【オリジナル】ファーストプリキュア!【プリキュア】

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477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/22(日) 14:03:12.66 ID:TS+ShyS90
>>1です。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
すみません、連絡が遅くなりましたが、本日は夜頃に投下を始めます。
よろしくお願いします。
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/04/22(日) 20:42:49.03 ID:TS+ShyS90

…………………………

「ぬぬぬぬぬ……」

 うなり声が鳴り響く。そこは、通常の教室よりはるかに広い木工室。それでも、響く。

 技術・家庭科の技術分野の授業中だ。みんな身につけているのは長袖のジャージで、木工の実習中だ。思い思いの作品の仕上げ段階だ。

「どうしたの、ゆうき」

「いま話しかけないで」

 うなり声の元凶、ゆうきは、めぐみの声を制する。ゆうきらしからぬ物言いに、めぐみは困惑した。

「? ゆうき、どうかしたのかしら……」

「ああ、いつものことだから気にしないで」

「いつものこと?」

 したり顔で言うのはあきらだ。その言葉に、近くにいた有紗とユキナもうんうんと頷く。

「ゆうきはねぇ、絶望的なまでに不器用なんだよ。ね、あきら」

「う、うん……」

 あきら――ゆうきとめぐみの働きかけによって、ユキナと有紗とも友達になったあきら――が、少しびくつきながら、ユキナの言葉に応じた。

「不器用?」

「そう。あんな風に、作った本棚がピサの斜塔よろしく傾いちゃうくらいにはね」

 有紗が言葉と一緒に指を差す。示した先にあるのは、唸るゆうきと、そのゆうきに押さえつけられて、なんとかカタチを成そうとしている、本棚のような何かだ。

「それで、ゆうきは唸りながら何をしているのかしら」

「大方、なんとか木を曲げて本棚を完成させようとしているんじゃないかな」

「木を曲げて、って……」

 曲げわっぱでも作ろうとしているのだろうか。

 しかしその有紗の言葉は間違っていなかった。ゆうきはうなり声を上げながらも、なんとか木の板を押し曲げると、体重をかけたまま釘と金槌を取り出し、こんこんと釘を打ち始めたのだ。

「……あれで止まるの?」

「うーん、無理だろうね」

 大道具の心得もある有紗とユキナが残念そうに首を振る。

「ゆうきは家庭科のお裁縫とかお料理は得意なのに、それ以外はからきしなんだよね」

 ゆうきを心配そうに見つめながら言うのはあきらだ。

「小学校の頃の図画工作もセンス皆無だったし、音楽もリコーダーで音程を外すくらいだし」

「美術の授業もなかなかだよね。ピカソの描いた絵に何重にも絵の具をぶちまけたような絵を描くもん」

「……色々とすごいわね」

 あきらもユキナも散々な言いようだが、その友人たちの言葉を疑う理由があまりなかった。ゆうきの不器用さとかドジさとか、そのあたりはめぐみにも多分に憶えがあるからだ。
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/04/22(日) 20:43:16.27 ID:TS+ShyS90

 四人がハラハラと見守る中、ゆうきは金槌を台に置くと、満足そうな顔をした。

「……よし」

「何がよしなんだろう」

 そのユキナの言葉に、全面的に同意したい気分だった。ゆうきの作った本棚らしきものは、凄まじくななめに傾き、今にも倒れそうだが、なんとか自立している。使われている木材には今にも悲鳴を上げそうなほど曲がっているものもある。釘が飛び出している部分もある。

 しかし当のゆうきは、それを見てもやはり満足そうだ。

「は、初めて自分ひとりで木工ができた……!」

「見てて悲しくなってきたわ」

「同じく」

「ほんとだねぇ」

「うぅ、ゆうき……」

 あきらに至ってはゆうきを哀れむあまり涙を流している。

 と――、

「わっ……わわわわわっ!!」

 ゆうきの悲鳴が木工室中に響く。ゆうきの完成させたピサの斜塔よろしく傾いている本棚の、曲がっていた板の一部が外れたのだ。そしてそれを皮切りに、すべての木材が外れていく。

 カランカランと音を立てて、本棚だった歪なカタチをした木材たちが、ゆうきの足下にすべて転がった。

「…………」

 呆然とするゆうきに、めぐみたちは近づいて、無言で肩を叩いた。どんな言葉をかけていいのか、どんな顔をしていたらいいのか、わからなかった。

「……みんなぁ」

 振り返ったゆうきは、今にも泣き出しそうな顔だった。

「そんな顔しないの。手伝ってあげるから、もう一度作り直しましょう」

「でも、みんなも、自分の作品の作業があるでしょ?」

「えっ。今日で木工の授業は最後だって先生が言ってたから、」

 めぐみがが正直に答える。その隣ではあきらたちがめぐみの口を押さえようとしていたが、遅かった。

「私たちは全員、もうニス塗りも磨きも終えて提出したけど?」
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:43:54.64 ID:TS+ShyS90

「…………」

「あっ……」

 ゆうき表情がますます暗くなる。めぐみもすぐに、自分がまたもや失言をしたのだと悟った。

「……みんなわたしの敵だ」

「ご、ごめんなさい。嫌味みたいになっちゃったけど、そんなつもりなかったの。だってほら、ゆうき以外クラスのほぼ全員がもう最後の磨き作業に入ってるし……」

「……ねえ、めぐみ。いくらなんでもわざとやってない?」

「うっ……」

 あきらの呆れるような声がめぐみの心にグサグサと刺さる。

「……ごめんなさい。私、どうしてこう余計なことばかり言ってしまうのかしら」

「いいよ。めぐみがわざと言ってるわけじゃないって知ってるから」

 ゆうきは意気消沈した表情のまま、言った。

「いいもん。みんなが先に作業終わってても、わたしひとりでがんばるもん」

「だ、だから、私たちも手伝うって――」

「――そりゃダメだぞ、大埜」

 背後から声がかかる。

「みんなひとりでがんばって作品を完成させてるんだ。王野だけお前たちに手伝ってもらうのは、フェアじゃないだろう?」

「松永先生……」

 ヨレヨレの作業着に、成人男性にしては高くも低くもない上背。スリムというよりは、痩せているという表現の方が似合いそうなスタイル。分厚い眼鏡にかさなる前髪。やる気がなさそうに見える垂れ目。決してイケているとは言えない若手の教諭、松永小次郎先生だ。

 松永先生はくずれ落ちたゆうきの本棚だった木材を拾い上げ、眺める。

「んー……これは一から作り直しだな」

「はい……」

 ゆうきがうなだれたまま応える。

「もうすぐチャイムが鳴ってしまうから、居残りだな。今日の放課後は大丈夫か?」

「……はい、残れます」

「よし。じゃあ、今日の放課後、またジャージに着替えてここに来い」

「……わかりました」

 ゆうきの表情は沈んだままだ。松永先生は心配そうな顔をしていたが、授業の残り時間が少ないことを思い出したのだろう。前方の教員用の作業台に戻り、作業をやめるよう声を張り上げた。

「居残りかぁ……。初めてだけど、なんか心細いなぁ……」

「ゆうき……」

 ゆうきの顔色は優れない。めぐみは、拳をぎゅっと握って、ゆうきをどうにかして元気づけようと心に決める。
481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:44:21.13 ID:TS+ShyS90

…………………………

 そんなめぐみを見つめて、あきらはぼそっと演劇部のふたりぐみに呟いた。

「めぐみってさ」

「うん?」

「ゆうきに負けず劣らず、不器用だよね。色々と」

「まぁねぇ」

 ユキナがニヤリと笑う。

「そんなところも含めて、可愛いんだけどね」

「……言えてる」

 あきらは微笑んで、頷いた。
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:44:47.82 ID:TS+ShyS90

…………………………

 初夏の空気も相まって、校庭は熱気に満ちていた。そんな中を、生徒たちは元気いっぱい、ボールめがけて走り回る。体育のサッカーの授業中だ。

 彼はそれを眺めながら、ボードの上に書類を広げ、逐一生徒の情報記入する。評価基準と評価規準とを思い出しながら、生徒ひとりひとりについて、明確なフィードバックと評定のためにひたすらペンと目をせわしなく動かし続ける。

「まったく、真面目だねぇ、君は」

「……蘭童か。授業中だ。邪魔をするな」

 背後からの声に、彼は目も向けず答えた。

「いやいや、郷田先生。ぼくは今、校庭の掃除をしているところなのですよ。ぼくもしっかりと仕事中ですよ」

「そうか。ならば無言で職務に励め」

「……はぁ。まったく、君はいつから真面目な体育教師に成り下がったのだい?」

「教師という言葉は好かん」

「……はぁ?」

 シュウが怪訝な顔をしたのが、声だけでわかった。

「常に上からものを言っているような印象を与えるからな。私は職務を全うする上で、生徒たちに対して偉そうではありたくない。だから私は、教員とか、教諭とか、そういう事務的な肩書きの方が性に合っている」

「……君は本当にどこに向かおうとしているんだ」

「この学校の先生は真面目で真摯に生徒と向き合っている方ばかりだ。適当な授業をしていたらすぐに潜入がバレてしまう。私は教員の経験などはないのだから、人一倍努力をしなければならん」

「そうかい。どうでもいいよ」

 シュウが呆れるように吐き捨てる。その間も、彼はひたすら、ボードの上の書類に、授業の様子を書き続ける。生徒ひとりひとりの適切な評価のために。

「お前も適当な仕事をしていないだろうな?」

「ぼくが? 心外だな。それは、この学校全体を見ても言えることなのかい?」

「…………」

 たしかに、シュウが赴任してから、学校が隅々までキレイになったとは、職員室でももっぱら評判だ。特に評価が高いのが、中庭の整備作業だ。中庭はまるでヨーロッパの庭園のように生まれ変わりつつある。伸び放題だった植樹は、今やシュウの手によって、様々な動物に姿を変えている。

「……ふん、そうか。そういえばお前は、元庭師で――」



「――その話はやめてくれないか」



 背後に立つシュウの気配が変わった。凄まじい怒気に、彼の背中が総毛立つ。しかし、己が失言をしたということはわかっていたので、彼は素直に、シュウの目を見て、口を開いた。

「すまない。失言だった。私も、同じ事を言われれば恐らく怒るだろう」
483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:45:14.03 ID:TS+ShyS90

「わかってくれたらいいさ」

 シュウはすでに薄っぺらい笑みを顔に貼り付けていた。

「ほら、ぼくを見ていてどうする? 授業に集中しないとダメだろう? 新米の先生?」

「…………」

 シュウは器用な人間だ。怒りをすぐにどこかへ隠し、にこやかに嫌味を言うことができる。彼はその器用さにため息をつきながら、校庭の生徒たちに目を戻した。

「それにしても」

 シュウが言った。

「君もおかしいが、あっちは別の意味で可笑しいね」

 シュウの目線が向かう先は、彼にも予測できた。

「あー、もう!」

 ソレは、とても目立っていたからだ。

「どうしてこのサッカーってやつは、足でボールを蹴らなくちゃならないのよー!」

 ソレは後藤鈴蘭という、彼やシュウが赴任するのと同時期に転入した少女だ。とても浮いている子だと教員の間では有名だが、このダイアナ学園の女子生徒たちは鷹揚な子が多いから、問題にはなっていない。それどころか、気のいい生徒たちは鈴蘭のわがままや奇抜な言動を可愛らしいと考えている節すらある。

「何で体育の授業なんてあるのよー!」

 鈴蘭はなおも理不尽なことを叫ぶ。

「……メチャクチャだね。あの子に学校生活は無理があるんじゃないかと思うけどね」

「それはあのお方が決めることだ。私の知るところではない」

 応えつつ、彼の頭の中には、あの跳ねっ返りの小娘に、どう体育の楽しさを教えるか。どう身体を動かすことの大切さを教えるか。そんなことが駆け巡っていた。

 と、

「ふぎゃっ……!」

 ピッチの上で、鈴蘭が何かにつまずいで倒れ込んだ。駆け寄るべきか迷う彼の視線の先で、素早く鈴蘭に駆け寄る影があった。

「……騎馬か」

 先日生徒会長になった騎馬はじめだ。はじめが鈴蘭に手を差し伸べると、しばし逡巡していた鈴蘭であったが、素直にはじめの手を取って、立ち上がった。はじめはにこやかだが、鈴蘭は困惑と恥ずかしさを足したような、複雑な表情だ。しかし、それは決して、悪い感情ばかりの表情ではない。ふたりは二言三言会話をすると、またサッカーに戻っていった。鈴蘭にケガはないようだ。

「やれやれ。まったく、友達なんて作って、どうするつもりなんだか」

「教育的には大変意義があることだ」

「……君はまったく、本当に、プロの教育者になってしまったんだね。恐れ入るよ」

 シュウはそれだけ言うと、興味が失せたとばかりに、箒を持って彼に背を向けた。

「……ふん。私の闇が晴れることはない。欲望は決して消えはしない」

 彼は、ひとり、ペンを走らせながら、呟いた。

「今は雌伏のとき。潜入でホーピッシュを知り、徹底的に奴らを追い詰める。それだけだ」

 その目には、まじめな先生としての色だけではない。凶悪で、凶暴で、暗い暗い色が、含まれていた。
484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:45:43.69 ID:TS+ShyS90

…………………………

 放課後、ゆうきはジャージに着替えて木工室の引き戸を開けた。補習や居残りという言葉にわくわくする子どもはそうはいないだろう。例に漏れず、ゆうきも暗澹たる気持ちだった。

「失礼しまーす」

「はい、どうぞ」

「待ってたわよ」

 疲れているのだろうか。ゆうきの目の前には、松永先生だけではなく、めぐみとあきらの姿もあった。

 一度戸を閉め、もう一度開ける。

「……なんでいるの?」

 結果は変わらなかった。めぐみとあきらは制服のまま、木工室の椅子に腰かけていた。

「応援よ、応援。先生にはちゃんと許可を取ったわ」

 めぐみが拳を握って言う。

「手伝わないって約束をしたから、手は貸せないけど……でも、アドバイスくらいはできるから」

 あきらが微笑む。

「一緒にがんばろ、ゆうき」

「めぐみぃ……あきらぁ……」

 なんて素晴らしい友情だろうか。ウルウルと目が潤む。ふたりにだって放課後、やりたいことくらいあるだろうに、ゆうきを優先してくれたのだ。ゆうきは嬉しくて、ふたりに歩み寄った。

 その直後のことだ。

「失礼します。松永先生、こんにちは。鈴蘭を連れて参りました」

 木工室の引き戸が勢いよく開けられて、はじめが顔を覗かせた。かと思えば、その後ろから、ドタドタと暴れながら、何者かが入ってくる。

「ちょっと、はじめ! 放しなさいよ!」

「暴れるな、鈴蘭。これもすべて君のためだ」

 その女子生徒は、ゆうきと同じようにジャージを身につけていた。漆黒と表現した方がいいくらい、艶やかで真っ黒な髪に、血色が悪そうな白い肌。牙のような八重歯が、可愛らしく口元から覗いている。必死で抵抗している様子だが、文武両道のはじめにその不健康そうな血色の細腕では敵わないだろう。

「ああ、騎馬。後藤を連れてきてくれたのか。わざわざ悪いな。ありがとう」

「いえ、礼には及びません。これもすべて鈴蘭のためです」

「あたしのためって言うなら、こんなことするんじゃないわよ!」

「居残り授業から逃げようとするからだ。授業中に終わらせられなかった分は、放課後に残ってやるしかないだろう」

 はじめは呆れたように言う。

「ワガママを言って先生を困らせるんじゃない、鈴蘭」

「むきー! 大体あんたは――」

 と、鈴蘭と呼ばれた女子生徒の言葉が止まった。口をあんぐり開けて、なぜかゆうきとめぐみを見つめている。

「……げっ、あ、あんたたち……」
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:46:10.71 ID:TS+ShyS90

「? あら、私たちのことを知っているの?」

 めぐみが問いかけると、鈴蘭はブルブルと首を振った。

「し、知らないわ! 全然、これっぽっちも……」

「まぁ、そうよね。初めましてだし。転校生の後藤さんよね? はじめまして、私は大埜めぐみ。あなたのお友達の……」

 めぐみがチラリとイタズラっぽくはじめを見る。はじめは恥ずかしそうにはにかんで、頷いた。

「……騎馬さんと同じ、生徒会役員なの」

「べっ、べつに、自己紹介しろなんて言ってないわよ」

 鈴蘭はぷいとそっぽを向く。

「すまないね、大埜さん。鈴蘭は気分屋なんだ」

 はじめが言った。

「でも、根は悪い子じゃないから、どうか許してあげてほしい」

「……ふん!」

 鈴蘭は、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、そのままどかっと席に腰かけた。観念したということだろう。はじめはホッとしたように笑い、ゆうきたちに向き直った。

「大埜さん、王野さん、美旗さん、こんなところにいたのか。探す手間が省けてよかったよ」

「? どうかしたの?」

「実は、生徒会で緊急の仕事が出来たんだ。それでみんなを探していたんだ」

「あら。じゃあ、私とあきらは行った方が良さそうね」

 めぐみが心配そうにゆうきを見る。しかし、当のゆうきはそれに気づかない。

「えっ? じゃあ、わたし、生徒会に行っていいの?」

 ゆうきが期待を込めて言う。居残りを回避するのは、とても魅力的だ。が、はじめが不思議そうに言った。

「ん? 王野さん、どうしてジャージなんだい?」

「えっ? いや、その、今から、技術の居残りの予定で……」

「居残り? それは仕方がない。学業は学校において何より優先されるべきものだ。今日の生徒会活動には参加しなくていいから、王野さんはしっかり居残り授業に励むように」

 にべもない言葉だった。

「……はぁい」

 ゆうきの元気のない返事に頷くと、はじめはめぐみとあきらの肩に手を置いて、言った。

「それでは、大埜さん、美旗さん、生徒会室に向かおう」

「え、ええ」

「うん……」

「鈴蘭、しっかりと居残り授業を受けるんだよ。後で様子を見に来るからね」

「わかったわよ! しつこいわね!」

 そのまま、はじめと連れ立って、めぐみとあきらは木工室を後にした。
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:46:38.71 ID:TS+ShyS90

「じゃ、はじめるか。王野。後藤」

「はい……。って、わたしたちだけですか?」

「ん? ああ、他に時間内に作品が仕上がらなかった奴がいないからな」

「うぅ、わたしたちだけ……」

 そのゆうきの言葉に、鈴蘭が八重歯をむき出しに、言う。

「一緒にしないでよね。あたしは、転入生だから終わらなかっただけだし。もうすぐ終わるもの」

「……うぅ。転入生にも負けるわたしって……」

「ほらほら、お喋りする暇があったら手を動かせ」

 松永先生が呆れ顔で。

「後藤はあと組み立てとニス塗りと磨きだけだな。サクッと終わらせるぞ」

「わかってるわよ」

 先生に対しても同じ態度なのか、と、ゆうきは戦慄する。ゆうきの常識の中で、年上の人、特に先生に対して丁寧な言葉を使わないなど、ありえないことだったからだ。

「……はぁ。まぁ、少しずつでいいが、後藤は丁寧語を使えるようになるんだぞ」

「ふん、だ。使う場面があればちゃんと使うから、関係ないわ」

 鈴蘭はそう吐き捨てて、自分の作り途中の作品を取りに、木工室後方の保管棚へ向かった。

「あのー、先生」

「ああ、王野はこれだ」

 松永先生はそう言うと、教員用の作業机の上に、木材をどんと置いた。

「この中から好きなだけ持って行け。みんなの材料のあまりだ」

「えっ、こんなにですか?」

「全部使う必要はない。ただ、お前は色々と基礎ができていないからな、マンツーマンで教えながらやっていくぞ」

「……はぁい」

 みんなは普通にできていることなのに、自分だけがマンツーマンでないとできないのかと、肩を落とす。

「まず、図面は読めるな? まずは図面の通りにけがくところからだ。王野のけがきは、なんというかこう……うーん、個性的? だからな」

「無理してフォローしてくれなくていいですよ……」

 けがきとは、材に切断線や穴の印などをえんぴつなどで書くことだ。ゆうきは大量の木材の中から使えそうなものを取り出し、ひとつずつ丁寧にえんぴつでけがき線を入れていった。途中、ぶつからなければならない線と線がずれたり、穴の印の位置がかみ合わなかったり、投げ出したくなるようなことが何度もあったが、そのたびに松永先生は、ゆっくりと、ゆったりと、ゆうきにヒントを投げかけた。

「うーん……」

 松永先生は、決してゆうきに答えを教えてはくれなかった。ゆうきの作業がうまくいかない理由を、ゆうきは自分自身で探し出すしかなかった。

「……終わったわ。ニス塗りも磨きも完ぺきのはずよ」

「ああ、後藤。終わったか」

 松永先生はゆうきにつきっきりだったから、鈴蘭の作業は見ていなかった。ゆうきと違い、鈴蘭はひとりでも大丈夫だと考えていたのだろう。
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:47:06.49 ID:TS+ShyS90

「うん、しっかりできているな。後藤は物作りが得意なんだな」

「ふふん、当然よ。昔から色々な習い事をしてきたもの。これくらい――」

 鈴蘭の自慢げな声が止まった。

 不思議に思い、手を止めて振り返る。鈴蘭が頭を押さえて、明らかに狼狽していた。

「あ、あたしの昔……? いや、あたしは……」

「……? 後藤? どうかしたか?」

 松永先生が心配そうに声をかける。鈴蘭はハッとしたような顔をして、直後、表情が不機嫌なものになる。

「……なんでもないわ」

「そうか。体調が悪いとか、そういうことはないか?」

「なんでもないって言ってるでしょ」

 鈴蘭は吐き捨てるように言った。

「……そうか。ならいい。ところで、この作品だが、もう一回ニスを塗り足して、もう一度磨いたらもっときれいになるんだが……」

「……それは、やらないといけないこと?」

「ん……そういうことではないな」

「なら、いいわ。完成したんだから、これでいいでしょ」

 鈴蘭はそう言うと、てきぱきと片付けと掃除を終え、作品を提出用の棚に入れると、さっさと木工室を出て行った。

「んー……後藤が自分から片付けと掃除をするとは、よっぽど早く帰りたかったんだな」

 松永先生が不思議そうに言う。

「それにしても、もったいないなぁ。これだけの作品を作れるなら、あと一歩がんばれば、もっとすごい作品になるのに」

 それは、本当に残念がるような声だった。松永先生は鈴蘭が置いていった作品を見て、ボードに何かをかき込んでいく。作品の表面を撫でたり、底を見たり、内面を覗き込んだり、様々な角度から作品を見つめているようだった。

「あ、あの、先生」

「……ん、ああ、すまん、王野。いま行くよ」

「いや、聞きたいことがあるんじゃないんです。何をしてるのかな、って……」

「ああ」 松永先生は恥ずかしそうに。「生徒に見せるもんじゃなかったな。すまん。作品の評価をつけていたんだよ」

「あ、そっか。作品で成績を出すんですもんね」

「ん、まぁ、それもあるが、それ以上に、生徒へのフィードバックだな」

「フィードバック?」

 ゆうきの頭に大きなはてなマークが生まれた。

「要は、お前たち生徒がやったことに対して、俺たち教員は何かを返さなくちゃいけないってことなんだ。テストの点数然り、日記へのコメント然り、提出された作品に対しての講評然り、な。評価ってのはカタチに表われる成績だけじゃない。俺たち教員自身の授業への自己評価だったり、生徒自身の到達度の指標だったりするんだ――って、こんな話をしても仕方ないな」

「?」

「俺たち教員の仕事の話だよ。ヘンな話をして悪かったな。お前は気にしなくていい」
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:47:32.63 ID:TS+ShyS90

 ゆうきの中ではてなマークが増えただけだった。話の内容は四分の一もわからなかったけれど、ただひとつ、ゆうきには確かに分かることがあった。

「あの」

「うん?」

「松永先生は、本当に技術の授業が好きなんですね。あと、わたしたち生徒のことも」

「ん……」

 松永先生は狐につままれたような顔をする。かと思えば相好を崩し、愉快そうに笑った。ゆうきの近くに戻ってきて、隣の椅子に腰かけた。

「俺が技術が好きで、お前たちのことが好き、か。ま、間違いではないな」

 松永先生はニヤッと笑う。先生のそんな顔を見たことがなくて、ゆうきは少し、ドキリとした。

「じゃあ、俺もお前に、技術を好きになってもらって、俺自身を好きになってもらわないとな」

「へっ……?」

「後半は冗談だ。さ、続きをやるぞ」

「……はい!」

 ゆうきはえんぴつとスコヤを持ち、再び、ゆっくりと線を引き始めた。

 ふと、真剣な顔で自分の作業を見つめてくれる、松永先生の横顔を盗み見た。こんな真剣な顔も、あまり見たことがない。さっきのような、無邪気な笑い声も聞いたことがない。普段の松永先生といえば、自他共に認める冴えない先生で、ふにゃふにゃとした顔しかしないのに。

 真剣な顔をするとこんなにもキリッとするなんて、ずるい。

「……? 俺の顔に何かついてるか?」

「へっ? あ、いや、何も……」

 目と目が合う。ゆうきは慌てて目を逸らし、作業に集中することにした。

(ど、どうしてだろう……)

 ドクドクと流れる血液の音を感じながら、ゆうきは自分の頬が熱くなるのを感じた。

(わたし、なんでこんなにドキドキしてるの……?)
489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:47:58.99 ID:TS+ShyS90

………………………………

 結局その日は、けがき作業だけで終わってしまった。明日は慎重に切断をしていくぞ、という松永先生の予告で、翌日も居残りが確定した。

 けれど、不思議なことに、ゆうきには居残りに対しての嫌な気持ちはきれいさっぱりなくなっていた。

 代わりに、明日も松永先生とふたりきりという事実に対するドキドキが生まれていた。

 作業が終わる寸前に来てくれためぐみとあきらは、ニコニコと楽しそうに片付けと掃除をするゆうきを手伝いながら、首を傾げていた。

 そしてめぐみとあきらと一緒にやってきたはじめは、鈴蘭がすでに帰宅していたことに、少し肩を落としていた。

「よし、今日も居残り作業がんばるぞ!」

 放課後、更衣室でジャージに着替え、意気揚々と木工室へ向かうゆうきを、めぐみとあきらは首を傾げて見送った。ふたりは今日も生徒会の活動で応援には来られないらしい。

 木工室に近づくにつれて、胸がドキドキと高鳴る。木工室の入り口の前に立ったとき、そのドキドキは最高潮に達していた。そのドキドキの正体がなんなのか、ゆうきには分からない。分からないけれど、それが嫌なものではないから、ゆうきはそのドキドキに身を任せ、頬を紅潮させながら、木工室の戸を開いた。

「し、失礼します」

「おう、王野か」

 待っていたのは、冴えない顔をした技術の教諭、松永先生だ。

今日はノコギリ挽きからだな」

「はい。がんばります!」

 けれどその冴えない姿を見かけた瞬間、ひときわ大きく、ゆうきの心臓が跳ねた。

 が、ふわふわとした気分はそこまでだった。

「まずは練習だな」

 松永先生はそう言うと、どさっと机の上に段ボール箱を置く。その中には、細かい端材がこれでもかと詰め込まれていた。

「あの、これは……?」

「ノコギリ挽きの練習用の端材だ」

 松永先生が答えた。

「ちゃんと切断線と仕上がり線をけがいてある。王野はノコギリ挽きが一番ひどかったからな。本番の前に、これで練習しろ」

 よくよく見てみれば、たしかに段ボール箱の中の端材には、切断線と仕上がり線のような線が描かれている。

「……い、いくつ、やればいいんですか?」

 ゆうきは恐る恐る尋ねる。そのときにはすでに、色々と浮かれていた気持ちはどこかへ吹き飛んでいた。

「当然、うまく切れるようになるまでだ」

 松永先生はすまし顔で答えた。ゆうきは昨日のスパルタな松永先生を思い出し、ほんの数分前まで浮かれきっていた自分を、突き飛ばしてやりたい気分になった。

「返事はどうした?」

「はぁい……」

 ゆうきは力なく返事することしかできなかった。
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:48:25.73 ID:TS+ShyS90

