【艦これ】ex.彼女

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264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 15:07:41.50 ID:c67Lj+Vl0
良かった… 闇風なんていなかったんや…

いないよね??
265 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:21:45.27 ID:0ZeZi5buO

「じゃ、俺詰所戻るから。提督が戻ったら大淀さんって人が来ると思う。」

「うん、行ってらっしゃーい。」

づほと別れて一旦詰所に戻ると、眼鏡がいない。
どこ行ったー?と見回せば、机に書き置きが置いてあった。

『少々買い出しに行ってくる。』

ん?何か切らしたっけな?
で、よく見ると書き置きの下が不自然に折られてたんだ。そいつをめくってみると…。


『今夜はパーリナイ。』


この時俺は、何かを悟ったのである。

266 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:22:22.52 ID:0ZeZi5buO




第13話・卵、爛、乱



267 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:23:19.02 ID:0ZeZi5buO

「では、瑞鳳より挨拶をどうぞー。」

「軽空母の瑞鳳です!今後ともよろしくお願い致します!」

提督が戻ってくるなり当然のように始まったのは、歓迎会…と言う名の飲み会だった。

テーブルに並んだ酒は、眼鏡が軽トラ転がして買ってきたもの。
瓶ビールに混じり、何か日本酒、焼酎、カルーアと危険なスメルを放つ物も混じっている気がする。4月の歓迎会の時は無かったラインナップだ。

あれー…どれも過去にづほがやらかした種類ばっかな気がすんだけど…。

「……大淀さん、さっき加賀さんと何話してたんですか?」

「瑞鳳さんに飲ませない方が良いお酒についてですね。」

「……そのNGの方に沿ってるんですけど。」

「何か楽しそうな事を前にしての“絶対に押すなよ”って、壮大なフリですよね?」

「本当に押してはいけない場合は?」

「いいえ、限界です。押します。そちらの方が楽しいのであれば。」

「手拭いとドラム缶、準備しときますね。湯温は45℃で。
あんたの濁りきった心の眼鏡、しっかり洗浄して下さい。」

……ここのラスボス、提督じゃなくてこいつじゃねえか?

268 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:24:38.36 ID:0ZeZi5buO

「では、乾杯!」

不穏な物を感じつつ、酒宴は始まった。
頼むぜ、初日でヅホラは勘弁してくれよ…在来線爆弾の如く憲兵さん突貫とかシャレにならん。

まずは初対面の艦娘と積極的に話してるらしい。
元カノと妹はあいつの酒癖理解してるとして、後危険な奴らは……。

「ひゃっはー!!新人ー、あたしとも飲もうよ!」

…おっとやべーのが来た。
軽空母の先輩格…あ、早速注いでる…。

「これはどうも。いただきます…ぷはー…美味しいですね!」

「お、行けるクチだねー。」

あ、意外とガツガツ飲ませないのね…人には勧めないタイプか。
成る程、プロの酔っ払いって所ね。酒の加減を分かってる。
後もう一人、危険人物は…。

「あついですぅ〜」

「ポーラ!貴様は服を着ろ!」

はは…絡む前にアウトだよ。
OK、今日は心配なさそうだな。これならづほも羽目外す事はねえだろ……慣れてきてからが怖えけど。

「心配?」

「……まぁ、お前も知っての通りな。」

「そう……随分大事にしてるのね?」

「大事(だいじ)ってより、大事(おおごと)の懸念だけどな。
前んとこから頻繁にサシ飲みしてる仲だからな…親友であり、酔ったら手の掛かる妹って感じだよ。」

「……それ、瑞鳳ちゃんに言わないようにね。」

「何で?」

「刺されるわよ?」

「何でだよ…。」

づほを監視してるのを察したのか、元カノはそのまま他の奴の所へ行ってしまった。
さすがに大丈夫そうかな…そう思った俺も、ひとまず近くの奴らと飲み始めた訳だ。監視は緩めずな。

269 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:26:14.52 ID:0ZeZi5buO

15分経過

「きゃははははは!!」

笑い声が高くなる。まず危険ゾーン第一形態。

そこから15分経過

「私だってねぇ、×××酒出来るぐらいは生えてるよ!」

えぐい下ネタが出始める。ここで危険ゾーン第二形態。

更に15分経過

「ポーラちゃん…揉んでみてもいい?」

おっぱいマイスター出現。危険ゾーン第三形態突入。
そろそろやべえかな…ん?

「もしもし?どうしたお袋。」

止め時かと思った矢先、ここで親から電話。

それで廊下出て15分ぐらい話して、宴会してた部屋に戻る。
だが…づほがいた方を見てみると、どうもこの部屋自体に姿が無い。

「あれ?づほってどっか行った?」

「あ、キッチン借りるって出てっちゃいましたよ。おつまみ振舞いたいって。」



…………マジで?


270 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:27:13.23 ID:0ZeZi5buO

「憲兵さん、どうかしましたか?」

「………お前ら、今すぐ逃げるぞ。」

…何てこった…最悪の事態だ。ヅホラ第四形態すっ飛ばして、第五形態が覚醒しようとしてる…!
ああ、そう言えばさっきの荷物、調理道具に混じって何かヤバそうなのあったなぁ…。

「みんなー!お待たせー!」

はは…天使みたいな笑顔だろ?でも所業は悪魔なんだぜ。
づほが持ってるお盆には、皿が6枚…そこにあるのは『赤い』ブツ…。

そう、極められたスキルによって作られた、極めて美味しそうな卵焼き。
赤いと言う不自然ささえ超越する、見た者の食欲を刺激する完璧な焼き具合…。

…でもな、酔ってるづほのおつまみは…本当にヤバいんだよ…!!

271 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:28:45.62 ID:0ZeZi5buO

「みんな…私の作った卵焼き……食べりゅ?」

「「「食べりゅうううう!!!」」」

皆さん、逃げりゅと言う選択肢は無いんでしょうか?
ありゃトマトかケチャップ混ぜ込んでるな…でも本当にやべえのは…。

「翔鶴さん、食べてみてー。」

「いいの?じゃあお言葉に甘えて…。」

皆美味そうなもんを見る目だ…止めらんねぇ…。
6カットが6皿…確率36/6……不幸体質のあいつが引く確率は…。


「モグモグ……ふふ…。


何で…私ばっかり……。」

「翔鶴姉!?」


ドサ…と力無く元カノは倒れた。
唇パンッパンに腫れてやがる……当たり引いたか…。

そうだ、前んとこではづほだけ『飲んだら料理禁止』ってルールが出来たんだよ…。
……これがロシアンたこ焼きならぬ、ロシアン卵焼きだ…!!

272 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:30:47.12 ID:0ZeZi5buO

「ふふ…確率36/6でこれは当たりがあるの。飲みの余興には持って来いってね。
他はケチャップ入りの美味しい卵焼きだよ?」

「へえ、面白そうだねー。」

「ああ、実に面白そうだ。」

食い付くのかよ!?
ああもう、つくづくイカれてやがるぜここの連中はよ…!

「……なぁ、づほ。今回は何入れた?」

「えっとねー、ウルトラデスソースでしょー。それとね、ジョロキアパウダー!」

「……因みに、ジョロキアは普通の?」

「勿論ブートの方よ!辛いは美味い!」

甘いのと辛いの両方行ける奴、たまにいるよね…。
づほはまさにそのパターンで、スイーツ好きでもあり、一方でカップの担々麺にデスソース掛けて食う女。

「ふふふ…ではこの磯風に任せてもらおうか。」

バカが来たよ!!

おい未成年、お前さっきからジュースだけのどシラフだろ。
また豪快にフラグ立てたな…躊躇いもなく掴んで…逝った!!


「……ふむ、大した辛さではないな。」


あれ?


273 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:32:03.71 ID:0ZeZi5buO

「……なぁ磯風、お前味見って覚えた?」

「勿論だ。この磯風、同じ失敗はしない。
最近また研究していてな…今度は約束通り、美味いものを兄ぃとあなたに振舞えるぞ。」

……意外な所で危機が発覚。こいつ味オンチか。
じゃあこの前のアレ、そんなんでもブっ倒れるブツだったって事か…う、思い出すとケツが痛ぇ…。


「ねぇ、__…。」


あまーい声の方に振り向くと、俺の目にはまず赤が飛び込んで来た。
その延長線上をなぞると……。


「私の卵焼き、食べてくれりゅ?」


茶髪の悪魔が、天使の笑みを浮かべておりました。


274 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:34:12.62 ID:0ZeZi5buO

疑問形じゃなく、懇願で来ましたか…。
拒否れねえ…酔ってるづほ相手に拒否ったら、泣く悪寒しかしねぇ…。

恐る恐る箸を伸ばす…気付けば半分近くに減ってるが、当たり引いたのは元カノと磯風のみ…。
現在確率は18/4、行けるか…行けんのか…!?

震える箸先は卵焼きを掴む。
何てスロウな世界なんだろう、今まさに俺は単騎で戦艦に立ち向かう駆逐艦の如し。
さぁ…箸が卵焼きを持ち上げ……

……ふ、二つ繋がってやがるだと…!?

ああ、こんな所で酔っ払いの雑な包丁発揮。
なのにづほは甘える猫の如く期待のこもった視線。
うん、何かもう辛い!漂ってくる匂いが痛いぞ!これ当たりじゃん!シャッフルしてる意味ねえじゃん!


「………食べて、くれないの?」


小首を傾げんじゃねえ、周りの視線が痛えじゃねえか…。
さっきまで電話してたディアマイマザー…先立つ不孝をお許し下さい。


「た、食べりゅううううう!!!」


この後、辛さ故に寒さを感じる貴重な体験をいたしました。
最終的にほぼ失神し、後の事は目覚めるまで覚えておりませんでした。

275 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:35:31.01 ID:0ZeZi5buO

俺は霊感持ちですが、この時成仏したはずのおばあちゃんが見えました。
川の向こうでまだ来るなと叫ぶ声に素直に従い、目覚めたらそこはづほの膝。

づほは酔っ払って寝ておりましたが、どうやら俺は甘えるような体勢で横になっていたようです。

起きて最初に目が合ったのは、それを見ていた元カノ。
視線だけで先ほどの川へ還ってしまいそうになりました。うわあ、幽霊より怖えや。

そんな幽霊より生身の方が怖えと常々思う俺ですが。
この後日、この霊感のせいで再び大変な目に遭うのでした。

その過程で、眼鏡こと憲兵長の秘密を知る事となるのです。
ついでに、馬鹿は死んでも治らないという事も学習するのでした。

それと…艦娘を守る憲兵としての心意気を、改めて学ぶ事にも。




追伸

翌日、遂に痔主デビュー致しました。




276 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:39:08.72 ID:0ZeZi5buO
今回はこれにて終了。次回はまたいずれ。
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 06:52:19.30 ID:UjURNjs7O
蘭子「混沌電波第178幕!(ちゃおラジ第178回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1532984119/
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 07:14:14.91 ID:KLKxUwLW0
乙!
つボラギノール
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 08:58:32.27 ID:Jn1+vy0OO
乙!
(分数って分子/分母じゃないっけ)
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 10:36:25.87 ID:vwDJZ8EhO
乙w
最高www
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 13:25:31.55 ID:LyHLSh2A0

楽しみにしてます
282 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:13:53.88 ID:FNcDH7ajO

「……はぁ…。」

俺のケツにはドーナツクッション…ならぬ、通称浮き輪さんと呼ばれる怪しいものが敷かれている。
とある艤装建造の過程で出来た副産物らしいが、何でも元は深海のなんだとか。
妖精が悪ノリで作ったなんて噂もある。

分析してみてもただの浮き輪だったらしいが、手足やツノが生え、口も付いてる何とも言えないデザイン。今にも喋り出しそうだ。
先日痔主デビューしちまった俺は、注文したクッションが届くまでこいつを使う羽目になった。

本日は事務作業多め。
現在俺は、そいつを敷いて眼鏡と二人で仕事をこなしている。

283 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:15:06.07 ID:FNcDH7ajO






第14話・仄暗い水の底から来たる奴-1-





284 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:17:21.92 ID:FNcDH7ajO

「……さて、休憩にしようか。」

「あれ?もうそんな時間ですか?」

時計を見れば、もう15時だ。
午後休憩はいつもコーヒーでも飲みつつ、眼鏡と取り留めも無い話をして終わる。

「くくく、座り心地は快適そうだな?」

「冗談じゃねえっすよ。今にも動き出しそうで気持ち悪いです。」

「まあ、クッションが来るまでの辛抱だな。当面はそいつで耐えるしかあるまい。」

「お陰さんで通院に時間取られて、こっちの道場決まるのが伸びそうですよ。なまっちまう。
あ、磯風が新作の研究してるって言ってましたよ。その暁には、憲兵長も俺の苦労が分かるんじゃないですかね。」

「大丈夫だ、もはやあの子の料理で私の腹は鉄壁、せいぜい下す程度だ。
あの子が幼い頃から喰わされて来ているからな。」

「誇る事じゃないでしょう。」

座り心地自体は悪かねえが、とにかく落ち着かねえ。
ストレス溜まるぜ、道場行きてえなぁ……あ、そう言えば眼鏡に訊いてみたい事あったんだ。

285 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:18:34.03 ID:FNcDH7ajO

「そう言えばちょっと訊いてみたかったんですけど、あんたの強さの秘密って何なんですか?」

「私か?年の功と言う奴だ。」

「28で何言ってんすか。もっと具体的には?」

「…柔術を小さい頃からやっていたが、そこに軍式格闘術を加えただけさ。貴様も似たようなものだろう?」

「それだけですか?にしちゃあやたら強いですけど。」

「正確には、貴様とは育ちが違うからな…私は元・陸軍特殊部隊だ。」

「特殊部隊!?エリート中のエリートじゃないすか!?何でまた憲兵に…。」

「………聞きたいのか?」

この時初めて、眼鏡のバツが悪そうな顔を見た。
こいつがこんな顔するって、何なんだ?


「そうだな……私の個人的な話にはなるが、憲兵としての参考にはなるだろう。」


触れるべきか迷ってる内に、眼鏡はふー、と一息吐くと、ぽつぽつと話し始めた。


「……私の、昔の女の話さ。」

286 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:20:19.35 ID:FNcDH7ajO

私が軍人になりたての頃か。

その当時はまだ新兵、今後どうなりたいかもおぼろげな頃さ。
最初に配属された部隊で、ある女に出会った。

「君も同期でありますか?よろしくお願いするであります。」

「ああ、よろしく。」

「ふふふ、何とも辛気臭い面構えでありますなぁ。まあ肩の力を抜いて、酒でも飲むであります。」

「何だと貴様。」

真っ白な肌に、古臭い軍人言葉。そのくせよく毒は吐く。
変な女と言うのが第一印象だったな。

「__!!このスピードでは弾道がブレるであります!!」

「馬鹿者!!そこを見極めるのが砲手だろう!?」

「おめーら車長の俺を無視すんじゃねえ!!」

最初は戦車の訓練でコンビを組まされたが、しょっちゅう喧嘩ばかりしていたよ。
車長の教官によくゲンコツを喰らっていたものさ。

287 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:22:36.31 ID:FNcDH7ajO

最初は喧嘩ばかりだったが、その後も様々な訓練でコンビを組まされた。
野営に格闘術、果ては座学に至るまで。事あるごとに顔を合わせては、お互い遠慮の無い関係になっていった。

「__は、どうして軍に入ったのでありますか?」

「そうだな…ただの腕試しさ。自分がどこまでやれるか知りたくてな。」

「くくく、あなたらしいでありますなぁ。」

「そう言う貴様はどうなんだ?」

「自分でありますか?

そうですなぁ……人を守る職に就きたかったからであります。
我々の仕事は、もしもの際に戦う為だけでは無い。
災害、大事故…そう言った有事にこそ、力を尽くしたいのであります。人の笑顔の為に。」

「…………意外と、まともなのだな。」

「意外は余計であります。」

それまで馬鹿な所しか知らなかったからな、面食らったものさ。
それと同時に……力だけを求める自分の在り方に、疑問を持った。

288 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:25:05.73 ID:FNcDH7ajO

どうしてそうなったのかなど、もはや些事だった。
強いて言うなら変わり者同士、何か通じるものがあったのかもしれない。
その後私とその女が恋仲になるのに、あまり時間は掛からなかった。

それと同時に、私には夢が出来た。

特殊部隊の隊員となり、有事の要となる。
まだ今の戦いが始まる前の話、当時はそれが人を守る為に力を使う事だと思ったのさ。


「……特殊部隊、でありますか…。」

「ああ、試験を受ける事にした。人を守る為に俺に出来る事は何か、それを考えてな。
…少しの間、お前と離れる事になる。」

「………大丈夫であります。やるなら頑張るでありますよ!応援してるであります!」


私はまだ若く、無謀な挑戦だと誰もが思った事だろう。
だが、その後難関である試験を突破し、晴れて特殊部隊の所属となれた。史上最年少の快挙だ。

東京の所属となり、奴とは遠距離恋愛になった。
それでも出来るだけ休暇の度に会いに行き、その度濃い時間を過ごしたものさ。

……奴はな、その頃引退も考えていた。つまりはそう言う事だ。

だが……特殊部隊としての私の出番は、とうとう来なかった。
今の戦い…深海棲艦との戦争が起きてもな。


貴様もよく覚えているだろう?あの頃の絶望的なニュースの数々を。
艦娘が戦力として公にされるまで、世界中が絶望に包まれた頃だ。

海での重火器による、未知の怪物との戦い。
『対人間相手』のエキスパートである特殊部隊には、成す術など無かった。作戦への参加すら出来なかったのだからな。


そしてある日、あの報せが来る。
俺が、最後に奴に会った日だ。

289 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:26:30.05 ID:FNcDH7ajO

「……本気なのか?」

「……本気であります。艦娘…女にしか出来ない事ならば、今こそ自分が動くべき時。
適性が出たならば、自分は海軍へ出向するのであります。」

「……ならば、俺は憲兵隊へと転属する。せめてお前達の日常だけでも…!」

「…ダメであります。」

「……!!」

「有事の今こそ、国家や街を狙うテロリスト共が動きかねない。
自分は海を、あなたは陸を。守るべきものを守るのであります。
それが人々を、ひいてはこの世界を守る事なのであります。

……大丈夫、必ずあなたの元に帰るから。」

「……分かった。“__”、必ず戻れ。」

「……ええ、必ず。」


そして奴は適正を得て、艦娘となった。
『揚陸艦・あきつ丸』、それが艦娘としてのその女の名さ。

290 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:28:37.43 ID:FNcDH7ajO


その後どうなったかと言えば……死んだよ。あっさりとな。


当時は開戦したて、艦娘はどの国も実戦投入の経験が無かった。
故に、まだ戦闘の定義など未知数だった…その時敵が初めて使った兵器にやられてな。

遺体と対面こそ出来たが、随分な火傷を負っていた。
最後にあいつを抱いた時のぬくもりも、その後遺体と交わした口づけの冷たさも、よく覚えている。

あいつの僚艦と会う機会があってな、今際の際の言葉を教えてくれた。



“最期に一目、会いたかったでありますなぁ”



…そんな事は、私も同じだったよ。


291 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:30:38.74 ID:FNcDH7ajO

……どれほど敵を憎んだろうな。

性器を切り落としてでも艦娘となり、奴らを皆殺しにしてやろうか。
或いは腹に爆弾を巻いて突っ込んでやろうか。

そんな事ばかり考えていた中で、私は一つの答えを見付けた。

時に共に笑い、時に正し、時に地上での悪意を退ける。
戦えぬのなら、彼女達の帰るべき場所で日常である、この陸を守る事。
それが私の戦争であると捉えたのさ。

その後私は特殊部隊を辞し、憲兵隊へと転属した。
故に本部付きでもない、地方のしがない憲兵長に収まっていると言った所だ。

…今でも時折突堤に立つと、あいつが帰って来るような気がするんだ。
出撃する様など、見た事も無かったのにな。

あの時振り切ってでももう少し早く憲兵となっていれば、せめて母港で迎えてやる事ぐらいは出来たのかもしれない。
そう思うと、やり切れぬものはあるよ。

292 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:31:33.45 ID:FNcDH7ajO

「グスッ……憲兵長……。」

「瑞鳳君の誘拐の件もそうだが、所詮彼女達も、艤装を外せばか弱い乙女さ。
日常である陸の上では、守る存在が必要だ。

私の考える憲兵の存在意義とは、そんな彼女達の笑える場所を守る事。それが私の信念であり、この職務への魂だ。
そこへの嘘偽りは無いんだが……。」

「………へ?」

「………しかし、恋人の話は全部嘘なのだ。」

「俺の涙を返せ!!」

「ぶぼぁっ!?」

「んの野郎〜…あったまきた!警邏行って来ます!しばらく反省してろボケ!!」

293 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:32:29.71 ID:FNcDH7ajO









「…ふー……嘘を嘘と見抜けん内は、まだまだだぞ?小僧。」







294 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:34:43.18 ID:FNcDH7ajO

あー…ムカつくわあいつ〜。

イライラしながら警邏に出てる内に、外は夕暮れに差し掛かっていた。
今いるのは倉庫の裏手、日頃人通りの無い場所ではあるが、ここも見ておかないといけない。

んー?何だありゃ?
ああ、幽霊か。早い時間にご苦労様なこった。
いつの時代だよ…随分古臭い軍人ルックに、ミニスカの女…。


……ミニスカの女!?


その不自然さに気付いた時には、もうその幽霊はいなくなっていた。
だが……じわじわと、しかし確実に何か音がするのがわかる。


“とーりゃんせー…とーりゃんせーー…こーこはどーこのほそみちじゃ……”


ガキの頃以来の感覚に、全身が泡立つ。
そうだ…俺程度の霊感でここまではっきり聴こえて、尚且つ積極的にコンタクトを取って来る…。

やべえ…悪霊だ!!

除霊出来る隼鷹も、こんな場所にはいない。
歌声がどんどん近くなる…やがてそれが耳元まで迫り、思わず目を閉じた時。



「君、自分がわかるのでありますな?」



肩に生々しい手の感触が走った瞬間、俺は遂に死を覚悟したのだ。

295 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:37:00.74 ID:FNcDH7ajO

「お、お前は何だ…?」

「ほう…話も出来るのでありますか。
安心するといいのであります、何も取り殺そうと言うわけでは無いので…自分は君の先輩でありますよ?」

軍帽の下には、病的に白い顔。
不敵に笑うそいつは、自らの名を俺に告げた。



「自分はあきつ丸。生前は艦娘だった者であります。
君の霊感を見込んで、一つ手伝って欲しいのでありますよ。」



こんなホラーな出会いだったが故に、恐ろしい目に遭う事しか想像出来なかった。

まあ、恐ろしい目に遭うのは変わらない。
ただし……例の如くの大騒動になるとは、この時の俺は知る由も無いのであった。

296 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:39:23.04 ID:FNcDH7ajO
今回はこれにて。次回より、いつもの感じになります。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/02(木) 21:59:51.89 ID:rVyMfzxno
おつりんこ
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/04(土) 11:30:28.61 ID:mekn4xlA0

期待して待つ
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/05(日) 12:50:46.82 ID:fs3Ch2k2O
伝説級のホラー童謡、能登麻美子のとおりゃんせじゃねえかw
かごめかごめも歌われたら命吸いとられるぞw
300 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:34:45.27 ID:cwUSskD70


「……死んだ艦娘が、憲兵風情に何の用だ?」


目の前の幽霊は、さっきの話とぴったり符合する存在だった。
眼鏡の野郎…ありゃ本当の話だったのか。

でも、見えるだけの俺にこれだけ接触出来るって事は、間違いなく悪霊の類。
どうする?最悪寮に駆け込めば隼鷹が…!

「ふふ…正確にはあなたの上官に用があるのでありますよ。」

「…あいつを取り殺そうって魂胆か?ここにゃ正真正銘の霊能者もいる、あんまりはしゃぐと飛んで来るぜ?」

「くくく……彼女とは話は着けてあるのであります。
“好きにしな、代わりにあたしは一切協力しない。”と言っておりましたなぁ。それと…もしもの時はあなたを頼れと。」

「……な!?」

あいつ、何で…!?

このぞわぞわとする感覚…かなりの力を持った奴か?
そうだ、一か八か、昔教わった印呪を…!

「おっと…そんな危なかっしい手付きはやめて欲しいですなぁ。」

「……!?」

手が動かねえ…!?クソッ、手だけ取り憑かれたか!

「……あまり乱暴な事はしたくないのであります。
大丈夫、少し“キョウ”と話をしたいだけですから……そこを何とか。」

その時見えた顔と眼鏡の名を呼ぶ声に、俺は切実な物を感じた。
昔助けてくれた霊能者に言われた事がある。どれだけ困っていても、幽霊に手を貸すのは厳禁だと。

でも……


“最期に一目、会いたかったでありますなぁ…。”


眼鏡の話に出てきた、こいつの最期の言葉。
そいつがふと頭を過ぎった時、俺は……。


「……分かった、危害を加えねえって条件なら話は聞いてやる。」


どうしても、完全に拒絶する事は出来なかった。

301 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:36:01.41 ID:cwUSskD70




第14話・仄暗い水の底から来たる奴-2-



302 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:36:55.72 ID:cwUSskD70

「…あんたがあいつの言ってた女か……で、どこから見てた?」

「…ずっと、キョウのそばにいたのであります。
さっき、キョウが自分の話をした時も。」

「……待て、ずっとって事はアレか?サンマ霊の時もか?」

「………さっき、君の手を固めたでしょう?本当はアレが自分の全力であります。普段は霊視されない事だけで手一杯なもので。
そうですなぁ…悪霊と呼ぶには、自分はいささか恨みが足りないようで。未練の強さ故の、半端に強力な霊と言ったところでありますな。
くく…でもあの夜は面白かったでありますよ?キョウはアレで感情豊かな男でありますから。」

「ぶっ飛ばされた身にもなってくれよ…。」

「ただ、ある艦娘が自分を見て腰を抜かしてしまったようでありますな。顔は分かりませんでしたが。
霊視避けが甘かったようで…アレは悪い事をしてしまった…。」

「……それ、多分俺の元カノな。ストーカー気味の。」

「なんと。その件はキョウのそばでよーく見ていたのであります。ほほーう、罪な男ですなぁ?」

「塩撒くぞてめぇ。
…でもあいつ、今はしょっちゅう女摘み食いしてる身だぜ?話したいって言っても、もう吹っ切られてりゃしねえか?」

「……その件も、よく知っているのであります。
時折こっそり自分の写真を見ては涙を流し、ふらりと街へ出ては知らぬ女に声を掛ける。
キョウは、自分以来恋人を作っておりませぬ。人肌恋しくもなりましょう、忘れてしまえば良きものを…。

ですが……そうして知らぬ女とまぐわう様を見てしまうと…その…。」

一瞬俯く様に、地雷踏んじまったかと我に帰る。
まずったな…それで謝ろうかと思った時。


「…………ものすっごく興奮してしまうでありますなぁ!!」ハァハァハァハァ


あ、こいつ間違いなくあの眼鏡の女だわ。
変態だ。ものすっごく変態だ。

303 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:37:48.69 ID:cwUSskD70

「………引くわー…。」

「おや?寝取られ趣味はお持ちでないようで?
生前キョウには黙っていたのでありますが、もし浮気していたら現場を覗き見したいと常々…。
大丈夫、実際の我々の夜の生活はそれはそれは濃厚な愛の……。」

「いや、ほんと黙れお前。とりあえず黙れ。な?」

聞きたくねえよんなハードコアなナイトライフ。

はぁ……さっきまで身構えてたのがバカバカしくなって来た…。
まあ、何すりゃ良いかは何となく分かった。用が済みゃこいつもどっか行ってくれんだろ…。


「…じゃ、行くか。」

「どこへでありますか?」

「決まってんだろ。お前の眼鏡の王子様んとこさ。」

304 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:38:42.61 ID:cwUSskD70

「戻りましたー。」

「おかえり。頭は冷えたか?」

「あんたはずっと沸きっ放しですね。」

ったく…呑気なもんだぜ…。
照れ隠しか知らねえけど、こっちはご本人様経由であんたの嘘を知ってんだからよ。

あきつ丸の力で、こっちはテレパシーでやり取り出来る。
問題は……さて、このバカにどう気付かせようか。

“あきつ丸、霊力を俺に送れるか?”

“可能だとは思いますが…どうするのでありますか?”

“前の幽霊騒ぎの原因は、俺の霊力の暴走だ。ちょっと分けてもらえりゃ、このバカに見せるぐらいは出来るかもしれねえ。”

“やってみるのであります…!”

さて、後はそれとなく眼鏡に触れれば見えるはず。
そうだな、机の対面にいる今なら…。

「…っと、失敬。ペンが…。」

ペンを転がしたフリして、それとなく手に触れる。
後は俺がケーブル代わりになって、眼鏡にあきつ丸が見えるって寸法だ。

…さて、感動のご対面かな?


「………キョウ。」

「……アキ!?」


よっしゃ見えたか…これで眼鏡の目にも涙だ。
くくく、貴重な瞬間しっかり確認してやるぜ……ほれ、こんな白目剥いて…。

……って、白目?


「……………オバケ。」


バターン、と派手な音と共に、眼鏡は椅子ごとぶっ倒れた。

前んとこに朧って奴がいてな、朧には相棒がいた。
カニさんって言うんだけど…ふと思い出したなぁ。

うん…だってすっごい泡吹いてるもん。眼鏡。


305 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:40:07.73 ID:cwUSskD70

あ、あはははは……そういやこいつ、幽霊ダメだったな……。」

「……自分も浮かれてて、忘れてたのであります。」

「……因みに何でこんな強いのに、幽霊ダメなの?」

「物理で倒せない存在とかあり得ない、と言っておりましたなぁ…。
昔冗談でわらべ唄を歌ったら、発狂したのでありますよ。」

「基準そこか。」

「………は…試しに…。」


……これ、詰んでね?

どうしたものかと椅子に座り、手は無いものかと考えてみる。
ん?何かケツがもぞもぞすんなぁ…。

“どくのであります!苦しいのであります!”

“人が考え事してんのにどこ行ってんだよ?大体どくってどこに…”

“お、重…死ぬ……ど、どけと言っているでありましょう!?”

「づあだあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!???」

「何だ!?」


丹田が放つ一世一代の叫び。

痔主が大痔主に出世しそうな激痛がケツに走り、思わず視界がビッグバンだ。
頭蓋で鼓膜が自爆しそうな大音響、流石に眼鏡も飛び起きた。
朦朧とする視界の中、後ろを見るとそこには…

カンチョーのポーズでどっしりと立つ、浮き輪さんがいた。指から煙を上げつつな。

306 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:41:25.87 ID:cwUSskD70

「……あ°がっ……おふぅ……!!」

“はぁ…はぁ……潰れるかと思った…。
こ、この面妖なクッションに取り憑いたのであります…。君が早くどかないから…!”

「て、てめえ…俺は痔主なんだよ…!」

「………その浮き輪は、何だ?」

「……あ、あんたの昔の女だよ…今浮き輪に取り憑いてる……これなら怖かねえだろ…?」

「…………アキ!!」

“キョウ!!”


えー、感動的な光景に見えそうですが、ここで状況を整理しようか。

まず、目付きの悪い眼鏡が愛おしげに浮き輪を抱き締めてる。
浮き輪(中身はあきつ丸)は、短い手をひょこひょこと一生懸命動かしている。正直動きが虫のようだ。

で、その横。
俺は這いつくばってケツから煙を吹きつつ、脂汗をかきながらそれを見ている訳だ。

………何だこの光景。


「……アキ、ずっと会いたかったぞ!!」

“キョウ…この日を待っていたのであります!!”

………鬼の目にも涙、かぁ。

ま、こんな事があってもいいじゃねえの。
さーて、お邪魔虫は少し席を外して…。


「………浮き輪にも、穴はあるんだよな。」

“……キョ、キョウがそれでいいなら、自分は…。”

「…待てやコラァ!!」

「ほぼぁっ!?」


我ながら、見事な延髄切りだったと思う。
そうだ、こいつら重度の変態だった…。


307 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:42:30.32 ID:cwUSskD70

「…な、何をするのだ…!」

「こっちのセリフだ馬鹿野郎。憲兵が詰所でお縄とかやめろや。
……ところで、声は聞こえてます?」

「………いや、声は聞こえないな。」

“……そうでありますか。”

……二人の声が分かるのは、俺だけって事か…。
この際だ、何とかしてやりたい。幽霊体だと眼鏡が本能的にぶっ倒れる…じゃあどうしよ


う?


おや、俺の意識と関係なく足が動くぞ?
てくてくと眼鏡の方へ……。


「……キョウ。」(憲兵ボイス)


……待て、何で俺は慣れ親しんだこの低ーい声でこいつの名前を呼んでんのかなぁ…?


“…あきつ丸、今どこにいる?”

“自分、あきつ丸。今あなたの体にいるのであります。”

“何故に?why?почему?Perché?”

“……どうしても、話したいのであります。”

"だったら意識まで乗っ取れや!?”

“いやー、自分、そこまでの力は無くて…”

"おい!?”

308 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:43:52.88 ID:cwUSskD70

「…ずっとあなたのそばにいた…どれほどあなたが自分の事を想ってくれていたのかも見ていた…。
でも…早く忘れるのであります。あなたには未来があるのだから。」

「……アキ。」

「……らしくないですなぁ、説教なんて。言いたい事は、こんな事じゃないのに…。」

「……俺は、ずっと悔やんでいた…あの時少しでも、お前のそばにいられたならと。
……大切なものを守るどころか、近くにいる事さえ…!」

「……ここは、良い鎮守府でありますな。
ひとたび戦地から戻れば、皆笑顔で…本当に楽しそうであります。
それをあなたが陰で支えてきたのを、ずっと見ていたのでありますよ。

だから…もう自分を許してあげて欲しい。」

「………アキ。」

「キョウ……愛しているであります!!」(憲兵ボイス)


あ"ーーーーーーーっ!!??

お、俺の声で何言ってくれてんだおい!感動的なセリフが台無しだ!
待って…この流れ……あきつ丸、何故しゃがむ?

共有する視界に近づくのはツリ目とレンズ…そしてつまりその動作の解とは…!!






『ぶちゅううううぅぅん………』






はは……すげえや……人って、魂だけでも気絶出来んだな…。

生々しい野郎同士のあまりのあまりにもな感触に意識が遠のく。
瞼を閉じるかのように意識がフェードアウトして行く中、俺の目にはある光景が映っていた。


眼鏡も……ゲロ吐いて倒れてんじゃん……。


309 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:45:21.84 ID:cwUSskD70

「いやー、昨日は話せて良かったであります。感謝感謝!」

「感謝じゃねえよ馬鹿幽霊。流石のあいつも、キスの瞬間の記憶飛んでたぞ。」

「………ふふ、思い返すとホモも悪くないでありますなぁ。」

「大丈夫だ、お前はもう性根が腐ってる。この性癖キツキツ丸。
あの後気絶から覚めて、真っ先に吐いたからな。どうしてくれんだこのトラウマ。」

「……自分にとっては、良い思い出でありますよ。
体を借りたとは言え、もう一度キス出来たのでありますから。」

「……は〜…ったく、こっちゃ損ばっかだっての。」

………ま、人助けだと思えば悪い気はしねえか。

寮の屋上で話しながら、ぼんやりと中庭を見ていた。
笑い声に、楽しそうな皆の姿……なんて事ない日常だけど、皆いつも、戦地から戻った上でここにいる。
こうして見れば、皆普通の女の子だけどな。

……初期に比べれば、戦況はとても良いと聞く。
でもこいつみたいに、生きて帰ってこれない奴もこれから出るのかもしれない。

日常を、笑える場所を守る……か。
そうだな、ただ鎮守府の治安を守るのだけが、俺達の仕事じゃねえ。

「お前、これからどうすんだ?」

「そうですなぁ、何でか成仏も出来なかった訳でありますし…しばらく、幽霊らしくふらふらしてみるのでありますよ。
キョウの事も、まだまだ心配でありますし。」

「……そうか。クッションも届くし、あの浮き輪ならもう空いてるぜ。浮遊霊に飽きたら使えよ。」

「……ふふ、そうするであります。」

「おや、先客は『お二人さん』かい?」

「……隼鷹。」

「……隼鷹殿、感謝するであります。」

「あたしは何もしてないってーの。礼は憲兵にだけ言いなよ。
……少しは気は晴れたかい?」

「ええ、少しだけ。でも、まだまだあの馬鹿は心配ですなぁ。」

「……そこであたしの出番、だろ?」

「ふふ……どうか、頼むでありますよ。」

「頼まれなくても適当にやるよ。あたしはそんなに良い人じゃないからね。
……死人とは言え、あんたに手なんか貸すかっつーの。だから憲兵紹介したんだよ。」

「ん?俺?」

「……女の嫉妬の怖さは、あんたも翔鶴でよく知ってるだろ?
ま、ここからは『生者』に任せな!じゃーあたしは飲みに行くから!」

「ふふ…頼もしいでありますなぁ。」

「はぁ……あいつ、そういう事か。押し付けやがって。」

くく…飲んでもねえのに真っ赤でやんの。
まぁあれぐらいガサツな女の方が、眼鏡みたいな奴には良いのかもな。眼鏡が振り向くかは置いといて。

「あきつ丸……あら、いねえ。」

ぼんやりと座るベランダに、一陣の風が吹いた。
夕暮れ時のオレンジの中、何とも落ち着くような、ぽっかりとしたような。

そんな不思議な時間に、しばしぼんやりと浸っていた。

310 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:46:27.23 ID:cwUSskD70

……とか感傷に浸ってた時期が、俺にもありましたとさ。
溜息止まんねえ…その理由はと言えば…。


「あきつ丸ー!あれやってー!!」


声が掛かると同時に、浮き輪さんがしゅたっと起き上がる。
結局あれから数日もしない内に、あきつ丸は浮き輪さん経由で存在をアピールし始めた。

曰く、ヒマすぎるからと。

隼鷹と俺で中身について説明をし、そこからは一瞬で鎮守府内のマスコットと化してる始末だ。
あの提督と秘書艦コンビの後押しがあったのは言うまでもない。

“ふふ、駆逐艦達の相手をしていて思いますが、幽霊も悪くないでありますなぁ…。”

“さっさと成仏してくれや…知り合いの霊能者呼ぼうか?”

“その時は全力で戦うでありますよ。
キョウが本当に立ち直る日まで、自分はこうして見守るのであります。”

「……アキ、またここにいたのか。」

「………。」ポスン

ものは言えねえけど、嬉しそうに膝に乗っちまう辺り、どっちもまだまだだろうな。
まぁ…浮き輪さんを愛でる眼鏡、シュール極まりねえけどよ。

「……あきつ丸ぅ…そろそろ成仏するかい?」

“げ!逃げるであります!!”

「待ちなコラ!
……ったく、あんにゃろう。」

「まあまあ、あいつもここが気に入ったようだからな。気が済むまで置いてやろうではないか。」

「良いのかい?あんたの元カノ成仏出来てないんだよ?」

「……私次第、という事だろう。」

「けっ…まあいいや。憲兵長、た、たまにはあたしと飲むかい?」

「……そうだな。一献付き合わせてもらおうか。」

「へへ…そうこなくちゃ!」

色々と、まだまだ時間掛かりそうだな。
でもそんなもんでいいだろう。ゆっくりと進むのを願うぜ。

今回の事は、相当学ぶ事は多かったな…。
さて、明日からもまた頑張ろう。

311 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:47:17.20 ID:cwUSskD70

…で、その後の一件なのですが。
守らなきゃいけない方と一悶着起こるのでありました。

艤装装着時の怪我なら、艦娘は入渠や修復剤で治る。
ただ、裏を返せばそれ以外の時は効かない。例えばプライベートで重症負ったら、勿論入院コースな訳だ。

この数日後、俺が来る前に『ある怪我』で入院してた奴が帰って来る訳で。
まあ、何と言うか……

時雨どころか土砂降りなドタバタ劇が、俺と眼鏡を襲う事になるのだった。


312 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:47:56.83 ID:cwUSskD70
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 07:41:10.93 ID:XqGAZQBG0
興奮するでありますなぁ
あきつ丸www
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 08:49:05.74 ID:qkkw5pY0O
おつおつ
シリアスなんだけど重い空気にさせないこの感じ狂おしいほど好き
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 11:12:32.81 ID:0RlkTKa6O
隼鷹殿初いwww
これあきつ丸を取り付かせたふりして誘いかけて自爆とかしねえか心配だなw
316 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:32:13.07 ID:isx4OB8s0

今日も鎮守府を守る平穏な勤務……とは行かない日もある。
珍しい事に今俺は、仕事として車の助手席に座っている訳だ。

「……はぁ。もうサボって飯でも食うか?」

「珍しいですね、あんたがそんな事言うなんて。お疲れですか?」

「いくら私とは言え、気が乗らない任務もあるさ。」

ハンドルを握る眼鏡は、何やらうんざりしている様子。
これからの任務は、どうも相当気が進まないものらしい。

任務と大げさに言っちゃいるが、今日やる事は、実際の所ただの迎えだ。
何でも入院してた艦娘を迎えに行くって話しだが…何で俺らの出番なんだろう?

317 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:32:53.83 ID:isx4OB8s0




第15話・時に雨、時に晴れ



318 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:34:36.74 ID:isx4OB8s0

「普通の病院ですね…じゃ、行きますか。」

「待て、まだ降りるな。話がある。」

車から降りようとすると、眼鏡に制止を食らう。
何だ一体…すると眼鏡は、後部座席からバッグを2つ取り出した。

「貴様も持っていろ、中には警棒と手錠が入っている。」

「へ?わざわざ私服で来たのに?威圧しないよう私服で〜って言ってたじゃないですか?」

「それは病院や他の患者への配慮だ。
……今回退院して来る奴は、うちで一番の問題児でな。もしもの為の保険だよ。」

「一番の?」

この時俺の頭ん中では、なかなか武闘派な想像が浮かんだ。
入院もしてるし、まさか喧嘩っ早いのか?

「元ヤンとか格闘技とか、そっち系ですか?」

「そうではないな。ただ、少々過激だ。
私も手を焼いていてな…一度、『私の私』に痛恨を喰らった事もある。蹴りでな。」

「げ……そもそも、何で入院してたんですか?」

「高所からの転落だ。右足、アバラ4本、肩甲骨の骨折。頭と腕をそれぞれ10針と7針縫っている。
合わせて全治2ヶ月半、足にはボルトとプレートが入った。」

「……まさか飛び降りですか?ちょっと鬱入ってるとか…。」

「鬱ではないな……いや、ある意味病んでいる。」

「ある意味とは?」

「………会えば分かるさ。」

毎度の悪戯心じゃなく、純粋に説明する気力が湧かないのは雰囲気で察した。
さて…鬼が出るか蛇が出るか、向かうとしようか。

319 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:36:18.27 ID:isx4OB8s0

入り口を抜けると、至って普通の病院だ。
眼鏡が手続きを済ませ、教えられた病室へと進んで行く。
一般病棟、結構奥なんだな……何だか余計緊張感が増して来る。

扉を開けると、椅子に座る女が一人。
犬みてえな外ハネの髪と、赤い眼鏡。私服な点と言い、まさにこれから退院する様子だ。
見た所駆逐艦か…こいつで間違いねえな。

「……迎えに来たぞ。お勤めご苦労だったな。」

「なんだ…憲兵長か。提督はいないの?」

「いる訳ないだろう、すぐに会わせる訳にはいかん。」

窓の外では、ポツポツと雨が降り始めたようだ。
そんな中、俺に気付いたのかそいつは声を掛けて来た。

「いい雨だね…後ろの人、新しい憲兵さん?噂はかねがね聞いてるよ。
初めまして、僕は時雨。よろしくね。」


その瞬間、外で雷が光った。

320 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:37:52.78 ID:isx4OB8s0

「〜〜〜〜♪」

通り雨も過ぎ、外は再び晴れ模様。
しかし車の中は、カーステレオだけが声を発している状態だ。

そんな俺らの妙な緊張感を無視するように、時雨は微笑みながらスマホをいじっている。
退院が嬉しいのか、機嫌は相当良さそうだ。

「……時雨、着いたら寮へ直帰だ。分かったな?」

「その後提督に会いに行けばいいの?」

「…正規の命令は後で来るが、あいつから伝言だ。
ひとまず3日は出撃無し、体の慣らしの為に普通に過ごせとさ。要は貴様は待機という事だ。」

「……じゃあ、『まだ』正規命令じゃないんだね?だったら体を慣らす意味でも、会いに行ってもいいよね?」

「ダメだ。」

「どうして?」

「私達の出番になるだろう?」

何だこの重い空気…問題児とは言ってたけど、こいつら自体も仲悪いのか?
そうは言っても退院明け、2ヶ月半も入院してたら、見たい顔だってあるだろう。
しゃあねえ、ちょっと間入ってやるか…。
321 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:39:33.76 ID:isx4OB8s0

「まあまあ、久々に見たい顔ぐらいあるでしょう?許してやったらどうです?」

「……貴様はこいつの本性を知らぬからそんな事が言えるのだ。」

「……はい?」

「提督は鎮守府近くのマンションに住んでいるんだが…こいつが怪我をしたのはそこだ。
ベランダから侵入しようと、雨どいを伝い3階のあいつの部屋へ登っている途中…どさりとな。」

「……提督より、先に入ろうと思ったんだよ。」

「そもそも、あいつは貴様に家を教えていないのだが…近所とは言え、部屋番まで見抜く洞察力が恐ろしいよ。」

「…………!!」

「……気付いたか?こいつの本性に。」

はは……ま、まさか、こいつが一番の問題児たる由縁は…。

「…そう、時雨は超が付く程あいつが大好きなのさ。所謂ストーカーと言って差し支えないぐらいだ。
ついでに言うと、こっそり翔鶴君にストーキングのイロハを教えていたらしいな。
以前の妖精ストーキングの件は、聞くまで私も知らなかったぞ。アレはさすがにやり過ぎだ。」

「僕は好きな人の事を知りたい気持ちを、手助けしただけだよ?
ふふ…早く会いたいなぁ……提督、今度こそ…。」

それ以降の時雨の独り言は40行ぐらいになりそうだったが、全て割愛させてもらう。
ってか、ほぼピー音になる内容だ。後ろからお経みてえに聞こえてくるそいつは、かなりの恐怖だった。

この時ようやく、なぜ俺達が駆り出されたのかを理解した。
あいつの師匠にして、ターゲットは提督…笑えないレベルのヤンデレが、まさにこの車中にいるのだと。

322 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:41:45.93 ID:kGDSvamzO

「どうして付いてくるの?」

「…分からんのか?」

「何もしないよ。僕も部屋でゆっくりしたいんだ。」

寮に着くと、俺達はこいつの部屋までしっかり付いて行った。
ひとまず部屋までは送ったが…さて、これからどうなるのか。

「私が連絡するまで、ここで待機していろ。他の者が来た際は通して構わん。」

「憲兵長は?」

「寮の外へ行く。駄犬には灸を据えてやらねばならんからな。」

「いや、駄犬ってあんた…。」

何故外なのかは分からないが、何か考えがあるらしい。
眼鏡と別れ、しばらく部屋の前に立っていると……。

「憲兵さん、時雨が帰って来たっぽい?」

時雨と同じく、外ハネの髪…えーと、この子は確か…。

「ああ、夕立か。時雨の姉妹艦の。」

「そうだよ。時雨に会いに来たっぽい。」

久々に仲間に会いに来た…って割には、何やら真面目な顔だ。
姉妹艦だからだろう、この子も色々思う所があるのかもしれない。

「……やっぱり、あいつって色々やらかしてんの?」

「アレは提督さんも悪いっぽい。変に気を遣うから時雨も思い詰めちゃうっぽい。」

「……気を遣う?」

「そうっぽい。病院じゃお説教も出来なかったから、これからお話するっぽい。」

バレてる気もするが、一応見張ってるのは黙ってる。
俺はドアの死角に身を寄せ、夕立もあまり開けないように中へ入ってくれた。

それで5分としない内に…

「時雨!?」

夕立の声!?
慌てて部屋に入ると、中には夕立しかいなかった。
323 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:44:07.52 ID:kGDSvamzO

「憲兵さん!時雨が飛び降りたっぽい!!」

おい、ここ3階だぞ!?
…ん?枠に鉤付いてる!!忍者かあんにゃろう!!

慌てて外へ出るが、部屋の真下はかなり回りこまなきゃならない。
全速力で落下地点に向かうが、恐らく2〜3分は掛かってる。逃げられたかと思ったが…。

「離してよ!」

「くくく…貴様の考えなどお見通しだよ。」

息を切らして辿り着いた所には、時雨をお姫様抱っこする眼鏡がいた。

「…くっそ〜…!!何で会いに行っちゃダメなんだい!」

「貴様には前科があるからな。一服盛ろうとした件を忘れたか?
お姫様抱っこ…一見ロマンチックな言葉だが、この体勢がどう言う意味を持つか分かるかな?」

「……!!」

「貴様と私の体格差なら、このまま肩と膝を締める事も出来る…或いは股と喉を押さえれば、危険な背骨折りの完成になるぞ?また入院したいのか?」

「……分かったよ。」

「良い子だ、抵抗しないなら降ろしてやろう。」

「………なんて言うと思ったかい?」

時雨が降ろされた直後、ごしゃ…と鈍い音が響き渡った。
金的…!アレは洒落にならねえ!!思わず眼鏡に駆け寄るが…。

「……ファールカップと言うものを知っているか?貴様相手に何も用意しない訳なかろう。」

「………!!」

「悪い子だ……少しお仕置きが要るな。」

「速…痛たたたたた!!ギブ!ギブだって!!」

一切の無駄の無えアームロック……ってこりゃダメだろ!止めねえと!!
324 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:45:24.55 ID:kGDSvamzO

「憲兵長!!やりすぎですよ!!」

「おっと…つい熱くなってしまったな。さて、大人しく部屋に帰ってもらおうか。」

「………嫌だ。」

「……どうしてもか?」

「………うん。」

時雨を見ると、涙目でむくれてる。
こりゃ重症だな…どうしたもんだろうか。

「はぁ……貴様の為でもあるんだよ。
あいつの気持ちも汲んでやってくれ。何故貴様を避けようとするか、理解出来ないのか?」

「……僕だって、女の子なんだよ。なのに提督はいつも…。」

「……『女の子』だからだよ。『女』ではなくな。
例え無理矢理迫ろうがストーキングをしようが、あいつの中でそれは覆らん。」

「……分かってるよ……でも、じゃあどうすれば良いんだい!?僕だって…ずっと提督が……!」

今日は不安定な天気だ。
また通り雨が降り出すと共に、時雨の目からぽろぽろとこぼれるものがあった。

…俺は事情を全部知ってる訳でも、経験豊富な訳でもない。
ただ…ここまで泣くような事は、放っておけねえよな。


「……憲兵長、少し時雨と二人にしてもらってもいいですか?」

325 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:47:37.55 ID:kGDSvamzO

「……ほれ、タオル使えよ。」

「……ありがとう。」

外はいよいよ土砂降りだ。
ひとまず俺の部屋に連れて来て、落ち着かせる事にした。


「……いい雨だね。」


時雨は頭にタオルを被ったまま、ぼーっと窓の外を見てる。
病院の時も感じたが、よっぽど雨が好きらしい。

「……この近くに、コンビニがあるよね。」

「ああ、どうかしたか?」

「…ゲリラ豪雨で帰れなくなってた時、たまたま提督がいたんだ。
1kmも無いけど、一緒に入る?って傘に入れてくれた。その時の雨に似てるんだよ。」

「……そっか。」

「………外面はゆるい人だけど、誰よりも皆の事を考えてる。だからこそ、僕に限らず『艦娘』を異性として好きになったりしないのさ。
良き上司でありたい、それが提督の願いだから。

私生活荒れてるのも知ってる…知った時は、思わず殴っちゃったけど。
本当に頭に来た。何で僕の方は見てくれないのに、外で女ばっかり作るんだって。

………一度、好きだよってちゃんと伝えたんだ。振られちゃったけどね。
よく覚えてるよ…時雨が子供な以上、応えてはやれないって。

…そこから、歯止めが効かなくなった。
家を探したり、コーヒーに一服盛って襲おうとしたりね。憲兵長のお世話になった事も、一度や二度じゃない。
我ながら卑怯だよね…無理矢理にでも関係を持てば、僕から逃げられなくなるって思ったんだ。
それである日、とうとう忍び込もうとして…あの大怪我に繋がった。

提督ね、僕を真っ先に見付けてくれたんだ。
その時はまだ意識があって……あの悲しそうな顔は、忘れられない。

……僕がどれだけ馬鹿な事をしても、嫌ってくれなかった人だよ。
見舞いには来なかったけど、毎日連絡をくれた……馬鹿だよね。せっかく心を鬼にしようとしてるのに、結局僕なんかを甘やかしてさ。
お前なんか大嫌いだ!解体(クビ)にしてやる!って言ってくれれば、まだ楽になれたんだけど。

ねえ、憲兵さん…僕は今年で15歳なんだ。
体はもう大人に近付いてる…それでもダメなのかな?」

「…………。」

…問題は違うけど、既視感あるなぁ。
ただ、『俺達』と違うのは……。

326 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:48:56.47 ID:kGDSvamzO

「……そうだな。時雨、お前今まで誰かと付き合った事はあるか?」

「……ううん。提督が初恋だよ。」

「遅めなんだな…今まで同世代の男の子とは、交流が無かったって事でいいな?」

「……うん。艦娘になる前も、特に無かったね。」

「よし。ちょっと待ってろ。」

廊下に出て、取り出したるはスマホ。眼鏡の介入を避ける意味でも、ここは俺が動くべきだろう。
そういやこの前飲んだ時、連絡先交換してたんだよな……さて、今は暇かな?


「もしもし?お疲れ様です。ええ、時雨の事なんですけど……。」

327 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:50:52.01 ID:kGDSvamzO

「………どうしたんだい?随分長かったけど。」

「ゲストを呼んだのさ。もう来るぞ。」

「失礼するよー。」

「……提督!!」

確かに時雨の行動は良くないし、眼鏡の言い分も分かる……でもここは一つ、ちゃんと話をさせてやるべきだろ。
俺がいる限り、時雨も思い切った事はしない。そこの分別ぐらいは付く子だと思う。

「……時雨、退院おめでとう。」

「………ありがとう。提督……ごめんなさい!!」

真っ先に出てきたのは、謝罪の言葉だった。
提督にぎゅっと抱き着くと、時雨は嗚咽を漏らしていた。
提督はと言うと、そんな時雨の頭を優しく撫でてやっている。

「……謝るのは、僕の方だよ。距離を置けば分かってもらえるなんて、甘えだったね。」

「ううん…あんな事までしでかしたのは、僕が悪いんだ…。
入院中は、ずっとその事ばかり考えてた…ごめんなさい、提督……。

でも………。」カチャカチャ 


ん?カチャカチャ?


「………僕はやっぱり、提督の事が好きなんだ。」

「てめえどっから手錠出した!?」

「いった!?」

思わずゲンコツしちまったぜ…懲りてねえこのガキ…!
目に一切の悪意がねえのがタチ悪ぃなオイ。純粋に愛情表現のつもりだ…。

328 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:52:45.39 ID:kGDSvamzO


「……………。」

あーあー、提督キョトンとしたツラしてんじゃねえか…。
いつものヘラヘラ感もどっか行っちまった。流石に擁護しきれねえぞ…。

「………そっかぁ、時雨は『まだ知らない』もんね。」

手錠をまじまじと見ながら、そう提督が呟いた時。




『どんっ……!!』





提督が、激しく壁を叩く音が響いた。


329 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:54:07.71 ID:kGDSvamzO

「………提督?」

「……まだ分かんないかなぁ?大人の男に近付く意味が。」

叩きけられた腕の横には、壁際に追い込まれた時雨がいた。手錠のせいで、時雨の片手も壁に磔だ。
空いた方の手が、時雨の頬に触れる。
それが顎を掴むような形になると、提督はそこに顔を寄せて……

時雨の目は、その時確かに怯えを孕んだ。

「……ひっ……やめて!!」

時雨が提督を突き飛ばすと、手錠のせいで時雨も引っ張られてしまう。
だがそのまま二人が床に倒れた時、提督が時雨を守るように受け身を取ったのを、俺は見逃さなかった。

「………提督!!」

「いたた……ちょっと強かったなー。」

いつものヘラヘラした調子でそんな事を言うが、全くの無傷だ。
提督は時雨の背中をぽんぽんと叩き、一際優しい声色で話し出す。
330 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:56:06.50 ID:kGDSvamzO

「……時雨、男は狼だよ?」

「……狼?」

「そう。火が着いたら、子供でも食べちゃう怖い生き物さ。
……同時に、それは自分のものにしたい、深くその人を愛したいって気持ちでもある。中には食欲だけの奴もいるけどね。

女の子にとって…特に初めてそんな目を向けられて、おまけにそれを受け入れるのは、とても怖い事なんだ。
世の中、若いお肉を食べたいだけの奴もいてね…それで深く傷を受ける子だっている。
……男にとっても、最初は同じ。誰かと愛し合うと言うのは、性も深く関わるんだよ。

君ぐらいの子が大人の男に近付くのは、それなりに危険な事さ。
僕の歳にもなれば、さすがに躊躇いなんて無いから。

……もっと年頃らしい恋をして、自分を大事にして欲しい。」

「………子供扱い、しないでよ…年頃らしいって何なのさ!?
確かに子供だよ……それでも僕は!!」

………胸が痛えな。
でも、時として現実は残酷だ…憲兵として、何より大人として今は動かなきゃならねえ。

331 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:58:24.89 ID:kGDSvamzO

「………時雨、提督が捕まってもいいのか?」

「……!!」

「こいつは軍規に限らず、法や条例の話でもある…例えば提督がお前ぐらいの子に手ェ出したら、俺らは仕事しなきゃなんねえんだ。
お前からしたら理不尽な法だろうが…それは、お前ら子供を守る為の物でもあるんだよ。狼さんも、いい奴ばかりじゃないからな。

思い詰めるのも分かるぜ?でも、一度立ち止まってみな。
感情ばかり押し付けないで、少しは提督の立場や気持ちも考えてやれ。提督は、お前を傷付けたくないんだよ。」

「憲兵君…どうだかね?僕は君の知ってる通りのダメ男だよー?」

「普通なら、さっきはビンタからの最低宣告ぐらいされてもおかしくないでしょう?
よく覚悟決めたと思いますけど?しかも俺の前で。」

「……言うようになったねー。キョウの影響かな?」

「知らねーっすよあんな奴。ま、コンビ組んでる分、影響はあるかもですけどね。」

さて、後は時雨がどう捉えるかかな?
あーあ、胃が痛えや…でもこんな事も、こいつが大人になる上でのスパイスか。
憎まれんだろうなぁ……いいぜ、この件の恨み辛み、受け入れてやろうじゃねえか。

「…………ねえ、提督。」

「どうした?」

「…今は子供だから、ダメなんだよね…。
じゃあ…僕が18歳になったら、どうする?」

「そうだなぁ…。」

この時自分の事みてえにハラハラするとは、俺も意外だった。
提督…あんたは時雨にどう告げるんだ?

332 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:59:43.09 ID:kGDSvamzO

「もし君が18歳になっても気持ちが変わらなかったら、僕も真面目に考えるよ。提督としてじゃなく、一人の男としてね。
……その間に、僕より素敵な男の子が現れなければね。」

「………提督。」

「…………!?」

「………ふふ、大丈夫。18どころか、おばあさんになったって君が好きだよ!絶対変わらないから!」

へへ…下手な映画より、よっぽど良いキスシーンだぜ。
……っと危ねえ、俺はなーんにも見てねえぞ?雨が止むとこ見てただけだ。


日々を守るは、突き詰めりゃ心を守るだ。
その為だったら、不良憲兵で上等だよ。

333 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 18:02:29.51 ID:kGDSvamzO

「今回ばかりは、素直に褒めてやろう。よくやった。
まぁ、あいつはあの後歯医者通いになったがな。女遊びを一切やめ、そのツケを払ったそうだ。」

「あんたが褒める…雨降りそうですね。」

「くく…もう止んだだろう?」

「ええ、土砂降りでしたよ。ありゃ問題児でした。」

何日後かの夜、俺は珍しく眼鏡の部屋にいた。
缶ビール片手の簡素な飲み会だが、それで事足りる。お互い時雨の件の疲れを引きずってたのか、どちらとも言わず飲む流れになっていた。

「なかなか、私が言っても聞かなかったからな。上手く踏み込んだものだよ。」

「気持ちのすれ違いってのは、俺も経験ありましたからね…どう悔いの無いよう持ってくか、それを考えただけです。」

「悔いのあるような言い方だな?」

「…過ぎた話ですよ、今となっては。」

……これで良かったのか?なんて、一時期は思い悩んだっけ。
今は……いや、でも特に誰かを好きとかはねえかな。

334 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 18:04:16.99 ID:kGDSvamzO

「あーあ…思い返しゃこの頃人のサポートばっかり、俺の春はいつ来んのかはぁっ!?」

「おや、アキじゃないか。」

『こいつのケツを突けと天啓を受けたのであります。』

「……あ、あきつ丸…何しやがる…!!」

最近この馬鹿はタブレットを覚えて、浮き輪時でも筆談出来るようになった。
だがこの後、テレパシーで俺にだけ話をして来たんだ。

“自分、少しなら人の思考も読めるのでありますよ…。
君はもう少し、自身への目を意識するべきですなぁ……人の事ばかりでなく。”

“俺への目ぇ?”

