【オリジナル】ファーストプリキュア!【プリキュア】

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144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:40:41.78 ID:agWmrLpM0
>>1です。
少々遅れましたが、今週の投下を始めます。
本日の「なぜなに☆ふぁーすと」はネタがないのでお休みします。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:43:53.27 ID:agWmrLpM0

第四話 【新たな力! カルテナって、何!?】


 そこは、暗闇の世界。光はある。されど、すべてが黒いから光を返さない、そんな場所。

 そんなアンリミテッドが統べる場を、ゴーダーツは思案顔で歩いていた。


 ――――『ゴーダーツ。たしかに我々はロイヤリティのくだらぬ慣習や誇りなどにはとらわれぬ。しかし、だからこそ欲望の戦士として、己の欲望に対して真摯であれ。もしそうでなくなれば、貴様は貴様が忌み嫌うロイヤリティと同等ということになるぞ? 欲しいものがあれば、真っ向から奪い取れ。人質を取るなどといった卑劣な真似は慎むべきであろう』


 頭に浮かぶのは、デザイアの言葉。それはあまりにも深く、ゴーダーツの奥底に突き刺さっていた。

「己の欲望に対して真摯であれ、か」

 自分は必死になりすぎたのだろうか。その必死さで、まさか、上司であるデザイアの手を煩わせてしまうとは、思っていなかった。

「私は……――」

「――……やあ、ゴーダーツ。久しぶりだね」

 進む先、デザイアが待つ部屋の手前で、ゴーダーツを待ち構える影があった。上背はゴーダーツと同じか少し低いくらい。細身の身体に、それこそあのプリキュアたちともそう変わらぬ細腕の男。細い目にうさんくさい笑みを貼り付けて、彼はゴーダーツに笑いかけた。

「……ふん。ようやく召喚に応じたか。ダッシュー」

 彼の名はダッシュー。ゴーダーツの同志、アンリミテッドの欲望の戦士である。

「いやあ、遅くなって申し訳なかったね。その間、どうも君にがんばらせすぎてしまったようだ」

「……なんだと?」

 しかし、たとえ同志であろうとなんだろうと、必ずしも好意的な仲ではない。

「はは、そう怖い顔をしないでおくれよ。聞いたよ。先日、わざわざデザイア様に迎えに来させたんだって? 君も随分と偉くなったものだね、ゴーダーツ」

「っ……」

 目の前のひねくれた男の皮肉が事実であるからこそ、ゴーダーツはそれに返す言葉を持たなかった。

「まぁ、安心してくれていいよ。君がもう無様な体たらくを晒すことはない。だって、これから僕がプリキュアとやらを倒しに行くんだからね」

「なに?」

「おっと、だから怖い顔をしないでくれって。これはデザイア様のご命令だよ? 僕に、情熱の王女捕獲とプリキュア撃退をお命じになったんだ」

「ぐっ……」

 デザイアはゴーダーツのことを見限ったのだろうか。役立たずだから働くなと、そう暗に告げているのだろうか。

「まぁ、せいぜい休んでおきなよ。それじゃ、僕はホーピッシュヘ行く。ゆっくり養生してくれたまえ、ゴーダーツ」

 嘲弄するように告げて、ダッシューは消えた。ただ、ゴーダーツの脳裏には、未だダッシューの言葉が染みついている。

 デザイアはゴーダーツではなく、ダッシューにプリキュア討伐を命じたのだ。

「プリキュア……なぜ、私に倒すことが叶わなかったのだ……」



「決まっている。貴様の欲望の力が足りぬからであろう」

146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:44:30.63 ID:agWmrLpM0

「!? で、デザイア様!?」

 重い扉に寄りかかるようにして、ゴーダーツはおろか、ダッシューよりも華奢な黒ずくめの紳士が立っていた。仮面の下の表情は窺い知ることができず、ただ空虚な目線がゴーダーツを貫く。

「貴様は欲望の力で何がしたい? 何を望んだ? そして、ロイヤリティをなぜ憎んだ?」

「…………」

「思い出せ。そして悲しみに泣き、怒りに震え、憎しみに悶え、憤りに吼えろ。貴様を裏切ったロイヤリティとその王族を許すな。叩きつぶせ。そのための欲望は、貴様の中にしかないのだ」

 言葉は淡々としていた、どこまでも簡潔だった。しかし、そのデザイアの冷たい言葉は、冷たく暗い炎をゴーダーツの中によみがえらせた。

「……デザイア様」

「なんだ?」

「……佩刀の許可を頂きたく存じます」

 ゴーダーツの暗い瞳がデザイアの仮面を見据える。その覚悟がデザイアにも伝わったのだろう。おごそかにうなずいた仮面の紳士は、細い腕を振るう。その手が黒いもやに包まれ、やがてそのもやが形を作る。それは、長大な漆黒の剣だ。

「……使え。欲望の闇で塗り固められた業物だ」

 デザイアがその剣を放り投げる。受け取ったゴーダーツは、恐ろしく重いその剣を、厳かに拝領した。

「……かつてのことを思い出すわけではありません。私は、私として、欲望の戦士ゴーダーツとして、かつての“私”を利用するというだけのこと。そう、私は、私の欲望のために、過去の己を利用する。ただ、それだけです」

「ああ。己の何もかもを利用してでも、己の欲望を全うする。それでこそアンリミテッドの戦士だ」 デザイアは抑揚のない声で告げると、ゴーダーツに背を向け、扉に手をかけた。「今日のところはダッシューに任せておけ。貴様は剣の稽古でもしているがいいだろう」

「はっ。そうさせていただきます」

「ああ」

 扉を開き、暗黒へと足を踏み出したデザイアを、しかしゴーダーツが呼び止めた。

「デザイア様!」

「……何だ?」

 ゴーダーツは深く低頭し、腹の底から声を出した。

「ありがとう、ございます……!!」

「…………」

 デザイアはもはや顔すら見えぬほどに深く頭を下げるゴーダーツに何を言うこともなく、そのまま扉の奥へと消えた。
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:45:59.79 ID:agWmrLpM0

…………………………

 空気はひんやりと冷たいが、日差しが温かい。夏服だったら寒いだろうけど、冬服だから心地良い。

 私立ダイアナ学園女子中等部の屋上は、まさに春まっさかりという陽気だった。

「あー、暖かいグリぃ……」

「そうニコねぇ……」

 のんきなものだ。ぬいぐるみのような王族、ブレイとフレンは屋上に横たわり、ぐーたらと寝こけている。

「それに引き替え、わたしたちは……」

「こら、王野さん。なまけてないで、王野さんも考えなさいよ」

「ふぁーい」

 せっかくの昼休み、わたしものんびりしたいなー、なんて思っていても、横にいるパートナーがそれを許してはくれそうにない。

「実際、真剣に考えなくちゃいけないんだから。私たちのロイヤルストレートが、あんなに簡単にデザイアに防がれてしまったのよ?」

「うーん……」

 たしかに、めぐみの言うとおりなのだ。先日、ゴーダーツをあと一歩のところまで追い詰めたキュアグリフとキュアユニコだったが、そのゴーダーツに放ったロイヤルストレートを、アンリミテッドの最高司令官、暗黒騎士デザイアにいとも容易く吹き飛ばされてしまったのだ。

「今のところはデザイア自身に私たちと戦う意志はないようだけど、もし気が変わったら……」

「……勝てるのかな、わたしたちで」

「…………」

 ゆうきとめぐみは成り立ての戦士だ。だから、戦いのいろはも何も知らない。プリキュアとしての圧倒的な身体能力、耐久力、体力、そして、王者の誇りと戦士の絆の光――それらにものを言わせて勝ってきたのだ。

 もし、デザイアがそれらをすべて合わせても勝てない相手だったとしたら、どうなる。

「……でも、それでも、わたしたちは勝たなくちゃ。ブレイとフレンのために。そして、自分たちのためにも」

「ええ」

 目を合わせ、頷き合う。勝てるか勝てないかではなく、勝たなければならないのだ。そうでなければ、ロイヤリティを取り戻すことはおろか、自分たちの住まうこのホーピッシュすら守れないのだから。

「……カルテナ」

「えっ?」

 ふと、ゆうきでもめぐみでもない声が小さく響いた。目を向ければ、ブレイがゆっくりと身をもたげるところだった。
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:47:06.99 ID:agWmrLpM0

「“カルテナ”グリ。ロイヤリティの伝説に記されている、プリキュアが持つ伝説の武器グリ」

「フレンも聞いたことがあるニコ。かつて、伝説の戦士プリキュアは、王者よりカルテナを賜り、それで闇を打ち倒したという伝説を」

「カルテナ……」

「それって、一体……」

「ブレイたちにも詳しいことは分からないグリ。けれど、ふたりが伝説の戦士である以上、カルテナはふたりに力を貸してくれるはずグリ」

 伝説の戦士が持つ伝説の武器、カルテナ。それは一体、どこにあるというのだろうか。

「……それから、もうひとつ気になることがあるニコ」

「? なに、フレン?」

 フレンが少し浮かない顔をして言った。

「情熱の王女、パーシーのことニコ」

「グリ……」

 フレンとブレイはお互い不安そうな顔を見合わせる。

「パーシー? 情熱の王女ってことは、ふたりと同じロイヤリティの王族なの?」

「グリ。ロイヤリティの四つの王国のひとつ、情熱の国の王女グリ。ロイヤリティからこっちの世界にくるときにはぐれてしまったグリ……」

「パーシーは物静かでおとなしい子だから、心配ニコ……」

「そっか。ゴーダーツが優しさのエスカッシャンを持っているみたいに、情熱のエスカッシャンを持っているアンリミテッドの戦士がいたら……」

「……早く見つけてあげないとね」

 今もひとりで震えているのだとしたら、いくらなんでもさみしすぎる。ただ、ゆうきにはもうひとつ気になることがあった。

「あれ? でも、あとひとり、愛の国の王女様は?」

「……?」

 途端に、ブレイとフレンは不思議そうに首をかしげた。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:48:28.92 ID:agWmrLpM0

「ラブリなら、大丈夫グリ」

「ニコ。大丈夫ニコ」

「えっ? で、でも、そのラブリっていう子も、今はひとりぼっちなんじゃない?」

「グリ。もちろん、ラブリはひとりグリ。でも、ラブリはひとりが好きな完ぺき主義者だから、大丈夫グリ」

 ブレイとフレンの言葉には、どこか確信めいたものがあった。パーシーという情熱の王女のことは心配だが、ラブリという愛の王女のことはまったく心配していないらしい。

「……もしかして、だけどさ。ブレイ、フレン、そのラブリっていう王女様のこと、苦手なの?」

 図星だったようだ。ブレイとフレンはほぼ同時にぷいっとそっぽを向いた。

「ラブリは、ちょっと勉強ができてスポーツが得意で剣術も馬術もすごくて王室の作法も何もかも完ぺきにこなすからって、フレンたちのことを馬鹿にするニコ」

「……ブレイはとくに、何もかもダメダメだったから、よくラブリに馬鹿にされたグリ」

 なるほど。とんでもない完全無欠の王女様らしい。しかし、だ。

「……でも、ブレイとフレンも仲良くなれたんだから、そのラブリとも仲良くなれるといいね」

「グリ……」

「ニコ……」

 あんまり乗り気ではないようだ。ラブリは、そんなに高慢な王女様だったのだろうか。

 ともあれ。

「……ふたりの王女様捜索に、伝説の武器カルテナ……やることだらけだなぁ」

「それだけじゃないわよ。学級委員のお仕事と、あと、中間テストも迫ってるんだからね?」

「…………」

「それから、明日は新入生歓迎会だから、放課後は準備よ?」

 女子中学生は、忙しい。
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:50:37.08 ID:agWmrLpM0

…………………………

 放課後、ブレイとフレンをカバンに入れて、ゆうきとめぐみは体育館に向かった。

「――そこはそうじゃないでしょ! もっとこう、感情的に!!」

「いや、これくらい淡々としていた方がいい。その方が、後の展開での感情が映える」

 体育館に入った途端に大音声が耳に入る。喧嘩をしているようにも聞こえるそのふたりの声は、ゆうきにとって聞き慣れたものだった。

「ユキナ? 有紗?」

 体育館の奥、舞台の上で大声で話し合う友達ふたりの姿があった。ふたりともジャージ姿で、どうやら部活動の真っ最中らしい。

「お、王野さん。どうしよう。止めた方がいいのかしら……」

「えっ?」

 緊張をはらんだ声。傍らのめぐみがおろおろと所在なげに舞台を見つめている。その視線の先には、大声で言い合うユキナと有紗の姿がある。

「でもさ! それじゃなんか違和感ない!? ここのシーン!」

「いやいや! ここは「感情を表に出したいんだけど抑えなくちゃいけない……」そういう複雑な気持ちを表すべきだよ!」

 声はますます大きくなる。それはたしかに、端から見ればまるっきり、言い争いだ。

「……大丈夫だよ。あんなの、ふたりにとっては日常茶飯事だもん」

「え……?」

「見てれば分かるよ」

 不思議そうな顔をするめぐみから目を離し、舞台に目を向ける。

「むむむ……」

「うーむ……」

 ユキナと有紗は向かい合ったまま悩むように顔をひそめている。しかしやがて、双方同時にぽんと手を叩き、明るい表情で口を開いた。

「そうだ! じゃあ、このシーンは、もう少しBGMを工夫して、内面の感情を表現しようよ!」

「いいね! それから、照明にも協力してもらって、光も効果的に使おう。ライトの色を一工夫してもらったら、もっとよくなる!」

「よーし、決定!」

「そうと決まれば、早速みんなにフィードバックしよう! おーい、みんなー!」

 ものの数十秒ほどの出来事である。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:51:13.68 ID:agWmrLpM0

「な……なに、あれ?」

 呆気に取られたような声で、めぐみが問う。

「最初は喧嘩してるように見えた? でも、あんなのユキナと有紗の間じゃ喧嘩って言わないよ。あのふたりは、どこまでも演劇に真剣なんだ。だから、時々あんな風にぶつかり合うけど、お互いが真剣だって分かってるから、ぶつけ合った言葉をお互いに考えあって、ああやって結論を出すの。すごいよね」

「お互いの考えをぶつけ合って、結論を出す……うん。すごいわ」

 めぐみは心の底から感心しているようだった。ミーティングを始めた演劇部、そしてその中心に立つユキナと有紗を熱心に見つめている。

「私たちも、いつか、あんな風に……」

「えっ? 何か言った?」

 めぐみの口から小さく洩れた声を聞き逃してしまった。聞き返すと、めぐみはなぜか慌てた顔で首を振った。

「う、ううん。なんでもないわ」

「え? でも……」

「あ、ほら! あっちの隅に学級委員が集まってるわ! 新入生歓迎会の準備を始めるみたい! 行きましょう!」

「わっ、わあ! いきなり引っ張らないでよぉ!」

 めぐみに引きずられながら、ゆうきは心の中でそっと思った。

 いつか、自分とめぐみも、あんな風になれたらいいな、と。
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:52:38.50 ID:agWmrLpM0

…………………………

「これはいったいなんの準備をしているグリ?」

 シートを敷き、パイプイスを運び、並べ、それなりにハードな準備作業をしていたゆうきとめぐみは、その言葉が耳に入って思わず飛び上がりそうなほど驚いた。

「ブレイ!?」

「グリ?」

 不思議そうに目を丸くしないでほしい。勇気の王子ことブレイが、シートの敷かれた体育館の床に、ずんぐりむっくりと立っていたのだ。そのすぐとなりにはフレンがいて、学級委員たちが働く姿を物珍しそうに眺めていた。

「ふたりとも! みんないるんだから、出てきたらダメじゃない!」

「ずっとバッグの中にいたら苦しいニコ! それに……」

 小声でブレイとフレンをしかるが、当の二人はそ知らぬ顔だ。

「……誰もブレイたちのことなんか見てないグリ」

「えっ?」

「みんな一生懸命に準備してるニコ」

 見回してみればその通りだ、作業の手を止めてブレイたちと話しているゆうきたちの方が目立っていそうなくらいだ。みんな協力し合い、あと少しで完成しそうな新入生歓迎会会場の準備に真剣に取り組んでいる。

「みんなどうしてこんなに真剣に作業をしているニコ?」

「そんなの決まってるわ。私たちだって、去年、先輩方がこうして準備してくれた会場で歓迎会をしてもらったんだから」

「わたしたちが次の新入生のために会場準備をしてあげるなんて、当たり前のことだよ」

 それは、少なくとも当たり前の想い。してもらったことを、してもらったように、次の新入生に返してあげるというだけのことだ。けれどそれを自分たちで口にし、自覚した途端、どこか気恥ずかしくも誇らしく思えてきた。こんな素敵な伝統を引き継いでいるダイアナ学園のことが、準備をしている学級委員の仲間たちのことが、そして、自分たち自身のことが、である。

「それに、ゆうきたちのことだけじゃないグリ。あの舞台の上の人たちも、すごくがんばってるグリ!」

「舞台の上って……」

 ブレイの見つめる先に目をやると、そこには演劇に打ち込むユキナら演劇部の姿がある。下で準備をしている学級委員のことを気にする様子も見せず、おそらく通し稽古だろう、遠く離れた場所にも声高々と台詞が響かせている。

 新入生歓迎会のほんの一コマ。ほんの二十分ほどの時間の演劇のために一生懸命がんばっているユキナたちの姿に、しばし見ほれてしまう。

「……あの人たちは、私たちとは少し違うわ」

「違うニコ?」

 めぐみの言葉に、フレンが首をかしげる。

「ええ。もちろん、演劇部のみんなは、新入生に楽しんでもらおうとも思っているわ。でも、それ以上に、自分たちが好きでやっている演劇をがんばりたいっていう気持ちから、あんなに熱心にやっているのだと思うわ」

「……うん。きっとそうだよ。ユキナも有紗も、演劇が大好きだから。もちろん、他の演劇部の人たちも」

 と、いつまでも呆けているわけにはいかない。ふたりボーッとしている間にも、三年生や他のクラスの学級委員はどんどん準備を進めているのだ。

「……ま、いいや。みんなの邪魔にならないようにね。それからもし見つかったら、ただのぬいぐるみのフリをするんだよ」

「ニコ!? この高貴な優しさの王女にぬいぐるみのフリをしろってこと言ってるニコ!? 失礼ニコ!」

「あら、ならバッグの中でじっとしてる?」

「ニコぉ……」

 押し黙ってしまったフレンに見送られながら、ゆうきとめぐみは学級委員の仕事に戻っていった。
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:53:21.62 ID:agWmrLpM0

…………………………

「……ここか」

 彼、闇の戦士ダッシューは知っていた。

「私立ダイアナ学園女子中等部……まだ、いてくれるといいけど」

 ロイヤリティの伝説の戦士プリキュア。欲望の戦士である己とは対極に位置する、光と誇りの戦士。

「本当は、情熱の王女を見つけてからの方が効率的なのだろうけど、まぁいいか」

 ふたりの戦士が、この学園の生徒であることを。

「アンリミテッドが飲み込んだロイヤリティの残りカス。なんの力も持たない腐った王族の生き残り。そんなもの、どうせ恐るるに足ものじゃない。なら、僕は、僕のこの “欲望” を優先する」

 即ち、“伝説の戦士とやらをこの目で見てみたい” という好奇心に近い欲望である。

「ゴーダーツを三度も退けた伝説の戦士……その力、しっかりと見せてもらおうじゃないか、プリキュア」

 端正な顔立ちに酷薄な笑みを浮かべ、彼はダイアナ学園へと足を踏み入れた。
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:55:19.66 ID:agWmrLpM0

…………………………

「ゆうきっ、お疲れ様っ」

「わっ」

 あらかた作業も終わり、残りの準備は明日の朝という運びとなった。学級委員は皆晴れやかな顔をして解散し、ゆうきとめぐみもまた気持ちよく家路につこうとしていた。

 そんなときに、急に背後から飛びつかれれば驚きもする。

「ユキナ?」

「うんっ。見てたよー、ゆうきと大埜さん、途中でちょっと作業サボってたでしょ?」

「さ、サボってなんかないよ」

 言い返してから気づく。そういえば、ブレイとフレンと話していたときは、周りからはサボっているように見えたかもしれない。

「あー……」

「ちょっとちょっと! 冗談だよ、冗談。そんな気にしないでよ」

「ゆうきはマジメだから、冗談でも気に病んでしまうんだ。あんまり変なことを言うんじゃない」

「あいたっ」

 慌てるユキナの頭を軽くはたく手。背が高いクラスメイト、ユキナとセットの有紗だ。

「有紗ひっどーい」

「ひどくない」

 ふたりのかけあいはもはや定番と言ってもいいかもしれない。ユキナがバカをやって、有紗がたしなめるのだ。

「ふたりとも、練習は?」

「今は休憩中なんだ。あと一回通し稽古をして、それでおしまいだよ」

「そっか」

 先の、演劇部の練習の様子を思い出す。誰も彼も、自分たちのやっていることに誇りを持っていて、キラキラと輝いていた。きっと、明日はもっと輝くのだろう。ゆうきは、そんなユキナと有紗を、去年一年間、ずっと間近で見てきたのだ。

「……明日の本番、がんばってね」

「うん。ありがと、ゆうき」
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:57:15.71 ID:agWmrLpM0

 そんなふたりだからこそ、がんばってほしい。そんなふたりだからこそ、報われてほしい。

 きっとこんな勝手なことを考えずとも、ふたりは自分たちでがんばって、自分たちで報われていくのだろうけれど。

「明日、見に来てくれるとうれしい。もちろん、大埜さんも」

「えっ……」

 ゆうきより一歩下がった位置で話を聞いていただけのめぐみに、有紗が声をかける。急なことで驚いた様子のめぐみにかまわず、有紗は続けた。

「もちろん、予定があったりしたら来られないとは思うけど……」

「あっ……その、行くわ。私も、行く。楽しみに、してるから……」

「そっか。ありがとう、大埜さん」

「あ、そろそろ休憩終わりだよ、有紗」

「ああ、本当だ。じゃあ、また明日。ゆうき。大埜さん」

「ふたりとも、明日の演劇部の舞台、楽しみにしててねえっ」

 体育館を舞台に向けて駆けていくゆうきと有紗。笑顔が弾け、輝いている。

「……まるで、ホーピッシュそのものみたいグリ」

「えっ?」

 いつの間にか、ブレイとフレンが足下にやってきていた。ブレイは大きな瞳でユキナと有紗を見つめながら、小さな声でつぶやいた。

「あのふたりグリ。あれが、希望の世界ホーピッシュの希望の力グリ……」

「あのふたりが? ははっ、それ、面白い冗談だね」

「冗談じゃないニコ。ゆうき、あんたにはあの希望の力が足りてないニコっ」

「えっ……怒られてるの、わたし……」

「希望の力……」

 少しだけへこむゆうきと、感慨深げにユキナと有紗を見つめるめぐみ。

「……なんとなく、わかる気がするかも。あそこまで熱心になれる何かを、私は持っていないもの」

「大埜さんまで……」

 ゆうきにはよくわからない。よくわからないけれど、ユキナと有紗を見ていてすごいとは思う。すごいと思うし、応援してあげたいと思う。

「それが、希望の力……」



「――いいや、違う。すばらしい欲望の力だ」
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 10:58:50.98 ID:agWmrLpM0

