【たぬき】佐久間まゆ「さくまあそばせ」

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1 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:30:51.12 ID:VRvB94mS0

 モバマスより佐久間まゆと小日向美穂(たぬき)達のSSです。
 独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。


 前作です↓
【たぬき】城ヶ崎美嘉「腹ぺこ悪魔とまんぷく小悪魔」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527526941/

 最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1529512250
2 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:33:09.61 ID:VRvB94mS0

【 ♡まゆ日記♡ 】


 やっと見つけました。

 これはきっと運命。

 私はあなたと出会うために生まれてきたんです。
 今行きますね。
 たくさんたくさんお話をしましょう。
 今まで出会えなかった空白を、たっぷり埋めてあげましょうね。

 待たせてごめんなさい。

 16年間、とっても長かったですよね。


 ――ねぇ?


                     〇〇月××日
3 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:35:36.11 ID:VRvB94mS0

 ◆◆◆◆


 佐久間まゆ、16歳。宮城県仙台市出身の高校生。
 9月7日生まれの乙女座で血液型はB。
 趣味は料理と編み物、地元ではロリータ系の読者モデルをしており――

 履歴書からちらと視線を上げ、正面の彼女を見る。

 最初に事務所で出会ってからほんの三日後のこと。
 キャリーケースをころころ引き、左上から右下までびっちり埋めた履歴書を携えて彼女が来た。


「えぇ〜っと、つまり……君もアイドルを?」
「はい♡」

 パイプ椅子に姿勢よく座り、佐久間まゆはにっこり頷いた。
 ……俺から一秒たりとも目線を逸らさない。

「それで志望動機の件なんですが、本当にその……」
「あら、そんなに信じられませんか? いいですよぉ、何度だって言いますから」
4 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:36:44.01 ID:VRvB94mS0

「あの時……初めてあなたに出会って、わかったんです。

 これは運命なんだって。

 まゆは、あなたにアイドルにして貰うために生まれてきたんです。
 そうとわかれば、なんにも迷う必要ありませんよぉ。
 あなたの傍にいる為なら、惜しいことなんて一つもありませんから」
 

 …………う〜〜〜〜〜む。
 どうしよう。
 新しいタイプだ。
 隣のちひろさんの笑顔が微妙にひきつっている。

「……うん、ありがとう。申し訳ないけど、少し中座しても?」
「もちろん。まゆ、いつまでも待ってますね♡」
5 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:40:07.48 ID:VRvB94mS0

「プロデューサーさん……どうします?」

 ちひろさんがそんなことを聞いてきたのは初めてだ。
 うちの事務所は自慢じゃないが、これまでありとあらゆる個性派を受け入れてきた。
 既にそういう土壌もできているし、ちょっとやそっとの異変なら日常茶飯事だと言い切れる。

 だが、今回のケースはちょっと勝手が違う。
 アイドルを始める動機は様々だが、のっけから「俺の為」と言い出す子は流石にいなかった。


「ああいう子って一直線ですから、取るにしてもリスクが大きいと思いますけど……」
「まあ……そうですね、俺もそう思います」

「ただ、めちゃくちゃ可愛いんですよね。あんな子滅多にいないんですよ」
「うわ〜出たアイドル馬鹿。あの子プロデュースしたらどんなに凄いか考えてるんでしょ」
「いやでもそれは考えるでしょ……! 仕事なんだし!」

「とにかく、私はおすすめしませんよ。ただでさえ莉嘉ちゃんが入って間もないんですから」
 
「リスクマネジメントも仕事もうち、か――」

 とりあえずまとまったので戻る。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/21(木) 01:41:31.83 ID:57sPeGUSO
待ってたぞ狸
7 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:52:04.04 ID:VRvB94mS0

 ちひろさんがこほんと咳ばらいをして、言いにくそうに切り出す。

「えっと……佐久間まゆちゃん? 申し訳ないけれど、うちは――」


「まゆ、読モ辞めてきたんです」


「「は?」」

 彼女は曇り一つ無い笑顔のままで、

「マネージャーさんを説得してきました。実家の両親も。私は東京に行きます、って。
 だってそうじゃなきゃ意味がありませんもの。ちょっと寂しいですけど、もう帰らないくらいの覚悟でいます♪」

 …………お、おぉお…………。
 つまり…………?

