垣根帝督「協力しろ」鹿目まどか「ええ…」

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70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/12(火) 23:29:07.91 ID:psAQX80k0
当然彼女たちが魔法少女になれば、その分マミの負担は減る。

キュゥべえと一緒に、セールスマンのように全力で魔法少女の魅力を語って引き入れようとしてもおかしくないはずだ。

だが、彼女は決して2人に魔法少女になることを勧めたりしなかった。

その実情と弊害を事細かに語り、本当にその覚悟があるのか問いただしている。

普段は柔和な表情のマミだが、その話をする時は真剣な目つきをしていた。

どんな気持ちだったのだろう?

彼女たちが魔法少女にならなければ、またマミは1人ぼっちになる。

それを承知の上で、全部背負ってやると言外に語っているのだろうか。

「……、すごいなマミさんは」

思わず声が漏れた。

自分が同じ立場だったとして、同じ選択ができるとは口が裂けても言えない。

そこまで強くない。

だが、そういう風にありたいと思う気持ちはある。

何の取り柄もない自分に、そうなれるチャンスがあるのなら、チャレンジする価値はあるのかもしれない。

「君ならマミを超える魔法少女になれるよ。その素質は間違いなくある」

「……本当に?」

まどかは目を丸くして聞き返す。

「ああ、本当さ」

キュゥべえは間髪入れずに答えた。

その真っ赤な瞳は、相変わらず何を考えているのか読めない。

気づけば、まどかは自宅のすぐ近くまで来ていた。

考え事をしながら歩いていたからか、意外な程時間が経つのが速く感じる。

両親にただいまと言って、彼女は自室のベッドの上に仰向けで寝転ぶ。

低反発なクッション材は、身体を包み込むように受け止めてくれた。

「魔法、少女……」

何気なくポツリと呟く。

使い慣れたベッドの上で、身体はリラックスしているはずなのに、何か胸の奥にチリチリとした熱さを感じる。

思考を止めるな、と身体が脳に命令しているかのように。

「……なれるのかな?」

思い返せば、これまでまどかには理想の人物像というのは無かったように思う。

自分に自信のない彼女にとって、両親や親友のさやか、仁美などの事はそれぞれ凄いと思うし自慢でもあるが、自分がそうなりたいかと言われると少し違う気がするのだ。

それは恐らく、自分にはなれないと分かっているからなのだろう。

背の低い少年が、バスケットのスター選手に憧れても本気で目指そうとはしないように。

だが、今回巴マミという少女と出会えた事で、空白だった未来図に輪郭ができようとしていた。

そうなれる可能性がある。

その言葉は埋もれていたとある感情を刺激する。

憧れという気持ちを。

そして、その気持ちに従いたいとまどかは思った。

例えそれがどんな結末であろうと。

「私も、なれるかな」

彼女はスマートフォンを操作し、電話帳の中から1つの連絡先を表示する。

そこには、昨日交換したばかりの目新しいアドレスがあった。

71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/01(木) 23:25:45.21 ID:xIL+pzmJ0
        ☆



翌日。

朝からどこかへ出掛けていた垣根帝督は、昼下がりになってようやくホテルに戻ってきた。

「おかえりなさいっス」

「どうだ、何か分かったか?」

「……残念ながら有力な情報はないっスね」

誉望は作業に使っていたタブレットからいくつかのファイルを素早く開き、垣根に差し出す。

「あの後輩についてですけど、小さい方が『鹿目まどか』。ショートヘアが『美樹さやか』。二人とも特筆することもない普通の中学生です。調べましたが特に怪しいところは見つかりませんでした」

「んだよ使えねーな」

「すんません。その周りの交遊関係とかもあたったんスけど、本当に何の変哲もない一般人としか……」

はあぁ、とわざとらしい溜め息をついて垣根はドカッとソファーに座る。

ビクッと誉望が肩を震わせるが、彼は気にする素振りもなくソファーの背もたれに腕を乗せふんぞり返ってタブレットの画面を見つめる。

「え、ええとそういや垣根さんはどこに行ってたんスか? この街に観光するような所はないと思うんスけど」

「ああ、最近事件が起きた場所を回ってたんだよ。何か痕跡が残されていないかと思ってな」

垣根はタブレットで地図のアプリを開くと何ヵ所か印をつけて誉望へ突き返す。

印は繁華街や大型レジャー施設の周りなど、概ね人が多く集まる場所に付けられている。

「本当に魔法少女なんてもんが存在するならその『魔法』を使った形跡を未元物質でなぞって情報を読み取れるかと思ったんだが」

言うなれば、刑事が現場に残された血痕や遺留品などから容疑者の動きを推測するようなもの。

垣根曰く、レコードやCDを再生するように『魔法』を使用した際に付けられた細かい傷などを未元物質で読み取って情報を取得する事で、その場で何が起きたのか把握できるらしい。

72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/01(木) 23:27:36.43 ID:xIL+pzmJ0

「それで、結果は……?」

「何らかの能力同士が衝突した事はほぼ間違いない」

おお! と誉望が嬉しそうな声を出す。

一瞬遠のきかけた手がかりがまた一気に近づいた気がする。

やはりこの件に巴マミが関わっていることは間違いなさそうだ。

しかし対する垣根の表情は明るくない。

だが、と彼は前置きして、

「『魔法』とやらの詳細についてはよく分からん。俺たちの能力とは基礎となる理論やベクトルが違いすぎてその法則まで読み取ることは出来なかった。人間に紫外線や赤外線の色が識別できねえようにな」

そこに『何か』があることは分かってもそれが何なのかまでは分からない。それが今の彼らの状態。

しかし得体の知れない謎の能力が学園都市外にあるという事が分かっただけでも大きな収穫だと誉望は思う。

存在するかどうかも分からないものを追いかけるのとではモチベーションも変わってくる。

「いやいや十分っスよ。さすがは垣根さんです。昨日の今日でもうホシを特定するなんて」

「だが『痕跡』からじゃこれ以上の情報は得られそうもない。そうなると、やっぱり直接能力に見て触れて解析するしか手はねえようだな」

「と、いうことは……」

「……ああ、巴マミとコンタクトを取る」

少し考えて垣根は言った。

「全てが奴の仕業とは言い切れねえが。絶対何かしらの情報は握ってる。探偵ごっこしてる暇はねえし、直接会って話をつける」

「え、いいんスか? 相手が友好的とも限りませんし、万が一口封じにってことも……」

「最悪それならそれで構わねえよ。向こうが『魔法』を使ってくれりゃあ、そこから逆算する方法もあるしな」

まあそうならないのがベストだが、と垣根は付け加える。

何せ相手の能力は未知数。しかも学園都市製ではないときた。

第二位の超能力者(LEVEL-5)と言う肩書きは何の役にも立たない。

現に、最新鋭の防犯設備を持っているはずの研究所はあのザマだ。

不安を募らせる誉望に、垣根は巴マミの現在地を調べるよう命令する。

彼女の居場所はすぐに分かった。

「……にしても魔法少女、か」

ボソリと垣根は呟く。

「なあ、本当にそんなのが実在するとして、そいつは一体何の為にいるんだろうな?」

「え? そ、それは……、街を守るため、とか?」

「何から?」

「え、ええ!? そりゃあ魔法少女の敵だから、例えば『魔物』とかっスかねえ?」

答えを聞いて、ハッ、と垣根は小さく笑った。

よく分からないが、的外れな解答で気分を害した訳ではないようだ。

困惑する誉望に、さっさと準備しろと急かして彼は部屋を出ていってしまった。
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/01(木) 23:29:04.48 ID:xIL+pzmJ0

「ハァ、大丈夫なのかよ、本当に……」

呟きながら誉望は機材がぎっしり詰まったアタッシュケースを持ち上げる。

機材といっても色々だが、今回の場合中に入っているのは主に彼の能力のサポートをする為の物だ。

別に無くとも能力は使えるが、そのままだと能力自体の汎用性が高すぎて起こす事象のイメージがボヤけてしまう事がある為、機材と自分の意識をリンクさせて主に思考を切り替える際のスイッチとして使うことが多い。

その他いくつかの使い慣れた『仕事道具』と共に、彼はキャリーバックの中から黒光りする拳銃を取り出した。

冷たい感触と重量感が生々しく手に伝わってくる。

「……まあ気休めだけど。無いよりはましか」

普段からあまり使わないせいか、マガジンに弾をこめる動作もどこかたどたどしくなってしまった。

学園都市は超能力の街。何かトラブルがあれば基本的に能力で対処する。

別に信条がある訳ではないが、すぐに武器を持ち出すのは武装無能力集団(スキルアウト)共を連想してしまって、どうにも誉望は好きになれなかった。

そもそも高位の能力者ならば、民間企業が作った携帯武器なんかより自分の能力を使った方が遥かに強いというのもある。

現に第二位垣根帝督は仕事の際もいつも手ぶらだ。

誉望はその事を少し考えたが、まああくまで予備の予備だから、と自分に言い聞かせ拳銃をジャケットの裏に隠す。

そもそも彼らが派遣された目的は調査と原因究明であり、街の制圧などではない。

学園都市としても見滝原との関係が悪化するのは防ぎたいだろうし、恐らく技術の漏洩阻止の意味もあるだろうが、指令書には極力武力行使は控えるようにと書かれてあった。

垣根個人の目論見にしたって、これを使うようなシチュエーションになればその時点でほぼほぼ失敗と言っていい。

「頼むからトラブルが起きませんように。こんなところで死ぬなんて真っ平ごめんだぞ」

街の外に出た以上、学園都市の後ろ楯にはあまり期待していない。

使わないに越したことはない物騒な機器類を身に纏い、最新科学に囲まれて育った誉望万化は胸の前で十字を切った。


74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/07(水) 15:47:47.27 ID:jCRnacRHo
期待してるで
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/09(金) 00:32:57.39 ID:x5VviyjQ0
        ☆


上条恭介にはヴァイオリニストになるという夢があった。

いつからそう思うようになったのかはよく覚えていない。

気付いた時には、生活の中心にヴァイオリンが据えられていたのだから。

だが、彼はそんな生活を嫌だと思った事は一度もない。

理由は色々だが、やはり周りの人を喜ばせたいというのが大きいだろう。

自分の演奏を聞いてくれた人たちが、良かったと言って拍手を送ってくれる。

そうすると、もっと上手くなってより多くの人を感動させたいと思って努力する。

彼の部屋にはその結晶と言うべきトロフィーや賞状が整然と並べられていた。

そして、そんな上条は今、真っ白なベッドの上で仰向けになっている。

と言っても、自室のではない。

彼は見滝原市内にある総合病院の個室にいた。

「……、」

よく晴れた昼下がりの午後。

窓の外からは部活でランニングをしている学生たちの元気な掛け声が響いているが、上条は意識すら向けない。

彼は自分の顔の前に出した左手を見つめている。

実は握り拳をつくろうとしているのだが、その五指はコードが切れた扇風機のように何の反応もしてくれない。

というより肘から先は自分の身体の一部であるという感覚がない。

まるでグローブでもぶら下げているような違和感。

彼はしばらく動かない左手を見つめていたが、フッ、と自嘲するように息を吐いて力を抜いた。

ボスンという音と共に腕がベッドに沈み、クッションの弾力が手首から上だけに伝わる。

「……っ」

つぅ……と目尻から透明な液体が漏れだすのを感じるが、それを手で拭おうとすら思えなかった。

滴が耳の横を掠めて頬を伝っていく気持ち悪い感覚が、これは現実なんだと却って思い知らせてくれる。

もう左手は動かないという、紛れもない真実を。

もう何度目だよ、と上条は誰にでもなく呟いた。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/09(金) 00:35:10.93 ID:x5VviyjQ0

原因は単純な接触事故だ。自転車と自動車の。

事故直後は大した怪我は無いように見えたし、本当に打ち所が悪かったとしか言いようがない。

相手の運転手は誠心誠意対応し、治療費、慰謝料も支払われたが、彼にとってはそんなことはどうでもいい。

今まで歩いてきた道、そしてこれから先も見据えていた夢が突然目の前で途切れたのたという喪失感、それは本人以外には理解できないもので、他の何かで埋め合わせる事なんてできない。

今まで費やしてきた長い時間が一瞬にして単なる思い出に変わった。

自宅のトロフィーや賞状もこうなったら過去の栄光でしかない。

絶望。

それは次第に怒りへと変わるが、それをぶつける対象がいないのもまた問題だった。

加害者は事故直後すぐに上条に駆け寄って救急車を手配し、彼が入院してからも何度も何度も謝罪に訪れた。

まるで自動車学校の教材ビデオのような見本的対応で、そこに落ち度はない。

そもそも今回の事故は信号もない裏通りで起こった、いわば双方の過失によるもので、それについて幾度となく一方的に頭を下げられ続けると、まるで自分が悪人のように感じてしまう。

