ありす「合同ライブ、ですか?」 杏「うへぇ……」

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29 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:39:51.93 ID:vBR8DJ32o
>>28 修正

杏「写真撮影?」

ありす「はい。……奏さんの様子を見て、参考にさせていただこうかと思っていたのですが、うまくいかなくて」

杏「そりゃ見本にするのを間違えたね。あれは参考にはならないよ」

ありす「え? ど、どうしてですか?」

杏「奏は自分の中で自分のやり方を確立できてるからね。そこを参考にしようとしたって上手くいかないよ。速水奏自身に一番向いた撮影方法というか……とにかく、本人じゃないと意味がないようなやり方だから」

ありす「そうですか……」

杏「まあ、奏のそれは極端な例だからあれだけどさ。どうせ参考にするなら文香の方を参考にするべきだったね」

ありす「あの」

杏「なに?」

ありす「だったら、杏さんのはどうなんですか?」

杏「……杏の? いやいや、杏のとか聞いても参考にはならないでしょ」

ありす「試しに、です。調べものをしようとするときは複数の資料を参照するべきでしょう」

杏「情報リテラシーのある小学生だこと……ま、いいけどね。話半分に聞いておくといいよ」

ありす「よろしくお願いします」

杏「んー、じゃあまずは……」

………

……



杏「……こんな感じかな。どう? 参考になった?」

ありす「そうですね。あまりにも違った視点からの話なので、飲み込むまでに少し時間がかかるかもしれませんが……参考にさせていただきます」

杏「そう、なら良かったけどさ」

ありす「はい。あっ、スタッフさんが呼んでる……すいません、ちょっと行ってきますね」

杏「ん、行ってらっしゃい」

タタタッ……
30 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:40:18.91 ID:vBR8DJ32o

杏「ふぅ……」

モバP「どうしたんだ、そんな黄昏れて」

杏「……別に。何でもないよ。プロデューサーはいいの、ありすちゃん行っちゃったけど」

モバP「ああ。あれは向こうのユニットの写真を撮るんだ。速水さんたちの担当が対応してくれてる」

杏「あっそう……」

モバP「それで? 一体何を考えてたんだ?」

杏「……あのさ、プロデューサー」

モバP「なんだ?」

杏「ありすちゃんをさ、最初からあっちで引き受けるって話はなかったの?」

モバP「デビュー時から速水さんたちとユニットをってことか?」

杏「うん。そういう案だってあったんじゃないの? なんだってプロデューサーのところに……」

モバP「俺が直談判したからだ」

杏「……はっ?」

モバP「かなり粘ったよ。そのおかげで担当を任せてもらえたけど」

杏「え、なに、どういうこと?」

モバP「実は彼女のオーディション映像を見てさ、これは是非とも欲しいと」

杏「欲しいって……一体なんで」

モバP「彼女のプロデュースプランはいくつか出てたんだ。杏の言ったように、速水さんや鷺沢さんのようなクールなアイドルとユニットを組ませる案もな」

モバP「ただ、俺は今のこの方向性でプロデュースしたかった」

杏「わざわざありすちゃんをプロデュースしたかった理由は?」

モバP「一目見てピンと来たから。杏と同じ理由だよ。……まあ、それ以外にも丁度良かったと思ったところもあったし」
31 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:41:06.32 ID:vBR8DJ32o

モバP「そろそろ杏にも一押し必要だと思ったんだ。年下、しかも性格の真逆な後輩ができればいい刺激になると思ってさ」

杏「それでありすちゃんを攫ってきたわけ?」

モバP「攫うって人聞きの悪い……」

杏「いや、話を聞いてる限りだとそうとしか聞こえないから」

モバP「いやいや、橘さんにも必要なことだと思ってやったんだからな?」

杏「ええー……?」

モバP「確かに橘さんはクール方面で売り出してもいいと思う。本人もそう望んでる。けど、彼女はまだ幼い」

モバP「影響を受ければそのまま本人の方向性が決まってしまいかねない。自分が憧れるような人が相手だと、特に」

モバP「それだと面白くない。俺は彼女をオンリーワンの個性として成長させてあげたかった。杏みたいにな」

モバP「オーディションの映像を見て、それから面談をして確信した。だから、あえて真逆の性格のアイドルである杏と接させようと考えたんだ」

杏「ふーん……でもさ、その計画って穴があるよね」

モバP「というと?」

杏「杏がありすちゃんと接しようと考えなきゃ成立しないし、ありすちゃんが杏に愛想を尽かしたらそれもまた失敗なわけで。リスクが高すぎない?」

モバP「はは、自分で言うのか。でも、俺はそんな心配はしてなかったよ。杏を信じてるからな」

モバP「まあ、結果として杏は橘さんの面倒を見てくれたし、橘さんも杏からいい影響を受けてるわけだから、作戦は大成功だったわけだ」

杏「……なにそれ」

モバP「まあ橘さんもアイドルとしての自分ってものを段々理解し始めたみたいだから、今回の合同ライブで速水さんと鷺沢さんの二人とユニットを組んでもらったわけだ」

モバP「彼女らが橘さんのイメージ通りなアイドルだったからか多少焦ってはいるみたいだけど、このくらいだったら大丈夫だろ」

杏「……ふーん」プイッ
32 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:42:24.43 ID:vBR8DJ32o

