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【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」

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371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/28(土) 21:36:55.42 ID:UkTI7ov00
乙です。
中3編も楽しみだなぁ
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/29(日) 21:44:42.50 ID:JAzH/y7so

まだ安心してみていられる時期だww
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 08:32:36.15 ID:x4fngtM4O
いやいや安心できるか分からん
一足飛びにXデーまで飛ぶかも……

>>1
連日暑いから気を付けて
374 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:09:17.01 ID:cEt2RuET0








『中等部での活躍は聞いている。あなたならきっと、私たちを優勝に導いてくれるわ』





『期待してるよ』






『あなたが副隊長なら私の推薦合格は決まったようなものね』





『任せるよ副隊長』




『1年生だからって気後れせずに、あなたの実力を見せてね』



375 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:09:47.90 ID:cEt2RuET0




任せてください



精一杯頑張ります



先輩方の足を引っ張るような真似はしません



肩書に恥じぬ成果を



西住流の力を、勝利をもって証明して見せます




376 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:10:28.88 ID:cEt2RuET0






それが、私の存在理由だから







377 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:13:50.17 ID:cEt2RuET0






まほ「……」



6月の初旬、夕暮れの頃。

私は一人、校舎の前に佇んでいた。

すれ違う生徒達は皆、私の事など目にもくれず部活や、自宅、あるいはお気に入りの寄り道スポットへと向かっていく。

だけど私は知っている。私が、ここでは異物なのだという事を。

なぜならここは中等部の校舎なのだから。

すでに卒業し、別の場所にある高等部に通っている私は、本来ここにいる存在ではない。

制服が一緒のため、私が高等部の人間だとばれていないのは幸いか。



まほ「……」



キョロキョロと周りを見渡す。

目当ての人物はおらず、だけど呼び出すような事も出来ず。

それでも探そうと中等部の校舎に足を踏み入れようとして、私の足はぴたりと止まってしまう。



まほ「……私は、何をしているんだ」



こんなところで大会前の貴重な時間を浪費して。

練習が休みでも、副隊長である私にはやるべきことがいくらでもあるのに。

自分の愚かしさにようやく気付いた私は踵を返して校門に向かおうとする



エリカ「……隊長?」



しかし、その歩みは後ろからかけられた声によって留められる。



まほ「っ!?……逸見か」



驚いて振り向くと、視線の先には見知った顔が。



エリカ「えっと、隊長」

まほ「私はもう隊長ではない。高等部の副隊長だ」



その高等部の副隊長が中等部にいるのだから、なんとも恰好がつかないと心の中で自嘲してしまう。



378 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:15:53.59 ID:cEt2RuET0


エリカ「そうでしたね。……それで、中等部の校舎に何か用ですか?」

まほ「いや……みほを探して」



嘘ではない。確かに私はみほを探していた。

……その理由は言えないが。



エリカ「ああ、そういう事ですか。でも、あの子もう帰っちゃったんですけど……私は日直があって残ってたんです」

まほ「……そうか。意外だな、みほの事なら待っていそうなものだが」

エリカ「実際そう言ってたんで、赤星さんに頼んで連れ帰ってもらったんですよ。……まったく、隊長なのに貴重な時間を浪費しないで欲しいものです」



たぶんそれは、逸見のいつもの軽口なのだろう。

だけど今ここでその貴重な時間を浪費している私にとって、逸見の言葉に責められているような印象を受けてしまう。

そのためか私の口は重くなり、そんな私の様子を見て逸見もまた何も言わなくなってしまう。



まほ「……」

エリカ「……」



しばし流れる無言の時。

中等部にまで来て私は何をしているんだと思い始めたころ、逸見がその沈黙を破った。



エリカ「それで……その、みほに何か」

まほ「……いや、何でもない」

エリカ「何でもないのにわざわざ中等部にまで?」



なんだか妙に食いつくな……

不思議に思うも、私は適当に考えた言い訳で答える。



まほ「……ちょっと、散歩に。近くに寄ったからついでに挨拶でも、と」

エリカ「……はぁ、お二人はやっぱり姉妹なんですね」

まほ「え?」


379 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:18:59.23 ID:cEt2RuET0


逸見はため息とともに呆れたような顔でこちらを見てくる。

どういう意味かと考えていると、逸見はまるで子供の様にクスクスと笑い出す。



エリカ「知ってます?みほは何か不安な事があるとすぐ顔に出すんです。なのに相談するのを怖がって、結局私や赤星さんがあれこれ世話を焼く羽目になるんですよ」

まほ「……」

エリカ「そういうところ、そっくりですね。……隊ちょ、西住さんの方がわかりにくいですけど」

まほ「逸見……」

エリカ「相談に乗るだなんて偉そうな事言うつもりはありませんが、愚痴程度なら聞いてあげられますよ」



逸見は近くのベンチに腰かけて、私に対して「どうぞ」と促す。

……せっかく逸見が気を使ってくれているのに無碍にするのも悪いな。

仕方なく私は逸見の隣に腰かける。

そしてポツリと、語りだす。



まほ「……私は、高等部の副隊長に就任した」

エリカ「ええ、知ってますよ」



何を今さらといった風な逸見。



まほ「中等部の頃の実力を評価されての事だそうだ」

エリカ「当然の判断だと思います」

まほ「そうか。……そう思うか」



無意識のうちに私の声は落ちていく。

それはつまり逸見の答えが私にとって望ましいものではなかったという事で、

だとしたら私は、逸見にどう言って欲しかったのだろうか。

自分の内心すら図りかねてる私の様子を見て、逸見は心配そうに顔を覗いてくる。



エリカ「……西住さんはそう思えないのですか?」

まほ「自分の実力を見誤るほど未熟なつもりは無い。自惚れているように聞こえるかもしれないが、

   私の実力は副隊長に任命されるには十分なものだと思っている……だけど」

エリカ「だけど?」



両ひざに乗せた拳を強く握る。



まほ「私は―――――」


380 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:21:18.72 ID:cEt2RuET0









『私は、強くなきゃ』









381 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:21:56.33 ID:cEt2RuET0


まほ「―――いや、なんでもない」

エリカ「西住さん?」

まほ「すまない逸見。私はもう戻るよ。副隊長としてやるべきことがたくさんあるんだ」



そうだ、私は副隊長なんだ。

大勢の隊員の未来を預かっている人間なんだ。

だというのにこんなところで弱音を、それも後輩に吐いているようではいけない。

そんな弱い人間が、西住流の跡取りだなんて認められない。

私は立ち上がると、そのまま校門に向かおうと足を踏み出す。

しかし、



エリカ「まったく……そんなところまで似なくてもいいのに」



呆れたような逸見の呟きが、私を引き留めた。



エリカ「すみません、愚痴程度なら聞くって言いましたけどあれナシでお願いします。

    今のあなたをこのまま帰すのは、ちょっと寝つきが悪くなりそうなんで。……少し、お説教です」

まほ「……どういう意味だ」

エリカ「西住さん。今のあなたは出会った頃のみほにそっくりです」



逸見は遠くを見るように目を細める。



エリカ「あの頃のみほはまぁ酷い子でしたよ。いつもうつ向いて、人と話しているのに顔すらまともに見なくて、

    不満と不安をいつも抱えてるよな雰囲気で、助けを求めているのにそれを表に出さず口先で謝るばかりの子でした」



……ああ、よく知ってるよ。

生まれた時から一緒の妹の事なのだから。

明るく、元気なあの子がどんどん笑わなくなり、内に秘めた沢山のものを私にすら語らなくなっていた事を。

ベンチに座ったままの逸見は、私を見上げる。



382 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:23:37.61 ID:cEt2RuET0


エリカ「今のあなたはそれと同じです。知って欲しいのに、察してもらいたがってる。……私が一番嫌いなタイプです」

まほ「っ……」



突然、逸見の言葉から温度が消える。

見下ろしているのは私のはずなのに、見下されているような逸見の視線に私は一瞬、たじろいでしまう。

その居心地の悪さを振り払うように、だけど努めて冷静に反論する。



まほ「……何故お前にそこまで言われないといけない。お前が、私の何を知っているというんだ」

エリカ「そこで取り乱さない辺りはさすが年長者ですね。……でも、その質問はもう答えた事があります」




エリカ「あなた、自分の事を一つでも語ったことがありますか?」




氷の様に冷え切った視線に、声色に。私は心臓を握られているような感覚に陥る。

思わず目を逸らすも、冷たい視線がまったく揺らいでいないのを肌が感じてしまう。



まほ「……私は、西住まほだ。西住流の家元の家に生まれ、将来はそれを継いで―――――」

エリカ「それのどこにあなたの話があるんですか。私は『西住流の娘』じゃなくて、『西住まほ』の話が聞きたいんですよ」



苦し紛れの反論はバッサリと切り捨てられ、私はとうとう何も言えなくなってしまう。



エリカ「……みほは、あの子は相変わらず弱くてめんどくさい子ですよ。何かあるたびにエリカさんエリカさんって。

    私が何度注意したってドジするし、この間だって自分の責任を誰かに肩代わりしてもらおうとしたり。ほんと、ダメな子ですね」



そう言いつつも、逸見の表情は柔らかく、その言葉に字面通りの意味が込められているとは到底思えない。

だけど、すぐにその表情は引き締まり、私をじっと見つめる。



エリカ「でも、今のあなたよりはよっぽどマシです」



あまりにもストレートな侮蔑の言葉。

その物言いに不快感より前に動揺を覚えたのは私が未熟な故か、

あるいは、逸見の口からそのような言葉が出たのが意外だったからか。

383 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:25:33.68 ID:cEt2RuET0


エリカ「西住さん、あなたは強いです。……でも、ただ強いだけです」

まほ「それの、何が悪いっ」



今度こそ語気が荒くなるも、動揺で舌が上手く回らない。

そんな私とは対照的に逸見は飄々とした態度で、



エリカ「別に?というより……あなたが疑問に思っているんですよね?『強いだけ』の自分を」

まほ「っ……」



全てを見透かしているような視線。

目の前の少女との交流はそれほど多くなかったはずだ。

だというのに、なんで彼女の言葉はこんなにも私に突き刺さるのだろうか。

なんで、こんなにも―――――逸見は私を理解しているのだろうか。



逸見の言う通り、私は誰かに胸の内を明かしたことは無い。

それは弱さだからだ。

強くあるために弱さを捨てるのは当然の事だから。

だから私は、今日まで強くあったのに。

なのに、いつしか心の奥底にそれでいいのかと思う自分がいた。

そんな弱さが私の中にある事が許せないのに、触れる事すら出来ず目を逸らし続けていた。

分かっていたんだ、それが私の本音なのだと。それが、私の本質なのだと。

だから、触れないよう、気づかないよう、目を逸らし続けていたのに。



まほ「っ……あ……」



『そんな事はない。私は、自分の強さを疑問に思った事なんて無い』



そう言おうと口を開く。

だけど、何も言えず口を閉ざしてしまう。

心にもない事を言える余裕は、すでに私には無かった。


384 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:27:45.63 ID:cEt2RuET0








―――――なんで私の隣には、


『誰も、いないの……?』






385 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:28:28.48 ID:cEt2RuET0
あ、間違えました>>384は無しで。
386 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:29:16.51 ID:cEt2RuET0


