが好きそうなタイプだよね」

「……はい?」

「なんでもなーい」

「……」

 いや、東雲さんは……。
 やっぱり胡依先輩には偏見を持たれているような気がする。

 それから、少しひっかかりを抱えたまま三十分ほど漫画を読んだ後に帰ることにした。

314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/12(木) 22:38:34.92 ID:BNHhIjJ20

 学校の校門を飛び越えるという初の経験をした。チェーンはあるだけで閉まってないので、押せば普通に開くのだが、なんだかそういう気分だった。

 家の灯りはさすがに点いていて、佑希はいつものようにリビングに寝そべっていた。

「おにい、おかえりー。どこ行ってたの?」

「学校」

「お、おー。なんかよく分かんないけど、聞いて聞いて。今日食べに行ったところすっごく美味しかったんだ」

「……なに食べたの?」

 眠たげに目をこすりながら、佑希は食べたものや今日あったことについて話をしてくれた。

 少しだけ間延びしたような口調で、思ったとおり話をしながらウトウトと首を上下させ始めた。
 佑希の眠っている顔を見ると安心する自分がいる。

 朝にはそんなこと感じなかったはずなのに。

 またか、と思った。
 でも、少し嬉しい、とも思った。

 かけっぱなしのテレビを消してから、彼女を部屋まで運んだ。

 ふわあ、と俺もあくびが出た。

 どうせ明日は休みだ。一人の時間をゆっくり過ごそう。

315 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/10/12(木) 22:39:56.84 ID:BNHhIjJ20
今回の投下は以上です。
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/13(金) 01:36:18.15 ID:mCFV7VG3o
おっつん
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/14(土) 18:23:25.19 ID:3N23w4RA0
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 18:57:17.51 ID:2uDnYUZS0

【構想】

 まっさらなノートを広げて、画集に載せる絵の構想を練ってみることにした。

 べつに描いたやつを出せばいいとも思うけれど、なんとなく人目につくものならば真面目にやりたいという気持ちが出てきてしまったから。

 絵。と字を書いた。すぐに消した。

 二次創作の絵。色をほどほどに塗って、悪くない程度にまで仕上げられればベターだろう。

 一次創作の、オリジナルの絵を描いたらきっと胡依先輩は喜んでくれるだろう。たぶん、単なる予想だけど。

 いろいろなポーズ。正面絵。横向き。座っている姿。走っている姿。ペンを握る姿。体を寝せながら伸びをする姿。読書をする姿。つまらなそうにケータイを弄る姿。
 そんなふうに考えていると、結構楽しいものだ。

 ──それで、具体的に何を描こうか。

 今まで女の子の絵ばかり描いていたからか、浮かんでくるのは胡依先輩に借りた漫画のようなイメージが多い。
 描きたいと思うものも、好きなキャラクターに好きなポーズを取らせていけば、それなりにカタチにはなるはず。

 表現したいことがうまく絵となって出てこなくても、それはそれだ。
 技量とか以前に、自己完結してしまっていても特に問題はない。

 おそらく、"その物をしっかりと見れているか"、が重要なのだと思う。
 一番とは言わずとも、二、三番目くらいには。

 "ある種の記号"を、自分なりに噛み砕いて、消化して、絵に"落とし込む"ことができれば、自ずと納得できるものは描けるのではないか、と。

 とりあえず、思いついたものからノートに書き出して、キリがいいところまでいったらあみだくじでもしてみるか。

319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 18:58:08.39 ID:2uDnYUZS0

【お出かけ】

 翌日の土曜日、俺の目が覚めたのは十一時過ぎのことだった。

 少しずきずきする頭に手をあてながら階下に降りると、予想通りそこには誰の姿もなかった。
 佑希は部活で、親は仕事か。

 昨日の夜はそこそこ充実していた。

 胡依先輩から借りた漫画を読んで、録画していたお笑い番組を観て、少ししたら親が帰ってきて、でも、ほぼリビングに滞在することなく寝に行って。

 俺が未成年でなければ安い酒を用意して肴と一緒に流し込んでいたのかもしれない。
 いろいろなものを忘れるための手段なのかな、そういうのは。
 
 ベーコンエッグトーストを作って昼食代わりにする。半熟にするのって意外と加減が難しい。

 テレビの電源を入れる。面白くなさそうだからすぐに切る。
 今日はどうやら妹の日らしい。愛でる対象がいないのは寂しい。

320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 18:58:58.02 ID:2uDnYUZS0