モバP「……ったく、大事な後輩が別のアイドルに懐き始めたからって拗ねるなよ」

杏「――べっ」

杏「……べつに、拗ねてなんていないし。なに考えてるの?」

モバP「見てたら分かるよ。まあ、速水さんも勘が鋭いみたいだし気づいてるんじゃないかな」

モバP「まあ橘さんや鷺沢さんには……いや、鷺沢さんももう気づいてるか?」

杏「いや、だから……」

モバP「まったく、素直じゃないな。天の邪鬼というか……さっきみたいに速水さんたちとのユニットを進めたのも照れ隠しだろ?」

杏「あれは、ありすちゃんの適正を考えてだね。杏みたいなのと組むのはちょっと気苦労が」

モバP「諸星さんにはそんなこと言わないのにな」

杏「きらりは……きらりだし」

モバP「まあどっちにしろ、しばらく君らは組ませたままだよ。二人のユニットが好きだって声も結構上がってるし、本人の意志を重視したいからな」

杏「それは、そうかもだけど。でも、これからも奏たちと組ませた方がいいんじゃないかと」

モバP「いつにないくらい卑屈だな今日は……ったく、そんなに言うなら本人に聞いてみればいいじゃないか」

杏「本人に? 杏が? ユニットを移りたくないかって?」

モバP「そうでもしないといつまで経っても悩んだままだろ」

モバP「……お前が橘さんのことを気遣ってるのは分かるよ。でもそういうことも含めて、なおさら彼女とちゃんと話をした方がいいと思う」

モバP「それに、橘さんのいないところでこんな話をするのフェアじゃない」
33 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:43:27.09 ID:vBR8DJ32o

杏「……分かってるけど、でも」

モバP「肝心なところでへたれるなぁ。まあ、その辺は後でどうにかしよう。とにかく、合同ライブまでそう時間もないんだし、今のうちにしこりは解消しておけよ」

杏「うーい……」

モバP「生返事か、まったく……」

………

……



 〜後日 喫茶店〜

杏「うーん……」ズズズッ

杏「どうしよう……」

奏「人がいるのに無視して考えごとをするのは失礼じゃないかしら?」

杏「そっちが勝手にここのテーブルに来たんじゃん。他にも空いてるところがあるのに」

奏「あら、随分寂しいことを言うのね。私とあなたの仲じゃない」

杏「一体どんな間柄だってのさ……」

奏「それで? 一体何を悩んでいたのかしら」

杏「なんでも。ちょっとしたことだよ」

奏「ありすちゃんのことでしょ」

杏「……」

奏「あなたって、ありすちゃんのことになると途端にわかりやすくなるわね」
34 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:44:34.63 ID:vBR8DJ32o

杏「……はあ。なにが目的?」

奏「いやね、別になにかを企んでるわけじゃないわ。けど、そうね。あえて言うとしたら……」

杏「したら?」

奏「野次馬根性、かしらね」

杏「……はぁー」

奏「大きなため息ね」

杏「面倒なのに捉まったっていう杏の心境だよ」

奏「ひどいわね。せっかく相談に乗ってあげようと思ったのに」

杏「頼んでないけどね」

奏「細かいことはいいのよ。それに言うだけならタダだし、私も今は時間があるの」

杏「タダより高いものはないとも言うけどね」

奏「それで? 昨日の撮影で何があったのかしら」

杏「プロデューサーに、今の内にしこりは解消しておけって言われたんだよ」

奏「で、ありすちゃんにどう話を切り出せばいいのかってことね」

杏「……ま、そゆこと」

奏「どういった内容なのか私は知らないけど、言いやすい雰囲気を作ることが大事だと思うわ。そうすれば案外、するっと言葉が出てくるかもね」

杏「ふーん……」
35 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:45:10.08 ID:vBR8DJ32o

奏「なにか共通の趣味は無いの?」

杏「え? ああ、まあ、あるけど」

奏「なら、そこから話を広げてみるといいんじゃない。いきなり真面目なトーンでいってもお互いに肩が凝っちゃうでしょ?」

杏「……一理ある、けど、どうやってそれに誘うか」

奏「そこから? ……あなたって割と面倒くさいのね」

杏「うるさいやい」

奏「でも、そうね……あなたがそこまで拗らせてるようだったら、もう偶然を期待するしかないんじゃないかしら」

杏「なんか急に投げやりになったね」

奏「結局、あなたのやる気次第ってこと。何事もチャンスだと思えばそうなる。そういうものよ」

杏「うーん」

奏「ほら、どうせ悩むなら事務所で悩みなさい。こんなところに居続けるより、よっぽどチャンスが転がり込んでくる可能性が高いわ」

杏「……うん、そうしてみるよ。あ、それと」

奏「なに?」

杏「ありがと。なんていうか、まともに話を聞いてくれるとは思ってなかったから」

奏「別に、私はあなたたちが不仲になればいいとは思っていないもの。せっかく出来たかわいい後輩と楽しいお友達ができたんですもの。二人の幸せを願うくらい当然でしょ?」

杏「……まったく。余計な言葉が混ざってるよ」ヒョイ スタスタ

奏「ふふ、また何かあったら頼ってくれていいわよ」

杏「はいはい。それじゃあね」

奏「杏」

杏「なに?」クルッ

奏「今度は文香とありすちゃんも一緒に、四人でお茶しましょう」

杏「……ま、気が乗ったらね」

………

……


36 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:46:50.51 ID:vBR8DJ32o

 〜事務所〜

ありす(今日はストロベリィ・キャンディとしてのレッスンの日……ライブまで時間もありませんし、しっかりレッスンしないと)