彼の性格的にもそんな相手をさらに追撃し、糾弾することなんて到底できなかった。

(むしろ相手が擁護しようもないクズだったら良かったのに。それなら、こっちも何のためらいもなくーー)

と、そこまで考えて上条は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちした。

そんな事を考えてしまう自分の性格に虫酸が走る。

別に自分を高尚な人間だとは思っていないが、己の内面に自分自身の薄汚い感情を呼び起こされる事に彼は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

ただでさえ希望を潰されて鬱屈しているのに、加えて自分の人格まで否定されているような気がして一層気が滅入りそうになる。

それを避ける為に無理やり自分を肯定しようとするが、少し前に読んだ本に書かれていた『人はピンチの時ほど本性が現れる』という一文を思い出して彼は頭を抱える。

(違う。僕はそんな奴じゃない。これは一時の気の迷いだ。本心なんかじゃない)

だが、そう否定しようとすればするほど、染み出る暗い感情と、それが上条の本性だと証明する為の理屈が頭の中に浮かんできてしまう。

実際はネガティブな心理状態を怒りに変えて何かにぶつけて発散させようとするのは一種の防御本能なのだが、そんな事を知らない上条はひたすら己を蝕む黒い感情と戦い続ける。

入院中、上条はこんな一人問答を何度も繰り返していた。

事故は彼の身体だけでなく、精神にまで傷を付けてしまっていたのだ。

否定したいけど否定できない。でも肯定すれば自分自身を否定することになる。

逃げ場のない思考のデフレーション。それを遮断したのは唐突に聞こえた扉のノック音だった。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/09(金) 00:36:11.17 ID:x5VviyjQ0

「……開いてるよ」

呻くように答えながら、上条は顔を上げて壁にかけられた時計を見る。

時刻は午後四時過ぎ、定期検診や夕食の時間ではないが、大体見当がつく。

ガララと引き戸を開けて入ってきたのは、地元の中学校の制服を着た少女だった。

彼女は美樹さやか。

彼のクラスメイトであり、幼なじみでもある。

時折、放課後にこうやってお見舞いに来てくれる。

彼女は少しだけこちらの様子を伺うように立ち止まると、心配そうに声をかけた。

「大丈夫恭介? 何か、顔色悪いみたいだけど」

「ああ……何でもないよ。ちょっと考え事をしててね」

そうなんだ、と歯切れの悪い返事をしながらさやかは丸椅子をベッドの側に寄せて来る。

彼女は上条の左手が動かない事を知っている。

最古の『聴衆』と言ってもいい彼女にとってそれがどういう意味を持つのかはよく分かっているのだろう。

最近の上条に対する態度も、どこかよそよそしいものがあった。

「ご飯、ちゃんと食べてる?」

「うん……まあ何とかね。それで? 今日はどうしたの?」

「な、何だか棘があるね今日の恭介」

言ってさやかはあははと小さく笑った。

そうしながら、彼女はスクールバッグの中から袋を取り出した。

中に入っていたのはCDケース。

チラリと見えたパッケージに、上条は少し顔を強張らせる。

「それは?」

「クラシックのCD! 恭介が好きそうなの選んできたよ」

「……、ありがとう。でも今はそんな気分じゃないんだ。後から聞かせてもらうよ」

「えー!? 何でそんな事言うのさ。せっかく買ってきたんだから一緒に聞こうよ!」

ベッド側の物入れからCDプレイヤーを取り出しイヤホンを付けてケースの外装フィルムを剥がしていくさやか。

CDをセットすると、はいっ! という元気な掛け声と共にイヤホンの片側を上条に差し出した。

「……、」

上条は訝しげな表情でイヤホンを耳に当てる。

もう片方はさやかが着けている。

一つのイヤホンを分け合うので、当然両者の顔が近くに寄ることになる。

幼なじみ同士なのでそこはお互いあまり気にしていないのだろうが、それでも顔を見つめ合わせ続けるのはさすがに恥ずかしいので、自然と上条の肩にさやかの頭がもたれかかるような体勢になる。

前を向いているので互いの顔は見えない。

だからこそ気付けなかったのかもしれない。

上条の表情の変化に。


78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/09(金) 00:37:10.76 ID:x5VviyjQ0
       ☆



美樹さやかは目を瞑って左耳から聞こえてくる心地よい音に身を任せていた。

幼い頃から上条の演奏を側で聞いてきた事もあって、クラシック音楽に関してさやかはズブの素人ではない。

有名ヴァイオリニストのコンサートにも行ったし、専門書を買ってきて勉強もした。

彼女自身が音楽をしている訳ではないが、全ては上条と話を合わせる為、上条の事を理解する為、彼女はそれを苦に感じた事はなかった。

上条がヴァイオリンにどれだけ人生を捧げてきたか、近くで見てきたさやかはよく知っている。

さやかは彼の奏でる音が大好きだったし、それを心地よいと感じる事自体がある意味で彼と意識を共有している事になると思っていた。

彼女にとって音楽とはただの娯楽ではなく、二人を繋ぎ止める為のツールだったのだ。

だから自信があった。

今回のCDはさやかが試曲を重ねて吟味した物だ。

上条の好みに合わせた渾身の一枚。

きっとイヤホンコードの先では同じような表情で同じように音楽に聞き入っている幼なじみがいるはずだ。

浮かない顔の上条も、これを聞いて元気を取り戻して欲しいという純粋な願い。

「……もういい」

だが、人の気持ちというのはそう単純ではない。

「……え?」

横から聞こえた声にさやかは目線を移す。

上条は既にイヤホンを外していた。

その顔は俯いていて、さやかが想像していた上条の反応とはかけ離れている。

彼が大好きな音楽を聞いて今までこんな表情をした事があっただろうか。
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/09(金) 00:39:44.83 ID:x5VviyjQ0

「さやかはさ、人の気持ちが分からないの? それともあえて僕の事をいじめているのかい?」

「き、恭介? 何? どういう意味?」

きょとんとした表情でさやかは上擦った声を出す。

だが上条は目を合わせさえしない。

「えーと……、もしかしてあんまり好きじゃなかった? この曲」

「いや、曲自体は凄くいいよ。ちょっと前までなら喜んで何度もリピートしてただろうね」

そう返されてさやかはますます訳が分からないと言った顔になった。

左耳から聞こえてくるクラシック音楽が酷く無機質に感じる。

まだ分からない? と上条は言った。

彼はさやかの顔を一瞥するとその表情を見て小さく息を吐く。

そうする事で、溢れ出しそうな感情を抑えているようにも見えた。

「例えば怪我で引退を余儀なくされたアスリートに、リハビリ中試合の中継を見せようと思うかい? まだまだプレーしたかったのに、泣く泣く身を引かざるを得なかった選手にさ」

「そ、そんな! あたしはただ恭介が少しでも元気になってくれればいいなってーー」

「だったらそっとしといてくれよッッッ!!!」

個室に響きわたった大声に、さやかの体がビクッと震えた。

その拍子にさやかの手にあったCDプレイヤーがガシャン! と冷たい床に落ち、開いたフタから飛び出したディスクが無機質な音を残して滑っていく。

「僕は演奏を聞くのが好きだったんじゃない。『プレイヤー側』だったんだよ! 確かにさやかとは色んなコンサートを見に行ったりしたけど、あれだってただ頭を空っぽにして聞いていた訳じゃない! その手先の動きを見て、流れてくる音を聞いて、何か自分の糧に出来ないかといつも『研究』していたんだ!」

絞り出すように上条は言う。

溜め込んでいた何かが決壊したのだろう。

こうなってしまっては、もはやただの独り言に近い。

さやかの言葉など待たずに、彼は続ける。

「僕の音楽鑑賞は娯楽じゃないんだよ! 料理人の味見と同じで、大事な自己研鑽なんだ!『ただ演奏を聞いて感想を言うだけしかできない聴衆の一人』が僕と同じ目線で語ろうとするなよッッ!!」

ハアハアと息を吐きながら、上条は言い切った。

返事はない。

殺風景な部屋の中、上条の息をする音だけがしばらく続いた。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/09(金) 00:40:37.10 ID:x5VviyjQ0

美樹さやかはかなり活発な性格で、クラスメイトの男子生徒に対しても引くことなく向かっていくような人物だ。

故に、昔からそういったトラブルも多い。

こんな風に一方的に意見を言われれば、売り言葉に買い言葉であっという間に喧嘩が始まるのが当たり前だった。

それがない事に上条は不思議に思ったのか、さやかの方を振り向くと、彼女は驚いたような表情で、同時に目に涙を浮かべていた。

ごめん、と彼女は静かに言った。

ただ一言だけ。

「……、」

さやかは袖で目を拭うと、散らばった音楽プレイヤーとディスクを拾い集める。

イヤホン丁寧に束ねて音楽プレイヤーとCDケースと一緒に袋に入れると、彼女はテープで封をし、まるでしばらく使うことがないであろう家電を押し入れの奥にしまうように引き出しに入れる。

「今日はこれで帰るね」

固まっている上条の方を振り向くとさやかはいつもの笑顔でそう言った。

それがスイッチになったのか、上条の表情がハッと何かに気が付いたように変わる。

「ま、待ってさやか! 僕はーー」

「いいから」

彼女は前に出した片手を広げ、上条の言葉を封じる。

「あたし、恭介の事何にも分かってなかった。恭介の為に自分に何ができるかって考えて……。でもそれって結局自分本位なんだよね。相手にとってどうするのが一番いいのかじゃなくて、自分が何かしたいっていう考えが先に来ちゃってるんだからさ」

あははと無理を押して笑いながら彼女は言った。

でも、と続けて急に真剣な表情になり、

「たとえ周りに何を言われても、希望だけは捨てないで。どんなに辛い状況でも、希望を持ち続ければ、奇跡は起きるから」

「奇跡……?」

うん、と表情は崩さずさやかは力強く頷いた。

その妙な圧力に、上条は思わず目を逸らす。

「奇跡って……。何人もの医者がもう治らないって言ってるのに、何がどう起こるって言うんだよ。学園都市の技術を結集したって治るかどうか。ただ願い続けるだけで叶うなら、それこそ魔法だよ」

「その魔法があるとしたら?」

「え……?」

あるよ、と彼女は確信があるかのように言う。

「奇跡も、魔法も、あるんだよ」



81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/10(土) 22:50:42.30 ID:s2yW2iSQ0
一方通行「垣根帝督は〜一方通行のサンドバッグ〜垣根バッグ〜」
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/15(木) 22:11:25.21 ID:fN5d1hik0
        ☆


美樹さやかはエレベーターで一階の待合室まで降りてきた。

そこには親友の鹿目まどかが雑誌を読みながら待っている。

彼女はさやかの姿を見つけると、軽い調子で呟く。

「あれ? 結構早かったんだね。もしかして上条君と会えなかった?」

「いや、病室にはいたんだけどちょっと体調が良くないみたいでさ……。お土産だけ渡して、帰って来ちゃった」

「そう、なんだ。それは心配だよね」

不安そうな表情をするまどか。

さやかと小学校時代からの親友であるまどかにとって、その幼なじみである上条は知らない仲ではない。

そしてさやかが彼の様子に対してどんな思いでいるかも分かっているつもりだ。

「でもCDは渡せたんだよね? それならきっと大丈夫だよ。だってさやかちゃんが一生懸命選んだんだから。それを聞けば、きっと上条君も元気だしてくれるよね」

「そうだと、いいんだけれど……」

「……?」

何だか歯切れの悪い反応に、まどかは不思議な顔をする。

そんな様子に気づいたのか、さやかは何でもないよと笑って言う。

「いやいやその通りだよね! むしろそうでなきゃ一緒に選んでくれたまどかにも失礼だよ!」

「え!? いや、別にわたしは何も……! あれはさやかちゃんが上条君の為を思って選んだものなんだから。今は気分が乗らないかもしれないけど、絶対気持ちは伝わってるはずだよ」

