マリ「超特急デネブ?」結月「そうです」

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296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 15:47:14.94 ID:KOzKQsUKo

―― 展望車


栞奈「え、食堂車でキマリが働いてて……」

一輝「あの二人がディナーねぇ……」

日向「うむ。美味しそうだったぞ」

栞奈「なんで、そんな面白いこと呼んでくれなかったのー!?」

日向「茶々入れるからだよ」

報瀬「おかげでいいシーンが撮れたってディレクターさんが言ってた」

栞奈「『おかげで』って酷い言い方するじゃないか」

一輝「それで、その二人は?」

日向「秋槻さんは仕事に戻って、みことは着替えに」

一輝「……そうか」

栞奈「あー? ひょっとしてみことちゃんのおめかし姿見たかったんじゃないのー?」

一輝「別に」

栞奈「まーた、クールぶっちゃって〜」

一輝「うるさいな、お前は」

日向「なー、報瀬」

報瀬「なに?」

日向「そろそろ、やっとくか?」

報瀬「……なにを?」

日向「勉強会」

報瀬「あー……、うん。やるなら、明日の朝、ここで、かな?」

日向「そだな」

栞奈「え、勉強するの? 旅の途中で?」

日向「そりゃ……私ら受験生だし」

報瀬「私は、どうするか分からないけど……一応」

一輝「進学しないってことですか?」

報瀬「他にやりたいことがあって……。でも、おばあちゃんは大学行けって」

栞奈「そんなの止めてさ、どうせするなら次の観光地の勉強しましょうぜ」

日向「変な誘惑するな。キマリの為でもあるんだからな」

栞奈「ほら〜、名古屋城にひつまぶし、シャチホコの遊覧船が私たちを待ってるんだよ〜」

日向「しゃ、シャチホコの遊覧船……!?」

報瀬「日向、喰いつかないで」

一輝「進学……か」

栞奈「ちょっと、なに真面目ムード出してるの! 楽しい旅の途中でさ!」

日向「そういうお前も真面目に勉強するべきじゃないのか!」

栞奈「私はいいの、やるべきことやってるから」

日向「…………」

栞奈「あ、疑ってるね」
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 15:50:07.69 ID:KOzKQsUKo

報瀬「栞奈は進路どうするの?」

栞奈「だーからー! 現実なんてどうでもいいじゃないのー!
   もっとこう、ワクワクするような話しようじゃないか、諸君!」

一輝「それでいいのか?」

栞奈「いいよ、それで」

一輝「……栞奈がそれでいいなら、いいけどさ」

栞奈「いいって、言ってるでしょ」


一輝「……」

栞奈「……」


日向「……ん? なんだこの空気?」

報瀬「……さぁ?」

一輝「テレビ点けるけど、うるさかったら言ってくれ」

ピッ

日向「何を見るんだ?」

一輝「甲子園」

日向「ふーん……。野球ね……」

報瀬「好きなの?」

一輝「一応、野球部員なんです」

日向報瀬「「 えっ!? 」」

栞奈「私と同じリアクションだ」

一輝「ほとんど部に出てないから、補欠にもなれないんですけど」


『今年も夏がやってきた。世界で一番あつい夏が――。』


日向「それでも、わざわざこうやって見るくらいには好きなんだな」

一輝「まぁ、うん……」

報瀬「意外……」

栞奈「妹の面倒を見なきゃいけないから、早く帰らなきゃいけないんだよね」

日向「へぇ……」

報瀬「妹想いなんだ……」

一輝「チッ……いちいち言うなよ」

栞奈「舌打ちすることないでしょ。一輝の好感度を上げようとしただけなんだから」

一輝「余計なお世話だっての」


『この場所で、一度きりの夏を――。』


報瀬「そういえば、いつも思ってたんだけど」

一輝「?」
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 15:51:39.03 ID:KOzKQsUKo

報瀬「女子って甲子園に出られないの?」

栞奈「だって……それは、ねぇ?」

日向「……なぁ?」

一輝「フフッ」

日向「あ、鼻で笑った」

報瀬「……」

一輝「あ、いや……ちがうんです……! 
   先輩と同じこと言ったからつい……!」

栞奈「なに怯えてるの?」

一輝「べ、別に……怯えてはいない……だろ」

日向「気になってたんだけどさ、どうして報瀬には丁寧語なんだよ?」

一輝「ぅ……」

栞奈「さ、白状したまえ」

一輝「部に……小淵沢さんと……似た人が居て……」

報瀬「私と?」

日向「女っぽい男?」

一輝「なんでだよ。マネージャーだ。厳しくて、口うるさくて、……怖いんだよ」

栞奈「ほぉ、一輝が恐れるほどに……」

一輝「というか、部員全員にな。先生とかもあまり強く言えないみたいでさ」

報瀬「……それで?」

一輝「いや……それで、と言われても。だから、です……としか」

日向「トラウマが蘇るんだって」

報瀬「ふぅん……」

一輝「……」

栞奈「ほら、圧力かけない」

報瀬「かけてない」

日向「報瀬の前では借りてきた猫みたいだにゃ〜」

栞奈「だにゃ〜」

一輝「……調子に乗りやがって」チッ


……


299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 15:55:56.90 ID:KOzKQsUKo


『明日から熱戦が始まります』


『球児たちの様々なドラマが生まれるでしょう』


一輝「……」

栞奈「ドラマ……ねぇ」

一輝「ん? あれ? あの二人は?」

栞奈「日向はキマリのとこ。報瀬は親に連絡するって、個室に戻ったよ」

一輝「そうか」

栞奈「今、美人アナウンサーが言ってたドラマってさ、なんだろうね」

一輝「……マウンドに立つ選手たちが、抱えてるのも……じゃないか。悩みとか壁とか」

栞奈「それを乗り越えて優勝したら栄光を浴びる。そういうのがドラマ?」

一輝「なにが言いたい?」

栞奈「その栄光を赤の他人が見て、感動できるの?」

一輝「よくやったな、おめでとう。とは思うだろ」

栞奈「それは努力が実った瞬間に立ち会って、賞賛してるんだよね」

一輝「……」

栞奈「創作物のドラマと違ってさ、
   実在する私の知らない人がどんな感動的な行動をしても、私の心が動くことはないんだよね」

一輝「……」

栞奈「私はその人の生い立ちを知らないから」

一輝「……穿った見方してるな」

栞奈「そうかな……。……やっぱり、変?」

一輝「いや、それは分かるよ。俺たちにもそういう人がいるから」

栞奈「ほう……聞かせてくれたまえ」

一輝「なんで偉そうなんだよ……。知識とか情熱……とか、誰よりも持ってるのに、
   体格が恵まれなくて万年補欠の先輩がいてさ」

栞奈「ふむふむ」

一輝「それでも、好きな野球からは離れなくて……。そんな人が最後の試合に出場したんだよ」

栞奈「へぇ……」

一輝「監督も他の選手もその人の努力を知ってたから、記念に……ってな」

栞奈「……」

一輝「正直、俺はイラついた。だけど、俺には何も言う資格はないから黙ってるしかなかった」

栞奈「どこにイラついたの?」

一輝「だって、記念だぜ? 勝負の世界に、記念に参加するってなんだよってさ」

栞奈「あぁ……うん、なるほど」

一輝「マネージャーも不満顔だったから、何か言うんだと思ってたけど、黙ってた」

栞奈「……どうして」

一輝「理由が気に入らないだけで、その人が居れば勝てる、と思ったんだろう」

栞奈「結果は?」

一輝「負けた」

栞奈「……」
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:00:09.36 ID:KOzKQsUKo

一輝「でも、俺が見てきた野球の中で一番熱い試合だったよ」

栞奈「……!」

一輝「球場の誰もが試合の結末を知ってたんだ。二人を除いてさ」

栞奈「その人と……誰?」

一輝「……俺。……って言いたいけど、違う。マネージャーだった」

栞奈「一輝も負けるって思ってた?」

一輝「相手は甲子園に何度も出場してて、去年全国準優勝して、
   その時のメンバーほとんど残ってるからさ……」

栞奈「少年漫画にありがちな展開……!」

一輝「本当だよ。試合の中盤まで7点差で負けて、あとは淡々と時間が流れるのを待つだけ」

栞奈「それで……そのあとは?」

一輝「相手のピッチャーが交代して、流れが変わった」

栞奈「ふむ」

一輝「その時、その人が呟いたそうなんだ。『チャンスだ』って」

栞奈「一輝はどこに居たの?」

一輝「応援席だよ。ベンチに居なかったから、後で聞いた」

栞奈「そう呟いたってことは諦めてなかったんだね……!」

一輝「マネージャーもな。そこから相手を崩して九回まで5点も取った。
   守備も固めて1点も取らせなかった」

栞奈「それで、最後は?」

一輝「ツーアウト満塁、打席にはキャプテンが立つ」

栞奈「打った?」

一輝「……ショートゴロ。勢いが嘘だったみたいにあっけなく終わったよ」

栞奈「……」

一輝「片づけを手伝ったけど、誰も喋らなかった。黙々と作業してて……」

栞奈「……」

一輝「球場から出て、
   バスに乗り込む前にキャプテンがみんなの前で『ごめん』って笑いながら言った」

栞奈「……」

一輝「それを聞いたみんなは、茶化すようにしてたんだけど……マネージャーが泣いたんだよな」

栞奈「……」

一輝「『なんでお前が先に泣くんだよ』ってツッコミが入ったんだけど……
    『もっと何かできたはずなのに』って」

栞奈「……」

一輝「みんな我慢してた。だけど、
    万年補欠の先輩がグローブ見つめながら『ありがとう、楽しかった』って言ったら……」

栞奈「……」

一輝「それを聞いたら、みんな堪えきれず泣いた」

栞奈「一輝も?」

一輝「……泣きそうになった。その人は家業継ぐから、もう野球は出来ないらしくて」

栞奈「……」
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:02:35.25 ID:KOzKQsUKo

一輝「仲間だけじゃなく、野球そのものにも礼を言ったんだ」

栞奈「部員はみんな知ってたんだ……?」

一輝「うん。だからこそ、諦めることを止めた。なんとしてでも勝ちたかった……勝って欲しかった」

栞奈「……」

一輝「その感動は、赤の他人には共有できないだろうな」

栞奈「そういう話だったね。……私思うんだけど」

一輝「なに?」

栞奈「その人と、マネージャーって、相思相愛?」

一輝「かもな。二人目指すところが同じだったから」

栞奈「……なんだっけ、他に言い方があった気がするんだけど」


みこと「比翼連理?」


栞奈「そうそう、それそれ」


結月「……」


一輝「……どこから聞いてた?」


結月「創作ドラマがどうとか……」


一輝「ほぼ最初じゃねえか……」

みこと「何の話?」

栞奈「一輝がキャプテンの意思を受け継いだ話」

一輝「おまえ話聞いてなかったのかよ!」

栞奈「あはは!」

一輝「あははじゃねえよ……。他人が現実に起こった物語に感動できるかって話」

結月「そうですね……、ドラマは所詮フィクションですから」

みこと「……」

栞奈「結月ちゃんはそのドラマのプロだから、意見を聞きたいな」

一輝「こいつが不思議に思ってたことだからさ」

結月「実話を基にしたドラマもありますけど……結局はそれも人の手で作られていますからね」

栞奈「結構ストイックな考えみたいだね」

結月「私はドラマで感動するのではなく、感動させる側ですので」

栞奈「おぉっ、プロだ!」

みこと「不可能じゃないと思うけど」

一輝「可能か不可能かじゃなくて、こいつが感情移入できるかどうかだな」

栞奈「まぁ、そーなんだよね。
   結局、私個人が物語に沿って登場人物たちと気持ちを同じにできるかどうかだよね」

結月「……言い方悪いですけど、栞奈さんってどこか冷めてますよね」

一輝「いつも飄々としてるくせにな」

栞奈「うーん、そうなのかな?」

みこと「……」
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:03:51.75 ID:KOzKQsUKo

結月「人それぞれなんじゃないですか?」

一輝「そうだな。別にそれが悪いってわけでもないし」

栞奈「そうだね。うん、まぁいいや」

みこと「……」

結月「そうだ、みことに教えて欲しいことがあって」

みこと「?」

結月「さっき食堂車で言ってた本って――」

栞奈「……」

一輝「もう日が暮れたな……。時間の流れが早くてビックリだ」

栞奈「ね、一輝」

一輝「ん?」

栞奈「二人っていい子だよね」

一輝「なんだよ、いきなり?」


結月「そうなんだ、その本はまだ読んでなかったから……」メモメモ

みこと「その本の続きが、ネットで公開されてるよ」

結月「続き……? 別の本じゃなくて?」

みこと「うん。それぞれ進んだ道の続きになってる。
    お母さんが匿名で公開してるけど、誰も気づいていないみたい」


栞奈「いつも真剣に話を聞いてくれて、考えてくれるでしょ」

一輝「真剣だったかどうかは疑問だけどな……」
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:04:40.01 ID:KOzKQsUKo

栞奈「ね、ね。どっちが好み?」

一輝「……は?」

栞奈「同い年で美人。未来の大女優、白石結月ちゃん」

一輝「……」

栞奈「妹属性で放っておけないタイプ、みことちゃん」

一輝「……ハァ」

栞奈「ね、どっち?」

一輝「別に……」

栞奈「もぉ、こんな時にまでクールぶるのやめたらいいのに」

一輝「うるさいな……」

栞奈「私が応援しちゃうよ。さ、さ言っちゃいなよ、もうそんなに時間も無いんだし」

一輝「…………」

栞奈「ほら、チャンスを棒に振るのかい?」

一輝「うるせえッ!!」


結月「っ!?」ビクッ

みこと「ッ!?」ビクッ


栞奈「な、なによ……そんな大声出さなくてもいいでしょ」

一輝「……チッ」

スタスタスタ

 プシュー


栞奈「なによ、アイツ……」

結月「何かあったんですか?」

みこと「なにがあったの?」

栞奈「さぁ、知らない。いきなり怒ったんだもん」


……


304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:06:17.33 ID:KOzKQsUKo

―― 3号車


日向「うーん……明日からでも練習始めないとな〜。でもな〜」

「あら、こんばんは」

日向「あ、おばあちゃん。こんばんは〜」

「今は一人なの?」

日向「各自自由時間! なので!」

「まぁ、そうなの」

報瀬「ねぇ、日向」

日向「おぅ、報瀬〜。おばあちゃんに連絡は済んだのか〜?」

報瀬「うん。あ、こんばんはおばあちゃん」

「はい、こんばんは」

日向「なにか言いかけてた、報瀬?」

報瀬「別に用は無いんだけど、誰と話してるのかなって」

「座ってるから気付かなかったのね」

日向「おじいちゃんは一緒じゃないの?」

「個室で片づけをしているわ。私たち次で降りるから」

報瀬「あ……そうだ。もう、名古屋……」

「今は流れる風景をぼんやりと見ていたの」

日向「なにか見える?」

報瀬「もう見えないんじゃない……?」

「まだ残照で見えるのよ。ほら、向こうにお山が」

日向「あー……うん」

報瀬「……」

「名も知らない山が通り過ぎていく……それがちょっと寂しくてね」

日向「……」

報瀬「……」


一輝「通してくれ」


日向「え、あぁうん……」スッ


一輝「……」

スタスタ

 
報瀬「……?」

日向「様子が変だな……なにかあったのか……?」
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:07:08.61 ID:KOzKQsUKo


「この道を選んでよかった」


報瀬「え?」

日向「道……?」


「道の途中で見た、小さな風景が浮かんで来てね」


報瀬「……選んだってことは…」

日向「他にも道があったってこと……?」


「うふふ、そういうこと。ごめんなさいね、突然こんなこと言って」


報瀬「……」

日向「よかったら、聞きたいな」


「こんな年寄りの話なんてつまらないと思うけど……?」


報瀬「私も、聞きたい」


「それじゃ、付き合ってもらおうかしら。旅の終わりの、残り少ない時間に」


日向「それなら、飲み物買ってくる。おばあちゃんはお茶でいい?」


「あら、若い人に買ってこさせるのも気が引けるわ。私が行くから座ってて」


日向「いいからいいから〜」


「それなら、一緒に行きましょう」


日向「うん! 報瀬、席取っといて〜」

報瀬「うん、分かった」


ガタンゴトン

 ガタンゴトン


……


306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:09:35.07 ID:KOzKQsUKo

―― 名古屋駅


プシュー


マリ「よっ」ピョン


シュタッ


マリ「名古屋、とうちゃーく!」


日向「キマリ〜、食堂車の仕事は終わったのか〜?」


マリ「まだ!」ドン


報瀬「胸を張って言うことじゃないでしょ」

マリ「見送りに行きたいって言ったら、行っていいって〜」

日向「いい職場だなー」

報瀬「あ、結月とみことが……娯楽車の扉から出てきた」

マリ「栞奈ちゃんも一緒だね……。ん?」

日向「栞奈の様子が変じゃないか?」

報瀬「そう?」

マリ「うん、思った」


結月「キマリさん達、これからどこか行く予定ですか?」

マリ「私は食堂車の仕事があるから行けないんだよ」

みこと「まだ仕事があるの?」

マリ「今日は最後までやろうと思ってて」

栞奈「私も手伝ってあげようかな〜? 給料は時期によって価格が変わるけど〜」

日向「寿司屋か!」

報瀬「いつもと同じに見えるけど」

マリ「う〜ん?」

栞奈「なんでもできる栞奈ちゃんにお任せ。
    掃除、洗濯、お昼寝なんでもやるよ。料理はちょっとダメだけど」

日向「肝心なとこがダメならいらないだろー」

マリ「ボケにキレがないね。日向ちゃんのツッコミにもノリが足りてないし」

報瀬「そういうものなの?」

みこと「うん」

結月「みこと、分からないけど、一応頷いておこうっていうのはよくないから……」


「よいしょ……っ。ほら、手」

「はい……ありがとう、あなた」


日向「あ、降りてきた」


「うん? なんだ、こんなところで集まってからに……」

「?」
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:12:07.57 ID:KOzKQsUKo

報瀬「お二人がここで降りるということで、お見送りに」


「……」

「まぁ、ありがとう」


マリ「駅の外まで行くのなら荷物持ちます!」


「ふん、余計なお世話だ」

「もう、あなたったら……親切で言ってくれてるのに」


マリ「あはは……」


「まったく、おまえさんときたら……。なんで最後、乗っておったのか……」


マリ「?」


「この人ったら、マリちゃんが発車ギリギリで乗れるかどうかの賭けをしてたのよ」


マリ「え?」

報瀬「ということは、負け?」


「発車ギリギリというのが勝負所なんだから、乗っていたのなら勝負にならんだろ」


マリ「ええぇぇぇ……」

日向「賭けの対象にされてたか……ま、気にするな」ポンポン


「父さん、母さん」


みこと「?」

結月「家族の方……?」

栞奈「……みたいだね」


「……来ていたか」

「わざわざ迎えに来てくれたのね」

「長旅だったから疲れただろうと思ってさ……けど、元気そうで良かったよ」


報瀬「……」


「この子たちは?」

「列車で出会ったのよ。とてもよくしてくれたいい子たちなの」

「そうか……。両親の相手をしてくれてありがとう」


報瀬「い、いえいえ……そんな、礼を言われることじゃ……」

日向「こっちも話を聞かせてくれたりと、とても楽しかったので」


「うふふ、ありがとう」

「ほれ、さっさと帰るぞ」

「……はいはい。それじゃ、俺たちはこれで」
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:13:14.28 ID:KOzKQsUKo

マリ「あ、はい。それでは〜」

報瀬「お元気で」

日向「さようなら〜」

結月「……」ペコリ

みこと「……」

栞奈「……」


「老い先短い私たちの相手をしてくれて、本当にありがとう」


報瀬「……まだまだ、ですよ」


「そうだよ、そんな老け込むようなこと言わないでよ。そのために列車に乗せたのに……
 孫の結婚式まで元気でいてもらわないと」

「そうだったわね。……列車の中で色々と考えてしまって」


報瀬「また、――どこかで会いましょう」


「……えぇ。その時を楽しみにしているわ」

「あまり、危ないことはするなよ。焦って怪我をしたら元も子もないんだからな」


マリ「え、私? は、はい!」

日向「おじいちゃんはどっちに賭けてたの? 乗れる方? 乗れない方?」


「乗れない方だ。危うく大損するところだったけどな。あっはっは!」

スタスタスタスタ...


