櫻子「これからも一緒に」

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56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:33:04.70 ID:+EtVRVLso
撫子「櫻子!」ぐっ

向日葵「な、撫子さん……!」

櫻子「け、喧嘩……したの……」

撫子「……喧嘩……?」

櫻子「喧嘩しちゃって……仲直りできないまま、今日出てきちゃったの……」


さっきの電話で聞いた、弱々しい花子の声が頭から離れない。

いつの間に、あんなことになっちゃってたの。

こんなことなら、今日ここに来るんじゃなかった。

ちゃんと謝って、体調悪そうにしてる花子のそばに、ずっとついていてあげればよかった。


撫子「なんで喧嘩なんかしちゃったの……あんたももう高校生なんだからさ、子供っぽいことしてないでよ……!」

向日葵「そういえば私も、どうして喧嘩したのかは教えてもらってませんでしたわ……櫻子、いい加減教えてちょうだい」


……言えないよ。

言ったら向日葵、怒るもん。

私がまだあの子と繋がってたなんて知ったら。

まだあの子からのメッセージが、たびたび届いてることを知ったら。


なんとか転校してきて、向日葵と一緒にいられるようになってからも、

授業中とか、一緒に勉強してるときとか、遊んでるときとか、

あの子への返信を考えながら過ごすときもあったなんて知ったら、怒るでしょ……向日葵。



そんなことを思っているとき……バッグの奥の携帯が、てこてこっと小さく鳴った。

まさか、と思った。全然関係ない人から急に来たメッセージだとは、とても思えなかった。

おそるおそる携帯を取り出してみる。


櫻子「!!」
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:33:48.23 ID:+EtVRVLso
表示されたLINE通知は、たった今来たものだけではなかった。


何件も羅列されている、あの子からのメッセージ。

「花子」というワードが……ところどころに書いてある。


それは、私が富山にいない間に起こった出来事が……なんとなく読み取れるものだった。


向日葵「だ、誰から?」

櫻子「…………」はぁ


撫子「櫻子……?」

櫻子「ごめん……向日葵、ごめんねぇ……///」ぽろぽろ

向日葵「え……!?」どきっ


……終わった。

全部、終わっちゃった。

あの子に、向日葵のことがばれちゃった。

花子が、言っちゃったみたい。


告白までしてもらえたのに、受け入れてあげられなかった理由がばれちゃった。

転校することになった理由もばれちゃった。

最初からそんな半端な気持ちで友達になったこと……全部全部、ばれちゃった。


櫻子「もうやだ……こんなことになるんだったら、最初から隠さなきゃよかったのになぁ……///」

向日葵「さ、櫻子……」

撫子「…………」


自分が正しくないことをしているって、なんとなくわかってた。

だって正しくて真っ当なことができてたら、胸が苦しくなるはずがないんだから。ごめん、ごめんって、謝ることもないはずなんだから。

それでも、自分は間違ってないんだって思っちゃって、素直になれなかった。

嘘ついて、かっこつけて、結果的にみんなを悲しませた。


向日葵と付き合う資格のある人になれないのは、私が隠し事をしてたからなんだよね。

花子が怒ってたのは……私のそういうところだったんだよね。


向日葵のハンカチを受け取って、涙を拭きながら打ち明けた。


櫻子「今……前の学校の友達から、連絡が来たの……今日花子と会ったんだって……」

向日葵「ま、前の学校の子……? お友達?」


櫻子「半年前……駅前の」

向日葵「!」はっ


それだけ聞くと、向日葵の目の色がかわった。

きっと向日葵もあの子のことを忘れていなくて、まだ何か思うところがあったんだ。


私はこれまでにあった全てのことを、あらいざらい向日葵とねーちゃんに話した。

揺れる新幹線の中、向日葵とねーちゃんに、懺悔するかのように告白した。

向日葵にも、あの子にも、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:34:16.09 ID:+EtVRVLso
――あの子とは、入学後すぐに仲良くなった。

向日葵と離れてしまった過去を後悔しながらぼーっとしているときに、向こうから話しかけてきてくれたんだっけ。

本当はそこまで外交的でもないくせに、一生懸命フレンドリーにふるまって、私を友達グル―プのひとつに誘ってくれた。

その子のおかげで、私は向こうの学校での生活も面白いと思えるようになった。

向日葵がいない間の寂しさは、その子たちが解消してくれた。もしもこの友達グループの中に向日葵がいてくれたらなあ、なんて思いながら楽しく過ごせた。

授業中、休み時間、放課後、休日、学校行事のときも、私は友達や花子のおかげで元気にすごすことができた。

向日葵のことはずっと秘密にしてた。一回もその名を出したことはない。みんなは仲良くしてくれてるのに、本当は転校したいんだなんて誰にも言えなくて、テストもないのに勉強漬けだった私のことを、みんなはよく怪しんでたっけ。

夏休みには、花火大会に誘ってくれた。綺麗な綺麗な花火をみんなで見た。夜空の火花に見とれてたら、突然あの子がほっぺにキスしてきた。「いまどき友キスくらい珍しくないよね」って笑う真っ赤な顔を見た時、私の心は確かに揺れ動いた。


――向日葵、覚えてる? バレンタインデーの前日。

私、あの子から誘われてたんだよ。バレンタインデーに会えないかって。でも向日葵が先に予定をつけてたから、その前日でも構わないかってお願いした。

普通さ、だめじゃんそんなの。バレンタインデー当日に会うことに意味があるのにさ。でもあの子は……私と一緒に過ごせるのならそれでも構わないって、承諾してくれた。

隠しごとができない子なんだよ、私なんかより全然。もっと私にわがままとか言ってくれていいのに、いつもわたしのことを一番に優先してくれちゃうの。

私は一言も口を割らなかったのに、いつの間にか学校では、私が転校するっていう噂がどこかから漏れちゃったらしくて、噂話がちょこちょこ耳に届いてきた。

その子もそれを知ったから、会おうと決めた日に勝負をかけたんだと思う。私はすっごく悩んだ。どうすればいいのかわからなくて、前日も勉強しなきゃいけないのに頭が働かなくなっちゃって、逃げるように眠りの世界に逃げ込んだ。

でもやっぱり、付き合うわけにはいかなかった。そんな中途半端な気持ちで編入試験を受けたら落っこちちゃうって。

向日葵があれくらいの時期になって、急にお菓子を届けにきてくれるようになったから、私は強く向日葵のもとに戻るんだって決意し直せるようになったんだよ。

この一年間やってきたことを無駄にしないように、私は必ず向日葵のもとへ戻る。だから……あの子とは、友だちのままでいようねって言った。


「それじゃ嫌なの」って、言われちゃった……はじめてあの子が自分の意見を強く言った。


はじめてだよ? はじめて。友達よりも先の関係になってほしいって誰かに言われたのは。

向日葵よりも先に、あの子に言われてたんだよ……私。


櫻子「ちゃんと断れなかったんだよ……あのとき、向日葵が見てたとき……」


向こうの学校と私を結びつける最後の鎖を断ち切れないまま、私は向日葵のもとへと戻った。

向日葵に転校のことを打ち明けて、向日葵にキスしてもらって、向日葵に告白されて、向日葵と一緒に手をつないでいるとき。

手首につながったあの子との鎖を見ながら、自己嫌悪してた。


櫻子「昨日、花子にあの子からのLINEを見られて……めちゃくちゃ怒られた。私なんかに、向日葵と付き合う資格はないって……」

向日葵「…………」

櫻子「私……ひどいことしてた。向日葵にも、花子にも、あの子にも……///」ぽろぽろ


許してほしかった。

誰に対しても中途半端に接してたこと。

誰も傷つけたくないなんて思いが、結果的にみんなに対して失礼な対応になってたこと。

あの子と繋がった鎖は、私を引き留めるためのものだと思ったけど……違った。

私があの子を縛りつける鎖でしか、なくなってたんだ。


櫻子「ごめん……本当に、ごめん……っ」

向日葵「櫻子……」


本当に謝る相手はここにはいないのに、私は謝り続けた。

向日葵もねーちゃんも、そこからは何も言ってくれなかった。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:34:44.41 ID:+EtVRVLso


真夜中。

ベッドの中でねーちゃんたち家族が眠るのを待って、静かになってからこっそりと花子の部屋に行った。

すっかり闇に慣れた夜目に、花子の安らかな白い顔が映る。

みんなのおかげで、私たちが家に到着するころには、もうだいぶ体調も回復してきたらしい。


櫻子(花子……)

花子「…………」


冷えピタの貼られたおでこに手を当てる。

ごめんね、花子。

こんなになるまで、私のこと心配してくれてたんだね。

今までずっと、ずっと、私のことを気にかけてくれたんだね。

こんなお姉ちゃんで……ごめんね。


花子「……ん……」もぞ

櫻子(あ……)


花子「ぁ……さくらこ……?」

櫻子「花子……!」はっ

花子「帰ってきたんだ……おかえり」

櫻子「た、ただいま……」


花子はそっと目を覚ましてくれた。

ずっと寝ていたからか、声は少々かすれていたが、意外と元気そうで本当に安心した。


花子「……はぁ、すっかり心配かけちゃったし。こんな大騒ぎになるなんて……花子がいちばんびっくりしてるし……」

櫻子「た、体調は大丈夫なの? どこか痛いとかない……?」

花子「へーきへーき。ちょっと食欲がなくて、朝から飲み物くらいしか飲んでなかったから……ふらっときちゃっただけ」

櫻子「っ……」


温かい花子の手を握る。握力を感じさせない小さな手。


花子「花子ね……今日、お姉さんに会ったし」

櫻子「お姉さん……?」

花子「櫻子の前の学校のお友達の。散歩してたら偶然会って……いっぱいお話しちゃったし。櫻子が秘密にしてたひま姉のこととかも全部喋っちゃった……ごめんね」

櫻子「うん……もういいんだよ。隠してる方が悪かったんだから。LINEも来てたよ……花子と会えてよかったって言ってた」

花子「そう……ちゃんと返信してあげた?」

櫻子「うん……」

花子「よかった……お姉さんも、きっと喜ぶし……///」


花子は胸のつかえが取れたように、大きく深呼吸してリラックスした。

ふんわりと目を閉じて微笑みかけ、昨日の大喧嘩のことを許してくれた。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:35:54.25 ID:+EtVRVLso
櫻子「ごめんね……花子……」

花子「……なんで、謝ってるの?」

櫻子「私のせいで、こんなことになっちゃって……私がもっと花子に気を回せてあげられてたらよかったのに……っ」


花子「……ふふ、お姉さんが言ってたし。櫻子はいつも謝ってばかりだったって」

櫻子「えっ……」

花子「でもやっぱり、櫻子に謝る姿は似合わないし。過ぎたことなんて気にしないで、前だけ見てる方が櫻子らしいよ」

櫻子「で、でも……」


花子の手が、ゆっくりと私の頬に添えられる。

涙の軌跡をそっと指で拭われた。


花子「それじゃあ……謝ってもらう代わりに、花子のお願い事を聞いてくれる……?」

櫻子「う……うん! 何でも聞くよ……! 言ってみて?」


花子「……櫻子、もうすぐ何の日だか覚えてる?」

櫻子「花子の誕生日、だよね」

花子「よかった。覚えててくれて」

櫻子「忘れないよ……」


花子「その日……花子と一緒に、どこか遊びにいこう?」

櫻子「遊びに……?」

花子「お誕生日デートだし。そのくらい……してくれてもいいでしょ?」

櫻子「うん……わかった」

花子「その日は……そうだ、櫻子の服を貸して? 前から欲しいって言ってたやつ」

櫻子「え……ああ、あれか」

花子「花子、あれ着ていきたい。じつは今日櫻子がいないときにこっそり着てたんだけど……花子もちょうどよく着られたから。いいでしょ?」

櫻子「……ふふ、いいよ。貸すんじゃなくてそれも花子にあげる」

花子「ありがと……それから、もうひとつ」


花子は私の手をゆっくりと取り……小指に小指を絡めて、囁いた。


花子「一緒に……お姉さんと会おう?」

櫻子「……!」はっ
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:36:22.71 ID:+EtVRVLso
花子「今日お姉さんに頼まれちゃったんだし。最後に一回だけ、櫻子と会わせてほしいって……花子も一緒にいってあげるから、お姉さんとお話しよう? ひま姉にも秘密にするから」