 世界が暗闇に落ちる。体育館の照明は落ち、すべてが薄暗く染まる。しかし響いたのは、朗々としたとても明るい声だ。

「誰!?」

「アンリミテッド……!」

 周囲を見回す。体育館で作業をしていた生徒も、教員も、もちろんユキナや有紗も消えている。

 ゆうきたち以外が消えたその場に、しかし彼だけははっきりとその存在を示していた。

「まったく、すばらしい。あれこそが正しい欲望のあり方だ」

「あなた、誰!? アンリミテッドの仲間!?」

 体育館の真ん中に彼は立ち尽くしていた。透き通るような白い肌。ゴーダーツよりは低いが男性としては十分すぎる上背。デザイアのそれと大して変わらない細腕。ゴーダーツが戦士、デザイアが紳士とすれば、彼は若い小姓といった風情だ。

「初めまして、お嬢さん方。僕の名はダッシュー。ゴーダーツと同じく、アンリミテッドの闇の欲望の戦士だ。以後、お見知りおきを」

 どこまでもへりくだった様子で、彼は軽薄な笑みを浮かべて恭しく頭を垂れた。その姿に、ゴーダーツのように、相手を上から馬鹿にした傲慢な態度はない。しかしながら、そもそも真剣に相手と向き合っていない、相手をなんとも思っていない、小馬鹿にするよう態度がにじみ出ていた。

 それはゴーダーツよりよっぽど身近に感じられる敵で、だからこそゆうきにはそれが恐怖に感じられた。

 ゴーダーツのように、敵らしい敵だけでなく、こんなにも当たり前の人間までもが、アンリミテッドの欲望の戦士なのだ。こんなどこにでもいそうな、少しひねくれているだけのような人間が、ブレイたちの世界を飲み込み、滅ぼしたのだと実感してしまうから。

 そんな当たり前の人間までもが、欲望のために誰かを不幸にしてしまうのだと、否応なしに理解させられるから。

「……こちらこそ、初めまして、ダッシューさん」

 けれど、だからといって、その程度で引き下がるゆうきではない。

 こちとら伊達に、十余年も王野ゆうきをやっているわけではないのだ。

「わたしは王野ゆうき。ううん、あなたたち的には、こう名乗った方がいいのかな? ロイヤリティの伝説の戦士、勇気のプリキュア・キュアグリフ。よろしくね」

「……私は、大埜めぐみ。優しさのプリキュア・キュアユニコよ」

 めぐみがゆうきに付き合って、名乗ってくれるだけで、嬉しい。めぐみはできる限り、ゆうきのわがままに合わせてくれているのだ。

「ねえ、ダッシュー、あなたもエスカッシャンを持っているの?」

「うん、もちろん」

 言うや、ダッシューは懐からいびつな五角形をした小さな板を取り出した。それはキラキラと輝く、とても美しい赤の盾だった。

「あれが……」

「エスカッシャン……」
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:00:12.03 ID:agWmrLpM0

「ああ。紅蓮に燃え立つ赤のエスカッシャン。情熱の国のエスカッシャンだ」

「グリ!?」

 ブレイが驚きに身を震わせる。

「まさか……おまえはもうパーシーを捕まえてしまったグリ!?」

「いやいや。生憎とぼくは、最近アンリミテッド本部に戻ってきたばかりでね。このホーピッシュに来るのは今回が初めてなんだよ。だから、まだ情熱の王女捕獲はおろか、捜索すら満足にできていない状況でね。

「な、なら何で……フレンたちのところへ来たニコ?」

「おや? まるで情熱の王女を囮にして、自分たちは助かろうというような言葉ですね。優しさの王女?」

「ニコ!? そ、そんなこと言ってないニコ!」

「どうだかね」

 くすくすと、秀麗な顔をそのままに、上品に笑う。その姿は、意地悪くこそあれ、やはり敵とは思えなかった。

「ふざけないで! フレンはそんな卑怯なことを考えるような子じゃないわ!」

「めぐみ……」

「……あんた、最低ね。そういうの、意地が悪いっていうのよ」

「はは、うん、知ってるよ。よく言われるからね」

 その意地悪さは、飄々とした様子は、どこまでも自然だった。だからこそ、恐ろしい。そんな存在が、世界をひとつ、国を四つ、滅ぼしてしまえるというその事実が。

「っ……」

「おや? そっちの君は怖いのかな、僕が?」

「…………」

 身体が震える。目の前のどこにでもいそうな男が、ただ己の欲望を満たすためだけに世界を滅ぼす一助となったこと。その事実が、ゆうきの心を苛み、苦しめる。心が寒くなる。足が震え、手が震え、歯の根さえかみ合わなくなる。

 けれど、手の震えは、止まる。

「あっ……」

「……ひとりで考え込まないの。あなたの悪い癖よ」

 握られた手から、熱が伝わるから。温かい手を持つ仲間が、傍らで自分を支えてくれているから。

「がんばって」

「……うん!」
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:01:25.21 ID:agWmrLpM0

 大丈夫。前を向ける。戦う前の、自分だけの戦い。王野ゆうきとしての譲れない一線を、守らなければ。

「ダッシュー」

「なにかな?」

 薄ら寒い笑みも、もう怖くない。まだやり直せると、ゆうきは信じているから。

「……そのエスカッシャンを、返して」

「…………」

「返して。それは、ロイヤリティのものだよ」

 ダッシューは笑みを浮かべたまま、品定めをするかのようにゆうきを眺めた。視線を不快に思いながらも、ゆうきは一秒たりともダッシューから視線を逸らすような愚行は犯さなかった。

「……はは」 やがて、ダッシューは小さく声を出して笑った。「なるほどね。これは厄介だ。デザイア様がわざわざ僕に警戒を促す理由も分かるというものだ。君のような人間と、僕らアンリミテッドは、絶対に相容れない」

「な……なんですって?」

「分からなくていいさ。僕も、わざわざ説明をする気はない。答えを返そう。僕はこれを君に返す義務を負わない。だから、返さない」

 ダッシューの軽薄な口調が、そのときばかりは何かを胸に秘めるかのように、強い口調へと変わっていた。

「どうして? それは、ロイヤリティのものでしょ? それを無理矢理奪ったあなたに、そんなことが言えるはずない!」

「そうだね。けれど、これはロイヤリティのものであり、情熱の国のものであり、情熱の王女のものだ。君たちに渡してしまっては、情熱の王女に申し訳がないじゃないか」

「ニコ!! そんなこと少しも思っていないくせに、よくもヌケヌケとそんなことが言えるニコ!!」

「おっと、これは怖いな。けれど、言わせてもらえるなら、優しさの王女? 僕はあなたのような人間が一番信用ならないと思いますが?」

「ニコ!?」

 ダッシューの笑みを含んだ視線が、フレンを向く。

「……ねえ、優しさの王女? あなたは情熱のエスカッシャンを手に入れたら、それを自分のものにしてしまうのではありませんか?」

「に、ニコ!? そんなことしないニコ!!」

「ちょっと待ちなさい! あなた一体何を言っているの!?」

 ダッシューの言葉に、めぐみが大声を上げた。大切な友達が小馬鹿にされっぱなしなのだ。それをずっと耐えていられるほど、めぐみは “優しくなく” ない。

「フレンは仲間のエスカッシャンを自分のものにしたりしないわ! フレンとブレイは、ロイヤリティの王族すべてが手を取り合う未来を望んでいるのよ!」

「……へぇ。どうだかね。残念ながら、僕は王族のそんな言葉を鵜呑みにしていとは、とても思えないけど」
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:03:23.69 ID:agWmrLpM0

「いい加減にするグリ! お前は……お前たちアンリミテッドは、いったい何がしたいグリ!」

 そしてやはり、ブレイもまた、友達や自分の誇りを傷つけられて黙っていられるほど、“勇敢でなく” ない。

「それが自分たちの欲望だと言って、エスカッシャンを奪い、ロイヤリティを飲み込んだグリ! そんなお前たちに、信用なんてことを言われたくはないグリ!」

「そうか。うん、そうだね。その通りだ。なら、始めようか? ロイヤリティの王子様、王女様……そして、伝説の戦士プリキュア」

「……!」

 ダッシューの言葉に、ゆうきとめぐみは身構えた。

 もう、戦うしかないのだろうか。やはり、ゴーダーツのときと同じように、目の前の男とも戦わなくてはならないのだろうか。


 ―――― 『でも、ゆうきも戦うでしょ?』


「…………」

 そう。そうだ。自分は、何のために戦うのだ。思い出せ。大切な幼なじみが教えてくれた、自分の戦う理由。ブレイのため、フレンのため、ロイヤリティのため、このホーピッシュのため、そして――、

「……やろう、大埜さん。わたしたちが止めなくちゃ。こんな馬鹿なことをしてる、あの人たちを。わたしたちが、叱り飛ばしてでも止めてあげなくちゃ」

「ええ」

 ゆうきは臆病だ。戦うことが、未だに怖い。もしもめぐみが隣にいなかったらなんて考えたら、震えが止まらない。

 けれど、それでも、たとえなんであったとしても。

「……わたしは、あなたたちを止めるために、改心させるために、戦う」

「……へぇ」

 ダッシューが、いやらしく笑う。

「ほんと、嫌な子だ」

「嫌な子でいいよ! ブレイ!」
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:04:47.24 ID:agWmrLpM0

「グリ! ゆうき、めぐみ、プリキュアの紋章を受け取るグリ!」

 薄紅色と空色の光が、ふたりの妖精から飛び出した。それは、レーザーのようにまっすぐゆうきとめぐみの手の中へとおさまり、その形を成す。

 すなわち、勇気の象徴たる薄紅色の勇気の紋章、そして、優しさの象徴たる空色の優しさの紋章である。

 その紋章に描かれるは、神獣。



 勇気を司る雄々しき翼獅子、グリフィン。

 優しさを司る安らぎの白馬、ユニコーン。



 そして、差し出した手に輝くロイヤルブレスへと、紋章を滑らせるように挿入する。まるで何百回も繰り返した動作のように自然に、紋章がロイヤルブレスに収まる。

 ふたりは叫ぶ。色を失い、闇に落ちた世界の中でこそ、声高に。


「「プリキュア・エンブレムロード!」」


 眩いばかりの光が生まれる。

「……嫌な光だ。これは、ロイヤリティの王族の光……誇り高き、光……」

 薄紅色と空色の光の外で、ダッシューのつぶやく声がどこか遠くに聞こえた。それぞれの光が混ざり合い、反発し合い、螺旋を描き、そして段々とふたりの身体を取り巻いていく。光が形を成し、リボンとなり、ブーツとなり、スカートとなり、ふたりの姿を変えていく。

 そして、宙より舞い降りたふたりは、すでにゆうきとめぐみではなかった。


「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」


「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」


 ロイヤリティはアンリミテッドに飲み込まれ、消滅した。しかし、希望はまだついえてはいない。

 世界そのものの色を塗り替えるかのごとく眩い、ふたりの戦士の存在が、ある限りは。

 そう、その名は――、


「「ファーストプリキュア!」」
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:06:41.01 ID:agWmrLpM0

「……ふん。伝説の戦士プリキュアか。ロイヤリティも厄介な置きみやげを残してくれたものだよ」

「あなたたちは、わたしたちが叱りつけて、改心させてやるんだから!!」

「いいだろう。いでよ! ウバイトール!」

 ダッシューが掲げる手に呼応するように、真っ暗な闇に染まる体育館の天井。そこから、色を失った世界より一層暗い “何か” が染み出し、床に落ちる。まるでヘドロのようなそれは、体育館の前方、舞台の暗幕にまとわりつき、浸食していく。世界が色を失ったように、黒い暗幕もまた、その黒さを失い、闇に落ちていく。


『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 そして、闇の欲望の化身が誕生する。ひらひらと不気味に翻る暗幕そのものが本体。手も足もなく、幽霊のようにゆらゆらと浮き上がり、揺らめいている。しかし、悪辣なる瞳だけは爛々と輝き、ふたりの伝説の戦士を上から見下ろしている。


「さあ、見せてくれ。ロイヤリティの伝説の戦士、プリキュアとやらの力を」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 カーテンが翻るように、ウバイトールがその波打つ身体でふたりに迫る。しかし今さら、そんなものに動揺するふたりではない。

「ユニコ!」

「ええ!」

 薄紅色と純白の戦士が駆け抜け、飛ぶ。ウバイトールに向かい自ら突撃し、その身体にふたり同時の蹴りを放つ。

 しかし、

「えっ……!?」

 明らかな違和感。ふたりの跳び蹴りはまるでただ空を切るように、呆気なくかわされた。否、しっかりと当たったはずだった。

 まるで、自分たちがウバイトールをすり抜けたようだった。着地し、振り返る。ウバイトールは変わらず身体をはためかせながら、悠然とふたりに迫ってくる。

「グリフ! あのウバイトールは元が暗幕だから、攻撃が通用しないみたいだわ!」

「だったら……!」

 薄紅色の光が爆ぜた。

「へぇ……」

 ウバイトールの後ろで悠然と戦いを眺めているダッシューが、かすかに唇を歪ませた。

「あれが、勇気のプリキュアの力ってわけか」

「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 それは、“立ち向かう勇気の光” 。勇気の王族に仕える戦士、キュアグリフにこそふさわしい勇猛なる力。薄紅色の光をまとい、駆け抜けるその姿はさながら翼を羽ばたかせる獅子がごとく、グリフはウバイトールに取り付き、その身体の端をつかみ取る。
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:08:56.37 ID:agWmrLpM0

 薄紅色の光が力を与えてくれている。できる。やれる。力も何もない自分だけれど、いまだけは、そう、きっと。

「はぁああああああああああ!!」

『ウバッ……!?』

 気合いの雄叫び。ウバイトールの巨体を引き寄せ、その場で力任せに回す。巨体は強大な遠心力を生みだし、その力は轟音となって体育館に響き渡る。そしてグリフはその勢いのまま、ウバイトールを放り投げた。

『ウバァアアアア……!!』

 振り回された挙げ句に放り投げられたウバイトールはたまったものではなかっただろう。ものすごい速度で吹き飛び、体育館の壁に轟音を立てて激突する。

「やった!!」

「!? まだグリ! ふたりとも気をつけるグリ!」


『ウバ……ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「なっ……!」

 ウバイトールが、何事もなかったかのように宙に浮かび上がる。

「そんな……全然ダメージを与えられてないなんて!」

「あのウバイトールには、どんなに衝撃を与えても無駄なんだわ……」

「……なら、やるしかないね、ユニコ」

「ええ」

 ふたりで頷き合い、手を繋ぐ。お互いの気持ちまで共有し合うように、心と心が通じ合うように、ギュッとギュッと強く手を握る。



「――おっと。少し待ってくれないかな?」



 背後からの声に振り返ったときには、何かを構えたダッシューがすぐ近くまで迫っていた。グリフとユニコは声を掛け合う暇もなく、お互いがお互いを突き飛ばし合った。

「っ……」

 ほんの一瞬前までふたりの身体があった場所を、ダッシューの持つ何かが薙いだ。

 グリフは体勢を立て直しながら、ダッシューに向かい叫ぶ。

「卑怯よ!」

「戦いに卑怯も何もないさ。より強い者が弱い者に勝ち、己の欲望を満たしていくというだけのことさ」

 そして、グリフは見た。ダッシューの手に握られた “何か” の存在を。

「の、のこぎり……!?」

「うん。剪定用ののこぎりだね。惜しかったなぁ。あと少しでザクッと一撃で、君たちを倒せたのに」

 ダッシューは何でもないことのように、先ほどまでと変わらない笑顔で言う。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:10:06.87 ID:agWmrLpM0

 心の奥底からゾッとした。妖しくきらめくのこぎりの凶刃にではない。なんでもないような笑顔で、人に刃物を振るうことができるダッシューの存在に、だ。

「あなた……あなた、何を考えてるの!?」

「何を考えてるかって? 決まってるさ」 ダッシューはのこぎりを肩に担ぎ、言った。「自分の欲望を満たすこと。ただそれだけを考えている。それがアンリミテッドの戦士である僕の役目でもあるからね」

 あくまで笑顔で。あくまで当たり前のように。ダッシューは何でもないことのように言ってのけた。

「……ねえ、あなたは他の人のこととか、考えられないの?」

「他の人? 関係ないじゃないか。一番大事なことは、自分のことだろう?」

「…………」

 怖い。たまらなく怖い。当たり前のように、当然のことのように、自分のためならば誰をどう傷つけても構わないと思っている人間が、目の前にいる。その事実が、たまらなく怖い。

「――グリフ!」

「……!」

 頭の芯まで響くような声。それは、相棒であるユニコの声だ。

「忘れないで! あなたは、そんな相手を叱りつけるって決めたんでしょう!」

 そうだ。瞬間的にグリフの脳裏に浮かぶ、自分自身の決意。

 アンリミテッドを倒すわけではない。アンリミテッドを改心させるために戦うという、決意を。

「……そうだ。わたしは、だから、戦うって決めたんだ」

 怖さなんてどこかへ吹き飛んでしまったようだった。グリフはユニコと目を合わせ、微笑み合う。

「……はは。お互いを想い合う戦士たち、か。これがロイヤリティの伝説ということか。けど、邪魔だ」

 ダッシューは笑顔のまま、指をぱちっと鳴らした。その瞬間、壁際で揺らめいていたウバイトールが猛スピードでユニコの方へ突撃を始めた。

「っ……!」

「ユニコ!」

「こっちは私に任せて! グリフは、その男を!」

 ユニコとウバイトールが交錯する。グリフはユニコを信じ、ダッシューへと目を向けた。

「さて、行くよ? キュアグリフ」

 ダッシューが言葉と同時にのこぎりを振り上げ、迫る。グリフはのこぎりを警戒しながら、それを迎え撃つ。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:11:40.99 ID:agWmrLpM0

「目に生気が戻ってるね。怖かったんじゃないのかな?」

「……怖いよ。とっても怖いよ」

 上から振り下ろされたのこぎりを避け、その勢いのままダッシューに回し蹴りを放つ。

「だって、あなたは、誰かを傷つけても構わないって思ってる。そんな考え方、とっても怖いよ。嫌だよ」

「……面白いことを言うね」

 ダッシューは身軽な動作で後方へと飛び退り、次の瞬間には床を蹴って飛び込むようにのこぎりを突き出した。

「っ……!」

 きらめく刃がグリフの首のすぐ近くを通る。

「誰だってそうだと思うけどね。結局、人は自分の欲望でしか生きられない」

「……だからって、それは人を傷つけていい理由にはならない!」

 勇敢なんかじゃない。勇気なんて、きっとない。けれど、グリフには通さなければならない意地があった。グリフは目の前の刃の腹を、下から思い切り拳で打った。

「なに!?」

 ダッシューの笑顔が、初めて歪んだ。グリフの拳に打たれたのこぎりはダッシューの手を離れ、床に乾いた音をたてて落ちた。

「……あなたは、間違ってる。だからわたしは、あなたを叱ってでも改心させてあげる」

「思ったよりやるね。なるほど、これはゴーダーツが手こずるわけだ。だが……」

 ダッシューが手を振るう。何もないその手に、次の瞬間には凶器が握られている。それは、巨大なはさみだ。

「……だが、僕はゴーダーツとは違う。過去をいつまでも引きずるなんて、愚かなことはしない」

 ダッシューは、笑顔を引っ込めたままだった。

「僕は、僕のために。僕の欲望を満たすただそれだけのために、過去の僕をも利用する。ただ、それだけのことだ」

「なに……? 何を言っているの?」

 思い詰めたような言葉。しかし直後に、ダッシューはまた軽薄な笑みを顔に貼り付けた。

「……僕は、君に何を伝える気もない。それは、僕の欲望ではないからだ」

 ダッシューが再びグリフに向け飛ぶ。剪定用の巨大なはさみの刃が、グリフの首を狙って間髪入れずに突き出される。
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:12:47.65 ID:agWmrLpM0

「っ……」

「君を倒し、勇気の紋章をいただく。そしてもちろん、優しさの紋章も。情熱の紋章もね」

「させない……。そんなこと、絶対にさせない!」

「言うだけなら簡単だね」

 じゃきん、と。無機質で無慈悲な音をたて、はさみが衣装の袖と髪を一房を切り取った。顔の間近をかすめたその凶刃に気を取られ、グリフは次のダッシューの行動を見通すことができなかった。

「……怖いのは刃物だけじゃないだろう?」

「!?」

 右足がうなりをあげ、グリフの腹部を正確無比に蹴り上げる。グリフはそのまま吹き飛ばされ、体育館の壁に激突し、ずるずると崩れ落ちた。

「っ……ぐ……」

「……弱い者は、自分の欲望を口にすることも許されてはいないんだよ。それが世界の決まりだからね」


「――違うグリ! そんなことはないグリ!」


 ダッシューの蔑むような言葉を、遮る大声があがった。ブレイが物陰から飛びだし、ダッシューに向かって大声をあげていた。

「ゆうきが口にしているのは、お前らなんかとは違うグリ! ゆうきは欲望なんかじゃなく、希望で戦っているグリ!」

「ブレ、イ……?」

「希望? ああ、そんなことをさっきも言っていたね。けれどそれは間違いだ」

 さっきとは、ユキナと有紗の背中を眺めていたときのことだろう。あのときも、ブレイはそのふたりを見て希望の話をしていたはずだ。

「ひとは希望なんかじゃ戦えない。ひとは希望なんかじゃ、やりたいこともやれないんだ」

「何を言っているグリ!!」

「……それをいちいち僕に言わせるのかい? 君たち王族は、本当に残酷だね」

 ダッシューの酷薄な笑みの中に浮かぶのは、たしかな憎悪。その表情に、キュアグリフは見覚えがあった。先日のデザイアが見せた憎しみの発露。あれとまったく同じ雰囲気がダッシューから放たれているのだ。

「グリ……っ」
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:13:49.86 ID:agWmrLpM0

「何かを成し遂げるために必要なのは、希望じゃない。欲望だ。さっきの舞台に立っていた彼女たちもそうさ。何かを成し遂げたいと思う強い欲望。そのためならいくらでも時間を使い、舞台を占拠し、練習をしていていいと思っているのだからね。人間なんてそんなものだよ。そしてそれが正しいんだ。欲望のおもむくままに自分勝手に行動し、己の欲望を満たす。それこそが人間の正しい有り様だ」

 ダッシューは笑ったまま続ける。

「そしてそれを僕らに教えてくれたのは、君たちロイヤリティの王族だろう? ねぇ? 勇気の王子、優しさの王女?」

「ニコ……あんたたちは、一体……一体、フレンたちに何の恨みがあるニコ!!」

「……だから、言わないよ。それは僕の欲望ではないからね」

 ダッシューがブレイとフレンに向け、はさみを構える。そして、そのはさみをふたりに向けて投げた。

「グリ!?」

「さようなら、ふたりの王族」

 その凶刃が真っ直ぐ、小さな王子と王女に向かい、そして、すべてが終わるはずだった。

「――なっ……!?」

 しかし、横合いから飛び込んだ影が、いとも容易くそのはさみを吹き飛ばす。

「……ふざけないでよ」

 それは、薄紅色の光をまとった小さな戦士。誰よりも勇敢で誰よりも強靱な、薄紅色のプリキュア。

「ふざけないでよ!!」

「っ……」

 その気迫に、ダッシューがたじろぐように一歩下がる。

「あなたに何が分かるの? ユキナと有紗は、誰にも迷惑なんてかけてない。決められた時間で、決められた場所で、決められた通り、誰にも迷惑をかけないように練習をしてるの。それは、自分たちの希望を叶えるため。たくさんの人の前で、素晴らしい演劇がしたいていう、自分たちの希望を叶えるためのことなんだよ!」

