勇者「休暇?」女神「異世界転生しすぎです、勇者さま」

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243 : ◆Rr2eGqX0mVTq [sage]:2018/07/23(月) 09:49:06.77 ID:8QE37nyDo
ここ数日更新できていなくてすいません。
一旦最後まで書き溜めてから投下しようと思っていますので、もう少しだけ待っていてください。
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/23(月) 11:18:48.80 ID:OaO5gL5hO
待つぞ!
納得いくまで書いてくれ!
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/23(月) 21:53:14.61 ID:hxAvrvH90
エタったわけじゃないようで安心した
待っておる
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/24(火) 00:16:54.29 ID:pEBqjqs9O
何億もいたのに同士討ちで自滅すんのか、そんな頭でどうやって勢力拡大してきたんだよ
千にも満たない人間を生かしてる意味が分からないし、首を差し出すような王が「民を頼む」とか頭おかしいだろ
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/25(水) 01:14:01.45 ID:O+D2rrkwo
楽しみにしてる
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/26(木) 23:46:30.71 ID:xUFh+VBNO
>>246
何億も居たから同士討ちで自滅したんやで
249 : ◆Rr2eGqX0mVTq [sage]:2018/07/30(月) 19:03:45.17 ID:1RSnM007o
一週間更新できず、すいません。予定よりも話が長くなってしまって、終わる目途がまだついていません。
ですが、着実に書き進んではいますので、本当にあともう少しだけお待ちください。
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/30(月) 20:44:53.98 ID:/5cgb9P10
おつおつ
気長に待つよ
251 : ◆Rr2eGqX0mVTq [sage]:2018/07/31(火) 18:11:48.71 ID:q1Ea8WCjo
最後まで書き終わったので報告させていただきます。
あと少し修正などしてから更新しますので、今日の夜か明日には完結させられると思います。
よろしくお願いします。
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/31(火) 18:45:52.02 ID:6sQLUrkYo
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/31(火) 20:06:00.28 ID:CHeX0Zxw0
楽しみにしてる
254 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:55:17.73 ID:q1Ea8WCj0
ある存在が、昔いたらしい。

昔、なんて言葉を使うのが正しいのかは、わからないけれど。

時間なんて概念に縛られているわけでもないし。

けどまぁ、昔って言うのが一番イメージにあてはまるだろうから、そういうことにする。

その存在はある日、世界を作ることにしたそうだ。

どうしてなのかは、自分にもわからない。

そもそもその存在に、理由があったのかどうかも怪しい。

ただ、世界を作った。

後にその存在は、『  』と呼ばれることとなった。
255 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:55:44.85 ID:q1Ea8WCj0
――

――――

コケコッコー

少女「うーん……。まだ早い……ってあれ?」

少年「すぅー、すぅー……」

少女「まだ寝てる。今日は私の方が早起きだね」クスッ

少女「昨日あんなに泣いたもんね。疲れちゃったんだ」

少女「……もう少しだけ、寝かせてあげよ」

少女「少しだけ、だけどね。いつものお返ししなきゃ」クスッ

チクタクチクタク

少女「……そろそろいいかな」

少女「すぅー……」
256 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:56:11.48 ID:q1Ea8WCj0
少女「こらー! 起きなさーい!!」バッ

少年「はっ!? うぉ、おおおおおおっ!?!?」

少年「なんで俺布団にぐるぐる巻きになってるんだ!?」

少女「ふふふ……」

少年「お、おま……っ!」

少女「このまま転がしていくよ!」グッ

少年「ちょ、ちょっと待……!」

少女「おりゃーー!!」ゴロゴロゴロ

少年「だ、段差がっ! うがっ!?」

少女「まだまだーー!!」
257 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:56:47.20 ID:q1Ea8WCj0
少年「ストーップ!! ストッぐはぁっ!! 前、かべ……っ!!」

少女「えっ?」

バコンッ!

少年「いたぁっ!?!?」

少女「あ、ごめん」

少年「おふ……。一体何のつもりだよ……」

少女「いやー、あはは……。頭打てば記憶も戻るかなって」

少年「逆に飛びそうな勢いだったぞ……」

祖母「あらあら、朝から賑やかねぇ」

少女「あ、おはよー」

少年「おはようございま……」

――シャラン
258 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:57:41.55 ID:q1Ea8WCj0

――いつもそのビー玉持ってるね。

――い、いいだろ別に。俺のお守りなんだ。

――ビー玉がお守りって……。

259 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:58:10.17 ID:q1Ea8WCj0
少年(な、何だ、今の……?)

少年(妙な、違和感……?)

祖母「どうした? わたしの顔に何かついてるかい?」

少年「あ、いえ。ちょっとぼーっとしてて」

祖母「? そうかい。ほら、もう朝ごはんの用意出来るからねぇ」

少女「はーい!」

少年「ありがとうございます」ペコリ
260 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:58:37.82 ID:q1Ea8WCj0
――

――――

少年(それからまた数日が経った)

ミーンミーン

少女「暑いね……」

少年「まぁ、あと少しの辛抱だ」

少年(今日は近くの川に行くことになった。おばあちゃんが水が綺麗だと教えてくれて、少女の思い立ったら即行動という迅速さにより、今に至る)

少年(夏の日差しは今日も自分たちをかんかんに照らす。きっとこの数週間で相当肌が焼けているだろう)

少女「や、山だ……」

少年「そんなに大したことないだろ。これくらいなら」

少年(最初に祠を探しに行った時のに比べて、傾斜は緩やかだし、道も整備されている)

少年(ふと、最初の頃が遠い昔のことのように思えた)

少女「あ、でもこの音……」

少年「水の音だから、近いんだろう」

少女「よし、行こう! ほら、早く!」

少年「その変わり身の早さにも、もう驚かなくなってきたよ」
261 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:59:03.77 ID:q1Ea8WCj0
少女「着いたー!」

少年「まぁ、普通の川だな」

少女「あら、夢のないこと」

少年「何か夢を感じるものがあるのか?」

少女「ひゃー、冷たい!」

少年「聞いてないし」

少女「この辺の石、全部まん丸だねー」

少年「そうだな……ん、この辺りがいいか」

少女「ん? 何をするの?」

少年「こういうところに来たらする事は一つ」

少女「?」

少年「水切りだ」
262 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/07/31(火) 23:59:46.43 ID:q1Ea8WCj0
少女「へ?」

少年「そら!」

ビュッ、ポン、ポン、ポンッ

少女「すごい、石が水の上を跳ねて……!」

少年「知らなかったのか?」

少女「ううん、話には聞いてたけど。でも、見るのは初めて……!」

少女「私もやってみよ。ほっ!」

ポチャンッ

少年(彼女の放った石は、一度も飛び跳ねることなく、不格好な水しぶきをあげて沈んでいった)

少女「なんで!?」

少年「ぷっ!」

少女「あ、笑ったでしょ! むぅー、もう一回!」

ドボンッ!

少年「ぷっ、くくっ!」

少女「あーーーもう!!!」
263 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:00:13.30 ID:9OC/ch8I0
少女「こうなったら……、とりゃあ!」バシャッ!

少年「うぉっ! またかよ! ってか冷たっ!?」

少女「うるさーい! ずぶ濡れになれぇっ!!」バシャバシャアッ!

少年「なら、こっちも仕返しだ!」バシャーンッ!

