盗賊と終わりの勇者

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89 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/12(木) 20:47:42.83 ID:gTmo9Y3kO

盗賊「そうなの?」

勇者「ええ、役者を志す者にとって、あの大通りで演技することは最大の夢であり目標なの」

勇者「聖地と言っても良いかもしれないわ……」

勇者「そこを演技もせずに走り抜けるなんて罰当たりなんてものじゃないわ。冒涜とさえ言えるかもしれない」

盗賊「へ〜、そうなんだ」

勇者「……はぁ。ま、そうでしょうね。あなたには分からないでしょうね」

盗賊「でもさ、それって凄いことじゃないか?」

勇者「えっ?」

盗賊「だってさ、今まで誰もやったことがないんだろ? つまりはキミが初めてなわけだ」

盗賊「キミはこれまでの役者が出来なかったことをやったんだ。想像も出来ないことをね」

勇者「……出来なかったんじゃなくて、やらなかっただけよ。奇抜なだけじゃ通用しないもの」

盗賊「走ってる時、観客の声を聞いたただろ? あれは昨日みたいな馬鹿騒ぎじゃなかった」

盗賊「きっとあれこそが、役者だからこそ作り出せる感動ってやつなんだと思うぜ?」
90 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/12(木) 20:57:29.24 ID:gTmo9Y3kO

勇者「なによ、素人のクセに……」

盗賊「素人だから分かるのさ。皆がキミの背中を見て、声援を送ってた。純粋にね」

勇者「……そうだと嬉しいわ。素人に呑まれた主役で終わりたくないもの」

盗賊「そんなつもりはなかったんだけどな……」

勇者「はぁ、無自覚って罪よね。私の気持ちにもなってみなさいよ」

盗賊「え、何だよ急に」

勇者「まあいいわ。さて、息も整ったし行きましょ? 向こうに昇降機があるはずよ」

トコトコ…

盗賊「あ〜、あれか。っていうか、あの昇降機って頂上まで続いてんの?」

勇者「ええ、あれは観光客用で、頂上にしか行けないようになってるの」

盗賊「観光客が来んの? 脚本家の塔なのに?」

勇者「このエントランスまでの立ち入り許可されているの。勿論、他の場所へは行けないわ」

盗賊「へ〜、なるほどね。頂上は展望台みたいなもんか」

勇者「ええ、そんな感じ。後はこれが動くかどうかだけど……どうかしら……」カチッ
91 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/12(木) 20:59:02.65 ID:gTmo9Y3kO

盗賊「柵みたいな扉だな。怖くねえのかな」

勇者「昇りながら景色を見られるようにしてるのよ。賛否両論あったみたいだけどね」

カララララ…ガッシャン…

勇者「……良かった。動いてなかったらどうしようかと思ったわ」タンッ

盗賊「流石に階段を登るのはキツいからなぁ。さて、行くーー」

ガシャン!

盗賊「えっ? オレ、まだ乗ってないんだけど……」

勇者「……ごめんなさい。やっぱり、あなたとは一緒には行けないわ」

盗賊「お、おいおい、此処まで来てそりゃないだろ。冗談キツいぜ」

勇者「これは冗談でもなんでもないわ」

勇者「これは私がやらなきゃいけないことなの。詩人は勇者が倒す。倒して、終わるのよ」
92 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/12(木) 21:03:54.85 ID:gTmo9Y3kO

盗賊「終わるって、どういうことだよ……」

勇者「そう言えば、勇者がどうなるか、まだ言ってなかったわね」

盗賊「……開けてくれ」

勇者「勇者は、復讐を遂げて死ぬの」

勇者「ある種の達成感と復讐の虚しさ。復讐の先に何も見出せない自分に絶望して身を投げる」

盗賊「……自由に触れてみたいって言っただろ。あれは嘘だったのか」

勇者「嘘じゃないわ。あれは本当よ?」

盗賊「なら何でだよ……」

勇者「……人間は、そう簡単には変われない」

勇者「今まで復讐に生きてきた人間が、復讐の念を捨てるなんて無理なのよ」

盗賊「……何だそりゃ、夢も希望もあったもんじゃないな」

勇者「………そうね」

盗賊「っ、観客もオレもそんなことは望んじゃいない。そんな終わりは誰も望まない!!」
93 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/12(木) 21:07:10.64 ID:gTmo9Y3kO

勇者「分かってる……」

勇者「誰かを憎んで復讐の為に生きるなんて、とても虚しいことだわ。それは分かってるの」

勇者「でもね? 私はそうやって生きてきた。奪われたものは決して返ってこないけど、償いはさせるわ」スッ

盗賊「止せ!」

勇者「……ごめんなさい。もう、行かなきゃ」カチッ

ガララララ…

盗賊「っ、ステラ! 行くな!!」

勇者「私は勇者よ。ステラなんて役は、この舞台の何処にも存在しないわ」

盗賊「……馬鹿なこと言うな。キミは確かに此処にいる。勇者じゃないキミを、オレは知ってるんだ」

勇者「あなたとは勇者になる前に出会いたかったわ。それなら、勇者にならなくて済んだかもしれない」

勇者「だってあなたは、ほんの一時でも、私から復讐を忘れさせてくれたもの……」

盗賊「………」

勇者「……さようなら、盗賊。こんな所まで連れ回してしまって、本当にごめんなさい」
94 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 00:10:28.95 ID:vSgKBSTSO

盗賊「……行っちまった」

>>彼女は最初から一人で行くと決意していのか。

>>何だよこれ、勇者は死ぬのか? そんなの見たくねえぞ。

>>なんと身勝手な女だ。

>>はぁ?あんた馬鹿じゃないの? 彼女なりに彼を想っての行動じゃない。

>>彼が好きだから突き放したのよ。自分の復讐になんて付き合わせたくないでしょう?

