長富蓮実「ザ・ラストガール」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/14(金) 23:03:44.76 ID:wXX+fiS7o
 
「うーん……歌はうまいんだけどね」

「だ、だめでしょうか……?」

  「なんというか……その……」

「……」

  「現代っぽくないんだよね」

「現代っぽくない……」

  「あのね、はっきり言うわ。 センスが古い」

「……古い……」

  「ええ。 のど自慢やってるんじゃないのよ、オーディションなのよこれ」

「そんな、私はこの歌が本気で……」

  「いや、僕は悪くないと思うよ? ただやっぱり……」
  「その路線で今時やってけるかというと……どうかな?って感じ。 悪く思わないで!ねっ」

「……そうですか……」

  「とにかく、結果は後日お知らせします。お疲れ様でした」

「はい。 ……ありがとうございました」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1544796224
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 23:04:59.09 ID:wXX+fiS7o
 



  憧れの季節は、もう終わり

     吐息のネットも、悲しみ色


   ううん、平気

     この涙が乾いた跡には

          夢への扉が


     ―――あるのかしら……



 
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 23:05:58.11 ID:wXX+fiS7o
 
――――――

外に吹く風の音は、先ほど、部屋へ入った頃よりは弱まったような気がします。

日は少し傾き、窓に差し込む柔らかな橙が長い廊下に映り込み、足下を照らしてくれます。
同じように、私の心もまるで夕暮れ気分、といったところです。

あのように否定されるのは、慣れっことはいえやはり寂しくなります。
どこにオーディションを受けに行っても、私の評価はいつも似たようなもの。

「古い」「今時ウケない」「センスが80年代」

言われなくても分かっているのです。
自分の趣味も、それを模倣してみることも、それを自分の売りにできまいかなどと考えることも、

私の理想が、いかに浅はかな憧れかということは、自分が一番よく分かっているのです。


地元の島根から一人、東京に出てきて今日で半年あまりの春の日でした。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 23:07:09.35 ID:wXX+fiS7o
 
――――――

私の母は、若いころからアイドルが大好きでした。

80年代の歌謡アイドルブームのさなか、当時一世を風靡した彼女たちのことを母は心から尊敬し、
彼女たちの歌は今でもすべて歌えると自慢げに語っていました。
そんな母の影響で、物心ついたころから私の周りはいつも懐かしの歌であふれていて、
その歌たちを心底嬉しそうに、身をゆだねるように聴き入る母の姿をずっと見てきました。
そして子守歌代わりにアイドルソングを歌ってくれる母の声で、毎日眠っていました。
私は隣にちょこんと座って、あるいはまどろみの中、詞の意味もよく分からないままにそんな歌たちを聴いていただけ。

けれども、そのメロディーはいつまでも色あせないやさしさに包まれていて、
楽しく、悲しく、そして熱く、
まるで耳に口づけをされるような、ドキドキとちょっぴりの恥ずかしさを織り交ぜた不思議な気持ちにさせてくれたり、
あるいは雲の中にいるような、柔らかな心地にさせてくれたり。
聴くたびにあらゆる感情を引き起こしてくれる歌たちに、
幼い私はあっけなく、その魅力に取り付かれていきました。

母とともに、

いつしか一人で、

最後には歌と振り付けも覚え、自ら母に聴かせるまでに。
そうしてずっと歌たちと一緒に過ごしてきたものです。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 23:08:21.23 ID:wXX+fiS7o
 
母が観客で、私がアイドル。
二人だけのコンサートを母は毎回にこやかに見守り、最後にはいっぱいの拍手をくれました。
私は気をよくしてその都度「おおきくなったらセイコちゃんみたいなアイドルになる!」と自慢げに話していたとか。
母が用事でいないときも、私は押し入れからお気に入りのぬいぐるみや人形を引っ張り出して、周りに並べて、私だけのコンサートを開いたりもしていました。

そんな思い出が、アイドルを志すようになった理由かと聞かれれば、本当のところはよく分かりません。
ただ、最初のきっかけであることに間違いはないと思います。

かつてTVを華やかに彩っていた名だたるアイドルたち……
舞台の中央に一人佇み、一筋のスポットライトに眩しく照らされ、
他の誰にも出しえないオーラを放つ特別な存在に、少しでも近づいてみたい。
伝説とまで言われた彼女たちが、侵しえないたった一つの場所からどんな風に世界を見ていたのか、その1%でも共有してみたい。
もちろんこれは、今となってはそんな説明ができるというだけで、
実際にそこまで考えていたわけではないのですが。

