ギャルゲーMasque:Rade まゆ√

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

136 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:53:33.16 ID:IOVfr+lx0


P「それじゃ行ってきます、姉さん」

まゆ「夕方には戻って来ますから」

文香「はい……いってらっしゃい」

バタンッ

家の扉を閉めた。

P「…………よし」

まゆ「…………はい」

P「デートだぞ!!」

まゆ「はい!忘れられない一日にしますよぉ!」

今日は、デートの日だった。

それもなんと、初デートだ。

今日この日をどれだけ待ちに待った事か。何と言っても初デートなのだから。

腕ももう殆ど治っているし、来週から中間テスト期間だが、だからこそ今日は目一杯楽しまないと。

ピンク色のワンピースに身を包んだまゆは、一段と可愛く可愛い。

P「ところでまゆ」

まゆ「はぁい、なんでしょうか?」

P「その手に持ってる手帳はなんだ?」

まゆ「スケジュール帳ですよぉ?」

P「いや、それは分かってるけど」

まゆ「今日一日でしたい事をリストアップしてきたんです」

P「成る程な。なら、今できそうな事はあるか?」

まゆ「キスですかねぇ」

P「よし、キスするか」

まゆ「待って下さい、迂闊な真似は出来ません」

P「と言うと……?」

まゆ「まゆとPさんは今、家から出たばかりです」

P「……つまり、行ってきますな状態になるな」

まゆ「はい……ですから、今からするキスは行ってきますのキスです」

P「そうなるな」

まゆ「ですから……その、どんなキスを行ってきますのキスにするか決めなくてはいけないんです」

成る程、それは確かにそうだ。

キスにも色々な種類がある。

栄えある初デートの行ってきますのキスをどれにするか、か。

確かに重要な問題と言えるだろう。
137 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:54:04.55 ID:IOVfr+lx0


まゆ「どの道いずれ全種類コンプリートするとは言え……困りましたねぇ」

P「困ったなぁ……」

俺がここのところ教科書以上に捲りに捲ったデート指南書にも、初デートの行ってきますのキスに推奨されるキスなんて載っていなかった。

だとすれば、それは自分達で決めるしかない。

P「まゆは、どんなキスがしたい?」

まゆ「ええと……その……まゆ達は、まだ高校生ですよね?」

P「だな、高校二年生だ」

まゆ「つまり、子供です。どうあっても大人にはまだ成れません」

P「老化の薬とかに頼るしかないな」

まゆ「ですが、キスだけなら……大人になれると思いませんか?」

P「……それは……つまり……」

まゆ「……はい。大人なキスです」

P「大人な、キス……」

ごくりと生唾を飲み込んだ。

大人なキスって、それってつまりディープキスって事だろ?

今まで唇を軽く重ねるだけだったのに……

まゆ「……まゆから行きますよぉ」

P「お、おう!」

まゆの背中に腕を回して、軽く抱き寄せる。

すると当然、目の前にはまゆの顔が近付いてきて。

まゆ「……改まってしようとすると、緊張しちゃいますね……」

真っ赤に、恥ずかしそうに目を逸らすまゆ。

俺もまたつられて恥ずかしくなった。

まゆ「……ふぅ……い、いいですか?」

P「あぁ、いつでも」

まゆもまた、両手を俺の背に回してきた。

そのまま、まゆの唇がゆっくりと近付いてきて……

138 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:54:45.06 ID:IOVfr+lx0


ちゅ、っと。

軽く唇が重なった。

それから少しずつ、お互いの口が開き……

まゆ「んっ……んちゅ……ちゅう、んぅっ……ちゅ……」

ぎこちないながらも舌を絡め合って。

案外呼吸も出来るもので、そのまま大人なキスを堪能する。

まゆ「っちゅ……んぅ……ちゅぅ……ちゅっ……」

P「……ぷぁ……ふぅ……」

まゆ「……しちゃいましたね、大人なキス」

P「あぁ、しちゃったな」

まゆの顔は真っ赤だが、凄く幸せそうな笑顔だった。

もちろん、俺だって幸せだ。

こんなにも可愛くて素敵な女の子と、こんな風にキスが出来るなんて。

まゆ「……ねぇ、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「今のは、まゆの行ってきますの分です」

P「まゆからしたからな」

まゆ「まだPさんは、行ってきますをしていませんよね?」

P「……それは、えっと……」

まゆ「……もう一回、してくれませんか?」

P「……おう、もちろんだ」

それからしばらくの間行ってきますのキスを数日分堪能して。

結局、家から離れたのは行ってきますから十五分くらい後だった。
139 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:55:12.48 ID:IOVfr+lx0



P「さて、何処か行きたい場所とかあるか?」

まゆ「Pさんが行きたい場所であれば、何処でも」

P「ならそうだな……」

初デートにオススメの場所は調べまくったけど。

折角、まゆと一緒な訳だし……

P「よし、遊園地行くか!」

四月に行った時は、まゆは仕事で来れなかったからな。

まゆ「うふふ、良いですねぇ」

P「んじゃ駅向かうか」

まゆ「あ、Pさん。腕を組んでくれませんか?」

P「おう」

両腕で腕組みをする。

まゆ「いえ、そうではなくて……まゆと腕を組んでくれませんか……?」

……めちゃくちゃ恥ずかしい。

よくよく考えなくてもそういう意味だろ。

まゆ「……あら、あらら……?」

P「ん……」

腕を組んで初めて気付いた。

身長差も相間って、思った以上に歩き辛い。

まゆ「ドラマや映画の様にはいきませんねぇ」

P「だな。ま、これから慣れてけばいいさ」

まゆ「……うふふ、そうですねぇ」

不器用に腕を組んだまま、駅へと歩き出す。

ふざけて誤魔化してはいるが、どうだろう。

心臓バックバクに緊張してるの、伝わってないといいな。

140 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:55:37.22 ID:IOVfr+lx0


P「さてまゆ、乗りたいジェットコースターはあるか?」

まゆ「実質一択ですよねぇ……?」

辿り着いた遊園地は、もちろん四月に来たあの遊園地で。

過去のジェットコースターが如何にエグいかは当然身を以て理解しているが。

ちょっとまゆの反応が見てみたくなったので、少し勇気を出す事にした。

まゆ「……何か企んでませんか?」

P「いや別に?まったく?これっぽっちも?」

まゆ「嘘がヘタですねぇ……」

P「さて、そろそろ列が短くなって来たけど……なぁまゆ、言い遺す事はあるか?」

まゆ「なんでそんなアトラクションに乗せようとしてるんですか?」

P「まゆの可愛い反応が見たいから」

まゆ「むぐぐ……ご期待に応えられる様、頑張りますよぉ……」

久しぶり、サイクロンツイスタータイフーンハリケーン。

頑張れまゆ。

俺は人目を気にせず悲鳴上げるから。

141 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:56:13.95 ID:IOVfr+lx0



P「ふぅ……はぁ……」

まゆ「……うふふ……うふふふふ……うっ……ふぅ……」

二人並んで、ベンチに沈み込む。

やっぱりあのコースターは人類には早過ぎるって。

まゆの悲鳴はザ・女子といった感じでとても可愛かった。

堪能する余裕は無かったけど。

P「ギネスだもんな……速さも高さも……」

まゆ「世界って、広いんですねぇ……」

P「次……何乗る……?」

まゆ「少し待って下さい……まゆの遺言が『世界って、広いんですねぇ……』になっちゃいそうなので……」

P「世界に挑んだ女って感じがするな」

まゆ「正直、今冗談を返す余裕も無いです……」

P「ま、少ししたら次のアトラクション行くか」

またまゆの可愛い悲鳴を聞きたいし、次はお化け屋敷でも行くか。

俺は二度目だし、多分余裕だろ。

そんな事を考えながらお化け屋敷の方を見ると、女子高生二人組が涙ぐみながら悲鳴を上げて飛び出して来た。

……やっぱり、やめておこうかな。

まゆ「……Pさん、今他の女の子を見てませんでしたか?」

P「何を言ってるんだまゆ、俺がまゆ以外の女子を視界に収める訳無いだろ」

まゆ「バレバレな嘘を吐かないで下さい。ダメですよぉPさん、まゆ以外の女の子の事を考えるなんて」

P「美穂は?」

まゆ「まゆともお友達なのでセーフです」

P「李衣菜は?」

まゆ「李衣菜ちゃんもまゆとお友達なのでセーフです」

P「智絵里は?」

まゆ「もちろんセーフです」

P「文香姉さんは?」

まゆ「Pさんの家族なので……ギリギリセーフです」

割と判定が緩かった。

P「加蓮は?」

まゆ「嫌です」

ダメとかアウトですらないのか。
142 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:56:49.40 ID:IOVfr+lx0


まゆ「ふぅ……Pさん、立ち上がれ無いので手を握ってくれませんかぁ?」

P「おう、もちろんだ」

まゆの手を引いて、ベンチから起こす。

……ん。

P「そう言えば、まゆっていつでも手首にリボン着けてるよな」

まゆの左手首には、いつも赤いリボンが巻かれている。

一応校則違反だった気はするけど、まゆの事だから上手く言い訳したんだろう。

あと手首、汗で蒸れないのかな。

まゆ「……気になりますか?」

P「まぁうん。いつも着けてるなーって」

まゆ「……言えません。これは、我が佐久間家に代々伝わる禁忌の掟」

P「まさか、封印された闇の力が……っ!」

まゆ「これをPさんに話してしまえば……きっと、ただでは済まされません」

いつも思うけど、まゆ凄くノリ良いな。

友達沢山いそうだし、明るいのはこういう性格が所以しているのか。

まゆ「ごほん。ふふっ、本当の理由は……まだ内緒です。聞きたければ、Pさんも佐久間家の一員になって貰わないと」

P「まゆが鷺沢家の一員になるんじゃダメなのか?」

まゆ「……えっ?あ、あぅ……うぁ……」

ん、なんか俺今とんでもない事言った気がする。

まゆ「……内緒ですよぉ」

P「ダメかー」

まゆ「……気にならないんですかぁ?」

P「気になるけどさ」

まゆ「ふふ、赤いリボンは私の愛の証……リボンは永遠の絆、赤は情熱の色です」

P「へー」

まゆ「もっと興味を持って問い詰めようとして下さいよぉ……」

P「今はまだ内緒なんだろ?」

まゆ「そうですけどねぇ。お仕事の時も、絶対外さないんです」

そう言えば昔。

俺も誰かに、リボンを巻いてあげた事があった気がする。

誰だっけ……文香姉さんだったかな。

まゆ「さて、次はどのアトラクションに乗るんですかぁ?」

P「お化け屋敷」

まゆ「却下ですよぉ」

P「なんで?」

まゆ「怖いからです」

P「合法的にお互い抱き付けるぞ」

まゆ「何をしてるんですかぁPさん!はりーあっぷ!早く行きますよぉ!」

143 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:57:36.64 ID:IOVfr+lx0



P「ふぅ……はぁ……」

本日三十分ぶり二度目、俺達はベンチに沈み込んだ。

戦慄ラビリンスは当然ながら途中退出した。

まゆが入場して即俺にしがみついて、身動きが全然取れなくなったからだ。

涙目でしがみついてくるまゆが可愛かったから俺としては満足だけど……

まゆ「うぅ……Pさぁぁぁん……」

未だに抱き付いてポコポコと殴ってくるまゆがもう可愛すぎて堪らない。

P「ごめんって、まゆがそこまでホラー苦手だと思わなくってさ」

まゆ「許しませんよぉ……許して欲しければ……」

P「欲しければ……?」

まゆ「……何も考えてませんでした……」

なんだこの可愛さのジェットコースターは。

火力がギネス十冊分をゆうに超えている。

まゆ「ではPさん、まゆが今して欲しい事を当てて下さい!」

P「俺にして欲しい事を当てて欲しい!」

まゆ「合ってますけど……そういう問題では無くてですねぇ……」

P「……キス?」

まゆ「素敵な提案ですねぇ……でも、ここは人が見てますから」

P「うーん……なんだろ?甘い物が食べたいとか?」

まゆ「惜しいですねぇ、テストだったら三角が貰えますよぉ」

P「……!分かったぞ!」

まゆ「そうです!それですよぉ!!」

P「三角関係だ!」

まゆ「は?」

P「ごめんなさい」

まゆ「……聞かなかった事にしてあげましょう」

P「……クレープ食べる?」

まゆ「当然、食べさせてくれるんですよね?」

P「……あ、成る程な。もちろんだ」

まゆはザ・恋人みたいな事に憧れている節もあるし。

多分あーんをして欲しいのだろう。

屋台でクレープを二つ買って、ベンチに戻る。

144 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:58:13.48 ID:IOVfr+lx0



P「はい、まゆの分」

まゆ「……あーんして欲しいのに……」

P「言葉が足りなかったな。まゆが俺に食べさせる分だ」

まゆ「……!突然理解が深まりだしましたねぇ」

P「いやだって、今朝見たまゆの手帳に書いてあったし」

まゆ「……何処まで見ちゃいました?」

P「言ってきます編からデート編までだ」

まゆ「……ふぅ、セーフですよぉ」

P「ちなみにその次のページにはどんな事が」

まゆ「ダメです」

P「はい」

まゆ「まだ日が昇っているうちにする様な事じゃありませんから」

P「……え?」

まゆ「……さてPさん!あーんをしますよぉ!」

P「お、おう!」

聞かないでおこう。

多分俺が我慢出来なくなっちゃいそうだし。

まゆ「はい、Pさぁん。あーん」

まゆがクレープを此方に向けてきた。

P「あーん……ん、美味しい」

まゆ「さて、次はPさんのターンですよぉ」

P「よし、まゆ。あーん」

俺の差し出したクレープを、まゆが一口齧る。

まゆ「……うふふ……とっても美味しいです」

P「……そうか」

まゆ「あら?あらあらあらあら?照れてるんですかぁ?」

何故だか勝ち誇った様な顔をするまゆ。

P「……まぁ、恥ずかしくないって言えば嘘になるな」

まゆ「嘘を吐かないのは素敵だと思いますよぉ」

P「まゆは恥ずかしくないのか?」

まゆ「恥ずかしさを感じる余裕も無いほど、幸せでいっぱいですから」

P「……待ってタンマ、多分俺今めっちゃ顔が情熱色してると思う」
145 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:58:40.52 ID:IOVfr+lx0


まゆ「うふふ……さあPさん。あーん」

P「あ、あーん」

こうなればもうヤケだ。

まゆから差し出されたクレープに勢い良く齧り付く。

すっ。

P「んむっ」

口を付けた瞬間、クレープが横にズラされた。

まゆ「あらあらPさん、ほっぺにクリームが付いちゃってますよぉ」

P「付けられたんだけど」

まゆ「付いちゃってますよぉ」

P「まじか、気付かなかった」

まゆ「仕方ありませんねぇ……ふふ、まゆが取ってあげます」

まゆが指で、俺の頬に付いたクリームを拭き取って。

そのままペロンと、指に付いたクリームを舐めた。

まゆ「うふふ、ご馳走様です」

P「……さて、次は何に乗る?」

まゆ「照れ隠しも下手ですねぇ」

P「果たしてまゆが赤だと認識している色は、他の人にとっても赤なのか」

まゆ「誤魔化すのも下手ですねぇ」

P「イジメは良くないぞ、まゆ」

まゆ「苦手だと言っているのにお化け屋敷に誘ったのは何処の誰方でしたか?」

P「大変申し訳ありませんでした」

まゆ「Pさんの照れ顔に免じて、許してあげます」

P「よし、んじゃ次のアトラクション行くか」

146 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/24(土) 23:59:16.51 ID:IOVfr+lx0


メリーゴーランド、コーヒーカーップ、フリーフォール、迷路と大体のアトラクションを巡って。

気が付けば、陽は既に傾き始めていた。

楽しい時間はあっという間だ。

次にのるアトラクションで最後にしておかないと、寮の門限が過ぎてしまう。

P「次でラストにしとくか」

まゆ「でしたら……まゆ、あれに乗りたいです」

まゆが指差す先には、観覧車があった。

まゆ「ところで……その、あの観覧車はどんな仕掛けがあるんですか?」

P「あれはこの遊園地にしては珍しく普通の観覧車だよ」

まゆ「……ゴンドラが縦に回転したり」

P「そんなギミックは無いから。前乗ったから知ってるって」

まゆ「……誰と?」

P「……だ、誰だっけなー?文香姉さんとだったかな?」

まゆ「誰と乗ったんですか?」

P「……美穂とです」

まゆ「キスは?キスはしたんですか?」

P「……その……うっ、頭が……」

まゆ「……はぁ。結構です、気を遣って貰わなくて」

P「えっと……すまん」

まゆ「まだその時は、付き合っていませんでしたし……美穂ちゃんの方から、ですよね?」

P「……まぁそうだけど……」

まゆ「……ふぅ、今の会話は無かった事にしましょうか。さて……ラストアトラクションですよぉ!」

テンションの切り替えが凄いなぁ。

147 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:01:13.79 ID:QN6hVDdR0


二人並んで、観覧車に乗り込む。

少しずつ登るゴンドラと反対に、太陽は少しずつ沈み始めていた。

P「確か一周三十分弱だったっけな」

まゆ「短いですねぇ」

P「観覧車ってそんなもんじゃない?」

まゆ「Pさんと二人だけの空間……このまま永遠に、続けばいいのに……」

ガコンッ

風が吹いて、ゴンドラが揺れた。

まゆ「……うぅ、Pさぁん……地上はまだですかぁ……?」

目にも留まらぬスピードで、まゆが俺に抱き付いて来た。

P「……永遠に、なんだっけ?」

さっきの仕返しをしながらも、まゆを優しく抱き締める。

ここなら誰も見ていないし、何をしたって大丈夫だろう。

まゆ「……ふぅ、取り乱しました」

P「最近のまゆ、表情がコロコロ変わるな」

まゆ「そんなまゆは嫌ですか?」

P「すっごく嬉しいよ、いろんなまゆを知れて」

まゆ「……Pさんと付き合ってから、初めて知ったんです。まゆは、自分で思っていた程強く無いって」

P「そうなのか?」

まゆ「小さな事で嫉妬したり、小さな事で喜んだり。前までだったら、笑顔を崩す事なく流せていた筈なんですけどねぇ」

P「……それは、悪かった」

俺が、ずっと笑顔でいて欲しいなんて。

そんな酷い事を言ってしまったから……
148 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:02:54.27 ID:QN6hVDdR0