>>それが身勝手だと言ってるんだ。置いて行かれる側の気持ちも考えろ。

>>ち、ちょっと落ち着けって、まだ終わったわけじゃないんだ。

>>問題は、彼がどうするかだ。彼の行動で全ては決まる。

盗賊「……さて、どうすっかな」

盗賊「隣にも昇降機はあるけど、大抵こういう場合って……」カチッ

シーン…

盗賊「はぁ、やっぱりそうだよな……」

勇者『さようなら、盗賊。こんな所まで連れ回してしまって、本当にごめんなさい』
95 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 00:13:19.24 ID:vSgKBSTSO

盗賊「……ごめんなさい、か」

盗賊「ったく、あんな顔して行かれたら追い掛けるしかねえだろうが……」

盗賊「それに、このまま終わったら観客に何をされるか分かったもんじゃない」

盗賊「間に合うかどうか分かんねえけど、とにかく走るしかねえな。待ってろよ、ステラ」


>>よし、行け!

>>頼む、間に合ってくれよ……

>>これこそ身勝手じゃない。せっかくの決意が無駄になるのよ?

>>そんなに彼女の死が見たいのか?そんなものは糞食らえだ。

>>ああ、男なら追い掛けて当然だ。ここで行かなきゃ男じゃねえ。

>>何それ、馬鹿じゃないの……

>>でも、勇者様も本当は盗賊さんに追い掛けて来て欲しいんだと思う。

>>やれやれ、女ってのは本当に面倒な生き物だな。

>>そうね。女ってこういう時に限って面倒なことをするもなのよ。許してあげて?

>>しかし間に合うだろうか? 相当高いぞ。

>>応援しよう。彼には我々の声など届いていないだろうが、最後まで……

>>ああ、そうだな。俺達に出来るのは、それしかない。
96 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 00:19:16.28 ID:vSgKBSTSO

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勇者「……もうすぐね」

盗賊『……馬鹿なこと言うな。キミは確かに此処にいる。勇者じゃないキミを、オレは知ってる』

勇者「……名前くらい聞いておけば良かたかもしれないわね。でも、これで良いのよ」

勇者「だって、彼には彼の、私には私の人生があるんだもの。そう、これで良かったのよ……」


>>言い聞かせてるだけじゃないか……

>>やっぱり、本当は離れたくなかったんだな。

>>そんなの当たり前でしょ?

>>きっと、ずっと悩んでいたのね……

>>復讐は虚しいと分かっていても、か。

>>彼女が失ったものを考えれば、これは当然の結果なのかもしれないわね。

>>だが、彼は納得しない。きっと、今この瞬間も必死に走り続けているだろう。


カラララ…ガシャン…


勇者「………詩人」

詩人「勇者、よく来てくれた。私はこの時を待ちわびていたよ」
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/13(金) 12:44:08.15 ID:d831zPKJ0
乙ー、待ってるでー
98 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 20:15:51.74 ID:49Meau1rO

※※※※※

私は明日の今も、君を想っていることだろう。

この心が喪失の牙に砕かれようと、君との思い出は決して砕けはしない。

燦然と輝く君の姿が翳ることはなく、何者もその輝きを冒すことは出来ないのだ。


嗚呼、世界に愛された君よ、愛をくれた君よ。

何度日が昇ろうとも、私に夜明けが訪れることはないだろう。

朝は目の眩む夜に過ぎず、夜は夜明けなき夜の始まりに過ぎないのだ。


嗚呼、万物に愛された君よ。私が愛した君よ。

この世界に君がいないのなら、君のいる世界を創らなければならないだろう。

私の創造する世界は紛い物だが、君への愛が本物であることは確かなようだ。


嗚呼、世界を愛した君よ。私は世界を憎んだ。

偽りの世界で夢に埋もれた私は、今や悲しき夢の玩具と成り果ててしまった。

あの日に君と見た夕陽の面影が、今日も無機質な空の上で揺らめいている。

ただ、あの夕陽が沸き上がらせる想いだけは、偽りの世界で唯一の真実なのだ。



ーー作者不明の創作集 11

99 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 20:25:05.67 ID:49Meau1rO

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勇者「………詩人」

詩人「勇者、よく来てくれた。私はこの時を待ちわびていたよ」

勇者「それは奇遇ね。私もこの時が来ることをずっと待っていたわ」ダッ

ガキンッ!

勇者「(ッ、硬い。剣が刃毀れしてる。あの体は何? まさか、本当に機械なの?)」

詩人「見掛けによらず手が早いな。もう少しお喋りをしたかったんだがね」

勇者「ふざけないで!今更話すことなんてないわ!」

詩人「まあ、落ち着きたまえ」

詩人「今の君に私を倒す術はない。それはもう分かっているはずだ」

詩人「何なら満足するまで斬り付けても構わないが、その場合は剣が折れるだけで時間の無駄だ」

詩人「君が折れるか、剣が折れるか。どちらにせよ、今の君に選択肢はない」

勇者「……あの時と何も変わってないわね。一切歳を取ってない。あなたは、何?」
100 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 20:28:43.47 ID:49Meau1rO

詩人「それを説明するには少々時間が掛かる」

詩人「少しばかり長くなるが、私の話を聞いて欲しい。そうすれば、私を殺す術を教えると約束しよう」

勇者「あなたにそんなことを言われても信用出来るわけがないでしょう。話す前に教えなさい」

勇者「そうすれば、小話だろうが歌だろうが幾らでも聞いてあげるわ」

詩人「いいだろう」スッ

ゴゴゴ…ガゴンッ!