櫻子「そ、そんなこと……約束してたの……///」

花子「もう二人のことに関係ないなんて言わせないし。花子もお姉さんとお話したんだから……それじゃあ、デートの日の最後にお姉さんと会おうよ」

櫻子「……わかった。私ももう、ちゃんと話すって決めたから」

花子「そうなの?」

櫻子「うん……もう、誰にも秘密は作らない。向日葵のためにも、あの子のためにも……花子のためにも」

花子「……櫻子、ちょっとだけ大人になったし」

櫻子「まだまだ……花子の方が全然お姉さんみたいだよ。いつもいろいろ……ありがとね」

花子「……///」はぁ


櫻子「明日は私が一日中花子の看病するから。ねーちゃんは用事があるって言ってたから、私がずっとついててあげるからね」

花子「ええ……? そんなにしてもらわなくても、花子ももうほんとに体調は大丈夫だから……」

櫻子「だーめ。まだ何があるかわからないんだから……それに、特に用事もないもん」

花子「用事がないなら、ひま姉と遊べば?」

櫻子「…………」


向日葵。

帰りの新幹線であの子のことを打ち明けてから、向日葵とは特に言葉を交わせなかった。

うちに寄って安らかに眠る花子を見て安心すると、楓と一緒に自分の家へ帰っていった。

向日葵は今頃……どんなことを考えているんだろう。


花子「……まさか、ひま姉とも何かあったの?」

櫻子「い、いや……それは特にないよ? ただ……」

花子「ただ?」


櫻子「あの子とちゃんとお別れして……それからじゃないと、私には向日葵と付き合う資格、ないと思ってさ……」

花子「……花子の言ったこと、気にしてたの?」

櫻子「気にしてるっていうかね……それが正しいって私も思うから。今度こそ向日葵に……まっすぐに向き合ってあげたいの」

花子「…………」


櫻子「でも今日、今まで秘密にしてたあの子のこと、向日葵にも教えちゃったから……もしかしたら、幻滅されちゃったかな? はは……///」

花子「……櫻子」

櫻子「え……?」


花子の目がぱっちりと開かれる。

まっすぐで、大きくて、月明かりをゆらゆらと映す綺麗な目。

思わず見惚れていると……ふっと笑顔になり、私をさとすように言った。


花子「もうちょっと、自分の彼女のことをわかってあげた方がいいし」

櫻子「!」
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:37:13.04 ID:+EtVRVLso
花子「ひま姉が……そんなことくらいで、櫻子のことを嫌いになるわけないでしょ?」

櫻子「…………」


花子「ひま姉はね……本当に、本当に心の底から、櫻子が大好きなんだから……!」

櫻子「あ……」


花子「だから……絶対に、待っててくれるし……っ」


花子の目の端から、涙がつうっとこぼれおちた。


櫻子「な……なんで花子が泣いてるの……」

花子「ふ、ふふ……わかんないけど……///」


やっぱり……花子はすごくいい子だ。

誰かの気持ちをよく考えることができて、

その人の立場になって、物事を考えられる。

その人の気持ちになって、同じことを想ってあげられる。


花子「花子ね……今日、思ったし」

櫻子「……?」ぐすっ


花子「櫻子の妹で……よかったなあって」

櫻子「っ……!///」じわっ


花子「こんなにいいお姉ちゃんがいて……幸せだって、思ったよ……」

櫻子「う……うぅぅうっ……!」ぽろぽろ


花子「泣きすぎだし……櫻子……」

櫻子「花子……はなこぉ……っ///」


花子「ほら、もう遅いから……そろそろ戻って寝た方がいいし」

櫻子「……やだ」

花子「えっ?」


櫻子「ここにいる……ここにいたい……!」

花子「……ふふ、大きい甘えたさんだし」


櫻子「花子……ありがと……いつも……」ぎゅっ

花子「うん……」


昔に比べてすくすく大きくなってきた妹を抱きしめ、一緒に眠った。

大きいけど、まだまだ小さくて……か細くて、軽くて、温かかった。


――――――
――――
――
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:38:07.88 ID:+EtVRVLso




向日葵「それじゃ、行ってきますわ」

楓「行ってらっしゃいなの♪ あっ、ちゃんと帽子はかぶって行った方がいいの」

向日葵「ああそうですわね……楓、私の部屋に麦わら帽があるんですけど」

楓「待っててね、取ってくるの」とたとた

向日葵「ふふ、ありがとう」


楓は昨日、花子ちゃんが倒れたところに真っ先に駆けつけてくれたらしい。

裏庭の植木鉢の下に大室家の鍵が隠してあることもいつの間にか知っていて、倒れた花子ちゃんを親と一緒にいち早く看病してくれたそうな。

本当に……いつの間にか、こんなに立派に大きくなって。


楓「お待たせなのっ」

向日葵「ありがとう。じゃあまた夕方ごろに帰ってきますわ」

楓「はーい、行ってらっしゃい」


家を出ると、今日も絶好調の太陽がぎらぎらと照りつけていた。

こうして身近に倒れる人が出ると、とたんに暑さというものが恐ろしく思えてくる。今日は風があって体感は涼しいのだが、甘く見てはいけない。帽子をきちんとかぶり、目的地へと歩きだした。

大室家の前を通る。櫻子や花子ちゃんは中にいるのだろうが、今日の私の行き先はここではない。櫻子の部屋のあるあたりの窓を眺めながら前を素通りする。


向日葵(…………)


昨日、櫻子に言われたこと。

あのバレンタインデーの前日に偶然見かけてしまった女の子と、未だにきっぱりとは別れられていなかったこと。

涙をこぼしながら打ち明ける櫻子に、私は正直言って圧倒されてしまった。そして、ものすごく申し訳なくなってしまった。


あの子があんなにも思いつめていたのに……私はずっと気づかずに、あの子の隣にのほほんといただけだったなんて。


櫻子はべつに二股をかけていたわけでもないだろうに、私に頭を下げて謝り続けた。

複雑な気持ちが入り乱れた。怒るでも悲しむでもなく、櫻子の謝罪をどう受け取ればいいかわからなかった。

夏休みに入ってすぐの辺りで、花子ちゃんが “その人” の話をしていたことを、昨日になって思い出した。ただの友達だろうと思っていたけど、櫻子が尋常でなく焦っていた理由がようやくわかった。今になって思えば、なんともまあわかりやすいサインを出していたのに……なぜ私は気づけなかったのだろう。
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:38:36.10 ID:+EtVRVLso
向日葵(どんな人だったのかしら……)


私がいない間、向こうの学校で櫻子と一緒にいた人。

バレンタインデーの前日に見た時は、櫻子のコートに顔をうずめてもたれかかっていたので、顔まではよくわからなかった。垂れ下がったサイドテールだけは思い出せる。花子ちゃんは「結構可愛かった」って言ってたっけ。

うつむきがちに考え事をしていると、急に後ろから強い風が吹いた。髪がふわりと浮きあがるのを感じて、慌てて頭を押さえたが間に合わず、麦わら帽子が前方に飛んで行ってしまった。


向日葵「ああっ……!」


帽子はつばをタイヤのようにして、ころころと転がっていってしまう。小走りで追いかけると、ちょうど曲がり角から現れた人が見つけて素早く捕まえてくれた。


「おっと!」

向日葵「あっ……」


軽やかな動きで、転がった帽子を掬うように拾ってくれた。私と同じくらいの年ごろの女の子だった。


「えへへ……どうぞ♪」

向日葵「ああ、どうもすみません……!」

「よかったですね、車とかこなくて。あぶないあぶない」

向日葵「助かりましたわ。どうもありがとうございます」ぺこっ

「わぁ……なんかお嬢様みたい……!」

向日葵「えっ?」

「あはは、ごめんなさい……ええと、似合ってますよ! その帽子♪」

向日葵「ど、どうも……///」


女の子はそれだけ言うと、「それじゃ」と言って、私の来た道の方へと歩いていった。


向日葵(このあたりじゃ、見かけない子ですわね……)


笑顔の可愛らしい顔が垢ぬけていて、夏らしい薄着がお洒落でよく似合っている。

セミロングのサイドテールが、風に吹かれてぱたぱたとなびいていた。


向日葵「…………」


てこてこっ♪

向日葵(あら……?)


ふと携帯に通知が届く。道端によけて、帽子を押さえながらもしやと思って開いてみると、吉川さんからのメッセージがきていた。


向日葵(もうすぐ、着きます……っと)てちてち


吉川さんと赤座さんのお家にお邪魔してみようと思い、不躾だが昨日の夜に突然アポをとった。すぐにこころよい返事がもらえて、今日は久しぶりに一人でのお出かけ。

吉川さんたちのお家の様子を見たいという気持ちも大きかったが……それよりも、個人的な相談のために向かうという意味合いが大きかった。

櫻子には、内緒で。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:39:06.92 ID:+EtVRVLso



ちなつ「……元カノ、ってこと?」

向日葵「ど、どうなんでしょう。付き合ってはいないとは思いますけど……」

あかり「櫻子ちゃんは、今日は?」

向日葵「家にいると思いますわ。花子ちゃんが昨日ちょっと具合悪くなってしまって……撫子さんも出かけてしまったようなので、その看病ということで」

あかり「あらら……」


予想していなかったわけではないが、吉川さんたちのお家は、4人で住むには少々手狭な気がした。

しかし狭さで苦労しているという様子ではなさそうで、むしろ仲の良さがうかがえる。ふたつある部屋を姉妹同士でわけあっているのかと思ったら、カップル同士で分け合っていたのには驚いたが。


ちなつ「まあ櫻子ちゃんはすごく人に好かれやすいタイプだから……そりゃ一年も離れてたら、そういう仲のいい子はできちゃうよねー普通」

向日葵「ええ……」

あかり「向日葵ちゃんは知ってるの? その子のこと」

向日葵「全く知らないんですわ。そういう子がいるってこと自体、つい昨日知らされたので……」

ちなつ「いいんじゃないの? べつにそういう子がいたって。向日葵ちゃんが負けちゃうとは思えないもん」

向日葵「か、勝ち負けを気にしてるわけではなくて……! その、なんて言うんでしょうか……」

あかり「ただのお友達なんじゃないの?」

向日葵「でも、その子は櫻子に告白をしたらしいんですわ。櫻子は友達として関係を続けようとしたかったらしいんですけど、うまく断りきれずにそのまま逃げられてしまって……それで今の今まで、ちょこちょこ連絡を取り合ったりしていたようで……」

ちなつ「ええっ、二股……?」

向日葵「二股……というわけでもなさそうなんですの。櫻子は転校してから、その子に少し冷たく接するようになってしまったって……ひどいことをしてしまったと、泣いて自己嫌悪してましたわ」

あかり「ううん……複雑だねえ」

向日葵「…………」


赤座さんのお姉さん方は今日はお仕事がお休みで、一緒にデートにいってしまったらしい。

吉川さんたちは親身になって私の相談に乗ってくれているが、もしかしたら二人も今日はどこかに出かける予定だったのかもしれない。

くらげのようなキャラクターのクッションを抱いていた吉川さんは、しばらく目を閉じてうんうんと唸っていたが……突然顔をあげて、新鮮な顔で聞いてきた。


ちなつ「……向日葵ちゃん、今日何しにきたの?」

向日葵「えっ」

あかり「ち、ちなつちゃん!?」


ちなつ「いや、なんか深刻な相談をされるのかと思ったら、そこまでの修羅場じゃなさそうだったからさぁ」

向日葵「ま、まあそうですわね……」

あかり「修羅場だったら修羅場だったで困るけど……」
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:40:01.67 ID:+EtVRVLso
ちなつ「まずそもそも、向日葵ちゃんはどうしたいわけ?」

