【艦これ】ex.彼女

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265 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:21:45.27 ID:0ZeZi5buO

「じゃ、俺詰所戻るから。提督が戻ったら大淀さんって人が来ると思う。」

「うん、行ってらっしゃーい。」

づほと別れて一旦詰所に戻ると、眼鏡がいない。
どこ行ったー?と見回せば、机に書き置きが置いてあった。

『少々買い出しに行ってくる。』

ん?何か切らしたっけな?
で、よく見ると書き置きの下が不自然に折られてたんだ。そいつをめくってみると…。


『今夜はパーリナイ。』


この時俺は、何かを悟ったのである。

266 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:22:22.52 ID:0ZeZi5buO




第13話・卵、爛、乱



267 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:23:19.02 ID:0ZeZi5buO

「では、瑞鳳より挨拶をどうぞー。」

「軽空母の瑞鳳です!今後ともよろしくお願い致します!」

提督が戻ってくるなり当然のように始まったのは、歓迎会…と言う名の飲み会だった。

テーブルに並んだ酒は、眼鏡が軽トラ転がして買ってきたもの。
瓶ビールに混じり、何か日本酒、焼酎、カルーアと危険なスメルを放つ物も混じっている気がする。4月の歓迎会の時は無かったラインナップだ。

あれー…どれも過去にづほがやらかした種類ばっかな気がすんだけど…。

「……大淀さん、さっき加賀さんと何話してたんですか?」

「瑞鳳さんに飲ませない方が良いお酒についてですね。」

「……そのNGの方に沿ってるんですけど。」

「何か楽しそうな事を前にしての“絶対に押すなよ”って、壮大なフリですよね?」

「本当に押してはいけない場合は?」

「いいえ、限界です。押します。そちらの方が楽しいのであれば。」

「手拭いとドラム缶、準備しときますね。湯温は45℃で。
あんたの濁りきった心の眼鏡、しっかり洗浄して下さい。」

……ここのラスボス、提督じゃなくてこいつじゃねえか?

268 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:24:38.36 ID:0ZeZi5buO

「では、乾杯!」

不穏な物を感じつつ、酒宴は始まった。
頼むぜ、初日でヅホラは勘弁してくれよ…在来線爆弾の如く憲兵さん突貫とかシャレにならん。

まずは初対面の艦娘と積極的に話してるらしい。
元カノと妹はあいつの酒癖理解してるとして、後危険な奴らは……。

「ひゃっはー!!新人ー、あたしとも飲もうよ!」

…おっとやべーのが来た。
軽空母の先輩格…あ、早速注いでる…。

「これはどうも。いただきます…ぷはー…美味しいですね!」

「お、行けるクチだねー。」

あ、意外とガツガツ飲ませないのね…人には勧めないタイプか。
成る程、プロの酔っ払いって所ね。酒の加減を分かってる。
後もう一人、危険人物は…。

「あついですぅ〜」

「ポーラ!貴様は服を着ろ!」

はは…絡む前にアウトだよ。
OK、今日は心配なさそうだな。これならづほも羽目外す事はねえだろ……慣れてきてからが怖えけど。

「心配?」

「……まぁ、お前も知っての通りな。」

「そう……随分大事にしてるのね?」

「大事(だいじ)ってより、大事(おおごと)の懸念だけどな。
前んとこから頻繁にサシ飲みしてる仲だからな…親友であり、酔ったら手の掛かる妹って感じだよ。」

「……それ、瑞鳳ちゃんに言わないようにね。」

「何で?」

「刺されるわよ?」

「何でだよ…。」

づほを監視してるのを察したのか、元カノはそのまま他の奴の所へ行ってしまった。
さすがに大丈夫そうかな…そう思った俺も、ひとまず近くの奴らと飲み始めた訳だ。監視は緩めずな。

269 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:26:14.52 ID:0ZeZi5buO

15分経過

「きゃははははは!!」

笑い声が高くなる。まず危険ゾーン第一形態。

そこから15分経過

「私だってねぇ、×××酒出来るぐらいは生えてるよ!」

えぐい下ネタが出始める。ここで危険ゾーン第二形態。

更に15分経過

「ポーラちゃん…揉んでみてもいい?」

おっぱいマイスター出現。危険ゾーン第三形態突入。
そろそろやべえかな…ん?

「もしもし?どうしたお袋。」

止め時かと思った矢先、ここで親から電話。

それで廊下出て15分ぐらい話して、宴会してた部屋に戻る。
だが…づほがいた方を見てみると、どうもこの部屋自体に姿が無い。

「あれ?づほってどっか行った?」

「あ、キッチン借りるって出てっちゃいましたよ。おつまみ振舞いたいって。」



…………マジで?


270 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:27:13.23 ID:0ZeZi5buO

「憲兵さん、どうかしましたか?」

「………お前ら、今すぐ逃げるぞ。」

…何てこった…最悪の事態だ。ヅホラ第四形態すっ飛ばして、第五形態が覚醒しようとしてる…!
ああ、そう言えばさっきの荷物、調理道具に混じって何かヤバそうなのあったなぁ…。

「みんなー!お待たせー!」

はは…天使みたいな笑顔だろ?でも所業は悪魔なんだぜ。
づほが持ってるお盆には、皿が6枚…そこにあるのは『赤い』ブツ…。

そう、極められたスキルによって作られた、極めて美味しそうな卵焼き。
赤いと言う不自然ささえ超越する、見た者の食欲を刺激する完璧な焼き具合…。

…でもな、酔ってるづほのおつまみは…本当にヤバいんだよ…!!

271 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:28:45.62 ID:0ZeZi5buO

「みんな…私の作った卵焼き……食べりゅ?」

「「「食べりゅうううう!!!」」」

皆さん、逃げりゅと言う選択肢は無いんでしょうか?
ありゃトマトかケチャップ混ぜ込んでるな…でも本当にやべえのは…。

「翔鶴さん、食べてみてー。」

「いいの?じゃあお言葉に甘えて…。」

皆美味そうなもんを見る目だ…止めらんねぇ…。
6カットが6皿…確率36/6……不幸体質のあいつが引く確率は…。


「モグモグ……ふふ…。


何で…私ばっかり……。」

「翔鶴姉!?」


ドサ…と力無く元カノは倒れた。
唇パンッパンに腫れてやがる……当たり引いたか…。

そうだ、前んとこではづほだけ『飲んだら料理禁止』ってルールが出来たんだよ…。
……これがロシアンたこ焼きならぬ、ロシアン卵焼きだ…!!

272 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:30:47.12 ID:0ZeZi5buO

「ふふ…確率36/6でこれは当たりがあるの。飲みの余興には持って来いってね。
他はケチャップ入りの美味しい卵焼きだよ?」

「へえ、面白そうだねー。」

「ああ、実に面白そうだ。」

食い付くのかよ!?
ああもう、つくづくイカれてやがるぜここの連中はよ…!

「……なぁ、づほ。今回は何入れた?」

「えっとねー、ウルトラデスソースでしょー。それとね、ジョロキアパウダー!」

「……因みに、ジョロキアは普通の?」

「勿論ブートの方よ!辛いは美味い!」

甘いのと辛いの両方行ける奴、たまにいるよね…。
づほはまさにそのパターンで、スイーツ好きでもあり、一方でカップの担々麺にデスソース掛けて食う女。

「ふふふ…ではこの磯風に任せてもらおうか。」

バカが来たよ!!

おい未成年、お前さっきからジュースだけのどシラフだろ。
また豪快にフラグ立てたな…躊躇いもなく掴んで…逝った!!


「……ふむ、大した辛さではないな。」


あれ?


273 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:32:03.71 ID:0ZeZi5buO

「……なぁ磯風、お前味見って覚えた?」

「勿論だ。この磯風、同じ失敗はしない。
最近また研究していてな…今度は約束通り、美味いものを兄ぃとあなたに振舞えるぞ。」

……意外な所で危機が発覚。こいつ味オンチか。
じゃあこの前のアレ、そんなんでもブっ倒れるブツだったって事か…う、思い出すとケツが痛ぇ…。


「ねぇ、__…。」


あまーい声の方に振り向くと、俺の目にはまず赤が飛び込んで来た。
その延長線上をなぞると……。


「私の卵焼き、食べてくれりゅ?」


茶髪の悪魔が、天使の笑みを浮かべておりました。


274 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:34:12.62 ID:0ZeZi5buO

疑問形じゃなく、懇願で来ましたか…。
拒否れねえ…酔ってるづほ相手に拒否ったら、泣く悪寒しかしねぇ…。

恐る恐る箸を伸ばす…気付けば半分近くに減ってるが、当たり引いたのは元カノと磯風のみ…。
現在確率は18/4、行けるか…行けんのか…!?

震える箸先は卵焼きを掴む。
何てスロウな世界なんだろう、今まさに俺は単騎で戦艦に立ち向かう駆逐艦の如し。
さぁ…箸が卵焼きを持ち上げ……

……ふ、二つ繋がってやがるだと…!?

ああ、こんな所で酔っ払いの雑な包丁発揮。
なのにづほは甘える猫の如く期待のこもった視線。
うん、何かもう辛い!漂ってくる匂いが痛いぞ!これ当たりじゃん!シャッフルしてる意味ねえじゃん!


「………食べて、くれないの?」


小首を傾げんじゃねえ、周りの視線が痛えじゃねえか…。
さっきまで電話してたディアマイマザー…先立つ不孝をお許し下さい。


「た、食べりゅううううう!!!」


この後、辛さ故に寒さを感じる貴重な体験をいたしました。
最終的にほぼ失神し、後の事は目覚めるまで覚えておりませんでした。

275 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:35:31.01 ID:0ZeZi5buO

俺は霊感持ちですが、この時成仏したはずのおばあちゃんが見えました。
川の向こうでまだ来るなと叫ぶ声に素直に従い、目覚めたらそこはづほの膝。

づほは酔っ払って寝ておりましたが、どうやら俺は甘えるような体勢で横になっていたようです。

起きて最初に目が合ったのは、それを見ていた元カノ。
視線だけで先ほどの川へ還ってしまいそうになりました。うわあ、幽霊より怖えや。

そんな幽霊より生身の方が怖えと常々思う俺ですが。
この後日、この霊感のせいで再び大変な目に遭うのでした。

その過程で、眼鏡こと憲兵長の秘密を知る事となるのです。
ついでに、馬鹿は死んでも治らないという事も学習するのでした。

それと…艦娘を守る憲兵としての心意気を、改めて学ぶ事にも。




追伸

翌日、遂に痔主デビュー致しました。




276 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/01(水) 03:39:08.72 ID:0ZeZi5buO
今回はこれにて終了。次回はまたいずれ。
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 06:52:19.30 ID:UjURNjs7O
蘭子「混沌電波第178幕!(ちゃおラジ第178回)」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1532984119/
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 07:14:14.91 ID:KLKxUwLW0
乙!
つボラギノール
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 08:58:32.27 ID:Jn1+vy0OO
乙!
(分数って分子/分母じゃないっけ)
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 10:36:25.87 ID:vwDJZ8EhO
乙w
最高www
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 13:25:31.55 ID:LyHLSh2A0

楽しみにしてます
282 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:13:53.88 ID:FNcDH7ajO