勇者「……台座? っ!?」

勇者「(あの台座に乗っているアレは何? まさか、人間の脳? っ、気味が悪い……)」

詩人「驚いたかね? これが、私だ」

詩人「気分を害したのなら申し訳ない。これは私の脳だ。劇場都市の全機能を司っている」

詩人「これを破壊すれば、この私は勿論、劇場都市全ての機能が停止する」
101 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 20:32:10.27 ID:49Meau1rO

勇者「何よ、それ……あなたは何なの……」

詩人「ああ、これは済まない。そう言えば、まだ名乗っていなかったね」

詩人「では、自己紹介するとしよう。私はカンヴァス。カンヴァス・ストラスバーグだ」

勇者「カンヴァス・ストラスバーグ……カンヴァス演技法……演技の、神様……」

詩人「止してくれ、それは遠い昔の話だ」

詩人「しかし、君のような今時の役者が私を知っているとは意外だな。光栄ではあるが」

勇者「そ、そんなの嘘よ。だって、彼はもう百年も前に死んでいるはずだもの」

詩人「いいや、死んではいない」

詩人「……まあ、生きているとも言えないがね。半死半生とでも言っておこうか」

詩人「それより、私は方法を教えたのだ。約束通り、話を聞いてくれたまえ」

詩人「それともう一つ。ここから先は場内アナウンスを使って音声を流す。構わないかね?」

勇者「…………」

詩人「結構。では、少し付き合ってくれたまえ」

詩人「時に、人は最も大切な人を喪った場合、どんな行動に出ると思うかね?」
102 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 20:35:23.69 ID:49Meau1rO

勇者「私のような行動に出るでしょうね」

詩人「確かに。君のように奪われたのなら、復讐という手段に出るだろう」

詩人「もしそうであれば、私もそうした。しかし、喪った場合はどうしようもない」

詩人「生きる目的も理由も失い、憎む相手もいない。私は恨み言を吐くことしか出来なかった」

詩人「君を怒らせるつもりはないが、憎むべき者がいるというのは幸福なことだ」

詩人「復讐という名の、明確な生きる目的が出来るのだから」

勇者「……生きる目的を与えたとでも言いたいの?」

詩人「いいや、そうではない。ただ単に、目的があるのは幸福だと言っているだけだ」

詩人「私には、それがなかった……」

詩人「そこで最初の問いに戻る。最も大切なものを喪った場合、人はどうするのか?」

詩人「大抵は悲しみに暮れる」

詩人「或いは思い出に浸り、或いは酒に溺れ、或いは傷が癒えるまで時間に身を任せるだろう」
103 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 20:38:00.71 ID:49Meau1rO

詩人「最悪の場合は、後を追う」

勇者「…………」

詩人「しかし私は、その中のどれも選択することはなかった。受け入れ難かった」

勇者「その時に死んでいた方が幸せだったでしょうね。少なくとも、今よりは」

詩人「確かにそうかもしれない」

詩人「あの時に彼女の後を追っていれば、こんな夢を見ずに済んだだろう」

勇者「……だったら、何の為にこんな都市を造ったの? 何の為に、私を……」

詩人「この都市は彼女の夢を見る為に造った。いや、そもそも都市などではなかった」

詩人「この場所を見つけた者達が勝手に住み着いたに過ぎない。最も、拡張したのは私だがね」

勇者「都市の成り立ちは分かったわ。もう一つの質問に答えなさい」

詩人「何故に君を、か? ふむ、それについて簡潔に説明するのは非常に難しいな……」

勇者「さっさと答えなさい。私は早く終わらせたいの。出来るだけ手短に話して」
104 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 20:40:10.34 ID:49Meau1rO

詩人「……こんな私にも恋人がいてね」

詩人「彼女の名はスサナ・ホリツォント。生涯でただ一人、私が愛した女性だ」

詩人「私は彼女を喪った後にこの都市を造った。その理由は、先程言った通りだ」

勇者「……死んだ恋人の夢を見る為だけに、この都市を造ったって言うの? 演劇もその為に?」

詩人「ああ、その通りだ」

詩人「悲劇も喜劇も、全てはその為だけに創作したものだ。勇者という、終わりなき物語も……」

勇者「……狂ってる」

詩人「ああ、そうだろうとも。そうでなくては、こんな様にはなっていない」

詩人「私は夢を見るだけで良かったのだ。しかし、予想だにしないことが起きた」

詩人「それが君だ。君は彼女と瓜二つ。いや、生き写しと言ってもいいだろう」

勇者「……そんなことを言われても、ちっとも嬉しくないわ」

勇者「大体、そのことと私の家族を奪ったことに何の関係があるって言うの」

詩人「あの区画一体を燃やすように指示したのは、確かに私だ。私が、君を生かすよう指示した」
105 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 20:42:41.47 ID:49Meau1rO

勇者「私を、生かした……?」

詩人「そう、全ては意図して作られた運命。あの悲劇は、この時の為に作ったシナリオだ」

勇者「……何よ…それ……」

勇者「あなたは何がしたいの!? 死んだのよ!両親も友達も近所の人も!」

勇者「演技でも演出でもなく、本当に死んだの! 皆、あなたに殺された!」

詩人「そんなことは言われるまでもなく分かっている。故に、私は君に裁かれなくてはならない」

詩人「私は君に裁かれる為に此処に立ち、君は私を裁く為にそこに立っている」

勇者「……私に殺される為に、その為に、私から何もかも奪ったって言うの」

詩人「………ああ、そうだ」

詩人「スサナに殺されるなら私は本望だ。彼女の手で、私は彼女の下へ逝く」

勇者「私はスサナなんて女じゃないッ!!」

勇者「私はそんなことの為に、あんたの自己満足の為に生きてるわけじゃない!!」
106 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 20:45:51.50 ID:49Meau1rO

勇者「私は、あんたの為に生きてるわけじゃない!」

ガキンッ!ガキンッ!

