ギャルゲーMasque:Rade 李衣菜√

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78 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/07(土) 21:20:40.25 ID:XYjU0z5D0


李衣菜「……ねえ、P」

P「ん?どうした?」

ケバブを食べ終えた李衣菜が、此方へと向き直った。

口調からして、あまり楽しそうな話題とは思え無い。

李衣菜「……今朝の話していい?」

P「良いけど……どうした?」

李衣菜「美穂ちゃん、何で来なかったの?」

P「……朝起きられなかったんじゃないか?」

李衣菜「巫山戯るのは無しで。美穂ちゃんは、Pの事が好きだから毎朝起きてPの家来てたんだよ?寝坊すると思う?」

P「……なんか用事があったとか」

李衣菜「美穂ちゃんがPの家に行く以外の予定を午前中に入れる訳無いって。朝弱いんだから」

P「……」

李衣菜「はぐらかすのはやめて。隠し事は無しって、Pが言ったんだよ?」

P「恋愛に関してはその限りでは無い、って李衣菜が言ったんだろ」

まぁ、これでもう殆ど答えみたいなところはあるが。
79 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/07(土) 21:21:17.16 ID:XYjU0z5D0


李衣菜「……なんで?」

P「なんで、って何だよ」

李衣菜「なんで振ったの?振ったんでしょ?」

P「……それは……」

そんなの、決まってる。

李衣菜「保留にしたんでしょ?なんで振っちゃったの?!」

他に、好きな人が出来たからで。

李衣菜「……なーんて、Pの事責めても仕方ないか」

P「……なぁ、李衣菜」

李衣菜「ん?何々?恋愛相談なら高く付くよ?」

P「美穂を振ったのってさ……俺、好きな人が出来たんだ」

李衣菜「っ……へー、エッチな本かビデオの女優とか?」

P「俺を何だと思ってるんだ」

それに、もし本当にそうだったなら。

サクッと諦められたのに。

伝えたくなるに決まってるじゃないか。

こんなに近くに、いつも一緒に、本人が居るんだから。

李衣菜「で、誰なの?まゆちゃん?加蓮ちゃん?」

P「……自分って可能性は考え無いのか?」

李衣菜「やば、本気で思い付かなかった」

P「なんかさっきこんなやりとりした気がするな」

李衣菜「恋はケバブじゃないけどねー。で、ほんとは誰なの?」
80 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/07(土) 21:22:50.86 ID:XYjU0z5D0



P「……ふぅー……」

大きく息を吸い込んで。

俺は、想いを言葉にした。

P「……俺は、李衣菜の事が好きだ」

……言ってしまった。

もう今更、無かった事には出来ない。

李衣菜「……今日はエイプリルフールじゃないよ?」

P「エイプリルフールでもこんな事言わないよ」

李衣菜「…………冗談でしょ?言って良い冗談と悪い冗談があるってば」

いつもの調子で笑う李衣菜。

P「んな事くらい分かってるって。だからこれは、冗談なんかじゃない」

李衣菜「……そっか」

P「なぁ李衣菜……俺と付き合ってくれないか?」

李衣菜「……えっごめん、正直着いていけないんだけど。本気で言ってるの?」

P「本気も本気、大マジだよ」

李衣菜「そっかー……そっかそっかー……」

P「……返事、聞かせて貰えるか?」

李衣菜「自分がされた時は保留にして貰ったのに?」

P「だから、ちゃんと振ったんだよ……俺は、自分勝手だった」

本当に、申し訳無い事をしたと思ってる。

こうやって、想いを伝えた今だから分かる。

答えはいずれだなんて、なんてふざけた事をしてたんだろう。

李衣菜「……成る程ね、Pは本気で私の事が好きなんだ」

P「伝えるには語彙力不足だったか?」

李衣菜「いえいえ、ちゃんと伝わってますって。だからちゃんと、私もこの場でお返事を返すよ」

ニコッと笑って、李衣菜は言った。
81 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/07(土) 21:23:28.29 ID:XYjU0z5D0


李衣菜「えー……残念だけど、私の返事はノーとさせて頂きます」

それは俺にとって、初めての失恋だった。

思った以上に、なんかこう、アッサリと俺の初恋は終わった。

P「……マジか」

李衣菜「いや、だってさ。Pに好意を向けられてるなんて、思った事も考えた事も無かったし」

P「……つい先日からだからな」

李衣菜「じゃ、もう数日掛けて諦めたら?」

P「アッサリ言ってくれるなぁ」

それに、好きだと理解したのがつい先日なだけで。

李衣菜に対する想いは、何年も前から積み重なっていた訳で。

李衣菜「私はPとずっと友達として付き合ってきたし、これからもずっとそのつもりだったからさ」

P「……そっか、悪かったな」

李衣菜「気にしないでって言い方は酷かもしれないけど、明日からも普通に接してくれると嬉しいかな」

P「……あぁ、そうさせて貰うよ」

出来るかどうかは兎も角として。

俺も智絵里や美穂にそう頼んできたんだから、自分だけ断る訳にはいかない。
82 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/07(土) 21:24:13.37 ID:XYjU0z5D0



ポツリ

まるで俺の心を読み取ったかの様に、空から雨粒が落ちて来た。

李衣菜「……ん、雨降ってきたね。そろそろ帰ろ?」

P「あー、俺はちょっと買い物してから帰るわ。折り畳み使うか?」

李衣菜「一本しか無いでしょ?」

P「出来る男は二本持ち歩くんだよ。はい、そのうち返せよ」

李衣菜「出来る男は相手と相合傘するんじゃない?」

P「してくれるのか?」

李衣菜「へへ、やだね」

P「じゃ、また明日か月曜に」

李衣菜「うん、じゃあねー」

雨の中、李衣菜は手を振って帰って行った。

それからしばらく、俺は立つ気にも傘を差す気にもなれなくて。

当然、買い物なんてその場の嘘に決まってて。

なんかもう、色々と怠くて。
83 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/07(土) 21:25:05.56 ID:XYjU0z5D0


そんな時、急に。

身体に当たる雨粒の感覚が消えた。

まゆ「……風邪、ひきますよ」

P「……ん、まゆか」

まゆ「はい、貴方のまゆです」

ベンチの後ろから、まゆが傘を差してくれていた。

P「……聞いてたのか?」

まゆ「……何の事ですか?」

……まゆは、本当に優しいな。

待たされるのも、振られるのもしんどい筈なのに。

こうやって、俺に優しくしてくれて。

まゆ「……今は、雨が降っていますねぇ」

P「だな」

まゆ「まゆの傘、少し小さめなんです。もしかしたらPさんの背中くらいまでしか、雨を防いであげられないかもしれません」

P「……」

違う、分かってる。

少し上を見上げれば、傘の中心が頭上に来ていて。

俺の身体は殆ど覆われているし、つまりそれは背後に立つまゆを覆えていないって事で。

まゆ「……ですから、もしPさんの顔が濡れていたとしても……それはきっと、雨のせいです」

P「……ほんと、ありがとな……まゆ……」

……あぁ。

自分で思っていた以上に、李衣菜への想いは大きかったみたいだ。


84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/07(土) 22:14:57.26 ID:V88bu11zO
むぅ、なかなかほろ苦い展開になってきてるな
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/08(日) 00:48:23.28 ID:VIW7dMSh0
まゆはどのルートでも献身的でいい子だよなぁ…
86 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/08(日) 22:23:01.34 ID:setlTskAO



ピピピピッ、ピピピピッ

朝だ、朝が来た。

何が素晴らしい朝だ、何が希望の朝だ。

喜びに胸を開ける程俺の心に余裕は無い。

ただの朝なら良かった。

問題は、色々あった週末が明け最初の月曜日の朝という事だ。

パンッ!

自分の頬を両手で叩いて気合を入れる。

いつも通り、普段と同じ様に。

それに、沈みまくってた昨日よりは幾分かマシな気分だ。

コンコン

P「はーい、姉さん?」

ガチャ

李衣菜「はろーP、もう起きてるみたいだね」

P「……よっ、李衣菜」

大丈夫、いつも通りだ。

凹んだ感じで気不味くなりたくは無い。

李衣菜「もう美穂ちゃんも来てるよ。早く着替えて朝食の準備ヨロシク!」

P「任せろ、夜には食べられない様な朝食を準備してやる」

李衣菜が下へ降りて行った。

P「……はぁ……」

いつも通りに振舞えていただろうか。

正直自身は無い。

もう一度頬を叩いて気分を入れ替える。

前までと同じ通り、大丈夫、きっと美穂も李衣菜もいつも通りだから。

制服に着替え、歯と顔を洗ってリビングへ向かう。
87 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/08(日) 22:23:33.74 ID:setlTskAO



文香「おはようございます、P君」

美穂「あっ。おはようございます、Pくん!」

P「おはよ、美穂、姉さん」

……良かった。

美穂とも、特に気不味くなったりしていない。

李衣菜「昨日、前から好きだったロックバンドのライブに行って来たんだけどさ」

美穂「ライブかぁ……わたしも一回は行ってみたいな」

P「李衣菜ー、野菜切っといてくれないかー?」

李衣菜「お、任せて!」

美穂「わ、わたしも手伝いますっ!」

P「いいって、美穂はお客さんだから」

李衣菜「私は?!」

P「李衣菜だろ?」

李衣菜「合ってるけども!」

やってみればなんて事は無い。

いつも通りの朝の風景がそこにはあった。

もしかしたら、美穂も李衣菜も俺が思った以上に気にしていないのかもしれない。

憂鬱にため息で部屋を埋めた時間が馬鹿だったみたいだ。

李衣菜「帰りに持ってなかったCD買っちゃったりしてさ、もうお財布空っぽだよ……」

美穂「李衣菜ちゃんの空っぽはわたし達にとっての満腹なんじゃないかな……」

李衣菜「そこまでお金持ちじゃないよ?!」
88 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/08(日) 22:24:01.18 ID:setlTskAO


P「っし、運んでくれー」

文香「……ふむ……」

朝食を運んで、食卓を囲む。

李衣菜がライブの話をして、もうすぐゴールデンウィークだななんて話もして。

食べ終えたら片付け、洗い物を済ませて家を出る。

P「今日って小テストとかあったっけか?」

李衣菜「二時間目に英単語の小テストがあるよ」

P「げ、マジか。範囲すら覚えてねぇや」

美穂「えっと、前回が三十ページまでだったから……」

なんて事ない会話をしながら、学校へ向かう。

いつも通り、週末の話さえ触れなければ……

89 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/08(日) 22:24:32.42 ID:setlTskAO



加蓮「おはよー鷺沢」

まゆ「おはようございます、Pさん」

P「おはよー」

教室に入ると、まゆと加蓮が声を掛けてきた。

どうやら智絵里はまだ来ていないらしい。

まゆ「……ふふ、元気そうですね」

P「おう、それだけが取り柄だからな」

加蓮「バカも立派な取り柄なんじゃない?」

P「長所の説明でバカですって言う奴いると思ってるのか?」

李衣菜「Pは英単語覚えなくていいの?」

P「あ、そうだったそうだった」

加蓮「え、何今日小テストとかあったっけ?」

李衣菜「加蓮ちゃんも……」

まゆ「加蓮ちゃんは一人で単語帳と睨めっこしてて下さい」

加蓮「どうやったら勝てるの?!」

まゆ「……全部覚えれば勝ちだと思いますよぉ」

そうだそうだ、英単語覚えないと。

一時間目の授業も使えば多分覚え切れるだろう。
90 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/08(日) 22:24:59.35 ID:setlTskAO



ガラガラ

智絵里「おはようございます……」

美穂「おはよう、智絵里ちゃん」

李衣菜「おはよー」

智絵里「……あ、美穂ちゃん……その……誘ってくれて、ありがとございました」

美穂「え、何に?」

智絵里「えっと、金曜日のカラオケに……」

美穂「……あ…………うん!また一緒に行こうね!」

智絵里「……?」

美穂が一瞬戸惑った様な反応をしていたのが、耳に入ってきた。

俺もまた、心臓が跳ね上がる。

そちらに向けられた意識を英単語帳に無理やり戻す。

出来ればその辺の話題は出さないで欲しい。

うん、聞かなかった事にしよう、多分その方がお互いに……

加蓮「あー覚えらんない!」

まゆ「土日があったんですからその間に覚えれば良かったんですよぉ」

加蓮「覚えてなかったんだからしょうがないじゃん!」

まゆ「英単語よりもスケジュールをきちんと覚えましょうね」

加蓮「どの道出掛けてたから覚えててもやってなかったと思うけどね」

李衣菜「ちゃんとやろうよ……」
91 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/08(日) 22:25:25.23 ID:setlTskAO


美穂「加蓮ちゃんは何処に出掛けてたんですか?」

加蓮「病院とハンバーガーショップ食べ歩き」

李衣菜「健康と不健康の両立っぷりが凄いね」

加蓮「李衣菜は土日何してたの?」

李衣菜「えっ……?昨日はライブに行ってきたんだ」

加蓮「へー、李衣菜ってそういうの興味あったんだ」

李衣菜「私の人生はロックに形作られてるからね」

加蓮「今度CDとか貸してくれない?」

李衣菜「いいよ、明日持ってくるね」

加蓮「で、土曜は?真面目ちゃんな李衣菜は家でお勉強?」

李衣菜「んー…………まぁ、CD買いに行ったり色々してたかな」

まゆ「……」

言葉を濁す李衣菜。

再び、俺の心臓が跳ねた。

思い出したく無いし、出来れば忘れたい。

気にせず振る舞うにも、思い返す度にしんどくなるから。

居心地が悪くなって、俺は教室を出た。

92 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/08(日) 22:25:51.28 ID:setlTskAO



美穂「あっ……」

P「……あ」

反対側の扉から、美穂も廊下へ出て来た。

美穂も居心地が悪くなったのだろうか。

美穂「……えっと、英単語覚えられそうですか?」

P「……ん、まぁまぁかな。多分二時間目までには」

美穂「……頑張って下さいね」

P「おう」

美穂「…………」

P「…………」

会話が続かない。

前まではどんな会話をしていただろう。

よそよそしいにも程がある。

気不味い空気に耐えられなくて、俺はトイレへと向かった。

P「……はぁ…………」

誰も居ない空間で、大きく溜息を吐く。

思った以上に難しいいつも通りが、想像以上に心を締め付ける。

こんなにも会話は難しいものだっただろうか。

こんなにも会話は気を使ってするものだっただろうか。

あんなに楽しかった筈の美穂と李衣菜との会話が、今では苦しいだけだ。

教室に戻るのが嫌で、気不味い雰囲気になるのが嫌で。

HR開始ギリギリまで、俺は廊下を歩きまわり続けた。

93 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/08(日) 22:26:55.78 ID:setlTskAO



李衣菜「ふー、終わり!帰ろ!」

六時間目が終わって、ようやく学校から解放された。

加蓮「ねえ李衣菜、ゲームセンター行かない?」

李衣菜「ん、おっけー!」

加蓮「鷺沢と美穂もどう?」

まゆ「まゆと智絵里ちゃんを忘れてますよぉ!」

加蓮「しょうがないなぁ、まゆも来る?」

まゆ「ついで扱いする様な人と遊びに行きたくなんてありませんよぉ!」

美穂「えっと……わたしは、お買い物しないといけないから……」

P「あー……俺は帰って姉さんの手伝いしないといけないんだ」

もちろんそんな予定なんて無い。

でも、今は李衣菜と一緒に居るのは避けたかった。

まゆ「智絵里ちゃん、二人で何かスイーツでも食べに行きませんか?」

智絵里「……ごめんね、まゆちゃん。わたし、今日は早く帰って来てって言われてるから……」

まゆ「……加蓮ちゃん、どうしてもと言うならまゆも一緒に遊びに行ってあげますよぉ?」

加蓮「んふっ」

まゆ「加蓮ちゃんがそこまで言うなら仕方ありませんねぇ!」

李衣菜「認識のすり替え凄いね」

鞄を持って、さっさと教室を出る。

楽しそうにしてる李衣菜の邪魔しちゃ悪いし。

そう誰にでもなく言い訳して、俺は下駄箱へと向かった。

美穂「……あ……」

P「……あ、美穂」

美穂「……また明日ね、Pくん」

P「……おう、また明日な」

前までだったら、一緒に帰ろうなんて声を掛けてた筈なのに。

楽しく会話しながら、名残惜しくもまた明日と笑って手を振ってたのに。

そそくさと靴を履き替えて校舎から出て行く美穂の背中を、俺はただ眺めているだけだった。


94 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:24:40.81 ID:bpu1cxXj0


P「ただいまー姉さん」

文香「あら……お帰りなさい、P君。お早い帰宅ですね」

家に着いて、部屋の扉を閉め床に寝っ転がる。

なんもしたく無い。

自分で思っているよりも、精神が磨り減っていたらしい。

面白いくらい何もする気力が湧かず、床に敷かれたカーペットの一部になろうとしていた。

P「はぁ……」

今日一日で、果たしてどれだけ溜息を吐いただろう。

溜息コンテストがあれば優勝出来そうな回数だと思う。

記録は現在も更新中で、部屋はどんどん溜息で満ちてゆく。

コンコン

P「……はーい」

扉が開かれた。

文香「……荷物が届いたので、運ぶのを手伝って頂けますか……?」

P「ん、あいよ」

むしろ丁度良い。

今は何も考えず、身体を動かしていた方が楽だろう。

うちの店は良い、静かで基本誰も来ない。

ただ黙々と本を運んで、ついでに棚の掃除とかしてみる。

普段だったら絶対進んでやろうとは思わない作業が、今は心地良いくらいだ。
95 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:25:27.75 ID:bpu1cxXj0



文香「……重症ですね……」

P「ギリギリ致命傷だよ」

文香「一昨日帰って来た時よりは幾分か明るくなっていますが……それにしても……」

P「……大丈夫だよ、姉さん」

大丈夫な訳が無い。

振られた時もだが、それ以降の居心地の悪さが堪らなく嫌だ。

無理しているのが見て取れるのに、それでもよそよそしくも明るく振る舞う美穂も。

あんなに何も考えずに会話していた李衣菜と、話題を探り探り話すのも。

距離の開いてしまった日々が、多分これからもこのまま狭まらずに続くであろう事が。

何から何まで、全部憂鬱だ。

文香「……P君。辛くなったら、吐き出しても良いんですよ……?」

P「まぁなんとかなるよ」

ならないだろう、そんな事なんてとっくに理解してるさ。

少なくとも、俺たちはきっとこのままでいようとする。

明日の朝もまた李衣菜と美穂は家に来て。

一緒に朝ご飯を食べて、当たり障りの無い会話をしながら登校して。

二人きりになる事を避けながら六時間目まで乗り越え。

遊びに行く事無く一人で帰る。

そんな、なって欲しくなかった日々がこれからも続く。

それでも俺が何も出来ないのは、本格的に壊れて離れるのが怖いから。

今よりもっと関係が悪くなるのが嫌だから。

だからきっと、李衣菜も美穂もこのまま何も無かった事にしようとするだろうし。
96 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:26:33.35 ID:bpu1cxXj0