エリカ「……あなたの胸の内を知っているのはあなただけです。知ってほしいのなら、受け入れてもらいたいのなら。
  
    ――――言ってください。伝えてください。あなたが何を思っているのか、どうして欲しいのか」



その言葉はただ淡々と、事実だけを伝えているように思えた。

そして、言外にこう伝えていた。――――――何もできないなら、ずっとそうしていろ、と。



いつのまにか、私のすぐそばに『それ』が迫っていた。

心のずっと奥に、たくさんの鍵をかけてしまいこんでいた『それ』は、全ての鍵を解かれ、扉を開けるだけになっていた。

そうしたのは逸見で、だけど逸見は扉を開けようとはしない。

邪魔なものを取り除いても、扉を開けるのは私の手で、私の意志で、と。

それは、逸見が私を尊重しているからだろう。

そして同じくらい逸見が厳しいからなのだろう。

どれだけ障害を取り除いても、一番苦しい部分は私自身の手でやらなくてはいけない。

そうでなくては、意味がないのだと。
387 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:30:02.27 ID:cEt2RuET0








―――――なんで私の隣には、


『誰も、いないの……?』







388 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:30:46.31 ID:cEt2RuET0


かつて、今日と同じような夕暮れの校舎で、私は一人なのだと思い知らされた。

それは当然の事だったんだ。

みほは言った。逸見は『自分の嫌いなところを全部嫌いだと言ってくれる』と。

それはつまり、自分の嫌いなところを、弱さを見せられるという事だ。

なのに私はずっと強くあった。

弱さを見せず、強さだけを求めていた。

……そんな奴の隣に立ってくれる人なんているわけないのに。

私は逃げていたんだ。

自分の弱さから、自分自身から。

目を瞑って、耳を覆って、口を閉ざして。

だけどもう、それはできない。

目の前の逸見から逃げてしまったら、私は一生独りになってしまう気がするから。



389 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:32:03.57 ID:cEt2RuET0




まほ「……私は……私はっ……」



気が付くと私の呼吸は浅くなり、胸の高鳴りは心臓の許容を超えているかのように響いている。



私は今、自分の恥を晒そうとしている。

愚かな自分を、妹の友達に、後輩に。

もしもそれを口にして、受け止めてもらえなかったら。

私の中の何かが崩れてしまうかもしれない。

空気がまるで抵抗するかのように喉に詰まる。

声を出したいのに、体がそれを拒む。

そんな、泣き出しそうな私を逸見はじっと見つめて、





エリカ「大丈夫です。私は、あなたから逃げたりしません」




立ち上がり、目線を合わせてくれる。

夕日に照らされる銀髪が、まるで私を抱きしめるように暖かく煌めく。

その美しさが、暖かさが、こわばっていた私の体を解きほぐす。

それを逃さないよう息を吸って、肺の中を空っぽにする勢いで、


まほ「私はっ……!!」



390 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:33:45.43 ID:cEt2RuET0







まほ「怖いんだッ!!誰かの人生を、目標を、私の失敗で閉ざしてしまうのがッ!!期待に応えられない事がッ!!」






391 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:34:13.96 ID:cEt2RuET0





自分の弱さを吐き出した。





392 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:35:43.64 ID:cEt2RuET0



まほ「……大学の推薦がかかった先輩や、黒森峰で優勝することを夢見ている先輩。私についてきてくれる同級生。皆、各々の夢を、目標を持ってた。
   
   そしてそれらはみんな、私のミスで簡単に崩れてしまうのだという事を、私はようやく理解したんだ」



一度声を出してしまえばもう、止まらない。

懺悔の様に己の弱さをさらけ出していく。



まほ「中学の時はまだ良かった。負けたって、私が叱責されればそれで良かったのだから。だけど、高等部ではもうその言い訳はできない」



嗚咽が声を遮り、自分でも何を言っているのかわからなくなる。

だけど、逸見は何も言わずじっと、私を見つめ続ける。



まほ「どれだけ訓練を重ねても、どれだけ実力をつけていっても、どれだけ才能があっても、

   たった一つの過ちが、たくさんの人の未来を歪めてしまうかもしれない。私は……それが怖いんだッ!!」



私に語り掛けてくる先輩たちはいつだって優しく微笑んでいた。

同級生たちは皆、私ならできると背中を叩いてくれた。

その言葉は純粋な期待と、優しさにあふれていた。

なのに、それが怖くてたまらなかった。

そんな人たちの期待を裏切る事が、期待に応えられない事が、私の心を圧し潰そうとしてきた。



まほ「なぁ逸見……なんでみほはあんなに笑っていられるんだ。あの子だって沢山の重圧に潰れかけていたのに」



みほは、私と同じだったはずなのに。

西住流の娘だから、期待されて、勝利を求められて、圧し潰されそうだったはずなのに。

いつの間にかあの子は重圧を押しのけていた。笑顔で前を向けるようになっていた。

私は、何もしてこなかったのに。

一歩も進めなかったのに。



まほ「なんで、あの子には赤星や、お前のような弱さを認めてくれる友達がいるんだ……

   なんで、私にはお前たちのような理解者がいないんだ……なんで、なんで私はっ……!!」

393 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:36:31.78 ID:cEt2RuET0









まほ「こんなにも、弱いんだッ……」







394 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:37:05.17 ID:cEt2RuET0


私は逸見に縋りつくように膝をつく。

今度こそ、逸見は私を見下ろす形になる。

だけど私は見上げる事すら出来ず、ただ呻いてうつ向く事しかできない。

……なんて情けない姿だ。

これが、こんなのが、黒森峰の副隊長なのか。

こんな弱い存在が西住流の娘なのか。



まほ「戦車道だけが、私の存在理由なのにッ……」



誰かの期待に耐えられない。

そんな自分の本音すら無視してきた結果、私はこんなにも無様な姿をさらしている。



395 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:38:58.75 ID:cEt2RuET0





『……西住、結局お前は最後まで強かったな』






安斎、違うんだ。

私は、私はずっと弱かったんだ。

弱い自分を隠して逃げていただけなんだ。

いくら戦車道が強くても、黒森峰(ここ)に来てからそれが私の喜びになった事なんて無かった。

勝っても、勝っても、勝っても。

それが、誰かからの期待に、重圧になる事が怖かった。

だけど、それに気づかないふりをしていた。

それに気づいてしまったら、直視してしまったら、

『戦車道が強い自分』すら認められなくなったら、

私は、本当に空っぽになってしまう気がしたから。

396 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:40:18.84 ID:cEt2RuET0


『私、黒森峰に来て良かったかも♪』







もしもお前ががうつ向いたままだったら、私はそんな事気にも留めなかったのに。

戦車道だけが自分の存在意義だという事を、強い事が西住流の娘の義務であることを疑う事なんてなかったのに。

なのにお前は、血を分けた妹は、自分だけの道を探そうとしている。

戦車道だけじゃない、自分自身を。

踏み出す勇気すらなかった私には、そんなお前の姿が羨ましくて、妬ましくて、

強さしかない自分が惨めに思えて仕方がなくて。


397 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:40:52.82 ID:cEt2RuET0




エリカ「西住さん」



398 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:41:39.35 ID:cEt2RuET0


降りかかる声に、私は怯える子供のように見上げる。

逸見は無表情でじっと、見下ろす。



エリカ「私は、弱い人が嫌いです」

まほ「……」

エリカ「自分の弱さを誰かのせいにして、誰かの弱さで自分を慰めるような人間が大嫌いです」



感情の込められていないその言葉は、だからこそ、それが逸見にとって偽りのない本心なのだと思えた。



エリカ「弱い人は自分の道すら決める事が出来ません。そんな人のせいで強い誰かの道が妨げられるのが、私は我慢できません」



そうだ。私は、私の弱さで皆の未来を阻んでしまうかもしれない。

いつか、身勝手な嫉妬でみほに取り返しのつかない傷をつけてしまうかもしれない。

それは逸見にとって絶対に許せないもののはずだ。

そんな弱さを抱えた人間が、許されていいはずがない。

こんな弱い私が、誰かを導けるはずがない。

ならばいっそ、ここで。

全部否定してもらえるのなら。

私を、要らないと言ってくれるのなら。

逸見、お前がそう言ってくれるのなら。

みほを笑顔にしたお前が、あんなにも優しいお前が、そう言ってくれるのなら。





私は、ここで終わったほうがいい。




399 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:42:11.67 ID:cEt2RuET0




エリカ「だから、」



私を見下ろす逸見は、




400 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:42:56.47 ID:cEt2RuET0







エリカ「私は、私が大嫌いです」






401 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:43:31.11 ID:cEt2RuET0







今にも泣きだしそうな微笑みを浮かべた







402 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:44:38.66 ID:cEt2RuET0



まほ「え……?」

エリカ「西住さん、あなたは大丈夫ですよ」



逸見はしゃがみ込んで、呆然としている私の手を取る。

それはまるで幼子に語り掛けるかのように。



エリカ「弱い自分を認めて、知った風な口を利いてくる生意気な後輩に胸の内を明かせる。

    情けなくても、弱くても。あなたは、こんなにも強いじゃないですか」

まほ「逸、見……」

エリカ「大丈夫です。自分の弱さを認められるあなたなら、きっと」



…私は、彼女に何を言えばいいのだろうか

そんなにも泣きそうな顔で私を慰めてくれているのに、

私は何も言うことができない。

だって私は、逸見の事を何も知らないから

逸見がどんな人間か知らないから。

私はいつのまにか、逸見の内面まで知った気になっていた。

厳しくも、その内側には優しさを持っているのだと。

友情に篤く、強く、美しく。

それが逸見エリカという人間なのだと。

だけど、今の逸見はさっきまでの私よりも弱々しく、今にも崩れそうなほどで、

それなのに私の手を取ってくれている。

それは優しさだけでなく、まるで贖罪のようにも思えた。