向日葵「どうしたいって?」

ちなつ「そりゃもう、根本的な願いだよ! 櫻子ちゃんとこれからもずっと付き合っていきたいんでしょ?」

向日葵「え……ま、まぁ……その……///」

ちなつ「今更はずかしがるなー!」ぽん

向日葵「きゃっ!」

あかり「ちなつちゃーん!?」


バスケットボールみたいにクッションをパスされる。吉川さんがずっと抱きしめていたせいで温かい。


ちなつ「私ね、わかっちゃったよ? 向日葵ちゃんが悩んでる理由」

向日葵「えっ!」


ちなつ「向日葵ちゃんはね、今まで一回も櫻子ちゃんを誰かにとられたことがないんだよ。そういう恋愛経験がてんでゼロなの」

向日葵「……!」

あかり「ど、どういうこと?」


ちなつ「昔の二人はしょっちゅういがみあってたけどさ、そのころから本当は仲がいいって、私たち周りの人はよーくわかってたでしょ? あかりちゃんも」

あかり「うん……喧嘩ばっかりだったけど、お似合いの二人って感じだったよねぇ」

ちなつ「それまでずっと腐れ縁で、ずーっと一緒にいて、ずーっとつかず離れずでやってきてたから……つまり、他の誰も二人の間に割って入ることはなかったんだよ」


吉川さんは身振り手振りを使って得意気に語った。恋愛経験豊富な雰囲気が醸し出されている。


ちなつ「それがここにきて、一年間離れることになっちゃって……櫻子ちゃんにお邪魔虫がくっついちゃった。つまり向日葵ちゃんに、生まれて初めてライバルが出現したってことだよね?」

あかり「ライバル……?」

向日葵「か、顔は見たことないですけど……」

ちなつ「それだよ! それがいけないの!」びしっ

向日葵「へっ?」


ちなつ「はっきり言って、もしその櫻子ちゃんの元カノのことを向日葵ちゃんが知ってたとしたら、うちに相談なんか来てないよ」

あかり「なんで……?」

ちなつ「向日葵ちゃんがその元カノに負けるわけないから」

向日葵「!」
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:40:34.39 ID:+EtVRVLso
ちなつ「いい? 向日葵ちゃんはその元カノのことをよく知らないから、なんだか強大なライバルに思えちゃって、こうして怖くなって私たちのところに相談に来ちゃってるんだよ。その子と多少でも面識があって、その子の人となりまでわかってたら、脅威だなんて思わないはずだよ。たった一年間で向日葵ちゃんから櫻子ちゃんを奪えるわけがないんだから!」

あかり「ちなつちゃん、ぶっこむねぇ……!」

ちなつ「それに二人は、この前教えてくれたとおり両想いで付き合ってるんでしょ? なんにも怖いことなんてないじゃん! 向日葵ちゃんは絶対大丈夫だよ♪」

向日葵「よ、吉川さん……///」


ずばずばと切り込む吉川さんに赤座さんも私も圧倒されてしまうが……間違ったことはなにひとつ言ってなくて、むしろ私が抱えているひとつひとつのよくわからない悩みを的確に抽出し、そして同時に解決してくれるものでもあった。

吉川さんは私の問題をあっという間に論破して満足げになると、携帯をいじりはじめた。

今度は赤座さんが、吉川さんの言葉を受けて話を続けてくれた。


あかり「でもあかり、今の話聞いて……なんだか櫻子ちゃんのこと、すごく櫻子ちゃんらしいなって思ったよっ」

向日葵「櫻子が……櫻子らしい……?」

ちなつ「あかりちゃん何言ってんの?」

あかり「ち、ちがうよぉ! そんなおバカなこと言ってるわけじゃないよぉ!///」ぷんぷん

向日葵「なっ、なんとなくわかりますわ。大丈夫です」


あかり「櫻子ちゃんって……ちょっとやんちゃだけど、すごくお友達を大切にしてくれるから。状況が複雑になっちゃって、ちょっと慌てることになっちゃったけど……そのお友達のことは今でも大切に想ってると思うよぉ」

向日葵「……ふふ、そうなんでしょうね。きっと」


ちなつ「私が思うに、向日葵ちゃんは待ってるだけでも大丈夫だと思うよ。櫻子ちゃんは自分で全部片付けて、向日葵ちゃんのところに帰ってきてくれるって」

向日葵「…………」


片手間に携帯をいじりながら、吉川さんはそう助言してくれた。


本当にそうなのだろうか。本当に櫻子は……私の元へ帰ってきてくれるのだろうか。

「その元カノのことをよく知らないから」と吉川さんは言ったけれど……だからって不安が消えることはない。

ひょっとしたらものすごく可愛い子のなのかもしれない。櫻子の好きなタイプにどんぴしゃなのかもしれない。


ちなつ「……なに? ちゃんと戻ってきてくれるのか心配なの?」

向日葵「そ、それはもちろん……」

ちなつ「だとしたら、それは櫻子ちゃんに対して失礼だよ」ぴっ

向日葵「えっ……?」


ちなつ「よーく考えてみてよ……ここまでの二人の歴史を。出会ってから今まで一緒に過ごしてきた、ぜーーーんぶの時間を!」

あかり「……!」


ちなつ「どんなときだって一緒だったじゃん……どんなに喧嘩したって、元に戻ったじゃん。受験で初めて距離が離れちゃったけど、あのおバカな櫻子ちゃんが死に物狂いで勉強して戻ってきたんだよ!? 信じられるあかりちゃん!?」がばっ

あかり「じ、実は未だにちょっと、信じられない……///」


ちなつ「向日葵ちゃん……櫻子ちゃんはね、向日葵ちゃんのことが大好きなんだよ。わかる? 大大大大好きなの!」

向日葵「っ!///」かあっ


ちなつ「もしかしたら……向日葵ちゃんが櫻子ちゃんに想ってる “好き” より、櫻子ちゃんが向日葵ちゃんに想ってる “好き” の方が大きいかもよ」

向日葵(わ、私より……?)
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:41:22.21 ID:+EtVRVLso
ちなつ「そのくらい櫻子ちゃんは向日葵ちゃんのことが好きなの! 向日葵ちゃんも櫻子ちゃんのことが好きなんだったら、櫻子ちゃんを信じて待っててあげなさい」

向日葵「はっ、はい……!」

あかり「そうだねえ、待つのも愛って言うもんねぇ」

向日葵(待つのも……愛……)


櫻子を、待つ。

あの子が私の元へ帰ってきてくれるのを……待つ。


全ての問題を片付けて……そのお友達のことも片付けて、あの子は帰ってきてくれる。

私の、ために……


あかり「吉川先生、質問です」ぴっ

ちなつ「はいっなんですか赤座さん」

あかり「向日葵ちゃんは、ただ待ってるだけでいいんですか?」

向日葵「えっ……」

ちなつ「いい質問ですねぇ!」がばっ

あかり「ああっ、ちなガミ先生だ!」


突然赤座さんが挙手してわざとらしく質問すると、待ってましたとばかりに吉川さんは、本当に先生のように語りかけてきた。


ちなつ「そう……待ってるのはもちろん大事なこと。せっかく櫻子ちゃんが自分で問題を片付けようとしてるんだから、ここで向日葵ちゃんが昔みたいに手助けをしちゃうのはよくないよね」


ちなつ「でも、だからってただ待ってればいいってわけじゃない。向日葵ちゃんは準備をしてあげなきゃ」

あかり「準備?」

ちなつ「帰ってきた櫻子ちゃんを、迎えてあげる準備♪」

向日葵「……!」はっ


ちなつ「いーい向日葵ちゃん? これで櫻子ちゃんが帰ってきたら、今度こそ本っっ当に櫻子ちゃんは、100%の気持ちで向日葵ちゃんを選んだってことなんだよ?」

向日葵「ひゃく、ぱーせんと……///」


ちなつ「もうこれは告白……ううん、プロポーズと同じレベルだよ! どんな言葉を聞かされるよりも幸せなことだと思う! だって正真正銘向日葵ちゃんだけを選んでくれたってことなんだから!」

あかり「ふふふっ……それなら向日葵ちゃんも、櫻子ちゃんの強い想いに応えてあげなきゃいけないねぇ」

向日葵「そ、そうですわねっ。どうしてあげたらいいのかしら……?」

ちなつ「そこはもう自分で考えなさいって。向日葵ちゃんが櫻子ちゃんに、『これだけあなたのことが好きなんですわよー』ってことをしてあげればいいじゃない」

向日葵「はぁぁ……///」かああっ

あかり「向日葵ちゃんが真っ赤になっちゃったよぉ……」ひそひそ

ちなつ「何する気なんだろうね」こそこそ

向日葵「そ、そんな目で見ないでください!///」

あかり「あははははっ♪」


ちなつ「まあまあそういうことだから。わかったら早くおうちに帰って、櫻子ちゃんを待っててあげたら? 私たちの家で遊んでる場合じゃないんじゃな〜い?」

あかり「うんっ、向日葵ちゃんまた遊びにおいでよ。今度は櫻子ちゃんと一緒に!」

ちなつ「っていうかWデートしようよ! 夏休みなんだからさ!」

あかり「賛成ー!」

向日葵「わ、わかりましたわ。きっと近いうちにお二人に良い連絡をしてみせます」

ちなつ「うん、待ってるからね」

あかり「向日葵ちゃん……頑張ってねっ!」
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:41:49.47 ID:+EtVRVLso
お二人の心強い助言を貰って……私は赤座&吉川家をあとにした。

本当にここにきてよかった。本当にお二人とお話ができてよかった。お二人が私たちのお友達で……本当によかった。

きっとまたここに来る、今度は櫻子と手をつないで。そう固く決意しながら、私は自分の家へと戻る……前に、商店街のお菓子屋さんへと向かった。

明日は花子ちゃんのお誕生日だ。とびっきりのケーキを作ってお祝いしてあげなくっちゃ。



あかり「……行っちゃった、向日葵ちゃん」

ちなつ「はーあ。ほんと手のかかる二人だよね〜」

あかり「ちなつちゃん……あんなに自信満々に言っちゃって、大丈夫だったの?」

ちなつ「なにが?」

あかり「だって……もしも櫻子ちゃんが、元カノさんの問題をちゃんと片付けられなかったら……」

ちなつ「あー大丈夫大丈夫。今LINEしたら『ちゃんと全部片付けてくるよ』って。ほら」

あかり「え〜!? ちなつちゃんなんで携帯いじってるんだろうと思ったら、櫻子ちゃんとLINEしてたの!?///」

ちなつ「だって面倒なんだもん! あの二人両想いってことがわかりきってるのに、細かいことで悩みすぎ!」

あかり「先生カンニングだよぉ〜……」

ちなつ「いいのいいの。これでわかったでしょ? もうあの二人は放っておいても大丈夫だって」

あかり「まあ、そうだけど……」

ちなつ「それよりさ……向日葵ちゃん、どうしてあげると思う? 櫻子ちゃんに」ずいっ

あかり「えっ?」


ちなつ「向日葵ちゃんの元に帰ってきてくれたとき……櫻子ちゃんをどうやって “迎えてあげる” のかなぁ……///」のそっ

あかり「ち、ちなつちゃん……!?」

ちなつ「もしかしたら……こーんなことまでしちゃうかもよ……っ♪」ちゅっ

あかり「んーっ!?///」
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:42:38.46 ID:+EtVRVLso


向日葵「あっ」

撫子「あ」


ケーキの材料を買おうと街の方へ行くと、偶然にも撫子さんと出くわした。


向日葵「撫子さん、こんなところにいたんですの」

撫子「うん、今いろいろ用事がおわったから。これから帰るとこなんだ」

向日葵「ちょうどよかった、これから花子ちゃんのバースデーケーキの材料を買いに行くところなんですけど、一緒に行きませんか?」

撫子「あ……その前にちょっとそこのカフェ寄ってかない? 何か飲みたいんだけど」

向日葵「あら。じゃあそうしますか」


撫子さんは珍しくぴしっとスーツを着ていた。私にとっては見慣れないものなので、ものすごく新鮮だ。それでも初々しさを感じさせずに着こなしているあたりが、さすが撫子さんといったところ。周囲の視線を引いている。