…………………………

 その少し前のこと。ゆうきが更衣室でジャージに着替えている頃、2年B組の教室では、HRが終わり、生徒たちは各自帰り支度や部活動の準備などにいそしんでいた。そんな中、窓際後ろに席を置く彼女は、ひとりきりで、ささっと帰り支度を終えていた。そのまま、カバンを持ち、席を立つ。と――、

「鈴蘭」

 呼び止められる。声は、HRが終わった後、せわしなく教室から飛び出していったはじめだ。

「……なんで戻ってきたの?」

 彼女は面倒くさそうに応じる。本当なら返事もしたくないような気分だが、それはどうしてもできなかった。はじめは鈴蘭の正面に回り込むと、言った。

「松永先生から聞いたよ。しっかり作品を完成させて、片付けと掃除もしてから帰ったんだってね。偉いよ、鈴蘭」

「……べつに。やりたくなくてもやれって言われるんだから、自分からやっただけよ」

 彼女ははじめの顔も見ずに言った。

「もう帰りたいんだけど」

「もう少しだけ」

 はじめはしかし、道を譲ろうとはしなかった。

「松永先生が、昨日、帰る直前に鈴蘭が急に元気をなくしたと言っていた。それが気になっていたんだ。今日も、あまり元気がないようだったしね」

「そんなのあたしの勝手でしょ。放っといてよ」

 そう言い捨てる。それでもなお、はじめは言葉を続ける。

「それから、松永先生が、鈴蘭の作品はあと一回ニス塗りと磨きをすれば、本当にきれいな木工作品になるとおっしゃっていた。もしも今日、時間があるなら、やっていかないかい?」

「やるかやらないかもあたしの勝手よ。あんたに言われることじゃないわ」

 彼女はそう言って、はじめの身体を押しのけて歩を進めた。

「しかし、もったいないとは思わないか? もう少しがんばるだけで、ひょっとしたら地区の展覧会の作品に選ばれるかもしれないんだ」

「あたしには関係ない。あたしは、あたしが欲しいものしか欲しくない」

 彼女は自分について歩くはじめを、憎々しげに睨み付けた。

「なんであんたはあたしなんかに構うのよ。放っておいてよ」

「友達だからに決まっているだろう」

「……じゃあ、友達なんかじゃなくていいわよ。邪魔なのよ」

 今度こそ、はじめの言葉は止まった。彼女について歩いていた足も止まった。けれど、ほんの一瞬だけ、彼女の足も、止まった。

「……あっ――」

「――そうか。そうだよね。すまない。お節介がすぎたかもしれない」

 彼女は、自分が何を口走ろうとしていたのか、わからない。

 ひょっとしたら、彼女の矜持に反するようなことを、口走ろうとしていたのかもしれない。

 それは、誰にも分からない。

「じゃあ、また明日。鈴蘭」

「…………」

 はじめは彼女の言葉を遮ってしまったことにすら気づかず、申し訳なさそうな顔をして、立ち去った。彼女は、昨日生まれたモヤモヤが、頭の中にどんどん広がっていくような気分だった。

「っ……」

 ギリリと、噛みしめる奥歯から、血がにじむ。鉄さびのような味が口に広がる。

「あたし……っ」

 答えは出ない。

 彼女はいま、問いすら満足に描けないのだから。
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:48:53.83 ID:TS+ShyS90

…………………………

 ノコギリ挽きについても、松永先生はやはり積極的に答えを言うようなことはなかった。ゆうきが何度も失敗して、自分で学んでいくのを待っているようだった。なかなかまっすぐに切断できないゆうきを、忍耐強く、辛抱強く、見守り続けてくれているように、ゆうきには思えた。やがて、ゆうきは松永先生に見守られたまま、端材をまっすぐに切り落とすことができるようになった。切断した端材はいくつに及んだだろうか。ゆうきの足下は切断するときに飛び散る木屑でいっぱいになっていた。

「……よし。よくがんばったな、王野。切り方のコツは、身体が覚えただろう」

「はい。力の入れ方とかが、わかったような気がします」

 へとへとのゆうきが答えると、松永先生は頷いた。

「それじゃあ、本番に行ってみよう。失敗したら、またけがきからだからな」

「……はい」

 ゆうきは本棚の材料――本番の材を万力に固定し、ノコギリを挽き始めた。ギコギコとリズミカルに、一定間隔で力を入れていく。ノコギリから出る木屑に惑わされずに、切断線を意識する。最後に切り落とすときは一番慎重に、ゆっくりと最後の部分が折れないように。そして、ゆうきはノコギリを挽き終えた。

「……よかった。仕上がり線はちゃんと残ってる」

 材はしかっかりと切断されていた。ゆうきはほっと胸をなで下ろし、次の材を万力に固定した。

 そんなことを数回繰り返して、ようやくすべての木材を切断し終えることができた。緊張の糸が切れ、どっと疲れが出てきたようだった。ゆうきはノコギリを作業机に置くと、ゆっくりと椅子に腰かけた。

「終わったぁ〜」

「……ああ。全部しっかりと切断できてるな。ほとんど切断線の通りだ」

 松永先生がすべての材を確認して、笑みを浮かべた。

「よくがんばったな、王野」

「……は、はい!」

 ゆうきは、自分がノコギリを挽いた材をもう一度確認した。何度見ても、自分がやったとは思えないくらい、きれいな仕上がりだ。

「不器用なわたしに、ここまでできるなんて、思ってませんでした」

「ああ、よくがんばったよ。王野はがんばり屋さんだな」

 松永先生はゆうきを手放しに褒めてくれた。

「王野はたしかに、少し手先が不器用かもしれないが、それでもここまでできたんだ。それは王野の努力の賜だ」

「そ、そんな……そこまで言われるほどのことじゃ……」

 ふと、すぐ隣に松永先生が座っていることを思い出す。手を伸ばせば、触れられる距離だ。そんな距離で、松永先生は、ドジな自分のことを、笑顔で褒めてくれている。

 あまり先生に褒められるようなこともない、自分を。

「はぅ……」

 ゆうきの頬が一気に赤みを帯びる。

(ど、どうしよう……わたし……)

 ゆうきは困惑と嬉しさがないまぜになったような気持ちで、思った。

(……わたし、ひょっとして、松永先生のこと、好きになっちゃったのかもしれない)
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:49:21.55 ID:TS+ShyS90

…………………………

 生徒会の活動を終えて来てみれば、これは一体どういうことだろうか。

「……? なにをやってるんだろう」

「わからないけど、ゆうき、顔が真っ赤ね」

 あきらとめぐみは、こっそり木工室の戸を開け、中をのぞき見していた。最初は気づかれないように様子を見るだけのつもりだったけれど、ゆうきの妙な様子が気になってしばらく覗いていたのだ。そして、ゆうきが少し潤んだ瞳を、松永先生の方に向けたとき、ふたりは何とはなしに、悟った。

「……ねえ、めぐみ」

「ええ、あきら。あれって、そうよね……?」

 ふたりは顔を赤くしながら、事の推移を見守る。

「入ったらお邪魔だよね」

「そうね。ここで様子を見ていてあげましょう……――」



「――ふたりとも、何をしているの?」



 危うく跳び上がるところだった。無言のまま身体を震わせたふたりは、背後に立っていた人物に目を向ける。

「あっ……」

「ほ、誉田先生?」

 ゆうき、めぐみ、あきらの担任の先生。誉田華先生が、立っていた。

「あなたたちも松永先生に用事があるの?」

「あ、いえ。私たちは、ゆうきの居残りの応援に来たんです」

 めぐみがそつなく答える。

「ただ、その……入るのがためらわれて」

「? どういうこと?」

 誉田先生が怪訝な顔をして、戸に手をかける。

「わーっ。邪魔しちゃうんですか?」

「邪魔って……。仕方ないでしょ。お仕事なんだから」

 誉田先生はそう言って、戸を開けた。
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:49:47.86 ID:TS+ShyS90

…………………………

「失礼します」

「ん……?」

 木工室の戸が開き、誉田先生が入ってきた。松永先生は席を立ち、誉田先生を迎えた。

「おつかれさま、松永先生。王野さんの作業は順調?」

「ええ。ゆっくりですが、しっかり進んでますよ。ご心配なく」

 松永先生はやる気のない目のまま、誉田先生に応じる。

「……さすがは“先生の中の先生”。担任の生徒が心配ですか」

「あら。そんな風に言われるのは光栄だけど、わたしは王野さんの心配なんてしてないわよ?」

 ん? と、ゆうきは首を傾げる。先生ふたりの会話が、どうにも先生同士の会話らしくない。

「なんてったって、“小次郎くん”が見てくれているんだもの」

 小次郎くん!? と内心驚くゆうきだが、ふたりの雰囲気に圧倒されて、微動だにできないでいた。松永先生は呆れた、というような顔をして。

「……学校でその呼び方はやめてくれよ」

「そうね。ごめんなさい」

 対する誉田先生も、茶目っ気全開の口調だ。

「小次郎くんも、今はしっかり先生やってるんだから、“松永先生”って呼ばなくちゃね」

「だーかーらー、それをやめてくれって言ってるんだよ。っていうか、用が済んだなら職員室に帰れ」

 ゆうきはもう、半ば放心状態になりつつあった。あまりにも親密な会話の応酬は、恋する女子中学生の内心をずたずたにするに足るだけの威力があった。

「あら、ご挨拶ね。せっかく私が様子を見にきてあげたのに」

「見に来たのは、俺じゃなくて王野の様子だろうが」

「一応、若手教員のOJTも兼ねているつもりだけど?」

「そっちに若手って言われる憶えはねぇよ。二つしか違わないだろうが、歳」

「女性に年齢の話を振らない。相変わらずデリカシーがないわね」

 この、親密な感じは、恐らく、いや、間違いなく。

 いわゆる、アレだ。

 アレといえば、アレだ。

 アレだろう。

 ゆうきの中でいろいろなものがガラガラと崩れ落ちていくようだった。
494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:50:14.90 ID:TS+ShyS90

「王野さん?」

「ひゃいっ!」

 唐突に声がかけられて、びくりと身体が反応する。誉田先生が優しく微笑んでいた。

「製作は順調?」

「は、はい。今のところは、しっかりできてます。……松永先生の、おかげで」

 精一杯の抵抗のつもりだった。優しく微笑んでいる、美人でスタイルも頭も良くて、優しくて頼れる、みんなの憧れの、誉田先生に対しての。誉田先生は面白そうな顔をして、近くの松永先生を肘で小突いた。

「へぇー。小次郎くんも、きちんと先生やってるのね。私も鼻が高いわ」

「なんであんたの鼻が高いんだよ。いいから、用事が終わったなら帰れ。俺は王野の居残りで忙しいんだ」

「……はいはい、わかったわよ。じゃ、王野さん、残りもがんばってね。応援してるわ」

 誉田先生はそう言い残し、木工室を後にした。

「ありがとう、ございます……」

 対抗したつもりが、返り討ちに遭ったような心境だった。

 肘で小突くくらい、親密な仲なのだろう。

 名前で呼ぶくらい、親密な仲なのだろう。

 そんなこと、火を見るより明らかなことだ。

「さ、じゃあ邪魔者もいなくなったことだし、作業の続きをするか」

「…………」

「? 王野? どうした?」

 松永先生の声も聞こえていなかった。ゆうきは、明確に言葉を思い描くのをためらったが、無駄なことだった。

 ゆうきの中でも、それはもう間違いないことだった。

(松永先生と、誉田先生は、きっと、とっても親密な……恋人同士……)

 ゆうきは疲れも相まって、がくっと机に突っ伏した。

「お、王野? 大丈夫か?」

 松永先生の声が遠く聞こえた気がした。けれど、ゆうきは何も考えたくはなかった。

(わ、わたしの初恋、一時間と保たずに終わった……)

 その日は結局、それ以上の作業はできず、ゆうきはいつの間にか木工室にやって来ていためぐみとあきらに付き添われて、帰路についた。
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:50:41.34 ID:TS+ShyS90

…………………………

 翌日、放課後。

「……うん。完ぺきに仕上がったな」

 材のやすりがけを行い、組み立て、ニスを塗り、磨く。

 それら一連の作業が終わり、ゆうきの本棚が完成した。今日は生徒会の活動がなかったゆうきとめぐみも木工室で本棚の完成を見届けた。

「わぁ……すごいよ、ゆうき! ゆうきが作ったものでこんなに形が整ってるの、初めて見たよ!」

「すごいわ! とてもゆうきが作ったとは思えない仕上がりよ!」

「……ふたりとも、褒めているつもりなんだろうけど、失礼だからね、それ」

 ゆうきは力なく憤慨しながら、それでも心の中は達成感で満たされていた。

 昨日の出来事はショックではあったが、それ以上に、自分自身でひとつのものを完成させられた喜びが圧倒的に大きかった。

「松永先生のおかげです。ありがとうございます」

「いや、俺は王野の作業を見ていただけだ。作業をやったのは全部王野だろう?」

「……はい!」

 信頼している大人からの言葉に、ゆうきの頬も自然と緩む。それこそ、昨日のショックなど、吹き飛んでしまうくらいに、嬉しいことだった。

(いや、まぁ、まだ引きずってはいるけど……)

 しくしくと痛む胸はどうしようもない。今は、自分自身でものづくりを達成したことを、喜ばなければ損だろう。

「わたし、この居残りがなかったら、絶対にものづくりが苦手なままでした。だから、やりきれてよかった……」

「……そうだな」

 松永先生は優しい目をして、言った。

「たとえ将来ものづくりに関わるような仕事につかなくても、これを作った経験値はお前の中に残る。それはきっといつか、王野の役に立つと思うぞ」

「はい。わたしもそう思います」

 ふと、視界の隅でめぐみとあきらがホッとしたような顔をしているのが目に入った。

「どうしたの?」

「えっ? いや、その……ゆうきがあんまり落ち込んでないみたいだったから」

「安心してたんだよ」

「へぇ?」

 どういうことだろうか。昨日の自分自身の恋する乙女のような瞳や、失恋をする瞬間を見られていたとはつゆ知らず、ゆうきは首を傾げる。しかしそれを問いただす前に、木工室の戸が開いた。

「王野さん。今日も様子を見に来たわよ」

 その声を聞いて、ドキリと心臓が跳ねる。

「……昨日の今日でまた来るか、普通」

「あら、あなたが言ったんじゃない。王野さんの作品が今日仕上がるから放課後見に来い、って」

「っ……余計なこと言うんじゃねぇよ」

 入ってきた人物に、心が軋んで嫌な音を立てる。大好きな人のはずなのに、そんな風になってしまうことが、ますますゆうきの心を苛む。

「誉田先生……」
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:51:07.50 ID:TS+ShyS90

「わ、すごいわね。とうとう仕上がったのね、作品」

「は、はい……」

 誉田先生は色々な方向からゆうきの本棚を眺めた。それはゆうきには、本当に興味深く生徒の作品を覗き込んでいるように思えて、居残り初日に、鈴蘭の作品を見つめていた松永先生の姿と重なって見えた。

(……入り込む余地もない。お似合いの先生カップルだ)

 なんて諦観混じりのことをゆうきが考えるくらいには、似ている。

「誉田先生、今日も邪魔をしにきたんですか?」

 松永先生がトゲトゲしく言う。

「残念でした。今日は松永先生に用事です。校長先生が呼んでるわ」

「えっ、俺を?」

 松永先生が嫌そうな顔をする。

「……俺、なんかやらかしたかな」

「そういう話じゃないわ。教育委員会への提出書類に目を通してほしいんですって」

「ん、ああ……そういやそんなこと言われてたな」

 松永先生は参ったという顔をして、ゆうきを見て、それから誉田先生に向き直った。

「悪い、誉田先生。ちょっと校長室行ってくるから、王野の片付けと掃除、見ていてやってくれ」


「最初からそのつもりよ」

「ありがたい。助かるよ」

 松永先生はゆうきに掃除が終わる頃には戻ると言い残し、木工室から急いで出て行った。ゆうきは椅子に座った誉田先生が監督する中、片付けと掃除に取りかかった。めぐみとあきらもそれを手伝う。

「……うーん、聞けば聞くほど、仲良しさが伝わってくる会話だね」

 こそこそと、あきらが言う。

「そうね。やっぱりあのお二人は……その、えっと……お付き合い、してるのかしら……」

 めぐみが顔を真っ赤にしながら言う。

「……だよねぇ」

 ゆうきがずーんと沈み込みながら言う。

「うーん、でも……」

 めぐみが言う。

「こう言っては何だけど、誉田先生と松永先生って……なんていうか……あんまり、釣り合っている感じはしないわよね」

 悪気はないのだろうが、めぐみが松永先生に対してとても失礼なことを言う。もちろん、ゆうきだってめぐみの言わんとしていることが分からないわけではない。
497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:51:33.92 ID:TS+ShyS90

 ちらりと、誉田先生を盗み見る。私も手伝うわ! と言って箒を持って掃いている誉田先生は、こんな埃っぽい木工室にいても、どこか上品な美人さんだ。松永先生とは仲睦まじそうに見えるが、たしかにあの冴えない技術の先生に、誉田先生が釣り合うとは思えない。

「……よし」

「? ゆうき、どうしたの?」

「わたし、聞いてみる」

「えっ……? あっ、ゆうき……」

 ゆうきはゆっくりと誉田先生に歩み寄った。床の木くずを集めていた誉田先生は、ゆうきに気づくと、微笑んだ。

「あら、どうしたの? 王野さん」

「……誉田先生におたずねしたいことがあります」

「何かしら?」

 ゆうきは勇気を出して、問うた。

「“小次郎くん”って、何ですか?」

「えっ? ……ああ」

 誉田先生は一瞬、虚を突かれたような顔をして。

「……ごめんなさい。生徒の前でする呼び方じゃなかったわね。先生、ちょっとおふざけがすぎちゃったかもしれないわ」

 誉田先生は恥ずかしそうに笑う。

「気にしないで。プライベートな呼び方なの。友達に言っちゃダメよ?」

 誉田先生は茶目っ気たっぷりにそう言った。

「ぷ、プライベート、って……」

 ゆうきは、ためらいながらも、質問を続けた。普段のゆうきなら絶対にしないことだが、今ばかりは、気になって仕方がなかったのだ。

「ひ、ひょっとして、誉田先生と、松永先生って、その……お付き合い、してらっしゃるんですか……?」

「……? えっ?」

 誉田先生が心底不思議そうな顔をする。

「わ、私が、松永先生とお付き合い……?」

 直後、誉田先生が声を上げて笑いだした。

「……ふふ。ああ、そっか。多感なお年頃だものね、王野さん。ごめんなさい。ヘンな勘違いをさせてしまって」

「勘違い……?」

「幼なじみなの。私のほうが少し年上だけど、家が隣同士で、昔から“小次郎くん”って呼んでたから、ついつい出ちゃうのよね」

「えっ? じ、じゃあ、誉田先生は、松永先生と恋人同士じゃ……」

「ないわ。ただの仲良しの幼なじみよ」

 視界を覆っていたモヤモヤが晴れるような気分だった。ゆうきはほぅと大きくため息をつき、つい、思ったことを口に出してしまう。

「……よかった」

「……? よかった、って?」

「えっ!? あ、いや……なんでもないです」

「……あらあら」

 誉田先生は笑って。

「小次郎くんってば、モテるのね」

 考えていることを読まれているようで、ゆうきは頬が熱くなる。鏡を見なくても分かる。顔は絶対、真っ赤になっていることだろう。

 ぽん、と。両側から肩が叩かれる。めぐみとあきらが、うんうんと頷きながら言った。

「よかったね、ゆうき」

「これで片思いを続けられるわね」

「や、やめてよぅ……。恥ずかしいんだから」

 ゆうきはますます顔を赤くして、生暖かい笑みを浮かべる友達と先生から離れて、ひたすら掃除に没頭した。
498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:52:08.92 ID:TS+ShyS90

…………………………

 木工室の中での会話が、意図せず聞こえてきた。

 恋人だとか、モテる、だとか。そんな、愛にまつわる会話だ。

 彼女はその話を聞いて、自分でも気づかないうちに、戸の持ち手に力が入っていた。

 手が、怒りとも憎しみともつかない感情で震え出す。

 目の前の全てが、憎くて仕方がない。

 ありとあらゆるものに、怒りをぶつけたくて仕方がない。



 ――――『――ぼくは、君を愛している――』



「ッ……!」

 遠い過去。もう思い出せない。思い出してはいけない。思い出したくもない。過去。

 世界が固く暗い鉄格子で閉じられていたときのこと。

 そこに現れた光のような誰か。

 その、誰かに裏切られ、ロイヤリティの中の地獄を味わった、あのときのこと。

 何も思い出せないのに、ただただ、ロイヤリティへの憎しみだけがあふれていく。

 あの世界を形作った王族に対する怒りがあふれていく。

「愛なんて……ッ!」

 世界を真っ暗に染める闇が、彼女のその憎しみから、怒りから、ホーピッシュのきらびやかな世界を浸食する。

 世界が暗く染まる。コントラストを失い、色が消えていく。



「――愛なんて、いらないッ!!」



 それはモノクロの、アンリミテッドの世界だ。
499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:52:37.70 ID:TS+ShyS90

…………………………

 教室の中が急に暗くなる。何事かと判断するより先に、今まで楽しそうに笑っていた誉田先生が膝をついた。

「誉田先生!? 大丈夫ですか?」

「な、何かしら……? すごく、眠い……の……」

 誉田先生は、そのまま床に倒れた。

「ほ、誉田先生!?」

「……大丈夫。呼吸はしてるわ」

 取り乱すゆうきに、めぐみが冷静に言った。

「一体これは何なのかしら。アンリミテッドだとは思うのだけど、今までと何かが違うような……」

 その瞬間、凄まじい音がして、木工室の戸が蹴破られた。

「っ……!? ゴドー!」

「…………」

 うつろな目をして立っていたのは、アンリミテッドの戦士がひとり、ゴドーだ。ゴドーは焦点も定まらないような目をしたまま顔を上げ、ゆうきたちを睨み付けた。

「……この、ホーピッシュまでもが」

「えっ……?」

 ゴドーが小声で呟く。しかし、次の瞬間、ゴドーの身体から、凄まじい黒い波動が発せられた。

「この、ホーピッシュまでもが!! あたしを苦しめるのか!! あたしを、あざ笑うのか!!」

 ゴドーの大声とともに、闇が吹き荒れる。

 誉田先生をかばいつつ、伏せる。ゴドーから四方八方に発せられた闇は、全校生徒たちが技術の授業で製作した作品にとけ込んでいく。

「なっ……何、これは……?」

 あきらが周囲を見回しながら言う。まるで、木工室全体が闇で塗り固められたような状態だった。ゴドーは焦点の定まらない目をしたまま、気が狂ったように諸手を挙げた。

「出でよ!! ウバイトールども!! このホーピッシュを、欲望の闇で染め上げなさい!!」

 闇の瞳が開く音が、いくつも重なって聞こえた。

『ウバ……!』

『ウバァアアア!!』

『ウバッ!!!』



『『『『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』』』』
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:53:03.70 ID:TS+ShyS90

…………………………

「素晴らしい闇だ。ゴドー」

 仮面の騎士、デザイアは、はるか上空から、その闇の発生を見届けていた。

「これは、位相をずらしたのではない。ゴドーの強大な闇が、ホーピッシュそのものを闇に染めているのだな。そして、ゴドーそのものの闇が、いくつものウバイトールを同時に発現させた。素晴らしい! 素晴らしい力だ、ゴドー!」

 ひとつの学校のひとつの教室という、極小規模領域ではある。しかし、そのエネルギーは、凄まじいものだ。もしもこのゴドーの闇の力が安定的に供給できるのならば、ホーピッシュを闇が飲み込むことなど、容易いことだろう。

「……ゴドーの愛への憎しみ、ロイヤリティへの憎しみ、王族への憎しみは本物だ。さぁ、プリキュアたちよ。今までのゴドーだと思ってかかると、痛い目を見るぞ。さぁ、我々アンリミテッドに抗ってみせろ、伝説の戦士よ」

 しかし、闇の領域が教室ひとつではいくら何でも狭すぎるだろう。デザイアは指を鳴らし、闇に墜ちた木工室ごと、学校の位相をアンリミテッドへとずらした。

 学校全体がモノクロに覆われ、無関係の生徒たちが消える。

「む……?」

 しかし、デザイアはアンリミテッドの位相に墜ちた学校の中に、いくつかの人の気配を感じた。

「すでに闇の影響を受けている人間は、共にアンリミテッドの位相にズレる」

 少し前に、王野ゆうきの妹、ともえがゴドーの戦いに巻き込まれたのと同じ事だ。アンリミテッドの闇やロイヤリティの光と関係が深くなってしまった人間は、ホーピッシュ以外の力から強い影響を受けることになる。

「このホーピッシュ全体が闇の影響を強く受ければ、いずれこの世界すべてがアンリミテッドと同化する。人間も、何もかも、アンリミテッドへと墜ちるのだ」

 デザイアははるか上空からダイアナ学園を見下ろし、笑う。

 ロイヤリティを飲み込んだアンリミテッドは今、希望の世界ホーピッシュへの侵攻を、本格的に始めたのだ。
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/04/22(日) 20:53:58.34 ID:TS+ShyS90

…………………………

「う、うそでしょ……!?」

 数えきれる量ではなかった。木工室中を埋め尽くさんばかりに、大量のウバイトールが発生する。

「まずいわ! 退路を断たれる前に、外に逃げるわよ!」

「うん!」

 めぐみが先導し、素早く窓を開ける。ゆうきとあきらは肩に誉田先生の手を回し、少し引きずるようにはなってしまうが、丁寧に運ぶ。大量のウバイトールが狭い場所でうまく動けないうちに、誉田先生を連れた三人は、外に逃れることができた。

「ちょっと、ブレイ。あれは一体何事なの?」

 カバンに呼びかけるも、返事はない。ブレイは、カバンの中でガタガタと震えていた。

「ど、どうしたの、ブレイ?」

「あっ、あのときと、一緒グリ……」

「あのとき?」

「……ロイヤリティが滅んだときと同じ闇の波動レプ」

 震えるブレイに変わり、ラブリが答えた。

「あの闇の波動は、世界中を闇の化身――ウバイトールで埋め尽くすに足るだけの力を持っているレプ。もしもあの闇がもっと大きくなれば、ホーピッシュも、ロイヤリティと同じ命運を辿るレプ」

「でも、今はプリキュアがいるニコ!」

 めぐみのカバンからフレンが顔を出す。

「そう、ドラ。あきらたちの力があれば、この闇も止められるはずドラ」

 あきらのカバンからパーシーも飛び出した。

「……レプ。まだ、ロイヤリティが滅んだときとは状況が違うレプ。どうやら、いま闇に侵食されているのは、この世界のほんの一部だけのようレプ。だから、今すぐあの闇を浄化すれば、ホーピッシュヘのダメージはないレプ」