ガチャ

ありす「おはようございます。……あ、杏さんはもう来ていたんですね」

ありす(私が事務所に入ると、そこには杏さんがいました。私に気づくとひらひら手を振って挨拶を返してくれます)

杏「おはよ。ちょっと野暮用があってさ」

ありす「そうですか。でも、これでレッスンには時間通りに参加できますね」

杏「そうだね」

ありす「……あ、あれ? 杏さん?」

ありす(予想外の反応に、思わず変な声が出てしまう。そんな私を見て、杏さんは怪訝そうな表情を浮かべました)

杏「なに?」

ありす「いえ、いつものパターンだと、めんどくさーい、とか言いながら寝転がるような場面でしたから」

杏「ひどい言われようだけど否定のしようがないなぁ……」

ありす「自覚しているなら直してほしいところですが」

杏「ま、いいじゃん。ほら、そろそろプロデューサーも来るんじゃない? 確か今回のレッスン場所って、前のところだよね。準備はできてるの?」

ありす「もちろんできています。杏さんはどうなんですか」

杏「……あれ、着替えどこやったっけ」

ありす「もう! ほら、探しますよ!」

杏「はーい」

ありす(やっぱりいつもの杏さん……? でも、どことなく違和感もあるような)

ありす(……とにかく、今はレッスンに集中しなくちゃ)
37 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:49:05.19 ID:vBR8DJ32o

………

……



 〜レッスン後〜

杏「お疲れさまー」

ありす「お疲れさまです」

ありす(レッスンが終わり、お互いに声をかける)

ありす(今日のレッスンは順調でした。以前ほど疲れが溜まっている感覚もなく、またレッスン中でも特に目立ったミスなどはありません)

ありす(ただ、ライブ直前のレッスンであることを考えると、もう少し……)

ありす「あの、杏さん。少し、お願いしたいことが」

杏「自主練したいって言うんでしょ? ちょっと物足りなそうにしてたから分かるよ」

ありす「私、顔に出てましたか?」

杏「そんな露骨じゃなかったから安心していいよ。ま、そういうことなら杏もちょっと残って練習するかな」

ありす「えっ」

ありす(おかしな言葉が聞こえた気がしました)

ありす「……あの、失礼します」ピトッ

杏「……なに、急に」

ありす「いえ、熱でもあるんじゃないかと」

杏「なんちゅーテンプレートな反応を」

ありす(気が動転して、杏さんに熱があるのではないかと疑ってしまいました。逆に、私に熱があって幻聴を聞いたのではないかとも)

杏「って違う。杏だって気になるところがあっただけだよ」

ありす「本当ですか?」

杏「本当だよ」

ありす「そうですか……それでは、よろしくお願いします」

杏「はーい」

ありす(そういえば、以前にここに来たときも私は居残りレッスンしてたっけ。あのときは杏さんは後ろで見ていてくれて。でも……今は隣にいるんですよね)チラッ

杏「どうかした?」

ありす「いえ、なんでもありません」

杏「じゃ、始めよっか」

ありす「はいっ」

ありす(不思議な昂揚感を抱えたまま、私は自主練を始めました)
38 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:50:10.61 ID:vBR8DJ32o

 〜二時間後〜

杏「ふぅ……こんなもんかな」

ありす「はぁっ、はぁ……はい、ありがとうございました」

杏「ん。完成度はかなり上がったね。これなら十分本番でも通用するよ」

ありす「そう、ですか? はあ、ふう……それなら、よかったですけど」

杏「時間も時間だし、そろそろ上がろうか。一応門限は伸ばしてもらってるんだっけ」

ありす「はい。プロデューサーさんには悪いことをしてしまいましたけど、お迎えもお願いしてありますし」

杏「そだね。じゃあそれまでここで待って……ん?」プルルルル

杏「はい? プロデューサー? ……へ、また?」

ありす(プロデューサーから電話がかかってきたらしい杏さんは、わずかに顔をしかめます。なにか不測の事態でも起こったのでしょうか)

杏「いや、しょうがないよ。ライブ前だし。うん、そうするよ。え? はーい、分かった」

杏「ん。ありすちゃん、プロデューサーから」スッ

ありす「私ですか? ……はい、お電話代わりました。橘です」

モバP『橘さん? ごめん、ちょっと色々あって迎えに行けそうにないんだ』

ありす「え? そうなんですか?」

モバP『うん……会議が必要な案件が急に出たから、どうしても参加しないといけなくて』

ありす「……いえ、そういうことなら仕方がないと思います。こちらも特に問題ありませんから、プロデューサーはお仕事に集中してください。いえ……」チラッ

ありす「私は杏さんのお家に泊めてもらいますから、迎えは大丈夫ですよ」

ありす(唐突に言ってしまったことですが、聞いていた杏さんも特に反対はないようで小さく頷いていました)