「そうそう。大体2700円もしたんだから、ちょっとは喜んでくれないと散っていったあたしの数少ないお小遣いたちが浮かばれないっつーの!」

金額の問題じゃないと思うけどなあ、とまどかは呟き、二人は病院を後にする。

病院の駐輪スペースはエントランスの裏手にある。

さやかの自転車を取りに行く道中、彼女たちが人通りの少ない、側面のガーデニングスペースへ通りかかった時だった。

「ん?」

と、さやかが急に立ち止まった。

彼女の視線の先……、コンクリートの壁に何か小さなものが突き刺さっている。

「これって……」

まどかも続いて視線を向け、ぼそりと呟いた。

イヤリング程の大きさに、球状になった中央部は禍々しくも感じる怪しい光を放っている。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/15(木) 22:13:01.56 ID:fN5d1hik0

その独創的なフォルムに二人は見覚えがあった。

「グリーフシード……? 何でこんなところに?」

「確か、マミさんがソウルジェムを浄化するのに使ってた物だよね。退治した魔女の残骸みたいなもので、魔法少女にとってはかかせないものだって話だったけど」

まどかはキョロキョロと辺りを見回す。

近くに魔法少女がいて置きっぱなしにしているのかと思ったが、魔法少女どころか人影すら見当たらない。

「使い終わって捨てていった。て感じでもないよね。めっちゃ輝いてるし。そもそも何で壁に突き刺さってんの?」

「うーん……それは分からないけど。でも使い終わったグリーフシードって確かキュゥべえが処分してたよね? それに……うまくは言えないんだけど、前に見たグリーフシードと様子が違う気がする」

「んー? どの辺りが?」

「輝き方? が前と違って強弱があって、何か『脈を打ってる』ようにも見えるような……」

そうかなあ? とさやかを首をかしげる。

魔法少女だったり願いを叶えてくれる動物だったりここ最近で起きた事のインパクトが強すぎて、そんな細かい所まで覚えていないのか。

「まあよく分かんないけど、これを目当てに争いが起こるほど魔法少女にとっては必要不可欠なものなんでしょ? なら持って帰ってマミさんにでも渡そうかな」

と、さやかは深く考えずグリーフシードを引っこ抜こうと手を伸ばす。

だがその手にグリーフシードが収まる事はなかった。

彼女の指先が触れた途端その輝きが一層増し、同時に発生した衝撃波の様なものがさやかの身体を数メートルも弾き飛ばす。

「ーー!? きゃあああああああッッッ!!?」

「さ、さやかちゃんーーッ!?」

驚いたのはまどかの方だ。

隅にある小さな菜園にお尻から突っ込んだ親友に慌てて駆け寄ろうとしたまどかは、そこで視界の端に小さな白い影を見つけた。

「キュゥべえ! どうしてここに!?」

思わず立ち止まったまどかの前に割り込むように、キュゥべえと呼ばれる生き物はさやかの下へ走っていく。

「さやか! 大丈夫かい?」

その声を聞いて、さやかはよろよろと起き上がる。

柔らかい土壌がクッションになったのか、大した怪我はなさそうだ。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/15(木) 22:14:27.77 ID:fN5d1hik0

さやかはまどかとキュゥべえを交互に見ると、パンパンとスカートについた土を払い、

「一体何が起こったの……? グリーフシードじゃないのこれ?」

「グリーフシードだよ」

キュゥべえは被せるように言った。

ただし、と彼は続け、

「これはもう『孵化』寸前だ。このままだと魔女が生まれ、直に結界ができてしまう」

「ふ、『孵化』ぁ!?」

「『孵化』ってどういう事キュゥべえ!? グリーフシードはソウルジェムの穢れを取る為の道具なんじゃないの?」

不安と焦燥の混じった声でまどかは尋ねる。

もしかして、とその横で呟いたのはさやかだ。

「グリーフシードって魔女の卵なの……? そういや、マミさんが使い終わったグリーフシードはアンタが処分してたよね? それって新たな魔女が生まれないようにする為……?」

「じゃあ早く処分してよキュゥべえ! こんな所で魔女が生まれたら、大変な事になっちゃうーー!」

魔女は人間の感情を吸い取ってエネルギーにすると巴マミは言っていた。

ここは病院だ。

ただでさえ悩みを抱えていたり、苦しんでいたりする人が多く集まる場所でそういった『負の感情』を糧にする魔女が活動を始めたら一体どれだけの人が犠牲になるのか。

まどかの脳裏に旧繁華街の廃ビルで見た光景が思い浮かぶ。

あの時、魔女に操られた若い女性はビルの屋上から飛び下り自殺を計ったのだ。

これが魔女の卵だと言うのなら、さっさと処理しなければ同じ事が起きてしまう。

が、キュゥべえは静かに首を横に振った。

「悪いけど、それはできないよ」

85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/15(木) 22:15:30.26 ID:fN5d1hik0

「はあ!? な、何でさ!」

予想外の返事に勢いよく食って掛かったのはさやかの方だ。

そんな彼女を赤い目で見つめながら、キュゥべえは極めて冷静に言う。

「このグリーフシードは魔力で溢れている。こうなったらもう魔法少女じゃないと対処できない。実際、君はグリーフシードに触れる事すら出来なかったじゃないか」

「……ッ!」

さやかはギリリと歯噛みをする。

キュゥべえが手出しできない以上、残された選択肢は二つ。

知り合いの魔法少女ーーつまりは巴マミを呼んでくるか。

彼女たちのどちらかがこの場で魔法少女になるか。

「まどか! マミさんの携帯の番号知ってる?」

「えぇ!? あー、分かんない……」

クソッ、とさやかは心の中で毒づいた。

そんな彼女たちに向けて、キュゥべえが急かすように言う。

「早くしないと! 魔女が孵化して結界ができたら、場所が分からなくなってしまう!」

魔法少女が魔女の結界を探す時は、ソウルジェムに反応する魔力を足掛かりにして少しずつ場所を絞っていくしかない。

当然、そんな事をしている間に魔女は何人もの患者を食い物にするだろう。

時間がない。
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/15(木) 22:16:23.51 ID:fN5d1hik0

「ど、どうしようさやかちゃんーーッ!」

さやかの額に汗が流れる。

自分が切れるカードと、そのリスクを天秤にかけて状況を整理する。

限られた短い時間の中、いくつもの思いが交錯した。

そして決断する。

「……まどか。マミさんを呼びに行って」

静かに、けれど力を込めた声でさやかは言った。

「あたしはここに残る」

「そんな!? 危ないよさやかちゃんッ!」

「分かってる! けど、そうしなきゃ何かあった時に誰も対処できないじゃん! もしもの時の『保険』が無いと、ここにいる人たちが犠牲になるのを防げない」

「さやか、ちゃん……」

「ここには恭介だっている。見捨てる事なんて出来ないよ!」

さやかの言っている意味とその決意は、当然まどかにも理解できている。

それでも逡巡する彼女にさやかはもう一度、行って、と小さく告げた。

「急ぐんだ、まどか」

それを後押しするように、キュゥべえが言う。

「大丈夫。さやかには僕がついている。どのみち、僕がいないとマミが結界を見つける事もできないし。さやかの言う『保険』も使えないしね」

「……、分かった」

まどかは少しの間キュゥべえとさやかの方を見て戸惑っていたが、意を決したように踵を返すと一目散に駆けて行く。

「すぐにマミさんを連れて戻ってくるから! 絶対無茶はしないでね!!」

小さくなっていく親友の背中を見送り、さやかは少しだけ表情を緩ませた。

「良かったのかい?」

傍らのキュゥべえが囁く。
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/15(木) 22:17:18.53 ID:fN5d1hik0

「これで、もしマミが戻って来なかった場合君が魔法少女になるしか方法がなくなった訳だけど」

「分かってるわよ」

気だるそうに、しかしはっきりとした意思でさやかは答える。

「これはあたしの事情。だからあの娘を巻き込む訳にはいかないよ。……まどかは優しいから、もしあたしや恭介に危険が迫れば咄嗟に魔法少女になってでも助けようとするだろうからさ」

「だから彼女を遠ざけたのかい? でもそれで君が犠牲になれば結局まどかが悲しむ事になるんじゃないかな?」

「犠牲なんかじゃない」

明確な声でさやかは否定した。

「これはあたしの意思。もし何かの拍子でアンタと契約する事になったとしても、今のあたしにはそれに値するだけの願いがあるから」

忌々しく輝くグリーフシードを睨み付けながらさやかは言った。

キュゥべえからの返答はない。

その直後、グリーフシードの光が爆発的に増し彼女たちを飲み込んだ。

88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/15(木) 22:18:43.87 ID:fN5d1hik0
        ☆


鹿目まどかと巴マミは、急いで病院へと向かっていた。

マミが自宅にいてくれたのはラッキーだった。

もし放課後、友達とどこかへ遊びにでも行っていたらまどかは見つける事などできなかっただろう。

「早くしないと、さやかちゃんがーー!」

「落ち着いて鹿目さん」

半ばマミの手を引っ張るような体勢になっているまどかに、彼女は足を動かしつつも余裕のある声で諭す。

「グリーフシードが孵化してもすぐに魔女が活動を始める訳じゃないわ。そういった焦る気持ちさえ魔女は養分にする。むしろ今危ないのはあなたの方よ」

「そ、そうは言ってもさやかちゃんがーー」

「あの娘にはキュゥべえが付いているんでしょ? ならきっと上手く時間を稼いでくれているはず。不安になるのは分かるけど、そういう時こそ落ち着いてよく周りを見ないと、余計な犠牲が増えるばかりか救えるものも救えなくなるわ」

走りながらもマミはソウルジェムに反応するキュゥべえの位置を拾っていく。

まもなく病院の全景が見えてくる頃だが、結界の場所はほとんど把握できている。

住宅街を走り抜ける制服姿の少女二人に周りの人が奇妙な目線を向けるが、彼女たちは気にせず一目散に魔女の結界を目指す。

「ここね」

まるで見えない紐に引っ張られるように、結界の前まではすぐに辿り着いた。

「分かってると思うけど、ここから先は慎重に進むわよ。どこで使い魔の奇襲を受けるか分からないからね。鹿目さんも最大限警戒して」

「……分かりました」

短く答えて、二人は結界に飛び込んで行く。

そして、そんな彼女たちの姿を街中の監視カメラを通じて追う影があった。

「おーおーおーおー、よく分かんねえけど始まったみてえだな。自力で調べるしかねえと思ってたが、向こうから首差し出してくれんなら大助かりだ」

手元のタブレット端末を見つめながら芝居がかったように呟いたのは『未元物質(ダークマター)』の垣根帝督だ。

口の動きから発言を解析するアプリと、ハッキングされたカメラ映像を駆使する第二位はニヤニヤと不適な笑みを浮かべる。

学園都市の協力機関や出張研究所を狙った謎の襲撃者。

その重要関係者として巴マミに目星を付けていた垣根(と誉望)だったが、いくつかの手がかりからその疑惑はほとんど確信に変わりつつあった。

「垣根さん準備できました」

おう、と気軽な調子で彼は返す。

彼らは学園都市の裏で活動するいわゆる『暗部組織』の所属で、事件を解決する為の調査員として派遣されている訳だが、それとは別に彼ら自身の目的がある。

その為に準備してきた垣根は、目の前に降って湧いたチャンスを見逃すような人物ではない。

「せっかく舞台を整えてくれた訳だしそろそろ俺も行くとするかね。さて、鬼が出るか蛇が出るか。いずれにしろ、その薄皮一枚でも剥いで持ち帰りゃ俺たちの勝ちだ。学園都市の思惑なんてどうなろうが知ったこっちゃねえ」

そう言う垣根の表情に、不安や躊躇といった感情は見えない。

壮大な野望の為、彼らは行動を開始する。


89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/23(金) 18:47:40.84 ID:sm64HsTw0
というかまともな自治体ならあんな研究ヤクザの支配受け入れるくらいなら衰退の方選ぶだろ
トップからしていかれてるのに
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:22:11.94 ID:ULLyrJIa0
        ☆


そして、

それとは別の目的を掲げる魔法少女、暁美ほむらも感知した魔力を頼りに総合病院の結界へと向かっていた。

度重なるループで得た記憶をもとに、このまま放っておいて迎えるであろう未来を彼女は良しとしない。

(学園都市の事とか、0930事件だとか色々と気になる事はあるけれど、いずれにしてもここで巴マミを失うのは戦力的にもまどかの精神的にも良くないわ)



        ☆



異彩に満ちた結界の中を、巴マミと鹿目まどかは進んでいた。

マミの姿は先ほどの制服とは一変し、今は白のブラウス、イエローのスカートにコルセットやブーツ、ベレー帽を組み合わせたどこか西洋人形を思わせる衣装に包まれている。

恐らく経験から来るものなのだろうが、辺りを警戒しつつもどこか余裕を感じさせるマミとは対照的に、半歩後ろを付いていくまどかは早く親友の下に駆けつけたいという気持ちとは裏腹に、その身体は緊張で震えているように見える。