P「……後悔塗れだよ、ほんと」

あの時、浮かれた気分で李衣菜に告白しなければ。

いや、それより前に美穂の告白を断らなければ。

こんな風にはなって無かったんだと思うと、後悔で胸が押し潰されそうになる。

文香「……ふふ、P君」

P「ん、何?姉さん」

文香「…………はぁ」

P「えなんで溜息吐かれたの?」

文香「いえ……自分の幼さが嫌になってしまって……」

P「大学生が何言ってるのさ」

文香「精神的な話です……それはさておき」

なんだか、嬉しそうな、寂しそうな文香姉さんは。

俺に次の段ボールを渡しながら、笑って言った。

文香「……私は、いつでも家に居ますから……」

P「ん、それは知ってるけど……」

文香「何があっても、変わらず……ですから、安心して下さいね?」

……どうやら、文香姉さんには大体全部お見通しみたいだ。

だからこそ、変わらずなんてあやふやな言葉を言ってくれたんだろう。

P「……ありがと、姉さん」

文香「ところで夕飯なのですが、気になる料理を知ったので……」

P「あ、作れと」

こんな、当たり前のやり取りが出来る事が嬉しくて。

遠慮も無しにそんな風に言ってくれるのが心地良くて。

少しだけ、気が楽になった。

97 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:28:15.02 ID:bpu1cxXj0


P「あー……はぁ……」

土曜日、午前中。

俺は部屋をため息で埋め尽くしていた。

正直、めちゃくちゃ疲れていた。

俺はこの一週間、前までと同じ様に美穂と李衣菜と会話出来ていただろうか。

出来てないだろうな、そんな事分かってるさ。

にしても一週間のうちで一日しかない土曜日を朝からため息で潰すなんてなんたる贅沢だろう。

時間と酸素が無駄な事この上ないが、困った事に何かをする気力が湧かないのだから仕方無い。

湧き上がるのは疲れとかしんどさとかマイナス方面のその辺だ。

コンコン

P「……はーい……」

文香「……お腹、空きませんか?」

P「別に……」

文香「そうですか……ですが、私は空腹です」

P「……え作れと?なんかこう沈んでる感じの従兄弟に飯を作れと?」

文香「……私が作っても構わないのですが……きっと、後悔しますよ?」

P「はいはい、作るから待っててって」

項垂れてたって仕方がない。

……なんて考えでやりくり出来る程俺のメンタルは強くないが、まぁ文香姉さんに迷惑掛ける訳にもいかないし。

文香姉さんもきっと気晴らしになると思って言ってくれてるんだろう……と信じたい。

心はそのまま足だけ立たせてなんとか着替えて下へと降りる。
98 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:29:03.97 ID:bpu1cxXj0


加蓮「はろー鷺沢」

加蓮が居た。

P「おっけー加蓮、出口は入口と同じ場所だぞ」

加蓮「折角来てあげたのに酷くない?うわ髪ボサボサじゃん」

P「ナチュラルな感じに仕上げてるんだよ。どうせ客じゃないんだろ?」

加蓮「お客様だよ?モーニング定食一つで」

P「注文と支払いは駅前のファミレスでお願いします」

加蓮「で、勝手に食パン焼いちゃったけどそれでいいよね?」

P「まぁセルフでやってくれるなら……」

というか文香姉さん、初めて家を訪ねて来た弟の友達に朝ご飯作らせるなよ。

文香「P君の友達に悪い方はいないかと……」

加蓮「そもそも鷺沢は友達少ないしね」

P「加蓮よりは多いぞ……多分」

加蓮「鷺沢増えてよ」

P「ワカメでよければ」

加蓮が食パンを焼いてる隣でワカメと卵のスープを作る。

うん、いい香り。

加蓮「折角私が来てあげたんだからもう少し喜んだら?」

P「残念な事に今心の余裕が無いんだよ」

加蓮「ねぇ、この後遊園地行かない?」

P「ねぇ今の俺の言葉聞いてた?」

加蓮「聞いてた上で言ってるんだけど?!このワカメ男!」

P「なんで俺キレられてんの?」

加蓮「どうせ私みたいな女には新鮮なワカメじゃなくて乾燥ワカメで十分だって思ってるんでしょ!」

P「そんな事考えた事すらねぇよ!」

加蓮「もっと私の事考えてよ!」

P「考える内容ワカメで良いのか?!」

加蓮「あんたの脳にはワカメでも詰まってんの?!」

P「脳に決まってんだろ!」

文香「神聖なるキッチンでは、お静かに……」

なんで俺怒られてんの?

まぁ理不尽なんていつも通りか、世界は理不尽に満ちてるし。
99 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:29:42.32 ID:bpu1cxXj0



トーストとスープとソーセージを運んで、食べる。

美味しい、思ってたよりお腹が空いてたようだ。

加蓮「で、鷺沢はこの後暇なんでしょ?」

P「今日は家で寝てたい気分なんだよ、そのうちな」

加蓮「そのうちっていつ?今日ダメなら数学的帰納法を用いるといつでもダメになるんだけど?」

P「そのうちはそのうちだよ」

加蓮「知ってるよ、そう言って先延ばし先延ばしにするつもりでしょ?」

P「じゃあ二百年後な」

加蓮「遊園地がまだやってるか分かんないでしょ?!」

P「まず俺たち多分生きてねぇよ」

加蓮「知らないの?ワカメって健康に良いんだよ?」

P「うん、限度がある」

加蓮「こないだ鷺沢の代わりに屋上行ってあげたじゃん」

P「……あー、忘れてた」

加蓮「という訳で、今日は私とデートね。いい?いいよね?」

押しが強いな。あと多少メンドくさい。

まぁ、暇っちゃ暇だったし良いか。

加蓮「さ、そうと決まったら早く食べて出掛けるよ」

P「はいはい、後片付けするから待ってろ」

文香「……ふふ」

P「どうしたの、姉さん」

文香「加蓮さん、でよろしかったですよね?」

加蓮「はい、よろしいですけど?」

文香「……P君の付き添い、よろしくお願いします」

加蓮「泥舟に乗った気でいて下さい!」

P「それ沈むじゃん。大船じゃないのか」

加蓮「タイタニックの方がいい?」

P「どの道沈むのか……」

100 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:30:17.57 ID:bpu1cxXj0


加蓮「遊園地!ジェットコースター!ポテト!メリーゴーランド!!」

P「……テンション高いな」

遊園地のチケットを買って地図と一緒に渡すと、加蓮のテンションが凄い事になっていた。

一つ完全にアトラクションじゃ無いものが混ざっていた気もするが。

加蓮「あ、遊園地の地図?ジェットコースターの後はこれも乗ろっか」

P「なんだお前、ジェットコースター好きなのか?」

加蓮「ううん。乗った事無い。昔はこういう所に来る許可、出してくれなくてさ」

P「……今日はその分、沢山楽しもうな」

気乗りはしなかったが、来たからには楽しもう。

気分転換は大事だし、というかテンション上げとかないと明後日からもいつも通りに振る舞える気がしないし。

それに加蓮がこんなに楽しそうなのに、水を差すのも悪いよな。

……いや悪くないけど、強引に連れて来られたのはこっちだけど。

さて、そんな感じで柄にも無く考え事をしていたせいで。

ここのジェットコースターがどれほどエグいものか、完全に失念していた。

P「……な、なぁ加蓮!やっぱジェットコースターはやめとかないか?」

加蓮「え、何々?ビビってるの?」

P「えぁ……そうじゃなくてさほら、行列長いし後ででも良いんじゃないかなって」

加蓮「うわダサっ、言い訳とか女の子にモテないよ?」

P「はっちげーし、言い訳なんかじゃねぇし」

加蓮「じゃあ乗れるよね?」

P「当たり前だ、ジェットコースターなんざ二百年に比べれば一瞬だからな」

仕方がない、覚悟を決めろ俺。

朝ワカメ食べたし、多分きっと身も心も成長してる筈だ。

P「……んじゃ、並ぶか」

久しぶり、サイクロンツイスタータイフーンハリケーン。

裁判所の被告人席に赴く様な足取りで、俺は行列の最後尾に立つ。

加蓮「ところで、ここのジェットコースターってどんな感じなの?」

P「一言で言うと……走馬灯だな」

加蓮「ごめん、ちょっとよく分かんない」

101 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:31:05.38 ID:bpu1cxXj0



加蓮「……楽しかったね……二度と乗らない」

P「あぁ……楽しかった」

二人並んで、ベンチに沈み込む。

やっぱりあのコースターは人類には早過ぎるって。

P「ギネスだもんな……速さも高さも……」

加蓮「世界って、広いね……」

P「次……何乗る……?」

加蓮「ちょっとだけ待って……今動くと二度と動けなくなりそう」

ようやく二人の息が落ち着いてきた。

加蓮「……ふぅ、どうしよっかなー。何かオススメとかある?」

P「前来た時平和だったのは……まぁメリーゴーランドとか観覧車かかな」

アトラクションのオススメの枕言葉に平和だったのはってどうなんだろう。

加蓮「前は誰と来たの?」

P「前来たのは二年に上がりたてで……確か美穂と李衣菜と智絵里だ」

そうだ、あの日に俺はここの観覧車で美穂に……

加蓮「……今、誰の事考えてる?」

P「ワカメ漁師」

加蓮「きっと健康な人生を過ごしてるんだろうね」

P「老後も髪の毛ふさふさなんだろうな」

加蓮「……さ、次のアトラクションに行こっか。ジェットコースター以外に名物ってあるの?」

P「この遊園地は名物じゃないやつ探す方が難しいけど……そうだな、お化け屋敷とか」

加蓮「じゃ、それ行くよ」

正直めちゃくちゃ入りたくないけど。

まぁ二回目だし大丈夫だろ。

戦慄ラビリンスの行列も、相変わらず長かった。

加蓮「へー、かなり怖そうだね」

P「しかも同時入場二人までだからな。数で押す戦法が使えないんだよ」

加蓮「で、ここのお化け屋敷って廃病院モデルなんだっけ」

廃病院モデルって何だよ。

いや多分そうだとは思うけど。

加蓮「私が見定めてあげないとね。この病院マイスターの北条加蓮が」

P「お前が入院してたの廃病院だったのか?」

102 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:31:46.50 ID:bpu1cxXj0



P「ほい加蓮、ポテト買って来たぞ」

加蓮「ありがと鷺沢」

お化け屋敷、メリーゴーランド、コーヒーカーップ、フリーフォール、迷路とひたすら遊び倒して。

そろそろ一旦休憩という事で、屋台でトルネードポテトを買って食べる午後三時。

良い感じに、お互い疲れが溜まり始めていた。

加蓮「凄いね、ここの遊園地だけで何個ギネス取ってるんだろ」

P「独占禁止法守るべきだよな」

加蓮「違法じゃん、違法遊園地じゃん」

なんかアブナイ響きだな。

P「俺もう結構疲れてきたわ」

加蓮「まだ乗ってないのは……観覧車だね」

P「日が沈み切る前に乗るか」

加蓮「何周する?」

P「そんな周回が必要なアトラクションだっけ」

加蓮「あと全部もう一回ずつ乗りたいな」

P「元気有り余ってるなぁ……倒れるぞ?」

加蓮「だいじょぶだいじょぶ、朝ワカメ食べたから」

俺たちのワカメに対する絶対的な信頼はなんなんだろう。

心の支えにしては些か柔らか過ぎる気もする。

加蓮「さてと、次のアトラクション乗ろっか。ほら鷺沢、早くエスコートしてよ」

P「何に乗りたいんだ?」

加蓮「えっとね、これとこれとこれとーー」

103 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:32:22.71 ID:bpu1cxXj0



P「帰る時間もあるし、これが最後かなぁ」

加蓮「おっけー。さ、乗ろ?」

二人で観覧車に乗り込む。

少しずつ登るゴンドラと反対に、太陽は少しずつ沈み始めていた。

P「確か一周三十分弱だった筈だぞ」

加蓮「で、前回は誰と二人で乗ったの?美穂?」

P「……お前すごいな」

加蓮「でしょー。褒めて褒めて」

いやほんと、何で分かるんだ。

……キスされた事は黙っておこう。

加蓮「……はいはい、こういう時は他の女の子の事考えない。顔に出てるよ」

P「そんな分かりやすい男だったかなぁ俺って」

加蓮「さぁ、私は鷺沢以外に男友達いないから分かんないけど」

観覧車の高さが半分ほどを超える。

地上にいる人達は、もう点にしか見えない。

104 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:33:07.65 ID:bpu1cxXj0



加蓮「……あの、さ。今日はごめんね?」

なんだ、突然真面目な顔して謝るなんて。

この後俺は処刑されるんだろうか。

まぁ死にはしないか、朝ワカメ食べたし。

加蓮「この一週間鷺沢がなんか悩んでたみたいだからさ。気晴らしにでもなればって無理やり誘っちゃって」

P「……あぁ、良いよ別に。楽しかったし」

寧ろ感謝してるくらいだ。

多分あのまま家で寝ていたら、翌日も同じテンションだっただろうし。

加蓮「で、何があったの?失恋?あとその後の気不味さとか?」

P「……お前凄いな」

加蓮「……えっ?ほんとに?」

P「おう、嘘だったら良かったんだけどな」

加蓮「……めんご?」

P「謝罪する気ねぇだろ」

加蓮「まぁだって最初から分かってたし、色々と」

P「それも顔に出てたか?」

加蓮「月曜日の鷺沢見てればね。鷺沢みたいなのがあんなに凹んでるなんて、それくらいしか無いでしょ」

P「無くしたと思って再発行したコンビニのポイントカードが直後に見つかった時も凹むぞ」

というか、凹んでる様に見えてたか……

上手く取り繕えてると思っていたが、はたから見たら分かり易かったのかもしれない。

加蓮「はいはい。で、誰に振られたの?まぁ一人しかいないけど」

P「この地上には数十億の女性が居るんだぞ?一人をドンピシャで当てるなんて」

加蓮「李衣菜でしょ?」

P「……宝くじの一等以上を狙える確率だぞ」

加蓮「ちゃんと告白したんだ」

P「まぁな」

加蓮「私への返事を保留にしておきながら、鷺沢は他の女の子に告白したんだ?」

P「……ごめん」

そうだ。

俺は、本当に自分勝手で……
105 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:33:53.33 ID:bpu1cxXj0



加蓮「で、それだけじゃ無いでしょ?」

P「……美穂に、返事をしたんだ」

加蓮「なんって?」

P「他に好きな人がいるって」

加蓮「で更にその好きな人に振られちゃった訳だ。気不味いやつじゃん」

P「…………」

加蓮「なんて、ちょっと意地悪だったよね。今のはちょっとした仕返しだと思って流してくれると嬉しいかな」

P「……それでさ、まぁ今まで通りに振る舞おうと思ってたんだけど……こう、疲れちゃってさ」

加蓮「見てて思ったよ。なんだか三人がよそよそしいなーって」

P「振られるのも、返事を貰えないのも、今まで通り振る舞うってのも……しんどいよな」

加蓮「ま、私は自分からいずれで良いって言った訳だし」

P「言わせちゃってたんだろ、俺の態度が」

加蓮「……その場で返事が欲しいって言えなかった私も…………過ぎた事はしょうがないよ、もう」

P「……ごめん」

加蓮「謝らなくて良いって」

P「あと今日はありがとな、楽しかったよ。明後日からはまたテンション上げて生きていけそうだ」

加蓮「なら良かった。私も楽しかったよ」
106 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:34:38.28 ID:bpu1cxXj0



そろそろ観覧車が頂上に着きそうな時。

また、加蓮の表情は少し翳った。

加蓮「……で、さ。鷺沢はもう諦めちゃうの?」

P「……まぁ、これからも前までと同じ通りにって言われちゃったしな」

加蓮「……ふふっ。それで良い、って本気で思ってるなら普通そんなに悩まないのにね」

見透かした様に笑う加蓮。

加蓮「それに、私は李衣菜が言った言葉じゃなくて鷺沢の気持ちを聞いてるんだけど」

俺の気持ち、か。

俺の気持ちは……

P「これで諦めないとか見苦しくない?」

加蓮「……ねぇ、鷺沢には今の私は見苦しく見えてる?」

P「いや、そういうつもりで言った訳じゃ……」

加蓮「……必死で良いじゃん、好きなら。好きなものを手に入れようと必死になるって見苦しい事なの?」

加蓮「一度振られたぐらいで諦めちゃうの?鷺沢は、それで諦められちゃうの?」

加蓮「好きなんじゃないの?他の子の想いを断ってでも、李衣菜と付き合いたかったんでしょ……?」

加蓮「……本当に、これからも友達でいたい、って……友達で良いって思ってるの……?」

俯く加蓮の表情は見えないけれど。

声も、肩も震えていて。

P「それは……」
107 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:35:20.67 ID:bpu1cxXj0



加蓮「だったら、さ……ねぇ、鷺沢」

目に涙を浮かべて。

加蓮「……私と、付き合ってよ」

それでも加蓮は、笑って言ってくれた。

加蓮「今日誘ったのってさ、もちろん疲れてる鷺沢が見てられなかったからっていうのもあるけど……今ならいけるかな、って思っちゃったからなんだ」

加蓮「……卑怯だよね。鷺沢が辛い思いをしてるは分かってたのに、そこにつけ込むみたいな真似してさ」

加蓮「見苦しくても、必死になっても……それでも私は、鷺沢の事が諦められなかったから」

加蓮「……さっき言ったのも、全部自分に向けての言葉。諦めようって思って、一回は諦めて。それでもやっぱり諦められなくて……」

加蓮「……うん、よし。ねえ鷺沢。私、今日すっごく楽しかった。一緒に朝ご飯食べて、一緒に遊園地に来て、一緒に遊び回って」

加蓮「私だけかもしれないけど、デートみたいって心の中で舞い上がってた。こういう事を一緒にしてくれる人が……私にとって、鷺沢が初めてだったから」

加蓮「鷺沢もそう思ってくれてたら良いな。隣に私が居て欲しいって、そう思ってくれたら嬉しいな……なんて、ずっと思ってた」

加蓮「だから……P」

言葉の続きは分かっている。

きっと加蓮も、俺の返事を分かっている。

それなのに、泣きそうな程辛そうなのに。
108 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:36:02.22 ID:bpu1cxXj0