モバP『え、そうかい? 悪いね。俺の方から連絡はいれておくから。それじゃあ、よろしくね』

ありす「はい、分かりました。失礼します」

ありす「杏さん、終わりました。その……すみません。勝手に決めちゃって」

杏「別にいいよ。プロデューサーのあの様子じゃあ中々終わらないだろうし、この後なにか用事があったわけでもないから」

ありす「ありがとうございます。……杏さんのお家に行くのも久しぶりですね」

杏「そだね。んじゃ適当に晩御飯買っていこうか。私たちだけでこの時間に外を出歩いて回るのもね」

ありす「一目見ただけじゃ小学生二人ですからね……」

杏「悲しいことにね。さ、行こうか」
39 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:50:44.55 ID:vBR8DJ32o

………

……



ありす「ようやく、ですね」

杏「だねぇ。ついに負けちゃった」

ありす(夕ご飯を済ませた私たちは、ゲームをしていました。ソフトは前に杏さんの家でやっていたパズルゲーム。つまり、リベンジです)

杏「ずいぶん上達したね。ちょっと驚いたよ」

ありす「あれからダウンロード版を買って練習しましたから」

杏「なるほど、道理で」

ありす「……」

ありす(今回はなんとか勝ちを拾えました。私が練習で上手くなったことは確かで、前回では対応できなかったような局面も対処ができました。けれど……)

ありす「杏さん、やっている最中どこかぼうっとしていませんでしたか?」

杏「え?」

ありす「だって、細かいミスを何度かしていましたから。あれがなかったら、まだ私が勝っていたか分からなかったと思います」

ありす(そう、杏さんはらしくもないミスを何度かしていました。これが勝負の別れ目、というほど致命的なものではありませんでしたが、それが無ければあるいは、というものです)

杏「よく分かったね」

ありす「それだけ上達して、杏さんの様子を窺えるくらいにはなったということです」

ありす「手加減していたわけではないというのは分かりますが、全力の杏さんでないと意味がありません。いったいなにを悩んでいたのですか」

ありす(そのとき、杏さんは珍しい表情を浮かべていました。眉を僅かにしかめて目を伏せ、まるで迷っているかのような、そんな顔)

ありす(少しして、杏さんは手元のコントローラに目を落としながら言いました)

杏「ありすちゃん。今、アイドル楽しい?」
40 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 21:51:38.91 ID:vBR8DJ32o

ありす「どうしたんですか、いきなり」

杏「ありすちゃんが言い出したんでしょ? 何考えてたんだって」

ありす「それは、そうですけど」

杏「で、どう?」

ありす「……楽しいですよ。アイドルとしての仕事にも慣れてきて、色んな経験をさせてもらっていますから」

ありす(杏さんの唐突な質問には驚きましたが、こうして口に出した言葉は本当に思っていることです)

杏「そっか」

ありす「……アイドルにならなかったら、こうして杏さんとゲームをすることなんてなかったでしょうし」

ありす(なんとなく真面目な雰囲気に乗せられて恥ずかしいことを言ってしまう)

ありす(頬が熱くなるのを感じながら横目で杏さんの方を見ると、視線は手元に落としたままでした)

ありす(いつもならからかってくるだろう杏さんが無反応なのを怪訝に思っていると、その口からぽつりと言葉が漏れました)

杏「……ありすちゃん」

ありす「な、なんでしょう」

杏「奏や文香と、ユニット組みたくない?」

ありす「はい? いや、今度のライブでユニット組みますよ」

杏「そうじゃなくて、つまり――これからもってこと」

ありす「……杏さん?」
41 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:01:32.26 ID:vBR8DJ32o

杏「ありすちゃんの今後の方向性としてはかなり合ってるし、相性だっていいでしょ?」

杏「これからのことを考えると、やっぱりそうした方がいいんじゃないかな」

ありす「……杏さん」

杏「経験も色々詰んできたわけだし、次のステップに進んでもいいと思うんだ」

杏「そろそろ正統派に路線変更してさ」

ありす「杏さん」

杏「今度のライブはそれを実感できる場になるだろうし、そういう視点でライブに臨んでもいいんじゃないかな」

杏「かっこいいアイドルっていうのを学べるよ。だから……」

ありす「杏さんっ」

杏「……」

ありす(正直に言えば、どうして杏さんが急にこんなことを言い始めたのか分かりません)

ありす(ただ、いつもの様子でないこの言葉は本心を隠しているように感じられました)

ありす「一体どうしたんですか? 杏さんらしくもない」

杏「かもね」

ありす「……杏さん、話してください。私は新人ですけど、杏さんのユニットメンバーです」

ありす「まだ子供で頼りないかもしれませんが……それでも私になにかできることがあるなら」

ありす(あの杏さんがどんな悩みを抱えているのか、私は知りません。想像もつかないくらいです)

ありす(でも、こうしてその悩みの一端を話してくれたのだから、なんらかの力になりたいと思うのは当然のことでした)

ありす(まだ子供で新人アイドルでも……杏さんのパートナーだから)

杏「……はあー、まいったねこりゃ」

ありす「杏さん……」

杏「分かった、言うよ」
42 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:02:36.46 ID:vBR8DJ32o

杏「杏は、ありすちゃんに新しい道を進んでもらったほうがいいんじゃないかって考えてる」

ありす「……それは、どうしてですか?」

杏「ありすちゃんは杏と組んでるよりも、あの二人みたいなアイドルと組んだ方がより輝けるって思ったからだよ」

杏「杏みたいなのより、ありすちゃんの目指すクールな二人と一緒の方がいいんじゃないかって」

ありす「杏さんはそれでいいんですか」

杏「そりゃあ……杏だけのことじゃなくてありすちゃんの将来に関わることだし。それがいいに決まってるさ」

ありす「……」

ありす(杏さんは、目をそらしました。まるで、隠すように)

