ダイヤ「吸血鬼の噂」

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133 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:01:41.43 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「──ぁむっ」


噛み付いた。

──キバが突き刺さる感覚と共に、わたくしは深く息をする。


千歌「……ちゅぅーー……」

ダイヤ「…………っ……♡」


また快感に襲われる。

下唇を強く噛んで、耐える。


千歌「……ちゅぅちゅぅ……」

ダイヤ「………………っ……ふ、ぅ……♡」


息が漏れる。思わず、千歌さんの背中に回した腕に力が入る。

密着すればするほど──ドキドキ、ドキドキと胸の鼓動が早くなっていく。

頭がぼーっとしてくる。千歌さんの温もりと、千歌さんの匂いで思考が埋っていく。

血が抜けていく感覚が、酷く気持ち良い。


ダイヤ「ふ、ぅ……………ん…………っ…………」


必死に歯を噛み締めて、快感に抵抗する。

流されたくない。


千歌「……ん……ぷはっ……」

ダイヤ「……ん゛っ…………♡」


キバが抜ける感覚に、身体がビクリと跳ねる。


千歌「ダイヤさん、終わったよ……」

ダイヤ「へ……え……? お、終わった……の……?」

千歌「うん、終わり。血、ありがと」

ダイヤ「そう……です、か……」


力が抜けて、思わず一人で横向きに倒れこむ。


千歌「ダイヤさん!? 大丈夫……?」

ダイヤ「ち、ちょっと……疲れた……だけ、ですわ……」


酷く疲れた。だけれど……達成感があった。


ダイヤ「チャームに……呑まれ、ません、でしたわ……」


ギリギリでしたが……今回の吸血行為中、一度も意識が途切れた覚えがない。


千歌「ほ、ほんとに……?」

ダイヤ「わたくし……何か、変なこと、言ったり……していましたか……?」

千歌「う、うぅん! 何も言ってなかった……!」

ダイヤ「なら、よかった……」
134 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:02:46.70 ID:ZRnZyA2Z0

未だに心臓はバクバクと激しく音を立てていますし、酷い疲労感のせいで動ける気が全くしませんでしたが……。

これは大きな進歩でしょう。

チャーム中にお互いの言葉や意思に齟齬が生まれる心配がこれで大きく減る。

今回で5回目……いい加減わたくしの身体も吸血行為に慣れて来たということなのかもしれません。


ダイヤ「これ、で……チャームを、気にして……吸血を、躊躇する、必要……なくなりました、わね……」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「ただ……少し……休ませて……くだ、さい……疲れ、ました……」

千歌「うん……頑張ってくれて、ありがとう……」


倒れこんだままのわたくしの横に、倣うように千歌さんも寝転がり、そのまま胸に顔を埋めてくる。


ダイヤ「千歌……さん……?」

千歌「……その……こうしてた方が安心するし……ダイヤさんも、動けない間、チカがくっついてた方が……安心なのかなって」

ダイヤ「なるほど……」


腕を持ち上げるのもかなりだるいという状態でしたが、どうにか千歌さんの背中に片腕を回して、抱き寄せる。


ダイヤ「……お互いこれが一番安心するみたいですから……しばらく、こうしていましょうか……」

千歌「うん……。……ダイヤさん、心臓の音、すごいね……」

ダイヤ「……そう、かもしれません……」


チャームに思考を呑まれなくなったとは言え、効果がなくなったわけではないと言うことでしょう。


千歌「……あの、どんどん早くなってるけど……大丈夫……?」

ダイヤ「そう、ですか……? まあ、一時的なものだと、思いますので……直に収まり、ますわ……」

千歌「ならいいけど……」


──実のところ、直に収まると言った割に、このチャームによる心拍数の増大は、結構な時間収まらなかったのですが……。

まあ、身体に特段影響があったわけでもないですし……無理に抵抗した反動なだけかもしれませんし。これは余談でしょう。


千歌「……このまま、寝ちゃう?」

ダイヤ「眠れるなら……それもいいかもしれませんわね」


酷い倦怠感なのに、何故か目が冴えているのが憎らしい。

まだ起床してから10時間も経っていないから、仕方がないかもしれませんが……。

結局──わたくしが動けるようになったのは、それから2時間も後のことです。

それまでの間、ただわたくしたちは、お互いの存在を噛み締めながら、ぼんやりと時間を過ごしたのでした。





    *    *    *





──時刻は23時前。

わたくしは鞠莉さんの部屋に訪れていました。
135 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:04:24.56 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「あら、ダイヤ。いらっしゃい。どしたの?」

ダイヤ「いろいろ確認をしようと思いまして……」

鞠莉「確認?」

ダイヤ「……あの部屋、いつまで使わせてもらえますか?」

鞠莉「ん……あの部屋使う人なんて滅多にいないし、いいわよ好きなだけいてくれても。1週間くらい?」

ダイヤ「……あ、えーっと……」

鞠莉「? ……1ヶ月?」

ダイヤ「…………いつまで使う必要があるかわからないと言いますか」

鞠莉「Why? どゆこと?」

ダイヤ「その……なんと、言いますか。……問題が解決するまで貸していただければ」

鞠莉「……その問題ってなんなの?」

ダイヤ「それは……その……」


思わず口ごもる。言ってもいいものなのでしょうか……。


鞠莉「まあ、言いたくないなら無理に詮索しないけど……。その口振りだと解決の目処が立ってないってことかしら?」

ダイヤ「……そうですわね」


先ほど千歌さんと口論になったときも口にしていましたが、正直今後どうしたものか見当もつかない状態です。


鞠莉「その問題って……今日、練習来なかったのと関係あるわよね」

ダイヤ「まあ……はい」

鞠莉「明日は練習行くの?」

ダイヤ「たぶん……難しいですわ」

鞠莉「解決しないと、練習に参加出来ない感じ?」

ダイヤ「……はい」


詮索はしないと言った割に、鞠莉さんの誘導尋問が始まっている。

いっそ、このまま打ち明けてしまった方がいいのかしら……。


鞠莉「全く、ダイヤも大変そうね。連休直前に吸血鬼に噂の見回りしてたと思ったら、今度は何故か千歌を匿ったりして……ん……?」

ダイヤ「…………」

鞠莉「……もしかして、この二つ、関連してるの?」


勘が良すぎる。このまま誘導尋問を受け続けると、確実にバレる。


ダイヤ「関係ないですわ」

鞠莉「ま、そりゃそうよね。見つかったのはネズミって言ってたし」

ダイヤ「そうですわ。吸血鬼なんて、眉唾な話とっくに忘れていましたわ」

鞠莉「ふーん。……その割に善子とマルに吸血鬼の話聞いたりしてたのね」

ダイヤ「……!? い、いや……その……」


カマを掛けられた。
136 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:06:03.55 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「…………」

ダイヤ「…………」

鞠莉「ダイヤ、力になるよ?」

ダイヤ「…………」


鞠莉さんはなんとなくアタリが付いているのかもしれない。

いや……まさか、千歌さんが吸血鬼化していて、わたくしと一緒に元に戻る方法を探しているなんて、ピンポイントな結論に至っていることはないと思いますが……。

どうするか、悩みましたが──


ダイヤ「…………いえ、なんでもありませんわ」


悩んだ末にわたくしはそう答えた。


鞠莉「…………そ」


わたくしには懸念があった。

巻き込んでしまうと……鞠莉さんにも影響があるかもしれない。


ダイヤ「鞠莉さん、一つお訊ねしたいのですが」

鞠莉「何?」

ダイヤ「今日の日差しは……どうでしたか」

鞠莉「日差し……? 普通だったと思うけど」

ダイヤ「真夏のような強烈な日射ではありませんでしたか?」

鞠莉「……? 普通にこの季節の日差しって感じだったけど……。……むしろ、ちょっと控えめってくらいじゃないかしら」

ダイヤ「そうですか……」


……やはり、そうだ。

わたくしが思っていた日差しの感覚と、鞠莉さんの感覚が著しくズレている。

今日の日差しは、絶対に日傘が必要だと思うくらいにきつかったと記憶している。

結局、千歌さんが日光で燃えて引き返したため、わたくしはほとんど日には当たってはいないのですが……。

加えて、それだけではない。

水──主に流水への不快感。ロザリオ──十字架への嫌悪感。そして日光への過敏な反応。

この3つの要素はどう考えても──わたくしにも大なり小なりの吸血鬼化が起こっていることを指し示していた。

こうなってしまった原因の特定は難しいですが……これも、恐らく千歌さんには勝手にないと思い込んでいた吸血鬼要素──血を吸った対象を吸血鬼化すると言う、吸血鬼の能力の一つなのではないでしょうか。

彼女は吸血鬼化が進む中で、日光下で燃える、鏡に映らない等の吸血鬼性を新たに発現してしまったのと同様に……吸血対象の吸血鬼化と言う吸血鬼要素も持ってしまった、と考えるのが状況証拠としては一番有力な気がします。

この事実は……協力者にも、相当な危険が及ぶ可能性を示唆しています。

吸血対象をあくまでわたくしだけに絞れば問題ないのかもしれませんが……あやふやな存在に対して甘い考えで、ここまでに想定を何度もひっくり返されています。

今後も何が起こってもおかしくない……。

そこまでわかった上で、鞠莉さんに事情を話すべきかと言われると……。
137 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:11:21.29 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「──おーい、ダイヤー?」

ダイヤ「……え?」

鞠莉「話聞いてる?」

ダイヤ「あ、すみません……少し考え事をしていて……」

鞠莉「……まあ、ダイヤと千歌が抱えてる問題は、わたしに迂闊に言えないことだって言うのはわかった」

ダイヤ「……すみません」

鞠莉「ついでに解決の目処も立っていない。解決しないと練習にも出て来れない」

ダイヤ「…………」

鞠莉「……ま、ダイヤがチカッチのハートを独占したいからってことにしておいてあげる」

ダイヤ「……!?/// ……で、では、そういうことにしておいてください……///」


これで納得して、部屋も貸してもらえるなら……そういうことで納得してもらいましょう。


ダイヤ「……ところで、一つお聞きしたいのですが」

鞠莉「What?」

ダイヤ「なんで、あのような部屋があったのですか……? 自分で頼んでおいて、まさか本当にあんな部屋があったなんて……」

鞠莉「ああ……なんか、元々はどうにもならない病気を患った患者とかを匿う部屋として作ったみたいなのよね」

ダイヤ「どうにもならない病気……?」

鞠莉「精神錯乱が起こって暴れちゃう人とかをやむを得ず閉じ込めておくとか……。重度の日光過敏症で、外に出られない人とかね」

ダイヤ「どうしてわざわざホテルに……」

鞠莉「さあね……詳しいことはわたしも知らないけど、名残って言ってた気がするわ」

ダイヤ「名残……?」

鞠莉「淡島ってもともと無人島だったでしょ? だから、感染症とかで迫害されて、追いやられた人の隔離先だったんじゃないかって話があってね」

ダイヤ「感染症……」

鞠莉「日本でも戦前戦時中なんかはたくさん感染症もあったって言うし……この辺にもあったんじゃないっけ? チホービョーとか言うやつ?」

ダイヤ「ちほーびょー? ……ああ、地方病ですか」


さすがに詳しいと言うほど詳しくはないですが、確か山梨は甲府盆地一帯で長い間問題になっていた感染症のことだったはず。

当時の富士川水系だった浮島沼──現在の沼川です──でも発症例があったため、沼津も本当にギリギリ感染範囲内でした。なので、家の史書で少しだけ目にしたことがあった気がします。


鞠莉「今は日本の感染病ってほとんどないけど……そういう歴史的な名残と、あとはゲンカツギ? 的なものもあったのかもしれないわね。ほら、狂犬病とか一応まだ撲滅してないし、いざってときの為にね」

ダイヤ「……狂犬病」

鞠莉「光を恐がるし、精神錯乱で暴れることとかあるって言うし……それこそ、そういう病気の患者を意識して作られた部屋なのかもね」

ダイヤ「そうですか……」


花丸さんが言っていたように、吸血鬼と関連付けられて語られることのある、狂犬病患者のために作られたのではないかと言う部屋に、本物の吸血鬼を匿っているなんて、皮肉な話ですわね……。


鞠莉「まあ……わたしの記憶が正しければ、あの部屋を使ってるのはあなたたちが初めてよ。だから、沼津で未知の感染病が大流行でもしない限り、当分の間は使ってても問題ないと思うわ」


あの部屋を追い出されるときは、それこそ世界の危機なのかもしれませんわね……。

何はともあれ、当分の宿泊先は確保されたと言うのは非常にありがたいことです。
138 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:12:24.44 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ありがとうございます……しばらくお世話になると思います」

鞠莉「言ってくれれば簡単なまかないくらいなら、出してあげられると思うから。必要だったら言ってね」

ダイヤ「何から何まで……感謝しますわ」

鞠莉「気にしないで。……それより、千歌のこと、お願いね? さすがに居なくなられたら皆も困るから」

ダイヤ「ええ、承知していますわ」


鞠莉さんとの会話を終えて……わたくしは部屋を後にしたのでした。





    *    *    *





──明けて、時刻2時。


千歌「……ちゅー……ちゅぅー……」

ダイヤ「……ん…………ふ、ぅ…………♡」

千歌「…………ん、ぷはっ」

ダイヤ「……ん゛……♡」

千歌「ダイヤさん、終わったよ」

ダイヤ「は……はひ……っ……」


通算6回目の吸血行為を終えて、千歌さん方へ倒れこむ。


千歌「わわ!? 大丈夫……?」

ダイヤ「す、すみません……うまく力が、入らなくて……」

千歌「んーん。……気にしないで」


千歌さんに抱きとめられながら、身体に力を込めてみるものの……筋肉が弛緩してしまっているのか、全然思うように動けない。

やはり、吸血はノーリスクと言うわけにはいかないようですわね……。

ただ、理性を飛ばさずに耐えるコツみたいなものがだんだんわかってきた。


千歌「んっしょと……」


千歌さんに抱きかかえられながら、横になる。


ダイヤ「ありがとう……千歌さん」

千歌「うぅん……むしろ、ごめんね……。吸血の度に疲れちゃうよね……」

ダイヤ「いえ、気にしないでください」


さて……チャームをどうにか乗り越えたのはいいとして。


ダイヤ「……そろそろ、本格的に今後どうするか考えないといけませんわね」

千歌「うん……そうだね」


千歌さんにはまだ言っていませんが……わたくしの吸血鬼化が取り返しのつかないところまで進んでしまったら、更に対処は厳しくなる。

二人してお風呂に入れないくらいなら可愛いものですが……日中全く出歩くことが出来なくなったりしたら、それこそ詰みかねない。


千歌「どうしよ……」
139 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:15:57.61 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんが先ほど同様、わたくしのすぐ横に横たわりながら、困った顔をする。

千歌さんの方から、ほんのり汗の匂いがした。


ダイヤ「……汗を流すために、お風呂くらい入りたいですわよね」

千歌「?」

ダイヤ「いえ……先ほどから千歌さん汗を……かい、て……? え……?」


わたくし、今……自分でなんて言いましたか……?


ダイヤ「……千歌さん……汗をかいているのですか……?」

千歌「え……い、言われてみれば……そうかも……? ……あ、あれ??」


最初の晩にしたやり取りを思い出す。


 ダイヤ『余り、汗の臭いはしませんわね……』

 千歌『ぅ……そういうこと言いながら、ニオイ嗅がないでよぉ……』


ダイヤ「千歌さん、失礼しますっ!」


身体を捩って、寝転がったまま千歌さんに近付きニオイを嗅いでみる。


千歌「う、うぇぇ!?/// ダ、ダイヤさん!?///」

ダイヤ「……汗のニオイがしますわ」

千歌「!!?!?///// 言わなくていい!!!!//// 言わなくていいっ!!!!!!////」


これはどういうことでしょうか……。

吸血鬼は汗をほとんどかかない、ないし吸血鬼は汗のニオイがしないという大前提が間違っていた……?

確かに焦ったときや苦しいときに脂汗をかくということはありましたが……。

いや……汗をかかないと言うよりは、肌や髪が常に最高のコンディションに保たれるという考えを……。


ダイヤ「え?」


肌が最高のコンディションに保たれるという話の根底にあるのは確か……再生能力を端にした考察だったはず。

それによって、肌の傷や痕がないために美しい肌や、髪になっているはずなのに……千歌さんの腕を見る。


千歌「えっと……?」


そこには昼に火達磨になりながら、のたうち回って転がったときに出来てしまった擦り傷の治療をし、当てているガーゼがあった。


ダイヤ「……どうして気付かなかったのでしょうか」

千歌「……? ……このケガがどうかし……て……? え……? なんでケガしてるの?」

ダイヤ「千歌さん!! ガーゼを外してください……!!」

千歌「う、うん!!」


相変わらず身体にうまく力が入らず起き上がろうとすると、身体が震えるけれど、それどころではない。

千歌さんがガーゼを取ると──そこには治り掛けの擦り傷があった。


千歌「こ、これ……」

ダイヤ「……かなり、治って来ていますが……まだ擦り傷がある……」
140 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:17:50.57 ID:ZRnZyA2Z0

──つまり。


ダイヤ「再生能力が失われている……?」





    *    *    *





千歌「どうして、急に……」

ダイヤ「…………」


何故急に再生能力が失われたのか。

千歌さんの肌は刃物で傷つけても傷口がすぐに塞がってしまうところを目撃している。


千歌「……擦り傷には弱いとか……?」

ダイヤ「その可能性もなくはないですが……」


とは言っても、千歌さんは保健室で出会ったときも、錯乱しながらあちこちに身体をぶつけたり、床や壁に身体を擦っていた気がする。

それでも傷一つない、綺麗な身体だったことはその日のうちにお風呂で確認している。

元から、擦り傷は治り辛いと考えるよりは、再生能力が極端に低下していると考えた方が合理です。


ダイヤ「……どちらにしろ、汗のニオイがしたことの説明になりませんわ」

千歌「ぅ……/// そ、そのことは……忘れてよぉ……///」


何故そんなことが起きたのか。物事の起こっている順番から考えて、原因は……。


ダイヤ「太陽の光に焼かれたから……?」


その可能性が非常に高い。


ダイヤ「…………ですが、解せないことがありますわ」

千歌「解せないこと?」

ダイヤ「再生能力を失ったという割に……火達磨になったのに、千歌さんは火傷一つ負っていませんでした」


一瞬であれば、もちろん軽傷で済むのかもしれませんが……微塵も火傷痕がないなんてことがあるのでしょうか……。


千歌「私……そんなにすごく燃えてたの? 正直熱かったことしか覚えてなくって……」

ダイヤ「……ええ、全身炎に包まれていましたわ」

千歌「……そっか。でもダイヤさんが日影に引っ張り込んでくれたんだよね。大丈夫だった……?」

ダイヤ「大丈夫……? 何がですか?」

千歌「いや……だって、燃えてるチカを引っ張ったんだから、ダイヤさんも熱かったんじゃないかなって」

ダイヤ「……え?」

千歌「え?」


……言われてみればそうです。

千歌さんに微塵も火傷痕がないと言うのなら……何故、わたくしにも火傷痕が微塵もないのでしょうか。

改めて、自身の腕を確認してみますが──
141 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:19:10.42 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「火傷した痕なんて……全くない。というか……熱さを感じた覚えがない」


無我夢中だったから、熱さに気付かなかったという可能性もなくはないかもしれませんが……。

だとしても、実際炎に触れたら火傷ぐらいするはず。


ダイヤ「どういうこと……? あれは実は炎じゃなかった……?」

千歌「……もしかしたら」

ダイヤ「?」

千歌「太陽の光で燃えてたのは吸血鬼のチカで、吸血鬼のチカが燃えちゃったから、人間のチカが出てきたとか……?」


そんないい加減な仕組みなのか……言いたいところですが、根本的に吸血鬼化なんて仕組みがよくわからない現象が起こっているのです。

千歌さんの言っている通りの可能性は十分にある。

どちらにしろ、これは解決の糸口になるやもしれない可能性です


ダイヤ「千歌さん」

千歌「な、なに?」

ダイヤ「一つ試してみたいことがありますわ」


わたくしはここまでの話を受けて、一つの提案をすることにしました。





    *    *    *





ダイヤ「──……ん……んぅ……」

千歌「むにゃむにゃ…………」


目が覚めると、わたくしの胸の辺りで、千歌さんがむにゃむにゃと言っている。

…………。


ダイヤ「……はっ!?」


ばっと起き上がる。


千歌「んにゅ……? ……だいあさん……?」

ダイヤ「ね、眠ってしまいましたわ……夜明けと共に実験を始めようと思っていたのに……」


夜明けの時間にあわせて試そうと思っていたことがあったのに、日の出の時間と共に、急激な眠気に襲われて眠ってしまった。


ダイヤ「今、時間は……?」


自分の携帯を手に取って開いてみると──


ダイヤ「11時……」


昨日の起床と大体同じ時間でした。

地下階故に日の光は全く入ってきませんが、体内時計はまだまだ優秀に機能しているようで安心する。
142 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:20:32.59 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「今から実験する?」

ダイヤ「ええ……ですが、千歌さんは危ないので部屋の中にいてください」

千歌「うん、わかった」


……と言うわけで、予定より、かなり出遅れましたが、わたくしは一人外に出ることに致しました。





    *    *    *





──ホテルの外に出ようとしたところで、


鞠莉「Hello. ダイヤ」


鞠莉さんに声を掛けられる。


ダイヤ「おはようございます、鞠莉さん」

鞠莉「もうお昼よ? まあ、わたしもさっき起きたところだけど……」

ダイヤ「……午前練習始まってますわよ」

鞠莉「午前練習……そんなのあった気がするわね」

ダイヤ「はぁ……」


普段だったら怒っているところですが、本日わたくしは午後練習含めて不参加なため、咎めることは出来ない。


鞠莉「んまあ、今からその練習に行くつもりだったんだけど……。ダイヤはやっぱり休み?」

ダイヤ「ええ、まあ……千歌さんを置いていくわけにもいきませんし」

鞠莉「そ。じゃあ、なんかあったら携帯に連絡してね」

ダイヤ「わかりましたわ。いってらっしゃい」

鞠莉「……なんか、ダイヤにいってらっしゃいとか言われると変な感じね……。いってくるわ」


鞠莉さんが出かけて行ったあと、わたくしはホテルオハラの裏口階段に足を向ける。

鞠莉さんや、わたくしや、果南さんが普段通用口として利用している階段です。

エントランスホール側は少し人目が気になるので、裏口に来たのですが……。

その際外を見てみると、今日も晴れている、絶好の練習日和のようです。

裏口の階段の途中、踊り場で、僅かに日が差し込んでいる場所を見つけて、一旦辺りを見回す。


ダイヤ「人影は……ありませんわね」


入念に人の目がないかを確認する。

大丈夫そうです。

確認を終えたら、千歌さんにお願いしたものを入れた袋を取り出して、ピンセットで1本摘んで取り出す。

──それは千歌さんの髪の毛です。


ダイヤ「……千歌さんが火達磨になったとき、確かに頭部も燃えていた」
143 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:21:15.48 ID:ZRnZyA2Z0

つまり、髪も太陽で燃えると考えて良い。

そのまま、ピンセットで摘んだ髪を、日向に晒すと……。

──ボッ。

案の定髪の毛は一瞬で火に包まれ……しばらくすると、鎮火した。


ダイヤ「……! ……千歌さんの言う通りでしたわ」


そして、その燃えたはずの髪の毛は──ピンセットの先で綺麗に形を残したままでした。





    *    *    *





──その後も何本か同様の実験をしてみましたが……。

同じように全ての髪の毛は、余すことなく、同じ様相の燃えない髪の毛へと変わることを確認しました。

ついでに……わたくしが触れても熱くない──つまり、人間には害のない炎だと言うこともわかる。


ダイヤ「……これが実験結果ですわ」

千歌「じゃあ、もしかして……」

ダイヤ「太陽の光を浴びれば……人間に戻れるかもしれません。……ですが……」


……ただ、問題がある……。

髪の毛ならまだしも……実際にやるとなれば、千歌さんが燃えるのです。

しかも、あくまで髪の毛で十数本で実験をしただけ。

千歌さんの身体が燃え尽きない保証なんてどこにもない。


千歌「私はやるよ」

ダイヤ「…………千歌さん」

千歌「だって、やっと見つけた元に戻れるかもしれない方法なんだもん」

ダイヤ「…………命に関わるかもしれませんわ」

千歌「……そう、だね。でもやる」

ダイヤ「……そうですか」

千歌「ただ……ちょっと、覚悟したいから。今日すぐには……」

ダイヤ「わかりましたわ。どちらにしろ、人払いができていないと、出来ませんから……」

千歌「うん、わかった。……えっと……少しだけ、一人にしてもらっていい?」

ダイヤ「承知しました」
144 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:21:58.97 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしはそう言って、一人部屋を後にする。

……覚悟を決めるのに、千歌さんなりにいろいろ思うことがあるのでしょう。

実際、元に戻るためとは言え……全身を焼かれるなんて、相当な恐怖のはず。

しかも、簡単な検証はしたとは言え、命の保証がない。

たった、一日で覚悟を決めろというのすら、酷なのではないでしょうか……。

……ですが、彼女がやると言っている。

他に術が見つかる保証もない。

なら……わたくしはわたくしに出来ることをするしかない。

──電話を掛ける。

prrrrr....prrrrr....