「……はぁ…。」

俺のケツにはドーナツクッション…ならぬ、通称浮き輪さんと呼ばれる怪しいものが敷かれている。
とある艤装建造の過程で出来た副産物らしいが、何でも元は深海のなんだとか。
妖精が悪ノリで作ったなんて噂もある。

分析してみてもただの浮き輪だったらしいが、手足やツノが生え、口も付いてる何とも言えないデザイン。今にも喋り出しそうだ。
先日痔主デビューしちまった俺は、注文したクッションが届くまでこいつを使う羽目になった。

本日は事務作業多め。
現在俺は、そいつを敷いて眼鏡と二人で仕事をこなしている。

283 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:15:06.07 ID:FNcDH7ajO






第14話・仄暗い水の底から来たる奴-1-





284 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:17:21.92 ID:FNcDH7ajO

「……さて、休憩にしようか。」

「あれ?もうそんな時間ですか?」

時計を見れば、もう15時だ。
午後休憩はいつもコーヒーでも飲みつつ、眼鏡と取り留めも無い話をして終わる。

「くくく、座り心地は快適そうだな?」

「冗談じゃねえっすよ。今にも動き出しそうで気持ち悪いです。」

「まあ、クッションが来るまでの辛抱だな。当面はそいつで耐えるしかあるまい。」

「お陰さんで通院に時間取られて、こっちの道場決まるのが伸びそうですよ。なまっちまう。
あ、磯風が新作の研究してるって言ってましたよ。その暁には、憲兵長も俺の苦労が分かるんじゃないですかね。」

「大丈夫だ、もはやあの子の料理で私の腹は鉄壁、せいぜい下す程度だ。
あの子が幼い頃から喰わされて来ているからな。」

「誇る事じゃないでしょう。」

座り心地自体は悪かねえが、とにかく落ち着かねえ。
ストレス溜まるぜ、道場行きてえなぁ……あ、そう言えば眼鏡に訊いてみたい事あったんだ。

285 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:18:34.03 ID:FNcDH7ajO

「そう言えばちょっと訊いてみたかったんですけど、あんたの強さの秘密って何なんですか?」

「私か?年の功と言う奴だ。」

「28で何言ってんすか。もっと具体的には?」

「…柔術を小さい頃からやっていたが、そこに軍式格闘術を加えただけさ。貴様も似たようなものだろう?」

「それだけですか?にしちゃあやたら強いですけど。」

「正確には、貴様とは育ちが違うからな…私は元・陸軍特殊部隊だ。」

「特殊部隊!?エリート中のエリートじゃないすか!?何でまた憲兵に…。」

「………聞きたいのか?」

この時初めて、眼鏡のバツが悪そうな顔を見た。
こいつがこんな顔するって、何なんだ?


「そうだな……私の個人的な話にはなるが、憲兵としての参考にはなるだろう。」


触れるべきか迷ってる内に、眼鏡はふー、と一息吐くと、ぽつぽつと話し始めた。


「……私の、昔の女の話さ。」

286 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:20:19.35 ID:FNcDH7ajO

私が軍人になりたての頃か。

その当時はまだ新兵、今後どうなりたいかもおぼろげな頃さ。
最初に配属された部隊で、ある女に出会った。

「君も同期でありますか?よろしくお願いするであります。」

「ああ、よろしく。」

「ふふふ、何とも辛気臭い面構えでありますなぁ。まあ肩の力を抜いて、酒でも飲むであります。」

「何だと貴様。」

真っ白な肌に、古臭い軍人言葉。そのくせよく毒は吐く。
変な女と言うのが第一印象だったな。

「__!!このスピードでは弾道がブレるであります!!」

「馬鹿者!!そこを見極めるのが砲手だろう!?」

「おめーら車長の俺を無視すんじゃねえ!!」

最初は戦車の訓練でコンビを組まされたが、しょっちゅう喧嘩ばかりしていたよ。
車長の教官によくゲンコツを喰らっていたものさ。

287 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:22:36.31 ID:FNcDH7ajO

最初は喧嘩ばかりだったが、その後も様々な訓練でコンビを組まされた。
野営に格闘術、果ては座学に至るまで。事あるごとに顔を合わせては、お互い遠慮の無い関係になっていった。

「__は、どうして軍に入ったのでありますか?」

「そうだな…ただの腕試しさ。自分がどこまでやれるか知りたくてな。」

「くくく、あなたらしいでありますなぁ。」

「そう言う貴様はどうなんだ?」

「自分でありますか?

そうですなぁ……人を守る職に就きたかったからであります。
我々の仕事は、もしもの際に戦う為だけでは無い。
災害、大事故…そう言った有事にこそ、力を尽くしたいのであります。人の笑顔の為に。」

「…………意外と、まともなのだな。」

「意外は余計であります。」

それまで馬鹿な所しか知らなかったからな、面食らったものさ。
それと同時に……力だけを求める自分の在り方に、疑問を持った。

288 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:25:05.73 ID:FNcDH7ajO

どうしてそうなったのかなど、もはや些事だった。
強いて言うなら変わり者同士、何か通じるものがあったのかもしれない。
その後私とその女が恋仲になるのに、あまり時間は掛からなかった。

それと同時に、私には夢が出来た。

特殊部隊の隊員となり、有事の要となる。
まだ今の戦いが始まる前の話、当時はそれが人を守る為に力を使う事だと思ったのさ。


「……特殊部隊、でありますか…。」

「ああ、試験を受ける事にした。人を守る為に俺に出来る事は何か、それを考えてな。
…少しの間、お前と離れる事になる。」

「………大丈夫であります。やるなら頑張るでありますよ!応援してるであります!」


私はまだ若く、無謀な挑戦だと誰もが思った事だろう。
だが、その後難関である試験を突破し、晴れて特殊部隊の所属となれた。史上最年少の快挙だ。

東京の所属となり、奴とは遠距離恋愛になった。
それでも出来るだけ休暇の度に会いに行き、その度濃い時間を過ごしたものさ。

……奴はな、その頃引退も考えていた。つまりはそう言う事だ。

だが……特殊部隊としての私の出番は、とうとう来なかった。
今の戦い…深海棲艦との戦争が起きてもな。


貴様もよく覚えているだろう?あの頃の絶望的なニュースの数々を。
艦娘が戦力として公にされるまで、世界中が絶望に包まれた頃だ。

海での重火器による、未知の怪物との戦い。
『対人間相手』のエキスパートである特殊部隊には、成す術など無かった。作戦への参加すら出来なかったのだからな。


そしてある日、あの報せが来る。
俺が、最後に奴に会った日だ。

289 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:26:30.05 ID:FNcDH7ajO

「……本気なのか?」

「……本気であります。艦娘…女にしか出来ない事ならば、今こそ自分が動くべき時。
適性が出たならば、自分は海軍へ出向するのであります。」

「……ならば、俺は憲兵隊へと転属する。せめてお前達の日常だけでも…!」

「…ダメであります。」

「……!!」

「有事の今こそ、国家や街を狙うテロリスト共が動きかねない。
自分は海を、あなたは陸を。守るべきものを守るのであります。
それが人々を、ひいてはこの世界を守る事なのであります。

……大丈夫、必ずあなたの元に帰るから。」

「……分かった。“__”、必ず戻れ。」

「……ええ、必ず。」


そして奴は適正を得て、艦娘となった。
『揚陸艦・あきつ丸』、それが艦娘としてのその女の名さ。

290 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:28:37.43 ID:FNcDH7ajO


その後どうなったかと言えば……死んだよ。あっさりとな。


当時は開戦したて、艦娘はどの国も実戦投入の経験が無かった。
故に、まだ戦闘の定義など未知数だった…その時敵が初めて使った兵器にやられてな。

遺体と対面こそ出来たが、随分な火傷を負っていた。
最後にあいつを抱いた時のぬくもりも、その後遺体と交わした口づけの冷たさも、よく覚えている。

あいつの僚艦と会う機会があってな、今際の際の言葉を教えてくれた。



“最期に一目、会いたかったでありますなぁ”



…そんな事は、私も同じだったよ。


291 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:30:38.74 ID:FNcDH7ajO

……どれほど敵を憎んだろうな。

性器を切り落としてでも艦娘となり、奴らを皆殺しにしてやろうか。
或いは腹に爆弾を巻いて突っ込んでやろうか。

そんな事ばかり考えていた中で、私は一つの答えを見付けた。

時に共に笑い、時に正し、時に地上での悪意を退ける。
戦えぬのなら、彼女達の帰るべき場所で日常である、この陸を守る事。
それが私の戦争であると捉えたのさ。

その後私は特殊部隊を辞し、憲兵隊へと転属した。
故に本部付きでもない、地方のしがない憲兵長に収まっていると言った所だ。

…今でも時折突堤に立つと、あいつが帰って来るような気がするんだ。
出撃する様など、見た事も無かったのにな。

あの時振り切ってでももう少し早く憲兵となっていれば、せめて母港で迎えてやる事ぐらいは出来たのかもしれない。
そう思うと、やり切れぬものはあるよ。

292 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:31:33.45 ID:FNcDH7ajO

「グスッ……憲兵長……。」

「瑞鳳君の誘拐の件もそうだが、所詮彼女達も、艤装を外せばか弱い乙女さ。
日常である陸の上では、守る存在が必要だ。

私の考える憲兵の存在意義とは、そんな彼女達の笑える場所を守る事。それが私の信念であり、この職務への魂だ。
そこへの嘘偽りは無いんだが……。」

「………へ?」

「………しかし、恋人の話は全部嘘なのだ。」

「俺の涙を返せ!!」

「ぶぼぁっ!?」

「んの野郎〜…あったまきた!警邏行って来ます!しばらく反省してろボケ!!」

293 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:32:29.71 ID:FNcDH7ajO









「…ふー……嘘を嘘と見抜けん内は、まだまだだぞ?小僧。」







294 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:34:43.18 ID:FNcDH7ajO

あー…ムカつくわあいつ〜。

イライラしながら警邏に出てる内に、外は夕暮れに差し掛かっていた。
今いるのは倉庫の裏手、日頃人通りの無い場所ではあるが、ここも見ておかないといけない。

んー?何だありゃ?
ああ、幽霊か。早い時間にご苦労様なこった。
いつの時代だよ…随分古臭い軍人ルックに、ミニスカの女…。


……ミニスカの女!?


その不自然さに気付いた時には、もうその幽霊はいなくなっていた。
だが……じわじわと、しかし確実に何か音がするのがわかる。


“とーりゃんせー…とーりゃんせーー…こーこはどーこのほそみちじゃ……”


ガキの頃以来の感覚に、全身が泡立つ。
そうだ…俺程度の霊感でここまではっきり聴こえて、尚且つ積極的にコンタクトを取って来る…。

やべえ…悪霊だ!!