 週末の課題も授業中に済ませたし、じゃあどこかに出かけようかな、と頭に浮かんだ。
 外の天気は雲ひとつない青空。絶好のお出かけ日和。

 東雲さんのところへ行こうかと思ったけど、昨日の今日で会いに行くような真似はさすがに気持ち悪いのではないか。
 いや、でも普通に行きつけの常連客って体なら。彼女も何も言わないだろうし。

 とそんなことを考えつつ外に出ることにした。

 まず向かうのは学校裏のコンビニ。
 ガムを買いたかったのだ。あとついでに水も。

 レジに並んでいると、「やー」と後ろから声をかけられた。

 振り返ると、栗色のワンピースを身にまとった胡依先輩が立っていた。

 ワンピースが昔からなぜか好きだった。萌えポイントいち。

321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 18:59:44.98 ID:2uDnYUZS0

「ほんとに泊まったんですね」

「うんうん。あ、コロッケ二つとポテトお願いしまーす」

 すちゃっと長財布を取り出した。
 スマートすぎて惚れ惚れするぜ。

 ──じゃなくて。

「えっと、俺の会計中なんですけど」

「もち奢り! 先輩面してみたいから!」

「悪いですよ」

「いーからいーから」

 店員さんに怪訝な目を向けられた。
 それに、後ろが時間のわりに混んでいるし。

 ……諦めて胡依先輩に場所を譲ることにした。

 会計を済ませた彼女と外に出る。

 コロッケにはソースを、ポテトにはケチャップをつけないで食べる派らしい。
 立ちながら食べようとしているからかもしれないけど。

322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:00:44.42 ID:2uDnYUZS0

 そのままさよならをしても良かったのだが、なんとなく二人で敷地内のベンチに腰掛けた。

「ガムひとつもらっていい?」

「どうぞ」

 ガムを口に含んでから、んうー、と大きく伸びをした。
 揺れる髪の毛で今更気付いたけど、今日の胡依先輩は桜色の髪留めをしている。ポニテ女子、萌えポイントに。

「白石くんの家って近いんだっけ」

「ああ、はい。あそこです」

 目と鼻の先。別に隠す理由もないし。

「ほんと近いねー。ここ受けたのも近いから?」

「そうですかね」

「……ん」

 彼女はじとりと俺の目を見た。

 五秒も持たずして目を逸らす。あまりそういう経験がないのだ。

「ま、いいか」

「……はあ」

 ため息が出た。それを聞いた胡依先輩はくすくすと笑った。

323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:01:42.35 ID:2uDnYUZS0

「白石くん今日おひま?」

「えっと……まあ」

「じゃあ、どっか遊びに行こうよ」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ! 暇どうし仲良くしようぜー、って意味!」