403 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:45:04.71 ID:cEt2RuET0


まほ「逸見」

エリカ「はい」

まほ「なんで、お前は、私にここまでしてくれるんだ」



純粋な疑問。

逸見と私の付き合いはそれほど長く、深いものではないはずだ。

だというのに、彼女はこんなにも私を思ってくれている。

あんなにも泣きそうな顔で、微笑みかけてくれる。

だから問いかける。

私に、それだけの価値があるとは思えないから。



エリカ「……言った事無かったですっけ?私、あなたに憧れて黒森峰に来たんですよ」

まほ「私に……?」

エリカ「ええ」



逸見に手を引かれ、私は再びベンチに腰掛ける。

繋がれた手はなぜか繋いだままで、でもそれがとても暖かくて。

私の心に少し、平穏が戻ってくる。


404 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:45:40.07 ID:cEt2RuET0



エリカ「小学生の頃地元の小学生大会に参加したとき、あなたの試合を見た事があって」



逸見は少し気恥ずかしげにしながらも、だけど嬉しそうにそっと語りだす。

確かに小学生の頃、いくつかの大会に出た事がある。地元が同じである逸見がそれを見た事があるというのはおかしい話ではない。



エリカ「残念ながらあなたと当たることはありませんでしたが。……凄かった。一つしか年が違わないのに、強くて気高くて。

    その姿に、私もああなりたいって。強い学校で学びたいって。そう思ってここに来ました」



その頃はお母様が私に経験を積ませるためにとにかく手当たり次第に戦車道の大会に出場させていた時期だ。

でも……幼い頃のたった一度。それも私の試合を見たぐらいでそんな人生を決める決断をするだなんて……



エリカ「あ、今『その程度の事で』って思いましたね?」

まほ「ち、違っ……」



私の内心を察したのか、逸見はくちびるを不満げにとがらせる。だけど、その顔はすぐに綻ぶ。



エリカ「……ふふっ、わたしもその程度の事だって思います。でも……その程度で充分だったんですよ。私がここに来る理由は」



何の後悔もないという逸見の表情。


405 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:46:40.63 ID:cEt2RuET0



エリカ「私、昔から戦車が好きで、戦車道も戦車に乗れるから始めたんですよ。だから、正直戦車道の良さとか楽しさはよくわかりませんでした」



あんまりにもあっさりと言うものだから流しそうになってしまう。



まほ「え……?」

エリカ「バンバン撃って、ガンガン進みたいのに、作戦とか戦略とかが煩わしくて。地元のクラブもあんまり楽しくなくて」



あの逸見が、誰よりもひたむきに戦車道に取り組んでいる逸見が。

戦車道を楽しいと思えなかっただなんて。



エリカ「でもあなたの試合を見て、戦車道ってあんなに綺麗なんだって。あんなに――――楽しいんだって思えて」



あの頃の私はまだ、自分が背負うたくさんの重荷に気づいていなかった。

ただ目の前の勝負に勝ちたくて、そうするとお父様が、お母様が、みほが、嬉しそうにしてくれたから。

それが、嬉しくて。

……ああ、そうだ。あの頃の私は――――戦車に乗ることが、戦車道が楽しかったんだ。



エリカ「たぶん、あの試合を見なければ私は姉と同じ地元の公立校にでも進学していたと思います。

    戦車道だって、ただの趣味の延長ぐらいで終わっていたと思います。……いや、中学に上がったらもうしなくなってたかも」



逸見は、選ばなかった選択肢を少しだけ寂しげに語る。

その表情は何を思っての事なのか。私は推し量ることができない。

だけど次の瞬間、逸見の表情はパッと明るくなる。



エリカ「でもそうはならなかった。あなたの姿が、私の人生を変えました。

    戦車道がもっと強くなりたい。この競技で私の人生を満たしていきたい。って。

    あの程度の事で私、親に頭を下げて高い学費払ってもらって、受験勉強して、ここに来ました」



「まぁ、だからって追いつけたわけじゃないですけどね」。逸見はそう言うと夕焼け空を見上げる。



エリカ「勢いだけでここまで来ちゃいましたけど、私は後悔したことはありません。だって―――――私、今楽しいですから」


406 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:47:22.22 ID:cEt2RuET0



そして再び私を見つめる。

その瞳は宝石のようにキラキラと輝いていて、

その輝きはきっと、逸見だけのものなのだろう。

だから、私はこんなにも魅せられて、こんなにも惹かれて、

いつのまにか、絵本の続きをせがむ子供のように私は身を乗り出していた。



エリカ「だから感謝しています。あなたに出会えた事を。

    尊敬しています。あなたを……西住まほさんを」



真っ直ぐな視線。それは西住流の娘じゃなくて、私を見つめてくれていた。

その視線に耐えられなくて、私は顔をそむけてしまう。



まほ「……私はそんな事を言われるような人間じゃないよ。今だってこんなにも情けなくて弱い姿をお前に見せているのに」

エリカ「……ええ。おかげで確信できました。強い人は、弱さも持っているんだって」

まほ「……強くて、弱い」



口に含むように呟く。



407 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:48:00.01 ID:cEt2RuET0




『もっと、強くて、弱くなれ』


『あの子はきっと、今も気が弱いほうですよ――――だから強いんです』







……ああそうか。安斎が、逸見が言っていたのはこの事だったのか。

強いだけの心は簡単に折れてしまう。

弱いだけの心は簡単に崩れてしまう。

強さを抱きしめるための弱さと、弱さを守るための強さがあって初めて人は、『強く』なれるんだ。

安斎はそれを私に知って欲しかったんだ。

まだ向き直れない私に、逸見は語り掛ける。



エリカ「何度だって言います。どれだけ情けなくたって、どれだけ怖くたって、弱さを認められるあなたは―――――強い人です」



その言葉は、私が一番求めていたものだったのかもしれない。



408 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:48:29.38 ID:cEt2RuET0





『私の言葉の意味はお前が見つけろ!!そしたらきっと――――お前に必要なものがわかるはずだっ!!』






……うん、見つけたよ。私に必要なものが。

ずっとずっと目を逸らし続けていたものをようやく、私は受け止められたんだ。

それを受け入れてくれる人と、私は出会えたんだ。





409 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 18:49:18.55 ID:cEt2RuET0


隣に座る逸見を見つめる。

宝石のような碧眼に映り込む私は、とても穏やかな表情をしていて。逸見が握ってくれている手が暖かくて。

私は自然と逸見に感謝を伝える。



まほ「逸見……ありがとう。私の弱さを受け入れてくれて。私と、向き合ってくれて」

エリカ「……やめてください。私はただ、あなたの悩みに対してそれっぽい事を言っただけですよ」

まほ「……そうか」



やっぱりお前は、嘘が下手なんだな。



私と逸見はお互い無言で立ち上がる。

そして、向かい合う。



まほ「逸見。みほがお前と一緒にいる理由が、ようやくわかったよ」

エリカ「……早く独り立ちしてもらいたいものですけどね」

まほ「……ふふっ」



夕日が彼女の輪郭を輝きで縁取る。背中にまで伸びる銀髪がそれを受けて周囲を照らしそうなほどに煌めく。

海のように碧く澄んだ瞳が彼女の心の深さを伝えてくれる。

今日この日、私は初めて『逸見エリカ』と出会う事ができた。

誰かの言葉じゃない。私の目で、耳で、心で。

逸見のおかげで私は自分の弱さを認めることができた。

私を、取り戻せた。




まほ「……ねぇ」




410 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 19:01:56.53 ID:cEt2RuET0






なら、もう取り繕う必要は無い。

私は私として。





411 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 19:03:02.92 ID:cEt2RuET0


まほ「私、ずっとあなたの事誤解してたみたい」

エリカ「……西住さん?」

まほ「あなたは不良なんかじゃない。とっても頑固で、嘘が下手で、それ以上に――――優しいのね」

エリカ「……あら?私は元々優しいですよ。みほ以外には」



悪戯っぽく笑う逸見に、私も笑い返す。



まほ「ふふっ、そう。……みほは良い友達を見つけられたのね」

エリカ「だから私とあの子は友達じゃ……」

まほ「エリカ」

エリカ「え?」



そういえば、エリカって花の名前だったっけ。

見たことは無いけど、きっと……可憐な花なんだろうな。

呼びかける瞬間、そんな事を思った。




まほ「……あなた達が来るのを待っている」

エリカ「……はいっ!西住さんっ!!」

まほ「それと、」




嬉しそうに返事をするエリカ。

だけど、もう一つ言っておきたいことがある。

私だけじゃ不公平だから。

エリカにもっと私を知って欲しいから。

……みほ達にほんのちょっと対抗したいから。

412 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 19:03:36.77 ID:cEt2RuET0



まほ「まほでいい。西住さんじゃどっちの事かわからないからな。……またね、エリカ」



そう言って、私はエリカの返事を待たずに去って行く。

名残惜しそうに離した手の温もりを、ぎゅっと握りしめて。




エリカ「……まほさん、頑張ってくださいっ!!」



後ろからかけられる声。

私は振り向くことなく答える。



まほ「ああ。見ていてくれ」



413 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 19:05:33.81 ID:cEt2RuET0







人影の少ない帰り道、夕焼けが水平線に近づき影が伸びきる頃。

私は歩きながらそっと物思いにふける。




『私は、私が大嫌いです』




まほ「……」



その言葉にどれほどの意味が込められていたのか私に推し量ることはできない。

だけど、その泣きそうな笑顔に、今にも消えてしまいそうな儚い姿に、

どうしようもないくらい寄り添いたくなってしまう。

414 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 19:07:46.26 ID:cEt2RuET0


まほ「エリカ」



そっと呟く。

自分だけに聞こえるよう。

だけど、ここにはいない誰かに届く事を願って。



エリカ「私は……貴女に、隣にいて欲しい」



弱い私を包み込んでくれた貴女に

私をもっと知ってもらいたい。

自分を嫌いだと言う貴女を、私はもっと知りたい。

そしていつか、貴女にちゃんと自分を好きだと言ってもらいたい。

そうなったとき、私はやっと、貴女と分かり合える気がするから。

貴女が私を理解してくれたように、私も貴女を理解したいから。

理解者<トモダチ>に、なりたいから。



……だけど今は、目の前に集中しよう。

そうすればきっと、あの子は私を見ていてくれるはずだから。

来年、笑顔であの子たちを迎えられるから。

415 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 19:11:17.46 ID:cEt2RuET0