“そういう所であります。もう一発逝くでありますか?”

それだけ伝えると、あきつ丸は浮き輪から出てどっか行っちまった。
ま、霊体見えんのは俺と隼鷹ぐらいだし、騒ぎにゃなんねえだろ。

「お、隼鷹からだ。瑞鳳君と部屋飲み中だとさ。」

「げ、大丈夫すかあいつら?」

「隼鷹はプロの酔っ払いだ、行き過ぎた者を収めるのも上手いぞ。心配は要らん。」

ふーん…軽空母同士、交流も必要かね。
以降は特に気にする事も無く、眼鏡としょうもない話ばかりしていたもんだった。

……結局後で注意しに行くぐらい、何人も入り乱れての大騒ぎになってたけどな。

335 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 18:05:06.37 ID:kGDSvamzO
今回はこれにて。
次回、番外編・『女子会』となります。
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/15(水) 18:25:08.62 ID:BJK8LQZ20
おつ!
女子会と聞いて普通なら可愛い感じをイメージするのになんか胃が痛くなりそうな感じしかしない(笑)
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/15(水) 22:33:38.42 ID:tDQNHtCd0
病まない雨はないさ・・・

>>336
酸っぱい臭いしかしない女子会よりよっぽどマシだろ・・・。
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 10:26:50.36 ID:i9ftrpeqO


やはり闇時雨はいいものだ・・・
339 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:49:11.31 ID:Vmrz7WkJO

こんばんわ、瑞鳳です。

今日は最近仲良くなった隼鷹さんと部屋飲み中。
所謂ガールズトーク…と言えば、もちろん話題はそんな事。

ん?恋のお話?
それもあるけど…年頃の女2人揃ったら、その延長線上も行くでしょ。
とてもじゃないけど『あいつ』には見せられない、女の本音を晒し合う。


そう、それこそが女子会の醍醐味なの。

340 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:49:58.48 ID:Vmrz7WkJO





番外編・女子壊





341 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:52:42.42 ID:Vmrz7WkJO

「へー、憲兵とは随分仲良いんだねぇ。」

「うん!__とはしょっちゅう遊んでたの!」

「……で、女としては見てもらえてないと。」

「………ふふ、そうなんだよねー……。」

お酒を飲みつつ、出てくるのはあいつの話。
隼鷹さんは憲兵長に一生懸命近付いてるみたいだけど、ちょっとずつ打ち解けられてるみたい。
いいなぁ…私なんて打ち解けたってレベルじゃないのに、あいつはこれっぽっちもそんな目じゃ見てくれない。
好意どころか、エロい目ですら見てくれないってどう言う事よ。もう。

「あいつ口調とかヤンキー臭い割に、クソ真面目だもんねぇ。
なまじ過去や距離がある分、今は翔鶴に分がある感じかぁ。」

「………それだけじゃ、ないんだよね。」

「ん?」

「隼鷹さん…まず友達として仲良すぎるのって、ダメなのかなぁ?
私結構お酒でやらかして、ついついやり過ぎちゃったりして…。」

「………具体的には?」

「そうだね…さっき、知り合った頃に私がヤケ起こして迫ったって言ったよね?その後肩に吐いちゃって…。」

「んー…ま、そんぐらいじゃ愛想尽かすタイプじゃないね。」

「あー……他にも色々…。」

「……言ってみ?」

「例えば…普段飲んでて、セクハラやひっどい下ネタ言ったり。それこそあいつの乳揉むなんて序の口で……。
性感帯やらフェチやら言ったり根掘り葉掘り聞いちゃったり…今日あの日だからお肉食べたい!とか言っちゃったり…あ、おならしちゃった事も何度か…。

あいつには何でも話せちゃうから、ついつい…。」

「……あ、ああ。」

342 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:54:48.49 ID:Vmrz7WkJO

「……一回、あいつが寝てる時にパンツ被せちゃったんだ。」

「…は?」

「……あいつとは、よく部屋飲みしてたの。
でも皆、いつもなーんにも言わない。その時点で、__だったら何も起きないだろって皆思ってたんじゃないかな。

私、映画の定額サービス入っててね。部屋飲みの時によく一緒に観てたの。
その日はあいつちょっと疲れてて、途中で寝ちゃったんだ。

丁度ね、その時観てた映画の主人公が、パンツ被る場面だった。
それでふと思い立って、寝てる所に私のパンツ被せて…。」

「待ちな。パンツ被せたって頭かい?それとも顔?」

「………顔。」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ!!!やべーよ!!その映画ってもしかして…。」

「あ、もちろん洗濯したのだよ?洗濯カゴから出そうかちょっと迷ったけど…。
息苦しかったんだろうね、悪夢見たらしくて…フオオオオオオオオオオオッッッ!!!って飛び起きて…ぷっ…。」

「〜〜〜〜〜っ!!〜〜〜〜っ!!」バンバン 

「ふふ、殺す気か!!って怒られちゃった。
…でもそれだけ。パンツ自体にはぜーんぜん慌ててくれなかったなぁ。」

「あちゃー…翔鶴で慣らされたとか?」

「あいつ中高生の頃、お母さんいない日は洗濯担当だったみたいでね、お姉ちゃんの下着も洗ってたんだって。だから見慣れちゃってるんだよ。
何でもお姉ちゃん、今は東北の方で艦娘やってるらしいけど…悪い意味で女慣れしてるの、お姉ちゃんのせいっぽいね。
いつもお風呂上がりに裸で出歩いて、俺がキレてた〜って言ってたもん。」

「ははは…でもさぁ瑞鳳。」

「ん?」

「……そりゃ女として見てもらえないよ。いくらあたしでも、そこまでやんない。」

「……だよねぇえええええ!!!!」

分かってる…分かっちゃいるのよ……!!
でもダメなの、あいつの前じゃ甘えちゃうしさらけ出しちゃうの!!
ふふ…バカの出来る親友と言う距離が、今ほど憎らしい日々も無いわね…。

343 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:57:33.57 ID:Vmrz7WkJO

「話聞いてると、同棲長いカップルみたいじゃん。
でもあんた達の場合、知り合ってからすぐそれだろ?裏返すと…憲兵からは完全に女として見られてないよね。」

「……うう、お姉ちゃんには食い付いたクセに〜〜…!!」

「姉ちゃん?」

「…私のお姉ちゃんも艦娘なの。××鎮守府の祥鳳、知ってる?」

「……え!?あれ瑞鳳の姉貴!?ただの姉妹艦だとばっかり…。」

「実姉でもあるのよ…前のとこにたまたま演習来て、ついでに遊びに来たんだ。
その時__も会ったんだけど、そしたらあいつ…

“…やべえ、お前の姉ちゃんタイプだわ。”

とか言い出して〜〜〜〜……!!」

「瑞鳳、缶潰れてる。」

「ダメ!あっちの提督と出来てるから!!って嘘ついてごまかしたけどね!
はーあ…私そんなに魅力無いかなぁ。そりゃちんちくりんだけどさ。」

「あー…元カノが翔鶴な上に、あそこの祥鳳にも食い付く…美人が好きなのかねぇ、可愛い子よりもさ。
あっちいた時、あいつ他に誰かと何かあったりしなかった?」

「意外と何にも無かったよ?誰に対してもああだから、人望はあったけどね。
まぁ、そのー…私がこっそり囲ってたのもあるけど…いつも真っ先に遊びに誘って。」

「……なかなか努力は実らず、ってとこか。」

「………うん。」

……………つらい!

あーあ、女の子らしさかぁ…これでもそれなりには持ってるつもりなんだけど。
あいつといる時は、ぜーんぶ吹っ飛んじゃうんだよね。

344 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:58:56.01 ID:Vmrz7WkJO


「……瑞鳳、良かったら他の連中も呼んでみる?翔鶴も入れてさ。」

「…へ?」

「敵を知り己を知る、なーんて事もあるかもよ?
翔鶴も変わった奴だけど、何かヒントはあるんじゃないかい?ついでに、他の奴も参考にしてさ。」


345 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:01:25.77 ID:Vmrz7WkJO

「隼鷹さーん、お疲れー!」

「お、来たねー。座んなよ。」

一通り連絡して来たのは、二航戦の2人と翔鶴さん。瑞鶴ちゃんは出掛けてるみたい。

飛龍ちゃんに蒼龍ちゃん…この二人も、なかなかの物をお持ちで。
うーん、揉みたい…でもそれ以上に、今はこの無い胸をじっと見ちゃうなぁ。
いや、それより身長が欲しい。皆すらっと見えるもん。

……チビだから、たまに近くにいても気付いてくれないんだよね。

「さっきまでえぐい話してたんだよ。瑞鳳、なかなか持ってる奴でさ。」

「なになに、下ネター?」

「ふふ、教えないよー。」

駆け付け3杯するまでも無く、女が5人揃えばあっという間に盛り上がる。
一通り女子高ノリなトークをした後、蒼龍ちゃんが爆弾を落としてきた。

「翔鶴さーん、高校の時の憲兵さんってどんな感じだったの?」

……高校時代かぁ。
あいつと翔鶴さんが付き合ってた頃だ。私は昔話でしか知らない、あいつの事。

346 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:03:53.01 ID:Vmrz7WkJO

「そうね…目立つ方では無かったわ。運動は得意だから、体育祭でよく駆り出されてたぐらいかしら。
空手の道場に通ってたから、放課後になるとすぐそっちに行ってたわね。」

「部活じゃなくて?」

「うん。うちの高校は空手部が無かったの。
だから付き合うきっかけまでは、あまり話す事は無かったわ。」

「きっかけって何だったの?」

「ふふ…通り魔から助けてくれた事かしら。
襲われそうになった所を、犯人を倒してくれて…。」

聞いた事ある。
前のとこでもあったけど、あいつは誰に対してもそう。困ってる人を見ると体が動いちゃうから。
………この前助けてくれた時だって、下手したら怪我してたのに。

「その時はさっさと帰れよ!って、すぐどこかに行っちゃったの。
でも、同じ学校だから…しばらくは、こっそり遠くから見てた。お礼も言えずに別れちゃったから。」

「青春ー。ねえねえ、そこからは?」

「そうね…共通の友達もいなかったから、思い切って手紙を下駄箱に入れたの。」

「このご時世に大胆だねぇ!ラブレターって奴かい?」

「ええ…遠巻きに見てる間、彼の普段の行動をいっぱい目にして。段々好きになってた自分に気付いたの。
それで手紙を入れたのはいいけど…名前と連絡先を書き忘れちゃって。」

「やっちゃったねー。内容はどれぐらい書いたの?」

「………枚。」

「……へ?」

「………原稿用紙30枚に、改行もせず想いの丈をひたすらぶちまけたわ。」

「「「「怖いわ!!」」」」

うわぁ…無記名でそれはヤバいよ…そ、その頃からストーカー気質だったんだ…。
長い手紙もらった事あるって言ってたけど、あいつよくそれで流したね…。
347 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:05:07.90 ID:Vmrz7WkJO

「あ、あはは…その後どうなったの?」

「次の日学校に来なくてね…高熱で休んでるって聞いたの。
それで居ても立っても居られなくなって、放課後家に行ったわ。」

「…ん?待て、家どうやって調べた?」

「その……こっそり見てた時期に、気付いたら家まで付いてってた事があって…その日は部活休みだったから…。」

「「「「だから怖いってば!!!」」」」

よ、よく付き合えたわね…。

でも翔鶴さんは、そんな話でも愛おしげな顔をしていて……ああ、思い出の一つ一つが、本当に大切なんだって思った。
それと、今でもあいつが大好きなんだろうなって。


………むぅ。


348 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:07:42.88 ID:Vmrz7WkJO

「インターホンを押したら、ふらふらの彼が出て来たの。ご両親は法事で遠くに行ってて、一人で寝込んでたみたい。
一応行事のプリントコピーして、その体で来たって言ったけど…今思えば、違うクラスだから不自然よね。
でも、そんな事考える余裕も無かったんでしょうね。そのまま廊下に倒れて、助けてくれって…。」

「大変だ…そこからは?」

「看病したわ。担いでベッドまで連れてくの、大変だったわよ?
まず寝かせて熱を見ようとしたら、手を掴まれたの。

おでこに触れた時だけど、冷たくて気持ちいいって……その時かしら、二度目に手を繋いだのは。最初は助けてもらった時。
きっと心細かったのね…少しこのままにさせてくれって、寝付くまでそのままでいた。

お粥を作ったりはしたけど、ぐっすり寝てたからすぐには起きなかったわね。
でも苦しそうで、昔妹にしてあげたみたいに、落ち着くまで胸を叩いてたわ。

助けてもらったもの…今度は私が何とかしなきゃってね。」

「そこで付き合う事になった感じ?」

「ううん、その日は寝てる間に帰ったわ。机に鍵が置いてあったから、ポストに入れてね。
あれは金曜だったわね…それから週明けに、やっと学校に来たの。

この前はありがとなって言ってくれたけど、その時はそれだけ。でも連絡先は交換出来たわ。
何を送ろうかって思って下駄箱を開けたら…封筒が一枚入ってた。」

「やっぱり差出人って…。」

「“あの手紙のせいで知恵熱出しました、勘弁してください。

付き合うとか経験無いけど、こんな奴でよければよろしく。あんたにゃ負けました。
この前は本当に助かった、ありがとう。”

……って。
ふふ、今思うと恥ずかしかったのかしらね?
付き合い始めたのは、その手紙のやり取りからよ。」

「………青春。」

「そうね……青春だったわ。」

349 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:10:07.37 ID:Vmrz7WkJO

「へー。ねえねえ、そこから初体験ってどれぐらい掛かった?」

「……2ヶ月。」

「2ヶ月ぅ!?また長くね?」

「それまでタイミングが無かったのもあるけど…彼は元々ガツガツ迫ったりするのが嫌いなのよ。
その頃は特に、私を傷付けたくないって思ってた節はあったわ。

それである日、うちが誰もいない日があったの。
彼は道場疲れで寝落ちしちゃって、今しかないって思った。」

「……どう焚きつけたの?」

「んー…正攻法だと煙に巻くって思ったから……

…ベッドに手足縛っちゃった♪」

「逆レじゃん!!」

「生!?生だったの!?」

「あー…片田舎だったから、まだ自販機が残ってて…そこでこっそりね。
だって……そうでもしないと一線超えるなんて無理だったもの。でも、そんな状態でも優しかったわ…。」

「__も掴み所無いとこあるもんね。性欲あるのか無いのかいまいち分かんないし。」

「瑞鳳ちゃんは、前の所でそう言う場面見なかった?」

「下ネタとかは普通に乗ってくれたけど、実際誰かをエロい目で見たりは無かったなぁ。下ネタは軍学校のノリで慣れたせいって言ってた。
そうそう、あいつ軍学校の時、同級生に『そっち』な人がいたみたいで……。」

「え!何それ気になる!」

……卑怯だなぁ、私。

こう言う場で話がどんどん脱線してくのは、よくある事。
でもこの時は、わざとそっちに持ってっちゃったんだ。
私の知らないあいつの事を聞くのは、やっぱりちょっと辛かったもん。
350 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:12:59.26 ID:Vmrz7WkJO

「わははははは!!今んなって痔主になったの、そいつの呪いじゃねーの!?」

「人のを生で蹴る羽目になるとは思わなかったって、遠い目してたわ…。」

「ふふ、あの人もちゃんと男の子だもの。」

「お、元カノの貫禄ー?」

「そうね…でも、今の彼をちゃんとは知らないわ。そっちは瑞鳳ちゃんの方が詳しいわよ。」

ちらりと目が合った時、胸がズキッとした。
その時の翔鶴さんは、ライバルを見る感じじゃなくて…本当に、羨ましげな子供のようで。

一瞬、その先を言うか迷った。
結局私は…囁いてくる悪魔の誘惑に、勝てなかったんだ。


「………翔鶴さん、それからどうして別れちゃったの?」


………ほんと嫌な女、私。


351 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:15:03.10 ID:Vmrz7WkJO

「………最近やっとそう思えたからだけど、私が子供だったからよ。

あの頃は特に怒るのが苦手で…やきもち焼いても、どう伝えればいいか分からなかった。
でも、ああいう人じゃない?男女問わずそれとなく色んな人に助け船を出して…彼に好意を持つ子も、少なからずいたわ。
どうぶつければいいのか分からなくて…それで…。

彼の2歩前を狙って、吸盤付きの矢をプシュっと…。」

「うん。待って、その理屈はおかしい。」

………さっきから話してて思ったけど、いや、絶対そうだ。
翔鶴さんって、もしかしなくても…。

「…翔鶴さん、色んな人から天然って言われない?」

「言われるわ。失礼しちゃうわよね、瑞鶴だって翔鶴姉は天然だからーって言うのよ?」

「………やべえ、こいつ重症だ。」

「隼鷹さんも言うの?もう。」

「いや、翔鶴さんは天然だよー。この前もさー…。」

あー、やっぱりどっかズレてるかぁ。

でもそんな天然さが、あいつの中に割って入れた秘訣なのかもね。
それにこの人も根は優しいし、女の子らしい。
散々私と喧嘩してたのも、怒れるようになったって事なんだろうな……。

私、いつもあいつにじゃれたり甘えてばっかりだ…。
辛い時にそばにいてあげた事なんてあったのかな?

……ほんとはね、前から気付いてるよ。
翔鶴さんの話をする時のあいつは、いつもと目が違う事。

352 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:16:47.66 ID:Vmrz7WkJO

「……そういう馬鹿な事の、積み重ねだったのかしらね。
“俺じゃお前を安心させてやれない”って、振られた時に言われたわ。

散々泣いたし、説得もした……それでも彼の方が辛く見えてね。最後は私が折れたの。」

ああ…そっか……あいつ、多分…。

………ごめんね、翔鶴さん。
それでも私、負けたくないんだ。

「隼鷹さん、___借りて良い?」

「あたしの?何すんのさ?」

「……瑞鳳渾身の一発芸、推して参ります!」

353 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:18:25.00 ID:Vmrz7WkJO

しんみりした空気を戻したくなった…なんてのは建前。これ以上は聞きたくなかったのが本音で。
この空気をめちゃくちゃにしたくなった私は、隼鷹さんからあるものを借りた。

今この手にあるは…隼鷹さんのパンツ。(黒、花柄)
例えるならば、弾薬を込めるヒットマン…ゆっくりとした動作でパンツを広げ、震える手でそれを……被る!!

「ダメだ…もう私は…でも……!!
……気分はエクスタシィイイイイイイッッ!!!!」

「「「「ぶはははははははっ!!!!!」」」

「クロス・アウツ!!」

でも本家みたいに特殊なのは履いてないから、とりあえず下だけ脱ぐ。今の私はキャミとパンツのみ。
そして…あの映画みたいに渾身のポーズを決め、こう告げるんだ。


「変態仮面、見参!!」

「おい、さっきからうるせーぞ。」ガチャ 


………アレって、時間止められたっけ?


354 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:20:02.26 ID:Vmrz7WkJO

「………………………。」バタン

「待って!!せめて何か言って!!」

「瑞鳳ちゃん、彼なら無かった事にしてくれるから…。」

「そう言う問題じゃないよおおおおおお!!!」

「ぶははははははは!!!やべえ!最っ高のオチじゃねーの!!」

「飛龍、今の動画撮ってた?」

「うん!バッチリ!!」

「のおおおおおおおおお!!!」

その後延々余韻を引きずり、湿った空気は無くなりました。
ただ……あいつの中での私の『女』は、さらに壊れちゃったと思います。

私があいつにとって、女子壊から女子・改になる日は、果たして来るのでしょうか。
そればかりは、神様のみが知っている始末なのでした。

追伸

パンツの被り心地は、悪くなかったです。

355 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:20:56.94 ID:Vmrz7WkJO
今回はこれにて。久々に頭の悪いお話でした。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 12:56:12.19 ID:gwL03W6A0
乙おつ
づほには頑張って欲しいね
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 13:21:40.07 ID:fhpXIp1BO
他所の世界線で変態仮面が提督やってるのも有るから
艦娘が変態仮面でも問題無いはず
づほもM字開脚でウェルカムやってたら落とせたかもしれない
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 17:45:29.33 ID:HAMlq5If0
正直づほ応援したい
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 19:35:04.49 ID:eb51eZmdO
づほはどうにも女として意識されないことには……
360 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:24:04.54 ID:pnSUu4yTO

今日も今日とて平穏なる日、警邏を終えて詰所でしばしの事務作業。
眼鏡はと言うと、演習組の案内と警備で駐車場に出てる。

今日はうちで演習やるらしいが、大体そう言う時は俺が行かされる。
しかし珍しく、この日はたまには私がと眼鏡自ら警備に向かった訳だ。

何か怪しいなぁ。今日来るとこ、どこからだっけ…


『こん…こん…。』

「はーい。」


タイミング悪いな…たまに暇つぶしに来る奴はいるが、今日は誰だ?
のそのそとドアを開けると、そこには……


「……………。」バタン


……何も見てないぞ、俺は。外には誰もいない。


361 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:25:12.45 ID:pnSUu4yTO




第16話・ANEKI CRISIS-1-



362 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:27:08.60 ID:pnSUu4yTO


『こんこんこんこんこんこんこんこん!!』

うるせえ!!今俺はいない設定だ!無視無視!!
はぁ……やっと静かになったか…疲れてんのか俺、何であのバカがドアに…。


「……………。」ニコッ


窓に、スーツ姿の女が見える…何かこう黒髪ロングでニヤニヤした亡霊が見える…。
あはは…た、たまにはサボって寝てやろうかなー…。

「戻ったぞ。どうした?そんな虚ろな目をして。」

開けんじゃねえ馬鹿野郎。
おい、後ろに何かいるぞ。お前と口調被ってそうな女が立ってんぞ。

「…おお!いつの間に後ろに!これはこれは失礼致しました。」

わざとらしんだよ、ニヤケ面が隠せてねえぞクソ眼鏡。
眼鏡の後にいるスーツの女は、腕を組んだまま殴りたいドヤ顔で俺の方を見てるじゃねえか。

「あー、失礼。演習の艦娘の方でしょうか?
集会室でしたら母屋の方入って1階右から三番目の部屋に…。」

「…見取り図ならいただいている。
演習準備までは少々自由時間があってな、顔を出させてもらった。」

「いえいえ、私共などたかが憲兵隊ですし、第一初対面でしょう?
提督がお待ちですよ、出口はあちらです。」

「ふぅ…つれない事を言うじゃないか。なぁ、__。」

「__とは確かに自分のアダ名ですが、よくご存知ですね。
えーと、あなたは確か○○鎮守府の…あ、やはり自分とは初対面ですね。初めまして。」

「確かに『仕事では』初対面だな。立派にやっているようじゃないか。」

「いえいえ、大体あなたにはセクシーで立派な妹さんがいらっしゃるでしょう?
自分などそこらの雑草にも劣るイチ憲兵でして…名前を呼ばれるような資格など…。」

「それは『艦娘としての姉妹艦』の話だろう?
確かに私はどちらでも長女にして長子だが…『一個人の家族として』は、その下にいるのは格闘技をやっていて、そして今は軍属でもある者だ。
せっかくの家族水入らず、腹を割って話そうじゃないか…少しはこの『戦艦・長門』の血縁者である事を誇れ。

なぁ?『弟』よ。」

「……馬鹿野郎!帰れ!!」

363 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:28:28.77 ID:pnSUu4yTO

「コーヒーをどうぞ。」

「ああ、お構いなく。ありがとう。」

ニヤつきながらコーヒー淹れんじゃねえよクソ眼鏡…買って出た訳ゃこれか!

はぁ……一番仕事で会いたくねえ奴が来た…。
そうなんだよ…目の前にいる『戦艦・長門』は、何を隠そう血を分けた俺の姉貴だ。

……そして、生粋の馬鹿でもある。

「……お袋に今日の事は?」

「言ってある。だが、母さんには黙っておくよう頼んでおいたよ。
ああ、父さんにも伝えたんだが、お前に連絡はしていないらしいな。」

「親父…あんにゃろう。」

「ふふ…そう怖い顔をするな。全く、昔はこんなに可愛かったのに…。」

姉貴はしれっとスマホの画面を眼鏡に向け、その瞬間眼鏡が鼻水吹き出した。
そこに映っていたのは……!!


『長門の服(子供用ドレス)で女装させられた憲兵・6歳』


「だぁしゃああああああああっっっ!!!」

「おっと危ない。ふふふ、良いではないか減る物じゃなし。」

「俺のプライドと社会的地位が減るわボケェ!!まーだ待ち受けにしてんのかこの野郎!!」

「ふっ…それは勿論、可愛い弟だからな。年度別にベストショットを入れてある。」

「おめーのベストショットは俺の黒歴史なんだよ!!消せ!!今すぐ消せ!!」

「くくく…他には無いのですか?」

「ああ、例えばこの七五三の時など…」

「おめーもスマホ下ろせや!」

364 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:31:33.31 ID:pnSUu4yTO

はぁ…はぁ……こ、こんのクソ姉貴が…!!

そもそも俺が空手を始めた理由も、元を辿ればこいつが元凶。
ガキの頃、腕っ節で勝てなかった俺は事あるごとにこの馬鹿に女装させられていた。

“強い男になりたい、姉貴に負けないぐらい。”

そう考えた俺は空手道場の門を叩き、そして今に至る。
無駄の無い方向へ筋肉を纏い、生来お袋譲りの女顔だった顔面も少しは厳つくなった。因みに姉貴は親父似だ。

「ふふふ…まぁまぁ、久しぶりに…。」

何より勘弁して欲しいのは、全く変わんねえこの…

「かわいいでちゅね〜〜」スリスリスリスリ

「なぁぁあぁぁっ!!!やめろ!!やめろおおおおおお!!!へぐっ!?」

頭のおかしい猫可愛がり。
へへへ…首に極まってるぜ…女の筋力じゃねえよ、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラだ…。

「げほっ!げほっ!」

「おっと、極まってしまったか。すまんな。」

「結構な腕前で。艦娘以前も何か経験がおありで?」

「女子ボクシングを少々。今は趣味と実益を兼ねて総合をやっている。
敵艦も対人も、殴り合いなら任せてくれ。」

「それは素晴らしい…是非ともこいつの根性を叩き直していただきたいものですな。」

絞まって聞いてりゃ好き放題言いやがって…あの頃の俺じゃねえの見せてやんよ畜生が…!!

365 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:34:18.86 ID:pnSUu4yTO


「…らぁ!!」

「…っと、掠ったか。しかし本気で当てに来ない辺り、貴様も甘いなぁ。
仮にも姉弟だぞ?もっと攻めるがいいさ。」

「ちっ…生憎仕事中なんでな、まだやらかしてねえ奴にゃこれが限度だよ。」

「ほう、そこは規定厳守か。弟ながら見上げたものだ。
ふっふっふ……ならば思うようには動けぬという事か…いいだろう、全力で可愛がってやろうではないか…。

…さぁ!お姉ちゃんの胸へ飛び込んで来るんだ!」

「………小学校時代のアダ名はゴリ子。」

「………なっ!?」

「……高校時代、女子に告白される事5回。
19歳の時、やっと出来た念願の彼氏との初体験で、全力のハグの末にアバラをへし折ってフラれる。
実家では風呂上がりに全裸でおっさんの如く歩き回り、しかし酒飲める歳になってもいちご牛乳が卒業出来ない。」

「……は、裸だったら何が悪い!!」

「悪いわ。床が濡れんだよ。
また、可愛いものや幼女に目が無く、親戚の女の子相手によだれ垂らして俺に回し蹴りを喰らう。
見栄を張ってブラックコーヒーに挑み、お袋の顔面に噴射してブチ切れさせる事数回。
ある移動で駆逐艦数名を乗せてワンボックスを運転中、警察から任意同行寸前を喰らった……理由は顔が逝ってたから。
尚、本人は不服と愚痴っていたが、弟たる俺からすれば容易に想像出来る表情であった事も付け加えておく。」

「………き、貴様…!」

「もっと攻めろって言ったのはてめえだろ?殴れねえから頭でボコってるだけさ。
…えーと、他にログはっと……お、これもいいな。
えー…あまりのモテなさに耐え切れなくなった姉貴はある日でぶぅっ!?」

「……ハァ…ハァ…ひどいじゃないか!そ、そんなにお姉ちゃんをいじめなくてもいいだろう!?」

「……お、俺はたった今…ぶっ飛ばされたんだけど……。」

「大体あの件はお前に話していない!まさか…。」

「そのまさかよ。」

ガチャリと開いた扉の向こうには、見覚えのある美人がいた。
そう…一度遊びに来いって言われてこいつの鎮守府に行った事がある。その時知り合った、頼れる姐さんだ。

366 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:38:10.33 ID:pnSUu4yTO

「……陸奥さん!!」

「……通称ムツペディア。長門のお馬鹿な行動を記録するデータベース。勿論、逐一弟くんには報告済みよ。
あらあら…この陸奥に隠れてこんな所でサボるなんて…分かってるのかしら?」

「ひっ…!」

「お邪魔したわね、弟くん。
今日は私達泊まりだから、後でゆっくりお話しましょ?」

「え、ええ…また後で…。」

「は、離せ!私はもう少し弟と…!!」

姉貴は陸奥さんに首根っこ掴まれ、ズルズルと母屋へと引きずられて行く。
うわぁ…陸奥さんあんな怖え笑顔すんだ…ありゃ折檻コースだな。

「おお……良いか、ああ言うタイプの女こそ怒らせてはならん。」

「ええ、肝に銘じ……ってかおめーも共犯だよ!知ってたな!?」

「ふっ、上司としては一度貴様の姉を拝んでおきたくてな。
……ただ、想像以上だったな。すまなかった。」

「……あんたが引くレベルだよ、確かに。」

軍学校時代から周りにゃツッコミキャラ扱いされて来たが、元を辿ればあいつが原因な気もする…。
今も離せ、離せ、と外から喚く声が聞こえてくるが…この時俺は、ある事を失念していた。

「__ちゃーん!!__ちゃーーん!!」

「げっ!?」

その時あいつが叫んだのは、元カノの本名。
そうだ…あいつはあのバカと面識がある…!

367 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:39:31.86 ID:pnSUu4yTO

「はーい!!お久しぶりです、お姉さん!」

「た、助けてくれないか!?秘蔵の弟コレクションをあげるから!」

「………内容は?」

「……寝顔シリーズ0歳〜7歳!今なら恥ずかしいサービスショット+1枚付き!」

「…もう1枚、お願いします。」

「……わかった!」

「ふふ……そちらの方、恨みはありませんが、演習前に少し準備運動はいかがですか…?」

「おめーら勝手に人の黒歴史取引してんじゃねえええええ!!!!」

ああ…もうめちゃくちゃだよ…!
姉貴は妙にこいつの事気に入ってっからな、俺からしたら爆弾に爆弾のコラボだ。
ひとまずこのバカを集会室にぶち込んで…。

「どうしたの?」

「づほ!良いとこに来た!!」

「……この人達は?」

「…今日演習に来た艦娘。ついでにそこで引きずられてんのは俺の姉貴な。
このバカを集会室にぶち込むの、手伝ってくんねえか?」

「……へー。」

……何か、ぴくって不穏な音が聞こえたのは気のせい?

「どうも初めまして!瑞鳳ですぅ!__にはいつもお世話になってて…」

パアアアアァ…って感じの眩い笑顔で、づほは姉貴に挨拶した。
……あれ?何か嫌ーな予感がするんだけど…。

「ひとまず集会室に行きませんか?一度お姉さんとはお話したかったんですよー。」

「ま、待て…そこを掴まれたら首ゅっ!?」

「ほらほら、お茶もありますから是非中へ!」

づほと陸奥さんに引きずられ、姉貴は母屋へと消えて行った。
……こ、これは…結果として良かったのかなぁ…?

「ふふ…お姉さん相変わらずね。じゃ、私も行くから!」

「あ…おい!」

元カノも続いて中へ消えて、俺はポツンと佇むばかり。
ま、いっか…演習後がまためんどくせえけど、そこは陸奥さんにお願いしよう。

368 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:40:55.20 ID:pnSUu4yTO



「……ふふふ…お前達、中々強引じゃないか。」

「弟くんに恥かかせないの。長門と違って真面目に憲兵やってるんだから。」

「なっ…私程真面目な艦娘はいないだろう!?」

「真面目なのは戦闘だけでしょ?」

「ふふ、お元気そうで何よりです。」

「__ちゃん…艦娘になったとは聞いていたが、立派になったものだな…。」

「いえいえ、まだまだひよっこです。」

「ふふ……そういえば瑞鳳と言ったな?君は__とはどう言う関係だ?」

「前の所からの友達です。この前私もこっちに異動して…いつも__にはお世話になってます。」

「おお、仲の良い艦娘がいると聞いていたが、君の事だったのか。
因みに聞きたいのだが、あいつは今彼女は出来たのか?__ちゃん以来すっかり聞いていなくてな。
全く、__ちゃんのような器量好しと別れるなどあいつは…。」

「……ええ、『今は』いませんよ。」

「……『いずれ』は出来ると思います。」

「……ほう、なるほどな。」

「あらあら、弟くんも大変そうね。」

「くく…今日の演習なんだが……。」




369 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:41:56.29 ID:pnSUu4yTO


「たまには演習でも見てきたらどうだ?」

「姉貴の戦闘ですか…大体、まだ仕事ありますよ?」

「一日ぐらい私に任せればいい。
彼女達の日常を守るのが我々の仕事だが、同時に我々もまた、戦争に於いては彼女達に守られる立場だ。
演習を見るだけでも、何か感じるものがあると思うぞ?」

「………そうですね。じゃあお願いしてもいいですか?」

「任せておけ。」

あきつ丸の件もあって、この時俺は眼鏡に促されるまま見学を決めた。
確かに演習は感じるものがあった…だがそれ以上に、俺は思い知る事になるのである。

血を分けた我が姉は、やっぱ真性のバカであると言う事を。
何してくれんだ、あの姉貴め…!!

370 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:42:36.18 ID:pnSUu4yTO
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/23(木) 07:11:54.24 ID:YA8cLDR7O
乙!
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/23(木) 10:40:22.33 ID:sNvdDW7fo
おつ
ながもんだったか
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/23(木) 11:56:28.10 ID:U4kIpLNBO
乙。酷いw
むっちゃんはながもんの後輩とかかねえ。
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/23(木) 12:56:10.43 ID:sxn148Cx0
おつ!
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/24(金) 04:12:43.03 ID:2OZ/r4OQ0
乙?相変わらず面白い

もう憲兵さんの胃とケツはボロボロじゃないかw
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/24(金) 09:18:14.52 ID:Hzr1DaSTO
おつ!
次も期待してます!
377 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 22:43:29.37 ID:lpIk7y0nO

「憲兵君、見学とは珍しいねー。」

「ええ、憲兵長に勧められたのもありまして。」

「あそこの長門、君のお姉さんだってね。昔あっちに演習しに行ったけど、よく覚えてるよー。」

「……どう言う意味ででしょうか?」

「あはは…ごめん、正直キャラ濃いなって…。」

「ほんっとすいません、あのバカは…。」

演習は、鎮守府前の沖で行われる。

提督に案内されてたどり着いたのは、浮きで描かれた境界線の横。区画の中間地点だ。
見学者は、停められた見学船から演習を見る形だ。

提督は船から別のボートを降ろして、そのまま左側に向かう。
そして各司令官が自陣に浮かされた指示船に乗り、艦隊を指揮する。これが通常の演習スタイルらしい。

今日は他のメンツはいないようで、見学船にいるのは俺だけ。
いつも陸で仕事だから、初めて見るな…ん?あっちの指示船誰もいなくね?

378 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 22:45:44.84 ID:lpIk7y0nO

『憲兵君、聞こえるかい?』

「あ、はーい。」

『あちらの提督が多忙でね、今日は不在なんだ。
代わりに、僕と君のお姉さんの対決になる。』

「え?」

『選手兼監督って奴だよー。楽しみだねー。』

「マジですか!?」

そうこうしてる内に、各チームが陣を組んで行く。
6対6、フルメンバーでの演習になるようだ。

うちの方はづほと元カノ、相対するは陸奥さんと……そして姉貴。
俺の方に気付いたのか、お姉ちゃん頑張るからなー!!とクソでかい声で手を振ってやがる。
やめろ。皆めっちゃ見てる。

『憲兵君、君の持ってるトランシーバーは複数同時受信が出来る。チャンネル2を押してごらん。』

「はい。」

『聞こえるかしら?』

『ちゃんと見ててねー。』

「あ、本当だ!」

『こうやって艦娘はインカムで会話が出来るんだ。
ただ、混線予防に君のは僕以外と会話出来ないようになってる。だから応援はしっかり声出してねー。』

「了解ですー。」

皆真剣な顔だ…何かこっちが緊張してくるぜ。
トランシーバーを横に置いて、俺は食い入るようにその様を見つめていた。
379 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 22:46:51.62 ID:lpIk7y0nO




第16話・ANEKI CRISIS-2-



380 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 22:48:43.87 ID:lpIk7y0nO

『ぱんっ…!』

見学船の対岸には、審判船がいる。
そこから放たれた空砲と共に、遂に演習が始まった。

まず、お互いの空母から先制が始まる。
放たれた矢が飛行機に変わり…あれが攻撃!?

ミニチュアサイズの艦載機から放たれたものは、その実凄まじい爆発音と煙を伴っていた。
すげえ……なんて迫力だ…。

『演習で使われてるのは、音量と発煙のリアリティに重きを置いた演習弾さ。艦娘自体は艤装の防御壁で守られている、心配はいらないよ。
音と煙を実戦に近付ける事で、感覚を慣らせる意図もある。』

「ペイント弾じゃないんですか?」

『艤装には演習モードがあるんだ。
被弾数に応じてダメージをカウントし、一定に達すると浮遊以外の機能が停止される。
そこで轟沈判定となった者は失格、最終的に敵を多く轟沈判定にさせたら勝ちってわけ。』

「なるほど…。」

次第に爆煙が晴れて、ここからでも状況が見えてきた。
今のはどっちが多く喰らった…?

『……やられたわ。』

『くくく…今回は駆逐のエースを連れてきたからな。なあ、秋月?』

『はい!!』

「……!?」

双眼鏡で海面を見ると、姉貴の陣の方に多くの残骸が浮いてる…あれは…!!

381 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 22:50:41.42 ID:lpIk7y0nO

『予想はしてたけど、思ったよりやられたねー。憲兵君、アレも駆逐艦の役目の一つさ。』

「撃墜されたって事ですか。」

『ああ。なかなかやるねー。』

『すまないが、そちらの翔鶴も知った仲なのでな。どれ程のものか喰ってみたくなったのさ。
__ちゃん!!瑞鳳!!そんな事では我々には勝てんぞ!!もっと本気で来い!!』

おいおい…まだ一発もぶっ放してねえのによく言うなぁ…。
だがあの二人の方を見ると、空気が異様に殺気立っていた。

『…翔鶴さん、絶対勝と?』

『……そうね、絶対に負けられない理由があるわ。』

『良い気合だ!でなければご褒美にはありつけんからな!!』


………ご褒美?


382 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 22:52:24.09 ID:lpIk7y0nO

『翔鶴さん、f○oってやってる?』

『少しならやってるわ。』

『アス○ルフォ君、いいよね…。』

『そうね……オトコノコプレイトカシタカッタ……でもやっぱり、現実的にはメイドよね。』

『…ナニイッテンノヨコロスワヨ……翔鶴さん、あなたは何も分かってないわ。そこはゴスロリでしょ。』


……待って、その会話は何?


『ふふふ…私は敢えての第六コスを推したいところだが、何にせよ、私に勝たねばそれらを得る事は出来ん。
さぁ!私を沈めてみせろ!!さすれば約束通りのものをくれてやる!!』

『……ええ、負けませんよ。』

『どちらかが長門さんを沈めれば…。』

『『__に好きな女装をさせる権利が手に入る!!』』

「おめえら何賭けてんだ馬鹿野郎おおおおおおおおっっっ!!!!!???」

横隔膜に激痛、直後に立ちくらみ。一瞬俺の前に波が立つ幻を見た。
この時、自分でもビビるぐらいの大声を出した事は、生涯忘れる日は無いだろう。

そして俺は思い出すのだ……この鎮守府は馬鹿だらけだと言う事実を。

383 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 22:54:43.19 ID:lpIk7y0nO

『へー…面白そうだねー。』

『提督、僕ってたまに男の娘扱いされちゃうんだ…でも、だったら本物と比べてみたいな…。』

『その…あたし的にはナースがOKかなって。』

『憲兵さんなら香取さんコスっぽい。ストッキングと長袖で体格誤魔化せるし、胸は詰めれば…』

『いえ、体格隠しならグラーフコスね。ドイツ艦のなら、男性でもサイズ差はそこまで…』

高まる結束力、迸る悪巧み。
自陣はもうダメだ!常識人…常識人はどこ!?あ、いたぁ!!

「陸奥さぁん!!何か言ってやってくださいよおおおお!!!」

『……ごめん。弟君の女装、ちょっと見たいかも…。
あ!でもちゃんと勝つ気でやるわよ!安心して!』

「フォローになってねえええええ……!!」

自陣を見る、明らかにオーラが違う。殺る気が違う。
夕立の魚雷が捉えたのは、向こうの駆逐…クリティカル!時雨は……空母沈めやがった…!
他の奴らも怒涛の快進撃…だが確実に、姉貴と陸奥さんだけを残す方向で進んでる…。

『……ふう、面白いじゃないか…そろそろ本気で行かせてもらおう!!』

『きゃっ!?』

『阿武隈さん!!』

『うう…やられた…。』

一発だと…!?
続く陸奥さんも、今度は夕立を潰した。素人目でも分かる…あの二人、ただもんじゃねえ。

384 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 22:58:42.73 ID:lpIk7y0nO

『数の優位など些事さ…問題は、一撃の正確性と殺傷力だ。ましてや耐久性ならば、そう易々とは負けん。
くくく…これで姉ちゃん頑張れコールが私の耳に…さぁ弟よ!!恥をかきたくなくば私を応援するのだ!!』

(ゴミを見るような目で親指を下に向ける憲兵)

『何故だぁぁあぁぁっ!?』

「てめえの胸に手ェ当てて感じろボケェ!!」

『……ならば、同じ戦艦はどうかしら?』

直後、一際でかい砲撃が聞こえる。
あいつは確か…ビスマルクか!!

『ふっ…いいだろう!!受けて立つ!!』

「なっ…!?」

弾を…撫でた…?

軌道を逸らされた弾は、明後日の方向に飛んで行く…。
一瞬の油断。姉貴はそれを見逃さず、逃げられない軌道でビスマルクに砲が向く。

だが、放たれたのはそれだけじゃなかった。

『…!?』

斜めからもう一発、今度は陸奥さんからの弾もビスマルクを狙う。
二つの砲撃はやがて重なるように線を描き…倍となった爆煙が、ビスマルクを包んだ。

『くっ……艤装停止、失格ね…。』

『私と陸奥を舐めないでもらおう。我々はコンビとなった時、真の強さを発揮する。』

『普段は私が世話係だけどね。』

『なっ…それを言うんじゃない!!』

『………僕を忘れてもらっては困るよ。』

385 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 23:00:16.39 ID:lpIk7y0nO

時雨!!

砲撃が姉貴達の方へ向くが、効いている気配は無い。
だが俺の位置からは見えていた…アレは…!!

『ふん…削る気か?だが微々たるものだな。』

『派手にやったね、煙で足元が見えないよ……お陰でお留守さ!!君達がね!』

『………!!』

時雨の足下からは、二発の遅い魚雷が姉貴達に向かっていた。
砲撃の最中、こっそり魚雷を放っていたらしい。

派手な水柱が上がる…どうなった!?


『貴様もお留守だぞ?』

『……!?』


ドウッ…と言う音と共に、時雨の小さな体が宙を舞った。
水柱ごとブチ抜く姉貴の弾が、時雨にとどめを刺したのだ。

『ふふ…失格か……後は任せたよ。』

自陣はづほと元カノ…最後は2対2の構図が出来上がっていた。
だが…時雨の狙いは、違う所にあったらしい。

386 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 23:01:54.11 ID:lpIk7y0nO

『ふふ、こちらのHPもあまり無いようだ。
良い仲間を持ったな……お前達を温存しつつ、こちらをある程度削っておく。
よほど弟の女装が見たいと見える…なかなかの好き者揃いのようだな。』

『ええ…故に勝たなきゃいけません。メイドの為に!』

『せっかく託してもらったからね…負けないよ!ゴスロリの為に!』


………夢中になってたけど、これ俺ピンチじゃね?


「陸奥さーん!!頑張って!!超頑張って!!」

『ええ…頑張るわ……でも、その……。

私、弟くんのOLとか見たいなって…。』


神様、あんたをブッ殺していいですか?

387 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 23:02:58.52 ID:lpIk7y0nO

『瑞鳳ちゃん、ヘアゴムって持ってる?』

『あるわよ…2本。』

『……一人勝ちは、無理そうね。』

『うん…だから共同プロデュースしよ?』

スピーカーから聞こえた不穏な言葉に、思わず双眼鏡を手に取った。
奴らの手元を見る…うん、各々持ってる矢を全部ヘアゴムで纏めて……え?それ引くの?マジで?
奴らは矢尻を豪快にわし掴み、ギリギリとその束を引いている…しかしその動きは、寸分違わずシンクロしていた。放つ瞬間さえも。

射抜く正確性なんぞ、もうどうでもいいのだろう。とりあえず姉貴らに向かえば、奴らの狙いは叶うらしい。
バズーカの如く飛んだ、二つの矢束。
そいつらは次々艦載機へと変化し…その瞬間だけ、太陽が隠れた。

空に広がる一陣の闇…ではなく、ムクドリの大群の如く空を覆い尽くすのは、ウジャウジャと飛ぶ艦載機の群れ…。
そいつらが一斉に攻撃を開始した時、スピーカーからポツリと姉貴の声が聞こえた。



『………嘘だろ。』



しかしこの瞬間、最も死を意識したのは俺だった。間違いなく。

388 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 23:04:17.82 ID:lpIk7y0nO

「ふふふ…女の子の歴史は偉大だよね!」

「ええ、メイクや体格を隠すテクニック……現代に生まれた事に感謝したくなるわ。」

いくら俺でも、艤装付きの女6人に囲まれたらひとたまりも無い。
無理矢理着替えさせられた挙句、手足を縛られ顔面を塗りたくられ、とどめにヅラを被せられた。

何処からかゴツいカメラ片手の駆逐艦が現れ、探照灯が熱いぐらい焚かれている。
ここは白壁の視聴覚室、だが机は全て退かされていた。

「……やばいね…ハァハァ……。」

「…….うん、やばいよ……ハァハァ……。」

ははは…人生で初めて、こんなに沢山頬染めた女の子に囲まれてるぜ…息荒いけど。
ああ、タイツって窮屈だし、つけまって超パサパサする…女の子って大変だね。


……今俺は、ゴスロリメイドになっている。


389 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 23:06:30.35 ID:lpIk7y0nO

「ほう…見学に行かせたら、性別が変わって帰って来たか。意外と似合うものだな…。」

「……こいつら全員、憲兵への暴行罪でしょっぴいていいですかね?」

「すまないが貴様が諦めた時点で、立件不可だ。」

「ですよねー…。」

もはや心は折れ、されるがまま。
時よ早く過ぎ去れ…ついでに俺の記憶も。

「……くくく、悪くないな。お前の6歳頃なら至高中の至高なのだが。」

「クソ姉貴、鼻血を拭け。
お前ビッグセブンじゃねえよ、バカのナンバーワンでオンリーワンだよ。」

「そんなに褒めるなよ照れるじゃないか!」

「耳鼻科行ってこい!!」

「ふふふ、せっかく可愛く仕上がったんだから、目くじら立てないの。」

「そうだよ。あ、磯波ちゃん、スリーショットお願いしていい?」

もうどうにでもなりやがれ。
両サイドにはづほと元カノ…腕をがっしり掴まれた俺は、全てをかなぐり捨てた笑みを浮かべていた。

「良いショット撮れましたよ。ほら。」

…まぁ、少なくともこいつらはいい笑顔してんじゃねえの?
これが見れたんなら、ズタズタになったプライドも少しは報われる。そう思わないとやってられない。

……尚、自分で見ても似合ってたのが、物凄く悲しかったりした。
俺、強い男になりたいんだけどなぁ…あはは…。

390 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 23:08:53.36 ID:lpIk7y0nO

「……__ちゃん、随分立派になったものだな。あの戦法は、アレで実戦でも使えるぞ?」

「反則負けだったけどな、演習自体は。」

この日演習組は、寮の空き部屋に泊まりだった。
姉貴に呼び出された俺は、久々にまったりと話をしている。

「……でもよ、実戦だとアレ、全部実弾って事だろ?
そう思うと、皆すげえ事してんだなって思ったよ。」

「防御壁はあるが、確かに痛みは演習の比ではないな。命の危険もある。
…だが、戦いと言うのはそう言うものさ。それでもこんな風に馬鹿の出来る日常がある限り、私達は戦える。それを守る為ならな。」

「……毎日仕事でヒーコラ言ってるけどよ、アレ見ると何か情けなくなっちまうぜ。すげえよ、姉貴達は。」

「私の誇りさ…でもな、お前も立派に戦っている。一度陸に上がってしまえば、日常の守護を預けられるのはお前達だからな。

二人から聞いたよ…瑞鳳を誘拐から助けたそうだな。
それ以外でもお前の方が、よほど危険に身を突っ込んでいる。今まで何度犯罪者の逮捕に協力した?
もし反撃を受けていたら、死んでいた可能性はお前の方が高かったぐらいじゃないか?生身である以上はな。

大丈夫だ、お前は立派にやっているよ。」

「……姉貴。」

普段ならブッ飛ばしてる所だが、何でかこの時ばかりは頭を撫でる手を払い除ける気にはならなかった。
……ガキの時を思い出すな。結局、腐っても姉貴か。

「……だが、無茶はするなよ。誘拐の話を聞いた時、気が気では無かったぞ。」

「ああ、気を付ける。
でも…いざって時は命賭けるぜ?何てったって憲兵さんだからな。」

「ふっ……大きくなったものだな。」

姉弟水入らず、たまにはこんなのも悪くない。
その後は眠くなるまで、実家の頃みたいに話をしていたもんだった。

391 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 23:10:07.18 ID:lpIk7y0nO




「…磯波ぃ、頼んでたの出来た?」

「うん。憲兵長と憲兵さんのツーショット。」

「ふふ……良いねえ、インスピレーション湧きまくりだよぉ。
あー……捗るわぁ……。」



……暗い廊下で起こっていた、腐敗臭漂う不穏な動きに気付かないでな。



392 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/25(土) 23:11:25.21 ID:lpIk7y0nO
今回はこれにて。
先生、進捗どうですか。的な次回はまたいずれ。
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/25(土) 23:44:16.84 ID:D7hsjiukO
乙。憲兵君、割と女顔なのかw
細マッチョな坊主をイメージしてたから少し意外だったな。
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/26(日) 00:04:28.73 ID:aHX/rnino
愚腐腐腐
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/26(日) 02:07:47.82 ID:9Us6Rm5L0
一体なに雲さんなんだ…
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/26(日) 07:04:49.91 ID:zQ8IaD1z0
秋なんとかさんを疑うのはそこまでだ!
397 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 05:52:21.15 ID:c/bLVADwO

軍人あるある…と言うか、男所帯あるあるなんだが、そう言う場所は色々不透明な話が湧く事はある。
それこそ男子校だとか、男臭いイメージな競技の部活とか。

艦娘制定以降そんなイメージも薄くなった気はするが、そいつはあくまで当事者たる海軍の一部だけの話。
俺が軍学校の頃はやっぱり噂もあったし、何なら実際にぶち当たった事もある。

憲兵隊は陸の扱いだ。
そして艦娘に纏わる組織は海軍で、女所帯なわけだ。

実態とパブリックイメージ。
この辺の乖離を、俺はある件で感じる事となるのである。

398 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 05:54:09.02 ID:c/bLVADwO





第17話・思春の花はラフレシア




399 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 05:55:07.18 ID:c/bLVADwO

「〜〜〜。」

「〜!〜!」

ある日の昼休憩、俺は中庭でぼーっとしていた。

いくつかベンチがあるのだけれど、この時間は皆思い思いに会話に花を咲かせている。
だが食後の眠気にウトウトしてた俺は、そんな会話もちゃんとは聞こえていなかった。

「あら、珍しいわね。」

「…ああ、天気良いからな。」

そこにふらりと元カノが現れ、しれっと隣に座った。
うーん、寝る程時間ねえな…ひとまずこいつと話して誤魔化すか。

「この後は詰所?」

「事務作業だな。飯食った後はちょっとキツいぜ……くぁ…。」

だめだ、やっぱ眠い…。
うつらうつらとした頭の中、周りの話し声が聞こえてくる。

「……イサン……ホ…。」

ポツポツと耳に飛び込む声も、眠りを誘うばかり……と思いきや。

「………っ!?」

突然走った強烈な悪寒に、俺は一瞬で目を覚ました。

400 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 05:57:05.19 ID:c/bLVADwO

「……ど、どうした……?」

ゾワっとする感覚の発生源は、隣に座ってた元カノ。
口元は微笑んじゃいるが…目はカッと見開かれている。
怒ってる……?いや、でもこのパターンは見た事ない。一体何だと思案している内に、あいつは口を開いた。

「ねえ……あなた、憲兵長と噂になってるわよ?」

「………は?」

「ちょっと『お話』してくるわね…。」

「あ、おい!」

元カノはつかつかと話してる子達の方へ近付き、何やら色々聞き出してるようだ。
あ、あの子らだんだん顔が真っ青に……そう思ってすぐ、あいつはこっちに戻って来た。

「……な、何の話?」

「妄想って怖いわね…あなたが痔になった辺りから、憲兵長と何かあったんじゃないかって話がちらほら出てたみたい。」

「待て…何かって、何?」

「うん、その…ホモ疑惑よ。」

「……はい?」

この時ショック以上に、クエスチョンマークで頭が埋まった。
俺らの何処にそんな要素があるんだと。いつも殴り合いしてるし。

401 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 05:59:06.57 ID:c/bLVADwO

「……憲兵長、磯風ちゃんとよく似てるわよね。あの子を短髪な大人の男に変換したって感じで。」

「従兄弟だからな…まずあいつの親父さんと叔母さんが瓜二つらしい。」

「それで眼鏡に憲兵の制服じゃない?」

「そうだな。」

「…言われてみればBLに出て来そうって納得しちゃったわ。憲兵長には悪いけど。
やっぱり陸って多いのかな…って言ってたわよ。」

「…ああ、確かにいそう…。」

眼鏡と、今や名物幽霊と化したあきつ丸が本来どういう関係だったかは、実はあの件の関係者以外知らない。
あいつも実際に行動は起こさないタイプの変態……なるほど、本性知らねえ奴には、せいぜい顔のいい変人程度の認識か。

「世の中にはね、色んな趣味の人がいるわ。
そう言う噂の種は、元を辿ればそうであって欲しいって言う願望が多いもの。

でも……あなたにもあらぬ疑いが掛かるのは、捨て置けないわね。」

「……待て、弓は使うなよ?」

「ふふ、大丈夫よ、噂の元を探して『お話』するだけだから…。

ね?」

あ、これすげえキレてる。

こっちもあらぬ噂は迷惑だが、それよりもこいつに釘を刺す方が先だ。
うっかり元を見つけようもんなら、出動案件になる気しかしない。

でも噂の元ねぇ、見つからねえ気もするけど…。
まぁ、ほっときゃ皆すぐ飽きると思うがな。火が無い以上は、煙は立たねえってもんだ。

そうだ…この時俺は、認識が甘かった。
火のない所でも、ガソリン掛ければどこでも燃える。そんな当たり前の事を見過ごしてしいたのだから。

402 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:00:05.93 ID:c/bLVADwO

午後、いつものように鎮守府内を見回ってると、廊下であるものを見付けた。

USBメモリ?落し物かね…。
後で落し物の報せでも出そうと、ひとまずそいつを詰所に持って帰ったんだ。

軍内って特色上、落し物は中身を確認しなきゃならない。
情報漏洩や風紀管理の関係で、拾ったらチェックが義務化されちまってるからだ。

正直俺は、この手のチェックが好きじゃない。
誰にだって秘密の一つや二つはある。前ん所で財布拾って、風俗の名刺入ってた時はいたたまれなくなったもんだ。持ち主は整備さんだった。
メモリかぁ…それこそ海での水着姿やら、女子会の動画やら入ってたらどうしよう。
女の子だけの秘密に割って入っちまうようで、何とも嫌ーな気分になる。

はぁ……しかし手掛かりが無い以上、中身を見るしかない。
PCにそいつを突っ込み、表示されたファイルを見た。

ん?サンプル.zip?
そいつを解凍してみると、何やら複数の画像。その中の一枚目をクリックした時……

俺は、開けてはいけない扉を開いたと気付いた。

403 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:02:46.47 ID:c/bLVADwO


「どうした?そんなに固まって……これは…!?」


眼鏡が覗きに来たが、恐らくこいつが一番面喰らったであろう。

漫画的に美化されているが、身近な奴からすると一発で分かるぐらい眼鏡がモチーフのキャラクター。
その対面、眼鏡と熱い視線を交わしているのは……同じく漫画調にアレンジされた…。

「……貴様に似ているな。」

「ええ…で、対面のはあんたにそっくりですね。」

恐る恐る、次の画像を開く。
次も開く。開く、開く、開く……。

開いて……あは、あははは……。

「憲兵長…。」

「ああ……間違いなく…。」

「「ホモだこれえええええっ!!!??」」

思わずハモっちまったよ。
何つーかこう、組んず解れつどったんばったん大騒ぎ。ケダモノなお友達って感じだ。
め、目眩がして来やがった…ついでに刺激もねえのにケツが痛えのは何でだろう。

404 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:03:58.93 ID:c/bLVADwO

「おい、まだ意識を飛ばすな。」

「ひいっ!?」

肩に触れられた瞬間、思わず悪寒が走った。
ダメだ、完全にディスプレイからトラウマ貰ってる。
だが眼鏡はまじまじと画面を見て、何やら納得した様子だ。

「ふむ……この絵柄は見た事があるな。あいつか。」

「……は、犯人に心当たりが?」

「ああ。あいつもこう言うのを描くとはな…少し訪ねてみるか。」

405 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:05:21.08 ID:c/bLVADwO

俺達は寮に行き、眼鏡の案内のままにそいつの部屋を訪ねた。
しかし返事は無い。どうやらいないらしい。

「ふむ…今日は休暇か。さて、何処にいるのやら。」

「何者なんですか?」

「絵の得意な駆逐艦でな、趣味で同人活動をやっている。
ただ、一度それ絡みで灸を据えた事もある。」

「……何やらかしたんですか?」

「奴は身近な人間からインスピレーションを得るクチでな。作品自体はオリジナルだが、キャラクターのモデルが僚艦だったのさ。因みにレズ物だ。
それで名誉とプライバシーに関わると言う点で灸を据えたのさ。」

「……で、その毒牙が俺らに向いたと。」

「ああ。その件以降は、既存のアニメや漫画の二次創作で収めていたのだがな…。」

ドアの前でげんなりしていると、ちょんちょんと脛をつつく感触がした。
足元を見ると、浮き輪モードのあきつ丸がタブレットを掲げている。

『よければ手伝うのでありますよ。』

「アキ…すまない、頼めるか?」

『了解であります。霊体で動くので、キョウは浮き輪とタブを預かって欲しいのであります。
__は自分と一緒に動くのでありますよ。』

「分かった、頼んだぞ。」

406 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:06:55.38 ID:c/bLVADwO


“……実際どうすんだ?”

“幽霊には、霊気の残り香が分かるのであります。さっき覚えたので、そいつを辿れば…。”

“いやぁ、目の当たりにするとサブイボ止まんねえよ……お、俺が眼鏡に…。”

“全く、腹の立つ事でありますなぁ…あの後自分もデータを見ましたが、居ても立っても居られず駆け付けたのであります。”

“やっぱムカつくか、あいつがああ言うネタにされると。”

“ええ……作者は何も分かっておりませぬ!キョウは受けでありましょう!!”