除霊出来る隼鷹も、こんな場所にはいない。
歌声がどんどん近くなる…やがてそれが耳元まで迫り、思わず目を閉じた時。



「君、自分がわかるのでありますな?」



肩に生々しい手の感触が走った瞬間、俺は遂に死を覚悟したのだ。

295 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:37:00.74 ID:FNcDH7ajO

「お、お前は何だ…?」

「ほう…話も出来るのでありますか。
安心するといいのであります、何も取り殺そうと言うわけでは無いので…自分は君の先輩でありますよ?」

軍帽の下には、病的に白い顔。
不敵に笑うそいつは、自らの名を俺に告げた。



「自分はあきつ丸。生前は艦娘だった者であります。
君の霊感を見込んで、一つ手伝って欲しいのでありますよ。」



こんなホラーな出会いだったが故に、恐ろしい目に遭う事しか想像出来なかった。

まあ、恐ろしい目に遭うのは変わらない。
ただし……例の如くの大騒動になるとは、この時の俺は知る由も無いのであった。

296 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/02(木) 21:39:23.04 ID:FNcDH7ajO
今回はこれにて。次回より、いつもの感じになります。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/02(木) 21:59:51.89 ID:rVyMfzxno
おつりんこ
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/04(土) 11:30:28.61 ID:mekn4xlA0

期待して待つ
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/05(日) 12:50:46.82 ID:fs3Ch2k2O
伝説級のホラー童謡、能登麻美子のとおりゃんせじゃねえかw
かごめかごめも歌われたら命吸いとられるぞw
300 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:34:45.27 ID:cwUSskD70


「……死んだ艦娘が、憲兵風情に何の用だ?」


目の前の幽霊は、さっきの話とぴったり符合する存在だった。
眼鏡の野郎…ありゃ本当の話だったのか。

でも、見えるだけの俺にこれだけ接触出来るって事は、間違いなく悪霊の類。
どうする?最悪寮に駆け込めば隼鷹が…!

「ふふ…正確にはあなたの上官に用があるのでありますよ。」

「…あいつを取り殺そうって魂胆か?ここにゃ正真正銘の霊能者もいる、あんまりはしゃぐと飛んで来るぜ?」

「くくく……彼女とは話は着けてあるのであります。
“好きにしな、代わりにあたしは一切協力しない。”と言っておりましたなぁ。それと…もしもの時はあなたを頼れと。」

「……な!?」

あいつ、何で…!?

このぞわぞわとする感覚…かなりの力を持った奴か?
そうだ、一か八か、昔教わった印呪を…!

「おっと…そんな危なかっしい手付きはやめて欲しいですなぁ。」

「……!?」

手が動かねえ…!?クソッ、手だけ取り憑かれたか!

「……あまり乱暴な事はしたくないのであります。
大丈夫、少し“キョウ”と話をしたいだけですから……そこを何とか。」

その時見えた顔と眼鏡の名を呼ぶ声に、俺は切実な物を感じた。
昔助けてくれた霊能者に言われた事がある。どれだけ困っていても、幽霊に手を貸すのは厳禁だと。

でも……


“最期に一目、会いたかったでありますなぁ…。”


眼鏡の話に出てきた、こいつの最期の言葉。
そいつがふと頭を過ぎった時、俺は……。


「……分かった、危害を加えねえって条件なら話は聞いてやる。」


どうしても、完全に拒絶する事は出来なかった。

301 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:36:01.41 ID:cwUSskD70




第14話・仄暗い水の底から来たる奴-2-



302 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:36:55.72 ID:cwUSskD70

「…あんたがあいつの言ってた女か……で、どこから見てた?」

「…ずっと、キョウのそばにいたのであります。
さっき、キョウが自分の話をした時も。」

「……待て、ずっとって事はアレか?サンマ霊の時もか?」

「………さっき、君の手を固めたでしょう?本当はアレが自分の全力であります。普段は霊視されない事だけで手一杯なもので。
そうですなぁ…悪霊と呼ぶには、自分はいささか恨みが足りないようで。未練の強さ故の、半端に強力な霊と言ったところでありますな。
くく…でもあの夜は面白かったでありますよ?キョウはアレで感情豊かな男でありますから。」

「ぶっ飛ばされた身にもなってくれよ…。」

「ただ、ある艦娘が自分を見て腰を抜かしてしまったようでありますな。顔は分かりませんでしたが。
霊視避けが甘かったようで…アレは悪い事をしてしまった…。」

「……それ、多分俺の元カノな。ストーカー気味の。」

「なんと。その件はキョウのそばでよーく見ていたのであります。ほほーう、罪な男ですなぁ?」

「塩撒くぞてめぇ。
…でもあいつ、今はしょっちゅう女摘み食いしてる身だぜ?話したいって言っても、もう吹っ切られてりゃしねえか?」

「……その件も、よく知っているのであります。
時折こっそり自分の写真を見ては涙を流し、ふらりと街へ出ては知らぬ女に声を掛ける。
キョウは、自分以来恋人を作っておりませぬ。人肌恋しくもなりましょう、忘れてしまえば良きものを…。

ですが……そうして知らぬ女とまぐわう様を見てしまうと…その…。」

一瞬俯く様に、地雷踏んじまったかと我に帰る。
まずったな…それで謝ろうかと思った時。


「…………ものすっごく興奮してしまうでありますなぁ!!」ハァハァハァハァ


あ、こいつ間違いなくあの眼鏡の女だわ。
変態だ。ものすっごく変態だ。

303 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:37:48.69 ID:cwUSskD70

「………引くわー…。」

「おや?寝取られ趣味はお持ちでないようで?
生前キョウには黙っていたのでありますが、もし浮気していたら現場を覗き見したいと常々…。
大丈夫、実際の我々の夜の生活はそれはそれは濃厚な愛の……。」

「いや、ほんと黙れお前。とりあえず黙れ。な?」

聞きたくねえよんなハードコアなナイトライフ。

はぁ……さっきまで身構えてたのがバカバカしくなって来た…。
まあ、何すりゃ良いかは何となく分かった。用が済みゃこいつもどっか行ってくれんだろ…。


「…じゃ、行くか。」

「どこへでありますか?」

「決まってんだろ。お前の眼鏡の王子様んとこさ。」

304 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:38:42.61 ID:cwUSskD70

「戻りましたー。」

「おかえり。頭は冷えたか?」

「あんたはずっと沸きっ放しですね。」

ったく…呑気なもんだぜ…。
照れ隠しか知らねえけど、こっちはご本人様経由であんたの嘘を知ってんだからよ。

あきつ丸の力で、こっちはテレパシーでやり取り出来る。
問題は……さて、このバカにどう気付かせようか。

“あきつ丸、霊力を俺に送れるか?”

“可能だとは思いますが…どうするのでありますか?”

“前の幽霊騒ぎの原因は、俺の霊力の暴走だ。ちょっと分けてもらえりゃ、このバカに見せるぐらいは出来るかもしれねえ。”

“やってみるのであります…!”

さて、後はそれとなく眼鏡に触れれば見えるはず。
そうだな、机の対面にいる今なら…。

「…っと、失敬。ペンが…。」

ペンを転がしたフリして、それとなく手に触れる。
後は俺がケーブル代わりになって、眼鏡にあきつ丸が見えるって寸法だ。

…さて、感動のご対面かな?


「………キョウ。」

「……アキ!?」


よっしゃ見えたか…これで眼鏡の目にも涙だ。
くくく、貴重な瞬間しっかり確認してやるぜ……ほれ、こんな白目剥いて…。

……って、白目?


「……………オバケ。」


バターン、と派手な音と共に、眼鏡は椅子ごとぶっ倒れた。

前んとこに朧って奴がいてな、朧には相棒がいた。
カニさんって言うんだけど…ふと思い出したなぁ。

うん…だってすっごい泡吹いてるもん。眼鏡。


305 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:40:07.73 ID:cwUSskD70

あ、あはははは……そういやこいつ、幽霊ダメだったな……。」

「……自分も浮かれてて、忘れてたのであります。」

「……因みに何でこんな強いのに、幽霊ダメなの?」

「物理で倒せない存在とかあり得ない、と言っておりましたなぁ…。
昔冗談でわらべ唄を歌ったら、発狂したのでありますよ。」

「基準そこか。」

「………は…試しに…。」


……これ、詰んでね?

どうしたものかと椅子に座り、手は無いものかと考えてみる。
ん?何かケツがもぞもぞすんなぁ…。

“どくのであります!苦しいのであります!”

“人が考え事してんのにどこ行ってんだよ?大体どくってどこに…”

“お、重…死ぬ……ど、どけと言っているでありましょう!?”

「づあだあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!???」

「何だ!?」


丹田が放つ一世一代の叫び。

痔主が大痔主に出世しそうな激痛がケツに走り、思わず視界がビッグバンだ。
頭蓋で鼓膜が自爆しそうな大音響、流石に眼鏡も飛び起きた。
朦朧とする視界の中、後ろを見るとそこには…

カンチョーのポーズでどっしりと立つ、浮き輪さんがいた。指から煙を上げつつな。

306 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:41:25.87 ID:cwUSskD70

「……あ°がっ……おふぅ……!!」

“はぁ…はぁ……潰れるかと思った…。
こ、この面妖なクッションに取り憑いたのであります…。君が早くどかないから…!”

「て、てめえ…俺は痔主なんだよ…!」

「………その浮き輪は、何だ?」

「……あ、あんたの昔の女だよ…今浮き輪に取り憑いてる……これなら怖かねえだろ…?」

「…………アキ!!」

“キョウ!!”


えー、感動的な光景に見えそうですが、ここで状況を整理しようか。

まず、目付きの悪い眼鏡が愛おしげに浮き輪を抱き締めてる。
浮き輪(中身はあきつ丸)は、短い手をひょこひょこと一生懸命動かしている。正直動きが虫のようだ。

で、その横。
俺は這いつくばってケツから煙を吹きつつ、脂汗をかきながらそれを見ている訳だ。

………何だこの光景。


「……アキ、ずっと会いたかったぞ!!」

“キョウ…この日を待っていたのであります!!”

………鬼の目にも涙、かぁ。

ま、こんな事があってもいいじゃねえの。
さーて、お邪魔虫は少し席を外して…。


「………浮き輪にも、穴はあるんだよな。」

“……キョ、キョウがそれでいいなら、自分は…。”

「…待てやコラァ!!」

「ほぼぁっ!?」


我ながら、見事な延髄切りだったと思う。
そうだ、こいつら重度の変態だった…。


307 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:42:30.32 ID:cwUSskD70

「…な、何をするのだ…!」

「こっちのセリフだ馬鹿野郎。憲兵が詰所でお縄とかやめろや。
……ところで、声は聞こえてます?」

「………いや、声は聞こえないな。」

“……そうでありますか。”

……二人の声が分かるのは、俺だけって事か…。
この際だ、何とかしてやりたい。幽霊体だと眼鏡が本能的にぶっ倒れる…じゃあどうしよ


う?


おや、俺の意識と関係なく足が動くぞ?
てくてくと眼鏡の方へ……。


「……キョウ。」(憲兵ボイス)


……待て、何で俺は慣れ親しんだこの低ーい声でこいつの名前を呼んでんのかなぁ…?


“…あきつ丸、今どこにいる?”

“自分、あきつ丸。今あなたの体にいるのであります。”

“何故に?why?почему?Perché?”

“……どうしても、話したいのであります。”

"だったら意識まで乗っ取れや!?”

“いやー、自分、そこまでの力は無くて…”

"おい!?”