「……」

「あ、どこか行きたいとこでもあった?」

 あっさり決められるのはどうなのか。
 行きたいところ。特にない。一人でいるよりは二人でいた方が楽しいかもしれないけど、相手は先輩だ。

 ふと思いついたことがあった。
 一人なら躊躇するところだけど二人なら大丈夫かもしれないという話。

「東雲さんのお店に行こうと思ってたんですけど」

「シノちゃんの……なんのお店?」

「漫画とか置いてある喫茶店ですかね」

「えーっと、ここからどれくらい?」

「ちょっとかかりますけど、そんなに遠くもないです」

「じゃあ、行きましょう」

 ゴミ箱に縛ったポリ袋を捨ててから、歩き出すことにした。

 風が冷たくてくしゃみが出た。
 不釣り合いなほどにからからと晴れた空を見上げると、胡依先輩も同じように目線を上向かせた。

324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:02:44.65 ID:2uDnYUZS0

【リハビリ】

 お店につくと、いらっしゃいませ、といつものように東雲さんが迎えてくれた。

 けれど、ひょっこりと後ろから顔を出した胡依先輩を見るや否や、彼女の顔は強張った。

「やー、シノちゃん」

「……こんにちは」

 一瞬だけ睨まれた。気がする。多分気のせいだ。

 東雲さんのパーカー姿を胡依先輩はカメラに収め出した。
 ぱしゃぱしゃうるさい。東雲さんめっちゃ困ったような顔してるし。

 適当に四人がけのテーブルに座る。
 なぜか隣に座ってきた先輩を反対側に行かせる。

 くすくすと笑いながら「冗談だよー」なんて言われた。

325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:15:53.77 ID:2uDnYUZS0

 キャラメルマキアートと、胡依先輩は抹茶ラテを注文した。

 彼女はおもむろに立ち上がって、本棚からグラップラー刃牙を持ってきた。
 俺は鞄から昨日ちょっとだけ描いた絵を取り出して、続きを描こう、と思った。

 店内は暖房を入れていて、ほうっと吐息が漏れる。

 そのうち東雲さんが注文したものを持ってきた。

「じゃ、私はこれで」

 とヘッドホンを掛けようとする東雲さんを、

「待ち待ち、一緒にティータイムを楽しもうじゃないか」

 と胡依先輩が呼び止めた。

 明らかに面倒そうな顔をしているのに、そんな様子を見ても先輩はにこにこ笑うのみだった。
 話にならない。もしくは取り合ってくれない、と観念したのか、東雲さんは首にヘッドホンを戻した。

326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:17:00.27 ID:2uDnYUZS0

「……未来くんは、私がいても平気?」

「ああ、うん。かまわないよ」

「そっか。なら、私も何か飲み物もらってくるから」

 そう言って、キッチンから本当にコーヒーを持ってきて、あたりまえのように俺の隣に座った。

「隣?」

「……あ、ごめん」

「いいよ」

 女の子って百パーいい匂いするのな。ふわふわ系の匂いだ。

 狭いからもう少しで肩が当たるくらいまで近付いたせいだ。
 どうにも最近は女性と関わる機会が増えている気がする。

 モテ期か? あの生きているうちに三度は来るってやつか?