少女「きゃっ!? 冷たい!!」

少年「海と違って若干涼しいからな! さぞ冷たかろう!」

少女「それにずるいよ! そっちの水の勢い強すぎ!」

少年「パワーこそ正義である」

少女「何を! パワーなら私だって……」グッ

ツルッ

少女「うわ? わわわ……!!」

少年(その瞬間、彼女の体が急に傾いた)

少年(次の瞬間には、俺の手は伸びていた)

少年「危ない!!」ダッ

ガッ!
264 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:00:39.31 ID:9OC/ch8I0
少女「……あれ?」

少年「ふぅ、セーフ……」

少年(どうにか彼女の腕を掴み取れたおかげで、転ばずに済んだ)

少年(ほっと胸を撫でおろす)

少女「あ、ありがと……」

少年「足下滑るしな。気をつけろよ」

少女「うん……」

少女「…………」

少年「?」

少女「…………」

少年「どうした? 顔、赤いけど」

少女「え? あ、えーと……」

少年(彼女の視線が下がる。それを追っていくと彼女の細い腕へと続き、途中でゴツゴツとした手が見えた)

少年「わっ!?」パッ
265 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:01:05.50 ID:9OC/ch8I0
少女「あっ……」

少年(ずっと腕を握りっぱなしになっていることに気づかなった。顔が一気に熱くなるのを感じる)

少年「ご、ごめん……!」アタフタ

少年「ってうわ!?」ツルッ

少女「あ……」

バシャーンッ!

少年(なんで俺が転んでるんだか……。マヌケ過ぎる)

ブクブク…

少年(でも、水の中って冷たくて、なんだか気持ちいいな)

――シャラン

少年「……?」
266 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:01:33.96 ID:9OC/ch8I0
少年「ぷはぁっ!」

少女「だ、大丈夫!?」

少年「あ、ああ……」

少年(また、あの音……。この前と同じ感覚……)

少年(胸が綿で締め付けられているような感じだ)

少年(辺りをグルっと見渡す)

少女「どうしたの?」

少年「なんだろう……。よくわからないけど」

少年「この場所に来たことがある気がするんだ」

少女「……もしかして、今頭でも打ったの?」

少年「いや、打ってないけど」
267 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:02:00.08 ID:9OC/ch8I0
少女「そういうの、何て言うんだっけ。あ、デジャヴだ」

少年「ああ、あるな。そんな言葉」

少女「でもあれって、実際に見たことがあるのを忘れてるだけとか、勘違いが原因らしいよ」

少年「詳しいな」

少女「なんかのテレビでそう言ってた」

少年「ふむ……」

少年(来たことがある……わけがない。この世界に来てからは、この辺りには一度も足を運んでいない)

少年「だとしたら勘違い、かな」

少年「いろんな世界を飛び回ってきたし、似たような場所があったのかもしれない」

少年(口とは裏腹に頭の中は未だ混乱が抜けない)
268 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:02:26.11 ID:9OC/ch8I0
少女「あっ!」

少年「ん?」

少女「あっちの方行ってみようよ!」

少年(そう指差す方には流木がいくつも流れ着いて、軽く山になっていた。巨大な石がせき止めているからだろう)

少年「ああ」

少女「おいしょ、おいしょ。流れが急で、歩きづらい……!」

少年「また転ぶなよ」

少女「転んだのはあなたの方でしょ?」クスッ

少年「俺が助けなきゃ君だって……、っ!」

――シャラン

少年「また……!」
269 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:02:52.52 ID:9OC/ch8I0
少女「頭、痛いの?」

少年「デジャヴなんかじゃない……」

少女「えっ?」

少年(俺は、確かに、ここに来たことがある……)

少年(しかもつい昨日今日の話じゃない。もっと、もっとずっと前に……!)

少女「どうしたの、急に……」

少年「ごめん……っ。ちょっと岸に戻って休ませてくれ……っ」

少女「全然いいけど。肩貸した方がいい?」

少年「あ、ああ……。助かる」
270 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:03:18.60 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少女『じゃあ次はここから!』

少年『えー!? 高すぎるよ!!』

少女『怖いのー?』

少年『む! こ、怖くなんかない!』

少女『よし! じゃあお先にー』ピョンッ

ジャボーン

少年『ひっ……』

少女『ぱぁっ! はい、次はあなたよ!』

少年『くっ、むぅ……』プルプル

少年『落ち着け、落ち着け……』

無意識にポケットにいつも入れているビー玉を握りしめる。

ウゥーー…、ウウウウゥゥゥゥーーーーンン…

少年『あれ? 何の音?』

少女『ま、まさか……!?』
271 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:03:52.97 ID:9OC/ch8I0
少女『行くよ!』

少年『えっ? ど、どこに……?』

少女『いいから!』

少年『う、うん……』

――――

少年「はぁ……っ、はぁ……っ」

少年(この場所だ。この場所だった……)

少年(それに……)

少女「な、なに? そんなにじっと見て……」

少年「……違う」

少女「何が?」

少年(よく似ていた……。けど、違う)
272 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:04:21.82 ID:9OC/ch8I0
少女「どうする? 帰って休む? ちょっとお昼には早いけど」

少年「申し訳ない……」

少女「全然大丈夫だって! 気にしないで!」

少年「ありがとう……」

少女「じゃあ……」

少年「あのさ」

少女「ん?」

少年「こっちの方からでもいいか?」

少女「行きと違う方だけど、迷わない?」

少年「大丈夫……だと思う」

少年(頭の中に景色が浮かんでくる。通っていないはずの道の行く先が、ぼんやりと見える)

少年(こっちへ行けと言われているような気がした)

少年(もしかしたらこれは……)
273 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:05:31.27 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少女『なに……これ……』

目の前に広がるのは、ただ一面に一帯を覆い尽くす火。

家が立ち並んでいるはずのその場所は、真っ赤な炎に埋め尽くされていた。

少女『お父さん! お母さん!!』ダッ

少年『だ、ダメだ! そっちに行っちゃ……!』

少女『いや、いやぁっ、いやぁあああっっ!!!!』

半狂乱の彼女を必死で食い止める。

普段の自信たっぷりの性格とは正反対の彼女の様子が、逆に自分を冷静にさせた。

少年『くっ!』

少女『離してっ!! だって、こんなの……っ!!』

少年『今は逃げないと! このままだと二人とも!!』

今は、自分がしっかりしないと。

そう、思ったんだ。

お守り代わりのビー玉を、もう一度しっかりと握りしめた。

少年『……はっ』
274 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:06:49.58 ID:9OC/ch8I0
少年『あ……』

よく見知った形だった。

その色と、何かが焼け焦げた臭いが漂ってくること以外は。

少年『あ、あああ……っ!』

考えてはいけないと思った。

それ以上先を。

少年『うわぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!』

だから、叫んだんだ。

頭を狂わせようとしてくる感情を、外に放出するために。

そうしなければ、そのまま辺りを取り囲む炎によって焼け死んでいたからだ。

少年『はぁ……っ、くっ、あっちへ、逃げよう……!』

少女『嫌だぁ!! 嫌だよぉっ!!!』

少女『どうして、どうしてっ!?』

少女『ここには……! 何もなかったのに……!!』
275 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:07:26.74 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少年(断続的に脳内に知らないはずの映像は現れ続けて、その間俺の頭痛が止むことはなかった)

少年(しかし家に着く頃にはもう脳を締め付けるような痛みはなくなっていて、午後からはまた彼女と外へ出歩けた)

少年(午前のことをずっと気にしているようだったが、俺が強引に連れ出したといった格好だった)

少年(そこから先のことは、いつも通り。夕方になったら家に帰り、夕飯を食べて眠るだけ)