しばらくコール音が続いた後、


鞠莉『ダイヤ? 何かあった?』


鞠莉さんに繋がる。


ダイヤ「重ね重ね申し訳ないのですが……お願いがありまして」

鞠莉『いいヨ。わたしに出来ることならなんでも言って』

ダイヤ「ありがとうございます……それで、お願いしたいことなのですが……──」





    *    *    *





──夜18時半。日の入の時間。


千歌「お世話になりました」

鞠莉「思ったより、すぐ解決したのね」

ダイヤ「……これから解決しに行くのですわ。それより、頼んでいたことは……」

鞠莉「夜中〜朝までの間、浦の星女学院に通じる道を封鎖して欲しいって話でしょ? 理事長権限使って手配しておいたわ。浦女を貸切にして何するつもりなの?」

ダイヤ「それは……秘密ですわ」

千歌「うん、私とダイヤさんだけの秘密」

鞠莉「あらあら……イケナイことしちゃダメよ?」

ダイヤ「/// そんなこと、しません///」

千歌「イケナイことって?」

ダイヤ「千歌さん、行きますわよ」

千歌「え、あ、うん」


鞠莉さんに用意してもらった、船で本島を目指す。

──揺れる船の中で、千歌さんに話しかける。


ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん……?」

ダイヤ「……元の世界に、帰りましょうね」

千歌「……うん!」
145 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:22:50.24 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしたちは決着をつけるために、浦の星女学院を目指します。





    *    *    *





千歌「……なんか、もうすでに懐かしいな」

ダイヤ「……久しぶりに訪れたような気がしますわね」


わたくしたちは、いつも練習をしている屋上へと足を踏み入れていた。


千歌「夜に来ることってほぼないけど……星がよく見えるね」

ダイヤ「そうですわね……しばらくは天体観測しながら、待つことになると思いますわ」


わたくしは、簡易的なテントを組み立てながら、千歌さんの言葉に受け答えする。


千歌「わ、テント?」

ダイヤ「一応泊まりなので……これも鞠莉さんに用意して貰いましたわ」

千歌「なんか、キャンプみたいでワクワクするね!」

ダイヤ「ふふ……そうですわね」


テントを手早く組み終えて、中に二人で腰を降ろす。


千歌「テントの中って以外と、居心地いいかも……」

ダイヤ「キャンピングマットがしっかりしているから、これなら横になっても大丈夫そうですわね」

千歌「うん!」

ダイヤ「……吸血欲求はどれくらい?」

千歌「えっと……50くらい」

ダイヤ「では、次は……22時過ぎくらいですわね」

千歌「うん」


きっとそのあと……4時過ぎにもう一回……。

今後のことを考えていると──くぅぅぅ〜〜〜……。


千歌「あはは、お腹空いたね」

ダイヤ「はぁ……/// 最後まで締まりませんわ……///」


どうして、いつもわたくしのお腹が鳴ってしまうのかしら。


千歌「ご飯にしよっか」

ダイヤ「そうですわね」





    *    *    *


146 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:24:34.07 ID:ZRnZyA2Z0


千歌「あむ……」

ダイヤ「……あむ……」


二人でサンドイッチを食べながら、星を見上げる。


千歌「サンドイッチ、おいしいね!」

ダイヤ「ご飯まで用意してもらって……鞠莉さんには結局お世話になりっぱなしでしたわ」

千歌「そうだね……」


水筒から、トマトジュースをコップに注ぐ。


ダイヤ「はい、どうぞ」

千歌「えへへ、ありがと」


千歌さんに手渡してから、わたくしも自分の飲む分をコップに注ぐ。


千歌「ダイヤさんもトマトジュース飲むの?」

ダイヤ「……今日は千歌さんと同じ物が飲みたいと思って」

千歌「そっか、じゃあ乾杯しよ!」

ダイヤ「ふふ……トマトジュースで乾杯する日が来るなんて思いませんでしたわ。乾杯」

千歌「乾杯!」


二人でトマトジュースの入ったコップをコチンとぶつける。


千歌「えへへ……」

ダイヤ「ふふ……」


何故だか、二人して笑ってしまう。


千歌「……ダイヤさん、ありがと」

ダイヤ「なんですか急に」

千歌「ここまで……一緒に居てくれて、ありがと」

ダイヤ「……大変なのはここからですわよ」

千歌「わかってるけど……でもお礼言いたかったんだ」

ダイヤ「……そう」

千歌「うん」


なんだか……すごく穏やかに時間が流れている。

食事を終えたあとも……なんとなく、ぼんやり夜空を眺める。

二人で空を見つめながら、どちらからでもなく、自然と手を繋いでいた。


千歌「…………」

ダイヤ「…………」


お互いの存在を確かめ合うように……ぎゅっと手を繋いで過ごす。

ただ、それだけなのに──何故だか……すごく胸が温かかった。


147 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:25:21.98 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





──22時半。


ダイヤ「今どれくらい?」

千歌「ん……90くらい……」


テントの中でいつものように抱き合う形で訊ねる。


ダイヤ「……その割に、落ち着いていますわね」

千歌「血は飲みたいけど……ダイヤさんがそばに居てくれるから……なんか、安心してる」

ダイヤ「……そう」


千歌さんの頭を撫でながら……いつものように、自分の首筋に誘導する。


ダイヤ「千歌さん……貴方の好きなタイミングで」

千歌「うん……血、いただきます。……ぁむっ」


──ブスリ。

キバが突き刺さってくる。


千歌「……ちゅぅー…………」

ダイヤ「…………ん…………♡」


ぎゅーっと千歌さんを抱きしめる。


千歌「…………ちゅー…………」

ダイヤ「……千歌さん…………ん…………♡ ……おいしい……?」


訊ねると、千歌さんは血を吸いながら、コクコクと小さく頷く。


ダイヤ「……そう……よかった…………ふ、ぅ…………♡」


千歌さんの背中を撫でながら、血を与える。

千歌さんはある程度吸ったところで、


千歌「……ぷはっ」


吸血を終えて、キバを引き抜く。


ダイヤ「……ん゛……♡」


相変わらず、この歯が抜ける瞬間だけはどうしても声が漏れてしまう。


千歌「……血、おいしかったよ……ダイヤさん、大丈夫?」

ダイヤ「ええ……」
148 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:26:37.69 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんにもたれかかる形のまま返事をする。

もう理性が飛ぶこともなくなった。我ながらよく慣れたものです。

──相変わらずドキドキと心臓がうるさいですが、まあいいでしょう。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「なぁに?」

ダイヤ「しばらく……このままでいいですか?」

千歌「えへへ……うん」

ダイヤ「ありがとう……」


やはり吸血後は倦怠感でしんどいのですが……。

こうして千歌さんと抱きあったままいると、不思議とホッとする。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさん……」


抱き合って、存在を噛み締めて。

夜は更けていく。





    *    *    *


149 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:27:22.68 ID:ZRnZyA2Z0


ダイヤ「南東から南の空──少し低い場所で光っている星、わかりますか?」

千歌「んーっと……あ、あった」

ダイヤ「あれがアンタレス。さそり座の心臓部。そのアンタレスの右上から下に向けて伸びているS字に連なっている星たちが、さそり座ですわ」

千歌「……あ、確かにさそりに見えるかも」

ダイヤ「そして、さそり座から左上に……大きな横倒しの五角形、わかりますか?」

千歌「横倒しの五角形……あれかな?」

ダイヤ「ふふ、きっとそれですわ。それがへびつかい座。へびつかい座の周りにぐねぐねと伸びているのがへび座ですわ」

千歌「へび……へび……」

ダイヤ「ぐねぐねの先、上の方にある小さな三角形、あれがへびの頭ですわ」

千歌「あ! へびだ!」

ダイヤ「ふふ……そして、そこから左に視線をずらしていくと……大きな三角形が見えてきますわ。これが有名な夏の大三角」

千歌「まだゴールデンウイークだよ?」

ダイヤ「ゴールデンウイークでもこの時間になると、見ることが出来るのですわよ」

千歌「へー」

ダイヤ「まあ、果南さんの受け売りなんですけどね。……それぞれの頂点にあるのはベガ、アルタイル、デネブですわ」

千歌「どれがどれ?」

ダイヤ「一番下に見えるのがアルタイルですわね。上の方にあるのがベガですわ」

千歌「じゃあ、真ん中くらいの高さにあるのが……」

ダイヤ「ええ、はくちょう座の尾に当たる部分……デネブですわ」

千歌「はくちょう座はわかるよ! ノーザンクロスだよね!」

ダイヤ「まあ、物知りですわね」

千歌「十字の星座、かっこいいから覚えてた!」

ダイヤ「ふふ、千歌さんも果南さんと星をたくさん見ていますものね」

千歌「うん! でもー正直ーあんまり覚えられなくてー……」

ダイヤ「物語を思い浮かべながら見ると、覚えられますわよ。ノーザンクロスは翼を広げたはくちょう座、その両端にいるベガは織姫、アルタイルは彦星。七夕の夜には、はくちょう座が二つの星の架け橋となってくれますわ。お話の中に出てくる鳥はカササギですけれど」

千歌「はくちょうはカササギなの?」

ダイヤ「ギリシャ神話でははくちょう座ですが……七夕伝説は古代中国のお話ですからね。中国ではカササギに見えたのでしょう。ですが……広い世界の別々の場所で、同じように星を見て、鳥を見出したのだとしたら、少しロマンチックな気がしますわね」

千歌「……確かに、そうかも……」

ダイヤ「百人一首にもあの夜空のカササギを詠んだ歌がありますのよ。 『かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける』 中納言家持の歌ですわ。七夕の日、織姫と彦星を逢わせるために、かささぎ連ねて渡した橋──天の川にちらばる霜のような星の群れの白さを見ていると、夜も更けたのだなぁと感じてしまいます。そんな歌ですわ」

千歌「天の川があるの?」

ダイヤ「今の季節は少し見づらいですが……七夕頃になるとカササギが天の川の上に橋を作っているところが、綺麗に見ることができますわよ」

千歌「そうなんだ……! 見てみたいなぁ……」

ダイヤ「ふふ……じゃあ、七夕が近くなったら、また一緒に見に来ましょうか」

千歌「ホントに?」

ダイヤ「ええ、約束ですわ」

千歌「うん!」





    *    *    *


150 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:28:05.38 ID:ZRnZyA2Z0


ゆっくり回る夜空を二人で旅しながら、気付けばだんだん空が白んできた。

時刻は4時半過ぎ。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「最後の……吸血、かな」

ダイヤ「……そうですわね」

千歌「…………」

ダイヤ「どうしたのですか」

千歌「うぅん……なんでもない」

ダイヤ「そう?」

千歌「うん」


……やっと、終わる。

この長いようで短かった、吸血鬼の彼女と過ごした時間も。

不謹慎なので、口には出来ませんが──思い返してみると、少しだけ寂しい気持ちもあるかもしれません。

先の沈黙……もしかしたら、ですが……千歌さんも少しだけ寂しいと思ってくれたのかもしれません。


ダイヤ「千歌さん……」


ぎゅーっと抱きしめる。

もうこうして、彼女を抱きしめる理由も、なくなってしまいますから。

忘れないように、強く抱きしめる。


千歌「ダイヤさん……」


それに応えるように背中に回された彼女の腕にも、力が篭もるのがわかった。


千歌「……酷いこと言って良い?」

ダイヤ「……聞いてから考えますわ」

千歌「……血、いっぱい吸っていい?」

ダイヤ「それは酷いことなのですか?」

千歌「だって……ダイヤさんはごはんじゃないもん」

ダイヤ「ふふ……そうね」

千歌「……でも、ダイヤさんの血……おいしいから」

ダイヤ「それは褒められてるのですわよね。……血の味を褒められるなんて、もう今後ないでしょうけれど」

千歌「あはは、そうだね。ダイヤさんの血の味を知ってるのは……チカだけだね」

ダイヤ「……じゃあ、最後ですから。……好きなだけどうぞ。ただ、死ぬほどは吸わないでくださいね?」

千歌「それってどれくらい?」

ダイヤ「えーっと……500mℓペットボトル1.5本分くらいでしょうか」

千歌「絶対そんなに飲めない……お腹たぽたぽになる」

ダイヤ「じゃあ、安心ですわね……どうぞ」

千歌「うん……──ぁーむっ……」


──キバが首筋に突き刺さってくる。
151 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:29:00.43 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……っ……」


最後の吸血。


千歌「…………ちゅぅ……ちゅぅ……」

ダイヤ「…………んっ…………♡」


噛まれた辺りからぞわぞわとした刺激が拡がっていって、声が漏れる。


千歌「…………ちゅー……ちゅー……」

ダイヤ「…………ちか、さん……♡ ……わたくしの血……おいしい、ですか……?♡」

千歌「…………ちゅ、ちゅ……」


千歌さんは吸い付きながら、コクコクと頷く。


ダイヤ「……そ、う…………んっ……♡」


何故だか、千歌さんが美味しそうに血を吸ってくれると、嬉しいなと思った。

これもチャームの一種なのでしょうか。

……きっと、そうなのでしょう。


千歌「…………ちゅ、ちゅ、ちゅぅー…………」

ダイヤ「ふふ…………♡ …………いっぱい、飲んでください…………♡」


心臓がドキドキと早鐘を打つ。


千歌「…………ちゅーーー……ちゅーーー…………」

ダイヤ「……は……ぁ…………♡ ……ちか……さ……ん…………♡」


そろそろ、まずいかも……。

頭の中に靄が掛かり始めた、そんな頃合で、


千歌「……ん、ぷはっ」


千歌さんが口を放した。

キバが抜ける。


ダイヤ「……ん゛……♡」

千歌「……は……ふ……ふぅ……おいしかったよ……」

ダイヤ「ふふ……それは……なにより、ですわ……」


たくさん血を吸われたせいなのか、いつもより長い吸血だったからなのか、輪をかけて身体に力が入らない。

また、千歌さんにもたれかかるようして、抱きしめてもらう。


千歌「ダイヤさん……」
152 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:30:23.92 ID:ZRnZyA2Z0

……夜明けまでもう20分もない。

千歌さんはわたくしを抱きしめたまま、震えている。

抱き返したいが、脱力してしまって、抱き返すための力が入らない。

ただ、ただ時間が過ぎていく。

千歌さんが震えているのを感じながら──ただ、ただ時間が過ぎていく。


千歌「……ダイヤさん」

ダイヤ「……はい」

千歌「……いってくるね」


夜明けと共に彼女の口から出た“さいご”の──覚悟の言葉。

そして、彼女は……わたくしから離れて、テントの外へ──夜明けの世界へと一人で旅立った。





    ♣    ♣    ♣





──テントから出る。


千歌「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……っ……」


心臓が意味不明なほどの早鐘を打っている。

脚がガクガクと震えている。


千歌「は……はっ……はっ……はっ…………!!」


あと1分もしない間に、ダイヤさんと二人で確認した──夜明けの時間だ。


千歌「…………はっ、はっ、はっ、はっ」


脚だけじゃない、腕が、膝が、ガタガタと震えだす。


千歌「っ……!!」


拳を握りこむ。


千歌「……止まれ……っ……!!!」


声を出したら、その拍子にカチカチカチと音が鳴り始める。

口が震えていた。


千歌「……っ゛!!!!」


思いっきり噛み締める。無理矢理震えを押さえつける。

怖くない、怖くない、怖くない、怖くない、怖くない。

景色の遥か先──東の空が光を帯びていく。


千歌「……っ!!!!!」
153 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:31:17.80 ID:ZRnZyA2Z0

──怖い!

あと何秒。

もう10秒もない。

怖い、怖い、怖い。

怖い!!!

息が出来ない。

全身が震える。

恐怖で心臓が壊れそうだ。

指先の感覚がない。

頭がぐわんぐわんする。

地面がぐにゃぐにゃする。

ダメだ、ダメだ、ダメだ……!!!

無理、無理、無理……!!!!!


千歌「はっ!!! はっ!!!! はっ!!!!」


太陽が顔を出す。

私を焼き尽くす、焔が顔を出す。


千歌「っ゛!!!!!!!」


──そのとき。

声がした。


 「──千歌さん、頑張って──」

千歌「!!!!! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」


叫んで脚を踏みしめて。

夜が──明けた。

太陽光線が真横から私に照り付ける。

──ボウッ!!!!!!

音を立てて、全身が一気に燃え盛る。


千歌「あっづ!!!!!!!!!」


第一声の悲鳴と共に、熱が一気に全身を焼き尽くす。


千歌「っ゛ぁ゛ああ゛あぁ゛ああぁあ゛ッッッッ!!!!!!!!!!」


燃えてる。身体が燃えてる。


千歌「あづ、あ゛づぃ!!!! あ゛つ゛いっ゛!!!!!! あ゛つ゛い゛ぃ゛っ!!!!!!!!」


熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!!!!!!

熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!!!!!!!!!!!!!!

熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!!!!!

全身が焼き切れる。
154 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:32:12.34 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「あ゛つ゛……ぁ゛──」


意識が遠のく。


千歌「──……っ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁぁぁ゛!!!!!!」


熱で意識を無理矢理戻される。

地獄。

死ぬ。

熱い。


千歌「……あ゛つ゛、あ゛つ゛ぃ゛よ゛ぉ……」


あ、もう。ダメだ。

たぶん死ぬんだ。

生き物って痛かったり、熱かったりすると、死ぬんだ。

そんな当たり前のことが頭の中を過ぎって行く。


千歌「ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ァ」


死、ぬ。


 「千歌さん」


千歌「ぁ……」


 「あとちょっとだから……」


千歌「ぐ……っ゛……」


 「頑張って……」


千歌「……は、ぁ……はぁ……ぁ……」


身体の感覚がなかった。

……たぶん、これが死ぬってことなのかな。


 「千歌さん……」


声がする。

大好きな声。

私の大好きな人の声。
155 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:33:02.66 ID:ZRnZyA2Z0

 「千歌さん……」

千歌「──ダイヤ……さん……」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「……ダイヤ、さん……?」

ダイヤ「千歌さん……よく、頑張りましたわね……」

千歌「…………ぁ」


ダイヤさんの言葉で、我に返る。

全身を包む炎は──消えていた。


千歌「……生き……てる……」

ダイヤ「……ええ……っ……」

千歌「…………ぁ……っ」


膝から崩れ落ちる。


千歌「ぁ……っ……ぁっ……」


生きてることを実感して、涙が溢れてきた。


ダイヤ「千歌さん……っ」

千歌「ぅ、ぅぁっ……ぅぁぁぁ……っ……生きてる……っ……ぅぐ……っ……生きてるよぉ……っ……」

ダイヤ「ええ……っ!!……生きてますわ……っ……!!」

千歌「……ぇぐ……っ……生きてる……よぉ……っ……ぁぐっ……ぇぐ……ぐずっ…………うぇぇぇぇ……っ……」

ダイヤ「……千歌さん……っ……!! ホントに……っ……ホントに、よく頑張りましたわ……っ……!!!」


──こうして、私の……太陽との戦いは終わったのでした。

……太陽との戦いは。





    *    *    *


156 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:34:17.36 ID:ZRnZyA2Z0


ダイヤ「これは?」

千歌「善子ちゃんがよく持ってるやつ」

ダイヤ「ちゃんと名前を言いなさい……」

千歌「ロザリオ」

ダイヤ「正解。持ってみて」

千歌「うん」

ダイヤ「何か思うことは?」

千歌「……特に。無」

ダイヤ「無ですか……じゃあ、次。これは、なんですか」

千歌「ニンニク」

ダイヤ「食べてみてください」

千歌「え、生!?」

ダイヤ「冗談ですわ」

千歌「冗談きついって……」


全てが終わったあと……わたくしは自宅で千歌さんと最後の確認を行っていた。

十字架、大蒜は問題ない。


千歌「それより……お風呂入りたい」


……流水も問題なさそうですわね。


千歌「……ダイヤさんと一緒に入りたいなー」

ダイヤ「……片付けたら行きますわ」

千歌「ほんとに? 嘘ついたら怒るからね」

ダイヤ「ちゃんと行きますから……」


……千歌さんの吸血鬼性は完全に消滅したと言っても過言ではなかった。

加えて不思議なことに、わたくしに発現していた、症状もまるっと全て消失していた。


ダイヤ「……千歌さんの力による吸血鬼化だったから、千歌さんが人間に戻ったら一緒に戻ったということなんでしょうか……?」


まあ……戻ってくれたのなら、何よりなのですけれど。

──大蒜を新聞紙で包み、保存用のジップロックに入れてから、チルド室に入れる。

ロザリオは……今度善子さんに返さないといけませんわね。

……ただ、自分用のロザリオを今度買いに行きましょうか。

十字架が本当に効果的な魔よけになると、嫌と言うほどわかったので……。


ダイヤ「さて……わたくしもお風呂に」


 「──ミギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


ダイヤ「…………そういえば千歌さん……擦り傷だらけでしたものね」


さぞ傷口にお湯が染みることでしょう。

お風呂から聞こえてくる悲鳴に肩を竦めながらも、わたくしは千歌さんの元へと歩く。
157 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:35:02.23 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「死ぬ!!!! 痛すぎて死ぬ!!!!!」

ダイヤ「それくらいじゃ、死にませんわよ……全く」


やっと、騒がしいいつもの千歌さんが戻ってきてくれて。


ダイヤ「……ふふ」


わたくしは少しだけ笑ってしまった。


ダイヤ「千歌さーん? 久しぶりのお風呂なのですから、肩まで浸かって100まで数えるのですわよー?」

千歌「んなぁ!!!? ダイヤさんの鬼!!! 悪魔!!!! 吸血鬼ぃーーーー!!!!!!」


だけれど、少しだけ変わった千歌さんとの関係に、何故だか少しだけ期待に胸を躍らせて、

わたくしは、ここからの道を、また始まった道を──千歌さんと共に歩いていこうかなと、そう思った、とあるゴールデンウイークの出来事でした。

158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/07/06(土) 11:57:46.58 ID:uBUUJHFb0
ちかだいもっと流行れ
159 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 15:50:01.03 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *










    *    *    *


160 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 18:49:16.27 ID:ZRnZyA2Z0


……さて、あれから少しだけ時が流れました。


花丸「ここが……スクールアイドルフェスティバルの会場……! 凄いずら〜!」

善子「クックック……堕天使ヨハネの闇のパワーを解放するステージには相応しいわね」

梨子「解放するのはいいけど、ミスしないようにしてよ? 善子ちゃん」

善子「善子じゃなくて、ヨハネよ!!!」

曜「でも、ホントにおっきいね! さすが東京の会場……」

果南「いや〜腕が鳴るね。こんな立派なステージ見たら、自然と気合いが入っちゃうよ」

鞠莉「そうだネ〜。この最高の会場でわたしたちの最高のPerformanceを見せ付けてあげましょう!」

果南「だね!」

ルビィ「えっと……さっき確かに、見えたんだけど……」

善子「ルビィ? 誰か探してるの?」

ルビィ「あ、うん……さっき……。……あ、いた!! 理亞ちゃーん!!!」

理亞「ルビィ?」

聖良「Aqoursの皆さん! お久しぶりです」

果南「Saint Snowも、もう来てたんだね」

聖良「ええ。本番前にステージの雰囲気に慣れておきたいと思って……」

理亞「本番前なんだから、それくらい当たり前」

ルビィ「理亞ちゃーん!!」

理亞「!? 引っつくな!?」


スクールアイドルフェスティバルの会場に訪れたわたくしたちは、会場の大きさに圧倒されていた。

この場に集められた大勢のスクールアイドルの中で、本日共に参加するSaint Snowの二人も含め、皆さん本番前に非常にテンションが上がっている。


ダイヤ「いつも通り、騒々しいですわね」

千歌「でも、これくらいが私たちらしいよ」

ダイヤ「ふふ、そうかもしれませんわね」

千歌「……それにしても、スクールアイドルフェスティバルかぁ」

ダイヤ「? どうかしましたか?」

千歌「一時は……本当に出られないかもって、思ってたから……」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさん……ホントにありがと。……ダイヤさんが居てくれたから、今チカはここに居られるよ」

