ダイヤ「吸血鬼の噂」

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173 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:24:01.25 ID:ZRnZyA2Z0
>>172 訂正



千歌「せんぞがえり……?」

ダイヤ「ええっとですね……先祖返りというのは……」

ヨハネ「たぶん、血液型の隔世遺伝とか例に出すと、その子の頭ショートするわよ」

ダイヤ「…………確かに」

ヨハネ「極限までわかりやすい例を出すと……人間ってもともと猿でしょ?」

千歌「あ、うん。お猿さんから進化したんだよね」

ヨハネ「今の人間には猿みたいな尻尾はないけど……極稀に、昔の姿を思い出しちゃったのか、尻尾が生えた人間が生まれてくることがあるのよ」

千歌「あ……! テレビで見たことあるかも!」

ヨハネ「それが先祖返り。わかった?」

千歌「なんか昔の姿を思い出して生まれてきちゃうってことだね! わかった!」

ダイヤ「…………」


まあ、概ねそれでいいのでしょう。たぶん。


ダイヤ「つまり、先祖返りで強い吸血鬼性を持って生まれてきたのが貴方だと?」

ヨハネ「そうよ。だけど、強い吸血鬼性を持ってると、さっきも言ったとおりヴァンパイアハンターとかに見つかってすぐ殺されちゃうの。だから、封印術を使って吸血鬼としての人格を切り離して封印することによって普段は隠してるの」

ダイヤ「…………封印術ですか」


また眉唾な話が……。


ヨハネ「方法はそんなに難しくないわ。ロザリオみたいな吸血鬼が苦手なもので、普段外に出て来れないように蓋をしちゃえばいいのよ」

千歌「あ……だから、善子ちゃんっていっつもロザリオとか持ち歩いてたの……?」

ダイヤ「いや、あれは趣味では……」

ヨハネ「ま、趣味っちゃ趣味だろうけど、刷り込みはでかいと思うわ」

ダイヤ「え……そうなのですか」

ヨハネ「中学生とかで嵌まっちゃうのはままあるけど、善子の場合は幼稚園とかのときからよくわかんないこと言ってたみたいだしね」


よくわかんない存在によくわかんないこと言っていた、なんて言われているのはある意味不憫ですわね……善子さん。


ダイヤ「……では、もしかして先ほどわたくしの家で貴方が出てきたのは……」

ヨハネ「そ、封印用のロザリオをダイヤに渡しちゃったからよ。まあ、封印が弱まるってだけで、私が自分の意思で出てこようとしなければ、出てこないことも出来るんだけど……」

千歌「じゃあ、どうしてヨハネちゃんは出てきたの……?」

ヨハネ「……あーそれね。横からつつかれてムカついたからよ」

ダイヤ「さっきも言ってましたわね……。ですが、どういう意味ですか?」

ヨハネ「せっかく落ち着いてた千歌の吸血鬼性を、また無理矢理覚醒させたアホがいるってことよ」

ダイヤ「………………せっかく落ち着いてた?」


……まるでその言い方では……。


ダイヤ「貴方、以前千歌さんが吸血鬼化していたことを知っていたのですか……?」

ヨハネ「だって、千歌を吸血鬼化させたの、善子だし」

ダイヤ「…………」


無言でヨハネさんの胸倉を掴む。

174 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:25:32.68 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「わ、わー!!? ダイヤさん、ストップ!! ストップ!!?」