まゆ「いえ、Pさんを責めている訳ではありません。単に、前までのまゆは……どこか、他人事だと思っていたんです」

P「他人事、ね……」

まゆ「知識だけはありましたから。Pさんがどんな人か、まゆがどんな事をすれば喜んで貰えるか。でも……」

ふふ、と。

微笑んで、優しく唇を重ねてくるまゆ。

まゆ「当事者になって……まゆがPさんと恋人になって、改めて知りました。悲しい気持ちになる事も……こんなに、嬉しい気持ちになる事も」

P「やってみなくちゃ分からないよな、そういうのって」

まゆ「キスだって、抱き締め合うのだって、夢の中なら何度も何度もしてきました……でも、実際に現実でするのは……全然違って、心に余裕なんてありませんでした」

P「今は、どうだ?」

まゆ「Pさんには、どう見えますか?」

P「……すっごく、嬉しそうだ」

まゆ「正解です。でも、今のまゆの嬉しさも……夢でシミュレーションしたものとは全然違いました」

P「どう違った?」

まゆ「すっごく、幸せです。夢の何倍も、何十倍も、きっと言葉じゃ言い表せないくらい……まゆは、とっても幸せなんです」

P「そっか。なら、良かった」

まゆ「……Pさんの事を知るのが、まゆの幸せでした。どんな事でも知りたくて、どんな事でも知っていたくて。でも……恋愛においては、そうじゃありませんでした」

P「知りたく無い事があったって事か?俺のその……本みたいに」

まゆ「いえ。Pさんがどれだけ苦しい思いをしているか、どれだけ辛い思いをしたか……それを知ってしまうのは、辛い事でした」

P「……そっか」

まゆ「知ってしまって、悲しくなる事もある……それもまた、恋をして知った事です」

まゆ「でも……それを受け入れて、抱き締めて、乗り越えて……きっとその先には、もっと大きな幸せがあるって事も、まゆは知ったんです」

まゆ「これからももっと、まゆはPさんの事を知りたい……Pさんに、まゆの事を知って欲しいです」

それは、きっと。

まゆはまだ、俺に知られたくない事があるという事で。

それをいつか知った時に、それでも俺に受け入れて欲しいという事で。

P「……あぁ、俺もだ。これからももっと、まゆの色んな事を知りたいな」

まゆ「うふふ、まゆもです」
149 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:03:31.59 ID:QN6hVDdR0


P「ところでまゆ、いつまで抱き付いてるんだ?」

まゆ「Pさんが離すまで、です」

P「寮の門限に間に合わなくなるぞ?」

まゆ「……ふふ、今日はお仕事で帰れないって、きちんと申請してありますから」

心臓がバクンと跳ねた。

P「……え?それは……えっとー……」

まゆ「……もう一度、Pさんに尋ねます。Pさんはまゆに……いつまで、抱き付いていて欲しいですか?」

顔を真っ赤に染めて、それでも真っ直ぐ俺の目を見つめるまゆ。

日が沈みきった今、その頬の色を夕陽のせいには出来なくて。

P「……ずっと、かな」

まゆ「うふふ、望むところです」

150 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:05:32.79 ID:QN6hVDdR0


P「ただいまー……あれ、姉さん?」

まゆ「た、ただいま戻りました……誰も居ないみたいですねぇ」

心臓をバクバクさせながら家に帰ると、店のシャッターは閉じられていた。

電気も消えていて、家に人の気配は無い。

電気をつけると、リビングのテーブルには書き置きが残されていた。

『今日は友人の家でレポート作成をするので、明日の夕方まで帰れません。文香』

……もしかして、気を使ってくれたのだろうか。

文香姉さんには、今日はまゆとデートだって伝えてあるし。

P「えっと……じゃあ、先にシャワー浴びちゃってきてくれ」

まゆ「ひゃ、ひゃいっ!」

お互いに緊張しまくっている。

帰りの電車も、殆ど会話無かったからなぁ。

まゆが抱き付いてて密着してたせいで、お互いの鼓動が煩かった。

P「あ、着替え無いよな?」

まゆ「ええと……鞄に、一応……」

P「……えっ?」

まゆ「あ、ありません!Pさん、シャツを貸して下さい!!」

P「お、おうっ!」

何も聞かなかった事にして、まゆを風呂場に向かわせた後着替えを取りに部屋へ戻った。

緊張し過ぎて手と足が震える。

取り敢えず部屋を軽く片して、引き出しからワイシャツを取り出した。

後は……どうしよう。ワイシャツだけでいいか。

P「着替えここに置いとくぞー」

まゆの脱いだ服を見たい気持ちを全力で押し殺し、部屋に戻る。

……ふー……落ち着け、何の為に本を読んできたと思ってるんだ。

いや、初めてに備えて読んでたつもりは無かったけど。
151 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:06:09.89 ID:QN6hVDdR0


コンコン

P「は、はぁい!」

声が裏返った。

ガチャ

部屋の扉が開いて、ワイシャツ姿のまゆが恐る恐るといったように入ってきた。

まゆ「あの……ワイシャツしか置いて無かったんですけど……」

P「……まじで?気付かなかった!」

まゆ「……うぅ……恥ずかし過ぎますよぉ……」

それでもさっきまで着ていた服を着るという選択肢を選ばなかったまゆに、一段と興奮した。

シャツの裾から伸びる太ももに視線が行きそうになるが、変態と思われたくないので胸元に目を向けた。

まゆ「……どこ、見てるんですか?」

悪戯っ子の様な笑顔で、俺の耳を抓ってくる。

P「えっと……華やかな未来だったりとかそんなん」

まゆ「正直に言ってくれたら……そうですねぇ。イイコト、してあげますよ?」

P「胸です」

まゆ「ヘンタイさんですねぇ。まったく……そんなヘンタイさんにはなんにもしてあげません」

P「しょうがないだろ、そんな薄着一枚の湯上り姿とか見るなって言う方が無理だ」

まゆ「何処の誰が、ワイシャツ一枚しか用意してくれなかったんでしょうねぇ?」

P「その……すみません」

まゆ「もう……早くシャワー浴びて来て下さい」

P「あいよ、適当に寛いでてくれ」

着替えを持って、部屋から出る。

「……ふうぅぅぅっ!緊張しましたよぉぉぉぉぉっ!!」

それと同時に、まゆの声が聞こえてきた。

あぁもう、可愛いなぁ。
152 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/25(日) 00:06:44.21 ID:QN6hVDdR0


シャワーの温度を熱めにして、頭から浴びる。

……ふぅ、よし。

出来る限り冷静を装って部屋に戻ろう。

シャツとハーフパンツを着て部屋に戻ると、まゆが手帳を開いていた。

P「……まゆー?」

まゆ「……えっ?あ、は、はいっ!」

P「何見てたんだ?」

まゆ「す、スケジュール帳ですよぉ……?」

慌てて手帳を鞄にしまおうとして、まゆがそれを落とした。

パサッと広がった手帳のそのページには、まゆのしたい事一覧が書かれていて……

P「……あの……まゆ?」

まゆ「うぅ……見ないで下さい……」

以前まゆが俺から没収した『本』の様な事が、沢山書かれていた。

言われたい台詞とか言いたい台詞とか、もろそのままで。

まゆ「……あの、Pさん……」

冷静でいるとか無理だった。

ベッドに腰掛けていたまゆを、そのまま押し倒す。

まゆ「あぁ……あの、まゆ……初めてなので……」

優しくして下さいね?

その言葉と同時に。

俺の理性は崩壊した。

153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 02:09:05.70 ID:1F8n9U3Jo
https://i.imgur.com/1V1ZFET.jpg
154 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:01:34.60 ID:WmpCJ7uqO


P「……飛行機って、なんで飛ぶんですかね」

ちひろ「飛行機だからだと思いますけど……航空力学的なお話をご所望ですか?」

P「……陸地や海を走る飛行機があっても良いと思うんです」

ちひろ「それほんとに飛行機ですか?」

修学旅行一日目。

当然ながら一番最初のアトラクションは飛行機による空中ツアーで。

この飛行機のチケットが天国への片道切符にならないことを祈りつつ、俺は気圧差の耳キーンに耐えていた。

ちひろ「飛行機での事故発生率は車より圧倒的に低いから大丈夫ですよ、鷺沢君」

隣の席は千川先生だった。

男女別々に出席番号順だった為、俺が一番先頭だったからだ。

おかげで隠し持って来たスマホで音楽を聴くことも叶わない。

数少ない友達が近くにいないからトランプも出来ない。

ちひろ「修学旅行までに骨折が治って良かったですね」

P「ギブス着けてた方が事故の時の生存率が上がったりとかしませんかね」

ちひろ「誤差だと思いますけど……そもそも、沖縄まで二時間程しかかかりませんから」

P「事故が起きるのに二時間も必要ありません。一瞬ですよ一瞬」

ちひろ「鷺沢君は自分の不安を煽りたいんですか?」

とはいえ、着いてからの事が楽しみ過ぎて仕方ないのも本音だ。

沖縄なんて行ったことがない。

本当にシーサーやシークァーサーが沢山居るのだろうか。

カヌーも漕いだ事ないし、サメも実物を見た事ないし。

P「……そう言えば、沖縄そばとソーキそばって何が違うんですか?」

ちひろ「乗ってるお肉の違いだった気がします」

P「へー」

ちひろ「あの、尋ねたならもう少し興味持ちませんか?」

P「にしても部屋俺一人とか寂し過ぎませんかね。朝には冷たくなってるかもしれませんよ」

ちひろ「うさぎですか鷺沢君は……」

千川先生との会話もなかなか面白い。

あっという間に、飛行機は着陸に向かい始めていた。

P「……俺、無事着陸出来たら沖縄そばとソーキそばの違いについて解き明かしたいです」

ちひろ「さっき教えたのできちんと着陸して下さい」

155 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:02:11.72 ID:WmpCJ7uqO


特に事故が起きる事なく、飛行機は那覇空港に着いた。

飛行機を降りたクラスメイト達は半分くらいが疲れ切っている。

加蓮「……うぇぇ……二度と乗んない……」

P「俺も乗りたくない……でも乗らないと帰れないらしいぞ……」

李衣菜「沖縄ってなんか良いよね!なんだろ、こう……ロックな空気がする」

美穂「李衣菜ちゃんは元気だね……わたし、もう……」

加蓮「李衣菜から元気を引いたら何が残るの?」

李衣菜「何も残らないって言いたいの?」

美穂「あ、ありますよ?えっと……ええーっと……あ、裕福な家庭!」

P「アホな事言ってないでバス乗ろうぜ。暑過ぎてしんどいわ」

沖縄の六月はとんでもなく暑かった。

八月になったら、一体どんな煉獄になってしまうんだろう。

P「そういえばまゆと智絵里は?」

李衣菜「智絵里ちゃんが荷物探すのに手間取ってて、それにまゆちゃんが付き合ってるのなら見たよ」

ちひろ「はーい、早くバスに乗り込んで下さい。席は自由で良いので奥から詰めていって下さいね」

加蓮「何モタモタしてんの行くよ鷺沢!」

美穂「一番後ろの五人がけの席を確保しましょう!」

李衣菜「一番は私が頂くよ!」

……元気だ事。

さっきまでの疲れなんてもう忘れてるんだろうな。

まゆ「お待たせしましたぁ」

智絵里「すみません……時間かかっちゃって……」

智絵里ちゃんとまゆも、少し遅れて追いついて来た。

まぁ休む暇なくすぐにバスまで移動だけど。

P「三人は先に乗って一番後ろの五人がけ確保してるっぽいぞ」

まゆ「つまり、前の方に座れば邪魔は入らないって事ですよね?そういう提案ですよね?ね?」

智絵里「まゆちゃん、早く乗って下さい」

一番後ろから一つ手前の席には、既に他の女子が座っていた。

P「って言うか五人がけじゃ一人座れないじゃん。俺は適当な場所に座るよ」

まゆ「お隣、お供させて頂きますよぉ」

智絵里「まゆちゃん、早く奥に進んで下さい」

まゆ「あっあっあっPさぁん!ついてきて下さぁい!!」

智絵里「……早く進んで?」

まゆ「はぁい……」

みんなと離れ離れになった。

俺は空いている適当な席に腰掛ける。

ちひろ「あ、鷺沢君。お隣良いですか?」

……また音楽聴けないじゃないか。

まゆ「千川先生、席交換しませんかぁ?!」

ちひろ「佐久間さん、そろそろ出発なので座っていて下さい」

まゆ「……黄緑!蛍光色!目に眩しい!!」

ちひろ「それ罵倒のつもりで言ってるんですか?」
156 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:02:53.17 ID:WmpCJ7uqO



加蓮「鷺沢早く撮って!ここすっごく眩しいから!!」

美穂「この場所で撮ろうって言ったの加蓮ちゃんだよね?」

P「撮るぞー。はい、ポーズ」

パシャり。

カメラのシャッター音が響く、夏の首里城前にて。

クソ暑い中直射日光をダイレクトに受けながら、加蓮と美穂のツーショットを撮る。

加蓮「どう?上手く撮れた?」

P「あ、加蓮目瞑ってるわ」

加蓮「もっかいもっかい!もう一回撮ろ?!」

美穂「せめて場所変えませんか……?」

建物内の見学は直ぐに終わってしまい、撮影活動に精を出していた。

出来ればコンビニとか涼しい場所で休んでいたかったんだけどな……

加蓮「にしても……あっつくない?」

美穂「ですね……沖縄って、こんなに地球温暖化が進んでたんですね」

加蓮「暑過ぎて汗凄いんだけど。サウナより健康になれそう」

美穂「お昼にあれだけポテト食べてた人が健康なんてワード使っても説得力無いよ?」

加蓮「美穂割と私に対して当たり強くない?」

美穂「ねぇPくん。Pくんの写真も撮ってあげますよ?」

P「俺は別に良いかな。自分の写真なんて見返す機会も無いし」

加蓮「なら美穂とのツーショットにすれば?」

美穂「良いですね!良いですよね?良いよね?!」

P「お、おう……」

勢いに負けて、美穂とツーショットを撮る事になった。

カメラマンは加蓮だ、心配しかない。
157 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:03:27.30 ID:WmpCJ7uqO



加蓮「眩しっ!二人とも反対側に立ってくれない?」

P「それだと俺たちが眩しくなるだろ」

加蓮「もういいや、私が我慢してあげる」

デジカメを構えて、タイミングを伺う加蓮。

加蓮「はい二人とももうちょっと寄ってー」

美穂「はーい」

P「どうだー?」

指示通りに身体を寄せ合う。

……汗の匂い、大丈夫だろうか。

少し不安になって、シャツの袖を鼻に当ててチェックする。

美穂「大丈夫かな……」

見れば、美穂も全く同じ事をしていた。

なんだかおかしくて笑ってしまう。

美穂「ど、どうかしましたか?」

P「いや、同じ事気にしてるなーって」

美穂「……大丈夫ですか?暑くてすっごく汗かいちゃってるから……」

P「大丈夫だよ、いつもの美穂の香りが……」

……セクハラでは?

途中で気付き言い止まった。

美穂「……うぅ……」

顔を真っ赤にして、俯いてしまう美穂。

P「……すまん」

美穂「い、いえ……その、恥ずかしくて……」

加蓮「……撮るのやめていい?」

美穂「あっ、ご、ごめんなさい!」

P「よーし加蓮!撮ってくれー!」

加蓮「ぱしゃ、撮ったよ」

P「撮ってないだろ」

加蓮「はい、ポーズ!」

パシャッ

シャッター音が響く。

158 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:04:06.92 ID:WmpCJ7uqO


加蓮「……美穂、顔真っ赤だね」

美穂「お、沖縄のせいです!」

P「暑さのせいじゃないのか」

加蓮「それじゃ、後でスマホに移してラインで送っとくから」

美穂「あ、せっかくですから加蓮ちゃんとPくんも一緒に撮ったらどうですか?」

加蓮「私?私はいいや、別に」

美穂「記念に、どう?」

加蓮「何の記念なの?」

美穂「えっと……六月?」

加蓮「もうちょっと考えてから喋ろ?」

美穂「加蓮ちゃんは、撮りたくないんですか……?」

加蓮「……はいはい、そこまで言うなら撮られてあげる」

P「めっちゃ嫌がられると普通に辛いな」

加蓮「はい鷺沢、もうちょっと近付いて」

P「おっ、おう」

肩をくっつけて、首里城をバックに並ぶ。

加蓮「……汗、匂わない?」

P「さっきの俺たちと同じ事考えてるな」

加蓮「想像以上に暑かったからね。シャツ透けてないといいんだけど」

P「大丈夫っぽいぞ?」

加蓮「っ!いちいちチェックしなくていいから!!」

美穂「……あの、やっぱり撮らなくていい?」

加蓮「さっきの私の気分、分かってくれた?」

美穂「……ごめんなさい……」

加蓮「分かれば良し。さ、早く撮って?」
159 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:04:39.32 ID:WmpCJ7uqO


美穂「はい!撮りますっ!位置についてー!」

P「走るの?」

加蓮「ポーズどうする?」

P「クラウチングスタートで良いんじゃないか?」

加蓮「二人三脚のスタートダッシュには向かないんじゃない?」

P「そもそも走ったら写真撮れないな」

加蓮「そこは美穂の腕に期待しよ?」

美穂「……よーーーーーい」

まぁ、ピースでいいか。

心底呆れた様な表情で此方に向けられたカメラのレンズに視線を合わせる。

美穂「どんっ!」

まゆ「ばぁ!」

加蓮「きゃっ?!」

P「うぉっ?!」

パシャッ

シャッター音とほぼ同時に、まゆの手が俺と加蓮の肩に乗せられた。

驚いてすげー間抜けな声と表情してたと思う。

加蓮「ちょっとまゆ!今写真撮ってたんだけど!!」

まゆ「写真を撮るのに、良い雰囲気を作る必要はありませんよねぇ?ねぇ、Pさん?」

加蓮「別に、ただ喋ってただけじゃん」

まゆ「この近さで、ですかぁ?」

P「良い雰囲気だったか?」

まゆ「真後ろに居たまゆ的にはアウトですねぇ、余裕で浮気です」

P「大変申し訳ございません」

加蓮「鷺沢はもうちょっと堂々としてなよ。こんなんでアウトなら女子と会話出来ないよ?」

まゆ「加蓮ちゃん以外ならセーフです」

加蓮「は?」

まゆ「なんですか?」

P「はいはい。んでまゆ、李衣菜と智絵里はどうしたんだ?」

まゆ「智絵里ちゃんが千川先生にスマホ見つかっちゃって、二人でなんとか返して貰おうと頑張ってましたよぉ」

味方してあげろよ。

……いや、多分何したところで修学旅行終わりまで返ってこないだろうけど。
160 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:05:06.00 ID:WmpCJ7uqO


まゆ「さて、Pさん。まゆともツーショットを撮りますよぉ!」

加蓮「私は撮ってあげないよ?」

美穂「あっ、ごめんなさい。わたし、家の決まりでまゆちゃんと誰かのツーショットを撮っちゃいけないんです……」

まゆ「大変申し訳ごめんなさい……撮って下さい……」

加蓮「……しょうがないね。まゆと其処の壁とのツーショットなら撮ってあげるけど?」

まゆ「金輪際加蓮ちゃんにはお願いしません」

加蓮「へーそんな事言っていいんだ?折角撮ってあげようと思ってたのになー」

美穂「早く涼しい所に行きたいので、わたしが撮ってあげます」

まゆ「ご協力痛み入りますよぉ」

まゆが腕に抱き付いて来た。

……暑い。

まゆ「さぁPさん!其方からもまゆに抱き付いて下さい!さぁ!」

美穂「やっぱりやめていいですか?」

加蓮「鷺沢ー早く涼しいところ行こ?」

P「すまん十秒だけ付き合ってくれ!!」

161 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:05:40.41 ID:WmpCJ7uqO



P「……疲れた……」

修学旅行一日目が終わり、俺はホテルのベッドに倒れ込んだ。

食後の満腹感も相まってとんでもなく眠い。

明日も暑いだろうし、カヌーは凄く体力消耗しそうだなぁ。

そしてやっぱり、一人部屋は普通に寂しい。

ピロンッ

P「ん……?」

ラインが来た。

相手は……まゆか。

『こんばんは』

『こんばんは。どうした?』

『まゆですよぉ』

『ご存知ですけど』

『私も一緒の班だよ!』

『誰だお前』

『多田だけど?!』

『自分のスマホ使えよ』

『わたしは緒方です……!』

『こんばんは、智絵里』

『ねぇP、私の時と対応違い過ぎない?』

『で、何の用だったんだ?』

『今、通話掛けても大丈夫ですかぁ?』

『おっけ』
162 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:06:22.14 ID:WmpCJ7uqO