ダイヤ「いえ……全部千歌さんが頑張ったからですわ。わたくしはちょっと手を貸しただけ」

千歌「んーん……そんなことないよ」

ダイヤ「……最後に決めたのは千歌さんですから」

千歌「……ん、じゃあ二人の力ってことで」

ダイヤ「ふふ……それでもいいですけれど」

鞠莉「何イチャイチャしてんのよ」

ダイヤ「イチャ……!?/// し、してませんわ!!///」

千歌「えっへへ……」

鞠莉「チカッチったら、幸せそうに笑っちゃって……」

曜「千歌ちゃーん!! こっち見てよー!! このセットすごいよー!!」

千歌「え、ホントに!? 今いくー!!」
161 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 18:59:47.70 ID:ZRnZyA2Z0

曜さんに呼ばれて、千歌さんは飛び出して行ってしまう。


ダイヤ「ぁ……」

鞠莉「あらあら、フラレちゃったわね」

ダイヤ「……やかましいですわ」

鞠莉「まだ告白してないの?」

ダイヤ「……千歌さんとはそういうのではありませんわ」

鞠莉「はぁ……相変わらずだね。チカッチかわいそー」

ダイヤ「減らない口ですわね……」

鞠莉「マリーはかわいい後輩の味方デスから」

ダイヤ「はいはい……」


……あのあと千歌さんとの関係は特別変わったりはしなかったのですが……。

最近は時折、休みの日に家で一緒に料理を作ったりしている。

先ほどのように、鞠莉さんが『早く告白しろ』とせっついてくるのですが……。わたくしは今の関係で満足しています。

わたくしたちには、これくらいの距離感が丁度いいのですわ。

……ただ、少しだけ……少しだけですが。

あのときの、吸血鬼の問題を一緒に解決したときの距離感が、なくなってしまったことが少しだけ寂しいと思っているわたくしが居るのを……少しだけ感じることがあります。

あれだけ苦労したというのに……人間というのは業深い生き物ですわね。


千歌「ダイヤさんもー!!! 早く早くー!!!」

ダイヤ「はーい、今行きますわー!!」


……ですが、いいのです。


千歌「えへへっ!!!」


千歌さんが……今は満面の笑みで笑ってくれているから。

162 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 19:00:15.43 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *





千歌「……いよいよ本番だね。皆でいっぱい練習してきた、最高のステージを作るために。あとは今持ってる力を精一杯ぶつけるだけ!! 皆で全力で輝こう!! Aqours──」

9人「サーーーーーーン、シャイーーーーーーーーン!!!!!」


163 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 19:45:16.06 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





千歌「今日のステージは本当に最高だった……!!」

梨子「うん……ホントに夢みたいな景色だったね」

曜「ああ、もう……今でも思い出して踊っちゃいそうだよ!」

果南「せっかくだし、踊っちゃう?」

鞠莉「いいネ! 皆でLet's dance party!!」

ダイヤ「人の家で踊らないでください!」

ルビィ「あはは……家の中で踊られたら、さすがにお父さんとお母さんに怒られちゃうかも……」

花丸「せっかくの打ち上げだから、盛大に食べるずら」

善子「……って、あんた帰りもいろいろ買い食いしてたのにまだ食べるの!?」

花丸「打ち上げは別腹ずら」

善子「はぁ……ホントあんたの胃袋どうなってんのよ……」


スクールアイドルフェスティバルを終えて、沼津に帰還したわたくしたちは、我が家──黒澤家で打ち上げを行っていました。

全く騒がしいことこの上ない……。


善子「……あら? 飲み物もうなくなっちゃったわね」

ダイヤ「あれ、本当ですわね」

千歌「あ、それじゃ、私取りに行くよ」

ダイヤ「お願いしてもいいですか?」

千歌「うん、任せてー」

善子「あ、千歌! 私も手伝う」


千歌さんと善子さんが飲み物を取りに部屋を出て行く。

まあ、千歌さんなら、我が家の厨房には詳しいですから、任せておけば問題ないでしょう。


164 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:03:56.57 ID:ZRnZyA2Z0


    ♣    ♣    ♣





千歌「えーっと……コーラとー。みかんジュースとー……」

善子「千歌、あんた随分慣れてるわね?」

千歌「ん? 何がー?」

善子「ここ、ダイヤとルビィの家なのに、冷蔵庫とか躊躇なく開けてるし……」

千歌「あ、うん。よくダイヤさんと一緒にここでご飯作るから」

善子「え? ダイヤと一緒に?」

千歌「うん、お休みの日とかにね」

善子「……へー。ちょっと意外かも」

千歌「そう?」

善子「千歌とダイヤってそんなに距離感近かったのね」

千歌「……ちかだけに?」

善子「いや、掛けてないから……」


一通り、飲み物を取り出して。


千歌「これくらいあればいいかな」

善子「そうね」


善子ちゃんと一緒に皆がいる部屋に戻る。

廊下を二人で歩いている際に、


善子「……なんかこういう感じの家っていいわよね」


善子ちゃんがそんなことを言う。


千歌「そうなの?」

善子「まさに和って感じの家……自分の家じゃないのに懐かしい感じがするというか……。……前世の血が騒ぐというか……クックック」

千歌「そういうもんなんだ」

善子「廊下から見える中庭とかかっこよくない?」

千歌「いや、よくわかんないけど……」


善子ちゃんはお家がマンションだから、そう思うのかもしれない。

まあ、確かにお庭があるのはいいよねー。

そう思いながら、中庭に続く窓に目を向けて──


千歌「………………ぇ?」


私は目を見開いた。





    *    *    *


165 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:05:55.01 ID:ZRnZyA2Z0


鞠莉「コップが空よ!! ダイヤ!!」

ダイヤ「飲み物がないだけです……今千歌さんと善子さんが取りに行っていますから──」


そのときだった。


 「いやあああああああああああーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」


家中に絶叫が響き渡った。


ルビィ「ぴぎっ!?」 花丸「ずら!?」 果南「え、何!?」 鞠莉「What!?」 梨子「ひ、悲鳴!?」 曜「え、え!?」

ダイヤ「!!? 千歌さんっ!!?」


千歌さんの悲鳴が聞こえて、反射的に部屋を飛び出す。


果南「あ、ちょ、ダイヤ!?」


悲鳴の聞こえてきた方向に走ると、


千歌「い、いやっ……いやっ……!!!」

善子「え、ちょ、ど、どうしたのよ!? ち、千歌!?」


千歌さんが口元を両手で覆い隠しながら、蹲っていた。


千歌「み、見ないで……お、お願い……」

ダイヤ「……!」

善子「え、えっと……」


これは……まさか……。


ダイヤ「千歌、さん……」

千歌「……ダイ、ヤ、さん……」

善子「ダ、ダイヤ……千歌が……」


善子さんは蹲った千歌さんの前でおろおろとしていた。

わたくしは周囲を見回して……。


ダイヤ「……!!」


すぐさま、廊下の障子を閉める。


ダイヤ「…………」

善子「ダイヤ……?」

千歌「……見ないで」


さて、どうしたものでしょうか……。


果南「千歌!! どうかしたの!?」

曜「千歌ちゃん……! 大丈夫!?」


遅れて、果南さんと曜さんがわたくしたちの元へとやってくるが──
166 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:07:40.79 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「来ないでぇっ!!!!!!」

果南・曜「「!?」」


千歌さんが大声で二人が近付くことを制止する。


千歌「来ないで……来ないで……」

曜「えっと……」

果南「千歌……?」

ダイヤ「…………お二人とも、ここはわたくしに任せて貰えませんか?」

曜「え……」

果南「いや、でも……」

ダイヤ「千歌さん……少し気を張っていたので、疲れているんだと思いますわ。わたくしが話を聞きますので……」

果南「い、いや……そういう感じじゃ」

曜「……そ、それに話だったら私も……!」

鞠莉「──……曜、果南」


気付けば二人の後ろから鞠莉さんが肩を掴んでいた。


鞠莉「ここはダイヤに任せましょう」

果南「鞠莉……?」

曜「え、いや、でも……」

鞠莉「いいから……。ダイヤ、任せるわよ」

ダイヤ「ええ、任されましたわ」


そのまま鞠莉さんは二人を強引に部屋に連れ戻す。またしても事情を聞かずに気を利かせてくれた鞠莉さんには感謝しかない……あとでお礼を言わないと。

……さて。


千歌「………………」

ダイヤ「千歌さん……」

善子「えっと……あの……これ、どういう状況なの……?」

ダイヤ「……その、説明が難しいので、今は追及しないで貰えませんか……?」

善子「……いや、こんなの見てほっとけって言われても……」


善子さんはそういいながら、千歌さんの前にしゃがみこむ。


善子「千歌……どうしたのよ」

千歌「……善子、ちゃ……ひっ!!!!?」


千歌さんが善子さんを見て大きく後ずさる。


善子「!?」

ダイヤ「……! 善子さん、それ外してもらっていいですか……?」

善子「……それ?」


わたくしが指差したソレは……。


善子「ロザリオ……?」
167 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:12:16.12 ID:ZRnZyA2Z0

善子さんが首から提げていたロザリオだった。

先ほどまで身に付けていた記憶はなかったので、恐らく首から提げてシャツの中にしまっていたのだと思いますが、この騒ぎの際に勢い余って外に出てきてしまったのでしょう……。


千歌「はっ……はっ……はっ……!!!」

ダイヤ「善子さん……お願いします。何も聞かずに、それを外していただけると……」

善子「……まあ、いいけど。じゃあダイヤ、預かってくれる?」

ダイヤ「ええ、わかりました」


善子さんからロザリオを受け取り、ポケットにしまう。


善子「…………」

千歌「……っは、っは」

ダイヤ「千歌さん……もう、大丈夫ですから」


千歌さんは未だ口元を両手で覆ったままだった。

とりあえず、善子さんに席を外してもらわないと……。


善子「……はぁー、全く困ったものね」

ダイヤ「善子さん……申し訳ないのですが、一旦席を──」

善子「ほんっと、人間って面倒ね。ちょっと自分の見た目が変わっただけで大騒ぎしちゃって」

千歌「!?」

ダイヤ「……!?」

善子「……ま、窓ガラスに自分の姿が映らないのはさすがにびびるか」

千歌「!!?!?」

ダイヤ「!!!」


わたくしは咄嗟に、善子さんを押しのけて、千歌さんを庇うようにして、二人の間に割って入る。


善子「っと……ちょっと、あんた生意気ね。人間の癖して」

ダイヤ「……貴方……誰ですか……」

善子「私? 私はヨハネよ」

ダイヤ「……いつもの善子さんとは雰囲気が違いすぎますわ」

善子「あーだから……」

ダイヤ「……?」

ヨハネ「私は善子じゃなくて、ヨハネ。吸血鬼のヨハネよ」


そう目の前の善子さん──もといヨハネさんは改めて名乗りをあげるのでした。





    *    *    *





ダイヤ「──沼津の……えっと」

ヨハネ「バス停の上土がわかりやすいと思うわ。さんさん通りと139号線の交差点の辺り」

ダイヤ「えっと、そこまでお願いしますわ」
168 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:13:59.92 ID:ZRnZyA2Z0

黒澤家の送迎の運転手に目的地を伝えて車を出してもらう。


千歌「…………」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「……そう警戒しないでよ。別に害意はないわよ」


何故今こうして、わたくしと千歌さんが善子さん──もといヨハネさんと一緒に送迎車に乗っているのか言うと……。



──────
────
──


ヨハネ「とりあえず、どうしたいの? 吸血鬼化を隠したいの?」

千歌「!!!」

ダイヤ「…………」


自らを吸血鬼のヨハネと名乗った彼女は、明らかに吸血鬼のことを知っている。

と言うか──気付けば彼女の歯は鋭利なキバになっていた。

善子さんも割と犬歯が鋭く、八重歯気味ではありましたが……さすがにキバと言えるほどのものではなかった。

となると……。


ダイヤ「貴方……吸血鬼なのですか?」

ヨハネ「いや、だからそう言ったじゃない……」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「とりあえず、吸血鬼化を隠したいなら、ここに居るのはよくないんじゃない? いつまでもここでぼーっとしてたら、またさっきの二人が心配して戻ってくるかもしれないわよ」


……確かに、ヨハネさんの言う通りかもしれない。


ダイヤ「わかりました。一旦場所を移しましょう……千歌さん、立てますか?」

千歌「……う、うん」


千歌さんを支える形で立ち上がらせる。


ヨハネ「とりあえず、善子の家に行きましょう。あそこなら、吸血鬼にとって便利なものもあるから」

ダイヤ「便利なもの……?」

ヨハネ「あんたたちみたいな、吸血鬼もどきじゃ知らないようなことがいろいろあるのよ」

ダイヤ「…………」


──
────
──────



そして、今に至る。


ダイヤ「…………」

千歌「…………」

ヨハネ「…………」
169 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:15:12.49 ID:ZRnZyA2Z0

三者の間に積極的な会話はない。

ドライバーも居ますし、ここで込み入った話をするわけにもいかないので仕方がないですが……。

時折、


千歌「ダイヤ、さん……」


千歌さんが不安そうにわたくしを呼ぶ。


ダイヤ「大丈夫ですわ……わたくしが居ます」

千歌「……うん」


そんなわたくしたちを見て。


ヨハネ「仲良いわね」


ヨハネさんが話を振ってきた。


ダイヤ「……どうも」

ヨハネ「……手厳しい反応ね。……久しぶりに人と話したんだから、もうちょっと優しくして欲しいわ」

千歌「久しぶりなんだ……」

ヨハネ「ええ……本当に久しぶりな気がするわ。普段は寝て過ごしてるから」

ダイヤ「普段は寝てる……。いつ振りなのですか?」

ヨハネ「あー……あんま覚えてないわね。善子が配信するのを覚えてからは、全然夜に寝てくれなくなったし」

ダイヤ「夜しか活動できないのですか?」

ヨハネ「ま、そんな感じ」


当たり障りのない会話だと、この辺りが限界でしょうか……。


ヨハネ「……別に変な探りいれなくても、聞かれたら後で教えてあげるわよ」

ダイヤ「……!」


……遠まわしに探っていることがバレている。


ヨハネ「私も、横からつつかれるようなことされるのは、正直プライドが許さないタチだし」

ダイヤ「……?」

千歌「横からつつかれる……?」

ヨハネ「ま、着いたら話すわよ」

ダイヤ「……」


夜の闇の中を──送迎車が沼津に向かって進んでいく。





    *    *    *





ヨハネ「ただいま」

善子母「あら、おかえりなさい……ヨハネちゃん……?」

ヨハネ「ちょっとわけありでね」
170 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:16:42.21 ID:ZRnZyA2Z0

そう言いながら、ヨハネさんが背後に立つわたくしたちを肩越しに親指で指す。


千歌「お、お邪魔……します……」

ダイヤ「夜分遅くに失礼します」

善子母「あら……こんにちは。ルビィちゃんのお姉さんと、梨子ちゃんのお隣さんの子よね」

ヨハネ「どっちも善子と同じAqoursのメンバーよ。……ま、見たことくらいはあるか」


ヨハネさんの口振りからして、善子さんのお母様はヨハネさんのことを知っているようですが……。


ヨハネ「ちょっとマジで緊急事態だったから、私が出てきちゃってるけど……フォローお願いしていい?」

善子母「……はあ、わかったわ」


善子さんのお母様は、肩を竦めながら了承する。

……いくつか、気になることはあるのですが……。


ヨハネ「それじゃ、とりあえず善子の部屋に行きましょ」

ダイヤ「……千歌さん、行きましょう」

千歌「う、うん……」


ヨハネさんのあとをついていきながら、


ダイヤ「あのヨハネさん……えーっと、善子さんのお母様? ……貴方のお母様にもなるのですか? あの人は……」

ヨハネ「ん? ……ああ、あの人は人間よ。人間100%」

千歌「……人間100%……? 100%じゃない人がいるの?」

ヨハネ「ま、いるわね。ハーフとか言うやつ。いまどきハーフも滅多に見ないけどね。さ、部屋入って」


二人で部屋に通される。


ダイヤ「……じゃあ、貴方はそのハーフとやらなのですか?」

ヨハネ「いや、私は純度100%の吸血鬼」

ダイヤ「……はい?」

千歌「お母さんは100%人間なのに……?」

ヨハネ「……まあ、この辺ややこしいから順番に話すわ。まず、何が知りたい?」


どうやら自由に質問していいらしい。

なら、出来るだけ多くの情報を引き出しましょう。


ダイヤ「……貴方は何者ですか?」

ヨハネ「吸血鬼よ。吸血鬼のヨハネ」

ダイヤ「善子さんと貴方は……どういう関係ですか」

ヨハネ「あー……同居人? 一つの身体に一緒に住んでるみたいな」

ダイヤ「多重人格ですか?」

ヨハネ「大体あってるわ。ただ、あんたたちの言う多重人格とはちょっと違うけど」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「善子は普通の子だけど、私は善子の吸血鬼性だけ切り離された人格みたいに考えてくれればいいわ」

ダイヤ「……余計に意味がわかりませんわ」

ヨハネ「そうねぇ……まず前提として、善子の父方に吸血鬼の血がものすっごく薄く混じってるの」
171 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:19:21.35 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……はい?」

ヨハネ「ただ、ホントに極限まで薄まっちゃってるから、日常生活で気になることって全くないんだけどね。吸血鬼の血は0.1%くらいじゃないかしら」

ダイヤ「…………」

千歌「えっと……吸血鬼って、子供を産んで増えるの……? 吸血して増えるんじゃ……」

ヨハネ「眷属化と子孫繁栄は別よ。眷属化で出来るのはあんたたちみたいな吸血鬼もどき。純血や混血の吸血鬼はちゃんと人間みたいに子供を作らないと出来ないわ」

千歌「も、もどき……」

ダイヤ「……その吸血鬼の血を持った人とやらはどこに居たんですか?」

ヨハネ「吸血鬼って意外と多いわよ? 世界中に伝承があるくらいなんだから。それにこの辺には吸血鬼が大量に放りこまれてた場所があるじゃない」

ダイヤ「放り込まれてた場所……?」

ヨハネ「ほら、淡島だっけ」

ダイヤ「……は!?」

千歌「え、淡島……?」

ヨハネ「ま、今は残ってないみたいだけど……。数百年レベルは昔の話になっちゃうけど、吸血鬼は見つかり次第ああ言う離島に幽閉されてたりしたのよね。ほら、吸血鬼って流水が苦手だから、島の脱出が大変だし、隔離に向いてるのよね」

ダイヤ「…………」


眉唾な話だと一蹴したいところですが……この話には心当たりがあった。


 鞠莉『淡島ってもともと無人島だったでしょ? だから、感染症とかで迫害されて、追いやられた人の隔離先だったんじゃないかって話があってね』


以前、鞠莉さんから聞いた話です。

つまりホテルオハラのあの地下室は、感染病の人間の隔離先だった名残が、たまたま吸血鬼にとって都合の良い場所になったのではなく……。


ダイヤ「元々、吸血鬼の隔離先の名残だから、吸血鬼にとって都合のいい環境になっていた……?」

ヨハネ「ああ……なんか吸血鬼の集落になってたなんて話もあったかもしれないわね。ま、ほとんどは駆除されちゃったけど」

千歌「駆除……?」

ヨハネ「吸血鬼って嫌われ者なのよ。だから、正義のヴァンパイアハンターとかに殺されちゃうの」

千歌「そ、そんな……!」

ヨハネ「だから、多くの吸血鬼ってのはたくみに自分の姿を隠す方法を持ってるのよ。……まあ、善子に流れてる血はその淡島の吸血鬼の生き残りが元の血っぽいけどね」

ダイヤ「……吸血鬼が実在するという前提はなんとなくわかりました」

ヨハネ「いや、厳密には実在はしないわ」

ダイヤ「……はぁ??」

ヨハネ「……ま、めちゃくちゃややこしい話だから、これはあとで話すわ。それで前提がわかった上で何を聞こうとしてたの?」

ダイヤ「……ええっと……ヨハネさん。貴方はどうして純度100%の吸血鬼なのですか? 吸血鬼だけを切り離したというのもよく意味がわかりませんわ」

ヨハネ「まず私の吸血鬼性は隔世遺伝なの」

千歌「かくせーいでん……?」

ダイヤ「……先祖返りということですか?」

ヨハネ「そういうことね」


隔世遺伝──親に現れていない、先祖の遺伝上の特徴が、子に現れる現象のことです。

わかりやすい例だと、両親に血液型がA型かB型なのに、その子供の血液型O型だったりすることがある、ということでしょうか。

これは両親に発現こそしていないものの、元々O型の因子を持っていて、その因子を偶然濃く受け継いだ場合O型になると言われています。
172 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:22:07.32 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「せんぞがえり……?」

ダイヤ「ええっとですね……先祖返りというのは……」

ヨハネ「たぶん、血液型の隔世遺伝とか例に出すと、その子の頭ショートするわよ」

ダイヤ「…………確かに」

ヨハネ「極限までわかりやすい例を出すと……人間ってもともと猿でしょ?」

千歌「あ、うん。お猿さんから進化したんだよね」

ヨハネ「今の人間には猿みたいな尻尾はないけど……極稀に、昔の姿を思い出しちゃったのか、尻尾が生えた人間が生まれてくることがあるのよ」

千歌「あ……! テレビで見たことあるかも!」

ヨハネ「それが先祖返り。わかった?」

千歌「なんか昔の姿を思い出して生まれてきちゃうってことだね! わかった!」

ダイヤ「…………」


まあ、概ねそれでいいのでしょう。たぶん。


ダイヤ「つまり、先祖返りで強い吸血鬼性を持って生まれてきたのが貴方だと?」

ヨハネ「そうよ。だけど、強い吸血鬼性を持ってると、さっきも言ったとおりヴァンパイアハンターとかに見つかってすぐ殺されちゃうの。だから、封印術を使って吸血鬼としての人格を切り離して封印することによって普段は隠してるの」

ダイヤ「…………封印術ですか」


また眉唾な話が……。


ヨハネ「方法はそんなに難しくないわ。ロザリオみたいな吸血鬼が苦手なもので、普段外に出て来れないように蓋をしちゃえばいいのよ」

千歌「あ……だから、善子ちゃんっていっつもロザリオとか持ち歩いてたの……?」

ダイヤ「いや、あれは趣味では……」

ヨハネ「ま、趣味っちゃ趣味だろうけど、刷り込みはでかいと思うわ」

ダイヤ「え……そうなのですか」

ヨハネ「中学生とかで嵌まっちゃうのはままあるけど、善子の場合は幼稚園とかのときからよくわかんないこと言ってたみたいだしね」


よくわかんない存在によくわかんないこと言っていた、なんて言われているのはある意味不憫ですわね……善子さん。


ダイヤ「……では、もしかして先ほどわたくしの家で貴方が出てきたのは……」

ヨハネ「そ、封印用のロザリオをダイヤに渡しちゃったからよ。まあ、封印が弱まるってだけで、私が自分の意思で出てこようとしなければ、出てこないことも出来るんだけど……」

千歌「じゃあ、どうしてヨハネちゃんは出てきたの……?」

ヨハネ「……あーそれね。横からつつかれてムカついたからよ」

ダイヤ「さっきも言ってましたわね……。ですが、どういう意味ですか?」

ヨハネ「せっかく落ち着いてた千歌の吸血鬼性を、また無理矢理覚醒させたアホがいるってことよ」

ダイヤ「………………せっかく落ち着いてた?」


……まるでその言い方では……。


ダイヤ「貴方、以前千歌さんが吸血鬼化していたことを知っていたのですか……?」

ヨハネ「だって、千歌を吸血鬼化させたの、善子だし」

ダイヤ「…………」


無言でヨハネの胸倉を掴む。
173 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:24:01.25 ID:ZRnZyA2Z0
>>172 訂正



千歌「せんぞがえり……?」

ダイヤ「ええっとですね……先祖返りというのは……」

ヨハネ「たぶん、血液型の隔世遺伝とか例に出すと、その子の頭ショートするわよ」

ダイヤ「…………確かに」

ヨハネ「極限までわかりやすい例を出すと……人間ってもともと猿でしょ?」

千歌「あ、うん。お猿さんから進化したんだよね」

ヨハネ「今の人間には猿みたいな尻尾はないけど……極稀に、昔の姿を思い出しちゃったのか、尻尾が生えた人間が生まれてくることがあるのよ」

千歌「あ……! テレビで見たことあるかも!」

ヨハネ「それが先祖返り。わかった?」

千歌「なんか昔の姿を思い出して生まれてきちゃうってことだね! わかった!」

ダイヤ「…………」


まあ、概ねそれでいいのでしょう。たぶん。


ダイヤ「つまり、先祖返りで強い吸血鬼性を持って生まれてきたのが貴方だと?」

ヨハネ「そうよ。だけど、強い吸血鬼性を持ってると、さっきも言ったとおりヴァンパイアハンターとかに見つかってすぐ殺されちゃうの。だから、封印術を使って吸血鬼としての人格を切り離して封印することによって普段は隠してるの」