カウンターで飲み物を受け取って席に座る。このお店で撫子さんと二人きりでお茶を飲むのは、あの冬の日以来だ。


向日葵「こっちにはいつ頃までいられそうなんですの?」

撫子「長くないよ。花子の誕生日が終わったらすぐ帰らなきゃ」ずずっ

向日葵「あらら……忙しいんですのね」


撫子「ひま子……私今日、どこに行ってたと思う?」にやっ

向日葵「えっ?///」


珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべる撫子さんにドキッとする。

スーツを着ているあたり、とても大事なところに行ってきたのだろうが……はっきりいって全然わからない。


向日葵「ど、どこでしょうか」

撫子「……教えてあげるけど、まだ櫻子たちには言わないでね。言うときはちゃんと自分から言いたいからさ」

向日葵「はい……?」


撫子「七森中だよ」

向日葵「……ええっ!?」


撫子「今年募集してるみたいなの、教員。受けようと思ってさ……いろいろ話聞いてきたの。卒業生はこういうときにすごく有利なんだ」

向日葵「な……七森中の先生になるんですの!?」

撫子「なかなかないんだけどね、新卒で私立は……でもまあ、運が良かったら入れるかもしれない」

向日葵「そ、そうだったんですのね……!」

撫子「落ちたら恥ずかしいから内緒にしてね。特に櫻子には」

向日葵「まあ、撫子さんなら大丈夫だと思いますけど……わかりましたわ」


撫子さんの秘密計画に驚かされる。そして同時に、この話を櫻子でも花子ちゃんでもなく私に初めてしていることにも驚く。

こんな大事なこと……私なんかが最初に聞いていいのだろうか。


撫子「もしも受かったら……来年から、花子と一緒にいられる」

向日葵「ああ、花子ちゃんも来年から中学生ですもんね……って、まさかそれで受けようと思ったんですの?」

撫子「それもあるし、って感じ。七森中は先生も生徒も大切にしてくれるいい学校だからさ、行きたいってずっと思ってたんだ」

向日葵「確かに……そうですわね」


撫子「……昨日、痛感したんだよ。私はやっぱり都会じゃなくてこっちにいたいんだって」

向日葵「あ……」
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:43:59.81 ID:+EtVRVLso
撫子「言ったって花子も3年経てば高校に行っちゃうわけだけど……それでも少しでも一緒にいてあげたくてさ。昨日のせいで、余計にそう思ったの……もうあんな思いしたくない……」

向日葵「…………」

撫子「……シスコンとか思ってる?」

向日葵「お、思ってません思ってません!///」ぶんぶん

撫子「……いいけど。とにかく将来はこっちで働こうと思ってるんだ。がんばらなきゃね」

向日葵「……応援してますわ。叶うといいですわね」


撫子さんは安心したように微笑むと、残ったコーヒーを飲みほした。

撫子さんの昨日の泣き顔はまだ思い出せる。都会に出てしまった四年間で、きっと初めての出来事だったはずだ。本当に心配していたのだろう。

改めて、花子ちゃんの様態がそれほど重くなかったことに私も安心する。昨日は色んなことがありすぎた。


撫子「それより、人の心配もいいけどひま子も自分のことがあるんだからね?」かちゃり

向日葵「えっ?」


撫子「どうするの? 高校卒業したら」


まるで先生や親に尋ねられるかのように、急に緊張した。

それでも撫子さんは、未来を大切に見つめてくれるような優しい目をしていて、きっとこの人は良い先生になるだろうなと思えた。


向日葵「えっと……まだ具体的なことは、ぜんぜん決めてなくて……」

撫子「……昨日のオープンキャンパスの話ね、私から持ち出したんじゃないんだよ実は。櫻子が自分から聞いてきたの」

向日葵「え、そうだったんですの?」

撫子「あの子なりに考えてるんだよ、将来のこと……まあ本気で目指すとしたらちょっと遅れてるけどね。本当はもっと早く行動しなきゃ」


向日葵「……ちょっと前に、そういうことを話したんですわ。将来の夢とかについて……」

撫子「へえ」

向日葵「それであの、一緒に探していけたらいいですわねって……///」

撫子「何それ、ノロケ?」

向日葵「ち、ちがいます! でも……そう話しあったんですわ。初めて」
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:44:42.66 ID:+EtVRVLso
撫子「……私は櫻子とひま子の未来について、ああしろこうしろって口出しするつもりはもちろんないよ。そういうことなら、二人が一緒に選んだ道を目指してほしい」


撫子「ただ、その未来の道を歩むにおいて……花子と楓のことを心残りにはさせない。もう私がこっちに帰ってくるから」

向日葵「!」はっ


撫子「遠慮しないで……安心して、二人でどこでもいっておいで。世界は広いよ」ふっ

向日葵「撫子さん……///」

撫子「もちろん富山にいてもいいけどね。そしたら私は彼女とどこかに部屋借りるけど。ノロケられたくないから」

向日葵「ちょっ……まあ、そうですわねっ。しっかり話し合って決めますわ」


彼女のことはものすごく気になるが、今は撫子さんの顔がかっこよくて直視できなかった。

そのまっすぐな目は、ここ最近でよく櫻子から向けられた真剣な眼差しに本当にそっくりで。この人のかっこよさは……規格外だ。


撫子「……ひま子」すっ

向日葵「えっ?」


突然、撫子さんがすっと手を伸ばして私の手を両手で包み込んだ。


撫子「櫻子を……よろしくね」

向日葵「!!」


撫子「あの子には……ひま子しかいないんだよ。だから……お願いね……///」ぎゅっ

向日葵(な……撫子さん……///)うるっ


かたく、かたく手を握りしめられた。


生まれてから今まで、ずっと櫻子を見守ってきた、ずっと花子ちゃんを見守ってきた撫子さん。

私たちの全てを見届け、私たちの距離を戻し、私たちの背中を押してくれる、私たちみんなのお姉さん。

撫子さんの内に秘められた本気の熱い想いが、包まれた手を通して一気に流れ込んでくるような気がして……思わず涙がこぼれてしまいそうになった。


向日葵「ありがとう……ございます……っ!///」ぺこり


撫子「……よしっ、それじゃ帰ろうか。花子のケーキの材料買いに行くんだよね」

向日葵「あ、はいっ……手伝っていただけますか?」

撫子「もちろん」
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:45:20.38 ID:+EtVRVLso


楓「おねえちゃん、冷蔵庫にお菓子の材料がいっぱいあったの!」とたとた

向日葵「ふふ、私が買ってきたんですわ。明日は一緒に花子ちゃんのケーキを作りましょっか」

楓「わーい♪」


夜。

吉川さんと赤座さんに今日のお礼をLINEでやり取りしているところに、楓がうきうきと部屋にやってきた。


向日葵「楓、今日は何か楽しいことありました?」

楓「あったの! 花子おねえちゃんと櫻子おねえちゃんと遊んだの♪」

向日葵「あら! 花子ちゃんもう大丈夫でした?」

楓「もう元気にだったの。心配かけてごめんねって言ってたの」

向日葵「ふふ……元気になったならよかったですわ。安心しました」


楓「花子おねえちゃんね、明日デートなんだって♪」

向日葵「へぇ〜…………え、えっ!? デート!?」

楓「うんっ」

向日葵「だ、誰と!?」

楓「ふふっ、櫻子おねえちゃんとだって〜」


突然聞き慣れない「花子ちゃんのデート」というワードが頭に入ってきて、一瞬混乱した。

小学生にして誰かお熱いお相手がいるのかと思ったら、ただの姉妹のおでかけだった。


向日葵「はぁ、デートっていう言い方するからびっくりしちゃいましたわ……」ほっ

楓「でも花子おねえちゃんがそう言ってたんだよっ」

向日葵「花子ちゃんが……? 櫻子がふざけて言ったんじゃなくて?」

楓「櫻子おねえちゃんは恥ずかしそうにしてたよ〜」


いったい今日どんな会話が大室家で繰り広げられていたのか、まったく想像もつかない。

あの花子ちゃんが櫻子に “デート” を持ちかけたのだろうか。もしかしたら熱中症のせいで理性の一部が溶けちゃったのかもしれない。


向日葵「デートですか……でも、夜は花子ちゃんのお誕生会をするんですもんね?」

楓「うんっ。花子おねえちゃんと櫻子おねえちゃんがデートしてる間に、楓たちが準備をするの!」

向日葵「なるほど、そういうことですのね」


明日の大室家の予定はなんとなくわかったが、私の思い描いていたプランとは少し違った。


せっかく今日吉川さんたちにアドバイスを貰ったのに……これでは明日も、櫻子と離れたままだ。
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:46:37.13 ID:+EtVRVLso
向日葵(櫻子……)


一緒にオープンキャンパスから帰ってきて、花子ちゃんの具合を確かめてから、私は櫻子の顔を見ていない。携帯にも何の連絡も入ってなくて、あれから言葉のひとつも交わしていない状態だ。


今思い返せば、私たちはものすごい気まずい別れ方をしてしまった。

櫻子はこの半年間ずっと心に秘めつづけ、悩み続けてきた隠し事を、泣きながら打ち明けた。

私はいまいち櫻子が感じている罪悪感を把握してあげられていないが、櫻子があれだけ泣くのを見たのはものすごく久しぶりだ。

もしかしたらこの問題は、一日やそこらで解決できるものではないのかもしれない。


私は明日、花子ちゃんの誕生会の前に大室家で準備をしている際に櫻子と会い、ぱぱっと話して解決できるものくらいに思っていた。

しかし櫻子は花子ちゃんとデートにいってしまうようだ。どうやら楓の説明からして花子ちゃんの方が誘ったようだが、櫻子はそんなことをしている場合なのだろうか。


『櫻子ちゃんは自分で全部片付けて、向日葵ちゃんのところに帰ってきてくれるって』


……吉川さんの言葉を思い出す。ただ待っているだけでも櫻子は帰ってきてくれるから、安心していいと言ってくれた。

でも具体的に、いつ戻ってきてくれる? いつその問題とやらを解決してくれる? そもそもその問題って、どうやって解決されるもの?

これまで秘密にされていたことに、今更私が首を突っ込んで解決に導くことはできない。あの子はやはり、その問題を一人で片付けなきゃ。

でもそれじゃあ……私はその間どうしていればいいんですのよ。


向日葵(待っててあげるって……具体的にどうすれば……)はぁ


待つのも愛、って言われたけど……こんなに大変なものだとは知らなかった。


楓「それじゃあ楓、もう寝るね〜」

向日葵「ええ。おやすみなさい」


楓「……おねえちゃん、今夜は櫻子おねえちゃん来てくれるかな?」

向日葵「えっ!?///」どきっ

楓「うふふ、おやすみなさーい」ぴゅーん


おませさんになってきた楓が、からかうように笑って部屋に逃げて行ってしまった。

最近は私が携帯を見ながら大人しくしているだけで、櫻子のことで悩んでいるのだと思うようになったらしい……まあ実際そうなのだけれど。


向日葵(楓ったら……)ふぅ


でも、楓の言うとおりだった。

私は櫻子が来ることを望んでいる。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:47:30.91 ID:+EtVRVLso
私はすっかり、櫻子との関係に対して受け身になってしまっている。

気持ちの問題だけじゃない、今だってそう。あの子が帰ってくるのを待つことしかできないんだから。

吉川先生に貰った助言を一生懸命思い返す。

昼間の助言を振り返りながら、何気なく吉川さんたちとのトーク画面をさかのぼっていると……あるものが目に飛び込んできた。


向日葵(あっ……)


それは、夏休みに入ってすぐに櫻子の家で撮った、花子ちゃんと櫻子と私の3ショット写真だった。


花子ちゃんが真ん中に写っている写真。

私たちの間に挟まれて、恥ずかしそうに遠慮しながら、顔を寄せる櫻子を横目で見ている。


向日葵(花子ちゃん……)


そうだ、忘れていた。

この問題には、花子ちゃんも大きく関わっているということを。


櫻子の隠していた秘密を暴いたのは、他でもない花子ちゃんだった。

それで大喧嘩して、仲直りしないままに櫻子は私と一緒にオープンキャンパスに来てしまって、花子ちゃんは家で一人で苦しんでいた。

ただの熱中症じゃないことはなんとなくわかっていた。花子ちゃんもこの問題に心を痛めていたのだ。


どうして花子ちゃんは、そうまでして櫻子のことを怒ったのか?

