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男「恋愛アンチなのに異世界でチートな魅了スキルを授かった件」 2スレ目 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:46:28.94 ID:QOwpiBXno
この話は異世界にクラスメイト達と一緒に召喚された高校生、男が元の世界に戻るために宝玉を集める冒険ファンタジーです。

主な登場人物

『男』
異世界召喚された男子高校生であるこの作品の主人公。
異性を虜にして命令に従わせる魅了スキルを持つ。(条件あり)
しかしトラウマからくる恋愛アンチにより積極的に使用することはない。

『女』
男のパーティーメンバーで、異世界召喚されたクラスメイトの一人。
男のことが好きなため条件により魅了スキルが失敗しているが、男はそれに気づいておらず成功していると思っている。
それを利用して『魅了スキルで虜になっているから仕方ないよね』という体で男に迫る恋愛奥手系女子。

『女友』
男のパーティメンバーで、異世界召喚されたクラスメイトの一人。
女の事情を分かっており、応援と称するちょっかいを出すことを趣味としている。
察しがいい系女子。



気になった方は一スレ目からどうぞ。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1541083316/



俗に言うなろう系の話で、小説家になろうでも同じ内容で掲載しています。
http://ncode.syosetu.com/n3495fc/



このスレは四章『武闘大会』編から始まります。
では、本編どうぞ。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1549367188
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(安価&コンマ)転生して高校野球で甲子園目指す @ 2024/11/14(木) 00:40:46.26 ID:7f/dZZLB0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1731512445/

【孤独のグルメ×プロセカ】2作品劇場公開記念 セカイのグルメ 第4章 司のグルメ @ 2024/11/14(木) 00:37:43.11 ID:SkQC9idb0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1731512262/

やる夫が正史を書くようです62 @ 2024/11/14(木) 00:36:06.26 ID:5cqfJtbK0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1731512165/

オッペンハイマー @ 2024/11/13(水) 21:46:18.51 ID:yzBlxKnbO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1731501978/

じゃ、飲むから @ 2024/11/13(水) 19:06:00.19 ID:QeFcWBRQO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1731492360/

【孤独のグルメ×プロセカ】2作品劇場公開記念 セカイのグルメ 第3章 こはねのグルメ @ 2024/11/13(水) 07:24:12.83 ID:quCZnHpm0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1731450252/

SPEEDY SPEED BOY @ 2024/11/12(火) 21:43:17.72 ID:fLN+BGQQO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1731415397/

【孤独のグルメ×プロセカ】2作品劇場公開記念 セカイのグルメ 第2章 みのりのグルメ @ 2024/11/12(火) 07:52:38.14 ID:a9HD/l6n0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1731365557/

2 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:48:16.06 ID:QOwpiBXn0

男「おおーでっけえな」

男(感嘆がつい口をつく)



男(それは目の前にある建造物に対しての評価だった)

男(あっちからこっちまでと首を振ってようやく全体が見えるほどの大きさ)

男(石造りで飾りなどは余りなく、無骨な印象の建物)

男(この町の名所、コロシアムだった)



女「ここで武闘大会は行われるんだよね?」

女友「ええ、ですからまずは選手登録に向かいませんと。人が多いですからはぐれないようにしてくださいね」

男「子供じゃあるまいし」



男(俺は女と女友に付いていく)

男(武闘大会まではまだ四日あるというのに、コロシアム周辺は人が多く、屋台なども出ていてお祭り状態だ)



女友「一年に一回、町を挙げてのイベントだからか、盛り上がりがすごいですね」

男「この町に来るまでの馬車もすごい人数だったしな」

女「古参商会はよくチケット取れたよね……」



男(そんな雑談をしながら俺は女友から聞いたこの町の情報について思い返していた)

3 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:48:59.69 ID:QOwpiBXn0

男(この町は昔かなり治安が悪かったらしい)

男(血の気の多い住人が多く道ばたでケンカや、多人数での争いなどが絶えなかったため、代々の町長たちは苦労していたようだ)

男(しかし、現在の町長は一味違う人物だった。腕っ節に自信があったその町長は就任の挨拶で)



町長『この町では度々、誰が最強であるかとケンカや争いになる』

町長『だがその議論も近々無くなくなるだろう』

町長『何故なら最強は私だからだ』

町長『近日中にそれを証明する舞台を用意する』



男(全方位にケンカを売った)

男(こうして最強を決める舞台である第一回武闘大会が開催される)

男(町長の挑発的な言動に乗った多くの実力者が参加したのだが、優勝したのは宣言通り町長であった)



男(以後アウトローな界隈も町長の言葉には従うようになり、治安も徐々に良くなった)

男(大会は定期的に開催され、回を追うごとに規模も大きくなっていく)

男(そして今では大会を見るために、多くの観光客が訪れるようなイベントとなったそうだ)

4 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:49:41.75 ID:QOwpiBXn0

男「………………」

男(力を制するのは力と言わんばかりで何とも血の気が多い話だ)

男(文化系な俺には馴染みの無い話である。最強とか勝手に決めといてほしい)

男(とはいえ武闘大会の優勝商品が宝玉とあっては避けて通れない話だ)



男「この町についての話は聞いたけど、問題の武闘大会について詳しく知っておきたいんだが」

女「そうそう、私も聞きたくて」

女友「まだ話していませんでしたね……あ、ちょうどいいです。そこのイベントの話を聞いていきましょう」

男「イベント……?」



男(人混みの中でも周囲を目敏く観察していた女友がコロシアムの屋外特設会場の一つを指さす)

男(壇上では司会の男性とパーソナリティーの女性が話している)

男(いわゆるトークイベントということだろうか)

男(マイクの代わりにスタッフが拡声魔法を使って客に声を届けている)

5 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:50:08.78 ID:QOwpiBXn0

司会「ところで武闘大会を見るのは初めてだとか?」

女性「あ、そうなんでーす。話を聞いたことはあるんですけどー」

司会「会場にも同じような人いるんじゃないですか? ということで今から私が説明しましょう!」

女性「わー! ありがとうございまーす!」

男(ぶりっこな女性の反応が鼻に付くが、武闘大会のことについて知るにはちょうどいい機会だ。我慢して聞く)



司会「まず武闘大会についてですが、参加資格はありません」

司会「誰でも自由に参加することが可能です。やろうとおもえば私やあなたも参加出来ます」

女性「えーじゃあ私も出ようかなー。腕に自身があるんですよね。シュッ、シュッ」

男(腰の入っていないシャドーボクシングをする女性。見るからに弱そう)

6 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:50:50.50 ID:QOwpiBXn0

司会「ですがそうやって誰でも参加できたら参加人数が膨れ上がりますよね? なので予選があるんです」

女性「予選ー?」

司会「ええ。武闘大会の本戦は四日後ですが、予選は二日後になります。ここで人数を十六人になるまで絞るんです」

女性「選ばれし十六人ってことなんだー」



司会「予選方法は十六のブロックに分かれてのバトルロイヤルです。一人残るまで戦います。去年は一ブロックに付き五十人はいましたね」

女性「っていうことは全部で参加人数がえーと…………四百人もいるんだ。すごーい!」

司会「はい、八百人ですね。この予選もコロシアムで行われ観戦することが出来ます」

司会「多くの参加者がが入り乱れて戦う予選の方が好きという観客もいるようですね」

男(冷静に数を訂正する司会者。やりにくそうにしているな)

7 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:51:29.80 ID:QOwpiBXn0

司会「そして一日空けて本戦では勝ち上がった16人による個人戦のトーナメントとなります」

司会「なお本戦予選ともにスキルや魔法の使用はOKです」

司会「唯一のルールとして、対戦相手を殺した場合は失格ですので加減は必要ですが、それを差し引いてもド派手な戦いが見られるでしょう」

女性「えーでも怪我とかはあるんじゃないのー?」

司会「その点は心配なく。大会スタッフとして回復魔法の使い手が多く詰めています。そのためこれまでの大会で大きな怪我や傷害の残った選手はいません」

男(魔法やスキルありの戦いか。見てる分には楽しそうだな)



司会「そして気になる賞金ですが、これは本戦出場者全員にあり、また勝ち上がるごとに額が増えていきます。優勝者はなんとこんなにももらえるのです!」

女性「えーっ!? すごーい!!」



男(司会が出した金額に女性がリアクションするが、会場もどよめいているのを見る感じそこまでオーバーではないようだ)

男(それだけ優勝賞金の額は桁違いだった)

男(……って、あれ? 優勝商品の宝玉はどこに行ったんだ?)

8 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:51:59.95 ID:QOwpiBXn0

司会「さらに優勝者には副賞として町長の気まぐれも贈られます」

女性「町長?」

司会「はい。この武闘大会の創設者であり第一回大会で優勝者」

司会「寄る年波には勝てず、数年前から大会に出場はしていませんが、町長としては現役で毎年武闘大会の開催にとても尽力してもらっています」

女性「すごい人なんだー」



司会「その町長が毎年その時の気分で優勝者に賞金とは別に贈る賞品ですね。去年は百年物のワインが贈られたとか」

女性「あー私お酒は駄目なんですよねー。すぐ酔っちゃって」

司会「そして今年はこの不可思議な紋様の入った青い宝石が贈られるようです」

女性「わーっ! すっごいキレイ!」

司会「町長の話によると『今年の賞品を探しに家の倉に入ったら、どこでもらったのか忘れたがこれを見つけて、ビビッと来たんじゃ』ということだそうです」



男(示されたのはまんま宝玉だ)

男(なるほどな、俺たちからすればのどから手が出るほど欲しいものだが世間的には副賞扱いでおかしくない)



男(司会が語ったあらましも想定の範囲内だ)

男(この町における女神教の教会の取り壊しをした際に、これまでと同様に町の責任者の手に渡っていたということだろう)

男(それで長年放っておかれていたが、今回偶然にも賞品として出されたと)

9 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:52:27.61 ID:QOwpiBXn0

男(状況は大体分かった)

男(二日後の予選に勝って、四日後の本戦で優勝する。何とも分かりやすく簡潔な宝玉の入手方法だ)

男(観光の町であれだけ苦労したのが嘘のようである)



男(そして女友の言葉を認めるようで癪だが、魅了スキルしか持たない俺は役立たずだ)

男(もし大会出場者が俺以外全員女性であれば優勝できるかもしれないが、そんな馬鹿みたいなこと無いだろう)



男(だが、それは逆に俺がするべきことが無いとも言える)

男(予選と本戦、チートな戦闘力を持つ仲間たちが勝ち上がっていくのを観戦しているだけでいい)

男(ドラゴンにも勝てる女がそこらの個人に負けることはあり得ないとすると手に入れ損ねることは無いだろう)



男(何と楽なのだろうか。思えば最近働きすぎだったしな、天が俺に休めと言っているのかもしれない)

男(あとは何も面倒なことが起きないでくれるといいのだが…………)

10 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:54:33.87 ID:QOwpiBXn0



チャラ男「おおっ、あれは宝玉やないか!?」

姉御「優勝者の副賞……なるほどねぇ」

気弱「ということは僕たちも参加して優勝しないと……ですよね?」



男「……ん?」

男(どよめく会場の中、俺の耳は近くの三人組の会話を捉える)

男(驚いているのはチャラそうな少年。好戦敵な笑みを浮かべる少女にオドオドしている少年といった三人組だ)



男(気になるのはチャラそうな少年の発言、その中の『宝玉』という単語だった)

男(司会は青い宝石と言ったのに、それを宝玉だと言い換えている。分かる人はそういないはずなのに)

男(残り二人の様子からしてどうやら宝玉を狙っているようだ)



男(俺はそちらの方を見てみると)

11 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:55:00.29 ID:QOwpiBXn0



チャラ男「ん……あー女たちやないか!」

姉御「女友も……奇遇だねえ」

気弱「こ、こんにちは」



男(三人組もほぼ同時にこちらの方に気付いたようで、女と女友の名前が呼ばれる)



女「わー久しぶり! すっごい偶然だね!」

女友「チャラ男さんに姉御さんに気弱さんですか。どうやら連絡が行き違ったようですね」



男(女と女友も三人組のことを知っているようだ)



12 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:55:30.69 ID:QOwpiBXn0

男「そいつらは誰だ?」

女「えっと……本気で言ってるの、男君?」

男(俺の質問は女にガチのトーンで心配される)



女友「まあ、男さんは教室ではぼっちでしたから覚えていなくても仕方ない…………のですかね? 三人はクラスメイトですよ」

男(女友が必要なことを言ってくれた)



男「クラスメイト……あーそういえば居たような……」

男(つまり俺たちと同じように異世界に召喚されて、宝玉を集めるという使命を共にする仲間なのだろう)

男(知らないと言った俺が心配されるのも分かるところだった)

13 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/05(火) 20:57:38.71 ID:QOwpiBXn0
続く。

明日も更新予定です。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/06(水) 01:05:00.34 ID:y9uT9Rhp0
新スレ、新章乙!

15 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:44:52.92 ID:In2h6epL0
>>14 ありがとうございます。その言葉がとても嬉しいです。

投下します。
16 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:46:03.52 ID:In2h6epL0

男(コロシアム屋外で偶然出会ったクラスメイトたち)

男(三人とも俺とはほとんど話したことが無かったため自己紹介をしてくれた)



チャラ男「俺はチャラ男や。よろしくするのは女性だけと決めてるから堪忍な」



男(何ともノリが軽そうな男がチャラ男)

男(異世界に来て授かった職は『盗賊』)

男(挨拶から分かるように相当な女好きのようだ)



男(あーそういえば何となく思い出してきたぞ……)

男(そのノリの軽さと整った外見でクラスのトップカーストの一員であったはずだ)

男(ただ女癖が悪く、誰と付き合った別れた何股しているなどという噂話が度々流れていた覚えがある)

17 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:46:36.33 ID:In2h6epL0



姉御「アタイは姉御だよ。しっかし男だったか。あんたは軟弱そうだねえ。もう少し鍛えたらどうだい?」



男(脳味噌まで筋肉で出来ていそうな発言をする姉御)

男(体育会系女子集団のリーダー的な立場だった……気がする。さだかではない)



男(職を尋ねると、その場でシャドーボクシングを始める)

男(先ほど見たトークイベントの女性より様になっている)

男(職は拳闘家辺りなのだろうと思い、表示されたステータス画面を見ると。



男「『|癒し手(ヒーラー)』だと!?」

姉御「ああ、そうさ。拳闘家あたりなら面倒無かったんだけどねえ」



チャラ男「姉御は自分にエンチャントかけて素手で殴るんや。少しくらい攻撃食らっても回復魔法を使いながら殴るんやで」

男(チャラ男が補足する。つまりはバーサーカーヒーラーという分類か)

18 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:47:20.31 ID:In2h6epL0



気弱「ぼ、僕は気弱です。よろしくお願いします」



男(俺相手にも緊張している様子なのが気弱)

男(職は『騎士(ナイト)』と表示されている。防御に優れた剣士系の職だそうだ)



男(こいつは本当に記憶にないな。おそらく教室ではいつも隅にいて目立たないようにしていた人物であろう)

男(そのため俺も印象に残っていないと)



男(異世界に召喚された俺たちクラスメイトは現在八つのパーティーに分かれて、それぞれ宝玉を集めている)

男(彼らはその内の一つで三人組のパーティーということだろう)

19 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:47:53.89 ID:In2h6epL0

男「しかし、どうしてあんたらもこの町に……なるべくバラバラの場所で宝玉を探すようにしているんじゃなかったのか?」

女友「ええ、ですから観光の町を出る際に私たちがこの町にくる旨は手紙を出しておいたんですが……」

女友「それが伝わる前に偶然彼らもこの町に来てしまったということでしょうね」

女友「古参商会の調査による報告、この大会の優勝賞品が宝玉であることも同じ手紙で書いておいたので知らなかったようです」



男(そういや俺たちクラスメイトの連絡手段が手紙だとは聞いたことがある。そのため伝達にタイムラグが生じたようだ)



姉御「アタイたちもここに来る前の町でようやく宝玉を一個手に入れたところでね」

姉御「それで次の町に向かおうってときに、武闘大会って文字を見たもんだからどうも血が騒ぐのが抑えられなくて」

姉御「だからこの町で宝玉を探そうと決めたってわけさ。まさか大会の賞品になっているとは思ってもみなかったね」

20 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:48:25.17 ID:In2h6epL0

男「って、そっちも宝玉を手に入れたのか?」

チャラ男「ほらこれや。手に入れるのにほんま苦労してな」

男(チャラ男が出してみせたのは確かに宝玉だ)



姉御「何を言うかい。あんたは連日連夜キャバクラ通いで遊びまくっていただろうが。ほとんどアタイと気弱の功績だよ」

チャラ男「てへっ、バレたみたいやな」

気弱「そ、そんなこと無いですよ……」



男(姉御の裏事情の暴露には分かるところがあった)

男(あれだ、例えば文化祭の準備とかでも姉御は全体を指揮して進めるリーダーで、チャラ男は遊びほうけているのに大事なところだけはしたり面をして、気弱は黙々と進めその功績を誇示することもしないタイプだろう)

男(俺? 言われたことだけやって真っ先に帰ってたな)

21 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:48:51.99 ID:In2h6epL0

女「私たちも宝玉三つ目を手に入れたんだよ!」

男(女が持っていた宝玉三つを取り出す。俺たちが今まで獲得した宝玉は代表して女が持つことになっている)



チャラ男「三つ? っていうと最初の村で手に入れた宝玉も女たちが持って行ったから……」

チャラ男「それでも俺たちと同じ期間で二つ手に入れたんか!?」

姉御「やるじゃないか」

気弱「す、すごいですね」



男(三人が口々に称えるが、最初の商業都市が上手く行きすぎただけで)

男(観光の町でかなり時間を食っていることを考えると同じくらいのスピードであろう)

22 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:49:21.99 ID:In2h6epL0

男(と、これで状況確認が終わる)

男(話題は自然と今後の行動方針について移っていた)



姉御「この町における宝玉についてだが、この際共同戦線と行くかい?」

女友「どうせ武闘大会本戦の四日後までには終わるはずですし」

女友「参加者が多ければ多いほど優勝できる確率も上がるわけですからそうしましょうか」



男(女友が提案を呑んで2パーティー合同でこの町の宝玉を手に入れることに決まる)

23 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:49:48.19 ID:In2h6epL0

姉御「まあといっても私たちはお荷物かもしれないねえ」

男(しかし、姉御は決まったばかりのことに水を差す)



男「どういうことだ?」

姉御「女だよ。竜闘士に勝てる人間なんてそうそういやしない」

姉御「私たちが出なくても、女一人が大会に参加すれば優勝も安泰、安泰」



女「そ、そんなことは無いよ」

男(姉御は女の力をとても評価しているようだ。女は謙遜しているのか否定する)

24 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:50:25.73 ID:In2h6epL0

男「異世界召喚者って魅了スキルだけの俺以外はかなりの戦闘力を持っているよな」

男「やっぱりその中でも女は規格外なのか?」



女友「そうですね、女神によって力を授かった結果、私たちクラスメイトはこの世界における達人レベルの力を持っています」

女友「その中でも突出しているのが僭越ながら私の『魔導士』とイケメンさんの『影使い』です」

男(イケメン……っていうと、俺を襲った学級副委員長か。あいつも強い方なんだな)



女友「ですが女の『竜闘士』はそのさらに上を行きます。本当に規格外な存在なんです」



男「……そんなに強かったのか?」

女「そ、そこまではないと思うけど……」

男(きっぱりと否定しない辺り、女もそれくらいだと思っているようだ)

25 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:50:59.82 ID:In2h6epL0



姉御「でも参加を取りやめるつもりはないね。アタイの力がどこまで通用するか試してみたい」

姉御「なんなら決勝で女と戦うようなことになれば、アタイたちが絶対に宝玉が手にはいることが確定する」

姉御「他の参加者を蹴散らして女の援護射撃するつもりで挑むよ」



気弱「ぼ、僕も参加します。もっと経験を積んで……強くなりたいので」



男(姉御と気弱は武闘大会に参加するようだ)



チャラ男「んじゃ俺はパスで。どうせ女が勝つんなら俺が出る幕ないしな」



男(チャラ男はヒラヒラと手を振る。だろうなと思うくらいには、この男の性格が分かってきた)

26 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:51:41.92 ID:In2h6epL0



女友「すいませんが私も参加は見送ろうと思います」



男(続く女友の言葉には耳を疑った)



男「え、出ないのか? 武闘大会って名前だけど、魔法だって使えるんだろ?」

女友「ええ。ですが女の力を信じていますし大会の間、男さんを一人にするのもマズいですから」

男「あー……」



男(戦闘力0の俺の護衛というわけか。言われてみればケンカ早い人間がこの町には多いようだ)

男(絡まれる可能性を考えると女友が側にいてくれるのは心強い)



女「うん、男君のことは任せるよ。私は大会に参加して……優勝してくるから!」



男(そして女は当然参加と)

男(というわけで俺たちの中から三人が武闘大会に参加することに決まった)
27 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/06(水) 21:52:35.84 ID:In2h6epL0
続く。

今章も隔日更新で行けたらなと思っています。というわけで続きは明後日。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/07(木) 00:56:00.99 ID:pq23dZvKO
乙!
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/02/08(金) 12:34:42.01 ID:EAYg2HKn0
小島祥太朗@エンデヴァーガチ勢
@mabatake
マンガとかイラストを描いてます。 お絵描きしたものはモーメントに置いてありますぜ。
pixiv.me/mabataki
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/02/08(金) 12:35:14.51 ID:EAYg2HKn0
梟の天麩羅-ドラクエ垢
@Kamyukunukeoshi
略してふくてんです 成人済
DQB2-主シドリクアネ DQ11-主カミュグレホメ 固定厨リバ不可 他カプも×
背後注意絵クッションなく上げます。18歳以下は回れ右?ギャグとエロしか描かない
※アイコン詐欺※odaibako.net/u/Kamyukunukeo…
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/02/08(金) 12:36:10.23 ID:EAYg2HKn0
日向 鉄(TETU)
@pocotetu
仕事
@cowocz
2月後半からのお仕事募集中ですclap.webclap.com/clap.php?id=te…
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/02/08(金) 12:37:29.65 ID:EAYg2HKn0
どんど
@JipWbf2I4TGsYVy
息抜き用
ジャンル雑多 本誌派 バドエンメリバ
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/02/08(金) 12:39:17.87 ID:EAYg2HKn0
みずかね@オリバト垢
@OrbtStardust
オリジナルバトルロワイアル(オリバト)サイト「Star☆Dust」の管理人によるオリバト垢です。更新情報などなどを発信します。発信用のため原則フォローはいたしませんのでご了承ください。現在9作目更新中。
stardust0302.fc2web.com
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/02/08(金) 12:43:55.91 ID:EAYg2HKn0
みずかね@オリバト垢
@OrbtStardust
英賀保光里「乃梨絵ちゃん、あのね、お誕生日おめでとう…」 山科乃梨絵「やだ、可愛い…ありがとう光里ちゃん」 光里「えっと…これ、あの、クッキー焼いたから…誕生日ケーキじゃなくて申し訳ないけど…食べてくれる?」 乃梨絵「食べる食べる!…美味しいよ、ありがとう」
35 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:19:03.59 ID:guAYLSu10
乙、ありがとうございます。

投下します。
36 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:19:29.54 ID:guAYLSu10

男(協力することになった六人でコロシアムの正面入り口を目指す)

男(れで武闘大会の説明を聞いたり、チャラ男たちと再会したり、今後の方針を決めたりしたが、元々の目的は大会の参加受付をするためにここまでやってきたのだ)



男(というわけで人混みをかき分けて進んでいると、入り口が近づくにつれ筋骨隆々な人や魔法使いっぽいフードを被った人など、見た目からして腕に自信のありそうな人物の割合が増えてきた)



男「さっきまでは観客っぽい人の方が多かったが、大会参加者っぽい人が多くなってきたな」

女「観光客はこっちの方に用事がないってことなんだろうね」

男「あ、そうか。さっきのトークイベントみたいなのここらへん無いしな」

女「だからここらにいる人ほとんどが参加者って考えるとすごい数だね。去年は予選に八百人も出たって言ってたのも頷けるような数だよ」



男「まあこれだけの人数がいても、女に敵う人間はいないんだろうな」

女「もう、やめてってばー」

男(改めて説明を受けたことで思い知った女の力を話題に出すと、女は面映ゆそうにしている)

37 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:19:59.02 ID:guAYLSu10

姉御「そうだね、女に敵う人間は誰も……いや、一人だけ思い当たる人がいるか」

男「え、そんなやつがいるのか?」



姉御「あんたたちも聞いたことがあるんじゃないかい? 伝説の傭兵って存在を」

男「あー……そういえば女と同じ『竜闘士』だという」



男(女の職が『竜闘士』であることが分かったときに『あの伝説の傭兵と一緒の……』と言われたことがあった)

男(確か最初の村の青年さんと古参商会の商会長だったか)

男(なので名前だけは知っているが、話の流れからそれ以上聞けず、どのような人物なのかは分からずじまいだ)

38 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:20:27.22 ID:guAYLSu10

姉御「アタイたちが最初に訪れた町がちょうど伝説の傭兵の故郷だった場所の近くで、色々と武勇伝が流れていたもんさ」



姉御「そもそもの話だが、今でこそ平和なこの大陸も二十年ほど前は争いが絶えなかったそうだね」

男「へえ、そうなのか」



姉御「どこもかしこも戦場だったその最中を後に伝説の傭兵と呼ばれる少年は渡り歩いた」

姉御「そのころから竜闘士の職は持っていたみたいで圧倒的な強さだったみたいだね」

男「まあだろうな」

男(女と同じ強さと考えると、普通の人間が百人がかりで死闘になるドラゴンを優に圧倒する力を持っているはずだ)

男(戦場でもその強さは絶大に発揮するだろう)

39 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:20:53.93 ID:guAYLSu10

姉御「あまりの強さからその存在が大陸中で噂されるようになり、戦争中の指導者はこぞって彼を雇おうとしたみたいだね」

男「そりゃそうだ、一人で戦況を傾けるほどの力があるならな」

姉御「争い合っていた両陣営がどちらも雇おうとして、際限無く金額が釣り上がっていったってのも有名な話」

姉御「戦乱の世の末期は、どこが伝説の傭兵を雇えるかというマネーゲームめいた様相も示すようになった」

姉御「最後は王国が法外な金額で長期に渡り伝説の傭兵を雇い戦乱をどんどん収めていって平和になった」

姉御「今ではこの大陸一番の勢力だね」



男(王国……というと俺たちがテイムしたドラゴンの売り先でもあったか)

男(竜騎士部隊とかいうのもいるらしいし、かなりの軍事力を誇っているのだろう)

40 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:21:25.74 ID:guAYLSu10

女友「しかし妙にちぐはぐですね」

男(いつの間にか一緒に話を聞いていた女友が口を挟む)



男「何がだ?」

女友「その話によると伝説の傭兵という人は、金のために戦場を転々としていたんでしょう?」

女友「圧倒的な力を振るうその姿は普通恐れられるはずです」

女友「だったら戦場の悪魔だとか言われそうなものなのに、伝説の傭兵と妙に好意的な呼称が付いているのが気になって」

男「確かに伝説という響きに恐れや畏怖は感じられないな」



姉御「あんたはよくそんなところに気付くねぇ」

姉御「それなら簡単な話さ。伝説の傭兵は極力人を殺さなかったからだね」



男「人を……」

41 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:21:54.24 ID:guAYLSu10

姉御「圧倒的な力を持つが故に、相手を殺さないように手加減して制圧することも可能だったそうさ」

姉御「それに民間人に被害が及ばないようにも努めていた」

姉御「そして一直線に敵の司令部を抑えて降伏するように迫る」



男「そんな理想論みたいなことを……実行できるだけの力があったってわけか」

姉御「戦争なんてしたがるのは基本的にお偉いさんさ。一般の兵士からすれば気が進まないことがほとんどだ」

姉御「だからこそ一度戦場に現れれば、敵味方両方の損害は最小に、最短で戦争が終わる――その傭兵が伝説と呼ばれるのも無理ないことだね」



男「なるほどな……」

姉御「その強さにはアタイも憧れるところがあってねぇ。一度会ってみたいものさ」

男(右手の握り拳を左の手のひらにぶつける姉御)

男(そのジェスチャーからして会うだけじゃなくて、拳も交えたいんだろうな)

男(強さに憧れる辺りも含めて本当脳筋である)





気弱「僕だって……強くなってみせる……!」

チャラ男「おお、そうやで。頑張れよ、気弱!」

男(気弱とチャラ男がそんな会話をしているのが聞こえてきた。ん、もしかして……)

42 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:22:44.65 ID:guAYLSu10

男(そのときようやくコロシアムの入り口に辿り着いた。人が多くて思うように進めず時間を食ったな)

男(しかし受付の前も長蛇の列が出来ている。俺たちもその最後尾に並ぶ)



女「その伝説の傭兵って人は現在は何をしているの? 平和になって傭兵の需要も無くなったはずだよね?」

姉御「そうだね、争いが終わったのが十年ほど前」

姉御「その後も戦争を終わらせた立役者とも言える伝説の傭兵は、英雄のような扱いを受けていた」

姉御「だがある日ぱったりとその消息が分からなくなったみたいだね」



女友「平和になった世の中には必要ないと暗殺を……」

女友「いえ、ですが圧倒的な力を相手に可能ですかね?」

女友「暗殺出来るなら戦争中に殺されていてもおかしくないですし」

女「もう、女友ったら怖いじゃない」



男(平然と話しだした女友を女がたしなめている)

男(……正直俺も同じようなことを考えていた)



姉御「真相は闇の中さ。ここ数年はその姿も見られていないらしい」

女友「そこも含めて伝説なのでしょうね」



男(女友の言うとおり、現状が分かる伝説というのも格好が付かない)

男(いや、その場合は生ける伝説とか呼ばれるか?)

43 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:23:19.39 ID:guAYLSu10

男「それなら一安心ではあるな」

女「どういうこと、男君?」

男「だって現状一対一で女に対抗できるだろう唯一の人物が伝説の傭兵なんだろ」

男「もしこの武闘大会に参加されたりでもしたら、女の優勝も危うくなるじゃないか」



女「同じ竜闘士と言っても経験とか練度とかで差が出るはずで……」

女「戦争を生き残った傭兵さんの力は疑いようもないけど、私だって熟練した技術として扱える副次効果があるから……」

女「まあ五分五分かもね」



男「五分五分なのか」

女「実際に見て見ないと詳しくは分からないけど」

男「俺たちはどうしても宝玉を手に入れないといけない。五分五分でさえ避けたいところだ」



男(消息不明で大会に出てくることがないならありがたいことだ)

44 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:23:46.86 ID:guAYLSu10

男(受付の列が進んでいく。あともう少しで俺たちの番になりそうだ)



女友「……。……。……」



男(と、女友が前を見ながら、顎に手を当てて何やら考え込んでいる)



女友「ところで姉御さん。伝説の傭兵は二十年ほど前に少年の歳で戦場に出たって言ってましたよね?」

姉御「ああ、そうだよ」

女友「ということは生きているとしたら現在は30過ぎのおじさんになっているはずでしょうか?」

姉御「ああ、そのはずだけど……」

男(どうしてそんなことを聞かれるのか姉御も気になったようだ)



男「女友、何が気になっているんだ?」

女友「勘違いなら良かったのですが……あの方を見てください」



男(女友が指さした方には、現在受付の順番が回ってきた渋さが光るナイスミドルなおじさんがいる)

男(登録する際の確認としてステータス画面を開いて係の人に見せているようだが――)

45 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:24:26.73 ID:guAYLSu10



受付「ステータス開示ありがとうございます。記入させてもらいますね。職は竜闘士で名前は傭兵…………」

受付「……えっ!? まさかあなたは……っ!?」



男(淡々と処理していた係の女性が驚愕する)

男(その声に釣られて周囲の人々もその存在に気づき――この町でもその存在は有名なようだ――口々と声が上がる)



モブA「な、何であんたがここに……!?」

モブB「ずっと消息不明だっただろ!?」

モブC「まさか武闘大会に参加するっていうのか……!?」



男(そして誰かがその称号を呼ぶ)



モブD「伝説の傭兵……!!」



46 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/08(金) 20:24:55.73 ID:guAYLSu10
続く。

もちろん楽勝には行きません。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/09(土) 08:13:56.50 ID:/fLh5pgjO
乙!
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/09(土) 08:40:06.01 ID:xrRS90JH0

歴戦の勇士対女楽しそうだね
49 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:17:02.17 ID:oSr4/uuz0
乙、ありがとうございます。

>>48 最強対最強って感じ私も好き。

投下します。
50 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:17:44.99 ID:oSr4/uuz0

男「ったく……こんなことがあるんだな……」

男(騒動は嵐のように過ぎ去り、俺は独りごちる)



男(あの後伝説の傭兵は)

傭兵『問題がないなら受付を進めて欲しい』

男(と、騒ぎになっていることも構わず冷静だった)



男(そして受付処理が終わった後駆け寄ってきた人々をすり抜けてその場を去った)

男(何故消息不明だったのか、それがどうしてこの度武闘大会に参加することにしたのか)

男(口々に尋ねられた疑問は全て残ったままだ)



女「受付終わったよ」

姉御「しかしこれは厄介なことになったねぇ」

気弱「だ、大丈夫ですよ、姉御さんなら」



男(そのとき武闘大会に参加する女、姉御、気弱が受付を終わらせたようで帰ってくる)

51 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:18:24.06 ID:oSr4/uuz0

男「女も受付にステータスを開示したんだろ? 竜闘士であること驚かれなかったか?」

女「ううん。その前に傭兵さんが現れたのがちょうど良かったみたい。淡々と処理されたよ」

男「感覚が麻痺していたのか」

男(その点は良かった、目立たないに越したことはない)



チャラ男「しっかし急転直下やな。伝説の傭兵が武闘大会に参加……楽勝ムードから一転、暗雲が立ちこめてきたやないか」

男(その内容とは真逆で気楽そうに言う)



女友「『真実の眼(トゥルーアイ)』で盗み見しましたが、スキルの数、種類は女とほとんど変わってませんでした」

男「……あっ、だからステータス開く前にあの人が伝説の傭兵だって分かっていたのか」

女友「ええ。参加者の偵察として、列に並んでいる間ずっと周囲を窺っていましたよ。本当見つけたときは嘘かと思いました」

男(女友がステータスを開く前から、伝説の傭兵に目を付けていたのはそういう理由だったらしい)

男(しかし判別魔法で偵察とは流石というべきなのか、狡いというべきなのか)

52 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:19:11.80 ID:oSr4/uuz0

男「女はどうなんだ? 姿を見ただけで自分より強いか分かるものなのか?」

女「そういう見極めは無理だけど……予選や本戦で実際に戦う姿を見れば分かると思うよ」

女「幸いにも私の予選の数字が16で傭兵さんは3だったから、当たるとしたら優勝を賭けた本戦の決勝になるはずだし」

男「最後の最後に当たるのか……」



男(大会参加者は受付の時点で1〜16の数字が割り振られるらしい)

男(そして予選は同じ数字の人たちでバトルロイヤルをして、一人の本戦出場者を決める)

男(本戦のトーナメント表はその数字のまま1対2、3対4……15対16と順番通りに組まれているようだから……)

男(3と16では逆のブロックのため当たるとしたら決勝になるということだ)



姉御「まあそれは皮算用になるかもしれないねぇ。アタイがぶっ飛ばすかもしれないからさ」

男「ん、もしかして……」

姉御「あぁ。幸運にもアタイの数字は3だ。傭兵とは予選で当たるよ」

男「いや、それは不運だろ……」

男(まあ戦いたかった様子だったし、そういうものなのだろうか)

53 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:19:42.29 ID:oSr4/uuz0

気弱「僕の数字は8でした。傭兵さんか姉御さんと当たるとしたら準決勝、女さんと当たるとしたら決勝です」

チャラ男「お、中々言うやないか。予選も突破して、伝説の傭兵相手にも勝つつもりなんやな」

気弱「い、一応の想定ですっ……!」



男(気弱がチャラ男におちょくられる)

男(しかし実際気弱はどれくらいの強さなのだろうか?)

男(職の『騎士(ナイト)』をもらっているから力はあるはずだが、この気が弱い様子を見てるとなー)

男(……戦う姿を見ないと分からない)



男(もし姉御や気弱が伝説の傭兵を倒してくれるなら女が楽に優勝出来るのだろうが……)

男(……失礼ながら、正直なところ決勝戦まで進んでくる気しかしない)

54 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:20:18.84 ID:oSr4/uuz0

男「というかどうして伝説の傭兵が武闘大会に参加するんだ? 消息が不明だったはずなんだろ?」

女友「消息不明の方は分かりませんが、武闘大会に出場する理由を予想するとしたら……優勝賞金目当てですかね?」

女「あ、すごい額だったよね」



女友「元々傭兵として戦場を渡り歩いていたのはお金を稼ぐためだと考えられます」

女友「理由は分かりませんが、あの人にはお金が必要なのでしょう」

女友「もしくはずっと消息不明で暮らしていたということは、なるべく人と関わらず過ごしてきたはずです」

女友「今までは傭兵時代に稼いだ金で食い繋いで来ていましたが、蓄えが尽きてここらで一気に稼ぐことになったのかもしれません」



女「どちらにしてもお金目的ってことだよね?」

女友「ええ、そういうことですが…………もしかしたら……」

女「……?」

女友「いえ、何でもありません」



男(女友と女の会話を聞いて俺も思い付くことがあった)

男(なるほど、金が目的だとしたら……)

55 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:20:45.00 ID:oSr4/uuz0

チャラ男「まあまあ、そこらで真面目な話はええやろ! もうすっかり夕方や!」

チャラ男「どうや、再会を祝してパーっと飲みに行こうやないか!」



姉御「ったく、あんたはほとんど真面目な話してないと思うけど。提案自体は賛成だね」

気弱「僕も反対はありません」



女友「そうですね、積もる話もありますし」

女「私もいいよー」



男「……はあ。俺だけ反対ってわけにも行かないよな」

男(流れには逆らえず、俺たちは場所を移動することになった)

56 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:28:19.04 ID:oSr4/uuz0

チャラ男「ビールサンキューな、別嬪さん!」

店員「もう、別嬪だなんて!」

男(チャラ男が女性の店員からグラスを受け取りながら調子の良いことを言っている)



気弱「さっき違う女性店員にも同じこと言ってませんでしたか?」

チャラ男「何おう、女性っていうのは全員別嬪さんなんやで! それに褒め言葉が嬉しくない女性はいない!」

男(気弱の言葉に断言するチャラ男。遊び慣れていそうなセリフだ)



男(武闘大会が近いということでどこの酒場も人が多く満席に近かった)

男(俺たちも少し待ってようやく入れたところである)

男(席についても贅沢言えないところで六人掛けテーブルが取れずに三人掛けテーブル二つに分かれて座っている)

男(お互いの姿は見えるがそれぞれのテーブルで内緒話が出来るくらいには離れている)



男(分かれ方は男子陣と女子陣で、つまり俺が同席しているのは気弱とチャラ男の二人である)

男(元の世界では同じクラスだったが、今日話したのがほとんど初めてという状況のため、あまり馴染めないでいる)

男(女子陣のテーブル、女と女友と姉御の方は見た感じ話が弾んでいるようだ)

57 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:28:57.46 ID:oSr4/uuz0

チャラ男「やっぱりビールには乾き物やなあ!」

男「……本当に高校生だったんだよな?」

男(あまりに酒の席に慣れているため、ついそんな疑問が沸く)



チャラ男「当然や! 元の世界じゃ飲めなかった分、弾けとるだけやで!」

男「そうか……それならいいんだが」



チャラ男「しかしこの組み合わせは……真理! 元の世界でもこの異世界でも変わらないなっ!」

男「いや、おい? おまえ元の世界って……」

チャラ男「冗談や、冗談や!」



男(ツッコんだら負けなのだろうか?)

58 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:29:29.45 ID:oSr4/uuz0

チャラ男「ほら、男も飲めや飲めや」

男「俺にもペースがあるんだよ」

男(酒には弱くないが、こいつに合わせていたら潰れるだろう。ちゃんと制御しないと)



チャラ男「いや、ほんま気弱は酒が飲めんからな。付き合ってくれるやつがいて助かるで」

チャラ男「まあほんまは女性と一緒に飲む酒の方が格別なんやけどな。そうやあっちに行ってみようか」

男「さっき叩き返されたばかりだろ?」

チャラ男「あ、そうやったか?」



男(チャラ男が女子陣のテーブルに近づいたところ、三人は男子に聞かせられない内緒話をしているとのことで帰ってきたのはつい数分前のことである)

男(男子に聞かせられない話とは何なのだろうか?)

59 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:30:02.60 ID:oSr4/uuz0

気弱「あはは……ありがとうございます、男さん」

男(気弱はこの惨状を眺めながらソフトドリンクをちびちびと飲んでいる)



男「感謝するくらいなら、おまえもこの酔っぱらいをどうにかしてくれ」

チャラ男「俺はまだ酔ってないで!」

男「酔っぱらいは全員そう言うんだよ」

男(絡み方がもう堂に入っている。本当に高校生だったのか?)



チャラ男「ほらっ、再会を祝して! 乾杯っ!」

男「乾杯はさっきしただろうが!」

チャラ男「そうだったで!」

男(何が面白いのかゲラゲラと笑い転げている)

60 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:30:36.55 ID:oSr4/uuz0

チャラ男「先生、トイレ! 先生はトイレじゃありません!」

男(チャラ男はよく分からないギャグを言うと席を離れる。本当にトイレに行くようだ)



男「…………」

気弱「…………」

男(後に残ったのは俺と気弱の二人である。一気に静かになった)

男(居れば居たでうるさいが、いないと困るんだな)



男(無言の空間の気まずさに耐えかねたのか、気弱が口を開く)



気弱「そういえば再会っていうと、前の町でもあったんですよ」

男「……ん?」

気弱「えっと、その、前の町でも偶然クラスメイトと会うことがあったということで……」

男「あ、そういうことか」

男(これが会話下手同士の会話である)

61 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:31:11.57 ID:oSr4/uuz0

気弱「そのときもチャラ男さんはその人と意気投合していましたね。元々教室でも仲が良かったみたいですし」

男「『も』って言われると俺が意気投合しているみたいだな」

気弱「え、あ、ごめんなさい」

男「いや、別に怒っていないぞ」

気弱「そ、そうですか」



男「ていうかそのクラスメイトって誰なんだ? 以前にも行き違いがあったのか?」

男(俺たちは基本的に効率を重視して、別の町で宝玉を探すことになっている)

男(現在こうして同じ町に二パーティー揃っているのは例外の方だ)



気弱「あ、言ってませんでしたね。申し訳ありません」

男「あんた本当すぐに謝るんだな」

気弱「癖になっていて……ごめんなさ……あっ」

男(筋金入りである)

62 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:32:04.63 ID:oSr4/uuz0

男「それで前の町で会ったクラスメイトって誰なんだ?」

男(聞いてから俺はほとんどクラスメイトの名前も覚えていないため分からないだろうことに気付く)

男(……まあいっか、話を繋げるためだ、と思って気弱が口を開くのを待ち)



気弱「イケメンさんとギャルさんです」

気弱「二人にはそもそも連絡が届いてないみたいで、偶然出会えたようです」



男「……っ!?」

男(まさかの名前が出てきたことに驚く)



男(学級副委員長のイケメンと、その彼女のギャル)

男(俺の魅了スキルを狙って襲撃した張本人と騙されて同行している二人組)

男(あの夜、闇に紛れて逃げた後の足跡は分かっていなかったが……こいつらと会っていたのか)



男(魅了スキルを諦めていないやつらの情報は貴重だ)

男(思ってもいなかった話に酔いが一時的に醒めた俺は、気弱から詳しい話を聞くことにした)

63 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/10(日) 10:33:15.25 ID:oSr4/uuz0
続く。

二人については一章にあります。
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/10(日) 15:54:52.15 ID:TiL34IFF0
乙!
65 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 20:58:00.33 ID:S6xVOCUx0
乙、ありがとうございます。

投下します。
66 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 20:58:28.89 ID:S6xVOCUx0

男(相変わらず騒がしい酒場。チャラ男は未だトイレから帰ってこない)



気弱「ええと……どこから話せばいいんだろう」

気弱「僕たちは前の町で宝玉の持ち主に『金を払うなら宝石を売ってもいい』って言われたので、魔物を退治したりしてお金を稼いでいたんです」



男(イケメンとギャルのことを聞かせて欲しいという俺の求めに応じて、気弱が語り出した)

男(にしても金と宝玉の交換か。一番に考えられるパターンだ)



気弱「僕と姉御さん……チャラ男さんは手伝ったり手伝わなかったりでしたけど……」

気弱「数日頑張った結果、目標の金額に加えてそれなりの余裕を持ったところまで稼ぐことが出来たんです」

男「全財産を宝玉に使ったら、生活費が無くなるしな」

気弱「はい。それで喜んでいたところに、偶然イケメンさんとギャルさんに会ったんです」

男「…………」

男(さあ、本題だ。俺は集中する)

67 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:00:00.30 ID:S6xVOCUx0

気弱「僕らは二人に出会えて驚いたんですけど、二人も僕らに出会って驚いていたみたいです」



男(ということはやつらにとっても意図的では無かったのか)



気弱「『今まで何をやっていたんや?』ってチャラ男さんが聞くと『ちょっとな……それよりそっちはどうなったんだ?』とイケメンさんが聞いてきたので、僕たちが8パーティーに分かれて宝玉を追っていることとか教えたんです」



男(そうか、最初の村に着く前に二人は去ったから知らなかったのか)



気弱「それで僕たちが一つ目の宝玉を入手する直前だって言うと『こっちは一個手に入れたところだ』って、イケメンさんは宝玉を取り出して見せたんです。僕たちより早く一個目を手に入れていて、流石だと思いました」



男(…………)



気弱「イケメンさんは『みんな一緒に元の世界に戻るために頑張ろう』と言って……頼もしいですよね。その日の夜は今日みたいに五人で酒場に行って、ギャルさんと姉御さん、イケメンさんと気弱さんはそれぞれ意気投合して夜遅くまで飲んでいたみたいです」

気弱「翌朝にはその町の宝玉は僕たちに任せると言って、二人はまた別の町に向かったみたいですけど」



男「……なるほどな」

気弱「え、えっと……参考になったでしょうか?」

男「ああ、助かったぞ」

気弱「良かったです」

68 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:01:49.11 ID:S6xVOCUx0

男(話を整理する)



男(気弱たちはどうやらイケメンたちのことを好人物だと思っているようだった)

男(俺からすれば要注意人物なのだが、魅了スキルを求めて襲撃したことを知っているのは俺と女と女友の三人だけだ)

男(みんなが混乱しないように情報を伏せているため、そこはおかしくない)



男(勘違いに拍車をかけているのが宝玉を手に入れているという点だ)

男(俺たちの使命、元の世界に戻ることを叶えるためのアイテム。それに協力している相手を悪く思えるはずがない)



男(だが、それがおかしい)



男(俺たちを裏切るようなマネして……どうして今さら宝玉を集めて協力するような素振りを見せているんだ?)

男(もしかして罪滅ぼしに宝玉を集めて俺たちクラスメイトの元に戻ろうと…………するようなやつでないことは俺が一番分かっている)

男(やつの魅了スキルへの執着は本物だった)



男(だとしたら嘘が紛れ込んでいるはず)

男(宝玉は簡単に手には入るものではないことはよく分かっている)

男(こいつらに見せたのだから、手に入れたというのは嘘ではない)



男(苦労して宝玉を集めているのは本当……ならばその理由が嘘なのか?)



男(元の世界に戻るためではなく…………何らか別の理由で宝玉を集めて…………)

男(でも別の理由って何だ…………宝玉に別の使い方が…………)



69 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:02:53.22 ID:S6xVOCUx0

チャラ男「おうおう、何の話してるんや?」

気弱「あ、チャラ男さん。遅かったですね」

チャラ男「トイレが混んでてな。やっぱ人が多すぎるで、ここ」



男(そのときチャラ男が帰ってくる)

男(……ちょうどいい、どうせこれ以上考えても堂々巡りだな。俺は思索を打ち切る)



チャラ男「それで何の話をしてたか……ずばり、あれやろ! 女の話や!」

気弱「え、いや……」

チャラ男「分かるで、分かるで! 気になるもんな!」

チャラ男「魅了スキルでクラスメイトの中でも格別な美少女二人をかっさらっていった男がその後どうしているのか!?」

気弱「その、違くて……」



男(好き勝手話すチャラ男に気弱は押される。いや、もうちょっと抵抗してくれ)

70 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:03:31.42 ID:S6xVOCUx0

チャラ男「ぶっちゃけどうなんや、男! 女と女友とは!?」

男「……どう、とは?」



チャラ男「察し悪いな、二人とはどこまで行ったんかってことや! Aか、Bか、それともCか!?」

チャラ男「いや、魅了スキルで何の命令でも聞くんや、それくらい通り越して異世界でさらなる女を手に入れてるとかか!?」



男「…………」



男(おそらく俺の表情はものすごい仏頂面になっていただろう)

男(男女の関係を全て恋愛に繋げる恋愛脳。ああ、久しぶりにあったなこういう人種とは)

男(人の関係を勝手に邪推して、あまつさえ魅了スキルを悪用して人の尊厳を踏みにじっていると……)

男(唾棄したくなるような想像だ)

男(今すぐこの場を去りたくなる衝動に駆られる)

71 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:03:59.03 ID:S6xVOCUx0

男「…………はあ」

男(深呼吸を一つする)



男(少し落ち着こう)

男(火の無いところに煙は立たない。何もしていないならともかく、俺が魅了スキルを暴発させて二人と一緒に行動しているのは事実だ)

男(その理由が俺の護衛をしてもらって宝玉を早く集めるためなんてことも知らない)



男(だからこのチャラ男が考えるのも仕方ないことだ。元々そういう人物だろうとは思っていたしな)

男(それに今やつは酔っぱらっている。戯れ言だ、聞き流そう)



気弱「え、えっと……ごめんなさい」

男「……おまえが謝る必要はないさ。俺も落ち着いた」

男(俺の怒りを察知したのか気弱が謝る。チャラ男が言ったことだというのに……損な性格しているな)

72 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:04:55.39 ID:S6xVOCUx0

チャラ男「何や、違ったのか? まあそうか、気弱は女と女友に興味ないもんな」

男(幸いにもチャラ男はそれ以上その話を引っ張ることはなかった)



男「……って、今のどういう意味だ?」

チャラ男「簡単な話や。気弱の好きな人は……姉御なんやで!」

気弱「ど、どうしてそれを言うんですか!!?」

男(暴露された気弱が顔を真っ赤にする。完全にとばっちりだな)



男(女子陣のテーブルをちらりと見る。女と女友相手に盛り上がっている様子の姉御)

男(こいつらと同じパーティーでバーサーカーヒーラー。気前が良く強さに憧れている)



気弱「うぅ……どうせ似合ってないって思いましたよね。分かっているんです」

気弱「姉御さんが好きなのは強い人。なのに僕みたいな弱い人じゃふさわしくないって」



男(何も言っていないのに、勝手に自己否定を始める)

男(正直おかしくはないと思った。恋愛相手には自分にない物を求めるという話を聞いたことがある)

男(美女と野獣という感じに。弱い人間が強い人間に焦がれるのもその範疇だろう)

73 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:05:23.46 ID:S6xVOCUx0

チャラ男「元の世界にいたときから好きやったみたいだけどこの性格や、言い出せなかったみたいでな」

チャラ男「本当は一緒のパーティーになりたかったのに、勇気を出せなかったから俺が橋渡ししてやったんやで」

チャラ男「だからこうして三人でパーティー組んでるんや」

気弱「その節は本当に助かりました」



男(なるほど、よく考えると接点の薄そうな三人組だが、そういう経緯があったのか)



チャラ男「この異世界に来て、気弱も『騎士(ナイト)』なんて立派な職をもらったからな。強くなったもんやで」

気弱「最近では自己鍛錬もしているんです。もっと力を付けないと……!」

チャラ男「まあでも姉御も『癒し手(ヒーラー)』で強くなっているからな。道は遠いで」

気弱「分かっています」



男(受付に並んでいるときに聞いた『強くならないと』という言葉にはこういう裏があったってことか)

74 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:05:57.73 ID:S6xVOCUx0

男「…………」

男(気弱の好きな人が暴露されて……俺は何もコメントしなかった)

男(恋愛アンチとしては『そんな報われるか分からない思いに振り回されて無駄だろ』と思うのだが、それを口にするつもりはない)

男(自分の考えを押しつけることほどウザいことはないと知っているからだ)

男(恋愛脳の決めつけに辟易したっていうのに、やり返すのは間違っている)



男「…………」

男(いや、それも正確ではないな)

男(究極的にはどうでもいいからなのだろう)

男(こいつの恋が成就しようがしまいが、俺には関係ないと思っている)

75 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:06:27.93 ID:S6xVOCUx0

男(だから俺は話題を変えようとして……)



チャラ男「おっ、そこの別嬪さん注文ええか!」

男(チャラ男が店員にさらなる注文をする)



男(こうして話しながらも酒やつまみを口にする手は止まっていない)

男(イケメンたちの話を聞いたときに一時的に醒めた俺の酔いは既に戻っているだけでなくかなり進んでいる)

男(思考が焦点を結ばない。フワフワする感覚)

男(くそっ、チャラ男に釣られてかなりのペースで飲んだな……そろそろセーブしないと…………)



男(…………)

男(…………)

男(…………)



チャラ男「……以上注文よろしくやで!」

店員「分かりました、それでは……」

男「ちょっと待ってくれ」

男「俺からも追加いいか? これを同じものもう一杯とつまみに……」



チャラ男「おっ、何や。調子出てきたやないか、男!」

男「そうだそうだ、まだまだ夜も長いからな!」

チャラ男「ノリがいいな! じゃあ俺も追加や!!」



気弱「あ、あの二人とも……大丈夫ですか? ちょっと抑えないと……」

76 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/12(火) 21:06:55.23 ID:S6xVOCUx0
続く。

次回は女子会です。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/13(水) 07:17:17.73 ID:KVv1VNVGO
乙!
78 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:54:01.56 ID:boBRz2P70
乙、ありがとうございます。

投下します。
79 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:54:31.30 ID:boBRz2P70

 時を少しだけ、男子たちと女子たちで分かれたところまでさかのぼる。



姉御「っと、飲み物は届いたね。それじゃあアタイたちの再会を祝して!」

女「乾杯っ!!」

女友「乾杯」



女(姉御が掲げたグラスに女友と私も合わせる)

女(酒場は人が多かったため、三人ずつに席が分かれた成り行きで女子会の開催となった)



姉御「……っぷはー! いいねえ、この町も酒が旨い!」

女友「良い飲みっぷりですね」

姉御「おっ、女友は飲める口かい?」

女友「ええ、負けませんよ」

姉御「いいねえ、じゃあ同じのもう一杯ずつ!」

80 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:55:03.94 ID:boBRz2P70

女「二人ともほどほどにね」

姉御「女は飲めないのかい?」

女「全くってわけじゃないんだけど、ちょっと弱くてね」

女友「その分、私が付き合いますよ」



女(前回お酒を飲んだときは酔っぱらった私を男君がおんぶしてくれたのは嬉しかったが)

女(暴走して男君の気持ちを考えず寝言で告白したりして結果的に苦い記憶となっている)

女(過ちを繰り返さないため、今日は最初からソフトドリンクにしている)



女(その後しばらくは話が弾んだ)

女(姉御とは元の世界にいたときから親交のある勝手知った仲ということで、元の世界での思い出やこの異世界で体験したことなどで話が盛り上がる)

女(途中チャラ男君がやってきたけど、女子会ということで女友と姉御が追い返していた)

81 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:55:41.74 ID:boBRz2P70

姉御「しっかし今さらだが、あんたたち大丈夫だったのかい?」

女「大丈夫って?」



姉御「あんたたちのパーティーメンバーの男に魅了スキルってのかけられてるんだろ?」

姉御「虜になった結果、何でも命令を聞く状態って話じゃないか」

姉御「クラスメイトたちと一緒にいた間は特に何も無かったようだが、三人になって誰の目も気にすることなくなって…………その、な」



女「その?」

姉御「分かるだろ?」

女「……?」

女(姉御は何か言いにくそうにして、私に察して欲しいようだが、意図するところが分からない)



姉御「わざとじゃねえのか?」

女「ご、ごめん……本気で分からなくて」

姉御「だから、その……いやらしい命令でもされてるんじゃないのかってことだよ!!」



女(姉御は顔を真っ赤にしながら、言葉を叩きつける)

82 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:56:17.29 ID:boBRz2P70

女「いやらしい命令……?」

女(でも、どうにもそれが男君と繋がらなくて、私はピントのぼけた発言を漏らす)



姉御「ぐっ、アタイの反応を見てからかってるんじゃないよな!?」

女「……?」



姉御「……だぁもうっ、だから『俺の前で服を脱げ』とか『君の裸は美しい』とか『俺の物になれ、女』とか」

姉御「そういう命令を男から受けてねえよな、ってことだよ!!」



女「………………そ、そんなことないってば!!」

女(ようやく言わんとしていることを理解した私。今度はこっちの顔が赤くなる番だった)

83 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:57:06.16 ID:boBRz2P70

女友「しかし『君の裸は美しい』って、それただの褒め言葉ですよね?」

姉御「茶化すな! 女友も大丈夫なんだよな!?」

女友「ええ。男さんがそのような人ならそもそも一緒にパーティー組んでいませんし」

姉御「……なら良かった」



女「ごめん察しが悪くて。私たちのこと心配してくれたんだ」

姉御「……ああ。不当なことをされてるのに、脅されていたり、命令のせいで手を出せないってんなら」

姉御「アタイが変わりに男をぶっ飛ばすつもりだった」



女「ありがと。でも、本当に大丈夫だから。男君はそういうこと欠片も考えてないだろうし……」

女「そもそも私は魅了スキルかかってないから命令も効かないし」



姉御「そうか…………ん? かかっていない?」

女「あっ」



女(失言だった)

女(私の魅了スキルの事情について知っているは女友だけだというのに、つい口を滑らせてしまった)

84 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:57:45.84 ID:boBRz2P70

姉御「……ほう、それはどういうことだい?」

姉御「女は魅了スキルにかかっているから、男のことを好きになって……」

姉御「だから一緒のパーティーに誘おうといじらしい様子だったと記憶していたんだけどねえ?」



女「そ、その通りだよ! うん、だからさっきのは間違い!!」



姉御「とは思えない真に迫った言葉だったね」

姉御「魅了スキルにかかっていないとしたら……かかっているというのはフリなのかい?」

姉御「なのに男相手に好意的に振る舞っているというのは……」



女(鋭い。このままでは全部暴かれてしまいそうだ)



女「いや、その……勘弁してもらえると」

姉御「何を勘弁すればいいんだい? アタイ、察しが悪くてさあ」

女(さっきのことを根に持たれている)



女「助けてえ、女友えもん」

女友「無理ですね、失言した自分を恨んでください」

女「そんな……」

85 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:58:18.87 ID:boBRz2P70



姉御「なるほどねえ。魅了スキルの条件による失敗、告白する勇気が無くかかっているフリ」

姉御「結果好意を示しても当然ということになって、その立場を利用してオトそうとしていると」



女「ううっ……」

女(結局姉御には洗いざらい話すことになった。私の現状を知ってニマニマと楽しそうな笑みを浮かべている)



姉御「これをそのまま男に話したら面白そうだねえ?」

女「それは、本っ当に、勘弁してください!」

女(テーブルに頭を擦り付ける勢いで下げて懇願する)



姉御「ああもう、頭を上げなって! 冗談だよ、冗談! アタイもそこまで鬼じゃない!」

女(姉御はあわてて撤回する)

86 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:58:52.06 ID:boBRz2P70

姉御「しっかしどうして告白しないのかい?」

姉御「ガサツなアタイと違って、女みたいな美少女から告白されれば、大概の男子なんてイチコロだと思うけどねえ」



女友「女にその度胸が無いだけの話ですよ」

女「ちょっと、女友?」

女友「あら、違いましたか?」

女「それは…………違わないけど」

女(反論できずすごすごと引き下がる)





姉御「度胸か……まあそうだねえ、アタイが言えた立場じゃなかったか」





女「……?」

女(姉御が何やら遠い目になったそのとき、私たちのテーブルを訪ねる者がいた)

87 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:59:26.48 ID:boBRz2P70



気弱「す、すいません! ちょっと助けてもらっても良いですか!?」



姉御「どうしたんだい、気弱?」

女(男子会となっている向こうのテーブルに座っていたはずの気弱君である)



気弱「男さんが大変で……チャラ男さんも僕に任せて……」

女(要領を得ない言葉の中には聞き逃せない物があった)



女「男君がどうしたの!?」

気弱「その、えっと……」

女(詰め寄る私に対して、何から説明していいのか迷っているようだ)

88 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 19:59:55.00 ID:boBRz2P70

姉御「女も気弱も落ち着けって」

女「あ、ごめん……」

女友「とりあえず男さんの様子を見に行きましょうか。あっちのテーブルにいるんですよね?」

気弱「はい。お手数をかけます……」

女(ということで私たちはもう一方のテーブルの方に向かう。そこには――)





男「おうおう、女! 来たんだな!」





女(上機嫌な男君が居た)

女(酔っているのか顔が真っ赤なのに、酒を飲む手が止まっていない)



気弱「そのチャラ男さんに付き合ってすごいペースで飲んでて……止めたんですけど、聞く耳が無くて」

姉御「……で、そのチャラ男はどこ行ったんだい?」

気弱「オススメのキャバクラを聞いたので、そっちに行ってくると。男さんの介抱を僕に任せて店を出ました」

姉御「全く、アイツは……勝手だねえ」

89 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 20:00:26.98 ID:boBRz2P70

女「もう男君、飲み過ぎだよ。これは没収!」

女(私は男君の手からグラスを奪う。これ以上飲ませるのは体に悪いだろう)



男「後生だ! せめてもう一杯!」

女「駄目だよ」

男「そんなこと言わずに……な?」

女「だ、駄目だよ!」



女(男君は席から立ち私の肩に手を置いて懇願した。いきなり触られてびっくりする)



男「んもう、女のケチだなー」

女「男君のためを思ってなんだから。酔ってるのに急に立ったから足下フラフラじゃない」



女(私の肩を支えに立っているような状況だ。案の定倒れそうになったので、あわてて男君の腰に手を回す)

女(すると私が半分男君を抱いているような姿勢になった)



女「っ……」

女(い、いやこれは男君が倒れそうだったから仕方なくで……)

女(別に意図してやったことではなく……男君の顔が近い、近い、近い……!?)

90 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 20:00:54.19 ID:boBRz2P70

男「おっと、ありがとなー、女」

女「も、もうっ! 悪いと思っているならちゃんと立ってよ!」

男「………………」



女(急な接近に、酔いが移ったかのように私の顔も真っ赤になる)

女(女友たち三人が見ているのにいつまでもこうしているのは恥ずかしいので、離れるように言うのだが男君は従ってくれない)



女「男君、聞いてるの!?」

男「あ、すまん。ちょっと見とれてて」

女「見とれる?」



男「ああ。女の顔ってこんなに綺麗なんだな」



女(男君は私の顔を正面から見つめて歯の浮くようなセリフを…………)

91 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 20:01:22.04 ID:boBRz2P70

女「っ〜〜〜〜!!」

男「ぐへっ!」



女(支えを失った男君が尻餅を付く)

女(そう、私が支えの役割を放棄したのだ)

女(で、でもしょうがないでしょ……男君が私を綺麗って……そ、そんな恥ずかしすぎるし……!!)





気弱「男さん酔うと思考がダダ漏れになるタイプみたいです」

女友「これは……面白そうですね」

姉御「あっちで五人用のテーブルが空いたみたいだから、みんなでそっちに移動しないかい?」

女友「ナイスアシストです。ほら、女と男さんも行きますよ」



女「え、この状況で!?」

女友「この状況だからですよ。少しは男さんの酔いを覚まさないと、その状況で外を歩くのも迷惑ですし」

女「いや、でも……ちょっと……!?」



女(店員に話を聞いていた姉御の提案に、一も二もなく女友は乗り、強引に話を進めた)

92 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/14(木) 20:01:57.53 ID:boBRz2P70
続く。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/15(金) 06:11:33.46 ID:hy5zxXMFO
乙!
94 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:34:46.65 ID:iqB9vyWd0
乙、ありがとうございます。

少し遅れましたが投稿します。
95 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:35:25.22 ID:iqB9vyWd0

女(べろんべろんに酔った男君を連れて私たちは五人用のテーブルに移る)

女友『商業都市では男さんが女の介抱をしたんだから、今度は逆に私が男さんの介抱をするべきですよ』

女(という女友の言葉により、私は隣に座って世話を焼くことになった)



男「しかしこの酒、水のように飲めるな」 

女「ほら、あれだよ。上等な酒は水のようだって言うでしょ?」

男「なるほどな、いやあ旨い旨い」



女(男君はよほど酔っているのか、酒と称して渡したただの水を疑いなく飲んでいる)

女(アルコールを分解するには水分が必要だと聞いたことがある)

女(こうして少しでも酔いを覚ましてもらわないと)



女(じゃないと……この状況は危険すぎる)

女(酔っぱらった男君は思考がダダ漏れだ)

女(いつもなら絶対に言わないだろう言葉を連発して、私の顔を赤面させる)

女(心臓が高鳴りっぱなしでこれでは私の方がいつまで持つのか分からない)

96 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:36:02.10 ID:iqB9vyWd0



女友「旨い理由はそれだけですか?」

姉御「そういえば、美人が酌をする酒は旨いって聞いたことがあるねえ。女が注いだから旨いんじゃないかい、男?」

女「もう二人ともっ!!」



女(さらにはこうして女友と姉御がどうにか男君から歯の浮くようなセリフを引きだそうとしているからタチが悪い)



男「確かにそうだな!」

女「……あぅ」

女(言わされた言葉だって分かってるのに……もうマジヤバい)



気弱「え、えっと……その……頑張ってください」

女(気弱君は姉御と女友のパワーに押されて止めるのを諦めて、巻き込まれないように静観を決め込んでいた)

97 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:36:38.63 ID:iqB9vyWd0



男「しかし女は綺麗だし、気だては良いし、リーダーシップもあるし、本当最高だよなー」

女「ば、馬っ鹿じゃないの!? 馬っ鹿じゃないの!?」



女(この状況になってそれなりに経ったのに、男君の酔いはまだ深い)

女(今も私の顔をじーっと見つめたかと思うと突然そんなことを言い出した)



女友「そんな女に好かれて男さんは最高ですねー」

女「女友!!」

姉御「男は女のことが好きじゃないのかい?」

女「姉御!!」

女(私の様子を肴にこの二人の酒も進んでいるようでかなり酔っている)



女(またどんな言葉が飛んでくるのか、身構える私に)



男「うーん……それが分からねーんだよなー」



女(男君は疑問を露わにした)

98 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:37:08.17 ID:iqB9vyWd0

女友「どっちが分からないんですか?」

男「あー、どっちもだなー」

姉御「自分の気持ちだろう? それなのに分からないのかい?」

男「自分の気持ちって一番自分が分からなかったりするだろ?」

女(妙に哲学的なことを言っている)



女「……私から好かれていることは嫌なの?」

女(何でも思いを打ち明けてくれる男君に釣られて、つい私は聞いてしまう)



男「嫌……ではねーと思うんだよなー」

女「だったらどうなの?」

男「あれだ……明晰夢なんだよな」

女「夢だと自覚しながら見ている夢……だったっけ?」



男「それそれ。どんなにおいしいもの食っても、いい思いしてもどこかのめり込めないというか……」

男「夢が覚めたら無くなることを何となく意識してるんだろうなーって。完全に夢に浸っていたらそんなことねえんだけどなー」

女「……」

男「俺は今夢を見てるんだよ。うん、それだ」

99 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:37:38.85 ID:iqB9vyWd0

女(夢と男君が呼ぶものは魅了スキルだ)

女(魅了スキルがあるからこそ私に好かれている)

女(でも、それはいつ解けてもおかしくないあやふやなものだ。だから本気になれない)

女(だったら)



女「もしそれが夢じゃなかったらどうかな?」

男「夢じゃなかったら……?」

女「うん。今男君が夢だと思っていることが夢じゃなかったとしたら、男君はどう思う?」

男「……いや、あり得ないだろ、それ」

女「そんなにあり得ないことかな?」



男「ああ。例えば大怪獣決戦が起きて、町で怪獣が暴れて超ヤバいしどうしようもない……」

男「……あーでもここまでのことが現実であるわけねーな、たぶん夢だ、どっかで覚めるだろ、って思ったとして」

女「うん」

男「それがやっぱり現実です、ってなったらパニックになるだろ?」

女「なるね」



男「それと同じなんだよ。今、俺が見ている夢は現実にあったらパニックになるくらいあり得ねーぞ」

女「…………」

男「って、あれ何の話してたんだっけ? 夢が好かれて大怪獣で明晰夢……?」

100 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:38:24.96 ID:iqB9vyWd0

女(やっぱり、と思った)

女(私の好意が魅了スキルによるものではないと、打ち明けて全部が解決する段階ではもう無い)



女(男君に嘘をばらすのは駄目。元の状態に戻る、いやもっと酷くなるから)

女(でも、現状じゃ私たちの関係は進展しない)



女(だから男君が魅了スキルのことを分かっていても、私を好きになってくれるようになることを目標とした)

女(それが観光の町で決めた、嘘を吐いた私が罪悪感を抱えて騙し続けるということだ)



女(でも夢に例えられたことで問題点が浮かび上がる)

女(考えてみれば当たり前のことだ)

女(覚めない夢なんて……あるはずがないということに)

101 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:39:00.73 ID:iqB9vyWd0

男「ん、みんなどうしたんだ? テンション低いな? もっとぱーっと行こうぜ!」

気弱「テンション高いですね、男さん」



男「ああ、当然だろ! 何せこの町の宝玉は手に入ったも同然だからな! 前はあんなに苦労したのが嘘みたいだぜ!」

気弱「えっと……観光の町で苦労した話はもう何度も聞きましたけど……」

気弱「でも手に入ったのも同然って、武闘大会で優勝できるかはまだ分かりませんよね?」



男「何、言ってんだよ。女が優勝する、これで決まりだろ?」

気弱「僕も最初は正直そう思ってましたけど……でも伝説の傭兵の参戦で分からなくなったじゃないですか」

男「あーあー、そんなの些末な問題なんだ」

気弱「……?」



男「女が負けるはずないからな。伝説だか、幻だか知らないがそんなのぶっ飛ばして宝玉を手に入れてくれるに決まってるんだよ」

男「ああもうそんなことも分かんねーのか、おめえは?」

気弱「ご、ごめんなさい」

男「いいってことよ。これで分かったろ、女は勝つって」

気弱「は、はい」
102 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:39:27.14 ID:iqB9vyWd0

女「男君……」

女(その言葉に私は先ほどまでの疑問や不安を押しのけて、胸の底から嬉しさが込み上げてくるのが分かった)



姉御「随分と信頼されてるんだな」

女友「そういえば男さん、女のこと戦闘力としては信頼していましたからね」

女友「だからあそこまで優勝することを疑っていないのでしょう」

女「前提はあるけど……それでも男君に信頼されているのは嬉しいかな。絶対に応えてみせるよ!」



女(男君との関係は考えていかないといけない)

女(でも、今優先するべきは武闘大会だ)

女(元々武闘大会優勝するつもりだったけど、絶対に優勝するという意気込みに変わる)



女(伝説の傭兵がなんだ、私は男君に信頼されている)

女(それだけで何だって出来る気分だった)

103 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:39:55.29 ID:iqB9vyWd0

翌朝。



男「あー頭がガンガンする……」

男(俺は猛烈な不快感とともに宿屋のベッドで目を覚ました)

男(昨夜は……あー、飲み過ぎたんだったな)

男(イケメンたちの情報を得て、気弱が姉御のことを好きだって聞いた辺りまでは覚えている)

男(だがその後どうなったんだ……?)



男「……思い出せねえ」

男(頭に靄がかかったかのように記憶が断絶している。飲み過ぎると記憶を失うって本当だったんだな)

104 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:40:24.26 ID:iqB9vyWd0

女友「おはようございます、男さん。二日酔いですか? 魔法使います?」

男「あーそういえば二日酔いに効く魔法があるんだったか」



男(最初の村の宴ではしゃいだクラスメイトたちに使っていたことを思い出す)

男(この強烈な不快感を消せるとは便利な魔法だが……)



男「いや、いい」

女友「あら、どうしてですか?」

男「簡単に治したら反省しないだろ。今後、ここまで我を失うほど飲まないように教訓とする」

女友「いい心がけですね。そういうことなら分かりました」

105 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:40:54.92 ID:iqB9vyWd0



女「ええー!? じゃあ男君、今後はああならないってこと!?」

男(納得して引き下がった女友とは逆に女が何故か突っかかってくる)



女「心臓には悪いけど……たまにはあの状態もいいと思ったのに……」

男「……?」

男(何で残念そうなんだ?)



男「ていうか俺が酔った後、女子陣とも合流したのか? 昨夜俺がどうなったか知っているなら教えて欲しいんだが」

女「……そ、それは駄目!!」

男「え、いや……」

女「昨夜の男君は……その、私の口から言えないような状態になっていたから!!」

男「そこまでヤバかったのか……?」

男(どんな痴態を見せていたのだろうか?)



女友「そうですね、私も口をつぐみます。その方が男さんの名誉のためになりますし」

男「……よし、今後は絶対に飲み過ぎないぞ」

男(女友にまで言われて、俺は決心する)



男(そうして二日酔いのだるさを抱えたままの俺は、武闘大会予選の前日をほとんどベッドの上で過ごしたのだった)

106 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/17(日) 00:41:45.31 ID:iqB9vyWd0
続く。

次回より武闘大会予選から開始していきます。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/17(日) 01:25:43.95 ID:MnrtQZtL0
乙!
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/17(日) 04:45:10.83 ID:Di52I/n80

遅れたとかは特に気にせずやってくれ
109 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:12:52.07 ID:VucNW67v0
乙、ありがとうございます。

投下します。
110 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:13:34.58 ID:VucNW67v0

男(迎えた武闘大会予選の朝)

男(俺と女友と女はコロシアムを訪れていた)



男「すごい人の数だな……」

男(大盛況のようで入場口には長蛇の列が出来ている。俺たちもその最後尾に並ぶ)



男「そういやあいつら三人はどうしてるんだ?」

女友「姉御さんなら第三ブロックで試合が早いのでもう控え室に」

女友「気弱さんは第八ブロックですが集中するため早めに控え室に向かうそうです」



男「なるほどな……あれ、じゃあチャラ男はどうしたんだ? あいつは選手として出るつもりは無かったはずだろ?」

女友「チャラ男さんならキャバクラで仲良くなった女の子と一緒に武闘大会を観戦するとのことで、私たちとは別行動です」

男「ぶれないな」

男(記憶が無いので聞いた話だが、一昨日は酔っぱらった俺を気弱に任せて自分だけでキャバクラに向かったらしい。そのときに仲良くなったのだろうか?)

111 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:14:16.36 ID:VucNW67v0

男「女は俺たちと一緒にいて大丈夫なのか? 選手なのに準備しなくて」

女「私は最終第十六ブロックだから、今から準備したってダレるよ」

女「気弱君も出る第八ブロックぐらいまでは見てから、選手の控え室に向かおうかな」

男「そうか」



男(話している内に俺たち三人の番となった。列は長かったが受付スタッフもかなり多いようで進むのが早かった。入場料を払って観客席に進む)



男「おおっ……!?」

男(そして目の前の光景に圧倒された)

男(一昨日選手受付のために訪れたときにはコロシアム内部には入らなかったので見るのは初めてだった)

男(全体像としてはすり鉢状となっている。その底にかなりの広さがある砂地のリングがあり、周囲を観客席が囲んでいる形だ)

男(リングには開会前なので誰もいないが、観客席にはとても数えられないレベルの人がいる)

男(その誰もがこれから始まる戦いの祭典に期待しているようで熱気がすごい)



女「すごい……」

男(女も息を呑んでいる)

女友「……とりあえず三人で座れる席を探しましょう」

男(女友も同じようだったが、立ち止まっていては邪魔だということに気づき、俺たち二人に移動するように伝えた)

112 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:14:54.55 ID:VucNW67v0

男(観客席は一部のVIP席を除き完全に自由席のようだ。そういえば入場料も一律同じだったしな)

男(すり鉢状になっているため下層の席が一番リングに近い)

男(が、既に人がびっしり詰まっており入る隙間も無かった。この人たち一体いつから並んで入場したのだろうか?)