ダイヤ「…………封印術ですか」


また眉唾な話が……。


ヨハネ「方法はそんなに難しくないわ。ロザリオみたいな吸血鬼が苦手なもので、普段外に出て来れないように蓋をしちゃえばいいのよ」

千歌「あ……だから、善子ちゃんっていっつもロザリオとか持ち歩いてたの……?」

ダイヤ「いや、あれは趣味では……」

ヨハネ「ま、趣味っちゃ趣味だろうけど、刷り込みはでかいと思うわ」

ダイヤ「え……そうなのですか」

ヨハネ「中学生とかで嵌まっちゃうのはままあるけど、善子の場合は幼稚園とかのときからよくわかんないこと言ってたみたいだしね」


よくわかんない存在によくわかんないこと言っていた、なんて言われているのはある意味不憫ですわね……善子さん。


ダイヤ「……では、もしかして先ほどわたくしの家で貴方が出てきたのは……」

ヨハネ「そ、封印用のロザリオをダイヤに渡しちゃったからよ。まあ、封印が弱まるってだけで、私が自分の意思で出てこようとしなければ、出てこないことも出来るんだけど……」

千歌「じゃあ、どうしてヨハネちゃんは出てきたの……?」

ヨハネ「……あーそれね。横からつつかれてムカついたからよ」

ダイヤ「さっきも言ってましたわね……。ですが、どういう意味ですか?」

ヨハネ「せっかく落ち着いてた千歌の吸血鬼性を、また無理矢理覚醒させたアホがいるってことよ」

ダイヤ「………………せっかく落ち着いてた?」


……まるでその言い方では……。


ダイヤ「貴方、以前千歌さんが吸血鬼化していたことを知っていたのですか……?」

ヨハネ「だって、千歌を吸血鬼化させたの、善子だし」

ダイヤ「…………」


無言でヨハネさんの胸倉を掴む。

174 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:25:32.68 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「わ、わー!!? ダイヤさん、ストップ!! ストップ!!?」

ダイヤ「大丈夫ですわ、一発殴るだけなので」

千歌「だいじょばない!! 全然だいじょばないから!!」

ヨハネ「ただ、あれは事故よ。故意じゃない」

ダイヤ「事故……?」

千歌「というか……今ヨハネちゃん。吸血鬼化させたのは善子ちゃんって言ったよね……」

ダイヤ「……言い間違いではないのですか?」

ヨハネ「千歌の言う通り、吸血鬼化させたのは善子よ。私じゃない」

ダイヤ「何が起こればそんなに事故が起こるのですか……」

ヨハネ「血が混じると、起こりうる」

ダイヤ「どうすれば善子さんと千歌さんの血が混じるのですか!!!!」

ヨハネ「いろいろ方法はあるけど……SEXしたら血液感染って起こるわよ?」

ダイヤ「…………」


無言でヨハネさんの胸倉を掴む。


千歌「ダ、ダイヤさん!!! ストップ!!!」

ヨハネ「ま、冗談だけど」

ダイヤ「真面目に話しなさい」

ヨハネ「ゴールデンウイーク前、やったら激しいダンスやってたでしょ?」

ダイヤ「……えーと、確かにやっていた気がしますわね」

ヨハネ「あの曲、善子と千歌と曜にやったら激しいダンスパートがあるじゃない。練習中に、千歌と善子が思いっきりぶつかって……」

千歌「……あ!! それで二人で転んで擦りむいちゃったんだっけ……あのときはごめんね」

ヨハネ「いや、私に言われても困るけど。……そんときにたまたま傷口から血が混じった」

ダイヤ「…………」


ふと、千歌さんとしていたやり取りを思い出す。


 千歌『最近ダンスが難しくて、苦戦してた気がする……』

 ダイヤ『……ダンスが難しくて、吸血鬼化するのですか……』


ダンスが難しくて吸血鬼化している人がいましたわ……。


ダイヤ「……まあ、確かに事故と言えば事故ですが……迂闊ではないですか?」

ヨハネ「迂闊?」

ダイヤ「血によって伝染するとわかっていたなら、もっと慎重に扱うべきだったのでは……」

ヨハネ「……ま、血が混じるってこと自体が基本的にありえないから、警戒が薄かったことは認めるけどね。ただ、それだけじゃ吸血鬼性の感染なんてしないわよ」

ダイヤ「え……で、ですが実際に千歌さんは……」

ヨハネ「たぶんだけど……その子、そもそもそれなりの吸血鬼因子を持ってるのよ」

ダイヤ「!?」

千歌「え!?」

ヨハネ「私と同じ淡島の生き残りがルーツの因子だとは思うわ。ヨハネほど極端じゃないだろうけど、千歌もその因子が先祖返りで普通の人より濃く顕在してるんじゃないかしら。そうでもない限り、簡単に吸血鬼化なんてしないわよ。それで吸血鬼化してるんだったら、2世紀くらい前の病院の患者なんて全部吸血鬼になっててもおかしくないわ」
175 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:29:20.44 ID:ZRnZyA2Z0

確かに病院の衛生観念が発達したのは、ここ150年くらいだと言うのは聞いたことがあります……。

当時のお医者様は血の付いたままの服で次から次へと手術をこなしていたため、感染病が絶えず多くの犠牲者が出たと言われていますし……。

もし、ヨハネさんの言う通り、吸血鬼が思った以上に多く存在していて、簡単に吸血鬼性が感染してしまうのだとしたら、そういう時代には簡単に吸血鬼パンデミックが起こっていてもおかしくはない。

……つまり。


ダイヤ「もともと強い吸血鬼因子を持っていた千歌さんと、更に強い吸血鬼因子を持っていた善子さんの血が混じってしまって……それが原因で千歌さんは吸血鬼化してしまったということですか?」

ヨハネ「そういうことね。そこらへんの極限まで薄まった吸血鬼の血を持ってる人間じゃ、こうはならない。たまたま強い因子を持った二人だったから、こうなっちゃったってわけ」

ダイヤ「……なるほど、それはわかりました。……では、横からつつかれたと言うのはどういうことですか?」

ヨハネ「さっきも言ったけど……無理矢理千歌の吸血鬼性を覚醒させたアホがいるのよ」

ダイヤ「……千歌さん、最近善子さん以外と血が混じるようなこと、ありましたか……?」

千歌「え……ないと思うけど……」

ダイヤ「ケガの治療をしてもらったとか……」

千歌「ダイヤさん以外はないかな……」

ヨハネ「あら、オアツイじゃない」


ヨハネさんが茶々を入れてくる。


ダイヤ「…………コホン///」


思わず、わざとらしく咳払いをして誤魔化してしまう。


ヨハネ「……まあ、たぶん今回に関しては血が原因じゃないと思うけど」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「千歌は一回吸血鬼化しちゃった影響で、吸血鬼化しやすい身体になっちゃってるのよ」

千歌「……そうなの?」

ヨハネ「そうなの。……そこにとんでもなく強い影響力のある吸血鬼の血を持ったやつ……そうね、せいぜい薄くて50%くらいの吸血鬼の血を持ったのが近くに来たせいで、その妖気に引っ張られて、無理矢理、吸血鬼性が覚醒しちゃったんじゃないかしら」

ダイヤ「はい……?」

千歌「あ、あー……漆の木の近くに行くと、触ってなくてもかぶれちゃうってやつだよね。お母さんが言ってたよ。スパシーバ効果ってやつ」

ダイヤ「『スパシーバ』はロシア語で『ありがとう』と言う意味ですわ……。プラシーボ効果ね。……いや、プラシーボ効果で吸血鬼になるのですか……?」

ヨハネ「ほら、吸血鬼とか狼男とか、その辺の妖怪って満月の夜にめちゃくちゃ強くなったりするじゃない? 元々外的要因に左右されやすい怪異なのよ」

ダイヤ「そんなあやふやな……」

ヨハネ「そうよ、あやふやなのよ」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「吸血鬼って、イメージの存在なのよ」

ダイヤ「……さっきもそのようなことを言っていましたわね。厳密には実在しないとかなんとか……」

ヨハネ「そうね。その話」

ダイヤ「よく意味がわからないのですが……実際に吸血鬼が実在したから血が残っているのではないですか?」

ヨハネ「ちょっと概念的な話になっちゃうんだけど……吸血鬼って本当にいると思う?」

ダイヤ「……はい?」

千歌「ここに居るけど……」


いや……このタイミングで目の前にいるだろうなんて回答を求めて質問をする意味はない。少し考える。
176 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:34:26.29 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……この場合の居ると思うかと言うのは一般論の話ですか?」

ヨハネ「話が早いわね、そういうことよ」

ダイヤ「……なら回答としては、多くの人は知ってはいるが信じてはいないだと思いますわ」

ヨハネ「じゃあ、犬は居ると思う?」

千歌「……犬は居るよね? ……ウチにも、しいたけ居るし」

ダイヤ「……まあ、100人に聞いたら100人が居ると答えると思いますわ」

ヨハネ「それが、居るか居ないかの認識の差なのよ」

千歌「……?」

ダイヤ「……つまり、どれだけの人間が実在を信じているかの割合で、存在があやふやさが変わるということですか……?」

ヨハネ「そういうことよ。まあ、厳密には人間が、と言うよりは意識が、な気はするけど」

千歌「……どういうこと?」

ヨハネ「ちょっと千歌には難しすぎるから、幽霊的なものって考えてればいいわ。信じてる人にしか見えない的な」

千歌「ふーん……?」

ダイヤ「……人間原理的な話ですか?」

ヨハネ「厳密には全然違うけど……人間に観測されることによって存在してるって意味で言ってるなら、概ね理解の方向性は間違ってないわ」

ダイヤ「……ふむ」

ヨハネ「この世の全ては須く、認識されることによって存在出来る」


……本当に概念的な話になってきました。

言いたいことはわかるような、わからないような気はしますが……。


ダイヤ「ですが、その理屈だと……珍獣などはどうなるのですか? 知名度の低い動物は、存在があやふやになってしまうではないですか」

ヨハネ「存在自体は十分あやふやだと思うけど……でも、写真とか……それで納得しなかったとしても、動画を見せれば多くの人間は存在すると信じるだけの根拠になると思うわ」

ダイヤ「……まあ、確かに」

ヨハネ「ただ、吸血鬼はそうはいかない……」

ダイヤ「……? ……あ、なるほど……吸血鬼はレンズに映らないから、動画や写真に残せない」

ヨハネ「そゆこと、大多数の人間を納得させるだけの証拠を用意することが出来ない。だから、画一的に存在を証明する方法がない。さて、この現象を的確に言い表した言葉……ダイヤなら知ってるんじゃないかしら」

ダイヤ「……悪魔の証明」

ヨハネ「正解」


……まあ、本来は悪魔は例えなので厳密に悪魔を証明出来ないと言う意味の言葉ではないのですが。

ただ、わたくしがさっき言ったように、あやふやな存在か否かの判断基準はこの言葉に適用出来るかだと言うことでしょう。


ヨハネ「吸血鬼は存在があやふや……多くの人は存在を信じていない。だけど、多くの人が吸血鬼を知っている。あやふやな存在である吸血鬼はそんな人々の“知ってる”で形作られた存在だから、ものすごく明確でわかりやすい多くの特徴を有している」

ダイヤ「十字架や大蒜、聖水、流水、日光が苦手……」

ヨハネ「そう。多くの人が吸血鬼は“そう”だと知っているから」

ダイヤ「…………だから、千歌さんはトマトジュースが好きだったのですね」

千歌「?」


わたくしは以前、吸血鬼はやたら通俗的で、生き物と言うよりはキャラクターに近くはないかと言う疑問を抱いたことがある。

これはまさにその通りで……。


ヨハネ「世間一般に吸血鬼はトマトジュースが好きってイメージが定着してたからよ」


確かに最初から、そういう理屈の存在であるならば、わたくしが吸血鬼に対して思っていた疑問もほとんどが解決する。
177 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:37:50.61 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「んで、話を戻すけど……満月によって、強化される性質を持つ吸血鬼なわけだけど。……強い外的要因によって影響を受ける怪異だと思う? 思わない?」

ダイヤ「その聞き方は誘導な気もしますが……。影響を受けると思いますわ」

ヨハネ「それが、千歌が他の強い吸血鬼の力を受けて、吸血鬼化しちゃった理由よ。ただまあ、強いて言うなら、力が強いだけで吸血鬼化させられちゃうなら、もっと世界中吸血鬼だらけになってると思うから、たぶん千歌に強い影響力を持っている存在だとは思うわ」

ダイヤ「……理屈はわかりました。では、具体的にその吸血鬼とやらはどこの誰なのですか?」

ヨハネ「……さぁ……?」

ダイヤ「さぁ!? ここまで言っておいてわからないのですか!?」

ヨハネ「しょうがないじゃない……強い吸血鬼ってのはさっきも言ったけど、隠れるのもうまいのよ……。悔しいけど、格下からじゃ妖気そのものがあるのはわかっても、何処の誰か、出所が何処かまではわからない。せいぜい空間内に妖気の強いやつがいるというのがわかるってのが関の山よ」

ダイヤ「…………そんな」


ここに来て手詰まり……。

……と言うか、


ダイヤ「ちょっと待ってください」

ヨハネ「何?」

ダイヤ「なら、どうしてわたくしたちをここまで呼んだのですか? 解決方法を教えてくれるのではなかったのですか?」

ヨハネ「解決方法?」

ダイヤ「どうすれば、千歌さんが元の人間に戻れるのか……」

ヨハネ「ないわよ、そんな方法」

ダイヤ「な……!!」

千歌「え……」


ヨハネさんはあっけらかんとそう言う。

当たり前でしょ、とでも言いたげに。


ヨハネ「本来吸血鬼化した人間が元に戻る方法なんてないわ。時間を掛けて、血を薄めることは出来るけど……。血はずっと体内で作られ続けるしね。骨髄が吸血鬼化していなければ、血を作れば作るほど、割合的に吸血鬼度は減っていくでしょ? 逆に骨髄が吸血鬼のものなら、作られる血は吸血鬼の血だから無理だけどね」

ダイヤ「えっと……あの……それでは、ヨハネさんはわたくしたちに何を……」

ヨハネ「まあ、さすがに気の毒だから、吸血鬼化を進行させず、減衰させる手段を教えようと思って」

ダイヤ「そんなことが……可能なのですか……?」

ヨハネ「ええ。さっきもいったけど、吸血鬼はイメージ体だから、吸血鬼っぽいことをすればするほど、吸血鬼化は進行していくし、しなければ停滞して、あとは血が時間経過で勝手に薄めてくれる」

ダイヤ「吸血鬼っぽいこととは……?」

ヨハネ「能動的な吸血鬼っぽいこととしては、吸血行為ね。あれは一気に吸血鬼性を加速させるわ」

ダイヤ「……!!」

千歌「え……」


つまり、わたくしが良かれと思って、千歌さんに血を飲ませていたのは……実は彼女を吸血鬼に近付けていた、と言うことですか……?
178 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:40:12.12 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「ま、我慢出来なくなって襲っちゃったら、それこそ吸血鬼のイメージ通りだからね。我を忘れる前に、血を吸ってもらうってのは考え方としては間違ってないわ」

ダイヤ「は……はい……」

ヨハネ「まず、千歌」

千歌「え……あ……はい」

ヨハネ「増血剤を飲みなさい。血をたくさん作る薬よ。出来るだけ真っ赤で、飲んだらいかにも血がたくさん出来そうってやつの方がいいわ」

千歌「……うん」

ヨハネ「直接の吸血は……そうね多くて一週間に一回。それ以外は、指とかから出た血を貰ったり輸血パックがいいわね」

千歌「……うん」

ヨハネ「あと、入浴はちゃんとした方がいいわ。水はそもそも妖気と反発するって信じられてるから……その性質を中和するって考えられてるハーブを浮かべると、だいぶ楽になるわ。シャワーとかはタンクまるごとハーブのお湯にしないとだから、頻繁にはきついかもしれないけど……」

千歌「…………うん」


ヨハネさんが千歌さんに説明する中──わたくしは……。

全然ヨハネさんの言っていることが頭に入ってこなかった。

元に戻る方法は……ない……?

そんな……そんな、ことって……。





    *    *    *





ヨハネ「それじゃ、私が言ったとおりにするのよ? そうすれば、多少不便だなくらいの生活には落ち着くと思うから」

千歌「……うん。……ありがとう、ヨハネちゃん」

ヨハネ「別に、お礼はいい。私も善子の目の前であんたが吸血鬼化するのは都合が悪かったってのもあるし」

千歌「……? どういうこと……?」

ヨハネ「善子は、自分が吸血鬼だってことは一切知らない。ヨハネが起きている間のことは善子の記憶には一切残らない。あの子は自分が吸血鬼だなんて、考えたこともない。そのお陰で、善子は強い吸血鬼因子を持っていても、日常生活に一切不便を感じずに生きることが出来てる。日光は苦手だけど……浴びても大丈夫だし、大蒜も食べられる。流水も怖がらないし、水に不快感もない」

ダイヤ「…………そういうカラクリでしたのね」


吸血鬼はイメージの存在。吸血鬼性をヨハネさんに全て託して切り離している善子さんは、自身が吸血鬼であることを知らなければ、その性質を大きく緩和することが出来ると言うことだろう。

もちろん、それだけではなく……周りに吸血鬼の性質を熟知した人間たちのサポートによって成り立っているのだとは思いますが……。


ヨハネ「だから、善子には絶対吸血鬼のことは言わないで。……あの子に吸血鬼の存在を認識させない、それが私のレゾンデートルでもあるから。あの子が人間として生きるために、私が存在してるから」

ダイヤ「……ええ、承知しましたわ」

千歌「……うん、わかった」

ヨハネ「それじゃね、頑張りなさいよ」





    *    *    *


179 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:41:24.17 ID:ZRnZyA2Z0


──帰りの車中。


千歌「えっと……これがハーブで、こっちが増血剤……」

ダイヤ「……はい」

千歌「……あと、注射器」

ダイヤ「……はい」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」

千歌「……ダイヤさん、もうチカ元に戻れないって」

ダイヤ「…………」

千歌「でも、頑張れば普通の生活は出来るってヨハネちゃん言ってたし……頑張るね」

ダイヤ「……はい」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」


正直、ショックだった。

彼女のためを思って、吸血行為をされる対象になったつもりだったのに。

自分はずっと千歌さんを苦しめていただけだったのでは、と。


千歌「……ダイヤさん、ごめんね」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ごめん……ごめんなさい……」

ダイヤ「どうして、謝るのですか……」

千歌「……チカがダンス上手なら、よかったんだよ」

ダイヤ「……違いますわ」

千歌「善子ちゃんとぶつからなければよかった」

ダイヤ「……違います」

千歌「転んでも受身が取れればよかった」

ダイヤ「……違う」

千歌「ケガしても……すぐに起き上がれば……」

ダイヤ「……千歌さん」


抱きしめる。


千歌「…………」

ダイヤ「貴方のせいではありませんわ……」

千歌「…………」

ダイヤ「……いろいろあって……お互い疲れたと思います。今日はもう……考えるのは止めましょう?」

千歌「……うん」


これからまた……いろいろ考えなくてはいけない日々が始まるのですから……今日くらいは、もう休みたい……。
180 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:42:36.85 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「…………ダイヤさん……私、ね……」

ダイヤ「……なぁに……?」

千歌「…………うぅん……やっぱり、なんでもない……」

ダイヤ「……そう……」


千歌さんを抱きしめる。

わたくしは怒ってないし、迷惑だなんて感じないし、貴方の力になりたいと心から思っている、という気持ちを伝えるには……一番それがいいと思ったから。

彼女が何を言いかけたのか……わからないけれど……。


ダイヤ「……千歌さん」


ただ、名前を呼んで、抱きしめることにした。

──真夜中の内浦を、黒塗りの車が進んでいく。

その中で……家に到着するまで、二人で肩を落として、抱き合っていました。





    *    *    *





──十千万旅館前。


ダイヤ「……本当に今日は一人で大丈夫ですか?」

千歌「うん……。明日は学校あるし、準備しないといけないしさ」

ダイヤ「そうですか……。何かあったらすぐに連絡してくださいませね」

千歌「うん、ありがと」

ダイヤ「明日の朝は迎えに行きますわ」

千歌「うん、待ってる」


千歌さんの希望で彼女は今日はそのまま帰宅。

千歌さんを見送った後、


ダイヤ「──家まで、お願いしますわ」


わたくしも自宅へと帰還する。

──自宅に帰り、玄関で靴を脱いでいると、


ルビィ「お姉ちゃん……」


ルビィが奥から顔を出す。


ダイヤ「……ただいま、ルビィ」

ルビィ「お、おかえりなさい……」

ダイヤ「打ち上げ、途中で抜け出してごめんなさい」

ルビィ「い、いや……それはいいけど……」

ダイヤ「皆さんは……さすがにもう帰りましたか?」

ルビィ「あ、えっと……」
181 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:43:38.07 ID:ZRnZyA2Z0

しどろもどろなルビィの後ろから、


鞠莉「……ダイヤ、おかえり」


鞠莉さんが顔を出した。


ダイヤ「鞠莉さん……。……ルビィ、ちょっと鞠莉さんと話がしたいので」

ルビィ「あ……う、うん、わかった……ルビィはもう寝るね。おやすみなさい……」

ダイヤ「ええ、おやすみなさい」

鞠莉「Good night. ルビィ」


ルビィはなんとなく、この会話には加わってはいけないというのを雰囲気で察したのか、すぐに自分の部屋へと戻って行った。


鞠莉「他の皆は帰った。……と言うか帰した」

ダイヤ「……ありがとうございます」


靴を靴棚にしまって、鞠莉さんを連れ立って自室へと戻る。


鞠莉「……千歌は?」

ダイヤ「だいぶ落ち着きましたわ」

鞠莉「……そ。…………」


鞠莉さんは軽く相槌を打ったあとに、少し悩む素振りを見せましたが、


鞠莉「……ねえ、ダイヤ。これ、もしかしてゴールデンウイークのときの続きなの……?」


意を決したかのように、踏み込んでくる。


ダイヤ「……ご想像にお任せしますわ」

鞠莉「ねぇ、ダイヤ……話して……お願い」

ダイヤ「…………千歌さん、少し疲れてナイーブになってるだけですわ。ここしばらくずっと忙しかったですから」

鞠莉「ダイヤ……」


状況が前と同じなら、もしかしたら鞠莉さんには話していたかもしれない。

だけれど──


 ヨハネ『せっかく落ち着いてた千歌の吸血鬼性を、また無理矢理覚醒させたアホがいるってことよ』


今回は身近にヨハネさん以外の吸血鬼がいることがわかっている。

それが……誰だかわからない。

そうなると……前以上に迂闊にこの話を人にするわけにはいかない。
182 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:45:14.29 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「…………わかった。話せないなら、聞かない」

ダイヤ「……すみません」

鞠莉「……帰るね」

ダイヤ「送りますわ」

鞠莉「いい。迎え呼ぶから。それより、ダイヤ」

ダイヤ「なんですか……?」

鞠莉「ちゃんと休みなヨ? ……酷い顔してるよ」

ダイヤ「……ご忠告、痛み入りますわ」


このとき、自分がどんな顔をしていたのか。

鏡を見なくても……なんとなく、わかっていました。

……これから訪れる日々に対しての、不安に染まった……疲れた顔をしていたんだと思います。





    *    *    *





布団で横になったけれど、全く寝付けなかった。

あまりにいろんな情報が一気に入ってきて、頭がパンクしそうでした。

そして、何よりも……。


ダイヤ「吸血鬼が他にもいる……」


その事実がずっと頭の中を回り続けていました。

吸血鬼……誰なのかしら。

候補から外せる人間は、当事者の千歌さん、他の吸血鬼の存在を知らせてくれた善子さん……そして、ヨハネさん。

わたくしも自分が吸血鬼の家系だなんて聞いたことはない。なら同時にルビィも候補から外れる。

とは言っても……。


ダイヤ「残り……5人……」


この中に吸血鬼がいるのだとして……もし、それを黙ったまま、千歌さんを再び吸血鬼化させた者が居るとするなら……。

わたくしも、千歌さんも……どうやって、仲間たちを信用すれば良いのかがわからない。


ダイヤ「果南さん……」


少し常人離れしたアスリート気質の彼女。あの体力や筋力、運動能力の源泉が吸血鬼の力だったとしたら……?