少年(夕飯に出されたカレーを食べた時、一瞬頭痛に襲われたが、想定の範囲内だったから顔には出さなかった)

少年(……と思う。気づかれてなかったと思いたい。これ以上余計な心配をかけるのは、なんとも心苦しい)

リーンリーン

少年(虫の声が窓の外から聞こえてくる)

少年(この音を子守唄代わりにして、ここで眠るようになってもう何度になるだろう。もうこの音が耳に入ると自然とあくびが出てくる)

少年(しかし、今日は眠るわけにはいかない)

少女「すぅー、すぅー……」

少年「……寝たな」
276 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:07:52.35 ID:9OC/ch8I0
ガララー

スッ

少年「……脱出成功」

少年「さて、行くか」

少年(どうしても彼女には気づかれずに行動したかった。そのためには、夜しかない)

少年(窓のすぐそばに設置されている倉庫に感謝しながら、真っ暗な道を歩く)

少年(向かう先は、あの祠だ)

――――

少年「ふぅ、着いた……」

少年(暗闇に包まれた山の中は、ともすれば迷いかねなかったが、さすがにこの程度で遭難していては勇者は務まらない)

少年「女神様」

少年(一応そう呼びかけてみる。だが、返事はない)

少年(きっと今もまだ、俺の転移のための準備をしているのだろう)
277 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:08:18.96 ID:9OC/ch8I0
少年「…………」

少年(その物体に手を触れる)

――シャラン

少年「くっ……」

少年(予想通り、あの音が鈍い痛みとともに脳内で響き渡る)

少年「……やはりだ」

少年(それと同時に、また知らない光景が頭の中に次々と浮かんでくる)

少年「……そうか、そういうことだったのか」

少年「だから、俺は……」

――――

少年「ただいまー……」ソー

少年「…………」テクテク

少年「……ただいま」

祖母「くぅ……、くぅ……。むにゃむにゃ……」
278 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:09:07.48 ID:9OC/ch8I0
少年(おばあちゃんは眠っていた。だから、ここに来たのだが)

少年(起きていたら、謝ることができない)

少年(だって、そうだろう?)

少年(ずっと前に死んだはずの人間が、今更こんな姿で目の前に現れたって、困らせてしまうだけだ)

祖母「くぅ……、くぅ……」

少年「……ごめんな」

少年「約束、守れなくて」

少年「そのせいで、きっとたくさん悲しませたよな」

少年「本当に、ごめん……」
279 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:10:04.44 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少年『ここまで来れば、さすがに……』

俺たちは火のない山の中に逃げ込んだ。

そこなら、きっと攻撃されないと思ったからだ。

少女『ひっぐ、ひっぐ、うぇえ……』

少年『……大丈夫?』

少女『大丈夫なように、ひっぐ……、見える……?』

少年『……ごめん』

少女『みんな……』

少年『…………』

少女『みんな、死んじゃった……』

少年『それはまだ、わからない。もしかしたら自分たちみたいに……』

少女『そういうことじゃないよ……っ!』
280 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:10:30.71 ID:9OC/ch8I0
少女『お父さんも、お母さんも……っ! もう……!』

ポロポロと涙をこぼす彼女の傍らに、小さな祠が見えた。

この世に神様なんていない。

いるのなら、どうしてこんな目に自分たちを遭わせるのだろうか。

少女『ぐす……っ、ひっぐ……』

少年『……クソッ』

憤りからその祠を蹴るも、ただつま先を痛めただけだった。

少女『……ねぇ』

少年『なに?』

少女『お願い……。お願いだから……』

少年『うん』

少女『私から、離れないで……。君だけは、突然いなくなったりしないで……』

少女『もう、いなくなっちゃうの、耐えられないよ……っ!』

少年『……ああ、約束する』

少女『約束、だよ……?』
281 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:11:06.20 ID:9OC/ch8I0
――――

祖母「……いいよ」

少年「えっ?」

祖母「んー……、くぅ……」

少年「寝言……?」

祖母「あなたが……、守ってくれたから……」

少年「……うん」

祖母「だから……、いいよ……」

祖母「くぅ……、くぅ……。……ありがとうね」

少年「うん……、うん……っ」
282 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:11:32.33 ID:9OC/ch8I0
コケコッコー

少女「ほら、朝だよー!」

少年「ん……、あと五分……」

少女「なにダメ人間みたいなこと言ってるの」

少女「……よし、仕返しできた」グッ

少年「すぅー、すぅー……」

少女「って、二度寝しないの!」

少女「また布団に巻かれたいの?」

少年「それだけは勘弁!」ガバッ
283 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:12:30.60 ID:9OC/ch8I0
少女「おばあちゃんおはよー」

少年「おはよう、……ございます」

祖母「おはよう。朝ごはん準備できてるよ」

少女「わーい! ごはんごはんー!」

少年「本当に君は……」

祖母「…………」ニコニコ

少年「? な、なんですか?」

祖母「ううん、なんでもないわよ。ふんふーん♪」ニコッ

少女「あれ、機嫌いいね。良いことでもあったの?」

祖母「んー、ちょっとね」

少女「えー、何それー。気になるー」

祖母「大したことじゃないわよ。……でも」

少女「?」

祖母「……いい夢だったわねぇ」

少年(ぼそりとつぶやいた)

少年(何かを懐かしむように、でもそこには微塵の悲しさは含まれていないように見える)

少女「夢かぁ。確かにいい夢見ると、朝の起きた時も気持ちいいよね〜」

祖母「ええ。そうねぇ」

少年(そう、やわらかな笑みを浮かべる。まるで、あたたかな日だまりのようだった)
284 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:13:08.71 ID:9OC/ch8I0
――

――――

誰かの泣き叫ぶ声が、今も聞こえる。

醜く歪んだ表情が、目に焼き付いて離れない。

だから、私は祈る。

そうすることしか私にはできないから。

自分の中で大きな塊が外へ出ようと暴れまわる。

体の中をグチャグチャにかき回されるような痛みが永遠に続く。

それでも、私は祈る。祈り続ける。

だって、教えてくれた人がいるから。

どんな時だって、きっと道はあると。

そう、私に教えてくれた。

だから、お願い。

早く、みんなを助けて。

早く、私を、見つけて。
285 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:13:38.61 ID:9OC/ch8I0
――

――――

チリーン

少年「ふぅ……。今日は風が出てきて涼しいな」

祖母「あら、一人?」

少年「ええ。散歩したいとか言って、さっき出ていきましたよ」

祖母「珍しいねぇ」

少年「そうでも……。いや、確かに」

少年(よく考えてみたら、ほとんどこの夏はずっと一緒に過ごしている。こうやって昼間に一人でいるのは久しぶりだ)

祖母「ふふっ。いつも一緒なことが気にならないくらいなんて。仲が良いわねぇ」

少年「そうですね。本当にいいやつですし」

祖母「あっ、そうだ」

少年「?」
286 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:14:09.00 ID:9OC/ch8I0
祖母「これ」

少年(おばあちゃんがそう言って懐から何かを取り出す。手のひらに収まるくらい小さなものだ)

祖母「もらってくれないかしら。お守りみたいなものなんだけどねぇ」

少年「……!」

少年(その形には、見覚えがあった。つい最近思い出したばかりの記憶の中の……)

少年「これは……ビー玉?」

祖母「昔ね、すごく仲が良い友達がいたの。まるであの子にとってのあなたのような」

少年「はぁ……」

祖母「その子がずっとこれを大切に持ってて。でも、その子は……」

少年(そこで口を閉ざして、どこか懐かしむような、あるいは寂しそうな表情を浮かべた)