マリ「ええぇぇぇ……」

結月「……ぷふっ」


「お母さんをお大事にね」


報瀬「――――はい」


「それじゃ、またどこかで――」


……


309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:15:45.43 ID:KOzKQsUKo

―― 食堂車


報瀬「いい親子だったね」

日向「うん……」


結月「二人ともどうしたんですか? なんだか様子が変ですけど」

報瀬「いろいろと話を聞いてたから……」

日向「人生とは、複雑で、繊細で、逞しいものだと感じたんだ」フッ

みこと「……」

結月「……そうですか」


綾乃「おまたせしました、親子丼でございます」


結月「いただきます。……なんだか、すいません、私だけ食べてしまって」

報瀬「……気にしないで。私たち先に食べ終わってるし……
   なにか食べる気にもならないから」

みこと「うん」

日向「お母さんのこと、言ってなかったのか……?」

報瀬「うん。……大事に想ってることには変わりないから」

日向「そうか」

みこと「……?」

結月「ほふっ……あ、熱い」ホフホフ

日向「時に、栞奈よ」


栞奈「……うん?」


日向「どうして一人離れてポツンと座っているのかね」


栞奈「んー……、ちょっと考え事をね……」


報瀬「様子、変じゃない?」

日向「うん、変だよな」

みこと「……」

結月「もぐもぐ」ホフホフ

日向「なにかあったのかー?」


栞奈「ううん……うん、別にー?」


報瀬「どっちなの……?」

日向「そういえば、大村も変だったよな……」

みこと「喧嘩……したみたい」


栞奈「ちょっと……みことちゃん……!」

310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:23:29.61 ID:KOzKQsUKo

日向「大村とケンカしたのか……。時間が経てば解決するんじゃ……ないか?」

報瀬「どういう状況だったの?」

みこと「突然大声出したから……分からない」


栞奈「……私だって分からないんだから」


結月「お節介かもしれないですけど、良かったら聞かせてくれませんか?」


栞奈「ごめん……先に寝るね」スッ

スタスタスタ...


結月「余計なこと……言ってしまいましたよね……私」

報瀬「言ってないと思う。ただ、今はそっとしておいたほうがいい……と思う」

日向「そうだな……。本人たちの問題かもしれないし」

みこと「本人たちの?」

日向「ケンカってそういうもんだ。周りがどうにかしようとしても、上手くいかないだろ。
    それに、表面上解決しても意味が無いからな」

みこと「……」

報瀬「それはそうと、食べないと冷めるよ?」

結月「は、はい……もぐもぐ」

日向「なにか軽く食べようかな……?」

みこと「……キマリさんが来たよ」


マリ「いかがでしたか、今日の料理は」


報瀬「また言ってる」

日向「シェフはなんでも作れると聞きましたが、本当ですか?」

マリ「もちろんです」

結月「もぐもぐ」

日向「では……、トロピカルレインボーミックスジュースをお願いします」

マリ「……」

みこと「?」

日向「やっぱりメニューに無いものは作れな――」

マリ「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

スタスタ...

結月「ごくん。……あんな無茶ぶりして大丈夫なんですか?」

日向「知らん。その無茶ぶりを料理長に投げるのはキマリだからな」

報瀬「なにか考えがあるのかもね」

みこと「……考えが…?」


「料理長! トロピカルレインボースペシャルミックスジュース入ります!」


「なんだそれは!?」


……


311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:25:49.78 ID:KOzKQsUKo

―― 深夜:食堂車


車掌「こっちの点検は終わりました」

料理長「あぁ、こっちも終わったよ」

車掌「施錠チェック完了です」

料理長「本日もお仕事ご苦労様」

車掌「はい、お疲れさまでした」

料理長「……ん?」

車掌「どうしました?」

料理長「外に誰かいる」

車掌「え?」


秋槻「こんばんは」


車掌「あら? どうかされましたか?」

秋槻「用事ってほどじゃないんですけど、外から明かりが点いてたのを見たもので……」

料理長「こんな時間にウロウロされては困りますよ」

秋槻「仕事の途中だったので、気分転換にホームに降りてみたんです。
   そしたら、異世界に居るみたいでワクワクしてしまって」

車掌「ふふ、そうでしたか」

料理長「常に誰かがいる空間だからそう思わせるのかもしれませんね」

秋槻「こんな空気、滅多に味わえませんから……。っと、仕事の邪魔をしてすいません」

車掌「今日はもう終わりです。あとは、寝るだけですね」

料理長「水でも飲みますか?」

秋槻「助かります。喉潤したいと思ってたので」

車掌「では、私もお願いします」

料理長「はいよー。まぁ、そこに人を酔わせる成分が入っていてもしょうがないしょうがない」

車掌「私は無理ですからね」

料理長「ふふ、分かってるよ」

スタスタスタ...

秋槻「付き合いは長いんですか?」

車掌「料理長とですか?」

秋槻「はい……なんだか気心知れた仲に見えて」

車掌「付き合いは、この列車が発車すると決まった頃からになります」

秋槻「ということは……?」

車掌「そんなに深い付き合い、というわけでもないんですよ」

秋槻「そうなんですか……。けど、そうは見えないですね」

車掌「確かに、それ以上の縁がありますから」

秋槻「ヴェガですか?」

車掌「よくご存じですね。そうです、私と料理長……菜々子さんはヴェガに乗車していましたから」


「その話、詳しく聞きたい!」


車掌秋槻「「 っ!? 」」ビクッ
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:28:22.84 ID:KOzKQsUKo

マリ「聞かせてください! 20年前に走った列車に乗車してたって話!」

みこと「……私も」


秋槻「ど、どうしたの二人とも……」


マリ「なんだか寝付けなくて、外の空気を吸いに出ました」

みこと「私も同じ……」


車掌「そうでしたか……」


料理長「なんだか賑やかだと思ったら、二人も来たんだね」

マリ「あれ、料理長……なんだか雰囲気が違う?」

料理長「別に、私は普通だけど?」

マリ「うーん?」

秋槻「なんとなくですけど、俺もそれ感じました。女性の柔らかさというか優しさというか」

マリ「そう、それ!」

料理長「そうかな? だとしたら――」

車掌「ヴェガの料理長をイメージしているとか?」

料理長「……かもね」

みこと「イメージ?」

車掌「当時の私たち、お客にも厳しいこと言ってたんですよ。
    でも、料理を美味しそうに食べていたら心から嬉しそうにしてて」

料理長「懐かしいね……。無意識だったけど、そうなのかもしれないな……」

マリ「……」

料理長「冷蔵庫にさっきのジュースがまだ入ってるよ、持ってきな」

マリ「え、いいんですか!? って、でもそれ料理長の分では……」

料理長「いいよ、一人分だから足りなかったら別の出してもいい。私の奢りだ」

マリ「やった♪ みこっちゃん、半分こしようね」

テッテッテ

みこと「……さっきのジュース?」

料理長「そう、3人で作ってたジュース」

秋槻「作ってた……とは?」

料理長「メニューに無いジュースを注文されて、それを受け入れてさ、呆れてたんだけど……、
     じゃあ作ってみようって話になって」

車掌「まぁ……」クスクス

みこと「ウェイトレスの3人?」

料理長「そうだよ。それを余ったフルーツでね。
     味見してないから私はどんな味かは知らないけど……」

みこと「日向さんが変な顔してたよ」

料理長「あはは、そうか」

車掌「菜々子さん、まさか……」

料理長「そんなものにお代は貰えないって」

車掌「それならいいんですけど」

秋槻「……」


マリ「持ってきたよ〜。はい、みこっちゃん」
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/01/17(金) 16:28:41.34 ID:ypkHwsN70
はい
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:30:13.47 ID:KOzKQsUKo

車掌「それでは、ささやかながら乾杯しましょうか」

マリ「あ、ちょっとまってくださいっ」

料理長「慌てると零すから、気を付けて」

マリ「は、はい……よし」

みこと「少しでいいよ?」

マリ「まぁまぁ。はい、それでは……この旅の終わりがいいものでありますように、乾杯!」

料理長「い、いきなりだなっ」

車掌「乾杯♪」

秋槻「乾杯」

みこと「……乾杯」

チン

マリ「ごくごく……」

みこと「ごく……ごく……」

秋槻「ふぅ……日本酒ですね」

料理長「京都でいいもの貰ってね。どうせなら今飲んでしまおうと」

車掌「……」フゥ

マリ「うーん……うんん?」

みこと「甘い……酸っぱい?」

マリ「苦みもあるような……?」

みこと「……変な味?」

マリ「そだね、これ、変な味……おいしくないね」

料理長「あるもの全部使うからだよ。組み合わせを考えないと」

マリ「だって……使わないともったいないって思ったから……」

料理長「別に捨てるわけじゃないんだから、残してもよかったんだよ」

マリ「でも、あるものは使わないとって思って」

料理長「それがこの結果だ。あるものだけで美味しくするには知識と腕が必要、分かった?」

マリ「はい、すいません」

秋槻「一体どんな味なんだろうか……」

みこと「飲んでみる?」

秋槻「うん、ありがとう」

みこと「全部飲んでもいいよ」

秋槻「ごくごく……」

みこと「どう?」

秋槻「……変な味だね」

みこと「使ってるの果物だけだから、体にはいいって」

秋槻「そうだね……。風邪ひいた時とか栄養が欲しい時に飲むと良さそうだ」

マリ「誉められてないような気が……」ゴクゴク


車掌「……」

料理長「……」
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:33:17.35 ID:KOzKQsUKo

みこと「あの……秋槻さん……今日もお願いが」

秋槻「あぁ、はい、どうぞ」

みこと「あ…ありがとう」

マリ「ん?」

料理長「電話……?」

秋槻「見たい動画があるそうです」

みこと「キマリさん達の……南極の話」

マリ「あ、まだ見ててくれてるんだ?」

みこと「うん。まだ全部見てないから」

車掌「会社のスマホは壊れてしまったと聞きましたが……?」

秋槻「まぁ、夜だからプライベートの方にはかかってこないでしょう。
   でも、もしかかってきたら持ってきてね」

みこと「うん」

マリ「今どこまで見終わったの?」

みこと「船の中。もうそろそろ南極に着くって」

マリ「そっかぁ……1年も経ってないのに、随分前に感じるなぁ。変な感じ」

秋槻「……去年の今頃ってどうしてたの?」

マリ「えっと、準備してたから……バイトして、合宿して、またバイトしてました」

料理長「さっき言ってた……目指している場所って、そこ?」

マリ「そうです。もう一度、みんなで」

秋槻「――……」

みこと「キマリさん、報瀬さんのことで聞きたいことが……」

マリ「うん?」

みこと「報瀬さん、どうして髪を切ったの?」

秋槻「…………」

マリ「それは……。うーん……うーーん……」

みこと「聞いてはいけないことだった?」

マリ「そうじゃないけど……。うん、本人に直接聞こう」

みこと「聞いてもいいこと?」

マリ「きっと答えてくれるよ。だけど、私が言っていいことじゃない……と思うから」

秋槻「……」

料理長「……」

車掌「飲んでしまったら、今日はもう寝ましょう」

マリ「え、でもまだヴェガの話が……」

車掌「夜更かしはいけません。
   早寝早起きして、観光を楽しんだ方がいいと思いますよ」

マリ「でもでも……。あ、そうだ……。明日は朝から練習があるんだった」

料理長「なんの練習?」

マリ「なわとび大会の練習です。乗客のみんなで出ます」

秋槻「……やっぱり、変な味」

みこと「……」
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:35:45.78 ID:KOzKQsUKo

車掌「玉木マリさんは、どちらまで行かれるか決まりましたか?」

マリ「……それが、悩んでて」

車掌「最終日の前夜、その時にでもヴェガのお話ししましょう」

マリ「本当ですか?」

車掌「はい。ただの昔話ですが」

マリ「分かりました、今日はもう寝ます!」ムンッ

料理長「気合が入って余計眠れなさそうだけど、大丈夫か……?」

マリ「みこっちゃん、どうする?」

みこと「うん、私も……眠たいから」

マリ「後片付けするからもうちょっと待ってて」

料理長「いいよいいよ、私がやるから」

マリ「あ、ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて……。行こ、みこっちゃん」

みこと「うん」

車掌「車両からは戻れませんので、一度外へ出てから寝台車へお戻りください」

マリ「はーい。おやすみなさい〜」

みこと「おやすみなさい」ペコリ

料理長「お休み」

秋槻「また明日ね」

車掌「おやすみなさい」

スタスタ...

「明日も頑張ろう。その為にも頑張って寝よう、みこっちゃん!」

「うん」


料理長「……若いな」

車掌「若いですね……」

秋槻「あはは……」

料理長「でも、よく電話を貸したよね。信用してるのは分かるけど、理由が知りたいね」

車掌「そうですね。プライベートに触れる可能性が高いのに」

秋槻「憧れですかね」

料理長「……憧れ?」

秋槻「俺があの子たちと同じくらいの時、同じことを思っても実行できませんでしたから」

車掌「……」

秋槻「南極ですよ、南極……。世界が違う。違いすぎる……。
   海の向こうの他所の国ではない、世界の果ての場所」

料理長「ゴク……、ふぅぅ……いい酒だな、これ」

秋槻「俺があの子たちに憧れるように、あの子もまた、あの子たちに憧れているんです」

車掌「……そうですね。身近にそんな人が居たら追いかけたくなりますね」

秋槻「だから、少しでも応援したいって思うんです。俺が出来なかったことを、あの子にも」

料理長「憧れ、ね」
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:38:37.16 ID:KOzKQsUKo

秋槻「多分、あの子は今、沢山のことを吸収してるんだと思います。
   それはきっと、次に繋がること。自分が成りたい自分になるために」

車掌「優しいんですね」

秋槻「そんなこと……。俺は、後悔してばっかりだから……
    何もしなかったことの後悔が多かったから……」

料理長「ゴク……ゴク」

車掌「飲みすぎじゃないですか?」

料理長「これで終わりだよ。もう飲まないって」

秋槻「いい酒ですよね。買っていこうかな……。上司へのお詫びにでも」

車掌「お詫び?」

秋槻「仕事があるのに、俺はこの列車に乗り続けているので……あはは」

料理長「ふぅん……。どうして乗り続けたんですか?」

秋槻「……それは」

車掌「……」

秋槻「先が見えたんですよ」

料理長「先? なんです、それは」

秋槻「自分の未来……ですかね。
   このまま降りて、帰っても……何も変わらない先が、未来が見えたんです」

車掌「……」

秋槻「だけど、『一緒に跳びたい』って言ってくれて、
    降りずに乗り続けたらどうなるんだろうって」

料理長「ふふ、どうなるんでしょうね。仕事を放って旅を続けて」

車掌「菜々子さん、酔ってますよ」

料理長「これくらいの酒で酔わないよ」

秋槻「そうですね、どうなるかさっぱり……。でも、先が見えないからこそ、
   面白いって思えて……不思議と楽しみだったりします」

車掌「是非、楽しんでいってください、この旅を」

秋槻「はい、もちろんです」

車掌「そういえば、京都駅の駅長から連絡がありまして。例の男性のことですが」

秋槻「あの軟派の男ですか」

車掌「なんとしても恥を掻かせたかったと供述しているそうです」

秋槻「はた迷惑な……」

料理長「何の話?」

車掌「鶴見さんに悪い虫が付こうとしたのを秋槻さんが助けてくれた話です」

料理長「ふぅん……なるほどね」

秋槻「思い返すと恥ずかしいですね……ははは」

車掌「夕方のローカル番組で取り上げられたそうですよ」

秋槻「え……!?」

車掌「京都駅で逃避行が? なんて伝えられていたそうです。
    ですが、お二人の名前は出ていないようなので、ご安心を」

秋槻「はぁ……ビックリした」

料理長「一つ、言っておきたいんだけど」

秋槻「はい?」

料理長「あの子の憧れがもう一人居ること、忘れないように」

秋槻「……」
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:40:07.04 ID:KOzKQsUKo

車掌「そうですね。歳も離れているから……、なにかと障害が多いと思いますが」

秋槻「いやぁ、それは……あの子たち――南極への憧れとは異なりますよ。
   たまたま歳の離れた異性に出逢って、興味をひかれているだけ」

車掌「恋に恋をしている……と?」

秋槻「そうです。だから、時間が経てば忘れるでしょう。『そういうこともあった』って」

料理長「誤魔化さずにちゃんと向き合ってください」

秋槻「…………」

料理長「一人の人間として」

秋槻「……はい」

料理長「それじゃ、私も片付けして、寝るわ〜」

スタスタ...

車掌「おやすみなさい、菜々子さん」


「おやすみ〜」


秋槻「……」

車掌「さて、私たちも個室に戻りましょうか」

秋槻「あまり、距離を近づき過ぎないほうがいいでしょうか?」

車掌「それは、秋槻さんが逃げているだけではないでしょうか」

秋槻「逃げ……?」

車掌「応援したいという気持ちを捨てることは、あの子の為にならないと思います」

秋槻「……」

車掌「菜々子さんにああいわれた手前、大人の対応を求められるのが難しいと思いますが、
   応援したいという、その気持ちは持って、あの子たちに接してあげてください」

秋槻「……――はい」


……


319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:41:46.66 ID:KOzKQsUKo

―― みことの個室


『見てください! あれが南極です!』

『ししし白いですね! まま真っ白ですね!』

『はい、報瀬さんの言う通り、白い世界が私たちを待っています!』

『しし白です! まま真っ白です!』

『何回言うんだよ!』

『日向ちゃんっ、声が入ってるっ』


みこと「……」

prrrr


みこと「?」


【 ありさ 】


みこと「あっ、電話っ」


prrrr

みこと「えっと……秋槻さんの所に……」

プツッ

みこと「急がないと……」

ガチャ

『もしもし、悟くん?』

みこと「あれ……?」

『もしもーし』

みこと「あ、あの……すいません、ちょっと待ってください」

『え? 誰?』

みこと「わ、私は……秋槻さんの……」

『え、え? 若い声だけど……あなた、悟くんとどういう関係?』

みこと「関係……? 関係は……」

『悟くんに代わってくれる?』

みこと「今……近くにいなくて……」

『……』

みこと「一緒に旅をしている仲間です……」

『一緒に旅をする仲……!?』

みこと「はい……」

『ふぅぅん……!』

みこと「……もうちょっと待ってください」

『何考えてるのよ、悟くん……!』
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/17(金) 16:43:07.41 ID:KOzKQsUKo

みこと「えっと……ここ……」

コンコン

「……はい」

みこと「わ、私です……みこと」

ガチャ

秋槻「どうしたの?」

みこと「電話……」

秋槻「あぁ、ありがとう。もしもし?」

『さ と る く ん。あなた、何を考えているの?』

秋槻「? ……ありさ、だな。どうしたの?」

『どうしたのじゃないでしょ! 若い子に手を出してあなた何を――』

秋槻「は? 手を……って!」

みこと「?」

秋槻「えっと……ごめん、また明日でいいかな」

みこと「……うん」

秋槻「ごめんね。それじゃ」

『信じられない! 警察に行く前にちゃんと説明しておいて!』

秋槻「はぁ……なんでそうなるんだよ……」

バタン


みこと「…………」


……








―― マリの個室



マリ「むにゃむにゃ……」


マリ「魔女の匂いがする。目つぶしの呪文を覚えてるみたい」


マリ「すー……くかー……」


……


321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:28:28.14 ID:oFn1AU3Bo

―― 8月7日


駅員「見回り行ってきます」

「はーい」


 チュンチュン

チュンチュン


駅員「……」

スタスタ...