加蓮「……好きだよ。私と付き合って」

最後まで、想いを言葉にしてくれた。

こんなに可愛くて、強くて、優しい女の子に。

観覧車の頂上なんていうロマンチックな場所で告白をされて。

手を伸ばせば、直ぐにでも抱き締められる距離にいるのに。

……李衣菜の声が、言葉が、笑顔が。

心から離れてくれなくて。

P「……ごめんな、加蓮。俺、やっぱりまだ諦められてないみたいだ」

加蓮「……ふふっ、知ってた」

P「バレてたか」

加蓮「うん、バレバレ。また、みんなで遊びに行こうね」

P「行きたいな、また」

加蓮「気不味いのは嫌だよ?みんな、私にとって大切な友達なんだから」

はぁ、と。

大きく溜息を吐いて。
109 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/12(木) 18:37:00.00 ID:bpu1cxXj0




加蓮「あ、そう言えば今日全然写真撮ってなかった」

P「撮ってやろうか?」

加蓮「何でそこでツーショットって選択肢を思い浮かべられないの?」

P「いやほら、夜景をバックに的なあれかなーと」

加蓮「はいはい、撮るから隣空けて」

言うが早いか、加蓮がこっち側の席に移動してくる。

隣に座った加蓮が、インカメにしてカメラを此方に向ける。

加蓮「はい、チーズ」

加蓮が撮影ボタンを押すタイミングに合わせて、俺は瞬きを止める。

けれど、加蓮は撮影ボタンを押さず。

P「……加蓮?」

撮らないのか?と尋ねようとした時。

俺の頬に柔らかいものが触れた。

加蓮「……ふふっ、隙だらけ。私がその気なら……簡単に唇奪えちゃったんだよ?」

P「……気を付けるよ。とはいえ……」

咎めようとしたが。

俺の腕を握る加蓮の身体が震えている事に気付いて、俺は言葉を飲み込んだ。

加蓮「……怒っていいんだよ……?」

P「……ごめん」

加蓮「……怒ってよ」

P「……ありがとう、加蓮」

加蓮「……っ!うぁぁ……もう……っ!鷺沢がそんなんだから……私は……!」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮「……うぅっ……何……?」

P「……ほんとに、ありがとな」

加蓮「……うん……感謝してね」

それから、観覧車が地上に戻るまで。

加蓮の泣き声だけが、狭い空間に響き続けた。


110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/13(金) 12:21:27.97 ID:xMYckrnj0
あ〜加蓮かわいい辛い
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/15(日) 13:09:30.71 ID:rVmQnnGe0
ゔぁああああああああーー
なんとなくだけどこの加蓮はツーショット写真撮ってたらりーなに送って焚き付けそう。他の子とイチャイチャする写真を見せつけられて我慢できなくなるりーな……良いと思います。
112 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:10:41.72 ID:PrjJk7aY0


ピピピピッ、ピピピピッ

P「……っし!」

月曜日の朝が来た。

起きた。

珍しく憂鬱にならずシャキッと起床する。

窓を開けて深呼吸とかしてみる。

朝の空気が美味しい気がしないでもない。

花粉症じゃなくて良かった。

コンコン

P「起きてるぞー」

文香「……おはようございます、P君」

P「おはよ、姉さん」

文香「……ふふ。先週より、明るい朝ですね」

P「夏が近づいて来てるからかな」

文香「まだ四月で……そもそも、そういう意味ではありませんが……」

P「あ、姉さんも空気吸ってみたら?割と美味しいぞ。五大元素の味がする」

文香「私はまだ仙人や賢者では無いので……」

P「マジか。もしかして俺、土曜に悟り開いたのか」

ん、そう言えば。

P「今って李衣菜も美穂も来てない感じ?」

文香「……そうですね。まだどなたも来ておりませんが……」

いきなり出端を挫かれた気分だ。

意気込み新たにリニューアルした俺の振る舞いを振る舞うチャンスだったのに。

……いや、そうでもないな。

来てないって事は、多分あいつらも気不味さを感じていたって事だろう。

だとすれば、現状を変えたいって思いもある筈だ。
113 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:12:20.43 ID:PrjJk7aY0


P「希望が見えてきたぞ」

文香「……いよいよ宗教染みてきましたね……」

P「よーし、折角だし姉さんにも何か授けてしんぜよう!」

グルグル腕を回す。

ガンッ

鞄に当たった、痛い。

P「やべっ」

文香「……まったく……調子に乗り過ぎです……」

倒れた鞄は運悪く開いていた様で、中身が飛び出てくる。

P「あ!姉さん!触ると危険だから退がってて!」

文香「何を慌てて…………」

文香姉さんが拾ってくれようと、足元の本に手を伸ばして……

文香「……………………」

ブックカバーの外れたそれは、禁断の書だった。

従来の本と違い、表紙は肌色の面積が非常に広く。

ある一定の基準を満たしていないと、手にする事は許されないもの。

まぁ……うん、有り体に言えばエロ本なんだけど。

ついでに俺はその基準をまだ満たしてないけど。

文香「……………………」

P「……言い訳をさせて下さい」

ただのエロ本なら良かった。

いや良くないけど。

けれどその本の表紙に写ったイラストは、今それを手にしている女性と非常によく似ていて。

文香「……この禁断の書で、P君は賢者になったのですね」

P「なってないです」

文香「なった事は……?」

P「……黙秘権で」

文香「ですが、煩悩が残っている様では……悟りを開くまではまだ遠そうですね……」

P「待ってくれ姉さん。違うんだ、たまたまお気に入りなやつの表紙が」

文香「P君……」

P「……はい」

文香「辛くなったら、吐き出しても良い……とは、言いましたが…………」

P「……いや、あの……」

文香「……っ!授ける、とは……まさか……」

P「違うから!」

文香「……私は……約束してしまいましたから……何があっても変わらない、と……っ!」

P「ごめんほんと哀しそうな顔やめて!まじで!ほんとごめんなさい!」


114 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:13:09.73 ID:PrjJk7aY0



P「はぁ……」

おかしい。

気不味い雰囲気を打破しようと意気込んだその朝に、家に帰るのが気不味くなってしまった。

いや多分文香姉さんはそこまで気にしてないだろうけど、俺が気にする。

通学路ってこんなに重力が強かっただろうか?

夏が近づいてるからかな、うん。

智絵里「あ……おはようございます、Pくん」

P「おう、おはよう智絵里」

下駄箱で上履きに履き替えていると、智絵里が駆け寄って来た。

俺に比べてなんて軽やかな足取りだ。

きっと彼女の付近は重力が従来の強さなんだろう。

智絵里「……えへへ……いつもより少しだけ早起きして良かったな……」

P「早起きは三文の得って言うしな」

智絵里「……下駄箱でPくんに会えたの、初めてだったから……」

そう言えば確かに、智絵里はいつも時間ギリギリに来てた気がする。

とはいえ、下駄箱で会うと何かあるのだろうか。

智絵里「……Pくんは、えっと……いつも結構早くに来てますよね」

P「早目に学校来て誰かと喋るのも楽しみの一つだからな。それでもまゆよりは遅いけど」

智絵里「……あれ?その……今日は、美穂ちゃんと李衣菜ちゃんは一緒じゃ……」

P「今日は一緒じゃないんだよ。珍しいだろ」

智絵里「……ですね」

P「ま、そんな時もあるさ」

智絵里「……そうですか」

教室に入る。

やっぱりまゆが居た、早い。

まゆ「おはようございます、Pさん、智絵里ちゃん」

P「おはよ、まゆ」

智絵里「おはようございます」

まゆ「先週とは見違える程明るくなりましたねぇ」

P「あー……やっぱり?」

智絵里「……教室の蛍光灯ですか……?」

まゆ「まゆがPさんと会ったのに開口一番蛍光灯の話をすると思ってるんですかぁ……?」

智絵里「で、でも……っ!蛍光灯さんだって精一杯輝いてるから……!」

まゆ「え、そこ食いつくんですか?」
115 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:14:11.83 ID:PrjJk7aY0



ガラガラ

加蓮が入って来た。

加蓮「おはよー。あ、蛍光灯変わった?」

まゆ「うわ居ましたよ開口一番蛍光灯の話するJK」

智絵里「……ほんとに居るなんて……」

加蓮「鷺沢だって気付いたでしょ?」

P「いや別に……」

加蓮「違いの分からない男はモテないよ」

P「って言うか多分蛍光灯変わってないぞ」

窓側の一本切れてる蛍光灯がそのままだし。

加蓮「……知らないの?人間は新陳代謝してるから変化しないなんて事は無いんだよ?」

智絵里「……蛍光灯は新陳代謝しないと思うけど……」

加蓮「…………」

まゆ「あらあらあらあら?アッラー?大丈夫ですかぁ?もしかして加蓮ちゃんにとっては蛍光灯がお友達なんですかぁ?」

加蓮「うるさいヤハウェ!この唯一神!」

まゆ「随分と崇高なアダ名を頂いちゃいましたねぇ……」

智絵里「……仲、良いなぁ……」

P「宗教開くか。俺仙人か賢者やるわ」

まゆ「……モードですか?」

P「やめて、マジで」

ガラガラ

美穂「……おはようございます……」

美穂が来た。

蛍光灯とは打って変わってやっぱり暗い。

……よし。

P「なぁ美穂、今から……なんか開くけど何が良い?」

美穂「……えっ?」

智絵里「……質問がアバウト過ぎるんじゃないかな……」

加蓮「何開く話してたっけ?」

まゆ「加蓮ちゃんは勉強会を開くべきだと思いますよぉ」

美穂「えっと、効率の良い睡眠の取り方なら教えられると思うけど……」

P「なんたって美穂は授業六時間まるまる使って睡眠時間を確保するもんな」

美穂「お、起きてる時もあるもん!」

加蓮「それ効率悪いからそうなってるんじゃない?」

美穂「違うもん!ちょっと睡眠燃費が悪いだけだもん!」

P「目指せ低燃費、一時間寝れば二十三時間働ける様になるのが目標だな」

美穂「そんな真っ黒な企業には就職したく無いです!」
116 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:15:01.94 ID:PrjJk7aY0



……うん、この感じ。

久し振りに美穂とアホな会話を出来た気がする。

P「なあ、美穂。今日って放課後空いてるか?」

美穂「……えっ?も、もちろんですっ!」

P「んじゃ、久し振りにゲーセンでも行くか!」

美穂「はいっ!」

智絵里「えへへ……」

……良かったー、断られなくて。

これで嫌ですとか言われたら心が折れてたと思う。

あとは李衣菜が来たらあいつも誘おう。

どうすれば良いかなんて分からないけど、分からないままじゃ絶対にいけないから。

きちんと、話をするべきだと思っていた。

ガラガラ

李衣菜「おはよー」

P「よっ李衣菜。お前が最後だぞ」

李衣菜「え?私が地球最後の人類?」

加蓮「勝手に私達を亡き者にしないでよ」

智絵里「本格的に何か開けそうですね……」

美穂「あ、一回帰って私服に着替えてからで大丈夫ですか?」

P「おう、もちろんもちろん。んじゃ一回帰って駅前で」

李衣菜「お、二人でデート?」

美穂「デートだなんて……えへへ……」

P「ん、そうだ」

智絵里「……あ、李衣菜ちゃん」

李衣菜「え?何?」

智絵里「えっと……良かったら、放課後二人で遊びに行きませんか……?」

李衣菜「ん、おっけー!」

……先約が出来てしまった様だ。

三人で遊びに行きたかったんだけどな。

加蓮「……まゆ」

まゆ「……ですねぇ、私達も遊びにいきましょうか」

加蓮「いや別に遊びに誘った訳じゃ無かったんだけど」

まゆ「うぅぅぅぅ……」

加蓮「……ゾンビの真似?」

まゆ「加蓮ちゃんよりは健康的だと自負していますよぉ」

李衣菜「って言うか普通に四人で遊びに行こうよ」

加蓮「許す」

李衣菜「許された」

智絵里「……許さない」

まゆ「なんですかこの会話……」

117 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:15:56.69 ID:PrjJk7aY0



六時間目が終わって、鞄に荷物を突っ込む。

うん、今日はなんだか楽しく過ごせた気がする。

P「んじゃ、また後でな美穂」

加蓮「また後でねー李衣菜、智絵里」

まゆ「まゆ!まゆ!まゆ!!」

加蓮「……何それ、引っ掛けのあれ?」

まゆ「まゆって十回言って下さい」

加蓮「まつげ」

まゆ「まゆですよぉ……」

みんなと分かれ、楽しかったテンションをそのままに俺は通学路を走った。

美穂も、このままでいたくないって思っていてくれたんだろう。

気不味い感じは美穂も嫌だっただろうし。

変わらないでいたいって言ってたからな。

P「……あ」

勢いで走って校舎を出たせいで、上履きを履いたまま帰って来てしまった。

もんの凄い時間のロスだけど、一回学校に戻るか……

一気にテンションが下がる。

下駄箱もこっちに向かって歩いて来てくれないかな。

あれだけ靴を収納してるんだから、一足くらい下駄箱に合うサイズの靴もあるだろうに。

ある訳ねぇだろ。

「ーーで、本当に良かったです」

「ーーっか、うんーーだね」

ん?下駄箱から誰かが会話してる声が聞こえてきた。

だんだんハッキリと聞こえてくる声は、美穂と李衣菜のものだった。

上履きのまま帰ろうとしてたなんてバレたくなくて、姿を隠して二人が帰るのを待つ。

美穂「……わたし、このままバラバラになっちゃうんじゃないかなって……ずっと不安だったんです」

良かった、と安堵の溜息を吐く。

やっぱり美穂も、そう思ってくれてたんだな。
118 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:16:38.07 ID:PrjJk7aY0


李衣菜「……ね、なんだか最近Pがよそよそしかったし。何かあったの?」

美穂「……えっと……実はわたし、一回振られちゃったんです」

李衣菜「え、美穂ちゃんが?!なんで?!」

……は?おい、李衣菜……

美穂「Pくん、その時は…………他に好きな人がいたんだって」

李衣菜「その時はって事は、今は違うって事?」

美穂「きっと、そうだと思います……だって、今日はPくんの方からデートに誘ってくれたんですっ!」

李衣菜「良かったじゃん!頑張ってね、美穂ちゃん!」

美穂「はいっ!」

美穂は楽しそうに返事をして、走って学校を後にした。

ははっ、なんて楽しそうなんだ。

それに対して、俺は。

下駄箱を挟んで反対側で、背中を凭れさせ息苦しさを感じていた。

俺はこの後、どんな気持ちで美穂と遊びに行けば良いんだ。

それに、李衣菜……

いや、李衣菜は李衣菜なりに美穂に気を使って、何も知らないかの様な反応をしたんだろう。

分かってる、そのくらい。

それでも……
119 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:17:22.59 ID:PrjJk7aY0


李衣菜「……はぁ…………」

まゆ「お元気そうですねぇ、李衣菜ちゃん」

李衣菜「……げ、まゆちゃんじゃん。まだ帰って無かったんだ」

まゆと李衣菜が会話する声が聞こえてきた。

正直もう帰りたかったが、今帰ろうとすれば間違いなくバレる。

さっきの会話を聞かれてしまったと分かったら、今まで以上に李衣菜と気不味くなってしまう。

上履き一つでこんなしんどくなる日が来るとは思わなかった。

まゆ「げ、とはまた素敵なご挨拶ですねぇ」

李衣菜「どっかの国では御機嫌ようみたいな挨拶だったりしないかな?」

まゆ「ご存知ありませんねぇ」

李衣菜「まぁいいや、帰ろ?」

まゆ「……ところで李衣菜ちゃん」

李衣菜「ん?何?私教室に何か忘れ物してた?」

まゆ「……はぁ……まゆとしてはあまり望んでいた展開では無いんですが……と言うよりも、最悪の展開なんですがねぇ……」

李衣菜「なにが?」

まゆ「李衣菜ちゃんがライバルになる事が、です」

李衣菜「……ライバル?テストの成績とか?」

まゆ「李衣菜ちゃんは……このままで良いと思ってるんですか?」

李衣菜「思ってないよ」

まゆ「だったら」

李衣菜「だから、ね?私は美穂ちゃんを応援する。それで良いじゃん」

まゆ「良いんですか?もしかしたらこの後、本当にPさんが美穂ちゃんと付き合ってしまうかもしれないんですよ?」

李衣菜「もちろん。私としても、それがベストだからね」
120 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:18:09.09 ID:PrjJk7aY0



ベスト、か……

美穂はどうやら、俺が李衣菜に振られた事を知らないみたいだし。

美穂と俺が付き合えば、今の気不味さも消える、と。

……仕方がないのかもしれない。

俺が、恋を知るのが遅過ぎたのかもしれない。

俺にとって、李衣菜は俺を変えてくれた大切な人だけど。

李衣菜にとって俺は、ただ単に友達のうちの一人なんだろう。

応援していた友達の恋愛が成就する。

振った相手の好意が別の人に向く。

確かに李衣菜からしたら、それが一番なんだろう。

まゆ「……まぁ、そうでしょうねぇ」

李衣菜「でしょ?」

まゆ「ただし当人の気持ちは考えないものとする、ですか」

李衣菜「美穂ちゃんと付き合えばすぐに消えるでしょ、私の事が好きだったなんて想いは」

まゆ「言ってて苦しくなりませんか?」

李衣菜「今更だよ」

まゆ「誤魔化しますねぇ」

李衣菜「会話の流れ的に、なんかもう誤魔化しても仕方がない気もするけど」

まゆ「ふふ、そうやって自分の気持ちも誤魔化していくつもりですか?」

李衣菜「さっすがまゆちゃん、踏み込むね」
121 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:19:11.57 ID:PrjJk7aY0



……ん?