テテテテテテテテテテテテンッ

ピッ

P「もしもしー?どうした?」

まゆ『こんばんは、Pさん。まゆの声を聞けて嬉しいですか?』

P「あぁ、凄く嬉しい」

李衣菜『あ、まゆちゃんが倒れた』

智絵里『そのままにしておきませんか……?』

P「……で、何の用だったんだ?」

まゆ『Pさんの声を聞きたかったんですよぉ』

P「奇遇だな、俺もまゆの声が聞きたかった」

李衣菜『……またまゆちゃんが倒れた』

智絵里『……あの、Pくん』

P「ん?なんだ?」

まゆ『Pさん、今からそちらの部屋にお邪魔していいですかぁ?』

P「ダメだろ、先生に見つかったら正座じゃ済まされないぞ」

李衣菜『ならPがこっち来たら?』

P「なぁ李衣菜、今の俺の言葉聞いてた?」

まゆ『Pさぁん!明日のカヌーのペア、加蓮ちゃんとまゆを交換しませんかぁ?!』

P「俺に言われてもな……」

李衣菜『っていうかそれ私の前で言う?』

智絵里『李衣菜ちゃん……えっと、冷蔵庫の角は本当に危ないですよ?』

まゆ『助けて下さいPさぁん!』

李衣菜『私そんな事してないよ?!』
163 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/02/26(月) 21:06:50.03 ID:WmpCJ7uqO


『コンコン、声が外まで響いてますよー』

李衣菜『やばっ』

まゆ『お休みなさい、Pさん!』

智絵里『あ……お休みなさい、Pくん』

ピッ

……嵐のような通話だった。

折角沖縄なんだしスコールって表現しとこう。

まぁ、三人が楽しそうだしいいか。

P「……はぁ」

そんなこんなで、修学旅行一日目は終わった。

修学旅行なのに一人で寝るのは、思ったより寂しかった。

辛い。

164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/27(火) 00:55:11.54 ID:vHOe3eNKo
旅行で一人ぼっちは辛いけど男の先生と相部屋とかもっとキツいし…
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/27(火) 08:50:44.39 ID:k0+JuQWqO
高校の時校則とか無かったからスマホ禁止とか違和感しかないけどそれが普通なのか?
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/27(火) 12:53:48.71 ID:5aREiumz0
携帯禁止は結構あるんじゃない
ウチの高校校則緩かったけど携帯はNGだったし
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/27(火) 13:10:35.13 ID:jNqR+hqg0
今はそうでもないだろうけどちょっと前なら携帯禁止は普通だったよ
もちろん地域差はあるだろうけど
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/01(木) 19:54:25.06 ID:bQ+BIrFT0
自分の高校も禁止だったな、10年近く前だけど
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/02(金) 03:43:10.88 ID:Id3RTwzU0
3日も空くと餓死しちゃうから1頼む〜
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/02(金) 03:57:30.60 ID:wl7hGsxgO
pixivもみなさーい
171 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:53:57.70 ID:WPYKiLQCO


李衣菜「さぁまゆちゃん!トップを狙うよ!!」

まゆ「待って下さい李衣菜ちゃん!まゆは、まゆはPさんの側に!」

李衣菜「まゆちゃんが言ったんでしょ?一位を狙うって!」

まゆ「……女に二言はありません!やるからには圧倒的勝利を収めますよぉ!」

李衣菜「うっひょぉおぉぉぉぉっ!」

まゆ・李衣菜ペアが面白いくらいの速度で視界から消えて行った。

あいつら遊覧の意味分かってるのか?

智絵里「ふぅ……えへへ……」

美穂「わぁ……楽しいね、智絵里ちゃん!」

智絵里「すっごく、落ち着きますね……」

あぁ、あのペアを見てると癒されるな。

どちらもオールを漕ぐ力が全然ないからか、進行はかなりゆっくりだけど。

そして……

加蓮「あー……あっつい。あつくない?鷺沢」

P「陽が出てないだけマシとは言え……暑いな」

俺たちは、そこそこのスピードでマングローブのトンネルを進んでいた。
172 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:54:23.09 ID:WPYKiLQCO


加蓮「なんとかしてよ」

P「なんとか出来る様な奴に、そんな風に頼むな」

加蓮「……でも、まぁ悪くないね。この揺れてる感じも、景色も」

P「癒されるよな。これで暑くなかったら完璧だった」

加蓮「クーラーの温度下げて」

P「困った事にクーラーが無いんだよ」

加蓮「じゃあ南極目指そ?」

P「悪い、俺今日パスポート持って来てないんだ」

ゆっくり、ゆっくりと景色が流れていく。

加蓮と下らない会話をしながら。

そんな時間も、悪くない。

加蓮「のどかだね」

P「なー、心が穏やかになるわ」

加蓮「あー……この時間がずっと続けば良かったのに」

P「分かる」

加蓮「ほんとに分かってる?」

P「ごめん、分かってないかも」

加蓮「なにそれ、鷺沢みたい」

P「いや、俺鷺沢だけど……」

ケラケラと笑いながら、オールを漕ぐ加蓮。

なんだか、楽しそうだ。
173 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:55:05.24 ID:WPYKiLQCO


P「……ん?」

少し先の方が、やけに白くなっている。

ズァァァァァッと何かが水面に叩き付けられている音が聞こえてきた。

まるでそこから先は雨が降っているかの様に……

P「ってうわ!スコールじゃん!」

ほんの数メートル進んだだけで、一気に豪雨が降ってきた。

こう言う時はどうすればいいんだろう。

P「取り敢えず陸地に上がるか!」

加蓮「鷺沢っ!」

P「なんだっ?!」

加蓮「スコールって強風って意味だから、大雨の意味は無いらしいよ!!」

P「絶対今必要な知識じゃない!!」

急いでカヌーを傍に寄せて陸地に上がる。

面白いくらいの速度でカヌーの底に水が溜まって行く。

まぁ多分十五分もすればやむだろう。

その間は木の陰で雨宿りをすればいい。

……マングローブじゃ大して雨は凌げなかった。

174 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:55:31.95 ID:WPYKiLQCO



P「あー……体育着に着替えさせられたのってこれが理由でもあるのかもな」

加蓮「うわ、びちょびちょ……最っ悪」

P「凄い雨だな……」

お互い、雨に打たれて服も髪もびっちょびちょになっていた。

……うちの体育着、白いから割と透けるんだな。

加蓮「なにジロジロ見て……きゃっ、変態っ!」

P「見てないから大丈夫!しばらくの間目を瞑ってるから!」

……デカいな。はい、何でもありません。

兎も角、急いで目を瞑る。

加蓮「……本当に見てない?」

P「見てない、神に誓って」

加蓮「薄紫色に透けてたでしょ?」

P「いや、青だったけど」

加蓮「やっぱり見てたんじゃん!」

P「すまん、俺別に神様信じて無いんだ」

脇腹に軽い突きを連続で受ける。

目を瞑ってるから、割と普通に何処から攻撃が来るか分からなくて怖い。
175 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:56:08.92 ID:WPYKiLQCO



加蓮「はぁ……もう」

P「ため息を吐くと一回につき東京ドーム一個ぶんの幸せが逃げてくぞ」

加蓮「あるよね、そのドーム何個分みたいな分かり辛い例え」

P「実際見た事無いから実感湧かないよな」

加蓮「ポテトLサイズ何個分とかの方が分かりやすくない?」

P「体積が?」

加蓮「カロリーとか塩分とか」

P「あんまり知りたくないなぁ」

加蓮「……はぁ」

P「東京ドーム二個分になったな」

加蓮「私がなんでため息吐いてるか分かる?」

P「そういう気分なんだろ?雨ってほら、憂鬱になりやすいとか言うし」

加蓮「へー、そうなんだ」

P「どうなんだろうな?」

加蓮「でも確かに、ずっと雨降ってると風景見えなくて嫌気さすよね」

P「今回は特に、折角の修学旅行中だからなぁ」

加蓮「雨自体は嫌いじゃないけどね」

P「そうなのか?」

加蓮「前は、雨に打たれる事ってあんまり無かったから」

P「テンション上がるよな。その後風邪引くけど」

加蓮「え?鷺沢って風邪引くの?」

P「驚いただろ。俺は風邪引くタイプの馬鹿なんだよ」

加蓮「良いとこ無しじゃん」

P「ひっでぇ、なんか良いとこ探してくれよ」

加蓮「無い」

P「もう少し長考してくれても良いんだぞ?」

加蓮「長考しなきゃいけない時点でもうあれじゃない?」

P「確かにそうだな……」

176 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:56:48.45 ID:WPYKiLQCO


加蓮「……ほんっと、鷺沢は良いとこ無いよ。まゆと付き合ってるし」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮の声が、どこか寂しそうに聞こえた。

目を閉じてるから表情は分からないが。

加蓮は今、どんな気持ちで……

加蓮「あーんな可愛い女の子から好意を向けられてたのにさ」

P「……美穂か?」

加蓮「うん。なのにまゆと付き合うなんて」

P「おいおい、まゆだって可愛いし良い子だぞ?」

加蓮「あの盗み聞き女が?って、それは私が言えた事じゃないね」

盗み聞き……?何の事だ?

加蓮「四月のさ、屋上であんたが智絵里の告白の練習に付き合った時も、その後私が智絵里のラブレター読んだ時も……キスした時も。まゆ、ずっと見てたんだよ?」

P「……そうだったのか」

加蓮「その後、私の跡つけてくるし……夜窓開けたら、家の前の電信柱に隠れてこっち見てるの見つけた時は普通に怖かったし」

P「まゆが……?」

加蓮「こういう機会じゃないと、二人っきりでは話せないからね。普段だとまゆが何処で聞いてるか分かったもんじゃないし」

確かにそういえば、まゆは屋上で俺と加蓮がキスした事も把握していたし。

加蓮が風邪を引いたという事も知っていたが……

177 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:57:15.50 ID:WPYKiLQCO


加蓮「まゆのせいで、折角美穂に作ったチャンスも台無しになっちゃうし」

P「それは……加蓮が俺の代わりに、屋上に行った日か?」

加蓮「うん。私はさ、あんな良く分かんない子よりも素直で真っ直ぐな子を応援したかったし……だから、諦めたのに」

諦めた。

その言葉を聞いて、俺の心臓はバクンと跳ね上がった。

加蓮「美穂と初めて会った時さ。私みたいな捻くれた女よりも、この子の方が鷺沢とお似合いかなって思ったし、応援してあげたくなっちゃったんだよね」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮「でも……ねぇ鷺沢、あんたは美穂をちゃんと振ったの?」

あまり思い出したい事では無いが。

俺は、温泉旅館で。

あの日、確かに……

P「……あぁ、これからも友達でいて欲しいって言って……」

加蓮「……聞き直すけどさ。美穂に『好きです、付き合って下さい』って真正面から言われた?それをちゃんと断ったの?」

……あれ?

そういえば、言われていない気がする。
178 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:57:54.46 ID:WPYKiLQCO


加蓮「……まだ、諦めてないんじゃないかな。諦めてないって言うか、諦め切れないって言うか……どうなんだろ?」

P「……まぁ、美穂には申し訳ないけどさ。俺はなんて言われても、まゆを裏切るつもりは……」

加蓮の仮定が正しいかどうかはさておき。

どの道、俺の返事なんて決まっている。

加蓮「無いの?ほんとに?まゆの事を全面的に信頼して、二度も美穂を振るって断言出来るの?」

P「あぁ」

辛い思いをするのは百も承知だ。

それに、まゆの知らない部分があったんだとして。

これから知って、更に好きになれるなんてお得じゃないか。

加蓮「流石鷺沢、良いとこ無いね」

え、この流れで?

加蓮「だって、私みたいな重ーい女の子を……ねぇ鷺沢。目、開けていいよ」

……本当にいいのか?

開けた瞬間『変態っ!』って言って叩かれたりしないよな?

加蓮「……うん。やっぱり私は、鷺沢を諦めない」

P「……え?」

いつの間にか、加蓮は俺の目の前にいて。
179 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/02(金) 18:58:32.14 ID:WPYKiLQCO


加蓮「……ふふ、隙だらけ。えいっ!」

ピトッ、と。

加蓮の人差し指が、俺の唇に触れた。

加蓮「なんてね。キスされると思った?」

P「……正直な。うん、めっちゃびっくりしたわ」

加蓮「恋人がいるんだからさ、もう少し警戒したら?私がその気なら、簡単に唇奪えちゃったんだよ?」

P「……肝に命じておくよ」

加蓮「あ、空晴れてきたよ」

加蓮が上を見上げる。

分厚い雲が覆っていた空は、今は少しずつ青の面積を広げていて。

P「スコールってほんとに凄い局所的なんだな」

加蓮「やっぱり良いとこ無いじゃん。物覚え悪くない?スコールじゃ無いって」

P「そうだったな、局所的大雨とか集中豪雨か」

加蓮「それと、言ったばっかじゃん」

視線を空から加蓮へと下ろすと。

ちゅっ、と。

唇に、加蓮の唇が触れた。

加蓮「隙だらけだって…………鷺沢がそんなんだから……私は、諦め切れないんだよ?」

目に涙をためて、微笑む加蓮。

それは晴れた今、雨のせいには出来なくて……

加蓮「……早く、気付いてあげて?じゃないと……私も、苦しいからさ」


180 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:22:57.17 ID:YiJviGoJ0


美穂「……あれ?前の方、真っ白になってる」

智絵里「ほんとだ……」

美穂「スコールかな?」

智絵里「局所的大雨、又は集中豪雨ですね……」

前の方の人達、大丈夫かな?

Pくん達、濡れてないといいけど……

智絵里「この辺で、止むまで少し待ったほうが良いかもです……」

美穂「だね、少し休憩しよっか」

漕ぐのを止めて、ユラユラ揺られるだけになって。

智絵里ちゃんと二人で、のんびりお喋り。

美穂「そっちの班はどう?」

智絵里「……とっても、楽しいです。李衣菜ちゃんは優しくて、まゆちゃんは……面白い人だから……」

美穂「お、面白い人って……」

智絵里「み、美穂ちゃんはどう?そっちは楽しいですか……?」

美穂「もちろんっ!Pくんと加蓮ちゃんだもん!」

本当に?

自分へ、そう問いかけました。

わたしは本当に、心の底から。この修学旅行を楽しめてる?

加蓮ちゃんの行動に、不安になったりしてない?

智絵里「……いいな……Pくんと同じ班で。わたしも、Pくんと同じ班が良かったです」

美穂「えへへ、良いでしょ?」

智絵里「はい……とっても。カヌーのペアだけでも、一緒だったら良かったのに……」

美穂「……そうだね」

それは、とてもそう思います。

だって、わたしがPくんと同じカヌーのペアだったら……

智絵里「……加蓮ちゃんとPくんが、二人きりになる事は無かったのに……ですよね?」

美穂「…………えっ?」

一瞬、智絵里ちゃんが何を言っているのか分かりませんでした。
181 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:23:25.28 ID:YiJviGoJ0


美穂「……待って、智絵里ちゃん。今のってどういう意味?」

智絵里「……あ、あれ……?違いましたか……?だから、行動班に加蓮ちゃんを誘ったと思ってたのに……」

美穂「ねぇ智絵里ちゃん、さっきから何を言ってるのか……」

智絵里「加蓮ちゃんは、美穂ちゃんを応援してますから……美穂ちゃんが諦めない限り、加蓮ちゃんは告白しない……違いましたか?」

バクンと跳ね上がった心臓が、なかなか元に戻ってくれません。

智絵里ちゃんが言ってる事があまりにもその通り過ぎて、わたしは口を開けませんでした。

加蓮ちゃんが、わたしの事を応援してくれているのは分かってました。

それは、逆に言えば。

わたしがPくんにきちんと告白するまで、加蓮ちゃんは告白しないでいてくれるって事で。

酷い事をしているのは分かってるけど。

智絵里「……Pくんに、辛い思いをさせたくないんですよね……?また、誰かに告白されちゃえば……」

まゆちゃんが言っていた事が、わたしにはよく理解出来ました。

あんな風に、まゆちゃんに向き合ってなんて言っておきながらも。

わたしはPくんに、もう辛い思いをして欲しくないし。

これからも、加蓮ちゃんとPくんが友達でいて欲しいから。

出来れば、ずっとこのままで……

智絵里「……不安なんですよね……?二人きりだと、もしかしたら……そう、考えちゃって」

美穂「……智絵里ちゃん」

それに、わたしは……

智絵里「でも、大丈夫だと思います……もうPくんの気持ちも、まゆちゃんの思いも。変わる事は」

美穂「智絵里ちゃん!!」

つい、大きな声が出ちゃいました。

分かってます。分かっているんです。

それでも、わたしは……

智絵里「……ごめんなさい、美穂ちゃん……わたしなんかが口出ししちゃって……」

美穂「……あ……ごめんね、智絵里ちゃん……」

……何やってるんだろ、わたし。

こんな事で怒ったって、こんな事をしたって。

誰も幸せになれない事くらい、分かってるのに……

智絵里「……雨、止んだみたいです……」

美穂「……まだ降ってるかもしれないから……ゆっくり進も?」

182 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:23:59.59 ID:YiJviGoJ0



李衣菜「うわぁ、後ろすっごい雨だね」

まゆ「早目に先に進んでて正解でしたねぇ」

李衣菜「美穂ちゃん達、濡れてないといいけど」

まゆ「ですねぇ」

ぶっちぎりでトップを進んでていたまゆ達は、集中豪雨の被害を受けずにマングローブのトンネルを遊覧していました。

スタートした時の様子だと、Pさんと加蓮ちゃんは直撃してそうですねぇ。

……変なアクシデントが起きてないといいんですけど。

まゆ「ふぅ。それで、李衣菜ちゃん」

李衣菜「ん?どうかしたの?」

まゆ「……何か、お話があったんじゃないんですか?」

李衣菜「……さぁ?どうだろうね」

常識人枠の李衣菜ちゃんが、最初に遊覧を投げ出した時点で。

まゆと二人きりで、何かお話をしたいのだと思ってたんですが。

……心当たりが無い訳でもありませんからね。

李衣菜「って言うかさ、心当たりがあるって顔してる時点で私が言うべき事はそんなに無いんだよね」

まゆ「……美穂ちゃんの事、ですよね?」

李衣菜「うん、後まぁ加蓮ちゃんも」

まゆ「加蓮ちゃんはついで扱いですか?酷いですねぇ」

李衣菜「美穂ちゃんの方が済めば、加蓮ちゃんの方も解決するだろうからね」

まゆ「……その通りですねぇ」

そして、その通りになってしまうのは。

まゆとしては、都合の良くない事でした。

だって……

李衣菜「……美穂ちゃんも、そこまでする必要も無いのにね」

まゆ「李衣菜ちゃんは、どうなって欲しいですか?」

李衣菜「私はほら、元々は美穂ちゃんを応援してたからさ」

まゆ「まゆ相手にそんな事を言うなんて、酷いですねぇ」

李衣菜「そんな状況を維持しようとしてるまゆちゃんが言う?」

まゆ「ふふ、それもそうでした」

加蓮ちゃんが美穂ちゃんの事を応援している事は知っています。

当然、美穂ちゃんも知っている事です。

それは、つまり。

美穂ちゃんがPさんを諦めようとしない限り、加蓮ちゃんはPさんに告白出来ないという事です。

まゆ「……Pさんに、また辛い思いをさせない為に……ふふ。今思い返せば、馬鹿馬鹿しい事ですねぇ」

李衣菜「まゆちゃんはどうなの?」

まゆ「勿論それを曲げる事はありませんよぉ。ですが、それはまゆの考えですから。美穂ちゃんまでそんな事をする必要はありません」

李衣菜「その通りなんだけどね。でもま、まゆちゃんとPをまた苦しめる様な出来事は避けたいって気持ちは分かってあげよ?」

まゆ「それは分かっていますよぉ。有難い事です」
183 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:24:36.88 ID:YiJviGoJ0