男(というわけで中層の席を三人でさまよっているのだが、ここもかなり埋まっている)

男(一人や二人分のスペースなら時折見つかるが、三人分は中々見当たらない)

男(上層の席になるとリングがかなり小さくしか見えないので、せめてこの辺りの席を取りたいのだが……)



婆さん「坊やたち、席を探しているのかい?」

男「…………え? あ、坊やって俺たちのことですか?」

男(俺たちに向けられた言葉だと気づけず反応が遅れる)



婆さん「坊やたち以外にどこにいるのよ」



男(どこにでもいると思うが、という言葉を飲み込み声の主を見る)

男(齢七十は越えていそうな婆さんだ)

男(ヨボヨボだが妙に声に張りがあるため、この大盛況のコロシアムの中でも聞き取ることが出来ていた)

113 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:15:50.54 ID:VucNW67v0

男「えっと、確かに席を探していますが」

婆さん「ならここが空いているけど、どうだい?」

男(婆さんが隣に置いていた荷物を膝に乗せて席をポンポンと叩く。そこに三人座れそうなスペースが出来た)



男「それは……」

女「ありがとうございます! ほら行こっ、男君!」

男(反応が遅れる俺と違って、いち早くお礼を言う女。人に親切されるのに慣れているか如実に出ている)

男(よく物怖じしないよな。初対面の人に席を勧められる婆さんもだが、女もよく素直に応じれるものだ。この辺りはコミュ力の差だろうか)

男(申し出に乗り俺たちは婆さんの隣に三人で座る。婆さんの隣が女で、俺、女友と続く形だ)



女「席に困っていたので本当に助かりました!」

婆さん「いいの、いいの。あなたたち本当孫に似ていてねえ、つい声をかけちゃったというか」

婆さん「あの子、昔は婆ば婆ばって懐いてたのに、最近は顔も見せてくれないし……」

女「世知辛いですね」

男(女と婆さんが早速打ち解けている。俺には異次元の領域だ)

114 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:16:28.89 ID:VucNW67v0

女友「……ふう、どうやら付近に怪しい人物はいませんね」

男「女友は……『真実の眼(トゥルーアイ)』で周囲の観察か?」

女友「ええ、もう癖になってますね。お婆さんも勝手にステータス見させてもらいましたが、普通の人のようですよ」

男「『コミュ強』とかいうスキルを持ってたりしなかったか?」

女友「それは元の世界でも異世界でも変わらないデフォルトですよ」

男「世界の真理ってことか。でもどうして年を取るだけでああなるんだ。俺も同じようになるのか?」

女友「どうでしょう、男さんは将来、頑固偏屈ジジイになりそうですが」

男「うげっ、それは嫌だな」

男(女友のもっともらしい予想に俺は顔をしかめた)



男(ひっきりなしに観客は入ってきて中層の席はほぼ満員、上層の席もどんどんと埋まっていった)

男(その流れは止まらないが、時間になったようで開会式が執り行われる)



男(リングの中央に立ったのは町長のようだ。その武勇伝は俺も知るところで、第一回武闘大会の優勝者だったとか)

男(それも昔ということで今はもうすっかりお爺さんになっているが、眼光の鋭さからは往年の強さを感じられる)

115 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:16:59.64 ID:VucNW67v0



町長「儂が参戦しなくなって武闘大会もすっかり腑抜けたと言うしかなかったが……」

町長「いやはや、今年は何とも楽しみな選手たちが参戦しておる」

町長「儂も血が疼き久しぶりに参戦しようとしたが『ご自身の年齢を考えてください!』と秘書に止められてしまった」

町長「老いたことをここまで残念に思うとはな」



町長「まあよい、ならば観客として見させてもらおう」

町長「最高の戦いの舞台を! 武闘大会、ここに開会を宣言する!!」



観客「「「うおおおおおおおおっ!!」」」



男(空気が揺れんばかりの気勢が上がる)

男(乗せるのが上手くそして好戦的なジジイだ)

男(冗談のように言っていたが、止められなければ本気で参加するつもりだったんじゃないだろうか)

116 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:17:39.30 ID:VucNW67v0

男(町長が退場するのと交代で、予選第一ブロックの選手が入場してリングに上がり始める)



実況「さてここからは実況の俺と」

解説「解説の私がやっていきます」



男(そしてコロシアム全域にそのような声が響いた。拡声魔法を使った実況と解説のようだ)



実況「というわけで予選のルール解説からしていきましょう」

解説「ルールは簡単ですね。予選の形式はバトルロイヤル、最後まで立っていた一人が本戦に出場となります」

実況「選手は最初五十メートル四方のリングの好きな場所に陣取ります。そしてゴングと共に開戦となるのですが、敗北条件は二つあります」

解説「一つが戦闘不能となること。もう一つがリングアウトですね」



実況「このリングアウトですが、身体の一部でもリングを区切る五十メートル四方から出た場合アウトということになります」

実況「外に出ても足を付かなければOKとはなりません」

実況「ちょっと特殊ですが、どうしてこのようなルールになっているのでしょうか?」



解説「どうやら昔はリング外に一歩でも踏み出たらアウトということになっていたようですが」

解説「そのせいで空を飛べるスキルを持った選手同士の場外戦となったようですね」

解説「危うく観客席にまで被害が出そうになった結果、このようなルールになっています」

実況「ということです。リングアウトの判定は審判の結界魔法によって厳正に行われるので、宣告された選手は速やかに従ってください」



実況「と言っている内に第一予選の選手が配置に付いたようです」

解説「情報によると今年も去年とほぼ同じ数の選手が参加しているようです。予選一ブロックに付き五十人ということですから、総勢八百人ほどでしょうか。すさまじい数です」

実況「リング上それぞれ間隔を置いて選手たちは構え、開戦のゴングを今かと待っています」

117 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:18:19.67 ID:VucNW67v0

男(実況と解説の声で観客のボルテージが上がっていくのが分かる)

男(そしてそれは俺も同じだった)



男(今から始まるのは予選第一ブロック)

男(俺たちの仲間も最強の敵である伝説の傭兵も出ていないので正直に言うと大事な戦いではない)

男(これが十六ブロックまであると考えると、流し見するべきだろう。全部にのめり込んでは最後まで気力が持たない)



男(理屈では分かっていても、気持ちは全く別だった)

男(俺は以前最強を決める戦いに興味なんて無い、と悟ったようなことを思った)

男(それは間違いだった)

男(俺はただ単に本当に最強を決める戦いというもの見たことが無かっただけだったんだ)



男(ごくっ、と唾を飲み込む)

男(視線は今か今かとリングに釘付け)

男(手は自然と膝の上で握り拳を作っていた)



実況「では行きましょう! 武の頂点を決める、その第一歩を!!」

解説「試合開始!!」



男(ゴングが鳴り、リング上の選手が一斉に動き出した)

118 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/18(月) 13:19:39.40 ID:VucNW67v0
続く。

書いてる手ごたえからして、今回の章かなり長い話になりそうです。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/18(月) 15:22:16.49 ID:LTX2tZs+0
乙!
120 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:52:04.49 ID:lF4hGqrw0
乙、ありがとうございます。

投下します。
121 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:52:50.44 ID:lF4hGqrw0

男(予選第一ブロックの開始を告げるゴングが鳴ってから十五分ほど経った)



実況「リング上に選手は一人!! これにて試合終了、彼が本戦出場一番乗りだーっ!!」

男「ふうぅぅぅぅ……」

男(俺は長い息を吐くと同時に脱力した。試合に見入って全身に力が入っていたようだ)



女友「随分と熱中していたようですね」

女「うんうん」

女友「男さんもやっぱり男の子なんですね」

男「自分じゃ違うと思っていたんだが……まあこうして戦いに夢中になった辺り、そうなんだろうな」



女「私もちゃんと試合は見ていたけどね、もしかしたら本戦で当たるかもしれないし」

女友「第一ブロックの予選突破者がもし女と当たるとしたら決勝ですか」

女友「でも伝説の傭兵はおろか、姉御さんや気弱さんにも勝てそうになかったですし、おそらく無いでしょうね」

男「そんなものなのか。というか姉御と気弱の二人も強いんだな」

女「この世界の達人レベルの力は持っているからね」

122 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:53:20.63 ID:lF4hGqrw0

男(そうしている内にリングの整備が終わり、予選第二ブロックの選手が入場、試合が開始された)

男(予選はバトルロイヤル、五十メートル四方のリングに五十人の選手が入り乱れる混戦だ。そうなると戦い方に選手各々の性格がとても出てくる)



男(例えば他の選手と戦っているところを横から狙う者)

男(弱っている選手に追い打ちをかけていくかたや、その追い詰めている方に手を出すもの)

男(戦わずひたすらに逃げ続ける者や、リングの角に陣取ってずっと待ち続ける者、目に付いた相手をとにかく攻撃していく者もいる)



女友「様々な人間性の縮図ですね」

男「そうだな。もし俺が予選出ていたら目立たないように戦いを避けながら逃げ回るな」

女友「私だったら確実に勝てそうな相手を探して突っかけて行きますね」

男「嫌な戦い方だな」

女友「男さんだって同じようなものですよ。まあでもこのレベルだと全員勝てますけどね」



男(今回武闘大会に参戦していないが、女友だって魔導士でかなりの実力を誇る。その言葉に誇張はないだろう)



男(十分ほどして第二ブロックも一人の本戦出場者が決まった)

男(第一ブロックが最後は一対一で息を呑む戦いになったのに対して、第二ブロックは乱戦に範囲攻撃魔法が打ち込まれ漁夫の利で制された)

男(勝ち上がりの決まった選手がガッツポーズを掲げている。本戦に出場すればその時点で賞金は約束されるのが嬉しいのだろう)

123 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:53:53.13 ID:lF4hGqrw0

男(熱狂冷めやらぬまま、第三ブロックの選手が入場する)

男(俺たちにとってここからが本番だ)



女「傭兵さんに姉御も出るんだよね」



男(伝説の傭兵の登場。バーサーカーヒーラーはどこまで食い下がれるか)



女友「大会参加者のレベルからして、ここで姉御が勝ち上がれば私たちの優勝はほぼ確定ですね」

女友「まあダークホースがいないという仮定ですが」

男「勝ってくれれば楽なんだが……」

女「どちらにしろこの一戦で傭兵さんがどれほどの実力なのかは測れそうだね」

124 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:54:34.21 ID:lF4hGqrw0

男(俺たちが食い入るように見つめる中、入場した選手がリングに陣取っていく)

男(戦い方だけでなく、この試合開始前の位置にも選手各々の性格が現れる)

男(主にリングの中央寄りか、端寄りを陣取るかというところだ)



男(中央は当然ながら全方位から攻撃されてもおかしくない)

男(一方で端ならばリング縁を背にすることで、後ろからの不意打ちを食らわずに済む)



男(だったら全員端を取るのではないかと思われるが、ここで敗北条件の一つリングアウトが効いてくる)

男(リングから少しでも出たら負けというこの戦いで、リング縁に近づくことは危険とも言えるからだ)



男(それでも不意打ちを防げるのはありがたいということで縁を陣取るもの)

男(中央に位置して端の敵を押し出してしまおうとする選手など結局考えは様々で)

男(今までの第一、第二ブロックの開始前はリング全体のほぼ均等に選手が位置していた)

125 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:55:13.80 ID:lF4hGqrw0



男(しかし、この第三ブロックは様相が違っていた)

男(伝説の傭兵がリングの中心に陣取り、他の選手はそれを遠巻きに取り囲んでいたからだ)



実況「これは……何とも極端な配置になりましたね」

解説「ですがこの予選はバトルロイヤル。仮に四十九人が一人に集中して攻撃するのもありなルールです」



実況「普通は相争う者同士そこまで結束できるものではありませんが……」

実況「皮肉ながらこの選手の強さが自然とそうさせたということでしょうか」



解説「ええ。噂になっていたので観客のみなさんもご存じでしょう」

解説「先の大戦を終結に導き、その後消息不明となり、死亡したのではとも囁かれた伝説の傭兵が、何の意図があってかこの武闘大会に姿を現しました」



実況「彼の武勇伝は枚挙にいとまがないですからね」

実況「一年続いていた戦争が、彼の投入により一日で片付いたという話は子供のころ父親によく聞かされました」



解説「はたして伝説は本当だったのか……そしてまた続くのか……この戦いではっきりとしそうですね」

126 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:56:03.76 ID:lF4hGqrw0

男「しかしよくリングの中心に陣取るよな。一番攻撃が激しく来る場所じゃねえか」

女友「自信の現れでしょう。そしてこのままでは伝説の傭兵の勝ちが決定的ですね」



男「……ん、どういうことだ?」

女友「四十九人で取り囲んだのはいいですが……みんな均等に距離を置いて伝説の傭兵を中心とした円になってしまっているでしょう?」

女友「全員が遠距離魔法使いならともかく、接近しないと攻撃できない近距離攻撃職の人もいるはずです」



男「なのに距離を置いているのは……そうか、一番最初に近づいたやつが攻撃されるのは分かり切っているからか」

女友「ええ。『誰かが先に行ってくれ、俺がその後に続く。これだけの人数がいれば誰かが先に行ってくれるはず』……そう思いながら、結局誰も近づかず終わるのは目に見えています」



男「集団心理ってやつか」

女友「まあ分からない話じゃないですけどね。改めてみると……本当すさまじい存在です」



男(『魔導士』の職を持つ女友でさえも畏怖しているようだ)

男(伝説の傭兵は自然体で立っているだけだ。それなのに威圧感を覚える)

男(戦う前からこれなのだ、戦い始めたらどうなるのか想像もつかない)



男(故に誰も近づけず距離を取る)

男(選手たちが円となったまま試合開始されるかと思った……そのときだった)

127 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:56:39.55 ID:lF4hGqrw0



姉御「……だぁもうっ、臆病な奴らばかりだねえ!!」



男(リングで大きな声があがり、姉御が円から抜け出た)



姉御「誰も矢面に立つつもりが無いってんならアタシがやるよ!」

姉御「そもそも拳を交わしたいとは思っていたからねえっ!」



男(伝説の傭兵の正面五メートルほどのところに姉御は立ち、指をポキポキならしたり、屈伸や伸脚をしてウォーミングアップしている)



男(自身に集まる注目、敵意、恐れも何のその、ずっと自然体だった傭兵)

男(しかし、その行動には興味を引かれたようだ)

128 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:57:22.90 ID:lF4hGqrw0



傭兵「……少女、名前を何と言う?」

姉御「姉御だよ。あんたをぶっ飛ばす名前さ」

傭兵「いい覚悟だ。先の大戦でも、戦いの舞台で私の前に堂々と立とうとするものは少なかった」

姉御「そら嬉しいこった」

傭兵「だからこそ……残念だ。この機会でなければ、その心意気に敬意を表して拳を交わしたのだが」

姉御「……それはどういうことだい?」



男(聞き返す姉御。しかし、そのとき実況の声が響く)



実況「勇敢に立ち向かうことを選択した一人の少女! 果たして戦いの行く末はどうなるか!」

実況「お待たせしました、まもなく試合開始です!!」



姉御「ちっ……」



男(言葉を交わす時間は終わり。構えを取る姉御)

129 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:58:00.31 ID:lF4hGqrw0



傭兵「さて――行くか。我が使命のために」



男(そして伝説の傭兵が構えを取った瞬間、発される圧の重みが増した)



男「っ……」

男(離れて見ている俺も鳥肌が立つ。それは俺だけでないようで、ずっとうるさかった観客の声が一瞬途切れるほどだった)



女友「頑張ってください……姉御!」

男(女友も同じようだったが、声を振り絞って知り合いの少女の勝利を祈る)

130 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:58:37.06 ID:lF4hGqrw0

男(そして)



男「……女、さっきからずっと黙っているけどどうしたんだ? 試合が始まるぞ?」



男(この期に及んで上の空な少女の名前を俺は呼ぶ)



女「あ、ごめん」

男「あの圧にビビったわけじゃないよな?」

女「圧……って何?」

男(きょとんとしている女。そうか、竜闘士で同格の女にとってはあの程度の圧は警戒するほどじゃないのだろう)



男「だったら何を考えていたんだ?」

女「私だったらこのバトルロイヤルどうやって勝つのがいいか……改めて考えていて」

女「そうすれば同じ職である傭兵さんの行動もある程度予測できるでしょ?」

男「なるほどな。戦い方か……竜闘士も色々なスキルがあるしな。まだ俺が見たこと無いスキルもあるんだろ?」



女「うん。それでどれを使うか考えてたけど……」

女「リングって一辺が50メートルの正方形だったよね。その中心に立った場合、半径何メートルの円があれば全域を補えるんだったっけ?」



男「いきなりなんだ。ええと……数学か」

131 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 20:59:05.05 ID:lF4hGqrw0

男(女の出した問題を考える)



男(とりあえず半径25メートルは間違いだ)

男(それは正方形の中にすっぽり入る円であり、角の方にカバーできていない場所が出来る)



男(つまり正方形の中心から、四隅までの距離を考えればいい)

男(それは90°・45°・45°の直角二等辺三角形の斜辺を求めるということだから……三平方の定理で1:1:√2の比で……25メートルの約1.4倍だから……)





男「大体35メートルだな」

女「そっか……じゃあやっぱり十分射程圏内だね。一手で終わるよ」

男「……え?」



132 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 21:00:05.13 ID:lF4hGqrw0



解説「試合開始!!」

男(そのときゴングは鳴らされた)



姉御「ああああああっ……!!」

男(瞬間、助走を付けて姉御は殴りかかり)



選手「おらっ……!」

男(周りを囲んだ選手たちも魔法を使えるものは遠距離から、近距離職は姉御に続けと接近して)





傭兵「『竜の闘気(ドラゴンオーラ)』……!!」





男(その中心で伝説の傭兵は胸の前でクロスさせた腕を引いた)

133 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 21:00:39.51 ID:lF4hGqrw0



女「竜闘士の広域制圧技……全方位に衝撃波を発生させる。40メートルくらいは射程距離があったはず」

男(その技を知っていた女の言葉通り、伝説の傭兵を中心に衝撃波が広がっていく)



姉御「ぐっ……!?」

男(後一歩というところまで近づいていた姉御はその衝撃波に押され、拳が届かず)



選手「何っ……!?」

男(反応して防御魔法を発動した選手も、その防御ごと吹き飛ばされる)





男(衝撃波はリング上の全てを巻き込み、土埃が盛大に巻き上がった)





男(それが目隠しとなって観客には状況が分からない)

男(焦らされる格好となっていたが土埃も徐々に晴れてきて……実況がその宣言を行った)



134 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 21:01:23.05 ID:lF4hGqrw0





実況「な、な、何と、試合終了だーーっ!? 第三ブロック進出は傭兵選手!! 伝説は……やはり本当だったああっ!!」



解説「一手で終了……大会予選最短決着で新記録ですね」





男(伝説の傭兵が――リング上に唯一立つ人物の姿が誰の目にも映った)



135 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/20(水) 21:02:00.27 ID:lF4hGqrw0
続く。

強いおっさんは浪漫。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/21(木) 05:41:24.63 ID:QF3xzHmmO
乙!
137 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:03:50.71 ID:HciRcMcp0
乙、ありがとうございます。

投下します。
138 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:04:27.11 ID:HciRcMcp0

姉御「ああもう完敗だよ、完敗!」

気弱「仕方ないですよ、相手が相手でしたし」

姉御「そう言いながらあんたはちゃっかり勝ち上がって……この、この」

気弱「や、止めてくださいよ」



男(姉御が気弱にヘッドロックをかましている)



男(現在武闘大会予選は第九ブロックが終わりリング整備中だ)

男(第三ブロック、伝説の傭兵の劇的な勝利からはしばらく時間が経って、観客の熱気も戻ってきている)

男(すぐ後の第四ブロックなんかは、どうしても直前の勝負が尾を引き迫力が無いように見えて観客の盛り上がりもいまいちだった)



男(予選は順調に消化されている。第八ブロックでは職『騎士(ナイト)』の気弱が参戦。手堅く立ち回って本戦出場権を手にしていた)

男(そして第三ブロックで派手にぶっ飛ばされたことで回復魔法による治療を受けていた姉御と気弱が一緒に観客席にやってきて俺たちと合流し現在に至るというわけだ)

139 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:04:57.91 ID:HciRcMcp0

女友「次が第十ブロックですか……女もそろそろ控え室に向かったらどうですか? 二人がやってきて席も足りませんし」

女「そうだね、準備しておこうかな」



婆さん「ん、どうしたのかい、女さんや」

男(その挙動にもうすっかり仲良くなったらしい婆さんが声をかける)



女「もう少ししたら出番なので控え室に向かうんです」

婆さん「控え室に……まあっ! もしかしてあなた戦うの?」

女「はい!」

婆さん「それはそれは……そんな若いのに無茶じゃないかしら?」

女「大丈夫です。それに仲間も私の勝利を信じてくれているので」

婆さん「そう? じゃあせめて気を付けるのよ。怪我をしないようにね」



男(婆さんが女の心配をしているが無用な心配だろう。正直怪我をさせる方が心配だ)

140 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:05:34.12 ID:HciRcMcp0

女「あ、そうだ。女友、一応持っておいて。これから戦いにいくから、何かの拍子でなくしても困るし」

女友「分かりました、受け取ります」

男(女が女友に宝玉を渡す)



婆さん「綺麗な宝石ねえ。……そういえば町長の気まぐれもそんな感じだったわねえ」

女「ちょっと理由があって集めているんです」

婆さん「まあ、そうなの」



女「じゃあ行ってくるね」

男「おう、勝ってこいよ」



男(そして手を振りながら去る女に俺も声をかけたのだった)

141 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:06:08.89 ID:HciRcMcp0

男「さて、女がいなくなって一人分席の余裕が出来たが……」

女友「気弱さんと姉御で二人分ですからね。どうしましょうか?」



男(中抜けする観客はほとんどおらず、この中層の席は相変わらずほとんど埋まっている。こうなると二つに分かれるしかないか)



婆さん「そういえばさっき話していたけどあの二人、お友達なの?」

女友「はい、そうなんです」

婆さん「それで席を探しているのね? だったらおばさんが席を譲りましょうか?」

女友「……いいんですか?」

婆さん「いいのよ、いいのよ。もうお目当てのものは見れたからねえ」



婆さん「じゃあねえ。またの機会があったらよろしくよ」

女友「ありがとうございます!」



男(婆さんが手に荷物を持って去る)



男「何というか親切だったけど、嵐のような人だったな」

男「目当てのものは見れたって、九ブロック辺りに知り合いでも出てたのか?」

女友「さあ、もう今となっては分かりませんが……気弱さん、姉御! 席が空いたのでこちらに来てください」



姉御「ん、空いたのかい? ありがとねえ」

気弱「わ、分かりました。今行きます」



男(そうして俺、女友、姉御、気弱の順番で座り、続く第十ブロックを観戦するのだった)

142 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:06:44.07 ID:HciRcMcp0

男(それから二時間ほど経った)

男(現在は第十五ブロックの予選が終わりリングの整備中だ)



男「はぁ……正直疲れてきたな」

女友「そうですね、気持ちは分かります」



男(予選一ブロックに付き、選手の入場、試合、リングの整備というサイクルになっている)

男(第三ブロックは伝説の傭兵が一瞬で終わらせたので短かったが、その分他の試合が長引いたりして平均では一ブロックに付き二十分ほどかかっているだろうか)



男(それが今ようやく第十五ブロックまで終わったということで、第一ブロック開始から既に五時間は経っている)

男(見ているだけではあるが疲れて当然だと思う)



姉御「特に今の第十五ブロックは三十分はかかっていたからねえ」

気弱「最後の一対一でのにらみ合いで、十分くらいは使ってましたね」



男(姉御と気弱はその上予選で戦ったということで、疲労度は俺たちより上だろう)

143 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:07:12.68 ID:HciRcMcp0

男「でもこれで最終第十六ブロックだ」

女友「女の登場ですね」

男(リングの整備が終わり、選手の入場が始まる。その中には女の姿もあった)



男「女友は女が勝つことを信じているんだよな?」

女友「ええ、ですから私はこうして武闘大会に参戦していないわけですし……でも、どうして今そんなことを?」



男「いやちょっと気になってな。女が控え室に向かう前婆さんに言ってたじゃないか」

男「『仲間も私の勝利を信じてくれているので』って。そのおかげでやる気が漲っているように見えたからさ」

男「あれ、女友のことだろ?」



女友「あー……それならたぶん私じゃないですよ?」

男「え、そうなのか?」

男(じゃあ誰を指して言ったんだろうか)

男(俺も正直なところ女が勝つことを信じているが……そんなこっ恥ずかしいこと正面から言えるわけないし)





気弱「それなら男さんが酔っぱらったときに……」

姉御「余計なこと言わない。お口にチャックだよ」

気弱「んっ!?」

144 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:07:40.53 ID:HciRcMcp0

姉御「しかし、女は伝説の傭兵に勝てるかねえ? 実際相対してみて分かったけど凄まじかったよ」

気弱「僕は順調にいったら準決勝で当たりますけど……どうなるでしょうか?」

男「そうだな、女と伝説の傭兵は同じ『竜闘士』だが……その力はいかほどの差があるんだ?」

女友「それは……どうやら女がこの予選で証明するつもりのようですよ」

男「え?」



男(女友がリングを指さす)

男(第十六ブロックの選手たちが各々の考えによりリングに陣取っていく中……女はリングの中心に立っている)



男「おいおい……これってまさか」

女友「ええ、想像の通りかと」

姉御「さっきと違うのはその存在が知られていないから警戒されていないってところか」

気弱「ど、どうなるんでしょうか?」

145 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:08:07.46 ID:HciRcMcp0

男(おそらく観客の中でそのことに気づいているのは俺たちだけだろう)

男(俺たちがずっと観戦していて疲れたというのは当然他の観客も同じで最初に比べると熱気がかなり下がっている)

男(直前の第十五ブロックが膠着したことも関係して、観客の中には『やっと最後のブロックだ。さっさと終わってくれ』と冷めた目で見ている者もいる)



実況「さあさあさあ! 最終第十六ブロックの選手たちが配置に付きました!!」

解説「本戦出場最後のキップを勝ち取るのは誰になるのか」

実況「泣いても笑っても最後の予選です!!」



男(それを実況と解説も感じ取っているのか、どうにか盛り上げようとしているようだ)



146 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:08:36.72 ID:HciRcMcp0



解説「試合開始!!」



男(ゴングが鳴り、リング上で動き始める)



男(目を付けてた相手に突撃する選手)

男(初手から逃げ回る選手)

男(まだまだ勝負は始まったばかりと余裕綽々の選手)





女「竜の闘気(ドラゴンオーラ)!!」





男(その全ての思惑を破壊する衝撃波がリング中心から全方位に放たれた)

147 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:09:21.22 ID:HciRcMcp0

男(冷めていた者もいた観客もこれにはどよめいた)

男(誰しも脳裏に鮮烈に残っている第三ブロックと同じ光景が広がったからだ)



男(焦らすように目隠しとなる土埃が巻き起こったのまで同じ)

男(そして晴れてきて……実況がさっきよりも動揺した声で同じ宣言をする)



実況「な、な、何が起きたというのか!? しかし、リング上に残っている選手は一人!! ならばこの宣言をしなければなりません!!」

実況「試合終了!! 最後の本戦進出者は……女選手だ!!」



解説「伝説の傭兵による予選最短決着の新記録……破られることも並ばれることも未来永劫無いと思っていましたが……早速並ばれましたね」



実況「情報が入りました。女選手、受付時に見せたステータスによると伝説の傭兵と同じ『竜闘士』だということです!!」

解説「同じ芸当をやってのけたことからして、力は同等でしょうか。町長が言っていた楽しみな選手『たち』とはこのことを指していたのでしょうね」

実況「竜闘士一人出ただけでも今回の武闘大会は歴史に残るとは思っていましたが何と二人です!! つまり本戦で戦うことになってもおかしくないのです!!」

解説「今から本戦が楽しみですね」





男(実況と解説の熱が伝播したかのように観客もざわつき始める)

男(その注目の中女はきょろきょろと観客席を見回して、俺たちを見つけたのかこちらに向けて「やったよ!」と言わんばかりのピースサインを掲げるのだった)



148 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/22(金) 21:09:48.07 ID:HciRcMcp0
続く。

予選終了。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/23(土) 00:25:46.71 ID:7iqFcVeNo
乙ー
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/23(土) 06:26:14.03 ID:QvAWZPpbO
乙!
151 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:27:05.93 ID:jGMw+Rin0
乙、ありがとうございます。

投下します。
152 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:27:34.27 ID:jGMw+Rin0

男(武闘大会の予選と本戦の間には休養日がある)

男(つまり予選翌日の今日は何もない一日となるはずだった)

男(しかし武闘大会の主催者である町長たっての希望により、本戦出場者は全員昼食会へと誘われていた)



男「デカい屋敷だな……」

男(町長の住居である屋敷を見上げる。話によるとこの町でコロシアムの次にデカい建物のようだ)



チャラ男「いやあ持つべきものは友達やな! 昼食会どんなもんが出るか、そしてどんな別嬪さんがいるか楽しみやで!!」

姉御「よく友達面出来るねえ。昨日の予選も応援じゃなくて、デート気分で見てたそうじゃないか」

気弱「あ、あはは……」

男(久しぶりに見るチャラ男が気弱の肩に手を回していて姉御に呆れられている)



男(本戦出場者が招かれたこの昼食会だが、それぞれ同伴者二名まで認めるとの達しだった)

男(そのため気弱がチャラ男と姉御を同伴、女が俺と女友を同伴するという形で六人揃っている)

153 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:28:32.80 ID:jGMw+Rin0

女友「ほら、女。敷地に入って関係者以外いなくなりましたから離れてください」

女「本当? はあ、まさかここまで注目されるとは思ってなかったよ」



男(女友の背中に隠れるようにここまでやってきた女が、町長宅の敷地に入ったことで離れる)

男(武闘大会の最終第十六ブロックで伝説の傭兵と同じく一手で勝ち目立った女。そのため一躍時の人となっていた)

男(昨日もコロシアムから宿屋に帰るまでの間、ずっと声をかけられていた)

男(スターのような扱いに丁寧に応対した結果、流石に疲れたようだ)



男(まあ町の人たちの反応も仕方ないことなのだろう)

男(一人でも伝説級の存在である竜闘士が二人現れたのだ)

男(武闘大会本戦でその二人が戦うことになるだろう、という期待感で一色に染まっている)

男(その中心人物なのだから注目されるのも当然だ)



男(もう一方の当事者である伝説の傭兵は予選が終わった後会場から忽然と姿を消し行方知らずとなった結果、その分の注目も女に集まったという事情もある)

154 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:29:08.48 ID:jGMw+Rin0

男「大変だな、女も」

女「助けてよー、男君」

男「いや、俺がどうにか出来る範囲を越えてるだろ」

女「うぅ、冷たい」

男(突き放すつもりは無いのだが、実際俺が出来ることは無いし……でもこう元気がないと調子が狂うな……あ、そうだ)



男「……まあそのなんだ、代わりになるか分からないが、俺が何か一つ願い事を聞くぞ」

女「願い事?」

男「ああ。そもそも今回宝玉を手に入れる何の役にも立ってないしな、頑張ってる女に何か報いるのが筋ってもんだろ」



女「それって……何でもいいの?」

男「言っておくけど俺が出来ることに限るからな!」

男(少々不穏な空気を感じた俺は全力で予防線を張る。格好悪いが大言壮語しても出来ないことは出来ない)

155 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:29:36.54 ID:jGMw+Rin0

女「それなら大丈夫! 男君なら絶対に出来ることだから!!」

男「そ、そうなのか?」

女「えへへ、えへへ。何してもらおっかな、どれがいいかなー!」

男(相好を崩す……崩しすぎな女の様子を見る限り、調子を取り戻したようだ)



女友「また大胆な約束をしましたね、男さん」

男「そうか? どうせあれだ、夕食のおかず一個譲れとか、一発芸しろと命令して笑い物にするとかじゃないのか?」

女友「何でそのような発想になるんですか……? そんなことで喜んでる女がアホみたいじゃないですか」



男「でもだったら俺が何をすれば女が喜ぶってんだよ?」

女友「そうですね……予想は付きますけど、私の口から述べるのは遠慮させてもらいます」



男(女友は人差し指を口の前で立てて話すつもりは無いようだ)

男(本当に何をさせられるのか……ちょっと早計だったかもしれないな)

156 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:30:07.20 ID:jGMw+Rin0



町長「よくぞ参った!!」

女「こちらこそお招きいただきありがとうございます」



男(ガハハッ、と豪快に笑う町長と丁重に礼をする女)

男(屋敷の使用人に連れられるままにしてやってきたのはとても広いパーティーホールだった)

男(昼食会はビュッフェ形式のようで、先に来ていた本戦出場者とその関係者が思い思いに食べたり交流したりしている)



男(ホールに着いて早速チャラ男は「別嬪さん見つけたで!」とか言ってそちらの方に去っていった)

男(なので残った五人で礼儀として最初に招待主である町長のところを訪れた次第である)



町長「しかし稀代の竜闘士がこのような少女だとは……ああいや、疑っているのではない。昨日の予選は儂も見ておるからな」

女「そうでしたか」

町長「そのような身でどのようにしてその力を手に入れたんじゃ?」



女友「私は女の友人の女友です。そのことで少し話をしてもいいでしょうか、町長」



男(女友が自己紹介をしてから話に割り込む)

男(そして女友は俺たちが異世界召喚者であること、女神の遣いであること、竜闘士はその際に分けられた力であることなどを手短に話した)

157 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:30:50.00 ID:jGMw+Rin0

町長「そのような背景があるとは……女神教か知ってはいるぞ。儂は違ったが、昔はほとんどの人が信者であったからな」

女友「衰退する前の女神教を知っているのですか?」



町長「これでも伊達に長生きはしておらんからな。儂が若いころは教会の権力は絶大であった」

町長「しかし、あるときを境に女神教に関わる者の不祥事が相次ぎ、そのせいで信心が離れていった」

町長「不祥事を認める者もおったが、多くは『身に覚えがない』『私はその日その場にいなかった』ととぼけるものばかりじゃったな」

町長「多くの証人がおったというのにそれはマズかった」



女友「ふむ……」

男(女友が興味深そうにしている。俺にも興味深い話だった)



男(最初の村の村長さんは女神教の衰退の原因を災いから救ってくれた女神に対する感謝の念が風化したからだと言っていた)

男(もちろんそれもあるのだろうが、実際は不祥事の連続の方が大きかったのだろう)



男(昔の教会はかなりの権力を持っていたという。そして権力に腐敗は付き物だ。勘違いして好き勝手した結果身を滅ぼしたということか)

男(村長もこのことは知っていたのだろうが、神父として身内の不始末は言い出しづらかったのだろう)

158 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:31:22.38 ID:jGMw+Rin0

女「私たちが女神様に集めるように言われたのが、今回大会優勝者に副賞として渡される宝石、宝玉なんです」

町長「どうして倉にあったのか気になっておったが、そういえばかなり前に教会の取り壊しをした覚えはある。そのときだったか」



女「そういう事情があって……その宝玉を譲ってもらうということは出来ないでしょうか? もちろん相応の代金は払います」

町長「……残念じゃが既に副賞として贈ることは大々的に宣伝してしまっておる」

町長「儂の一存でやっぱり無しだとか、代わりの物をというわけにはいかん。手にするには堂々と優勝する他ない」



男(主催者である町長でも動かせない状態か)

男(この場で交渉によって手に入ったら楽だったのだが仕方ない。当初の想定通り女に優勝してもらおう)

159 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:31:49.55 ID:jGMw+Rin0

町長「しかし、女神教と竜闘士か……あ、そうじゃ。一つ覚えている話がある」

町長「先にも言ったとおり、儂は女神教を特に信仰していなかった」

町長「しかし町には女神教にまつわる話が溢れておってな、その中に興味を持ったものがあった」

町長「いついかなるときも女神の側を離れなかった守護者と呼ばれる男性の存在じゃ」



女「守護者……ですか」



町長「女神は災いを愛の力で収めたと言われておるが、それだけで全てが全て上手くいったわけではなく、時には身に危険が降りかかることもあった」

町長「その場合に武力を振るったのが守護者だったようじゃ」

町長「職は竜闘士で、例に漏れず絶大な力を持っていたらしい」

町長「もしかしたら主はその力を継いでいるのではないかと思ってな」



女「考えられる話ですけど……私が守護者と言われても……」

160 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:32:16.45 ID:jGMw+Rin0

男(女はどう反応して良いか分からない模様だが、俺にはピンと来るものがあった)

男(というのも以前に考えたことがあったからだ。魅了スキルは元々女神が持っていたものではないかと)



男(女神と竜闘士を持っていた守護者と呼ばれる男性)

男(魅了スキルを持つ俺と竜闘士を持つ少女、女)



男(性別は逆転してるが、その関係が現代に再現されているのだと……)



男「……いや、無いな」



男(そうだとすると俺が女神の役割、愛の力で災いを防ぐということになる)

男(俺が愛とかそんなの柄じゃねえしな。まあ偶然の一致だろ、うん)

男(首を振ってその妄想を忘れるのであった)

161 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:32:45.85 ID:jGMw+Rin0

男(女神教に関する話は終わったが、町長との談笑は続いていた)



町長「そちらの気弱であったか。予選の立ち回り見事であった」

町長「なるべく敵の目を引かないようにしながらも、ここぞという戦闘に絡み、堅実に敵を減らしておったな」

気弱「あ、ありがとうございます」



町長「主のことも覚えておるぞ、伝説の傭兵に勇敢に立ち向かった姿は。儂も参戦していたらそうしていたじゃろうな」

姉御「話が分かりそうだねえ」



町長「そちらの少女は……武闘大会には出ていないが、かなりのやり手そうじゃな」

女友「よく見抜きましたね」



男(血の気が多い人だとは思っていたが話のほとんどが戦いに関することだった)

男(中でも一番関心があるのは女、最強だと言われる竜闘士の職に興味があるのだろう)

男(女がドラゴンと戦ったときの話をすると、それは子供のようにかぶりついて話を聞いていた)

162 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:33:22.39 ID:jGMw+Rin0





???「失礼する。招待により参上した旨を伝えたい」

男(そんな中、その場を訪れた者がいた)





男「……なっ!?」

男(俺はその者を見て驚く)

男(今は武闘大会本戦出場者が招かれた昼食会だ。だからその人がいるのは当然とも言えるのだが……)

男(しかし、このような催しに参加するとも思えず虚を突かれた)

男(つまりは……そう、伝説の傭兵がそこにいたのである)



町長「おおっ!! 来てくれたか!!」

傭兵「招待状に『来なければ本戦出場資格を取り消す』と脅されましたので」

町長「それはすまない、そうでもしないと来ないと思った儂の一存で決めたんじゃ。責めるなら儂だけにしてくれ」

傭兵「……いえ。大会出場者として、主催者の意向に従うのは当然です。つまらないことを言ってしまいました。それに早速参加したかいもありそうなので」



男(伝説の傭兵は視線を町長からその前にいた者に移す)

男(結果、声に反応し振り返ったその者と視線がぶつかることになった)

163 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:33:53.72 ID:jGMw+Rin0





女「初めまして、女といいます」



傭兵「私は傭兵という。君のことは知っている、私の優勝を阻む可能性が最も高いものとしてな」





男(武闘大会本戦前日、竜闘士二人が相対した)



164 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/25(月) 00:34:20.87 ID:jGMw+Rin0
続く。
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/25(月) 02:08:31.14 ID:zay+vm8j0
乙!
166 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:03:32.99 ID:MmvHTfdF0
乙、ありがとうございます。

投下します。
167 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:04:03.86 ID:MmvHTfdF0

女(私は伝説の傭兵を見る)

女(私と同じ竜闘士の力を持つ者。予選を見る限り技の出力はほとんど一緒だったから力に差はないと思われる)

女(女性と男性ということで体格は違うけど、私は小回りとすばしっこさに、傭兵さんはリーチと力強さに優れるから、一長一短でその点でも差はないだろう)



女(戦ってみたらどうなるか脳内でシミュレーションをしてみるが決着は簡単に付いてくれなかった)

女(実際に戦う場合も長期戦は視野に入れておかないといけない)



女(そこまで考えてから……ふっと肩の力を抜いて私は手を差し出した)



女「私たちが当たるとしたら本戦決勝ですか、そのときはお願いします」

傭兵「そうだな。しかし私も同じ気持ちだから分かるのだが……君は自分が負けると微塵も思っていないね?」

女「……ええ。勝つのは私です」

傭兵「そうか……いや、問答するつもりはない。実際戦えばはっきりするのだからな」



女(傭兵さんも手を差し出して握手に応える)

女(その気持ちの熱量を見れただけでも収穫があった。根底にあるものが何なのかは気になるけど)



女(そして握手を終えて周囲を見渡すと)

168 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:04:31.30 ID:MmvHTfdF0

男「ふぅ……」

女友「はぁ……」

気弱「よ、良かったぁ……」

姉御「バチバチしてるねえ!」

町長「ほっ……」



女(仲間たちや町長が口々に安堵を漏らす姿が見えた。姉御だけは違うみたいだけど)



女「……ん? どうしたの、みんな」

男「どうしたの、じゃねえよ。今すぐにでも戦いが始まりそうだったから怖かったんだよ」

女友「ええ、どうやって男さんを戦いの余波から守るか必死に考えてました」



女「もう心配無用だって。今のはただの挨拶だよ」

男「……挨拶でこれなら実際戦ったらどうなるんだよ」

女友「竜闘士同士が相対するとこれほど凄まじいんですね」

女(私が場を解そうとしたのは逆効果のようで、二人とも戦慄していた)

169 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:05:11.88 ID:MmvHTfdF0

町長「なるほど、あのときの裏にはそんなことが……!」

傭兵「意図したことではない、偶然だ」

町長「いえ、それを引き寄せるからこそ強者なんですよ!」

傭兵「ふむ、そういうものだろうか……」



女(伝説の傭兵をこの場に呼び出した町長が嬉しそうに話している。ほとんどファンといったところだ)

女(傭兵さんも言葉少なに対応していたが、話が途切れたときにふと私たちの一人、姉御に声をかけた)



傭兵「そういえば少女……姉御だったか。予選では私に堂々と挑んでくれたのに、あのような対応すまなかった」



姉御「あの後考えて分かったけど……あなたは絶対に予選を通過しないといけなかったんだね」

姉御「四十九人に囲まれているのに一対一なんてちまちましたことしていたら、最強と言われる竜闘士といえど紛れが起きる可能性がある」

姉御「だから一手目からあのスキル『竜の闘気(ドラゴンオーラ)』で全方位を制圧した」



傭兵「そういうことだ」

姉御「その理由は……ああ、戦う前に言ってたねえ。使命とやらのためかい?」



女(使命……それが傭兵さんの根底にあるものなのだろうか。だとしてもどんな使命だというのか?)

170 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:05:56.02 ID:MmvHTfdF0



傭兵「すまない。私の現状についてはあまり答えられないところがある」



女(姉御の質問に傭兵さんは謝った)

女(そういえば町長との話もほとんど過去の武勇伝についてばかりだった)

女(戦争が終わった後どうして消息不明になったのか、消息不明の間何をしていたのか、この大会に出場した理由などを聞かれてもはぐらかしていた)



傭兵「だが、それでは誠意が無いだろう」

傭兵「だから一つだけ何でも質問に答えよう。これで少女の気持ちに応えられるかは分からないが……」



姉御「十分だよ。ありがたいね」

傭兵「そうか。では質問は先ほど気になった私の使命のことでいいか?」



姉御「いや……アタイの質問は伝説の傭兵として戦場を渡り歩いた理由についてだ」

姉御「金のため、だけではないんだろう? 教えてくれないかい?」



171 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:06:23.46 ID:MmvHTfdF0

女(姉御は直前の話から質問を変えた)

女(伝説の傭兵が、傭兵になった理由。気にはなるけど……その質問は過去についてだ)

女(横から話を聞いていた町長がそわそわしているのを見る限り、知っている人は知っている話なのだろう)



女友「いいんですか、姉御。その質問で」

女(女友もそのことに気づいているようで、姉御に確かめている)



姉御「ああ。言いたいことは分かっている」

姉御「だがアタイは伝説になるほどの強者がどのような気持ちで戦場に立っていたのか……その本人の口から聞いてみたいんだ。悪いね」



女友「いえ……そういうことなら。そもそも権利は姉御のものですし」

172 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:07:06.98 ID:MmvHTfdF0

傭兵「そうか、では答えよう」

傭兵「私が傭兵として戦場に赴いた理由、その直接的なところを挙げると金のためということになるだろう」

傭兵「戦場において得られるのは金か戦いしかないからな。私は戦闘狂ではないから必然的に金のためとなる」



傭兵「では間接的な理由について、つまりはその金の使い道となるが……今は無き故郷が困窮していたからだった」

傭兵「あの日一瞬で生活が崩壊した故郷を立て直すためには、誰かが村の外で稼がなければならなかった」



傭兵「だから私は傭兵に志願した。私には戦いしか能が無かったからだ」

傭兵「しかし、それは故郷のために戦争に荷担するということ」

傭兵「誰かの故郷だったはずの戦場で命を踏みにじって得た金で、私の故郷を生かす欺瞞」



傭兵「耐えられない日もあった。だが私は途中で降りることは許されなかった」

傭兵「だから少しでも血で汚れていない金を得ようと、敵であろうとなるべく被害を出さないように戦ったのはそのためだ」



傭兵「そのことで私は伝説と呼ばれるようになったが……そんな褒められることではない。ただ私が保身した結果だからだ」



173 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:07:37.96 ID:MmvHTfdF0

姉御「…………」

傭兵「すまないな、私が君の思っているような人でなくて」

姉御「いや……思っていたとおりだ。あなたの強さの理由が分かった。ありがとうございます」



女(姉御が頭を下げる)

女(その態度には面食らったようだ)





傭兵「どうして私に礼を………………やっぱり年頃の娘の気持ちは分からん。あいつにもよく怒られたな」





女(つぶやく伝説の傭兵はどうやら遠い過去を振り返っているようだった)

174 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:08:05.92 ID:MmvHTfdF0

女(それからしばらくして)

女(傭兵さんと話していた町長があなたも挨拶周りしなさいと秘書の人に耳を引っ張られてその場を去った)

女(開会宣言のときも参戦しようとして秘書に年齢を考えなさいと怒られたと話していたし頭が上がらない関係なのだろう)



女(その結果、町長がいたことで遠慮していた昼食会の参加者たちが押し寄せた)

女(伝説の傭兵と話してみたいといった人たちの他に、私目当ての人も多かった)



女(武闘大会の本戦で激突するだろう竜闘士の二人、ということで私も注目が集まっているのは分かっている)

女(関係者ばかりのこの場でもスターのような扱いを受けるのは変わらないようだ)



女(丁重に応対していたが、ひっきりなしに来る人の勢いはすごく、ついには男君と女友が私が町長に呼ばれていると一芝居を打ってくれて私をその場から逃がしてくれた)



女(屋敷でも人の少ない廊下、男君が提案してくれたスポット)

女(ここならしばらくは他の参加者に見つからないだろう)

女(先客の姿が見えたが、私たちの仲間の一人なので気を張らずに声をかける)

175 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:08:40.08 ID:MmvHTfdF0



女「チャラ男君、ここにいたんだ」

チャラ男「おっ、女やないか。すごい人気者だったのは見ているで」



女(チャラ男君はコップを片手に持ち、もう一方の手を挙げて応じた)

女(その中身は酒ではないはず。というのもこの場は昼食会ということでそもそも酒は提供されていないのだ)

女(明日試合がある選手が酔っぱらうわけにはいかないからだろう)

女(昼食会であるのも、夜は明日に向けて休息してほしいということだろうし)



女「もうほんとすごい人数でね。男君と女友が逃がしてくれたんだ」

チャラ男「そりゃご愁傷様やったな」



女(チャラ男君とは教室でもそれなりに話したことがあった。副委員長のイケメン君と一緒にいることが多い流れからだ)

女(ルックスも良く、スポーツが出来て、話術も巧みなため教室ではモテていたが……その女癖の悪さは有名なところだった)

女(だというのに『チャラ男君と付き合うためにはどうすればいいかな』という相談をクラスメイトから何回かされたことがあったのはよく分からないところだった)



女(まあでも男の趣味としては世間一般的には私の方がおかしいのだろう。悪く言うわけじゃないけど、男君を好きなのだから)

176 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:09:24.97 ID:MmvHTfdF0

チャラ男「そういや昨日の武闘大会の予選も見ていたで。『竜の闘気(ドラゴンオーラ)』凄まじかったやないか」

チャラ男「俺も予選突破できるよう応援していたんやで?」

女「本当にそうなの? デート気分で見ていたって聞いてるけど」

チャラ男「おっと、これは手厳しい」



女(おどけた雰囲気で認めるチャラ男君。あからさまな嘘を指摘したのに、それ以上追求する気になれないのは彼の人柄のせいか。得する生き方をしている)



チャラ男「そういや昨日の予選についてはさっき男とも話してな」

女「男君と……? そういえば町長と話している間に料理を取りに行ってくれたりしてたっけ」

チャラ男「たぶんそのときやな。それで女の話になったときに……言いにくそうにしていたんやけどな」

女「わ、私の話になったときに……?」

女(男君が私についてどんな話をしていたのか。気になる私にチャラ男君は告げる)





チャラ男「男は女の強さに正直ビビったみたいでな、心底から恐怖したと恐れているようだったで」





177 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/26(火) 20:16:36.33 ID:MmvHTfdF0
続く。

ss速報にもアクセス解析置きたい(願望)
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/27(水) 06:39:29.93 ID:gPnX0FLRO
乙!
179 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/28(木) 23:56:57.76 ID:4mn2sz640
乙、ありがとうございます。

投下します。
180 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/28(木) 23:57:27.34 ID:4mn2sz640

女(町長の屋敷、昼食会の行われているパーティーホールから離れた人通りの少ない廊下にて)

女(私はクラスメイトだったチャラ男君と話している)

女(曰く、男君が私の戦う姿に恐怖したらしい)



女「…………」

女(恐怖。恋からはもっとも遠い感情)

女(男君に恋する私にとって、それは脈なしを意味する。地面が抜け、どこまでも落ちていくような感覚になっただろう)



女(もし本当ならの話だけど)



女「それは嘘だね」

チャラ男「いやいや、信じられへんかもしれないけどな……」

女「だって男君が私をパーティーメンバーに入れてるのはその戦闘力を買ってるからだもん」

女「ドラゴン戦でも一回戦う姿を見せてるのに今さらそう思うはずがない」



チャラ男「本人には言い出しにくかっただけかもしれへんやろ?」

女「いや、男君はそんな陰口を叩くような人じゃない。悪いところがあったら、空気を読まず本人に言うような人だよ」

チャラ男「そうは言ってもな、実際に男が……」

181 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/28(木) 23:57:54.91 ID:4mn2sz640



女「何が目的か知らないけど……これ以上男君を侮辱するなら、私にも考えがあるよ」



女(食い下がるチャラ男君に、私は握り拳を掲げて見せた)

女(この世界では『盗賊』のチャラ男君より、『竜闘士』の私の方が力は上だ)



チャラ男「………………」

女「………………」



女(しばらく緊張感が場に満ちて……チャラ男君はおどけるように両手を挙げて言った)



チャラ男「ははっ、冗談や、冗談! もう、そんな怒らんといてって!」

女「………………」

チャラ男「実のところ、男は女の戦う姿が美しいって言ってたで!」

女「ほんとっ!?」

女(男君が美しいって……も、もう嬉しいけど、どうせなら直接言ってくれればいいのに……!)







チャラ男「ふう……怖い、怖い。だいぶ信頼しとるみたいやな。これは無理そうや」

182 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/28(木) 23:58:22.51 ID:4mn2sz640

女(しばらくして、私も落ち着いたところでチャラ男君が切り出す)



チャラ男「いやいやちょっと変なこと言ってすまんかったな」

チャラ男「お詫びといっちゃなんやけど、今なんか悩みごとがあるやろ? 相談に乗るで」

女「え、何で分かったの?」



チャラ男「純粋やなー。女にはネタバラしするけど、俺はある程度親しくなった女には全員これ言っとるで」

チャラ男「大体悩みがない人なんておらんからな。すぐに思いつかなくても色々提示して聞き出す。そして相談に乗ることで株が上がるってことや」

チャラ男「悩みが解決できそうに無くても、女は大体話好きやし、共感してもらいたいから相談聞くだけで好感度上がるしな」



女「へぇ……そういうものなんだ」

女(私にはピンと来ないけど、恋愛のテクニックの一つってことなのだろう)

183 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/28(木) 23:58:50.58 ID:4mn2sz640

チャラ男「それで困ってることってなんや?」

女「あーえっと……」



女(改めて聞かれて私は返答を迷う)

女(目前に迫る武闘大会本戦のことでは無い。それについては本気を出して戦うしかないからだ。悩んだってしょうがない)

女(私が悩んでいるのは男君との関係についてだった)

女(魅了スキルにより複雑に絡まった関係。目下の課題は騙し続ける関係にいつか必ず訪れる破綻を回避する方法の模索)



女(でも……それをチャラ男君に相談するのはどうなのだろうか?)

女(恋愛に慣れてそうだし、女友や姉御と違って男性目線からの意見も参考になりそうだけど、単純に相談するのが恥ずかしい)

女(だったら……)



女「ここだけの話にしてくれる?」

チャラ男「もちろんや! 俺は口だけは固いで!」



女「とてもそうは見えないけど……ええと、そのね」

女「私の友達が好きな人について悩んでるみたいなんだけど……」



女(私は他人の体をとって相談する方法を取る。これで少しは恥ずかしさも軽減されて――)

184 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/02/28(木) 23:59:17.51 ID:4mn2sz640



チャラ男「ふむふむ、女が好きな男について?」

女(あっさりバレた)



女「………………えっ? いや、違くて。私の友達の……」



チャラ男「その話し出しは古今東西自分のことって決まってるで」

チャラ男「大体友達ってこの町にいる女友も姉御も好きな人について悩むような性格やないしな」



女「いやー、でも……その……」

チャラ男「女が魅了スキルによって男のことを好きになっとるのは分かってるからな。ほら、遠慮せず相談してみい」

女「……そう、魅了スキルのせい……魅了スキルのせいで男君を好きになったんだけど……」



女(降ってきた言い訳を活用して心理的負担を減らし、現状を説明する)

女(するとチャラ男君は腕を組んでうなった)

185 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/01(金) 00:00:05.76 ID:lvCL0+ab0

チャラ男「なるほどなー……しっかし男も無粋なやつやで」

女「無粋……ってどういうこと?」



チャラ男「要するに男の現状はキャバクラにいるってことなんやろ?」

チャラ男「自分に女の子が好意的に接してくれるのは金を払った客だからっていうのと、魅了スキルにかかっているからって点が違うけど」

女「言われてみれば似てる……のかな?」



チャラ男「それで『どうせおまえらは俺のこと内心では金ヅルだと思ってるんだろ!』とか『店の外じゃ他人な癖に!』って喚くタイプやな」

チャラ男「俺に言わせればそりゃそうやろ、って話や。分かった上で楽しむ場所やっていうのに」



女「……でも、男君は無理矢理キャバクラに連れてこられたわけだし」

チャラ男「無理矢理……あーそっか、間違って魅了スキルを発動してしまったって話やったしな」

チャラ男「なるほど、上司に連れられてきた部下ってことか。なら情状酌量はあるけど……誰も得しない話やなー」

186 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/01(金) 00:00:34.01 ID:lvCL0+ab0



女「男君がそういう客だとして……キャバ嬢の方が好きになったとしたらどうすればいいのかな?」



チャラ男「え? ……ああ、そういう話になるんか。難しいことやな」

チャラ男「とりあえずそういうタイプには客と嬢の関係である内はどうにもならんとちゃうか?」

チャラ男「それ以外の関係を、それも素に近いところで作るしかないやろ」



チャラ男「俺が知ってる話やと付き合いで来ていた男みたいなタイプの大企業の社長を、同じ趣味だったってところから話を盛り上げて個人的に会う関係になって落とした嬢がいるって聞いたことがあるで」



女「同じ趣味……」

チャラ男「まあでもこれは一種の例で偶然やな。こういう手合いは総じて疑り深いしな。付け焼き刃だと自分に近づくためじゃないかと思われて逃げられるで」



女「……そっか。うん、分かったよ」

女(まだ整理をしないといけないけど……何か掴めた気がする) 

187 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/01(金) 00:01:05.76 ID:lvCL0+ab0

女「ありがとね、チャラ男君」

チャラ男「なら良かったで。正直これ以上はどうアドバイスして良いか分からんかったしな」

チャラ男「俺とは違うタイプ過ぎて、思考が読めへんのや」

女(チャラ男君が安堵しているが……ふと気になったことがあった)



女「じゃあもしチャラ男君が魅了スキルを授かってたらどうしたの?」

チャラ男「俺? 俺がもらったらそりゃもうウハウハで使いまくりや! あらゆる女性を手に入れてハーレムを作るで!」

女「欲望まみれだね……」

女(予想していたとはいえ、あまりの清々しさに呆れる)



チャラ男「男の夢と言って欲しいで。つうか本当に男は分からんわ」

チャラ男「何を遠慮して………………ああ、そうか」

チャラ男「いつか元の世界に戻れば魅了スキルも無くなってしまうって考えてるのか」



チャラ男「はあ……そんなん簡単な話なのにな」



女「……?」

188 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/01(金) 00:01:33.86 ID:lvCL0+ab0

女友「女、会場にデザートが運ばれ始めたみたいですよ」

女「え、デザート!?」



女(そのとき女友が私を呼びに来た)



女友「ええ。女の好きそうなケーキもたくさん並んでました」

女「それは早く行かないと! 明日の決戦前に糖分補給は大事だからね!」

女友「どちらかというと頭を使う場合の話じゃないですか、それ」

女「ありがと、女友。伝えてくれて!」



女(女友が何か言ってたけど、私の興味はケーキに染まっていて、すぐその廊下を離れてパーティーホールに向かうのだった)



189 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/01(金) 00:02:02.91 ID:lvCL0+ab0



 女の去った廊下にて。



女友「しかし女にちょっかいをかけるとは怖いもの知らずなんですね」

チャラ男「あちゃーそんなところから見られてたんかいな」



女友「ええ。あれで精神的に脆いところがありますからね。大事な大会前に私が女を一人にすると思いましたか」

チャラ男「でも、その間男の方が一人になってたんやないか? そっちの方がマズいはずやろ」

女友「男さんの側には姉御に気弱さん、他の参加者もいるので大丈夫だと判断しました」

チャラ男「そっか……まあ言われてみればそうやな」





女友「ついでに聞いておきましょう。あなたはどちら側なのですか?」

チャラ男「何の話や?」



女友「女や男さんにはまだ伝えていませんが――」



190 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/01(金) 00:02:32.48 ID:lvCL0+ab0



女友「クラスメイト八つのパーティーの内、現在三つのパーティーと連絡が付きません」



チャラ男「何やって!? 大変やないか!?」

女友「とぼけるつもりですか?」



チャラ男「……そういっても俺はずっと姉御と気弱と旅しとるんやで?」

チャラ男「二人が何も言わないってことは、俺も何もしてないってことや」



女友「ええ、そうでしょうね。ですが彼から、前の町で偶然会ったイケメンさんから話は聞いているんじゃないですか?」



チャラ男「……ノーコメントで」

女友「そうですか」

191 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/01(金) 00:03:09.58 ID:lvCL0+ab0

女友「…………」

チャラ男「…………」



 女友とチャラ男の視線がぶつかり合う。



チャラ男「さて、そろそろ俺も行くで。デザートに興味があるしな」



 先に逸らしたのはチャラ男で、ひらひらと手を振りながらその場を離れた。



 女友はその場で独りごちる。



女友「武闘大会……最強を決めるという純粋な舞台の裏に、ドロドロとしたものが蠢いてますね」

女友「関知できていない動きもある気がしてしょうがないですし、場外といえど油断出来ません」

女友「気を引き締めて行きましょうか」



192 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/01(金) 00:03:43.84 ID:lvCL0+ab0
続く。

こう裏でいろいろ進んでるの好き。
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/01(金) 06:38:37.34 ID:eiAd5ocBO
乙!
194 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/03/02(土) 21:05:43.45 ID:17PNvqnDo
乙、ありがとうございます。

本日投下分用意できてないので休みます。すいません。
明日か明後日再開予定です。
195 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/03(日) 23:28:10.73 ID:v9xIgcPl0
投下します。
196 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:07:10.90 ID:ijQdAxAN0

男(武闘大会本戦の朝を迎えた)

男(戦いの舞台であるコロシアムには予選のとき以上に人が詰めかけている)

男(例年から予選より本戦の方が観客が多いらしいが、今年はその増加率が桁違いらしい)

男(リングに近い下層の席が埋まっているのは予選の時もだったが、まだ一戦目も行われていないこの時間帯から既に中層の席もほぼ埋まっており、上層の席に人が見られ始めるようになった)

男(ほとんどの観客の目当ては二人の竜闘士の戦いだ。トーナメント表からして当たるとしたら決勝。その歴史的瞬間を今か今かと待っている)



男「普通に観客として入ってたら、未だに座れなかっただろうな」

男「ていうか下層のリングに近い良い席を取ってるやつはいつから並んでるんだよ」

女友「聞いた話だと、一昨日の夜の予選が終わったときから既に並んでいる人もいたみたいですよ」

男「よくやるわ。てか徹夜OKなのか」



男(そんな混み具合を俺と女友は背もたれの付いたイスにゆったりと座りながら眺めていた)

男(ここはコロシアムに用意されたVIP席だ)

男(昨日の昼食会と同じく本戦出場者と同伴二名までがここを使って良いらしいのでありがたく受け取っていた)

男(リングに近くそれでいて全体を見渡せるベストポジションだ)

197 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:07:43.34 ID:ijQdAxAN0

チャラ男「同伴二名までやなかったら、あの娘も連れてきたんやけどな」

姉御「純粋に応援しろという神の采配じゃないかい?」

チャラ男「まあ、いいか。このVIP席で新たな娘を探せばええんやな!!」

姉御「気弱に招待された身分で、人様に迷惑かけるんじゃないよ」

チャラ男「痛っ!?」

姉御「ったく……」

男(姉御のゲンコツがチャラ男に落とされる。あの二人も昼食会と同じ理屈でVIP席にいる)



男(武闘大会本戦は十六名によるトーナメントだ。試合順番は予選を勝ち上がった順番そのままになる)

男(なので一回戦は、伝説の傭兵が二試合目、気弱が四試合目、女は予選最終ブロックを勝ち上がったので最終八試合目の出番の予定だ)

男(気弱も女も試合に集中するため既に選手控え室に向かっている)

198 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:08:08.57 ID:ijQdAxAN0

女友「言うまでもないかもしれませんが、優勝候補は傭兵さんと女の竜闘士二人ですね」

男「まあだろうな。ダークホース的な存在は見当たらなかったのか?」

女友「ええ。ぎりぎり気弱さんが二人に食らいつけるかといったレベルで、他の十三人の見込みはかなり薄いですね」

男(女友による分析。おそらく『真実の眼(トゥルーアイ)』を使いステータスを見た上での判断だろうからかなり正確のはず)



男「じゃあ問題は女が伝説の傭兵に勝てるかってことだけか」

女友「それだけだといいんですが……」

男(女友が言葉を濁す。何か気になることがあるんだろうか?)



婆さん「あらまあ。あなたたち、また会ったねえ」

男「……あ、予選の時の」

女友「この前は席を譲ってくださりありがとうございました」

男(声に振り返ると見覚えのある婆さんがいた)



婆さん「いいのよ、いいのよ。困ったときはお互い様っていうでしょう?」

男(婆さんは言いながら離れていった。この辺りの席が埋まっているので、ちょっと離れたところに座るようだ)



男「また会うとはこんな偶然もあるんだな」

女友「……そういえばあまりに自然だったので流してしまいましたがここVIP席ですよね。お婆さんどうして入れたんでしょうか?」

男「選手に知り合いがいるっぽい雰囲気だったし、その人が本戦に進出したことで招待されたんじゃないか?」

女友「まあ、その可能性が一番高いですが……」

男「お、始まるみたいだな」



男(女友は何か引っかかったようだが、そのときリングに町長が立ち本戦の開幕を告げたことで、俺の興味はそちらに移ったのだった)

199 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:08:36.50 ID:ijQdAxAN0

男(バトルロイヤルだった予選と違って本戦は一対一、しかし観客への配慮のためリングアウトのルールは継続するようだ)

男(一回戦一試合目は対戦選手お互いが慎重で、焦れるような長期戦に)

男(そして二試合目は)



傭兵「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』」

男(傭兵の参戦。試合開始と同時に指向性の衝撃波を対戦相手に向けて放ちノックアウトする)



実況「試合終了ーーっ!! 勝者、傭兵選手!!」

解説「予選に続き、本戦も一手で終了ですか。絶好調のようですね」



男(実況と解説の言葉に観客席も盛り上がる)

男(とうの本人である傭兵は興味が無いとばかりに何も言わずリングを去った)

200 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:09:05.51 ID:ijQdAxAN0

男(四試合目)



気弱「おおおおおおっ!!」

男(『騎士(ナイト)』の気弱が盾を構えたまま敵に突撃。リングから押し出して勝利を拾う)





男(八試合目)



女「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』!!」

男(女も同じく指向性の衝撃波を開幕から放って相手を倒す)



実況「試合終了ーーっ!! 勝者女選手!! というかこの光景さっきも見た気がするぞー!!」

解説「二人の力はほぼ同じみたいですからね。最適解を取るとどうしても行動が被るのかもしれません」



男(おそらく解説の言葉の通りだと思うが、否応なしに観客は二人の竜闘士の存在を意識させられる)

201 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:09:41.01 ID:ijQdAxAN0

男(速やかに一回戦が終わり、休憩時間となった)

男(俺は隣の女友と総評する)



男「予選のバトルロイヤルと違って、一対一だから決着が早いな」

女友「みんな積極的に戦っていますからね」

女友「一応ルール的に相手と戦わず逃げ続けることに制限はかけられていません」

女友「そうなると膠着して試合時間も長くなるものですが、リングアウトのルールとこのコロシアムの雰囲気がそれを難しくしているんでしょうね」



男「逃げ続けると必然的にリングの縁近くに行くことも多くなる。そこを押し出してしまえば勝ちだから危ないってことか」

女友「そしてあれは六試合目でしたか。一方の選手の攻撃が苛烈で、もう一方の選手が逃げの手を打ち続けたことがありました」

女友「そのとき観客から『逃げるてんじゃねえよ! 戦え!』とブーイングの嵐だったでしょう?」

男「ああ、だったな。戦略的に逃げる場面だったと思うが」

女友「身勝手ですが絵的につまらないという理由でしょうね」

男「その圧力に押されて反撃を試みるも中途半端になり結局負けた、と」

202 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:10:07.28 ID:ijQdAxAN0

女友「一つ一つの応援や声援が勝負に与える影響など微々たるものです」

女友「しかし、これだけ観客が集まりそれが一カ所に集中すると絶大なパワーを発揮するということですよ」



男(つまり女友が言っているのは『みんなの応援が俺の力になる!』とかいう精神的な話だけではないということだ)

男(声や雰囲気につられて行動に影響が出るというのは実際にある。例えばテレビのバラエティなどでスタッフの笑い声に釣られて視聴者も笑うなどだ)

男(だとすると試合に出ず力もない俺でも、微力ながらに手助けが出来るはず)



実況「お待たせしました! それではただいまより準々決勝の開始です!」



男(そのとき休憩時間が終わったのか、実況の声が会場に響く)

男(とりあえず準々決勝が終わったら選手控え室に行ってみるか)

203 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:10:36.89 ID:ijQdAxAN0

男(準々決勝の四試合も特に波乱もなく順当に進んだ)

男(一試合目は傭兵、二試合目は気弱、四試合目は女が勝った)

男(竜闘士の二人はまたも『|竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』で一手勝ち)

男(気弱は少し相手に粘られて消耗していたが、この大会には回復魔法使いのスタッフが常駐しているので完全に回復して次の試合に挑めるはずだ)

男(この仕組みについてはとてもありがたいことだ。なぜなら次の準決勝で気弱は伝説の傭兵と戦うことになるからだ)



男(宝玉をゲットするために立ちふさがる唯一にして絶対的な壁)

男(同じ竜闘士である女が倒すほうが本命なのだが、気弱が倒してくれれば決勝でどっちが勝っても手に入るという状況に持ち込めるだろう)

男(ちなみに女が準決勝で負ける想定はしていない。次の対戦相手のこれまでの試合を見る限り、力の差は歴然だからだ)



男(そういうことでこの準決勝前の休憩時間に俺は一人で選手控え室に向かっていた)

男(女友は姉御と何か話していたので置いてきている)



男(気弱の元を訪れその扉の前まで行ったのだが……中から話し声が聞こえる。先客がいるようだ)

男(気づかれないように覗き込むとチャラ男がいて、気弱と話していた。俺と同じで応援しにきたのだろうか?)

204 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:11:10.20 ID:ijQdAxAN0

チャラ男「ようやく準決勝やな、気弱」

気弱「そうだね、まさか僕がここまで来れるとは思わなかったよ」

チャラ男「謙遜せんでええって。気弱やってこの異世界に来て大きな力をもらったやろ?」

気弱「うん、そうだけど……でも次の対戦相手はそれ以上の強敵」

チャラ男「伝説の傭兵。ほんとあの力は反則的よなー」

気弱「勝率は僅かにも無いかもしれない。それでも勝利を信じて正々堂々戦うよ」



男(大事な戦いの前に落ち着いている様子の気弱)

男(いつも気が弱い様子を見ていたから次の戦いに緊張しているのではないかと心配で来たのだが、どうやら杞憂だったようだ)

男(これなら俺に出来ることは無いな、と思いそっと去ろうとしたところで)



チャラ男「ちっちっちー。甘いな、気弱は」



男(控え室の中、チャラ男が人差し指を振りながら否定した)

205 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:11:39.27 ID:ijQdAxAN0

気弱「甘い……って、どういうこと?」

チャラ男「次の相手、傭兵は予選で姉御を倒したやろ」

チャラ男「つまりやつを倒すことで……自分が姉御より強くなったと証明する絶好のチャンスなんや」

気弱「…………っ!」



男(気弱が姉御のことを好きだとはこの前の男子会で聞いている)

男(その姉御は強い男が好みだと公言している)

男(好きな人へのアピールになるという発破か……少々動機が不純だが、それで頑張れるなら何の問題も無いだろう)

男(チャラ男もやり手だなと評価しようとして)



チャラ男「でも今のままじゃ、気弱も思っているように勝ち目はほとんどないな」

気弱「そう……だよ。姉御さんよりも弱い僕が勝つなんて……」

チャラ男「そんな心配せんでええって。大丈夫、いいもん持ってきたからな」



男(言いながらチャラ男が取り出したものはここからも見えた)

男(見ているだけで不安にさせるような禍々しい紫色の刀身を持つ剣だ)



男「…………」

男(何か雲行きが怪しくなってきたな)

206 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:12:22.24 ID:ijQdAxAN0

気弱「こ、これは何ですか、チャラ男さん」



チャラ男「ちょっとした伝手で用意することが出来てな」

チャラ男「色から見て分かりそうやが、この剣には毒の効果がある」

チャラ男「少しでも相手に当てれば動けなくすることが出来るはずや。これを使えば伝説の傭兵にだって勝てるはずやで!!」



気弱「そんなの反則じゃ……」



チャラ男「いや、確認したところそうでも無いみたいやで?」

チャラ男「そもそも気弱は職が『騎士』である関係で、ここまでも剣と盾を装備して戦ってきたやろ」

チャラ男「この大会武器を持ち込むことはOKで、その種類も問われない」

チャラ男「だから次の試合でこれを使っても問題オールナッシングや」



気弱「で、でも……」



チャラ男「怖じ気つくことないやろ。強いってのは勝つことや」

チャラ男「弱者である気弱が勝つのに手段を選ぶ余裕があるはずない」

チャラ男「それとも……気弱が姉御を思う気持ちはそこまでやったってことか?」

207 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:12:57.36 ID:ijQdAxAN0



気弱「そんなことありません!!」



チャラ男「だったらもう分かり切ってるな。これを使って傭兵を倒す」

チャラ男「姉御以上の強さだと証明できて、そして宝玉を手に入れられる」

チャラ男「一石二鳥で姉御も気弱を見直し、一気に距離が縮むはずやで」



気弱「そうだ……僕は姉御さんと……」



男(チャラ男が渡した剣を気弱が手に取る)











チャラ男「その意気やで……くくっ」

 覗き込む男からも正面の気弱にも見えないように、チャラ男は口の端をニイッと釣り上げほくそ笑んだ。

208 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/04(月) 00:13:23.90 ID:ijQdAxAN0
続く。
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/04(月) 01:17:23.66 ID:Xq6T/JXV0
乙!
210 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 20:57:48.11 ID:PBCZ+kY20
乙、ありがとうございます。

投下します。
211 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 20:58:16.23 ID:PBCZ+kY20

チャラ男「じゃあ次の戦い楽しみにしてるで」



男(気弱に毒の剣を渡したチャラ男が控え室を去ろうとする)

男(その行動に中を覗き込んでいた俺は焦った、このままでは鉢合わせする)

男(急いでその場を離れて近場の身を隠せそうなところに潜り込んだ)



男(と、同時にチャラ男が控え室から出てくる)

男(そのまま俺の隠れていた方向と反対に向かって進み、姿が見えなくなった)



男「ふぅ……」

男(やり過ごすことが出来て、安堵の息が漏れる)

男(盗み聞きをしていたのだから後ろめたくて当然だ)

男(とはいえ仲間だから別に見つかってもバツが悪いくらいで済む話でもある)

男(なのに……本能が見つかるわけには行かないと叫んでいた)

男(聞いてしまった話の内容のせいか、それとも相手がチャラ男だからか)

212 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 20:58:52.17 ID:PBCZ+kY20

男「…………」

男(そもそもこの町で偶然出合った成り行きで一緒に行動しているだけで……チャラ男は本当に仲間と言えるのだろうか)

男(そして向こうも俺たちのことを仲間だと思っているのだろうか)



男「……まあいい。今気にするべきは気弱の方だ」

男(俺は選手控え室前まで戻る)

男(中を覗き込むと先ほどまで見ていたときと変わらず、チャラ男から受け取った毒の剣を見て思い詰めている)



気弱「僕は……この剣で強さを示して……そして姉御さんと……」

男「んなわけねーだろ、おまえはバカか?」

気弱「っ……男さん!?」



男(俺は控え室の中に入り、気弱の頭をコツンと小突いた)

213 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 20:59:20.59 ID:PBCZ+kY20

気弱「ど、どうして男さんがここに?」

男「応援だよ、一応な。万が一にもおまえが伝説の傭兵に勝ってくれれば、宝玉の獲得が決まる。そんなおかしなことでもないだろ」



気弱「そうでしたか……ありがとうございます。でも男さんも僕が勝つ確率は万が一だと思っているんですね」

男「そんなのおまえ自身が一番分かってることだろ」

気弱「ずばずば言いますね……」

男「遠慮するような間柄じゃねえしな」

気弱「……はい。そうです。今のままじゃ勝ち目は万が一です。だから僕はこの剣を使って――」



男「逆だ、逆。その剣を使うつもりなら、万が一の確率が0にまで落ちるぞ」

気弱「え……?」

214 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 20:59:50.42 ID:PBCZ+kY20

男「おまえが知らないのか失念しているのかは分からないが、竜闘士の女は『状態異常耐性』ってスキルを持ってるんだ」

男「俺の絶対的な魅了スキルの効果でさえ、中途半端にする強力なスキルがな」

男「女と傭兵の力はほとんど一緒だから傭兵も同じスキルを持っていると考えられる」

男「つまりそんな毒なんて状態異常が効くとは思えない」



気弱「それは……」



男「別に女の件が無くても分かることだけどな」

男「伝説の傭兵にそんな小細工が通用するようなら、既に戦場で散っているだろう」

男「驚異的な存在に対策をしなかったはずがない」

男「そしてそれを全て踏みつぶしてきたからこそ、彼は今日まで生き残っているってことだ」

男「まさに圧倒的な力……強さの権化だな」

男(昼食会での様子を見る限りその精神に一分の隙も無さそうだ)



気弱「だからこそ僕は勝って姉御さんに強さを証明して……!」

男「対して今のおまえの精神はゴミだ」

気弱「……っ!」



男(容赦なく告げる。さっきも言ったが四日前この町で会ったときに初めて話したこいつに遠慮する義理もない)

215 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 21:00:15.52 ID:PBCZ+kY20

男「勝ったから強いんじゃねえよ。逆に強いから勝つわけでもねえ」

男「勝ち負けは時の運で、それによって強さが変わったりはしない」

男「ましてや借り物の力で勝ったことで、その人が強くなったってことになるはずねえだろ。そんなことも分かんねえのか」



気弱「でも……強い男じゃないと、姉御さんは見向きも……」



男「はん、じゃあ万が一にもおまえが傭兵に勝ってその強さに惚れた姉御と付き合ったとするか」

男「それで元の世界に戻ったらどうするんだ。『騎士(ナイト)』の力を失い、弱くなったおまえのことをどう思うだろうな?」

男「素手のケンカに鉄パイプを持ち出して勝つのか? 相手も鉄パイプ持ち出したら、銃でも使うのか?」



気弱「……」



男「お互いへの信頼が全く存在しない、強さだけで結びついた関係でおまえは満足なのか?」

男「ならいいぞ、そこで話は終わりだ。付き合ってられねえ」



男(そうだ、俺はキレているのだ)

男(俺の恋愛における理想『お互いが心の底から愛し合う』の真反対を行くような気弱の態度に)

男(だから今だって説教して諭そうとしているのではない。怒りを発散しようと喚き散らしているだけだ)

男(身勝手であることは分かっている)

216 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 21:00:42.62 ID:PBCZ+kY20

気弱「僕は……元の世界では病弱だったんです」

男「……そうか」

男(だから今度は俺が話に付き合う番だろう)



気弱「定期的に病院に行くのが日常で激しい運動するなんてもってのほか」

気弱「だから僕のことが女子みたいだといじられることも良くあることでした」

男「すまんな、同じクラスだったが全く知らねえ」

気弱「いいですよ、僕だって男さんのこと知らなかったですし」

男「ははっ、言うねえ」



気弱「そんなある日のことでした。下校時、帰宅路にて信号待ちをしていた僕は、子供がボールを追って道路に飛び出しそこに車が突っ込もうとする……大惨事一歩手前の状況に遭遇したんです」



気弱「反射的に身体が動きました。子供を助けようと飛び出し脇に抱えて……でも僕の身体はそこから逃げるだけの体力がありませんでした」



気弱「せめてどうにか子供だけでも助けられないかと覆い被さって……そんな無意味な行動をして命を諦めた僕がこうして生きているのは姉御さんのおかげなんです」



気弱「彼女が僕の後に飛び出して、僕ら二人を抱えて間一髪迫ってくる車を避けたから僕は生きているんです」

217 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 21:01:26.95 ID:PBCZ+kY20

男「そうして命の恩人だから好きになったってわけか?」



気弱「それも少しはあるかもしれません。でもそれだけじゃないです」

気弱「咄嗟の瞬間に僕と子供二人を抱えて逃げられるだけ鍛えている……その強さに僕は憧れたんです」

気弱「病気を言い訳に弱いことを僕は受け入れていましたから」



男「なるほどな」



気弱「そのとき以来僕は自分に出来る範囲で鍛えて……そんな折にこの異世界に召喚されました」

気弱「女神から授かった力のおかげか、病気の影響がないどころかとても強い体になっていて……」

気弱「だから驕ってしまったのかもしれませんね」



男「まあ無理もないさ」

男(俺たちクラスメイトはいきなり異世界に召喚されてその身に余る力を授かった)

男(調子に乗ってしまうのも分かるところだ)

男(俺だってトラウマがなければ、魅了スキルを暴走させていたかもしれない)



男(だが、この力は仮初めのものだ)

男(そのことを分かっていないやつが気弱以外にもいっぱいいるはず。今後厄介な問題になるかもしれないな)

218 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 21:02:01.05 ID:PBCZ+kY20

気弱「ありがとうございます、男さん。僕を諭してもらって、そして話に付き合ってもらってスッキリしました」

男「そんなことない。俺はただ暴言吐いてただけだしな」

気弱「この剣を使ったところで強くなるではない。それは分かりましたが僕は準決勝でこの剣を使おうと思います」



男「強さに取り付かれてたさっきまでとは違うみたいだが……どうしてだ?」

気弱「確かに傭兵さんに毒は効かないかもしれません。ですが効くかもしれないですよね」

男「……まあ、俺の考えもただの推測だしな」



気弱「だったらこれを使った方が得です。勝つことが強さではないですが、勝つことで宝玉が手に入るなら僕の事情なんて置いておくべきです」



男(気弱の言い分にも一理はある)

男(だがそんなことを言い出したのは……結局のところ自分の強さを信じ切れてないのだ。だから補強しようとする)



男(必要ないのに。女友はギリギリではあるが気弱は二人の竜闘士に食らいつけるという見立てだった。観客として勝負をずっと見ていた俺も同じ意見だ)

219 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 21:02:26.54 ID:PBCZ+kY20

男「その剣はおまえの本来の得物じゃない。刀身も今まで使っていたのより細いし、重量も違うはずだ」

男「そんな付け焼き刃が通用すると思うか?」



気弱「で、でも……一発当てさえすればどうにかなるかもしれないじゃないですか」



男「だとしても無駄だ。見ただけで毒だと分かるその剣、百戦錬磨の傭兵が当たってやると思うか?」

男「一発当てさえすればといっても、その一発すら当てられないレベルの差があるだろ」

男「そんな剣を使わず、今まで通りの慎重な防御重視の立ち回りをした方がまだ勝機がある」



気弱「っ……それは……」



男(気弱が言い淀む)

男(どうやら揺れているようだ。ということは毒の剣に対する未練を捨て切れていない。これでは勝負に影響が出るかもしれない)



男(……ちっ、こんな泥臭いことしたくなかったんだが)

220 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 21:02:54.84 ID:PBCZ+kY20

男「ちょっとその剣貸してみろ」

気弱「え、その……」

男(俺は気弱から剣を奪い取る)



男「意外と重い……。よく軽々しく取り回せるな」

男「俺も魅了スキルだけじゃなくてちょっとくらい力が授かってれば良かったのに」

気弱「どういうつもりですか?」

男「何、簡単な話だ。この剣を使えば格上の相手にもワンチャンあるってのがおまえの言い分だろ?」

気弱「そうですが……」



男「じゃあちょっと勝負しようぜ? 俺が使えばおまえを倒せる可能性もあるはずだしな」



男(一般人と達人。気弱と竜闘士くらいの力の差はあるだろう)

221 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 21:03:21.95 ID:PBCZ+kY20

気弱「そんなの無茶ですよ!」

男(重さのせいか剣を水平に構えると腕がプルプル振るえる俺を見て気弱が叫ぶ)



男「じゃあおまえがやろうとしていたことも無茶だな」

気弱「っ……!」



男「準決勝直前だから一発で動けなくなる毒を食らったら『状態異常耐性』のスキルも持ってないようだしそのまま不戦敗か?」

男「まあでも俺に負けるようじゃ、伝説の傭兵に勝てるわけねえしな」

男「場所は……時間も無いしここでやるぞ、それなりの広さもあるしな」

気弱「ほ、本当にやるつもりですか!?」

男(驚いている気弱に俺はよろよろと持ち上げた剣を振り下ろす)



男「冗談は苦手でな。そら油断してると死ぬぞ」



気弱「っ……分かりました!」



男(俺の攻撃を避けてようやくその気になったらしく、選手控え室で人知れず勝負が始まった)

222 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/05(火) 21:05:19.66 ID:PBCZ+kY20
続く。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/06(水) 05:43:12.57 ID:EDNRvIqAO
乙!
224 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:45:33.16 ID:+eoDm6550
乙、ありがとうございます。

投下します。
225 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:46:05.18 ID:+eoDm6550

女友「男さん! どこに行ってたんですか……って、どうしたんですか、その傷は!?」

男(VIP席に戻った俺を出迎えた女友は、傷だらけの俺を見て思わず叫んだ)



男「あー……ちょっとな。すまん女友、回復魔法かけてくれないか?」

女友「分かっています! 『妖精の歌(フェアリーコーラス)』!」

男(女友の手元から発せられた光が俺の身を包む)



男(傷の原因は言うまでもなく気弱との勝負のせいだ)

男(俺の未熟な腕では毒の剣がかすりもせず、ボコボコにされた。あいつも中々に容赦がなく滅多打ちだ)

男(まあそのかいもあって、あいつも毒の剣への未練が断ち切れたようだ)

男(怪我だらけの俺にペコペコと謝りながらも、晴れ晴れとした表情で控え室を去っていったから俺がやったことにも意味はあっただろう) 

226 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:46:34.28 ID:+eoDm6550

男「ふう、痛みが引いていくな……助かった……」

女友「回復完了です。それでやっぱり誰かが襲ってきたんですか!? すいません側を離れてしまって……」

男「いや、これは少しでも宝玉を手に入れる確率を上げるためにやったことだ。俺のせいだから気にするな」

女友「宝玉って、一体何を……?」



男(女友が訝しんでいるが説明するつもりは無かった。あんな柄にもないことをしたなんて説明するのは恥ずかしい)

男(ていうか『やっぱり』ってどういうことだ。俺が襲われる可能性が……)

男(ま、女友が武闘大会に出場せず、わざわざ俺の警護をしていることからして心当たりがあるのだろう)



姉御「取り込んでるところ悪いけど、そろそろ準決勝始まるみたいだよ」

男(姉御が俺と女友に声をかける)



男「お、やっとか」

姉御「それと席が空いたみたいだから、ここからはアンタたちの隣で観戦させてもらおうかね」

姉御「チャラ男がどこかに行って一人寂しくなったことだし」

男「……って、チャラ男いないのか?」

姉御「ああ。とりあえずVIP席には見当たらないね」

姉御「準々決勝の時まではいたんだけど……ったく、あいつ人様に迷惑をかけてなければいいんだが」

227 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:47:00.66 ID:+eoDm6550

男(チャラ男……あいつの行動には疑問ばかり残っている)

男(明らかに気弱が力に取り付かれるように唆して、本来の力を発揮できない毒の剣に手を出させようとしていた)

男(まるで気弱がこの準決勝で負けるように誘導しているかのようだ)

男(宝玉を手に入れるという俺たちの目的から遠ざかる行動……あいつはやっぱり……)



男「…………」

男(それにあんな禍々しい毒の剣なんて代物どこから手に入れたのかも気になる)

男(伝手と言っていたが、どんなやつらと関わっているというのか)



男「……まあ、今は準決勝に集中するか」

男(俺は席に座ってリングを見下ろす。そこではちょうど準決勝第一試合の選手二人が入場するところだった)

228 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:47:26.66 ID:+eoDm6550



観客1「勝てよー、傭兵!!」

観客2「伝説を証明してくれー!!」

観客3「油断するなよー」



男(観客から傭兵を応援が飛ぶ)

男(しかし、このような声は少なかった。大多数の観客は――)



観客A「傭兵選手と女選手……どっちが強いんだろうな」

観客B「私は女選手に勝ってほしいけどなー」

観客C「にしても準決勝か、今回も一手で勝つだろ」



男(決勝の話や決まり手のことなど、既に傭兵が勝ったものだとしていたりする)



229 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:48:00.84 ID:+eoDm6550

男「この雰囲気は……」

女友「マズいですね」



男(考えてみればそうだ。観客の一番の関心は決勝において竜闘士が一騎打ちすることだ)

男(こんなところで傭兵が負けることは望んでいない……いや、思ってもいない)

男(気弱が勝つことを誰も信じない状況を作り上げられている)



男(元々気弱と傭兵の力の差は歴然だ。その上会場の観客全員が傭兵の勝利を信じる雰囲気が後押しする)

男(折角俺が立ち直らせたのに……このままじゃ気弱は……)



姉御「本当酷い雰囲気だねえ。そして二人も気弱が負けると思っているのかい?」



男「っ……」

女友「それは……」

男(見透かしたように放たれた姉御の言葉に俺も女友も言い返せない)



姉御「まあ、しょうがないさ」

姉御「力の差は歴然だし、アイツの普段の様子からしてとてもこういうときにやってくれるとは思えないだろうよ」



姉御「だからあいつの勝利を信じているのはアタイだけだ」



男「勝利を……」 

女友「姉御」



男(リングを見下ろす姉御の瞳には微塵の揺るぎもない)

230 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:48:28.13 ID:+eoDm6550

姉御「アイツは……気弱は強いんだ」

姉御「アンタらは知ってるか分からないけど、気弱は元の世界では病弱でな。満足に運動できないようなやつだったんだ」

姉御「いくら鍛えても女の癖にって言われることに辟易していたアタイは、そんなアイツを男の癖に弱いって正直見下していたもんだよ」



姉御「そんなある日……アタイと気弱は子供が車に轢かれそうになる場面に遭遇した」

姉御「といってもそれなりに余裕があってね。アタイならひょいと子供を抱えて安全圏に連れて行ける……はずだった」



姉御「足が動かなかったんだ。余裕があるという見立ては正しいのか、もし途中で転んでしまったら……」

姉御「そんなことばかり考えて、恐怖に竦んで動けなかったアタイが見たのは……反射的に動いたんだろうね、子供を助けようとして飛び出した気弱だった」



姉御「子供を助けようと脇に抱えて……でもそこで力尽きた」

姉御「覆い被さったアイツと子供をアタイがまとめて助けて何とか事なきを得たけどね」



姉御「ただの無茶だったかもしれない、無謀だったかもしれない、でも無駄じゃなかった」

姉御「アイツの行動に勇気をもらったから、アタイが動けたんだから」

231 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:48:56.42 ID:+eoDm6550

男(先ほども聞いた話だが……そうか、姉御の視点からはそう映っていたのか)



姉御「アタイは本当は臆病なんだ」

姉御「口では威勢の良いことを言っておきながら、予選の時もギリギリまで傭兵の前に立つ決断を下せなかっただろう?」

姉御「だから気弱の強さに憧れているんだ。やるときはやる。恐怖に屈しない。そんな精神的な強さに」



男(気弱は姉御の肉体的強さに憧れて)

男(姉御は気弱の精神的強さに憧れる)



男(お似合いの二人だな)

男(心の底からお互いを信頼しているのが分かって……俺の理想にもかなり近い関係だ)



232 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:49:38.44 ID:+eoDm6550



実況「さあ、両選手位置に付きました! それでは準決勝第一試合――」

解説「試合開始です!!」



男(そのとき実況と解説が開始を宣言した。話し込んでいる間に準備が整っていたようだ)

男(ゴングが鳴り、伝説の傭兵の勝利を信じた観客の声がうねりにもなりリングに流れ込む中)



傭兵「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』」



男(伝説の傭兵が指向性の衝撃波を放った)

男(射程、威力ともに十分で、スピードもあるその攻撃が先制するのに最適なのだろう)

男(女も合わせて、これまでに四回繰り返された光景)

233 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:51:41.94 ID:+eoDm6550



姉御「おっと、もう始まったのかい。まあでも大丈夫だよ。この程度で屈するアイツじゃない」



男(四面楚歌の状況……ここに一人だけ応援してくれる少女がいるが圧倒的不利な状況には変わらず、それでも相対する少年は落ち着いていて)



気弱「はぁっ!!」

男(気弱は盾を体の正面に構えて衝撃波を受けきった)





実況「傭兵選手、もう恒例となった衝撃波攻撃!」

解説「しかし、対する気弱選手余裕で受けきりました。一手目で倒してきた記録はここで終了ということでしょう」





傭兵「やはりこれでは終わらないか……」



男(攻撃を防がれた傭兵に驚いた様子はない)

男(勝利を盲信する観客と違って、どうやら気弱の実力は分かっていたようだ)



気弱「僕は……僕はやってみせる……!!」

男(気弱が気勢を上げる)



男(準決勝第一試合の火蓋が切って落とされた)

234 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/07(木) 23:53:20.51 ID:+eoDm6550
続く。
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/08(金) 07:21:39.32 ID:Bpd5pC9CO
乙!
236 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/09(土) 23:51:53.84 ID:gXbs18Up0
乙、ありがとうございます。

投下します。
237 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/09(土) 23:58:05.19 ID:gXbs18Up0

男(騎士と竜闘士の戦い)



気弱「うおおおおおおっ!!」

男(初撃を防いだ気弱は盾を構えたまま突進する)



傭兵「『竜の爪(ドラゴンクロー)』」

男(対して傭兵は右手にエネルギー体の爪を展開。接近戦に応じるつもりのようだ)



男(五本の爪を揃え剣のようにして振るう。気弱は剣で迎撃)

男(共に弾かれて気弱は速度が削がれたものの、そのまま盾ごと傭兵に突っ込む)

男(質量と勢いにより普通の相手なら吹っ飛ばせるほどの攻撃――だが相手は普通ではない)



男(傭兵はスキルも使わずに左手だけでその攻撃を受け止めていた)



男(返しとして今度は爪を広げてから閉じようとする。五方向から迫る攻撃が来る前に気弱は一旦引いた)

238 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/09(土) 23:58:49.73 ID:gXbs18Up0

実況「気弱選手、果敢に突撃するも傭兵選手にあしらわれる!」

解説「軽々しく攻撃を受け止めていましたね」



男「気弱に何か勝機はないのか? 今の攻撃全く効いてなかったぞ」

女友「そうですね……唯一あるとしたら騎士が持つ一番の攻撃スキル『騎士の円舞(ナイツラウンド)』を当てることでしょうか」

姉御「回転した勢いのまま剣と盾を叩き込む二連撃。当たりさえすれば、かなりのダメージを与えられるだろうけど」

男「それだけの隙をつくれるかどうか、ってことか」



女友「ええ。ですが傭兵さんは使命とやらのために、確実に優勝することを目指している様子です」

姉御「気弱の勝機を摘み取る手を打ってくるだろうね」

男「それって……」

女友「今の立ち会いで接近戦を続けては紛れが起きる可能性を感じ取ったはずです」

姉御「だったら取る手は一つさ」



男(二人の言葉通りにリング上で動きがあった)