「……うん。それだけわかれば十分だよ」

 ゆうきはロイヤルブレスに手を置いた。勇気を象徴する伝説の腕輪が、ゆうきに力をくれるようだった。ゆうきはめぐみとあきらと目配せし合い、頷いた。

「いくよ! みんな!」

「ええ!」

「うん!」

 妖精たちも身を乗り出し、叫ぶ。

「勇気の紋章!」

「優しさの紋章!」

「情熱の紋章!」

「「「受け取るグリ!」 ニコ!」 ドラ!」

 三人の王族から光が飛ぶ。それぞれの光は、それぞれの戦士の手に渡り、カタチを成す。それは、勇気、優しさ、情熱を象徴する紋章だ。少女たちはそれを、ロイヤルブレスへと差し込んだ。そして、伝説の戦士の宣誓を叫ぶ。


「「「プリキュア・エンブレムロード!!!」」」


 光が爆発する。三人となった伝説の戦士は、その光の力を三倍以上に増幅しているようだった。世界に一時的に色が戻るような、そんな圧倒的な光を放ちながら、少女たちはその姿を変えていく。

 薄紅色の、勇気のプリキュアへ。

 空色の、優しさのプリキュアへ。

 紅蓮の、情熱のプリキュアへ。

 そして、伝説の戦士へと姿を変えた少女たちが、はるか上空より大地に舞い降りた

「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」

「守りぬく優しさの証! キュアユニコ!」

「燃え上がる情熱の証! キュアドラゴ!」


「「「ファーストプリキュア!!」」」


 光の世界ロイヤリティ、その伝説の戦士が、闇の軍勢に真っ向から対峙する。
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:54:42.29 ID:TS+ShyS90

…………………………

「これは、一体何事なんだ……」

 はじめは、急に暗くなり色を失った学校にひとり取り残されていた。廊下にも、教室にも、職員室にも、生徒や教員の姿はなかった。



『ウバイトォ……ォオオオ……オオオル!!』



「っ……!」

 どこかから、怪物の叫び声のようなものが聞こえる。はじめは周囲から完ぺき超人と言われているが、本人にそんな自覚はない。騎馬家の娘として、そしてダイアナ学園中等部の生徒会長として完ぺきであろうとはしているが、ただの女子中学生だ。

 怖くないわけなどない。

 はじめは怖い物知らずなわけではない。ただ、もしもこの異変に巻き込まれ、倒れている生徒がいたら、生徒会長として放っておくわけにはいかないだろう。その使命感が、はじめを突き動かす。

 だから、はじめは怖くても、恐ろしくても、怪物たちの叫び声が聞こえる方向へ進んでいった。

 そして、たどり着いたのは木工室だった。

「ッ……!?」

 入り口に身を隠し、中の様子を伺うと、にわかには信じがたい光景が広がっていた。

『ウバァァアアアアア!!』

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

『ウバッウバッ!!』

 木工室内は、異形の怪物で埋め尽くされていた。本棚のようなカタチをしたものや、ラジオのようなカタチをしたものなど、様々な姿をしている。しかしそれらは一様に、悪辣な瞳ををたたえ、一点を見つめていた。

「なんだ、あれは……?」

 窓の外、怪物たちが見つめる先に、光り輝く何かが見える。かすかに見えるそれは、人のカタチをしていた。桃色、青色、赤色だろうか。三者三様の色の衣装を身につけ、どうやら、外に出た異形の怪物たちと戦っているようだった。

「……あの女の子たちが圧倒しているのか」

 かすかに見える外。それは、間違いなく、怪物たちを三人の少女たちが倒す光景だった。力の差は明確だった。しかし、怪物たちは何度倒されても少女たちに立ち向かっていく。やがて、木工室内にいた怪物たちもすべて外に出て、少女たちは怪物に埋め尽くされ、見えなくなってしまった。しかし怪物たちは相変わらずどんどん吹き飛ばされているから、少女たちが健在なのは間違いないだろう。ふと、木工室内に目を向ける。すると、あまり見たくはないようなものが目に飛び込んできた。

「……す、鈴蘭!?」

 それを見た瞬間、目の前にスパークが散ったような気がした。はじめは怪物に見つかるかもしれないという不安すら感じる余裕もなく、木工室内に倒れる鈴蘭に駆け寄った。

「す、鈴蘭!! 鈴蘭!!」

 はじめは動揺していたが、冷静でもあった。鈴蘭の呼吸と脈拍が正常だということを確認すると、すぐに鈴蘭を木工室の外に連れ出し、その華奢な身体を負ぶって、廊下を走って安全圏へと待避した。怪物と戦っていた三人の少女たちのことも気がかりだが、それ以上に、鈴蘭を安全な場所に逃がすことが最優先だった。

「鈴蘭、君は絶対私が守る……!」

「…………」

 眠っている鈴蘭から返事はない。はじめはただ、鈴蘭の無事を祈りながら、廊下を走った。
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:55:08.99 ID:TS+ShyS90

…………………………

「角ある純白の駿馬、ユニコーンよ! プリキュアに力を! プリキュア・ユニコーンアサルト!」

『ウバッ……!? ウバァアアアアアア……』

 清浄なる空色の突撃が、ウバイトールを一体浄化する。浄化するたびに、ダイアナ学園の生徒が技術の授業中に製作した様々な作品が姿を現す。しかし、ウバイトールの数はあまりにも多く、そしてプリキュアたちの体力には限界があった。

「さすがに数が多いわね!」

 キュアユニコは、押し寄せるウバイトールの大群を“守り抜く優しさの光”で押しのけながら、それぞれウバイトールと戦っているであろうキュアグリフとキュアドラゴに向け、叫ぶ。

「一体一体カルテナで浄化するのは効率が悪いわ! ロイヤルフラッシュでまとめて浄化するわよ!」

「そ、そうは言っても!」

 ウバイトールの大群がうごめく中、どこかからグリフの声が聞こえた。

「ユニコとドラゴがどこにいるのかわからないよー!」

「っ……そうね!」

 三人のロイヤリティの力の光は凄まじいが、それを覆い尽くしてあまりある闇の瘴気が漂っている。これは尋常ではない。今まで、自分たちの放つ光が闇に負けることなどなかったというのに、今はウバイトールの大群がひしめき合っていることもあって、まったくお互いの光が届かない。

「今までのアンリミテッドの闇とは桁違いだわ! 何かが起こったと考えるべきね!」

「アンリミテッドの戦士も、いないしね!」

 ドラゴの声も飛ぶ。

「でも、あのダッシューとか、ゴーダーツっていうひとがいないなら、チャンスかも!」

 ドカン! と凄まじい爆炎が彼方で上がった。複数のウバイトールが空を舞う。それはまぎれもない、キュアドラゴの“燃え上がる情熱の光”だ。闇の瘴気すら燃やし尽くす勢いで、ユニコに光を届けたのだ。

「今の炎、見えた!?」

「うん!」

「ええ!」

 ドラゴの問いにグリフの声も応える。ユニコも大声で応じる。ドラゴは言った。

「今からわたしが全力で“燃え上がる情熱の光”を放つよ! 周辺のウバイトールを全部吹き飛ばすから、その隙にふたりはわたしのところに跳んで!」

「いい作戦だわ!」

「さっすがドラゴ! 学年一の秀才!」

 常に定期テストでははじめ、あきらとトップの座を巡り熾烈な争いをしているめぐみとしては、ゆうきの“学年一の秀才”という言葉に釈然としないものを憶えたが、それはそれ、だ。今はそんなことを考えている場合ではない。

「じゃあ、いくよ! 3,2,1――」


 ――ゴオオオォオオオオ!!


 それは炎の濁流だった。ただしその濁流は、上から下に落ちるのではなく、地上から暗い空の雲を突き刺すように立ちのぼったのだ。紅く熱い紅蓮の炎は、ドラゴの狙い通り、周辺のウバイトールを根こそぎ吹き飛ばす。
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:55:39.65 ID:TS+ShyS90

(な、なんて力なの……!? あれが、伝説の戦士の中でも最強の攻撃力を持つ、キュアドラゴの力……!)

 その瞬間、ドラゴだけでなく、グリフの姿すら、ユニコの視界に入った。ドラゴの放った炎は、ウバイトールだけでなく、視界を狭めていた闇の瘴気すらまとめて吹き飛ばしたのだ。ユニコはまっすぐ、ドラゴの元へ跳ぶ。同様に、グリフもドラゴの元へ着地する。そして三人は頷き合い、手を取り合った。


「翼持つ獅子よ!」


「角ある駿馬よ!」


「天翔る飛竜よ!」


 三人が唱える。闇に墜ちた世界に、伝説の神獣たちが浮かび上がる。それは、ロイヤリティを守護する誇り高き力だ。プリキュアたちはその力に誇りと絆を乗せ、そして放った。



「「「プリキュア・ロイヤルフラッシュ!!」」」



 凄まじい光が全方位に向けて放たれた。

 ドラゴの炎に吹き飛ばされ、地面でのたうち回るウバイトールも。

 炎の影響を逃れ、今まさにプリキュアに手を伸ばそうとしていたウバイトールも。

 その場にいたウバイトールが、まとめてその光に浄化されていく。
505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:56:05.51 ID:TS+ShyS90

…………………………

「……ふぅ」

 やがて光が収束すると、その場には大量の作品が積み上がっていた。

「……す、すごいことになってるね」

「いつも通り、ホーピッシュに位相が戻れば元通りでしょ」

 ユニコの言葉は、色々とスレスレだ。

「あれ、でも……なんか、世界が元に戻らないね」

「……? 本当ね」

 グリフは周囲を見渡す。世界は真っ暗でモノクロのままだ。いつもならば、ウバイトールを倒せば世界は戻る。なぜ戻らないのだろう。

「……ん?」

『ウ、ウバ……!』

「ああー! ウバイトールがまだ残ってるー!」

「ええっ!?」

 グリフは、木の陰にかくれ、こちらをチラチラと見ているウバイトールを見つけた。

「ん……? あ、あのウバイトールって……」

 そのウバイトールは、グリフにとってとても見覚えがあるものだった。

「わ、わたしの作品!?」

「……そうみたいね」

『ウバ……ウバ……』

「……? 何かしら? 何かを言いたいみたいね」

『ウバ……先生、好き……』

「……!?」

 一瞬、ふたりは耳を疑った。

『松永、先生……好き……ウバ……』

「……ああ。そういえば、ウバイトールって、そのものに込められた欲望によって戦うのよね」

 ユニコがさらりと言う。

「つまり、ゆうきの恋慕の気持ちが、あの作品に込められていて、その気持ちによってあのウバイトールは具現化したのね」

「ち、ちょっとやめてよ! さらっと解説しないでよ! 恥ずかしいよ!」

『……好き……ウバ』

「あれを放っておく方が恥ずかしくないかしら?」

「わぁああああああああああ!」

 グリフは顔を真っ赤にしながら、そのウバイトールに向け駆け出した。

『ウバ!?』

「あ、こら、逃げるな! 今浄化してあげるから……って、だから、逃げるなぁあああああ!!」

『先生のこと、好き、ウバ……』

「だぁあああああああ!! 段々わたしに声に近くなってきてるー!? 」

 グリフがカルテナでそのウバイトールを浄化するまで、しばらくその鬼ごっこは続いた。
506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:56:31.62 ID:TS+ShyS90

…………………………

 世界から闇が消えた。

 世界に色が戻った。

 光が、戻った。

「っ……」

 しかしあきらはそれすら知覚できないほどに、身体中を駆け巡る猛烈な痛みを感じていた。

 身体中が熱い。

 身体中が、痛い。

 それは激痛ではなかった。しかし、ジンジンと確実に身体中を苛む痛みだ。

 身体中が軽い火傷を負っているような感覚。

 その痛みは、変身が解けた瞬間、あきらを襲ったのだ。

 あきらは今まで感じたことのないその痛みに膝をついた。

「……!? あきら!?」

「大丈夫? どうしたの?」

 口から声がでない。まるで、口の中も火傷を負っているように、熱かった。

 あきらはそのまま、駆け寄ってきたゆうきとめぐみに身体を任せ、意識を失った。

「あきら!? あきら、しっかりして!」

 親友ふたりの呼び声は、すでにあきらに届いてはいなかった。
507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:56:57.89 ID:TS+ShyS90

…………………………

「あきら!」

 その様子を物陰から見ていた妖精たちは、すぐに飛び出してあきらに駆け寄った。

「あきら……」

 あきらの顔は火照り、まるで熱があるかのように苦しそうに息をしている。ゆうきとめぐみがあきらに懸命に呼びかけるが、その声は届いてはいないようだった。

「……パーシー」

 ラブリがパーシーを呼ぶ。ラブリはあきらから離れたところで、口を開いた。

「どうするレプ? あれは間違いなく、キュアドラゴの力を使いすぎた反動レプ」

「……ドラ。あきらのキュアドラゴとしての能力が開花するにつれて、身体への負荷が増えているドラ」

 パーシーは、悔しさと情けなさで、震えていた。

「パーシーのせいドラ。パーシーは、キュアドラゴの力を、あきらに詳しく説明していなかったドラ……」

「……そうレプ。でも、ラブリの責任でもあるレプ。ラブリが愛のプリキュアを目覚めさせられていないばっかりに、キュアドラゴに負担をかけているレプ」

 ラブリもまた、うつむき、悔しそうに手を震わせている。

「でも、済んでしまったことを話しても仕方ないレプ。悔やむより、これからの手立てレプ。ラブリは愛のプリキュアを全力で探すレプ。パーシーはどうするレプ?」

「……パーシーは、あきらにキュアドラゴの力を詳しく伝えるドラ。そして、あきらに、しばらくキュアドラゴに変身しないように言うドラ」

 ふたりは振り返る。ゆうきとめぐみ、そしてブレイとフレンがあきらに呼びかけている。その呼び声がようやく届き、あきらが身じろぎし、目を開けた。一様に、四人が明るい顔をする。しかし、パーシーとラブリはその様子を眺めながら、未だに悔しさに震えている。

「……“ドラゴネイト”を、完成させる必要があるドラ」

 パーシーは悔しさと自責の念に震える拳を握り、決意を固めた。
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:57:28.33 ID:TS+ShyS90

…………………………

 目覚めたのは、真っ白な場所だった。

「っ……? ここは……」

「……あっ、よかった。目が覚めたのか」

 彼女はどうやら、布団に寝かされていたようだった。傍らから覗き込むのは、一応友人ということになっている、騎馬はじめというお節介な人間だ。

 鼻をつく消毒液の香り。清潔感はあるが、ゴワゴワと事務的な感触がする布団。そして、天井から引かれた真っ白なカーテン。彼女には覚えがない場所だった。

「保健室だよ。君が木工室で倒れていたから連れてきたんだ」

「……? 倒れていた……?」

 記憶が曖昧になっている。木工室の前まで行ったことは覚えている。それ以降、自分が何をして、どうなったのかはよく覚えていない。

(何か、大事なことを忘れてしまったような気がする……? でも、思い出せる気がしない……)

 思い出せないものを無理に思い出そうとすると、頭が割れるように痛むことがある。彼女は記憶を掘り起こす努力を早々に放棄し、布団を出た。

「まだふらついているじゃないか。もう少し休んでいた方がいい」

 しかし、はじめがそれを制する。彼女はむかっときて、その優等生を睨み付けた。

「そんなのあたしの勝手でしょ」

「いや、それは君の勝手にさせるわけにはいかないよ」

 しかし、はじめはどかなかった。

「君がまたどこかで倒れてしまったら、君が一番損をする。だから、君を行かせられない」

「っ……」

 そのはじめの目には、たしかな意志が宿っていた。それをどかすのは骨だろう。彼女は不承不承、布団に戻った。

「もう少し落ち着くまで休みなさい。私が一緒にいてあげるから」

「……余計なお世話よ」

「そうかもね」

 はじめは笑うと、ベッドの脇の椅子に腰かけた。

「……どうしてあたしなんかに構うのよ」

 口をついて出たのは、以前と同じ質問だ。
509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:57:54.56 ID:TS+ShyS90

「前も言っただろう? 友達だからだよ」

 そして同じように、はじめが答えた。



 ――――『……じゃあ、友達なんかじゃなくていいわよ。邪魔なのよ』



 以前吐き出した、ひどい言葉を思い出す。



 ――――『そうか。そうだよね。すまない。お節介がすぎたかもしれない』



 ショックを受けたような、はじめの顔を思い出す。

「……あんなひどいこと言ったのに、どうして」

「? ひどいことって、何だったっけ?」

 信じられなくてはじめの顔を見る。はじめは本当に不思議そうな顔で、首を傾げていた。

「しっ……信じらんない。あんた、おかしいんじゃない?」

「ははっ、完ぺきすぎて怖いとかはよく言われるけど、おかしいって言われたのは初めてだね」

「嫌味な奴……」

 彼女はその笑顔がまぶしい友達から目を逸らした。これ以上話をしても、こっちの頭が痛くなるだけだ。しかし、はじめはまだ話を続けたいようだった。

「ところでさ、ひとつ聞きたいんだけど」

「……何よ」

「鈴蘭は、どうして木工室に行ったんだい?」

 瞬間的に頬が紅潮する。自分でも驚くくらい、顔中が熱くなる。

「ど、どうしてって……そんなの、あんたには関係ないでしょ!」

「ははぁ。その動揺から察することができたから、もう答えなくて良いよ」

 はじめは可笑しそうに笑った。

「なっ、何を想像してるのか知らないけど、違うから! あんたにひどいこと言っちゃったから、せめてあんたの言うことを聞いてやろうと思ったとか、そういうことじゃないから!」

「すごいな。所謂ツンデレというやつの見本を見ているようだ」

「あー! もう! あんた、本当にムカつくわね!」

「はいはい。今は誰もいないけど、ここは保健室だから静かにね」

「きーっ!」

 はじめは、言葉とは裏腹に、けらけらと愉快そうに笑い続けた。

 彼女は怒りを憶えながら、どこか心安らかな気持ちで、その友達に怒りをぶつけていた。

 彼女は、彼女の仲間にも、クラスメイトにも、上司にも、絶対にそんな顔を向けたりはしない。

 そして彼女は知らないが、目の前で楽しそうに笑うはじめも、両親にも、クラスメイトにも、そんな笑顔を見せることはしない。

 それはお互いに、ふたりだけの間で現れる、ふたりだけの無邪気さだ。



 それは、闇が消えた世界での、ほんの一幕。

 愛を失った少女と、愛を知らない少女の出会いがもたらした、束の間の安らぎの時間だ。
510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:58:20.49 ID:TS+ShyS90

…………………………

 心地よい夢を見ていた気がする。

 二十年来の幼なじみと、野山を駆けまわり、遊び回り、勉強をした、そんな記憶。幼なじみの彼は、それを覚えてくれているだろうか。

 彼女と同じように、彼もまた、こうやって思い出して、懐かしんでくれていたり、するだろうか。

「……おい、“華姉(はなねえ)”」

 優しさとぶっきらぼうさを混ぜたような声だった。続いて、身体がゆったりと揺すられる。夢からゆっくりと引き上げられるように、彼女――誉田先生は目を覚ました。どうやら、机に突っ伏して寝てしまったようだ。顔を上げると、呆れた様子の松永先生が立っていた。

「……? あれ、小次郎くん? どうしたの?」

「どうしたの、じゃねぇよ。黒板を見ろ」

「はぇ……?」

 生徒にはとても見せられない、寝ぼけまなこをこすりこすり、誉田先生は背後の黒板を見た。そこには大きく、



『誉田先生! ぐっすりお休みのようだったので、今日は帰ります! お掃除の監督、ありがとうございました! 王野 大埜 美旗』



 チョークでそう書かれていた。

「……へ? へ? へ!?」

 ガバッと、誉田先生は机から跳び上がる。

「私!? 生徒の居残り授業の監督中に寝ちゃったの!? し、信じられない……職務放棄だわ……」

 わなわなと震える身体が止められない。誉田先生の、良い先生としての矜持が、そんなことをしてしまった自分自身を許せないのだ。

「……んー、つか、俺も信じられないんだけどな。あの華姉がそんなことするなんて。睡眠時無呼吸症候群とかなんじゃねぇの? 体調大丈夫か?」

「そ、そうなのかしら……? 酸欠で急に意識を失った、ってこと……?」

 よく思い出してみると、急激に睡魔が襲ってきたことは、なんとなく覚えている。しかしその原因も何も思い当たる節はない。

「ま、華姉は俺と違って超優秀な“先生の中の先生”だし、お忙しいでしょうから疲れが出たんでしょうな」

 茶化すように言う松永先生に、けれど今はあまり憤慨する気になれなかった。

「学校でそういう呼び方はどうかと思いますよ、小次郎くん?」

「あっ……」

 松永先生はバツが悪そうに目を逸らした。

「仕方ねぇだろうが。俺たちしかいねえから、ついついいつもの呼び方が出ちまった」

「ふふ、そうね。私もついつい、あなたのこと“小次郎くん”って呼んじゃうし」

「……生徒の前では本当にやめてほしいけどな」
511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:58:46.63 ID:TS+ShyS90

「え、ええ……。それは少し反省しているわ」

 松永先生の冷たい目に、今度は誉田先生が目を逸らした。

「そのせいで、王野さんに変な勘違いさせてしまったし……」

「はぁ? 王野が何を勘違いしたんだよ」

 松永先生が嫌そうに問う。

「それくらい自分で勘づいてほしいわね、小次郎くん」

 誉田先生が毒づきながら答えた。

「私とあなたがお付き合いしているんじゃないかって、そう思ってたそうよ」

「はぁ?」

 松永先生はわけが分からないという顔をした。

「……なんてひどい勘違いをするんだあいつは」

「多感な年頃だもの、仕方ないわ。ちゃんと私たちが幼なじみだって伝えておいたから安心して」

「幼なじみというよりは、腐れ縁という感じだけどな」

 松永先生のため息はとても重いものだった。

「……最低限、生徒の前では“松永先生”だ。頼むぞ」

「それはもう、今後は本当に気をつけるわ。小次郎くん」

「……あんた、俺のことからかって遊でるだろ?」

「あら、バレた?」

「ほんっと、あんたは昔から意地悪な姉貴分だよなぁ」

 からからと、二十年来の付き合いの幼なじみをからかって遊ぶ。それは、ずっとずっと、何度も繰り返してきた光景だ。あきれ果てた松永先生は、ゆうきたちの残した黒板のメッセージを消し始めた。その背中を眺めながら、そっと、誉田先生はつぶやいた。

「“ひどい勘違い”、か……」 

「んあ? なんか言ったか?」

「……べつに」

 鈍い鈍い幼なじみに、少しだけ胸が軋んだ。
512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:59:13.07 ID:TS+ShyS90

 次 回 予 告

ゆうき 「わー! わー! わー! なんか自分の初恋が淡々と描写されると恥ずかしいね!?」

めぐみ 「ゆうき、松永先生のことが好きって……うーん、なんていうか……」

あきら 「あんまり趣味がよくないね」

ゆうき 「口下手なめぐみだって言うのをためらってくれたことをズバリと言うね幼なじみ!?」

あきら 「まぁ、顔はともかく性格は良さそうだよね」

あきら 「……良い感じに家庭にお金を入れてくれそう。イクメンにもなってくれそう」 ニヤリ

ゆうき 「うわーん、めぐみー! あきらがなんか怖いよー!」

めぐみ 「次回予告は本編と関係ないから、みんな結構やりたい放題ね」

めぐみ 「収集がつかなそうだから、私は関わらないでおくわね」

ゆうき 「ドライすぎないかな!?」

めぐみ 「……ということで、次回のファーストプリキュア!」

めぐみ 「迫り来るアンリミテッドの脅威に、倒れるあきら! 立ち上がるは我らが生徒会副会長、大埜めぐみ!」

ゆうき (……自分で言ってるよ)

めぐみ 「第十六話【先生お願いします! めぐみの弟子入り!】」

めぐみ 「……って、私のメイン回!? 聞いてないわよ!?」

あきら 「っていうことで、次回もよろしくね!」

ゆうき 「また来週。ばいばーい!」
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/22(日) 20:59:40.85 ID:TS+ShyS90
>>1です。
読んでくれている方、ありがとうございます。
来週もよろしくお願いします。
514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/23(月) 20:29:15.59 ID:1BfSXdbKO


このプリキュア全体的にシリアス風味でギャグ・オチ担当は無しみたいね
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 09:16:18.04 ID:kaFgZG5u0
>>1です。
いつも読んでくださっている方ありがとうございます。
本日は所用により夕方から夜くらいの投下になります。よろしくお願いします。
516 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:35:15.95 ID:7mW+iPec0

…………………………


 ―――― 強くならなければならない。



 それは、めぐみの心の中に生まれた強い意志だ。

 デザイアの剣には全く歯が立たなかった。

 ゴーダーツの剣にも全く歯が立たなかった。

 そして、キュアユニコの “守り抜く優しさの光” は守護と防御に重きを置かれていて、それを攻撃に転用するのは難しい。

 それはつまり、めぐみは自分自身の地力を高めなければならないということに他ならない。



 ――――『フェンシング部にすごく強い先輩がいるらしいよ! 今度全国大会に出るんだって!』



 それは、自称情報通のユキナの言葉だ。めぐみはその情報を聞いてすぐ、その日の放課後にフェンシング部の見学に赴いた。しばらく練習風景を眺めたが、それはめぐみの求めるものではなかった。あんなに細い剣を振るうための技術は、きっとカルテナを振るう役には立たないだろう。もしかしたら役立つのかもしれないが、きっとそれはめぐみの求めるものではない。

 ふと思い出されるのは、もうひとつのユキナの言葉だ。

 ――――『しかもすごいイケメンで、ファンも多いんだって! 練習のおっかけとかもいるらしいよ!』

 そんなどうでもいい情報もあったが、めぐみにはよく分からない。そもそも、面を被っているから、顔など見ようもない。なんとなく、片隅で少し残念な動きをしていたのが、フェンシング部顧問の皆井先生というのだけはわかったが。

 何がどうであれ、フェンシング部にめぐみの求める強さはありそうになかったのだ。

 めぐみは落胆しながら、フェンシング部の練習場がある格技棟を出ようと歩を進めた。そのときである。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 すぐ横から、そんな怒号のような声が聞こえた。

 人影と、それより大きい人影が、正面から向かい合っている。その怒号のような声は、小さい方の人影から発せられているようだった。



「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」



 対する大きい人影の声は、もっと凄まじい大音声を持って、その場を制圧した。

 そして、二つの人影が交錯する。声の差だけではない。速度、力強さ、その他の何もかもにおいて、大きい人影が圧倒的だった。

 目が、離せなかった。

「……アレだわ」

 めぐみはようやく、自分が探し求めていたものを見つけたのだ。

 入り口にかかっている札を見る。

 曰く、『剣道場』。

 あの、圧倒的な剣戟に対抗する術を見つけたのだ。めぐみは再び、竹刀をぶつけ合うふたりの人影に目線を戻す。

 勇猛果敢にも打ちかかった小さい人影は、対する山のような存在に、いとも容易く捌かれ、素人のめぐみには何がなんだか分からないまま、すぐに勝負は決したようだった。

 そこでひとまず休憩と相成ったようで、生徒たちが面をとり、各々休憩し水分補給をしている。その中に入っていくことに抵抗はなかった。入っていかなければならない。もう迷っている猶予はあまりないのだ。

 中等部の女子生徒が入ってきたからだろう。周囲の、高等部の男子生徒たちが戸惑いを隠せないという顔をする。

「あの、部活動の指導中、失礼します」

「……? 2年A組の大埜か。何か用か?」

 突然のめぐみの乱入に、当の相手は戸惑う様子はない。その胴着姿は、周囲の男子高校生と比べて、圧倒的に様になっている。

「郷田先生、無理を承知でお願いしたいことがあります」

「なんだ」

 相手――郷田先生はまっすぐにめぐみの目を見返した。

「私を、先生の弟子にしてください」

 めぐみは大真面目にそう言うと、深々と頭を下げた。
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:35:43.82 ID:7mW+iPec0