まして、その思いは小さな子供が漠然と抱くような、単なる憧れでしかありません。
「セーラームーンになりたい」とか、「ウルトラマンになりたい」といったような、
夢見る子供の何の気もないお話に過ぎないふんわりとした願望は、誰もとがめず、しかし叶えず。
普通は大人になるにつれ、自然と忘れていくものです。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 23:09:57.17 ID:wXX+fiS7o
 
――――――

先ほどのように、私の好みが「古くさい」の一言で片付けられるのは、今に始まったことではありませんし、特に驚きもしません。

小学校の友達は、大きくなるにつれ少しずつ流行の音楽に興味を持ち始めます。
子供は辛辣で、そういう最新の音楽以外は「ダサい」の一言です。
私自身、母から聴かされた曲以外の音楽に詳しいわけではありませんでしたし、反対に特に自分からアイドルソングの趣味について語ったこともありませんが、
それでもこの間までクラスのみんながしきりに「これ大好き!」などと話していたもののことを、ほんのしばらくするとたちまち話題にしなくなっていく前では、
昔の曲ばかりが好きで子供のころからずっと聴き続けている、とはなかなか言い出せません。
時折ラジオやテレビで「昭和ヒットソング特集」なんてものが取り上げられた日には、
心は躍るものの、ふとよぎります。

  ―――私は周りから置いていかれているのでは?

少しずつ、友達と話が合わなくなっていくような気がしました。
それは趣味の内容に限った話ではなく、考え方、受け止め方、ふとした仕草、ファッションの感覚、
普段は何気なく過ごしていても、一度気になりだすとどれをとっても「私は人とは違うのでは……」と不安がよぎります。

もちろん、友達とは仲良く過ごせましたし、その頃の生活が楽しくなかったわけでは断じてありません。
幸いにも私の周りには、私の古くさい趣味をバカにするような人はいませんでした。
カミングアウトしたわけでもないので、当然といえば当然ですが。

今時の音楽に全く興味がないわけではなかったので、友達に勧められた、人気のロックバンドやポップス歌手のアルバムを聴いてみたりしたこともあります。
その当時は、友達を話を合わせるために半ば仕方なく始めたことではあったものの、なるほど最新の曲にもそれぞれの良さがあることに気づかされました。
いい曲はたくさんありましたし、新しいお気に入りの曲もいくつかは見つかりました。

けれど、やっぱり私の心の中にあるのは……みんなが好む新しい曲にはない良さをたくさん含んだ、往年のアイドルソングでした。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 23:11:33.02 ID:wXX+fiS7o
 
――――――

人生を変える出会いなんてものがあったとして、人はその出会いを何年も後になって振り返り、
「あぁ、確かにあの出会いは自分を変えてくれたのだな」とじわりじわり実感していくものです。
私にとって、それは突然にやって来て、あまりに強烈で、
そのときから「人生を変える出会いを手に入れた」と、実感できていたような気がします。

10歳の夏休みに母と初めて東京に旅行に来たある日の午後、
そのとき私はうっかり母とはぐれて街をうろうろしていました。
まだ携帯電話も持たされていなかったものですから、どうしようもありません。

人混みに流され右も左もわからないまま、たった一人で途方に暮れていたとき、
裏通りの古びたビルの、壁にぶら下がる雑多な看板の足下に小さな入り口を見つけました。
入ってすぐ下へと続く薄暗い階段になっていて、奥はなんだか騒がしい様子。
耳を澄ませてみればズンズンというくぐもった重低音とともに、時折挟まるかけ声と、
それに合わせるようにワァーという歓声が聞こえてきます。

立て看板を見ると、それはどうやら小さな小さな劇場だったようです。

これまで経験したことのないような得体の知れない雰囲気に、もしかしたら危ない場所なのかも……と感じたものの、
どうしても気になって、誘われるようにゆっくりと階段を降りていきました。
一歩進むごとに重低音がだんだんと大きくなり、耳だけでなく頭やお腹にまでその振動が伝わって来て、
乗り物に酔ったような、なんだかポーっとした気分になってきます。

一際大きな歓声が上がり、自分の身ごと震えるその感覚で、目の前にあった両開き扉の向こうがその音の源であることが分かりました。

おそるおそる、扉を開けてみると……
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 23:12:38.07 ID:wXX+fiS7o
 


「はぁ、はぁ……それでは最後の曲です! 今日は会いに来てくれて、本当にありがとうございました〜〜!!!」

  うおおぉぉおぉお〜……!!!