大学へと向かう、行きの電車の中で櫻子がふと呟いた意味深な言葉を思い出した。


『花子って……もしかして、向日葵のことが好きだったのかな……』


向日葵(……ばかですわね、櫻子……)


花子ちゃんは、もちろん誰に対しても優しくて、まがったことは許せない正しい子だ。

櫻子より五つも年下なのに、櫻子の妹なのに、櫻子を正しく叱ってあげることのできる女の子だ。

花子ちゃんがどうして櫻子に怒ったのか。その真意をあの時の櫻子はわかっていなかった。


私のことが好きだから、中途半端な態度で私と付き合っていたことに怒った……それもあるかもしれないけどそうじゃない。


向日葵(花子ちゃんは……他でもない、あなたのことが好きなんですわよ……櫻子)


写真の中の花子ちゃんを見ているだけで、それが私にはよーくわかった。

花子ちゃんは……櫻子のことが、大好きなんだ。



私はベッドに横たわりながら、花子ちゃんへ電話をかけてみた。急に花子ちゃんとお話がしたくてたまらなかった。

もしかしたら寝ているかもしれない……そう心配したが、少しだけコール音が鳴った後に、小さな声が電話口から届いた。


向日葵「あ……もしもし?」

花子『ひま姉……!』

向日葵「こんばんは。夜分遅くにごめんなさいね」

花子『ううん、平気だし』
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:48:38.37 ID:+EtVRVLso
向日葵「楓からも色々聞いたんですけれど……体調はもう大丈夫ですか?」

花子『あはっ……もうすっかり。ひま姉もごめんね、迷惑かけて……』

向日葵「いえいえ、無事でよかったですわ本当に。明日は無事に出かけられそうですわね」

花子『え……』

向日葵「あ……えっと、ちょっと小耳に挟みまして! その……」


明日、櫻子と……デートなんですのよね。


花子『……楓が言っちゃったの?』

向日葵「も、もしかして……秘密にしたかったことでした……!?」

花子『ううん、べつに。ただ櫻子とお出かけするだけだから……誰に知られたって、恥ずかしくもなんともないし』

向日葵「そ、そうですわよね」


花子ちゃんは穏やかな声で答えてくれた。あんまり大きな声を出すと撫子さんや櫻子に話し声が聞こえてしまうのだろうか、ボリュームは少々抑えめだ。


花子『ところで……急にどうしたの?』

向日葵「えっ! えっと……ああ、明日の誕生会のことなんですけど……」

花子『あ……うん』

向日葵「ケーキ作っていきますから、楽しみにしててくださいね♪」

花子『…………』

向日葵(あ、あれ……?)


急に花子ちゃんは黙り込んでしまった。もしもし? と応答を確認する。


花子『……ごめんね、今櫻子が部屋の前を通ったから』こそっ

向日葵「あ……そういうことでしたか」

花子『でもひま姉……誕生日のことは嬉しいけど、電話してきたのはそれが理由じゃないでしょ?』

向日葵「え……?」


花子『櫻子とあの人のこと……気になってるんだよね』

向日葵「!!」


ついつい電話した理由をごまかしてしまったが、花子ちゃんは真相をずばりと言い当ててきた。

やっぱり花子ちゃんも……気にしてくれているんだ。


向日葵「……じつは私……何もわからないんですの。櫻子とその人のこと……」

花子『…………』


向日葵「私、どうすればいいかわからなくて……! 櫻子にどうしてあげればいいか、わからなくて……」

花子『……ひま姉、落ち着いて』

向日葵「え……」

花子『櫻子は、ひま姉のこと大好きだよ』

向日葵(!)


花子『だから大丈夫……ひま姉は、何も心配しなくて大丈夫』

向日葵「花子……ちゃん……///」
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:49:10.12 ID:+EtVRVLso
花子『……怖くなっちゃったの? 櫻子のことで』

向日葵「……だって、何も言ってくれないんですもの……あの子……」

花子『ふふ……そりゃあ櫻子は、ひま姉には何が何でもばれたくなかったんだし。ひま姉の前では格好よくいたかったから』

向日葵「……!」


花子『でもきっと……いや絶対、櫻子はひま姉のところにちゃんと帰ってくるよ。花子が約束してあげる』

向日葵「……そう、ですか……」

花子『明日。明日で全部終わるんだし……本当に、すべてが』

向日葵「……?」


花子『櫻子とあの人の恋も……そして……』



『花子の……この恋も』


向日葵「!!!」はっ


花子『ごめんね、ひま姉……最後だから……最後に一日だけ、櫻子を……花子にちょうだい……?///』

向日葵「で、デートって……そういう……!」


花子『わかってる……ひま姉の気持ちもわかってる……! でも最後に一回だけ、花子も櫻子とデートがしたいの……』

向日葵「っ……!」


今にも泣きそうな切ない声が、私の心につきささった。

花子ちゃんから私への……心からの、お願いだった。


向日葵「……花子ちゃん、私はべつに、花子ちゃんの敵じゃありませんのに……っ」ぐすっ

花子『ひま姉……花子はね、ひま姉のことを一番応援してるよ……///』

向日葵「花子……ちゃん……っ……///」ぽたぽた


花子『そうだ……じゃあひま姉に、いいこと教えてあげるし』

向日葵「いいこと……?」



花子『明日……櫻子は、あの人と会うの』

向日葵「!」
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:49:37.54 ID:+EtVRVLso
花子『たぶん夕方ごろに……二人の場所が知りたかったら花子に連絡して。すぐに教えてあげるから』

向日葵「え……そ、それは……私も行けっていうことですの……!?」

花子『来てもいいし、来なくてもいい。どっちにしたって未来は変わらないから……櫻子の結論は、もう決まってるから』


花子『ひま姉はもう、お家で待ってるだけでも大丈夫。でも……それでも櫻子のことが心配だったり、戻ってきてくれるかが不安なんだったら、櫻子が頑張るところを見守ってあげればいいと思うし。それが今ひま姉が抱えてる心配をかき消す、唯一の方法だと思う』

向日葵「……!」


花子『もう一回言うね。櫻子は、ひま姉のことが大好きなの』


きっと全てを片付けて、綺麗になってひま姉のところに帰ってくる。


明日で……全部終わる。


櫻子をただ待ってるだけなのが辛いんだったら……櫻子が頑張るところを見てあげて?


櫻子がひま姉のために頑張ってるところ……櫻子が、ひま姉を選ぶところ。


花子『それじゃ……また明日』ぷつっ


向日葵(…………)


花子ちゃんは、すがすがしいような声で電話を切った。

私の心臓が……急激に縮こまって緊張する。予期していなかった誘いで、胸が痛いほどに高鳴った。


明日で……全て終わる。


櫻子が……帰ってくる。


向日葵(さく……らこ……)


待ってる。

櫻子のことを……ずっと待ってる。

でも、ただ待ってるだけじゃだめなんですのよね。

あなたは頑張っているんだから……

私のために、頑張ってくれるんだから……


向日葵(っ……)ぎゅっ


――――――
――――
――
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:50:32.21 ID:+EtVRVLso




花子「ほら、似合うでしょ?」くるり

撫子「ほんとだ。櫻子より可愛い」

櫻子「くぅ〜……しょうがない、約束通り花子にあげよう……」


8月7日。花子の誕生日。


今日は朝から、櫻子とデート。熱中症で倒れちゃったお詫びみたいなことになってるけど、他でもない……櫻子からの一番のプレゼントだって思ってる。

予想外だったけど、ひま姉にもついに打ち明けちゃったんだから。今日はもう、心から楽しまなくっちゃ。


櫻子「……花子、ちょっとこっち向いて?」

花子「?」


姿見の前でおめかししていた花子をしばらく眺めていた櫻子に呼ばれ、正面から向き合わされる。

何をされるのだろう……と思ったら、櫻子は髪につけていたふたつのヘアピンを、花子の髪に留めた。


花子「あ……///」

櫻子「ほら、こっちの方が可愛くない?」

撫子「いいじゃん、またちょっと違って見えるよ」

花子「そ、そうかなっ」

櫻子「このピン花子にあげるよ。大事にしてね」

花子「え……いいの!?」

櫻子「いいのいいの! もう今日は色んなものを花子にあげちゃうからね。ぜーんぶ誕生日プレゼント!」

撫子「いらないものあげてるだけなんじゃ……」

櫻子「そんなことないよー!///」


これは……櫻子が小さい頃からずっとつけていたヘアピンだ。

櫻子と同じようにして、左側のこめかみのあたりにつけられている。櫻子との心の距離が近くなれたような気がして、なんだかとっても……嬉しかった。


花子「あ、ありがとう……でも櫻子はヘアピンいいの?」

櫻子「んー、じゃあこの後買いにいこっかな? そろそろ私もイメチェンしなきゃ」

撫子「うわー……花子ついてってあげて。櫻子が変なの買わないように」

櫻子「ちょっと! 私だって可愛いの選べるってば!///」

花子「ふふっ、わかったし」


こうして朝から家族がいっぱいいてくれる家は、なんて幸せなんだろう。

この前は静かすぎて怖かったくらいなのに、お姉ちゃんたちがいるだけで、ものすごくあたたかい。


櫻子「よし……それじゃそろそろ行ってくるね、ねーちゃん」

撫子「気を付けてね。こっちは準備しておくから」

花子「行ってきまーす」

撫子「うん、行ってらっしゃい」


お気に入りの靴を履いて、櫻子に続いて外に出る。

今日も相変わらず、太陽がじりじりと大地を照らし続けていた。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:51:12.22 ID:+EtVRVLso
櫻子「花子、なんか体調悪かったらすぐに言ってよね! ねっちゅーしょー対策いっぱい持ってきたから!」ごそごそ

花子「わ、わかってるし……それより早く涼しい所いこ?」

櫻子「心配して言ってるのにー」


櫻子と二人きりでどこかに遊びにいくなんて、どれくらいぶりだろう。

軽快に隣を歩く櫻子は、花子がまだ見たことのない服を着ていた。


花子「その洋服、どうしたの?」

櫻子「これ? ちょっと前に今年の夏用で買ったの。なんか特別なときに着ようかなって思ってたんだけど……今日しかないなって思って。似合う?」

花子「うんっ……! ちょっとお姉さんっぽいし」

櫻子「おねーさんだからね!」


櫻子は本当に、ちょっとずつあの頃の撫子おねえちゃんに似てきている。

制服を着ているときの後ろ姿なんか、撫子おねえちゃんが帰ってきたのかと思うくらい似ているときもあって、やっぱり姉妹なんだなあって実感する。

いつか花子も……そのくらい大きくなって見せるんだから。

ちょっと背伸びがちに足を伸ばして、櫻子の隣に寄った。

ほらほら、花子は今日で12歳になったんだよ。


櫻子「ん……手でも繋ぐ?」

花子「えっ!」

櫻子「だってこれデートなんだもんね? やっぱそういうことした方がいいか」

花子「ええ〜、恥ずかしいし……///」

櫻子「花子がデートって言ったんじゃん! それに大丈夫だって、他の人が見ても仲良し姉妹としか思われないよ」

花子「そ、それが恥ずかしいんじゃ……?」

櫻子「じゃあ恋人同士って思われた方がいい?」

花子「!」どきっ

櫻子「ふふ……今日は花子が主役なんだからさ、やりたいこと全部やった方がいいって!」ぎゅっ


櫻子は花子の腕に腕を絡め、そのまま手を握り合わせた。


花子「ちょーっ!? 恋人つなぎはやりすぎだし!」

櫻子「そうかなぁ……あっ! あそこにいるのみさきちじゃない?」

花子「ええっ!? みさきちいるの!?」きょろきょろ

櫻子「へへ、うっそー♪ でもお友達にこんなとこ見られたら恥ずかしいね」つん

花子「かっ……からかうなぁ〜!///」ぎゅっ

櫻子「あ痛たたた! ごめんってー!」
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:51:40.56 ID:+EtVRVLso




