盗賊「勇者様!もう勘弁なりません!」

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102 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:06:01.24 ID:Pdh78Mjj0


――――――


「私の一族は、王国内でも最たる歴史をもつ名家の一つですの」

「当然、私は幼いころより貴族としての教育を受けてきました」


「今でこそ、遊び人と呼ばれますが」

「当時は、神童と称されるほどでしたのよ」

「本当ですよ?」


「私は、長い年月を自身の研鑽に費やしました」

「そして、数多の家庭教師からお墨付きをもらうどころか」

「彼らを遥かに上回る知識と礼節を身に着けるに至りましたの」


「自他共に一人前と認められてからは、当主である父の手伝いを任されました」

「非常にやりがいがある仕事でしたわ」

「父のスケジュール管理から、社交界への参加、対外折衝と」

「私が、身に着けた全てを十全に活用いたしました」


「そして、20年ほど前に父が亡くなりましたの」


「新しい当主には、年の離れた私の弟が就くことになりました」

「弟は、昔はお姉ちゃん子だったのですが当主となってからは男振りを上げまして」

「私が仕事を手伝おうとすると、嫌がるようになりました」

「弟曰く『姉さんは、これまで十分すぎるほど働いたんだ。困ったときは相談するから、しばらく遊んでいると良いよ』ですの」


「生まれてこのかた、学問と仕事に囲まれてきた私にとって」

「初めて与えられた余暇でした」
103 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:06:35.23 ID:Pdh78Mjj0



「正直、生活に張り合いが無くなってしまいましたわ」

「まだまだ体は若いのに、生き甲斐であった仕事を奪われてしまったのですもの」

「かと言って、独り立ちした弟の邪魔はしたくありませんでしたので仕事に復帰したいとも言い出しにくくて」


「そんな退屈な生活を送っていたある日」

「戯れに、勇者の絵巻物を手にしたのです」



「そう、あの伝説の先代勇者様の絵巻物です」



「ただただ人々の平穏を願い、その為なら自身すら犠牲にするその姿に」

「平和のためなら、あらゆるしがらみを超えるその破天荒さに」

「生まれて30幾年、初めての恋でした」


「当時はまだ、先代の勇者様も健在で」

「魔王を討ち果たした後は、王城にて剣術の指南役を務めていました」

「私は、あらゆる人脈を使って先代勇者様にお会いしようと努めましたわ」

「しかし結果として、その願いは敵いませんでした」


「若き国王の、民を顧みぬ悪政に憤怒した勇者が」

「その奏上を以て、王を諫め改心を促した」

「この逸話を、皆さんもご存知かと思います」
104 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:07:05.92 ID:Pdh78Mjj0


「知らない?勉強不足ですね商人先輩」

「でも良かった。これでまた一つお利口になりましたね」


「ええ、それで実は、その奏上を行った日以降」

「先代の勇者様の姿を見たものは、誰一人としていないのです」

「王への無礼を諫められ秘密裏に暗殺されたとか、故郷に帰り隠居したとか」

「噂は様々ですが、真偽はわかりません」


「ま、ありていに言って。私は失恋いたしましたの」

「それからは、また退屈な日々に逆戻り」

「名家の娘と言うこともあって、男どもが群がってきたりもしましたが」

「勇者様以上のお方は居ないと、全てお断りしていました」



「ただ昨年、新たな勇者が魔王を打倒すべく旅立ったと聞いたときは久々に心が躍りましたわ」

「勘違いしてもらっては困りますが、若き勇者に恋心を抱いたわけではありませんわよ」

「新たな勇者が生み出すであろう冒険譚、かつて私を湧き上がらた伝説の続編に期待を膨らましましたの」
105 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:07:33.05 ID:Pdh78Mjj0



「そうしたらまあ、私が住んでいた領内に勇者が来たというではありませんか」

「そのうえ、我が一族の先祖が眠る墓を荒らして伝説の剣を持って言ったとか」

「更には、どういうわけか私に勇者との縁談話まで舞い込んできて」

「先代の勇者様には、あんなに努力しても会うことすら敵わなかったというのに」



「まあ、私もいい年して独り身を貫いてきましたし」

「弟に、あまり心配をかけるのも悪いかと縁談を了承しましたの」



「恋心を抱いたわけではないと、先ほど申しましたが」

「いざ、結婚するとなると現代の勇者様は一体どのような方なのか?」

「その人となりに興味が湧いてきましたの」

「なれば、勇者様に近しい方々から話を伺おうと」

「弟から陛下に口添えを頼み込み、素性を隠してこの勇者補助係に参ったというわけです」



遊び人「というわけで」


遊び人「勇者に恋焦がれて、コネを駆使し勇者課に配属された世間知らずのお嬢様」



遊び人「それが私の正体ですわ」
106 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:07:59.96 ID:Pdh78Mjj0


――――――


騎士「ん?」


商人の口が、あんぐりと開きっぱなしになり

賢者が首を傾げ、騎士が頭の上に疑問符を浮かべた


商人「いやいあいやいやいや!おかしいぞ!なんか話がおかしいぞ!」


口火を切ったのは商人であった


賢者「ああああの、遊び人ちゃん・・・じ女性に、こんなことを聞くのは失礼と知りながら申し上げます」


賢者「貴方は一体幾つなんですか!?」


遊び人「あらあら、本当に失礼な殿方ですこと」


遊び人「そうですわね。生まれて半世紀ほど経っていることは間違いありませんわ」


賢者「そ、そうか!変化魔法で若作り・・・」


遊び人「怒りますわよ!決して変化魔法なんて使っておりませんわ!」


遊び人「・・・我が侯爵家には、時より私のような超常の者が生まれると聞きます」


騎士「不老不死なのかい?」
107 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:08:26.97 ID:Pdh78Mjj0


遊び人「いえ、それほどのものではありません。エルフ並みの長寿と考えていただければよいかと」


商人「てことは、てことはだよ?話を整理すると、もしかして遊び人ちゃんって・・・侯爵家の?」


遊び人「いかにも、あなた方が勇者様に了承をとることなく婚姻関係を結ばせた」


遊び人「侯爵家娘とは私の事ですわ」


騎士「」


商人「・・・本当に?」


遊び人「もちろん」


賢者「い、いや、遊び人ちゃんが自身の疑いを誤魔化す為に大ぼらを吹いている可能性も否定できません」


商人「ま、まあそうだな。だいたい、知り合って半日そこらの俺たちに自分の来歴をこうペラペラ話すわけがない!」


遊び人「まあ!聞いたのは商人先輩ではありませんでした!?」


商人「そうだけども!・・・い、いや、そうですけども!」


遊び人「あら、言葉遣いは変えていただかなくて結構ですのよ。この職場では、貴方の方が先輩なのですから」


賢者「先ほどの言葉に嘘偽りはないと証明できますか?」


遊び人「証明は出来ませんが、誓って真実ですわ」


騎士「二人ともそこまでだ」
108 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:08:54.56 ID:Pdh78Mjj0


遊び人「騎士様・・・」


賢者「しかし、騎士さん」


騎士「そこまでだと言ったはずだよ賢者くん」


騎士「素性がどうであれ、君たちは私の部下だ」


騎士「そうである以上、私たちは一つのパーティーとして一致団結して事に臨んでもらう」


騎士「そうでなければ、とてもこの困難な仕事を打開できるとは思えない」


騎士「だいたい、寄ってたかって新人をいびるなんて社会人としてどうかしていると思わないのかい」


賢者「ま、まあ仰る通りですね・・・」


商人「そうだな、揉めてる場合じゃないか」


遊び人「あら、意外と素直」


商人「社会人として、上司に逆らうのはどうかと思うしな」


遊び人「前言撤回ですわ、素直でない方。まるで、思春期の男の子みたいで可愛いですね」


商人「な、なにおう!」


賢者「遊び人さん、言葉遣い!」


遊び人「あら、失礼いたしましたわ」
109 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:09:22.09 ID:Pdh78Mjj0


騎士が手のひらをパンパンと二回鳴らした

騎士が一日の締めに入ったのを察し商人と賢者が姿勢を正した


騎士「さて、そろそろ就業時間だね」


騎士「今日一日、本当にみんなお疲れさまでした」


騎士「たった一日で、これだけ懸案事項が増えることなんて滅多にないよ」


遊び人(あることはあるんですのね・・・)


商人(いや、ねえだろ)


賢者「残業はよろしいので?」


騎士「情報は出尽くした感もあるからね、今日はここまでにしよう」


騎士「ただ明日からは、一気に処理していくよ!」


商人「お!遂に、俺たちの逆襲が始まるわけですね!」


賢者「へえ、商人君がこんなに仕事に意欲的なのは初めて見ましたよ」


遊び人「なんだか、わくわくしてきましたわね」


賢者「それで、何か策はあるんですか騎士さん?」


騎士「う、うん」


騎士「ど、どうしようか・・・みんな?」


遊び人(台無しですわ・・・)


皆の白い目に晒され、騎士の額から青い汗がにじみ出した


騎士「し、商人君・・・なんか良いアイディアある?」


商人「もちろんです!と言いたいところですが、明日にしましょう」


賢者「何故です?」



商人「もう、五時です。アフターファイブと行きましょうや!」


声を上げた商人の右腕には、どこから取り出したか蒸留酒が握られていた
110 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:09:52.93 ID:Pdh78Mjj0


――――――


盗賊「大臣、補助係と二回目の接触に成功しました」


大臣「手際が良いな、あの厳重な警備をどうやって掻い潜っているのだ」


盗賊「一回目の接触と同様に、厠で手紙のやり取りを行いました」


大臣「二度、同じ手が通じたのか・・・近衛兵も大したものではないな」


盗賊「同じ手は通じませんでした。厠にて賢者と接触を図ろうとしましたが、近衛兵の監視の目が離れず失敗しました」


大臣「なれば?」


盗賊「今回接触に成功したのは、接触者が遊び人だったからです」


大臣「・・・そういうことか」


大臣「自らの手の者なら、監視する必要すらないであろうからな」


盗賊「と言うより、女性の厠までは流石に近衛兵も着いてきませんでした」


大臣「しかし、情報元が遊び人となると意図的に情報が捻じ曲げられている可能性も・・・」


大臣「まあいい・・・何か新しい情報はあったか?」


盗賊「お耳を」


盗賊(保管庫の中に、陛下の御遺体が隠されていたそうです)
111 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:10:20.27 ID:Pdh78Mjj0


大臣「!」


大臣「なにか、証明できるものは受け取っていないのか・・・?」


盗賊「ここに」


大臣「よく部屋から持ち出せたものだな」


盗賊「あら大臣、御存じないのですか?女性には体の至る所にポケットが付いているんですよ」


大臣「貴様も冗談を言うのだな。それで?物を見せてみろ」


大臣「王家の指輪!」


大臣「・・・そうか、そういうことだったのか!」


盗賊「?」


大臣「兄王は既に天に召されておった!ならば、私がやることは一つだ!」


盗賊(兄王・・・?)


大臣「盗賊よ!貴族院議長及び衆民院議長の下へ走れ、行政府令に基づいて緊急に両議会を開く」


盗賊「こんな時間にですか?」
112 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:10:47.11 ID:Pdh78Mjj0


大臣「国家の存亡に掛かる事態である!急げ」


盗賊「議題は如何に?」


大臣「国家存亡に掛かる喫緊の課題についてとでも言っておけ、詳細は追って知らせるともな。日時は明日、正午より」


大臣「場合によっては緊急動議も発する。全議員の3分の2を招集する!」


大臣「必要なら召喚魔法を使い議員を呼び出す、召喚魔法の行政府令も用意しておけ」


盗賊「はっ!」


大臣「ふはははは、勇者め!やってくれたな!奴が帰ってくる頃には、この国は私の物だ!」


大臣「王も無警戒に過ぎたな、魔法で封印していたとはいえ自身の弱みを城内に隠しておくなどと」


大臣「結果、勇者に部屋を荒らされてこのザマだ!」


大臣「ん?」


大臣「勇者に部屋を荒らされて?」


大臣「奴は、この国から最も離れた魔王城にいるというのに、一体いつ部屋を荒らしたのだ?」


大臣「王都を出発した頃か・・・?いや、そんなに長期間。部屋が荒らされたことに気づかないわけがない」


大臣「部屋を荒らしたのは勇者ではない?」


大臣「だが、騎士たちの報告では勇者の疑い強しと・・・あやつらも無能ではない。報告は信頼に値する・・・なれば・・・」


大臣「・・・っ!」


大臣「伝説の勇者・・・っ!転移魔法っ!」


大臣「だ、だとしたら勇者は、その気になればいつでも王国に帰ってこれる!」



大臣「ま、まずい!」
113 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:11:14.70 ID:Pdh78Mjj0


――――――


教会が朝の鐘を鳴らす

王都の人々が、窓を開け朝を部屋に迎え入れるさ中

常に街の入り口に居る一人の男が、声を発した


王国民A「ここは、王都。この国の中心だよ」


???「知ってる」



勇者「 た だ い ま ! 」
114 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/05(火) 17:11:41.40 ID:Pdh78Mjj0