308 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:43:52.88 ID:cwUSskD70

「…ずっとあなたのそばにいた…どれほどあなたが自分の事を想ってくれていたのかも見ていた…。
でも…早く忘れるのであります。あなたには未来があるのだから。」

「……アキ。」

「……らしくないですなぁ、説教なんて。言いたい事は、こんな事じゃないのに…。」

「……俺は、ずっと悔やんでいた…あの時少しでも、お前のそばにいられたならと。
……大切なものを守るどころか、近くにいる事さえ…!」

「……ここは、良い鎮守府でありますな。
ひとたび戦地から戻れば、皆笑顔で…本当に楽しそうであります。
それをあなたが陰で支えてきたのを、ずっと見ていたのでありますよ。

だから…もう自分を許してあげて欲しい。」

「………アキ。」

「キョウ……愛しているであります!!」(憲兵ボイス)


あ"ーーーーーーーっ!!??

お、俺の声で何言ってくれてんだおい!感動的なセリフが台無しだ!
待って…この流れ……あきつ丸、何故しゃがむ?

共有する視界に近づくのはツリ目とレンズ…そしてつまりその動作の解とは…!!






『ぶちゅううううぅぅん………』






はは……すげえや……人って、魂だけでも気絶出来んだな…。

生々しい野郎同士のあまりのあまりにもな感触に意識が遠のく。
瞼を閉じるかのように意識がフェードアウトして行く中、俺の目にはある光景が映っていた。


眼鏡も……ゲロ吐いて倒れてんじゃん……。


309 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:45:21.84 ID:cwUSskD70

「いやー、昨日は話せて良かったであります。感謝感謝!」

「感謝じゃねえよ馬鹿幽霊。流石のあいつも、キスの瞬間の記憶飛んでたぞ。」

「………ふふ、思い返すとホモも悪くないでありますなぁ。」

「大丈夫だ、お前はもう性根が腐ってる。この性癖キツキツ丸。
あの後気絶から覚めて、真っ先に吐いたからな。どうしてくれんだこのトラウマ。」

「……自分にとっては、良い思い出でありますよ。
体を借りたとは言え、もう一度キス出来たのでありますから。」

「……は〜…ったく、こっちゃ損ばっかだっての。」

………ま、人助けだと思えば悪い気はしねえか。

寮の屋上で話しながら、ぼんやりと中庭を見ていた。
笑い声に、楽しそうな皆の姿……なんて事ない日常だけど、皆いつも、戦地から戻った上でここにいる。
こうして見れば、皆普通の女の子だけどな。

……初期に比べれば、戦況はとても良いと聞く。
でもこいつみたいに、生きて帰ってこれない奴もこれから出るのかもしれない。

日常を、笑える場所を守る……か。
そうだな、ただ鎮守府の治安を守るのだけが、俺達の仕事じゃねえ。

「お前、これからどうすんだ?」

「そうですなぁ、何でか成仏も出来なかった訳でありますし…しばらく、幽霊らしくふらふらしてみるのでありますよ。
キョウの事も、まだまだ心配でありますし。」

「……そうか。クッションも届くし、あの浮き輪ならもう空いてるぜ。浮遊霊に飽きたら使えよ。」

「……ふふ、そうするであります。」

「おや、先客は『お二人さん』かい?」

「……隼鷹。」

「……隼鷹殿、感謝するであります。」

「あたしは何もしてないってーの。礼は憲兵にだけ言いなよ。
……少しは気は晴れたかい?」

「ええ、少しだけ。でも、まだまだあの馬鹿は心配ですなぁ。」

「……そこであたしの出番、だろ?」

「ふふ……どうか、頼むでありますよ。」

「頼まれなくても適当にやるよ。あたしはそんなに良い人じゃないからね。
……死人とは言え、あんたに手なんか貸すかっつーの。だから憲兵紹介したんだよ。」

「ん?俺?」

「……女の嫉妬の怖さは、あんたも翔鶴でよく知ってるだろ?
ま、ここからは『生者』に任せな!じゃーあたしは飲みに行くから!」

「ふふ…頼もしいでありますなぁ。」

「はぁ……あいつ、そういう事か。押し付けやがって。」

くく…飲んでもねえのに真っ赤でやんの。
まぁあれぐらいガサツな女の方が、眼鏡みたいな奴には良いのかもな。眼鏡が振り向くかは置いといて。

「あきつ丸……あら、いねえ。」

ぼんやりと座るベランダに、一陣の風が吹いた。
夕暮れ時のオレンジの中、何とも落ち着くような、ぽっかりとしたような。

そんな不思議な時間に、しばしぼんやりと浸っていた。

310 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:46:27.23 ID:cwUSskD70

……とか感傷に浸ってた時期が、俺にもありましたとさ。
溜息止まんねえ…その理由はと言えば…。


「あきつ丸ー!あれやってー!!」


声が掛かると同時に、浮き輪さんがしゅたっと起き上がる。
結局あれから数日もしない内に、あきつ丸は浮き輪さん経由で存在をアピールし始めた。

曰く、ヒマすぎるからと。

隼鷹と俺で中身について説明をし、そこからは一瞬で鎮守府内のマスコットと化してる始末だ。
あの提督と秘書艦コンビの後押しがあったのは言うまでもない。

“ふふ、駆逐艦達の相手をしていて思いますが、幽霊も悪くないでありますなぁ…。”

“さっさと成仏してくれや…知り合いの霊能者呼ぼうか?”

“その時は全力で戦うでありますよ。
キョウが本当に立ち直る日まで、自分はこうして見守るのであります。”

「……アキ、またここにいたのか。」

「………。」ポスン

ものは言えねえけど、嬉しそうに膝に乗っちまう辺り、どっちもまだまだだろうな。
まぁ…浮き輪さんを愛でる眼鏡、シュール極まりねえけどよ。

「……あきつ丸ぅ…そろそろ成仏するかい?」

“げ!逃げるであります!!”

「待ちなコラ!
……ったく、あんにゃろう。」

「まあまあ、あいつもここが気に入ったようだからな。気が済むまで置いてやろうではないか。」

「良いのかい?あんたの元カノ成仏出来てないんだよ?」

「……私次第、という事だろう。」

「けっ…まあいいや。憲兵長、た、たまにはあたしと飲むかい?」

「……そうだな。一献付き合わせてもらおうか。」

「へへ…そうこなくちゃ!」

色々と、まだまだ時間掛かりそうだな。
でもそんなもんでいいだろう。ゆっくりと進むのを願うぜ。

今回の事は、相当学ぶ事は多かったな…。
さて、明日からもまた頑張ろう。

311 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:47:17.20 ID:cwUSskD70

…で、その後の一件なのですが。
守らなきゃいけない方と一悶着起こるのでありました。

艤装装着時の怪我なら、艦娘は入渠や修復剤で治る。
ただ、裏を返せばそれ以外の時は効かない。例えばプライベートで重症負ったら、勿論入院コースな訳だ。

この数日後、俺が来る前に『ある怪我』で入院してた奴が帰って来る訳で。
まあ、何と言うか……

時雨どころか土砂降りなドタバタ劇が、俺と眼鏡を襲う事になるのだった。


312 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/06(月) 01:47:56.83 ID:cwUSskD70
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 07:41:10.93 ID:XqGAZQBG0
興奮するでありますなぁ
あきつ丸www
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 08:49:05.74 ID:qkkw5pY0O
おつおつ
シリアスなんだけど重い空気にさせないこの感じ狂おしいほど好き
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 11:12:32.81 ID:0RlkTKa6O
隼鷹殿初いwww
これあきつ丸を取り付かせたふりして誘いかけて自爆とかしねえか心配だなw
316 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:32:13.07 ID:isx4OB8s0

今日も鎮守府を守る平穏な勤務……とは行かない日もある。
珍しい事に今俺は、仕事として車の助手席に座っている訳だ。

「……はぁ。もうサボって飯でも食うか?」

「珍しいですね、あんたがそんな事言うなんて。お疲れですか?」

「いくら私とは言え、気が乗らない任務もあるさ。」

ハンドルを握る眼鏡は、何やらうんざりしている様子。
これからの任務は、どうも相当気が進まないものらしい。

任務と大げさに言っちゃいるが、今日やる事は、実際の所ただの迎えだ。
何でも入院してた艦娘を迎えに行くって話しだが…何で俺らの出番なんだろう?

317 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:32:53.83 ID:isx4OB8s0




第15話・時に雨、時に晴れ



318 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:34:36.74 ID:isx4OB8s0

「普通の病院ですね…じゃ、行きますか。」

「待て、まだ降りるな。話がある。」

車から降りようとすると、眼鏡に制止を食らう。
何だ一体…すると眼鏡は、後部座席からバッグを2つ取り出した。

「貴様も持っていろ、中には警棒と手錠が入っている。」

「へ?わざわざ私服で来たのに?威圧しないよう私服で〜って言ってたじゃないですか?」

「それは病院や他の患者への配慮だ。
……今回退院して来る奴は、うちで一番の問題児でな。もしもの為の保険だよ。」

「一番の?」

この時俺の頭ん中では、なかなか武闘派な想像が浮かんだ。
入院もしてるし、まさか喧嘩っ早いのか?

「元ヤンとか格闘技とか、そっち系ですか?」

「そうではないな。ただ、少々過激だ。
私も手を焼いていてな…一度、『私の私』に痛恨を喰らった事もある。蹴りでな。」

「げ……そもそも、何で入院してたんですか?」

「高所からの転落だ。右足、アバラ4本、肩甲骨の骨折。頭と腕をそれぞれ10針と7針縫っている。
合わせて全治2ヶ月半、足にはボルトとプレートが入った。」

「……まさか飛び降りですか?ちょっと鬱入ってるとか…。」

「鬱ではないな……いや、ある意味病んでいる。」

「ある意味とは?」

「………会えば分かるさ。」

毎度の悪戯心じゃなく、純粋に説明する気力が湧かないのは雰囲気で察した。
さて…鬼が出るか蛇が出るか、向かうとしようか。

319 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:36:18.27 ID:isx4OB8s0

入り口を抜けると、至って普通の病院だ。
眼鏡が手続きを済ませ、教えられた病室へと進んで行く。
一般病棟、結構奥なんだな……何だか余計緊張感が増して来る。

扉を開けると、椅子に座る女が一人。
犬みてえな外ハネの髪と、赤い眼鏡。私服な点と言い、まさにこれから退院する様子だ。
見た所駆逐艦か…こいつで間違いねえな。

「……迎えに来たぞ。お勤めご苦労だったな。」

「なんだ…憲兵長か。提督はいないの?」

「いる訳ないだろう、すぐに会わせる訳にはいかん。」

窓の外では、ポツポツと雨が降り始めたようだ。
そんな中、俺に気付いたのかそいつは声を掛けて来た。

「いい雨だね…後ろの人、新しい憲兵さん?噂はかねがね聞いてるよ。
初めまして、僕は時雨。よろしくね。」


その瞬間、外で雷が光った。

320 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:37:52.78 ID:isx4OB8s0

「〜〜〜〜♪」

通り雨も過ぎ、外は再び晴れ模様。
しかし車の中は、カーステレオだけが声を発している状態だ。

そんな俺らの妙な緊張感を無視するように、時雨は微笑みながらスマホをいじっている。
退院が嬉しいのか、機嫌は相当良さそうだ。

「……時雨、着いたら寮へ直帰だ。分かったな?」

「その後提督に会いに行けばいいの?」

「…正規の命令は後で来るが、あいつから伝言だ。
ひとまず3日は出撃無し、体の慣らしの為に普通に過ごせとさ。要は貴様は待機という事だ。」

「……じゃあ、『まだ』正規命令じゃないんだね?だったら体を慣らす意味でも、会いに行ってもいいよね?」

「ダメだ。」

「どうして?」

「私達の出番になるだろう?」

何だこの重い空気…問題児とは言ってたけど、こいつら自体も仲悪いのか?
そうは言っても退院明け、2ヶ月半も入院してたら、見たい顔だってあるだろう。
しゃあねえ、ちょっと間入ってやるか…。
321 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:39:33.76 ID:isx4OB8s0