…………………………

 時は数日前に遡る。

 木工室で大量のウバイトールに囲まれ、なんとか打ち倒した後のこと。めぐみたちは目覚めたばかりでまだフラフラと足取りのおぼつかないあきらを家に送り、そのままあきらの部屋にお邪魔することになった。パーシーとラブリが、皆に話したいことがあると言ったからだ。

「……パーシーは、あきらに言っておかなければならないことがあったドラ」

 パーシーは辛そうな顔でそう言った。

「ごめんなさいドラ。あきらが倒れたのは、パーシーのせいドラ」

「パーシーのせいって、どういうこと……?」

 まだ本調子ではないあきらが横になったまま問う。あきらは大丈夫と言ったが、めぐみたちがベッドに寝かせたのだ。

「キュアドラゴの能力は強大ドラ。みんなもわかると思うドラ。“燃え上がる情熱の光”は、ウバイトールすら簡単に吹き飛ばすほどの威力を持っているドラ」

 めぐみはキュアドラゴの戦いを思い出す。真紅に燃え上がる炎のような光が、容易にウバイトールを吹き飛ばすその様を。

「けど、その力はあまりにも強大すぎるが故に、扱い方が難しいレプ」

 ラブリがパーシーの言葉を継ぐ。

「あまりにも強大すぎる力は、自然とセーブがかかるレプ。キュアドラゴの強大な力は本来、制限がかかり、その本当の力は簡単に解放されるものではないレプ。けど……」

「……あきらの心の情熱が強すぎたドラ。パーシーが、見誤っていたドラ。あきらの想いの強さが、キュアドラゴの力の限界を突破しているドラ」

「それは、話だけ聞くと、良いことのように思えるのだけど」

 めぐみが口を開く。

「だってそれは、あきらの想いの強さがキュアドラゴの力を強くしているということでしょう?」

「ドラ。でも、強大な力は、キュアドラゴ自身を傷つけてしまうドラ。情熱の炎が強大になればなるほど、その炎はキュアドラゴ自身を傷つけてしまうドラ。本来であれば悪辣なる者たちのみを燃やし尽くす炎が、清浄なる使い手を傷つけるようになってしまうドラ。その結果が、今のあきらの不調ドラ」

 パーシーは、いつの間にか目に涙を浮かべていた。

「あきら、ごめんなさいドラ。パーシーのせいで、あきらが傷ついているドラ。パーシーのことを守ってくれたあきらに、ひどいことをしてしまったドラ……」

「……いいよ、パーシー。言いたくなくて言わなかったわけじゃないでしょ? わたしは怒ってないよ」

 あきらが横になったまま、パーシーに手を伸ばす。パーシーを持ち上げ、胸に抱く。あきらがよしよしと撫でると、パーシーは安心したように頷いた。

「でも、どうしたらいいの? このままじゃあきらは、戦えば戦うだけ、自分自身も傷ついてしまうの?」

 ゆうきが心配そうに言う。

「そんなの、わたし嫌だよ……」

 めぐみだって嫌だ。あきらが傷つくとわかっていて、どうして一緒に戦うことが出来るだろうか。
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:36:10.02 ID:7mW+iPec0

「ドラ。だから、あきらは、しばらくキュアドラゴに変身してはダメドラ」

「えっ……?」

 あきらが信じられないという顔をする。

「わ、わたし、せっかくパーシーを守るためにプリキュアになったのに、変身しちゃダメって……」

「その気持ちはありがたいドラ。でも、パーシーもあきらに傷ついてほしくないドラ」

「……けど、アンリミテッドの攻撃は勢いを増しているわ。昨日のようにウバイトールを大量に召喚されたりしたら……。それでなくとも、ゴーダーツやデザイアは強敵だわ。キュアドラゴ抜きで、どれだけ戦えるか……」

 めぐみが言う。

「レプ。だからこそ、あきらには、キュアドラゴの本当の力を会得してもらわなければならないレプ」

 ラブリが言う。パーシーがあきらに抱かれたまま、頷く。

「キュアドラゴの本当の力――“ドラゴネイト”ドラ」

「ドラゴネイト……?」

「そうドラ。伝説には、かつて情熱のプリキュアは、“静かな心の中で、激しい情熱の炎を燃やした”とあるドラ。それこそがドラゴネイトドラ。ドラゴネイトは、悪辣なる者すべてを燃やし尽くし、しかし清浄なる者には何の影響もなかったと言われているドラ」

「“静かな心の中で、激しい情熱の炎を燃やす”」

 あきらが言う。その顔には戸惑いが浮かんでいる。めぐみにも言葉の意味がわからない。心を落ち着かせたまま、激しい情熱を持つなど、できるのだろうか。

「ドラゴネイトさえ会得すれば、キュアドラゴの力はあきらを傷つけるようなことはないはずドラ」

「ラブリも急いで愛のプリキュアを見つけるレプ。四人のプリキュアがそろえば、キュアドラゴひとりに負担がかかるようなこともなくなるレプ」

 パーシーとラブリの瞳には決意が浮かんでいた。ふたりの小さな王女たちは、自分たちのせいであきらが傷ついているという事実が許せないのだろう。あきらのために、がんばると決めたのだ。

「…………」

 めぐみは、黙ったまま、自分の手を見下ろした。その手にカルテナを握り、しかしゴーダーツとデザイアに全く歯が立たなかったことを思い出す。

 ふたりの小さな王女が決意を固めるのなら、自分も同様にやらねばならないことがあるはずだ。

 キュアユニコの“守り抜く優しさの光”は、ゴーダーツとデザイアに破られた。カルテナを使っても、その二人の力には到底及ばない。そして、キュアユニコの力は、守護の力に重きを置かれている。

 ならば、自分自身が強くなるしかない。

 めぐみは強く強く手を握る。ゴーダーツとデザイアの剣に、対抗するための力を手に入れる。その決意を強く固めながら。
519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:36:36.66 ID:7mW+iPec0

…………………………

 そして現在。めぐみは、格技棟にある剣道場で正座する郷田先生と向き合っていた。

「……弟子だと?」

 郷田先生は表情を変えなかった。

「どういう意味だ?」

 郷田先生は、最初は中等部の女子生徒から少し恐れられていたように思う。寡黙で表情も変わらず、淡々と事実のみを口にするからだ。年頃の少女ばかりのダイナ学園女子中等部において、やや異質な教員だったかもしれない。しかし、今は、めぐみ自身も含めて、女子生徒で郷田先生を怖がる者は少ない。なぜなら、子どもの目から見ても、郷田先生が真摯に学校現場に向き合い、生徒たちに目を向けていると分かったからだ。

 ある生徒は放課後の空き教室で一人で保健の模擬授業をする郷田先生を目撃したと言い、ある生徒は部活帰りの遅い時間に、グラウンドで黙々と翌日の体育の授業の予習をする郷田先生を目撃したと言う。かくいうめぐみも、生徒会活動の後で、部活動の終わったグラウンドでサッカーコートの確認をする郷田先生を見かけたことがある。体育の授業の準備は、運動部の兼ね合いもあり、生徒たちが帰る時間にならないとできないのだろう。

 だからめぐみはいま、寡黙で暗い表情のその体育の教員と向き合っても、決して怖いとは思わなかった。

「先生に剣道を教えてほしいんです」

「……ダメだ。中等部に剣道部はない。高等部にも女子剣道部はない」

 郷田先生の返答は簡潔だった。話はそれで終わりだろうとばかりに、郷田先生はめぐみから目を逸らした。

「わかってます。でも、私、勝手なことだとは分かっていますけど、先生から剣道を習いたいんです。さっき、少し試合を見せてもらいました。先生がすごく強いのがよく分かりました。私には、その強さが必要なんです」

 郷田先生が顔を上げ、立ち上がる。めぐみをはるか見下ろす瞳は、ひどく暗い。しかしめぐみはひるまなかった。

「お願いします。私に剣道を教えてください」

 めぐみはもう一度頭を下げた。顔を上げると、郷田先生は何の感情も見えない表情で、めぐみを見下ろしていた。

「なぜ強さが必要なのだ?」

「守りたいものがあるからです」

 理由など決まりきっている。自分は強くならなければならない。あきらを守るためにも。フレンたちを守るためにも。

「…………」

 郷田先生は無言でめぐみを見続けた。めぐみもまた、郷田先生を見返し続けた。どれくらいの時間そうしていただろうか。やがて郷田先生は息を吐くと、こういった。

「……明日は部活がない。明日の放課後、もう一度剣道場に来い。話はそのときだ。もう部活の休憩時間が終わる。悪いが、出ていってくれ」

「わかりました。お話を聞いてくださってありがとうございました。明日、またここに来ます」

 めぐみは素直にそう答えると、呆気に取られてめぐみを見つめている剣道部の高等部男子たちにも頭を下げて、剣道場出て、格技棟を後にした。

 と――、

「おーい、めぐみー!」

「……? ゆうき? あきら?」

 なぜかそこで、大親友ふたりがめぐみを待っていたのだ。
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:37:02.44 ID:7mW+iPec0

…………………………

 先日の木工室での戦いの後から、ゆうきとあきらはめぐみのことが気にかかっていた。明らかに、思い詰めるような顔をするようなことが増えたからだ。ふたりは時々、めぐみがいないところで話し合った。十年来の幼なじみふたりの考えは全く一緒だった。

 絶対、めぐみは先日のパーシーとラブリの話を受けて、何らかの使命感に燃えている、と。

 だからその日、放課後になった途端、思い詰めたような顔で教室を後にし、どこかへ向かっためぐみのことを心配し、ふたりでこっそり後をつけたのだ。

「友達の後をつけるなんて良くないことグリ」

「パーシーも、あんまり良くないと思うドラ……」

「……やれやれレプ」

 妖精たちの憤慨するような声や呆れる声を無視して、ふたりはめぐみの後をつけた。めぐみは校門へ向かうのではなく、学校の中を進んでいった。まっすぐ目的地へ向かっているようだった。

「こっちって学校の奥だよね。何かあったっけ?」

「うーん……。たしか、格技棟とプールがあったはずだけど」

 プールは今の時期は閉まっている。ならば、めぐみは格技棟に向かっているのだろうか。

「格技棟って何があるんだっけ? 柔道場?」

「柔道場と、剣道場と……あと、フェンシング部の競技場だね」

「フェンシング部? うちってそんな部活もあるんだ」

 ゆうきが感心しながら言った。

「うん。高等部だけだけどね。でも、かなり強豪らしいよ?」

「ほへ〜」

「なんでも、格好いい先輩がたくさんいるんだって」

「……あきら、それ誰情報?」

「えっ? ユキナだけど……」

「やっぱりそうか」

 あの耳年増な演劇部員は、ゆうきの幼なじみに何を吹き込んでいるのだろうか。

 そんな話をしていると、めぐみは格技棟の中に入っていった。ゆうきとあきらは頷き合い、そろりそろりと格技棟に入る。中は部活動が行われていて、色々な声で騒がしい。そんな中を、めぐみはゆっくりと歩いて行く。

 めぐみはあるところで足を止めた。そこは、フェンシング部の練習場の入り口だ。女子生徒数人が、きゃーきゃー言いながらすでに練習を眺めている。それに混ざるように、めぐみもフェンシング部の見学を始めたようだった。

「め、めぐみがあれに混ざった!?」

「そういえば、今日ユキナが格好良い先輩の話をしたとき、わたしと一緒にめぐみもその話を聞いてたよ」

「えっ!? じゃあ、めぐみはひょっとして、その格好良い先輩に、興味津々……!?」

「……ふわー。めぐみって、結構年頃の女の子なところあるんだね」

 ふたりは頬を赤くしながら、しばらくフェンシング部の練習を眺めるめぐみを眺めていた。やがて、めぐみは憂いを帯びた顔でため息をつき、こちらを振り返った。

 ゆうきとはじめは慌てて物陰に隠れ、そのままめぐみに見つからないように格技棟を出た。しかし、なかなかめぐみが出てこない。フェンシング部の見学を終えたなら、すぐに出てくるはずだろう。不思議に思ったふたりは、そのままめぐみを待っていたのだ。

「……めぐみ、イケメンに興味あったんだね」

「まぁ、イケメンに興味ない女子は、あんまりいないと思うけど……」

 そんなくだらない話をしていると、めぐみが格技棟から出てきた。その目は先ほどの憂いを帯びた色ではなく、希望に満ち満ちた色だ。その表情の変化は不思議だが、考えてもわからない。

「おーい、めぐみー!」

 ゆうきはめぐみにそう呼びかけた。
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:37:28.41 ID:7mW+iPec0

…………………………

「えっ? 戦いの参考になるかもしれない部活を見学してた?」

「え、ええ、そうだけど……」

 ゆうきとあきらと一緒に帰る道すがら今日のことを話すと、ふたりはあからさまに残念そうな顔をした。

「やっぱりめぐみは真面目だね。浮ついた話をしてた自分が恥ずかしいよ……」

 あきらが悔やむような顔をする。一体ふたりしてどんな話をしていたというのだろうか。それはともかくとして、めぐみはふたりに言った。

「フェンシング部は私にはあまりピンとこなかったわ。でも、その後すごいものを見つけたのよ。体育の郷田先生よ」

「へ? 郷田先生がすごいって、何が?」

「剣道よ。郷田先生は剣道部の顧問なの。すごいのよ。高等部の男子生徒の攻めも全部防ぎきって、一方的に一本を取ってしまうの。あれは、ゴーダーツに勝るとも劣らない剣技だと思うわ」

 ついつい説明に力が入ってしまう。ゆうきとあきらは呆気に取られているようだ。

「それで、弟子入りをお願いしてきたわ」

「で、弟子入りって……。少年漫画じゃないんだから」

「めぐみらしいね」

 ふたりは面白そうに笑う。めぐみは大真面目だというのに、失礼な話である。

「笑っていたらいいわ。私は何としても、ゴーダーツに対抗できるだけの力を手に入れないといけないんだから」

「ごめんごめん。でも、郷田先生が弟子にしてくれるといいね」

「ええ。あの凄まじい剣技を、ぜひ教えてもらいたいわ」

 めぐみは思い出す。今日目にした、郷田先生の凄まじいまでの闘気と剣技を。

 そして、ゴーダーツのあの圧倒的な強さを。

(わたしは、あきらのため、フレンたちのため。もっともっと強くならないといけないのよ)

 めぐみは拳を握る。

「…………」

 めぐみは気づいていなかったけれど、そんなめぐみを見つめて、あきらは心配そうな顔をしていた。
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:38:13.25 ID:7mW+iPec0

…………………………

「どういうつもりだい?」

 部活が終わり、事務的な仕事を片付けるために職員室にこもっているときのことだった。いつも遅くまで同じように仕事をしている若手の松永先生や皆井先生、誉田先生はもう帰ってしまっていた。彼はすでに職場には自分ひとりが残っていると思っていたから、その声に少し驚いた。

 その声は、職員室の入り口に寄りかかる、主事のシュウのものだった。

「こんな時間まで仕事をしていたのか。感心なことだな、蘭童」

「夜しかできない作業もあるんだ。仕方ないだろう」 シュウは嫌そうな顔をしながら。「そんなことはどうでもいい。君は一体、どういうつもりなんだい?」

「何の話だ?」

「大埜めぐみの話だよ」

「なるほど。聞いていたか」

 シュウが言っているのは、今日の剣道部の活動のときのことだろう。



 ――――『私を、弟子にしてください』



 真っ直ぐそう言った、宿敵の顔が思い出される。



 ――――『お願いします。私に剣道を教えてください』



 ――――『守りたいものがあるからです』



 その目は、決意に満ちていた。本気で強くなりたいという意志が、ありありと見て取れるほどの、決意だ。

「どうもこうもない。向こうが私に言ってきたことで、私が責められるいわれはない」

「それはそうかもしれない。だが明日、君は大埜めぐみに何て言うつもりだい? なぜ今日、大埜めぐみの頼みを断らなかった?」

 シュウの追求は止まらない。その目に浮かぶのは、いつもの愉快的な色だけではない。彼を責めるような、彼に怒りを憶えているような、そんな真面目さが見え隠れする。

「明日、大埜の力と決意を試す。もし私の欲望に適うようであれば、奴に剣を教えるも吝かではない」

「正気か? ぼくらの障害となりかねない存在を強くするつもりか?」

 シュウが明確な敵意を彼に向ける。今にもはさみを取り出しそうな様子に、しかし彼は動じない。

「不服か? 蘭童」

「……ぼくがどうでも、あのお方が何と言うかな。悪いが、このことはあの方に報告させてもらうぞ」

「構わん。お前こそ、あの方をあまり舐めるなよ。あの方が、我々の動向を把握していないとでも思っているのか?」

「っ……ならば君は、あの方に滅される可能性もあるというのに、なぜそんな危険なことをする」

「……なんとなくわかるのだ。あの方は、私の欲望を無下にはなさらない。私がしたいことを、きっと許してくださるとな」

「何の信頼だ、それは」

 シュウが吐き捨てるように言う。

「……くだらない。ロイヤリティの家臣ごっこでもしたいのならよそでやるんだね」

 そう言って、シュウは彼に背を向けた。

「ぼくはもう帰る。校内に人はもういない。施錠と警備開始を忘れるなよ」

「誰に言っている。当然だ」

 彼はシュウが去ってからも、しばし目の前を見つめていた。

「……ロイヤリティの家臣ごっこ、か。ふん、くだらん。私は、そんなことがしたいわけではない。ただ、あの方を信頼しているだけだ」

 彼はそう呟くと、机に目を落とし、仕事の続きに取りかかった。
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:39:05.38 ID:7mW+iPec0

…………………………

 学校でそんな会話があったのとほぼ同時刻。ひなカフェ二階の宿舎で電話のベルが鳴る。

「はいはーい」

 パタパタとスリッパの音がして、家主がその電話を取ったようだ。彼女はそんな音を自室から聞きながら、ただボーッと考え事をしていた。

 つい先日の、木工室でのこと。自分が倒れていたらしいということ。後で同じ宿舎に住まう仲間たちに聞くと、同時刻、凄まじい闇の力を感じた、と口を揃えて言うのだった。そしてどうやら、その闇の力は、彼女のものであったようだと。

「あたし、一体あの日、何をしたの……? あたしは一体どうなったの……」

 無理に思い出そうとすると、己の過去を思い出そうとするときのように頭が痛む。かろうじて、木工室の前までいったことは覚えている。そして、そのとき、木工室の中で、プリキュアたちが何かを話していたことも。しかし、その話の内容までは思い出せない。

 次の記憶は、保健室で目覚めてからのものだ。はじめに聞いても、何も教えてはくれなかった。はじめも何かを見たようだったが、それを話して彼女に無用な心配を与えるのを厭ったのだろう。

「あたし……」

「鈴蘭ちゃーん! 電話よー!」

 と、廊下から大声が飛んでくる。家主のひなぎくさんの声だ。

「お友達の、騎馬はじめさんからよー!」

「……!? はじめから!?」

 彼女は部屋を飛び出して、ひなぎくさんの元へと馳せた。ひなぎくさんからひったくるように電話を奪い取ると、受話器を耳に当てる。

「も、もしもし……?」

『ああ、鈴蘭。夜遅くに急に電話してすまないね』

「……べつに」

 彼女は精一杯、不機嫌そうな声を出そうと努めた。けれど、顔は自然と赤くなるし、声は上ずってしまう。そんな様を見て、目の前でニヤニヤと彼女を見つめているひなぎくさんも気にかかる。

「何の用よ?」

『うん……』はじめは歯切れ悪く。『実は、用事という用事はないんだ。ただ、少し鈴蘭の声が聞きたくなって』

「は……?」

 動揺で受話器を取り落としそうになる。顔が火照る。

「ばっ、ばかじゃないの。用もないのに電話してきたの?」

『ああ、私もばかだと思う。でも、普通の女子中学生というものは、結構そういうことをするそうだよ。仲良しの友達同士なら』

「し、知らないわよ」

『ふふ、私も知らない。今までそういうことには疎かったからね。でも、ふと鈴蘭のことを思い浮かべたら、声が聞きたくなったんだ』

「……ふん」

 彼女は内心のドキドキを絶対に悟られまいと、努めて落ち着いた声を出す。

「じゃあ、もう気は済んだ?」

『いや、もう少しだけお話をしないかい? 鈴蘭が忙しかったら断ってくれて構わないけど』

「い、忙しくはないけど……」

『じゃあ、いいね。お話をしよう』

「誰もいいなんて言ってないでしょ!」

 そう答えつつも、彼女は決して受話器を置こうとはしなかった。はじめが言葉を紡ぐのを、しっかりと聞いて、応えて、笑った。はじめは最近、生徒会活動で大忙しだ。そんな話を、彼女にしてくれた。学校でのはじめは多忙だ。彼女ばかりに構っていられるわけではない。だからこそ、ひょっとしたらはじめは、ゆっくり彼女とふたりきりで話をする時間が欲しかったのかもしれない。そんなことを考えると、また頬が熱くなっていく。

『それでね――あっ……』

 ふと、はじめの言葉が途切れた。
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:39:43.37 ID:7mW+iPec0

「どうかしたの?」

『あっ、いや……』

 電話の向こうで、はじめが誰かと話す声が聞こえる。遠くて聞き取ることはできないが、彼女はなんとか聞き取ろうと耳を澄ましたが、結果は変わらなかった。

『……ごめん、鈴蘭。もう切らなきゃだ』

「えっ……」

 やがて声が戻ると、はじめはそう言った。

『そろそろ寝る時間だしね。じゃあ、おやすみ』

「え、ええ。おやすみ」

『また明日』

 そして、はじめは電話を切ったようだった。

「……何よ、あいつ。自分から話したいとか言ってきたくせに、自分から切っちゃうんじゃない。勝手な奴」

 ぼやきが勝手に口をつく。もっと話をしていたかったなんて、口が裂けても言えないけれど、そのぼやきは、暗にそう言っているようなものだった。

「……へぇえ」

「っ!?」

 彼女が受話器を置くと、すぐそばでそんな楽しそうな声が聞こえた。

「鈴蘭ちゃん、随分と仲良しなお友達ができたのね」

「ず、ずっとそこにいたの!?」

 ひなぎくさんだ。ニヤニヤと物珍しげに彼女を見つめている。

「いたよ。鈴蘭ちゃんが、楽しそうにお喋りするの、ずっと聞いてたよ。はじめちゃんだっけ?」

「っ……べ、べつに楽しくなんかなかったし!」

「通話を終えるときもなんか名残惜しそうだったね」

「そんなことないです!!」

 まったく失礼な家主である。彼女はそのままずんずんと自分の部屋に行き、戸を閉じる。

「……誰が、楽しそう、よ」

 胸がドキドキする。

 まるで、友達からの電話を喜ぶみたいに、心が跳ねているのだ。

「こんなの、あたしじゃない。これは、本当のあたしじゃない……」

 彼女はその感情の正体を知らない。彼女は、その感情をはるか昔に失ってしまったからだ。

 ふと、気がかりなことが頭に浮かぶ。

「はじめ、一体どうして、いきなり電話を切らなきゃだなんて言ったのかしら……?」
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:40:09.37 ID:7mW+iPec0

…………………………

 騎馬家は代々将軍家に仕えていたとされる由緒正しい名家である。

 騎馬家の子息、息女は学業において優秀な成績を修め、また武道・スポーツにおいても結果を残さなければならない。はじめもまた、その家訓に則り、騎馬家の娘たろうとたゆまぬ努力をし、そして実際に誰にも恥じることなく生きてきた。

「はじめさん。あまり感心はしません」

 だから、本当に久しぶりのことだったのだ。母から、そんな咎めるような声を聞くのは。

「こんな夜中に余所の娘さんと数十分にわたって通話をするだなんて」

「……はい。面目次第もありません。数分で済ませるつもりが、長引いてしまいました」

「それも、わたくしが聞く限りでは、はじめさん、あなたの方がお話に夢中でしたね。お相手の娘さんは、どうやらあなたの話を聞いてくれているようでしたが」

「はい。まったく仰有るとおりです。お母様」

 母は呆れたように頭に手を当てて、大仰にため息をついた。

「はじめさん。何も堅苦しいことを申すつもりはありません。あなたはとても優秀な子です。わたくしもお爺様も、あなたのことを誇りに思っております。だからこそ、あなたにはそんな愚を犯してもらいたくないのです」

「……はい。存じています」

「お相手の娘さんには、明日、しっかりと謝っておきなさい。それから、今後は夜中に長電話をするようなことはしないこと。電話とは、本来用件だけを伝え、速やかに切るものです」

「はい」

 母の説教は数分に及んだ。はじめが久々に見せた愚に、母も内心動揺しているのかもしれないと、はじめは思った。

 昔から、騎馬家の娘らしくあれと言われて育った。騎馬家の人間らしく、堂々と、完ぺきに生きろと言われ続けてきた。だからきっと、はじめは今まで、“騎馬はじめ”としてしか生きてこなかった。その自分自身の騎馬家という仮面を取り去ってくれたのが、鈴蘭なのだ。

 周囲から見れば、鈴蘭がはじめに甘えきっているように見えることだろう。しかし、はじめにとっては、甘えているのは自分自身の方だ。はじめの年頃の少女らしさを見せられるのは、鈴蘭相手だけなのだから。

 しかし、母の言っていることもわかる。騎馬家の人間として、人様に恥じるようなことは絶対にしてはならないのだ。そもそも、たしかに長電話はあまり褒められたことではないだろう。

「ふぅ」

 母が去った廊下で、はじめは小さくため息をついた。

 ため息をついてから、その自分らしくない行動に驚いていた。
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:40:35.86 ID:7mW+iPec0

…………………………

 翌日放課後。めぐみは郷田先生に指示されたとおり、剣道場へ向かった。ゆうきとあきらは着いていくと言っていたが、めぐみはその申し出を丁重に断った。きっと、郷田先生は女子生徒が姦しくするのを好まない。郷田先生に本当に師事したいと考えるなら、自分ひとりで行くべきだと考えたからだ。ふたりはそんなめぐみの想いを聞き入れ、教室で待っていると言ってくれた。その気遣いは、めぐみにとって本当に嬉しいことだった。

 格技棟の中はフェンシング部や柔道部の声は聞こえてくるが、剣道場は静まり返っていた。

「失礼します」

 剣道場の戸は開いていた。めぐみは声だけかけて、中に入る。電灯はついているが、中はシンと静まり返り、めぐみはどこか暗い印象を憶えた。昨日、高等部の男子生徒たちがいたときは活気にあふれていたというのに、人がいなくなった道場というのは、こうも静謐な場所になるのかと、不思議な気持ちだった。

「……来たか」

 剣道場の奥、そんな静謐な場所に、郷田先生は正座で待っていた。

「こんにちは、郷田先生。今日はお時間を取っていただいて、ありがとうございます」

「ああ」

 郷田先生は短くそう答えると立ち上がった。

「最初に言っておくことがある。私は、剣道の専門家というわけではない」

「……?」

「昔、剣道ではない剣術を学んだことがある。それを見込まれ、高等部の生徒たちから剣道部の顧問をお願いされたのだ。だから、私を剣道の教員だと思っているなら筋違いだ」

 郷田先生の言葉は、めぐみにはどこまでも誠実に思えた。めぐみが郷田先生のことを勘違いしているなら、正さなければならないと思ったのだろう。

「それは、違います。私は、昨日の郷田先生の竹刀を振る姿を見て、先生に師事したいと思っただけですから」

「そうか。ならばよい」

 郷田先生は傍らに置いてあった何かの布を手に取り、めぐみに差し出した。

「女子用の剣道着だ。隣の更衣室でこれに着替えて来い」

「わかりました」

 めぐみは郷田先生から剣道着を受け取り、頷いた。めぐみが困らないようにだろう。剣道着の身に付け方を丁寧に描いた書類も一緒に渡された。めぐみは更衣室に向かい、書類とにらめっこしながら、剣道着を身につけた。郷田先生のようにピシリとはしていないが、何とか様にはなっているだろう。