ですから、まゆとしては。

このまま美穂ちゃんが諦めてない様な素振りを続けて。

加蓮ちゃんを牽制し続けてくれるのが一番なんです。

……なんて、Pさんの事『だけ』を一番に考えていたのであれば、そうだったでしょうね。

李衣菜「……ま、それだけじゃ無いのも分かってるでしょ?」

まゆ「ですねぇ……色々と言いたい事はありますが……」

李衣菜「……美穂ちゃんに、そんな事はさせたくないし」

まゆ「言い訳としては、これ以上無い程のものですから」

李衣菜「加蓮ちゃんだって、このままじゃかわいそうだからね」

まゆ「まあ、加蓮ちゃんの事は心からどうでもいいんですけどねぇ」

李衣菜「まゆちゃんらしいね」

まゆ「加蓮ちゃんさえいなければ、きっと難なくまゆはPさんと結ばれていましたから……」

それも、付き合う前のまゆはそう考えていた、というだけですけど。

実際にアプローチをかけ始めて、それから知った事は沢山あります。

想定していた以上に、恋は難しいものでした。

李衣菜「そうなの?」

まゆ「春休みの時点で、Pさんに想いを向けてそうな子のリサーチは全員分終わっていましたから。加蓮ちゃんだけは、本当に想定外でした」

二年生になって、突然学校に来る様になって。

それだけならまだしも、始業式の日からPさんは学校案内を任されて。

本当はあの日から数日中に心を掴みたかったのに。

それよりも先に、ほんの数日のうちに、加蓮ちゃんは恋に落ちて。

挙句の果てに、まゆより先に唇を奪うなんて。

李衣菜「じゃあ、さ」

まゆ「どうかしましたか?」

にこりと笑う李衣菜ちゃん。

あまり、良い予感はしません。

184 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:25:12.69 ID:YiJviGoJ0



李衣菜「当然、私の事も調べてあるんでしょ?」

ここへきて、まゆは焦りを感じました。

……最悪の事態ですねぇ。

それこそ、一番避けたかった事態かもしれません。

まゆ「…………それはもう、しっかりと」

Pさんと李衣菜ちゃんは、小学三年生の時からの付き合いで。

Pさんにとって、とても大切な友人で。

高校一年生になるまで、Pさんには友達と呼べる友達が李衣菜ちゃんしかいない。

言って仕舞えば、Pさんの一番の理解者でしょう。

裕福な家庭で、礼儀正しく育てられ。

料理は得意だけれど、朝に弱くあまり朝食は食べず。

美穂ちゃんの恋愛を応援していた。

そんな事はどうでもいいんです。

今、この状況で。

李衣菜ちゃんが、それを口にしたと言う事は……

李衣菜「……ねぇまゆちゃん。もし美穂ちゃんと加蓮ちゃんが、Pに告白したとしたらどうなると思う?」

まゆ「……振られるでしょう」

李衣菜「即答だね」

まゆ「まゆは、信じていますから。そして……Pさんが、またとっても辛い思いをする事も」

李衣菜「だよね、きっと。でもまあ、まゆちゃんとPの二人でなら乗り越えられるんじゃない?」

まゆ「まゆとしては、そうでありたいですねぇ」

李衣菜「うん、じゃあさ。もし……」

私が、Pに告白したら?

そう口にする李衣菜ちゃん。

……本当に、それだけは避けたいんですけど。

李衣菜ちゃんが、何を考えてそんな事を言っているのかは分かっています。

どんな気持ちで、自分の気持ちを利用しているのかも分かっています。
185 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:25:42.16 ID:YiJviGoJ0


まゆ「……出来るんですか?李衣菜ちゃんに」

李衣菜「出来ないと思うよ」

まゆ「……出来もしないのに、そんな事を」

李衣菜「でも、する」

まゆ「……ズルイですねぇ」

美穂ちゃんが振られる、と。そう即答したのは不味かったですね。

それでは、李衣菜ちゃんが思い留まる理由が失くなってしまうんですから。

きっと李衣菜ちゃんは、Pさんに告白なんてしないと思います。

けれど、きっとではダメなんです。

ほんの少しでも、Pさんに告白してしまう可能性があれば。

それでもし、本当にされてしまったら。

結果に関わらず、Pさんがとても苦しむ事になるのは、分かりきっていますから。

早く美穂ちゃんの事をなんとかしてあげて。

じゃないと、私が告白しちゃうよ?

李衣菜ちゃんが言っているのは、大体こういった意味でしょう。

現状維持に努めたくて、けれど大切なお友達である美穂ちゃんをこのままにするのも心苦しくて。

そんなまゆの背中を、無理矢理押してくれている感じですねぇ。

まゆ「……李衣菜ちゃんが」

李衣菜「私が言うとさ、美穂ちゃん余計に悩んじゃうんじゃないかなって」

まゆ「……ほんと、ズルイですねぇ」

李衣菜「その代わり、約束するよ。美穂ちゃんがPにきちんと告白したら、私は絶対に何もしないって」

まゆ「美しくもない自己犠牲精神ですねぇ。まゆを巻き込まないで下さい」

李衣菜「美穂ちゃんから私に代わるだけだよ。まゆちゃんは、まぁ、ごめんね?」

まゆ「まゆとしては、Pさんを苦しめたくないんですけどねぇ」

李衣菜「こんな事言ってる時点で、私がどれだけPの事なんて考えて無いかも分かるでしょ?」

苦笑する李衣菜ちゃん。

……本当に、もう。

その笑顔の裏に、どれだけの想いを隠しているんでしょう。

以前のまゆは、こんな風に見えていたんでしょうか。

まゆ「……はぁ、仕方ありませんねぇ」

李衣菜「ほらまゆちゃん、笑顔笑顔」

まゆ「皮肉ですか?」

李衣菜「後ろからP達来てるよ」

まゆ「Pさぁん!!」

李衣菜「嘘だけど」

まゆ「じーざす、李衣菜ちゃんにはいずれギャフンと言わせてみせますよぉ!!」

186 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:26:16.19 ID:YiJviGoJ0


P「ゔぁー……」

めちゃくちゃ疲れた。

ホテルに戻って、シャワーを浴びた後夕食に向かう。

またもやバイキングだった。

沖縄らしいものを食べられるのは最終日の自由時間のみになりそうだ。

美穂は、来ていなかった。

P「加蓮、何か聞いてるか?」

加蓮「カヌーで疲れて食欲湧いてないってさ。後で何か持ってってあげよ」

李衣菜「……あー……」

まゆ「……智絵里ちゃん?」

智絵里「……どうかしましたか?」

加蓮「……李衣菜ぁ……智絵里ぃ……」

李衣菜「か、加蓮ちゃん……?なんでそんなにしょげてるの?」

加蓮「ポテトタワーが建築法違反だったぁ……」

智絵里「先生に、食べ物で遊ぶなって怒られたみたいです……」

加蓮「良いじゃん!ちゃんと全部食べるんだし!!」

智絵里「加蓮ちゃん、食べ物で遊ばないで下さい。乾燥パセリにしちゃいますよ……?」

加蓮「……はい、ごめんなさい」

まゆ「ふふっ、無様ですねぇ」

加蓮「は?」

智絵里「二人とも……お食事中ですから……」

まゆ「……失礼しました」

加蓮「うわーん李衣菜ぁ!智絵里が強い……!」

李衣菜「間違った事言ってないからじゃないかな」

P「楽しそうだなぁ」

わいわいやいのやいの、騒がしくも楽しい食卓だ。

加蓮「もういいや、李衣菜で遊ぶ」

まゆ「ならまゆは加蓮ちゃんで遊びますよぉ」

李衣菜「なら、私がまゆで遊べばジャンケンだね」

加蓮「酷い李衣菜!私とは遊びだったんだ?!」

まゆ「騒がしいですねぇ負けヒロインさん」

加蓮「は?メインヒロインだし」

まゆ「らしくないですよぉ」

李衣菜「智絵里ちゃん、そっちのナイフ取ってもらえる?」

智絵里「えっと……何十本使いますか?」

李衣菜「武器にする訳じゃ無いよ?!」

まゆ「Pさぁん、加蓮ちゃんが酷いです!この後Pさんのお部屋で慰めて下さぁい!!」

P「いやダメだって、昨日も言ったけど先生に怒られるぞ」

まゆ「うぅぅぅぅっっ!ぅっうううぅっっ!!」

加蓮「あ、なんかこの見苦しいまゆ久しぶりに見た気がする」

智絵里「……美味しくお食事したいので、静かにして下さい」

まゆ「はい」
187 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:26:44.32 ID:YiJviGoJ0



部屋に戻って、またシャワーを浴びて一息吐く。

汗を流してサッパリした筈なのに、心は全く晴れそうに無い。

P「はぁ……」

ため息が一人部屋にこだまして消えてゆく。

寂しいな、一人部屋。

今日、加蓮が言っていた言葉を思い返してため息を増やす。

コンコンッ

「見回りです」

P「はーい」

ドアを開ける。

まゆ「はぁい。こんばんは、Pさん」

まゆが立っていた。

P「こんばんは、まゆ」

ドアを閉めようとする。

しかし閉め切る寸前に、まゆのスリッパがドアの隙間に挟み込まれた。

まゆ「な、ん、で!閉めようとするんですかねぇ?恋人の夜這いですよぉ?!」

P「だからだろ!不味いからだろ!!」

まゆ「いいんですか、Pさん。『Pさんに呼び出されて来たんです』って先生に言っちゃいますよぉ?」

それは非常に不味い。

観念してドアを開いた。

まゆ「うふふ。素直に『実は来てくれるって期待してた』って言っても良いんですよ?」

P「正直来るだろうなぁとは思ってたよ」

まゆ「酷い言い方ですねぇ」

ナチュラルにベッドにうつ伏せに寝転がるまゆ。

……パジャマ姿のまゆも、うん、良いな。

188 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:27:19.84 ID:YiJviGoJ0


まゆ「すーー……ふーー……」

P「何してるんだ?」

まゆ「栄養補給です」

P「なにで?」

まゆ「Pさんの匂いです」

P「……恥ずかしいんだけど」

まゆ「さて、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「まゆを抱き締めて下さい」

P「……あいよ」

まゆを仰向けにして、優しく抱き締める。

小さな身体だけれど、温もりは確かに伝わってきた。

まゆ「……まゆ、Pさんに謝らないといけないんです」

P「……すまん、心当たりが多過ぎる」

まゆ「うぐぅっ……うぅぅっ……うぅぅぅっ!!」

P「すまんすまん!嘘だって!」

まゆ「……キスしてくれたら、許してあげます」

P「……しなかったら?」

まゆ「まゆからします」

P「幸せかよ」

まゆ「さぁ、Pさん。お好きなところにキスをして下さい!」

P「……まゆの全部が好きだから、選べないな」

まゆ「…………ぁぅ、あ……ありがとうございます」

顔が真っ赤になるまゆ。

当然言ったこっちも恥ずかしいけど、まゆのそんな表情が見れたから良しとしよう。

可愛さに耐えられず、俺は唇を重ねた。

まゆ「んっ、ちゅ……んむっ、ちゅぅ……んぅ……ちゅっ……」

P「……ふぅ、満足か?」

まゆ「Pさんは満足なんですか?」

……その誘い方はズルいんじゃないだろうか。

P「いや、全く」

まゆ「……うふふ、期待しちゃいますねぇ」

P「……で、謝るとかなんとか言ってなかったっけ?」

まゆ「……忘れかけてましたねぇ」

P「おい」
189 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:28:25.25 ID:YiJviGoJ0

まゆ「冗談ですよぉ。覚えてますか、Pさん。辛そうな顔をさせるのは、今で最後ですから、って言葉を」

P「……あぁ、覚えてるぞ。俺が一回振られた時だな」

まゆ「……まゆを虐めて楽しいですか?」

P「うん、すっごく楽しい」

まゆ「なら、そんな意地悪さんには……また、辛い思いをして貰います」

P「……え、別れ話?」

うっそだろ。明日の自由行動がお通夜になるぞ。

まゆ「……そんな訳無いじゃないですかぁ……」

P「どういう訳だったんだ?」

まゆ「……あと何回か、Pさんは……また、苦しい思いをするかもしれないんです」

P「……美穂の事か?」

まゆ「加蓮ちゃんもですねぇ」

P「……なんであれ、俺の気持ちは変わらないよ」

まゆ「……信じて、良いんですよね?」

P「勿論」

まゆ「……なら、まゆは安心です」

P「むしろ信じてくれて無かったのか?そっちの方がショックなんだけど」

まゆ「いえ、信じてますよぉ。Pさんなら、美穂ちゃんでも加蓮ちゃんでも無く……まゆを選んでくれるって」

P「……あぁ、ありがとう」

まゆ「…………さて、Pさん……その……」

急に、まゆがしおらしくなった。

P「……あー……えーっと……」

まぁ、お互い求めている事は分かる。とはいえ、それに慣れている訳でも無く。

こう、緊張とかその辺の感情で言葉が続かなくなった。

まゆ「……Pさん」

P「……まゆ」

ピロンッ

まゆ「…………」

P「…………」

まゆ「……邪魔が入りましたねぇ」

P「すまん、通知切っとけば良かった」

一応スマホを確認する。

……李衣菜か、なんでこんなタイミングで……

『まゆちゃんそっちに居るでしょ?!見回りの先生来たから早く帰して!フロア共有のお手洗いに行ってるって事にしとくから!!』

P「……だ、そうだぞまゆ」

まゆ「……お手洗いに数時間掛かったって事になりませんかねぇ……」

P「ならないだろうな……」

まゆ「……お邪魔しました、Pさぁん……」

P「おう、おやすみまゆ」

トボトボと歩いて、まゆが部屋から出て行った。

このテンションを、俺は一体どうすればいいんだろう。

…………寝るか。
190 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:30:01.07 ID:YiJviGoJ0


P「……あっつい……」

加蓮「もうマジむり、溶ける」

美穂「うぅ……蒸し焼きになっちゃう……」

修学旅行三日目は、物凄く暑かった。

汗だっくだくになりながら太陽を睨み付け、眩し過ぎて目が眩むまでがワンセット。

色々巡る予定だったが、もうさっさと適当な店に入って涼みたかった。

加蓮「どうする?正直早く涼しい場所に入りたいんだけど」

P「早めのお昼ご飯にしちゃうか」

加蓮「だね。汗かくとシャツ透けちゃって、誰かさんに見られちゃうし」

からかう様な視線を此方へ送る加蓮。

いや、昨日のは不可抗力ってやつじゃん。

それにずっと。

目瞑ってたし。

美穂「……え、Pくんと加蓮ちゃんって……」

加蓮「あ、バレた?実は私達」

P「二ヶ月前から友達なんだよ」

加蓮「乗ってよ!そこは愛人とかそういうのでしょ?!」

P「まゆに聞かれたら後々大変だろ!!」

何処で聞いてるか分かったもんじゃないって昨日言ってただろ。

分かってやってるんだとしたらなかなかエグい。

加蓮「やーいビビりー」

美穂「煽りが小学生レベルだね……」

P「まぁいいや、取り敢えず適当な店探そうぜ」

歩いて五分もしないうちに、沖縄料理店が姿を現した。

ドアをくぐると冷房が効いた冷たい空気が流れてくる。

ニライカナイは此処にあった。

191 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:30:29.59 ID:YiJviGoJ0


P「涼しい……冷房って凄い」

加蓮「そろそろ屋外にも冷房設置して欲しいよね」

美穂「電気代凄そうですね……」

P「何食べる?」

加蓮「お昼ご飯」

P「お前昼に朝ご飯食えると思ってるのか?」

美穂「わたしはソーキそばにしますっ!」

加蓮「同じく!」

P「俺は沖縄そばで」

加蓮「二対一で私達の勝ちだから、支払いは鷺沢がよろしくね」

P「じゃあ俺もソーキそばにするわ」

美穂「お料理、写真撮って今SNSにアップしたら先生に怒られちゃうかな……」

加蓮「気を付けるに越した事はないんじゃない?智絵里は没収されたんでしょ?」

P「最近の若者はスマホに依存し過ぎだよ。偶には子供の心を取り戻して糸電話とか交換日記とかすべきだって」

美穂「Pくんは、そういう事する友達は……あっ、ごめんなさい……」

……いなかったけどさ。

そういう事出来る友達がいたら良かったなっていうイメージだよ。

謝られると余計に辛いんだけど。

加蓮「なら、私と交換日記やる?」

P「二回と保たずに飽きるビジョンが見えるな」

加蓮「ほら私も交換日記するような友達いなかったからさ」

美穂「ねえ、明るく重い話するのやめよ?」

「お待たせしましたー」

ソーキそばが三つ届いた。

おお、美味そう。

美穂・加蓮・P「「「いただきます」」」

食べる。美味い。とても美味しい。

何と言っても、店内が涼しいのがとても美味しい。

ソーキそばを啜りながら、昨日の事を思い返していた。

加蓮と話した事、まゆと話した事。

今幸せそうにソーキそばを食べている美穂は。

一体、どんな事を考えているんだろう。

美穂「……言えば胡椒貰えるかな」

胡椒が欲しいそうだ。

192 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:31:24.84 ID:YiJviGoJ0

P「……帰って来てしまった……」

つい数十分前までさっさと着陸しろと祈りまくっていたのに、今ではもう着いちゃったのかと掌を半回転。

目の前の光景にシーサーもシークァーサーもなく、ただ見慣れた街だけが広がっていた。

帰るまでが遠足ですとは言うが、なら帰宅の直前までは遠足先の光景が広がっているべきだと思う。

美穂「……帰って来ちゃいましたね」

まゆ「ですねぇ……いつもの街並みです」

P「……終わっちゃったんだな……」

遠くに出掛けて帰って来た時の帰って来ちゃったんだな感は異常。

なんだか、物凄い虚無に包まれた気分だ。

美穂「……また、旅行に行きたいですね」

P「夏休み入ったらまたみんなで行くか」

まゆ「それでは、まゆと美穂ちゃんは寮の方ですから」

P「あぁ。また明後日、学校で」

美穂「じゃあね、Pくん」

まゆ「また来週ですね、Pさん」

それぞれ帰路に着く。

あー……だっる……

智絵里「……あ、Pくん」

P「ん、智絵里。どうしたんだ?」

横断歩道で信号待ちをしていると、偶然隣で智絵里も信号待ちをしていた。

智絵里「お疲れ様でした。とっても、楽しかったですね」

P「……良かったな、うん。俺もすげー楽しんだわ」

信号が青に変わった。智絵里と並んで、横断歩道を渡る。

智絵里「……ねえ、Pくん」

P「ん?なんだ?」

智絵里「……また、みんなで旅行に行きたいです」

P「だなー」

智絵里「……えへへ」

P「ん?どうしたんだ?」

智絵里「……いえ、なんでもありませんっ!」

なんだか上機嫌だな。

P「それじゃ、俺こっちの道だから」

智絵里「はい……またね、Pくん」

P「あぁ。また明後日、学校で」

智絵里と別れて、道を歩く。

……あれ?智絵里の家ってそっちの方面だったっけ?