 ……やめよ。なんとなく悪い結果を生みそうだから。

「お二人は初々しいカップルかなにか?」

「ちがいますよ」

 隣の彼女に目を向けると、きょろきょろと視線をさまよわせた。
 が、何か言いたいことでもあったのか、胡依先輩を正面から見据えた。

327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:18:20.97 ID:2uDnYUZS0

「あの、思ったんですけど」

「どうしたの?」

「私なんかが、部活に入っていいんでしょうか?
 ここのお手伝いもあるので毎日は顔を出せないですし……それに、絵を描くのもあまり……」

 そう言って、苦々しい表情を浮かべる。

 質問を受けた先輩はカップの中をスプーンでくるくると回してから、もう片方の手を前に差し出した。

「シノちゃんはさ」

「……はい」

「絵を描くの、嫌い?」

 昨日の夜俺に言っていた質問をぶつけた。
 得意ではあるだろう、と言っていた。

 でも、得意だからといっても好きとは限らない、とも。

 他人から見て相対的に自分の優れているところを伸ばすように努力すると、自然に好きになったりするものだろう。

 勉強しかり、運動しかり。

328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:18:53.51 ID:2uDnYUZS0

「嫌いでは、ないです……」

「なら、大丈夫だよ」

「でも……」

「……でも、なに?」

 きょとんとした顔で問われて、彼女は困ったように眉を寄せた。
 
「嫌いでは、ないんです。なにかを描きたい気持ちも、たぶん、あります。
 でも、そんなふうに思っても、手が思うように動かなくて……」

 そう言ったきり、沈黙が落ちた。
 なんとなく気になって、東雲さんの左手を見たけれど、傷とか何かの痕とか、そういうものは見受けられなかった。

 となると、心理的な問題か。
 言うなれば身体の拒否反応。うまく動かないというのにも辻褄は合う。

 胡依先輩も胡依先輩で、どう言ったものか、と口元に手を置いた。
 天井を向いて、外を向いて、キッチンの方を向いて、それから目の前に座る東雲さんに視線を戻す。

 その場にいていいのか分からなくなって、俺はストローに口をつけた。

329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:20:23.89 ID:2uDnYUZS0

 そうしたまま数分経った後、彼女はなにかを思いついたようにうんうんと頷いて、東雲さんに向けて微笑んだ。

「よく分からないんだけどさ、リハビリってことにしようよ」

「……えっと」

「私は、この前シノちゃんの描いてる姿見て、一緒の部活に入ってくれたら嬉しいなって思ったよ。
 まあ……白石くんもいるし、私も教えられる範囲ならいろいろ教えられると思うし」

「それもこれも、シノちゃんが決めることなんだけどさ、入ってくれたら私は嬉しいよ」と表情を崩さずに結んだ。

 対象者でない俺が息をつくのも忘れるくらい、真剣な口調だった。
 鉄は熱いうちに打て、みたいな。ちょっとどころじゃなく違うけど。

「……ちょっと、考えさせて下さい」

「うん、わかったよ」

 部員が増えないと困るってのもあると思うが、それ以上に東雲さんを入部させたいような節があるように感じる。

330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:21:03.48 ID:2uDnYUZS0

 東雲さんが入部してくれれば嬉しい。胡依先輩はもちろん、きっとソラも喜ぶだろう。
 知り合いが増えて、まだよく分からないけど絵の上手い人が増えていけば俺が得られるものも多い。

 ちょっとお手洗い借りるね、と胡依先輩はその場からいなくなった。

 また沈黙が流れる。
 飲みきってしまったカップを眺めていると、彼女もまたぼーっとしている様子で、しきりに手をぐーぱー開いたり閉じたりを繰り返した。

「なんかごめん」

 とりあえず、謝ることにした。

 俺の意思ではないにしろ、連れてきてしまったのは俺だ。

「ううん」

 と彼女は首を横に振る。そう言われてしまうと、何とも返しようがなくて、俺は口を噤んだ。

「……あんな感じだけど、先輩は悪い人じゃないよ」

 知りもしないくせに分かったようなことを言った。

331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:21:40.25 ID:2uDnYUZS0

「うん。なんとなく……だけど、それはわかるよ」

「でも、ほんとうに……」と彼女は何かを言いかけて、そこから固まった。

 訊いてしまえばいいと思った。
 人助けだと思って、できるだけ軽い感じで。

 本当に言いたくないのなら、キリの悪いところで言い淀む必要性も薄いし、まず口に出すことすらもしないだろうから。

「ほんとうに?」

 少し迷ってから、俺は訊き返すことにした。
 なんとなく。極めて意識的に。どっちかはあまりはっきりとしなかったけれど。

「……自分のためでも、人のためでも、私は変なことを考えちゃうんだ。
 途中までは描けたり、最初から描けないときもあって。
 でも、気分とか、そういうのじゃなくて、ペンを握ると……どうしようもなく怖くて」

 核となる材料が無かったからか、その言葉を聞いても、俺は何かしらの判断を下すには至らなかった。
 訊ねたとはいえ、俺に話してしまうのもどうなのだろうか。

332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:22:12.50 ID:2uDnYUZS0

 悩んでいたら、きっと思考して内省して、その繰り返しで当初よりも悩みが肥大化していって。
 自分の経験上そうなる。現に今もだ。

 大きくなると、それを潰すのが難しくなる。
 重大な病気の治療のように、早期発見早期切除ができなければ、どんどん自分の身体は蝕まれていく。
 仮に少し消せたとしても、それは微小なもので、根絶するには足りえない。