詩人「そうか。ならば何故、君は此処に立っているのかね?」

勇者「これは私の意志よ!」

詩人「違う。君は私の用意した道を歩んできた。作られた運命を、自分の宿命と信じて……」

勇者「違う!違う違う違う!!」

ガキンッ!ガキンッ!ガキンッ! パキンッ…

詩人「………気は、済んだかね?」

勇者「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

勇者「全部、全部仕組まれてたって言うの……私の人生、これまでの全て……」

詩人「その通りだ。あの悲劇を引き起こし、君を此処に導いたのは、この私だ」

詩人「その為に君を鍛え、演技を教えた」

詩人「終わりの勇者は、スサナの現し身である君でなければ成立しないのだから」
107 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 21:44:07.49 ID:49Meau1rO

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勇者『これは私の意志よ!』

詩人『違う。君は私の用意した道を歩んできた。作られた運命を、自分の宿命と信じて……』

盗賊「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

盗賊「ったく、お喋りな神様だな。説明もやりすぎると飽きられちまうぜ……」ダッ

勇者『違う!違う違う違う!!』

勇者『全部、全部仕組まれてたって言うの……私の人生、これまでの全て……』

詩人『その通りだ。あの悲劇を引き起こし、君を此処に導いたのは、この私だ』

盗賊「はぁっ!はぁっ!ふざけんな……」

盗賊「んなわけあるか。あってたまるか。お前に、そんなこと出来るわけねえだろうが……」

詩人『その為に君を鍛え、演技を教えた』

詩人『終わりの勇者は、スサナの現し身である君でなければ成立しないのだから』

盗賊「はぁっ!はぁっ!はぁっ! ッ」ガクンッ

勇者『……嘘よ』

詩人『嘘ではない。君は虚構の人生を歩んで来た憐れな存在、神に操作された人形に過ぎない』

詩人『そう、人形に過ぎないのだよ。喪失も復讐心も、全ては私によって作れたれたシナリオ』

詩人『事実、君はその通りに生きた。そして、私の思惑通り、君は此処に立っている』
108 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 21:47:36.15 ID:49Meau1rO

詩人『君は思惑通り、そこ立っている』

詩人『……機械仕掛けの狂った神、その意のままに……』


>>酷い。こんなの、あんまりよ……

>>何てことだ……

>>何してんだ、あの台座を壊せば終わるんだろ?

>>彼女には見えていないんだよ。突き付けられた事実に押し潰されているんだ。

>>お、おいおい、勇者が動ないぞ。これ、どうなるんだよ……

>>茫然自失。あんなことを言われて耐えられるわけがない。しかし、このままでは……


盗賊「……ざけやがって。言って良いことと悪いことってのがあんだろうが」

盗賊「全部が全部、お前が定めたことだって言うなら。オレが全部変えてやる」


>>盗賊……

>>ずっと走っていたのか。もう、立つのもやっとじゃないか……

>>でも、あいつなら、あいつならきっと何とかしてくれる。あいつは、まだ諦めてない。
109 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 22:02:32.20 ID:49Meau1rO

詩人『どうした、何を呆けている』

詩人『立て、勇者。君には私を殺す義務がある。さあ、私を殺し、幕を降ろせ』

勇者『…………』

詩人『……やれやれ、君は役者失格だ。まさか、舞台を途中で投げ出すとはな』

盗賊「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

盗賊「待ってろ、待ってろよ……今行く、今すぐ行くからな……」


>>盗賊さん、頑張って……

>>ッ、もう少しだぞ!頑張れ盗賊!!

>>頼む、間に合ってくれ。どうか、頼む……

>>盗賊、頼む!あの野郎をぶっ飛ばしてくれ!

>>あいつ、何か背負ってないか? よく見えないけど、樽みたいな。

>>ああ、確かに何かを背負っているな。何をするつもりなんだろうか……


勇者『………』

詩人『本当に折れてしまったのか?』

詩人『……何とも脆弱な精神だ。君の復讐心とはその程度のものだったのかね?』
110 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 22:57:55.63 ID:49Meau1rO

勇者「…………」

詩人「……仕方がない。私が楽にしてやろう。その後で、私も彼女の下へ逝くとしよう」

詩人「こんな終わり方は本意ではないが、このままでは物語が終わらないのでね」カチリ

ガキンッ!

詩人「…………」

盗賊「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

盗賊「……どうやら、盗賊の投げナイフは間一髪で間に合ったみたいだな」

勇者「………盗…賊……?」

盗賊「遅くなってゴメンな。これでも急いで来たんだけど、階段が長くてさ」

勇者「何で……」

盗賊「傍にいるって言ったろ?」

盗賊「まさか忘れたわけじゃないよな? まあ、とにかくあれだ。助けに来たぜ、勇者」

勇者「……っ!!」ダッ

ギュッ…

盗賊「……大丈夫、もう大丈夫だよ」

盗賊「もう何も心配要らない。後はオレが何とかする。だから、此処で待っててくれ」
111 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 23:26:49.68 ID:49Meau1rO

盗賊「大丈夫……」

盗賊「なわけねえよな。後はオレに任せて休んどけ。何があっても此処から動くなよ?」

勇者「(……幻なんかじゃない。本当に、本当に来てくれたんだ)」

盗賊「ふ〜っ、こんだけ高いと流石に冷えるな。そうだ、これ羽織っとけよ」バサッ

勇者「えっ…あ、ありがとう……」ギュッ

盗賊「それから、これも預かっといてくれ。こんなの背負ってたら、まともに戦えないからさ」

勇者「これは……」

盗賊「ま、それは後のお楽しみってやつさ。んじゃ、行ってくるよ」ザッ

勇者「………っ、お願い、無茶はしないで。あなたまでいなくなったら、私……」

盗賊「大丈夫さ。悲劇なんて起きやしないよ」

ザッ…

詩人「…………」

盗賊「悪い悪い、待たせちまったな。いや、待っててくれたのか」

盗賊「ともかく、お目に掛かれて光栄だよ。偉大なる演出家、カンヴァス・ストラスバーグ」

詩人「……名も知らぬ盗賊よ、お前は何者だ」

盗賊「オレ? オレは、そうだな……アル・レッキーノ。アルって呼んでくれ」
112 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/13(金) 23:50:11.58 ID:49Meau1rO