「そんなに怖がらないで」

そんな彼女を見て、マミは手を優しく握るとゆっくりと言った。

「警戒してとは言ったけど、何かあったら絶対に私が守るから。大丈夫よ」

「は、はは。すいませんマミさん」

どこか気まずそうに、照れ笑いしながらまどかは目を逸らした。

「散々マミさんを急かしておいてわたしがこんな弱虫で……、情けないですよね」

「そんな事ないわ。結界が閉じる前に間に合ったのは鹿目さんが早く駆け付けてくれたおかげだし。それに私だって魔法少女になりたての頃は恐怖で足がすくんで……、いつもキュゥべえに励ましてもらってたのよ」

「へー……。マミさんでもそんな頃があったんですね」

今の彼女からは想像できないという純粋な疑問を口にするまどかに、マミはハア……と小さく息を吐いて、
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/25(日) 16:23:12.56 ID:ULLyrJIa0

「買いかぶり過ぎよ鹿目さん。私だってあなたや美樹さんと変わらない普通の中学生よ。ただ無理して強がって見せているだけ。全然大した事なんてないの」

「そんな……。で、でもわたしにとってはマミさんはカッコいい先輩ですよ! 使い魔に襲われた時も助けてくれたし。魔女退治に連れていってくれた時も鮮やかに魔女を倒してたし」

まどかが言うと、マミはニッコリと微笑んでありがとうと返した。

でも、と彼女は続ける。

「本当に私は強い人間なんかじゃないのよ。正直な事を言うと、今でも恐くてどうしようもない時もあれば思わず逃げ出したくなる時もある。……誰かに頼る事もできないし、辛い事ばかりよ」

でもね、とマミは言う。

「誰かがやらなくちゃ、犠牲になるのは何の罪もない人たち。だから私がやるしかないの。前に廃墟で見たでしょ? 魔女を放置してると、ああいう風に被害がどんどん広がっていっちゃう。私、魔女と戦うのは怖いけど、この街の人がそのせいで酷い目に遭うのはもっと嫌だから」

だから無理やり奮い立たせるしかないのよ、と彼女は言った。

何だか弱音の吐き合いみたいになっているが、彼女の口調に違和感はない。間違いなく本音なのだろう。

あくまで自主的にではなく、仕方なく。

好きでやっている訳じゃない。

だが、それを聞いたところでまどかは巴マミを軽蔑したりしない。

恐怖を恐怖と感じるのは人間として当たり前の機能だ。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:24:14.44 ID:ULLyrJIa0

「そうやって誰かの為に頑張れるマミさんは、やっぱり凄いですよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、魔法少女は魔女を倒さないとグリーフシードを得られないからね。どれだけ綺麗事並べたって結局は自分の為よ。だからーー」

「あんまり私を持ち上げないで。ですか?」

「……もう、意地が悪いわよ鹿目さん」

頬をプクッと膨らませてマミは拗ねたように言った。

それを見て、まどかは顔を逸らしてクスクスと笑った。

「すいませんマミさん。でも、マミさんがそうやって街の平和を守ってるの、本当に素敵だなって思います。誰にも感謝されずに、それでも頑張り続けるのってそんな簡単な事じゃないと思うから」

「……そう。一人でもそんな風に考えてくれているだけでも嬉しいわ。ならせめてあなたの前じゃ、カッコいい先輩でいなくちゃね」

少し照れながら言って、マミは再び周りを警戒しながら進む。

結界の中は、相変わらず例えようもない異様な空気に満ちている。

いつ使い魔が襲ってきてもおかしくない雰囲気だが、まだ結界ができたばかりで魔女が完全に『孵化』していないのか、彼女たちを妨害するようなものはない。

この調子なら特段被害もなく終わらせられるかもしれない、と少し楽観し始めた時。

再び真後ろの後輩から声をかけられた。

93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:25:17.00 ID:ULLyrJIa0

「マミさんは、やっぱり私の憧れです」

「まだその話するの? もう、そんなに褒めても何も出ないわよ」

半ば呆れて苦笑いするマミだが、まどかはただマミのご機嫌取りをしたい訳ではないらしい。

振り返ると、その童顔に似合わない真剣な表情で何かを訴えようとしていた。

意味が分からず困惑するマミに彼女は、願い事のことです。と短く告げた。

願い事。

彼女たちの間においてその言葉は、初詣でお賽銭と共に捧げるようなものを指すのではない。

キュゥべえと契約した者が魔法少女になる事を条件に得られる対価。

確約された未来。

それについての話となると、つまりはーー、

「魔法少女になる覚悟を決めたって事?」

「はい」

簡単な答え合わせだとばかりに、まどかは即答した。

「……それで、どんな願いにしたの?」

「……こんな事言うと、マミさんには甘いって怒られるかもしれないんですけど」

言いながら、彼女は少し目を伏せて、

「わたしの願いは、魔法少女になる事です」
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:26:08.07 ID:ULLyrJIa0

「……、え?」

巴マミの脳内に疑問符が三つくらい浮かぶ。

魔法少女になる代償に叶えてもらう願いが魔法少女になる事とはどういう意味だ。

「……、魔法少女そのものに憧れているの?」

「『魔法少女に』憧れた訳じゃありませんよ」

「……なら、どうして?」

本当に意図が掴めなかった。

眉を細めるマミに、まどかは今度こそはっきりと言った。



「わたしは、マミさんのような魔法少女になりたいんです。マミさんと一緒に、皆を守っていきたいっていうのがわたしの願いです」



それは、本当に単純な答えだった。

あまりに突然な結論に、マミの思考がレールから外れる。
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/25(日) 16:26:56.81 ID:ULLyrJIa0

「魔女退治に同行させてもらった時から、ずっと考えていたんです。何でマミさんはあんなに誰かの為に頑張れるんだろうって。キュゥべえから聞いたんですけど、マミさん、グリーフシードを落とさない使い魔とも進んで戦っているんですよね? こうしないと他の誰かが苦しむからって」

小さな子供を説得するように、ゆっくりとまどかは語る。

「わたし、昔から自慢できるような特技とか、得意な科目とかも無くて……きっとこのまま誰の役にも立てずただぼんやりと生きてきていくんだろうなって思ってました」

「……、」

「でもマミさんと出逢って、あんな風に裏側から街の平和を守っている人がいるって知って……、そして自分にもその可能性があるって分かってやっと見つけたって思えたんです。自分のやりたい事」

拙い言葉で、しかしはっきりと彼女は言う。

「わたしはマミさんみたいな立派な魔法少女になりたい。何の取り柄もないわたしだけど、マミさんみたいに誰かを守れる存在になれたら、それでわたしの願いは叶っちゃうんです」

それは甘い誘惑だった。

今まで一人で魔女との戦いに身を投じて来た彼女にとっては、あまりにも優しすぎる言葉。

魔法少女は孤独だ。

どれだけ魔女を倒そうが、どんな窮地を救おうが誰にも感謝されない。

巴マミは別に見返りを求めている訳ではない。

だがそれでも思うところはあった。

命懸けで戦って、魔女に操られていた誰かを救ったとしても当の本人は自分が窮地に陥っていた事すら気づいていない。

ならば、それが自分である必要があったのかと。

いくら魔女の脅威を取り払っても、交通事故や病気で亡くなる人もいれば自[ピーーー]る人もいる。

わざわざリスクを犯してグリーフシードを回収できない使い魔まで倒す事が本当に魔法少女として正しい行動なのかと。

何度も自問自答して、それでも自分が皆の『当たり前』を支えているんだと無理やり言い聞かせて何とかやってきた。

どれだけ体がボロボロになっても、愚痴をこぼす相手さえいなくても。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:27:52.07 ID:ULLyrJIa0

誰にも認めてもらえなくても、それが課せられた使命だと信じて。

そんな彼女の行いを、鹿目まどかという少女は肯定し、尊敬すると言ってくれた。

誰も知らないが故、誰にも相談できず、判断さえ出来なかった行動原理の正誤。

それを唯一認めてくれた少女が垂らす、一筋の糸。

これは巴マミを引っ張り上げるものではなく、むしろ彼女を同じ境遇に引きずり込む為の糸だ。

堕ちれば、もう二度と這い上がれない暗い底。

永遠に続く恐怖と闘争の人生を、鹿目まどかはどこまで覚悟できているのか彼女は分からない。

冷静に考えれば、掴むべきではないだろう。

魔法少女になるリスクは、自分が一番分かっているのだから。

キュゥべえは魔法少女になる契約を交わすと何でも一つ願い事を叶えてくれる。

それは、逆に言えばそれほど魅力的な提案をしないと釣り合わないほどの責務を負わせるという意味でもある。

ならば、軽々しく決めるべきではない。

本当に人生を懸けてでも叶えたい願いがある人だけが契約するべきだ。そんな事は分かっている。

だが、都合が良すぎた。

鹿目まどかの言葉はまるで昆虫を惹き付ける樹液のように、少女の理性を越えてその手を伸ばさせる。
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:28:55.20 ID:ULLyrJIa0

「……本当に、いいの?」

ほとんど無意識で彼女は呟いていた。

「何にも……できなくなっちゃうよ……? 遊びも、部活も恋も。怪我だってするし、怖い思いだってしょっちゅう……。それでもいいの? 本当に……本当に私と一緒に戦ってくれるの……?」

「はい。わたしでよければ」

言って、まどかはマミの両手を優しく包み込んだ。

両親のいない彼女にとっては、久しぶりの感触だった。

その慈愛に満ちた暖かさに、マミは胸の奥に溜まっていた黒いものが溶けていくように感じた。

それと同時に瞼の裏が潤い、何か熱いものが込み上げる。

「ありがとう……」

シンプルに、一言マミは呟いた。

今、彼女の中では色んな感情がごちゃ混ぜになっていてどう表現すれば分からなかったけれど。

全てを総括した、本心からの言葉。

ただそれだけ。
  
それを聞いた少女が、優しく笑った。

彼女が魔法少女になりたい理由は、誰かの役に立ちたいから。

その始まりに、魔法少女を知るきっかけとなった人を喜ばせる事ができたのだ。

この先どんな過酷な闘いが待ち受けているかは分からないけれど、どれだけの人々を守れるかなんて自信はないけれど。

ひとまずは一人。

これをきっかけにしていこうとまどかは胸の奥で思った。


98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:30:08.57 ID:ULLyrJIa0
        ☆



とはいえ、せっかく叶えてくれるというのならそれを無駄にする道理はない。

思い付かないなら一緒に考えようという事で、結界の中を歩きながら案を出しあう二人だったが、

「本当にないの? 何でもいいのよ。億万長者になりたいとか、素敵な彼氏が欲しいとか」

「うーん……。いまいちピンとこない、かなあ?」

欲望の塊のような願いを提案し続けるマミだが、この少女にとってはそれほど魅力的ではないらしく、どうも反応が鈍い。

価値観の違いか、単純に物欲が薄いのか。

いずれにしても、バブル世代を経験したおじさま方が、今の若者は活気がないなどと批判するのはこういうところにあるのかもしれないと巴マミはぼんやり考える。

ただ彼女にしても、後輩の為を思って色々とアドバイスしているのに、いつまでも煮え切らない態度でいられるのは面白くない。

ということで、

少し悪戯心も出てきたマミは、わざとらしくポンと手を叩いてこんな事をいい始めた。

「そうだ、じゃあこうしましょう! この魔女を倒すまでに願いが決まらなかったら、キュゥべえにお願いしてご馳走をいっぱい用意してもらうの! それで皆を呼んでパーティしましょ」

「え、えぇーー!?」

先ほどまでとうってかわってあまりにもスケールの小さい意見に驚きの反応を見せるまどか。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:31:01.39 ID:ULLyrJIa0

「そ、それはいくら何でも……」

「ならちゃんと自分で考える事。たった一回しかないんだから後悔しないような願いをね」

マミが言うと、少女は口に手をあてて本格的に考え始めた。

適当に考えたとはいえ我ながらそんなに悪い提案とは思っていなかったので、実はこの反応に若干傷ついていたのは内緒だ。

ただ願い事がすぐに思い付かないというのは現状に恵まれているからとも言えるし、それはそれで幸せな事だ。

マミがそんな風に考え、また結界の奥に向けて進もうとした時だった。



「忠告は無視されたようね」



突然背後から声が響いた。

彼女たちが反射的に振り向くと、そこには件の転校生、暁美ほむらが立っていた。

彼女は黒を基調とした魔法少女姿に変身している。

「あなた、あの時のーー!」

先に反応したのは巴マミの方だった。

マミの相棒であるキュゥべえを追い詰め殺そうとした件で彼女とは一触即発状態になっていた。

その時のケリをつけに来たのかと一瞬マミは思った。

だが、彼女は巴マミなど見ていない。

彼女の厳しい視線は、その隣にいる小柄な少女に注がれている。

「鹿目まどか、言ったはずよ」

ドライアイスのような声色で、彼女は告げる。
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:32:00.86 ID:ULLyrJIa0