駅員「今日も一日が始まる……」

スタスタ...


駅員「この静けさ……。
   数分後には大勢の人が行き交う場所……ターニングポイントに変わるんだ」


駅員「いい……」


駅員「この時間がたまらなくいい……」


駅員「俺はこの時間の為に毎日頑張れる――」


シュタタタタッ


駅員「……ん?」


シュタタタタッ


駅員「何の音だ……?」


「おー、速い速い! 報瀬ちゃんの独走!」


駅員「……」


「次、日向ちゃんと結月ちゃん!」

「おっしゃ!」

「なんの勝負ですか、これ……」


駅員「……?」


「じゃ、行くぞ、ゆづ」

「は、はい。まずはゆっくりでお願いします」


駅員「ここ……俺が愛して止まない……駅のホームで間違いないよな」


「せーっの!」

「ゆっくりですからね!?」


駅員「……なわとびしてる……だと?」
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:30:16.52 ID:oFn1AU3Bo

「おりゃー!」

パシッ

「あいたっ!」


駅員「なわとびしてるだと!?」


……




車掌「……」


マリ報瀬「「 すいませんでした 」」

日向結月みこと「「「 すいませんでした 」」」


車掌「どうして、ホームでなわとびをしていたのですか?」


マリ「え、えっとぉ……そのぉ」

報瀬「キマリがここでやろうって……」

マリ「えっ!? 私!?」

報瀬「言ったでしょ」

マリ「で、でもそれは……日向ちゃんが駅の外は人がいっぱいいるからって」

日向「言ったけど、ここでやろうとは言ってない」

マリ「そんな!?」

結月「だから言ったのに……」

マリ「私一人が悪いみたいになってるっ!?」

みこと「……」

車掌「他に言うことは?」

マリ「なわとび買ってきたの日向ちゃんです」

日向「おぉい!! どんな責任転嫁だよ!」


車掌「5人で遊んでいたのなら、みんなに責任があります」


マリ報瀬日向結月みこと「「「「「  すいません 」」」」」


……


323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:32:13.87 ID:oFn1AU3Bo

―― 展望車


マリ「うぅ……私たちは何回、車掌さんに怒られたのか……」

日向「由々しき問題だな」

報瀬「喋ってないで手を動かして」

みこと「それが高校生の宿題?」

結月「うん…」カリカリ

みこと「難しい?」

結月「私も学校に行けてないから苦労するんだよね……」

みこと「……」

マリ「分かるよ」

日向「……」

報瀬「……」

マリ「二人とも、ツッコミをくれないと!」

日向「いや、報瀬がすると思って」

報瀬「日向が……」


ウィーン


栞奈「おはよ〜。って、うわ〜、本当に勉強やってるぅ……」


マリ「まぁ、私は毎日学校に行ってますけどね!」

みこと「うん」

栞奈「なに当たり前のこと言ってるの?」

日向「セルフツッコミだから気にしないでくれ」

栞奈「ふぅん……」

報瀬「……?」

栞奈「ん? どうしたの?」

報瀬「ううん……。いつもならこの流れに乗るから……」

栞奈「そうかな?」

報瀬「そう思っただけだから気にしないで」

栞奈「……うん」

マリ「あれ、ここ習ったかな」

結月「えっと……、ダメだ思い出せない」

みこと「公式?」

結月「うん……。数学は公式を覚えないと……うーん」

日向「栞奈、暇ならゆづの勉強見てあげてくれない?」

栞奈「……しょうがないな、結月ちゃんの好感度アップのために頑張りましょう」

マリ「私にも私にも教えて!」

日向「キマリはまず自分で解くことからだ!」

マリ「えー、なんでー!?」

報瀬「すぐ近道しようとするでしょ」

マリ「うぐ……」
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:34:24.98 ID:oFn1AU3Bo

みこと「うん、千里の道も一歩から」

マリ「……そだね」

結月「とりあえず、私も自分でやってみます」

栞奈「そう? 分からないことがあったら聞いてね」

結月「はい……」カリカリ

栞奈「じー」

結月「あ、今のところ間違ってますか?」

栞奈「ううん、可愛いな〜と思って……ふへへ」

結月「あの、邪魔しないでもらえますか?」

栞奈「……はい、すいません」

報瀬「いつも通りじゃない?」

日向「……だな」

マリ「みこっちゃん、現代文とか強そうだよね。文系って感じ」

みこと「うん、体育が苦手……マラソン大会とか嫌い」

マリ「あぁ、分かる分かる。そんな感じだよね〜、でも私たちのジョギングは付いてきてたよね」

日向「集中せんか」

マリ「はい」

結月「これで……よし。次は……」

栞奈「ちょい待ち。ここの数値が違うんだな」

結月「え? ……えっと」

栞奈「これとこれ、二つ入れ替わっちゃってるでしょ?」

結月「…………あ、そうですね」

栞奈「見直しで気付くレベルだから、大丈夫大丈夫」

日向「……」

みこと「外、ホームに人が……」

報瀬「もう出勤時間だから」

マリ「今日の出発って夜だよね?」

報瀬「うん」

マリ「朝ごはんはさっき食べたでしょ、昼と夜、どうする〜?」

報瀬「せっかくだから名古屋の名物食べたい。みそかつ、手羽先、天むす、ひまつぶし」

日向「……!」ピクッ

結月「……!」

マリ「いいね! でも、うなぎのひまつぶしって高くない?」

報瀬「うん、高い」

みこと「あの……」

栞奈「みことちゃん、勉強分からないとこある〜?」

みこと「う、うん」
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:36:37.64 ID:oFn1AU3Bo

マリ「台湾ラーメンも食べたいな」

結月「またラーメンですか?」

マリ「名古屋で台湾だよ?」

結月「……そうですね。日本の中心で外国の味が食べられるのは面白いですよね」カリカリ

マリ「そうだよね!」

日向「適当にあしらわれてるぞキマリ。きしめんもあるな。うどんみたいなヤツ」

マリ「それはいいかな。どうせならラーメンがいい」

報瀬「なにそのこだわり」

栞奈「みことちゃんは多項式やってるのね」

みこと「うん……。苦手だから」

栞奈「復習ってことかぁ……。うんうん、数学は基礎が大事だからね」

みこと「お母さんがそう言ってるから」

栞奈「応用もこなしてこそ基礎が活きるんだよ」

みこと「……?」

栞奈「発想の転換で、問題が新たな展開を見せ解決につながると、偉い人は言ってるよ」

日向「つまり?」

栞奈「教科書通りにやって解くより、自分で解いた方が楽しいってことさ」

報瀬「自分で解く為には知識――基礎が必要でしょ?」

栞奈「まぁそうだけど、みことちゃんはその基礎から進んでもいいのではないか、ってことだよ」

みこと「……」

栞奈「ほれほれ、この問題やってみよう。一緒に解くから気楽にね」

みこと「……うん」

日向「……栞奈さぁ」

栞奈「ん?」

日向「進路どうするんだ?」

栞奈「……」

マリ「ね、結月ちゃん、さっき栞奈ちゃんが言ってたことって推理小説の話?」

結月「違います」カリカリ

マリ「発想の転換で事件解決って言ってたよね?」

結月「言ってません」カリカリ

報瀬「集中力が凄い……」

栞奈「進学するよ」

日向「どこの大学?」

栞奈「……まぁ、そこそこ」

日向「決まってないってことか?」

栞奈「いいでしょ、そんなこと〜。それより、みことちゃんどうよ?」

みこと「……うん。出来た」

栞奈「お、いいじゃん。……うんうん、正解〜。応用問題繰り返して行こう」

日向「……」
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:37:52.34 ID:oFn1AU3Bo

マリ「うーん、うーーん」

報瀬「どうしたの?」

マリ「全然頭に入ってこない……。どえりゃ〜、えびふりゃ〜ってさっき聞いて頭から離れなくて」

報瀬「日向、キマリの集中力が続かないみたい」

日向「駄目だなこれは……。駅のホーム内で勉強って言うのが無理があったか」

マリ「ごめんね……私の為に開いてくれた勉強会なのに」

報瀬「別にキマリのためだけじゃないけど」

日向「しょうがない。早めに観光行って気分転換しようか」

マリ「賛成!」

結月「……」カリカリ

みこと「……」カリカリ

栞奈「この二人は集中出来ているようですが」

日向「邪魔しちゃ悪いしそのままにしておこう」

結月「なんでですか!?」

みこと「え……!」

日向「いや、冗談だよ……? そんなに驚かれると逆に驚いてしまったよ」


……

327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:39:39.46 ID:oFn1AU3Bo

―― 名古屋港



日向「お、おぉぉ……! これが……!」

マリ「初代しらせ……!」

報瀬「違う。南極観測船ふじ、だから」

結月「これも……砕氷船なんですよね……」

みこと「さいひょ……?」

結月「砕氷船。南極の氷を砕いて進む船」

日向「あの振動は最初座礁したのかと思ったよなー」

報瀬「思わないから……。早く中に入りましょ」

マリ「うん! 楽しみ〜……って、栞奈ちゃんはどこ?」

日向「あり? さっきまで一緒だったよな? 水族館の方に行ったか?」

報瀬「あり得る……。ここは他にも観光するところあるから」

みこと「探してくる」

日向「待った待った。私とキマリで行ってくるから、三人で待ってなさい」

結月「お願いします」

マリ「しょうがないなぁ」


……




―― 名古屋港水族館



栞奈「…………」


「あ、居た!!」


栞奈「!」


「栞奈〜! おーい!」


栞奈「キマリ〜! 日向〜!!」


マリ「ごめんね〜、私たち向こうの方に行ってて〜」

日向「ここに居て良かったよ」

栞奈「振り返ったら誰もいなかった恐怖、キミ達にはお分かりか!?」

マリ「ごめんごめん〜」

日向「というか、電車の中であれだけ観測船見に行くって言ったのに聞いてなかったんだな」

栞奈「うん、聞いてなかった」


……


328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:41:03.25 ID:oFn1AU3Bo

―― 名古屋港


栞奈「まさか船に興味があるなんて思わなくてさ〜」

日向「私らが生まれる前に引退した船なんだよ。
    東京にも博物館があるけど、こっちも見ておきたくてな」

栞奈「へぇ〜」

マリ「あれ、結月ちゃんが握手求められてるね」

栞奈「有名人だからね〜」

日向「……待て、報瀬も握手求められてないか?」

マリ「本当だ……。なぜ……?」

栞奈「あの見た目だから、芸能人と間違えられたかな」

日向「そんなわけないだろ。報瀬は残念美人ではあるけど、芸があるわけないからな!」


「あ、あの二人は……!」


栞奈「こっち見てない……?」

日向「そうだな。なんだろ?」

マリ「スタッフさんが走って来るよ……?」


スタッフ「あ、あの……! 玉木マリさんと三宅日向さんですね……!?」


マリ日向「「 は、はい。そうです…… 」」

スタッフ「ぼ、ボク……あなた達のファンでして……!!」


マリ日向「「 えっ!? 」」


……


329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:43:59.81 ID:oFn1AU3Bo

―― 船内


日向「おぉっ、見ろみこと! あれが雪上車だ!」

みこと「雪の上を走る……車?」

日向「そうだ。名前のまま機能を現している!」

報瀬「日向、うるさい」

マリ「ファンがいてくれて嬉しいんだよ」

結月「私たちのあの動画を見てくれてる人がいるとは思いませんでしたね」

栞奈「この界隈では有名人なんだね……君たち」

マリ「実感はないんだけど……。サインの練習した方がいいかな」

結月「いいと思いますよ。人形がリアルで面白いですね」

報瀬「娯楽を楽しんでる姿もあっていいね」

マリ「あれ、さらっと流された……?」

栞奈「本当によかった? あの人形が不気味に感じて結構怖かったんだけど……?」

結月「……」

報瀬「……」

栞奈「ノーコメントなのね、分かった」

みこと「中は寒くないの?」

日向「私らが使ったのは暖房があったけど……。まぁ、無いと生きていけないからな」

報瀬「車内が暖められる工夫は絶対にある。当時と現代が同じなのかは分からないけど」

マリ「でも、あの形でよく観測できたよね」

日向「そうだな。研究が進んでより効率的になってるんだろう。これからも進化していくんじゃないかな」

栞奈「…………」

みこと「……どれくらいの時間、中に居るの?」

報瀬「目的地に着くまで。そして、基地に帰るまで」

日向「楽しかったなぁ……」

マリ「うん!」

栞奈「……」

結月「5日間身動きできなかった時はどうなることかと思いましたね」

日向「立ち往生してなぁ……」シミジミ

みこと「5日間も? どうして?」

マリ「ブリザードでね、先が全く見えないんだよ。白い暗闇だね」

報瀬「ホワイトアウトね。なにその、青いレッドカードみたいな」

日向「お前たち例え下手か!」

栞奈「あ……」

結月「どうしました?」

栞奈「楽しそうに話すなって…………。……一輝みたいに」
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:46:38.96 ID:oFn1AU3Bo

みこと「身動き出来なかったってこと? 5日間も?」

マリ「そうだよ」

みこと「日向さんも?」

日向「そうだぞ。なにを不思議がっているのか?」

栞奈「雨の中1時間もジッとしていられない日向が?」

報瀬「そう、その日向が」

日向「私を何だと思っているのか!」

マリ「5日間も身動きが出来ない状況なんて、
   普通の高校生だと経験できないことだよね」


……



―― 名古屋港水族館


報瀬「海の虎……」

日向「水族館って気分じゃないんだ、報瀬」

報瀬「海の王様……」

マリ「私も……」

報瀬「海のギャング……」

結月「それを聞くと見たくなくなります」

みこと「冥界からの魔物」

報瀬「なにそれ?」

栞奈「キマリの影響で変なこと言いだしたよ」

マリ「なんで!?」

みこと「シャチの学名の意味」

報瀬「そうなんだ……。じゃあ、みことは行くってことでいいよね」

みこと「え……」

日向「じゃあってなんだ、絶句してるだろ」

報瀬「誰も入らないの?」

結月「私はこの後、さくらさんと約束がありますから」

栞奈「私もパス」

マリ「あの観覧車が気になって……行ってみようかなと」

日向「どうせならもっと大きな……ん?」

みこと「どうしたの?」

日向「待てよ……。確か、遊園地があったよな……?」

栞奈「あぁ、あるね。ナガシマスパーランド」

マリ「ジェットコースター好きだよ、私」

日向「今乗りたいかって話だ」

マリ「乗りたい!」
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:47:39.08 ID:oFn1AU3Bo

日向「だよな、行くか!」

マリ「うん! 行こう!」

報瀬「水族館は!?」

日向「悪いが報瀬、私たちは遊園地に行くことになった。
   時間も限られてるから即行動だ」

マリ「みこっちゃんはどうする!? 行こう!」

みこと「え、えっと」

結月「この勢いだと絶叫マシンに乗るから、苦手だったら遠慮した方がいいよ?」

みこと「うん……。結月さんと一緒に居るから」

マリ「分かった。栞奈ちゃんは?」

栞奈「私も、のんびりしてるよ」

マリ「じゃあ、ここで別行動だね」

日向「行くぞ、キマリ!」

マリ「よっしゃ!」

タッタッタ


「また後で〜!」


報瀬「水族館は……?」


……


332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:49:04.79 ID:oFn1AU3Bo

―― 名古屋市市内


結月「あれ、また栞奈さんが居ない……?」

みこと「少し後ろ歩いてたけど……」

結月「一人で戻ったのかも」

みこと「うん」


「あ……! 結月ちゃん……!」


結月「え?」

「あ、あの、僕……キミのファンなんだ!」

結月「ありがとうございます。応援してくれて」

ファン「あの……! 握手してください……!」

結月「は、はい」

ギュッ

ファン「ふぁぁ、嬉しい……!」フルフル

みこと「……」

結月「これからも応援よろしくお願いし――」

男1「ちょっとちょっと、君さぁ」

ファン「え?」

男2「結月ちゃん困ってるっしょー?」

結月「……?」

ファン「あ、ご、ごめんなさい……つい嬉しくて」

結月「いえ、そんな……」

男1「はいはい、オタク君は帰った帰った」

男2「ファンなら節度持った行動でよろしくなー?」

ファン「は、はい……すいません。……そ、それじゃ」

男1「ほら、シッシッ」

結月「……」

ファン「応援してます、頑張ってくだ――」

男2「さっさと行けや!」

ファン「うぅっ」

テッテッテ

結月「……」

みこと「……」

男1「まったく、困るよね〜。デリカシーのない男ってさ」

男2「結月ちゃんと一緒に居るってことは、君も芸能人? 可愛いね〜」

結月「すいません、私たち、用があるので失礼します」

男1「ちょ、待ってよ。俺らもファンだよ? さっきのヤツみたいに優しくしてよ」

男2「そうそう。そんな冷たい態度だと傷ついちゃうな〜」

結月「……」

みこと「……」
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:50:48.41 ID:oFn1AU3Bo

男1「ちょうど人数的に合ってるからさ、これから一緒にどこか行かない?」

結月「用事がありますので、失礼します」

みこと「……っ」

男2「男慣れしてない感じが可愛いね〜。君のファンになっちゃうよ、俺」

結月「あの! この子には触らないで……!」

男1「じゃあさ、連絡先教えてくれない? 俺ら観光に来てて、地元は東京だからさそこで会おうよ」

男2「ねえねえ、教えてよ〜」グイッ

みこと「……っ」ビクッ

結月「ちょっと手を離して――」

「なにやってんだよ、お前ら」

男1「ん?」

結月「あ――」

一輝「困ってんだろ、止めとけ」

男2「なんだお前、カッコつけたいなら他を当たれよ」

一輝「あぁ?」

男1「こいつ、君らの知り合い?」

みこと「ううん、知らない」

結月「ぇ!?」

男1「だってよ。白馬の王子様モドキは消えろ!」

ドンッ

一輝「……ッ」

ドサッ

男2「ははっ、こんな所でしりもち付いてやんの。ダッセ」

結月「あ、一輝さ――」

みこと「行こ」グイッ

結月「あ、ちょっと待って!」

一輝「……ハァ、自分が嫌になる…」スクッ

男1「おっと、逃げないでよ〜」グイッ

みこと「――!」

結月「ちょっと!」

一輝「その手、離せよ」

男2「あ? なんだてめえ」

男1「関係ない奴は黙ってろ。邪魔だオマエ」

一輝「関係なくはないだろ。人を突き飛ばしたんだからよ」

男1「……」

男2「……」

一輝「ケンカ売るってことだろ?」

男1「コイツ……」

一輝「ちょうど良かったよ。イライラしてたんだ、相手してくれ」

男2「潰すか」
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:52:04.30 ID:oFn1AU3Bo