 グリフは引き下がらない。ぼろぼろになりながらも、立ち上がる。そして、大事な友達を守り、大切な友達のために言葉を紡ぐ。

「わたしは知ってる。ユキナと有紗がどれだけがんばってるか。どれだけ必死か。一年生の頃から、ずっと見てきたから。だから……」

 だからグリフは、大切な友達のために、怒る。


「それを、あなたたちの自分勝手な欲望と一緒にしないで!!」


「ぐっ……。な、なんだ、この気迫は……!」

 ダッシューはたじろぎがらも、腕を振るい虚空からのこぎりを取り出だす。
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:15:21.62 ID:agWmrLpM0

「君と言葉遊びをしている暇はないんだ」

 ダッシューが飛ぶ。身軽な彼の持つのこぎりが、グリフ、そしてその背後にいるブレイとフレンに迫る。

「ニコ……。グリフ!」

「大丈夫だよ。安心して。ユキナと有紗のことを自分勝手だなんて言って、ブレイとフレンに容赦なくはさみを投げつけるような人に、」

 言葉とともに、グリフのぼろぼろの身体から、薄紅色の光が立ち上った。しかし、それがただの “立ち向かう勇気の光” ではないことは明白だった。

「わたしは絶対に負けない!!」

 光が圧倒的な圧力をもって、グリフの身体を取り巻く。そして、質量すら感じさせるその光が、グリフの右手に集約したのだ。

「あの、光は……」

 ブレイには、その光に見覚えがあった。否、実際に見たことはないが、絵本代わりに両親に読み聞かせてもらったロイヤリティの伝説の中に、たしかにその光の記述があったのだ。



「勇気の光よ、ここに集え!」



 そう、その名は――、


「カルテナ・グリフィン!」


 光が形を成す。小さな小さな、しかし確かな力を宿す、翼をかたどった剣。

 王者の誇りと戦士の勇気、その結晶である、伝説の武器。

 伝説の戦士のみ持つことを許される、伝説の中の伝説。

「“カルテナ” グリ……!」
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:15:56.57 ID:agWmrLpM0

…………………………

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「っ……」

 ユニコは、ひらひらと宙を舞うウバイトールを相手に苦戦していた。ウバイトールは暗幕の身体のいたるところから、触手のように布を飛ばし、それをしならせてユニコを攻撃する。しかし、ユニコにはその攻撃を避ける力はあっても、ウバイトールにダメージを与えるすべはなかったのだ。

「どうしたら……」

 しかし、次の瞬間にはその悩みは吹き飛んでいた。

「えっ……?」

『ウバッ?』

 あまりにも激烈な光が、遠くから発せられていた。その光に吸い寄せられるように、ユニコはおろかウバイトールまでもがそちらに目を向けていた。きっと、その場にいた全員が、目を向けずにはいられなかったのだろう。

「あれは、何……? グリフ……?」
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:17:41.07 ID:agWmrLpM0

…………………………

 ギイン!! と、凄まじい金属音が鳴り響いた。

「っ……なんだ、これは……!」

 それは、ダッシューののこぎりとグリフのカルテナとか激突した音。

「……分からないけど、分かる。これは、わたしの新しい力だよ」

「っ……そんなもので何ができるんだい?」

「できてるじゃない。あなたののこぎりを受け止めてるよ?」

「ッ……」

 のこぎりとカルテナを挟み、欲望の戦士と伝説の戦士が向かい合う。しかしこのときばかりは、圧倒的にグリフに分があった。

「大切な友達をバカにして、大事な友達を傷つけようとしたあなたのことを、わたしは絶対に許さない!」

「ぐっ……!」

 グリフの手の中のカルテナが薄紅色に輝き、ダッシューをのこぎりもろとも吹き飛ばす。

「なんだ、この力は……これは、一体……」

「分からないだろうね。何もかもを、自分の欲望でしか見られない、いまのあなたには」

 グリフはしかし、そんな相手にも言葉を紡ぎ、諭す。

 それが、グリフの希望だからだ。

「……けれど、いつか分かってもらうよ。それが、わたしの希望だから」

 そして、グリフは床を蹴り、飛んだ。加速するグリフが身体に纏うように、薄紅色の “立ち向かう勇気の光” が追従する。

 その姿は、さながら空を駆ける翼持つ獅子。

 勇気の国のシンボル――神獣グリフィンそのものだ。

「あれが……グリフと、カルテナの力グリ……」

 薄紅色の光が翼の如く展開する。空を駆ける伝説の戦士は、カルテナを右に構え、そのままウバイトールへと突撃する。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:18:42.76 ID:agWmrLpM0



「翼持つ勇猛なる獅子、グリフィンよ! プリキュアに力を!」


 光がカルテナに集約される。

 そして、



「プリキュア・グリフィンスラッシュ!!」



 実体がないかのようにゆらゆらと宙を舞うウバイトールの横を、空を駆ける獅子のごときキュアグリフが駆け抜ける。

『ウバッ……?』

 一瞬にしてウバイトールと交錯したグリフは、そっとカルテナを振った。

『ウバッ……アアアアアアアアアアアアアア!!!』

 その瞬間、ウバイトールが真っ二つに両断され、霞のような黒々としたものが悶え、苦しみ、霧散した。



 一瞬の交錯のうちに、グリフがウバイトールを両断していた様を、視認できた者はいない。


171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:20:05.36 ID:agWmrLpM0

「すごいわ! グリフ!」

 ユニコが駆け寄ってくる。

「ううん。わたしだけの力じゃないよ。ユニコが、ウバイトールを足止めしててくれたからだよ」

 お互いに手を取り合い、無事を喜び合う。それだけのことが、とても嬉しい。

「それがカルテナなのね。すごい力だわ……」

「うん。わたしもびっくりしちゃった」

 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。敵はまだ目の前にいるのだ。

「ば……馬鹿な。こんな力を、プリキュアは持っているというのか……。デザイア様に報告しなければ」

 ダッシューが震える声で呟く。

「……次は覚えているといい。やられっぱなしで終わるものか」

「何度来たって、わたしたちは負けないよ」

 グリフはカルテナの切っ先をダッシューに向け言い放つ。

「それどころか、いつかあなたたちを改心させて見せるんだから!」

「……できるものならやってみろ」

 そう捨て台詞を残すと、ダッシューは霞のようにかき消えた。

 グリフとユニコの変身も解け、世界に光が、色が、そして音が戻る。

「あっ……ユキナと有紗、練習やってる。最後の通し稽古かな」

 ゆうきは舞台の上で通し稽古を続けるふたりを見つめ、心の中でそっと思った。

 ブレイとフレンが言っていた希望の力。その意味が、少しだけ分かった気がしたのだ。

「……輝いているわね、あのふたり」

「うん!」

 きっとふたりは明日、素晴らしい演劇を見せてくれることだろう。

 希望に満ちあふれた、素晴らしい演劇を。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/21(日) 11:20:43.77 ID:agWmrLpM0

    次    回    予    告

ゆうき 「うわああああああああああああ!! すごかったねえ、カルテナの力!」

めぐみ 「そうね。ウバイトールも一撃だったし」 ブスーッ

ゆうき 「ダッシューののこぎりも受け止めちゃったりして!」

めぐみ 「そうね。カッコ良かったわね」 ブスーッ

ゆうき 「……どうかしたの、大埜さん?」

めぐみ 「…………」

ゆうき 「あっ、ひょっとして出番が少なかったからむくれてるの?」

めぐみ 「! そういうことを気遣わずずばずば訊いちゃうあたりが天然よねあなたは!!」

ゆうき 「うわぁ! ご、ごめんなさーい!」

めぐみ (……それに、王野さんったら更科さんと栗原さんの相手も多かったし……)

ゆうき (だからそういう子どもっぽい可愛いところをもっと出していこうよ、大埜さん)

めぐみ 「…………」

ゆうき 「…………」

ハッ

めぐみ 「と、いうわけで、次回、ファーストプリキュア!」

ゆうき 「『生徒会選挙 めぐみが会長に立候補、ってマジ!?』」

めぐみ 「それじゃあ、次回もお楽しみに!」

ゆうき 「みんな、ばいばーい!」
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/21(日) 11:22:12.76 ID:agWmrLpM0
>>1です。
第五話はここまでです。
読んでいただいている方、ありがとうございます。
また来週、日曜日に投下する予定です。
よろしくお願いします。
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/21(日) 11:34:58.01 ID:bTJIjbtBo

いつも楽しみに読んでます
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/23(火) 19:23:06.42 ID:4kMdpnd8O

登場キャラの名前の由来とか気になるところ
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:00:56.87 ID:xIWFcIHZ0

ゆうき 「ゆうきと、」

めぐみ 「めぐみの、」

ゆうき&めぐみ 「「なぜなに☆ふぁーすと!」」

ゆうき 「早速だけど質問っぽいものが来て感激だよ!」

めぐみ 「興奮しすぎよゆうき。少し落ち着いて。それに厳密には質問ではないわ」

ゆうき 「そんな細かいことはいいんだよ!」

ゆうき 「と、いうことで、いってみましょう。>>175さんからの質問、」

ゆうき 「『キャラクターの名前の由来を教えてください』とのことです!」

めぐみ 「悪びれもせず質問を脚色してきたわね。まぁいいわ。質問に答えていくわよ」

めぐみ 「今日はわたしたちふたりの名前の由来からね」

めぐみ 「ずばり、そのままよ。“王様の勇気”と“王様の恵”から、王野ゆうきと大埜めぐみね」

ゆうき 「うわー、単純だー」

めぐみ 「子ども向けアニメって設定だからそれでいいの!」

めぐみ 「それから、プリキュアの名前は空想上の生き物から取っているわ。グリフィンとユニコーンね」

ゆうき 「妖精たちの名前は?」

めぐみ 「それはまた今度ね。そろそろ本編が始まるわ」

ゆうき 「それじゃあ、>>175さん、分かってくれたかなー? みんなも質問どんどん送ってね!」

めぐみ 「それでは、本編、スタート!」
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:02:26.03 ID:xIWFcIHZ0


第六話【生徒会選挙 めぐみが会長に立候補、ってマジ!?】



『……ダメです。私は、あなたと一緒には行けません』

 彼女は、みすぼらしい身なりでも、精一杯生きていた。

『私には、あなたのようなひとは眩しすぎる。だからきっと、私があなたと一緒にいては、あなたに迷惑をかけてしまう』

 それでも、彼女は少なくとも、自分の身分をわきまえているつもりだった。

『だから、私は……――』

『――それでも!』

 しかし、彼にとっては、彼女の考えも何も、関係なかった。

『……それでも僕は、君と一緒にいたい。君と、添い遂げたいんだ!』

 彼だって、怖い。

『僕は、君を幸せにできるか分からない。僕のような人間に、君と一緒にいる資格があるのか、君と一緒にいていいのか、とっても不安だよ』

 けれど、彼は。

『……でも、僕は、君を幸せにするために精一杯がんばる。君と一緒にいるために一生懸命がんばる。だから……』

 彼は、何かを理由にして逃げるなんてことを、したくはなかった。

『……僕と一緒に来てくれ! 僕には、君が必要なんだ!』

『…………』

 彼女は、みすぼらしい格好で、涙を流し、けれど、太陽のように眩しい笑顔を見せた。

『……はい!』

 そっと抱き合うふたり。そして舞台は、幕を閉じた。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:02:57.63 ID:xIWFcIHZ0

 大歓声の中、一度閉じた幕が上がる。一年生を初めとして、体育館の後ろの方で立ち見をしていた多くの二、三年生からも大きな拍手が巻き起こる。その拍手の向かう先、舞台の上では、“彼女” と “彼” を中心とした演劇部員たちが手を繋ぎ、観客に頭を下げている。

 新入生歓迎会当日。みんなで力を合わせて準備をした会場で、様々な部活が発表をしている真っ最中だった。今まさに、演劇部の演劇発表が終わったところだった。

『皆さん、ご観覧ありがとうございました!』

 やがて、マイクを持った “彼女” ことユキナが朗らかに礼を述べ、

『一年生の皆さん、もしもいまの演劇で、少しでも演劇部に興味を持ってくれたなら、ぜひ一度、演劇部に見学に来てください』

 ユキナからマイクを引き継いだ “彼” こと有紗が、静かに、ゆったりと部の宣伝をする。

「ふはぁ……」

 そんなふたりの様子を、演劇の最初から最後まで、そしていまの挨拶までもを見て、思わずため息が出てしまう。

「すごいなぁ、あのふたりは」

「……あれは、さすがに驚いたわ。本当にすごいのね、更科さんと栗原さん」

 現演劇部三年生は演技をする生徒よりも舞台裏を専門としている生徒の方が多いらしいのだが、それでもユキナと有紗は二年生の春から、すでに主役やヒロインに抜擢されているのだ。それは本当にとてつもないことなのではないかと思う。それに、事実、ゆうきとめぐみは心の底からふたりに魅せられてしまったのだ。演劇をしていたふたりは、もうすでにいつものふたりではなかった。まるでゆうきとめぐみがプリキュアに変身するかのごとく、ユキナと有紗は普段とはまったく別の誰かになりきっていたのだ。

「ニコ……」

 耳元で鼻をすする音。見れば、めぐみの肩にちょこんと乗っかっているフレンが、目にいっぱい涙を溜めていた。

「……良かったニコ。最後、ふたりが一緒に旅に出られて、よかったニコ……」

 意外と乙女な王女だった。

「……あはは、そういえば、ブレイはどうだった?」

「グリィいいいいいいいいい!!!」

 聞くまでもなく、ゆうきの肩の上で号泣していた。

「……ま、この熱気と暗さなら誰も気づかないよね。みんな舞台にすっかり魅せられちゃってるし」

 目をやれば、演劇部の面々が舞台上で再び頭を下げているところだった。顔を上げたユキナと有紗の顔にはやりきったような満足感がうかがえて、ゆうきまで嬉しくなるような気持ちだった。

「……あ、いたいた。大埜さん」

「グリ!」 「ニコ!」

 突然の声に驚き固まるブレイとフレン。そんなふたりを慌てて鞄の中に押し込み、ゆうきとめぐみは後ろを振り返った。

「誉田先生?」

 背後には、優しい顔をしたクラス担任、誉田先生が立っていた。クラスメイト満場一致で美人と噂される誉田先生は、安心するようにホッと息をついた。

「ああ、ここにいてくれて良かったわ、大埜さん。少し話があるのだけど、いいかしら?」

「?」

 ふたりして顔を見合わせ、首をかしげる。

 誉田先生の話とは、一体なんだろう?
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:04:15.36 ID:xIWFcIHZ0

…………………………

 そこは、闇と欲望が渦巻く、黒い場所。

「…………」

 目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。胸の内に秘める欲望を、己の意志ひとつで制御する。渦巻く憎しみの炎をも、己の力に変換する。

 己の目的を達成するために。

 己の欲望を満たすために。

 重い剣を横に滑らせ、そして――、



「――近寄るな。斬られたいのか?」



 己の言葉に、闇の中で何かが動く。光はあるが、すべてが黒いために何も照り返さない。そんな闇の中から、同僚である男が現れた。

「やあ、よく分かったね。足音はさせていないつもりだったんだけど」

 細面の顔に貼り付けられた、薄ら寒い笑顔。何もかもをあきらめたような顔をしているくせに、細い目の奥の瞳には、恐ろしいほど貪欲な欲望を抱いている。同胞とはいえ、油断のならない相手である。

「あまり私を舐めるな、ダッシュー」

「はは、そう嫌わないでくれよ。悲しいじゃないか、ゴーダーツ」

 ゴーダーツは剣を鞘へと納め、ダッシューへに向き直った。

「何の用だ?」

「いや、デザイア様が見当たらなくてね。それで君に聞きに来たんだ。知らないかい?」

「……なるほどな」

 ゴーダーツは首を振った。

「知らんな。そもそもあの方は、あまりご自分の行動を我々に知られたくないのではないか?」

「そうだねぇ。仮面といい、秘密主義だよね、デザイア様は」

 その言葉には、少なからず気に入らないという意志が見え隠れしていた。

「文句でもあるのか?」

「はは。君は忠誠心が強いねえ。そんな顔をしなくても、僕もまた君と同じ、デザイア様の忠実な下僕だよ」

 その言葉にはひとかけらの誠意も感じられなかった。このダッシューという男は、何につけても真剣になるということを知らないのだ。

「……ともあれ、デザイア様はどちらへ行かれたのかねぇ」

「知らん。言いたいことがそれだけなら、去れ。私は剣の稽古を続けなければならん」

「はいはい。マジメだねえ、ゴーダーツは」

 ダッシューはくるりと背を向けると、歩き出した。

「……さて、じゃあ、僕がもう一度プリキュアのところへ行っても、咎めるひとはいないっていうわけだ」

 そのつぶやきは、ゴーダーツに届いてはいなかった。
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:05:12.24 ID:xIWFcIHZ0

…………………………

「ええええええええええええ!?」

「……王野さん、うるさいわ」

「……って、何であなたまでついてきてるの、王野さん」

 私立ダイアナ学院女子中等部。体育館から場所を移した先の教室で、ゆうきは思わず大声を上げてしまった。

「いや、あはは……つい、気になって……じゃなくて!」

 ゆうきは誉田先生に釈明しつつも、驚きの心境を隠せない。

「大埜さん、そんな涼しげな顔してる場合じゃないよ!」

「……そんなに驚くことでもないでしょう」

 当のめぐみは涼しげな顔だ。それを認めた誉田先生が、嬉しそうに笑う。

「あら、それは良かった。じゃあ、生徒会長への立候補、引き受けてくれるっていうことでいいかしら?」

「それとこれとは、また話が別です」

 めぐみはにべもなく。

「……生徒会長に立候補なんて、私の性に合いません。他にもっと適任がいるはずです」

 そう、生徒会長。

 私立ダイアナ学院女子中等部では、五月の最初に次期生徒会の役員決めが行われるのだ。生徒会長を初めとしたほとんどの役職は選挙で決まり、原則的に立候補した者同士で票を争うこととなる。

「? でも、生徒会長って大埜さんにぴったりだと思うけどなぁ」

「あなたは黙ってて」

「うぅ……」

 本心からの言葉だったのだが、めぐみはあまり気に入らなかったようだ。めぐみは優等生だし、なんでもできるし、学級委員ではあるものの、部活には入っていない。もちろん暇ということはないだろうけれど、忙しいということはないのではないだろうか。

(あれ……?)

 そういえば、とふと思う。

(わたし……大埜さんのこと、あんまり知らないや)
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:06:23.54 ID:xIWFcIHZ0

…………………………

 とにかく、一度よく考えてみて、と。

 誉田先生は優しくそう言い残し、めぐみに一枚のプリントを渡すと、教室を後にした。ゆうきとめぐみも、体育館に戻ろうと教室を出た。

「そのプリントは何?」

 道すがら、めぐみにそれとなく話を振ってみる。

「生徒会長に立候補するときに必要な書類みたいね。必要事項を書いて提出するんでしょう」

 めぐみの言葉はどこか投げやりだ。

「まったく、何で私なんかにあんな話をしたのかしらね」

「何でって……たぶん、大埜さんが生徒会長にぴったりだからじゃないかな?」

「王野さん、その冗談は笑えないわ」

 冗談じゃないのに、と言ったところで信じてもらえるような雰囲気ではなかった。

「だいたい、生徒会長って言ったって、何をするのかもよく分からないし……」

「そんなの、なってから教えてもらえばいいんじゃない?」

「あなたねぇ……」 めぐみは呆れるように嘆息して。「生徒会長っていうのは、全生徒の規範になるべき人なのよ? そんな人が、回りの生徒に自分が何をしたらいいのか聞くなんて、情けないったらないわ」

「そうかなぁ?」

「え?」

 ゆうきは首をかしげ、続けた。

「わたしは、そうじゃないと思うな。分からないことは聞いて、それで分かるようになって、きちんと仕事ができるようになる。それって、そんなにおかしなことかな」

「…………」

 てっきり、めぐみのことだから、ぷいっとそっぽを向いて、「知らないわ」とでも言うと思っていた。けれどめぐみはうつむき、ゆうきの言葉に何かを考え込むような顔をして、やがて顔を上げた。

「そんな風に考えるなんて、思いつきもしなかったわ。あなた、すごいのね」

「えっ? いや、そんなことないけど……」

 そんな素直な賞賛が、少しだけ嬉しい。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:06:49.35 ID:xIWFcIHZ0

「……生徒会長……でも、私にそんな大層な役職、できるかしら……」

「できるよ! 大埜さんならできる!」

「そうかしら……?」

 それでも、やっぱりめぐみはあまり乗り気ではなさそうだ。と、

「生徒会長って何ニコ?」

 めぐみの鞄から、ヒョコッとフレンが顔を出す。ロイヤリティの王女であるフレンは、もしかしたら学校には行っていなかったのかもしれない。

「生徒会長っていうのは、学校で一番偉いひとのことグリ」 今度はブレイが顔を出し、とんでもないことを宣った。「めぐみ! 生徒会長になって、ロイヤリティの王族のように、しっかりとこの学校を治めるグリ!」

「いや、違うから……」

 この王子様は一体何を言っているのだろう。呆れながらも、思わず笑みがこぼれてしまう。

「生徒会長って、べつに偉いとかそういうわけじゃないの。生徒の代表で、生徒の模範。生徒のために一生懸命働くひとのことだよ」

「グリ!? 生徒会長っていうのは、この学校の王様のことじゃないグリ!?」

「学校に王様なんていないよ」

 ブレイの的外れな言葉に思わず笑ってしまう。けれど、ふとめぐみを見てみるとまだ思案顔だ。

「……でも、仮に私が生徒会長向きだったとして、どうして誉田先生は私にわざわざ立候補するようにおっしゃったのかしら?」

「えっ?」

「だって、他に立候補する人がいれば、わざわざ私が立候補する必要なんてないじゃない」

「ああ……」

 言われてみればその通りだ。

「じゃあ、もしかして立候補した人がいなかったのかな……?」

「かもしれないわね」

 めぐみは顔を上げて、真剣な目をしてゆうきを見つめた。

「ねえ、王野さん。もし私が生徒会長に立候補したら……応援してくれる?」

「? うん。そんなの当たり前じゃない」

「……ありがと」

 何を当たり前のことを聞くのだろう。けれど、めぐみは少し顔を綻ばせて嬉しそうだ。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:08:08.19 ID:xIWFcIHZ0

「じゃあ、立候補してみようかしら……生徒会長」

「!? ほんとに!?」

「……なんであなたが嬉しそうなのよ」

 恥ずかしそうに目をそらすめぐみに、けれどゆうきは笑顔を隠せない。

「そりゃあ嬉しいよ。だって、友達が生徒会長に立候補するなんて、すごいことだもん!」

「……要領を得ない言葉ね」

 めぐみのことを誰より知っている、なんてことはもちろんない。けれど、めぐみの優しさだったら、学校の誰よりも知っている自信はある。だからその言葉が、めぐみなりの照れ隠しであることも、ゆうきはもちろん知っている。

