長富蓮実「ザ・ラストガール」

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45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:03:27.39 ID:UJ40b2tyo
 
――――――

「はぁ……憧れの季節は、もう終わり……。 吐息のネットも、悲しみ色……」

オレンジ色の廊下で、私の足取りは重いものでした。
我ながら、こんな独り言は笑えてきます。
けれどもそんなくだらない事で気を紛らわすのが、今の私には精一杯でした。

「……やっぱり、全然上手くいかない…… あきらめた方がいいのかな……」

外を向いてそっとつくため息に曇る窓ガラスだけは、私を心配してくれているようですけれど。

そんなとき、

「どうしたの?」
「!」

向こうから歩いてきた男の人が、見かねて声をかけてきました。

「あ……すみません。 私、今そこでオーディションを受けさせていただいたんですけど……」

なんだかどうでもよくなって、ぽつぽつと独り言のように話してしまいます。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:04:51.30 ID:UJ40b2tyo
 
「昔のアイドルソングばかり歌ったら『センスが古い』って言われてしまって。まるで。ローカル局のモノマネ大会みたいって……
 『別のは歌えないの?』ってリクエストされたんですけど、私どうしてもあの歌で審査して欲しくて……」
「どうして?」
「私にとって、昔のアイドルソングは大切なものなんです。アイドルのことを大好きな母が、ずっと子守歌代わりに歌ってくれたんです」
「……」
「それを聴いて育ったから……私も歌いたくて。この場だけじゃなくて、これからもずっとずっと……」

吐き出しながら、少しずつよみがえってくる思い出がいっぱいで。

「それで、少しでもそういうアイドルに近づきたいって思ってオーディションに来たんですけど……」
「なるほど」
「もしかしたら、清純派アイドルなんて求められてもいないし、もういないのかもしれませんね」

きっと優しい方なんでしょう。こんな独り言に付き合って、最後まで聞いてくれる……
ただ、私の方はもはや投げやりに、諦めるようにどんどん言葉が突いて出てきます。

「私の好きな昔のアイドルは、思い出の中にしか……」
「…………」
「黙って聞いて下さって、ありがとうございました。 さようなら……」


「確かに」
「!」
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:06:33.58 ID:UJ40b2tyo
 
「確かに、君の目指してる清純派アイドルってのは、今となっちゃ古くさいもんだ。俺でも分かる」
「…………」
「オーディションでも審査員にぼろくそ言われて、笑われる。今時そんな方向性バカらしいって」
「…………」
「……自分でそこまで分かってるんなら、なんでそれを目指すんだ?
 普通にすりゃまだチャンスもあるかも知れないのに、なんでそこまでこだわるんだ?」
「……それ……は…………」

私はまた、これまでの人生を振り返っていました。
なぜ自分自身が清純派アイドルになろうとするのか。
時代に逆行して、古くさいスタイルに囚われているのはなぜか?

簡単なことです。
その答えは、既に持っているのですから。

「…………その通りです」

冷え切った心に、もう一度火をつけるように。
今度ははっきりと、一つ一つの言葉を返します。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:07:38.32 ID:UJ40b2tyo
 
「確かに、この時代にもなって30年も前の古くさいアイドルに憧れて、そんなアイドルに自分もなりたいだなんて真剣に考えてるのは、私くらいしかいないと思います。
 だからこそ、なんです。 ……私しかいないからです」
「……君しか?」
「私がこの夢を諦めたら、同じように清純派アイドルになろうとする人なんていない。 いなくなっちゃうんです。 私や……母が大好きなアイドルたちは」

まだ諦めたくない。悔しい。
この人に思いの丈をぶつけても、もう遅いのに。

「自分が理想とするアイドル像が今時必要とされていないことくらい、分かってます。でも、それでもやらなきゃいけないんです……」
「……」
「だって、今それになれるのは……なろうとしてるのは、私だけで……たぶん、私が最後の一人だから……!」
「……」
「同じようにどこかで、清純派アイドルを好きでいる人たちに、少しでも届けたくて……私みたいなのが、まだいるって事を……」

こうやって本音の本音をこぼしていくと、一緒に涙までこぼしてしまいそうだけれど。


「―――そう思ってたんですけれど、やっぱりダメだったみたいです」

ぐっと肩に力を込めて、深呼吸してを繰り返して、ようやく私は言いたいこと全てを語りました。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:09:06.16 ID:UJ40b2tyo
 
「甘くなかったんです。母には申し訳ないけれど、今日が上手くいかなかったら、島根に帰ろうと思ってました」
「そうなのか?」
「私の憧れてた清純派アイドルはもういない。残念ですが、これが現実です」