「念のため聞くけど、こっちに親戚とか、暮らすアテは……?」
「? あるわけないじゃないですかぁ」

「…………ちょっと失敬」
8 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:53:13.02 ID:VRvB94mS0


「ちひろさん! どうすんですか!? 予想以上ですよ!?」
「知りませんよそんなの! なんなんですかあの子!? 16でどんだけ覚悟決めてるんですか!?」
「ここで切ったら俺らアレですよ、いたいけな女の子を切り捨てた血も涙もない外道ですよ!」
「ま、まさかそこまで計算して……!?」
「いや、というかむしろ、そこまでアイドル活動にマジだと考えれば……」
「出たアイドル馬鹿! あなたほんっとお人好しですよね!」
「そうは言うけどね、女の子一人路頭に迷わすなんて鬼畜の所業でしょ!」


 話はまとまらないがとりあえず戻った。

9 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:55:17.80 ID:VRvB94mS0

「え〜っと……お待たせしました」
「うふふっ♪ お二人とも、仲良しさんみたいですねぇ。ひょっとして――」

 ひゅっ。

 と、周囲の空気が一段階下がった。


「――深い仲……だったりするんですかぁ?」


 BGMが流れていたとすれば、その瞬間確かに止まった。
 違う違う違う違う違う違う違う違う違う。二人、固まった笑顔のまま首だけ全力で振る。

「そうに決まってますよねぇ♡ まゆったら早とちりしちゃって……」

 ――もうどうしましょうねホントに! ちひろちゃん怖いです!
 ――ちゃんってガラか! 仕方ないでしょこうなったらもう!

 お互い目配せをして、次に進む覚悟を決めた。
10 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:56:35.53 ID:VRvB94mS0

「え〜〜〜〜っと、とりあえずだね。当面の生活とか、住む場所みたいなのをまず……」
「あら……それって、受け入れてくれるってことですか?」
「はい。ええ。とにかくポテンシャルは凄いからね。下手な新人よりよっぽどアドバンテージがある」
「わぁっ♪」

 その時ばかりは、彼女は年相応の少女の笑顔を見せた。
 目を輝かせ、顔の前で両手を合わせ、つい椅子から立ち上がるほど喜んで。

 ……うわーやっぱ可愛いな。向こうじゃ知る人ぞ知るって感じだったのかな。これほどの子が。

 いきなりぐりっと脇腹をヤられた。
 つい見惚れた俺にちひろさんが肘をねじ込んでいた。

「おぉっふ……でまあ、寮に移ってもらうことになるけど、すぐにとはいかないから。
 色々と手続きがあるし、最初の数日はどこか別の、たとえばホテルとか……」

「Pさんのお家、とかですかぁ?」

 ぽっ、と彼女の顔が一気に茹だる。
11 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 01:57:24.03 ID:VRvB94mS0


「やだそんなぁっ♡ 確かに最終的にはそのつもりですけど、ちょっといきなりっていうか……。
 あ、嫌とかじゃないんですよぉ? ただ心の準備がまだ……うぅん、すぐ済ませますねぇっ。
 そうだ、まゆ家事は一通り出来るんです。こんな時の為に花嫁修業はしておきなさいってママが。
 毎朝Pさんの朝ごはんを作って、あーん♡ って食べさせてあげますねぇ♡」