詩人「アルレッキーノ……」

詩人「確か、即興演劇の道化師がそんな呼び名だったな。全くふざけた名前だ」

盗賊「まあまあ、そう言わないでくれよ」

詩人「盗賊であり道化師よ、お前は何の為に此処へ来た。私から何を盗む」

盗賊「それは勿論、この演劇の結末さ」

詩人「私がそれを許すと思うか?」

盗賊「……なあ、もう芝居は止めようぜ? あんた、オレを待ってたんだろ?」

詩人「………何を馬鹿な」

盗賊「あんたには無理なんだよ」

盗賊「惚れた女に手を汚させるなんて、あんたには出来やしない。勿論、殺すこともな」

詩人「…………」

盗賊「あんたは都市そのものだ。オレが見えないはずがない。あんたは時を計ってたんだ」

盗賊「長々と喋って時間を稼いで、オレが来る絶好のタイミングで銃を構えた。違うかい?」
113 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 00:22:49.88 ID:HgacaIE4O

詩人「馬鹿馬鹿しい」

詩人「妄想もそこまで行くと傑作だな。だが、その想像力は褒めてやろう」

盗賊「お褒めに与り光栄だね。なら、妄想ついでに聞いてくれよ」

盗賊「あんたが言ってたことはデタラメだ。彼女の人生を操ってたなんて流石に無理がある」

詩人「ほう、根拠はあるのかね?」

盗賊「根拠なんてないさ。けどな、あんたはそんなことが出来るような男じゃない」

盗賊「あんたが如何に優れた脚本家だろうと、他人の人生丸ごと操るなんて不可能だ」

盗賊「あんたはステラに殺されたいが為に、彼女を追い詰めた。でも、それも失敗した」

盗賊「それ以前に、彼女を前にして迷ってた。本当にこれで良いのか、ってね」

パンッ!

盗賊「………そうかい。これが、あんたの答えなんだな」

詩人「世迷い言は聞き飽きた。お前を殺し、彼女を殺し、その後でスサナの下へ逝くとしよう」

盗賊「偽物の世界じゃ、世迷い言こそ正論さ」

詩人「口だけは達者だな」

盗賊「生まれつき口先は良いんだ。その代わり、手癖は悪いけどね」
114 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 00:55:19.10 ID:HgacaIE4O

詩人「……結末を盗むと言ったな」

盗賊「ああ、盗んでやるよ。あんたが迎えようとしてる、悲しい結末をな」

詩人「出来るものなら、やってみろ」

盗賊「ああ、陰気なトラジェディを飛びっ切りのファルスにしてやるよ」ダッ

詩人「品の無い喜劇など願い下げだ。お前には此処で退場して貰う」

パンッ!パンッ!

盗賊「ぐっ…」ガクンッ

詩人「……散々息巻いて、その程度かね。道化師には相応しい最後だな」

勇者「っ、盗賊!!」

盗賊「大丈夫さ。こんな豆鉄砲じゃ止まらねえよ。それに、今ので弾切れだろ?」

詩人「!!」

盗賊「あんたは気付いてないだろうけどさ、ハートにヒビが入ってるぜ?」ジャキッ

ズギャッ!

詩人「………そうか、斬り付けられて脆くなっていたのか」

詩人「フッ、そうか、そうだったのか。全く気付かなかったよ」

詩人「生身と違って、機械の体というのは、どうも痛みに鈍いらしい……」ドサッ
115 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 01:37:36.19 ID:HgacaIE4O

盗賊「鈍いのは機械の体だからじゃない」

詩人「?」

盗賊「あんたは、ずっと傷付いてたんだ。これ以上ないくらいに傷付いてたのさ」

盗賊「痛みを痛みと思わない程にね……」

詩人「……面白いことを言う男だな」

タッタッタッ…

勇者「と、盗賊、大丈夫なの?」

盗賊「これくらい何ともないさ。それより、あれを持ってきてくれないか」

勇者「でも、止血しないと……」

盗賊「頼む。彼には時間がないんだ。あれがないと、この劇は終わらない」

勇者「………分かったわ」

詩人「何を、するつもりだ? あれを壊せば、終わると言うのに……」

盗賊「劇場都市の機能停止か? その程度のラストシーンじゃ観客は納得しない」
116 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 01:44:33.59 ID:HgacaIE4O

詩人「……手厳しいな」

勇者「持ってきたわよ。でも、花火なんてどうするの?」

盗賊「こうすんのさ。ちょっと離れてな」ジュッ

ジジジッ…ドンッ! ガラガラ…

勇者「っ、ちょっと何してるのよ! 西側の天井パネルが崩れ……」

詩人「…………君には参ったよ。降参だ」

盗賊「どうだい? 綺麗だろ?」

詩人「ああ、そうだな……」

詩人「あんなにも美しい夕陽を見たのは、あの時以来かもしれない……」

盗賊「……見る機会は何度もあった。ただ、あんたは見ようとしなかったんだ」

盗賊「殻に閉じこもったまま、記憶に沈んだ夕陽を眺めることに一生懸命で、本物を忘れてたのさ」
117 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 01:50:58.79 ID:HgacaIE4O

詩人「……そうだな。そうかもしれないな」

詩人「私は失ったものばかりを、追い続けて、いたんだろう。夢も、記憶も」

勇者「…………ねえ」

詩人「?」

勇者「その、さっき盗賊が言っていたのは本当なの?」

詩人「ああ、本当だよ」

詩人「あの一画を燃やすように指示したが、君を狙ってのことではない」

詩人「見苦しい言い訳にしか、ならないがね……」

勇者「…………」

詩人「しかし、命を奪ったことに変わりはない。私は咎人だ、裁かれなくてはならない」

勇者「なら、私に演技を教えたのは? あれは何だったの?」

詩人「…………最初は彼女を重ねていた。だが、次第に、次第に私は……」

勇者「しっかりして。お願い、最後まで話して」

詩人「可笑しな話だが、我が子のように思えた。私と彼女の子供のように、思って…いたよ……」

詩人「……君がオーディションを通過した時は、本当に嬉し…かったなぁ……」
118 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 01:59:44.56 ID:HgacaIE4O