「おめーもかこの野郎!!」

思わず声出して突っ込んじまったよ。
あーそうだ、こいつは何でも行ける変態だった…!

407 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:08:06.29 ID:c/bLVADwO

“むっ!あちらから匂うのであります!!”

“あ、待て!”

あきつ丸は壁をすり抜けて何処かへ。
おいおい、参ったな…見付けても霊感ない奴相手じゃ…。

「ぎゃああああああっ!!??」

悲鳴!?

叫び声のした方に走ると、そこは視聴覚室。
中は真っ暗だが、電気を点けてみると…。

「け、憲兵さぁん!!」

「おわっ!?」

明るくなった瞬間、腹の辺りに誰か突っ込んで来た。
またガタガタ震えてんな…すると頭の中に、あきつ丸の声がした。

“ちょっとスマホに取り憑かせてもらったのであります。犯人はこの子のようですなぁ。”

“こいつが…。”

「……お前、確か秋雲って言ったな?」

「うん!!ス、スマホに幽霊が…!!」

「………丁度いい、お前を探してたんだよ。」

「………へ?」
408 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:10:16.31 ID:c/bLVADwO

「………さて、貴様がここに連れて来られた理由は分かるな?」

「………。」

詰所に秋雲を連れて行き、俺らは尋問を始めた。
さて、どう言う経緯でああなったのか…。

「懲りずにまた身近な所、それも私達に手を出すとは…今度の灸は、少々熱くなるぞ?」

「…秋雲さんねぇ、男描けるようになりたいんだよねー。」

「男?」

「うん。やっぱ女の子ばっか描いても幅広がらないからさぁ。
どんなジャンルもドンと来いって精神としては、そろそろBLにも進出しようかな…ってね。」

「……で、何故私達なのだ?それこそ二次創作で済む話だと思うのだが。」

「……そりゃああんた達、噂になってたからさ。」

「噂?」

「憲兵さんが痔主になった頃から、ホモ説が囁かれ始めたんだよ。それでこないだの女装の件があったっしょ?
アレ見た時こう、インスピレーション来た!って…いやぁ、捗ったよねぇ。」

「自重しろ。」

「いったっ!?もう、ゲンコツしなくてもいいじゃんかぁー。」

「ふむ…出所はこいつでも無いか。では、貴様が着想を得たのはその噂からと言う事でいいな?誰から聞いた?」

「__、いる?さっきの噂の元を連れて来たわ。」

「__…。」

詰所に入って来たのは元カノ…で、申し訳なさげに手を引かれて来たのは…。

「……磯波!?」

こないだの件でカメラマンをやってた子だ。
えぇ…こんな大人しそうな子が?
409 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:13:13.26 ID:c/bLVADwO

「さて、磯波ちゃん…どうしてそんな噂を立てたのかしら?」

「……その…私、提督に憲兵長へお使い頼まれて、たまたま見ちゃったんです…。
憲兵さんと憲兵長が……うう…キ、キスする所!」


あ の 時 か ! !


「どう言う事だ…?そのような事は……あ。

……ウボェアアアアアアアアアッッッ!!!!」

「憲兵長!?どうしたのさ!?」

ああ、思い出しちまったか……。
眼鏡はゴミ箱掴んで盛大に吐き始め、秋雲はその背中をさする地獄絵図。
で、ぽっと頬を赤くする磯波を尻目に、その隣からは新たな地獄の波動が放たれていた。

410 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:14:25.85 ID:c/bLVADwO

「ふふ……ふふふふふ………そう、そうだったのね…。」

「…待て、話せば分かる。俺は取り憑かれてただけだ。」

「大丈夫よ…男ばかりの軍学校で壊れちゃったのよね?私が『戻して』あげるから…。
だからちょっと、縛っても良い?」

「…元カノ逆レ物!!閃いた!!」

「おめーは自重しろ!!」

泣いてんのに何だこの殺気は…!!ダメだこれ…性的にどうこうどころか命のやり取りの話になる!
こいつは話聞かせるまでが大変なんだよ…どうする?どうするよ俺!?

「きゃっ!?」

その時、元カノに飛びかかる赤いものが見えた。
このフォルムは…!!

「あきつ丸!!」

『翔鶴殿、やめるのであります。アレは自分が原因なのでありますよ。』

「あなたが……?」

『キョウ、話していいでありますか?』

「げほっ……ああ、この際仕方あるまい…。」

411 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:16:29.04 ID:c/bLVADwO

「そんな事が…。」

「……グスッ…憲兵長…。」

「あきつ丸……いや、アキと私は本来そう言う関係だったのさ。その時アキが、こいつの体を借りたんだ。
ああ…でも私もその瞬間は今思い出した……ウプ…ひ、秘密にしてもらえると、助かる…オェツ…。」

あきつ丸が間に入ってくれた事で、何とか事態は沈静化した。
はぁ…犠牲は眼鏡の胃だけで済んだか。しかし見られてたとはな…。

「ごめんなさい!そんな事とは知らないで…。」

「ああ、まぁ何も知らなきゃそうなるな…。」

なるほどね、あの撮影でやたら頬染めてたのはそう言う事か…この際だ、噂流した件についちゃ不問にしてやろう。刺激強かったろうしな。

………ところで、一番の問題は…。

412 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:18:03.91 ID:c/bLVADwO

「……秋雲ぉ…。」

「………っ!!」

「さーて…あの漫画見た限りじゃ、人に見せる気満々だったっぽいな?」

「ご、ごめん!!アレはやり過ぎたよぉ!!
でも、まだ磯波しか見てない!!今なら取り返し付くって!」

「このUSBのを渡すつもりだったのか?」

「いや、それは違うよ?バックアップをUSBに入れて持ち歩いてるんだ。落とす前に視聴覚室にいたから、それであの時探してたの。
磯波には最初に見せるって約束して、アップローダーのURLを…。」

「……秋雲ちゃん、来てないよ。」

「「……へ?」」

「………秋雲、お前それ何で送った?」

「LINEだね…確か出来てすぐの徹夜…ああっ!?」

「誰だ!?誰んとこ誤爆した!?」

「待って!!今確認するから!!」


『HN:お淀』


「………もう一回見ていい?」

「………うん。」



『HN:お淀』



413 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:19:35.88 ID:c/bLVADwO

「……どうすんだおめえええええ!!!!???」

「ごめんよおおおおおおおお!!!」

「ふふふ……もうこうなっては止められまい…。
大淀君は、楽しそうな事なら私や提督にすら容赦しないからな…。

……秋雲。貴様、男を描けるようになりたいと言ったな?」

「う、うん…言ったねぇ。」

「……ならば『漢』しか描けなくしてやろう!!」

「ひっ!?待って!!お助けえええぇ!!」

あー…あいつ終わったな…。

秋雲をずるずると引きずり、眼鏡は何処かへ消えてしまった。
はぁ……なんか疲れた。取り敢えずこいつら外出すか、詰所ん中ゲロくせえし。

「はーい解散ー…もう帰るか…。」

「ええ…色々とすいませんでした。」

『ゲロは自分が片付けておくのであります。
全く、中身は自分だったのにひどいでありますなぁ。』

「ごめん、頼むわ…詰所は俺が鍵掛けとく。」

ドタバタ騒いでる内に、今日の終業時刻はとっくに過ぎていた。
磯波も帰したし、俺ももう帰っかな…。

414 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:21:38.34 ID:c/bLVADwO

「……少し、そこに座って行かない?」

「どうした?」

気分でも悪くなったのかと、俺は誘われるままにあいつとベンチに座った。
メシ時の今は、どうやら俺らしかいないらしい。

上を見ると、月がぽっかりと。
風が吹いてるが、前より少しじっとりした気もする。

そんな風を浴びた時、そこに乗ってこいつの匂いがした。

「……ったく、ひでえ目に遭ったぜ…まだ解決してねえけどよ。」

「妄想の捗るお年頃って言っちゃえば、それまでかもしれないけどね…でも漫画はやりすぎよ。ましてやあなたがモデルで…。」

「……そう言えば昔、お前の部屋にレディコミがあったな。」

「えっ!?知ってたの!?」

「背表紙がモロだったんだよ。」

「うう…ばか。」

……へへ、久々に一本取ってやったぜ。
こいつの真っ赤な顔なんて、再会してから初めて見たな。

415 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:22:46.10 ID:c/bLVADwO

後は気分が落ち着くまで、本当に他愛もない話をしてた。
同級生や先生が今どうしてるかとか、俺の軍学校の頃の話とか。
それでひとしきり話をして、そろそろ帰るかと立ち上がろうとした時だ。

きゅっと、手を掴まれたのは。

「うん、暖かいわね。生きてる。」

「…当たり前だっての。」

「…無茶はしないでね?」

「艦娘に心配される程、危険と生活してねえよ。大丈夫だって。」

「……うん。」

……あきつ丸の話が、効いちまったかな。

別れてる以上、そんな義理はねぇ。
だから自分でもバカだとは思うんだが……目の前で不安に駆られてる奴を放っとく事は、出来なかった。
416 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:23:31.34 ID:c/bLVADwO

「………!!」

「俺もお前も、それに皆も。そう簡単に死ぬタマじゃねえよ。大丈夫さ。」

「……うん!!」

手を握り返して、笑うだけ。
自分で振った女相手に出来る事なんて、それぐらいのもんだった。

「じゃあな。」

「うん…また明日。」

寮に入って廊下を歩くと、珍しく誰もいない。

梅雨時とは言え、夜は廊下も少し肌寒い。
2時間寝て、風呂でも入るか…部屋に入って着替えると、俺はすぐにベッドに入った。

何か忘れてる気がすんなぁ…まあ、今はまず仮眠だ。
被りたての布団はまだ冷たくて、体温が馴染むには少し掛かる。


そんな中、手だけは妙に暖かかった。


417 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:28:11.58 ID:c/bLVADwO

「おはようございます。」

「ああ、おはよう。」

「なんか眠そうですね?」

「ん?昨日は空き部屋を借りたからな。慣れないベッドのせいだろう。」

「……あ!!そう言えば秋雲どうなりました?」

「…私の部屋に監禁したよ、『漢』を学ばせる為にな。
今夜の夕方までは出さん。提督も許可済みだ。」

「……漢?」

「これでも漫画集めが趣味でな…私の蔵書を24時間読むのを罰にした。
『刃○』シリーズ、『原○夫』や『山口○由』作品全巻…全部読むまで帰れま10と言う奴だ。」

「………ああ、確かに漢ですね…。」

迸る血と汗の方でな。

その後部屋から出てきた秋雲は、眉毛が気持ち太くなっていた。
あと、何か輪郭が変わった気もする。

この年の夏、秋雲は有明には行けなかったと言う。
しばらく何を描いても筋骨隆々な漢しか描けず、再び所謂萌え絵を描けるようになったのは、9月になってからだったそうだ。

尚、あの漫画はお淀のせいでしっかり広まっていた事も付け加えておく。

お陰で磯波が目覚めました。

418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/31(金) 06:32:53.70 ID:LNEdjPAA0
吹雪型のエロ担当自重しろw
419 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:35:47.89 ID:c/bLVADwO
登場人物その1

・憲兵

2年目の若手、翔鶴の元カレ。
正義感溢れる青年だが、それが災いし唯一のツッコミ枠と化しつつある。お人好しゆえ甘さも強いが、たまに腹黒い。
異動先で元カノの翔鶴と再会し、そこから彼の憲兵生活は波乱を迎えた。

空手の段と霊感持ち。
細マッチョだが本来は女顔の為、メイクをすると化ける。結果皆のオモチャと化した。
様々な苦難の末痔を患い、現在治療中。
別鎮守府の長門は実姉。彼のツッコミのルーツである。

好きなタイプは、落ち着きのある美人。

・翔鶴

憲兵の元カノ。
憲兵と別れてからも想い続けた末、再会後はストーカーと化す。ただし憲兵が絡まなければ大人しく優しい性格。
天然かつどこか常識がズレている所があり、その結果天然のヤンデレと化している。別れた原因はそこにあるようだが…。

艦娘としては優秀。
憲兵の異動を知った際、弓道場に籠り続けた為更に腕を上げたらしい。

憲兵に執着する一方、妹属性を持つ女の子には(間違った方向の)姉力を発揮する場面がある。
その結果、憲兵からは『シスコンかつロリコン 』と言われてしまう。
お酒は朝まで飲めるそうだが、誰も本当に酔っている場面を見た事が無いらしい。

・瑞鳳

元は憲兵が最初に赴任した鎮守府の艦娘。後に同じ鎮守府へ異動。
憲兵とは非常に仲が良く、無二の親友と言える関係。
憲兵に好意を抱いているが、あまりに打ち解け過ぎている為、逆に異性と認識してもらえずにいる。

お酒好きだが、少々酒癖が悪い。特に悪酔いした時は通称ヅホラとなり、おっぱい大好き下ネタ全開のおっさん怪獣になる。
尚、決して酔った彼女に料理をさせてはいけない。ケツが死ぬ。

小柄な容姿にコンプレックスがある為、彼女をロリ扱いした者には死が訪れる。

420 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/31(金) 06:37:57.95 ID:c/bLVADwO
今回はこれにて。
登場人物が増えてきたので、そちらも少しずつまとめて行きます。
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/31(金) 08:43:01.02 ID:6UzMbpHcO
おつおつ。オータムクラウド先生、新刊落としたんですか……
422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/31(金) 09:45:26.79 ID:otYcjvt5O
風花「副作用には気をつけて下さいね!…シモッチって何かしら?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1530920009/
茜「不屈の魂、夢ではありません!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1531525117/
摩美々「まみみのホーム・アローン、始まるよー」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1533339190/
のり子「青コーナー、キィィングティィレッスルゥゥゥ!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1533946743/
里美「お、お兄様…?里美はここにいますよ〜?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1535154609/
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/31(金) 11:00:48.29 ID:uIPJcF9vO
おつ
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/31(金) 22:30:14.83 ID:DY0IpkFp0
425 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 06:54:03.96 ID:32CvxAXoO

「199…200……っと。」

仕事後余裕がある日は、いつも飯の前に部屋で筋トレだ。体が資本だから、こいつはなるべく欠かせない。
そこからシャワー浴びて食堂に行くのがお決まりなんだが、ここである事を思い出す。

“そう言や明日休みか、ゆっくり出来るな…”

それが頭をよぎった時、俺の中にある衝動が湧いてきた。

「せっかくだし飲みてえな…。」

汗もかいたし、腹も減った。ビールが俺を呼んでる気がする。
そう思っていたら、ちょうど携帯が鳴った。


『暇だったらでいいんだけど、飲み行かない?明日休みなんだ。』


……外泊申請、まだ間に合うかな。



426 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 06:56:05.39 ID:32CvxAXoO






第18話・変わらないもの





427 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 06:57:54.94 ID:32CvxAXoO

「うーす、お疲れー。」

「お疲れ様ー。」

正門前に出れば、さっきの連絡の主がいた。
まぁ言わずもがな、づほなんだけど。

お互いこっちに来てそんなに経ってないが、俺の方が先な分、多少は街の知識も増えた。
そんな事を見越してか、新規開拓したい!とづほに呼び出された訳。

「あっちのマンションの方?」

「そう。そこからバス出てるから。」

ここから街に出るのに手っ取り早いのは、路線バスだ。
最寄りのマンション群のとこから出てて、そいつに乗れば市街地。
提督の家も確かこの辺だよな…あ、時雨だ。

「今通ったの、時雨ちゃんよね?」

「たまに飯作りに行ってるらしいぜ?
練習とか言ってるが、提督の手綱握りに行ってるのが正解だろうな。家入れてもらえるようになったみたいだし。」

「あー、また他の女においたしないようにだ?ふふ、可愛いじゃん。
でも良いなぁ…私もご飯作る相手とかいればなー。」

「相手作っても、激辛はやめてやれよ?」

「やりませんよーだ。__もご飯作ってくれる子見付けなよ。」

「余計なお世話だっての。」

場所が変わっても、こいつとサシの時は何も変わんねえな。
いつも通りの他愛も無いやり取りで、バスへと乗り込んだ。

428 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 06:59:30.33 ID:32CvxAXoO


「「かんぱーい。」」


前から気になってた店に来たが、こりゃ当たりだ。
づほも気に入ったらしく、随分と機嫌が良い。飲み過ぎたら止めるけど。

「少しは慣れたか?」

「こっち?うん、思ってたよりは馴染めたかなーって感じ。」

「そりゃ良かった。」

焼き鳥食いつつ、グダグダと会話は進む。
気を遣わないでいい関係だし、正直異性と飲んでるって感覚は無かったり。
でもそれが、俺とこいつが親友たる所以でもある。

あ、卵焼きもうめえ。

「ふむふむ、このダシは…。」

「お、研究家モード?」

「卵焼きは一番好きだもん、拘っちゃうよね。」

「づほの確かに美味えもんな。磯風もお前の爪の垢飲んで欲しいぐらいだぜ…。」

「えへへ…でもあの子、そんなにヤバいの?」

「俺がケツ悪くしたの、あいつのマカロンがきっかけ。『いそかぜ』の名は伊達じゃねえな…ありゃGUSOHだわ。」

「あ!トイレの件だ!」

「そ。思えば俺の健康運、あそこから下降の一途だぜ…。」

……トドメはづほのロシアン卵焼きだったのは、敢えて黙っておく。
あ、そろそろ次頼むか。づほも空いてるし。

「づほも酒頼む?」

「あ!ちょっと待って。今日はねー…。」

いつもは3杯目までビールなのに、珍しい事もあるもんだ。
メニューとしばらくにらめっこして、ようやく次を決めたらしい。

429 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:00:43.79 ID:32CvxAXoO

「じゃあ私マッコリで!」

「珍しいな、どうしたよ?」

「たまには他のお酒試そうかなってね。」

「おいおい、後で暴れんなよ?」

「大丈夫よ、酔わない酔わない。せっかくだし一緒に飲も?ボトル入れて。」

「まぁいいけどよ。じゃ、店員さん呼ぶか。」

それから追加も飲み始めて、お互い良い感じに酔って来た時だった。

「そう言えば、もう知り合って一年経ったんだねぇ。」

「言われてみりゃそうだな。早えもんだ。」

「で、君は先に異動したわけだけど。こっちで狙ってる子とかできた?」

「いや…さすがに地雷原でバタフライするような真似はしねえ。
それに、未だにちゃんとは知らねえ奴もいるぐらいだぜ?」

「…ふーん、翔鶴さんで頭いっぱいだもんね。」

「おいおい…あいつで頭パンクしたのは違う意味でだよ。
だから相変わらずだな、特に何が起こるでも無しって所さ。春とか来る気しねえ。
それ訊いて来るづほはどうなんだよ?最近。」

「私?相変わらずよ。あーあ、どこかにいい人落ちてないかなあ。」

「お前だったら大体の奴落ちるだろ、卵焼き出せば一発じゃねえか?」

「だから焼く相手がいないんだってばー。」

俺はともかく、こいつは引く手数多な気もするんだけどなぁ。酒癖はちょっとアレだけど…。
俺も元カノ以降誰とも出会わなかったって訳じゃねえが、結局何もなかったしな。そのまま今に至るだ。

430 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:02:02.40 ID:32CvxAXoO

「……モテ期、人生で3度あるって言うよな。」

「1度目は翔鶴さんでしょ?じゃああと2回だ。」

「あー…まぁ、高校の時は確かにあったかも。1回あいつ以外の子に、告白されたな。」

「翔鶴さんの前?」

「いや、後。だからすぐ断った。」

「軍学校は何も無かったんだっけ?」

「俺らの世代は確かに女の子増えてたけど、無かったな。
“ちょっと見た目のバランス悪いかなー”って囁かれてたの聞いたし…。」

「ま、まぁ気にしない気にしない。」

背もでかい方にはなれたし、体も頑張って細マッチョって自負できるぐらいまで持ってったけど…女顔は『多少』厳つくなれたってぐらい。ガタイとツラが合ってねえのは自覚ある。
ああ、こないだの女装の辛さを思い出してきた…。

「……そう言えばよ、こないだのマジ恥ずかしかったぞ、こんにゃろう。」

「ん?ゴスロリメイド?
えー?すっごい可愛かったじゃん!ほら!」

「ぶっ!?待ち受けにしてんじゃねえよ!」

「あはは、盛れてるでしょ?これから夏祭りやクリスマスとイベント毎に…どう?」

「ぜってーやんねぇ。」

「ちぇー、いけずぅ。」

断固拒否。スカートなんぞ二度と履きたくねえ。
しかしどうなるもんかと思ったが、マッコリはづほと相性良いらしい。
良い感じにほろ酔い、今の所はヅホラ覚醒とは至らずだ。

「でさー。」

「何?」

「……どうして翔鶴さんと別れたんだっけ?」

「昔言ったろ?行動が過激で持たなくなったって。」

「それはね。聞きたいのはそこに至るプロセス。」

「………笑わない?」

「大丈夫。」

ああ…確かに何考えてたかまでは、づほにも話してなかったな。
今思うと、自過剰だなーって思うんだけど…まぁ、過ぎた事か。

431 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:07:06.25 ID:32CvxAXoO
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432 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:08:23.28 ID:32CvxAXoO
「…お互い様ね、__も相当悪いけど。」

「返す言葉もねえよ…再会してからはビビりっぱなしだし。
冷めたらこうも苦手になるかって、最近自分でも思ったな。

振り切るのに結構掛かったけど、今となっちゃあれで良かったのかな?ってな。
あいつはもっとこう…気を遣える奴の方が合うんだよ、きっと。ちゃんとあいつの事考えて人間関係こなせる奴って言うかさ。」

「例えば妻帯者の意識を持って人と接し、なるべくまっすぐ帰ってくる旦那さん。」

「そう、そんな感じの。」

「でもそれは誰でもそうだよー。
まぁいいんじゃない?分け隔てないのが君の良いとこでもあるんだし。
君に浮気心無かったんだし、そこは価値観の違いって事でさ。気にし過ぎない方が良いって。」

「……ありがとよ。ちょっとは報われるぜ。」

「自意識はもうちょっと持つべきだけどね。」

「んっ!!返す言葉もございません…。」

「はいはい、じゃあ呑んで昔の女は忘れちゃおうねー。」

「おい、表面張力まで注ぐなよ…。」
433 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:09:20.65 ID:32CvxAXoO

…で、明け方の現在。づほは俺の背中に絶賛フェイスハガー中。
後から酒が効いてきたらしく、「おぶれ…おぶるんだ……」と死にそうな声でしがみ付いて来た。

鎮守府までの近道を調べると、住宅地を突っ切る形。
ちっこい子泣き空母を背に歩いてると、目の前に橋が見えてきた。

へぇ…良い所あるんだな…でっけえ川だ。

「……懐かしいね。」

「初めて来たけど?」

「ほら、前のとこにも川あったじゃない?漫喫の時。」

「あー、あったなそんな事。ピアスの時だ。」

「そう、元カレにもらったやつ。あの時もこんな感じだったよね。」

漫喫事件の後、こんな感じの川で一息入れててな。
そしたらづほがピアス外して、「ありがとう!!ばっきゃろー!!」って叫んでぶん投げたんだよ。

……で、その勢いで俺の肩にゲロったっけ。

「……アレは大分助かったわ。優しいのを気に病む事なんて無いって。」

「そう言ってもらえりゃ助かるぜ…しかし、まさか未だにお前とつるんでるとはなぁ。」

「人の縁なんてそんなものよ。」

「だな、親友。でもそろそろ酒減らせよ?太るぜ?」

「善処しまーす…でもカロリーは確かに…うぷ。」

「だからって今入れた分出すなよ!?」
434 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:10:19.76 ID:32CvxAXoO

その後寮に帰って、そのままづほと別れた。
たまに朝陽浴びながら寝ると、気持ちいいんだよなぁ…良い酒だった。

さて、愛しの我が部屋へ、っと……ん?


「すぅ……すぅ……。」


…………何でこのタイミングかなぁ。

合鍵持たれちゃいるが、侵入された事は片手で足りる程度だ。特に最近はすっかり油断してた。
よりにもよって今かよ…さっさと寝たいんだけど…。

「もしもーし…こら、俺寝るから。起きろー。」

「……ん…おかえりなさい…。」

「……うわっ!?」

不意打ち喰らった。
ガバッと俺に飛び付くと、あいつはそのままベッドに倒れちまった。
痛えなこんにゃろ…無理な体勢取らせやがって、床に転がすぞ…!
435 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:11:12.43 ID:32CvxAXoO

「……すぅ……__……。」

「…………。」


……はぁ。

床に転がすのはやめて、ちょっとだけあいつの体を端に寄せた。
スペースも確保したし、やっと寝れる…後は寝るまで一瞬だった。 目を閉じてからは覚えてない。

昼に起きるとやっぱりあいつはいなくて、でもTシャツの裾がちょっとだけ伸びてた。
ヘッドボードの携帯を手に取ると、ペットボトルとメモが置いてあるのに気付く。


『あまり飲み過ぎないでね。お疲れ様。』


飲み明けは声もカサカサ、喉も渇いてた。
ペットボトルの水をぐいっと煽って、ボーッとしてた頭を叩き起こす。

そこでふと気付いたのは、着てた服から感じた匂い。
濃く残ってたあいつの匂いに混じって、づほの使ってる洗剤の匂いがした。

窓を開けると、今度はアスファルトの匂いがする。
一雨来るか…まぁ、今日はもう予定も無いしな。
そのままシャワー室でひとっ風呂浴びる頃には、匂いの事は何処かに行っていた。

ただ、その後横になったベッドには、まだあいつの匂いだけは残っていて。
そいつを感じたまま、俺はまた眠りこけてしまっていた。

酒と雨のせいかな。
その日は妙にぐっすり眠れたもんだった。
436 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:11:54.10 ID:32CvxAXoO








side 瑞鳳








437 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:12:29.73 ID:32CvxAXoO

『暇だったらでいいんだけど、飲み行かない?明日休みなんだ。』

『いいよ。店どうする?』

『越して来たばっかりだし、新規開拓したいのよね。何か良いお店知らない?』

『気になる所ならある。』

『じゃあそこ行ってみよっか。後で正門でいい?』

『大丈夫。ただ筋トレした後だから、ちょっとシャワーだけ浴びるわ。出たらまた連絡する。』

『うん、りょーかい。』

場所は変わっても、こんなやり取りは変わらない。
二人で飲む機会を伺ってた私は、前の所みたいにしれっと誘いをかけた。

……実は数日前から、色んな事を考えてね。

438 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:13:48.20 ID:32CvxAXoO

「うーす、お疲れー。」

「お疲れ様ー。あっちのマンションの方?」

「そう。そこからバス出てるから。」

バスに乗ろうとマンション群に向かうと、見た事のあるお下げ髪。
スーパーの袋……ははーん、そういう事かぁ。

「今通ったの、時雨ちゃんよね?」

「たまに飯作りに行ってるらしいぜ?
練習とか言ってるが、提督の手綱握りに行ってるのが正解だろうな。家入れてもらえるようになったみたいだし。」

「あー、また他の女においたしないようにだ?ふふ、可愛いじゃん。
でも良いなぁ…私もご飯作る相手とかいればなー。」

「相手作っても、激辛はやめてやれよ?」

「やりませんよーだ。__もご飯作ってくれる子見付けなよ。」

「余計なお世話だっての。」

時雨ちゃん、いいなぁ…。

…作る相手、本当はずっといるけどね。
でもいつも__に卵焼き食べてもらう時は、皆に振る舞う場面だけだったから。


「「かんぱーい。」」

気になる店があるって連れて来られたのは、私が好きな感じの居酒屋。
こういう趣味は本当合うのよね、これは期待出来そう。

「少しは慣れたか?」

「こっち?うん、思ってたよりは馴染めたかなーって感じ。」

「そりゃ良かった。」

皆癖あるけど良い子だもん。
ま、まぁ、憲兵な__の立場からすると大変なのはよーく分かったけどね…。

あ、これ美味しい。

「ふむふむ、このダシは…。」

「お、研究家モード?」

「卵焼きは一番好きだもん、拘っちゃうよね。」

だって、美味しいの食べて欲しいし。
お店で食べても、ついつい研究しちゃうのはいつもの事。

「づほの確かに美味えもんな。磯風もお前の爪の垢飲んで欲しいぐらいだぜ…。」

「えへへ…でもあの子、そんなにヤバいの?」

「俺がケツ悪くしたの、あいつのマカロンがきっかけ。『いそかぜ』の名は伊達じゃねえな…ありゃGUSOHだわ。」

「あ!トイレの件だ!」

「そ。思えば俺の健康運、あそこから下降の一途だぜ…。」

…はは、きっとあの卵焼きがトドメだったかな…。
酔っ払ってたけど、アレは本当に悪い事しちゃった。

439 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:14:30.83 ID:32CvxAXoO

「づほも酒頼む?」

「あ!ちょっと待って。今日はねー…。」

最近は晩酌の時、いつもと違うお酒を飲むようにしてたの。
それはね…体質的に酔いにくいのって何だったかなーって思って。ほろ酔いで済むか、もう一度検証したかったから。

「じゃあ私マッコリで!」

「珍しいな、どうしたよ?」

「たまには他のお酒試そうかなってね。」

「おいおい、後で暴れんなよ?」

「大丈夫よ、酔わない酔わない。せっかくだし一緒に飲も?ボトル入れてさ。」

「まぁいいけどよ。じゃ、店員さん呼ぶか。」

部屋で飲んでても思ったけど…マッコリ、確かに私は『上がる』酔い方はしないなぁ。
代わりにね、何だか寂しくなって来ちゃう。人によって違うんだろうけど、やっぱりダウナーになるお酒ってあるなぁ。

一昨日、飲んでてこっそり泣いたっけ。

440 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:15:25.97 ID:32CvxAXoO

「そう言えば、もう知り合って一年経ったんだねぇ。」

「言われてみりゃそうだな。早えもんだ。」

「で、君は先に異動したわけだけど。こっちで狙ってる子とかできた?」

「いや…さすがに地雷原でバタフライするような真似はしねえ。
それに、未だにちゃんとは知らねえ奴もいるぐらいだぜ?」

……私ももう、こっちのメンバーだけどね。むう。

「…ふーん、翔鶴さんで頭いっぱいだもんね。」

「おいおい…あいつで頭パンクしたのは違う意味でだよ。
だから相変わらずだな、特に何が起こるでも無しって所さ。春とか来る気しねえ。
それ訊いて来るづほはどうなんだよ?最近。」

「私?相変わらずよ。あーあ、どこかにいい人落ちてないかなあ。」

「お前だったら大体の奴落ちるだろ、卵焼き出せば一発じゃねえか?」

「だから焼く相手がいないんだってばー。」

相変わらず。本当に相変わらず。
こんな距離感も、フィルターの無い会話も何も変わらない。

焼く相手いないのも、誰も拾ってないのも全部事実だよ。
だって…今の二人はフリー同士の飲み仲間だもん。

拾うどころか、本当は目の前のものに飛び付いて攫っちゃいたい。
例えばそんな事をあざとく言ってみたって、近過ぎるこの距離感じゃネタで終わっちゃう。

普段は何だって言えちゃうのに、可愛くないなぁ…私。

441 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:16:36.17 ID:32CvxAXoO
「……モテ期、人生で3度あるって言うよな。」

「1度目は翔鶴さんでしょ?じゃああと2回だ。」

2度目は今だよ?ばーか。
目の前にいるよー?君限定でいつでも取って食える女が。

「あー…まぁ、高校の時は確かにあったかも。1回あいつ以外の子に、告白されたな。」

「翔鶴さんの前?」

「いや、後。だからすぐ断った。」

「軍学校は何も無かったんだっけ?」

「俺らの世代は確かに女の子増えてたけど、無かったな。
“ちょっと見た目のバランス悪いかなー”って囁かれてたの聞いたし…。」

「ま、まぁ気にしない気にしない。」

体の割に女顔だもんね…ダメな人はダメかも。
私は好きだけどね、そんなとこも。だって可愛いじゃない?

「……そう言えばよ、こないだのマジ恥ずかしかったぞ、こんにゃろう。」

「ん?ゴスロリメイド?
えー?すっごい可愛かったじゃん!ほら!」

「ぶっ!?待ち受けにしてんじゃねえよ!」

「あはは、盛れてるでしょ?これから夏祭りやクリスマスとイベント毎に…どう?」

「ぜってーやんねぇ。」

「ちぇー、いけずぅ。」

突っ込む所は、そこじゃないわよ。
3人で撮ってもらった写真、ツーショットになるよう上手く切り抜いたんだ。気付いてはくれないけど。

……だからスマホの画面には、『あの人』はいない。

普段なんて飲みの途中で、撮ってもお互い変顔ばっかりなの。
本当は……こういう罰ゲームの女装より、普通のツーショットが欲しいな。普通に二人で笑ってるようなの。

「でさー。」

「何?」

「……どうして翔鶴さんと別れたんだっけ?」

意地悪な女だって、自分が嫌になる。
触れない方が幸せだなんて分かってるけど…手を突っ込んじゃったんだ。
442 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:18:10.58 ID:32CvxAXoO
「昔言ったろ?行動が過激で持たなくなったって。」

「それはね。聞きたいのはそこに至るプロセス。」

「………笑わない?」

「大丈夫。」

「白状すると、別れるまではめちゃくちゃ好きだったよ。色々あってもな。
だから別れてからも、しばらくは悩んだ。」

「へー…。」

……気付いてたよ、全部。
ああ、でも段々ムカついてきちゃったなぁ。

「…でも、俺じゃダメだなって思ったんだよな。安心させてやれる器じゃねえって。
確かにぶっ飛んでる所に疲れてたのはあるけど、まずそうさせる俺が悪いだろ、ってな…。」

「……何かきっかけあったの?」

「…さっき話した、告白された件だな。
その後友達に説教されたんだよ、『お前は誰に対しても親身すぎる』って。」

「その子は何がきっかけ?」

「告白してきた子?んー…元々おとなしい子でさ、学祭のイベントも馴染めてなかったから、ちょっと心配になって引っ張り出したんだ。」

「翔鶴さんは一緒じゃなかったんだ?」

「学祭中は公開演武で忙しかった。で、俺学校じゃ帰宅部扱いだから暇しててな。
その日はその子イベントに混ぜて終わったんだけど、友達出来て良かったなー、なんて安心してた。」

あぁ、男慣れしてない子だ…端折ってるけど、どうせ無自覚にタラシたんでしょ。

今より若い時だもんね、相当タチ悪かったんじゃないかな。
彼女持ちでそりゃダメだよ…翔鶴さんがやきもきするの、ちょっと分かるかも。

「で、しばらくして告白されて、友達からお説教を喰らったと。」

「……だな。『__ちゃんの事もうちょい考えろよ!』って、マジ説教だった。
そこでちょっと、考える事は増えたっけな…。」

「お人好しの自意識無しだった訳ね。」

この時ばかりは、わざとらしく毒吐いてやったわ。大して変わってないじゃん。
ばーかばーか。しばらく小突いてやる。
443 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:19:24.04 ID:32CvxAXoO
「う…ぐうの音も出ねえ。
でも、この性分は直んなかったんだよなぁ…結局憲兵になったのも、だったら人を守れる仕事をしようって思ってな。
消防や警察も考えたけど、姉貴はもう艦娘やってたから、こんな仕事もあるぞって勧められて。」

長門さん、ありがとうございます。おかげでこの馬鹿野郎に出会えました。
でも、そっちももうちょっと教育して欲しかったです。

「そして加減の出来ない人助けの末、2回警察のお世話になった。」

「はは…バレてないの入れたら、もうちょいあるな…。
で、話戻るけど、その頃友達に言われたんだ。『お前が逆だったらどう思うよ?』って。

あいつとは付き合い出して1年経ってたからな…感情表現下手なのは、俺もよく分かってた。
……矢とか飛んでくる割に、裏で泣いてた場面もあったのかもなとか考えたよ。」

「……それで鉄の味チョコに繋がると。」

「…空手で血の味はよく知ってたからな、すぐ分かったよ。
ここまでさせちまう程追い込んだのかって思ったし…同時に、あいつの行動に疲れ切ってたのも事実だ。

そこでバキッと心が折れて、これ以上はお互いに良くねえってなっちまった。それで俺から振ったって訳。」

「…お互い様ね、__も相当悪いけど。」

まぁ翔鶴さん、それ抜きでもぶっ飛んでるしね。

でも高校生ぐらいの時なんて、誰かが振られたなんて話はすぐ知られる。きっとその件も、翔鶴さんの耳に入ってたと思うわ。
悩んだんだろうけど…言い換えれば__が逃げたとも捉えられるわね。翔鶴さんの独占欲も大概だけど。

責任感強いものね…自責の念は、多分今でも…。

444 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:20:20.19 ID:cp/6IjpQ0

「返す言葉もねえよ…再会してからはビビりっぱなしだし。
冷めたらこうも苦手になるかって、最近自分でも思ったな。

振り切るのに結構掛かったけど、今となっちゃあれで良かったのかな?ってな。
あいつはもっとこう…気を遣える奴の方が合うんだよ、きっと。ちゃんとあいつの事考えて人間関係こなせる奴って言うかさ。」

「例えば、常に妻帯者の意識を持って人と接し、なるべくまっすぐ帰ってくる旦那さん。」

「そう、そんな感じの。」

私は女友達や付き合いのキャバクラまでなら許す。いちいち目くじら立てきれないもん。

…ただしそれ以上は殺す。魂子焼にしてやる。
具体的には、よその女とキスしたらアウト。

「でもそれは誰でもそうだよー。
まぁいいんじゃない?分け隔てないのが君の良いとこでもあるんだし。
君に浮気心無かったんだし、そこは価値観の違いって事でさ。気にし過ぎない方が良いって。」

「……ありがとよ。ちょっとは報われるぜ。」

「自意識はもうちょっと持つべきだけどね。」

「んっ!!返す言葉もございません…。」

「はいはい、じゃあ呑んで昔の女は忘れちゃおうねー。」

「おい、表面張力まで注ぐなよ…。」

翔鶴さんの髪と同じで、真っ白いマッコリ。
それで出された器の方は、私の髪と似た色をしてた。

飲め飲めこのやろー。思い出なんて飲み干しちまえー。
飲み切っちゃえば、私の色な器だけだもん。白いあの人の記憶なんて、そのまま消化しちゃえばいい。

………飲んだら飲んだで、白いのに酔っ払っちゃう事になるけどね。

445 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:23:25.04 ID:32CvxAXoO

うう…酔ったぁ…。

子泣き爺かフェイスハガーか、私はいつものように__の背中にべったり。
無い胸と143cmのこの体も、こんな時だけは得だと思える。その分ギュってくっつけるから。

……わざとじゃないよ?

あ、ここにも川あるんだ。
思い出すなぁ…そう言えばあの時も…。

「……懐かしいね。」

「初めて来たけど?」

「ほら、前のとこにも川あったじゃない?漫喫の時。」

「あー、あったなそんな事。ピアスの時だ。」

「そう、元カレにもらったやつ。あの時もこんな感じだったよね。」

振られてからも、しばらく律儀に付けてたんだ。
でも勢いで外して投げたら、本当せいせいした。

ヤケクソで迫った時、めちゃくちゃ怒られたなぁ。
すごい怖かったけど、その時本当に親身に考えてくれる人なんだって思ったっけ。

……今も無い胸押し当てた所で反応無いのは、あの頃と変わんないわね。
むう…もっとしがみついてやる。

446 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:24:03.26 ID:32CvxAXoO

「……アレは大分助かったわ。優しいのを気に病む事なんて無いって。」

「そう言ってもらえりゃ助かるぜ…しかし、まさか未だにお前とつるんでるとはなぁ。」

「人の縁なんてそんなものよ。」

「だな、親友。でもそろそろ酒減らせよ?太るぜ?」

親友かぁ…親友だよね。
チビだから、近いとたまに気付いてもらえない。それと一緒なんだ。

あーあ、なんでこんな奴好きになっちゃんだろ。節穴めぇ。
大体太ってないし。鶏ガラみたいな幼児体形ですよーだ。

「善処しまーす…でもカロリーは確かに…うぷ。」

「だからって今入れた分出すなよ!?」

あの時は、投げた勢いで大リバースだったわね。
アレでキレないんだから、本当お人好し。離れられないぐらい甘えちゃうよ。

447 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:25:27.43 ID:32CvxAXoO
「着いたぜ、降りれるか?」

「うん、大丈夫。」

寮に着いたらもうお別れ。
でも今日の服は、しっかり匂い付くように洗ったんだ。香水も使ってるし。

…眠そう…このまま寝落ちする感じかな?
だから部屋に着いても、私の匂いのまま寝ちゃえばいい。
あの人の事なんて、どっか行っちゃうぐらいね。

階段の所で別れて自分の部屋に行こうとすると、隣の部屋が目に入る。
合鍵持ってるって聞いたなぁ……大丈夫、今ならきっと寝てる。
そう思って、私は部屋の扉を開けた。

カーテンさえ開けちゃえば、誰もいない部屋も明るくなる。
窓も開ければ、雨の匂い。今日はもう寝て終わりかな。

窓から顔を出して、斜め下の部屋を見てみる。
この角度じゃ見えないけど、きっと今頃ぐっすり寝てるはず。

そうだ、また二人で映画でも見よう。
ここに呼んで、ゆっくり部屋飲みでもしながら。
そうすれば、慣れないこの部屋にもあいつの跡が出来るから。

うーん…なんか眠くないなぁ。もう一杯飲んでみよっかな。

448 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:26:51.14 ID:32CvxAXoO

冷蔵庫を開けてみると、一人で飲んでた分のマッコリがまだあった。
ペットボトルに2〜3割残ってる白い奴。それを見たら、何か段々ムカついてきた。

あいつの中の2〜3割の白いのが、段々増えてくような気がしたから。
いつかまた、白いのに悪酔いされそうな気がしたから。

もうラッパで行ってやる。お前なんか飲み切ってやる。
ぐいっと飲み干して、空いたボトルを乱暴にゴミ箱に投げ捨てた。
はっはっはっ、これで私の勝ちよ。そこで回収日を待つがいい。

そのままベッドにうつ伏せになると、頭がぐるぐるして来る。
うえー…回ってきたわね…ちょっときついかな。

酔っ払った耳に、ざあざあと雨音が絡み付く。
その音を聞いてるうちに、何だか泣けてきてる自分がいた。

……匂い、付いたかな。
いつでもそばにいるよ、近くて見えなかったとしても。

枕に腕を回すと、何となくあの背中を思い出した。
でもベッドの中はまだ冷たくて、あのぬくもりとは似ても似付かない。

夢の中ぐらい、いいよね。
キスでもするみたいに枕に顔を埋めて、私はそのまま寝ようとしたんだ。
メイクも取らずに顔を埋めてると、目元が濡れてきた気もする。
でもいっか…カバー黒いからわかんないよ。

大丈夫、泣いてない。
……大丈夫、もう同じ場所だから。離れ離れじゃないから。

なのに、何でこんなに遠いんだろ?

結局そのまま寝落ちして、見事に寝ゲロした。
枕だけで済んだけど、しょうがないからその日は座布団を代わりにした。

その間部屋にぶら下がるのは、雨で乾かない枕とカバー。
楽しい時間を過ごした次の日は、文字通り枕を濡らしたサイテーな休日。


その日は一日、雨は止まなかった。

449 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 07:27:38.78 ID:32CvxAXoO
一時的に別サイトに落としておりましたが、こちらにもまた投下して行きます。
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 08:05:41.85 ID:oFRrNNarO
乙!
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 11:49:34.74 ID:kFBSXcPlO
あっちも見てたぞ乙乙
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 12:00:54.69 ID:4iOu3+So0
再開乙なのねん
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 12:26:48.97 ID:Ov32k23aO
おつおつ。相変わらずいい心理描写ですねー。楽しみにしてます。
454 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:32:41.74 ID:32CvxAXoO

これでも服は好きで、それなりに気は遣ってる方だ。
休日に一人でモールや古着屋を回るのが、ちょっとした楽しみだったりする。

だが自分の身に付ける物は気にする割に、俺は他人の方にそこまで執着は無い。
分かりやすく言うと、「好きな子にはこういうの着て欲しい!」とか、そう言うのが無い訳。

俺としては、好きなもん着てる時の女の子が一番可愛いってのが持論。
づほには「分かってない」って突っ込まれたけどな。

そんな感じで男女問わず、身なりへの拘りは何かしらあると思う。
ただ、男と女で決定的に違う『ある要素』もあるんだ。

ささやかな疑問が、派手な火の粉を撒き散らす。
今日はそんな日常の話。

455 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:34:00.26 ID:32CvxAXoO






第19話・誰も見てはならぬ





456 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:37:16.55 ID:32CvxAXoO

「お疲れ様ですー。」

「ああ、憲兵君。お疲れー。」


飲んでる時やムカついてる時、それと頭使い過ぎた時は、たまにタバコを吸いたくなる。
この日事務作業で数字とにらめっこしてた俺は、久々に喫煙所に足を踏み入れていた。
この時中にいたのは提督だけ。この人と二人になるのはなかなか珍しい事だ。

ガラス張りの喫煙所からは、外がよく見える。
艦娘達が目の前を通るんだが…この時俺は、ある事に気付いた。

「……皆化粧ポーチ持ってますね。」

「あー、出撃前のあるあるだよー。軽く化粧直す子多いの。」

「へー…。」

ウォータープルーフも出回ってるご時世だが、この時俺の脳裏にはある疑問が浮かんだ。
……これから海でドンパチやんのに化粧?落ちねえか?

457 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:38:50.44 ID:32CvxAXoO

「マナー的な奴ですかね。落ちちまうと思うんだけど…。」

「いや、艦娘の化粧は特に義務でも禁止でも無いよー?まあそこは女の子って事。
艤装って一応紫外線保護も出来るんだけど、念の為もあるだろうし。」

「なるほど…。」

男にゃ分かんねえ世界もあるよなぁ…なんて考えてる間に、さっきの艦娘達が出て来た。
早えなぁ……あ、でも結構印象違う。
そんな事を考えてると、ガラスをコンコンと叩く音が聞こえた。

「憲兵さーん、お化粧に興味津々?前ので目覚めちゃったぁ?」

「蒼龍か…勘弁してくれよ、こないだので懲りたっての。」

「楽しかったなぁ、憲兵さんにお化粧するの。次はどうしよっかなぁ。」

「二度とやんねえ。」

蒼龍はメイクが得意だ。
こいつは女装事件のヘアメイク担当であり、一回プライベートのこいつに騙されてもいる。
同僚からしても腕は確かなようで、何でもここの駆逐や軽巡にメイクを教えてすらいるんだとか。

「なーんだ。てっきり目覚めてくれたかと思ったのに。」

「いや、何となく戦闘前にメイクすんのって不思議だなーって思ってな。落ちねえの?」

「そりゃ多少はね。でも私達にとっては、制服や艤装と一緒なんだ。
やっぱりちゃんとやると、心も戦闘モードになるんだよ。」

「空手家が道着着るようなもんか。」

「うん!戦国武将もメイクして合戦に臨んでたんだよ?戦化粧って奴。」

「なるほどなぁ。」

そう言えばそんな話聞いた事あるな…と感心してるのを、提督はいつものアルカイックスマイルで聞いていた。
まぁこの人はなまじ遊んでた分、俺よりずっとその辺の知識はあるだろうしなぁ。
458 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:41:09.07 ID:32CvxAXoO

「女の子の努力っていいよねー。
…憲兵君、化粧覚えるくらいの年齢になると、男的に楽しみな面もあるんだよー。すっぴんの方に。」

「すっぴんに?」

「そ。その辺になると女の子がメイクしてるの前提でしょー?
出掛けるにしても仕事にしても、いつも戦闘モードなわけ。

……だからそのぐらいのすっぴんって言うのはね、限られた奴しか見れないのさ。心を開いてもらった男の特権ってやつ。」

「……すいません。今の言葉、めっちゃグッと来ました。」

ああ、祥鳳さんのすっぴんとか憧れじゃん…づほの奴、連絡先教えてくんねえかなあ…。

……とか考えてると、またコンコンとガラスを叩く音が…。



<●><●> ←翔鶴

<●><●> ←瑞鳳



何か張り付いてるぅ!?白いのと茶色いの!!

459 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:42:58.90 ID:32CvxAXoO

「なにー?楽しそうな話してるじゃない。」

「お前らいつからいたよ?」

「空母組で訓練してたの。蒼龍ちゃん、入り口開けっ放しよ?」

「あ、いっけなーい。」

うわぁ…何か厄介の予感がするわ…。
で、さすがに吸わねえ奴ら3人もここにゃ入れとけねえって事で、とりあえず外に出た訳だ。

「男のスケベ心って深いわね…見えざるものを見たがる心理って奴?そう言うのパンツぐらいだと思ってたよ。」

「いや、見えざるものってお前…顔面の話だろ。」

「いーや、__は何にも分かってない。
君とは『散々朝まで飲んだ仲』だけど、私のすっぴん見た事無いでしょ?」チラッ 

「まぁねえけどよ…。」

「そうね…お化粧を覚えて思ったけど、家族か『余程深い仲』でない限りは少し恥ずかしいわ。」チラッ 

「あ、あはは…ココデケンカシナイデ……まぁそれぐらい女の子にとってお化粧って大事なんだよ。」

「そうよ!いい?__に分かりやすく言うなら、女の子にとってすっぴんは…

……股を開くより恥ずかしい!!」

「ドヤって何言ってんだ。」

「チョップしないでよちぢむぅ!」

「あのな、ここ廊下な。」

クワッて目えして何言ってんだお前は。シラフで。
提督はそんな俺らのやり取りを笑顔で見てたんだが、ふと後ろを見た瞬間、顔色が変わった。
460 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:45:03.64 ID:32CvxAXoO


「あー……皆、助けてあげた方がいいかも。」


その一言に一同が振り向いた瞬間、元カノと蒼龍は一目散に走り出した。
そこにはバケツとモップを持った駆逐の子……あの青い髪は確か……。

「五月雨ちゃん!大丈夫!?」

「あ、翔鶴さん!これからお掃除なんです。」

「重そうだね、どっちか持とっか?」

「蒼龍さん、大丈夫ですよ!お気遣いなく。」

まだあんまり話した事ねえけど、礼儀正しいまともな子だよな。
何焦ってんだあいつら?いくらなんでも大丈夫だろ……。

押し問答を繰り広げつつ、3人はこっちへ近付いてくる。
そうこうしてる内に、もっと近付いて来て…


「きゃっ!?」


バナナの皮……なんてここには存在しない。
しかし五月雨はそこで皮を踏んだかの如くバランスを崩し、俺と提督も咄嗟に五月雨の元へ飛び込んだ。

結果4人がかりで五月雨の体は支えてやれたが…手をすり抜けたバケツは、わずかなしぶきを上げつつグルグルと空中へ飛ぶ。

遠心力の恩恵により、バケツの水はこぼれない。
その回転は俺の横を素通りし、その先にいたのは位置的に一番出遅れる…。


「ぶっ!?」


づほの頭へナイスシュート。
水ごと綺麗にバケツを被り、ばしゃんと中身がこぼれた音が響いたのは、数コンマ後の事だった。

461 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:46:51.69 ID:32CvxAXoO

「づほ!?」

「あ、あ…ごめんなさい!!大丈夫ですか!?」

「う、うん…五月雨ちゃんもケガしてない?」

「大丈夫ですぅ!えーと!あ!手拭い使ってください!!」

渡された手拭いを手に、づほはひとまず顔を拭き始めた。
ちょうど俺に背を向ける位置だったんだが…手拭いを外した瞬間、ピタリと動きが止まる。


「…あ…今日、普通の化粧品だ…。」


ん?化粧品?
確かに白い手拭いには、わずかに黒や肌色が移っていた。
上半身はまだびっしょり。他も拭けよーと声を掛けようとしたら…

「……__、そこ動かないで。」

明らかに殺気立ったトーンの声で、づほはこう呟いた。

づほは手拭いを顔面に巻き付け、鉢巻を目深な位置まで下げる。
こちらを向かずとも、その背中はどんどん大きくなって行くように俺には見えた。
な、何だこの殺気…?

「おい、づほ…大丈夫か?」

心配になってそうポンと肩に手を置いた瞬間…

「…ケンペイ殺すべし!!すっぴん見たら!」

「誰だおめえは!?」

隙間から見えたぎょん!とした目に、思わずツッコミを入れてしまった。

462 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:48:32.47 ID:32CvxAXoO

「フシュ-……フシュ-…ダメ…化粧取れて化生になってるから…特に今は。」

手拭い越しの息は荒く、さながらキレた猫の如く。
おいおい…そんなに嫌か?皆ちょっと引いてるし…。

「ず、瑞鳳ちゃん、とりあえず着替えましょ?他もびしょ濡れだし…。」

「う、うん、ちゃんとタオル使わないとね…。」

元カノと蒼龍に手を掴まれ、づほはロズウェル事件っぽくよろよろと歩き出した。
アレ前見えてなくねえか…なんて思ってると、五月雨がづほに近付く。

「瑞鳳さんごめんなさい!!五月雨がタオル用意しますから…きゃっ!?」

床はびしょ濡れ。

もう一度言う、床はびしょ濡れだ。
そして五月雨は追っかける形でづほに近付いていた。

当然のようにコケる。反射的に五月雨の手が伸びる。
見事な放物線を描く腕は、その指先をとある場所に引っ掛けた。
そう、づほの後頭部、二つの結び目にしっかりと。

水分を吸い、舞う事も無く落ちる鉢巻と手拭い。
とさり、と言う音と共に俺たちの前に現れたのは……静寂だった。
463 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:49:55.36 ID:32CvxAXoO


「提督、__……二人とも、見たね?」


視線が交わる。
づほは言う程濃いメイクしてる訳じゃなかった。『顔立ちそのもの』は極端に変わった訳じゃない。
ただ…人体に本来存在する、ある物が無かった。全部。


<●><●>


↑この顔文字を想像して欲しい。
このようにカッと見開かれた目から、溶けたアイメイクが黒い涙として頬を伝い…

その顔に、眉毛は一本も存在しない人間を。



つまり……これだ↓


464 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:51:15.12 ID:32CvxAXoO

465 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:53:21.47 ID:32CvxAXoO

「……見いたぁわぁねぇえええええっ!!??」

「落ち着けづほ!!そんなん誰でも怖えから!すっげえ怖えから!!」

「あぁん!?誰が怖いってぇ!?」

「凄むからだっての!!」

俺ら相手だと上目遣いになっから余計怖え!!
づほは下からそのツラのまま、ぐいぐいと俺に詰め寄ってくる。

「はい、ストーップ。」

……と、その時突然お化生モードなづほが視界から消えた。
代わりに眼前にいたのは…ティアドロップのサングラス。

「瑞鳳、いくら恥ずかしいからってキレちゃダメだよー?それ貸してあげるから。」

「提督…!」

「洋上用に持ち歩いてるからさー。瑞鳳には大きいけど、今は丁度良いんじゃないかな?」

「うう…ありがとうございます…。」

サングラスを掛けられた瞬間、づほはすごすごと大人しくなった。
あー…びっくりした……あんな剣幕でキレなくてもいいじゃんよ…。

466 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:55:31.23 ID:32CvxAXoO

「ふふ……眉毛整えてたら、うっかり片っぽ全部ね…。それで両方剃ったのよ…。」

「そのまま片っぽ残して描きゃ良かったのに…。」

「……うぅ。」

「ま、まぁ眉毛無いと恥ずかしいわよね…。」

「うん……鏡にマンボウや○ろいた…。」

今度はづほが段々暗くなってきた。
そ、そんなにか……不可抗力とは言え、何か悪い事した気になってくるな…。

「そ、そんな落ち込むなよ…黒いの以外は言う程変わってなかったし。」

「……ほんと?」

「本当。まだまだ気にする歳じゃねえだろ俺ら。」

「………ありがと。」

「でも瑞鳳ちゃんの気持ち分かるねー、私もすっぴんじゃ死にたくないし。」

「そうね、20歳越えると抵抗感じるもの…一度お化粧覚えちゃうとね。」

「憲兵さんもこの前ので私達の気持ち分かったでしょ?やっぱり顔も気持ちも変わるから、すっぴんに戻りたくないなーってさ。
あ、憲兵さんはまず男に戻りたくなかったかぁ。」

「あん時ゃ1秒でも早く戻りたかったっての。
大体デートとかならともかく、俺ら相手に気にすんなって。別に笑いやしねえしよ。」

……さっきのづほは怖かったけどな。
っとか思ってたら…あれ?何か皆顔色悪い?

「そ、そうだよねぇ…うん。」

「そうね…ソウイウトコロハナオッテナイノネ…。」

「すっぴんで萎えましたーとか言う関係でもねえだろ?憲兵と艦娘なんだからよ。
うちは姉貴いるし、それに翔鶴のすっぴんなら昔から何度も見てたし。」

「もう、言わないで……あ。」

「あ…?」

467 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 22:57:19.20 ID:32CvxAXoO

元カノが何かに気付いた瞬間、腰……と言うかケツに凄まじい殺気を感じた。

振り返ると、まさにヒットマンを連想させるティアドロップの黒光り。
しゃがみ込むそいつの手は、クリスチャンのお祈りの如く重ねられていたが…。


「…憲兵死すべし、慈悲は無い。」


その瞬間、ジャキンと言う幻聴と共にそいつの人指し指が立った。



『ずむっ……!!』



痛みとか、もはや覚えてねえよ。
その次の記憶は、もう医務室でしたとさ……。

468 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 23:00:08.81 ID:32CvxAXoO

「……づほ、あいつらは?」

「他の任務に行ったわよ。暇してたの私だけ。」

「…いってぇ〜……おめえなぁ、殺す気かよ…。
ビビったのは悪かったけどよ、痔主にカンチョーはねえだろ…。」

「人のすっぴんにあんなリアクションするからよ。ふーんだ。」

憲兵に暴行働いた張本人様であるこいつと言えば、まだ提督のサングラス掛けたまま。
腕組んでつーんとしたポーズ取ってるが…んのやろ、段々腹立ってきたぜ…!

「なーにカッコ付けてんだこんにゃろ。」

「あー!やだ!取らないで!」

けけけ、ヒットマン様の顔面ご開帳ってな。
あ、メイクちゃんと落としたのね…ってやっぱ眉毛ねえし。ネタにしっかり焼き付けてやる。

「うぅ…すっぴんなのに……。」

「やっぱな…別に言う程変わってねえじゃん。眉毛ねえけど。」

「うそつきー、絶対妖怪だよぉ。」

「眉毛無けりゃ誰でもなるわ。じゃあこうすりゃ良くね?」

こいつはちょっと前髪長えけど、それっぽく流してやれば上手く隠せる。
ほれ出来た、我ながら良い感じ。

469 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 23:01:11.47 ID:32CvxAXoO

「はーい、いつも通り可愛くなりましたよー、っと。
これで男捕まえ放題だな、眉毛無くても。」

「………ばーか。でもありがと。」

多少は機嫌直ったようで何よりだ。
?っ…!ケツに来てんなぁ……まぁ女のすっぴん見た罰かこりゃ…ん?