「今までと違う自分になろうとしてはいけないと。あなたはあなたのままでいればいい。自分を変えようと安易な力に手を出すと、ろくな結末を迎えないという意味だったのだけれど、伝わらなかったかしら?」

今までと違う自分になる。

それがこの場面で何を意味しているのかは明白だ。

「分かって、るよ……。でも、これはわたしが考えて、決めた事だから」

「それが周りの人たちを不幸にするものだとしても?」

「え?」

「あなたがやろうとしてる事は、巡り巡って壊滅的な事態を引き起こすわ。家族も、友人も全てを巻き込んでね」

「何でそんな事言い切れるのかしら?」

口を挟んだのは巴マミだ。

「さっきから好き勝手言ってるけど、どこに根拠があるの? 悪いけど、あなたの話は何一つ信用できないわ」

マミの口調は厳しい。

彼女はまどかを庇うように前に出る。

「大体あなたは何なの!? キュゥべえを追い回したり、鹿目さんに契約するなって迫ったり。一体何が目的? それが分からないのに一方的に要求されてはい分かりましたなんて言える訳ないでしょ」

「目的、ね」

ほむらは確認するように呟いた。

敵意のこもったマミの言葉にも、全く動じる様子はない。

「全てを説明しても分かってもらえるとは思えないけど、今回に至っては単純よ。あなた達、ここから手を引きなさい。この魔女は私がやるわ」

「……グリーフシードを横取りしようって訳」

「どう思うかはあなたの自由よ。ただ、ここの魔女は今までの奴らとは違う。後悔したくなければ、引き返しなさい」

「……ナメられたものね」

低く唸るような声で、マミは呟いた。

それと同時に、ほむらの足元から細長い物が飛び出した。

音も立てずに伸びるそれの正体は……、リボンだ。

黄色いリボンはほむらの手足に絡み付くと、あっという間に彼女を拘束する。

「ちょっーー! こんな事している場合じゃーー」

「悪いけど、その案には乗れないわね」

ほむらは身体を動かして抜け出そうとしているようだが、魔力が込められたリボンは濡れた縄のようにびくともしない。

「この先に後輩が待ってるの。魔女を倒してその子を助けたら、帰り際に解放してあげるからそれまで大人しくしてなさい」

彼女はもはやほむらの方など見ていなかった。

さっさと先へ進んでいくマミに、まどかは少し躊躇ったようだが、それでも後ろ髪を引かれるように付いていってしまった。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:33:10.83 ID:ULLyrJIa0

(クソっ!)

暁美ほむらは歯噛みする。

巴マミの行動パターンを読み違えていた事に後悔するが、考えられる事態の中でもこれは最悪だ。

このままいけばどんな事態が起こってそれが鹿目まどかや美樹さやかにどういった影響をもたらすのか、彼女はよく知っている。

そしてそれが、今後の彼女たちのどういった行動に繋がっていくのかも。

(このままでは巴マミが……。いや……最悪この場で咄嗟にキュゥべえと契約してしまうなんて事も)

考えれば考えるほど悲観的な未来しか見えなくなる。

身体に食い込むリボンが、思い通りにはさせないとほむらの意思を嘲笑っているようにすら感じた。

ただ、ほむらは一つ大切な事を忘れている。

それは『イレギュラー』の存在。

一見関係ないように思えても、実は意外なところで影響が出たりするものなのだ。

だからこその『イレギュラー』。

彼女にその事を思い出させたのは、背後から聞こえた足音だった。

「………………!?」

「オイオイ何だこりゃあ? 他にもいたなんて聞いてねえぞ」

背後から聞こえた声。

そこにいたのはスラリとした体型の、何だかガラの悪そうな少年だった。
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 16:33:59.90 ID:ULLyrJIa0

彼は自宅の軒下に蜂の巣でも見つけたような表情でほむらを眺めている。

「テメエが一連の事件の犯人、って訳じゃねえよな。一体どういう状況だこれ? もしかしてそういうプレイなの?」

(一般人ーー!!? 間違って迷いこんだ!?)

「今すぐ引き返しなさい! ここは危険よ!」

ほむらは思わず叫んだ。

体が揺れ、リボンが食い込み締め付けられるが、そんな事はどうでもいい。

結界が完全に閉じれば、本当に出られなくなってしまう。

が、目の前の男は意にも介さず呆れたように肩を竦めただけだった。

「ハア……、そんな格好で言われてもな。ああそうだお前巴マミって奴知らねえ? 確かこの辺りにいるはずなんだが……」

「ーー!? 巴マミと知り合いなの!? 一体何者ーー!?」

「質問してんのはこっちだボケ。何? この先に居るのか? ならテメエに用はねえ。こっちは暇じゃねえんだ」

適当に言葉を吐き捨てて、彼は奥へ向かおうとする。

「待ちなさい!! あなたここがどういう場所か分かっているの!? 調子に乗ってると生きて帰れなくなるわよ!」

「ご忠告どうも。だがテメエこそ俺が誰だか知ってて言ってんのか? どこのどいつかも分からねえ奴にあれこれ言われる筋合いはねえよ」

そう言うと、ヒラヒラと手を振って男は結界の奥へ消えていった。

ほむらは唇を噛み締める。

あんなチンピラみたいなのが生き残れるとは思えない。

お化け屋敷にでも入った感覚なのだろうが、さっさと助けなければ犠牲が増えてしまう。

それに巴マミと知り合いというのも気になる。

彼女の周囲は一通り調べたが、その中にあんな少年はいなかったはずだ。

このまま二人とも死ねば、結局分からず仕舞いになる。

何とかして抜け出さなくては、と考えた時だった。



「うわっ! どうなってんスかこれ。まさか垣根さんの仕業!?」



新たな声が聞こえ、再びほむらの思考が、中断された。

103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/25(日) 17:45:33.18 ID:67Zy+EYz0
なぎさちゃん逃げて!
そのモグラ冷蔵庫普通じゃない!
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/25(日) 17:46:37.57 ID:67Zy+EYz0
なぎさちゃん逃げて!
そのモグラ冷蔵庫普通じゃない!
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/25(日) 17:48:05.93 ID:67Zy+EYz0
連投スマソ
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 23:59:07.68 ID:ULLyrJIa0
        ☆



結界最深部。

さしずめ魔女が君臨する玉座といったところか。

ようやく辿り着いたまどかとマミはそこでさやか、そしてキュゥべえと再開した。

「マミ!」

真っ先に声をかけたのはキュゥべえだった。

「間一髪だったよ。間もなく魔女が産まれるところだ」

「そうみたいね。美樹さんも怪我はない?」

「はい、大丈夫です! よかったあ。マミさん来てくれなかったらどうなっていたか……。本当に助かりましたよ」

直接的な危機から解放されたからなのか、さやかは力が抜けヘナヘナと地面に倒れそうになっている。

「フフッ。お礼から鹿目さんに言う事ね。この子が急いでくれたお陰で間に合ったのよ」

「いえいえ、わたしは何も……。さやかちゃんが残って合図を送り続けてくれたお陰だよ」

「まあ、何はともあれサンキューまどか。やっぱ持つべきものは友達だねえ」

「……そろそろ魔女が産まれるよ。まどか、さやかは隠れた方がいい」

キュゥべえはそう忠告すると、マミの隣に移動した。

言われた通り、丸腰の二人はキュゥべえから離れ瓦礫の影に身を潜める。

「マミ、来るよ。気を付けて」

「分かってるわ。被害が出る前に終わらせてしまわないとね」
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 23:59:54.37 ID:ULLyrJIa0

直後、グリーフシードが強烈な光を放った。

すなわち魔力の解放。

『器』に収まり切らなくなったエネルギーは、水風船が割れるように一気に周囲へ広がっていく。

その魔力は離れた所にいるまどかとさやかでさえも感じ取れたほど。

ピリピリと痺れるような圧力を頬に受け、二人は表情を強ばらせる。

唯一、直接対峙している巴マミだけが不適な笑みを浮かべていた。

彼女の視線の先に現れたのは、小型犬程度のぬいぐるみのような形をした魔女だった。

傍らのキュゥべえは告げる。

「結界の様子や使い魔の姿から分析するに、さしずめお菓子の魔女ってところかな」

「お菓子は私も好きだけど、入院患者をその材料にするのはいただけないわね。産まれたばっかりで悪いけど、完全に目が覚める前に倒されてもらうわよ!」

先手必勝。

巴マミは周囲にマスケット銃を展開すると、轟音と共に発射した。

弾丸を受けた魔女が勢いよく跳ねたところに、また別の弾丸が命中する。

まるでビリヤードのように小さな魔女の体が四方八方へ飛び跳ねる。

そうしながらマミはチラリと後ろを振り返った。

陰から見ている後輩の少女たちーー正確には、魔法少女になる決意を固めた鹿目まどかに向かってウィンクする為に。

(見ててね鹿目さん。先輩として、魔法少女の戦い方の模範を示してみせるわ)

「そこよ!」

魔女が弾かれてマミに向かって飛んでくる。

彼女は銃身を握ると、ゴルフスイングのようなフォームでそれを打ち返した。

空高く舞い上がった魔女は空中で縫い止められた。

先ほど暁美ほむらに使用したのと同じ、リボンによる拘束。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/26(月) 00:00:52.48 ID:6W53p2eU0

「おおっ! さっすがマミさん。鮮やかで隙がない!」

ギャラリー美樹さやかが歓声を上げると、マミは少しだけ口元で笑みを作った。

「マミ、安心しないで。まだ終わっていないよ」

「分かってるわよキュゥべえ。今、終わらせてあげるわーーッッ!」

叫びと共に、まるで攻城兵器のような巨大な大砲が現れる。

今まで数え切れない程使ってきたその魔法。

彼女を支える最後の切り札。

その照準が、小さな魔女を正確に狙う。 

「ティロ・フィナーレッッッ!!!」

閃光が瞬いた。

音が飛んだ。

『原子崩し(メルトダウナー)』にも匹敵するほどのエネルギーを持つ弾丸が、恐るべき速度で魔女を狙う。

自ら『究極の一撃』と評す秘技中の秘技。

恐らく小さな魔女の体は欠片も残らないだろう。

白い閃光が通過した後は、ただグリーフシードだけが閑散と転がっているはずだ。

いつものように。

それを回収してソウルジェムの穢れを取ってキュゥべえが使い終わったグリーフシードを処分して、

そんな未来しか考えていなかった。

だからこそなのかもしれない。

予想の範疇を越えた現象が起きた時、人はすぐに動けないものだから。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/26(月) 00:01:42.36 ID:6W53p2eU0

「………………………………え?」

巴マミは思わず間抜けな声を出す。

彼女の目の前に何か大きな顔があった。

初めて見る光景。

これは一体何だ?

よく見ると顔の奥は細長い身体が続いていて、その先は小さなぬいぐるみのような物に繋がっているようだ。

即ち、彼女が拘束し、殲滅したはずのお菓子の魔女に。

「あーー」

それを見て彼女はようやく理解した。

目の前にある物が何なのか。

そして、大きく口を開けた『それ』が今から何をしようとしているのか。

後ろに待機する少女たちが何かを叫んだようだが、もう彼女の耳には届かない。

もう遅い。

気づいた時には終わっていた。

永遠にも感じる時の中、大きな影が彼女を覆う。

鋭い牙や喉の奥が視界いっぱいに広がる。

巴マミは一連の流れをただ見ているだけしか出来なかった。

これで終わり。

そのはずだった。



突如駆け抜けた烈風が、彼女の身体を吹き飛ばさなければ。



視界が、歪む。

轟‼ という爆音が鳴り響いた。

手を伸ばせば届く位置にあった大きな顔が、高速で視界の端に流れていく。

そこまでして巴マミは初めて自分の身体が宙を飛んだ事に気付いた。

ジェットコースターに乗った時のような気持ち悪い空圧が、腹部を圧迫する。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/26(月) 00:02:46.99 ID:6W53p2eU0

「ーーき、ゃあああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!?」

(何!? 一体何が起こったのーー!?)