「言っておくけどね、他に誰も立候補するひとがいないと大変だろうから、仕方なく立候補するってだけなんだからね?」

「はいはい」

「……なんで笑ってるのかしら、王野さん?」

「笑ってないヨーやだナー」

「…………」

 ジーッと疑うようなめぐみの視線。けれど嬉しくて、笑みは引っ込まない。

「……まぁ、本当のことを言ったら、少しだけ興味があるのよね、生徒会長って」

「え?」

 めぐみが少し恥ずかしそうな顔をする。

「ほ、本当に少しだけよ? どうせ誉田先生に勧められたなら、やってもいいかなって思えるくらいの興味だけど……」

「でも、やってみたいと少しでも思ってたなら、立候補してみたらいいよ! それってきっと、大埜さんにとってすごく良いことだと思う!」

「……うん。私もそう思うわ。ありがとう、王野さ――」




「――それで、どうですか、誉田先生? 大埜めぐみは立候補してくれそうですか?」

184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:08:43.63 ID:xIWFcIHZ0

 廊下の奥からそんな男性の声が聞こえた。目を向けてみれば、誉田先生と、隣のクラスの皆井先生が話し込んでいる。

「……私の名前?」

 めぐみが訝しげに言う。たしかに、皆井先生がめぐみの名前を出していた。本人は気になるだろう。ゆうきとめぐみは顔を見合わせ、少しの逡巡の後、こっそりと物陰に隠れた。盗み聞きはいけないことだが、気になったのだから少しくらい仕方ない。

「まだ分かりません。でも、大埜さんならきっと、やってくれると思いますよ」

「そうですか。そうだといいですなあ。さすがに、生徒会長が信任投票ではつまらないですからな。伝統あるダイアナ学園生徒会の選挙は、やはりしっかりとふたり以上の候補が争わなければ」

 誉田先生の言葉に、皆井先生が笑いながら答える。若い男の先生で、ゆうきの個人的な見解としては、結構イケてるクチだと思う。ニヒルな笑顔が似合う、まぁまぁのイケメンだ。

「あの騎馬はじめが立候補するということで、少しでも立候補の意欲を見せていた生徒たちが、皆辞退してしまいました。これは由々しきことです。このままでは、生徒会長選挙が、信任投票という形になってしまいますからな」

「信任投票……?」

「どうかしたの、大埜さん?」

 めぐみの呟きに問いかけると、神妙な顔で答えてくれた。

「信任投票っていうのは、たとえば生徒会長に立候補したひとが一人だけだった場合に、対立する候補がいないから、その候補を生徒会長にするかしないかを投票で決めるっていうことよ」

「えっ? じゃあ、それってもしかして……」

 つまり、それが意味することは――



「――当て馬くらいでもいい。あの騎馬はじめに少しでも釣り合うような生徒を対立候補に立てないといけませんから。その点、大埜めぐみは適任ですね」



「……!」

 ゆうきには、あまり難しいことは分からない。

 けれど、ひとつ分かったことがある。

 皆井先生の言葉が、少なからずめぐみを貶めていて、その言葉を聞いて、めぐみが傷ついたということだ。

「大埜さん……」

「……なるほど、ね」

 めぐみは、先までの照れ隠しの顔とは正反対の、口角をつり上げるような笑みだった。ゆうきにも分かる。自分を笑っているのだ。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:09:14.44 ID:xIWFcIHZ0

「馬鹿みたい。勝手に勘違いして勝手にはしゃいじゃって。ほんと、馬鹿みたいね、私。ふふ……当て馬だってね」

「大埜さん!」

「……ごめんなさい、王野さん。私、ちょっと気分が悪くなっちゃった。帰るわね。学級委員の後片付け、出られないわ。先生に伝えておいてちょうだい」

「大埜さん。ちがうよ、きっと、何かの間違いだよ」

「……ありがとう。ごめんなさい」

 めぐみはゆうきに背を向け、足早に廊下を行ってしまった。ゆうきは不器用で、ドジで、だからその背中にかける言葉を持たなかった。声をかけたら、余計に傷つけてしまいそうで、自分がめぐみを傷つけてしまうことが怖くて、だからゆうきは口から出かけた言葉も、喉元まで来ていた言葉も、全部まとめて飲み込んだ。

 自分の臆病さを、呪いながら。そして、無神経な話をしていた先生ふたりに少しだけ怒りを覚えながら。



「皆井先生、訂正してください」



 けれど、ゆうきが一歩前に進む前に、そんなキリリと引き締まった声が響いた。

「誉田先生……?」

「私は、そんなつもりで大埜さんに立候補を勧めたつもりはありません。当て馬なんてそんな言い方、大埜さんに失礼です」

 普段から優しく、いつも先生とも生徒とも朗らかに話している姿しか見たことがない、そんな誉田先生が、目をつり上げていた。鈍いゆうきにだって分かる。誉田先生は、皆井先生に対して、少なからず怒っているのだ。

「あ、いや、これは失礼しました。たしかに、おっしゃるとおりです。訂正しましょう」

「……ええ」

 皆井先生も、決して嫌な先生というわけではないのだ。誉田先生の言葉にハッとし、その雰囲気にたじろぎながらもしっかりと訂正した。きっと、本人にも悪気はなかったのだろう。誉田先生もそれを分かっているから、すぐにいつもの笑顔になって、その言葉を受け入れたのだ。

「何にせよ、生徒会長の立候補が騎馬はじめだけの信任投票というのも問題ですからな。大埜めぐみには、ぜひ立候補してもらいたいものです」

「そうですね。でも、私はきっと、大埜さんなら引き受けてくれると信じています」

「楽しみです。それでは、よろしくお願いしますよ、誉田先生」

「はい」

 皆井先生がこちらに向かって歩いてくる。ゆうきは息を押し殺して、物陰で身体を縮こまらせた。幸いにして皆井先生はそのまま足早にゆうきの横を通って、行ってしまった。

「……ほっ」

「あら? そんなところでどうしたの、王野さん?」

「わひゃあっ!」

 すぐ横に、誉田先生が不思議そうな顔をして立っていた。
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:09:55.17 ID:xIWFcIHZ0

…………………………

「めぐみ! めぐみ!」

「…………」

 鞄の中から呼びかける声。昇降口で上履きをはきかえようとしていたところだった。周囲に人影はない。めぐみはそっと、鞄の中からフレンを抱え上げた。

「どうかした?」

「分かってるニコ? フレンが何を言いたいか」

「……分からないわ」

 フレンは大きな瞳でまっすぐに見つめてきた。それがあまりにもまぶしくて、めぐみは思わず目をそらしてしまう。

「うそニコ。でも、まあいいニコ。めぐみ、今すぐ戻って、先生たちとしっかり話をするニコ」

「…………」

 無理よ、と言うだけの勇気すらなかった。自分でも驚いてしまう。

 ああ、そうか。

 大埜めぐみという己は、こんなにも弱かったのか、と。

「……フレンは、めぐみの優しさを知っているニコ」

「……?」

「めぐみは優しくて、とても素敵な女の子ニコ。先生がめぐみに生徒会長に立候補してほしいって言ったのは、きっとそんなめぐみの素敵なところを知っているからニコ」

「…………」

「めぐみがしっかり者で優しい素敵な生徒だって知ってるから、生徒の規範になる生徒会長に立候補するべきだって、生徒会長になるべきだって、そう思ったから、先生はめぐみに立候補を勧めたニコ」

「そんなの――」

「絶対そうニコ」

 ――分からないわ、という言葉を続けることはできなかった。どこまでも純粋でひたむきなフレンの声が、その否定的な言葉をかき消してしまったからだ。

「絶対、そうニコ」

 フレンは優しい目をしてそう言い切った。

「……ここで逃げたら、きっと明日はもっと辛くなるわね」

 めぐみは、そんなフレンの言葉を聞いて、思わされてしまったのだ。

「それに、具合が悪いなんて嘘をついて、学級委員の仕事をズル休みするなんて、私がやることじゃないわ」

「ニコ! その通りニコ! それでこそフレンの友達で従者、めぐみニコ!」

「はいはい。でも、従者ってところは余計よ、フレン」

 さあ、行こう。

 きっと心配している、優しい友達のところへ。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:10:49.99 ID:xIWFcIHZ0

…………………………

「あ、いや、その……」

 反射的に弁明の言葉を紡ごうとして、ゆうきはふと思う。少なくとも、自分には誉田先生に言わなければならないことがあるだろう。言って、伝えななければならないことがあるだろう。

「……誉田先生、話があります」

「? 何かしら?」

「……まず、盗み聞きをしていたことを謝ります。今の話、聞いていました。ごめんなさい」

 ゆうきはまっすぐ、誉田先生の目を見据えて。

「でも、さっきのこと、ひどいと思います」

「そう……。聞いてたのね、あなた」

 誉田先生は押し黙って、困ったような顔をした。ゆうきにだって分かっている。ひどいことを言ったのは皆井先生で、しかも皆井先生はしっかりとその言葉を訂正している。誉田先生にこんなことを言うのは、筋違いだって分かっている。

 それでも、大切な友達のために、ゆうきは言わなければならなかった。

「わたしだけじゃありません。大埜さんも聞いてました。きっと、ショックを受けてました」

「…………」

「当て馬って言ってたことを皆井先生が訂正してたこと、それはしっかりとわたしが伝えておきます。でも、それだけじゃないです。大埜さんは、自分以外に立候補したひとがいるなんて知らなかった。誉田先生が言わなかったからです。だから、きっと誰も立候補してないから、自分が立候補するよう言われたんだって、そう思ってました。だから、きっと余計ショックだったんだと思います」

「……そうね。私の落ち度だわ。その点に関して、しっかりと大埜さんに謝ることにするわ」

 誉田先生は、誠実でしっかりとした先生だ。だから、生徒であるゆうきの、聞きようによっては生意気とも思える言葉を真っ向から真摯に受け止め、まっすぐゆうきの目を見つめながら、そう答えることができたのだろう。

「教えてください。立候補したひとがいるなら、どうして大埜さんに立候補してほしいなんて言ったんですか? 信任投票だと、伝統あるダイアナ学園の生徒会選挙がつまらなくなるから? 伝統を崩すから? そんな理由で、大埜さんに立候補するように勧めたんですか? そんな、大人だけにしか分からないような、勝手な理由で、大埜さんを傷つけたんですか?」

「…………」

 誉田先生は、決して生徒から逃げたりしない。まっすぐ目を見つめたまま、しっかりと向き合ってくれる。だから、ゆうきも安心して、自分の言葉を誉田先生にぶつけることができるのだ。

「……いいえ。違うわ。少なくとも私は、伝統とか、つまらないとか、そういう理由で大埜さんに生徒会長への立候補を勧めたつもりはないわ。そして、誤解はあるでしょうけど、きっと皆井先生たち、他の先生も違うと思うわ」

 だから、誉田先生から否定の言葉が出て、ゆうきは心の底から安心していた。

「私は、大埜さんのためになると思ったから、生徒会長になるように勧めたの。きっと、大埜さんが生徒会長選挙を通して、大きく成長してくれると思ったから」

「大埜さんの成長……?」

「ええ。大埜さんって、勉強もできるし運動も大得意でしょう? でも、人付き合いは少し苦手みたいじゃない? けど、私はあの子の本当を知ってるから。あの子は本当に楽しそうに笑って、誰かのために泣いて、誰かのために怒れる優しい女の子だって、知ってるから。だから私は、大埜さんにそんな “本当” をもっともっと出してほしいの」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:11:28.35 ID:xIWFcIHZ0

 ああ、やっぱり誉田先生は本当に “先生” なのだ、と。そう分かって、ゆうきは少しだけ恥ずかしい思いだった。めぐみのことをこの学校で誰よりも理解しているなんて思って、恥ずかしい。誉田先生のことを少しでも疑って、恥ずかしい。誉田先生はしっかり、めぐみの “本当” を知ってくれていたのだ。

「あなたもよく知っているでしょう? 王野さん」

「……はい! わたし、大埜さんが本当は優しくて、少し子どもっぽくて、負けず嫌いで、がんばり屋さんだってこと、しっかり知ってます!」

「ふふ。そうね。大埜さん、王野さんと一緒だと、とても楽しそうだものね」

 そうなのだろうか。そうなら、嬉しい。

「それに、王野さんも思わない?」

「えっ?」

 そして誉田先生は、まるで女子学生のように茶目っ気たっぷりに笑って、いたずらっぽく続けた。

「大埜さんが生徒会長をやったら、きっととても素敵よ? この学校もきっと、もっともっと素敵な学校になるわ」

「あっ……はい! それはもう、素敵な生徒会長になってくれること請け合いです! わたしが保証します!」

「ふふ。…… “おーのコンビ” とはよく言ったものだわ。更科さんって、演劇だけじゃなくてネーミングセンスもあるのかもしれないわね。ほんと、良いコンビだわ、あなたたちって」

「……はい!」

 大好きな大人から認めてもらうこと。大好きな先生から褒めてもらうこと。それが、とても嬉しい。

 めぐみもきっと、いまの言葉を聞いたら嬉しいだろう。さっきの皆井先生の言葉なんか吹き飛んでしまうくらい、嬉しいだろう。

 早くいまの言葉を伝えてあげたい! ゆうきの大好きなあの相棒に!!

「……じゃあ、私はこれから少し仕事があるから行くわね。大埜さんには、明日しっかりと謝っておくから安心して。それから、あなたの方からもなぐさめておいてくれると嬉しいわ」

「はい。わざわざ話を聞いてくれて、ありがとうございました」

「ううん。こちらこそ、話してくれてありがとう。王野さんが大埜さんのことを想って私に色々と話してくれて嬉しかったわ。王野さん、あなたはとっても優しいのね。優しくて、とっても勇敢だわ」

「そっ、そんなこと……」

「ふふ……それじゃあ、新入生歓迎会の片づけ、よろしくね。また明日」

「さようなら」

「はい、さようなら」

 誉田先生の可愛らしくも頼もしい背中を見送ってから、ゆうきは大きく伸びをした。

「とっても良い先生グリ」

「わっ!」

 そんなときに唐突に声をかけられたのだからたまらない。器用にもカバンの内側からジッパーを開け、ブレイがヒョコッと顔を出していた。
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:12:39.60 ID:xIWFcIHZ0

「……びっくりさせないでよ」

「ゆうき。あの誉田先生は、とっても良い先生グリね」

「誉田先生? うん、もちろん。とーっても良い先生だよ? 大らかだし、優しいし、けど厳しいときは厳しいし、しっかりとわたしたちのことを見てくれてるし……それに、美人だし、かわいいし、声もきれいだし、キャリアウーマンタイプなのに、どこか守ってあげたくなるような……――」


「――それ、最後の方は関係ないじゃない」


「わわっ!」

 誰も彼も、どうして驚かせたがるのか。ゆうきは憤慨しそうになって、けれどできなかった。背後に立っていたのが、めぐみだったからだ。

「大埜さん!?」

「ええ。驚かせちゃったかしら?」

「それはもう! ……ってそうじゃなくて……帰ったんじゃなかったの?」

「……よくよく考えてみたら、体調は全然悪くなかったから、戻ってきたの。危なかったわ。危うく、片づけの仕事をズル休みするところだったわ」

 茶化すようにそう言うめぐみの顔は、もう自嘲で歪んだりはしていない。いつも通りのめぐみだ。

「……もしかして、話聞いてた?」

「しっ、仕方ないじゃない。盗み聞きするつもりはなかったけど、まさかあそこに私本人が入っていくわけにもいかないし……べっ、べつにわざと聞いてたわけじゃないのよ? 仕方なく、王野さんと誉田先生の話を聞いてたっていうだけのことなんだからね?」

「……ふふっ。はいはい。分かったよ」

「……それから、もうひとつ」

「うん?」

 めぐみはそっぽを向いて、恥ずかしそうに口を開いた。

「私のことで、誉田先生と話してくれて、ありがとう。その……とっても、嬉しかったわ」

 そのとき、ゆうきは理解した。

 ああ、そうか、自分は、大埜さんのことを何も知らないわけじゃないんだ、と。

 ゆうきは、そう、たくさんのことを知っていたのだ。

「……わたし、大埜さんのそういう素敵なところ、たくさん知ってるもんね」

「!? い、いきなり何を言い出すのよ!」

 顔を真っ赤にしてムキになるめぐみが、本当は嬉しく思ってくれていることも、知っている。ゆうきはめぐみのことを知っている。
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:13:28.46 ID:xIWFcIHZ0

「ねえ、大埜さん。わたしね、そんな大埜さんに、生徒会長に立候補してもらいたいな」

「…………」

 めぐみはけれど、表情を険しくして黙りこくってしまった。

「フレンもそう思うニコ! めぐみは、絶対、生徒会長に立候補するべきニコ!」

「グリ! ブレイもそれに同意グリ!」

 ブレイとフレンも応援してくれている。けれど、それでもめぐみはなかなか首を縦に振ろうとはしてくれなかった。

 仕方がない。めぐみが嫌だということを、これ以上ムリヤリにやれというのは、それこそいけないことだ。お節介などではない。場合によっては、ただの嫌がらせに他ならないのだから。

「……でも、覚えておいてほしいな、大埜さん」

「……なに?」

 だからゆうきはニコッと笑って。

「わたしは、大埜さんが生徒会長に立候補しようとしまいと、友達だからね。大埜さんはわたしの、大切な相棒だから」

「王野さん……」

 言葉は万能だ。正しく使うことは難しいけれど、つたない言葉でも、ひたむきな想いは、真摯な気持ちは、きっと伝わる。伝えたいという気持ちがあれば、言葉という道具はきっと人に応えてくれる。



「ははっ、また面白いことをやっているなぁ、君たちは」



 ゴオッ、と廊下を風が駆け抜けた。

「あっ……」

 その風に奪われるように、めぐみの手から生徒会長への立候補書類が離れる。強風に運ばれ、廊下の窓から飛び出した書類は、そのまま眼下の校庭に立っていたとある男の手の中に収まる。

「へぇ……生徒会長ねぇ……」

 書類を見つめ、鼻で笑うその男は、明らかにダイアナ学園の教職員ではなかった。しかし、めぐみとゆうきにとって、初対面の人間というわけではない。

「「アンリミテッド……!」」

 ――アンリミテッドの欲望の戦士、ダッシュー。彼は薄ら寒い笑みを浮かべ、ふたりを戦いへと誘う。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:14:23.91 ID:xIWFcIHZ0

「その書類を返しなさい!」

 急いで階下へ向かい、校庭へ出る。未だ校庭に立ち尽くしていたダッシューに、めぐみが叫ぶ。

「返せ? ははっ、おもしろいな。アンリミテッドが一度でも奪った物を返すと思っているのかい?」

「それは大事なものなのよ! 早く返しなさい!」

「断る」

 めぐみの必死な顔に真面目に取り合う気すらないように、ダッシューは笑っている。どうでもよさそうに。ただ、必死な顔をするめぐみを見て、小馬鹿にするように笑っている。

「……どうして……」

「うん? 臆病者の君、何か言ったかい?」

 だから、声が洩れるなんて当たり前のことだ。言葉は、勝手に紡がれる。

「どうして……あなたたちはどうして! そんな風に何かを奪うことしか考えられないの!? 何かを必死になってやろうとしている人! 何かを必死で求めている人! そんな人たちから何かを奪って、笑って……どうしてそんなひどいことができるの!?」

「決まっているさ。僕らはアンリミテッドだからだ。それ以外の理由なんてないよ。僕らは、欲しい物を欲しいがままに手に入れるために、アンリミテッドになったのだから」

「そんなの、間違ってる! あなたたちは、絶対に間違ってる!」

 誉田先生のように、自分たち生徒のために親身になってくれる大人がいる。子どものために必死になってくれる大人がいる。それなのに、目の前の男は、そんな大人とは正反対の、まるで大きな子どものようなことを言っているのだ。

「御託はいい。返してほしいのなら、力づくで奪い返してみなよ。君たちにはその力があるだろう?」

「……私は……」

 めぐみが口を開いた。

「私は、まだ生徒会長に立候補するかどうかも分からない。もしかしたら、しないかもしれない。けど……」

 腕を差し出す。そこに煌めくは、空色のロイヤルブレス。ロイヤリティの王家に伝わる、伝説を呼び起こす鍵。

「……あなたに書類を奪われたから立候補しないなんて、そんな逃げるような理由にはしたくない! 私は、私の気持ちで、想いで、立候補するかどうかを決めるわ! ……王野さん、行くわよ」

「うん!」

 世界が暗闇に包まれる。急速に世界が変質していく様子を身体中で感じながら、ゆうきもまためぐみの隣で腕を差し出す。きらめく薄紅色のロイヤルブレスが、すべてを物語っているようだった。

 たとえどんなに強大な闇の欲望だって、この光の希望を消すことはできないのだ。
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:15:49.40 ID:xIWFcIHZ0

「ブレイ!」

「フレン!」

「グリ! ふたりとも受け取るグリ!」

「プリキュアの紋章ニコ!」

 ブレイとフレンの身体から一筋の光が放たれる。薄紅色と空色のその光はまっすぐゆうきとめぐみへと向かい、その手の中に収まり、形を成す。

 それは、伝説の神獣、グリフィンとユニコーンを象った紋章。ロイヤリティを守護せし神獣の力が宿った紋章。

 ゆうきとめぐみは紋章の熱を掌に感じながら、何度も繰り返されたような動作でなめらかに滑らせ、ロイヤルブレスに接続する。


「「プリキュア・エンブレムロード!」」


 そしてふたりは手をつなぎ、声高に叫ぶ。自分たちの光を、希望を、闇の中に響かせるように。

 薄紅色の光が、空色の光が、世界を埋め尽くす。闇など吹き飛ばすかのように煌めく光がふたりを包み込み、その光がふたりをふたりならぬ存在へと変えていく。想いが力になる。希望が未来になる。

 その力は、勇気と優しさという偉大な存在によって支えられているのだ。

 天空より舞い降りるふたりの姿は、すでにゆうきとめぐみではなかった。


「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」


「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」



「「ファーストプリキュア!」」


 たとえ世界が闇に包まれようとも、この光だけは消えることはないだろう。

 それこそ、彼女たちプリキュアなのだ。
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:16:45.24 ID:xIWFcIHZ0

「……出でよ、ウバイトール!」

 ダッシューの声に呼応するように、空が割れる。暗い空よりなお暗い闇から、“何か” が漏れ出すように地に落ちる。それは欲望に満ちた悪辣なる存在。それが、ダッシューの近くをグチャグチャとうごめいている。

「……この世の全ての “物” には、それにまつわる欲望がある。それは、一見して何でもない物であったとしても変わらない。ウバイトールは、その物に込められた欲望に反応し、相応の力を得る」

 ダッシューはそう言うと、生徒会長の立候補書類をその “何か” へと差し出した。

「なっ……! や、やめなさい!」

「断る。見せてもらうよ。君の持っていたこの書類にまつわる欲望を」

“何か” が書類を飲み込み、そしてそこに欲望に満ちた怪物が生みだされる。すさまじい風が吹き荒れ、そこにウバイトールが出現する。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「書類のウバイトール……!」

「ユニコの大切な書類に、何をするのよ!」

「だから言ってるだろう? 僕は僕の欲望でしか動かない。悔しいのなら、返してほしいのなら、奪い返してみるんだね」

 言葉の終わり、まるで見計らったかのようにウバイトールが跳ぶ。本来ならあるはずのない足を使い、校庭の中央から端まで一気に移動する、すさまじい跳躍力だ。

「大きい上に身軽なのね……厄介だわ」

「とにかくやろう、ユニコ! 行くよ!」

「ええ!」

 ふたりほぼ同時に土を蹴り、跳ぶ。それに気づいたウバイトールが悪辣な瞳を歪ませ、ふたりに向け跳躍する。

「っ……!?」

 激突すると思った瞬間、ウバイトールが自らの身体をすぼめた。ふたりは蹴りを入れる姿勢のまま、ウバイトールの巨大な身体、即ち書類に包み込まれ、拘束されてしまった。

「しまった……!」

 慌ててウバイトールの身体を弾こうとするが、もう遅い。完全に包み込まれてしまったグリフとユニコは、ウバイトールに拘束されたまま校庭に落下した。

「ふふ……滑稽な姿だね、キュアグリフ、キュアユニコ」

 ウバイトールの身体から抜け出せずいるふたりを小馬鹿にするように見下ろして、ダッシューが言う。

「必死になった結果がそれだよ。君が持っていた書類、その欲望にすら勝てないなんて、ははっ、本当におもしろいね」
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:18:20.67 ID:xIWFcIHZ0

「っ……」

 めぐみが顔を歪ませる。ダッシューはなおも、そんなめぐみを嘲笑する。

「そもそも、さっきの話を聞いていた限りでは、君は生徒会長とやらになりたくないんじゃないのかい?」

「…………」

 めぐみはダッシューの言葉に何を言い返すこともできなかった。

 そもそも、言い返す言葉がなかったのだ。

 自分はいま、何のために戦っている? フレンとブレイのため? 違う。奪われてしまった自分自身の物を取り返すために戦っているのだ。

 けれど、それは本当に必要なことか?