「…何触ってんのお前?」

「寝癖すごいよ?」

「誰のせいだよ…。」

「近くで見ると、やっぱり男の子の方がまつ毛長いよね…特に君のは。羨ましい。」

「まつ毛より迫力よこせって話だよ…職業柄、やっぱ厳つくねえとさ。」

「そっかー…なら眉毛全部剃りゅ?」

「どっからシェーバー出した!?」

「仲間だ…仲間になるんだ……!」

そこからはやいのやいのな攻防戦だったけど、づほの機嫌は大分良くなってくれたから一安心だ。
あーあ…事故でも安易にすっぴん見るもんじゃねえな…ひでえ目に遭ったぜ。

「隙あり!」

「なぁあああっ!?」

前言撤回。ひでえ眉毛になりましたとさ…麻呂。

470 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/15(月) 23:03:27.92 ID:32CvxAXoO
本日はここまで。少しずつ、こちらへの未投下分を落として行きます。
471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 23:08:07.54 ID:TbNE59KIO
おつおつ。やっぱ正ヒロインづほだよなあ。
472 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 06:59:04.30 ID:InWhPO+7O


鎮守府の中だと、俺ら憲兵隊の詰所は特異な空間らしい。

いや、別に悪い方の意味じゃねえんだ。
ただ、手っ取り早く日常から離れられる場所としてって意味。
不思議なもんで、ここへ茶をたかるついでに遊びに来る奴らもちらほらいる。

一応仕事の一環で悩み相談も受け付けてるし、基本来る者拒まずが詰所のスタンスなんだけど……。


「…この鎮守府には、渋みが足りない!」


今現在、そうバンッ!と机を叩くオレンジの着物に対しては、素直にこう思った。

何言ってんのこの子と。


473 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:00:09.53 ID:InWhPO+7O





第22話・有情破顔



474 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:05:30.64 ID:InWhPO+7O

「……飛龍。渋みも何も、お前それリプトンじゃねえの。」

「だーかーらー、お茶じゃないの!渋いおじさまがいないって話!」

「実艦の記憶は多少移ってんだろ?イマジナリー多聞丸で我慢しとけよ。」

「そりゃ多聞丸は憧れだけどさ、そうじゃないんだって…ちゃんと直接接せられる人!」

「俺らに言うなよなぁ…。」

「えー?でも聞くだけでもしてくれるんでしょ?」

「まぁそうだけどよ…お前の好みって、やっぱ『飛龍』になった影響?」

「え?」

艦娘発足当初、艦娘と連携する過程で様々な悪影響が懸念されていた。
艤装非装着時の精神や人格の汚染、体への悪影響など。その手のもんなら当然考えられる危険性だ。
結果、シリアスなそう言う側面はパス出来たらしいが…思いもよらぬ所で、艦娘化による変化があったらしい。

例えば食や異性の好みの変化だったり、夜が苦手になったり。
元カノの妹なんかは、七面鳥は名を聞くだけで発狂するぐらい嫌いになったそうな。

そう、危険要素はパス出来たものの、細かい嗜好の面で艦娘化の影響が出るとは各国も思いもよらなかった。
『飛龍』の適性が出た奴は、男の趣味が渋好みになる傾向が強いって聞いた事がある。こいつも御多分にもれずって所か。

「うーん…どうかなぁ。渋い人は昔から好きだよ!
こう、必死で出撃した後に渋いおじさまに迎えてもらえたら…もう入渠いらないぐらい癒される気がするぅ…うぇへへ。」

帰ってこい、現実へ。
妄想拗らせて春日部の5歳児みてえに笑う飛龍を見て、俺は何だか虚しい気持ちになっていた。

475 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:06:55.60 ID:InWhPO+7O

「飛龍の場合は、元の好みが適性が出た事で増幅されたと言う所だな。」

「憲兵長…。」

「しかし、なかなか現実は見えんものだ…飛龍、ここでは貴様の願望は叶わんぞ?
ここが若手運営のサンプルケースなのを忘れたか?」

「………だよねー。」

「ここは提督やその他職員、工廠…そして我々憲兵隊に至るまで若手で構成されている。
つまり、貴様の欲求を満たす存在はここにはいない。こればかりはどうにもならんな。」

「そう考えるとずるいよねー、男ども。
だってうちの提督はともかく、よその提督なら内心女の子たくさんで癒されるーとか思ってそうでしょ?疲れた時とか。
私だって出撃明けは辛いんだよぉ…大破した日なら尚更……。
癒されたい…こう、母港に帰った瞬間素敵なおじさまに癒されたい…多聞丸か大沢た○お的な…あ、中○貴一でもいい…。」

「提督に老け顔メイクさせます?蒼龍プロデュースで。」

「顔の系統が根本的に違うな。それに、飛龍を甘えさせたら時雨が発狂する。」

「……容易に想像付きますね。」

ふざけた話なようで、こいつのおっさん不足は切実な問題な気もしてきた。
やっぱこう、終わって帰ったら癒しって欲しいよなぁ…特にこいつら、戦場にいる訳だし。
476 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:08:05.62 ID:InWhPO+7O

「……はぁ、そう考えると翔鶴ちゃんほんと羨ましい。」

「あいつぅ?何でだよ?」

「憲兵さんいるもん。知ってる?あなたが来てから翔鶴ちゃんの戦果上がりっ放しなの。」

「それは提督から聞いたけどよ…。」

「健気だよぉ…この前だって、傷だらけなのに“あの人の所には絶対に行かせない!!”って敵に啖呵切ってさぁ…。」

「……………。」

「ふむ…要約すると、飛龍はおっさん成分と言うよりも、日頃の癒しが欲しいと言う事でいいな?」

「そうだね、それが素敵なおじさまだったら最高…。
最近ちょっと忙しかったからねー…。」

「体は寝るだけでも休める事はできるが、心は難しいからな。気だけ休まらん事はある。
だが病は気からは、気は病から。どちらもある程度はイコールではある。
おっさんは用意出来ないが、私なりに出来る事はあるぞ?」

「……ほんと?」

477 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:09:10.89 ID:InWhPO+7O


「おお〜う……。」

「ふむ、やはり背中周りだな。負荷が掛かっている。」

「そうそう…戦闘のは入渠で抜けるけど、訓練の疲れがねぇ…。」

ここのソファは、厳密にはソファベッドだ。
開いたソファに飛龍を寝かせ、眼鏡はマッサージを始めた。

「整体出来るんですか?」

「柔術を通った一環でな。人体の壊し方を知っていると言う事は、治し方も分かると言う事さ。
よし、ほぐれてきたな…。」

「憲兵長、最高だよぉ〜極楽極楽…。」

なるほど、ひとまず体を癒して、心の疲労も抜こうって魂胆か。
健全なる精神は健全なる肉体からなんて言うもんな。

そんな事を思っていると、頭の中で声がした。

“始まるでありますなぁ。”

“あきつ丸?”

“自分も受けた事があるのでありますが、ここからが地獄なのでありますよ。”

それまでは普通にマッサージをしていた眼鏡だが、おもむろに自分のストレッチを始めた。
一通り柔軟が済むと、再び手を飛龍の背中へ…。
478 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:10:16.33 ID:InWhPO+7O

「ほぁたぁ!!」ボキィッ!

「ちにゃっ!?」

「何やってんのあんた!?」

そこからは耳に残る嫌ーな骨の音と、あべし!とかうわらば!とかシュールな悲鳴のオンパレード。
最終的にソファに出来上がったのは、死んだ魚の如く白目を剥く飛龍だった。


「お、おお…う…。」

「ふっ…貴様はもう癒えている…。飛龍、体を起こしてみろ。」

「へ……?おー!すごい!体軽いよー!!」

「骨格の歪みから直したからな、少しは軽くなったんじゃないか?」

「うん、何か気も軽くなった気がするよ!ありがとう!!」

「おっさんはこの鎮守府にはいないが、他にも癒しようはあるものさ。
飛龍はおっさん鑑賞以外のストレス解消を上手く見つける事だな。」

「はーい。」

はー…すげえな。

提督や僚艦には出来ない艦娘のケアを。
それも憲兵隊の役目とは言われてるが、実際は出来る事なんて悩み相談ぐらいがいいとこだって思ってた。
でも眼鏡は、ボヤキの奥にある疲労感を見抜いてたって事か…実際に施術出来るスキルあってこそだけど。

……ムカつく奴けど、こう言うところは尊敬するぜ。

479 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:10:59.57 ID:InWhPO+7O

「癒されたねー…憲兵さん、この後ヒマ?」

「ああ、細かい仕事片付けるぐらいだけど。」

「ふふ…今日、翔鶴ちゃん出撃だったんだ。今帰ってきてる途中だって。
良かったら、母港に行ってあげて欲しいな。」

「母港に?」

「うん。それだけでいいんだよ。
憲兵長、ありがとね!じゃあまた!」

「あ…おい!」

母港…か。そう考えた時、飛龍のさっきの言葉が思い浮かぶ。


『“あの人の所には絶対に行かせない!!”って敵に啖呵切ってさぁ…。』


陸なら俺らがあいつら守ってるけど、海からのもんに対しては……。

…いや、でもそれは皆同じじゃねえか。
守ってくれてるのは、あいつだけじゃ…。


「……ひとまず行ってこい。今はそれだけで良いだろう?」

「憲兵長…。」

「翔鶴君に限らず、出迎えは誰でも嬉しいものさ。ましてや戦地から帰ってきた直後はな。
彼女達が安心して戻れるよう、この陸と日常を守る。それが我々の使命だ。

……貴様自身の結論を急ぐ事はないさ。
ただ、一人の仲間として迎えてやればいい。」

「………。」

“一度、行ってあげればいいのであります。”

“あきつ丸……。”

「……では、出迎えに行って参ります!!」

「了解した。残務は任せておけ。」

「はい!!」
480 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:11:43.86 ID:InWhPO+7O

母港に立つと、丁度遠くの方に影が見えていた。
ゆっくり近づいてくるのは、6人の人影…その中には、白い影もいる。

「あ!憲兵さんだ!珍しいね。」

「お疲れー。たまには出迎えでもってな。」

「ありがとう!」

まだちょっとずつだけど、こいつらともこんな挨拶するようになったんだな。
一人一人とそんなやり取りをしていて…最後に上がってきたのは、皆と同じく擦り傷だらけなあいつで。

「……怪我、大丈夫か?」

「ええ…しっかり勝ってきたわ。」

こいつが俺を『憲兵さん』って呼んだのは、最初だけだったな。
後はずっとあの頃のまま、俺の名前を呼んでた。

それでも今は憲兵と艦娘で、ただの仲間で。
何より俺は愛想尽かして、自分でこいつを振った男だ。

吐き出せる言葉は、せいぜい…。
481 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:12:29.25 ID:InWhPO+7O






「………『ショウノ』、お疲れさん。」

「ふふ…『リョウ』、ありがとう。」






482 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:13:26.97 ID:InWhPO+7O

たった一言の、労いの言葉。
それは皆と同じような、でも俺達ならではの会話だ。

役職や艦名じゃなく、本当の名前を呼ぶ瞬間。
変わり果てた関係でも、これだけは今も変わってなかった。

あいつは微笑んだまま、部隊と一緒に母屋の方へ。
ただそれだけの、何でもない挨拶だ。


「リョウちゃんお疲れー!!」

「いって!?何だよづほかよ…。」

「第二艦隊も無事帰還よ!珍しいねー、ここにいるって。」

「たまにはな。無事で何より、お疲れさん。怪我大丈夫か?」

「えへへ…大した事無いよ。」

づほもちょいちょい服破けてんじゃねえの…本当、お疲れ様だ。

迎えるって大事だなぁ…。
俺の感情はともかく、せめてこいつらがゲラゲラ笑える日常は、あちこちから支えてやろう。
改めてそんな事を思った初夏の夕暮れだった。
483 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:14:56.86 ID:InWhPO+7O

『随分リョウに目を掛けているのでありますな?』

「何の事だ?とんだ跳ね返り小僧だよ。」

『素直じゃないでありますなぁ。育て上げたいと顔に書いてあるでありますよ。』

「……小僧だからな。矯正してやる必要があるだけさ。」

『全く。おや、来客のようでありますな。』

「ひゃっはー!失礼するよー。
憲兵長ー!飛龍から聞いたよ、あたしも整体やってくんない?」

「…ふむ、貴様は全身を診るまでも無さそうだな。背中を向けてみろ。」

「こうかい?」

「ここが肝臓のツボだ。」

「ひでぶぅっ!?」


キョウと隼鷹殿が戯れているのを、浮き輪から出て見ております。
ふふ、あれでなかなかウブでありますなぁ…しかし自分は手を貸しませぬ。それが隼鷹殿の想いと意地を守る事でもありますから。

複雑なものはありますが、所詮自分は死んだ身。今はモラトリアムのようなものであります。
むしろ…いつかその日が来るのを願うばかり。
確かに未練もありますが、それ以上にキョウの未来を見届けたい。自分が安心して隼鷹殿に託せるまでは、恐らく成仏出来そうもありませんなぁ。

あれでふとした時に見せる顔は、同じ女である自分からしても可愛らしい。キョウもそこにムラっと来ればいいものを…。
はぁ…もう脱げばいいのに。ヘタレ女め。

これも三角関係のようなものでありましょうが、自分は故人と言う時点でもう負けなのであります。
でも、リョウは心配でありますなぁ…過去と今の板挟みは、いずれ答えを迫る日が来ましょう。
君は『片割れ』の方には、気付いていないようでありますが。

自分と違い、未来ある生者…故にこの先は、希望だけでは無い。
生きる限り、避けては通れぬもの。

…どうか君は、ゆめゆめ忘れる事無きよう頼むのでありますよ。
君を想う者たちは、どちらもまだ生きていると言う事を。

それは素晴らしく…時に残酷な事でもあるのであります。

484 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:16:12.69 ID:InWhPO+7O







“また『づほ』だったなぁ…私の本名、覚えてるのかな?
『ミズキ』って、一度も呼んでもらった事ないや…。

……ずるいよ、翔鶴さん。”







485 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:17:48.33 ID:InWhPO+7O

その日の夜、部屋に帰って一休みしてたら携帯が鳴った。
誰だ……あ、珍しいな。

『先輩、お久しぶりです。__さんから今__鎮守府にいらっしゃるとお聞きしまして。』

『また珍しいな、どうした?』

『今度演習でそちらにお伺いさせていただくので、ご挨拶に。
当日はよろしくお願い致します。』

『あー、そう言えば__に去年艦娘に転向したって聞いたな。
俺らで案内やると思うから、よろしくな。』

久々に連絡して来たのは、軍学校の時の後輩だ。
6対6のチームで面倒見てたんだけど、その中の一人。筋トレ好きで、ライフルの扱いも上手かったんだよな。
ちっこい割に腕っ節強くて、組手は燃えたっけなぁ…えーと、確か艦娘としての名前は…。

『登録名は“__”で良かったっけ?』

『違います!“__”です!そっちじゃ女優さんの名前ですよ。』

『そうだった、すまん。』

因みに俺と後輩の間には、ちょっと恥ずかしいエピソードもある。
伏せておきたいって言うか、お互い忘れたいエピソードだったんだが……

まさかの再現、後日ありました。

486 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/16(火) 07:18:31.88 ID:InWhPO+7O
今回はこれにて。ひとまず溜め込んでた分は投下完了。
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/16(火) 07:24:03.67 ID:irNzMH2lO
乙!
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/16(火) 08:33:06.16 ID:/wwzYkXrO
おつ。次回は装甲空母のターンですか。
489 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:02:46.78 ID:c5dbWNtMO
※前回のナンバリング間違えておりました、正しくは第20話です。
490 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:03:20.41 ID:c5dbWNtMO




第21話・女三人寄れば心姦しく-1-



491 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:04:15.41 ID:c5dbWNtMO

「憲兵長。今日の駐車場、俺行ってもいいですか?」

「ああ、確か貴様の後輩がいると言っていたな。」

演習組の案内は、憲兵隊の間じゃ駐車場で通じる。

大体バスで来るから、レーンに車誘導したらそのまま母屋へご案内。
面倒見てた後輩の一人だし、せっかくだから顔でも見に行こうかって訳。

「遠路遥々ご苦労様です!演習の皆様はあちらへお願い致します。」

一人一人降りてきて、あいつは何人か誘導したぐらいで出てきた。
艦娘の公的な移動は、スーツの方の制服着てる事が多いんだけど…あぁ、立派になった感あるわ。タンクか作業着のイメージばっかだったもんな。

「先輩、お久しぶりです!またお後でお話出来れば。」

「おう、久々。また後でな。」

話せるのは演習明けかな…確かあいつらはっと…ああ、当たんねえのかぁ。
せっかくだし、後で紹介してやるか。あいつらの後輩でもあるしな。

492 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:05:07.41 ID:c5dbWNtMO



“…どんな子かちゃんと見えないなぁ…翔鶴さん、どう思う?”ガサガサ

“まだ分からないわね…リョウの事だから、きっと紹介してくれると思うわ。”ガサガサ

“クロじゃないといいね…後輩だもん、大分怪しい。いたた…イヌマキってちくちくするわね…。
あ…翔鶴さん、髪にコガネムシ。”

「へ?きゃあ!?」

“やば!リョウちゃん気付いたよ!”

“ごめんなさい!逃げましょう!”

「……何やってんのお前ら?」

「あー…そ、そう!四葉のクローバー探してたの!」

「うん!きょ、今日待機でやる事なくてさ…。」

「小学生か。暇なら丁度いいや、後で詰所来ねえ?こないだ言った後輩来てるから。」

「行くー。また連絡もらっていい?」

「了解。あ、ショウノ。」

「何かしら?」

「髪にイモムシ付いてる。」

「きゃあああっ!?取って!取って!!」


493 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:06:06.90 ID:c5dbWNtMO

それからつつがなく時間も進み、仕事が粗方落ち着いた頃だった。

『お疲れ様です。今演習終わりまして、これから自由時間になります。』

『お疲れ。こっちも落ち着いたから迎え行こうか?』

『いえいえ!見取り図は貰ってるのでこちらから行きますね。』

『そう?じゃあ詰所にいるから、いつでも来な。』


後輩にそう連絡すると、俺はすぐにあの二人も呼んでおいた。
先に入って来たのはあいつら、それから5分としないうちにまたノックが響く。

「失礼致します。」

「はーい…お、来たか。それが艦娘の制服?」

「ええ、お陰様で。艦娘になったの、__教官の勧めだったんですけどね。
ほら、これが今の武器なんです。あ、カートリッジは外してあるので大丈夫ですよ。」

「お、カッコいい。ライフル系上手かったもんな。」

「あの、そちらの方達は…?」

「ああ、こっちが今の俺の上官で…そこの二人は、今日演習じゃなかったうちの空母。二つの意味でお前の先輩だな。」

「それはそれは…ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。
改めまして、航空母艦・大鳳と申します。皆様何卒よろしくお願い致します。」

そう、空母って聞いてたからな。
だったらこいつらにも会わせておこうって思った訳。

『大鳳』か…軍学校の頃の『アレ』から考えると、随分まともな名前になったよな…。


494 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:07:15.22 ID:c5dbWNtMO

「軽空母・瑞鳳です。よろしくね。」

「航空母艦・翔鶴です。よろしくお願いします。」

「ここの憲兵長を務めている__キョウだ、よろしく。」

「ええ、よろしくお願い致します。『ボブ先輩』には以前お世話になっていて…。」

「ぶっ!?」

「ボブ?……ぷっ…。」

「そ、そのツラでボブって貴様…ぶふっ!」

「おい『ガ○パン』、その名前出すなよなぁ…。」

「あ、ごめんなさい。ふふ、でも先輩も今ガル○ンって言いましたよね?」

「まぁそっちの方が慣れてるしな。
懐かしいなぁ、『ブッコミ』や『電球』とか元気してる?」

「ええ、皆相変わらずですよ!」

「リョウ…そ、その名前って何かしら?」

「ああ、コードネームみたいなもん。
年長と年少それぞれ6人でチーム組んで面倒見てたんだけど、そこの教官が映画好きでな。」

「ハートマンごっこしたがってたんですよね。でもすごい優しい人なんですよ。」

「そう。それで変なあだ名付けて呼び合うって謎ルールがあったんだよ。
で、こいつはガ○パンのキャラに似てるからガ○パン。」

「ひどいんですよ。戦車の講習で私が乗ったら、皆笑い堪え切れなくなっちゃって…。」

「あはは、お前らも観ろ!って教官に布教された後だったもんよ。お前もまた妙にキリッとしたツラするしよー。
あの人、部屋に全員集めて鑑賞会始めたもんな。」

「ふふ、ありましたね。」

「へー、楽しそうだなぁ。ねえねえ、ところで何でリョウちゃんは『ボブ』なの?」

「「……!!」」

その時、俺とガ○パン…もとい大鳳に電流走る。

そうだ…俺のコードネームがボブになった経緯は、こいつの名誉も深く関わる…!
う、うーん…ここは上手くごまかすしかねえかな…。

495 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:08:12.14 ID:c5dbWNtMO

「ま、まぁ話すとちょっと長くなるから、また飲みの席ででも…。」

「え、ええ…あの話は確かに…。」

大鳳も上手くごまかしてくれたか…。
『アレ』はなー…さすがにちょっと…。

「ふーん…まぁいいや。ところで大鳳ちゃん、こっち来てくれる?」

「どうしましたか……!?」


づほ…何故熱いハグを交わす。
で、何故自分の胸に手を当てさせる。大鳳の胸揉みながら。


「……今日からあなたも、『私の』仲間よ。」

「この感触…あなたも……!実はさっき初めて会った時からもしかしてって…!」

「うん…私達は、同じ業を背負いし者だよ…!」キラキラ

「瑞鳳先輩…いえ、瑞鳳お姉様!」キラ-ン

「……な、何かしら?」

「ほっとけ…熱い友情を交わしてるんだよ。」

『まな板にしようぜ』に関しては、『素人(巨乳)は黙っとれ』しといた方がいい。
多分奴らの苦しみは、お前にゃ分からん…。

「まあ立ち話もなんだ、折角だし君達も座らないか?」

「え、ええ!そうですね、失礼致します…ダイジョウブカナ…。」

眼鏡は全員をひとまずソファへ促す。
俺らも座り慣れた事務椅子に腰掛け、ちょうどテーブルを囲む形になった。
それで最後に、大鳳がソファの真ん中に腰掛けて。

496 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:08:50.15 ID:c5dbWNtMO





『ボブゥ……!!』



497 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:10:07.86 ID:c5dbWNtMO

後輩が大鳳になったと思ったら、大砲ぶっ放した。

その音色はまさに、俺のコードネームの由来と同じ音。あぁ…思い出すあの頃。
あれは最初の挨拶か…あの時大鳳は俺の横に立っていて、まさにHEY!BOB!的な音が響いたんだ。
一気に重くなる空気、横目で見ると耳まで真っ赤な大鳳…。
あまりの空気に耐え切れなくなった俺は…。

“あーすいません!俺ちょっと今日腹の調子悪くて!!”

“くくく…快音だな!今日からお前の名前はボブだ!!”

“ぶはははは!!ボブ!くっせーよ!!”

“嗅ぐかこの野郎!”

その場は俺が泥被って笑い話に収めたが、ありゃ可哀想だった…。
後で聞いたけど、元々大鳳は腸が弱い方らしくてな。たまにやらかしちまうんだと。

そんな記憶に浸り幾星霜…いや、そろそろ現実に戻ろうか。
ソファは俺らの対面…で、大鳳はそのど真ん中。何ならテーブルと言う名の障害物すらある。

つまり、今回俺は身代わり不可能。

大鳳は俯いたまま、プルプルと震えてる。
ああ…もう耳まで真っ赤…視線を元カノへ…うん、ちょっと腰引けてる。気付いてるねこれ。

ん?腰引いてる……?

498 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:10:48.57 ID:c5dbWNtMO




『プッ』



499 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:14:42.24 ID:c5dbWNtMO

……無理すんなよお〜……!!

痛えよ、気遣いが激痛だよ。お前が真っ赤になってどうすんだよ…半端な事すっからもっと空気重くなってんじゃねえか…!
何だよその無理矢理ひり出した気遣い満載のしょっぺえ音…大鳳の恥が余計に浮き彫りだぁ…。

大鳳は…あ、ダメだこれ、もう笑顔が涙目だ。先輩に気い遣わせて余計死にたい顔だ。
やべえ…どうすんだこの空気。




『………プス-。』



………ん?プスー?

「…くっさ!?づほ、お前スカしたろ!?」

「すまない、これは本当にダメだ。窓を開けよう。」

「…ず、瑞鳳ちゃん、昨日何食べた?」

「ごめんなさーい。昨日ネギ食べ過ぎちゃって。」

「…………!」

づほの落とした爆弾で、その時は気まずい空気も一瞬でどっかに行っちまった。
二人ん時に何度かこかれた事あるけどよ、ここまでのは初めてだぜ…。

500 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:16:07.43 ID:c5dbWNtMO

“ごめんなさい、私じゃちょっと誤魔化しきれなかったわ…。

“ふふふ…ちょっとやらかしたけど、何とか出来たね。大鳳ちゃん、これで大丈夫よ。”

“お姉様方…!”

「さて、やっと抜けたかぁ…てか、づほ大丈夫?腹壊してねえ?」

「どう言う意味よー。」

「そのまんまだよ。」

えほっ…強烈過ぎんだろ…。
3人の方を見ると、何やらアイコンタクトしてる。
はは…づほもわざとやりゃあがったなこんにゃろう…。

以降は女三人寄れば姦しくってな具合で、皆仲良さげに談笑していた。
まぁ、仲良くなってくれたから一安心か…。


「大鳳ちゃん、あとで私の部屋来ない?翔鶴さんも。」

「はい!瑞鳳さん!是非行かせてください!」

「おいおい、飲み過ぎんなよ?」

「大丈夫!今日はお酒は無し!」

へー、珍しい事もあるもんだ。
まぁ大鳳も演習で来てる側だし、づほもさすがに自重か。

……うん、づほ『は』自重してたよ。


501 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/10/18(木) 06:18:03.30 ID:c5dbWNtMO
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 06:48:49.56 ID:lijCELmYO
乙!
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 21:40:38.45 ID:LtysOdKmo
一気に読んだ
おつかーレ
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 23:40:14.18 ID:1vj188fpO
緊張しておならするコンプレックス持ってる娘って
そういえば桂正和の作品にいたなあ
505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/28(日) 00:55:36.88 ID:k3fB/vKA0
やっと復活したんかここ。
ずっとpixivでも追っかけてましたよ
506 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:23:31.23 ID:OX4AzTD0O


「ここだよー。さあさあ上がって。」

「お邪魔します。」

二人を部屋に上げて、それとなくお菓子を取りに向かう。
でも忘れちゃいけない、私…いや、『私達』にはある目的があった。

“翔鶴さん、目的はわかってるよね?”

“もちろんよ。まずはシロかクロか探らなくちゃいけないわね。”

大鳳ちゃんから見えない角度で、アイコンタクトを交わす。
何てったって直属の後輩、何も無いとは言い切れない。
これ以上敵を増やしたくないって意図は共通してたから、私達はこの時初めてがっぷり手を組んだ。

さぁ…今から始まるのは尋問タイム。
覚悟しててね、大鳳ちゃん…!


507 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:24:43.29 ID:OX4AzTD0O






第22話・女三人寄れば心姦しく-2-





508 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:26:07.20 ID:OX4AzTD0O

「リョウちゃんも人が悪いなぁ、こんな可愛い後輩がいたなんてね。」

「いえいえ、皆さんお綺麗じゃないですか。」

「ありがとー。」

テンプレ通りな導入から始めて、まずはじわじわと攻めてく事にした。
軍学校の頃は、むしろ女子の評判良くなかったって言ってたわね…さて、実際に交流のあったこの子の目には、どう映ってたかな?

「皆さん先輩とはどんな経緯で?」

「私は最近異動してきたんだけど、リョウちゃんと前の所で一緒だったの。そこで仲良くなったかな。」

「ああ、じゃあ先輩が憲兵なりたての頃ですね!」

「そうそう。あいつひどいのよー、最初私の事、素で駆逐艦だと思っててさ。」

「ふふ、先輩らしいですね。じゃあ翔鶴さんは今年知り合った感じですか?」

「あー、翔鶴さんはね…。」

「私はリョウの元カノよ。高校生の頃の。」

「え!?ちょっと飲みの席で聞いた事あります!あなたが…すごい偶然ですね。」

「ええ、まさか本当に再会できるなんてね。」

「昔酔っ払った先輩が話してくれたんですよ。振った身だけど、なかなか忘れられない女だって…その、今は先輩とは?」

「そうね、今は憲兵と艦娘かしら。でもいつかは…なんて思わなくもないわ。」

「ロマンチックですね…叶うと良いですね!
じゃあ先輩、今でも彼女いないのね…良い人なんですけど。」

「ふふ、大鳳ちゃんはどうなのかしら?」

「私ですか?そう言う意味では先輩には頭上がりませんね…橋渡しをしてもらったので。」

「橋渡し?」

「ええ、もう付き合ってそこそこな人がいるんです。
最初は私の片思いだったんですけど、先輩が力になってくれて…。」

「ふふ、そうなのね…。」

509 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:28:09.05 ID:OX4AzTD0O

この時翔鶴さんがニヤリと笑ったのを、私は横目でしかと見ていた。

上手く踏み込んだわね…確かに今は、翔鶴さんも過去の自分に思う所がある。
でも過去は過去、事実は変わらない。どこまで話してたかで、この子の翔鶴さんへの警戒心も変わっちゃう…土壇場で賭ける胆力、さすがだわ。

大鳳ちゃんは彼氏アリ…つまりシロ!
翔鶴さん…いの一番に最大の目的を狩る、先手必勝の女ね…!

「ねえねえ、その時ってどんな感じだったの?」

「付き合うまでですか?思い切って相談したら、先輩が色々根回ししてくれたんです。
先輩も細かい係決めに関わっていたので、炊事班を彼氏と同じにしてくれたり、訓練でコンビを組ませてくれたり…。
あ、一つ面白い話があるんですよ。」

「なにー?」

「今日告白しますって報告して、頑張れって返信もらったんです。
夜に寮の裏に呼び出したんですけど、いざ告白ってなると、なかなか上手く持っていけなくて…。

それでちらっと藪の中見たら、迷彩ペイントに暗視ゴーグルの先輩と教官がいて…ふっ…だめ、今思い出しても…。」

「ぷっ!ひひ…その絵面ジワジワくるね。」

「先輩、ハンドサインで何度も突破!って出してて。
で、教官は女性だったんですけど…あの、えっちな意味のサインありますよね?あの指で腕上げて、ライフル!ライフル!って…ぶっ!」

「「んふっ……!!」」

「女傑ですよね。先輩、慌てて止まれのサイン教官に出してましたし。
笑い堪えるのに必死でしたけど…それで力抜けて、やっと告白出来たんです。
OKはもらえたんですが、バレて二人とも彼にお仕置きされちゃいましたね。吊るされて。」

510 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:29:16.55 ID:OX4AzTD0O

「ふふ、青春ね。リョウの軍学校の頃はちゃんとは知らないから、楽しい話が聞けたわ。」

「ええ、その…私のおならのせいでボブってアダ名になっちゃったのは申し訳ない所ですけど。
でも本当に良い人ですよ。私以外の人にも親身になってくれて…。」

「おならぐらい誰でも出るよー。私も何度かリョウちゃんの前でやらかした事あるし。
ねえねえ、他にリョウちゃんの話ってある?女の子の話とかさ。」

ふふ、この際根掘り葉掘り聞き出してやろ。
あいつは油断ならないからねー…男前好きには合わないだろうけど、マニアックな需要はあったと思うもん。
翔鶴さんも興味津々な様子。さて、本人のあずかり知らぬ所で何があったかな…?

「他ですか?そうですね…あ、教官にたまにからかわれてましたね。
巨乳な人だったんですけど、酔った教官に乳ビンタだ!って胸でぶっ飛ばされたり、飲み会で潰れてたらお化粧されたり…。
一時期巨乳がトラウマになりかけたって言ってましたよ。質量と胸元のバッジで相当痛かったみたいで…。」

「「……へぇ?」」

あぁん?乳ビンタぁ?
何と羨まし…じゃなかった、こちとらに出来ない芸当を。
待って、巨乳がトラウマになりかけたって…翔鶴さんもそれなりのものをお持ちよね…。



「……ヨケイナコトヲ。」ギリィ



あ、結構キテる。



511 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:33:30.42 ID:OX4AzTD0O

「今思うと、教官は先輩の事気に入ってたんじゃないですかね。卒業してからちょっと寂しそうでしたから。
からかう奴がいなくなったなぁってボヤいてましたね。」

「あはは…そ、そうなんだ…。」

「皆にスキンシップするの大好きだったんでけど…あのチームの男の人、本当に巨乳ダメになった人何人かいましたから。
本人はじゃれてるつもりなんですけど、実際は胸と剛腕で潰されるヘッドロックになってて…でも先輩には、少しだけわざとやってた気もします。
こう、気持ち胸寄りになるようにと言うか…。」

「あはは…。」

何だろう、今なら少しリョウちゃんの気持ちが分かる気がする…。

いや、その…教官さんに対する云々じゃないの。
その件はあいつに突っ込みたい事満載だけど、今はそれどころじゃないって言うか…何か隣が冷蔵庫って言うか…。

やばいよぉ…しょ、翔鶴さんは…。

512 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:38:14.47 ID:OX4AzTD0O

513 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:39:19.63 ID:OX4AzTD0O

笑顔とは、本来獣が牙を剥くが如き攻撃的なもの。

ま、まずい…これ本当にまずい顔だ…。
ああ、大鳳ちゃん、思い出話本当楽しそうね…目の前に氷河期いるのに…。

「あ、あはは…大鳳ちゃん自身とは何かエピソードある?」

「私ですか?そうですね…これでも格闘には自信あって、よく先輩に相手してもらってました。

先輩、背は高い方じゃないですか?体格差の訓練として組む事が多かったんですよ。
先輩の苦手な寝技に持ち込もうとしても、体ごと投げられちゃったり…なかなか勝てませんでしたね。」


寝技…うん、抵抗すればするほど組んず解れつ…。
本人達にその気がなくても、密着に次ぐ密着…。

何だろう、冷たい通り越して熱さが来るような…。

514 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:40:50.24 ID:OX4AzTD0O

515 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:43:15.49 ID:OX4AzTD0O


げ、限界だ…!!やばい、何か赤いの垂れてるよ…!


“ふふ、胸でトラウマもらってからの貧乳の良さ体験…教官も大鳳ちゃんも有罪ね。”

“ダメよ!大鳳ちゃんに他意は無いし彼氏もいるわ…この子は本当にいい子じゃない、悪いのは教官よ。間違いなくクロだわ。”

“そうね、つまり…”

""キョウカン、ノロウ。””


翔鶴さんの中で、天使と悪魔が葛藤の末手を組んだ。
何故か手に取るようにそんな絵が私の中に見えた時、ポツリと声が掛かったの。

「瑞鳳ちゃん、飲み物忘れたから取りに行ってくるわ…。」

ゆらぁり…と立ち上がった翔鶴さんの腕には、血管が血走っていた。
こ、これは…このまま外に出したら、ボコボコと壁の悲鳴を聴く事になるんじゃ…。
そう思った私は、思わず止めちゃったんだ。

「あ、大丈夫だよ!冷蔵庫にあるから適当に飲んじゃって!」

「いいの?ありがとう…コップ借りるわね。」

危なかったー……。

それから戻ってくるまでは、大鳳ちゃんと談笑してたんだ。なるべく翔鶴さんに意識を向けさせないようにね。
冷蔵庫や蓋の音も聴こえるし、特に変わった音は無し。
翔鶴さんが戻ってくると、コップには透明なものが。あー、冷蔵庫のい○はすかな?


『ぐいっ…!』


相当喉乾いてたんだねぇ、いい飲みっぷ…
ん?何で今私は、飲みっぷりって思った?

そう、私はこの時やっと気付いたの…部屋に漂う匂いに。
無色透明…ああ、今冷凍庫には『アレ』があった……!

516 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:46:17.36 ID:OX4AzTD0O

「……っく…ふふ、リョウは巨乳嫌いにならないわよ…だって…

……私のおっぴゃい大好きだからああああ!!!」ダァン!!


あは…カクテル用にいつも入れてるんだ……98%のあいつ…その名はスピリタス!

あんなの普通のコップで飲んだら、下手したら死ぬよ!?
そう言えば、翔鶴さんが酔ってるの一度も見た事ない…日本酒5杯行った日でも。めっちゃ酒強い…つまり……

普通は潰れるか死ぬ量で、やっと悪酔いになる…!!


「しょ、翔鶴さん…むぐっ!?」

「いい?大鳳ちゃん…これがおっぴゃいよ…!
リョウが寝れるろきね…こっそりこうやって抱きひめれたの…。
いつもはわらひが抱き着いてたけど、そんな時は寝たまま甘えへきひゃわ…それが本当に可愛くて…」

「翔鶴さん!大鳳ちゃん死んじゃう!」

慌ててこっちに向けて、やっと大鳳ちゃんは解放された。
息が上がってる…これまずいよぉ…!

517 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:47:03.85 ID:OX4AzTD0O

「瑞鳳さん…。」

「大丈夫!?」

「おっぱいって……すごいですね…。」スゥ…

大鳳ちゃん、その点は激しく同意するわ。
….ってそんな場合じゃない!翔鶴さんは…!

「……瑞鳳ちゃん…。」

「…ひっ!?」

「…あなたもよく見ると可愛いわね……私の妹にならない?」

「……お、同い年なんで遠慮しておきます。」

「……おいで。」

ずいずい迫りながら言う事じゃない!
やばい、あんな魅力的な乳…じゃなかった!あの勢いの翔鶴さんに襲われたら…!

518 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:49:12.86 ID:OX4AzTD0O

「ふぁ……。」

仕事も終えて、風呂も入った。
後はちょっとまったりして寝るだけかなー、と考えていたその日の夜。

大鳳も諸々終えてづほの部屋に行ったきりだ。
さっき戻るついでにあいつの部屋の前を通ってみたが、特に何か起こってる様子は無かった。

『ブーー!!』

通話?
誰だよこんな時間によ…画面を見てみると、づほのIDだ。

「もしもし?」

『リョウちゃんすぐ来て!ヘルプミー!』


519 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:51:06.41 ID:OX4AzTD0O

「……で、何これ…。」

「あ、あははは…。」

づほの部屋に行ってみると、まず満足そうに召された顔の大鳳。
続いて元カノの方を見ると……。


(x x)キュ-


大股開きでこてんとひっくり返ってた。
また焼いたエビみてえな体勢でまぁ…デニムで良かったわ。死んでねえよな…うわ、酒くさっ!?

「そのー、翔鶴さん、間違ってスピリタス飲んじゃってね…大鳳ちゃんをおっぱい漬けに…。」

「間違って飲むもんじゃねえだろおい…。
飲んでんのはこいつだけって事ね…づほ、責任持って大鳳起こしとけよ?向こうにどやされちまう。」

「はーい。リョウちゃんは?」

「こいつの部屋連れてって面倒見とくわ。
俺も酔ってる時知らねえから、ほっときゃ何するか分からん。」

「…………うん、お願い。」

それで隣に担いで行きはしたものの、ドアノブを前に一瞬手が止まる。

こ、こいつの部屋かぁ…。
いや、やばいもん出てくるなんて事ねぇだろ。入らねえ事には…ん?鍵掛かってんな。

「もしもーし、鍵持ってる?」

「すかー。」

ダメだこれ。多分ケツの所に…ほらな、キーケースあった。
ケースを開けると303と書かれた鍵と、同じサイズの鍵が2つ…ってこれかぁ、俺の部屋の合鍵。
改めて現物を見ると、ゾッとしねえ気分になった。

さて、じゃあお邪魔しますよーっと。

520 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:52:27.19 ID:OX4AzTD0O

「……相変わらずだな。」

既視感を覚えたのは、見慣れた寮の間取りだからじゃなかった。
細かいレイアウトや、飾られてる雑貨の類。その辺の趣味がこいつの実家に寄せられてたからだ。

ひとまずベッドに寝かせて、枕の位置を合わせてやる。
寝顔を見ると、潰れてるとは思えない程気持ち良さげだ。


………。


……アホくさ。
布団で元カノをまるっと隠して、ベッドにもたれて座る。これなら見えねえし。
水でも飲ませるか…しゃあねえ、自販行こ…。

521 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:55:58.66 ID:OX4AzTD0O


「はぁーいじょおじぃー…。」

「うおっ!?」


布団の中からこんにちは。にゅっと俺の横から顔を出したあいつは、相当ニコニコしてやがる。
すると今度は肩に腕が絡み付いてきた。

「えへへ…リョウだぁー…。」

「酒くさ…ベロベロじゃねえかよ。」

「酔っれないわ…むー。」

すりすりと首に頬擦りしちゃくるが、どう考えても熱い。
付き会ってた頃は10代、酔ったこいつは初めて見たな…幼児退行かぁ、めんどくせえ。

「暴れると吐くぜ?水買ってくっから寝てろ。」

「や。リョウと寝るー。」

「却下。じゃあ自販行ってくる。」

「……行っちゃやだ。」

……涙目で言うなや。

後ろからホールドされてると、ついでにこいつの長い髪もわさわさ肩に掛かる。
…今もシャンプー変えてねえんだな。ああ、昔いい匂いだなんて言ったっけ。

「……えいっ。」

「うわっ…!?」

急に重みが増したかと思ったら、もう床の上だ。
全身にずしっと重みが掛かる。どうものしかかられちまったらしい。


「いってぇ…おい、何す…!?」

「…………………ふふ。」


酒臭え舌突っ込まれたら、誰でも固まりますよ。ええ。
そんな風に石になってると、今度は顔面に圧が掛かってきた。

「……!……!」

「おっぱい好きよねー?ほらほらー……。」

「……ぶはっ!おい……あら。」

「………すぅ。」

「寝ちまったか…。」

抜け出しはしたものの、結局首元に抱き付かれる形で落ち着いちまった。
子供かっての…にしちゃあでっけえなオイ。

522 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:57:00.94 ID:OX4AzTD0O






「………リョウ……大好き……。」





523 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 00:59:33.22 ID:OX4AzTD0O

…………はぁ。

ベッドから布団を引きずり下ろして、何とか元カノごと被った。
もうダメだ、このまま寝るしかなさげ。明日身体痛えなこりゃ。

酔った所は初めて見たけど、不覚にも可愛いとか思っちまった。
酔っ払いの相手は疲れるせいだ。どうかしてやがる、とんでもねえ気の迷いだ。


「……そんなツラ、さっさと他の男にでも見せとけっての。」


ぽんと一度頭を撫でて、俺も床に頭を落とす。
そこでやっと天井に目を向けたら……。



『A2サイズの憲兵の写真(盗撮)』



は…ははは…おかしいなぁ、布団と人肌のコンボなのにすっげー寒いぞー?
に、逃げよう…1秒たりともこんな所いれねえ…!

「…ん…だーめ……すぅ…。」

「おい!?」

がちゃんて何がちゃんて!?
ベッドの脚と俺の手首は手錠でがっちり、何度起こしても起きやしねえ!こら!起きろ酔っ払い!おーい!おーーい!!

結局俺は、延々満面の笑みの自分と目を合わせる事になるのだった…。


524 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 01:02:05.57 ID:OX4AzTD0O


「大鳳ちゃん起きて!大丈夫!?」

「……ん…瑞鳳さん!?私寝ちゃってました!?」

「良かったぁ…気い失ってたんだよ?」

大鳳ちゃんもようやく起きて、こっちも一安心。
はぁ……翔鶴さんやばかったなぁ。まさか酔うとああなるなんて…。

「……翔鶴さんは?」

「リョウちゃんに頼んで連れてってもらったよ。ごめんねー、苦しかったでしょ?」

「いえ、大丈夫です……私もちょっとやり過ぎましたし。」

「やり過ぎって?」

「ふふ、翔鶴さんにはちょっと意地悪しちゃいました。」

「あ!まさか…。」

「瑞鳳さんも先輩の事がお好きですよね?
その…翔鶴さんも良い人ですけど、大きいから対抗心が…私、瑞鳳さん側に付きたくなって。」

「大鳳ちゃん小悪魔だねー。ひどいんだよあいつぅ、いつも子供扱いしてさ。」

「ええ、低身長に無い胸…私も最初は彼氏に子供扱いされました…。
……瑞鳳さん!!私に出来る事は協力させて下さい!」

「……大鳳ちゃん!!」

この日私は、大鳳ちゃんと言う味方を得た。
そして私達の間には、さらに先輩と後輩すら超える友情も。

525 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 01:03:29.58 ID:OX4AzTD0O


「私も教官の胸に襲われた事ありますけど、あそこまでハグされたのは初めてでした。

でも……おっぱいって、良いものですね。」

「大鳳ちゃん…心の友よおおおお!!」

「ええ…瑞鳳さん!!」

「私達に胸は無い…でもおっぱいとは、身に付け誇示するものではなく…!」

「その柔らかさと母性と言う神聖を…!」

「「愛でるもの!!」」

ナイスな乳を愛でる空母の会。略してないちち空母の会、結成。
ただし、リョウちゃんをたぶらかす乳は除く…私の中では!!

526 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 01:08:23.37 ID:OX4AzTD0O
久々になってしまいました、今回はこれにて。

そして次回ですが、1話のみの限定で実験的に安価を取ってお話を組んでみたいと思います。
取るのは『登場艦娘』『事件』の2つ。鯖落ち以前に一度やってみたかったのですが、やっと機会ができました。

まずは下1〜3高コンマで艦娘↓

527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/07(水) 01:57:51.18 ID:sADLyG2d0
由良
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/07(水) 03:25:43.30 ID:QuGi1XfMO
葛城
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/07(水) 05:15:56.36 ID:w5ySNnVj0
加賀
530 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 07:04:31.54 ID:OX4AzTD0O
おはようございます。皆様ありがとうございます。
では加賀さんで。久々登場ですね。

続いて下1〜3、低コンマで事件↓
531 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/07(水) 08:58:56.89 ID:ExUylVaKO
加賀に二郎(色々マシマシ)を食わせられる
532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/07(水) 10:33:09.63 ID:gZWugwrD0
加賀の角オナばれ事件
533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/07(水) 11:19:51.11 ID:nTsgb7Yr0
眼の前でぽろりしちゃう
534 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/07(水) 12:14:44.33 ID:OX4AzTD0O
決まりましたね。皆様ご協力ありがとうございました、この結果を基にやってみます。
と言うわけで、次回はまたいずれ。
535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/07(水) 21:03:15.29 ID:b6QuVtGKO
乙です

536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/08(木) 08:32:07.90 ID:0EVf+hnJO
乙です
楽しみにしてます
翔鶴瑞鶴の教官エピソードとか書いて頂くと面白いかも?
後プリン事件とか
537 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:09:40.69 ID:1Iq77JZfO
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538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/09(金) 10:11:13.70 ID:1Iq77JZfO
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539 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:12:06.66 ID:1Iq77JZfO
そう言えば、登場人物まとめの続きを載せてなかったなと。
540 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:12:59.16 ID:1Iq77JZfO

・憲兵長

憲兵の上官、本名はキョウと言うらしい。元・陸軍特殊部隊。
容姿端麗、高戦闘力、頭脳明晰…と実はハイスペックなのだが、その全てが無に帰す程人格は残念の極み。おふざけ大好きにして、タチの悪い変態でもある。しかし鎮守府と艦娘達の日常を守るという信念は、誰よりも強い。
本人は否定しているが、憲兵は彼から強く影響を受け始めている。いわば憲兵の師匠と言える存在。

生前のあきつ丸と交際しており、彼女の戦死を機に特殊部隊から憲兵隊へと転身する。
霊として現れたあきつ丸にその後を心配されつつも、たまに隼鷹と飲みに行く仲になりつつある。

日頃は眼鏡を愛用。幽霊が大の苦手。
磯風の従兄弟でもあり、顔から頭のおかしさまでよく似ているとは憲兵の談。

・あきつ丸

かつて戦死した艦娘であり、生前は憲兵長の恋人でもあった。
怨霊では無いが成仏出来ず、死後も憲兵長を陰から見守っていた。

霊感持ちの憲兵との出会いを機に、ようやく憲兵長と接触を図る事が出来た。
以降は浮き輪さんに取り憑く事で周囲とコミュニケーションを取れるようになり、鎮守府の名物幽霊となっている。
尚、憲兵長と霊体でコミュニケーションを取ろうとすると、彼が気絶してしまうようだ。

憲兵長が真の意味で自分を振り切れた時、成仏出来るのではないかと考えている。
因みにあらゆるジャンルをイケる変態。決して生前の憲兵長との夜の生活を聞いてはいけない。

・提督

憲兵達が担当する鎮守府の提督。憲兵長とは幼馴染。
優しげでゆるい雰囲気とは裏腹に、よく悪巧みに乗ったり発案したりするドSでもある。

艦娘に手を出さないのがポリシー(と言うか本人が部下と認識した瞬間異性と見れなくなる)であるが、その分外部での女遊びが酷く、よくビンタの跡を作っていた。
時雨との件の後、現在は女遊びを一切やめている。

提督としては、良き司令官で上司である事を何より重んじている。
戦果『のみ』非常に優秀らしいが、本人の性格が災いしてか、軍内では核弾頭と呼ばれているらしい。大体上層部をおちょくって遊んでいるせいだ。
541 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:14:02.70 ID:1Iq77JZfO

・大淀

メイン秘書艦を務める艦娘。
提督、憲兵長同様面白い事に目が無いドSだが、彼女は特に頭一つ飛び抜けている。
核弾頭コンビの二人も、彼女には勝てないのだとか。

確信犯的にトラブルの種を蒔いたり見過ごしたりする場面が多く、その瞬間の大騒ぎを見るのが大好き。いわば放火魔タイプ。
鎮守府のラスボス、真の支配者と呼ばれているとかいないとか。

因みに現在交際相手なし、本人も欲しがっている様子は無いがその真意は…?

・磯風

下手の横好きな料理好きで、何かと食に関するトラブルを起こす残念美少女。
憲兵が持病を抱える原因となったのは、そもそもは彼女作のお菓子が引き金。(トドメは瑞鳳の激辛卵焼き)
その後もサンマ霊事件など、様々なトラブルの火種を蒔いている。

彼女作の料理は『BC兵器』『GUSOH』などと呼ばれており、食べると異世界に片足を突っ込む、胃がディストラクションするなどと言われている。
現在新兵器を開発…ではなく、新作料理を研究しているらしい。

憲兵長の従姉妹でもあり、幼少期から彼に料理を振舞っていた。憲兵長はそれを無理矢理美味しいと食べていたらしい。
憲兵長があのキャラになったのは、磯風料理のせいではないか…と、憲兵は密かに思っている。

・山風

憲兵と瑞鳳が以前いた鎮守府の艦娘。
引っ込み思案な性格ではあるが、二人にはよく懐いている。

憲兵と瑞鳳が付き合えばいいなと常々思っており、その邪魔である翔鶴の事は目の敵にしていた。
実際に接して翔鶴とは和解したが、瑞鳳派である事に変わりはないらしい。
憲兵と瑞鳳の結婚式で、ブーケを受け取るのが夢なのだとか。

542 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:15:02.43 ID:1Iq77JZfO

・加賀

憲兵と瑞鳳が以前いた鎮守府の艦娘。
空母合宿の教官を務めるなど、全国の空母の中でも強い権限を持つベテラン。
翔鶴と瑞鶴には目を掛けているが、その分相当しごいたらしい。

態度はクールなものの、若手の面倒見は非常に良い。数少ないツッコミ(お仕置き)枠だが、ボケに転じる事もある。
その昔、ある赤い僚艦との喧嘩から、プリン大戦と呼ばれる名勝負を繰り広げたそうな。

・瑞鶴

翔鶴の姉妹艦にして実妹。憲兵の着任決定以降、姉の暴走に頭を悩ませている。
故に当時から知っている憲兵を恨んでいる様子。

数年前の某番組の放送以来、方々から出演していた某野球選手とキャラが被ってるといじられていたらしい。
本人は耐性が出来たと主張するが、実際の煽り耐性は低い模様。弓に関してのみスイッチヒッター。

最近車の免許を取ったらしいが、運転はあまり上手くはないそうだ。

・飛龍

憲兵達の鎮守府所属。
蒼龍と仲が良く、彼女とセットでいる場面が多い。
憲兵を翔鶴絡みの事で冷やかしては遊んでいる。絶妙に言葉のニュアンスを変えるのが得意。

本人の好みは渋いおじ様。故に若い職員ばかりの今の鎮守府に不満があるのだとか。
特に多聞丸については、実艦の飛龍を羨ましく思っているらしい。

・蒼龍

憲兵達の鎮守府所属。
飛龍同様、憲兵をおちょくって遊んでいる場面が多い。
プライベートでの容姿のギャップが激しく、憲兵はこれに一度騙されている。尚、私服時は憲兵のストライクゾーンに入った模様。

メイクが得意で、私服時に於けるギャップの最大の要因でもあるようだ。
たまに駆逐艦達にメイクを教えているらしい。

543 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:16:47.94 ID:1Iq77JZfO

・時雨

憲兵達の鎮守府所属。
提督に想いを寄せる…と言うか、寄せ過ぎた末にヤンデレ化したちょっと怖いボクっ娘。
子供故に提督も想いに応えられず、そこから病んでしまったらしい。

思い詰めた末に提督宅に忍び込もうとし、その際転落した為入院していた。
憲兵長も手を焼く問題児だったが、憲兵の仲介により、18歳になったら付き合うと提督と約束をする。
現在はその甲斐あってか、精神的には落ち着いた模様。

・秋雲

憲兵達の鎮守府所属。
絵が得意で、趣味で同人活動をしている。

過去に身近な艦娘をモデルにしたエロ同人を描いてしまい、憲兵長にお仕置きされた事がある。
あらゆるジャンルに挑むと言う精神を持ち、男を描けるようになろうとBLに挑戦。懲りずに憲兵達をモデルにしてしまった。

その結果、憲兵長に『漢』しか描けなくなるお仕置きを受けてしまう。
その後数ヶ月間、何を描いても絵柄が世紀末か地上最強の生物になってしまったようだ。

・磯波

憲兵達の鎮守府所属。
写真を特技とする駆逐艦で、鎮守府内の撮影係。一見大人しそうな雰囲気だが、ムッツリスケベな面がある。
あきつ丸絡みの憲兵達のある場面を見てしまい、彼らのホモ疑惑と秋雲BL本の発端となった。

元々素質はあったが、秋雲の件で本格的に腐ってしまった模様。

544 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:18:46.86 ID:1Iq77JZfO

・長門

東北のある鎮守府所属。人としては憲兵の実姉。

勇猛な性格だが、非常に残念な部分も多いらしい。憲兵の苦労人気質は、長門の弟として生まれた時から始まっていたようだ。
仕事として会った際は手を出せなかったものの、実家では何かとやらかしては憲兵に殴られている。

可愛いものと幼女に目が無く、幼少期から弟に女装をさせていたらしい。彼が空手を始めたのも、そこへの反発がきっかけ。
憲兵女装事件に繋がる元凶はこの人。弟思いではあるものの、根本的にズレている。

モテない事を地味に気にしている、黙っていればいい女。

・陸奥

東北のある鎮守府所属。
長門の艦娘としての妹にあたる…のだが、実際は長門の保護者兼ツッコミのようだ。
お互い苦労が分かるのか、憲兵とは仲が良い。

憲兵の知る艦娘の中では、数少ない常識人。
ムツペディアと呼ばれる長門のやらかし記録を付けており、常々憲兵に報告しているらしい。怒ると本当に怖い。

・隼鷹

憲兵達の鎮守府所属。
鎮守府のプロ飲んべえにして、心霊担当。

幽霊騒動の際憲兵達を助けたり、あきつ丸に憲兵を紹介するなど、実は良き姉御肌。
憲兵長に想いを寄せており、あきつ丸に対しては複雑な感情がある。

モテる方ではあるものの、今までは受け身だったらしく、自分からのアプローチは苦手。
故に憲兵長に飲みの誘いを掛ける時は、珍しい顔が見られるのだとか。

545 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:20:17.41 ID:1Iq77JZfO

・ポーラ

憲兵達の鎮守府所属。
憲兵隊の常連さん、理由は言わずもがな。

憲兵との初対面時に過去最大の暴走を見せ、結果憲兵長をキラキラリバースでム○カにした。
憲兵隊の世話になる度憲兵長の上着を汚しており、その為憲兵長は通常より2着多く上着を持っているとの事。
尚、着せられた上着はちゃんと洗って返している模様。その際は流石にシラフらしい。

・大鳳

憲兵の軍学校時代の後輩。演習時に憲兵達の鎮守府にやってきた。

酔っ払った翔鶴に襲われた際、おっぱいに目覚めてしまう。そして瑞鳳と『ないちち空母の会』(ナイスな乳を愛でる空母の会)を結成した。
因みに学生時代憲兵がボブと呼ばれていた原因は、彼女の屁である。

瑞鳳と仲良くなり、彼女と憲兵の縁を取り持つと決めた模様。
現在の恋人とは憲兵のサポートにより結ばれており、恩を返したいと思っているようだ。

546 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:22:50.51 ID:1Iq77JZfO

用語、場所


・鎮守府

現在憲兵達が担当する鎮守府。海軍でのあだ名は『魔窟』。
なぜか艦娘、職員共に癖のある者が多く、憲兵はここに異動してから毎日ドラマティックな生活を送っている。
因みに戦果そのものはかなり上げているようで、提督が核弾頭と呼ばれる理由の一つのようだ。

憲兵隊の出動事案はほぼ艦娘に対してとなっており、「憲兵さんこっちです」ではなく、「憲兵さんこの子です」の方が圧倒的に多いとの事。

・憲兵隊

軍内警察と言う肩書きはあるが、現在は警備や第三者視点での艦娘のケアも行う、『鎮守府の日常を守る』面での何でも屋のような組織となっている。所属は陸軍。

本来は軍関係者が被害に遭わない限り一般人への逮捕権は無く、憲兵がプライベートで犯罪者逮捕に関わった時は警察のお世話になってしまった。
瑞鳳の誘拐に関しては逮捕権が発生しており、憲兵達の活躍で無事解決。

・詰所

鎮守府内の憲兵隊の根城。交番のようなもの。ガス台などの設備も整っており、食事以外の休憩もここで行われる。
居心地の良さから、遊びに来る艦娘も多いのだとか。

憲兵の着任前から磯風の被害を一番受けている場所でもあり、彼の前任者は3日程高熱に苦しみ、過去に換気扇が2回、ガス台が1回新品に変わったと言う。
因みにガス台に関しては、磯風が憲兵長にラーメンを振る舞おうとして犠牲になったとの事。

547 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:24:01.02 ID:1Iq77JZfO

・寮

艦娘・職員共通の6階建。
2階は憲兵達も住む職員用、3階以上は艦娘用となっている。
度々寮でトラブルが起こる為、憲兵は自室から出動する羽目になる事もあるのだとか。

・工廠

日頃爆発物使用報告などでメールのやり取りはしているものの、憲兵はまだ入った事が無いらしい。
整備長とある艦娘で切り盛りしていると言うが…。

・コンビニ

鎮守府最寄りの青いコンビニ。鎮守府関係者が、酒保に無い物を買いに来る事が多い。
たまに街との交流イベントの一環で、艦娘がバイトに駆り出されるそうな。

548 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/11/09(金) 10:25:14.13 ID:1Iq77JZfO
とりあえず今の所はこれで全員、本編はしばしのお待ちを。
549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/09(金) 15:26:09.10 ID:Sz+M8j/bO

待ってます
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/09(金) 17:00:44.49 ID:UfYyFDFr0
乙!
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/09(金) 20:53:48.26 ID:XqukPFQd0

山風ちゃんが天使
552 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 22:53:32.23 ID:xUF2dj1mO

「リョウも休憩中?」

「ん?ああ、こっちもな。」

自販機でジュース買ってたら、元カノ姉妹に声を掛けられた。
あいつらは水買って、珍しく豪快に行ってる。暑くなってきたもんなぁ…と思ったが、この時二人とも、気持ちやつれてるような気がした。

「何か顔死んでねえ?」

「うん、午前中がね…お昼食べてないし。」

「アレは一回リョウさんにやらせてみたいね…。」

「アレ?」

「昔加賀さんに散々しごかれた訓練なんだけど、アレやると未だに食欲ガタ落ちなのよ。
体力的にもキツいけど、何より思い出しちゃう。」


“あの二人には、『魚に餌をたくさんあげて』もらったもの。”


あー、そんな事言ってたな…変形ダッシュ30本とかか?
二人ともスパッツにTシャツとラフな格好だが、よく見りゃ手足にプロテクターだし、上も着替えたて。
プロテクター…結構エグい事やってんのかな?

553 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 22:54:30.01 ID:xUF2dj1mO

「……具体的には?」

「艦娘の海上移動って、靴の艤装でしょ?
だからインラインスケートでジャンプや急転換もしつつ、弓を射る訓練…勿論艤装の補助無し、完全な生身。」

「うわ、死ぬなそれ…。」

「戦闘を想定して10分1セット、途中休憩あり。ただ…加賀さん、丸一日それやらせるから…。」

「鬼だよね。堤防でゲーゲー吐いてたら、“サビキ漁ね、小魚の餌になるわ。”って…。」

「“その小魚を食べた秋刀魚が秋には獲れるの”とも言ってたわね…ふふ、去年の秋刀魚は太かったわ…。」

「いやぁ、それ俺でも多分吐くわ…。」

今の話で真っ先に思い出したのは、あの空母式ウィリアム・テル。
そう考えると、加賀さんも大概Sっ気あるよなぁ。

「でもお前らもよくやるよな。結局午前は自主でやってたって事だろ?」

「七面鳥より大っ嫌いよあの訓練…ただ、プラスになるのは間違いないからね。」

「そう、足腰とバランス感覚は重要だもの。いくら艤装があるって言っても、実戦は結局水の上だから…。」

「何だかんだ尊敬してんだな。」

「いや、艦娘としてしか尊敬出来ない!人としてはてんでダメよ!
態度能面だし!食い意地張ってるし!炙りレバーの怨みまだ覚えてるんだから!」

「ま、まあまあ…。」

「炙りレバー?」

「大好きなの。でも打ち上げの飲み屋で頼んだら、気付いたらレバーだけ食われてた…。」

「ああ、前んとこん時、加賀さんよくレバー食ってたわ…。」

「心身共にボコボコな合宿終えての大好物…なのに食われて無いのよ?その日お店のラス1だったのに!」

「…そ、そりゃさすがになぁ…。」

ちょっと同情するぜ…おや?誰からだ?