まゆ「李衣菜ちゃんが美穂ちゃんを応援している様に、まゆはPさんの気持ちを応援しているんです」

李衣菜「美穂ちゃんとPが付き合える様に応援してあげない?」

まゆ「聞こえませんでしたか?まゆは、Pさんの気持ちを応援しているんです」

李衣菜「健気だね、まゆちゃん」

まゆ「李衣菜ちゃん程ではありませんよぉ」

李衣菜「なんでそこまでPに味方しようとするの?知り合ったのつい先日でしょ?」

まゆ「まゆにとってPさんは、Pさんにとっての李衣菜ちゃんの様な存在……と言えば、伝わりますか?」

李衣菜「……うっわ……ハズレくじ引いたね、まゆちゃん」

まゆ「うふふ。はい、とんだ貧乏クジだとは思っています」

なんとも酷い扱いだ。

まゆ「……ずっとこのままだなんて戯言を、本気で願ってるんですか?」

李衣菜「まゆちゃん、ストップ。それ以上はもうやめて?」

まゆ「……もし美穂ちゃんとPさんがお付き合いを始めてからも、同じ事を本気で願えるんですか?きっと二人の事を、誰よりも近くでずっと見続ける事になりますけど……それで、良いんですか……?」

李衣菜「……美穂ちゃんの想いを知った日から、私の心は決まってるんだよ……ま、今日のところは帰ろ?」

まゆ「いえ、今話すべきだと思います。ね?」

……どうやら、まゆは俺の存在に気付いている様だ。

にしても、俺にとっての李衣菜の様な存在……?

始業式の日に出会ってから、何かしらそういう風に思われる様な事を俺はしただろうか?
122 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:19:58.86 ID:PrjJk7aY0


まゆ「さっきまゆの言葉にストップを掛けたって事は……後悔してるんじゃないですか?」

李衣菜「良いんだよ、これで」

まゆ「まぁ兎も角、まゆはPさんに迷惑を掛けたく無いですし、Pさんに迷惑を掛けようとする人が大嫌いです」

李衣菜「ズバッと言ってくれるね」

まゆ「あら?心当たりがあるんですか?」

李衣菜「っ!だったら何?!」

李衣菜の声が、他に誰も残っていない昇降口に響いた。

李衣菜「しょうがないでしょ!美穂ちゃんにそんな事言える訳無いじゃん!!」

そんな事……?

まゆ「そんな事って何ですか?残念ながらまゆは心を読めないので、きちんと言葉にして頂かないと分からないんです」

李衣菜「分かってるから話しかけたんでしょ?!」

まゆ「ケンカ腰にならないで下さいよぉ、まゆ達まで気不味くなるなんて嫌ですから」

李衣菜「……うん、ごめん。私もそういう感じは、嫌だな」

まゆ「ですよねぇ。美穂ちゃんと気不味くなるのが嫌で想い人を振った人が言うと説得力が違いますねぇ」

李衣菜「っ!!」

パンッ!

乾いた音が響く。

まゆ「……え?李衣菜ちゃん……?」

李衣菜「……よしっ!うん、気分転換に自分を叩いてみただけ。さ、早く遊びに行こ?」

まゆ「……」

李衣菜「ほら、早く行かないと加蓮ちゃん達待たせちゃうよ」

まゆ「……ごめんなさい。まゆ、凄く酷い事を言っちゃって……」

李衣菜「良いって良いって。また後でね」

走って、李衣菜が校舎を後にした。

俺はその間、全く動けずにいて……
123 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:21:03.58 ID:PrjJk7aY0


P「……はぁ……」

大きな溜息を漏らす。

……なんだよ、李衣菜……

まゆ「……ごめんなさい、Pさん」

ひょっこりとこっち側の下駄箱に顔を伸ばしたまゆが、申し訳無さそうに笑っていた。

まゆ「李衣菜ちゃんの気持ち、まゆが思っていたよりずっと堅かったみたいです」

P「……いや、ありがとうまゆ」

おかげで、色々と知れた。

……いや、知ってしまった。

まゆ「……李衣菜ちゃんには、後でもう一度謝ります」

P「良い子だなぁまゆは」

まゆ「うふふっ……はぁ…………今回ばかりはまゆも本気の溜息です」

P「あと……なぁ、まゆ」

まゆ「はい、その続きはまた次回です」

さっきまゆが言っていた事について尋ねようと思ったが、ストップを掛けられてしまった。

まゆ「それよりもPさんは、この後美穂ちゃんとデートですよね?」

P「……だな」

まゆ「何をするべきか、決まりましたか?」

P「おう、もちろんだ」

まゆ「……はいダッシュダッシュ!女の子を待たせちゃいけませんよぉ!」

P「うぉぉぉぉぉっ!」

まゆに感謝しながら、俺は道を走る。

この後美穂に伝える言葉は、もう決まっていた。

124 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:22:35.64 ID:PrjJk7aY0




P「ふー……ふー……セーフ……」

美穂「アウトですっ!」

息を切らして駅前の時計下に到着した時には、既に美穂はご機嫌ナナメだった。

……まぁ、結構待たせちゃったからなぁ。

P「すまん……ふー……今来たとこ」

美穂「知ってます、だってわたしは待たされていたんですから」

P「いやほんとごめんて」

美穂「……遅刻の理由は?」

P「道に迷ってる人を見つけたので……」

美穂「自分の事ですよね?それ」

うわぁ手厳しい。

美穂もにっこにこの笑顔でえぐい事言ってくれるなぁ。

美穂「一人で待ってるの、寂しいんですよ?」

P「ごめん、ちょっと人と話しててさ」

美穂「まぁ、ついさっきまで加蓮ちゃん達とお話ししてたから暇はしませんでしたけど」

P「おい……で、加蓮と智絵里はもうどっか行ったのか?」

美穂「……智絵里ちゃんが気を利かせてくれたんですっ!デートの邪魔をしちゃ悪いから、って」

一瞬、美穂の表情が翳った。

美穂「……さて、Pくん。他に何か言う事があると思いませんか?」

P「…………遺言でしょうか……?」

美穂「わたしについてです!!」

P「……可愛い」

美穂「んんー……セーフ!嬉しいからセーフとしますっ!」

……まぁ、アウトじゃないみたいだし喜んでくれてるなら良いか。

本来は何が正解だったんだろう。
125 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:23:18.94 ID:PrjJk7aY0


美穂「こういう時は服を褒めて貰いたいものなんですっ!」

P「薄着で寒くないの?」

美穂「はぁ……はぁぁぁぁ…………」

めっちゃ大きな溜息を吐かれた。

美穂「オシャレは我慢です。好きな人の前では精一杯可愛い自分で居たいですから」

成る程、だから可愛いはセーフだったのか。

美穂「さ、Pくんっ!エスコートして下さいっ!」

P「ゲーセンで良いよな?エスコートも何も、別にプラン建ててた訳じゃないんだけどさ」

美穂「もうっ!女の子とデートする時は、男の子がきちんとエスコートしないとダメだよ?」

……デート、か。

美穂は、デートだと思ってくれていて。

でも、俺はまずその誤解を解かなきゃいけないんだ。

P「……なぁ、美穂」

美穂「Pくんっ!」

言おうとした言葉は呑み込んだ。

けれどそれは、決して美穂の言葉に遮られたからじゃなくて……

美穂「……お願いだから……ね?今だけは…………勘違いさせて……?」

美穂は笑顔で、涙を堪えていた。

……きっと、美穂は。

全部、分かってたんだ。

それでも待っていてくれて……

P「……さ、美穂!遊び倒すぞ!」

美穂「……うんっ!」

126 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:26:20.76 ID:PrjJk7aY0
カンッ!カンッ!カコーンッ!

P「しゃあっ!どうだっ!」

美穂「甘いです……よっ!」

P「やべっ!」

ビーッ!

美穂「えへへっ、わたしの勝利です!」

ゲーセンのエアホッケー勝負で、俺は負けてしまった。最後の最後で油断さえしなければ……

美穂「さてPくん、覚えてますよね?」

P「おう、クレープだよな」

負けた方が勝った方にクレープを奢る。それが俺たちに課された誓約だった。

P「……まぁクレープは良い。許そう」

美穂「敗者が何をそんな上から目線で……」

P「……美穂様」

美穂「発言を許可します」

P「わたくしめにリベンジの機会を設けては頂けないでしょうか……」

美穂「そちらの態度次第では検討の余地があります」

P「……もっかいやらない?」

美穂「口調、砕けておるぞ」

美穂お前もなんか口調変だぞ。

美穂「まあ良いでしょう。高貴な者には義務がありますからね」

P「負けねぇぞ?」

美穂「Pくん、負けず嫌いだよね……」

リベンジマッチが始まった。

P「あ!UFO!」

美穂「えっ?どこですかっ?!」

カコーンッ!

美穂「……騙しましたねっ?!」

P「いや今のは騙される方が悪いだろ……」

美穂「あ!文香さんです!」

P「え、マジ?どこ?!」

カコーンッ!

P「……騙したな?」

美穂「勝負に卑怯なんてありません……よっ!」

P「あっ!テロリスト!」

美穂「と……トランペット!」

なんかしりとりも始まった。しかもとで始まってとで終わる単語だ。

P「と……トマト!」

美穂「えっと……えっと……っ!」

カコーンッ!ビーッ

P「っしゃあ!」

美穂「もう!もう一戦ですっ!」

店員「すみませんお客様……他の方の迷惑になりますので……」

美穂・P「「すみません……」」
127 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:27:03.01 ID:PrjJk7aY0


ゲーセンでしばらく遊んだ後、俺達はクレープの屋台を目指して歩いた。

いつもだったら、ゲーセンから歩いて数分のとこに出てた筈……

ひゅう、と冷たい風が通り抜けた。

美穂「うぅ……寒いです」

P「最近暖かかったけどまだ四月だもんなぁ……マフラーとか持って来れば良かったわ」

美穂「あ、Pくんっ!手、繋ぎませんかっ?」

P「……そうだな」

美穂の手を取ると、指を絡めてきた。

俗に言う恋人繋ぎだ。

美穂「緊張してますか?」

P「そこそこ」

美穂「周りからは、カップルって思われてるかもしれませんねっ!」

P「釣り合って無いとか思われてそうだなぁ」

美穂「バカにしてる?」

P「自虐してるんだよ」

めちゃくちゃ可愛い美穂に対して、ふっつーの服を着た冴えない男子。

そのうちちゃんとした服も買うべきなのだろうか。

P「お、あったあった」

クレープの屋台が視界に入ってきた。

そのまま列に並び、味を選ぶ。

P「どうすっかなぁ……美穂はどれにする?」

美穂「うぅ……迷っちゃうなー……」

P「お、辛子明太子なんてのもあるぞ」

割としょっぱい系の味も充実している。

これは……悩むな。

美穂「あ、Pくん。よければ交換こしたりしませんか?」

P「お、良いぞ。んじゃ俺は甘い系にしとくか」

美穂「わたしは辛子レンコンにしますっ!」
128 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:28:39.10 ID:PrjJk7aY0


行列が進み、俺達の番が回ってきた。

辛子レンコンとチョコクリームを注文し、二つ受け取る。

P「ほいよ、美穂の分」

美穂「ご馳走さまです、Pくんっ」

P「……席埋まっちゃってるな」

屋台前のテーブルは全て埋まってしまっていた。

仕方ないのでのんびり歩きながら座れる場所を探す。

美穂「あ、確かあっちに公園あった気が……」

P「……あったな、そこにするか」

道を曲がると、人の少ない公園が現れた。

……まぁ、こないだ俺が振られた公園なんだけど。

ベンチに腰掛けて、並んでクレープを齧る。

美穂「えへへっ、デートみたいですねっ!」

P「…………あぁ、デートみたいだ」

美穂「Pくん、そっちのクレープも一口貰って良いですか?」

P「おっけー、ほいよ」

クレープを手渡す。

……美穂がなかなか受け取ってくれない。

P「食べないの?」

美穂「食べさせてくれないんですか?」

P「……あー……ほうほう」

アレか、カップルがよくやってるアレか。

P「……はい、どうぞ」

美穂「あーんでお願いします」

P「……あーん」

くっそ恥ずかしい。

おいガキども、こっち見てんじゃねぇよ。

美穂が髪を手で耳に掛け、俺のクレープを齧る。

美穂「あーんっ!……んー……」

P「……どうだ?」

美穂「美味しいけど、うーん……美味しいです」

P「なんで一瞬否定したんだ?」

美穂「Pくんに何かケチつけたいなーって思ったんです」

P「ひっでぇ!」

美穂「あ、Pくんも一口いかがですか?」

P「んー、俺はいいや」

美穂「一口いかがですか?」

P「……いや、いいってば」

美穂「一口食べて下さい」

命令形になった。

怖い、逆らわないでおこう。
129 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:29:46.87 ID:PrjJk7aY0


P「へいパス!」

美穂「はい、あーんっ」

P「……自分で食べ」

美穂「はい!あーんっ!」

俺の声は果たして美穂に届いているんだろうか。

問答無用が可愛い服を着て目の前に居る。

P「……頂きます」

美穂「あーん、で」

P「……あーん」

齧る。

美味しい、けど、恥ずかしいし。

何よりちょっと怖かった。

だって声が平坦なんだもん。

P「……うん、美味い」

美穂「えへへっ、楽しいですねっ!」

P「……あぁ!」

確かにスリルはあるな。

そのまま二人してのんびりクレープを食べ。

気が付けば陽は落ち、空は赤から黒へと色を変えていた。

既に公園には、殆ど人が残っていない。

P「……やっぱ夜は結構寒いな」

美穂「……ですね」

P「……そろそろ帰らないとな」

時間を確認すると、現在十九時手前。

寮の門限まで約一時間だから、まだ美穂の時間はあるっちゃあるが。

美穂「……ねぇ、Pくん」

P「……ん?なんだ?」

美穂「今日は、とっても楽しかったです」

P「……あぁ、俺もだ」

美穂「一緒に遊んで、クレープ食べさせてあって……ホントに、デートみたいで……」

……そうだな。

そろそろお別れの時間だから。

もう、勘違いさせるのも終わりにしないと。
130 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:30:38.76 ID:PrjJk7aY0



美穂「……こんな時間が、これからもずっと続いてくれたら良かったのに……」

P「……また、遊びに行こうな」

美穂「李衣菜ちゃんと三人で、ですよね」

P「美穂が望むなら、二人でだっていいさ」

美穂「……わたしは、三人一緒が良いな」

P「……そっか、ありがとう」

美穂「あ、Pくんっ!」

美穂が、スマホを取り出した。

美穂「最後に、一緒に写真を撮らせてくれませんか?」

P「……」

一瞬だけ、俺は迷った。

先日、加蓮から言われた言葉を思い返して……

P「……あぁ、もちろん」

美穂「ありがとうございますっ!」

それでも、美穂の提案を断る気にはなれなかった。

美穂が肩を寄せてくる。

美穂「Pくんも、もう少し寄って貰っていいですか?」

P「あいよ」

インカメに収まる様に、割と密着して画面を確認する。

美穂「腕、組みませんか?」

P「……おうさ」

腕も組む。

美穂「……あ、Pくん。口元に辛子が着いちゃってますよ」

P「え、マジで?」

美穂「……拭いてあげますから、こっち向いて下さい」

言われた通り、美穂の方へと顔を向けて。
131 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:31:16.05 ID:PrjJk7aY0


美穂「……ごめんね」

目の前には、美穂の顔が近付いていて。

ちゅっ、っと。

唇に、柔らかいものが触れ。

それと同時、パシャりとシャッターが切れる音が響いた。

美穂「……えへへっ、上手く撮れましたっ!」

満面の笑みで写真を確認する美穂。

その後此方に向けられた画面には、俺と美穂のキスシーンが写っていた。

美穂「どうですか?Pくん。しっかり写ってますよ」

P「……写ってるな」

美穂「あ、この写真李衣菜ちゃんに送っちゃっても良いですか?」

P「……なぁ、美穂」

美穂「李衣菜ちゃん、勘違いしちゃうかもしれませんねっ!」

P「……美穂」

美穂「せっかくですから、勘違いじゃなくて現実にしちゃいませんか?」

P「……もう、いいよ」

美穂「……え?」

P「どうせ……送る気は無いんだろ?」

美穂「冗談なんかじゃありませんっ!わたしは本気で……」

美穂がラインを開き、李衣菜とのトークに画像を貼る用意をして……
132 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:31:53.53 ID:PrjJk7aY0


P「指、震えてるぞ」

美穂「……そんな、事ありません……」

P「……声、震えてるぞ」

美穂「……そんな事ないもん……」

P「……俺は、嫌だな。美穂の事、嫌いになりたくない」

美穂「……もちろん、わたしもPくんの事が大好きですよ?だから今、こうやって」

P「……嫌われようとしてるんだろ?」

美穂「っ!」

……なんでかなぁ。

なんでこう、上手くいかないんだろうなぁ。

もっと早くに、きちんと話し合っておけば。

美穂はここまで、思い詰めずに済んだかもしれないのに。

P「……なぁ、美穂。俺はさ……美穂と李衣菜と三人で過ごす時間が大好きだった」

美穂「……それは……わたしもです」

P「一緒に居られなくなっちゃうのが嫌で、最近みたいに気不味いのだって嫌で……」

美穂「……わたしもです……」

P「……ごめんな、美穂。俺は美穂の想いを受け入れる事が出来ない。恋人になる事は……叶わないんだ」

残酷な事を言ってるのは分かってる。

美穂の表情がくしゃりと歪むが、それでも。

美穂「……送信しちゃいますよ……?」

P「……しないよ、美穂は」

美穂「…………考え直して……くれませんか?」

P「考えたさ、ずっと」

考えまくった。悩みまくった。

思い付いた、気付いた事は。

間違いなく、最善とは言えない酷いものだけど。

それでも、美穂ならきっと。

俺のワガママに付き合ってくれる、と。

そう、信じて。
133 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:32:26.11 ID:PrjJk7aY0



P「美穂!これからもずっと!俺と友達でいて欲しいんだ……!」

美穂「……何ですか、それ……」

P「俺はこれからも、美穂とずっと友達でいたいんだよ!!」

美穂「……ふざけないで下さい……っ!」

P「ふざけてなんかない!大真面目だ!」

美穂「なんで?どうしてそんな酷い事が言えるの?!わたしは……わたしは!!」

大きな声が公園に響いた。

美穂「Pくんの事が……大好きなんだよ?!」

美穂の目から、大粒の涙が零れ落ちた。

美穂「一年生の頃から好きだったの!出会った時からずっと、Pくんの事を見つめる度にドキドキして!目が合う度に運命なんじゃないかな?って思っちゃって……っ!!」

美穂「李衣菜ちゃんが、応援するよって言ってくれて……いつかの日か君と結ばれる事を、ずっと夢見てたの!」

美穂「気付いて欲しくて……でも、気付かれたくなくって……っ!今の関係が壊れちゃったらどうしよう、友達でいられなくなっちゃったらどうしようって……不安で、言いたくて、言えなくて……!!」