何処かに寄って帰るのだろうか。

そして、ついに姿を現した自宅は、本当に帰って来ちゃったんだな感を増させてくれる。

P「ただいまー姉さん」

文香「あ……おかえりなさい、P君」

文香姉さんにお土産を渡して、シャワーを浴びてベッドに寝っ転がる。

明日は日曜日だし、一日中寝て疲れを取ろう。
193 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:31:58.69 ID:YiJviGoJ0


まゆ「……ふぅ、疲れましたねぇ……」

美穂「明日は一日中、ベッドから離れられないかも……」

重い荷物を引き摺って、まゆ達はようやく寮まで辿り着きました。

六月の夕方は、沖縄程では無いにしても暖かくなってきて。

あと二週間もすれば、今度は暑い暑いって言ってそうですね。

まゆ「明日が日曜日で良かったですねぇ」

美穂「毎日が日曜日だったら良いのに」

まゆ「学校が無くなっちゃいますよ?」

美穂「……二日に一回にしておこっか」

……さて、どう話を切り出すべきでしょうか。

どの道ど直球に聞かなければいけないとはいえ、そこに至るまでに美穂ちゃんの気持ちも知っておきたいですから。

まゆ「……そちらの班は、楽しかったですか?」

美穂「うん、もちろんっ!Pくんと加蓮ちゃんと一緒だったもん!」

まゆ「あの頭ハッピーセットみたいな女の子と一緒で、ですか?」

美穂「た、確かに加蓮ちゃんは脳がマックシェイクされてる時もあるけど……で、でも!とっても楽しいお友達ですから!」

何か別の意味を含んでいたとしても、楽しかったというのは嘘では無いみたいですねぇ。

という事は、美穂ちゃんが加蓮ちゃんと仲良くしたいと思う気持ちは本物で。

だからこそ、ですかね。

まゆ「本当は、まゆもPさんと一緒の班が良かったんですけどねぇ」

美穂「それはごめんね?ほら、班決めの時はまだまゆちゃんとPくん付き合って無かったよね?」

まゆ「そうでしたねぇ、ええ。それでもまゆを誘ってくれても良かったのに……よよよ……」

美穂「まゆちゃんとは温泉旅館行くから、修学旅行は加蓮ちゃんと一緒に行動しよっかなって思ってたの」

まゆ「そうですか、二股ですか。まゆとは遊びだったんですね……」

美穂「二股だなんて……そしたら、まゆちゃんはわたしと智絵里ちゃんと李衣菜ちゃんとで三股じゃない?」

まゆ「交差点みたいですねぇ。スクランブルガール……悪くない響きです」

……はぁ、まったく。

まゆ相手には、あんなにハッキリと言えていたのに。

やっぱり、でした。

どうやら美穂ちゃんは。

温泉旅館に行く前から、鷺沢古書店でアルバイトをしていた時点で。

もう、決めていたんですね。

194 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:32:35.54 ID:YiJviGoJ0


まゆ「……ただのライバルだったら、どれだけ楽だったでしょうね」

それがまゆにとって、ただのライバルだったのなら。

本当に、ずっとそのままにしておきたかったんですが。

美穂「え?急にどうしたの?」

まゆ「……ねえ、美穂ちゃん」

美穂「なんですか?」

まゆ「美穂ちゃんがあの日、まゆに言ってくれた言葉を……まゆを前に押してくれた言葉を。まゆは、全部覚えています」

美穂「それって……」

まゆ「温泉旅行の夜の事です。美穂ちゃんのおかげでまゆは、Pさんと、美穂ちゃんと……自分と、向き合えました」

向き合って欲しい。

友達でいて欲しい。

素直になって欲しい。

そんな美穂ちゃんの言葉があったからこそ。

Pさんは、まゆの笑顔以外も受け入れてくれる様になって。

まゆは、Pさんに受け入れて貰えて。

美穂「……そんな、わたしのおかげだなんて……」

まゆ「ええ、はい。ですから……」

本当に、ごめんなさい。

そう、まゆは謝りました。

美穂「……え?」

まゆ「……美穂ちゃんが、どれだけ悔しかったか……まゆは、分かっていませんでした」

美穂「悔しい?わたしはそんな事ないよ?」

まゆ「……美穂ちゃんは、もう。Pさんの気持ちを理解し切っていて……既に諦めていたんですよね?」

美穂「……まゆちゃん」

きっと、まゆと同じ様に。

そう決断するまでに、ずっと悩んだと思います。

辛かったと思います、苦しかったと思います。

まゆ「それなのに、まゆがあんな風に……自分の我儘と馬鹿らしい考えで……Pさんの気持ちをふいにしようとして。とっても、悔しかったと思います」

諦めたのに、ようやく諦める決心が出来たのに。

……いえ、諦めるしか選択肢が無いんだと理解したのに。

目の前で、その気持ちが踏み躙られ掛けたんですから。

195 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:33:20.47 ID:YiJviGoJ0


美穂「……それ以上はやめよ?もう、済んだ話だから」

まゆ「済んだ話……本当にそうですか?」

美穂「……踏み込むね、まゆちゃん。別に、わたしの事はどうだっていいでしょ?」

まゆ「…………美穂ちゃん」

美穂「っ!なに?まゆちゃん」

まゆ「……それを本気で言っているんだとしたら、今度はまゆが美穂ちゃんを引っ叩きますよ?」

どうでもいい訳、無いじゃないですか。

そんな事があっても、まゆと仲良くしてくれて。

まゆとPさんの為に、思いを隠して偽ってくれて。

そんな、優しくて……弱くて、強い美穂ちゃんの事が。

まゆ「……どうでもいい訳が無いじゃないですか……っ!そんな悲しい事、言わないで下さい……!」

美穂「……ごめんね、まゆちゃん」

まゆ「……っ!」

美穂「でもほら、ね?今更わたしが好きって伝えたところで、Pくんの迷惑にしかならないよね?」

まゆ「やっぱり、好きなんじゃないですか……だったら……」

美穂「だったら……だったら、なんなの?じゃあ、別にPくんの事は好きじゃないって言えばいいの?」

まゆ「……そうじゃないですよ……そうじゃないでしょ?!美穂ちゃん!!」

……おかしいですね。

まゆが次に泣くとしたら、Pさんに何かあった時か、何かして貰った時になると思っていたんですが。

案外まゆは、涙脆かったみたいです。

それとも、それ程までに美穂ちゃんが大切な友達だという事でしょうか。

だとしたら、それもそれで嬉しいですね。

まゆ「……美穂ちゃんが、どれだけ友達を大切にしているかは分かっていますっ!Pさんの事も、まゆの事も、加蓮ちゃんの事も……!」

まゆ「でも……もう、良いじゃないですか!大丈夫です、みんな……きっと何があっても。友達でいられるって……そう、信じて」

まゆ「辛い思いをしたとしても。それでも乗り越えて……もっと楽しい日々が送れる筈ですから!」

まゆ「……自分の気持ちに……正直になってくれませんか……?」

196 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:34:04.68 ID:YiJviGoJ0


まゆとした事が、はしたないですね。

こんなに大きな声を出してしまうなんて。

それに、美穂ちゃんが正直になってしまったら。

美穂ちゃんも加蓮ちゃんも、Pさんに告白してしまうのに。

本当に、まゆらしくも無いですね。

美穂「……やめてよ」

まゆ「やめません……何度だって言います……!」

美穂「……やめてよっ!」

まゆ「美穂ちゃんが言ってくれたんですよ?!まゆを助けてくれた美穂ちゃんの言葉を……嘘にしないで下さい!」

美穂「やめてって言ってるでしょ!!」

やめる訳にはいきません。

言葉を止める訳にはいきません。

美穂ちゃんの為にも、まゆの為にも。

美穂ちゃんの言葉を、想いを。

嘘にしたくないから、して欲しくないから。

まゆ「美穂ちゃん、言い訳はもうありません。加蓮ちゃんはきっと大丈夫です。まゆとPさんも、何があっても変わらないと約束しましょう」

美穂「……言い訳って、何?」

まゆ「美穂ちゃんが、Pさんに告白しない言い訳です」

美穂「……何を言ってるの?」

まゆ「美穂ちゃんは結局のところ、振られるのが怖いんですよね?Pさんの思いがまゆに向いているのに告白したところで、振られるって分かってるんですよね?」

美穂「っ!もう黙ってよ!!」

まゆ「黙りません。素直な気持ちを断られるのが怖いんですよね?だから友達の為って言い訳で固めて、告白しなくていい理由を作ってたんじゃないんですか?!」

美穂「……まゆちゃんなんかにそんな事言われたく無いよ!悔しかったもん!辛かったもん!誰にも言えなかったんだもんっ!わたしだって……っ!わたしだってね?!好きだったの!!」

美穂ちゃんに、酷い言葉を言わせちゃいました。

正直まゆも泣きそうです。泣いてますが。

……分かってます。

美穂ちゃんが、そんな打算的な人じゃ無いという事くらい。

断られるのが怖いだなんて、そんなの当たり前です。

素直な想いを伝えて、それでも振られるのが嫌だなんて、そんなの当然の事です。

けれど、そんな言い訳に友達を使うなんて事は絶対にしない筈で。

美穂ちゃんにとって、告白を断られるのは辛い事だとして。

それと加蓮ちゃんに関しては、きっと別問題です。

それくらい、分かっているのに……
197 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:34:37.87 ID:YiJviGoJ0


まゆ「なら、もう告白出来る筈ですよね?まだ他に言い訳はありましたか?ありませんよね?無い事くらい分かってますから」

美穂「まゆちゃんに何が分かるの?!わたしが……わたしは!みんなで……っ!仲良くしたかっただけなのに……っ」

目に涙を浮かべて、美穂ちゃんは声を震わせました。

こんなにも悩みに悩んでくれていたのに、あの時のまゆは……

本当に、美穂ちゃんには謝罪と感謝の言葉が止まりません。

……でも。

まゆ「……ごめんなさい、美穂ちゃん。それでもやっぱり、美穂ちゃんには……ちゃんと、告白して欲しいです」

美穂「……振られた事が無いから、そんな事言えるんだよ……」

まゆ「……向き合って欲しい、って。まゆは、美穂ちゃんに背中を押されましたから」

美穂「……付き合えるって分かってたから、まゆちゃんはそんな事言えるんだよ……!でも、もうわたしは……断られるって分かってるんだよ……?」

まゆ「……そうですね……」

美穂「まゆちゃんだって分かってるじゃん!なのに……なんで?どうしてそんな事が言えるの?!わたしを傷付けたいの?!」

まゆ「違います……!まゆは、美穂ちゃんに……」

美穂「わたしだって!あの時っ、ほんとは告白したかったのに……っ!なんで?どうして?!なんでわたしじゃ無かったの?!ずっと大好きだったのに!!」

まゆ「……ごめんなさい……」

美穂「っ!謝らないで!わたしは……!」

声を荒げる美穂ちゃんに。

きっと、もう。

まゆの言葉は、刃物にしかならなくて……

智絵里「なら、美穂ちゃん。わたしと……二人で、お話しませんか?」

美穂「えっ……?」

まゆ「智絵里ちゃん……?」

いつの間にか、智絵里ちゃんが来ていました。

盗み聞きされていた様です。

……素敵な趣味をお持ちですね。

智絵里「いいよね……?まゆちゃん、美穂ちゃん」

まゆ「……ええ」

美穂「……わたしは、もう話す事なんてないもん……」

智絵里「はい。でも、わたしにはあるんです」

美穂「……」

智絵里「……まゆちゃん。少し、外して貰えますか?」

……珍しく、有無を言わせぬ程押しが強いですね。

なら、任せても良いかもしれません。

どの道、まゆの言葉なんてもう……

まゆ「……はい」

198 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:35:06.27 ID:YiJviGoJ0


智絵里「……あの、美穂ちゃん」

美穂「……なんですか?」

智絵里「……Pくんの事、好きですか?」

美穂「……うん」

智絵里「……今も、好きですか?」

美穂「…………うん」

智絵里「えへへ……わたしも、です」

美穂「……え?」

美穂ちゃんが、キョトンとした顔をしました。

あれ……?そんなに不思議な事だったかな……?

智絵里「振られちゃったけど……気持ちが変わる訳じゃないよ?」

美穂「智絵里ちゃんは……振られて、辛く無かったの……?」

智絵里「それは……えっと……とっても辛かったです」

断られちゃって、その日はずっと泣いちゃいましたから。

わたしなんかが告白したって、付き合って貰えないよね……なんて、後悔した事がないって言えば嘘になっちゃうけど。

智絵里「悔しかった、かな……真っ直ぐな想いを伝えて、断られちゃうのって……」

美穂「……なら」

智絵里「でも……それでPくんが、変わっちゃう訳じゃないから。わたしは、みんなと楽しそうにして……誰かに優しくしてる、そんなPくんの近くに居られれば。それで、幸せなんです」

美穂「……強いね、智絵里ちゃんは」

智絵里「そんな事ないです……でも、告白して良かった、って。今は、そう思ってます」

美穂「……どうして?」

智絵里「……前よりも、近付けたから」

振られちゃったけど。

それでも……素直な想いを、気持ちを伝えて。

あの日から、わたしは。

あの人に近付けた様な、そんな気がするんです。

だって、わたしの事を知って貰ったから。

お友達って関係自体は変わってないけど。

それでも、わたしは。

前に進む事が出来ましたから。

智絵里「まゆちゃんが羨ましいな、良いなって思う事があっても……想いを打ち明けて、前に進んだあの日は……わたしにとって、わたしだけの宝物です」

199 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:35:39.18 ID:YiJviGoJ0



美穂「……わたしは……前に、進めてないのかな……」

智絵里「……ねえ、美穂ちゃん……えっと……さっき、まゆちゃんに怒ってたよね?」

美穂「……」

智絵里「それって……前に進めたって事なんじゃないかな……?」

美穂「……え?」

友達思いで、誰かの為に自分の想いを見ないフリして。

まゆちゃんの為に、Pくんの為に、加蓮ちゃんの為に。

ずっと、自分の気持ちをナイショにしてきた美穂ちゃんが。

ようやく誰かを、恨んだり、妬んだり出来る様になったんですから。

智絵里「……まゆちゃんの後押しをしなかったら、自分が告白しておけば……そんな後悔を吐き出せる様になったのって……成長じゃないかな……?」

美穂「……わたしは、誰かのせいにするなんて……」

謝られたら、許しちゃうから。

そしたら、誰にも吐き出せないから。

恨む相手が、自分しかいなくなっちゃうから。

だから美穂ちゃんは、謝られたくなくて。

ううん。美穂ちゃんは……謝られたら、許せちゃうから。

智絵里「しても、いいんじゃないですか……?それくらい、美穂ちゃんの友達なら受け止めてくれると思います……」

美穂ちゃんがどれだけ優しくて友達思いか、みんな知ってるから。

美穂ちゃんがどれだけみんなと一緒にいたいか、みんな知ってるから。

……だから今、わたしも。

そんな美穂ちゃんと、美穂ちゃんが大切にしたお友達だから。

そんな美穂ちゃんと、お友達でいたいから。

そんな美穂ちゃんなら、きっとわたしやまゆちゃんを許してくれるって信じてるから。

こうして、頑張って向き合ってみてるけど……

……勇気、出せてるかな。
200 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:36:26.32 ID:YiJviGoJ0


智絵里「……告白しても、しなくても……きっとこれからも、お友達でいる事は出来ると思うけど……」

美穂「……なら」

智絵里「でも。想いをちゃんと打ち明けた方が、もっと近付けるんじゃないかな、って。わたしは……そう思うから……」

どっちを選ぶかは、美穂ちゃん次第だけど。

わたしは、打ち明けて欲しいな。

美穂「……振られるのって、怖いよね」

智絵里「はい……とっても、辛かったです」

美穂「……したくないよ……そんな思い……」

智絵里「……はい……」

それは、きっと。

当たり前の事だと思います。

自分から進んで辛い思いをしようだなんて、普通は思わないから。

美穂「……なんで、わたしは……一回諦めちゃったんだろ……」

美穂ちゃんの表情は、とっても辛そうです。

智絵里「後悔してますか……?」

美穂「……うん、とっても。あの時言えば良かったな、言わなければ良かったなって。そんな事ばっかり」

智絵里「……そうだよね……」

美穂「……うん、でもね?」

201 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:36:52.67 ID:YiJviGoJ0


ようやく美穂ちゃんは、笑って。

美穂「二回諦める前に、後悔出来て良かったかな」

そう、言ってくれました。

智絵里「……美穂ちゃん」

美穂「……ありがとう、智絵里ちゃん。わたし……気付けて良かった」

……ほんとうに、良かったです。

安心したら、涙が出ちゃいそうで。

智絵里「……えへへっ」

美穂「ふふっ」

誤魔化すために、わたしも笑いました。

美穂「Pくん、今お家に居るかな?」

智絵里「居ると思います」

美穂「だったら……今、いっちゃおっかな」

智絵里「……多分、それが良いと思います」

美穂「ねぇ智絵里ちゃん。とっても意地悪な事聞いていい?」

智絵里「えっと……内容による、かな?」

悪戯っ子みたいに、美穂ちゃんは微笑んで。

美穂「智絵里ちゃんは、わたしに振られて欲しい?」

智絵里「……はい。勿論です」

わたしは、即答しました。

美穂「酷いね、智絵里ちゃん」

智絵里「それと……わたしの分まで、怒ってきて欲しいです」

美穂「ふふっ、任されてあげる!」

そう言って、美穂ちゃんは駆け出して行きました。

行き先も理由も、もう尋ねる必要はありません。

智絵里「……はぁ……とっても怖かったです……」

まゆ「……ありがとうございます、智絵里ちゃん」

寮から、まゆちゃんが姿を現しました。

やっぱり、聞いてたんですね。

智絵里「わたしは、いいから……ありがとうは、美穂ちゃんに言ってあげて下さい」

まゆ「……いえ、やっぱり智絵里ちゃんにも。本当に、ありがとうございました」

……やっぱり、とっても悔しいですね。

自分の恋を、誰かに応援して貰える場所に。

わたしも、居られれば良かったのに。

202 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:37:21.66 ID:YiJviGoJ0



コンコン

ノック音で目を覚まして、スマホを開けばまだ十八時。

文香姉さんだろうか?