ダイヤ「鞠莉さん……」


鞠莉さんも、もし最初から千歌さんが吸血鬼化してしまったことを知った上で、わたくしたちに協力してくれていたんだとしたら……?

事情も聞かず、ありとあらゆることを手際よく斡旋してくれたのは、事情を知っていたからなのでは……?

そんなことを思い浮かべてから、


ダイヤ「わ、わたくし……何を考えているの……?」
183 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:45:55.57 ID:ZRnZyA2Z0

かぶりを振る。

鞠莉さんが吸血鬼なら、千歌さんの吸血鬼化を解くのを手伝う理由なんてないじゃない。


ダイヤ「……もし、もっと他の目的があるんだとしたら……」


そもそも、淡島は吸血鬼と密接な土地だったと、今日知ってしまった。

そうなると、あの島に住んでいる鞠莉さん、果南さんは否が応でも怪しく思えてしまう。

……でも、淡島がルーツの吸血鬼の血は、千歌さんや善子さんのように本島にも存在している。

なら……他の人たちだって、嫌疑の対象ではないでしょうか。


ダイヤ「曜さん……」


千歌さんと距離が近い彼女は……千歌さんに及ぼす影響も大きいのではないでしょうか。

吸血鬼がイメージの存在だと言うならば……千歌さんへの影響力が大きい曜さんも怪しい。


ダイヤ「影響力と言う意味なら……梨子さんも」


梨子さんは家が隣で物理的な距離が千歌さんと最も近い。

それに東京生まれ東京育ちの梨子さんのルーツについては、全く見当もつかない。

彼女こそ、強い吸血鬼の血を受け継いだ子だったと言われたら……それはそれで、納得してしまいそうだ。


ダイヤ「じゃあ、花丸さんは……?」


花丸さんは他の4人に比べると、少しイメージは和らぐ……。和らぐが……。

彼女は吸血鬼に詳しすぎる気がする……。博識で知識に貪欲な人だと言えば、それまでなのかもしれませんが……。


ダイヤ「ダメ……わかるはずない……」


一度怪しいと考え始めたら、全てが怪しく思えてくる。

こんな状態で誰が吸血鬼かなんて特定出来るはずがない。

……そもそも、特定してどうするの?

特定出来たら、その吸血鬼はわたくしたちにどういうアクションを起こすのでしょうか。

わからない……。わからないことが多すぎる……。

延々といろんな考えが頭の中をぐるぐると回り続ける……。

──……結局、わたくしはその夜、一睡することも出来なかった。





    *    *    *





──翌朝。本日は6月3日月曜日。

徹夜明けでガンガンする頭のまま、千歌さんの家に足を運ぶ。

十千万旅館の暖簾をくぐると、


千歌「あ、ダイヤさんおはよ」


千歌さんが玄関に腰掛けて待っていた。
184 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:47:01.13 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「えっと……」


わたくしは彼女の様相を見て、少し困惑した。


千歌「えっと……どうかな」

ダイヤ「どう……って……」


千歌さんは……冬服を身に纏っていた。

もう、衣替えも終わったと言うのに。


千歌「えっと……長袖の方がいいかなって、思って」

ダイヤ「……あ、ああ……なるほど」


出来るだけ太陽の光を浴びないようにとのことらしい。


千歌「学校、いこっか」

ダイヤ「え、ええ……」


わたくしは必要になると思って、自宅から持ってきた日傘を手渡す。


ダイヤ「使ってくださいませ……」

千歌「わ、ありがとっ! ……日傘も自分用の買わなくちゃなぁ」

ダイヤ「……え?」

千歌「だって、いつまでも、ダイヤさんの借りてるわけにもいかないじゃん。今度見に行かないと……」

ダイヤ「……そ、そう……ですわね」





    *    *    *





二人で浦女行きのバスを待つ。


ダイヤ「……調子は……どうですか……?」

千歌「ん……前のときの最初の頃みたいな感じ。朝になると歯は元に戻るし、鏡にも映るよ。日差しはきついけど、燃えたりはしないかな。……って、燃えてたら今バス乗ってるどころじゃないよね、あはは」


笑えない。


千歌「大蒜と十字架は無理だけど……水はね、ヨハネちゃんに貰ったハーブがあれば触っても全然平気だし、飲み水にも出来るみたい! ただ、基本はお風呂に使うやつだから……あんまりたくさん飲み水に使っちゃうとなくなっちゃうかも」

ダイヤ「……トマトジュース……また買わないといけませんわね」

千歌「そうだねぇ……いっそコレを機にトマトジュースソムリエでも目指してみようかなぁ……利きトマトジュースとか出来たら、なんか特技になりそうだし!」

ダイヤ「ふふ……なんですか……それ……」


なんでしょう、この会話は……。

千歌さんの明るい口調なのに、何故か胸が苦しくなっていく。
185 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:48:49.92 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……今後のこと……どう、しますか」

千歌「ん……?」

ダイヤ「血を吸う頻度とか……」

千歌「あ、うん……一週間に一回が限度って、ヨハネちゃんも言ってたから……土曜か日曜の夜に……いいかな」

ダイヤ「ええ……わかりましたわ」

千歌「あれね、増血剤って思ったより効果ある気がするんだっ。今飲んでるのはヨハネちゃんにわけてもらったやつだから……これもお休みの日に買いに行かないとだけど」

ダイヤ「……血が欲しくなったら……いつでも、言ってくださいね……」

千歌「あ……うん。吸血以外で貰うとき……あるかもしれないから、そのときは、お願いするかも」

ダイヤ「ええ……それで、他のことは……」

千歌「他?」

ダイヤ「どうやって……元に戻るか」

千歌「……それはもう、いいかなって」

ダイヤ「え……?」


わたくしは驚いて、目を見開いてしまう。


千歌「だって……もともと、なりやすかったんでしょ。ならしょうがないかなって」

ダイヤ「しょうが、ない……って、そんな……!!」

千歌「いやでも、改善してくようにはするよ? 不便なのはイヤだもん」

ダイヤ「そういう話、では……」

千歌「そういう話だよ。考えようによっては、なんかちょっと困った体質みたいなものでしょ?」

ダイヤ「そう……でしょうか……」

千歌「そうだよ。それにちゃんと対策すれば、ちょっと不便に感じる程度までは改善出来るってヨハネちゃんも言ってたし!」

ダイヤ「…………」

千歌「あ、そういえばね、日焼けクリームもちょっといろいろ見ておいた方がいいかなって……絶対効果ありそうだもん!」

ダイヤ「…………」

千歌「それとね──」


もう、聞きたくなかった。

脳がこれ以上聞くことを拒否していた。

千歌さんが……自分が吸血鬼であることを、受け入れようとしていることを──わたくしは上手く受け入れられなかった。

学校に着くまでの間、ずっと千歌さんは喋り続けていましたが……果たして彼女が何を喋っていたのか、わたくしは全く理解が出来なかった。





    *    *    *





お昼休み。

気付いたら千歌さんの教室に足を運んでいた。

キョロキョロと教室を見渡す。
186 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:49:40.79 ID:ZRnZyA2Z0

梨子「あれ? ダイヤさん」

ダイヤ「梨子さん……千歌さんは?」

梨子「あ、えっと……なんかお昼休みと同時にどっか行っちゃって……。それより昨日、大丈夫でしたか?」

ダイヤ「昨日……ええ、千歌さん……少し疲れていただけみたいなので」

梨子「そうなんですか……」

ダイヤ「それはともかく……千歌さん、探してみますわ、ありがとうございます」





    *    *    *





──なんとなく千歌さんの行き先には見当がついていた。

そして、見当通りの場所で──


千歌「…………くぅ……くー……」

ダイヤ「…………」


千歌さんは昼寝をしていた。

ここは保健室。わたくしが千歌さんが吸血鬼になってしまったことを初めて知った場所。


ダイヤ「…………」


ベッドに腰掛けて、彼女の頭を優しく撫でる。


千歌「…………ん」


彼女は眠りながら、時折苦しそうな表情をする。


千歌「…………ぁ、っぃ……ょぉ……」

ダイヤ「…………」


寝言から……きっと悪夢を見ているんだとわかるけれど、

起こしちゃいけない気もする……。

千歌さんは……絶対に今朝はほとんど寝ていないはずだ。

……いや、吸血鬼化が続くのなら、眠れないのはこれからもだ。

だから……休み時間の間はせめて、寝かせてあげないと……。


千歌「…………ぁ……っ……ぃ…………ぁ……っぃ…………」





    *    *    *





果南「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー……。ストップ」


果南さんが手を止める。
187 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:50:25.17 ID:ZRnZyA2Z0

果南「ダイヤ、大丈夫……? へろへろだけど……」

ダイヤ「え……? ……ああ……まあ、はい」

果南「……全然大丈夫じゃなさそうだけど……」

ダイヤ「…………」


大丈夫なわけがないでしょう。

思わずそんな言葉が口から飛び出しそうになり、口を噤む。

頭がガンガンする。

寝不足のせいで、思考がまとまらない、気持ち悪い。

一度そう思ったら、もうダメだった。


ダイヤ「……ぅ……」


思わず口元を押さえて蹲る。


千歌「ダイヤさん!?」


千歌さんが、いの一番に駆け寄ってくる。


ダイヤ「……千歌……さん……」

千歌「大丈夫……? 気分悪い……?」


なんで、わたくしは千歌さんに心配されているのでしょうか。

立場が逆ではないですか……。


千歌「……ちょっと、ダイヤさん保健室に連れてくね」

ダイヤ「………………」


もう何かを言う気力もなかった。

考えたくなかった。





    *    *    *





保健室のベッドに横になって。


千歌「ダイヤさん……何か欲しいものある?」


千歌さんがわたくしを見下ろしている。


ダイヤ「…………」

千歌「……眠い? 目の下、隈酷いよ……?」

ダイヤ「…………」


ああ、そうだ……眠いのですわ。

軽く目を瞑る……。


ダイヤ「…………」
188 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:51:16.43 ID:ZRnZyA2Z0

だけれど、眠れる気がしなかった。

頭の奥がずっとチリチリとしているような感覚がする。

眠くて、頭がガンガンしているのに、何故か眠れる気がしない。


千歌「…………ごめん、チカのせいだよね」

ダイヤ「…………違います」

千歌「……あのね、もう心配しなくて……大丈夫だから」

ダイヤ「……なにが……?」

千歌「……ちゃんと受け入れる覚悟……したから」

ダイヤ「…………」

千歌「……これからもいっぱいダイヤさんに迷惑掛けちゃうかもしれないけど……ちゃんと頑張って生きてくから……」

ダイヤ「……千歌さん、迷惑なんかじゃ……ない、ですわ……」

千歌「……うん、ありがとう……」

ダイヤ「……千歌さんは……もう決めたのですわね。吸血鬼として……生きていくことを……」

千歌「……うん」


あっさりと肯定されて。

もう悲しいとか、虚しいとか、やるせないとか、そういう気持ちにもなれなかった。

頭が回ってないのも原因かもしれない。

彼女が、自分で決めたのなら……わたくしも、覚悟を決めないと、いけないのかもしれません。


ダイヤ「ちか……さん……」

千歌「……なぁに?」

ダイヤ「……ずっと……そばに……」

千歌「……っ……。……うん……っ」

ダイヤ「…………すぅ……すぅ……」

千歌「……おやすみなさい、ダイヤさん──」





    *    *    *


189 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:52:16.92 ID:ZRnZyA2Z0


──6月4日火曜日。


千歌「えへへ、見て見て」

ダイヤ「まあ、ストッキングですか?」

千歌「うん! 脚が露出なくていいかなって思って履いてみたんだけど……思った以上に履き心地よくって!」

ダイヤ「とても似合っていますわ」

千歌「ホント? えへへ……これからはストッキング女子になるのだ!」





    *    *    *





──6月5日水曜日。


千歌「ダイヤさん、学校って帽子被って行っても平気?」

ダイヤ「登下校の間なら問題ありませんわ。あまり派手なのは、困りますが……」

千歌「えっと、これ……なんだけど……」

ダイヤ「可愛らしいつば広帽ですわね」

千歌「これ……被って行っていい?」

ダイヤ「ええ、いいですわよ」

千歌「やった! えへへ」





    *    *    *





──6月6日木曜日。


ダイヤ「手袋ですか……?」

千歌「うん。ちょっと日差し気になっちゃって……白手袋ならおしゃれかなって」

ダイヤ「……いいと思いますわ」

千歌「ホントに?」

ダイヤ「ええ……きっと似合いますわ」

千歌「えへへ……」





    *    *    *


190 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:54:18.30 ID:ZRnZyA2Z0


果南「ねぇ……最近千歌、変じゃない……?」

曜「もう熱くなってきたのに……ずっと冬服着てるよね……」

梨子「急にストッキングになったし……いっつも帽子被ってるし……。なんか手袋してるし」

善子「そういえば、昨日いいアームカバー知らないかって聞かれたわね。なんか、日焼け対策に目覚めたらしいわよ」

花丸「え、千歌ちゃんが……? 珍しいこともあるずらね……」

ダイヤ「…………」





    *    *    *





曜「はぁ……」

果南「どしたの、曜?」

曜「私……千歌ちゃんになんかしちゃったかな」

果南「なんかあったの?」

曜「千歌ちゃん……最近声掛けても、一人で行動したがるというか……」

梨子「……たぶん曜ちゃんだけじゃないよ。教室移動のとき声掛けても、気付いたら一人で先に行っちゃってたりするし……」

曜「私たち避けられてる……?」

果南「考えすぎじゃない……? ……あ、でも言われてみれば最近回覧板も持ってきてくれないなぁ……」

ダイヤ「…………」





    ♣    ♣    ♣





千歌「…………」


千歌「なんで部室、ガラス張りなんだろ」


千歌「…………今日はちゃんと映ってる……」


千歌「あ、はは……考えすぎかな……」


千歌「あ、はは……」


千歌「…………ぐす……っ……」


千歌「…………なんで、チカだけこんな目にあうの……?」


千歌「………………もう、やだ…………やだよ……っ……」


千歌「…………誰か…………っ…………助けて…………っ……」




    *    *    *


191 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:57:48.37 ID:ZRnZyA2Z0


千歌さんは徐々に口数が減っていき、一週間もしないうちに、誰とも話さなくなっていった。

梨子さんや曜さん曰く、授業中はずっと寝ているらしい。

昼休みは、すぐに教室から居なくなって……保健室で寝ているようです。

放課後の練習も、次第に無断で休むことが増えていった。

メンバーはしきりに心配して声を掛けているけれど、千歌さんは『なんでもない』の一点張り。

わたくしが話しかけても、ぼんやりと相槌を打つばかりで。

……土曜の夜に、血だけ飲ませに彼女の家に行くが。

吸血を終えると、


千歌「ありがと……おやすみなさい」


その言葉を残して、千歌さんとの時間は終わる。

そして……6月18日火曜日──

それ以降、ついに千歌さんは学校にすら来なくなった。





    *    *    *





──6月20日木曜日。

十千万旅館、千歌さんの部屋の前。


ダイヤ「千歌さん……起きてる?」


返事はない。


ダイヤ「……家の人にあげてもらいました。……入りますわね」


戸を開けて、部屋に入る。

彼女の部屋の中はどこから持ってきたのか、衝立のようなものがあちこちに置かれていて、部屋の中は日中だと言うのに、薄暗い。

そして、そんな部屋の中の隅っこ。ベッドの上で、千歌さんは毛布に包まって、縮こまっていた。


千歌「……何……?」

ダイヤ「……学校、来ませんか?」

千歌「……行きたくない」

ダイヤ「……そうですか」

千歌「……ダイヤさんこそ、サボり?」

ダイヤ「……ええ、そうですわね」

千歌「……生徒会長なのに」

ダイヤ「……そうですわね」


千歌さんが居る方に歩を進めようとして──


千歌「来ないで」


制止される。
192 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:00:21.64 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「…………」

千歌「…………」

ダイヤ「……血、足りていますか……?」

千歌「…………」

ダイヤ「土曜にあげて以来ですわよね……」

千歌「……吸血鬼って思ったより頭悪いみたいでさ」

ダイヤ「…………?」

千歌「……一度餓えると、おもちゃの手錠も外せなくなるんだよ。鍵の使い方わかんないみたい」

ダイヤ「…………そう」

千歌「…………」

ダイヤ「…………もう、外に出ないつもりですか……?」

千歌「…………外は人間が生きる世界だよ」

ダイヤ「……っ! 貴方は人間ですわ!!」

千歌「違うよ。私は吸血鬼、化け物だよ」

ダイヤ「……っ」

千歌「日光が怖い。水にも触れない。鏡にも映らない。人を襲う。化け物」

ダイヤ「違いますわ!!! 貴方は人間ですわ!!!!」


思わず、千歌さんの元に駆け寄る。

駆け寄って、手を握る。


ダイヤ「貴方は……人間ですわ……」

千歌「……ダイヤさん……もう、いいよ」

ダイヤ「よくないですわ……!!!」

千歌「……バチが当たったんだよ」

ダイヤ「バチ……?」

千歌「私ね、せっかく一度人間に戻れたのに……ずーっと思ってたんだ」

ダイヤ「……?」

千歌「また、吸血鬼に戻れないかなって」

ダイヤ「…………」

千歌「そしたら……また、ダイヤさんが私のそばに居てくれる……ぎゅってしてくれる。……私の大好きな、大好きな、ダイヤさんが私のことだけ考えてくれる、私だけ見てくれる、私のこと守ってくれる、私に優しい言葉を掛けてくれる、私は……」


千歌さんは悲しげに言う。


千歌「──……醜いね」

ダイヤ「そんなことありませんわ……」

千歌「あるよ……迷惑掛けたくないとか言ってた癖に……ホントはダイヤさんを縛り付けたかっただけなんだって」

ダイヤ「……千歌さん……貴方がそう言うのなら、わたくしも貴方に謝らないといけません」

千歌「……なに?」

ダイヤ「……わたくしも、貴方が吸血鬼でなくなってしまったとき……すごく、寂しかった。貴方の傍に居る口実がなくなってしまうのが、悲しかった。……貴方を抱きしめる理由も、手を握る理由も、すぐ傍でいろんなことをお話する理由もなくなってしまうと……ずっと思っていた」

千歌「…………」

ダイヤ「わたくしたちは……一緒ですわ、同じ気持ちですわ、千歌さん」


千歌さんを抱きしめる。
193 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:03:17.97 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さん……大好きですわ……心から……貴女のことが大好きですわ」

千歌「…………」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「……く、くく……あはは……」


急に、千歌さんは笑い出す。


ダイヤ「千歌……さん…………?」

千歌「……吸血鬼って怖いね、自分の思い通りだね」

ダイヤ「え……な、なに、言って……」

千歌「ダイヤさんが私のこと好きなの……チャームのせいでしょ」

ダイヤ「!!!!? そ、そんなこと……!!?」

千歌「ないって言い切れる?」

ダイヤ「それ……は……」

千歌「……私自身にも……制御が出来ない、魅惑の能力に掛かってたんじゃないって……言い切れる?」

ダイヤ「…………」


力強く抱きしめたはずだった腕から力が抜けていく。

自然と腕が下がる。


ダイヤ「この気持ちが……嘘……?」


思わず、自分の両手を見つめる。

今まで何度も彼女を、自分の意思で抱きしめ、繋いだはずの手が──震えていた。


千歌「……ごめんね。チカがダイヤさんの心も壊したんだ」

ダイヤ「…………嘘」

千歌「自分に都合の良いように捻じ曲げて、自分のことを好きになるように仕向けて」

ダイヤ「……嘘」

千歌「……洗脳した」

ダイヤ「嘘よっ!!!」


掻き消すように、声をあげた。


ダイヤ「千歌さん!!! 好き!!! わたくしは貴女が好きです!!! 大好きですわ!!!!」

千歌「……ごめん、そんなこと言わせて……」

ダイヤ「……っ……ち、がう……わたくし……は……」

千歌「……人を惑わす……化け物なんだ、私」

ダイヤ「…………っ」

千歌「……だから、もう私に構わないで……ダイヤさんは……元の世界に、人間の世界に……帰って……ね?」

ダイヤ「…………」


何か言わないと、と思うのに、声が出ない。


千歌「……ありがと、ダイヤさん……。ここまで、チカを支えてくれて──ありがと……っ……。……ばいばい──」


194 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:05:00.23 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





──あのあと、気付いたら自宅の自分の部屋に居た。

どうやって家に帰ったのか、記憶がない。

それくらい、ショックだった。

やっと千歌さんに気持ちを伝えたのに、大切な気持ちを、大好きな人に伝えられたのに。


ダイヤ「嘘……だった……」


──全部、嘘だった。


ダイヤ「……滑稽……ですわね……」


自分が大切にしていた気持ちは……作り物だった。紛い物だった。


ダイヤ「……っ……ぅ……っ……、……わた、くし……っ……」


涙が溢れてきた。

きっとこれが生まれて初めて流す、失恋の涙というものなんだと思う、だのに──

この涙も……紛い物だ。


ダイヤ「…………ぅ、ぐ……うぅ……っ……。……ぁ、ぁぁ……っ……」


……それが紛い物だとわかった今でも──悲しさが自分の中で渦巻いて、どうにも出来なかった。

なら……もう、涙と共に……全部流してしまおう。


ダイヤ「ぅ、ぁあぁぁ……っ……!! ぁぁぁ、ぁあぁ……っ……」


声をあげて泣くなんて、いつ以来だろう。

激情に反して、何故か頭の隅っこでは、そんな自分を俯瞰したような思考が浮かんできた。

自分でも驚いてしまうくらい久しぶりに……心の底から悲しくて泣いていた。

……今、泣いて……忘れてしまおう。

泣いて、忘れて……終わりに、しましょう……。





    *    *    *


195 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:06:07.73 ID:ZRnZyA2Z0


──6月21日金曜日。

心が空っぽだった。

抜け殻のようになるというのはこういうことなのかもしれない。

授業を受けていても、全てが頭を素通りしていく。

途中果南さんと鞠莉さんが話しかけてきた気もするけれど、内容はよく覚えていない。

空っぽの頭の中で、時折考えるのは、


 『ダイヤさん』 『ダイヤさん!』 『ダイヤさん……』 『ダイヤさん!?』 『ダイヤさん……っ』


千歌さんのこと、だけ。

頭の中で、記憶の彼女が……わたくしの名前を呼んでくれる。

……気付けば、放課後だった。


ダイヤ「練習……生徒会……」


……やらなければいけないことがあるのに。

……どうでもよかった。

千歌さんが居ないなら……もう、どうでもいい。

わたくしはカバンを持って下校した。

生まれて初めて、生徒会を無断でサボった。





    *    *    *





家に帰っても、何もやる気は起きなかった。

ただ、ぼんやり、何をするでもなく座っている。

手持ち無沙汰で……何気なくポケットに手を入れると、

硬いものが手に当たる。


ダイヤ「……?」


手に取ってみると、


ダイヤ「……ロザ、リオ……」


打ち上げのとき、善子さんから預かった、ロザリオだった。返し忘れていた。


ダイヤ「……や、やだ……っ……」


千歌さんと過ごした時間を思い出して、また、勝手に涙が溢れてくる。


ダイヤ「き、気分転換をしましょう!!」


自分に言い聞かせるように立ち上がる。

こういうときは──


ダイヤ「そうですわ!! 好きなものを見て、ストレスを発散して──」
196 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:07:16.17 ID:ZRnZyA2Z0

棚を見て、手に取ったのは──


ダイヤ「……っ!」


いつの日か、千歌さんと一緒に見た。スクールアイドルフェスティバルのDVD。


ダイヤ「……また、一緒に……見たかったですわね」


思わず呟いて、


ダイヤ「! ……い、いけませんわっ!!」


ぶんぶんと頭を振る。

少し顔を洗った方がいいかもしれない。

──洗面所に行った。

千歌さんと一緒に覗き込んだ鏡があった。

──厨房に行った。

千歌さんが飲んでいた、トマトジュースのダンボールが置いてあった。中を見ると、最後の一本だけ残っていた。

飲んだ。

トマトジュースの味がした。

──千歌さんとの思い出がない場所に行きたかった。

縁側に行った。

琴があった。

いつか千歌さんに聴いて欲しかったなと、想った。

──家から飛び出した。

千歌さんと歩いた道があった。

千歌さんと見た海があった。

千歌さんが生きてきた──町があった。

──わたくしの心の中に、千歌さんが居ない場所なんて……もう──


ダイヤ「──どこにもあるはず……ないじゃない……っ」


それくらい、寄り添った。抱き合った。手を繋いだ。言葉を交わした。心を寄せた。

なのに、なのに……これは嘘で、紛い物で……。


ダイヤ「わたくし……っ……わたくしは……っ……」


もう、どうすればいいのか、わからなかった。

自分の気持ちがわからなかった。





    *    *    *





ダイヤ「…………」
197 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:08:45.60 ID:ZRnZyA2Z0
近くの砂浜でぼんやりと海を見つめていた。