 ほっぺたに手を当ててやんやん首を振る。
 なんかちょっと色々考えすぎてしまう子なんだろうか。

 なぁんだ、可愛いところもあるじゃないか……と和みかけたところで気付いた。


「俺、君にまだ名前教えてないよね?」

「え? はい、直接は聞いていませんねぇ」


 そもそも名刺すら渡していないんだが。

12 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:01:52.68 ID:VRvB94mS0

「うふふっ、いやですねぇ。それくらいだったら調べたらすぐにわかりますよぉ。
 だけどまだ知らないことが多いから、これからもーっとお互いを知っていきましょうね♪」


 ――どうしましょう。やっぱしPちゃん怖いかもです。
 ――なーにがPちゃんですか。サポートはしますけど、最終的にはあなたの判断ですからね。


 目配せをして、話は決まった。
 佐久間さんは変わらぬ笑み。うっとりした瞳は、終始こちらに注がれていた。


 ちなみに転居手続きが済むまではホテルに宿泊してもらった。
 彼女はぷぅっとむくれていたが、こればかりは仕方ない。

 あと親御さんに連絡して、うちのモデル部門を通じて仙台の事務所にも話を通して……。


 ド頭から何かと大変だが、少々の不安を抜きにすればそんなに嫌ではなかった。
 なんというか仕事上の直観が、彼女のアイドルとしての素質に惹かれていたのだ。
13 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:03:20.51 ID:VRvB94mS0


  ◆◆◆◆


  ―― 事務所


莉嘉「ぴっこーん!!」

美嘉「わ、何どしたのアンタいきなり」

莉嘉「なんかキた! ラブでコメ的なマヂヤバのなんかがあるよおねーちゃん!!?」

美嘉「えぇ〜? まーた莉嘉はよくわかんないこと言って……」

美嘉「って、何だろ。あっちの方からやたら濃い気配が……?」

智絵里「……!!」

楓「………………」

美穂「?」


  ◆◆◆◆

14 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:06:11.81 ID:VRvB94mS0

【 ♡まゆ日記♡ 】


 始まりました。

 まゆとあの人の、素敵なアイドル生活。

 私を使ってくれたあの人に、恥をかかせるわけにはいきません。
 幸いにしてある程度の経験はあったから、カメラを前にしてはちゃんとできました。

 でもレッスンや営業とか……アイドルって、とっても大変なんですね。
 だけどこれは全部あの人の為。プロデューサーさんがくれた、まゆへの信頼であり、試練です。
 手を抜くなんて、まして逃げるなんて絶対にしません。

 見ていてくださいね、プロデューサーさん。

 この世でたった一人の、運命のあなた♡


                     〇〇月△△日

15 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:07:07.58 ID:VRvB94mS0


  ◆◆◆◆


 杞憂というか、産むが易しというか。

 仕事に対するまゆの態度は真剣そのものだった。
 モデルとしてのプロ意識は既に培われていて、カメラの前に出る分には一つの問題も無かった。
 それどころか、うちの子達への見本としたいくらいだ。


「とりあえず、目下の課題は体力方面かな……」

 今後の方針をノートにまとめて付箋を貼る。
 外見のイメージ通りあまりフィジカル面は強くなく、素早い動きが苦手なようだ。

 本人の向上心が強いから、それも遠からず弱点ではなくなるだろう。そういう意味では頼もしいところだ。

 ……向上心……か。

「…………うーん」

 その源がどこにあるのか、わからないほど間抜けではないが。
16 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:08:11.15 ID:VRvB94mS0


「お疲れ、プロデューサー★」
「お疲れ様です」

 と、デスクにいつもの銘柄の缶コーヒーが置かれた。美嘉だ。それに楓さんも一緒。

「ああ、二人ともお疲れ様」
「難しいカオしちゃってどしたの? また寝不足?」
「んーまあ……」
「あ、わかりました。今夜どこで飲もうか考えていらっしゃったんでしょう?」
「それはマジで違う」