P「なんだー?」

ガチャ

美穂「えっと、失礼します……」

あれ?文香姉さんじゃなかった。

面接みたいに緊張した美穂が、ゆっくりと入って来る。

別にこの部屋に来るのは初めてでは無いだろうに、なんでそんな……

美穂「……い、良いお天気ですねっ!」

P「お、おう!」

美穂「こんなお天気の日は、えっと……お日柄が良いです!」

P「そうだな!」

うん、間違った事は言ってないと思う。

P「で、天気の報告をしに来たのか?」

美穂「……きちんとした理由が無いと、来ちゃダメでしたか?」

P「いや、別に?暇で仕方ない時はうちに来るなんて、前からそうだっただろ?」

美穂「む……ほんと、Pくんはそういう所ダメダメですよね」

P「え、違ったのか?」

美穂「はい、当然ですっ!」

P「当然なのか」

美穂「それに……」

それに、なんだろう。

美穂「……好きな人に会いに行きたいって思うのも……当然だと思いませんか?」

そう呟く美穂の顔は、とても寂しそうで。

……そっか。
203 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:37:49.92 ID:YiJviGoJ0


美穂「……今日は、その……Pくんに、お話があって来たんです」

もう、言われなくても分かっている。

それが、どんな話かなんて。

P「……なんだ?美穂」

でも。

俺はそれを、きちんと美穂の口から聞くべきなんだ。

美穂「わたしが前に言った事……Pくんは、覚えてますか?」

美穂「Pくんが、まゆちゃんと付き合い始めても。これからもずっと、変わらないままでいてくれますか?って」

美穂「Pくんは、これからもわたしと友達でいたいって……そう、言ってくれましたよね?」

P「……覚えてるよ」

あぁ、確かに覚えている。

俺は、美穂と友達でいたかったし、離れるのは嫌だったし。

美穂もそうだと言ってくれたから。

美穂「……ごめんなさい。あの時、わたし……嘘吐いちゃってました」

嘘……?

それは、どの言葉を指しているんだろう。

美穂「Pくんが、友達でいたいって言ってくれた時に……良かったって、言ったけど……」

美穂「……ごめんなさい。それは、嘘です」

美穂「Pくんとこれからもずっと、友達でいたいなんて……わたしは、思っていませんでした」

P「……そっか……」

そうだ、そうだったな。

俺が、美穂と友達で良かったって言った時に。

美穂は、これからもまゆと友達でいられて良かったって言っていて。

……そこに、俺は入って無かったじゃないか。

204 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:38:35.86 ID:YiJviGoJ0


P「……ごめん」

それなのに美穂は。

あの時からずっと、俺と友達でいてくれて。

美穂「……はい。わたしは……Pくんと、友達なんかじゃなくて……」

恋人になりたかったんです。

そう呟く美穂の瞳は、既に涙に潤んでいて。

声も震えて、消え入りそうな程に小さくて。

美穂「……わたしはね?Pくんと……恋人になりたかったんだよ……?」

あぁ、良かった。

美穂に、嫌われていた訳じゃなくて。

安心して俺まで涙が出そうになる。

美穂「ずっと後悔してました……なんであの時、諦めちゃったんだろ?って……なんであの時、まゆちゃんを応援したんだろ?って……」

美穂「……Pくんの気持ちを知っちゃって、振られるのが怖かったから……振り向かせるなんて言ったけど、そんな勇気も可能性も無かったもん……っ!」

美穂「好きな子が直ぐに変わっちゃう様な人なんて、きっとわたしは好きでいられ無かったと思うけど……それでも……それでもね?!わたしはPくんと結ばれたくって……!」

美穂「Pくんが友達でいたいって言ったから……それを理由に、きちんと諦めようと思ってたのに……!」

美穂「それでも……!手を繋いでくれた時のあったかさが忘れられなくて……!もっともっと、側に居たいって気持ちが膨らんじゃって!!」

あの時俺は、美穂の手を取るべきじゃなかったんだろうか。

そのせいでこんなに悩ませるくらいなら、俺は……

加蓮の言う通り、俺は隙だらけらしい。

だからこそ、こんなに……

美穂「……ねえ、Pくん」

P「……なんだ?」

すぅ……と、深呼吸して。

美穂は、想いを言葉にした。

205 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:39:10.01 ID:YiJviGoJ0

美穂「わたし……Pくんの事が、大好きです!出会った時からずっと、Pくんの事を見つめる度にドキドキして、目が合う度に運命なんじゃないかな?って思っちゃって……っ!」

美穂「気付いて欲しくて……でも、気付かれたくなくって……っ!今の関係が壊れちゃったらどうしよう、友達でいられなくなっちゃったらどうしようって……不安で、言いたくて、言えなくて……!!」

美穂の言葉は止まらない。

涙も溢れ、零れ落ち。

それでも溢れる想いが抑えられず、次々と言葉が紡がれる。

美穂「Pくんが笑顔を向けるのが、わたしだけじゃなくても良いんです……怖いのは、わたしに笑顔を向けてくれなくなっちゃう事で……側に居られなくなっちゃう事で……っ」

美穂「……ううんっ!わたしに!わたしだけに向けて欲しいのっ!誰よりも側で!わたしはっ、君の笑顔を一番近くで見ていたいから……っ!」

溢れる涙なんかに歪まず。

美穂はただ、俺の目だけを真っ直ぐに見つめて。

美穂「Pくんっ!お願いだから……お願いだからっ!わたしと!付き合って下さい……っ!」

そう、最後まで言葉にした。

美穂の気持ちが此処まで強いものだったと、今初めて知った。

美穂の悩みが此処まで大きいものだったと、今漸く気付けた。

けれど、それに対して。

俺が返すべき言葉なんて、もう決まっている。

P「……ごめん。俺は、まゆが好きだから」

きちんと、断る。

それで嫌われたら、もう仕方がない。

仕方がないという言葉では流しきれないほど涙を流すだろうが、それでも。

まゆを裏切る様な事は、自分の気持ちに嘘を吐く様な事は。

絶対にしたくないから。

206 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:39:58.29 ID:YiJviGoJ0



美穂「……わたしを、選んでくれませんか……?」

すっ、っと。

此方に手を伸ばす美穂。

この手を取れば、きっと美穂は泣き止むのだろう。

今この苦しい状況から、二人とも抜け出せるんだろう。

……なら。

P「……ごめん。その手は、握ってあげられない」

此処で、きちんと終わりにしよう。

美穂「……酷いね、Pくん」

P「……美穂に嫌われたく無いからな」

美穂「……ふふ、その通りです。きっとわたしは、Pくんが手を握ってくれたら……多分、大っ嫌いになってました」

P「良かった……」

美穂「……大っ嫌いに……なれたら良かったのに……っ!」

下ろした手を強く握り締めて。

美穂は、ぽつりと。

そう呟いた。

美穂「手を握ってよ……慰めてよ……抱き締めてよ!わたしは……こんなに大好きなんだもん!諦めたくないもん!許せないもん!」

美穂「伝えて、ちゃんと振られたら……この想いも消えてくれると思ったのに!!」

美穂「ずっと大好きだったのに!わたしを選んで欲しかったのに……!一緒に過ごしてきた一年は無駄だったの……?!」

美穂「なんで?どうして?!もうイヤだよ……!こんなに辛い思いを、わたしはずっとしなきゃダメなの?!」

美穂「友達を恨むなんてしたくなかったのに!諦めたかったのに!Pくんを嫌いになって!全部諦めちゃいたかったのに……!」

美穂「どうして……Pくんは、そんなに酷い事するの……?それじゃわたしは……嫌いになんてなれないよ……!」

ポロポロと大粒の涙を頬に零して。

大きな声で、そう叫ぶ。

……あぁ、美穂は。

本当に、優しいんだな。
207 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:40:30.66 ID:YiJviGoJ0

P「……ありがとう、美穂」

今、美穂に触れる事は出来ないけれど。

それでも、きちんと。

お礼だけは、言葉にしたかった。

P「……ずっと、友達でいてくれて……っ!」

あぁ、ダメだ。

結局俺も、涙を堪える事は出来なかった。

美穂「っあぁ……っ!うぁぁぁぁぁぁっっ!!」

P「っ!ありがとう、美穂っ!」

美穂「うぅぁぁぁぁぁぁぁっ!」

二人分の叫び声が部屋に響き渡る。

後で、文香姉さんに何か言われるだろうな。

でも、まぁ。

どの道言われるのなら、もう思いっきり叫んだっていいだろう。

美穂「大好きだったよっ!Pくんの事がっ!ずっと!!ぅぅあぁぁぁ!!」

……ほんと、感謝してもし足りないな。

言葉が続かない程、涙が溢れて。

言葉を探せない程、気持ちが溢れて。

……ここがまだ沖縄だったなら、スコールが全部を流してくれたのに。



208 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:41:39.21 ID:YiJviGoJ0


月曜日の朝が来た。

元々憂鬱な気分になりやすい月曜日の朝に、一昨日の事も相まってとんでもなく心は重い。

いっその事とんでいってしまいたいくらいだ。

コンコン

まゆ「おはようございます、Pさん」

P「……ん、おはようまゆ」

まゆ「朝ご飯の用意、出来てますから」

まゆは、俺の骨折が治ってからも朝食を作りに来てくれていた。

P「おう、ありがとう。直ぐに着替えるよ」

まゆ「……」

P「……あの、部屋から出てくれると嬉しいんだけど」

まゆ「あっ、失礼しました」

部屋からまゆが出ていった。

けど階段を降りる足音が聞こえないって事は、扉の前に居るんだろうな。

制服に着替えて、扉を開ける。

P「……大丈夫か?まゆ」

まゆ「はい、大丈夫ですよぉ」

嘘だな。

本当に大丈夫で何でもない人が、大丈夫ですなんて言う筈が無い。

え?なんの事ですか?って返事をする筈だ。

……という事はまぁ、何か悩んでる事がある訳で。

P「……俺でよければ、いつでも相談に乗るからさ」

まゆ「うふふ。Pさんの力を貸して頂けるのであれば、二人力ですねぇ」

P「百人力じゃないのか」

リビングに降りて、既に用意された朝食を食べる。

両手でお箸を使えるようになってから、食事の自由度が上がった気がする。

文香「ふぅ……ご馳走様でした」

P「今日も美味しかったぞ」

まゆ「ふふ、お粗末様です。後片付けはまゆがやりますよぉ」

文香「いえ……まだ時間がありますから、私が洗っておきます」

P「んじゃ頼むわ、ありがと姉さん」

209 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:42:16.30 ID:YiJviGoJ0


鞄を持って家から出る。

六月に入って、気温はどんどんあがっていった。

ほんの数週間前まではコートを着ていたなんて信じられない。

P「……手、繋ぐか?」

まゆ「はい、もちろんですよぉ」

まゆの手を握り、並んで歩く。

……うん、やっぱり何か悩んでるみたいだな。

前までだったら絶対に、行ってきますのキスがまだですよぉ!って言ってたのに。

まぁ、まゆから言わないのなら。

こっちから言えばいいか。

P「……一昨日さ、美穂に告白されたんだ」

まゆ「っ!……そうですか……」

P「……断ったけどな」

まゆ「……ごめんなさい」

P「まゆが謝る事じゃないさ」

まゆ「いえ……それをPさんの方から言わせてしまって、という意味です」

P「……知ってたのか?」

知ってたんだろうけど。

まゆ「はい……まゆが、美穂ちゃんに……きちんと告白したらどうですか?って言ったから……」

P「そっか。ありがとう」

まゆ「いえ……結局まゆは、何も出来ませんでした。美穂ちゃんの背中を押したのは、まゆじゃなくて……」

俯いて、悲しそうな表情をするまゆ。

まゆ「本当に、まゆは……何も出来て無いんです……」

そんなまゆの手を、俺は強く握り締めた。

P「そんな事はないさ。少なくとも、まゆのおかげで……俺はきちんと断れたんだから」

まゆ「それは、Pさんが強いからだと思います」

P「俺が強くなれるくらい、まゆを好きになったからだよ」

まゆ「……ふふ、ありがとうございます」

P「いつも感謝してるんだぞ?朝ご飯作りに来てくれて、こうやって一緒に登校出来て。そんな時間をこれからもずっと続けたいって、強く思ったからさ」

まゆ「……でも、美穂ちゃんは……」

P「……そりゃ辛かったし、正直今だって学校行くのめっちゃ緊張してるけどさ。それは、きっとまゆもだろ?」

まゆ「……はい。美穂ちゃんに嫌われちゃっていたら……そんな事を考えると……」

P「じゃ、お揃いだ。ビビり同士支え合って頑張ろうぜ」

まゆ「……ふふ、そうですねぇ。Pさんが緊張しているなら、まゆが助けてあげないといけません」

P「おう、頼んだぞ」

まゆ「ところでPさん。行ってきますのキスを忘れてませんか?」

あぁ、良かった良かった。

いつものまゆに戻って。

軽く唇を重ねて、忘れていた分をきっちり渡す。

大丈夫だ、美穂なら。

きっといつも通りに、笑っていてくれる筈。

そう信じて、俺たちは校門を抜けた。
210 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:43:00.21 ID:YiJviGoJ0


ガラガラ

P「おはよー」

美穂「おはようございます、Pくんっ!」

パンッ

教室に入ると同時に、美穂に頬を軽く叩かれた。

P「えっ?」

まゆ「えっ?」

加蓮「いえーいっ!」

李衣菜「いえいっ!」

美穂「いぇいっ!」

パンッ!

三人でハイタッチしていた。

……なんだ?何が起きているんだ?

美穂「えへへ、振られちゃった恨みです!」

李衣菜「もったいないなー鷺沢は。こんな可愛い子を振るなんて」

加蓮「一生後悔するんじゃない?」

まゆ「まゆの前でそういう事を言うのはどうかと思いますよぉ?」

美穂「乙女心を弄んだ罰として!Pくんはこれからもずっと、わたしのお友達でいて貰いますっ!」

P「……おう!」

……あぁ、本当に良かった。

美穂が、そう言ってくれて。

嬉しくて涙が出そうになる。

加蓮「よし、せっかく今日は午前中で授業終わるんだし、放課後みんなでカラオケ行かない?」

美穂「いいですね!とっても大声で怨み辛みを謳いたい気分です!」

李衣菜「おっけー!お昼はどうする?」

P「各自適当にでいいんじゃないか?」

まゆ「うふふ、楽しみですねぇ。まゆの美声を聞かせてあげますよぉ!」

ガラガラ

智絵里「おはようございます……」

美穂「智絵里ちゃん!カラオケ行こっ?!」

智絵里「えっ……?今から……?」

加蓮「いいね、学校サボっちゃう?」

李衣菜「私が許すと思う?」

いつも通りの会話が、そこにはあった。

こんなに嬉しくて楽しい事はない。

211 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:44:09.01 ID:YiJviGoJ0

加蓮「それじゃ、駅前集合でいい?」

P「おっけ。今は……十二時半か。なら十三時半くらいでいいよな?」

李衣菜「了解っ!」

四時間目が終わって、それぞれ帰路に着いた。

P「良かったな。美穂、いつも通りで」

まゆ「はい、そうですねぇ。本当に良かったです」

二人して、大きくため息を吐く。

教室入って叩かれた時は膝から崩れ落ちそうになったけど。

美穂なりの気持ちの切り替えという事なら、まぁ、いいか。

ちょっと痛かったのは内緒だ。

P「ただいまー姉さん」

文香「お帰りなさい、P君、佐久間さん……随分と、機嫌が良いみたいですね」

P「これからカラオケだからな」

文香「……楽しそうですね」

まゆ「文香さんもご一緒しませんか?」

まゆが、文香姉さんをカラオケに誘った。

……どうなんだろう、文香姉さんが歌ってるところが想像出来ない。

文香「……え?私が、ですか……?」

まゆ「はい。この後ご用事が無ければ、ですが……」

文香「……他の方々は……」

P「大丈夫だろ、みんな文香姉さんの事知ってるだろうし」

文香「……ふふ。では、是非ご一緒させて頂きます」

マジか。文香姉さんが歌うのか。

……演歌とかかな。

まゆ「それでは、まゆはお昼ご飯を作っちゃいますね」

P「あ、俺も手伝うよ」

まゆ「いえ、大丈夫ですよぉ」

P「でもほら、二人で料理って夫婦っぽくて良くないか?」

まゆ「……そっ、そうですねぇっ!」

P「……あー!あー!あー!」

文香「……ふふ」

めっちゃ恥ずかしい事言ってた気がしないでもない。

叫んで誤魔化すが、文香姉さんは聞こえてた様でこっち見て笑ってやがる。

212 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:44:35.56 ID:YiJviGoJ0


キッチンに、並んで立つ。

まゆ「野菜を切って貰えますか?ア・ナ・タ!きゃーっ!」

……あ、ダメだ可愛い。

恋の炎で野菜が丸焦げになりそうだ。

文香「……その、糖分は控え目にして頂けると助かるのですが……」

P「ほい、塩」

まゆ「言葉にしなくても、まゆがお塩を取って貰おうとしてた事が伝わるなんて……夫婦と言わずして何と言いましょう!」

P「塩は夫婦だった……?」

まゆ「イオン結合よりも、共有結合くらいに強く結ばれたいですねぇ!」

文香「……換気して参ります」

好きな人にご飯を作ってあげられるのは、とっても嬉しい事、か。

確かにその通りだ。

しかもそれを一緒に出来るなんて、幸せが指数関数的に増加する。

まゆ「味見しますか?Pさん」

P「ん?どれをだ?」

まゆ「まゆを、ですよぉ。うふふ……うふふふふ……」

両手を赤く染まった頬に当て、ぐねぐねへにょへにょするまゆ

キッチンは戦場だとよく言ったものだ。

俺はどうやら、この戦場を無事に帰れそうにはない。

文香「……早く現実に帰って来て下さい」


213 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:45:17.13 ID:YiJviGoJ0



まゆ「one night・illusion まだまだこれからっ!」

文香「one night・illusion 正夢に変えてtonight」

まゆ・文香「――――Have a good night♪」

李衣菜「ひゅーひゅー!」

智絵里「とっても、上手です……!」

加蓮「へー、鷺沢のお姉さんって歌上手いんだね」

P「俺も初めて知ったわ」

テンション高い系の歌を、文香姉さんがこんなに上手に歌えるなんて知らなかった。

当然、まゆもめっちゃ上手いしすげー可愛い。

文香「……本日は……私、鷺沢文香をお招きいただき……誠に、ありがとうございました」

李衣菜「え、何これすっごくパーティみたい」

美穂「ま、負けないもんっ!加蓮ちゃん、わたしたちもデュエットしよ?」

加蓮「別に良いけど、何歌うの?」

美穂「ふふっ、流れてからのお楽しみですっ!」

まゆ「……あー、成る程。美穂ちゃんらしいですねぇ」

美穂「えへへ……わたしの、とっても大好きな曲なんです」

可愛らしいイントロが流れ出す。

加蓮「げっ……私がこれ歌うの?」

まゆ「……んふっ……とっても可愛らしい加蓮ちゃん、期待してますよぉ……ふふっ……」

美穂「はいっ!加蓮ちゃん、前説入れて下さいっ!」

加蓮「え、無茶振り酷くない?えっと……傷害致死罪と過失致死罪の違いは、暴行を加えたのが故意か否かだったかな!」

美穂「大好きだった君に贈りますっ!小日向美穂と、北条加蓮で、ラブレター!」

加蓮「えぇ……」

二人が歌っているのは、恋する女の子の曲。

美穂の可愛らしいとヤケクソな加蓮の歌声がとても聴いていて楽しかったが。

……美穂、あの……画面見ながら歌お?