私は黒森峰学園高等部戦車道チーム副隊長、西住まほ。



とても、弱い人間だ。

でも大丈夫。

どんなに弱くても、それを認められれば、受け止められれば。

見ていてくれる人がいる。そんな私を強いって言ってくれる人がいるから。

私は、弱くて、強い人であろうと思う。



まほ「……」

立ち止まって空を見上げる。

夕日は水平線に接して、月がその姿を煌めかせ始めている。



私は今日という日を一生忘れない。

弱さも、強さも。私の大切な一部なのだとわかった今日を。

その二つを受け入れてくれる人と出会えた今日を。

私は絶対に忘れない。



まほ「……カレンダーに印でもつけておこうかな」



何となく呟いた軽口に自分で笑ってしまう。

そんな必要ないから。

忘れる事なんてないだろうから。

誰かが聞いたら大袈裟だと思うかもしれない。

だけど、そんなことない。

貴女が私にしてくれた事は、私の人生を変えてくれるだろうから。





だって、




416 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 19:12:51.22 ID:cEt2RuET0







まほ「私は、貴女に救われたから」






417 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 19:13:25.30 ID:cEt2RuET0







夕日が、私を抱きしめているような気がした






418 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 19:15:18.30 ID:cEt2RuET0
ここまで。
まほの口調は男口調だったり、女口調だったり、資料によってバラバラですけど、
このSSにおいては普段は男口調で、素を出したり、気を許していたり甘える時には女口調になるのかなーって感じで書いてます。

また来週。
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/04(土) 20:07:10.70 ID:huUN9d1z0
一周回ってエリみほの気配を感じる
バンバン話を進めてくれ
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/04(土) 20:15:30.27 ID:yU09ED+90
>>414の>エリカ「私は……貴女に、隣にいて欲しい」ってまほのセリフじゃないんですか?
あとカレンダーのくだりサラダ記念日だからとか言うのかと思いましたwwww
421 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/04(土) 20:23:14.01 ID:cEt2RuET0
>>420 おっとマジですね。

>>414   エリカ「私は……貴女に、隣にいて欲しい」
 
            ↓
      まほ「私は……貴女に、隣にいて欲しい」


上記のように訂正いたします。
422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/04(土) 21:41:11.78 ID:b0o/WEFh0
乙!
エリみほも良いがエリまほも尊い…
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/04(土) 22:26:19.89 ID:Ww2ZQ9e90
過去が分かれば分かるほど辛いな
これならまほも怒るよな
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/05(日) 01:21:33.39 ID:AcvkktPO0


まぁ、まほの怒りは「どれだけの人を傷つけてると思ってる」とあるし
よりによって一番親しかったみほが扮してるってのが大きいだろうな…
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/05(日) 01:32:18.11 ID:uwZAE0GQo
おつおつ
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/05(日) 09:25:02.44 ID:t2MOOYOZo
クレイジーサイコレズ…
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/05(日) 12:59:19.33 ID:6iNXJqmjO
随分刺々しいカウンセリングだなww
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/06(月) 00:07:16.94 ID:SUPyzb+u0
終わってないけど名作だわ
完結楽しみです
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 07:10:05.59 ID:8gUVSpPS0
もう本当このSS書ききったら、√分岐でエリみほまほトリオ(小梅もね)の最強黒森峰12連覇超絶ハーピーエンド√書いて欲しい。

大洗?知らねぇなぁ…
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 20:05:24.35 ID:crIoPbig0
或いは原作通りのみほ大洗転校ルートから何かの手違いで分岐した先がまほがママ爆弾をエリカに投げる世界だったりとか
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/08(水) 09:18:12.34 ID:o6pTOzjE0

女口調になったまほにドキッとする週末でした
普通にギャグ方面な短編をまたみてみたい
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/08(水) 15:49:01.89 ID:onK+gZhWO
お前ら中学生にしては早熟すぎだろ、、、と思うことなかれ、慶應とかの中等部生はまぎでこんなだからビビる。
そら人間としての経験が違うわ、、、
433 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:12:47.17 ID:K1R5xaRg0




中等部3年〜9月〜





黒森峰の母港にほど近い海沿いにあるホテル。

その大ホールの壇上に、私とエリカさんはいた。



みほ「えっと……」



私の言葉を会場の人たちは今か今かと待ちわびる。

その光景に圧倒されて、私は何を言えばいいかわからなくなってしまう。

そんな私の脇腹をエリカさんがみんなからは見えない位置で小突いてくる。



エリカ「さっさとしなさいよ。みんな待ってるわよ」



凛とした立ち姿を崩さず、私にだけ聞こえるようにそう囁く。

それに視線だけで謝って、深呼吸をする。

すると、会場にいる赤星さんが口だけを動かして「頑張ってください」と、伝えてくる。

……うん、大丈夫。ちゃんと練習したんだし。



みほ「……黒森峰学園中等部戦車道チームは今年も大会優勝という栄光を得ることができました。

   これも偏に隊員の皆さん、学校、OG、そして、地域の方々の協力があってこそです」



最後にこれだけ声を張ったのはいつだろうか。

相変わらず大きな声を出すのが苦手だ。

でも、今日は大会で頑張ったみんなを労うためでもあるパーティー。

私は隊長として、しっかりと務めを果たさないと。

434 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:16:25.73 ID:K1R5xaRg0



みほ「私たち3年生は来年度高等部に進学しますが、この経験を忘れず全国大会10連覇を目指して尽力することを誓います」



ここにいる大体の3年生は、そのまま高等部に進学する。

そして待っているのは前人未到の10連覇がかかった全国大会。

今年の9連覇ですらどこも成し得ていない偉業であるのに、10連覇となればかかる期待はそれ以上だ。

そのプレッシャーを私が感じていないわけがない。

怯えていないわけがない。

だけど、今は一緒に進学するみんなのために。

私たちを待っている先輩たちのために。



みほ「そして後輩の皆さんはこれから中等部を背負う自覚を持ってください。あなた達が、未来の黒森峰を引っ張って行くのですから」

 

私たちの背中を見る後輩たちのために。

情けない姿は見せない。

頼りない隊長だったかもしれないけど、偉そうに聞こえるかもしれないけど、

最後くらいはちゃんとした姿を見せよう。

震える手で持った杯を高く掲げる。



みほ「だけど今日は、ここにいる全員で勝利を祝いましょう。皆さん――――乾杯<プロースト>!!」



『乾杯<プロースト>!!!!!』



435 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:19:59.30 ID:K1R5xaRg0




すっかり暗くなったホテルの外。

海風が少し目に沁みるけど、大きな月と、それを写す海が綺麗で、瞬きすらもったいないと思ってしまう。

そんな中、一人歩く私は目当ての人を見つけて声を掛ける。



みほ「エリカさん」



海を見渡せる広場に、私の尋ね人はいた。



エリカ「あら、どうしたの?」



エリカさんは柵に寄りかかったまま、顔だけこちらに向ける。

なびく髪が、月光を反射して光の粒子をまき散らす。

相変わらず立っているだけでサマになる人だ。

瞬きさえ忘れてしまうほど。



みほ「どうしたのはこっちのセリフだよ。勝手にどっか行っちゃって」

エリカ「なんであなたにいちいち許可とらないといけないのよ」

みほ「もう、おかげで私一人でOGの人たちに挨拶する羽目になったんだよ!!」



一人に挨拶してはまた次に。それを何回も繰り返して折角のパーティーだというのに頭ばかり下げていたのだから不満も溜まろう。

せめてエリカさんがいてくれれば、そんな私の負担も減っただろうに。



エリカ「それぐらいあなた一人でやりなさいよ……挨拶回りは隊長の仕事よ」

みほ「うぅ……私がそういうのに向いてないって知ってるくせに……」

エリカ「だからでしょ。苦手は克服しないと」



エリカさんはそう言うが、その声色はいたずらっ子のようでエリカさんがワザと私を一人にしたのだとわかってしまう。

私の不満を感じ取ったのかエリカさんは私から視線を外し、再び海を見つめる。



エリカ「それにしても……よくここにいるってわかったわね」

みほ「ホテルの窓から、たまたま見えたから」

エリカ「そう。運が良いのね」

436 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:23:16.30 ID:K1R5xaRg0



ううん、違うよ。ほんとはたまたまなんかじゃない。

窓の外で、一人佇むエリカさんの姿は遠くからでも絵画のように美しくて、

きっと誰が見てもそこにエリカさんがいるってわかっただろうから。

正直自分でもよく飽きないものだと思うけれど、相変わらず月明かりの下のエリカさんはうっとりするほど綺麗で、

今そんなエリカさんの姿を独り占めしているのに罪悪感すら覚えてしまう。

そんな内心を振り切るために、話題を変える。



みほ「来年、どうなるかな」

エリカ「あら、もう弱気?さっきはあんなに偉そうな演説したのに」



まるで鬼の首を取ったように意地悪に笑いかけるエリカさん。

人の気も知らないで……



みほ「だって、あの場で弱気になったらエリカさん怒るじゃん……」

エリカ「ええ。でも、あなたはちゃんとやり切った。……良かったわよ。やればできるじゃない」

みほ「え?」



彼女は私を見て優しく、微笑みかけてくる。

いつもならそれだけで飛び上がりそうなほど喜ぶ私の内心は、困惑で満たされてしまう。

……今、エリカさんが褒めてくれた?