239 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/09(土) 23:59:21.18 ID:gXbs18Up0



傭兵「『竜の翼(ドラゴンウィング)』」



男(傭兵がその背中にエネルギー体の翼を生やし飛び上がったのだ)



男「あれは……」

男(そうだ、女が商業都市に向かうときやドラゴン相手に使ったのを見たことがある)

男(竜闘士の飛翔スキル。つまりやつの狙いは――)





傭兵「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』」

男(空中から指向性の衝撃波を放つ)

男(開幕にも使われたその攻撃を気弱は盾で受け止める。さっきと同じ光景)



傭兵「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』」

男(傭兵は攻撃を止められたことを気にせず次の攻撃を放つ。球体状のエネルギーが数個発生、気弱に向かって飛んでいく)

男(気弱はバラバラな方向から飛んでくる攻撃に防御しきれないと逃げるが、エネルギー体はその動きを追尾する)

男(なのでギリギリまで引きつけて避けたり、受け止めたりして攻撃をやり過ごす)



男(その間も傭兵は空を飛んだままだ)

240 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/09(土) 23:59:59.09 ID:gXbs18Up0

実況「傭兵選手の猛攻を気弱選手は何とか捌く! しかしこれは――」

解説「騎士は遠距離攻撃技を持ちませんからね。空中にいる傭兵選手に手を出すことが出来ません」

解説「安全圏から攻撃を続けて確実に勝利を狙うつもりでしょう」



男(解説の言うとおり)

男(伝説の傭兵は格下の騎士相手に微塵も隙を見せるつもりは無いようだ)



男「くそっ……正々堂々と戦え、卑怯だ、って罵ればいいのか?」

女友「そんなこと言ったところで何の意味もないでしょう」

姉御「持てる手札を存分に使った最適解で勝ちを狙う……ある意味では一番正々堂々とした戦い方だよ」



男「ああもう、分かってるよ。だが、どうするんだこれじゃあ気弱の勝ち目が無いぞ」

女友「そうですね……かなりのピンチですが……」

男(俺と女友は気弱を心配するが)





姉御「分かってないねえ。アンタらも、そして伝説の傭兵も。気弱の強さを見誤っている」

男(姉御は一点の曇りもなく、気弱の勝利を信じているようだった)

241 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/10(日) 00:00:27.39 ID:mFW1Mlpj0



男(それから二十分ほど経った)

男(相変わらず傭兵は空中から攻撃を続ける)



傭兵「『竜のはためき(ドラゴンウェーブ)』」

男(エネルギーが波状となってリングを襲う。逃げ場のない攻撃に気弱は盾を構えて防御する)



男(二十分の間、空中にいる傭兵に手を出す手段を持たない気弱は防御に徹した)

男(最初に盾で突撃して以来、ずっと攻撃できないでいる)

男(このままではどう考えても気弱の負けしかない状況)



男(しかし、未だに負けていないのもまた事実だった)



242 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/10(日) 00:00:56.33 ID:mFW1Mlpj0

男「いつまで粘るつもりなんだ……」

男(握った手の汗が乾いてくる。それだけ緊張状態が続いていた)

男(防御ばかりの気弱だが、全ての攻撃を防げたわけではない。避けきれず、防ぎきれずで何回か被弾はしていた)

男(しかし致命的なところは避けて、今もリングに立っている。



女友「すごい胆力ですね」

男「そうだな。でも状況が変わらないんじゃ意味が無いだろ」

姉御「いいや、変わったよ」

男「え……どこが……」

男(リングを見るが一方的なリンチに変わった様子はない)



姉御「変わったのはリングの上じゃない、観客の方だよ」

男(姉御の指摘に俺は観客席の雰囲気を窺う。すると確かに変化は起きていた)

243 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/10(日) 00:01:26.34 ID:mFW1Mlpj0



観客1「おいおい、いつになったら勝つんだよ!」

観客2「そんな雑魚さっさと倒せよ!」

観客3「てかさっきからビビりすぎじゃねえのか!」

男(観客から響く怒号。それは勝ちきれない傭兵に向けたものだ)



女友「そうですか、観客はみんな傭兵さんの勝利を信じているものだと思っていましたが……微妙に違ったんですね」

女友「信じていたのは圧勝だったということですか」

姉御「ああ、だから見るところを変えると苦戦しているようなこの状況は望んでいないんだよ」

男「実際このまま時間をかければ伝説の傭兵の勝ちは決定的だが、そんなの好みじゃないってか。本当勝手なやつらだな」



女友「ですがそのおかげで傭兵さんの味方だった観客の心が離れ始めています」

女友「それで気弱さんの応援をしてくれるわけではないですけど……」

姉御「まあ、十分さ。敵の敵は味方ってね」

男「そうか、早い決着を望むこの雰囲気が――」



男(状況を理解したところで、リング上の傭兵が攻撃の手を止めた)

244 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/10(日) 00:02:09.17 ID:mFW1Mlpj0

傭兵「ここまで粘るとはな」

男(空中から無慈悲に攻撃を続けていた傭兵が、気弱に言葉を投げかける)



気弱「いつまでだって粘りますよ……勝つためなら」

男(満身創痍なはずなのに、気弱の言葉には力が漲っていた。本当にいつまでも倒れないんじゃないかと錯覚するほどだ)



傭兵「君を侮っていたようだな。本当に将来が楽しみな若者が多い大会だ」

男(傭兵は自嘲するように呟き、そして宣言した)



傭兵「勝負の最中に勝った後のことを考えるのは侮辱かもしれない」

傭兵「だが、私は絶対に優勝しないといけなくてね」

傭兵「これ以上戦っていては決勝に響く」



傭兵「だから――次の一手で決着を付ける」



気弱「望むところです」



男(安全な勝利から、早期の決着に狙いを切り替える傭兵)

男(自らの判断によるものだが……そこに観客による影響が無いとは思わなかった)

男(だからこれは粘り続けた気弱自身が手繰り寄せた――唯一の勝機だ)

245 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/10(日) 00:02:39.69 ID:mFW1Mlpj0



傭兵「『竜の潜行(ドラゴンダイブ)』!!」



男(傭兵は空中のその場から垂直に急降下する)

男(あわや地面に激突するという直前、水平飛行に切り替えてそのまま気弱めがけて飛翔する)

男(超スピードによる突進技、今までの遠距離攻撃とは桁違いの攻撃力で守りを打ち破ろうという考えだろう)



気弱「『神の盾(ゴッドガード)』!!」



男(対して気弱も切り札を切る)

男(騎士最強の防御スキルでその突進を受け止める構えだ)

男(それに成功さえすれば傭兵は気弱の至近距離で隙を晒すことになる)

男(『騎士の円舞(ナイツラウンド)』を叩き込むチャンスが訪れるのだ)



男(竜闘士が突き出した右手が、騎士の盾と衝突する)

男(ボゴォッ!! と盛大な衝突音がコロシアムに響いた)

246 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/10(日) 00:03:16.70 ID:mFW1Mlpj0

男「っ……拮抗している……!!」

男(衝突した瞬間、どちらかが弾き飛ばされるということにはならなかった)

男(拳と盾が接地したまま、優勢なのは傭兵のようだ。徐々にではあるが気弱が押されて後退している)



傭兵「おおおおおおおおっ!!」

気弱「ああああああああっ!!」



男(盾を打ち破らんと、拳を受けとめんと両者共に気力を振り絞る。いつも冷静に戦闘していた傭兵が珍しく気勢を上げている)



男「いけええっ……!」

女友「頑張ってください!!」

男(俺と女友も声を振り絞り)



姉御「信じているよ……!!」

男(姉御も両の手のひらを合わせて祈る)

247 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/10(日) 00:03:46.11 ID:mFW1Mlpj0

男(攻撃を受け止める気弱の後退が止まらない)

男(しかし、傭兵の突進の勢いも徐々に落ちていく)





男(力の拮抗、一瞬のような永遠が終わり――)

男(盾は破れなかった)





傭兵「くっ……」

男(突進を受け止められて地に足を付ける傭兵に)



気弱「『騎士の円(ナイツラウ)――」

男(気弱は残っている力を全て使いスキルを発動。回転して盾と剣を叩き付けようとする)



男(しかし伝説の傭兵もさる者、防御スキルの発動は間に合わないものの両腕をクロスさせ出来る限りの防御態勢を取ったところで――)



248 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/10(日) 00:04:22.20 ID:mFW1Mlpj0



実況「試合終了ーーっ!! 勝者、傭兵選手!!」



男(実況の宣告が下された)



解説「気弱選手『竜の潜行(ドラゴンダイブ)』を受けきった防御は流石でしたが……」

解説「攻撃の勢いに押されて片足がリングの外に出てしまいましたね。リングアウトにより敗北です」



男(冷静な解説の声がコロシアムに響きわたった)



249 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/10(日) 00:04:56.38 ID:mFW1Mlpj0
続く。

久々の戦闘シーン。ノリノリで書きました。
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/10(日) 02:39:38.74 ID:q+BEycbQ0
乙!
アツイ王道展開を観て顔がニヤケてしまった。
イメージしやすくて面白かったです!
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/10(日) 06:47:17.92 ID:XABbtOLUO
次スレに移行してたの忘れてた…乙ー
252 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:51:56.22 ID:HKcOh5ri0
乙、ありがとうございます。

>>250 王道展開はよきものです。

>>251 章の途中でスレ移行したくなかったので中途半端になりましたね。一スレ目HTML化しときたいんですが、何か機能してないみたいですし。

投下します。
253 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:52:28.25 ID:HKcOh5ri0

男(準決勝第一試合、騎士VS竜闘士は竜闘士に軍配が上がった)



気弱「そうですか……」

男(張りつめていたものが切れた気弱はバタンとリング上で仰向けに倒れる)



気弱「僕は……負けたんですね」

男(そして空を見上げながらポツリとつぶやいた)





男「よく頑張ったな」

男(俺はその健闘を称える。あれだけの奮闘に頑張ったでは足りないのではないかと思ったが、それ以外にかけるべき言葉が分からなかった)

女友「ええ、本当に」

男(女友も同じようだ)

姉御「…………」

男(姉御だけは無言だった)

254 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:53:05.74 ID:HKcOh5ri0

男(と、そのように気弱を労ったのは俺たちの周りだけであり、大多数の観客の反応は見ていられないものだった)



観客1「はあもう、やーっと終わったかよ」

観客2「ったく、あの気弱とかいうやつ。危うく傭兵が負けるところだったじゃねえか」

観客3「竜闘士の一騎打ち、伝説の邪魔をしないでほしいね」



男(決勝への期待の強さからか、健闘した気弱を貶すような言い方)



男「あいつら本当に人間なのか?」

女友「いいえ、畜生でしょう。範囲攻撃魔法でもぶち込みましょうか?」

男「分かってるだろうがやめとけって。あんなやつらのために俺たちがテロリストになるのは、気弱も望んでないだろ」

女友「……ええ」

男(女友もキレているようでこめかみに青筋が浮かんでいる)

男(何も出来ないことに歯がゆさを覚えたそのとき)

255 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:53:39.43 ID:HKcOh5ri0

男「……っ!?」

男(全身が総毛立ち、反射的にその殺気の出所を見た)

男(リングの上、伝説の傭兵が視線を上げて明確に観客席を睨んでいる)

男(ゆっくりと360°見渡すことで、気弱への侮辱で沸いていた観客席全体が静まった)



男「あの人は……」

女友「対戦相手として感じるところがあったみたいですね」



男(気弱のためを思ってくれた行動に感謝する)

男(そのまま傭兵は倒れたままの気弱に左手を差し出した)



傭兵「立てるか?」

気弱「ありがとうございます」



男(気弱は傭兵の手を借りて立ち上がる)

256 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:54:09.50 ID:HKcOh5ri0

傭兵「ナイスファイトだった、少年」

気弱「……えっと、あなたのような人でもお世辞を言うんですね」

傭兵「本心だ。リングアウトの無い試合じゃなかったら、どうなったか分からなかった」

気弱「そんなことないですよ。試合じゃなかったら僕みたいな守ってばかりの相手を無視して他を攻めればいいだけです」

気弱「僕の戦い方は試合だったから成立したんです、だからルールによって負けるのはある意味理に叶っています」

傭兵「少年が無視できないような重要な拠点を守っていたら、その論は通用しないな」

気弱「だとしても最後スキル打つ瞬間、防御態勢を取っていたあなたを破ることが出来たかは疑問ですけど」

傭兵「……ノーコメントだ」

気弱「そこでですか……」



男(気弱が苦笑する。不器用な励ましによって心が軽くなったようだ)

男(その様子に静まっていた観客席も、熱闘を終えた選手たちを拍手で見送るのだった)

257 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:54:42.22 ID:HKcOh5ri0

男(その後、準決勝第二試合が行われた)

男(竜闘士の女の参戦。圧倒的な力の差、女が勝つことを望む観客の雰囲気の後押しなどがあって負ける要素が無く)

男(『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』の一手で対戦相手をリングアウトまで吹き飛ばした)



男(これにて決勝で一人でも伝説の存在である竜闘士二人による戦いが行われることが決定する)

男(リングの整備や一旦区切りを付けるため、そして竜闘士がほとんど一手勝ちで終わらせたおかげで時間的に余裕があることから、決勝までは一時間の休憩が設けられた)



女「ということで準決勝も勝ったよ、男君!」

男「ああ、見てたって。また圧倒的だったな」

男(女はVサインと共に嬉しそうに報告する)



男(俺と女友と姉御はコロシアム内部の処置室の前で女と合流していた)

男(処置室の中では傭兵との戦闘でかなりのダメージを負った気弱がスタッフによる回復魔法の治療をまだ受けているようだ)

男(後に戦った女は全くダメージを受けていないため処置を受けていない)

258 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:55:28.68 ID:HKcOh5ri0

女友「それにしても気弱さん遅いですね」

姉御「……」

男(女友が声をかけるが姉御は処置室前のベンチに座り、俯いたまま考え込んでいる)



女友「……」

姉御「……」

女友「……愛しの気弱さんは自分の手で回復させたかったですか?」

姉御「ばっ……! な、何言ってんだい、女友!! 男もいるっていうのに!!」

男(姉御が目に見えて慌てだす。そういえば職が『癒し手(ヒーラー)』だったか)



男「いや、俺だって気づいてるぞ、おまえが気弱を好きなことくらい」

姉御「なっ……!?」

男「大体あんな愛の告白みたいな回想や一途に勝利を信じるところを見せといて、よく気付かれないと思ったな」

姉御「…………」



男(俺の言葉にトドメをさされたようだが……いや、実際分かりやすかったし)

259 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:56:05.41 ID:HKcOh5ri0

男(感情がいっぱいいっぱいになったのか機能停止していた姉御だったが、しばらくして再起動する)



姉御「ああもう、そうだよ! アタイは気弱のことが好きさ!」

男「そんな叫ぶように言わなくても」

姉御「だからってわけじゃないんだが……今のアイツになんて声をかけようか迷っていてね」

男「……」



姉御「アイツが気が弱いように見えるのはみんなに優しいから、誰も傷つけないようにしているからで、本当は十分に気が強いんだ」

姉御「だからこそ余計なもんまで背負おうとして……今回も伝説の傭兵に勝てなかったことに責任を感じているはず」

姉御「そんなアイツを労うのにふさわしい言葉は……」



男「告白でもすればいいんじゃねえか? それでアイツも喜ぶと思うぞ」



姉御「ア、アホウがっ!! な、なに冗談言ってるんだい!?」

姉御「気弱がアタイの告白で喜ぶなんて……そんなはずが……大体こんなガサツな女お断りだろうし……」



男(オーバーヒートしたかと思うと、一転してぶつぶつと考え込み始める)

260 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:56:38.04 ID:HKcOh5ri0

女友「男さん、そこらへんにしてあげましょう」

女「そうだよ、容赦ないって」



男「そうか? というか二人だって分かってるんじゃねえのか、気弱の気持ちを」

女友「……まあ、そうですね。あちらも分かりやすいですし」

女「似たもの同士だよね」



男「だから俺はちょっと背中を押しただけだ。こういうの見ててヤキモキするしな」

女友「ええ、本当に、とても分かります」

女「ちょっと女友、こっち見ないでって」



男(俺の言葉に女友が心の底から同意しながら女を見ると、女にしっしっと追い返されていた。どういうことだ?)

261 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:57:13.10 ID:HKcOh5ri0



気弱「本当にありがとうございました、失礼します。……って、皆さんそろってどうしたんですか?」

男(そのとき処置室の扉が開いて、中のスタッフにお礼をしながら気弱が出てきた。どうやら処置が終わったようだ)



男「おまえの健闘を称えようと出待ちしていたところだ」

気弱「そうですか……でもお礼を言うのは僕の方ですよ」

気弱「男さんが諭してくれたおかげで、あそこまで戦えたんです。ありがとうございました」



女友「男さんが……? そういえば、準決勝前に傷だらけで帰ってきましたが……」

男「何でもねえから詮索するな女友。気弱もさっさとその話は忘れろ、それが何よりの礼になる」

気弱「恥ずかしいんですね……分かりました」

男(おかしそうに笑いながら気弱が了承する。……本当に分かっているんだろうか?)

262 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:57:39.72 ID:HKcOh5ri0

女「私も見てたけど、気弱君頑張ってたよ!」

女友「ええ、ナイスファイトでした」

男(女と女友が気弱を労う)



気弱「そうですが勝てなかった以上……いえ、二人ともありがとうございます」

男(気弱は何かを言い掛けて二人に頭を下げた)



男「……」

男(あいつまた一つ抱え込みやがった)

男(俺たちが気弱を気遣いに来たことに気付いて、弱っているところを見せないようにした)

男(自分のことで心配させたくないからか)



男(なるほど、姉御の言っていた気弱が優しいという意味が分かった)

男(そしてこれがいつか破綻するだろうことも理解する。背負い込み続けてはいつかポッキリと折れるのは目に見えているからだ)

男(誰かが適度にガス抜きをしてやらないといけない)

263 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:58:09.09 ID:HKcOh5ri0



姉御「……拒まれたら、アンタをぶっ飛ばすからね」

男「え?」



男(気弱が現れてからもずっと黙っていた姉御が俺のことをギラリと睨む)

男(何のことかと聞き返す前に、姉御は気弱の方に向き直っていて――そして)





男(姉御が気弱を正面から抱きしめた)





気弱「あ、姉御さんっ!? な、何を……!?」

男(突然の出来事に気弱が顔を真っ赤にしている)



姉御「嫌だったら振り払ってくれても構わないよ」

気弱「そ、そんなことありません!!」

姉御「そうかい……それは良かった」

気弱「でも……どうしてこんなことを?」

264 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:58:40.38 ID:HKcOh5ri0

姉御「アンタが素直に労わせてくれないからだよ」

気弱「そんなこと……」

姉御「いいから、黙って聞きな」

気弱「うぷっ……!?」

男(姉御が胸元で気弱の頭を強く抱えて、物理的に反論を封じる)



姉御「アンタは良くやった。アタイが怯えた伝説の傭兵相手に本当によく立ちはだかった」

姉御「手も足も出せない空中からずっと攻撃されたときもよく耐えた」

姉御「最後はリングアウトになってしまったけど運が悪かっただけだ。あんなの本当は気弱の勝ちだった、アタイが断言するよ」



気弱「姉御さん……でも……」



姉御「でもじゃない。アンタは力が無いのに優しいから抱え込み過ぎなんだよ」

姉御「見てられないからね、だからアタイが支えるよ。アンタの重荷を少しでもアタイも背負うから」



気弱「そ、それだと僕は助けられてばかりで……!」



姉御「だからアタイにアンタのその身に宿る勇気を少しでも分けて欲しい」

姉御「身体ばっかり鍛えて、心が臆病な私に」

姉御「あの日あの子を助けようと反射的に行動した姿のように」

265 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:59:14.64 ID:HKcOh5ri0



気弱「そんなことが……。姉御さんが臆病だなんて思ってもみませんでした。いつだって度胸があるように見えたのに」



姉御「アンタの前ではカッコつけていただけだよ」

姉御「本当のアタイは……誰かの言質でも取らないと、好きな男子相手にアタックかけることも出来ないくらい臆病でね」



気弱「す、好きな……!?」



姉御「ほら今だって拒絶されないか震えているんだ」



気弱「そうですか……女の子にそこまで言わせてすいません。好きです、姉御さん」





男(告白した気弱は今まで抱きしめられるままだったところから抱きしめ返す)





姉御「アンタは……本当簡単にそんなことを言って。やっぱり強いじゃないか」

気弱「簡単じゃないですよ。今だって心臓が破裂しそうなくらいバクバクしてます」

姉御「ああ、感じるよ。でも本当にアンタはアタイに色んなものを、欲しかった言葉もくれて……ズルいねえ」

気弱「何言ってるんですか、僕だって姉御さんにいっぱいもらってますよ」



男(抱きしめあう二人)

266 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 12:59:42.92 ID:HKcOh5ri0

男(想いの成就を見守った俺たちはその邪魔にならないようにコソコソと話す)



男「いやあ……ここまでだと、冷やかす気にもなれないな」

女友「ええ、お幸せにと後で伝えますか。今は完全に二人の世界ですしね」



男(互いを信頼し合った関係)

男(俺の恋愛における理想)

男(羨ましい、本当に)



男(いつか俺もこんな関係を作れるのだろうか)

男(いや……作ってみたい)



男(だからこそ俺は人を信じられるようになると誓ったわけで……)

267 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 13:00:19.02 ID:HKcOh5ri0

女「ねえ、男君」

男「……ん、どうした女」

男(二人の様子をぼーっと眺めていた女が口を開いた)



女「昨日の昼食会の前にさ、私の願いを何でも一つ聞くって言ったでしょ?」

男「ああ、そうだったな」



男(宝玉を手に入れるために頑張っている女に対して、何もしていない俺がせめて力になろうとして結んだ約束)

男(忘れてはいないが、どうして今それを持ち出したのだろうか?)



女「願いの内容を思いついたから言ってもいい?」

男「……いいぞ」

男(どんな願いが飛び出すか、身構える俺に女は告げる)

268 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 13:00:45.85 ID:HKcOh5ri0



女「私がこの後の決勝戦で傭兵さんに勝って宝玉を手に入れることが出来たら――」



女「あの二人みたいに男君に私を抱きしめて欲しいの」



269 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/11(月) 13:01:40.96 ID:HKcOh5ri0
続く。

決勝までちょっと挟みます。
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/11(月) 17:46:34.42 ID:NbSSFG/0O
乙!
ニヤニヤした
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/11(月) 23:53:16.69 ID:Uev4PQc0O
乙ー
272 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:53:25.35 ID:iOekmZAU0
乙、ありがとうございます。

>>270 私も書いててニヤニヤしました。

投下します。
273 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:54:01.07 ID:iOekmZAU0

男「……」

男(女の願いを聞いて)

男(俺は簡単に願いを叶えるなんて提案した過去の自分を呪った)



男(どうして命令なんて夕食のおかず一個譲れとか、一発芸しろと命令して笑い物にするとかだと思ったのか)

男(女には俺の魅了スキルがかかっている)

男(好きな人相手に何でも命令できるとなったら、そのようなことを命令するのが当然だ)

男(内容が抱きしめてほしいとなったのは気弱と姉御を見て羨ましくなったとかそんなところだろう)



男(魅了スキルをかけてしまった俺なんかが抱きしめるなんてことしていいのか)

男(女が正気に戻ったときに汚点となるんじゃないのか)

男(単純に抱きしめるって恥ずかしくないか)



男(色んな考えが錯綜した後に)

274 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:54:31.23 ID:iOekmZAU0

男「分かった」

男(俺はその願いを了承した)



女「本当? 男君のことだから何かと言い訳して逃れようとするかと思ったけど」

男「そんなこと……しないとは言い切れないな。うん、すごく俺らしい」

女「だったらどうして受け入れたの?」



男「俺と女の間じゃ色々事情があるけどそれを抜きにして考えてみて……」

男「今の願いを口にするには勇気がいったはずだろ」

男「だったら恥をかかすのも男らしくないと思ってな」



男(女同様に俺もさっきまで見ていた気弱と姉御の二人に引っ張られている自覚はある)

男(この選択もまた後から悔いるだろうな)

275 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:55:00.65 ID:iOekmZAU0

女「男君も変わったね」

男「一時的なものだと思うけどな。それに決勝で傭兵に勝った場合の話だろ。実力はほぼ互角、なら二分の一で今の約束は不履行だ」

女「そんなことないよ。今の約束で私の勝つ確率は100%になったから」

男「どんな理屈だよ……まあこんなニンジンで頑張れるなら約束した意味はあるか」



男(女がわざわざ決勝を勝った場合という条件を付けたのはこうして自らを奮起付けるのもあるだろうが)

男(宝玉を手に入れる役に立っていない俺が交換条件に出したということも考慮してのことだろう)

男(決勝で勝てなければ、宝玉が手に入らず前提が狂うからだ。真面目な女らしい)

276 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:55:28.18 ID:iOekmZAU0

女「よし、じゃあ私は控え室に戻ろうかな」

女「決勝開始までまだ時間があるけど、ウォーミングアップとか精神統一したいし」



男(万全の準備で決勝に挑むつもりのようだ。今の約束で浮つくかと思ったが、そんなところは一切見られない)



男「……」

男(その場を去ろうとする女を見送ろうとして……)

男(ああもう、やっぱり今の自分はおかしい。だからしょうがないんだと言い訳して)



男「相手が同格の竜闘士だろうと、俺はおまえの勝利を信じているからな、女!!」



女「……! ありがとっ、男君!! 絶対に勝ってくるよ!!」



男(面食らった後に、満面の笑みを浮かべて、手を振りながら女は控え室に向かった)

277 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:56:18.44 ID:iOekmZAU0

男「……」

男(本当にらしくない)

男(勝利という言葉にかかっているが、信じるなんて言葉が俺の口から出るなんて)



男「はぁ……」

男(頭をポリポリとかきながら俺は向き直って)



女友「……」

気弱「……」

姉御「……」



男(そのときになってようやく俺は女友、気弱、姉御の生暖かい視線が向けられていることに気付いた)



男「何だ、おまえら。見せ物じゃねえぞ、帰れ、帰れ!」

女友「どこに帰ればいいんですか? しかし本当にここまで来て……私は感無量です」

男(女友が流れていない涙を拭う。白々しい)



気弱「そういえば女さん、男さんが酔っぱらったときの質問からして……」

姉御「気弱は女子会にいなかったから事情を知らないんだな。後で教えるよ」

気弱「ありがと、姉御」

姉御「気弱♪」



男(二人がいちゃついている。いつの間にか互いに呼び捨てになってバカップル丸出しだ)

男(つうか俺の酔っぱらった時って何だ?)

278 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:56:49.02 ID:iOekmZAU0

気弱「それにしても男さん、ありがとうございます。おかげさまで姉御に想いを告げることが出来ました」

姉御「ああ、そうだね。アタイもお礼を言うよ。気弱と付き合えることが出来た」



男「はいはい。からかったと思ったら、今度は独り身の俺への当てつけですか? 末永くお幸せにねえっ!」

男(俺のテンションも中々にぶっ壊れている)



気弱「ありがとうございます」

姉御「そんなに彼女が欲しいなら女に告白すればいいのに。女も喜ぶと思うよ」

男(皮肉を受け流す気弱と意趣返す姉御)



男「そりゃ喜ぶだろうよ、俺が魅了スキルをかけてしまったんだからな」

気弱「えーと……あー……」

姉御「そうか……いや、すまないね」

男「って、愚痴っぽくなったな。今の無しだ、これは俺の問題だしな」

男(気まずそうにする二人に俺は発言を撤回した)

279 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:57:37.20 ID:iOekmZAU0

女友「しかし、ヤキモキするという意味ではお二人も相当でしたよ」

女友「教室にいたときから、どう見ても両思いだったというのに」

男(女友が気を利かせて話題を変えてくれる)



男「教室での様子は俺は知らないけど、この町に来てからの付き合いでも簡単に分かったしな」

男(俺もそれに乗ることにした)



気弱「そ、そうでしたか……? 抑えてはいたつもりだったんですけど、姉御のことを好きだって想いが溢れていましたか」

姉御「それを言うならアタイだって気弱のこと好き好きって思ってたよ」

気弱「姉御……」

姉御「気弱……」



男(出来立てのカップルとは思えないほどのアホッぷりだ。キレてもいいか?)



気弱「姉御は僕みたいな弱い男は好きじゃないと聞いてたから及び腰になっちゃったかな」

姉御「アタイだって気弱はアタイみたいなガサツな女は好きじゃないって聞いてたから、怖かったんだよ」

気弱「でもこうして結ばれたから良かったよね」

姉御「ああ、本当にね」



男(なるほど、互いへの想いは十分だったけど、相手が自分のことを好きだという自信が無かったから、こうして時間がかかって……………………………………)



男(聞いてた……?)



280 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:58:15.76 ID:iOekmZAU0





男「おい、そこのバカップル二人。その話を聞いた相手って誰だ?」





気弱「誰って……チャラ男さんですよ。男さんには言いましたよね、僕はチャラ男さんにこの恋を応援してもらっているって」

気弱「その一環で姉御が僕みたいな弱い男好きじゃないって情報も聞いたんです」



姉御「アタイもチャラ男だよ。アタイの想いがバレていたみたいで、相談するとこうして気弱と一緒のパーティーを組んでくれたり手伝いをしてくれてね」

姉御「気弱がアタイみたいなガサツな女が好きじゃないってのもチャラ男からの情報だ」



気弱「あれ僕たち二人ともチャラ男さんに相談していたんですか」

姉御「そうみたいだねえ……あ、そうそうチャラ男にも報告しないとだね、こうして気弱と付き合えたことを」



気弱「もちろんですよ、色々と応援してくれたんですから」

気弱「あの剣もチャラ男さんなりの応援だったんでしょう、結局使わなかったですけど」



姉御「あーでも、チャラ男はどこ行ったのかねえ?」

気弱「え、姉御知らないんですか」

姉御「最後に姿を見たのは準決勝前だよ」



男(二人はのうてんきにチャラ男に報告することやどこに行ったかを考えている)

281 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:58:47.24 ID:iOekmZAU0

男「…………」

男(だが事態はそんな軽いものではない。明らかにおかしいのだ)



男(気弱から姉御が好きだと聞いていて、姉御から気弱が好きだと聞いていて)

男(なのにチャラ男は双方に全く逆の、嘘の情報を流している)

男(二人を応援するといいながらこの行動……悪意を持ってした騙したのだとしか考えられない)



男(この二人が結びつくのに時間がかかったのは……チャラ男が邪魔をしていたからだ)





女友「気弱さんに姉御。先にVIP席に戻っていてくれませんか」

気弱「え、どうしてですか」

女友「ちょっと私たちは用事を思い出したので」

姉御「そうかい。じゃあ行こっか、気弱」

気弱「うん、姉御」



男(二人はいちゃつきながらVIP席に戻る)

男(先ほどまでの邪念は無くなった。今はただ二人に幸せになって欲しいと心の底から思う)

282 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/13(水) 23:59:33.61 ID:iOekmZAU0



男「ああ、そうだ。下手すればあいつのせいで何もかも滅茶苦茶になる寸前だったんだからな」



男(チャラ男がどういうつもりなのかは分からないが……)

男(お互いを思いあう関係を踏みにじろうとした罪は俺の中で最上級に重い)



女友「こそこそしているのは分かっていましたが、こんな姑息なことを。男さんも同じ思いのようですね」

男(女友も俺と同様にチャラ男のことを前から怪しいと思い、現在は怒っているようだ)





男「それで目星は付いてるんだな、チャラ男の居場所は」

女友「ええ、今やこのコロシアムは私の庭です。二人で問い詰めに行きましょう」

女友「決勝直前の女に負担をかけたくないですし、出来たばかりのカップルの邪魔をするわけにも行きませんしね」

男「もちろんだ。決勝開始まであと三十分ほど、それまでには戻るぞ。女の応援をしないといけないからな」



283 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/14(木) 00:00:02.24 ID:sbj+lYpb0
続く。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/14(木) 01:55:47.08 ID:KlXMrKtKO
乙ー
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/14(木) 05:38:09.88 ID:A05tMAqSO
乙!
286 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:47:33.52 ID:OmBgLjWM0
乙、ありがとうございます。

投下します。
287 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:48:31.34 ID:OmBgLjWM0

男(女友に導かれるまま移動した先は選手控え室前)

男(そこには目的の人物、チャラ男がいた)



チャラ男「おっとお二人さん、どうしたんやこんなところで」



男(チャラ男は一度は気弱に渡した毒の剣を手にして、ちょうど控え室から出てきたところのようだった)

男(気弱が使わないで控え室に置いていたものを回収に来たということだろう)



女友「それは毒が付与された剣……一般には流通してない代物のようですが」

チャラ男「ちょっとした伝手でな。気弱が使わなかったみたいやから、返してもらおうと思ってな。そんなに安いものでもないし」

男「伝手か……気弱にもそう言ってたな」

チャラ男「そうやけど……って、何や聞いてたんか? 盗み聞きは良くないでー」



男(チャラ男は堪忍してな、とふざけた調子で言うが、徐々に俺たちが出す雰囲気について感じ取ったようだ)



チャラ男「二人とも怖い顔しているけどどうしたんや? 何かあったんか? ヤバい問題なら仲間の俺も手助けするで!」

男「何が仲間だ」

女友「そんなつもり一片も無いでしょう。そして今起きている問題はあなたの行動についてです」

チャラ男「俺の行動? っていうと……あーそっかバレたみたいやな」



男(てへ、と自分の頭に手を置くチャラ男。そのふざけた調子を崩すつもりは無いようだ)

288 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:49:03.72 ID:OmBgLjWM0



男「気弱と姉御。双方の恋を応援すると言いながら、実際には妨害をしていた。どういうつもりなのか答えてもらおうか?」




チャラ男「もう怖いなー。そんな怒らんといてって」

チャラ男「別に大層な理由があるわけでもないんや。男はNTRって知ってるか?」

男「エヌティーアール?」



チャラ男「スラングなんやけどな、寝取り、寝取られを指す言葉でな」

チャラ男「いやしかし全く真逆なのに同じ略し方って混乱するよな」

チャラ男「寝取りは興味があって今回試してみたけど、寝取られは勘弁……」

チャラ男「いやでも寝取られにハマるって人も多いみたいやしな。実際体験してみればハマるんかいな?」

チャラ男「まあ俺の性格からして人に女を取られたら、そのまま執着せずにあげるかもしれないけど」



男「その下らない話はいつまで続くんだ?」



チャラ男「すまん、すまん。えっとそれでどこまで話して……そうそう、二人の仲を邪魔した理由やったな」

チャラ男「まず前提なんやけど俺はモテるんや。……いやいや、そんな興味なさそうな顔せんといてって。理由と関係あるんや」

チャラ男「モテるおかげで、こっちからアタックしなくてもあっちから言い寄ってくるから俺は女に不自由したことなくてな」

チャラ男「でもそれやとこう軽い女とばかり付き合ってきたことになるやろ?」

289 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:49:41.54 ID:OmBgLjWM0

チャラ男「だから異世界に来たタイミングで一念発起したんや」

チャラ男「たまには誰かを一途に思うタイプの女と付き合ってみようってな」

チャラ男「それでちょうどいいやついないかなーって探して、姉御に目を付けたんや」

チャラ男「ああいうスポーティーなタイプとも付き合ったこと無いし」

チャラ男「気弱のことを好きなのは傍目からでも分かってたから寝取り経験も出来て一石三鳥ってな」



男「……」



チャラ男「しかしそのせいで結構苦労したんやで?」

チャラ男「寝取りってのは寝取った相手に見せつけるところまでで一幕やから、姉御だけでなく気弱もパーティーに入れないといけなかったし」

チャラ男「あいつら本当何で付き合ってないのか不思議になるくらい好き合ってたから妨害工作も大変でな」



チャラ男「でも山は高いほど登りがいがあるってな」

チャラ男「頑張った甲斐あって気弱の思考を誘導できて、この大舞台で力に取り付かれて卑怯な手を使う姿を姉御に見せれば愛想も尽きると思ったんやけど……」

チャラ男「……いやあ、やっぱりあんたらとこの町で会ったのが誤算だったんやろうね」

290 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:50:16.56 ID:OmBgLjWM0

男「おまえは……そんな自分の都合のために二人の仲を引き裂こうとしたのか」

男(のうのうと宣うチャラ男に怒りが沸いてくる)



チャラ男「そうやで。俺のモットーは『自分が楽しければオッケー。面倒事はなるべく御免』でな。恋愛も同じスタンスなんや」

男「そうか。俺の恋愛における理想『お互いが心の底から愛しあう』とはまたかけ離れたスタンスだな」



チャラ男「ふうん、ピュアやな。心の底からって何や?」

チャラ男「俺だって『愛してるぜ』『愛してるよー』なんてやりとりくらいしたことあるで?」

チャラ男「その一ヶ月後にはあっちが浮気して別れたけどな。まあ俺も他の子にちょっかいかけてたからおあいこやけど」



男「真剣に相手と向き合うつもりの無いおまえじゃ一生作れない関係だろうよ。俺よりも遠い」

チャラ男「かもしれんな。まあ別に興味も無いけど」



男(俺とチャラ男の間には明確な溝がある)

男(あの夜を思い出す。絶対に相容れない主義主張の相手というのはどうしてもいるものだ)

男(あのときも分かりあえずあいつは俺を力でどうにかしようとして、それ以上の力によって退けられた)

男(だから……今もそのときと同じことをするだけだ)

291 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:50:45.71 ID:OmBgLjWM0

男「俺はおまえのしたことが許せない」

チャラ男「そうか。でも恋愛には卑怯も何もないって言うやろ? 俺が責められる謂れは無いはずやで」



男「おまえの言うことにも一理はあるかもしれないな」

男「気弱も姉御もこんな胡散臭いやつに頼ったのが悪いとも言える」

男「もっと自分の感情に素直になっていればここまで拗れることはなかった」



チャラ男「胡散臭いって……否定は出来ないな」



男「だが、俺は別におまえを説得するつもりじゃないんだ」

男「おまえとはどれだけ話し合っても分かりあえない自信がある。根本的な考えからズレているんだ」

男「だったら戦争するしかないだろ?」



チャラ男「……っ、それは」

男「人頼りで悪いけどな、女友任せたぞ」



男(隣の女友の肩をポンと叩く。女友は待ちくたびれましたよ、と一歩前に出た)

292 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:51:16.27 ID:OmBgLjWM0



女友「チャラ男さん、あなたを無力化、拘束させてもらいます」

女友「友達の恋路を邪魔された個人的な恨みを晴らすのとは別に聞きたいことが山ほどありますので」

女友「あなたにその剣を与えた背後にいる存在や、その人が現在私たちクラスメイトに起こしている問題などね」



男(女友が上げた問題は初耳だった。どうやらこの件の他にも色んな問題が絡みついているようだ)





チャラ男「いやいやいや、魔導士の本気とか相手するの無理やろ!?」

男(チャラ男が慌て出す)



男(俺たちクラスメイトの力量は、伝説級の竜闘士である女を頂点に、最強級は女友ともう一人いて、達人級はそれ以外のクラスメイト、魅了スキルしか持たない一般人の俺が最下層というピラミッドになっている)



男(つまり魔導士の女友と盗賊のチャラ男では力量差が明らかだ)

男(気弱のように格上に立ち向かえるような信念も、目の前の男が持っているとは思えない)



男(故に目の見えている勝負で――――)



293 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:51:58.35 ID:OmBgLjWM0









????「全くおまえはこんなところにいたのか」









男「……っ!?」

男(声が響いた)



男(付近には俺と女友とチャラ男の三人しか見えないのに)

男(第三者の声が)

294 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:52:48.26 ID:OmBgLjWM0

女友「この気配は……!」

チャラ男「おおっ、良いタイミングや!」



男(聞き覚えのある声だった)

男(そうだ、あの夜に聞いて以来の――)





????「解除、『潜伏影』」





男(影から人の姿が浮かび上がる)

男(最強級の女友と同格の存在『影使い』のスキル)

295 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:53:20.35 ID:OmBgLjWM0





男「イケメン……っ!!」

イケメン「男か……久しぶりだね」





男(現れたのは忘れられるはずのない相手)

男(あの夜、俺の魅了スキルを狙い襲撃してきたイケメンだった)

296 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/15(金) 22:53:46.61 ID:OmBgLjWM0
続く。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/16(土) 03:30:21.80 ID:KgviOe77O
乙ー
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/16(土) 07:22:48.73 ID:w510DRsUO
乙!
299 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 20:56:04.73 ID:xnX4BvrV0
乙、ありがとうございます。

投下します。
300 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:18:07.25 ID:xnX4BvrV0

男(俺、女友、チャラ男のいる場に乱入してきたイケメンはチャラ男に事情を聞く)



イケメン「様子を確かめに来たら……どうしてこんなことになってるのかい、チャラ男?」

チャラ男「いやはや、どうにも俺のしていたことが失敗してバレたみたいでな」

イケメン「失敗か。チャラ男の趣味はともかく、上手く行けば力に取り付かれた気弱とチャラ男に惚れた姉御で一気に二人仲間を増やせるからわざわざ協力したというのに」



チャラ男「まあしゃーないやろ。わざわざ剣を届けてくれたりしてもらったのにすまんけど」

イケメン「……ったく、おまえは」

男(二人は気安く呼び合う関係のようだ)



チャラ男「つうわけで俺も二人と一緒にいる理由が無くなったから、イケメンのところに合流するで」

イケメン「あっさりしているね。諦めるのかい?」

チャラ男「まあな。面倒は御免が俺のポリシーなんや。流石に今の状況から寝取るのは割に合わな過ぎるしな」

チャラ男「どんなに障害があろうと、一人の女に執着するあんたとは違うんや」

イケメン「……ここで言い争いするつもりはないよ。合流は歓迎だ、任せたいこともあったからね」

301 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:36:25.91 ID:xnX4BvrV0



チャラ男「と、それよりこれで形勢逆転やないか? 相手は魔導士の女友とこの場じゃ役に立たない魅了スキルしか持たない男」

チャラ男「俺とイケメンで協力すれば二人を捕らえられるやろ。念願の魅了スキル獲得するチャンスやないか」

チャラ男「俺もちょっとはおこぼれに預からせてくれよな」



男「ちっ……」

男(会話の矛先がこちらを向く。確かに戦力はチャラ男一人分だけあちらの方が有利だ)

男(力で圧倒しようとしたのが、圧倒され返される)

男(この場を凌ぐには……決勝直前の女に頼るわけには行かないし、気弱と姉御を……)



女友「いえ、この場の戦力は拮抗していますよ」

イケメン「そうみたいだね」



男(しかし女友とイケメンはあっさりとチャラ男の言い分を否定した)

302 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:37:09.13 ID:xnX4BvrV0

チャラ男「へ……どういうことや?」

イケメン「常人には気付かれないようこの地に女友の結界魔法が張られている」

イケメン「女友の力がブーストされて、チャラ男一人分くらいは賄えるだろう。どうやら襲撃に備えていたみたいだな」



女友「私がただ武闘大会に出場しないで遊んでいると思いましたか? 準備するに決まっているでしょう」

男「ナイスだ、女友」



男(どうやら女友が独自の判断で動いていたらしい)

男(そういえばチャラ男の居場所について聞いたとき、コロシアムは自分の庭だと言っていた)

男(場所が分かったのも結界魔法の効果の一つなのだろう)



イケメン「それでも拮抗だから戦えば勝つ可能性もあるが、長引けば気弱や姉御、女が援軍として駆けつける可能性がある」

イケメン「ここで襲うのは分が悪い」

女友「こちらも二人を捕らえるチャンスですが、援軍を呼ぶために離れた時点で逃げられるでしょう」

女友「お互い手を出しても無意味ということですね」



男(どうやら戦局は硬直しているらしい。ならば話を交わすチャンスだ)

303 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:37:36.83 ID:xnX4BvrV0



男「イケメン。おまえには色々と言いたいことがあるが、今はおとなしく疑問解消に努めることにする」

男「気弱に聞いたんだが、おまえも宝玉を手に入れたんだってな? どういうつもりなんだ?」



男(男子会の際に聞いた話。気弱が前の町で偶然出会ったイケメンに、宝玉を見せられたと)

男(そう簡単に手に入る代物ではないのに、わざわざイケメンが手に入れた理由とは……)



イケメン「別に答える義理もないけど……ちょうどいいか。君たち帰還派に宣戦布告しておこう」

男「帰還派……宣戦布告……?」



イケメン「元の世界に帰還することを目的とした君たちとはっきり袂を分かつ意味を込めてね」

男「っ……!」

男(イケメンの言い分はつまり――)





男「じゃあ、おまえたちは元の世界に戻るつもりが無いってことか!?」

イケメン「ああ。僕の側に付いたクラスメイトはみんな同じ気持ちだよ」





304 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:38:05.21 ID:xnX4BvrV0

男(その言葉にイケメンの側のクラスメイト、チャラ男を見る)



チャラ男「そうやな、俺が連日連夜キャバクラ通いしているのは知っていると思うけど……」

チャラ男「その金をどこで稼いでいるかについては思い当たっていないみたいやな」



男「金を……まさか、おまえの職の……」



チャラ男「そうや、盗賊の力でそこらから盗んでな」

チャラ男「いやあすごい技術でな、本当盗み放題やで。今までバレたこともないしな」

チャラ男「こんな風に好き勝手出来る力を捨てて、今さら元の世界に帰ってただの学生の身分に戻るなんて出来るはずないやろ」



男(少しも悪びれる様子のないチャラ男)



イケメン「大体、僕が魅了スキルの力を欲し求めていることから分かっていると思っていたんだが……」

イケメン「どうやら君は盲目的にこの世界から帰還することしか考えていなかったのか」



男「魅了スキルを手に入れた場合はこの世界から帰還するまでの間だけ好き勝手する……と俺は見誤っていたのか」



イケメン「そうさ。どうして僕が手に入れたおもちゃを捨てるわけないだろう」

イケメン「ずっとこの世界に留まって遊び尽くすに決まっている」



男「………………」

男(こいつらは……)

305 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:38:39.90 ID:xnX4BvrV0



イケメン「女はこの異世界に来た時点で、元の世界に戻ることを目標として僕たちクラスメイトをまとめた」

イケメン「まああのときは混乱を収めるためにそれが最適だったのも事実だが……」

イケメン「異世界で過ごすことによって、授かった力を手放すのが惜しいと思ったクラスメイトも出始めたということさ」

イケメン「僕もこの『影使い』の力は気に入ってるしね」



イケメン「そんな人たちを勧誘して僕たちの仲間としたんだ」

イケメン「女友は気付いていると思うが、現在君たち帰還派と連絡が付かない三パーティーは全て僕たち駐留派に付いている」





女友「やはり……そういうことですか」

男「三パーティー……というとまだ帰還派の方が多いみたいだが、そんなにも……」



男(思った以上の浸食率だ)

306 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:39:07.24 ID:xnX4BvrV0

イケメン「しかし今の反応を見るに、男は元の世界に戻るのを当然だと思っていた様子」

イケメン「ならば今この場で僕たちの側に来ないか勧誘しましょうか」

イケメン「女を僕にくれるなら、君の自由意志を認めてやってもいいよ」



男「人を物のように扱いやがって……っ! 大体、俺がおまえらの側に付くと思うか!?」



イケメン「まあまあ、過去のしがらみは捨ててちゃんと考えてくれよ」

イケメン「君は魅了スキルについて相手が自分のことを好きになっても、元の世界に戻った時点で解消されることが空虚に感じるという話だったね」



男「ああ、その通りで………………っ!?」



イケメン「気付いたようだね。この世界にずっと留まればそのデメリットは無くなるのさ」

イケメン「魅了スキルをかけた相手は、未来永劫君のことを好きになる」



男「…………」

男(イケメンの提案は……俺のエアポケットになっていたものだった)

男(魅了スキルの欠点が無くなる……俺のことをずっと好きになる)

男(絶対に裏切ることのない相手……トラウマが再来しないなら、俺だって誰かを好きになれ………………)

307 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:39:40.11 ID:xnX4BvrV0



男「いや、無いな。俺は絶対に元の世界に戻ると決めたんだ」

男(頭を振って宣言する)



イケメン「ずいぶんと固い決心だね。そんなに元の世界にでも未練があるのかい?」



男「ああ、この世界のラーメンはマズいんだよ」

イケメン「ラーメン……?」

男「あんなラーメンもどきしか食えずに生きるなんてまっぴらだ」

イケメン「そんなもののために……」



男「それだけじゃない。元の世界で読んでた本に続きが気になるのが何冊もあるんだ」

男「ようやく伏線が回収されそうだってのに読まずに死ねるか」

イケメン「ははっ、何ともちっぽけな理由だなっ!」



男「ああ、そうだろうな」

男「だが俺にとっておまえたちがこの世界に留まって好き勝手したいって理由もちっぽけだとしか思えねえよ!!」



イケメン「っ……!」



男「人様の世界で好き勝手して、その上居座るなんてそんな厚顔無恥なことが良くできるな!」

男「俺には出来る気がしねえよ、絶対に元の世界に戻ってやる!!」



男(あの夜に続いて、またも俺とイケメンの主義主張は決別する)

308 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:40:24.43 ID:xnX4BvrV0

イケメン「そうか……ははっ、いいだろう。面白くなってきたね」

イケメン「魅了スキルしか持たない君がどこまで出来るか期待しているよ」



男「おいっ、待て! まだ最初の質問に答えてないぞ! おまえはどうして宝玉をわざわざ手に入れたんだ?」

男「この世界から帰還するつもりが無いなら尚更意味がない行動に思えるが?」



イケメン「ああ、そうだったね。楽しませてくれたお返しに答えてあげよう」

イケメン「理由は二つある。一つは女神のメッセージだ」

イケメン「宝玉を集めることでこの世界を救ってほしいとは、逆を言うと集めないと良くないことが起きるわけだ」

イケメン「この世界に永住するつもりの僕たちにとって、この世界には健在してもらわないといけないからね」



男「なるほどな」



イケメン「そしてもう一つ、こっちの理由の方が僕には重要だが……宝玉はただの帰還アイテムじゃないからさ」



男「……え?」

309 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:40:57.06 ID:xnX4BvrV0



イケメン「分からないのかい? 宝玉はその説明の通り、世界を渡る力を持つアイテム」

イケメン「元の世界に帰還するためにも使えるというだけで……別の使い方もあるということに」



男「別の……」



イケメン「そもそも女神は僕らをどうやってこの世界に呼び出したのか。帰還するのが宝玉ならば……」

男「呼び出したのも……宝玉の力……だっていうのか?」



イケメン「ああ、その結果女神はこの世界で自分の代わりに働いてくれる駒を手に入れたとも言える」

男「…………」





イケメン「同じように僕も宝玉を集めて呼び出すというわけだ」

イケメン「竜闘士の女も倒せるような、高位世界の存在――悪魔を!」




男「なっ……!」

310 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:41:30.76 ID:xnX4BvrV0

男(その言葉に気づかされる)

男(そうだ、やつが俺の魅了スキルを手に入れられないのは女を倒すことが出来ないから)

男(魅了スキルによって俺のことを好きになった女が絶対の門番として立ちふさがるからだ)

男(だとしたら……やつらが宝玉を集めることで、その障害を排除し欲望を叶えることが出来るのならば……必死になって集めるはずだ)





イケメン「分かっているようだね。これからは僕たち駐留派と君たち帰還派による、宝玉争奪戦開始というわけさ」

男「ちっ……集めるだけでも面倒なのに、横から奪う存在が現れたってことか」





イケメン「まあでもこの町の宝玉に関与するつもりはない」

イケメン「武闘大会の優勝によって得られるといっても、そもそも竜闘士に勝てるならこんな苦労する必要はないからね」



男「大会に参加してないのはそういう理由か」

イケメン「だが一つ宝玉はもらっていく。持っているな、チャラ男」



男(イケメンがチャラ男に言葉を投げると、胸元からあるものを取り出した)

311 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:41:57.87 ID:xnX4BvrV0



チャラ男「バッチリ宝玉は持っているで。あいつらお人好しにも俺に管理を任せていたからな」

男(その手にあるのは、気弱と姉御が前の町で苦労して手に入れただろう宝玉)



イケメン「これで僕らの手元には僕自身が手に入れた宝玉と合わせて二つ。そっちは三つか。いい勝負だな」

男「っ、おまえそれは二人が……!」

チャラ男「ああ、だから二人には男から謝っといてくれや、メンゴってな」



男(相変わらずチャラ男の言葉は軽い)



イケメン「さて、じゃあそろそろお暇させてもらうか。君たちも決勝がそろそろ始まるみたいだから向かった方がいいだろう」

男「おまえに心配されることじゃねえな」

イケメン「くくっ、その通りだね。『潜伏影』」



男(イケメンがスキルを発動すると、チャラ男も合わせて影にその姿が消える)

312 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:42:25.61 ID:xnX4BvrV0



イケメン「最後にお節介な忠告を。宝玉を狙うのは僕たちだけじゃない、気を付けることだね」

チャラ男「じゃあなー。気弱と姉御に達者でなー、と伝えといてくれや」



男(二人の声が響き……気配が消え去った)





男「ちっ……最後まで勝手な奴らめ」

女友「本当は捕らえたかったですが、現在の状況が見えてきたことは大きいです」

男「にしても最後の言葉は……他にも宝玉を狙うだと……?」

女友「……気になりますがそろそろ決勝です。今はそちらに集中して……大会が終わったら女と情報共有しながら整理しましょう」

男「ああ……そうするべきだよな」



男(俺と女友はVIP席に戻るのだった)

313 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/17(日) 21:43:04.61 ID:xnX4BvrV0
続く。

話が大きく動き出す回です。
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/17(日) 22:51:37.76 ID:HAVBSoFqO
乙ー
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 01:04:25.45 ID:sl4rOI3g0
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 08:38:53.51 ID:EaQb5tlZ0
乙!
317 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:42:34.82 ID:cesOVi7+0
乙、ありがとうございます。

投下します。
318 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:43:12.71 ID:cesOVi7+0

気弱「男さん、女友さん遅かったですね。決勝がそろそろ始まりますよ」

姉御「ずいぶんと長い用事だったんだね」

男(俺と女友がVIP席に戻ると気弱と姉御が出迎えた)



男「そういえば二人にはどうするんだ? チャラ男のこととか、駐留派のこととか」

女友「事はクラスメイト全体の問題です。二人だけでなく全員に伝えるつもりです。他の人には手紙になりますが」

男「妥当だな。しかしやつらが………………」

女友「男さん」

男(考え込もうとする俺を引き戻すように女友がピシャリと名前を呼ぶ)



女友「気になるのは分かります。ですが今は決勝戦です」

女友「女の晴れの舞台を応援しましょう。宝玉を集める重要性が増したことですし」

男「……ああ、そうだな。すまん、切り替えが出来ていなかった」



男(女友にたしなめられる)

男(イケメンとの話によって俺の胸の内はざわついていた)

男(あの場では威勢良く啖呵を切ったが、色んな感情や思考が渦巻いている)

男(だが今はそれに構っている時間ではない。一旦脇に置いておかないと)

319 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:43:50.26 ID:cesOVi7+0

男(俺と女友は気弱たちの隣の席に座る。確保してくれていたようだ)

男(リングを見下ろす。そこには現在誰もいなかった)

男(今までと違って長めに休憩を取っていたし、リングの整備は既に終わっているのだろう。迎える準備は万端のようだ)

男(観客席もそのときを今か今かと待っている)



男(そして)



実況「お待たせしました、ただいまより決勝戦を始めます!!」

解説「選手の二人は入場してください!」



男(実況と解説の言葉に続き、二人の選手が姿を見せたことで歓声が爆発した)

320 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:44:30.16 ID:cesOVi7+0

観客1「傭兵ー!! 勝ってくれよー!」

観客2「新たな伝説の誕生に立ち会えるなんて!!」

観客3「若いやつに負けるんじゃねえぞー!」



男(伝説の傭兵)

男(多くの戦場を渡り歩いてきた猛者は、これまで通り歓声に動じることなくリングに上がる)



観客A「女さん、応援してるわよー!!」

観客B「古き伝説なんて打ち破れー!!」

観客C「女性でもやれるってことを証明してちょうだい!!」



男(女も声援を浴びながら反対サイドから悠々とリングに上がる)

男(この世界に来るまで普通の女子高生だったとは思えない堂々とした姿だ)

321 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:45:04.70 ID:cesOVi7+0

男「観客の応援はほぼ二分されてるか」

女友「この世界で知名度の高い傭兵さんに集中するかと思いましたが、女が少女であることから女性や若い人の支持を思った以上に集めた結果ですね」

男(女友の分析。確かに自分の立場に近いものは応援したくなるものだ)



姉御「力だけじゃなく人気もまた互角ってことかい。いやあ熱いねえ」

気弱「僕の試合のように観客の雰囲気で試合が左右されることは無さそうですね」

男(気弱の言うとおりでリング上に集中して観戦できそうだ)





傭兵「気力は十分のようだな」

男(リング上、傭兵の方から女に声をかけた)



女「はい。この試合に勝ちたい理由が増えたので」

男(女はすごい真面目な顔をして答える)

男(が、それが俺に抱きしめられたいからだと分かる俺にはその表情で合っているのかとツッコみたくなる)

322 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:45:31.65 ID:cesOVi7+0

傭兵「勝ちたい理由か……なるほど、若いな」

女「……?」

傭兵「私の内には負けられない理由があるが、勝ちたい理由が無いことに気付いてな」

傭兵「眩しいものだ、若者はいつも未来を見ている。年を取ると守りにばかり入ってどうにもいかん」

女「そうなんですか、私には分からない感覚です」

傭兵「その年で分かられたら、それこそ年寄りの立つ瀬がない」



男(傭兵の含蓄詰まった言葉)

男(しかしその本人もまだ30過ぎのおっさんのはずで、なのに年寄り言ってたらそれ以上の年の人に怒られるのではないか?)

男(まあそれだけ壮絶な経験を積んでいるとは思うけど)

323 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:46:06.21 ID:cesOVi7+0

実況「さて、決勝戦開始前に改めてルールの確認をしておきましょう。解説お願いします」

解説「時間は無制限。敗北条件は戦闘不能になるか、50m四方のリングから少しでも出ることによるリングアウトの二つですね」



実況「決勝も変わらないということですね。しかし決勝がもしリングアウトで決着が付いた場合、何ともあっけない感じになりそうですが」

解説「仕方ありません。決勝の竜闘士の二人はどちらも飛翔スキルの持ち主です。リングで行動を制限しないと、どこまでも行ってしまうでしょう」



実況「あー、そうですね。仕方ありませんか」

解説「それにこちらの方が駆け引きが白熱すると思いますよ」



男(解説の意味深な言葉でルール確認が締められる)





男「しかし今さらだが予選の五十人でのバトルロイヤルはともかく、本戦の一対一でも50m四方のリングって広すぎるな」

男(どうしてもリング上に選手二人がポツンと立っているという印象が拭えない)



女友「時間が無制限で、ペナルティもないことから逃げ続けることも可能な広さですよね」

気弱「あはは、実際僕もあれだけの広さのリングだったから、空中からの猛攻を二十分もの間、防げたところがありますし」

姉御「でも二人の竜闘士には狭すぎるリングだろうねえ」

男「まあそうか。一手でリング上全域を制圧する技を持っているような人たちには狭いものか」



男(リングの広さからちまちました戦いになるかと不安になったがどうやら無用そうだ)

324 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:46:32.59 ID:cesOVi7+0



傭兵「さて――行くか。我が使命のために」

男(傭兵が右足を半歩引き、腰を落として戦闘態勢に入る)



女「みんなの期待に応えるために……!」

男(女も同じ構えを取った)



男(二人の放つ威圧感や緊張感に観客席も自然と黙る)

男(大勢の人が集まるコロシアム。なのに不気味なほどに静かになった)





実況「両者準備は万端のようです。そして時間になりました」

実況「実況としてこの場に立ち会えることを幸運に思います」

実況「観客の皆さんも一緒に見守りましょう! 今刻まれる、新たな伝説の一ページを!!」



解説「それでは参ります――試合開始!!」



男(解説が試合開始を告げ、ゴングが鳴った瞬間二人の竜闘士は動いた)

325 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:47:01.25 ID:cesOVi7+0



傭兵「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』」



女「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』!!」



男(共に右手を突き出し指向性の衝撃波を相手めがけて最短のコースで走らせる)

男(必然的に両者の中間地点でその衝撃波はぶつかり爆ぜた)

男(破壊の余波が土埃を巻き上げる。どうやら攻撃は完全に相殺されたようだ)



男(開幕から派手な光景が広がり観客席が沸く)



男「おおっ……!?」

女友「やはり力は互角みたいですね……!」

気弱「頑張ってください、女さん」

姉御「気弱の借りを返してくれ!」

男(俺たちも熱を持って観戦に入る)



男(武闘大会決勝戦――宝玉を手に入れるための最終関門が始まった)

326 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/19(火) 08:47:29.85 ID:cesOVi7+0
続く。
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/19(火) 10:12:39.82 ID:aTLw7lBb0
乙!
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/19(火) 21:38:02.35 ID:SNV+nx6AO
乙ー
329 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:47:42.60 ID:YLnPQUF30
乙、ありがとうございます。

投下します。
330 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:48:13.20 ID:YLnPQUF30

男(竜闘士同士の戦い)

男(開幕『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』がぶつかったせいでリング上には土埃が巻き起こっており、選手たちは互いの姿が見えなくなっている)



傭兵「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』」

男(伝説の傭兵は追尾するエネルギー体を発生させて、見えずとも構わない攻撃を繰り出す)

男(土煙の中にエネルギー体が消えていって)



女「らああっ!!」

男(反対に土埃の中から翼を生やした女が飛び出してきた)



傭兵「……!」

男(女は互いの姿が見えなくなった瞬間『竜の翼(ドラゴンウィング)』を発動して空を飛び土埃の中を突っ切っていた)

男(急激な接近に追尾が追いつけず攻撃が潰される)

331 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:48:59.78 ID:YLnPQUF30



女「『竜の爪(ドラゴンクロー)』!!」

男(積極的な行動が傭兵の不意を突く。その隙を逃さず、女はエネルギー体の爪を生やして攻撃態勢に入った)



傭兵「『竜の鱗(ドラゴンスケイル)』」

男(仕方なく防御スキルを使う傭兵。竜闘士は攻撃だけでなく防御スキルも一級品だ。普通ならばガードしきれただろう)



女「甘いよっ!!」

男(しかし相手も同格の竜闘士なのだ。飛翔してきたスピードも乗った攻撃に防御を打ち砕かれダメージを受ける)

男(ファーストヒットは女が取った)


332 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:49:31.10 ID:YLnPQUF30

男「おおっ、これは……!」

女友「浅いですが一発……しかし、追撃が来ます!」

男(快哉を上げる俺だが、すぐに女友の言葉に気付く。ダメージをものともとせず、攻撃態勢に入る傭兵の姿を)



傭兵「くっ……『竜の震脚(ドラゴンスタンプ)』!」



男(今回の戦いはリング上で行われる。リングアウトのルールがある以上、猛スピードで突っ込んだ女はどこかでブレーキなり方向転換なりをしないといけない)

男(その減速した瞬間を傭兵は狙う。上空からの衝撃波で押し潰さんとしたのだ)



女「なっ……!?」

男(方向転換しようとしていた女はぎょっとする。ちょうど逃げようとした上空から攻撃が来たからだ)

男(強引に斜め上へと進路を変えることで衝撃波から逃れるが)



傭兵「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』」

男(さらなる追撃が迫る。先ほどは急接近により潰された攻撃だが、今回はしっかり女を捉えて追尾している)



男(逃げきれないと判断した女は発動したままだった『竜の爪(ドラゴンクロー)』で応戦)

男(飛びながら五本の爪を自在に操り、近寄ってくるエネルギー弾を消すその姿はまるで優雅なダンスだ)

男(しかし数が多すぎて五本の爪では足りない)



女「いたっ……!」

男(打ち漏らした一発が被弾した)

333 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:49:58.11 ID:YLnPQUF30

女友「手数で押すタイプの技の一発が当たっただけですから、そこまでのダメージではないはずです」

女友「竜闘士は身体能力同様、スキルを使わなくても基本的な防御力が高いですし」

男「そうなのか。にしても女がまともにダメージ食らう姿は初めてだな……」



男(異世界に来てからのことを思い返す)

男(商業都市でのドラゴン戦も観光の町での犯罪者グループの制圧時も、そして武闘大会の予選・本戦共に女が敵の攻撃をまともに食らった事はなかった)

男(いつだって敵を圧倒して寄せ付けなかったからだ)



男(だが今回の決勝は当然だが勝手が違う)

男(同格の相手との初めての戦い)



男(攻撃を食らったことに女は特に驚いたところ無く、ようやく止んだ攻撃に一旦距離を取る)

334 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:50:41.56 ID:YLnPQUF30

傭兵「『竜の翼(ドラゴンウィング)』」

男(傭兵はその間に自身も翼を生やして飛ぶ。空中戦に応じるようだ)



女「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』」

傭兵「『竜のはためき(ドラゴンウェーブ)』!!」



男(三度ブレスを発動する傭兵に対し、女は波状のエネルギーで応戦。ブレスの数が多く、全部は消しきれないがそれで良かったようだ)

男(女の目的は傭兵までの進路を確保することだったからだ)



女「らあぁぁぁっ!!」



男(猛スピードで飛ぶ女。ある程度相殺したとはいえ、残ったエネルギー弾が追尾して女の前進を阻む)

男(女は回避を最小限にどうしても避けきれないものはスキルも宿っていない素手で弾いた)

男(当然ダメージもあったが気にすることなく接近する)



男(女の特攻に対して傭兵は逃亡を選択。相手にはスピードが乗っており応戦するのは分が悪い)

男(ブレスのダメージが入っているため、逃げ切れれば今の攻防は傭兵が利を得たということになるだろう)



男(もちろん、同格の竜闘士から逃げ切れればだが)

335 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:51:08.85 ID:YLnPQUF30



女「『竜の闘気(ドラゴンオーラ)』!!」



男(予選を一手で制した広域制圧技を女は飛翔しながら放つ)



男(全方位に広がる衝撃波が派手な技だが実は攻撃力が低い)

男(一点に衝撃波を集中させる『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』に比べて拡散させているから当然ではある)

男(それでも予選の相手なら十分だったということだが今の相手は同格の存在)

男(防御スキルを発動させなくても、わずかなダメージと体勢を崩すくらいの影響しかない)



男(だが逃げようとする傭兵に対して、逃げ場のない攻撃がマッチしていた)

男(どうしようもなく巻き込まれ、押しやられた先は――リングの隅)

男(それ以上後ろに引けない場所に追いやって)

336 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:51:35.27 ID:YLnPQUF30



女「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』!!」



男(女は追尾エネルギー弾をばらまく)

男(手数により相手をリングアウトに押し込む女の策略)



傭兵「舐めるな! 『竜の爪(ドラゴンクロー)』!!」



男(しかし傭兵は吠えると体勢を立て直して五本の爪を形成)

男(爪を操り一つ残らずエネルギー弾を叩き落とした)



男(そしてリング隅を脱出する傭兵)

男(お互い警戒しながらリングを円状に飛ぶ)

337 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:52:05.75 ID:YLnPQUF30



観客「おおおおおっ……!!」

男(攻防が一旦落ち着いたことで観客のどよめきが発された)

男(今までハイスピードな攻防に息を飲んで見入っていたため、声を出すことも忘れていたのだろう)



男(俺たちも堰が切れたように戦いの感想を述べあう)



女友「力は開幕の衝撃波の相殺で互角だと分かっていましたが技術もほぼ同等のようですね」

男「女がエネルギー弾を一つ打ち漏らしたのは体勢が崩れていたからで、傭兵は万全の体勢で迎撃していたからな」

姉御「力と技術は互角……なら、ここまでの戦いで出ている違いはその性格だろうねえ」

気弱「そうですね。僕の戦いでも空中から攻撃を続けたように傭兵さんの戦い方は堅実の一言です」



女友「対して女は積極的といったところですね」

男「少々のダメージは気にせず接近して攻撃を振るう」

姉御「竜闘士は遠距離攻撃も十分に強力だが、やはり同格の存在の防御を打ち破るには近距離攻撃を叩き込みたいところだねえ。女の戦い方はアタイ好みだよ」

気弱「姉御には悪いですが、僕は傭兵さんの戦い方が共感できますね。女さんは結構チャンスを作って有利に見えますが、ダメージの量では傭兵さんの方が有利なはずです」



女友「まあ必要経費でしょう。一度クリーンヒットが入ればひっくり返る差です」

男「逆にこのまま有利に運び続けれられる可能性もあると」

姉御「しかし傭兵さんはあまりにも消極的だと思うけどねえ。堅実なのは分かるけど……遠距離攻撃一方でどうにも違和感が」

気弱「それは僕も思っていましたが……何かあるんでしょうか?」

338 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:52:47.35 ID:YLnPQUF30

男「…………」

男(俺は考える)

男(分析の結果、力も技術も性格も戦いを決定的に導くほどの差はないと言えるだろう)



男(だったら何がこの戦いの趨勢を傾けるのか)



男(傭兵にある違和感か。力、技術、性格以外の二人の資質か。それとも二人以外の外的な要因によるものか)





男「……何にしろ、長い戦いになりそうだ」

男(現状戦いは拮抗している)

男(差が出るまでは時間がかかるだろう)





傭兵「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』」

女「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』!!」





男(二人がおもむろに放ったエネルギー弾の数々が中間地点で爆発、その爆風を隠れ蓑に女が接近する)

男(第二ラウンドの開始)



男「頑張れ、女!!」

男(俺は本人に届けと応援の声を張り上げた)

339 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/21(木) 21:53:20.68 ID:YLnPQUF30
続く。

次回決着。
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/21(木) 22:38:35.75 ID:pbyL57ei0
乙!
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/22(金) 06:13:35.64 ID:bBUMTvvyO
乙ー
342 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:05:12.13 ID:ABUc5JTR0
乙、ありがとうございます。

投下します。

343 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:06:18.90 ID:ABUc5JTR0

女(試合開始から15分は経過したと思う)

女(私はその間伝説の傭兵さんと一進一退の激闘を繰り広げていた)



女(試合展開は積極的に仕掛ける私に対して、堅実に進めようとする傭兵さんといった模様がずっと続いている)

女(私は勝利を掴み取りたいという思いから、傭兵さんは負けられないという思いから)

女(対極とも言える戦い方になっている………………のだろうか?)



女(違和感を覚える)

女(あまりにも消極的な戦い方。そもそも傭兵さんは一度も近距離攻撃を試みていない)

女(遠距離からこっちが防御をミスるのを待っているのか、それともちまちまとダメージを与えて削りきれるという算段なのか?)



女(何にしろそんな悠長な狙いに付き合うつもりはない)

344 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:06:54.96 ID:ABUc5JTR0

女(現在空中でお互いに距離を取って小休止していたところから私は動き出す)



女「『竜のはためき(ドラゴンウェーブ)』!!」

女(エネルギーの波を発生させて傭兵さんを襲わせる)

女(そして波を追いかけて私も飛ぶ)

女(遠距離攻撃と同時に突進。これまでに何度も使った手)



傭兵「『竜のはためき(ドラゴンウェーブ)』」

女(傭兵さんもまた同じスキルで相殺する)

女(そして露わになった私の姿とまだ距離があることから、傭兵さんは攻撃を続行するつもりのようだ)



傭兵「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』」



女(飛んでくる私に正確な狙いをつけて衝撃波が迫る。正面からの攻撃に対して私は――)

345 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:07:23.77 ID:ABUc5JTR0



女「…………」



女(何もしなかった)

女(当然攻撃が直撃して――その姿がボフン! と消える)



傭兵「なっ……!」

女(傭兵さんが驚きの声を発する)



女(そう、私は『竜のはためき(ドラゴンウェーブ)』で相手の視界から外れた瞬間に、『竜の幻惑(ドラゴンミラージュ)』のスキルを発動していた)

女(自分そっくりの幻影を生み出す竜闘士には珍しい搦め手がきっちりと刺さる)



女(何度も繰り返したことに、今回も同じかと思ってしまう)

女(傭兵さんも同じスキルを持っているはずだからその存在を知っているはずなのに引っかかった)

女(伝説の傭兵といえど油断をすることもあるようだ)

346 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:07:53.55 ID:ABUc5JTR0

女(幻影が攻撃されてる間に私は傭兵さんの背後を取る)



女「『竜の拳(ドラゴンナックル)』!!」

女(ようやく掴んだ決定的な隙に私は右手に竜の力を拳に宿して殴りかかった)

女(そのままクリーンヒットを狙いたかったけど)



傭兵「くっ……! 『竜の拳(ドラゴンナックル)』!!」

女(傭兵さんは流石という立て直しで反転して迎撃しようとする)

女(回避も防御スキルもこのタイミングだと間に合わないからだろう)



女(同じスキルの使用)

女(これまでに何度もあった相殺パターン)

女(決定的な隙だったのに、それでも崩せなかったことに歯噛みして悔しがって)

347 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:08:57.62 ID:ABUc5JTR0



傭兵「ぐっ……!」

女「……あれ?」



女(右手と右手が衝突した瞬間、拮抗することなく拳を振り抜くことが出来た)

女(近距離攻撃のクリーンヒット、これまで必要経費として私が食らってきた以上のダメージを与えて一気に有利に立つ)



実況「おおっと、女選手の拳が傭兵選手を捉える!!」

実況「……しかし、どういうことでしょうか。これまでの戦闘から二人の力はほぼ互角だったはずです」

実況「女選手の力がこの短期間で上がったということでしょうか?」

解説「……いえ、違いますね。これは――」



女(実況と解説の声が聞こえる。当事者である私にはよく分かる、今の攻防を分けた要因は)



348 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:09:46.16 ID:ABUc5JTR0

女「傭兵さん、あなた右手の調子が悪いですよね」

女(ダメージにより地上に落ちた傭兵さん。十分に距離を取り私も地上に降りて問いかける)



傭兵「何故そう思う?」

女「思い当たる節があるからです。直前の準決勝、気弱君との戦いが原因ですよね」



女「戦いの最終盤『竜の潜行(ドラゴンダイブ)』と『神の盾(ゴッドガード)』の衝突」

女「突進の勢いで気弱君をリングアウトに追い出し勝ったあなたですが、右手は盾を破ることが出来ませんでした」



女「固いものを殴ってそれを壊すことが出来れば衝撃は物の方に逃げます。しかし壊せなければ衝撃は拳に返ってきます」

女「そうしてあなたは怪我までは行かなくても、痺れで上手く拳が握れなくなったんじゃないですか?」

女「だから今の『竜の拳(ドラゴンナックル)』の打ち合いにも負けた」





女(これで傭兵さんの戦い方が堅実だとしても、あまりにも消極的で接近してこなかった理由も説明が付く)

女(それは拳に問題を抱えて、近距離での立ち回りに疑問があったから。遠距離攻撃を連打するしかなかったから)

349 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:10:34.69 ID:ABUc5JTR0



傭兵「……ああ、そうだ。そんなことを聞くために戦う手を止めて、私に問いかけたのか?」



女「いえ、本当の疑問はその先にあります」

女「準決勝で右手の痺れを負ったあなたですが、それが本来決勝に影響を与えるはずがないんです。この大会には回復魔法を使えるスタッフが詰めていますから」

女「右手の痺れを治癒するような魔法も、またその時間も十分にあったはずなのに……どうしてそのまま決勝のリングに上がったんですか?」



女(使命のために絶対に優勝しないといけない、そう語ったことをよく思い出せるのに、人事を尽くしていない)

女(チグハグな行動だ)



傭兵「なるほど……違和感が解けた。その強さと技術に対して……君は圧倒的に経験が足りない」

傭兵「チグハグな少女だ」



350 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:11:06.41 ID:ABUc5JTR0

女「っ……ど、どういうことですか!?」



傭兵「大会のスタッフ、回復魔法の使い手……その中に自分に害を加えようとする者が紛れている可能性をどうして考慮しない?」

女「そんな可能性は……」



傭兵「先の大戦でよく使われた手口だ。回復魔法部隊に敵の刺客が紛れ混む」

傭兵「傷ついているところに、一番無防備なところに攻撃魔法を食らわせることが出来る」

傭兵「もしくはすぐに正体がバレないように回復はちゃんとしながらも、同時に隠蔽したステータス異常魔法を食らわせるなどな」

女(実感のこもった言葉。それだけ壮絶な経験をしてきた証だろう)



女「で、でもここは戦場じゃありません! スタッフを用意した運営に失礼だとは思わないんですか!?」

傭兵「他者の心配とは何とも心優しいことだ。そして私もそんなことは分かっている。私に害を為す者が紛れている可能性がほぼ無いことくらい」

傭兵「だが1%でも可能性があるなら警戒する」

傭兵「私が回復魔法を受けるのは信頼できる者のみからだ」

351 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:11:42.17 ID:ABUc5JTR0

女「……そうですか。その排他的な性格で自らピンチを招いたんですけどね」



女(つい口が悪くなる)

女(傭兵さんがこのような生き方になったのはその経験からだろう)

女(戦場を渡り歩いたなんて、私には想像も出来ない。簡単に否定できることではなかった)

女(それでも人を疑って当然という考え方を私は認められない)



傭兵「それを言うならこうして会話をしていること自体が君の隙だ」

傭兵「大きなダメージを与えたなら、どうしてすぐに追撃しない」



女「分かってます、あなたが会話に付き合っているのは右手のダメージを少しでも回復させるためだって事も」

女「それでもこの確認は私には必要なことです。この戦いに勝つために」



女(そうだ会話をしてはっきりと理解した)

女(力も技術も差がない竜闘士の戦い、その勝敗を分けるのは)



女「あなたと私……その違いは仲間の差です。仲間の存在が私を勝利に導く……!!」



352 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:12:45.55 ID:ABUc5JTR0


女(姉御の姿に私は勇気をもらった)

女(気弱君が隙を作ってくれたから、優位に立てた)

女(女友が控えてくれるから、安心して戦える)



女(そして男君の役に立ちたい。その思いで私は奮い立つ)



女(私の強さの元は女神に授かった力なんかではない。仲間の思いだと自覚した)

女(対して相手は一人)



女(負けるわけがない)

女(絶対に勝てる、絶対に勝つ……!)