一輝「ほら、来いよ――」


「バカーーッ!!」

ドンッ


一輝「ぐはっ」

ズサーッ


一輝「なにすんだ、てめ……!?」

栞奈「なにすんだじゃないでしょ! バカズキ!!」

一輝「栞奈……!」

栞奈「なんで簡単に人を傷つけようとするのよ! なんで怪我をしようとするのよ!!
   人を治すことがどれだけ難しいのがなんで分からないの!!!」

一輝「…………」

男1「なんだこれ」

男2「おい、ふざけんなお前ら!!」


「うふん」

サワサワ


男1「――!?」

男2「――!?」

さくら「あら、柔らかいお尻……。ちゃんと鍛えなくちゃダメじゃない♪」

男1「」

男2「」

さくら「私が鍛えてあげましょうか? 色んな意味で♪」

男1「うわー!」

男2「わあー!」

ダダダダダッ

さくら「あら、残念」


栞奈「バカ!!」

バシィィン


一輝「……ッ」

栞奈「……っ」

タッタッタ


さくら「あら、行っちゃった……」

一輝「……なんでビンタされなきゃいけないんだよ……」

さくら「心当たり無いの?」

一輝「ないことは……ないですけど」

さくら「ふぅん……まぁ、詳しくは聞かないでおいてあげるわ。
    それより、結月ちゃん知らない? ここで待ち合わせしてたんだけど」

一輝「……さっきの奴らに絡まれてて……どこか行ったようです」

さくら「なるほど、ありがとねん……まだ近くに居るはずよね」ポチポチ

一輝「……」
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:54:50.12 ID:oFn1AU3Bo

ピコン


さくら「名古屋駅ね。了解っと。……それじゃね、坊や」

一輝「……はい」

さくら「あ、それと」

一輝「……?」

さくら「力は振るう為にあるんじゃないの、守るためにあるのよ?」

一輝「……っ」

さくら「結構堪えてるみたいね、よく分からないけど。それじゃね〜♪」


……




―― 名古屋駅・イベントスペース


Wonderland Girl〜♪

不思議 素敵〜♪

 Wonderland Girl〜♪

 キミと私〜♪


結月「ライブ、今日だったんだ……」

みこと「あの人……アイドルだったの……?」

結月「最近バンドを始めたみたい」

みこと「……」

結月「というか、なんでこんなところで……逢ってしまうの……」

みこと「知り合い?」

結月「小さい頃からの腐れ縁というか、なんというか……」


ファン「うぉぉぉおおお!!!」

ファン2「うぉぉおおおおお!!!」


結月「あれ、あの人……?」


……




スタッフ「それでは、10分後に握手会を始めまーす! 整理券を持って列にお並びくださーい」


みこと「さくらさんとの待ち合わせは?」

結月「ちょっと待ってて、さっきの人に謝らないと……」


ファン「ど、どっちに並ぼう……! ででも、5人と握手したいんだ……!」フンッ


結月「あ、あの」


ファン「ふぁい?」
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:56:31.39 ID:oFn1AU3Bo

結月「さっきの方……ですよね?」

ファン「ふぇ!?」

結月「先ほどはご迷惑をおかけして、すいませんでした」ペコリ

ファン「いいいいえいえいえいえいえ! 悪いのはあいつらですし……!」

結月「気を悪くしていたら申し訳ないと思って……」

ファン「ととととんでもない! ゆゆゆ結月ちゃんにしし心配されるなんて至極恐悦の極みで……!」

結月「そういっていただけると……。それでは、これで」


「ふふ、まさか本当に逢えるなんて思わなかったわ」


結月「う……!」ギクッ


アイドル「私の――いえ、私たちのファンになにか御用かしら、白石結月さん?」

結月「……ッ」


ファン「あばばばば! どひゅーん!」バタッ


スタッフ「ファンが倒れたぞー! 担架ーー!!」


結月「いえ、特には……。ただ、謝りたかっただけですから……。それでは」スッ

アイドル「少し話をしませんか? せっかく久しぶりに逢えたんですから」ウフフ

結月「すいません、待たせている人がいますので……」

アイドル「まぁ、連れないのね」


みこと「報瀬さん、こっち」

報瀬「どうして私を置いて行くの?」

みこと「報瀬さん、いつも一人でどこかいくからって、日向さんが言ってたよ」

報瀬「いつもじゃないから」


ざわざわ

 ざわざわ

「あ、白石結月ちゃんだ……」

「あの二人、子役時代に共演してたよね」

「周りにいる二人も可愛いな……芸能関係者かな……?」


結月「……」

アイドル「注目されてしまったみたいね」

結月「誰のせいですか……」

アイドル「ここじゃなんだから、控室に行きましょう」


……


337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 04:58:40.39 ID:oFn1AU3Bo

―― 控室


アイドル2「まん丸お山に彩を! で、お馴染みの丸山彩です!」キュピンッ

報瀬「っ!?」

アイドル「アヤちゃん、まずは握手会で噛まないようにちゃんと練習しておいてね」

アイドル2「うっ……はい、分かりました……」

アイドル「お馴染みと言えるほど浸透していないのだけれど……」

結月「……」
     
アイドル「白石さんと、前に会ったのは何時になるのかしら?」

結月「覚えていません。結構前だったと思います」

アイドル「ふふ、2年前のオーディション以来になるわね」

結月「……」


報瀬「あの人って……」

みこと「役者さんだけど、今はアイドルでバンドもやってるって」

報瀬「ふぅん……。なんだか、結月……苦手みたい?」

みこと「……そうなのかな」


アイドル2「えっと、今日は来てくだしゃってありがとうございます……うぅん緊張……ッ」

アイドル3「ねーねー、アヤちゃん、あの人たちって誰?」

アイドル2「なんか、チサトちゃんのお友達みたいだよ」

アイドル4「仕事前に他の人を招きいえるなんて珍しいですね」


アイドル「一日車掌をやってるって聞いて、
     タイミングが合えばここで逢えるんじゃないかと思っていたのだけれど、本当に逢えるなんてね」

結月「……そうですか」

アイドル「それにしても、さくらさんを独占するなんてずるいわ。私の現場にはいつもいないんですから」

結月「たまたまです。さくらさんもデネブに乗る理由があったみたいで」

アイドル「そう……。なんだか、『持ってる』わね、白石さん」

結月「……え?」

アイドル「実力だけでは生きていけない世界なのは、あなたも知っているでしょ?」

結月「それなら、チサトさんは持っているってことですか」

アイドル「えぇ、おかげさまで。努力が大前提だけれど、
     それも仲間がいるからより励むことが出来ているの」

結月「……」


報瀬「あの、サインください!」

アイドル「え、えぇ……。かまいませんよ」ニコッ

報瀬「善い人……。あ、報瀬さんへってお願いします。強調するように」

アイドル「変な注文しますね……」サラサラ

結月「報瀬さん……?」
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 05:00:36.86 ID:oFn1AU3Bo

アイドル「はい、どうぞ。これでいいでしょうか?」

報瀬「はい、希望通りで嬉しいです。ありがとうございます」

結月「どうしたんですか、いきなり?」

報瀬「キマリと日向に自慢できる」

結月「それだけの理由ですか!」

アイドル「……!」


さくら「ごめんなさいね二人とも、待たせちゃって」

みこと「ううん、待ってないよ」

さくら「あらぁ、本当にいい子ねぇ」

アイドル5「さくらさん! 来ていたんですね!」

さくら「イヴちゃん……仕事中にごめんね、お邪魔しちゃって」

アイドル5「いいえ構いません! 今度、またお稽古をお願いします!」

さくら「私でよければいつでも」

アイドル5「かたじけないです! 嬉しいです!」


アイドル2「チサトちゃん、そろそろ時間だって」

アイドル「分かったわ。それじゃ、私たちはこれで」

結月「はい、お仕事頑張ってください」

アイドル「ふふ、なんだか目の敵にされてるみたいだけど。
     私はまたあなたと共演出来たらって思っているのよ」

結月「そうですか。私もです」

アイドル「本心でそう思ってくれてるのなら、近いうちに実現できそうね」

結月「……」

アイドル「それでは、失礼するわね」

スタスタ...


みこと「あの人、やっぱり……」

さくら「知ってるの?」

みこと「お母さんの――」


アイドル「そういえば」クルッ

結月「?」

アイドル「あなた、お名前は?」

みこと「……?」

報瀬「みことのこと?」

アイドル「みこと……?」

結月「彼女の名前は鶴見 琴です」

みこと「……」コクリ

アイドル「鶴見……。ひょっとして……間違っていたら申し訳ないのだけれど……」

さくら「チサトちゃんが子役時代に出演した作品の、原作者の娘さんよ」

アイドル「え……!」
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 05:03:23.75 ID:oFn1AU3Bo

みこと「やっぱり……みたことあると思って……」

アイドル「世間は広いようで狭いのね……面影があるから気になっていたの。
     それで、聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら」

みこと「……?」

アイドル「お母様はいくつか作品を執筆されているけれど、
     ドラマ化されたのは私が出演させていただいた一作品だけ」

みこと「うん」

アイドル「その理由を聞かせてくれる?」

みこと「……」

結月「そういうことって、家族の人には話さないんじゃないですか?」

アイドル「そうかもしれないけど、知っているかもしれないと思って。
     私が言うのもなんだけど、あのドラマは好評だったから、他の作品もドラマ化が期待されているのよ」

さくら「そうねぇ、その話なら私も聞いたことあるわ」

みこと「理由は分からないけど……」

アイドル「けど?」

みこと「出演した人と、小説の人物とはかけ離れていたから」

アイドル「――!」

結月「それって、お母さんからそう聞いたんじゃなくて――」

報瀬「みことがそう思ったってこと?」

みこと「……うん」

さくら「……」

アイドル「……そう。……それじゃ、また」

スタスタ...

アイドル3「何の話してたの?」

アイドル「いえ、なんでも」

アイドル4「うぅ、自分なんかが握手会なんて恐縮すぎます……」

アイドル5「マヤさん、私たちの心意気を見せましょう!」

アイドル2「チサトちゃん、顔色悪くない? 大丈夫?」

アイドル「大丈夫よ。……それじゃ、行きましょう」

さくら「チサトちゃん」

アイドル「?」

さくら「あの子ね、ひょっとしたら化けるわよ」

アイドル「え?」

さくら「母親の世界に誰よりも理解して共感して納得してるの」

アイドル「……」

さくら「結月ちゃんもそれに気づいてるわ」

アイドル「ふふ」

さくら「……まぁ、本人にその気持ちは無いでしょうけど」

アイドル「どれだけ才能があったとしても努力が出来なければそこまでです」

さくら「そうね」
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 05:06:57.96 ID:oFn1AU3Bo

アイドル「それと、あの人は?」


報瀬「あの4人のサインも欲しいかも」

結月「虚栄心の為にサイン貰うの止めてもらえますか」


さくら「親友だそうよ」

アイドル「そうですか。私と話すときはどこか冷めているのに」

さくら「私が見た限りではかなり深い部分の繋がりがあるわね〜」

アイドル「結月ちゃんの意外な一面が見られて驚きました」

さくら「それはあなたと同じよ、チサトちゃん♪」

アイドル「やっぱり『持ってる』わね、結月さん」フフフ

アイドル2「なんだか知らないけど、もう大丈夫みたいだね?」

アイドル「えぇ、ごめんなさい、少しショックを受けてしまったみたいで……」

アイドル2「ショック……?」

アイドル「でも、もう大丈夫。行きましょう、みんな」


……




―― 名古屋駅


結月「子役時代からライバルライバルって囃し立てられてて」イライラ

報瀬「苦労してたみたいで……」

さくら「あ、見てあのお店、よさそう♪」

みこと「……そうなの?」

さくら「えぇ。さ、行きましょ、行きましょ」

結月「報瀬さん、今日は冒険して可愛い服着てみましょう」

報瀬「え?」

さくら「うーん、腕が鳴るわぁぁ!!」

みこと「うん、良さそう」

報瀬「え゛!?」


……


341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 05:09:21.35 ID:oFn1AU3Bo

―― ナガシマスパーランド


マリ「うーん、白鯨は……ちょっと」

日向「スリル満点だぞ! ここまで来てなにしり込みしてるんだよキマリ!!」

マリ「嫌な記憶が……あるようなないような」

日向「何言ってるんだ、いいから行くぞ!」

pipipi

マリ「ん? ちょっと待って日向ちゃん」

日向「どうした?」

マリ「メッセージが……。結月ちゃんから……ブフッ!」

日向「どうした!?」

マリ「見てこれッ! 報瀬ちゃんが! ブフフッ」

日向「報瀬がどうし――ブフッ!」


マリ日向「「 あはははは!! 」」


……




―― 夕方:レストラン


日向「トテモ カワイイト オモイマシタ」

マリ「ワタシモ ソウ オモイマシタ」

報瀬「嘘吐かないで! 顔に感情がないから!」

日向「フリフリのワンピ……プフッ」

マリ「向日葵模様のワンピ……ププッ」

報瀬「……」

日向「トテモ カワイイト オモイマシタ」

マリ「ワタシモ ソウ オモイマシタ」

報瀬「嘘吐かないで! 顔に感情がないから!」

みこと「同じこと繰り返してる……」

結月「はやく注文しないと、出発まで1時間とちょっとしかないですよ」

マリ「私はもう決まってるよ」

報瀬「……私も」

日向「じゃあ……私は味噌カツで。それで名古屋は〆だ」

結月「みことは?」

みこと「きしめん」

結月「それじゃ、決まったので呼びますね」

ピンポーン

報瀬「なんでもあるね、ここ」

日向「観光客向けのレストランなんだろうな」

マリ「駅内のレストランだから、よほどのことが無い限り乗り遅れることは無いよね」

結月「そうですね。余ほどのことがなければ」

みこと「余ほどのこと……」
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 05:12:45.07 ID:oFn1AU3Bo

店員「ご注文承ります〜」

結月「えっと、天むすと、きしめんと味噌カツ……あと、報瀬さんとキマリさんです」

マリ「ひまつぶしお願いします」

報瀬「私も、ひまつぶしで」

店員「……」

キマリ報瀬「「 ? 」」

店員「はい、ご注文の確認をさせていただきます。
   天むす一つ、きしめん一つ、味噌カツ一つ、ひつまぶし二つですね」

日向「そうです。間違いありません」

店員「かしこまりました、少々お待ちくださいませ〜」

スタスタ...

マリ「今の店員さん間違ってなかった?」

結月「間違ってないですよ」

みこと「……ひつ……? ひま……?」ペラペラ

日向「そうだな、みこと。メニューをちゃんと見てみようじゃないか」

報瀬「ひまつぶ……。……ん!?」

みこと「キマリさん、これ……」

マリ「ウナギのひまつぶし……」

日向「ちゃんと読め」

報瀬「ひつまぶし……!」

結月「そうです。ひまつぶしではなく、ひつまぶしです」

報瀬「ぁ……」

マリ「そんな!?」

みこと「文字を流し読みして、思い込んでしまったんだよ」

マリ「しゃ、しゃじぇんぇん!?」

日向「そっちかよ。……というか、高いなぁ」

結月「ウナギですからね」

報瀬「……ま、いいか」

マリ「たっか! プリンシェイクいくつ買えると思ってるのみこっちゃん!」

みこと「え……? えっと、30本」

日向「意味もなく当たるんじゃない、そして律儀に答えなくていい」

報瀬「あ、そうだ」ガサゴソ

結月「どうしたんですか、報瀬さん?」

みこと「変更する?」

マリ「うーん……。ううん、やっぱりひまつぶしがいい」

みこと「いいの?」

マリ「食べたかったからね、ひまつぶし。食堂車でバイトしててよかったぁ」

結月「キマリさん、このメニューに書かれてる文字をちゃんと読んでください」

マリ「ウナギのひまつぶし」

日向「どうあっても、ひまつぶしで押し通す気だな……」
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 05:14:20.17 ID:oFn1AU3Bo

報瀬「日向、キマリ。これ、見て」

マリ「ひまつぶし」

報瀬「それはもういいから」

日向「なに、それ? サイン色紙?」

報瀬「ふふん」ニヤニヤ

みこと「駅のイベントスペースで、ミニライブやってたよ」

マリ「うーん? 誰のサイン?」

報瀬「え、知らないの? 私もよく知らないけど……」

日向「知らんのかい! っていうか、貸して」

報瀬「うん……」

結月「よく知らないのに貰ったんですか……自慢するだけの為に……」

日向「ゆづ、サインペン持ってる?」

結月「なんでですか? 持ってないですけど」

日向「日向さんへ、って書き直そうかと思って」

報瀬「汚さないで!!」バッ

日向「冗談だよ、ジョーダン」

みこと「日向さん、知ってるの?」

日向「子役時代から知ってる。ゆづのライバルとか言われてるよね」

マリ「あー、うん知ってる知ってる」

結月「むぅ……」

報瀬「あ……。この話はこれでお終い」

日向「共演したことあったっけ?」

結月「一度だけですけど」ムー

報瀬「はやく料理こないカナー」

マリ「バンドの曲も聞いたことあるよ。ちゃんと自分たちで演奏してるんだって」

結月「むぅぅ……」

報瀬「楽しみダナー、まだカナー、お腹すいたナー」アセアセ

みこと「……」

日向「今度さ、私らの分も貰って来て――」

結月「むぅぅぅ……!!」

マリ「あれ? どうしたの、結月ちゃん?」

結月「どうせ……どうせ……! 私なんてライバルにもならないんです!」

日向マリ「「 !? 」」

みこと「怒っちゃった……報瀬さん」

報瀬「二人がしつこいから」

日向「責任転嫁された気がするけど、何の話?」

マリ「ど、どうしたの結月ちゃん?」

結月「大抵のオーディションにはあの人が居たんですよ!
   歳も背格好もだいたい同じ、なら演技力で評価されますよね!?」

マリ「そ、そうなのかな? 難しいことは分かんない……」
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 05:16:14.65 ID:oFn1AU3Bo