ダイヤ「大丈夫ですわ、一発殴るだけなので」

千歌「だいじょばない!! 全然だいじょばないから!!」

ヨハネ「ただ、あれは事故よ。故意じゃない」

ダイヤ「事故……?」

千歌「というか……今ヨハネちゃん。吸血鬼化させたのは善子ちゃんって言ったよね……」

ダイヤ「……言い間違いではないのですか?」

ヨハネ「千歌の言う通り、吸血鬼化させたのは善子よ。私じゃない」

ダイヤ「何が起こればそんなに事故が起こるのですか……」

ヨハネ「血が混じると、起こりうる」

ダイヤ「どうすれば善子さんと千歌さんの血が混じるのですか!!!!」

ヨハネ「いろいろ方法はあるけど……SEXしたら血液感染って起こるわよ?」

ダイヤ「…………」


無言でヨハネさんの胸倉を掴む。


千歌「ダ、ダイヤさん!!! ストップ!!!」

ヨハネ「ま、冗談だけど」

ダイヤ「真面目に話しなさい」

ヨハネ「ゴールデンウイーク前、やったら激しいダンスやってたでしょ?」

ダイヤ「……えーと、確かにやっていた気がしますわね」

ヨハネ「あの曲、善子と千歌と曜にやったら激しいダンスパートがあるじゃない。練習中に、千歌と善子が思いっきりぶつかって……」

千歌「……あ!! それで二人で転んで擦りむいちゃったんだっけ……あのときはごめんね」

ヨハネ「いや、私に言われても困るけど。……そんときにたまたま傷口から血が混じった」

ダイヤ「…………」


ふと、千歌さんとしていたやり取りを思い出す。


 千歌『最近ダンスが難しくて、苦戦してた気がする……』

 ダイヤ『……ダンスが難しくて、吸血鬼化するのですか……』


ダンスが難しくて吸血鬼化している人がいましたわ……。


ダイヤ「……まあ、確かに事故と言えば事故ですが……迂闊ではないですか?」

ヨハネ「迂闊?」

ダイヤ「血によって伝染するとわかっていたなら、もっと慎重に扱うべきだったのでは……」

ヨハネ「……ま、血が混じるってこと自体が基本的にありえないから、警戒が薄かったことは認めるけどね。ただ、それだけじゃ吸血鬼性の感染なんてしないわよ」

ダイヤ「え……で、ですが実際に千歌さんは……」

ヨハネ「たぶんだけど……その子、そもそもそれなりの吸血鬼因子を持ってるのよ」

ダイヤ「!?」

千歌「え!?」

ヨハネ「私と同じ淡島の生き残りがルーツの因子だとは思うわ。ヨハネほど極端じゃないだろうけど、千歌もその因子が先祖返りで普通の人より濃く顕在してるんじゃないかしら。そうでもない限り、簡単に吸血鬼化なんてしないわよ。それで吸血鬼化してるんだったら、2世紀くらい前の病院の患者なんて全部吸血鬼になっててもおかしくないわ」
175 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:29:20.44 ID:ZRnZyA2Z0

確かに病院の衛生観念が発達したのは、ここ150年くらいだと言うのは聞いたことがあります……。

当時のお医者様は血の付いたままの服で次から次へと手術をこなしていたため、感染病が絶えず多くの犠牲者が出たと言われていますし……。

もし、ヨハネさんの言う通り、吸血鬼が思った以上に多く存在していて、簡単に吸血鬼性が感染してしまうのだとしたら、そういう時代には簡単に吸血鬼パンデミックが起こっていてもおかしくはない。

……つまり。


ダイヤ「もともと強い吸血鬼因子を持っていた千歌さんと、更に強い吸血鬼因子を持っていた善子さんの血が混じってしまって……それが原因で千歌さんは吸血鬼化してしまったということですか?」

ヨハネ「そういうことね。そこらへんの極限まで薄まった吸血鬼の血を持ってる人間じゃ、こうはならない。たまたま強い因子を持った二人だったから、こうなっちゃったってわけ」

ダイヤ「……なるほど、それはわかりました。……では、横からつつかれたと言うのはどういうことですか?」

ヨハネ「さっきも言ったけど……無理矢理千歌の吸血鬼性を覚醒させたアホがいるのよ」

ダイヤ「……千歌さん、最近善子さん以外と血が混じるようなこと、ありましたか……?」

千歌「え……ないと思うけど……」

ダイヤ「ケガの治療をしてもらったとか……」

千歌「ダイヤさん以外はないかな……」

ヨハネ「あら、オアツイじゃない」


ヨハネさんが茶々を入れてくる。


ダイヤ「…………コホン///」


思わず、わざとらしく咳払いをして誤魔化してしまう。


ヨハネ「……まあ、たぶん今回に関しては血が原因じゃないと思うけど」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「千歌は一回吸血鬼化しちゃった影響で、吸血鬼化しやすい身体になっちゃってるのよ」