普段あんだけ嫌味ばっかなエリカさんが、私を。

驚いて目を丸くしている私を見て、エリカさんは「しまった」という顔をすると、



エリカ「あなたがいつもああだったら、私もいちいち嫌味を言わなくて済むのに」



そういっていつもの小馬鹿にしたような表情に戻る。

私はそれに、がっかりしたような、安心したような気持ちになってしまう。



みほ「嫌なら言わなければいいのに……」

エリカ「……そうね」



エリカさんは少し目線を下げて、まるで後悔しているかのように呟く。



みほ「エリカさん……?」


437 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:26:50.31 ID:K1R5xaRg0




一体どうしたのだろうか。今日のエリカさんはなんだかいつもと様子が違う。

どこか、釈然としない様子で、いつもの凛々しさが少し、薄れているように思えてしまう。



エリカ「ねぇみほ。あなたから見て、私はどう見える?」

みほ「え……?どうしたの急に」



突然の問いかけ。

いつだって他人の評価を気にせず、自分らしく真っ直ぐなエリカさんが、自分がどう見られているかを気にするなんて。

本当にどうしたのだろうか。



エリカ「……別に。なんとなくよ」

みほ「……私から見てエリカさんは」



でも、エリカさんが聞きたいというのであれば私は答えようと思う。

私が、エリカさんをどう思っているのかちゃんと伝えるいい機会だと思うし。

私はエリカさんをじっと見つめ、一言ずつ大切に伝えていく。


438 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:28:55.30 ID:K1R5xaRg0



みほ「誰よりも真面目で」



戦車道はもちろん、勉強も、毎日の生活態度も完璧なエリカさん。

それは誰にでもできる事じゃなくて、もちろん私にだって出来ていなくて。

尊敬してしまう。それほどの情熱を彼女はもっている。





みほ「綺麗で」



いつだって彼女の美しさは変わらない。

宝石のような碧眼が、透き通るような白い肌が、

月光のように煌めく長い銀髪が。

怒った顔も、呆れた顔も、笑った顔も。

全部全部、素敵で、見惚れてしまう。







みほ「優しくて」



自分の覚悟を踏みにじった私を見限らず、手を差し伸べてくれた。

私を慮って、行動してくれた。

私が再び戦車道を楽しめるようにしてくれた。

キツイ態度の裏に隠れた優しさが、私を救ってくれた。



439 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:30:01.76 ID:K1R5xaRg0




みほ「強い人だよ」



440 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:30:50.98 ID:K1R5xaRg0


真面目さを、美しさを、優しさを。それらを蔑ろにせず、全部を大事にできる強さこそ、エリカさんの本質なのだろう。



みほ「これが……私から見たエリカさんかな」



我ながら恥ずかしい事を言った自覚はある。でも、言い過ぎなんかじゃない。

私にとってエリカさんはそれだけの人なんだから。

何度聞かれても、同じ答えを返すと思うから。



エリカ「……そう」



だけど、エリカさんは返事をしたきり、無言で海を見続ける。

私は何かマズイ事を言ってしまったのではないかと焦ってしまう。



みほ「あ、あのエリカさん。私、何か変な事―――――」



その時、

海風が彼女の長い銀髪を揺らす

ほんの一瞬、彼女の横顔が月明かりに照らされる

いつだっておとぎ話のお姫様のように美しいエリカさんの横顔は

私が大好きな、月明かりの下のエリカさんの顔は



441 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:32:41.90 ID:K1R5xaRg0




苦悶と、哀しみに満ちていた



442 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:34:42.14 ID:K1R5xaRg0


みほ「……エリカさん?」



彼女の髪が再び横顔を隠す。

私が今見たのは何なのだろうか。

まるで、今にも泣きだしそうなあの顔は。

まるで、かつての私のような表情は。



私が恐る恐る声を掛けると、エリカさんはそっと、私に向き直る。

その表情は先ほどと何も変わらぬ凛としたもので、

月光から彫りだしたようなその容姿は私が見惚れたエリカさんのままで。



エリカ「まったく、恥ずかしい事言ってんじゃないわよ」



そして、いつものように私を小馬鹿にした様子で、

私のおでこをピシッとデコピンする。

その様子は何もおかしくなんかない、いつものエリカさんで。

なら、さっき私が見たエリカさんは―――――



小梅「あ、いたいた二人とも何してるんですか」



私の思考は横から投げつけられた声で遮られる。

プンスカ!という擬音が似合いそうな感じで声を掛けてきたのは、会場に残したままだった赤星さん。



小梅「もう、隊長と副隊長が会場にいなくてどうするんですか」

エリカ「この子はともかく、私は別にいいでしょう」



いや良くないよ。

忘れていたけど、私はエリカさんを呼びに来たんだから。


443 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:37:16.74 ID:K1R5xaRg0


小梅「何言ってるんですか、エリカさんがいないせいで私が後輩の子に詰められたんですよ『逸見先輩はどこですか!?』って」

エリカ「なんでその子は私の事をそんなに気にしてんのよ……」

小梅「そりゃあファンクラ……なんででしょうね?」

エリカ「今何か言おうとしてなかった?」

小梅「何のことでしょうか?」



慌てて誤魔化す赤星さん。

良かった……ファンクラブの事はエリカさんには内緒なんだから。

だってばれたら絶対解散を求められるだろうし。

まぁ、私はいつだってエリカさんのそばにいるから別にいいと言えばいいんだけどね?ふふん。



小梅「とにかく、もう戻りましょう。海風に長く当たってたら髪痛んじゃいますよ」



それはいけない。

私なんかはともかく、エリカさんの綺麗な銀髪が痛んでしまったら悔やんでも悔やみきれない。

私は慌ててエリカさんを連れて戻ろうと手を伸ばす。



みほ「エリカさん戻―――」

エリカ「そうね。なら、もう戻りましょうか」

みほ「あ……」



繋ごうとした私の手は宙を掴み、エリカさんは一人で歩いて行ってしまう。



みほ「……」



私の前を通り過ぎて行ったエリカさんの横顔は、髪に隠れて見えなくて、

そこに、さっきのエリカさんの表情が思い出されて。

私は何も言えなくなる。



小梅「……何かあったんですか?」



伸ばした手を胸の前で握る私を見て、赤星さんが心配そうに語り掛ける。



みほ「……ううん。何にもないよ。いつものエリカさんだった」

小梅「そうですか……」



赤星さんはどこか、納得していないようだったけど、私は気づかないふりをしてエリカさんの後を追う。


444 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:38:17.95 ID:K1R5xaRg0



きっと、あれは私の見間違いなんだろう

多分、エリカさんは体調が悪かったんだろう

だって、エリカさんがあんな表情するわけないもの

あんな、弱々しい表情をするわけないもの

エリカさんは素敵な人だから

私なんかよりもずっと優しい人だから

あんな、私みたいな顔するわけないから




強い人なんだから




445 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:38:57.52 ID:K1R5xaRg0






海風が私の後ろ髪を引いたような気がした





446 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/11(土) 19:39:41.44 ID:K1R5xaRg0
コミケ行きたかったです。

また来週。
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/11(土) 22:43:57.30 ID:kGECw7b4o
乙でした
始まったか
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/12(日) 02:44:26.26 ID:DEktlEBAO

こっからエリカの掘り下げもあるのか!
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/13(月) 16:17:46.01 ID:e7jbvXnoO
>>1ーシャ
自然体でこんだけフルアーマーメンタルなんてなぁ ないよ
気ィ張ってるよそりゃ みぽりん癒したげて!

最近>>1に触発されてきた
自スレ詰まっててエタりかけてんだけど なんとか続き書き出してみるよ
俺ももう一度まとめ常連に返り咲いてみせるぞ
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/14(火) 18:29:34.03 ID:9CtGdAsXO
何回も言われてそうだけど制作ガワはコレをアニメにすれば…
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/18(土) 21:24:42.37 ID:jtOtYdiB0
正直このSSが1週間で1番楽しみな事になってるんだけど、
今週分更新はまだなのかな?
452 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:29:35.08 ID:CqMCvVly0