「………。」

「リョウ、どうしたの?」

「……今日、加賀さんこっち来るってよ。山風連れて。」

554 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 22:55:30.99 ID:xUF2dj1mO





第23話・TAVEMONO NO URAMI-1-




555 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 22:57:17.84 ID:xUF2dj1mO

「山風来るの!?」

「づほんとこにも連絡来た?要手渡しの書類持って来るだけだから、遊び来るようなもんだって。」

「山風って?」

「ん?あっちの駆逐の子だよ。俺とづほの妹分。人見知りだからいじめんなよ?」

「いじめないわよ。まさかあの訓練やろってなった日に来るって…虫の報せかな。」

「ふふ、山風ちゃん可愛いわよ?」

「お、1時間後に着くってさ。
この後暇な奴いる?出来りゃ憲兵隊で預かってくれって言われてんだけど、眼鏡いるから多分ビビるんだよな。誰か女の子いると助かる。」

「私空いてるよ?翔鶴姉が推すくらいなら会ってみたいし。」

「じゃあ頼むわ。」


で、妹と詰所で待つ事1時間と少し。
こん、こん…と、ちょっと弱々しいノックが鳴った。

「お邪魔します……。」

「お、来たな。こっちこっち。」

「…兄ちゃん…!」

「おいおい、そんな久しぶりでもねえだろー?」

「えへへ…。」

入ってきて早々、真っ先に俺んとこ飛び付いて来た。
まぁ可愛い妹分だ、こんな時ぐらいたっぷり撫でてやろう。

556 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 22:58:22.57 ID:xUF2dj1mO

「…ほう、君がこの前来ていた子か?」

「……!?は、はい…白露型駆逐艦、山風です…。」

「ああ、失礼。私がここの憲兵長、磯村キョウと言う。
リョウの妹分だそうだな、よろしく頼むよ。」

「……はい、よろしくお願いします。」

「大丈夫だ、怖がらないでいい。まぁ私はこんな顔だからな、それも無理かもしれんが。はっはっはっ。」

「……ふふ…。」

こいつが初対面の奴に頭撫でられてるだと…?
はー…意外だわ…。

「磯風で慣れているからな。赤子の段階から、あの子で子供の世話は学ばせて貰ったものさ。」

「子供は邪心を見抜くもんだって思ってましたけどね…。」

「…恋に落ちた女以外は、私にとって愛でるもの以上にはならん。ましてや子供はな。」

こいつの変態も、どこまでマジか最近分かんなくなってきたな…。
で、眼鏡は置いといて、もう片割れは…


「……かわいー!!」

「…むっ…!?」


血は争えねえ。

さっきから我慢出来ねえ!って顔してたが、案の定飛び付きやがった。
あーあー、初回でアレやったら嫌われんぞ…。

557 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 22:59:33.93 ID:xUF2dj1mO

「リョウさんずるいよー!こーんな可愛い子いたなんて!
山風ちゃん!私瑞鶴!翔鶴お姉ちゃんの妹だよ!」

「……翔鶴さんの?本当?」

「うん!」

ぎゅーぎゅーと抱き着かれたまま、山風は『何か』を確かめてる様子だ。
何だろう、嫌な予感がすんだけど…。



「……嘘…だっておっぱい無い…。」



その瞬間、妹が砕けた。



「……おい、おーい?」

「……はっ!?山風ちゃん、でも私妹なんだよー?ほら、似てるでしょ!」

「……構わないで。瑞鶴さん、何か固いもん。翔鶴さんはもっとふにふにしてた…。」

「か…かたっ…!?」

ははは…あーあ、嫌われちまったかぁ…。
こうなると大変なんだよな、俺らも最初は苦労したわ。

558 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:01:21.46 ID:xUF2dj1mO

「兄ちゃん…。」ギュ-

「あらら。まぁまぁ、後でづほも来るから待ってな。」

「うん…づほ姉いっぱいふにふにするんだ…異動前とか去年より柔らかかった。」

「……山風、それ絶対づほに言うなよ?」

「どうして?」

「どうしてもだ。」

腹か?それとも腕か?
確かにこの前少し重くなった気がしたけどよ…。

「や、山風ちゃん、私も瑞鳳お姉ちゃんっぽくない…?ほら!おっぱい無いし!」

「さらっと先輩disんなよ…妹、お前動物と子供に嫌われるタイプだろ。がっついて。」

「ふぬっ…!うう、だって可愛いんだもん…。」


「まだまだ母性と優しさが足りないわね。それでは年上の男しか引っ掛からないわ。」


その時ドアの音と共に、覚えのある声がした。
そこにいたのは勿論…

559 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:03:53.34 ID:xUF2dj1mO

「加賀さん!」

「げ…もう来たの。」

「書類渡すだけだもの。リョウと瑞鶴だけなのね、あれから変わりはないかしら?」

「ええ、お陰様で。づほも元気にやってます。」

「リョウさーん、しっかり病気になっちゃったでしょー?加賀さん、この人痔になったんですよ!」

「痔に?リョウ、もしかして『赤辛』かしら?」

「おめえなぁ…ええ、づほがぶちかましました…。」

「うちは提督が患ったわね…ここの子達は知らないから、止めようも無かったようね。」

ああ、あっちの提督も持ってたな…今となっちゃ俺の方がハードな気がするぜ。
そうでなくても、何かとケツに集中砲火が来てるからな…。

「痔…?兄ちゃん、お尻悪いの…?」

「あ、ああ、あれからちょっとな…大丈夫だ、心配いらねえよ。」

「ん…。」

「どうした?そんなに引っ付いて。」

「これで痛いの飛んでく…。」

ぎゅーっと腰に抱き付いて来たかと思えば、山風はそんな事を口走る。
……やべ、俺今泣きそう。良い妹分を持ったぜ…。

「山風ー!!よし、膝枕してやる!」

「ほんと…!?じゃあお邪魔します…。」

ケツもソファに座れるぐらい良くなって来た。
山風を膝枕してやると、何とも嬉しそうな顔だ。へへ、可愛い奴め〜!

で、妹はそんな俺らをワナワナした顔で見てた訳だ。

560 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:06:39.13 ID:xUF2dj1mO

「……ずるい!」

「この子はリョウと瑞鳳にはべったりだもの。それと私にもね。
よく一緒に寝ているけれど、たまらないわ。」

「うん、加賀さんあったかい…。」

「ぐぬぬ…鉄仮面の癖に〜!」

「鉄仮面は否定出来ないわね。
でも瑞鶴、目に見えて短気なのは良くないわ。特に子供にとっては。
磯村さんをご覧なさい。失礼な言い方になってしまうけれど、強面の彼でも山風の心を開けたもの。本質は雰囲気に出るものよ。」

「いえいえ、褒めすぎですよ。」

「う……。」

「ま、まぁまぁ…。」

加賀さん、確かにキレても顔変わんねえ人だもんな。
ボソッと「頭に来ました。」って言われんのも怖えけどよ…。

妹も似たような事思ったのか、その後こう言ったんだ。

「じゃあ…加賀さんって、声荒げてキレた事ってあるんですか?」

「私?そうね、何度かあるわ。」

「「「「え?」」」」

質問しといてアレだろなんて言えねえ。
この時全員、その答えに思わず聞き返しちまったもんだ。
561 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:10:24.68 ID:xUF2dj1mO

「……そう、あれは私が艦娘になりたての頃。
その頃住んでいた寮は2人部屋で、私はある艦娘と相部屋だった…リョウ、赤城と言う名を知っているかしら?」

「赤城…あ!何度か本名でテレビ出てましたよね!」

「ふむ、私も季刊誌で見たな。確か大食い大会だったか?」

「そう、あの赤城さんよ。今でもプライベートではよく会うわ。

あれは艦娘になって三週間目、その部屋に冷蔵庫は一つだけだった…。
任務に慣れ始めはしたものの、疲れもまた溜まり始める頃。私達は言葉を交わすでもなく、こう考えていた。

“甘い物が食べたい”と。

しかしまだ初任給すら迎えていなかった私達は、お金が無かった…。
当時の鎮守府は、自転車で少し行けばスーパーがあった。
コンビニに比べれば割安、それでも当時の所持金では辛い。そんな中、私はある光明を見付けた。

それは3個入り100円のプリン。
それより安いプリンもあったけれど、15円の差で総合的な量は上…迷う事など無かった。

帰宅して冷蔵庫を開けると、もう一つ同じプリンがあった。
赤城さんも似た状況、先に同じプリンを買っていたのでしょう。
私は明日生きてこのプリンを食べると決め、その隣に自分の分を入れたわ…。

そして翌日。
新任の私にとって、その日は激しい戦いだった…満身創痍、ズタボロ…そんな言葉ですら陳腐。それは赤城さんも同じだった。

結果として、私達は長時間の入渠を余儀なくされた。
赤城さんとの入渠時間はせいぜい15分差。その間私はひたすらにこう考えていた。
562 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:16:16.00 ID:xUF2dj1mO

563 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:18:20.58 ID:xUF2dj1mO

もうプリンの事しか考えられない。
長い入渠時間さえ一瞬に思えるほどプリンを待つ気持ちは永遠。
待っていて、私の愛しい人(プリン)…!
入渠が終わった瞬間、私はバスタオルのまま部屋へと駆け出した。

白い冷蔵庫、それは天国の色。
この扉を開ければそこはヘヴン…!

だけど…。」

「「「「……だけど?」」」」

「……3個入りのプリンは、2つになっていた。

テーブルを見ると、空いたプリンの容器が『3つ』…そこに座るジャージの女の手には、食べかけの『4つ目』のプリン…。
彼女は硬直する私を見て、気まずい感じで微笑んで…。

564 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:19:07.55 ID:xUF2dj1mO




『ま、慢心してはダメですよ。名前は書いておかないと…。』



565 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:21:04.85 ID:xUF2dj1mO

『赤城さん、頭に来ました…あだけなさんなま!!(ふざけんな)』

子供の頃以来に声を荒げたわ。
以降は故郷の石川弁でひたすらまくし立て、過呼吸気味になる程私は激怒した。
もはや何を言ったかも覚えていない。いつのまにか赤城さんも怒りに火が着いて、激しい言い争いになっていた。

私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の赤いのを除かねばならぬと。
もう許さない。絶対ぶっ殺す。今なら空母棲姫すらワンパンで殺れる。

さながらカラメルの如くドロドロとした怒りに駆られ、拳を握った瞬間ドアが開いた。
そこには騒ぎを聞きつけた当時の提督…その時私達に迷いは無かった。

『提督、少しお手伝いをお願いできますか?』

『大丈夫。矢って鎧袖一触かもしれないけど、上手くやりますから…。』

こうして当時の提督を審査員兼生贄とし、あの空母式ウィリアム・テルは生まれた。
以降、本部では伝説の一戦として語り継がれているのよ…。」

「く、食い物の恨みって怖いですね…。」

「ええ、宇宙よりも遠く、海よりも深きものよ…。」

うわぁ…そ、そこまでか…。
前んとこで駆逐連中の喧嘩の仲裁したけど、確か食い物が原因だったな…アレも大概ヤバかった。あの潮が凄え怖かったもんよ…。

…ん?食い物の恨み?少し前にそんな話聞いたような…?

566 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:22:59.25 ID:xUF2dj1mO

「加賀さん、心中お察しするわ…『よーく分かる』もの…でもあなたも大概ですよね?」

「何の事かしら、杉○。」

「瑞鶴よ!!
そうね、あの時の借しはまだ返してもらってないもの…合宿の時の炙りレバーの怨み、晴らさせてもらってもいい?
……そんな事あったら私の気持ちわかるでしょ!?思い出したら腹立って来たわ…!!」

「ふふ…私はあの件でこそ学んだのよ。所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬと。」

「へぇ、鉄仮面の癖に藤○竜也に例えるんだね?いいわ、デ○ノート並の顔芸させてあげる…悔しさでね。」

「悪いけれど、あなたがこの先私と言う先輩の土下座を初めて見る日は、永遠に来ないわ。
せいぜい自爆で陽○鋼を使ってしまいなさい。」

「…察しは付いてるみたいね、私が何をしたいかを。」

「空母式ウィリアム・テル。受けて立つわ。」

「負けた方は焼肉を奢る。それでいいわね?」

「レバーの美味しいお店を探しておいてちょうだい。」

「と言うわけで…。」

「リョウさん、お願い!!」「頼むわね、リョウ。」


………え?俺ぇ!?


567 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:24:39.37 ID:xUF2dj1mO

「待て待て待て!!俺に何のメリットあんだよ!?」

「では、リョウにも焼肉を奢ると言う事でどうかしら?」

「大丈夫!!この前と違ってガチで射るから!変な事しないって!!」


この二人の腕は確か…それがガチ勝負…。

つまり、逆に考えれば身の安全は保障されてると言っていい…。

素人の矢じゃない…誰が勝っても焼肉食える…。
いや、でもこの前みたいに象さんが号泣……いやいやいや、この二人が本気でやればむしろ安全…。


……何にせよ、人の金で焼肉が食える。


「………お二方、ゴチになります!!」


結論、誘惑に負けました。
そしていざ尋常に勝負と行くんだが…。

まぁ、案の定大変な事になったよ。

568 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/12/06(木) 23:25:23.55 ID:xUF2dj1mO
今回はこれにて。続きはまたいずれ。
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/07(金) 08:14:13.90 ID:UbcfS2+dO
乙!
570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/07(金) 08:55:39.71 ID:xWJejZSYo
おつ
瑞鶴 左で引けや
571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/13(木) 11:16:03.16 ID:C2HBzmviO
乙乙

やってやろうじゃねえかこの野郎!!
572 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 20:59:33.64 ID:FN/JI0LlO
時間別れちゃうかもですが、投下します。
573 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:00:36.64 ID:FN/JI0LlO





第24話・TAVEMONO NO URAMI-2-




574 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:01:09.92 ID:FN/JI0LlO

「では、改めてルールを確認するわ。
原則リンゴを射抜くのは禁止。矢を用いた何らかの方法で落とす事で成功とする。
また、台役に怪我をさせてもならない。その際は失格、怪我をさせた者が敗者となる。」

「うん。今回は何投で行くの?」

「先に3投成功させた者の勝ちにしましょう。」

「いいね、吠え面かかせてあげる。じゃあ…行きましょうか。」

話も纏まり、遂に弓道場へ移動が始まる。
あ、山風寝てんじゃん。可哀想だけどちょっと起こさねえとな。

「山風ー?ごめん、ちょっと移動するから起きて。」

「ん……あれ、兄ちゃん、何か頭に引っかかってる…。」

「ん?ああごめんごめん、俺のバックルだな。リボン引っかかってる…よっと。」

で、その場の全員で弓道場に移動…と思ったら、何やら弓道場の方が騒がしい。
扉を開けると、見物席の方にギャラリーがずらりと。

「………憲兵長。」

「ふっ…丁度皆も帰港した頃かと思ってな。祭は大人数で楽しくだ。」

「あんたなぁ…。」

ドヤ顔でスマホ突き付けんなや。
まぁいい、今回俺はお客さんと決め込ませてもらうぜ…くくく、何てったって焼肉は確定してるからな。

575 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:01:57.77 ID:FN/JI0LlO

「リョウちゃーん、楽しそうな事してるねえ。」

「ふふ…ここならしっかり瑞鶴を応援出来るわ。」

「げ、お前らだけここかよ…まさか…。」

「各チームのアシスタントよ。間に合うようなら手伝ってとお願いしたの。」

……俺に眼鏡、アシスタントはづほと元カノ……。
あれ?だんだんいつものメンバーに…へ、へへへ…気にしすぎだ俺…大丈夫大丈夫…。

「…では、まずは双方ウォーミングアップと行こうかしら。先に私から行くわ。」

まずは試射。頭にリンゴをセットし、加賀さんの方を向く。
狙われてんのにすげえ安心感だ…この人なら大丈夫。そう思っていると、妹が何やら元カノに耳打ちしてるのが見えた。

……元カノ、何であんな照れてんだ?

576 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:02:36.64 ID:FN/JI0LlO

「せんぱぁ〜い♪」

「……何かしら、瑞鶴。」

「…ズイカク、ハズカシイワ…//」

「ショウカクネェダイジョウブダッテ!」

何かボソボソ言ってんな…お、二人で並んで…。

「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」

「肝心な時に外すー♪」


命知らずいた!!

577 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:03:35.80 ID:FN/JI0LlO

「………。」

「ふっ…リョウも呆れているようね。私がその程度で煽られると思うのかしら。」

「加賀さぁん!最近何かあったらしいじゃないですかぁ!ホラショウカクネエ!モッカイイクヨ! 」

「…ズ、ズイカクッテバ…」

「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」

「遠恋の彼に振られーる♪」

「え!?別れてたの!?」

そうだ…加賀さん新人の頃の提督と付き合ってたわ…。
別れてたのもびっくりだけど、ただ今は…!



『ぱんっ…!』



その瞬間、衝撃の事実以上の衝撃波が頭上で発生した。
安全の為の吸盤矢…だがそいつの威力は、リンゴを霧の如く粉々に粉砕した。
キラキラと舞う果汁は、さながら加賀さんの悲しみのよう…しかし俺の眼前には、真逆のものが映る。


「……カチ殺すぞこのダラブチ(馬鹿たれ)がぁ…!」


い、石川弁の仁王だ…!
「頭に来ました」なんて決め台詞もねえよ…ああ、深海棲艦っていつもこんな気持ちなのね…正直ちびりそう。

578 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:04:13.34 ID:FN/JI0LlO

「ふっふっふっ、ウォームアップからもう失格?これは美味しい焼肉が食べられそうだねー。ね?リョウさん!」

「馬鹿野郎!誰でもキレるに決まってんだろ!?加賀さんに謝れや!!」

「嫌よ!元はと言えば加賀さんへの恨みだもん!」

「……リョウ、大丈夫よ。危ない目に遭わせ
てごめんなさい。」

「加賀さん…。」

「おや?大人しくなっちゃって…アラサーは怒るエネルギーも減っちゃう?」

「何とでも言いなさい、虚勢を張るのが如何に無駄か理解すると良いわ。瑞鶴、次はあなたの番よ。」

「ふふ、そうね。バシッと決めちゃうんだから。リョウさん、行くよ…!」

すんなり引き下がった…かと思ったんだが、妹が構えた時、ある変化が俺のポジションからは見えた。

加賀さん…にやけてる?


『ぱぁん!!』


その破裂音の直後は、びいぃぃん…と言う音が後ろから響くだけだった。
ちらりと後ろを向くと、貫いたリンゴごと壁に吸い付く矢……アレ、当たったら死んでたなぁ…。

そして妹を見て、俺は数時間前のあるやりとりを思い出した。


“アレは一回リョウさんにやらせてみたいね…。”

“昔加賀さんに散々しごかれた訓練なんだけど、アレやると未だに食欲ガタ落ちなのよ”

“堤防でゲーゲー吐いてたら、“サビキ漁ね、小魚の餌になるわ。”って…。”


アレは午前の話だ。今はそろそろ乳酸溜まって来る頃。
で、肝心の妹はと言えば……。


「はぁっ……はぁっ……!」


……お前めっちゃ疲れてんじゃねえか!!


579 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:05:03.66 ID:FN/JI0LlO

「その格好、今日は加賀式訓練法をしていたようね。
瑞鶴。努力は認めるけれど、今回は大人しく引き下がった方が身と財布の為よ?
このままならば、私がご馳走になるだけだわ。」

「嫌よ…意地でもレバーの恨みは晴らす…!この右腕でね!
何なら無駄な力抜けて良い感じよ!」

「ふっ…今日は美味しい焼肉にありつけそうね。」

加賀さん、あいつが疲れてんの見抜いてたのか…年の功ってやつかね、おっかねえなぁ…。
でもやべえな、下手すりゃ今日は肉どころじゃねえぞ。俺の頬がウェルダンになりかねねえ。

ジャンケンしてる…先攻は妹か!

「リョウさん、行くよ…!」

来る…!
空気が張り詰めるが、妹の右手は少し震えていた。どう狙って来る?
溜めがピークに達したその瞬間。

「瑞鶴、そう言えば__君とはどうなったのかしら?」

「んがっ!?」

矢は俺やリンゴにかすりもせず、実に勢いよく植え込みに突っ込んで行った。
そう、さながら一方通行な恋の如く明後日の方向に。

「〜〜〜〜!!」

「加賀さん、__君って…。」

「そう、空母合宿の時の整備さんよ。瑞鶴が無理矢理LINEを聞き出していたはずだけれど。」

「瑞鶴…それ私も初めて聞いたわ。」

「……グス…う"う"、ぢゃんと付Wき合えたら翔鶴姉に報告じようど思って……でもぉ〜!」

「良い子だと思うんですけど、僕、短気な所がある人とはちょっと合わなくて……と言っていたわね。」

「……って聞いてたんかい!!」

「ええ、申し訳無さそうに話していたわ。」


き、傷に岩塩の塗り合いだなぁ………わぁ、女って怖い。
これで妹は現状無得点。次は加賀さん…どう出る?

580 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:06:06.01 ID:FN/JI0LlO

「加賀さん!あの提督最近幸せそうだって聞きましたよ!肩の荷が下りたんじゃないですか!」

「おうコラ妹!今正月じゃねえんだよ!!」

「リョウ、安心なさい…もはや私に失うものは無い。どんな煽りにも耐えてみせるわ。

………加賀、参ります!」


…………!!

これが一航戦の迫力…!!
震えでリンゴを落とすなんて事も出来ねえ、ビビってらんねえ程の凛とした緊張感。
1秒1秒が長い……来る!!


『ひゅっ…』


その小さな音が聞こえた時、掠った感触も無く足元へリンゴが落ちた。
当たってない…一体何を…?


「……やられた。羽にだけ掠らせたね。」

「ええ。台役へは一切の振動も無いように。瑞鶴、当てるだけなら腕を磨けば出来るわ。でもそれ以上になれば、外す事さえ自在。
鎧袖一触…その力をコントロール出来てこその一流よ。」

「くっ…!」

俺の異動前はまだ付き合ってたから、本当最近だよな…そろそろケッコンカッコガチなんて皆言ってた。
加賀さんすげえよ、あの精神力は見習いてえ。

581 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:07:13.00 ID:FN/JI0LlO

「次、瑞鶴。」

「ふふふ…今日は勝ちに行くよ!
5年付き合った末の失恋!ならその未練たらしいサイドテール刈り取ってやる!奢りの悔しさで全部忘れちゃえ!」

「あなたも振られたでしょう?」

「つ、付き合えてないからノーカン!」

あーあー、そう言う所が杉○って言われんだよ…。
お、来た来た…妹もすげえ迫力だな。疲れてるから余計気い張ってやがる。

「瑞鶴。」

「…何よ。」

「男は25過ぎて童貞なら魔法使い。じゃあ処女で25過ぎると何になるのかしら?
……成人おめでとう、25までの5年はあっという間よ。立派な魔女になりなさい。」

「………っけんなこらああああ!!」

無かったはずの衝撃波が俺を襲いましたよ、ええ。無かったはずのが。
頭のリンゴは無残に霧散、ついでに俺も思わず尻餅ついちまった…。

その後もギャーギャー騒ぐ妹を尻目に、加賀さんは難無く神業を決めて加点。
現状2-0、どっちが勝っても俺は得………しかしこの時、俺の中にはある不安があった。


「はぁっ…はぁっ……ちくしょう…!」


妹は訓練疲れと怒りで正常じゃない。
そして次はこいつのターンだ。

つまり…次何かあったら俺は死ぬかもしれない。
矢を持とうとする手からもうプルプルしてる。アレで来られてもしもが起きたら…。


……!!そうだ、確かあいつは……!!


582 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:08:01.56 ID:FN/JI0LlO



「おい!妹ぉ!!」

「……何よ。」

「どっち立ってんだよ。左で引けや。」

「私スイッチだけどね…今日は加賀さんに真っ向勝負する為に右って信念持ってやってんのよ。」

「………………。」

「…………。

……やってやろうじゃないのよこの野郎アンタ!!半端ないとこ見せてやるわアンタ!!」




583 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:08:36.76 ID:FN/JI0LlO
よっしゃ!!
さて、これで少しは安心…どんな手で来る?

「ふふ……いい天気だねー。燦々と輝く太陽。
もう夏だけど…今日が加賀さんに初勝利の初日の出!!お前ら拝め!!あの太陽を!
そして太陽に輝くのは黄金射法!!さぁ!行っちゃうよおおお!!!」

行った!!

上…どこから来る!?
動くな…動けば前と同じ悲劇だ。妹の本気だ、俺を貫く事はねえ。
見えた…さぁ来やがれ!こっちはもう覚悟は出来てるぜ!!



『きんっ………!』



……………きん?



584 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:01:13.82 ID:FN/JI0LlO

直後、下半身を爽やかな風が駆け抜けた。

衣擦れの感触すら無く俺のズボンとパンツは足元に舞い降り、リンゴはその後にころりと落ちる。
留め具が曲がり、そして無残に砕けたベルトのバックル…ああ、山風のリボンで壊れかけてたのね…それでトドメ刺されたと。

バックルが最期のお勤めとして、俺のマイサンは守護ってくれた。
ただし、すれすれを掠めた吸盤の先は、薄皮一枚で俺のズボンとパンツを切り裂いたのだろう。

この長々とした思考の間、現実世界では恐らく1秒。
直後、当然のように観客席から大音響が響き渡った。


「「「「「「「きゃああああああああああ!!!!????」」」」」」」


磯波…何でそんな恍惚とした目でこっち見てんだ…俺と眼鏡を交互に。
秋雲……作家モードで焼き付けようとするのをやめなさい。
おいこら磯風、なるほどキノコ料理かって囁いてんの見えてんぞ。

元カノよ……聖母のような笑みで凝視するのをやめてくれませんか。

瞬殺でズボンをずり上げ隠すもんは隠した。
だが、呆然としてワンテンポ出遅れた事実は変わらない。
晒された醜態…折れかけた心……そこにトドメを刺す奴らが2名程いた。


「リョウちゃんの、普通だね…。」

「ええ、普通ね。」

「え!?そうなの!?」


普通って言うんじゃねえよ……事実だ。

585 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:03:41.34 ID:FN/JI0LlO




「良いレバーね。流石に気分が高揚するわ。」


敗者、妹。

俺たち3人は約束通り、妹の奢りで焼肉に来ている。
うん、牛タン美味しいね…何かしょっぱい気がするけど。涙で。

「………今月焼肉行こうと思ってたけど、予定の3倍だわ。」

「人の金で焼肉が食べたい。
メジャーリーガーもTシャツに刻む程の人類共通の欲望よ。あなたは正月だけのレギュラーだけれど。」

「だから杉○じゃない!どこが似てんのよ!?」

「お前のそういう所だよ。恥かかせやがって。」


586 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:05:22.81 ID:FN/JI0LlO

「何よー、アンタがネタ持ってないからでしょう?
大体顔だけ女みたいで細マッチョ…だったらアンタが短○か巨○だったらまだ笑いになってたわよ!アレ私も気まずかったんだから…。」

「俺の息子にゃ罪はねえ!大体普通普通って他の奴の見た事あんのかよ!?」

「………お、お父さんとお爺ちゃんのなら…。」

「ほれ見ろ!」

「うW……。」

「………リョウ、その辺にしておきなさい。」

「加賀さん…。」

……っと、メシん時に良くねえ話しちまったな。
あーあ…でも普通で悪うござんしたねぇ、バカヤロー。
俺だって笑いで収められてりゃまだなぁ…駆逐よりも、大人組の何とも言えねえリアクションの方がダメージでけえのは何だろう。

587 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:06:18.23 ID:FN/JI0LlO

「リョウ……気にすることではないわ。男の価値は通常時では決まらない。

男の価値とは……いざと言う時に輝けるかよ!!」

「………加賀さぁん!!」


………加賀さん、一生ついて行きます!!心の師匠よ!!



588 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:07:51.05 ID:FN/JI0LlO


「ふー…食った食った…。」


何だかんだ美味かったなぁ。
部屋で一息つこうと窓を開けると、ドォン…と低い音が聞こえる。
ありゃ工廠か…遅くまで頑張るなぁ。

そういやメールのやり取りはしてるけど、未だに入ってはねえな。
眼鏡が言うにゃ、素人が下手に入ると事故りやすいからって言ってたけど…。

この数日後、『仕事』で初めて工廠に入る事になる。
やっぱりなって言うか……ここは魔窟だと、またしても感じる事になるんだよ。


589 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:10:56.09 ID:FN/JI0LlO
今回はこれにて。
大変遅くなってしまいましたが、ご協力いただいた安価の通り、加賀さんの目の前でポロリとなりました。
ありがとうございます。そしてごめんなさい。

次回工廠編と行く前に、ちょっと番外編を挟もうと思います。
眼鏡と酔っ払いのお話。またいずれ。
590 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/08(火) 00:44:44.90 ID:6SNhkWa3o
瑞鶴杉谷煽りすきい
591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/08(火) 15:23:24.56 ID:TfKQrxOk0
乙!
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/18(月) 14:16:20.81 ID:ByFXjXPHo
念の為保守
593 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:07:57.91 ID:Va0jqsDhO

夕方はあたしの時間。

連絡先知ってるけど、これだけは必ず直で行くって決めてんだ。
そろそろ終わってるかな?ノックしてっと…。

「はい…おや、隼鷹か。」

「へへ、あんたも上がりだろ?飲み行かないかい?」

「そうだな、丁度終わった所だ。一杯付き合わせてもらおう。」

奥にはリョウの奴もいる。
ったく、ニヤニヤすんじゃないよ。あの馬鹿幽霊の方はいないみたいだ。

……まぁ、だと思ったけどね。

1〜2週に一度のお楽しみ。
それがこうして憲兵長を飲みに誘う日だ。

今夜もまた、あいつと飲みに行く。

594 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:08:34.11 ID:Va0jqsDhO




番外編-呑みつ呑まれつ-



595 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:10:06.75 ID:Va0jqsDhO

正門で待ち合わせれば、私服のあいつがやってきた。

こうして見りゃ、本当芸能界とかいそうだねぇ。
磯風そっくりの切れ長の目に、如何にも女ウケしそうな服のセンス。ま、側から見りゃ良い男って奴だろ。
中身知ってても引かないのはあたしぐらいだろうけど。

……ただ、実はこいつの顔は全っ然好みじゃない。
あたしはもっとこう、塩顔が好きなんだ。寧ろ鋭い方向の奴はお呼びじゃないはずなんだけど。

「さて、いつもの店か?」

「そだね。そろそろ季節物入ってると思うよ。」

「それは楽しみだ。つくづく良い店を教えてもらったよ。」

「……へへ。」

なのにこんなやりとりだけで、随分機嫌が良くなっちまう。
自分の事もよく分かんないもんだねぇ、人の事なら尚更さ。

596 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:11:49.98 ID:Va0jqsDhO


「「乾杯。」」


こいつと飲む時は、大体日本酒かウィスキー。まぁまったり飲める奴になる。
馬鹿騒ぎも好きだけど、こんな時ぐらいはゆっくり過ごしたいもんさ。

「リョウの奴もだいぶ慣れたかい?」

「そうだな、もう面識が浅いのは工廠ぐらいじゃなかろうか。相変わらず気は短いが。」

「そりゃあんたがおちょくってるからだよー。」

「よく言う。お前は最初から奴の霊感に気付いていたろう?」

「あ、バレた?あいつなかなか強いの持ってるからねー。他はどうにもにぶちんだけどさ。」

「……瑞鳳君の事か?」

「そ。ありゃ翔鶴ぐらい露骨でないと分かんないだろうね、瑞鳳との関係性もあるだろうけど。」

「そうだな……まぁ、いずれ何か変わる時が来るだろう。」

口には出さないけど、こいつ自身は翔鶴の方に肩入れしてるってのは分かる。
散々話聞いたって言ってたもんね…『翔鶴の本音』知ってたら、こいつなら入れ込むのも分かる。

こいつはもう、やり直す事も出来ないからさ。
どっかで自分の後悔が重なるんだろ。


………面白くねー。


597 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:13:20.24 ID:Va0jqsDhO

面白くないっちゃあ、何よりあのバカ幽霊だよ。
あのデバガメはいっつも色んな奴の事覗き見してる癖に、あたしがこいつと飲む時だけはいない。

てめーで何とかしろって事だろうけどさ…。
ったく、誰のせいでこいつがこうなったと思ってんだか。ちょっとぐらい落とし方教えてくれてもいいだろ。
……ただでさえ、こいつの目には未だにあんたがいるんだから。

「ふぅ…もう春も過ぎたが、日本酒も美味いものだな。」

「良い酒ってのは年中美味いもんさ。
いや、良い時に飲む酒だからこそ年中美味いのかな?」

「そうだな…確かに気乗りしない時の酒は、あまり進まんものだ。」

………ヤケ酒やしみったれた酒なんてもんも、あるけどね。

ありゃーいつだったか。
あたしが屋上でひとりっきりで飲んでた時か。

そん時のあたしの手には、よくあるストロング系のチューハイ。
その手の雑い奴飲む時は、大体相場は決まってる。

……あの頃の事思い出して、胸糞悪くなってる時さ。

あぁ、思えばこいつと初めてまともに話したのも…。

598 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:14:29.25 ID:Va0jqsDhO

“……月見酒か?”

“そうさね。静かに飲みたいんだ、ほっといとくれよ。”

たまに。ほんとにたまにさ。
クソみたいな事を思い出しては、ぼんやりと独りで呑んだくれる夜もある。

静かに飲むなんてぬかしても、あっという間に空き缶も3つ目。
こいつがフラッと現れたのは、4本目が半分空いた頃だった。

“月見酒と呼ぶには、いささか荒いんじゃないか?”

“飲み方か?それとも酒かい?手っ取り早く酔いたい時もあるっての。”

“なに、随分急いていると思ってな。月は一つしか無いはずだが?”

“……うっせ。”

ご指摘通り、この時ゃもう月が二つに見えるぐらい酔ってた。
でも暴れるなんて気にゃならない。ひたすら暗ーくやさぐれちゃあ、好きでもないのを煽ってた。
酒への無礼だなんて、百も承知でね。

月を見ると、思い出しちまうのさ。
あたしが実家を飛び出した夜の事。

599 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:16:21.60 ID:Va0jqsDhO

あたしは親譲りの霊能者だ。
親に至っちゃあたしより遥かに上の力を持ってる。

この力を悪さに使おうなんて思わなかった。
せいぜい悪霊で困ってる奴や、幽霊そのものを助ける為のもんだって。

………それはあいつらへの、せめてもの反発だったけど。

親の力は本物だ。でもあいつらは、それを人の役に立てようとはしなかった。
ちっこい所ではあったけど、親は新興宗教の教祖様って奴でね。
しょうもない金儲けにその力を使ってた訳。

ガキの頃は分からなかったけど、歳を追えば色々見えてくる。
その環境に染まり切れなかったあたしは、17の時に家を出た。

金に狂った両親に、悪どい金で養われてる事。
なまじ力は本物な分、それをありがたがる信者。
でも本当にこんな力を必要としてる奴らにこそ、それは使われたりしない。

もう全部耐え切れなくなったんだ。
死ぬか生きるか。そんな所まで来てたあたしは、衝動のまま家出した。


まだ小学生だった弟を捨てて。


それから艦娘になるまでは、ずっと流れの霊能者として食い繋いでた。
類友って奴かね…そういう場にいた探偵や裏稼業の男らに口説かれちゃ、そいつらの所に転がり込む暮らし。気付けば日本中を転々としてた。
酒と男はその頃覚えたっけ。

……その頃だったな、酒の飲み方と礼儀を習ったのも。
気分良く飲む、当り散らさない。それが酒への礼節だって、覚えたての頃に教え込まれたもんさ。

600 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:18:42.73 ID:Va0jqsDhO

流浪な暮らしから艦娘になったのは、何かを守る為に力を使いたかったってのもあるが…一番は、あたしの欲しい力の使い方を鍛えられるからさ。
あいつらを教団ごと叩き潰す、その為にはまだまだ足りないから。

でも…時々思い出しちまうんだ、置いて来ちまった弟の事を。
もう6〜7年は前、今頃随分でかくなってるだろう。

風の噂で聞いたさ、次期教祖の話が上がってるって。もう洗脳されちまってるかもね。
もしその日が来たら…あたしは、弟と戦う事になるかもしれない。

………あの時、「一緒に逃げよう。」って言ってやれたなら。

そんな事を思い出すのは、決まってあの日と同じ月の夜だった。
胸糞悪くなっちゃあ逃げるように、独りっきりで飲んだくれる。誰かに見られたくない時間で。

“……とっとと帰んな。何もしやしないさ、憲兵長の世話になる事はしないよ。”

“ふむ…そうだな。”

“あっ!?”

こいつは一缶手に取ると、勝手にぐいぐい飲み始めやがった。
てっきり注意でもしに来たと思ったからね、随分面喰らったもんさ。

“……なるほど、よく回るように出来ている。”

“おいおい…勤務中じゃないのかい?”

“生憎上がった後さ。制服のまま飲む、貴様らも自室でよくやるだろう?同じ事だよ。
折角の機会だ…少し腹を割ってみないか?不味い酒のまま夜を明かす事もあるまい。”

“………あたしさ…。”

洗いざらい全部ぶちまけた。
自分の生まれも、何やって生きてきたかも全部。
こいつはただ、そいつをチューハイ飲みつつ黙って聞いてくれていたんだ。
601 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:20:47.18 ID:Va0jqsDhO

“…………。”

“……ごめん、引いちまったかな?”

“…確かに、そんな気分ではヤケ酒に走りたくもなるかもな。
だが悔いる心があるならば、随分マシだと思うが?
逃げた事は間違いじゃないさ。少しばかり、自分を許してやればいい。”

“……でもさ、弟は…。”

“…その力を得る為に、艦娘になったのだろう?ならば助けてやればいいだけさ。
命ある限りはやり直せる。その機会を失うのは、死んでしまった時だけだ。
……今は悔やむな。それは手遅れになってからさ。”

"…….憲兵長…。”

年甲斐も無くわんわん泣いた。お陰でその日の酒はすぐ抜けちまったもんさ。
そこからかな……段々と、タイプでもないこいつに惹かれてったのは。


「あっはっはっ!!いやー!あの時の提督はひどかったぞ!!
チ×コ丸出しで飛び出して来たものだから、仲間内でそのまま…。」


…今は基本ひっでえ会話してっけどなー。


602 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:22:14.80 ID:Va0jqsDhO

地がアホだって知ったのは、その件の後だったっけ。
誰が言ったか、『美形とバカの完璧なシンメトリー』。実際はアホが前に出過ぎてて、身内からはぜんっぜんモテねえけどさ。

………だからあたしぐらいなもんだよね。へへ。
こいつのアホさに引かずにいられる女って奴はさ。

「提督昔っからメチャクチャだったんだねぇ。時雨が首輪付けて良かったんでないかい?」

「まぁな。あいつは海外留学した時もな…。」

こいつと提督の昔話はイカれてるのばっか出てくるけど、皆本当にヤバいのは知らない。
多分ここまで話してくれてるのは、あたしと『あいつ』ぐらいなもん。

………ちょっと小突いちまおうかな。

603 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:24:14.67 ID:Va0jqsDhO

「提督も大人しくなったよねぇ。なぁ、ところであんたは最近どうなのさ?」

「私か?何も変わらずだな。」

へへ、ちょっと目え泳いだね?
こいつはめでたい事に、あたしからの認識はたまーに火遊びしてた頃で止まってると思ってる。
お互い遊びって割り切ってくれる女だけとそんな事してたらしいが、元はと言やぁ、『あいつ』が死んだ寂しさから。

でも知ってんだよ?
あたしと飲みに行くようになってから、火遊びは一切しなくなったって。

それこそあの夜から気付いてた。『あいつ』はずっと不安そうに、こいつの後ろに憑いてた事。
それとあん時チラッと見えたのは、安堵したような『あいつ』の顔。

ムカつくよなー。
勝手にくたばってこいつをこんなんにしてよ、何もしちゃあくんねえんだもん。そりゃ『あいつ』の方はリョウにぶん投げるっての。
…ったく、ほんと死にゃあ手遅れだよ……お陰でこいつは、『あいつ』にずっと捕まってんだよ?

なぁ、あきつ丸?

案の定いねえけどさー、ちょっとは落とし方教えろっての。
あたしは今まで口説かれてばっかで、口説くのはてんでダメなんだ。すぐ真っ赤になっちまう。

除霊は出来てもさ、生きてる奴の無念までは払えないよ。
こいつの憲兵としての信念は、過去への後悔も強い。だから翔鶴につい自分を重ねちまうんだろ。
人の事ばっか気にしてないで、少しは自分の事考えろっての。

……ま、そこをぶっ壊すのが、生者の務めって奴なんだろうけどね。

604 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:25:43.81 ID:Va0jqsDhO

「へー…惚れてる女でも出来た?」

「いないな。仕事で手一杯だよ。」

「じゃ、あたしで手ェ打てば?」なんて言えりゃ上出来かね。
そんなん言えないから、今でもこうして踏んだり蹴ったりだけど。

面白え時間は一瞬さ。
慣れて来た帰り道は、公園を突っ切りゃ近道なんだ。
回り道すりゃ長くいられるけど、あたしはそれより人がいないとこがいい。

だってさー、なるべく二人きりがいいじゃん?
ここなら空もよく見える。少なくともあの日からは、月夜の酒も美味くなったってもんさ。こいつがいるからね。

605 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:27:06.30 ID:Va0jqsDhO

「…もうすぐ夏だな。」

「そだねえ、そろそろビールが良い季節って奴かな!」

「ああ。しかし私は、今年も提督と引率かな。」

「花火大会だっけ?去年駆逐達連れて行ってたもんね。」

「放っておくと工廠組が攫っていくからな。
私達で先回りしておかねば、妙な火遊びを教えられかねん。物理的にな。」

「あはは…まぁあそこはねぇ。」


「2日目はあたしとどう?」


そこまで出かかって、立ち止まる。
こいつの信念を知ってるからこそ、迷っちまう。

……迷うなよ、あたし。
鎮守府の日常を守るのがこいつの意地。
それがこいつが過去に誓った事で、ある種の復讐でもあるんだろう。

でもさ、こっから先はどうすんだい?
それは生者の務めだ。ならあたしが……


「……なぁ、憲兵ちょ…」

606 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:28:25.39 ID:Va0jqsDhO








「………今年の2日目は、ゆっくり花火見物と行きたい所だな。美味いビールと共に。
その日は付き合ってもらえるか?」







607 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:30:21.48 ID:Va0jqsDhO

…………ちぇっ、こんな時ぐれえカッコつけさせろよ、ばーか。
先回りかよー、いけ好かねえ奴ー。

「……おや?先に何か言おうとしてたか?」

「ん?何でもないよ!
へへっ、いーねえ。じゃあ行こうぜ!」

「助かるよ。去年行った時は、飲みたいのを我慢していたからな。」

「大人だって楽しみたいってもんだよね。つまみはもろこしだねー。」

こいつからの誘いなんて、実は今までなかった事さ。ありがたく受け取るよ。
………少しだけ、こっちに引っ張れたのかな?


寮ん所まで来ちまえば、後は別れて帰るだけさ。
いつもなら挨拶して終わり。でもこの時あたしは、ちょっとだけ仕込んどく事にした。

「さて、部屋に帰るか…隼鷹、寝坊するなよ?」

普段はここで軽口叩いて、『憲兵長』って呼んで終わり。
気付くかねー…きっとこいつは、知らないフリすんだろうけど。

608 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:31:28.03 ID:Va0jqsDhO






「しないってーの。
じゃ、おやすみ!『磯村』!」

「………!!
ふっ……ああ、おやすみ。隼鷹。」






609 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:33:01.51 ID:Va0jqsDhO

へへ、ちょっと笑ったね?

まだ『キョウ』とまでは言えねーけど、苗字ぐらいは呼ばせなよ。
憲兵長って呼ぶの、他人みたいで嫌だからさ。

さーて、とっとと部屋帰っか……

「……うらめしやー。」

「げ、不法侵入。」

「幽霊の専売特許でありますよ。
おやおや、『風呂はこれから』でありますかな?」

「んなホイホイ進むかっつーの。帰った帰った、しっしっ。」

「ふふ…随分機嫌が良く見えたもので。
……どうにか、キョウを頼むのでありますよ。」

「…へっ…分かってるっての。」

「アレは意固地な所もありますからなぁ…では、おやすみなさい。」

言うだけ言ったら、満足そうにどっか行っちまいやがった。
嫌なもん見ちったなー、飲み直すかぁ。

610 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:33:58.89 ID:Va0jqsDhO


「………ぷはー。」


一人っきりで飲む缶ビールは、例に漏れず美味いけど。
この時のあたしは、やたら早くまた酔っ払ってた。


「……へへ、誘われちったなー。」


今年の夏のビールは、きっとこれより美味いはずさ。
そんな味を想像しちゃあ、一人ニヤニヤ笑ってたもんだった。

いやぁ、良い夜だ。
やっぱ良い気分の酒程、美味いもんは無いね。へへ。

611 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:36:03.22 ID:Va0jqsDhO
今回はこれにて。眼鏡と飲んべえの番外編となりました。

保守ありがとうございます。投下ペースはスローになってしまっておりますが、ネタは貯めております。
次回はまたいずれ。お次は工廠編でございます。
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/19(火) 22:07:04.63 ID:TK+YyM81O
おつおつ。相変わらず読ませますなあ。
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/22(金) 08:52:21.70 ID:DyZ5U7sZO
乙!
614 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:47:07.03 ID:HX+f6vTQO

『どぉ…ん…』


今日も遠くから爆音が聞こえる。

これは工廠の実験の音だ。
大体何時から〜って報告来てて、時間から外れてなけりゃ問題ない。
それ以外だと俺らの特性上出動しなきゃならなくて、この辺の報・連・相が上手く行ってないとトラブルの元って訳。

『どかん!』

派手にやってんなぁ…ま、前んとこから慣れた音だ。

『どごお!!どん!』

…………。

『どすん!ばん!がらがっしゃーーーん!!』

……………何か、いつもより多くね?

『どばばばば!!どん!どん!ひゅーー……どぉん!!』

「…………うるせええええええええええぇえええ!!!!」

「うおっ!?」

ここでキレたのは俺じゃなく、眼鏡の方だった。
どっちがうるせえんだよ…しかし珍しいな、いつもは何も言わねえくせに。

「…失礼した。リョウ、行くぞ。」

「え?どこにです?」

「工廠だよ。明らかに予定を超えている、これは出動案件だ。
久々に連中の病気が出たようだな。」

「病気?」

「ああ、貴様はまだ面識が無かったか…あいつらは歓迎会にも来ていなかったしな。

……うちの火薬庫どもさ。」

615 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:48:06.82 ID:HX+f6vTQO




第25話・ガチはごっこの顔をしていない-1-



616 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:49:28.53 ID:HX+f6vTQO

促されるまま駆け付けたのは、工廠の入口。
裏は海に面していて、弾の実験はいつもそこで行われているらしい。
艦娘も行くばっかで、基本中の連中は出てこないって聞いたな…俺もメールのやり取りはしてたけど、文面からは特に変な印象も受けなかった。

さて、鬼が出るか蛇が出るか…扉を開けてみる。
ここは…まあ玄関か。ん?何か足元に…



\おう、よく来たな/



カ、カ○ルおじさん?

いや、違う。ヒゲに手拭い巻きな妖精だ。
よく見りゃ顔に描いてる…この格好は…法被?

617 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:53:59.41 ID:HX+f6vTQO


「可愛いでしょ?私のお手製。」


声のした方を見ると、黄色いツナギの女がいた。
何やらドヤった笑みを浮かべてるが、眼鏡はそれを見てげんなりとした様子だ。

「はぁ…少しは焦れ。私達が乗り込んできた理由は察せるだろう?」

「……何の事でしょう?」

「自覚無しか。まぁいい、奥にあいつがいるだろう?」

「いますよ。整備長ー、憲兵隊来てますー。」

「………憲兵隊だぁ?」

奥の方からずりずりと足音が聞こえる。
如何にもガラ悪そうな歩き方の影は、次第にその正体を現してきた。
さっきの妖精と同じ格好の……


「なんでえキョウ、珍しいじゃねえか!」


ア、アウトレ○ジ?

タオル巻きに眉無し、ダメ押しのレイバン。さっきの女と並ぶ様はさながら美女と野獣。
どう見てもカタギじゃないのが目の前にいた。


618 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:57:28.83 ID:HX+f6vTQO

「憲兵長、俺達カチコミに来ましたっけ…。」

「現実から目を背けるな、ここは工廠だ。
この二人がうちの火力の要だよ…誠に残念ながらな。」

「おう!おめえが新任のか!?
歓迎会出れなくてすまねえな!俺はシュウ!ここの整備長だ!」

「私は夕張!ここの助手よ、よろしくね!」

「は、はい、よろしくお願いします…。」

「挨拶は済んだか。さて、貴様ら…私が来た理由はわかるな?」

「固え事言うんじゃねえやい!火事と喧嘩は江戸の華ってんだろ?
あいつらが派手に決めれるよう、いい弾になるか試してただけじゃねえか!」

「建前はそうだろうな。だが、数が多過ぎるんだよ。
貴様らの我慢が効かなくなっただけだろう?」

「憲兵長…私はここに入って大切な事を学んだわ。
いい?芸術は爆発よ?
そう、爆発……爆発は芸術なのよ!!まさに戦場の華!!燃え盛る美の快感を死ぬほど体感したくなるじゃない!!」

「そうでえそうでえ!メロン、いい事言うじゃねえか!!俺らは炎のゲージツって奴をよ…」

「貴様らが。」ラリアット 

「ぶっ!?」

「ぶっ放したいだけだろう?」アイアンクロ-

「いたたたたたっ!?出ちゃう!顔から何か出ちゃうから!!」

「やれやれ、出るのは腐ったメロン汁だな。」

うわ、容赦ねえ……整備長はぶっ飛ばされ、夕張は[首の骨が折れる音]って感じでだらんと垂れ下がってる。
しかし今のやり取りからすると、あの騒音って…。

「憲兵長、こいつらって…。」

「ああ、こいつは実家が花火屋でな。で、夕張と妖精達もその悪影響を受けている。
……だからぶっ放すのが大好きなんだよ、こいつらは。たまに暴走するのを止めに来るのさ。」


619 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:59:39.34 ID:HX+f6vTQO


「…………。」ムス-

「………憲兵長のけち。」プク-

眼鏡がこってり絞りはしたものの、二人はヘソ曲げっぱなし。
整備長、こっち睨むなよ…完全にヤーさんだよあんた。

「リョウ、こいつらはこうしてたまに灸を据えてやらねばならんのだ。
これでもうちの整備や開発を一手に担う場所なのだが、どうにも頭がハッピーでな。特にシュウが。」

「あんまり整備長を悪く言わないでくださいよ、この人は天才なんですから。」

「そうでい!俺にかかりゃ何だってござれよ!」

「バカと紙一重だ。
リョウ、こいつはこんなのでもアメリカの大学を出ている…12歳でな。天才児と言う奴だった。」

「………へ?」

「真性のバカに、お勉強的な天才の頭脳と技術だけ与えた結果がこれだよ。
こいつはその気になればBC兵器だって作れるぞ、未知のな。」

「そうなのよ!整備長にかかれば何だって出来る!まさに発想の爆は…いたたたた!?」

「夕張、そろそろ黙れ。爆発しているのは貴様のメロン色の脳ミソだ。」

天才……このヤクザが?
どう見ても教師殴る方な雰囲気だけどよ…。

620 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:02:24.23 ID:zAl0aIraO

「大したもんじゃねえやい。一通り学んでくりゃ花火に使えるって思ったからよ。
さっさと飛び級しちまえば、学校行かねえで済むしな!」

「結局その力を花火以外で使う羽目になったのは、運命の皮肉と言った所か?
バカと天才は紙一重と言うが、バカで天才なのは貴様だけだよ。」

「変わんねえよ…花火打ち上げに来てんだこちとら。
あいつらが攻めてきた年、うちの工場が出る花火大会が中止になった。ガキ共の落ち込んだツラァ忘れらんねえ。
それ抜きでも頭来てんだよ…連中を汚ねえ花火にしてやらぁって俺ぁ決めてんだ!!平和になるまでな!」

「整備長…私も最後まで手伝います!二人ででかいの行っちゃいましょう!!」

「おうよメロン!!でっけえスターマイン決めてやろうじゃねえか!!
まずは最高の弾をよ……」

「……と言いつつ実験に戻ろうとするな。」

「「ふぼっ!?」」

華麗なダブルラリアットが、二人の喉元を捉えた。

いやぁ、でもさっきからやりすぎじゃねぇ…?
整備長はともかく、夕張なんて女の子だぞ…。

621 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:04:24.71 ID:zAl0aIraO

「憲兵長、ちょっとハードなんじゃ…。」

「甘いな。軍事施設の側とは言え、さすがにこれだけの爆音を放っておけば苦情が来る。
それに言っただろう?こいつらはバカで天才だと。
……騒音以外も色々あったんだよ、今までもな。」

「………へ?」

「……へへへ、俺らが弾ぁだけだと思ったかよ?メロン!!」

「はい!!」

「なっ…!?」

直後、激しい煙が俺達を襲った。
催涙ガスか…!?何も見えねえ…!!

「へっへっへっ…今度の『新作』は効くぜぇ?
おめえら用にこさえた特製だかんなぁ!!」

煙は一向に晴れない。
やべえ、くらくらしやがる…その変調の中、ようやく煙が晴れ始めた時、俺の前に差し出された手があった。

「リョウ、大丈夫か?」

そうは言っても手しか見えない。
だがこの時、凄まじい違和感が俺を襲った。


………こいつの手、こんなデカかったっけ?


622 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:06:21.13 ID:zAl0aIraO

「………っ!?
リョウ、すまない。せいぜい催涙ガスだと油断していたようだ。」

「何言って……!?」


声が、高い?

自分の声に違和感を感じた時、他の事象も次々と現実として俺に襲い掛かってくる。
服がダボダボだ…それに眼鏡の手だけじゃない、煙がより晴れた今、周りのすべての高さが変わってるのに気付く。

まさか……まさか……。


「……小さくなってるううううううっ!?」


そうだ…あのガスをモロに吸った俺は、子供になっていたんだ…!

623 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:08:18.01 ID:zAl0aIraO

「ふふふ…成功。やっぱり整備長は天才ね。」

「いーや、改善の余地ありだな…知能は大人のままになってやがる…。
まぁいいや…どうでえ!幼児化ガスの味はよ!これでおめえらは手も足も出ねえ!!」

「………やはりバカだな。」

「……ぶべっ!?」

整備長をぶっ飛ばしたのは、ガスマスク姿の眼鏡だった。
ついでに夕張にもチョップ喰らわせて、一瞬で二人を縛り上げちまった。

「……やれやれ、最初から手荒く行っておくべきだったな。貴様ら相手に保険無しな訳なかろう。
予め貴様らはワクチンを接種しておいたと言ったところか…。」

「うう、女の子に容赦無いわね…。」

「マッドサイエンティストをしばくのに性別など関係ない。
ガスの効能はどれほどだ?」

「ちっ…5時間ぐれぇだよ。」

「なるほど、その間貴様らを放置しておけばいいと言う事か。」

「………へへへ。」

「何がおかしい?」

「……今日はよお、翔鶴が出撃だよな?
そこの新人、話は聞いてるぜ?あいつおめえの元カノらしいじゃねえか。大分ストーカーな。」

「ふふ、あと何分で帰ってくるかしらねぇ?5分ぐらいかしら?」

「「………っ!?」」

この時俺達は、恐らく同じ事を考えたと思う。

そうだ…帰港したら、まず皆ここへ艤装を置きに来る。
俺はショタ状態………そこにあいつ……導き出される答えは……。



何 か が 起 こ る 。


624 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:09:13.66 ID:zAl0aIraO

「……まずいな、艤装ありではさすがの私でも勝てぬかもしれん。」

「…ダメそうですか?」

「……ああ、手強いだろうな。
母港からここへは一本道、今から逃げてもどこかで遭遇するだろう。」

「………つまり。」

「…大人の隠れ鬼開催と言う事だ。」


たった今、俺達にとって長い5時間が始まった。
そしてこの後俺は知るのだ。人の欲望とは、人の数だけ存在するのだと言う事を。
そしてそいつらは、普段は眠っていると言う事を。

『鬼』は何も、一人だけでは無かったんだ…この鎮守府においてはな。

625 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:10:54.31 ID:zAl0aIraO
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
さて、また頭を悪く行きましょう。
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 06:49:18.31 ID:BmTGH/oDo
おつなのね
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 08:32:43.41 ID:eRIACwESO
憲兵長、自分だけ対策してるとか
なにかあったら犠牲にする気満々やん
628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/17(日) 14:03:46.41 ID:/FnRg9alO
確かにショタ食いそうな奴いっぱい心当たりが・・・・
629 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:01:38.92 ID:0fe9XufhO





第26話・ガチはごっこの顔をしていない-2-




630 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:04:29.87 ID:0fe9XufhO


「よし、服の準備はいいな?」

「ちょっと動きにくいすね…なんでまた制服折るだけなんです?整備長の予備かっぱらっても…。」

「法被は今ならカバー出来るかもしれんが、元に戻った時にまずい。途中で何か起こるかもしれんからな。
またチン兵さんと言われたいのか?」

「げ…それは勘弁ですね。」

「ふむ…あそこにロッカーがあるだろう?あの大きさなら2人入れる。そこに隠れよう。」

工廠コンビは気絶させて、それぞれ机の下に隠した。
ロッカーからなら確かに外の様子は窺えるが…やっぱ子供の体はキツい。制服ですら重く感じる。
そろそろ来るか…俺らは息を呑んで扉の様子を伺っていた。

“足音がするな…いいか?音を出すなよ。”

扉が開き、話し声も聞こえてきた。げ…元カノの声だ。

「お疲れ様です。あら、出掛けてるみたいね。」

『現在外出中です。』と立て札は出したが、あいつは妙な所で鋭い。
頼むぜ…気付くんじゃねえぞ…。

「珍しいわね…とりあえず艤装を置いて行きましょう。」

「そうですね、持ち帰っても危ないですし。」

よし…!!
ガチャガチャと艤装を置く音がする間、緊張感はどんどん高まっていく。
足音が外へ向かって行く…そいつに安堵しかけた時、俺達にまた緊張が走った。

「あ、私ちょっと待ってみるね。夕張ちゃんに聞きたい事あったんだ!」

誰だ!?
いや、待て……この声は……。

631 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:07:10.32 ID:0fe9XufhO

「じゃあ瑞鳳ちゃん、私達は先に上がるわね。お疲れ様。」

「うん!お疲れ様ー。」

ふー…何だ、づほか。
あいつなら最悪見付かっても大丈夫…でも、酒のネタにされてもなぁ。
びっくりされて大声出されても困るし、あいつが出るまで隠れてるか。

“瑞鳳君か…しかし今の貴様を見ても、気付いてもらえないだろうな。”

“大丈夫じゃないすかね…いくらなんでも。”

“……ああ、鏡を見ていないのか。今の貴様はざっと見、5〜6歳頃の体格になっているぞ。”

“……そんなにですか。”

“まさかあのように攻めてくるとはな。せいぜい笑いガスぐらいなものかと思っていたが、誤算だったよ。
昔喰らった時は、まだ精神攻撃系だったが…。”

“……因みに内容は?”

“…こちらの意思と関係なく立ちっぱなしになるガスをな。
自慢ではないが、私はモノは大きい方でな…憲兵の制服で立ち上がってはとても目立つ。
一つでもミスがあれば社会死と言う恐怖の2時間を味わったぞ…。”

“……………そう言えばあんた、自分だけガスマスク持ってましたね?”

“……連中の脅威を、一度身を以て知ってもらおうと思ったのさ。”

「てめえ生贄にしたな!?」

「バカ!!声を出すな!!」

「………あ!!」

空気が凍る。
カツカツと響くのは下駄の音……それは今まさに俺達が潜んでるロッカーの前で止まった。


「………誰かいるの?」


万事休す……!!
元カノらはまだそんな遠くに行ってないだろう…ゆっくりと扉が開けられ、俺達はこの後の地獄を覚悟した。

632 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:08:43.22 ID:0fe9XufhO

「憲兵長……?え?その子は…。」

“しーーーっ!!小声で頼む!”