千歌「……そうなの?」

ヨハネ「そうなの。……そこにとんでもなく強い影響力のある吸血鬼の血を持ったやつ……そうね、せいぜい薄くて50%くらいの吸血鬼の血を持ったのが近くに来たせいで、その妖気に引っ張られて、無理矢理、吸血鬼性が覚醒しちゃったんじゃないかしら」

ダイヤ「はい……?」

千歌「あ、あー……漆の木の近くに行くと、触ってなくてもかぶれちゃうってやつだよね。お母さんが言ってたよ。スパシーバ効果ってやつ」

ダイヤ「『スパシーバ』はロシア語で『ありがとう』と言う意味ですわ……。プラシーボ効果ね。……いや、プラシーボ効果で吸血鬼になるのですか……?」

ヨハネ「ほら、吸血鬼とか狼男とか、その辺の妖怪って満月の夜にめちゃくちゃ強くなったりするじゃない? 元々外的要因に左右されやすい怪異なのよ」

ダイヤ「そんなあやふやな……」

ヨハネ「そうよ、あやふやなのよ」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「吸血鬼って、イメージの存在なのよ」

ダイヤ「……さっきもそのようなことを言っていましたわね。厳密には実在しないとかなんとか……」

ヨハネ「そうね。その話」

ダイヤ「よく意味がわからないのですが……実際に吸血鬼が実在したから血が残っているのではないですか?」

ヨハネ「ちょっと概念的な話になっちゃうんだけど……吸血鬼って本当にいると思う?」

ダイヤ「……はい?」

千歌「ここに居るけど……」


いや……このタイミングで目の前にいるだろうなんて回答を求めて質問をする意味はない。少し考える。
176 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:34:26.29 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……この場合の居ると思うかと言うのは一般論の話ですか?」

ヨハネ「話が早いわね、そういうことよ」

ダイヤ「……なら回答としては、多くの人は知ってはいるが信じてはいないだと思いますわ」

ヨハネ「じゃあ、犬は居ると思う?」

千歌「……犬は居るよね? ……ウチにも、しいたけ居るし」

ダイヤ「……まあ、100人に聞いたら100人が居ると答えると思いますわ」

ヨハネ「それが、居るか居ないかの認識の差なのよ」

千歌「……?」

ダイヤ「……つまり、どれだけの人間が実在を信じているかの割合で、存在があやふやさが変わるということですか……?」

ヨハネ「そういうことよ。まあ、厳密には人間が、と言うよりは意識が、な気はするけど」

千歌「……どういうこと?」

ヨハネ「ちょっと千歌には難しすぎるから、幽霊的なものって考えてればいいわ。信じてる人にしか見えない的な」

千歌「ふーん……?」

ダイヤ「……人間原理的な話ですか?」

ヨハネ「厳密には全然違うけど……人間に観測されることによって存在してるって意味で言ってるなら、概ね理解の方向性は間違ってないわ」

ダイヤ「……ふむ」

ヨハネ「この世の全ては須く、認識されることによって存在出来る」


……本当に概念的な話になってきました。

言いたいことはわかるような、わからないような気はしますが……。


ダイヤ「ですが、その理屈だと……珍獣などはどうなるのですか? 知名度の低い動物は、存在があやふやになってしまうではないですか」

ヨハネ「存在自体は十分あやふやだと思うけど……でも、写真とか……それで納得しなかったとしても、動画を見せれば多くの人間は存在すると信じるだけの根拠になると思うわ」

ダイヤ「……まあ、確かに」

ヨハネ「ただ、吸血鬼はそうはいかない……」

ダイヤ「……? ……あ、なるほど……吸血鬼はレンズに映らないから、動画や写真に残せない」

ヨハネ「そゆこと、大多数の人間を納得させるだけの証拠を用意することが出来ない。だから、画一的に存在を証明する方法がない。さて、この現象を的確に言い表した言葉……ダイヤなら知ってるんじゃないかしら」