マイク越しなせいか音割れしたようなキンキンとした女性の声が響き渡り、同時に観客と思われる十数人の大人たちが再び叫びだしました。
強張ってしまった自分の体を、勇気を振り絞り無理矢理前へ進め、大きな男の人たちの背中を縫うようにチラチラ覗きながら、背伸びをして一番奥まで目をやると、

可愛らしく、でも少し安っぽく、色はくすんでいるものの、それでも動きに合わせてキラリと輝く、
そんな衣装に身を包んだ、一人の女性がいました。
まだ小学生の私よりは背が高いとはいえ、大人にしては小柄な、明るいオレンジの髪の女の人。
頭にはウサギの耳の飾りをつけて、ヒラヒラした衣装を、全身を使って振り回すように、これでもかと大きく動かして見せながら。

マイクを片手に、激しめのダンスでただでさえ狭いステージをこれでもかと動き回り、
電子音に合わせて歌声を張り上げています。
そして観客側の人たちは、サイリウムを振り回しながら、彼女の歌や踊りに合わせて体をひねるような踊りで合わせていきます。

ポーっとしていた頭が追いつき、ようやくこの場がなんなのか少しずつ理解しはじめました。

―――アイドルのステージだ。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 23:14:04.36 ID:wXX+fiS7o
 
都会のビルの地下にある、小さくて古くて暗いこんな場所にもアイドルがいて、一生懸命になって歌っている。
子供で、無知だった私には驚きでした。
自分の中のアイドル像は、私の生まれるずっと前の、在りし日の彼女たちの姿であり、TVでの華々しい光り輝くステージばかりを眺めてきた私にとって、
今ここにいるアイドルのような人は、想像していたのとは全く異なる舞台にいたのです。
もちろん今時のアイドルのステージも、直接ではないにしろ観たことがないわけではありません。
ですがそれを含めても、目の前にあるその光景は私にとって異様とすら思えました。

カメラもない、マイクは時折音が途切れる、狭くて暑くてむせるような狭い空間で観客も数えるほどしかいない、
けれどもそんなところにアイドルはいたのです。

ただ、私の夢とかけ離れたようなそんな場所で歌い、踊っている彼女は、
額に汗を浮かべ、肩を上下させながらも、
苦しそうな表情一つ浮かべず、心の底からその瞬間を楽しんでいるみたいで、観客一人一人に目を合わせ、一つ一つの歓声に応えるかのように歌っていました。

狭くて暗くて小さなステージだったけれど、間違いなく、彼女のステージでした。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 23:15:06.86 ID:wXX+fiS7o
 
──────

最後の一曲が終わり一旦退場していったあと、アイドルのお姉さんはもう一度前へ出てきて、
今度は小さな箱を抱え、買ってください、一枚500円です、というように観客席の方へ叫んでいました。
どうやらこの場でCDを売っているらしいということも、私には衝撃でした。
ステージを見に来ていた人たちはCDのほうにはあまり興味を向けず、続々とその劇場を後にします。

そして、残っている人もまばらになっていたのに、私はまだそこにいました。

そのうち、観客はいなくなり、部屋が照明で明るくなりました。殺風景な真っ黒の壁が目に入ります。
そのまま設営のスタッフさんが撤収作業に入り始めました。
私は部屋の隅っこにじっとしていたので、しばらくは目立たず気づかれなかったのかもしれません。

「あの、すみません」
「わっ…!?」

振り返ると、先ほどステージに立っていたお姉さんがこちらをじっと見ていました。

「ぁ……ぇっと……」

少しだけ身じろぎし、それ以上は体が固まって動きません。
思えば私は入場料も払わずに勝手にステージを覗いた、不法侵入者です。
おまわりさんに捕まるかも? と、子供ながらにおびえながらお姉さんと視線を合わせていると、

「あの、初めまして! ですよね?」

私の心配とは裏腹に、お姉さんはにこりと笑いかけてくれました。
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