 だから、悩みを打ち明けることには不安が伴う。
 いつか肥大してしまうような、そんなものを外部に委託するような行為は、相手が思っている以上に重いし辛い。

 際限がないから。目処があるようなことでなければ、縋っているのと変わらない。

 だとしたら、やはり彼女の言うことに何かを返すべきでない、とそう思った。

「ごめんね、こんな話して。たぶん、だけど……入部はすると思う」

「よろしくね」と不安混じりのような声で東雲さんは呟いた。

333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:24:45.64 ID:2uDnYUZS0

【ずるい】

 閉店間際になるまで居座ってから、先輩と二人で外に出ることにした。

 お手洗いから戻ってきたあとは思ったよりも普通で、部活以外の会話では二人は盛り上がっていた。

 漫画の話とかアニメの話とか。盛り上がっていたというのには言い過ぎかもしれないけど。

 胡依先輩のフレンドリーさにはいつも感心させられる。
 話題を提供して、相槌を挟みながら、流れが途切れない程度の時間で次の話題へと移る。

 生まれ持ったものか。だとしたらすさまじい。

 俺も絵を描いたりしながらそこそこ会話に参加して、東雲さんについてもいくらか知ることができた。

 最寄り駅までの道を歩く。
 月が出ていることに気付いた。

 風は昼と変わらず冷たく乾いている。
 嫌いではない、でも寒いのは嫌だった。

334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:25:51.98 ID:2uDnYUZS0

「白石くんってずるいよねー」

 ちょっと拗ねたような言い方に首をかしげた。

「……なんのことですか?」

「だって、ほら。顔が……」

「……」

 男っぽくないから。
 なんとも自虐的な想像をしてしまった。

 たじろいだ俺の様子を見て、先輩はけらけらと笑った。

「女の子でも壁がないっていうか、話しやすいっていうか」

「顔と関係ありますかね」

 童顔ってわけではない。ソラとか善くんに言わせれば中性的で女顔らしいけど、それで特に良かったことがあったという記憶はない。

 肌が白い。体毛が薄い。つうか産毛程度しか生えてこない。
 親も佑希もそうだから、呪うならばDNAを呪え。

 彼らには馬鹿にされるし。教師とか他の友達にも、「こいつになら何言っても良い雰囲気がある」と思われているような気もするくらいだ。

335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:26:55.58 ID:2uDnYUZS0

「あるよ、大ありだよ!」

「なるほど」

「相談事とか、よくされるって言ってたよね?」

「……はい、言いました」

「だよね、うんうん」と彼女は自信ありげに言った。

 俺はめちゃくちゃ分かりやすいのかな。言われること全てがあっている気もする。

「でも、シノちゃんのことは私に任せてね」

「……はあ」

 任せるも何も。

「ちょっと思うところがあるし。シノちゃんのこと好きだったらごめんなんだけど」

「好きじゃないですよ」

「え、好きじゃないの?」

336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:27:54.39 ID:2uDnYUZS0

「……」

 顔が赤くなるのを感じた。
 寒空がそれを際立たせているのも、言わずともわかる。

 好きってなんだ(哲学)。
 ラヴ。キザな言い方。ラブでいいのに、ちょっと自分にイライラした。

「胡依先輩への好きと一緒ですね」

 言ってから後悔した。
 誤魔化そうとしたけど失敗した。

「なるほど、フィリアということですか」

「そういうことです」

 そういうことだっけ?
 友愛。朋友愛。勝手に友達認定しているけど仕方ない。

「でも、フィリアのまえに何かをつけると異常性癖の意味合いになっちゃうから、難しい言葉だね」

「……そうですね」

 突拍子もないことを言い出す人だ。

337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/14(土) 19:28:39.63 ID:2uDnYUZS0