美穂「Pくんが笑顔を向けるのが、わたしだけじゃなくても良いんです……怖いのは、わたしに笑顔を向けてくれなくなっちゃう事で……側に居られなくなっちゃう事で……っ!」

美穂「……ううんっ!わたしに!わたしだけに向けて欲しいのっ!誰よりも側で!わたしはっ、君の笑顔を一番近くで見ていたいから……っ!」

美穂「……なのに……どうして……?」

美穂「……どうして…………李衣菜ちゃんなの?」
134 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:33:20.26 ID:PrjJk7aY0



一番言いたくなかった言葉なのだろう。

涙が止めどなく溢れ、雨のように地面に跡を残す。

美穂「嫌だよ……大好きなんだよ?大切なんだよ?!Pくんの事も……李衣菜ちゃんの事も……!」

美穂「三人で過ごす時間が、わたしにとって宝物だったのに……!二人が付き合っちゃったら……わたしの居場所なんて失くなっちゃうもん!」

P「そんな訳ないだろ!」

美穂「大好きだった人が……大切なお友達と付き合って、幸せに過ごすのを……一番近くで見続けなきゃいけないんだよ?苦しいんだよ?Pくんに分かるの?!」

美穂「だったら、もう……一緒にいない方が……」

だから美穂は、俺に嫌われようとしたんだろう。

美穂「……もっと怒ってくれれば……わたしは、君の事が嫌いになれるんじゃないかなって……そう思ってました」

美穂「一緒に写真を撮るのを、拒否されるだけでも良かったんです。小さな不満を積み重ねて、嫌いになる理由を作りたかったのに……」

美穂「わたしの事なんて嫌いだ、とか……邪魔だ、って。そう言ってくれれば良かったのに……!」

美穂「わたしと友達でなんていたくないって!そう言ってくれれば!」

P「美穂」

美穂の言葉を、俺は遮った。

美穂「……なんですか?」

P「…………もう、さ……やめてくれ……」

限界だった。

耐えられなかった。

美穂が、自分の心を擦り潰そうとする言葉を。

それ以上、聞きたくなかった。

135 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:34:05.01 ID:PrjJk7aY0


美穂「……都合が良過ぎると思いませんか……?」

P「思うよ。だから俺の事は、もうどう思ってくれてもいいから……自分を苦しめる様な事は……言わないでくれ」

美穂「……Pくんなんて、嫌いです」

……あぁ、しんどいな。

美穂に、嫌いだと言われるのは。

想像以上に辛いんだろうなとは思っていたが、それ以上だった。

P「……嫌われても仕方ないよな。でも、また……仲良くなれる様に頑張るから」

美穂「……Pくんなんて……大っ嫌いです……!」

P「……ごめんな、美穂。色々と遅くなって」

美穂「……何か、言い返して下さい」

P「またいつか、遊びに行こうな」

美穂「……言い返してよ」

P「言い返さないよ」

美穂「……ズルいよ……」

P「……あぁ、そうかもしれない」

美穂「……わたし、このままじゃ……」

嫌いになんてなれないよ……

そう呟いて、美穂は俯いた。

P「……ありがとう、美穂」

美穂「……ごめんなさい……」

肩と声を震わせて。

地面に、沢山の雨の跡を作った。
136 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:34:50.77 ID:PrjJk7aY0


美穂「ごめんなさい……ごめんなさい……!嫌いだなんて酷い事言っちゃってっ!本当にごめんね……っ!」

P「……ごめんな、美穂……そんな事言わせちゃって」

美穂「嫌いなわけ無いもん……!ずっと大好きだったんだもん!言いたくなかったもん!でも……言えば諦められるんじゃないかなって思ったの……!」

美穂「でも諦められなくって……!Pくんに辛い思いさせちゃっただけで!わたし、なんでそんな事言っちゃったのか分かんなくなっちゃって!!」

美穂「……うぁぁぁっ……っ!あぁぁぁぁぁぁっっ!!」

ポロポロと大粒の涙を頬に零して。

大きな声で、そう叫ぶ。

……あぁ、美穂は。

本当に、優しいんだな。

P「……ありがとう、美穂」

今、美穂に触れる事は出来ないけれど。

それでも、きちんと。

お礼だけは、言葉にしたかった。
137 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:35:36.96 ID:PrjJk7aY0


美穂「っ……P、くん……っ!わたしと……これからも……!わたしとっ!」

苦しそうに、辛そうに。

言いたくない言葉だらけの会話で。

それでも最後まで、美穂は言葉にしてくれた。

美穂「……わたしと……!友達でいて下さい!!」

P「……こちらこそ、頼む」

美穂「……これからもずっと……変わらないでいてくれる……?」

もし俺が、誰かと付き合う事があったとしても。

もし俺が……李衣菜と、付き合ったとしても。

P「……あぁ、約束する」

これからも、美穂との関係は変わらない。

俺たちの関係は変わらない、変わって欲しくない。

P「俺だって、みんなと仲良く過ごしたいから」

美穂「……なら……安心です」

大きく、息を吸って。

美穂「……Pくん!今日はありがとうございましたっ!とっても楽しくて……幸せでした!」

P「……こっちこそありがとう!」

美穂「……っ!はい……っ!」

きっと俺はこれ以上居ない方が良いだろう。

P「また明日な、美穂!」

美穂「またね、Pくん!」

最後は、笑顔で。

ベンチを立って、先に公園を後にする。

背後から聞こえてくる泣き声は、俺の足を止めようとして。

それでも俺は、歩き続けた。

138 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:36:05.84 ID:PrjJk7aY0



美穂「……あーあ」

なかなか涙は止まってくれません。

泣いてればPくんが戻って来てくれるんじゃないかな、なんて心のどこかで思ってるのかもしれません。

美穂「……結局、言えなかったな……」

わたしは最後まで、付き合って下さいとは言えませんでした。

単純に言う機会がなかったっていうのもありますけど……

やっぱり、真正面から拒否されるのが怖かったからかな。

それでも、もう大丈夫です。

Pくんは、約束してくれたから。

Pくんとの約束は、わたしだけの宝物だから。

美穂「……えへへ」

スマホを開けば、Pくんとのツーショット。

あぁもう……わたし、バカな事しちゃったな……

最後にもう一度だけ目に残して、その画像は消す事にします。

美穂「……あっ」

よくよく見れば、右上に送信ボタンがありました。

……そうだ、李衣菜ちゃんとのトークに貼ろうとしてたんでした。

送ってたら……本当に、取り返しがつかない事になっちゃってたよね。

写真の選択を解除しようとして……
139 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/18(水) 20:37:09.32 ID:PrjJk7aY0



智絵里「……送らないんですか……?」

美穂「えっ?」

気付けば、隣に智絵里ちゃんが立ってました。

写真、見られちゃった……

美穂「あ、あはは……これは……もう、消すんだ」

智絵里「…………そう、ですか……」

美穂「……うん」

智絵里「…………だったら……」

どうしたの?って。

わたしが聞くよりも早く、スマホに手が伸ばされて。

智絵里「……えへへ。わたしが送ってあげます」

すっ、っと。

智絵里ちゃんが、送信ボタンに触れました。

140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/18(水) 21:07:42.49 ID:jvxVP0NX0
やりやがったよ…
やはりこっひにとってちえりんは鬼門
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/18(水) 23:57:27.34 ID:JnDgguZvO
うわぁ、ハードすぎんな李衣菜√
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/19(木) 16:05:34.15 ID:wAOqO44SO
智絵里は李衣菜の今の感じがモヤっとしてるのかなあ?
おつ
143 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:13:56.55 ID:KkPRsR1s0


美穂「…………智絵里ちゃん……?」

智絵里「え……?えっと、どうしたの……?」

美穂「……っ!な、何して……っ!」

ようやく頭が回り始めました。

今はそれどころじゃなくて、早く送信取り消ししなきゃ……!

美穂「…………あ……」

智絵里「えへへ、見てもらえたみたいですね」

既に、画像の隣には既読の文字。

送られてきたのは『おめでとう』で。

……どうしよう……どうしよう……!

そんなつもり無かったのに……!

今更消しても手遅れだよね……早く誤解を解かなきゃ……!

……あ……違う、って伝えて……どうなるの……?

李衣菜ちゃん、余計にわたしに気を使っちゃう……

でも、ちゃんと言わないと……!もう戻りたくないから……

美穂「ねぇ……どうして……?どうして送っちゃったの?!」

智絵里「美穂ちゃんが、送るのやめるって言うから……」

美穂「…………え?」

どういう事……?

智絵里「えっと……美穂ちゃんは、もう諦めたんだよね……?」

美穂「それは……そうだけど……」

智絵里「でも……李衣菜ちゃんは、きっとこれでまだ美穂ちゃんに未練があるって思ってくれるかな、って」

美穂「なんで……?なんでそんな事……」

智絵里「……え……?えっと、わたし……Pくんの事が好きなんです……」

美穂「あ…………Pくん、だったんだ……」

智絵里ちゃんの好きな人って。

でも、だったらなんで……

智絵里「Pくんに、早く李衣菜ちゃんの事を諦めて欲しかったから……」

美穂「だからって!こんな風にしなくても!」

智絵里「……応援してくれるんじゃ無かったの……?」

美穂「……っ!で、でも!これでわたし達がまた……!」

あんな風に、全然楽しくない時間になんて戻りたくないよ……!

やっと、少しかもだけど変われる筈だったのに!

144 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:14:34.96 ID:KkPRsR1s0


智絵里「大丈夫だと、思います……だって、Pくんは……優しいから……」

美穂「……何言ってるの……智絵里ちゃん……」

智絵里「きっとPくんなら、また三人で仲良く遊べるように頑張ってくれるから……美穂ちゃんは、安心して大丈夫じゃないかな……」

美穂「……おかしいよ、智絵里ちゃん」

智絵里「……諦め無かったのは……美穂ちゃんも同じだよね……?」

美穂「……それはっ……そう、だけど……」

智絵里「……実はわたし……その……Pくんに一回断られちゃったんです……」

えへへ、と。

はにかみながら、智絵里ちゃんは言葉を続けました。

智絵里「……誰かと付き合いたいって思いがまだ分からなくて……その為に他の誰かの想いを断るのも嫌だ、って……そう言われちゃって……」

智絵里「今までわたしの事をそういう風に見てこなかったって言われちゃったから……」

智絵里「……だから、わたしは……」

智絵里「……待つ事にしたんです」

美穂「……待つ?Pくんが、智絵里ちゃんの事を好きになってくれるのを……?」

智絵里「ううん……?えっと、Pくんが……誰かと付き合いたい、って思える様になる日を……です」

智絵里「……別に、わたしじゃ無くても……誰かを好きになる気持ちが、分かってくれれば良かったんです」

智絵里「そしたら……また告白しよう、って。そう決めたんです」

美穂「……意味が分からないよ……」

智絵里「え……だ、だって……好きって気持ちが分からないから振られちゃったなら……分かって貰えば、いつかきっと……わたしの想いを受け入れてくれる日が来るよね……?」

美穂「他に好きな人がいるのに?!そんな訳……っ!」

あ…………だから、智絵里ちゃんは……

李衣菜ちゃんがPくんに想いを向けられない様にして。
145 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:15:15.49 ID:KkPRsR1s0



智絵里「もし、Pくんが誰かと付き合っちゃっても……Pくんには、キチンと振る勇気があるから……」

智絵里「……確かめる為に、その場でお返事を貰って……とっても辛かったけど……」

智絵里「……今なら、きっと……」

美穂「……Pくんはそんな酷い子を好きになんてならないよ」

智絵里「……でも、嫌いにもなれないよね……?さっき、美穂ちゃんと約束してたから……」

美穂「……智絵里ちゃん、ほんとにPくんの事が好きなの?!」

智絵里「えっと……ほんとは、最近のPくんはちょっと嫌でした……気不味い空気なのに、そのままでいようとして……」

智絵里「美穂ちゃんも、李衣菜ちゃんも……辛い思いをしてた筈なのに……」

智絵里「……そんなPくんは……ぜんぜん、優しくないから……」

智絵里「でも、今日会ったら……少し変わった感じがしたんです」

智絵里「そしたらやっぱり、今の状況を……変えようとしてて……」

智絵里「……頑張ってるPくんが、やっぱりわたしは好きなんだって……そう気付いたんです……」

美穂「……そっか……」

智絵里「……はい」

美穂「……頑張ってね、智絵里ちゃん」

智絵里「……はい……!頑張って……Pくんに、好きになって貰うから……」

美穂「うん、応援してる。でもね……?」

きっと、智絵里ちゃんは……知らないんじゃないかな。

自分が、みんなから……大切だって思われてる事。

もし、それを知った上で、それでもみんなの気持ちを蔑ろにしようとしてるなら。

ちゃんと謝ってくれる様に、酷い事をしてるって思ってくれる様に。

……わたしみたいに、ならない様に。

もっと、わたしが頑張らないと。

美穂「……ごめんね、智絵里ちゃん。わたし門限あるから」

智絵里「はい……また明日ね、美穂ちゃん」

美穂「うん、また明日」

智絵里ちゃんと、お別れして。

わたしは歩きながら、通話をかけました。

智絵里ちゃんは……ちょっとだけ、遅かったと思います。

……うん、だってもう。

わたしは、Pくんへの想いに。

李衣菜ちゃんと、Pくんと、わたしと。

三人の関係に。

きちんと、答えを見つけちゃったから。

きっとまた泣いちゃうかもだけど……それでも……

わたし達は、これからも一緒にいたいから。

美穂「もしもし……?えっと、ね……?さっき、送っちゃった画像で……お話があるんです」


146 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:15:57.10 ID:KkPRsR1s0


火曜日の朝が来た。

火という漢字が付いてるだけあって、今日の朝は一段と明るい気がした。

気のせいだと思う。

コンコン

P「ほーい、起きてるぞ」

ガチャ

美穂「おはようございます、Pくん」

P「……よっ、美穂」

……良かった。

美穂が、来てくれて。

美穂「……来ないと思ってましたか?」

P「来てくれると信じてたよ」

美穂「間違えて目覚ましをセットしちゃって、暇な時間が出来ちゃったので……」

P「暇潰しで朝食をたかりにくるなよ」

美穂「もー、本当は嬉しいんですよね?」

P「……まぁ、うん」

美穂「こんな美少女に貢げるなんて」

P「いやそんなつもりは一切無いけど」

美穂「……わたし、可愛くないですか……?」

P「……いや、可愛いけど……」

美穂「具体的に言って下さい」

P「スカート」

美穂「制服なので……」

P「そういや李衣菜は来てるか?」

美穂「まだ来てないみたいです」

P「……寝坊か?」

美穂「寂しいんですか?」

P「そりゃ、前までいつもたかりに来てたからな」

美穂「本音は?」

P「愛想尽かされたんじゃないかとか不安になったりしてます」

美穂「素直で大変よろしいと思います」

にこにこしながら、美穂が部屋を出て行った。

まぁ、大丈夫だろ……大丈夫だよな?

これで本当に李衣菜に嫌われたとかだったら本格的にしんどみがしんどいぞ。

ぱっぱと着替えて諸々済ませ、朝食を作りながら家の外の気配を探る。

そんな事出来ないけど。
147 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:16:22.98 ID:KkPRsR1s0



文香「……李衣菜さん、来ませんね……」

P「ドストレートに今一番不安なとこを打ち抜くね姉さん」

文香「……ふふ……Pくんの事なんて、全てお見通しですから」

P「悪意があったんだとしたらなかなか悪質じゃない?」

焼けたパンを運んで、ジャムを塗って齧る。

美味しい。

美穂「ところでPくん」

P「ん?なんだ?」

美穂「昨日の放課後、まゆちゃんと何を話してたんですか?」

……なんで知ってる?