 そうだ、ちょうど良かった。
 この二人ならもしかしたら――――

17 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:10:53.07 ID:VRvB94mS0

「――まゆちゃんのことなら、アタシも前に聞いたことあるよ。甘ロリ系の読モしてたんでしょ?」
「仙台にとても可愛らしい子がいるという噂は、確かに届いていましたね」

 なるほど。
 二人の経歴ならもしやと思ったが、やはり知っていた。

 特に学生モデルの美嘉はあちこちにモデル仲間を持っており、仙台にも定期的にコンタクトを取る子がいるらしい。

 基本はギャル系だからまゆとはジャンルが被らないが、それでもやはり向こうで彼女の名は知れ渡っていて、
 同業で知らぬ者はいないほどの存在だったそうだ。


 とにかく、可愛い、と。

 可憐で純朴で、けれどどこか蠱惑的な雰囲気を併せ持つロリータ系ミドルティーン。
 トロっとした瞳は常に真昼の夢を見るようで、切り取られた写真越しにもその妖艶な輝きは異彩を放つ。

 仕事面では至って真面目で、品行方正を絵に描いた理想的な態度だった。
 どんな仕事にも文句を言わず、どんなコンディションからも常に完璧な一枚をもたらした。
 そのことから、ごくごくローカルな活動ながら現場受けは大層良く、同じモデルから見ても高嶺の花だったという。

 これもまたカリスマと言うべきだろうか。美嘉とは違う方向性での。

18 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:12:47.58 ID:VRvB94mS0


「だけど――オフの時はちょっと怖かったって、向こうの友達が言ってたかな」

「怖い? 何か問題があったとか?」
「んーん、そんなんじゃなくて。むしろ真逆。なんにも無かったの」

 なんにも、って……。
 問題が無いのは良いことだと思うが。

「んー……たとえば、アタシが言うのもなんだけどさ。モデルやるような子って結構我が強かったりするじゃん?
 アタシが一番! みたいなさ。もちろんそれも必要な資質だけど」
「あら、そうなの、美嘉ちゃん?」
「あはは、大人はわかんないよ? 楓さんはそういうタイプじゃないしね。
 でも学生でわざわざモデルしようなんて子は、やっぱそれなりにギラギラしてるのが大半なの」

「ええと、つまり……?」

「喧嘩や競争、妬み嫉みも当たり前ってコト。カッコ悪い話だけど、そういうせめぎ合いは絶対あるわけ。
 そこで折れる子もいれば研ぎ澄まされる子もいて、仲良くなったり悪くなったり、そんな流れができていく。でも――」


「佐久間まゆちゃんは、誰とも競わない。妬まないし競わないし、泣かないし怒らない。だから文字通り、何も無い」

19 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:13:49.32 ID:VRvB94mS0


「人形みたいだった、ってその子は言ってた。

 もちろん悪い子じゃないんだって。話しかければ受け答えするし、愛想たっぷりだし付き合いも悪くない。
 だけどそういう表面的な部分以外、あの子は全然出さないの。だから、誰も踏み込めないんだって。

 ……一回さ、撮影終わった後のまゆちゃんに挨拶に行った子がいてね?

 だけど、できなかったらしいの。
 椅子に座ったまんま、ぜんぜん無表情でいつまでもじーっと天井を見てたんだって」


20 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:14:41.30 ID:VRvB94mS0


 ――ごめん。シュミ悪いよね、こんな話。
 美嘉はそう締めくくって、ばつが悪そうに頬を掻いた。

 なにせこの年頃の女子の噂だ。
 妬み嫉みも当たり前という業界の性質上、そうしたヘンテコな逸話の全てが真実とは限らないなどと百も承知なのだろう。
 だけどモデル仲間も信頼している以上、全部がただの風評と切り捨てることもできない……。

 ならば本人を見るのが一番いい……と。そういうことは美嘉自身が一番よく考えている筈だ。


「だから正直、アタシ結構びっくりしてるんだ。あのまゆちゃんがウチに来るっていうのもそうだけどさ、
 今ここにいるあの子と、友達から聞いた話が噛み合わなくて――――」