「まあまあ、久々に見たい顔ぐらいあるでしょう?許してやったらどうです?」

「……貴様はこいつの本性を知らぬからそんな事が言えるのだ。」

「……はい?」

「提督は鎮守府近くのマンションに住んでいるんだが…こいつが怪我をしたのはそこだ。
ベランダから侵入しようと、雨どいを伝い3階のあいつの部屋へ登っている途中…どさりとな。」

「……提督より、先に入ろうと思ったんだよ。」

「そもそも、あいつは貴様に家を教えていないのだが…近所とは言え、部屋番まで見抜く洞察力が恐ろしいよ。」

「…………!!」

「……気付いたか?こいつの本性に。」

はは……ま、まさか、こいつが一番の問題児たる由縁は…。

「…そう、時雨は超が付く程あいつが大好きなのさ。所謂ストーカーと言って差し支えないぐらいだ。
ついでに言うと、こっそり翔鶴君にストーキングのイロハを教えていたらしいな。
以前の妖精ストーキングの件は、聞くまで私も知らなかったぞ。アレはさすがにやり過ぎだ。」

「僕は好きな人の事を知りたい気持ちを、手助けしただけだよ?
ふふ…早く会いたいなぁ……提督、今度こそ…。」

それ以降の時雨の独り言は40行ぐらいになりそうだったが、全て割愛させてもらう。
ってか、ほぼピー音になる内容だ。後ろからお経みてえに聞こえてくるそいつは、かなりの恐怖だった。

この時ようやく、なぜ俺達が駆り出されたのかを理解した。
あいつの師匠にして、ターゲットは提督…笑えないレベルのヤンデレが、まさにこの車中にいるのだと。

322 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:41:45.93 ID:kGDSvamzO

「どうして付いてくるの?」

「…分からんのか?」

「何もしないよ。僕も部屋でゆっくりしたいんだ。」

寮に着くと、俺達はこいつの部屋までしっかり付いて行った。
ひとまず部屋までは送ったが…さて、これからどうなるのか。

「私が連絡するまで、ここで待機していろ。他の者が来た際は通して構わん。」

「憲兵長は?」

「寮の外へ行く。駄犬には灸を据えてやらねばならんからな。」

「いや、駄犬ってあんた…。」

何故外なのかは分からないが、何か考えがあるらしい。
眼鏡と別れ、しばらく部屋の前に立っていると……。

「憲兵さん、時雨が帰って来たっぽい?」

時雨と同じく、外ハネの髪…えーと、この子は確か…。

「ああ、夕立か。時雨の姉妹艦の。」

「そうだよ。時雨に会いに来たっぽい。」

久々に仲間に会いに来た…って割には、何やら真面目な顔だ。
姉妹艦だからだろう、この子も色々思う所があるのかもしれない。

「……やっぱり、あいつって色々やらかしてんの?」

「アレは提督さんも悪いっぽい。変に気を遣うから時雨も思い詰めちゃうっぽい。」

「……気を遣う?」

「そうっぽい。病院じゃお説教も出来なかったから、これからお話するっぽい。」

バレてる気もするが、一応見張ってるのは黙ってる。
俺はドアの死角に身を寄せ、夕立もあまり開けないように中へ入ってくれた。

それで5分としない内に…

「時雨!?」

夕立の声!?
慌てて部屋に入ると、中には夕立しかいなかった。
323 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:44:07.52 ID:kGDSvamzO

「憲兵さん!時雨が飛び降りたっぽい!!」

おい、ここ3階だぞ!?
…ん?枠に鉤付いてる!!忍者かあんにゃろう!!

慌てて外へ出るが、部屋の真下はかなり回りこまなきゃならない。
全速力で落下地点に向かうが、恐らく2〜3分は掛かってる。逃げられたかと思ったが…。

「離してよ!」

「くくく…貴様の考えなどお見通しだよ。」

息を切らして辿り着いた所には、時雨をお姫様抱っこする眼鏡がいた。

「…くっそ〜…!!何で会いに行っちゃダメなんだい!」

「貴様には前科があるからな。一服盛ろうとした件を忘れたか?
お姫様抱っこ…一見ロマンチックな言葉だが、この体勢がどう言う意味を持つか分かるかな?」

「……!!」

「貴様と私の体格差なら、このまま肩と膝を締める事も出来る…或いは股と喉を押さえれば、危険な背骨折りの完成になるぞ?また入院したいのか?」

「……分かったよ。」

「良い子だ、抵抗しないなら降ろしてやろう。」

「………なんて言うと思ったかい?」

時雨が降ろされた直後、ごしゃ…と鈍い音が響き渡った。
金的…!アレは洒落にならねえ!!思わず眼鏡に駆け寄るが…。

「……ファールカップと言うものを知っているか?貴様相手に何も用意しない訳なかろう。」

「………!!」

「悪い子だ……少しお仕置きが要るな。」

「速…痛たたたたた!!ギブ!ギブだって!!」

一切の無駄の無えアームロック……ってこりゃダメだろ!止めねえと!!
324 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:45:24.55 ID:kGDSvamzO

「憲兵長!!やりすぎですよ!!」

「おっと…つい熱くなってしまったな。さて、大人しく部屋に帰ってもらおうか。」

「………嫌だ。」

「……どうしてもか?」

「………うん。」

時雨を見ると、涙目でむくれてる。
こりゃ重症だな…どうしたもんだろうか。

「はぁ……貴様の為でもあるんだよ。
あいつの気持ちも汲んでやってくれ。何故貴様を避けようとするか、理解出来ないのか?」

「……僕だって、女の子なんだよ。なのに提督はいつも…。」

「……『女の子』だからだよ。『女』ではなくな。
例え無理矢理迫ろうがストーキングをしようが、あいつの中でそれは覆らん。」

「……分かってるよ……でも、じゃあどうすれば良いんだい!?僕だって…ずっと提督が……!」

今日は不安定な天気だ。
また通り雨が降り出すと共に、時雨の目からぽろぽろとこぼれるものがあった。

…俺は事情を全部知ってる訳でも、経験豊富な訳でもない。
ただ…ここまで泣くような事は、放っておけねえよな。


「……憲兵長、少し時雨と二人にしてもらってもいいですか?」

325 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:47:37.55 ID:kGDSvamzO

「……ほれ、タオル使えよ。」

「……ありがとう。」

外はいよいよ土砂降りだ。
ひとまず俺の部屋に連れて来て、落ち着かせる事にした。


「……いい雨だね。」


時雨は頭にタオルを被ったまま、ぼーっと窓の外を見てる。
病院の時も感じたが、よっぽど雨が好きらしい。

「……この近くに、コンビニがあるよね。」

「ああ、どうかしたか?」

「…ゲリラ豪雨で帰れなくなってた時、たまたま提督がいたんだ。
1kmも無いけど、一緒に入る?って傘に入れてくれた。その時の雨に似てるんだよ。」

「……そっか。」

「………外面はゆるい人だけど、誰よりも皆の事を考えてる。だからこそ、僕に限らず『艦娘』を異性として好きになったりしないのさ。
良き上司でありたい、それが提督の願いだから。

私生活荒れてるのも知ってる…知った時は、思わず殴っちゃったけど。
本当に頭に来た。何で僕の方は見てくれないのに、外で女ばっかり作るんだって。

………一度、好きだよってちゃんと伝えたんだ。振られちゃったけどね。
よく覚えてるよ…時雨が子供な以上、応えてはやれないって。

…そこから、歯止めが効かなくなった。
家を探したり、コーヒーに一服盛って襲おうとしたりね。憲兵長のお世話になった事も、一度や二度じゃない。
我ながら卑怯だよね…無理矢理にでも関係を持てば、僕から逃げられなくなるって思ったんだ。
それである日、とうとう忍び込もうとして…あの大怪我に繋がった。

提督ね、僕を真っ先に見付けてくれたんだ。
その時はまだ意識があって……あの悲しそうな顔は、忘れられない。

……僕がどれだけ馬鹿な事をしても、嫌ってくれなかった人だよ。
見舞いには来なかったけど、毎日連絡をくれた……馬鹿だよね。せっかく心を鬼にしようとしてるのに、結局僕なんかを甘やかしてさ。
お前なんか大嫌いだ!解体(クビ)にしてやる!って言ってくれれば、まだ楽になれたんだけど。

ねえ、憲兵さん…僕は今年で15歳なんだ。
体はもう大人に近付いてる…それでもダメなのかな?」

「…………。」

…問題は違うけど、既視感あるなぁ。
ただ、『俺達』と違うのは……。

326 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:48:56.47 ID:kGDSvamzO

「……そうだな。時雨、お前今まで誰かと付き合った事はあるか?」

「……ううん。提督が初恋だよ。」

「遅めなんだな…今まで同世代の男の子とは、交流が無かったって事でいいな?」

「……うん。艦娘になる前も、特に無かったね。」

「よし。ちょっと待ってろ。」

廊下に出て、取り出したるはスマホ。眼鏡の介入を避ける意味でも、ここは俺が動くべきだろう。
そういやこの前飲んだ時、連絡先交換してたんだよな……さて、今は暇かな?


「もしもし?お疲れ様です。ええ、時雨の事なんですけど……。」

327 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:50:52.01 ID:kGDSvamzO

「………どうしたんだい?随分長かったけど。」

「ゲストを呼んだのさ。もう来るぞ。」

「失礼するよー。」

「……提督!!」

確かに時雨の行動は良くないし、眼鏡の言い分も分かる……でもここは一つ、ちゃんと話をさせてやるべきだろ。
俺がいる限り、時雨も思い切った事はしない。そこの分別ぐらいは付く子だと思う。

「……時雨、退院おめでとう。」

「………ありがとう。提督……ごめんなさい!!」

真っ先に出てきたのは、謝罪の言葉だった。
提督にぎゅっと抱き着くと、時雨は嗚咽を漏らしていた。
提督はと言うと、そんな時雨の頭を優しく撫でてやっている。

「……謝るのは、僕の方だよ。距離を置けば分かってもらえるなんて、甘えだったね。」

「ううん…あんな事までしでかしたのは、僕が悪いんだ…。
入院中は、ずっとその事ばかり考えてた…ごめんなさい、提督……。

でも………。」カチャカチャ 


ん?カチャカチャ?