――――――

第三章 商人「今晩はお楽しみといきましょう!」 完
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/05(火) 20:08:45.85 ID:HBnVJ1JA0
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/06(水) 19:15:20.02 ID:+tMMuFYS0
更新お疲れ様です
エルフ並みの美貌の才色兼備とくりゃ
生涯の愛をつらぬくわなぁ
前作末尾で勇者が本当の意味で勇者だと思っていたが
ちくしょうめぇww
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/06(水) 23:15:36.63 ID:la/aDwVA0
勇者の熱い手のひらクルーが見られるのかな?
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/11(月) 20:25:03.66 ID:rNg1xWMFo
さては公務員だろ
119 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:50:29.09 ID:zYlpnfp/0


商人「もう、五時です。アフターファイブと行きましょうや!」



商人の右手には、何処から取り出したものか蒸留酒の瓶が握られていた


賢者「いったい、どこにそんなもの隠し持っていたんですか」


商人「さて、どういうわけかデスクの裏側に隠してあった」


騎士「盗賊さんからの差し入れと言うわけかな」


遊び人「気の利く方なのですね、しかし仮にも職場で飲むってのは気が引けますわ・・・」


商人「さて、これを見ても同じことが言えるかな」


商人の左手には、これまた何処から取り出したものかビーフジャーキーが握られていた


商人「これぞ、我ら勇者補助係の最強装備!これに抗えるかな遊び人ちゃん!?」


遊び人「それも机に隠してあったのですか?」


商人「いや、これは俺たちの持ち込み品」


賢者「旅先から呼び出された挙句、旅支度を解く間もなくここに放られましたからね」
120 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:50:55.93 ID:zYlpnfp/0


騎士「と言うか、近衛兵達は食事も持ってきてくれないね・・・私たちを飢えさせるつもりなのかな」


賢者「私たちの持ち物を把握しているとは思えませんし、ただの嫌がらせだと良いんですけど」


賢者「ただ万が一に備えて、食料は節約したいんですね」


騎士「このまま、保管庫に一生閉じ込められるなんてことにはならないよね・・・」


遊び人「最悪の場合、あり得るかと思いますわ」


商人「まったく、悲観的だなあ。奴らだって、人死にまでは出しやしませんって」


商人「それに、今日は新たな仲間を迎え入れたんです。年齢的には先輩なんでしょうけど、社会人としては俺たちが先輩なんですから」


商人「祝ってやらな、男がすたりますよ!」


騎士「いいのかなあ・・・」


商人「まあまあ、これは作戦の一つでもあるんですよ」


賢者「と、言いますと?」


商人「この保管庫には厠がない、近衛兵も監視付きでなら厠に行くことは許してくれている」


商人「厠に行けば、外部との接触、まあ盗賊ちゃんと情報のやり取りができる機会が増える」
121 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:51:24.98 ID:zYlpnfp/0


商人「しかし、奴らの目は生半可な演技じゃ誤魔化せない。そこで、この酒ですよ」


賢者「たらふく飲んで、厠へ行こうってことですか?」


商人「そうそう」


遊び人「ただ、飲みたいだけじゃないかしら?」


商人「そりゃあ、遊び人の台詞じゃあねえな。それとも高貴な遊び人は酒も嗜まんのかい?」


遊び人「あらあら、安い挑発ですが乗って差し上げましょう」


賢者「騎士さん、どうします?」


騎士「まあもう、業務時間外だし好きにやろうよ。私もちょっと疲れたし少しだけ飲みたい気分だ」


商人「さっすが騎士さん!話がわかる!」


遊び人「ほら、さっさと栓を開けなさい。遊び人の本領を見せて差し上げますわ」


賢者「グラス出しますから、ちょっとお待ちください」


賢者が、いそいそと旅荷物の中からグラスを取り出し皆に配った

それとほぼ同時に、商人が瓶の蓋を開ける

しゅぽん、まあまあまあ、とっとっと、おっとっと


賢者「騎士さん、みなさんの飲み物が揃いました。よろしくおねがいします」


騎士「えー、こほん。では手短に。まずは遊び人さん、ようこそ我が勇者課補助係へ」


騎士「慣れないことも多いだろうけど、間違いを恐れずに大いに失敗して大いに学んでほしい」


騎士「そして、いま我々は非常に困難な状況に置かれているわけだが」


商人「・・・」


騎士「思い返せば約1年前、勇者を追いかけr」


商人「かんぱーい!」


遊び人「かんぱーい!」


賢者「・・・か、かんぱーい!」


騎士「・・・かんぱい」
122 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:51:51.19 ID:zYlpnfp/0


――――――


商人「で、どうしますよ今後の方針。決めておいた方がよくないですか?」


騎士「酒が入った状態でやる話かい?おじさんとしては遊び人さんの話がもっと聞きたいなあ」


蒸留酒のビンは既に空となっており、これまたどこから取り出したものか騎士の手にはワインが握られていた


騎士「おっ!これすごいよ!このワイン!私が生まれた年の物だ!」


賢者「・・・ん、あっ騎士さんそれ」


商人「いやいや騎士さん!酒が入った今だからこそ、腹を割って話そうじゃありませんか!」


商人「ほらほら、遊び人ちゃんも忌憚ない意見を述べちゃいなよ」


遊び人「んー、まあとりあえず状況の整理から始めませんかあ?」


騎士「ん、賢者くんよろしくう」


賢者「・・・まあいいでしょう、では順序良くいきましょうか」


賢者「まず懸案事項その一、保管庫荒らし犯人について。まあ、これは我々の通常業務ですから粛々と進めましょう」
123 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:52:18.20 ID:zYlpnfp/0


遊び人「具体的にはどうしますの?正直、手詰まり感がありますがあ」


賢者「そうですね、あとは容疑者さんから直接話を聞けると良いんですが」


騎士「まあ、あの勇者くんのことだ。問いただせば、悪びれもせず答えてくれるだろうよ」


商人「厄介だなあ。奴が自白なんかしやがったら、また尻拭いをしなくちゃいけないってことか。俺はもうやだよ」


賢者「その程度、我々なら軽くこなせますよ。その後に控えていることを考えればね」


商人「ん?」


賢者「まあまあ、順序良く行きましょう。懸案事項その二、遺体王の件です」


賢者「これは、我々の本来の業務とはかけ離れています。正直、この件には関わりたくないのですけど」


騎士「そういうわけにもいかんさ。言葉には出してないとはいえ、大臣が我々をこの部屋に送り込んだ狙いはそれだろう」


騎士「大臣の考えを忖度して行動すべきだ。つまるところ、証拠の保全ってやつだねえ」


遊び人「つまらない答えですこと、騎士君はそれでも男ですか!?股にぶら下ってるものが泣いていますわよ!」


商人「この糞ガキ、騎士さんになんて口の利き方しやがる!謝れ!あーやーまーれー!」
124 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:52:44.88 ID:zYlpnfp/0


騎士「まあまあ、ここは無礼講でいこうじゃないか。彼女は、ああ見えて私たちより一回りも二回りも上なんだからさ」


商人「騎士さんがそういうなら」


遊び人「ちょっと聞き捨てなりませんことよ!二回りは言い過ぎではありませんか!」


賢者「まあまあ、落ち着いてください」


騎士「まあ、さっきのは建前だよ・・・私としては、大臣の狙いより私たちの立場を守るほうを優先したいもんだね」


商人「そりゃあ、俺だって同じですよ。王側と大臣側、うまく立ち回って是非とも上手い汁を吸いたい」


遊び人「あら、甘い考えですこと」


商人「わかってるよ!そんな立ち回りができるなら、そもそもこんなことになってねえよ」


賢者「要は、大臣側と陛下側どっちにつくかという話ですよね」


商人「現状、判断できん!」


賢者「ごもっともで」


遊び人「・・・私たちは大臣の直属ですよ?しかも、陛下には何やら重大な秘密がある様子」


遊び人「そこにある、ご遺体が全てを物語っているではありませんか。『正義は大臣にあり』ではなくて?」


言葉とは裏腹に、遊び人の表情は重い

感情的には王側につきたいのであろうが、社会人としての理屈、状況証拠、全てが大臣に傾いていることに

一人の大人として、目を背けることができないのであろう
125 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:53:44.35 ID:zYlpnfp/0


賢者「そりゃあそうなんですけど、私はどうも今の陛下を嫌いになれないんですよね」


遊び人の心情を察してか、賢者は感情論を振りかざした

それは、この場が社会人としての公の場ではなく一私人達の酒席であることを遊び人に伝える意図があったのであろう


遊び人「それはまたどうしてですの?」


賢者「今の政治体制を築き上げたのは陛下ですよ?自らの特権の多くを、議会や行政府に委譲し」


賢者「国民の意見を多く取り入れるため、衆民院まで設立した。身を切る改革とはこのことです」


遊び人「陛下の政を評価してらっしゃるのですね」


賢者「その通りです」


騎士「まあ、そんな陛下もかつては自身の懐を肥やすことに執心していたんだけどね」


商人「へえ、そうなんですか」


騎士「なんださっきの遊び人さんの話を聞いていなかったのか?勇者の奏上以来、人が変わったように政治に熱心になられたんだよ陛下は」


商人「・・・人が変わったようにですか」


騎士「人が変わったようにさ」


遊び人「では、ここにある遺体王は・・・」


賢者「そういうことなんでしょうねえ・・・」


騎士「まあ・・・生存王が一体誰なのかは置いておいて、彼の行った改革は人民のためになっている」


騎士「複雑な心境だなあ・・・懸案事項その二については、どういうスタンスで臨むべきだろうか・・・」


遊び人「私としても、陛下に味方したいところですけど・・・」


自身の言葉に、遊び人はハッと表情を曇らせた


遊び人「・・・失礼、今のは聞かなかったことにしてください」
126 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:54:27.11 ID:zYlpnfp/0


遊び人が不意に見せた言葉に、商人の目が新しいイタズラを思いついた子供のように怪しく光った

その怪しい光は、線となってその意図と共に賢者、そして騎士の目に届いた

「遊び人ちゃんの本心を引き出してみようぜ」

賢者が「やれやれ」と言わんばかりにため息をついたところで、一際大きな声を商人があげた


商人「この遺体、焼き払っちゃいましょうゼ」


賢者「隠蔽しちゃうってことですか、気が進みませんねエ」


商人「そうか?俺たちで事件を握り込むのは初めてじゃないだろ、今なら事が大きくなる前に揉み消せル」


遊び人「この遺体の事、大臣や議会・・・いやこの国の国民全てから隠匿するということですか?」


商人「そうなるナ」


賢者「王側は私たちの行いを高く評価してくれるでしょうね、大臣に捨てられたとしても将来は安泰でス」


騎士「いやいや、言葉が悪いよ賢者クン!それじゃあ、まるで私たちが保身に走っているようではないか!」


騎士「私たちは勇者課、仮にも勇者の名を冠する者たち。国民たちの事を思えばこそ王側につくのが正義に違いなイ!」


遊び人「陛下側につくということですの・・・?」


商人「まあ、結果的にはそうなるな」



遊び人は、違和感を覚えていた

三人の言葉を額面通りに受け取れば、彼らは陛下の味方になってくれるように見て取れる

しかし、どこか芝居がかったその口ぶりから感じられるものを一言で表すならば

「マゾヒストの挑発」

自らを縄で縛り上げ、三角木馬の上に三人がかりで跨り、振り降ろされる鞭を待っているようなそれに

上流階級で育った身として、できれば目を背けスルーしてしまいたかったが

酒が回ったせいだろうか、はたまた生来のS気質がそれを許さなかったのか

遊び人は、彼らの挑発に抗うことが出来なかった



遊び人「まったく、呆れた人たちですわ!私が、陛下可愛さにその下卑た動機を見逃すとでも思っているのですか!」



待ってましたとばかりに、騎士の顔が綻ぶ


遊び人「なんとも汚い男たち!乗って差し上げます!あなた方は間違っています!」



遊び人の振り上げられた右手には、どこから取り出されたものか既に空のビンが3本握られていた

その空ビンのラベルを、賢者だけが涼やかな目で読み取っていた
127 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:54:52.97 ID:zYlpnfp/0


――――――


商人「それじゃあ遊び人ちゃんの御高説を賜りましょうか皆さん」


賢者「お、いいですねえ」


騎士「遊び人さん、ここは無礼講だ。遠慮は不要だよ」


遊び人「申し上げますわ!」


遊び人「まずなにより!陛下側も大臣側もありません!私たちが尽くすべきは国民でしょうに!」


遊び人「真実は全て白日の下に晒されるべきです!行政府に、議会に、そして国民すべてに知らせなくてはなりません!」


遊び人「そのうえで判断がなされるべきことを、何をもって私たちの職場内だけで片付けようとしているのですか!?」


遊び人「まさか、勇者課なんて呼ばれているうちに自分が勇者であると思い違いをしてしまったのではありませんか!?」


賢者「むう、確かに私たちの言動は独善的に過ぎたかもしれませんねえ」


遊び人「そもそも、勇者は何でもかんでも好き放題にやっていいなんて法はありません!」


騎士「おおぅ、だいぶ支離滅裂になってきたぞ」


商人「でもよお、今の勇者はそうだぜ。好き放題にやって、俺たちをいつも困らせる」
128 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:55:40.72 ID:zYlpnfp/0