214 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:46:17.85 ID:YiJviGoJ0


美穂「Sunshine day 今すぐ、伝えたいから」

加蓮「Dreaming Dreaming Darling あなたのことを」

美穂・加蓮「大好きだから。ラブレター受け取ってくださいっ!」

李衣菜「ひゅーひゅー」

まゆ「お上手ですね」

まゆが真顔だ。

P「……」

美穂「ふぅ、サッパリしました!どうでしたか?Pくんっ!」

どう答えろと。

P「……うん、凄く上手かった」

美穂「可愛かったですか?!」

まゆ「はぁい!そこまでですよぉ!!」

まゆが足を軽くゲシゲシ蹴ってきた。

……やばい、可愛い。

ちょっと拗ねて頬膨らまして嫉妬してくるのとてもやばい。

加蓮「ねぇ鷺沢、私は私は?!」

P「……んふっ」

まゆ「んふっ」

加蓮「は?」

P「加蓮、歌うの上手いな。上手かったし上手だなーって思ったよ」

加蓮「小学生の感想文以下だね。あー恥ずかしかった」

P「ヤケクソながらも熱唱してたもんな」

智絵里「次の曲は……」

李衣菜「あ、私だ。マイク取ってー」

美穂「はい、どうぞ!加蓮ちゃんはそのまま前説を入れて下さいねっ!」

加蓮「酷い無茶振り二連発だけど、リベンジしてあげる!」

李衣菜「あ、この曲前奏無いよ」

加蓮「なんでそんな曲入れたの?!」

李衣菜「前説を入れなければいいんじゃない?!」

智絵里「李衣菜ちゃん……その……もう、曲始まってる……」

李衣菜「あーもうっ!間奏入ってるじゃん!」

美穂「加蓮ちゃん!チャンスですっ!」

加蓮「よし!えっと……うーん……バイバイしそうな曲!」

李衣菜「秋風に手を振って!!」

李衣菜がようやく歌い出した。

……前から思ってたけど、李衣菜も歌うの上手いな。

215 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:46:56.58 ID:YiJviGoJ0


まゆ「……上手いですねぇ」

加蓮「え、普通に上手い」

智絵里「……驚きです……」

美穂「三人は李衣菜ちゃんを何だと思ってたのかな……」

李衣菜「My dear ごめんね 素直になれなくて 誰より好きだった さよならを言っても……みんなは私を何だと思ってたの?!」

加蓮「李衣菜」

李衣菜「ご存知だけど!絶対バカにしてるでしょその言い方!」

智絵里「あの……マイク取ってもらってもいいですか?」

李衣菜「あ、ごめんごめん。はい」

智絵里「それと……出来れば、誰か一緒に歌ってくれると嬉しいです……」

まゆ「あ、これならまゆも歌えますよぉ」

美穂「わたしもです!」

李衣菜「私も歌えるよ」

加蓮「誰デュエットする?」

智絵里「なら……せっかくだから、みんなで歌いませんか……?」

文香「すみません……私は、知らない曲なので……」

オシャレなイントロが流れ出す。

なんだか火サスとか昼ドラで流れて来そうな曲調だ。

美穂「加蓮ちゃん!前説リベンジですっ!」

加蓮「……また?……えっと、人の夢って書いて儚いって読むんだけど……」

まゆ「アドリブ下手ですねぇ……『運命』、それはあまりにも残酷で、美しくも」

美穂「小日向美穂とっ!」

李衣菜「多田李衣菜と!」

まゆ「えぇ……佐久間まゆで!」

加蓮「ちょっと!北条加蓮も!」

智絵里「お、緒方智絵里で……!」

「「「「「Love∞Destiny」」」」」

216 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:47:28.42 ID:YiJviGoJ0


加蓮「ふー……かなり歌ったね」

P「もう十八時だし、そろそろ帰るか」

まゆ「楽しい時間はあっという間ですねぇ」

李衣菜「みんなは夕飯どうするの?」

美穂「わたしは門限があるので……」

まゆ「まゆもそろそろ、Pさんの家に帰らないといけません」

加蓮「なら私も帰ろっかなー」

智絵里「わ、わたしはまだ時間はあるけど……」

李衣菜「なら、何処かで食べてかない?」

智絵里「え、李衣菜ちゃんが払ってくれるんですか……?!」

李衣菜「おっ、今日一のいい笑顔」

加蓮「え?李衣菜の奢り?ならまだ帰らなくていいかな」

文香「P君は……美穂さんを、寮まで送ってあげて下さい」

P「おっけ。んじゃ、また適当に集まって遊ぼうな」

加蓮「じゃあねー」

まゆ「ふふっ、お疲れ様でした」

カラオケから出て、それぞれバラバラに散って行く。

加蓮と智絵里は李衣菜に奢られに。

まゆと文香姉さんは家の方に。

そして俺と美穂は、二人並んで寮へと歩く。
217 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:48:01.18 ID:YiJviGoJ0


美穂「……楽しかったですね!」

P「……あぁ」

美穂「……あれ?一昨日の事、まだ引き摺ってるんですか?」

P「まぁな……」

美穂「……ふふっ、それなら良かったです」

P「え、なんでさ」

美穂「だって、それくらいわたしを大切なお友達だと思っててくれたって事だよね?」

それはそうだ。

元々俺に友達は少ないし。

失ったら怖いと思うのは当たり前だろうに。

美穂「……あっ」

P「可哀想なモノを見るような目で俺を見るな」

美穂「……た、大切なのは数より質ですから!」

P「わぁいフォローが痛い!」

美穂「きっとわたし一人で百人分ですよ!」

P「一人で百人一首出来るじゃん!お正月も暇しないな!」

美穂「……え、可哀想……」

P「やめろ、辛いからその目やめろ」

なんて会話をしていたら、いつの間にか寮の前に着いていた。

会話してると一瞬だな。

美穂「……ねえ、Pくん!」

P「なんだ?美穂」

美穂「今日は、とっても楽しかったです!」

P「あぁ、俺もだ」

美穂「また、みんなで遊びに行こうね!」

P「おう!」


218 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:48:45.45 ID:YiJviGoJ0


文香「……六月とは言え、夕方になると少し冷えますね……」

まゆ「ですねぇ。ブレザーはまだまだ手放せそうにありません」

文香「今日は……声を掛けて下さって、ありがとうございました」

まゆ「いえいえ、折角だからみんなで楽しみたかったんです」

文香さんと、夕暮れの街を二人きりで歩きます。

正直に言うと、実はまゆはあまり文香さんが得意では無いんですよねぇ。

だからこそ誘った、というのもありますが。

文香「……お気遣い、ありがとうございます」

まゆ「……文香さんと仲良くなりたい……それは、紛れもなくまゆの本音です」

文香「……ふふ、そうですか」

まゆ「えぇ、そうですよぉ」

文香「……佐久間さんは……強いですね」

まゆ「……Pさんの為、Pさんを取り巻く関係の為……そうで無いと言えば嘘になりますが……」

文香さんと、もう少し良い関係を築きたい。

これは、そう言った打算を省いたとしても残る気持ちです。

まゆ「文香さんは、誰よりもPさんの近くで過ごしていましたから」

文香「……今ではおそらく、佐久間さんの方が近いかと……」

まゆ「そう、なりたいですねぇ」

文香「……ふふ。精進して下さい」

……素敵な笑顔ですねぇ。まゆ、嫉妬しちゃいそうです。

まゆがどれだけPさんに近付いて、二人きりで過ごしても。

まゆがPさんと結ばれるより前の時間は、文香さんとPさんだけのもので。

……だからこそ。
219 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:49:35.00 ID:YiJviGoJ0


まゆ「……文香さんは、まゆの事をどう思っていますか?」

忌憚なき意見を、遠慮も配慮も無い素直な気持ちを。

今、聞いておきたかったんです。

文香「……P君の恋人だと思っています」

まゆ「認めてくれているんですか?」

文香「認めて欲しいのでは無いのですか……?」

まゆ「それもそうなんですけどねぇ……」

文香「……ふふ。若い、ですね……」

まゆ「まだまだ高校生ですから」

文香「……はぁ。そして……私は、幼いですね……」

大きな溜息を吐いて、空を見上げる文香さん。

そんな動作が様になってしまうのは、ズルイとしか言いようがありませんねぇ。

まゆには、きっと出せない雰囲気です。

背伸びをしたところで、ここまで魅力的にはならないでしょうね。

まゆ「とても、大人っぽいと思いますよ?」

文香「内面のお話です。わたしは……まだ、幼い」

まゆ「若さは大切だと思いますよ。知らない物事に手を伸ばしたくなったり、好きな味に執着したり……それはきっと、大切な事だと思います」

文香「……ふふ、お見通しでしたか」

まゆ「はい。ですから、今日はPさんと二人で料理してみたんです。どうでしたか?」

文香「とても、美味しかったです……少し、空間そのものが甘かった様な気がしましたが……」

まゆ「慣れて頂けると有難いですねぇ」

文香「……仕方ありませんね」

困った様に笑う文香さん。

あぁ、本当にもう。

敵に回さなくて良かったと、心からそう思います。

220 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:50:25.20 ID:YiJviGoJ0


文香「……約一年前。私は、鷺沢古書店に下宿先として越して来ました」

まゆ「……はい、知ってます」

文香「当時私には、友人と呼べる友人はおらず……歳の近い男性と話す機会なんて尚更無かったのです……」

文香「食事はただ栄養をとれれば良く、本を読んで新しい知識に手を伸ばし、新しい世界に赴ければ……それで、満足な生活を送っていました」

文香「……今思えば、無愛想な従姉妹だったと思います。どう接すれば良いのか分からなかったというのもありますが……自分から積極的には接しようとはしませんでしたから」

文香「けれど、困った事にP君もまた……友達が少なく、家に居る時間も多くて……ふふっ」

まゆ「……ふふ、笑ったら失礼ですよ?」

そんな文香さんの、思い出に浸って嬉しそうな表情は、初めて見たかもしれません。

文香「……いえ、そのおかげで……P君と接する機会は嫌でも増え、少しずつ距離も縮まりましたから」

文香「本について時折話し合い、会話は無くとも二人きりで本を読む……そんな空間が、堪らなく心地良かったのです」

文香「……正直、最初の数日は本当に彼には友達がいないものだと思っていました」

文香「……そうであれば、きっと私達は二人きりで……きっと私は、この様な明るさは手に入らなかったと思います」

文香「ある日、P君を訪ねて女の子が鷺沢古書店に現れたんです」

まゆ「それは……李衣菜ちゃんですか?」

文香「はい……そして、彼女と話している時のP君は……本当に、楽しそうで……私の胸に、不思議な気持ちが湧き上がりました。言葉にし辛い、形状し難い思いです」

まゆ「嫉妬、ですか?」

文香「……はい。それも……双方に対して、です。私と話している時とはまた違った笑顔を向けられた李衣菜さんも、とても明るく優しい友人を持ったP君も……羨ましい、と。そう、思いました」

文香「私と同じだと思っていたP君は……私には無い、素敵なものを持っていたんです。私には、そういった存在はいなくて……それが悔しかった私は……」

まゆ「私は……?」

文香「P君に、直接言ってみました」

まゆ「言っちゃうんですか、それ」

え、普通隠すものでは無いんでしょうか?

悔しいとか直接言っちゃうんですか?

221 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:51:20.66 ID:YiJviGoJ0


文香「そしたら……ふふ。P君は……『俺にとっては李衣菜も姉さんも、どっちも大切な人だぞ?』と……『寧ろ姉さんにとっては俺ってまだ、知ってる親戚以上交友のある親戚未満だった?』なんて言って……」

文香「ワザワザ悩むのが阿呆らしくなったのを覚えています……あの時からです……私の時間が、動き始めたのは」

文香「私も、P君にとっての李衣菜さんの様な友人を望む様になり……また、P君にとってより近しい存在になりたいと思う様になったのです」

文香「……世界が、色付き始めました。ただ変わらず過ごしていただけの毎日が、何が起こるか分からず、求める物の為に変わろうと努力する……そんな、物語の様な日々に変わったんです」

文香「……それから……彼が作ってくれる料理が、とても美味しく感じる様になりました。私の事を、大切な人だと言ってくれて……そんな私の為に、朝早く起きて作ってくれて……」

文香「……そんな姿を見る為に、私も早起きし始めたのを覚えています。本を読むフリをして、朝食を作る彼に視線を向けて……きっと傍から見れば、恋愛小説の1ページの様だったかもしれません」

まゆ「……だから、だったんですね……」

文香「……はい。今思い返せば、本当に私は幼かったと思います。佐久間さんが来る様になってから、彼は朝食を作る事が無くなりました。昼食はもちろん、夕食も佐久間さんが振る舞って下さいましたから……」

まゆ「……ご迷惑、でしたか……?」

文香「いえ……佐久間さんの作る料理はとても美味しいですから。ですが……彼の料理をする姿を見れなくなったのが残念でないと言えば、嘘になります。私の為に料理を作ってくれる機会が減ったのが寂しくないと言えば、嘘になります」

文香「……なんて、愚かなんでしょう……私は、佐久間さんの好意を素直に受け取る事が出来ませんでした」

文香「……ですが……佐久間さんは本日、そんな私を誘って下さって……自分の幼稚さに気付いて……」

文香「……ふふ、佐久間さん」

まゆ「……はい、なんでしょうか?」

文香「今更ではありますが…………まゆさん、と……そうお呼びしても、良いですか?」

……ようやく、名前で呼んでくれましたね。

222 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:51:51.99 ID:YiJviGoJ0



まゆ「……うふふ。もちろんです、お義姉さん」

どうやら、文香さんもみたいです。

慣れていないから仕方の無い事ではありますが。

友人付き合いに関しては、なんて不器用なんでしょう。

文香「……お義姉さん…………悪く無い響きですね。もう一度お願い出来ますか?」

まゆ「はい、お義姉さん!」

文香「……まぁ、私は正確には姉ではありませんが」

まゆ「呼ばせて下さいよぉ……」

文香「それと……文香さんの方が、その……友人らしさがあって……」

……照れないで下さいよぉ。可愛いじゃないですかぁ。

え、文香さんもモデルやってみませんか?

絶対人気出ると思うんですけどねぇ。

まゆ「……では、これからも文香さんと呼ばせて貰いますね?」

文香「……全く……本当に。私が姉であれば、どれほど良かった事でしょう……」

まゆ「……きっと、変わらなかったと思います」

文香「……ふふ……そうかもしれません」

まゆ「それと、まゆも同じです。Pさんに出会わなければ、きっと……」

とある、昔話をしました。

まゆにとっては昨日の事の様な、遠い昔の思い出です。

あの日の出来事は鮮明に思い出せて、再び出会うまでの時間は永遠の様にも、会ってしまえば一瞬の様にも感じました。

文香「……似た者同士、ですね」

まゆ「はい。ですから……Pさんにとって友達がどれほど大切かも、よく理解しています」

文香「……ところで、まゆさん」

まゆ「え、ここでまゆの話ぶった切るんですかぁ?」

文香「……寮の門限の方は、大丈夫ですか?」

まゆ「えぇ、まだ時間はありますが……」

文香「……では、折角ですから今宵は……私達が、夕食を作りませんか?」

まゆ「……うふふ、望むところです!」

223 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:52:47.37 ID:YiJviGoJ0


P「うぉー!!」

李衣菜「うっひょぉぉぉっ!!」

美穂「やっほーーっ!!」

まゆ「あの、ここ山じゃなくてプールですよぉ……他のお客さんもいますから……」

加蓮「流れるポテトがあるって聞いたんだけど!!」

智絵里「ぷ、プールを読み間違えたんじゃないかな……」

七月一日、土曜日。

天気は快晴。暑過ぎず、程よい気温に程よい風。

俺たちはいつもの遊園地のプールに来ていた。

今日からプール開きという事で、李衣菜がみんなを誘ったのだ。

李衣菜「それじゃ、みんな着替えてまた此処に集合で」

P「らじゃ」

男子は俺一人だけなので、一人で更衣室へ向かう。

まぁ実は家から既に水着を穿いて来ているから、ズボンとシャツを脱ぐだけなのだが。

コインロッカーに荷物を投げ込み、直ぐまた集合場所へ戻る。

P「……まぁ、女子は時間掛かるよな」

手持ち無沙汰で、準備体操なんてしてみたりする。

泳いでる時に足攣ったら大変だからな。

李衣菜「おまたせーP」

加蓮「うんっ、日焼け出来そう!」

まゆ「お待たせしましたぁ。Pさん、どうですかぁ?」

李衣菜、加蓮、まゆが来た。

三人とも水着だ。当たり前だわ。

正式な名称は分からないけど、多分ビキニだと思う。

フリル付いててめっちゃ可愛い。正式な名称は分からないけど。

まゆ「どうですか?Pさん」

P「似合ってるぞ。やっぱりまゆはピンク色が似合うな」

まゆ「可愛いですか?」

P「めっちゃ可愛い」

まゆ「マグニチュードで表すとどのくらいですかぁ?!」

P「ビックバンくらいかな!」

224 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:53:52.38 ID:YiJviGoJ0


加蓮「ちょっと鷺沢、私にも何か一言くらい言ったらどうなの?」

P「日焼け止めちゃんと塗っとけよ」

加蓮「水着!水着についてっ!」

P「すげー日焼けしそう」

加蓮「もういいっ!!」

P「すまんって……えっと、とても可愛らしいと思います」

加蓮「うん、素直でよろしい。胸元見てるとこも含めてね」

P「は、見てないし。虚空を見つめてただけだし」

加蓮「胸が無いって言いたいの?!」

P「いや、加蓮はかなりあると思うけど……」

加蓮「やっぱり見てるんじゃん」

これ以上はボロが出そうなのでやめよう。

……加蓮、結構あるんだな。

水色のフリル付きビキニが、実際かなり似合っていて可愛い。

まゆ「……Pさぁん」

P「……いや、その……違うんですよ。こう……目の前にさ、砂丘があったらついつい見たくなるじゃん?」

加蓮「私を砂丘みたいにパサパサして乾燥した味気ない女だって言いたいの?!」

そこまでは言ってないんだけど。

加蓮「っていうか何?まゆは何?嫉妬?何?羨ましいの?」

まゆ「……ふ、ふーんだ……羨ましくなんて無いですもん……」

あ、やばい。

ほっぺ膨らませてそっぽ向くまゆ可愛い。

美女と砂丘だったら俺は美女を取る。

李衣菜「はいはい、アホな会話してないで体ほぐしなよ」

P「美穂と智絵里は?」

まゆ「二人は、恥ずかしがって少し時間が掛かってるみたいです」

P「そんな気はしてた」

まゆ「Pさんは見ちゃダメですよ?」

P「プールでそんな事したら怪我するんだけど」

まゆ「その代わり、まゆがしっかりとガイドしてあげますから!」

まゆがぎゅっと腕に抱き付いてきた。

当然強く密着する訳で、腕には水着越しに良い感じの感触が伝わってくる訳で……

225 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:54:36.15 ID:YiJviGoJ0


まゆ「当ててるんですよぉ」

P「当たって……俺まだ何も言ってないんだけど」

加蓮「……鷺沢、鼻の下伸びてる」

李衣菜「男子だねー、うん。取り敢えず像もびっくりなその鼻の下戻そ?」

ふう、危ない危ない。

鼻の下じゃない像が伸びるところだった。

智絵里「……え、えっと……」

美穂「お、お待たせしました……」

来た。

水色のパレオに身を包んだ智絵里と、オレンジ色のワンピースタイプの美穂。

うん、とても可愛い。

まゆ「……見ちゃダメって言いましたよねぇ?」

P「……見てないよ。今丁度、美穂と智絵里の後ろの壁眺めてたんだ」

美穂「どうですか?Pくん」

まゆ「見てませんよねぇ?」

P「俺は見てないけど、美穂は多分オレンジ色のワンピースな水着がすっごく似合ってて可愛いと思う。俺は見てないけど」

まゆ「白いビキニですよ?」

P「いやどう見てもオレンジだろ」

まゆ「見てるじゃないですか。そんなPさんには……」

Pさんには、なんだろう。

心がトキメキで金メッキの様に輝き出す。

まゆ「まゆから目を離さないくらい、悩殺しちゃいますっ!」

P「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

可愛すぎて叫んだ。

流石読モ、男を落とすポーズをしっかりと把握している。
226 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:55:12.36 ID:YiJviGoJ0



加蓮「すいませーん、こっちになんか叫んでる変質者がいるんですけどー」

李衣菜「あ、違います私達の連れなんで。ほんと大丈夫ですから」

とんとん、と腕を軽くつつかれて。

振り向けば、智絵里が立っていた。

智絵里「あの……Pくん。わたしは……どうですか……?」

モジモジしながら、恥ずかしそうに上目遣いの智絵里。

P「……大丈夫!今来たとこ!」

加蓮「脳味噌を忘れて来ちゃった感じの発言だね」

李衣菜「照れ隠しが分かりやすいんだよね、ほんと」

まゆ「さて……泳ぎますよぉ!!」

P「おう!」

早くプールに入りたかった。

さもないと、気付かれたくない事に気付かれそうだから。

伸びてる事に気付かれたのが鼻だけで良かった。

ジャッパーン!!