「むっ!?」

ファインプレーだ眼鏡!!
づほの口を塞ぐと、眼鏡はまくし立てるように事の顛末を伝えた。

「………と言うわけで、こいつはリョウなのだ。変身が解けるまで内密にしてもらえると助かる。」

「………。」コクコク

「よし、分かってくれたか…離してやろう。」

「……ぷはっ。あー、でもちゃんと見るとリョウちゃんだね。
ふふっ、ちっちゃいと本当に女の子みたい。」

「頭撫でんなよ…づほ、隠しといてくれるか?」

「うん!何なら私の部屋で匿おっか?詰所だと誰か来ちゃいそうだし。」

「………良いの?」

633 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:10:36.62 ID:0fe9XufhO


“狭えなぁ…うお、揺れる…。”


で、どうなったかと言うと。
俺はボストンバッグに詰め込まれ、づほの部屋へ向かっている。

「よし…では瑞鳳君、頼んだぞ。変身が解けたら連絡してくれ。」

「はーい。」

運び手の眼鏡も、どうやら上手い事周りに悟らせないようやってくれたようだ。
ようやくの床の感覚に、俺は一息をついていた。

「お待たせー、今開けるね。」

「ふー…狭かった……ありがとな。」

「どういたしましてー。ふふ、まさか見下ろす日が来るなんてねぇ。」

「だから撫でんなっての…ちょっと座らせてくれ…。」

あー、疲れた…喉もカラッカラだぜ…。
まだ20分しか経ってねえのかよ、先が長えなぁ。

634 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:13:19.20 ID:0fe9XufhO

「ごめん、飲み物もらってもいい?」

「うん、いいよー。はい!」

「お、コーラじゃん、いいの?ありがとな、づほ。」

「…………リョウ『くん』、づほ『姉ちゃん』でしょ?」



……………ん?



その声からは、何とも例えようのないものを感じた。
なんて言ったらいいか、ドドメ色っつーか、腐った果物の匂いっつーか…。

しょ、瘴気?

「………ど、どうした?」

気付けばづほの両手は、俺の肩をがっちり後ろからハグ…。
そして後頭部にかかる吐息と共に、『何かが肩に滴る感触』と『ある匂い』を感じた。


“私ね、弟か妹欲しかったんだ!”

“山風本当かわいー!もう私の妹だよ!”


何故か走馬灯のようにづほの過去の発言が巡る。
きいいいいいい……と後ろを振り返ると…。


「ふふ…ふふふふふ……弟…愛でりゅ…!!」ハァハァハァハァハァハァハァハァハァ


濃い鉄のかほりの正体は、づほの鼻からボタボタ垂れる鼻血…。
貞子の如く血走る瞳と目が合った時、俺の脊髄は思考を凌駕した。


635 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:15:03.57 ID:0fe9XufhO

「いやあああああああああああっ!?」

「大丈夫!ちょっとだっこして匂い嗅ぐだけだから!ぜったいかじらないから!かじらないからぜったい!ねっ!?ねえええぇっ!?」

「いやあああっ!!ぜったいかじる!かじるぜったい!!俺は逃げりゅ…!?」

ドアに向かおうとするが、強烈なタックルに姿勢を崩された。
ってこれ逮捕術じゃねえか!!どこでこんなもん覚えた!?

「…ハァ……ハァ…ふふ、チビでも私、大人の女よ?子供が勝てる訳ないじゃん…。
リョウくん……いっぱい遊ぼうねええええええっ!!!!」

「リョウ!『づほ姉ちゃん』と言え!!可愛くだ!!」

「………っ!?

………づ、づほねーちゃん?」

「………。

…………ごふっ……!!」

直後、血の花が咲いた。

そいつの正体は、づほの鼻血と吐血
それを浴びせられた俺の顔面はびったびた。さながらそれはスプラッター。
俺にとっちゃホラー極まりない事だったんだが……後に知る事となるのだが、そいつはこう呼ぶそうだった。


『尊みが鼻から溢れる』と。


636 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:17:44.64 ID:0fe9XufhO

血を浴びて血の気を引かせている間、カーキの影が部屋へ飛び込んだ。
とんっ…と小さな音がすると、倒れ込むづほをそいつは受け止めていたんだ。

「……憲兵長!!」

「やれやれ、念の為ドアの前にいたらこれだ。
どうやら今の貴様が相当お気に召したようだな。」

「づほ……ショタ趣味あったのか…。」

「また違うかもな…改めて鏡を見てみろ。」

「鏡……げっ!?」

大人の頭脳で見る子供の俺。
そいつは否応なしに認めたくない現実を突き付けて来た…。

「……はは…笑えねー……俺、完っ全にロリじゃないっすか…。」

「故に、見た者が覚醒してしまったと言う方が正確だろうな…。
この鎮守府は変態の素質を持つ者が多い、それで今の騒ぎでは…。」

「瑞鳳ちゃん、何かあったの?」コンコンコン

「……この有様だ。」

「…………終わった。」

この声、蒼龍か……どうする?どうするよ!?
またボストンバッグに…いや、そもそも何で眼鏡だけいんだって話だ。

「ふむ……あまり気乗りはしないが…。」

「………へ?」

え?俺を小脇に…

え?何で窓行くの?

え?何その鉤…引っ掛け……

「てええええええっ!?」

「外から行くぞ!こうなれば限界まで逃げる!!」

「嘘でしょ!?」

づほが起きればバレるのは確定…その後は容易に想像出来る。
たった今、隠れ鬼がバイオハザードかメタルギアに格上げされたのであった…。

637 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:18:48.69 ID:0fe9XufhO
小出しになってしまいましたが、今回はこれにて。受難は続くよどこまでも。
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 00:47:48.81 ID:J/9ZgsQQO
おつおつ。これは酷いw
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 08:42:10.85 ID:EaQb5tlZ0
乙!
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 13:53:57.47 ID:lzg+TCAP0
メタルギアww
641 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:24:58.98 ID:tMIn8aavO

昼の風をきり箱で匍匐して行くのは誰だ?
それは上司と部下(ショタ化中)
上司は部下を腕にかかえ
しっかりと抱いて息を殺している

“リョウ、何故顔を隠すのだ?ここからは何も見えないはずだ。”

“憲兵長には見えませんか?ギラギラとした目を持つ女達が。”

“リョウ、あれはただの霧だ。”

“…今は昼です。”

「可愛い坊や、私と一緒においでぇ、楽しく遊ぼう!
キレイなメイク道具と可愛い衣装もたくさんあるよぉ。」

“憲兵長、憲兵長!蒼いののささやきが聞こえませんか!?”

“落ち着くんだリョウ、枯葉が風で揺れているだけだ!魔王的なのはいない!”

デデデデデデデン!
と恐ろしげなピアノが脳内再生されるような空気の中を、俺達は進んでいる。
辺りにはゾンビの如く俺達を探し回る艦娘の群れ…ここは詰所の裏だ。

俺達は今、段ボール内で息を殺していた。

642 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:26:03.87 ID:tMIn8aavO





第27話・ガチはごっこの顔をしていない-3-





643 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:27:51.10 ID:tMIn8aavO

窓から逃げた時も騒ぎになったが、まだ俺が誰かはバレてなかった…だが詰所に逃げ込んで一息付いてたら、すぐ大変な事になった。
づほか夕張か、とにかく子供の正体が俺だとバレたらしい。
窓からペタペタ音がし、そっちを見たら蒼龍達がニチャァ…とした顔で貼り付いていた。

初めは籠城作戦に打って出たものの、ここで出てきたのがあの整備長。
あのヤクザは難なくピッキングをこなし、一斉にゾンビ共が雪崩れ込んで来たのが数分前。
突破を読んだ眼鏡が外の段ボールに隠れ、ギリギリ難を逃れているのが今の状況だ。

「……鬼畜系眼鏡×ショタって、尊いと思いません?」

「いやぁ、そこは男の娘っしょー…生で見るとありゃ逸材だねえ。」

「ひひひ、当分話のネタになるよー。ね、蒼龍!」

「ふふ、何が良いかなー…ドレス…いや、スモックも捨てがたい…。」

腐臭漂う駆逐艦どものリビドーが聞こえ、着せ替え人形を探す空母どもの声が耳を犯す。
変身が解ける前に捕まったら最後…いや、社会的な最期だ…!

“いいか、ゆっくりと動くんだ。我々陸軍の得意分野だぞ。”

“匍匐前進…目指すはどちらで?”

“裏門だ…着いたらカードを通して即脱出。それしか無い。”

“………憲兵長、なんでそこまでしてくれるんです?”

“奴らを見誤ったツケと言うのもあるが……今回は笑い話で済まない気がするからだよ。”

この眼鏡が悪ふざけを封じた。

その事実は、状況の悪さを容赦なく俺に突き付けて来ている。
まだ2時間…クソッ、あと3時間どう逃げ切りゃいい…。

644 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:28:58.43 ID:tMIn8aavO

「けけけ…なぁメロン、あいつらどこ行ったんだろうなぁ?」

「ふふ、どこでしょうね?日頃のツケは払ってもらわないと…セキュリティカードは?」

「へっ、俺を誰だと思ってんでぇ!んなもんハッキング済みよ!敷地にいんのは間違いねぇだろ!」

“なっ…!?”

“……バレてはいないが、聞こえるように言っているな。近いとは見ているか。
アレはバカで天才だ、プログラムの書き換えなど造作も無い。
ふむ…脱出は厳しいか。そうなると…。”

“なると?”

“解けるまでひたすら這いずるしかないな。”

オーケイ、俺たちは傭兵じゃないし、堅固な蛇的な名前でも無い。

………無理だな、これは。

645 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:30:51.95 ID:tMIn8aavO

「皆ー、いた?」

「ダメだねー、見つかんない。瑞鳳ちゃん、翔鶴さんどうだった?」

「昼寝してるっぽいね、全然連絡付かない。あの人一度寝ると起きないもん。」

「そっかー、翔鶴さんいたら速攻なのにね。あの人憲兵さんへの嗅覚すごいから。」

あいつが参加してないのは不幸中の幸いか…確かに昔から一度寝たら起きない奴だ。
ん?あいつは寝てて、この状況…何か糸口があるような…。

“憲兵長…もしかして人増えてないですか?”

“ああ、この騒ぎだ。表に集まって来ているな……そうか、その手があったか。 リョウ、良いものがあるぞ。”

“何ですか!?”

“……寮の鍵束だ。夜警用に持ち歩いていたのを忘れていたよ。”

“そうか…今は暇な奴らの大半が出て来てる!”

“ああ…寮に人が少ない今、空き部屋に逃げ込めば勝機はある。寮の裏口に回り込むぞ。”

進め…進め……!
声の方向、人の気配、それらを常々監視しながら、俺達はゆっくりと動き始めた。
もうどれぐらい経ったろう…切れる息すら押し殺し、やっとの思いで固い感触に触れた。これは…裏口の石段…!!

“少しダンボールを持ち上げてくれ。よし、届いた…開いたぞ。”

眼鏡が腕を出し扉を開け、慎重に中へ。
誰かいる様子は無い…最寄りの空き部屋は3階、エレベーターを目指してまたずりずりととダンボールを進めた。

“何とか乗れたな…もう少しだ。”

“ええ、長かったですね…。”

この扉が開けば、即空き部屋へ。
ダンボールも脱ぎ捨て、俺達はようやくの解放感に浸っていた。

『3階 デス。』

着いた……さぁ、開いたらダッシュして…

646 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:31:35.08 ID:tMIn8aavO





「ふふ……来たわね。」





647 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:32:37.11 ID:tMIn8aavO

「「なっ……!?」」

緑が見えた時にはもう遅かった。
エントランスにガスが充満し、視界を全て遮る。
そいつが晴れた時には、ニヤつく夕張の姿と…カツンと眼鏡が落ちる音があった。

ああ、眼鏡も子供になっちまった…!

「ふふふ…敢えて皆をあっちに誘導したのよ…。
一度憲兵長に試してみたかったのよね…。」

「憲兵長!大丈夫ですか!?
くっ…夕張!!てめえどう言うつもりだ!?」

「どう言うつもり?元々アイディア出したのは私よ?
整備長でないと実現出来ないから、ちょっとそそのかしてね。だって……」

「……だって?」

「………切れ長のショタとか見てみたいじゃない!!」ハァハァハァハァ


…………。


ダメだ、この女。


648 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:34:38.04 ID:tMIn8aavO

「……………バカなの?」

「私達、いつも良いようにやられてたわ…時にはハードな技を掛けられる場面も。
そう…次第にそれが私に新たな発想を与え、爆発させた。
どんどん載せていい気持ち……小さくなったこの鬼畜に踏まれたら何が起こるだろう…或いは逆にのし掛かったらどんな気持ちになるだろう…。
技術者はね、一度思い付いたら実現せずにはいられないのよ!!あははははははは!!!」

そう高笑いする夕張は、俺の目にはアレに見えた。
あのー、アレだ。変態後のメ○ン熊。
本性むき出しにガバーッと口開けてる方。

うわぁ…しれっとソロSMな性癖暴露してら。

「憲兵長、日頃の感謝を込めてたっぷり可愛がってあげますよ……後で感想聞かせてねえええええ!!」

……っ!?引いてる場合じゃねえ!今眼鏡も子供だ!
どうする!?突っ込むしかねえ…!

649 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:35:41.26 ID:tMIn8aavO





「………やれやれ、ナメられたものだな。」





650 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:38:22.37 ID:tMIn8aavO

次の瞬間、夕張の体は宙を舞っていた。

それは俺の頭上を越え、エレベーターの鉄扉へ顔面シュート。
めろっ!?と悲鳴が聞こえる頃、俺の目の前にはすくっと立ち上がる影が見えていた。

「…知能を低下させられなかった時点で、貴様らの負けだよ。
格闘技には受け流す技もある、そいつに力は要らん。」

「う"…ふふ、負けた、わ……ぷぎゃっ!?」

「ふん、そこでのびていろ。」

……踏まれてこんな幸せそうに気絶してるの、こいつぐらいだな。
はぁ…眼鏡も小さくなっちまったが、ラスボスは倒せたか。後は空き部屋に…。

「夕張ちゃーん?いるー?」

「何かすごい音したよね?」

………何だと?


「リョウ!!」

「これは…!?」

「鍵束だ、すぐに隠れろ!!」

「なっ…あんたはどうすんですか!?」

「今回は私にも非があるからな…ここで食い止めるとしよう。
なぁに、心配には及ばん。私を誰だと思っている?」

「…………憲兵長!!ご武運を!!」

眼鏡…あんたの死は無駄にはしねえ!
時間がねえ、もう目に付いた部屋でいい!!部屋番と鍵は…あった!!


「………ふぅ。」


飛び込んだ部屋の鍵を閉め、思わずへたり込んだ。
ここはどこだ…そう天井を見た時。

651 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:40:27.99 ID:tMIn8aavO






『A2サイズの憲兵の写真(盗撮)』








……………。

ベッドを見ると、明らかに膨らみがある…そこには。


「…………すぅ…すぅ……。」


元カノーーーーーー!!!!????

ななななんてこった!ラスボス倒したと思ったら隠しボス!
必死にエンカウント避けても強制イベントってかおい!?


652 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:42:34.68 ID:tMIn8aavO

「………ん……あれ、あなたは…。」

起きちまった……つくづく神はいねえ…!
ベッドから降りてくる様は、まさに終わりの始まりに見えたが…。

「………ふふ。あなた、リョウね?夕張ちゃんが何かしたって所かしら。」

「あ…あ…。」

「………大丈夫よ。」

その瞬間、ふわっとした感触が俺を包んだ。
他の奴同様襲ってくるもんだと思ってたが…こいつは随分優しく俺を抱きしめていたんだ。

「………な、何もしねえのか?」

「…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。

………えいっ。」

「ぶっ!?」

体が浮いたと思えば、投げられたのは柔らかい場所。
すぐに何かが顔面に掛かって、思わずうめき声が出ちまった。

………布団?

653 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:43:49.15 ID:tMIn8aavO

「今日は疲れちゃったから、もう少し横になってたいの。
ふふ…私のお昼寝を邪魔したから、お仕置ね。
抱き枕になってもらうわ、それが匿う条件。」

「………本当に?」

「本当よ。あなたも少し疲れてるんじゃないかしら?
子供の体だからよく分かるわ、体温高いもの。きっと眠くなってくる頃よ。
今は可愛い男の子が遊びに来ただけ…大丈夫だから。」

「待っ……むぐっ!?」

問答無用の乳攻撃。しかも眠いとかぬかしてんのに全力でホールドじゃねえか。

それを喰らった途端、くらくらと眠気が襲って来た。
ああ、ガキの頃、メシ食いながら寝そうになってたっけ…こうも急に来んのか。
妹で慣れてんのかね、こいつ子供の寝かせ方分かってやがる…。

あ…ダメだ……疲れが一気に……。

………。

…………すぅ……。



654 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:46:52.86 ID:tMIn8aavO


……………。

……元に、戻った。

捲ってた制服も短パンと半袖状態。拳を見ても、ちゃんとタコがある。

はぁ……良かったぁ〜〜……!
そうだ、眼鏡は無事なのか?すぐにスマホを見ると、LINEが2通入ってた。

『案ずるな、私に掛かればこの通りだ。』

添付画像には屍の山で立て膝座りする、生意気そうなガキが写っていた。
うわ、バケモノかあいつ…。
はぁ、でもこれでよく分かったぜ。あのアホぐらい強くねえと、こんな所まとめらんねえんだろうなぁ…。

さて、早く出ちまわねえと……。



“ぞく……。”



その悪寒を感じた時、一気に意識が覚醒した。

そうだ…俺は元カノに匿ってもらってた。
で、ここはあいつのベッドの上……そこまで理解した時、あるセリフが脳内で木霊する。


“…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。”

“私が好きなのは、普段のあなただもの…。”

“普段のあなただもの…。”

“フダンノアナタダモノ…。”


幻聴のエコーが切れるその瞬間、俺は後ろを振り向く。
そこには……。



「…………ハァ……ハァ………。」



滝の様なよだれを垂らしつつ、血走った目で獲物を狙う蛇がいました。寝たままで。

655 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:48:22.13 ID:tMIn8aavO

「いやあああああああああっ!!!???」

「“待”ってたわ!!この“瞬間”(とき)を!!」

「ダメ!俺のセカンド童貞死んじゃううう!!」

パリ-ン!! 

ウワ!ケンペイサンオチテキタ-!?

ナニイ!?ドコニカクレテタノ!! 

ニゲキッタネ!!バツトシテジョソウダヨ!!



………あんな奇跡的な受け身、試合や実戦ですら取った事無かったよ。

人間、やれば出来る。


656 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:49:53.56 ID:tMIn8aavO









“あーあ…またやっちゃったわ……ダメな女ね、私。


………分かってるのに。”








657 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:52:02.39 ID:tMIn8aavO


「………いやぁ、最悪でしたね。」

「ああ…流石に無理があったのか、あの後私も全身筋肉痛になったぞ。
全く、あの二人はどうせ懲りんだろう。また時期を見て間節を増やしに行かねばな。」

「……つくづく感じましたけど、あんたいないと本っ当ここ回んないっすね。
バケモノにはバケモノをぶつけんだよ!なんて映画のセリフでありましたけど、身に染みましたよ…。」

「ふむ…強さも重要だが、一番は慣れだよ。
私もおふざけは大好きだが、デッドラインは見極めているつもりだ。度を超えすぎた者を殴るラインをな。」

「……慣れ?」

「コウヘイ……ああ、提督の本名なんだがな。
あいつとは幼馴染だが、昔はもっとメチャクチャだったのさ。

昔から女への手は早かったし、他にも何かと事件ばかり起こす。
散々一緒に悪さもしたが、同じぐらい殴って止める事も多かったからな。
一時期軍内では、サイコパスと言う単語はあいつを指すものだったんだよ。

だから手加減しないラインは、あいつで学んだものだ。」

「………苦労してきたんすねぇ。」

「まぁそれはそれで面白かったがな……おや、メールか……。

……!?……くく……はははははははははははははははははは!!!!」

「……ど、どうしたんすか…?」

「噂をすればなんとやらかな……リョウ、面白い事になるぞ。」

この時の眼鏡の邪悪な笑みったら無かったな。
こいつもやっぱり悪魔だと、のちの件で思うんだ。

658 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:53:39.53 ID:tMIn8aavO

北欧のある国には、ある食品がある。
それはニシンを薄い塩水に浸け、現在では缶で一月程発酵させるのが主な製法。

その発酵ガスによる膨張力は凄まじく。
ある民家にて25年放置された缶詰を処理する際、爆発物処理班と専門家が召集された事もある程だ。

え?そんな大げさなって?
大げさじゃねえ、至ってマジだ。

発酵食品…要は腐敗に近い。そして臭い。
開ければ飛び散る危険な汁を持つその缶詰の名は、シュールストレミング。世界一臭い食べ物と呼ばれているもの。
臭気は多分磯風のGUSOH……じゃなかった、料理の次ぐらいだ。

後日、その原産国からとある女がやってくる。
シュールストレミング並に発酵と膨張でパンパンになった心を抱えて、とある男に会うために。
勿論土砂降りも付いてくる、おぞましい開缶式の始まりだ。

でも正直、解決する気しなかったなぁ…だってよぉ、アレは…。

提督、少しは俺の気持ちが分かりましたか?あんたが蒔いた種です。

659 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:55:45.83 ID:tMIn8aavO
大分遅れてしまいましたが、今回はこれにて。

次回、雨vs羊。
660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/04(土) 22:16:32.42 ID:AWg4sXrUO
おつおつ。ゴトちゃんは愛が重そう……
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 03:50:54.98 ID:rGrRDjGg0
乙!
もうダメだおしまいだ
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 20:51:52.43 ID:qhgIy0N4O
久しぶりの更新乙です
663 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:12:49.80 ID:FwVAF0RqO

「えーと…海外艦、ですか。」

「ああ、とは言え1週間だけだがな。あちらのスケジュールの問題で、まずうちで仮預かりする事になったんだ。
後々日本に正式配属されるが、うちに来るとは限らん。
まぁ、軽く体感してもらう方が本人も不安が減るだろうと言う配慮さ。」

「また珍しい国からですね…英語通じます?」

「母国語では無いが、あの国は英語も上手いらしいぞ?
それに本人は元々日本語を学んでいたそうでな、JLPTのN1持ちだそうだ。」

「JLPT…日本語能力試験ですか!?N1って要は1級じゃないすか!
じゃあ特に心配要らなそうですね。」

こっちの連中はそうでもねえけど、前んとこで大変な事あったなぁ…。
通じるならまぁ、大丈夫そうか。

「それでその当日なのだが、別件で任務が入っている。」

「別件?」

「前も言っただろう?面白い事になるとな。」

664 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:13:47.87 ID:FwVAF0RqO






第28話・女心は8070Au -1-





665 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:15:46.66 ID:FwVAF0RqO

そんなこんなで1週間が過ぎ、とある任務の日がやってきた。

その内容とは、今日1日の執務室の護衛。
また珍しい任務だが、どうも提督一人の判断では無いらしい。

……だって、眼鏡とお淀がめっちゃニヤニヤしてんだもん。

「表ならともかく、なんで内部なんです?これから来るんでしょう?」

「そう言う結論に至ったからだな。」

「何ですかそれ…それにこれまで引っ張り出して来て。」

「ちょっとこれって何よ!」

そう、何故か眼鏡のリクエストでづほも召集されていた。
曰く、普通に執務室にいる体で頼む…なんて言ったものの、何でこいつなのやら。

「まぁまぁ、あまり物々しくても緊張させてしまうだろう?」

「何か変ですよね、今日の内容。何か企んでません?」

「いや、ただの任務だが?」ニヤァ

“……絶対何かあるよな。”

“だよね、私も呼んでるんだし…。”

いまいち察しが付かねえまま、例の海外艦が来る時間になった。
入って来たのは全体的に青でコーディネートされた女…ああ、この人がと思いつつ全体像を確かめた時。


俺とづほは、『何か』を感じ取った。


666 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:18:19.31 ID:FwVAF0RqO

「北欧スウェーデンから参りました、航空巡洋艦ゴトランドです。
提督、どうぞよろしくお願い致します!」

「うん、短い間になるけどよろしくね。」

提督はいつも通りのゆるい笑顔…だが俺らの位置からは、机の下にある脚が見えていた。


……提督、脚にバイブでも仕込んでんですか?


「ふふ、ではお近付きの印に握手でも。」

「こちらこそよろしく。」

何故だろう。
何故ただの握手がやたらニチャァ…とした動きに見えるんだろう。

「あ、あとこれスウェーデンのお土産!ダーラナホースって言うの!幸せを運ぶ馬だよ!」

「ありがとう、飾らせてもらうよ。」

おかしい、急にフランクになり過ぎだ。あと、机越しに提督に近い気がする。
一見普通に会話をしているよう…だが読唇術を齧ってる俺には、その合間にボソッと囁いた言葉が理解出来た。


“ダーラナホースには、私って言う幸せが乗って来たんだよ。ね、コウヘイ?”


コウヘイ…こないだ聞いた提督の本名。
待て……何でこの人が知って………。


……あ。

667 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:20:23.59 ID:FwVAF0RqO

「じゃあゴトランド、今日は部屋でゆっくりしてくれていいから。場所は分かる?」

「うん!説明は受けたから!じゃあまたね!

………コンドハニガサナイカラ。」


………今、何かすっげー怖い事言わなかった?

ドアの音と共に訪れたのは、それは長ーい静寂。
それを破ったのは……提督が蛙のように机に突っ伏す音だった。

「………!!……!!」

「提督!?大丈夫ですか!?」

おいおいおい…普段糸目な人がすっげえ顔してんぞ。
慌てて駆け寄る俺とづほを尻目に、眼鏡コンビは悪魔の笑みを浮かべていた。

668 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:22:07.80 ID:FwVAF0RqO

「…………かはっ…はぁ、やっと息吸えた…。」

「コウヘイ…大変な事になったなぁ?」

「ふふふ、いつ『あの子』にバレるでしょう?」

「……リョウちゃん、あの人見てどう思った?」

「……うん。キャラは違うけど、何か翔鶴っぽい。
提督……もしかして…。」

「うん……僕の、留学時代の元カノだね…。」

この時俺とづほの脳裏には、ある奴が浮かんだ。
その直後……。


『びたぁん!!』


「何だ!?」

「ひっ…!?リョリョリョ、リョウちゃん…あそこ……!」

づほが指差したのは、ついさっきでかい音を出した窓……そこには。



「…………。」ニコォ…



「「で……出たぁああああぁああああっっ!?」」


この場に最もいてはいけない女、時雨が窓に貼り付いていた…。


669 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:24:06.61 ID:FwVAF0RqO

「……………。」ニコニコ

「……………。」

「……よっ、と…さて提督、何から説明してもらおうかな?」

時雨が窓から入ってくるや否や、途端に空気がヒリヒリしたものに変わる。
提督はいつものアルカイックスマイル…だが、明らかに尋常でない汗がダラダラと。

「はは…21歳の時、半年ぐらいスウェーデンに留学してたんだ。
そ、その時付き合ってた子でね…。」

「へぇ?じゃあ僕と知り合うずぅっと前かぁ…その時ゴトランドさんはいくつだったの?」

「じゅ、16歳…。」

すこーん!とした音が部屋に響く。
時雨は相変わらずニコニコしたまま、持ってたペンを机に刺したんだ。提督の目の前に。

670 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:27:14.03 ID:FwVAF0RqO

「ねぇ…“やる事はやった”の?」

「う……うん…。」

「へえ…あの人の方は初めてだった?」

「うん、そうだったね…。」

「…………。」

2本目が深々と机に刺さる。今度は煙も立てて。
時雨は尚も笑みを崩さず、尋問は続いて行く。

「………本当に愛していたのかい?彼女の事を。」

「うん…その時は日本に連れて帰りたいぐらいに。
結局今生の別れになると思って、そのまま別れてしまったけどね。」

「………別れの言葉は?」

「……別れ話をした翌日、あの子は空港に見送りに来てくれた。
僕だって本当は、別れたくなかった……だからこう言ったんだ。

『またいつか、どこかで。』って…。」

「………そう。」

そこから時雨は黙っちまって、長い沈黙が訪れていた。

「提督……。」

それを破ったのは、づほの靴音。
づほは優しく微笑みながら、提督の肩に手を置き、そっと耳元に顔を寄せて…。


「ギルティ。」


その瞬間、ぎょん!と目を見開いた。

671 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:28:38.75 ID:FwVAF0RqO

「時雨ちゃん!」

「うん!行くよ瑞鳳さん!」

「えっ?ちょ、待っ…!!」

づほが提督を羽交い締めした瞬間、ばちこーん!!と爽快な音が響き渡った。
ブ○ャラティも真っ青の殴られ顔を晒しつつ、肩を固定された体は吹っ飛ぶ事も出来ず。
うわぁ、首すっげえ伸びてる。すっげえ伸びてるよ。

「いい音!時雨ちゃんやっるー♪」

「その為の革手袋さ。」

「提督。」

「う……け、憲兵君…?」

「………俺も1発いいですか?」

「ごめん!君のは死ぬ!」

ちっ…まぁいいや、ここは女性陣にボコってもらうか。
あーあ、眼鏡超笑ってんじゃん…。

ダメだわこの人…俺ですらあいつん時はまだちゃんとよぉ…。

672 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:31:44.74 ID:FwVAF0RqO

「………提督、君には失望したよ。

僕と出会うよりずっと前の事…本来なら僕に口出しする権利は無い。
でもそれはあんまりなんじゃないかな?ゴトランドさんが可哀想だよ。

そんな未練を残す別れ方なら、彼女がああなるのも無理はないね。
あの人が入ってきた時から、君へのドス黒い匂いがプンプンしていたよ。

だからあの人の為にも、この1週間でしっかりケリを着ける事。いい?

それが済んだら……ちゃんと、僕の所に帰って来てね?」ギュッ 

「………時雨。」

「もし、失敗したら……。」

「したら?」

「…………。」ニコッ

「頑張ります!頑張りますのでご勘弁をおおおお!!!」ヘコヘコヘコヘコヘコ

提督、キャラぶっ壊れてます。

あれ、おかしいなぁ…何か提督が座布団になってて、時雨がケツに敷いてるように見えるぞ。

673 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:34:22.12 ID:FwVAF0RqO

「はっはっはっ!見事なカカァ天下だな!
時雨も成長したものだ…随分と人の気持ちを考えるようになったな?」

「それはそうさ。僕だって、いつまでも前のままじゃいられないよ。」

「そうか。

……で、本音は?」ポン

「………あのメス、どこからジンギスカンにしてやろうかな…ふふふふふふふふふ……。」ジャキン

「悪魔かあんたは!!時雨もどっからマチェット出した!?」

「ねぇ提督、マトンって好き?今度料理してあげるよ!」

「しれっとおぞましいこと言ってんじゃねえ!!」

こうして俺達による、提督の尻拭い作戦は発動されたのだが…。
俺達は敵を見誤っていた事を、まだ知らなかった。

ゴトランドの資料、もっとガッツリ見とけば良かった…艦娘以前の経歴にこそ、あいつ謹製の爆弾はあったんだ。


………人の心は、理屈を知ってりゃある程度騙せる。


674 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:37:33.10 ID:FwVAF0RqO
今回はこれにて。

降るのは血の雨かシュールストレミングの汁か…。
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 07:09:13.17 ID:2LlBz2PaO
乙です
これ何て舞姫…
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 07:40:30.46 ID:RprAZFQJ0
乙!
内戦とかワロエ無い
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 08:46:16.84 ID:czzEoTE2O
おつおつ。やっぱゴトちゃん怖いw
678 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 18:57:09.42 ID:ozMvv0MOO

「で、建前は提督の護衛って事にゃなったけど…実際どうすんだろな。」

「まぁ、ゴトランドさんは100%アレな感情抱いてるだろうけどね。でも何かやらかしそう?」

「正直あんな一瞬じゃ分かんねえ。」

「だよねぇ。」

着任初日の艦娘は、何かと忙しい。そいつは短期でも同じくだ。
今日はもう大丈夫だろうと解放され、打ち合わせも兼ねてづほと軽く飲んでいた。

「……いや、あのメスは間違いなく何かやるね。
僕には分かるんだ、アレはきっと提督を奪いに…!」

……まぁ、厳密には時雨っておまけもいるんだけどな。

679 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 18:58:00.00 ID:ozMvv0MOO





第29話・女心は8070Au -2-



680 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 18:59:20.35 ID:ozMvv0MOO

「おいおい…烏龍茶で酔ってんのか未成年。」

「し、時雨ちゃん、卵焼き食べる?」

時雨は烏龍茶を飲み干すと、即2杯目に手を付けた。
どっかの吸血鬼みたいに、いかにも飲まずにゃいられねえ!って不機嫌さだ。烏龍茶だけど。

発覚直後はホラーな怒りって感じだったが、今はぷりぷりとヘソ曲げてる。
こっちの方が年頃らしいっちゃらしいが、余程気に触る事でもあったんだろうか。

あの後提督と二人で話してから、ずっとこんな調子だ。
それで見兼ねて飲み屋に連れて来たってわけ。

……因みに、既に時雨の八つ当たりで割り箸3膳が犠牲になってる。

681 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:02:50.19 ID:ozMvv0MOO

「まぁまぁ、あの後何話したの?」

「……ゴトランドさんとの馴れ初め。あと別れた時の事。」

「提督がナンパしたとか?」

「ううん、大分違ったね。詳しく話すと…。」

「どうだったの?」

「軍大学の勧めで留学したはいいけど、行ったのは提督一人だったんだって。

異国で一人だったから、最初は話相手もいなかったらしいんだ。
段々ホームシック気味になってた時、近くのカフェでバイトしてたのがあの人だったみたい。

『コーヒーを一つ。』

『はい…日本の方ですか?』

『ええ、留学でこちらの方に。』

『そうなんですね。えーと、確か日本語で…アリガトウ!でよかったですよね?』

『………!
ふふ…はい、それで合ってますよ。』

提督は英語話せるけど、彼女はわざわざ日本語でそう言って来たんだって。
それから店に行くたび、いつも彼女の方から話しかけて来て……当時の提督は、それに随分救われたみたいだよ。

それである日、いつもみたいにレシートをもらったら…。


『私のアドレスです。もっとたくさんお話したいな。』


それから付き合うまでは、本当に早かったってさ。」

「じゃあきっかけは、ゴトランドさんの方からだったんだ。
でも提督、年の差とか期間の事考えなかったのかな…。」

「ねえ瑞鳳さん、例えば今16〜7歳ぐらいの男の子と知り合ったらどう思う?」

「そうだね、私今年で22だから…弟か後輩みたいに思うかな。

………あ!!」

682 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:05:39.71 ID:ozMvv0MOO

「……そう、その頃の提督は21歳。
5歳違いのカップルなんて、例えば今の提督の年齢で考えれば珍しくもない。相手も瑞鳳さんぐらいの歳になる。
まだ若かった彼は、そんな感覚でいたらしいんだ…ダメ押しにその頃は、好意と寂しさに負けてしまったそうだよ。
いつか別れが来る想像も甘かったって。いざとなれば迎えに行けば良いとすら思ってたってさ。

結局、ゴトランドさんの告白を受け入れる形だったみたいだね…。」

「……提督、もしかして本気だった?」

「……はっきり言われたよ。過去の人の中で、一番好きだったって。

遊び人ではあるけど、実際は提督が来る者拒まずだった部分が強いみたいだね…いや、寧ろ来る者に嫌気が差したからこそと言うか。
彼は所謂エリートだった分、昔からモテたらしいんだ。

ただ話を聞く限り、寄ってくる女の大半は立場に惚れてるだけ。
提督は僕がクズだったからって言うけど…そんな中で次第に歪んで行って、ああなってた部分は強いんじゃないかな。
実際ゴトランドさんと別れて以降、余計ヤケになってた節はあったみたいだよ。

でもあの人は他の女と違って、提督そのものを見て好きになったんだろうね。
だってあの人以来、どれだけ遊んでも『彼女』は作ってなかったって…随分と、後悔してるみたいだった。

彼女の着任を知った時…きっと恨まれてるし、復讐されるだろうって思ってたみたいだね。
お互いいつか終わるって分かってたけど…具体的に帰国が決まるまでは、切り出せなかったって。」

「若気の至りか…後から効いてくるんだよね、そう言うの。」

「なるほどね。」

うーん…まぁ、それも事実だろうな。
でもそれだけじゃねえ気がすんだよなぁ…あのビビりようは罪悪感もあるだろうけど、何か…。
提督、いざって時は腹括るタイプな気もするし。

683 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:08:22.11 ID:ozMvv0MOO

「……でもひどくないかい?
結局僕と色々あったのも、ゴトランドさんの件が尾を引いてたからだろうし…。 」

「あー…でも提督の気持ちも分かるわね。
過去に自分より若い子とそんな事あったら、気にしちゃうかも。」

「…何よりいつまでも昔の女に振り回されてるの、本当むかつく。」プク-

「それな!!」バァン!

「うお!?づほ!酒こぼれんだろ!!」

何いきなりテンション上げてんだこいつ…。
それまでのお姉さんモードから、急にヅホラな雰囲気に変わりやがった。

んー…おや、何か負のオーラが二人から……。

684 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:11:07.89 ID:ozMvv0MOO

「そりゃ彼女と違って、未だに僕とはプラトニックだよ…所詮事実恋愛、正式に付き合えてるわけでもない。
でももう遊び人はやめた以上、今そばにいるのは僕じゃないか…。
何だよ提督の奴……あんなに普段見せないリアクションばっかしてさ…。」

「そーそー!今近くにいるのは時雨ちゃんだもんね!
昔の女にあんなガッタガタ震えてさ、キ○タマ付いてんのかっての!!今近くにいる人を見ろってーの!!」

「ほんとだよ!何だよあの反応!!うー…あったまくるなぁ〜…!!」

「だからさ、しっかり提督の手綱握って、攫われないよう頑張ろ!
自分から振った女にうろたえてさ、男として情けないよね!!リョウちゃんも思うよね!?ねぇっ!?」

「……お、おう。」

………づほ、何そんな目ぇ血走らせてんだ。
ドン引きしてると、時雨はそんな俺の顔を見てくすりと笑った。

「くす…リョウさん、そう言うとこだよ?」

「へ?」

「何でもないよ。」

「……と言うわけで。リョウちゃん、飲めおらーー!!」

「ぶごっ!?」

打ち合わせも何処へやら、この日は怪獣ヅホラのお守りで終わっちまった。
帰り道におぶられてるづほを見て、時雨がボソッと囁いた言葉が忘れられない。

「僕、成人してもお酒はやめておくよ。」と。
づほ、良かったな。立派な反面教師になれたぞ。

685 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:15:31.78 ID:ozMvv0MOO

「食堂はこちらです。明日の歓迎会もここになるので、場所を覚えておくといいかもしれませんね。」

「ありがとう、オーヨド。あなたは食べて行かないの?」

「申し訳ありませんが、私はもう少し仕事があるので。
ふふ、それにしても本当に日本語がお上手ですね。」

「ありがとう。やりたい事があって勉強したの、読み書きはちょっと苦手だけどね。
何度か『旅行』で来た事もあるんだ。」

「そうなんですね…あ、食堂のシステムを教えますね。
席は…あ、ちょうど良かった。紹介したい方がいるんです。
__さん、失礼します。短期赴任の方を紹介したいのですが。」

「初めまして、航空巡洋艦ゴトランドです。」

「あなたが…初めまして、私は___」

「…………ふふ。」

686 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:17:19.13 ID:ozMvv0MOO

翌日、昨日同様執務室にいるが、特に変な事は無い。当番制になったから、眼鏡がいないぐらいだ。
提督も暇じゃないし、ゴトランドは早速任務に参加している。接触なんて、朝に作戦について話してた程度。

「………ふぁ。」

「提督、やっぱり昨日の件でお疲れですか?」

「いや、昨日は早めに寝たはずなんだよ…歳かなー、疲れが取れてないのかもね。」

俺もちょっと眠いが、昨日の酒のせいだろ。
あくびって移るんだよなぁ、俺もうっかり出そうなのを噛み殺してた。

あいつも疲れてっかなこりゃ…えーと、あいつって……あれ?
ああそうだ!時雨だ時雨!あっぶねー…名前出て来なくなるとかどうかしてんぞ。

「おはよう提督、よく眠れた?」

「ああ、おはよう……し、時雨?」

………ん?何だこの違和感。
時雨が入ってきて、ただ提督が返事しただけ。
でも何か変だと思っていると…その答えは、すぐに時雨が導き出してくれた。

687 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:18:20.03 ID:ozMvv0MOO






「ねえ提督…何で疑問形なのかな?

僕 の 名 前 が 。」






688 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:19:54.72 ID:ozMvv0MOO

「………っ!?」

「ひどいなぁ…一瞬思い出せなくなったのかい?あんまりだよ…君と僕の仲じゃないか…。」

「ご、ごごごごめん、ちょっと疲れてて……。」

「くす…言い訳は聞きたくないなぁ……。

……と言いたいところだけど。
リョウさん、恐らく君もお疲れじゃないかな?」

「俺か?そういや確かに…。」

「………提督、ちょっと机を失礼するね。

ほら、あった…。」

「……それは…?」

「超小型スピーカー。
ペットボトルの蓋ぐらいしかないでしょ?Bluetoothで行けるやつさ。
二人とも、これに耳を傾けてよ。」

これは…小さい音で波音が聴こえる。
それに何か、人の声もうっすら……。

689 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:20:54.21 ID:ozMvv0MOO








『アナタハシグレヲワスレル。』








690 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:22:46.83 ID:ozMvv0MOO

「おおおおおおおおおっ!!!???怖え!!」

「催眠か……へぇ、面白いじゃないか。
憲兵さん、君の所にゴトランドさんの資料はないかな?」

「持ってないな…あ、でもスマホからアクセスは出来るかもしれねえ。」

俺の場合、日頃艦娘の資料は見過ぎないようにしてる。
会うまで元カノの存在を知らなかった理由でもあるが、なるべく本人と接して覚えたいと思ってたからだ。

流し見してたゴトランドの資料を、改めてちゃんと見る。
生年月日……本名……血液型……そして日頃、プライベートだからと読むのを避けてたある項目。
そこに辿り着いた時、俺は目を疑った。


『学歴:○○大学、心理学科卒業。』


……………。


………プロだ。


691 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:25:00.52 ID:ozMvv0MOO

「ふふふ……流れで催眠や臨床心理も学んだって所かな?
彼女、日本語検定も高ランクを取ってるんだってね…へぇ、それでそっちもかぁ……。


憲兵さん… い い 雨 が 降 り そ う だ ね ? 」


この時見た時雨の笑顔を、俺は一生忘れないと思う。

子供の頃、悪霊に襲われて死にかけたの……そりゃもう怖かった。
でもそれより怖えんだよこの子!お兄さんちびりそうだよ!

落ち着け…ここまで行ったら流石に眼鏡案件だ…。
そうだ、時雨にも訊きたい事がある。

「なぁ時雨、何で気付いた?」

「んー……一応物証得るまでは偶然だと思うようにしてたんだけど。
あの反応で確信に変わったからかな。」

「……どう言う事?」

「……いつも執務室に入る前、必ずスマホをいじるようにしてるんだ。」

「スマホ?」

「うん!変なBluetoothやwi-fiが無いかね!
皆の使ってるイヤフォンとかの型番、全部把握してるんだ!
だから知らないのは1発でわかるよ!」

時雨さん。その大天使な笑みを絶えず提督に向けてあげればどうでしょう?
言ってる事、最っ高に怖えけど。

あっ….そう言えば提督、どうすんだ?

「提督、どうしま……!?」

「………提督?」

「…………気絶してるな。」

「提督ーーー!?」

半狂乱で叫ぶ時雨だが、俺はこう思っていた。


お前のせいでも、あるんだよと。


692 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:27:07.50 ID:ozMvv0MOO



「今頃バレてるかなぁ……ふふ、でも素晴らしい発想ね。
私がメインにしようとしてた手を超えるアイディアを出すなんて。」

「そんな事ないわ…あなたの手腕あってこそよ。
あなたは他人に思えないもの、だから力を貸してあげたいなって。」

「うん、私も。こんなにシンパシーを感じる人がいるなんてね!
だから私もあなたに力を貸すよ、何でも聞いて!
あ、私の事はゴトって呼んでよ!」

「ふふ…じゃあゴトちゃんでいいかしら?じゃあ私の事も好きに呼んで。」

「うん!私達もう友達だね!





ショーカク。」





693 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:28:32.58 ID:ozMvv0MOO
今回はこれにて。やべー奴らがタッグを組み始めたような…。
694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/21(火) 21:27:19.17 ID:EHEVTQ2CO
乙。これはひどい。
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/22(水) 07:42:43.02 ID:L8eL7naS0
乙!
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/22(水) 13:07:32.67 ID:oK+6DSKA0

言うて提督は割と自業自得感強いんだよな
憲兵さんは今回も強く生きて
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/04(火) 16:37:17.56 ID:C6YbV9h30
pixivで読んでたわ。面白い!
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/17(土) 17:07:50.26 ID:vFoxojSsO
保守
699 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:13:32.96 ID:s1QCE2DCO







第30話・女心は8070Au -3-







700 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:15:00.53 ID:s1QCE2DCO


「………で、どうします?」

「ふむ…ここまでとはな。」

小道具まで仕掛けられてるって事で、さすがに眼鏡を呼んだ。
もはや俺の独断で動いて良いレベルだが、一応話は通しておいた方が良い。
そう判断はしたものの…何やら考え込んでいる様子だ。

「普通に考えれば、上官への洗脳行為としてこちらも動けるな。
だが…これに限っては、少し静観したい所だ。」

「マジで言ってます?さすがにヤバいと思うんですけど…。」

「…いつもの貴様なら、何言ってんだ!?と怒鳴るだろう?
貴様も何か思う所があるんじゃないか?」

「……あ。」

「ほらな。元はと言えば、ちゃんと未練を断ち切ってやらなかったが故の事だ。
…コウヘイ、こればかりは自分でしっかりやってもらおうか。『俺』も今度ばかりは、限度があるぞ?」

「……!」

眼鏡の一人称が素になった瞬間、部屋の空気も一気に変わった。
これ相当怒ってんな…提督と幼馴染だからこそ、思う所はあるって事か。

701 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:15:55.00 ID:s1QCE2DCO

「……憲兵長。」

「時雨。昨日はああ言ったが、貴様もまだまだだな。
何の弱みを握っているかは知らんが…いささか脅しが強過ぎるんじゃないか?こいつの手綱はしっかり握らなければならんが、それは信頼と愛情で示すんだな。
……不安でしょうがないのだろう?奪われてしまわないか。」

「………うん。」

そう俯いてスカートの裾を握る時雨は、何とも年相応に見えたもんだった。
そっか…まだ子供なこいつからしたら、いきなり元カノだ!なんて大人の女が出てくりゃ…。

「私の立場でこんな事を言ってはならんが、自信を持つんだな。
貴様はいい女になる素質は十分にある、簡単に奪われるタマではないさ。こいつが裏でどれだけ貴様に気を揉んでいるかも考えればな。

……こいつは相当な遊び人だったが、惚れ込んだ女にはその限りではない。
くくく…こいつが昔一時帰国した時、ゴトランドへのノロケだけで何度夜を明かした事か。」

「ちょっとキョウ、言わないでってば…。」

「いいや、言うぞ。時雨についても似たようなものだったよな?
いい歳になった男同士でも、そういう所だけは変わらんな。酒を何缶空けたか忘れてしまったよ。」

「提督…それ本当?」

「さ、さてねー。酔っ払って忘れちゃったよ。」

「……ふふ。そう思っておいてあげるよ。」

「……だが、そんな私でも知らん事もある。
こいつから聞き出さねばならん事があるんだが……時雨、少し席を外してくれるか?」

「何で?」

「………男同士の話をするからだ。」

702 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:17:16.05 ID:s1QCE2DCO

そして執務室には、俺たち3人だけになった。

そうだ、何だかんだ言ってこの人も根は肝が据わってる人だ。それがあのビビり方はおかしい。
男同士の話だと時雨を追い出した……多分、眼鏡も俺と同じ疑問を持ったのだと思う。

「リョウ…貴様も私と同じ疑問を抱いたろう?」

「ええ……提督、単刀直入に訊きます。ゴトランドに何されました?


て言うか、ナニされました?」


その単語を口に出した瞬間、何とも虚しくなった。

何なんだ、何でこんなシリアスなトーンでシモな話題を出さなきゃなんねえんだ。
でも男の勘が告げていた、間違いなくそっちで何かトラウマ植え付けられてると。

そして提督は…とても悲しそうに笑った。

703 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:19:06.05 ID:s1QCE2DCO

「ふー…………僕さ、こんなんでも性癖は至ってノーマルなんだ。
アブノーマルな事なんてされたくないし、ましてやする方なんてもっとダメ。女の子の体痛め付けるような事は、僕の美学に反する。
それは彼女に対しても、全く同じだった……だけど。」

「「…………だけど?」」

「彼女にとって僕が初めての男だった…余計な事なんて何も教えちゃいない。
でも……ヒュ-…『彼女が自主的に興味を持って学んだ』なら、その限りじゃ…ヒュ-……ない…。ヒュ-」


……何?この風切り音。


「ふふ……カハッ、ヒュ-…段々と眠っていた……ヒュ-、ヒュ-…本性、がっ…ヒュ-目覚めっ始めたの……かな。
ある時っ……眠って…ったら、僕のっ…。」

提督の座る椅子がガタガタと音を立てる。
風切り音は次第にぜひぜひとした音に変わり、その異常の中でも提督は必死に記憶を掘り返し…。


「あ!あなっ……えねっ…まっ!!」ガタガタガタガタガタガタガタガタ
 

そのワードを口にした瞬間、提督は白目をグリンと剥いた。


704 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:21:17.06 ID:s1QCE2DCO

「提督!!もういいです!!もうやめましょう!!」

「いかんな、呼び戻そう。はぁ!!」ボキィ!

「………はっ!?僕は一体…。」

うおぉ…ね、寝てる間になんつー事を…。
いや、つーか提督よくそれで逃げなかったな…。

「ふふ……それでも愛していたのさ。
逆に言えば、当時の僕からすればそれしか欠点なんて無かった。」

「いや、それもう決定的…。」

「リョウ、恋は盲目という奴だ。」

「盲目か……だからこそ、舞い上がってしまったんだよ。
何もかも越えられる、そんな甘い事を考えていた。

…今の中佐の地位こそ、戦果の叩き上げで得た物。実力で勝ち取ったと言う自負はある。
でも僕は、それ以前からエリートと呼ばれる立場にいた。それも軍人としての……その重さも、ろくに知りもしないでね。

いや……結局は逃げたんだろうね。
7年前のあの日、彼女に深い傷を負わせてしまった…あれ以来、僕は堕ちる所まで堕ちた。

確かにモテたさ。でも誰も、あの子と違って僕の人となりは見ちゃいない。
だったら逆に、僕も割り切ってしまおう。堕ちる所まで堕ちてしまおう。
それでいつか刺されでもすれば、きっとお笑い種だろう。

そう自暴自棄になって、結局余計に沢山の人を傷付けて来た。
あの子もそんな今の僕を知らない。もはや幻影を追っているだけさ。」

「………提督。」

この時の俺はキレる一歩手前。
と言うか、拳はもう握り込んでた。


「……この馬鹿者がぁ!!」


……だが、先は越されちまったらしい。
眼鏡の本気のパンチで、提督は椅子ごと吹っ飛んじまった。

705 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:23:09.29 ID:s1QCE2DCO

「ならば時雨はどうなる!?あの子はそれでも今のお前そのものを求め、想い続けて来た!!
それに…それでもお前は、時雨を選んだのだろう!?

…振り回されるなよ、コウヘイ。
お前は未来を選んだ。ならばゴトランドの未練も断ち切り、未来を与えてやる事こそがケジメでは無いのか。
それが時雨への、そしてゴトランドへの償いでは無いのか。

お前は時雨に出会い、悪しき過去を捨てたろう……それが答えでは無いのか!!答えろ!!」

「憲兵長!!抑えて下さい!!」

「……っ!!
リョウ、私は詰所に戻る。すまないが手当てをしてやってくれ。」

「……はい。」

「……なぁ、コウヘイ。」

「…なんだい?キョウ。」

「俺がアキの件で腐っていた頃、どこかの誰さんが同じように俺を殴ったよな。
今以上に激しい説教と、ついでに倍の数のパンチも加えてだ。

…俺がこうして憲兵として生きているのは、その拳があったからだ。
貸しは返したぞ?しっかり受け取れよ。」

「……ああ、ありがたくもらっておくよ。」

「ああ、それとな…。」

「………何?」

「“その程度”で怯えているうちは、お前もまだまだだな。
“そんなもの”は、まだまだ通過点に過ぎんぞ?」パタン



……………。


台無し、だ。


706 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:24:14.09 ID:s1QCE2DCO

「はぁ……。」

別に今日じゃなくてもいいんだが…あの後俺は、とぼとぼと夜警に出ていた。

どうにも気が滅入っちまって、あんまり部屋にもいたくない。
一度ぐらい自主的にやったって怒られねえだろ…あんな空気にしたんだ、眼鏡も理解しろって話だ。

それで街灯だけの中庭を歩いてた時、ベンチに人影を見付けた。
アレは…げ、ゴトランドかよ。

「こんばんわ、憲兵さん。」

「あ…ああ、こんばんわ。本当に日本語お上手ですね…。」

スルーしてくれなかったか…。
ちゃんと話をするのは初めてだが、ヤバさはその前からよーく分かってる。
俺ら的にはこれからの敵、君子危うきに近寄らず。今は当たらず障らずで行こう…。

「まだ時差には慣れない感じですか?
今日はちょっと蒸すんで、部屋の方が休めると思いますけど…。」

「そうだね。ふふ、でもさっきまでここで友達とお話してたの。
こんなに早く友達出来るなんて思わなくて、つい話し込んじゃった。」

「と、友達…?
確かにここは皆フレンドリーですけど、誰でしょう?」

「それはね…。」

そう言い始めたと同時に、ゴトランドは俺に向き直った。
クマにも見えそうな長い睫毛と、ブルーの瞳。その奥と目が合った時…。


「ショーカク。」


…………?

今のは…?


707 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:25:10.05 ID:s1QCE2DCO

「ふふ…お言葉に甘えて、今日は帰ろうかな。
じゃあ憲兵さん、おやすみなさい!」

「え、ええ、おやすみなさい…。」

何だ、疲れてんのかな…何か一瞬クラっと来たような…。


「…………今日は夜警かしら?」

「……ショウノ。」

そこに現れたるは、よりにもよって元カノ。
思わず身構えちまうが、あいつは…。


「………。」ギュッ


………はい?


708 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:26:30.92 ID:s1QCE2DCO

「……良い夜ね。
ねえ、覚えてる?昔花火を見に行った事。
浴衣で出かけて、私が下駄の鼻緒を切っちゃったでしょう?」

「………あったな、そんな事。」

今いるのは、中庭のでかい木のそば。
あの時も確か、こんな大木の近くで……ああそうだ、コケそうになったこいつを受け止めて…。

「初めて抱き締めてくれたのは、あの時だったわね…。
ふふ、秘密の場所って言って、高台に連れて行ってくれて…花火の光の中で…。」

記憶の中のこいつと、目の前のこいつが重なる。
そうだったな……初めてこいつを抱き締めて、それで初めて…。

目を閉じてるのが分かる。
次第に何かが込み上げていく。

段々と、自分の顔が近付いてるのが分かる。
なのに止められない。まるであの頃にいるような、今はどこか分からないような。
ああ、もうすぐ触れる…。


その時。


709 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:27:33.88 ID:s1QCE2DCO






『ひゅーー………ぱこーーーん!!!』






「……いってええええええええっ!!!!!????」


後頭部に、実に爽快な激痛が走った。


710 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:28:41.87 ID:s1QCE2DCO

「ふっふっふっ……人の心を自由にしようなんて、傲慢だと思わないかい?
いるんでしょ?ゴトランドさん。」

「………!?ちぃっ…!」

探照灯の眩い光が、茂みに隠れていたゴトランドを炙り出した。

空には月明かり……俺の目には2つの影。
具体的にはこう、あそこ。
何か飛び降りてもあんまり痛くなさそうな庇(ひさし)の上。でも結構ミシミシ言ってる。

そこに立つ2人は…何故か全身タイツにホッケーマスクだった。


「我が名はレイン!」

「そして我が名はビッグバード!」

「「我々は!貴様らの企みを破壊しに現れた名も無き戦士だ!!」」


………いや、もう名乗ってんじゃん。


711 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:30:50.50 ID:s1QCE2DCO

「リョウちゃ…じゃなかったリョウ!私の矢が貴様を救ったのだ!今度ラーメンおごれ!」

「ゴトランド…貴様の手は姑息過ぎる!!女ならば正々堂々追いかけるべきだ!!
翔鶴!!貴様もだ…追跡道の師であるこの僕を捨て、催眠道に走るなど言語道断!!
そう!!女は黙って……いいからストーキングだ!!」

「づほー、時雨ー、危ねえから降りてこーい。」

「ち、違う!!僕たちは断じてそんな和風な名前ではない!」

「そうだ!見ろ!このカッコいいマスクを!!強そうだろう!?」

「………まさに変態仮面、見参。」ボソ

「……違うの!!アレは違うのおおおおお!!!」ビェェェェン

「くっ…邪魔はさせないよ!!ショーカク!!」

「ええ…弟子は師を超えてこそ!師匠!今宵あなたを倒してストーキング道を捨てます!
行くわよゴトちゃん!!」

「「私達の恋路は、誰にも邪魔させない!!」」


執務室でのシリアスかつホラーな空気も、完全にどっか行った。

この時この中庭で、艦娘による伝説の茶番劇………じゃなかった、伝説の陸戦の火蓋が切って落とされたのである。


……ところでお前ら、一体何を賭けて戦ってるんだ。


712 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:32:41.27 ID:s1QCE2DCO
大スランプにはまってしまいましたが、何とか投下できました。余計に頭が悪くなった気がします。
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/19(月) 00:38:45.87 ID:Nyy4Npv6O
おつおつ。エネなんとかとは業が深い……
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/19(月) 07:22:28.72 ID:P33/Kd1Q0
乙!
715 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/24(土) 01:06:52.04 ID:eoqIWvrpO
某大人向け板の方に、大人向けな番外編を投下しました。
大人の方はよろしければ探してみてください。お子様はだめです。大人向けですが、内容的にはいつものです。
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/08(火) 18:34:20.25 ID:ZCCjqjJm0
ふう...良かったぜ。
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/09(水) 18:12:21.73 ID:/V8X8MLho
松輪
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/17(火) 01:02:56.44 ID:B7yGgTNLO
ひとまず保守
719 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:34:38.05 ID:vd4WLsIgO

“…来ちゃったんだね、この日が。”

“…ごめん。”

“ううん。コウヘイにはコウヘイの、やるべき事があるでしょ?
あなたに出会えて…本当に……幸せだったよ。”


彼の帰国が決まって、別れ話をされた時。
本当は、その前から覚悟は出来ていた。

「いつかまた、どこかで。」

そんな言葉も優しい嘘になってしまう事でさえ、本当は分かってたんだ。

空港から飛行機を見送る時、私は小さな横断幕を掲げた。

『Jag ?lskar dig』

スウェーデン語で、愛してるって意味。
でも本当は、こう言いたかった。

『Jag saknar dig』

日本語に直すと…恋しいや寂しいって意味かな。


ここにいられなかったのなら、いつか会いに行けるよう私が頑張ればいい。
例えこの先ただの思い出や友達になってしまったとしても、人生において大切な人なのに変わりは無いもの。

もしまた会えたなら…その時は、お互いの未来を祝福し合えたらいい。
初めはそんな切っ掛けで、日本語を学び始めた。

その目標が歪んだのは、この戦争が起こった時。
どうしても、何をしてでももう一度彼の心を手に入れなくちゃと思ってしまった。


だって…そうしなくちゃ、守れないと思ってしまったから。



720 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:35:57.56 ID:vd4WLsIgO






第31話・女心は8070Au -4- ?





721 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:37:27.13 ID:vd4WLsIgO


「「行くよ!」」


飛び降りそうな掛け声とともに、ジェイソンマスクなコ〇ンの犯人共は、カサカサと地面に降り立った。脚立を伝って。

率直な感想を言おうか。動きが台所の覇者Gだ。
全身タイツの体のライン…って言うとエロく聞こえそうだが、戦隊っぽく中腰でキマってるケツのラインが地味な笑いを誘う。

「くくく…ゴトランド、君の手の内はもうお見通しさ。
催眠と分かっている以上、提督に何が起きても本心とは言えないねぇ?」

「ふふ、嘘から出た誠…だっけ?日本のことわざ。
初めは刷り込まれたものでも、それが精神の血肉になれば本心になるよ?」

「…外道め。」

「求めよ、されば与えられん。手段は選んでられないもの。
シグレも似たようなものでしょ?でもあなたの場合は…ただの恐怖政治だね。」

「カカァ天下って日本語はまだ知らないみたいだね。女房が強い方が上手く行くのさ。」

「もうママ気取り?まだミルクの匂いも取れないのに。」

「言ったね年増。果たして老いたマトンは美味しいのかな?」

おいおい、煽ってんなぁ…。
で、もう片割れコンビはと言えば…。


「「…………。」」


終始無言の睨み合い。
龍虎の戦いの如くガンを飛ばし合ってんだが……時雨らはともかく、お前ら喧嘩する理由無いだろ。

「…まあまあお前ら、落ち着けよ。
喧嘩するのも分かるけど、そもそも何で決着着ける気なんだよ。」

「「「「……え?」」」」


………。

もしかして、何も考えてないの?