少年「そんな形見のようなものを、どうして俺に……?」

祖母「どこか、その子があなたに似ていると思ったの」
287 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:15:27.37 ID:9OC/ch8I0
祖母「前に、ここに来たことがあるか聞いたことがあったの、覚えてるかしら?」

少年「はい」

祖母「もしかしたらあの子はどこかで生きていて、そのお子さん、ううん、お孫さんだと思ったの」

少年「……すいません」

祖母「別に謝ることじゃないからね。……まぁだからあなたにこれを渡したくて」

少年「……大事にします」

少年(おばあちゃんから小さなお守りを受け取る。もう何十年も前の代物だから表面にはいくつも小さな傷があるが、光に当てるとキラキラと中で反射して煌めいた)

祖母「ありがとう……」

少年「どうして、あなたがお礼を?」

祖母「どうしてだろうねぇ。ただ、言いたくなったんよ」

少年「…………」

少年「……こっちこそ、ありがとう」
288 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:15:53.38 ID:9OC/ch8I0
少年「あ、ならこれ……」

祖母「?」

――――

ジジジジジジ…

少女「…………」

少年(自分も散歩に出かけようかと思い玄関を出ると、彼女が庭先で木にもたれかかっているのに気づいた)

少年「どうしたんだ? ボーッとして」

少女「うーん……。なんかね、寂しくて」

少女「もう、夏休みも終わっちゃうなぁって」

少年「ああ、そう言えばもうそんな時期か」

少女「夏休みが終わっちゃったら、もうこうやってあなたとおしゃべりすることもないだなーって思って」

少年「言われてみたら確かにそうだ」
289 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:16:48.53 ID:9OC/ch8I0
少年(正直、考えてなかった)

少年(なんとなく、これがずっと続くものだと思っていたけど、そんなわけがない)

少年「そっか……。もう、終わりか……」

少女「うん……」

少年(庭にいる蝉の声が喧しく響き渡る)

少年(なのに、それは数日前よりも少し弱まっているように感じられた)

少年(夏の終わりが、近づいてきている)

少女「……実はね」

少年「うん?」

少女「明後日なんだ、帰るの」
290 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:17:14.67 ID:9OC/ch8I0
少年「……えっ?」

少女「ごめんね。なんだか、言いたくなくて」

少年「そ、そうなんだ……」

少年「てっきり、まだ八月は二週間くらいあるから、それまでいるんだとばかり……」

少女「親の仕事の都合で、元々ここにいるのはお盆が終わるくらいまでだったの」

少年「明後日、か」

少年(いきなり言われても、ピンとこない。明後日には、あと二回眠って起きたら、目の前にいる少女がいなくなってしまう)

少年(そうなったら、俺はまた魔王と戦う……? 実感がいまいち湧いてこない)

少年「このまま、時間が止まればいいのにな」

少年(無意識に、そんな声が漏れていた)

少女「……意外」

少年「何がだよ」

少女「あなたがそういうことを言うのが。その辺り、もう少しドライなんだと思ってた」

少年「……自分でも意外だと思うよ」

少女「自覚あったんだね」

少年(時間が止まる、か)

少年(そんな魔法があるって、いつだったか聞いたような気がする)
291 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:17:41.12 ID:9OC/ch8I0
少年(でも、そんなものには今まで一度も出会ったことがない)

少年(きっと、噂話の類の域を出ない、眉唾物なのだろう)

少年(終わりは訪れる)

少年(彼女は明後日にはここを去り、俺は女神様の元へと戻り、また世界を救う旅に出ることになる)

少年(そう思うと、途端に焦りが胸の中を圧迫し始める)

少年「あ、そうだ!」

少女「?」

少年「明日、広場で祭りがあるんだってさ!」

少女「あー……」
292 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:18:06.88 ID:9OC/ch8I0
少年「あ、あれ?」

少年(なんだ? 思ってた反応と違う……)

少女「お祭りって言っても、名前だけだよ。ここのは」

少年「名前だけ?」

少女「昔は盛り上がってたみたいだけど、最近はおじいちゃんとおばあちゃんが、ブルーシート広げてお酒を飲んでるだけ」

少女「お祭りらしさなんて、ほとんどないよ。何年か前に行って、すごくがっかりしたし」

少年「おぅ……」

少年(なんてこった……。喜ばせようと思った結果、逆にテンションが下がる結果に……)
293 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:18:37.10 ID:9OC/ch8I0
??「お、いたいた」

少年「?」

農家「おーい!」

少年「あ、どうもっす」

農家「君たち、明日のお祭り来るかい?」

少年「あー……」

少年(思わず口ごもってしまう。何ともタイミングの悪い……)

少年「いや、その……」

農家「よかったら来てくれよ! 彼女も一緒に!」

少年「あの……」

農家「じゃ、オレはちょっとじゅ……じゃなくて、用事があるから!」タッ

少年「あ……」
294 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:19:03.63 ID:9OC/ch8I0
少女「……あなたのコミュ力はどこに行ったの?」

少年「いや、あんな一方的に言われたらな……」

少女「あの、とか、その、しか言ってなかったじゃない」

少年「ぐぅ……」

少女「はぁ……。でもまぁ、仕方ないね」

少年「そう、だな……」

少年(おかしいな。普通祭りってもう少しワクワクするものじゃないのか?)

少年(まさか、こんなにも憂鬱になるとは……)

少年・少女「「はぁ……」」

少年(適当に顔を出して、すぐに帰ろう。酒を飲んでるなら、上手く抜けられそうだ)

――――

少年「……と、思っていたが」
295 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:19:29.07 ID:9OC/ch8I0
ワイワイガヤガヤ

少女「あれ?」

少年「おい。なんか、話に聞いてたのと違うぞ」

少女「あれ? あれれれれ?」

少年「焼きそばとかあるぞ」

少年(普段何もない広場には、いくつか屋台が並んでいて、傍らの発電機がブツブツと駆動音を鳴らしている)

少年(そこから漂ってくるにおいは、空っぽの胃を絶えず刺激してくる)

少女「ど、どうして。去年までこんなの……」

農家「驚いたかい?」

少女「わぁっ!?」
296 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:19:55.14 ID:9OC/ch8I0
少女「お、おじさん……」

農家「村の大人たちみんなで準備したんだよ」

少女「えっ……?」

農家「まぁ、昔のものを掘り出してきたのがほとんどなんだけどね」

少年「気づかなかった……」

農家「そりゃそうさ! なんてったってサプライズだからね」

少女「これを、私たちの、ために……?」

農家「ははは、まぁね。それに、他にも小学生が何人かいてね。いい機会だと思って」

少年「小学生……、あー」

少年(いつかのオオクワガタをあげた子供のことを思い出す)

農家B「そうだぜ、坊主ども」

農家C「こいつが唐突に『今年はちゃんとした祭りやろう』なんて言い出しやがって」

農家「お前ら! それは言わない約束だろ!」
297 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:20:21.12 ID:9OC/ch8I0
農家B「なんでいなんでい。別に減るもんでもねぇんだし」