撫子「なるほどね……そういうことなんだ」とんとん

向日葵「ええ……」

撫子「まあなんとなくわかってたよ。帰りの新幹線で泣いてた時からね」


お菓子の材料を持って楓と一緒に大室家へ行くと、もう櫻子と花子ちゃんは出発した後だった。

さっそく撫子さんと一緒にキッチンで準備にとりかかる。楓はせっせと飾りつけを頑張ってくれているようだった。


撫子「……で、ひま子は行きたいの? その櫻子とお友達が会うところに」

向日葵「……まだ、迷ってて」

撫子「そう……でも迷うっていっても、完全にひま子の気持ち次第だよね。櫻子とその子はひま子が見てようがどうだろうが、話をつけちゃうんだから」


花子ちゃん指定したタイムリミットは夕方。それまでに答えを出さなければいけなかった。


撫子「……怖いの?」

向日葵「…………」

撫子「私の考え言っていい? ……絶対に行くべき」

向日葵「ど、どうしてですの?」

撫子「百聞は一見にしかず。このまま櫻子が無事に帰ってきたって、決定的なシーンを見ないことには、いずれ心のどこかで『まだ元カノを引きずってたらどうしよう』っていう疑念が出てきちゃうもんだと思うよ」

向日葵「っ……」


淡々と述べられる撫子さんの正論。頭ではわかっているのに、まだ私の恐怖心は壊れてくれない。


撫子「……恋は盲目だね。まさかひま子の心がこんなに不安定になるなんて思わなかった」

向日葵「うぅぅ……」

撫子「でもありがたいよ。それだけ櫻子のことが好きだってことなんだもんね」ふっ


てきぱきと食材の下ごしらえをしながら、撫子さんは笑った。

手が止まってるよ、とたしなめられる。ちょっと考えを巡らせるだけですぐに作業が中断されてしまう。頭の中はしっちゃかめっちゃかだった。


撫子「わかるよ。わかる……好きな人の言葉って、何でも信じられるけどさ」


撫子「好きな人が言ってくれる『私も大好きだよ』だけは……心から信じてあげられないんだよね。他に誰かいるんじゃないかとか思っちゃって」

向日葵「はい……」


撫子「当事者は悩んでるかもしれないけど、周りからすればひま子が馬鹿らしく見えるよ。どう考えたって櫻子はひま子を選んでるのに、気づかないんだから」

向日葵「……最近、櫻子と会えてないんですわ。だから余計に……」

撫子「最近ったって、たった二日くらいでしょ……?」

向日葵「私たちにとって二日は大きいですわ……」

撫子「その発言がもう、矛盾しすぎだって……櫻子は元カノと半年近く会ってないんでしょ。っていうか元カノって呼んでるけど、そもそも付き合ってすらいないんでしょ、その子と」

向日葵「そうらしいですけど……でも、もしかしたらそれも嘘で、本当は二人は付き合ってたのかも……!」

撫子「……だめだこりゃ」はぁ
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:52:07.44 ID:+EtVRVLso
撫子さんは料理道具が置かれている棚からすりこぎ棒を取り出した。

なにか料理に使うのかと思ったら、まるで剣先を向けるかのように私にぴっと指してきた。


向日葵「なっ……!?」

撫子「極端に言っちゃえばさ、私が今ひま子をこれでぽこっとやって、気絶させたとする。そのまましばらく起きなくて、夜になって目が覚めたとき、櫻子は隣に帰ってきてくれてるよ」

向日葵(…………)

撫子「要はその間をどう過ごすかってことだけでしょ。贅沢な時間だと思うなぁ……私だったら、翌日に一緒に遊びに行くデート先でも下調べして待ってるけどね」


そうだ、吉川さんたちと約束したんだった。

次は必ず、櫻子と一緒にあの家に遊びに行くんだって。


撫子「マイナスなことを考えない。もっと楽しいことと明るいことに目を向ける。これも大事なことだよ」

向日葵「そう……ですわね」

撫子「行ってくればいいじゃん……櫻子の元カノに会いに。今まで櫻子を支えてきてくれてありがとうって言ってあげてもいいくらいだよ。ライバルって思わない方がいい。向こうも同じ女の子なんだから。ひま子も一緒に友達になってきちゃえば」

向日葵「わ、私がその人のところに行ったら……刺されちゃったりしないでしょうかっ」

撫子「……悪いけど、そんな病んでる子を櫻子は好きにならないと思うよ……」


撫子さんは呆れた様子で携帯をいじりだした。気づけば自分の手はぜんぜん進んでない。しゃかしゃかとボウルの中をかきまぜていると、突然耳元にぴたっと何かがあてられた。


向日葵「ひゃっ!」びくっ

撫子「ほら、話しな」

向日葵「えっ、ええっ!? ちょ、これ何ですの!?」

撫子「櫻子に電話かけたから。これが一番でしょ」

向日葵「えー!?」


勝手に耳と肩の間に携帯をはさまれてしまって、慌ててボウルを作業台の上に置き、しっかりと両手で電話を取る。コール音はいくつもしないうちに繋がってしまった。


『もしもしー? ねーちゃん?』

向日葵「あ、あ……櫻子?」

櫻子『え、向日葵っ!? な、なに……どしたの?』

向日葵「ち、違うんですのよ!? 撫子さんが勝手に携帯を渡してきたんですの!」

撫子「ひま子が早く櫻子に会いたいってよ」ぼそっ

櫻子『え……///』

向日葵「ちょっとぉ! 変なこと言わないでください!」


撫子さんが顔を近づけてきて、勝手に声を吹き込んでくる。電話口の櫻子もなんだか困惑している様子だった。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:52:52.60 ID:+EtVRVLso
向日葵「あ、あの……ちょっと久しぶりですわねっ」

櫻子『あーうん、そうだね……』

向日葵「え、えっと……楽しんでますの? 花子ちゃんと」

櫻子『うん、もうばっちり。あ、花子に替わろっか!?』

『いいしいいし、二人で話しなよ』

櫻子『ちょっと!///』


向日葵(あ……)


久しぶりに聞く櫻子の声。つい数日前まで一緒にいたのに、なんだかやっぱり懐かしく感じてしまう。

明るくて楽しげな雰囲気がうかがえる声は、私の一番好きな櫻子の声だ。


向日葵「あ、あのっ」

櫻子『ん?』


向日葵「今日は、その……何時くらいに帰ってきますの?」

櫻子『え……』


勇気を出して、一番聞きたかったことを尋ねた。視界の端で撫子さんがほほ笑む。


櫻子『ご、ごめん……何時かはまだわからないんだけど……』

向日葵「あ……そう」


櫻子『でも……待っててくれるかな』

向日葵(え……っ///)


耳に入ってくる話し声から、電話口で恥ずかしそうな表情を浮かべている櫻子が頭の中に思い描かれた。

私の不安をかき消してくれる一番の特効薬。櫻子の声。櫻子が発するメッセージ。全てがじわじわと私に染み渡っていく。


櫻子『あー……向日葵さ、この前ちなつちゃんの家行ったんでしょ?』

向日葵「えっ!? なんで知ってるんですの!?」

櫻子『え? だってちなつちゃんがLINEで教えてくれてたから』

向日葵「や、やだぁ……なんで言っちゃうんですの吉川さん……」はぁ

櫻子『えへへ、怒られちゃったんだよ……ちなつちゃんに。“彼女を不安にさせるなー!” って』

向日葵「え……」


櫻子『だから言ったの。“ちゃんと全部片付けてくるよ” って』

向日葵「!!」


櫻子の魔法の一言で、私の固まった心は解け壊れていった。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:54:40.88 ID:+EtVRVLso
向日葵(う……うぅ……///)かあっ

楓「?」とたとた


私の話し声を聞いて、楓もキッチンにやってきた。

ついつい緩んでしまう顔をなんとかひきしめようと携帯を持ちなおしたら……どうやら誤操作で、音声発信をスピーカーモードにしてしまった。

すると突然……櫻子の思い切りのいい声が、大音量で響き渡った。


≪向日葵……私は、向日葵の彼女だよ!///≫


向日葵「あっ!?///」どきっ

撫子「あ」

楓「あっ……」


≪だから私、もう向日葵を不安にはさせない! 向日葵の心配してる顔見るの、嫌だから!≫


向日葵「あーっ! あーっ! ちょっとタイム! やだこれ、どうやって戻すんですの!?///」

撫子「くくくく……///」ふるふる

楓「わぁ……♪」


櫻子の大胆な告白がやかましく携帯から発せられる。慌てて戻そうとしたが、撫子さんの携帯なのでよく勝手がわからない。

“好き” だとか “彼女” だとかの、こっ恥ずかしい告白がじゃんじゃん漏れ聞こえてしまって、たまらずに私は通話そのものを切った。

撫子さんは両手で顔を押さえてぷるぷると笑いをこらえている。楓はなぜか目をきらきらさせていた。


向日葵(は、はぁぁ……)

撫子「……よ、よかったじゃん。なんかいい感じの内容が聞こえてきた気がするよ」

向日葵「は、恥ずかしい……死んじゃいそうですわ……///」かああっ

楓「おねえちゃんが見たことないくらい真っ赤なの……!」


撫子「でもこれで、不安はなくなったでしょ? 櫻子は帰ってきてくれるよ」ぽん


撫子さんがうずくまった私の右肩に手を置く。なぜか楓も左肩に手を置いた。


撫子「楓も聞いたよね? 櫻子なんて言ってた?」

楓「わたしは、ひまわりの彼女だよーって言ってたの♪」くすっ

向日葵「か、かえでぇ!///」

撫子「ほら、もう何にも不安なことなんてないじゃん」


二人のあたたかい手の温度が、両肩から伝わって私の心にまで届く。

いつの間にか……もう何かをこわがる感情なんて、どこにもなくなっていた。

携帯を取り出し、ささっと花子ちゃんへメッセージを送る。


撫子「そう。それでいいんだよ」

向日葵「あ……ありがとうございました……」ぺこっ

撫子「あとは時間まで、ここで私たちに櫻子との面白エピソードでも聞かせててよ」

向日葵「え……えええっ!?」

撫子「楓もいろいろ聞きたいよね?」

楓「うんっ。お姉ちゃんの “こいばな” ききたいの!」

向日葵「楓……どこでそういう言葉を覚えてくるんですの……///」はぁ

楓「学校なの!」
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:55:14.16 ID:+EtVRVLso


夕方になって、花子ちゃんから指定されたのは……駅前だった。

特別な荷物も持たずに急いで外に出た。少しずつ暮れゆく空の下、小走りで目的地へと向かう。

例のお友達がそこにいる……なんてことよりも私にとっては、そこには櫻子がいるんだという意識しかなかった。


目的地が見えてきて、呼吸を整えながらきょろきょろと歩き回る。いったい駅前のどこにいるんだろうと思ったが、直感的に場所がわかった。


駅前にある特徴的なオブジェ。半年前……バレンタインデーの前日に偶然見かけてしまったあの場所。

走ってきたこととは別の意味でドクドクと高鳴る胸を押さえながら……遠巻きにオブジェに近づいた。


向日葵(……!)