「プロデューサーさぁんっ♡」

21 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:15:46.01 ID:VRvB94mS0


 と、扉が開くなりまゆが駆け込んできた。

「あ、まゆちゃん……」
「あら、お疲れ様です、まゆちゃん」

「楓さんに美嘉ちゃん、お疲れ様です。ふふっ……なんだか不思議な気分ですね♪」

 もちろんまゆも元モデルの身。直接の面識は無いにせよ、二人のことは知っていたようだ。
 美嘉は少し決まりが悪そうだった。つい今しがたまでまゆについてあれこれ言っていたのが負い目なんだろう。
 別に陰口なんかじゃなかったが、真面目な彼女らしいことだ。


「まゆちゃんはレッスンだったのかしら? トレーナーさんの言うことは、ちゃんと聞き取れーなーいけませんよ?」
「もちろんですよぉ。まゆ、わからないことばかりだから、アドバイスは大切にします」
「ふふふ……まゆちゃん? トレーナーさんを、ちゃんと聞き取れーなー……ね?」
「? はい、いつも気を付けてますよぉ?」
「楓さん、それ以上はヤボだと思う……」

 そういうちょっと微妙な空気を、楓さんがいとも容易く和らげてみせた。
 流石だ。色んな意味で。

22 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:17:04.14 ID:VRvB94mS0


「レッスン、どうだった?」
「あ……そうだ! 聞いてっ、聞いてくださいっ。まゆね、トレーナーさんに初めて褒められたんですよぉ♪」
「お、本当か? 凄いじゃないか、今日はベテランの青木さんだったんだろ?」
「そうなんですよぉ。もうまゆ嬉しくって、これは絶対あなたに聞いてもらわなきゃってっ」

「聞きトレーナー……」
「か、楓さんボケ殺しされたら結構引きずるよね……」

 せめてものフォローをするなら、まゆのそれは天然だっただろう……。
 それからしばらく、四人で談笑した。


 しばらく経って、三人が連れ立って事務所を出た後。

「……どう思いますかね、キノコ氏」
「フヒ」

 足の間から、にょきっと輝子が顔を出した。ずっと机の下にいたのだ。

23 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:18:41.84 ID:VRvB94mS0


「い、いいと……思う。まゆさんは、いい人だ……」
「寮ではどうだ?」
「す……すごく、助かってる……。響子ちゃんと同じで、家事が得意なんだ……」

 料理も積極的に作ってくれて、寮母さんが二人になったみたいな感じらしい。
 特に裁縫の腕前が凄いんだとか。
 少し陰のある雰囲気だけど、みんなとの関係は良好。心優しく、よく気の付く子。

「それに……なんだか、机の下にも興味があるらしい。親友の気配がするとかで……」
「マジか……二人入居はいくらなんでも狭くないか?」

「なあ……親友」

 と、輝子は改めて俺の目を見た。


「わ、私は……親友のことは、本当に、大切なトモダチだと思ってる……友情を感じてる」

24 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:19:48.32 ID:VRvB94mS0


「? ど、どうしたんだ急に。よせやい照れるじゃないか」
「フヒッフフフ、な、なんか、一応……言っておこうと思って……」

 長い髪をわしゃわしゃしながら照れる輝子。

「で、でも……親友は、色んな子と一緒にいて……。そ、そういう子達が、色んな考えを持ってて……。
 た……たとえばなんだけど、まゆさんは、そんな中でも……その……」
「輝子……」
「う……うまく言えない。だめ、だな……キノコになら、色々話せるのに……な」