農家C「そうだよぉ。こういうのはむしろ言うのが、お約束ってやつだぜ?」

農家「もう飲んでやがるな?」

農家B「それもまたお約束ってやつよ」

少年「あはは! 仲、良いんですね」

農家「最早腐れ縁でな」

農家C「そうそう! 小坊の時からのダチよ」

農家B・C「「ハッハッハッハッ!」」

農家「酔っぱらいに付き合わせるのもアレだし、回ってきなよ」

少年「はい、ありがとうございます!」

少女「…………」

少年「どうした?」

少女「……ううん。ただ、嬉しくて」

少女「おじさん、ありがとうございます」
298 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:20:53.65 ID:9OC/ch8I0
少女「焼きそば! こういうの食べてみたかったの!」

少年「俺も、食べるのは初めてだな」

少女「私も小さい頃に来たことあるみたいだけど、あんまり覚えてなくて」

少女「だから、二人とも全部初めてだね」

少年「ああ」

少女「あ! あっちはかき氷だって!」

少年「先に焼きそばを食べ終わった方がいいんじゃないか?」

少女「くぅーー!!」キィーン

少年「って、早!?」

少女「キンキンに冷えてやがる!」

少年「ビールじゃないだろ、それ」
299 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:21:21.02 ID:9OC/ch8I0
少女「一口いる?」

少年「もらえるなら、まぁ……」

少女「はい、あーん」

少年「え」

少女「あーん」

少年「ほ、本当にやるのか?」

少女「いいから。一回やってみたいの!」

少年「む。そう言われると弱い……」

少女「早く、溶けちゃうから!」

少年「わ、わかったよ。あ、……あーん」
300 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:22:16.18 ID:9OC/ch8I0
少女「どう?」

少年「んー。冷たいし、甘いし、これは――」

少女「そうじゃなくて」

少年「ん?」

少女「間接キス、だね」

少年「んぐぅっ!?」ゴクリ

少年「!」

少年「くぅーーーーー!!!!!」キィーン

少女「あはははは! 動揺しすぎだよ!」

少年「君が、突然変なこと言うからじゃないか……。まだ頭がキンキンする……」

少女「なんか顔赤いよ?」

少年「気のせいだ! バカ!」
301 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:22:46.09 ID:9OC/ch8I0
??「あーーー!」

少年「ん?」

男の子「オオクワガタのお兄ちゃん!」

女の子「オオクワガタ?」

少年「大事にしてるか?」

男の子「うん! あれからもっと大きくなった!」

少年「そうかそうか」

女の子「オオクワガタって?」

男の子「この人すげーんだぜ? オオクワガタ見つけたんだよ! 普通全然見つかんないのに!」

男の子B「マジかよ! ずりー!」
302 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:23:14.15 ID:9OC/ch8I0
女の子「へぇー。虫なんて捕まえて何が楽しいの?」

男の子「お前わかんねぇの!?」

男の子B「めっちゃカッコいいじゃん!!」

女の子「ガキ臭い」

男の子「ひでー!」

男の子B「まぁいいや! あっちで金魚すくい行こうぜ!」

女の子「金魚すくい!」

男の子「じゃあお兄ちゃんたちじゃあねー!」

少年「おー、頑張れよー」

少女「大人気だね」

少年「そりゃ昆虫は男のロマンだからな。ムシキ○グとか流行ったし」

少女「ムシキ○グ……?」

少年「……今、ちょっとジェネレーションギャップを感じたよ」
303 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:23:54.17 ID:9OC/ch8I0
少女「うーん、一通り回っちゃったねー」

少年「回ったなぁ」

少女「どうする? もう一周しちゃう?」

少年「いや、ちょっとここで休もう。そのへん座って」

少女「……ふふっ」

少年「なんだよ」

少女「なんでもなーいよ」

少年「そうかい」
304 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:24:20.33 ID:9OC/ch8I0
少女「はぁ……金魚一匹もすくえなかったな」

少年「あれ、結構難しいのな」

少女「ねー。紙すぐに破けちゃうし」

少年「隣でやってたおじさんが名人級に上手くてさ」

少女「そうそう! 一枚で何匹とってたかなぁ」

少年「本当に同じ紙なのか、あれは……」

少女「でも、楽しかったー」

少年「ああ」

少女「楽しかった、な」

少年「……ああ」
305 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:24:55.45 ID:9OC/ch8I0
少年(祭りの喧騒が遥か遠くのように聞こえる)

少年(そんなに離れていないはずなのに、辺りがすごく静かだ)

少年(二人とも何も言わなかったけど、思っていることはなんとなくわかる)

少年(いつの間にか少し小さくなった夏の虫の声)

少年(ひんやりと冷気をはらみ始めた夜の風)

少年(いくつもの要素が俺たちに絶えず告げてきている)

少年(時間の流れというものの存在を)

少年(季節が移り変わることを)

少年(『今』が終わり続けていることを)

少年(その終着点は、すぐ近くにあることを)
306 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:25:35.16 ID:9OC/ch8I0
少年「なぁ」

少女「なに?」

少年「いろいろありがとうな」

少女「どうしたの、急に」

少年「言っておきたくなったんだ」

少女「あはは、らしくないなぁ」

少年「茶化すなよ」

少女「そうだね、ごめん」

少年(彼女は遠くをぼんやりと見つめる)

少年(その横顔は、繊細な筆致で描かれた水彩画のように美しく、思わず見惚れてしまう)
307 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:26:02.39 ID:9OC/ch8I0
少年(そして、なんだか気恥ずかしくなって、視線を外して彼女と同じ方を向く。そこにあるのは夜空だけ)

少年(数え切れないくらいに小さな光の粒が敷き詰められた、一面の黒)

少年(満天の星空に、自分たちが包み込まれたようだった)

少年「……俺さ」

少女「うん?」

少年「思い出したんだ。前に聞かれてたこと」

少女「それって……」

少年「どうして、俺が勇者になったか」

少年「どうして、魔王と戦おうと思ったか」
308 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:26:35.41 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少女『燃えちゃう……。全部、なくなっちゃう……』

自分たちが住んできた村が、どんどん焼けてなくなっていくのを、見ていることしかできずにいた。

少年『くっ……!』

自分の無力を呪う。

ここにいる女の子一人、もしもあの火がここに飛んできたら、守ることができない。

何もできない自分が、嫌で仕方なかった。

自分の身体の中が少しずつ熱を帯びていくのは、怒りのせいだと思った。

少女『私たち、これからどうなるのかな……』

少年『大丈夫だよ』

少女『そう、なのかな……。どうしてそんなこと言えるの?』

少年『どんなことがあっても、君だけは、俺が――』

その時だった。

耳をつんざくような爆音が、自分の後ろから轟いた。
309 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:27:01.21 ID:9OC/ch8I0
少女『きゃあっ!?』

少年『うわっ!!』

一瞬で辺り一面が火の海となる。

頭上を見上げると、巨大な鉄の塊がその元凶なのだとわかった。

少年『クソ……っ!』

少女『ど、どうするの?』

少年『どうするって言ったって……!』

逃げ場はない。このままだと二人とも焼け死ぬのが目に見えていた。

神様でも何でもいい。自分たちを、せめて彼女だけでも救って欲しい。

そう叫んでいた。

少女『熱い……っ、死にたくない……っ!』

彼女が俺の服の裾を引っ張る。

どうにかしないと。

ただ焦燥感が頭の中を駆け回る。
310 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:27:50.46 ID:9OC/ch8I0
上に逃げ場なんてないのに、また空を見上げた。

鉄塊は今もなおそこにあって、するとその時、また黒い塊が落ちてくるのが見えた。

少年『嘘だろ……?』

さっきのと同じものだと瞬時に理解した。

あれはいま自分たちがいる場所に落下してくる。

そうすればどうなるのか。

守らないと。

絶対に、彼女だけは……!