ありす(その姿を見ていて……私はちょっとイラッとしました)

ありす(この感情は八つ当たりです。いつもの杏さんらしくないという、私の身勝手な気持ち。だけど杏さんも勝手です)

ありす(ふつふつと湧き上がる感覚に、以前に杏さんにされた仕打ちを思い出しました)

ありす(杏さんは視線を逸らしている……やるなら今、です)

ありす「杏さん」スッ

杏「なに?」

ありす「えい」

ムギュ
43 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:03:32.15 ID:vBR8DJ32o

杏「……んへぇ?」

ありす「えい、えいえい」ムニムニ

杏「ふふぇ、むへぇ」

ありす「予想通りの柔らかさですね。よく伸びます」ミョインミョイン

杏「ひょっ、まっへ……」

ありす「なんて言ってるか分かりませんよ」

杏「もっ……うぇえいっ」ブンッ

杏「なにさ、いきなり!」

ありす「前にやられたののお返しです」

杏「ええ……?」

ありす「忘れたとは言わせませんよ」

杏「いや、確かに覚えてるけどさ」

ありす「それと杏さん、私は今ちょっと怒っています。なぜか分かりますか」

杏「それは、その」

ありす「以前、杏さんにユニットのことで相談したことがありました」

杏「はい……」

ありす「あのとき悩んでいた私に、杏さんは色々話してくれましたね」

杏「はい……」

ありす「今とまったく同じ状況です。覚えていますね?」

杏「いや、だいぶ違うんじゃ……」

ありす「なんですか?」

杏「なんでもないです……」
44 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:04:55.87 ID:vBR8DJ32o

ありす「とにかく、杏さんは色々なことを話して、私とユニットを組んでいる理由を説明してくれました」

ありす「だから、私も同じようにします」

杏「えっ、と、ええ?」

ありす(杏さんは困惑しているようですが、構わず続けます)

ありす「ではまず第一に。奏さんと文香さんに私を混ぜたユニットのことですが」

ありす「確かに私にとって居心地のいいユニットです。お二人とも、とても尊敬できるアイドルです」

ありす「けど、それは相対的にこのユニットの重要度が低いというわけではありません」

杏「んむ」

ありす「二つ、私のアイドルとしての方向性ですが」

ありす「確かに私はクールなアイドルを目指してはいますが、今の活動を続けながらでもそれは可能だと思います」

ありす「そういった仕事も最近では増えてきているのですから、別段特別なことをせずとも大丈夫かと」

杏「むむ……」

ありす「そして三つめ、一番重要です」

ありす「杏さんは……私の意思を無視しています」

杏「……それは」

ありす「私は、杏さんとのユニットを嫌だとは思っていません」

ありす「レッスンも仕事も、楽しくやらせてもらってます。レッスンをサボろうとする杏さんを止めるのも、隠れている杏さんを探すのも、まあ大変ではありますが苦ではありません」

ありす「私は杏さんとユニットの活動をするの、楽しいです。杏さんはどうですか?」

杏「杏は……、うん、杏もありすちゃんと活動するのは楽しいよ」

ありす「よかったです。それから、もう一つだけ」

杏「ありすちゃん?」
45 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:05:37.84 ID:vBR8DJ32o

ありす「私がこうしてアイドルをできているのは、杏さんがいたからです」

ありす「杏さんが、私をアイドルにしてくれたんです」

杏「それは……違うよ。プロデューサーがありすちゃんをアイドルにしたんだよ」

ありす「そうですね、確かにプロデューサーが私をスカウトしてくれてアイドルになるチャンスをくれました。今もお仕事や色んなことでお世話になっています」

ありす「でも、本当の意味で私がアイドルになれたのは杏さんのおかげです」

ありす(脳裏によぎるのは、杏さんと出会ってからの思い出)

ありす(出会ったときの印象や、レッスン中の態度、お仕事をするときの姿勢。色々な経験があった)

ありす(そしてなにより、初めて見た杏さんのステージ。思えば、あれが私のアイドルとしての原点なのかもしれません)

ありす「私の手を引いてくれて、背中を押してくれて、隣にいてくれて。……名前を呼んでもらって。あなたがいたから、私はこうしてここにいるんです」

ありす「杏さんがいなかったら、今の私はアイドルをしていません。だから、杏さんは私の恩人で……」

ありす「……一番、憧れているアイドルです」

杏「……」

ありす(沈黙が下りました。私も杏さんも、言葉を発しません)

ありす(言いたい放題言ってしまったので杏さんが怒っているのではないかと思うと、何と言えばいいのか……)

ありす(ゲームは私の勝利画面を映したまま止まっています。流れているBGMがワンループした頃、杏さんが喋りだしました)

杏「やっぱり、ありすちゃんは頑固だよ。そんな理由でこんな変なアイドルを尊敬してるなんて」

ありす(杏さんが顔を上げ、ようやく目が合いました。いつも通りの笑顔で、私を見ていました)
46 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:06:17.05 ID:vBR8DJ32o

ありす(私は安心して、同じように笑顔で返しました)