中等部三年 〜10月〜





右を見ればボコ。

左を見ればボコ。

ベットの柄もボコ。

枕元にもボコ。



そんな私の部屋は今、過去最高の動員数を記録していた。



四角いテーブルの上座(この場合、扉から一番遠い窓側の席だろうか)に私。

対面にエリカさん、そして私から見て右側に赤星さんが。


エリカさんはテーブルに肘をついてむすっとした表情をしていて、

対する赤星さんは、嬉しそうににニコニコしている。

そして私は期待に胸を膨らませ、落ち着きなく体を揺らしている。



小梅「それじゃあ、始めましょうか。みほさんの誕生日パーティー」



そう、本日は私の誕生日パーティー。

場所はここ、学生寮の自室。

それほど大きくないテーブルには一人暮らしだとまずお目にかかれない色とりどりの料理と、

私の名前が書かれたケーキが鎮座していて、それだけでテンションが上がってしまう。



エリカ「ちょっとは落ち着きなさいよ」



そんな私を見て向かいのエリカさんは嗜めてくる。

声は出さないようにしてたんだけどな……



453 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:32:07.65 ID:CqMCvVly0


エリカ「そんなそわそわしてたら言わなくてもわかるわよ。もう、子供じゃないんだから」



口に出さなかった私の疑問をすぐ察する当たり、エリカさんが凄いのか私が分かりやすすぎるのか。

とはいえ、



みほ「まだ子供だよ……中学生だよ……」



エリカさんがやたら大人びているだけで15歳なんて子供も良いところだろう。

だいたい、生活費だって親からの仕送りでなんとかなっているのだから、子供であることを否定できないはずだ。

そう伝えると、エリカさんは回答を避け、「さっさと食べましょう」と赤星さんに目配せをした。

めんどくさくなったら逃げるのは子供のすることじゃないのかなあ……



小梅「エリカさん、お小言はそのくらいにして。ほら」



急かすエリカさんに赤星さんが耳打ちをする。

それに対して「……やらないとだめ?」と上目遣いで返すエリカさん。

私がどうしたのだろうと目をぱちくりさせていると、二人は襟を正して私に向き直る。




小梅「みほさん!」

エリカ「……みほ」




小梅「お誕生日おめでとうございます!!」

エリカ「誕生日おめでとう」



「イエー!!パチパチパチ!!」と口で言いながら拍手をする赤星さん。

それに対して「おめでとー……」とめんどくさそうに手を叩くエリカさん。

こうやって誕生日を祝福されるだなんて初めてで、

赤星さんに、エリカさんに祝ってもらえることが嬉しくて、私の目に涙が浮かんでしまう。



みほ「赤星さん、エリカさん……私、私……あ、ありがとうっ……」

エリカ「あーもう。泣くんじゃないわよ」



エリカさんに差し出されたハンカチで涙を拭い、少し赤くなった目でもう一度二人を見つめる。


454 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:33:39.65 ID:CqMCvVly0


みほ「二人とも、本当にありがとう」

エリカ「まぁ、良いわよこの程度」

小梅「できれば西住さんのお姉さんも呼びたかったんですけどね……」

エリカ「まほさんは国際強化選手の合宿に参加してるんだからしょうがないでしょ。遊んでる暇なんてないのよ」



「だから、あなたも変な事言わないの」赤星さんをそう嗜めるエリカさん。

一瞬こちらを向いた瞳に、その言葉がお姉ちゃんと……私を気遣ったものだとすぐに分かってしまう。

私は口には出さず、心の中でありがとうと呟く。



みほ「大丈夫だよ。お姉ちゃんが帰ってきたらまた家族でお祝いしようって言ってるし」

エリカ「なんだ。心配して損した」

小梅「やっぱり心配してたんですね?」



赤星さんのニヤニヤした視線にエリカさんは不満をあらわに睨み返す。

だけども赤星さんは全く堪えた様子はなく、エリカさんは鼻を鳴らし、「もういい」と私の方に向き直る。



エリカ「ほら、辛気臭いのはそこまでにして。さっさと食べましょう」



エリカさんの言葉に頷いて、私は目の前のから揚げを一つ頬張ってみる。

カリッと揚がりつつ、しっかりと味の染み込んだそれは、私が普段食べている惣菜よりも美味しく感じた。

その次にミニハンバーグ。小さいながらも口の中に広がる肉汁が、活力を与えてくれる。



みほ「……おいしい。赤星さんとエリカさん……料理上手なんだね……」

小梅「レシピ見ながらなんですから大したことじゃないですよ」

エリカ「普段作ってるのよりは手間をかけたけどね」



美味しいものはそれだけで気分が高揚する。

頬が緩んでしまう。

ましてやそれが私のために友人が作ってくれたものなのだからなおさらだ。



みほ「でも、食べきれるかな…」

エリカ「全部食べなくていいわよ。ちゃんとタッパー持ってきてるから何回かに分けて食べなさい」

小梅「エリカさん気が利きますね」

エリカ「……せっかく作ったんだから全部食べてもらいたいって思うのは当然でしょ」



そう言ってそっぽを向くエリカさん。

その態度が何だか可愛らしくて私と赤星さんはニコニコしてしまう。ニヤニヤかもしれない。

私たちの反応がうざったいのか、エリカさんは話題を変えようと台所に視線を向ける。

455 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:36:10.34 ID:CqMCvVly0


エリカ「それにしても……あなたのキッチン全然使った形跡がないんだけど?」

みほ「私……あんまり料理しないから」



基本スーパーの惣菜ばかりで、めんどくさい時は連日コンビニ弁当なんて日もある。

我ながら自堕落だと思うも、めんどくさいものはめんどくさいのだ。

私の自白にエリカさんは呆れたように脱力する。



エリカ「あなたねぇ……食事にはちゃんと気を使いなさい。高等部に上がったらもっと練習激しくなるんだから」

みほ「う、うん……」

小梅「まぁまぁ、お説教はそのぐらいにしましょうよ。今日はみほさんが主役なんですから」

エリカ「……そうね」



小言を言うエリカさんと、それを宥める赤星さん。

なんだかお母さんとお父さんみたいだなと、口に出さずに思った。

うちの家族が食卓に集まることはそんなにない。

お母さんは師範としての仕事があるし、お父さんもお父さんで腕利きの整備士としてあちこちを飛び回っているから。

だからこそ、家族全員揃った食卓はとても楽しくて、学校であった事や、何気ない話を聞いてもらうのが嬉しくてしょうがなかった。

それはたぶん、お姉ちゃんもだったのだろう。

普段あまりしゃべらないお姉ちゃんもこの時ばかりは饒舌になって、お父さんに話を聞いてもらおうとあれこれ日々の事を語る。

お父さんはそれを聞いて嬉しそうに頭をなでてくれる。

お母さんも、いつもの厳しさは残っているし小言もいうけれど、時折見せる柔らかな微笑みを私は見逃していなかった。

正直、お母さんに苦手意識を持っているのは否定できないけれど、もしかしたらそれは私の一方的なものなのかもしれない。

キツイ物言いのエリカさんが優しい人なように、お母さんも厳しいだけの人じゃ無いのだと思う。

……次の帰省の時は、お母さんと出かけられるといいな。

そんな事を思いながら私は箸を進めた。



エリカ「野菜もちゃんと食べなさいよね」




お母さんに小言を言われた。



456 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:41:24.36 ID:CqMCvVly0






楽しい時間は流れ、そろそろケーキの出番かなと期待をし始めた頃、

赤星さんがエリカさんにそっと耳打ちをする。

エリカさんはそれに仕方ないわね、といった表情で答えると部屋の隅に向かう。

そこにはエリカさんたちの上着や荷物が積まれていて、それを崩すと、ラッピングされた小さな箱と袋が出てきた。

その時点であれが何かを察し、そわそわしだした私を見て、赤星さんが嬉しそうに微笑む。



小梅「みほさん、誕生日と言えばなんでしょう?ヒントはプで始まってトで終わるカタカナ5文字です」



テレビの視聴者プレゼントクイズみたいな問いかけだね……



エリカ「馬鹿な事やってないで、さっさと渡しちゃいましょう」



「風情のない人ですね」と、赤星さん。

エリカさんは赤星さんに小さい方を渡すと、二人そろって私に向き直る。



小梅「みほさん、お察しの通りプレゼントです」

みほ「い、良いの……?」



恐る恐る尋ねる私に赤星さんは「何言ってるんですか」と微笑む。



小梅「誕生日パーティーは、プレゼントまでセットですよ」

みほ「で、でももう料理もケーキももらったし……」

小梅「あーそういうのいいですからっ!」



じれったいと言わんばかりに私の言葉を遮って、赤星さんは手に持った箱をずいと差し出してくる。



小梅「私からのプレゼントはこれです。はい、どうぞ」



差し出された小箱のラッピングを解いて箱を開けると、カラフルで可愛らしいお菓子たちがあらわれる。




みほ「わぁっ!?マカロン!!良いの!?これ、高かったでしょっ!?」

小梅「お世話になってる人のお祝いぐらいちゃんとしようかなって。みほさんマカロン好きって言ってましたし」

みほ「ありがとう赤星さんっ!!」

小梅「いえいえ、喜んでもらえて何よりです。……それじゃあ」



赤星さんはちらりと隣のエリカさんを見やる。

エリカさんはその視線にそっぽを向いて返すと、一歩私に近づく。

457 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:43:16.21 ID:CqMCvVly0


エリカ「みほ。その……」

みほ「エリカさん……?」



綺麗にラッピングられた袋を大切に、優しく抱いているエリカさんは、緊張なのか唇をぎゅっと結び、恥ずかしそうに頬を染める。

そして何か言おうとして口を開くと、また閉じる。

どうしたのだろうと私が怪訝に思っていると、エリカさんは助けを求めるかのように隣の赤星さん視線を送る。



エリカ「……やっぱり赤星さんが渡してくれない?」

小梅「何言ってるんですか。ほら、エリカさん」



パンッ!と背中を叩かれ、エリカさんはしぶしぶと言った様子でもう一度私を見つめる。

私の視線に、エリカさんは何度か目線を逸らす。

そして深呼吸をすると、意を決したように、その瞳から揺らぎが消える。



エリカ「……みほ、誕生日おめでとう」

みほ「……うん」



シンプルなお祝いの言葉。

どこか不満げなそれは、だけどエリカさんなりのお祝いなのだと感じ取れた。

嬉しくて微笑むと、エリカさんは恥ずかしさのせいか、また私から視線を逸らす。



エリカ「まぁ、あれよ。あなたも一つ年を重ねたんだから、もっとシャキッとしなさい……ってことよ」

小梅「もう……素直じゃないなぁ……」



呆れたような赤星さんの言葉にエリカさんは「うるさい」と目だけで返す。

そして、今度は抱えているモノに目を落として、そっと私に差し出してくる。


エリカ「……ほら、さっさと受け取りなさいよ」

みほ「エリカさん……プレゼント、用意してくれたんだ……」

エリカ「……まぁ、さすがに3年の付き合いになるとね。ちょっとぐらい祝おうって気持ちが出るのは否定できないわ」



素直さからは程遠いエリカさんの物言いに赤星さんは「この人は……」と再び呆れる。

私は差し出されたプレゼントを恐る恐る受け取って、そのまま先ほどエリカさんがそうしていたように大切に、優しく抱きしめる。



みほ「ありがとう。……開けても良い?」

エリカ「当たり前でしょ」

458 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:45:35.27 ID:CqMCvVly0


エリカさんの言葉が言い終わるや否や、私はそっとリボンを解く。

その中には、私が良く知っている、大好きな、あの子が入っていた。




みほ「ボコだぁっ!!」

エリカ「一気にテンション上がったわね……」

小梅「みほさん、本当にその熊さんが好きなんですね」



嬉しくて飛び跳ねんばかりな私。

電灯に透かすようにボコを掲げ、その隅々までじっくりと見つめているとあることに気づく。



みほ「……あれ?このボコ黒森峰の略帽かぶってる。それに包帯の巻き方も見たことない。こんな種類あったっけ?」



「そんなんわかるのね……」と呆れか驚きかよくわからない反応をするエリカさん。

いやわかるよ。私のボコへの愛がどれほどのものなのか、ボコ講座をしつつ教えてあげようかと思っていた時、

赤星さんがニヤニヤとエリカさんに視線を向ける。



小梅「無いと思いますよ?だって……」

エリカ「……」

みほ「どういう事?」



赤星さんの視線の先で、むすっとした表情で腕を組んでるエリカさん。

私の問いかけに赤星さんはクスクスと笑いながら。でも嬉しそうに語り始めた。



小梅「この間寄港したときにエリカさんとプレゼントを探したら、『ボコをボコって君だけのボコを作ろう!!ボコボコキット!!』っていう悪趣……意欲的なものがありましてね」