結月「あの人と競い合った役で勝ち取れたことなんてないんです!
   役になりきる努力もしてるし、台本の理解力もあるし、場の流れを読む判断力も長けてる!」

日向「へ、へぇ……それは凄いですネ」

結月「敗け続けているのに、それなのに、ライバルライバルって言われ続けて……むぅぅ!」

報瀬「でも、結月のほうがいい演技するよ」

みこと「……」

結月「私の演技、見たことあるんですか?」

報瀬「……どうなの、キマリ?」

マリ「え!? えっと……あ、あるよー? ……そう! 南極居る時に決まったって話!」

結月「それ、私と出会った後の話ですよね」ズイッ

マリ「そ、そうだけど……チカイヨ、ユヅキチャン」

日向「おっと、お冷がなくなっちゃった……店員さん呼ぼうかな」

みこと「ピッチャーならそこにあるよ」

日向「あ、うん」

結月「報瀬さんのお家のお邪魔した時、3人とも私のこと知らなかったみたいでしたけど」

報瀬「……」ギクッ

日向「そ、そんなことないさ! 知ってたさ!」

マリ「うんうん」

結月「本当ですか?」

報瀬「私はバイトばっかりだったから、テレビ見る時間無くて〜」

マリ「あ、なんかズルい報瀬ちゃん!」

日向「おまえがサインなんか貰ってくるからこうなってるんだぞ、逃げるな!」

報瀬「逃げるなって何!? そのサインに顔色変えたの誰!?」

日向「私ですけどー!?」

マリ「私はサイン欲しいなんて思ってないよ、結月ちゃん!」

結月「来週、オーディションがあるんですけど、その時逢うかもしれません。もらえたらどうします?」

マリ「……」

報瀬「迷ってるから! 欲しいけどどうしようって、キマリ迷ってるから!!」

日向「子役時代の話だろ!? 今はもうゆづの方が上だって!」

マリ「そうだよ! きっと!」

ギャー

 ギャー


店員「こちらで最後になります」

みこと「はい。すいません、席を二つ取ってしまって」

店員「次のお客さんが来る前に移動してください」

みこと「はい。ありがとうございます」


結月「あの人、仲間が出来て順風満帆って感じだったんですよね、今日」

報瀬「確かに……自信に満ち溢れてた」

結月「次、勝ち得ることが出来るんですかね」

報瀬「難しいかも?」

日向「おい! 敵なのか味方なのかどっちだ報瀬!?」
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 05:17:20.53 ID:oFn1AU3Bo

マリ「結月ちゃんも『持ってる』よ」

結月「え?」

マリ「仲間が。……えへへ」

日向「自分で言って照れるなよ」

報瀬「……」コクリ

結月「ですね。私も、次は勝ち取ろうと思ってますから」

みこと「さくらさんも、結月さんはちゃんと持ってるって言ってた」

結月「……うん」

みこと「あっちに料理並べてあるから移動しよう?」

日向「いつの間に!?」

報瀬「私たち、騒いでたから違う席に持って行ってたんだ……?」

みこと「うん。店員さんが『白石結月さん』のファンだって」

結月「……」

日向「キマリのうなぎのひまつぶし、半分食べていいからさ」

マリ「え!?」

結月「ふふ、そうですか。それなら頑張れますね、私」

報瀬「うんうん」

マリ「報瀬ちゃん……、もう半分別けてくれない?」

報瀬「やだ」

マリ「そんなぁ」シクシク

結月「冗談ですよ。半分は」

マリ「……半分の半分だから、4分の1?」

日向「おぉ〜。味噌カツ美味しそう〜♪」

報瀬「はぁ……久しぶりのご飯が食べられる」

結月「それでは、いただきましょうか」

マリ日向「「 いただきま〜す 」」

報瀬「いただきます」


みこと「……」


……


346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/01/31(金) 05:19:03.30 ID:oFn1AU3Bo

―― 出発1分前:デネブ


ダダダダダッ

「だから! だから!! なんでお土産屋で悩むんだよー!!?」

「レジが混んでたんだからしょうがないんだよ〜〜!!」

「〜〜っ!」



結月「急いでください! 1分切りましたよ!!」

みこと「早く……!」


日向「くぅぅ〜〜〜〜!!」

マリ「ひぃっぃぃお腹が揺れるぅぅ」

報瀬「うぅっ、気分悪くなってきたかも……!」

ダダダダダッ


栞奈「車内に居ないと思ったらまーた駆け込み乗車なのかぁ」

結月「先に乗っててよかった」

みこと「……」


日向「よし! セーフセーフ!!」

マリ「ふぅっ、はぁっ、ふぅぅぅ」

報瀬「うぅっ……ぅぅぅ」

結月「報瀬さん? 顔色が悪いですよ?」

みこと「とりあえず、乗ろう?」

栞奈「名古屋しゅっぱーつ!」

prrrrrrrr


……


347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:39:58.78 ID:l1m2r1O+o

―― 1号車

ガタン

 ゴトン

日向「次はいよいよ金沢なわけだがー」

報瀬「うぅ、気分悪い……ちょっと横になって来る」

栞奈「部屋に戻るの? 送ってくよ〜」

報瀬「うん、ありがと……うぅぅ」

スタスタ...

マリ「お大事にー」

みこと「大丈夫かな……」

マリ「後で様子見に行こう」

みこと「どうして具合が悪くなったの?」

マリ「多分、天むすも追加注文してたから食べすぎたんだよ」

日向「その後に全力疾走だからな……。それほどまでに米が食べたかったんだよ」

マリ「楽しかったねー、名古屋」

日向「いろいろ回ったからな〜。名古屋城に行けなかったのは残念だけど」

みこと「報瀬さんと行ってきたよ」

マリ「そうなの? じゃあ後で写真見せてもらおう〜、ばり楽しみやけん」

日向「それ名古屋弁じゃないだろ。それより、残り二つの駅になったんだよ」

マリ「なにが?」

日向「停車駅が。金沢と、松本」

みこと「……」

マリ「あっという間だったね。ということは、あと3日で東京なんだね」

日向「そんな先の話より明日だ明日!」

マリ「?」

みこと「なわとび大会?」

日向「そう、それ! どうするんだよ、
   一回も全員で練習してない上に大村と栞奈があんな状態だろ?」

マリ「二人がどうしたの?」

日向「なんか、雰囲気がおかしいんだよなー。まだケンカしてるっぽい」

マリ「そっかぁ、うーん……。どうしよ?」

日向「原因も分からないからな……。みこと、なんか聞いてる?」

みこと「ううん、知らない」

マリ「そっかぁ……。大会の時間って何時だっけ?」

日向「夕方までやってるみたいだけど、13時には会場に居たい」

マリ「でも私ね、兼六園に行きたいんだよ」

日向「午前中に行って来い」

みこと「能登半島は?」

マリ「あ、いいね!」

日向「あのな、昼には片町に居なきゃいけないんだぞ?」

マリ「無理かな?」

日向「詳しく調べてないから分からないけど、多分無理」
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:41:23.63 ID:l1m2r1O+o

マリ「じゃあ、大会終わってから?」

日向「デネブは丸一日金沢に停まってるから、不可能じゃないけど……けどさ」

みこと「けど?」

日向「大村、降りるだろ?」

マリ「うん……そうだね」

日向「最後にさ、どこかで打ち上げしたいなって」

マリ「うん! いいね!」

みこと「……最後…」

日向「場所とか全然考えてないけどな!」

マリ「それなら能登半島でバーべキィューは!?」

日向「いいなそれ! 夏と言ったらバーベキューだもんな! ってか、キィューってなんだよ!」

みこと「できるの?」

日向「現実的には無理。時間と金銭的問題が大きいしな。
   私ももう持ち合わせが苦しくなってる」

マリ「うぅ、現実って辛いことばっかりだよね……。楽しいこともあるけど」

日向「そうだな……いつだって非情で無常だけど愛情で感情が最上でもある」

マリ「……どういう意味?」

日向「聞くな」

マリ「でも、楽しみだね。最後の夜だから思いっきり楽しみたい!」

日向「旅も大詰めだ、全力で楽しむぞー!」

マリ日向「「 おぉーー!! 」」

みこと「そのためにも、あの二人が仲直りしないといけない?」

マリ日向「「 そうだった…… 」」

みこと「……」

日向「キマリさん、なにか案はありませんか?」

マリ「ありません」

日向「お手上げですな」

みこと「……相談してくる」スッ

マリ「ん?」

日向「相談?」


スタスタ...


マリ「誰に?」

日向「車掌さんかな?」


……


349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:42:37.81 ID:l1m2r1O+o

―― 秋槻の個室


コンコン


みこと「……」


ガチャ

秋槻「おはよう」

みこと「え? 夜だよ?」

秋槻「あぁ、ごめん。時間間隔が狂い始めてて……。どうしたの?」

みこと「相談に乗って欲しいことがあって……」

秋槻「うん、分かった。空いてる席で待ってて。顔洗って行くから」

みこと「……うん」


……




―― 車掌室


車掌「どうかなさいましたか?」

みこと「大村一輝という人を探していて……」

車掌「大村さんでしたら――」


……




―― 娯楽車


バババーン

 チュドドドドーン

バコーン

一輝「ハァ……すぐ落とされるな……」

みこと「あ、居た」

一輝「?」

みこと「ちょっと来て」

一輝「あ?」


……


350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:45:02.29 ID:l1m2r1O+o

―― 1号車


マリ「見て、これに乗ったんだよ」

結月「ジェットコースターですか」

日向「でら世界最高峰だった。あれはでらよかった」

結月「無理やり名古屋弁使ってますね」


秋槻「ふぁぁ……」


マリ「あ、お兄さん」

日向「なんか久しぶりに見た気がする」


秋槻「一日中籠ってたからね……。ここじゃないのか」


日向「髭……」

マリ「身だしなみチェック」


秋槻「あ、しまった……つい……」


結月「誰か探してるんですか?」


秋槻「うん、ちょっとね……。それじゃ」

スタスタ...


結月「どうしたんですかね?」

マリ「みこっちゃんかな?」

日向「かもな」


……




―― 4号車


一輝「なんだよ、こんなところで」

みこと「……」

一輝「無視かよ……」


秋槻「ここにいたんだ」


一輝「?」

みこと「座ってください」

秋槻「うん、失礼するよ」ストッ

一輝「???」

みこと「私じゃなくてこの人から」

秋槻「うん……?」

一輝「なんだよこれ?」

みこと「栞奈さんとケンカしてるから、仲直りしてほしいって」

秋槻「え、そうなの?」

一輝「おまっ……!」
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:46:17.85 ID:l1m2r1O+o

みこと「キマリさん達が明日、なわとび大会に出て、その後打ち上げしたいって」

一輝「だからなんだよ……」

みこと「最後だから」

一輝「……!」

秋槻「…………」


みこと「……」


一輝「……っ」


秋槻「話しにくいみたいだから、俺の話からしよう」

みこと「?」

一輝「……?」

秋槻「学生の頃、君たちと同じくらい歳の頃の話なんだけどさ」

みこと「……」

秋槻「一人の女子と仲良くなってね。席が俺の前で、なにかと接点が多くなったのが理由でね。
   日直とか掃除とか、いろいろ行動を共にすることが多くて」

一輝「……」

秋槻「そんな俺たちをみたクラスメイトが、ある日、俺に聞いたんだよ。
   『お前たち付き合ってるの』って」

みこと「……」

秋槻「俺は照れくさくて、声を大きめに『付き合ってねーよ』って言ってさぁ」

一輝「……」

秋槻「それをその女子に聞かれて……。それから気まずくて、今まで通りに過ごせなくて。
   会話も当たり障りのないことばっかりで、何か失った気持ちになったな」

みこと「……」

秋槻「あの時、なにか行動を起こせていたらって思うよ。そしたら、今ここにいないかもだけどね」

一輝「後悔してますか?」

秋槻「うん、してる」

一輝「…………」

秋槻「その子のこと好きだったんだなって、後になって気付いたから」

みこと「……」

秋槻「俺の話は終わり。ごめんね、割とどうでもよかったかな。あはは」

みこと「…………」

秋槻「それじゃ、話を聞かせて?」

一輝「正直、よく分からなくて」

秋槻「分からない?」

一輝「なんであんなに嫌な気持ちになったのか――」


……


352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:47:59.63 ID:l1m2r1O+o

―― 報瀬の個室


報瀬「ふぅ……落ち着いた……」

栞奈「もう大丈夫みたいだね」

報瀬「やっぱり食べすぎだったみたい。薬、ありがとう」

栞奈「いいよ、これくらい。たまたま持ってただけだし」


ガタン

 ゴトン


報瀬「……」

栞奈「一人でゆっくりしたいよね、それじゃ私はこれで――」


報瀬「栞奈、無理してない?」

栞奈「え、え……? 無理?」


報瀬「うーん……水、もうちょっと……ちょうだい」

栞奈「あと……これくらいしかないけど……どうぞ?」

報瀬「うん、ありがとう……」

栞奈「……」

報瀬「ごく……ごく……」

栞奈「……」

報瀬「……ふぅ。……それで、無理してない?」

栞奈「どうして……いきなり?」

報瀬「誰かに似てるなって思ったら、日向だった」

栞奈「?」

報瀬「なにかあるのになんでもないって顔して、
   無理して誤魔化して何も無かったってことにしようとしてた」

栞奈「……」

報瀬「私が向き合おうとしたのに、ね」

栞奈「私と日向は違うよ」

報瀬「うん」

栞奈「無理か……、してるのかな」

報瀬「分からないの?」

栞奈「まぁね。……私さ、人に深入りしたことも、されたこともないんだよね」

報瀬「……」

栞奈「この列車に乗ってさ……あぁ、私ってこんなヤツだったのかぁって思ったりして」

報瀬「……」

栞奈「いつもと違う自分だってのは分かってはいるんだけど……無理してるのかは分からない」

報瀬「いつもの栞奈ってどんな風なの」

栞奈「どんなだと思う?」

報瀬「今の栞奈しか見てないから分からない」

栞奈「教室の隅でさ、カリカリと勉強ばっかしてる。がり勉タイプってヤツ?」

報瀬「……」
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:50:18.20 ID:l1m2r1O+o

栞奈「父さん見てるから、体力もつけなきゃって思って……スポーツも程々に出来ると思う」

報瀬「うん、細くはない」

栞奈「勉強もスポーツも出来る。優等生タイプ……だけど、致命的な欠点が一つあってさ」

報瀬「……」

栞奈「つまらない奴なんだ私って」

報瀬「どうして?」

栞奈「いや、分かるでしょ。今までの言動見てたら」

報瀬「ううん、さっぱり」

栞奈「……はは。……まぁ、そう、周りに思われててさ。
   居場所ないんだよね。学校ででもどこでも、家以外には」

報瀬「そう聞いたの? つまらないって」

栞奈「うん、言われた。飽きられた感じで」

報瀬「……」

栞奈「そういわれるの嫌だから、もっと面白いことをしようと思って……そしたらもうピエロさ」


報瀬「周りがつまらない人だらけなんじゃないの?」

栞奈「……っ」


報瀬「栞奈はつまらない人じゃない――」

栞奈「やめて……ッ」


報瀬「え……?」

栞奈「アイツと同じこと……言わないでよぉっ」


……




―― 4号車


一輝「アイツ、目標持って頑張ってるんです。つまらない人間なわけがない」

秋槻「……」

みこと「………」

一輝「俺は、アイツ……栞奈のこと人として尊敬してる部分もあって……。
   勉強できるけど、バカなところも面白いな思ったりして」

秋槻「……」

一輝「だから、俺自身が認めてる人に……おちょくられて……? コケにされるのが嫌で」

みこと「?」

一輝「その……白石結月のこと……ごにょごにょ……でしょ……とか言われて」

みこと「聞こえないよ、結月さんが何?」

一輝「くっ……」

秋槻「なるほど……」

みこと「どうして結月さんが出てきたの?」

一輝「だから……! さっき……冷やかされて? 嫌な気分になって……」

みこと「結月さんが冷やかされて……?」
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:51:55.81 ID:l1m2r1O+o

一輝「だから……俺が……あっちのことを……なんじゃないかって」

みこと「あ……え?」

一輝「……なんだよ」

みこと「それって……栞奈さんのこと――」


秋槻「あー! そうだッ!!」


一輝みこと「「 ! 」」ビクッ


秋槻「あ、急に大声出してごめん。今、いい構成が浮かんでね」

みこと「……うん」

一輝「そうですか……」

秋槻「悪いけど、仕事に戻るね」スッ

みこと「……」

一輝「……はい」

秋槻「一つ、アドバイス」

一輝「?」

秋槻「どうして嫌になったのか、考えてみて。一人で、答えを見つけるんだ」

一輝「……」

みこと「……」

秋槻「それじゃ」

スタスタ...


「あ、お兄さん」

「無精髭が通りますよ〜」

「え!?」

「あはは」


みこと「……なんか、変」

一輝「だな……」


マリ「お兄さんどうしたの?」

みこと「徹夜したんだと思う」

マリ「ずっと起きてるんだ……道理でテンション高いわけだ」

みこと「キマリさん、どこに行くの?」

マリ「食堂車行って、料理長に相談をするんだよ」

みこと「相談?」

マリ「そうそう。明日の送別か――はうぁ!?」

一輝「……は?」

マリ「えっと、明日の株価はどうなってるかな」

スタスタ...

みこと「……変」

一輝「いつもだろ」

みこと「キマリさんは変じゃない。それじゃ、一人で考えて」スッ

一輝「なんかお前、俺には冷たいな」
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:53:05.21 ID:l1m2r1O+o

みこと「好きじゃないから」

一輝「ふっ、そうかよ」

みこと「……」

スタスタ...