こんな火さえ、こんなものさえなければ……!

――――!

その時、何かが弾ける音が、自分の中で響き渡った。
311 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:28:19.85 ID:9OC/ch8I0
――

――――

次に意識が覚醒した時、俺は宙に浮いていた。妙に身体が軽い、まるでなくなってしまったかのように。

??『気がつきましたか?』

声がした。

鈴を鳴らしたような、透き通っていて綺麗な声だった。

少年『あ、あれ……? 俺は……? てか落ち……っ、ない?』

??『よくあんな上級魔法を使えましたね。こんな魔力の薄い世界で、魔法の知識もゼロのあなたに』

少年『魔法……? えっ……?』

そこでようやく自分が気を失う寸前のことを思い出し、飛び上がった。

少年『あ、あの火は!? 俺は、彼女はどうなったんだ!?』

辺りを見渡すと、自分がついさっきいた山の少し上の方で浮いているのだとわかった。

少年『あれ……? 火は?』

??『覚えていないのですか? あなたが消したんですよ?』
312 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:28:46.11 ID:9OC/ch8I0
少年『俺が……? どうやって……?』

??『無意識であれだけのことを……』

少年『?』

??『あなたは結界魔法を使って、爆弾と火を消してしまったのです』

??『その魔力の代償として、あなたの肉体は消滅してしまいましたが……』

少年『ちょ、ちょっと待って。何を言って……』

少女『どこに行ったの……ねぇ……っ!』

少年『!』
313 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:29:12.40 ID:9OC/ch8I0
少年『おい! 俺はここだ! おーい!!』

少女『ねぇ……、ねぇってば……!』

少年『聞こえて……いない……?』

??『あなたの肉体は、もうありません。今のあなたは、魂だけの状態なのです』

少年『うるさい、あんたは黙ってろ!! おい! 俺はここにいるぞ!!』

少女『どうして……? どこにも行かないって約束したばかりなのに……!』

少年『違う、俺は――!』

??『現実を認めてください。あなたは死んだのです』

少年『……!』

??『あの子を守って、あなたは……』

少年『……嘘、だろ?』

??『事実です』
314 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:29:42.31 ID:9OC/ch8I0
少年『どうにかなったりは、しないのか……?』

??『私には人を生き返らせることはできません。できることは、誰かの魂を転生させることと、ほんの少しの魔法だけ』

少年『転生……?』

??『あなたをこの世界に転生させることはできます。今この瞬間に生まれる新たな生命として』

少年『……つまり、赤ん坊からやり直しってことか?』

??『理解が早くて助かります。しかし、私はあなたにお願いがあって、あなたの魂を現世に押し留めているのです』

少年『お願い?』

??『お話するよりも実際に見てもらう方が早いでしょう』
315 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:30:20.46 ID:9OC/ch8I0
それから俺が見せられたのは、魔物という存在と、それと戦う人々の姿だった。

??『あなたに、これらの世界を救ってもらいたいのです』

少年『どうして、俺が?』

??『あなたには天性の勇者としての素質があるからです』

少年『そんなもの、俺には……』

??『あります。つい先程証明してもらったばかりですよ』

??『この世界では魔法はほとんど使えません。簡単な、例えば火を起こす魔法だって、不可能です』

??『しかし、そんな世界であなたは上級魔法である、結界魔法を使った。これは普通ではありません。むしろ異常、超常的です』

少年『…………』

??『あなたのステータス、能力値が私には見えますが、どれも底なしです。きっとどんな魔王が相手だろうと、あなたならたくさんの世界を救えることでしょう』

その人の言っていることは、ほとんど理解できなかった。けれど、ただ一つだけわかったことは――。

少年『俺が、世界を……?』

少年『この人たちを、助けられる……?』

??『ええ』
316 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:30:46.21 ID:9OC/ch8I0
少年『一つ、聞きたい』

??『なんでしょう?』

少年『どうして、あなたがそうしないんだ?』

??『……できないのです』

少年『できない?』

??『先程申した通り、私にできることは限られています。私という存在が関わることのできる事象が、ほとんどないと言って等しい』

??『理由は自分でもわからないのですが、こうしてあなたと接触できたことが、奇跡と言ってもいいのです』

??『だから、あなたにお願いしたい』

??『彼らを、世界を、救ってもらえませんか……?』

少年『…………』
317 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:31:15.07 ID:9OC/ch8I0
俺は、救えなかった。

火によって焼かれる自分の村を、見ていることしかできなかった。

目の前で人々が死んでいくのに、ただ、立ち尽くすことしか。

そんな自分に救えるものがあるのなら、俺は――。

少年『わかった』

??『えっ?』

少年『やるよ。その勇者というものに、俺はなってやる』

少年『それで、たくさんの人を俺は、救いたい』
318 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:31:42.22 ID:9OC/ch8I0
――

――――

少年「俺は、守りたかったんだ」

少年「今、俺たちの目の前にあるような光景を」

少女「光景?」

少年「ああいうものをさ」

少年(祭りの方を指差す。村中の人たちが集まって、いろんなことをして笑い合っている)

少年「ああいう平凡で、でも幸せな毎日を、俺は守りたかった」

少年「一度、たくさん失ったから、だから、今度は守りたいって」

少年「いつからか忘れてしまって、ただ魔王を倒す。人間を守るとしか考えられなくなっていたけれど」

少年「本当はそうじゃなかった。俺が守りたかったものは、少し違っていたんだ」

少女「……そっか」

少女「正直、私にはよくわからないけど、でも、あなたの顔を見てると、それでいいんだって思うよ」

少年「それも、君のおかげだ」

少女「えっ?」
319 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:32:15.76 ID:9OC/ch8I0
少年「ここに来て、初めて綺麗だと思ったのはこの星空だった」

少女「…………」

少年(彼女は何も言わないが、微かに瞳が頷いたように見えた)

少年「あの瞬間、俺は自分が少しだけ人間になれた、いや、戻ったと思えた」

少年「今になって思えば、俺の心はもう人間じゃなくなっていた」

少年「目の前で誰かが泣いていようが、苦しんで死のうが、何も感じなかった。何かがきっと麻痺してたんだと思う」

少年「そんな俺をまた一人の人間にしてくれたのは、君なんだ」

少年「君と過ごしたこの時間が、俺を救ってくれたんだ」

少女「そんな、大げさだよ」

少年「大げさなんかじゃない」
320 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:32:42.04 ID:9OC/ch8I0
少年「君と過ごす毎日は、俺にとって……」

少年「俺にとって……」

少年(言葉が詰まった。次に口にする言葉はわかっているのに、どうしても声に出せない)

少女「……いいよ。たぶん、私も同じだから」

少年「そう、かな」

少女「そうだよ。だから、私からも言わせて」

少年「君、から?」
321 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:33:08.32 ID:9OC/ch8I0
少女「私ね、君から教わったの。大事なこと」

少年「教わった? 俺から?」

少女「うん。そうだよ」

少年「何か説教した記憶は……、早起きくらいしか思いつかないな」

少女「ぷっ、あはは! それもかもね!」

少女「私ね、ここには、何もないと思ってた」

少女「動物園も遊園地もプールもなくて、いるのもおじいちゃんやおばあちゃんばかりで、私と同じくらいの歳の人はいなくて」

少女「だから、あなたが来た時、本当にすごく胸が躍ったんだけど」

少年「…………」

少女「でもね、違ったの」

少女「ここに、何もないんじゃなかった」

少女「私が探そうとしていなかっただけだったの」
322 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:33:34.37 ID:9OC/ch8I0
少女「山に行けば冒険が待っていたし、海に行けば海の家やたくさんの人がいなくても楽しかった」