プールに勢いよく飛び込んだ。

まだプール開き初日で、そこまで人の数は多くない。

ある程度は好き勝手泳いでもぶつからずに済みそうだ。

加蓮「李衣菜!ビッグストリームウォータースライダー行くよっ!」

李衣菜「え゛。ここの遊園地のアトラクション結構ヤバいよ?」

加蓮「ふーん、余計気になるんだけど。早く行こっ!」

李衣菜「……み、美穂ちゃんも行かない?!」

美穂「ご、ごめんなさいっ!わたし、まだやり残してる事がいっぱいあるからっ!」

李衣菜「美穂ちゃんの薄情者ぉーー」

李衣菜が加蓮に拉致されて行った。

あぁ、無事精神を壊さずに帰って来れる事を祈ろう。

この遊園地はどんなアトラクションにも本気で、当然ウォータースライダーも例外じゃないからな。
227 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:56:01.19 ID:YiJviGoJ0


まゆ「うふふ……二人っきりですね」

美穂「ねえ」

智絵里「あの……」

俺達は波のプールで、のんびりぷかぷか揺られていた。

一定の周期で訪れる高い波に乗って、ふわふわと浮かぶような感覚を楽しむ。

ジャンプ出来ずに乗り損ねると、溺れそうになるくらいエグい波だけど。

まゆ「……美穂ちゃんも、なかなかありますねぇ……」

美穂「えっと……何処を見ながら言ってるのか、あまり理解したく無いんだけど……」

まゆ「羨ましくなんて無いですけどね?まっっっったくもって羨ましくなんて無いんですけどねぇ?!」

智絵里「……所詮脂肪の塊だから……脂肪の塊……」

まゆと智絵里の目に光がない。

そしてあまり俺は混ざりたくない話題だ。

美穂「わ、わたしは普通くらいだと思うけど……」

智絵里「……は?」

まゆ「喧嘩売ってんですかぁ?!」

美穂「だ、だって82だよ……?」

まゆ「こちとら78ですよぉ!」

美穂「うぅ……助けてPくん……!」

P「やめろその話題をこっちに振るな!」

なんて言えばいいのか分からない。

まゆ「確かにPさんは、80〜83くらいのサイズが表紙の本を重点的に貯蔵していますけど……」

なんで把握してんの?

智絵里「えっと……大きい方が好みなんですか……?」

P「うわ波高っ!楽しいなぁプールって!」

まゆ「……Pさん」

P「……大きい小さいに関わらず、俺が好きなのはまゆだから」

まゆ「うふふ……うふふふふ……うふふごふっ!ゴフッ!」

笑顔でニッコニコのまゆの顔に、智絵里と美穂が水を掛けた。

ついでの様に俺にも掛けられた。
228 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:56:51.00 ID:YiJviGoJ0


まゆ「……美穂ちゃん?智絵里ちゃん?」

美穂「俺が好きなのはまゆだから」

智絵里「……キリッ」

やめろ、恥ずかしいから。

加蓮「言外に小さいって言われてる様なものだよね」

李衣菜「……二度と乗らない……」

加蓮と李衣菜がやって戻って来た。

李衣菜はもう今にも倒れそうな顔をしている。

まゆ「……Pさん?まゆは、信じますからね?」

加蓮「大は小を兼ねるって言葉知ってる?」

まゆ「そんな加蓮ちゃんはどうなんですか?」

加蓮「83だけど」

まゆ「……スーパー素数ですねぇ」

李衣菜「分かりづらい表現」

よくスーパー素数なんて単語知ってるな。

ってか加蓮、普段制服だと気付かなかったけど割と……

まゆ「……Pさん」

P「砂丘じゃなくて富士山だったかもしれない」

まゆ「何処を見て言ってるんですかぁ?見ている場所によっては両目にチョキですよぉ?!」

加蓮「いーじゃん別に。ここプールだし、鷺沢も男子なんだから」

まゆ「まゆが!まゆがダメなんです!まゆより大きい人は即刻退去すべきですよぉ!」

李衣菜「え?じゃあ誰も残れなくない?」

まゆ「……智絵里ちゃんは……?」

智絵里「……えっと……その、まゆちゃんよりは少し……」

頼むから、男子が居る場でそういうガールズトークはよして欲しい。

非常に目のやり場と発言に困る。

まゆ「……泳ぎますよぉ!なんの為にプールに来たと思ってるんですかぁ?!」

加蓮「水着で悩殺するんじゃなかったっけ?」

まゆ「うぅぅぅ……Pさぁん!!」

P「おーよしよし」

抱き付いてくるまゆを慰める。

当然いい感じに密着してしまうが、他の奴らに見られてるところで惚けた顔をする訳にはいかない。

李衣菜「……加蓮ちゃん、私もう一回ウォータースライダー乗りたくなってきた」

加蓮「奇遇だね李衣菜、私もなんだけど」

美穂「寧ろ、この二人をウォータースライダー流しにしちゃえば良いんじゃないかな……?」

智絵里「……ねえ、まゆちゃん」

まゆ「何ですかぁ……?」

智絵里「……わたしの方が、小さいと思ってたの……?」

まゆ「ごめんなさい」

229 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:57:22.77 ID:YiJviGoJ0


P「あー……」

流れるプールに流されながら、俺は空を見上げていた。

もしかして今日の状況って、とんでもなく凄いものなんじゃないだろうか。

可愛い女子高生五人に男子一人って、全男子高生の理想なんじゃないだろうか。

まゆ「……Pさん、顔が弛んでますよぉ」

隣で浮き輪に乗って流されているまゆが、そう指摘してきた。

P「何言ってるんだまゆ、俺はまゆ以外の水着姿を視界に収めたりなんてしてないぞ」

まゆ「せめてもう少し実現可能な嘘を吐きませんか?」

P「大丈夫だよ、まゆが一番可愛いから」

まゆ「うっふふふ……って、誤魔化されませんよぉ」

P「水着、似合ってるぞ。毎日水着姿を見たいくらいだ」

まゆ「冬場は厳しそうですねぇ」

P「……平和だなぁ」

まゆ「ですねぇ……」

そこまで熱くない、日差しも強くない晴れの空。

流されていると、心地良過ぎて寝てしまいそうだ。

まゆ「……キス、しませんか?」

P「唐突だな」

まゆ「幸せ過ぎて不安なんです」

P「……浮き輪から降りてくれないとし辛いな。って言うか人目あるし」

まゆ「でしたら……Pさん。息を吸って下さい」

言われた通り、大きく息を吸い込む。

230 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:58:03.23 ID:YiJviGoJ0


ジャボンッ!

まゆが浮き輪から降りて、そのまま俺ごと水中へ潜り。

まゆ「んっ……」

唇を重ねてきた。

しばらくそのまま、息が続くまで唇を重ね続ける。

P「……ぷはぁっ!」

まゆ「……うふふ、幸せです」

P「幸せに溺れそうだな」

ずっとキスしてたかったけど、それだと本当に溺れてしまう。

まゆ「……幸せ過ぎると、これが夢なんじゃ無いかと不安になる……そんな事ってありませんか?」

P「あー分かる。目の前に豪華な料理が並んでる時って大体夢だよな」

まゆ「例えが男子ですねぇ……」

P「で、それがどうかしたのか?」

まゆ「そんな時……本当に夢かどうか、確かめる為に……確かなものが欲しくなるんです」

P「それも分かる。夢だと大体その料理食べられないんだよな。食べようとした瞬間に夢から覚めてさ」

まゆ「……男子!」

P「仕方ないだろ!」

まゆ「ごほんっ……だから、まゆはキスをして欲しいんです。キスの感触と温もりが……今この幸せな時間が夢じゃ無いって、照明してくれますから」

P「……夢の中で俺にキスしようとした事があるのか?」

まゆ「……ありますけど?何か問題でもあるんですかぁ?!」

P「いや、無いけどさ……で、出来ないと」

まゆ「そうなんです……キスしようとすると目が覚めるんですよぉ……」

P「俺にとっての料理みたいなものか」

まゆ「ですから、朝起きたらすぐPさんに会いに行って、寝ている間に唇をご馳走になるんです」

P「どうりで最近誰かとキスする夢を見ると思ったよ」

まゆ「……誰かと?」

P「……まゆとです」

まゆ「うふふ、それならよろしいです。夢でも現実でも、Pさんの事が大好きですけど……この幸せな時間が全部夢だったら……そう思うと、怖いんです」

P「……不安なら、いつでもキスするからさ」

まゆ「……Pさんがそんな優しくて男らしい事を言ってくれるなんて……これは夢かもしれませんねぇ?不安ですねぇ?チラッ?」

231 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 14:58:37.56 ID:YiJviGoJ0

P「……」

少し、意地悪してみたくなった。

P「なぁまゆ。夢の中に俺が出てきた時にさ……本当に、キスしかしようと思わなかったのか?」

まゆ「……えっ?」

P「本当に、キスだけしかするつもりは無いのか?」

まゆ「……も、もちろんですよぉ!例え全裸のPさんが夢に出てきたとしても、まゆはもうキスしかするつもりはありません!」

P「前提がヤバい……ん?もう?」

まゆ「寄り添って、抱き付いて……さぁいざ!と思った瞬間に目が覚めちゃうって知ってるんですから」

P「知ってる……?」

まゆ「……あー、まゆ今とってもキスしたいです。何処かにキスしてくれるPさんは居ませんかー……?」

非常に棒読みだ。

……まぁ顔真っ赤にしたまゆを見れたし、このくらいにしておこう。

P「……キス、するか?」

まゆ「はい!」

P「ところでさ……」

さっきから気になってんだけど。

P「……浮き輪、どこいった?」

まゆ「……あ……一緒に探して下さい……」

232 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 15:00:18.49 ID:YiJviGoJ0

李衣菜「あー、遊んだね!」

加蓮「疲れたー……帰るのダルくない?」

まゆ「はぁ……折角Pさんと一緒に来たのに、悩殺アピールチャンスが全然ありませんでした……」

智絵里「うぅ……身体が重いです……」

一日泳ぎ尽くして、体力が底を尽きそうな夏の夕方。

流石にみんな疲れたのか、そろそろ帰るムードになっていた。

一応十九時までは開いてるらしいが、既に人はかなりまばらだ。

P「人が少なくて良かったな。割と好き勝手泳げたし」

李衣菜「もう十七時まわったし、そろそろ帰る?」

まゆ「十七時でまだ少ししか空が赤くないのが、夏って感じがしますよねぇ」

加蓮「ねえ李衣菜、この後夕飯行かない?」

李衣菜「おっけー、取り敢えず着替えて出よっか」

智絵里「あっ……ご一緒して良いですか?」

李衣菜「もちろん。お昼食べる時間無かったからお腹ペコペコだよもう」

まゆ「あ、ごめんなさい。まゆは文香さんにお買い物を頼まれているので……」

ん、そうだったのか……なら残念だけどみんなと夕飯一緒には出来ないな。

李衣菜「そっか。ならしょうがないね」

みんなと一回別れて、シャワーを浴びて服を着る。

一日中プールで泳いでいたから、身体が重いったらない。波のプールに揺られる感覚がまだ残っている。

これも含めてプールの醍醐味な気がするな。

加蓮「じゃあねー」

智絵里「またね、Pくん」

入り口で合流した後、すぐまたみんなとお別れした。

さて、俺たちは買い物して帰るか。

P「何頼まれてたんだ?夕飯の食材とかか?」

まゆ「……いえ。特に何も頼まれていませんでした」

P「え、じゃあ今からでも追い掛けるか?」

まゆ「はぁ……にぶちんさんですねぇ」

大きな溜息を吐くまゆ。

まゆ「……Pさんと二人きりになりたかったからに決まってるじゃないですか」

P「……あー…………すまん」

まゆ「さて、Pさん。いえ、巨乳好きなPさん」

P「言い方に棘があるな」

まゆ「……好きな人に揉まれると、大きくなるという説があるんですが……」

P「……」

まゆ「……じ、実証の為に……協力してくれませんか?」

やばい、照れて目を逸らしながらそう誘ってくるまゆが可愛くて仕方が無い。

P「……俺は別に、まゆが好きな訳で大きい胸が好きな訳じゃ……」

まゆ「……もう!したいんですか?したくないんですか?!女の子にそこまで言わせないで下さい……!」

P「えっと……したいです、はい」

まゆ「では、決まりですね」

まゆが腕を組んで、俺を引っ張る。

それから俺達は、プールの疲れを癒す為に休憩する場所へと赴いた。余計疲れる事になった。
233 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 15:01:19.06 ID:YiJviGoJ0


それから大体一ヶ月と少し。

まゆの勉強に付き合い、期末テストを乗り越え。

模試を受けたり、文化祭の出し物を決めたり。

まゆとデートして、幸せな時間とか肌とか唇とか肌とかを重ねたりとかして。

忙しくも楽しい日常は、あっという間に流れーー

ちひろ「ーーなので、皆さん浮かれ過ぎない様に。タバコやお酒もぜっったい断って下さいね?」

七月下旬、最後のHR。

明日から楽しい毎日が待っている生徒達は、誰一人千川先生の話を聞いていなかった。

まぁ、小学生の頃から何度も聞かされた様な注意事項だし。

ちひろ「それでは、二学期に元気な皆さんと会える事を願って……はい、さようなら」

みんな「さようならー」

千川先生が教室から出て行く。

一学期が、完全に終わる。

……さあ、夏休みだ。

P「っしゃおらぁ!遊び行くぞ!!」

加蓮「夏!ポテト!海!ポテト!」

美穂「花火とかもしたいですねっ!」

まゆ「アヴァンチュールですよぉ!」

みんなテンションマックスだ。

そりゃそうか、夏休みだし。

李衣菜「……で、何する?」

P「……なんかしたい」

まゆ「……遊び?」

加蓮「ポテト」

智絵里「具体的には……うーん……」

冷静になると、何するか何も思いつかなかった。

こういうのは勢いで決めないと、大体流れてくんだよな。

234 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 15:02:13.87 ID:YiJviGoJ0



P「……ま、一回帰って昼食べて、なんか思いついたらラインするか」

特に何が決まる訳でも無く、解散する事になった。

しかしやる事が無いのに、誰一人配られた宿題の山に目を向けないのが実に高校生らしくて良い。

夏休み初日はこうでないと。

鞄に置き勉していた教科書を全部突っ込み、重たい荷物を引きずって帰る。

P「ただいまー姉さん」

まゆ「ただいま戻りましたよぉ」

文香「おかえりなさい。P君、まゆさん」

P「今日何すっかなぁ……」

まゆ「したい事は沢山あるのに、なかなか決まりませんねぇ……」

文香「随分と機嫌が……あぁ、夏休みでしたか」

大きく溜息を吐く文香姉さん。

そうか、大学生はまだ夏休み先か。

P「取り敢えず昼食作るか。何か食べたいものとかあるか?」

文香「……特に希望はありません」

まゆ「まゆもお手伝いしますよぉ」

P「いやいいよ、いつもまゆに作って貰ってるしたまには俺一人で作るさ」

米炊くのは時間かかるし、パスタでも茹でよう。

両利きになったおかげで、色々と料理がやりやすくなった。

どっちの手で箸を持っても使えるというのは、思った以上に恩恵が多い。

P「ほい、できたから運ぶのだけ手伝って貰えるか?」

まゆ「もちろんですよぉ」

加蓮「そのくらいなら手伝ってあげる」

P「助かる……ん?」

加蓮「何?」

P「なんで居るの?」

加蓮が居た。

まさかこいつ、昼飯たかりに来たな?
235 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/03/04(日) 15:02:58.06 ID:YiJviGoJ0


加蓮「来ちゃダメだった?」

まゆ「ダメです」

P「いや別に良いけどさ」

まゆ「断って下さいよぉ……」

加蓮「ぷっ」

まゆ「加蓮ちゃんの飲み物はタバスコで良いですね?」

仲良いなぁ。

加蓮「嫌に決まってるでしょ。あ、この後デートでも行かない?」

突然爆弾がブッ込まれた。

まゆ「っ!ダメです!ぜっっったいに許可出来ません!」

文香「……味付けが少ししょっぱいですね」

P「ん、マジか。塩かけ過ぎたかな」

まゆ「許されると思ってるんですか?というかまゆの目の前で恋人をデートに誘うとかどういう了見ですか親の顔が見てみたいですねぇ!」

加蓮「ん?あー違う違う」

まゆ「違う?何が違うんですか?文化ですか?加蓮ちゃんが住んでる国は文化が違うって事なんですかぁ?!」

加蓮「同じ街に住んでるよね?」

テンション高いなぁまゆ。

既に俺と文香姉さんは加蓮の言葉の真意に気付いてるけど、面白いからそのままにしておく。

まゆ「ぎるてぃですよぉ……ぷっつーんですよぉ……加蓮ちゃんがそんな人だとは……いえ、思っていましたが」

加蓮「酷い言いようじゃない?」

まゆ「Pさんからも断って下さいよぉ!首を縦に振ったらしばらくそのまま地面と向き合って貰いますからね?!」

P「……いや、でもまゆ」

まゆ「いやもデモもストもありません!Pさんはまゆの恋人なんですから!」

よくそんなポンポン言葉が出てくるな。

逆に感心してしまいそうになる。

まゆ「……え、えっと……恋人ですよね……?」

P「…………」

まゆ「……あ、あのぅ……沈黙が怖いんですけど……」

P「…………」

まゆ「な、何か言って下さいよぉ……」

P「……俺は……」

まゆ「うぅぅぅ……うぅぅぅぅぅ……っ!」

P「まゆの…………」

まゆ「ううぅぅぅぅぅぅぅっ!うぅぅぅぅぅぅっ!!」

P「…………」

まゆ「うぇぇぇぇぇぇんっ!びぇぇぇぇっ!!」

P「恋人だぞ?」

まゆ「好きっ!」

加蓮「何この茶番」

文香「すみません加蓮さん、そちらの胡椒を取って頂いてもよろしいでしょうか……?」

加蓮「あ、どうぞ」
398.33 KB Speed:0.1   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)