一輝「……」


一輝「……ハァ」


一輝「降りる準備するか……」


……




―― 報瀬の個室


栞奈「アイツと同じこと言わないで……っ」グスッ

報瀬「……」

栞奈「うぅ〜っ……。泣きそうっ……」

報瀬「泣いてるじゃない」

栞奈「泣いてないことにして」グスッ

報瀬「……」

栞奈「でも、なんかスッキリした」

報瀬「そう……」

栞奈「ありがと、報瀬」

報瀬「なにもしてないけど」

栞奈「さっきの話なんだけど」

報瀬「?」

栞奈「日向と向き合ったって話。どうやって向き合ったのかなって」

報瀬「私は向き合おうとした。
   ちゃんと自分のこと話して、その上で日向と正面から話をしようとした」

栞奈「うんうん」

報瀬「だけど、日向はそれをしようとしなかった。だから腹が立った」

栞奈「……」

報瀬「腹が立ったから、意地を貫き通した」

栞奈「意地……」

報瀬「お互い、変な意地を張ってたと思う。
   だけど……だからこそ、今の私たちがあるんだと思う」

栞奈「――……」


コンコン


報瀬「は、はい」


「報瀬さん、私だけど……」


報瀬「みこと……?」


ガチャ
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:54:37.97 ID:l1m2r1O+o

みこと「休んでるところごめんなさい。これ、キマリさんが持って行ってって」

報瀬「いいけど……。キマリが?」

みこと「スタミナドリンクって」

報瀬「何してるの、キマリは?」

みこと「食堂車で手伝いしてる。日向さんも車掌さんとお話ししてて……」

報瀬「結月は?」

みこと「撮影してるから……」

栞奈「暇なんだね、みことちゃん」

みこと「あ、栞奈さん」

報瀬「くんくん……うっ、変なにおい……っ」

栞奈「まだ体調が戻ったわけじゃないから、大人しくしてなよ」

報瀬「……うん」

みこと「お話ししてたの?」

栞奈「うん。報瀬たちの話を聞いてた」

みこと「……」

報瀬「どうしたの?」

みこと「私も聞きたい」

報瀬「……じゃあ、入る?」

みこと「……うん」

栞奈「意地を張りあった結果が今に至るってとこまで話したけどさ」

報瀬「匂い嗅いだせいでまた気分が悪くなってきた……。……けど?」

栞奈「報瀬と日向の意地の張り合いで……報瀬が意地を貫き通したと」

報瀬「うん」

みこと「……」

栞奈「報瀬が正しかったってことだよね……?」

報瀬「どうだろ。結果は結果だから、そこは問題じゃないと思う」

栞奈「過程が大事?」

報瀬「結果とか過程じゃなくて……向き合うことじゃないかな」

みこと「……」

報瀬「自分と向き合って、相手と向き合って、どうしたいか」

栞奈「…………」

報瀬「どうなりたいか、なんて……あの時は考えてなかったし」

みこと「……」

報瀬「考えられるほど、私たちは長く生きてないから」

栞奈「……そっか」

みこと「生きてない……?」

栞奈「経験、だよね」

報瀬「うん。経験があるから過程を考えて理想の結果に近づける……」

みこと「……」
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:57:40.44 ID:l1m2r1O+o

報瀬「それに私たち、人との付き合いの中で打算とか駆け引きとか出来るほど器用じゃない」

みこと「生き方が下手……」

報瀬「……うん」

栞奈「言うねぇ」

みこと「あ、そうじゃなくて……! お母さんの小説にそういう一節があって……!」

報瀬「ふふ、いいよ、気にしてない。その言葉、合ってるから」

栞奈「器用に生きられた方が楽だよね」

報瀬「楽だと思う。けど、そんな生き方してたら私が今持ってるものより、何かが足りていないと思う」

栞奈「面倒くさい自分を受け入れるか、切り捨てるか……?」

報瀬「どちらかを選択なんて、できないんじゃない?」

栞奈「どういうこと?」

報瀬「思い立ってできることなのかな、自分を捨てるとか受け入れるとか」

栞奈「できるよ……。諦めればいいだけだから。少しずつ、周りの色に染まるみたいに合わせて行けば」

報瀬「そうかも……ね。……やっぱり二人は似てる」

みこと「?」

栞奈「私と日向?」

報瀬「うん。頭の回転が速いからいろいろ考えることが出来るでしょ。
   自分のこと相手のこと、周りのこと」

栞奈「そうかな……?」

みこと「うん、私もそう思う。日向さんと栞奈さん、似てる」

栞奈「……そっか」

報瀬「それで、考えすぎて、先の先まで考えてしまう。
   そして、余計なことまで考えて動けなくなってしまうところとか」

栞奈「……」

報瀬「話を戻すと……私みたいな人は、面倒くさい側の人間。
   人は誰でも楽をしたいはずだから、それが普通だから……それが悪いことだとも思ってない」

栞奈「……」

みこと「あ、あの……報瀬さん!」

報瀬「な、なに?」

みこと「聞きたいことが……あって」

報瀬「?」

みこと「髪を切ったのは……どうして……ですか……!?」

栞奈「……」

報瀬「これは……」

みこと「……っ」

報瀬「お母さんと……じゃないか。……私自身と決別したから、かな」

みこと「決別……?」

報瀬「私のお母さん、南極で行方不明になって、帰らぬ人になって……」

みこと「え――」

栞奈「……」

報瀬「栞奈は知ってたんだ?」

栞奈「うん、まぁ……。報瀬たちに関連した記事を読んでたんだけど。
   その中に古い記事をたまたま見て……もしかして……とは思ってた」

みこと「――」
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 15:59:04.04 ID:l1m2r1O+o

報瀬「その時からずっと、帰ってくるのを待ってるだけの自分が居たから――……って、みこと!?」


みこと「……え?」ポロポロ


報瀬「な、なんで泣いて――」


みこと「あ――……」ポロポロ


栞奈「みことちゃん……」


みこと「ぅ……うぅぅっ」ボロボロ


報瀬「……」


みこと「〜〜〜っ」ボロボロ


報瀬「お母さんが行方不明になったって報告を受けても……私、泣けなかった」


栞奈「……」


報瀬「あの時の私の代わりに泣いてくれて、ありがとう、みこと」


ぎゅううう


みこと「ち……ちがっ……わたしっ……わたしのおかあさんがっておもって……っ」


報瀬「うん……自分のお母さんがそうなったらって思ったんだよね」


みこと「かなしいって……つらいって……いたいって……っ」


報瀬「うん……」


みこと「なんで……っ……なくの……とまらない……っっ」ボロボロ


報瀬「うん……ありがとね」


ぎゅうう


みこと「ぅぅ〜〜〜ッ」ボロボロ



……


359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 16:00:16.40 ID:l1m2r1O+o

―― 寝台車


バタン


栞奈「……ッ」グスッ


日向「お、栞奈〜……報瀬の様子は……」


栞奈「あ、日向じゃん。夜更かしはお肌の大敵だぞ〜」


日向「泣いてたのか……?」


栞奈「あー……うん。ちょっとね、もらい泣きを……。あはは」


日向「……」


栞奈「報瀬、キマリ、結月ちゃん、日向……4人はいいね、
   なんか本気でぶつかってるって感じで」

日向「――……」

栞奈「……?」

日向「う、うん。そうか……はは」

栞奈「どうしたの? なに、今の間は?」

日向「まさか自分がそう言われるとは思わなかったから……」

栞奈「?」

日向「いや、こっちの話」


……




―― 秋槻の個室


秋槻「……」

カタカタカタ

秋槻「……ふむ」

ガタン

 ゴトン

秋槻「夜行列車か……乗ってみたかったなぁ……」


秋槻「海外行けば乗れるけど……ん……ん〜〜」ノビノビ


秋槻「そうだな……。売店閉まる前に何か買っておくか……」


秋槻「ふぅ〜……」


秋槻「……」


秋槻「メモ用紙が散らばってるな……戻ってから片付けよう……」


……


360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 16:01:32.38 ID:l1m2r1O+o

―― 食堂車


報瀬「キマリ、これ」

マリ「味はどうだった?」

報瀬「飲んでないから分からない」

マリ「でも空っぽだよ?」

報瀬「私は飲まずに捨てるつもりだったんだけど、
   みことが明日の為にって飲み干しちゃったから」

マリ「ひどい!? 報瀬ちゃんの為に作ったのに!」

報瀬「……」カァァ

マリ「顔赤いよ? 体の調子悪い?」

報瀬「ううん。だた……なんであんなことしたかなって……思って」

マリ「あんなこと?」

報瀬「みこと、ね……私のお母さんの話聞いて……泣いちゃって」

マリ「……」

報瀬「気が付いたら抱きしめてた……」

マリ「みこっちゃん、純粋だから全部を受け入れてしまうんだよね」

報瀬「みたいね……」

マリ「そのみこっちゃんは?」

報瀬「あのスタミナドリンク飲んで、体調悪くしてみたいだから個室に戻したよ」

マリ「……え」

報瀬「ちゃんと後で様子見に行ってよね」

マリ「大丈夫かな……?」

報瀬「大丈夫でしょ。変なの入れたわけじゃないよね?」

マリ「もちろん」

報瀬「ところで、どうして手伝いしてるの?」

マリ「明日、綾乃ちゃん大会に参加できるか確認しに来て……なんとなく手伝おうと思って〜」

報瀬「そう……。それじゃ」

マリ「もう寝ちゃう?」

報瀬「到着するの深夜だし、何もすることないから」

マリ「そっか、それじゃおやすみ〜」

報瀬「おやすみ」


……


361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 16:02:55.79 ID:l1m2r1O+o

―― 岐阜駅


プシュー


日向「ふぃ〜……」


日向「やっぱりこの時間だとホームには誰も居ないな〜」


日向「朝は清々しいのに、夜は不安になる感じ……」

テクテク


日向「ふんふんふ〜ん♪ それがいい〜♪」

テクテク


日向「あ、キマリだ。おーいキマリ〜」フリフリ


日向「というか、なんでウェイトレスの服着てるんだ?」


...テッテッテ

マリ「どうしたの、日向ちゃん?」

日向「外から見えたから、手を振っただけ〜」

マリ「そうなんだ。あぁ、岐阜に着いたんだね」

日向「そうそう。だ〜れも降りてこないからちょっと寂しい日向ちゃんでした」

マリ「私は仕事に戻るけど、乗り遅れないでよ?」

日向「お前が言うか。それよりなんで仕事してるんだ?」

マリ「一日の終わりで忙しそうだったから。お客さん少ないけどやること多いんだって」

日向「ふ〜ん」

マリ「それじゃ、また後で」

日向「他のみんなは?」

マリ「知らないけど……、報瀬ちゃんとみこっちゃんはもう寝ちゃうみたい」

日向「私もそうするかなぁ、今日も歩きっぱなしだったし。
   ゆづのとこ行ってから個室に戻ることにするよ」

マリ「そっか。それじゃ、また明日ね〜」

テッテッテ

日向「お〜」


日向「動力車まで歩いてみるか」

テクテク


日向「こうやってデネブに沿って歩くの初めてだな」

テクテク


日向「お、ゆづ発見。今は客車で撮影してるのか〜」

テクテク


日向「売店のお姉さんだ。やっほー」フリフリ

テクテク
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 16:04:26.79 ID:l1m2r1O+o

―― 報瀬の個室


報瀬「すぅ……すぅ……ん……」


報瀬「ん? ……あれ……?」


報瀬「いつの間にか……停まってる……?」


報瀬「到着…したんだ……」


報瀬「……」


報瀬「……すぅ……すぅ」



―― 岐阜駅・ホーム



日向「ふぁぁっ……眠……」

テクテク


日向「外から見るのも中々楽しいもんだ」

テクテク


「……」スッ


日向「おわっっ」

「ひゃあっ!?」

日向「って、栞奈かよ、びっくりした」

栞奈「日向……?」

日向「急に降りてきたから、驚いたんだよ」

栞奈「そうなんだ……ごめんごめん」

日向「謝ることじゃないけどさ……こんなとこ歩いてる私も悪いし」

栞奈「なにしてんの、暇なの?」

日向「暇と言ったら暇なんだけど……何かしたい! って気分でもないよ」

栞奈「それもそっか、こんな時間だもんね」

日向「で、どうなんだよ」

栞奈「なにが?」

日向「話するってさっき言ってただろ〜?」

栞奈「言ったけど……心の準備がまだ……」

日向「……」

栞奈「分かってるって……! 時間が無いってことくらい……でも……!」

日向「私は何も言ってないだろ?」

栞奈「目が言ってる、目が! はやくなんとかせんかいワレーって」

日向「もどかしいなとは思うけど、急かすようなことは思ってないって!」
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 16:06:14.79 ID:l1m2r1O+o

栞奈「ぅぅ……どうしよ、焦れば焦るほど焦ってしまう」

日向「本当に焦ってるんだな……。大村の姿は見たの?」

栞奈「ううん。……多分、個室で降りる準備してるんだと思う」

日向「私が思うにだ、栞奈」

栞奈「う、うん」

日向「あれだけお互いに言い合ってた二人なんだから、
   話をして悪い方には行かないと思う」

栞奈「……うん」

日向「私だけじゃなくて、みんな思ってることだよ。
   大村を信じて、私らも信じろって」

栞奈「…………うん」

日向「このままお別れするのは嫌だろ?」

栞奈「うん」

日向「その気持ちがあれば前に進めるよ、きっと」

栞奈「…………でもね……日向」

日向「うん?」

栞奈「私は……私自身が信じられないんだよ……」

日向「……」

栞奈「これだけ……日向が言ってくれてるのに……信じて前に進む勇気がないんだよ……」

日向「……」

栞奈「今まで楽しかった旅が……嫌な思い出で終わるのが怖い――」

日向「栞奈……それは」


「日向さん?」


日向「……!」ビクッ

結月「なにしてるんですか、こんなところで……栞奈さんも一緒だったんですね」

日向「び、びっくりした……ゆづか」

栞奈「……」

結月「日向さん、さっき外歩いてました? さくらさんが『ナニカ居る』って怯えてたんですけど」

日向「うん、たぶん私だな……」

栞奈「あはは、さくらさんが怯えるなんてね〜。お化けとか苦手なのかな?」

結月「みたいですね。腕力ではどうにもならないから嫌だって言ってます」

栞奈「物理ダメージが通る相手なら怖くないんだ! やっぱり強いな、さくらさん!」

結月「……」

栞奈「でも、その『ナニカ』を確認しに来た結月ちゃんも強いね〜憧れちゃうね!
   そんな結月ちゃんと一緒に月でも見に行きたいな〜」

結月「栞奈さん……何かありました?」

栞奈「ないよ、なにも。それより、月と星を観に行こうじゃない。
   素敵な時間を共有しようよ、お姫様」

結月「……」

日向「栞奈」

栞奈「もちろん姫の騎士である日向も――」

日向「私さ、学校行ってないんだ」

栞奈「一緒…に…………」
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 16:07:55.04 ID:l1m2r1O+o

日向「人間関係で嫌なことがあってさ、無理だと思って行くの止めたんだよね」

栞奈「……」

日向「止めたって言ったら、自分の意志で決めたみたいに聞こえるけど……。
   まぁ、逃げたんだな。私は、そういう煩わしいことから」

栞奈「……」

日向「だけど、逃げた先にキマリと報瀬が居てさ。
   二人が目的を持ってたからそれに乗っかった形になるんだけど……」

栞奈「…………」

日向「キマリと報瀬だって、その煩わしいモノを持ってるんだと思う。
   それって、誰かと生きていく以上避けられないことだと思うんだよ」

結月「……」

日向「だけど、嫌じゃなかった」

栞奈「……嫌じゃ……ない?」

日向「うん。嫌じゃない。たまに腹が立つし、呆れるし、不快に感じることもある。
   けど、嫌じゃないんだ。きっと、私自身が報瀬とキマリ、ゆづにもそう感じさせてるからだと思う」

栞奈「……」

日向「えっと、何が言いたいかって言うとだ。
   私から見たら、栞奈と大村はそんな風に見えたってこと」

結月「そうですね、私もそう思います」

栞奈「……っ」

日向「だから、どうなりたいかなんて先のことを考えるより、
   栞奈がどうしたいか考えた方がいいと思うよ?」

栞奈「……報瀬と……同じこと言うんだ」

日向「報瀬……?」

栞奈「なんでもない」

結月「日向さん、逃げたって言いますけど……私はそう思わないんです」

日向「?」

結月「だって、逃げてる人が勉強できるわけないです。
   同じ年頃の人たちが出入りする場所で、コンビニでバイトなんて出来るわけないです」

日向「ゆづ〜」ダキッ

結月「きゃぁ!?」

日向「そんなこと思ってくれてたのかぁ〜」スリスリ

結月「ひ、日向さん……!?」


「結月ちゃん!?」ババッ


栞奈「あ……」


さくら「大丈夫!? 結月ちゃ……ん?」


日向「なるほど〜」スリスリ

結月「……なにがですか」

日向「キマリが言う通り、柔らかくて温かくていい匂いだなって」

結月「セクハラは同性でも適用されるんですよ」

日向「あはは、悪い悪い」

結月「……もぅ」
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/14(金) 16:08:43.75 ID:l1m2r1O+o

さくら「今の悲鳴は? 日向ちゃんが原因なの?」

日向「そうです。つい抱きしめてしまって」

さくら「あら、そう」

栞奈「いくら払えば私もそれが許されるんですか?」

日向「これくらいだ」バッ

栞奈「ぐぬぬ……いやしかし、この機を逃せば結月ちゃんを抱きしめることなんてもう叶わない。
   これから先の生活を切り詰めればなんとか」

結月「最低ですね」

日向栞奈「「 冗談だよ冗談〜 」」

prrrrrrrr

日向「あ、もう出発か」

栞奈「……」

さくら「結月ちゃん、もう少しで今日の仕事は終わりだから頑張りましょ」

結月「はい!」

さくら「あら、元気充分ね♪」」

日向「しかし、本当に最低だぞ今の」

栞奈「いやいや、金額を提示したのは日向でしょ」

結月「二人ともです!」



……


366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/29(土) 11:51:57.05 ID:VPz5jp53o

―― 食堂車


ガタン

 ゴトン


日向「……」ウトウト

栞奈「……すぅ……ふぅ」


マリ「日向ちゃん、寝ちゃった?」


日向「ん、起きてるよ?」

マリ「……寝たいなら個室に戻ったらいいのに」

日向「大丈夫だよ、眠くないって」

マリ「さっき眠いって言ってたよ」

日向「ん〜……」

栞奈「私に付き合ってくれてるから……」

マリ「……?」

栞奈「日向、私は大丈夫だから個室戻って」

日向「ん〜……?」

栞奈「ほら、立って〜、行くよ〜?」

日向「大丈夫、だいじょーぶ。一人で行けるから」

栞奈「本当に?」

日向「うん。ということで、私は寝る!」フラフラ

テクテク

マリ「おやすみ〜」


「やすみ〜」


栞奈「本当に大丈夫かね?」

マリ「あんなに眠そうなのは初めて見たけど、大丈夫だよ」

栞奈「ならいいけど」

マリ「それより、なにか注文する?」

栞奈「あ、ごめんね、何も頼まなくて……。特に注文は無いんだよね……」

マリ「そうなの?」

栞奈「うん……。今、車内に誰も居なくてさ……みんな寝る準備してるんだと思うけど……」

マリ「そうだね……金沢到着が深夜だから、明日の準備くらいしかすることないよね」

栞奈「そういうことだから、一人でいるより、キマリがいるからここにいるってだけなのだよ」

マリ「わかった。水でも持ってくる?」

栞奈「本当に気を遣わなくていいから。ただでさえ邪魔してるみたいで申し訳なくて……。
    私のことは地縛霊か何かだと思って無視して?」

マリ「畏まりました〜」

スタスタ...

栞奈「ふぅ……。あぁ、もう……決意が固まらない……っ」
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/29(土) 11:53:21.32 ID:VPz5jp53o

マリ「料理長〜、地縛霊入りました」

料理長「はぁっ!?」

明菜「きゃああ!?」


栞奈「……混乱を招いてしまったようだ」


結月「なんだか騒がしいですね」

栞奈「うーん、私のせいかな……」

結月「また、何したんですか?」

栞奈「何もしてないよ〜。やったのはキマリだから」

結月「そうですか。一緒してもいいですか?」

栞奈「いいよ〜。って、何か食べるの?」

結月「ちょっと小腹が空きまして。夕ご飯は軽めに食べたものですから」

栞奈「何食べたの?」

結月「天むすを……。キマリさーん」


「はーい。ただいま〜」


栞奈「そういえば、私は名物食べてないな……」

結月「注文します?」

栞奈「……食欲無いんだよね」

結月「そうですか……」


マリ「はい、ご注文をお伺いします」


結月「フルーツセットお願いします」


マリ「畏まりました〜」

スタスタ...