みほ「そ、そんなのあるのっ!?どこに売ってたのっ!?」



食いつく私に、赤星さんは視線を右左にと泳がせた後、エリカさんの耳元にぼそぼそと語り掛ける。



小梅「えっと……――――どうしましょう、投げ売りされてた最後の一個だからもうないって伝えますか?」

エリカ「……黙っておきましょう。わざわざ希望を潰す必要もないわ。投げ売りをプレゼントにしたってのも人聞きが悪いしね」

小梅「ですね……まぁ、元々妙に強気価格だったのが投げ売りで手ごろになっただけですし」



会話の内容が聞こえず、きょとんとしてる私に赤星さんは申し訳なさそうな表情で手を合わせる。



小梅「ご、ごめんなさい。適当にふらついてたら見つけたものなんでどこで買ったってのはちょっと覚えてなくて……」

みほ「そっかぁ……でも、嬉しいよっ!!でも、ボコに黒森峰の略帽セットがあったんだね」

小梅「あ、それはですね」

エリカ「余計な事言わないの」



赤星さん口に手をやるエリカさん。

でもすぐにその手はどけられてしまう。

459 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:47:36.91 ID:CqMCvVly0



小梅「余計な事じゃありません。……みほさん、その略帽はエリカさんの手作りなんですよ」

みほ「えっ!?て、手作りっ!?」



驚いて腕の中のボコを見てみると、確かに既製品にしては略帽の縫い目が荒いように思えた。

で、でも……手作りって……

驚いて何も言えない私に、エリカさんは居心地悪そうに顔を背ける。



エリカ「……別に、大したことじゃないわよ。キットものをただ作るのもつまんないと思っただけ。だから――――」

みほ「エリカさんっ!!」



そんなエリカさんの様子なんてお構いなしに、私はエリカさんに抱き着く。

先ほどボコを抱えていた時とは違う、大事に、力強く。



エリカ「ちょっ!?な、なによ急にっ!?」

みほ「ありがとうっ!!大切に……一生大切にするからっ!!」



突然のハグにあたふたしていたエリカさんは、私の言葉を聞いてどう思ったのか、

私を引きはがそうとしていた腕をそっとおろす。



エリカ「そこまで気負わなくていいわよ……」

みほ「ううん、大事にする。ダメって言われてもね」

エリカ「……そ。まっ、勝手にしなさい。……喜んでもらえたならそれでいいわ」



ポンポンと私の背中を叩くエリカさん。

子供っぽい扱いだと思ったけれど、エリカさんなりの喜びの表現なのだと納得して、私はより強くエリカさんを抱きしめる。

鼻腔を花のような香りが通り抜ける。

洗剤の匂いか、シャンプーの匂いか、はたまたエリカさん自身が花なのか。

エリカさんの体温を肌で感じて、その香りに包まれて、私の意識は私の体を離れていきそうになる。


パシャリ


そんな私の意識は耳に飛び込んで来たシャッター音によって現実に引き戻される。

驚いて音の来た方を見ると、嬉しそうに、ニヤニヤとカメラを構えた赤星さんがいた。


460 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:50:10.80 ID:CqMCvVly0



エリカ「ちょ、あなたなに撮ってんのよ」



慌てるエリカさんの言葉に、カメラを掲げて返事をする赤星さん。

あのカメラは……確かオクトーバーフェストの時も使ってたもので、赤星さんがお小遣いをためて買ったと嬉しそうに語っていたのを思い出す。



小梅「美しい友情の一ページですよ?シャッターチャンスじゃないですか」

エリカ「あのねぇ、こういうのは記憶に残すのが美しいのよ」



ため息交じりに咎めるエリカさんに赤星さんはノンノンと指を振って反論する。



小梅「思い出は、記憶の中だけじゃなくてちゃんと形にしておくべきなんですよ。
   
   記憶の中の想い出はいつかは薄れてしまいますけど、ちゃんと形に残すことでいつまでも私たちの依り処になってくれますから」



「だから、カメラはこんなにも進化したんですよ」。そういって再びレンズを覗く。



みほ「赤星さん!」

小梅「ええ、現像したら渡しますね」



さすが赤星さん。私の要望を言葉にせずとも感じ取ってくれた。

私は彼女の手を取りブンブン振って感謝と感激を伝える。



小梅「それじゃあついでに、3人で記念写真も撮っておきましょうか」



そう言ってミニ三脚を取り出した赤星さんに、エリカさんが心底めんどくさいという顔をする。



エリカ「別にいいでしょうよ。これで最後ってわけじゃあるまいし」

小梅「あれ?来年も祝ってあげる気マンマンですね?」

エリカ「……言葉の綾よ」



照れたように取り繕うその姿に思わず微笑ましさを感じてしまう。

それは赤星さんも同じだったようで、



小梅「ふふっ、そうしてあげます。それじゃあ撮りましょうか」



鼻歌混じりにカメラをセットする赤星さんの背中を見て、エリカさんは観念したようにため息をついた。




461 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 21:57:38.80 ID:CqMCvVly0






小梅「あ、そうだ聞いておかないと」



写真も散々とって、料理もケーキも堪能して、そろそろお開きかなと寂寥感が胸の内を満たし始めた頃、

お皿を洗っていた赤星さんが唐突につぶやいた。



みほ「何が?」

小梅「エリカさんの誕生日っていつですか?」



その問いかけはお皿を運んでいる私を通り過ぎて、テーブルを拭いているエリカさんに投げられる。

エリカさんの誕生日。

それは、私も前々から知りたかったことだ

何度か聞いたことはあるものの、「なんでそんな事教えないといけないのよ」と素っ気なくされてしまっていたのだ。



エリカ「なんでそんな事教えないといけないのよ」



そしてやはりと言うべきか、エリカさんは赤星さんの問いかけに対して素っ気なく、視線を向けることもなく返す。



小梅「何言ってるんですか。祝った側が次は祝われるのはもはや義務ですよ。拒否権はありません」



皿洗いを終えた赤星さんは手を拭きながらエリカさんの前に正座する。

その強い口調にエリカさんは思うところがあったのか、テーブルを拭く手を止める。



みほ「エリカさん……私も、エリカさんの誕生日お祝いしたいよ」



私も赤星さんの隣に正座して、エリカさんをじっとみつめる。

これで言わないのであれば泣きついてやろうかと思うほどの情感を込めて。

それ受けてエリカさんは2度3度視線を左右に動かし、



エリカ「……3月6日」


ポツリとつぶやいた。


462 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 22:00:38.28 ID:CqMCvVly0


小梅「……エリカさんって、早生まれだったんですね」

エリカ「この年になるとあんま変わらないわよ」

みほ「つまり、この中で一番年下なのがエリカさんって事だね」

エリカ「……そう言われるのが嫌だったから言わなかったのに」



唇を尖らすエリカさんの姿は、なんだかいつもより可愛らしく思えて、私は少し調子に乗ってしまう



みほ「お姉ちゃんって呼んでも良いよ?」

小梅「小梅お姉ちゃん。リピートアフタミー」

エリカ「ぶっ飛ばすわよ?」



にこやかに拳を握るエリカさんを見て、私たちは正座の姿勢を最大限に活かした平身低頭への姿勢移行で許しを請うた。



エリカ「……私の姉は一人で充分よ。あなたがそうなようにね」



その言葉に顔を上げるとエリカさんはベッドに腰を掛け、すっかり暗くなった窓の外に視線を向けていた。



みほ「……エリカさんのお姉ちゃんってどんな人なの?」

小梅「それ、私も気になります」




エリカさんのお姉ちゃんなのだから綺麗な人なのは間違いがない。

性格も似通っているとしたらツンツン姉妹だね。

そんな益体もない事を考えながら返答を待っていると、エリカさんは苦笑交じりに答える。



エリカ「……構いすぎて猫と妹に嫌われるタイプね」



ああ……エリカさん、苦労してたんだなぁ……

言葉の端からにじみ出る思い出し疲れに私たちはエリカさんの苦労を偲んだ。



エリカ「あなたが羨ましいわ。あんな良いお姉さんがいるのだもの」


463 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 22:03:00.67 ID:CqMCvVly0



私にそう言って、再び窓の外を見つめる。

確かに、私から見てもお姉ちゃんは良いお姉ちゃんだけど、エリカさんのお姉ちゃんは、エリカさんにとってはいいお姉ちゃんではなかったのかな……

でも、エリカさんみたいに綺麗な妹から嫌われているのは、ちょっと気の毒だな……

会ったこともないエリカさんのお姉ちゃんに少し同情していると、ふと気づく。

エリカさんの視線は、先ほどから窓の外を見つめたまま動いていない。

だけど、その瞳は夜空を見上げているわけではない。ならば何を見ているのか。

たぶん、エリカさんが見ているのは空の向こう、海の向こうの、エリカさんが最も長い時間を過ごしてきた場所。

優しく、懐かしむようなその表情は、その場所が彼女にとって大切な場所なのだと一目で感じさせる。



みほ「……エリカさん」

エリカ「何よ」

みほ「お姉ちゃんの事、大好きなんだね」

エリカ「……帰省するたびに猫かわいがりされるのは大変よ?」



私は思わず笑ってしまう。

だってエリカさんは相変わらず素直じゃないんだもの。

私は、『お姉ちゃん』としか言ってないのに、エリカさんは自分のお姉ちゃんの事なのだと思ったのだから。

それだけで、言葉にしていない思いが充分に伝わってくる。



小梅「エリカさん、家族にもそんな感じなんですね」

みほ「ねー」



赤星さんも同じことを思ったようで、クスクスと笑う。

きっと、エリカさんのお姉ちゃんも同じように思っているのだろう。

姉からすれば、こんなにも可愛らしい妹を可愛がるな、なんて無理なのだから。

顔を見合わせて笑う私たちを見て、エリカさんは唇を尖らせると、

「うるさいわよ」と、私たちの額にデコピンを叩き込んだ。


464 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 22:06:49.00 ID:CqMCvVly0





楽しい時なんて一瞬で、今度こそパーティーは終わりを告げ、エリカさんと赤星さんも帰る時が来てしまった。



小梅「それじゃあみほさん。また明日」

エリカ「さっさと寝なさいよ」



口々に別れの言葉を言ってくる二人に、私は胸の内の寂しさが出てこないようあえて明るく振舞う。



みほ「二人とも、今日はありがとう!!」

小梅「良いんですよ。私も楽しかったですから」

エリカ「感謝してるのなら、戦車道で返しなさい」



笑顔でこちらを気遣った返事の赤星さんに対して、無表情のエリカさん。

隣に立つ赤星さんの「この人はもうちょっとこう、柔らかい言い回しができないんでしょうか……」という呟きははたしてエリカさんにどう受け取られたのか。

私の言葉を待たず、もう言いたい事は言ったと言わんばかりに、エリカさんはそのまま扉を開いて振り向きもせず出ていく。

赤星さんは私に軽く手を振った後、その後を追っていく。

外にまで見送りに行こうかと一瞬体が動くも、それを無理やり押しとめる。

もう少し、もう少しと、二人の家にまで見送ってしまいそうだから。

その後、一人で帰る自分を想像したら寂しさに圧し潰されそうだから。

扉が閉まり、二人の足音が遠ざかっていき、それも聞こえなくなる。

そうなってようやく私は、無理やり釣り上げていた頬と唇を降ろすことができた。

少しこわばった筋肉を指先でほぐしながら、私は大きなため息をつく。

作り笑いなんて随分久しぶりだった気がする。

それこそ、1年の時以来だろうか。

エリカさんと出会ってから、私の表情から作り笑いが無くなった。

楽しい事を、悲しい事を、怒ったことを、喜んだことを。

しっかりと声と顔と行動にだせるようになった。

でも、だからこそ。

今日みたいに大切な人たちと過ごす時間を全力で楽しめる分、寂しさもひとしおになってしまう。

それはまるで大きな波のように、私にたくさんの喜びを抱かせ、それが引いていくように私の奥底の寂しさを露わにしようとする。

だから、踏ん張って作り笑顔で二人を見送った。

せっかく祝ってくれたのだから最後まで笑っていたいから。

465 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 22:14:40.67 ID:CqMCvVly0


みほ「……帰っちゃったな」




玄関から見える私の部屋は、すっかりいつも通りになっていて、ただ2つ、テーブルに乗せられているプレゼントだけが、二人がいた事を教えてくれる。

物寂しさを振り切るために、このままシャワーも浴びずに寝てしまおうかと考えるも、テーブルの上のボコが、「ちょっと付き合えよ」と語り掛けてきたような気がして、私は下座に腰を下ろす。