私たちくらいの女の子が二人、隣り合っていた。


見慣れない服を着ていたが、片方は櫻子だった。

そして、その隣にいたのは……


向日葵(あの人……)


いつしかに見た、サイドテールの女の子だった。



向日葵(やっぱり……あの人が……)


「ひま姉」とんっ

向日葵「きゃっ……!」

花子「よかったし……間に合って」


いつの間にか後ろに花子ちゃんが来ていて、私の腰に抱き着いてきた。


向日葵「さ、櫻子と一緒だったんじゃなかったんですの?」

花子「ちゃんと一人で話せるからって、花子はのけ者にされちゃったし。先に帰ってていいよって」


花子ちゃんはすがすがしい笑顔だった。

櫻子たちが並びあって言葉を交わす様子を眺める。残念ながら声までは聞こえない位置だった。

でも二人とも……悪いムードではなさそうだった。


向日葵「私……あの子をうちの近所で見かけましたわ、昨日」

花子「櫻子が全然会ってくれないから、よくこっちまで来てたんだって。偶然会えたことなんて一回もなかったみたいだけど……でも、しょっちゅう家の方に散歩にきてたって」

向日葵「…………」

花子「そのくらい……櫻子のことが好きだったんだし、あの人は」


恥ずかしそうに髪をいじったり、時折笑いあったりしながら、二人は話していた。

積もる話もあるだろうに、人通りも少なくない夕方の駅前で。

まだ雪が残っていたあの冬の日、可愛らしいコートを着ていた二人は、半年たってこの夏空の下、あのときとは違う笑顔を浮かべられるようになっている。
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:55:57.18 ID:+EtVRVLso
向日葵「……ふふっ。あの子……嬉しそうですわ」

花子「……うん」

向日葵「なんだか私……知らぬ間に申し訳ないことをしてたんですわね。あの人から櫻子を奪ってしまって……」

花子「…………」

向日葵「辛かったでしょうに……櫻子と離れて……会えないままの日々が続いて……」

花子「ひま姉……」もぞ


花子ちゃんは二人から目を外し、私の胸に顔をうずめてきた。


花子「あの人のぶんも、そして花子のぶんも……ひま姉は、櫻子を好きでいてあげなきゃ、だめなんだからね……///」ぎゅっ

向日葵「っ……!」


花子「約束だよ……///」にこっ


私を見上げる花子ちゃんは、とびきりの笑顔だった。

視線の先のあの女の子も……笑顔だった。

私だけが、涙をうかべてしまっていた。


向日葵「……守ります」ぎゅっ

花子「あ……」


向日葵「必ず……かならず……っ///」

花子「……ありがとう……」


オレンジに染まりゆく夕焼けの中、二人を目に焼き付けた私は……花子ちゃんの手を引いて、一緒に家へと帰った。

ちゃんと見てくれるかはわからないけど、途中で櫻子に携帯でメッセージを送った。


[いくら遅くなっても構いませんから、ちゃんと全部謝ってから帰ってきなさい]


花子「……よかったの? ひま姉」

向日葵「ええ。笑い合ってる二人を見たら、心に余裕が出てきましたわ……あの二人には仲良くいてほしいんですの」

花子「…………」

向日葵「だから、今日一日くらいは、あの子に櫻子を預けます。一時間やそこらのお話で解消できるものじゃないでしょう……きっと」

花子「…………」


向日葵「納得のいく話し合いができたら、自然に帰ってきてくれると思いますわ」


櫻子は、私の彼女だから。


花子「……ひま姉」ふっ

向日葵「はい?」


花子「帰ったら……花子の部屋に来てくれる? 渡したいものがあるんだし」

向日葵「渡したいもの……?」

花子「うん。花子からひま姉へのプレゼント」

向日葵「プレゼントって……そんな、今日の主役は花子ちゃんですのに」

花子「それでも! どうしても今日渡したいものがあるの。じつは撫子おねえちゃんにも協力して、用意してもらったものがあるんだし……」

向日葵「?」


いったい何なのか、さっぱりわからなかった。
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:56:27.84 ID:+EtVRVLso


大室家につくと、撫子さんと楓に迎えられた。櫻子はあとから来るからその前に済ませちゃいたいと花子ちゃんが言って、楓と一緒にリビングで待たされた。


すぐに撫子さんと花子ちゃんは、自室から後ろ手に何かを持って戻ってきた。

座ってとうながされ、お二人の前に向き合って正座する。


二人の改まった神妙な面持ちが少し怖い。楓も不思議そうにしながら、私の隣にちょこんと座った。


花子「…………」ふぅ

向日葵「…………」


花子「……ひま姉」

向日葵「は、はい」


花子「……花子からは、これを」すっ

向日葵「?」


花子ちゃんはそう言うと、背中の方から一枚の紙を取りだし、しずしずと差し出した。

一体何だろう……とも思いながら受け取る。

二つ折りにされている意外と大きなその紙を、覗き込む楓の前で開いた。



向日葵「えっ……!?///」


撫子「ふふ……懐かしいでしょ、それ」

花子「この前花子が家の中で見つけたんだし。戸棚の奥で……ずっと隠れてたみたい」


それは……幼い頃に私と櫻子が一緒に落書きをした、婚姻届だった。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:56:59.37 ID:+EtVRVLso
楓「わぁ……///」

撫子「……私は覚えてたよ。二人が仲良くこれを書いてた時のこと……楓はこのとき生まれてたっけなぁ」

楓「そ、そんな昔っ?」

撫子「そう」

向日葵「っ……///」

花子「ひま姉と櫻子は……やっぱり、いちばん最初の最初から、結ばれてたんだし」


ヒマワリのカチューシャの女の子と、桜のヘアピンの女の子が、手をつないでいる。


つまになる人、おおむろさくらこ。


妻になる人、ふるたにひまわり。


撫子「二人はきっと……これから先も、喧嘩とかいっぱいしちゃうでしょ」


花子「でも、忘れちゃいけないことがあるし……二人はいつだって、お互いのことが大好きなんだってこと」


撫子「今まで二人で過ごしてきた、いくつものかけがえのない時間を……忘れないでね」


向日葵「ううぅ……うぅっ……///」ぽろぽろ


突然のことに耐え切れなくなって、


私は、泣き崩れた。


せっかくの思い出の品に涙が落ちてしまう。撫子さんと花子ちゃんと楓に笑顔を向けられて、何も考えらないくらい感情の器が満たされてしまって、どうしようもなかった。


花子「ま、まだ泣いちゃだめだし……ここからもうひとつあるんだから!///」

撫子「ひま子、今度は私から」

向日葵「な……なんですか……っ」ぐすっ


撫子さんが、さきほどの花子ちゃんと同じように、一枚の紙を取り出した。


まったく同じくらいのサイズの紙。けれどさっきのものと違って、真新しかった。


向日葵「!!!」


それは、何もかかれていないまっさらな婚姻届だった。


いや……何も書かれていないわけではない。

保証人の欄には、撫子さんと花子ちゃんのサインと押印があった。
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:57:25.68 ID:+EtVRVLso
向日葵「こ、これ……っ」


花子「撫子おねえちゃんにとってきてもらったの。もう一度……二人にちゃんと書いてほしいから」

撫子「提出しなくてもいいけど……私たちみんなからのプレゼント。大事にしまっておいて」

花子「ペン持ってきたから、楓もサインしちゃお。開いてる所に」

楓「い、いいの?」

撫子「しっかり書いてあげて」


二人は目を見合わせると、綺麗に手をついて深々と頭を下げた。


撫子「……ひま子……」

花子「……ひま姉……」



――うちの櫻子を、よろしくお願いします。



花子「ずっと見てきたし……二人のこと」

撫子「あの子にはもう……ひま子しかいないんだよ」


花子「ひま姉のことが大好きみたい。本当に……本当に」

撫子「ふつつかな妹だけど……そんなのひま子が一番よくわかってるかもしれないけど……」


花子「櫻子を……幸せにしてあげてください……!」

撫子「もちろんひま子も……幸せになってね……///」



涙で何も見えなくなる。


嗚咽を止められないまま、私もお二人の前に頭をさげた。



向日葵「い、いっしょう……」


向日葵「……一生、櫻子を……大切に、します……っ」ぺこっ


撫子「……ありがと」

花子「おめでとう……ひま姉……///」ぎゅっ

楓「おねえちゃん……おめでとう……!」


撫子さん、花子ちゃん、楓……三人に優しく抱きしめられ、みっともなく、子供みたいにわぁわぁと泣いてしまった。


この家族が……楓が、大好きでたまらなかった。


目蓋の裏には……櫻子の優しい笑顔が見えた。


――――――
――――
――
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:58:12.19 ID:+EtVRVLso




駅から家まで、走り続けて家に帰った。


時刻はもう夜の9時。今日は花子の誕生日なのに、パーティーの時間をほとんどすっぽかしてしまった。

向日葵から送られていたメッセージを見て、本当に悔いなく全てのことを話し終わるまで、今日という日を使わなきゃいけない気がした。

私は正しい選択ができているだろうか。頭の中に花子の顔を思い浮かべて考えた。花子もあの子のことが好きだから……きっと、これでよかったんだよね。


熱帯夜の中を走り、汗をかいてしまいながら、なんとか家に到着した。


息を切らしながら玄関を開ける……リビングをあけると、かちゃかちゃとお皿を洗ってるねーちゃんがいた。


撫子「……お帰り」きゅっ

櫻子「あれ……も、もう終わっちゃった!?」はぁはぁ

撫子「謝ってきな。花子は上にいるから」

櫻子「うん……」


せっかくの誕生パーティーに、ついに間に合わなかった。ねーちゃんは事情を知ってくれているのかわからないが、特に怒っている様子ではなかった。

むしろ今のは……すごく優しいときの顔だったような気がする。


二階にあがって花子の部屋に行こうとする……前に、あるものが目に入ってしまった。


私の部屋の扉が、少し開いている。

そっと開けて覗いてみると……机のそばに、小さな人影があった。


櫻子「え……?」

楓「あっ……///」


真っ暗な部屋の中……誰かと思ったら、楓だった。

私の机に手を置いていたが、慌てて何かを後ろ手に隠した。真っ暗なので電気をつけてあげる。


櫻子「楓……どしたの?」

楓「あ、あわわ……///」

櫻子「私の机に何か用でもあった……?」

楓「え、えっとね、その……ああー……///」もじもじ


もじもじと返答に困る楓。悪いことをしていたわけではないと思うが、楓がこんな姿を見せるのは初めてだ。


楓「……は、花子おねえちゃん! どうしよ〜……」

櫻子「えっ?」
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:58:48.80 ID:+EtVRVLso
楓は声をあげて助けを呼んだ。声を聞いた花子が隣の部屋から慌てて出てくる。


花子「あーあーあ! 帰ってきちゃったの!?」

櫻子「え、だめだったの?」

花子「もう! あと1分でいいから遅く帰ってこいし!」

櫻子「ひどっ! 花子の誕生日会に間に合うように走って帰ってきたんだよ!? 間に合わなかったけどさ!」

楓「ど、どうしよぉ……///」

櫻子「なんなの? 何かあるの?」

楓「うぅ〜……えいっ!」ぽすっ

櫻子「うわっ」


突然楓が腰元に抱き着いてくる。私の顔を見上げて、その小さな手に持っていた何かを渡してきた。


楓「あ、あのね……おねえちゃんがこれ、櫻子おねえちゃんにって」

櫻子「え……?」


楓「ほ、本当はこっそり置いてきてねってお願いされたんだけど……えへへ、ばれちゃったの♪」てへっ

花子「まったくタイミング悪いし……」はぁ


楓に手渡されたのは……


向日葵が使っている、古谷家の鍵だった。


櫻子「!!」


楓「おねえちゃんね、待ってるって。櫻子おねえちゃんのこと」

花子「楓は今日、このまま花子の部屋に泊まることになったから」

櫻子「え……!」


楓「ふふふ……早く行ってあげてほしいの!」

花子「ほらほら、早く」ぐいぐい

櫻子「わ、わかったよ! わかったって!///」


妹たちに押され、また家の外へと追いやられてしまった。

手の中で光る鍵を握りしめ、隣の古谷家の門をそっとくぐる。


外から見た限り、古谷家に明かりはついていなかった。


櫻子「…………」がらっ


玄関にも明かりは無く、誰もいないようだった。そういえば今日は古谷家のお母さんたちがいないんだっけ。昨日楓に聞かされたような気がする。

忍び足で玄関を抜け、闇に慣れてきた目で、通い慣れた廊下を静かに歩いた。


居間をぬけ、楓の部屋の前をぬけ、向日葵の部屋の前に来る。


とんとん


櫻子「……向日葵……?」


戸をノックしてみたが、返事はなかった。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 17:59:41.10 ID:+EtVRVLso
櫻子「あれ……入るよ?」すっ


思い切って開けてみる。

向日葵の部屋にも……やはり明かりはついていなかった。


櫻子(えぇ……!?)


室内に静かに入ってみる。

なんだ、誰もいないじゃん……そう思って振り返ろうとした矢先、



櫻子「うわっ!!///」ぎゅっ


ぼすん!