ありす「そんなことないですよ。普通のことです」

杏「まあ、本人が言うならそうなのかな」

ありす「ええ。それに、今はライブが控えているんですから、そちらに集中した方がいいですよ」

杏「はは、それもそうだね。それにしても前にうちに来たときもライブ前で、今日もか」

ありす「でも、あのときと違って今の私たちはユニットですから。ステージに立つのは二人一緒ですよ」

杏「うん。そっか、ようやく二人でステージか」

ありす「……楽しみですね、ライブ」

杏「……うん、そうだね」



ありす(私たちは笑い合うと、ゲームを再開しました)

ありす(もう杏さんが操作ミスを起こすことはありませんでした)

ありす(結果として最初の一勝から勝つことはできませんでしたが、でもとても楽しくて……つい夢中になって遅くまでゲームをしていました)

ありす(それから私たちは一緒のベッドに入り、けれど中々眠気に襲われることはなく、しばらくお喋りをしていました)

ありす(ゲームのこと、それ以外の趣味のこと、アイドルとしてのこと、プライベートでのこと、そしてライブのこと)

ありす(それはとても楽しく、そして有意義な時間でした)
47 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:07:23.84 ID:vBR8DJ32o

ありす(……翌日から、ライブに向けての追い込みが始まりました)

ありす(最終調整のレッスンや、リハーサルの数々。多くのアイドルやスタッフの人たちが慌ただしく動いているのを見ていると、否応なしにライブが近いのだと思わされます)

奏「二人ともお疲れさま。よかったわよ」

文香「これで本番も安心、ですね」

ありす「本当ですか?」

文香「ええ。とても堂々としていて、皆さん褒めてらっしゃいましたよ」

ありす「そうですか……よかった」

奏「ふふっ……もちろん、あなたもよ」チラッ

杏「別に杏はいいから。そっちもリハお疲れさま」

奏「ありがと。……でも、ふぅん」

杏「なに?」

奏「いえ、悩みは解決したのかしら?」

杏「……ん、まあおかげさまで」

奏「なら、こちらとしても相談に乗った甲斐があったわ」

ありす「ええっと、もしかしてあのことについてですか?」

奏「多分、そのことよ」

文香「……?」

奏「ふふ、今度文香にも話してあげるわ。杏とも、四人でカフェに行く約束をしているからね」
48 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:07:53.39 ID:vBR8DJ32o

杏「え、いや、確約はしてな……」

奏「あら、集合みたいね。行きましょう」

ありす「はい」

文香「分かりました」

杏「ちょ、ま、おぉーい」



ありす(そのようなこともありながら、時は過ぎていき……ついに本番当日となりました)

ありす「……す、すごい人、ですね」

ありす(会場に集まった人たちを見て、茫然と呟く)

モバP「だろ? しかもこれだって、朝の物販に来ている人みたいに一部でしかない。最終的にはもっと増えるよ」

ありす「そんなに……」

ありす(初めてのステージで行ったショッピングモール、あの施設にいた全ての人たちがそのままそっくりここにいるのではないかと錯覚するほどの人数です)

ありす(まだライブが始まったわけでもないというのに、この熱気。それに当てられたのか、クラリとしてしまします)

杏「大丈夫?」

ありす「だ、大丈夫ですっ。問題ありません」

杏「そうは見えないけどねー」

ありす「……」ドキドキ

杏「……」ジーッ
49 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:09:02.02 ID:vBR8DJ32o

杏「……ありすちゃんのファンもいるんだろうねー」

ありす「っ……」ドキッ

杏「グッズの売れ行きはどうかなー」

ありす「もうっ、杏さん!」

杏「ごめんごめん、いい反応してるからついね」

ありす「つい、じゃないですよ。まったく……」

モバP「二人とも遊んでないでそろそろ行くぞー」

ありす「あっ、はい!」

杏「うーい」

ありす(……杏さんにはあんな風に言いましたけど、やっぱり気になります)

ありす(最初のステージとは違い、私のことを知っている人がいる)

ありす(もしかしたら、私を見るために来てくれている人が……なんて思ってしまう)

ありす(もしそんな人がいるなら……私は、私にできる最高のパフォーマンスとしなくちゃ)

ありす(そう、強く思いました)

………

……



50 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:10:08.04 ID:vBR8DJ32o

『ワァアアアアアア!!』

ありす(モニターからは歓声が流れてきています)

ありす(ライトが落ちるまで続いたそれは、次の曲のイントロが始まるとまた大きく聞こえてきました)

ありす(圧巻の光景です。オープニングに一度出たきりですが、想像を遥かに上回るものであったのは確かです)

ありす「はぁ……ふぅ……」

ありす(次は私たちの出番。ストロベリィ・キャンディのステージです)

ありす(気持ちを落ち着けようと深呼吸をしてみても、震える呼気を自覚して余計に緊張してしまう)

ありす(ライブの始まりよりも緊張しているのはやはり、オープニングのように全員でではなく、私たちでだからなのでしょう)

ありす(皆さんの中に私が混じっている、ではなく、私たちがステージに上がるという意識が強くあるから)

ありす(私たちのステージ……私たちだけのステージ)

ありす(そう考えると、色々な想いが浮かんでは消えていきます)

ありす(杏さんと出会ってから初めてのステージに立って、それからユニットが決定したこと)

ありす(ユニット活動を続けていて、色んな不安や楽しみを自分の成長につなげられたこと)

ありす(本当に、色々なことがありました)
51 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:10:58.88 ID:vBR8DJ32o