「お待たせしました」

「ああ」

「ヘン、じゃないですかね?」

「剣道着の身に付け方にヘンも何もないだろう」

 郷田先生は興味なさそうに言うと、竹刀をめぐみに渡した。

「基本は教えてやる。とはいえ、私も指南書を読んで覚えた程度だがな」

 めぐみは郷田先生から、竹刀の握り方からひとつひとつ、丁寧に教わった。竹刀は予想より重く長く、めぐみはそれを素早く動かすことができるとはとても思えなかった。郷田先生はできる限りめぐみに分かりやすい言葉を選んでいるようだった。最低限の基本をめぐみに伝えた後、郷田先生は言った。

「その竹刀を振って、強くなれると思うか?」

 郷田先生の問いに、めぐみは少し考えてから、答えた。

「相当な鍛錬と修練が必要だと思います。気が遠くなるほど長く続ける必要があると感じました」
527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:41:02.18 ID:7mW+iPec0

「そうだな。武道とは本来そういうものだ。いや、この国において、“道”とつくものはすべてそうかもしれない。身体の鍛練や技術の修練などは二の次、三の次だ。その本質は心の修行にある」

「心……」

「強さを求めるお前に、武道は必ずしも有効なものではない。強くなりたいのなら、体力をつけるために自主トレーニングに励むべきだと、私なら考える」

「…………」

 めぐみは黙ったまま考えた。郷田先生の言うことは正しいだろう。そして、もしも本当にフレンたちを守り、ロイヤリティを復活させるためには、それもまた必要なことなのだろうと思わされた。しかし。

「郷田先生。昨日私が見た、郷田先生の凄まじいまでの闘気、剣技、あれも自主トレーニングだけで身につくのですか?」

「……む」

 郷田先生はめぐみを見返した。今まであまり関心がなさそうだった郷田先生の目に、光が灯ったように見えた。

「無理だろうな」

「では、先生のおっしゃる心の修行も必要ということですね。なら、私は先生からその修行を受けたいです」

「…………」

 郷田先生は黙り込み、真っ直ぐにめぐみを見つめた。それはいつも通り、寡黙で厳めしい先生に他ならなかったけれど、めぐみには何かをためらい、迷っているように見えた。

「もしも私のお願いが先生のお仕事を逼迫するようであれば、無理は言いません。すっぱり諦めます。無理を言っていることは重々承知していますから」

「そんな気遣いは無用だ。私は出来もしないことを引き受けるつもりはない」

 郷田先生は頷いて、言った。

「剣道部の活動はほぼ毎日ある。放課後におまえに剣を教えることはできない」

「そうですか……」

 わかっていたことだ。郷田先生は多忙だ。めぐみのわがままに付き合うような時間はない。

「だが、朝ならば空いている」

「えっ……?」

 郷田先生は何でもないような顔をして言った。

「もしもお前が毎朝七時に学校に来るというのなら、私もお前の強くなりたいという気持ちが続く限り付き合おう」

「ほ、本当ですか!? でも、先生、お忙しいのでは……」

「朝は八時半から勤務時間だ。一時間ほどなら何の問題もない」

 まるで何でもないことのような口調だが、それはつまり、勤務時間外にめぐみに付き合ってくれるということだ。

「いや、さすがにそれは……」

「そもそも、お前の強くなりたいという想いを叶えることは私の仕事ではない。勤務時間内にしていいものではない」

「それは、まぁ……そうですけど」

「さっきまでの勢いはどうした? お前の強くなりたいという欲望はその程度なのか?」

「…………」

 めぐみは考える。この世界の命運を。フレンたちの今後を。そして、郷田先生の被る迷惑を。
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:41:32.67 ID:7mW+iPec0

「……わかりました。先生のお言葉に甘えます。毎朝七時、お願いします」

「ああ」

 めぐみが頭を下げ、郷田先生が頷いた、その瞬間だった。



「――やあ、まったく面白いものを見せてくれるものだ」



 瞬間、世界がモノクロに墜ちた。

 剣道場の入り口に人影が立っている。それはめぐみにとって、顔を合わせたいような人物ではない。冷たくどこまでもふざけるような笑みを浮かべるアンリミテッドの戦士、ダッシューだ。しかし、めぐみの隣には郷田先生がいる。めぐみは身を強ばらせるも、ロイヤルブレスを構えることはできない。

「……何者だ?」

 郷田先生がめぐみを庇うように立つ。対するダッシューはやはり、ふざけるような笑みを浮かべ、剣道場を歩く。

「ふぅん。なるほど。うん。まぁ、今はそう言うしかないよね」

 ダッシューは意味深そうにそう言う。

「いや、邪魔をしたのなら申し訳ない。剣道場というのは初めて入ったが、なかなか興味深いものが置いてあるものだね」

「……何を言っている」

「すぐにわかるさ」

 ダッシューが立ち止まり、剣道場の端の棚に手を伸ばす。そこには、展示用の防具一式が飾られていた。ダッシューはその防具を手に取ると、満足そうに笑った。

「凄まじい欲望だ。強くなりたいという、純粋な願い。これは良い素材になる」

 いけない、と瞬間的に判断した。ダッシューを止めなければならない。しかし、隣の郷田先生がそれを許してくれるとは思えない。郷田先生から見れば、ダッシューはただの不審者だろう。そんな彼に向かうことを、許してくれるはずがない。

「出でよ! ウバイトール!」

 果たして、闇の欲望が顕現する。モノクロに染まった世界で、その黒々としたヘドロのような何かは剣道の防具に取り付き、そして、生まれる。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 闇が産声をあげるのを、めぐみは黙って見ていることしかできなかった。それは剣道の防具を身につけたウバイトールに見えた。否、実際には、防具そのものがウバイトールになったのだろう。巨大な小手は巨大な竹刀を握り、その全身からは禍々しい闘気があふれ出ているようだった。

「……なるほど」

 郷田先生は驚くでも取り乱すでもなく、淡々と目の前の事実を受け止めているようだった。

「大埜。私がアレを引きつけておく。その間に逃げろ」

「えっ……? いや、でも――」

「――でもも何もない。お前は生徒で、俺は教諭だ。是非もない」

 郷田先生の言わんとしていることは分かる。しかし、めぐみはプリキュアだ。闇の欲望を司るアンリミテッドを打ち倒す力がある。ただ、それを郷田先生に話すわけにはいかないことがもどかしい。

「……わかりました」

 めぐみは頷いて、走り出した。ダッシューが目を細め、言う。

「逃がすと思うかい?」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ウバイトールが凄まじい速度でめぐみに追いすがる。しかし、そのふたりの間に割って入る影があった。郷田先生だ。

「なっ……!?」

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 ドバン! と凄まじい音が鳴り響き、ウバイトールと郷田先生が激突する。郷田先生の振るう竹刀が、圧倒的な巨体を持つウバイトールの竹刀と拮抗する。

「す、すごい……」

 走りながら振り返り、その様を見る。めぐみはすぐに剣道場の出入り口までいたり、振り返る。

「郷田先生! 助けを呼んできます! 少しだけ待っていてください!」

 そしてめぐみは、フレンと仲間たちを呼ぶため、全速力で駆けた。
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:42:00.07 ID:7mW+iPec0

…………………………

「……さて、申し開きがあるのなら聞いておくけど?」

「…………」

 怪物とつばぜり合いをしたままの彼に、怪物を呼び出した下手人の男が話しかける。

「どういうつもりだい? せっかく、君を利用してキュアユニコを倒そうと思っていたのに、予定が狂ったじゃないか。君をただのホーピッシュの住人だと思い込んでいる大埜めぐみは、プリキュアに変身することができないからね」

「そんな予定は知らんな」

 彼は両腕に力を込める。しかし敵も然る者、怪物は凄まじい膂力を持って、その彼の力に対抗する。怪物から立ちのぼる黒い闘気は、達人のソレに近い。

「正気か? プリキュアを倒すチャンスだったんだぞ」

「あの方がそんな卑怯な手段を許すとは思えん。そして、私は今、生徒を守る立場なのでな」

 彼は力をずらし、怪物の竹刀を凌ぐ。その巨大な竹刀は、轟音を立て剣道場の板張りの床を破壊する。

「なるほど。そちらがその気なら、ぼくは君をホーピッシュの人間と見なし、攻撃しても構わないということだね」

「ッ……!」

 怪物が明確な敵意をもって、悪辣なる瞳で彼を睨み付ける。男の愉快的な言葉が怪物に影響を与えていることは疑いようもないことだった。怪物は地を這うような足捌きで移動し、彼に竹刀を振り下ろす。

「いやいや、これも君を助けるためさ」

 ダッシューは心の底から楽しそうに笑う。

「プリキュアたちが戻ってきたときに君がぼくと楽しそうにお喋りをしていたら、潜入がバレてしまうだろう?」

「ッ……」

 彼は怪物が上段から振り下ろす竹刀をただ避け続けるしかなかった。今の彼には、正面から怪物と戦うような力はない。

「ケガをさせるつもりはない。少し眠っているんだね」

 男の声と同時、怪物が竹刀を引く。かと思えば、凄まじい風圧をともなって、彼に向かって突きが放たれる。

「ぐッ……!?」

 なんとか竹刀で受けるも、威力は少し減じただけだった。彼は吹き飛ばされ、壁に背中から激突する。今の彼は何の力もないただの人間に等しい存在だ。鍛えていなければ重傷を負っていたかもしれない。

「きっ……さま……!」

「ふふ。タイミングぴったりだ。気絶したフリでもしておくといい」

 男はもう彼を見ていなかった。剣道場の入り口には、既にプリキュアたちがやってきていたのだ。

「このウバイトールは凄まじい力を持っている。このウバイトールならば、きっと奴らを正攻法で倒せるからね」

 男のその声を聞いて、彼はそのまま、フリではなく、本当に意識を手放した。
530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:42:26.68 ID:7mW+iPec0

…………………………

「ダッシュー……!」

 めぐみは、その剣道場の光景を目の当たりにした瞬間、頭に血が上る感覚というのを生まれて初めて理解した。

 めぐみは、助けを呼ぶため、袴姿のまま急いで格技棟を出て、そのまま校舎を走った。そして闇の顕現を察した仲間たちと合流し、剣道場へとんぼ返りした。息を切らせながら剣道場に入った瞬間、郷田先生がウバイトールの突きで吹き飛ばされたのだ。

「あなた、無関係な郷田先生を、どうして……!」

「抵抗したからさ。まったく、本当に無駄な努力だったけれどね」

 ダッシューは、何の力も持たない郷田先生に手を出したことを、まるっきり悪いことだと思っていないようだった。

「あなたは……」

 あきらが複雑そうな顔で言った。

「パーシーを連れて逃げるわたしを、傷つけることを嫌がっていたように見えた。なのにどうして、郷田先生を傷つけるようなことを……」

「勘違いするなよ、プリキュア。ぼくはぼくの欲望を満たすために戦っている。その邪魔をするのであれば、排除するまでのことだ」

「ひどい……」

 あきらが怯えたような顔をみせる。ゆうきがそんなあきらを庇うように前に出た。

「ダッシュー! あなたのその性根、わたしたちがたたき直してあげる!」

 そして、めぐみとゆうきは目を合わせ、頷き合う。

「あきらは妖精のみんなをよろしくね」

「う、うん……」

「ブレイ! フレン! 変身よ!」

「グリ!」 「ニコ!」

 ふたりの妖精からプリキュアの紋章が放たれる。ふたりは紋章をロイヤルブレスに差し込み、戦士の宣誓を叫んだ。

「「プリキュア・エンブレムロード!」」

 モノクロに墜ちた世界で、光が燦然と輝き出す。薄紅色と空色の光が周囲を埋め尽くし、ふたりの少女の姿を変えていく。そして、天高くからふたりの伝説の戦士が舞い降りた。



「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」



「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」



「「ファーストプリキュア!」」


531 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:42:53.15 ID:7mW+iPec0

…………………………

 四人の妖精を抱えながらそんなふたりの戦士の姿を見つめ、あきらは複雑な感情を抱いていた。

 ふたりは、あきらのために、あきらが戦わないようにしてくれている。

 あきらに変身するなと暗に言っているのだ。

「わたしが、キュアドラゴの力を使いこなせていないばっかりに……」

 あきらが歯がみする。そんなあきらに対し、口を開いたのはパーシーだ。

「違うドラ! あきらは、素晴らしい情熱を心に宿しているドラ。その情熱をうまくコントロールする方法“ドラゴネイト”を具体的に教えることができない、パーシーのせいドラ……」

「……パーシー」

 あきらとパーシーは、ふたりとも悲痛な面持ちだった。

「大丈夫グリ」

「そうニコ。大丈夫ニコ」

 けれど、そんなふたりに優しい声がかかる。ブレイとフレンだ。

「ゆうきたちは、ブレイたちのために戦ってくれているグリ。ブレイたちにできるのは、ゆうきたちを信じて、応援することグリ」

「ニコ。あきらも、一緒に応援するニコ」

 ふたりの妖精は、あきらの手を優しくぽんぽんと叩いてくれた。あきらは微笑んで、頷いた。

「そうだね。ふたりのことを応援してあげなくちゃね」

「グリ!」

 そう頷き合った直後、剣道場内が大きく揺れた。

「わっ……!」

 慌てて四人の妖精をぎゅっと抱きしめて、あきらは揺れの元凶を見た。巨大な防具のウバイトールが、やはり巨大な竹刀を振り回し、ふたりのプリキュアを吹き飛ばしていた。
532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:43:35.26 ID:7mW+iPec0

…………………………

 グリフはウバイトールに真っ向から立ち向かった。正面から振り下ろされた竹刀を捌き、ウバイトールの小手に飛び乗って、そのまま面に向かい渾身の拳を放った。

「なっ……!?」

 たしかな手応えがあった。ウバイトールを吹き飛ばし、壁に叩きつけるところまで明確に想像ができた。しかし、ウバイトールは揺るがなかった。面の奥の悪辣な瞳を歪め、嘲弄するように笑ったのだ。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「……!?」

 直後、ウバイトールは高速で反転すると、横薙ぎの一振りをグリフに浴びせた。それはまるでバットのスイングのように、グリフを芯で捉えていた。グリフは予期せぬ反撃に受け身もままならないまま壁に叩きつけられ、床に落ちた。

「グリフ!」

 ユニコの声が聞こえるが、すぐには立ち上がることができない。ウバイトールはすり足による高速移動で、すぐにグリフに近づき、竹刀を振り下ろした。

「優しさの力よ、この手に集え! カルテナ・ユニコーン!」

 空色の清浄な光が場を制圧した。倒れるグリフの目の前に、キュアユニコが躍り出たのだ。その手に握られるカルテナは、途方もない量の“守り抜く優しさの光”を放出し、その壁でウバイトールの竹刀を防ぐ。しかし、そのウバイトールから、黒い欲望にまみれた闘気が放たれる。その闘気が強くなればなるほど、ユニコのカルテナが押し込まれていく。

「っ……なんて強いウバイトールなの……!?」

 ユニコがうめき声をあげたその瞬間だった。“守り抜く優しさの光”の壁が、竹刀に押し破られた。グリフはその直前になんとか立ち上がり、ユニコを抱えて跳んだ。

「助かったわ。ありがとう、グリフ」

「ううん。こちらこそ、守ってくれてありがとう――……!?」

 予想もしないような動きで、ウバイトールが竹刀を振り上げた。空気を切り裂き、唸りをあげる竹刀が、ふたりのプリキュアを直撃する。轟音が鳴り響き、吹き飛ばされる。

(力だけじゃない……! 速さもすごいんだ)

 グリフとユニコは空中で反転し、着地する。竹刀の振り下ろしではないからだろう。幸いにしてダメージは少ないが、目の前のウバイトールのあまりの強さに、グリフは戦慄する思いだった。

「ロイヤルストレートを放つ隙さえあれば……」

「そうね……」

 ウバイトールはすぐさまふたりに近づき、竹刀を振る。ふたりのプリキュアはそれを避けるだけで精一杯だ。

(どうにか、活路を見いださないと……!)
533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:45:13.98 ID:7mW+iPec0

…………………………

「…………」

 ずっとその戦いを黙って見ているつもりだった。

 だってふたりは、自分のために戦ってくれているんだから。

 応援でふたりを助けられるならいくらでも応援する。

 けれど、現実問題として、ふたりは明らかにウバイトールに追い詰められつつあった。

「ふふ。さすがは、戦いに対しての欲望が染みついた品だ」

「……!?」

 すぐ近くにダッシューが立っていた。その接近に気づかないほど、あきらはプリキュアの戦いに集中していたのだ。

「そう身構える必要はないよ。君たちに何かをする意味も失われた。もうぼくらアンリミテッドの勝利は目前だ」

「そんなことない! ふたりはウバイトールなんかに負けたりしない!」

 あきらはそう言うのが精一杯だった。その最中にも、ウバイトールはどんどんプリキュアたちを追い詰めていく。

「どうしたんだい、キュアドラゴ。どうして君は変身しないんだ」

「わたしは……」

 手首を握る。そこに紅くきらめくロイヤルブレスを、何のために身につけている。

 どうして自分はここにいる。

「……あきら?」

 パーシーが心配そうな目をあきらに向ける。

「パーシー、わたし、戦わなくちゃ」

「ドラ……!? だめドラ! またあきらが傷ついてしまうドラ!」

「それでも、」

 言葉は自然と出てきた。

「わたしは、ふたりの戦いを見ているだけなんて、やっぱりできないよ……」

「あきら……」

 パーシーは迷うようにかぶりを振った。やがて、決心するように、頷いた。

「パーシー!」

 ラブリの声が飛ぶ。しかし、パーシーの決意は揺るがないようだった。

「分かってるドラ。でも、あきらが黙って見ていられない気持ちも分かるドラ」

「あきらの身体にどんな影響があるかわからないレプ! そんな危険な状態であきらにキュアドラゴの力を使わせるつもりレプ?」

「ごめんね、ラブリ。わたしはそれでも、ゆうきとめぐみを守れるなら、満足だよ」

 あきらは剣道場の隅を見る。倒れている郷田先生はめぐみを守って、ウバイトールと戦ったという。

「郷田先生はめぐみを逃がすために戦ったんだよ。それなのに、戦う力を持っているわたしが戦わずにただ見ているだけなんて、そんなの耐えられないよ」

 あきらは優しく妖精たちを床に下ろした。そして、空いた手をパーシーにかざした。

「……行くよ、パーシー」

「ドラ。行くドラ、情熱の紋章ドラ!」

 パーシーから紅い光が放たれる。その光はあきらの手の中でカタチを成す。それは、情熱の国を司る、紅き紋章だ。それを手に、あきらは戦士の宣誓を叫んだ。



「プリキュア・エンブレムロード!」



 紋章をロイヤルブレスに差し込んだ瞬間、紅蓮の炎が爆発した。炎のような光は瞬く間に広がり、あきらの姿を変貌させていく。髪は伸び、燃え上がるような紅に染まる。制服が炎により、戦士の装束へと変わる。

 世界へその情熱の炎を見せつけるように、情熱のプリキュアが誕生する。



「燃え上がる情熱の証! キュアドラゴ!」
534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:45:42.73 ID:7mW+iPec0

…………………………

 炎が吹き荒れた。それは剣道場内を席巻し、制圧するような勢いだった。その炎を生み出す戦士が、跳んだ。炎が、まるで戦士に付き従うように追随する。

(大丈夫。やれる……!)

 キュアドラゴは精神を統一し、心を平静に保とうと意識し続けた。感情に任せて炎を振るうのが危険だというのなら、ドラゴが気をつければ問題ないはずだ。

「グリフ! ユニコ!」

 ドラゴは叫び、拳から炎を放つ。その炎はウバイトールに命中し、燃え移る。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 しかしその黒い闘気により炎が消し飛ぶ。ウバイトールはドラゴと向き合い、その竹刀を構える。

「ドラゴ!?」

 グリフが叫ぶ。

「どうして変身したの!? キュアドラゴの力は、あなたを傷つけるんだよ!?」

「ふたりが戦ってるのを黙って見てるなんてできないよ!」

 ドラゴは叫び、両手に炎を纏わせる。

「大丈夫だよ。わたし、今なら“燃え上がる情熱の光”を使いこなせる気がするんだ」

 ドラゴは跳び、一気にウバイトールとの距離を詰める。

『ウバッ……!』

「ハァアアアア!!」

 拳をウバイトールにたたき込むも、竹刀で防がれる。しかしドラゴは、攻撃の手を緩めなかった。そのままウバイトールを押し込むように両拳でウバイトールを攻め立てる。

『ウバッ……!』

「なっ……!?」

 しかし、ウバイトールも強敵だった。何度目かのドラゴの拳を竹刀で完全に止めると、そのまま身体ごと前に出る。ドラゴは完全にウバイトールに押し負けて、距離を離される。その瞬間、ウバイトールは上段から竹刀を振り下ろした。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「……っ、この、程度で!」

 ドラゴを倒したと思ったのだろう。ウバイトールが歓喜の声を上げる。しかし、ドラゴはその攻撃を寸前で回避していた。床にめり込んだ竹刀に飛び乗り、そのまま小手を駆け上がる。

『ウバッ……!?』

「わたしの炎を喰らいなさい!」

 平静な心を保つことなど不可能だった。ドラゴは心を燃え上がらせ、爆炎とも呼べる炎を両拳に纏わせる。

 ドラゴはそのまま、面の内側に拳を叩き込み、“燃え上がる情熱の炎”を最大出力で放った。

『ウバァアアアアアアアアア!?』

 面の内側で弾けた炎に、さしもの強大なウバイトールも竹刀を取り落とした。

「今だよ、グリフ、ユニコ!」

 ウバイトールから飛び退いて、ドラゴが叫ぶ。ふたりの仲間たちは、そのドラゴの声に応えるように、すでにロイヤリティの光を身体に纏っていた。

「翼持つ獅子よ!」

「角ある駿馬よ!」

 よかった、と。これで大丈夫だ、と。そう安堵した瞬間のことだった。

「「プリキュア・ロイヤルストレート!!」

 光の奔流が吹き荒れると同時、ドラゴの身体から小さな炎が爆ぜた。炎を出そうとして出したわけではなかった。

(な、何……? “燃え上がる情熱の光”が、勝手に……!)

 炎が瞬く間にドラゴを覆い尽くした。その瞬間、凄まじい痛みと熱がドラゴの感覚を覆い尽くした。
535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:46:16.17 ID:7mW+iPec0

…………………………

 ロイヤルストレートはウバイトールに直撃し、その闇は浄化された。世界に色が戻る。グリフは視界の隅で、ドラゴが炎に包み込まれる瞬間を目撃した。

「ドラゴ……!」

 大切な幼なじみなのだ。

 大好きな親友なのだ。

 だから、グリフは走った。苦悶に顔を歪めるドラゴを抱いた瞬間、その炎がグリフにも燃え移る。

「ッ……!?」

 それはとてつもない痛みと熱だった。まるで本物の炎に巻かれるような感覚に、グリフは驚愕した。

(あきらは、ずっとこんな痛みに耐え続けていたの……!?)

 どうしてそれを理解していなかったのだろう。それをわかっていれば、あきらにキュアドラゴへの変身をさせるようなことは、絶対になかったのに。情熱のロイヤルブレスを預かるなり、していたはずなのに。

「あきらは、こんなに痛かったんだ……」

 薄紅色の光がグリフから発せられる。“立ち向かう勇気の光”で、炎を鎮火しようと試みる。凄まじい力を持った炎は、薄紅色の光すら飲み込もうと渦巻いている。

「ゆうき」

 気づけば、すぐ傍でユニコが屈み込んでいた。その身体から発せられる“守り抜く優しさの光”が、反対側からドラゴの炎を消そうと優しく瞬く。

「っ……」

 やがて、ふたつの光はドラゴの炎を消し去り、ドラゴの身体を包み込んだ。

 三人の戦士たちから光がはじけ飛び、変身が解除される。

 ゆうきはめぐみと安堵から笑い合い、そして、倒れた。
536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:46:48.88 ID:7mW+iPec0

…………………………

 目覚めた瞬間、身体に痛みがないことに驚いた。自分自身で、炎に巻かれたところまでは覚えていた。その炎の痛みと熱で意識を失ったからこそ、意識が戻った瞬間、痛みを覚悟していたのだ。

「……ゆ、ゆうき!? めぐみ!?」

 そして、すぐそばで、ふたりの親友が倒れている姿を見て、利発なあきらはすべてを理解した。

 自分の炎が、ふたりを傷つけたのだ。

「そ、そんな……。ゆうき、めぐみ……!」

「はははは。情熱の戦士は、その炎によってすべてを燃やし尽くしてしまうのさ」

 返事はない。代わりに応えたのは、すぐ傍でそれを嗜虐的に見つめるダッシューだ。

「あのウバイトールをもってしても、プリキュアは倒せなかったか。まぁいい。面白いものが見られたから満足だ」

「おもしろくなんかない!」

 あきらがダッシューを睨み付ける。しかし、ダッシューは涼しい顔だ。

「そうだねぇ。君は面白くないだろうねぇ。なんてったって、君自身の力が、君のお友達を傷つけたんだから」

「っ……!」

 あきらは何も言い返すことができなかった。

「ぼくは失礼するよ。それじゃ、また会おう。伝説の戦士プリキュア」

 嘲弄するような言葉を残し、ダッシューは空に溶けて消えた。

「……ゆうき。めぐみ……」

 残されたあきらは、ただ力なく、ふたりの友達の名を、呼び続けることしかできなかった。
537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/29(日) 17:47:14.75 ID:7mW+iPec0

 次 回 予 告

あきら 「わたしは、ゆうきとめぐみを傷つけてしまった……」

あきら 「わたしが弱いばっかりに、ふたりに迷惑をかけてしまった」

あきら 「わたしは、プリキュアを続けていいのかな……」

あきら 「わたしにキュアドラゴの力なんて、使いこなせるのかな……」

ゆうき 「……あきら」

めぐみ 「だいぶ参っているようね。どうしたものかしら……」

ゆうき 「わたしたちが励ましても謝るだけだし、ひとりにするのも心配だし……」

パーシー 「あきら……」

ブレイ 「……ということで、次回、ファーストプリキュア! 第17話【紡ぐ詩に想いを乗せて 復活のキュアドラゴ!】」

ブレイ 「次回もお楽しみに! ばいばーい!」

フレン 「……みんなが暗いときに明るく立ち回らなきゃいけないって、あんたも損な役回りよね」

ブレイ 「そう思うなら少しは手伝ってよ……」
538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 17:49:13.71 ID:7mW+iPec0
>>1です。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
来週は所用により投下ができません。
また再来週、よろしくお願いします。
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/13(日) 10:38:49.18 ID:s2O1qhbX0
>>1です。
所用により本日の更新は夜くらいになると思います。よろしくお願いします。
540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:49:03.30 ID:sptbJ6v70

ファーストプリキュア!
第十七話【紡ぐ詩に想いを乗せて 復活のキュアドラゴ!】


…………………………

 ダイアナ学園は小高い丘の上に建てられている。そのためか、季節によっては、朝方にボウと霧が立ちこめることがある。特に、校舎に囲まれた中庭は、それが顕著だ。霧の中見え隠れする、英国の著名な建築家に設計してもらったのだという英国式の校舎も相まって、そこはそう、まるで霧の都と称されるロンドンのようだ。