353 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:13:17.84 ID:ABUc5JTR0



女「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』!!」

傭兵「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』!!」



女(いきなり会話を打ち切り私はブレスを放った)

女(傭兵さんも全く警戒は解いてなかったようで同じスキルを使われ相殺される)



女「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』!!」



女(気にせず私は続けて衝撃波で攻撃した)

女(相手は先ほど大きくダメージを受けている。ここからはリスクを負う必要はない)

女(遠巻きに攻撃を続ければ、自然と優位は広がっていくだろう)

女(絶対に勝つために焦らずじっくりと。逸ってはいけない)



傭兵「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』!!」



女(傭兵さんも同じスキルを放つ)

女(相殺されるのは折り込み済みだ。私は次の攻撃手段について考えて――)

354 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:13:49.92 ID:ABUc5JTR0



女「……っ!?」

女(二つの衝撃波がぶつからず、すれ違ったことに目を見開いた)



女(傭兵さんは私の攻撃とは軸をズラしてスキルを使ったようだ。つまりはお互いの攻撃が相手に迫る)



女「『竜の鱗(ドラゴンスケイル)』!!」



女(慌てて私は防御スキルを使う)

女(ここまで堅実に戦ってきた傭兵さんらしくない賭けに近い攻撃だったが何とか防御が間に合った)



女(『竜の鱗(ドラゴンスケイル)』は使った後少し動けなくなるが、その隙を狙われることはないだろう)

女(傭兵さんにだって私の攻撃が届いているはずだから。あちらも防御スキルを使って動けなくなっているはず)



女(防いだ余波が土埃を巻き上げて視界が悪くなる)

女(行動不能と視界不良が重なるが、それでも私は勝ちへと一歩ずつ近づいていることから落ち着いていて――)



355 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:14:24.06 ID:ABUc5JTR0





傭兵「勝敗を分けたのは経験の差だ」





女(土埃の向こうから傭兵さんが私目掛けて飛び出した)



女「えっ……!?」

女(たった今否定した可能性。あちらも防御スキルを使って動けないはずなのにどうして………………)



女「その腕は……!?」


女(傭兵さんの右手が事故にあったかのようにひしゃげてあらぬ方向に曲がっているのを見て理解した)


女(相手はスキルも使わず素手で衝撃波を受けながら接近してきたのだと。その結果がここまでの破壊を生んだ)



女(私の攻撃に自ら突っ込んだことによる大ダメージ――しかしその代償に行動不能の私にここまで接近した)

356 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:15:04.04 ID:ABUc5JTR0



傭兵「戦場で何度も見てきた。積極的な行動が得意な者が、いざ勝ちを目前にすると慎重になる姿を」

傭兵「間違っている、そのタイミングにこそさらにリスクを負うべきだというのに」



女(私の行動は完全に読まれていた)



傭兵「ここまで傷ついたのは、こんな特攻をしたのは初めて戦場に出たとき以来だ」



女(行動不能は解けかけている。あと一秒もあれば動き出せるはず)



傭兵「そうだ、無様な行動をしてでも私は君に負けたくなかった」



女(その一秒が余りにも遠い)



傭兵「幾千の戦場を渡り歩いた伝説の傭兵……自ら名乗るのは面映ゆいが気に入っているのでな」



女(スキルを使用する時間は相手にもない。だが、それで十分だった)



傭兵「その称号を背負う存在として未熟な戦士に負けるわけにはいかない」



女(傭兵さんは左手で私の腕を掴み、竜闘士の膂力でぶん投げる)



傭兵「これで終わりだ」



女(抵抗できない私はそのまま空中を舞って――)



357 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:15:29.66 ID:ABUc5JTR0



女(着地したのはリングの外だった)



実況「な、な、何と急転直下!! 試合終了!!」

実況「武闘大会決勝戦、勝者は傭兵選手!! 伝説の傭兵が優勝だーーっ!!」



女(実況が勝敗を下す)







女「そんな……」

女(絶対に負けられない勝負だったのに)

女(私は負けてしまった)

358 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/23(土) 22:16:19.24 ID:ABUc5JTR0
続く。

負けイベです。
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/23(土) 22:30:37.76 ID:itX7EVCZ0
乙!
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/23(土) 23:03:39.89 ID:FgNVBBHEO
乙ー
361 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:45:42.99 ID:vOXoz3si0
乙、ありがとうございます。

投下します。
362 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:47:13.49 ID:vOXoz3si0

実況「それでは表彰式の準備が出来るまでに決勝の総評について伺いたいんですが」

解説「分かりました。開幕衝撃波のぶつかり合いから始まった試合、最初の攻防からお互いの戦い方がはっきり出ていましたね」



実況「特攻した女選手に対して、堅実な立ち回りをしていた傭兵選手ですね」

解説「そこからハイレベルな攻防が繰り広げられ……ワンパターンな攻めだと思われた女選手の攻めは罠、搦め手がきっちりと刺さり有利に立ちました」



実況「このまま女選手が押し切るかと思った直後、傭兵選手捨て身の特攻が成功して幕切れとなりましたが……この最後の局面どうみますか?」

解説「あの時点で傭兵選手は大きくダメージを負っていました。堅実に戦っていては逆転不可能」

解説「賭けに出ないと勝ちの目が無いため行動自体は自然だと思われます」

363 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:48:11.99 ID:vOXoz3si0

実況「それでは女選手が一転して堅実に攻めようとしたのがマズかったということでしょうか?」

解説「いえ、そうではありませんね。両選手、あの時点で取れる手は二種類に分かれていたと思います。傭兵選手は特攻かカウンター。女選手は積極的か堅実か」

解説「例えば最後の傭兵選手の特攻ですが、女選手が今まで通り衝撃波を追いかけて飛んでいた場合不発となっていたでしょう?」

解説「足を止めて遠距離から攻撃を続けようとしたから餌食となってしまった」



実況「なるほど」

解説「だったら積極的が正解だったかというとそうでもありません」

解説「傭兵選手はもう賭けに出るしかありませんから、相手の突進を呼んでカウンターに高火力な技……例えば『竜の潜行(ドラゴンダイブ)』などを合わせていれば女選手の負けもありました」

解説「しかしそうしてカウンターを狙った場合は、女選手が遠距離から攻撃を続けて堅実に攻められるとダメージの分不利になります」



実況「つまり傭兵選手の特攻は女選手の堅実に来た場合は勝ち、積極的に来た場合は負け。カウンターは積極的に来たときに勝ち、堅実に来たときは負け、ということですか」

実況「ジャンケンのような状態だったという事ですね」

解説「ええ。ですから女選手の敗因は傭兵選手に次の手を読まれていたことになるでしょう」

解説「女選手の失着というよりは、傭兵選手が上手かったと褒めるべきでしょうね」



実況「解説ありがとうございました! と、話している間に表彰式の準備が整ったようです!!」



364 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:48:41.73 ID:vOXoz3si0



町長「優勝おめでとう、傭兵君!!」

傭兵「ありがとうございます、町長」

町長「伝説の傭兵の勇名に勝るかは分からぬが、武闘大会優勝、最強の座は君の者じゃ!」

傭兵「もったいない言葉です」

町長「優勝賞金と副賞である宝石……ああいや、宝玉というのじゃったな、の授与である!!」

傭兵「……頂戴します」



町長「準優勝、女君! 決勝での戦いは見事だった!! 後世まで語り継がれるだろう! 儂もこの目で見ることが出来て感激じゃ!!」

女「……ありがとうございます」

町長「あと一歩のところで届かなかったが、めげずに頑張って欲しい!!」

女「精進します」

町長「それでは準優勝の賞金授与じゃ!!」

女「……ありがとうございます」



365 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:49:08.81 ID:vOXoz3si0



女「………………」

女(…………)



女「………………」

女(…………)



女「………………」

女(…………)



366 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:49:37.04 ID:vOXoz3si0

姉御「ナイスファイトだったねえ、女」

気弱「見ていてとても熱くなりました!」

女友「お疲れさまです、女」



女「……みんな」

女(仲間たちの言葉に私の意識はふっと浮かび上がる)

女(ここは……リング袖か。決勝で負けてから何も考えられず、機械のような動作で表彰式を受けたことは何となく思い出せた)

女(それも終わってリングから退場したところで仲間に出迎えられた……ということなのだろうか? 記憶が曖昧だ)



女(みんなにかけられた暖かい言葉。心配をかけさせているのは分かっているけど……すぐに切り替えられなかった)

女(絶対に勝たないといけない勝負だった。宝玉を手に入れて元の世界に帰るために)

女(私たちの使命の実現が遠ざかる。みんな残念に思っているはずだ。私だって残念だ)



女「……」

女(何か、今の私、だめだ。思考がドンドン暗くなる)

女(私なんて、私なんて……自己を責める声が止まらない)

女(いや実際責められて当然だ、私は失敗したんだから――)

367 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:50:11.53 ID:vOXoz3si0



男「女」

女「男君……」



女(男君に名前を呼ばれる)

女(そういえば……負けたことで願い事も無効になったんだ)

女(優勝したときに男君に抱きしめてもらう。姉御と気弱君が羨ましくて交わした約束)



女(でも、私は負けてしまった。男君に抱きしめてもらえない。抱きしめて欲しかったのに)

女(……いや、当然のことだ。結局私は何も成し遂げていない。なのにご褒美をもらおうなんてワガママだ)

女(私はなんて図々しいのか。こんなんじゃ男君にもいつか……いや、今にも嫌われて――)





女「っ……」

女(何かがぶつかった)

女(そして私は暖かいものに――人肌に包まれる)

368 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:50:41.48 ID:vOXoz3si0





女「え……?」

男「よく頑張ったな、女」



女(気付くと私は男君に抱きしめられていた)





女「どうして……だって私負けたのに」

男「ああ、そうだな。女は頑張った。でも惜しいところで届かなかったな」

女(抱きしめながら優しく声をかける男君)



女「だから願い事も無効……なのに」

男「ああ、そうだ。約束は不履行だ」

女「なのに……どうして?」



男「別に願い事や約束が無いと抱きしめちゃいけないなんてルールは無いだろ。俺がしたいからそうしてるだけだ」



女「男君が……」

男「ま、だから抱きしめられるのが嫌だったら言ってくれ。すぐにでも解放するから」

女「……しばらくこうしていて欲しい。だめ?」

男「駄目なわけあるか。了解」

369 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:51:21.77 ID:vOXoz3si0

女(男君が抱きしめる力をほんの少しだけ強くする)

女(私は男君の胸に頭を埋める)



女「男君の心臓の鼓動……すごい速くなってる」

男「言うな。慣れないことして緊張してんだよ」

女「慣れてないんだ?」

男「俺がそんな普通に女子を抱きしめるような気障なやつにみえるか? それに彼女いない歴=年齢だし」

女「だったら私が初めてなんだ」

男「……ああ、そうだよ。悪かったな」



女(ぷいっと顔を逸らしながら男君が答える)

女(女性経験が無いことが恥ずかしいという感情からだろう)

女(そんなことないのに。少なくとも私はそちらの方が嬉しい)



女「だったらどうして私を抱きしめてくれたの? 私のこと好きなの?」

男「調子に乗るな。女が茫然自失していたからさっさと立ち直らせるためだ」

女「もう恥ずかしがっちゃって」

男「……十分立ち直ったみたいだな、そろそろ終わりに」

女「あ、待って待って! 私まだ落ち込んでるから!」

男「とてもそう見えないが……ったく」



女(好きな人の温もりを感じる。好きな人に抱きしめられる)

女(それだけでこんなに嬉しくなれるなんて知らなかった)

女(さっきまで暗いことばかり考えていたとは思えないくらい私は幸せだ)

370 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:52:01.64 ID:vOXoz3si0

女(私は抱きしめられるばかりだった体勢から抜け出して、男君を抱きしめ返す)



女「えへへ……意外と男君も肩幅広いんだね」

男「意外は余計だ。女だってこんな細い身体で……」

女「良かった、ダイエットしておいて」

男「そんなことしてたのか……って、違う。それなのにあれだけ戦えるんだなって感心したんだ」

女「まあ女神にもらったスキルがあるし」

男「そしてあれだけ戦えても……こんな華奢な身体なんだよな」



女(背中に回された手で慈しむように撫でられて)



女「それでそろそろ私を抱きしめてくれた本当の理由を教えてもらえるの?」

男「決勝戦の最後……女が投げられた姿を見て……俺は酷いことしてるなって改めて自覚したんだ」



女「酷いこと?」

男「女にだけ戦わせて、安全圏からそれを見ている。卑怯者としか言えない所行だろ?」

371 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:53:00.25 ID:vOXoz3si0

女「そんなことないよ。それを言うなら商業都市でも観光の町でも私は魅了スキルを持った男君に宝玉のゲットを任せて楽をした卑怯者じゃん」



男「ああ。そういう分担だから、俺も今までは気にしてなかった。でも危険度が違うことを理解したんだ」

男「女が伝説と称される存在と同等に強いから、戦闘なんてただの作業みたいだと思っていたからすっかり忘れていたんだ」

男「今日みたいに負けることがあるってことを。試合だったから良かったものの……本当の戦いだったら……」



女「男君……」



男「戦って欲しくないとは言えないし、女も望んでいないだろう。それは宝玉を集めることを、元の世界に戻ることを放棄することになるから」

男「これから先も宝玉を集める過程でどうしても戦わないといけない場面が出てくる。そうなったら卑怯だって分かっていても俺は女に戦闘を任せる」

男「だからせめて頑張る女に報いるために……こうやって女の喜ぶことをしようと思ったんだ」



女「…………」



男「幸いにも俺は魅了スキルによって女に好かれているしな」

男「暴発させた罪悪感はこの時だけは無視する、今喜んでもらうことを重視して」

男「だから元の世界に戻って、正気に戻ったら、そのときは煮るなり焼くなり好きに俺を断罪してくれ。覚悟はしている」



女(男君は私を思いやって抱きしめてくれた)

女(でも、その原点となる感情は……贖罪)

女(愛情は……一片も含まれていないのだろう)

372 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:53:42.00 ID:vOXoz3si0

男「そしてもう一つ謝らないといけないんだ」

女「まだあるの?」

男「ああ。女は決勝で自分が勝つと信じていただろ。だから負けるなんて思ってもいなくて、茫然自失となった」

女「うん、そうだね」



男「俺も女の勝利を信じる、と言った。だから実際に負けたときにそんなの想定していないと……思うべきだったのに」

女「…………」

男「女が負けた……じゃあ負けた場合の動きに移るかと、至極冷静に思考する自分がいたんだ」

男「ははっ、愕然としたよ。俺は誰かの勝利すら信じることも出来ないんだ」



女(自虐する男君)

女(そんなことないよ、と言いたかった)

女(悪いのは負けた私だ、と言いたかった)



女(でも男君はその言葉でさらに自分を追い込むだろう)

女(だから私は思いよ伝われと、男君の背中に回した手で慈しむように撫で返す)

373 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:54:14.90 ID:vOXoz3si0

女(男君と抱きしめ合っている。それだけで嬉しいけど……これはゴールじゃない。スタートだ)

女(男君は私のことを信じてくれない)

女(今のままでは魅了スキルのことを明かしても『……ああ、そうだと思っていたよ』で終わってしまう関係だ)



女(私はその先に進みたいから)

女(だから私が男君と築かないといけないのは信頼関係だ。男君に全幅の信頼を寄せてもらうようになる。そう決めた)



女(そしていつの日かまた抱きしめてもらう)

女(そのときは贖罪ではなく、愛情でもって)

女(今でさえこんなに嬉しいのに……そうなったら私はどれだけ幸せに感じるのだろうか)



女(楽しみだ)



374 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:54:48.65 ID:vOXoz3si0



 その状況を見守っていた三人。



気弱「思っていたより焦れったい二人ですね」

姉御「まるっと暴露したい気持ちだよ」

女友「気弱さんと姉御も似たようなものでしたけどね」



気弱「うっ……痛いところを……」

姉御「それでずっと見てきた女友的には、今回はどうなんだい?」



女友「そうですね……三歩進んで二歩戻るといったところでしょうか」

女友「一歩分進んだだけでも十分な進歩ですよ。まだまだ先は長そうですが」



375 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:55:51.22 ID:vOXoz3si0



女「さてと、私も完全復活したかな!」

女(名残惜しかったけど、私は男君から離れる)



男「そうか……なんかすまんな。慰めるつもりが俺も……」

女「もうそういうの無し! 急いでるんでしょ?」

女(男君は私をさっさと立ち直らせたいと言っていた。つまりは早急にしないといけないことがあるのだろう)



男「……ああ。さっき言ってた負けた場合の動きだ。優勝を逃しても、宝玉を手に入れるための」

女「それは……」



女(男君の言葉は叶ったならば私のミスが帳消しになる。ありがたいことだけど……でもどうやって……)



男「女友、居場所は分かるか?」

女友「ええ。町長に捕まっていたようでまだコロシアムを出ていませんが、先ほど出口に向かって動き始めました。急いだ方がいいでしょう」

男「そうか。じゃあ大人数で押し掛けるのも良くないし、気弱と姉御は待っててくれるか?」

気弱「えっと、分かりました」

姉御「良い報告を期待してるよ」



女(気弱君と姉御をその場に置いて、私と男君と女友は移動を開始する)

女(流石にここまでヒントがあればどうするつもりなのか分かった)



女「男君……もしかして今から私たちで傭兵さんに会って……」

男「ああ。宝玉を譲ってもらえないか交渉する。俺の想定じゃ成功するはずだ」



376 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/25(月) 11:56:36.24 ID:vOXoz3si0
続く。
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/25(月) 12:27:25.35 ID:NCt57q7CO
乙ー
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/25(月) 13:18:52.38 ID:WN2lqyyx0
乙!
379 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/27(水) 23:50:55.24 ID:/W2tIywd0
乙、ありがとうございます。

投下します。
380 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/27(水) 23:51:22.21 ID:/W2tIywd0

男(コロシアムに張り巡らされた通路の一つ)

男(そこで俺たちは傭兵と接触することに成功した)



傭兵「決勝戦ぶりだな、少女よ。こんなに早く再会するとは思わなかったが」

女「私もです……それにしてもその腕は……」



男(女が指摘した傭兵の右腕は、決勝において素手で衝撃波に突っ込むという暴挙をした結果、ひしゃげてあらぬ方向に曲がったままだ)



傭兵「これだけ見るとどちらが勝者か分からんな。敗者がほぼ無傷だとなおさらだ」

女「わ、私の仲間の……こっちの少女、女友が回復魔法を使えるんです! 治しましょうか!?」

傭兵「いや、いい。悪意無き申し出なのは分かっているが、すまない性分でな。染み着いた生き方は中々抜けそうにない」



男(傭兵は女の申し出を固辞する。観客席にも聞こえていたが信頼できる者からでないと、回復魔法を受けないという話だったな)

381 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:15:28.19 ID:oQUvSLKE0

傭兵「しかし、その仲間の力だな。先ほどから不自然なほどに誰とも会わないと思っていたが」

女友「結界魔法の力で人払いをしました。今この空間を認識できるのは私たちとあなただけです」

女友「話を聞いてもらうために勝手なことをしました、気に障ったら謝ります」



傭兵「いや、逆にこっちが礼を言いたいくらいだ。目立ちすぎたせいで大勢の人に囲まれることを覚悟していたからな」

傭兵「この精度と良い中々の使い手のようだ」

女友「恐縮です」



男(傭兵と女友の会話。イケメンのときに言っていた襲撃に備えるための結界魔法か)

男(確かに今この廊下には俺たちと傭兵しかいない。武闘大会優勝者と準優勝者がいる場所が注目されないはずがないので、女友の力がしっかりと働いているのだろう)



傭兵「そして話というのは……そちらの少年からか? 力を一切感じられないのに、やり手の二人が慕っている。リーダーなのだろう?」

男「器じゃないことは分かってますが……。俺は男といいます」

男「今回あなたが武闘大会で優勝したことで手に入れた副賞、宝玉を譲ってもらえないか交渉に来ました」



男(考えてみれば俺が傭兵と話すのは初めてだ。名乗っておく)

382 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:16:06.57 ID:oQUvSLKE0

傭兵「知っているかもしれないが、私の名前は傭兵だ。そして交渉か」

男「はい。現在俺たちは元の世界に戻るためにその宝玉を集めているんです」

傭兵「元の世界に……?」

男「長くなるので要点だけ伝えます。まずは――」



男(俺はこの世界に召喚されたことや女神についてなど、宝玉を集めている理由を話した)



傭兵「なるほど……難儀なことに巻き込まれたのだな」

傭兵「予選、準決勝で戦ったあの二人も若いのに使い手だった理由はやはりそうだったか」

傭兵「そしてそちらの少女が力と技術があるのに経験が足りなかった理由も……」



男「そういうことで俺たちは宝玉を集めているんです」

男「どうかあなたの持っている宝玉も譲ってもらえないでしょうか?」

383 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:16:36.98 ID:oQUvSLKE0



傭兵「苦労した身の上話を聞かせればタダで譲ってもらえる……そのような甘いことを考えているわけではないな?」

男「もちろんです。宝玉……そのサイズの宝石はかなりの価値があります。相場の五倍は払います」

傭兵「五倍か……まあそれだけは持っているのだろうな。少女の準優勝の賞金も入っただろう」



男(傭兵の言うとおり、かなりの出費になるが俺たちが払えない金額ではない)



男(これは通るはずだ)

男(この人は昨日の昼食会で言っていた。故郷を守るために金が必要だったと)

男(武闘大会に出場したのも金のためだろう。それならば宝玉も金で買うことが出来るはず)



男(女が優勝すれば必要ない手間と出費だったが、もし負けてもこうして入手する算段が付いていた)

男(そう、最初から宝玉の入手は確実だったわけだ。



384 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:17:15.98 ID:oQUvSLKE0



男「お金が必要だと聞きました。故郷のために、あなたの使命とやらのために」

男「良い話だと思いま………………………………あれ?」



男(念押ししようと口を開いて気付く)



傭兵「……自ら気付いたか。頭が回る方ではあるようだな」

男(傭兵はやれやれといった表情だ)



女「どうしたの、男君」

男「いや、俺はずっと傭兵さんがお金のために武闘大会に出場したのだと思っていたんだが……」

女「そういう話だったよね?」



男「考えてみると微妙に噛み合わないんだ」

男「昼食会の時、姉御の質問で戦場を渡り歩いたのはお金のため、外貨を稼ぐことで故郷を生き永らえさせるためだと言った」

男「それがイコールで現在の傭兵さんの使命だと思った」



女「でも……あ、そうだよ」

男「ああ。姉御は最初傭兵さんの話をしてくれたときにこう言っていた」

男「『最初に訪れた町がちょうど伝説の傭兵の故郷だった場所の近く』と」



女「『だった』って……じゃあ、傭兵さんの故郷は無くなっているんですか!?」



385 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:17:41.43 ID:oQUvSLKE0

傭兵「そうだ。私の奮闘もむなしくな」

女「……ご、ごめんなさい。無神経なことを」

傭兵「いい。それで少年、続きの考えを聞かせてくれ」



男「つまり戦場を渡り歩いていたときは金のためだったけど、今は何か別の使命の下で動いている……そう考えるのが自然だ」

男「だったら今は何のために……それはわざわざ武闘大会に出場したことから推測できる」

男「武闘大会で得られるものは究極的に三つしかない。『名誉』か『お金』か町長の気まぐれと呼ばれる『副賞』だ」



女「伝説の傭兵という勇名を持っているからさらなる『名誉』に魅力はないだろうし、新たな使命が『お金』で同じだとも思えないし……」





男「だから残りは一つ。あなたも『副賞』……宝玉を手に入れるために、優勝を目指していたということですか?」





男(考えてもみなかった可能性)

男(だが、俺はいまさらながら思い出した)




男(ほんの二、三時間前に会ったイケメンの『宝玉を狙うのは僕たちだけじゃない』という言葉を)

386 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:18:12.38 ID:oQUvSLKE0

女友「私からも質問があります」



女友「傭兵さん、あなた先ほど私たちの事情を述べたときに『予選、準決勝で戦ったあの二人も若いのに使い手だった理由はやはりそうだったか』と言いましたよね」



女友「この『やはり』とはどういう意味ですか? 既に廃れた宗教である女神教の伝承、女神の遣いについて知るところがあったんですか?」



男(女友の言葉にはっとなる)

男(やはりこの人も宝玉を知る関係者なのだろう。だとしたらどういう理由で宝玉を手に入れて――)





傭兵「目聡い若者たちだ。そして――遅かったな」

男(傭兵はフッと笑うと、その手に持つ宝玉を放り投げた)





男「っ……!?」

男(突然の行動。放物線を描いて宝玉が飛ぶ)

男(最初は俺たちに渡したのかと思った。しかし、その軌道は俺たちを頭上を優に越える)



男(そして)

387 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:18:38.78 ID:oQUvSLKE0





???「すまんねえ、受け取ったよ」





男(いつの間にか俺たちの背後にいた人物がその宝玉をキャッチした)

男(振り向いてそこにいたのは――)



女「お婆さん?」



婆さん「久しぶりだねえ、女さんや」



男(予選の時に俺たちに席を譲ってくれた人の良さそうな婆さんだ。でもどうしてこんなところに……)

388 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:19:19.06 ID:oQUvSLKE0



女友「二人とも警戒してください!!」

男(女友が叫ぶようにして呆ける俺たちの思考を叩き直す)



男「ど、どうした女友?」

女友「あり得ません……この一帯は人払いの隠蔽をかけているのに……お婆さん、あなたはどうやって入ってきたんですか!?」

男「っ……そういえば」



男(女友が最初に言っていたことだ。現に先ほどから誰も人通りがない)

男(なのにこうして婆さんは俺たちの目の前にいる)



婆さん「なあに簡単なことさ。最上級の隠蔽は、最上級の看破で見破れる」

婆さん「私も『真実の眼(トゥルーアイ)』のスキルを持っていてねえ」



男(その理屈は俺も女友から聞いたことがある。この婆さん実はかなりのやり手だったのかと感心して)



女友「そちらの方があり得ません!!」

女友「あなたは一度私が『真実の眼(トゥルーアイ)』で見て、何のスキルも持っていないことを確認しているのに!!」



男(女友の叫びは止まらない。ここまで取り乱すのは珍しい、どうやらかなり規格外の出来事が進行しているようだ)



389 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:19:54.30 ID:oQUvSLKE0





婆さん(?)「……思い上がるな、小娘。人の身ごときで私の固有スキル『変身』を見破れると思ったか」





男(婆さんは丁寧な口調をかなぐり捨てて尊大な口調になる。……いや、戻ったと言うべきか)





婆さん(?)「『変身』解除」





男(婆さんが命じるとその姿が光に包まれ、晴れたときには全く違うスタイルの女性がその場に立っていた)

男(先ほどまではヨボヨボの肌にいかにも年寄りといったダボついた服を着て腰も曲がっていたのに)

男(濃い褐色の肌に扇情的な衣装を着て胸を張った女性に変わっている)



男(いや、それ以上の特徴がその頭頂部に現れていた)

男(ヤギのような巻き角――魔の象徴が二本生えているのだ)



390 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:20:22.03 ID:oQUvSLKE0

男「ど、どういうことだ!?」

女「い、いきなりお婆さんの姿が変わって……」



女友「この世界の常識を学ぶ中で聞いたことがあります……」

女友「ですがこの世から滅んだという話だったのに……どうしてこんなところに……」



男(驚くだけの俺と女と違って、心当たりの名前を女友が呼ぶ)





女友「彼女は……魔族です」





391 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/28(木) 00:20:57.07 ID:oQUvSLKE0
続く。
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/28(木) 02:09:11.92 ID:5YKoWiUx0

褐色角付き魔族女…ドストライク
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/28(木) 05:51:30.08 ID:nxg05SKNO
乙!
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/28(木) 06:05:17.57 ID:xh9Jo5eFO
乙ー
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/29(金) 13:24:17.27 ID:r3quSIb50

魔族に魅了スキルが効くかどうか
396 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:26:52.77 ID:XIkX5/0H0
乙、ありがとうございます。

>>392 私も好きです。

>>395 女性キャラが敵に出るたびその問題が起きていきますねー。

投下します。
397 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:44:20.77 ID:XIkX5/0H0

男「魔族……だと?」

男(伝説の傭兵との交渉中に起きた出来事。顔見知りの婆さんが人払いされたこの場所に現れ、その本性を解放した)

男(魔族。褐色の肌に扇情的な衣装を着た女性)

男(ともすればただのエロい外国人だが、頭にある二本の巻き角がそれを否定する)

男(魔族とやらについては正直のところ何の知識もないが、その名前の響きや雰囲気からして良くないものであることは想像が付いた)



女友「……」

男「男君……!」

男(変わらず警戒態勢の女友。女もスイッチが入ったようで半歩前に出て俺を守ろうとする構えだ)



398 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:45:00.70 ID:XIkX5/0H0

傭兵「どこに行ってた?」

男(そんな俺たちの横をいつの間にか通り過ぎていて、傭兵は魔族の隣に立った)



魔族「この地に新たな宝玉の反応があって追っていた」

魔族「残念ながら逃げられたが……そういえばそこの竜闘士以外の二人と会っていたな」

傭兵「……となるとこの者たちと同じで女神の遣いなのか? 一緒に行動していないのは不自然だが」

魔族「やつらにも事情があるのだろう。そちらの方がやりやすい」



男(新たな宝玉……俺たちと会っていた?)

男(あ、イケメンのやつらか。俺たちには見せなかったが、自分が手に入れた宝玉を持って来てたのだろう)

男(しかし反応を追ってとは……あの魔族は宝玉の位置が分かるとでもいうのか……?)



傭兵「まあいい、それより頼めるか?」

魔族「これは珍しい。酷くケガをしているな」



男(傭兵がひしゃげて曲がった右腕を見せると魔族が『妖精の歌(フェアリーコーラス)』と回復魔法を発動する。光に包まれたかと思うとケガが治った)



傭兵「……よし」

男(傭兵は右腕を開いたり閉じたりと状態を確認している。完全に元通りのようだ)

399 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:45:40.78 ID:XIkX5/0H0

男(治療を終えると魔族は俺たちの方に向き直った)



魔族「宝玉を集めていることから想像はしていたが……貴様らは女神の手の者のようだな」

男「そうだ……と言ったらどうする」

魔族「感心するだけだ。女神がこんな悪あがきを企んでいたことにな」

男(憎々しげに吐き捨てる魔族。どうやら女神をかなり敵視しているようだ)



女「女神の敵……ってことは私たちの敵でもあるってこと?」

女友「まあ詳しく聞くのは虜にしてからでいいでしょう」

女「虜って……あ、そうだよ!」

女友「ええ。何のつもりか知りませんが、私たちにとって女性は取るに足らない相手です」



男(女と女友が話しているのは俺が唯一持つスキル『魅了』についてだろう)

男(二人に言われるまでもなく、こちらに敵意を向ける魔族を見た時点で俺も使用することを思いついていた)

男(かかった相手は俺に好意を持ち、どんな命令も身体が従う。女性限定とはいえ、一発で相手を戦闘不能にする必殺スキル)

男(それが魔族にも効くのかは不明だが、人に近い生物ではあるようだしおそらく大丈夫だろう)



男(そこまで考えが及んでいるのに、すぐにでも使うべきなのに未だに使っていないその理由は…………)

400 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:46:08.82 ID:XIkX5/0H0

女「男君!」

女友「男さん!」



男「物は試しか…………『魅了』発動!」



男(二人の呼びかけに俺はスキルを発動)

男(俺を基点に半径五メートルがピンク色の光で埋め尽くされる)

男(範囲内の対象を虜化するわけだがすぐ近くにいる女と女友は既に虜になっている。傭兵は男のため除外)

男(だから残る一人、魔族にのみ力は作用する)



男(その結果――)



魔族「そのスキルは…………っ!」



男(魔族は目を見開いて驚いている)

男(素の反応のようで、俺への好意を持っているとは思えない)

男(つまり魅了スキルは失敗したのだ)

401 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:46:39.89 ID:XIkX5/0H0

男「やっぱりか……」

男(この結果は予想できていた。だからスキルの使用を渋っていたのだ)



女「ど、どういうことなの、男君!?」

女友「魔族には効かない……いや、そうではなくて……」

男「これは魅了スキルの問題だな。魅了スキルの効果対象は『魅力的だと思う異性』だ」



女「そうだけど……」

女友「ですが敵であることを抜きにすれば姿は整った女性で……」

男「その前があっただろ?」



女「前って……」

女友「もしかして『変身』の解除ですか?」



男「ああ……どうしてもやつがお婆さんだったことが頭をちらついて……魅力的だと思うことが出来ないんだ……!!」



男(大問題だという感情を込めて俺は叫ぶのだが)

402 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:47:10.45 ID:XIkX5/0H0

女「えっと……そんなことで?」

女友「お婆さんの姿は仮の物で本質ではないと思いますが……」



男「それでも俺が最初に見た姿はお婆さんだ。俺の中ではその印象が染み着いてしまってるんだよ!」



女「…………?」

女友「…………?」



男(やっぱり女と女友には理解してもらえなかった)

男(二人の表情からして、そんなの些末なことだ、と言いたげなことが伝わってくる)



男(だが違うのだ)

男(ふと思い出す、男の娘という見た目完璧女性だけど性別は男というキャラがいて、主人公がその子に惚れるというマンガを何かの拍子で見たときも『え、男だろ?』というところが引っかかってどうにも感情移入できなかった)



男(今の状況とは少し違うかもしれないが、とにかく俺はそういう細かいところが気になる性分なのだ)

403 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:47:40.00 ID:XIkX5/0H0

魔族「理屈は分からんが……どうやら助かったようだな」

魔族「危ない危ない、まさか『魅了』が――女神が持っていた固有スキルが、こんな少年の元に渡っているとは」



男「女神が……?」

男(魔族のつぶやきに俺の思考は戻される)



魔族「魅了スキルの持ち主の傍らに控える竜闘士……本当にまんまだ。我らの野望を打ち砕いた女神と守護者に」



女「それって……」

男(女も思い出しているのだろう)



男(昼食会の時に町長に聞いた話。女神をいついかなるときも守った守護者)

男(その者は竜闘士だったようで、女はその力を引き継いでいるのではないかという話だった)



男(そして魔族が言うように魅了スキルが女神の持ち物だとしたら、それを引き継いでいるのは俺だ)

男(女神と守護者という関係が、性別が逆転して俺と女で現代に再現されているということになる)



男(いや、それよりも先ほどから気になるのは――)

404 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:48:13.25 ID:XIkX5/0H0

男「女神が生きていたのは太古の昔のはずだ」

男「なのにさっきからあんたは経験してきたことのように語っているな。どうしてだ?」

魔族「その太古の昔から生きている、それだけの話だ。魔族の寿命が人ごときと同じだと思ったか」

男「やっぱり中身もババアじゃねえか、これは魅了スキルかけるのも無理だな」

魔族「……生意気なところも女神そっくりだ」



男(売り言葉に買い言葉の応酬)



女友「思い出しました……魔族、長大な寿命と高い身体能力に加えて、特徴的なスキルを持つと」

男(ずっと女友は記憶の検索をしていたようで、その情報を口にする)



男「特徴的なスキル……察するに固有スキルとやらか」

女友「はい。他とは一線を画する強力なスキルです。魔族と稀に人の身であっても授かることがあるようです」

女友「考えたことがなかったですが、男さんの魅了スキルも固有スキルの一つみたいですね」



女友「固有スキルは持ち主ごとに効果が全く異なります」

女友「今目の前にいる魔族が持つスキル『変身』とはその現象からして、絶対に見抜くことが出来ない隠蔽スキルということでしょう」



男「絶対に見抜けない?」

女友「ええ。観光の町で女装だったバーテンダーについて話したとき、スキルに頼った隠蔽はスキルによる看破が効くと話したでしょう?」

男「ああ、そうだったな。だからあの人はバレないように自らの努力だけで女装していた」

女友「あの人が普通にお婆さんに化けていたならば、私が『真実の眼(トゥルーアイ)』で見たときにそれを見抜けたはずです」

女友「しかし完全に欺かれた。戦闘向きではないですが中々に厄介なスキルですよ」



男(女友が歯噛みする。出し抜かれたことが悔しいのだろう)

405 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:49:00.66 ID:XIkX5/0H0

傭兵「やつらに接触していたのか?」

魔族「宝玉を集めているのがどのようなやつらか偵察する意味でな」

魔族「あの小娘が近寄る者全てを警戒していたから『変身』した状態で近づいた」

魔族「しかもこの地に大規模な結界を張っていたから、元の姿に戻るとバレるので中々に動きづらくてな」

傭兵「そうか……決勝前に回復に来れなかった理由が分かった」



男(回復……そういえばスルーしていたが、話し出す前に魔族の回復魔法を傭兵は受けていた)

男(信頼するものからしか受けないと公言していたのに)



女「傭兵さん……あなたはその魔族のことを信頼しているんですね?」

傭兵「そうだ。故郷を亡くした今、この者だけが私の信頼する者だ」

女「そうですか……なら、失礼なことを言いました。ごめんなさい。あなたにも仲間がいたんですね、そこに差はなかった」

男(律儀に女が謝る)



傭兵「別に気にしていない。結局は経験の差で勝負は付いた。そしてこうやって宝玉を手に入れることも叶った」

魔族「これで我が使命の実現に一歩近づく」



男(魔族は傭兵から預かった宝玉を左手で持ち、右手で慈しむように撫でる)

406 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:49:31.08 ID:XIkX5/0H0

男「傭兵さんに大会に出て宝玉を手に入れるように指示したのはあんただってことか?」

男「どうして宝玉を狙う、使命とは何だ?」

魔族「そこは伝わっていなかったか。伝承が途切れたというならば、教会の力を削いだことにも意味があったというもの」

男「何を……?」

男(疑問符を浮かべる俺に魔族は宣言する)





魔族「魔族の悲願は一つ……!」

魔族「太古の昔、憎き女神により封印された魔神様を宝玉を集めることで復活させて、今度こそこの世界を滅ぼすことだ……!」





男「なっ……!?」

男(魔神の復活、世界を滅ぼす……まるで現実味の沸かない発言だが……)

男(そうだ、ここは異世界だ。そのようなことが起こり得る世界)



407 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:50:11.03 ID:XIkX5/0H0

魔族「そのためにこの世界に唯一残った私が宝玉を集めている」

魔族「貴様らが持つ宝玉も奪いたいところだが……行けるか、傭兵」



傭兵「無理だな。回復はしたが消耗も激しい。竜闘士はもちろん、魔導士の少女もかなりの力の持ち主だ」

傭兵「それに周囲に人が多い、今目立つのは得策ではないだろう」

傭兵「一つ宝玉を手に入れたことを成果として、この場は引くのが賢明だ」



魔族「そうか……貴様の戦局判断の目に疑う余地はない。従うとしよう」



男(魔族は振り向いて去ろうとする)



女「そんな世界を滅ぼすって言われて放っておけないよ!! 今この場で取り押さえて……!!」

女友「駄目です、女。傭兵さんの実力は本物ですし、魔族の実力は未知数です」

女友「勝てるか分かりませんし、それに非戦闘員、男さんを抱えて攻めに出るのは愚行です」

女「っ……それは……」



男(女友が女を思いとどまらせる)

408 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:51:10.08 ID:XIkX5/0H0

傭兵「さらばだ、竜闘士の少女よ。今度会うときまでに、その力と技術に見合った経験を積むことだな」

男(傭兵は背中越しに女へと語りかける)



女「……一つ聞かせてください。あなたが信頼するといった魔族さんは世界を滅亡させることが使命だと言いました」

女「なのにあなたはその人に付いていくんですか?」



傭兵「無論だ。彼女の使命は我が使命のようなもの」

傭兵「それに……個人的にこんな世界など滅ぶべきだと考えている」



女「それは……」



傭兵「……口を滑らせたか」

男(背を向けている傭兵の表情を窺うことは出来ない)

男(俺たちは二人が去っていくのを見届けるしかなかった)



409 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:51:46.46 ID:XIkX5/0H0

男「魔神の復活……か」

男(二人の姿が見えなくなって俺はポツリとこぼす)



男(なるほど、これで色々と繋がった)



男(太古の昔に魔神は封印された)

男(それは逆に言うと、一度はこの世界で魔神が暴れたということ)

男(その現象は何だったのか、心当たりは一つ)





男「災い……人類の存亡に関わるような危機は……魔神によるものだったんじゃないか?」





男(女神教の始まりは災いを退けた一人の女性への感謝からだ)

男(つまり女神がどうにかして魔神を封印したのだろう)



男(そして女神は最期に『災いはまだ終わっていない。この大陸に再度降りかかる。しかし心配はいらない。その時には我が遣いがこの世に召喚され防ぐであろう』と言い残した)

410 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:52:19.03 ID:XIkX5/0H0

男(そして現代)

男(俺たちは女神によって召喚された。この世界を救って欲しいという目的を与えられて)



男(再度降りかかろうとしている災いが『魔神の復活』だとしたら……ああ、それを企んでいる者が先ほどまで目の前にいた)

男(理屈は分からないが、どうやら宝玉を集めることで魔神の復活は成る)



男(つまり)





男「俺たちが宝玉を集めれば、必然的にあいつらの手に渡らず魔神の復活を阻止できる」





男(それが俺たちの使命が持つ本当の目的)



411 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:52:50.16 ID:XIkX5/0H0

女友「第三の宝玉を狙う集団の登場……人類最強と魔族の厄介なタッグですか」

女「第三……? あれ、第二は?」

男「ああ、まだ女には教えてなかったな。俺たちクラスメイトにも厄介な問題が起きていてな」

男「……はあ、ったく。忙しくなりそうだ」





男(異世界からの帰還を目的とする俺たち)

男(異世界に駐留するつもりのイケメンたち)

男(魔神の復活を目論む魔族たち)



男(三者三様の理由で宝玉を求める……三つ巴の争奪戦の開始だ)

412 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/29(金) 22:53:39.60 ID:XIkX5/0H0
続く。

次が4章最終話です。
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/29(金) 23:05:13.77 ID:XbQnC6G+O
乙ー
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/30(土) 04:24:58.29 ID:06gJUAcqO
乙!
415 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:05:55.85 ID:CJn9uXBh0
乙、ありがとうございます。

投下します。
416 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:07:18.12 ID:CJn9uXBh0

男(武闘大会本戦があった翌日の朝)

男(俺たちは町の外れで別れる前の言葉を交わしていた)



女「チャラ男君がいなくなって二人になったけど……頑張ってね!」

女友「まあ二人きりの方がいいのかもしれないですか」

男(女のエールと女友は底意地悪そうにニヤリとしている)



気弱「あはは、姉御と二人で頑張りますよ」

姉御「気弱となら二人でも大丈夫さ」

男(女友の冷やかしも何のその、臆面もなく二人はのろける)





男(武闘大会が終わり、この町を去るときが来た。気弱たちともここで一旦別れることになる)

男(そもそも偶然同じ町に来て武闘大会が終わるまでという条件で共同戦線を張っていたので予定通り)

男(ここから俺たちのパーティーと気弱たちのパーティーで別の町に向かって、別の宝玉を手に入れるためにまた奔走するというわけだ)

男(ただ今交わされた言葉通りで、そこにチャラ男の姿はいない)

417 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:08:05.22 ID:CJn9uXBh0

姉御「それにしてもチャラ男のやつ……どこから金を稼いでいるかはアタイも気になっていて聞いたこともあったんだが、ちゃんと働いて得た金だって宣ってな」

姉御「まあ流石に良識はあるだろうとそれ以上は追求せず引き下がったが……」

女「盗みは絶対にだめだよ!」

気弱「それにこの世界に永住するつもりなんですか……僕たちが授かった力は魅力的なものではありますが……」



男(姉御、女、気弱の三人にもイケメンとチャラ男の会話で判明した駐留派の存在は伝えている)

男(今朝早く女友が手紙を出しに行ったので、他の帰還派にもその内情報が行くはずだ)

男(ただチャラ男が姉御を寝取ろうとしていたという話だけは話さなかった)

男(カップルとなった二人には余計な話だろうし、チャラ男ももう諦めたようだからだ)





男「何だ、気弱も駐留派になるつもりか?」

男(逡巡した様子の気弱に一応聞いておく)



気弱「そうですね……もしあの準決勝の前、力に取り付かれていた状態だったらなったかもしれません」

気弱「この世界にいれば騎士の力をずっと失わずに済みますから」



男(確かにあの状態のままだったらヤバかっただろう)

男(そういえばイケメンもそうやって気弱を駐留派に引き込む算段だったとか言ってたな)



気弱「ですが、今はこうして姉御と付き合うことが出来ました」

気弱「僕が居たい場所は姉御の隣です」

気弱「それが元の世界でまた病弱の体に戻るとしても、隣に居れるように頑張って鍛えます!」



男(決意表明する気弱。こいつ気が弱いように見えて、結構大胆なところがあるよな)

418 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:08:40.16 ID:CJn9uXBh0

女友「そうなると姉御次第ですね。どうなんですか?」

姉御「え……ア、アタイに聞くのかい?」

男(女友の問いかけに姉御は何故か恥ずかしそうにしている)



女友「そんな変な質問ですか? 元の世界にいたいか、この世界にいたいかってだけですよ?」

姉御「そ、それなら元の世界だね! はい、この話は終わり!!」

女友「……怪しいですね。何を隠しているんですか?」

女「もしかして元の世界に思い人を残しているとか? ピンチだよ、気弱君!!」



男(いぶかしむ女友と煽る女。二人とも、特に女がノリノリだ。何か姉御に借りでもあるのだろうか?)



気弱「そ、そうなんですか、姉御。僕捨てられるんですか?」



男(気弱が目を潤ませて聞く。いや、ラブラブカップルの癖にこんなこと本気で信じて……)

男(あ、口元が笑ってる。二人にノって姉御を弄ってるだけか)

419 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:09:18.05 ID:CJn9uXBh0

姉御「そ、そんなわけないだろう!? アタイが気弱以外の人を想ってるなんて!!」

男(しかしそれを見抜けない姉御は軽くパニックだ)



気弱「じゃあどうして元の世界に戻りたいの?」

姉御「それは……この世界には……………………が無いだろ」

気弱「え、なんて?」



姉御「っ〜〜〜〜!! だ・か・ら!! ネズミーランドが無いだろ、って言ってんだ!!」

姉御「アタイは気弱と二人であそこに行くのが夢だったんだよ!!」



男(ネズミーランド……あの有名な遊園地か。それに二人で行きたいとは…………ふむ)



女友「何とも乙女チックな夢ですね」

女「え、えっと……ごめん」



男(女友がバッサリと切り落とし、女が無理やり聞き出したことを気まずそうに謝罪する)



姉御「アンタらは……っ!!」

女友「っと、逃げますか」

女「『竜の翼(ドラゴンウィング)』!!」



男(当然姉御はキレて二人を追い回して)



気弱「うん、じゃあ一緒に行こうね……って、あれ?」



男(気弱の了承の返事はその場に残されるのだった)

420 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:09:54.12 ID:CJn9uXBh0

男(しばらくして気弱が姉御を宥め事態が落ち着く)

男(女友は魔導士の本気を出して足止めして、女は飛翔スキルを持たない姉御に対して空を飛ぶという反則技を初手から出したので、姉御の拳は二人に一度も触れることはなかった)



姉御「ったくアンタらは……気弱の顔に免じて許すけど……へへっ……」



男(姉御の顔は緩みきっている)

男(怒りが収まらないフリをして気弱に『ネズミーランドのホテルに一緒に泊まるなら許す』『新婚旅行で本場のネズミーランドに行くなら許す』『結婚してからも定期的に行くなら許す』ともう条件ではなくただの要望を言って了承されたからだ)



男(つうか普通に結婚まで考えてるんだな、二人とも。それくらいにはラブラブだが)



女友「結局二人ともノロケるんですね」

女「あんまり言うと再燃しそうだから抑えるけど」



男(女友と女はもうおなかいっぱいという表情だった。俺も同じだ)

421 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:10:28.69 ID:CJn9uXBh0

姉御「さて、じゃあ未来を掴むために、宝玉のゲット頑張らないとねえっ!!」

気弱「僕も楽しみです! 頑張ります!!」



姉御「あとついでにどこかでチャラ男に会って、持ってかれた宝玉を取り返すのとあいつの性根を叩き直さないとだね」

気弱「チャラ男さんには応援してもらったお礼も言わないとですし……会いたいですね」



男(気弱がのほほんとしたことを言っている。真実を伝えていないからしょうがないか)

男(やつら駐留派も宝玉を追い求めているわけだし、どこかで遭遇する可能性も高いだろう)

男(出会ったときは是非ボコボコにして欲しい。最後まであいつとは主義主張が合わなかったしな)





気弱「じゃあ僕たちは行きますね」

姉御「三人とも達者でねえ。……あ、そうそう女はもっと頑張るんだよ」



男(気弱と姉御は手を振りながら次の目的地へと向かう)



女「な、何を頑張れって言うのよ!?」

女友「大丈夫です、私が監視するので」

男「最後まで締まりが悪いな……」



男(顔を赤くした女とキリッとした表情になる女友とやれやれとため息を吐く俺はそれを見送った)

422 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:11:04.34 ID:CJn9uXBh0

女友「それでは私たちも次の目的地に向かわないとですが……」

男「あ、その前にちょっといいか?」

男(気弱と姉御の姿が見えなくなるまで待ってから女友が進行を取るが、俺が遮った)



女「どうしたの、男君?」

男「いや、ちょっとしたことなんだが……女は駐留派の話を聞いてどう思ったか聞きたくてな」

女「私が?」



男「俺と同じでたぶん女も元の世界に戻ることしか考えてなかったんじゃねえか?」

男「それがこの世界に残る選択肢を示されて……ちょっとは心が揺れ動いたんじゃないか?」

女「珍しいね、男君がそんなこと聞くなんて」



男(女が目を丸くしている。俺だって自覚はしている)

男(別に他意はない。目的を同じにしていない者と一緒に動くのは良くない……それだけだ)

男(特に女は竜闘士なんて力も授かっている、やはりこの世界に残って好き放題暴れたいとか言い出したらそのときは……まあ……)

男(………………)

423 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:11:45.99 ID:CJn9uXBh0

女「うーんそうだね……ちょっとは良いかも、って思ったのは否めないかな」

男「……そうか」

女「だってそうすればずっと『夢』を見ていられるってことだもんね。煩わしいことを考えずに楽しんでいられる……」

男「夢……?」

男(何らかの意味が込められた言葉のようだが……はて……?)



女「でも……だめだよ!! この世界にずっと残るなんて!!」

男「どうしてだ?」





女「だってそれはもう親と会えないってことでしょ!! まだろくに親孝行もしてないのに!! だから私は絶対に元の世界に戻ってみせる!!」





男「そうか……なるほどな、女らしい」

男(いかにも優等生な理由だ)

424 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:12:15.10 ID:CJn9uXBh0

女「それに……男君も元の世界に戻るつもりなんだよね」

男「まあイケメンたちにはラーメンが食べたいとか、読んでない本があるとか理由にして、そう宣言したな」

女「だったらなおさら私も元の世界に戻らないと! あ、そうだ。男君と一緒に私もラーメン屋行ってみたいかも! おすすめのところ連れてってね!」



男「……元の世界に戻ってもそう思ってたなら考えてやるよ」

女「あ、言ったからね!」



男(女は言質を取ったとして嬉しそうにしている。魅了スキルの影響だ)

男(……だが、元の世界に戻れば魅了スキルも解けるはず。その未来が来ることはない)





女友「はぁ……やはり背中を蹴飛ばしたいですね。この場合はどちらを蹴飛ばすべきか迷いますが……」



男(何か女友が俺たち二人を見て物騒なことをつぶやいている)

425 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:12:55.66 ID:CJn9uXBh0

女「そういえば女友はどうなの?」

女友「どう……とは?」

女「元の世界に戻りたいか、この世界に残るかだよ。女友のことだからその選択肢には前から気づいてたんでしょ?」

女友「ええ……まあ駐留派の存在は少し前から気付いてましたし」



女「じゃあどっちなの?」

女友「元の世界ですね」



男(女友は即答する)



男「決断に迷いがないな。どういう理由だ?」



女友「簡単な話ですよ。女と男さんは元の世界に戻るつもりなんでしょう?」

女友「だったら私も二人の側にいるために戻る、それだけです」



426 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:13:39.46 ID:CJn9uXBh0



男「えっと……照れればいいのか、これは?」

女友「いえ、二人には私がいないと駄目駄目で、危うくて落ち着いてられないという意味なので恥ずかしがってください」



男(冗談めかした言葉を容赦なく一刀両断される)



男「いやいや……駄目駄目ってどういうことだよ。女友がいなくても俺は……」

女「そうだよ、私だって女友がいなくても……」



女友「どうなんですか?」



男「……要所ごとに女友に助けられてるな。生意気言いました」

女「すいません、女友様。これからもよろしくお願いします」



女友「分かればいいです」



男(俺と女は女友にひれ伏す)

427 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:14:26.14 ID:CJn9uXBh0



女友「だいたいこの世界に駐留することを選んだイケメンさんたちはこの世界を理想の楽園みたいに思っているようですが、この世界だって一つの厳しい現実ですよ」



男「言われてみるとそう思うこともあったけど……」

女友「それでも認識が足りないと言いましょうか。私たちが次に向かう都市で……嫌と言うほど目の当たりにすると思います」

女「ど、どんなところなの……?」

男(女友の脅しめいた文句に、女がおそるおそる聞く)







女友「独裁都市――独裁者に支配された都市です」



男「……これまで訪れた場所とは雰囲気がまた違いそうだな」







男(こうして俺たちは結局、宝玉を手に入れることが出来なかったこの町を去る)

男(次こそは手に入れると心の中で密かな決意を抱く)

男(俺たちの冒険は宝玉争奪戦の開始と合わせて、大きなうねりを持った濁流に突っ込もうとしていた)

428 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/03/31(日) 11:15:23.20 ID:CJn9uXBh0

 四章『武闘大会』編完結です。
 長い話となりました、ここまで読んでいただきありがとうございます。

 今回の章は『散らばった何かを集める系の話』のテンプレとして『大会の商品がその何か』『他に競いあって集めるライバルの登場』『横槍が入って結局手に入れられない』などの要素を詰め込みました。



 タイトルにある『魅了スキル』が『魅了スキル(笑)』になっていたので次章は大活躍する話にしようと思います。
 五章『独裁都市・少女姫』(仮)編は少し準備期間を戴いてからスタートします。約二週間、4月15日を目標に帰ってくるつもりです。



 乙や感想などもらえるとモチベーションが上がります。

 どうかよろしくお願いします。



なろう版 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/

429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/31(日) 17:14:28.14 ID:4rEnmAT40
乙!
この章も楽しませてもらった!次の章も楽しみにしてる!!
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/31(日) 22:29:43.82 ID:4WYm8c1nO
乙ー
楽しみにしてるよ
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/02(火) 06:37:08.28 ID:yYM376My0

テンプレ展開だとしても単純に読んでて面白い
楽しみにしてる
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/03(水) 14:04:57.55 ID:7GeFXkPQ0
1ヶ月目を離した隙にめちゃくちゃ進んでて草ですよ
433 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:13:40.04 ID:bY2SeEvr0
感想ありがとうございます!

>>429 >>430 >>431 期待に応えられるよう頑張ります

>>432 隔日更新続けることができたのでめちゃくちゃ進みましたねー



5章『独裁都市・少女姫』編開始します。
434 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:19:43.01 ID:bY2SeEvr0

男(俺たち三人は馬車に揺られて次なる宝玉が待つ地、独裁都市なる場所へと向かっていた)



男「異世界にもこんなところがあるんだな……」

男(車中ですることがなく暇な俺はぼーっと外を見ていたのだが、先ほどから景色が全く変わらない)

男(見渡す限り畑が広がっていて、どうやらこの辺りは農耕地帯のようだ)



女「私たちが最初に訪れた最初の村でも農耕が営まれていたけど……ここはそれ以上の規模だね」

男(同じく外を見ていた女もうなずく)





男(快晴の昼下がり、畑では農作業に精を出す人がちらほらといた。珍しそうにこちらを見ている人もいる)

男(女友が出発前に言っていたが独裁都市に向かう馬車の定期便は存在しないらしい)

男(そのため俺たちを支援している古参商会がわざわざ馬車を出してくれたという話だった)

男(そのため乗っている客は俺たち三人だけである。そういう背景もあってこの辺りを通る馬車が珍しいのだろう)

435 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:23:10.88 ID:bY2SeEvr0

女友「独裁都市のメイン産業が農業だとは聞いてましたが……ここまでの規模だったんですね」

男「え……じゃあもしかして、もう領内なのか?」

女友「そう把握しています。この一帯は独裁都市の管轄のはずです」

男「『都市』って感じじゃないな」

女友「気持ちは分かりますが、東京都にだって畑が広がっている地域はあるんですよ」

男「あー……まあ言われてみればそうか」

女友「私たちが目的とする独裁都市の中心街まではもう少しかかるようですね」

男「へいへい、おとなしく待ってますよ」



男(俺は改めて外を見る)

男(変わらず農作業に励む人たち。独裁都市に住む人たち)



男(さっきは目を逸らしていたが…………その人々の顔に生気が無かったり、手足がガリガリで痩せこけていたり、身に纏う服がボロボロなのは普通のことではない)



男「これで……まだ序の口なんだろうな」

436 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:26:23.71 ID:bY2SeEvr0

男(しばらくして時刻も夕方になった頃、馬車が止まった。目的地にたどり着いたようだ)

男(俺たちは独裁都市の中心街に降り立つ。規模としては前にいた武闘大会が行われた町とそう変わらず大きな方だ)



男(しかしその雰囲気は真逆だった)

男(武闘大会に沸いて活気溢れていたのと反対に、この地は人通りが少なく閑散としている)

男(その理由の一端が夕食を取るために立ち寄った店で明らかとなった)



男「パ、パン一つで……この値段だと……?」

男(出てきたパンを手に持ち一周、二周、三周と見回す)

男(異世界の生活にも慣れてきて、物価の大体の基準も分かってきたが故の驚きだった)

男(他の町よりただのパンが二倍……いや、三倍の値段で提供されている)



女「武闘大会の賞金も入ったからお金には困ってないけど……」

男「それはありがたいが……え、もしかしてここすごい高級店なのか? パンにフォアグラでも練られているのか?」

女友「違いますね、普通のパンです。二人とも察していると思いますが、独裁都市という地の問題です」



男(俺たちは他の客に聞かれないように小声で話す)

437 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:27:17.57 ID:bY2SeEvr0

女「独裁都市の……」

男「何者かに支配された地がユートピアであったことなんて無いしな……つまりは税の取り立てがヤバいってことでいいのか?」

女友「はい。それはもう法外な割合ですよ」



女「そっか……じゃあパンもこの値段で売らないと、店の人がやっていけないってことなんだね」

男「酷い場所だな。そりゃ活気もなくなるわ」

女友「以前は古参商会もこの地に支部を置いて商売を営んでいたようですが、流石にやっていけないということで現在は撤退しているみたいですね」



男(そういうわけでとんでもない物価となっているが、腹が減っているのはどうしようもない問題だ)

男(店員に注文を伝えた後パンをひとかじりする。普通の味だ)

438 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:27:53.20 ID:bY2SeEvr0

男「…………」

男(税か……一人で生きていくならともかく、人が社会で生活する以上必要なシステムだと個人的に思う)

男(町の整備や治安維持などを個人でやっても限界がある。特にこの世界では人を襲う魔物という存在もいるわけだ)

男(どこかで集約して、まとめて当たる方が効率的だ)



男(しかし、必要以上に取り立てていいはずがない)

男(畑で脳作業していた人たちのみすぼらしい姿やこの店のパンの値段から、どう考えても行き過ぎた税の徴収が行われているのは明らかである)

男(どうしてこんなことが出来るのか。どうしてこんなことをしているのか)



男「この地を治める独裁者とやらはどんなやつなんだ……」



男(と、そのとき)

439 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:28:27.53 ID:bY2SeEvr0





少女「今日の夕食はここにするぞ!」





男(店の入り口からそんな声がした)

男(思わずそちらを見ると高貴な装いを身につけた少女がそこにいる)

男(服に負けない美貌と合わさって一つの芸術品のような少女だ)



男(まるで別世界の住人のような……いや、ここ異世界なんだけど)

男(それでも群を抜いて異質というか、シンデレラの世界から出てきたと言っても信じられそうなファンタジー的存在だ)

男(俺たちと同じくらいの年なのにどんな環境で育てばこうなるのだろうか)



女性「……」



男(少女の脇には直立姿勢で剣呑な雰囲気を発した女性が控えている)

男(周囲を警戒していることから、少女を警護しているのだろう)

440 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:31:57.37 ID:bY2SeEvr0

女「男君?」

男(少女に見とれているとジトーッとした声が耳に入る)



男「……どうした、女」

女「どうした、じゃないでしょ。あの女の子をじーっと見つめておいて」

男「いや、それは……」



男(責められるいわれは無いはずなのに、女からのプレッシャーによってしどろもどろになってしまう)

男(どう弁明するか、と考えていると)



女友「あの人は……どうしてこのような場所に……」



男(女友が真面目な顔をして思案しているのが気になった。いつもなら嬉気としていじるところなのに)

441 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:32:41.02 ID:bY2SeEvr0

男性「姫様!」

男(入り口の方でさらに動きがあり、少女を追うようにして一人の男性が店に入ってきた)

男(30代くらいでくたびれた雰囲気を背負っている)



少女→姫 「遅いぞ。さっさと手配をせんか」



男(倍ほど年の差がある男性相手に、尊大な態度で命令する少女)



男性「しかしかような場所でなくとも……帰れば夕食の準備はしてありますが……」

姫「くどいぞ。余がここにすると言った、それに従うのがおまえの役目だ」

男性「わ、分かりました」



男(少女にペコペコとへりくだる男性。その後店の奥へと入っていって姿が見えなくなる)

442 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:33:48.88 ID:bY2SeEvr0

男「何だあいつら……」

男(どんな関係なんだと気になった俺が、ボソッとこぼしたそのときだった)



女性「……」



男(ギロリと、少女の側につく女性の視線が俺を射抜いた。その圧に押された俺は慌てて目を逸らす)

男(怖っ! 結構離れているのに聞こえたのかよ!?)



女友「男さん、刺激しないでください」

男「いや、まさか聞こえるとは思わなくてな……」

女友「それとこの店を出る準備をした方が良さそうです」

男「え? でもさっき注文した品もまだ出てきてないぞ」

女友「分かっています。ですが彼女が来た以上、私たちはここを追い出されるでしょう」

男「追い出される……?」



男(首を捻っていると店の奥から店員が出てくる。客を一人一人回って何かを話している。その流れで俺たちのところにもやってきた)

443 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:37:54.40 ID:bY2SeEvr0

店員「お客様申し訳ありません」

店員「当店は現在より姫様の貸し切りとなるため退店お願いできますでしょうか?」

店員「お代の方は結構ですので」



男「は……んぐっ」

男(『はあ? そんな要求あるか』と俺は言い掛けて、女友に口をふさがれる)



女友「分かりました、ですが食べた分のお代は払います」

店員「……ありがとうございます」

男(深々と礼をした店員は次の客に事情を説明に向かった)



女友「男さん」

男「ああ……納得はしてないが、状況は理解できた。大人しくする」

女友「そうしてもらえると幸いです。女も分かっていますね」

女「……うん」



男(理不尽を前に女も怒りを覚えているようだが、それを抑えていた)

444 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:38:26.33 ID:bY2SeEvr0

男(こうして俺たちはまだ腹も満たっていないがその飯屋を後にする)

男(最後、店を出る直前にその尊大な態度の少女をもう一度振り返って見たが)



姫「よいよい、余が下々の者に見られながら食事するなどあり得んからな」

店長「もちろんでございます!!」

姫「にしても料理はまだか、余を待たせるとはいい度胸じゃな?」

店長「はっ! もう少しだけお待ちください、姫様!!」



男(呼び出した従業員――他とは服装が違うので店長だろうか――をいびっている姿があった)





男(店の外に出ると入り口横で二人の男性が直立不動で警戒している姿があった)

男(姫と呼ばれる少女の側に仕えていた女性と同じ服装なのでそういう立場のものということだろう)

男(入り口の二人だけでなく店の周囲にかなりの数が立っている)

男(威圧するような雰囲気はとても居心地が悪く、その店から大きく離れてから俺たちは一息吐いた)

445 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:40:05.47 ID:bY2SeEvr0

男「はぁ……ったく、何だったんだ」

男(いきなり店に来てそこにいた客を全て追い出して貸し切るとか、ワガママにもほどがある振る舞いである)



女「女友は何か知ってるの?」

女友「まあ古参商会から一通りこの都市の情報については聞いているので」

女友「まず、あの剣呑な雰囲気を放っていた人たちは近衛兵団でしょうね」



男(近衛っていうと……あれか、偉い人を守る専門の役職だったか)



女友「そしてペコペコとしていた男性が……まあ言うなればこの独裁都市のNo.2だと思います」

女「じゃあそんな偉い人にも命令していたあの少女が……」



446 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:40:40.74 ID:bY2SeEvr0





女友「ええ。この都市における権力の頂点に立つ独裁者。少女姫――彼女の言葉はこの都市では絶対の法です」

女友「そして古参商会の調査によると、宝玉を持っているのも彼女のようですね」





男「また面倒そうな案件だが…………宝玉の持ち主が女性だっていうなら……」





男(武闘大会では終ぞ役目が無かったが……どうやら今回は俺の魅了スキルの出番のようだ)

447 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/15(月) 12:41:54.24 ID:bY2SeEvr0
続く。

今章も隔日更新で行く予定です。ではまた明後日。
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/15(月) 15:43:50.58 ID:Hz2Kt51F0
乙!
新章待ってたぜ!
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/15(月) 23:48:06.83 ID:vklSU6UyO
乙ー
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/16(火) 02:04:51.76 ID:tme6cSjw0

また日々の楽しみが
451 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:25:10.87 ID:k+hIoSdJ0
乙、ありがとうございます。

>>450 皆さんに読んでもらえるのが私の日々の楽しみです。

投下します。
452 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:25:45.72 ID:k+hIoSdJ0

男(その後俺たちは結局パンしか食べ物ありつけていないので、場所を変えて夕食を取った)

男(そこも同じく他の町の三倍ほどする値段だったため、腹は満たったがどうにも気分は満たらなかった)



女友「さて、今晩泊まる宿屋を探さないとですね」

男(通りを歩きながら女友が口を開く)



男「そこも三倍の値段するんだろ?」

女友「でしょうね。飲食業も宿泊業も税の取り立ては一律みたいですし」

男「うへぇ……じゃあせめて安い宿にしようぜ」

女「男君、お金ならあるよ」

男「そういう問題じゃない、気分の問題だ」



男(我ながら貧乏くさい感覚かもしれないが……いやでも三倍だぞ)

男(元の世界で置き換えると、コンビニで普通のおにぎりが300円で売っているってことだろ?)

男(それを普通に食えるか? 俺には無理だ)

453 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:26:35.33 ID:k+hIoSdJ0

女友「男さんの気分を害するかもしれませんが、宿はこの都市でも最上級のところを取ろうと思います」

男「え?」

女友「このような問題があるからです」



男(女友は俺に話しかけながら正面を向いている)

男(そこには三人の男が立っていた。汚い身なりでそれぞれの手に武器を持ち、ニヤニヤとしながら俺たちを見ている)



チンピラA「よう、兄ちゃん。良さそうな女を連れてるじゃねえか? 俺たちに貸してくれよ、なあ?」

チンピラB「そうそう持ってる金も全部出せよ、じゃないとサンドバッグだぜ?」

チンピラC「出してもサンドバッグだがな。ぎゃははっ!!」



男「…………」

男(どうやら俺は脅迫されているらしい。三人のチンピラの内、リーダー格っぽい人が俺の肩に手を置こうとして)



女「汚い手で男君に触らないで」

チンピラA「はあ? 何だ、この女。イキガりやがって……いててててっ!?」



男(寸前で女が腕を掴み、力を込めるとチンピラは喚きだした)

454 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:27:22.77 ID:k+hIoSdJ0

チンピラB「あ、兄貴!?」

チンピラC「やろう、俺たちも……!」



女友「どれがいいでしょうか……あまり強すぎてケガをさせても後が面倒ですし……」

女友「これにしましょうか。『炎の拘束(ファイアバインド)』」



男(残りのチンピラも迫ろうとしたそのとき、女友が魔法を発動する)

男(炎が三人のチンピラに飛び、その両腕と両足を拘束する)



チンピラA「な、なんだこれは……っ!?」

チンピラC「熱っ!!」

チンピラC「は、外してくれ!!」



男(地面に転がる三人のチンピラ)

男(瞬殺だ。俺の仲間が強すぎる件について)



女友「最低出力ですから軽い火傷で済むはずですよ」

女「行こう、男君」

男「お、おう……このまま放置していいのか?」

女友「その内見回りに来た人がどうにかするでしょう。私たちが気にすることじゃありません」



男(冷酷な二人。いやそうか、俺たちを害そうとした相手に遠慮する必要もないな)

男(首を振って気を取り直すと、俺たちはその場を離れた)

455 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:27:57.15 ID:k+hIoSdJ0

女友「えっと話の途中でしたね。このように現在独裁都市の治安は非常に悪いものとなっています」

女友「ですから宿は最上級でセキュリティのしっかりしているところでないと安心して眠れません」

女「まあどんな相手が来ても遅れを取るつもりはないけど気が休まらないし」

男「そういうことなら分かった」

男(というか守ってもらう立場である俺がワガママ言えるはずがない)



男「しかし治安が悪いっていうのは……やっぱり税の取り立てが関係しているのか?」

女友「ええ。法外な税の取り立てにより様々な事業が破綻した結果、失業者が大量発生」

女友「生活が立ち行かない者も現れて、犯罪に手を染める者が増えたと聞きます」

女友「さっきの輩はただの不良みたいですが、あのような者がのさばるような雰囲気となっているという意味では影響しているでしょうね」



女「そこまでなっているのに……どうして誰も止めないの?」

女「独裁者ってことはあの姫様が法外な税の取り立てを命令しているんだよね?」

女「姫様はどういうつもりでそんなことをしているの?」



女友「それは――」



男「ちょっと待った」

男(女の疑問に答えようとした女友の発言を遮る)

456 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:28:38.97 ID:k+hIoSdJ0

女友「どうしましたか、男さん」

男「すまんな、ちょっと先に今回宝玉を手に入れるための方針について一つ提案したいことがあるんだ」

女「宝玉……さっき言ってたけどあの姫様が持っているんだよね」

女友「古参商会の情報によるとそうですが……つまり、男さんの提案というのは」





男「あの姫様に魅了スキルをかける。そして宝玉を譲るように命令をしようと思うんだが、どうだ?」





男(身も蓋もない提案だが、これが一番いい方法だろう)



女友「そうですね……正直私もそう提案しようと思っていました」

女友「ワガママ放題の姫様相手に交渉は難しそうですし、古参商会の情報網を持ってしてもこの国の実状については不透明なところがありまして」



男「そうなのか?」

女友「はい。なので魅了スキルの絶対的な力によって宝玉を手に入れる……それが最短のルートだと思います」



男(女友が了承する。ここまでは想定していたとおりだ)

男(問題なのは……)

457 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:29:41.36 ID:k+hIoSdJ0

男「女はどう思う?」

女「……私言ったよね。宝玉を手に入れるためだからって、魅了スキルを悪用するのは良くないって」

男「最初の村での宴だったか。もちろん覚えている」

女「なのに……姫様に魅了スキルをかけるの? かけられるっていうの?」



男「そのときから状況は変わったんだ」

男「悠長なことはしていられない、帰還派と復活派っていう宝玉を集める敵対勢力の存在が明らかになったからにはな」



男(帰還派……イケメンを筆頭として、宝玉を集めることで悪魔を召喚し俺の魅了スキルを手に入れようとしている)

男(復活派……魔族と伝説の傭兵が手を組み、魔神を復活させて世界を滅ぼそうとしている)



男(どちらにも宝玉を渡すわけには行かない)

458 :上ミス。帰還派→駐留派  ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:31:34.12 ID:k+hIoSdJ0



男「竜闘士の女、魔導士の女友、そして一応魅了スキルを擁する俺たちは帰還派の中じゃ最強のパーティーだから、なるべく多くの宝玉を集めるべきだ」

男「こんなところで手をこまねいてられないだろ。女の気持ちも想像できるが……頼む、分かってくれ」



男(俺は女の手を握って真摯に訴える)

男(女だって俺が言わなくても現状は分かっているはず)

男(だが、清廉潔白の女は見方によっては人の物を奪うようなやり方を受け入れられないのだろう)



男(だから女が感情を優先してどうしても駄目だと言ったなら……そのときは別の方法を模索するしかない)

男(竜闘士相手に争っても絶対負けるしな、魅了スキルで命令しようにも中途半端で効かない可能性があるし)



男(手を握ったままの姿勢でしばらく待つ。すると)



女「……あーもう分かったから!」

男(女は観念した)

459 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:33:14.82 ID:k+hIoSdJ0

男「本当か?」

女「その代わり宝玉の代金はちゃんと姫様に支払うこと! それが条件!」

男「ああ、もちろんだ」



男(女に言われるまでもなくそのつもりだった)

男(これでも命令して宝玉を売らせるという形ではあるのだが、強奪よりはマシだろう)



女「あと姫様が何か宝玉に思い入れがあった場合も駄目だからね」

女「観光の町で婚約指輪だったから魅了スキルを使わなかったときみたいに」



男「そうだな……まあでも独裁者で豪勢を極めているだろうし、宝石くらいたくさん持ってるんじゃないのか?」

男「特別宝玉に思い入れがあるとも思えないが……」



女「それでも一応確認すること!!」

男(女に釘を刺される)

460 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:33:46.88 ID:k+hIoSdJ0



男「分かった、条件は以上か?」

女「あともう少しこのままでいること!!」

男「はいはい………………って、おい」



男(頷きかけてツッコむ)

男(言われてみると女に説得するために手を握ったままだ)

男(顔を赤くして恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに頬が緩んでいる)



男「おまえなあ……真面目な話してるんだぞ」

女「わ、私だって真面目だもん!」

女「だ、大体いきなり手を握るなんて反則だよ、そんなことされたら何でも了承しちゃうかも……」

男「ほう、それは良いことを聞いたな」



男(ニヤリとほくそ笑んでみせるが、正直女の照れが俺にも移ってきて気力がゴリゴリ削られている状態だった)

男(魅了スキルの影響とはいえ……俺に手を握られたくらいでどうしてこんなに嬉しそうなんだよ)

男(そんな表情されると…………)

461 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:34:12.33 ID:k+hIoSdJ0



女友「コホン」

男(咳払いが一つ)



女友「んっ……あー、あー……」

男(喉の調子の確認で二つ目)



女友「一人は寂しいですねー。これ以上放置されたら何をするか分かりませんねー」

男(つぶやきが三つ目)





女「ご、ごめん女友!」

男「いや、放置するつもりは全然無くてだな!」



男(俺たちは慌てて手を離して女友に平謝りする)

462 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:34:44.02 ID:k+hIoSdJ0



女友「分かりますか? 真面目な話をしていたところ、いきなりイチャつかれた気持ちが?」

男「別にイチャついては――」

女友「そうですか。では男さん、今後は女とずっと手を繋いで行動してもらえますか、それが普通なんですよね?」

男「すいませんでした!!」

男(言葉以上にそれに込められた圧に俺は震える)



女友「別に二人がイチャつくのは大歓迎なんですが、時と場合を考えて欲しいですね」

女友「宝玉を早急に集める必要性を説いたのは男さん自身ですよ」



女「そ、そうだよ! 私だって男君が急に手を握らなければそんなことは……」



女友「何を言ってるんですか、そこの色ボケ小娘は」

女「酷いこと言われてるっ!?」



男(女友の矛先が女を向く)

463 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:35:29.47 ID:k+hIoSdJ0



女友「大体、女が提案にさっさと賛成していれば拗れなかった話です」

女友「女だって状況を理解しているのに反対した理由……分かっているんですよ」



女「え、えっと……それは……方法の是非が……」



女友「違いますね。単純にヤキモチでしょう?」

女友「事も無げに姫様に魅了スキルをかけることが出来ると……姫様が魅力的だと言ってのけた男さんを困らせようとした、それだけなんでしょう?」







男「流石に女もそんな子供じみた考えは……」

女「…………」

男「持ってるのかよ、おいっ!」

男(気まずそうに俯いている女の態度が口よりも雄弁に語っていた)

464 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:36:10.22 ID:k+hIoSdJ0

男「ヤキモチってなあ……大体商業都市で秘書さんに魅了スキルをかけたときも、観光の町のバーテンダーでも、武闘大会の魔族相手でもそんなことなかっただろ?」



女「そのときとは違うの!」

女「だってあの姫様私たちと同年代だったし……男の子って同年代の女の子好きになる傾向があるっていうし……」



男「そんな傾向は初めて聞いたが……正直姫様についてはギリギリ魅力的に思えるってところだな」



女「……? どういうこと?」

男「ああいうワガママ放題なやつ苦手なんだよ、俺は」

男「容姿が整っているから何とか踏みとどまっているが……これ以上あの姫様の悪行を聞かされたら『無いわ』って思う可能性がある」

男「そうなると魅了スキルかけられなくなって、宝玉ゲットするのが面倒になるだろ」





女友「なるほど……だから先ほど姫様がどうしてこのような税の取り立てをしているのか私が話そうとしたのを遮ったんですね」

女「あ……そういえば、そんな話の始まり方だったね」



男「というわけでこれ以上俺の耳にあの姫様の情報を入れないでくれ」

男「何が原因で魅力的じゃないと判断するか俺自身ですら分からないところがあるからな」



男(何ともな要求になったが仕方ない。これで税金を取り立てている理由がしょうもないものだったら、まず怒りを覚えてしまうだろうし)

465 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:36:48.93 ID:k+hIoSdJ0

女「ねえ、それだったらさっき姫様に追い出されたあのときに、魅了スキル使って虜にしておけば良かったんじゃないの?」

女「一度虜にしたら魅了スキルって解除できないから、姫様のことどう思っても構わないし」



男「あのタイミングはまだ女友から姫様が宝玉を持ってるって話を聞いてなかったし……いや、聞いてたとしても良くなかったな」

男「魅了スキルを使ったら明らかに俺が何かしたことがバレるだろ、そしたら近衛兵団に不審者として攻撃されたかもしれない」

男「それでも竜闘士の女の敵ではないと思うが、姫に楯突いたって悪名がこの都市だけでなく広まったら今後が面倒だしな」



女友「魅了スキルは案外目立ちますからね。ピンク色の光の柱が周囲5mほどを埋め尽くしますし」

女「あ、そっか」



男「それに姫は独裁者でこの都市の頂点だ。そいつに命令する俺が何者だってなるだろ?」

男「魅了スキルの存在はなるべく公にしたくないのは前から言ってるとおりだ」



女友「では明日からは目立たずに姫様に魅了スキルをかけて命令する方法を探す……という感じで行きましょうか」

女「分かったよ!」



男(話しながら歩いていたため、ちょうど宿屋も見つかりこの都市で動く拠点を確保する)

男(行動方針も決まりこの都市で本格的に活動する準備が整った)

466 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/17(水) 21:37:27.51 ID:k+hIoSdJ0
続く。
467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/18(木) 03:20:58.51 ID:ejrBjdgtO
乙!
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/18(木) 04:36:11.36 ID:+sKazst/O
乙ー
469 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:10:38.02 ID:ej+ecB0A0
乙、ありがとうございます。

投下します。
470 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:11:05.60 ID:ej+ecB0A0

女(翌朝)

女(私は女友と二人で独裁都市の現状について聞き込みすることにした)



女(男君は宿屋で留守番だ)

女(魅了スキルを使うためにも、これ以上姫様の悪行を聞いて幻滅するわけにはいかない)

女(聞き込みとなれば自然と姫様の情報を耳にすることも増えるが一々耳を塞いでたら面倒だ)

女(なので一人宿屋に残り、魅了スキルを目立たずに使う方法について考えるとのことだった)

女(戦闘力0の男君を一人にするのは良くないのだが、今回取った宿屋はセキュリティが万全のため部屋から出なければ大丈夫だろう)



女(という理屈は分かっている。それでも)



女「どうせなら男君と一緒が良かったなあ……」

女友「私と二人は嫌なんですね」

女「そ、そんなこと無いってば!!」

女友「分かってますって。それでは行きましょう」



女(私と女友は独裁都市の中心街へと繰り出した)

471 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:11:36.57 ID:ej+ecB0A0

女(姫様に魅了スキルをかけるという目的からして、調査は姫様に関わる情報が中心となる)

女(この都市における絶対の法と呼ばれるだけあって、街中で聞き込みをしても姫様を知らないという人は全くいない)

女(しかし、問題はいざ情報を聞き出そうとする段階で生じた)



モブA「姫様ですって……最高の君主だわ!」

モブB「稀代の美しさだよね」

モブC「姫様の統治するこの都市に住めて最高だわ!」



女(詳しく聞こうとすると返ってくる絶賛の言葉の数々)

女(だが、それが真実でないことは一様に表情がひきつっていることから明らかだった)

女(そして勘弁してくれと言わんばかりにそそくさと逃げられる)



女「どういうことなの……?」

女友「考えられるのは……何らかの言論統制でしょうか?」

女友「古参商会からの情報にはなかったので、最近になって何かあったのかもしれません」

女(女友も知らないことのようだ)

472 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:12:07.14 ID:ej+ecB0A0

女(空振りばかりの聞き込みに精神的な疲労を覚えた私たちは、一旦ベンチに座って一休みする)



女「はぁ……どうしよう。これじゃ何も聞けないよ」

女友「過剰な言論統制、悪化する治安、法外な税……住民の不満も相当溜まっているでしょう」

女友「どうやらかなり末期の状態ですね。この支配をどこまで続けられるでしょうか、姫様は」



女(女友が正面にある建物を見上げて呟く)

女(つられて私も見ると、それはこの独裁都市の中心街でも一際大きな建物だった)



女(聞き込みする中で話に上がったことがある。どうやらこの建物に姫様が住んでいるとのこと)

女(姫様の住居にふさわしいと絶賛していた言葉が本心だったのかはともかく、実際見てみるとその威容に飲み込まれそうだった)

女(建物を支える石造りの巨大な柱が等間隔に並び、彫刻や意匠も凝らされていて、異世界の文化がよく分からない私でも見ているだけで感心するぐらいだからすごいのだろう)



女(姫様の住居としてだけでなく、政治的に重要な部署や近衛兵団の本部などが収まっていて、この都市の中枢ともいうべき建物らしい)

女(玄関の脇には近衛兵が立って警備しているので中には入れなさそうだ)



女(なので周囲から見るしかできないのだが、ふと)



女「何か見覚えがあるような……」 

女(特徴的な意匠について、私は見覚えある気がして…………しかし、どこで見たのかは思い出せなかった)

473 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:12:50.33 ID:ej+ecB0A0

女(休憩を終えて聞き込みを再開する。だがやはり成果は芳しくない。途方に暮れながらさまよっていると)



店員「あら、あなたたちは昨夜の……」



女(道中で話しかけられる。相手は店の前を清掃している店員で……)

女(あ、この店昨夜姫様が来たことで私たちが追い出された店だ)



女「こんにちは」

店員「昨日は申し訳ありませんでした」

女「いえ、気にしていませんよ」



女(深々と頭を下げる店員に私は頭を上げるように言う)



店員「そう言ってもらえると助かります。それとこれは個人的な質問なんですが……あなた女さんですよね」

女「え? どうして私の名前を……」

店員「やっぱりですか!! 武闘大会見ました、ファンなんです!! 伝説の傭兵との決勝戦はそれはもう手に汗握る熱戦で!!」



女(ものすごい熱量で迫ってくる店員)

女(話を聞くと予選から全ての試合を見ていたくらいの武闘大会マニアらしい)

女(休みが足りなくて本戦を見届けた後は徹夜で戻ってきて仕事に入ったとか)

女(大会で私の戦う姿を見てファンになったということらしい)

474 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:13:27.84 ID:ej+ecB0A0

店員「昨夜ももしかしたらとは思ったんです!! 仕事中だったから聞くことは出来なかったんですけど!! あ、握手いいですか!!」

女「それくらいいですけど……そうだ交換条件と言っては何ですけど、ちょっと話を聞いても良いですか?」

店員「何でも聞いてください!! 女さんの頼みならオールオッケーです!!」

女(思わぬ展開になったが、こちらに心酔しているなら話は聞きやすい)



女「じゃあ……ええとこちらが私の友達の女友って言うんですけど、彼女が質問するので」

女友「昨夜みたいに姫様がふらっと店にやってきて貸し切るということはよくあることなんでしょうか?」



女(一歩前に出た女友が口を開く)



店員「あまりありませんね。そもそも姫様が居宅から出ることが珍しいですし」

女友「そうなんですか」

店員「ですから昨日は……考えられるのは来週のパレードの確認のため外出したのかと」



女(パレード……気になる単語が出てきたが、女友は別の質問をする)

475 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:14:23.72 ID:ej+ecB0A0

女友「昨夜の姫様の訪問は商売的にありがたい出来事なんですか?」



店員「とんでもない、そんなことありません」

店員「姫様は『この都市に住む以上、余の臣下じゃ。ならば余のために喜んで何でもするのが道理であろう』という言い分で、昨日も無償で食事を提供させられました」



女友「それは……他の客を追い出して、さらに無償となると踏んだり蹴ったりですね」

店員「あ、といっても男性さんが裏で姫様に内緒で補填してくれるという話だったので、どうにかなりそうです」

店員「男性さんいつもあの姫様の下で身を粉にして働いていて……本当頑張っていると思います」



女(男性さんというと……あのペコペコしていた人だ。この都市のNo.2の地位のようだが、その実体は姫様の尻拭い担当ということだろうか?)