722 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:39:09.51 ID:vd4WLsIgO

ものすっ……ごく、微妙な空気が流れる。
やっちまった。ただ険悪になったならともかく、ここまで茶番があったらどう考えても収拾つかねえ奴。

しかし元は上官への洗脳やら何やら、ヘヴィな事態も噛んでる。解決させない訳にも行かない。
ど、どうする…?アレかなぁ、提督に話通して、また後日演習で手打ちにでも…。

「ふふふ…こうなったら仕方ないよね。ショーカク、奥の手を使うよ。」

「奥の手…ゴトちゃん、まさかアレを…!」

「いや何追い込まれてる風にしてんだ!?」

「…私は艦娘になる前から、何度か日本に来ておいた。
見聞を広め、そしてネットワークを作る為に。」

「いや、聞いてる?俺の話聞いてる?ねえ。」

「黙って!!
そう…その過程で日本にも友達が出来たの。
そしてここに来る前、休暇を取って3日程早く日本に来て…あるものを受け取った。」

ゴゴゴと擬音が見えそうなジェスチャーで、ゴトランドは上着に手を突っ込む。
そこから出てきたのは、黄色と赤の…。

「…この、代理購入してもらったシュールストレミングをね!!」


………洒落になってねえ!!


723 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:42:18.74 ID:vd4WLsIgO

「ゴトランド、落ち着け…そんなもん開けたらお前も死ぬぞ…。」

「ふふ…そうだね。さすが日本の初夏、地元じゃこんな状態のはお目にかかれないよ。」

輸送と日本の初夏を経て、パンッパンに膨らんだ缶詰…。
確か本国じゃ、長年放置された奴の始末に軍が出たって…。

「……シグレ、大人しくコウヘイの事は諦めて。
でなければ、今ここでこれを開けるよ。」

「……卑怯者め。催眠だけに飽き足らず、そんなものまで使うのかい?
いいかい?君の理想の世界に、提督の意思は存在しない。
そんなものは、ただ人形を愛でているだけだ!」

「……何とでも言って。私には私の意地がある。
少なくとも、ショーカクは賛同してくれたよ?」

「翔鶴さん…どうして!?」

「瑞鳳ちゃん。恋というのは修羅の道なの…追いかけてもダメならば、例え卑怯な手を使おうとも…。」

「…本音は?」

「いや、ちょっと催眠掛けて逃げ場なくしてあんなことやこんなことしたい……じゃなかった、自ら退路を断つ覚悟の元、突き進む欲ぼ…でもない!信念の道なのよ!」

「退路断たれてんのはおめえの理性だよ!?」

よだれ隠せてねえぞコラ!!
ああもう、もう解決とか知らねえ!とにかく缶詰取り上げねえと…!?

「…!?」

「う、動けない…!!」

「くす…掛かったね?
シュールストレミングはデコイだよ…ゴトの目を見せる為のね。」

催眠…!!
まずい、指先一つ動かせねえだと…。

724 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:43:42.87 ID:vd4WLsIgO

「そうだね…皆には寝ててもらおうかな?
大丈夫、ちょっと吐いちゃうかもしれないけど、一発で落ちれると思うから…。」

「開ける気かい!?そんな事したら君達だって…。」

「ふふ、ゴトとショーカクには、シュールストレミングの匂いが分からなくなる催眠が掛かってるの。
皆が寝てる間に、コウヘイにしっかり暗示を掛けて……タブンコエタリシナイヨネ…。」

プルタブに指が掛かり、死の予感が俺達を駆け抜けた。
だが……その直後。





「………ちょっと待ったぁ!!」





催眠とは言え、眼球と口だけは何とか動かせた。

俺達の視線が集まるその先には……燦然と輝く満月。
それが照らし出すのは赤と黒のコントラストと…そこから生える、スネ毛の生えた白い脚。

そこにいたのは、何やらカッコいいポーズを決めた…。


「白露型駆逐艦、提督!見参!」

「いや雨風ですらね−!!」


たなびくスカートからは、豪快にオシャレボクパンが見えていた。
はは…細身の人が着てもパッツパツじゃねえか…雄っぱいてんこ盛りだぁ…。
725 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:47:15.92 ID:vd4WLsIgO


「提督…もしかしなくても…。」

「いや、うん…キョウがこれ着て出ろって、倉庫から…。」モジモジ

「提督…かわいい……すっごくかわいいよ…。」ハァハァハァハァ

「興奮すんな本家!!」

「と、とにかく!僕が来たからにはこんな事はもうやめるんだ!!

ゴトランド…いや、Gota(ヨータ)!!
あの時は、本当にすまなかった…でも僕らは…僕らはもう終わったんだ!
僕にはもう、時雨がいる…君も未来を生きてくれ!

…それでも狙うなら僕だけにしろ!!皆を巻き込むのだけは、絶対に許さない!!」

「……!!

……いいよ?幾つか飲んでくれるなら。」

「…え?」

「ふふ…まず、日本での私の配属先をここにする事。
それと、いつでも仕事中は私をそばに置いておく事。秘書艦がダメなら、護衛って体でもいいかな。」

「ダメだよ!!ゴトランド、提督を洗脳する気だろう!?
そんな事…例え提督が飲んでも、この僕が許さない!!」

「…シュールストレミング如きでビビったお子様が、よくそんな事言えるね?
コウヘイよりも、臭い思いしない事が大事なんじゃないの?」

「言ったね…じゃあやってやる!!今すぐ開けてやろうじゃないか!!
ゴトランド…それをよこせえぇぇええ!!!」

時雨は猟犬の如く缶詰を奪い取ると、すぐさまプルタブに指を掛ける。
だがその時、風切り音と共に缶が舞い上がった。
アレは…吸盤矢!?

「………瑞鳳さん、どうして?」

「ふふ……し、ししし時雨ちゃん…また別の機会ででもい、い、いいんじゃないかな?
ほら、その……か、帰ればまた来られるって言うし…。」グルグルメ-

あ…そう言えばづほ、去年台湾旅行で寝込んだって言ってたわ…臭豆腐で。
…って缶詰どこ行った!?ああ!提督の足元に…!

726 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:50:00.09 ID:vd4WLsIgO

時雨の表情は、もはや猟犬から狼にステップアップせんばかりに血走っていた。
そして缶詰と提督に向けダッシュしながら、あいつはこう口走る。


「ゴトランド、僕の提督への愛は本物だ!
だからこそ、君の過去すら許すわけには行かないんだよ!

絶対に許さない…提督の……提督のお尻の処〇は、僕が貰うはずだったのに!!!」

「聞いてやがったのかおい!?」


時雨の渾身の叫びが響き、提督は硬直した。


突き抜ける。


そんな例えが似合う、真っ先に気絶へと到達した白目と共に。

そして……その体は、足元の缶へと倒れ…。



『ぱぁあああん…………』



その瞬間、世界の終わる音がした。




727 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:52:28.30 ID:vd4WLsIgO


「……う…ここは…?」

「お目覚めか?集会室だよ。」

「憲兵長!?……?っ!!」

周りを見渡すと、さっきの面子がのびていた。
その中にはゴトランドと元カノも…ああ、臭いが催眠すら超えちまったのか。

服に染み付いたのか、とんでもねえ悪臭が鼻をつく。
これで軽減された方かよ…そんな中、どうも眼鏡と磯風が俺らの看病をしてくれていたらしかった。

「マスク無しかよ…。」

「ふっ…私と兄ぃは強いからな。だが提督の方は…。」


『臭すぎて死体袋に突っ込まれております』


「提督ー!?ヴォエッ!!」

「私と兄ぃが見付けた時、顔を缶に突っ込んでいたよ。
全く、中庭が酷いことになっているぞ?悪臭とゲロまみれで立入禁止だ。」

はは…近付いただけでこれかよ。中すげえ事になってんだろ。
まぁ、自業自得のツケだ。しっかり熟成されてくれ、人としても。

728 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:54:25.96 ID:vd4WLsIgO

「?…やべえなここ。ちょっと外行ってくる…。」

「そうしてくれ。少し外気に当たった方がいい。」


外に出はしたものの、ここでも若干臭って来てた。
石段に腰掛けてぼーっとしてると、そんな俺に声が掛かる。

「あなたもお目覚め?」

「…ゴトランド!?」

「大丈夫、もう何もしないよ。」

そう言ったきり、ゴトランドは黙っちまった。
気まずい時間も数分か、あいつは不意にまた口を開く。

729 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:56:42.32 ID:vd4WLsIgO


「…さっき、コウヘイが言ったよね?
僕らはもう終わったんだ…って。」

「…ああ。」

「あの一言で、妙に胸がすっとしたんだ。
その時思ったの…私はただ、完璧な終わりが欲しかっただけだったのかなって。何の期待も出来ないような。
ふふ…ちゃんと、別れ話もしてたのにね。」

「……そうかよ。」

「…ショーカクとは、どれぐらい付き合ってたの?」

「…1年半。そう思うと結構長かったよ。」

「夏が近いね…もう憲兵隊は半袖なんだね。
ねえ…『その腕の傷』は、いつのもの?」

「………っ!?

…覚えてねえな。」

「そう。
私があの子に肩入れしたのはね…私とあの子は、同じだからだよ?

例えば私だったら…ただコウヘイを追い掛けて日本に来るだけなら、通訳や留学生向けのカウンセラーなんて手もあった。
それでも敢えて、艦娘って言う危険もある職に就いたの。

『その意味』って、分かる?」

「………っ!?」

「これだけは言わせて。
あの子は私より、もっと切実だよ。

心理学者として言うなら…あなたはもっと、自己と向き合うべき。

じゃあ、私はお風呂に入るから。落とさなきゃ。」

730 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:58:32.30 ID:vd4WLsIgO

「…………。」

「あ…何だ、行っちゃったのか…。」

「……時雨。」

「ゴトランドさんも懲りたようで一安心…と言いたい所だけど、お釣りは大きかったよ。
僕もまだまだだね…つい熱くなっちゃった。提督が止めに来てくれなかったら、僕が死体袋行きだったよ。」

「その割にゃ妙に嬉しそうじゃねえか。」

「えへへ…言質取ったからね。」

僕にはもう時雨がいる!なんてあんだけ堂々と叫んでたもんなぁ。
まぁあの人はもう、一生カカァ天下を覆せねえだろ。

あー…安心したら疲れたぜ…。
ん?そう言えば気になる事が…。

「なぁ時雨、提督何であんなヘコヘコ頭下げてたんだよ。
まさかお前ら、もう…。」

「………カレー。」

「…………へ?」

「本気で僕を怒らせたら、もう一生カレー作ってあげないって前に言ったんだ。
説得失敗したら…って時点で察したみたいだね。
提督、僕のカレー大好きだから!」



…………。


……かわいいか!!


731 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 23:00:54.47 ID:vd4WLsIgO


ゴトランドも帰国し、何週間かすればもう皆忘れかけていた。
そんな中、俺は頼まれ物で執務室に向かってた訳。

今日はお淀が休みで…代打は時雨か。
まぁあれで、提督もやる事はやる人だ。執務室ん中が桃色って事もねえだろ。


「失礼しまーす。書類持ってきましたー。」

「あ、リョウ君お疲れー。」

「リョウさん、お疲れ様。」


最近は憲兵さんじゃなく、リョウさん呼びしてくる奴が増えた気もする。
なーんか馴染んだっつーか、段々俺も毒されて来てるような。

「…ん?本部からメールか。えーと……辞令?」

「誰か来るの……!?」

硬直する二人を見て、嫌な汗が背中を伝った。
まさか…はは、まさかなぁ……。


732 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 23:02:10.42 ID:vd4WLsIgO



『ぴこーん』


今度は時雨のスマホが鳴る。
それを確認した時雨の手は、わなわなと震えていて…俺らに向けてきた画面には、イ〇スタのDMが表示されていた。



『アイジンワクなら空いてるよね?』



その直後。


ぴぎゃーーーー!!!


と、耳をつんざく時雨の遠吠えが、俺達の鼓膜を引き裂いたのだった。



733 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 23:04:19.37 ID:vd4WLsIgO
ゴトランド編、何とか終了。
大分久々になってしまいました、皆様保守ありがとうございます。次回はネタを考え中。
734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/26(木) 08:04:41.57 ID:GxMS3q3bO
乙乙
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/26(木) 09:01:32.83 ID:ZlScouDPO
おつ。カレーでそういう趣味なのかと考えた俺は逝っていい
736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/02(木) 02:27:34.88 ID:2fkK+HoCo
おつかーれ
737 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:16:21.24 ID:gEhD0SI+O





「…もしもし?えっ!?」


それは突然の事だった。

携帯に入った1本の電話は、救急隊からのもの。
状況の説明を受け、一気に血の気が引いた。

「…憲兵長、提督に連絡お願い出来ますか?」

「どうした?」

「………づほが、事故って運ばれたそうです。」



738 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:17:57.46 ID:gEhD0SI+O






第32話・転んでも タダでは起きぬ 阿呆鳥-1-






739 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:19:37.67 ID:gEhD0SI+O

報せを受け、その時動けたのは俺と元カノ。
電話が来たのは処置に入ってからだったらしく、詳しい怪我は分からない。
命に別状ないとは言ってたが…それでも重症って事もある。

あいつは少し遠くで事故ったらしく、病院も同じくだった。
着いた頃には処置そのものは終わって、一般病棟に入ってると聞いた。

緊急入院…そんなに悪いのか?
案内された区画を、名札を確認しながら歩く。
元カノの方も気が気でないのか、顔色が良くない。

『鳳(おおとり)ミズキ』…病室はここか。
頼む、無事でいてくれ…!



「づほ!」

「瑞鳳ちゃん!!」


病室に入ると、起こされたベッドにもたれるづほ。
点滴こそ打たれているが、座れる程度の怪我ではあるらしい。
俺らはその姿に一度は安堵するが…。


「…あ、来てくれたんだ…ありがとう。」


きいぃ……と振り向いたづほは、真っ白に燃え尽きていた。


740 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:21:01.36 ID:gEhD0SI+O


「……肋骨骨折で5日入院…大変だったな。」

「でも良かったわ、命の心配が無くて。」

「………うん。」


………まぁ、大怪我だし、治療明けだ。
ぼーっとしてるのも無理はない。痛み止めだって効いてるだろう。

ただこの時俺らは、何か違和感を感じ取っていた。

“…何か、異様に生気がねえよな。”

“うん、完全にダウナー入ってるわね…。”

何か話しかけずらいオーラが空間を支配している。
どよーんとしたオーラのまま、づほは今度は何やらブツブツと呟き始める始末。

俺らはそこに、こっそり聞き耳を立ててみるんだが…。


「……ゼッタイユルサナイゼッッタイニユルサナイチノハテマデオッテケツゲマデムシッテホッテヤルゼッタイユルサナインダカラアアモウマイニチドッカニアシノコユビブツケルノロイカケテヤルノロウノロウノロウノロウノロウノロウ…」


““ひぃっ……!?””


元カノまでドン引きである。
薄々ただの事故じゃねえのは感じ取ってたが…その理由は、背後からの声で判明した。


「鳳さん、治療明けに申し訳ございません。警察の者です。」


741 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:22:47.37 ID:gEhD0SI+O

「「「…………。」」」

づほへの事情聴取がてら、俺らも報告用に一緒に説明を受けた。

状況はこうだ。

丁度信号が黄色から赤に変わる寸前、先行の車は先に抜けられたが、距離が微妙だったづほの車は普通に停車。
そこに行くだろうとタカを括ってた後続のトラックが追突、派手にカマを掘られた。

で、ここからがいけない。
何とそのトラック、降りもしねえで当て逃げしやがったらしい。
まだ昼間で良かったが、これが車通りの少ない夜だったらどんな事になってたか。

これには俺もキレそうだったし、元カノも相当殺気立った顔になった。
不幸中の幸いか、目撃者とドラレコで何とか犯人は追えそうとの事。
本音は俺らの手で潰してやりたい所だが、そこは任せる事にした。

そして警察が見せてきたタブレット。そこに映る画像を見たづほは…。


「……………やっぱり、あの子は死んじゃったんだね…。」


どう見ても廃車確定な愛車を見て、とうとう泣き出してしまった。


742 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:24:03.99 ID:gEhD0SI+O


「………どうしよ。」

「凄い落ち込みようだったわね…。」

少し一人にしてくれと言われ、俺らは病院の休憩室にいた。

づほはああ見えて、結構メカ好きな所がある。
艦載機にも愛着持ってるし、よく夕張にメンテの事聞きに行ってる。
あの車も安い中古車だが…丸さが可愛いのよ!丸さが!とそりゃあ大事にしてた訳。


“10:0だろうし保険もある…別の車は手に入るだろうけど、あの子はもう…。”


そう呟くづほの目は、本当に死んだ魚だった。

退院はすぐでも、当面は通院だろう。
それで車まで廃車じゃ、そりゃしばらく立ち直れねえよなぁ…。

「……今日の所は挨拶だけして帰るか。」

「そうね…安静にしてあげたいし、報告もしなくちゃ。」

そうだ、提督と眼鏡に報告もしなきゃならねえ。
それで一旦病室に戻って、づほに声を掛けたんだ。

「じゃあ今日の所は俺ら帰るから、お大事にな。」

「…ありがとう。」

「俺明日休みだから、また来るよ。ショウノは?」

「ごめんなさい、明日は遅くなるかもしれないわ…。」

「……!うん、待ってるね。」


ひとまず微笑んじゃくれたから、多少は落ち着いたか。
でも心配だなぁ…明日は高いアイスでも買ってってやるか。


743 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:25:15.60 ID:gEhD0SI+O




くくく……ふっふっふっふっ……。

怪我の功名、転んでもタダじゃ起きない。
これはチャンスね。あの子は最期まで私を守ってくれた、ならばものにしない手は無い。

そう、今の私はアバラ3本折ってる怪我人。
正直今もめっちゃ痛い…入渠や修復剤使えたらどんなにかってぐらい。


…だったらこれを機に、攻めてもいいよね?



744 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:26:59.97 ID:gEhD0SI+O

次の日。

……やっばいこれ。一晩寝たら余計痛い。痛すぎて板になる。って誰がまな板よ。
サポーター付けられてるけど、潰れるほど無いって現実が忌々しい…。

昨日はさすがに点滴だったけど、今日から病院食…これがまたキツい。飲み込むたびに痛む。水も同様。
暇潰しにお笑い見たら、この世の終わりが見えそうだった。
こんな時にく〇きーの替え歌見た私を呪う。もう3本砕けてる、ボディーのおかわりはいらない。

痛み止め出ててこれって、切れたら本当…やめよ、怖い。ああ、せめて癒しが欲しい。

181センチ、細マッチョ、なのに極度の女顔。
誰が呼んだか『歩く雑コラ』、『脱ぐだけで笑いの神となる男』。
でも私にとっては…1番暖かくなる奴。


早く来ないかなぁ…こんな時こそ、会いたいや。


745 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:28:31.45 ID:gEhD0SI+O

休みって事は、リョウちゃんの性格ならきっと早く来る。荷物だってお願いしたし。
如何せん急な事、それ以外の人が来てくれたとしてもだいぶ遅いはず。

…そして!なんと今この病室は私ともう1人だけ!それも端と端で離れてる!
ふふ…つまりカーテンで仕切ればそこはふたりだけの国……こう、甘えたフリしてうっかりキ、キスとかしちゃったり…!
って何照れてるの私!年齢=彼氏いない歴でも無い!
漫喫事件を思い出せ!キスより恥ずかしいとこ晒したでしょ!

そうだ、まず目標を決めよう。
ここまで来れたって事は、ちゃんと表札見てる…つまり、私の本名は忘れてないって事。

昨日も翔鶴さんの事、思いっ切り本名で呼んでたもんね。
昨日に限らずいつでもそうだけど、内心イラッと来るんだ。
別に元カノなんだし、翔鶴って事務的に呼べばいいじゃん!むかつくー。

………絶対に、退院するまでにミズキって呼ばせてやる。ふふ……。


「…ん゛っ!?」


いったぁ〜〜……!!
やばい、きっと今すっごい顔して…


746 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:30:26.83 ID:gEhD0SI+O

「大丈夫か?しわくちゃのピ〇チュウみてえになってるけど。」

「リョ、リョウちゃん…いつの間に…。」

「今入ってきたとこだよ。荷物とお土産な。」

「ありがとー!ダッツだ!いただくねー。」

荷物は…うん、リスト通りだ。助かるー。
あれ?でも下着とかその辺も…?

「荷物自体は隼鷹が部屋からまとめてくれたよ。
ここちょっと遠いけど、来れる奴から見舞い来るってさ。」

隼鷹さん助かるー。ん?何だろこの紙袋…?


『0.02mm』


隼鷹さん無理だよ!!ここ病院!!アバラ折ってるし!
ま、まあ、いつか使うの期待して貰っとこうかな…。

「大分落ち着いたみてえで何よりだよ。アバラって痛えもんなぁ。」

「折った事あるの?」

「一度組手で下手こいてな。防具無しだと色々あるぜー?」

そう笑うリョウちゃんの腕には、おっきい傷がある。
昔の傷って聞いたきりだけど…今なら『何の傷』かは、大体分かるのよね。昔話を知ったから。

747 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:32:35.07 ID:gEhD0SI+O

「ん。」

「どうしたよ?手ぇ掴んで。」

「いやー、冷静になると事故の恐怖がねぇ…ちょ、ちょっと掴んでてもいい?」

「まぁ派手にやられたもんな。いいぜ。」

半分本音、半分は下心。
でも私達の関係じゃ、こいつは言葉通りにしか受け取ってくれない。
甘えさせてくれるけど、違うのよ。

……もう、派手にやってやろうかな。

40センチ近い身長差も、リョウちゃんが座ってる今なら殆ど同じ。
いっそこのまま胸ぐら掴んで、思いっきりキスしてやろうか。

そう思って、空いた手を伸ばそうとしたら。




『ぴきっ』




「〜〜〜〜…!!!!!?」

「痛むか?モンハンの山田〇之みてえな顔になってんぞ?」

た、例えがひどい…!

うう、言われなくても今すっごいブスになってるの分かるわよ…!どすっぴんだし。
でも耐えらんないよこれ、か、顔に出るぅ…!

「無理すんなよ、寝てた方がいいって。折った次の日からが痛えんだから。」

「うん…そうする。」

あーあ…まぁ、そうなるよね。
はぁ、ほんと最悪…せっかくの二人きりって言っても、私がこれじゃね。


………。


748 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:34:17.06 ID:gEhD0SI+O

「…どした?手ぇ掴んで。」

「ほんとごめん…撫でて?」


ぶるぶる震えてる手を見て察してくれたのか、リョウちゃんは何も言わず撫でてくれた。
今度はガチ。さっき少し思い出したら、事故った時の怖さが一気に蘇ってきちゃって。


………生きてて良かったな、本当に。
事故って『色々失った』けどね。『色々』と。


「鳳さん、検査のお時間です。今大丈夫ですか?」

「あ、はーい。」

「やっぱりまだある感じ?」

「うん、事故だから一応MRIとか一通りやるって。
……ねぇ、リョウちゃん。」

「どうした?」

「この後暇ならで良いんだけどさ……検査終わるまで、待っててもらってもいい?
もう少し、誰かそばにいて欲しいんだ。」

「ああ、大丈夫だ。頃合見て戻ってくるよ。」

「……ありがと。」


ふふ…嬉しいな。

でも本当は、誰かじゃなく君って言いたいし。
ありがとうの後は、大好きって言いたかった。

今はこれが精一杯。
さて、まずは治さなきゃ。他に変な所見付からなきゃいいけど。


749 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:36:48.92 ID:gEhD0SI+O


…………そんな風に浸ってた頃が、私にもありました。


幸いアバラ以外は異常無し。脳にも異常は見られず。

だけど検査後の今こそ異常が起こってる。
脳波が全力で乱れまくってると思う。

そりゃ家族みんなに連絡したわよ…でも無理して来なくても大丈夫って言った。
すぐ出てこれる怪我だもん、期間だけならインフル並。

でも確かに『この人』は、すぐ来れなくもなかった…。

「お久しぶりです、随分遠かったでしょう?」

「いえいえ、この子の為だもの。リョウ君もお世話ありがとう。」

「そりゃ大事な友達ですから。」

気持ちは嬉しい、とっても嬉しいけど…今日じゃないともっと嬉しかった。
そう…リョウちゃんには出来るだけ会わせたくなかった…。


「お元気そうで何よりです。」

「ええ、リョウ君も。」


私の姉妹艦にして、イチ個人としても実姉。
それでもって、リョウちゃんの好みどストライク。


我が姉、祥鳳。
こと、ショウコお姉ちゃん。


私は改めて知るんだ…この人の悪意なき恐ろしさを。


リョウちゃん…何か鼻の下伸びてない?殺すよ?


750 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:39:43.05 ID:gEhD0SI+O
今回はこれにて。

今回の主役はづほ。憲兵君ポジション的な意味で。
次回・瑞鳳、詰められる。
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 13:01:56.97 ID:WoUvBWi7o
おつおつ
752 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:26:39.11 ID:4MF7Q746O







第33話・転んでも タダでは起きぬ 阿呆鳥-2-





753 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:27:59.47 ID:4MF7Q746O


「…………。」ニコニコ

「…………。」ズ-ン

リョウちゃんはお昼食べに、1度院外へ。
お姉ちゃんは先に食べてたみたいで、結局1人で行ったんだ。

……一瞬お姉ちゃんを誘いそうな目ぇした事は、しっかり覚えといてやる。

でも今はそんな事より、目の前のお姉ちゃんが問題…。
姉妹だから分かるんだ、この笑顔はめちゃくちゃ怒ってる顔だって…あぁ、多分お姉ちゃんがキレてるのは、事故った事より…。

「ふふ…ミズキ、その様子だと“まだ”みたいね?」

「う"っ…!」

胃の中が鉄になる。

ああ…そうなのよ。前にリョウちゃんの事、思いっ切りお姉ちゃんに話したの。
その時かなーり厳しいお説教を喰らって…はは…そ、そこから実際問題進展してないんだよねー…。

「リョウくんが異動して離れた時、相当落ち込んでたわよね?
あれから私も同じ所行けるんだ!って随分はしゃいでいたと思うのだけど……どういう事かしら?」ギラリ

「〜〜〜〜〜…!!」

「ふふ…相変わらず酔っ払っては甘えて、そんな関係が心地よすぎて何も進展無し。
でもたびたび女を捨てた酔い方をしては、同い年なのに妹分みたいに見られていく一方。

今回も甲斐甲斐しくお世話してくれてるみたいだけれど…だんだん保護者じみてきた感あるわよね?彼。
艦娘たるもの、いざと言う時は勇ましく…これはあくまで艦娘の先輩として教えた事だけれど、恋に於いても同じだと思うの。」

「あ…あはは…。」

「そう、勇ましく、美しく…あなたは今、私の甲板チューブトップにそっくりなものを付けている。そして和服にも似た入院着。」

「う、うん……サポーター、だね。」

「そうよね……だからリョウくんが帰ってきたら…。


脱ぎましょ?」


出たよ脱ぎ魔。


754 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:29:41.34 ID:4MF7Q746O

そう…お姉ちゃんはちょっと露出狂入ってる。
全裸じゃないけど、何かやろうとすると何かと肩出したがる。

戦闘で本気出す時も脱ぐ。
何なら今までの彼氏の前でも、何でかヤクザ映画みたいに男前に脱いでる。洋服なのに。て言うか一回それで振られてる。

はは…そんなんで落とせるんならもうやってるわよ…何ならキャミにパンイチな変態仮面見られてんのよ。
そもそもね、ガッツリ血が繋がってるのにこの体格差は何なのよ。
お父さんもお母さんも普通体型…なのに私だけおばあちゃんから隔世遺伝。
私にマジックでシワ描いたらそのままおばあちゃんよ。おじいちゃん多分ロリコン。

て言うかね、そもそもね。

755 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:31:19.97 ID:4MF7Q746O


「………無理!ここ病院!」

「ふふ、まぁそうよね。冗談よ。
でもね…そんな無理しなくても…。」

「…むぎゅっ!?」

「……あなたはこんなに可愛いじゃない?ほーら、ほっぺむにむにしたくなっちゃう。」

「やめへよー、わらひ今年にじゅうにらよ?
むっ……はぁ、でもあいつの好みじゃないもん。ちんちくりんだし。」

「……前言ってた元カノさんと比べてる?写真見せてくれた。」

「…………うん。私と真逆だもん。」

「……この後は来るのかしら?」

「来たがってるけど、今日は多分無理だよ。仕事詰まってたはずだもん。」

「そう…。」ジ-…

「……お姉ちゃん。」

「何?」カチッ…ガチャガチャ…

「何でアーチェリー組み立ててるの?」

「それは勿論、可愛い妹の恋敵をぶっ飛ばす為よ?」


やめんかこの姉は。

756 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:33:18.45 ID:4MF7Q746O

「ふふ、所詮正規と軽空の差なんて艦娘モードでの話…ただの人同士の今なら、正規空母にだって負けないわ。」

「お姉ちゃん、それただの傷害って言うんだよ。」

「ふふ、冗談よ。」

「なら目を開けて笑って。ねえ。」

「ちぇっ、しょうがないわね。

…まあそれはそれとして、なんで私がこんなに必死か分かる?
リョウくんは、あなたを任せたいって思うぐらいの人だって事よ。」

「…お姉ちゃん。」

「そうね…いきなりしっかり進展は無理でも、今回はもうちょっと女の子だって意識させてみよっか?
まずは怪我の功名狙お?今ならチャンスでしょ?
あんまりうかうかしてると…私がもらっちゃってもいいかも。」

「ダメ!絶対ダメなんだから!」

「ふふ、その意気よ。それだけ嫌なんでしょ?じゃあもっと勇気出さなきゃ。」

「あ……うー、お姉ちゃんには勝てないなぁ。」

「だってお姉ちゃんだもの。
じゃあそろそろ行かなきゃ、お大事にね。」

「うん、ありがとう。お父さんとお母さんにもよろしくね。」

「うん、伝えておくわね。」


757 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:34:50.43 ID:4MF7Q746O

そしてカーテンの閉まる音と共に、今日の嵐は去って行った。

そんな静かな病室の中、私は一人考えていた。
勇気…そうだ、私にはもう失うものなど何も無い。何を怖がることがあるんだって。


「戻ったぜ。あれ?祥鳳さんは?」

「もう帰ったよ?ちょっと遠くから来てくれてたしね。」

「何だ残念だなー、もうちょい話したかったのに。
あーあ、さっき連絡先聞きゃ良かった…美人だよなぁ、祥鳳さん。」

「うん、私の憧れだもん!マジ姉妹だけど。」

「あー、確かにづほと似てねえもんな。サイズ感とか。」



………あぁん?




758 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:39:23.54 ID:4MF7Q746O

言ってくれるわね……これでも小学生の頃は、体大きい方だったのに。中1で成長止まったけど。

ふつふつと沸く怒りは、ヘタレな私をどこかへ遠ざけた。

そう…失うものなど何も無い。
事故った時、ある状態異常で、ある目的地に向かっていた…その300m前でカマ掘られたの。
確か3日ぐらいご無沙汰で、運転中に急に来た…それで目に付いた青いコンビニ、天国の門に見えたわ。

こんなんでも成人女子、毎月の税金に頭悩ませたり、飲み過ぎでやらかしたりする大人の女…。
ふふ…そんな中、事故った弾みでね…。


かっっったいう〇こ、漏らしたから。今年22なのに。


事故った時は半分気絶してた。
そんな中でよーく覚えてるのは、どう見てもダメそうな愛車内の様子と…パンツの中のダイヤモンドな感触と…

救急隊の人達が連呼する、脱〇だ!って慌てた声よ。

人間って、本当に危ないと色々緩むって言うね…。
多分そう思ったから焦って連呼したんだと思うけど、めちゃくちゃ周りに聞こえてたと思うんだ…はは。


「……リョウちゃん。」

「どうした…!?」


リョウちゃんはベッドの横に立っていた。
だから胸倉掴んで、思いっ切り体重掛けて引っ張った。

もう無理矢理キスしてやる。
女以前に大人としての尊厳を失った私は不退転。
そのままリョウちゃんの体は、目を閉じた私の方目掛け…。

759 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:42:15.50 ID:4MF7Q746O




『どすっ!!』






……どす?




760 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:44:09.78 ID:4MF7Q746O

目を開けると、リョウちゃんの体はバランスを崩し、ある場所に着地していた。

そう…脇にあるベッドガード。
そいつが綺麗に、お尻の割れ目に直撃する形で。
リョウちゃんはそれをケツに挟んだまま、白目を剥いていた。

とさ…と人が倒れる虚しい音を見届け、私はベッドの上に仁王立ちになった。

ナースコールの、カチリと言う音。
それ以降はもう、この病室は静寂以外は存在しなかった。


門長(かどなが)リョウスケ、21歳。職業・憲兵。

私の手により、痔、再発す。

761 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:49:11.26 ID:4MF7Q746O


なけなしの勇気を振り絞った告白作戦も台無し。
怪我の功名はならず、状況は変わらないまま。
結局この事故と入院で、私は損ばかりしたのでした。

そしてこの後、甘えてばかりで踏み出さなかった自分を、またしても悔いる事となるのです。

…あと、リョウちゃんはやっぱり、『そういう星』の元に生まれてるのだと。
翔鶴さんを始め、何かしらアレな人と縁があるって言うか、引き寄せるっていうか…。


星のピアスの女だけにね。


…あ、それ言ったら私もアレな人に入っちゃう。

762 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:52:47.86 ID:4MF7Q746O
今回はこれにて。
瑞鳳提督の皆様、本当すいません…。

次回、かつてのオリ〇ピック開催地。



763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/01(土) 08:12:40.20 ID:d115Ow1zO
おつ!
いずれは報われて欲しいとこ
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/02(日) 09:25:49.29 ID:Mn6kU1lS0
人は便意には勝てない
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/03(月) 01:45:35.74 ID:eFzQHlTeo
おつおつ

早々にアトランタ編かぁ
楽しみ
766 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:13:34.72 ID:PPFDzITdO

「海外艦?またですか?」


「ああ。まぁ色々あってな、うちで引き取る事になった。」

「…またゴトランドみたいな厄介じゃないですよね?」

「残念ながら、彼女以上の厄介だ。
ゴトランドの件は本当に偶然だったが、今回はコウヘイも一枚噛んでいるし…何よりクソ野郎も関わっている。」

「クソ野郎?ああ、本部長殿ですか。あんたほんとあの人嫌いですね。
でも何でまた、海軍の人事にうちが噛んでるんです?」

「正確には、海軍が泣きついてきたんだよ。
異動先がうちになったのは、異例の基準で決まったのさ。」

「え?まさか…。」

「最後はどんな鎮守府かでは無く、どんな憲兵隊がいるかを基準に決まった……つまり、我々をご指名と言う事だ。」


767 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:14:22.37 ID:PPFDzITdO








第34話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-1-







768 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:16:16.98 ID:PPFDzITdO

その件から2週間、遂にこの日が来てしまった。

詳しい話は眼鏡から聞いてる。
NY育ちで、それもだいぶアレな地区の出身だと。

何でも札付きって奴らしく、艦娘になるまでは相当ヤンチャで、『オレンジのツナギ着てた』時期もあったらしい。
艦娘になって足は洗ったらしいが、気性は変わらず。向こうの提督のクソさにキレて半殺しにしたんだとか。

実際その提督は相当クソ野郎だったみてえで、クビ飛んだのはそいつの方だったようだ。
だが上官への暴行、無処分って訳にも行かず。
結局痛み分けって事で、今日来る奴の方は事実上の左遷ってのが事の顛末だと。
アメリカ側が、引き取ってくれる国を探してたらしい。

不良ねぇ…天龍とか摩耶、元気してっかな。
まぁ上官半殺しも理由がある。今は足洗ったってんなら、可愛いもんであって欲しいけど…。

「もうじきここにも挨拶に来る。さて、実際はどんなものだろうな。」

「大した事なきゃいいですけどね。」

「ああ、“しっかり頼むぞ”?」

この時眼鏡の言葉の意味を、しっかり掴んでおくべきだった。
そうだ、上の意図は俺達に任せたって言うよりも…。




『こん…こん……』




……来たか。

さて、どんな厄介か。

769 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:18:59.01 ID:PPFDzITdO

「How is everything?
あたしはAtlanta級防空巡洋艦、Atlanta。Blooklyn生まれ。
あなた達、憲兵さん?よろしくね。」

「Nice to meet you.そうだ、我々がここの憲兵だ。
私が憲兵長の磯村キョウ、こちらが部下の門長だ。よろしく。」

「Nice to meet you.
門長リョウスケです、よろしくお願いします。」


率直な感想を言うと、肩透かしを食らった。

気だるい喋り方に、どことなくぼーっとした顔。
所謂本物って聞いて、凶暴な性格を想像してたからな。


「phew……Japanも暑いね。」


アトランタの制服は長袖シャツ、おまけに手袋にインだ。
そりゃ暑いよな…アトランタが少しだけ袖を捲ると…。



『tattooーん……』



………おめーの腕がブルックリンの壁だ。


770 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:20:49.02 ID:PPFDzITdO

…いや、俺『ある事情』でタトゥー自体は見慣れてんだよ。何なら全身入ってる人も知ってる。
でも俺の知ってる人らは、ファッションや願掛けで入れてる人。実際そこまで邪悪な印象は持った事ない…こいつを除いては。

例えるならヤーさんの和彫りみてえな、妙な気合い。
ぶっ飛んだ絵柄でもねえのに、何故かチラ見えしたこいつのタトゥーからはそれを感じ取っていた。

ゆ、油断しねえ方がいいな…。
ん?どうした?俺の顔まじまじと見て…




「………cupcake.」





………あ"?




771 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:23:50.52 ID:PPFDzITdO

「…Who the hell are you calling a “cupcake”?you son of a bitch.」(誰が女みてえな奴だって?こんにゃろう。)

「What the fxxk...you can speak english.」(げ…あんた英語喋れるんだ。)

『おーおーこれでも得意分野だよ。日本人ならスラング分かんねえってナメてたろ?』

『随分流暢…て言うか、口が悪いんだね。ブルックリンのストリートならぶっ飛ばされるよ?』

『そのまま返すぜ。
生憎日本語も、お前んとこのFワードみてえなスラングはクソほどあるんでな。英語でもニュアンスで何の意図か分かんだよ。
初対面でナメた口利いてくれんじゃねえか。』

『率直な感想。』

『…警戒してたけど、頭来たぜ。』

「You pickin 'a fight?fxxk'n cupcake.」(やんの?オカマ野郎)ナカユビタテ-

「C'mon,fxxk'n bitch.」(かかってこいやクソアマ)オヤユビサゲ-

「Stop it,fxxk'n stupids.」(やめんかバカども)

「「Ow!?」」((痛!?))


眼鏡に頭同士をぶつけられた俺らは、その場にへたりこんじまった。
首にも来てるぜ…無理矢理この女んとこまで下げやがって…!

772 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:26:39.43 ID:PPFDzITdO


『リョウほどでは無いが、私も英語は出来るぞ?
貴様がここに送られたのは、私達がいる前提でだ。
これから“こいつとは長い付き合い”になる、そう目くじらを立てるな。』

『……へぇ、こいつが“例の”?こんなオカマ野郎に?』

『オイ、まだ言うかコラ。』

『リョウ、お前もだ。
アトランタの言動にキレるのも分かるが、スラングにスラングで返すな。
アトランタ、今日はもう大丈夫だ。下がっていいぞ。』

『そう?じゃあ今日は戻るね。』

そのままアトランタは出て行こうと扉に向かうが、去り際、くるりと俺に向かいこう言った。


「Ryo,fxxk you.」


ほー……あのやる気ねえツラ眉一つ動かさねえで舌出して、声のトーンも変えず中指立てやがりますか。
随分煽り力の高ぇお嬢ちゃんだ事で…!


773 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:32:41.23 ID:PPFDzITdO

「……憲兵長。今回の件、提督と本部も噛んでるって言いましたね?」

「ああ、条件に合う憲兵を探す過程でな。
アメリカ側も、資料を見て任せられそうだ!と喜んでいたと聞いたよ。」

「…それは『俺ら』ですか?それとも『俺』ですか?」

「…勿論、貴様個人をご指名だ。『担当監察員』としてな。
リョウ、言い逃れは出来んぞ…昔2年程アメリカにいただろう?」

「中一中二と、親の仕事の都合でいましたね…。」

「当時通っていたのは邦人学校…だが、空手はどこでやっていた?」

「…現地の空手道場。
後々総合に進むような、陽気で気性の荒いアメリカ人がいっぱいいました。」

「…英語は?」

「……そんな環境だったんで、スラングから覚えましたね。fxxkやshitは挨拶代わり。」

「つまり、アトランタと歳が近く、スラング含め英語も堪能、荒れくれ者と渡り合って来た経験もある…。
ほーら、君しかいないじゃなーい♪」

「…ざっけんなコラァ!!誰だ!?誰がトドメ刺しやがった!?」

「コウヘイだ。彼なら余裕ですよー、うちで引き取りますよー、と二つ返事したらしいぞ。」

「……今から提督殺りに行ってもいいですか?」

「……誰を殺るって?」

「アイエエエ!!時雨!?時雨何で!?床から!?
待って!そのマチェットしまってぇぇえええ!!!???」


第一印象は最悪。
正直次会った瞬間、あのやる気ねぇツラ引っ張ってやりたかった。

…しかしどう言う訳だか、マーフィーの法則。
関わりたくねえ奴とこそ、関わり深くなっちまう事も人生にはある。


ああ、考えたくねー…。


774 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:34:26.12 ID:PPFDzITdO





「うわー…何言ってるか分かんないけど、ボロクソなのだけ分かるわね…。
あれだけ険悪ムードだったら、大丈夫じゃない?」

「…………いえ、あの子は危険ね。」

「そう?」

「ああ言うタイプの子、リョウは何だかんだで放っとかないわ。」

「…………翔鶴さんが言うなら、そうなのかもね。」





775 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:37:07.70 ID:PPFDzITdO
今回はこれにて。
アトランタ編だけで、何回放送禁止用語出す事になるのやら…。
776 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/04(火) 01:42:46.42 ID:Mn+Yjsj4o
777 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/04(火) 13:20:43.22 ID:cEfoeIibo
乙です
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 04:28:31.24 ID:UUxPSz0iO
乙です
喧嘩するほどなんとやら
779 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 06:32:39.73 ID:1SrvIYX90
最悪の第一印象とかいうラブコメの王道導入
780 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 00:54:23.85 ID:731E/n28O

あー…本当ムカつくわあの女。
休憩時刻になってもイライラが収まらなかった俺は、久々に喫煙所へと向かっていた。

前は部屋にタバコ置いてたが、今はすぐ吸えるよう詰所のデスクん中。
相変わらず頻度はたまに嗜む程度だが、この置き場の差が現職場でのストレスを物語る。

喫煙所の扉と左の壁はガラスなんだが、右は普通の壁。
だからだろうな…いざ中に入るまでは、先客に気付いてなかった。


「朝以来だね。」


……呪われてんなぁ、今日。


781 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 00:55:43.97 ID:731E/n28O








第35話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-2-







782 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 00:58:17.97 ID:731E/n28O


「…………。」シュボ


無視無視。何で一服すんのにこいつのツラ見なきゃなんねえんだ。
ふー……あーあ、横に気配があるだけで味落ちてる気がすんぜ。


「…………。」ジ-


何じっと見てんだよ。
またオカマ野郎とか抜かす気か?…ん?

アトランタの手には、火のついてないタバコ。
…ああ、そういう事ね。

「…………。」ポイッ

「……thanx.」パシッ

『へぇ、礼ぐらいは言えんだな。』

『人の事なんだと思ってんの。』

『初対面で人の事オカマ野郎って言う女。』

『女みたいな顔してるあんたが悪い。そのくせデカいし。』

『うるせえ。もう点けたろ?ライター返しな。』

『タバコに関しちゃ日本はいいね。安いから。』ポイッ

『あー、ブルックリンじゃ州法ですげえ高かったっけか?』パシッ

『そう、NYだから。たまの良い嗜好品だから、日頃はVAPEで誤魔化すしかなくてね。』

『ふーん…。』

それ以上会話は特に無し。
別に話す気もなかったからだけどな。

ゴトランドの件の反省もあって、今回は資料のパーソナルな所まで目は通した。
こいつは20歳だからタバコについて言う事も無いし、俺も知ってる以上、歳について話す事もねえって訳さ。

…10代からだってのは、察したけどな。

783 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:02:37.20 ID:731E/n28O

『…担当監察員って、何するの?』

『…お前がやらかさねえか、一定期間監察するだけ。前科者の自分を呪いな。』

『何もしないよ。この国じゃ悪さのしようも無いしね。』

『それだけじゃねえよ。お前の他者への言動・行動も込みだからな?』

一応釘だけ刺しておく。
ちょくちょく話し掛けてくんな…どうせこれからしばらく、積極的にそのムカつくツラ見なきゃならねえ。
朝の件からイラっと来てんだ、今ぐらい無視させてくれよ。

『……憲兵って、要は軍内の警察でしょ?あたし警察嫌いなんだよね。』

『奇遇だな、俺はお前みてえなタイプの女が嫌いだ。』

『だったらわざわざ英語使わないで、日本語で通せば?左遷決まって叩き込まれたから喋れるけど?』

『お前のスラングにカウンター返す為にわざわざ英語使ってんだよ。ダイレクトにムカつくようにな。』

『……やな奴。』

『お互い様だ。』

人間には相性がある。
どうやら俺とこいつは最っ高にウマが合わねえようだ。

ま、憲兵やってりゃこんな事もあるかね。割り切るしかねえか。
馬合わねえ女っちゃあ、曙の奴はどうしてるやら。

……ん?ガラスに何か張り付いてんな…



『べちょーーん…』


「うおおおおっ!?」

「yikes!?」


スライムみてえにべっちょり顔面張り付けてたのは、づほ。
心臓に悪いわ…最近顔芸マスターになってねえか?

784 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:05:08.28 ID:731E/n28O

「ふっふー、新人さん見ないなあって思ったら、こんな所でおしゃべりしてたんだ。
ないすとぅーみーちゅー。私は瑞鳳。
アトランタちゃんでいいんだよね?よろしく。」

「よろしく。あなた、空母?」

「うん!軽空母だよ!」

「へぇ……。

演習する時、楽しみだね。よろしく。」

この時初めて、ダウナーなこいつがニヤリと笑うのを見た。
ああ、不良上がりの防空巡洋艦…なるほど、食ってみたくなったって訳か。

づほも察したのか、笑顔がこわばった。
やべえのが来るって話は前からしてたから、目配せして出るよう促したんだ。
演習以外じゃ、あんまり好戦的なムードにはさせたくねえからな。


785 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:07:14.50 ID:731E/n28O

『……あの子、本当に軽空母?駆逐艦じゃなくて?』

『あれでも俺と同い年、お前より年上だぜ。
俺の大事な親友だ、いじめんなよ?』

『あんたいくつだっけ?』

『21。今年22だ。お前より2つ上だ、少しは敬いな。』

『じょーだん。憲兵のクセに喧嘩好きは敬えないわ。
その拳…あんた、かなりやってるクチでしょ?』

『空手を長年な。アメリカいた頃、道場の先輩に英語と拳を散々叩き込まれたよ。』

『アメリカでストリートファイトは?』

『人助けから発展しちまった事は何度か。』

『本音は?』

『ボクサーやマーシャルアーツ相手は燃えた。』

『うわ…悪い奴。』

『14の時だ、若気の至りだよ。俺は出るぜ、くれぐれもはしゃぐなよ?』

『やんないよ。』

『どうだか。』

そのまま喫煙所を出ると、角の所にちっこい影が隠れてた。
ああ、あの後も見てたのか。

「リョウちゃん、大丈夫?何か雰囲気悪いけど…。」

「ああ、大した事ねえよ。単に俺とウマが合わねえってだけさ。
お前らは仲良くしてやってくれよ?」

「うう…さっきちょっと怖かったかも。
長門さんとこの秋月ちゃんいるよね?演習中のあの子みたいな目えしたからさ…。」

「そりゃお前が空母だからだ。」

786 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:08:57.41 ID:731E/n28O






「Nice to meet you.あなたが新任の子かしら?」

「うん、あたしはアトランタ。あなたは?」

「私はね…。」





787 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:12:15.26 ID:731E/n28O

さて、時間か…またアレの顔見に行かなきゃ行けねえ。

正直クソみてえな任務だけど、仕事な以上やる。
実際問題、やらかされても困るからな。


『……いるか?様子見の時間だ。』

『ああ、もうそんな時間?いいよ。』

『失礼するぜ。』


定期的な動向把握、並びに日に一度の部屋への訪問。監察の基本内容はこれ。
で、初日真っ只中な訳だが…昼間暑いって言ってた割に、アトランタの部屋着はロンTだった。


『ちょっと寒くねえ?エアコン強えよ。』

『日本はジメついてるからキツいよ…。』

『ロンTなんか着てるからだよ。部屋ん中ぐらい隠すもんでもねえだろ?』

『……スケベ。』

『タトゥーの話だバカ。』

『…………見せびらかすもんじゃないからね。』


……妙だな。

アメリカだったらタトゥーは珍しいもんじゃねえ。
余程失敗されたとかでもない限り、隠したがる奴の方が珍しい。仕上がりもちゃんとしてた。
そもそも両前腕にびっしり入ってたしな。

アレ見た時は妙な雰囲気を感じたもんだが…何かあるな。

……いや、気にしてどうすんだ。俺のやる事はまた別だ。

788 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:14:42.72 ID:731E/n28O

『そう言えば、さっきショーカクって子に会ったよ。あの子は正規空母ね。』

『……あいつかぁ。』

『何か腹に一物ありそうだね。彼女?』

『…高校の元カノだよ。ここにいたのは偶然だけどな。』

『…EX(元カノ)か。ああ言うのが好きなんだ?』

『系統だけで言えばな。色々あって別れたけど。
逆にお前みたいなタイプは好みじゃない。』

『奇遇だね、あたしも女顔は嫌いだよ。
……もう夕方か、夜が来るね。』

『波乱の一日の終わりだ。恵みの夜だぜ。』

『恵みね…あんた、夜はどうなの?』

『夜は夜で、嫌いじゃねえな。』

『そう。あたしは苦手。』

『……札付きなのにか?』

『……札付きだったからだよ。アトランタの適正出てから、余計苦手。』

『そんなもんかね。じゃあ戻るわ。』

『もう来なくていいよ。』

『そう出来りゃラッキーだ。じゃあな。』


部屋から出て廊下を見れば、夕暮れで真っ赤になってた。
夜が苦手…か。ちょっとあいつを頼ってみるかな。

789 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:17:12.48 ID:731E/n28O

「…て訳なんだが、あきつ丸、夜中にあいつの部屋を覗けるか?」

“出歯亀でありますか。趣味が悪いでありますなぁ。”

「治安維持の一環だっての。」

「おや、昼間は揉めていた割に、アキまで引っ張り出して随分やる気だな?」

「げ…幽霊見えない聞こえないな割に、会話の流れは分かるんすね。」

「直近でアキを頼るような場面など、一つしかないからな。
…実際どうだった?一日監察した限りでは。」

「基本的な態度は変わらず、俺との相性は最悪です。
ただ、気になる点はあるんですよね。悪意あるってより、テンパって何かやらかしそうな。」

「動転して?」

「あれだけ派手なタトゥーを見せたがらないのと、夜が苦手って発言の2つ。
その後実艦のアトランタについて調べましたけど、確かに記憶の断片だけ貰ってもキツそうな史実ですね。
……ただ、妙に引っかかるんですよ。」

「何か気になるのか?」

「艦娘適正出て、『余計』夜が苦手になったって言ってたんですよね。
完全に勘ですけど、夜のあいつは注意した方がいいかもしれません。」

「…少しは成長したな。
憲兵と言う職務に於いて、洞察は重要だ。トラブルを未然に防ぐと言う意味ではな。」

「えぇ…夜こそ気が立って、何かしでかす可能性も考慮すべきかと。
あきつ丸、皆が寝静まった頃に頼む。」

“了解であります。”

790 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:19:16.22 ID:731E/n28O

翌日あきつ丸に結果を聞くと、やはり気になる点がいくつかあった。

一つ、ナイトランプを最大にしたまま眠っていた事。

もう一つ、寝言で何人かの名前を口に出していた事。
アメリカの人名だが、男女が混ざっていたらしい。

………今夜は俺の夜警か。
あいつの部屋の前通る時、ちょっと気にしてみるか。


『リョウ、おはよう。相変わらずオカマ野郎だね。』

『あ?朝っぱらからFワード付けんなよ。』


日中はそのまま、昨日通りの毒の吐き合いで過ぎた。
それでいざ夜警ってなった時…予想通り、異変は起こった。悪い意味でな。

791 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:20:30.81 ID:731E/n28O


“電気が点いてる…アトランタか?”


深夜24時、廊下に入ると煌々と明かりが。
トイレに起きる奴用に、普段ある程度照明は残してある。
だが今は、それ以上に全開になっていた。

その時…ふ、と突然照明が落ちた。


「no……nooooooooo!!!!!」


悲鳴!?
これは…アトランタの声か!!

懐中電灯片手に廊下中を探す。
それである程度進んだ時…ようやくへたり込むアトランタを見付けた。

「大丈夫か!?」

懐中電灯を向け、アトランタはこっちを見た。
するとアトランタは俺に飛び付いて…。


弱々しい声で、こう言った。


792 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:21:42.07 ID:731E/n28O






「stop it…farther……
stop it…Jesus…please don't killing homies…」

(やめて…お父さん…。
やめて神様…みんなを殺さないで…)






793 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:24:26.92 ID:731E/n28O



きっとアトランタの目には、俺が俺としては映っていなかったのだと思う。

この時俺は…ただ必死に縋り付く彼女を抱き締める事しか出来なかった。



794 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:26:22.00 ID:731E/n28O
今回はこれにて。
アトランタ編はシリアスとボケがごちゃごちゃな、ちょっと長めのお話になる予定。
795 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/09(日) 07:33:24.04 ID:99oKMQsKO
おつおつ。それにしても現地事情詳しいっすね
796 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:28:31.27 ID:95/Cik0zO








第36話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-3-







797 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:30:27.34 ID:95/Cik0zO


『………落ち着いたか?』

『………。』

荒かった呼吸も、しばらく抱き寄せてる内に収まってきた。

アトランタは何も言わないが、今こうなった理由を問い詰める事はしない。
大体察しはついた、だからこそだ。

『………ごめん。』

『人間ああなったら仕方ねえよ。こっちこそ触っちまってすまねえ。』

『…ありがと。』

『部屋まで送るわ。』

アトランタを部屋まで連れていくが、ベッドに座るあいつの肩は、まだ少し震えていた。

…一人にしといてやった方がいいな。

「I'll return to the my room,sleep tight.」(俺は戻るぜ。しっかり寝とけ。)

「Are you going to playing “Netflix and jill”now?」(これから『いいこと』して寝るの?)

「If so.I'd have to girls who are different from a person like you.」(もしそうなら、『お前みたいな奴以外の女の子』でだな)

「Fxxk'n pervert.」(ばーか)

「Shut the fxxk up.You'll sleep well after NO2 please,lady?good night.」(うるせえ。クソしてお眠りやがり下さいませ、お嬢様?おやすみ。)

「hehe……Ryo,thanx.」


ふー…何とか笑っちゃくれたか。
あんな唐突な下ネタ、気ぃ紛らわせてえ以外の何だっての。返す俺の身にもなれ。

…そういや、あいつが普通に笑ったの今日で初めてだな。

798 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:31:29.15 ID:95/Cik0zO

あいつの部屋から出て、俺は懐中電灯も点けずに廊下を歩いていた。

ただ苦手な夜が来るだけでああなったなら、艦娘以前に日常生活すら送れねえ。
悲鳴上げたのは停電にビビったからで説明付くが、あの言葉。あれは多分、俺の…。


…どうも、ダメ押ししちまったらしいな。


日常を守るとは、心を守る事。
ムカつく事に眼鏡と知り合ってから持った、俺なりの憲兵としてのポリシー。

アトランタの事は気に食わねえ、どうにもああ言う女は苦手だ。


ただ……それが目の前で泣いてる奴を放っておく理由には、ならねえよな…!