ダイヤ「……悪魔の証明」

ヨハネ「正解」


……まあ、本来は悪魔は例えなので厳密に悪魔を証明出来ないと言う意味の言葉ではないのですが。

ただ、わたくしがさっき言ったように、あやふやな存在か否かの判断基準はこの言葉に適用出来るかだと言うことでしょう。


ヨハネ「吸血鬼は存在があやふや……多くの人は存在を信じていない。だけど、多くの人が吸血鬼を知っている。あやふやな存在である吸血鬼はそんな人々の“知ってる”で形作られた存在だから、ものすごく明確でわかりやすい多くの特徴を有している」

ダイヤ「十字架や大蒜、聖水、流水、日光が苦手……」

ヨハネ「そう。多くの人が吸血鬼は“そう”だと知っているから」

ダイヤ「…………だから、千歌さんはトマトジュースが好きだったのですね」

千歌「?」


わたくしは以前、吸血鬼はやたら通俗的で、生き物と言うよりはキャラクターに近くはないかと言う疑問を抱いたことがある。

これはまさにその通りで……。


ヨハネ「世間一般に吸血鬼はトマトジュースが好きってイメージが定着してたからよ」


確かに最初から、そういう理屈の存在であるならば、わたくしが吸血鬼に対して思っていた疑問もほとんどが解決する。
177 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:37:50.61 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「んで、話を戻すけど……満月によって、強化される性質を持つ吸血鬼なわけだけど。……強い外的要因によって影響を受ける怪異だと思う? 思わない?」

ダイヤ「その聞き方は誘導な気もしますが……。影響を受けると思いますわ」

ヨハネ「それが、千歌が他の強い吸血鬼の力を受けて、吸血鬼化しちゃった理由よ。ただまあ、強いて言うなら、力が強いだけで吸血鬼化させられちゃうなら、もっと世界中吸血鬼だらけになってると思うから、たぶん千歌に強い影響力を持っている存在だとは思うわ」

ダイヤ「……理屈はわかりました。では、具体的にその吸血鬼とやらはどこの誰なのですか?」

ヨハネ「……さぁ……?」

ダイヤ「さぁ!? ここまで言っておいてわからないのですか!?」

ヨハネ「しょうがないじゃない……強い吸血鬼ってのはさっきも言ったけど、隠れるのもうまいのよ……。悔しいけど、格下からじゃ妖気そのものがあるのはわかっても、何処の誰か、出所が何処かまではわからない。せいぜい空間内に妖気の強いやつがいるというのがわかるってのが関の山よ」

ダイヤ「…………そんな」


ここに来て手詰まり……。

……と言うか、


ダイヤ「ちょっと待ってください」

ヨハネ「何?」

ダイヤ「なら、どうしてわたくしたちをここまで呼んだのですか? 解決方法を教えてくれるのではなかったのですか?」

ヨハネ「解決方法?」

ダイヤ「どうすれば、千歌さんが元の人間に戻れるのか……」

ヨハネ「ないわよ、そんな方法」

ダイヤ「な……!!」

千歌「え……」


ヨハネさんはあっけらかんとそう言う。

当たり前でしょ、とでも言いたげに。


ヨハネ「本来吸血鬼化した人間が元に戻る方法なんてないわ。時間を掛けて、血を薄めることは出来るけど……。血はずっと体内で作られ続けるしね。骨髄が吸血鬼化していなければ、血を作れば作るほど、割合的に吸血鬼度は減っていくでしょ? 逆に骨髄が吸血鬼のものなら、作られる血は吸血鬼の血だから無理だけどね」

ダイヤ「えっと……あの……それでは、ヨハネさんはわたくしたちに何を……」

ヨハネ「まあ、さすがに気の毒だから、吸血鬼化を進行させず、減衰させる手段を教えようと思って」

ダイヤ「そんなことが……可能なのですか……?」

ヨハネ「ええ。さっきもいったけど、吸血鬼はイメージ体だから、吸血鬼っぽいことをすればするほど、吸血鬼化は進行していくし、しなければ停滞して、あとは血が時間経過で勝手に薄めてくれる」