遊び人「貴方たちの知る勇者は、確かに自分勝手なところがあるようですわね!しかし、あれは私の知る真の勇者とはかけ離れたものです!」


遊び人「真の勇者とは、常に周囲の人々に寄り添って然るべきなのです!」


遊び人「商人さんは、かつて伝説の冒険商人に憧れたそうですね!?」


商人「む、昔の話だ!」


遊び人「その気持ちが僅かにも残っていないと言えますか?勇者と呼ばれるものへの憧れが、貴方自身の目を曇らせているように私には見えますわ」


商人「どういうことだ・・・?」


遊び人「貴方は勇者に憧れるあまり、勇者に近づきつつある!しかし、それは貴方の忌み嫌っている独善的な偽物の勇者にです!」


商人「ああ?おちょくってんのかお前」


遊び人「いや、仕方ありませんね。あなた方はみな、真の勇者のことを。先代勇者のことを物語の上でしか知らないのですから!」


賢者(それは、貴方もでしょう・・・とは言い辛い雰囲気ですねえ)


遊び人「よろしいでしょう!あたくしが語って進ぜよう!ああー、あれは、えっといつのころ・・・あ」


遊び人「むかしむかしあるところに・・・に・・・い・・・」


電池が切れたように、遊び人があおむけに倒れた

先ほどとは打って変わって、涼やかな寝息が宝物庫に流れ出た
129 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:56:08.25 ID:zYlpnfp/0


騎士「え?あれ?この娘、いつのまにこんなに酔っちゃったの?」


賢者「飲ませちゃあいませんよ、一人でハイペースで飲んで、勝手に酔っぱらっちゃいました」


商人「乗せたのは俺たちだがよ、ここまで好き放題行って逃げられると癪にさわるなあ」


商人「まったく、遊び人を名乗るにはちいっと情けねえな」


商人が、遊び人を抱え上げ宝物庫に唯一置かれているベットに投げ込んだ

衝撃の一切を受け止めたベットが、遊び人を深く優しく包み込む


商人「まったく、しょうがないババアだな」


商人の言葉に反応してか、ベットの奥深くからうめき声があがった


商人「悔しかったら一人でベットから這い出してみろ!」


騎士「発言には気を付けてね商人くん、レディはいくつになってもレディのままなんだから。それ相応に扱わないと」


賢者「しかしあれですねえ。だいぶ、支離滅裂でしたけど。なかなか興味深いお話でしたね」


商人「要は、俺たちに真の勇者たれってことだろ?何だよ、真の勇者って」


騎士「まあ、年の功だろうか。何となくだけど、私たちが向かうべき道は見えてきたかな」


賢者「具体的には?」


騎士「いや、それを皆で考えようか・・・」


商人「結局、振出と変わらないじゃないですか!」


賢者「さて、落ち着いたところで懸案事項その三にいっていいですか?」


騎士「ん?まだ、何かあったっけ?」


商人「宝物庫荒らしの件だろう、遺体王の件だろう・・・まだ何かあるって言うのか?」


賢者「お忘れですか?」



賢者「 勇者の裏切りの件ですよ 」
130 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:56:35.10 ID:zYlpnfp/0


――――――


うわあ、飲みすぎた

俺はいつもこれだ、嫌なことがあると酒に逃げるきらいがある

それが、世間一般的に褒められたことがないってのはわかってる

でも、それしか手段を知らねえんだよ

くそ、遊び人の奴め。言いたい放題嫌がって

俺が勇者に憧れているだあ?んなわけあるか、俺が憧れているのは伝説の冒険商人だ

むしろ先代勇者にしろ、今の勇者にしろ俺からしたら彼の方がよっぽど勇者だわ

平和のためではなく、金のため、自身の利益のために動き

公共の福祉なんざいざ知らず、自分勝手に生きながらも周囲に安寧をもたらす

平和だとか安っぽい言葉を並び立てる輩なんか信用成らねえ

商人が信じるのは、なにより自分に優しい。そんな伝説の冒険商人なんだよ


ああ、柔らけえなあこのベッド

さすが、王侯貴族様のベッドだ。いつか、俺の部屋にもこいつを設えたいものだ

ん、なんだ、人の気配がする

なんで、俺のベッドに他のやつが潜んでやがるんだ

ああそうだ、思い出した

俺が、あいつを投げ込んだんじゃねえか

可愛らしい少女のなりをしながら、中身は50幾つを数えるクソババア

あ、いい匂いがする


そういえば、久しく女を抱いていねえや

長旅だったもんな、パーティー内には盗賊ちゃんもいたし

あ、これはやばい、胸がどきどきしてきたぞ

ちょ、ちょっとだけ、手ぐらいなら握っても問題ないよな

どなたか、どなたか異議申し立てはございますか

うん、異議なし

どうせ相手は、中身ババアの妖怪みたいなもんだ

誰も文句は言うまいて


ん、意外に骨ばってるな、というか骨と皮みたいに細いぞ

しかも冷たい、まるで氷に触れているみたいだ

ああ、でも逆にその冷たさが心地いい

気持ちいい

意識が薄らいできた

ああ、心配事も薄らいでいく

眠れそう

zzz
131 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:57:23.70 ID:zYlpnfp/0


――――――


賢者「おはようございます、商人くん」


商人「ん、ああもう朝か」


騎士「きみ・・・何してるの・・・?」


商人「あ、こ、これは違うんです!なんか冷たくて、気持ちよくて・・・あ」


商人が慌てて繋がれていた手を放した

しかし、その先にあったものは

細く、冷たく気持ちよかったその手は、物申すことのない王の腕から伸びていた


遊び人「ぷっ、ふっふっふははは!いくら寂しいからって陛下の遺体と手をつないでナニをしていたのですの?」



商人「」
132 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/24(日) 14:57:50.04 ID:zYlpnfp/0


――――――

最終章

遊び人「昨晩はお楽しみでしたね!」

――――――
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 03:22:27.06 ID:ZyLkFVfso
もう最終章かー
134 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:51:03.97 ID:NbpFE6EO0


――――――


近衛兵長「陛下!大臣が緊急に会議を行うと宣言いたしました!」


王「うむ、既に聞いておる」


近衛兵長「くそっ、遂にばれたか。これはいよいよ、逃げ出すしかねえな」


王「そうしたいところは山々なんだがな、大臣から儂にも出席願いたいと申しだされておる」


近衛兵長「そんなの無視しろよ!それどころじゃねえぞ!」


王「いや、儂は応じるつもりじゃ」


近衛兵長「な、なぜ!?」


王「まあ、立鳥跡を濁さずと言うしな。王としての最後の仕事、果たしてからトンずらしようかと」


近衛兵長「この期に及んでまだそんなことを!」


王「それに言ったじゃろ、最後は派手に締めくくりたいと」
135 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:51:32.86 ID:NbpFE6EO0


――――――


大臣「遂にこの日が来たな・・・」


盗賊「ほぼ全ての議員の招集が完了しています。緊急動議の件も、貴族院の方々にお伝えしておきました」


盗賊「一部、特に衆民院議員からは反抗もあるかと思いますが、大勢はこちらにあるかと」


大臣「うむ、よい働きぶりだ盗賊よ。お主の父も、きっと喜んでおるであろう」


大臣「これが終われば、晴れて自由の身だ。それまでは裏切るでないぞ」


盗賊「・・・はい」
136 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:51:59.06 ID:NbpFE6EO0


――――――


商人「」


賢者「ほらほら、元気出してください。決して口外したりはしませんから」


遊び人「賢者先輩、そんな阿呆に付き合ってる暇はありませんことよ。私たちには大事な業務があるのですから」


騎士「それも、手詰まり感あるんだけどね・・・さて今日は、何に取り組もうか」
137 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:52:24.89 ID:NbpFE6EO0


――――――


勇者「よし、いくぞみんな!俺たちは、これから真の英雄となる!最後までついてきてくれるか!?」


戦士「ああ、もちろんだ勇者」


魔法使い「何をいまさら、地獄の果てまでついていくわよ」


僧侶「ああ、遂に私たちの旅も終わるのですね!ゴールイン、これからは勇者様との安らかで落ち着いた日々が待っている・・・」
138 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:52:50.99 ID:NbpFE6EO0


――――――


九つの鐘が鳴る

人々を労働に導く鐘だ

多くの店が扉を開け、喜び勇んで客を招き入れる


王国城内にある大議場の重い扉も開かれる

しかし招かれるのは、喜ばしい客だけとは限らない


鐘は鳴る

まるで物語のファンファーレを告げるかのように

厳かに、そして盛大に、その音を都中に響かせた
139 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:53:24.11 ID:NbpFE6EO0


――――――


王国城内には、その広さを利用し

国政に関わる多くの組織が居を構えている

王国議会の全ての審議が執り行われる会議場も、かつてダンスホールとして使われていたホールを改装したものである

その広さは城内でも随一で、中央ホールにはその広さを贅沢に使い壇上が置かれ

壇上を取り囲むように議員たちの席が設けられている

この日、全ての議員席が埋まっていた

大臣の招集に基づき、王都に在する議員は馬を走らせ、遠方の議員は召喚魔法によって呼び出されたためである

ホールの二階、バルコニーの一部は解放され、多くの国民が議会の進行を眺められるように配慮されている

そのバルコニーの一角、壁で仕切られ驕奢な椅子が置かれた区画に王はいた

王国の新たな時代を見据えて、ただ黙って議会を見守っている


貴族院議長「貴族院及び、衆民院議員のみなさま、おはようございます」


貴族院議長「本日は、大臣の緊急の申し入れに基づき両院合同での緊急議会を開催いたします」


貴族院議長「事の重要性から、陛下にもご参列いただいていることを付け加えて申し上げておきます」


貴族院議長「それでは、大臣より今会議の重要議題についてご説明いただきます」


大臣が壇上に立ち、声を張り上げた


大臣「みなさま。この忙しい年の暮れに、緊急にお集まりいただき申し訳ございません」


大臣「しかしこの度、看過できぬ事態が王城内にて起きております。議会及び、行政府ともに立ち向かわなくては、この国の根幹すら及ぼしかねない事態です」


大臣「慣例にそぐわずに、陛下にご列席頂いておりますのも、その故でございます」


王「・・・」


大臣「いえ、この際はっきりと申し上げましょう。この国難の事態にあって、その中心にあるのが陛下ご自身なのでございます」


「だ、大臣は何を言っているんだ?」


「陛下自身が国難だと!?」


大臣「先日、王城内の宝物庫に賊が侵入し王家ゆかりの品々を盗難されました」


大臣「私は、行政府の庁として部下に捜査を命じ。とあるものを発見したとの報せを受けたものでございます」


大臣「こちらをご覧いただきたい」


大臣が右手を掲げる、その人差し指には赤く気高い光を放つ指輪がつけられていた


大臣「いま、我が手に収まっている指輪。これは、陛下が紛失されたとされる王家の指輪にございます」


「なぜおまえが指輪を付けている!不敬だぞ!」


「それがどう、国の緊急事態に結び付くのだ!むしろ紛失されていた指輪が見つかって喜ばしいではないか!」


議員たちからの声も、大臣は意に介さず続ける
140 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:54:03.81 ID:NbpFE6EO0


大臣「わたくしの部下が、この指輪を宝物庫内にて発見いたしました。この指輪は、宝物庫内のとても意外なところにあったそうです」


大臣「そう、宝物庫内には姿かたちが陛下と寸分たがわない遺体があり。そしてこの指輪は、その遺体の指にはめられていたのです!」


大臣「わたくしは常々思っておりました。陛下は、いえここは敢えて兄と呼ばせていただきましょう」


大臣「およそ30年前、兄王は私利私欲に溺れる愚かな人間でした、しかしある日を境に政治に関心を持ち、民を愛し、国に献身を捧げる真人間と変わりました」


大臣「私は、何事が起ったのか理解できませんでした。しかし、変わられた兄王によって政治制度の改革の推進を命じられ、その繁忙さから違和感に目を背けざるを得ませんでした」


大臣「しかしここにきて、現れた陛下の遺体が全てを語ってくれているのです!陛下、お尋ねいたします!」


大臣「かの遺体は、いったい何者なのですか!いえ、それ以上に貴方は誰なのですか!?」


王「・・・」


大臣「お答えください!」


大臣「 陛下!陛下!陛下!!!! 」


王「・・・」


大臣「お答えいただけないようですね!納得のいく説明があれば、とホンの少しだけ期待したのですが・・・致し方ありません」


大臣「それでは、これより緊急動議を発しさせていただきます!」


大臣「私は、王の退陣を要求し政治制度の転換を要求する!」


大臣「いま、私たちの目の前にいるものは誰とも知れぬ偽りの王である。正当な王家の血を持たずして、我らを欺き国を支配してきた」


大臣「何物やもしれぬ存在を、私たちは奉ってきたのだ!これは、王家への侮辱に他ならない!」


大臣「兄王には子がなかった、今現在、正当な王家の血筋は私にのみ流れている。よって王の退陣ののちは私が王の座へと座ろう」


大臣「そして、この偽の王が生み出したものもまた淘汰されなくてはならない。なぜならば、偽王がどういった意図をもって政治改革を断行したかがわからないからだ」


大臣「国民のためになっている、政治体制まで変える必要はないと人々はのたまうであろう。しかし、しかしだ」


大臣「偽王がその意図を語らない以上、いや語ったとしてもその真偽が確かめられない以上、私たちは一度原点に立ち返り」


大臣「私たち自身の手によって、新たな政治体制を作り出す必要があるのだ」


大臣「具体的には、王権の復古、そして衆民院の解散!」
141 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:54:31.07 ID:NbpFE6EO0