 意地になっているだけなのではないか?

 ただダッシューに書類を奪われて、腹立たしくなっているだけなのではないか?

 だってそうだろう。皆井先生には散々なことを言われてしまった。誉田先生だって、もしかしたらゆうきに思ってもいないことを言っただけだったのかもしれない。誰も本当はめぐみの立候補なんて求めてないのかもしれない。

 だったら、自分が立候補する意味なんてないだろう。

 意地になって、自棄になって、ダッシューから書類を奪い返す必要もないだろう?

「…………」

 手から力が抜けていく。足を踏ん張ることもできない。目の前が暗くなり始める。自分の目が、暗く濁り始めていることが、分かる。

「……うん、良い目だよ、キュアユニコ。世界とはそういうものだよ。何かを手に入れるときに、それが本当に必要かどうかはしっかりと考えなければならないね。でないと、本当は “必要でない物” を、意地や惰性で手に入れてしまうときもある。それは、本当の欲望とはいえない。欲望を満たしたとはいえないんだ」

「私……」

「想いなんて捨てろ。気持ちなんて考えるな。希望なんて、捨ててしまえ。そして、残った自分自身の欲望に向き合うんだ」 ダッシューは、まるでそんなユニコに優しく語りかけるように。「君は、本当にロイヤリティの王族を守りたいと思っているのかい? それが本当に君の欲望なのかい? この書類のように、ただ意地や惰性で守ろうとしているだけなのではないのかい? それなら、君はもう一度君自身の欲望に向き合い、答えを出すべきだ。君は、自分の欲望に素直になりさえすれば、これ以上戦う必要はないんだ。これ以上傷つく必要はないんだよ」

 ああ、自分は弱い。本当に弱い。

 欲望とは、かくも甘いものなのか。その甘さに、抗えない。きっと心が弱いからだ。だから、ダッシューの言葉が、心の奥底、柔らかい部分を掴んで離さない。

 こんなに苦しい思いをして戦う必要があるのか。この苦しみから解放されることと書類を比べて、どっちの方が大きいか。

 この苦しみとプリキュアの紋章、どちらの方が重いのか――、



「――違う。そんなの、絶対に間違ってる!」



 その強い声が、ユニコの耳朶を叩いた。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:19:28.49 ID:xIWFcIHZ0

 気がついた。まるで、甘い幻想を無理矢理に吹き飛ばすように、その重い一言がユニコの心を大きく揺さぶった。

 それは、相棒の、強く重い、言葉。

「……何だい? 臆病者さん?」

「わたしのことは好きなように呼んだらいい。けど、ひとつ訂正してもらうよ」

「何だって?」

 ダッシューは不真面目な笑みを崩さない。それに対し、ユニコの相棒である戦士は、ただ彼の顔を睨みつける。

「欲望と向き合う? 答えを出す? ……ははっ、馬鹿みたい」

 そう。キュアグリフは、どこまでもまっすぐ、一途に、真摯な言葉を紡ぐ。

「ほんと、馬鹿みたい。ほんっと……馬鹿みたい」

「……何が言いたいんだい、キュアグリフ」

「ユニコは欲望とか、そんなくだらないことで生徒会長のこと、悩んでるわけじゃないんだよ」

 それは、断言するような言葉。めぐみの心を貫く、まっすぐな言葉。

「ユニコはね、自分が生徒会長に相応しいのかとか、自分が立候補していいのかとか、他の誰かのことを考えて悩んでいるんだよ。そこに自分の欲とかそんなのはないよ。ユニコは、いつも誰かのことを考えてるんだ」

「馬鹿なことを。そんな人間、いるはずがないだろう」

「いるよ。わたしは知ってる。わたしが迷うとき、いつも優しく選択を促してくれるユニコのことを。わたしが怖がっているとき、いつも叱咤激励して支えてくれるユニコのことを。わたしが悩んで、プリキュアをやめようとしたときも、たったひとりでブレイとフレンを守ろうとがんばっていたユニコのことを。いっぱいいっぱい、たくさんのユニコを……優しくてカッコ良いキュアユニコという相棒を、わたしは知ってる」

「グリフ……」

 自分はそんな大それた人間ではない。優しくもない。カッコ良くなんてあるはずない。支えているなんて言って、本当はいつもいつも、自分が支えられているのに。なのに。

「……わたしは、そんなユニコを知ってる。だから、ユニコの立候補を、あなたなんかに左右させない! ブレイとフレンを守りたいって気持ちを、あなたなんかに潰させない! わたしは……ユニコの相棒、キュアグリフだから!」

 グリフの声に呼応するように、薄紅色の光が炸裂する。苛烈なる光はグリフの戒めを吹き飛ばす。

「なに……!?」

「ダッシュー!」

 グリフが跳躍する。ダッシューに向け蹴りを放つ。それをいなし、ダッシューがグリフと向かい合う。

「グリフ……」

 ユニコは、必死にダッシューと攻防を続けるグリフを見つめ、拳を握りしめた。
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:20:58.10 ID:xIWFcIHZ0

「……グリフはいつも、そうやって私を助けてくれる。グリフはいつも、私に力をくれる。グリフの勇気が温かくて、だから私は、こうやって笑うことができるのよ」

 迷っていたことが馬鹿らしい。悩んでいたことが何だったのかすら、思い出せそうにない。たとえ、ダッシューが何を言おうと、ユニコの希望はユニコの物なのだ。ユニコが何をするのも、何を望むのも、ダッシューに選択される謂われはない。ましてや、選択のための大事な物を、ダッシューに奪われていいはずない。

「私は……キュアユニコ。そして、大埜めぐみ! 私は、ブレイとフレンを守るし、生徒会長への立候補だって、自分で決める!」

 ユニコを中心として、空色の光が立ち上る。それはユニコの “守り抜く優しさの力” 。攻撃するための力ではない。しかし。

「私は……私を優しく見守ってくれている大切な相棒のためにも、絶対に負けない!」

『ウバッ……!?』

 苛烈なる守護の力は、ときとして攻性へとその性質を変える。ユニコを戒めるウバイトールを、青白い光の壁が内側から吹き飛ばす。ユニコの “守り抜く優しさの力” の光の盾が膨張したのだ。

「ぐっ……あれが、優しさの光だというのか……!」

「優しく包み込むだけが優しさじゃない! 相手を思いやることだけでも足りない! 時には怒ってくれる、それも優しさなんだ! ユニコはそれができる、本当に優しい女の子なんだよ!」

「ぐっ……キュアグリフ……!」

 よそ見をしているダッシューを、グリフの蹴りが吹き飛ばす。

「屁理屈を……!」

 ダッシューは後方に着地し、両の手を振るう。何もない場所からいくつもののこぎりが現れ、ダッシューは宙に浮かぶその刃物を操るように、一斉にグリフに向け放つ。

「さすがに、これは防ぎきれないだろう!」

「グリフにふせぐことができないなら、私が守るわよ!」

「何……!?」

 グリフの前に躍り出る影。それは白く美しい、優しさのプリキュア。

「ユニコ!」

「安心して、グリフ」 その笑顔は優しく、そして強い。「あなたは私が守るから!」

 かざす手に生まれる空色の光。それは巨大で強大な、守護の壁。空色の光の壁が、ダッシューの手繰る無数ののこぎりを弾き飛ばす。

「今よ、グリフ!」

「うん!」

 そう、今こそが決定的なチャンスだ。グリフはユニコの言葉を受け、右手を眼前にかざす。

「しまった……!」

 ダッシューの声が響くが、もう遅い。


「勇気の光よ、この手に集え!」
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:23:00.58 ID:xIWFcIHZ0

 グリフの身体から薄紅色の光が立ち上る。それは、グリフの持つ “立ち向かう勇気の力” 。そしてその光はどんどん強くなり、やがてグリフの右手に集約する。圧倒的な圧力を持つ光が弾け飛び、その中心にあった光の核が、その形を成す。

 それは、剣。翼を持つ勇猛なる獅子を象った一振りの剣。

 王者に認められた戦士の中の戦士のみ持つことを許される、伝説の中の伝説ともされる剣。



「カルテナ・グリフィン!」



 身体中から立ち上る薄紅色の光を纏い、勇壮なる戦士はカルテナを右に構え、駆けだした。向かう先は、欲望に支配された怪物、ウバイトール。大事な相棒の大切な物を取り返すために、グリフは駆ける。

 身に纏う薄紅色の光が展開する。空を駆けるかの如く速いグリフの動きに追従する光は、まるで翼のようで。



「翼持つ勇猛なる獅子、グリフィンよ! プリキュアに力を! 」



 キュアグリフは大地を滑り、空を駆けるかの如く戦場を駆け抜ける。

 その姿はさながら、勇猛果敢なる神獣グリフィンそのものだ。

「プリキュア・グリフィンスラッシュ!」

『ウバ……?』

 そして、グリフィンのシルエットを持つ伝説の戦士は、そのままウバイトールの横を駆け抜ける。何が起こったのかと困惑するウバイトールの背後に着地したグリフは立ち上がり、露を払うように、そっとカルテナを振った。

『ウバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 瞬間、ウバイトールが真っ二つに両断される。ただ駆け抜けたようにしか見えない刹那の交錯で、キュアグリフがウバイトールを斬り捨てていたことを視認できた者は、いない。

 ウバイトールから這い出てきた暗い存在が、苦しみ悶え霧散した。残された立候補書類がヒラヒラと宙を舞い、ユニコの手へと収まる。

「たしかに返してもらったわよ? ダッシュー」

「……ふん、いいさ。そんなもの、べつに僕はほしくない」

 そう捨て台詞を残すと、ダッシューは飛び上がり、消えた。世界に色と光が戻り、グリフとユニコも姿を変える。
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:24:29.93 ID:xIWFcIHZ0

「ゆうきぃ〜!」

「めぐみー!」

 どこかに隠れていたのだろう。ブレイとフレンが駆け寄ってくる。

「良かったニコね、めぐみ。書類を取り返すことができて」

「……ええ。ありがとう、フレン」

「うん。本当に良かったね、大埜さん」

「ふふ。あなたも、ありがとう。王野さん」

「えへへー」

 相棒同士、笑顔で頷き合う。けれど、そんなふたりに水を差すような声が響く。

「グリ……ゆうき、めぐみ……あの、そろそろ片づけの時間グリ……」

「!? いっけない! 早く行かなくちゃ!」

「そうね! 急ぎましょう、王野さん!」

「わっ、わあ!」

 グイと手を引かれ、ゆうきはめぐみに連れられ走り出す。頼もしい背中は、やっぱり優しさで満ちている。

「……ねえ、王野さん」

「えっ?」

 走っているめぐみは、ゆうきに目を向けることはない。もしかしたら、それを狙っていたのかもしれない。めぐみは、本当に恥ずかしがり屋で照れ屋な女の子なのだ。

「あなたのおかげで、私、決心したわ。当て馬なんて言わせない。私は私で、本気で生徒会長になるためにがんばる。私、立候補してみるわ、生徒会長」

「大埜さん……」

 ああ、なんて嬉しいのだろう。自分のことでもないのに、心の底から喜びがわき上がってくる。

「わたし、精一杯応援するからね!」

「……うん! ありがとう、王野さん!」

 そのときばかりは、めぐみはきらめかんばかりの眩しい笑顔で、頷いた。
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:25:40.37 ID:xIWFcIHZ0

…………………………

「へへへ……」

「グリ、ゆうき、嬉しそうグリ」

「もちろん!」

 帰り道、ブレイと話ながら家路につく。あの後、体育館の片付けの際に誉田先生はめぐみに謝ってくれたし、めぐみはそれを何でもないことのように許し、生徒会長へ立候補する旨を誉田先生に告げたのだ。

「友達が生徒会長に立候補だなんて……えへへ、なんかワクワクしちゃうよ」

「? そう思うなら、ゆうきも生徒会に立候補したらいいグリ」

「ええ? そんなの無理だよ。だってわたし、字も下手だし計算も苦手だから、書記も会計もできないし」

「じゃあ、副会長グリ!」

「そんな無茶言わないでよ……」

 会長は元より、副会長というガラでもない。少し想像してみよう。




『王野副会長、この書類の整理、よろしくね』

『えっ、あっ、はいっ。分かりました、大埜会長!』

 バラバラバラバラ……。

『あ……あああああ!! 書類の山がバラバラに!』

『王野副会長!? 何をやってるの!』

『ひーん! ごめんなさーい!!』

 バラバラバラバラ……。

『ああ!! 謝った拍子に別の書類の山が!』

『…………』

『ご、ごめんなさーい!!』




「……ってな感じになっちゃうよ?」

「ゆうきはダメな方向に妄想がたくましいグリね……」

 ブレイの呆れ声。そんなことを言われたって仕方ないじゃないか。副会長をやっている自分なんて、何か取り返しのつかない失敗ばかりを繰り返している姿しか想像できない。
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:26:40.16 ID:xIWFcIHZ0

「わたしはいいの。わたしは、生徒会長に立候補する大埜さんを応援できれば、それで……」

「でも、どうしてゆうきはめぐみに生徒会長に立候補してもらいたいグリ?」

「ふふ。そんなの決まってるじゃない、ブレイ」

 ゆうきは、嬉しくて嬉しくて、朗らかに笑う。

「わたしは、みんなに知ってもらいたいんだ。いつもは不器用で滅多に笑わない大埜さんだけど、とってもいい笑顔で笑うんだってこと。とっても優しくて、頼りになる女の子なんだってこと。みんなに、そんな大埜さんを知ってもらいたいの」

「グリ……」 ブレイもまた、まん丸のおめめで笑ってくれた。「ブレイも、めぐみの優しさをみんなに知ってもらいたいグリ!」

「うん! だから、わたしはがんばるよ! 大埜さんの選挙活動、がんばって応援しちゃうんだから!」

 選挙活動を通して、クラスでは物静かなめぐみが少しでも変わってくれれば、ゆうきは嬉しい。

 人通りのほとんどない夕焼けの街を、ほとんどスキップ同然の軽やかな足で駆ける。と、

「あっ……」

 しまった、と思ったときにはもう遅い。人がいないと思っていた住宅街の細い道端に、人がいたのだ。少しだけ顔が赤くなる。

 見られただろうか? 見られただろう。スキップまがいの足取りで、顔をにやけさせながら歩いていた自分を。

 ゆうきは慌ててたたずまいを正しながら、少しだけ八つ当たり、ブレイを鞄の奥へとむぎゅっと押し込んだ。

「…………」

 そのひとは、女の人だった。オシャレなバンダナを頭に巻いて、工作着のようにも見える簡素なエプロンを身につけて、チラシのような束を持って立っていた。

「ふわぁ……」

 少しだけ立ち止まり、思わず見とれてしまう。簡素な格好ながら、とてつもない美人がそこにいたのだ。

「あら……」

 その女性はゆうきを認めると、優しげな微笑みを浮かべると歩み寄ってきた。驚くゆうきに気づいているのかいないのか、そのまま正面に立つと、笑顔のままチラシのようなものを一枚、ゆうきに差し出した。

「これ……」 冷たく澄んだきれいな声だった。「あそこに新しくできるカフェの、チラシなの。私のお店なんだけど、もし良かったら、オープンしたら来てくれると嬉しいな」

「あっ……ありがとうございます」

「その制服、ダイアナ学園の生徒さんよね?」

「は、はい! そうです!」

 美人さんを前に緊張するゆうきに、彼女はあくまで朗らかだった。

「来週からオープンだから、よかったら来てね。お友達も連れてきてくれると嬉しいな」

「わぁ……すごい」

 また声が洩れてしまう。美人さんが示した先、たしか空き家があった場所に、オシャレなオープンテラスを備えたカフェができあがっていた。夕日になお映えるそのカフェは、女子中学生の心を奪うにふさわしい外装だった。ロンドンやパリの街角にあっても問題ないくらいおしゃれな見た目にすっかり夢中になって、ゆうきは女性に大きく頷いた。

「はい! 絶対に来ます! すごいなぁ……」

「ありがとう。わたしも、我ながらよくできたなぁ、って思ってたの」

「お店の名前は…… “ひなカフェ” ……?」

 チラシに目を落とす。『ひなカフェ』 。それがあのお店の名前のようだ。

「ええ。わたしの名前から取ったの。初めまして、ひなカフェの店長、小紋(こもん)ひなぎくです。お店共々、よろしくね」

 シンプルで飾り気のない格好をした、けれど華に溢れている美人さん――ひなぎくさんは、そう名乗った。
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/01/28(日) 10:27:17.68 ID:xIWFcIHZ0

    次    回    予    告

めぐみ 「さて問題です。生徒会長に立候補するにあたって、必要なものはなんでしょう?」

ゆうき 「うーん……勇気?」

めぐみ 「良い感じのこと言えば正解みたいな風潮が憎い! 不正解!」

ゆうき 「ええー……じゃあ、優しさ?」

めぐみ 「喧嘩を売ってるのかしら?」

ゆうき 「ふぇーん……大埜さんが厳しい……」

めぐみ 「正解は……」

ゆうき 「正解は?」

めぐみ 「……次回、ファーストプリキュア! 第七話『本命候補! 騎馬はじめ現る!』」

ゆうき 「……正解は?」

めぐみ 「それはまた次回。よい子のみんなも考えておいてね、ばいばーい!」

ゆうき 「ああっ! ま、待ってよー!」
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/28(日) 10:29:28.78 ID:xIWFcIHZ0
>>1です。
第六話はここまでです。
sage続けてしまいました。間違えました。すみません。

質問、感想、報告、大変ありがたいことです。ありがとうございます。
いつも見てくださっている方も、ありがとうございます。
また来週日曜日、投下できると思います。
よろしくお願いします。
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:00:47.69 ID:KQnxmm/50

ゆうき 「ゆうきと、」

めぐみ 「めぐみの、」

ゆうき&めぐみ 「「なぜなに☆ふぁーすと!」」

ブレイ 「と、いうことで、前回の続きから話していくよ!」

フレン 「今週はあたしたちふたりの名前についてね」

ブレイ 「ぼくの名前ブレイは、ブレイブ、“勇敢な”という意味の英語から取っているんだ」

フレン 「そしてあたし、フレンの名前はフレンドリー“優しい”という意味の英語から取っているわ」

フレン 「あと、情熱の国の王女パーシーはパッション、“情熱”から、」

フレン 「そして愛の国の王女ラブリはラブリー、“愛らしい”から取られているわ」

ブレイ 「パーシーとラブリに関してはまだまともに出てないけど、今後会えたらまた確認してくれると嬉しいな!」

めぐみ 「では、今日も元気に、」

ゆうき 「本編、はっじまっるよー!」
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:01:39.47 ID:KQnxmm/50

第七話【本命候補! 騎馬はじめ現る!】

「ともえー! ひかるー! 早く起きなさーい!」

 朝7時、王野宅。はきはきとした声が響く。

 それはいつものこと。けれど、少しだけいつもと違う。

「……ぼくは起きてるよ、お姉ちゃん。おはよう」

「あ、おはよう、ひかる。顔を洗ってたのね」

 にっこり笑顔。朗々とした声。

「……お姉ちゃん、どうしたの?」

「えっ?」

「なんか……楽しそう」

「そう?」 特に自覚はない。けれど、お利口な弟が言うのなら。「……うん。たぶん、楽しいんだと思う」

「?」

 不思議そうな顔をする弟の頭をサッと撫でて、ゆうきは玄関に向けて駆け出した。

「あっ……」

「ひかる! ともえのことちゃんと起こしてあげて、きちんと学校に行くのよ! お姉ちゃん、今日はもう学校に行かなくちゃだから!」

「何かあるの?」

「うん! 友達と、大事な相談をね!」

 ピシッと整った襟元をピンと弾き、プリーツスカートを翻して、ゆうきは振り返る。

 その姿は少しだけ、キマっていた。

「えへっ☆」

(お姉ちゃんが壊れた……)

 少なくとも、本人の中では、だけれど。
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:02:05.51 ID:KQnxmm/50

…………………………

「……相変わらず、辛気くさい場所だわ」

 そこは、暗闇の世界。欲望に支配された、黒い世界。

 アンリミテッド。

 そのひたすら黒い場所を歩くのは、ゴーダーツでもダッシューでもない。

 そのふたりとは比べられないほど華奢で小柄な影。

 女性的なスタイルというよりは、まだ子どもといっても差し支えないくらいだ。

「……遅かったな、ゴドー」

「あら?」

 彼女の名はゴドー。アンリミテッドの欲望の戦士、ゴーダーツとダッシューと並び立つ三幹部のひとりである。ゴドーは壁に寄りかかる大柄な男、ゴーダーツを認め、歩み寄った。

「よくも招集を無視し続けてくれたものだ。それなりの弁明はあるのだろうな?」

「…………」

 ゴーダーツの前に立てば、その身長差は歴然だ。ともすれば、ゴドーの二倍はあろうかというゴーダーツに対し、彼女はあまりにも小さい。

「何を黙っている。何か言ったらどう――」

「――うるさい。黙りなさい。無能な豚のくせして、偉そうにあたしに意見するんじゃないわよ」

「なっ……」

 しかし、である。ゴドーはそんなことを意にかけない。恐れなんて持つはずがない。彼女もまた、欲望の戦士なのだ。

「あたしはね、あんたに手柄を譲ってあげようと思ってたの。ロイヤリティの王族なんて、あんたならすぐに捕まえてお終いだろうと思っていたから、わざわざ遅く来てあげたのよ」