少女「それだけじゃない。つまらないと思ってた畑仕事とかも、実際にやってみたら結構面白かったり」

少女「見つけようと思えば、いっぱいのものがあったんだ」

少女「それを教えてくれたのは、あなた」

少女「だからね、ありがとう」

少女「……あはは。あなたに比べたらちょっとスケール小さいね」

少年「そんなことないし、お礼を言われるようなことなんて」

少女「いいの、私が勝手にあなたに感謝してるだけ。あなただってそうだよ」

少女「お互いにそうしようと思ってたわけじゃないんだから」

少年「……そっか。そんなもんなんだな」

少女「うん、そんなもん」
323 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:34:00.33 ID:9OC/ch8I0
少年(それからまた会話は途切れた)

少年(二人とも言いたいことはもう十分に言い切ったし、それで互いに理解できた)

少年(だから、これでいい)

少年(……いや、まだ言い足りないことは、ある)

少年(その言葉は今まで何度も心の中に浮かび上がっては、自重で沈んでいった)

少女「ね、ねぇ」

少年「ん?」

少女「あ、あの、ね……」

少年(心なしか、彼女の声が震えているような気がした)

少女「私……あな――」
324 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:34:30.89 ID:9OC/ch8I0
ドンッ。

少年(重く大きな音が、胸の奥に響く)

少年(赤い大輪の花が、夜空にパッと咲き上がる)

少年「綺麗だ……」

少年(あまりにも突然の出来事に、思考が追いつかない中、ふとそんな声が漏れた)

少女「花火なんて、どうして?」

少年(遠くの方に何度か話したことのある人が見えた)

少年(都市の花火大会用の花火を作っているって、言っていたっけ)

少年「あの人、ここで打ち上げる用の花火は作ってないって言ってたような……」

少女「お祭りだから、じゃない?」
325 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:35:25.01 ID:9OC/ch8I0
少年(地面がピカッと一瞬閃光を放ち、かん高い音を鳴らしながら地面から空へと上っていく)

少年(それはまた開く。青色の光の粒が四方八方に広がる)

ドンッ。

少年(遅れて響く、爆発音。まるで空を思いっきり殴りつけたようだ)

少年(花火は次々と打ち上がって、空を赤、黄、緑とそれぞれの色彩で染めていく)

少女「綺麗だねー」

少年「ああ」

少年(ふと、思い出す)

少年(昔、もう気が遠くなるくらいに長い時間が過ぎる前、今と同じようなものを見た) 

少年(両親がいて、兄弟がいて、友達がいて、みんなしてバカみたいにただ空を見上げていたのだ)

少年(大切だった。本当に、心の底から)

少年(だから、もう失いたくない。次は、次こそは……)

少年「……あ」

少女「あ」

少年(そんなことを考えながら彼女の方を見ると、見事に目が合ってしまう)
326 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:35:51.08 ID:9OC/ch8I0
少年「……さっきさ」

少女「えっ?」

少年「さっき、何て言おうとしてたんだ?」

少女「……さぁ?」

少年「さぁって……」

少女「もう忘れちゃった。たぶん大したことじゃないよ」

少年「そんな風には聞こえなかったが」

少女「だって、本当に大事なことなら、後からだって言うでしょ?」

少女「言わないってことは、忘れるってことは、それくらいくだらない、どうでもいい話だってことだよ」

少年「…………」

少年(そう言われてしまっては、これ以上問いつめることもできない)

少年(だが、その方がいいのかもしれない)

少年(もしも)

少年(もしも、そういうことだったら――)
327 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:36:17.10 ID:9OC/ch8I0
少女「……もう、お祭りも終わりだね」

少年(見れば少しずつ人も少なくなり、屋台の明かりも弱くなってきている)

少年「明日……」

少女「うん、明日の今頃は私はもう……」

少年「そっか……」

少女「あなたも、また戦いに戻るんでしょ?」

少年「ああ。休暇はおしまい」

少女「そうだよね……。ここに戻ってきたりもしないのかな」

少年「……わからない。最後まで終わるのにあとどれくらいかかるのかも。そもそも終わるのかどうかも」

少年「あと、十個くらいだったっけな。俺が行く世界は」

少女「じゃあ、十回魔王と戦うんだ」

少年「そうなるな。……けど」

少女「けど?」
328 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:37:15.10 ID:9OC/ch8I0
少年「今度は、違うやり方で世界を救おうと思ってるんだ」

少女「違うやり方って?」

少年「人と魔物が戦わなくてもいい、互いを憎み合って争うようなことがない」

少年「できるかわからないけど、やってみようって」

少年「今までの経験を全部フルに活用すれば、どうにかなるかもしれない」

少女「あなたなら……」

少女「あなたなら、きっとできるよ」

少女「だって、今まで何百回も世界を救ってきた勇者なんでしょ?」

少年「桁が一つ違うよ」

少女「あ、何十回だったっけ。それでも、もう世界を救うことに関して言えば、大ベテランなわけで」

少女「あなたなら……ううん、きっとあなたにしかできないことだよ」

少年(まっすぐな瞳が、俺に笑いかけてくれる。口にする前は自分でも不安だったはずなのに、彼女の言葉がすごく心強く感じられた)

少年「ありがとう」
329 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:37:41.99 ID:9OC/ch8I0
少女「……じゃあ、もう会えないんだね。当分」

少年「たぶんね。君が生きている間に終わらないかもしれない」

少年(少しだけ、嘘だった)

少年(彼女のおばあちゃんとの記憶を思い出したことによってわかったこと)

少年(この世界と、魔王と戦ってきた世界では時間の流れ方が違うのだ)

少年(俺が女神様と出会って世界を救い始めてから、途方もない時間が流れている。しかしここではせいぜい数十年といったところ。残っている世界の数から考えれば、十年やそこらで戻ってこれてもおかしくはない)

少年(だが、それでも十年)

少年「この一ヶ月、どうだった?」

少女「楽しかったに決まってるじゃない! こんなにいろんなことがあった夏休みなんて、これまで、もしかしたらこれからもないよ!」

少女「本当に楽しかった! すごく……っ、楽し……かった……っ」

少女「だから……っ、今、こんなに……っ! ひっぐ……っ」

少年「そっか……。なら、よかったよ……」
330 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:38:07.99 ID:9OC/ch8I0
少女「ひっぐ……、向こうで頑張ってね」

少年「ああ、ありがとう。君も、こっちでいろいろ頑張れよ」

少女「うん……」

少年「大丈夫だよ。君なら」

少年「君が大丈夫だって言った俺が言うんだ。だからさ」

少女「……ぷっ、何それ」

少年「説得力あるだろ? 人に頑張れって言った手前、これならそっちも頑張らなきゃな」

少女「説得と言うより、それ脅迫だよ」

少年「あはは! 確かに!」

少女「ふふっ!」

少年(二人の笑い声が風に乗ってどこかへ流れていく)

少年(そうだ。終わり方はこんな感じがいい)

少年(こんな感じで、いい)

少年(…………)

少年(……本当に、いい?)
331 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:38:34.00 ID:9OC/ch8I0
少女「さ、帰ろ? 明日も朝早いし」

少年「……ああ、最後に寝坊なんてのもな」

少女「うん」

少年(彼女が俺の先を歩いていく。雑草を踏む音を等間隔で鳴らしながら)