「――って言っても、本当はただの田舎の私立中学校だけどね」

 あきらはそんな霧の立ちこめるダイアナ学園を歩きながら、独りごちた。

 とはいえ、あきらはこの景色が好きだ。一年生の頃、何の気なしに朝早くに登校して、偶然この霧がかかる景色を見つけてから、霧が出そうな朝はこうして早く登校するようになった。シーンと静まり返った中庭は、そこだけ世界から隔絶されたように思える。そこはあきらだけのヒミツのスポットだ。けれど――、

「声……?」

 何かが聞こえる。誰かの声。歌声だろうか。それは、さしかかった中庭の中から聞こえるようだ。霧の立ちこめる中庭で、その美しい歌声は、慎ましやかに小さく響き渡っていた。あきらにはその声が、誰にも聞かれないように意図的に押し殺しているように思えた。

「何だろう……」

 早朝の学校、霧が立ちこめる中、努めて目立たないように押し殺した、美しい歌声。あきらの興味を引かないわけがなかった。そっと耳を澄ましてみる。中庭に小さく響き渡るその歌声は、中庭の隅、あきらが普段、秘密の作業をする場所から聞こえてくるようだった。そこは、木々に囲まれた中に、小さな石の椅子とテーブルが置かれている場所。開放感のある中庭において異質なその空間は、あまり他の生徒が寄りつくような場所ではない。

 そっと、枝葉の隙間から中を覗く。誰かが、こちらに背を向けて立ち、小さな声で歌っている。誰だろう。もう少し見たい。その欲求に負けて、あきらは枝葉を引き、隙間を広げる。力を入れすぎただろうか。ガサッと音がして、枝葉が揺れて音が出る。しまったと思ったときには歌は止み、件の人物はこちらを振り返っていた。

 霧がかかっているその場で、そこだけが光り輝いているようだった。それほどまでに、彼は美しかったのだ。
541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:49:30.06 ID:sptbJ6v70

…………………………

 剣道場でのウバイトールとの戦いの後、幸いにしてゆうきとめぐみはすぐに目覚めてくれた。ふたりは大丈夫だと笑っていたが、あきらは自分が友達を傷つけてしまったことに、深く衝撃を受けていた。

 自分の力が、自分のみならず大切な友達を傷つけてしまったのだ。

 あきらはふたりに何度も謝った。そのたびに、ふたりはあきらのせいじゃないと、自分を責めないでと言ってくれた。その優しい気遣いが逆に、胸に刺さるようだった。

 これ以上ふたりを傷つけるわけにはいかない。あきらは、ロイヤルブレスを外し、パーシーに返却した。パーシーはしばしあきらの顔を見つめた後、頷いて受け取ってくれた。そしてキュアドラゴに変身することができなくなったあきらは、パーシーもふたりに預けることにした。

 あきらがただの中学二年生に戻って、数日が経過した。
542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:49:56.53 ID:sptbJ6v70

…………………………

「あきらの様子がおかしい」

「え……?」

 親友からの唐突な言葉だった。朝、HR前の教室で、郷田先生との熾烈を極める剣道の稽古で疲れ果てているめぐみにそう言ったゆうきの顔は、心配げでもあり、不満げでもある。

「一体どうしたのよ」

「どうしたもこうしたもないよ。昨日あきらにふたりで帰ろうって言ったら、『今日は用事があるの』って断られちゃったの」

「……それがどうかしたの?」

 ゆうきの鼻息がどんどん荒くなっていく。めぐみはそろそろついていけなくなりつつあるのだけれど、そんなことにゆうきは気づきそうにない。

「何かあるのって聞いたら、なんか口ごもっちゃって!」

「はぁ」

「教えてくれなかったんだよ!」

「話したくないことだってあるでしょう」

「それだけじゃないんだよ! 昨日の朝、すごく早く学校に来たみたいなの!」

「へぇ」

「しかも中庭で何かをやっていたって目撃証言が!」

「そんな情報をどこで手に入れてくるのよあなたは」

「演劇部の朝練があったユキナと有紗!」

「わかっていたけどね……」

 めぐみはいい加減疲れて来たけれど、ゆうきの言葉はまだ止まりそうにない。めぐみは先んじて口を開いた。

「朝早く来て中庭でボーッとしていたいときもあるんじゃないかしら。うちの中庭は、主事の蘭童さんのおかげでキレイなイングリッシュガーデンになっているわけだし」

 ここ最近、昼休みや放課後に中庭で談笑をする生徒が多くなっている。それは間違いなく、主事の蘭童さんがきれいに整備したおかげだろう。少し前まで何の変哲もない木々に囲まれただけの中庭だったというのに、蘭童さんが整備した途端にそれはそれは美しい庭園になりつつあるのだ。

「そうかもしれないけどー!」

 そんなゆうきの様子に、めぐみはほぅとため息をつく。

「あなたって結構嫉妬深いのね。わたしが同じようなことをしても、そんな風に言ってくれるのかしらね」

「? なんか言った?」

「なんでもないわ。それで、あきらのことが心配なのね。ゆうきは」

「うん。あきらはいいこだから、変なことに巻き込まれていないかなって……」

「あなたって本当にお節介なお母さんみたいね」

 もちろん、それがゆうきの良いところでもあるのだけれど。
543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:50:22.86 ID:sptbJ6v70

「わかったわ。わたしも今日、ちょっとあきらの様子を見てみるわね」

「よろしく! めぐみ大先生!」

「何が大先生よ……。まったく」

 話はこれで終わりでいいのだろうか。折良く、教室の引き戸が開き、あきらが顔を覗かせた。あきらはゆうきとめぐみを認めると、笑みを浮かべて近づいてくる。

「おはよ、ゆうき、めぐみ」

「おはよう、あきら」

「お、おはよ、あきら」

 わざとらしすぎる。普段通り、なんでもない顔をすればいいものを、なぜゆうきは、ひきつった笑みしか浮べられないのだろう。

「どうかした、ゆうき?」

「へ? ど、どうもしてないよ?」

「そう……?」

 あきらの目が訝しげにゆうきを見つめる。これでは、様子がおかしいのはあきらではなくゆうきのように見える。

「ところで、“ドラゴネイト”のヒントは見つかりそう?」

 めぐみはあきらに問う。あきらは悲しそうにかぶりを振った。

「全然だよ。“静かな心の中で、激しい情熱の炎を燃やす”……。あんまりピンとこないよ」

「そうよね……」

 あきらは浮かない顔をする。先日めぐみとゆうきを傷つけてしまったことをまだ引きずっているのだろう。

「わたしには無理なのかな……」

「そんなことないドラ!」

 めぐみのカバンの中から大きな声が響く。教室にいるクラスメイトたちが何事かとこちらを向く。

「ないドラ……どら……どら焼き食べたいね〜、なんて……」

 ゆうきが誤魔化すために無理矢理なことを言う。しかしクラスメイトたちはそれで納得したのか、皆すぐに意識を逸らしてくれた。それは普段からのゆうきの天然キャラのなせる技だろう。

「……ちょっと、パーシー。気持ちはわかるけど、大声出しちゃダメだよ」

「ドラ……」

 ゆうきがめぐみのバッグに話しかける。あきらがロイヤルブレスを外し、パーシーを守る力がなくなったため、めぐみが預かっているのだ。
544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:50:49.37 ID:sptbJ6v70

「……でも、ありがとう、パーシー。嬉しいよ。わたしも弱気なこと言わずにがんばるね」

 あきらが嬉しそうに言う。その言葉を言えるあきらを、めぐみは本当に強いと思う。自分のみならず友達を傷つけてしまったというのに、あきらはまだがんばろうと思えるのだ。もしかしたら、めぐみがあきらの立場だったら、怖くて投げ出してしまうかもしれない。

「大丈夫よ、あきら。あきらなら絶対できるわ」

「うん。あきらならできるよ。でも、無理しないでね」

「ありがとう、ふたりとも」

 あきらに笑顔が戻る。めぐみはそれだけで嬉しい。ゆうきだってきっとそうだろう。

「あ、そうだ。あきら、今日の放課後は大丈夫? 三人でひなカフェに行こうよ。ひなぎくさんが新作スイーツの試食に来てって言ってたよ」

「……あー、ごめん、ゆうき。今日もちょっと放課後用事があるんだ。めぐみとふたりで行ってきて」

 あきらの申し訳なさそうな顔に、めぐみとゆうきの視線が交錯する。

「用事って学校の?」

 詮索するつもりはないけれど、気になって問う。あきらは困ったような顔をして、答えた。

「んー……まぁ、そうかな。ちょっと学校でやることがあるんだ」

「……そう」

「ごめんね、ゆうき。また今度」

「うん……」

 折良く教室に誉田先生が入ってきて、あきらは自分の席に向かった。

(うーん……たしかに、あきら、少しヘンかしら)

 ゆうきの思い過ごしだろうと思っていたけれど、あながちそうでもないかもしれない。

 あきらは早朝や放課後に、一体何をやっているのだろうか。
545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:51:15.62 ID:sptbJ6v70

…………………………

 悪趣味だからやめなさい、とは言ったのだ。

「でも、あきらのことが心配だよ」

 しかしゆうきは頑としてそのめぐみの言葉を聞き入れなかった。だから、めぐみはゆうきとふたり、放課後にあきらの後をこっそりつけるようなことをしているのだ。

「……こんなことをしてしまっていることに自己嫌悪だわ」

「わかってるよ。わたしだってしたくてしてるわけじゃないもん」

 ゆうきがむくれ顔で言う。

「剣道場での戦いの後のあきらの顔を思い出すと、心配なんだもん」

「……まぁ、そうね」

 ゆうきも気持ちが分からないわけではない。あきらはゆうきとめぐみを自分の力で傷つけてしまったことに、本当にショックを受けていたのだ。それを考えると、やはり放課後、自分たちに内緒で何かをしていることは心配だ。あきらが何か思うところがなければ、自分たちに内緒にするようなことはしないだろう。まじめで責任感の強いあきらのことだ。思い詰めて、思いもよらないことをし始めるかもしれない。

「……とか言って、単純に男の子との逢瀬とかだったらどうするのよ」

「おうせ? おうせってなぁに?」

「……そうだったわね。あなたはゆうきだったわ」

 めぐみはため息をついた。

「つまり、男の子との放課後デート、とかだったらどうするの、って言ってるの」

 冗談のつもりだった。けれど、ゆうきの反応は苛烈だった。すわ前方を歩くあきらに気づかれるのではないかというくらいのオーバーリアクションを見せたのだ。

「……ありえる! ありえるよ! あきらめっちゃかわいいし!」

「あのねぇ、ダイアナ学園は女子校よ? そんなことあるわけないじゃない」

「高等部には男の先輩もいるよ。それに、もしかしたら先生とのデートとかだったら……」

 きゃー! と姦しい声を上げるゆうきに辟易としつつ、考える。ここ最近、ゆうきは初恋に目覚めてからというもの、色恋沙汰が大好物になったようだ。イケメンやアイドルの話題には相変わらずまったく関心を示さないというのに、友達同士のそういう話にはめっぽう弱くなっている。

「あなた、最近ユキナに似てきたわよ」

「えっ? ユキナだったらわーきゃー騒いで直接あきらに聞きに行くと思うよ?」

「……そうかもしれないわね」

 と、そんなことを話していると、あきらが昇降口で靴に履き替え、外に出た。

「あれ? 学校の外に行くのかな?」

「……いいえ。中庭のほうに向かうみたいよ」

「ん、そういえば、ユキナたちが昨日の朝あきらを見かけたのも中庭って言ってたっけ……」
546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:51:45.45 ID:sptbJ6v70

 ふたりは身を隠せる場所が少なくなった外で、見つからないようにあきらの後をつけた。あきらが中庭に入るのを見届けて、ふたりも中庭に足を踏み入れる。と――、

「……ん? あれ? あきらは?」

「急にいなくなったわね……」

 一瞬、あきらが自分たちを撒いたのかという考えがよぎったが、そこまで時間的な余裕があったとは思えない。そもそも、尾行が気づかれている様子はなかったし、あきらが自分たちにそこまでするとは思えない。ふたりはそろりそろりと中庭を進む。プリキュアに成り立ての頃、まだただの緑地という風情だった中庭は、今や立派なイングリッシュガーデンに仕上がっている。そこかしこに植えられているハーブや色とりどりの花が季節感を出し、きれいに動物の形に刈りそろえられている植樹が何とも楽しい印象を与えてくれる。これを主事の蘭童さんひとりでやったというのだから、凄まじいことだとめぐみは思う。

「……ん、ねぇめぐみ。何か聞こえない?」

「……?」

 ゆうきの小声に耳を澄ませてみると、たしかに小さな話し声が聞こえる。ふたりは顔を見合わせ、お互いに口の前に人差し指を当てた。そのまま、そろりそろりと、その話し声のする方向へ歩を進める。と――、



「――ここはこうした方がいいかな」

「ふむふむ。なるほど……」



「「……!?」」

 ふたりして驚きに声を上げそうになる。お互いの口を手で押さえ合い、驚きで見開いた目を見合わせる。とんでもないものを見つけてしまった。

 そこは、綺麗に刈りそろえられた植樹に囲まれたスペースだ。中に入るには、身をかがめて――場合によっては匍匐前進で――植樹をくぐる必要がある。生徒たちはその手間を厭って滅多にその中には入らない。そのスペースにあるのは、座るのに適した大きな岩が四つだけだ。そんなスペースに入るくらいなら、誰だって中庭に点在するベンチや椅子に座るだろう。

 けれど、その植樹の中に、今は人がいた。それもふたり。片方はふたりが後をつけていたあきら。そしてもう片方が、とんでもなく意外で、なおかつ先ほどのめぐみの冗談に合致する相手だったのだ。ふたりは植樹の陰に隠れて、あきらと何やら親しげに話をするその相手を何度も確認した。

(ね、ねえねえ、あれ、主事の蘭童さん……だよね)

(そうね。わたしにもそれ以外の人に見えないわ)

(ほ、本当にデートだったんだね……)

 ゆうきは声を潜めたまま、顔を真っ赤にして、

(しかも、赴任して一週間で、中等部から高等部までファンでいっぱいになった、イケメンの蘭童さんが相手とは……)

(まだそうと決まったわけじゃないでしょう)

 と言いつつも、めぐみも顔を赤くしている。あのおとなしいあきらが、年上のイケメンと親しげに放課後に密会をしているだなんて、誰が想像できただろうか。

(や、やっぱり、そういうことなのかしら……)

(……はぇ〜、あきら、おっとなー)

 ふたりの少女はそれからしばらく、年上のイケメンと親友との逢瀬の現場をドキドキと眺め続けていた。
547 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:52:12.25 ID:sptbJ6v70

…………………………

「……じゃあ、今日はこんなところかな。すまない、そろそろ仕事に戻らないといけないんだ」

「はい。お仕事の時間を割いていただいて、どうもありがとうございます。いつもすみません」

「いいさ」

 爽やかな笑顔が似合う主事の蘭童さんは、やはり爽やかな笑みを浮かべて。

「ぼくは先生ではないが、学校現場にいる以上、生徒の相談には乗らなくちゃならないだろうから。……ん?」

 ふと、蘭童さんがあきらに手を伸ばした。ドキリと心臓が跳ねて、身体が固まる。年上のイケメンに、すわ頬を撫でられるかと身構えるが、そうではなかった。蘭童さんはあきらのすぐ後ろの植樹に手を伸ばしただけだった。

「少し手入れが必要だな。すまない、少しどいてもらってもいいかい?」

「あ、はい」

 ヘンな勘違いをしたことが恥ずかしくて、あきらは顔を赤くする。腰かけていた岩からどくと、蘭童さんは手慣れた手つきで腰のホルダーから剪定用の小さなはさみを取り出して、植樹の一地部分を撫でるようにそろえてしまう。それは本当に一瞬の出来事で、その一瞬だけであきらには蘭童さんがとても優秀な庭師なのだとわかった。

「すごいですね。歌や詩だけじゃなくて、こんなこともできるんだ……」

「そりゃ、これがぼくの本業だからね」

 蘭童さんは困ったように笑った。その手に握られているはさみを見て、あきらは言った。

「……そのはさみ」

「ん?」

「とても使い込んでいるんですね。ずっと使ってるんですか?」

 そのはさみはとても使い込まれていて、そこかしこボロボロではあったが、よく整備されているように、あきらには見えた。

「ああ……まぁ、これとも長い付き合いだね。また庭師になって使うことになるとは思わなかったけど」

 蘭童さんはそう言うと、はさみをしまった。

「そのはさみには、きっと蘭童さんの今までの色々なものが詰まっているんですね」

「……はは、本当に君は、感受性が豊かだな。まぁ、たしかに色々なことを、ぼくと一緒に経験したはさみではあるね」

 蘭童さんは笑う。けれど、あきらにはその目の奥が寂しげに揺らめいているように見えた。

 蘭童さんは、ときどき、表層には絶対に表さない悲しげな目をすることがある。

「……それじゃ、失礼するよ。美旗さん」

「今日も大変参考になりました。また、よろしくお願いします」

「ああ。明日の朝も大丈夫だ。気が向いたら来るといい」

「ありがとうございます。絶対来ます」

 蘭童さんはにこりと笑うと、そのまま植樹を颯爽とくぐってそのスペースから出て行った。あきらが同じことをしようとしても、きっと植樹に頭を突っ込んでしまうだろう。どこまでも爽やかで、格好良さの塊のような人だ。あきらがそのスペースが出るときは、たっぷり気合いを入れてしゃがみ込んでもぞもぞと不格好に動いてようやく植樹をくぐり抜けることができるというのに。蘭童さんとの差に自分で落胆しながら、あきらが植樹をくぐろうと屈んだ、その瞬間だった。




「あーきらっ」
548 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:52:39.22 ID:sptbJ6v70

「わひゃっ!?」

 変な声が洩れた。危うく尻餅をつきそうになって、いくらなんでもそれは格好悪すぎるから耐えた。今まさにくぐり抜けようとした場所から、ふたつの顔が覗いている。

「ゆ、ゆうき!? めぐみ!?」

「あーきーらー、わたしの誘いを断って何をしてるのかと思えば、イケメンさんとデートだったんだねー!」

 ゆうきが言う。

「そういうことなら教えてよー! 親友でしょー! 幼なじみでしょー!」

 植樹をくぐってスペースの中に入ってきたゆうきは、がくがくとあきらの肩を揺する。あきらは思考が追いつかず、されるがままになってしまう。

「ど、どうしてここにいるの?」

「ごめんなさい。私は止めたのだけど、ゆうきがあなたのことが心配だからって、後をつけたのよ」

 遅れて植樹をくぐってめぐみが中に入る。

「あ、ずるい! めぐみ、わたしのせいにしようとしてる!」

「しようとしてるもなにも、言い出したのはあなたでしょ」

「でもめぐみだってついてきてくれたでしょー」

「それはだって、私もあきらのことが心配だったから……」

 ふたりがわーわーと言い合いを始める。それを聞いてあきらも合点がいく。つまり、あきらの親友二人は、あきらのことを心配して、あきらの後をつけたのだろう。そして、今の今までここで行われていたマンツーマンのレッスンを、デートと勘違いしたのだろう。

「……ってデート!?」

 あきらがむせそうになりながら言った。

「デートじゃないよ! っていうかイケメンさんとデートって何!?」

「えっ? だって主事の蘭童さんと楽しそうにお喋りしてたじゃん」

「お喋りしてたらデートなの!?」

「放課後の密会かと……」

「めぐみまでゆうきの天然が移ったの!?」

 そんなふたりにどう説明したものかと、あきらは植樹の梢から見え隠れする空を仰ぎ、ため息をつくのだった。
549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:53:05.66 ID:sptbJ6v70

…………………………

 天使か、はたまた悪魔か。

 そう思えるくらい、彼は美しかった。彼の歌声も、美しかった。ただただ、感嘆に胸を震わせていると、歌声が止まった。

 霧の中振り返った彼と、あきらの目線がぶつかった。

『……?』

『あっ……』

 胡乱げな目線をくれる、当の彼――主事の蘭童さん――は、どういった感慨も見せず、淡々とあきらの目を見つめていた。

『……おはようございます』

『あ……お、おはようございます』

 蘭童さんから放たれたのは、ひどく陳腐なあいさつだった。当然だ。ここは学校で、あいさつは美徳とされる場所だ。本来であれば、あきらからあいさつをするべきだっただろう。

『こんな時間に生徒がいるとは思わなかった。しかも、よりによって君か』

『へ……? わたしのこと、ご存知なんですか?』

『……はは。まぁ、君がよくこの場所で、何か書き物をしているのを見かけていてね』

『あっ……』

 顔が熱くなる。誰にも見られていないと思っていたのに、あの秘密の作業をよりによって学校職員に見られていたなんて。

『そんな顔をしなくていい。君が何をしているのかまでは知らないよ』

 あきらの心の中を見透かすように、蘭童さんはそう言って笑った。あきらは途端に恥ずかしくなって、頭を下げた。

『君はよくこの場所を秘密の場所のように使っているようだね。実はぼくもなんだ。こうやって、始業前に時々歌を歌わせてもらっている』

『あっ、その……邪魔をしてしまって、すみません……』

『いいさ。始業前に、ストレス発散で歌っているだけだから』

 蘭童さんは本当にどうでも良さそうに。

『こんなに早くから登校とは感心だね。なんとも、光が強いことだ』
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:53:36.30 ID:sptbJ6v70

『……光?』

『何でもない。忘れてくれ』

 あきらには蘭童さんの言わんとしていることがわからなかった。蘭童さんが言わないつもりのことを無理に聞き出すつもりはないが、あきらの心の中に、言わなければならない想いがくすぶっていた。

『あの、今の歌……』

『うん?』

『とても綺麗でした。歌がお上手なんですね』

 そう言ったあきらの顔を、蘭童さんはぽかんと見つめるだけだった。

『……それはどうも』

『今の歌、聞いた事がありません。何の歌なんですか?』

『……グイグイくるね』

 蘭童さんは呆れ顔で。

『名前はないよ。ぼくが作った曲に歌詞を乗せただけだ。歌詞は気分で変わるし、主旋律も気分で変わる』

『曲も歌詞も、自分で考えたんですか!?』

『……そうだよ。悪いか』

 そう言った蘭童さんの目は、とても冷たかった。けれどあきらは、そんなことを気にしている余裕がなかった。

『あ、あの!』

『なんだい?』

『わたしに、詩の書き方を教えてください!』

『…………』

 たっぷり数秒沈黙した後、蘭童さんは、イケメンが絶対にしないであろう間の抜けた顔をした。

『……へ?』
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:54:07.05 ID:sptbJ6v70

…………………………

「と、いうことがあって、それからずっと蘭童さんに詩の書き方を教わってるの。詩のレッスンっていうのかな」

「「詩のレッスン?」」

「そうだよ。蘭童さんに色々と教わっていたの」

 懇切丁寧に説明して、ふたりはようやく理解をしてくれた。けれど、納得はしていないようだった。めぐみが不思議そうに問う。

「あきら、詩を書くの?」

「う、うん……」

 あまり人に話したいと思うようなことではない。そんなことをやっていて、気取った中学生だと思われるのも嫌だし、痛々しいと思われるのも嫌なのだ。けれど、めぐみの反応はそんな程度ではなかった。

「あきらは感受性豊かで、色々な物事を多角的に見られるものね。うん。詩って、あきらにぴったりだと思うわ」

 ゆうきも言う。

「そういえば、あきらって昔からこまめに日記をつけてたもんね。文章を書くの好きだよね」

「……そうだね。日記で、その日あった楽しかったこと、嬉しかったこと、嫌なこと……そういう色々なことを考えて書いていたら、詩みたいになったの。それから、少しずつ日記とは別に詩を書くようになったんだ」

 ゆうきにも話したことがないことだ。ふたりは嘲るでも引くでもなく、真剣に聞いてくれた。

「でも、蘭童さんって作曲と作詞ができるのね。主事さんなのにすごいわ」

「あくまで趣味だって言ってたけどね」

 あきらははにかみながら。

「でも、わたしは蘭童さんの歌を聴いて、すごく心に響いたんだ。だから無理を承知で色々と教えてもらっているの」

 ふと、親友二人がわくわくするような目をしていることに気づく。

「……? どうしたの?」

「あきら、なんか、蘭童さんのこと話してるとき、目がキラキラしてるよね」

「そうね」

「……どういうこと?」

 ふたりは「またまたー」とあきらの肩を叩く。

「蘭童さんに詩を教えてもらっているうちに、」

「ときめいたり、してるんじゃないの?」

 ふたりの言わんとしていることがわかって、あきらはまたため息をつく。そういえば、出会い端にデートだなんだと言っていた。ふたりの女子中学生らしい姦しい勘ぐりに、あきらはそっと呟いた。

「ふたりともさ、なんかユキナに似てきたよね」

「……えっ? わ、私も……!?」

 その言葉に、めぐみが愕然としたことは、言うまでもない。
552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:54:59.65 ID:sptbJ6v70

…………………………

「……どういうつもり?」

 彼は草木への水やりのため、古風な学園に似つかわしい金属製のじょうろに水を汲んでいた。そんな彼に黄色い歓声を上げる女子生徒なら多数いるが、こんなつめたい声をかける人物は、そう多くはない。

「おやおや。後藤さん。まずはあいさつが先だろう? おはようございます」

「この辺には誰もいないわよ。その嫌みったらしい営業スマイル、さっさと取りなさいよ」

「はは、これでも先生方と生徒の信頼は勝ち得ているつもりなんだけどね」

 彼は水を止め、声の主を振り返った。漆黒の長髪に漆黒の目、病的なまでに白い肌、細い手足。不健康そうな見た目ではあるが、尖ったナイフのような鋭い美しさを持った少女だ。洗練されているといって、間違いではないだろう。鈴蘭は元より不機嫌そうな目をますますすがめて、彼を睨み付けた。

「くだらないおしゃべりをするつもりはないの。どういうつもりかと聞いているのよ」

「何の話かな」

「とぼけないで。美旗あきらのことよ」

 なるほど。ただのヒステリックな少女だと思っていたが、それだけでもないようだ。よく周囲を見て、彼の不審な行動を気にかけていたのだろう。

「どういうつもりも何もない。ただの気まぐれだよ」

「うそをつきなさい。あんた、一体何をたくらんでいるの?」

 鈴蘭の目は疑念に満ちていた。もちろん、彼だって鈴蘭がそんな顔をする理由はわかっている。彼自身、己が敵である美旗あきらに何かをしていると知れば、罠にでもかけようと考えていると思うだろう。

「どうせ、プリキュアを陥れる算段でも練っているんでしょう? 一枚噛ませなさいよ」

 鈴蘭が嗜虐的に笑う。彼女の本質は、その嗜虐的な闇だ。過去に何があったのか知らないし知りたいとも思わないが、その彼女の闇がロイヤリティの光やホーピッシュの希望を許せるはずもないだろう。鈴蘭は決して光とは相容れない。それは彼とて同じことだ。しかし。

「そうしたいところは山々だけどね。ぼくらの総大将はそういう汚い手を好まないらしい」

「あら、じゃあどうして美旗あきらに毎朝付き合ってやってるわけ? どっかの体育の先生みたいに、『どこまで強くなるか見てみたい』なんて言い出すつもりじゃないでしょうね」

「郷田先生みたいな酔狂なことをするつもりはない。ただの気まぐれだよ」

 鈴蘭はしばらく疑念に満ちた顔で彼を睨み付けていた。やがて、どうでも良さそうに言った。

「……あっそ。じゃ、あたしはあたしでやらせてもらうわ」

 興味は失せたとばかりに、まるで猫のような気質の鈴蘭は、すでに彼に背を向けていた。彼はその鈴蘭の背中が消えるのを見送って、そっと、蛇口をひねり、水を再びじょうろに注ぎ始めた。