結月「キマリさんがウェイトレスしているの違和感あったんですけど、
   なんか慣れてしまいましたね」

栞奈「……そうだね」


マリ「フルーツセット入りました〜」

明菜「鳥羽さんと白石さん……?」

綾乃「地縛霊なんていないね」

料理長「今日も余った食材で作ってみる?」

マリ「え!? いいんですか!?」キラキラ


結月「お金払いますからちゃんとしたものをお願いします!!!」


マリ「え〜……?」
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/29(土) 11:55:36.20 ID:VPz5jp53o

栞奈「どういうこと?」

結月「みことに聞いたんですけど、とんでもないものを作ったとか……」

栞奈「……なるほど」

結月「その、みことの姿が見えませんね……?」

栞奈「もう寝ちゃったんだって。キマリの特製スタミナドリンクを飲んだせいで」

結月「うわ……」


マリ「結月ちゃーん、すっぽんのエキスがまだ残ってて――」


結月「フルーツセットを! ちゃんとしたもので!! アレンジ無しでお願いします!!!」


……




マリ「おまたせしました……フルーツセットです……」

結月「なんで不満そうに持ってくるんですか」

マリ「だって、結月ちゃんの疲れを癒してもらおうと思ったのにぃ」

結月「料理長が手を加えるならいいんですけど」

マリ「……」

結月「なんで黙るんですか?」

マリ「みんなひどい……」シクシク

スタスタ...


栞奈「……」ジー

結月「栞奈さんも良かったら食べます……?」

栞奈「……」ジー

結月「なんですか?」

栞奈「結月ちゃん、あの3人と話してるとき、ややツンツンしてるよね」

結月「ややツンツンとは?」

栞奈「私にはちょいツンツンしてる感じ」

結月「すいません、意味が分かりません。よかったらどうぞ」

栞奈「ありがと……」

結月「料理長のスウィーツも食べたかったんですけど、この時間ですからね」

栞奈「さすがだね、体系管理も気を遣ってるわけだ」

結月「それくらいはしますよ。年頃の女子は特に」

栞奈「まぁ、そうね」


マリ「結月ちゃん、フルーツソースをどうぞ」


結月「あの、カロリーを気にしてフルーツセットだけにしているんですけど……」

マリ「大丈夫だよ、手作りだから」

結月「いえ、あの……お気持ちだけで充分です」

マリ「美味しいと思うんだけどな……」
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/29(土) 11:58:17.81 ID:VPz5jp53o

結月「キマリさんが作ったんですか?」

マリ「ううん、料理長が作ったんだよ。カロリー気にするだろうからって、低カロリーらしいけど……
   気にしてるんならしょうがないよね」

結月「ありがとうございます、それではいただきますね」

マリ「あれ? あれれ?」

栞奈「女の子はね、美味しいものに弱いんだよ」

結月「はむっ……うぅ〜ん、甘さ控えめだけど、香りがふんわりとしてますぅ〜」

マリ「実は私が作ったんだよね」

結月「嘘ですね。はぁ〜、苺の酸味が柔らかくなって、でも甘さはそのままで美味しいです〜♪」ウットリ

栞奈「疲れ癒せてるみたいよ。やったね、キマリ」

マリ「もっと……もっとだよ」

栞奈「なにが?」

マリ「もっと私が癒して見せる……!」

テッテッテ


明菜「玉木さん、走ってはいけませんよ」ニコニコ

マリ「ご、ごめんなさい……。料理長! ムースありましたよね!?」

料理長「あるけど?」

マリ「使って良いムース全部私にください!」

料理長「駄目に決まってるだろ!」


結月「何かするつもりですよね……」

栞奈「そうだね……」

結月「もし何か持ってきたら栞奈さん、対応をお願いしますね」

栞奈「結月ちゃんのために持ってきても?」

結月「カロリーの条件を忘れてるみたいですから。一口くらいはいただきますけど」

栞奈「ふぅん……そう……」ニヤニヤ

結月「なんですか?」

栞奈「ツンツンしてるけど、嬉しそうだな〜って」

結月「このソースが美味しいですからね……。うーん、りんごも美味しいです♪」

栞奈「からかい甲斐の無いこと……。幸せそうな結月ちゃんみて私も幸せだけど」

結月「栞奈さん、大村さんと話したんですか?」

栞奈「へっ……!?」

結月「まだなんですね」

栞奈「そ、そうね……まだ……」

結月「夜の車内って静かですよね……」

栞奈「……うん」

結月「食べないんですか?」

栞奈「胃が痛くて食欲がなくなったよ……」

結月「……」
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/29(土) 12:01:15.10 ID:VPz5jp53o

マリ「煎茶でございます」


結月「ありがとうございます。これはキマリさんが?」

マリ「……明菜さんが淹れました」

結月「渋めのものが欲しかったので嬉しいですと、お伝えください」

マリ「次は私が淹れますから、乞うご期待」

結月「……期待しています」

マリ「期待してないね。いいもんいいもん」

スタスタ...

結月「いい人たちですよね、ウェイトレスの二人も料理長も」

栞奈「この列車に乗ってる人はみんな、ね」

結月「そうですね」

栞奈「……ふぅ」

結月「もぐもぐ……んんっ、酸っぱいです」

栞奈「パインアップル?」

結月「そうですっ……んん〜っ」

栞奈「ふぇ〜、酸っぱさに我慢してるところかわいい〜」

結月「それで、間もなく到着ですけど、どうするんですか?」

栞奈「うぅっっ……それは……」


マリ「お茶のお代わりはいかがですか?」


結月「まだ入っているんですけど……ちょっと待ってください」

栞奈「くぅぅっ」

マリ「栞奈ちゃん、どうしたの?」

栞奈「結月ちゃんの不意打ちボディブローが効いてて……」

マリ「?」

結月「お願いします」

マリ「はい、どうぞ〜」

ジョボジョボ

結月「これは、キマリさんが?」

マリ「ううん、明菜さんが」ニコニコ

結月「……そうですか。……ずずっ」

マリ「どう? どう!?」

結月「さっきより薄い……」

マリ「……」
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/29(土) 12:02:09.23 ID:VPz5jp53o

結月「美味しいです」

マリ「よかった。ちょっとコツを掴んだから〜」

結月「明菜さんが淹れてくれたんですよね?」

マリ「……ウン」

結月「それなら美味しいですね」

マリ「ウン……ソウダネ」

スタスタ...

結月「あ、キマリさん、美味しかったですよ……!」


マリ「うん!」


栞奈「……」

結月「栞奈さん、私、これ食べ終わったら個室に戻ろうかと思うんですけど……」

栞奈「うん……」

結月「……もぐもぐ」

栞奈「最初のお茶と今のお茶、どっちが美味しいの?」

結月「どっちも美味しいですよ?」

栞奈「そう……そうだよね」

結月「?」

ガタン

 ゴトン



―― 報瀬の個室


ガタン

 ゴトン


報瀬「……ん?」


報瀬「あれ……走ってる……?」


報瀬「? ……???」


報瀬「まぁ……いいか」


報瀬「……」


報瀬「すぅ……すぅ……」
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/02/29(土) 12:20:53.81 ID:VPz5jp53o

―― 食堂車


結月「キマリさん、ご馳走様でした」


マリ「はーい」


綾乃「今日はもうお休みですか?」

結月「はい、明日の準備……というか、台本を読み直して寝るだけです」

綾乃「そうですか、おやすみなさい」

結月「おやすみなさい」

マリ「今日はもう寝るんだよね、おやすみ。また明日ね」

結月「はい……また、明日」

スタスタ...


マリ「あとは栞奈ちゃんだけだね」

綾乃「なにか難しい顔してる……」

明菜「いまはそっとしておきましょう」

綾乃「……はい」

明菜「玉木さんのおかげで今日は早めに片付けられそうだから、
    到着次第閉めて、明日に備えましょう、とチーフが仰っていました」

マリ「はい!」

綾乃「それじゃ、食器をしまってきます」

マリ「私は……テーブルと椅子を整理整頓して、掃除してきます」

明菜「はい、お願いします」ニコニコ



……




―― 日向の個室


ゴソゴソ


日向「明日は……何時起きだっけ……?」

ピッ

日向「五時……早いか。六時……くらいかな」

ピッ


日向「よし……!」


ゴソゴソ


日向「…………」


日向「……」


日向「すやすや」


……


373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 01:47:08.98 ID:GYsMFmGgo

―― みことの個室


みこと「すぅ……すぅ……」


ガタン

 ゴトン



……




―― 食堂車


明菜「チーフ、今日の作業一通り終えました。他にやることありますか?」

料理長「もう終わってしまったのか……。そうだなぁ……明日の準備もやったし……」

綾乃「キマリさんが手伝ってくれたから早く終わってしまいましたね」

マリ「栞奈ちゃん……」


栞奈「……すぅ……はぁ」


綾乃「あ、外がだんだん街並みの景色になってきた」

明菜「到着までもう少しね」

料理長「綾乃は明日の昼から夕方まで休みだったよな」

綾乃「はい、お願いします」

明菜「観光に行くの?」

綾乃「キマリさん達となわとび大会に出るんです」

料理長「ふぅん……」

明菜「応援に行けないけど、頑張ってね」ニコニコ

マリ「はい!」

綾乃「頑張るものなのかな……?」

料理長「それじゃ閉めるよ」

綾乃明菜「「 はい 」」

マリ「料理長!」

料理長「うん?」

マリ「さっき作ったプリン、食べてもいいですか!」

料理長「明日にしなさい」

マリ「待ちきれないです!」

綾乃「プリンおばけ……」

明菜「クスクス」

料理長「それじゃ、7日目、お疲れさま」

綾乃「お疲れさまでした」

明菜「お疲れさまでした」

マリ「お疲れさまでした!」


ガタン

 ゴトン
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 01:48:39.20 ID:GYsMFmGgo

マリ「あれ、プリンのこと流された……?」

料理長「あとは最後のチェックするだけだから、個室に戻っていいよ」

綾乃明菜「「 はーい 」」

マリ「やっぱり流されてる!」ガーン

明菜「それじゃ、また明日ね」ニコニコ

綾乃「はい、また明日」

マリ「また明日〜」


栞奈「……」


マリ「栞奈ちゃん、もうそろそろ到着するよ」

栞奈「あ、うん……」


ガタン

 ゴトン


マリ「減速したね」

栞奈「……うん」

マリ「……ね、栞奈ちゃん」

栞奈「うん?」

マリ「明日、楽しもうね」

栞奈「……」

マリ「みんなで世界記録とか目指して、いっぱい跳んで、最後まで」

栞奈「……」

マリ「絶対楽しいよ」

栞奈「うん、それは間違いなく楽しいね」

マリ「だよね!」

栞奈「……よし……!」ガタッ

マリ「おぉっ!」

栞奈「……」ストッ

マリ「なんで座りなおしたの!?」

栞奈「あはは、一応やっておこうかと」

マリ「もう〜、ちょっとカッコいいって思ったのに〜」

栞奈「ごめんごめん。それじゃ、行こうか」

マリ「うん」


……


375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 01:51:43.44 ID:GYsMFmGgo

―― 2号車


マリ「本当に誰も居ないね……」

栞奈「キマリ、ありがとね」

マリ「え……?」

栞奈「報瀬と日向に話聞いてもらって、結月ちゃんにも気にしてもらって、
    キマリに甘えて、ようやく決心がついた」

マリ「……」

栞奈「私もちゃんと相手と、自分にも向き合おうって。だって、後悔したくないから」

マリ「うん……!」

栞奈「器用に生きてきたはずなのに、なんにも手に入らなくてさ。
   不器用なのに、大切な物を持ってるキマリたち見てたら、
   もっと自然に、気楽にしてた方が楽しいんじゃないかって気が付いた」

マリ「そっか……うんうん」

栞奈「もうちょっと肩の力抜いて、……そう、今のような気持ちで」

マリ「……」

栞奈「これからもこんな気持ちでやっていけたらいいなぁ」

マリ「できるよ、栞奈ちゃんなら」

栞奈「うん、ありがと。やっぱり、あれだね。
    見聞を広げないと自分の居た場所がどういうものなのか分からないものだね」

マリ「……ウン、ソウダネ」

栞奈「うーん、生返事だ。……とにかく、一輝とちゃんと話してみる」

マリ「うん」

栞奈「正直、どうして怒らせちゃったのか分からないんだけど……」

マリ「思い当たる節は?」

栞奈「あるにはあるんだよ。やっぱり冷やかしすぎたかなぁ……?」


ガタン


 ゴトン


マリ「あ、到着した」

栞奈「ついに来たか、金沢」

マリ「そうだ、私も確認しておかないと」


……


376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 01:53:40.52 ID:GYsMFmGgo

―― 寝台車


マリ「……よし、と」ポチポチ

栞奈「誰に連絡してるの?」

マリ「明日になったら分かるよ」

栞奈「ふぅん……って、寝台車に来ちゃったか」

マリ「それじゃ、また明日〜」

スタスタ...

栞奈「うん、明日〜……って、キマリ、個室戻らないの?」


「車掌さんとこ行ってくる〜」


栞奈「どうしたんだろ? まぁいっか。私は、自分のこと考えなきゃ」


栞奈「えっと……一輝の個室は……」


栞奈「……」ゴクリ


栞奈「……」


コンコン


栞奈「一輝……話があるんだけど――」


……


377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 01:55:33.42 ID:GYsMFmGgo

―― 動力車


コンコン


マリ「……」


ガチャ

車掌「あら? どうかなさいましたか?」

マリ「忙しいところすいません……。あの、乗車証のことで聞きたいことがあって……」

車掌「はい、なんでしょうか?」

マリ「乗車証の有効期限って、東京までですよね?」

車掌「はい、玉木さんの有効期限はそうなります」

マリ「延長……というのは出来るのでしょうか?」

車掌「はい、可能ですよ。東京以降となりますと、仙台、青森、札幌……終点の稚内までになりますね」

マリ「……そうですね」

車掌「お悩みですか?」

マリ「そうなんです。どうしようかと――」


ドタドタドタ


「車掌さん!!」


車掌「あら……?」

マリ「栞奈ちゃん……?」


栞奈「車掌さん……ッ!」


車掌「鳥羽さん、夜はお静かに」

栞奈「はいっ……すいませんッ! 一輝は……!!」

マリ「?」

栞奈「一輝は……!?」

車掌「――……」

マリ「大村君がどうしたの?」

栞奈「個室に居なくて……! ドア開いてたから……中見たら空っぽで……!!」

マリ「え……?」

車掌「大村一輝さんは、降りられましたよ」

栞奈「え――?」

マリ「降りた……!?」

車掌「はい、着いてすぐに」

栞奈「う…そ……」

車掌「乗車証を返されまして、そのまま降りられました」

マリ「……栞奈ちゃん……」


栞奈「嘘……謝らせてもくれないの……?」


マリ「栞奈ちゃん、着いてすぐ降りたなら追いかければ間に合うよ!」


栞奈「…………」
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 01:57:01.17 ID:GYsMFmGgo

―― 金沢駅・前


ブオォォォオオ


...タッタッタ


マリ「ハァッ……ハァ……ッ」

栞奈「ッッ!」


マリ「ハァ……はぁ…………はぁ……」

栞奈「い……ッ……居ない……か……」


マリ「……栞奈ちゃん…」

栞奈「みんなにさ……ッ……支えてもらって……ッ」


マリ「……」

栞奈「背中押してもらって! やっと……決心がついたと思ったらこれだ!」


マリ「栞奈ちゃん……」

栞奈「なんで私いつもこうなんだろ……! あぁもう自分が嫌になる!!」


マリ「栞奈ちゃん……!」

栞奈「こんなことになるならデネブになんか乗らなければ――!!」


マリ「栞奈ちゃん!!」

栞奈「ッ!」ビクッ


マリ「まだ、終わってない」

栞奈「……」

マリ「この旅はまだ終わってない」

栞奈「……」

マリ「終わってないよ」

栞奈「……」


マリ「今日はもう寝よう。そして、明日だよ」

栞奈「なんで終わってないって言えるの? もう私の旅は終わったようなものじゃない?」

マリ「どうして終わったって言えるの?」

栞奈「結局何も変わらなかったからだよ。
   楽しい思い出を守るために行動したのに……しようとしたのに、意味が無かった」

マリ「意味が無いことなんてないよ」

栞奈「……」

マリ「車掌さん、何も聞いてないって言ってた」

栞奈「……乗車証返されたって言ってたじゃん」

マリ「それだけだよ」

栞奈「……?」
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 01:58:09.40 ID:GYsMFmGgo

マリ「乗車証返されただけ。それから慌てて降りて行ったってだけ」

栞奈「何が言いたいのかよく分からない」

マリ「お礼を言われたって、車掌さん言ってない」

栞奈「だから、何が言いたいのか――」

マリ「大村君の旅もまだ終わってないんだよ」

栞奈「――……」

マリ「栞奈ちゃん、大村君は挨拶も無しに、お礼も言わずにお別れする人?」


栞奈「……」


マリ「……」


栞奈「ううん」


マリ「……」


栞奈「ぶっきらぼうで、常にイライラしてるような態度してて、口も悪いけど……」


栞奈「礼儀はちゃんとしてるから」


栞奈「この旅は悪くないって言ってたから」


栞奈「こんな終わり方はしない……と、思う」


マリ「うん」


栞奈「……」


マリ「今日はもう寝よう」


栞奈「……うん」



……


380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 01:59:33.63 ID:GYsMFmGgo

―― マリの個室


マリ「すぅ……すぅ……」


pipipipi


マリ「う……ん……」


マリ「すぅ……」


マリ「この秘密、暴いて見せようか」


マリ「すぅ……すぅ……すぃ……」


≪   ―― 昼には着くと思う。 ≫


マリ「しぃ……すぃ……すぅ……」


……


381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:02:11.74 ID:GYsMFmGgo

8月8日



―― 金沢駅



マリ「アレは、鳥居?」

報瀬「違うでしょ」

日向「あれはな、鼓門と言うんだよ。世界で最も美しい駅に選ばれたんだってさ」

マリ「最も美しいの!?」

報瀬「へぇ……」

日向「あ、いや……14つくらいに入るよ〜ってことで……」

マリ「報瀬ちゃん写真撮って!」

報瀬「はいはい……。それじゃいくよー」

マリ「この距離だと門が入らないよ?」

報瀬「……はいはい。ちょっと待ってて」

スタスタ...