波の音だけ聞いて、出来るだけ考えないように。

──ザザーン、ザザーンと言う音だけ聞いて……。


 「……はぁ、はぁ……こんなところに居た……」


背後から声がした。


ダイヤ「…………」

善子「はぁ……はぁ……ダイヤ…………」


善子さんだった。


善子「皆、探してるわよ……?」

ダイヤ「……どうして?」

善子「どうしてって……千歌に続いて、ダイヤもいなくなったからに決まってんでしょ!」

ダイヤ「……そう、ですか……」

善子「普段……無断で練習休んだりしないのに……連絡入れても全然反応ないし……何かあったんじゃないかって……」

ダイヤ「……そう」

善子「……何かあったの?」

ダイヤ「……そう、ですわね……」

善子「…………そう」


善子さんは、わたくしの隣に腰を降ろす。


ダイヤ「…………善子さん」

善子「ん?」

ダイヤ「自分が信じられなくなることって……ありますか……?」

善子「……この堕天使ヨハネが自分を信じられなくなるなんてこと、ありえないわ」

ダイヤ「……そうですか」

善子「…………。……あるわよ、いっぱい」

ダイヤ「…………」

善子「自分の気持ちなんて、わかんないことだらけよ。きっと皆そうよ」

ダイヤ「………………」

善子「……それが今のダイヤが悩んでることなの?」

ダイヤ「……自分が、大切にしていたはずの気持ちが……偽物だとわかったら……どうすればいいのでしょうか」

善子「偽物……?」

ダイヤ「大切だと……想っていたのに……それが、紛い物だったら……どうすればいいのでしょうか」

善子「……よくわかんないけど」

ダイヤ「…………」

善子「自分の気持ちに偽物も本物もないんじゃない?」

ダイヤ「……え?」

善子「だって、それを想ってるのは自分なんでしょ?」

ダイヤ「…………」

善子「何を基準に偽物とか本物とか言ってるのかはわかんないけど……。そう想ってる自分が居るなら、それ以上のことってないんじゃない?」

ダイヤ「…………そう想ってる自分」
198 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:10:09.98 ID:ZRnZyA2Z0

善子さんの言葉を聞きながら、ぼんやりと海の先を眺める。

太陽が沈もうとしていた。


善子「……はー、生徒会長様はなんか難しいことで悩むのね……大変そうだわ」


善子さんは呆れたような口振りで、砂浜に勢いよく寝そべる。


ダイヤ「…………」


日が沈んだ。


善子「…………」

ダイヤ「善子さん……わたくしは……」

善子「…………」

ダイヤ「……? 善子さん……?」

ヨハネ「……ロザリオ、返しなさい」

ダイヤ「え?」

ヨハネ「……封印が弱まって困ってるのよ」

ダイヤ「……ヨハネさん……?」

ヨハネ「……この前ぶりね。調子悪そうじゃない」

ダイヤ「……お陰様で……」

ヨハネ「……さっさと元気になってくれないかしら」

ダイヤ「どの口が言うのですか……」

ヨハネ「吸血鬼周りの問題で凹まれると、善子に波及する可能性があるでしょ。困るのよ」

ダイヤ「……そんなこと、言われましても」

ヨハネ「……んで、何さっきの青臭い若者みたいな悩みは」

ダイヤ「……なんで聞いているのですか。普段は寝てるのでしょう?」

ヨハネ「ロザリオ返してもらわないとだから、善子の中から聞いてたのよ。んで? さっきのは何よ」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「自分の気持ちが紛い物だったとか、何言ってんだかって感じ。自分の気持ちにくらい自分で責任持ちなさいよ。これだから、人間ってめんどくさい」

ダイヤ「……貴方たちはいいですわね。気持ちを作れる側で」

ヨハネ「気持ちを作れる……? 何の話?」

ダイヤ「チャームで……人の心を操れるではないですか」

ヨハネ「……は」

ダイヤ「……元からそうなら……悩まないのかしら」

ヨハネ「……く、く」

ダイヤ「……?」

ヨハネ「……く、ぷぷぷ……! もしかして、あんたが悩んでるのってそんなこと?」

ダイヤ「……そ、そんなことですって!? わたくしは真剣に!!!」

ヨハネ「あんた、チャームのこと……根本的に勘違いしてるわよ」

ダイヤ「……え?」





    *    *    *

199 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:11:21.66 ID:ZRnZyA2Z0



──十千万旅館。

千歌さんの部屋の前。


ダイヤ「千歌さん!!! 入ります!!!」


戸を開けて、衝立を押しのけて、中に入る。


千歌「!? な、なんでまた来たの……!!」


千歌さんは手錠をして、それをベッドの脚に括りつけて、床に蹲っていた。

たぶん、夜になったから、吸血欲求への対抗策としてだろう。

だけれど、今はそんなことはどうでもいい。


ダイヤ「千歌さん!!」

千歌「な、なに……?」

ダイヤ「好きです」

千歌「……!」

ダイヤ「貴女が好きです。誰よりも好きです。大好きですわ」

千歌「……」

ダイヤ「わたくしの……嘘偽りない、心からの気持ちですわ」

千歌「……そんなこと言いに来たの」

ダイヤ「ええ、大切な気持ちなので」

千歌「チカが作った……嘘の気持ちの癖に」

ダイヤ「嘘ではありません、わたくしが自分で考えて、自分で想って、自分で辿り着いた、わたくしの気持ちです」


千歌さんの前で膝を折り、近くに置いてあったおもちゃの手錠の鍵を拾い上げて、鍵穴に差し込む。


千歌「…………チャームがここまで言わせるの……? ダイヤさんにここまでさせるの……?」


手錠が外れた手を擦りながら、千歌さんがわたくしを睨みつけてくる。

だけれど、わたくしは彼女に伝える。


ダイヤ「千歌さん……よく聞いてください」

千歌「……?」

ダイヤ「千歌さんのチャームに人の心を操るような効果は……ありませんわ」

千歌「……え?」

200 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:13:47.19 ID:ZRnZyA2Z0

──────
────
──


ダイヤ「勘違いとは……どういうことですか……?」

ヨハネ「高位の吸血鬼ならともかく、吸血鬼もどきの千歌に洗脳効果のあるチャームなんて使えるわけないじゃない」

ダイヤ「……!? そ、そんなはずありませんわ! わたくしは実際にチャームを受けて……」

ヨハネ「性的快感はあるだろうし、その場で軽い催眠に近いものは発生するかもだけど……せいぜい長くて10秒くらいでしょ?」

ダイヤ「…………そ、それは」

ヨハネ「そんなの洗脳なんて言わないわよ。マジの吸血鬼の洗脳ってもっとヤバイわよ? 完璧に心酔しきって、平気で自分の命投げ捨てるようになるレベルのものなのよ?」

ダイヤ「それでは千歌さんのチャームは……」

ヨハネ「……ドーパミンとか、そういうのが分泌されたりはしてるかもしれないけど……せいぜい吊り橋効果レベルのものだと思うわよ? それがでかいと感じるか、小さいと感じるかは、個人の感性による気もするけど……──」


──
────
──────



先ほど、ヨハネさんから聞いたことをそのまま話すと……。


千歌「ほん……と……?」

ダイヤ「ええ……本物の吸血鬼に聞いたのですから、間違いありませんわ」


千歌さんは目をパチクリとさせる。

わたくしは──千歌さんの両肩を抱くようにして。


ダイヤ「改めて、言いますわ……。千歌さん、好きです」

千歌「ぁ……」

ダイヤ「貴女のことを……世界で一番、想っていますわ……」

千歌「……ダイヤ……さん……っ……」


千歌さんの目から涙が溢れ出して、ポロポロと零れ落ちる。


ダイヤ「……千歌さんは?」

千歌「っ……!! わたしも、すき……っ!! ……だいやさん、が……すき゛……っ……! ……だいすき゛ぃ゛……っ……!!」

ダイヤ「……なら、やっぱり……わたくしたちの気持ちは、同じですわ……」

千歌「ぅっ……だいやさ゛ん……っ゛、すき、だいすき゛……、ぇっぐ……せ゛かいでいちばん、すきなのぉ゛……っ……」


千歌さんは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、泣きすぎて震えた声で、想いを告げてくれる。


ダイヤ「ふふ……嬉しい……今わたくし……幸せですわ」

千歌「わた゛し゛も……うれし゛ぃょぉ……っ……」

ダイヤ「もう……可愛い顔が台無しよ? 笑ってください」

千歌「ぃぐっ……ぇっぐ……だいや、さん……っ……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「だいや、さぁん……っ……」

ダイヤ「ふふ……ここに居ますわ。ずっと……貴女の隣に……」

千歌「ぅぇぇぇ……っ……」
201 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:14:49.68 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしはやっと想いが通じ合った貴女を──千歌さんをぎゅっと抱きしめたまま。

千歌さんが泣き止むまでの間、彼女を撫でながら、愛を伝え続けたのでした。





    *    *    *





千歌「…………ぐすっ」

ダイヤ「落ち着いた?」

千歌「…………うん……」

ダイヤ「ふふ、よかった」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「酷いこと言って……ごめんね。ダイヤさんの気持ち……嘘だなんて言って……」

ダイヤ「……正直、かなり傷つきましたわ」

千歌「!? ご、ごめんなさい……」

ダイヤ「だから……責任取って、ちゃんと傍に居てください。傍に居させてください……」

千歌「ぁ……ダイヤさん……」

ダイヤ「いいですわね?」

千歌「……うん」


ぎゅーっと抱きしめる。

気付けば……部屋の中はもう真っ暗だった。


ダイヤ「もう……すっかり夜ね」

千歌「うん……あ、あの、さ……」

ダイヤ「? なんですか?」

千歌「……その……血、吸って……いい……?」

ダイヤ「……もう、仕方のない人ね……」


今さっきまで、それをしたときに起こる現象について、あれこれ言い合っていたところなのに。


千歌「あの……ね……ダイヤさんの血が欲しい……」

ダイヤ「……それは吸血鬼的な愛の告白なのかしら?」

千歌「そうかも……」

ダイヤ「……わかりました。ただ、今吸ったら1日フライングだから、次の土曜まで我慢ですわよ?」

千歌「うん……」


千歌さんの手を引いて、ベッドに腰掛ける。


ダイヤ「千歌さん……来てください」

千歌「……うん」


ベッドに腰掛けるわたくしに対面で跨るようにして、千歌さんが抱き付いてくる。

そして──
202 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:15:32.36 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「血……いただきます。……ぁむっ」


噛み付いた。

──ブスリとキバが突き刺さってくる。


ダイヤ「……ぁっ……♡」

千歌「……ん、ちゅぅー…………」

ダイヤ「…………は、ぁ……♡ ……ちか、さ……♡」


快感が背筋を走る。吐息が漏れる。


ダイヤ「……はっ……はっ……♡ ちか、さ……♡」

千歌「…………ちゅぅーーー…………ちゅぅー…………」

ダイヤ「んっ……♡ んぅ……っ……♡」


快感で力が抜けて、千歌さんの体重を支えきれなくなり、そのままベッドに背中から倒れこむ。


ダイヤ「はっ……♡ はっ……♡ ちか、さ……ん……♡」

千歌「……ちゅ、ちゅぅ…………ちゅぅぅ…………」

ダイヤ「……んぅっ……♡」


千歌さんに押し倒される形で吸血される。


ダイヤ「はっ♡ はっ♡ ちかさん……♡ おいしい……?♡」

千歌「……おぃひぃ……♡」

ダイヤ「よか、った……♡」

千歌「……ちゅぅー……」

ダイヤ「……ひ、ぁぁ……♡」


千歌さんの背中に回した腕に力が篭もる。

ぎゅっと抱きしめて、彼女の温もりを感じながら、血を与える。

──程なくして、


千歌「……ん、ぷは」

ダイヤ「ん゛っ♡」


吸血が終わり、キバが引き抜かれた。


千歌「は、は、ごちそうさま……♡」

ダイヤ「は、は……♡ ちか、さん……♡」


そのまま千歌さんを抱きしめる。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「……は、ふぅ……」


抱きしめたまま、少し待っていると、吸血の余韻も収まってくる。
203 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:16:48.79 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「今の吸血……今までで一番幸せだったかも……」

ダイヤ「ふふ……わたくしも同じことを想ってましたわ……」

千歌「えへへ……おんなじ……」


千歌さんと顔を見合わせて微笑みあう。

目の前に、可愛らしい顔があった。


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「ん」

ダイヤ「……目、つむって」

千歌「……うん」


千歌さんが目をつむった。

そのまま──


ダイヤ「──……んっ」

千歌「んっ……」


──接吻を交わした。

ファーストキスは──鉄の味がした。

目を開けると、


ダイヤ「ふふ……///」

千歌「……ほぁ///」


至近距離で再び目が逢う。


千歌「……ダイヤさん……/// もっと、ちゅー……/// したい……///」

ダイヤ「……わたくしも……同じ気持ちですわ……/// ん……っ」

千歌「……ん……っ」


幸せな時間に、心が満たされていく。

日も完全に落ちきって、部屋の中も暗いけれど、

至近にいる貴女の顔を確かめながら、何度も何度も口付けをする。

もう、何も遠慮する理由もないから。

わたくしたちの心は通じ合っているから。

ただ想うがままに……お互いを求め合うのです──。





    *    *    *


204 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:21:50.02 ID:ZRnZyA2Z0


ダイヤ「んぅ…………」

千歌「くぅ……くぅ……」


目が覚めると、千歌さんがわたくしの胸の中で、可愛らしく寝息を立てていた。


ダイヤ「ふふ……」


なんだか、嬉しくなってしまう。

千歌さんと……恋人同士になったのだと改めて実感する。

恋人と迎えた、初めての朝ですわね……。


ダイヤ「……そういえば時間は」


部屋の壁掛け時計に目をやると──時刻は11時を指していた。


ダイヤ「寝坊ですわね……」


今日が土曜日でよかった。


千歌「むにゃむにゃ……」

ダイヤ「ふふ……幸せそうな寝顔」

千歌「……らぃぁさぁん……」

ダイヤ「ふふふ、はぁい」

千歌「……しゅきぃ……」

ダイヤ「わたくしも好きですわよ…………ちゅ」


眠ったままの愛しい人のおでこにキスをした。


千歌「……えへへ……」

ダイヤ「ふふふ……」


全く幸せそうだし……わたくしも幸せな気持ちでいっぱいですわ……。





    *    *    *





昼過ぎに二人で起き出して。


ダイヤ「千歌さん……わたくし、ずっと考えていたのですが……」

千歌「? なぁに?」

ダイヤ「人間に戻る方法……やっぱり、もう一度探してみませんか?」


そう提案をした。
205 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:25:49.77 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「…………人間に」

ダイヤ「……はい。ヨハネさんは元に戻る方法はないと言っていましたが……本当にそうなのでしょうか」

千歌「……っていうと?」

ダイヤ「千歌さんは一度……完全に吸血鬼性がなくなるところまで、人間に戻っていますわよね」

千歌「うん。それがなんかすごい他の吸血鬼? の影響で元に戻っちゃったんだよね」

ダイヤ「ええ。……ですが、わたくしヨハネさんの口振りに……実は少しだけ引っかかるところがありまして」

千歌「引っかかるところ?」

ダイヤ「はい。……ヨハネさんの口振りでは、一度吸血鬼化した人間は、時間を掛けて血が薄まっていく以外の方法では吸血鬼性を薄めることすら出来ないようなニュアンスで言っていた気がするのですわ」

千歌「……言われてみれば」

ダイヤ「ですが、千歌さんが以前、人間に戻った方法は……違いましたわよね?」


そう……血を薄めたのではなく、吸血鬼の部分を太陽の光で焼き尽くしたのです。

ヨハネさんはこの方法については一言も言及しなかった。

危険な方法なので、あえて触れなかったという可能性も十分ありますが……。


ダイヤ「ヨハネさんは……吸血鬼部分だけを燃やせるということを知らないのではないでしょうか?」

千歌「……そんなことあるのかな? ヨハネちゃん本物の吸血鬼だし……」

ダイヤ「知っていたら知っていたで、それから諦めても遅くないでしょう……確認してみる価値はあるとは思いませんか?」

千歌「それはそうかも。わかった、聞いてみよう」

ダイヤ「ええ!」


さて、問題は……ヨハネさんとのコンタクト方法ですわね。

昨日砂浜で会ったときに、ロザリオは返してしまったので、また封印状態になっていると思いますし……。


ダイヤ「夜の時間帯に……どうにか善子さんを呼び出して、ロザリオを外してもらうしかない」

千歌「……それなら、チカにいい考えがあるよ!」

ダイヤ「いい考え……?」





    ♣    ♣    ♣





──時刻17時。

沼津の駅前で辺りを伺いながら待つ。


 「え? 駅前の……どこよ?」

千歌「! きた!」


声のする方を見ると、善子ちゃんが電話を片手に駅前を歩いている。


善子「……だから、どこよ!? 駅の樹のところって!? 待ち合わせ下手か!?」


タイミングを見計らう。


善子「駅の正面側から見て真っ直ぐって……えーっと、一旦駅の方を……え──」
206 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:27:07.27 ID:ZRnZyA2Z0

善子ちゃんとばっちり目が合う。

このタイミング──


千歌「!!」


私は脚に力を込めて、駆け出す。


善子「ちょ!? 千歌っ!!? 待って!!!! ごめん、ダイヤ!!!! あとで掛けなおす!!!!」


善子ちゃんが電話を切って、追ってくるのを確認しながら、振り切らないように、でも追いつかれないようにダッシュする。


善子「千歌っ!!!! 待って!!!! 逃げないでっ!!!!」


沼津の駅前から、一気にさんさん通りを南下していく。

ここから約1kmの徒競走……!!


千歌「はっ!! はっ!! はっ!!」


久しぶりに思いっきり身体を動かしている気がする。

でも、意外と身体はしっかり動く。

吸血鬼化のお陰で体力が増えてるのかもしれない。


善子「千歌……っ!! ……げほっ!! 待って……!!!」

千歌「……おとと」


ちょっとペースを上げすぎた。

不自然にならない程度に少しペースを下げながら走る。

大通りを一直線に走りぬけ──目的地が見えてきた。

ここらへんで──


千歌「はっ……はっ……」


疲れた振りをして、ペースを一気に落とす。


善子「!! 超加速!!!」


その瞬間、善子ちゃんが一気に走りこんでくる。


千歌「……ふふ」

善子「千歌ぁぁぁぁっ!!!!」


そのまま、善子ちゃんにタックルされるように捕獲された。
207 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:29:37.12 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「あ、あちゃー……捕まっちゃった……」

善子「はぁっ!! はぁっ!! 捕まっちゃったじゃない……わよっ!! あんた学校にも、来ないで……っ! どこ行ってたのよ……っ!!」

千歌「えっと……自分探しの旅?」

善子「皆心配してるのよっ!?」

千歌「あはは……ごめん」

善子「は……はぁ……もう……。……まあ、元気そうで、安心した」

千歌「……うん。善子ちゃん、汗だくだね」

善子「あ、当たり前……じゃない……駅前から、全力疾走、してきたのよ……ってか、あんた……なんで、全然汗、かいてないの、よ……」

千歌「鍛え方が違うので」

善子「同じメニューこなしてるわよ!? ちょっとやめてよ、ヨハネがサボってるみたいじゃない!」


善子ちゃんと問答をしているところに──


ダイヤ「善子さーーん!!」


ダイヤさんがやってくる。よし、打ち合わせ通り。


善子「ダイヤ!?」

ダイヤ「はぁ……はぁ……善子さんが走ってるところが見えたので……」

善子「あ……ごめん。でも、あんたが待ち合わせ下手なのがいけないんだから……って、それどころじゃないわよ、ダイヤ!」

ダイヤ「……あら、千歌さん」

千歌「やっほー」

善子「……へ? なんで、驚かないのよ、あんたたち……?」

ダイヤ「あら……言ってませんでしたっけ、最初から千歌さんも呼ぶ予定でしたのよ?」

善子「は? ……あ、いや、だから沼津の駅前に……? ……いや、でもなんで逃げるのよ」

千歌「追いかけてくるから?」

善子「逃げるんじゃないわよ!? あーもう……汗かき損じゃない……」

千歌「まあまあ♪」

ダイヤ「どちらにしろ、善子さんの家にお邪魔するつもりだったので」

善子「え、そうなの?」

千歌「うん♪ 私たち二人で“ヨハネ”ちゃんに会いに来たんだからね♪」

ダイヤ「ええ」


私とダイヤさんは二人で、“ヨハネ”ちゃんに向かって、ウインクをしてみせた。





    *    *    *





──津島家。


善子「ごめん……ちょっと、シャワー浴びてくる。部屋で待ってて」

千歌「おかまいなく〜」

善子「あんたのせいで汗だくなんだから、少しは申し訳なさそうにしなさいよ!? 部屋のもの勝手にいじらないでよね……」
208 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:31:05.90 ID:ZRnZyA2Z0

そう言って、善子さんはシャワーを浴びに部屋を出て行った。


千歌「……うまく行ったね」

ダイヤ「あとは、察してくれるかどうかですが……」


──数分後

部屋の扉が開き、部屋の主が戻ってくる。


ヨハネ「……待たせたわね。人間ども」

千歌「! ヨハネちゃんだよね?」

ヨハネ「はぁ……あんまり何度も何度も呼び出さないでよね。記憶が飛ぶ分、善子に違和感が残るんだから」


どうにか、うまく行きました。

シャワールームに入る際はさすがにロザリオは外すでしょうから。

ロザリオを外したら、あとはヨハネさんが外に出て来てくれるのを待つだけという寸法です。


ダイヤ「すみません……ですが、どうしても確認したいことがあって」

ヨハネ「確認したいこと……? まさか、またチャームの……」


ヨハネさんがわたくしたちをじーっと見つめて。


ヨハネ「……へー」

千歌「ん……な、なにかな///」

ダイヤ「……コホン///」

ヨハネ「そんなにぴったりくっついておいて、どうもこうもないでしょ……ま、そっちに関してはうまくいったみたいね」

ダイヤ「まあ……お陰様で」

千歌「えへへ……///」

ヨハネ「……んで、聞きたいことって何?」

ダイヤ「吸血鬼から……人間に戻れるかについてですわ」


わたくしは話を切り出す。


ヨハネ「……だから、そんな方法ないわよ。じっくり、血の割合を減らしてくしかないって言ったじゃない」

ダイヤ「本当ですか? 本当にそれしか方法はないのですか?」

ヨハネ「はぁ……今更隠す理由もないでしょ。ないわよ。それ以外は微塵もない、存在しないわ」

千歌「!」


やはり……ビンゴでした。


ダイヤ「……もし、その方法があると言ったら?」

ヨハネ「……はぁ?」

ダイヤ「そもそも……千歌さんはどうやって一旦、吸血鬼化を解除したか、知っていますか?」

ヨハネ「極力吸血我慢して、血を薄めたんでしょ……?」

ダイヤ「違いますわ」

ヨハネ「……なんですって?」

千歌「私は……日光で吸血鬼の部分を焼き尽くしたんだよ」

ヨハネ「は……?」
209 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:32:56.83 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネは千歌さんの言葉に、目を見開いて驚く。


ヨハネ「はぁ!!? そんなことしたら、燃え尽きて……。……いや、待てよ……千歌の吸血鬼化は本当にレアケースもレアケース……」


ヨハネさんはしばらく考えた後、


ヨハネ「ちょっと詳しく聞かせてもらえないかしら」


目論見通り、わたくしたちの話に食いついてきました。





    *    *    *





ダイヤ「──という風に、吸血鬼性を日光で焼き尽くしたのですわ」

ヨハネ「…………」


わたくしたちは、ヨハネさんに日光を使った吸血鬼化の解除の方法をお話しました。

その間、彼女はわたくしたちの話を興味深そうに聞いていました。


ヨハネ「……なるほどね」

ダイヤ「一通り聞いてみて、どう思われましたか?」

ヨハネ「……まあ、まず思ったのは、めちゃくちゃなことするわねってことかしら」

千歌「あはは……確かに、死ぬほど熱かった」

ヨハネ「でしょうね。普通の吸血鬼だったら、絶対死んでるわ」

ダイヤ「普通の吸血鬼だったら、とは?」

ヨハネ「吸血鬼にとって、日光ってのはホントに弱点中の弱点なのよ。吸血鬼状態で日光に当たると細胞単位で燃えるように出来てるの」

ダイヤ「確かに吸血鬼は日光で灰になると言いますからね」

ヨハネ「ただ……千歌は吸血鬼もどきで、しかも人間の部分もまだかなり残ってたから……燃えたのは表面の吸血鬼の細胞だけだった。だから、その下から残った人間が出てきたと考えられなくもない」