 ゴドーは圧倒的な上背の差をものともせず、ゴーダーツに詰め寄った。

「それなのに、あんたが情けなくて無能だから、やっぱり来てあげなくちゃって思って来てあげたの。感謝されこそすれ、非難されるいわれはないわ」

「貴様……」

「あら? 何か反論することがあって? 無能な欲望の戦士さん?」

「ははっ、相変わらず随分な物言いだなぁ、君は」

 パチパチと暗い空間に不釣り合いな弾けた音がする。暗闇から拍手とともに現れたのは、薄ら寒い笑顔を張り付けたもうひとりの欲望の戦士、ダッシューである。

「それくらいにしておいてあげなよ。彼も反省しているみたいだし」

「ダッシュー、貴様……」

206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:02:38.72 ID:KQnxmm/50

 ダッシューのからかいにいちいち目くじらを立てるゴーダーツ。それを面白がるようなダッシュー。どっちもどっちだ。片や真面目すぎで、片や不真面目すぎる。そんなところが、ゴドーにはどうにもこうにも我慢できない。

「ダッシュー、そういうあんただって、すでにプリキュアに二回も負けているって話じゃない。そんな偉そうなことが言える立場かしら?」

「まあ、そういうこともあるさ。ぼくも遊びたいときだってある」

「どうだか。結果を出せていないんじゃ、そんな言葉、単なる言い訳にしか聞こえないわよ」

「…………」

 相も変わらず考えていることが読めない男。軽薄な笑みの裏に、何を考えているのか皆目検討がつかない。ゴドーの直接的な罵倒にも、眉一つ動かすことなく微笑んだままだ。

「もういいわ。あんたたちに用なんてないの。ゴーダーツ、デザイア様は奥の間?」

「いや……」

 上司の行き先を問うた途端、ゴーダーツが言いよどんだ。

「どうかしたの?」

「……姿を拝見していない。奥の間にもいらっしゃらないようだ。おそらくは、どちらかへお出かけになっている」

「はぁ? 最高司令官がお出かけ? のんきなもんねー。ったく」

「貴様……! 俺のことならいざ知らず、デザイア様のことを愚弄することは許さんぞ」

 こんなキャラだっただろうか。いや、だったような気もしないでもない。どうでもいい。

「はいはい、どうでもいいわ。何にせよ、居場所が分からないんじゃ、到着の報告もできないわね……」



「――……否。私はここにいる」



 アンリミテッドの暗闇がより一層黒くなった。世界が有り様を変えたようだった。

「っ……」

 腹の内が抉られるような、著しい緊張感。あり得ないほどの焦燥感。手の内に、じっとりと汗が湿る。

「遅かったな、ゴドー。一体何をしていた?」

 ゴーダーツ、ダッシュー、ゴドーは慌てて膝をつき、低頭した。

 ゴドーにとっては久しぶりの対面だった。
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:03:28.34 ID:KQnxmm/50

「どうかしたか、ゴドー? 体調でも優れぬのか?」

 あまりにも圧倒的すぎるその存在。全身を暗闇で塗り固めたような姿。その上に覆い被さる、なお暗いマント。そして、見るもの全てを恐怖のどん底に落とす仮面。

 その名は、アンリミテッド最強の騎士にして、最高司令官。

 暗黒騎士デザイア。

「滅相もございません。私は、快調です。召集に遅れたことに関しては、謝罪いたします。少し、欲をかきすぎたため、ここに戻るのに遅れました」

「そうか。己の欲望に従った結果なら、それでいい」

 しかしゴドーにも意地がある。心の内の恐れは振り払い、まっすぐ仮面を見つめながら言葉を紡ぐ。

「デザイア様! ぜひ、次のプリキュア討伐に、私を!」

「ほう?」

 ゴーダーツが嫌そうな顔をするが、そんなものに構ってはいられない。

「遅れて参上したお詫びの意味も込めて、ロイヤリティの紋章を奪い取り、デザイア様に献上いたします」

「…………」

 デザイアは何の感情も見せることはない。それは仮面を被っているからというだけでなく、本人の挙動すべてにおいて感情というものが欠如しているのだ。仮面の奥の瞳が、見上げるゴドーを睥睨する。

「……よかろう。行け、ゴドー」

「……はい。ありがとうございます、デザイア様」

 ゴドーはコケティッシュに笑い、立ち上がって優雅に一礼した。

「必ずや、デザイア様の御前に紋章をお持ちいたします。お楽しみに」

 言うや否や、ゴドーの姿がかき消える。ホーピッシュへと飛んだのだ。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:03:57.16 ID:KQnxmm/50

「……ゴーダーツ。ダッシュー」

「はっ」

 デザイアはやはり感情の見えない声で言う。

「後は任せる。私はもう出なければならない」

「……また、ですか?」

 不満そうな声。それは、低頭したままのダッシューから放たれたものだ。

 デザイアがダッシューに目を向ける。

「何か言いたいことがあるのか、ダッシュー?」

「ええ、まぁ。最高司令官であるデザイア様がそう何度も席を空けるというのは如何なものかと」

「ダッシュー!」

 あまりの物言いに、傍らのゴーダーツがたしなめる。

「ふむ。たしかに貴様の言うとおりだな。しかし、私にはやることがある」

 世界はあまりに無情だ。それをダッシューはよく知っている。

 そう、この世は力関係で成り立っているのだ。より力強き者が勝ち、その者の欲望が優先される。

 たとえ上司であるデザイアの勝手が過ぎたとしても、ダッシューには文句を言うことしかできない。文句を言ったところで、ダッシューよりよほど強いデザイアの “やることがある” という欲望が優先されてしまうのだ。

「……もうよいか? では、行ってくる。頼んだぞ、ゴーダーツ。ダッシュー」

「はっ」

「……はい」

 力は正義だ。欲望を満たすための正義だ。それこそが正しいあり方。世界の回り方。

 力と欲望に支配された何より黒き暗闇の世界。

 それが、アンリミテッドなのだから。
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:04:26.07 ID:KQnxmm/50

…………………………

「ぐぬぬぬぬ……」

 朝っぱらから、めぐみは唸っていた。

「ぬぬぬぬぬ……」

 唸りまくっていた。

「ぬぬぬぅうううううううう……」

 せっかくの美人が台無しだ。

「あの、大埜さん? どうしたの……?」

「王野さん!? いたの!?」

「いたよ! ずっといたよ! 気づいてなかったの!?」

「……ごめんなさい」

 めぐみは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 まだゆうきとめぐみしかいない朝の教室。ふたりきりなので、めぐみの調子は少しだけ軽い。

 ともあれ、朝からふたりで生徒会長立候補についての話し合いをするという話だったのだが、めぐみの様子がややおかしい。

「どうかしたの?」

「うん。あのね……」

 めぐみはおずおずと、ゆうきに一枚の書類を差し出した。先日アンリミテッドから取り返した生徒会長の立候補書類だ。

「? これ、まだ誉田先生に出してなかったの?」

「ええ。まだ必要事項が全部書き入れられていないから……」

 ザッと書面に目を通してみる。学年、クラス、出席番号、氏名、志望動機……と有り体な項目が並んでいる。そのほとんどが埋まっているが、終わりの方、項目がひとつだけ空欄の箇所があった。

「……推薦者?」

「うん……」

 めぐみが恥ずかしさと悲しみをない交ぜにしたような顔をして。

「ほら……私って、仲のいい友達が少ないから……」

 はは……ははは……と暗く笑うめぐみ。本人は笑っているが、ゆうきに笑うことなどできるはずもない。というか、である。
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:04:55.88 ID:KQnxmm/50

「だ、だったらわたしがやるよ! 推薦者」

「よく見てみなさい。生徒会長に立候補するには、三人の推薦者が必要なの」

「あぅ……」

「申し訳ないけど、あなたは最初から頭数に入れていたわ」

 つまりは、あとふたり。あとふたりに推薦者を頼めば、めぐみは生徒会長に立候補できるのだ。

「じゃあ、わたしから誰かに頼もうか?」

「……ううん。ありがたいけど、遠慮しておくわ。だってこれは、私が立候補することなんだもの」

 ゆうきの申し出に、めぐみはけれどまっすぐそう答えた。

「だからこれは、私のこと。私がやらなくちゃ。王野さんには立候補に関しての相談とか、推薦者とか、そういう協力をしてもらって本当に感謝してるわ。私は私で、推薦者くらい自分で集めてみる」

 その言葉にはめぐみの強い意志が感じられた。少なくとも、その意志を邪魔したら悪いと、ゆうきが思うくらいには。

「……うん、分かったよ。じゃあ、推薦者集め、がんばってね。選挙に関しては、わたし、いくらでも大埜さんのお手伝いをするからね。協力がほしくなったらいつでも言ってね」

「ええ。本当にありがとう、王野さん」

 さすがは大埜さんだなぁ、と思いながら、しかしゆうきは少し不安だった。

(大埜さん、本当に大丈夫かなぁ)
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:05:57.22 ID:KQnxmm/50

…………………………

 ある休み時間。

「あの……」

「うん?」

 クラスメイトに話しかけるめぐみ。その表情はクールで、カッコ良くて、きれいで、けれどいつもゆうきに見せてくれる “めぐみっぽさ” は微塵も感じられない。ゆうきは自分の席からそんなめぐみを見守っていた。見ていられたものではなかったが、心配で目をそらすこともできない。

「どうかしたの、大埜さん?」

「……私、今度の生徒会選挙で、生徒会長に立候補することにしたの」

「えっ!?」

「それほんと!? 大埜さん!」

「え、ええ」

 色めき立つクラスメイトたちに押され気味のめぐみ。なんとか体裁を保とうと、コホンと一回咳払い。

「……それで、実は――」

「ねえねえねえ! どうして生徒会長に立候補するの!?」

「すごいなぁ! やっぱり大埜さんは違うね! 勉強もスポーツもすごいもんね!」

「私、大埜さんが生徒会長ってイメージぴったり! がんばってね! 私、絶対大埜さんに投票するから!」

「あ……そ、そう? ありがとう」

 かしましいことこの上ない。めぐみはもはや完全に押し負けながらも、なおも口を開こうとがんばっている。ゆうきはもはや、神に祈るような心境だった。

「それでね、実は――」

「なになに、どうしたの?」

「生徒会長って聞こえたけど、大埜さんが立候補するってほんと?」

 騒ぎを聞きつけて、他のクラスメイトたちも集まってくる。

「えっ、いや、あの……」

「よーし! クラスみんなで大埜さんを応援するぞーっ!」

『おーっ!!』

「……うぅ……」

 クラスメイトの輪の中で萎縮しながら、めぐみはガクッとうなだれた。ゆうきは遠くからその様を見つめ、あちゃーと頭に手をやった。

 めぐみの推薦者探し。これは予想以上に、難しそうだ。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:06:27.35 ID:KQnxmm/50

…………………………

「……ふん。これが学校ね。つまらなそうな場所だわ」

 ダイアナ学園女子中等部前。ゴドーは校舎や体育館、校庭へと続く道を見つめ、吐き捨てるように口を開いた。

「勉強とかそういうの、面倒くさいだけじゃない。自分の欲望に背いたことをして何が楽しいのかしら」

 ゴドーは己の欲望に従うことができない臆病者が嫌いだ。自分がしたいことをすべてする、欲しいものはすべて手に入れる、それこそが正しい行いであり、彼女にはその正しい行いを実行するだけの力があるからだ。

「やりたくないことをやるなんて、くだらないことだわ。あたしには全然分からない」

 その言葉は誰に向けてのものなのか。それはゴドー本人にも分からない。

 構わない。分かっていることなど、ひとつきりで十分なのだから。

「……ここに勇気の国の王子と優しさの国の王女がいる。そして、勇気の紋章と優しさの紋章も。あたしはそれを手に入れる。ただそれだけのこと」

 彼女は口角を吊り上げ、歩を進めた。

「伝説の戦士プリキュア……どれほどのものかは知らないけれど、あたしの敵ではないわ」
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:07:01.50 ID:KQnxmm/50

…………………………

「……すまない、ひとつお聞きしたいんだが」

「はい?」

 2年A組教室前。彼女は教室から出てきた長身の生徒にそう話しかけた。

「大埜めぐみさんを探しているんだ。教室にいるだろうか?」

「大埜さん? えーっと……」 律儀に教室の中を見回してから、その生徒はかぶりを振った。「ううん。いないみたいだ」

「そうか。……どこに行ったか分からないかな?」

「うーん、この時間なら、もしかしたら――」

「――あっ、それならあたし知ってるー!」

 と、違う生徒が割り込んでくる。小柄な身体に短い髪。みるからに活発そうな外見に、人なつっこそうな笑みを浮かべている。

「ゆうきったら、最近は大埜さんにべったりだからねー! ちょっと妬いちゃうね!」

「ユキナ。人の会話に割り込むんじゃない。それから、割り込むならせめて相手様に有益な情報をもたらしてくれ」

 長身の生徒が、小柄な生徒を漫才のようにたしなめる。

「なにさー、有紗。今のどこが有益じゃないっていうのよー」

「有益も何も今のじゃ何も分からないだろう」

 有紗とユキナという名には聞き覚えがある。なるほど、と納得する。これが校内で少なからず有名な演劇部の凸凹コンビか。

「すまない。大埜めぐみさんのいる場所を知っているなら教えてもらえるだろうか」

「ああ、ごめんごめん。大埜さんなら、たぶん屋上にいると思うよ。最近は、昼休みにそこで昼食を取っていることが多いんだ」

 結局答えたのは長身の生徒だ。小柄な生徒はその態度にブウ垂れるような顔をしている。

「なにさー、有紗ー! せっかくあたしが言おうとしてたのにぃー!」

「言おうとしてなかったじゃないか」

 いつまでも見ていたいような愉快な二人組だが、そうしているわけにもいかない。

「ありがとう。では、屋上に行ってみるよ」

 彼女は短くふたりにそう告げると、きびすを返し屋上へと続く階段を目指した。
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:07:38.65 ID:KQnxmm/50

…………………………

「うーん……あの人、どこかで見たことがあるような……?」

 残された小柄なユキナと長身の有紗。ユキナが、颯爽と、まるでモデルのように歩みゆく彼女の後ろ姿を見つめながら小首を傾げた。

「何を言ってるんだ、ユキナ。あの人は現生徒会副会長で、次の生徒会長に立候補してる騎馬はじめさんじゃないか」

「……ああ! どっかで見たことがあると思ったら、あの人があの質実剛健、文武両道の騎馬はじめかぁー!」

 待てよ、とユキナが納得しつつまたも首を傾げる。

「……で、その副会長さんが、大埜さんに何の用?」

「いや、休み時間に言ってたじゃないか。大埜さん、生徒会長に立候補するって。その関係の話だろう」

「……それってさ」

「うん?」

 ユキナはいやらしくニヤァ、と口角を歪めながら、

「……もしかして、宣戦布告ってやつ?」

「……ユキナ」

 このミーハーめ、と半ば呆れながら、有紗は小さくなりゆく彼女――騎馬はじめの颯爽とした後ろ姿を見つめる。

(……相手は強敵だ。がんばれよ、大埜さん、ゆうき)
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:08:41.42 ID:KQnxmm/50

…………………………

 昼休みの屋上は、太陽がサンサンと輝き、少しだけ夏みたいだ。屋上の一面が白いことも相まって、ほんのり暑い。

「…………」

 しかしめぐみは、夏とは正反対の枯れた顔をしている。無言でお弁当を口に運び、租借する。その姿は少し、不気味だ。

「あ、あの……大埜さん?」

「……何?」

 死んだ魚のような目がゆうきを向く。ゆうきはその様相にたじろぎながらも、言葉を続けた。

「もう一回、クラスの誰かに言ってみようよ。推薦者をやってほしいって」

「……言いづらいわ。ダメ。私、やっぱり怖いもの」

「えっ……?」

 めぐみが下に目を落とす。

「私……王野さんとは、色々あって仲良くなれたけど、他の人とそうなれるかすごく不安だもの。さっきはみんなで応援してくれるって言っていたけど、推薦者を頼んだときにどんな顔をされるかって想像したら……」

 めぐみの気持ちも分からなくはない。せっかく、クラスのみんなが応援してくれると言ったのだ。その今の状況に推薦者を頼むという一石を投じることによって、どんな結果が生まれるのか。それは誰にも分からない。誰かが引き受けてくれればいいが、誰も引き受けてくれなかったらどうだろう?

「ごめんなさい。私、とっても勝手なこと言ってるわよね……臆病で、情けなくて、本当に王野さんに申し訳ないわ」

 めぐみは本気で落ち込んでいる。本気でゆうきに対して申し訳ないと思っているのだ。

「大埜さんは優しいね。自分のことで大変なのに、わたしに申し訳ないって思えるって、すごいよ」

「えっ……」

 めぐみが顔を上げた。

「けど、わたしのことは気にしないで。わたしは大埜さんの友達だから。友達が困っていたら手を貸すよ。友達が何かをやろうとしているならそれを全力で応援するよ。そんなの、当たり前のことだもん」

 ゆうきはめぐみのことが好きだ。友達だから好きだし、好きだから友達だと思う。どっちが先かはよく分からないけれど、そういうものだと思う。

「王野さん……」

 めぐみがスーッと息を吸い込み、目をつむる。そして両手を上げ、それを不思議な目で見るゆうきの前で、めぐみは自分の顔を両側から思い切りはたいた。小気味いい音が響いて、めぐみが一瞬クラッと身体を泳がせた。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:09:47.67 ID:KQnxmm/50

…………………………

「お、大埜さん!?」

「……あなたの言葉で目が覚めたわ。ううん。あなたの言葉のおかげで目を覚ましたいと思ったから、無理矢理覚ましたわ」

「それって……今の張り手で目を覚ましたってこと?」

 無茶苦茶だ。仮にも女の子、それも優等生を地で行くめぐみのすることではない。せっかくの美人が、両頬に残った真っ赤な手形で台無しだ。

「ありがとう、王野さん。あなたに勇気をもらったわ。協力してくれるって言っている友達がいるのに、何を怖がっていたのかしら、私は」

 けれど、その目はいつも通りのめぐみの、まっすぐな目だ。とても頼もしくて優しい、めぐみの目だ。

「私、がんばる。みんなに推薦者を頼んでみるわ」

「……うん!」

 やるといったらやるのだろう。めぐみはそういう性格だ。やると決めた生徒会長への立候補だから、こうして悩んででもやろうとする。人付き合いのあまり得意ではないめぐみだけど、自分でがんばって推薦者を集めると決めたのだから、懸命にやろうと努力する。

 それがめぐみなのだ。ゆうきが尊敬して憧れる、相棒なのだ。

 と――、

「……?」

 キィ、と軽い音がして、塔屋のドアが開かれた。校舎内へと続く唯一の出入り口だ。

「ああ、よかった。本当にここにいてくれた」

 それは、ゆっくりと聞き取りやすい、しっかりとした声。どこか男性的な雰囲気も漂う、中性的な少女の声だった。

 ドアを開けて現れたのは、声とは対照的な外見の女子生徒だった。襟のラインの色からして同級生だろう。艶やかな黒髪は腰に届きそうなくらい長く、そよ風にふよふよと揺られている。目元は穏やかで、余裕に満ちあふれている。その少女が、まっすぐめぐみを見つめながら歩み寄ってきた。

「君が大埜めぐみさんだね?」

 めぐみの前で立ち止まり、少女はニコッと穏やかな笑みを浮かべて問うた。

「そうだけど……あなたは?」

「失礼。こちらから名乗るべきだった」 少女は優雅に華麗に、その場で一礼した。「私は騎馬はじめ。現生徒会の副会長を務めている」

「騎馬、はじめさん……?」 めぐみがハッと息をのんだ。「じ、じゃあ、あなたが……生徒会長に立候補しているっていう……騎馬さん!?」

 めぐみの言葉を聞いて、ゆうきも思い出した。



 ―― 『何にせよ、生徒会長の立候補が騎馬はじめだけの信任投票というのも問題ですからね。大埜めぐみには、ぜひ立候補してもらいたいものです』



 先日、皆井先生が無神経な言葉と同時に言っていた名前。生徒会長の立候補者である、騎馬はじめ。

 目の前の、外見と言動がややちぐはぐな同級生が、その騎馬はじめなのだ。
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:10:38.77 ID:KQnxmm/50

「はは、おもしろいことを言うね、大埜さん。大埜さんも生徒会長に立候補するんだろう?」

「あっ……」

 めぐみが恥ずかしそうに顔を伏せる。

「それに、まだ立候補してはいないよ。この書類をまだ提出していないからね」

 はじめがブレザーの懐から綺麗にたたまれた書類を取り出し、開いて見せてくれた。めぐみと同じ、生徒会長の立候補書類だ。

 その一挙手一投足が妙に様になっている。内ポケットをこんなにスタイリッシュに扱える同級生を、ゆうきは知らない。ゆうきに至っては、内ポケットなんて使ったこともない。

「今から生徒会顧問の先生に提出しに行くつもりなんだ」

 めぐみの書類とは違い、全ての項目がしっかりとうまっている。もちろん、推薦者の欄もしっかりと三人の名前がある。

「なら、どうしてここに?」

 けれど、めぐみも負けていない。ゆうきの頼もしい相棒は、そんな相手に一歩も引かずまっすぐ目を見返している。

(……って、べつに戦ってるわけじゃないんだけど)

「いや、正式に立候補する前に一度挨拶をしておきたかったんだ。これから生徒会長の座を争う大埜めぐみさん、君に」

「……そう」

 めぐみは強い。けれどその強さは、少しだけ脆い。

「私が立候補したことによって、立候補するつもりだった生徒たちが皆身を引いてしまったと聞いたんだ。だから、大埜さんが立候補してくれて良かった。私も、できることならしっかりと他の候補と票を争った上で生徒会長に臨みたいからね」

 はじめの身体中から放たれる存在感。圧倒的な余裕。

 今までの人生で、ゆうきにはおよびがつかないほどのことをしてきたのだろう、大人びた物言い。

 すごいと思うまでもない。感覚が、身体が、目の前の同級生がただならぬ存在だと教えてくれている。

「え、ええ……」

 ゆうきには分かる。めぐみがそんなはじめに圧倒されていることが。けれどそれを表には出さず、「がんばらなきゃ」とか「負けたくない」とか、そんな風に踏ん張っているのだ。それはめぐみの優しさで、強さだ。けれどゆうきは、そんなめぐみを助けたい。手伝いたい。

 だから――、

「あっ……」

 ぎゅっ、と。ゆうきはそっと、さりげなく、当たり前のことのように。

「……うん」

 めぐみの手を取り、握って、頷いた。お互いの熱が巡る。少し汗ばんでいためぐみの手を通して、めぐみの心境を、ゆうきの心で中和する。

 目線だけで意志疎通。申し訳ないような、けれど嬉しそうなめぐみの目を見ることができて、ゆうきはそれだけで嬉しい。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:11:17.90 ID:KQnxmm/50

「……私もがんばるから。だから、いい生徒会選挙にしましょう」

「ああ。よろしく頼む」

 めぐみはゆうきの手を離し、はじめが差し出した手を握る。

「私の推薦者には現生徒会長もいる。だから、みんな気後れして立候補を辞退してしまったんだが……とにかく、大埜さんが立候補してくれて、本当に嬉しいんだ。だから、大埜さんの言うとおり、いい生徒会選挙にしよう」

 聞きようによっては少し嫌味だったかもしれない。けれど、騎馬はじめという目の前の現生徒会副会長は、そんな成分を微塵も感じさせなかった。心の底からめぐみの立候補を嬉しく思っているのだろう。