背後から、何か柔らかい物がつっこんできて……私はそのままバランスを崩し、ベッドに押し倒された。


櫻子「ちょ、ちょっと! 向日葵!?///」ばたばた


「……ふふふふっ……///」

櫻子「!」


布団の海でもがいて、つっこんできた何者かを確認しようと振り返ると、聞き慣れた笑い声が耳に入ってきた。


向日葵「…………」

櫻子「あ……」


わかっていはいたけど……向日葵が、私の上に覆いかぶさっていた。


向日葵「……お帰りなさい、櫻子」

櫻子「……た、ただいま……」はぁはぁ


向日葵「…………」

櫻子「……あ、えっと……」


向日葵「ふふ、懐かしい……もう一回言ってみて? “ただいま” って」

櫻子「え……?」

向日葵「あなたが転校してきてくれたとき……学校で初めて言ってくれたんでしたわね。みんなの前で」

櫻子「!」


向日葵「ほら、もう一度言ってみてくださいな……」もぞ

櫻子「た、ただいま……?///」

向日葵「……おかえりなさい」にこっ

櫻子「どうしたの……? なんか雰囲気おかしいよ……?///」

向日葵「そう?」ずいっ

櫻子「ち、近いって……!」

向日葵「いいじゃない、私はあなたの彼女なんですから」

櫻子「!」


窓から差し込む月明かりを映す白い肌。

向日葵は……とても優しい顔をしていた。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 18:00:14.32 ID:+EtVRVLso
のそのそと私の身体の上によじのぼってくる。すごくくすぐったくて、たまらずに後ずさりしようとするが、がっちりと抱きしめられてしまって動けない。


櫻子「ちょ、わっ! なに!?///」

向日葵「終わったんですの?」

櫻子「え……?」


向日葵「ちゃんと全部……片付けてきたんでしょうね」

櫻子「…………」


向日葵は、ほんの数センチの距離まで顔を近づけてきた。

私にはもう、向日葵しか見えない。


櫻子「ぜんぶ……話してきたよ」

向日葵「…………」

櫻子「きちんと別れようと思ったら、向こうの方から別れてって言われちゃったんだけど。もう別の人に向かって歩き出したいんだって……」


櫻子「花火大会とかも、約束してたんだけど……向日葵を誘ってあげて、って言われちゃった」

向日葵「そう……」

櫻子「ごめんね遅くなっちゃって……花子の誕生会も、間に合わなくてさ……」

向日葵「……いいんですのよ、誰も怒ってませんわ」

櫻子「……そ、そう?」

向日葵「ええ」


近い。

近すぎる。


もう向日葵の前髪が、私の肌をくすぐってる。

向日葵の柔らかい身体が、私に密着しすぎてる。

向日葵の匂いしかしない。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 18:00:42.66 ID:+EtVRVLso
向日葵「……櫻子」

櫻子「は、はい……?」


向日葵「私この前……吉川さんに言われたんですわ。櫻子が今日私の元に帰ってくるということは……どんな言葉よりも意味を持った、プロポーズなんだって」

櫻子「!」


向日葵「それを待つ私は……一体どうしてあげればいいんですの? って聞いたら……“櫻子のことがこれだけ好き”っていうのを、行為で示せばいいだけだよって、教えてもらいました」


向日葵の目に吸い込まれそうになる。

かかる吐息が熱い。

今までみてきたどんな向日葵より……色っぽい。


向日葵「あなた……いつだかに言ってましたわよね。昔の私は、いつも櫻子に何かをしてあげる側で……いつしかそれが当たり前になっちゃったから、『今度は櫻子の番』ってことで、一生懸命頑張ったんだって」

櫻子「う……うん……///」


向日葵「私……ここ最近、ずっとあなたの頑張ってる所を見てきましたわ。ぜんぶぜんぶ私のために頑張ってくれてるんだって思うと、本当に嬉しかった……」


向日葵「だから……今度は、また私の番ですわよね……?」ぴとっ

櫻子「……っ!」


おでこに、おでこをくっつけられた。


向日葵「櫻子……」

櫻子「……なに……?」


向日葵「今日はね……うち、誰もいないんですわ……」

櫻子「うん……」


向日葵「親もいないですし……楓も、花子ちゃんの家に泊まっちゃいましたので」

櫻子「…………」


向日葵「だから……今日は、私たちだけなんですの……///」

櫻子「!!」


向日葵はもぞもぞと手をひっぱり出してきて、私の顎に当てた。


そして……ゆっくりと顔の角度を変えて……


向日葵「櫻子……大好きですわ」


唇を、重ねた。
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 18:01:10.90 ID:+EtVRVLso
向日葵「ん……」


櫻子「っ…………」


キス、してる。


向日葵と、キスしちゃってる。


どれくらいぶりだろう。


私たち、付き合いだして半年だけど。


最後にキスしたの……転校前の、あのとき以来だよ。


両想いなのに、タイミングがつかめなくて、なかなかできなかったんだよね。


かぶりつくような、向日葵の熱いキスを受ける。


向日葵「櫻子……大好き……」


櫻子「ひま……わり……っ」はぁはぁ


私の顔を両手で覆ってきて、何度も、何度も求められる。


向日葵の体重を全身で感じる。


肺が爆発しちゃいそうなくらい緊張してる。


必死に酸素を求めようとしても、向日葵が口を塞いじゃう。


苦しさに耐え切れなくて、向日葵を腰元から抱きしめて横に倒した。


櫻子「ま、待ってぇ……!」はぁはぁ

向日葵「え……?」


櫻子「やだ……もっと、ゆっくりがいい……///」

向日葵「……ふふ、可愛い」ちゅっ

櫻子「んんっ!」どきっ

向日葵「あなた、心臓ばくばくしすぎですわ」

櫻子「しょ、しょうがないでしょ……!」


向日葵「さっきも言いましたでしょ。今日はもう、うちは誰もいませんから……」


向日葵「だから……あなたを、好きなだけ愛せますわ」

櫻子「!!」
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 18:01:54.13 ID:+EtVRVLso
もう、頭がどうにかなっちゃいそう。


向日葵とこんなに身体を密着してるだけでもやばいのに。


こんなにかわいい向日葵の顔を……久しぶりに見る。


向日葵「大好き……櫻子」

櫻子「向日葵……」


向日葵「もう……どこにも行かないくださいね……?」ぎゅっ

櫻子「行かない……ずっと向日葵のそばにいるよ……!」がばっ

向日葵「!」


櫻子「私……向日葵の、彼女だもん……っ///」


向日葵は目を閉じて、また唇を重ねてきた。

上手にキスをしながら、なにやらもぞもぞと手を動かしている。


櫻子(……えっ)


向日葵「……櫻子、腰浮かせて?」

櫻子(ちょっ……!?///)


不器用な手つきだが、私のシャツの袖から手を突っ込んで、キャミソールごと一気に持ち上げた。


そのままするっと脱がされてしまって、私の上半身は涼しくなった。


やばい。


向日葵が、ついに、しようとしてる。


櫻子「ま、待って待って!」

向日葵「なんですの……」


櫻子「ほ、本当に……するの……?」

向日葵「……するって、何を?」

櫻子「いぃ、言わせんなぁ!///」

向日葵「あら、言ってもらえなきゃわかりませんわ」くすっ


寝ている体勢から二人とも起き上がって、座位で呼吸を整えた。

向日葵が背中の後ろに手を伸ばしてる。たぶんきっと、ホック的なものを外してる。


櫻子「だ、だめだよぉ……」

向日葵「あら、どうして?」

櫻子「だって、これ……大人がするやつだよ……?///」かあっ


向日葵「……あなた、自分のこと何歳だと思ってますの?」

櫻子「まだ16で、もうすぐ17だけど……まだまだ子供だよ!」

向日葵「でも、結婚はできますわ」

櫻子「!」


するりと何かを抜き取って、ぱさっと床に置いた。
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 18:02:42.46 ID:+EtVRVLso
向日葵「お願い……櫻子」

櫻子「え……」


向日葵「今日くらいは……あなたのこと、好きにさせてもらいますからね……///」のそっ

櫻子「ひ、ひまわり……」


向日葵「私、今日はもう……あなたのことが大好きで仕方ないんですわ……///」ちゅっ


髪を耳にかけながら、向日葵はキスをした。

ついばむように、執拗に口元をねだられる。その手は裸になった私の胸を優しく包み込んでいた。


こんなはずじゃないのに。

向日葵とこうなりたかったって、ずっと思ってたけど。

本当は、私が向日葵をリードする予定だったのに。


櫻子(もう……ずるいって……!)がばっ

向日葵「あっ……///」


もぞもぞと動いて、丸め込むように向日葵を私の下に引きずり込む。

よく見えない視界の中で、その柔らかい身体を確かめた。


向日葵「お願い……櫻子」

櫻子「……?」


向日葵「もっと……私を、好きにして……?」はぁはぁ

櫻子「っ……!」


向日葵って、こんな顔するんだ。

こんなに一緒にいるのに……そんな顔、初めて見たよ。


櫻子「だいすきだよ……向日葵……!」

向日葵「んっ……///」
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 18:03:40.22 ID:+EtVRVLso
好き。


好き。


大好き。


もう私は、向日葵を好きでいていいんだ。


もう、何も我慢しなくていいんだ。


全部全部、向日葵に捧げていいんだ。


櫻子「ずっとずっと……大好きだったよ……///」

向日葵「私も、ですわ……っ」


向日葵がすき。


向日葵と一緒になりたい。


向日葵をよろこばせてあげたい。


胸の内から溢れてくる想いを、全て向日葵の身体へと刻み込む。


私たちの想いが重なり合って……夏の夜に溶けていった。


――――――
――――
――
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 18:04:30.21 ID:+EtVRVLso
――朝。


うっすらと目を開いて、そこにあったものは……私の大好きな人の後ろ姿。


朝弱いくせに、私よりも早起きしちゃって。

こんなときくらい、私が起きるまで待っててくれたらいいのに。

手を伸ばして、向日葵の背中をつんとつついた。



向日葵「あら……?」

櫻子「……ふふっ」


向日葵「おはよう。だいぶお寝坊ですわよ」

櫻子「……なにしてるの? 宿題?」

向日葵「ちょっと待っててくださいね……もうすぐ書き終わりますから」


丸テーブルを出して、向日葵は卓上で何かを書いていたようだった。

目をこすって起きながら、後ろから近寄ってそれを眺める。


櫻子「え……」


そこにあったのは……大きな落書きがされている婚姻届と、真新しい婚姻届だった。


向日葵「……よし、できた。あなたもほら、こっちにサインして?」

櫻子「な、なにこれ……こんなの持ってたの……!?」

向日葵「花子ちゃんたちが昨日くれたんですわ。そっち覚えてます?」

櫻子「あははは……こんなん書いたんだっけなぁ……///」

向日葵「それじゃあペン持って……ほら、こっちにあなたの名前を」

櫻子「わぁ……」


向日葵にうながされ、渡されたペンで該当箇所に名前を書く。


ちょっとだけ手が震えちゃったけど、上手にかけた。
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/07(木) 18:04:58.27 ID:+EtVRVLso
櫻子「よし……っと」

向日葵「……櫻子」

櫻子「ん?」


向日葵「あの……私、花子ちゃんやあの人のぶんまで……あなたの彼女として、立派につとめますわ」

櫻子「!」


向日葵「あなたのことを……本当に、心の底から……愛しています」ぺこっ

櫻子「向日葵……」


向日葵「け、けんかしちゃうこととかもあるかもしれませんけど……私はどんなときでも、あなたのことが大好きですから。それを絶対に忘れないでちょうだいね……///」

櫻子「わ、私だって……! 向日葵のこと、大好きだよ!」


向日葵「ふふっ……じゃあそうですわね、ゆびきりでもしましょうか?」

櫻子「ゆびきり……」


婚姻届の上で、向日葵の差し出した指に、小指をからめた。


向日葵「約束、ですわ……///」

櫻子「うん……約束」



一生忘れない、大切な約束。


大好きな向日葵との、心のこもった約束。


守るからね。


ずっとずっと……守っていくからね。



向日葵「櫻子……」


櫻子「……向日葵」



私と……


これからも……ずっと一緒にいてください。



〜fin〜
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/07(木) 18:22:11.48 ID:V+E1ytFA0
おつ
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/07(木) 18:26:13.29 ID:V+E1ytFA0
ID見たら今日2本目だったのか!
両方とも素晴らし過ぎる作品だった。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/07(木) 21:49:03.30 ID:Y17eAwji0
乙でした
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/11(月) 12:46:46.11 ID:Y/GmdGEq0
ブラボー
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/11(月) 19:31:37.94 ID:cDUWXuRSO
相変わらず大室家に定評があるこの人
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