ダイヤ「他の吸血鬼はこういう方法を試したりはしないのですか?」

ヨハネ「そもそも……吸血鬼から戻れるって発想がなかったからね。しかも太陽の光を浴びるってのは文字通り自殺行為だから……。……その上でどうして千歌が助かったのかの考察をするなら」

千歌「するなら?」

ヨハネ「吸血鬼性の発現する血が身体に入り込むとするじゃない。その血を端に徐々にそれが身体に伝染してくものって考えて欲しいんだけど……その吸血鬼の血は全身を巡りながら、徐々に身体の細胞を吸血鬼の細胞に置き換えていくの」

ダイヤ「……なんだか、ウイルスのようですわね」

ヨハネ「感染病と同視されるイメージのせいかもね。それに引っ張られてこういう発現方法なのかもしれないわ。──えっと、話戻すわね。その細胞だけど……人間部分が多い吸血鬼もどきなら、吸血鬼部分が燃え尽きても、十分人間としての部分が残ってたってことなんじゃないかしら」

ダイヤ「少々曖昧ですわね」

ヨハネ「まあ、私も考えたことがなかったから……。ただ、出来たって言うのは大きい。せいぜい、千歌とダイヤ、あんたたちの常識の範囲内では、吸血鬼もどきはそれで人間に戻れるというイメージが定着したってことになる」

千歌「イメージが定着した?」

ヨハネ「一度出来たってことは、たぶんまた出来るってこと。前にも言ったけど、私たち吸血鬼はイメージの存在だから、常に性質そのものは人からどう認識されてるかで書き換わっていくのよ」

ダイヤ「なら、もう一度同じように吸血鬼の部分だけ消せば……」

ヨハネ「……まあ、また元に戻れるとは思うわ」

千歌「ホントに!?」

ヨハネ「ただ……元に戻っても、更にまた吸血鬼に戻ることがあるってのも事実よ」

ダイヤ「……そうですわね、その事実もわたくしたちは認識してしまっている」

千歌「じ、じゃあ……吸血鬼化するたびにやれば……」
210 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:33:49.05 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「それでもいいけど……やっぱりリスクがでかい方法だとは思うわ。たまたま、うまく行っただけで、もし身体の重要な器官が吸血鬼化してたら、それが焼き切れて死ぬ可能性は十分にあるわ。それに……」

千歌「それに……?」

ヨハネ「そのたびに死ぬほど熱い思いするのに耐えられる?」

千歌「……無理かも」

ダイヤ「…………ヨハネさん」

ヨハネ「ん?」

ダイヤ「もしかして、なのですけれど……吸血鬼性って、そもそも極限まで血が薄まれば、普通の人間レベルのものには戻るのですか?」

ヨハネ「戻るわよ。ただ、因子が残ってる以上、何かの拍子に一気に吸血鬼化しちゃうってことがあるってだけ。今回の場合は圧倒的に強い吸血鬼に引っ張られて血が覚醒しちゃうってことね」

ダイヤ「……でしたら、千歌さんを吸血鬼の方に引っ張ってくる原因を絶てば、千歌さんは実質人間に戻れるのではないですか?」

ヨハネ「……まあ、理論上はそうだけど」

ダイヤ「けど?」

ヨハネ「…………」


ヨハネさんは黙り込んでしまう。


ダイヤ「……方法があるなら、教えて下さいませんか?」

ヨハネ「……理論上あるにはあるけど……実現不可能なことは方法とは……」

ダイヤ「教えて下さい……本当に出来るか否かは、聞いてからでも判断出来ますし……」

ヨハネ「……。…………外的影響を受けて吸血鬼化するってことはよ?」

千歌「うん」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「自分より、明確に大きな存在だから、そういう影響を受けちゃうってことじゃない?」

ダイヤ「ええ、そうですわね」


今回の話は相互作用ではなく、強い個体に引っ張られて血が覚醒してしまうと言う話です。


ヨハネ「……なら、自分たちが影響を受けないほど、大きな存在になればいい」

千歌「……? どういうこと?」

ヨハネ「……まあ、簡単に言っちゃうなら、自分を吸血鬼化させてる吸血鬼を超越しちゃえば、そいつから影響を受けることはなくなるんじゃないかって話」

ダイヤ「……なるほど」

ヨハネ「ただ……妖気だけで、周りを覚醒させるって、ホントに半端じゃない個体だと思うのよね……。そいつらを超えることなんて……」

ダイヤ「ちなみに超える……というのは」

ヨハネ「……いろいろあるとは思うけど……明確に上下の優劣が着くことで上に立ったほうがいいから、戦って勝つとかかしら」

ダイヤ「個人戦ですか?」

ヨハネ「……? 千歌が持ってる、吸血鬼性の要素が上回るかが問題だから……個人戦じゃないかしら」

ダイヤ「……言い方を変えますわ。……もし、千歌さんの能力で眷属化した個体の力は……千歌さんの能力として数えられますか?」

ヨハネ「……は……? あ、あんたまさか……」

ダイヤ「どうなのですか?」

ヨハネ「……それが千歌の能力で作られた眷族なら、千歌の吸血鬼性と考えて問題ないと思うわ」

ダイヤ「そうですか……安心しましたわ」

千歌「どういうこと……?」

ヨハネ「……つまり、ダイヤは──あんたと協力して、ヤバイ吸血鬼を倒そうと思ってるってことよ」


211 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:35:20.10 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





ダイヤ「……あとはその吸血鬼が誰かの特定ですわね」

ヨハネ「…………」

ダイヤ「何か、わかりませんか……?」

ヨハネ「ねえ、話を進める前に……ダイヤも千歌も……本当に何倒そうとしてるかわかってる?」

ダイヤ「……わたくしたちより遥かに強い吸血鬼ですわ」

ヨハネ「二人掛かりだからって、勝てる相手じゃないわよ?」

千歌「んー……でも、それが出来たら全部解決するんだよね?」

ヨハネ「んまあ、そうだけど……」

千歌「なら、やってみる価値はあるよ。それに……」

ヨハネ「……それに?」

千歌「……ダイヤさんと二人なら……なんか、出来ちゃう気がする」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさんとなら……なんでも出来る気がする。なんか一緒にいるだけで、勇気とパワーが無限に溢れてくるというか……!」

ダイヤ「ふふ……そうですわね」

ヨハネ「…………」


ヨハネさんはわたくしたち二人を交互にじーっと見つめた後に、


ヨハネ「…………まあ、もしかしたら、もしかするかもね」


そう言った。


ダイヤ「ヨハネさんからお墨付きをいただけたので……改めて、その吸血鬼の特定を致しましょう」

ヨハネ「別にお墨付きってほどのものじゃないけど……宝くじで1等当てるくらいの確率はあるかもねって話よ」

千歌「でも、ゼロじゃない!」

ヨハネ「……ま、いいわ。んで、吸血鬼が誰かだっけ?」

ダイヤ「ええ。……もうこれは虱潰しで当たっていくしか……」

ヨハネ「虱潰しねぇ……」

ダイヤ「ルビィは候補から外れますので……5人の内の誰かだと思うのですが……」

ヨハネ「5人……? ……いや、Aqoursの中にはいないわよ」

ダイヤ「え……!? で、ですが身近に千歌さんに大きな影響力を持っている人間なんて……」

ヨハネ「いやだって……千歌の吸血鬼化が解けてから、また発現するまでの間に毎日接してるのに、なんであのタイミングだったのよ。Aqoursメンバーだったら、吸血鬼化が解けてもまたすぐに吸血鬼化してるはずじゃない」

ダイヤ「……あ……」


言われてみれば単純な話でした……。

千歌さんに影響力のある人間と言う話だったので、勝手にAqoursメンバーだと思いこんでいましたが……タイミングが合っていません。


ダイヤ「タイミング……?」


逆に言うなら……あのタイミングに出会った人物なのでは……?
212 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:37:32.50 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「あのタイミングと言えば……」

千歌「あ、スクールアイドルフェスティバル……!」

ヨハネ「……確かに、スクールアイドルフェスティバルに参加してたスクールアイドルなら、千歌に対して影響力を持っているって言えるわね」


ですが……。


ダイヤ「スクールアイドルフェスティバルの参加ユニットは数十組……その中から更にメンバーとなると、数百人以上……この中から、絞りきるのは……」

ヨハネ「まあ、その中でも強いチームだとは思うけどね」

ダイヤ「強いチームですか?」

ヨハネ「強い吸血鬼って、とんでもないカリスマ性を持ってるのよ。……わかりやすく言うと、無差別チャームみたいな……。見てる側が自然と魅了されるくらいの圧倒的な存在感を持ってるって感じかしら」

千歌「確かに有名なチームには、そういう人っているよね……」

ヨハネ「あとは、もっといかにもな特徴があればねぇ……」

千歌「いかにもな特徴?」

ヨハネ「ほら……結局普段は吸血鬼性を隠す工夫をしなくちゃいけないわけじゃない? 善子だったらロザリオを身に付けてるとか……。まあ、目に見えない封印術だったらお手上げだけど……いっつも大蒜、首から提げてるスクールアイドルとかいないの?」

ダイヤ「居るわけないでしょう……」

ヨハネ「聖水携帯してるやつとか」

千歌「いないよー……」

ヨハネ「あとは……名前縛りとかかしらね」

ダイヤ「名前縛り……?」

ヨハネ「実物より効果は薄いけど……名前を付けることで封印することも出来るのよ。名で縛るとか言うでしょ? 大蒜とか十字架って名前のスクールアイドルいないの?」

ダイヤ「居るわけないでしょう!」

千歌「スクールアイドル……聖水」

ダイヤ「千歌さんまで……」

千歌「……セイントアクア……」

ダイヤ「いや……聖水はHoly water……え?」

千歌「……あ、あれ……?」

ダイヤ「よ、ヨハネさん!!」

ヨハネ「ん?」

ダイヤ「名前による封印って……どれくらいの自由度があるのですか!?」

ヨハネ「……象徴性がしっかりしてれば、割と自由度は高い思うけど……。……あ」


居ましたわ……名前で吸血鬼を縛っている、スクールアイドル……!
213 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:39:22.13 ID:ZRnZyA2Z0

千歌・ダイヤ・ヨハネ「「「Saint Snow!!」」」

ヨハネ「『Saint Snow』⇒『聖なる雪』⇒『聖雪』……雪は溶ければ水になるし……確かに、効果はありそうね」

千歌「Saint Snowなら存在感もこれでもかってくらいあるし……」

ダイヤ「彼女たちの象徴である雪の結晶も……確か聖なるものの象徴として、神性を見出す解釈がありましたわよね」

千歌「あ……それ、なんか学校で聞いたことあるかも」

ヨハネ「さすがミッションスクールの生徒ね……。雪の結晶構造が自然物だと思えないほど綺麗な幾何学模様としてるところからって話よね……。Saint Snowの象徴が雪の結晶だって時点で、それも名前に内包したダブルミーニングだと思うわ」

千歌「あとSaint Snowって衣装によっては十字架とかもつけてたよね」

ダイヤ「つまり……」

ヨハネ「たぶん、ビンゴよ」

千歌「やったぁ!」

ダイヤ「後は……これが聖良さんなのか、理亞さんなのか……」

ヨハネ「……徹底的に名前で縛ってるなら、聖良かしらね。両方って可能性もあるけど……」

ダイヤ「……それでは……確認をしましょう!」

ヨハネ「……確認?」

千歌「どうするの?」

ダイヤ「実際に会いに行きます!!」





    *    *    *





善子「……ねえ、なんで私、函館に居るの?」

千歌「昨日一緒に行こうって約束したじゃん!」

善子「そうだっけ……?」

千歌「そうだよ!」

善子「……言われてみればそうだった気も……」

ダイヤ「どちらにしろ、旅費はわたくし持ちなので、気になさらないでください」

善子「……まあ、そういうことなら……」


本日6月23日日曜日。わたくしたちは突貫で函館まで訪れていました。


千歌「それにしても……ホントに函館に来ちゃうなんて……」

ダイヤ「善は急げと思ったので……。それより、千歌さん、聖良さんたちに連絡は付きましたか?」

千歌「うん、大丈夫。19時半ごろに聖良さんたちのお家に行くって伝えてあるから……」

ダイヤ「ありがとうございます、千歌さん」

千歌「うんっ♪」


お礼を言いながら、頭を撫でてあげると、すごくご機嫌になる。

わたくしの彼女……可愛いですわ。


善子「……なんかいちゃいちゃしてる。……ってか、このタイミングで函館居て……明日学校行けるのかしら……?」


214 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:43:55.19 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





……さて、何故19時半に行くと連絡したかと言うと……。


 ヨハネ『会うなら日が沈んでからにしなさい。そうじゃないと、ヨハネが外に出られないから』


とのこと。

確かにわざわざ善子さんを連れて来たのに、ヨハネさんが出られないのでは来て貰った意味がほとんどない。

付いてきて貰って、実際外に出るのはヨハネさんと言うのは、善子さんには申し訳ないですが……。

日没時間は19時15分頃。なのでこの時間に設定しました。

件の時間になって──今は鹿角姉妹のご実家の甘味処の前に居ます。


ヨハネ「……あー……これ違和感バリバリ残るわよね……。あんたたち、どうにか後でフォローしておいてよ……?」

千歌「お任せを!」

ダイヤ「承知しました」

ヨハネ「それじゃ……行くわよ」


3人で店へと入っていく……──。


聖良「いらっしゃいませ──皆さん、ようこそいらっしゃいました」

理亞「ん……来たんだ、いらっしゃい」

千歌「聖良さん、理亞ちゃん、こんばんは!」

ダイヤ「スクールアイドルフェスティバル以来ですわね」


まずは友好的に──


ヨハネ「んで、どっち?」

千歌「!?」

ダイヤ「!? ヨ、ヨハネさん!!」

理亞「どっち……? 何が?」

聖良「…………どういう意味でしょうか」

ヨハネ「……反応からして姉の方ね。空間内にダダ漏れだから、まどろっこしい話は抜きでいいかなって」

理亞「は……? 善子、あんた今日は輪を掛けてキャラきついけど……」

聖良「……どうやら、私にお話があるみたいですね」

理亞「ねえさま……? 善子のいつものアレだから、気にしなくても……」

聖良「理亞、ちょっと私の部屋にお通しするから、店番お願いしていい?」

理亞「え……わ、わかった……」

千歌「その間、理亞ちゃんは私とお話しよ?」

理亞「……? まあ、いいけど……」


千歌さんがそう言って、カウンター越しの理亞さんの前に腰を降ろす。

千歌さんはヨハネさんの提案で、一先ずは会話には参加しないと言うことになっている。

もし、姉妹のどちらかが──もうほぼ確定しましたが──故意に千歌さんを吸血鬼化しているのだとしたら、密室で相対するのは危険だと言うことだったので、千歌さんは残った姉妹とのお話担当ということになっている。
215 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:46:05.52 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「ダイヤさんと……ヨハネさんとお呼びした方がいいんですかね? どうぞ、こちらへ」

ヨハネ「……ダイヤ、行くわよ」

ダイヤ「……はい」


二人で聖良さんの部屋へと進んでいく。


ダイヤ「……先ほどの口振り、ヨハネさんの正体には勘付いていますわね」

ヨハネ「向こうが格上だからね……封印状態解いてたら隠すのは無理よ」


こそこそと二人で話していると、


聖良「大丈夫ですよ、心配しなくても、何もしてこなければ、何もしませんから」


と、聖良さんが前を歩きながら、わたくしたちに向かって言葉を向けてくる。流石吸血鬼……耳が良い。


ダイヤ「…………」

ヨハネ「そりゃ、何よりね」

聖良「……ここが私の部屋です。どうぞ」


聖良さんの部屋の中に通される。


聖良「好きな場所に腰掛けてください。……まあ、ゆっくりお茶でも飲みながらする話をしにきたわけでもなさそうですけど」

ヨハネ「話が早くて助かるわ」

聖良「それで、何用ですか? あまり理亞の前でその話はしないで欲しいのですが……」

ヨハネ「……理亞は吸血鬼じゃないの? あんた、かなり血濃いでしょ?」

聖良「理亞も吸血鬼ですが……本人は知りません」

ヨハネ「……ちなみに血の濃さって聞いたら答えてくれるの?」

聖良「両親共に75%の吸血鬼ですので、私も理亞も75%ですよ。理亞は自覚がないですし、かなりきつく吸血鬼性を封印しているので、ほとんど影響はないですけど」

ダイヤ「……聖良さんは影響があるのですか? 日中はどうやって……」

聖良「函館の日差しなら、燃えた先から再生すれば間に合うので……」

ダイヤ「え」

ヨハネ「吸血鬼ジョークよ、真に受けない」

ダイヤ「…………」


なんとわかり辛いジョークなのでしょうか……。


聖良「私も基本的に、きつめの封印をしているので……」


聖良さんはそう言って、服の内側からロザリオを取り出す。
216 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:47:25.37 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「ユニット名も含めて……何重にも封印してるのね」

聖良「やたらめったら人に知られていいものでもないですからね……ただ」

ダイヤ「……ただ?」

聖良「パワー全開なら、ホントに燃えてる先から再生しても間に合いますけど」

ダイヤ「……こ、これも吸血鬼ジョークですか?」

ヨハネ「……これはたぶんマジのやつね」

ダイヤ「…………」

聖良「それで……遠路はるばる、函館まで何をしに?」

ヨハネ「単刀直入に言うと、千歌があんたの影響で吸血鬼化した」

聖良「……そうだったんですか」

ヨハネ「その口振りだと気付いてなかったわね?」

聖良「スクールアイドルフェスティバルの会場内に何人か吸血鬼の気配がしていたのは気付いてましたが……わざわざそれが誰かまで詮索するつもりもなかったので。それにしても、近くに居ただけで吸血鬼化するとは、千歌さんは随分感応性が高いんですね?」

ヨハネ「それに関しては、まさにその通りね……超希少種ってレベルだと思うわ」

ダイヤ「あの……聖良さん」

聖良「なんですか?」

ダイヤ「千歌さんを……元の人間に戻すことは出来ないでしょうか?」

聖良「無理ですね」


即答される。


ダイヤ「…………」

聖良「こちらから、何かアクションを起こしているというならまだしも……勝手に影響を受けて吸血鬼化してしまった人に、私が出来ることは、何も……」

ヨハネ「ま、それは無理よね……」

聖良「それはともかく……お二人は私に何を話しに来たんですか? 今後吸血鬼化しないように、千歌さんに近付かないで欲しいという話でしょうか」

ヨハネ「……そうね、それもありかもだけど」

聖良「けど?」

ヨハネ「……千歌とダイヤはもっと根本的な解決を望んでるわ」

聖良「ほう……」

ヨハネ「あんたの影響を受けても、吸血鬼化しない……元の人間に戻ることを望んでる」

聖良「……つまり、果し合いを申し込みに来たと……」


聖良さんの目が赤く光った気がした。


ダイヤ「……はい。聖良さん、貴方に勝って、千歌さんと一緒に人間の世界に戻りたいと思っていますわ」

聖良「……わかりました」

ダイヤ「……いいのですか?」


思いの外、あっさり了承されて、拍子抜けする。
217 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:49:08.25 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「ただ……内容が内容なので、一切手加減できませんけど……」

ヨハネ「ま……手加減されて勝ったとしても、相手を超越したことにならないしね……」

聖良「ダイヤさん」

ダイヤ「な、なんでしょうか……」

聖良「最悪、死にますよ」

ダイヤ「……!」

聖良「いえ……違いますね。……十中八九、貴方も千歌さんも死ぬことになると思います」

ダイヤ「……」

聖良「それでもいいと言うなら、お相手します」


死ぬ……。

あまりに軽々しく、その単語が出てきて、反応に窮する。


ヨハネ「……最終判断は千歌とダイヤに委ねるとして、日取りをこっちから指定していいかしら?」

聖良「どうぞ」

ヨハネ「7月3日水曜日の深夜0時で」

聖良「7月3日ですか……」


聖良さんが部屋に掛けてあるカレンダーに目を配る。


聖良「なるほど、いい日取りですね……承知しました」

ヨハネ「じゃあ、交渉は終わりね。……さっさと撤退するわよ」

ダイヤ「え、で、ですが……」

聖良「もう帰ってしまうんですか?」

ヨハネ「ええ、これからこいつらを鍛えないといけないみたいだから」

ダイヤ「え?」


ヨハネさんはわたくしを指差しながら、そう言う。


聖良「そうですか」

ヨハネ「ただ、言っておくけど……」

聖良「?」

ヨハネ「たぶん、千歌もダイヤも化けるわよ」

ダイヤ「……ヨハネさん……?」

聖良「……それは楽しみですね」

ヨハネ「帰るわよ、ダイヤ」

ダイヤ「は、はい……失礼します、聖良さん」

聖良「はい、また今度」


わたくしたちは、話を終えて、聖良さんの部屋を後にした。





    *    *    *


218 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:50:27.63 ID:ZRnZyA2Z0


理亞「──そ、ルビィ頑張ってるんだ……」

千歌「うん、それでねー……あ! ダイヤさん、ヨハネちゃん、お帰り」

ダイヤ「ええ、ただいまですわ」

理亞「話、終わったんだ」

ヨハネ「ええ、邪魔したわね」

理亞「別に……邪魔だとは思ってないけど」

ヨハネ「今日はこれでお暇するわ」

理亞「……あんたたちホントに何しに函館まできたの?」

ヨハネ「いろいろよ」


そう言って、ヨハネさんはさっさと店から出て行ってしまう。


ダイヤ「千歌さん、行きましょう」

千歌「あ、うん。……あ、えっと、これ代金ね。白玉ぜんざいおいしかったよ、ごちそうさま」

理亞「ん……次来るときは……ルビィも連れて来てよね……」

ダイヤ「ええ、そうさせて頂きますわ」





    *    *    *





──夜の函館をホテルまで歩く道すがら。


ダイヤ「あの、ヨハネさん」

ヨハネ「ん?」

ダイヤ「先ほど言っていた……鍛えるというのは……」

ヨハネ「……ああ」


ヨハネさんは、わたくしの質問に思い出したかのように声をあげる。


ヨハネ「あんたたちに、吸血鬼戦のやり方を叩き込もうと思って」

千歌「吸血鬼戦の……やり方?」

ヨハネ「……戦い方を知らなかったら、あんたたち一瞬で肉団子にされるわよ」

千歌「に……!?」

ダイヤ「教えてくれるのは有り難いですが……どうして、そこまで協力的なのですか?」

ヨハネ「ん?」

ダイヤ「その……今更言うのもなんなのですが……。ヨハネさんはわたくしたちを助けなくても、困らないのではないかと思いまして……」

ヨハネ「まあ……そうね……。気まぐれっちゃ気まぐれなんだけど……」


ヨハネさんはわたくしと千歌さんの前に歩み出てから振り返る。
219 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:51:43.20 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「……高を括ってる、高位吸血鬼をぎゃふんと言わせたいな、なんて思ってね」