ダイヤ「吸血鬼っぽいこととは……?」

ヨハネ「能動的な吸血鬼っぽいこととしては、吸血行為ね。あれは一気に吸血鬼性を加速させるわ」

ダイヤ「……!!」

千歌「え……」


つまり、わたくしが良かれと思って、千歌さんに血を飲ませていたのは……実は彼女を吸血鬼に近付けていた、と言うことですか……?
178 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:40:12.12 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「ま、我慢出来なくなって襲っちゃったら、それこそ吸血鬼のイメージ通りだからね。我を忘れる前に、血を吸ってもらうってのは考え方としては間違ってないわ」

ダイヤ「は……はい……」

ヨハネ「まず、千歌」

千歌「え……あ……はい」

ヨハネ「増血剤を飲みなさい。血をたくさん作る薬よ。出来るだけ真っ赤で、飲んだらいかにも血がたくさん出来そうってやつの方がいいわ」

千歌「……うん」

ヨハネ「直接の吸血は……そうね多くて一週間に一回。それ以外は、指とかから出た血を貰ったり輸血パックがいいわね」

千歌「……うん」

ヨハネ「あと、入浴はちゃんとした方がいいわ。水はそもそも妖気と反発するって信じられてるから……その性質を中和するって考えられてるハーブを浮かべると、だいぶ楽になるわ。シャワーとかはタンクまるごとハーブのお湯にしないとだから、頻繁にはきついかもしれないけど……」

千歌「…………うん」


ヨハネさんが千歌さんに説明する中──わたくしは……。

全然ヨハネさんの言っていることが頭に入ってこなかった。

元に戻る方法は……ない……?

そんな……そんな、ことって……。





    *    *    *





ヨハネ「それじゃ、私が言ったとおりにするのよ? そうすれば、多少不便だなくらいの生活には落ち着くと思うから」

千歌「……うん。……ありがとう、ヨハネちゃん」

ヨハネ「別に、お礼はいい。私も善子の目の前であんたが吸血鬼化するのは都合が悪かったってのもあるし」

千歌「……? どういうこと……?」

ヨハネ「善子は、自分が吸血鬼だってことは一切知らない。ヨハネが起きている間のことは善子の記憶には一切残らない。あの子は自分が吸血鬼だなんて、考えたこともない。そのお陰で、善子は強い吸血鬼因子を持っていても、日常生活に一切不便を感じずに生きることが出来てる。日光は苦手だけど……浴びても大丈夫だし、大蒜も食べられる。流水も怖がらないし、水に不快感もない」

ダイヤ「…………そういうカラクリでしたのね」


吸血鬼はイメージの存在。吸血鬼性をヨハネさんに全て託して切り離している善子さんは、自身が吸血鬼であることを知らなければ、その性質を大きく緩和することが出来ると言うことだろう。

もちろん、それだけではなく……周りに吸血鬼の性質を熟知した人間たちのサポートによって成り立っているのだとは思いますが……。


ヨハネ「だから、善子には絶対吸血鬼のことは言わないで。……あの子に吸血鬼の存在を認識させない、それが私のレゾンデートルでもあるから。あの子が人間として生きるために、私が存在してるから」

ダイヤ「……ええ、承知しましたわ」

千歌「……うん、わかった」

ヨハネ「それじゃね、頑張りなさいよ」





    *    *    *


179 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:41:24.17 ID:ZRnZyA2Z0


──帰りの車中。


千歌「えっと……これがハーブで、こっちが増血剤……」

ダイヤ「……はい」

千歌「……あと、注射器」

ダイヤ「……はい」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」

千歌「……ダイヤさん、もうチカ元に戻れないって」

ダイヤ「…………」

千歌「でも、頑張れば普通の生活は出来るってヨハネちゃん言ってたし……頑張るね」

ダイヤ「……はい」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」


正直、ショックだった。

彼女のためを思って、吸血行為をされる対象になったつもりだったのに。

自分はずっと千歌さんを苦しめていただけだったのでは、と。


千歌「……ダイヤさん、ごめんね」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ごめん……ごめんなさい……」