「衆民院議会を解散するというのか!横暴だ!」


「ふざけるな、国民を馬鹿にするな!」


大臣「はやまるでないぞ、これは後退ではない!」


大臣「王家の政党後継者である私によって、この国は改めて生まれ変わるのだ!」


大臣「これは私の政治生命をかけた動議である。賛同を得られないなら、私は潔く政治の世界から去ろう」


大臣「しかし忘れるな、それはすなわち偽りの王と歩みを同じとすることだ!」


大臣「審議の時間など必要ない!いまここで!議員の皆さんには各々の信念にそって、投票願いたい!」


大臣のむき出しの権力欲に、盗賊は表情を歪ませる

しかし、それに抗う術を盗賊はもっていない

例え持っていたとしても、勇者補助係の仲間をこの政争から救い出すには、大臣に身を寄せるしかない盗賊に為す術はなかった


大臣はほくそ笑む

政治生命をかけるという重い言葉を発しながら、大臣の心は安心感につつまれていた

なぜならば、衆民院議会の台頭に快く思わない貴族院議員に

更には、贈賄によって一部衆民院議員すら飼いならし動議の通過は確実であったからだ


大臣「議長!すみやかに投票に移っていただきたい!」


がああああああああああああああああん!


大きな音をたて、議場の扉が開かれる

扉の向こう側から陽光が漏れ、それを背に人影が現れた

逆光のせいで、その表情のみならず体格もはっきりとしないが

ただ、その纏ったオーラから只者ではないことがうかがい知れた
142 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:54:58.07 ID:NbpFE6EO0


???「失礼!」


声の主と共に、複数の人間が議場内に足を踏み入れる

扉が閉じられ、議員たちの目が男の容姿をとらえた

そこには、聖なる装備を身にまとい

伝説の剣を携えた一人の男

勇者であった


大臣「勇者!やはり、伝説の転移魔法を覚えていたのか」


大臣「しかし、このタイミングを邪魔されるわけにはいかん!」


大臣「盗賊!」


控えていた盗賊が、大臣に耳打ちをする


盗賊「残念ですが王国軍は裏切り者の勇者討伐の為、昨日出立いたしております」


盗賊「伝令を走らせてありますが、戻るまでにはまだ時間がかかるかと」


大臣「くっ・・・ならば致し方ない。気奴らの力を借りるのは癪だが・・・!」


大臣「神聖なる議場に、武装して乗り込むとは!勇者よ乱心したか!?近衛兵、狼藉者を捕らえよ!」


近衛兵長は考えを巡らす


近衛兵長(これは、全てをうやむやにするチャンスか・・・!?)


近衛兵長(いや、陛下の正体が知られたら勇者が何をしでかすかもわからん!)


近衛兵長(ここは大臣の言葉に乗って、まずは勇者にご退場願うとしよう)


近衛兵長「全近衛兵に命ずる!勇者をとらえよ!」


近衛兵長の言葉に、議場内の近衛兵たちが反応する

また同時に、王城内に控えている全ての近衛兵に伝令するべく一人の兵が議場から走り出した

城内の全兵力をもってあたらなければ、勇者を捕えることなど不可能

近衛兵長の指示に基づいての行動である


盗賊(近衛兵長の命令・・・!おそらく、城内の全ての近衛兵につたわるはず!)


盗賊(大臣の動議が通れば、たぶん宝物庫の皆を助け出すことができる・・・でも通らなかったら・・・?)


盗賊(城内の近衛兵がここに集中する今なら!宝物庫内の皆を出してあげることができるかも!)


伝令に追随する形で盗賊が走りだした

その素早さは風のごとく、あっさりと伝令を追い抜き議場を抜け出した
143 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:55:24.15 ID:NbpFE6EO0


議場内を一瞥し、脇を駆け抜けていく兵を意にも介さず勇者が歩を進める

しかし、それを許さない近衛兵が勇者に迫り、取り囲むように陣形を組む

歩を止めた、勇者が近衛兵をけん制してか声を上げた



勇者「勇者でござい!そうじょおおおおおおおおおう!勇者のそうじょうにございます!お控え為すって!」



戦士(なんかちがうぞ勇者、時代錯誤もいいところだ!!)


魔法使い(いったい、どこであんな言葉を学んだのかしら)


僧侶(勇者様ったら、おちゃめ///)


勇者の言葉を無視し、近衛兵長が勇者の背後から忍び寄る


勇者「おおっと!近衛兵長、俺が気づいていないとでも思ったか?剣を修め、そこで止まるんだ!」


近衛兵長「ちっ・・・」


勇者「わたしがこれから行うのは、陛下への奏上にござる!法律によれば奏上は何人たりとも邪魔できんのだよな!」


王(法律ではなく、慣例なのじゃが・・・)


勇者「ほら、近衛兵長下がれ!奏上が始まるから、もっと下がれ!」


近衛兵長「いらん知恵をつけやがって・・・」


勇者「あんたの仕事は王の警護だろ!王の下へ帰った帰った!」


近衛兵長は剣を収め、王の下へと素早く戻った


勇者「それでは、みなさんご清聴ください!これから、わたくしの奏上がはじまります!」
144 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:56:15.09 ID:NbpFE6EO0


――――――


「ぐぎゃ!」


宝物庫の固く閉じられた扉の向こうから

悲鳴ともとれぬ声が聞こえた



商人「お?なんだなんだ?」


賢者「外からですね、近衛兵の声のようですが」


何事かと扉に近づいた商人に、聞きなれた声が投げかけられた


盗賊「みなさん!助けに着ました!」


騎士「盗賊さん!」


遊び人「あら、いったい何事ですの。というか、近衛兵さんは大丈夫ですの?」


盗賊「少し眠ってもらっただけです。みなさん、それより急いでください!」


盗賊「いまなら、宝物庫内から逃げ出せます!ひとまず、城内から出て身を潜めてください」


賢者「お急ぎの用ですね、とりあえず盗賊さんに従いましょうか?」


商人「だめだ。状況が分らなすぎる。盗賊ちゃん、昔教えたこと覚えてるか?」


盗賊「なんのことですか!私を信じて、ついてきてください!お願いします!」


商人「報告は、詳細にかつ正確に・・・教えたよな」


盗賊「・・・わかりました」


盗賊「本日、城内の大議場にて両議院を集めた大臣が陛下の退陣を求めて議会を開きました!そこに、勇者が現れ奏上を始めました!」


盗賊「近衛兵長は勇者を止めるべく、城内の近衛兵に召集をかけました!逃げるなら今です!」


遊び人「あらあら、大臣が緊急動議をするって話は聞いていましたが。そんなことになっているとは」


商人「えっ!俺聞いてないんだけど!」


賢者「君が言い出した作戦でしょうに」


商人「?」
145 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:56:41.74 ID:NbpFE6EO0


賢者「たらふく飲んで厠へ行って、盗賊ちゃんと接触しよう作戦ですよ。君が、眠っちゃった後。目覚めた遊び人ちゃんに実行してもらったんですよ」


賢者「ちなみに、私がやろうとしましたが監視ががっつりついて失敗しました」


盗賊「とにかく、報告は以上です!わかったら、私についてきてください!」


商人「だ、そうです。どうしましょうか騎士さん」


騎士「まず、みんなの意見を聞きたいかな」


賢者「城外に逃げるのは反対ですね。職務放棄ととられかねない」


賢者「大臣の執務室に行きましょう。あそこなら近衛兵も手出しが容易ではないうえに、私たちは大臣の部下、勝手に部屋に入ったとしても問題ないはずです」


遊び人「いえ、私たちの処遇は議会の結末にあるとみました。それに私たちの見たものが、この国の行く末を左右することにもなるでしょう」


遊び人「この国の事を思うなら、議場に向かうべきです」


盗賊「先が分らない以上、陛下と大臣の両方から身をひそめるべきです!」


盗賊「仮に大臣が政争に勝利したとしても、大臣は・・・信用成らない人です。勇者裏切りの件もありますし、みなさんの安全のほうが優先です!」


遊び人「勇者の裏切り!?」


賢者「ああ、言ってませんでしたね。端的に言うと、勇者が魔王に懐柔されました」


遊び人「あんのクソガキ!」


賢者「こ、言葉遣いは丁寧に」


騎士「・・・まったく、何もかも急すぎて困ってしまうなあ。さて商人君、君はどう思う?」


商人「盗賊ちゃん・・・勇者が戻ってきてるんだよな?」


盗賊「・・・はい」


商人「だったら、俺がやりたいことは一つです」


商人「・・・勇者に一発ゲンコツをたたき込みに行きましょうや」
146 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:57:08.23 ID:NbpFE6EO0


盗賊「な、なにを!」


賢者「へえ・・・」


賢者「なるほど、それは楽しそうだ」


遊び人「ああ、いいですわね。ちょっと、締め上げて勇者の何たるかを教授してさしあげなくてわ」


遊び人「しかも、世界最強に殴り込みですって?血沸き肉踊る提案ですこと」


騎士「うん、決まりだな」


騎士「それでいこうか!」


盗賊「ま、待ってください!みなさん、何を考えてるんですか!?」


商人「賢者!」


賢者「お任せください、ご説明いたしましょう遊び人ちゃん!」


賢者「現在の私たちの仕事は、宝物庫内の捜査です。勇者は、その最重要容疑者。ちょうど捜査にも行き詰まり、容疑者からの聴取を行いたいと思っていた矢先に」


賢者「なんと、向こうから王城内に飛び込んできてくれたというわけです。これは、私たちとしては黙って見過ごすわけにはいきません」


盗賊「し、しかし、勇者様は今は奏上中です!何人たりとも、勇者の奏上は妨げられないんじゃ!?」


騎士「いや、私たち勇者課勇者補助係のの本来の仕事は勇者の管理指導。彼がやらかした際は、その後始末をする」


騎士「そして彼が何かやらかさないように、指導するのが私たちの仕事だ。つまり」


遊び人「勇者の行動を制限する権限を、わたくしたちは持っている。ということですわね」


盗賊「で、でも、いまは仕事なんてしてる場合じゃ!皆さんの身の安全のほうが!」


商人「それだけじゃあないさ」


盗賊「・・・」


商人「この一年間、俺たちが勇者の野郎から受けた仕打ち。そして、やつが宝物庫を荒らしたことで政争に巻き込まれた事実」


商人「なにより、あんな阿呆が英雄とたたえられている現状が俺は気に食わねえ!」


商人「それこそ、ゲンコツ一発いれるぐらいじゃ収まらねえんだ!」


賢者「公私混同甚だしいですねえ」
147 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:57:54.64 ID:NbpFE6EO0


盗賊「勇者様は強いですよ・・・それでもですか?」


商人「なあに、今の俺にはこれがある」


商人の手から、光のオーラが零れる


盗賊「な、なんですかそれ?」


商人「俺が、長年探し求めていた伝説の一品」


商人「正義のそろばん」


騎士「あっ!駄目だよ商人君!そんなもの持ち出して!」


遊び人「まあまあ、騎士さん。保管簿に乗ってないものですし、どうとでも誤魔化しきれますわ」


騎士「そういう問題じゃないよ!道義上問題あるって言ってるの!」


頑なな態度をとる騎士に、賢者が諭すように語り掛ける


賢者「・・・昨晩、開けた酒瓶」


騎士「・・・ん?」


賢者「止める前に、騎士さんが手を出してしまったので黙ってましたが・・・最初の一本以外の酒ですが」


賢者「全部、保管簿に記載されている王家秘蔵のお酒でしたよ・・・」


騎士「!」


遊び人「あらあら・・・」


盗賊「つまり、業務上横領・・・」


賢者「左遷・・・」


遊び人「減給・・・」


商人「・・・解雇」


騎士の肩がプルプルと震え出す

騎士の内面では、騎士のモラルの権化である正義の心と保身の権化である悪の心が刃を散らしているのだ
148 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:58:21.22 ID:NbpFE6EO0


騎士「・・・ゆ、勇者許すまじ」


騎士「 勇者許すまじ! 」


騎士「魔王討伐のための武具ならいざしらず!王家秘蔵の酒にまで手を出すとは!」


軍配は悪の心にあがったようである


商人「えっと騎士さん、このソロバンなんですけど・・・」


騎士「この忙しい時になんだ!保管簿に記載されていない物など、私はあずかり知らん!」


賢者「と、いうわけですが」


盗賊「もう・・・わかりましたよ!皆さんだけでは心配ですから、私もお手伝いします!」


遊び人「それは、心強いですわ」


商人「憧れの勇者様に、盗賊ちゃんが一発入れれるかなあ・・・?」


盗賊「私より弱い人は黙っていてください!」


商人たちは決戦の場へと、走り出した
149 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:58:47.45 ID:NbpFE6EO0