女友「あなたはあまり姫様に良い感情を持ってないみたいですね」

店員「私は姫様のことを今の地位に就いたときからしか知らないですが、ワガママ放題やられているのを見せられてはよく思えませんよ」

店員「法外な税を取るようになったのもしょうもない理由なんですよ、知ってますか?」

女友「聞かせてください」

476 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:15:28.45 ID:ej+ecB0A0



店員「姫様の居宅、あの馬鹿でかい建物を『余の住居としてふさわしいように、全部黄金で覆うんじゃ!』ということで、そのための資金を確保するために税を上げたんですよ。あり得ないと思いません?」



女友「……古参商会からの情報を見たときは目を疑いましたが……本当にそうなんですか」



女(女友が嘆息吐いている。知っていたようだが、信じたくなかったようだ)

女(私はその話を初めて聞くが……そんなことのために税を上げた結果、路頭に迷う人が増え、治安は悪化していると考えると……怒りより先に呆れてしまう)



女(この場に男君がいなくて良かった、今の話を聞いてたらたぶん一発で姫様を魅力的に思わなくなっただろうし)

女(……いや、私的にはそっちの方がいいんだけど、宝玉を手に入れるのが面倒になるのは避けないと行けない事態だ)





女友「ずいぶんとぶっちゃけていますが、大丈夫なんですか?」

女友「色んな人に話を聞いても、露骨に姫様を賛美する話しか聞けなかったので」



店員「あー、それは三ヶ月ほど前のことでしょうか」

店員「姫様の陰口を叩いていたってことで捕まった人がいて、そのせいで誰も公には姫様の悪口を言わなくなったんです」

店員「どこで誰が聞いているか分かりませんからね。皆さんが二人に本音を話さなかったのも、もしかしたら取り締まりをしている人じゃないかと恐れたからでしょう」



女友「なるほど」

店員「私がこうやってぶっちゃけられるのも、あの武闘大会に出ていた女さんとその友達が姫様側の人間であるはずがないと分かっているからです」

477 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:16:05.01 ID:ej+ecB0A0



店員「二年前に今の姫様となってから税が上がったことにより、メニューを値上げせざるを得なくなりました」

店員「物価が上がり治安も悪くなったことも合わせて観光客も減り、馬車の定期便も廃止されました」

店員「それだけでなく都市内からの客足も減って、本当に商売上がったりです」



店員「店だけでなくこのままじゃこの都市そのものの未来も暗くて……故郷なんですけど離れる選択肢も考えた方がいいのかなと思う日々です」



女(憂鬱な表情になった店員さんに何と声をかけたらいいか分からず)



店員「あ、すいません。愚痴っちゃって」

女友「お構いなく。質問は以上です、情報提供感謝します」

女「えっと……本当に助かりました。しばらくこの都市にいる予定なので、また来るかもしれません」



店員「女さんなら大歓迎ですよ!! そのときは存分にもてなさせてもらいます!!」

店員「私が力になれることがあったら何でも言ってください!!」



女(気を取り直した店員さんに見送られて、私たちはその場を離れた)

478 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/19(金) 19:17:03.83 ID:ej+ecB0A0
続く。

ちょいと前振り兼説明回が続きます。
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/19(金) 23:33:53.59 ID:AeuByUDcO
乙ー
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/20(土) 06:45:06.44 ID:MmHZP0gjO
乙!
481 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:32:09.29 ID:1WFve+Kp0
乙、ありがとうございます。

投下します。
482 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:32:45.87 ID:1WFve+Kp0

男(夜)

男(俺は宿屋に帰ってきた女友、女と合流して、宿屋に併設した食堂で夕食を取りながら情報交換をしていた)



女友「今日の調査の結果、この都市について色々分かってきましたが……どこまで報告すればいいですか」



男(女友の疑問は俺が魅了スキルを姫様にかけるために、これ以上悪く思わないように情報を遮断していることを気にしてだろう)

男(独裁都市は姫の思うがままな支配地だ、ひょんな情報が姫の評価に影響するだろうことは想像できる)



男「あー……とりあえず魅了スキルをかけるのに役立ちそうな情報だけくれ」

女友「基準が難しいですね…………では一つだけ」

女友「独裁都市ではちょうど来週、式典の後にパレードというものがあるみたいです」

女友「一年に一回……えー記念日に執り行われて……祝福するんですが……姫様が御輿に乗って中心街を練り歩くみたいですね」



男(女友が言葉を選びながら伝える。なるべく必要な情報だけを伝えようという配慮だろう。苦労をかけている)

483 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:33:23.68 ID:1WFve+Kp0

男「つまり多くの人の前に姫様が姿を現すってわけか」



女友「そのはずです。木の葉を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中」

女友「魅了スキルの光を隠せなくても多くの人が居る場所でスキルを発動すれば、男さんがスキルを発動したとはバレないんじゃないでしょうか?」



男「いい考えだな。俺も似たようなことは考えていたが……問題点が二つある」

男(俺は指を二本立ててみせる)



女友「分かっています。一つはそれで虜にすることは出来ても、結局男さんが独裁者である姫様に命令をする光景が無くならないということですね」

男「あともう一つは人混みの中で魅了スキルを発動するから、他の人も虜にしてしまうってことだ」

男「効果範囲の周囲5m内の、効果対象魅力的な異性には無差別にかかってしまうからな」

男「都合良く周囲にいるのが男性だけって状況もあるわけないし」

男(宝玉を手に入れるだけならば簡単だが、それを目立たずにという条件が付くと面倒が立ちはだかる)

484 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:34:07.68 ID:1WFve+Kp0

女友「それでもパレードの時を狙ったほうが良いと思います」

男「どうしてだ?」

女友「ご存じの通り姫様はワガママなところがあるので行動パターンが掴めません」

女友「予定があってもその日の気分でキャンセルしたり、逆に昨夜あの店にいきなり現れたりなど」



男「本能のままに生きてるのな」

女友「しかし、パレードは姫様のワガママでキャンセル出来ない重要な行事なのです」

女友「つまり姫様の行動が決まっている滅多にない日です。何かを企てるならこの日がベストでしょう」



男「そうか……」

男(どうしてワガママが通らないのか……おそらく姫様の素性に関わることなのだろう)

男(魅了スキルに悪影響を与えないためにも今は気にしないようにする)



男「よし、一週間後のパレードを暫定的に決行日とする」

男「二つの問題点を解決する方法はこっちで考えとくから、女友たちもパレードについて分かったことがあったらまた教えてくれ」



女友「分かりました」

男(女友が頷く。まだまだ先は長いが、一歩進んだのは良いことだ)

485 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:34:41.10 ID:1WFve+Kp0

男(話の整理が終わったことで、ようやく次の問題に踏み込める)



男「それで……女。今度は何で悩んでるんだ」

男(話し中ずっと上の空だった少女の名前を呼ぶ)



女「ご、ごめん……」

男「話はちゃんと聞いてたんだよな?」

女「だ、大丈夫聞いてたよ。来週のパレードが決行日ってことでしょ」

男「ならいいが……もう一度聞く、今度は何で悩んでいるんだ?」

女「今度はって……私そんなに何回も悩んでる…………よね、うん。商業都市の時も観光の町の時も……」



男「俺に言いにくいことなら席を外すぞ。そのときは女友、すまんが頼む」

女「あ、いや、今回は男君が聞いても問題ないことで……その、聞いてほしいんだけど」

男「……分かった」



男(俺は引きかけたイスを元に戻す)

486 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:35:26.61 ID:1WFve+Kp0

女「それで私の悩みなんだけど……その前に質問いいかな」

女「今回姫様に魅了スキルかけて宝玉を手に入れたら、私たちはそのままこの都市を去るつもりなんだよね?」

男「そのつもりだが。他に何かしたいこととか、しないといけないことでもあるのか?」



女「今日ね、この都市の色んな人に話を聞いたんだけど……みんな苦しんでた」

女「高い税に治安の悪化……元を辿ると全部姫様のせいで」

男「それは既に知ってるからいいけど、あんまり俺に姫様の悪行を教えないでくれよ」

女「あ、そうだった、ごめん」



女「だからさ、姫様に魅了スキルをかけて男君が何でも命令できるようになったら、みんなを苦しめてる色々を撤回させて、今後はワガママを言わずちゃんと都市を統治するように命令する……」

女「とか考えたけど、そうやって誰かの人格を歪ませるなんてことしていいはずがないよね」



男「姫様がやっていること以上の悪行だろ、それは」

女「うん……でも困っている人を放っておけなくて……何か方法がないかと思って」



男(声のトーンが落ちる)

男(自分のことでなく、他人のことでここまで悩めるのは才能だと思う)

男(俺だったら可哀想だけどしょうがないなで流すところだ)



男(だから女が悩んでいようと流して……)

487 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:36:06.36 ID:1WFve+Kp0

男「……まあ命令はしないけど、魅了スキルさえかければ姫様と話す機会はあるはずだから考えを改めるように説得してみるよ」

女「本当!?」

男「言っとくけど上手く行かなくても勘弁してくれよ」

女「大丈夫、男君ならきっと上手く行くよ!」

男「いや、だから……」

男(何の根拠もない断言なのに俺は言い返せず、憑き物が落ちた様子の女はおかわりしてくると席を離れる)





女友「男さん」

男(俺と女友の二人きりになったところで名前を呼ばれた)



男「……何だ女友。またイチャつくなって話か?」

女友「イチャついてる自覚があったんですか?」

男「うっせ」

女友「今は悩み相談といった場面でしたから、大いにイチャついて結構です。時と場合さえ選べば賛成だとは言いましたよね」

男「ああ、そうだったな」

女友「それにしても最近は男さんから女に歩み寄ることが多くて……ここまで見守ってきた私としては感無量です」

男「どんな立場なんだよ」



男(女友はまるで我が子の成長を祝う母のようだ)

488 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:36:56.46 ID:1WFve+Kp0

女友「あれ、そういえば男さんに面と向かって言ったことはありませんでしたっけ? 私は女の思いを応援する立場ですよ」



男「言動の節々からそんなところだろうとは感じ取ってたけど……いいのか?」

男「大事な親友が俺なんかと………………って女友にも魅了スキルがかかっているから、俺のことを好意的に思ってるんだよな」

男「女ほど主張が激しくないから忘れそうになるけど、最初とか俺に子作りを迫ってきてたし」



女友「そんな時期もありましたね……以前は男さんのことを振り回す悪女だったのに、今では手間のかかる二人のお母さんの気分ですよ」

男「本当に母のつもりなのか」



男(手間のかかる二人とは……俺と女のことか。まあ要所ごとに助けられているとはこの前も自覚したし)



男「……というわけで今は俺がいいやつに見えてるかもしれないが、元の世界に戻ったら俺みたいなゴミクズ自己保身男になんで入れ込んでいたんだろうと思うかもしれないぞ」



女友「それは……自身の中で好意は整理してなるべくフラットでいるように務めてますが……心を操るなんてどんな影響をもたらしているか計りしれませんからね。正直否定はしきれません」



男「だろ?」



女友「それでも私は正しい判断をしていると信じます。感情に流されるのは愚か者、常に理性的な判断をするように求められ、応えてきた自負がありますから」



男「…………」



女友「すいませんね、急にこんなこと言い出して。ですから男さんも自分に自信を持ってください」



男(女友の発言の裏には重い背景がかいま見えるというか……家が金持ちでも良いことばかりでないと思い知らされる)

489 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:37:29.71 ID:1WFve+Kp0

女友「まあ私のことはいいんです。それより女ですよ」

女友「最近の男さんは女を抱きしめたり、自然と手を握ったりと結構ガードが緩いですよね」



男「げっ……そこに話を戻すのかよ」

女友「ええ。私が柄にもないところを見せたんですから、男さんにも恥ずかしい思いをしてもらわないと収支が合いません」

男「それこそ感情のままに動いていないか?」

女友「理性です。理性的に仕返ししているだけです」



男(何か随分と都合のいいことを言い出した。……いやその柔軟性は支配から脱却した証か)





男「そんなことよりあれだ、魅了スキルをかけた際の反応を思い出したことで気になったんだが、姫様はどんな反応するんだろうな」

女友「逃げましたね」

男「いや、気になるだろ」

女友「……まあ、そうですね」



男(眼光鋭く言い放った女友だが、それ以上の追及は止めてくれるようだ。助かる)

490 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:38:26.23 ID:1WFve+Kp0

男「魅了スキルをかけると俺に好意を持つようになる」

男「つまり姫様も俺に好意を持つ予定だが、好意を持った相手に対する反応はそれぞれ違うものだろ」



女友「私は男女交際は生涯を共にする伴侶とのみするべきだという価値観ですから、子作りを迫ってしまったわけですし」



男「そして女友以外に魅了スキルにかかっているのは…………二人か、少ないな」

男「女は中途半端に魅了スキルがかかっている結果特に何もなくて」

男「商会長の秘書さんは少し取り乱したがすぐに平静を取り戻していたな。まああの人は長年スパイしていたわけだし、感情のコントロールが完璧だったからだろうけど」





女友「さて問題の姫様は…………ワガママな性格ですが好きな人には意外と素直になれないタイプじゃないでしょうか」

女友「魅了スキルがかかったら『別に余はおまえのことなんか好きじゃないからな!』とか言い出すと予想します」



男「ツンデレか……ふむ、ありそうだな」

男(テンプレともいうべきキャラだ)

491 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:39:05.93 ID:1WFve+Kp0

女「え、男君ツンデレが好きなの?」

男(そのとき女がちょうど戻ってきたのだが、会話の流れを掴めず言葉尻だけでそう判断したようだ)



男「いや、違うからな」

女「だったら……」

男(否定するが聞こえていない。少し考えた後、俺の方を見て)





女「……べ、別に私は男君のことなんか好きじゃないんだからね!」





男「そうか、助かる」

男(俺は冷たく言い放つ。俺の心労は女に好意を寄せられていることによるものが多いし)





女「ごめん、嘘でしたぁぁぁっ! 本当は男君のこと好きです!!」

男「だぁっもう、離れろ! 魅了スキルかかってるんだから、それくらい分かってるっての!!」



男(すぐに態度を翻して俺の腕に縋りつく女を振り解こうとする)







女友「私は何を見せられているんでしょうか……? ノロケ……それとも漫才……?」

 判断が付かない女友だった。

492 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/21(日) 21:39:35.12 ID:1WFve+Kp0
続く。
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/21(日) 22:39:34.42 ID:VcAvq8FJ0
乙!
494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/22(月) 04:52:45.02 ID:eG6Oikdj0

完全に夫婦漫才じゃないですかーやだー
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/22(月) 06:15:32.73 ID:4TVTmtbkO
乙ー
496 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:30:27.80 ID:Tyn5Y4290
乙、ありがとうございます。

>>494 完全に夫婦漫才ですよねー。

投下します。
497 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:30:53.69 ID:Tyn5Y4290

女(翌日)

女(私は女友と一緒に中心街に繰り出していた。例によって男君は宿屋で留守番している)

女(目的は魅了スキルの使用予定であるパレードについての詳細情報だった)

女(当日どのような行程で進むのか、御輿はどのようなルートを進むのか、姫様はその際どのような感じなのかなど、必要な情報は既に手に入った)



女(現在はとある事情により古びた本棚が並ぶ中を歩き回っているところだった)



女「男君が好きそうな本は…………こっちかな」

女友「分かるんですか?」

女「うん。男君とよく読書談義するし。男君って本のことになると饒舌になるんだよ」

女「で、そうやって話している内に大体の趣向も分かってきてね」



女友「胃袋じゃなくて、本棚を掴む系女子ですか。斬新ですね」

女「……あっ、でもこれの方がさらに喜んでくれるかも………………ん、女友何か言った?」

女友「いえ、何も」



女(そうかな、何か言ってた気がするけど…………あ、この本もいいかも)
498 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:31:25.51 ID:Tyn5Y4290

おばあさん「どうかい、あの人のコレクションは」

女(この家の主、おばあさんのしわがれた声が響く)



女「もうすごいですよ、これだけの数!」

おばあさん「そうかい、そうかい。いやはや私には価値が分からなくてね」

おばあさん「家のスペースを占有するし、本棚の重みで床板が軋むしで処分しようと思っていたけれど……まあお嬢ちゃんの喜ぶ姿が見れたなら取っておいたかいがあるかねえ」



女(おばあさんと私たちの出会いはつい先ほどのこと。情報収集も一区切りしたところで、ひったくりの現場に遭遇したのだ)

女(私はすぐに『竜の翼(ドラゴンウィング)』でひったくり犯に追いつき荷物を取り返して、持ち主だったおばあさんに返した)

女(するととても感謝されてお礼をしたいということで、お婆さんが一人暮らししているこの家に招かれた)



女(そしてお茶をいただいているときに本棚に目が付いた私が尋ねると)

おばあさん『主人が趣味で集めていたものでねえ……でも先立たれてからは邪魔で邪魔で。気になるなら何冊でも持って行っていい』
女(と言われて見ていたところである)





女「処分だなんてもったいないです! こっちで全部引き取りたいくらいで……」

女友「そんなことしたら旅の邪魔になるでしょう、ほら厳選進めてください」

女「はーい」

女(女友に怒られる。私はどうにか五冊に絞ったところでお茶に戻った)

499 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:32:20.81 ID:Tyn5Y4290

おばあさん「しかしあなたたちぐらいの年頃の娘を見ると姫様を思い出すわねえ」

女(おばあさんが昔を懐かしみながら口を開く。……って)



女友「姫様を知っているんですか?」



おばあさん「ええ、昔は親交があってねえ。あの子が小さい頃も知っているよ」

おばあさん「おばあさん、おばあさんって駆け寄ってくる姿は今も鮮明に思い描けるくらいで」

おばあさん「でもあの子が当代となってからは関わりも無くなってねえ」

おばあさん「……頑張っているのは聞くけど、大丈夫かしら。無理してないといいんだけど」



女(おばあさんは純粋に姫様を心配している様子だった)

女(その姿は意外だった、今までこの都市では姫様を絶賛するか、文句を言うかの反応しかなかったから)



おばあさん「今度のパレードはもちろん見に行かないとねえ。一目でもあの子の姿を見るために」

女「ええ、そうですね」



女(何と返していいか分からなくなった私は曖昧に肯定した)

500 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:33:01.77 ID:Tyn5Y4290

女(その後もしばらく話が盛り上がった後、私たちはおばあさん宅を後にした。本をもらったお礼の言葉はもちろん伝えた)

女(もう夕方になっているので進路は宿屋だ。その途中で私はポツリと語り出す)



女「私さ、ずっと姫様のことを根っからの悪人だと思ってた」

女友「そうですね、私もそう思っていました」

女「でもおばあさんの語りだと普通の女の子のようで……どっちが真実なのかな」

女友「どっちも真実ということでしょう。昔は普通の女の子で、権力を持った今はわがままな独裁者となった……それだけだと思います」



女「そんなに変わるのかな?」

女友「ええ、お金もそうですが、権力はそれ以上の魔物です。人を変えるなんて訳ないですよ」

女(さらりと言いのける女友。そういえば女友の家って政治家とも懇意にしているとか聞いたっけ)

501 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:33:34.36 ID:Tyn5Y4290

女「怖いなあ権力って。そのせいで普通の女の子だった姫様も今のようになって…………いや、そもそも」

女友「どうかしましたか」

女「どうして普通の女の子だった姫様がそんな権力を持つことになったの?」



女友「今さら気になったんですか?」

女「いや、よく考えてみるとおかしいんだけど、ほら何か疑問に思うタイミングを逃すことってあるじゃん」

女友「まあ分かりますけど」



女「ねえ、女友は何か知っているの?」

女友「古参商会から聞いた独裁都市の基本情報にありましたから」

女「じゃあ教えて」



女友「……。逆に質問しますが、姫様はどうやって権力を持ったんだと思いますか?」

女(女友はすました顔でそんなことを聞いてくる)

502 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:34:21.51 ID:Tyn5Y4290

女「えー、逆に? ……うーんと、まず日本の総理大臣みたいに選挙ってことは無いはずだよね。普通の女の子が選ばれるとは思えないし」

女友「その通りですね」



女「じゃあ……他に考えられるのは世襲制とか? 姫様は代々この地を治める王様の家系だとか」

女友「半分は正解です。店員さんが言っていた『二年前』おばあさんの言ってたとおり姫様が『当代』となってこの地を治める権力を引き継いだのです」



女「やっぱり……あれ、でも半分って?」

女友「王様、という部分が間違いです。姫様の家系は王ではなく、別の物なのですが……」

女「別の……?」



女友「今教えられるのはここまでです」

女(唐突に口を噤む女友)

503 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:35:01.74 ID:Tyn5Y4290

女「えーっ!? どういうこと、気になるじゃん!」

女友「情報漏洩を恐れてです。女は口が緩いですからね、女を経由して男さんに伝わることを阻止するためにもそもそも教えないことにします」



女「それは……確かに昨夜も口を滑らせたけど……でも姫様が何の家系なのかが、男君が魅力的に思うか変わるようなものなの?」

女友「いえ、正直関わらないと思いますが……男さんの基準が正直分からないんですよ」

女友「武闘大会でもあの魔族に魅了スキルをかけようとして、元がおばあさんの姿だったからって理由でかけられなかったでしょう?」



女「あーそういえば……何か力説してたけど、正直私も分からなかったし」

女友「ですからなるべく男さんに余計な情報を与えないようにしているんです」

女友「今日掴んだ、姫様が普通の女の子だったってことも話してはいけませんよ」



女「普通に好感度が上がりそうな情報だけど」

女友「分かりませんよ。元は普通の少女だったのに、今はあんなに狂ってしまってこの恩知らずめ……みたいに思うかもしれませんし」



女(男君はそんなに狭量じゃないと思うけど……今現在魅力的に思っているのに不確定要素を追加する必要もないか)

女(魅了スキルは今回宝玉を手に入れるための重要なファクターとなっている)

女(不調を起こしたら作戦が全部パーになる、それは避けたい)

504 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:35:32.65 ID:Tyn5Y4290

女「でも……使命のためだからしょうがないけど、男君はあの姫様を魅力的に思っていて、魅了スキルをかけるんだよね」

女友「何を今さら言ってるんですか? まさか止めて欲しいとでも?」



女「男君がツンデレが好きだってのは誤解だったけど、それでもあんなに綺麗な人に好かれたらどうなるか分からないじゃん!」

女「この都市をどうにでも出来る権力も持ってるってことは見方を変えたら逆・玉の輿だし」

女「もしかしたら男君もコロッとその気になって『俺たちの旅はここまでだ、俺はここで姫様と共に生きる』とか言い出したら……」



女友「そうなる前に全部打ち明けて告白したらどうですか?」

女「うっ……それは……」



女(痛いところを突かれる)

女(でもそうかもしれない。別に彼女でもないのに、男君と誰かが付き合うことに文句を言うのは筋違いだ)

女(だったら私は……)

505 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:36:05.38 ID:Tyn5Y4290

女友「イジワル言いました。告白はまだ止めてください、男さんのトラウマをイタズラに刺激するだけの結果になるでしょうし」

女(女友が発言を撤回する)



女「でも……姫様が……」



女友「大丈夫ですよ、それくらいで男さんが姫様に靡くようなら、既に女に落ちているはずです」

女友「一応女は清楚な美少女だというのに、そのアタックも受け流しているような人ですし」

女友「……まあ、親友評としてはポンコツヘタレなのですが」



女「誉めるのか貶すのかどっちかにしてよー」

女(何ともな評価だ)



女友「こう言うと調子に乗りそうなので黙っていましたが、現状女と男さんの仲は良好です」

女「ほんとっ!?」

女友「ええ、男さんからのガードが緩くなっているというか。以前なら無意識に手を握ったり、どんな理由があろうと抱きしめたりはしなかったでしょうし」



女「い、言われてみればそうだけど……でもどうしてそんな風に変わったの?」

女友「雨垂れ石を穿つ、といったところでしょうか」

女「……?」

女友「慣用句です。固い石でも雨粒が何回も打てば穴をあけることがあるというように、男さんの頑なな態度に女がめげずにアタックを続けた結果少しは気を許し始めた……ということじゃないでしょうか?」



女「色々頑張った効果があったってこと?」

女友「理性で好意を弾くことは出来ても、本能は難しいですからね。女の好意が男さんを浸食し始めたのでしょう」

女「表現が酷いけど……そっか」



女(最近男君との関係が良くなってきたとは思ってたけど、第三者、女友に認めてもらうと自信が沸く)

女(よし、この調子でそのまま男君の彼女に……)

506 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:36:37.73 ID:Tyn5Y4290

女友「はぁ……調子に乗ってますね。だから言いたくなかったんですが……」

女「ご、ごめん……」



女友「だからこそトラウマを刺激するのは止めて欲しいんです」

女友「精神的外傷から身を守るのは本能ですからね、男さんと付き合うためにいつかは乗り越えないといけない壁ですが、だからこそ中途半端に刺激するのは良くないです」



女「分かってる、男君と信頼関係を結んでからってことだよね」

女友「その通りですが…………もしかして考えてたんですか?」

女「私だって学ぶんだよ」



女(武闘大会決勝の後、男君に抱きしめられながら思ったことだ)

女(現状、私は男君に魅了スキルがかかっていると騙している。騙したのは私が悪いけど、だからって今真実を明かすのは私が楽になるだけだ)



女(いつ明かしても傷つけるだろう。それでもそのときに傷を癒せるような立場に……男君に信頼してもらうようになる)

女(ズルいと非難されようが、私はそうすると決めた)

507 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:37:21.26 ID:Tyn5Y4290

女友「……なら私から言うことはありません。男さんだけでなく女も成長したんですね」

女「まあね」



女友「あとは事故が起きなければいいんですが」

女「え、ちょっと、そういうこと言うの止めてよー」



女友「だってそうじゃないですか。この旅が始まって以来想定した通りに物事が進んだ方が少ないですよ」

女友「ドラゴンは討伐から捕獲に、ただの交渉がスパイ当てに、婚約指輪から結婚詐欺に、優勝間違い無しが準優勝に」



女「言われてみるとそうかも……」

女友「女の恋路だけでなく、姫様に魅了スキルをかけるのも普通に成功して欲しいものですね」



女(万感を込めて女友が呟いた)
508 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/23(火) 23:37:50.34 ID:Tyn5Y4290
続く。
509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/24(水) 06:28:35.31 ID:YVoSxCylO
乙!
510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/24(水) 08:21:28.95 ID:KmJOZIGnO
乙ー
511 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/25(木) 20:18:18.15 ID:nvQhHZjH0
乙、ありがとうございます。

投下します。
512 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/25(木) 20:33:38.92 ID:nvQhHZjH0

男(日々が過ぎ去り、パレードまであと二日と迫った夕方)

男(俺は宿屋の部屋のベッドに寝転んで、あーでもないこうでもないと悩んでいた)



男(パレードの基本的な情報については女と女友の二人が調べてくれたので大体分かっている)

男(計画は初期構想から変わらず、人混みに紛れて魅了スキルを発動することで姫様を虜にするという算段だ)



男(その際の問題点は二つ。俺が姫様に命令する光景を大勢に見られてしまうことと姫以外にも魅了スキルがかかってしまうかもしれないことだ)

男(どちらも解決しなければ相当に目立ってしまう。魅了スキルは欲望の対象になる、イケメンたち駐留派以外からさらに狙われるような面倒な事態は避けたいところだ)



男「つってもどうすればいいんだ……」

男(前者はどうにか工夫できそうだが、後者に関してはもう力業でいくしかないと半ば考えを放棄している)

男(いや、その工夫すら思いついてないんだけど)



男「二人は頑張ってくれてるっていうのに……」

男(今日も女と女友は中心街に出て情報収集をしている。夕方になったのでもうそろそろ帰ってくるだろうが)

男(対して俺はもう六日もこの部屋に引きこもりっぱなしだ)

男(まあ姫様の余計な情報を耳にして魅了スキルがかけられない事態を避けるためには仕方ない)

男(元々インドア派なので苦にはなっていない、女がおばあさんからもらったとかいう本で気分転換も出来るし)

513 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/25(木) 20:34:56.62 ID:nvQhHZjH0

女「ただいまー」

男「おう、おかえり」

男(噂をすれば影が差すとはこのことで、ちょうどそのとき扉が開いて女と女友が戻ってきた)



女「もうずっと部屋の中にいるけど、男君大丈夫?」

男「ああ、もう慣れたよ。それでそっちの首尾はどうだったか?」

女「特にめぼしい情報は無かったかな。あ、でも帰り際に手紙をもらってきて……」

男「手紙?」

男(見ると女友の手に四通の手紙が握られている)



女友「駐留派や復活派の存在を知らせるために前の町で帰還派の仲間たちに送った手紙の返信と、あとは古参商会からの定期報告ですね」





男(えっと……整理するか。元々クラスメイトはイケメンたちが逃げ出した後、俺たちも含めて八つのパーティーに分かれたはずだ)

男(そして現在イケメンたち駐留派に三パーティーが吸収された)

男(つまり現在帰還派は五パーティーでいてその内訳は、俺たち三人、武闘大会で共同戦線を張った気弱と姉御、の他に三つのパーティーということになる)

男(四通の手紙はその三つのパーティーに送った手紙の返信とあと一つは古参商会からいうわけか)

514 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/25(木) 20:35:55.25 ID:nvQhHZjH0

男(女友は手紙を開封して中身を読み出す)



女「何て書いてるの?」

女友「そうですね、三パーティーとも駐留派と復活派の存在は理解したと。それとは別に現状を綴ってくれていますね」

女「現状っていうと……宝玉を手に入れたかどうかってこと?」

女友「ええ。それによると一つは手に入れることが出来たようです」

女「おー、これで帰還派が持ってる宝玉の数は4つ目だね」



男(女が喜ぶ。最初の村の教会、商業都市、観光の町で俺たちが手に入れた三つと合わせて、新たな一つってところか)



女友「次のパーティーは…………手に入れる直前で持ち主の家に強盗が入り、その際に盗まれたそうです」

女「えっ!?」



女友「最後のパーティーは…………こちらも譲ってもらうように交渉が成立したのですがいざ引き渡すってなった直前に、宝玉の持ち主がもう渡しただろ、と言い出して何が起きているのか分からないとのことです」

女「……ど、どういうこと?」



女友「おそらくですが……駐留派と復活派に横取りされたということでしょう」



515 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/25(木) 20:37:17.97 ID:nvQhHZjH0

男「とりあえず後者については俺も分かるな。あの魔族が固有スキル『変身』で、交渉していたそのクラスメイトの姿に化けて代わりに受け取って逃げたってことだろ」



女「『変身』って……そっか。どんな姿にも化けられて、絶対にバレないから……さも本人のように振る舞って持ち主から譲ってもらった……」



女友「理屈は分かりませんが、あの魔族は宝玉の場所が分かるようですしね。その場所に『変身』で潜入して状況を理解した後に横取りしたと……そういうところでしょう」



男「俺の魅了スキルとは性質が違うが、やつの『変身』も宝玉を手に入れるのにかなり役立つスキルだからな。にしても武闘大会からまだ数日しか経ってないのに勤勉なやつらだ」

男(これで復活派も分かっているだけで宝玉を二つ手に入れた。前から動いていた可能性も考えられるから合計で何個持っているかは分からない)





男「だが前者の強盗は分からないな。宝玉は価値ある宝石だし、偶発的な可能性もあるが……」

男「女友はこれを駐留派の仕業だと考えてるんだよな? どういうことだ?」



女友「そもそもの話なんですが……私と男さんの前に現れたイケメンさんはどうして宝玉について色々知っていたのでしょうか?」



男(イケメン……俺の魅了スキルを狙う、元学級副委員長。やつは武闘大会の決勝前に現れて、駐留派の存在を明かし宣戦布告や、悪魔を召喚することや他にも宝玉を狙う存在がいることを警告したが……)



516 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/25(木) 20:38:40.98 ID:nvQhHZjH0

男「言われてみると……宝玉で悪魔を召喚できることや復活派の存在とか……俺たち異世界召喚者は知らない情報だ」

男「なのにやつが語れたのは………………この異世界でそれを知るものから聞いたからってことか?」



女友「ええ、私はそのように推測しています。ではその異世界人がどのような存在なのか……」

女友「考えると一つヒントがあります。チャラ男さんが気弱さんに使わせようとしていた毒の剣です」



男「あの一発でも当てれば相手の動きを封じれるとかいう。……あ、そういえばあのとき一般には流通していないはず、って女友が言ってたな」

女友「そうです。そもそもそんな危険な剣が簡単に出回るとか恐ろしいですし。ならばどこで手に入るか、という話ですが」



男「裏の市場……犯罪者が使うような市場ってことか?」

女友「ええ。その二つを私は結びつけて駐留派には何らかの非合法的な集団がバックに付いていると予想していました」



男(それなら何か裏の世界に出回る情報として宝玉で悪魔が召喚できるとか、復活派の存在などを知っていてもおかしくないし、考えられる線だ)

517 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/25(木) 20:39:56.22 ID:nvQhHZjH0

女友「そこにこの手紙です。宝玉を盗んだ強盗グループの一人が捕まったことも書かれているんですが、どうやらその人は『組織』の一員みたいなんですね」



男「『組織』……ん、何か聞き覚えがあるような」

女友「観光の町です。結婚詐欺師が犯罪者グループの一員で、私たちはそのアジトを潰した一件がありましたよね」

男「そんなことあったな」

女友「そのアジトは『組織』の支部だったんです」



男「支部ってことは……あれで一部だったってことか!? かなりの人数がいたはずだったが」

女友「ええ。この大陸全土に渡って裏の世界を掌握している、巨大犯罪者グループ『組織』――偶然じゃなければ駐留派のバックに付いているのはこの組織でしょう」



男(スケールのデカい話になってきた)

518 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/25(木) 20:43:15.09 ID:nvQhHZjH0

女「つまりイケメン君はその『組織』を味方に付けたってわけ?」

女友「彼の『影使い』の力を以てすれば訳ないでしょう。どのような立場かは分かりませんが、『組織』のかなり中枢に近いところにいるんじゃないでしょうか?」

女「うーん……でも何か突拍子のない話のような。本当にそんなの味方に付けてるのかな?」

女友「私たち帰還派だって、古参商会の支援を受けているじゃないですか。それと似たような話ですよ」

女「あ、そっか」

男(確かに俺たちも移動や情報の面で古参商会の支援を受けている。駐留派は裏の世界の支援を受けているというわけか)



男「『組織』が宝玉を手に入れる手助けや強盗に入って実際に盗んだりしてるってわけか……」

男「しかし、あの詐欺師とかいう詐欺師が宝玉を使った婚約指輪をお嬢様お嬢様に渡したのは……」

男「あの時点では宝玉の確保を言われていなかったのか、やつが知らなかっただけなのか……まあそんなところか?」

女友「おそらくですね。あとここまで重ねてきた推測を裏付けるかは分かりませんが、最後の手紙、古参商会からの情報によると、どうやらこの独裁都市に『組織』の構成員が出入りしているようです」



男「っ……それは」

女友「宝玉がある場所に姿を現す『組織』……決定的な証拠はありませんが、駐留派もこの都市の宝玉を狙っているとみて備えていた方がいいですね」

男「……はっ、いいだろう。面白え」



男(武闘大会では後から分かったことだが帰還派と復活派のどちらが宝玉を手に入れるかという競争になっていた)

男(今回独裁都市では帰還派と駐留派が衝突することになりそうだ)

男(駐留派のボス、イケメンが直接出張ってくるかは分からないが、誰が来ようと構わない)



男「俺の魅了スキルを出し抜けるっていうならやってみろってんだ」

女「でも、男君……問題点の解決がまだなんじゃないの?」

男「いや一つは今思いついた。意外なところにアイデアは転がっているというか……この方法なら上手く行くはずだ」



男(俺の視線の先には四通の手紙があった)

519 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/25(木) 20:44:14.01 ID:nvQhHZjH0
続く。
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/26(金) 06:26:58.06 ID:9UkE/iXyO
乙ー
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/26(金) 09:22:11.32 ID:4G86kvtxO
乙!
522 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:52:53.88 ID:mpzK4Og10
乙、ありがとうございます。

投下します。
523 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:53:20.55 ID:mpzK4Og10

男(パレードの前日となった)

男(日中、俺は部屋にこもって明日の計画について細かいところを詰めていた)

男(そして何とか形になったところで、今日も中心街に出ていた女と女友が帰ってくる)



女「ただいまー」

男「おう、おかえり……早速いいか? 二人に読んでもらいたい物があるんだが」

男(俺は用意しておいた手紙を見せた)



女「手紙って……まさかラブレター!? え、ど、どうしよう!」

男「んなわけあるか。二人にって言っただろ」

女「じゃあ女友にも告白するってこと!?」

男「違うっ! そもそもラブレターじゃないっての!!」



男(手紙を見た瞬間の女のリアクションは……正直予想できていた)

男(昔は委員長として完璧ってイメージだったが、今ではずいぶん抜けているのだと分かってきた)

524 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:54:09.51 ID:mpzK4Og10

女友「すいませんね、ウチのポンコツが。とりあえず指示通り二人で読みますね」

女「ポンコツって何よ!?」

男「そうしてくれ」



男(憤慨する女には取り合わず女友と俺は話を進める)

男(女もしぶしぶ女友と一緒にその手紙を読んだ)

男(すると)





女友「いーち、にーい、さーん……ワン!!」





男(女友がその場で三回回ってワンと鳴いた)





女「え……? え……?」

男「よし、成功みたいだな」

525 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:54:43.55 ID:mpzK4Og10

女友「なるほど……こういう命令も可能ということですか」

男(女友は直前の奇行も何のその、すぐに冷静に分析している)



男「ああ。見れば分かるが、その手紙には『命令だ、その場で三回回ってワンと鳴け』って書いている」

女友「そしてそれを読んだ私は魅了スキルで男さんの虜になって命令に従う状態ですから、その通りに行動した、と」

男「つまり魅了スキルの命令は口頭だけでなく、紙に書いて伝えてもOKってことだな」

男(これまで試したことは無かったが、そういうことのようだ)





男「ただ同じく虜になってるはずの女には効果がなかったみたいだが――」

女「え、あっ、そうだ………………いーち、にーい、さーん、ワン!!」

男「別に女は魅了スキルに中途半端にかかっていて、命令が効かないことがあるし………………ってあれ、今ごろ効いたのか?」



男(説明している最中に女がその場で回り出した。ずいぶんと時間差があったな)



女「え、えっとこれは……その……」

女友「ポンコツ……」

女「う、うるさいわよ、女友! ……ああもう油断してたぁ」



男(うーん……やっぱり女にかかっている魅了スキルの状態がよく分からない)

526 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:55:21.90 ID:mpzK4Og10

女「ううっ……で、でも紙に書いた命令がOKみたいだけど、それだと誰が書いたのか分からない命令にも反応しそうだよね?」

女「でも私も女友もこれまでそんなこと無かったし」

男(女が若干涙目になりながら、疑問を口にする)



男「ああ、それはおそらく認識の問題じゃないか? 俺からの命令って認識するかどうか」

女友「そうですね……ちょっと実験しましょうか。男さん、余っている紙を貸してください」

男(女友に言われた通り渡すと、そのまま女の目の前に置いた)



女友「この紙に女が何か命令を書いてください。それを男さんに手渡して、男さんは私に手渡してください」

女「つまり……女友にさせたい命令ってことね。分かった」

男「なるほど。女からの命令だって分かっていて、でも俺から渡された場合は反応するかってことか?」



男(先ほどは俺が手渡した手紙の命令通りに女友が行動した。同じようにして、しかし今回命令が女によって書かれたものだと分かっている。その場合でも反応するかどうか)



女「よし、書き終わったよ。はい、男君」

男「じゃあ、女友」

女友「受け取りました。さて内容は……」



男(女友が命令を読む。そして口を開いた)

527 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:55:58.04 ID:mpzK4Og10



女友「女はポンコツです」



女「違うよっ!?」



男(俺も女友が読んだ紙を見せてもらう。えっと『命令だ、女はポンコツじゃありませんと言え』か)

男(しかし女友はそれ通りに行動しなかった、命令は効いてないということだろう)



女友「やはり駄目みたいですね、男さんから渡された手紙でも、中身が女からの命令だと分かっているから命令は効かなかった、と」

女「命令が効いてないなら黙ってればいいのに、わざわざポンコツですって言う必要あったの?」



男(女はジト目だ。まあ、他人にポンコツじゃないって言わせる命令出すのは相当ポンコツだと思う)

528 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:56:48.70 ID:mpzK4Og10

女友「次は逆の実験をしましょうか。男さんが命令を書いて女に渡し、女が私に渡すと」

女「私は渡すだけね」

男「今度は中身の命令が俺だと分かっていて、でもそれを他人から渡された場合の話ってわけか」



男(さて、どうなるか。さっと俺は命令を書き上げる)



男「ほい、女」

女「ん、じゃあ、女友」

女友「受け取りました。今度の内容は……」



男(女友が命令を読む。そして口を開いた)

529 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:57:23.17 ID:mpzK4Og10



女友「女はポンコツです」



女「違うよっ!? って、二回目っ!?」



男(俺が書いた命令は『命令だ、女はポンコツですと言え』って内容だった)

男(そして女友はその通りの行動をした。つまり命令に従ったということだろう)



男「こうなると魅了スキルの命令には受ける人の認識が大事ってことで間違い無さそうだな」

女友「そうみたいですね。別に私はそんなこと思ってないのに、女がポンコツですと言ってしまいましたし」

女「白々しい……男君もどうしてそんな紛らわしい命令にしたのよ」



男(こちらにもトゲトゲした視線が飛んでくる。いや、でも天丼って大事だし)

530 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:57:57.67 ID:mpzK4Og10

女「それで、これは何がやりたかったの? 私で遊びたかっただけ?」

男(女がヤサぐれている)



男「そんなことない。真面目な話に戻るが、この手紙を使う方法なら姫様に俺が直接命令する姿を大勢に見られることが無くなるだろ」

女「あ……そっか」



男「つまり俺の想定としてはこうだ。明日のパレード、どこかのタイミングで人混みに紛れて魅了スキルを使い姫様を虜にする」

男「成功したら、命令せずにその日は宿屋に帰る」



女「すぐに命令しないってことね」



男「ああ。その後は手紙で命令を、例えばこの宿屋まで部下に宝玉を持って来させろとか書いて送る」

男「もし読んでくれればそれで宝玉が手にはいるって寸法だ。この方法なら目立つことがない」

女「なるほどー」

531 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:59:05.18 ID:mpzK4Og10

女友「ですが姫様は手紙を読むでしょうか? 姫様は権力者ですよ」

女友「郵便物は全て部下が検閲していて、何だこの怪しい文面はとなって姫様に見せないという可能性もあると思いますが」



男「ああ。だから手紙は一つの手段だ。例えば他にも町に偶然出てきた姫様に命令文をちらっと見せてすぐに逃げるとかな」

男「一度魅了スキルをかければ解除不能だから、俺も姫様の評判を気にせず町を出歩けるし」

男「とにかく明日バレないように姫様を虜にしてしまえばチャンスはいくらでもある」



女友「なるほど……今まで魅了スキルを使った直後に命令をしないといけないって考えてましたが、使用と命令は別々でいいと……それがこの考えのキモなのですね」



男「そういうことだ」



男(これで問題点の一つは解決した)

532 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 22:59:58.22 ID:mpzK4Og10

女「じゃあもう一つの、人混みの中で魅了スキルを使ったら姫様以外にもかかってしまうって問題点も何か解決策は思いついたの?」

男「いや、何も思いつかなかった。力業で行くしかないだろう」

女友「……まあ、そうなりますか」



男(ずいぶんと後ろ向きな断言に、女友も嘆息を吐いて同意する)

男(人混みに紛れて魅了スキルを使って俺が使ったことを誤魔化す算段だが、周りに姫様以外の女性がいるとその人も虜にしてしまう)

男(つまり望むのは俺の周りに男性ばかりがたくさんいるという場面だが……)

男(パレードには老若男女問わず、都市中の人が詰め寄せるらしい。そのような偏りが起きるとは思えない)



女友「幸いにもパレード中の姫様を警護する近衛兵は全員男性のようです」

女友「女性の近衛兵はパレード前の祭事で役割があるみたいですから」

女「じゃあ女性の客をどうにかすれば問題は解決するってことだね」



男(それが難しいのだが……やるとすれば)

533 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 23:00:24.97 ID:mpzK4Og10

男「まずパレード全体の客を観察して、比較的女性が少ない場所を探す。俺たちはそこに陣取る」

男「そして女と女友は姫様が通りかかりそうになったら、少々強引でもいいから俺の周囲5mから女性客を外に出すように誘導してくれ」

男「そのタイミングで魅了スキルを使う……ってところか」



女「強引だね……そんなに上手く行くかな」

男「最悪一人や二人の客に魅了スキルがかかっても全力で謝罪して見舞金を送る」

男「その人の心を縛ってしまうが…………世界が滅びるよりはマシだろ」



男(俺なんかを好きになる人はなるべく少なくしたいのだが……宝玉をなるべく速やかに集めて駐留派や復活派に渡すわけには行かない)

男(そういう考えの元に動くと、女にも言ったじゃないか)



女「……まあ上手く行くかもしれないよね」

女友「そうですよ、もしかしたら男ばかりが集まる場所があるかもしれません」



男(女と女友が気を使ってくれる。気休めでもありがたい)

534 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 23:01:13.12 ID:mpzK4Og10

女「でもこの作戦だと一時的に男君が一人になるよね」

男「ああ、女性を5m外に出すために必然的に女と女友は俺から離れるだろうな」

女「人がたくさんいるはずだから、すぐには男君の元に駆けつけられないだろうし……そのときに何か起きたらヤバくない?」

女「独裁都市は治安も良くないし、駐留派が都市内に入ってるかもしれないんでしょ?」



男「パレード中は厳戒態勢だろうし大丈夫だろ」

女「それは油断だよ!」

男「でもこの作戦を崩すわけには行かないぞ。ただでさえ今も綱渡りだってのに」

女「そうだけど……じゃあ、分かった」

男(女が何か決心したように頷く)





女「もし男君の身に何かあっても、私が絶対に駆けつけるからね」





男「大げさだなあ」

男(女の覚悟と対照的に俺は軽く受け取った)

535 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 23:01:40.64 ID:mpzK4Og10

女「男君は絶対に私が守る……だって私は守護者だから!!」

男「守護者って……あの妄言本気にしてるのか?」

男(町長や魔族の言ってた話を思い出す)



女「妄言じゃないよ! だって魅了スキルは女神様が持ってた固有スキルで、今男君が持っている」

女「そして守護者って呼ばれる竜闘士の男性が女神を守っていて、今は私が竜闘士の力を持っているんだよ!」

女「だったら私が男君を守るのは運命なんだよ!」



男「いや、それだと俺が女神ってことになるんだが……愛で物事を解決してきたとか、柄じゃねえぞ」

男(しっしっと追い払うような仕草でさっさとこの話を終わらせようとしたのだが)



女友「しかし……愛なのかはともかく、これまでの問題も人の思いを大事にした解決方法で乗り切ってきましたよね」

男「え?」



男(女友から援護射撃が飛んだ)

536 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 23:02:08.71 ID:mpzK4Og10



女友「商業都市の時もスパイを断罪すれば終わりだったのにその思いが収まる解決になりましたし」

女友「結婚詐欺の時も傷ついたお嬢様に執事のアフターケアを頼んで」

女友「気弱さんと姉御さんの想いがバラバラになることも防ぎましたし……あながち妄言ではないでしょうか?」



男「いや、でもそれは俺の功績だけじゃないだろ。商業都市のときは女が言い出したことだし、アフターケアは女友が言い出したことだ」



女友「ですが気弱さんの問題を解決したのは男さんでしたよね」

男「ぐっ……」

女友「三人合わせて女神の行いを体現していると考えれば、その中心で魅了スキルの持ち主である男さんが女神の跡を継ぐものという考えも……」

男「いいや、間違いだ! 勝手におまえら二人の行動を俺の功績にするんじゃねえ!!」

男(女友の言ってることは屁理屈も多分に含まれているのだが、人というのは自分に都合の良い考えを信じるものだ)



女「やっぱり男君は女神だったんだよ! そして竜闘士の私が守護者!! だったら絶対に守るからね!!」

男「違うって言ってるだろ!!」



男(案の定の女に、俺は心の限り叫んで否定する)

男(明日は重要な決行日だっていうのにこんなことでいいのだろうか)

537 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/27(土) 23:02:59.21 ID:mpzK4Og10
続く。次回からボチボチ話が動き出しそうです。
538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/28(日) 02:12:54.61 ID:N14ZCz3/0
乙!
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/28(日) 21:52:21.63 ID:K7CXO/6MO
乙ー
540 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:22:01.80 ID:iXZkvz3i0
乙、ありがとうございます。

投下します。
541 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:23:43.19 ID:iXZkvz3i0

女(作戦決行日)

女(私は女友と一緒に、姫様の住居前広場に向かっていた)



女友「今日のイベントは三行程に分かれています。まずは姫様の住居内にて祭事。これは一般の人には公開されていません」

女友「その後広場にて式典が行われ姫様による演説があるみたいですね」

女友「最後にパレードで姫様が中心街を練り歩きます」



女友「時間的に今は祭事がもう終わって、姫様の演説が始まっている頃ですかね」

女「え、じゃあ急がなくていいの?」

女友「演説が終わりパレードが始まるタイミングを確認するために向かっているんです」

女友「別に最初から聞く必要もありませんし……正直途中からでも聞きたくないんですよね」

女友「姫様が演説で何を語るかは知りませんが……どうせまともなことじゃないのは分かりきっています」

女「辛辣だね……」



女(苦笑いするが、私も否定はしなかった)

女(自分の住居を金で覆うために、民に重い税金を課して苦しませるなんて常人の考えではない)

女(お婆さんの話では昔は普通の少女だったみたいだが……権力とはそこまで人を変えるのか)



女(そういうわけで演説を聞いたら姫様の印象をさらに悪くするだろうので、現在男君は宿屋で待機中だ)

女(演説が終わり次第呼びに行って、作戦のため女性が少ない場所を探すという流れになっている)

542 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:24:47.41 ID:iXZkvz3i0

女(中心街を歩き目的の広場を目指しながらも周囲を観察する)

女(いつもは活気のない町だが、今日に限ってはそうでない。通りには出店が並び、人の往来も多い)

女(衛兵の姿を多く見られるのは少々無粋だが、治安を保つためには仕方ないのだろう)



女(町中が盛り上がっており、今日が特別な日であることが感じられた)

女(では、何故今日は特別なのか?)



女(女友は私が男君に漏らす可能性を考えてその理由を教えてくれなかった。それでも想像できることがある)

女(記念日で町の人も盛り上がり姫様もワガママ言えないというのがポイントだ)

女(おそらくだけど、代々権力を受け継いできた姫様の家系……その初代に関わる何かではないのか?)



女(初代の人の誕生日とか、初代の人がこの地で偉業を成した日とかなので記念日であり、こうして町の人のムードも良く、姫様の権力基盤にも関わることなのでワガママ言うことが出来ない、と)

543 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:25:21.57 ID:iXZkvz3i0

女(しかし、やはり姫様が何の家系なのかは分からない。分かりやすいのはこの地を統べる王とかなのに、それは否定されてるし)

女(……情報収集をした初日に姫様の住居を見たときに覚えた既視感)

女(あれから何回も中心街を出歩いて見る度にやはりこの異世界のどこかで見たことがある、という思いは強くなっていた)

女(それが姫様の素性に繋がるような気がするんだけど……)



女友「どうしましたか、女。歩くのが遅くなっていますよ」

女「あ、ごめん」



女(女友に注意される)

女(そうだ、今は目の前のことに集中しないと)

女(どうせ今日男君が姫様に魅了スキルをかけることが出来れば、もう情報漏洩を恐れる必要がないので女友から正解を教えてもらえるわけだし)



女(雑念を追い出し女友と隣だって歩く。少し経って目的地にたどり着いた)

544 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:26:41.31 ID:iXZkvz3i0



女「すごい人数だね」



女(姫様の住居前の広場。そこには大勢の人が押し寄せていた)

女(遅れてやってきた私たちが割って入れないほどの密度のため、最後尾にポツンと立って聞く)

女(最初はこの演説の時に魅了スキルをかけることも検討したみたいだけど、観客と壇上の姫様の距離は5m以上離れていて、パレードの方が警備が薄いことからすぐに却下したらしい)



女「にしてもこれって演説を聞きにきた人たちだよね。そんなに姫様って支持されてたの?」

女友「人が集まらなければ牢獄行きだと言い渡された担当責任者が必死で集めた結果ですよ」

女「あ、うん」

女(酷い話で真顔になる)





女(特設された壇上では姫様が演説しており、拡声魔法がその言葉を会場隅々まで広げている)





姫様「先日、農耕地帯に行ったときじゃったか。身がやせ細って服もボロボロの農民を見つけてな」

姫様「気になって話を聞くと、これも姫様に納める税が重いからです、と言ったんじゃ」

姫様「だから言ってやった、余にそこまで奉仕できて満足じゃろうとな」

姫様「余の言葉を聞けて歓喜したのじゃろうな、そいつは涙を流しながら崩れ落ちた」





女(すでに演説は始まっていたみたいで、流れは分からないが、姫様はそんなことを話す)

545 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:28:46.31 ID:iXZkvz3i0

女「今のって……」

女友「精一杯皮肉を言ったが効かなかったってことじゃないですか? 悔しくて涙を流すのも分かるところです」

女「そう……だよね」

女(分かっている、それでも確認しないと勘違いしそうだった)



観客1「おおーっ、流石姫様だ!」

観客2「姫様の威光だ!」

観客3「俺たちも姫様のために働いています!」



女(会場中の観客から声が挙がる。それを聞いて姫様も満足そうに頷く)

女(明らかに狂った空間だった。美談のように話す姫様も、それを肯定する観客も)



女友「言っておきますが、観客は狂ってませんよ。姫様の機嫌を損ねないためにああ言ってるだけのはずです」

女「……そっか」



女(もうどんな感情でいればいいのか分からなくなる)

546 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:29:19.31 ID:iXZkvz3i0



姫様「おお、そうじゃ。言い忘れておった。余の住む場所としてふさわしくするために金で覆うための資金が、余の民たちの頑張りによって集まったぞ」



女(続く姫様の言葉に、今度は演技ではない歓声が上がった)



女「え、集まったの? ものすごいお金がかかりそうなのに」

女友「姫様が今の地位について二年弱。それだけの間法外な税をぶん取ってればそれは凄まじい額になりますよ」

女「そうか……でも、目標に達したならもう税金を取る必要は無くなるよね!?」



女(だから観客も歓声を上げているのだろう。これで今までの地獄が無くなるわけではないけど、これからは普通に暮らせることになる)

女(私も自分のことのように嬉しくなって)



女友「さあ、どうでしょうか。そんな甘い話じゃないと思いますけど」

女「……え?」



女(女友は相変わらず厳しい顔で)

547 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:30:06.65 ID:iXZkvz3i0



姫様「じゃから次はこの広場に余の黄金像を建てることにする!」

姫様「余の姿を後世まで残すため、余の高貴さを伝えるのにふさわしい黄金じゃ!」

姫様「そのためにも引き続き頑張るのじゃぞ!!」



女(姫様の続く言葉が聞こえてきたときには、さすがに自分の耳を疑った)



女「黄金像……?」

女(何を言って…………引き続き頑張れって、重税を止めるつもりはないってこと……?)





姫様「どうした? また余のために働けるのじゃぞ? 喜ぶべき場面ではないか、ここは」





女(演技をするのも忘れ言葉を失う観客たちに、姫様が不満の声を上げる)

女(だが、そうだ。私にだって分かる、観客の心がポッキリと折れてしまったことに)

女(この雰囲気はマズいと戦慄したそのとき)

548 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:30:43.35 ID:iXZkvz3i0



観客「ふざけんじゃねーよ、テメエッ!!」



女(観客の一人が姫様を指さしながら暴言を吐いた)



観客「黙って聞いてればふざけたことを……!!」

観客「今までも金で覆うなんて馬鹿らしかったが、さらに黄金像を建てるだと?」

観客「テメエの頭には脳みそ付いてんのか!? いや、付いてねえよな!?」

観客「だからこんなことを――」



女(溜まっていたフラストレーションが爆発したのだろう。集まった観客の心を代弁したかのようなその暴言に)



姫様「そやつを捕らえよ」



女(姫様は眉一つ動かさず命じた)

女(独裁者の命令を受けた近衛兵が動く。他の観客は邪魔にならないようにさっと退いて道を開けて、暴言を吐き続ける対象が拘束された)

549 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:31:25.55 ID:iXZkvz3i0



観客「くそっ、離せ! はっ、都合が悪くなったら力を振りかざすとか、まんまガキの所行だな!! 汚え、汚すぎる!!」

姫様「ゴミの口を閉じよ。目障りじゃ、連れてけ」



女(姫様の命令を受けた近衛兵が観客の口を押さえたまま、会場の外へと連行していく)



姫様「興が削がれたの。全く、まだあのような不心得者がいたとは……」



女(姫様が不満をこぼす。正しく反応するとしたら「ええ、その通りですよ」「俺たちはあんなやつとは違います!」「引き続き姫様のために働けて嬉しいです!!という感じだろうか)



女(しかし、誰もそんな演技をする気力が無かった。捕まるのを恐れて暴言こそ吐かないが、みんな心境は今連れて行かれた者と同じだったからだ)



姫様「何じゃ、お主ら。……気に入らん。どれ、先ほどの奴のように何人か見せしめで連行してやろうか?」



女(その反応が面白くなかったのか。姫様が恐ろしいことを言い始めて)



550 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:32:01.85 ID:iXZkvz3i0



男性「お待ちください、姫様!!」

女(壇上に一人の男性が上がり姫様を止めた。あの人は……そうだ、初日の夜に見た。この都市のNo.2、男性さんだったか)



姫様「どうした。余は不届き者を粛正しようと……」

男性「そのような些末なことはこの私がやっておきます。姫様にはもっと大事なことがあります。御輿の準備が整いました」

姫様「おお……」

男性「姫様のお姿を一目見ようと、都市中の人が集まり今か今かと待ち望んでおります。姫様はその期待に応えてください」

姫様「それもそうじゃな……よし、では行くぞ。御輿のところまで案内せい」



女(姫様は近衛兵と共に壇上から去る。その姿が見えなくなったのを見計らって)



男性「ふう……」



女(と、男性さんは一息吐いた)

女(観客から「男性さん……助かりました」「ありがとうございます!」「流石です!」と彼を讃える言葉が飛ぶ)



男性「いえ、私がしたことなんて大したことじゃありません。むしろ姫様の暴走を止められず皆さんに迷惑をかけてしまって……」



女(男性さんはペコペコと頭を下げる)



男性「続いて申し訳ありませんが、パレードも見ていってください。観客が少ないと姫様がまた何をしだすのか分からないので」



女(その頼みに「男性さんが言うなら分かったよ」「しょうがないな」「まあパレードに罪はないものねえ」としぶしぶではあるが観客たちが了承する。そして演説が終わったので解散していく)

551 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:32:39.29 ID:iXZkvz3i0

女(人の流れに巻き込まれないようにその場を離れながら私は口を開く)



女「ねえ、女友」

女友「私は何も見ていません、聞いていません」

女「もう、そんなこと言わないでよ」



女友「そうは言ってもですね……あの姫様はもう救いようがありませんよ」

女友「暴走した権力者の末路は暗殺か革命による処刑だと決まっています。近い将来姫様が亡き者になっても私は驚きませんよ」



女(女友はお手上げといったジェスチャーを取る)



女「暴言は良くないけどあの人が言ってたことはもっともなのに、有無を言わさず捕まえて……その後もあの男性さんが来なければどうなったことか」

女友「男さんがもしあの場にいたら……異性として魅力的かどうかの前に、人間としてどうかという問題になったでしょうね。連れてこなくて正解でした」



女(女友の言うとおりだ。人間には想像力がある。他人の痛みや苦しみを想像できないあの姫様は人間ですらない)

552 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:33:15.54 ID:iXZkvz3i0

女「男性さんってこの都市のNo.2でまともそうな人だけど、その人でも姫様の暴走を防ぐことは出来ないの?」

女「今回も助かったけど……もうちょっと手前でどうにかならないかなって思って……」



女友「無理ですね。姫様の命令のみを受け付ける近衛兵という武力を保持している以上、この都市で姫様に逆らえる者はいませんよ。あれでもよくやってる方です」



女「近衛兵が…………だったら、私が……」

女(そうだ、今の私は普通の少女ではない。竜闘士という伝説の力を持つ者だ)

女(近衛兵は数が多くかなりの練度のようだったが……束になってかかってきても余裕で倒せるだろう)

女(苦しんでいるみんなを助けるために、力を持つ者が責務を果たす。そうだ私がやるべきことは……)





女友「自分が近衛兵を倒して、姫様を権力の座から引きずり落とす……なんて考えて無いですよね?」

女「どうして……」

女友「親友ですよ、考えそうなことくらい分かります」



女「そっか。……でも、間違ってないよね? 悪者を成敗して世を正す……これは世直しだよ」

女「私がやろうとしていることは正義で……」



女友「何言ってるんですか。女がやろうとしていることはただの破壊ですよ」

女「っ……」



女(女友がぴしゃりと私の考えを否定する)

553 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:33:46.47 ID:iXZkvz3i0

女友「女の力なら今の姫様の体制を倒すことは可能でしょう」

女友「それでどうするつもりですか? 無政府状態となったこの地を代わりに納めるだけの覚悟や能力が女にあるんですか?」



女「それは……」



女友「出来たとして竜闘士の力でみんなに言うことを強制的に聞かせる恐怖政治くらいでしょうか? それが今の姫様と何か変わるところがあるんですか?」



女「……」



女友「悪者を成敗した結果世の中平和になり全て上手く行くようになりましたハッピーエンド、なんてものは絵空物語です」

女友「私たちは力を持っただけで世の中のことをよく分かっていない子供です、そのことを忘れていませんか?」

女友「力を使って自分が思うようにする……今の女は駐留派と同じ考えですよ」



女(女友の言葉が心にグサグサと刺さる)



女(そうだ、私は迷って悩んでばかりの子供だ。授かった力で肉体的に強くなったとしても、その精神は幼いままだ)

女(なのに傲慢にも自分の力でみんなを救えるなんて愚かなことを考えていた)

554 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:34:19.35 ID:iXZkvz3i0

女「私が間違っていた。ありがと、女友。気づかせてくれて」

女友「礼には及びません」



女(……そっか。たぶん姫様も同じなんだ。幼いままその身に過ぎた権力を授かって、暴走してしまっている)

女(私にはこうして間違っていると言ってくれる親友がいたけど、姫様にはたぶんいなかった)



女(だから)



女「あとは男君に任せるよ。ていうか元々そういう話だったもんね、男君が姫様を説得するって」

女「できるはずだよね、武闘大会の時だって気弱君を説得したんだし」



女友「出来ないとは言いませんが……はあ、大変なことを安請け負いしましたね、男さんも」

女(女友が呆れている)



女「よしじゃあ演説も終わったし、すぐにパレードが始まるよね。男君を呼びに行かないと!!」

女友「まあ、そうですね……何にしろ、魅了スキルを使用して姫様を虜にしないと取り付く島もありません」

女友「この絶好の機会は逃せませんからね」



女(私と女友は男君の待機する宿屋へと急いで歩を進めた)

555 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/04/29(月) 15:34:46.60 ID:iXZkvz3i0
続く。
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/29(月) 19:27:46.31 ID:1yFydsfb0
乙!
557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/30(火) 00:47:15.02 ID:c+0SbEUnO
乙ー
558 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:33:19.93 ID:4fenfWk80
乙、ありがとうございます。

今日で一スレ目開始から数えてちょうど半年となりました。
ここまで長く続けられたのも反応してくれる皆さんのおかげです。
これからもよければよろしくお願いします。

では、本編どうぞ。
559 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:33:55.07 ID:4fenfWk80

男(演説が終わるタイミングを見に行った二人が戻ってきた)

男(そのため俺も二人と一緒に部屋を出る)



男「んー……久しぶりの外だな」

男(大きく伸びをして外の空気を噛みしめる。部屋の中にいても苦ではないつもりだったが、流石に一週間は長すぎたようだ)



女友「苦労かけましたね」

男「いや、元々俺が言い出したことだしな」

女友「ですがそうやって情報を遮断した甲斐はあったと思いますよ」



男(女友の言葉は……つまり姫様がよほどの悪事を働いたということなのだろうか?)

男(言われてみると町行く人々はお祭りムードで盛り上がりながらも、どこかピリ付いてる気がする)

男(女友と女も演説を見に行く前より気力が充溢しているようだった。つまり演説で何かがあって…………)

男(いや、今気にするべきことじゃないな。ここまでやって姫様に魅了スキルをかけられないってなったらそれこそ冗談にもならない。見目麗しい姫様、その評価だけで十分だ)

560 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:35:01.10 ID:4fenfWk80

男(現在俺たちは独裁都市中心街の中でも二番目に高い建物、展望台の中にいる)

男(一番高いのは姫の住居らしく、入ることが出来ないからここが選ばれた)

男(そして何をやっているのかというと)



女「『千里眼』発動………………うーん、やっぱり当然だけど男性ばっかりなんて偏った場所無さそうだね」



男(女が竜闘士のスキル『千里眼』を使用してパレードに集まった人を観察する)

男(どこにどのような人が集まっているか、普通に歩いて回って確認しては効率が悪い)

男(そのためこうして人々を見下ろせる高い場所から遠くの物もよく見える女のスキルを使って、魅了スキルを使っても他の人をなるべく巻き込まない場所を探しているということだった)



男(俺の目から見ても、すでに姫様の御輿が通るルートの沿道には多くの人が詰め寄せて今か今かと待っている)

男(こんなに人が集まるなんて姫様も人望があるのか、それとも…………いや考えるのは止めよう)

561 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:35:37.05 ID:4fenfWk80

男「女、あんまり気を張るなよ。そこまで好条件のところは無いだろうしな」

男「ちょっとでも女性が少ない場所があったらラッキーくらいの気持ちで……」



女「ん……え、あ、ちょっと待って!? 嘘、そんなことあるの……!?」



男(気に病むことはないと声をかけていると、いきなり女が慌て出す)



男「どうした女?」

女「あったの、女性が全くいない場所が! パレード終盤、最後の曲がり角地点に!」

男「本当か!?」

女「うん……私も見たとき信じられなかったけど、本当に男性ばかりで……」



男(だとしたら天があつらえたような場所だ。女が信じられなかったのも分かる)

562 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:36:14.05 ID:4fenfWk80

女友「ちょっと私も見てみます……『鳥瞰視(バードアイ)』」

男(女友も魔法を発動する。初めて聞く魔法だが、『千里眼』と同じような遠くを見ることが出来る魔法だろうか)



女友「最後の曲がり角というと……この辺りですか。ふむ、ほんとに男性ばかりが集まっていますね」

女「でしょ!!」



女友「どうしてこのような偏りが…………統計的にあり得ません…………ならば何らかの意図が…………」

女友「そういえばこのポイントは警備が薄かったような…………ん、今の人…………」



女「よし、じゃあ急がないと!! 早めに陣取るためにも!!」

女友「あ、ちょっと引っ張らないでください! もう、魔法が解除されたじゃないですか」

女「ご、ごめん」



男(女に服を引っ張られた女友が抗議する。どうやら繊細な魔法だったようだ)



男「何か気になることがあったのか?」

女友「……いえ、大丈夫です。こんな好条件の場所が他にあると思いません。女の言うとおり急いだ方がいいですね」

男「そうか……」



男(女友が引っかかったことは気になるが、魅了スキルに他の人を巻き込まないことは何よりも優先するべきだ。だったら行くしかないだろう)

563 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:36:55.82 ID:4fenfWk80

男(そういうわけで俺たちは展望台を出て観測したポイントへと急ぐ)

男(遠く聞こえる声からして、どうやらもう御輿は出発しているようだ)



男「御輿は姫様の居宅から出発して、この中心街の主要な通りを一周して、また姫様の居宅に戻る……そんなコースだったよな」

女友「はい、そうです。そして男性ばかりが集まっていた場所は、最後の曲がり角です。ここを通れば、姫様の居宅へ一直線といった場所ですね」



男(コースの終盤ということなら、御輿が通るまでまだ時間はあるはず。その予想通り、ポイントに着いたときまだ御輿は通っていなかった)



女友「ではここからは予定通りですね。私と女は他の女性が魅了スキルの効果範囲に入ることを防ぎます」

女「今は男性ばかりでも、御輿が通るタイミングで近くから見ようとして女性が来るかもしれないもんね」

男「ああ、頼む。俺はこの列に割り込む。なるべく前に行くことで、姫様を確実に5m以内に捉えられるようにする」



女友「魅了スキルを発動すれば、おそらく光がどこから発生したかで、少々の混乱が起きるでしょう。その隙に男さんは観客の列から離脱してください」

女「そして私たちも合流して宿屋に帰ると。今日は姫様を虜にするだけで、命令するのはまた後日だもんね」

男「ああ、そういうことだ」



男(それぞれがやるべきこと、注意事項を確認していく)



女友「では……張り切って行きましょうか」

女「私たちも頑張るけど、最後は男君次第だから……応援してるからね!」

男「ああ、ここまでやって失敗するつもりはねえよ」



男(最後に発破をかけあって、俺たち三人は役割に従って散開した)

564 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:37:42.97 ID:4fenfWk80

男(さて、確認したように俺はこの観客の列に割り込んでなるべく前の方に行かないといけない)

男(だが……)



男「改めて見ても、すごい密度だな……」



男(通勤ラッシュの満員電車並に人が集まっている。見ていてげんなりしてくるが……)

男(いや、逆に言えばこれだけ人がいれば俺が魅了スキルを使ったとは判断できないだろう。良かったと思うべきだ)



男「すいません、通してください……すいません、通してください……」



男(謝りながらもかなり強引に前に進む。露骨に舌打ちされたり体勢を崩されたことに腹が立ったのか、足を踏まれたりもした)

男(つうか柄の悪い男ばっかりだな…………いや、男ばかりのポイントを選んだのは俺なんだけど)



男(たった数メートルを進むのにかなりの時間と労力を使った。だがそのかいもあって、最前列一つ前の場所までやってこれた)

男(最前列はその姿が全部姫様側から見られることになる。位置的にもほぼ変わらないし、ここがベストだろう)

男(あとは姫様が乗った御輿が来るのを待つだけ。一息吐けそうだと思ったのだが)

565 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:38:32.05 ID:4fenfWk80



モブ「おおっ、姫様が来たぞー!」



男(誰かが叫ぶ。そちらを見ると近衛兵が担ぐ御輿に乗った姫様の姿があった)

男(前に出るのに時間がかかり、もう姫様が通る時間になっていたようだ)



男(姫様コールをしながら沸き立つ観客たち)

男(姫様はというと御輿の上から手を振って応えたり、満足そうに集った観客を眺めていたりする)



男(姫様を見るのは独裁都市にやってきた初日に続いて二回目だ。やはり見た目は芸術品のように美しい人である)

男(その中身については……今考えることじゃない)



男(御輿はほぼ道路の真ん中を通っている。よしこれなら効果範囲の5mに捉えられそうだ)

566 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:39:05.25 ID:4fenfWk80

男(俺はステータス画面を開いて準備をする)

男(この異世界において、スキルの使用法については二種類ある)

男(一つはスキル名を唱えること、もう一つはステータス画面を開きスキルの使用をタッチすることだ)



男(便利なのは前者であろう。わざわざステータス画面を開き使いたいスキルを探すより、唱える方が素早く使用できるからだ)

男(俺もほとんど前者で使用していたが……今回は後者で使用する。スキル名を唱えることで周囲の注目を集めたくないからだ)



男(閉じるの位置が分かりにくかったり『はい』と『いいえ』の位置が逆の、クソ使いにくいUIのステータス画面を開く)

男(思えばこのせいで魅了スキルを暴発させたんだったな、懐かしい話だ)



男(そして魅了スキルの待機画面を開き『はい』の前に指を置く)

男(これに成功すれば宝玉の獲得に大きく前進する。逆に失敗すればこの一週間がパーでさらに面倒なことになる)

男(絶対にミスれない)



男(タイミングを窺う。理想は俺の正面に姫様が来るとき。一番姫様との距離が近くなる瞬間だ)

男(ゆっくりと進む御輿にじれったい気持ちになる)



男(まだかまだかとそのときを待ち続けて、大事な作戦の成否がかかる緊張からか主観的には永遠が経ったように思えて、しかし当然のことながらそのときは来て)



567 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:39:48.49 ID:4fenfWk80





男「今だ」





男(姫様が正面に来たと認識するや否や、俺は魅了スキルを発動する)





男(瞬間、ピンク色の光の柱が周囲5mを埋め尽くした)





568 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/01(水) 22:40:25.24 ID:4fenfWk80
続く。

やったか!?
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/01(水) 22:51:43.80 ID:TqrHU7jlO
乙ー
570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/02(木) 02:52:29.48 ID:ZwlrOfCi0

やったか?!って言ってやったところを見た記憶がない…
571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/02(木) 03:45:09.03 ID:KIzjD0Dh0
乙!
作者みずからフラグ立てワロタww
572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/02(木) 06:38:48.19 ID:++ABmWZho

勝ったな風呂入ってくる
573 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:51:10.14 ID:bMWYBlWS0
乙、ありがとうございます。
反応もたくさんなのでまとめて「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ……」と返しておきます。

投下します。
574 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:52:48.33 ID:bMWYBlWS0

男(姫様が正面に来たと認識するや否や、俺は魅了スキルを発動する)

男(瞬間、ピンク色の光の柱が周囲5mを埋め尽くした)



男「やったか……!」

男(俺は姫様のことを見ていたが、光の柱の内部にいたようだった)

男(これで俺が姫様のことを魅力的な異性だと思えていれば、条件的には成功のはず)



男(光の柱が消えたところで御輿が一旦止まった)



近衛兵1「っ……なんだ、今の光は!」

近衛兵2「何らかの攻撃か!?」

近衛兵3「誰だ、出てこい!」



男(周りについて警備をしていた近衛兵が観客に向かって叫ぶ。光の始点からして観客の誰かの仕業だとはバレているようだ)

男(だがその正体が魅了スキルだとまではバレないだろう、この異世界でも知る人がほとんどいないスキルだし)



男(ざわめきが観客にも伝播する。きょろきょろと周囲を見回す観客の中、俺は撤退へと入っていた)

男(姫様に魅了スキルが成功していようと失敗していようとこの場に留まる理由はもう無い)

男(成功していれば命令は後日にする予定だし、失敗していてももう一度魅了スキルを発動すればバレて捕まるだろうからだ)



男(そういうことで混乱する観客をかき分け離脱しようとしたのだが――そのとき視線を感じた)

575 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:53:21.32 ID:bMWYBlWS0



姫様「…………」

男「っ……!」



男(思わず振り向くと視線の主は神輿の上の姫様だった)

男(慌てる近衛兵と違って、悠然と視線を一点に……俺の方を見ている)

男(はっきりと目が合ったから勘違いではないだろう)



男(どうしてそんな俺だけを見て……まさか魅了スキルを発動したのがバレたのか!?)

男(慌てそうになる俺だが……よく考えて、当然のことだと気づいた)



男(そうか姫様は現在俺への好意が急に沸いた状態なんだろう)

男(周りに大勢の観客がいるのに俺を見つけられたのは……そうだ、好きな人の姿を大勢の中から見つけられるなんて普通のことだ)



男(つまりは魅了スキルが成功したと見ていいはずだ)

男(だったらなおさらこの場所に留まる意味はない。俺は姫様から視線を切って、観客の列から逃げ出そうとして)

576 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:53:54.68 ID:bMWYBlWS0





姫様「余の兵たちに命じる。そこの少年を捕まえよ」





男(背後からその命令が聞こえたときは心臓が止まるかと思った)



男「なっ……!」

男(振り返らなくても分かる。姫が俺を指さしていることが)



男(どうして……!? 何故俺を捕まえようと……!?)

男(疑問符に埋め尽くされる思考だが、体はするべきことを覚えていた。逃げだそうとする)



近衛兵「はっ……!」



男(近衛兵は姫の命令に絶対服従だ。その命令の意味を問うことなく迅速に行動する)

男(対して俺は観客の波に阻まれ素早く逃げることが出来ない)

男(観客も姫の命令に逆らえるはずがないため、俺のところまで近衛兵がたどり着くルートが開けられて、一直線に駆け抜け捕らえられる)

577 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:54:42.67 ID:bMWYBlWS0



男「くそっ、離せ!」

男(二人の近衛兵に取り押さえられもがくが、魅了スキル以外に何の力も持たない俺が鍛えられた近衛兵の拘束から抜け出せるはずがない。そのうち騒がれないように口も封じられた)



近衛兵「姫様、この者をどうしますか?」

姫様「余の目の前まで連れてこい。ああ、丁重に扱うことじゃ」



男(近衛兵はどうして俺を捕まえさせたのかなど無駄なことは聞かず、今するべきことだけを実行する)

男(もがいても体力の無駄だと悟った俺は、されるようにされたまま思考をフル回転させて現状を認識に努める)



男(姫様に魅了スキルはかかっている。それは間違いないことだ)

男(でなければ本来一観客であるはずの俺個人を対象に行動を起こすわけがない)



男(ならば何故捕らえるように命令したのか)

男(魅了スキルを使用した狼藉者に罰をということではないはず)

男(姫様は現在俺への好意でもって動いているからだ)

男(丁重に扱えという命令からも俺を大事に思っていることは推察できる。



男(だから捕まえろという命令だけが異質だ)

男(俺を害するような命令)

男(好意からそのような命令を発するなんてことあるはずが………………)

578 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:55:54.80 ID:bMWYBlWS0



男(まさか……)



男(一つの可能性を思いつく)



男(そうだ、魅了スキルにかかった場合の反応だ)

男(好意を持った相手にどのように行動するかというのはその人の気質に関わるものだ)

男(女友と話したとき姫様は普段はワガママだが好きな人相手にはツンデレのような反応をするんじゃないかと予想したが、ここまでの様子からしてそれは間違いだった)



男(今、姫様は自分の好意を示すのに従った行動をしている)

男(ああ、そうだ……俺を、好きな人を捕まえるような命令をする反応が一つあるじゃねえか……!)



男(近衛兵に連れられるままやってきたのは御輿の上、姫様の前だ。御輿はかなりの大きさで二、三人は乗れるようだ)



男(そして姫様は取り押さえられたままの俺の頬を撫でながら恍惚とした様子で呟く)



579 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:56:26.49 ID:bMWYBlWS0







姫様「ああ、余の愛しい人。これからは朝から晩までずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと………………ずーっと一緒だからな」







男(こいつは……ヤンデレだ……!!)



580 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:57:06.64 ID:bMWYBlWS0

男(焦点のあっていない虚ろな目で俺をじっと見ている姫様)



姫様「誰にも手を出せないように大事に、大事に、大事に、大事に、大事に…………命令じゃ、今すぐ余の居宅まで戻れ!」



男(近衛兵に命令を出す)

男(いきなり起こった出来事にポカーンと見守るしかない観客を置き去りにして、姫の居宅に向け御輿は動き出した)



男(魅了スキルにかかっているなら俺は姫様に命令する事が出来る)

男(しかし、現在俺は近衛兵によって口を封じられている。これでは物理的に命令できず、姫様の暴挙を止めることが出来ない)





「男君……っ!!」





男(どこかから名前を呼ばれた気がした。女だろうか。だが答えることが出来ない)



581 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:57:38.21 ID:bMWYBlWS0





姫様「余の……私の大事な人。もう絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に…………失わないからな」





男(重すぎる好意を囁かれながら、俺は姫の居宅へと連れ去られるのだった)





582 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/03(金) 10:58:17.53 ID:bMWYBlWS0
続く。

五章はここからが本番です。
583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/03(金) 14:00:49.40 ID:Ld9rPWKh0

姫様にはそれなりの背景がありそうだな
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/03(金) 15:09:49.18 ID:ss5XzQQX0
乙!
対処さえ間違えなければ生きて帰れるはずだ!?
585 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/03(金) 19:25:45.31 ID:vqu6ikMrO
乙ー
586 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:27:30.10 ID:FsdlGfJU0
乙、ありがとうございます。

>>583 少しずつ明かされると思います。

>>584 男の状況はさておき、しばらく女視点です。

投下します。
587 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:28:22.70 ID:FsdlGfJU0

女「ねえ、どうして戻ってきたの!? 男君を一刻も早く取り戻すべきじゃないの!?」

女友「どうどう。落ち着いてください、女」

女「落ち着いてなんかいられないよ!! 今このときにも男君は……」



女(パレードにて魅了スキルを使った男君は好意を持った姫様によって連れ去られてしまった)

女(他の人に魅了スキルがかからないように誘導するため離れていたとはいえ、男君を守れなかったのは私の落ち度だ)

女(すぐにでも男君を助けようと思ったのに、合流した女友が思い留まるよう必死に説得したため仕方なく宿屋まで戻ってきたところである)



女友「大体あの場で男さんを助けるといっても、どうするつもりだったんですか?」



女「それはもう『竜の翼(ドラゴンウィング)』で空を飛んで御輿に追いついて」

女「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』で周りの近衛兵をぶっ飛ばして」

女「それでも抵抗するなら『竜の潜行(ドラゴンダイブ)』で襲撃を…………」



女友「完全にテロじゃないですか」

女「先に男君に手を出したのはあっちだよ!」



女(大事な者に手を出されたなら、戦争するしかない)

588 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:29:08.20 ID:FsdlGfJU0

女友「それを言うと先に魅了スキルを使ったのはこっちですが…………」

女友「とにかくせっかく男さんが目立たないようにという思いで立てた作戦を根本からぶっ壊そうとしないでください」



女「でも男君がああやって連れ去られた時点で目立ってない?」

女友「いきなりの出来事で観客も置いてきぼりでしたし、近衛兵に口元を封じられて男さんの人相は半分も見えてませんでしたから、騒動の規模が大きかった割には目立っていないと思いますよ」



女(女友はそんなことを言うが……やっぱりこんなことになった時点で、目立つとか目立たないとかどうでもいい)



女「今このときにも男君は姫様の部屋で両腕を鎖に繋がれて、姫様の振るう鞭が男君の身体を打ち付けて、苦しむ男君は助けを……私を求めて……」



女友「鎖とか鞭とかどんな想像ですか、それ」



女「もうどうして女友はそんなに落ち着いてるの!? 男君のことが心配じゃないの!?」

女「いや、そうじゃなくても、男君が連れ去られた時点で作戦も失敗してるんだよ!! 宝玉を手に入れるためにも早く救援を……」

女(凄まじい剣幕で私はまくし立てるが)

589 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:29:43.06 ID:FsdlGfJU0





女友「はあ……まず認識をすりあわせましょうか。男さんは無事です」



女友「そして作戦は失敗どころか成功完了して、後は待つだけの段階ですよ」





女「え……?」



女(次の女友の言葉で勢いを抜かれるのだった)



590 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:30:45.04 ID:FsdlGfJU0

女「ど、どういうこと……?」



女友「簡単な話です。姫様の好意による反応がヤンデレだったため男さんは連れてかれましたが……」

女友「逆説的に言うと魅了スキルをかけることに成功したということです」

女友「つまり男さんは手に入れたんですよ、この独裁都市における絶対の法である姫様に命令することが出来る立場を」



女「あ……」



女友「拘束される前はおそらく動揺から命令を出すことが抜けていて、その後は近衛兵によって口を塞がれ物理的に命令を出せませんでしたが、ずっとそのままなはずがありません」

女友「姫様の居宅に戻った辺りで、一度でも口が自由になった瞬間男さんは姫様に命令をして自由を得ているはずです」



女「そっか……」

女(男君が痛い目に遭って苦しんでいないなら良かった)



女友「そして姫様に命令を出来るなら宝玉を手に入れるのもすぐってわけですね」

女友「命令の仕方を悩んでいましたが、あちらから近づいてきたおかげでいくらでも命令が出来るようになったのは望外の幸運でした」



女「じゃあ後は男君が宝玉を持って戻ってくるのを待つだけで終わりってこと?」

女友「ええ。終わってみれば拍子抜けでしたね。まあ、たまにはこういう想定外があってもいいものです」



女(女友が安堵しているのは、想定外の事態から苦労してきた今までを思い出してだろう)

591 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:31:23.92 ID:FsdlGfJU0

女「それなら安心だけど……でも、女友すごいね。あの瞬間にそこまで考えて、私が暴走するのを止めたりして」

女「あ、もしかして姫様がああいう反応するって最初から想定していたの?」



女友「いえ、完全にアドリブです。そもそも姫様はツンデレじゃないかって予想でしたし……ヤンデレだとは一瞬も考えてませんでした」

女「ヤンデレ……っていうと好きな人を病むほど愛してる、ってことだよね」



女友「ええ。独裁者で望めば何でも手に入る姫様のデレ方として、もっともかけ離れたもので正直違和感すら覚えるんですが……」

女友「命令しても人の心は手に入らなかったってことから転じたのでしょうか……それとも……」





女「それで男君はいつ頃帰ってくるかな?」

女友「本当に男さんのことばかり気にしてますね」

女「まあね、好きだもん!」

女友「……はあ。諸々の状況を考えると……早くて今日中、遅くとも明日以内には帰ってくるでしょう」

女「一時間とかじゃなくて? だって宝玉を受け取って代金渡すだけで………………あ、そうだ姫様の説得もお願いしたし……それでも今日中で大丈夫じゃない?」



女(パレードが終わってすぐの現在時刻は昼過ぎである)

592 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:31:54.39 ID:FsdlGfJU0



女友「それらだけなら今日中には帰ってこれるでしょう」

女友「しかし、宝玉が現在どのような形で保管されているのか分からないので探すのに時間がかかるかもしれないのと」

女友「姫様がもし気になる情報を持っているなら聞いてくるでしょうから、明日になる可能性もあるということです」





女(女友の懸念する可能性は……正直チンプンカンプンだ)





女「どういうこと? 宝玉がどうやって保管されてるか分からないって……」

女「だって古参商会の調査で姫様が持っていることを掴んだんでしょ?」

女「持っているのが分かってるのに、どんな状況か分からないって……?」

女「それに姫様が持っている情報って何?」



女(何か根本的前提が女友と私の間で共有されていない気がする)

593 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:32:43.18 ID:FsdlGfJU0

女友「ああ、そうでしたね。女には言ってませんでしたか」

女友「ちょうどいいです。男さんが魅了スキルをかけることに成功しましたし説明しましょうか」



女「それって……姫様がどんな存在の末裔なのかって話?」

女(調査しているとき疑問に思って聞いたのに、教えてもらえなかった記憶が蘇る)



女友「ええ。それが先ほどの話にも繋がるのですが……」

女友「まずは質問からです。今回、姫様がどうやって宝玉を手に入れたか分かるでしょうか?」



女「どうやってって……今まで通り女神教の教会を取り壊したときに、女神像から取り外されて、その地域の責任者の手に渡ったんじゃないの?」

女(私はいつも通りの答えを返すが)





女友「残念ながら違います。というのも――この独裁都市に女神教の教会は無かったからです」





女(女友の答えは私が全く想定していないものだった)

594 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:33:31.82 ID:FsdlGfJU0

女「え……? でも教会が存在しないなら宝玉は……あ、もしかして他の町の人から買って姫様が持っているとか?」

女友「いえ、姫様が持っているのはこの町の女神像のものです」

女「??? え、でも今さっき教会が無いって言ったばかりだよね? なのに女神像はあるの?」

女(さっぱり理解できないが、女友の次の一言でようやく繋がった)





女友「はい。この都市には女神教の神殿があり――現在もそれが残っているんです。女も見たことがあるはずですよ」





女「女神教の神殿……」



女(瞬間、脳裏に閃く物があった)

女(そうだ、姫様の居宅。どこか見覚えがあると思ったら……最初の村の女神教の教会だ。あれとデザインが一致する部分があったんだ)



女(だとしたら……)



595 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:34:02.42 ID:FsdlGfJU0





女友「この都市は昔、女神教の総本山で『宗教都市』と呼ばれていました」

女友「そして姫様は女神様の遠い末裔である大巫女です」





596 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/05(日) 11:34:29.63 ID:FsdlGfJU0
続く。
597 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 14:24:15.46 ID:rGrRDjGg0
乙!
598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 14:31:03.98 ID:6a1TVd3n0

姫様まさかの重要人物だった
599 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/05(日) 19:32:07.52 ID:qbllf27TO
乙ー
600 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:26:36.23 ID:zrxDWYSk0
乙、ありがとうございます。

>>598 5章のメイン級キャラですね。

投下します。
601 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:27:34.28 ID:zrxDWYSk0

女(話している内に夕方になったので、夕ご飯を食べながら続きの話をしましょうと女友が提案した)

女(そのため私と女友は宿屋の食堂に向かう)



女「すごい活気……そっか、今日はまだこの都市にとって特別な日だもんね」

女友「ええ。今日は女神様の誕生日ですから」

女「あ、だから祭事とかパレードが行われたんだ」

女友「そういうことです……まあ女神教が廃れた今、若い人にはただの祭りの日だと認識されてるみたいですね。日本のクリスマス的な流れです」





女(食堂は多くの人の話し声であふれている。その内容は今日起きたことのようだが……今日起きた大々的な出来事というと大きく二つあった)

女(一つは姫様が演説のときに姫様の居宅=神殿を金で覆う資金が集まり、次は自分の黄金像を建てると言い出したことだ)

女(当然ながらそのことに住民は不満を爆発させていたが、盛り上がっている場が冷めるその話題は意図的に避けられているようだった)



女(そのため多くの人が話していたのはもう一つのこと)

602 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:28:13.88 ID:zrxDWYSk0

モブ男「なあ、聞いたか。パレードの時姫様が若い男を連れ去ったって話」

モブ女「連れ去った? 牢獄にぶち込んで捕まえたじゃなくて?」



女(二人の男女の話し声が聞こえてくる)



モブ男「ああ。見ていた人によると、姫様はパレードの時唐突に近衛兵に命じて、自分と同じくらいの年の男を自分の御輿にまで上げさせて、その顔をうっとりした表情で撫でたらしいぜ」

モブ女「えー、何それー。じゃあ姫様の一目惚れってこと?」



モブ男「そうだろう、って見方が居合わせたやつら大半の意見みたいだな」

モブ女「へえー……あの姫様がねえ。男になんて興味ないと思ってたけど……そんなにイケメンだったとか?」

モブ男「さあな。いきなりのことだったし、近衛兵に口を抑えられながら連行されたから、顔を見れたやつはほとんどいないらしい」

モブ女「にしても姫様に惚れられるなんて……その男もご愁傷様ね」

モブ男「そうか? 姫様性格はあれだけど見た目はいいし、莫大な権力を持ってる優良物件じゃないか。結婚も考え始める年だろうし、案外そのうち結婚発表もあるんじゃねえか?」



モブ女「…………」

モブ男「って、どうした?」

モブ女「別に……そんな姫様がいいなら、あんた姫様にアタックすればいいじゃん」

モブ男「は、はあっ!? ち、違えよ! 今のはあくまで一般論でな! 俺にとってはおまえが一番………………あっ」

モブ女「え…………い、今のって」



モブ男「…………//」

モブ女「…………//」



女(顔を真っ赤にして固まる二人。どうやらまだそういう関係になっていないが、脈有り同士だったみたいだ)

女(これ以上は出歯亀みたいになるのでそっと私は離れる。名も知らないカップル、どうかお幸せに)

603 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:28:54.75 ID:zrxDWYSk0

女友「遅いですよ、女。どこで道草食ってたんですか?」

女「ごめんごめん、ちょっと気になる話を聞いちゃって」

女(私は謝りながら女友が確保してくれていた席に座る)



女友「気になる話……ああ、そういえば先ほどからそこかしこで話されていますね、姫様が連れ去った男は誰なのかって。どこの世界でもゴシップが広まるのは早いですね」

女「姫様が男君に一目惚れしたってことになってるみたいだけど……」



女友「魅了スキルを知らない人からしたらそう見えるでしょうね」

女友「どうやら出来事のインパクトが大きくて、その直前の光の柱の出現と繋げて考えている人はほとんどいないみたいです」



女「男君の顔もあまり見られてないらしいから思ったよりは目立ってなくて、話の中心は姫様についてって感じだったけど……」

女「その中でさ、姫様と男君が結婚するんじゃないかって話があったんだよね」



女(聞こえた瞬間『どういうこと!?』とつい知らない人相手に問いただしそうになったものだ)

604 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:29:32.19 ID:zrxDWYSk0

女友「結婚……まあそういう反応になるのもおかしくはありませんね。姫様は権力者ですから、世継ぎのことも気にしないといけないですし」

女「で、でも姫様も男君もまだ16才なんだよ! 早すぎるって!! 女性は16才から結婚できるけど、男性の結婚は18才からで……」

女友「それは元の世界、日本の法律ですよ」

女「あ……」

女友「こちらの世界は15才から飲酒が許されていることから分かるように15才で成人扱いです。結婚も両性ともに15才からOKですよ」

女「知らなかった………………え、じゃあこの世界なら私と男君も結婚できるってこと?」





女(妄想が広がる)

女(神社の前、白無垢の花嫁衣装に包まれた私と袴姿の男君)

女(結婚式なんてしなくてもいいだろ、という男君に私はワガママ言って和式の結婚式を開いたのだ)

女(神前式では両家の親族が参列してさまざまな儀式をして、その後会場を移して披露宴を行う)

女(友人代表のスピーチはもちろん女友が行って、面白おかしく話しながらも最後は泣ける話をしてくれて)



女(そして私は幸せの絶頂に至って――)

605 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:30:19.96 ID:zrxDWYSk0



姫『ちょっと待った!』



女(え?)