杏「ありすちゃん」

ありす「杏さん……」

杏「緊張してる?」

ありす「……はい」

杏「ライブが始まる前より緊張してるんじゃないの?」

ありす「それは……そうですよ。こんな広いステージに、私たち二人だけなんて」

杏「ま、気持ちは分かるけどね」

ありす「杏さんは落ち着いていますね」

杏「緊張していないわけじゃないんだけどね」

ありす「本当ですか?」

杏「ほんとだよ」

ありす「……なんだかウソっぽいです」

杏「ひどいなぁ」

ありす(少しの沈黙。聞こえてくる曲の様子からして、そろそろのようです。スタッフさんからも指示が出ました)

杏「ありすちゃん」

ありす「なんですか?」

杏「いいステージにしようね」

ありす「はい、もちろんです」
52 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:12:31.66 ID:vBR8DJ32o

ありす(私たちはどちらからともなく、お互いの手を繋ぎました)

ありす(一度だけギュッと握りしめると、それぞれの待機場所へ向かいます)

ありす(ポップアップ装置の上に乗ると、スタッフさんがカウントを始めました。それに合わせてイントロが流れます)

ありす(ごと、と台が揺れ、ゆっくりとせり上がる。顔がステージ上に出たとき、目に飛び込んできた光景に息をのみました)

ありす(ピンクとブルーの二色でできた光の海)

ありす(それは私と杏さんの色。“ストロベリィ・キャンディ”の色でした)

ありす「――ッ!」

ありす(反射的に杏さんへ視線を向ける。そうすると、目が合いました)

杏「……」ニヤッ

ありす(杏さんはにやりと笑って、歌い始めました)

ありす(私は胸に言いようのない昂揚感が湧き上がってくるのを感じ、まるで競うように後に続きます)

ありす(無我夢中。でも、それはあの初ステージのときとはいささか違いました)

ありす(杏さんの様子、それに、観客の方たちの表情やコール、曲に合わせて揺れ動くペンライトの波)

ありす(そういったものまで意識することができています)

ありす(自らの成長を意識しつつ、それでいて改めて杏さんの大きさのようなものを感じ取りました)

ありす(なぜなら杏さんは会場の盛り上がり方と私の調子を窺って、それに合わせてパフォーマンスを少しずつ変えていたのです)

ありす(流石だな、と思うのと同時に、これはチャンスだとも感じました)

ありす(ほんの少しのいたずら心とでもいえばいいのでしょうか。気分が高翌揚していたがゆえの行動だったのだとも思います)

ありす(私は――杏さんに身を任せることにしました)
53 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:13:28.99 ID:vBR8DJ32o

ありす(ダンスのギアを上げていく。杏さんは私の思惑に気づいたのか、すぐに合わせてきてくれました)

ありす(いつもは私が振り回されているんですから、こういう時くらいは後輩として頼らせてもらっても構いませんよね?)

ありす(合わせてくれる杏さんを見ながら、そんな気持ちで前に出ます)

ありす(でもそれだけじゃ杏さんは終わりませんでした。私のアドリブのフォローをしたうえで、利用し、さらに自分自身をも高めていく)

ありす(普段の姿からは想像もつかないほどの快活さを見せています)

ありす(そしてそれは、まるで私に見せつけているように感じました)

ありす(ついてこられるでしょ、と。その背中は語っているみたいで)

ありす(……あとはもう、濁流のような激しさで進んでいきました)

ありす(私が杏さんにノってみせれば、それを受けて杏さんがまた一歩先へ行く。私もまた、杏さんを追いかける。どこまでも止まらず、昇り続ける螺旋階段のよう)

ありす(楽しい、嬉しい。そんな感情が胸の内で爆発しています)

ありす(ああ、この時間がいつまでも、ずっと続けばいいのに――)

………

……


54 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:14:35.79 ID:vBR8DJ32o

ありす「……終わっちゃったんですね」

杏「そうだね。長かったような、短かったような」

ありす(ライブは終わりました)

ありす(結果として、ストロベリィ・キャンディのステージでやった私のアドリブは成功に終わりました)

ありす(アドリブによって元のルーティンから大きく逸脱したわけでもなく、逆にそのアドリブが大きな効果を上げたということで、むしろ周囲の人たちからお褒めの言葉をいただくほどでした)

ありす(会場の盛り上がりがすごかったよ。見ててとても楽しかったよ。そのように言われると、どうしようもなく頬が緩んでしまいました)

ありす(それで調子が出たのか、以降のステージは緊張もなく万全のコンディションで臨めました)

ありす(奏さん、文香さんとのユニットも私の全力を出しきることができましたし、)

ありす(そうしてライブは全体的に見ても大成功を収め、万雷の拍手の中幕を閉じたのです)

ありす(……今は私と杏さんの二人で並んで撤収作業を眺めながら、プロデューサーを待っています)

ありす(視線の向こうには先ほどまで自分たちが立っていたステージがあります)

ありす(あれだけ浮世離れして光り輝いていたステージも、今はその面影が残っている程度です)

ありす(まだ信じられないような気持ちで、ふと呟きました)

ありす「なんだか、とても短く感じました。実際には何時間も経っているのに」

杏「ライブはそんなものだよ。やたらと早く時間が感じるの」

ありす「杏さんもそうなんですか?」

杏「まあね。けど体感時間と違って、実際の時間以上に疲労が溜まってるから、ものすごく疲れるよ」

ありす「はい……。すごく疲れてます」

杏「それがライブのいやらしいところだよ」
55 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:15:51.26 ID:vBR8DJ32o