テーブルのボコをどけて、まずは赤星さんがくれたプレゼント、マカロンの箱を開けて覗き込むように見てみる。

カラフルな色彩が、私はここだよと主張するかのように目に飛び込んできて、私はその中から一つ、ピンク色の子を選んで口元に運んで一口齧る。

舌先が触れた瞬間、刺激的なまでの甘さが広がり、多幸感が私の脳内を満たしていく。

それに導かれるように、残りを全部口に放り込む。

もったいないなと思いつつも、好きなものはもったいないぐらいが丁度良いのかもしれない。なんて。



みほ「でも、あんまり遅くに食べると太りそうだな……」



ティッシュで口を拭い、もう一ついってみる?と自分に悪魔の囁きをしてみるも、乙女の本能がそれを強く拒む。

この程度でと思うかもしれないが、もしもマカロンの食べ過ぎでお腹周りが出たなんて言ってしまえば、赤星さんは気に病むだろうし、

エリカさんは指さして笑ってくるだろう。

なので、赤星さんからのマカロンは少しずつ食べていこうと思う。一つ一つ味わって、もったいないぐらいに。

私は箱を閉じて手を拭くと、今度は隣に座らせていたボコを拾い上げる。

相も変わらず愛らしいその姿は包帯と眼帯で着飾り、ますますその魅力を増している。

何よりもその頭上に鎮座する略帽が、アンバランスなようで、弱くても強い信念を持っているボコというキャラクターに対して、ある種正解を導き出しているように思えた。

エリカさんがボコの事をどれだけ知っているのかはわからないけれど、知らないでこれを作ったのだとしたら凄い事だ。



みほ「エリカさんはボコマスターだね」



そうつぶやきながらボコの感触を楽しむ。

手足をチョコチョコ動かして、その愛らしい姿を楽しんでいるうちに、これを作った人の顔が鮮明に思い浮かんでくる。

エリカさんが私のために手作りしてくれたボコ。

私の好きなものを大切な人が作ってくれたという事実が、私の心に燃料をくべ、大きく燃え上がらせる。

もふもふと感触を確かめるだけだった指先にだんだんと力が入っていって、



みほ「ああっ……ボコっボコっボコっ!!」



やがて我慢できなくなった私はボコを抱えてシングルベッドに飛び込むと、落ちないように右左とゴロゴロし始める。

先ほどまでの寂しさはどこかに行って、嬉しさに体がはち切れそうになっていた。



みほ「ボコは凄いよねー可愛いよねーボコだものねー」



明瞭に不明瞭な言葉を語りかけて、勢いのままボコを抱きしめると、訳も分からない興奮が脳内を駆け巡る。

天井に向かって放り投げたり、それなりに鍛えた背筋を活かしてブリッジしたり、

あんまりにも、奇っ怪な様子で、誰かに見られていたら私は学園艦から夜の海に飛び込むかもしれない。

でも、今、この部屋には私ひとり。何を遠慮する事があろうか。

ブレーキをかけず、アクセルを踏みぬく勢いで私はボコをぎゅっと抱きしめる。
466 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 22:16:13.83 ID:CqMCvVly0



みほ「でもあなたは特別可愛いねーっ、だってあなたはエリ――――」

エリカ「なにしてんの……」




突然の聞き知った声。

コンマ一秒もかからず飛び起きて声の方向を見ると、珍獣を見るような瞳でこちらを見るエリカさんがいた。



みほ「え、エリカさん?なんで?」



油の切れた機械のようにギクシャクしている私の様子に気づいていないのか。エリカさんは頬をかきながら、視線を斜め上に向けている。



エリカ「いや、忘れた事があって……。勝手に入ったのは悪かったけど……ていうかチェーンぐらいしなさいよ。いくら学生寮だからって不用心にもほどがあるわ」

みほ「あ、あーうん。気を付けるよ」



いつもの様に小言を言うエリカさんに対して、汗が吹き出し視線がフラフラと彷徨う私。

なんてことだ、とんでもない痴態を見せてしまった。

いや、ボコを愛でていたのが問題ではない。

『エリカさんからもらった』ボコを愛でていたのが問題なのだ。

数刻前に自分がプレゼントを渡した人間が、そのプレゼントを抱きしめながら『可愛い可愛い』と語り掛けてゴロゴロと狭いベッドを右往左往している様子を見て、

何も思わないのであれば多分その人は機械生命体かなんかだろう。

はしゃぎすぎたっ……いくらエリカさんから貰ったからってはしゃぎすぎたっ……

いや、その前に鍵締めとけば良かったっ……

ていうか扉が開く音くらい気づいてよ私っ……

今さらな後悔にこのまま窓を突き破って学園艦からのダイブを敢行しようかと考えていると、

エリカさんがじっと私の腕の中のボコを見つめていることに気づく。



エリカ「それにしても……あなた本当にそのクマさんが好きなのね」

みほ「え?あ、う、うん!大好きだよ!!」



先ほどの醜態について特に言及しようとしてこない様子に、私はこのまま話を逸らしてしまおうと全力で答える。



エリカ「何が良いんだかわからないけど、こんだけ沢山あるのに」

みほ「ど、どのボコも違うの。みんな違ってみんないいんだから」

エリカ「ふーん、何が良いんだか」
467 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 22:25:43.79 ID:CqMCvVly0


どうでもいいように呟くエリカさん。

む、その言葉は聞き捨てならない。

あれだけのボコを作れるエリカさんが、その魅力を理解していないだなんてボコ界の損失だ。

私は端的に、かつ分かりやすくエリカさんにボコをプレゼンしようと声を上げる。



みほ「ボコはどんな相手にでも立ち向かうけど弱いからボコボコにされちゃうのっ!」

エリカ「……それのどこがいいの?かっこ悪いだけじゃない」

みほ「いいのっ!それがボコだから!」



力強い私の言葉にエリカさんもボコの良さを理解してくれたのか、そっと微笑む。



エリカ「……なら、ファンのあなたもその子を見習って、もうちょっと強気になりなさい」

みほ「う……そ、それはいいかな……」

エリカ「なんでよ?」

みほ「だって……私には、エリカさんがいるから」



その言葉を口にしてから、不味い事を言ってしまったと気づく。

エリカさんが、甘えるようなことを許すわけがないのに、

浮かれていたせいで、私の口から重さが消えてしまっていた。

折角の誕生日なのにまた小言を言われるのか……

そう思いつつ、それがエリカさんの良さなのだから仕方がないと覚悟を決めて目をつぶるも、

お説教は飛んでこず、どうしたのだろうと恐る恐る目を開くと、

エリカさんはじっと、私を見つめていて、その瞳は優しくて、微笑みを称えている口元が

ゆっくりとその形を変える。



エリカ「……しょうがない子ね」

みほ「え……?」

468 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 22:26:25.78 ID:CqMCvVly0


その言葉の意味を、一瞬理解できなかった。

エリカさんのセリフを頭の中で反芻することでようやく、エリカさんが怒っているわけではないと分かり、

それがまた違和感と疑問を呼んで私はあっけにとられたままになってしまう。

そんな私を見て、エリカさんは怪訝な顔をする。



エリカ「何よ」

みほ「……怒らないの?」

エリカ「怒られたいの?」



私は風切り音を立てながら首を左右に振る。



エリカ「なら変な事気にしてるんじゃないわよ」



そう言ってエリカさんはじっとこちらを無言で見つめ、部屋に静寂が戻ってくる。

エリカさんのまるで、私を測っているかのような視線に居心地の悪さを感じ、

私は何でも良いから話題を振ろうと、声を出す。




みほ「……エリ――――」

エリカ「みほ」



呼ぼうとしたエリカさんの名前は、それよりも強く出された私の名前によって遮られる。



エリカ「……今日はあなたの誕生日よ」

みほ「う、うん」



先ほどまでそれを祝っていてくれたのに一体どうしたのだろう。



エリカ「誰だって生まれたからには祝福されるべきだわ。相変わらずダメな子でもね」

みほ「エリカさん?」


469 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 22:27:48.80 ID:CqMCvVly0


エリカさんは視線を落として、口に含むように語る。

それはまるで、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。

私がいまいち状況を理解できていないのに、エリカさんは決意を固めたように私を見つめる。



エリカ「だから、まぁ、今日ぐらいは」



ため息交じりの言葉と共に、エリカさんは胸の前で手をぎゅっと握る。



エリカ「きっと、あなたはこれから間違えるんでしょうね。いらん事言って私を怒らせて、変な事言って周りを戸惑わせて、授業中に居眠りして、コンビニに長居して」



小言のような内容なのに、まるで慈しむように



エリカ「頑固なあなたはきっと、誰かの言葉に耳を傾けず突っ走る時があるんでしょうね。その結果、誰かに迷惑をかけて落ち込むんでしょうね」



呆れたような言葉なのに、どこか嬉しそうに



エリカ「その度に、誰かがあなたを怒るんでしょうね。でも……それで良いのかもね」



エリカさんはそっと髪をかきあげる。

花のような香りが目の前の私にまで届いてきて、私の胸の温度が少し上がる。

「みほ」。彼女が、呟くようにその名を呼ぶ。

大きく息を吸って、どこまでも深く、透き通るような碧い瞳で私の視線を釘づけにして、


470 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/08/18(土) 22:29:28.84 ID:CqMCvVly0


エリカ「あなたは一歩ずつ歩みなさい。正解も、間違いも。全部踏みしめて進みなさい。まほさんや、赤星さんが。間違いを正してくれる人があなたにはいるわ。

    あなたを否定する人間が、ここにいるわ。だから、安心して間違いなさい。……ムカついたらぶっ叩いてあげるから」



最後の一言は冗談めかして、悪戯っぽく笑いながら。

なのに、やっぱり恥ずかしかったのかエリカさんはすぐにそっぽを向いてしまう。

私が何も言えずにいると、エリカさんは咳ばらいを一つして、一歩私に近づいてくる。

揺れる銀髪が、揺るがぬ碧眼が、月光のような美貌が。逸見エリカという人間を私に教えてくれる。



エリカ「誕生日おめでとう。今日という日を、私は祝福するわ」



その言葉に嘘なんて一片も感じられず、柔らかな微笑みが、私を抱きしめてくれる。

理解なんて超えた感動の奔流が私の言語野の機能を埋め尽くし、私は吐息でしか返事をできなくなってしまう。

呆然とする私を放って、エリカさんは満足したように玄関へと向かっていく。

無理やり自我を引き戻し、その背中を追いかけると、既にエリカさんはドアノブに手をかけていて、



エリカ「最後に」



何か言おうとしてもただ大きく呼吸をするばかりになってしまう私に、視線だけ向けて、



エリカ「作り笑いするならもっとうまくやりなさい。……あんまり心配させるんじゃないわよ」


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