姫『男、お主は余の物じゃろう』



女(来襲してきた姫様に気を取られていると景色が一変)

女(いつの間にかウェディングドレスに身を包んだ姫様とタキシード姿の男君がチャペルにて隣あっている)



姫『余と結婚すれば、この都市の全てが手に入る。もちろん余はお主に全てを捧げるぞ』

女『ま、待ってよ、男君! 私は、私はどうなるの!』

男『冷静に考えろ。ただの女と莫大な権力がオマケについてくる女。どっちを選ぶのは明白だろうが』



女(追い縋る私に男君は冷酷に手を払って)





女「失意の底に沈む私。二人の道は完全に分かたれて………………でもそれから月日は過ぎ去った頃、私は男君と再会する。姫様に振り回される結婚生活の末、姫様の浮気により離婚されて、身も心もボロボロになった男君を私が癒して………………そして男君も本当に大事だった人を思い出して、今度こそ真の愛を……」



女友「……何やら馬鹿なこと考えてますねえ。そろそろ現実に引き戻しますか」



女(私の妄想は女友が私の目の前でパンッと手を打つまで続いたのだった)

606 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:30:56.03 ID:zrxDWYSk0

女「ごめんなさい……」

女友「別に私は構いませんよ、男さんがこの場にいなくて良かったですね」

女友「というかどうして女の妄想はこう極端なんですか。一度別の女に靡くけど最後には真実の愛に気づくって、昼ドラですか」

女「え、何で知ってるの!?」

女友「口からダダ漏れだったからですよ」

女(迂闊だった、注意しないと)



女友「その調子ですと別にさっきの話の続きは気になっていないみたいですね」

女「いや違うよ! 超気になってるから! だから教えてください!!」

女友「……はあ。ではどこまで話したか覚えてますか?」



女「うん。この都市が元は女神教の総本山で、姫様が住んでいるのは女神の神殿、姫様は女神の末裔だってことだよね」

607 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:31:36.66 ID:zrxDWYSk0



女友「元々女神教の総本山であるこの地は『宗教都市』でした」

女友「神官や信者が多く住み、神殿で祈りを捧げたり、馬車で移動する際に見た周囲の畑で信者が農作業に勤しんだりしていたのです」



女友「さて、今でこそ廃れた女神教ですが、全盛期の女神教は凄まじかったという話は何回か聞いてますよね」

女友「ではその頂点に立っていた存在は何なのかという話ですが、それが女神の末裔、大巫女です」



女「大巫女……」



女友「女神の子孫でも女性にしかなれない役職です。大巫女は女神の代弁者であり、その言葉は女神教の信者にとって絶対の物でした」

女友「そのすぐ下の役職、No.2は女神教の司祭です。大巫女の言葉が絶対ながらも、司祭もかなりの力を持っていたという話です」



女「今で言うと姫様が大巫女で、司祭は……あの男性さんってこと?」



女友「その通りです。女神教が風化して独裁都市と名前を変えた現代でも、この地でだけはその役職と支配力が続いてるんです」

女友「もっとも大巫女と呼ばれることもほとんどなくなり、女性の権力者として姫と呼ばれるのが一般的になりましたが」



女(宗教と政治は昔は密接な関係にあったが、現代になってきて分離するのが一般的となっている)

女(この異世界でもそういう流れがあって、でもシステムとしては残ったということだろうか。

608 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:32:12.46 ID:zrxDWYSk0

女「あの姫様が住んでいるのが女神教の神殿……この地に住んでいた女神教の信者は神殿で礼拝もしていたから、この地には教会は無いってこと?」



女友「はい。現在の神殿、姫様の住居は前に一度見たように近衛兵が常に厳しく警備していて古参商会でも内部がどうなっているのか調査できていません」

女友「それでも女神像や宝玉を余所に売り飛ばすような罰当たりなことはしないだろうという見解で、だからあの中にあると考えているわけです」

女「姫様の権力も女神教由来のものだもんね」



女友「そして姫様は女神教の中心にいた者ですから、もしかしたら女神の遣いのことや、太古の昔に起きた災い、魔神について何か詳しいことを知っているかもしれません」

女友「だとしたら男さんもそのことを聞くでしょうから、帰ってくるのが遅くなるかもしれないと言ったわけです」



女「なるほど、そういうことね」

女(大体疑問に思っていたことが紐解けた。しかし、さらなる疑問も浮かぶ)

609 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:33:00.78 ID:zrxDWYSk0

女「でも女神の末裔がいるなら、どうしてその一族が魅了スキルを引き継がなかったんだろう?」

女「余所からやってきた男君の手に魅了スキルがあるのもおかしな話だよね」



女友「そうですね、この前は三人で女神の行いを体現していると言いましたが、それをさせるなら女神の末裔の方がふさわしいのも確かです」

女友「しかし現に男さんの手に魅了スキルがあるのは…………何らかの女神の思惑があるのでしょう」



女「女神の思惑……」

女友「それも姫様が知っているといいですね」



女「何にしろ今私たちに出来ることは男君が帰ってくるのを待つだけか」



女(男君は姫様に関する情報を制限していたから、姫様が女神様の末裔であることは知らないだろう)

女(でもすぐに気づくはずだ。そうして聞いた話と宝玉を土産に戻ってくる)



女(そうしてこの地での使命を果たし、しかも男君は姫様の説得も完了していて、正常に回り出した独裁都市を後目に私たちは次の目的地に向かう)



女(そうなるだろうと思っていて――――)



610 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:33:49.23 ID:zrxDWYSk0





女(パレードの日は夜まで男君は帰ってこなかった)



女(翌日の朝になっても男君は帰ってこなかった)



女(夜になっても男君は帰ってこない)





女(さらに次の日の昼。男君が連れ去られてから丸二日が経って――それでも何の音沙汰も無かった)





611 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/07(火) 20:34:26.40 ID:zrxDWYSk0
続く。
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/07(火) 20:37:59.03 ID:9TFogztWO
乙ー
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/07(火) 20:39:04.95 ID:RHsTLktU0

気になる引きで終わりやがるぜ
614 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 00:23:37.52 ID:VKqyDi2aO
乙!
615 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:33:55.53 ID:3Ta5RR8N0
乙、ありがとうございます。

>>613 お待たせしました。

投下します。
616 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:34:33.96 ID:3Ta5RR8N0



女「どう考えてもおかしいって! あの神殿に乗り込もうよ!」

女友「検討はしています、がそれは最終手段にしてください」



女(私と女友は一向に帰ってこない男君について宿屋の部屋で話し合っていた)



女(二日前、パレードがあった日はまあそんなに早く帰ってこれないよね、と落ち着いていた)

女(次の日の朝は、ちょっと立て込んでるのかなとソワソワしながらも比較的落ち着いていた)

女(夜になって『さすがに遅いけど……起きたら帰ってきてるよね』と不安に思う心を落ち着けて就寝した)



女(そして今朝。男君からは何の便りすらなく私の感情は爆発した)



女「宝玉を受け取ること、女神教の末裔としての姫に話を聞くこと、姫様にこれ以上ワガママをしないように説得すること……」

女「確かにやることが多いから時間がかかっても仕方ないけど、それならそれで『遅くなる』の一言くらいあってもいいと思わない!?」



617 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:35:08.53 ID:3Ta5RR8N0

女友「そうですね、現在男さんは権力者の姫様に何でも命令できる立場です。姫様の部下を使って、私たちに手紙を届けさせることくらい簡単なはずです」

女「私はこんなに心配しているっていうのに……!」

女友「こちらの状況に一切気が向かない人ではないはずですが……」



女(昨日こそ『あまり束縛する女は嫌われますよ』と早く帰ってくるように願う私をからかっていた女友も、今日になってからは一緒に心配している)



女「女友、最終手段にはいつ移っていいの?」

女友「今夜まで待ってください。昼間に襲撃するのも目立ちますし、警備もしっかりしているでしょうから」

女友「それにちょっと遅れていただけで、もしかしたら夜までに男さんも帰ってくるかもしれません」

女「分かった」



女(女友も私を止めたりはしなかった。今夜という具体的なリミットが出来たことによって少しは落ち着く)

618 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:35:49.51 ID:3Ta5RR8N0

女「心配ばかりしても男君が早く帰ってくるわけじゃないよね……ちょっと切り替えよっと」

女「そういえば昨日、女友は外に出ていたけどそのとき何か気になる情報でもあった?」

女(男君が帰ってきたときに早く会えるようにと、昨日一日宿屋の部屋に籠もっていた私と違って、女友はじっと待つだけなのは苦手だと外に出ていた)



女友「気になるというと……どうやら一昨日のパレード以来姫様の姿を見たものはいないみたいですね」

女友「昨日もパレード当日ほどではないにしろ色々行事予定があったのに、姫様はその全てをキャンセルしたようです」

女友「その行動自体はいつもワガママ放題の姫様のため、またかと思われているようですが……」



女「魅了スキルをかけた男君は姫様の近くにいるはずだけど……何か関係あるのかな?」

女(男君は姫様に命令出来る立場を存分に活用するために離れないはずだ)

619 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:36:35.93 ID:3Ta5RR8N0

女友「後は……そうですね。この地に古参商会の支部は無いですが仕入れの関係でこの独裁都市を通りかかると聞いていたので」

女友「商会員と直接会って情報交換を何個かしたのですが……気になることを言ってましたね」

女「気になることって?」



女友「一昨日の演説で姫様が住居=神殿を金(きん)で覆う資金を確保できたと言ってましたよね?」

女友「そのことの是非はともかく、工事は一大プロジェクトとなるはずです」

女友「古参商会は金(きん)の流通や工事作業員の斡旋などもしているようなので、その発注を受けることが出来れば大きな商談になるだろうと伝えたんです」



女「ふむふむ」



女友「まあしかし小娘の浅知恵ということで、私が思いつくことくらい古参商会が気付いていないはずが無かったんですけどね」

女友「少し前から動き出していて調査を進めた結果ですが、どうやら独裁都市はプロジェクトに関して全く動いていないんです」

女友「莫大の金(きん)を必要とするので市場価格の調査をしたり、工事作業員の調達をするために声をかけたりなどあるはずなのに全くそういう動きがないと」



女「それは……」



女(古参商会は商業の世界で大きく幅を利かせている)

女(その古参商会にすら気付かれないように隠密にプロジェクトを進める意味があるとは思えない)



女(だとしたら……そもそもプロジェクトを進める気がないとか……?)

女(でも独裁者の姫様が言い出した重要なプロジェクトのはずなのに……)

620 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:37:23.49 ID:3Ta5RR8N0



女友「そう考えると神殿の不自然なまでに固い警備も気になります」

女友「総合して考えるともしかしたらあそこはかなりの伏魔殿ではないかと――」



コンコン。



女「あ、男君かも!!」

女(ノックの音が聞こえた瞬間、私は扉にダッシュする)





女友「……はあ。まあ気持ちは分かりますけどね」

女(女友も何か言い掛けていたことを中断して着いてくる)

女(そして扉を開けたところで)

621 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:38:00.52 ID:3Ta5RR8N0



主人「すいません、この部屋宛に先ほど手紙が届いたもので……」



女(そこにいたのは宿屋の主人だった)



女「男君じゃなかったぁぁ……」

主人「……?」

女友「ああいえ、すいません。手紙ですね、受け取ります」



女(期待からつい落ち込んで失礼になった私のことを謝罪して女友は手紙を受け取り扉を閉めた)



女「ごめん、女友。フォローしてもらって。でもこの部屋に手紙が届くって珍しいね。誰からの手紙?」

女友「差出人には男さんの名前が書いてありますね……字も男さんのものです」

女「えっ!?」



女(私のテンションをグラフにしたら見事なV字を描いているだろう)

622 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:38:46.52 ID:3Ta5RR8N0



女「じゃあ早く開けようよ!!」

女友「分かっています、ちょっと待ってください」



女(手紙は封筒となっているようだ。封を切って逆さにすると便箋が中から出て…………)

女(コロン、と一緒に何かも落ちる)



女「女友何か落ちたよ………………って」





女(私は拾い上げた物を見て言葉を失った)

女(何故ならそれは中に魔法陣が刻まれた青い宝石――――私たちが求める宝玉だったからだ)





女「これは……」

女友「姫様が持っていた宝玉……でしょうか。男さん手に入れてたんですね」

女「それは分かってるよ。だったらどうして封筒に入れて私たちに渡したの? 男君が直接渡せばいいのに……」

女友「メッセージを見ないことには何も分かりません。ほら見ますよ、女」



女(得体の知れない不安が襲う)

女(私は救いを求めて、女友と一緒に便箋を読み始める)



623 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:39:20.53 ID:3Ta5RR8N0



 女友、女。

 突然だが、ここでお別れだ。



 俺はこの都市で姫様と共に生きることにした。

 同封した物は手切れ金代わりに受け取ってくれ。



 そういうわけで命令だ。

 二人ともこの都市を出て行け。

 そして二度とこの都市に入ることを禁じる。

 女友は女と行動を共にしろ。



 じゃあな、さよなら。



624 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:39:59.33 ID:3Ta5RR8N0

女(男君らしいぶっきらぼうな文面)

女(しかし、その内容は絶望としか表すことが出来なかった)



女「どういうこと……?」

女(男君とお別れ、姫様と共に生きるって……それはいつだったか私の出来の悪い妄想だったんじゃないの?)

女(頭がクラクラする。この状況も既に妄想なのか?)



女友「ここにはいてはいけない……」



女(混乱する私に追い打ちをかけるように、女友が気を虚ろにそのようなことを呟きながら、部屋を出ていこうとする)



女「どうしたの、女友!?」

女友「早く……早く出て行かないと……」



女(奇行に慌てて羽交い締めして女友を押しとどめるが、正気を失ったままだ)

女(どうしてこんなことに!? もう手紙だけでも訳分からないのに……って、そうだ)

625 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:40:50.62 ID:3Ta5RR8N0



女(今女友を蝕んでいるのは手紙にあった命令だ)

女(男君の手紙にはこの都市から出て行け、そして二度とこの都市に入ることを禁ずるとある)



女(手紙でも魅了スキルの命令が効くのはこの前試したとおりだ)

女(そのせいで虜である女友は脇目も振らず出て行こうとしている)



女(私は実際魅了スキルがかかっていないから命令は効かないけど男君の手紙には二人ともとある)

女(男君は私たちをこの独裁都市から追い出して……本気で姫様と共に生きていくつもりってこと?)



女(訳が分からない。こんなときに頼れる親友、女友は命令によって行動を封じられている)





女「こんな手紙じゃ何もわからないよ。どういうつもりなの男君……」





626 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:41:23.13 ID:3Ta5RR8N0



女(こんな終わりがあっていいはずがない)

女(直接会って話がしたい)



女(でも、私一人じゃどうしていいのか分からない)

女(何より話をして……本当に男君の口から姫様を選んだことを告げられたら、私は………………)





女(モヤがかかったように思考がまとまらない)

女(そして私は考えることを止めた)



627 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/09(木) 20:42:59.15 ID:3Ta5RR8N0
BADEND



嘘です、続きます。
628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/09(木) 22:04:08.36 ID:G9YUgym1O
乙ー
629 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/10(金) 00:27:05.28 ID:n87JJGMPO
乙!
630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/10(金) 01:49:13.76 ID:SPivWBco0
もし家柄魅了スキルについて知ってたとしたら命令できないよう口塞いだままで手紙も作り物(筆跡を似せて読む側を騙せればOKだから)ってところまで説明ついちゃうのが恐ろしい
男自身考えがあって出した手紙だといいが
631 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:53:18.72 ID:z5qFXi7F0
乙、ありがとうございます。

>>630 手紙についてまた触れるのは5話ほど先になります。

投下します。
632 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:53:55.44 ID:z5qFXi7F0





 時を少し遡る。



 二日前――パレードで男が姫様に連れ去られた直後のこと。





633 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:54:29.36 ID:z5qFXi7F0

近衛兵「本当にこの部屋まで入って良かったでしょうか? 初めて入りましたが……これは……」

姫「余が特別にいいと言っておるのじゃ、気にするな」

近衛兵「そうですが……ルールはルールですので、早急に失礼します。何かありましたらいつも通り司祭か近衛兵長をお呼びください」

姫「分かっておる。それより早く二人きりにさせよ」

近衛兵「はっ!」



男(近衛兵二人は敬礼をすると部屋を出ていった)

男(扉が閉まるとき、バタン!! とやけに重い音が響いた)



男(俺は近衛兵に拘束されたまま、姫様の居宅とやらデカい建物に連れ去られた)

男(その最上階の一部屋にてようやく解放され姫様と二人きりになった次第である)

634 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:55:06.87 ID:z5qFXi7F0



姫「ここでずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……ずーっと一緒に」

男「命令だ、俺の質問に答えるとき以外しゃべるな」



男(口が自由になったということでようやく命令が出来る)

男(俺は第一に姫様の口を封じた。重すぎるその囁きをずっと聞いてると狂ってしまいそうだからだ。あと単純に怖い)



男(近衛兵が去ったことで俺は姫様と二人きりだ)

男(警備的に大丈夫なのだろうか、こんな俺みたいな輩と姫様を二人きりにして……)

男(いや、まあその姫様自身が二人きりを望んでいるからいいのだろう)

男(ヤンデレは独占欲が強い。好きな人との間を誰にも邪魔されたくないという思いが、都合の良いように働いた)



男(さて、俺は周囲を見回す)



男(現在いる部屋はずいぶんと豪華な調度品で溢れている)

男(机や本棚の他にベッドが置かれていることから姫様の寝室兼私室といったところか。まあ何とも贅沢な暮らしをしているようだ)



男(気になるのは入ってきた扉の他に、奥の方にもう一つ扉があること。そして………………)

635 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:55:44.08 ID:z5qFXi7F0



男「……まあいい。質問です、姫様。宝玉……青い宝石を持っていますよね。見せてもらえますか」



男(早速目的の物をお目にかかることにする)



姫「宝玉……それならこっちじゃ」



男(命令で黙っていた姫様だが質問には答えられる。指し示したのは、ちょうど気になったばかりの奥の扉だった)

男(姫様に案内されるままその扉を開けて中に入る)



男「おおっ……!」

男(思わず感嘆の声が漏れた)

男(目につくのは部屋の中央に置かれた女神像だった)

男(天窓から射し込む光が照らし、アクセサリーとして付けられた宝玉がきらりと光っている。神秘的な雰囲気の空間だ)



男(女神像を見るのは最初の村以来だから二回目だ。まさか壊されずに残っているとは……)

男(そういえば今回一度も教会を取り壊したときに出た宝玉を責任者が受け取ったといういつもの理由を女友は言っていなかったな)

636 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:56:18.95 ID:z5qFXi7F0

男(にしても私室から繋がるこの空間に女神像が設置しているということは……)



男「質問です、姫様。あなたは女神教の関係者なのですか?」

姫「そうじゃ。女神様の遠い末裔、大巫女である」

男「女神様の末裔……か。またすごい存在が出てきたな。この部屋の用途は何ですか?」

姫「日課の祈りを捧げるための部屋じゃ」



男(日課で祈りとはずいぶんと敬虔なようだ)

男(いや、そうか。どうしてこんな少女が権力を持っているのか気になっていたが女神教関連なのか?)

男(だったら熱心に祈りを捧げるのも分かる話だ)



男「………………」

男(しかし、そうなると女神像に付けられた宝玉を譲ってもらえるのか)

男(罰当たりだということで拒否反応を示すんじゃないか?)

男(宝玉が姫様にとって特別な物となっている場合、無理矢理奪わないのが女との約束だ。だとしたら……)

637 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:57:27.31 ID:z5qFXi7F0

男(考え込んでいる内に姫様が勝手に行動を取っていた。女神像から宝玉を外し俺へと差し出したのだ)



男「え……いや、どうして……?」

姫「察するにお主は女神様の遣いじゃろう。ならば宝玉を譲るのが役目じゃ」



男(そうか。姫様は女神教の関係者であり、しかもかなり中枢にいた者のようだ)

男(ならば宝玉を集める者が現れた意味、災いがまた起きようとしていることも分かっているわけか)



男「なら、ありがたく受け取る」

姫「…………」



男(質問でないため黙ったまま頷く姫様)



男(やけにあっさりしているが、これでこの地における宝玉を手に入れた)

男(最重要課題は終わったが、どうやら姫様は他にも使命に関わる情報を持っているかもしれない)

男(また、女にも姫様の説得をお願いされている)



男(それらが終わってから二人の元に帰ればいいだろう)

男(いきなり連れ去られて心配させているかもしれないが、女友ならこっちの状況も汲んでいるだろうし)

638 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:58:05.67 ID:z5qFXi7F0

男(そう、思ったのだが)





男「姫様、命令です。俺をこの建物から出してくれませんか」





男(気づくと俺は姫様に対してそんな命令をしていた)



男(どうにも嫌な予感がするのだ。俺は姫様に命令を出来る立場を得て、この都市では絶対の力を持ったはずなのに心が休まらない)

男(女と女友と合流したかった。二人の竜闘士と魔導士の力が側にある方がよっぽど安心が出来る)

男(その後三人で姫様から話を聞けばいい。ああ、そうだ。そっちの方がわざわざ話を伝える手間も省けるし)



男(しかし)



姫「………………」



男(姫様は黙ったまま動かない)

639 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:58:41.27 ID:z5qFXi7F0



男(どうして……まさかヤンデレで俺をこの部屋から出したくないという気持ちが強いから従わないとか?)

男(いや、魅了スキルの命令は絶対のはずだ)

男(なら何故動かない、話さない?)



男(……あ、そうか話さないのは)



男「命令を解除します、自由にしゃべって良いですよ」



男(俺は姫様にかけていた質問以外に話すなという命令を解く)

男(事情を聞くためとはいえ、またヤンデレセリフが再開するのではないかと戦々恐々するが)



姫「解除感謝する。そしてすまぬな……宝玉を求めたことでようやく思い出した」

姫「あの光は魅了スキルで、お主は女神様の遺志を引き継ぎし者か」



男(姫様は随分と落ち着いていた)

640 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:59:23.57 ID:z5qFXi7F0

男「魅了スキルのことも……そうか、当然知っていて」

姫「もっと早く気付いていれば、好意の暴走も落ち着いたのじゃろうが……実際体験してみるとこうも抗いがたいとは」

男「それは……勝手にかけたこっちが悪いですし」



姫「そして……この部屋に招き入れたりもしなかったはずじゃ。あのときはどうにか二人きりになろうと……すまぬ」



男(頭を下げる姫様)



男「そんなことより俺をこの建物から出すという命令はどうして効かなくて……」

姫「出来ないことを命令されても出来ない……それだけじゃ」

男「え……?」



男(姫様の言葉に……ようやく俺の認識がまとまった)

641 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 16:59:56.57 ID:z5qFXi7F0



男(部屋を見回したときに気になったもの)



男(それは……どの窓にも格子が付いて外に出れないようになっていること)



男(そして外に繋がる扉の内側にノブが付いておらず部屋の外から鍵をかけるタイプとなっていること)



男(まるで誰かを閉じこめるためのような部屋だということだ)



男(だとしたら――)



642 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 17:00:53.23 ID:z5qFXi7F0



男「もしかして俺たちは、いやこの都市中の住民がとんでもないペテンに掛けられていたってことか……?」



姫「事情を話……いや、そしたら後戻りが…………だがこの部屋に入った時点でもう……」



男(姫様は首を振った後、力なく俯いた)





男「気にしないでください、そもそも俺が魅了スキルをかけた時点で関係者です」

男「それよりも真実を教えてくれませんか。情報がなければ何も始まりません」



姫「そうか。では、話そう」

姫「余は…………いや、ここで飾る意味もないですね」





男(姫様は顔を上げ、自身の胸に手を当てて語りだす)

643 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 17:01:31.55 ID:z5qFXi7F0





姫「私は人形。言いなりの人形」



姫「独裁都市の真なる支配者の隠れ蓑として、偽りの権力者を演じる」



姫「この部屋から脱出する権限すらない私は――傀儡の姫です」





644 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/11(土) 17:01:58.36 ID:z5qFXi7F0
続く。
645 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/11(土) 20:45:47.17 ID:yNtpcIyJ0
乙!
何時も良いとこで話切るね!更新楽しみだわ。
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/11(土) 20:52:30.02 ID:yzg3gLfyO
乙ー
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/11(土) 22:45:50.94 ID:NdvI3Ume0
質問されてないのに喋ってる辺り何かあるんだろうか
648 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:44:53.91 ID:uoQHhgsl0
乙、ありがとうございます。

>>645 ありがとうございます。

>>647 質問だけじゃなくて疑問にも答えるみたいな感じで考えてました。もうちょっとはっきりさせた方がよかったですね。

投下します。
649 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:45:31.29 ID:uoQHhgsl0

男(明かされた真実の一端)

男(俺は丁寧に事態を解していくことにする)



男「傀儡の姫……と言いますが、実際パレードでは近衛兵に命令して俺を捕らえさせたり、その他の振る舞いからして姫様には権力があると思いましたが」

姫「大巫女として権力があるのは事実です。そんな私を支配して自分に都合のいいように操っていた者がいるということです」

男「なるほど」



男(体制側全てがグルで従っているフリして独裁者の姫様という虚像を作り上げ民衆を騙しているパターンではなく)

男(権力者の姫様は実像だがそれを操る黒幕がいるというパターンか)

男(だとしたら黒幕は少数でも成り立つ……というか当たりは既に付いている)

650 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:46:19.63 ID:uoQHhgsl0



男「はっきりさせましょう。真なる支配者とは司祭と近衛兵長の二人ですね」

姫「っ!? 何故、それを!?」



男「簡単な推理です。俺をこの部屋まで運んだ近衛兵が『何かありましたらいつも通り司祭か近衛兵長をお呼びください』って言ってました」

男「この姫様を閉じ込めるための部屋に日常的に出入りしている者が、何も訴えていないとしたら、それはその本人が黒幕だからです」

姫「……ええ、その通りです」



男(姫様が頷く)

男(都市のNo.2と兵のトップが組んでいるとなると厄介だな……)



男「近衛兵に命令して二人を排除しようとしなかったのですか?」

男「権力自体は本物なら、どうにかけしかけることも可能なはずですよね」

姫「それは……無理です」



男「支配に一分の隙もなく命令することが無理ということですか?」

男「それとも近衛兵長が強すぎて近衛兵では排除することが無理ということですか?」

姫「……そのどちらも、というべきでしょうね」

651 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:46:51.41 ID:uoQHhgsl0

男「支配の方法は何ですか?」

姫「単純な暴力です。誰も助けを呼べないこの部屋で逆らう度に…………」

男(姫様は服の裾を握りながらプルプルと震えている。その仕草、暴力による支配……つまり)



男「失礼を承知で命令します。姫様、その服をまくり上げてくれますか」

姫「え、そ、それは……っ、身体が勝手に!?」



男(慌てる姫様だが魅了スキルの効果は今このときも継続中だ。虜に対する使用者の命令は絶対)

男(無理矢理服を脱がすという少々フェチめいた仕草…………)

男(しかし、見えてきた肌に付いている数々の傷跡に想像していた俺も血の気が引いた)



男(顔や腕など外から見える場所には一つも傷が付いていないのに、腹や背中など服で隠れる場所には無数の傷が付いていた)

男(やり方が残忍すぎる)



男「つまり……ここまでされるほど抵抗していたって事ですか」

姫「私が逆らう度に罰として痛めつけられました」

姫「しかし、屈しては民がそれ以上に苦しむことになります」

姫「私一人が弱音を上げるわけには行かないと頑張ったのですが……」



男「もういいです。すいません、嫌なことを聞きました。命令を解除します」

男(姫様の服を戻させる)

652 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:47:36.14 ID:uoQHhgsl0

姫「二人は私が抵抗する素振りを見せなくなると二つの命令をしました」

姫「一つは私にワガママな独裁者として振る舞うこと、もう一つは民に重税を課すことです」

姫「重税の表向きの理由はワガママな姫らしくということで、自分の住居、この神殿を金で覆うためということになりました」



男(姫が説明する)

男(魅了スキルをかけるために情報を制限していたので初耳だったが……もし知っていたら姫様のことを魅力的に思えなかっただろう)

男(そんな非道の振る舞いを強制された姫様は……)



男「先ほどの様子からして、姫様は民のことを大事に思っているようですね」

男「それなのにそんな民を苦しめる企てに荷担させられて……辛かったですね」



姫「本当にその通りです……!」

姫「助けを求める民をワガママな姫の振る舞いとして容赦なく切り捨てるときは胸が張り裂けそうで……!」



男(姫の悲痛な叫びが空しく響く)

653 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:48:11.01 ID:uoQHhgsl0

男「誰かを頼ることは出来なかったんですか?」

男「傀儡とはいえ、表向きの看板は絶対の権力者です。協力させることはいくらでも……」



姫「ええ。ですが私が外に出るときは常に近衛兵長が傍で控えて見張っていました」

姫「命令にないことをすれば、この部屋に戻ったときに罰が下される……」

姫「それでも隙を見て何とか協力者を得ることが出来たこともあったんですが……」

姫「その者が殺された知らせを聞いて以来、誰かを頼るのは止めました」



男「っ……!」

男(死、スキルや魔法の溢れるこの異世界でも、死んだ者を蘇らせる術はない)

男(権力があるんだ、誰かの死を揉み消すことも簡単なのだろう)

654 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:48:56.65 ID:uoQHhgsl0



姫「数々の仕打ちにより、私の精神が完全に壊れたのはもういつのことだったでしょうか」

姫「与えられた役割であるワガママな姫を演じる時間の方が長くなり、あちらの方が本当の私のようになってきて……」

姫「こうして今、自分の感情のままに、素の自分のままに動いているのは本当に久しぶりのことです」



男(感情のままに……そうか、魅了スキルのおかげか)

男(俺のことをさらって部屋まで連れて帰ることが、操り主の命令のはずがない)

男(魅了スキルは一時的に支配を打ち破っていたのだ)



男(最後に真なる支配者の二人、司祭と近衛兵長の目的について考える)

男(二人は姫様を暴力により従えて、民に重税を課すように命令した)

男(表向きの理由は神殿を金で覆うため……ならば本当の理由は何か)



男(分かり切っている、私腹を肥やすためだ)

男(民から重税を取る指導者。一気に金を集められる代わりに、ヘイトを集めて自分の命すら危うくする行動)

男(何故そんな馬鹿なことをするのか……何も知らなかったころ俺はそう憤慨していたが、今なら分かる)



男(姫様が殺されても裏で糸を引いてるやつにはノーダメージだからだ)

男(姫様を肉の盾扱いする……非道の所行)

655 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:49:45.62 ID:uoQHhgsl0

男「………………」

男(さて、状況は理解できた)

男(姫様はこの都市の指導者足り得る器だろう。俺たちと同い年だが、民のことを大事に考えられるこの人ならば務まる)

男(だとしたら女にお願いされた説得は不要だ。釈迦に説法でしかない)



男(ならば解決すべき問題はスライドする)

男(この都市を正常に戻すためには姫様を裏で操っている悪党を潰すことだ)

男(これは簡単に出来る。竜闘士の女に頼みさえすればいい)

男(武闘大会では伝説の傭兵に惜しくも負けたが、逆に負ける相手はそれくらいだ)

男(相手がここまでゲス野郎なら遠慮する必要もないし、武力でもって討伐すればいい)



男(問題はその女に頼むことの難解さだ)

男(現在俺は姫様を捕らえておくための籠の内に居る)

男(外と自由に連絡する手段があるならば、姫様がここまでに実践して支配を打ち破っているだろう)

男(女友と女が自発的に助けに来るのは……今すぐには期待できない)

男(都市中の住民が騙されているこの状況を察して欲しいと求めるのは酷だ)



男(この部屋からどうにか脱出する…………いや、その前にすべきことは……)

656 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:50:17.33 ID:uoQHhgsl0





男(コツン、コツン、と)

男(そのとき、二つの足音が部屋の外から聞こえた)





姫「あっ……ああああああああああっ!!」

男(姫様が頭を抱えて喚き出す。それだけ……その音がトラウマとなっているのだろう)



男「命令です、落ち着いてください」

男(俺は魅了スキルの命令を下す。これ以上苦しむ姿は見たくなかった)



姫「……ありがとうございます。ですが二人が、こんなにも早く、私は良いんです……ですが私のせいであなたが……!」



男(姫様は一時的に落ち着きを取り戻すが対症療法にもなってくれないようだ)

男(その言葉に姫様の優しさが現れていた)

男(自分はどうなってもいい、しかし自分が原因で他人が傷つくのは耐えられないのだろう)



男(足音が近づいてきて止まり、扉が外から開かれた)

男(フラッシュバックするような経験を姫様に植え付けた二人が入ってくる)

657 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:51:03.86 ID:uoQHhgsl0





男性→司祭「全く……馬鹿なことをしてくれましたね。報告を聞いたときは本当に慌てましたよ」





男(嘲るように発言するのは……俺も見覚えがある)

男(初めて姫様と出会った飲食店。そのとき姫様のワガママにペコペコと対処していた男性……こちらが司祭で)





女性→近衛兵長「この部屋に入った二人は粛正しておきました」





男(もう一人にも見覚えがあった)

男(姫の側につき俺が軽口を叩いたところ聞こえていたようでギロリと睨んできた女性……こちらが近衛兵長か)

658 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:51:32.44 ID:uoQHhgsl0



姫「司祭……近衛兵長……その粛正とは……?」



司祭「粛正とは粛正ですよ。この部屋に入ってはいけないと厳命してあるのに姫様の命令とは入って……」

司祭「全く陰謀論程度でも噂されるのは避けたいんですよ」



近衛兵長「ですから二人には物言わぬ物となってもらいました」



男(近衛兵長が帯びていた剣を抜く。そこにはまだ乾ききっていない血の汚れが付いていた)





姫「そんな……私が……あんな命令をしたせいで……! いやぁぁぁぁぁぁっ……!!」



男(発狂寸前の姫様。しかし、二人を前に俺はそちらに構うことは出来なかった)

659 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:52:13.67 ID:uoQHhgsl0



司祭「さて粛正対象はもう一人。姫様のお気に入りかは知りませんが……」

司祭「この部屋のことを知った以上……いや、姫様と話す時間があったとしたらもしかして……」



近衛兵長「真実を知ったとしたのなら尚更生かしておけない」



男(近衛兵長が剣の切っ先を俺に向ける)



男(姫様に協力しようとした者を殺すような輩だ。この都市の真実を知ったガキを殺そうとしないわけがない)

男(そうだ、この部屋からどうにか脱出して女に頼む。そんな方法を考える前に……まずもって俺は生命の危機に晒されている)

男(この状況を切り抜けなければ俺に明日はない)





司祭「ああ、気をつけてくださいよ。状況からして光の柱を生み出す正体不明のスキルを発動したのはこの少年かもしれません」

近衛兵長「分かっている」





男(だが、頼みの綱の魅了スキルも警戒されている。女性である近衛兵長を虜に出来ればと思ったが、成功するか難しいところだ)



男(考えろ……考えろ……!)

男(近衛兵の拘束すら剥がせなかった俺が、そいつらを殺した近衛兵長に力でかなうはずがない)

男(頼れるのは己の頭脳だけだ。どうすれば助かる……!)
660 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/13(月) 21:52:48.18 ID:uoQHhgsl0
続く。
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/13(月) 23:16:12.91 ID:HfsnL/hfO
乙ー
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/14(火) 00:28:00.66 ID:25Q+XowGO
乙!
663 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:48:06.44 ID:Ife0ibRH0
乙、ありがとうございます。

投下します。
664 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:48:46.93 ID:Ife0ibRH0

男(姫が傀儡であると真実を知った俺に向けられた剣)

男(独裁都市の真なる支配者、司祭と近衛兵長の二人を前に俺はどうにかこの絶体絶命の状況を回避する方法を模索する)



男(まずは状況の整理からだ)

男(相手が女とおっさんだからといって真っ正面から突っ込むのは剣の錆になるだけだ)

男(身のこなしと発する雰囲気からして近衛兵長近衛兵長は竜闘士の女ほどではないが、魔導士の女友とは良い勝負になりそうだ)

男(俺では話にならない、そもそもこちらは丸腰だし)



男(近衛兵長は俺に剣を向けていることや姫様に酷いことをしていることから必死に目を逸らせば、クールタイプな女性で魅力的に見える)

男(ならば女性相手に必殺の魅了スキルを発動することも考えられるが、パレードで一回見せてそれが俺の仕業ではないかと疑われているため警戒されている)



男(それでも強引に発動するか? ……だが今まで相手に警戒されている状況で俺は魅了スキル打ったことが無い)

男(これほどの実力者なら光が発生した瞬間、範囲外に逃げることが可能かもしれない)

男(成功すれば大きいが、失敗すれば反抗の意思有りで即殺される)

665 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:49:18.84 ID:Ife0ibRH0

男「…………」

男(コイントスに命を賭ける気はない。もっと確実な方法は無いか)

男(だが考えれば考えるほど俺には魅了スキルしかないことが思い知らされる)



男(受け入れたつもりだったが、やはりこうなるともう少し手札が欲しい)

男(戦う力が少しでもあれば、戦いながら魅了スキルの発動の機会を伺うとかやりようがあるのに)



男(いや、この土壇場で無い物ねだりをしても仕方がない)

男(今ある手札で戦う方法……魅了スキルしかないとしても、それをただ発動するのではなく……)

男(そうだ、既に虜にした姫様に…………だが…………いや時間もない、これで行くしかない……!)



男「姫様、命令です。静かにしてそこを動かないでください」



男(自分のせいで殺された者を想い、隣で泣きわめいていた姫様に対して俺は命令する)

男(姫様は既に虜であるため、その意思を無視してなるべく音を立てないようすすり泣きに移行した)



司祭「今のは……」



男(司祭がその様子を見ていぶかしむ)

男(だが、本番はここからだ)

666 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:49:48.99 ID:Ife0ibRH0





男「そして姫様、もう一つ命令です。俺が死んだら自らの命を絶ってください」





男(俺と姫様の命を無理矢理紐付ける。この命令でこの場を凌いでみせる)





司祭「何馬鹿なことを言ってるんですか? 姫様の命も掛かっていれば私たちが躊躇するとでも?」

司祭「いや、そもそもそんな命令を姫様が守るはずが……」



男「それはどうかな。あんたたちも不思議に思っているだろう?」

男「これまで従順だった姫様が、突然反抗した理由について」

司祭「……っ」



男(いちいち耳に障る司祭の言葉を遮って俺の言ったことは、どうやら図星だったようだ)



男「出血大サービスだ。姫様の現状を教えてやる。俺の魅了スキルについてな」



男(俺はステータス画面をオープンして、魅了スキルの詳細を開く)

男(男性と近衛兵長は警戒して近づかないよううにしながらもその説明を読み切ったようだ)

667 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:50:31.14 ID:Ife0ibRH0

司祭「馬鹿な……女性を虜にして問答無用に従わせる……? そんなスキル存在するはずが……」

近衛兵長「しかしステータスに隠蔽がかけられている様子はない。本物だろう、現状とも一致する」



男(信じられない司祭に対して近衛兵長は冷静に状況を判断する)



司祭「……そうですね。光を受けた姫様がそこの少年のことを好きになり、感情的になったせいで私たちの命令を無視して暴走した」

司祭「そこまでの力がなければ、支配を打ち破れるはずもない……ですか」



近衛兵長「ならば命令する力も本物だろう。実際言葉通り姫様も静かになったしな」



男(二人とも状況を理解したようだ)

男(姫様は傀儡。この二人にとってそこまで大事な存在ではないのだろう)



男(だがそれはそれとして、姫様が表向きは権力者であることは動かせない事実だ)



男(姫様に死なれては影に隠れて私腹を肥やしている今の状況が破綻する。それは避けたいはず)

男(つまり俺は殺せないということで――)

668 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:51:20.98 ID:Ife0ibRH0



近衛兵長「だが、そのようなこと関係ない」



男(近衛兵長は剣の切っ先をこちらに向けたままだった)



男「っ……! 分かってんのか、ハッタリじゃねえぞ!!」

近衛兵長「青臭い少年だ。腹芸で私たちを上回れると思ってるのか?」



男「……何の話だ」

男(必死に表情を維持するが図星だった)



近衛兵長「本気で私たちを脅すならば『近づけば姫様に自殺するように命令する』とするべきだ」

近衛兵長「しかし貴様は殺された場合、姫様も死ぬとした」

近衛兵長「つまり貴様は自分で姫様を傷つける意思すら見せられない弱い存在……ならば命令もどうせブラフだ」



男(完璧に当てられる)

男(そうだ、魅了スキルはおそらく俺が死んだ瞬間解除されると踏んでいる)

男(俺が死んだ後に姫様も一緒に死ぬという命令はそもそも無意味だと分かっていて張った脅しだ)

男(大体俺ごときの命に姫様の命を本気で付き合わせるはずがない)

669 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:51:54.02 ID:Ife0ibRH0



男「じゃあ俺を殺して確かめればいい」

男「殺した後に姫様も死んで後悔するおまえらの姿を見れないのは残念だがな」

男(せめてもの虚勢で、俺は強気の発言をするが)



近衛兵長「ふっ……小癪ながら頭が回るようだが残念だったな」

近衛兵長「どちらにしろ元々姫様には今日死んでもらう予定だった」



男「なっ……!」



男(小馬鹿にした笑いの後に告げられた言葉は想定外だった)



男(くそっ……状況を読み違えたか!? 既に姫様は用済みの段階に……)





近衛兵長「貴様の脅しは無意味だった。それでは……さようなら」





男(致命的なミスをした俺に挽回する手段はない)

男(後悔する間もなく、剣が迫り――)

670 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:52:30.09 ID:Ife0ibRH0



司祭「近衛兵長さん、ストップです」

男(黙って事態を見守っていた司祭がその手を止めさせた)



近衛兵長「どうした。何か間違っているところがあったか?」

司祭「いえ。少年はともかく、姫様をこの場で殺すのはマズいです」



近衛兵長「何を。元々殺す予定だっただろう。少し場所が変わったくらいで何が変わる。神殿に暗殺者が潜入したことにすればいい」



司祭「そしたら神殿を預かるものとして私の警備責任が問われるでしょう」

司祭「そしたら次の段階への移行が上手く行きません」

司祭「大勢が目撃するパレード中での殺害が失敗した以上、計画は変更せざるを得ません」



671 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:53:19.62 ID:Ife0ibRH0

近衛兵長「それはあんたの都合だが…………ならば少年だけでも殺すべきだ」

司祭「駄目です。ブラフだという見解は私も一緒ですが、万が一でも姫様に死なれては困ります」

近衛兵長「やれやれ、慎重すぎるのも困ったものだ。……まあいい、どうせ何も出来るとは思えん」



男(近衛兵長は剣を収める)



司祭「さて、状況は確認できました。厄介ですが、至急に取り掛からないといけない案件ではないみたいですね」

司祭「ならば私はそろそろ行きますよ。パレードの騒動の後始末に予定の変更で仕事はたくさんです」

司祭「後は任せました、近衛兵長さん」



近衛兵長「いや、私も先ほど粛正した二人の後始末がある。そちらの方が優先すべきだろう」

近衛兵長「後は少し確認したいこともあるな」



司祭「ああ、そうでしたか……ではここは保留にしておきますか。二人まとめて閉じ込めておけばいいでしょう」

近衛兵長「緊急度は低い。それでいいだろう」



男(司祭と近衛兵長は勝手なことを言いながら、こちらを一瞥することなく部屋を出ていった)

男(バタン!! と重い扉の閉まる音がやけに響く)

672 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:53:48.97 ID:Ife0ibRH0



男「はあ……。助かったか」



男(足音が遠ざかってから俺は安堵の息を吐き出す)

男(状況の読み違いにブラフがバレていて、俺は完全に薄氷を踏み抜いていたが、どうにか命拾いしたようだ)





男(にしても何やら重要な会話がポンポンと飛んでいたな)

男(それを俺が聞こえる位置でするとは……完全に舐められている)



男(……いや、それも当然か。現状俺は失態を晒した無様なガキでしかない)



男「くそっ……!」

男(沸いた自分への苛立ちそのままに握りこぶしを膝に落とした)

673 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/15(水) 22:55:20.69 ID:Ife0ibRH0
続く。

5章始まってちょうど一か月経ちました。
5章もそろそろ折り返しに……入っているはず。

まあ変わらず投稿していこうと思います。
674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/16(木) 00:24:47.78 ID:SJBiW8bSO
乙!
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/16(木) 01:14:07.92 ID:N20KgNcCO
乙ー
676 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:26:49.15 ID:UB3nT4PD0
乙、ありがとうございます。

投下します。
677 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:27:37.65 ID:UB3nT4PD0

男(司祭と近衛兵長が去った)

男(つかの間の安息を手に入れた安堵と不甲斐ない自分への苛立ちという相反する感情に囚われていた俺は、同室者に注意を向けるのが少し遅れた)



男「すみません、姫様。命令を全て解除します」



男(静かにしてその場を動くな、俺が死んだ場合自ら命を絶て。姫様に課していた二つの命令を解除する)

男(後者は意味のない命令だが受け付けてはいるはずだ。司祭が言っていた事じゃないが、万が一にでも作動したら面倒なので解除しておく)



男(そういうことで自由を得た姫様は)



姫「っ〜〜!」

男「うおっ!?」



男(声にならない呻きを上げながら俺に向かって飛びながら抱きついてきた)

男(バランスを崩した俺は押し倒される。絨毯が敷かれているためダメージは少なく済んだ)



姫「無事で良かったです!! 本当に本当に心配したんですよ!! もしあなたが死んだら……私は……私は……!!」

男「……そうか」



男(最初に見せたヤンデレほど激しくはないが、感情を剥き出しにした姫様)

男(つい数時間前に会ったばかりの相手だが、別に不思議な反応ではない)

男(魅了スキルは今このときも作用して、姫は俺のことに好意を持っているからだ)



男(だからその感情はまやかしだと……姫様の安心した顔を見ては無粋なことを言う気になれず、落ち着くまでその背中をポンポンと叩くのだった)

678 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:28:16.49 ID:UB3nT4PD0



姫「……すいませんでした、ついはしたないことを」

男(しばらくして俺を押し倒していることに気付いた姫様がそそくさと離れた)



男「別に。気にしてない」

男(俺は背中を向けて立ち上がる。姫様のいろんな柔らかい感触を押しつけられてつい赤くなった顔を見られないためだ)





女『へえ……ふーん。男君って、やっぱり姫様みたいな人がいいんだ』





男(何故か脳内で女がこちらをジトーッと見つめてくる幻像が浮かぶ)

男(いや、年頃の男子としてしょうがないというか………………って、何幻像相手に真面目に応対しようとしているんだ)

男(そもそもどうしてこんなビジョンが思い浮かぶ)



男(俺は頭を振って思考を切り替える。火急のところを凌いだだけだ。未だこの危機的状況を脱したわけではない。考えることは山ほどある)

679 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:29:01.86 ID:UB3nT4PD0

男(というわけで話を聞こうとしたところ、先に姫様がおずおずとしながら切り出してきた)



姫「あの、本当に今さら過ぎるんですが……あなたの名前を伺ってもいいでしょうか」

男「あっ……こちらこそ今まで名乗らずにすいません。俺の名前は男と言います」

姫「男さん、ですか。私の名前は姫といいます」

男「存じています、姫様」



姫「姫様……ですか」

男「どうしましたか?」

姫「気になっていたんですが、男さんって私に敬語を使っていますよね」

姫「しかし、こんな身である私が敬われる資格はないと思うんです」



男「だとしたらどうすれば……」

姫「姫と気軽に呼んでいただければ、それに敬語も不要です」

男「それは恐れ多いというか……」

姫「私のせいではありますが同じ境遇なんです。立場など気にしても意味ないでしょう。それに敬語ですと距離を感じてしまうので」

男「分かりました……いや、分かった」



男(正直まだ気後れするのだが、ここまで言われては無視も出来ず姫様……姫相手に俺は砕けた話し方に変える)

680 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:29:29.17 ID:UB3nT4PD0



男「さて、姫。色々と言いたいこと、聞きたいことがある。…………って慣れないな」

姫「ふふっ、私は嬉しいです。あ、何でもおっしゃってくださいね」



男(調度品は無駄に豪華な部屋だ。俺と姫は部屋の備え付けられた机に向かい合って座り話し合いを始める)



男「まずは……すまなかった。勝手に姫の命を人質みたいにして」

男(開幕俺は頭を下げて謝罪した)



姫「そ、そんな! 頭を上げてください! 私だって分かっています、あの場を生き残るためにはああするしかなかったって」



男「いや、そんなはずはない。俺の足りない頭ではあの方法しか思いつかなかっただけだ」

男「他人の命を勝手にベットした時点で下策も下策だ。もっと上手い方法があったはず」



男(しかも結局相手には筒抜けだった。まぬけにも程がある)

681 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:30:02.53 ID:UB3nT4PD0

姫「それは……私だって自分が今日殺される予定だったなんて知りませんでした。男さんが想定できなくても仕方ありません」

男「そうか……やつらが言ってた事について、姫も何も知らないんだな」



姫「はい。ここ最近素の私はもう死んだように仮の存在であるワガママな姫を言われるがままにずっと演じていたので」

姫「……そんな崖っぷちな状況であったことすら気付いてませんでした」



男「いや、それが当然の防衛反応だ。心を持たないよう徹底的にいじめ抜かれていたんだからな」

男「むしろ今ちゃんと言葉を交わせることが奇跡だ」



姫「そうですね……魅了スキルを受けて以来、私の感情が色付くように復活して……本当に男さんには感謝してもしきれません」



男(人形に感情はない。そこに魅了スキルで強制的に好意という感情を思い出させた結果が今というわけか)

682 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:30:36.21 ID:UB3nT4PD0

男「やつらはパレードの大観衆の前で姫を殺すつもりだったと言った」

男「そう考えると思い当たる点がいくつかある」

姫「……? 何ですか、それは?」



男「まずパレードのときの二人だ。姫の話だと外に出るときは必ず二人のどちらかが付いて、命令に無いことをしないか見張っていたって話だったけど……あのパレードのとき近くに二人ともいなかっただろ?」



姫「! そういえば今までにないことでした!」

男「二人はもう姫が逆らうつもりが無いこと見抜いていたのと……」

男「姫を殺す際に起きる戦闘に巻き込まれるのを恐れて離れていたんだろう」



姫「前者はその通りですが……後者は遠くから弓矢や魔法で狙撃するなどの暗殺にすれば避けられませんか?」



男(姫は自分の殺し方という物騒な話題にも積極的に意見してくれる)

683 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:31:06.54 ID:UB3nT4PD0

男「無理だ。暗殺なんて誰もが考えることを近衛兵が警戒しないわけないだろう」

男「姫を使って命令しようにも、自分の警備を減らせとかあまりに不自然だしな」

男「だったらどうするか、物量で押すしかない」



姫「物量で……」

男「やつらは実行部隊を手配して姫を殺させるつもりだったんだろう」

男「そしてそいつらがどこにいたのかは分かっている。ちょうど俺が魅了スキルをかけたポイントだ」



男(男性ばかりが集まっていて女友も不自然だと言っていたが……観衆に扮した襲撃部隊が集まっていたのだと考えると辻褄が合う)

男(実際柄の悪い男たちばっかりだったし)



姫「あの場所ですか」

男「ちょうど御輿が曲がる場所だしな。直線よりも曲がり角の方が多くの部隊を配置できるし、曲がった瞬間背後から襲撃することも出来る」

男「警備に当たっていた近衛兵と激しい戦闘になると読んだ二人は近づかないようにしていた」

684 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:31:39.51 ID:UB3nT4PD0

姫「ですが私が今もこうして生きているのは……」

男「俺が魅了スキルを発動したせいだろうな。おそらく襲撃する直前だったんだと思う」

男「予定にないトラブル、しかも近衛兵も警戒態勢に入っていて無理に動くわけにも行かない」

男「どうするか迷っているその隙に、姫が俺を捕らえてさっさとその場を去った」

男「さっきも言ったようにちょうど二人が近くにいなくて、姫の暴走を止めるものがいなかったのも上手く働いたな」



男(振り返ってみると曲芸的な綱渡りだった)

男(魅了スキルを発動するのが後少しでも遅れていたら姫はもちろん俺も襲撃に巻き込まれていただろうし)

男(気まぐれで二人が近くにいれば姫の暴走を止めて襲撃が予定通り実行されただろう)



姫「私は……男さんに助けられていたんですね」

男「偶然だ、偶然。意図したところは全く無い」

姫「それでも男さんのおかげであることは間違いありません。ありがとうございます」



男(姫が頭を下げる。ずいぶん好意的な解釈だが……まあそもそも魅了スキルで好意を持たれているしな)

685 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:32:12.90 ID:UB3nT4PD0

男「しかし、そうなるとやつらの目的についても考え直さないとな」

男「二人は姫を隠れ蓑にして、民から巻き上げた重税で私腹を肥やすつもりだと俺は思っていた」

男「だとしたら二人が直接姫を殺すように動く必要はない」

男「限界まで搾り切って、音を上げた民が蜂起したところで自分たちだけトンズラすればいい」

男「このタイミングで切り捨てるのは不自然だ」



姫「二人の目的ですか……私も男さんと同じようにお金のためだけに動いていると思っていたんですが……」

男「何か他の目的が……特に司祭の方にあるんだろう」

男「近衛兵長は司祭に従っているだけって感じで、姫を大勢の前で殺したがっていたり、色々注文付けていたのはあっちだったしな」



男(司祭の態度は……総じて自分の評判を気にしているようだった)

男(そのために姫をこの場で殺せず、万が一を考えて俺も殺さなかった)

男(だとしたらやつの目的は……一体何なんだ?)

686 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:32:44.25 ID:UB3nT4PD0

姫「状況確認も大事ですが、ところでこれからどうするつもりですか」

男「どうするというと?」

姫「二人は去ってくれましたが私たちがこの部屋から出れたわけでもありません」

姫「男さんはブラフも疑われて本当いつ殺されるか分かりません」



男「姫だって危ない立場だぞ」

姫「私のことはどうでもいいんです。元より民のことを省みない独裁者として、ろくな死に方は出来ないと覚悟していました」

姫「しかし男さんは……察するにガードの固い私から宝玉を手に入れるために魅了スキルをかけたんでしょう?」

男「その通りだ。まあ思い当たるか」



姫「そんな巻き込まれただけなのに死ぬなんて駄目です」

姫「……いざとなったら私はどうなってもいいから、男さんだけでも助けるように二人に申して」



男「それは止めとけ。どうせ無視されるか、最悪聞き入れたフリして姫の見えないところで俺が殺されるだけだ」



男(現在は危うくも踏みとどまっている状況だ。あまり突ついて欲しくない)

687 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:33:16.54 ID:UB3nT4PD0



姫「でしたらどうすればいいんですか……?」

姫「魅了スキルの影響だって事は分かっています」

姫「それでも……こんなに好きになった人を失ったら……また大事な人を失ったら……私は耐えられません!!」



男(涙目になりながら訴える姫)



男(好意を持った相手というのもあるんだろうが、俺を助けるために自分がどうなってもいいと)

男(その自己犠牲的行動にはシンパシーを感じる)



男(だが、その根幹は正反対といっても良いところだ)

男(他者を尊重するがあまり自身の優先順位が下がっている姫に対し、俺は他者などどうでもよくただ単に自分が嫌なだけ)



男(俺はどこに行っても役立たずな人間だが、姫は執政者の素質として素晴らしいものだ)

男(もし誰の影響も受けずこの独裁都市を治めていたら、大いに発展していただろう)



男(そんな人が俺のために犠牲になるなんてあってはならない)

688 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:33:47.26 ID:UB3nT4PD0

男「助かるときは二人でだ、姫」

姫「ですがその方法が……」

男「大丈夫だ。あともうちょっと待ってれば俺の仲間の二人が助けに来る」



姫「仲間……ですか?」

男「ああ。いきなり姫に連れ去られて何も話は出来てないんだが、それでもずっと帰ってこなかったら不審に思うはず」

男「そしたら二人でこの神殿に乗り込んでくるはずだ」



姫「そ、そんな頼もしい仲間が……ですけど駄目です。神殿は常に近衛兵が警備しています」

姫「侵入者の排除となれば、近衛兵長は何も知らない近衛兵を自由に動かせます」

姫「そして近衛兵長自身もすさまじい強さです」

姫「たった二人では捕らえられるに決まって……」



男「あーそれはたぶん大丈夫だ。近衛兵が束になってかかってきても相手にすらなんねーよ」



男(近衛兵もかなりの練度で、近衛兵長に至っては女友と同格だろうが、それでも竜闘士の女の相手になるとは思えない)

689 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:34:14.99 ID:UB3nT4PD0

姫「………………」

男(姫は目を丸くしている)



男「何だ、そんなに驚いたのか? っていうか、女神様の末裔の……大巫女だったか、なら知ってんだろ守護者って竜闘士の存在も」

姫「守護者様の力を引き継いだ者が男さんの近くに……それなら分かりますが……私が驚いたのはそちらではありません」

男「ん?」



姫「男さんがその人を随分と信頼されているんだなと思いまして……失礼ながら、男さんはあまり人に心を許さないタイプだと思っていましたから」

男「いや失礼じゃねえよ、実際その通りだし。それに俺は女を信頼してるんじゃなくて………………あれ、どう思ってるんだ……?」



男(自分のことなのに分からなくなる)

男(でも俺は確かに女ならきっと助けに来るだろう、と信じて疑っていなかった)



男(これが信頼……? ……いや、違う計算だ)

男(女と女友には魅了スキルがかかっている。好意を持った相手を助けようとするのは当然の思考だ)

男(その考えが俺の思考の裏にあったから助けに来ると思った。そういうことだ。うん、違いない)

690 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:34:52.60 ID:UB3nT4PD0

姫「その仲間の人は女っていうんですか」

男(姫が俯きながら聞いてくる)



男「ああ、竜闘士の力を授かっていてな」

姫「もう一人はどうなんですか?」

男「魔導士の力を持った女友だ」



姫「なるほど…………察するに二人とも女性ですよね?」



男(顔を上げる姫。さっきまでと違って、その目は虚ろで……)



男「…………」



男(あれ、なんか姫からすごい圧力が……)

691 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:35:28.91 ID:UB3nT4PD0

姫「私と二人きりなのに他の女性のことを考えていたんですか、男さん」

男「え、いや、どうやってこの状況から脱するかって話で……」

姫「答えてください」

男「否定はしません」



男(そうだ、大人しくなっていたが、魅了スキルをかけた直後の様子から分かるように姫の気質はヤンデレだ)

男(もしかしたらヤバいスイッチを踏んだかもしれない)





姫「………………。ところで男さん、お腹空きませんか?」



男(ただの話題転換のはずなのに、もう怖い)



男「もうすっかり夜だしな、減ったけど」

姫「司祭と近衛兵長は忙しい様子でした。二人の監視無く外に出してもらえるとは思えませんので、この部屋で夕食はどうにかしないといけません」

男「え、それって大丈夫なのか?」

姫「ミニキッチンがあるので大丈夫です。二人も私に餓死されても困るでしょうので、定期的に食材も補充してくれています」

男「そっか、なら安心……」





姫「ですから今日は私が腕によりをかけて作りますね。男さんの血となり肉となる料理を、私の愛情とほんの少しの…………とにかく待っててください」





男「いやいやいや、安心できるか!!」

男(どう考えても自分の髪の毛や血液を入れられる流れだ。全力で止めにかかる)

692 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:36:00.53 ID:UB3nT4PD0



姫「どうして止めるんですか! 男さんが他の女のことを考えられないようにするだけです!」

男「違うな、薬の方か! ヤバさは全く変わらないけどな! 断固拒否する!!」



男(その後ドタバタがあって、埒があかないと判断した俺は魅了スキルの命令まで繰り出す)

男(するとどうやら姫は愛情込めた絶品の料理で、胃袋を鷲掴みにして自分のことだけを考えさせるつもりだったとのことだ)

男(紛らわしいが……まあそうか、そんな猟奇的なことを考える子じゃないよな、うん)



男(そういうことなのでミニキッチンに立ってもらって……念のためにその様子をずっと監視して……そして出てきた料理に俺は舌鼓を打つ)



男「ほんとうまいな!」

姫「喜んでもらって良かったです。……これで男さんの中に私の…………」

男「え、まさか…………いや、大丈夫だよな。ずっと見張ってたし、ああ」



男(捕らえられているとは思えない和気藹々とした時間を二人で過ごした)



男(緊張感が無いかもしれないが……後は女と女友が助けに来るのを待つだけだ)

男(予想だにしない襲撃を受けて吠え面をかく司祭と近衛兵長の姿が今から楽しみだ)

693 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:37:38.29 ID:UB3nT4PD0











<神殿・近衛兵詰所>



近衛兵長「やはりそうか。どこかで見たガキだとは思ったが、一週間ほど前に竜闘士と魔導士の仲間と共に都市にやってきた……」

近衛兵長「ガキはどうでもいいが、このデタラメな力を持った二人は対策しないとな……」



近衛兵長は確認を終えて考え込むのだった。








694 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/17(金) 20:38:11.80 ID:UB3nT4PD0
続く。
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/17(金) 21:26:49.27 ID:3Ds8zaiFO
乙ー
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/18(土) 00:27:36.88 ID:BydkhvHMO
乙!
697 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:12:05.35 ID:M/ByOmx70
乙、ありがとうございます。

投下します。
698 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:16:26.60 ID:M/ByOmx70

男(翌日の昼。パレードから丸一日が経った)

男(状況は変わらず姫と一緒に囚われの身だ)

男(しかし、時が過ぎれば過ぎるほど女と女友が違和感を持って助けに来る確率は上がっていく)



男(流石に今日はまだ早いが、明日には痺れを切らして、その夜には侵入してくるだろう)

男(何としてもそこまで生き残る。そのためには……)



姫「男さん」

男「ああ」



男(姫の呼びかけに俺は応える)

男(用件は俺も分かる、この部屋に向かってくる足音が聞こえてきたのだ)



姫「足音は一つ……みたいですね」

男「さてどっちが来るか……っと、その前に姫はいいか?」

姫「大丈夫です」

男「じゃあ……命令だ、静かにしてその場を動くな」



男(俺は魅了スキルの命令で姫の行動を制限する)

男(司祭、近衛兵長、どちらが来ても化かし合いになるだろう)

男(そのときにこちらの口裏を瞬時に合わせるのは難しい。そのため俺だけが話をすると決めていた)



男(準備が完了する。そのときちょうど扉も開いて)

699 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:17:04.04 ID:M/ByOmx70



近衛兵長「調子はどうだ?」

男「ああ、最悪だよ」



男(入ってきた近衛兵長の言葉に、俺は強気で返した)





近衛兵長「司祭からの伝言を伝えに来た」

近衛兵長「姫様は今日の全ての予定をキャンセルするとのこと、一日部屋にこもっていてください、とのことだ」

姫「…………」

男(姫は黙ったまま頷く)



男(これは想定していたとおりだった)

男(現在の姫は俺の魅了スキルによって昨日までとは別人のようになっている。この状況で外に出すのは危険だと判断したのだろう)

男(姫だけでも外に出られるなら、どうにか女と連絡を取ってもらおうと思ってたんだが、そう甘くはないか)

700 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:17:56.27 ID:M/ByOmx70

男「用が終わったか? ならさっさと出て行け」

近衛兵長「囚われの身だというのに、さっきから強気だな」

男「どうせおまえたちは俺を殺せないんだろ。なら下手に出るだけ無駄だ」



男(やつらはまだ『俺が死んだら姫も死んでください』という命令が有効だと思っているはずだ)

男(ブラフだと思っていても、万が一を考えて手を出せない)

男(実際は命令の解除までしているのだがそれを教えてやる義理もない)



男(とりあえずこの脅しが効いている間は硬直状態を作れるはずだ)

男(そうして時間を稼げば女と女友が助けに来る。それを待つだけで……)





近衛兵長「それだけか、貴様の余裕の態度の理由は?」

男「……何が言いたい?」

近衛兵長「お見通しだ。仲間がいるんだろう、助けが来ると思っているから落ち着いていられる」





701 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:19:39.96 ID:M/ByOmx70

姫「……っ」



男(姫が息を呑む気配が感じられる)

男(静かにするように命令していて良かった。確かに図星であるが……それを昨日の今日で知ることが出来たとは思えない)

男(これは近衛兵長のカマかけだ。正解はとぼけること)



男「何の話だ、俺に仲間なんていないぞ」

近衛兵長「なるほど、私の言葉をカマかけだと踏んだのか」

男「だからそんな荒唐無稽なこと言ってるんだろ?」



近衛兵長「ふっ……残念だが竜闘士の少女と魔導士の少女が滞在している宿は把握している」



男「………………」



男(その瞬間、表情が崩れなかったのは奇跡だった)

男(竜闘士と魔導士……そこまでピンポイントで当てるとは……まさかこいつは……!!)

702 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:21:32.37 ID:M/ByOmx70

近衛兵長「流石に言葉は出ないか。どうして分かったか不思議だろう?」

近衛兵長「タネを明かすとこのために馬車の定期便を廃止させたというわけだ」

近衛兵長「都市に出入りする人間を減らせば把握することは容易い」

近衛兵長「貴様らが一週間ほど前、この独裁都市に入ったことは問題を起こす前からリストしている」

近衛兵長「それを昨日帰った後どこかで見た顔だと確認した結果だ」



男(上機嫌で語り出す近衛兵長)

男(余所者の把握……考えてみれば予想してしかるべきだ)

男(こいつらは姫を従えて独裁都市内での体制を盤石のものにしている)

男(なら警戒するべきは他からの介入だ。その網に俺たちは引っかかっていた)

男(だとすると二人が助けに来るという想定がパーに…………いや、だが)



近衛兵長「おそらく貴様も同じ事を考えているだろう。だったらどうしてそれをこの場で話したのかと」

近衛兵長「仲間の存在を把握したとしてもわざわざ言う必要はない。近衛兵たちを差し向けて潰せばいい」

近衛兵長「だがそうしないのは……ああ、そうだ。私は馬鹿ではないのでな、竜闘士の力を見くびるような愚は犯さない」



近衛兵長「立場上情勢には詳しくてな、武闘大会の顛末も把握している」

近衛兵長「あの事件以来、表舞台から姿を消していた伝説の傭兵に食い下がった少女。その実力は本物だ」

近衛兵長「故に近衛兵に加え私まで出陣して、卑怯と罵られようが寝込みを襲い不意を打っても……敵わないことは分かっている」



男(近衛兵長はかなりオーバーな表現をしているが……それほど女の強さはデタラメだ)

男(くそっ、下手に手を出してくれれば俺の状況に異変があると感じて、女と女友が助けに来るのも早くなったはずなのに)


703 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:23:50.88 ID:M/ByOmx70

近衛兵長「ならばどうするか。正面からでは敵わない。だが二人の少女には弱点がある。それが貴様だ」

近衛兵長「最初から使い手の二人が目立ったところのない少年に付き従う歪なパーティーだと思っていたが……」

近衛兵長「その魅了スキルの説明を見て腑に落ちた。二人には魅了スキルがかかって虜になっているのだろう」

近衛兵長「ならば簡単なことだ。貴様に命令させればあの二人は従うしかない」



男(ちっ、魅了スキルについて明かしたことが裏目に出たか?)

男(……いや明かさなければ昨夜の時点で、姫を人質にする策の信憑性を証明できずに殺されていた。しょうがないことだ)





男「長々と話していたな。退屈すぎて欠伸が出そうだったぜ」

男「それで……何だ? 竜闘士と魔導士に命令させるために俺を外に出すってことか?」



近衛兵長「いや、外には出さない。このような命令をするスキルは、本人が直接言わなくても効くと相場が決まっている」

近衛兵長「貴様には二人にこの都市から退く命令を手紙に書いてもらう」



男「はっ、そんな俺にデメリットしかない企みに従うわけ無いだろ」

近衛兵長「いいや、従わせる。貴様は殺せない、だが殺しさえしなければ何をしてもいいということだ」



男(近衛兵長が取り出したのは剣ではなく鞭。それで痛めつけて俺を従わせる。姫にやったのと同様の手口だ)

男(だが、状況が違う。早ければ一日もしない内に助けが来ることが期待できる。ならばそれくらいの間は耐えられる)

男(今の頼みの綱は二人だけだ。それを失うわけには……)

704 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:24:24.49 ID:M/ByOmx70



男「っ……!」

男(瞬間、ある考えが脳裏に浮かびハッとなって近衛兵長を正面から見る)



近衛兵長「……どうした? こちらを見て」

近衛兵長「言っておくが貴様の魅了スキルを使って私を支配しようなんて考えは持たないことだな」

近衛兵長「効果範囲とやらの5m内にはいるが、発動しようと宣言した口を封じることも、光が見えてから避けることも私なら可能だ」

近衛兵長「それに……どうせまともに食らっても、私が貴様の虜になるとは思えん」



男(近衛兵長の言い分はおそらくハッタリではないだろう)

男(しかし、このタイミングで口にするのは少し疑問だ)

男(今は失敗すれば竜闘士たちが自分を襲ってくる大事な交渉のはずなのに)



男「………………」



男(だとしたら……本気で交渉するつもりが無いとか?)

男(俺が頷こうが突っぱねようがどっちでもいいとしたらその態度も分かる…………つまりやつの考えは……)

705 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:25:10.70 ID:M/ByOmx70

男「分かった」

近衛兵長「……? 何がだ」

男「おまえが言い出したことだろ。こっちが出す二つの条件を呑めば、二人が助けに来ないように命令する手紙を書いてやる」

近衛兵長「……ずいぶんな気の変わりようだな。条件とは何だ?」



男(急に従った俺を警戒しながらも近衛兵長が聞いてくる)



男「一つ目は文面は俺の自由に書かせてもらうってことだ」

男「まあこれは当然だ。誰かに強制的に書かされた言葉では、俺の命令ではないと二人が認識して命令が効かない可能性がある」

男「それはおまえらだって避けたいだろ」



近衛兵長「なるほど、もう一つは?」



男「二つ目は手紙にこの宝石を同封することだ。命令だけの味気ない手紙じゃかわいそうだしな」

近衛兵長「……ふん。まあいい、その条件は呑んでやる」

近衛兵長「だからさっさと書け。当然だが内容は私も確認する、妙な真似はしないことだな」

男「分かってる」



男(こちらを訝しみながらも近衛兵長は了承した)

男(そして俺は部屋の書斎机から便箋と封筒を取り出して)

706 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:25:41.16 ID:M/ByOmx70

 女友、女。

 突然だが、ここでお別れだ。

 俺はこの都市で姫様と共に生きることにした。

 同封した物は手切れ金代わりに受け取ってくれ。



 そういうわけで命令だ。

 二人ともこの都市を出て行け。

 そして二度とこの都市に入ることを禁じる。

 女友は女と行動を共にしろ。



 じゃあな、さよなら。

707 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:26:25.43 ID:M/ByOmx70



男「こんなもんでいいか」



男(手紙を書き、宝玉も一緒に近衛兵長に手渡す)

男(近衛兵長は内容を一瞥した後)



近衛兵長「いいだろう、用事は以上だ。失礼する」



男(それらを懐に収めて部屋を去った)

708 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/19(日) 20:26:53.40 ID:M/ByOmx70
続く。
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/19(日) 23:33:16.86 ID:MQzWKce8o
乙ー
710 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/20(月) 01:44:56.98 ID:dT/l/GFJ0
乙!
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/20(月) 04:36:44.65 ID:0B1t47A3O

よく見たらスキルの穴をつけそうな文章だな…
712 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/21(火) 23:51:36.91 ID:4q8FEnHt0
乙、ありがとうございます。

>>711 そういうことですねー。

投下します。
713 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/21(火) 23:52:45.66 ID:4q8FEnHt0

男(近衛兵長の足音が遠ざかったのを確認してから俺は口を開く)



男「命令を解除する。自由にしていいぞ、姫」

姫「どういうことですか、男さん!!」



男(しゃべれるようになった姫姫様が開口一番、俺を問いただす)



男「……まあ、そういう反応になるよな」

姫「それは当然ですよ! 男さんの仲間が助けに来るって話だったじゃないですか!」

姫「なのにどうして提案を呑んでそれを追い払うような手紙を書いて……」

男「俺だって分かってる。だけどあいつらに女たちの存在を気付かれた時点で詰んでたんだ」



男(先にその可能性に思い当たってたらどうにか出来たか?)

男(……いや、無理だろう。この籠の中では取れる選択肢が少なすぎる上、司祭と近衛兵長の二人は都市の住人を二年ほど騙し続けてきただけあって駆け引きじゃ勝負にならない)

714 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/21(火) 23:53:31.84 ID:4q8FEnHt0

姫「詰んでたって……」



男「命令を書いた手紙は実験したことがあるから実際効果はある」

男「さっき渡した手紙を読めば二人とも助けに来れないだろう」



男「だからって手紙を書くのを拒んでも結果は同じだ」

男「俺は手紙を書くまで痛めつけられて――途中やりすぎてしまったって言い訳で殺されるだけだ」

姫「え……?」



男「まず前提なんだが、俺を殺したくないのは万が一を恐れる司祭の方だ」

男「近衛兵長の方は正直こんな不確定要素の塊である俺を殺したいと思っているだろう」

男「だが近衛兵長は司祭に従っているようだから、正面から逆らうわけには行かない」



男「だから手紙を書くよう拷問している最中に誤って殺してしまったという言い訳が必要なんだ」

男「まあ、司祭からもバレバレだろうが、無いよりはマシだ」

男「そして俺が死んでしまえば魅了スキルは解除されて、二人がここに助けに来る理由である俺への好意が無くなり、結果的に二人が襲撃に来ることを防げるってことだ」



男(近衛兵長の心情としては俺がどっちを選んでも良かったのだろう)

男(素直に従って手紙を書くなら良し、断れば少々面倒だが殺すだけ、と)

男(俺の命の価値なんてその程度に思われてるわけだ)

715 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/21(火) 23:54:12.33 ID:4q8FEnHt0



姫「男さんの命のためならばしょうがない決断でしたが……でも、二人が助けに来れなくなったら助かる方法が……な、何か他に方法を思いついてたりしませんか!?」

男「無いな。もう作戦切れだ」



男(俺にあるのは魅了スキルだけ)

男(しかしそれは敵にバレているため、新たに虜にする人物を近づけさせるようなヘマはしないだろう)

男(既に虜にした人物も女と女友は助けに来れないし、姫も同じ囚われの身でどんな命令をしようとこの状況を脱することは叶わない)



男「ははっ……」

男(どうしようも無さすぎて笑いがこみ上げてくるくらいだ)



姫「男さん……」



男(そんな俺を見て姫もどうしようもないことが分かったのだろう。徐々に顔が俯いていって…………)

716 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/21(火) 23:55:08.30 ID:4q8FEnHt0



男(パンッ、と姫が両手で自分の頬を張った)



姫「諦めるのはまだ早いです!」

男(ガバッと顔を上げて姫は言い切る)



男「そうは言ってもだな……」

姫「時間はまだまだあります。司祭は私を大観衆の前で殺さないといけないといいました」

姫「しかし、女神様の生誕祭でのパレードを終えたばかりで、しばらく大きなイベントはありません」

姫「ならばそれまで私は殺せず、万が一を恐れて男さんも殺せません」



男「だが、そのブラフもほとんどバレてるぞ」

姫「だったら本当にすればいいんです。男さんが死んだら私も死にます」



男「っ、馬鹿言うな! そんな命を粗末にするようなまね……!」

姫「言っておきますけど止めても無駄ですからね。これは私の決意です」

姫「魅了スキルで止めることも出来ませんよ、だって男さんが死んだ後の私の行動は操れないんですよね」



男「……」

男(姫の目には強い意志が宿っている)

717 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/21(火) 23:56:59.32 ID:4q8FEnHt0



姫「これで二人の安全は担保されました。後はこの状況を脱する方法を見つけるだけです」

姫「男さんは巻き込まれただけなのに、今まで頼りっぱなしですいませんでした」

姫「これからは私も一緒に頑張ります。絶対に二人揃って助かりましょう!」



男「………………」

男(そうか……俺が不甲斐ないところを見せたから姫がこうして気丈に振る舞っているんだな)

男(ああ、そうだ。こんなところで立ち止まってられない。俺にはまだまだやりたいことがたくさんある)



男「すまんな、ちょっと弱ったところを見せた」

姫「それを言うなら私だって慰めてもらったことがありますから」



男(姫と視線を合わせる。何かおかしくて、二人とも自然に笑みを浮かべていた)

718 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/21(火) 23:57:53.02 ID:4q8FEnHt0

男「考える前に一つだけ耳に入れておく」

男「作戦と呼べるほど上等なものじゃないから黙ってたんだが、一つだけ悪足掻きをしていてな」

姫「悪足掻きというと……」



男「近衛兵長は俺の魅了スキルのことも二人のこともお見通しで完全に手の平の上だと思ってるんだろうが……そんなはずはない」

男「俺たちの全てが分かるはずがないんだ」

男「だから……一つ手紙に仕掛けを施したこともスルーした」



姫「あの手紙にそんなものが……」

男「といっても望みはかなり薄い。だから期待せずに俺たちだけでどうにか脱する方法を考えるぞ」

姫「はいっ!」



男(状況はあまりに悪い)

男(それでも未来への光が灯り始めて――――)

719 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/21(火) 23:58:23.81 ID:4q8FEnHt0





 しかし、行く手を阻む闇も蠢き始めていた。





 同日夜。

 司祭と近衛兵長は公には出来ない相手に会いに行くため人目を忍んで移動していた。



近衛兵長「手紙と宝石については精査したが、特に異常は見られなかったから、明日部下に届けるように頼んでおいた」

司祭「そうですか、あの少年に竜闘士と魔導士なんて規格外の仲間がいたとは。対処ありがとうございます、近衛兵長」

近衛兵長「礼を言われることじゃない」



720 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/21(火) 23:59:29.04 ID:4q8FEnHt0

司祭「しかし王国の間者対策に張った網がこのような形で役に立つとは思いませんでしたね」

近衛兵長「肝心の間者は引っかかってないけどな」

司祭「それですが……どうやら既にこの都市に潜入しているみたいです」



近衛兵長「どういうことだ? 怪しい人物は見つかっていないが」

司祭「ええ、しかしこちらが王国に侵入させた間者からの報告によると、動きが漏れているようなので」

近衛兵長「王国相手に……初耳だな、よく上手く行ったな」

司祭「先の大戦の覇者であり、大陸最大の軍事力を持つ王国といえど隙はあるものです」

近衛兵長「あまり侮っていると足下をすくわれるぞ」



司祭「そんなことないですよ。むしろ私は王国のことを尊敬しているくらいです」

司祭「先の大戦を――自ら引き起こしておいて、収めることで覇者としてのポジションを得たんですから」



近衛兵長「……」

721 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/22(水) 00:00:12.97 ID:shVsYi9q0

司祭「戦場を荒らす伝説の傭兵というイレギュラーの存在をも取り込み」

司祭「大戦後は邪魔になると判断したのか表舞台から消し去った手腕も見事としか言えません」

司祭「それに比べれば私のやっているマッチポンプなんて小さなものですよ」



近衛兵長「そう卑下するな。姫を支配下に置き民にバレないよう上手くやっている」



司祭「いえ、それは権力者として最低条件ですよ」

司祭「権力者は誰だって後ろ暗いことをしているんです。それがたまにバレてしまうだけ」

司祭「なのに民はたまに後ろ暗いことをする権力者がいるのだと思っている」

司祭「私に言わせれば清廉潔白な権力者なんているはずがありません。いるとしたらよく騙していると感心するくらいです」



近衛兵長「独特な考えだな。……まあ頷けるところはあるが」

722 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/22(水) 00:00:53.69 ID:shVsYi9q0

司祭「それで何の話でしたか……ええ、そうです。王国の間者に潜入されている可能性があるため警戒してくださいという事です」

近衛兵長「了解した」



司祭「まあ絶対に邪魔はさせませんけどね。私はこんなところで終わりません」

司祭「今は裏ですが、ゆくゆくはこの独裁都市の表の支配者となり、そしてその勢力を拡大させ……」

司祭「最終目標は王国をも打倒して頂点を掴むことです」



近衛兵長「大層な夢を語るのはいいが、足下に躓かないよう気をつけろよ」

司祭「分かっています。……あの少年のせいで計画に遅れが出ています、軌道修正をするために向かっているのですから」



近衛兵長「そんなにあのガキが憎いならやはり消しておいた方がいいんじゃないか?」

司祭「近衛兵長さんの考えは分かっています。どうせ今日も殺すつもりで向かったんでしょう」

司祭「予想に反して少年が従順に頷いたため殺さなかっただけで」

近衛兵長「お見通しか」

723 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/22(水) 00:01:32.83 ID:shVsYi9q0

司祭「それに対して叱責するつもりはありません」

司祭「しかし、あの少年に利用価値を見出しました」

司祭「そのため今後は殺害を禁じます、どのような言い訳も効くとは思わないでください」



近衛兵長「了解だ。にしても利用価値というと……あの魅了スキルとやらか?」

近衛兵長「だが、あのガキは従ったフリして何か裏で企むようなやつだ。飼い慣らせるとは思えないぞ」



司祭「そもそも女を従わせるなんて権力を使えばいいだけで間に合っていますから」

司祭「利用価値は別なところにあります。というのも巷間に噂されていることから思いついたことなんですが…………」



近衛兵長「噂……?」

司祭「それについてはまとめて説明します」



 司祭と近衛兵長は足を止める。歩きながら話していたため、ちょうど待ち合わせ場所に着いたようだ。

 独裁都市中心街の一角にある廃墟に二人は入っていく。

 中には既に待ち合わせ相手がいるようだった。

724 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/22(水) 00:02:17.35 ID:shVsYi9q0



ギャル「遅い、遅いわよ!!」

 不満を隠そうともしない少女。



少年「ちょ、ちょっとそれは言い過ぎじゃ……」

 後ろに控える三人の内、一人の少年が諫めようとするが。




ギャル「何言ってんのよ、こいつらは時間を無駄にさせたのよ。この――」

司祭「遅れて申し訳ありません。全てこちらの不手際です」

ギャル「……ふん、分かってるじゃない」



 司祭が謝ることで、少女の癇癪も収まる。



司祭「確認しますが組織に所属しているという事でよろしいですね」

ギャル「何、疑ってんの?」

司祭「後ろの三人はパレードの件で見ましたが、あなたは初めて見るため申し訳ありません」

司祭「話だと新進気鋭の幹部……イケメンさんが来るとの連絡でしたので」

725 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/22(水) 00:03:32.78 ID:shVsYi9q0



ギャル「イケメンは別件のせいで来れなくなったわ。だから代わりにイケメンの彼女であるギャルが来たの」



 司祭と近衛兵長の待ち合わせ相手である四人の少年少女は全員が男たちのクラスメイトだった。

 駐留派と呼ばれるこの異世界に居残り好き勝手することを画策する者たちだ。

 この異世界において活動するための地盤を『組織』という犯罪者集団に提供してもらっている代わりに、籍を置いて活動を手伝っている。

 こうして司祭と近衛兵長と密会しているのもその一環だ。



ギャル「パレードじゃこの三人が襲撃部隊を指揮してたせいで不甲斐ない結果に終わったわね」

ギャル「でもギャルが来たからには安心なさい。必ず成功させるわ」



司祭「それは頼もしい言葉です。では新たな姫殺害計画について説明をします」



 時刻は日付が変わったばかり。独裁都市の夜はまだまだ続く。

726 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/22(水) 00:06:51.57 ID:shVsYi9q0
続く。
727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/22(水) 00:29:51.04 ID:IHKtyNgjO
乙!
728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/22(水) 08:22:40.84 ID:RjySe8hmO
乙ー
729 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:01:04.82 ID:Ri0FIN3L0
乙、ありがとうございます。

投下します。
730 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:01:37.72 ID:Ri0FIN3L0

女(男君の手紙をもらってから一日経って、私は独裁都市近郊の町にいた)



女友「昨日はすいませんね、女」

女「ううん、いいよ」



女(手紙にあった『この都市を出て行け』という男君からの命令に、魅了スキルで虜になっている女友は逆らえない)

女(脇目も振らずに出ていこうとする女友を放っておけず、私も一緒に付いていった)

女(考えての判断ではない。男君の手紙の内容は衝撃的で私の思考も散り散りになっていたから)



女(独裁都市は中心街こそ普通の町くらいの広さだけど、周辺の農耕地帯まで含めるとかなり広い)

女(男君の命令の都市から出ていけとはその地帯まで含めてということみたいで、夜を徹して歩き朝になった頃ようやく都市の外に出た)



女(そうして女友は正気に戻ったけど、歩き詰めたことで竜闘士と魔導士の力で強化された体力でも流石に疲れており、近くの町の宿屋でぐっすり寝て昼過ぎの現在ようやく起きたというところである)

731 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:02:11.05 ID:Ri0FIN3L0

女(朝食とも昼食とも言える食事を取りながら女友と話す)



女「これからどうすればいいんだろう」



女(男君からの手紙により宝玉は手に入った)

女(使命のことだけを考えるなら独裁都市での用は済んだため、次の町に向かうべきではある)

女(でも……)



女友「驚きましたね。女のことですから一も二もなく男さんに会いに行くと言い出すって思ってました」



女「私だって会いたいよ……けど姫様と生きることを選択した男君とまた会ってどうすればいいの?」

女「いつか、いつか告白すると踏ん切りが付かず先延ばしにしてきた私は男君と何の関係も築けていない」

女「男君が誰とつきあっても、私がとやかく言う資格がない。私の恋はここで終わったんだよ」



女(本当にあっけない幕切れとなった)

女(でも人生何もかもが劇的であると決まっているわけじゃない)

女(臆病者の私にある意味ふさわしい終わり方で諦めも………………)

732 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:02:50.91 ID:Ri0FIN3L0



女友「そういう割には握り拳に力が籠もってますよ」



女「……当たり前でしょ! 男君が恋愛アンチだからって慎重に迫ってたのに、どうしてぽっと出の姫様を選んだのよ!」

女「私と何が違うの、胸か、胸なの!? だとしても私の方が絶対男君のこと好きだもん!」

女「大体姫様には権力があるかもしれないけど、あんなヤンデレの本性を持ってて絶対面倒くさいわよ!」



女(ここで納得して諦めるのが大人的対応であり、論理的には正しいのだろう)

女(でも、そんなこと知ったこっちゃ無い)



女(恋愛なんて興味ないと言いながら、あっさり姫様を選んだ男君がムカつく)

女(手紙一枚でこれまでのことを済ませようとしていることがムカつく)



女(このまま終われるはずがない)

女(話しかける勇気もなく、遠くからその姿を見ることしか出来なかった頃から、ずっと思い続けていた)

女(あっさりと諦められるような想いならどれだけ楽だったか)

女(恨むならこんな私に好かれたことを恨め)





女友「女もまた別のベクトルで面倒くさいと思いますが……」

女「何か言った!?」

女友「いえ、何も」



女(女友は君子危うきに近寄らずと言った様子だ。……何、私が危ういって言いたいわけ!?)