ダイヤ「ぎゃふんと……ですか」

ヨハネ「本来吸血鬼って下克上とかしないのよ。お互い干渉しないし、あんまり群れないし、基本バレないように生きてるから」

千歌「そうなんだ……」

ヨハネ「だから、ホンキで取りに行くって言うモノ好きたちに力を貸して、ホントに出来るのか見てみるのも……悪くないかなって。あと……」

千歌「あと……?」

ヨハネ「あんたたちには……それだけのことを出来る可能性が、ある。……私の直感はそう言ってる、それだけ」

ダイヤ「そうですか……。ならば、その期待に応えないといけませんわね」

千歌「うん!」

ヨハネ「じゃ……ホテルに帰ったら早速特訓ね」

千歌「え、今日からやるの!?」

ヨハネ「当たり前でしょ……そんなに時間ない上に、今のあんたたちクソザコなんだから」

ダイヤ「クソザコですか……手厳しいですわね」

ヨハネ「あと……死ぬほどきついから、覚悟しておいてね」

千歌「臨むところだよ!!」


さあ、Xデーまで、あと9日……。





    *    *    *





ヨハネ「まず千歌、出来ることを増やしましょう」

千歌「出来ること?」

ヨハネ「今のままじゃ戦闘技術が少なすぎる。吸血鬼の能力は応用が利くから、いろんな技を教えるわ」

千歌「わかった!」

ヨハネ「ただ、その前に……喉渇いたから、トマトジュース買ってきてくれない?」

千歌「了解であります、コーチ!」

ヨハネ「ゆっくりでいいからねー」


千歌さんはトマトジュースを探しに、ホテルの部屋を飛び出して行った。


ダイヤ「……この近くにトマトジュースなんて売っているのでしょうか?」

ヨハネ「ま、だいぶ探さないとない気がするわね」

ダイヤ「…………何かわたくしにしか出来ない話でも?」


千歌さんを遠ざけたと言うのは、そういうことでしょう。
220 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:53:12.85 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「いや、ホント話が早くて助かるわ。……あんたがホンキで首突っ込むつもりなのか、最後の確認をしておきたくて」

ダイヤ「最後の確認……?」

ヨハネ「……わかってると思うけど、あんたも千歌と同じ吸血鬼もどきになる。もし、聖良に勝てなかったら……仮に生き残っても、千歌と一緒に吸血鬼として余生を送ることになるわ」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「訓練の時点で……吸血鬼にしか出来ない技をいくつも教えるから、千歌には強めの吸血鬼化をしてもらうし、その際に正しい眷属化のさせ方も教える。そうなったら、後戻りは出来ない」

ダイヤ「そうですか……」

ヨハネ「自分は千歌と体質が違うとかは思わない方がいいわよ。眷属化は、かなり強く結び付くことになるから、千歌の吸血鬼化が進行したら、それに釣られてダイヤも吸血鬼化することになる」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「あんたがいくら一人で、吸血鬼の世界から逃げおおせても、千歌が吸血鬼化したら、あんたも千歌に引っ張られて吸血鬼化する。そういう風になる覚悟はある?」

ダイヤ「もちろんですわ」

ヨハネ「……即答ね」

ダイヤ「わたくしは……もう逃げないと決めたのです。千歌さんと一緒に最後まで戦い抜くと、そして一緒に帰ると……約束したのですわ」

ヨハネ「…………野暮なこと聞いたわね。わかった、じゃあ手加減しないわ。……ダイヤ」

ダイヤ「なんですか?」

ヨハネ「……あんたたちは私が責任を持って強くしてあげるから……絶対やりきりなさい」

ダイヤ「ありがとうございます……よろしくお願いしますわ!」


さぁ……特訓開始ですわ──

221 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:53:40.47 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *










    *    *    *


222 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:55:43.18 ID:ZRnZyA2Z0


──7月2日火曜日。

時刻は──20時。


千歌「わ! 高いたかーい!」

ダイヤ「もう……はしゃぎすぎですわよ」


今は千歌さんと二人で函館山をロープウェイで登っているところです。


千歌「でも、これから、私たち戦うんだよ? アップしないと!」

ダイヤ「ロープウェイ内でくらい静かになさい……」


騒がしい千歌さんに嘆息しながらも、ロープウェイの窓から空を眺める。

暗闇の中に──闇に溶けるように存在する、丸い輪郭。

本日は新月です。



──────
────
──


ヨハネ「まず、戦闘を行う日は新月よ」

ダイヤ「新月ですか?」

千歌「満月じゃないの?」


吸血鬼がフルパフォーマンスを発揮出来るのは満月だと思うのですが……。


ヨハネ「確かにあんたたちが一番パワーを発揮出来るのは、満月の夜だけど……。それは向こうも同じ。加えて純度が違うから強化倍率も桁が違う」

千歌「どれくらい違うの?」

ヨハネ「あんたたちが満月で10倍パワーアップするんだとしたら、聖良は1万倍くらい強くなるわ」

ダイヤ「なるほど……それはまさに桁違いですわね」

ヨハネ「ただ、吸血鬼はとにかくピーキーな怪異よ。吸血鬼の性質が強ければ強いほど、新月による能力低下倍率も大きくなる。あんたたちのパワーが10分の1くらいになるとしたら、聖良のパワーは100分の1くらいになるわ。これがホンキで戦う聖良に対して勝機を見出せる要素の一つ」

ダイヤ「それでも、10倍しか違わないのですわね……」

千歌「せっかくなら、低下倍率もサービスして欲しい……」

ヨハネ「文句言わないの。それに強さの絶対量が違いすぎるから、これでもパワーで逆転出来るなんて思っちゃダメよ?」

千歌「はーい」

ダイヤ「承知しましたわ」


──
────
──────



千歌「それにしても……ヨハネちゃんの特訓、きつかったなぁ……」

ダイヤ「千歌さん、泣いてましたものね」

千歌「ダイヤさんも泣いてたじゃん」

ダイヤ「あれはたぶんまともな精神構造をしていたら、誰でも泣きます」

千歌「だよねぇ……」
223 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:56:59.98 ID:ZRnZyA2Z0

普段なら反論しているところかもしれませんが、もうそういうレベルではなかったので。

苦しいとか、きついとか言う次元ではなく。

その日の訓練が終わったときに、自分が泣きながら訓練を受けていたことに気付く、そういうレベルです。


千歌「ま、でも……」


千歌さんが身を寄せてくる。


千歌「ダイヤさんが一緒に居てくれるから……頑張れたよ」

ダイヤ「ええ……わたくしも同じ気持ちですわ」

千歌「うん……♪」


ロープウェイは──間もなく、山頂に到着します。





    *    *    *





千歌「わーーー!!!! 絶景ーーーーー!!!!」

ダイヤ「これは……確かに絶景ですわね」


函館山の山頂から見える夜景は観光名所としても有名ですが……。

これは本当に綺麗ですわね。

二人で並んで夜景を眺めていると──


千歌「えっへへ……」


千歌さんが寄り添ってくる。


ダイヤ「ふふ……」


その肩を抱く。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「ダイヤさんと一緒に居たら……チカ、無敵だから」

ダイヤ「ふふ、頼もしいですわね」



──────
────
──


ヨハネ「千歌、ダイヤ、あんたたち、訓練以外は基本的に二人で過ごしなさい」


沼津に戻っての特訓一日目でヨハネさんにそう言われた。
224 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:58:21.21 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「出来るだけイチャイチャしてなさい」

千歌「いちゃいちゃ……///」

ダイヤ「何故、それを命令されているのでしょうか……」

ヨハネ「……勝機があるとしたら、こっちは二人ってことよ。これは圧倒的なアドバンテージと言ってもいい」

ダイヤ「圧倒的、ですか?」

ヨハネ「何度も言ってるけど……吸血鬼はイメージで性質が決まる。だから、自身の強さを信じてくれるパートナーが居るってことは、お互いを強化出来るファクター足りうる」

千歌「なにそれ!? じゃあ、チカたち無敵じゃん!! ダイヤさんと一緒にいたら、絶対負けないもん!!」

ヨハネ「そう! その意気よ、千歌! お互いを信頼して、支え合って、鼓舞し合うことによって、どこまでもビルドアップ出来る。だから、パートナーをよく見て、知って、良いところをたくさん褒め合いなさい。そしたら、あんたたちは無敵だから!」


──
────
──────



ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん?」

ダイヤ「目、つむって」

千歌「えっへへ……このままキスしたら、歯ぶつかっちゃいそうだね」


確かに今はお互いキバが生えているから、気をつけないと……。


ダイヤ「気をつけますわ」

千歌「うん、上手にシてね……」


二人っきりの展望台で、千歌さんを抱き寄せて──


ダイヤ「……ん」

千歌「……ん」


口付けを交わした。


千歌「……えへへ」

ダイヤ「千歌さん……好きよ」

千歌「うん……私も、大好き」


函館山の夜景をバックに、二人で抱きしめ合う。

……数時間後には死線の中に居るであろうに、なんだか不思議な感じですわね。

いえ……だからこそ、でしょうか。


千歌「ヨハネちゃん……今も準備してるのかな」

ダイヤ「きっと、気を遣ってくれたのだと思いますわ……」


ヨハネさんは日が落ちてすぐに、


 ヨハネ『人払いの結界の準備するから、あんたたちはデートでもしてきなさい』


と言われ、今こうして二人っきりで過ごしている。
225 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:00:33.95 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「それにしても……ヨハネちゃん、人払いの結界なんて作れるんだね」

ダイヤ「本物の吸血鬼恐るべしですわ……実は善子さんのやってる儀式もバカに出来ないのかもしれませんわね……」

千歌「全部終わったら、ちょっと真面目に教えてもらおうかな……」

ダイヤ「ふふ……それもいいかもしれませんわね」


──ブッブ。


ダイヤ「あら?」

千歌「ん、携帯?」

ダイヤ「ええ……。……鞠莉さんからですわ」

千歌「なんて?」

ダイヤ「生徒会の仕事の報告ですわ」


前回聖良さんに宣戦布告をしたあと──沼津に帰りはしたのですが……。

日が沈んだら特訓を開始、日付変更と共にヨハネさんの指導が始まり(善子さんが就寝するので)、夜明けと共に泥のように眠り、起きたら日が沈みかけている。

そんな日々の繰り返しだったので学校に行く余裕など全くなかったため、千歌さんとわたくしは季節外れのインフルエンザと言うことで学校を休んでいます。

その間、鞠莉さんは文句一つ言わず……ずっと、わたくしの仕事を代わってくれていたようで……。

今回の一件。鞠莉さんにはずっと影で支えてもらってばかりでしたわね。

いつか、ちゃんと恩返しがしたいですわ……。


ダイヤ「千歌さんには皆さんから、連絡来ていますか?」

千歌「うん、毎日来るよ。チカが引きこもってた間も……毎日来てた」

ダイヤ「そう……」

千歌「今はちゃんと返事してるよ。来週くらいからはちゃんと登校出来るって言ってある」

ダイヤ「ふふ、では、ちゃんと帰らないといけませんわね」

千歌「もっちろん!」


──時刻はそろそろ22時が迫ってきている。


ダイヤ「……そろそろロープウェイが終わってしまいますね……下山しましょうか」

千歌「うん」


夜景を後にして、下山をする。

約束の時間は0時──刻一刻と戦いのときが迫ってくる。





    *    *    *





千歌「──……ちゅぅー……ちゅぅー……」

ダイヤ「……ん……っ……千歌さん、おいしい……?」

千歌「んー! ……ちゅ、ちゅー……っ……」

ダイヤ「ふふ…………♡」
226 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:02:11.82 ID:ZRnZyA2Z0

今は一旦ホテルに戻ってきて──最後の吸血の真っ最中。

この戦いが終わった後は……訓練のためにかなり強くなった吸血鬼化をゆっくり抜かなければいかないため、今後も何度か血を与える行為は続けることになりそうですが……。

とはいえ、吸血鬼化を維持するような頻度で行う吸血行為はきっとこれが最後でしょう。

訓練中は何度も血を飲ませていたので、さすがに刺激にも慣れてきた気がします。


ダイヤ「……千歌さん……」


ぽんぽんと背中を叩く。吸血を終わって欲しいという合図。


千歌「……んー……ちゅー…………」


ですが、千歌さん無視して血を吸い続けている。


ダイヤ「……千歌さん、吸いすぎですわ」

千歌「……ん、ぷはっ……ちぇ」

ダイヤ「ちぇ……では、ありません……。この後のこともあるのですから、少しは遠慮してください」

千歌「はーい……それじゃ、そろそろ行く?」

ダイヤ「いえ……その前に……」

千歌「?」


わたくしはホテルに備え付けてある、冷蔵庫を開いて、中からソレを取り出す。

真っ赤な液体の入った瓶。


千歌「!? そ、それは……!!」

ダイヤ「一本16,200円……最高級トマトジュースですわ」

千歌「買ったの!? え、飲んでいいの!?」

ダイヤ「ええ、戦いの前に祝杯と致しましょう。……あーあと……ヨハネさんが夕食を用意しておいたからと言っていましたわ。戦いの前に食べるようにと……えーっと……」

千歌「ごはん、ごはんっ!」

ダイヤ「これですわね……」


ヨハネさんが用意したらしい、ビニール袋の中からパックに入れられたソレを取り出す。


千歌「……ん、なにこれ?」

ダイヤ「……大量の鳥レバーと豚レバー……」

千歌「……つまみみたい」

ダイヤ「トマトジュースのつまみですか……あ、あと野菜もあると……」

千歌「あ、サラダもあるなら多少はアッサリして……」


同じようにビニール袋の中から、取り出したソレは……。
227 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:03:44.44 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……ほうれん草の缶詰ですわね」

千歌「ポパイじゃないんだから!!!」

ダイヤ「戦闘前に鉄分を補給しておけということでしょうか……。まあ、頂きましょうか」

千歌「もっとなんかオシャレなご飯がよかったなぁ……グラタンとかさ……」

ダイヤ「まあ……せっかく函館に居ますしね……」

千歌「蟹グラタン!」

ダイヤ「ふふ、いいですわね」

千歌「蟹、蟹食べたい!」

ダイヤ「全部終わったら食べに行きましょうね」

千歌「うん!」


とりあえず、千歌さんとわたくしの二人分、グラスにトマトジュースを注いで。


千歌・ダイヤ「「いただきます」」


トマトジュースを一口煽る。


千歌「ほぁ……!!」

ダイヤ「まぁ……!」


二人揃って感嘆の声が漏れる。


千歌「めちゃくちゃおいしい……!! さすが最高級!! 16,200円!!」

ダイヤ「本当においしいですわ……トマトジュース特有の癖みたいなものが全然感じられない……」


多少ドロリとはしていますが、甘味と酸味が程よい感じで混在し、何よりコクがある。味はしっかりと感じるのに、トマトジュース特有の青臭さがほとんどなく、非常に飲みやすい。


ダイヤ「これは……いくらでも飲めてしまいそうですわ」


今の自分の味覚が吸血鬼に寄っているとは言え、そういう贔屓目なしにしたとしてもこれはおいしいと言える。


千歌「はぁーーーー!!! おかわりっ!!!!」

ダイヤ「ふふ、味わって飲んでくださいね」


奮発してよかったかもしれませんわね……。

飲み物ばかりじゃなくて、レバーにも手をつけないと……そう思いレバーを口に運ぶと、


ダイヤ「……! これも随分良いレバーですわね……」

千歌「ホントに? ……あむ……。……わ、確かに……おいしい」


焼きたてではないのに、柔らかいし、レバー特有の血なまぐささが比較的抑えられている。


ダイヤ「ヨハネさん……良いモノを選んできてくれたのかもしれませんわね」

千歌「っ……! なんか、泣けてきちゃうなぁ、もぉ……」

ダイヤ「ふふ……そうね」


短い間だったとは言え、なんだかんだでここまで付き合って、わたくしたちを鍛えてくれた、いわば恩師です。

そんな恩師からの最後の餞別と言うことなのでしょう。


千歌「きっと……このほうれん草も……」
228 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:06:30.40 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんが缶詰の中にフォークを突き刺して、取り出したほうれん草を口に運ぶ。


千歌「……普通のほうれん草だ」

ダイヤ「ふふ……わたくしにもくださいな」


二人でのんびりと、最後の食事を楽しみ──食べ終わった頃には時計は23時半を指し示していた。

……わたくしたちは、最後の戦いに臨むために、身支度を整えてホテルを後にします……。





    *    *    *





──今回、戦闘を開始するのに指定した場所。

旧函館区公会堂前に向かう道すがら、


ヨハネ「ん」


ヨハネさんが街路灯に、もたれかかって待っていた。


ヨハネ「来たわね。……似合ってるじゃない、その衣装」

ダイヤ「ふふ、ありがとうございます」

千歌「うん! 自分たちでもそう思う!」


──わたくしたちは、この戦闘に備えて、衣装を用意していました。

千歌さんが着ている服は、いつぞやの堕天使スクールアイドルのときに着ていた、ゴスロリ衣装。

リボンも黒、トレードマークのヘアピンも黒を基調にハートをあしらったデザインで上半身は黒一色。

脚は真っ黒なクロス・ストラップ・シューズに、真っ白なフリルハイソックスで飾っている。

そして、あのときは衣装を着ていなかったわたくしも、ゴシック調の肩出しのプリンセス・ドレスに、黒のオペラ・グローブ。

脚には真っ白なフリルサイハイソックスと、真っ黒なストームパンプスでコーデし、おまけに頭にはゴスロリ衣装で使うブーケのようなミニハットを被っている。


ダイヤ「なんだか……本当にリトルデーモンになったみたいですわね」

千歌「うん! なんかゴスロリ衣装してると、ホント悪魔っぽいというか、吸血鬼っぽいなって!」

ヨハネ「ふふ、そう思えるのはいいことだわ。間違いなく、千歌とダイヤの吸血鬼性にプラスの方向に働くはずよ」


吸血鬼としてのイメージをより強固にするために、こうして今日のために用意したのです。

いわば、これがわたくしと千歌さんのバトルドレスということですわね。


ヨハネ「二人とも、訓練中も散々言ったけど……殺す気で戦いなさい」

千歌「……うん」

ダイヤ「わかっています」

ヨハネ「それくらい相手は強い、格上の吸血鬼。ホンキで殺すつもりで行って、やっと勝てる可能性が僅かにあるってくらいの賭けなんだからね」


ここまで、文字通り血を吐くような訓練をして来ました。

それでも尚ここまで念を押されるというのは……そういうことなのでしょう。

心して挑まなければならない。
229 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:08:16.27 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「……あと、この一帯の結界は張り終えた。結界内で壊したものとか建物は……あとで妖気で修復出来るから」

千歌「お、おお、便利……」

ダイヤ「最後まで、ありがとうございます……」

ヨハネ「ま、最悪全部終わった後に聖良にも手伝わせるつもりだし……気にせず思いっきり戦ってきなさい」


ヨハネさんはそう言っておどけたあと、


ヨハネ「……千歌、ダイヤ。教えられることは全部教えたつもりだから」

ダイヤ「はい」

千歌「……うん!」

ヨハネ「後は……勝って来なさい」


そう激励してくれる。


ヨハネ「んでもって……ちゃんと、帰って来なさい。戻ってこないと……善子が哀しむから」

千歌・ダイヤ「「はい!」」

ヨハネ「それじゃ……行ってらっしゃい」

千歌「行ってきます!」
ダイヤ「行ってきますわ」




    *    *    *




──二人でぎゅっと手を握って、踏みしめる。

一歩一歩、踏みしめて。


ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん」

ダイヤ「本当に……いろいろなことがありましたわね」

千歌「だね……濃密すぎて、ここ2ヶ月くらいで何年分くらいの経験したんだろって思うよ」

ダイヤ「ふふ、そうね……ですが、そんな長かった戦いも……これで終わりですわ」

千歌「うん。……なんかさ」

ダイヤ「はい」

千歌「終わるって思ったら、ちょっと寂しいね」

ダイヤ「ふふ……同じことを考えていましたわ」

千歌「あんなに大変だったのに、変なの」

ダイヤ「うふふ……ホントにね。……千歌さん」

千歌「なぁに?」

ダイヤ「勝ちましょう」

千歌「うん」

ダイヤ「勝って……一緒に、元の世界に──帰りましょう」

千歌「うんっ!!」
230 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:10:24.00 ID:ZRnZyA2Z0

約束の場所に着くと──


聖良「……来ましたね」


聖良さんが、公会堂の門の前に立っていた。


千歌「こんばんは」

ダイヤ「ごきげんよう」

聖良「……さて、戦う前に……何か話したいことはありますか?」

千歌「うーん、そうだな……」


千歌さんは少し悩んだあと、


千歌「……全部終わったら、また同じステージで踊りたいな」


聖良さんにそう伝える。


聖良「……そうですか、それは素敵なお誘いですね」


聖良さんは肩を竦めて笑う。


ダイヤ「……そのために手加減なんてやめてくださいね? そんなことしたら……──聖良さん、死んでしまうかもしれませんから」


わたくしは不敵に笑う。


聖良「……言うじゃないですか。ホンキで私に勝てると思ってるんですね」

ダイヤ「もちろん。勝ちに来たのですから」


もう覚悟は決まっている。わたくしも、千歌さんも。


聖良「いいでしょう……なら、お互い全ての力を出し切って──殺し合いましょう」

千歌「……行きます……!!」


──時刻は、0時。

夜空にその輪郭だけを浮かべる真っ黒な新月に見守られる中、

最後の戦いが──始まった。


231 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:13:35.52 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





聖良「……それでは」


聖良さんが、服の中からロザリオを取り出し──投げ捨てる。

それと同時に、


聖良「この姿……人に見せるのは本当に久しぶりですね」


キバが生えてくる。それと同時に──


ダイヤ「……なるほどどうして」

千歌「…………」


とてつもない妖気があふれ出してくるのが、わたくしたち紛い物の吸血鬼でもわかる。

肌がビリビリとし、その存在感に思わず屈服しそうになる。


聖良「降参しますか?」

ダイヤ「それも吸血鬼ジョークですか?」

千歌「降参なんて、しないよ!」

聖良「そうですか……残念です」


聖良さんは肩を竦める。


ダイヤ「……千歌さん、どうぞ」

千歌「うん──ガブッ」


わたくしが合図をすると、千歌さんが躊躇なく首筋に噛み付き、血を──


千歌「……ん、ぶ……っ……」

ダイヤ「……ん……」


──わたくしに“注入”してくる。



──────
────
──


ヨハネ「吸血鬼戦において、これからあんたたちに教える主な要素は5つ。まず最初に眷属化について教えるわ」

ダイヤ「血を吸うことによって、吸われた対象が眷属化するのですわよね」

ヨハネ「ええ、眷属化の程度は、吸われた血の量や吸血回数に比例するんだけど……千歌はそれだけだと、強い眷属化は出来ないわ」

千歌「強い眷属化?」

ヨハネ「とりあえず、千歌。いつもみたいにダイヤに噛み付いてみて。……ダイヤ、覚悟はいいわね」

ダイヤ「ええ、いつでもどうぞ」


髪をまとめて右肩の前に垂らして、いつものように左首筋を露出する。
232 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:15:26.97 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「じゃあ、噛むね」

ダイヤ「はい」

千歌「──あむっ」

ダイヤ「……っ……」


──キバが突き刺さってくる。


ヨハネ「それじゃ、そのまま……吸うんじゃなくて、血をダイヤに注ぎ込んでみて」

千歌「ふぉふぇ!? ふぇふぃるろ!?」

ヨハネ「よーくイメージすれば出来るわ。噛み付いた部分から、自分の血液をダイヤに押し込む感じ。……ダイヤ、最初は痛いかもしれないけど、我慢しなさい」

ダイヤ「……は、はい……」

千歌「……やっふぇみゆ……──ん、ぐ……」


普段はここから、何かが抜けていくような感覚だったのですが──


ダイヤ「……っ゛!!」


何かが無理矢理侵入してくる違和感がする。


ダイヤ「な゛に゛……っ゛……!! こ゛れ゛……っ゛……!!」


侵入してきたものが首筋から拡がっていき──どんどん身体が熱を帯びていく。

それと同時に、全身が痙攣を起こし、


ダイヤ「い゛っつ゛……っ!!!!」


痙攣を起こした部分が全身に響くような鈍痛を生じ始める。


千歌「!! らぃぁしゃ……っ!!」

ヨハネ「千歌、やめるなっ!!」

千歌「!!」

ヨハネ「半端なことしたら、眷属化の完遂に時間が掛かるわ。ダイヤはとっくに覚悟して眷属化を受けてる。あんたが躊躇するな」

千歌「……っ」

ダイヤ「千歌……さ、ん……だい、じょうぶ……だから……!!!」


わたくしとヨハネさんの言葉を聞いて、千歌さんが頷く。

それと同時に── 一気に千歌さんの方から、何かが押し込まれてくる。


ダイヤ「ぃ゛……き゛……っ!!!」

ヨハネ「全身が眷属化を受け入れて……一気に吸血鬼の特徴が現出するわ。急激な身体の変化のせいで、痛みが走る。あともうちょっとだから、頑張りなさい」

ダイヤ「は゛……い゛……っ……!!」


ヨハネさんの言う通り身体が急激に変化しているのが、わかる。

筋繊維一本一本が強靭なものに発達し、骨が頑強に重鈍になっていく。全身の神経が昂ぶって、肌が髪が、この空間に存在する空気の形を認識している。

耳には、いつもは聞こえないような微かな環境音が届き、近くに居る存在全てに違うニオイがあることが嗅ぎ分けられる。

そして──メキメキと音を立てながら、急激に犬歯が伸び始めている。
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