美穂「わたしが待たされてた時、加蓮ちゃんと智絵里ちゃんにしか会って無かった事……どうして知ってたんですか?」

P「……勘?」

美穂「Pくんの勘が当たる訳無いじゃないですか」

ひっでぇ言われようだ。

P「……世間話だよ」

美穂「わたしと李衣菜ちゃんの会話を盗み聞きした後に、ですか?」

……もう、色々と気付いてたんだな。

P「……いや、あれはたまたま上履きのまま帰っちゃって……」

美穂「そんなふざけた理由を信じられる訳……うーん、Pくんだもんなー……」

謎の信頼のされ方をされてしまってる。

P「……色々と応援されたよ」

美穂「あ、ジャム取ってもらっていいですか?」

P「尋ねたんなら聞こうぜ?」

美穂「詳しく話してくれるんですか?」

P「黙秘権だけどさ」

美穂「なら有罪です」

P「じゃあ自白する」

美穂「なら有罪です」

P「中世のヨーロッパかよ」

148 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:17:24.41 ID:KkPRsR1s0



智絵里「あ……おはようございます、Pくん」

P「ん、おはよう智絵里」

美穂「おはよっ、智絵里ちゃん」

下駄箱で智絵里と会った。

昨日もだったし、最近早起きしてるのかな。

智絵里「えへへ……いつもよりちょっとだけ早く家を出るだけで、こうしてPくんと会えるから……」

美穂「わたしの存在が……」

智絵里「あ……おはようございます、小日向ちゃん」

美穂「美穂って呼びたまえー」

智絵里「たまえちゃん」

美穂「そっちじゃない!」

仲良いな、二人とも。

教室に入ると、やっぱり既にまゆが居た。

まゆ「……おはようございます、Pさん。門限という制度に疑問を覚える佐久間まゆですよぉ」

P「おはよう、まゆ。今日も元気だな」

朝からよくわかんない自己紹介をされたけど、きっと元気だからだろう。

まゆ「……おはようございます美穂ちゃん、智絵里ちゃん、智絵里ちゃん、智絵里ちゃん」

智絵里「わ、わたしは一人だけど……」

まゆ「複数人もいられたら堪ったもんじゃありませんよぉ」

美穂「ところで、李衣菜ちゃんってもう来てる?」

まゆ「まだ見てませんねぇ」

ガラガラ

美穂「あっ、おはよう李衣菜ちゃん!」

加蓮「いや加蓮だけど」

美穂「……李衣菜ちゃん!」

加蓮「加蓮だってば!……私、加蓮だよね……?自信無くなってきた」

まゆ「おはやうございます李衣菜ちゃん」

加蓮「やっほーまゆちゃん、今日もロックだねってなるかぁ!!」

まゆ「まゆはロックじゃありませんよぉ」

加蓮「そっちじゃ無いって、ロクでもない女だね」

まゆ「おぉ?」

加蓮「は?」

智絵里「……仲が良いですね」

P「だなぁ」

結局、李衣菜はなかなか来なくて。

来た時には朝のHRが始まってて、話をする時間は全く無かった。

149 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:19:24.51 ID:KkPRsR1s0
P「おーい、李衣菜ー」

李衣菜「……ん、何?」

P「今日放課後暇だったりしない?」

李衣菜「あーごめん、私ちょっと用事があるんだ」

P「うっす」

お昼休み。

ようやくまともに話をする機会があったから遊びに誘ってみたが、素っ気なく断られてしまった。

いやまぁ、用事があるんなら仕方ないけど。

智絵里「あ、Pくん」

P「ん?なんだー?」

智絵里「よければ……えっと……放課後、一緒に遊びに行きませんか?」

P「おう、構わないぞ」

まゆ「構います!構いますよぉ!!」

突然まゆが会話に参入してきた。

まゆ「Pさん!まゆとの!昨日のお話を忘れた訳ではないですよねぇ?!」

P「……宗教開くやつ?」

まゆ「いえそうではなくですねぇ……兎も角、今日Pさんはまゆに付き合って貰います」

智絵里「……まゆちゃん」

まゆ「智絵里ちゃんは加蓮ちゃんとでも遊んでて下さい」

加蓮「なんかすっごく雑に扱われた気配がしたんだけど!」

美穂「加蓮ちゃん加蓮ちゃん、早く古典単語覚えないと!」

加蓮「給へ!給へ!給へ!」

美穂「もっと心を込めて下さいっ!」

加蓮「おー!神よー!私にポテトの割引クーポンを授け給へー!!」

美穂「なんで微妙に謙虚なんですか!」

加蓮「あ、鞄の中から本当に出てきた」

美穂「なんのクーポンですかっ?」

加蓮「コンタクト」

美穂「絶対使わないやつですねっ!」

……うるさい。

まぁ、前より教室が明るく感じられるし悪くは……いやうるさいわ。

まゆ「仕方ありませんねぇ……ドリンクバーのクーポンをあげるので静かにしてて下さい」

加蓮「ありがとまゆ、この恩は明日まで忘れないから」

まゆ「へぇ、加蓮ちゃん記憶力良くなったんですねぇ」

加蓮「はぁ?!」

まゆ「何か?」

智絵里「……良いなぁ」

加蓮「あ、智絵里もドリンクバー食べる?一緒に行こ?」

美穂「はい!決定です!放課後はドリンクバーです!」

智絵里「も、もうちょっと食べ物頼もうよ……」

まゆ「という訳でPさん。放課後、空けておいて下さい」

P「お、おう……」

全てが勢いと流れで決まってゆく。まぁ、楽しいから良いか。
150 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:21:20.39 ID:KkPRsR1s0
まゆ「さぁPさん、デートのお時間です」

帰りのHRが終わるなり、まゆが詰め寄って来た。

P「……誰と?」

まゆ「ぽむんっ!」

胸元に頭突きされた。

まゆ「……うぅぅ……Pさぁ゛ん……ボタンが痛かったです……」

アホだ。

おい加蓮達、可哀想なモノを見る様な目で見てないで助けてくれよ……あ、遊びに行きやがった。

まゆ「Pさんとまゆのデートにぃ……決まってるじゃないですかぁ゛……」

P「……ごめんごめん、ボタン付けてる俺が悪かったよ」

まゆ「撫でてくれたら許してあげますよぉ」

P「……何処を?」

まゆ「……何処を見て言いました?ねぇ、今何処を撫でようとしたんですか?場所によっては両目にチョキですよぉ」

P「首だけど?」

まゆ「さぁPさん張り切ってどうぞ!はりーあっぷ!」

P「お、おう」

自分の首に手を当てた。

まゆ「やれやれ系!やれやれ系ですか!まゆの話し相手はそんなに面倒ですかぁ?!」

……うん。いや、普段はすっごく優しいし助かってるんだけどな?

今はとっても良い感じにまゆ。

P「で、何処行くんだ?」

まゆ「おうちです」

P「おっけー」

まゆ「……もっと、こう……ときめいたりしないんですか?」

P「いやだっていつもそうだし」

まゆ「いつも!いつもときましたか……Pさんはお呼ばれすれば誰の家にでもお邪魔しちゃうんですねぇ……」

P「えっ?」

まゆ「えっ?」

P「……俺んちだろ?」

まゆ「まゆの家ですよぉ?」

P「……待って流石にちょっと緊張してきた」

まゆ「ちょっと、ですかぁ……?」

P「めっちゃ緊張してきた」

まゆ「どのくらいですかぁ?」

P「英単語のテスト前くらい」

まゆ「ぜんっぜん緊張してないじゃないですかぁ!まゆの心臓は今バックンバックンなんですよぉ?!」

P「なら誘わなきゃ良いのに……」

まゆ「Pさんはぁ!まゆの家に来たく無いんですねぇぇぇぇっ!!」

P「行きたい!めっちゃ行きたい!なんなら毎日通いたいくらい!」

まゆ「うふっ、うっふふふっ……同棲しちゃいますかっ?きゃーっ!」

P「しないけど」

まゆ「ビエェェェェェッ!」

あ、教室を部活で使う感じですか。すみませんすぐ居なくなるんで、あぁいえ、別にイジメとかじゃないんで……
151 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:21:49.46 ID:KkPRsR1s0


まゆと楽しく楽しいお喋りを楽しみながら、俺たちは寮へと向かった。

まゆ「ねぇ、Pさん」

P「なんだー?」

まゆ「昨日は……頑張ったんですね」

P「勇気を出したのは美穂の方だよ。俺はただワガママを言ってただけで」

まゆ「ただ、夜に女の子を一人で残したのはいけませんねぇ」

P「……なんで知ってんの?」

まゆ「今朝、美穂ちゃんの方から話してきたんです」

P「……強いな、美穂」

まゆ「それで……Pさん」

神妙な顔つきで、目を見てくるまゆ

まゆ「……食べさせあいっこしたらしいですねぇ。まゆともしてくれませんかぁ?」

P「……うん、まぁそのくらいなら……」

ちょっとびびって損した。

まゆ「あと、手も繋いだらしいですねぇ」

P「それは前まゆともしただろ」

まゆ「今は繋いでくれないんですかぁ?」

P「だって今結構暑いし」

まゆ「キスもしたらしいですねぇ」

P「それも前まゆにされたから」

まゆ「今はキスしてくれないんですかぁ?」

P「する訳ないだろ……」

っていうか美穂。

お前そこまで話したのかよ。

なんて会話をしていたら、既に寮の目の前まで来ていた。

まゆ「ではPさん、少々ここでお待ち下さい」

P「え、なんで?」

まゆ「……はぁぁぁぁ……お部屋のお片付け等々があるからに決まってるじゃないですかぁ……」

P「あ、成る程な。エロ本とか隠すのか」

まゆ「ばっっかじゃないですかぁ?!まゆがエッチな本を読んでいるとでも?!」

違ったらしい。

まゆ「着替えますから、まゆが良いと言うまで決して開けないで下さいね?」

P「あいよー」
152 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:22:20.35 ID:KkPRsR1s0


バタンッ

まゆが部屋へと消えて行った。

待ってる間暇だな……インターフォン連打してようか。

まゆ「……着替えますから……まゆが良いと言うまで……開けないで下さいねぇ?」

扉の向こうからまゆの声が聞こえてきた。

P「……お、おう」

まゆ「着替えてるんですよぉ……?まゆが、着替えてるんですよぉ?」

……だからなんなんだ。

まゆ「うぅぅぅぅ……っ!Pざんはぁ……っ!まゆの着替えになんて興味無いんでずねぇ゛っっ!!」

P「……あるけどさ」

まゆ「だっだらぁ゛……開けて下さいよぉ……」

P「…………」

まゆ「うぅぅぅぅぅぅっっ!やっぱりPざんはぁ!まゆの着替えなんて興味無いんだぁぁぁぁっ!!」

P「……あるよ……開けるよ……」

まゆ「うふふっ、開けないで下さいね?」

……ちょっとだけ。

ほんとにちょーっとだけ。

めんどくせぇなこいつなんて思ってしまった俺を許して欲しい。

まゆ「お待たせしました。開けて良いですよぉ」

P「帰って良い?」

まゆ「やーだーっ!帰らないで下さいよぉ!まゆを捨てないでぇぇぇぇっ!!」

P「……ごめんて……俺が悪かったよ……」

まゆ「自分のどこが悪かったのか、ちゃんと分かってますかぁ?」

P「……」

まゆ「はいでましたねぇ、『自分は悪い事したと思ってないけど相手が謝罪を求めてそうだし取り敢えず謝っておこう』思考。男ってみんなそうなんですねぇ」

P「…………」

まゆ「やれやれ……まったく、まゆが寛容な心を持っていて良かったですねぇ」

おほざきになられる……

まゆ「あ、キスしてくれたら許しちゃいますよぉ?」

P「マジで帰っていい?」

まゆ「びぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

153 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:23:18.40 ID:KkPRsR1s0



P「……此処が……まゆの部屋……」

まゆ「あの……あまりジロジロは見ないで頂けると……」

部屋に入ると、まゆの部屋だった。

女子の部屋に訪れるなんてほっとんど無かったからなぁ。

なんだかザ・女の子の部屋って感じだ。

まゆ「あ、しくじりましたよぉ……」

P「……何を?」

まゆ「Pさん、もう一回入って来て下さい」

P「あ、はい」

言われた通り一旦部屋から出る。

ガチャ

扉が開いた。

まゆ「おかえりなさいPさぁん!お食事にしますか?」

P「食事で」

バタンッ

目の前で扉が閉められた。

ガチャ

扉が開いた。

まゆ「……おかえりなさい、Pさん。お食事にしますか?お風呂にしますか?それとも」

P「食」

バタンッ

…………

ガチャ

まゆ「おかえりなさい、Pさん。まゆをお食事しますか?まゆとお風呂にしますか?それとも……ま・ゆ?」

P「……お邪魔しまーす」

まゆを無視してカーペットに座る。

まゆ「フルコースですねぇ!かしこまりましたよぉ!!」

P「今手持ち少ないんで……」

まゆ「でしたら、身体で払って頂きます」

P「すみませーんお冷下さい」

まゆ「あ、失礼しました。直ぐお持ちしますよぉ」

まゆがお茶を持ってきてくれた。

まゆ「あ、変なモノは入ってませんよぉ?」

P「なんで今言ったの?」

飲んだ。

お茶だった、美味しい。
154 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:23:55.74 ID:KkPRsR1s0


まゆ「ふっふっふ……飲んでしまいましたねぇ?」

P「え、マジで何か入ってたの?」

まゆ「そ、れ、は…………まゆの愛ですっ!きゃーっ!」

可愛い。

多少めんどくさくても許せてしまう。

P「……で、なんでまゆの家にご招待されたんだ?」

まゆ「お家デートって憧れませんかぁ?」

P「分からんでも無いけど……あのなぁまゆ」

まゆ「あ、そこから先はストップです」

口元に指を当てられ、黙らされた。

……まゆも、分かっているんだろう。

それでも笑顔なのは、今を楽しむ為か、それとも……

まゆ「ねぇ、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「まゆと、本当に付き合ってくれませんか?」

P「えー……」

まゆ「心底嫌そうな顔ですねぇ……」

P「めんどくさそう」

まゆ「失礼極まりないですねぇ」

P「冗談だって、うん」

まゆ「目を逸らさないで頂けると助かるんですが」

……はぁ。

溜息が一つ、宙に零れる。

まゆ「とまぁ冗談はおいといて……いえ、冗談でもなんでも無いんですが」

どうやら、そろそろ真面目な話をしなければならないらしい。

これ以上ふざけちゃいられない事くらい、俺だって分かる。

まゆ「……Pさんは本当に、李衣菜ちゃんの事が好きなんですか?」

P「もちろん」

まゆ「振られたのに?」

P「思ってた以上に、俺は諦めが悪かったよ」

好きな人への想いが変わらなくて、まぁしんどい思いもしたけど。

自分が諦めの悪いガキで良かったとも、心から思っている。
155 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:24:26.34 ID:KkPRsR1s0



まゆ「……美穂ちゃんや、加蓮ちゃんや……まゆを振ってもですか?」

P「あぁ」

まゆ「即答してくれやがりますねぇ」

P「ここで即答出来ない様な奴の方が嫌だろ?」

まゆ「……うふふ。バレちゃってますねぇ」

悲しそうに、それでも微笑むまゆ。

P「……まゆは、強いな。俺の前では、いつも笑ってる」

酷い事をしてしまっていたのに。

酷い事を言っているのに。

まゆ「……その方が可愛い、って。昔、誰かさんが言ってくれましたから」

P「……随分と気障な事を言う奴もいたもんだな」

まゆ「……っ……ですねぇ。愚かな人だと思っています」

P「俺、そこまでは言ってないけどな?」

まゆ「いえ、本当に愚かで……バカで…………ステキな人です」

目に涙を浮かべながらも、それでも。

絶対に譲れないと言うかの様に、笑顔でい続けるまゆ。

まゆが言う『誰かさん』は……

P「……なぁ、ま……ゆ…………ん……?」

突然、物凄い眠気に襲われた。

波の様に訪れる眠気が、段々と増幅されてゆく。

まゆ「あら、どうかしましたか?」

P「ごめん……今ちょっとすっごい眠気が……」

まゆ「最近、お疲れみたいでしたからねぇ」

……そう、なんだろう。

まゆが言うのだから、きっとこの睡魔は疲れのせいだ。

まゆと話している間も、更に睡魔は強くなり。

どんどん瞼を開き続けるのが難しくなってくる。

うわ、まゆが二人いる……

P「……やっば…………ねむ……悪いけど、俺帰るわ……」

まゆ「そんな状態で送り出すなんて事は出来ません。よければ、少し眠ってから帰ったらどうですか?」

P「……ごめん、そうさせて貰っていいか……?」

まゆ「……うふふ。もちろんです」

まゆが枕を持って来てくれた。

身体を倒すと、耐えられない程の眠気が津波の様に襲い掛かってきて。

一気に俺の意識を奪い去っていった。

156 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:25:00.31 ID:KkPRsR1s0



まゆ「ふぅ…………」

部屋に、まゆの溜息が響きました。

他に聞こえるのは、時計の針の音とPさんの寝息だけです。

カーテンの間から射し込む夕陽に、部屋の一部が赤く染まって。

明るく照らされたPさんの顔は、それでもまだ眠ったままです。

まゆ「……ごめんなさい、Pさん」

でも、Pさんも悪いんですよぉ?

幾ら何でも、不用心過ぎます。

……とは言え、市販の睡眠剤だからそこまで強力では無いんですが。

Pさん自身、とっても疲れてたんでしょう。

まゆ「……さて……」

早速、料金を身体で支払って頂きましょう。

まゆ「うっふふふふっ……」

Pさんの手に、自分の指を絡めます。

俗に言う恋人繋ぎです。

美穂ちゃんともしたんですから、まゆがしちゃっても良いですよね?