勇者「…………っ」

詩人「……君に頼みが、ある、んだ」

勇者「っ、なに?」

詩人「私を、終わりにしてくれないか?」

勇者「………分かったわ。あれを壊せばいいのね」

詩人「ああ、そうだ。それで、劇場都市の機能は停止する……」

詩人「そして、君が、本当の意味で、終わりの勇者になるんだ」

盗賊「あのさ、これもシナリオ通りだなんてことはないよな?」

詩人「………さあ、どうだろうね」

盗賊「…………」

勇者「まさか崩壊したりしないでしょうね?」

詩人「……フフッ、そんなことはないよ。あれは、ハッタリ。口から出任せだ……」

勇者「まったく、大した役者ね。分かったわ。私が止めてくる」

詩人「……ありがとう、ステラ。こんな私を救ってくれて、本当にありがとう」

勇者「………いいのよ。さようなら、ーーーー」
119 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 02:20:56.67 ID:HgacaIE4O

>>>>

勇者「……あれで良かったのかしら」

盗賊「ああ、あれで良かったのさ。彼も笑ってただろ?」

勇者「……ええ、そうね」

盗賊「どうした? 泣きたきゃ泣いていいんだぜ?」

勇者「うるさいわね。絶対に泣かないわよ。それより……」

盗賊「ん、どうした?」

勇者「……夕陽、とっても綺麗ね」

盗賊「ああ、そうだな……」

>>良し、二人共いたぞ!

>>あら、これは素敵なシーンだわ……

>>ステラさん、是非インタビューさせて下さい!

勇者「これは劇だったのかしら?」

盗賊「全部本物さ。あの夕陽も、彼の最後も、キミの今も、全て本物だよ」

勇者「そうね。ありがとう……」

盗賊「いいって。それよりほら、記者が首を長くして待ってるぜ? 行って来いよ」
120 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 02:54:25.47 ID:HgacaIE4O

勇者「ええ、そうするわ」

勇者「じゃあ、ちょっと待ってて? 怪我してるんだから、じっとしてなさいよ?」

盗賊「分かってるさ。此処で待ってるよ」

勇者「……また後でね。絶対よ?」

盗賊「分かったってば。ほら、皆は主役をお待ちかねだ。早く行ってやれよ」

>>ステラさ〜ん、写真お願いします!

勇者「あっ、はい。今行きます!」

>>あの、勇者を演じての感想をお願いします。盗賊役のアルさんは後ほど……

>>劇場都市はこの先どうなると思いますか?

勇者「…………」クルッ

ふと、さっきまで座っていた場所を振り返ると、彼は忽然と姿を消していた。

分かっていたのに、覚悟していたのに、涙が溢れて止まらない。

名前を叫ぼうにも、私はまだ彼の名前さえ知らないことに気が付いた。

何と罪深い男だろうか。

あれだけのことをしておきながら、挨拶の一つもなしに行くなんて薄情だ。

そんなことを考えながら彼がいた場所に向かうと、何かがあった。

視界は涙でぐちゃぐちゃなのに、それは妙に鮮明で、やけにはっきりと見えた。

置いてあったのは手紙。手紙というより、書き置きのようなものだった。

そこに書いてあったのは、一言だけ……




      宣言通り
    
   終わりの勇者 の終わり
          
     頂戴しました


ではまた、夕陽の見える舞台の上で会いましょう
121 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 02:56:26.87 ID:HgacaIE4O
終わりです。
おそくなりましたが、最後まで読んでくれて本当にありがとうございました。
122 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 11:23:09.75 ID:n3VQXceGO

劇場都市を変えた伝説の男……

彼が、劇場都市に帰って来る!

観客は勿論、勇者のハートさえも盗み出した盗賊が、今、この都市に舞い戻った。

勇者役はこの人以外にあり得ない。皆様ご存知、あの方です。


そう! ステラ・カデンツァ!


十代の頃に演じた勇者役でスターの地位を確立、人気を不動のものとた大女優であります。

一時期引退説が囁かれたものの、それ以後も数々の舞台で賞を受賞したスターの中のスター。

まだ二十代でありながら大スターとなった彼女の勢いは、未だ留まることを知りません!

彼女の役作りは正に必見、あの頃を超える演技を見せてくれることでしょう。


盗賊役は新進気鋭、期待の若手であります!

誰かって? それは公開までのお楽しみ。

きっと貴女も、そして貴男も、誰もが彼の虜になることでしょう。

迫力のアクションシーンは勿論のこと、勇者が淡い恋心を抱くシーンは正に必見!

今宵、二人は星空の下で遂に結ばれる………

再現不可能と言われたあの日の物語を、証言を基に完全再現!

皆様、是非期待してお待ち下さい!



主演 ステラ・カデンツァ

原作原案・脚本演出 カンヴァス・ストラスバーグ



ーー盗賊と終わりの勇者 近日公開!!!

※皆様、生まれ変わった劇場都市を、是非是非ご覧下さい。

123 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 13:31:29.33 ID:h8e8NYyfO

勇者「はぁ……」

美粧「どうしたんですか? 舞台前に溜め息吐くなんて珍しいですね」

勇者「あなた、これを見た?」ピラッ

美粧「それは宣伝広告ですよね? あ、ポスターまで付いている。これが何か?」

勇者「何かじゃないわよ。全く、好き勝手書いてくれちゃって、流石に煽りすぎだわ」

美粧「それだけ期待してるんですよ。何せ、伝説の舞台ですからね!」

勇者「ち、ちょっと、あなたまでそんなこと言わないでよ。私だって人間よ? 緊張するわ」

美粧「ふふっ、ごめんなさい。でも、本当に大丈夫なんでしょうか……」

勇者「大丈夫って、何が?」

美粧「……私、あの舞台を見ていたんです。今の劇場都市になる前の、劇場大通りで」

勇者「………そうだったの」

美粧「お芝居のことは分かりませんけど、彼以外に盗賊を演じるなんて不可能だと思うんです」

美粧「あの日に彼が見せてくれた盗賊は、格好良くて情熱的で、それでいて掴み所がなくて……」

美粧「口では表現できない不思議な魅力がありました。とっても輝いて見えたんです」

勇者「(それはそうよ、彼は本物だったんだから。とは言えないわね……)」
124 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 13:35:44.69 ID:h8e8NYyfO