――――――

議場中央の演台に、勇者が立つ

その眼には、熱い使命感と高揚感がやどっている


勇者「私、勇者はおよそ一年前主命を以てして魔王討伐の旅えと赴きました」


勇者「そして先日、遂に魔王城に到達、魔族の長にして魔王城の城主である魔王に対峙致しまして候」


勇者「我ら勇者一行は、意気軒高その戦意高くして魔王との一戦を願い出るも魔王からは対話の申し出があり」


勇者「最期の言葉、陛下にお伝えすることもあらんと申し出を受け入れたところでございます」


勇者「然れども、まことに残念なことに魔王から語られた事実はわたくし共が把握していた事態とは大いに齟齬がございました」


勇者「その結果、悪しき者討たんとする我ら勇者一行の戦意は大いにそがれることととなりまして候」


勇者「まず、この国の北部及び東部における魔族と地方都市との戦況におかれましては、敵軍の指示系統に魔王軍が関与していない事実がございました」


勇者「魔王軍は、我ら人類と同等程度の知識を有しており軍事組織としての体を十分に為すものでございます」


勇者「されど地方都市における魔族による侵略の様相をきくに、戦略性乏しく、とても知性あるものの戦い方ではございませんでした」


勇者「また、こちらにおわす議員の皆様方もご存知の通り、我が王都において魔族は一労働力として受け入れがなされており」


勇者「その危険性の低さは、すでに王都内にて認識がなされていることは事実でございましょう」


勇者「そのような認識を我らに知らせることなく魔王討伐の主命を下された事実、甚だ遺憾にて候」


勇者「我ら勇者一行は、軍隊に非ず。暗殺者に非ず。人々の希望となるべき、一筋の光にございます」


勇者「なれば我ら勇者が為すべきことは、人民に広まる魔族に対する認識を改め。知性ある者同士、友誼を交わしたることと信じ」


勇者「我ら、魔王と和解するに至ったところにございます」


「なんと、あれが噂の勇者様か・・・」


「地方での戦闘が、魔王軍の指示ではないだと・・・?王国の利益のために、隠蔽されていたということか」


「あの勇者様の凛々しく、堂々とした様を見てみろ。あれこそが人類の希望か」


戦士(おおっ、議員たちが勇者の言葉に耳を傾けているぞ)


僧侶(あたりまえです。あれこそが真の勇者様の姿!)


魔法使い(本当に奏上文を暗記できていたのね)
150 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:59:13.81 ID:NbpFE6EO0


バアンっ!

大きな破裂音が、議場内に響いた

勇者が拳を振り下ろし、演台を平手で叩いたのだ

その衝撃で、演台に置かれていた水差しが倒れ勇者の手のひらにかかる


勇者「皆様、奏上中にございます!お静かに願います!」


議員たちの反応は、勇者の予想以上に良いものであった

いままで、魔族との戦いで人々の注目を浴びてきた勇者にとって

剣を抜くことなく、弁論を以てしての称賛は初めての事である


勇者(ああ、普段偉そうにしている議員連中がこんなにも畏まってる・・・)


勇者(こんなに気持ちの良いことは初めてだ!)


勇者は、これまで感じることが無かった優越感に浸り

奏上を続けるべく、その拳に書き込まれたカンペをみつめた


勇者「」


そこに奏上文は無く、代わりに滲んだインクがまるで汗のようにヒラリと流れ落ちた
151 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 18:59:40.39 ID:NbpFE6EO0


――――――

側近「勇者さん、大丈夫ですかね」


魔王「不安か?」


側近「思ってた以上に、頭が残念な子でしたからね。脳筋バカってのは、ああいうのを言うんだろうなあ」


魔王「人前で、そういうことを言うなよ。あれは、いまや我ら魔王軍の一配下なのだ」


魔王「それに、あの奏上文は勇者にも理解できるよう我らが力を尽くしたではないか」


側近「そうですけど。不安だなあ・・・」


――――――
152 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:01:23.37 ID:NbpFE6EO0


――――――


「どうしたんだ、勇者様?突然黙り込んで」


「奏上は終わったのか?結論として、何が言いたかったんだ?」



勇者「・・・」


勇者「ああ!しゃらくせえ!」


戦士「お、おいどうした・・・?」


勇者「違う!こんなものは俺の言葉じゃねえ、魔王が作った文章が議員たちに響くわけがねえ!」


魔法使い「えっ、えっ何がどうしたの?」


勇者「すまねえ議員の皆、それに陛下!こっからは俺の魂の言葉だ!こっからが真の奏上のはじまりだ!」


僧侶「流石勇者様・・・」


勇者「俺はなあ、この一年間国中を走り回って戦ってきた。なのに何だお前らは!こんな暖かい所でぬくぬくしやがって」


勇者「俺も昔、議会を傍聴したことがあるから知ってるが!あんたら、小難しい言葉ばかり使って!」


勇者「そうやって国民を欺いているんだろう!俺には、議会がまっとうに話し合いをしているとは到底思えないね!」


勇者「そのくせ政治家ってやつは、いつも偉そうにしやがって!」


大臣(何か急にレベルが落ちたな・・・)


勇者「それに国のためにとか、きれいな言葉を抜かしている割に全然国はよくならねえじゃねえか」


勇者「誰の税金で食ってると思ってるんだ!」


勇者「そうだ、税金だってそうだ。新しい道路を作るだの、新しい施設を建てるだのに使ってばっかで国民のためには全然使ってねえじゃねえか」


王(いや、国家予算の大半は福祉関係に使ってるけど・・・)
153 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:02:01.80 ID:NbpFE6EO0


勇者「俺を馬鹿だと思うなよ!知ってるんだぞ、役人たちだってそうだ!」


勇者「すぐに窓口を閉めやがって!あんなに早く窓口閉めやがって!人の税金で食ってるくせに、国民を馬鹿にしてるんじゃないのか!」


近衛兵長(窓口閉めてからが忙しいんだが・・・)


勇者「あのーそれに、あれだ!実家の近所に済んでる婆ちゃんも言ってたぞ、昔はよかったって!」


勇者「これって、国が年々悪くなってるってことだろ!あんたら政治家の怠慢のせいじゃないか!」


勇者「高い給料もらってるくせに、国はどんどん悪くなっていってるんじゃねえか!」


勇者「あんたらはもっと国民の声に耳を傾けるべきだ!」


大臣(これはひどい)


近衛兵長「・・・」


王「あれが勇者か・・・多少馬鹿でも真っすぐな信念を持った男だと思っていたが・・・」


勇者「政治家たちの給料を減らすべきだと思うね!あと役人どもの給料も!」


勇者「というか国の為を思うならタダでやるべきじゃないのか!そうだ、そうすれば税金の無駄だって減らせるじゃないか!」


王「ただの阿呆ではないか・・・」


王「ああもう・・・誰か、あの阿呆を止めてくれ。あれを倒した奴は、新しい勇者に指名してやっても良いぞ・・・」


勇者に過大な期待をしていたせいか、その感情をただ垂れ流し、理論も根拠もない言葉に

王は怒りすら覚えることなく、ただ呆れるばかりであった

そんな王の口から、ぽつりとこぼれ出た言葉に何処からか答えが返ってきた


「そいつはマジすか・・・?陛下」


返事などあるはずもない独り言に、応じる声に近衛兵長が一瞬で抜刀し王を庇う


近衛兵長「だ、だれだ!?」


騎士「失礼しました。勇者課の者です」


近衛兵長「大臣の手の者か、何用だ!」


賢者「いえ、用があるのは勇者の方にです」


遊び人「それより陛下、先ほどの言葉確かですね」


王「遊び人ではないか・・・ああ、もし勇者を止めれるなら勇者にでも何でもしてやるさ」


「よっしゃあ!」


商人「 俄然やる気が出てきたぜ! 」
154 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:02:28.35 ID:NbpFE6EO0


――――――


勇者「だから、そのーあのー、つまりはだ!役人たちは窓口を夜まで開けて・・・」


商人「どおりゃああああああああああ!」


二階のバルコニーからの商人の強襲

世界一の硬度を誇るオリハルコン製のソロバンに、商人の全体重をのせた渾身の一撃である

しかし、勇者は滑らかに剣を抜き一見緩やかに受け流してしまう

軌道をそらされた商人の一撃は、勇者正面にあった演台を砕いた


勇者「なんだてめえ。いまは、勇者の奏上中だぞ!奏上は誰も邪魔しちゃいけないんだぞ!」


商人「残念ながら、その理屈は俺には通用しないんだなこれが、それ次いくぞ」


どっせいと言う気の抜けた掛け声とともに

砕かれた演台の木片を勇者に向かって投げつける

さながら散弾となったそれに、勇者は両腕をクロスさせ急所をかばった


勇者「くっ・・・お前は誰だ!勇者の奏上を止めるのは法律違反だぞ!」


商人「そんな法律はねえよ、法律と慣例の区別もつかない阿呆だとはな」


商人「それに俺は、お前の同僚さ。悲しいな、この一年間ともに頑張ってきたじゃねえか」


勇者「お前の事なんぞ知らんわ」


戦士「勇者!いまいく!」


勇者に駆け寄ろうとした戦士の喉に、騎士のレイピアが一直線に伸びる

戦士は身をよじり回避する


騎士「おっと、君の相手は私だ」
155 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:02:59.47 ID:NbpFE6EO0


避けはしたが、その剣の鋭さに戦士は表情を強張らせ

そして宝飾の散りばめられた、美しい剣を鞘から抜いた


騎士「あ・・・王者の剣、ああ・・・やっぱり君たちの仕業か」


戦士「俺の剣を知っているのか、おっさん」


騎士「まあ仕事だからね。えっと君は確か、国一番の剣士だったな。よし、ここは一手ご指南いただこう!」


魔法使い「どいて戦士、そいつの狙いは時間稼ぎよ。私たちに勇者の援護をさせないつもりだわ」


魔法使い「そうはさせない、焼き尽くせ!炎魔法 ファイアー!」


賢者「氷魔法 アイシクル」


魔法使いの生み出す炎が、氷の壁によって遮られる


氷の壁はみるみる大きくなり、議員席と中央ホールの間に巨大な壁を築き上げた


魔法使い「へえ、まるでコロシアムね」


僧侶「時間稼ぎしたところで、あんなみすぼらしい男が勇者を倒せるわけないでしょうに!」


遊び人「はいはい、貴方はこちらで一緒に遊びましょうね。封印魔法 サイレント!」


遊び人が軽やかに舞い、僧侶の耳元で囁いた


それと同時に、僧侶の金切り声が封じられる


僧侶「むぐぐ!」


賢者「魔法使えるんですね・・・」


遊び人「あはは、もちろんですわ」


仮初の闘技場に勇者パーティー4人と勇者補助係の4人が対峙する


その光景を見て、近衛兵長は湧き上がる衝動を抑えられずバルコニーから身を乗り出した


近衛兵長「だめだ・・・彼らだけでは!」
156 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:03:26.16 ID:NbpFE6EO0


王「行くな近衛兵長」


近衛兵長「しかし!手練れには見えるが彼らだけでは、とても勇者一行を捕えきれない!」


近衛兵長「俺が、助けなければ!」


王が立ち上がり近衛兵長を制する


王「彼らは、筋を通している。今お前が手を出すのは野暮ってもんだろ」


王「それに見てみろ、強大な敵に立ち向かう彼らの姿を。実に楽しい、ラストシーンにはもってこいではないか」


近衛兵長「下手したら、彼らが死ぬぞ・・・それでもいいのか?」


王「そうはならんさ」


勇者の必殺の一閃を商人がソロバンで受け止める

ソロバンの珠から火花が散った


勇者「見たところ、冒険商人のようだな。たかが商人が、この俺を、世界中をたった4人で旅したこの俺たちを止められると思っているのか!?」


勇者「俺の姿を見てみろ、この鎧を、この兜を、この剣を!知らないだろうから教えてやるが、これらはすべて伝説級の装備だ!」


勇者「対してお前の武器、なんだそれは。俺の剣を受け止めるところタダのソロバンじゃないようだが、そんなもので俺と戦えるわけがないだろ」


商人「お前のつけている装備はよく知ってるさ!だがなあ、伝説級の装備を持っているのはてめえだけじゃあないんだぜ!」


商人の魔力がソロバンに流れる

ソロバンが、光を放ち梁がぐんぐんと巨大化していく

その大きさは勇者の身長をも凌駕し、その圧倒的質量で勇者の剣をはじき返した


商人「だありゃあ!」


商人の追撃に、勇者はタイミングをあわせカウンターを放つ

かろうじて避けた商人は大きく、体勢をくずした


勇者「いっちょうあがりだ!少しの間眠ってな!」
157 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:03:53.69 ID:NbpFE6EO0