799 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:33:05.07 ID:95/Cik0zO

「リョウくん、また珍しいね。」

「提督…夜分遅くにすみません。」

「…アトランタの様子はどうだい?どうにも僕の前じゃ気を遣ってる風でね。」

「提督…アトランタの資料はありますか?」

「…君の所にもあるはずだ。」

「ちげえよ……出生、半生、具体的な犯罪歴。
あいつが『オレンジ着てた』ってんなら、あんたにそっちの方も来てるはずだ。向こうの警察の調書がな。

出せよ。今すぐだ。」

「………。

かなわないな、君には…いいよ、用意しよう。
すまないね、重い役目を押し付けてしまって。」

「…ありがとうございます。」

「………もう察しはついてるかもしれないけど、うちは『そう言う鎮守府』でもあるのさ。
ここは普通に育ってきた子も多いが、何かしら訳ありな子も、うちは積極的に引き取るようにしている。僕の方針でね。

だが僕は提督…柱は所詮柱。それ以上にも以下にもなれない。
一人一人と時間を掛けて向き合いたいが…僕が本当にそれをしてしまえば、戦いに支障が出てしまう。
まず皆が勝ち、そして生きて帰れるよう運営する。それが僕の1番やるべき事。
僕が出来るのは、ここのみんなの居場所を作る事だけだ。

キョウに憲兵への転身を勧めたのは僕だが、あいつがここへ来たのは、キョウ自身の意思だ。僕の方針を理解してね。
“枝を守るのは任せろ、お前は何より太い幹でいろ。”って言ってくれた。
お淀だって、アレでもその気持ちは同じくさ。

だが、彼らだけでは負担が大きい。
今までのキョウの部下達もいい奴らだったけど、正直その面では頼りなかった。

……リョウくん。改めてアトランタの事を…そして、キョウやみんなを頼んでいいかい?」

「……任せてくださいよ。俺はあのクソ眼鏡の一番弟子ですから。
一人より二人。枝支えんなら、多い方が良いでしょう?
頼みますよ大将!あんたはぶっとい柱でいて下さい。」

「…ありがとう。印刷出来たよ、これだ。」

「…提督、ありがとうございます。」

「すまないね、今度何か奢るよ。」

「だったらここらで一番美味いラーメン食わせてください。それでチャラです。」

「ああ、一番好きな店に連れて行くよ。」

800 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:36:28.58 ID:95/Cik0zO

部屋に戻って、改めて隅から隅まで資料を見る。
捕まるまでの家庭環境、生活…それに、逮捕された時の罪状。

なるほどね…大方はクソな意味で予想通り。
だが、本人の口から聞かなきゃ分かんねえ事はまだ多い。

担当観察員…その役目とは、性質に問題のある者を、艦隊の秩序を乱さぬよう正す事。
だがそんなもんは俺にとっちゃ建前だ。要は…安心して戦い、そして暮らせるようにする事。やらかす必要が無いようにな。

少し時間は掛かるな…俺は俺なりのやり方で、全うさせてもらうぜ。


そうだな、まずは今度…。


801 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:40:23.65 ID:95/Cik0zO



“……コン…コン…。”


『ん……誰?』

『俺だ。』

『げ…もうそんな時間?仕事明けなんだからゆっくりさせてよ、せっかく早く終わったんだよ…。』

『私服に着替えろ。それでゲートん所集合。』

『え?』

『…お前酒は好きか?いい所に連れてってやる。』


802 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:42:55.66 ID:95/Cik0zO

『…で、ここ何?』

『居酒屋っつーんだよ。』

『イザカヤ?』

『要は日本のパブだ。』

来てから数日の様子見る限り、どうもこいつはコミュニケーション自体は不得手な方だ。
鎮守府の連中は話早えから、その辺込みでコミュニケーションは取れる…だが、こいつ自身が安心出来るにゃ、ちょっと時間食うだろう。

そういう事なら、英語出来る俺が最初の窓口になりゃいい。
で…手っ取り早くそうするには…。


『あんた、メシであたしの機嫌釣る気だね。』モグモグ

『もう食ってんじゃねえか。』

『ん、これおいし。甘みあって。』

『Japanese rolled omelette.卵焼きっつーんだよ。』

『タマゴヤキ?ああ、タマゴがeggで、焼きがfriedって事か。』

『名前そのまんまだろ?
瑞鳳いるだろ?あいつも焼くの上手いんだよ。』

『ズイホー…あいつ強いね。この前の訓練、大分やられた。』

『あれでも前の所から、狙いの名人って言われてたからな。』

『…ぷはー。どうりでね。日本のビールは結構濃いね。』

『そうか?濃けりゃハイネやバドぐらいならこっちのスーパーで買えるぜ。』

それとなーく他の奴の話題を振る。
他をどう思ってるか探る意図もあったが、何人かの話題出した限り、こいつからの悪印象はそんなに無さそうだ。


『ショーカクだっけ?あんたの元カノとはまだやり合ってないね。』


…そう思って話してたら、今度は俺が地雷を踏まれる番になっちまった。

803 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:44:44.00 ID:95/Cik0zO

『…あいつこそうちのエースだよ。
何でも俺が来るってなった時、訓練しまくったって…。』

『仕返し?何かひどい振り方でもしたの?』

「No.she is “bunny boiler”...」

「wow...is she “bunny boiler”?i see.」

『俺春からこっち来たんだけど、おかげで大変だったんだぞ…』

『そうは見えなかったけどね。』

『お前はまだあいつの恐ろしさを知らない。キレさせるとやべえから気を付けろよ?』

『そう、気を付けるね。』ニヤ

『待って、何する気。』

『何もしないよ。
これ頼んでもいい?日本酒飲んでみたかったんだ。』

『いいけど回んぞ?暴れんなよな。』

804 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:48:02.77 ID:95/Cik0zO

…………で、案の定。

『なーにー?あたしの酒が飲めないってのー?』

『もう店の外だよバカタレ。重っ!?暴れんなコラ!』

アメリカ人に日本酒はキツかったか…無理矢理アトランタを背負い、俺は夜道を歩いていた。暴れるから。
笑い上戸と絡み酒を同時に発症したこいつは、店ん中でもシャレになんねえスラング連発…CとかDとか。
ここがアメリカだったら、どっからともなく発砲事件になってたぜ。

しかし酔っ払っての本音聞いてた限り、こいつもストレス溜まってたんだなぁ…。

どうも向こうの艦隊じゃいまいち馴染めなかったらしく、オマケに前の提督の件。
相当なパワハラ野郎だったようで、駆逐艦殴ろうとした所に花瓶ぶつけて頭カチ割ったんだとか。
流れでそれまで積んでた悪事もバレて、その提督もクビ飛んだって所らしい。


『だーかーらー、ムカついたから花瓶当ててやったんだよー。あのファ〇キンデ〇ックにさー。』

『その話、もう5回目ー。
…ま、やり方はともかく、嫌いじゃないぜ?そう言うの。その子を守ろうとしたんだろ?』

『………そんなんじゃない。』

『はいはい。』


……やっぱり、根っからのワルって訳じゃなさげだな。

こいつに対する監察は、俺、眼鏡、提督の許可があって解ける。
監察員の任を降りれる時が、イコールでこいつはもう大丈夫って証明になるんだ。

様子は見なきゃなんねえが、こいつがこの鎮守府に安心出来れば…やべえ、ちょっと限界だ。
805 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:51:04.81 ID:95/Cik0zO

『重てえよお前…そこのコンビニで休ませろ。』

『いいよ。タバコ吸いたいし。』

コンビニ脇の喫煙所の所で、ようやく一息をつく。
もう7月も後半か…さすがに人担いで歩くにゃ堪えんぜ。

『…日本食、おいしかったなぁ。
空港でこっちのハンバーガー見た時、どうなるもんかと思ったけど。』

『確かに向こうのに比べりゃ小せえな。でもありゃアジア系の俺からすりゃデカすぎだ。』

『でかいのがいいんだよ。今度アトランタバ
ーガー食わせてあげるよ。』

『それ商品名?それともお前オリジナルって事?』

『あたしオリジナル。なかなかいけるよ?』

『胃薬用意して待っとくぜ。でも今日は夜平気なんだな?』

『…外いて気付いたけど、日本のは向こうの夜ほど怖くないんだよね。』

『…まぁ、確かに雰囲気は別だな。俺はこっちの方が落ち着く。』

『……昔はさ、そこまで嫌じゃなかった。
こんな風に外でタバコ吸ってると、ブルックリンが懐かしくなるね。』

『いくつからだ?不良娘。』

『あんたに言うとめんどいからパス。さてと…』

「…ぐえっ!?」

『ヘイタクシー、乗っけてってくれんでしょ?運賃は出世払いで頼むよ。』

『てめえ、立ち上がんのマジでキツいんだぞ…!』

『はい出発ー。』

『…後で覚えとけよ。』

無理矢理アトランタをおぶって、俺は帰路を急いだ。
あぁ、づほなら軽くて済むんだけどなぁ…二度とこいつにゃ飲ませねえ。


806 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:52:31.45 ID:95/Cik0zO














「………へー…………そこ、私のポジションなんだけどなー…。」













807 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:54:09.08 ID:95/Cik0zO
今回はこれにて。
シリアス風が続いてますが、その内どうせいつもの頭の悪さに戻るのでご安心ください。
808 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/11(火) 22:16:40.63 ID:N6+947b+o
おつ
809 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/11(火) 22:28:02.69 ID:A2SD8YCiO
おつおつ
スラング詳しいなぁ
810 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:47:02.67 ID:eqSmsJhmO


『被告人 ____・ジェンキンズ
xx年4月22日生 18歳
血液型 AB型

罪状 傷害並びに公務執行妨害
判決 懲役6ヶ月

ブルックリン区内にて出生。北欧系アメリカ人。
幼少期から実父より母親と共にDVを受けており、10歳の頃、耐えかねた母親が父親を殺害。母親は逮捕され服役するも、翌年獄中死。

その後同ブルックリン区内在住の祖父と生活するも、14歳の頃に祖父が死去。
以降は祖父のアパートにて一人で生活し、ギャングコミュニティでの目撃情報あり。
自供、並びに証拠は得られていないが、逮捕までの生活費は、祖父の遺産と犯罪行為で得たものを基としていたものと思われる。

仲間を狙撃した警官を襲撃、頭部裂傷を負わせ上記の罪状により逮捕。
負傷した警官は、被告の仲間への不当な発砲を働いており、これも考慮し上記の判決と処す。』


811 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:48:25.52 ID:eqSmsJhmO



「____、晴れてあなたも模範囚ね。きっと半年より早く出られるわ。出所後はどうするの?」

「…ホームレス以外無いでしょ。アパートもファミリーももう無い。
また『運送屋』でもやるか…それか、もう『街に立ちんぼ』するぐらいしかないもね。神様助けてってさ。」

「…フリートガールって知ってるかしら?」

「フリートガール?何か変なカッコしてバケモノと戦ってる奴らでしょ?」

「そう。見た目は派手だけど、立派な軍人よ。
適性がいるから、誰でもなれる訳じゃないけど…____、まだ人生を投げるには早いわ。
あなたは本当はいい子よ、神様もきっと見ててくれる。だから賭けてみない?」


812 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:49:52.77 ID:eqSmsJhmO








第37話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-4-









813 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:52:19.87 ID:eqSmsJhmO


「むー…昨日私も暇してたんだけどなー。」

「そうね、私も暇だったわ。」

「あー…ま、まあ悪かったよ。」

翌日、俺はづほと元カノコンビに詰められていた。
せっかくなら私達もアトランタと飲みたかった!って事らしい。

まぁ親交深めたがってるくれてるなら何よりだが、俺も警戒しすぎたかなー…確かに連れてきゃ良かった。
こいつらなら、多分『アレ』も見てるだろうしな…あ、そうだ。

「なぁお前ら、風呂とかでアトランタって見た?」

「…リョウ、やっぱり大きい方好きでいてくれたのね…!」

「……ほっほー、やっぱりああいう乳が良いんだ?」

「ちげーよ、タトゥーの話だ。俺は腕のチラ見えしただけだからな。」

「あー、私この前被ったよ?二の腕ぐらいまで入ってたね。
あと湯気でちゃんと見えなかったけど、背中にもあったかな。」

「私も見たわ。綺麗な絵柄だったわね。」

こいつらはそう言うので偏見持たないから、訊くには早い。
アレも多分意味がある。全体像見た奴の印象を知りたかったんだ。

814 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:53:58.25 ID:eqSmsJhmO

「鷹や太陽、ひまわり…あとマリアね。私が覚えてるのは。」

「おじいちゃんも入ってたよね?キリスト風の奴。」

「…ふーん。背中は?」

「ちゃんと見てないけど、何か黒いのだったよ?派手には見えなかったかな。」

「なるほどな…ありがとな、二人とも。」

「いえいえ…リョウ、でも頑張りすぎないでね。
接した感じ、そんなに悪い子には見えなかったもの。きっとすぐに監察を解けるわ。」

「そうだね、クールだけど話も出来るし。
リョウちゃんちょっと顔疲れてるよ、アトランタちゃんにもプレッシャーになっちゃうよ?」

「…ああ、気をつけるよ。」

キリスト風の老人…ぶん取った調書見た限り、そういう事だろう。
ただ、でかいデザインじゃなく、小さいのをいくつも入れて二の腕まで…ね。

アトランタも最初はビビられてたけど、外面は上手くやってくれてるらしい。
1週間近く経った今、みんなはそこまで悪くは思ってなさそうだ。

……このまま放っておけば、監察自体は解けるかもな。
でも俺は、あいつが何か抱えてるのを見ちまった。

提督や眼鏡は、そこ込みで俺にこの件任せたんだと思う。
ここが本当に安心出来る場所になってくれりゃ、それがベストだ。

さて…部屋への訪問の時間か。
ただ、生きてんのかあいつ?

815 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:55:11.09 ID:eqSmsJhmO


『入るぜ。』

『………死ぬ。今日はマジで帰って。』


二日酔い・オブ・二日酔い。
昨日はアトランタが今日休みって知ってたから連れてったんだが、見事に休日を寝潰していたらしい。
下ろした髪は大爆発、声のトーンは更に低くなっていた。


『…まぁ、だと思ったよ。実際覚えてるか?』

『コンビニでタバコ吸ってからの記憶が無い。あたしどんなもんだった?』

『ここに寝かせた瞬間、俺の顔面に蹴りが来たよ。マーチン履いたままのな。』

『げ……ごめん。』

ギリギリ受け止めたけどな、本当は。ただ、ちょっとは反省してもらわねえとだ。
へへへ…さすがにしおらしいツラしてやがるぜ。

『うう……リョウ、そこにコーヒーメーカーあるから沸かしてくんない?』

『その前におめーはこれだ。』

『……スポドリ?』

『どうせ二度寝三度寝とキメてたんだろ?まず水分取っとけよ。』

『……ありがと……あー、生き返る…。』

『本当にキツそうだな…今日は戻るぜ、監察以前の問題だ。』

話すだけで頭痛拗らせそうなツラだ、俺もとっとと消えてやろう。
……とか考えてると、手を掴まれた。

816 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:56:39.59 ID:eqSmsJhmO


『………何だよ?』

『LINE。』

『は?』

『日本にLINEってアプリあるよね?あんたの教えて。基本的なのは習ったから。』

『あー、いいけどよ。何でまた?』

『これでまた潰れたらタクシー呼べる。いや、お馬さんかな。』

『…一つ、日本の都市伝説を教えてやる。』

『何それ?』

『イエローキャブならぬイエローアンビュランス。
てめえみてえな頭おかしい奴をぶち込む救急車だ。』

『大丈夫、あたしの専用車両はカーキのタクシーだから。』

『行先は地獄オンリー、運賃はお前の命な。
…ったく、しょうがねえな。スマホ出しな、登録してやる。』

それで登録して、とっとと部屋を出た。
ん?早速か…。


『Ryo,Fxxk you&thnx.』


……はは、どっちだよ。

817 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:57:34.96 ID:eqSmsJhmO

その後ポーラがひと暴れしてくれたお陰で、俺が仕事を終えられたのは22時近く。
例の如く眼鏡は着替える羽目になり、俺は一人で部屋にポーラをぶち込んだ。

“一応様子見とくか。”

何も無いのはわかっちゃいるが、念の為にアトランタの部屋の前も通る事に。
よし…特に物音も無いな。


『…人の部屋の前で何してんの?』

『…出てたのかよ。ポーラぶち込んだついでに様子見にな。』

『あのすぐ脱ぐ子?』

『あのすぐ脱ぐ子。』

『…スケベ。』

『アレのどこに興奮しろと。』

『そう…屋上に行かない?お風呂入ったら少しのぼせちゃった。』

色々とアレなもん見た後で、正直俺も気分が悪かった時だ。
願ったり叶ったり、アトランタに促されるまま屋上に付き合ったんだが、そこでふと気付く。

……夜、怖くねえのか?

818 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:59:09.22 ID:eqSmsJhmO

『いい月明かりだね。こうして石段に座ってると、ブルックリンの夜を思い出すよ。』

『……夜、怖いんじゃなかったっけ?』

『………正確には深いのが…かな。
あたしが住んでたアパートには屋上があって、よくこうして月を見てた。』

するとアトランタは、ダボついたロンTの袖を捲った。
顕になったのは、両手の二の腕まで達したいくつものタトゥー。


それをかざしながら、あいつはこう呟いた。

819 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 23:00:13.34 ID:eqSmsJhmO







『…“みんな”、こっちも月が綺麗だよ。』







820 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 23:02:00.08 ID:eqSmsJhmO

………。

…やっぱり、そういう事か。

何となく思い描いてたタトゥーの意味に、確信を持てた。
だから今は、あえて触れない事にした。

『……腕の事、何も訊かないんだね。』

『大体分かったよ。アトランタ、お前が話したくなってからでいい。』

「………no.」(違うよ。)

「………why?」(何がだ?)

「……please call me Shelly.it's my real name.」(シェリーって呼んで。あたしの本当の名前。)

資料に載ってた以上、それはもう俺も知ってる名前だ。
だけど実際にそう請われた時…俺は何か、切実な物を感じたんだ。

821 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 23:03:13.49 ID:eqSmsJhmO

『……ああ、仕事じゃなけりゃ呼んでやるよ。シェリー。』

『……ふーん、仕事中じゃなきゃいいんだ?
ねぇ、リョウ。今から部屋に来ない?見せたいものがあるんだ。』


今度は部屋に招かれて、俺は椅子に座らさせられた。
何か出てくんのかと思った時、アトランタに声をかけられた。


『……リョウ、こっち見てくれる?』

『へ……な!おま、馬鹿野郎!?』


ロンTを脱ぎ捨てたかと思えば、突然下着まで外しやがった。
俺が慌てて目を隠すと、見ろと言わんばかりに手を掴まれる。

『タトゥーの意味、教えてあげる。だから手をどかして?』

『……タトゥーの意味?』

『……分かった、じゃあ背中向けたら声掛けるから。それならいいよね?』

それで声が掛かり、恐る恐る手をどかした。
その時俺が目にしたのは…


「…………っ!!」



そこにあったのは、白い肌に刻まれた黒い影。
アトランタの背中にあったタトゥーは…


天を仰ぐように両手を広げた、死神の後ろ姿だった。


822 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 23:05:41.47 ID:eqSmsJhmO
今回はこれにて。
アトランタに設定されてる本名も、他の子同様ちょっとした小ネタが入ってます。
823 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/18(火) 07:40:50.28 ID:ok1xBGeP0
乙です
824 : ◆xu2VpOlD.6 [22564]:2020/02/18(火) 21:07:42.25 ID:e6yselZzO






第38話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-5-






825 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/18(火) 21:08:20.65 ID:e6yselZzO
酉間違えました。
826 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:10:46.66 ID:e6yselZzO
酉は変わりますが気を取り直して
827 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:11:57.99 ID:e6yselZzO






第38.話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-5-





828 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:14:34.59 ID:e6yselZzO

『…………。』

俺が背中のタトゥーをしっかり見たのを確かめると、アトランタはタンスから服を取り出した。
タンクトップに着替えたあいつは、俺に近付くと…まず、鷹のタトゥーを指差した。


『……この鷹はジェイムズ。15歳の時の最初のボーイフレンド。
こっちのヒマワリはニーナ、私の親友。この蝶は…。』

一つ一つの絵に対して、出てくるのは一人一人の名前。
それを語るあいつの顔は、どこか優しげな微笑みを浮かべていた。

『………監察員なら、あたしの調書も持ってるよね?』

『……ああ。』

『…いいよ、ちゃんと話してあげる。

あたしの親父は典型的なクズでね、酒に酔っちゃあたしや母親に暴力振るう奴だった。
思えばその頃から、暗い夜が苦手だったかな。またあいつが帰ってくるって…。』

『…………。』

『…10歳の時、とうとう母親が殺っちゃったんだ。
あたしがいつもみたいに殴られてたら、後ろから頭をガツって。

……その時大丈夫?って抱きしめてくれたママは、返り血まみれだった。
笑顔の母親なんて、本当に小さい頃以来に見たよ…それが最後だった。』
829 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:16:00.75 ID:e6yselZzO

『……その後は、じいさんの所にいたんだよな?』

『……この老いたキリストの絵。これがじいちゃん。

あいつらと血が繋がってるなんて思えないぐらい、本当に優しい人なの。
でも歳でさ、あたしが14の時に死んじゃった。人生で最初に尊敬出来た人だった。』

『……そうか。』

あの夜警の時、俺は懐中電灯振り回しながら廊下を探してた。

暗闇に浮かぶ人影…それも何かを振り回しながら。
あの時こいつが錯乱したのは、やっぱりそこに父親の影を見ちまったからか。

アトランタの両腕を見る限り、両親をモチーフにしたタトゥーは無い。
強くは言わなかったが、母親にも良い感情は持てなかったのだと思う。

……最初に尊敬出来る人間が出来たのは、10歳にしてやっと。
その言葉の意味を噛み締めるように、俺の拳は軋みを上げていた。

830 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:18:52.82 ID:e6yselZzO

『………それからは、どう生きてきた?』

『流れるようにストリートギャングの道へ…ってね。
食ってかなきゃいけなかったからね。でもその頃のあたしじゃ、他に生きてく術も無かった。

…今時のギャングコミュニティだと、あたしみたいな人種の奴は少ないんだ。力関係なら、ギャングの中のナードって言ってもいい。
あたしのいた所は少ないながら、あたしと似たような人種が集まってチームになってた。

だから手っ取り早い仕事はありつけなくてね…あたしのチームは、“運送屋”のバイトしてたよ。』

『……“運送屋”ね、そりゃまた大変な仕事だ。』

『…確かに、何度も危ない橋は渡ったね。
でも、あたしにとってはファミリーだった。

仕事が上手く行った時は、皆でパーティーをやっててさ。
あたしの作ったハンバーガーやフライドベーコン、皆好きでいてくれた。

……でも、一人、また一人と減ってったね。

さっき言った、最初のボーイフレンドのジェイムズ。
鷹が好きな人だった……初めて“そう言う事”した次の日、ポリに撃たれて死んじゃったよ。
別のやらかした奴と間違えられて、誤射でね。

ニーナは…どんな人生にも光はあるって、口癖みたいに言ってた。お守りだって、胸にヒマワリを入れてた子。
……どっかのイカレ野郎にヤられちゃってね、朝ゴミ捨て場で死んでたよ。
あたしのヒマワリのタトゥーは、あの子と同じ彫り師に頼んだ。

…独りで過ごす夜が、だんだん怖くなってた。
明日の朝、もう会えない奴が出るかもしれない。今度はあたしかもしれない。
そう思うと、暗闇が怖くて…よくこいつを抱いてたよ。』

そうアトランタが見せてくれたのは、くたびれたぬいぐるみ。
少し前の映画に出てた、クマのものだった。

元はじいちゃんに買ってもらったものだと、こいつは寂しげに笑う。

その後も、次々とタトゥーの意味を語ってくれた。
一つの絵に対して、誰か一人の人生と死が。
それをまた一つ聞く度、俺の中に、顔も知らない誰かの最期が描かれていく。

その会話の中で…アトランタはチームの最期を語ってくれた。

831 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:21:48.32 ID:e6yselZzO

『…あたしが逮捕された日が、チームの最期の日。

ポカしてでかいとこに狙われちゃってね…リーダーは、女と若い奴を秘密の場所に隠したんだ。
明け方手前に、少し遠くの方から銃声がして…それもすぐ止んだ。

夜明けまで絶対に出るなって言われてた。
それで朝、その場所に行ったら…あったのは、チームのみんなの死体だけ。

…リーダーの彼女が、死体に駆け寄ったの。
そしたら……その子は頭撃たれて、その場で脳ミソぶちまけた。

警官がいたんだ。
抗争中のギャングの残りを撃ったって体に出来ると思ったんだろうけど……そいつさ、笑ってやがった。

あたしの事には気付いてなかった…だから、落ちてたブロック持って…。』

『……それで逮捕されて、収監されてたって事か。』

『…………うん。』

…アトランタの目からは、一筋こぼれるものがあった。
だが、話はここで終わるわけじゃ無さそうだ。
制止しようかとも思ったが…俺は、最後までその話を聞くことにした。

832 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:24:47.89 ID:e6yselZzO

『…そうやって、一人誰かいなくなる度にタトゥーが増えてった。
あたしの中で生きてって、そう思ってね…。』

『……そのマリアは?』

『……実の母親じゃないよ。背中のとこれは、艦娘になった時に入れたやつ。

これはね…ムショの監察員のおばさん。
みんなからババアって慕われてた、うざったい人だよ。

出所してもアテが無かったあたしに、艦娘を勧めてくれた人。
色々うるさかったけど…あたしにとっては、初めてちゃんと向き合ってくれた大人の女だった。本当のママみたいにね。』

『………その人は、どうなった?』

『……あたしが出所した夜、新しく来たヤク中女にフォークで刺された。

あたしが出所前に適性検査を受けれたのは、その人のおかげ。
模範囚にしてくれたし、あちこち駆け回って口利きしてくれた…合格した時さ、二人で抱き合って泣いたよ。

出所する時も、思いっきりハグしてくれた……また休暇取って会いに行くって約束して。
でもそれが最後……あの人の匂いとぬくもりは、本当のママより覚えてる。

…報せが来たのは、埋葬も終わった後だった。
休みの日にこっそり制服持ち出して、あの人のお墓の前で敬礼したよ。

………一度くらい、見せてあげたかったからさ。』

『じゃあ…背中の死神は…。』

『…あたしの自画像。
自ら鎌を振るでも無く、ただ深入りした者の死を見るだけの人生…ってね。
ほら、こうして腕広げれば、みんなを見てるみたいになるでしょ?』

そう誇らしげにタトゥーを見せるアトランタの笑みは、その実、俺の目には痛々しく映った。
その直後…


アトランタは、全身を預けるように俺に抱きついてきた。


833 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/18(火) 21:27:03.27 ID:e6yselZzO

『………。』

すすり泣く声だけが、部屋に響く。
強く体を締め付ける腕は、怯えた子供のように加減を知らない。

「………fxxk you.」

「………。」

「Ryo.My heart hurts when I remember…please don't kind to me……fxxk you……fxxk you!!」(リョウ、思い出してつらいんだ……優しくしないで……クソ野郎…クソ野郎!!)

涙声のまま、アトランタはようやく感情の全部を俺にぶつけてきた。
そうか……観察員として向き合えば向き合うだけ、傷に塩塗ってるようなもんだったかもな。だが……



そうは問屋が卸すわきゃねえだろ、馬鹿野郎。



834 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:28:48.40 ID:e6yselZzO


「…………ow!?」


スコーンと1発、アトランタの脳天にチョップをかましてやった。
へへへ、さっきとは別の意味で涙目だ。ざまあみろ。


……ったく、世話あ焼ける奴だぜ。


835 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:31:26.76 ID:e6yselZzO

「Shut the fxxk up,fxxk'n biddie.」(…うっせーな、ワガママ娘が。)

「Oh shit…」(何すんの…)

『……理由はどうあれ、てめえは過去は犯罪者だった。
お前の運んだモンで、人生閉じちまった奴もいるかもしれねえ。それを忘れるな。』

『………っ!
…それ、ババアにも言われたね。』

『……だが、1度はブタ箱に入ってたろ?それも模範囚としてだ。
てめえのやった事は消えねえ。で、てめえを蝕んできた過去も消えねえだろう。

艦娘勧められた時、断らなかったんだよな?
お前は自分の意志で這い上がろうとしたって事だ。どれだけ否定しようがな。

…だったらよ、“どう生きて来たか”じゃねえ、“これからどう生きるか”じゃねえのか?
それがてめえの過去に対する復讐であり、贖罪だ。違うか?

…少なくとも死んでった人らは、お前の不幸を願う奴はいないと思うぜ。
せいぜい、例のクソ親父ぐらいなもんじゃねえか?

俺に腹の底ぶちまけた、それが答えだ。
ずっと、誰かに聞いて欲しかったんだろ?』

『………!!』

836 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/18(火) 21:33:26.52 ID:e6yselZzO

『……生憎そのババアみてえなのは、ここじゃ俺だけじゃねえぞ?

提督は、お前みてえなワケありも積極的に引き取ってる。居場所を作る為にな。
あの眼鏡は俺の師匠だ、俺より強引にお前を引きずり上げようとするだろう。

ここの艦娘連中だってそうだ…誰かしらあの手この手でお節介焼いちゃ、お前をほっときゃしねえ。
お前と飲み行った後、づほと翔鶴に怒られちまったぜ…何でお前と飲ませてくれなかったんだってな。

……おい問題児、逃げられると思うな。

ここに来ちまったのが運の尽き。
ここは“俺含め”、頭のおかしいキxガイどもの溜まり場だ。』


………あーあ、認めちまったよ俺。
ここは本当にクソッタレで、最高な鎮守府だってよ。
憲兵冥利に尽きも尽きる、大好きな場所になっちまったさ。


だからアトランタには、こう言ってやったのさ。

837 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:35:00.01 ID:e6yselZzO







「Atlanta…not.Shelly.This place is your home.」(アトランタ…いや、シェリー。ここがお前の家だ。)






838 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:36:34.73 ID:e6yselZzO


「Ryo………fxxk you.」

最初詰所から出てく時、俺に吐き捨てたFワード。
だが今は、その意味は180度違った。

俺に抱き着いて泣きじゃくるアトランタを見て、そんな事を思ったもんだった。

『………落ち着いたか?』

『………うん。』

『……ただ、抱き着くのは勘弁な。
日本じゃハグは恋愛的な意味が強えから、色々めんどくせえんだよ。元カノとかに見られるとやべえ。』

『……ショーカク?』

『あー…現在進行形で俺のストーカーなんだわ…。』

『…なるほどね、そりゃあんたの事よく知ってるよ。
最初会った時、こう言われたんだ…』

そうしてアトランタが、話してくれた事は……。

839 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:38:08.73 ID:e6yselZzO



?“Nice to meet you.あなたが新任の子かしら?”

??“うん、あたしはアトランタ。あなたは?”??

“私はね…翔鶴。正規空母よ、よろしくね。”

“うん、よろしく。”

“言いづらい事かもしれないけど…リョウが監察員に付く子って、あなたのこと?

“うん。昔色々やらかしちゃってね。
感じ悪いね、あいつ。”

“そうね、確かに口が悪い所はあるけど…でも、とってもいい人よ。
アトランタちゃん、困った事があったらあの人を頼って。あの人なら、きっとあなたの力になってくれるわ。


…誰よりも、暖かくて優しい人よ。”??


840 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:39:58.53 ID:e6yselZzO


『…………。』

『……複雑そうだね、何か。もしかして未練タラタラ?』

『……んな訳ねえだろ、俺が振ったんだからよ。
未だにあいつが一番のトラブルメーカーだ。』


……あいつ、今でもそんな風に。散々冷たくしたってのによ。


『……さて、俺も帰るかな。』

『…ショーカクオカズにして寝る?あ、それともショーカクと…。』

『生憎フリーなんでな。画面の中の手が届かねえまともそうなお姉様に癒してもらう。疲れちまったぜ。』

『ばーか。おやすみ。』

『ああ、おやすみ。』


………ふう。どうなるもんかと思ったぜ。

まぁこの調子なら、後は何事も無けりゃ監察も解けるだろ。
それでお役御免になれば、晴れてまたいつもの日常に集中するだけだ。

あー、ねっむ…抜く気も起きねえや。


841 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:40:51.36 ID:e6yselZzO









へえ、ならフリーか。

……ショーカク、ごめんね。









842 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:42:15.47 ID:e6yselZzO


あれから半月、監察もすっかりルーティンと化した。

また後で行かねえとな…まぁ、世間話だ。
食堂でコーヒー飲みつつ、そんな感じでこれからの予定を考えていた。

午後のひとときなせいか、周りの席もちらほら埋まってる。
で、一緒のテーブルにいるのは俺と眼鏡、それに元カノとづほ。たまーに隼鷹もいる。
最近休憩時間に食堂来ると、大体このメンツで喋ってる。

……まぁ、あんまり元カノとは話さねえけど。

お、アトランタだ。

843 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:44:22.44 ID:e6yselZzO

「あ、リョウ。ちょっと見せたいものがあるんだ。」

「どうしたよ?」

ポーカーフェイスなこいつが、珍しく機嫌が良さそうだ。
その理由は、どうも背中にあるらしい。


「この前タトゥー入れてきたの。人生最後のやつ。
アフターケアも落ち着いたからさ。」


襟を伸ばして見せてくれのは、丁度死神の上の辺り。
そこには一つ、星のタトゥーが刻まれていた。


『あたしはそれでも、光を追って生きる』


楽しげなアトランタの顔は、言葉はなくともそう語ってるようだった。








と こ ろ が だ 。









844 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:45:38.19 ID:e6yselZzO

「…ねえ、リョウ。」

「………ん?」








『…………ちゅっ…。』








…………は?




845 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:47:20.93 ID:e6yselZzO

がっしり頭掴まれたかと思えば、気付くと思いっきりキスされてましたとさ。

気が動転してる俺をスルーして、アトランタはご丁寧に日本語で、周りに分かるようにこうぬかしやがった。


「リョウ……ギャングに狙われたら、逃げられないんだよ?もうあんたはあたしのもの。


…あんたに拒否権、無 い か ら 。」


変わらぬポーカーフェイス。
だが、桁違いのゴゴゴ…と言う擬音がアトランタの目からは見えていた。



そして……


846 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:49:15.15 ID:e6yselZzO


「………ねえ。」


絶対零度のオーラが、背後から俺を襲う。

ぎぎぎ…と、機械の様に首を回す。

そこには…。




「演習場に行きましょ?久々にキレちゃったわ…。

アトランタちゃん………愉快なオブジェに変わりたいようねぇ…!?」




同じ白髪でも、何かベクトルとか操れそうな方みたいな顔になった元カノ様がいらっしゃいました…。


……お母さん、先立つ不孝をお許しください。


847 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:50:50.81 ID:e6yselZzO
今回はこれにて。
綺麗に終わらせる訳ないでしょう。いつもの感じにギヤを上げていきます。
848 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/20(木) 01:47:28.23 ID:FIOiA8Sp0
ヒェッッ...
849 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/21(金) 09:57:53.90 ID:aXP62vxb0
まあそうなるな…
850 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/05(日) 18:22:28.99 ID:PyoUQ81Do
まーつーわ
851 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/07(火) 13:44:25.09 ID:5HisyGtR0
いつまでもまーつーわ
852 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:44:01.00 ID:77LxSYSIO







第39話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-6-






853 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:45:34.51 ID:77LxSYSIO

「へえ?ショーカク、あたしのsculptureでも作ってくれんの?」

食堂はさながら冷凍庫。
一触即発の空気の中、アトランタと元カノは静かに睨み合っていた。
元カノは完全にブチ切れた笑み、それに対して…アトランタは、余裕ありげな微笑みだ。

正直あまりにもな急展開に、俺自身理解が追い付いていない。
だがこれだけは言える…このまま行くと、俺は何らかの形で召されてしまうと。

そうだ、俺は憲兵。まずはこの場を止めなくちゃならねえ。
そして意を決して動こうとすると…

854 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:47:06.81 ID:77LxSYSIO

「はーい、ストップー。」

「…提督…!?」

「なんか面白そうな事してるねー。でも演習場は僕の許可ないと使えないよ?」

「提督さん、じゃあリアルファイトでもいい?それこそあたしの勝ちだけど。」

「ふふ…あまり弓使いの地力を舐めない事ね。
分かりにくいけれど、これでもインナーマッスルには自信があるのよ?」

「待った待ったー。それも面白そうだけど、君らに始末書出ちゃうよー?
ただ…どうしてもって言うなら、許可出してもいいよ。僕プロデュースの演習ならね。」

「…乗った。」「乗りましょう。」

「くす……じゃあ2時間後、執務室においで。あ、瑞鳳は今着いてきて貰っていいかな?」

「……はい、分かりました…。」

「………!?」

そう提督に着いていくづほの目からは、静かな殺気が放たれていた。
な、何であいつもあんな…呆気に取られている間に、気付けば4人ともいない。
その場に残されていたのは、俺と眼鏡だけだった。


855 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:49:02.06 ID:77LxSYSIO

「……くくく…リョウ、面白い事になったじゃないか。
なるほどな、アトランタは『そういうタイプ』だったか。」

「ど、どういう事ですか…?」

「基本クールでドライではあるが…その分一度気に入った人間には、とことん執着するタイプと見た。
貴様は相当お気に召されたようだな?」

「えー…んな馬鹿な…。」

「……ついでに、ひとつ私の中で確信を得た事がある。」

「……は?」

「リョウ、世の中にはいるんだよ…貴様のようなタイプが。
どういう訳だか、ぶっ飛んだ女にばかり好かれる男と言うのがな…。

それがどういう事かと言うと…つまり、貴様にはまともで優しそうなお姉様どころか、普通の神経の女にモテる日など永遠に来ないのだ…!」

「…………!!!」

な、何だって……!

だが、ショックを受けてる場合じゃない。
俺を巡って演習バトル…下手すりゃ、否応無しにどっちかと付き合えって話になりかねねえじゃねえか…!
こうなりゃ善は急げだ…先手を打つ!多分今なら部屋に…。

856 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:50:32.76 ID:77LxSYSIO

『アトランタ!』

『…なぁにダーリン。シェリーって呼んでくれないの?』

『冗談はその辺にしとけ、何考えてんだおめえは!!』

『ふふ…提督さん、なかなかショーカクとやり合わせてくれないからさ。
まぁ理由は聞いてたけど、あたし的にはそろそろいいかな…ってね。』

『…どういう事だ?』

『…ここの工廠、本当凄腕だね。艤装が使いやす過ぎて、逆に慣れるの手間取っちゃった。
あたし自身まだ時差や気候に慣れてなかったし。

でも、それも慣れてきたから…やっと本来のあたしが出せるかなってね。
慣らしが終わるまで待てって、ずっと止められてたんだ。

あんたなら分かるでしょ?でかい鳥こそ喰ってみたくなるって…!』

その瞬間の笑みを見た時、正直ゾッとした。
うわ…こいつとことん戦闘狂だ。これからの事を心底楽しんでやがる。
でもそれ以前に、巻き込まれた俺はたまったもんじゃねえわけよ。
焚き付ける為でも、アレはよ…。

『聞くまでもねえけど、アレは嘘だよな?
いくらなんでもやり過ぎだ、フォローしきれねえぞ。』

『へぇ……嘘だと思う?』

「……!?」

俺の肩にしがみつくように、また無理矢理唇を奪われた。
思わず押しのけちまったが、アトランタはそれでも楽しそうな笑みを浮かべている。

857 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:52:22.61 ID:77LxSYSIO

『……言ったでしょ?あんたはもうあたしのもの。』

『ごめんなさい無理ですって言ってもか?
この際はっきり言っとくが、お前に恋愛感情は抱けねえな。』

『そりゃ今はそうだろうね、あんたからしたら当然。でもこれからは分からない。嫌よ嫌よも好きのうち…ってね。
色々あっても、明日はいい日になるもんだよ…あんたがあたしに堕ちれば。』

『…しつけえ女はもう間に合ってるんでな、お引き取り願うぜ。
いいか、お前が勝とうが負けようが付き合わねえからな。
演習はこの際仕方ねえが、それ以上のゴタゴタ起こすんなら容赦しねえぞ?』

『くす…容赦なく押し倒してくれんの?』

『あー言えばこう言う。もうちょっとお淑やかになって出直してこい。』

「darling,i love you.」

「thank you,fxxk'n nuts.」(ありがとよ、イカレ女)

ダメだ、ラチがあかねえ。
話にならねえと思った俺は、そのまま一旦部屋から出た。

はぁ…どうもあの様子じゃ、本当に俺に対してガチくせえな。
何度でも口説いてくるなら、何度でも振るしかない。長期戦かよ…。

…あいつ、今まで付き合った奴全員、あの手でかっさらって来たんじゃねえだろうな?


「…………。」


廊下を歩きながら、ふと乱暴に口を拭った。
説明し難い違和感が、どうにも取れなかったんだ。

858 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:53:23.91 ID:77LxSYSIO






“へえ、まずあたしの所に止めに来るんだ……。

余計やり合いたくなったよ、ショーカク。”






859 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:55:32.11 ID:77LxSYSIO

「で、来いとは言われた訳ですが……提督、それは無いんじゃないですか?」

「ん?大丈夫大丈夫、実戦ならよくあるパターンだし。」

いざ演習場にボートで乗り付ければ、アトランタに対するはづほと元カノコンビ。
1対2、どう見てもアトランタがボコられる未来しか見えない構図だ。

「今回はアトランタの防空力を見る意図もあるからね。
エース級の空母に補助の軽空も相手して、どれだけ落とせるかと。
逆に、空母コンビの攻撃力の見直しにもなるしさー。

あ、今回はインカムであの子達と会話出来るからねー。」

「……何でそんな余計な事したんですか?」

「そっちの方が燃えるかなってね。」

「提督、後で工廠裏行きましょう。」

「さて、始めようか。」

インカムはあるが、会話は一切無い。
アトランタは不敵な笑み…そして空母コンビからは、ガスバーナーみてえな殺気が放たれていた。

860 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:02:26.24 ID:77LxSYSIO


「始め!」


号令と共に、艦載機が一斉に放たれる。
前見た時に比べると少ない…様子見か?
しかしそれでも2人分、1人でこなすには多すぎる攻撃がアトランタに降り注ぐ。

爆煙がアトランタを覆う…だが、直後にインカムから聞こえた声に、耳を疑った。


「fxxk you thunder,you can suck my dxxk…♪
…ま、あんたたちのなんて、神様の屁にすら値しないけどね。」

余裕気な歌声と共に、爆煙が晴れていく。
そこには無傷のアトランタを、海面に浮かぶ艦載機の残骸が取り囲む光景。

あいつ…全部落としたってのか!?

「へぇ…やるわね。前は私にボコられてたのに。」

「ええ、小手調べに…と思ったけど、そんな必要は無かったわ。
瑞鳳ちゃん…これで全力で“殺れる”わね…!」

「翔鶴さん、どうどう。“楽しい後輩の歓迎会”だよ?
ここは一つ、私達と同じラインに上げてあげないと…。

ねえ、アトランタちゃん。」

「何?」

「そのほっぺたって自前?かわいいね、カ〇ビィみたい。アメリカでも有名だよね?
…いっぱい吸い込んだから、そんなに良い乳になったのかな?」

「そうね、よく似てるわ…ただ、頭には必要なものを吸収出来なかったようね?人前でいきなりあんな事…。」

「……Kixxby?
…fxxk…!人が気にしてる事を…!
c'mon!bunny boiler and pancake!!」

あー…言っちゃったよあいつら…。
悪口ってのは理解出来たんだろう、空母コンビの冷気が高まる。
そして俺のインカムに、地獄への誘いが来た。

861 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:05:09.30 ID:77LxSYSIO

「…ねえ、リョウちゃん。アレ何て言ったの?」

「……無理、訳せねえ。あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ。」

「リョウ… い い か ら 訳 し て ? 」

「……まずpancakeは、スラングでド貧乳って意味だ。」

「ふうん? じ ゃ あ 私 だ ね 。
翔鶴さんのは?」

「bunny boilerは……。
…スラングで、ヤンデレとかメンヘラって意味だな…。」

「…………。

…瑞鳳ちゃん、ちょっと耳を貸して。」

そのまま2人は、こそこそと何か話し始めた。
そして改めてアトランタの方に、仁王立ちで向き直る。

その時、妙な既視感と悪寒が俺を襲った。

元カノ169cm…づほは143cm。
立ち位置はそれぞれ左と右、結構な身長差のシルエット。

あれ?何かこの構図どっかで見た事ある。
そして2人とも、突然ものすごーく可愛く、にっこりと笑った。
それに気付いた時、悪寒は更に激しさを増し…



『大変お見苦しいエヘ顔ダブルファ〇クが発生しております。』



ポップでチームなエピックウウウゥ!!!???



862 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:08:02.40 ID:77LxSYSIO

だめー!ネイティブ相手にそれはだめー!!
本当に発砲事件になるわ!!死体になっても文句言えねえ奴だぞそれ!!

そして今度は、強烈な熱気が反対側から放たれる…その元は勿論…!


「ショーカク…ズイホー……てんめえら…。

fxxk……fxxk……fxxxxxxxxxxxxxxxxxxxk!!!!!!

i'll kill you all!!kiss my ass!!
you guys are dingleberries!!!you despicable fxxk'n cxxts!!

fxxk youuuuuuuuuuuuuuu!!!!!!」



おウ〇コ おウ〇コ
おウ〇コー

あなた達を殺してあげます。くたばってください。
あなた達など拭き残しのトイレットペーパーです。絶対に許しませんよこのクサレ[検閲により削除]達よ。

おウ〇コどもめーーーー。



えー…何とか伏せて訳してもダメ。
余りにも肥溜めのような言葉の羅列に、意識が南国に逝きかけた。

呆然としてる間に、続けてまた通信が入る。


863 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:09:50.42 ID:77LxSYSIO

「リョウちゃん、アレなんて言ってるの?」

「ダメ!汚すぎて本当に訳せない!!」

「リョウ!!ねえ教えてよ!!」

「無理だっつってんだろ!!」

「はぁ…はぁ……あーあ。リョウ、本当下品だねあいつら。
待っててね、全部ハエ叩きしてやるから…!」

「アトランタ、鏡見てこい。心でな。」

「なあに?あたしはパス。
どうせ世界一美しい心が映ってるだけだと思うよ?」

「hehe…please go to psychiatry!!fxxk!!」(はは…精神科行ってこい!!ボケ!!)

「あはは…いいねー君達、そう来ないと楽しくないよ!!
3人とも!!思いっきりやっていいからねー!!」

「「「yes sir!!」」」

「油注ぐな責任者!!」


演習場の熱気は急上昇、これには提督も思わずニッコリだ。
この人が楽しそうにしてる…つまり、この演習が更に泥沼と化すのは確定したのである。


神様、マトモな神経の彼女を僕に下さい。

864 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:11:06.44 ID:77LxSYSIO
今回はこれにて。
世の中大変な事になってしまっていますが、少しでも笑ってもらえれば幸いです。
865 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/21(火) 20:47:38.82 ID:ZGcaIBLpO
おつおつ
アトランタって原作でもこんな感じなんすかね
866 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/21(火) 23:34:42.86 ID:kjLgK/gmO
せやで
867 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/23(木) 15:53:21.26 ID:VAhvK7SI0
らんらんがんばれー
いや、マジでがんばれー
868 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/03(日) 21:02:38.97 ID:YXdvG2YC0
この小説2年超えの大作なってるがな...次も楽しみ
869 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sega]:2020/07/31(金) 04:57:11.92 ID:lfMRttIX0
作者、コロナでイッた説
870 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/04(金) 19:34:53.25 ID:RTk4vpvQO
ゆっくり待ってる
871 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 00:57:17.88 ID:I69bmT020

「ふふ…さーて、あの3人どう出るかなー?」

「はは…楽しそうっすね…。」

「まあね。提督の僕からしたら、こういう時こそあの子達の日々の進歩が見られる訳だし。
演習は本人達のセンスでやらせておけば、作戦も立てやすいしねー。」

「……本音は?」

「格闘技観戦みたいな気持ち。」

……ああ、サイコだわ。

楽しそうな提督とは裏腹に、俺の気分は冷えて行く一方。
ガキの喧嘩レベルじゃねえ、殺し合いの宣言が行われたようなもんだ。
双方のいよいよ収拾つかないブチ切れ具合に、どうしようも無い絶望感を抱えていた。

元カノとづほが矢を構え、アトランタは再度迎撃の態勢に入る。
容易に想像出来る、戦闘の激化……だが、少し予想外な闘いがここから起こって行くのだった。



872 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 00:58:32.00 ID:I69bmT020







第40話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-7-








873 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:00:30.33 ID:I69bmT020


「行くわよ瑞鳳ちゃん!」

「うん!!」

小手調べ無し、初撃より遥かに多い爆撃がアトランタを狙う。
しかしアトランタも負けちゃいない。爆煙は海面じゃなく上空で巻き起こり、それは撃ち合いが拮抗している事を表していた。

「あんた達そんなもん!?まだまだあたしには届いてないね!」

上がった声のトーンからは、アトランタにも最初程の余裕は無いのが見て取れた。
どちらも本気。均衡が崩れるまでのぶつけ合いの様相を呈している。

爆撃音は次第に減り、今二人が放った分が切れた事を告げる。
決着せず乗り切ったのかと思った、その時。

874 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:01:53.22 ID:I69bmT020


「……yikes!?」


一度アトランタが気を抜いた瞬間、背後から激しい水飛沫がアトランタを襲った。
あれは…低空飛行の飛沫か!? どこにいたんだ?

「ふふ…少しは頭が冷えたかしら?」

「fxxk…あんた最初から…!」

「……私だけじゃないわよ?」

「…………!?……ぶっ!!」


びたああぁあん……と言う音ともにアトランタの顔面に貼り付いたのは、でかい昆布一枚。

それをぶつけてきた艦載機は…


「ふっふー、昆布だしのお味は刺激が強かったかな?
まあでも、『牛』には相性いいよねえ…?」

「づほ…。」


あのドタバタの隙に、一機逃がして昆布探させてたのかよ…ムカつきすぎだろ、怖ぇなぁ。

してやったりと言わんばかりに、二人は悪そうな笑みを浮かべてる。
一方のアトランタは…顔面に昆布貼り付けたまま、微動だにする気配も見せずにいた。

875 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:05:10.58 ID:I69bmT020


「…思った通りね。防空力は大したものだけれど、手元と足元はそれに釣り合っていない。
いい?アトランタちゃん。鳥は撃てば終わりだけれど…艦載機には空母と言う撃ち手がいるのよ?それに他の艦もいる。
上ばかり見ていれば、横から心臓を撃たれても仕方ないわ。

今のは飛沫と昆布で済んでいるけれど…実戦ならとっくに死体よ?
あなた、よく今まで生きてこられたわね。」

「同感ね。煽り耐性も致命的に低いわ。
単にムカついて吠えるだけなら誰でも出来る…その怒りを、どう確実に殺る為の思考に変えられるか。そう言う最後の冷静さが足りない。

アトランタちゃん、向こうじゃ随分周りに助けられてたんじゃない?
仮にも軽巡が前を不得手にしてるんじゃ、前衛じゃなくて浮き砲台だよ?」

うわ…ちょっと言い過ぎじゃねえ?
確かにど素人の俺からしても、前後は劣って見えたけどよ…。



876 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:08:06.49 ID:I69bmT020

「あー…先走っちゃったかー、あの二人。
後で僕から筋道立てて言おうと思ってたんだけどねぇ。」

「空手に置き換えると、気配の察知と動体視力の甘さ…って所ですかね。
ただ、アトランタの性格にあの言い方は…。」

「うん……ちょっとまずいかもね。」

現状の構図だけで言えば、イキった後輩が先輩にやられてる図だ。
元はと言えば、元カノキレさせたのはアトランタな訳で。

しかし、奴らはもうお釣りが来るレベルでアトランタを煽り返し、そして心身共にボコボコにしてる。


そんな中、元カノは更に口を開いた。

877 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:11:38.32 ID:I69bmT020

「……艦娘の先輩として言えるのは、ここまでね。
ここからは、個人的な話をあなたにさせてもらうわ。

所詮私はあの人の元カノ…しかも振られた身なの。
実際の所、あなたや他の子に対してガタガタ言う権利なんて無い…リョウが誰に選ばれるかも、誰を選ぶのかもね。

それでもね、あなたはちょっと許せないのよ…あなたと私は、よく似ているから。
人への甘え方も上手くなくて、その癖甘ったれで。
あの人はそれを受け入れてくれる度量があったから、ただ無理矢理縋りつこうとしているだけ。

ふふ…本当に、私達はよく似てるわ。
結局、自分の事しか考えていないもの…あなたも私も。
私のエゴだけど…少なくとも、2回もそんな女に引っかかって欲しくないの。

似た者同士としてはっきり言うわ。
あなたは私と同じで、リョウを不幸にするだけなのよ。」


…………!?

ショウノ…今、なんて…。


878 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:15:30.09 ID:I69bmT020


「………リョウ君、アトランタを見て。」

「……!」


怒りに震える気配もなく、アトランタは顔面の昆布を鷲掴み、海面に叩き付ける。
その時顕になった顔には、さっきまでの怒りすら見えないポーカーフェイスが浮かんでいた。


「shut the fxxk up…shit,so smells fishy…(うるさいな…ちっ、磯臭い…)

In short…『お前は自分と同じで、優しくしてもらえれば誰でも良かったんだろ?』って言いたいの?

ふー……そうだね…日本語でサゲマンって言うんだっけ?あたしらみたいなの。
確かによく似てるよ……Cognate aversion…ドーゾクケンオって奴?

だからムカつくんだよね…。
似てても他人…勝手に同じ道辿るなんて決め付けんじゃねえよ…!
あたしは冷めてるかもしんないけど…あんたみたいなウジウジした奴とは違う!!

kill you…old battleaxe of a fxxk'n cakeface!!」

雄叫びを上げ、初めてアトランタがその場から動いた。

機銃の持ち方を変えた……あの持ち方は…!
やべえ!!あいつ機銃で殴る気だ!!

879 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:17:04.83 ID:I69bmT020






「……old battleaxe…聞いた事があるわね。」





だがその緊張感は、元カノのこの一言で凍り付いた。






880 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:20:18.91 ID:I69bmT020


「………リョウ。あの子、何て言ったのか訳せる?」

「……要は、ぶっ殺してやるって事だよ。」

「…………。

ねえ……正 確 に 訳 し て も ら っ て い い か し ら ? 」

「…………。

……”ぶっ殺してやる、厚化粧のクソババアが“……だな。」

「ふふ…… そ う 。 」


その瞬間、あいつが見せた笑顔。
それはさながら、氷の女王と呼ぶに相応しい恐ろしさを放っていた。

唯一その空気に殺られていなかったのは、アトランタのみ。
怒りのままに突進するあいつに反し、元カノは笑顔のまま拳を握り、そして姿勢を下げた。

あいつは高校の頃から、大人びて見られるのを相当気にしてた…アトランタは間違いなく、踏んではいけない地雷を踏んだ。
俺の空手家の本能が告げる。渾身のカウンターの後、アトランタは数mは確実に吹っ飛ぶと。

艤装ありきでも、間違いなく歯と骨の4~5本は逝く未来しか見えない。
あと数秒…提督けしかけて止めさせる時間は無い……。


………ならば!!


881 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:22:40.84 ID:I69bmT020

「………ショウノ。」

「………何かしら?」

「……降参しろ。でなけりゃ俺と二人の時の事をここでばらす。」

「………ど、どう言う時のかしら?」

「………。

……部屋の中、或いは街中や学校。
屋内外問わず、とにかく周りの誰にも見られない、正真正銘俺と二人っきりの時のお前をだ。」

「……………。」


その瞬間。
元カノが耳まで真っ赤になったのを、俺は見逃さなかった。





「ま……参りましたあああああ!!!!!!」




はは…まさか水上土下座なんて、生涯の中で見るとは思わなかったよ…。



882 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:25:38.89 ID:I69bmT020

『………よう。』

『何?また監察?』

演習の片付けも終わり、アトランタの部屋に様子を見に行った。
不機嫌そうにベッドに不貞寝してたが、服装はホットパンツにキャミ。
もうタトゥを隠す気はさらさら無さそうだった。

『…………腐っても先輩だね、あいつら。
あたしの艦娘としての欠点、全部見抜かれてた。』

『あの後あいつらにも言ったけど、他に言い方あったろって思うけどな。キツすぎだよ。』

『……ううん。アレで良かったんだよ。
何かさ、ムショのババアに怒られてる時思い出した。
いつもぐうの音も出ないぐらい痛い所突かれて…でも、大体後でそういう事かって分かるんだ…ムカつくけどね。』

『………日本酒みてえなもんだよな。』

『あの二日酔いはキツかったよ。

ねえ……。』

『いって!?』

ベッドの端に座ってた俺の膝に、アトランタは思いっ切り頭を乗せてきた。
太ももに痛みが響くが、そんな俺を無視するように、こいつはそのまますがり付いて来る。

883 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:27:39.27 ID:I69bmT020

『…………ごめん。ショーカクの言う通りだ…。
一旦これでおしまい。だからその前に、ちょっとだけ甘えさせてよ…。』

『…………。』




………いや、あいつをそうさせたのは…。

変われてねえのは、きっとよ…。




『……リョウ。ここがお前の家だって言ってくれたよね。
じゃああんたから見たら、あたしはどんなポジション?』

『……すっげー手のかかる妹分。』

『…なるほどね。』

『………へ……!?』

完全に油断してた。
一瞬だったが、またしても強引に唇を奪われちまったんだ。


……こ、こいつ…懲りてねえ……。



884 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:34:13.81 ID:I69bmT020


「………I'm gonna be your lover someday.
And then I'll make you the happiest man in the world.

…So I'll let you off the hook for now.
You'll have to wait for them to shoot you down.」



「Good luck on that,genius.」(言ってろ、ばーか。)



885 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:37:39.43 ID:I69bmT020

………恋愛対象に無い奴を振り続けなきゃなんねえのは、変わんねえのか。
引き取ってくれる男が出てくるまで、この新しい妹分の面倒見なきゃなんねえな…。


『………ところでさ。』

『ん?』

『あんたと二人の時のショーカクって、実際どうだったの?』

『………。

…でかくて白い犬。』

『犬。』

『これ以上は黙秘な。』


…まぁ、言えねえよな。
誰もいなけりゃ本当にずーっと、抱きついてきたり手ぇ繋いできたりな甘えん坊だったとは。


886 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:41:03.49 ID:I69bmT020

「………おはよう、アトランタちゃん。」

「ショーカク…おはよ。」

次の日の食堂は、朝から緊張感が走っていた。

昨日の大立ち回りは皆の知る所、バトルが始まらないか身構えるのは当然か。
しかし俺や提督は、少しも心配しちゃいない。

「その…昨日はすみませんでした。センパイ。

えーと、コ、コンゴトモ、ブシド…no…!ゴ、ゴシドーゴベンタツ!!よろしくお願いします!」

「いえ…私の方こそごめんなさい。言い過ぎだったわ。
…大丈夫、あなたはきっと強くなれるから。」

「…ショーカク。」


……まぁ、少しは頭冷やしてくれたか。
ん…?何かアトランタの後ろに…。


「ほほーう?いい乳してるわねぇ…。」モニュンモニュン

「…ズイホー!て、てめえ…!」

「私も昨日はごめんね。あ、おっぱい揉ませてくれたから謝らなくていいよ。
昨日はぶつけちゃったけど、昆布って本当は美味しいんだ。

……昆布だしの卵焼き、食べりゅ?」

「……!…Taberyu!」

はは…卵焼き美味そうに食ってたもんなぁ。

づほの奴、わざわざ早起きして焼いてたのか。
……巨乳相手は若干態度ひねくれてる気もするけど。

雨降って地固まったと思いてえな。
後で提督に聞いたけど、艦娘の喧嘩に限っては俺ら呼ぶまでもなく、大体演習やらせれば収まるんだとか…道理で率先してた訳だ。
しかし憲兵としちゃ、ちょっと情けなくなる案件だった…。

あ、そうだ。仕事と言えば、今日は後でアレ書かねえとだ。
本当は昨日付けにする気だったけど、あいつらと仲直りするまで保留にしてたんだ。


『防空巡洋艦・Atlantaは監察解除に値すると本官は判断せり。』ってな。


これで晴れて、あいつも普通のここのメンバーだ。
もう札付きなんて言わせねえからな。


887 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:42:35.73 ID:I69bmT020



「翔鶴さん!さっきのどう言う事!?」


あの演習の後、私は寮の裏に翔鶴さんを呼び出した。

あの発言に、どうしても納得が行かない。
この時冷静さを欠いていた私は、思わず激しく詰め寄っちゃったんだ。


「どうって…そのままの意味よ?

本当はね…もう一度あの人の隣に並べるなんて思ってないの。」

「……どうして!?あんなに必死だったのに!!
……それに……リョウちゃんだって、きっと心のどこかじゃまだ…。」

「…………瑞鳳ちゃん、それ以上は言っちゃダメ。

…そうね、また今度飲みにでも行きましょう。
その時話してあげる……何で私が艦娘として戦場にいるのかもね。」


チビの私でも見えないぐらい俯いていて…垂れた前髪で、翔鶴さんの目は隠れてた。

口元には薄い笑み。
それは自虐的で、卑屈に見えて……私をキレさせるには、充分過ぎて。

「いい加減にしなさいよ……言え!!今すぐよ!!」

両手で胸ぐらを掴んで、激しく揺さぶる。
その時やっと翔鶴さんは顔を上げて、そこに見えたのは…。

888 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:43:39.51 ID:I69bmT020








「…………ごめんなさい。今は上手く、話せないの…。」






そう悲しげに笑う翔鶴さんの目からは、ぽたぽたと涙が流れていた。


889 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:45:44.49 ID:I69bmT020

「…………。」

「……お疲れ様。また明日ね。」


翔鶴さんもいなくなって、誰もいない寮の裏。
夕暮れの鬱蒼とした影の中で、私は呆然と立ち尽くしていた。


…思えば初めて、あの子の本音に触れた気がする。

頭の中が上手く整理出来なかった。
どうしたいのか、どうすればいいのか。それすらも整理出来ないまま。

普通に考えたら、あの子が諦めればライバルが消えるって事だ。
だけどこの時、私はとにかく納得出来なくて仕方がなかった。
あの子を殴ってでも、諦めるなとどやしつけてやりたくなった。


「…………っ!!」


気付いたら近くにあった電柱を、思い切り蹴飛ばしていた。
足裏のびりびりとした痛み。嫌でも目をかっぴろげたくなる脳への刺激。


そんな最中にあっても、胸につかえたモヤモヤは晴れてくれなかった。



890 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:52:25.80 ID:I69bmT020
大変お待たせしたアトランタ編もようやく終了。あえて訳してない英文は、どうしても気になる方は翻訳サイトへどうぞ。
ちょっとこの作品の辛い部分も出てきました。

次回は寒い時期になりそうですが、納涼と言えば…なお話の予定です。
891 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/09(水) 06:20:46.89 ID:mr6R6MEdO
おつう
892 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/09(水) 12:07:40.44 ID:Q6mvB37nO
おつおつ
893 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/10(木) 11:03:51.52 ID:VyKuDg07o
おつおつよー
894 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/10(木) 11:16:57.49 ID:uTJcGDsKo
895 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/29(金) 10:14:05.62 ID:08HxJyE9o
待つわ
896 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/02/12(金) 17:09:40.74 ID:kGyRhf4r0
作者、コロナでイッた説
897 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/21(日) 19:06:41.82 ID:iEx7fcoSo
898 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/07/17(土) 14:04:26.03 ID:yKEzjPov0
899 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/08/20(金) 02:27:40.37 ID:XIF9Yj5Q0
900 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/09/19(日) 19:57:30.14 ID:IK7Ahfm60
スパイクタンパク単体で心臓やその他臓器に悪影響を及ぼすことがわかっています

何故一旦停止しないのですか

何故CDCが接種による若い人の心筋炎を認めているのに情報発信がないのですか
20代はたった1ヶ月で接種後死亡がコロナ死と同等になってます
因果関係の調査は?
901 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/02(水) 22:10:12.27 ID:pFIuXi+uo
902 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/02(土) 00:54:32.86 ID:1Y/7oPbeO
もう3年も経つのかー…
完結しないまま終わるのは寂しいなぁ
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