ダイヤ「どうして、謝るのですか……」

千歌「……チカがダンス上手なら、よかったんだよ」

ダイヤ「……違いますわ」

千歌「善子ちゃんとぶつからなければよかった」

ダイヤ「……違います」

千歌「転んでも受身が取れればよかった」

ダイヤ「……違う」

千歌「ケガしても……すぐに起き上がれば……」

ダイヤ「……千歌さん」


抱きしめる。


千歌「…………」

ダイヤ「貴方のせいではありませんわ……」

千歌「…………」

ダイヤ「……いろいろあって……お互い疲れたと思います。今日はもう……考えるのは止めましょう?」

千歌「……うん」


これからまた……いろいろ考えなくてはいけない日々が始まるのですから……今日くらいは、もう休みたい……。
180 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:42:36.85 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「…………ダイヤさん……私、ね……」

ダイヤ「……なぁに……?」

千歌「…………うぅん……やっぱり、なんでもない……」

ダイヤ「……そう……」


千歌さんを抱きしめる。

わたくしは怒ってないし、迷惑だなんて感じないし、貴方の力になりたいと心から思っている、という気持ちを伝えるには……一番それがいいと思ったから。

彼女が何を言いかけたのか……わからないけれど……。


ダイヤ「……千歌さん」


ただ、名前を呼んで、抱きしめることにした。

──真夜中の内浦を、黒塗りの車が進んでいく。

その中で……家に到着するまで、二人で肩を落として、抱き合っていました。





    *    *    *





──十千万旅館前。


ダイヤ「……本当に今日は一人で大丈夫ですか?」

千歌「うん……。明日は学校あるし、準備しないといけないしさ」

ダイヤ「そうですか……。何かあったらすぐに連絡してくださいませね」

千歌「うん、ありがと」

ダイヤ「明日の朝は迎えに行きますわ」

千歌「うん、待ってる」


千歌さんの希望で彼女は今日はそのまま帰宅。

千歌さんを見送った後、


ダイヤ「──家まで、お願いしますわ」


わたくしも自宅へと帰還する。

──自宅に帰り、玄関で靴を脱いでいると、


ルビィ「お姉ちゃん……」


ルビィが奥から顔を出す。


ダイヤ「……ただいま、ルビィ」

ルビィ「お、おかえりなさい……」

ダイヤ「打ち上げ、途中で抜け出してごめんなさい」

ルビィ「い、いや……それはいいけど……」

ダイヤ「皆さんは……さすがにもう帰りましたか?」

ルビィ「あ、えっと……」
181 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:43:38.07 ID:ZRnZyA2Z0