あぁ、なんだかすっきりしました。
泣きそうなのも収まりました。

今度こそ帰ろう。
足取りを仮住まいへ向けます。

「なるほどね。清純派はもういない……か」



「それは違うな」




「まだ君がいる」
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:10:06.73 ID:UJ40b2tyo
 
とたんに心臓が跳ね出して、頭がぼーっとする中、
男の人は先ほどよりもしっかりした口調で、私を引き留めます。

「君は古き良きアイドルの精神でこの時代に懐かし路線でデビューしたい。 今時そんなの、ギャグでも流行んないよって言われ続けてるが……それがもし」
「もし……?」

「トップの座に立てたら」
「トップ?」

アイドルの……とっぷ?
清純派アイドルが?

あのときと同じように?


「面白いと思わないか?」
「面白いって……でも、私そんな……アイドルとしての才能があるかまだ分からないし、ダンスも苦手だし―――なにも強みなんてありません」
「強み……あるよ。君には」
「ホントですか……?」
「自分のスタイルをすでに持ってる。 そしてそれが逆境であることを、すでに理解してる」
「!」

手に力が入りません。
この人が言おうとしていることが、まだはっきりと理解できなくて……
だけど、今までこんな風に言ってくれる人がいなかったことも確かです。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:10:54.22 ID:UJ40b2tyo
 
「今……自分が最後の一人だって言ったよな? 古き良き清純派アイドルの最後の一人だって」
「……はい」
「俺の仕事は、そういうたった一人の逸材を見つけ出して、世に送り出す手助けをすることだ」
「つ、つまり……あなたは……?」

この男の人はずるいです。
ここでやっと名刺を取り出して、本当の姿を見せるなんて。

「346プロダクションのプロデューサーをやっているものです。 君を直々にスカウトします」
「…………!」
「そんでもってさ、一緒に清純派を復活させてやろうぜ」


明日への扉が、ようやく目の前で開いていくようでした。



「は……はい! ありがとうございます……! きっとあなたは、アイドルの神様……!」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:11:41.78 ID:UJ40b2tyo
 
――――――

1週間後、
346プロダクションの正面玄関前に、私は立っています。

ここに来るまで色々ありましたが、ようやく最初の一歩を踏み出せるに至りました。

小さいころから憧れだった、昭和の清純派アイドル。
彼女たちと同じようなステージに立つことをずっと夢見てきた私は、
それが時を経て、今となっては古びたイメージになってしまっているとしても、
そのスタイルを貫くことを決めました。

それは自分にとっての憧れだったからだけではなく、
同じように今でもかつての清純派アイドルを愛する、声なきファンたちに届けたいから。
あの時代はまだ死んでいないと。
あの頃のアイドルは、今の時代においても他に負けず輝ける魅力をたくさん持っていると。
自信を持って、あのときの清純派を愛してほしいと。

それが、こうしてチャンスを得た私の務めになるはずだから。
それは私だけが目指せる道だから。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:12:14.00 ID:UJ40b2tyo
 

負けるわけにはいかない。
私の信じる道で、夢を追いかけ続けたい。
この清純派と呼ばれる道を歩むものが、たとえ私で最後だったとしても。
まだ見ぬ本当のアイドルの世界のなかで、最後の一人として、この道を歩みきりたい。



私の物語は、ここから始まります。


                    終
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 00:15:04.68 ID:UJ40b2tyo
 
帰ってきた清純派、長富蓮実ちゃんをよろしくお願いいたします。
https://i.imgur.com/cavjq3X.jpg


お付き合いありがとう

55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/15(土) 02:37:27.90 ID:8KvMoeey0
乙。やっぱはすみん良いな
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/15(土) 04:15:14.56 ID:PGquICP7o
乙でした。芯の強さこそが清純派アイドルの条件なのかもね

ゾンビランドサガの純子ちゃんと会わせてみたいな
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/15(土) 06:07:08.73 ID:kVT5l6+DO


さすがのはすみんも、戦前回顧はしないだろうな……
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/15(土) 06:20:49.88 ID:UJ40b2tyo
誤字訂正
>>44
私のようなアイドルは、やはりのう必要とされていないのでしょうか?

私のようなアイドルは、やはりもう必要とされていないのでしょうか?
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/15(土) 13:13:46.83 ID:ryYIXGRno
いけるやん!ええこやん!
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/15(土) 19:22:20.78 ID:vasXHFGUo
前のスレ面白くなりそうなのにエタって残念だったんだ
期待は間違ってなかったよ
完結させてくれてありがとう
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