まゆ「……まゆは……何をしてるんでしょうねぇ……」

思わず、また溜息を零してしまいました。

こんな事をして、一体何になるんでしょう。

より一層、未練が積もってしまうだけなのに。

まゆ「……ねぇ、Pさん……まゆは……まゆはね?本当に……Pさんの事が大好きだったんですよ?」

なのに、まゆは。

ここまでして、出来る事は手を繋ぐだけで。

それ以上したら、きっと。

これからも笑顔で振る舞い続ける事が出来なくなっちゃうから。

……分かっているんです。

もう、Pさんの心には李衣菜ちゃんしか居ないって事を。

もっと早くに話していれば、もしかしたら……

はぁ、加蓮ちゃんへの恨みが募りますねぇ。

……それも全部自分で決めた事なので、文句は言えませんが。

157 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:25:35.67 ID:KkPRsR1s0


まゆ「……Pさんに、読み聞かせをしてあげます。子供の頃、寝る前に読んで貰ったおとぎ話みたいな……恋が実らなかった女の子のお話です」

ページを捲る必要はありません。

全て、一文も忘れる事なく暗記していますから。

目覚めて欲しくて、眠ったままでいて欲しい。

そんな、わがままなまゆから。

眠っているPさんへ。

まるで恋愛小説の様な運命的な出会いをして。

けれど実る事の無かった、祝福される事の無かったお話を。

まゆ「……まゆは、Pさんから色々な物を貰い過ぎました。ねぇ、Pさん……始業式の日、ぶつかった事……覚えてますか?」

まゆ「Pさんは偶然だと思っているみたいですが……実は、偶然じゃないんです。意図して、まゆが自分からワザとぶつかったんです」

懐かしいですねぇ。

ほんの数週間前なのに、遠い昔の事の様に感じられます。

Pさんとお話する様になってから、日々がとても濃く感じる様になったからかもしれません。

まゆ「……思い出して欲しかったんです。まゆとPさんがぶつかったの……あの日が初めてじゃ無いって事を」

まゆ「……もっともっと前に、一度だけ。まゆが、Pさんに出会った日に……まゆとPさんは、同じ事をしているって事を」

どうやら、Pさんは覚えてなかったみたいですが。

それもきっと、仕方の無い事だと思います。

それは本当に、とっても昔の出来事ですから。

まゆ「……少し、昔話をします。まゆがまだ小学生で、暗くて、鈍臭くて、友達がいなくて、一人ぼっちの日々を送っていた頃のお話です」

まゆ「まゆはあまり、明るく自分から誰かに話しかける様な子ではありませんでした。小学生ですから、暗いというだけでイジメられる事もありました」

まゆ「そんな事を両親に言ったら心配掛けちゃうから、って……気付かれてたかもしれませんけど、自分から言えなくて。先生に言っても、きっと良い結果になる事は無いって思ってて……」

まゆ「自分の事が大嫌いで、それでも変わる勇気も切っ掛けも無い……そんなある日の、通学中の時の事です」

まゆ「俯いて歩いていたら、前から来た自転車にぶつかりそうになってしまったんです」

まゆ「なんとかぶつからずには済みましたけど、その時驚いて転んじゃって……手首を、少し怪我してしまったんです」

まゆ「まゆは凄く焦りました。手首の傷なんて……誰にも見られる訳にはいきませんから」

まゆ「今思えば、明らかに違うと分かりますけど……誰かに見られて、リストカットの痕だと思われるのが……怖かったんです」

まゆ「クラスの誰かに見られて、よりイジメられるのも……両親に見られて、イジメられて耐えられなくなったと思われるのも……」

まゆ「まゆは焦りました。これから学校に行かなきゃいけないのに、早く傷を隠さないといけなくて……でも、絆創膏なんて貼ったら余計に怪しいですから」

まゆ「焦って、どうすれば良いのか分からなくなって……がむしゃらに走って、曲がり角を飛び出した時に」

まゆ「……運命の人に、出逢ったんです」

158 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:27:00.04 ID:KkPRsR1s0



まゆ「運命の出会いなんて、信じて無かったんですけどね……神様に謝らないといけません」

まゆ「自分のせいで怪我をさせたと勘違いした誰かさんは、手持ちの何かでそれを覆おうとして……」

まゆ「偶々図工か家庭科の授業で使う予定だったんでしょう。ランドセルから赤いリボンを取り出して、まゆの手首に巻きました」

まゆ「大して血は出ていませんでしたが、止血にしてもお粗末ですね。殺菌もしていないリボンを傷口に当てるなんて、逆に危険です」

まゆ「ですが、小学生にそんな事なんて分かりませんから。まゆは、ホッとしたんです。これで上手く隠せる、って」

その時、まゆは安心して笑ってたんだと思います。

だから、まゆは……

言って貰えたんです。

まゆ「笑ってる方が可愛いよ、って……そう、言ってくれたんです。気障な小学生ですねぇ」

まゆ「それはさておき……人に可愛いって言われたの、まゆ、初めてだったんです。それまでは、無愛想だの暗いだの言われていましたから」

まゆ「……すっごく、嬉しかったの……まゆにとって、記念すべき日です。こんなまゆでも、誰かに可愛いって言って貰えるんだ、って。変われるんだ、って。そう、気付いたから」

まゆ「それからまゆは、出来るだけ明るく振舞いました。よく笑う様になりました。たったそれだけで、友達が出来る様になりました」

まゆ「リボンなんて着けてたら目立ちますから、逆に突っかかってくる子もいましたけど……まゆの色々な想いの詰まった思い出のものですから、何を言われても気にせず外さずにいました」

まゆ「そして、思ったんです。もう一度彼に会って、きちんとお礼を言いたい、って。おそらく学校は違いますけど、名前だけは知る事が出来たので」

まゆは引き出しから赤いリボンを取り出しました。

その端には、度重なる洗濯に薄れて消え掛けていますが。

貴方のフルネームが書いてあったんですよ?

まゆ「……ずっと、大切にしてきました。あれから一度も、あの日を忘れた事はありません」

まゆ「同じ街に住んでいれば、いずれ出会えると……そう信じていました」

まゆ「ですがまぁ、そう上手く出会える訳もなく……だからまゆは中学生になってから、読モを始めたんです」

まゆ「少しでも、あの人がまゆを見つけてくれる様に……そしてあの時リボンを巻いてあげた子だと気付いてくれる様に、いつでも赤いリボンを着けて」

まゆ「……まぁその誰かさんは、そういった雑誌は読まなかった様ですが……恩返しでもありました。誰かさんが可愛いと言ってくれた子は、今はこんな風に読モをやるくらい可愛く振舞っているんです、と」

まゆ「そして高校生に上がるとき、仙台に引っ越す事になりました。ですがまゆは……この街を離れたくなかったから。誰かさんの事を、諦めたく無かったから……一人、この街に残る事にしたんです」

まゆ「……それでも……やっぱりまゆは、乱暴な男子が苦手で……元女子校で、その年から共学になる高校を選んだのですが……」

まゆ「高校に入って……本当に、泣きそうになりました。クラスは違えど、同じ学年にその誰かさんの名前があったんですから」

まゆ「……ですが、会いに行った時……誰かさんは、可愛い女の子とお喋りしていて……あぁ、きっとあの二人は付き合ってるんでしょうね、って……」

まゆ「どちらも明るくて元気な、お似合いなカップルに見えて……まゆは、声を掛けられ無かったんです」

まゆ「……悔しい、って……そう感じた時、まゆは誰かさんに恋をしていたんだと気付きました。あの日は一晩中枕を濡らしましたねぇ」

まゆ「それでも、誰かさんが幸せな日常を送っているなら、と。そう自分を納得させて、ただ眺める日々を送っていたんですが……」

159 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 03:27:39.07 ID:KkPRsR1s0




まゆ「……ですがしばらく観察しているうちに、その二人は付き合ってる訳では無いと気付きました。チャンス到来です。まゆに希望が舞い降りました」

まゆ「……まぁ今度はまた別の女の子と仲良くしてるのを眺めて、ハンカチを噛む事になりましたが。それでも楽しそうな日常を邪魔したくなくて、まゆは待つ事にしたんです」

まゆ「二年生になっても、まだ彼が誰かと付き合っていなければ……まゆが、彼と付き合おう、って。一年経って誰かと結ばれていなければ、きっと彼は周りの女子に対して恋愛感情なんて覚えていないんだろう、って」

まゆ「まゆなら、きっと彼を幸せにする事が出来る。迷惑を掛けずに、楽しい日々をお届け出来る……そう思っていました」

まゆ「始業式の日に、わざとぶつかって……まぁ思い出しては貰えませんでしたが、同じクラスになれましたし、そのままゆっくりと距離を詰めていけば……」

まゆ「……ほんと、甘かったですねぇ。二年生になって、あんなイレギュラーが現れるとは思いませんでした」

まゆ「……加蓮ちゃんは、本当に電光石火の勢いで彼と距離を詰めて……あまつさえまゆより先に唇を奪うなんて……!今思い出しても怒りで噴火しそうです」

まゆ「焦って、まゆもキスをして……それを美穂ちゃんに見られてしまい、後はPさんのご存知の通りです」

まゆ「……貴方はまゆの、運命の人なんです。運命の出会いに、運命の再会。感謝してもし足りない、まゆの人生を変えてくれた人」

まゆ「……ですから……それだけじゃ、足りないんです。まゆが貴方に貰った幸せは、一生を掛けても返し切れないものだから……」

まゆ「……まゆが……まゆが……っ!あなたを……幸せにしてあげたかったのに……っ!」

残念な事に、あなたの心がまゆに向く事はありませんでした。

あぁ、いけませんねぇ。

ストーリーテラーが泣いてしまっては、誰が物語を先へと進めるんでしょう。

まゆ「……もっと早くに、好きって言えてれば良かったのかもしれません……返事はいずれだなんて、迷惑を掛けたく無いだなんて思わなければ……もしかしたら……!」

意味も無い後悔が胸に渦巻きます。

そんな事が出来なかったから、今こうして後悔しているのに。

まゆ「ねぇ……Pさん……まゆ、キスしちゃいますよ……?起きてくれないと……止めてくれないと……」

今なら、既成事実だって作れるんです。

写真だって撮れちゃうんです。

加蓮ちゃんとも、美穂ちゃんとも……

そんな隙だらけなPさんには……

心の何処かで分かっていても、それでもまゆを信じてくれたPさんには……

まゆに想いを向けてくれないPさんには……っ!

まゆ「うっ……ううぅっ……っ……こんなに……近くに居るのに……っ!」

まゆは、何も出来ませんでした。

手を握るだけで、精一杯。

それもそうかもしれません。

本当の想いを、きちんとぶつける事が出来なかったんですから。

昔話を直接する勇気も無いくせに、未来のお話を出来る訳が無いんです。

部屋に自分の泣き声が響きました。

これで、Pさんが起きて慰めてくれたら。

そんな淡い、成り損ねた夢の様な戯言が。

まゆを、夢の世界へと引き摺り込みました……


160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/21(土) 09:51:50.29 ID:czfb9nE30
ままゆが自分のルートの時以上にヒロイン感出してるな
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/21(土) 10:35:33.51 ID:x3+oWEwWo
自分のルートでしか弱さが出ないしね
162 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:11:02.47 ID:SnoaWM920


誰かが泣く声が聞こえた。

誰かが紡ぐ言葉が聞こえてきた。

けれどそれは雲の様に、掴んで確かめようとすればするほど薄れてゆき。

思い返そうとすればするほど、風に吹かれた砂山の様に消えてゆく。

……結局、俺はどんな夢を見ていたんだろう。

P「……ふぁぁ……」

目を開ければ見慣れない天井。

大きな欠伸を飛ばしながら、状況確認をすべく身体を起こそうとしたところで。

P「……ん……」

俺の手が、誰かに握られている事に気付いた。

俺の身体に、横から誰かが覆い被さる様に寝ている事に気付いた。

P「……あ、そうだ……」

思い出した。

俺は確か、まゆの部屋で眠ってしまったんだ。

どう考えても不自然な睡魔だったから、多分飲み物に睡眠剤でも入ってたんだろう。

まったく……これ普通に犯罪なんじゃないのか……?

怒る気は無いが、今後は出来れば控えて欲しいものだ。

……怒る気は無い、か。

違うな、俺は怒れないの間違いだ。

まゆに対する罪悪感が無い訳が無い。

だからせめてもの償いとして、俺は全面的にまゆを信頼する。

何をされようがそれが俺のみに対するものだったら、まぁ文句は言えど受け入れよう、と。

そんな事に何の意味があるんだと問われれば、せいぜい自分の心が軽くなる程度のものだけど。

……相変わらず都合が良いなぁ、俺は。

まぁ現に、おそらくだけど俺は何もされていない様だし。

きっとまゆは、俺を眠らせる事自体が目的だったんだろう。

P「……まゆ」

起こそうとして、その頬に涙の跡を見てしまった。

……きっとそれは、気付かなかった事にしてあげた方が良いのだろう。

もちろん、それを俺が忘れる訳にはいかないけれど。

そしてきっと、俺はまゆが起きる前にさっさと帰った方が良いのだろう。

結ばれた指を優しく解き、起こさない様にゆっくりと身体をズラす。

P「……ありがとう、まゆ」

机に乗っていた鍵を取り、部屋から出て鍵を閉めポストに返す。

後はラインでその旨を伝えておけば良いだろう。

P「さて、と……はぁ……」

俺は大きな溜息を漏らした。

今の時刻は二十時少し手前。

連絡してないし……うん。

文香姉さん、怒るだろうな……

163 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:11:31.71 ID:SnoaWM920



まゆ「……はぁ……」

まゆは大きな溜息を漏らしました。

まぁ当然、起きてるんですけどねぇ。

……実を言うとPさんが起き上がるまでは寝てしまってたんですが。

まゆ「……行っちゃった……」

目の前で女の子が無防備に眠ってたんですから、手を出してくれても良かったんですけどねぇ。

それに、目覚めのキスなんてロマンチックな事をするチャンスでもあったんですが。

別れのキスでも可、ですかねぇ。

……そんな事、本当は望んで無いクセに。

Pさんにそんな事をされたら、本当に諦められなくなっちゃうクセに。

まゆ「……見られちゃいましたよねぇ……」

Pさんに涙の跡を見られるなんて、そんなの責任を取って結婚して頂かないと困ります。

なぁんて、それだって本気じゃ無いクセに。

そんな事を言ったら、Pさんは困っちゃいますから。

それにPさんは、きっと気付かなかったフリをするでしょうし。

……だとしたら、おまじないは成功かもしれません。

まゆ「……うふふっ」

……最後に一度だけ。

まゆが意識を手放す前に。

諦める前に、自分の気持ちを自分一人だけの物にしちゃう前に。

Pさんに掛けた迷惑は、瞼に仕掛けた恋の魔法は。

まゆ一人だけの、忘れる事のないステキな想い出です。


164 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:12:15.10 ID:SnoaWM920
P「ただいまー姉さん」

智絵里「あっ……おかえりなさい、Pくん」

P「ただいま姉さん。なんか声と見た目変わった?」

智絵里「えっ?……も、もうっ、Pくん……遅くなる時は連絡くれなきゃダメですよ……?」

智絵里が姉さんか……悪くないんじゃないだろうか?

P「で、なんで智絵里が……?」

智絵里「Pくん?えっと……夜の挨拶はこんばんはですよ?」

文香「……私のあいでんてぃてぃーが……」

P「あ、ただいま姉さん」

智絵里「おかえりなさい、Pくん」

P「いや文香姉さんの方ね?」

文香「……おかえりなさい、P君。連絡も無しにほっつき歩いて、私に心配と迷惑ばかり掛けて……今日はどんな武勇伝を聞かせて下さるんですか……?」

P「大変申し訳ございません……」

わぁ、怒ってる。

怖い。

怒ると美人が台無しだぞ、なんて言ったらブン殴られそうだ。

P「……で、智絵里は何か用事?」

智絵里「その……すー……ふぅー……」

そのまま大きく深呼吸。

なんだろう、智絵里に対してまで怒らせるような事をしてしまっていただろうか。

だとしたら、きちんと謝らないと。

智絵里「……こ、今週の金曜日……!六時間目が終わったら、屋上に来て貰えませんか……っ!」

P「ごめんなさい!」

智絵里「え……ぁ……」

P「あ、えぇっとごめん!なんか悪い事しちゃってたのかなって!えっと、今週の金曜日……?」

智絵里「……えへへっ」

P「……前にも、こんなやり取りした気がするな」

って事は、俺は全くもって成長していないな?

智絵里「あ……Pくんも、覚えてくれてるんですね」

P「記憶力は悪い方じゃない……と信じたい」

智絵里「だったら……えっと……きっと、バレちゃってるかもだけど……」

……あぁ、そうだ。

あの時のやり取りと一緒だと、智絵里が言うって事は。

その先の言葉は……

智絵里「……もう一度、Pくんにちゃんと伝えたくって……言わなきゃだめな事があって……」

P「まぁ今週の金曜って創立記念日で休みなんだけどな」

智絵里「……木曜日でお願いします……」

文香「あら……天気予報によると、木曜日は雨みたいですが……」

智絵里「……明日で……」

P「……うん」

なんかこう、グダグダだけど。

智絵里が困った様に、それでも笑ってるし。

まぁ、いいか。
165 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:13:06.46 ID:SnoaWM920



まゆ「おはようございます、Pさぁん」

P「……おはようまゆ、なんで居んの?」

起きたら、まゆが居た。

随分失礼な挨拶になってしまったが、驚いたんだから仕方ない。

まゆ「……うぅぅぅぅぅぅぅっ!Pざんはぁ゛ぁっ!まゆになんて会いたく無かったんでずねぇ゛ぇぇぇっ!!」

P「……」

まゆ「まゆの顔なんて見たく無かったんですねぇぇぇぇっっ!!」

P「…………」

まゆ「ゔぁぁぁぁぁんっ!何か言って下さいよぉぉぉぉっ!!」

P「……会いたかったよ……」

これは、本音。

まゆならきっと……と、分かってはいても。

それでもやっぱり、不安にならない訳じゃない。

まゆ「Pさんわんもあー!録音しますので!いいえっ!わんと言わずあんりみてっどもあー!」

P「…………」

でもまぁ、朝からこのカロリーは中々キツいものがある。

まゆ「あらあらあらあら?聞こえませんねぇ?声が小さいんですかねぇ?!」

P「まゆ」

まゆ「はぁい、まゆですよぉ」

P「……ちょっとうるさい……」

まゆ「びぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

バンッ!

加蓮「うっるさいっ!下まで響いてる!!」

勢いよくドアが開いて加蓮が入って来た。

……お前も……なんで居んの……?

加蓮「あ、おはよー鷺沢。起きたての顔、想像以上にマヌケだね」

P「いやだって……朝からこれだし……」

加蓮「……うん」

まゆ「これって言われたぁぁぁぁぁっ!Pさんにこれ扱いされましたよぉぉぉぉっ!!」

P「……ごめんて……」

加蓮「鷺沢が謝る必要は無いでしょ」

P「ってかさ、なんで加蓮も居んの?」

加蓮「はぁぁぁぁっ?!私が居ちゃいけない?そんなに私の存在が嫌?!」

あぁ、カロリーが二倍に増えた。

そこまでは言ってないだろ……
166 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:13:32.64 ID:SnoaWM920



加蓮「私はほら、朝ご飯たかりに来ただけ」

P「うん、既に言ってる事おかしいって気付こうぜ?」

加蓮「だって美穂に誘われたし」

P「……美穂……」

加蓮「で、わざわざ来てあげたらこれに出迎えられたって訳」

まゆ「心の底からドアを開けたく無かったんですけどねぇ」

加蓮「一生心の扉を閉じてれば?」

まゆ「自己紹介ですかぁ?」

加蓮「……しかももう既に朝ご飯殆ど完成してたし」

え、マジで?