しどろもどろなルビィの後ろから、


鞠莉「……ダイヤ、おかえり」


鞠莉さんが顔を出した。


ダイヤ「鞠莉さん……。……ルビィ、ちょっと鞠莉さんと話がしたいので」

ルビィ「あ……う、うん、わかった……ルビィはもう寝るね。おやすみなさい……」

ダイヤ「ええ、おやすみなさい」

鞠莉「Good night. ルビィ」


ルビィはなんとなく、この会話には加わってはいけないというのを雰囲気で察したのか、すぐに自分の部屋へと戻って行った。


鞠莉「他の皆は帰った。……と言うか帰した」

ダイヤ「……ありがとうございます」


靴を靴棚にしまって、鞠莉さんを連れ立って自室へと戻る。


鞠莉「……千歌は?」

ダイヤ「だいぶ落ち着きましたわ」

鞠莉「……そ。…………」


鞠莉さんは軽く相槌を打ったあとに、少し悩む素振りを見せましたが、


鞠莉「……ねえ、ダイヤ。これ、もしかしてゴールデンウイークのときの続きなの……?」


意を決したかのように、踏み込んでくる。


ダイヤ「……ご想像にお任せしますわ」

鞠莉「ねぇ、ダイヤ……話して……お願い」

ダイヤ「…………千歌さん、少し疲れてナイーブになってるだけですわ。ここしばらくずっと忙しかったですから」

鞠莉「ダイヤ……」


状況が前と同じなら、もしかしたら鞠莉さんには話していたかもしれない。

だけれど──


 ヨハネ『せっかく落ち着いてた千歌の吸血鬼性を、また無理矢理覚醒させたアホがいるってことよ』


今回は身近にヨハネさん以外の吸血鬼がいることがわかっている。

それが……誰だかわからない。

そうなると……前以上に迂闊にこの話を人にするわけにはいかない。
182 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:45:14.29 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「…………わかった。話せないなら、聞かない」

ダイヤ「……すみません」

鞠莉「……帰るね」

ダイヤ「送りますわ」

鞠莉「いい。迎え呼ぶから。それより、ダイヤ」

ダイヤ「なんですか……?」

鞠莉「ちゃんと休みなヨ? ……酷い顔してるよ」

ダイヤ「……ご忠告、痛み入りますわ」


このとき、自分がどんな顔をしていたのか。

鏡を見なくても……なんとなく、わかっていました。

……これから訪れる日々に対しての、不安に染まった……疲れた顔をしていたんだと思います。





    *    *    *





布団で横になったけれど、全く寝付けなかった。

あまりにいろんな情報が一気に入ってきて、頭がパンクしそうでした。

そして、何よりも……。


ダイヤ「吸血鬼が他にもいる……」


その事実がずっと頭の中を回り続けていました。

吸血鬼……誰なのかしら。

候補から外せる人間は、当事者の千歌さん、他の吸血鬼の存在を知らせてくれた善子さん……そして、ヨハネさん。

わたくしも自分が吸血鬼の家系だなんて聞いたことはない。なら同時にルビィも候補から外れる。

とは言っても……。


ダイヤ「残り……5人……」


この中に吸血鬼がいるのだとして……もし、それを黙ったまま、千歌さんを再び吸血鬼化させた者が居るとするなら……。

わたくしも、千歌さんも……どうやって、仲間たちを信用すれば良いのかがわからない。


ダイヤ「果南さん……」


少し常人離れしたアスリート気質の彼女。あの体力や筋力、運動能力の源泉が吸血鬼の力だったとしたら……?


ダイヤ「鞠莉さん……」


鞠莉さんも、もし最初から千歌さんが吸血鬼化してしまったことを知った上で、わたくしたちに協力してくれていたんだとしたら……?

事情も聞かず、ありとあらゆることを手際よく斡旋してくれたのは、事情を知っていたからなのでは……?

そんなことを思い浮かべてから、


ダイヤ「わ、わたくし……何を考えているの……?」
183 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:45:55.57 ID:ZRnZyA2Z0

かぶりを振る。

鞠莉さんが吸血鬼なら、千歌さんの吸血鬼化を解くのを手伝う理由なんてないじゃない。


ダイヤ「……もし、もっと他の目的があるんだとしたら……」


そもそも、淡島は吸血鬼と密接な土地だったと、今日知ってしまった。

そうなると、あの島に住んでいる鞠莉さん、果南さんは否が応でも怪しく思えてしまう。

……でも、淡島がルーツの吸血鬼の血は、千歌さんや善子さんのように本島にも存在している。

なら……他の人たちだって、嫌疑の対象ではないでしょうか。


ダイヤ「曜さん……」


千歌さんと距離が近い彼女は……千歌さんに及ぼす影響も大きいのではないでしょうか。

吸血鬼がイメージの存在だと言うならば……千歌さんへの影響力が大きい曜さんも怪しい。


ダイヤ「影響力と言う意味なら……梨子さんも」


梨子さんは家が隣で物理的な距離が千歌さんと最も近い。

それに東京生まれ東京育ちの梨子さんのルーツについては、全く見当もつかない。

彼女こそ、強い吸血鬼の血を受け継いだ子だったと言われたら……それはそれで、納得してしまいそうだ。


ダイヤ「じゃあ、花丸さんは……?」


花丸さんは他の4人に比べると、少しイメージは和らぐ……。和らぐが……。

彼女は吸血鬼に詳しすぎる気がする……。博識で知識に貪欲な人だと言えば、それまでなのかもしれませんが……。


ダイヤ「ダメ……わかるはずない……」


一度怪しいと考え始めたら、全てが怪しく思えてくる。

こんな状態で誰が吸血鬼かなんて特定出来るはずがない。

……そもそも、特定してどうするの?