勇者が剣を上段に構えると、どこからか風を切る音と共にナイフが飛んできた

ナイフは鎧の隙間を縫い、勇者の右上腕へと突き刺さった


勇者「ってええなあ!まだいやがるのか!」


姿も、殺気もみえない中、声だけが勇者に届く


「勇者様、お命ちょうだいします」


その声に、慌てた商人が声を荒げた


商人「な!なにやってるんだ!お前は、もう勇者課じゃねえんだぞ!」


商人「サポートに徹するならまだしも、直接手を出すのはダメだろうが!」


「大臣、お受け取り下さい!」


今度は大臣の頬をナイフがかすめ、壁へと突き刺さった


ナイフにはメモが括りつけられており、大臣はすばやくメモに目を落とす


メモ紙には殴り書きで「転属願ひ」としたためられていた


大臣「許す!たった今、この時をもって貴様は勇者課に再異動だ!」


盗賊「ありがとうございます!」


感謝の言葉と共に、盗賊が姿を勇者の目の前に現れた

勇者の剣が横薙ぎに盗賊を払うが、すでに盗賊の姿はそこにはなく残像だけがゆらめいている

再び気配を消した盗賊が、勇者の隙を伺い

先ほどとは違い、ナイフに渾身の殺気をのせて勇者へと放つ

勇者は簡単にナイフあしらうが、何処からともなく発せられる殺気に集中力を乱されてしまう


勇者「ああもう!!うっとうしいぞ!お前はハエか!」


盗賊「そうかもしれません!では勇者様はさしずめ、ハエに集られるうん子です!」


勇者「うがああああああああああああああああ!」



商人「俺の事を忘れてくれるなよ!どっせい!」
158 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:04:20.48 ID:NbpFE6EO0


――――――


戦士「どうしたどうした!あんたの剣はそんなものか!?」


騎士「ちょっ・・・す、少しはおじさんを労わって!」


戦士「だったらさっさと剣を収めろ!さもなくば倒れろ!俺の仕事は勇者のサポート、早く勇者の下に行かせてくれ!」


騎士「い、いや、でも、お、おじさんの仕事はまず君たちを拘束することだから」


戦士「ほら、これで終わりだ!くらえ!火炎斬り!」


遊び人「ほいっと、防御魔法シールド!」


戦士の目前数寸のところに、突然遊び人が現れその剣を魔法で防いだ


戦士が顔を赤らめ、騎士達から距離をとる


戦士「な!?てめえ僧侶の相手をしていたはずじゃ!」


遊び人「あらあら、頬をそめちゃって。かわいいですわね」


遊び人がひらりと舞う

すると、遊び人が居た場所に僧侶のスタックが降りおろされた

スタックは床を砕き、その衝撃が騎士のところまで届いた


僧侶「・・・むう!」


遊び人「さすが勇者一行の僧侶、魔法を封じられてなお戦力となりますのね」


軽やかにステップを踏み、遊び人は戦士の周囲をくるくると舞う

まるで酒場の踊り子のような様な姿に、僧侶が苛立ちを隠さず、歯をむき出しに遊び人を追いかけた

僧侶のスタックがまた振り下ろされる、しかし今度はそれだけにとどまらない

僧侶の背に隠れ戦士の突きが遊び人を襲ったのだ

しかしそれすらも遊び人は、「知っていました」とでも言わんばかりに悠々と避けてみせた
159 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:05:02.36 ID:NbpFE6EO0



遊び人「あらあら、せっかちですこと。そんなことだと乙女に嫌われますわよ」


騎士「さすが年の功・・・」


遊び人「はい・・・?」


遊び人の殺気が騎士に飛ぶ


騎士「し失礼しました・・・」


騎士「よ、よおし戦士くん!私のことも忘れてもらっては困るよ!私の奥義受けてみろ!」


場を誤魔化すような騎士の叫びに、戦士が剣を正眼に構え応じた


騎士「 王国騎士団秘技 !」



騎士「  騎士団召喚!  」



騎士「ほら、後ろをみてみろ戦士くん!君の相手は、私たちだけではない!国を守るべく鍛えられた300の騎士達だ!」


戦士「なんだと!?」


その言葉に、戦士が振り返る

しかし、そこには氷の壁越しに勇者たちの戦いを見つめる議員たちの驚嘆の表情しかなかった


戦士「 うそじゃねえかああああ! 」


ほんの一瞬の隙

それを見逃さず、遊び人と騎士が同時に動いていた

遊び人が、怒りに一歩踏み出した戦士の足を引っかける

よろめいた戦士のあごに、騎士の必殺の肘うちがあたった


騎士「ごめんね・・・おじさん、体力限界だったから。嘘ついちゃった」


僧侶(いけない!戦士さん!回復魔法!)


白目をむき、ゆっくりと前のめりに倒れる戦士に向け

僧侶が手を向ける

ほぼ条件反射的に、戦士の回復を図ろうとしたのだ

しかし、僧侶の魔法は封じられており回復魔法の光が発せられることは無かった


僧侶(しまった・・・!)


気づいたときには、遊び人の拳が僧侶のみぞおちへと突きささっていた


遊び人「ふう・・・二鳥あがりですわ」
160 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:05:30.98 ID:NbpFE6EO0


――――――


魔法使い「ああもう!しゃらくさいわねえ!光魔法 シャイニング!」


賢者「闇魔法 ダークネス」


魔法使い「もう!さっきから私の魔法を打ち消してばかりじゃないの!時間稼ぎ以外はするつもりはないってこと!?」


賢者「いやあ、時間稼ぎというか職業病ですね」


賢者「この一年、問題の事後処理ばかりでしたので先手の打ち方を忘れてしまったんですよ」


魔法使い「そんな話聞いてないわよ!」


魔法使い「睡眠魔法 スリ―プ!」


賢者「・・・」


魔法使い「あら?これは打ち消さないのね、というか効いてない・・・?」


賢者「あなた方のおかげで徹夜仕事にも慣れてますのでね、睡魔には耐性がついちゃったんですよ」


魔法使い「私たちのおかげ?さっきから、わけのわからないことを言って私を惑わすつもりね!」


魔法使い「水魔法 ウォータースプラッシュ!」


賢者「雷魔法 サンダーランス」


水の奔流と、雷の槍が交錯し

一帯が蒸気に包まれる 


魔法使い「へえ、雷って高温なのね・・・私の水魔法を蒸発させるとは」


魔法使い「でもね、こんな魔法の応酬もそう長くは通じないわよ!」


賢者「え?なぜです?」


魔法使い「だって、あなたと私じゃ魔力量に絶対的な差があるもの!こう見えても、私たちはたった4人で魔王城に到達した猛者よ!」


魔法使い「王都でぬくぬくと研究している学者連中とは、レベルが段違いってわけよ!」


賢者「私とあなたとは、そうレベル差があるとは思えませんけどねえ」


魔法使い「だったら、試してみる!?さあ、ちょっと魔法のレベルをあげるわよ!」
161 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:06:29.06 ID:NbpFE6EO0


魔法使い「大火炎魔法 ファイアーバード!」


魔法使いの手から生まれた小さな炎が、徐々に大きく燃え上がり巨大な炎の玉ができあがる

そして、その大きさに限界を迎えたのか今度はみるみると形をかえ、遂には大きな巨鳥となって羽ばたいた


賢者「あらら、もう幕引きですか。極大封印魔法 ビッグシールド!」


賢者の結界が、賢者を覆う


魔法使い「あら流石に、この魔法を打ち消すのは貴方でも無理だったのかしら?」


魔法使いの問いかけに、賢者は答えない

それどころか、さらに呪文を重ねる

すると賢者を覆っていた緑色に光る結界の一部が、うねうねと動き出し魔法使いに迫る

殺気の込められていない魔力に、魔法使いは怪訝に思いながらもそれを受け入れた

例え、知らない攻撃魔法であったとしても対応しきれる自信があったからだ

しかし意外にも光る緑色は、優しく魔法使いを包み込んだ

魔法使いは困惑する

なぜならそれは、本来なら仲間に向けられるはずのただのサポート魔法であったからだ


魔法使い「これは・・・なんのつもりかしら?」


賢者「いえ、貴方も結界で守らないと。貴方が死にかねないので」


魔法使い「馬鹿にしているの!?いきなさいファイアーバード!」
162 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:06:56.61 ID:NbpFE6EO0


巨鳥がキエエッと泣き声をあげ賢者へと突進する

しかし、巨鳥は魔法使いの手から離れた瞬間に


どおおおおおん!


轟音と共に弾けさり

その衝撃に、魔法使いは目を回しひっくり返ってしまった


魔法使い「きゅう・・・」


賢者「魔法以外の知識はからっきしのようですね、先ほどの水魔法は高温で蒸発したわけではありません」


賢者「電気分解により、この周囲には水素と酸素が充満していました。火を扱えば、こうなることは自明の理です」


賢者「まあ、大した量じゃないので派手な音を出す程度ですが」


魔法使い「うぐぐ、純粋な魔法勝負なら・・・私が勝ってた・・・」


ひっくり返って、頭に大きなタンコブをつくった魔法使いが

かろうじて意識を保ちながら、負け惜しみを吐き出す


賢者「無知は罪ですね、貴方は知らなすぎる」


魔法使い「・・・なによ」


賢者「そうですね。まずは、自然科学を学ぶといいでしょう」


賢者「理学の応用は、貴方に更なる力を授けるでしょう」



賢者「それともうひとつ、魔力量でも私は貴方に負けていませんよ」




賢者「たった4人で魔王城に到達した猛者は、あなた方だけでは無いということです」
163 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/29(金) 19:08:13.76 ID:NbpFE6EO0
今日はここまでです
一件訂正がございます。文中「スタック」と出てきますが「スタッフ」の誤りです。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/29(金) 19:27:01.91 ID:MTc0e9Mt0
一体何時になったら補助係は、今回の勇者に特権どころか子供の小遣い程度の金しか与えられてない事に気付くのだろうか?
正直、勘違いしたまま勇者叩いてるから滑稽にしか見えないんだよな。
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/29(金) 23:01:57.09 ID:sIkAAPL20
読みやすい文章でいつも楽しく読ませていただいております
そしてまさかの作中も年末進行
次回もお待ちしております
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 11:59:02.54 ID:DoF7+nn1O
いくらなんでも勇者PTと実力差がなささぎる
どんだけ勇者達弱いんだって商人とか瞬殺されないといけないだろ
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 13:27:24.32 ID:aNelLzlNo
確かに
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 15:11:06.58 ID:f0Jr0uTXo
よく考えたら勇者一行も勇者課も被害者なのに可哀想
169 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/31(日) 15:40:34.51 ID:bGx85dA80


議場には、剣とソロバン、そしてナイフがぶつかり合う音に満たされている

議員たちは誰一人として席を立とうとせず、3人の戦いを見つめている

その緊張感に耐えられなくなったのか、一人の議員が呟いた


議員「何故だ、何故渡り合えているんだ・・・」


その一言に、周囲の議員たちも同調する


「彼らは一体何者なのだ?勇者パーティーと実力差が無いなんておかしいじゃないか!」


「あんな冒険商人、勇者様なら瞬殺だろ!何故なんだ!」


「た、たしかに・・・」


「勇者様は、神託を受けたこの国の切り札だぞ。あの冒険商人は、それほどの腕なのか・・・!?」


屈強な議員「その疑問お答えしよう・・・」


「な・・・!あんた、彼らの強さがわかるのか!?」


屈強議員「ああ、私はかつて格闘家として大陸中を回った者だ。今、彼らに起こっている状況を私なりに説明できるだろう」


屈強な議員の頬に、一筋の汗が流れ落ちた

歴戦の強者風の屈強な議員

その男すら緊張を隠しきれない様相に、周りの議員は目の前で繰り広げられている戦いの

レベルの高さを、改めて認識した

屈強な議員は、戦いから目をそらすことなく静かに語り出した


屈強議員「まず勇者一行の強さからいこう。彼らは膂力のみならず集中力、魔力そして対応力、戦闘において必要な全てを高いレベルで習得している」


「ではなぜ勝てないんだ?」
170 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/31(日) 15:41:00.64 ID:bGx85dA80


屈強議員「勇者一行に足りない物、それは経験だ」


「そんなわけがあるか、勇者様達はこの一年、各地の魔物を倒してきたんだぞ」


屈強議員「そう、勇者殿たちがこの一年相手にしてきたのは魔物達ばかりということだ」


「つ、つまり対人戦闘における経験値がないということか?」


「いや勇者様は旅立つ前に剣の訓練を積んでいると聞く、それにかの戦士だって王都一の道場に勤める者だぞ」


屈強議員「対人経験値が無いとは言わんさ、だが短期間での訓練では、その経験値も骨身にまで染み込まないものさ」


屈強議員「戦士殿だってそうさ、道場剣術など実戦の経験値に比べれば屁にも劣る。そのうえ、まる一年も知性無き獣とばかり戦っていたら腕だって訛るさ」


屈強議員「先ほどの戦士殿の戦いぶりがまさにそれを物語っている」


「と、いうと?」


屈強議員「言葉で惑わされ戦闘中に相手から目をそらす、そんな過ちはそこらの兵士ですら犯さんよ」


「しかし、それだけのことで勇者様が、どこの馬の骨と知れぬやつに手こずるなど」


「そ、そうだ!例え剣で遅れたとしても、勇者様には魔法があるだろう!」


屈強議員「それについては私たちが原因だ」


「な、なぜだ?私たちが原因だと」


屈強議員「周りを見てみろ、議員たちが誰一人として逃げ出そうとせず戦いの行方に魅入られている」


屈強議員「勇者殿の魔法は、天を穿ち、地を裂くと聞く」


屈強議員「議員たちに被害を出さないために、勇者殿は魔法が繰り出せないのだ」


「なるほどお・・・」
171 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/31(日) 15:41:27.06 ID:bGx85dA80


――――――


勇者は焦っていた

奏上を邪魔されただけではなく、たかが冒険商人に手こずる自身の姿を

多くの目に晒してしまっている恥辱の心が、そうさせるのだ


勇者(くそっ!剣の稽古は、旅立ったあとも戦士との稽古で散々積んできた!)