文香姉さん待たせるとマズイしさっさと降りないと。

P「あ、作ってくれてありがとな。まゆ」

加蓮「ご馳走になりまーす」

まゆ「加蓮ちゃんの分はありませんよぉ?」

加蓮「じゃあ私だけ鷺沢に作って貰う」

まゆ「ざぁんねぇん、丁度食材が綺麗になくなったところですよぉ!」

P「……うるさい……」

加蓮「ほらまゆあんたのせいで鷺沢が迷惑がってんじゃん!!」

まゆ「あっあっあっあっ……腹を切って詫びますよぉ……」

加蓮「良かったじゃん鷺沢、朝ご飯の食材が手に入るよ」

まゆ「Pさんに食べて貰えるなら……あ、でも流石に物理的には……」

P「着替えるから一回出てってくれない?」

加蓮とまゆが楽しそうに会話しながら部屋から出て行った。

仲良いな、混ざりたくは無いけど。

ぱっぱと着替えて支度を済ませリビングへ向かう。

美穂「おはようございます、Pくんっ!」

P「おはよう美穂」

文香「……遅いです……P君が起きてくるまでに、私は自らの心を抑えつける為に般若心経フルコーラスを三周しました」

よく分からないけど、多分それそんな風にリピートするものじゃ無いと思う。

P「にしても……騒がしいな」

文香「……ふふ……久し振りですね」

最近は色々あったから。

こんな風に卓上に皿が敷き詰められるのは久し振りだ。

……そう言えば、またみんなで食事したいってアレ。

まだ実現出来てないなぁ……

今日は李衣菜が居ないけど、次は李衣菜も智絵里も一緒に。

あと、ちゃんとまゆに俺の方から声掛けて。

……うん、色々頑張らないと。

文香「……それでは」

みんな「頂きます」

167 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:14:45.33 ID:SnoaWM920



智絵里「おはようございます…………大所帯ですね」

わいわいがやがや駄弁りながら登校して。

下駄箱に着くと、今日もまた智絵里と会った。

P「おはよう智絵里。今日も早起きだな」

智絵里「……みんなで、朝ご飯一緒に食べたんですか……?」

P「あぁ、まゆが作ってくれてさ」

智絵里「いいなぁ……」

まゆ「羨ましいですかぁ?羨ましいですよねぇ?!」

智絵里「……うるさい」

まゆ「びぇぇぇぇぇっ!Pさぁんっっっ!!」

加蓮「やれやれ、まゆはメンタルあれだね、あれ。えっと……あれ?」

美穂「思い付いてから喋りませんか……?」

智絵里「……よし。ねぇ、Pくん……放課後、待ってますから」

そんな喧しい光景を眺めて笑いながら、智絵里は囁いてきた。

P「あぁ、もちろん」

加蓮「行かない方が良いんじゃない?」

智絵里「……加蓮ちゃん……もう……」

加蓮「ふふ。ごめんごめん、冗談だって。それに私が言ったところで、鷺沢は行くでしょ」

P「まぁな」

加蓮「あ、代わりに私が行ってあげよっか?」

智絵里「ごめんね?加蓮ちゃん……えっと、役不足だから……」

加蓮「はぁ?!キレ!キレだし!おでんの大根みたいにスッパリ切れたし!!」

まゆ「大根役者じゃないですかぁ」

お願いだから教室入る時にはもう少しボリュームを落として欲しい。

李衣菜は……まだ来てないか。

最近ロクに話せて無いなぁ……

P「なぁ、美穂」

美穂「Zzz……」

P「……寝るの早くない?」

結局李衣菜が来たのは朝のHRギリギリで。

また時間が噛み合わず、話す機会は全く訪れなかった。

168 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:15:20.69 ID:SnoaWM920



美穂「はっ!お腹すいた気配っ?!」

まゆ「あ、おはようございます、美穂ちゃん」

P「おはよう美穂。もう帰りのHRも終わったぞ」

美穂「うぅ……お腹空いた……」

そこなのか。

ショックを受けるべき場所が他にあるような気がするんだけど。

美穂「あ、李衣菜ちゃん。良ければこの後一緒に遊びに行きませんかっ?」

李衣菜「えっ?あ、私は……ごめんね、用事あるから」

美穂「そっか……分かりました」

智絵里「Pくん……待ってますから」

智絵里が教室から出て行った。

加蓮「じゃあ私も帰ろっと」

まゆ「まゆも帰りますよぉ」

美穂「……盗み聞きするつもりじゃないよね?」

加蓮「……も?!もももっ?もちろん!」

まゆ「……はぁ。加蓮ちゃんはまゆと付き合って下さい」

加蓮「え?私そっちの気は無いんだけど」

まゆ「張っ倒しますよぉ?」

さて、俺も行くか。

そういや屋上に行くのも久し振りだなぁ。

どうせなら昼食は屋上で食べれば良かった。

教室を出て、一人で屋上へ向かう。

一応背後を見回したが、誰かが付いて来てる気配も無い。
169 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:16:01.42 ID:SnoaWM920


ガラガラガラ

屋上の扉を開ける。

その先には智絵里が一人で立っていた。

相変わらず、その姿は可憐で。

それでも最初にこうして屋上で待ち合わせをした時よりも。

とても、強くて明るい笑顔だった。

P「待たせてごめん。寒くは無かったか?」

智絵里「はい……最近は、どんどんあったかくなってきましたから」

P「なら良かった」

智絵里「あ、でも……待たされた分のお礼は期待しちゃう、かな……?」

P「明日の朝食にご招待するよ」

智絵里「えへへっ……お、お招きいただき、ありがとうございます……!」

でも、と。

一旦区切って、こちらへと向き直る智絵里。

智絵里「その前に……きちんと、伝えないといけないから……」

P「……あぁ」

智絵里「それと……美穂ちゃんにも、李衣菜ちゃんにも……またきちんと、謝らないと……」

P「ん?何かあったのか?」

智絵里「……とっても、酷い事をしちゃいました……わたし、色々空回りしちゃって……」

P「……まぁ、李衣菜と美穂なら大丈夫だろ。謝って許してくれないような奴らじゃ無いし」
170 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:16:29.46 ID:SnoaWM920




智絵里「Pくんと美穂ちゃんとのキスの写真……わたし、李衣菜ちゃんに送っちゃったんです……」

P「おいおいおいおい、待て待て待て待て」

流石にそこまでとは聞いてないぞ。

そしてそれは……うーん……

智絵里「……ごめんなさい……」

P「……いや……まぁ、あれは俺も不用心だったってのもあるけど……」

それで最近、李衣菜が全く話してくれなくなったんだとしたら。

ちょっと以上に怒っても良い気もする。

八つ当たりだろうか?どうなんだろう?

智絵里「……ほんとに……っ、ごめんなさい……!」

P「……なぁ、どうしてだ?」

流石に理由も無しにそんな事はしないだろう。

どうして、そんな事をしたのか。

きちんと聞いておきたかった。

智絵里「……Pくんの事が、諦められなかったから……」

俺と李衣菜の距離が、より開く様にだろうか。

智絵里「だから……付かず離れずの距離な李衣菜ちゃんに……早く諦めるかくっついてほしくて……」

実際それで、李衣菜とは全然話せて無いけど。

P「……だからって、そんな事しても……」

それで、俺が智絵里の事を好きになる訳じゃ無い。

そもそも俺が李衣菜を諦める訳じゃ無い。

智絵里「……はい、分かってます……本当は、分かってたのに……!」

P「じゃあなんで……」

171 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:16:56.01 ID:SnoaWM920


智絵里「…………羨ましかったんです……」

ポツリ、と。

智絵里はそう呟いた。

P「……羨ましい?」

智絵里「えっと……Pくんと李衣菜ちゃんと美穂ちゃんみたいな……まゆちゃんと加蓮ちゃんみたいな……」

智絵里「遠慮の無い会話が……いっつも喧嘩するみたいに色々言い合ってるのに、それでも仲良しなのが……羨ましかったんです」

智絵里「……怒ったり、怒られたり……相手に嫌われちゃうくらいの事を言って、許して……そんな関係に、わたしもなりたくって……」

智絵里「みんなを見てると、不安になっちゃって……わたしだけ、輪の外側に居るみたいだったから……」

智絵里「……わたしの、Pくんの事が好きって気持ちは……わたしだけのものだけど……Pくんは、わたしだけのものじゃないから……」

智絵里「このまま、李衣菜ちゃんとPくんが付き合ったら……もっと、わたしは輪に入れなくなっちゃうんじゃないかなって……」

智絵里「Pくんなら優しいから……きっとわたしを許してくれる、って……そんな風に甘えて……!」

智絵里「……そしたら……踏み越えちゃったんです……」

智絵里「輪に入りたかったのに……っ!みんなの関係を壊しちゃうかもしれない事をしちゃったんです……!」

智絵里「あの時、美穂ちゃんに……すっごく辛い思いをさせちゃって……」

智絵里「李衣菜ちゃんは、美穂ちゃんから色々説明されたらしいけど……きっと、余計に悩んじゃって……」

智絵里「……それを……Pくんには隠して……気付かれないとこで、酷い事をしちゃって……っ!」

智絵里「……ほんとに、ごめんなさい……っ!わたしが……弱かったから……!」

……そんな風に、悩ませちゃってたのか。

色々と言いたい事はあるけど。

P「……なぁ、智絵里」

智絵里「……っ!はい……」

P「……なんで、それを俺に言ったんだ?」

きちんと伝えてくれて良かったけれど。

智絵里の立場からしたら、言わないままの方が楽だったろうに。

言わなければ……いやそれで俺が李衣菜を諦めるかは別問題として。

李衣菜は、俺の想いを受け入れないままでいたと思うけど……

172 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:17:46.89 ID:SnoaWM920


智絵里「……ほんとは、やっぱり逃げたかったけど……それじゃ、ダメだって……教えて貰ったから……」

P「教えて貰った?」

智絵里「はい……昨日、美穂ちゃんと加蓮ちゃんと放課後遊んだ時に……加蓮ちゃんに、すっごく怒られちゃいました」

智絵里「『そんな事する奴となんて一緒に居たくない。真正面からぶつかれないそんな弱い奴となんて会話もしたくない』って……」

智絵里「……前に、Pくんに告白した時……加蓮ちゃんとまゆちゃんに、盗み聞きされちゃってたんですけど……」

智絵里「……『凄いね』って……そう言ってくれたんです……振られるって分かってても、それでもちゃんとお返事を聞こうとするのは……とっても勇気が要る事で……」

智絵里「『私は逃げちゃったけど、智絵里は強いね』って……そう言ってくれたんです」

智絵里「……だから加蓮ちゃんも、ちゃんと告白したそうです……なのに……そんなわたしが、こんな事しちゃったから……!」

智絵里「すっごく、辛そうに……加蓮ちゃんにとって、きっと言いたくなかった筈の事を言ってくれて……!言わせちゃって……!」

智絵里「……気付いたんです……その時、やっと……加蓮ちゃんにとって、わたしは輪の外側じゃ無かったんだって事に……」

加蓮もまた、俺と同じく友達が少なくって。

だからこそ、一人一人を大切にしたいからこそ。

それを智絵里に言うのに、どれだけの勇気が必要だっただろう。

智絵里「美穂ちゃんにも、言われたんです……『それでいいの?』って……」

智絵里「もし、わたしがPくんと付き合えたとしても……それで他の子との距離が縮まる訳じゃないから……」

智絵里「『離れる事は無かったとしても、前には進めないんだよ?本当にそれで良いの?』って……」

智絵里「……酷い事をしちゃったのに……それでもわたしの事を考えてくれて……!そんな優しい美穂ちゃんを……わたしは、裏切る様な事をしちゃったんです……!」

美穂も……本当に優しいな。

きっと、色々な思いがあっただろうに。

それでも、友達の事を考える様な人で……

智絵里「最近は早起きして、下駄箱でPくんと会える様になったけど……もっと、みんなみたいに……一緒に朝ご飯食べて、登校して……そんな風になりたくって……!」

智絵里「だから……また、戻りたくって……都合が良い思うけど……!みんなに……もう一度……!」

智絵里「わたしと……友達でいたい、って……!そう言ってほしくて……!」

……あぁ、良かった。

智絵里の望む事が。

自分がこうしたい、じゃなくて。

自分がこうありたい、こういう風になりたい、で。

そのままでなく、変わる事を望んでくれていて。

美穂がそう言ったのなら、そんな智絵里ともっと仲良くなりたいと思っているのなら。
173 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:21:16.32 ID:SnoaWM920




P「……なぁ、智絵里。俺は……」

……そっか、そうだったな。

あの時俺は、智絵里に伝え損ねていたんだ。

俺はそれ以降、ずっとそのつもりだったけど。

だから、そんな不安を抱かせてしまったんだとしたら。

今ここで、その誤解を解いておかないと。

P「前に、告白した時さ。言い損ねたけど……俺と、ずっと友達でいて欲しかった」

智絵里「そっか……」

もしあの時それをきちんと伝えていれば、或いは……

智絵里「……わたし……やっぱり空回りしちゃってたんだ……」

P「……ごめんな、言うのが遅れて」

智絵里「……大丈夫です……わたしこそ、ほんとにごめんなさい……!」

……これ以上、俺が何か言う必要も無いだろう。

俺だって、智絵里にとやかく言いたい訳じゃ無いし。

校舎内に戻ろうと、踵を返したところで。

智絵里「……えっと、Pくん……」

俺は、智絵里に引き止められた。

P「ん?なんだ?」

智絵里「……今の言葉を……この後に、もう一回言って貰っても良いですか……?」

P「…………あぁ」

そうだったな。

諦められなかったのだとしたら。

もう一度、諦める為の……

智絵里「……ワガママで、ごめんなさい……」

P「……なら、お互い様だ」
174 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:21:47.98 ID:SnoaWM920


智絵里「……ねぇ、Pくん。覚えてますか?入学式の日に、わたしに優しくしてくれた事……」

P「……俺、何か感謝される様な事したっけ?」

入学式の日に、誰かを助ける様な事をした覚えがない。

テロリストが襲って来てそれをカッコよく倒す妄想ならした事はあるが、それが現実になった覚えもないし。

智絵里「……覚えて、無いんですね……」

P「……すまん。正直、めっちゃ女子多いじゃん肩身狭って感じたくらいしか……」

あの時は本当に李衣菜しか友達いなかったしな。

智絵里「……そっか」

P「ごめん……」

智絵里「いえ……それを聞けて、ちょっと嬉しいです……」

なんでだ?

俺、失礼どころか失望されかねない事を言ってる気がするけど。

智絵里「……あの日、わたしもとっても不安で……誰とも仲良くなれなかったらどうしよう、って……」

P「分かる。それは俺もだわ」

智絵里「緊張しちゃって、なかなか学校に行けなくて……そしたら、遅刻しちゃったんです……」

入学式、高校生活初日に遅刻は心が折れるよな……

智絵里「それで……教室が何処か分からなくって、先生を探しても見つからなくて……きっと、見つけても話し掛けられなかったと思うけど……」

P「入学式だからなぁ、先生達ほぼ全員体育館にいたと思う」

智絵里「やっと教室に着いた時には、もう誰も居なくって……」

P「……っあー!!」

智絵里「……はい、その時でした。Pくんが、『どうしたんだ?早く体育館行こうぜ』って……」

そうだ、あの日俺は教室の居心地が悪くてトイレ行ってて。

その間にクラスメイト全員が体育館に移動しちゃってて、教室戻ったら殆どみんな居なくなってたんだ。

そして、教室で一人あたふたしてる女の子を見かけて……

智絵里「Pくんが、案内してくれたんです……遅れて体育館に入った時も、先生に列の場所聞きに行ってくれて……」

一年前の事で、完全に忘れていた。

そうだ、だから智絵里がクラスメイトだったって事だけは覚えてたんだ。

それ以降は殆ど話す機会が無くて、そもそもクラスメイトでも李衣菜と美穂以外と交流する機会がほぼ無かったから忘れてたけど。
175 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:22:15.09 ID:SnoaWM920


智絵里「……あの時は、緊張しちゃって全然お話出来なかったけど……とっても、嬉しかったんです」

P「嬉しかった……?」

智絵里「……最初の日に、優しい人に出会えて……」

P「優しい、か……そう言われると恥ずかしいし、申し訳ないな」

俺自身が覚えてなかった訳だし。

というか、割と当たり前の事をしただけな気もする。

智絵里「いえ……だから、嬉しいです。Pくんにとって……忘れちゃう様な、当たり前の事だとしたら……」

えへへ、と。

はにかみながら、言葉を続ける智絵里。

智絵里「……それは……Pくんが、とっても優しい人だって事ですから」

P「……そうなのかなぁ」

俺が照れているのは、その言葉が擽ったいからか、それとも智絵里の笑顔が眩しいからか。

それに、智絵里がそう思うのは。

やっぱり、智絵里がとても優しい子だからだろう。

智絵里「……Pくんにとっては当たり前の事かもしれないけど……落としちゃったシャーペンを何も言わずに拾ってくれたり、ルーズリーフ分けてくれたり……そんな優しさが積み重なって……わたしは……」

好きに、なっちゃったんです。

そう、頬を赤く染めて呟いた。

智絵里「……そんな優しさを……もっと、わたしに向けてくれたら嬉しいな……わたしに対してだけじゃなくっても、誰かに優しいPくんのことを……ずっと見つめていられたら嬉しいな、って……」

智絵里「……これからも……!わたしは、Pくんと……Pくん達と一緒に居たいから……!」

176 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:22:43.41 ID:SnoaWM920


だから、と。

智絵里は、言葉を続けた。

全部を分かった上で。

変わる為に、もう一度。

本当の気持ちを。

智絵里「……Pくん……っ!わたしは……わたしはっ、貴方のことが……」

智絵里「えっと、その……貴方の……ことが…………わたしは……っ!」

ぎゅっ、っと。

拳を握りしめ、頬に想いを零しながらも。

智絵里「わたしは……!貴方の事が、誰よりも大好きです!だから……っ!」

智絵里「これからも…………!わたしと!お友達でいて下さい……っ!!」

大きな声で、想いを全部伝えてくれた。

そして、俺の返事は。

少しばかり、智絵里に頼まれたものとは違うけど。

P「……あぁ。今までも、これからも……智絵里は俺にとって、大切な友達だ」

智絵里「……うぁぁっ……ありがとう、Pくん……っ!あぁぁぁぁっ!ほんとにっ……ごめんなさい……っ!!」

屋上に響く智絵里の声は、雲に邪魔される事なく空へと届いて。

一番近くで受け取った俺は、雲の代わりに雨を降らせる。

……あぁ、もう。

どうせなら、やっぱり明日にして貰うんだった。

177 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/04/21(土) 13:28:52.99 ID:SnoaWM920


P「……お、やっほー李衣菜」

荷物を取りに教室に戻ると、李衣菜が一人で立っていた。

李衣菜「ん……?あっ、Pか……」

P「Pかって酷くない?ってか用事あったんじゃなかったのかよ」

李衣菜「あるよ、だからもう帰るとこ。じゃ、また明日ね」

どうせ、嘘だろうに。

そう言って教室から出て行こうとする李衣菜。

そんな夕陽に照らされた李衣菜の後ろ姿が、寂しそうで。

悩みに押し潰されそうな、息苦しそうな横顔が哀しくて。

P「……なぁ李衣菜。少し、話す時間無いか?」

李衣菜「無いよ」

P「悩みは?」

李衣菜「それも無いかな」

P「話したい事とかは?」

李衣菜「それも無いって。っていうか、頼んでも無いのに心配されても迷惑なだけなんだけど」

……はぁ。
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