733 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:03:26.60 ID:Ri0FIN3L0

女友「ともかく元気なら良かったです。あの手紙のことについて話が出来そうですね」

女「……? どういう意味?」

女友「あの手紙についてですが、男さんの真意について私は二通りの可能性を考えています」



女(女友が二本の指を立てて見せる)



女「二通り……?」

女友「ええ。というのも文面通りに受け取るには不必要な命令が一つあるんです」



女「え、そんなの合ったっけ?」

女(慌てて私は手紙を見直す)

734 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:03:55.74 ID:Ri0FIN3L0

 女友、女。

 突然だが、ここでお別れだ。

 俺はこの都市で姫様と共に生きることにした。

 同封した物は手切れ金代わりに受け取ってくれ。



 そういうわけで命令だ。

 二人ともこの都市を出て行け。

 そして二度とこの都市に入ることを禁じる。

 女友は女と行動を共にしろ。



 じゃあな、さよなら。

735 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:04:42.80 ID:Ri0FIN3L0

女「うっ……」

女(読むだけで気分がズンと沈むけど、よく見返したところで気付いた)



女「不必要な命令って『女友は女と行動を共にしろ』の部分だよね」

女「本当に私たちと会いたくないだけなら、都市を出て行け、入ることを禁じる、だけでいいし」



女友「その通りです。この命令のせいで私は独裁都市に入れるようになってしまうんですから」

女「……? どういうこと?」



女友「私は『独裁都市に入ることを禁じる』という一方で『女友は女と行動を共にしろ』という命令もかかっています」

女友「この状況で女が独裁都市に入った場合どうなりますか?」

女「あっ……独裁都市に入れないのに、私と一緒に行動しないといけないから矛盾するね」

女「え、じゃあどうなるの? エラーを起こした女友が爆発するの?」



女友「爆発しません。というか今朝の内に女を誘導して独裁都市の境界付近で出たり入ったりして確認してたんですが、気付いてなかったみたいですね」

女友「まあ全く思考回路が働いてない状態だとは思ってましたが」



女「え、そんなことしてたの」

女(自分でも予想以上に腑抜けていたみたいだ)

736 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:05:23.85 ID:Ri0FIN3L0



女友「その結果ですがどうやら私は女についていくという範囲内なら独裁都市の中に入ることが可能みたいです」

女友「魅了スキルの命令には当人の認識が重要だとは言ってきましたが」

女友「どうやら相反する命令があってどちらを優先するか言われてない場合、虜の側に決定権があるようですね」



女「『独裁都市に入ることを禁じる』って命令よりも『女友は女と行動を共にしろ』という命令を優先するってことね」

女「でもそうなると、男君は独裁都市から追い出す命令を出しておきながら、独裁都市に入れる余地を残したってこと?」

女「意味分かんない」



女友「ええ。そこに男さんの真意が隠されているんじゃないでしょうか?」



女(女友は何やら勘づいている様子だけど、私にはさっぱりだ)

737 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:06:03.97 ID:Ri0FIN3L0



女友「ちょっと違う方向から話を進めますね」

女友「女は男さんの手紙を受け取る前に話していた、神殿を金で覆うプロジェクトが進んでいないという話を覚えていますか?」



女「あ、覚えているよ。姫様が言い出した大事なことなのに、どうしてないがしろにしてるんだろうって思ったけど」

女友「そのことから実は姫様は傀儡ではないかと、と私は推測したんです」

女「傀儡って……裏から誰かが操っているってこと? それは飛躍しすぎじゃない?」

女(いきなり過ぎる)



女友「そうですね……根本的に考えが違うんですかね」

女友「これは私の観念なんですが、本当に偉い人ってのは表に出ないものなんですよ」

女友「矢面に立つ目立つところに別の人を置いて、裏から指示するんです。日本で言うと政治家と官僚の関係ですね」



女「えーと……一市民でしかない私にはそれが正しいかは分からないけど」



女友「まあそういう観念があるので、傀儡だと仮定したのだと思ってください」

女友「その場合男さんの環境が根本から覆ります」

女友「権力者である姫様を虜にしてどんな命令でも出来るつもりだったのが、発言力が無いただの看板を手に入れたってことになりますから」

738 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:06:46.10 ID:Ri0FIN3L0

女「命令が出来なくて……だから帰ってくるのが遅れたってこと?」



女友「それだけじゃありません。私たちは独裁都市でかなり情報収集をしましたが、このような話は噂レベルでもありませんでした」

女友「徹底した情報統制をしていたとすると……極端な話ですが知った者を消すなんてことまでしていた可能性があります」

女友「その場合は真実を知った男さんの身も危ないことになります」



女「そ、それは……っ!」



女友「大丈夫です、私に魅了スキルの命令が効いたことからして男さんは現在も生きています」

女友「まあみすみす殺されるような人間ではないですしね」

女友「どうにか生き残った男さんですが、その裏にいる人間が自由にするはずがありません」

女友「魅了スキルしか持たない男さんには何も出来ず……だとしたら誰を頼ると思いますか?」



女「私たち……だったら嬉しいけど」

女(男君から頼られるのは滅多に無いことだ)

739 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:07:18.57 ID:Ri0FIN3L0



女友「多分そうだと思いますよ。つまり、その裏にいる者にとっては竜闘士と魔導士が襲ってくるということになりますね」

女友「都合の悪いことに私たちのことがバレていたとしたら、どうにか対策しようと考えるでしょう」

女友「そして姫様に魅了スキルを使ったことからその効果が知られていたとしたら、私たちも虜になっているのだという推測はすぐに立ちます」

女友「ならば取れる方法が一つあります」



女「えー、あー……ふむ……」

女(仮定に継ぐ仮定の話でちょっと混乱してくる)





女友「長くなりましたが、本質はこうです」

女友「男さんはあの手紙を、私たちのことを疎ましく思う存在によって強制的に書かされたのかもしれないと」

女友「すると『女友は女と行動を共にしろ』という一見不要な命令が意味を持つことになります」



女「あ、そういう話だったね。でもどんな意味なの?」

女友「SOSです。この場合、監視されているため手紙に表立って助けて欲しいとは書けません」

女友「なので追い払うような命令の中に一つこれを忍び込ませた」

女友「その結果私は独裁都市に入れるようになった、男さんを助けに行くことが可能になったというわけです」



女「……言いたいことは分かったよ」

女(その通りだとすると男君の現状はかなりのピンチみたいだ)

740 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:07:51.91 ID:Ri0FIN3L0

女「それで最初に言ってたけど、男君の真意についてもう一つの可能性って何?」



女友「今まで私がしたり顔で語った話が全て間違いで」

女友「『女友は女と行動を共にしろ』という命令は何となく書いてしまっただけで」

女友「本当に男さんが姫様にホレて私たちのことを疎ましく思ったという可能性です」

女友「つまりは文面通りの意味って事ですね」



女「仮定を重ねて穿ち過ぎた見方だったし、そっちの方が正しそうに思えるけど…………」



女友「どちらを正しいと思うかは女の自由です。私に決定権はありません」

女友「女と行動を共にするように命令されていますので、独裁都市から離れるというのなら私もそれに付いていくしかありませんし」



女(私がどうしたいかに掛かっているというわけか)

女(だったら決まっている)

741 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:08:21.47 ID:Ri0FIN3L0



女「もう一度独裁都市に向かうよ」

女友「……だと思いました」



女(はぁ、と女友は嘆息すら吐いている)



女「ごめんね。ごちゃごちゃ長い話させちゃったけど……男君とこのまま会わずに終わるなんてあり得ないから」

女「最初から選択肢なんて無かったんだよ」



女友「いえいえ。私の中の考えを整理する意味もありましたから気になさらず。ですが話については理解はしましたよね」



女「うん。男君が危機的状況にいるっていうなら、その障害全てをぶっ飛ばして助けるだけだし……」

女「……もし本当に姫様を選んだんなら想いを伝えてこっぴどくフラれることにするよ」

女「そのときはヤケ酒に付き合ってね、女友」



女友「それくらいならお任せください」

742 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:09:00.31 ID:Ri0FIN3L0

女(私と女友は会計を済ませて外に出る)

女(そして今朝歩いてきた道を振り返り、独裁都市を、目的地を見る)



女「女友、何か言っておくことはある?」

女友「どちらの可能性に置いても、追い出したはずの私たちが独裁都市にいるのを見られるのはマズいです」

女友「人目を避けて慎重に侵入します」

女「分かった」



女友「あと私は女の恋を応援していますよ。男さんにふさわしいのは女だと信じています」

女「……ありがと。もう他には無い?」



女友「ええ、ですから――」

女「うん、行くよ!」



女(私と女友はもう一度独裁都市の地を踏む)

女(この先に何が待つかは分からないけど……ここで終わるのだけは絶対に嫌だった)

743 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/23(木) 20:10:27.57 ID:Ri0FIN3L0
続く。

囚われのヒロインを助けるため、主人公が決意を固める! ………………あれ?
744 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/23(木) 21:57:39.47 ID:rfg2Sc3G0

男視点だと女も魅了スキルにかかっているはずだけど
そのかかり具合が半端だから助けに来れるだろうという考えなのかな?
745 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/23(木) 23:57:15.34 ID:CZudVk0UO
乙ー
746 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/24(金) 00:31:55.67 ID:Dr07y6lgO
乙!
747 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:28:42.72 ID:9IqnA4Mo0
乙、ありがとうございます。

>>744 基本はその通りです。具体的に男がどういう心情なのかなどは、もう少し後で描写する予定です。

投下します。
748 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:32:24.27 ID:9IqnA4Mo0

男「俺の魅了スキルを使えばどんな女性だって支配できる」

男「おまえらが独裁都市の統治をする上で役立てると思うが」



近衛兵長「残念だがスキルなど無くても権力さえあれば人の行動など支配できる」



男「だが倫理的に駄目だったり、どうしても従えないってことはあるだろ!」

男「そんなときでも俺の魅了スキルなら……!」



近衛兵長「くどい、私の考えは変わらん。用事が終わったので失礼する」



男(俺の訴えに耳を貸すことなく、近衛兵長近衛兵長が部屋から出て行った)

749 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:32:54.30 ID:9IqnA4Mo0

男「ちっ……」

男(あまりにも取っかかりが無いことに俺は舌打ちする)



姫「駄目……でしたね」

男「ああ。協力するフリして外に出られれば、選択肢も広がると思ったんだが……」



男(今し方の会話は姫姫様と俺の二人で考えて思いついたものだった)

男(形振り構わずとにかくこの状況を脱するために出来ることをする)



男(しかし空振り続きだ)

男(もう閉じ込められてから三日、手紙を書いた後姫とともに立ち向かうことを決意してからは二日経つというのに、司祭も近衛兵長もどちらも警戒が強く何の進展も得られていない)

750 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:35:28.29 ID:9IqnA4Mo0

姫「それにしても今日の用事は何か特殊でしたね」

男「俺の身体の採寸なんかしてどうするつもりなんだ?」



男(司祭と近衛兵長は一日に一回ほどのペースでこの部屋を訪れていた)

男(基本は用件を伝えたり、様子を見に来たり、ミニキッチンの食材を補充するくらいなのだが、今日は少し違っていた)



男(近衛兵長が部屋に入るなり巻き尺を取り出して俺にあてがい始めたのだ)

男(姫ならともかくどうして俺がと思ったが聞いても答えなかった)



男(採寸中は近衛兵長が至近距離にいたわけだったが、それでも警戒は解いておらず魅了スキルを発動しても素直にかかるとは思えなかったため、大人しくされるがままにした)

751 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:36:13.93 ID:9IqnA4Mo0

男(近衛兵長の用事については考えても分からなさそうだ。そのため脱出計画の方に話が移る)



姫「今日の策も空振りでしたね。次はどうしましょうか」

男「うーん……とりあえずしばらくやつらに揺さぶりをかけるのは止めるか」

男「姫が外に出た場合の方法を考えるぞ」



姫「私がですか……? 出られるんですか?」

男「ああ。姫は表向き権力者だ。三日くらいならまだしも長い間姿を見せなければ民に不審がられる」

男「やつらもどこかで出さざるを得ないってわけだ」



姫「なるほど、そういうことですか」

男「だからそのときにどうにか外と連絡を取って欲しいんだが…………まあ当然厳重に監視をするだろう」

男「それを出し抜く方法を考えてみるぞ」

姫「分かりました!」



男(その後二人であーでもない、こうでもないと議論を重ねる)

男(幸いにも時間だけはたっぷりあった)

男(いや、この籠の中には時間しかないとも言えたが)

752 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:36:50.87 ID:9IqnA4Mo0

男「やっぱり難しいな……」

男(背もたれに体重を預けて大きく伸びをする。どうにも打破する方法は思いつかなかった)



姫「ふふっ……」

男(議論が行き詰まっているのに姫が微笑を浮かべる)



男「ん、どうした? 何かいい方法を思いついたのか?」

姫「あ、いえ……その昔のことを思い出して」

男「昔?」

姫「母のことです。大巫女を継ぐ者として女神教にまつわることをこんな風に教わったなあ、と」



男(姫から聞いたことがある)

男(大巫女……女神様の末裔でも女性にしかなることが出来なくて、女神教において一番高い地位にあるんだったか)

男(女神教が廃れた今でもこの独裁都市では大巫女が権力のトップを務めている)

753 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:37:30.26 ID:9IqnA4Mo0

男(そういえば姫から話を聞こうと思ってたのに、ここまで状況が緊迫していたせいで機会が無かったのだが、今ちょうど良いタイミングじゃないか)



男「なあ、姫。気分転換にって訳じゃないけど、俺たち女神の遣いの使命に関わることについて知ってることを教えてもらえないか」



姫「あ、いいですよ。宝玉を託す役目は果たしましたが、まだまだ出来ることはあると思うので」

姫「ですがその前に男さんがこの世界に来てから体験したことを教えてもらえますか」

姫「どこまで知っているか分かった方が話もしやすいです」



男「それもそうか。じゃあちょっと長くなるが……」



男(俺はこの世界に召喚されてからの出来事を語った)

男(姫は全体的に興味深そうに聞いていたが、女や女友のことが話題に上がると表情が複雑になった)



男「――と、これで姫に出会うまでのことは話し終えたと思うが……」

男「えっと、気付いてるか? 女や女友の話題が出る度に面白い顔になってたぞ」

姫「っ、顔に出ていましたか」



男(理由は想像が付く。姫はヤンデレ気質のため、好意を持った俺が他の女と交流しているのが気にくわないのだろう)

754 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:38:17.50 ID:9IqnA4Mo0

男「途中でも語ったように二人とも魅了スキルにかかってしまったから俺に好意を持ってるだけだ」

男「いうなれば姫と同じ状態だな」



姫「だとしても……その女さんという人は何ですか!」

姫「男さんとちょっと距離が近すぎますよ!」

姫「抱きしめて欲しいとか要求して……きっと淫乱です、淫乱!」



男(姫が憤っている。それを言うと姫だってこのまえ俺を押し倒してたりしたが…………面倒なことになりそうなのでスルーだ)



男「そういえばその女には魅了スキルが中途半端にかかってるんだが、話を聞いたことはないか?」

姫「『状態異常耐性』スキルで中途半端に防がれた状態でしたか。聞いたことはありませんね」



男(となると女神様が持っていたときはこういうことが起こらなかったのだろうか?)

755 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:39:00.66 ID:9IqnA4Mo0

姫「さて、話は分かりました。男さんは順調に宝玉を集めてきて……しかし、魔族と会っていたとは驚きですね」

男「魔族唯一の生き残りとか言っていたな」

姫「……正確には『この世界に唯一残った魔族』じゃないですか?」

男「えっ……あーそういえばそんな言い回しだったか? よく分かったな」

姫「私の知っている情報と照らし合わせただけです」

男(姫は何やら掴んでいるようだ)





姫「順を追って説明します。まずは『災い』についてです」

男「『災い』を女神様が止めた事による感謝から女神教は始まったんだよな」

姫「はい。男さんは魔族の話から『災い』に魔神が関わっているのではないかと予想したみたいですが、実際その通りです」

男「当たっていたか」



姫「太古の昔、魔神と呼ばれる存在に魔族たちが付き従い、この世界で破壊の限りを尽くしたのが『災い』です」

姫「それに対抗して立ち上がったのが女神様、守護者様を中心とする人間たちです」

姫「その争いは熾烈を極めましたが、何とか女神様たちが魔神を封印。旗頭を失った魔族たちは敗走しました」



756 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:39:43.23 ID:9IqnA4Mo0



男「ちょっと待った。魔神を封印っていうけど、それって具体的にどうやったんだ?」



男(このことについては前から疑問に思っていた)

男(そう、魔族が宝玉を集めることで魔神を蘇らせると言っていたからだ)

男(宝玉は世界を渡る力を持つアイテムだ。それが魔神の封印を解くというのなら……現在の魔神の状態は……)





姫「そもそも何ですが男さんは『世界』という概念をどのように捉えていますか?」

男「また難しい質問だが……俺たちが元いた世界とこの異世界があって………………」

男「いや、もしかしてそれだけじゃないのか?」



姫「はい。世界とは数多に存在するんです」

姫「男さんのいた世界、私たちがいるこの世界の他にもたくさん世界は存在して、その中には人が住んでいる世界もあるでしょうし、高位次元の存在である悪魔が住んでいる世界もあります」

姫「そうです、魔族だって元々は違う世界の住人だったんですよ」



男(言われてみればイケメンのやつも宝玉で悪魔を呼び出すとか言っていたが……)

男(そういう世界から引っ張ってくるって意味だったのか)

757 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:40:29.87 ID:9IqnA4Mo0



姫「しかし、どの世界も繁栄しているというわけではありません」

姫「荒廃、滅亡した世界だって存在するでしょうし……世界という枠はあるのに中に何も存在しないという虚無の世界も存在するそうです」





姫「女神様は宝玉を使ってその虚無の世界へのゲートを開き、魔神をその世界に押しやった後、ゲートを閉じました」

姫「それを以て封印としたのです」





男「虚無の世界に魔神を……そうか、だから逆に宝玉を使ってゲートを繋げればこの世界に再び魔神を呼び戻せる……」

男「復活するというわけか」





男(魔族が企んでいることの意味がようやく分かったのだった)

758 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/25(土) 22:41:15.14 ID:9IqnA4Mo0
続く。
759 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/25(土) 22:46:12.59 ID:O1xNiM180
乙!
760 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/25(土) 23:24:57.72 ID:3O2hgs8ro
乙ー
761 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:31:28.20 ID:gH5otLKd0
乙、ありがとうございます。

投下します。
762 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:36:57.80 ID:gH5otLKd0

男(姫様との話は続く)



男「魔神を封印した理屈は分かった。それで魔神を失った魔族は敗走したって話だけどどうなったんだ?」

姫「形勢が悪いと見た魔族はどうやら持っていた宝玉を使って、自分たちが元いた世界へのゲートを開き戻ったそうです」

姫「魔族が別世界の住人だって事は先ほど言いましたよね」



男「……そういうことか。あの魔族って魔族が『この世界に唯一残った魔族』って言った意味は」

男「その元の世界に戻る際に、一人だけこの世界に留まったって事なのか?」



姫「おそらくそうでしょうね。しかし太古の昔から今までその存在がバレずにいたとは……」

男「あいつの固有スキルのおかげじゃないか? 絶対に見破られない隠蔽スキル『変身』なら、普通の人間に紛れることくらい簡単な話だ」



男(細かいところだが、魔族はあいつ一人が生き残っているわけじゃなくて、この世界にはあいつ一人しかいないけど違う世界には何人も生き残っているってわけか)

763 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:37:28.12 ID:gH5otLKd0

姫「そうして平和を掴んだ世界ですが……女神様はそれが恒久的に続くものではないことを分かっていました」

男「まあ平和とは戦争と戦争の間の休憩時間だ、みたいな言葉もあるしな」



姫「『災い』は人間が一致団結することでどうにか凌ぐことが出来ました」

姫「女神様が女神教の設立に協力したのも愛を尊ぶ教えを広めることで、また何か起きた際に団結できるようにという考えだそうです」

姫「そして物理的にも『災い』が再来しないように、魔神を呼び戻すことが出来るアイテム、宝玉を各地の教会が分割管理することで、簡単には集められないようにしたんです」



男「だから宝玉はバラバラに…………でも……」

男(そうだ、集められないようにバラケさせたはずの宝玉を俺たちが集めさせられているのは……よっぽど事態が逼迫しているからだ)

764 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:38:36.24 ID:gH5otLKd0

姫「しかし女神様の思惑とは裏腹に物事は進んでいきました」

姫「多くの人に愛を知って欲しいという意図で広められた女神教は大勢の信者を抱えすぎたんです」

姫「教会の考えで多くの人が動くとなれば、そこに権力という甘い蜜が生じ魅入られた者により内部組織は腐敗していきました」

姫「中には女神様の教えを守ろうと人々によびかけたいた敬虔な人もいたようですが、そのような人にも不祥事が発覚したりと、とにかく事態は悪化する一方でした」

姫「結果このように女神教は廃れてしまったのです」



男(姫の話は武闘大会本戦前日の昼食会で町長から聞いたことがあった)

男(あのときはそうなのか、と納得したが……あの魔族という存在を知ってその裏側が見えてきた)



男「姫、そう悲観ばかりするな」

男「確かに組織が巨大になりすぎた女神教の内部に、女神様の教えではなく自身の利益を優先して動いたやつがいるだろう事は俺でも想像できる」

男「だが、全員がそうではないはずだ」



姫「私もそうだと思いたいですが……そのような人でも裏ではとんでもないことを……」

男「いや、違う。そいつらは不当に貶められただけだ」



姫「えっ……?」

男(姫が目を丸くする)

765 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:40:09.26 ID:gH5otLKd0

男「魔族は言ってたんだ。『教会の力を削いだことにも意味があったというもの』と」

男「そのときはあまり深く考えてなかったが……あとから『変身』という固有スキルも含めて考えた結果理解した」

男「やつは女神教の関係者の姿に化けて、不祥事を起こすことで教会の評判を地に落としていったんだ」



町長『あるときを境に女神教に関わる者の不祥事が相次ぎ、そのせいで信心が離れていった』

町長『不祥事を認める者もおったが、多くは『身に覚えがない』『私はその日その場にいなかった』ととぼけるものばかりじゃったな』



男(町長がこのようなことを言ってたのもその裏付けだろう)

男(偽物が起こした不祥事だから本当に身に覚えがなく、その日その場にいなかったのだと)

男(あの魔族、見た目の派手さの割に、地味で嫌らしい暗躍をコツコツしていたようである)




姫「そう……ですか」

男「昔のことでその人たちの評判を取り戻すことは難しいだろう。だが、俺たちだけでも知っておくことで少しは救いに……」



姫「いえ。もうすっかり年老いたでしょうが、まだ生きている人もいるはずです」

姫「詳しく話を聞いて、その汚名を雪ぐことが大巫女の役割でしょう」



男「……そうか」

姫「何にしろこの危機を脱してからのことですけどね」

男(姫は自分が危機的状況でも他人のことを思いやれるとは分かっていたが……まだまだ認識が甘かったようである)

766 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:41:56.63 ID:gH5otLKd0

姫「話を戻しましょう。宝玉についてですが……」



男「女神教がしっかりしている間は教会がそれぞれに宝玉を管理して簡単に集められない」

男「だが、逆に女神教が廃れてしまうとそれぞれの宝玉が管理されないままバラバラに散らばっていることになるから、悪いこと考えているやつが集めやすいってことだろ」



姫「はい。一カ所に集めた方が管理こそしやすいですが、宝玉は数を集めることでその力が増します」

姫「簡単に悪用できないようにバラバラにしたんですが、いざというときに弱いんですよね」



男「集中管理しにくい物質は面倒だな」

男「……ていうかずっと疑問だったんだが、そもそも宝玉をどれだけ集めれば俺たちは元の世界に戻れるんだ?」



男(俺はずっと疑問になっていたことを聞く)

男(有名な竜玉は七個集めれば願いが叶うという話だった)

男(何個集めればいいのか分からず集め続けるのは正直辛い)

767 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:43:16.21 ID:gH5otLKd0



姫「宝玉は二つあれば他の世界に渡るゲートを開けます」

男「本当なのか!?」



姫「はい。ですがそれでは男さんの願いは叶わないでしょう」

男「えっと……どういうことだ?」



姫「世界とは数多に存在すると先ほど説明しましたよね」

姫「宝玉二つ分の力では開けるゲートがどこの世界に通じるか指定できないんです」



男「なるほど……」

男(地球のある元いた世界に戻るのが俺たちの願いだ。別の変な世界に飛ばされてはたまったもんじゃない)

768 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:43:46.84 ID:gH5otLKd0



姫「宝玉二つでは完全にランダムな世界にゲートが繋がり」

姫「四つでようやく繋がる先の世界にどれだけの力があるのか、繁栄しているのかを指定できるでしょうか」



姫「六つで繋がる先の世界を指定できますが力が足りずゲートが不安定になるので、渡れる人間は一人か二人が限度でしょう」

姫「八つでゲートが安定して多数の人間でも通れるようになるはずです」



姫「十で高位存在も呼び出せるように、十二で神と呼ばれるような存在もゲートを渡り呼び出すことが可能になります」



男(ずいぶんと段階がある。宝玉の説明にあった『数を集めることで力を増す』という文言その通りのようだ)

769 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:44:12.06 ID:gH5otLKd0



男「そうなると……俺たちは宝玉を八つ集めればいいのか」



男(六つ集めた時点で元いた世界へのゲートは開けるようだが一人か二人しか渡れないのでは意味がない)

男(いや別に俺は俺だけでも帰れればいいのだが、女や女友、他の帰還派の連中がそれを許さないだろう)



姫「ええ。悪魔を呼び出そうとしているその駐留派は十で」

姫「魔族たち復活派は魔神を呼び出すために十二集めないといけないでしょう」



男(他の派閥の必要数も明かされる。どちらも俺たち帰還派より多いか)

男(だが駐留派は背後にいる『組織』の力で強引に集められるし)

男(復活派は『変身』が役立つ上以前から宝玉を集めていたと思われるので現時点でリードしていてもおかしくない)

男(拮抗した勝負になりそうだ)



男(何にしろ目標が分かったのは大きい)

男(現在俺たちは、最初の村、商業都市、観光の町、そしてこの独裁都市で手に入れた宝玉と、帰還派に属する仲間のパーティが手に入れたので合計五つ持っている)

男(後三つ手に入れれば元の世界に戻ることが出来るというわけだ)

770 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/27(月) 21:45:02.40 ID:gH5otLKd0
続く。

連続して設定回。次からは話が動きます。
771 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/27(月) 22:16:04.77 ID:0KEqIq1So
乙ー
772 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/27(月) 22:49:29.12 ID:xzuBUnR50

いろいろと明らかになってきたな
773 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/27(月) 22:50:21.28 ID:xzuBUnR50
すまん、あげてしもた
774 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/28(火) 00:32:27.97 ID:jXpjfpHwO
乙!
775 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/28(火) 01:57:44.37 ID:vWnglVZB0

これ宝玉の総数って出てたっけ?
見逃してたらすまぬ
776 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:04:35.32 ID:7FNn6LAO0
乙、ありがとうございます。

>>772 女神教関連の情報が続々出て来ましたね。

>>775
総数は出ていませんね。「有限ですがたくさん」だと思ってください。いつか言及するかもしれません。



投下します。
777 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:05:23.13 ID:7FNn6LAO0

男(気分転換に始めたはずの話がかなり長くなり時刻もすっかり夜になった)

男(しかし、これは今後のことを考えると必要な情報だ)

男(俺は姫と話を続ける)



姫「女神様の狙い通りにこの世界は進みませんでしたが、それでも最悪のケースとしてこの状況は想定していたようです」

姫「そのため最後の砦である女神様の遣い……男さんたちはこの世界に召喚されたんです」



男「保険ってことか」

姫「身も蓋もなく言うとその通りです」



姫「女神教が廃れ、宝玉を集めて良からぬ事を企む者が現れた場合に遣いは召喚されると」

姫「女神教が廃れた場合の想定ですので、遣いに対する十全なサポートは望めません」

姫「そのため固有スキル『継承』で、太古の昔に『災い』を防ぐため戦った人たちの力を遣いに継承したんです」



男「俺たちクラスメイトがそれぞれ授かった力か」

男「中でも俺の魅了スキルは女神様本人が持っていた力って事でいいんだよな?」



姫「その通りです。女神様は分かっていました、平時にはそれらの力は更なる争いを生むと」

姫「ですから自身の末裔である大巫女にではなく、緊急時の備えである遣いに引き継がせたのです」



男(姫の言うことは……権力を得て女神教が暴走していた時代に魅了スキルがあったら、さらに面倒なことになっていただろうということか)

778 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:05:52.83 ID:7FNn6LAO0

男「そうやって期待をかけてもらったところ悪いんだが、ご存じの通り俺たちクラスメイトも二分していてな」

男「この世界で好き勝手することをもくろむ連中もいて恥ずかしいぜ」



姫「いえ……正直私はこの方法に疑問を持っていました」

姫「別の世界の者を呼び出すメリットは、この世界のしがらみを何も受けないことです」

姫「緊急時に強引に事を成すにはいい方法かもしれませんが……それは呼び出された者の心情を考えていない傲慢な方法です」



男「……そうかもしれないな。俺も最初召喚されたときはふざけんなって思ったし」

姫「ですからそのように反発する者が出てもおかしくはないと思います」

姫「そして男さんも……勝手に私たちの世界の事情に巻き込んで本当にすいません」



男「いやいや、何姫が謝ってるんだ。悪いのは女神様だろ」

男「それに俺自身はこうして異世界に来たことで、元の世界にいただけじゃ掴めなかっただろう何かを得られそうだと……感謝してるくらいだしな」



男(そうだ。今も元の世界に俺がいたとしたら、毎日誰とも話さず家と学校を行き来するだけの生活を送っていただろう)

男(認めるのは癪だがこの異世界に来たことで……いやもっと細かく言うと女と女友と旅することで、俺も変わってきている)

男(あんな手紙を出してしまうくらいにはな)

779 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:06:24.85 ID:7FNn6LAO0

姫「むぅ……」

男(姫が頬を膨れさせている)



男「いきなりどうした?」

姫「何か他の女のことを考えている気配がしました。察するにその女さんと女友さんとかいう人のことですか?」



男「………………そんなことより一つ不満を言うとすると、どうして俺が魅了スキルの使い手に選ばれたのかってとこだな。普通に戦う力が欲しかったぜ」



姫「あ、誤魔化しましたね!」

男「いやいや、考えてみろよ。恋愛アンチの俺が魅了スキルとか一番似合わねーぜ」

男(姫が糾弾してくるが強引に話題を切り替える)



姫「もう、仕方ないですから誤魔化されてあげますけど…………」

姫「魅了スキルについてですが、女神様は引き継ぐ者にちゃんと条件を設けていたという話を聞いたことがありますよ」



男「条件?」
780 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:06:52.59 ID:7FNn6LAO0



姫「はい。曰く……召喚された者の中で一番愛に飢えているもの、だそうです」

姫「その方が魅了スキルを活用できると考えたみたいですね」



男「……は?」



姫「女神様は分かっていたんですよ。男さんが斜に構えて恋愛なんていらないと言いながらも、心の底では愛に飢えていると」

男「……いや、待て待て待て。それじゃ、何だ。俺が駄々をこねている子供みたいな扱いじゃないか」



姫「実際そうじゃないですか? 話を聞いた限りでは、この世界に来たばかりの男さんは相当面倒そうでしたよ」

男「ぐっ……」

男(姫からの一撃が深く刺さる。詳細に語りすぎたな)

781 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:07:23.77 ID:7FNn6LAO0



姫「それに私個人としては……男さんが魅了スキルの持ち主で本当に良かったと思います」

姫「だってそのおかげでこんなに好きになれる人と出会えたんですから」



男(姫が俺の隣までやってきて腕を抱く)

男(部屋の雰囲気が明確に変わった)



男「それは前後関係がおかしいだろ。姫が俺を好きになったのは魅了スキルにかかっているからだ」

男「極論、俺以外が魅了スキルを持っていた場合その人を好きになったはずだろ」



男(俺はやんわりと否定しながら姫に拘束されていた腕を引き抜く)



姫「いえ、そんなことありません」

姫「私は男さんが魅了スキルを持っていなかったとしても、男さんのことを好きになったはずです」



男(姫は再度抱きつく)

782 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:08:25.98 ID:7FNn6LAO0



男「いや。魅了スキルが無ければ俺たちがこんな関係になることはあり得なかった」



男(離しそうにないのでしたいようにさせたまま、しかし俺は明確に拒絶する言葉を吐く)



姫「分かりました、それでいいです」

姫「とにかく私が伝えたいのは……私は魅了スキルの効果なんて抜きに、男さんのことが好きになったということです」



男(姫に諦める様子はないようだ)



男「だからそれは……いや、そう否定しても感情が納得しないのか」

男「だったらどうして俺を好きになったんだ?」

男「魅了スキルを抜きにしても、俺に命を助けられたという恩や、この危機的状況を共有する吊り橋効果」

男「ワガママな姫様だったときは誰にも優しくされなかったところに俺が優しくしてしまったことで、雛鳥が最初に見た動く者を親鳥だと思うような刷り込み効果が混ざった結果だ」

男「純粋な想いじゃない」



男(俺は姫の心情を分析して伝えるが)

783 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:09:15.47 ID:7FNn6LAO0



姫「だとしたらどのようなきっかけで想いを抱けばいいんですか? 明確な正解があるっていうんですか?」

男「………………」



姫「確かに私の思いの原点は男さんが言ったことのようなのかもしれません」

姫「ですが今の私は男さんのことを真摯に想い、愛したいと思っています」

姫「それも間違いだって言うんですか?」



男「それは……」



男(思わぬ反撃を受けて、俺はたじろぐ)



男(姫の目は真剣だ。もしかしたら虜じゃなくても俺のことを好きになってくれたんじゃないかと……)

男(そう錯覚させるくらいには)



男(だがそんなことあるだろうか。魅了スキルを持たない俺なんてゴミクズ以下だ)

男(姫だって、女友だって、女だって。虜になっているから、俺に好意のようなものを見せてくれるんだ)

男(素の俺自身が好かれることなんてあるはずが……)

784 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:09:48.38 ID:7FNn6LAO0





姫「そんなに自分を卑下しないでください。私が大好きな男さんのことを悪く言わないでください」



男(姫が背中から抱きしめてくる)



姫「男さんは自分が思っているより魅力的な人です。私が保証しますよ」





男「何で……」

男(こんなに思ってくれるのか。まさか……本当に俺に価値があるとでもいうのか)



男「何で……」

男(俺はこんなにも自分をさらけ出してくれる姫相手に……騙される想像をしてしまうのか)

男(全部の言葉が嘘で、本当は俺を騙して利用するためにこんなことを言ってるんだと……思ってしまうのか)



男「何で……」

男(俺はこんなときに女の顔を思い出してしまうのだろうか)



男(分からない。分からない。分からない)

785 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:10:23.37 ID:7FNn6LAO0



姫「………………」

男「………………」



男(そんな俺を優しく包むように姫は抱きしめた体勢を維持する)



男(俺は何も言えず、姫は何も言わず、その静寂な空間に――)







司祭「二人ともそんなに仲良くなっていたんですねえ」







男(第三者の声が響いた)

786 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:10:56.12 ID:7FNn6LAO0

男(瞬間俺と姫は現実に戻され、しゅぱっと姫が俺から離れる)



男「っ……司祭っ!?」

男(いつの間にか部屋の中にいた司祭司祭相手に、俺は非難の意を含めた声を上げる)



司祭「私が悪く言われるのは心外ですね。言っておきますがノックはしましたよ。どうやら聞こえてなかったようですが」



男(それだけ浸っていたとでも言外に指摘されている気がする)





姫「っ、見ら、見られて…………っ////」



男(姫は真っ赤になった顔を手で覆ってうずくまっている。よほど恥ずかしいのだろう)

787 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:11:34.83 ID:7FNn6LAO0

男「ああもう、それで何の用だっ!!」

男(俺も照れ隠しに声を張り上げる)



司祭「話が早くて助かります、ええ。この後も予定が山積みでしてねえ」

司祭「姫様の強権を最後ですからここぞとばかりに使っていますが、それでもかなり無理している計画ですから」

司祭「この早さで算段が立っていることは本当に奇跡で……」



男「本題に入れ」



司祭「ああ、これはこれはすいません」

司祭「ですが二人の仲がいい様子なのは良かったことです」

司祭「民を欺くためどちらにしろ強制するつもりでしたが、実際そうであるほうが楽なのは違いないですし」



男「…………」



男(またもごちゃごちゃ語り出す司祭に呆れるが……その中に気になる言葉があることも確かだ)

男(最後……仲がいい……民を欺く……どういうことなのか)



司祭「っと、うっかりしてました。早く用件を伝えないとですね」



男(疑問に思う俺を前に、司祭は思い出したようにその言葉を伝えるのだった)

788 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:12:08.80 ID:7FNn6LAO0







司祭「姫様と少年……男と言いましたか」



司祭「二人には結婚してもらいます」



司祭「大々的な結婚式を四日後に行う予定ですからそのつもりで」







男「………………は?」



789 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/29(水) 22:12:52.10 ID:7FNn6LAO0
続く。

………………ひ?
790 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/05/29(水) 22:13:04.12 ID:e1QOmLzto
乙ー
791 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/29(水) 22:45:57.57 ID:qO8mBhDn0
792 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/30(木) 00:36:32.71 ID:C2v1FHn/O
乙!
793 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/30(木) 04:31:51.43 ID:A/iXyWLL0

>>776答えてくれてさんくす
魔神とか呼び出すんならそりゃ数いるわな
794 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:49:41.63 ID:wbcKs0kp0
乙、ありがとうございます。

>>793 丁寧にありがとうございます。

今後も設定に関して分かりにくいことがあったら何でも聞いてください。答えます。

投下します。
795 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:51:32.36 ID:wbcKs0kp0

男(女神教に関する話が想定以上に長くなりもうすっかり夜になっていたため、司祭が去った後すぐに俺たちは寝た)

男(そうして訪れた翌朝)



男「くそっ……そう来たか!」

男(俺は司祭が打った手の意味をしっかりと理解していた)



男(当然だがやつらの目的は俺たちを結婚させることではない)

男(お目当てはそれに伴って開かれる結婚式の方だ)



男(表向き独裁者である姫様の結婚式となれば都市の人間も多く参列するだろう)

男(いや、姫の命令ということで人を集めさせる)

男(そうして大勢の人の前に姫様が現れる状況……パレードと同じ状況を作り出して、今度こそ殺すつもりなのだ)



男「…………」

男(姫からしばらく大きなイベントはないと聞いて安心していたが、無いなら作ればいいということか)

男(もちろん姫だけではなく俺の命も危ない。俺を殺せない理由は俺を殺すと姫が死ぬと思われているからで、姫を殺すタイミングになれば俺の命も必要なくなる)



男(四日後……いやそれは昨夜司祭が言ったことだから、もう三日後か。それまでにどうにかする方法を考えないといけない)

男(だというのに……)

796 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:52:05.95 ID:wbcKs0kp0



男「いつまで惚けてるんだ、姫」

姫「っ……な、何ですか、男さん!」



男(頬杖をつきながら窓から見える空をぼーっと眺めていた姫が、慌てて俺に向き直る)



男「あのな、状況分かってるのか?」

姫「わ、分かってますよ」

姫「結婚式は二人が私と男さんとの仲を祝福するために開くのではなく、殺すための場として開くってことですよね、はい」

男「わざわざ前者を言う必要があったかは疑問だが……そういうことだろう」



男「女神教の形式に則った結婚式になると思うんだがどんな感じの段取りなんだ?」

男(結婚というシステムは古今東西に存在するが、その式で何を行うかは文化によって違うものだ)



姫「女神教は愛を大事にする教えです。そして結婚式は男女の永遠の愛を誓う儀式です」

姫「とても喜ばしいことですので、祝福するために多くの人が集まるのが普通ですね」

姫「私もワガママな姫になる前は、母の顔見知りって程度の仲でも結婚式に参加して祝福したものです」

797 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:52:51.12 ID:wbcKs0kp0

姫「場所はおそらくこの神殿前にある広場でしょう」

姫「鐘があってそれを二人一緒に鳴らした後に誓いのキスをするのは子供心ながらに憧れでした」

姫「それが今度は私の番に……しかも男さんとだなんて………………」



男「おーい、浸るな。戻ってこーい」

男(途中まで真面目に解説していたのだが、うっとりしだした姫を呼び戻す)



姫「す、すいません。服装は新婦がドレスで、新郎がタキシードなのが基本ですね」

姫「ちゃんと用意されるのかは分かりませんが……」

男「殺すための場だが、民相手に欺くため体裁はちゃんと整えるはずだ。服を用意するために俺を採寸したんだろうしな」

姫「あれはそういう意味でしたか。なら私の採寸をしなかったのはサイズが分かっているからってことでしょうね」



男(昨日の朝近衛兵長が計りに来たときには……いや、それより前からやつらはこの策に取りかかっていたのだろう)

男(パレードでの失敗は予想外だったはずなのに、すぐにリカバリーが思い付く辺り敵ながら優秀だ)

798 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:53:30.55 ID:wbcKs0kp0

男「あと三日、結婚式の日まで俺たちはこの部屋から出してもらえないだろうな」

男「それくらいの期間なら民からも不自然に思われないだろうし」



姫「ということは……私がドレスを選びに行けないってことですか!?」



男「…………」

男(昨日考えてたことが無駄になったという意味で言ったのだが、姫はどうやら違う捉え方をしたようだ)



姫「どうしましょう、ちゃんとセンスがいいもの選んでくれるでしょうか!?」

姫「それに結婚式の細かな演出とかもちゃんと打ち合わせしたかったのに無理ですよね!?」



男「……ああ」



姫「招待客も……あーそれはおそらく都市の人のほとんどを呼ぶでしょうので大丈夫ですか」

姫「でもやっぱり日にちとかも吟味したかったですし……」



男(考え込む姫を俺はさせたいようにしていた)

男(本当はこの危機をどうにかする方法を二人で考えたかったのだが……ああ、そうだ)

男(もしかすると姫も分かっているのかもしれない。だから現実逃避にあんなことを考えているんだ)

799 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:54:38.83 ID:wbcKs0kp0



男(打つ手が無い)



男(残り三日という期間の短さ)

男(それまでの間変わらずこの部屋で過ごさないといけなく)

男(唯一外界との接点である司祭と近衛兵長は俺たちでどうにか出来る相手ではない)



男(今度こそ完全な詰みだ)



男「………………」

男(残る希望は悪足掻きした手紙くらいか)



男(近衛兵長に強制されて出した手紙)

男(女と女友を追い払う命令をした文面に忍び込ませた『女友は女と行動を共にしろ』という命令)

男(あれによって女友は女に付いていく形ならこの独裁都市に入ることが可能なはず)



男(だからといって助けに来るとは限らないが)

800 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:55:08.22 ID:wbcKs0kp0

男(そもそも女と女友が手紙の意図に気づかないかもしれない)

男(それにこれは女にかかっている魅了スキルが中途半端であることを前提としている)

男(時々命令を無視できるのだが、今回命令に従うしかなかったのならアウト)

男(そうでなくても女が俺を助けたいと思わなければアウトだ)



男(魅了スキルによる好意だけ効いて、命令だけ効かないというのは理に合っていない)

男(だから女が魅了スキルの外で俺を助けたいと思わないといけない)



男(だがそう思うだろうか?)

男(姫の時も思ったが、魅了スキルの無い俺に価値なんて無い)

男(ようやく俺の命令に縛られる環境から逃げ出せたのに……二人がわざわざ俺を助けに来る理由があるだろうか)

801 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:55:52.25 ID:wbcKs0kp0



男(こうなると宝玉を手紙に同封したのは失敗だったのではないかとも思う)

男(宝玉が俺の手元にあるなら、それを回収するために女と女友はやってこないといけなかったからだ)

男(宝玉を質にすることで俺を助けに来ることを強制する…………そっちの方が……)



男(いや、でももし二人が俺を助けに来れない場合や来るつもりがない場合)

男(俺が死んだ後宝玉が駐留派か復活派に回収されていた可能性が高い)

男(やつらの好き勝手にさせないためにも、そしてそもそも宝玉を迅速に集めるという方針でやってきたんだ)

男(俺の選択は正しいはず)





男(現状はあの夜と同じだ)

男(異世界に来て直後、俺はトラウマから二人を拒絶して、追ってくるなと命令をして森の中に逃げ込み、その先でイケメンの襲撃を受けた)

男(誰も助けに来るはずがなく諦めた俺の前に、女は颯爽と現れた)

男(俺を助けることに何の利益も無かったのに。女は魅了スキルの外で俺を助けたいと思って動いた)

802 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:56:54.82 ID:wbcKs0kp0



男(あの奇跡がもう一回起きない限り、俺と姫が助かることはない)

男(だが奇跡はそう起きないから奇跡なのだ。手紙に仕込んだ策が無駄に終わる可能性の方が高い)

男(……まあだから悪足掻きと呼んでいるのだが)



男(そもそも誰かを信じるしかない方法に頼るなんてことが間違いだったんだ)

男(女が助けに来ない限り、俺と姫二人で助かる未来は潰えたとみていいだろう)





男「………………」

男(姫は絶対に二人揃って助かりましょう、と言ってくれた)

男(だが俺はその言葉に返事をしていない)



男(あのときから脳裏にはあった、だから返事できなかったんだろう)

男(最終手段……そうだ、一人だけでいいならまだ方法がある)



男(いざというときは……姫にどう思われようが俺は……)

803 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:57:37.68 ID:wbcKs0kp0



姫「……? どうしたんですか、男さん。表情が怖いですよ」

男(姫が俺の顔をのぞき込む)



男「……ああ、すまん。それで何の話だったか?」

姫「もう、聞いてなかったんですか? 披露宴での料理についてですよ。ちゃんとしたところに頼んでいるか私本当に心配で」

男「やつらもワガママな姫のイメージを崩したくは無いだろう。しっかりしていると思うぞ」

姫「そうだといいんですが……」



男(リミットが迫っているとは思えないほどに、二人の時は表面上優しく進むのだった)

804 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/05/31(金) 23:58:04.22 ID:wbcKs0kp0
続く。
805 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/01(土) 00:34:06.25 ID:9sPtSTUvO
乙!
806 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/01(土) 07:41:30.34 ID:nLM1bVJZo
乙ー
807 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:25:45.33 ID:nTbU3vpq0
乙、ありがとうございます。

昨日は投下できずにすいませんでした。
また今日から通常運行に戻ります。

投下します。
808 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:27:02.43 ID:nTbU3vpq0

デブ(俺は太っていることからみんなにデブと呼ばれている)



デブ(ある日突然異世界に召喚されて、女神とやらに宝玉を集めるように告げられた)

デブ(その後紆余曲折あって、一緒に召喚されたクラスメイトたちとパーティーを組んでこの異世界を旅することになった)



デブ(このパーティー決めが重要だということは馬鹿にでも分かるだろう)

デブ(女と組むことが出来れば旅路は華やかなものになる。もし野郎だけで組んでしまえばそれは地獄だ)



デブ(だから俺は必死にクラスメイトの女子にアタックした)

デブ(しかし結果は全敗)

デブ(俺は余った男子三人、残り物を集めたパーティーを組むことになった)



デブ(不満だった)

デブ(宝玉を集めるために八つのパーティーに分かれてそれぞれ進んだのだが、そんなこと誰がやる気になるというのか)

デブ(パーティーに女子でもいれば、良いところを見せようと頑張っただろう)



デブ(折角異世界に来たというのに何だこのモブみたいな扱いは)

デブ(クラス召喚のテンプレとしてクラスメイトハーレムが出来るものじゃないのか)

デブ(いつも俺を馬鹿にしていたやつらを力で見返す展開じゃないのか)



デブ(パーティーメンバーである他の二人も同じ思いだったようで、文句を言い合うばかりの日々だったところに――やつは現れた)

809 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:27:33.22 ID:nTbU3vpq0



イケメン『久しぶりだね、三人とも』



デブ(クラスメイトの一人であるイケメン)

デブ(イケメンなだけで人生の勝者だというのに、勉強もスポーツも出来て、この異世界で授かった力も他とは一線を画す力があって、天は二物も三物も与えるものだと妬んでいた)



デブ(彼女であるギャルさんを連れて、先に旅立ったと聞いていたので会ったときは驚いたものだ)

デブ(やつは語った。男とかいう冴えないクラスメイトが持つ魅了スキルで、女さんと女友さんが支配されていることに憤りを感じていると)

デブ(二人の解放のために俺たちに力を貸して欲しいとも)



デブ(悩んだ)

デブ(確かに魅了スキルとかいう男の夢みたいなスキルを持った男は気に食わなかった)

デブ(だが、それは目の前のイケメンも同様だった)

デブ(イケメンというだけで女があちらから寄ってくる存在。そんなやつに力を貸すのも癪だったのだ)



デブ(他の二人も同じ気持ちだったようで、返事を渋っていると、イケメンはギャルさんに席を外すように言ってから俺たちに向き直った)

デブ(そのときの顔は覚えている。爽やかな雰囲気から一変、まるで別人のように肉食獣が牙を剥いたような獰猛さが現れていたからだ)

810 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:28:04.32 ID:nTbU3vpq0



イケメン『君たちには僕の本当の狙いを教えてもいいだろう』

デブ『本当の狙い?』



イケメン『ああ。ギャルがいる手前、行儀のいいことを言ったが、僕は男を魅了スキルを持つ彼を支配して、女に好き勝手命令させる道具にしようと思っている』



デブ『っ……!?』

イケメン『三人とも顔つきが変わったな、その意味は分かっているか』



イケメン『そうなれば好きなだけ女を支配することが出来る。当然僕だけでは余るだろう』

イケメン『だから僕に協力すればそのおこぼれに預からせてやる。女は、僕が今まで出会った最高の女は譲れないが、他のやつならいくらでもくれてやる』



デブ『…………』



イケメン『返事は……聞くまでも無さそうだな。これより君たちは同志だ』



デブ(そうして俺たちは使命を捨て、イケメンに協力することに決めた)

811 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:28:37.05 ID:nTbU3vpq0



デブ「それから巡り巡って今はこんなことしてるんだからなあ……」



デブ(独裁都市、中心街内の廃墟の一つ)

デブ(そこが俺たち『組織』構成員の仮設支部だった)



デブ(イケメンのやつはどのようにしたのかは不明だが『組織』の幹部となっていた)

デブ(そのため仲間となった俺たちも『組織』の一員となった)



デブ(『組織』は大陸一犯罪者集団だけあって組織力、情報収集能力は凄まじかった)

デブ(力こそあるものの異世界に来たばかりの俺たちが同じ事をしようとしたら膨大な時間がかかっただろう)

デブ(そのバックアップを受ける代わりに、俺たちは『組織』の仕事を手伝うというギブアンドテイクの一環でこんなところにいるのだ)



デブ(現在この支部にはクラスメイトが俺を含めて四人と『組織』の一般構成員である異世界人が数十ほどいる)

デブ(元々パーティーメンバーだった二人とは別行動で、この支部にいるクラスメイトの中で男は俺一人だけだ)



デブ(それだけ聞くと女に囲まれてうらやましいと思われるかもしれないが、その三人というのが癖の強いやつらばかりだった)

812 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:29:08.76 ID:nTbU3vpq0



ギャル「ちょっと邪魔。退け、デブ」



デブ(その一人、仮設支部長であるギャルさんがぼんやりと立っていた俺に冷たく言い放った)

デブ(別に俺は隅に立って道を塞いでいるわけではないので、あっちが避ければいいだけの話なのだが、その手間すら面倒なのだろう)



デブ「す、すいません」

デブ(理不尽な言動に俺は一も二もなく従った。逆らって癇癪を起こされては面倒だからだ)



デブ(イケメンもよくこんなやつを彼女にしているよな……いや、見てくれだけはいいからか)

デブ(高飛車だからこそ屈服する姿は絵になるだろう。犯されてひいひい鳴く妄想で何回か抜いたことはある。



デブ(異世界に来て俺も『鍛冶師』の職スキルを手に入れ常人以上の力を手に入れたのだが、ギャルの力はそれ以上だ)

デブ(力づくはやり返されるので妄想だけに留めている)

813 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:30:08.64 ID:nTbU3vpq0



メガネ「本当に惨めね」



デブ(その様子を見ていたメガネさん、メガネをかけたクラスメイトの女子が話しかけてくる)



デブ「あ……メガネさん」

メガネ「でも本当に惨めなのはあっちよね。イケメン様のためって……馬鹿じゃないの?」

メガネ「イケメン様の本当の気持ちは私に向いているのに」



デブ(俺のことなんてどうでも良かったのだろう。ギャルさんを蔑む言葉を口にしながらその場を去った)



デブ(イケメンは俺たちクラスメイトを勧誘する形で仲間にしてきたようだが、その方法には二種類ある)

デブ(一つは俺のように魅了スキルを手に入れた際のおこぼれに預からせてやるという交渉。男子は基本的にこっちだ)



デブ(もう一つは女子に対して、自分がモテることを理解しているイケメンが甘言を弄して巧みに誘ったパターンだ)

デブ(メガネさんとギャルさんもこっちに入るのだろう)



デブ(そのため駐留派の女子のほとんどはイケメンにぞっこんであり)

デブ(それぞれが一番愛されているのは自分だと勘違いしてギスギスしている)



デブ(本人はおそらく扱いやすい駒たちだとしか思っていないだろうが)

814 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:30:38.54 ID:nTbU3vpq0



レズ「アンタも大変ねー」



デブ(この支部にいる最後のクラスメイトの女子、レズさんが話しかけてきた)



デブ「見ていたのか」

レズ「まあね。にしても二人ともあんな腹黒イケメンのどこがいいのか……あ、イケメンのところか」



デブ(セルフツッコミでイケメンを揶揄するレズさん)

デブ(彼女は例外的存在であった)

デブ(女子でありながらイケメンにたぶらかされて仲間になったのではなく、魅了スキルのおこぼれに預かろうとしているのだから)

デブ(だが、彼女の嗜好を知って納得した)



レズ「にしてもギャルは良いねー、あの高飛車な態度を屈服させて顔がグチャグチャになるまで犯してみたいと思わん?」

レズ「イケメンが捨てるなら私がもらいたいわー」



デブ「……どうして女のおまえに心底から同意出来るんだろうな」

レズ「はっはー、何を今さら。ウチらは同志やん」



デブ(彼女はレズだった)

デブ(男よりも女の方が好きなため、女を好きに出来るイケメンの野望に賛同しているというわけだ)

815 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:31:16.19 ID:nTbU3vpq0

デブ「だがギャルは駄目だろ。男は一度、魅了スキルをクラスメイト全員にかけて女友と女にしか成功させていない」

デブ「それ以外は魅力的ではないという判定だから命令できないってことだ」



レズ「そんなん分かってるって。でも、イケメンに捨てられて傷心のギャルなら魅了スキルなんて無くても楽勝よ」

レズ「慰めながら男なんて信用できないわよねーって誘導すればコロッとね。男のあんたには出来ない方法よ」



デブ「ぐぬぬ……」

レズ「女だから突然抱きしめたりスキンシップしてもちょっと怒られるくらいで済むし着替えも見放題」

レズ「どやっ、うらやましいだろー」



デブ(このおっさん思考の持ち主が何故女なのか)

デブ(……くそっ、俺だって『性別変化』なんてスキルをこの異世界で授かっていれば……いやだが男という立場だからこそ意味があるわけで……)

816 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:31:48.56 ID:nTbU3vpq0

レズ「まあおふざけはここまでにして……チャラ男から伝言よ」

デブ「何て言ったんだ?」

デブ(一転、真面目な雰囲気になるレズさん。俺も馬鹿な考えを頭から追い出す)



デブ(チャラ男。最近になって『組織』に合流した軽薄という言葉が似合う男だ)

デブ(イケメンの親友ということや、職『盗賊』による盗みスキルの練度の高さから、『組織』内でも重宝されていて破竹の勢いで出世している)



レズ「難しいことは現場判断に任せるから頑張れ、とさ」

デブ「何の指示にもなってねえ……!」



デブ(現在状況は複雑化している)

デブ(というのも俺たちの野望のために必要な男が、『組織』に仕事を依頼した独裁都市中枢に捕まっているからだ)

デブ(しかもどういうわけか竜闘士の女さんと魔導士の女友さんという最強の護衛が独裁都市内にいないということで千載一遇のチャンスでもある)



デブ(その身柄を譲って欲しいくらいなのだが、男は次の計画である結婚式における重要人物となっているため聞いてくれないだろう)

デブ(力ずくで奪おうにも、近衛兵長の力はイケメンと同等で敵わないため不可能)

デブ(結婚式では姫の殺害はマストだが男は生死を問わないとある)

デブ(しかし、大規模の戦闘に巻き込まれて何の力も持たないやつが死んでしまう可能性も考えられる)



デブ(交渉してどうにか男の身柄を譲ってもらうか、近衛兵長をどうにかしてこの段階で強奪するべきなのか、結婚式でどうにか確保するべきなのか……上に判断を仰いだ結果が、先の返答というわけだ)

817 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:32:22.16 ID:nTbU3vpq0

レズ「本当はチャラ男じゃなくてイケメンに判断を仰ぎたかったけど、どうにも別の任務で忙しいってさ」

レズ「結婚式には間に合わなさそうやね」

デブ「そうか……」



デブ(イケメンさえいれば近衛兵長を正面から突破できる。強奪も楽にこなせたはずだ)

デブ(野望達成のために入った『組織』なのに、その任務のせいで大チャンスを逃すとは……まあツキがなかったと思うしかない)



デブ「じゃあどうする。二人で強奪するのも難しいだろ」



デブ(魅了スキルを支配する計画は、情報漏洩を避けるためクラスメイトの同志にしか教えられていない)

デブ(『組織』本体は知らない計画のため構成員に協力させることが出来ない)



レズ「ウチもあんたも異世界の一般人基準からしたら十分強いけど、クラスメイトの中じゃ下から数えた方が早いしねー」



デブ(レズの言うことは癪だがその通りだった)

818 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:33:33.03 ID:nTbU3vpq0

デブ「仕方ない。大枠は計画通りに動くしかないだろ。結婚式で男を確保する」

デブ「生死を問わないらしいし、俺たちがもらっても構わないはずだ」



レズ「そうやね…………って、あっ思い出した。チャラ男の伝言もう一つあって、女と女友には気を付けろ、だって」

デブ「二人に……?」



デブ(その二人については独裁都市が魅了スキルを逆利用して追い出したと聞いている)

デブ(その後は警戒網に引っかかっていないらしく、独裁都市内にいるのはあり得ないはずだ)



レズ「チャラ男は武闘大会のときに男たちと一時行動を一緒にしていたでしょ」

レズ「そのときに思ったのが、三人の関係はどうも魅了スキルによって強制されたものだけではない……と勘ぐっているらしくてね」



デブ(男は二人に魅了スキルをかけている。あんな上物の女を支配しているんだ)

デブ(もうその身体は楽しみ尽くしているだろう。俺ならそうする)

デブ(ご主人様と性奴隷な関係だとしか考えられないのに、魅了スキル以外の関係とはどういうことだろうか)

819 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:34:05.88 ID:nTbU3vpq0

デブ「意味は分からないが……忠告なら受け取っておくか」

デブ「これから結婚式までの三日、中心街内の警戒を強める」

デブ「それと結婚式時も周辺警戒班にクラスメイトを入れて邪魔しに来たら即座に対応できるようにする」

デブ「そんなところでいいだろ」



レズ「うんうん、それがいいな! じゃあ支部長のギャルに具申よろしくなー」

デブ「はあ? 待て、まさか俺に押しつけるつもりで最初から……」

レズ「ウチは忙しいねん。それじゃあな!」



デブ(勝手なことを言ってレズさんは離れていく)



デブ「……クソが」



デブ(自分の思うがままにならないと不満に思うギャルだ。俺が意見しただけで顔をしかめるだろう事は予想が付く)

デブ(そんな厄介事を俺に押しつけた。……結局のところ、あいつも俺のことを下に見ているんだ)

820 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:34:40.14 ID:nTbU3vpq0

デブ「死ね、死ね、死ね」

デブ(何もかもが気にくわない。俺を見下すやつ全員消えればいい)



デブ(元の世界でもそうだった。イケメン税にブサイク救済法にデブ保護法……俺の素晴らしい考えを世の中は受け入れなかった)

デブ(ノートに書いていたその案を、勝手に奪って教室中に聞こえるように読み出したあの馬鹿は末代まで呪うと決めている)



デブ(それでもめげずに啓蒙しようと書いたネット掲示板でも総すかんだった)

デブ(煽り、罵倒、嘲り……俺と同じような立場のやつが集まっているとこならと思ったが、どうやらまだやつらにこの考え方は早かったようだ)



デブ(そんなときに異世界に来たのに、そこでもこんな目にあっている)

デブ(何でも望みが叶うんじゃないのか? 何で俺はこの世界でもあんなやつらに媚びへつらわないといけないんだ)



デブ(みんな俺より馬鹿なくせに)

デブ(俺には何の落ち度もない。悪くない)

デブ(全部全部、世界が悪い)

821 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:35:42.63 ID:nTbU3vpq0

構成員「どうしたっすか」

デブ(声をかけられる。振り向くとそこにいたのは『組織』の一般構成員の一人だった)

デブ(一般構成員とはつまり異世界人であり、こんな犯罪者集団にいることから社会のはみ出し者である)



デブ(アウトローな界隈の掟、力こそが全てな世界で生きてきた)

デブ(そのため一般以上の力を持っている俺を慕っている者がほとんどだ)

デブ(目の前の男なんか歳が30は過ぎているのに、半分ほどしかないガキである俺のことを敬ってくれている)



デブ「あー……ちょっと支部長に作戦変更の意見をしないといけなくてな」

構成員「そりゃ大変っすねー。支部長がキレてないところ見たこと無いっすよ」

デブ「傍にイケメンがいない限りあいつはああだよ。だからブルーになっててな」

構成員「何なら俺が代わりに言っておきましょうか?」



デブ(大変さを分かっていながら、この提案をしてくれる。何ともありがたいが……)



デブ「説明に手間がかかりそうだからな。まあ俺が行くしかないんだよ」

構成員「そうっすか……」

デブ「代わりといっちゃ何だが、今度飲みに行こうぜ。作戦でも終わったらさ」

構成員「おっ、いいっすね! あんたがする元の世界の話とやらは何とも面白いからな!」

デブ「そこまで期待されるほどじゃないと思うが……」



デブ(あまりそういう文化が異世界にないのか親しみが無いだけなのか、ライトノベルとかの話をするだけでめっちゃ盛り上がってくれるんだよな)

822 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:36:26.29 ID:nTbU3vpq0

構成員「何人か誘っておいてもいいっすか?」

デブ「ああ。俺の奢りだって事で集めといてくれ」

構成員「奢り!? また太っ腹っすね!!」

デブ「ははっ、それは見たとおりだ」



デブ(体脂肪の詰まった腹を自分で軽くたたいてみせる)



構成員「違いないっすね」

デブ「おいおい、そこは否定するところだぞ」

構成員「っと、すいませんっす!」

デブ「まあ気にしてないが……そういうことだ。じゃあ俺は行くぞ」

構成員「頑張ってくださいっす! 俺は応援してるっす!」



デブ(見送られながら、俺は支部長であるギャルの姿を探しに行く)

823 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:37:01.16 ID:nTbU3vpq0



デブ「………………」

デブ(俺だって……世界が優しく接してくれれば、優しく返すくらいのことは出来るんだ)

デブ(だから優しくない世界が悪いんだ)

デブ(あっちが譲歩すれば、こっちだって譲歩するのに)

デブ(どうして俺ばかりが差し出さないといけない)



デブ「いかんいかん……」

デブ(ギャルの姿を見つけたため、首を振って思考を切り替える)

デブ(全力で相手が求める言葉を差し出してようやく罵倒程度で済む相手だ)

デブ(集中しなければ罵詈雑言の上、こちらの話を聞いてもらえないだろう)



デブ(気は進まないがやるしかない)

デブ(全ては計画を成功させるため、あいつらと旨い酒を飲むためだ)



824 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/03(月) 10:37:28.40 ID:nTbU3vpq0
続く。
825 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/03(月) 11:18:35.86 ID:T+skAWcI0
乙!
826 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/03(月) 14:35:29.59 ID:XYSudskUo
乙ー
827 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:14:00.80 ID:iDK1dhPW0
乙、ありがとうございます。

投下します。
828 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:19:39.99 ID:iDK1dhPW0


男(結婚式がついに明日とまで迫ったその夜)



男「今日は早めに寝るか……」

男(俺は応接用のソファに寝そべり眠ろうとしていた)

男(近衛兵長が伝えたスケジュールによると結婚式は正午からのようだが、その前から準備で忙しくなるようだ)

男(また結婚式で起こるだろう騒動のことを考えると体力だけでも万全にしておきたい)

男(というわけでうとうとしだしたタイミングで、服を引っ張られる感触があった)



男「……ん?」

姫「男さん」

男「わっ……姫か」

男(目を開けると姫の顔がドアップで広がっている)



姫「驚かせてすいません。起こしてしまいましたか?」

男「いや、まだうとうとしていたところだから大丈夫だが……何の用だ?」

姫「そ、それは……」



男(用があるからわざわざ声をかけたんだろうと聞くが、姫はもじもじとして用件を伝えない)

男(少しして、顔を赤くしながらも決心が付いたようで口を開いた)

829 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:20:33.92 ID:iDK1dhPW0



姫「男さん! 今日は一緒にベッドで寝ませんか!」

男「…………は?」



男(衝撃を受けてポカンとなる俺に、姫はマシンガンのようにしゃべりだす)



姫「だって明日は結婚式ですし、一日中忙しいはずです」

姫「ならちゃんとベッドに寝て体力を回復するべきで……そうですよ、今までずっと男さんをソファに寝かせていた私が悪いんです」



男「ソファはフカフカで正直普通のベッドより寝心地良いから大丈夫だぞ」

男「それに年頃の男女が一緒のベッドに寝るわけには行かないし……」



姫「ですが、私たちは明日結婚するんですよ。でしたら一緒に寝るくらい当然です!」

姫「そうです、先だって今日を初夜にしましょう!」



男「だから……」

男(いついなく焦った様子の姫に言い聞かせようとして)

830 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:21:22.54 ID:iDK1dhPW0



姫「駄目、ですか?」



男(あふれ出る感情全てをこめただろうその言葉に俺は動きを止められた)



男「…………」

男(そうか)

男(言葉に惑わされず、姫自身を見ていれば最初から分かったはずだ)

男(威勢よくまくしたてながらもその手が震えていることに)



男「……分かった。今日だけだからな」

男(気づいては見逃すこともできず、仕方なく折れることにした)

831 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:24:19.68 ID:iDK1dhPW0

男(ソファから立ち上がってベッドに向かうと姫もその後ろを付いてくる)

男(ベッドは二人が寝ても優に寝返りを打てるほどの広さがある)

男(姫が明かりを消す。部屋が暗くなった)



男(そしてベッドの前で二人して立ち尽くす)

男(動く様子のない姫を見て、どうやら先に俺が動かないといけないようだと悟る)

男(そのためベッドの端で外側を向いて寝転がって……直後背中に感触があった)

男(姫が背中から俺に抱きついてきたのだ)



男「姫。ベッドは広いんだからもうちょっと向こうに……」

姫「駄目、ですか?」

男「……おまえ。そう言えばいくらでも俺が従うと思ってるだろ」

姫「えへへ……はい。何だかんだ甘い男さんは従ってくれると思っています」

男「はあ……」



男(酷い算段を付けられているようだが、実際俺に逆らう気が無いのは確かなことだ)

832 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:24:45.56 ID:iDK1dhPW0

男(その後しばらく無言となった)

男(誰かと一緒に寝ることなど俺は初めてだった)

男(くすぐったくて落ち着かないのと同時に温かくて落ち着く)

男(相反する気持ちの内、今は前者の方が大きくてすぐには眠れそうにない)



男「それでどうして今日は一緒に寝ようだなんて言い出したんだ?」

男(自然と俺は口を開いていた)



姫「ずっと機会は窺っていたんですよ。好きな人と触れ合いたいって気持ちは普通のことでしょう?」

男「まあ、そうだな」

姫「踏ん切りが付かなかったんですけど……今日が最後のチャンスだったので思い切ったんです」

男「……そうか」



男(俺たちは結婚式の開催が決まってから三日の間、他愛の無い話をしてきた)

男(どうやって生き残るのか……そのような無駄な話はしてこなかった)

男(だが、そうだ。悪足掻きの詳細くらいは話しておいた方がいいだろう)

833 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:25:42.76 ID:iDK1dhPW0

男「そういえば、姫。手紙について………………やっぱ無しで」

姫「……? どうしたんですか?」

男「いや、何。この状況で他の女の話をするなんて無粋だろ」

姫「なるほど……男さんも少しは女心が分かってきたようですね」

男(姫にしたり顔で頷かれる)



姫「ですが、すいません。男さんが気を利かせてくれたのはありがたいんですが、手紙については私からも聞きたいことがあって」

男「何だ……?」

姫「あの手紙に男さんは私と共に生きていくことに決めた、って書いていたでしょう。あれって本気なんですか?」



男「……そうやって聞いてる時点で答えは出てるんだろ」

姫「はい。もし奇跡が起きて二人とも助かったとしても……男さんはこの都市を出て行くつもりなんですよね」



男「ああ。以前に俺が姫様のことを気に入るんじゃないか、って話があってな」

男「あの文面はそれを思い出して、二人を冷たく追い出すのにちょうどいい理由だと思って書いただけのものだ」

男「本気ではない」



男(女の言葉だっただろうか。男は同年代の子を好きになりやすいという謎の理論を言われたものだ)

834 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:26:38.78 ID:iDK1dhPW0




姫「私は……別に本気にしてもいいと思っています」

姫「そうですよ、どうにか司祭と近衛兵長を追い出した後、二人で一緒にこの独裁都市を治めましょうよ」

姫「荒れた都市を立て直すのは民からも感謝され、やりがいのある仕事になると思います」



男「ブラック企業みたいな謳い文句だな」



姫「気が進まないなら男さんは王様としてふんぞり返っているだけでもいいです」

姫「実務は私と臣下に任せてくれてもいいです。とにかく……これからもずっとこの都市で私と一緒にいてください」



男「…………」

姫「駄目、ですか」



男(姫の願いはごちゃごちゃした現状をすっ飛ばした仮定の話だ)

男(実現するかも分からない、ならば姫を安心するために形だけでも頷くのがベストなのかもしれない)

男(だが……そうだ。裏切られるのが嫌いな俺が、誰かを意図して裏切るなんてことあってはならない)

835 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:27:45.62 ID:iDK1dhPW0



男「駄目だな」



姫「……どうしてですか?」

男「俺には元の世界に戻りたいって譲れない思いがあるからだ」

姫「元の世界よりもずっと豪華で豊かな暮らしをさせると誓います!」



男「それでも駄目だ。簡単に代替出来ないから譲れないんだ」

男「姫だってそうだろ、俺と一緒にいたいと言う割には――どうして独裁都市を捨てて俺に付いていくと言わないんだ」



姫「それは……」

男「別に責めてるんじゃない。それだけこの地が大事なんだろ」



男(ワガママな姫を強制されて苦しんでいるのに、それでも民が苦しんでいることを憂いていた。そのことから分かっていたことではあった)



姫「私の大事な人……母がこの地を、民を愛していたんです」

男「……そうか」

姫「男さん、話をしてもいいですか」

男「ああ。気の済むまで話せ」



男(背中に抱き着かれたまま、俺は姫が話し出すのを待つのだった)

836 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/05(水) 21:28:37.26 ID:iDK1dhPW0
続く。
837 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/06(木) 00:32:33.47 ID:topj5pzuO
乙!
838 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/06(木) 02:04:24.76 ID:8vhPDFURo
乙ー
839 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:32:46.49 ID:wnLt7EC+0
乙、ありがとうございます。

投下します。
840 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:33:40.23 ID:wnLt7EC+0

男(姫が過去を語りだす)



姫「先代の大巫女である母は、片腕である司祭司祭と共にこの地を上手く治めていました」

姫「民のことを思った政策が、回り回って一番都市のためになることを分かっていたんです」

姫「ですから母はどこに行っても感謝の言葉をかけられていました」

姫「そんな母の後ろ姿を見て、いつか私もそうなりたいと自然に思っていました」



姫「ですが歯車が狂いだしたのは三年ほど前のことです」

姫「私が物心つく前に父が他界した原因である流行病に、母も罹ってしまったのです」

姫「どうにか回復させようと様々な秘薬や魔法が使われましたが、衰弱する一方でした」



姫「それでも母は私の前では元気な姿を演じていました」

姫「ですが私だって子供じゃありません。無理していることは分かっているけど、それでも嬉しくて……」

姫「ある日突然母は息を引き取りました」



姫「違います、分かってなかったんです。母は私の想像以上に無理をしていたんです」

841 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:34:08.58 ID:wnLt7EC+0

姫「大事な存在をなくす喪失感に私は打ちのめされました」

姫「しかし、下ばかりを向いていられません。母の死を以て、大巫女の座が私に引き継がれるからです」



姫「この都市を、母が愛したこの地を守る」

姫「継承の儀を終えて、決意を新たにした私が連れて行かれたのが……この部屋でした」



姫「今でもそのときのことは覚えています」

姫「母と共にこの地を愛していたはずの司祭がぞっとするほど怖い顔をしていて」

姫「その隣には近衛兵長さんといういつの間にか近衛兵長になっていた女性がいて」



姫「二人は私に命令しました」

姫「その内容は恐ろしいほどに民を軽んじたもので、当然私は抵抗しました」

姫「しかし二人は私をとことん追い込んで………………こうしてワガママな姫は誕生しました」

姫「民としては権力を持った私が暴走しだしたようにしか見えなかったでしょうが」

842 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:34:37.88 ID:wnLt7EC+0



姫「それからはもう地獄の日々でした」

姫「民が苦しむ姿をまざまざと特等席で見せつけられ、反抗の意志を持つ度に打ちのめされ、協力者を作りようやく光が見えたと思った次の瞬間に帰らぬ者となったことを聞かされて」

姫「立て続けに大事な物を無くした結果、恐怖が植え付けられたんだと思います」



男(そうか。姫がヤンデレなのは似合わないと思っていたが……恐怖から過保護なまでに執着するようになったと)



姫「ありがとうございます、男さん。話を聞いてくれて。だから私にとってこの地は譲れない場所なんです」

男「礼を言われるような事じゃない」



姫「でも……だからこそ私は死ぬべきなのかもしれません」

男「どういうことだ?」



男(物騒な発言に思わず聞き返す)

843 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:35:15.83 ID:wnLt7EC+0

姫「男さんは聞いてないんですよね。パレード前に演説したときのことを」

姫「神殿を金で覆うための資金は貯まったことにして、次は自分の黄金像を作るように演説しろと……」

姫「二人に従って私が話した結果、民に浮かんだ感情は怒りを通り越して殺意とまでなっていました」



姫「悪く言うつもりではないんです。私だって同じ立場なら何馬鹿なことを言ってるんだ、と思うでしょうから」

姫「あれによって元々低かった私の執政者としての評価は地の底にまで落ちました」

姫「もし予定通りパレードで殺されたとしても、民からは死んでせいせいしたと思われるほどだったでしょう」



姫「そんな私が……もう独裁都市で何か出来ると思いますか?」

姫「この地のことを民のことを思うならば……私が死んだ方がいいんじゃないかと……」

姫「最近ではそんなことも頭をよぎるようになって」



姫「実を言うと司祭の目的は察しが付いているんです」

姫「彼は私の代わりにこの都市を治める地位に就きたいんです」

姫「そのために私の評価を落として、こんな最低な大巫女よりは伝統ではないけど司祭が都市を治めた方がマシだという世論を形成させたんです」



姫「彼のやり口は卑劣極まるものですが……その策に従って生き恥を晒している私より、すぱっと彼に変わった方が民のためになるかもしれないと……だから私が死んだ方が……」

844 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:35:42.79 ID:wnLt7EC+0



男「もういい、分かった」

男(俺は姫の話を遮る)



姫「男さん……分かってくれましたか、やはり私は……」

男「違う。俺が分かったのは……おまえが嘘を吐いていることだ」

姫「え……?」

男「まどろっこしいのは嫌いなんだ。だからすまんな」



男(背中から抱き着かれている姫を振りほどいてから体を反転させる」

男(ベッドの上で姫と正面に向き合い、俺はその両肩を掴む)



男(そして――)

845 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:36:14.79 ID:wnLt7EC+0



男「姫に命令する。本音で答えろ」

姫「……っ!」



男「民もこの状況も一切合切どうでもいい。おまえ自身がどうしたいか話せ」

男「本当に独裁都市のために自分が死ぬことが……おまえの出した結論なのか?」



男(魅了スキルの力によって、強制的に姫の心の内を暴き出す)





姫「本当は………………私だって死にたくありません!」

姫「母のようにこの地を自分で導きたいんです!」



姫「馬鹿なことを言っているのは分かっています!」

姫「ここまで民を苦しませてきた元凶が何を言ってるんだと白い目で見られるだろう事も!」



姫「土下座しても許してもらえないでしょう、石を投げられることもあるでしょう!」

姫「それでも諦めません、譲るつもりはありません!」



姫「だって私が一番この地を、民を愛しているって……信じていますから!」

846 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:36:49.06 ID:wnLt7EC+0

男(姫の抑圧されていた本音が漏れ出した)



男「ははっ……中々に傲慢じゃねえか」

男(先ほどまで言っていた建前と180度違う本音に、俺は愉快気に笑う)



姫「どうして……こんなことを。私は我慢していたんですよ」

姫「明日死んでしまうのに……こんな自覚させられたら未練しか残らないじゃないですか!」



男(俺と一緒に寝ることをせがんだ時も震えていた)

男(今もそうだ)



男(恐怖で目に涙を浮かべている姫に俺が出来ることは)



男「すまんなこんなことしかできなくて。――命令だ、姫。眠れ」

姫「それ……は……」



男(魅了スキルの命令によって姫はすぐに寝息をかき始める)

男(少々強引だが、このまま眠れないよりはマシだろう)

男(気になるのは悪夢を見ないかだが、そもそも現状が悪夢みたなものであることを考えると、体力回復できるだけ眠っている方がいいと割り切る)

847 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:37:32.21 ID:wnLt7EC+0



姫「すぅ……すぅ……」



男(穏やかに眠る姫の顔を覗きながら……俺は一つ考えてたことを実行する)



男「命令を解除する」

姫「ん……すぅ……すぅ……」



男(さて、これで眠れという命令は解除されたはずだが……姫が起きる気配はない)



男(どうやら成功みたいだな)

男(眠れという命令を解除することによって、反対の状態である起きる行動に繋がるわけではないようだ)

男(命令によってさせられた状態は、命令が解除されても続く)



男(だったら……上手く行きそうだ)

848 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:38:25.11 ID:wnLt7EC+0



男「おやすみ、姫」



男(眠っている姫に声をかけると、俺はベッドから起き上がる)

男(姫と一緒に寝るとは言った。だが、眠るとまでは言っていない)

男(屁理屈だが頼みは完遂したということで、俺は元のソファに戻り一人寝転がる)



男「…………」

男(結婚か……俺には一生縁がないと思ってたのにな。敵の策略とはいえこんなことになるとは)

男(未だに実感が沸かない。明日結婚することだけでなく……死んでしまうかもしれないことも)



男(だからといって俺一人にだけ落ち着く時間をくれたりはしない。時は万人に平等だ)



男(だったらせめて早めに寝ようと俺は目を閉じるのだった)

849 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/07(金) 22:40:19.07 ID:wnLt7EC+0

続く。

5章も長くなってきたので作者自身の整理も兼ねて四陣営の目的と気になる点をまとめておきます。



男・姫 〜囚われの身の二人〜
目的 生き残ること
男には一人だけでいいなら助かる方法がある?



司祭・近衛兵長 〜独裁都市中枢・首謀者〜
目的 姫の代わりに権力者の地位に就く?