風に飛ばされる空きペットボトルのように何度もバウンドして、最後は地面に叩きつけられるようにして止まった。

その最中で、魔女の細長い身体に何かがめり込んでいるのを見た。

(あれは、使い魔ーー!?)

勿論、魔女の手下がマミを助けるはずがない。

ただ風に煽られて飛んできただけだろう。

ならば、今の烈風を引き起こしたのは誰だ。

真っ先に思い浮かんだのは、先ほど拘束した暁美ほむらという少女。

彼女がどうにかしてリボンから抜け出し、援護してくれたのかと思ったが、

「あーあ、思わずぶっ飛ばしちまった。でもいきなり襲われたら反射的にこうなっちまうのは仕方ねえよな?」

聞こえたのは気だるそうな若い男の声。

コツンコツンとわざとらしく靴音を鳴らしながら声の主はこちらへ向かって来る。

「よお大丈夫かー? 何か巻き込んじまったみたいだが、別にわざとじゃねえんだ。悪かった悪かった。邪魔するつもりはねえから許してくれ」

本当に謝罪する気があるのかどうかも怪しいほどその声色は軽い。

彼は辺りをぐるりと見回すと、ほお……と感心するように息を漏らした。

「おお、スッゲエなこれ。今まで色々見てきたが、そんなの置き去りにするぐらいぶっ飛んじまってる。探せばあるもんだな本当に」

「一体ーー、何……言ってんのよ」

瓦礫の陰からよろよろと起き上がったのは美樹さやかだった。

彼女も風に煽られてどこかを打ったらしく、顔には苦悶の表情を浮かべている。

「ああ何だっけお前? まあ、どうでもいいや。『本命』は向こうだしな」

言って、少年は違う方向を指差した。

地面に尻もちをついている、巴マミの方を。

当のマミは、意味が分からないといった表情で目を丸くしている。

まだ上手く状況を飲み込めていないようだが、とりあえず命の危機を脱したばかりで、完全に腰を抜かしてしまっているようだった。

ただ、その脅威はまだ終わっていない。

彼女がその事を思い出したのは、すぐ横を恐るべきスピードで何かが抜けていったからだ。

つまりはお菓子の魔女。

先ほどまでマミと対峙していたが、もう彼女の事など眼中にないのか、一目散に少年の下へ突撃していく。

「ーーッッッッ!!!?」

彼女の中で止まっていた時間が動き出す。

腰が抜けていたはずなのに、巴マミは背筋にドライアイスでもぶち込まれたように立ち上がった。

悲劇が起こる。

「危ない、逃げてーーーーッッ!!!!」

彼女はありったけの声で叫んだ。

そうしながら、マスケット銃を取り出す。

が、魔女の動きは速い。

(間に合わないーーッ!)

一方で、当の少年はそれでも憮然とした態度を崩そうとしない。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/26(月) 00:03:44.71 ID:6W53p2eU0

かったるそうに彼は言う。

「邪魔するつもりはねえって言ってんのにこっち来るのかよ。まあいいけど」

「ちょ! アンタ!?」

「うるせえ、邪魔だ退いてろ」

さやかが駆け寄ろうとしたが、まるでカラスを追い払うように手を振って拒否する少年。

彼は、薄く薄く笑っていた。

「俺としちゃ目的を果たせれば何でもいいんだ。新たなインスピレーションの会得……。テメエがその礎になってくれるんなら有効活用させてもらうだけだ。それに個人的に試したい事もある」

迫り来る脅威に対して、まるで新品のおもちゃを目の前にした子供のような純粋な目で彼は呟く。

「なあ。ーー俺の『未元物質(ダークマター)』はこの世界でどこまで通用するんだ?」

112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/26(月) 18:06:43.79 ID:5sJLarNy0
相変わらずまどマギ単独シーンは、アニメの文字起こしにほんのちょっとの内心描写。
アニメの台詞はここぞと言う場面で使うべきなのに・・・・・・
面白いだけにはがゆい。
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/29(水) 00:44:03.99 ID:fMCv71Lw0
        ☆



垣根帝督に遅れる事数分。

ゴロゴロとキャリーケースを引きながら地獄のような色彩で溢れた通路を誉望万化は歩いていた。

辺りからは何か得体の知れない呻き声やガサガサという物音が聞こえていて、いつ何が起こってもおかしくないという警笛を脳が全力で鳴らしている。

殺気と妖気に四方八方を囲まれた状況の中、彼は少しでも安心できる材料を求めるように手元の小さなスクリーンに目をやる。

地図上では、ここは間違いなく病院の敷地内のはずだ。

が、ある意味案の定と言うべきか彼の端末のGPS機能は端的に圏外のメッセージを示している。

「無駄よ」

アイスピックで突き刺すような声が横から飛んできた。

声の主は中学生くらいの少女だった。

腰のあたりまで伸びた黒髪に意思の強そうな目つきも相まってどこか凛とした印象を受ける少女。

誉望がここに来る途中に何故かリボンのような物で宙吊りにされた状態で必死に叫んでいたのでとりあえず助けたのだが、冷や汗を垂らしている誉望とは対照的に、少女はこの薄気味悪い通路をまるで学校に通うかのように慣れた足取りで進んでいく。

怖じ気づく様子は微塵もなく、全身に纏う強者のオーラ。

別に自分が手を出さなくても自力で脱出できたんじゃないだろうかと思い始めた誉望だったが、さすがに自分一人では怖すぎるので、むしろ少女の謎の度胸はありがたかった。
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/29(水) 00:45:51.40 ID:fMCv71Lw0

彼女は誉望の持つ端末を一瞥すると突き放すように言う。

「そんなもの役に立たないわ。ここはさっきまであなたがいた場所とは違う。例えるなら見えない地下空間みたいなもので、人工衛星からの信号なんて届かないわよ」

「……まあ薄々そんな気はしてたけどさ」

誉望は小さく息を吐いて、ある意味彼の分身と言っても過言ではない携帯端末をポケットにしまった。

これで垣根や下部組織の連中との通信手段も失われた。

彼とて己の能力に自信がない訳ではないが、この状況でそれがどこまで通用するかは未知数だ。

そうなると不測の事態が起こった時にはこの少女の力に頼るしかない。

(……魔法少女、魔女か)

彼は頭の中で垣根とのやり取りを反芻する。

第二位の超能力者をもってしても理解不能な科学とは畑違いの能力を操る存在。

その鍵を握る巴マミの関連人物として、この少女はピックアップされていなかったはずだ。

だが仲間かどうかはさておいて、状況から見て「同類」である事はほぼ間違いないだろう。

ならば、巴マミと同じレベルの情報を彼女も持っている可能性はある。

「……、」

誉望はふと目線を横に向ける。

相変わらずクールな少女はスタスタと無言で歩いているだけだ。

「……、随分と慣れてるんだな」
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/29(水) 00:46:44.14 ID:fMCv71Lw0

「そうね。でもそれはあなたも同じだと思うけど」

「え!? いやいや俺なんかさっきから冷や汗が止まらないんだけど。君が平気そうだからつられてちょっと安心してる部分はあるけどさ」

「……そう。それはよかったわ」

少女は顔を前に向けたまま静かに答えた。

「それで、君はいつもこんな事してるの?」

「こんな事って?」

「いや、いつもこんな危険な目に遭ってるのかなって思ってさ」

彼が言うと、少女は立ち止まり眉をひそめた。

そんな反応をされても誉望の方こそ意味が分からない。

特におかしな事は言っていないはずだ。

「ごめんなさい、ちょっと何を言っているか分からないわ。私がいつ危ない目に遭ったのかしら?」

「? ついさっきまで太いリボンみたいなので縛られてただろ。俺が通らなかったらヤバかったんじゃないの?」

彼がそう言うと、少女はきょとんとした顔になった。

彼女は言う。

「ただ縛られてるだけで危険なんかないでしょ。助けてもらった事は感謝してるけど、敵もいなかったし特に差し迫った状況ではなかったはずよ」

彼女は淡々と話しているが、内容はツッコミ所満載だ。

助けてもらっておいて謎の上から目線とあまりの意志疎通の取れなさに、誉望は少しイライラしてきた。

「だったら何であんな必死に助けを求めてたんだよ? 縛られてるだけって言ったっていつ魔女が襲ってくるか分からないあの状況で危険じゃないはずがない。でも君はそんな窮地に見舞われたのにケロっとしているから普段からこういった事態には慣れてるのかと思ったんだけど」

「別に慣れてなんかいないわ。元々こういう性格なの」

「ああそうなんだ。その年で凄い落ち着きぶりだね」

面倒くさくなってきた誉望は適当に答えた。

そして一気に会話する気が失せた。

どうやらこの少女は誉望とは違う『人種』らしく会話のキャッチボールが成立しそうにない。

入学式など見ず知らずの者同士が多数集まっている状況で、何となく隣前後の人に話しかけたらやたらと無愛想だったり異常に挙動不審だったりして「あ、コイツとは友達になれないな」と一瞬で分かるあの感覚。

今がまさにそうだった。
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/29(水) 00:47:41.25 ID:fMCv71Lw0

別に誉望は自分をコミュニケーションの達人だとは思ってはいないが、少なくとも今この場においては不自然な事は言っていないはずだ。

世間話から始めて会話の節々から情報を集めようと思ったのだが、そもそも自然な会話に持っていくのに高いハードルがある。

誉望は直感した。

この少女から情報を引き出すのはとてつもなく苦労しそうだということに。

(もうコイツは諦めて他を当たるか。せっかちな垣根さんの事だから巴マミにも直接会いに行くんだろうし。どうせこんな奴なら大した情報も持ってないだろうし)

「ところで」

誉望がそんな失礼な事を考えていると、今度は少女の方から声をかけてきた。

「ん?」

「『魔女』とは何かしら?」

「…………………………………………、え?」

いきなり斜め上から飛んできた単語に、誉望の脳がフリーズした。

そんな彼を無視して、少女は告げる。

「今あなたが言った事よ。『魔女が襲ってくる』って。魔女って何? どこからそんな言葉出てきたの?」

「いやどこからって、それはさっき君がーー」

「言ってないわ」

誉望の言葉を遮って、少女は短く答えた。

「私は『敵』とは言ったけど『魔女』なんて一言も言ってない。だから不思議なの。普通、敵と聞いて魔女なんて言葉は思い浮かばないはず。なのにあなたはさも当然かのように『魔女に襲われる』と口にした」

「……、」

「教えて欲しいのだけれど。あなたはどこで魔女なんて言葉を聞いたのかしら?」

誉望は冷や汗が五割くらい増したと思った。

少女は先ほどとはうってかわって理路整然とした語り口で詰めてくる。

しくじった。

誰の目にも明らかだった。

さっきまで無関心そうに顔すら向けてくれなかった少女が、今は鋭い目つきで誉望の両目を睨み付けている。

まかり間違っても好奇の目線などではなく、警戒心と猜疑心に満ちた容疑者を取り調べる刑事のような表情だった。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/29(水) 00:48:45.50 ID:fMCv71Lw0

(コイツ、嵌めたのか……!? わざと俺に喋らせて、墓穴を掘らせる為に? でもそうなら最初から怪しまれてた事になる。それはおかしい。俺たちが連中を監視してた事が見滝原に漏れてるはずがない。ただのはったり? そもそも拘束されていたのも演技だったのか? それとも先行した垣根さんが余計な事喋った?)

彼は頭をフル回転させる。

可能性なら色々ありすぎるが、まずそれよりも優先すべき事がある。

「……沈黙は後ろめたい事がありますって言ってるのと同じよ」

「あ、いや何から説明すればいいか頭の中を整理してるだけだよ。ちょっとこっちにも事情があって」

(どうする? ごまかすか白状するか消すか)

ここまで問い詰められている以上一つ目はほぼ不可能で、二つめも組織に属している彼が独断で行うのはまずい。

最悪の場合、学園都市と見滝原の関係に亀裂が生じ、多大な損失が出ることになるだろう。

万が一そんな事になれば、当事者の誉望がどのような処分を受けるかは火を見るより明らかだ。

ならば、残された選択肢はあと一つ。

(……本当にやるしかないのか? どんな能力を持っているかも分からない相手に?)