勇者「あなた、彼のファンなの?」

美粧「はい、今でも枕元に写真を置いて寝てますよ!」

勇者「……はぁ、そんなんじゃ苦労するわよ? 幾ら待っても来やしないんだから」

美粧「へっ?」

勇者「コホンッ、いえ、何でもないわ」

美粧「?」

勇者「……はぁ、やっぱり気が重いわね」

美粧「ご、ごめんなさい。本番前にあんなことを言ってしまったから……」

勇者「いいのよ。だって、私もそう思うもの。彼以外に、盗賊役は有り得ない」

勇者「完全再現なんて書いてるけど、彼がいなければ再現も何もあったもんじゃないわ」

美粧「……あの、一つ訊いても良いですか。ずっと気になってたことがあるんです」

勇者「彼を好きかって?」

美粧「は、はい。だって、あの舞台の時のステラさんは、何というか、とっても女の子でしたから……」

勇者「あら、失礼ね。今は女の子じゃないって言いたいの?」
125 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 13:44:36.08 ID:h8e8NYyfO

美粧「そ、そんなことないですっ!」

勇者「冗談、冗談よ。でも、そうね……」

勇者「今も彼を想ってるわ。きっと、明日の今も……彼を想わない日なんてないと思う」

勇者「彼はそれくらい大きなものを、たった二日の間に私に与えてくれたの」

美粧「……彼は、何をくれたんですか?」

勇者「生きる目的ってやつかしら。それが、私が舞台に立ち続ける理由でもあるわ」

美粧「舞台立ち続ける、理由……」

勇者「彼と約束したのよ。舞台の上で、また会いましょうってね」ニコッ

美粧「(……可愛いなぁ)」

勇者「じゃっ、そろそろ行ってくるわ。ま、この舞台はコケるでしょうけど」

美粧「はい。って、えっ!?」

勇者「それじゃ、またね……」

美粧「あ、ちょっと待って下さい。衣装のポケットに何か挟まってますよ?」

勇者「………紙切れ? っ!!」ダッ

美粧「えっ、ちょっとステラさん!? どこに行くんですか!?」

ヒラヒラ…

美粧「?」カサッ




真実の夕陽
      貴女の訪れ
            心よりお待ちしております




追記。ステラ、遅れてゴメン
126 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 13:51:33.05 ID:h8e8NYyfO
蛇足っぽいですが、これで終わります。
指摘や質問、感想などありましたら、是非お願いします。

127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/14(土) 15:58:58.88 ID:8pllZEl6O
乙 懐かしかった
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/14(土) 18:04:16.81 ID:zyHBYhmrO
読者ウケは悪いのか……
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/14(土) 21:59:44.09 ID:wu1VKe2fO
設定作り込んでもウケない時はウケないよ
130 : ◆IULkuZ.Noal. [saga]:2017/10/14(土) 23:34:01.08 ID:sowlj72BO

このSSは熊倉裕一先生の作品、王ドロボウjingに影響を受けて書いたものです。

長らく休載しておりますが、私は今でも連載再開を願っています。

最初は二次創作で書こうと思っていましたが、あの漫画の雰囲気を再現するのはとても難しいので、このような形にしました。

主人公の性格は、漫画の主人公、ジンとキールを足したような感じにしました。

これを読んで少しでも王ドロボウに興味を持って頂けたら幸いです。気になる方は、是非、読んで見て下さい。

色彩都市、夢の世界、恋愛税、服が人を着る都、文法の戦争、歌う兵器、どれも素晴らしい発想で、とても面白い作品です。

台詞回しや言葉遊びも独特であり、どのキャラクターも魅力的です。

王ドロボウjingに登場するキャラクターや都市の名前は、全てお酒やカクテル、それらに関係しているものからとられています。

ジン、キール、グラッパ、エギュベル、ロゼ、カシス、アニゼット、カンパリ、キルシュ、ステア等々……

それを真似て、このSSの登場人物は演劇に関係するものを採用しました。

カンヴァスの技法は、メソッド演技法から。ストラスバーグはその演技法を確立した方です。

ステラは、ストラスバーグと演技法を巡って意見を違えた女性、ステラ・アドラーから。

アル・レッキーノは笑劇の道化師、アルレッキーノから。

スサナ・ホリツォントのホリツォントは幕や背景のこと。ホリゾントとも言うらしく、意味は無限の空だったか何かだったと思います。

途中途中に入れた資料や詩のようなものも、この漫画を真似て書いたものです。

他にも色々真似して、どうにか雰囲気を近付けて、出来るだけ王ドロボウっぽく書いたつもりです。

とても長くなりましたが、これだけは書いておきたくて、後書きとしました。

同じ名前のSSを数年前に書いていますが、内容はかなり異なるので、最後まで見くれると嬉しいです。

読んでくれた方、本当にありがとうございます。

これが眼に触れることはないでしょうが、熊倉裕一先生の復帰を心より願っています。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/15(日) 07:18:09.72 ID:ikgaJMG5o
乙乙
やはりハッピーエンドはいいものだ
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/17(火) 12:34:14.68 ID:BD2VJDl8O
ちゃんと盗賊と再会したところも頼むよ
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 01:43:49.75 ID:uS5nCHFqO

私は脇目も振らずに走った。

舞台のことなどすっかり忘れて、そこを目指した。かつて私が勇者ではなくなった場所へ、彼が勇者の終わりを盗んだ場所へ。

(いつぶりかしら、あそこに行くのは)