 駅に到着すると、ホームに下り方面の電車がやってきた。

 今日はありがとうございました、と軽く挨拶をして、電車に乗り込んだ。

 降車駅に降り立つと、こほ、と小さな咳が出た。

 疲れなのかなんなのか。休日なのに平日よりも疲れた気がした。
 人と一緒にいるのも考えものだ。

 退屈はしなかったけど、会話するだけで疲れる。口を開くのにも労力が必要だ、言葉選びとか。二人とも異性ならなおさら。

 身体がだるいのも相まって、いつもより時間がかかって帰宅した。

 もう一度咳が出た。がらがらうがいをしたら喉が痛くなった。

 これもしかしたらもしかするなと思いつつ、なにもしなかった。

 明日は外に出ないようにしよう、とぼんやり考えた。

338 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/10/14(土) 19:29:27.87 ID:2uDnYUZS0
今回の投下は以上です。
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/14(土) 20:35:40.39 ID:EU67WNdGO
ふぃりあ
なるほど、勉強になる
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:06:28.26 ID:RunVnNQs0

【ほしいもの】

 翌朝になると予想通り熱が出た。三十八度。高くも低くもない微妙な体温。

 本格的に風邪を引いてしまうと、目が覚めるのが早い。
 というのも、節々が痛くて寝ているのもつらくなってくるから。

 なんだか熱っぽいなと思いつつTシャツ一枚であったり、まだ毛布を出す程ではないとタオルケットを無造作に掛けるのみで寝たりと、考えてみれば自殺行為のようなことをしていた。