誉望はごくりと唾を飲み込んだ。

彼は丸腰ではない。

手元のキャリーケースには彼の『仕事道具』が入っているし、ジャケットの裏には予備の拳銃も隠してある。

都合が悪くなれば口封じというのは暗部の常套手段で、実際垣根や誉望もしょっちゅうそうやって乗り切っている。

だがそれはあくまで学園都市内での話であって、下部組織のサポートも満足に受けられない『外』で、正体不明の相手に対して同じ手段を使うのはリスクが大きすぎる。

今の彼らはスパイであり、戦争要員として送り込まれた訳ではない。

無用な武力行使は避けるべきだ。

(陽動の一撃を放って、その隙に逃げるか。垣根さんには怒られるだろうけど、魔女に捕まってたとか適当に言っとけばいに)

「勘違いしないで欲しいけど」

と、誉望のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、少女が一歩後ろに下がりながら言った。

「私は別にあなたたちと敵対するつもりはないわ。先に行った派手な男もそうだけど、あなたたち、巴マミに用があるのでしょう?」

「……!? 何でその事を」

「あなたの仲間がそう言ってたからよ。あなたたちの目的は知らないけどとにかく私は巴マミの仲間じゃないから。私の邪魔さえしなければそれでいいわ」

「……、なら何で誘導尋問みたいな事したんだ? 一触即発の空気作ったのはそっちだろ」

「あなたたちが何者なのか知りたかったのだけど、嫌ならもうこれ以上は詮索しない。そもそも今はここで争ってる場合じゃない。あなたの仲間も危険な目に遭ってる可能性が高いわ。急がないと」

「……いやあの人なら多分……。分かった。君がそう言うならとりあえず急ごう」

そう言われて誉望も警戒を解き、再び早足で通路を進む。

向こうが矛を収めてくれるなら、こちらから仕掛ける理由はない。

だが、彼としては一つどうしても気になる点がある。

誉望は歩きながら、一点だけいいか? と少女に尋ね、

「何で俺たちが普通の一般人じゃないって思ったんだ?」

「私に絡みついたリボンを、あなたはカッターナイフみたいなものでいとも簡単に切ったでしょう?」

「?? それが何か?」

いまいち理解のできない誉望に、少女は彼の手元を見ながら言う。

「あのリボンには『魔翌力』が込められているから、刃物なんかじゃ切れないのよ」



118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/29(水) 00:51:53.94 ID:fMCv71Lw0

誤「あのリボンには『魔翌翌翌力』が込められているから、刃物なんかじゃ切れないのよ」

正「あのリボンには『魔翌力』が込められているから、刃物なんかじゃ切れないのよ」
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/29(水) 00:54:53.28 ID:fMCv71Lw0

? 何かおかしいですがこのまま書きます
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/05/29(水) 00:57:06.84 ID:fMCv71Lw0
        ☆



「おせーよボケ」

紆余曲折あってやっと結界の最深部に到着した誉望万化にいきなり心ない言葉が飛んできた。

しかしこんなの彼らの間では挨拶みたいなものだ。

誉望はいちいち気にしない。

「すいません垣根さん。ちょっと途中で予想外の事が起こってて」

「あ?」

続けて何か文句を言おうとしたらしい垣根帝督は、誉望の後ろから現れた黒髪の少女を見て途端に面倒くさそうな表情になった。

「何お前? いつからボランティア活動に精を出すようになったの? そんなもんに構って遅刻してんじゃねえよ。俺たちの目的もう忘れたのか?」

「……随分な言い様ね」

長い髪をかきあげながら、今度はその少女が呆れたように答えた。

「そして私の忠告は聞いてもらえなかったようね。まあ、現状を見るに最悪の事態にはなっていないようだけど」

少女に言われて誉望は初めて辺り一面を見渡した。

今来たばかりの誉望と少女を除けばあとこの場にいるのは四人。

垣根帝督と、奥の方でボロボロになって驚いたような表情の巴マミと近くの岩に隠れるようにして身を寄せているのは少女二人は美樹さやかと鹿目まどかだったはずだ。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/05/29(水) 00:58:46.99 ID:fMCv71Lw0

だがそれ以外に、明らかに不自然極まりないものが異様な存在感を放っている。

誉望は恐る恐る尋ねる。

「あのー、垣根さん。それ……何スか……?」

垣根帝督の後ろ。

観光バスほどの大きさのぬいぐるみのような物に未元物質でできた小さな羽が無数に突き刺さっている。

何だか苗木に生えたしいたけみたいだ。

無人攻撃機か何かかと誉望は一瞬思ったが、所々に有機質な生物特有の曲線が見える。

「ーー魔女よ」

答えたのは垣根ではなく、マスケット銃を杖のようにしてよろよろと立ち上がった巴マミだった。

西洋人形のような衣装は紛争にでも巻き込まれたかのようにあちこち破け、至るところが土や煙で汚れている。

「マミさんッ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

堰を切ったように隠れていた少女たちが飛び出して巴マミの下へ駆け寄っていった。

肩を貸してマミを支える二人とは対照的に、同じ制服姿の黒髪少女は冷めたような目線でそちらの方を見つめているだけだ。

仲間じゃないと言ったのは本当なのかもしれない。

だがすぐに彼女は少女たちから気だるそうに立ち尽くす長身の少年へと目線を変えた。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/05/29(水) 00:59:38.53 ID:fMCv71Lw0

「どういう事? 説明してもらえるかしら?」

「何についてだ。質問内容が曖昧過ぎて分からねえな。つか残念だったな、俺が無事で。だから言ったろ。忠告なんかいらねえってよ」

「そうみたいね」

少女は紛争の爪痕みたいな惨状を眺めて、

「で、こんな事して何が目的なの? 巴マミに用があるって言ってたけど」

と一度そこで言葉を切って、彼女は巴マミの方をチラリと見た。

いきなり名指しされた少女は、何の事か分からないのか驚きと疑問が半分ずつ入り混じったような表情をしている。

少女は改めて垣根の方を向き直ると、

「彼女に心当たりはないようね。何となく見当はつくけど、あなたたちこの街の住人じゃないんでしょ。何が目的?」

「テメエには関係ねえな」

「そうね、関係ないわ。あなたたちが何者だろうと。この先どうなろうと」

彼女の癖なのか、長い髪をかきあげて冷たい声色で返した。

でも、彼女は続け、

「私の邪魔をするのなら話は別よ。故意だろうとそうでなかろうと、私の目的の障害になるのなら悪いけど消えてもらうわ」

「テメエの行動理論なんて知るかよボケ。配慮して欲しいならまずは懇切丁寧に書式にでもまとめてこいよ。まあ仮にそんな事されても他人の都合なんざ俺には知ったこっちゃねえけど」

どこまでもクールに淡々と告げる少女の言葉を垣根が素直に受け入れるはずもなく、彼もとことん挑発的に返す。

この場で二回戦が始まるのではないかと誉望は内心ビクビクしていたのだが、面倒くさそうな垣根の表情を見るにこの少女を本気で相手にするつもりはなさそうだ。

少女もそんな垣根とやり取りするのが馬鹿らしいと思ったらしく呆れ顔で、何を言っても無駄のようね、と独り言のように呟いた。

「……暁美さんの目的って何なの?」

彼らのやり取りを聞いていた巴マミが静かに、ゆっくりと尋ねた。

「キュゥべえを狙ったり。魔女退治に来たのにグリーフシードは要らないって言ったり。かと思ったら今日みたいに獲物を横取りしようとしたり。悪いけど、私あなたの行動の意味が全く分からない」

「……今はまだ言えないわ。でもあなたには関係ないことよ」

「だったら邪魔するなって言うのはおかしいだろ」

今度は誉望が横から口を挟んだ。
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/05/29(水) 01:00:48.78 ID:fMCv71Lw0

「理解できなくてもとにかく自分の行動全てを受け入れろ、否定するなって事だろ。それっていくらなんでも都合が良すぎないか?」

彼がそう言うと少女はバツが悪そうに、

「言って理解してもらえるようなものではないからよ」

「それでもまずは言ってみない事にはーー」

とマミが続けようとしたが、少女は会話を無理やり終わらせるように踵を返す。

「これ以上用はないみたいだし、私は帰るわ。私の言葉をどう受け取るかは自由だけど、長生きしたければ人の忠告は聞くものよ。これはあなたたち五人全員に向けて言ってるから。それじゃ後はご自由に」

吐き捨てるようにそう言うと、少女の姿が一瞬にして誉望の目の前から消えた。

突然の事態に誉望は思わず目を見開く。

(空間移動『テレポート』!? 目標物なしで自分の体を移動させられるならそれだけで大能力者『LEVEL-4』認定されるクラスのはずだが。『外』の人間が能力を?)

誉望はチラリと垣根に目線を送る。

だが、

「何だあのクソ野郎は。終始上から目線で偉そうにしやがって。それともあれか? あれが噂の中二病とかいうやつか? この街の思春期の女はあんなのばっかりなのか?」

ブツブツと独りで文句を言いながら垣根は不機嫌そうに立っているだけだった。

次あったらーーとかおぞましい単語を並べているので鹿目まどかとかいう小柄な少女は怖がって完全に顔がひきつってしまっている。

(オイオイ、勘弁してくれよ)

それを見て思わず誉望は頭を抱えそうになった。

(初対面でそんな態度取ったら警戒して何も話してくれなくなりますよ。それともフレンドリー路線はやめて締め上げて無理やり吐かせる感じで行くんスか? 都市間の関係があるんだからあんまり手荒なことしたくないんスけど……)

これから先のことを考えると気分が沈みそうになる誉望。

だが垣根がリーダーである以上彼はその決定に従うしかない。

組織というのはそういうものなのだ。

124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/29(水) 02:59:29.97 ID:eMcZDdOzo
生きとったんかワレ!
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/05(金) 18:33:58.58 ID:4nAIHw9io
おお、一ヶ月以上も気付かなかったというかエタったと思ってた
戦闘シーンカットされたシャルロッテに黙祷……あれでも、体?や結界残ってるってことはまだ死んでないんだろーか
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:14:09.48 ID:D/5KSD4a0
      ☆



まるでジェット機のような速度で駆け抜けた一連の事象に振り回されていた巴マミだったが、一段落ついて冷静になってみるとひとまず自分の命の危機を脱したのは理解できた。

その当事者である垣根と呼ばれた長身の少年は、自身が叩き伏せた魔女や結界の周りを興味深そうに観察している。

(魔法少女……、なはずないわね。なら彼は一体……)

マミの頭にあるのは先ほど魔女を一撃で吹き飛ばした白い翼だ。

冗談ではなく、人間の背中から天使のような翼が生え烈風を巻き起こしたのだ。

(使い魔ならまだしも、魔女本体をあんな一瞬で……。何者なのあの人たちは)

驚きと警戒と恐怖がマミの頭の中で反芻する。

そんな彼女の様子に気づいた垣根が、まるで忘れ物を思い出したような顔で近づいてきた。

「そういや大丈夫だったかオマエ。なんかビニール袋みたいに飛んで行ったけど」

「いや、吹っ飛ばしたのアンタじゃん。そんな他人事みたいに」

辛辣な表情でさやかがツッコミを入れる。

「ああ? じゃあ黙って観戦してるほうがよかったか? その場合コイツの人生はすでにゲームセットだったと思うが?」

そう、確かに彼の言う通り、あの時マミは完全に油断して裏をかかれた。

あの一撃がなければ今頃どうなっていたかは言うまでもない。

「う……、でももう少しマシな方法が」

「大丈夫よ美樹さん。私は平気だから」

127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:15:37.31 ID:D/5KSD4a0

マミがそう言うとさやかは言いかけた言葉を飲み込んで、バツが悪そうに一歩下がった。

マミは服やスカートについた土をはらうと改めて後輩二人の方へ向き直った。

予想外の事が多すぎて彼女自身まだ混乱しているが、何はともあれまず真っ先に言うべきことがある。

「鹿目さん、美樹さん。本当にごめんなさい。せっかく付いてきてくれたのに……、絶対に守るって言ったのに危険な目に合わせちゃって」

そう言って彼女は深々と頭を下げた。

あのままマミがやられていれば、次は彼女たちが魔女に狙われていたはずだ。

魔法少女でもない二人が魔女に太刀打ちできるはずもなく、三人まとめて共倒れになっていた可能性は高い。

「安易な判断だったわ。万が一自分に何かあった時のことを考えていなかった。……先輩失格よ、本当にごめんなさい」

「そ、そんなことしないでください!」

更に深く頭を下げようとするマミを、さやかが慌てて止める。

「これは魔法少女がどういうものかってのを体験する為にわざわざマミさんのお荷物になるのを受け入れてもらってるんだから。感謝こそすれ謝られる理由なんてないですよ」

「そうです! 私もさやかちゃんも危ないのは分かってついて来てるんですし。何かあったってマミさんを恨んだりなんかしません」

彼女たちはそう言うが、自身の不注意で危険な目に遭わせたのは事実だ。

ましてやこの魔法少女体験ツアーはマミから言い出したこと。なら彼女たちの安全を守る責任がマミにはある。
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:16:30.10 ID:D/5KSD4a0