「……そう。ただの気まぐれさ。やりたいと思ったことを我慢するなんて、ぼくではないからね」

 彼は腰のホルダーに手をやり、目当てのものを取り出した。



 ―――― 『蘭童さんの今までの色々なものが詰まっているんですね』



「ははっ。まったく、プリキュアに教えられるとはね」

 それは、小さく、くたびれた、彼愛用の剪定ばさみだ。

「過去にとらわれたりはしない。過去のぼくも、利用してやるというだけのことだ。このはさみにこめられた、もう思い出せない過去のぼくの欲望を利用すれば……」

 彼は酷薄に笑む。

「キュアドラゴが変身できない今がチャンスだ。いまのうちに、プリキュアを叩きつぶす」
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:55:25.90 ID:sptbJ6v70

…………………………

 翌日のことだ。

「レプ……」

 ゆうき、めぐみ、あきらが授業を受けている間、ラブリはひとりで学校の中を歩き回り、愛のプリキュアを探している。ゆうきたちに保護されてからずっと続けていることだが、活動範囲が学校内だけだから、そろそろ回る場所もなくなってきた。

「愛のプリキュアは、この学校にはいないレプ……」

 ラブリは昔から様々な文献や資料に目を通してきた。その中には、伝説の戦士に関わるものもたくさんあった。

「愛のプリキュアは、愛にあふれる人から生まれるレプ。でも、愛にあふれる人なんて見つからないレプ……」

 愛にあふれる人とは、一体どんな人なのだろうか。果たして、世界のどこを探したら愛にあふれる人が見つかるのだろうか。

 それとも、愛を知らない自分には、愛にあふれる人なんて、見つけることはできないということなのだろうか。

 本人たちには言えないが、このホーピッシュにやって来てから、ブレイは弱虫なりに勇気を持つようになったし、フレンは素直ではないが優しさを見せるようになった。そしてあの寡黙でオドオドしていたパーシーまでもが、その心に熱い情熱を宿し、それを口に出せるようになった。

「皆、王族らしくなってきているレプ……」

 ならば己は、愛を知らなければならないだろう。しかし、ラブリには愛が分からない。愛とは一体なんなのだろうか。

 と、人の話し声が聞こえた。ラブリは廊下の隅にこそっと隠れ、様子を伺う。前方から、ふたりの女子生徒が歩いてきた。

「鈴蘭、何度も言うけど、しっかり食べているのかい? 今日もまた顔色が悪いよ」

「うるさいわね。ちゃんと食べてるわよ」

「購買のひなぎくさんにも確認したぞ。トマトを食べないんだって?」

「はぁ!? なんで人の保護者に勝手にコンタクト取ってるわけ!?」

 騒がしくやってきたふたりは、ゆうきたちがよく会うふたりだ。片方は生徒会長の騎馬はじめ、もう片方ははじめの友達の後藤鈴蘭だ。

「……相変わらず、すごいレプ」

 そのふたりはきっと、ラブリと同じなのだろう。ふたりの心の中は、空っぽに近い。

 ふたりは、まるっきり愛を知らないのだ。

「でも……」

 ラブリの横を通り過ぎ、姦しく歩いて行くふたりの後ろ姿を見つめて、思う。

「少しずつ愛が芽生えているみたいレプ。その調子で、ふたりで仲良く愛を深めていけば、きっとその愛が周囲にも広がっていくレプ」

 あのふたりはきっと大丈夫だろう。
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:55:51.93 ID:sptbJ6v70

「それに比べてラブリは……」

 己は愛を知らない。

 幼少の頃から、父上と母上と接する時間より、勉強をする時間、本を読む時間、馬術の稽古をする時間、ダンスのレッスンを受ける時間、そして礼儀作法を学ぶ時間のほうがずっと長かった。人との繋がりは事務的なものでしかなかった。そんな自分に、どうして愛がわかるだろうか。

(……それでも)

 落ち込んでいる暇はない。

 ロイヤリティのために、ホーピッシュのために、そして、あきらのためにも、早く愛のプリキュアを見つけなければならないのだ。と――、



「ぬいぐるみ?」



(レプっ……!?)

 拳を握りしめ、決意を固めていたから、その接近に気づくことが出来なかった。

 はじめと鈴蘭が通り過ぎた後、もうひとりがその場を通りかかったのだ。

「ん……」

 その何者かは、身じろぎできないラブリをひょいと持ち上げた。目の前に来た女子生徒の顔も、ラブリには見覚えのあるものだった。

(レプ……そうレプ。たしか、生徒会副会長の、十条みことレプ)

「なんか、どことなく上品なぬいぐるみ。誰かの落とし物?」

 とはいえ、ぬいぐるみのフリを続けなければならないラブリにはどうすることもできない。

「どうしよう。とりあえず先生に届けるべき?」

 矯めつ眇めつ、ラブリを見つめる目は興味深そうだ。ラブリは冷や汗をかきながら、耐える。

「……高そう。皆井先生に届ける」

 大切そうに持ってくれるのはいいのだが、その歩が向かうのは職員室の方向だ。

(れ、レプ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! ゆうき、めぐみ、あきら〜〜〜〜、助けてレプ〜〜〜〜〜〜〜!)

 その声にならない悲鳴は届くことはなく、ラブリはそのまま第一職員室まで丁重に運ばれていった。
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:56:18.48 ID:sptbJ6v70

…………………………

 高等部の男子の体育は全く体力を削られる。彼の鍛え上げた身体をしても、ここ最近のデスクワーク中心の仕事がたたったのか、三時間連続で高等部の男子たちを相手に球技をすれば、多少なりともヘトヘトだ。若い彼のことを思いやって、年配の先生ばかりの体育科の教諭たちは、男子高校生たちに混じって球技を楽しむと良いと言ってくれるが、それが逆に彼の体力を削っているとは思いもよらないだろう。

 そんな高等部での授業を終え、昼休みになった。片付けなどで時間を取ってしまったので、もう昼休みも終わる頃だ。今日もお昼ご飯は食べられそうにない。

「郷田先生、おつかれさんです。コーヒーいれたばっかりだけど、飲みます?」

「ああ……ありがとうございます。いただきます」

 中等部の職員室に戻ってきた彼にカップを差し出してくれるのは、同僚の松永先生だ。若い教諭の多いダイアナ学園は、生徒のいないところではお互いにフランクに話すことが多い。

「高等部での授業ですか? 男子の相手はきつそうですね」

「いや、まぁ、さすがに十代の体力には敵いません」

「俺の技術科は中等部にしかないから、高等部がどんなもんかわからないんですよね。今度授業見に行ってもいいですか?」

「私の授業をご覧になるより、先達の先生方の授業をご覧になった方がいいかと……」

「いやいや、体育科のおじいちゃん先生、言ってましたよ。『郷田くんは生真面目で勉強熱心で素晴らしい』って」

 松永先生はいたずらっぽく笑う。痩身の彼は、しばしばやや失礼な物言いをするが、そのあたりも彼の人徳なのだろうが、それを咎める先生はいない。言葉の選び方がうまいのだろう。

 現に、職員室の奥から「松永ー、誰がジジイだー!」という声が飛んできて、松永先生はわざとらしく「実際おじいちゃんでしょー」と笑いながら返し、職員室中が笑いに包まれている。

「そうですか。未だに指導案はダメ出しばかりですが……」

「そんなもんすよ」

 松永先生が笑う。と、

「松永先生、私にもコーヒーをくれないかな?」

 空のコーヒーカップを松永先生に差し出すのは、顔色の悪い英語科の皆井先生だ。

「んあ? 皆井先生、さっきコーヒーあげたばっかりでしょ。もう飲んだの?」

「眠くて仕方がないんだ。最近、寝付きが悪くて……」

「仕方ないなぁ」

 松永先生がカップを受け取り、サーバから注ぐ。

「寝付きが悪いって、何かあったんですか?」

「いや、うちのクラスの後藤鈴蘭が、なかなか手の焼ける生徒で……」

「っ……」

 ちょうどコーヒーに口をつけかけていた彼は、思わぬ名前が飛び出して、噴き出しそうになる。
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:56:45.24 ID:sptbJ6v70

「ああー……」

 松永先生が納得するように。

「たしかに、後藤は手がかかりそうですね。地頭もいいし手先も器用だから、きちんとやればちゃんとできるだろうに、もったいない」

「今は生徒会長の騎馬が世話を焼いてくれているが、騎馬に負担をかけ続けるのも悪いし……どうしたものか……」

 皆井先生は真剣に悩んでいるようだった。松永先生から手渡されたカップを傾け、ずずずとコーヒーをすする。

「あー……私も、授業の中で後藤のことは気になっていました。私からも、一度後藤と話をしてみます」

「本当ですか? 助かります、郷田先生」

 皆井先生はガバッと郷田先生の手を握る。皆井先生は決して悪い先生ではないし、甘いマスクも相まって生徒を引きつける力はあるのだが、いかんせん言動がズレることが多い。彼は冷静に皆井先生の手を引き剥がす。

「あ、そうだ。さっき十条が私のところにきて、落とし物を届けに来たんだ。これ、覚えはないですか?」

 皆井先生がデスクから何かを取り出した。彼は皆井先生が差し出したソレを見て、またコーヒーを噴き出しそうになる。

「ぬいぐるみみたいなんだけど、生徒が学校にぬいぐるみを持ってくるかなぁ、って」

「どれどれ」

 松永先生が皆井先生からソレを受け取る。

「なんか毛並みもしっかりしていて、高そうだなぁ。生徒の持ち物か?」

「うーん……」

 なぜ。

 なぜ、こんなところに。

「ふたりとも、もしこのぬいぐるみの持ち主がわかったら、教えてくれると助かります」

「わかりました」

 皆井先生は疲れ果てた顔だ。よっぽど鈴蘭に手を焼いているのだろう。その上担任学級の生徒から落とし物まで届けられて、昼休みにろくろく休めていないのだろう。その気持ちはわかるし同情するのだが、彼は皆がぬいぐるみと思い込んでいるソレから目が離せない。

「……じゃ、皆井先生のストレス発散がてら、今日飲みにでも行きますか」

 松永先生が言った。

「本当かい? ありがたい。お酒でも飲まないとやってられないですよ……」

「郷田先生も今夜空いてますか?」

「えっ……?」

 急に話を振られ、彼はたじろぐ。歓迎会は開いてもらったが、個別の飲み会の誘いをされたのは初めてだ。そもそも、彼の頭の中はそれどころではなかった。

 なぜこんなところに、愛の王女がいる?

「あ、いや、その……私は……――」



「――あら、ご一緒してきたらいいじゃないですか、篤志さん」
557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:57:11.35 ID:sptbJ6v70

「……!? ひ、ひなぎくさん……!」

「そんな怖い上司を見たような顔をしなくてもいいじゃないですか。傷つきますよ?」

 パン販売の小紋ひなぎくさんは職員室の戸を開け、顔を覗かせていた。

「今日のパン販売は終わりました。今日はこれで失礼します」

「ああ、今日もご苦労様でした。売れ行きは順調ですか?」

 松永先生が丁寧に対応する。ひなぎくさんは学校内でパンの販売はしているが、外部の人間だからスイッチを切り替えたのだろう。内輪での談笑と対外的な話ではしっかりと線を引いているのだ。

「ええ、おかげさまで。パンはもちろん、紅茶とクッキーのセットも完売です」

「それは何よりです。今後とも、生徒たちの胃袋と午後のやる気のために、よろしくお願いします」

 しかし、その一線がなかなか引けない先生も、いる。

「ち、ちちち、ちょっと待ってください!」

 皆井先生が血相を変えて言う。その狼狽した様子に、彼は戸惑う。まさか、潜入がバレたのでは――

「――ひ、ひなぎくさん、い、今、郷田先生のこと、親しげに“篤志さん”って呼ばれました?」

 そんなことか、と。彼は危うくよろけそうになる。やはり皆井先生はどこかズレている。

「へ……?」

 対するひなぎくさんは不思議そうな顔で。

「家ではいつも篤志さんとお呼びしていますが、やはり学校では郷田先生とお呼びした方がいいでしょうか……?」

「家!?」

 皆井先生がよろよろと自分の席に倒れ込むように座る。

「ひ、ひなぎくさん、美しくていいな、と思っていたら、郷田先生の奥さんだったとは……」

「何を勘違いしているのか知りませんが、違います。小紋さんは私の下宿先の大家さんです」

「……あ、なるほど」

 皆井先生が立ち上がり、ネクタイを直し、ビシッとジャケットの襟元を正し、うやうやしくひなぎくさんに礼をする。

「これはとんだ失礼を致しました。私としたことが、とんだ早とちりを」

「今さらその態度は遅いと思うけどな」

 松永先生が呆れたように言う。

「……じゃ、大家さんの許可も取れたということで、郷田先生も今夜付き合ってくださいね」

「え、ええ……」

「ここだけの話」

 松永先生が、ひなぎくさんに何やら身振り手振りをまじえて話しかけている皆井先生を示しながら、小声で言った。

「皆井先生、酔っ払うと大変なんですよ。悪いですけど、巻き込まれてください」

「……まあ、そういうことであれば」
558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:57:39.28 ID:sptbJ6v70

 否、そんな同僚同士の談笑に付き合っている場合ではない。彼は皆井先生のデスクの上に鎮座する愛の王女を見つめる。

 あれをどう手に入れるか。それをただ考える。と、

「あら?」

「どうかされました?」

 皆井先生の箸にも棒にもかからない話をさえぎって、ひなぎくさんが驚いた顔をする。その目線の先にあるのは、彼と同じ、ぬいぐるみと思い込まれている愛の王女ラブリだ。

「ああ、よかった。あのぬいぐるみ、私のなんです。喫茶店の装飾に使おうと思って買ったのですけど、今日、どこかで落としてしまったみたいで」

「そうだったんですね」 皆井先生がさっと愛の王女を手に取ると、恭しくひなぎくさんに差し出す。「どうぞ。うちのクラスの生徒が見つけて取りに来てくれたんです」

「そうですか。それはそれは。今度その子には、昼休みに購買に来るように言ってください。お礼がしたいので」

「わかりました。本人も喜ぶと思います」

 基本的に女性の前だと格好をつけたがる皆井先生の姿に辟易とした様子で、松永先生が言った。

「ほら、いつまでも引き留めてたら迷惑でしょ、皆井先生。それでは、ひなぎくさん、また明日、購買の方をよろしくお願いします」

「はい。では、失礼いたします」

 彼が口を挟む暇もなく、ひなぎくさんは一礼して職員室を後にした。

「ねぇ、松永先生、いまちょっと楽しそうな話をしてたわね」

「げっ。誉田先生、なんで来たんだよ」

「げっ、ってのはいくらなんでもひどいでしょ。まったく。で、今夜飲むんでしょ? 私も行くわ」

「何であんたまでくるんだよ。男だけの飲みなん――」

「――大歓迎ですよ、誉田先生! ぜひ来てください」

「人のこと押しのけてまで会話に入ってくるんじゃないよ。まったく皆井先生は本当に、女性とみたら見境ないんだから……」

「なっ……そ、その言い方は失敬だろう!?」

 と、仲の良い若い同僚たちがそんな会話をしている中、彼はこっそり職員室を出た。幸いにして、目当ての相手はまだ近くにいてくれた。

「ひなぎくさん」

 彼は質素な出で立ちのひなぎくさんの後ろ姿に声をかけた。

「あら、篤志さん。血相を変えてどうかされましたか?」

「……ソレを、どうするおつもりですか?」

「あら」

 ひなぎくさんは楽しそうに笑う。笑いながら、口元に人差し指を当てている。

“ぬいぐるみ” の前で、滅多なことを口にするな、ということだろう。

「私の落とし物ですもの。私が持ち帰るに決まっているでしょう?」

「……わかりました」

 彼は、自分が何のためにひなぎくさんにその問いをしたのか、自分でもわからなかった。

「つまらないことを申しました。忘れてください」

「はい」

 ひなぎくさんはそう言って、再び歩き出した。長い髪を後ろでまとめているだけの、質素な後ろ姿。その髪が一瞬跳ねて、ひなぎくさんはもう一度彼を振り返った。

「ああ、そうそう」

 ひなぎくさんはにこりと笑う。

「今夜は篤志さんの晩ご飯は用意しませんから、ゆっくりと楽しんできてくださいね。お酒もいいですが、しっかりと栄養バランスも考えてお料理を食べてきてくださいね」

「は、はぁ……」

「あと、あまり遅くならないでくださいね。心配しますから」

 それだけ言うと、ひなぎくさんは今度こそ、廊下の奥へと消えた。
559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:58:05.92 ID:sptbJ6v70

…………………………

 授業が終わり、放課後になっても、ラブリはゆうきたちの元へ戻ってこなかった。

「ラブリ、どこへ行ったんだろう……」

「心配ね。アンリミテッドの連中に連れ去られたりしてないかしら」

 めぐみも心配顔だ。

「それはないと思うグリ。アンリミテッドがこの世界に現れれば、その波動が絶対にブレイたちに伝わるグリ」

「うーん……ラブリのことだから、道に迷ったとは思えないし……」

 ブレイだったらさもありなんかもしれないが、とはブレイの名誉のために言わないでおく。

「可能性として一番高いのは、学園の生徒に拾われた、ってところかしら」

 めぐみが思案顔で。

「だとすれば、この学園に自分のものにしちゃうような人がいるとは思えないから、先生のところに届けられていると考えるべきね」

 推論は出た。ゆうきたちはカバンを持ち、職員室へ向かう。

 道すがら、あきらが問う。

「ラブリはどうしていつもひとりで出歩いているの?」

 ブレイたち妖精は、ゆうきたちが学校で授業を受けている間、カバンの中で眠っているか、決まった場所で待っていることになっている。しかし、ラブリはここ数日、授業中はずっと校内を歩き回っている。あきらが疑問に思うのも無理ないだろう。

「……愛のプリキュアを、早く見つけたいんだと思うドラ」

 カバンから顔を出し、パーシーが答える。

「ああ……。ラブリ、自分ひとりがプリキュアを生み出せていないことを気にしていたものね」

「…………」

 めぐみの言葉に、パーシーが考えるように押し黙る。やがて、パーシーは口を開いた。

「それだけじゃないドラ。パーシーは、あきらのためにも愛のプリキュアを早く見つけなきゃいけないって思ってるドラ」

「わたしのため?」

「ドラ」 パーシーが頷く。「情熱のプリキュアは、愛のプリキュアの“差し伸べる愛の光”があってこそ、その真の力を発揮できるとされているドラ。だから、きっとラブリは、あきらがキュアドラゴの力を使って傷ついたのは、自分が愛のプリキュアを生み出せていないせいだと思っているドラ」

「……そんなことないのに」

 あきらが悲しそうに言う。

 世界はままならない。愛のプリキュアを生み出すことができないラブリの葛藤や、変身したくてもできないあきらの悲しみは、ゆうきには分からない。

 けれど、それはそこまで悲観するべきことだろうか。

「すごいね。あきらも、パーシーも、ラブリも、お互いのことを想い合ってるんだ」

 だからゆうきは、思ったことをそのまま口にした。

「ラブリはこれ以上あきらに傷ついてほしくないんだろうし、あきらは自分の力が及んでないから悔しいと思っているし、パーシーはラブリのために今、ラブリがあきらのことを考えていることを教えてくれたんだよね」

 ゆうきは、その思いやりにあふれる皆の行動を口にすることに、抵抗なんてこれっぽっちもなかった。

「それってすごいことだよ。わたし、なんか、すごく嬉しくなってきちゃった」

「なんであなたが嬉しくなるのよ」

 呆れるようなめぐみの声も、どこか嬉しそうだ。
560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:58:32.55 ID:sptbJ6v70

「そうグリ。みんながお互いのことを考えて、色々なことをして……それで悪いことになんて、絶対にならないグリ」

「ニコ。失敗もするかもしれないけど、お互いフォローしあって、きっとうまくいくニコ」

 ブレイとフレンも笑顔で言う。

 それはきっと、まぎれもない皆の本心だ。

 その本心を受けて、あきらとパーシーは目を見合わせ、笑った。

「……うん。わたしも、ドラゴネイトの会得をがんばるよ」

「パーシーも、どうしたらあきらがドラゴネイトを使えるようになるか、考えるドラ」

 ゆうきはふたりが笑顔になってほっと胸をなで下ろす。

「……やっぱりゆうきはすごいな」

 あきらが呟いた。

「すごいって、何が?」

「今だってそうだよ。みんなが思ってることを考えて、伝えることができるんだ。それって、人と人の心を繋げることだよ。すごいよ」

 あきらは本心からそういっているようだった。かといって、ゆうきは自分の何がすごいのか、いまいちよくわからない。

「アンリミテッドに対してだってそうだよね。ゆうきは、本気でアンリミテッドを改心させるつもりなんだよね。なんとかアンリミテッドとも心をつなげようとがんばってるんだ。わたしにはきっと、そんなことできないよ……」

 一瞬、ゆうきは笑ってしまいそうになった。真剣な顔をしているあきらを前にそんなことをしたら失礼だと思った我慢したけれど、少しだけ吹きだしてしまった。

「な、何か可笑しい?」

 少しむっとしたような顔であきらが言う。そんなあきらに、ゆうきは言った。

「だってさ、あきら、忘れちゃったの? わたしにそれを思い出させてくれたのは、あきらなんだよ?」

「えっ……?」

「四月にさ、わたしが落ち込んでたとき、一緒に帰ろうって言ってくれたよね。あのとき、あきらがわたしにくれた言葉が、今のわたしそのものなんだよ」



 ――――『ゆうきは誰かを助けるだけじゃなくて、悪い方もしっかりと叱ってあげるつもりだったんだよね』



 ――――『ゆうきは戦うよ、絶対。友達を守るために。それから、悪いことをしているひとを、叱ってあげるために』



「あの言葉があったから、わたしは戦えるんだよ。あの言葉があったから、わたしは怖くても立ち向かえるんだよ」

 ゆうきはそっと胸に手を当てる。大切な大親友で幼なじみの、あきらからの言葉は、いつもその中に入っている。

「わたしがすごいって言うなら、きっとそのすごさは、あきらが教えてくれたものなんだよ」

 あきらはしばらく目をぱちくりさせていた。やがて、恥ずかしそうに微笑んだ。

「……ありがと、ゆうき」



 その瞬間、まるで照明のスイッチが切られたように、世界から色が消え去った。
561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:58:59.67 ID:sptbJ6v70

 それはアンリミテッドの深く暗い位相が表出したことに他ならない。

「やあ、剣道場以来だね、プリキュア諸君」

 その人を小馬鹿にするような声を聞き間違えるはずがない。窓の外、中庭をゆっくりと歩いてくるのは、ダッシューだ。

「おやおや」 ダッシューは嘲笑するように。「君、ロイヤルブレスはどうしたんだい?」

「っ……」

 あきらは左手首を押さえる。本来そこにあるべき、真紅のブレスが、あきらの手元にはないのだ。

「情熱の王女に返したのかな。懸命な判断だ。君のような弱い人間は、キュアドラゴのような強大な力を扱うに相応しくない」

「そ、そんなことないドラ!」

 パーシーが叫ぶ。

「あきらは強い情熱の力を持っているドラ! パーシーが、それを上手に導いてあげられないから、いけないドラ……」

「違うよ、パーシー。わたしがもっと、うまくキュアドラゴの力を使えれば……」

「……ふん。くだらない。お互いをかばい合う主従になど興味はないよ。戦う力がないのなら、邪魔になるだけだ。下がっていたらどうだい?」

 ダッシューの冷たい目線が飛ぶ。萎縮するパーシーを抱きしめ、ブレイたち他の妖精も預かり、あきらはふたりの戦いを見守るべく、後へ下がった。

「邪魔なんかじゃないよ。あきらの言葉で、わたしは戦うことができるんだから」

「あきらがフレンたちを守ってくれるから、私たちはあなたと戦えるのよ」

 ゆうきとめぐみはダッシューに言い返す。そして、ロイヤルブレスへ、プリキュアの紋章を差し込んだ。



「「プリキュア・エンブレムロード!」」



 色が消えた世界で、薄紅色と空色の光が炸裂する。ふたりの少女の姿が光に包まれ、伝説の戦士の装いとなっていく。そして、大空から舞い降りたふたりは、欲望に墜ちた敵に向かい、己が存在を宣言する。



「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」



「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」



「「ファーストプリキュア!」」



 闇に墜ちた世界で、伝説の戦士が、闇の戦士と対峙する。
562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:59:28.24 ID:sptbJ6v70

…………………………

「プリキュア。今日こそ君たちを倒す。そのための算段はもうついている」

 ダッシューは何かを掲げる。廊下から中庭のダッシューまで距離がある。しかし、あきらにはそれがなんだかわかった。今朝、見たばかりだったからだ。

「あ、あれ……! 蘭童さんのはさみだよ!」

「なんですって?」

 ユニコが歯がみする。

「……ってことは、ダッシューのやつ、蘭童さんからはさみを奪い取ったのね」

「許せないよ! いこう、ユニコ!」

「ええ!」

 グリフとユニコは、窓から中庭へ降りる。その瞬間、ダッシューが大空に向け叫んだ。

「出でよ、ウバイトール!」

 モノクロの空が割れる。その裂け目の中から現れた黒々とした何かが、ダッシューの掲げるはさみにまとわりつき、取り付く。

 そして、闇の怪物が誕生する。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「っ……! 蘭童さんのはさみを!」

「気をつけなよ、プリキュア」

 ダッシューが笑う。

「このはさみに込められた欲望は並大抵のものではない」



 ――――『まぁ、たしかに色々なことを、ぼくと一緒に経験したはさみではあるね』



「っ……」

 あきらは思い出す。蘭童さんのさみしそうな笑みを。

 そのはさみに込められた、きっと大切であろう想いを、欲望の怪物に変えられているのだ。

「ふたりの友達が戦っているのに、わたしは見ていることしかできない」

「あきら……」

「それだけじゃない。色々なことを教えてくれる、お世話になっている人の大切なものが奪われたっていうのに、わたしは何もできない……」





「――――そうだな。貴様にはそうやって、何もできないと嘆いている姿がお似合いだ」
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 21:59:57.72 ID:sptbJ6v70

「ッ……!?」

 気配などまるで感じなかった。廊下の奥から、コツコツと音を立ててこちらへ歩いてくる人影。それは、仮面をかぶった、漆黒の出で立ちの、華奢な紳士だ。

「で、デザイア!?」

「どうしてここにいるニコ!?」

 ブレイとフレンがうめく。その声を聞いて、ようやくあきらは理解した。

 こちらに近づいてくる漆黒の仮面の紳士。それこそが、ゆうきとめぐみが何度も敗北を喫した、アンリミテッド最強の騎士、デザイアなのだと。

「お初にお目にかかる。情熱のプリキュア、キュアドラゴ。私がアンリミテッド最高司令官、暗黒騎士デザイアだ」

「……はじめまして。美旗あきら。キュアドラゴです」

 歩を止めたデザイアに、あきらも油断なく身構える。

「安心すると良い。私は変身できない貴様に危害を加えるつもりはない」

 仮面の下の表情を窺い知ることはできない。しかし、そのデザイアの言葉に、嘲笑の響きが含まれていることは、嫌でもわかった。

「しかし、変身できぬとは、情熱のプリキュアが聞いて呆れるな。貴様の情熱はその程度なのか?」

「あ、あきらを馬鹿にしないでほしいドラ!」

 あきらに抱かれたまま、パーシーが身体を震わせる。

「聞かぬよ、情熱の王女。貴様もまた、大した情熱だ。なにせ、せっかく伝説のプリキュアになってくれた美旗あきらから、何も言わずロイヤルブレスを受け取ってしまったのだからな」