勇者(どんな奴にだって負ける気がしねえ!だが・・・)


勇者(ソロバンとの戦い方なんて俺は習っちゃいねえぞ!)


事実、勇者は現時点において人類最強の剣士と言って差支えがないであろう

しかし、勇者の目の前にいる男が握っている物は巨大なソロバンであり

更に言えば、魔力を込めることによって伸縮する間合いが定かにならない変則的な武器であった


勇者(だが、それだけなら問題ねえ。大振りで振り回したり、勢い余ってよろついたりと隙だらけだ・・・)


勇者(そのうえ、間合いをとって魔法でぶっとばせば一発で決着は済む・・・だが)


勇者の頭上を、巨大なソロバンが素通りする

商人の横薙ぎを、危なげなく勇者が身を低くして躱したのだ


勇者(胴ががら空きじゃねえか・・・)


勇者が剣を地面と水平に構え、突きの姿勢をとった

その瞬間、何処からともなくナイフが飛んでくる


勇者(これだ・・・!商人の隙を突こうとしたり、魔法の詠唱をしようとすると、すぐにコイツが飛んでくるっ!)


勇者(俺の最大の敵は、目の前の糞ザコ商人なんかじゃねえ!サポートに徹して姿を見せねえ陰気野郎だ!)


――――――
172 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2017/12/31(日) 15:42:15.94 ID:bGx85dA80
今年はこれで失礼します。
皆さん良いお年をお迎えください。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 16:19:46.13 ID:H6yz4YHd0
更新乙です
読者の疑問にきちんと作中で答える作者の鏡
作者様も良いお年を
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 17:38:33.84 ID:aNelLzlNo
仕事が早いな、お役所仕事とは思えんぐらいにw
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 22:13:01.47 ID:KEO2xZFNO
まさかの大晦日更新乙
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/01(月) 04:32:35.87 ID:6LrzzisDO
乙&あけおめ
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/01(月) 08:51:45.78 ID:0rbKc0LLO

とはいえ、流石に苦しい言い訳になってるな。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/01(月) 09:07:08.34 ID:n2JxLFGKo
よく読んだら屈強な議員の解説、何一つあってなくてワロタ
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/01(月) 15:01:08.99 ID:4Ny0G205O
いやぁそれでも無理ありすぎるだろ…
人間と魔物との戦闘の経験だろうがなんだろうが勇者達の速度や動きに付いていけてる時点でさそれに王様達を倒す側にいるのに周りの大臣とか気にする必要ないだろ
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/01(月) 18:55:47.54 ID:FyyjHuFIo
主人公補正だから
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/01(月) 21:04:29.84 ID:xu+ULndxo
まあ、これまで勇者の強さの描写がなかったし、後付けで何とでも言えるよなあ
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/02(火) 02:40:16.49 ID:er1/LovoO
さすがにどんな動きしてくるかわからない魔物相手に戦ってきたのに人間相手に苦労するわけないよなぁ簡単にアドリブってか対応できると思うんだが

急になんか下手こいたssになってしまったこのシリーズ好きなのに
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/02(火) 18:25:13.20 ID:TZmAnHcj0
後付けで取り繕うとか見苦しいにもほどがある
100%善意で言うけど、もうやめたら?
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/02(火) 18:45:55.23 ID:OSCbBdHxo
勇者信者ワラワラで草
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/02(火) 23:24:57.05 ID:dXeVFjiLO
勇者的に器物破損はセーフなんだろうけど、無関係の人間を傷つけるのはNGなんでしょ
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/03(水) 15:14:11.37 ID:rIJdgHlLO
いい感じに上がってきたじゃないの。自分の期待した展開にならなかったくらいで癇癪起こしてるクソガキなんぞほっとけよ
187 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:51:47.82 ID:stzXCINl0


――――――


賢者「回復魔法キュア、防御魔法シールド、肉体強化ストロング」


遊び人「魔法防御マジディフェンド、瞬発強化アキレス」


商人「おぉ、力が溢れてくる!」


勇者「くそっ、補助魔法か!?」



商人の体から、光のオーブが淀みなく溢れ、その体を包み込んでいく

明らかに増した力を確かめるように、商人は拳を握りなおす

やれる

これだけの力があれば、勇者だって倒せる



戦士「・・・あんた達の負けだよ」


騎士によって縛り上げられながら、戦士が恨めしそうに呟いた

騎士が訝し気な表情を見せた


騎士「逆でしょう?商人君は二人掛かりとはいえ、勇者くんと渡り合えていたんだ」


騎士「補助魔法もかけてもらって、更に4人がかりなら猶更だよ」


騎士「まあ、私も君を縛り上げたら参戦するから5人がかりになるけどね」


戦士「いや、それでもお前たちの負けだ」


騎士「負け惜しみかい?君らしくもない・・・抵抗はしないでくれよ君たちにケガをさせたくない」


戦士「・・・それはこちらも同じだ。俺たちだって彼にも勇者一行だ」


戦士「魔王側に寝返ったからといって、この国の国民であるお前らにケガは負わせたくなかった」


戦士「だが、それももう敵わない」


騎士「?」


戦士「あんた家族はいるのか?」


騎士「・・・ああ、嫁に娘が一人いるけど」


戦士「へえ、俺と同じだな」


騎士「意外だなあ、てっきり独身かと思っていたよ」


戦士「・・・同じ子持ちのよしみで忠告してやる。五体満足でいたいなら、ここで戦いの行方を見ることだ」
188 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:52:13.95 ID:stzXCINl0


――――――


勇者「補助魔法の重ね掛けか・・・そうか・・・」


商人「お、どうした?降参するか?」


勇者「それなら死ぬことは無いだろう。こちらも本気でやらせてもらおう!」


勇者「降参するなら早めに言え」


勇者「 カミナリ !!! 」



勇者が叫ぶと同時に、剣先を天に向ける

一瞬の静けさの後、ゴロゴロと低く響く音に議場が包まれる

どおおおおおおおおおおおおん

轟音とともに、議場のドーム状の天井を突き破り雷が現れ

勇者に直撃した



商人「か、雷魔法の撃ちそこないか!?何やってるんだ勇者は」


盗賊「・・・きます」


勇者「死んでくれるなよ、冒険商人!」



商人が慌ててソロバンに魔力を込める

しかし、勇者の正拳を防ぐには至らなかった

勇者の拳は、商人の腹部に大きなへこみを作りながらも、なお止まること無く振りぬけられる

商人は、その勢いで賢者の作り上げた氷壁まで飛ばされ打ち付けられてしまった



商人「あ・・・がっ・・・」


賢者「補助魔法越しで、あの威力ですか!?回復魔法キュア」


遊び人「お手伝いします、回復魔法」


騎士「あれはなんだ、勇者の体が雷を纏っているぞ」


戦士「対魔王用に勇者が習得した身体強化魔法だ・・・雷を自らに落とし、その力を自分のものとす」


勇者「そう、今の俺は、剣の一振りで山をも切り崩す!」


勇者「まさに『神に成る』魔法だ!」


遊び人「ひどいセンス」


盗賊「・・・同感です」



勇者「」
189 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:52:43.65 ID:stzXCINl0


――――――


何が起こったか理解できなかった

ただ唯一確かなことは、勇者が勇者と呼ばれる所以

その圧倒的な武力の前に、自身の力が如何に非力であるか

その一点においてのみであった


商人(だ、だめだ・・・さっきの一撃で体中がたがただぜ)


商人(というか、素手で殴られてこのザマかよ・・・勇者強すぎじゃね)


勇者「まだ意識があるのか、タフな野郎だ」


勇者が商人へと歩を進める

当の商人は、賢者と遊び人からの回復魔法を受けてもなお立ち上がることができないでいた


商人(回復魔法が追い付いてねえ・・・時間を稼がないと)


商人「・・・お、おいおい、勇者様よ」


商人「いくら婚約者の前だからって張り切りすぎじゃあねえか・・・?」


勇者「・・・婚約者だと?」


商人(食いついた・・・)


商人「おっと、お前はまだ知らなかったけな」


勇者の肩が震え出す

目じりが上がり、歯を食いしばり、人類の救世主とは思えぬ鬼の形相を浮かべている

勇者は、地獄の底から湧き出すような声を絞り出して答えた


勇者「しししし」


勇者「知っているぞ、このボケカス!!!」


勇者「この俺を!人類の希望と祭り上げておきながら、裏では年増の婆と政略結婚させやがって!」


勇者「ぜぜぜぜったいに許さんぞ国王!」


商人「国王・・・?」


商人「おっと、残念ながらそれは恨む相手が違うわな・・・」


勇者「なに?」


商人「その結婚、画策したのはこの俺さ」


勇者「なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


勇者「こおおおおおろおおおおおおすううううう」
190 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:54:30.25 ID:stzXCINl0


勇者が床を踏み抜くほどの力を込めて、一歩を踏み出す



商人「お、おいおいおい、落ち着け落ち着け」


商人「・・・怒り狂うのは、自分の婚約者を見届けてからにしたらどうだ?」


勇者「うが?」


商人「ほら、そこにいるだろうが」



商人が勇者の後方を指さした

勇者は躊躇したものも、動けない商人を一瞥し

油断なく振り返った



遊び人「お初にお目に掛かります勇者様。わたくしが侯爵家娘。貴方のフィアンセですわ」


商人の意図を察した遊び人が

勇者の気を引くべく、勇者にウインクを飛ばす



勇者「」


遊び人「あら、どうなされましたの?」



遊び人が首をかしげる

そのかわいらしい仕草からは、齢50という年齢は感じられず

まるで野に咲く一凛の百合の花のように、白く、澄んだ美しい娘が佇んでいた



勇者「うが・・・」


勇者「・・・」



そのあまりの可愛らしさに

勇者の目じりは下がり、口元もほころぶ

肩の力は抜け、腰も抜けそうになるが、そこは勇者としての意地か

なんとか持ちこたえることができていた
191 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:54:58.86 ID:stzXCINl0


勇者「あーえー・・・俺を騙そうと・・・?」


遊び人「あら、心外ですこと。何なら、陛下にお尋ねになっては如何でしょうか」


勇者「・・・」


議場二階のテラスから事の行方を見守っていた王が声を張る


王「その者の申す事、事実である!」


王「例え、貴様が魔王側に寝返ったとしても侯爵家との約束違えるつもりはないぞ」


勇者「!」



耐えきれなくなった勇者が遂に片膝をつき

右の手のひらで、自身の顔を包み隠した



僧侶「あれ・・・勇者様?」


勇者(ま、まじか///え、まじ?これ?)