「………僕はやっぱり、提督の事が好きなんだ。」

「てめえどっから手錠出した!?」

「いった!?」

思わずゲンコツしちまったぜ…懲りてねえこのガキ…!
目に一切の悪意がねえのがタチ悪ぃなオイ。純粋に愛情表現のつもりだ…。

328 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:52:45.39 ID:kGDSvamzO


「……………。」

あーあー、提督キョトンとしたツラしてんじゃねえか…。
いつものヘラヘラ感もどっか行っちまった。流石に擁護しきれねえぞ…。

「………そっかぁ、時雨は『まだ知らない』もんね。」

手錠をまじまじと見ながら、そう提督が呟いた時。




『どんっ……!!』





提督が、激しく壁を叩く音が響いた。


329 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:54:07.71 ID:kGDSvamzO

「………提督?」

「……まだ分かんないかなぁ?大人の男に近付く意味が。」

叩きけられた腕の横には、壁際に追い込まれた時雨がいた。手錠のせいで、時雨の片手も壁に磔だ。
空いた方の手が、時雨の頬に触れる。
それが顎を掴むような形になると、提督はそこに顔を寄せて……

時雨の目は、その時確かに怯えを孕んだ。

「……ひっ……やめて!!」

時雨が提督を突き飛ばすと、手錠のせいで時雨も引っ張られてしまう。
だがそのまま二人が床に倒れた時、提督が時雨を守るように受け身を取ったのを、俺は見逃さなかった。

「………提督!!」

「いたた……ちょっと強かったなー。」

いつものヘラヘラした調子でそんな事を言うが、全くの無傷だ。
提督は時雨の背中をぽんぽんと叩き、一際優しい声色で話し出す。
330 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:56:06.50 ID:kGDSvamzO

「……時雨、男は狼だよ?」

「……狼?」

「そう。火が着いたら、子供でも食べちゃう怖い生き物さ。
……同時に、それは自分のものにしたい、深くその人を愛したいって気持ちでもある。中には食欲だけの奴もいるけどね。

女の子にとって…特に初めてそんな目を向けられて、おまけにそれを受け入れるのは、とても怖い事なんだ。
世の中、若いお肉を食べたいだけの奴もいてね…それで深く傷を受ける子だっている。
……男にとっても、最初は同じ。誰かと愛し合うと言うのは、性も深く関わるんだよ。

君ぐらいの子が大人の男に近付くのは、それなりに危険な事さ。
僕の歳にもなれば、さすがに躊躇いなんて無いから。

……もっと年頃らしい恋をして、自分を大事にして欲しい。」

「………子供扱い、しないでよ…年頃らしいって何なのさ!?
確かに子供だよ……それでも僕は!!」

………胸が痛えな。
でも、時として現実は残酷だ…憲兵として、何より大人として今は動かなきゃならねえ。

331 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:58:24.89 ID:kGDSvamzO

「………時雨、提督が捕まってもいいのか?」

「……!!」

「こいつは軍規に限らず、法や条例の話でもある…例えば提督がお前ぐらいの子に手ェ出したら、俺らは仕事しなきゃなんねえんだ。
お前からしたら理不尽な法だろうが…それは、お前ら子供を守る為の物でもあるんだよ。狼さんも、いい奴ばかりじゃないからな。

思い詰めるのも分かるぜ?でも、一度立ち止まってみな。
感情ばかり押し付けないで、少しは提督の立場や気持ちも考えてやれ。提督は、お前を傷付けたくないんだよ。」

「憲兵君…どうだかね?僕は君の知ってる通りのダメ男だよー?」

「普通なら、さっきはビンタからの最低宣告ぐらいされてもおかしくないでしょう?
よく覚悟決めたと思いますけど?しかも俺の前で。」

「……言うようになったねー。キョウの影響かな?」

「知らねーっすよあんな奴。ま、コンビ組んでる分、影響はあるかもですけどね。」

さて、後は時雨がどう捉えるかかな?
あーあ、胃が痛えや…でもこんな事も、こいつが大人になる上でのスパイスか。
憎まれんだろうなぁ……いいぜ、この件の恨み辛み、受け入れてやろうじゃねえか。

「…………ねえ、提督。」

「どうした?」

「…今は子供だから、ダメなんだよね…。
じゃあ…僕が18歳になったら、どうする?」

「そうだなぁ…。」

この時自分の事みてえにハラハラするとは、俺も意外だった。
提督…あんたは時雨にどう告げるんだ?

332 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 17:59:43.09 ID:kGDSvamzO

「もし君が18歳になっても気持ちが変わらなかったら、僕も真面目に考えるよ。提督としてじゃなく、一人の男としてね。
……その間に、僕より素敵な男の子が現れなければね。」

「………提督。」

「…………!?」

「………ふふ、大丈夫。18どころか、おばあさんになったって君が好きだよ!絶対変わらないから!」

へへ…下手な映画より、よっぽど良いキスシーンだぜ。
……っと危ねえ、俺はなーんにも見てねえぞ?雨が止むとこ見てただけだ。


日々を守るは、突き詰めりゃ心を守るだ。
その為だったら、不良憲兵で上等だよ。

333 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 18:02:29.51 ID:kGDSvamzO

「今回ばかりは、素直に褒めてやろう。よくやった。
まぁ、あいつはあの後歯医者通いになったがな。女遊びを一切やめ、そのツケを払ったそうだ。」

「あんたが褒める…雨降りそうですね。」

「くく…もう止んだだろう?」

「ええ、土砂降りでしたよ。ありゃ問題児でした。」

何日後かの夜、俺は珍しく眼鏡の部屋にいた。
缶ビール片手の簡素な飲み会だが、それで事足りる。お互い時雨の件の疲れを引きずってたのか、どちらとも言わず飲む流れになっていた。

「なかなか、私が言っても聞かなかったからな。上手く踏み込んだものだよ。」

「気持ちのすれ違いってのは、俺も経験ありましたからね…どう悔いの無いよう持ってくか、それを考えただけです。」

「悔いのあるような言い方だな?」

「…過ぎた話ですよ、今となっては。」

……これで良かったのか?なんて、一時期は思い悩んだっけ。
今は……いや、でも特に誰かを好きとかはねえかな。

334 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 18:04:16.99 ID:kGDSvamzO

「あーあ…思い返しゃこの頃人のサポートばっかり、俺の春はいつ来んのかはぁっ!?」

「おや、アキじゃないか。」

『こいつのケツを突けと天啓を受けたのであります。』

「……あ、あきつ丸…何しやがる…!!」

最近この馬鹿はタブレットを覚えて、浮き輪時でも筆談出来るようになった。
だがこの後、テレパシーで俺にだけ話をして来たんだ。

“自分、少しなら人の思考も読めるのでありますよ…。
君はもう少し、自身への目を意識するべきですなぁ……人の事ばかりでなく。”

“俺への目ぇ?”

“そういう所であります。もう一発逝くでありますか?”

それだけ伝えると、あきつ丸は浮き輪から出てどっか行っちまった。
ま、霊体見えんのは俺と隼鷹ぐらいだし、騒ぎにゃなんねえだろ。

「お、隼鷹からだ。瑞鳳君と部屋飲み中だとさ。」

「げ、大丈夫すかあいつら?」

「隼鷹はプロの酔っ払いだ、行き過ぎた者を収めるのも上手いぞ。心配は要らん。」

ふーん…軽空母同士、交流も必要かね。
以降は特に気にする事も無く、眼鏡としょうもない話ばかりしていたもんだった。

……結局後で注意しに行くぐらい、何人も入り乱れての大騒ぎになってたけどな。

335 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/15(水) 18:05:06.37 ID:kGDSvamzO
今回はこれにて。
次回、番外編・『女子会』となります。
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/15(水) 18:25:08.62 ID:BJK8LQZ20
おつ!
女子会と聞いて普通なら可愛い感じをイメージするのになんか胃が痛くなりそうな感じしかしない(笑)
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/15(水) 22:33:38.42 ID:tDQNHtCd0
病まない雨はないさ・・・

>>336
酸っぱい臭いしかしない女子会よりよっぽどマシだろ・・・。
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 10:26:50.36 ID:i9ftrpeqO


やはり闇時雨はいいものだ・・・
339 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:49:11.31 ID:Vmrz7WkJO

こんばんわ、瑞鳳です。

今日は最近仲良くなった隼鷹さんと部屋飲み中。
所謂ガールズトーク…と言えば、もちろん話題はそんな事。

ん?恋のお話?
それもあるけど…年頃の女2人揃ったら、その延長線上も行くでしょ。
とてもじゃないけど『あいつ』には見せられない、女の本音を晒し合う。


そう、それこそが女子会の醍醐味なの。

340 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:49:58.48 ID:Vmrz7WkJO





番外編・女子壊





341 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:52:42.42 ID:Vmrz7WkJO

「へー、憲兵とは随分仲良いんだねぇ。」

「うん!__とはしょっちゅう遊んでたの!」

「……で、女としては見てもらえてないと。」

「………ふふ、そうなんだよねー……。」

お酒を飲みつつ、出てくるのはあいつの話。
隼鷹さんは憲兵長に一生懸命近付いてるみたいだけど、ちょっとずつ打ち解けられてるみたい。
いいなぁ…私なんて打ち解けたってレベルじゃないのに、あいつはこれっぽっちもそんな目じゃ見てくれない。
好意どころか、エロい目ですら見てくれないってどう言う事よ。もう。

「あいつ口調とかヤンキー臭い割に、クソ真面目だもんねぇ。
なまじ過去や距離がある分、今は翔鶴に分がある感じかぁ。」

「………それだけじゃ、ないんだよね。」

「ん?」

「隼鷹さん…まず友達として仲良すぎるのって、ダメなのかなぁ?
私結構お酒でやらかして、ついついやり過ぎちゃったりして…。」

「………具体的には?」

「そうだね…さっき、知り合った頃に私がヤケ起こして迫ったって言ったよね?その後肩に吐いちゃって…。」

「んー…ま、そんぐらいじゃ愛想尽かすタイプじゃないね。」

「あー……他にも色々…。」

「……言ってみ?」

「例えば…普段飲んでて、セクハラやひっどい下ネタ言ったり。それこそあいつの乳揉むなんて序の口で……。
性感帯やらフェチやら言ったり根掘り葉掘り聞いちゃったり…今日あの日だからお肉食べたい!とか言っちゃったり…あ、おならしちゃった事も何度か…。

あいつには何でも話せちゃうから、ついつい…。」

「……あ、ああ。」

342 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:54:48.49 ID:Vmrz7WkJO

「……一回、あいつが寝てる時にパンツ被せちゃったんだ。」

「…は?」

「……あいつとは、よく部屋飲みしてたの。
でも皆、いつもなーんにも言わない。その時点で、__だったら何も起きないだろって皆思ってたんじゃないかな。

私、映画の定額サービス入っててね。部屋飲みの時によく一緒に観てたの。
その日はあいつちょっと疲れてて、途中で寝ちゃったんだ。

丁度ね、その時観てた映画の主人公が、パンツ被る場面だった。
それでふと思い立って、寝てる所に私のパンツ被せて…。」

「待ちな。パンツ被せたって頭かい?それとも顔?」

「………顔。」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ!!!やべーよ!!その映画ってもしかして…。」