「魔法少女体験ねえ。まさか大真面目にそんなファンシーな単語を言われるとはなあ。こりゃマジっぽいな」

と、それまで黙って聞いていた垣根という少年が呆れたように呟いた。

高そうなジャケットを着た整った顔立ちの少年だった。

改めて見てみると、背の高い細身の体格と不遜な態度も合わさってどこか退廃的な雰囲気も感じられる。

マミが今まであまり接したことのないタイプだ。

「――あの、先ほどは命の危機を救っていただきありがとうございました。あなたも怪我……はなさそうですね」

「ハッ。この程度で怪我なんかするかよ馬鹿らしい。雑魚すぎて拍子抜けしちまったよ」

垣根は退屈そうに吐き捨てると、側の岩に腰を下ろして偉そうに足を組む。

何だか分からないが思っていた結果とは違うようだ。

興味が失せたのか、退屈そうに手を伸ばしてストレッチする垣根とは対照的に倒された魔女を物珍しそうに眺める少年がいる。

中肉中背の特にこれといった特徴のない容姿だが、頭に装着されているヘッドギアのようなものが異質を放っている。

ヘッドギアからは多数のケーブルが伸びていて、彼の腰にある機械に接続されている。

「これが魔女っスかあ。何か想像してたのと全然違いますね。魔女って言ったら尖ったハットかぶってホウキに跨ったババアのイメージだったんスけど」

「あくまで便宜上の呼び名で西洋のおとぎ話に登場する魔女とは全くの別物よ」

129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:17:15.93 ID:D/5KSD4a0

「ふーん……、まあ呼び名はどうでもいいんだが、これじゃダメだな」

「と、言いますと?」

ヘッドギアの少年が尋ねると、垣根は左右の足を組み替え、

「条件次第じゃそのままぶつけて第一位のクソ野郎をどうにかできるかもと思ったんだが、こんな耐久力じゃ話にならねえ」

「根底にある法則そのものが違うなら一方通行(アクセラレータ)の反射を無効化できる可能性もありますけど……」

「肝心の攻撃が届かなきゃ意味ないがな。まあ所詮はあわよくば程度の考えだし、別に悲観はしてねえよ。そもそもコイツだけじゃサンプルが少なすぎる。さらにいくつかの『現場』を回る必要がある」

「元々の依頼は調査ですしそれはその通りっスね」

「それにな、サンプルは何も魔女だけじゃねえ」

そこで垣根は言葉を切り、座っていた岩から降りた。

視線を少女たちの方へ移す。

「な? そうだろ魔法少女さん方?」

突然問いかけられたまどかとさやかは意味が分からないのかキョトンとしている。

代わりに先輩のマミが横から口を挟んだ。

「あの……彼女たちはまだ魔法少女じゃないんです。私の魔女退治について来てくれた学校の後輩で」

「そうなの? まあいいやオマエでも」
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:18:01.33 ID:D/5KSD4a0

「『でも』って……」

偉そうな態度と失礼な言い方にムッとしたが、助けてもらった身なので文句は喉元で飲み込んだ。

そんなことより聞きたいことがマミにはある。

「それよりあなたたちは一体……? さっき私を助けてくれたあの力はなんですか? 私たち魔法少女とは違うようですが。それに依頼って?」

「一度に何個も質問するんじゃねえよ面倒くせえ。あー、誉望。手短にまとめてくれ」

「え? 俺っスか。……えーと」

誉望と呼ばれたヘッドギアの少年は突然話を振られて少し動揺したようだった。

彼はそのまま少しの間考えて、

「俺たちは仕事で見滝原の調査に来ててさ。その調査内容ってのが最近この街でおきてる不自然な殺人だったり連続行方不明事件で、共通する条件なんかから怪しい場所を追ってたらここに辿り着いたって訳」

「ってことはあなたたちは探偵さん?」

「まあ……そんな感じ」

「へえ、最近の探偵ってこんな危険なことまでするんですね」

「いやいやおかしいでしょ! どこに魔女と生身で戦う探偵がいるのさ!? それで納得しないでくださいよマミさん」

そのまま世間話みたいな感じで終わりそうな雰囲気だったので、思わずさやかがツッコむ。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:18:40.06 ID:D/5KSD4a0

魔女を倒した白い翼。

その正体は一体何なのか。

「それについては、……ええと最新科学技術を流用させてもらってる。君たちも『この街』の住民なら恩恵は受けてるだろ? 何となく想像はつくんじゃない?」

「……学園、都市」

そこまで聞いて、今までほとんど会話に入っていなかったまどかがボソリと呟いた。

彼女に限らず、科学と言えば真っ先にその名を頭に浮かべるであろう最先端技術の総本山。

誉望は正解とも不正解とも言わず、目線だけかすかに動かして話を続ける。

「あまり詳しいことは明かせないんだ。依頼主の情報をペラペラ喋る奴なんて探偵としちゃ失格だからな。ただ、俺たちの目的はこの街で起きた不可解な事件事故の調査。魔法少女とか魔女ってのがどういうものなのかは分からないけれど、それが一連の出来事に繋がってるならその情報を少しでも多く仕入れたい」

「ま、手っ取り早く言えばオマエたちが知ってること喋ってくれってことだ」

じれったくなったのか、垣根が話を一行にまとめる。

「それでさっき助けてやった恩はチャラにしようぜ。こっちも暇じゃないんでな。足を棒にして街中歩き回るよりかは知ってる奴に聞いたほうが早い」

「……、」

マミが黙っていると、誉望がカバンからタブレット端末を取り出して画面を見せてきた。

地図のアプリのようなものに所々マークがついている。

誉望曰く、最近この街で起きた事件の情報を位置情報と合わせてデータ化しているらしい。
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:19:31.42 ID:D/5KSD4a0

「まさかとは思うけど、キミがその犯人って訳じゃないよね?」

「何言ってんのさ、マミさんがそんなことするはずないじゃん!」

食い気味に答えたのはさやかだった。

彼女は先ほど垣根が倒した魔女を指さしながら、

「それはコイツと同じ魔女の仕業! 魔女は人の心に入り込んで、その人を自殺させたり事件を起こしたりするんだって。だから、マミさんはそういう魔女から街を守るために戦っってんの!」

「人の心に入り込む……?」

「そうよ」

誉望の疑問にマミが静かに頷く。

「魔女は弱った人や落ち込んだ人を狙って、感情を操って養分にしているの。大抵の場合、気づいた時には手遅れね。魔女は結界にいて防犯カメラなんかには映らないから、自殺や謎の変死体として処理されることが多いわ」

「ふうん……、第五位の心理掌握(メンタルアウト)と似たようなもんか」

話を聞いていた垣根が呟いた。

「メン……? 何ですか?」

「何でもないさ。続けてくれ」

「? ええと……、で、そういった被害を防ぐために日夜活動しているのが私たち魔法少女って訳。魔女の痕跡を辿りながら、普段は彼らが餌にするあまり元気がない人が集まりそうな場所を重点的にパトロールしているわ」

「なるほど。だから病院な訳だ」
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:20:23.73 ID:D/5KSD4a0

誉望が感心したように声を上げる。

「病院には心身ともに具合が良くない人が集まりやすい。魔女にとっちゃ格好の漁場ってことか」

そういうこと、とマミは答えた。

続けてマミはまどかとさやかに視線を向けて、

「今回は私じゃなくて彼女たちが結界を見つけてくれたんだけど、寸前で食い止めれて良かったわ」

「いやいや今回はほんとたまたまですよ! 急いでマミさんを呼びに行ってくれたまどかとマミさん、それと、えーと……、」

「垣根帝督だ」

微妙な視線を感じ取った垣根が一言で自己紹介する。

それ以上何か言うつもりはないらしく、そのままさやかに話の続きを促す。

さやかはゴホン、とわざとらしく咳払いをして、

「垣根……さんのおかげですよ! 私はただ待ってただけっスから!」

「そ、そんなことないよさやかちゃん。さやかちゃんが結界に残ってくれたおかげで早く到着することができたんだから……!」

「そうよ美樹さん。もし結界の発見が遅れていたら、鹿目さんが急いで私のもとへ駆けつけてなかったら、そして……、垣根さんたちが間一髪で魔女を吹き飛ばしていなかったら。どれ一つ欠けていても悲惨な結果になっていたはずよ。犠牲を出さずに済んだのは、皆の成果ね」

「誉望は何もしてねえけどな。結局間に合ってすらいねえし」
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:21:26.55 ID:D/5KSD4a0

「この流れで言います? いいじゃないっスか皆のおかげってことで。何かすげえ疎外感」

「でも……! その人だって暁美さんを助けてここまで連れてきてくれたんだし、何もしてないってのはいくらなんでも……」

多少あたふたしながらも、まどかがすかさずフォローしようとする。

が、状況が状況だけに上手く言葉が出てこないようだ。

誉望はそんな彼女の肩を軽く叩いて、首をゆっくりと横に振った。

「……なんか、久しぶりに純粋な優しさに触れた気がするっス」

「情にほだされてんなよ気持ち悪りィ。まあ周りがクソみたいな奴ばっかだと感情とか約束とか馬鹿らしく思えてくるからな」

「普段どれだけ修羅な環境にいたらそんなセリフが出てくるのさ……」

「オマエにゃ想像もできないようなパラダイスだよ短髪。最初はぬるま湯でも徐々に温度を上げていきゃ熱湯になってても気づかないもんさ」

「はあ……、そうっスか。あと短髪じゃなくて美樹さやか」

少し苛立った様子でさやかが名乗ったが、垣根はあー悪りい悪りいと相変わらず軽薄な笑みを浮かべている。

「話が逸れたが、とりあえずこの魔女ってのが一連の騒動の原因ってことでいいんだな?」

その通りですとマミは即答する。

「で、オマエたち魔法少女は街を守るため常日頃から魔女を狩ってると」

「? ……そう、ですけど」
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:22:33.40 ID:D/5KSD4a0

垣根が何を言いたいのか、マミはいまいち要領が掴めない。

一方の垣根は、何かに納得した様子でニヤニヤしながらそうかそうかと呟いている。

「あの……、どうしたんですか? 私の説明、何か変でしたか?」

「ん? いやそうじゃないさ。ただ好都合だと思ってな」

「好、都合……?」

「そうだ、俺たちにとっても、オマエにとってもな」

「??」

マミはますます意味が分からなくなった。

今日出会ったばかりのマミと謎の少年たち。

魔女がお互いにとって都合が良いとは、どういうことだ。

マミが混乱して固まっていると、垣根の方から声をかけてきた。

「なあ、魔女と戦ってりゃ今日みたいな危険な目に遭うこともしょっちゅうなんじゃねえか?」

「え……? それは、たまにはありますけど……」

マミは頭に疑問符を浮かべながら返す。

何を考えているのか全く読めない人と会話するのはなかなかに難しい。

「そうだよな」

垣根は相変わらず不敵な笑みをたたえながら、
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/09/18(水) 23:23:30.29 ID:D/5KSD4a0

「助けを求めたところで、こんな場所じゃ誰も気づきやしない。不測の事態になったら、そこの後輩たちもただじゃ済まねえだろ。もう少し備えがあったほうがいいんじゃねえか?」

「それはそうですけど……。今この街には魔法少女自体が少ないので、自分で何とかするしか」

「だから、俺たちがその代わりをしてやるよ」

「……え?」

突然の申し出にマミの脳内が一瞬固まる。

魔法少女の代わりをする。つまりは――、

「俺たちがオマエのボディーガードをしてやる。だから魔女退治とやらに同行させろ。何、迷惑はかけねえさ」




137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/20(金) 13:27:39.49 ID:YC+1MLBd0
垣根「娘を返してほしかったら俺達に協力しろ、OK?」
まどか「OK!」ズドン
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/21(土) 15:14:55.45 ID:3qoZdmQeo
おお、投下来てる、やったー


まさかの協調路線、と思ったがよく考えたらスレタイからしてそうだった
垣根とさやかちゃんのやり取りが何故か面白く感じるww
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/24(火) 21:34:22.00 ID:A0jti9zW0
おお来てたのか

こういうつなぎ回だと誉望くんとさやかちゃんがすごく便利だな
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/11(火) 12:54:42.11 ID:ms4yXhoa0
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