あの日、彼に肩を寄せて見た夕陽以降、私は夕空を見上げなくなった。あの一夜限りの奇跡、古傷が痛むような感覚を遠ざけた。

決して戻ることのない人を待つのは止めようと何度も思った。奇跡を願う自分なんて嫌だった。

劇的で奇跡的で運命的な再会だなんて、演劇の世界にしか有り得ないのだから。

「例えそうだとしても、よ」

それなのに、こんな小汚い紙切れに書かれた文言一つで私はこんなにも感情を乱され、奇跡を期待して、何もかもを放り出して全力で走ってしまっている。

今更ながら誰かの悪戯かもしれないと考えた。待っているのは期待はずれの結末に違いないと。

「そんなのは嫌」

そうよ、そんな風に思いたくない。

長い長い階段を、あの日の彼がそうしたように息を切らして走り続ける。

何度も立ち止まっては息を整え、また走り出す。確実に歩みが遅れていくのを感じる。上を見ると足取りが更に重くなる。

それでも期待に胸を弾ませて走り出す。根拠はないけど確信がある。

私は会えると信じてる。だから会える。この扉を開ければ、きっと、そこに……
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 01:47:43.07 ID:uS5nCHFqO

風が吹いた。

そこには、あの日と同じ美しい夕陽があった。

いえ、違う。あの日とはまるで違う。だって、この夕陽にはあの日の憂いがない。目の眩むような陽光は相変わらずだけれど、何もかもが違う。

だって、今はそこに

「えっと、大丈夫?」

今はそこに、あの時のあの場所に、彼が立っている。あの日、私の前から姿を消した場所に。

「はぁっ、はぁっ、だ、大丈夫よ!」

「だって息切れしてるし、ていうか何でわざわざ階だ…んむっ!?」

自分の行動すら制御出来ないまま唇を奪った。あの瞬間から止まった私の全てが突然動き出したらしい。

何より、彼の涼しげで余裕綽々な顔を少しでも崩してやりたかったんだと思う。だって悔しいし。

「君ってこんなに情熱的だったっけ?」

「黙りなさい。それよりまず私に言うことがあるでしょう」
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 01:51:39.97 ID:uS5nCHFqO

「あ〜、うん、ごめん」

「ふ〜ん、あぁそう、それだけなのね。こんなに待たせておいて」

「いや、その、実はちょくちょく様子を見には来ていたんだけどさ」

「はあぁ!? それならさっさと会いに来なさいよ!!」

「ち、ちょっと待ってくれよ!! 怒るのは分かるけど、こっちにだって理由はあるんだぜ!?」

「理由って何よ!? 余所で何か盗んでたとかじやないでしょうね!?」

「違うって、いや、違うくはないけど。とにかく、中々良いのが見付からなくてさ」

「話が見えないんだけど……」

「まあ聞いてくれよ。君に似合うと思ったものを届けに来て、折角だから芝居を見た後に渡そうと思ったんだ。で、芝居を見終えると君が前にも増して素敵になってるもんだから、持ってきた物が途端に安っぽく見えてきてさ」

「で?」

「そりゃあ探したさ、あっちこっちに行って、今の君に相応しいものをね」

「それにしたって顔くらい見せなさい」

「こっちにも意地があるからね」

「はいはい、それで? ようやく顔を見せたって見つけたのよね?」

「いや、見付からなかった。そんなものは、最初からどこにもなかったんだ」
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 01:54:00.11 ID:uS5nCHFqO

「散々待たせといて……」

「あの、睨まないでくれます?」

「あぁ、そうね、ごめんなさい、勝手に期待した私が悪かったわ。だってそうよね、これは現実、お芝居ではないもの。こうして会えただけでも私は」

「話はまだ終わってない。今考えて見れば、見付からないのは当然のことだったんだ。俺が盗賊なのは知ってるだろ?」

「嫌ってほどにね」

「俺は欲しいものを手に入れてきた。どんなこがあっても必ずね。ずっとそうしてきた。誰かに何かを与えるなんて柄じゃなかったんだ」

「どうやらそうみたいね。それで?」

「君が欲しい」

「………は?」

「俺と一緒に来てくれないかな。君と世界を見たい。俺を君の世界にいさせて欲しいんだ」

「ち、ちょっと待ってよ、理解が追い付かない」

「ダメ?」

おねだりする少年のような表情にぐらっと来たことに腹が立つ。絶対分かってやってるし。

「そんこと急に言われたって……それに私、これからお芝居があるし……」

「大丈夫」

「へ?」

「もう流れてるから、全部。ほら」

彼の指さす塔の下には大勢の観客、黄色い歓声、怒号混じりの祝福、街のあちこちに設置されたパネルには私と彼のやり取りが映っていたに違いない。

「はあぁぁ。あのねえ、あなたも知ってるでしょうけれど今日は舞台初日なの。こんなことしてどうするつもーー」

「今から君を盗む」

137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 09:10:16.89 ID:T+aBlC1BO

「なによそれ」

こういう時って、何で素直に喜べないのかしら。彼が私を物扱いしている訳ではないのは分かっているのに。

「ん〜、それはまあ、欲しいから?」

子供か。でもきっと、あの時もこんな感じで劇場都市に来たんでしょうね。

こんな風に何の欲もなく、唯々純粋に欲しいものを求めて、澄みきった笑みを浮かべて、瞳をきらきらと輝かせて。

「呆れた。欲しいものは何でもそうしてきたわけ? 女性も?」

「誓って、君だけだ」

たとえ嘘だとしても、こうも面と向かって言われると悪い気はしない。と言うか、そんな真面目な顔が出来るなら最初からそうしなさいよ。

「なんで私なの?」

「この世界の何よりも美しいからさ」

「……盗賊とか泥棒って、そんな言い方しかできないわけ? 愛の言葉の一つも言えないの?」

「こう見えて恥ずかしがり屋なんだよ」

そう言って彼は私の手を取り、軽々と抱き上げた。呆気に取られて彼を見上げる私の顔を見て、彼は穏やかに微笑んで見せた。

「うそつき」

「盗賊や泥棒なんて、みんな嘘つきさ」

この時、私は彼の背に翼を見た気がした。何ものにも穢すことの出来ない黒い翼、烏の濡れ羽のような、艶やかな両翼を。
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 09:14:18.51 ID:T+aBlC1BO



盗賊と終わりの勇者





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