「あ、もちろん洗濯したのだよ?洗濯カゴから出そうかちょっと迷ったけど…。
息苦しかったんだろうね、悪夢見たらしくて…フオオオオオオオオオオオッッッ!!!って飛び起きて…ぷっ…。」

「〜〜〜〜〜っ!!〜〜〜〜っ!!」バンバン 

「ふふ、殺す気か!!って怒られちゃった。
…でもそれだけ。パンツ自体にはぜーんぜん慌ててくれなかったなぁ。」

「あちゃー…翔鶴で慣らされたとか?」

「あいつ中高生の頃、お母さんいない日は洗濯担当だったみたいでね、お姉ちゃんの下着も洗ってたんだって。だから見慣れちゃってるんだよ。
何でもお姉ちゃん、今は東北の方で艦娘やってるらしいけど…悪い意味で女慣れしてるの、お姉ちゃんのせいっぽいね。
いつもお風呂上がりに裸で出歩いて、俺がキレてた〜って言ってたもん。」

「ははは…でもさぁ瑞鳳。」

「ん?」

「……そりゃ女として見てもらえないよ。いくらあたしでも、そこまでやんない。」

「……だよねぇえええええ!!!!」

分かってる…分かっちゃいるのよ……!!
でもダメなの、あいつの前じゃ甘えちゃうしさらけ出しちゃうの!!
ふふ…バカの出来る親友と言う距離が、今ほど憎らしい日々も無いわね…。

343 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:57:33.57 ID:Vmrz7WkJO

「話聞いてると、同棲長いカップルみたいじゃん。
でもあんた達の場合、知り合ってからすぐそれだろ?裏返すと…憲兵からは完全に女として見られてないよね。」

「……うう、お姉ちゃんには食い付いたクセに〜〜…!!」

「姉ちゃん?」

「…私のお姉ちゃんも艦娘なの。××鎮守府の祥鳳、知ってる?」

「……え!?あれ瑞鳳の姉貴!?ただの姉妹艦だとばっかり…。」

「実姉でもあるのよ…前のとこにたまたま演習来て、ついでに遊びに来たんだ。
その時__も会ったんだけど、そしたらあいつ…

“…やべえ、お前の姉ちゃんタイプだわ。”

とか言い出して〜〜〜〜……!!」

「瑞鳳、缶潰れてる。」

「ダメ!あっちの提督と出来てるから!!って嘘ついてごまかしたけどね!
はーあ…私そんなに魅力無いかなぁ。そりゃちんちくりんだけどさ。」

「あー…元カノが翔鶴な上に、あそこの祥鳳にも食い付く…美人が好きなのかねぇ、可愛い子よりもさ。
あっちいた時、あいつ他に誰かと何かあったりしなかった?」

「意外と何にも無かったよ?誰に対してもああだから、人望はあったけどね。
まぁ、そのー…私がこっそり囲ってたのもあるけど…いつも真っ先に遊びに誘って。」

「……なかなか努力は実らず、ってとこか。」

「………うん。」

……………つらい!

あーあ、女の子らしさかぁ…これでもそれなりには持ってるつもりなんだけど。
あいつといる時は、ぜーんぶ吹っ飛んじゃうんだよね。

344 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 01:58:56.01 ID:Vmrz7WkJO


「……瑞鳳、良かったら他の連中も呼んでみる?翔鶴も入れてさ。」

「…へ?」

「敵を知り己を知る、なーんて事もあるかもよ?
翔鶴も変わった奴だけど、何かヒントはあるんじゃないかい?ついでに、他の奴も参考にしてさ。」


345 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:01:25.77 ID:Vmrz7WkJO

「隼鷹さーん、お疲れー!」

「お、来たねー。座んなよ。」

一通り連絡して来たのは、二航戦の2人と翔鶴さん。瑞鶴ちゃんは出掛けてるみたい。

飛龍ちゃんに蒼龍ちゃん…この二人も、なかなかの物をお持ちで。
うーん、揉みたい…でもそれ以上に、今はこの無い胸をじっと見ちゃうなぁ。
いや、それより身長が欲しい。皆すらっと見えるもん。

……チビだから、たまに近くにいても気付いてくれないんだよね。

「さっきまでえぐい話してたんだよ。瑞鳳、なかなか持ってる奴でさ。」

「なになに、下ネター?」

「ふふ、教えないよー。」

駆け付け3杯するまでも無く、女が5人揃えばあっという間に盛り上がる。
一通り女子高ノリなトークをした後、蒼龍ちゃんが爆弾を落としてきた。

「翔鶴さーん、高校の時の憲兵さんってどんな感じだったの?」

……高校時代かぁ。
あいつと翔鶴さんが付き合ってた頃だ。私は昔話でしか知らない、あいつの事。

346 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:03:53.01 ID:Vmrz7WkJO

「そうね…目立つ方では無かったわ。運動は得意だから、体育祭でよく駆り出されてたぐらいかしら。
空手の道場に通ってたから、放課後になるとすぐそっちに行ってたわね。」

「部活じゃなくて?」

「うん。うちの高校は空手部が無かったの。
だから付き合うきっかけまでは、あまり話す事は無かったわ。」

「きっかけって何だったの?」

「ふふ…通り魔から助けてくれた事かしら。
襲われそうになった所を、犯人を倒してくれて…。」

聞いた事ある。
前のとこでもあったけど、あいつは誰に対してもそう。困ってる人を見ると体が動いちゃうから。
………この前助けてくれた時だって、下手したら怪我してたのに。

「その時はさっさと帰れよ!って、すぐどこかに行っちゃったの。
でも、同じ学校だから…しばらくは、こっそり遠くから見てた。お礼も言えずに別れちゃったから。」

「青春ー。ねえねえ、そこからは?」

「そうね…共通の友達もいなかったから、思い切って手紙を下駄箱に入れたの。」

「このご時世に大胆だねぇ!ラブレターって奴かい?」

「ええ…遠巻きに見てる間、彼の普段の行動をいっぱい目にして。段々好きになってた自分に気付いたの。
それで手紙を入れたのはいいけど…名前と連絡先を書き忘れちゃって。」

「やっちゃったねー。内容はどれぐらい書いたの?」

「………枚。」

「……へ?」

「………原稿用紙30枚に、改行もせず想いの丈をひたすらぶちまけたわ。」

「「「「怖いわ!!」」」」

うわぁ…無記名でそれはヤバいよ…そ、その頃からストーカー気質だったんだ…。
長い手紙もらった事あるって言ってたけど、あいつよくそれで流したね…。
347 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:05:07.90 ID:Vmrz7WkJO

「あ、あはは…その後どうなったの?」

「次の日学校に来なくてね…高熱で休んでるって聞いたの。
それで居ても立っても居られなくなって、放課後家に行ったわ。」

「…ん?待て、家どうやって調べた?」

「その……こっそり見てた時期に、気付いたら家まで付いてってた事があって…その日は部活休みだったから…。」

「「「「だから怖いってば!!!」」」」

よ、よく付き合えたわね…。

でも翔鶴さんは、そんな話でも愛おしげな顔をしていて……ああ、思い出の一つ一つが、本当に大切なんだって思った。
それと、今でもあいつが大好きなんだろうなって。


………むぅ。


348 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:07:42.88 ID:Vmrz7WkJO

「インターホンを押したら、ふらふらの彼が出て来たの。ご両親は法事で遠くに行ってて、一人で寝込んでたみたい。
一応行事のプリントコピーして、その体で来たって言ったけど…今思えば、違うクラスだから不自然よね。
でも、そんな事考える余裕も無かったんでしょうね。そのまま廊下に倒れて、助けてくれって…。」

「大変だ…そこからは?」

「看病したわ。担いでベッドまで連れてくの、大変だったわよ?
まず寝かせて熱を見ようとしたら、手を掴まれたの。

おでこに触れた時だけど、冷たくて気持ちいいって……その時かしら、二度目に手を繋いだのは。最初は助けてもらった時。
きっと心細かったのね…少しこのままにさせてくれって、寝付くまでそのままでいた。

お粥を作ったりはしたけど、ぐっすり寝てたからすぐには起きなかったわね。
でも苦しそうで、昔妹にしてあげたみたいに、落ち着くまで胸を叩いてたわ。

助けてもらったもの…今度は私が何とかしなきゃってね。」

「そこで付き合う事になった感じ?」

「ううん、その日は寝てる間に帰ったわ。机に鍵が置いてあったから、ポストに入れてね。
あれは金曜だったわね…それから週明けに、やっと学校に来たの。

この前はありがとなって言ってくれたけど、その時はそれだけ。でも連絡先は交換出来たわ。
何を送ろうかって思って下駄箱を開けたら…封筒が一枚入ってた。」

「やっぱり差出人って…。」

「“あの手紙のせいで知恵熱出しました、勘弁してください。

付き合うとか経験無いけど、こんな奴でよければよろしく。あんたにゃ負けました。
この前は本当に助かった、ありがとう。”

……って。
ふふ、今思うと恥ずかしかったのかしらね?
付き合い始めたのは、その手紙のやり取りからよ。」

「………青春。」

「そうね……青春だったわ。」

349 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:10:07.37 ID:Vmrz7WkJO

「へー。ねえねえ、そこから初体験ってどれぐらい掛かった?」

「……2ヶ月。」

「2ヶ月ぅ!?また長くね?」

「それまでタイミングが無かったのもあるけど…彼は元々ガツガツ迫ったりするのが嫌いなのよ。
その頃は特に、私を傷付けたくないって思ってた節はあったわ。

それである日、うちが誰もいない日があったの。
彼は道場疲れで寝落ちしちゃって、今しかないって思った。」

「……どう焚きつけたの?」

「んー…正攻法だと煙に巻くって思ったから……

…ベッドに手足縛っちゃった♪」

「逆レじゃん!!」

「生!?生だったの!?」

「あー…片田舎だったから、まだ自販機が残ってて…そこでこっそりね。
だって……そうでもしないと一線超えるなんて無理だったもの。でも、そんな状態でも優しかったわ…。」

「__も掴み所無いとこあるもんね。性欲あるのか無いのかいまいち分かんないし。」

「瑞鳳ちゃんは、前の所でそう言う場面見なかった?」

「下ネタとかは普通に乗ってくれたけど、実際誰かをエロい目で見たりは無かったなぁ。下ネタは軍学校のノリで慣れたせいって言ってた。
そうそう、あいつ軍学校の時、同級生に『そっち』な人がいたみたいで……。」

「え!何それ気になる!」

……卑怯だなぁ、私。

こう言う場で話がどんどん脱線してくのは、よくある事。
でもこの時は、わざとそっちに持ってっちゃったんだ。
私の知らないあいつの事を聞くのは、やっぱりちょっと辛かったもん。
350 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:12:59.26 ID:Vmrz7WkJO