「それでは、私はおいとまさせてもらう。昼休みの時間をとらせてしまって申し訳ない」

 去るときもやはり、どこまでも気品ある挙動で。

「またすぐ、選挙に関連する場で会おう」

「ええ。また今度」

 はじめはピシリと一礼すると、校舎内へと消えた。

「……ふはぁ、緊張したぁ」

 驚いたことに、そんな気の抜けた声をめぐみが発し、ベンチにぺたんと座り込んだ。

「すごいわね、あの騎馬さんって。なんか気後れしちゃったわ」

「で、でもでも! 大埜さんも負けてなかったよ! なんか、騎馬さんが王子様で、大埜さんがお姫様みたいだった! で、わたしはお姫様に付き従うみすぼらしい小姓!」

 興奮して思っていたことをそのまま口にして、気づく。

「……わたし、小姓……ははっ、どうせ、わたしは王子様はおろか、お姫様にもなれない、下賤の者……」

「お、王野さん? どうして自分の発言にダメージを受けてるの?」

「ふふ……わたしはどうせ、お姫様にはなれない冴えない女……ふふっ……ふふふ……」

「はいはい。勝手にしょぼくれないで。あなたにニヒルな笑いは似合わないわ」

 ひとりうなだれて屋上にのの字を書くゆうきを、めぐみがそっと立ち上がらせる。

「さっきはありがとう、王野さん。手を握ってくれて嬉しかったわ。また、あなたに勇気をもらっちゃったわね」

「……ううん。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」

 騎馬はじめ。あの同級生はたしかに強敵だ。制服の着こなしから言葉遣い、行動や雰囲気を取っても生徒会長に相応しい。それに加えて、はじめには現生徒会長の推薦まであるのだ。

「ま、がんばるしかないわね。まずは……推薦者を誰かに頼まないと」

「そうだね……」

 まずは同じ土俵にたつところから、ふたりの戦いは始まる。
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:12:19.31 ID:KQnxmm/50

…………………………

「くだらないくだらないくだらない。こんな場所、いったい何の役に立つって言うの?」

 中に入ってみれば何か理解が示せるかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。学校という存在は結局ゴドーにとってあまりにも不可解で、なおかつ不愉快なものであった。

「こんな建物の中に押し込められて、勉強とか運動とか、したくもないことをさせられて……ああ、不快だわ」

 そんな場所に自分がいることが。そして、そんな場所に押し込められていることを甘んじて受け入れている生徒たちが、不可解で不愉快でたまらない。こんな欲望とは対極に位置するような場所は、ゴドーには似つかわしくない。

「さっさとプリキュアを見つけて倒して、こんなところ退散してやるんだから」

 と、そんなことを考えながら、何の気なしに廊下の窓から外を眺めたときのことだ。

「ん……?」

 人気のない裏庭。その一角に、何本か樹木が植えられている。そのうちの一本の梢に、何羽か小鳥が止まっていた。春も深まりだいぶ温かくなってきた陽気を喜ぶかのように歌う小鳥たちは、本当に幸せそうだ。

「…………」

 あれこそが正しい姿なのだ。ゴドーは確信する。こんな鳥かごのような場所に閉じこめられ、望まぬことをし続ける生徒より、自由に飛び回り、歌うことができる小鳥たちの方が、よほど理に適っている。

「温かい陽気だから、鳥たちも元気いっぱいだ」

 と、そんな声が耳朶を叩いた。

「少し暑いくらいだから、日陰の裏庭に逃げてきたのかもしれないね」

 ゆっくりと振り返る。ゴドーのすぐそばに、長い髪をした女子生徒が立っていた。見た目はお嬢様然としているのに、口調や声、仕草はどこか男らしい。というよりは、紳士然としているといった方が正しいかもしれない。

「君はどこの誰かな? この学校の生徒ではないだろう?」

「…………」

 もちろんのこと、ゴドーは制服など着てはいない。普段通りの、黒ずくめのアンリミテッドスタイルだ。そんな部外者であるゴドーを正面から責めるのではなく、あくまで淡々と問う。そんな生やさしい姿勢が、ゴドーは気に入らない。

「そう言うあんたは誰?」

「私かい? 私は騎馬はじめ。生徒会副会長だ」

「生徒会? 副会長?」

 思わず吹き出してしまう。真面目くさった顔をした目の前の生徒は、言うに事欠いて、生徒会の副会長様だと言うのだ。

「どうかしたかい?」

「……ふふ。ふふふ。ああ、可笑しい」
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:12:55.07 ID:KQnxmm/50

…………………………

「……大変グリ」

「大変ニコ!」

 そんなゴドーとはじめの姿を見つめる小さな影が、ふたつ。

「早くゆうきとめぐみに知らせるグリ!」

「ニコ! 屋上に急ぐニコ!」

 今日は少し暑いから、日陰になる裏庭でのんびしていたブレイとフレン。

 ふたりは頷き合うと、小さな身体で精一杯、屋上へと急いだ。
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:13:46.04 ID:KQnxmm/50

…………………………

「可笑しい……?」

 はじめが困惑するような声で問うた。

「ええ、とっても可笑しいわ。生徒会って、こんな不自由な場所で過ごす生徒を束ねるものでしょ? くっだらないわ。学校なんて不自由なものに惰性で縛られている人間もどうしようもないけれど、自分から望んで縛られに行くようなことしてるあんたは、もっとどうしようもないわね」

 欲望を達成することもできず、ただ望まぬ事をやり続ける場所。そんな場所の規範たろうとするはじめのことを、ゴドーはくだらない存在だとしか思えなかった。そして、そんなことを面と向かって言ったのだ。はじめは怒っているだろう。その怒りすら嘲笑してやろうとゴドーが顔を上げる。

「うむ。たしかに、自ら何かを成そうと望まない人にとって、この学校という場所は、単に不自由な場所に映るかもしれない」

 しかしはじめは、ゴドーの顔を興味深げに見つめているだけだ。怒りの気配など、微塵もない。

(なに、こいつ……?)

「けれど、違う。学校という場所は、たしかに退屈で不自由な場所かもしれない。けれど、それは見方によって変わることなんだ」

 たじろぐゴドーに、はじめは続けた。

「私は学校が好きだよ。それは、ここが自分にとって心地がいいからというだけじゃない。学校という場所は、生徒全員に開かれているんだ。ここに通う生徒全員を受け入れ、生徒おのおのが望めば、その望みに向かう手伝いをしてくれる場所なんだ。この学校は先生方も熱意溢れる方ばかりだし、環境も適切だ。私は、そんなこの学校が大好きなんだ」

 まあ、と。はじめは含むように笑って。

「ただ、君から見たら、私は望んで不自由に縛られているように見えるのか。なるほど。そんな風に考えたことはなかったから、新鮮だ。後学のためになりそうだよ。ありがとう」

 本心からそう思っているのであろう、裏表のない笑顔。

 ゴドーがどこの誰かということにすら頓着していない。まじめすぎて、人間を疑うということを知らないのかもしれない。

 どこまでもよくできた人間だ。

 まるで、自分とは正反対――、

「……ッ!」

 気に入らない。気に入らない。気に入らない。

「……?」 一歩後じさったゴドーに、はじめが心配するような顔をする。「大丈夫かい?」

 気に入らないことを、我慢する必要があるだろうか?

 否。

「……あたしは、アンリミテッド。闇の戦士、ゴドー」

「えっ……?」

 瞬きすら許さず、ゴドーは小さい手をはじめの前で振った。

「あ……れ……?」

 はじめの身体がふらりと傾ぎ、廊下に倒れ込む。簡単な催眠術のようなものだ。

「……だから、何かを我慢する必要なんてない。不快だと思ったものは、目の前から排除する。ただ、それだけのことよ」

 ぱさっ、と。はじめの身体から何かが落ちた。

「……?」

 それは、一枚の紙だ。
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:14:20.12 ID:KQnxmm/50

…………………………

「本当にこっちでいいのね、ブレイ!?」

「グリ! 間違いないグリ!」

 お昼を食べ終わった頃、文字通りブレイとフレンが屋上に転がり込んできた。相当急いだのだろう、息も絶え絶えなふたりからなんとか事情を聞きだし、ゆうきとめぐみはブレイとフレンに案内されて廊下を急いでいた。

「けど、その女の子は本当にアンリミテッドだったの?」

「ニコ! アンリミテッドは気配で分かるニコ! アイツは間違いなくアンリミテッドニコ!」

「それで、そのアンリミテッドと話してた生徒っていうのは誰か分かる?」

「えーっと、たしか……」

「騎馬はじめ、って名乗ってたニコ!」

「騎馬さんが!?」

 めぐみが大声を上げる。めぐみに抱えられているフレンが身をすくめるが、それにすら気づいていないようだった。

「ってことは、騎馬さんが危ないわ! 急ぐわよ、王野さん!」

「うん!」

 もちろん、相手がアンリミテッドであれば、誰であろうと心配だ。それがさっき出会ったばかりのはじめだというならなおさらのことだ。

「あの角を曲がった先グリ!」

 ほとんど飛び出すように、曲がり角に飛び出す。そして、ゆうきとめぐみは見た。

「……あら?」

 明らかにこの学校には不釣り合いな、黒ずくめの格好をした少女と、その脇に倒れる騎馬はじめの姿を。

「あなたが……!」

「アンリミテッド!」

「ふぅん……」

 少女は口角を歪め、品定めをするようにふたりを見た。

「ってことは、あんたたちがプリキュア? なぁんだ。全然大したことなさそうじゃない」

 上背や顔立ちは、ゆうきたちとほぼ同い年くらいに見える。しかし、浮かべる表情は、どこか幼い。幼く、そして残酷な雰囲気だ。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:14:47.43 ID:KQnxmm/50

「騎馬さんに何をしたの!?」

「騎馬……? ああ、こいつ? そういえばそんな風に名乗ってたかしらね」

「何をしたのかと聞いてるの!」

「べつに。うるさいし不快だったから眠ってもらったってだけのことよ」

 少女はなんでもないことのように言う。人一人に危害を加えておいて、それを何とも思っていないのだ。それがゆうきには信じられなかった。

「さて、そんなことはどうでもいいじゃない。ねえ、勇気の王子と優しさの王女?」

 まるで幼子に語りかけるような声色。けれど、そこに浮かぶのは侮蔑という悪意だけだ。

「聞き分けの悪い王族は臣民に嫌われますわよ? どうか、このゴドーめに紋章をお渡しくださいな」

「ふっ……ふざけるなグリ! その臣民は、お前たちが奪ったグリ! みんなを……みんなを返せグリ!」

「ふふっ……ムキになっちゃって、ばっかみたいっ」

 ゴドーと名乗った欲望の戦士は、唾棄するように言葉を吐く。

「あんたたち王族って、そんなだからダメなのよ。そんなだから、あたしたちアンリミテッドに負けたのよ」

「グリ……」

 涙ながらに、みんなを返せと叫ぶブレイ。ゴドーは、そんなブレイの言葉すら意に介してはいない。

「おとなしく、紋章を渡しなさい。それは、誰も何も守れなかったあんたたち無能な王族ではなく、あたしみたいな強い欲望を持つ者こそ、持つに相応しいものだわ」

 自分たちが奪ったものの大きさを理解していない。自分たちが何をしたのかすら、もしかしたら分かっていないのかもしれない。

 ゆうきはたまらず、口を開いた。

「ねえ、あなた! ゴドーさん!」

「何かしら?」

 ゴドーの邪気を含む目がゆうきに向けられる。

「あなたたちアンリミテッドが何をしたのか分かってるの? あなたは、ブレイとフレンの大切なものをたくさん奪ったんだよ? そんなひどいことをしておいて、ブレイにまたそんなひどいことを言うの?」

「はぁ? あんた何言ってんの?」

 ゴドーは不快そうに顔を歪めた。

「馬鹿も休み休み言いなさいよ。あたしはアンリミテッドの戦士なのよ? 自分の欲望にしか従わない。そんなあたしに、あんたは何を求めてるわけ?」

 くだらないとばかりに吐き捨てるゴドーに、ゆうきはようやく踏ん切りがついた。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:15:29.90 ID:KQnxmm/50

「……そっか、あなた、本当にアンリミテッドなんだね」

 そんなゴドーの姿を見て、ゆうきはそっと腕を差し出した。

「ばーか、そんなの当たり前じゃない」

「うん。そうだよね。あなた、わたしたちと同い年くらいだから、もしかしたら分かってくれるかも、って思ったけど、そんなことはないみたいだね」

 その腕に煌めくは、薄紅色のロイヤルブレスだ。

「……騎馬さんを傷つけて、ブレイの心を傷つけて……わたしは、そんなあなたを許さない」

「へぇ? 許さなかったらどうするっていうの?」

「決まってるわ」

 静かな怒声。それは、ゆうきの傍らから発せられた。

「訂正させる。いつか、必ず。あなたの口から発せられた、その許せない言葉を」

「めぐみ……」 フレンが頼もしいめぐみを見つめ、ほっと息をつく。

 ブレイとフレンの傍らには、ゆうきとめぐみがいる。だから、大丈夫。

「ふん、くだらない。自分の欲望で言葉を語ることすらできない人間に、用なんてないわ」

 ゴドーはつまらなそうにそう言うと、手に持っている紙をかざした。

「なかなか良い欲望の品だったからもらっておいたわ。あんたたちの相手はこれで十分だわ」

「!? それは……騎馬さんの立候補書類!?」

 めぐみの顔色が変わる。

「それは騎馬さんの大事なものよ! 返しなさい!」

「馬鹿言うんじゃないわよ。これはあたしがこいつから奪ったの。もうあたしのものよ」 ゴドーは邪気に満ちあふれた笑みを浮かべた。「こいつ、生徒会長に立候補するのね。今も副会長をやっているとか言って、散々あたしに生意気なことを言ってきたから、あまりに不愉快で思わず眠らせちゃったわ。ははっ、いいザマよね」

「ゴドー……!」

 めぐみの純粋な怒りの声にも、ゴドーはどこ吹く風だ。

「生徒会長になりたいだなんて馬鹿みたい。生徒の規範? 生徒の模範? 学校を取り仕切る? ばっかみたい。そんなの、自分から進んで不自由な方向に進もうとしているだけじゃない。自分の欲望を恐れて、逃げているだけだわ」

「違う! 生徒会長になりたいっていうのは、欲望から逃げることじゃない! この学校が好きで、この学校をもっと好きになりたくて、そのための仕事がしたいって、ただそう思うだけのことよ!」

「っ……ばっかみたい! ばっかみたい! あんたも、こいつと同じことをいうのね」

 ゴドーが不愉快そうに顔を歪めた。
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:16:05.58 ID:KQnxmm/50

「当たり前よ!」 それに対し、めぐみは毅然と叫んだ。「私も騎馬さんと同じように、生徒会長に立候補するんだからっ!」

「ああそう。だったら、あたしに感謝することね!」

「感謝……? あなた、一体何を――」

「――うっさい! 出でよ、ウバイトール!」

 ゴドーは両手をかざし、叫ぶ。そしてはじめの立候補書類を窓から裏庭に落とした。

 空が暗く染まる。雲が黒く染まる。そんな大空に亀裂が生まれ、そこからこの世ならざるものが大地に落ちる。そしてそれが、はじめの書類へと取り付いた。

「書類を取り返したいなら、取り返してみなさい。できるものなら、ね」

 言うと、ゴドーは窓から裏庭へ降り立った。ゆうきとめぐみは慌てて窓にとりつき、そして見た。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 悪辣なる欲望の化身が生み出された、その瞬間を。

「……王野さん!」

「うん!」

 ふたりは頷き合い、ロイヤルブレスをかざした。

「受け取るグリ!」

「プリキュアの紋章ニコ!」

 ブレイとフレンの声が廊下に響く。桃色と空色の光が鋭い軌跡を描き、ふたりの手へと落ちる。

 それは、伝説の神獣、グリフィンとユニコーンをかたどった紋章。

 ふたりはそれをロイヤルブレスへと滑らせ、声高に叫ぶ。


「「プリキュア・エンブレムロード!」」


 闇の中に一筋の光が生まれる。その光は、桃色と空色の、勇気と優しさの光。

 光は爆発的に広がり、やがて集約しゆうきとめぐみを取り巻き、その姿を変化させていく。

 やがて、光がはじけ飛び、裏庭にふたりの伝説の戦士が降り立った。


「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」

「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」


 そう、その戦士こそ――、


「「ファーストプリキュア!」」


 世界が闇に墜ち、欲望に飲み込まれようとしても、その光が守ってくれる。

 伝説の戦士プリキュアという名の、光が。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:16:31.91 ID:KQnxmm/50

…………………………

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「ふん、よりによって、二回連続で同じものをウバイトールにするとはね!」

 ユニコがグリフに先んじて飛び出す。

「芸がないのよ、あんたたちは!」

 ユニコの蹴りがウバイトールにの身体に炸裂する。巨大な紙のようなウバイトールは、前回と同様、その身体を使ってユニコを拘束しようとする。

「同じ手が通用すると思わないで!」

 すかさずグリフが飛び出し、ウバイトールを横から殴りつける。大きく揺らぐウバイトールに、そのままグリフは拳の乱打を放つ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

『ウバッ……ウバアアアアアアアアアアア!!』

 横からの絶え間ない攻撃に、ウバイトールがグリフを拘束することはおろか、攻撃を満足に防ぐこともできず、徐々に後退していく。

「はぁあああああああああ!!」

 そんなウバイトールの頭部に、ユニコが強烈な跳び蹴りを放つ。ウバイトールはそのまま後方に吹き飛び、大きな音を立てて裏庭に墜落した。

「なっ……なんだってのよ! ちょっと! 早く立ちなさいよ、ウバイトール!」

 その脇に現れ、ウバイトールをたきつけるゴドー。その言うことは絶対なのか、ウバイトールがよろよろと立ち上がる。

『ウバ……ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「ゴドー、答えなさい! 感謝することね、ってどういう意味!!」

「はぁ?」

 ゴドーが、心底呆れたとばかりにユニコを見る。

「あんた、それ本気で言ってるの?」

「私は答えなさいと言ったのよ!」

「……決まってるじゃない、そんなの」 ゴドーは酷薄に笑んだ。「あんた、くっだらない生徒会長なんかになりたいんでしょ? 騎馬さんとやらの書類がなくなれば、立候補するのはあんたひとりになって、生徒会長はあんたで決まりじゃない」

「は……はぁ!?」

 ゴドーの言葉はユニコにとって理解しがたいものだった。反論しようという気すら起こらなかった。

「だから感謝しなさいって言ったの。良かったじゃない、あんた、生徒会長になれるわよ? あたしには、何でそんなものになりたいのか分からないけどね」

「…………」
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:17:33.53 ID:KQnxmm/50

 ユニコは、無言。顔はうつむき、肩が震え、固く握りしめられた拳もまた、ブルブルと震えている。

「あ、あの……ユニコ?」

「…………」

 ああ、これはいけない。もはやユニコにはグリフの言葉さえ届いていないのだ。グリフは慌ててユニコの傍を離れ、近くに隠れていたブレイとフレンを優しく抱き上げ、その目を覆った。

「グリ?」

「どうしたニコ、グリフ」

「いや……なんかすごく嫌な予感がするから」

 と、いうよりは相棒としての勘だろうか。これからユニコは、きっととんでもないことをしでかす。

 それはもう確信に近い。

「だからブレイ、フレン……もしかしたら、耳を塞いでた方がいいかも」

「何でグリ?」

「だって……優しくて恥ずかしがり屋で照れ屋で、少し素直になれない……そんなユニコのイメージ、壊したくないでしょ?」

 我ながらすさまじい説得力だと思った。ブレイとフレンはビクリと身体を震わせると、グリフの手の中で固く目をつむり、ギュッと耳を塞いだようだった。

「……? 何やってるんだか知らないけど、チャンスね! ウバイトール! まずはあの白い方を倒しなさい!」

「…………」

 うつむき、今や全身をブルブルと震わせているユニコ。

(ああ……わたし、どこかで聞いたことあるなぁ)

 と、グリフはどこか遠い場所からその光景を眺めているような気分で。

(あれ……たぶん、“武者震い” ってやつだよね)

 というよりは、抑えきれないほど強い怒りによる震えか。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 哀れかな。けれどそんなこと、ゴドーはおろか、ウバイトールも知る由もない。ユニコに向け突進し、その巨体をもって吹き飛ばそうとする。

「……はぁあああああああああああああああ……」

 まるで武道の呼吸法。ユニコがうつむいたまま、深い声をあげる。瞬間的に生まれたのは、空色の優しい光。

“守り抜く優しさの光” 。
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:17:59.68 ID:KQnxmm/50

『ウバッ……!?』

 ウバイトールはようやく何かに気づいたようだったが、もう遅い。勢いがついてしまったものは、そう簡単には止まれない。

「な……あれは、何……?」

 空色の光が、やがて実体をともなってユニコの前に形成される。その異様な姿に、さしものゴドーも何かに気づいたようだった。

「……ねえ、ゴドー。私、怒ってるのよ?」

「は……はぁ!? だったら何だって言うのよ!!」

 ウバイトールが、そんなユニコの間近まで迫る。



「オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!