日向「歩かせるのかよ」

マリ「あ、ごめんね、報瀬ちゃーん」


「いいから、ほら、撮るよー」


マリ「日向ちゃんも一緒に! はい〜、チーズ!」

日向「お前が言うのか! チーズ!」

パシャ


日向「それはそうと、ゆづ達おっそいな〜」

マリ「そろそろ来るよ。ありがと〜、報瀬ちゃん」

報瀬「どういたしまして。それで、どうするの?」

マリ「私は兼六園に行きたいんだ〜」

日向「報瀬は?」

報瀬「私は武家屋敷かな」

日向「渋いな。私は先に片町へ行ってみようかな?」

マリ「何かあるの?」

日向「漆塗りとか焼き物とかあるってさ」

報瀬「漆器と陶器ね……。どっちが渋いんだか」

マリ「器とか興味あったんだ?」

日向「まぁ、なくはないってところだ。時間はたっぷりあるし、後でどっか行くかもな」

報瀬「今はまだ7時……。時間はたっぷりある……けど」

マリ「私も兼六園行った後に輪島に行ってこようかな」

報瀬「兼六園の隣に金沢城があるから。キマリはそこで満足して、ね?」

日向「な?」

マリ「……なんか、この旅で私が時間にルーズというレッテルが貼られた気がする」
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:03:17.26 ID:GYsMFmGgo


結月「どこへ行くかって話してたんですか?」


結月「おぉ、ゆづ。そうだよ、午前中はどこ行くかって話」

マリ「おはよう〜」

報瀬「おはよう、3人とも」


みこと「おはよう……」

栞奈「……」


日向「うわ、栞奈の顔ひっどいな」

報瀬「本当だ……太陽の光が恨めしいって顔してる」

栞奈「…………うん」

みこと「眠れなかったみたい」

マリ「みこっちゃん、持ってるそれはなに?」

結月「アイマスクです。栞奈さんに、移動中寝てもらうとかなんとか」

日向「……話は聞いてるけど、かなり堪えてるみたいだな」

報瀬「うん……」

栞奈「……」

マリ「お兄さんは?」

みこと「さっき声かけてきたよ。現地集合するって」

マリ「そっか……。じゃあ、午後まで各自自由だね」

日向「そうだな! 午後は片町の会場に集合ってことでいいな、みんな!」

マリ「おー!」

報瀬「うん、分かった」

結月「はい、分かりました」

みこと「……」コクリ

栞奈「……」


……


383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:06:27.50 ID:GYsMFmGgo

―― 昼前:金沢城・公園


ミーンミンミン

 ジーワジーワ


「……暑い」

「はい……暑いですね……」

「会場、ここで合ってる?」

「……はい。片町の公園が会場ですから……」

「まぁ、スタッフや他の参加者もいるし……なにより弾幕もあるからな」

「ですよね……」

「肝心のキマリたちの姿が無いんだが……」

「ですよねぇ……」


秋槻「あれ……居ない……何で居ないんだ……?」キョロキョロ


「向こうの屋台に居るかもしれないから、見てみよう」

「そうですね。……お金持ってるのかな、お姉ちゃん…」

スタスタ...


秋槻「うーん……。高いところから見てみるか……」

スタスタ...


……


384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:12:27.45 ID:GYsMFmGgo

―― 夕方:金沢城・公園



...ダダダダッ


マリ「ひいっ、ひぃッ!」

結月「つ、着きました……!」

日向「受付ッ、受付はどこだッ!」

報瀬「結構開けた所なんだ……。あ、あっちじゃない!?」

みこと「くっ……ふっ……!」

栞奈「み、みことちゃん、呼吸整えて……」

みこと「ふぅ……ふぅぅ……はぁ」

マリ「えっと、どうしよう! 人足りてないよ!」

日向「とりあえず、順番聞いておけばいいから! 人数は後だ!」

マリ「わ、分かった」

タッタッタ

報瀬「はぁ……はぁ……もう!」

結月「だから言ったのに!」

日向「そうだぞ、栞奈!」

栞奈「違うでしょ! 日向も試食してたでしょ!?」

みこと「ぐっ……ごほっ」

「ほらよ、水。……口付けてないから」

みこと「う、うん……ゴクゴク」

「相変わらず騒がしいな、お前ら……」

報瀬「おかげで武家屋敷行けなかったじゃない!」

結月「……」

日向「私は漆塗り見れたからいいんですけどね!」

栞奈「なに満足してるの!? 私も食べ歩きしたかったのに!」

みこと「栞奈さん、煎餅と輪島サイダー飲んでた」

栞奈「美味しかったけど! 日向たちが海鮮ものを試食してたのズルい!」

結月「あの、栞奈さん」

報瀬「マグロ、解体、見た、凄い、私、感動」

栞奈「原始人みたいなしゃべり方するほど!? 見たかったなー!」

日向「いや、だから……カニとか買って料理長に渡したじゃんか」

栞奈「え、……ということは、私も食べられるの?」

日向「具材さえ買ったら料理するって言ってくれただろ」

栞奈「あれ、そういうことだったの?」

みこと「うん、料理長も一緒に居たよ」

栞奈「なんだ、そういうことは早く言ってよ」

報瀬「武家屋敷……」

「……」
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:15:18.62 ID:GYsMFmGgo

結月「あの、栞奈さん……」

栞奈「うん? どうしたの、結月ちゃん」

結月「後ろ……」

栞奈「?」クルッ

「どこ行ってたんだよ?」

栞奈「え――……、一輝……?」

一輝「なんだよ?」

栞奈「…………」

結月「輪島の朝市に行っていたんです」

一輝「輪島? 結構遠いんじゃないのか」

日向「いやぁ、朝に行動開始したんだけど……会場と目的地が一緒だからさ」

報瀬「他に行きたいところ先に行こうってなって。キマリの案に乗ったら……このありさま」

みこと「現地に居たの、30分も無かった」

一輝「それはご苦労なことだ……。あれ、どこ行った?」キョロキョロ

日向「というか、いきなり降りるなよな〜」

一輝「なにが?」

日向「誰にも言わずに降りただろ、びっくりしたんだからな」

一輝「秋槻さんにメモ渡したんだけど。急いでるから降りるって。明日の大会には行くからって」

日向「聞いてないけど?」

一輝「あ、なんであんなに離れてんだよアイツ」

報瀬「?」

一輝「おい、こっちこいって」


「……」


結月「誰ですか、あの男の子」

日向「お、可愛いな〜。女の子みたい」

みこと「うん」

栞奈「ひょっとして、妹?」

一輝「うん、俺の妹」

妹「……」

日向報瀬「「 えッ!? 」」

結月「だって、男の子の服着てますよ?」

一輝「可愛い服とか嫌がるんだよ」

妹「兄ちゃん……この人たちが旅仲間なの?」

一輝「バッ……ち、違……!」

栞奈「へぇ……」ニヤニヤ

日向「ふぅん……そう言ってたのか」ニヤニヤ

一輝「チッ……」

妹「……」
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:17:47.93 ID:GYsMFmGgo

みこと「あ……」


秋槻「あぁ、やっと来た……。来ないからどうしようかと思ったよ」

綾乃「本当に……」


結月「秋槻さんと綾乃さん、もう来ていたんですね……」

日向「二人とも待たせてごめんな〜」

秋槻「どこ行ってたの? もう大会も終わるよ?」

みこと「終わり?」

綾乃「今の人たちが最後ってさ」

日向「えーーッ!?」

報瀬「はぁ……なにそれ」


「きゅうじゅうきゅー!」

「ひゃーっく!!」


「やったー!!」

「よっしゃー!」


ワァァアアア!!!


司会「おめでとうございます! 100回達成しました!」


結月「盛り上がっていますね」

一輝「100回達成したの今のチームだけだからな」

妹「兄ちゃん、お腹空いたぁ」

一輝「お前、さっき何もいらないって言ってただろ」

妹「そうだけどぉ」

一輝「しょうがねぇな……」

報瀬「妹には優しいんだ」

一輝「別に……優しいとかじゃないですけど……」

日向「キマリは何してるんだ?」

みこと「まだ戻ってきてない」

秋槻「あっちの店のケバブが美味しかったよ」

妹「食べたい!」

一輝「分かったから。じゃ、ちょっと俺たち行って――」


マリ「みんな、みんなー!」

「……」

「……」

387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:20:29.66 ID:GYsMFmGgo

結月「戻ってきましたね」

報瀬「慌てて、どうしたんだろう?」

日向「……あれ、後ろに居るのって」

結月「リンと……?」

報瀬「――……」

みこと「……?」

栞奈「誰かな?」


マリ「良かった! 大村君とお兄さんもちゃんといる!!」


一輝「……」

秋槻「せっかく集まったけど、もう時間が無いんじゃないかな」

綾乃「うん、一人足りないし」

マリ「大丈夫! すぐに向こうに行って跳ぶよ!」


一同「「「 えっ!? 」」」


マリ「みんな、移動移動〜! 急いで〜!!」


……




司会「さぁ、大遅刻の『チーム・デネブ』のみなさん、準備はよろしいでしょうか」


マリ「はい、バッチリです」

日向「待て待て待て待て! ちょっと待てキマリ!」

マリ「?」

結月「すいません、あと少しだけ待っていただけますか?


司会「はい、分かりました」



マリ「どうしたの?」

日向「どうしたの、じゃない。
    いきなり集めて、さぁ跳ぶよじゃ上手くいくものも上手くいかないだろ」

報瀬「……」

みこと「キマリさん、紹介して……?」

「……」


マリ「あぁ、そうだね。えっと、向こうに居るのが、私の妹のリンだよ。
   それで、こっちが私の幼馴染で『親友』の――」

「高橋めぐみ、です」ペコリ

マリ「めぐっちゃん!」


報瀬「…………」


栞奈「……あの、さ」

一輝「なんだよ?」
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:21:54.51 ID:GYsMFmGgo

栞奈「報瀬、変じゃない?」

一輝「変……?」

栞奈「なんかね、表情が険しいって言うかね」

みこと「……うん」

栞奈「みことちゃんもそう思う?」

みこと「なんだか、怖い」

一輝「……確かに」


報瀬「…………」


マリ「で、めぐっちゃん。旅の途中で出会った、秋槻さんに、大村君、栞奈ちゃん、みこっちゃん!」

めぐみ「どうも。キマリがお世話になっています」ペコリ

秋槻「いえいえ」ペコリ

一輝「……ども」

栞奈「本当に、お世話しています」ペコリ

みこと「……」ペコリ

マリ「食堂車でバイトしている、綾乃ちゃん」

綾乃「よろしくお願いします」ペコリ

めぐみ「うん、よろしく」


マリ「よし、それじゃ――」

日向「次は作戦だ。私が順番を決めるぞ」

マリ「順番?」

日向「並びだな。適当に配置してもよくないだろ」

結月「意味あるんですかね」

日向「もちろんある。先頭は――キマリ!」

マリ「うん!」

日向「次は――ゆづ!」

結月「はい」

日向「その次が私で――順に、

   綾乃、

   栞奈、

   大村、

   秋槻さん、

   みこと、

   めぐみちゃん

   報瀬、で行くぞ!」   

マリ「オッケー! じゃ並んで並んで」

栞奈「一輝、変なとこ触らないでよ」

一輝「うるせえ」
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:23:36.13 ID:GYsMFmGgo

秋槻「……マズい」

みこと「どうしたの?」

秋槻「いや、なんでもない」

みこと「……?」

めぐみ「……」

報瀬「……」


マリ「そういう作戦なんだ……。ありがとう日向ちゃん」

結月「報瀬さんを最後尾にしたのには、なにか意味があるんですか?」

日向「私もあの二人の話は聞いてるから」

結月「あの二人になにかあったんですね……」

マリ「まぁ、うん。めぐっちゃん、謝ったんだけどね……」

日向「そこは二人の問題だな。よし、それじゃ報瀬!」


報瀬「……?」


日向「始まる前に、一言頼んだ!」


報瀬「えっ!? 私が!?」


綾乃「?」

栞奈「なぜ?」

一輝「……?」

秋槻「……目が……乾いてきた」

みこと「報瀬さん……?」

めぐみ「……」


報瀬「わ、私たち出会って一週間しか経ってないけど!
   過ごしてきた時間はそれ以上だから! それ以上ないほど跳べる!!」


綾乃「どういう意味〜?」

栞奈「クックック、良いこと言うじゃん報瀬〜」

一輝「マジか……」

栞奈「足引っ張らないでよ、一輝」

一輝「お前もな」

秋槻「……ふぅ」

みこと「……っ」

秋槻「大丈夫、楽しめばいいんだよ」

みこと「う、うん」

秋槻「回数指定してないし――」


マリ「めぐっちゃん、目標は!?」


めぐみ「――に、にひゃく!!」


綾乃「……!?」
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:25:26.41 ID:GYsMFmGgo

栞奈「プッ、アハハハ! さすが幼馴染!」

一輝「マジか!」


日向「よく言った、めぐみちゃん!」


秋槻「……やってやろうじゃないか」

みこと「……ふふ」

秋槻「?」

みこと「――楽しい」


司会「準備はよろしいでしょうか!」


マリ「はい!」


司会「今話題の超特急列車に乗車している、チーム・デネブのみなさんです!」


結月「なんだかドキドキしますね」

マリ「うん! みんなとどこまで行けるんだろうってワクワクする!」

結月「ですね!」


日向「みんなー! 行くぞーー!!」


マリ結月「「 おぉーー!! 」」

綾乃栞奈「「 オー―!! 」」

一輝「よし、来い……!」

秋槻「……ふぅぅ」

みこと「オー……!」


めぐみ「……私は乗客じゃないんだけど」

報瀬「200回越えたら、許す」

めぐみ「分かった」

報瀬「……」フンス!


司会「最後なので制限は付けません、存分に跳んでください!!」


「がんばれー!!」

「目指せ新記録!」


結月「応援してくれてますね」

マリ「ニヒヒ」


司会「それでは回してください!!」


係員「行きます!」


マリ結月日向「「「 せーーっっの!! 」」
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:27:18.82 ID:GYsMFmGgo

綾乃栞奈一輝「「「 せーーっっの!! 」」

秋槻「……!」フラッ

みことめぐみ報瀬「「「 せーーっっの!! 」」」


ぶんっ


マリ結月日向「「「 イーーチ!! 」」


パシッ


秋槻「――!?」

みこと「いーち……?」


綾乃栞奈一輝「「「 にーぃ……? 」」」

めぐみ「……ん?」

報瀬「え……」


司会「おや? 止まってしまいました……」


マリ「え?」

結月「?」

日向「ストーップ!! みんな動くなよー!!」


綾乃「えっと……?」

栞奈「どうしたの?」

一輝「……誰だ、跳べなかったのは?」

秋槻「……」サッ

みこと「――!」

めぐみ「……」


日向「縄を越えていないのは誰だー!?」


報瀬「違う!!」


日向「報瀬!! おまえかー!!」


報瀬「違うってば!!」


マリ「えぇ……」

結月「報瀬さんが……?」

綾乃「ウソぉ……」

栞奈「あれだけ士気を上げてたのに……」

一輝「マジか……」
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:29:27.91 ID:GYsMFmGgo

秋槻「…………」

みこと「……」クイッ

秋槻「……はい」

みこと「……」


日向「お前だけ縄越えてないじゃないか!」

報瀬「だ、だからそれは! ジャンプした後に戻ってきて!」

日向「そんな都合よく行くか〜?」

報瀬「本当なんだって!」


秋槻「はい……」スッ


マリ「ん?」

結月「日向さん!」


日向「信頼に傷をつけるようなこと――……どした、ゆづ?」

報瀬「私じゃない!」


結月「秋槻さんが手を挙げてます」


日向「?」


秋槻「はい……跳べなかったのは私です」


日向「はい?」


一輝「でも、縄を越えてますけど……?」


秋槻「移動して縄を越えたように見せました。つまり、隠蔽しました」


日向「マジか、みこと」


みこと「うん……っ」

めぐみ「縄が戻ってきたのは本当」


報瀬「……」


日向「あ、秋槻悟さん〜〜!! あなたって人は〜〜!」アセアセ


報瀬「日向……」ゴゴゴ


日向「すいませんでしたー!」ペコリ


報瀬「信頼がどうとか言ってたよね」ゴゴゴ

日向「いや、あはは〜、誰だって間違えることってあるよな〜」アハハ

報瀬「それで言い逃れできると思ってるの?」ゴゴゴ

日向「ハイ、ゴメンナサイ」
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:31:37.76 ID:GYsMFmGgo

秋槻「はは……面目ない……」


みこと「ぷふっ……」


結月「みこと……?」


みこと「ふふふっ、大人ってズルい」


秋槻「つい、罪から逃れようとしてしまいました……」


みこと「ふふっ、ふふふ」


めぐみ「キマリ、1回も跳べなかったという結果なんだが」

マリ「そう……だね」

結月「フフッ、私たち、1回も跳べませんでしたね」

綾乃「ね〜。10回は跳べると思ってたのに」

栞奈「アハハハ、私たち1回も跳べてないよ一輝!」

バシバシ

一輝「痛いから叩くな! でも、笑うしかないなこれ」


報瀬「私は跳んだけどね」フフン

日向「ソウデスネ」


秋槻「……ハハ」

みこと「ふふ、あはは」

めぐみ「ふふ、群馬から来て結果がこれなんて」

マリ「私も予想外だったよ、あははは」


「ワハハハ!」

 「ハハハハ!」



男「……」

パシャ



司会「もう一度挑戦できますよ?」


マリ「いえ、私たちの結果は0回で!」


……




秋槻「……」フラフラ

みこと「あっちにベンチがあるよ」

秋槻「うん……」フラフラ

みこと「……」
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:33:58.84 ID:GYsMFmGgo


秋槻「ふぅ〜……」ストッ

みこと「眠たいの?」

秋槻「んー……さすがに二徹はね……」

みこと「……徹夜二回?」

秋槻「……仮眠……くらい……ね」

みこと「……」ストッ

秋槻「……すぅ」

みこと「……?」

秋槻「すぅ……すぅ……くぅ……」

みこと「……寝ちゃった」


男「こんなとこに居たのか……」


みこと「?」


男「あーぁ、だらしない顔しちゃって……」スッ


みこと「あなたは?」


男「そこでアホ面で寝てる男の友人」


秋槻「すぅ……す…ぅ」

みこと「……」


男「君は写らないようにするから安心して」


みこと「……」

秋槻「くぅ……かぁ……」


男「……当の本人が安心しきってるのがなんともまぁ…」


日向「なんだなんだ?」

マリ「写真かな?」

報瀬「記念撮影?」

結月「寝てる人をですか?」


男「あぁ、君たちは同じ列車に乗ってるんだったね」


栞奈「そーなんですよ」

一輝「あなたは誰なんです?」


男「悟の友人」


綾乃「悟?」

めぐみ「?」

リン「誰、お姉ちゃん?」

マリ「秋槻さんのことだよ、リン」
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2020/03/04(水) 02:36:45.47 ID:GYsMFmGgo

リン「だから、誰なの?」

めぐみ「名前を言われても分からないな?」

妹「?」

報瀬「そこで寝てる人」


秋槻「すぅ……くぅ……」

みこと「……」


日向「よし、みんな入れ入れ」

結月「邪魔じゃないですか?」


男「クカカ、いいよ、入って入って」


報瀬「変な笑い方してるけど大丈夫なのこの人?」ヒソヒソ

栞奈「大丈夫じゃない? みことちゃんも警戒してないし」

一輝「どんな基準だよ」

妹「……」

マリ「めぐっちゃんもリンも入って入って〜」

めぐみ「いいのか?」

リン「私たち乗客じゃないよ?」

マリ「いいって、ほら早く〜。みこっちゃん、隣座るね〜」

みこと「うん」

秋槻「すぅぁ……んん……」

日向「みんな、ベンチを囲め囲め」

報瀬「はいはい」

結月「いいんですかね、一人だけ爆睡してるのに」


男「じゃ、撮るよ。ハイ――」


マリ「金沢城!」


パシャ


男「写真は後でソイツに渡しておくから。それじゃ」

スタスタ...


みこと「……」

秋槻「くぅ……すぅ……」

マリ「行ってしまったね」

報瀬「それで、これからどうするの?」

日向「閉園まで出店やってるみたいだから見てみよう」

栞奈「賛成〜、私お腹すいちゃって」

一輝「輪島で食べなかったのか?」

栞奈「まぁ、うん」
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