「わははははは!!今んなって痔主になったの、そいつの呪いじゃねーの!?」

「人のを生で蹴る羽目になるとは思わなかったって、遠い目してたわ…。」

「ふふ、あの人もちゃんと男の子だもの。」

「お、元カノの貫禄ー?」

「そうね…でも、今の彼をちゃんとは知らないわ。そっちは瑞鳳ちゃんの方が詳しいわよ。」

ちらりと目が合った時、胸がズキッとした。
その時の翔鶴さんは、ライバルを見る感じじゃなくて…本当に、羨ましげな子供のようで。

一瞬、その先を言うか迷った。
結局私は…囁いてくる悪魔の誘惑に、勝てなかったんだ。


「………翔鶴さん、それからどうして別れちゃったの?」


………ほんと嫌な女、私。


351 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:15:03.10 ID:Vmrz7WkJO

「………最近やっとそう思えたからだけど、私が子供だったからよ。

あの頃は特に怒るのが苦手で…やきもち焼いても、どう伝えればいいか分からなかった。
でも、ああいう人じゃない?男女問わずそれとなく色んな人に助け船を出して…彼に好意を持つ子も、少なからずいたわ。
どうぶつければいいのか分からなくて…それで…。

彼の2歩前を狙って、吸盤付きの矢をプシュっと…。」

「うん。待って、その理屈はおかしい。」

………さっきから話してて思ったけど、いや、絶対そうだ。
翔鶴さんって、もしかしなくても…。

「…翔鶴さん、色んな人から天然って言われない?」

「言われるわ。失礼しちゃうわよね、瑞鶴だって翔鶴姉は天然だからーって言うのよ?」

「………やべえ、こいつ重症だ。」

「隼鷹さんも言うの?もう。」

「いや、翔鶴さんは天然だよー。この前もさー…。」

あー、やっぱりどっかズレてるかぁ。

でもそんな天然さが、あいつの中に割って入れた秘訣なのかもね。
それにこの人も根は優しいし、女の子らしい。
散々私と喧嘩してたのも、怒れるようになったって事なんだろうな……。

私、いつもあいつにじゃれたり甘えてばっかりだ…。
辛い時にそばにいてあげた事なんてあったのかな?

……ほんとはね、前から気付いてるよ。
翔鶴さんの話をする時のあいつは、いつもと目が違う事。

352 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:16:47.66 ID:Vmrz7WkJO

「……そういう馬鹿な事の、積み重ねだったのかしらね。
“俺じゃお前を安心させてやれない”って、振られた時に言われたわ。

散々泣いたし、説得もした……それでも彼の方が辛く見えてね。最後は私が折れたの。」

ああ…そっか……あいつ、多分…。

………ごめんね、翔鶴さん。
それでも私、負けたくないんだ。

「隼鷹さん、___借りて良い?」

「あたしの?何すんのさ?」

「……瑞鳳渾身の一発芸、推して参ります!」

353 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:18:25.00 ID:Vmrz7WkJO

しんみりした空気を戻したくなった…なんてのは建前。これ以上は聞きたくなかったのが本音で。
この空気をめちゃくちゃにしたくなった私は、隼鷹さんからあるものを借りた。

今この手にあるは…隼鷹さんのパンツ。(黒、花柄)
例えるならば、弾薬を込めるヒットマン…ゆっくりとした動作でパンツを広げ、震える手でそれを……被る!!

「ダメだ…もう私は…でも……!!
……気分はエクスタシィイイイイイイッッ!!!!」

「「「「ぶはははははははっ!!!!!」」」

「クロス・アウツ!!」

でも本家みたいに特殊なのは履いてないから、とりあえず下だけ脱ぐ。今の私はキャミとパンツのみ。
そして…あの映画みたいに渾身のポーズを決め、こう告げるんだ。


「変態仮面、見参!!」

「おい、さっきからうるせーぞ。」ガチャ 


………アレって、時間止められたっけ?


354 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:20:02.26 ID:Vmrz7WkJO

「………………………。」バタン

「待って!!せめて何か言って!!」

「瑞鳳ちゃん、彼なら無かった事にしてくれるから…。」

「そう言う問題じゃないよおおおおおお!!!」

「ぶははははははは!!!やべえ!最っ高のオチじゃねーの!!」

「飛龍、今の動画撮ってた?」

「うん!バッチリ!!」

「のおおおおおおおおお!!!」

その後延々余韻を引きずり、湿った空気は無くなりました。
ただ……あいつの中での私の『女』は、さらに壊れちゃったと思います。

私があいつにとって、女子壊から女子・改になる日は、果たして来るのでしょうか。
そればかりは、神様のみが知っている始末なのでした。

追伸

パンツの被り心地は、悪くなかったです。

355 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/19(日) 02:20:56.94 ID:Vmrz7WkJO
今回はこれにて。久々に頭の悪いお話でした。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 12:56:12.19 ID:gwL03W6A0
乙おつ
づほには頑張って欲しいね
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 13:21:40.07 ID:fhpXIp1BO
他所の世界線で変態仮面が提督やってるのも有るから
艦娘が変態仮面でも問題無いはず
づほもM字開脚でウェルカムやってたら落とせたかもしれない
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 17:45:29.33 ID:HAMlq5If0
正直づほ応援したい
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 19:35:04.49 ID:eb51eZmdO
づほはどうにも女として意識されないことには……
360 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:24:04.54 ID:pnSUu4yTO

今日も今日とて平穏なる日、警邏を終えて詰所でしばしの事務作業。
眼鏡はと言うと、演習組の案内と警備で駐車場に出てる。

今日はうちで演習やるらしいが、大体そう言う時は俺が行かされる。
しかし珍しく、この日はたまには私がと眼鏡自ら警備に向かった訳だ。

何か怪しいなぁ。今日来るとこ、どこからだっけ…


『こん…こん…。』

「はーい。」


タイミング悪いな…たまに暇つぶしに来る奴はいるが、今日は誰だ?
のそのそとドアを開けると、そこには……


「……………。」バタン


……何も見てないぞ、俺は。外には誰もいない。


361 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:25:12.45 ID:pnSUu4yTO




第16話・ANEKI CRISIS-1-



362 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:27:08.60 ID:pnSUu4yTO


『こんこんこんこんこんこんこんこん!!』

うるせえ!!今俺はいない設定だ!無視無視!!
はぁ……やっと静かになったか…疲れてんのか俺、何であのバカがドアに…。


「……………。」ニコッ


窓に、スーツ姿の女が見える…何かこう黒髪ロングでニヤニヤした亡霊が見える…。
あはは…た、たまにはサボって寝てやろうかなー…。

「戻ったぞ。どうした?そんな虚ろな目をして。」

開けんじゃねえ馬鹿野郎。
おい、後ろに何かいるぞ。お前と口調被ってそうな女が立ってんぞ。

「…おお!いつの間に後ろに!これはこれは失礼致しました。」

わざとらしんだよ、ニヤケ面が隠せてねえぞクソ眼鏡。
眼鏡の後にいるスーツの女は、腕を組んだまま殴りたいドヤ顔で俺の方を見てるじゃねえか。

「あー、失礼。演習の艦娘の方でしょうか?
集会室でしたら母屋の方入って1階右から三番目の部屋に…。」

「…見取り図ならいただいている。
演習準備までは少々自由時間があってな、顔を出させてもらった。」

「いえいえ、私共などたかが憲兵隊ですし、第一初対面でしょう?
提督がお待ちですよ、出口はあちらです。」

「ふぅ…つれない事を言うじゃないか。なぁ、__。」

「__とは確かに自分のアダ名ですが、よくご存知ですね。
えーと、あなたは確か○○鎮守府の…あ、やはり自分とは初対面ですね。初めまして。」

「確かに『仕事では』初対面だな。立派にやっているようじゃないか。」

「いえいえ、大体あなたにはセクシーで立派な妹さんがいらっしゃるでしょう?
自分などそこらの雑草にも劣るイチ憲兵でして…名前を呼ばれるような資格など…。」

「それは『艦娘としての姉妹艦』の話だろう?
確かに私はどちらでも長女にして長子だが…『一個人の家族として』は、その下にいるのは格闘技をやっていて、そして今は軍属でもある者だ。
せっかくの家族水入らず、腹を割って話そうじゃないか…少しはこの『戦艦・長門』の血縁者である事を誇れ。

なぁ?『弟』よ。」

「……馬鹿野郎!帰れ!!」

363 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:28:28.77 ID:pnSUu4yTO

「コーヒーをどうぞ。」

「ああ、お構いなく。ありがとう。」

ニヤつきながらコーヒー淹れんじゃねえよクソ眼鏡…買って出た訳ゃこれか!

はぁ……一番仕事で会いたくねえ奴が来た…。
そうなんだよ…目の前にいる『戦艦・長門』は、何を隠そう血を分けた俺の姉貴だ。

……そして、生粋の馬鹿でもある。

「……お袋に今日の事は?」

「言ってある。だが、母さんには黙っておくよう頼んでおいたよ。
ああ、父さんにも伝えたんだが、お前に連絡はしていないらしいな。」

「親父…あんにゃろう。」

「ふふ…そう怖い顔をするな。全く、昔はこんなに可愛かったのに…。」

姉貴はしれっとスマホの画面を眼鏡に向け、その瞬間眼鏡が鼻水吹き出した。
そこに映っていたのは……!!


『長門の服(子供用ドレス)で女装させられた憲兵・6歳』


「だぁしゃああああああああっっっ!!!」

「おっと危ない。ふふふ、良いではないか減る物じゃなし。」

「俺のプライドと社会的地位が減るわボケェ!!まーだ待ち受けにしてんのかこの野郎!!」

「ふっ…それは勿論、可愛い弟だからな。年度別にベストショットを入れてある。」

「おめーのベストショットは俺の黒歴史なんだよ!!消せ!!今すぐ消せ!!」

「くくく…他には無いのですか?」

「ああ、例えばこの七五三の時など…」

「おめーもスマホ下ろせや!」

364 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2018/08/23(木) 00:31:33.31 ID:pnSUu4yTO

はぁ…はぁ……こ、こんのクソ姉貴が…!!

そもそも俺が空手を始めた理由も、元を辿ればこいつが元凶。
ガキの頃、腕っ節で勝てなかった俺は事あるごとにこの馬鹿に女装させられていた。

“強い男になりたい、姉貴に負けないぐらい。”

そう考えた俺は空手道場の門を叩き、そして今に至る。
無駄の無い方向へ筋肉を纏い、生来お袋譲りの女顔だった顔面も少しは厳つくなった。因みに姉貴は親父似だ。

「ふふふ…まぁまぁ、久しぶりに…。」

何より勘弁して欲しいのは、全く変わんねえこの…

「かわいいでちゅね〜〜」スリスリスリスリ

「なぁぁあぁぁっ!!!やめろ!!やめろおおおおおお!!!へぐっ!?」

頭のおかしい猫可愛がり。
へへへ…首に極まってるぜ…女の筋力じゃねえよ、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラだ…。

「げほっ!げほっ!」

「おっと、極まってしまったか。すまんな。」

「結構な腕前で。艦娘以前も何か経験がおありで?」

「女子ボクシングを少々。今は趣味と実益を兼ねて総合をやっている。
敵艦も対人も、殴り合いなら任せてくれ。」

「それは素晴らしい…是非ともこいつの根性を叩き直していただきたいものですな。」

絞まって聞いてりゃ好き放題言いやがって…あの頃の俺じゃねえの見せてやんよ畜生が…!!

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