勇者(えーまじでー///めっちゃ可愛いやん・・・///)


勇者(あーまじか、まじか、まじか)


勇者「ゆゆゆ、許そう!侯爵家娘との結婚については、俺に何の憂慮もない!」


魔法使い「あ・・・最低」


僧侶「」


勇者「え、いやいやいや、陛下もああ言ってるし・・・陛下には恩もあるし・・・」


勇者「とととというか、嘘じゃないよね。まじで?」


遊び人「まじです」



賢者「・・・初々しい反応ですね」
192 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:55:26.32 ID:stzXCINl0


――――――


商人(よし・・・体は回復した、あとは隙さえあれば)



勇者は、自身の婚約者に見惚れてか

体をくねらせ、見悶えている



商人(ありゃあ童貞だな・・・)



商人の見立てに誤りはなかった

勇者は若く、女に耐性が無かった

しかしそれは男なら、誰もが通る道

だからこそ、こと女性がらみにおいては何を考えているか読みやすい

しかし、勇者には年頃の男の子と違えることが一つだけあった

それは、その使命感とそれを達成するために自らを制する力を

勇者は人並み以上に備えていたのである



勇者「・・・」



その誤算が、徐々に表に出てくる

旅のさ中で貯めに溜め込んだリビドー、この時勇者はそれを再び手中に収めつつあった



勇者「よし、この話はここまでだ。俺は、侯爵家の娘さんと結婚する!」


勇者「だが、これ以上、奏上を邪魔されてはたまらん。冒険商人とその仲間たち、そこに侯爵家の御令嬢も含めたとしてもだ」


勇者「申し訳ないが、少し間眠っていてもらうぞ」
193 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:56:01.30 ID:stzXCINl0


しかし商人は、それを許さない

彼が見抜いた、勇者の思考回路、羞恥心、プライド

全てを考慮した作戦を、このわずかな時間に練り上げた



商人「王者の剣!」



勇者「ん?」



突然の大声に、勇者が立ち止まる



商人「狂信者の錫杖」」


勇者「それが何だ?」


商人「運命の杖、奇跡の鎧!」


勇者「だから、それが何だって聞いてるんだよ!?」


賢者「・・・貴方たち勇者一行が、城内の宝物庫より盗み出した品ですよ」


勇者「盗み出したわけじゃない、平和のために使わせてもらっているだけだ!」



勇者の反応を意に介さず、商人は続ける



商人「世界樹の葉、大賢人のポーション、力の豆」


勇者「なんだ、何が言いたい」


騎士「王家秘蔵のワイン!それにブランデー!」


勇者「それは記憶にないぞ!」


賢者(流石、騎士さん強引に紛れ込ませた・・・)


商人「・・・」


勇者「気が済んだか?」


勇者「それじゃあ、終わりにしようか、冒険商人」



商人「『サルでもわかる 女の堕とし方講座 下巻』」



勇者「!」



僧侶「勇者様、どういうことですか!?」


白目をむいていた僧侶が、商人の声に呼応するかの如く

跳ね起き、そして勇者に問いかける
194 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:57:03.15 ID:stzXCINl0


魔法使い「いつのまに・・・勇者最低・・・」


勇者「ち、違う、あれは戦士が」


戦士「・・・い、いや、その」



勇者、戦士、その両方の目が泳いでいる

心当たりがあるのは誰の目にも明らかであった 



商人「そして」







商人「 『名画 裸婦画集 上下巻』 」









遊び人「あらまあ///」


僧侶「いやああああああああああああああああああああああああああ!!!」


魔法使い「 最低! 最低! 最低! 」


勇者「ちょちちちち違う!それは本当に知らないマジで知らない!」


勇者「俺じゃない俺じゃないんだ!・・・そうだ」


勇者「戦士、お前だろ!正直に言ってくれ!」


戦士「・・・」


勇者「戦士!」


騎士「・・・勇者くん、待ちなさい」
195 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:57:56.71 ID:stzXCINl0



勇者「いやだから、違うって!戦士、正直に言ってくれよ!」


騎士「なにも恥ずかしがることはない、若い男の子ならその衝動を抑えられない時もあるさ」


戦士「!?」


勇者「ち、違う・・・違うんだ・・・」


騎士「それに、戦士くんはこう見えて奥さんも子供もいる既婚者だ」


戦士「 !!!??? 」


騎士「家庭を持ち落ち着いた戦士くん、まだ若くリビドーを持て余している勇者くん」


騎士「誰の目からも、犯人は明らかじゃないかな?」


勇者「た、ただの決めつけじゃないか!証拠は何もない!」


勇者「おい、戦士答えろ!答えてくれ戦士!」


戦士「・・・」





戦士「勇者がやりました」





勇者「 せんしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!! 」


商人「はい、隙あり」



ごおおおおおん

まるで戦いの終結を歓迎する鐘のような音が議場に響く

商人の魔力を吸って巨大化したソロバンが、勇者の脳天に直撃した音だ



商人「よくなる頭だな、中身空っぽなんじゃねえの?」


勇者「」


戦士「すまない勇者・・・お前が人類を守ることを宿命づけられたのと同様に」


戦士「俺は、どんな手段を使おうと幸せな家庭を守らなくてはならないんだ・・・」


戦士「他ならともかく・・・エロ本万引きはまずい・・・」



戦士の心からの懺悔である

しかし、その言葉は勇者には届かなかった
196 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:58:48.56 ID:stzXCINl0



―――――― 




商人「さあて、一仕事終わりだな」


王「その戦いぶり、久方ぶりに魅せられたぞ勇者補助係の諸君!」


騎士「へ、陛下・・・過分なお言葉にございます」


王「そう畏まるではない騎士よ・・・そういえば、約束であったの」


王「勇者を打倒した商人。貴君のその働きぶり、実に見事であった」


王「ゆえに貴君には、新たなる勇者の称号を与えよう」



商人「あ、ありがとうございます」



騎士「いやあ、思えぬ報酬貰っちゃったなあ」


賢者「陛下は退陣を要求されているんですよ、その称号もいつまで保つものか・・・」


商人「わかってるよ、ちょっとは浸らせてくれよ」


盗賊「納得いきません・・・勇者の称号は、商人さんには相応しくありません・・・」


商人「残念でしたー。物言いがあるなら、陛下に直接言うんだな」


騎士「さて、しかし大変なことになったねえ商人くん」


商人「何がです?」


騎士「いやあ、仕事の話だよ。今や君は、新しい勇者だ」


騎士「つまり補助係の業務と、勇者としての業務を兼務しなくてはいけないわけだ」


盗賊「兼務・・・仕事が増えるってことですか?」
197 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:59:15.66 ID:stzXCINl0


賢者「名誉職で、実務はないのでは」


遊び人「何を馬鹿なことを、勇者は大変な激務ですよ」


遊び人「なぜなら、勇者は世界に平和をもたらすのが仕事なんですから」


商人「なんだ、そんなもんか」


遊び人「そんなもんだ、とは何ですか!」


商人「なあに」


商人「それなら、これまでもやってきたことさ」


商人がシニカルに笑う


遊び人「はあ?」


遊び人「・・・なら、そうですね。うん」


遊び人「それでは早速、手始めに世界に平和をもたらしていただきましょうか」



商人「う、うん?」
198 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 15:59:50.92 ID:stzXCINl0



―――――― 


大臣「何をごちゃごちゃ言っている。騎士よ、貴様の仕事はまだ終わっていないぞ!」


大臣「早く勇者一行を議場から連れ出して、聴取にうつれ」


大臣「勇者の乱入で、どれだけ審議が遅れたことか。時間の浪費は、国民の血税の浪費に他ならないのだぞ!」


大臣「議長。審議の時間など必要ない、さっさと採決にうつれ!」


議長「最低限の審議は行わなくては、国民の理解が得られませぬぞ?」


大臣「それは、衆民院の理屈であろう。いまこの国が、どれだけの危機に瀕しているか」


大臣「短時間とは言え、それを理解できないものどもが審議などしたところで何になる」


大臣「だが、知識豊かな貴族院議員の皆と一部賢しい衆民院議員の一定の理解は得られよう。いまはそれで充分なのだ」


議長「しかし議会の運営は、議会によって・・・」


大臣「わからぬ男であるな、審議の時間がとれないのは私にとっても不利なことなのだ。だがそれを差し引いても、この動議を早急に通す必要があると言っている」


大臣「構わぬから採決にうつれ。偽の王を引きずりおろし、この国をあるべき姿に変えるのだ!」


遊び人「 おまちくださああああああああああああああああい 」


議長「 あ!? 」


大臣「邪魔をするな遊び人。貴様も議事進行を遅らすというなら牢屋にぶち込むぞ!」


遊び人「新勇者様の奏上にございます!」


大臣「は!?」


商人「え!?」


遊び人「議場に御集りの皆々様、お聞きください」
199 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 16:00:18.02 ID:stzXCINl0


遊び人「いま、この場には多くの疑問があるにも関わらず、拙速な議会進行を行うことはこの国のためになりましょうや」


遊び人「陛下の正体、前勇者が奏上を行ってまで私たちに伝えようとした何か、そして大臣が拙速な議会進行を求める理由」


賢者(あ、大臣を無理やり巻き込んだ感・・・)


遊び人「これらの真実をすべて明らかにするのは、この王国議会において他なりません!」


遊び人「そして新たな勇者の力は、その真実を明らかにする一助となることでしょう」


盗賊(もういっそ、遊び人さんがそのまま続ければいいのに)


遊び人「それでは、新勇者様!どうぞこちらに!」


商人(こんのロリばばああああああああああ)


商人(何さらしてくれとるんじゃわれえええええええええ)


遊び人(ほら勇者としての初仕事ですよ、手始めにこの国の未来を明るいものにしてみてください)


遊び人(なあに、これまでもやってきたんでしょう?これぐらい簡単ですよ)


商人(ぐぬぬ・・・)


商人の脳裏に、先ほどまで行われていた勇者の奏上が駆け巡る


商人(あんな無様な姿を晒すぐらいなら死んだほうがましだ)


だが一方で、社会人として、うまく立ち回り遂には勇者と言う地位にまでたどり着き

また、これまであらゆる局面をほぼ思いつきに近いアイディアで乗り越えてきた経験が商人を鼓舞する


商人(俺ならうまくやれる・・・俺は勇者とは違う)


不安と自信、二つの異なる心が商人の中で激しくぶつかり合う


商人(陛下にも大臣にもいい顔をしつつ、この動乱をうまく収めるような提言をする・・・?)


商人(俺なら、やれるか・・・いやでも・・・)


盗賊「商人さん!」


盗賊が心配そうに、声を投げかけてきた

「やめとけ」

盗賊の目が、商人にそう訴えかる

しかし後輩からの、それも社会人になって1年目の新人からの思いは逆効果であった



商人「なめんなよ新人如きが!やってやろうじゃあねえかあ!!」
200 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 16:00:45.99 ID:stzXCINl0


――――――


商人「皆様、まずは議場内をお騒がせして申し訳ありません。私は、勇者課勇者保護係の商人と申します」


商人「私共、勇者補助係の主要業務は、勇者の管理指導。その職責を以て議事進行を妨げる勇者の軽挙を止めさせていただきました」


商人「しかしながら、私もまた先ほど陛下の任命により勇者の名を冠するに至った者」


商人「ならば勇者としての責務を果たすことになんら躊躇はございません」


商人「この国に平和を導く一人の国民、いえ勇者として、陛下に申し上げたいことがございます」


王「ふふふ・・・面白い展開ではないか。なあ近衛兵長」


近衛兵長「・・・」


王「許す、好きに申してみるがよい!」


商人「ありがとうございます」


商人「まずは、陛下。先ほどの勇者の奏上、私共の指導不足もありその論点定まらず」


商人「結果として、見苦しい姿をお見せすることになりました。しかし、かの者もまたこの国の未来を憂う者」


商人「僅か4名で、各地の魔族を討伐し遂には魔王城まで到達したほどの男です」


商人「これまでの国への献身を考慮し、勇者の主張を今一度、確認したく思いますが如何でしょうか」


王「よろしい、許す」


商人「勇者よ、陛下のお許しが出た。お前の主張を端的に申し上げろ」


大臣(なんだこれは・・・これは奏上なんて物ではない・・・)


大臣(審議の真似事をするつもりか・・・?しかし、奏上と言われては止める術はない・・・)



奏上とは、本来であれば法律によって明文化された手続きに則って執り行われ

読み上げられる奏上文は、王家付きの奏上文官によって厳しく精査される

また奏上を行うことができる立場、役職も決められている


それは、かつて王が最大権力者であった時代、奏上が政治闘争の場として利用されることを防ぐために定められた法であった

先代の勇者の奏上は、それら一切の手続きを省いたものであり本来であれば大罪人として処断されてしかるものである

しかし、それを王自身が許してしまったが故に勇者の奏上は法に則らない

それこそ、制限のないものとなってしまっていた
201 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/01/09(火) 16:01:13.55 ID:stzXCINl0


商人(だからこそ、なんでもやれる!本来の奏上とはかけ離れても、うまいこと回して乗り切ってみせる!)


大臣(商人の目的は何なんだ?何故この期に及んで、奏上なんかを始めてしまったのだ・・・)


大臣(いや、奴は賢しい。自身が誰の部下であるかは、忘れていまい・・・)


勇者「・・・」


商人によって一度は昏倒されたものも、勇者はすぐに目覚めていた

戦士たち同様に、縛り上げられこそしていたが、勇者の膂力をもってすれば縄を引きちぎることも容易であった

しかし、それをしなかったのは勇者が冷静さを取り戻しつつあったからである


勇者(俺は何で、あんなに興奮してしまっていたのだろう・・・奏上も台無しにされてしまった)


勇者(魔王から引き受けた仕事も半端のままじゃないか・・・)


その思いが故に、勇者は商人の問いかけに落ち着いて答えることができた


勇者「俺は・・・」


勇者「俺は、魔王との対話で魔族にも知性と礼節を持つ者があることを知った」


勇者「そして、王国内で魔族が安い給料で働かされていることもだ」


勇者「王都内の魔族は俺と同じだ。僅かな資金で、労働を強いられている」


勇者「ろくに資金も与えられず魔王討伐に送り出された俺と同じなんだ」


勇者「その姿に同情した。だから、彼らを救おうと思った・・・」


商人「ろくな資金も与えられず?」


勇者「俺たちが、旅立つ前に与えられた資金は僅か50Gだ」


大臣「・・・っち」


商人「はあ?それで、どうやって旅を、あの強行軍を成し遂げたというんだ?」
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