 なんだろうな。自業自得なのかな。
 風邪を引きたかったとすら思えてくる。

 咳は出る、鼻水はあまり、頭痛はそれなりに酷い。けど、落ち込んだような気分だけが厄介かもしれない。
 
 体力不足。運動不足。言い出せばキリがない。

 リビングに降りると佑希が寝巻きから部活のジャージに着替えている最中だった。

 ぼうっと眺めていると、何かを考えるように上を向いてから、こちらに視線を向けた。

341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:07:40.18 ID:RunVnNQs0

「おはよ」

「……おはよ」

 声を出すなり、一歩二歩と距離を詰めてきた。
 そのまま肩に手を置かれて、目をじっと見つめられる。

「……風邪引いたの? 声がらがらだよ」

「……うん」

 でも大丈夫だよ、とでも言いたかったけれど、起きたばかりでうまく頭が回らない。
 立っているのも少し辛いから、こればっかりは仕方ないのかもしれない。

 ふうん、と軽い相槌をうってから、彼女は手を離して、キッチンの棚から錠剤とミネラルウォーターを持ってきて、俺に手渡した。

「ん、飲みなよ」

「ありがとう」

「いいっていいって。あたし今日の部活夜まであるんだけど、お昼とかどうするの?」

「あるものでどうにかする」

 身体がゆらりと揺れた。
 目眩がして、その場に座りこむ。

342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:08:43.83 ID:RunVnNQs0

「……ふらふらしてるのに料理できるの?」

「お菓子とか、なんでもあるでしょ」

 作ったところで食べられないと思うし。
 ゼリーとかヨーグルトとかで事足りるはず。欲を言えばお粥とかがいいけど、作る手間がどうにも。

「あたし休もうか? 大会とかじゃないし、一日くらいなら看病してもいいよ?」

「おおげさ」

「……ならいいけど、ちゃんと寝なよね」

 諭すような、そんな口調だった。
 普段ならそんなこと思わないはずなのに、身に染みると思うのは気分の問題かもしれない。

「あのさ」と佑希は俺と目を合わせて、服の裾を掴んできた。

343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:09:28.45 ID:RunVnNQs0

「……あたしだって、おにいのこと普通に心配してるんだけどな」

「……」

「……」

 普通に。普通じゃない心配ってなんだ?
 単にニュアンスの問題だろうか。心配するのに、それらしい言い分や権利なんて必要ないだろうに。

 答えられずにいると、佑希はむっとした顔をつくって「そっか」と呟いた。

「くれぐれも、外に出たりしないでね。
 あたしも早く帰ってくるようにするから」

「うん……ありがとう」

「じゃあ、行ってきます」

 部活用のカバンを持って、彼女はそのまま部屋をあとにした。

344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:10:11.99 ID:RunVnNQs0

 錠剤と水を口に含み嚥下してから、ほうっと息を吐く。

「たとえばさ──」

 ひとりごとを言いかけて、その続きを口にするのを抑えた。
 その言葉は、彼女が言っていたもので、俺のものではないから。

 馬鹿の一つ覚えみたいだ。
 いろいろなことが怖いから、その言葉に縋りたいだけなのかもしれない。

 二階に戻って充電コードを挿したままのスマホを手に取ると、奈雨からの通知が画面に表示された。

『今日の午後空いてる?』
『学校あたりで会えない?』

 要件なし内容なし。いつものことだから慣れたけど。
 来られても困るだけなので、手短に返信の文を考える。

『熱っぽいから、今日はごめん』

 これでまた寝れると思ったのに、送ると同時に既読がついた。

345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:11:10.12 ID:RunVnNQs0

『おだいじに』

 数十秒経ってもその続きは送られてくることはなかったので、打ち止めの意味をこめてスタンプを送った。

(んなもんレーザー光線でやいたラァ)

 ……なんだこれ。

 いや、履歴に出てきただけだ。俺は悪くない。ソラとスタンプを送りあったのが悪いのだ。結局俺が悪いじゃん。

『てきとうに押すのやめてよ』

 ばれたか。まあいいや。

 電子画面を見ていると目がチカチカしてきた。
 もう会話は切れたし追撃はこないだろうと、ベッドの上にスマホを落とす。

 横になって枕に頭をつけると一気に眠気が襲ってきた。
 薬の効果かもしれない。プラシーボプラシーボ。愛すべきプラシーボ。
 風邪薬と言って小麦粉飲ませられると効果あったりするやつだ。普通に味でわからないものかね。

 でも、そう思ってる時点で効果なんて薄くなるに決まってるじゃないか!

 脳内ツッコミをしたら疲れた。
 いまの俺はマンボウ並の脆弱さだ。

346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:12:12.94 ID:RunVnNQs0

 カーテンは閉まったままで、暗がりの中で近くに転がっていたものからまた光が出た。

『なにかたべたいものはありますか』

『おかゆ』

 梅干し粥。たまご粥。鰹節の出汁をとった粥。

 すべてがすべて美味しいのだ。
 想像しただけで涎が出そうだ。

『おかゆね、わかった』
『いまほしいものとかってある?』

 さっきからどうしたんだよ、と思いつつ、

『なう』

 と返信した。

 既読がついたまましばらく返信がこなかったので、スマホを向こうに放り投げて目を閉じることにした。

347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:13:30.40 ID:RunVnNQs0

【嗜み】

 それから、体感時間で数時間後に目が覚めた。

 今は何時だろうか。暗闇でも身体を横に倒せば電波時計が見えるはずだ。
 朝より体調はいくらかマシになっているようで、ぱちりと目が開く。

 が、なにかがおかしい。

 右腕が痺れている。
 二の腕あたりにはやわらかいものが当たっている。
 半身に伝わる自分のものではない体温。つーか少しあつい。

 すーっと横に目をずらすと、女の子がすやすやと規則正しい寝息を立てて寝ている。

 これが俗に言う朝チュン……!