 それは気合いの声というよりは、獣の雄叫びに近かった。グリフはホッと安堵する。

(ブレイとフレンに耳を塞がせて良かった……)

 あんなユニコの姿と声、できれば、いや絶対に見せたくないし聞かせたくない。というか、

(わたしも見たくなかったし聞きたくなかったよぅ……)

 そんな詮無いことを考えているうちに、その雄叫びをあげる当の本人は、空色の光を拳に集約させていた。

「――って、はぁ!?」

 あまりにも不自然なことを、しかしユニコはあまりにも自然な動作で行っていた。本人には、自分が何をしなければならなくて、そのために何をすればいいのか、それが分かっているのだ。

「いや、でも、だって……ええー……?」

 グリフの呆れ声も、ユニコには届かない。そしてユニコはそのまま、空色の光――即ち誰かを守るための優しさの光をまとわせた拳を引き絞り、自らに突撃してきたウバイトールへ迷いなく突き出した。

 圧倒的な守りの力である “守り抜く優しさの力” 。その光が、勢いよく突っ込んできたウバイトールに向けて突き出されたのだ。

『ウバァアアアアアアアアアアア!!!』

「……はぁ!?」

 ウバイトールが吹き飛び、軽く十メートル以上先に落下する。ゴドーの素っ頓狂な声ももっともだとは思うが、今ばかりはそれは自業自得だと思えた。

 ゴドーは、ユニコの怒りに触れてしまったのだ。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:18:47.35 ID:KQnxmm/50

「な、何あれ!? 何なの!?」

「……言ったはずよ、ゴドー?」

 その声に、ゴドーがビクリと身体を震わせる。グリフはいっそ、ブレイとフレンを投げ出して自分が耳を塞いでしまいたい気分だった。

「私、とっても怒っているの。ねえ、さっき言ったわよね?」

「えっ、いや、だって、それは――」

「――言ったわよね?」

 さすがにゴドーも気づいたようだった。藪をつついて蛇を出すどころか、怒り猛る暴れ一角獣を出してしまったことを。

「ばっ……しっ、知らないわよ!! ばーかばーか!!」

「…………」

「ひっ……おっ、覚えてなさいよー!!」

 一歩踏み出したユニコがあまりにも恐ろしかったのか、ゴドーが背を向け、宙にかき消えた。撤退したのだろう。

「あ……い、行っちゃったね、ユニコ」

「……ええ。でもまだ終わりじゃないわ。やっちゃって、グリフ」

「えっ、あっ、うん」

 声にいつもの感じが戻り始めている。ウバイトールに反則まがいの “守り抜く優しさの拳” をキメたからだろうか。少し気が晴れたようだ。

『ウバッ……!?』

「……ってことで、悪いけど、ゴドーも帰っちゃったし」 グリフは、少しだけウバイトールを哀れに思いながらも、手を振ってカルテナを取り出す。「……さようなら?」

『ウバ……ウバアアアアアアアアアアアア!!!』

「あら? フレン? ブレイ? どうしたの、そんなに震えちゃって」

“立ち向かう勇気の光” の翼をまとい、駆けだしたグリフの置きみやげ。ブレイとフレンの姿を見て、ユニコが問う。

「な、なんでもないグリ……」

「ふ、フレンは何も見てないし聞いてないニコ……」

「?」

 ブレイとフレンは、少しの間、めぐみを見つめて地上でガタガタと震えていたという。
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:20:00.30 ID:KQnxmm/50

…………………………

「う……うーん……」

 揺れる感覚。視界の端に光を感じ、はじめは目を開いた。

「……あれ? ここは……」

「良かった。気がついたのね」

「えっ……大埜さん?」

 自分を上からのぞき込む同級生の顔に、安堵の表情が浮かぶ。

「私は一体……」

「疲れていたんじゃないかしら? 私と王野さんが廊下を歩いていたら、あなたが倒れていたのよ」

「疲れ……?」

 ゆっくりと身を起こしながら考える。

(私……誰かと話していたような……)

「あの……大埜さん」

「何かしら?」

「ここに、黒ずくめの女の子がいなかったかい? 私たちと同い年くらいだけど、この学校の生徒じゃなさそうな子なんだが」

「……? そんな子見かけてないわ。ねえ、王野さん」

「えっ? あっ、う、うん。そんな子見てないなぁ〜」

 そうか。このふたりがそう言うのなら間違いないだろう。自分は夢を見ていたのだろうか。それとも、彼女はふたりが現れる前にどこかに消えてしまったのだろうか。

 どちらにせよ、だ。

「……もう少しだけ話を聞きたかったなぁ」

「えっ?」

「いや、なんでもない。ありがとう、大埜さん。王野さん」

「どういたしまして。保健室行く?」

「いや、体調が悪いわけではないよ。そろそろ授業が始まる。教室に戻ろう」

 まさか、生徒会長に立候補するふたりともが遅刻などというわけにもいかないだろう。

「アンリミテッド……の、ゴドーさんか……」

「「う゛ぇっ!?」」

「? どうかしたかい?」

 ふと思い出したのだ。記憶がとぎれる直前、彼女は自分にそう名乗っていたのだ。

「う、ううん。なんでもないわ……」

「うんうん! なんでもないなんでもない!」

 ゆうきとめぐみは慌てた様子だったけれど、その理由がはじめには分からない。

 ともあれ、だ。

「……おもしろいことを言う子だった。もう一度会ってみたいな」

 はじめはふと、窓の外に目を向ける。そこではやはり、木々の梢に小鳥が止まり、さえずっている。

 彼女もまた、今の自分のように小鳥を眺めていたのだ。

 本人にはきっと自覚はなかっただろうけれど、とても優しい目で。

「もう一度、会いたいな……」

 様々な想いをつないで、物語は進んでいく。

 その先にある未来へと。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:20:43.78 ID:KQnxmm/50

…………………………

 夕暮れには、温かく立ち上る湯気がよく似合う。

「…………」

 赤光に染まり、湯気がふよふよと温かい色合いを演出してくれるのだ。

「……来てくれるかしら?」

 自分がいれた紅茶を見つめながら、彼女はそっと呟いた。

「ゆうきちゃん……お友達をたくさん連れてきてくれると嬉しいけど」

 カランコロンとベルが鳴り、入り口のドアが開かれる。

 そこは喫茶店、“ひなカフェ” 。

「噂をすればっ、と」

 彼女は、今の今まで自分以外誰もいなかった店内にやってきたお客を出迎えた。

「……って、これまたえらくお洒落な喫茶店だねえ。よくこんなお店見つけたね、ゆうき」

「うん。この前の帰り道、たまたま見つけたんだ。今日からオープンなんだよ」

 背の高い女の子、背が低い女の子、少し険の強そうな女の子、そして、優しげなゆうき。

 驚いたことに、彼女は三人も友達をつれてきてくれたのだ!

「いらっしゃい、ゆうきちゃん」

「ひなぎくさん、こんにちは!」

 朗らかな応答。彼女の笑顔に、こちらも自然、笑顔になる。

「約束通り、お友達をたくさん連れてきてくれたのね。ありがとう。とっても嬉しいな」

「そんな……っていうか……」

「――すっごーい!! かわいいかわいいかわいすぎるぅー! それにカッコイイ!」

「……こんな風に、このひなカフェの話をしたら、是非行きたいってみんなが……」

「ふふ、そうだったの。ありがとう……えっと、あなた……」

「更科ユキナです! こんなすてきなお店に美人さん! なんかの舞台みたい! すごいです!」

「そ、そう? それはどうもありがとう」
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:21:11.36 ID:KQnxmm/50

 ユキナと名乗った小柄な女の子は、かなりミーハーな性格のようだ。その元気いっぱいの自己紹介に、他の子たちも続いた。

「初めまして。栗原有紗です」

「どうも、初めまして。大埜めぐみです」

「ご丁寧にどうも。私はここのオーナーの小紋ひなぎく。適当に呼んでね」

 彼女は自己紹介もそこそこに、四人を席に座らせて、自分はカウンターの向こうへと引っ込んだ。

「今日はサービスしちゃおうかしら。紅茶でいい?」

「やたっ! ありがとうございます!」

 年頃の少女たちの笑顔に、彼女も嬉しくなる。さっき自分でいれた紅茶で舌を潤し、四人のための紅茶の用意を始める。

「……でも、大埜さんも水くさいなぁ。推薦者だっけ? そんなの、一言くれればすぐに了承したのに」

 ふと耳に入ったのは、四人の話す声。朗々と響くやや男らしい声は、有紗のものだ。

「いきなり廊下に呼び出されたかと思えば、今にも死にそうなくらい緊張した大埜さんが待っているときたもんだ。あのときは驚いたなぁ」

「し、仕方ないじゃない……だって、断られたらって思ったら、怖かったんだもの」

「断らないよー! 大埜さん、あたしたちの演技、しっかり見ててくれたじゃん。だから、今度はあたしたちが大埜さんのお手伝いをしてあげるの」

 ユキナが朗らかに応える。

「……うん、ありがと」

 きっと、あのめぐみという子はあまり友達づきあいが得意ではないのだろう。けれど、お礼を言ったその口は少しゆるんでいて、嬉しく思っていることは誰にだって分かる。

「よーし!」 と、ゆうきが気合いに満ちた声をあげた。「ともあれ、みんなでがんばって、大埜さんを生徒会長にするぞー!」

「「おー!!」」

「……お、おー」

 めぐみ本人はとても恥ずかしそうだ。

(……希望に満ちている)

 この世界は常に希望に満ちあふれている。その希望は、消えることはない。

 ゆうきたちのような人間が、次から次へと希望を作り出しているからだ。

(けれど、私は……)

 あまりにもまぶしすぎる。

 暗闇に慣れすぎてしまった、自分には。

 光り輝きすぎて、目が潰れてしまいそうなくらい。

 この世界の人々は、まぶしすぎる。
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:21:49.77 ID:KQnxmm/50

 次 回 予 告

ゆうき 「…………」

めぐみ 「あら? 王野さん、黙りこくっちゃってどうしたの?」

ゆうき 「ひっ……」 ビクッ

めぐみ 「……?」

ゆうき (よかった……もうゴドーのことで怒ってないみたい。ほっ……)

めぐみ 「……ええ。もう怒ってないから安心していいわよ、王野さん」

ゆうき 「心を読まれた!?」

めぐみ 「この天然さん。あなたは考えていることが顔に出やすすぎなのよ」

めぐみ (……はぁ。私も、この子くらい単純だったらなぁ)

ゆうき (大埜さんは何を考えているか分からないけど……なんか馬鹿にされてる気がする)

めぐみ 「……私は、あなたがうらやましいわ」

ゆうき 「???」

めぐみ 「……と、いうわけで次回、第八話! 【姉妹喧嘩!? どうする、めぐみ?】」

ゆうき 「姉妹? あれ、大埜さんってお姉さんか妹さんがいるの?」

めぐみ 「おあいにくさま。私じゃなくて、誰かさんの妹よ」

ゆうき 「???」

めぐみ 「天然さんは置いておいて、それではまた次回。ばいばーい!」

ゆうき 「あっ! 薄々は感づいてたけど、やっぱりまだ怒ってるよね!? ねえ大埜さん!」
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/04(日) 10:25:53.78 ID:KQnxmm/50
>>1です。
第七話はここまでです。
見てくださった方、ありがとうございます。
また来週日曜日、投下できると思います。
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/10(土) 23:17:27.42 ID:HMhtkdEL0
>>1です。
明日は所用で朝の投下ができません。
夕方か夜くらいに投下できると思います。
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:14:51.36 ID:Vt5kauhK0

なぜなにプリキュア

ゆうき 「ゆうきと、」

めぐみ 「めぐみの、」

ゆうき&めぐみ 「「なぜなに☆ふぁーすと!」」

ゆうき 「さぁ、今日はみんなの名前の由来はちょっとお休みで、」

ゆうき 「別の質問に答えていくよ!」

めぐみ 「やる気満々ね、王野さん。やや空回り気味なのが気になるけど」

ゆうき 「いただいた質問です! 『カルテナの名前の由来について』だよ!」

めぐみ 「たしかにカルテナってあんまり聞き慣れた言葉ではないものね」

めぐみ 「カルテナは、英国王家に伝わる剣 “Curtana”から名前をもらっているわ」

めぐみ 「“カーテナ” って言った方が伝わる人は多いかもしれないわね」

めぐみ 「……まぁ、そもそもファーストプリキュア自体が英国をモチーフにしているところはあるのだけど、」

めぐみ 「それはまた、別の機会で話すことにしましょう」

ゆうき 「“Curtana” について詳しくは、インターネットで調べてみてね!」

ゆうき 「それでは、本編、スタートだよ!」
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:15:49.92 ID:Vt5kauhK0

ファーストプリキュア!

第八話【姉妹喧嘩!? どうする、めぐみ?】



…………………………

 王野ともえの物心がついて間もない頃、お父さんはまだ家にいて、お母さんも今ほどは仕事をしていなかった。

 お父さんとお母さん、それからお姉ちゃんと赤ん坊だった弟のひかると一緒に、よくお出かけをしたものだ。

 ともえはお父さんとお母さんのことが大好きで、お姉ちゃんもひかるも大好きだった。

 変わったのはいつからだろう。

「……う……ん」

 まどろみから覚醒へ。ともえはベッドの上を転がり、そして聞いた。

「ともえー! 朝よー! 起きなさーい!」

 階下から声を張り上げているのだろう。姉、ゆうきの声は、がらがらとうるさい。

「…………」

 温かい布団から身をもたげ、考える。

 変わってしまったのはいつからだろう。

 自分は、あの優しい姉のことを……――――
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:16:23.64 ID:Vt5kauhK0

…………………………

 それは朝、家族三人揃っての朝食のときのこと。

「めぐみちゃん、なんだか変わったね」

「えっ?」

 唐突な言葉だった。めぐみはかじろうとしていたトーストをお皿に置いて、対面に座るママを向いた。ママはお行儀悪く頬杖をついて、ニヤニヤとめぐみの顔を見て笑っている。

「何よ、いきなり」

「ふふ、だから、変わったねって」

「変わったって、何が?」

 ママの笑みがうさんくさい。少し不機嫌な声で応じるが、当の本人は相変わらず笑っている。

「なんていうかね……よく笑うようになったかも?」

「かもって……」

 とても自分の親とは思えない、適当な物言いだ。娘に対して示しがつかないとか、そういうことは考えないのだろうか。

「ねえねえ、めぐみちゃん」

「何よ?」

 もう相手をするのも馬鹿らしくなって、めぐみはトーストをかじりかじり応える。

「もしかして……」 ママは、ニヤァ、という擬音がよく似合う、いやらしい笑みを浮かべて。「ボーイフレンドでもできた?」

「ぶっ……」

 ゴホッ、ゴホッ、とむせながら、めぐみはトーストをまたお皿に置く。

 娘の平穏なブレークファーストを邪魔するとは、なんという親だろう。

「ママ!! いい加減にしてよ!」

「……めぐみ」

 と、ママの横に座るパパが口を開く。厳格で無口で、けれど優しい自慢のパパだ。めぐみの性格はどちらかといえば、パパに似ている。

「な、何? パパ」

「……お付き合いしている男の子がいるのか?」

 一瞬思考がおいつかなくなった。パパが何を言っているのか、まるっきり分からなかった。

「え?」
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:16:49.90 ID:Vt5kauhK0

「……だから、お付き合いしている男の子がいるのか?」

「いやいやいや! いないよ、そんなの!」

 大体、めぐみが通っているのは女子校であるダイアナ学園だ。彼氏なんて、作ろうと思ってもそう簡単に作れるものではない。そもそも、めぐみにはそんなものを作る気はない。

「そうか……」

 ママの冗談を真に受けたのだろうか、パパがほっと安心するように息をつく。いくらなんでもまじめすぎる。そんな性格で、よくこのママと結婚できたものだ。

「でもでもー、めぐみちゃん最近よく話してくれるじゃない? “ゆうきくん” のこと」

「はっ……? はぁ!?」

 ママがいやらしい笑みのまま、とんでもないことを言ってくれる。パパの鋭い目線がママを向く。

「……ママ、ゆうきくんとは誰だ?」

「それが聞いてよパパぁ。なんか、めぐみちゃんの新しいお友達らしいんだけど、一緒に学級委員をしているうちに随分仲良くなったらしいの」

「……本当か、めぐみ?」

 いや本当だけれど!

 まさしく本当のことだけど!

 けど思い出して、パパ!

 ダイアナ学園中等部は女子校よ!?

「いや、だから……」

 何から説明をしたらいいか、困り果てるめぐみの視界の隅で、ママはニシシと心底楽しそうに笑っていた。

「はぁ……」

 まぁ、面倒ではあるけれど、楽しい家だ。めぐみは一人っ子だけど、それを寂しいとか、そんな風には思ったことはない。

「めぐみ、ゆうきくんとは一体どういう少年なんだ?」

「……だーかーらー!」

 ふと、そういえばゆうきには妹と弟がいると聞いたことを思い出した。

(どんな子たちなんだろう?)

「めぐみ。めぐみ、聞いているのか? ゆうきくんというのはどこの馬の骨――いや、どこのどちら様なんだ? そうだ、今度うちに連れてきなさい。いいな、めぐみ? めぐみ? 聞いているのか? めぐみ? めぐみ?」
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:17:19.21 ID:Vt5kauhK0

…………………………

 世界は欲望に満ちている。

「……うざいうざいうざいうざい!!!」

 欲望とは、何も『あれをしたい』『あれが欲しい』といった単純なことだけを指すのではない。

 何かをしたくない。何かを消してしまいたい。そういった想いもまた、欲望となりえるのだ。

「うるさいぞ、ゴドー。少しは静かにできないのか」

 床に寝そべり、まるで駄々っ子のように騒がしいゴドーをいさめるのはゴーダーツの役目だ。

「うっさい! 何をするかなんて、あたしの勝手でしょ!」

「その勝手とやらが、俺の迷惑になっているのだ。理解しろ」

「うっさい!」

 とりつく島がない。会話をしようという気すらないのだろう。

「……仕方がない」

 ゴーダーツは合理主義者だ。己の欲望を達成することができないなら、他の方法を探し実行する。ゴドーが騒ぐことをやめないのなら、ゴーダーツが別の場所へ移ればいいだけの話だ。

「くだらん……」

「待ちなさいよ」 剣を提げ、腰を上げたゴーダーツを引き留める声。ゴドーだ。「どこに行くのよ」

「どこであろうと俺の勝手だ」

「……ねえ、ゴーダーツ」

「何だ」

 これを最後の会話にしようと心に決めて、ゴーダーツはゴドーに背を向けたまま応じた。そうしてしまったのは、自分を呼ぶゴドーの声に、普段の彼女らしからぬ弱さが垣間見えたからだ。

「プリキュアって、何なの? あいつらはどうして王子たちを守るの?」

「…………」

 ゴーダーツは黙したまま、そっと振り返った。ゴドーは起き上がり、真剣な顔をしていた。

「あいつらからは何の欲望も感じられなかった。自分のために何かをしようとしているのではないのよ。あんなの……信じられない」

「……そうだな」

 世界は欲望に満ちている。それはアンリミテッドに限った話ではない。ゴーダーツはダッシューやゴドーに先んじて、ホーピッシュにてロイヤリティの生き残りを捜していたから分かる。プリキュアたちが住まうあの世界もまた、欲望に満ちているのだ。あそこに住まう人間たちも、自分たちアンリミテッドに勝るとも劣らないほどの欲望を、それぞれの心のうちに秘めているのだ。

 そしてきっと、プリキュアたちもまたその心の内に欲望を持っているはずなのだ。

「奴らは王子たちを利用して何かをしようとか、そういう考えは持っていないようだ。ただ純粋に王子たちを守りたいのだろう」

「……意味わかんない。何それ」

 不機嫌そうなゴドーの声。そう言われたところで、ゴーダーツにも分からない。

「さぁな。とにかく、我々とは考え方が根本から違うのだろう」

 ゴーダーツはそれだけ言うと、さっさと歩き出した。ゴドーの言葉は真剣そのものであったし、憂慮すべきことでもあったが、今のゴーダーツは何より己に目を向けていた。

(もっと強くならねば……俺は、一度、完膚なきまでにプリキュアに敗れているのだから)
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:17:45.36 ID:Vt5kauhK0

 ゴーダーツが去った後、しばし彼が去った方向を見つめていたゴドーだったが、すぐにまた床に寝ころんでしまった。

「あたし、どうして勝てなかったのかしら? あたしの欲望が達成できないなんて……」

 欲望が弱かったか?

 否、強かったはずだ。

 プリキュアの欲望はそれを凌駕して強かったか?

 否、奴らから欲望は感じられなかった。

 ならば、何故?

「……奴らは、欲望以外の何かで戦っている?」

 ロイヤリティの誇りはあるだろう。けれど、それだけではないはずだ。

 自分が、くだらないロイヤリティの誇りの力程度に後れを取るはずがない。ゴドーは、ロイヤリティそのものを飲み込んだアンリミテッドの一員なのだから。

「ならば、それは一体何? ロイヤリティの伝説の戦士、プリキュア。奴らは一体、何を糧に戦っているというの?」

 知りたいという欲望が身をもたげた。

 あわよくばそれを奪い取り、自分の力としてやろうという欲望も現れた。

 そうなってしまっては、もう誰にもゴドーを止められない。

「……待っていなさいプリキュア。あんたたちの力の秘密を暴いて、今度こそあんたたちを倒してあげるから」

 そして、ゴドーはその場からかき消えた。
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:18:32.65 ID:Vt5kauhK0

…………………………

「……んう?」

 朝食を済ませて、登校準備の真っ最中。自分の部屋で持ち物の最終確認。忘れ物をすることが多い自分だからこそ、厳重に何度も何度も確認だ。そんなときに、その音は聞こえた。

 ぽよんぽよんぽよん、という規則的なやわらかい音。どうやら廊下の方からしているようだ。

「なんだろう?」

 ゆうきは訝しみながら、部屋のドアを開けた。

「あ……」

 開けて音のする方を見た途端、目が合った。

 おもしろそうな顔をしながら、廊下で何かをお手玉のように投げている妹のともえ。問題は、その何かだ。

「あ、あああああああ!!」

 勇気の王子こと、もふもふのぬいぐるみのような妖精、ブレイ。涙目で、ゆうきに向けて助けて! と視線で訴えている。

「ちょっ、ちょっとともえ!? あんた何やってるの!」

「お姉ちゃん、このぬいぐるみ、どうしたの? こんなの持ってなかったよね?」

「えっ、ど、どうしたって……」

 質問で返されて、ゆうきは返答に窮する。まさか空から降ってきたなんて言えるはずもない。

「と、友達からもらったんだよ」

「……ふーん。

 ともえは目を回しているブレイを両手で受け止めると、思案顔をして、やがてニィと意地悪く笑った。

「じゃ、これあたしにちょうだい?」

「えっ!? だ、ダメだよ! それは大事なものなの!」

「そ。じゃあ、返すね」

「えっ、あっ、ちょっと……!」

 ぽいっと、ともえがどうでもよさそうにブレイを放る。ゆうきが慌てて自分の方に飛んできたブレイをキャッチする。

「ほっ。よかった……。じゃない! こら、ともえ!!」

「じゃあ、行ってきまーす!」

「あ、ま、待ちなさい!! こらーーー!!!」

 言って聞くような妹ではない。ゆうきがブレイをキャッチしているすきに、すでに階下に降りていたともえは、ランドセルを背負ってそのまま玄関を出て行ってしまった。ゆうきが階段から下をのぞいたときにはすでに、不思議そうな顔をしたひかるが、「行ってきます」と言い残してともえを追いかけていくところだった。

「はぁ……」

 ゆうきはどうしたものかと嘆息する。

 ここのところ、ともえの反抗期がひどすぎる。

「グリ〜〜〜〜〜」

 その手の中では、散々お手玉にされたからだろう。ブレイが目を回して呻いていた。
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:19:18.60 ID:Vt5kauhK0
…………………………

「「はぁ……」」

 ダイアナ学園、2年A組教室でのことだ。見事に重なり合うため息ふたつに、対面のユキナがぶはっ、と思い切り吹き出した。

「ははっ、おもしろーい! ため息もシンクロするなんて、さすが “おーのコンビ”」

「人が悩ましげなのを笑い物にするんじゃない」

「あいたっ」

 そんなユキナの頭をパシッと軽く叩くのは有紗である。

「どうしたんだい、ふたりとも。ため息なんてらしくない」

 らしくないだろうか。自然と目を合わせるゆうきとめぐみ。お互いの目を見て、それがユキナと有紗に話してはいけない類の悩みではないと確認しあう。

「いや……私は大したことではないのよ。パパの誤解がなかなか解けなくて困ってるの」

 先に答えたのはめぐみだった。

「誤解?」

「ええ。ちょっと、ね……」

 言いづらそうに言葉を濁らせると、めぐみはなぜか少し顔を赤くしてゆうきを見た。何だというのだろう。

「へぇ、意外だなぁ」

「え?」

 有紗が感心するように言った。

「いや、大埜さんって大人っぽいと思っていたから、お父さんのことを “パパ” って呼んでるのが、少し意外だな、って」

「!!」

 ボフン! とめぐみの顔の赤みが一気に強く広がる。

「ち、違うのよ! い、いまのは言葉の綾というか、なんというか……わ、わわわ、私が、そんな……」

 あからさまな動揺に、ゆうきも吹き出しそうになる。言わずもがな、ユキナは大爆笑しているし、有紗もくすくすと笑っている。

「うぅ……」

 少し涙目になりながら、恨めしそうにそんな三人を見つめるめぐみ。元々が美人なのだから、その可愛らしさは推して知るべしであろう。
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