「ど、ドラ……」

「情熱の王女。貴様は、己のために戦ってくれている美旗あきらを信じることができなかったから、ロイヤルブレスを受け取ったのだろう?」

「ち、違うドラ。パーシーは、あきらがこれ以上傷つくのを見たくなくて……」

「表面上はそうであろう。しかしそれは即ち、美旗あきらのことを信じることができなかったということだ」

 そのデザイアの言葉は、きっと正しい。

 あきらは、自分のことが信じられなくて、パーシーに情熱のロイヤルブレスを返した。

 パーシーもまた、あきらが今はまだキュアドラゴの力を使いこなすことはできないだろうと思い、何も言わず受け取ってくれたのだろう。

 それは言葉を変えれば、デザイアの言うとおり、パーシーはあきらがキュアドラゴの力を扱えると信じてはくれなかったということでもある。

「……言い方はいくらでもできると思うよ」

 言葉を変えれば、いくらでも言いようはある。だからあきらは、平静にそう言うことが出来た。

「パーシーはわたしのことを想って、ロイヤルブレスを受け取ってくれたんだよね。わたし、すごく心強かったよ」

「あきら……」

 あきらはパーシーたち四人の妖精を廊下に下ろした。

「下がってて。わたし、デザイアと話さなきゃいけないことがあるんだ」

 パーシーたちは心配そうな目をあきらに向けていた。やがて頷くと、四人は廊下の向こう、隅の柱に隠れた。
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:00:25.03 ID:sptbJ6v70

「ゆうき――キュアグリフがね、言ってたんだ。あなたも知ってるでしょう? ゆうきは、あなたたちを改心させるために戦ってるんだよ」

「ああ。まったく理解しがたいことであるがな。そして、無駄な努力だ」

「そうかもしれない。それでも、ゆうきは心の底から、それを信じてる。そのためにがんばるって決めてるんだよ」

 あきらは胸に手を当てる。この心の中に、自分だけの情熱をもっている。けれど、その情熱が人を傷つけてしまうことがある。それはきっと、キュアドラゴだけの話ではない。

 人間誰しも、心の中に情熱を持っていて、その情熱を言葉にして、相手に伝える。その情熱はきっと、人の背中を押したり、励ましたり、力をあげたりできる、素晴らしいものだ。

 けれど、その情熱が人を傷つけることがある。意図せず、相手を傷つけてしまうことがある。言葉には、情熱には、それだけの力がある。その情熱を炎に変えて戦うキュアドラゴだからこそ、凄まじい力を持っていると同時に、意図せず自分や周りを傷つけてしまう可能性を持っているのだろう。

「わたしはね、きっと余裕がなかったんだ」

 あきらは心の中の情熱を整理しながら、口に出した。

「アンリミテッドがパーシーたちの世界を飲み込んで、大切なエスカッシャンも奪い取って、そして今もまた、このホーピッシュをどうにかしようとしていて……」

「…………」

「わたしは、そんなアンリミテッドが怖くて、許せなくて、仕方なかったんだ」

「……当然だ。それは人間として当たり前の感情だろう」

 デザイアが頷く。

「むしろ、我々を改心させるなどと宣う王野ゆうきのほうが特異だと思うがな」

「違うよ。ゆうきだって、わたしと同じように、あなたたちのことを怖いと思ってるよ。許せないとも思ってるよ」

「……なに?」

 デザイアの仮面の下の目が動いたのがわかった。冷たい視線があきらを貫く。

「怖いと思ってるけど、許せないと思ってるけど、それでもゆうきは、あなたたちのために、あなたたちを変えたいと思ってるんだ。そして、めぐみはゆうきのそんな気持ちを理解しているからこそ、ゆうきと一緒にがんばってるんだと思う」

 あきらはだから、そっとデザイアに手を差し出した。

「今、わたしにもわかったよ。ゆうきとめぐみが、プリキュアの力を正しく扱える理由が。ロイヤリティの光の力は、ホーピッシュの希望の力は、あなたたちを倒したい、怖い、許せない、そんな気持ちだけじゃ扱えないんだ」

 パーシーを守りたい。

 パーシーの大切な世界を取り戻したい。

 そして――、



「――わたしは、何かにもがいているあなたたちのことも、助けてあげたい」



「ッ……」

 デザイアがたじろいだ。
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:00:52.04 ID:sptbJ6v70

 あきらの目は、慈悲にあふれていた。今は、本心から、デザイアのことを、ダッシューのことを、アンリミテッドのことを、知りたいと思っているのだ。

「ねえ、教えて。あなたたちは一体、何を恐れているの?」

「……我々はアンリミテッドだ。何も恐れはしない」

「そっか」

 あきらは笑って、差し出した左手を見下ろした。

「じゃあ、わたし、もっとがんばらないとね」

 その左手が、まばゆいばかりに輝き出す。それは、あきらにとって、なぜか不思議なことではなかった。

「パーシー」

 あきらはだから、背後に呼びかけた。

「……ドラ! あきら、受け取ってほしいドラ! 情熱のロイヤルブレスドラ!」

 紅蓮の光が飛ぶ。それは、情熱が凝縮された、炎に等しい光だ。それはあきらの左手で、腕輪の形を作り出す。現れた真紅の腕輪を、そっと右手で包み込む。その温かさが、あきらに勇気を与えてくれるようだった。

「……ほう。変身するか。また暴走するつもりか?」

「しないよ。今なら大丈夫だってわかるんだ」

 あきらはそっと、笑った。

「情熱は無敵だよ。だってわたし、今は心の底から、あなたたちのことを救い出したいって思うんだもの」

「……ふっ」

 デザイアはマントを翻し、消えた。それを見届けると、あきらはパーシーと頷き合う。

「……受け取るドラ。情熱の紋章ドラ」

 紅蓮の光が飛ぶ。パーシーから放たれたその光は、あきらの手の中でカタチを成す。

 それは、紅蓮の紋章。

 情熱の国を象徴する神獣、ドラゴンをかたどった紋章だ。

 あきらはその紋章を、ロイヤルブレスに差し込み、叫んだ。



「プリキュア・エンブレムロード!」


566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:01:19.20 ID:sptbJ6v70

…………………………

「さぁ、行け、ウバイトール!」

 ダッシューの声に呼応するように、闇に墜ちたはさみの怪物がその切っ先をプリキュアに向ける。

「グリフ!」

「うん!」

 ユニコが空色の光を放つ。それは空中に階段のような足場を成す。グリフはその空色の階段を駆け上がり、ウバイトールの直上から蹴りを放つ。

『ウバッ……!』

 切っ先を横に向けていたウバイトールはその攻撃に対応できず、地面に叩きつけられる。しかし、すぐさまウバイトールから黒い闘気が発せられ、グリフを吹き飛ばす。

「ッ……! すごい力だよ、ユニコ!」

「ええ」

 ユニコはそのときにはすでに、ウバイトールの真横から蹴りを放っていた。

『ウバッ!』

 しかしウバイトールは凄まじい速度で反転し、その切っ先でユニコを両断しようと動く。

「ッ……」

 ユニコは後退し、その横にグリフも着地する。

「剣道場のときほどではないにしろ、かなり強いわね」

「うん。どうしようかな……」

 構えを取るふたりに、ウバイトールがにじり寄る。その後ろで、ダッシューが言った。

「こんなものだと思うなよ? このはさみに込められた欲望は、すごいぞ」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ウバイトールが吼える。その瞬間、ウバイトールの周囲に大量のはさみが出現する。
567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:01:46.93 ID:sptbJ6v70

「なっ……!?」

『ウバァアアアアアア!!』

 ウバイトールの叫び声に呼応するように、大量のはさみがプリキュアめがけて飛ぶ。

「優しさの力よ、この手に集え! カルテナ・ユニコーン!」

 ユニコの行動は早かった。呼び出したカルテナを構え、空色の光を集約させる。それは、以前より何倍にも強化された“守り抜く優しさの光”の盾だ。グリフと己を守るその盾に、大量のはさみが切っ先をうならせ激突する。

「ッ……ただのはさみじゃないわ、これは……!」

 まるでひとつひとつが重い石のようだった。それが凄まじい切れ味を持っていることは、疑いようがなかった。グリフに支えられながらすべてのはさみをはじき返した後、ユニコは身体中の力が抜けて、倒れ込んだ。

「ユニコ!」

「……ふふ。さすがは、あのはさみだ。凄まじい力を持っている」

 黒い闘気を纏うウバイトールの横から、ダッシューが現れる。

「あれは主事の蘭童さんのものだよ。返して」

 そんなダッシューにまっすぐ、ゆうきは言った。

「それがどうした。ぼくには関係ない」

 そして、そのゆうきの言葉を、ダッシューは聞かない。

「……さぁ、終わりだよ、プリキュア。キュアユニコが倒れた今、きみひとりではこの攻撃は防げない」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ダッシューが手を上げる。ウバイトールが再び大量のはさみを生み出す。そして、ダッシュー自身も、その身体の周囲に大量のはさみやのこぎりを呼び出した。

「変身を解いて降伏しろ。ブレスと紋章を渡せ。命まで取る気はない。束の間ではあるが、アンリミテッドがこの世界を闇に染めるまでの間、余生を楽しむといい」

 ダッシューの目は本気だ。グリフはぎゅっと、ユニコを抱きしめる。

 降伏するわけにはいかない。

 けれどせめて、ユニコだけは守らなければならない。

「……ふん。まったく、嫌になる。諦めが悪いのも大概にしろ」

 その瞬間だった。



「プリキュア・エンブレムロード!」



 校舎の方から、凄まじい熱量が発せられた。

 見間違うはずもない、それは、まぎれもなく、キュアドラゴの“燃え上がる情熱の光”――、



「燃え上がる情熱の証! キュアドラゴ!」


568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:02:16.63 ID:sptbJ6v70

 情熱のプリキュアが、中庭に降り立った。

 目をつむっている彼女が、静かに目を開けた。

 その目に浮かぶのは、激しい情熱だけではない。

 すべてを慈しみ、包み込むような、とてつもない慈愛が浮かんでいる。

「ドラゴ……?」

 大丈夫なの? だとか。

 変身しちゃダメだよ! だとか。

 そういった陳腐な言葉は出てこなかった。

 だって――、

「す、すごい……」

 ドラゴの姿を、目を、見ればわかるくらい。

 ドラゴは、意図せず自分を傷つけるようなことはないと、確信できたから。



「……ダッシュー。やっぱりあなたは優しいね」



「……ッ、何を……」

 口を開いたキュアドラゴの声は、やはり慈愛に満ちているようだった。

「あなたは、わたしが初めてキュアドラゴに変身したとき、変身する前も、後も、まるでわたしを説得するように、怖いだろう? って脅し続けたよね」

 そのドラゴの言葉を、邪魔してはいけないとわかった。それは、ダッシューもウバイトールも、同じようだった。ウバイトールは、ガクガクと、震えているようにも見えた。

「そして今、あなたはグリフとユニコに、降伏しろ、って言ったよね。あなたは本当は、人を傷つけたくなんてないんだね」

「ッ……! 勝手なことを、言うなッ!」

 ダッシューがのこぎりをドラゴに向ける。それに呼応するように、ウバイトールの周囲のはさみも、ダッシューの周囲ののこぎりも、すべてドラゴにその切っ先を向ける。

「その身に宿した情熱で燃え尽きるか、このはさみとのこぎりで切り刻まれるか、好きな方を選ぶといい」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ダッシューがノコギリを振り下ろす。その瞬間、すべてのはさみとのこぎりがキュアドラゴに向けて飛んだ。

「ど、ドラゴ!」

「大丈夫だよ」

 絶体絶命の中、ドラゴはグリフに、笑った。

「わたし、あの人を助けてあげたいの」
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:02:42.70 ID:sptbJ6v70

…………………………

 そして、ドラゴは静かに目を閉じ、唱えた。


「情熱の光よ、この手に集え」


 ドラゴの身体から炎が立ちのぼる。しかしその炎が、ドラゴの身体を傷つけることはないとわかった。ドラゴは、その炎を優しく抱きしめる。

(この炎は、わたしの情熱。勢いに流されるままじゃダメ。自分自身がしたいことを考えて、しっかりと使ってあげないと。それはきっと、詩を書くときと一緒なんだ)

 思い出す。蘭童さんが、己に教えてくれたたくさんのこと。

(表現方法は多彩だ。だからこそ、できるだけ分かりやすく、読み手のことを考えて、詩を作らなくちゃいけない。色々な手法を覚えて、正しく使ってあげる必要がある。情熱を、心の内を、ただ書き殴るだけじゃダメ。それと一緒。情熱の炎を、正しく導いてあげる必要がある)

 もう道は見えている。大丈夫。

 ――わたしなら、やれる。



「カルテナ・ドラゴン」



 炎が爆発した。しかしその炎は、ドラゴを傷つけることはない。

 それは、正しく発現した情熱の炎だからだ。

 そして、その爆発は、そのままドラゴの手の中に集約する。やがて、それは剣のカタチを成す。それこそがカルテナ・ドラゴン。伝説の中の伝説。情熱の国の最秘奥。

 王者より賜りし、伝説の剣。

 そして――、

(あの人を――ダッシューを助けるために、わたしの情熱の炎を燃やす)

 そう、それこそが、きっと、正しい“燃え上がる情熱の光”の使い方。

 戦うつもりだけで使ってはいけない、炎。

 守りたい、助けたい、救い出したい。

 そんな気持ちにだけ応えてくれる、強大な光の力。

 静かなる決意の中に浮かぶ、熱い情熱。

 それを、燃やす。



「“ドラゴネイト”」


570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:03:08.97 ID:sptbJ6v70

 それが何なのか、ドラゴにもよくわからない。けれど、その炎は、ドラゴが理解するより早く、その力を発揮した。

 ドラゴの目前まで迫っていた無数のはさみやのこぎりが、全て瞬間的に燃え尽きたのだ。それは小さな花火がいくつも上がったかのような光景だ。

「なっ……なんだと……!?」

 その様を見て、ダッシューが呻く。

「こんなの、どうやって……!?」

「これがドラゴネイトだよ。“燃え上がる情熱の光”の精密操作。人が相手を傷つけない言葉を選ぶように、ドラゴネイトは“燃え上がる情熱の光”で燃やすものを瞬時に判別するんだよ」

「ッ……伝説の中の伝説、情熱の国の最秘奥を、会得したというのか……君は……!」

「色んなひとの助けがあったからできたことだよ。わたしひとりの力じゃない」

 そして、キュアドラゴは、微笑んだ。空いている手を、ダッシューに差し出した。

「あなたを助けたい。あなただけじゃない。ゴーダーツも。あの女の子も。デザイアも。救い出したいんだ」

「勝手なことを! 行け、ウバイトール! キュアドラゴを潰せ!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ダッシューから余裕の笑みは消えていた。その姿に哀れみを憶えながら、ドラゴはカルテナを構えた。

「ドラゴ!」

 グリフの呼び声が届く。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 それに、ドラゴはやはり微笑んで返す。

「ちょっと待っててね。もう終わらせるから」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ウバイトールがはさみを開く。その切っ先がまっすぐ、ドラゴを両断しようと動く。



「天翔る烈火の飛竜、ドラゴンよ。プリキュアに力を」



 しかし、ドラゴの平静な気持ちは揺るがなかった。まっすぐにウバイトールを見据え、カルテナを構えたままだ。



「プリキュア・ドラゴンストライク」

571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:03:35.10 ID:sptbJ6v70

 それは、凄まじい速度の炎の射出だった。カルテナ・ドラゴンに宿った炎を、向かってきたウバイトールに叩きつけたのだ。

『ウバッ……ウバァアアアアアアアアアア!!』

 ウバイトールに燃え移った炎は瞬く間にウバイトールを覆い尽くし、そして、はさみから現れた暗く黒い闇の塊を燃やし尽くす。そして、闇から浄化されたはさみがドラゴの手の中に落ちた。

「……とうとう情熱の炎を使いこなすようになったか、プリキュア……ッ」

 ダッシューが上空から憎々しげに言う。

「覚えていろ。ぼくはこのままじゃ終わらない。終われないんだ」

「ねえ、ダッシュー。教えて。あなたは一体、何に苦しんでいるの?」

「黙れ! ぼくに、そんな情熱に満ちた言葉をかけるな……!」

 激昂するダッシューは、そのまま空に溶けて消えた。アンリミテッドに帰ったのだろう。ドラゴもまた光に包まれ、変身が解ける。

 一体彼は、何に苦しみ、何を憎んでいるのだろうか。

「「あきら!」」

 そんなことを考えていると、あきらに駆け寄り、抱きつく影がふたつあった。

「わっ……き、急に飛びつかないでよ。びっくりしたよ」

「すごいわ、あきら! ドラゴネイトを習得したのね!」

「すごいよ! あの強いウバイトールを一撃で倒しちゃったよ!」

「……うん。みんなのおかげだよ」

 ふたりの友達が心の底から喜んでくれている。それが嬉しくて、あきらも笑った。

「あきら〜〜!」

 窓枠を飛び越え、パーシーたちも駆け寄ってくる。

 正しく伝えた情熱も、相手に届くとは限らない。

 言葉にした情熱は、相手を傷つけるかもしれない。

(……でも)

 相手を思いやって、伝えようと努力すれば、傷ついて、傷つけられて、そんなことがあっても、きっといつか伝わる。

(ダッシュー。いつか、しっかりお話できたら、嬉しいな)
572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:04:04.72 ID:sptbJ6v70

…………………………

「あら、ゆうきちゃん」

「はぇ? あ、ひなぎくさん」

 戦い終わって、廊下に戻り職員室へ向かう道すがら、ひなぎくさんと出会った。

「ちょうどよかったわ。はい、これ」

「へ……?」

 ひなぎくさんが差し出したのは、今まさに探していた、ラブリだった。ラブリの目は安堵で潤み、今にも泣き出しそうなほどだ。ゆうきは慌ててひなぎくさんからラブリを受け取った。

「あ、ありがとうございます! でも、これ……」

「いつも持ち歩いているぬいぐるみのひとつでしょ? 職員室に届けられてたから、ちょっとうそをついて持ってきちゃった」

 てへっ、とひなぎくさんは舌を出して笑う。そんな所作が似合うのは、間違いなくひなぎくさんが美人さんだからだろう。と、そんなことはどうでもよくて。

「ど、どうしてそんなことを?」

「だって、学校にぬいぐるみを持ってきてることがバレたら、ゆうきちゃん怒られちゃうでしょ?」

「あっ……」

 たしかにその通りだ。怒られるかどうかはともかく、注意はされるだろう。ダイアナ学園は、基本的に勉学に不要なものは持ってきてはいけないのだ。生徒会の一員であるゆうきがそんなことをしていたら、間違いなく先生はいい気持ちではないだろう。

「すみません……。ありがとうございます」

「いえいえ。もう落としちゃダメよ」

「はい!」

「それじゃ、ね。新作のスイーツ考えてるから、またお店に試食しに来てね」

「わー、ぜひぜひ! 行きます行きます!」

「……こら。恩人にがっつかないの」

 愉快そうに笑うひなぎくさんと別れ、人が周囲にいないのを確認して、そっとラブリをカバンにしまう。ラブリはカバンの中でようやく一心地ついたように、大きく息を吐いた。

「……た、助かったレプ」

「まったく、気をつけてよね」

「面目ないレプ」

 肩を落とすラブリに、あきらは言った。

「でも、わたしのためにがんばってくれたんだよね。ありがとう、ラブリ」

「レプ……。お礼を言われるようなことじゃないレプ」

 何はともあれ、問題はすべて解決した。三人と四人の妖精たちは帰路についた。と――、

(ん、でも……)

 めぐみの頭には、ひとつひっかかることがあった。

(ひなぎくさんのパン販売、お昼休みだけよね。こんな時間までどうして学校にいたのかしら……?)

 ゆうきにラブリを届けるためだろうか。しかし、ひなカフェのこともあるというのに、そこまでお人好しなことを、普通するだろうか?

「……ま、いいわ。大したことじゃないわね」
573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:04:31.22 ID:sptbJ6v70

…………………………

 翌日、早朝。

 彼は苦々しい気持ちを抱きながら、ダイアナ学園の中庭、あきら曰く“秘密の場所”である植樹に囲まれたそのスペースで、彼女と向き合っていた。

「昨日、新しい詩を書いてきたんです」

 そう言って、あきらは彼にノートを差し出した。年頃の少女が想いの丈を書き綴ったそのノートを差し出すことに抵抗がないはずはないだろう。彼のことを信頼しているのだろう。

 彼などのことを、信頼してくれているのだろう。

(くだらない……)

 彼はいちいち感傷にひたりたがる己に嫌気がさして、あきらが差し出したノートを黙って受け取った。開かれていたページ綴られている文字を目で追っていく

「……わたし、今まできっと、思ったことを、感じたことを、そのまま文字にしていただけだったんです」

 あきらがとうとうと口を開く。

「今回は、考えて書きました。ただ思いの丈をぶつけるだけじゃなくて、しっかりと、考えて」

「……なるほど」

 その詩には、たしかにその努力が見て取れるようだった。

「昨日の出来事を、早速自分の力に変えたのか。まったく、すごいことだ」

「へ? 昨日の出来事……?」

「なんでもない。忘れてくれ」

 彼はノートを閉じて、あきらに差し出した。

「いいと思うよ。これ以上、ぼくから何を言うこともない。技術的なものも何もかも、伝えられることは伝えたからね。あとは君が、書き続けるだけだ」

 そう言って、彼は立ち上がった。

 気まぐれでしていた彼女への詩のレッスンだが、本来詩というものは、本人の心の発露でしかない。国語的な技術さえ伝えてしまえば、もう彼がどうすることもない。

「あ……待ってください。渡すものがあるんです」

 あきらがそう言って、カバンから何かを取り出した。それを見て、彼は少し驚いた。

「このはさみ、昨日拾ったんです」

「ぼくの、剪定用のはさみ……なぜ……?」

「えっ? いや、だから、拾ったんですけど……」

 動揺する彼に、彼女も少し動揺している。

“拾った”というウソをついているからだろう。

「……そうか。ありがとう」

 そう言って、彼はあきらからはさみを受け取った。

(なぜ……)

 その疑問を、心の中でだけ反すうする。



 ――――なぜ、はさみを破壊しなかった?

574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:04:57.93 ID:sptbJ6v70

 プリキュアにとって、昨日のウバイトールは脅威でないはずはない。キュアドラゴのドラゴネイトでようやく撃退したような欲望の品を、なぜ自分に返すというのか。再びそのはさみを敵が“奪い取り”、使うという可能性を考慮に入れていないのか?

「それ、大事なものなんですよね」

「え……?」

 あきらは満面の笑みで、言った。

「ちゃんと返せてよかったです」

(……なるほど)

 彼は、そのあきらの笑顔に納得した。

(自分たちの脅威となる可能性を考慮しても、ぼくにこのはさみを返すことを優先したのか)



 一度ウバイトールにした品物は、再びその欲望を闇に堕とすことはできない。



 そんなルールがあるから、もちろんもう一度そのはさみをウバイトールにすることはできない。

 しかし、それをプリキュアたちは知らないだろう。

 もう一度あのはさみのウバイトールと戦う可能性を考えてでも、彼が大事にしているそのはさみを、彼の手元に戻すことを望んだのだ。

「……まったく。本当に光が強いことだ」

「?」

 不思議そうな顔をするあきら。そんな彼女に背を向けて、彼はそのスペースを出て行こうとした。と、
575 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:05:24.94 ID:sptbJ6v70

「あっ……その、蘭童さん」

「なんだい?」

 振り返る。あきらは、おずおずと、ためらうように言った。

「ご迷惑なのはわかっています。けど、これからも、詩を見てもらってもいいですか?」

「……なぜだい? ぼくから教えられることはもうないよ」

「そうかもしれません。でも、蘭童さんに見てもらいたいんです。それから……」

 あきらは、頬を赤く染めながら。

「……もしよかったら、蘭童さんの歌も、また聞きたいな、なんて」

「…………」

 彼は押し黙ったまま、あきらを見つめた。その心の情熱は計り知れない。なにせ、悪辣なるものすべてを燃やし尽くす、あの炎を扱いきるほどの情熱だ。

 是非もない。

 今までは気まぐれであきらに付き合っていただけだ。これ以上関わるのは彼の矜持が許さないし、何より仲間や上司に立つ瀬がない。現実問題として、朝にやるべきダイアナ学園の主事としての仕事にも関わってくる。

 しかし。

「……いいよ。毎日は難しいが、この曜日なら、毎週大丈夫だ」

「本当ですか!? わっ……す、すごく嬉しいです。ありがとうございます」

「……べつに」

 それだけ言うと、彼はその場を後にした。

 それ以上そこにいたら、どうにかなってしまいそうだったから。

(……ッ、なんだ、この気持ちは)

 彼は、愛用の剪定はさみを見つめる。それは、彼にとって、きっと大切だったものだ。

 記憶がない過去、きっと己は、このはさみを大事に、大切に、使っていたのだ。

(ぼくが何者だったかなんて関係ない。ぼくはロイヤリティのようにこのホーピッシュも破壊する。それだけだ)

 それなのに、なぜ。



(――なぜ、こんなにも、心がざわつくんだ……!)



 世界はままならない。闇が光を侵食するにつれて、光が闇を包み込む。

 希望の世界ホーピッシュにおいて、闇と光が交錯し、すべてが新たな局面へ向かおうとしていた。
576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 22:05:52.27 ID:sptbJ6v70

 次 回 予 告

あきら 「……と、いうわけで無事プリキュアに復帰できました、あきらです。みんな、心配かけてごめんね」

パーシー 「わたしは、あきらのこと、信じてた。本当に嬉しい」

あきら 「パーシーのおかげだよ。ありがとう」

パーシー 「えへへ……」

ゆうき 「でもさー、あきらー、どうしていきなりドラゴネイトが使えるようになったのかなー」 ニヤニヤ

めぐみ 「どうしてかしらねー?」 ニヤニヤ

あきら 「……? ニヤニヤしちゃって、どうかしたの?」

ゆうき 「あらあら、とぼけちゃってますよ、奥さん」

めぐみ 「そうね。いやね、奥さん」

あきら (面倒くさいノリだなぁ……)

フレン 「ふたりは、あきらが主事の蘭童さんの影響でドラゴネイトを使えるようになったと思ってるのよ」

あきら 「!?」 ボン!! 「そ、そそそそ、そんなこと、ないし……」

ゆうき 「わー、あきら、顔真っ赤だよ」

めぐみ 「ほんとね。ゆでだこみたい」

ゆうき&めぐみ 「「かーわいいー!!」」

あきら 「わ、わぁ! だ、抱きつかないでよぅ……」

パーシー 「あ……わ、わたしも、抱きつきたい、かも」 ギュッ

フレン 「じゃ、あたしも」 ギュッ

ラブリ 「……し、仕方ない。私も」 ピトッ

ブレイ 「……と、いうことで、ラブリまであきらにまとわりついたところで、次回予告」

ブレイ 「誰もが憂鬱な雨の日。とある少女が、とある男の子と出会う」

ブレイ 「それはとっても素敵な出会いで……――」

ブレイ 「――次回、ファーストプリキュア! 第十八話【雨の日の出会い 優しい? 紳士な? 男の子】」

あきら 「みんな……。ありがとう」

ブレイ 「……目のやり場に困るから、そろそろみんなでくっつくのやめてくれないかな。ぼく以外の男子出ないかな……」

ブレイ 「ってことで、また来週! ばいばーい!」
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