 ……いや、なんだよこの状況。

 あほなことを考えたが、そのままでいるとどうにかなってしまいそうだったので、寝ぼけたままの頭で抜け出そうとする。

348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:14:29.17 ID:RunVnNQs0

 腕をどうにか引っこ抜くと同時に、隣からえへへと笑い声がした。

「お兄ちゃんおはよ」

「……なんでいるの」

 身体を起こすと、咳が出た。
 あれ、俺マスクしてたっけか。

「どうも、お兄ちゃんのほしいものです」

「……」

「でも、さすがに人をもの扱いはどうかと思うよ?」

「そんなこと言ったか?」

「え、うん」

 真顔で肯定されても、うまい返しが思い浮かばない。
 そんな文言を送った気もする。……が、あまり覚えていない。

「まあ、愛するお兄ちゃんが来てほしいみたいだったから来てあげたんだよ」

「……そう」

349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:15:10.64 ID:RunVnNQs0

「なんか微妙な反応だし」

「……」

 だって、ねえ……。
 いきなり来られても困る。それに、同じ部屋に居たら風邪をうつしちゃうかもしれない。

「……ていうか、どうやってうちに入ったの」

「ポスト裏の鉢植えに鍵入ってたよ。
 まえにお兄ちゃんに聞いたの覚えてた」

「そっか」

 たしかに言った記憶はある。でも、数年前くらいのことのような気もする。
 佑希がいるからうちには来たくない、みたいなことを最近言っていたことを思い出した。

「まだ眠い?」

「いや、あんまり」

「わたし眠くなってきた。お兄ちゃんあったかいし、ちょっと疲れたから」

「もっかい寝ようよ」と奈雨は俺の腕をもう一度掴んだ。

350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:16:19.83 ID:RunVnNQs0

 眠ろうとすれば眠れるだろう。
 隣り合わせで寝ているこの状況はいけないことのような気がするのに、なんだか頭がうまく働いてくれない。

「午前中はなにしてたの?」

「えっと、文化祭の練習とか」

「ああ」

「がんばってるのです」

「えらいな」

 寝ている彼女の頭を撫でた。
 抱き寄せたくなったけれど、それはさすがに堪える。

 この前みたいになるといけないから。
 アクションを起こしてくるのはいつも向こうだ。
 俺から何かをしようとするのもあまり好きではないっぽいし。まずそうしたこと自体少ないから、断定はできないけれど。

 そこまで悪い方向へ行くとは思えないし思わないが、間違いが起こりそうなら、無理やりにでも止めるのは俺の役目だろう。

「髪撫でるの好きだよね」

「奈雨が撫でられるの好きなんじゃないの?」

「……まあ、そういうことにしておいてもいいよ」

351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:17:28.04 ID:RunVnNQs0

 毛布を身体から外すと寝汗が酷いことに気付く。
 匂い……は、何も言ってこないけど、今日の朝は布団干してないし、するのかもしれない。

 そうでなくても俺は普段から埃を気にするタイプだった。
 効果があるかどうかは知らないが、紫外線を照射してダニを殺す布団クリーナーを自腹で買ったくらいだ。

 出先や他人の家だと気にならないのに、自分の部屋だと五割増しくらいで気になってしまう。

 友達が来てもリビングか客間に通すから、部屋に入るのは自分と佑希と、それからごくたまに母親しかいないというのに。

「やっぱり起きよっか」

 そう告げると、彼女は前髪を弄りながらこくこくと首肯した。
 冗談だったのか。まあ、そうだとは薄々感じてはいたが。

 立ち上がって、部屋のカーテンを開けた。
 特に形容することもできないような曇り空。厚い雲が空一面を覆っている。

352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/20(金) 17:18:18.44 ID:RunVnNQs0

「シャワー浴びてきていい?」

「わたしに訊かなくても、べつに」

「ああ、ごめん。すぐ戻ってくるから、部屋にいてもいいけど、あんまり物とか動かさないでもらえると嬉しい」

「お兄ちゃんわたしのことなんだと思ってるの?」

 ちょっと考えてから「いたずら好き?」と答えると、「そうだけど、そうじゃないんだよ」と言って顔をほころばせた。

「お兄ちゃんのお望みどおりにお粥つくっておいたから、シャワー浴びたら食べさせてあげるね」

「……なんか悪いな、ありがとう」

「ううん、わたしも暇だったから」

 お粥程度なら簡単だが、料理ができるとは初めて聞いた。
 伯母さんは専業主婦のはずで、いつも作ってくれているはずだ。

 となると、趣味か。乙女の嗜み的なアレか。

 出来不出来問わず、料理をする女の子ってかわいいよな、とそう考えた。

353 : ◆9Vso2A/y6Q [saga]:2017/10/20(金) 17:18:46.94 ID:RunVnNQs0
今回の投下は以上です。
278.38 KB Speed:6.3   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 新着レスを表示
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)