 もさもさの髪を足の間に埋めて、輝子は口下手な自分を恥じた。
 だけど、心配する気持ちは十分に受け取ったつもりだ。

「ありがとな。肝に銘じるよ」

 頭をわしわしすると、輝子はあっぷあっぷ慌てながら気持ちよさそうに目を細めた。
 
25 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:21:01.05 ID:VRvB94mS0


  ◆◆◆◆


周子「……ん〜〜〜……」

紗枝「周子はん? どないしはりました〜?」

周子「あーうん、ちょっと考えごと。そんな大したことじゃ……」

紗枝「まゆはんのことどすか?」

周子「……ま、ね」

紗枝「せやねぇ、そない深刻なもんやあらへんのやないかなぁとはうちも思います」

周子「あぁ、紗枝ちゃんも言うってことはやっぱそうなんや。まあね、仲良くできてるしさ。いい子だし」

周子「本人が何も言わなけりゃ、あたしはそれでいいと思うよー」

紗枝「……の割には、えらい考え込んではりましたな?」

周子「…………あ〜、まあ、うん。いや、色々見てきたけどさ。それでもね――」


周子「あたしわからんのよ。今まで見たことないもん」


  ◆◆◆◆

26 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:22:24.12 ID:VRvB94mS0


 その日は朝からずっと雨で、まずいことに退社する頃になって雨脚が強くなった。
 駅からタクシーを使うにもちょっとなぁという距離に自宅があるため、傘を差して早足で家路につく。

 二十分そこらで見慣れたアパートが見えてほっと一息。ノブにカギを差し込もうとしたところ、


「あなたがPさんですか?」


 うぅわびっくりした!!
 ひっくり返りそうになりながら振り向くと、三メートルほど後ろにハリガネのように細い人影が立っていた。
 その人の持つ傘だけがやけに少女趣味で、黒いビジネススーツに相まってなにやら異彩を放っている。

「驚かせてしまって申し訳ありません。私は、仙台で佐久間のマネージャーを務めていた者です」

 女性の声だった。

27 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:23:25.16 ID:VRvB94mS0


「テレビ、毎日チェックしてます。雑誌や広告も。あの子は、とても順調にアイドル活動をしていますね」
「え、ええ。彼女自身の実力ですよ。モデル時代の経験値もとても高くて、助けられてます」

「まゆはあなたの為に東京まで来たんですよ」

 言葉も無い。
 彼女が近付いてくる。
 その足取りはゆるやかで、声色は責めるでもなく、だがどこか切実だった。

「まゆはね、とても良い子なんです。あんな素晴らしい子は他にいません。だけど、一人で思いつめてしまう子で」
「わかります。そこは私だけでなく、同部署の仲間達が……」
「違いますよ。あなたとまゆの問題なんです。まゆはとてもとても良い子なんです良い子なんです良い子なんです凄い子なんです思いやりのある子でだから大切にされるべきなんですあなたもわかっていると思いますだから私はそれをお願いしたくてだってまゆは今まであんな顔をしたことなくてそれはあなたに会いに来たからなんですよあの子はあの子はあの子は空っぽだったのが今まで」


28 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:24:13.55 ID:VRvB94mS0


 いつの間にか息のかかるような距離までいた。
 雨音がいやに耳に残った。
 そこで初めて、マネージャーさんは笑った。


「だから、どうかよろしくお願いしますね」


 街灯を照り返す雨滴が幾重にも弾けて、夜の闇を撹乱する。
 光の霞でけぶる深夜の路上に、彼女の姿はいつの間にか無かった。


29 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/06/21(木) 02:25:09.44 ID:VRvB94mS0


  ◆◆◆◆


【 ♡まゆ日記♡ 】


 今日は特に褒められた日。

 凄いぞ、いつも頑張ってるねって。
 頼りにしてるなんて言われちゃいました。

 CDデビューも果たして、色んなイベントにもお呼ばれされて。
 それは全部、あの人がくれたチャンス。
 私はその全てを完璧にこなす義務があります。

 だから、褒めてくれたことは一言も欠かさず覚えているんです。

 凄いね。可愛いね。よくやった。期待してる。お前ならできる。

 全部メモしてるけど、「頼りにしてる」は初めてでした♡

 永久保存です。Pさんだーいすき♡ もっと頼られるようにならなくちゃ♡


                     △△月××日

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