少年(言えるわけがない。言っていいはずがないんだ)

少年(そんな自己中心的で身勝手な言葉を)

少年(なのに、心は今もなお叫び続ける)

少年「……なぁ、ちょっといいかな」

少女「…………」

少年(足音がやむ。彼女の動きが止まる)

少女「……なに?」

少年「好きだ」
332 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:38:59.92 ID:9OC/ch8I0
少女「…………」

少年(彼女はこっちを振り向くと、ポカンと口を開けたまま呆然としているようだった)

少年「…………」

少女「……それって」

少女「それって、どういうこと……?」

少年「そのままの意味だよ。俺は、君のことが好きなんだ」

少女「……それ、本当?」

少年「こんな時に冗談なんて言わないよ」

少女「そっか。あなたは言うような人じゃないね」

少年「そうだよ」

少女「……私で、いいの?」

少年「えっ?」
333 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:39:32.34 ID:9OC/ch8I0
少女「だって私、普通だよ?」

少女「あなたみたいな勇者じゃないし、何もない、平凡な人生を送ってきた、普通の女の子だよ?」

少年「そんなことないだろ。それに今は関係……」

少女「あるよ。だって私じゃ、あなたには釣り合わないし……っ」

少女「それに、これからあなたは、またいろんな世界に行くんでしょ? そしたら、きっと私よりも綺麗な人も、すごい人もいっぱいいるだろうし、だから……!」

少年「そんなことを心配していたのか?」

少女「えっ?」

少年「あ、いや……」

少年「それ以外の心配は、なかったのか?」

少女「えっ? ど、どういうこと?」

少年「…………」

少年「だって、俺が言いたかったのは――」

少女「私、あなたのためなら待つよ?」

少年「……!」
334 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:40:01.84 ID:9OC/ch8I0
少年「なんで……、なんでそんな簡単に言えるんだ……?」

少女「そんなの、決まってるよ」

少年「何年かかるかもわからない……! もしかしたら君が生きている間に終わらないかも……」

少女「それでもいいよ」

少年「なんで……、わからない。君の考えが理解できない……!」

少女「どうしてわからないかなぁ。もしもあなたが私の立場だったら、同じ風に考えないの?」

少年「俺が、君の?」

少女「うん。理由は簡単」

少女「私も、あなたのことが好き」

少女「それだけじゃ、ダメ?」
335 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:40:27.96 ID:9OC/ch8I0
少年(自分と向かい合う少女はあっけらかんとしていた)

少女「あなたなら、きっと終わらせて帰ってくる。そう信じているもん」

少年「なんでそんな……」

少女「あなた自身だってそう思ってるように見えるけど?」

少女「それにさ、世界を救うために戦ってるなんてそんなカッコいい人、他にいないよ」

少年(その目には一点の曇りもなく、嘘をついているようでも自信なさげでもない)

少年「……本当にいいのか?」

少女「しつこいなぁ。さっきからそう言って――」

少年(その行為は衝動的で、理性は押し止めようとするも役に立たなかった)

少女「わっ!」

少年(俺は彼女の体を抱きしめていた)

少年(どうしようもないくらいに愛おしかった)
336 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:40:53.87 ID:9OC/ch8I0
少年「きっと、いや絶対、ここに戻ってくる。俺は、君に会いに、また」

少女「……うん。あんまり待たせないでね。でも、無理はしないで」

少年「ああ。わかってる」

少女「その時、私何歳なんだろうなぁ……。前にあなたに十年女を磨いてこい、みたいなこと言われたけど、十分過ぎる時間だね」

少年「戻ってきたら、ここで二人で暮らそう。死ぬまで、ずっと一緒にいよう」

少女「……それって、プロポーズ?」

少年「かもな」

少女「ロマンティックなんだか、そうじゃないんだか、わからないなぁ」クスッ
337 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:41:30.42 ID:9OC/ch8I0
少女「……そうだ、じゃあ、ロマンティック追加ということで」

少年「ん?」

チュッ

少年「な……っ!」

少女「私、毎年夏になったらここに来るから」

少女「その時に、また、ね?」

少年(そう言うと彼女は恥ずかしそうに笑った)

少年「……そういうとこが、本当にもう」

少年(思わず笑みがこぼれる。だから、俺は彼女に――)

少年「じゃあ、何年か先の夏で、また」

少女「うん。また……」

少年「ああ、それとこれなんだけど」

少女「?」

少年「君に、持っていて欲しいんだ」
338 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:41:56.40 ID:9OC/ch8I0
――

――――

女神「お久しぶりですね、勇者さま」

少年「ああ、久しぶり」

女神「随分と、人間らしい顔に戻りましたね」

少年「そんな感じのことを言われると思ってたよ」

女神「あら」

少年「……でも、悪くない気分だ」

女神「休暇も悪くないでしょう?」

少年「ああ、確かに」

女神「だから今まで何回も、休むように言っていたのに。勇者さまは聞く耳持たないですし」

少年「悪かったって」

女神「ふふっ」
339 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:42:24.56 ID:9OC/ch8I0
少年「それと、ありがとう。強引にでもあの世界に飛ばしてくれて」

少年「全部、偶然なんかじゃなくて、女神様が仕組んだんだろう?」

女神「あら、どこまで知っていますの?」

少年「全部だよ。俺はあの世界で、あの村で生まれ育ったんだ」

少年「いつの間に、忘れてたんだろうな……」

女神「そんなことまで……」

少年「あれ? 知らなかったのか?」

女神「ええ! だって魔力を送るのに精一杯でしたもの!」

少年「でも、最初の時はそんな苦労してなかったような……」

女神「あの時はまだ、ここまで酷くはなかったような……。何か他の手段を使ったのでしょうか……?」

少年「忘れたのか」

女神「し、仕方ないじゃないですか! あれからどれだけの時間が経っていると思っているんですか!?」

少年「いや、逆ギレされても……」
340 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:43:05.69 ID:9OC/ch8I0
少年「それよりもだ」

女神「はい?」

少年「休暇は終わり。じゃあ、一刻も早く次の世界を救いに行かなきゃな」

女神「……そうですね!」

少年「あと、10個?」

女神「11です。勇者さま」

少年「11か」

○○「すぅー……」

勇者「……よし」

女神「では、次の世界に勇者さまを転移させますね」

勇者「頼んだ」

女神「転移魔法(フィラー)!」
341 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:51:03.23 ID:9OC/ch8I0
――

――――

『  』は生命の進化を見届け、果てにそれらは二種類に別れた。

それが人間と、魔物。

どう調整しても、それらが争い世界は崩壊するばかり。

だからその存在は、その世界を見捨てまた新たな世界を作った。

何度やっても、同じことの繰り返し。

その回数は108。
342 : ◆Rr2eGqX0mVTq [saga]:2018/08/01(水) 00:51:29.38 ID:9OC/ch8I0
――

――――

勇者(静寂が包んだ城の広間に、外から微かに歓声が聞こえてくる)

勇者(きっと戦いが終わったことを知ったのだ)

勇者(終わった)

勇者(幾年にも及ぶ人間と魔族の戦いが、ようやく終わりを告げた)

勇者(平和が訪れたのだ)

勇者(もう魔族の者と戦う必要も、いつ殺されるかもわからない夜を過ごすことも、闇を恐れて生きる義務も、今となっては不要の長物だ)

王様「では、魔王殿。この平和条約に調印を」

魔王「うむ」

勇者「…………」

――――

仲間「やりましたね! 勇者さま!」
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