ありす「私、今なら杏さんの気持ちが分かります」

杏「ん?」

ありす「眠くて仕方ありません」

杏「はは、もう少ししたらプロデューサーも来るよ。それとも、それまで寝ておく?」

ありす「いいんですか?」

杏「プロデューサーが来たら起こしてあげるから、安心して寝てていいよ」

ありす「はい。……いつもと逆ですね」

杏「ありすちゃんが寝て、杏が起こすって? 確かにそうだ。珍しい経験させてもらえるね」

ありす(ふわふわとした気分は眠気のせいか、それともライブがもう終わったということへの現実感が足りないせいか)

ありす「杏さん。今日、楽しかったですね」

杏「うん」

ありす「私、こんなに楽しかったの、初めてです」

杏「うん」

ありす(意識がぼやけた状態で、なんとなく言葉が口に出る)

ありす「杏さんがいて、隣で一緒に歌ってくれて」

ありす「お客さんに、私たちの色を振ってもらえて」

ありす「ようやく一人前になれた、気がしました」

杏「うん……」

ありす「最後の挨拶のとき、皆さんに名前を呼んでもらえたのが、嬉しかったんです」

ありす「私もアイドルとして、認められたんだ、って……」ウトウト

ありす「だから、これで胸を張って、杏さんのパートナーだって、言え……」カクン

杏「……おやすみ、ありすちゃん」

ありす(杏さんに頭を撫でられる感覚の中、私の意識は暗転しました)

………

……


56 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:16:45.50 ID:vBR8DJ32o

ありす(――私の、いえ私たちのユニットは一つの山場を越えました)

ありす(ユニットとして、そしてアイドルとして成長することができたと思います)

ありす(私、橘ありすはこれからもアイドルを続けていくのでしょう)

ありす(それがどんな道になるのか、未来は分かりません。けれど、とても素晴らしい日々になるだろうと確信しています)

ありす(ぐうたらな先輩と――それでいて頼れるパートナーと一緒に歩んでいけるのなら)

ありす(今はまだ見えない頂上が見えるのかも、しれません)

ありす(……でも今は)



杏「――ってことがあってさー。結局起こそうとしても起きなくて、プロデューサーがおんぶして連れてったの」

文香「……かわいらしい、寝顔だったのでしょうね」

奏「そんな珍しい光景が見れるなら、私も見送りにいけばよかったわ」

杏「いや、ほんと。あ、そうだ。写真撮っておいたけど見る?」

奏「手際がいいわね。見させてもらうわ」

文香「ぜひ、私にも」

杏「はいはい」

ありす「もーっ! やめてください! というかいつの間に撮ってたんですか! 消してください! 見せないでください!」

杏「あははは」

奏「ふふっ……ああ、そうだ。杏からありすちゃんのことばかり聞いていたら、ありすちゃんが損だろうし、一つ杏のことでお話ししようかしら」

杏「えっ」
57 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:17:37.48 ID:vBR8DJ32o

ありす「なにかあるんですかっ?」

奏「この子ったら、合同ライブ前のとき、ありすちゃんが私たちと仲良くなったからって拗ねて……」

杏「わーっ!」

ありす「え、なんですか、聞こえないですよ!?」

杏「ありすちゃんは聞かなくていいから。奏の戯言だから」

奏「戯言だなんてひどいわね。全部事実でしょ?」

杏「事実無根だし、それはただの妄想だから」

ありす「あの、もう一回お願いします」

奏「いいわよ? あのね……」

杏「あっ、そろそろレッスンの時間じゃない? ほら、ありすちゃん、いつもみたいに杏を連れて行かなくていいの?」

ありす「まだ三十分前じゃないですか、まだ余裕はあります。奏さん、お願いします」

杏「ぐぬっ、ええい、こうなったら……」ガバッ

ありす「きゃあ!? な、なにするんですか!」

杏「絶対聞かせるわけにはいかない……!」ガシィッ

ありす「こ、こんなときだけ機敏に動いてあなたは……!」

文香「ふ、二人とも落ち着いてください……」オロオロ

奏「ふふふっ」



ありす(でも、今は)

ありす(こんな騒がしくて、疲れもして。だけど楽しい時間を大切にしようと、そう思いました)


 終わり
58 : ◆fuWkWfr/Bc [sage]:2017/10/31(火) 22:19:53.14 ID:vBR8DJ32o
以上です。一応シリーズはこれで完結の予定です
ありがとうございました
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/31(火) 22:46:14.11 ID:gt1IYG8iO
このシリーズ毎回すごい好き
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/02(木) 01:33:59.89 ID:1RVxaXuq0
おつです
過去分から一気読みしました 凄い面白かったです
程よい距離感が素晴らしかった
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/02(木) 17:10:58.28 ID:qI8VBSsA0
乙乙 ちょうど前作の続きが読みたかったところだったのでスレ一覧で見つけてびっくりした
年齢は違えどどちらも大人びたところと子供っぽいところが混在している2人の描き方がよかった
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/09(木) 01:04:24.26 ID:JIb4hzZ/0
どっちもどこか素直になれていない感じが出ててよかった
もしこの続編でも別シリーズでも書いてくれたら読みたいです
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