『組織』に結婚式で姫を殺すように依頼。
大勢の人の前で姫を殺すことにこだわっている?
王国の間者を気にしている。



ギャル・メガネ・デブ・レズ 〜駐留派、『組織』の一員〜
目的 中枢から依頼された仕事をこなす

デブとレズの二人は男の身柄をどうにか奪おうと画策している。



女・女友 〜竜闘士・魔導士〜
目的 男ともう一度会う

策略により一度独裁都市を追い出されたが、再度独裁都市に潜入する
これが結婚式四日前の出来事であり、その後の状況は不明



と、こんな感じですかね。

次回より5章最後の山場である結婚式パートに移ります。
850 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/08(土) 00:33:27.34 ID:iqLyxDNaO
乙!
851 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/08(土) 01:14:46.79 ID:cRxK894H0

wktk
852 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/08(土) 09:59:54.48 ID:1p9oId1So
乙ー
853 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/08(土) 19:59:09.63 ID:VCKx9yWS0


>>849は休載明けの特設ページ感あって良いな
別に休載なんかしてないけども
854 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:00:05.53 ID:ITcLnTf+0
乙、ありがとうございます。

>>851 ktkr

>>853 ssは区切りが無くて読み返しにくいので振り返りまとめは需要があるんじゃないかと思って書きました。
次のスレ行くときもまた状況まとめて書きたいと思ってますねー。

投下します。
855 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:00:50.67 ID:ITcLnTf+0

男(やってきた結婚式の朝)

男(俺と姫は朝からやってきた司祭と近衛兵長にそれぞれ部屋から連れ出された)

男(久しぶりに部屋の外に出たが、司祭が常に監視の目を光らせているため妙なことは出来そうにない)

男(姫の方も近衛兵長が付き従っている)



男(神殿の一階にある大部屋に通される俺。姫は別の部屋のようだ)

男(人員総出で慌ただしく準備が進んでいく様子が見て取れる)

男(それでも魅了スキルを持つ俺に女性の職員を近づけさせないように細心の注意が払われているようだ)

男(俺の用意はというと着替えるくらいだけだったので、タキシード姿になってからはぼーっとする時間もあった)

856 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:01:20.94 ID:ITcLnTf+0

男(だから愚痴をこぼす職員二人の会話を聞く余裕もある)



職員A「へえ……あの方が姫様のお相手ねえ」

職員B「おい、聞こえるぞ」



男(はい、聞こえてます)



職員A「大丈夫だって。つうか冴えなさそうなやつに見えるけどなあ」

職員B「まあ、それは……。姫様が一目惚れするくらいだから超イケメンなのかと思ったけど、見る限り普通だよな」

職員A「パレードで初めて会ってから一週間で結婚式が開かれるくらいの超絶スピード婚なんだろ。何が決め手だったんだろうな」

職員B「さあな。にしてもこれで姫様もちょっとは丸くなってくれるといいけどな」

職員A「そうだな。俺はもう半分諦めてるから受け入れたけど、親が黄金像建てるって言った姫様に激怒して、いつも愚痴ばかり聞かされてさあ」

職員B「おう、それはご愁傷様」

職員A「ワガママの矛先が旦那に向かうことを祈るばかりだぜ」



男(最初は諫めていた同僚だが結局一緒になって愚痴をこぼしながら去っていく)

857 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:02:04.83 ID:ITcLnTf+0

男「………………」

男(一週間……そうか、パレードから今日で一週間経つのか)

男(もうというべきか、まだというべきか悩む)

男(姫に捕まってからは傀儡であったことが判明したり命の危機が迫ったりと怒濤の展開だったが)

男(あの部屋から一歩も出れず特に代わり映えの無い日もあって、時間感覚がめちゃくちゃになっている)



男(そして姫の言っていたとおり、かなりヘイトが集まっているようだ)

男(俺との結婚で丸くなるように願われているが……その前に殺すのが司祭たちの狙いだ)

858 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:02:53.61 ID:ITcLnTf+0



姫「男よ」

男「……どうなされましたか、姫様」



男(いきなり声をかけられてビックリしたが、どうにか反応できた)

男(そこには近衛兵長を傍に控えさせた姫がいた。ぼーっとしている間に近づいてきていたようだ)

男(尊大な態度に呼び捨てで名前を呼ぶ姫に俺も恭しく対応する)



男(現在周囲にはこの都市の真実を知らない人が大勢いる)

男(その人たちのイメージを崩させないために、姫にはワガママな姫を、俺は従順な人間を演じるように司祭と近衛兵長から命令されていた)

男(ということがあって今のやりとりなのだが……)



男「やっぱりその言葉遣い面白いな、姫」

姫「うー……分かってますよ!」



男(小声でからかうと姫も小声で恥ずかしそうに返す)

男(姫の本当の姿を知ってしまった俺からすると吹き出してしまいそうだ)

859 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:03:54.04 ID:ITcLnTf+0

姫「こほん……それよりずいぶん似合っているようじゃな」

男「はっ、ありがたき言葉」



男(姫は咳払いして俺の姿を褒める)

男(現在俺は白のタキシードを着ている)

男(この服を見ての第一印象が、汚れが付いたらめちゃくちゃ目立つな、である俺が着こなせるような服ではない)

男(おそらく服に着られている状態なはずだが、姫様モードである姫はお世辞を言ってくれるようだ)



姫「……本当に似合っておるぞ」

男「はっ、ありがたき言葉」

男(何故か繰り返す姫に俺も同じく返す)



姫「お主……余の気持ちを本当に分かっておるのか?」

男「もちろんです。姫様の御心のほどは……」

姫「いや、分かっておらぬ。………………本当にかっこいいですよ、男さん」



男(周囲を気にした後、素の調子で口を開く姫)

男(その様子に基本的に疑心から入る俺も、姫の本心からの言葉なのだとすっと入ってきて)



男「そ、そうか……」

男(俺は普通に照れた)

男(かっこいいなんて言われたのは幼い頃の両親以来だろう。……俺、かっこいいのか)

男(いや、確かにこの服着たとき『服に着られているだけかもしれないけど……俺、かっこよくね』と思って珍しく鏡の前でらしくないターンとかもしたけど)

男(自分で思うのと他人からの評価は違うもので)

860 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:04:59.59 ID:ITcLnTf+0



姫「珍しい様子じゃが……何か忘れておらぬか、男よ?」

男「……?」



男(いきなりのことに何のことかと思案していると、姫はその場でターンをする。ドレスの裾がふんわりと舞う)

男(その仕草の意味は分かる。そうか、姫も結婚式用のドレスに着替えているわけで、つまりは……)



男「似合っていますよ、姫様」

姫「うむ、そうか」

男「ええ、姫様の魅力が存分に表れています」

姫「その言葉も嬉しいが……」

男「……? ん、ああ………………姫、綺麗だぞ」



男(演技している状態の言葉はどうしても空虚に聞こえてしまう。そのためいつもの調子で伝えると)



姫「それじゃ。そうか……男が余のことを……えへへ……」



男(最初こそ耐えていたが顔がほころび始める)

男(その表情を見られていたらイメージが崩れていただろうが、幸いにも見ている人はいない)



男(周囲を確認して結論づけたところで……ちょうど気づいたことがあった)

861 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:06:04.82 ID:ITcLnTf+0



男「司祭と近衛兵長がいない……?」



男(つい先ほど、姫がやってくるときまではいたはずだ)

男(その後会話をしている間にいなくなったのだろうか?)

男(だが、俺たちの監視を放り出して何をしている?)

男(監視の目がないなら形振り構わず逃げても……)



近衛兵「姫様、男様。時間です」

近衛兵「司祭様、近衛兵長の役目を引き継いでここからは私が案内します。付いてきてください」



男(声をかけられた。近衛兵の服を着た男性……そして二人の役目を引き継ぐということは……こいつも真実を知っているということか?)



男(まあ流石に二人だけでは手の回らないところを埋めるために協力者がいるのではないかと想像したこともあったが……)

男(その反面、人数が多くなるほど情報漏洩の危険性も増える)



男(ならば二人の役目を引き継ぐと言わせただけの何も知らない人物という可能性も……)

男(いや、だとしても俺たちが何かしたら報告するように言われてるとしたら軽率な行動は……)

862 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:06:53.34 ID:ITcLnTf+0



姫「行くぞ、男」

男「姫様……」

姫「お主の考えてることは分かる。じゃがこの服装は逃げるにも目立ちすぎる。そして説得の時間もない」

男「……そうですね」



男(姫の言うとおりだ)

男(近衛兵がどちらの立場だろうと、俺たちはすでに結婚式へのレールに乗せられて動き始めている)

男(ちょっとやそっとのことでは止まってくれない)



姫「じゃから……今はこの状況を満喫するだけじゃ!」

男「ちょ、ちょっと……姫様!?」



男(俺は慌てる。姫が俺と腕を組んで近衛兵の後を付いていき始めたからだ)

863 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:07:38.33 ID:ITcLnTf+0



姫「どうやら余と男のラブラブ具合を珍しく思われているようじゃな、みんなに見られておるぞ」



男(道行く人々が『あのワガママな姫様が男と腕を組んでいる!?』と驚いた表情だ)

男(それを余裕気に眺めながら姫は歩いているが)



男「……あまり無理するなよ、耳真っ赤だぞ」

姫「し、指摘しないでください!」



男(どちらかというと小心者な姫にそんな余裕があるわけがない)



男「………………」

男(昨夜は魅了スキルの命令で眠らせたから、何か影響が出てないか気になったが……この様子だとしっかり体力は回復したみたいだな)

男(しかし、俺は根本的な問題、姫の恐怖について解決できていない)



男(結婚式……魅了スキルで好きになってしまった俺との祝福の場でありながら、断頭台が設置されている場でもあり)

男(それを前にして姫のテンションがおかしくなっているのだろう)

男(だからこうして慣れないことをして誤魔化そうとしている)
864 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:08:13.75 ID:ITcLnTf+0



男「すいません、姫様。歩くのが早いです」

姫「そうだったか?」

男「ええ。まだ時間はありますから、落ち着いていきましょう。大丈夫ですから」

姫「う、うむ……」



男(腕を組んでいるため俺は姫と歩調を合わせないといけない)

男(その内スキップでもしだしそうな勢いの姫に落ち着くように言う。





男「そうです、姫様。………………大丈夫だからな、姫」

姫「うむ。………………ありがとうございます、男さん」





男(姫の表情に落ち着きが戻った。これでしばらくは大丈夫なはず)



男(にしても気になるのは司祭と近衛兵長の行方だ)

男(大事な計画であるはずの結婚式直前に……俺たちから目を離してまで何をやっているのだろうか……?)

865 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/09(日) 22:09:13.20 ID:ITcLnTf+0
続く。
866 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/09(日) 22:49:33.29 ID:oOFrSaYy0
乙!
867 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/10(月) 00:54:50.83 ID:oXwUHjA/o
乙ー
868 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:06:38.27 ID:yGjL312I0
乙、ありがとうございます。

投下します。
869 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:07:16.22 ID:yGjL312I0

司祭(私はいつだってこの独裁都市のことを考えていますから、ええ)



司祭は回顧する。



<回想>

司祭(先代の大巫女、姫様のお母様は、民のことを常に考えた政策を打ち出すそれはそれは素晴らしい執政者でした)

司祭(ですがあまりにも民のことを思うがばかりに外敵のことなど考慮できていないこともあり……)

司祭(そのときに全体の情勢を鑑みて忠言するのが司祭であり都市のNo.2である私の役目でした)



司祭(姫様には見せないようにしていましたが、スタンスの違う彼女と私は政策のことで何回も衝突していました)

司祭(しかし彼女も頭の固い人ではなく、きちんとこちらの話に理があると判断して折れることもありました)

司祭(逆にこちらに理がないと判断すると絶対に考えを曲げませんでしたね)



司祭(今思うといざというときは止めてくれる私という忠臣がいるからこそ、彼女は民のことを全面的に思うことが出来たのだと)

司祭(……いや、そう思うのは自惚れが過ぎますかね)

870 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:07:56.80 ID:yGjL312I0

司祭(そういうところから、どこに行っても民に慕われる彼女)

司祭(対して私は目立ちませんでした)



司祭(いえ、それは当然です。私の役目は目立つことではありませんのですから)

司祭(しかし……こんなに都市のために尽力しているのだから、少しくらい報われてもいいんじゃないかと思ったのも事実でした)



司祭(事態が急変したのは3年ほど前でした)

司祭(彼女が流行病に罹ったのです)



司祭(私は臨時的に執政者として腕を振るいながらも、彼女の回復に努めました)

司祭(しかしそれも叶わず……彼女は亡くなりました)



司祭(悲しみました。思想上衝突することは多かったですが、彼女の人柄は好んでいました)

司祭(彼女を支える立場に誇りすら感じていたんですから)



司祭(ですが悲しんでばかりはいられません。彼女の死を以て、大巫女はその娘である姫様に引き継がれます)

司祭(彼女の思想を色濃く受け継いでいる姫様)

司祭(年齢こそ若いものの、いずれ彼女のように偉大な執政者になるのは想像が付きました)



司祭(最初は未熟な面が目立つかもしれませんが、だとしても私が支えればいいのです)

司祭(私はNo.2の立場で引き続き頑張って――)

871 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:08:30.01 ID:yGjL312I0



近衛兵長「本当にそうなのか?」

司祭「え……?」



司祭(先代の大巫女の葬式を終えて、心を切り替えようとしている私の前に現れたのは……近衛兵長でした)



近衛兵長「この一年。先代の大巫女が病床に伏している間、あなたは臨時的ではあるがこの都市の頂点にいた」

近衛兵長「都市の執政と先代の回復に尽力するあなたに民は注目し、多くの声や期待をかけた」



近衛兵長「No.2として王を支えていたときには無かったもの。それをあなたは心地良いと感じたはずだ」

近衛兵長「だが先代も亡くなり新たな大巫女が受け継がれる。あなたもNo.2に戻される」

司祭「……」

近衛兵長「あなたはそれでいいのか?」



司祭(近衛兵長は私の思っていることを的確に突いてきました)

872 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:09:13.30 ID:yGjL312I0



司祭「いい……というべきなのでしょう。私は我を殺して、支える役に徹するべきなのですから」

司祭「しかし、私は知ってしまいました」

司祭「多くの人が私に従う快感を、己の思った通りに事が成る快感を、王として振る舞う快感を……!



司祭「ええ、認めましょう! 私はこの事態を口惜しく感じていることを!」

司祭「最初こそ先代には死んで欲しくないという思いだけでしていた看病も、途中からは死んで欲しくないが病気も治って欲しくないと思ってしまったことも!」



司祭「……ですがそうならなかったのです。ならば私は元のNo.2に戻るだけです」



司祭(見透かしたような近衛兵長の態度に、私は思いの丈を洗いざらいぶちまけていました)

司祭(抱えていた思いを吐き出してすっきりした……というオチなら美談になったでしょう)





近衛兵長「いや、そうとは限らない」

司祭「……え?」

近衛兵長「No.2のあなたと近衛の長である私。二人が組めば……権力の頂点も獲れるのではないか?」



司祭(しかし、近衛兵長はそこからまさしく悪魔の提案を持ちかけてきたのです)

873 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:09:43.77 ID:yGjL312I0

<現在>

司祭(そして月日は流れ現在)

司祭(あのとき思い描いていた通りの未来まであと一歩というところまで来ました)



近衛兵長「この忙しいときに、どこに連れて行くつもりだ」

司祭「まあまあ付けば分かりますよ。一度近衛兵長さんにも見せておきたいとは思っていたんです」



司祭(姫様と少年の結婚式がもうすぐ始まるということもあり、神殿内は準備のため職員のほとんどが出払っています)

司祭(そんな中を私と近衛兵長さんは歩いていました)

司祭(目的地は神殿一階、行き止まりの壁。それを決められた手順で私は触ります。すると)



近衛兵長「……驚いたな、こんなところに隠し通路があったとは」

司祭「大巫女と司祭しか知らない通路です。もっとも姫様は大巫女になってから自由に行動出来なかったため、入ったことは無いでしょうが」



司祭(現れた下り階段。二人で中に入った後、壁を元通りにしてから私たちは進みます)

874 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:10:21.69 ID:yGjL312I0

司祭「思えば近衛兵長と出会ってから約二年が経ったのですか」

近衛兵長「いきなりどうした」



司祭(階段を下りながら私と近衛兵長は言葉を交わします)



司祭「ふと、思い出しまして。長くかかりましたが……いよいよ今日私たちの野望は叶うのですね」

近衛兵長「そうだな」



司祭「長い道のりでした。まずは姫姫様を軟禁して服従させ、自分本位に振る舞わせることで民からの支持を削る」

司祭「同時に私がお目付役として奔走することで支持を得ていきました」

司祭「機が熟したと見た今回、最後に演説で姫様に特大のヘイトを稼いでもらった後、パレードの大観衆の前で殺すつもりでした」



司祭「あんなワガママな姫様死んでしまえばいいと思っていても、いざ目の前で死ぬと混乱するのが人間というものです」

司祭「そうやって民が動揺する中、予定通りの私はどうにか感情を抑え込みながらと装いながらも迅速に動き事態を収拾」

司祭「姫様の襲撃犯として自ら用意しておいたスケープゴートを捕まえて見せます」

司祭「仇を討った演出で英雄視されることで、その後大巫女の後継者がいないためぽっかり開いた権力のトップに就くのは私がふさわしいというムードを作ります」



司祭「そしてそのときこそ私は名実ともにこの都市の王となるのです」

875 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:11:07.36 ID:yGjL312I0



近衛兵長「私としてはわざわざ大観衆の前で殺さなくても、今の情勢的に姫様が死ねば後継は司祭に収まると思うがな」

司祭「同感ですがそれではげすの勘繰りをする者も出てくるでしょう。権力を奪うために私が姫様を殺したんじゃないかと」



近衛兵長「まあ、実際そうだしな」

司祭「私は完全に支持される王に成りたいんです。そのため姫様には大々的に死んでもらって、そのインパクトで民の注意を逸らしてもらわないと」



司祭(そのとき階段を降り終えます。しかし、そこで到着ではなく平坦になった道をもう少し歩かないといけません)



近衛兵長「ところでそろそろ教えてもらえないか? 何故このタイミングで隠し通路を進まされているのか? この先に何があるのかを」



司祭「ええ、そうですねえ。このタイミングであることは簡単なことで、職員がほぼ出払っているからです」

司祭「先日の漏洩した情報からして、どうやら王国の間者は神殿内部に潜んでいるようです」

司祭「その者にこの先にある物を万が一にも見られないように、こうして人目の少ないタイミングで動いているんです」



近衛兵長「用心深いのはいいが、わざわざこんな忙しいときにしなくても……」

司祭「いえいえ、忙しいのはこれからですよ。私の試算では姫様殺害の対応で今日から向こう一週間は忙殺されるでしょうから」

近衛兵長「ため息が出るな……はぁ……」

876 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:11:54.83 ID:yGjL312I0

司祭(そのときちょうど目的の場所にたどり着いた)



司祭「そしてこの先にあるものは……この通りです」

近衛兵長「そうか。誰にも見つかってはいけないもの……ここにある金は表に出せないものってことでいいか?」



司祭「その通りです。姫様を通じて法外な税で巻き上げた金の大部分がここにあります」

司祭「表向きは神殿を豪華にするためにという名目ですが、もちろんそんなことには使いません」

司祭「陰謀の協力者に支払った分、今回『組織』への依頼金もここから出していますが、それでも額が額だけに大部分は手付かずです」



司祭「この金は私が王になった後、全て軍事拡大のために使います」

司祭「現在勢力を伸ばしつつある王国は、近い位置にあって広大な領地を持つこの独裁都市に目を付けるでしょう」

司祭「……民のためを思った政治ではいずれ訪れる難局に対応できない事は明らかです」

司祭「そのために私は悪魔と契約したのですから」





司祭(名誉に対する欲が無いとは言いません)

司祭(しかし、それだけで動いていないことも確かなのです)


司祭(幼い姫様に任せては、これからの激動の時代は乗り切れない)

司祭(独裁都市は滅ぼされるでしょう)



司祭(そうはさせません。先代が愛したこの地を守るために……私は心を鬼にして……)

877 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:12:38.59 ID:yGjL312I0



近衛兵長「見上げた心上げだな。これだけの金を前にすれば少しくらい自分の懐に入れようと思ってもおかしくないのに」

司祭「私はいつだって独裁都市のことを考えていますから、ええ」



近衛兵長「それで。どうしてその金の居場所を私にも教えたのだ?」

司祭「これから私は王になります。忙しくてここに来る余裕も無いことも出てくるはずです」

司祭「そのときのためにもう一人この場所を知っていて、金を動かせる者がいた方がいいという判断です」



近衛兵長「そうか、その役目に私を選んだという事は……私を信頼しているのだな」

司祭「もちろんです。そうでもなければここまで陰謀を共に進めたりも出来なかったでしょう」



近衛兵長「……それもそうか。この際だ、他にも共有しておく秘密でもあるか?」

司祭「いえ、特には。私の全ては打ち明けました。これからもよろしくお願いしますよ、近衛兵長さん」



司祭(私の求めに対して、これまでずっと忠実に働いてきた近衛兵長)

司祭(先代に対しての私のように、これから王となる私のNo.2として長い付き合いになるだろうとその言葉をかけて――)



878 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:13:14.11 ID:yGjL312I0







近衛兵長「ならば任務はここまでだな」







司祭「え…………ごふっ……!?」





司祭(その瞬間に起きた出来事は理解不能でした)



司祭(どうして私の胸から剣の切っ先が飛び出しているのか?)



司祭(……誰かに襲われていやここには私と近衛兵長の二人しかいません隠れるような場所も剣は背後から私を刺してしかし背後には近衛兵長がいて賊に後れをとるような腕ではなくそもそもこの剣の持ち主は)



879 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:13:59.07 ID:yGjL312I0





近衛兵長「こうも無防備では斬り甲斐が無いな。スキルを使うまでもない」





司祭(剣が抜かれる)

司祭(痛みや血の喪失、襲撃した人物がはっきりとなったショックが合わさり、床に崩れ落ちるように倒れた私は、それでも最後の力を振り絞って見上げます)





司祭「どう……して……裏切、ったのですか……近衛兵長?」

近衛兵長「おめでたい頭だな。私は裏切っていない。元々貴様に忠誠を誓った覚えも無いからな」

司祭「っ……それ、は……」





近衛兵長「私の行動方針は最初から一貫している。――全ては王国のためだ」





司祭「まさか……あなたが、王国の、間者……?」

司祭(警戒していたのに網に引っかからなかった理由は……つまり最初から……)

880 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:14:43.84 ID:yGjL312I0



近衛兵長「王国を驚異と見なし対応しようとしていたのは流石と言っておこう」

近衛兵長「しかし想定が遅過ぎたな。貴様が思っているよりも王国による各地への侵食は既に進んでいる」



司祭「そん、な……」



近衛兵長「私の役割はこの独裁都市の弱体化」

近衛兵長「そのため潜入した私は貴様に目を付けた。王の器も持たない癖に愚かにも自身が王になろうとした貴様にな」



近衛兵長「結果は上出来だ。私の誘導通りに貴様が動いたおかげで、領地荒れ果て、犯罪が蔓延り、民は疲弊した」

近衛兵長「あとは巻き上げた金さえ奪えば再起は不能と判断していた」

近衛兵長「その隠し場所を暴くために、従うフリして信用を得ていたわけだが……こうして分かれば用済みの無能は不要、ここいらで退場してもらおうというわけだ」



司祭「……」



近衛兵長「おや、もう返事する余力も無いか。ならば、ここの金の運搬は他に任せて……」

近衛兵長「ああ、そうだ安心しろ。計画は最後まで完遂する。姫と魅了スキルの少年には今日死んでもらう」

881 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:15:36.68 ID:yGjL312I0



近衛兵長「私から見ても分かる。貴様と違って、姫は類い稀なる王の素質を持つものだ」

近衛兵長「やつを中心として復興する可能性を奪うために殺す」

近衛兵長「この世界に王は、我が王一人存在すればいいからな」



近衛兵長「そして魅了スキルの少年も確実に殺す」

近衛兵長「やつの力が存分に発揮された場合、王国の危機となる可能性が僅かではあるが考えられる」

近衛兵長「どんな芽も摘んでおかないといけないからな」





司祭(近衛兵長は……そこまで、言うと……倒れ、伏した私に、興味を……失った、ようにその場を、去って……いき、ます)



司祭「…………」



司祭(命が……喪失していく、意識が……薄れる)

司祭(最期に、私が思い、浮かべたのは……謝罪)



司祭(申し訳、ありません……でした、姫様……と)



司祭(今さら、どの面、下げて……謝ってるの、でしょうね…………)

882 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/11(火) 15:16:27.08 ID:yGjL312I0
続く。

悪役の回想は死亡フラグ。
883 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/11(火) 15:44:51.04 ID:MEdP96YxO
乙ー
884 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/11(火) 15:47:40.79 ID:NtSyVc8o0
乙!
885 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/11(火) 15:47:40.89 ID:NtSyVc8o0
乙!
886 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:03:35.57 ID:OqXPPY6C0
乙、ありがとうございます。

投下します。
887 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:04:27.38 ID:OqXPPY6C0



司会「それでは新郎新婦の登場です!」



男(神殿正面玄関の大扉が開けられて、俺と姫は結婚式会場である広場に出る)

男(結婚式の開幕だった)



観客「「「姫様ー!!」」」



男(広場には多くの人が集まっているようで、登場した瞬間から大盛り上がりで出迎えられる)



男「大人気だな、姫」

男(俺は隣を歩く姫に視線だけ向ける)



姫「男さんも少しくらい目立って、私への注目を減らしてください!」

男「それは無理な注文だな」



男(自慢じゃないが目立つなんて無縁な人生を送ってきた自負がある)

888 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:05:06.81 ID:OqXPPY6C0

男(神殿から広場中央の鐘のある位置まで赤い絨毯が敷かれて区切られた通路が出来ており、新郎と新婦はそこを歩くように言われている)

男(通路の脇には等間隔で近衛兵が周囲の観客に対して警戒をしながら立っていた)

男(それもそのはず。祝福ムードが目立つ会場だが、どうにもこちらに悪感情を向けている観客がちらほらと見かけられる)



男(現在姫様は策略によって、バカなことで税金を巻き上げている愚かな権力者という評価が付いている)

男(それでも祝福の場だから関係ないよねと思う人もいれば、俺たちを苦しめている癖に自分一人だけ幸せになろうとしているのかと怒る人もいて当然だ)



男(だが、まあ彼らは直接的には関係ないだろう)

男(不満を持っても結局は市民だ。俺たちを害しようと直接的な行動に移すような人がいるとは思えないし、ネジが外れたやつがいたとしても近衛兵が排除してくれるだろう)

男(表向き権力者である姫から近衛兵の警備を排除することは司祭と近衛兵長でも出来ない)



男(だから俺たちを殺すためにその近衛兵をも上回る大戦力をぶつけてくるだろうことは想定できるが……)

男(……流石にどこにいるのかは分からないな)

男(まあ見つけたところで何か出来る訳じゃないし、まだ会場の外にいる可能性もあるか)

889 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:05:54.38 ID:OqXPPY6C0

男(広場の中央にたどり着く。そこには司祭がいるはずだったが…………)



男「あれ?」

姫「どうしたんでしょうか?」



男(俺と姫は小声でやりとりする)

男(というのも目の前にいるのが司祭じゃなかったからだ)

男(やつは女神教における結婚式を取り仕切ることが出来るそうだ)

男(大巫女、この都市のトップの結婚式であるからこそ神父の中で一番偉い司祭に今回役目が回るのはある意味当然で、そう話に聞いていたのだが……)



神父「司祭様とは連絡が付かないため急遽私が代理に入った」



男(俺たちの動揺が見て取れたのか、代理の神父が小声で伝える)

890 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:06:33.58 ID:OqXPPY6C0

男「…………」

男(どういうことだ……?)

男(俺たちへの襲撃に巻き込まれることを恐れて役目を降りたのか……いや、そんなこと計画段階から分かっていることだ)

男(そのつもりなら最初から役目に就かなければいい、断る理由なんて忙しいからとかでも通るだろう)

男(無駄に混乱させて結婚式の進行に問題が起きて困るのはやつらも一緒だ)



男(だとしたら……この事態は偶発的なものか?)

男(思えば近衛兵長も先ほどからずっと姿を見せていない)

男(二人が結婚式とは直接関係ない何かをしていて、そこで何かあったから司祭が来れなくなった……としたら)



神父「それではこれより婚礼の儀を執り行う!」



男「………………」

男(だとしても……関係ないか)

男(そうだ、司祭と近衛兵長が何をしていようと、今の俺に出来るのはこの流れに乗ることしかないんだ)

男(だったら考えるだけ無駄だ)

891 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:07:25.20 ID:OqXPPY6C0

男(その後、女神教における婚礼の儀が進んでいく。事前に姫によって指導された通りの作法で俺は行う)

男(そして儀はクライマックスを迎える)



神父「新郎新婦、永遠の関係を願って、共に鐘を鳴らしてください」



男(広場中央に備え付けられた鐘)

男(そこから伸びる紐を俺と姫は一緒に握り)



カーン、コーン。



男(澄み渡った鐘の音が広場に響き渡る)

男(どうやら上手く姫とタイミングを合わせることが出来たようだ)

892 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:08:05.43 ID:OqXPPY6C0



神父「それでは新郎新婦、誓いのキスを」



男(言われて俺は姫と向かい合う)

男(会場も空気を読んでしーんと静かになる)



男(これがあることは分かっていた)

男(練習でも実際にはしていない、ぶっつけ本番)



男(だが、本当にするのか?)



男(これは強制された結婚式だ)

男(俺は参加させられただけで……本気で姫と結婚することを決めて臨んだ訳じゃない)



男(いや、ここまで婚礼の儀を進めておいて今さら何だとは思うが……この先に進めば戻れないだろうことは俺でも分かる)

男(俺は……本当に姫と永遠の関係を誓うのか?)

893 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:08:42.21 ID:OqXPPY6C0





姫「男さん……愛しています」





男(ワガママな姫の仮面を捨てて、俺だけに聞こえるように愛を囁く姫)

男(迷っている俺に対して、姫の目には覚悟が灯っている)



男(俺はその言葉にどう答えていいか分からず)



894 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:09:36.75 ID:OqXPPY6C0





???「その結婚、ちょっと待ったーー!!」





男(瞬間、静寂な会場に声が響き渡った)

男(反射的にその声の方を向く。もしかしたらという期待も込めて)



男(しかし、そこにいたのは)



895 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:10:52.39 ID:OqXPPY6C0



組織構成員「俺たちから税を巻き上げておいて、自分だけ幸せになろうってのは虫が良すぎるんじゃねえか!? ああんっ!?」



男(会場に乱入してきた武器を持った粗野な男たちだ)

男(その中に俺と同年代の少年の姿を見つける。確信は無いが見覚えのある顔で、クラスメイトのはずだ)

男(だとしたら……『組織』に所属した駐留派か!?)



男(ならやつらはこの都市の民ではないはずだが、口上からして姫に不満を持った者による犯行と見せかけるつもりなのだろう)

男(そちらの方が自然だから)



組織構成員「許せねえ……許せねえよ! 滅茶苦茶にしてやる!」



男(不満が爆発したという演技で、ついに計画が始動する)





観客A「な、何だ!?」

観客B「あいつらヤバくない!?」

観客C「に、逃げろっ!!」



男(武装した男たちは最初に声を上げた集団で全てではなく、様々な箇所から別々に会場入りしたようだ)

男(その姿を見てパニックになる会場の観客たち)



男(祝福の場から一転、阿鼻叫喚の地獄絵図と陥るのだった)

896 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/14(金) 00:11:56.75 ID:OqXPPY6C0
続く。
897 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/14(金) 00:28:34.77 ID:mmzJn3UMO
乙!
898 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/14(金) 00:52:30.04 ID:r4RBHTr7o
乙ー
899 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:36:28.89 ID:eJRAgmyD0
乙、ありがとうございます。

投下します。
900 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:37:15.93 ID:eJRAgmyD0

男(結婚式が行われている神殿前広場に現れた『組織』の構成員たち)

男(観客たちが外に向かって散り散りに逃げていく中、やつらはそれぞれの方向から一点、広場の中央にいる俺たちを目指してくる)



近衛兵1「姫様と男様の安全が第一だ!!」

近衛兵2「二人を逃がすことは出来そうか!?」

近衛兵3「駄目です、完全に囲まれています!!」



男(警備の近衛兵たちは職務に忠実に姫様とその伴侶予定である俺を守ろうとする)



近衛兵「っ……申し訳ありません、姫様。安全な場所に避難させたいのですが……」

姫「構わぬ! じゃが、やつらを絶対に近づけるでないぞ!」

近衛兵「はっ、了解であります!」



男(近衛兵は敬礼すると、俺と姫の身辺警護として二人は残り、それ以外は構成員たちの迎撃に向かう)

901 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:37:43.80 ID:eJRAgmyD0



姫「……ということじゃが、男」

男「仕方ないでしょうね。一点突破で逃げ出すには人が多すぎます」

男(近くに近衛兵がいるため俺と姫の会話は外面を意識したものだ)



男(襲撃を察知して逃げ出した観客たちだが、集まった数が多すぎるため今なお全員が逃げきれていない)

男(戦力を集中させて一点突破して逃げようにも、人が多くて機動力を出せないし最悪市民を巻き込む可能性もある)

男(そのため消極的な迎撃を続ける、防衛戦の選択しか出来ないようだ)



男(司祭と近衛兵長はこの効果も狙って多くの人を集めたのだろう)

男(『組織』の構成員の目的が俺たちだけのようで、観客を襲う動きがないのは不幸中の幸いだ)

902 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:38:10.62 ID:eJRAgmyD0

姫「大丈夫……ですよね? 近衛兵だってたくさんいるんですし、練度も低くありませんし……」

男(姫が俺の服の袖を握りながら小声で聞いてくる)



男「ああ、大丈夫だ」

男(大丈夫じゃないな)



男(『組織』の構成員たちと近衛兵では姫の言うとおり、一人一人の練度は近衛兵の方が上のようだ)

男(しかし、相手の方が数が多く一対複数の戦いとなっていたり)

男(近距離職を持った近衛兵には遠距離職の構成員を当てられているなど相性の不利な戦いを強いられている)



男(司祭と近衛兵長によって警備の全容はあちらに流されているのだろう)

男(そのせいで徹底的に痛いところを突かれているようだ)



男(このままでは遠くない内に防衛線を突破されてここまで到達するやつらも出てくるはず)

男(俺たちの傍に控えている近衛兵二人までが戦わないといけなくなったらもう最悪の状況になる)

903 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:38:39.34 ID:eJRAgmyD0

男(と、そのとき近衛兵たちの顔が歓喜に染まる出来事が起きた)



近衛兵1「おい、神殿の方から……!!」

近衛兵2「近衛兵長様だ!」

近衛兵3「兵長が来た! これで百人力だ!!」



男(司祭同様に今まで姿を消していた近衛兵長が現れ、神殿の方から広場中央の俺たちに向かってやってきているのである)

男(近衛兵長の登場は戦意を向上させたし、単純に近衛兵長は近衛兵の中でも一番強く、また戦略的にもちょうど襲撃してきた構成員を挟み撃ち出来る場所で一気に形勢逆転出来る)



男(真実を知らない以上、そう思っても仕方ないところだ)



近衛兵長「もう隠す必要もない。この際だ、邪魔なやつらは消しておこう」



男(駆けてきた近衛兵長は構成員ではなく近衛兵に攻撃する)



近衛兵1「兵長、どうして敵を無視して……?」

近衛兵2「ぐっ……近衛兵長様……何故……?」

近衛兵3「血迷ったか!!」



男(味方だと思っていた人物の反抗。混乱する近衛兵たちだが、いち早く対応して近衛兵長を敵とみなしたようだ)

男(だが当然頼もしい援軍になるはずだった者が手強い敵になった影響は大きい。更なる劣勢に陥る)

904 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:39:24.22 ID:eJRAgmyD0



男「………………」



男(その様子を観察していた俺だが首をひねる)

男(近衛兵長の動きが妙におかしい)

男(やつは俺たちを殺したい立場である以上敵なのは分かっているが介入しすぎだ)



男(俺と姫亡き後、独裁都市のトップに居座るつもりなら消極的に戦って『姫様をどうにか守ろうとしたが力及ばず……くっ!』という立場を取るべきだ)



男(なのに今の近衛兵長は積極的に構成員の加勢をし過ぎている)

男(これでは事が終わった後、こいつも反逆者だと吊されるに決まっている)

男(近衛兵長が独裁都市に未練が無いとしか思えなくなってくるが……)

905 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:39:51.43 ID:eJRAgmyD0



構成員「おらっ、死ねぇっ!!」

近衛兵「させん!!」



男(近衛兵長のいる方向ばかり見ていると、その反対の方角から防衛線を突破した構成員が姫に斬りかかろうとして、しかしどうにか近衛兵が割り込み無力化した)



男「大丈夫ですか、姫様!」

姫「うむ、大丈夫だが……」



男(俺が声をかけると姫は気丈に返すが、その腕は震えている)

男(あと5mというところまで構成員に接近を許していた。全体的に包囲も狭まっている。このままでは……)



906 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:40:17.31 ID:eJRAgmyD0

男「………………」

男(俺は空を見上げる)



男(今日の朝は結婚式の日にふさわしい快晴の空だった。襲撃が始まった今も変わらず快晴だ)

男(だから隈無く見渡すことが出来て……誰の姿も存在しないことが分かる)



男(竜闘士は空を飛べる。女が助けに来るととしたら、ごちゃごちゃとした地上の戦いに巻き込まれないために空中からやってくるだろう)



男(……ツケが回ってきたんだ)

男(魅了スキルによる関係の構築しかしてないから、それを悪用されると手も足も出ない)



男(今ごろ女と女友は何をしているだろうか)

男(真面目な二人のことだ。独裁都市から離れた地で、元の世界に戻るため宝玉を集めているだろう)

男(必要な数であるあと三つくらい簡単に……いや、この情報は姫から聞いたことだから二人には伝えられていないか)

907 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:40:56.76 ID:eJRAgmyD0



男「……って、ははっ。何、現実逃避してるんだよ」



男(状況は刻々と悪くなっている。こんなこと考えている余裕はないのに)



男(……まあいい。元々悪足掻き。本当に女が助けに来る奇跡が起きるだなんて思っていない)

男(だったら俺に出来ることをするだけだ)





男「姫、二人きりで話したいことがある」

姫「え……?」

男「あの近衛兵二人をこの場から離すように命令してくれないか?」

姫「……はい、分かりました」



男(俺は近衛兵に聞こえないように小声で伝える)

男(姫と結婚すれば将来的には俺も近衛兵に命令できる立場になるのだろうが、今は姫から命令させる方がてっとり早い)

男(姫は頷くと、ワガママな姫様として口を開く)

908 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:41:37.59 ID:eJRAgmyD0

姫「そこの二人!」

近衛兵「はっ、何でしょうか、姫様!」



姫「何でしょうかでは無いじゃろうが! お主等は余の近衛じゃろう!」

姫「なのにあのような輩に接近を許して何という体たらくか!」



近衛兵「そ、それは……」

姫「もう二度とあのようなことがないように、お主等も前線に出て行け!」

近衛兵「し、しかしながら私たちも姫様の傍を離れては、もしもの時に……」

姫「そのときは男が余を守る。じゃから心配せずにさっさと行け!」



男(二人の近衛兵が俺の方を見てくる。俺は安心させるように大きく頷いた)



近衛兵二人「「承知しました!」」



男(二人の近衛兵は敬礼をすると前線に向かう)

909 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:42:09.19 ID:eJRAgmyD0

男(こうして周囲には俺と姫の二人だけになった。姫がいつもの口調に戻る)



姫「戦いのことには詳しくないのでよく分からないのですが……二人がこの場を離れて大丈夫だったんですか?」

男「二人分戦力が補強されれば防衛線も強化されるはずだ。しばらくは敵の接近も許さないだろう」



男(しばらく。つまり長い間は保たない)



姫「……そうですか。そうなったら……勝手言いましたけど、男さんが私を守ってもらえますか?」



男(すがりついてくる姫も俺に戦闘力が無いことは分かっているはずだ)

男(それでも俺が無責任に守ると言えば安心した表情を見せてくれるのだろう)



男「…………」

姫「男さん……」



男(だが、俺はそれに応えることが出来ず、話題を移すことで誤魔化す)

910 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:42:46.63 ID:eJRAgmyD0

男「さて。指示通り二人きりにしてもらって助かった」

姫「……はい。でも近衛兵が近くにいると出来ない話って何ですか?」

男「それは……この状況から助かる方法についてだ」

姫「えっ!? 助かる方法ですか!?」



男(姫が目を見開いている。まあ絶体絶命の状況だと思っていたのに、そんなこと言われたら普通驚くだろう)



姫「そんなのあったなら早く実行しましょうよ!」

男「はやる気持ちは分かるが話を聞いてくれ」

男「今まで言えなかったこと、そして近衛兵をこの場から排除したことから分かるようにこの方法には難があってな」

男「実行するかはよく考えてから判断してくれ」



姫「助かるならちょっとやそっとくらい問題じゃないと思いますけど……」



男(姫は口ではそう言いながらも、俺の雰囲気から察したようだ)

男(俺も覚悟を決めてその問題点を伝える)

911 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:43:12.31 ID:eJRAgmyD0



男「この方法ではな……俺たち二人の内、一人しか助からない」

男「いや正確に言うと一人の命を犠牲に、もう一人は助かる……そんな方法なんだ」



姫「……え?」





男「了承したら俺はおまえの命を奪うことになる。それでもいいか?」





912 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/15(土) 22:43:41.78 ID:eJRAgmyD0
続く。
913 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/15(土) 23:26:42.64 ID:LuaHd4xU0
乙!
914 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/16(日) 06:22:51.58 ID:ur8M6uZzO
乙ー
915 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:14:16.97 ID:szyWmWYc0
乙、ありがとうござます。

投下します。
916 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:16:04.20 ID:szyWmWYc0

男(神殿前広場で繰り広げられる『組織』の構成員と独裁都市の近衛兵による激闘の最中)

男(その中心に当たる俺と姫の周囲は静まりかえっていた)



姫「一人を犠牲に……もう一人が助かる……」



男(姫が俺の言葉を反芻する)

男(きちんと理解した上で、姫は俺の目を正面から見て口を開いた)



姫「男さん、私言いましたよね。助かるときは絶対に二人一緒にって」

男「ああ、覚えてるよ。だが俺はそれに了承はしていない」

姫「それは……」

男「そもそも今のままじゃ二人とも殺されるだけだろ。だったら一人だけでも生き残った方がお得だ」



男(人の命を数だけで見た場合の勘定。そのぞっとする冷たさを分かっていながら俺はあえて口にする)

917 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:16:43.93 ID:szyWmWYc0

姫「……。だとしても、どうしてわざわざそんな話を私にするんですか?」

男「どういう意味だ?」

姫「だって私は男さんの魅了スキルになって虜になっているじゃないですか」

姫「私を犠牲にして男さんが生き残るつもりなら、命令で無理矢理従えさせればいいのに」



男「いや、この方法を実行するには姫が納得する必要があるんだ。魅了スキルを使っても意味がない」

姫「……?」



男(姫が首をひねっている。その疑問は分かるところだが、今説明するわけには行かない)



男「さて、この注意点を聞いてどっちがいいと思ったか選んでくれ」

男「二人一緒に死ぬべきか、それとも一人だけでも生き残るべきか」



男(残酷な二択を告げているのは分かっている)



姫「……先にどのような方法を取るつもりなのか聞くわけには行かないんですか?」

男「ああ。説明しても実行するつもりが無いなら時間の無駄だからな」



男(俺は理由の一つを説明する。実際、戦火がいつこの場所に届いてもおかしくない状況だ)

918 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:17:35.87 ID:szyWmWYc0



男(時間に余裕がないと分かっていながらも、流石に姫も即断出来ない)

男(自身で許されると判断した可能な限りの時間で悩んだ上に出した答えは)



姫「……分かりました。その方法を実行しましょう」

男(賛成だった)



男「そうか……」

姫「男さんの言うとおりです。二人一緒に死ぬよりは、一人でも生き残った方がいい……そうですよね」

男「すまんな」

姫「謝るなんて……男さんはこんなときでも優しいですね」

姫「魅了スキルで命令しないのも、私が納得した上で未練無くということなんでしょう」



男「…………」

男(俺はその言葉に頷かない)



姫「私の命を男さんにあげます。……ただ一つだけ、条件を呑んでもらえますか」

男「……何だ?」



姫「私のことを時折でいいから思い出してください」

姫「あなたを愛した少女がいたと思ってもらえるなら……私はそれだけで本望です」



男(姫の異常なまでの好意。ヤンデレの片鱗)



男「分かった。俺の命が続く限り、おまえのことは忘れないと誓う」

男(俺はその言葉には応える)

919 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:18:01.42 ID:szyWmWYc0



姫「ありがとうございます」

男「じゃあこれで姫の命は俺のものってことでいいな?」

姫「……はい」



男(儚げな笑みを浮かべる姫に俺は)







男「ああ……全くもって予想通りだ。姫ならそう言うだろうと思っていた」

姫「男……さん?」



男(雰囲気に合わせず、嘆息すらついて見せた)

920 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:18:33.30 ID:szyWmWYc0



男(自身を蔑ろにする程に他者への思いやりが強い姫)

男(だから自分の命を犠牲に他者を生かすなんて事も了承してしまう)



男(そんな彼女が――これから先も生きていくことを考えると。

男(必要な手順だった。この呪いをかけておくことは)





男「姫、命令だ。これから俺の命令を妨害する行為を禁止する」



姫「命令を妨害って……私が男さんに反抗すると思っているんですか?」

姫「自分を犠牲にするという意志を途中で翻す可能性があると考えてるんですか?」



男「これからおまえは俺の命令を聞きたくないと思う。これは可能性じゃない、確信だ」



姫「……? やっぱり何かおかしいです。男さん、あなたは何を考えて……」



男(姫が違和感を覚えるが、もう命令は通った)

921 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:19:19.90 ID:szyWmWYc0



男「さて……現状敵に囲まれて絶体絶命」

男「さっきから助かる方法とは言っているが、どうやってと疑問に思っているだろう」

男「今からその説明をする」



男「といっても手段としては何とも古典的な死んだフリだ」

男「俺が魅了スキルの命令で姫を仮死状態、一時的に心臓を止めるように命令する」



姫「仮死状態……そんな方法を」

姫「ですが魅了スキルの命令は対象への強制力こそあるものの、魔法やスキルのように特別な力を引き起こす訳じゃありません」

姫「そこから生き返ることが出来るんですか?」



男「大丈夫だ。人間ってのは存外丈夫でな」

男「俺の世界では脈が止まり死亡判断が下され死体安置所に運ばれたのに、約一日後遺体が起き上がって普通に動き出したって事例が実際にある」



姫「そうなんですか……」

922 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:20:09.72 ID:szyWmWYc0



男「それ以外にも死亡したと思われるところから復活したって話は探せば見つかるってくらいにはあるんだ」

男「その上魅了スキルで『仮死状態に陥るが、その後復活』と命令すればおそらく大丈夫だろう」



男「具体的な時間は……そうだな、襲撃が終わってから十分に時間を開けておきたいから一日ほどにするか」

男「姫の死体がどこに安置されるかは分からないが、丁重に扱われるはずだろう」

男「一日経って生き返ったらすぐに近衛兵を見つけて事情を説明するんだ」



姫「事情というと……」



男「もちろん近衛兵長と司祭にこれまで支配されていたことだ」

男「やつらも姫が死んだ後までは警戒していないだろう。その隙に味方を揃えてやつらを正面から叩き出してやればいい」

姫「……!」



男「そして民にも姫が一度死んで蘇ったことは伝わるだろう」

男「その奇跡のついでにワガママな性格が治ったことにすればいい」

男「それからは普段通りの姿で姫のやりたいように統治を、民のための統治をして、独裁都市をあるべき姿に戻してくれ」

923 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:20:46.45 ID:szyWmWYc0



姫「……すごい、すごいですよ、男さん! この場から助かるだけじゃなくて、他の問題もまとめて解決していて!」

男(姫の顔が歓喜に染まる)



男「だろ?」



姫「もうこれなら早く説明してほしかったです」

姫「それにさっき言ってた問題点っていうのも結局関係無くて…………………………あれ?」



男(一転、姫の顔が驚愕に染まった)





男「そういうことだ。さっき言った『俺はおまえの命を奪うことになる』ってのは、つまり仮死状態にするということ」

姫「まさか……」



男「そもそもだが手段である死んだフリ。魅了スキルの命令は虜に対してしか行えない」

男「術者である俺自身を対象には出来ないんだ」



924 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:21:15.81 ID:szyWmWYc0



男(元より俺がこの窮地から助かる方法なんて存在しない)

男(だから――)





男「どちらか一方を犠牲にして一方が生き残る。その犠牲になるのは……俺の方だ」





925 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/17(月) 23:22:41.91 ID:szyWmWYc0
続く。
926 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/17(月) 23:28:54.45 ID:q1LlFmvPO
乙ー
927 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/18(火) 06:05:32.07 ID:Zvkz3FVB0
乙!
928 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:04:01.11 ID:7Oiw8zYI0
乙、ありがとうございます。

投下します。
929 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:04:47.82 ID:7Oiw8zYI0

男(俺を犠牲に姫を助ける)

男(元より考えていたその方法)



男(というのも俺と姫では姫の方が世のために役立つ人間であるからだ)

男(そんな人間を救えるなら俺の命も惜しくない……と言い切る度胸は無かったけど)



姫『私は……死にたくありません! 母のようにこの地を自分で導きたいんです!』

姫『だって私が一番この地を、民を愛しているって……信じていますから!』



男(昨夜寝る前に命令で聞き出した姫の本心)

男(あんな想いをぶつけられて見殺しに出来るわけがない)

930 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:05:14.23 ID:7Oiw8zYI0

姫「そ、そんな! 駄目です! 男さんが私のために死ぬなんて!」

姫「そうですよ、男さんだって死んだフリしましょうよ!」

男「魅了スキルの命令が出来ない俺がやっても寝たフリにしかならないだろ」

姫「だとしても!」



男「それに姫の死んだフリは俺が死ぬことで完成するんだ」

男「考えても見ろ。この戦いの中じゃ、死んでいるのか確認する前にとりあえず攻撃して殺されるかもしれない」

男「他にも傷一つ無いのに心臓が止まっている姫の姿はどう見ても不自然だ」

男「どちらも対策しないと作戦はパー」



男「つまり死んでいる姫の身体を守る人が必要であり、その人の血で汚れることで姫も殺されたのだと欺く……俺の役割はそういうことだな」



男(そう考えると姫が求めた守ってくれますかという言葉に応えている気もするが……いや仮死状態に追い込む時点で守れているかは微妙だ)

931 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:05:44.60 ID:7Oiw8zYI0



姫「……嫌です。そんな方法なら私は反対します。誰かを犠牲に生きるなんて間違っています!」

男「それを姫は俺に対して行おうとしたんだろ?」

姫「っ……!」



男(姫は自分の命は悩んだ末に手放すことも出来るのに、他者に対して同じように考えることが出来ない)

男(別に悪いとは言わない。その優しさは姫の人徳だ)



男(だからこそ姫は俺を犠牲に助かったらこの先ずっと引きずって生きていくだろう)

男(それは無駄なことだ)

男(その重荷をどうにか払うためにこうして手順を踏んでいる)



男(魅了スキルで『俺のことを気にせず生きろ』と命令できれば楽だったが、俺はこれから死ぬ身だ。死ねば魅了スキルは解除される)

男(眠れという命令を途中で解除しても虜は眠り続けるという昨夜の実験からして、姫の仮死状態自体は俺が死んでも続くはずだ)

男(しかしその先の生き方までを縛ることは出来ない)

932 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:06:13.97 ID:7Oiw8zYI0



男「駄々をこねるのはやめろ、姫。二人一緒に死ぬよりは、一人でも生き残った方がいい。おまえも納得した事じゃないか」

姫「駄々って……そんな軽々しく片づけられるものでは……!」



男「何と言われようが気を変えるつもりはない」

男「大体、姫は自分の命を俺にあげたんだろう。もらった命の使い方は俺の自由のはずだ」

姫「それは……」



男「姫は、おまえの命はこの先何者にも縛られず自由に生きていくために使え」

男「これは魅了スキルの命令じゃない。俺個人の願いだ」



姫「男さん……」



男(だから言葉で、想いで呪いをかけるしかない)



933 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:06:50.12 ID:7Oiw8zYI0

男(二人して静寂になったことで、戦いの音が先ほどよりも近くなってきていることを感じる)

男(どうやら時間の余裕も無さそうだ)



男「いよいよとなったら仮死状態になるように命令する。言い残したことがあったら早めにな」

姫「……そんな命令を聞くつもりはありません! 私は…………えっ?」



男(姫が両耳を手で塞いで物理的に命令を聞かない体勢に入ろうとして……その行動が途中で止まる)



男「おいおい、忘れたのか? さっき命令しただろ『これから俺の命令を妨害する行為を禁止する』って」

姫「っ……!?」

男「ほら、危惧した通りになったな」



男(姫は絶対にそんなことにはならないと言っていたがご覧の通りだ)

934 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:07:18.27 ID:7Oiw8zYI0



男「こっちは覚悟を決めてるんだ。姫も覚悟を決めて、死に行く俺を安心させてくれないか?」

男(俺は最後通牒として姫に告げるが)



姫「……嘘です」

男「え?」



男(姫の瞳は全てを見通すかのように透き通っていて)





姫「私が気づかないと思ったんですか!? 本当は男さんだって死ぬのは怖いくせに!」

姫「私を安心させようと強がって……だから私は安心できないんですよ!!」





男「……」

男(姫の指摘は……実のところ的中していた)

935 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:07:44.23 ID:7Oiw8zYI0

男(そうだ、ちょっと前に異世界に召喚されて魅了スキルを授かっただけで、俺の本質は普通の男子高校生だ)

男(誰かのために自分の命を犠牲にするなんて、そんな覚悟とは無縁の平和な世界で生きてきた)



男(死ぬのは当然怖い)



男(だから二人とも殺されるより、一人でも生き残った方が得だと、命を数だけで見た冷たい勘定は、何よりも恐怖に屈しないために俺自身に言い聞かせる言葉だった)



男(俺を犠牲に、姫を助ける方法しかなくて助かった)

男(もし逆に姫を犠牲に、俺が助かる方法があったとしたら……その方法を選ばない自信はなかった)

936 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:08:13.81 ID:7Oiw8zYI0

男(姫に本心を見抜かれた俺)

男(だが認める訳には行かない)



男(死にたくないと思っている俺を犠牲に生き残ったという十字架は重すぎる)

男(姫がその重みで潰れるのは容易に想像が付く)



男(だから……俺は笑い飛ばしてみせた)



男「あはははっ。面白いことを言うね。俺は姫みたいな美少女の為に死ねるなら本望さ」

姫「嘘です!」

男「嘘じゃないさ。姫の容姿は美しいぞ、俺が保証する」

姫「そんなことを言ってるんじゃありません!!」

男「いや……あー、えっと……」



男(早々に煙に巻くのも限界になった。コミュニケーション能力が無さすぎる)
937 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:08:51.62 ID:7Oiw8zYI0



姫「ねえ、男さん。本当のことを言ってください。その方が私は安心できます」

男「……嘘吐くな。そうやって本心を聞き出したいだけだろ。絶対に後悔して引きずるくせに」



姫「バレましたか」

男「当たり前だ。おまえが俺のことを分かっているように、逆もまた然りだ」



姫「私たち似たもの同士ですものね」

男「そういうことだ」





男(そして遂に恐れていた瞬間が訪れた)

938 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:09:18.15 ID:7Oiw8zYI0



近衛兵長「姫様、少年。その命貰い受ける」



男(防衛線を突破して俺たちに迫ってくるのは近衛兵長)

男(その剣は何人の近衛兵を屠ったのか、血で汚れている)



男「ちっ、来たか!」



男(高速で接近してくる近衛兵長に俺はなすがままにやられるつもりはなかった)

男(近衛兵長を十分に引きつけてから宣言する)



男「魅了スキル、発動!」



男(ピンク色の光の柱が視界を埋め尽くす。異性相手に必殺のスキル)

男(近くにいる姫は既に虜になっているため効果はない)

男(近衛兵長を効果対象である『魅力的な異性』だと思えるかは微妙だったが……)

939 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:09:52.09 ID:7Oiw8zYI0



近衛兵長「言っただろう、光を見てからでも避けられると」



男(そもそも近衛兵長は効果範囲の5m周囲内に存在していなかった)

男(魅了スキルが発動した瞬間に退いたのだろう)

男(光の柱が晴れようとする)



男「魅了スキル、発動! ……くそっ、無理か!」



男(俺は近衛兵長を近づけさせないように連続で発動しようとするがうんともすんとも反応はなかった)

男(初めて試したので知らなかったが、どうやら魅了スキルは連発できないらしい)



近衛兵長「悪足掻きはそこまでか」



男(光の柱が完全に無くなるのを待っている近衛兵長。やつなら5メートルの距離など一息だろう)

940 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:10:42.96 ID:7Oiw8zYI0

男(……ここまでだな)



男「さて、姫。今から仮死状態になるように命令する」

姫「男さん……」



男「止めるなよ。決心が鈍る」

姫「……ごめんなさい」



男「謝るなって」

姫「私……絶対に男さんのこと生涯忘れませんから!」



男「そうやって重荷に成りたくなかったっていうのに……ったく」

男「俺もさっき誓ったとおりだ。俺の命が続く限り、おまえのことは忘れない」



男(二人してお互いの顔を見つめる)



男「じゃあな」

姫「……はい、さよならです」



男(どちらからでもなく微笑を浮かべあって――)

941 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:11:13.08 ID:7Oiw8zYI0







男「命令だ、姫。おま」







男(その瞬間、身体が浮遊感に包まれた)







942 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:11:43.72 ID:7Oiw8zYI0





男「……え?」





男(突然の事態に命令を告げようとしていた行動がキャンセルされる)



男(慌てて周囲を見回すと俺と姫も空を飛んでいた)

男(近衛兵長の攻撃を食らって吹き飛んだのか?)

男(……いや、視界の片隅でやつがまだ晴れきらない魅了スキルの効果を焦れたように待っている姿は捉えていたはずだ)

男(それに攻撃を食らったにしては身体に痛みを感じない)



男(ならこれは……)

943 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:12:14.91 ID:7Oiw8zYI0





?「ごめんね、遅れちゃって」





男(俺たち二人を軽々と抱えて飛ぶ、その人の発言)



男「まさか……」



男(奇跡が起きない限り……そう思うことで過剰に期待しないように自制していた)

男(ここに来るまでいくつも条件や困難があったはずだ)

男(それなのに背中からエネルギー体の竜の翼を生やした少女は当然といった表情で……)



男「っ……」



男(思わず目頭が熱くなる)

男(俺は……ああ、そうだ。ずっと待ち望んでいたその少女の名前を叫ぶ)

944 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:12:44.45 ID:7Oiw8zYI0







男「女っ!! 本当に助けにきてくれたのか!!」



女「もう、何驚いてるの。言ったでしょ。『もし男君の身に何かあっても、私が絶対に駆けつけるからね』って」







男(女は何のこともないようにそう言うのだった)



945 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/19(水) 22:13:11.46 ID:7Oiw8zYI0
続く!!
946 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/19(水) 22:28:48.00 ID:ZTJNvAISO
乙ー!!
947 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/20(木) 00:29:34.98 ID:en8TqFmYO
乙!
948 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/20(木) 02:10:29.10 ID:1+QyAcfw0

完全にお姫様を助けた騎士様の絵面なのに抱えてるのが女の子の方でおっかしいなー
949 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/20(木) 02:49:43.66 ID:4q0X/WZk0

男さんのヒロイン力はんぱねー
950 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:43:42.58 ID:HGFd3vDm0
乙、感想ありがとうございます!!

>>948 >>949
い、一応男も自分を犠牲にする覚悟で主人公力を見せたから……(なお不発)

投下します。
951 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:44:21.36 ID:HGFd3vDm0



女友「良かったですね、女」



女友(遠く戦場となった神殿前の広場で飛び上がった親友、女の姿)

女友(その脇にはどうやら男さんともう一人姫様も抱えている様子)

女友(とりあえず間に合ったようで私は安堵します)







女友(思えば長い道のりでした)

女友(男さんの手紙により独裁都市を追い出された私たちが再び独裁都市に戻ることに決めたのが四日前)

女友(私たちが独裁都市にいることを悟られてはいけないと人目を避けて進み出したのですが、思った以上に監視の目は厳しいものでした)



女友(単純に詰め所から広域を監視しているところもあれば、農民の家にカモフラージュした監視所などあげればキリがありません)

女友(私たちのためだけにこれだけの準備を出来るとは思えないので、おそらく以前から敵に侵入を警戒しているのでしょう)

女友(女の『千里眼』や私の探知魔法、隠蔽魔法をフル活用して監視の目にこそ引っかかりませんでしたが、中心街に辿り着くのに二日かかりました)

952 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:44:54.38 ID:HGFd3vDm0

女友(こうして目的の第一段階はクリアしましたが、第二段階である男さんとの接触のために情報収集をしなければなりません)

女友(中心街での活動拠点が欲しいところでしたが、私たちが滞在していた部屋に男さんの手紙が届いたことからしておそらく宿屋は全てマークされていると考えました)



女友(そこで私たちが頼ったのは独裁都市に入って初めて入った飯屋の店員です)

女友(女のファンであるというその女性の部屋に泊めさせて欲しいとお願いすると二つ返事で了承がもらえました)



女友(そうして私たちは情報収集に……移るまでもなく、その店員さんから衝撃的情報を手に入れます)



女友『姫様と男さんが結婚ですか!?』

店員『男……って名前は知らないけど、女さんと一緒にいた少年が、パレードの時に姫様に一目惚れしたことで結婚するって、今独裁都市中で話題になっていますよ』

女友『それは……』



953 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:45:29.66 ID:HGFd3vDm0

女友(私はその時点で男さんからの手紙の真意を二通り考えていました)

女友(一つは男さんが敵の策略によって私たちを追い払うように手紙を書かされたというのと)

女友(もう一つは男さんが姫様と本気で一緒に生きることを選んだため私たちが邪魔になったというものです)



女友(二つと言いながらも、男さんの性格からしてほぼ前者で決め打っていたのですが……結婚式と聞いて私の中で揺らぐものがありました)

女友(まさか本当に男さんは姫様と……いえ、結婚式を開くことが敵の策略である可能性が…………いや、そんな馬鹿馬鹿しい可能性あるはずが……)

女友(私はフラットに考えられているでしょうか。女の恋が破れて欲しくないと無意識に考えが寄っていたのだとしたら私もまだ未熟で……)

954 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:46:11.12 ID:HGFd3vDm0



女『何迷っているの、女友』

女友『……え?』



女『ここでごちゃごちゃ悩んでもしょうがないでしょ。全部男君の口から説明してもらうまで、私は納得するつもりはないよ』

女友『女……』



女『結婚式は二日後だったっけ。わざわざどこにいるか場所を明かしてくれるのはありがたいね』

女友『……ですね。ではその日に会いに行きましょうか』



女『場合によってはその場から男君を連れ去ることになるかも』

女友『完全に男女の役割が逆じゃないですか、もう』



女友(女の頼もしさのおかげで私も腹をくくりました)

955 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:46:55.29 ID:HGFd3vDm0

女友(そして結婚式当日)

女友(中心街の警備はかつてないほどに厳しいものとなっていました)

女友(私たちの姿が見つからない方がいいのは相変わらずのため、監視の目を縫って結婚式会場である神殿前広場を目指します)



女友(結婚式が始まるころになって何とか広場前に私たちはたどり着きましたが、広場の周囲は穴無く監視の目がありました)

女友(とはいえここまで来れば後は強行突破すればいいだけの話なのですが……)

女友(そこで待ち構えていた人物の姿で私は入り組んだ事態となっていることを理解しました)



ギャル『あいつらに全部任せてサボろうと思ってたのに……マジで来たわけ? はぁ、めんど』

女友『ギャルさん……あなたが出張っているという事は、この結婚式にもまた駐留派が絡んでいるようですね』



女友(クラスメイトの一人。ギャルのギャルは私たちの姿を見て迷惑そうに声をあげます)



レズ『うわっ、本当に来たよ。チャラ男のアドバイスも当たるもんやね』

女『レズ。あなたもそちら側なの?』

レズ『そやでー。いやあ本当は感動の再会って事で、久しぶりに女の胸に飛び込みたいところだけどね』

女『久しぶりも何も一度も許したこと無いでしょ』



女友(その隣にいるのはこれまたクラスメイトの一人、レズ。スキンシップが激しい彼女に女は少し警戒しています)

956 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:47:28.78 ID:HGFd3vDm0

ギャル『それで何の用? 出来ればあんたたち帰ってくれない? 今なら見逃すからさ』

女友『見逃すって追いかけるのが面倒なだけでしょう』

女『残念だけど退くつもりは無いから。男君ともう一度会うためにもここは押し通らせてもらうよ』



女友(ギャルの勧告にも女は意志を曲げるつもりはありません)



レズ『そんなにも男のことを思っていて健気やね。って、虜やから当然か』

レズ『これが魅了スキルの効果なら……ますます欲しゅうなってきたわ』

ギャル『……? 何言ってんの? 男を殺してこいつらを魅了スキルの支配から解き放つのがイケメンの目的でしょ』

レズ『えっ、あ、ああ、そうに決まってるで!!』



女友(レズとギャルの会話から駐留派の内部事情が一部透けて取れました)

女友(イケメンさんは男さんの魅了スキルに執着しています。そのおこぼれに預かろうとする人たちと、イケメンさんに騙されたまま協力している人たちがいる……というところでしょうか)

957 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:48:04.60 ID:HGFd3vDm0

女友(そのとき結婚式が行われている広場の方から悲鳴が聞こえてきて、中から逃げるように観客が出て来ました)



ギャル『中で始まったみたいね』

女友『この悲鳴……あなたたち中で一体何を……!?』

レズ『まっ、ウチらも『組織』に在籍している以上、仕事はしないといけないってことで』

レズ『邪魔するなら排除せんとってことや、悲しいことにな』

女『中にいる男君も危ない状況と見て良さそうね』



女友(私と隣の女は戦闘態勢に入ります)

女友(対峙するギャルとレズもクラスメイトであり、召喚の際に力を授かったことから異世界の基準において達人レベルの力を持っているでしょう)

女友(しかし、魔導士の私と竜闘士の女の敵ではありません)



女友(まあそれは2対2ならの話ですが)

958 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:48:47.86 ID:HGFd3vDm0

構成員1『話には聞いていたが、こんな少女が竜闘士だってのか?』

構成員2『デブさんが言ってただろ』

構成員3『ああ、油断するな』



女友(ギャルとレズの後ろに控える十数人の柄の悪い男)

女友(おそらく『組織』の一般構成員でしょう。彼らも加勢するとなると……少々手間がかかりそうですね)



女友『まあ、それでもやるしかありません。『吹雪の一撃(ブリザードアタック)』!!』

女友『そうだね。『竜の闘気(ドラゴンオーラ)』!!』



女友(私は敵のいる一帯に氷塊の雨を降らせ、女が広範囲に衝撃波を放ちます)



ギャル『ああもう、範囲デタラメ過ぎるでしょ! 『雷速駆動(ライジングスピード)』!!』

レズ『はいはーい。防げなかった分は自分で守ってよー。『赤の大花弁(レッドペタル)』!!』



女友(ギャルは高速移動で避け、レズの魔法によって生み出された大きな花びらが私たちの攻撃が構成員に届くのを防ぎます)



女友(こうして元クラスメイトとの戦いが始まり――)

959 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:49:20.50 ID:HGFd3vDm0

女友(そして現在)



構成員「くそっ……」



女友(口汚い言葉と共に沈む粗野な男。これで構成員は全員倒しました)



女友「残るはあなたたちだけですね」

ギャル「だっる……」

レズ「はあもう、これじゃゾクゾク出来ひん!!」



女友(ギャルとレズは肩で息をしながら私を睨みつけます)

960 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:50:14.15 ID:HGFd3vDm0

女友(この場に女の姿はありませんでした)

女友(戦いは人数こそ劣るものの地力で勝る私たち優勢で推移して、構成員が一人また一人と沈んでいきました)

女友(しかし私たちの目的は彼らの圧倒ではなく、広場にたどり着き男さんを助けることです)

女友(そのため敵の人数が減って隙が出来たタイミングで)



女友『ここは私に任せて、女だけでも先に行ってください!!』

女『女友……うん、ありがと!!』



女友(と、一度は言ってみたかったセリフを受けて女は飛び立ち……)

女友(どうやら遠目に見た姿からして男さんを助けることに成功したようです)

961 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:50:55.18 ID:HGFd3vDm0

女友(女を見つめる安堵の表情から一転、冷酷な表情で私は未だに立ちふさがる二人のクラスメイトに通告します)



女友「それで二人ともまだやるつもりですか? 通してくだされば手荒なことはしませんが」



ギャル「面倒でも……イケメンに頼まれた事よ! 投げ出すつもりは無いわ!!」

女友(ギャルが意外なガッツを見せます)



レズ「んじゃま、ウチも頑張らんといけんってことか」

女友(レズもそれに呼応するようです)



ギャル「大体さっきまで暴虐無尽に暴れていた女はこの場を去った! あんただけなら勝てるはず!」

レズ「そうや、そうや!!」



女友(ギャルの言うことも理解は出来ます)

女友(先ほどまで女と肩を並べて戦っている間、私はサポートに徹していました)

女友(そちらの方が効率がいいから選択した戦法ですが……そのためメインで戦っていた女が抜けて、私一人ならば御せるはずだと思ったのでしょう)



女友(ですが――)

962 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:51:29.61 ID:HGFd3vDm0





女友「私も甘く見られたものですね」





女友(思えば私はこの異世界に来てからずっと本気で戦ったことがありませんでした)

女友(ドラゴン討伐のときは女のサポート、『組織』支部を制圧したときは敵が弱すぎて、武闘大会では男さんのお守り)

女友(これから先、宝玉を巡って熾烈な争いに巻き込まれるでしょう。ならば……)



女友「あなたたちを練習台とさせてもらいます」

ギャル「舐めくさって……あんたには魅力的じゃないって侮辱された借りもあるし、まとめて返させてもらうわよ!」



女友(火のついたギャルとレズ相手に始まる第二ラウンド)



女友(こっちは任せてください、女。その代わり、あなたもしっかりやるんですよ)



女友(遠く親友が上手くやってることを願いながら、私も応戦を始めました)

963 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/21(金) 22:54:06.50 ID:HGFd3vDm0
続く。
地味に初の女友視点。


950レス超えてこのスレも終わりが見えてきましたが、五章はまだ終わりそうにありません。
キリは悪いですが、次の投下までして次のスレに移る予定です。
なのでまあ埋まりそうとか考えず乙や感想を書いてもらえるとモチベが上がります。よろしくお願いします。
964 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/21(金) 23:56:55.56 ID:5gCUnhL2O
乙ー
965 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/22(土) 00:33:30.51 ID:V9vtX0P+O
乙!
966 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/22(土) 10:17:39.77 ID:uJPzWUbmO
967 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/23(日) 22:23:20.15 ID:2chmwGoT0
乙、ありがとうございます。

すいませんですが、今日の更新は休みです。
ちょっと原稿が難航中……。

火曜日に続きは投下予定です。
968 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/23(日) 22:41:30.20 ID:zhuszMO+o
乙ー楽しみにしとるよー
969 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/24(月) 02:05:52.94 ID:IfAJFUGf0
待っとるで
970 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:05:21.84 ID:INTKtuMx0
お待たせしました。

投下します。
971 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:06:08.12 ID:INTKtuMx0

男(女に抱えられる形で空を飛んでいる俺と姫)





姫「男さん。この方が……察するに女さんですか?」

女「男君。この人が独裁都市に君臨する姫様……でいいのよね?」





男「ああ、姫。前に話したとおり竜闘士の女だ。そして女の言うとおり姫で合っている」

男(俺はそれぞれに肯定の返事をするが……二人ともその返答を聞いてるようで聞いていなかった)





姫「女さんと随分と親しげなんですね」

女「……姫? どうして男君は姫様のこと呼び捨てにしているの?」





男(それぞれ相手の少女と俺との関係が気になった様子)

972 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:06:48.97 ID:INTKtuMx0

男(やべっ、と思ったときにはすでに遅く、二人の少女はそれぞれ相手を睨んでバチバチと火花を散らしている)



姫「初めまして、女さん。私は姫といいます。この独裁都市の姫で、男さんの妻です」

女「これはご丁寧に。私は女です。男君とはここまで支え、支えられて一蓮托生で旅してきたパートナーです」



姫「旅のパートナー……ですか。まあ私は人生のパートナーですけどね」



女「残念ですが、『組織』の構成員が戦闘中にこぼした話から聞きました」

女「男君と姫様は策略のため強制的に結婚式を開かされたと」

女「男君の意志を無視しているのに人生のパートナーとは…………ふふっ」



姫「何がおかしいのですか? 強制されたからって二人の間に愛がないとは限らないですよ」



女「それを言うなら私の方が……」

973 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:07:22.80 ID:INTKtuMx0



男(ヒートアップしていく二人にどうしていいか分からず……そのタイミングで火の玉が傍を通り過ぎた)



男「うおっ……!?」

男(地上からどうにか俺たちを打ち落とそうと放たれた魔法のようだ)



男「ああもう二人とも一旦停戦しろ!! ここはまだ戦場だ!!」

女「……そうね」

姫「分かりました」



男(二人ともしぶしぶという形だが落ち着いた)

974 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:08:02.10 ID:INTKtuMx0

男(俺は戦場と化した神殿前の広場を見下ろして戦況を冷静に判断する)



男(……変わらず近衛兵側が劣勢だな)

男(今までは歯噛みしながら見守ることしか出来なかったが、こちらには一人で戦況を変えることが出来る竜闘士がいる)



男「女、俺たちを抱えたまま眼下の敵を倒すことは出来るか」

女「そうね、あまり激しい戦闘は出来ないけど遠距離攻撃を仕掛けることくらいなら」

女「……でも敵ってどこまでを指すの?」



男(女の認識からすると、俺は独裁都市の姫に連れ去られて結婚するという事態になっているわけだ)

男(つまり『組織』の構成員だけでなく、近衛兵も結婚を強制させる敵かもしれないと思ってもしょうがないところである)



男「あー話すと長くなるんだが……」

女「説明はいいって、一刻を争うんでしょ? 私は男君の言葉なら信じられるから」

男「……敵は『組織』の構成員だけだ。独裁都市の近衛兵は俺たちの味方だ」

女「分かった」



男(女は確認すると戦場をつぶさに見下ろしながらスキルを発動)

975 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:08:46.47 ID:INTKtuMx0



女「『竜の息吹(ドラゴンブレス)』!!」



男(エネルギーの球体が複数個発生して、構成員目掛けて降りていく)



構成員1「っ、なんだ、あれ?」

構成員2「俺たちを追ってきて……ぐはっ!?」

構成員3「に、逃げろ!!」



男(武闘大会の際、同じく竜闘士の傭兵を相手にしていたときは軽く打ち払われていた攻撃だが)

男(どうやらやつらには一つ一つが致命的な威力であるようだ)



男(逃げ惑う構成員たちにブレスは追尾していく)

男(結局避けきれず当たる者や、どうにか振り切った者もその隙を近衛兵に咎められたりしている)



男(この一手で近衛兵が優勢にまでなった)

976 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:09:20.00 ID:INTKtuMx0



男「流石だな」

姫「す、すごいですね……話には聞いたことがありますが、竜闘士とはここまでの力を持っているんですか」



男(感心する俺と驚いている姫)



男(ただし敵も黙ってやられるのを見ていただけでは無いようだ)





メガネ「逃さないっ! 『四方結界』!!」





男(下方、戦場となっている神殿前広場にいる誰かが結界魔法が発動)

男(広場を囲むように四方から上空まで貫く結界が形成された)

977 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:09:59.49 ID:INTKtuMx0

男「結界……これは俺たちの逃走防止か?」

女「そうみたい。にしてもこの結界は……うん、やっぱりメガネだね」

男「誰だ、そいつ?」



女「もう男君はもうちょっとクラスメイトの名前を覚えようよ」

女「メガネをかけた少女で、ステータスを見せてもらったこともあるけど職は『結界士』だったね」

女「駐留派に移ったとは聞いてたけど、結界魔法だけで見ると女友にも劣らないレベルみたい」



男(結界魔法……そういえば武闘大会の時でも女友が人払いのために使っていたりしたな)

男(魔導士である女友は様々な魔法を使えるが、その中の一分野だけでも女友に並ぶというのなら強い方に部類するのだろう)



男「解除方法は分かるか?」

女「術者を倒すか結界解除用の魔法を使うことだけど、女友も外で忙しいだろうし、こっちはこっちで何とかした方が良さそうね」

男「そういや女友はどうしたんだ?」

女「待ち構えていた駐留派と交戦中。ギャルとレズ相手に二対一になってると思うし、これ以上負担は増やしたくない」

男「ギャル……っていうとイケメンの彼女か。レズってのは知らないけど」

女「もう……」



男(どうやらクラスメイトが多数出張っているようだ)

978 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:10:33.48 ID:INTKtuMx0



男(逃げることが出来なくなったため、俺たちはスペースを見つけて地上に降りる)

男(すると近衛兵が寄ってきた。いきなり知らないやつに姫を空へと連れ去られたのだから警備担当として何事かと思うのも当然だ)



姫「この者は味方じゃ! 先ほどの攻撃みたじゃろう!」

姫「伝説の竜闘士一人いればここは大丈夫じゃから、みなは持ち場に戻れ!」



男(しかし姫が一声で疑いを晴らし、近衛兵たちは戦場や未だ避難の済んでいない観客の保護に戻る)



女「……ふうん。嫌がらせに私のこと敵って言うのかと思ったけど」

姫「先ほど助けられた恩がありますから。それを仇で返すような真似はしません」



男(諍いでこじれた関係にも修復の兆しが……)

979 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:11:14.07 ID:INTKtuMx0



女「にしても何、さっきの? じゃ、って。まるっきり子供口調じゃない」

姫「……そっちの方こそお子さま体形じゃないですか」



女「ス、スレンダーって言いなさい!!」

姫「とにかくあの口調は演技です! あなたにとやかく言われたくありません!!」



男「……うん、駄目だこれ」

男(どうしても水と油の関係のようだ)

男(まあ二人とも魅了スキルによる俺への想いから、互いに敵対心を刺激されている側面を考えると俺にも少しは原因があるのかもしれない)



男(ここはあれだ、伝説のセリフ「私のために争わないで!」を切るべきなのだろうか)



男(と、俺も二人に引っ張られてくだらないことを考えたところで)

980 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:11:59.83 ID:INTKtuMx0





近衛兵長「ずいぶんと余裕だな」

デブ「待ってください、近衛兵長さん! 話が違うじゃないですか!」

メガネ「来たのね、女……今あなたを解放するから」





男(近衛兵長と太った少年――おそらくクラスメイトか――とメガネが俺たちの前に立ちはだかるのだった)



981 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/06/26(水) 00:14:02.93 ID:INTKtuMx0
3スレ目に続く。

新スレは次投下するときに建てて、こちらにもリンク張る予定です。
982 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/26(水) 00:35:51.15 ID:pwj4D1n30
乙ー
983 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/26(水) 03:21:42.68 ID:dLoEd/g3O
乙ー
984 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/26(水) 04:27:25.53 ID:pCdHXYUiO
乙!
985 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/07/01(月) 00:04:03.81 ID:p3RZb0+r0
3スレ目建てました。続きももう投稿してあります。

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1561906061/



こちらのスレは中途半端に残っているため枠外話を投下したいと思います。
986 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/07/01(月) 00:07:36.02 ID:p3RZb0+r0

なろう版とss版の違いについて

このssがなろうでも掲載しているのは何度かアナウンスしているので知っているかと思いますが、なろうとssでは内容を変えて掲載しています。
というのも単純に小説とssの違いですね。



そもそも執筆時は一人称の小説として書いています。それをそのままなろうに掲載して、ss速報にはss用に変更して乗せています。
具体的にはキャラ名を一般名詞に変更、会話文の冒頭にキャラ名の追加、地の文は視点キャラの内心として()で囲う、投下用に一レスごとに区切ったり行間の調整などですね。
キャラ名についてですが小説の方では主人公は『サトル』という名前ですが、ssでは『男』となっています。『女』は『ユウカ』です。



ssの方で一日に投下する分がちょうどなろうの方での一話となっています。前回の投下が113話なので、今までで113回投下しているという事になるようです。

987 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/07/01(月) 00:11:18.64 ID:p3RZb0+r0

なろうでの評価

知っている人もいるかもしれませんが、なろうの仕様を詳しく知らない人向けの説明です。

なろうには評価ポイント制度というものがあります。
読者がブックマークすると2p入り、それとは別に文章とストーリーそれぞれに評価ポイントを5点満点で入れることが出来ます。要すると読者一人当たり最大12pまで入れられるという事ですね。

このpが多くなると単純に読者から人気ある作品だなと思われて読まれる機会も多くなるでしょうし、さらに増えてランキングページに乗るとさらに読者の目に触れる機会も多くなります。
さらに増えると出版社から声がかかって書籍化の話などもあるようです。一説には一万ポイントを越えると声がかかると言われますが、真偽はよく分かりません。



と、前置きしたところで、なろうで掲載しているこの作品のポイントですが。
353pです。(7月1日、当時)

リアクションに困る数字ですね。
半年頑張ってこの数字ですが、日間ランキングの一位に乗るような作品は一日で5000p稼ぎますし、アニメやマンガで話題の転スラが50万オーバーと比べるのもおこがましい数字です。
まあなろうではそんな感じの人気ということです。

988 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/07/01(月) 00:12:33.30 ID:p3RZb0+r0

なろうとssでの反応

なろうでの評価を先に書きましたが、具体的にどれくらい読まれているかというと、更新する度に最新話を読んでいる人が20人ほどいるようです。
なろうにはアクセス解析があるので結構具体的に分かります。



逆にss速報ではどれくらい読まれているのか分かりません。
反応してくれる人が4人いるので4人には読まれているでしょうが……それで全員ですかね? いや、ROM専も何人かいると思いたいですが……。



ROM専というとなろうの方はROM専ばかりです。半年ほど連載していて書かれた感想が一件なのは自分でもどうしてここまで少ないの? と首を捻っています。



創作を発表するして辛いのが反応がないことなんですが、ss速報では色々と反応があってとてもありがたいです。なろうだけで掲載していたらたぶん心が折れてエタってたんじゃないかと思います。

989 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/07/01(月) 00:13:36.83 ID:p3RZb0+r0

この作品の出発点

個人的に作品の裏側語るの好きなんですが、まだまだ続く予定で暴露するわけにも行かないところがあるので出発点を少し。

個人の趣向なんですが、ヒロインが主人公にベタぼれな作品が好きです。
最近流行ってますよね、ヒロインが複数出るラブコメじゃなくて、出てくる主人公とヒロインが一対一でもうほぼ付き合っているくらいの間柄でイチャイチャする系の話。

ただそれを読んでいて気になる点が一つあって、それが主人公鈍感すぎじゃね、と。

どう考えても好意向けられているのに気付かなかったり、スルーしたり。
まあ気付いて主人公側からも行動に移したらくっついて終わってしまうので仕方ないところもあるのですが。



そこから『だったら主人公がヒロインに好かれていることを知っているのが普通な話書けばいいんじゃね』となって、思いついたのがこの作品の魅了スキルギミックです。



男は女に魅了スキルにかかっていると思い好かれて当然と思い、実のところ女にはかかっていなくて本当に好きと。
これだ、となってその周りの設定を考えて書いたのがこの作品です。

つまり男と女の関係が出発点だったりします。
990 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2019/07/01(月) 00:15:23.06 ID:p3RZb0+r0
今回はここまでです。
また機会と要望があったら色々と語りたいです。



結局中途半端に残ってしまっている……。
991 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/07/01(月) 01:56:52.54 ID:zuyPA6ZIO
乙ー次に行くよ
992 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/07/05(金) 21:57:32.48 ID:urXCLDkn0
埋め
993 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/07/05(金) 21:58:00.93 ID:urXCLDkn0
埋め
994 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/07/05(金) 21:58:27.64 ID:urXCLDkn0
埋め
995 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/07/05(金) 21:59:10.59 ID:urXCLDkn0
埋め
996 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/07/05(金) 21:59:38.55 ID:urXCLDkn0
埋め
997 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/07/05(金) 22:00:05.95 ID:urXCLDkn0
埋め
998 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/07/05(金) 22:00:52.99 ID:urXCLDkn0
埋め
999 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/07/05(金) 22:01:28.75 ID:urXCLDkn0
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1000 : ◆YySYGxxFkU [saga sage]:2019/07/05(金) 22:02:04.22 ID:urXCLDkn0
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1001 :1001 :Over 1000 Thread
                     ___, - 、
                    /_____)
.                    | | /   ヽ || 父さんな、会社辞めて小説で食っていこうと思うんだ
                    |_|  ┃ ┃  ||  
                   (/   ⊂⊃  ヽ)        /  ̄ ̄ ̄ \
  \僕はSS!/           \_/  !        ( ( (ヽ     ヽ
                   ,\ _____ /、       | −、ヽ\     !  <私は二次創作
   ゝ/  ̄ ̄ ̄ \     /. \/ ̄\/   .\     | ・ |─ |__   /
   / _____ヽ    |  |  _┌l⊂⊃l  |  |    ┌ - ′  )   /
   | | /  ─ 、−、!    |  |  / ∋ |__|  |  |    ヽ  /   ヽ <
   |__|─ |   ・| ・ |    |  /`, ──── 、 |  |     ` ─┐  ?h ̄
   (   ` ─ o−i    ヽ /         \ .ノ_      .j ̄ ̄ |
    ヽ、  ┬─┬ノ / ̄ ./            ヽ- 、\    /   ̄ ヽ\
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【イナズマイレブンGO】円堂さんじゅうよんさい @ 2019/07/05(金) 20:40:52.32 ID:GR0JpXxv0
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【精神崩壊】ゴンベッサこと先原直樹の惨めな最期wwwwwwwwwwwwwwww @ 2019/07/05(金) 17:09:48.95 ID:SaNOsC2j0
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夏葉『朝、私が起きたらカトレアが女の子になっていたの!』 @ 2019/07/05(金) 15:17:43.48 ID:1FUmJx+q0
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SS製作者総合スレ104 @ 2019/07/05(金) 14:20:46.76 ID:gDO2qP+mO
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【ゲスバー跡地】飲みながらゲスな話とかすればいいじゃない15 @ 2019/07/05(金) 12:53:06.49 ID:WbxqNOdY0
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お前らの幸運を祈ってやる!!の避難所 @ 2019/07/05(金) 07:37:54.56 ID:xBjP9WtaO
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