特定出来たら、その吸血鬼はわたくしたちにどういうアクションを起こすのでしょうか。

わからない……。わからないことが多すぎる……。

延々といろんな考えが頭の中をぐるぐると回り続ける……。

──……結局、わたくしはその夜、一睡することも出来なかった。





    *    *    *





──翌朝。本日は6月3日月曜日。

徹夜明けでガンガンする頭のまま、千歌さんの家に足を運ぶ。

十千万旅館の暖簾をくぐると、


千歌「あ、ダイヤさんおはよ」


千歌さんが玄関に腰掛けて待っていた。
184 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:47:01.13 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「えっと……」


わたくしは彼女の様相を見て、少し困惑した。


千歌「えっと……どうかな」

ダイヤ「どう……って……」


千歌さんは……冬服を身に纏っていた。

もう、衣替えも終わったと言うのに。


千歌「えっと……長袖の方がいいかなって、思って」

ダイヤ「……あ、ああ……なるほど」


出来るだけ太陽の光を浴びないようにとのことらしい。


千歌「学校、いこっか」

ダイヤ「え、ええ……」


わたくしは必要になると思って、自宅から持ってきた日傘を手渡す。


ダイヤ「使ってくださいませ……」

千歌「わ、ありがとっ! ……日傘も自分用の買わなくちゃなぁ」

ダイヤ「……え?」

千歌「だって、いつまでも、ダイヤさんの借りてるわけにもいかないじゃん。今度見に行かないと……」

ダイヤ「……そ、そう……ですわね」





    *    *    *





二人で浦女行きのバスを待つ。


ダイヤ「……調子は……どうですか……?」

千歌「ん……前のときの最初の頃みたいな感じ。朝になると歯は元に戻るし、鏡にも映るよ。日差しはきついけど、燃えたりはしないかな。……って、燃えてたら今バス乗ってるどころじゃないよね、あはは」


笑えない。


千歌「大蒜と十字架は無理だけど……水はね、ヨハネちゃんに貰ったハーブがあれば触っても全然平気だし、飲み水にも出来るみたい! ただ、基本はお風呂に使うやつだから……あんまりたくさん飲み水に使っちゃうとなくなっちゃうかも」

ダイヤ「……トマトジュース……また買わないといけませんわね」

千歌「そうだねぇ……いっそコレを機にトマトジュースソムリエでも目指してみようかなぁ……利きトマトジュースとか出来たら、なんか特技になりそうだし!」

ダイヤ「ふふ……なんですか……それ……」


なんでしょう、この会話は……。

千歌さんの明るい口調なのに、何故か胸が苦しくなっていく。
185 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:48:49.92 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……今後のこと……どう、しますか」

千歌「ん……?」

ダイヤ「血を吸う頻度とか……」

千歌「あ、うん……一週間に一回が限度って、ヨハネちゃんも言ってたから……土曜か日曜の夜に……いいかな」

ダイヤ「ええ……わかりましたわ」

千歌「あれね、増血剤って思ったより効果ある気がするんだっ。今飲んでるのはヨハネちゃんにわけてもらったやつだから……これもお休みの日に買いに行かないとだけど」

ダイヤ「……血が欲しくなったら……いつでも、言ってくださいね……」

千歌「あ……うん。吸血以外で貰うとき……あるかもしれないから、そのときは、お願いするかも」

ダイヤ「ええ……それで、他のことは……」

千歌「他?」

ダイヤ「どうやって……元に戻るか」

千歌「……それはもう、いいかなって」

ダイヤ「え……?」


わたくしは驚いて、目を見開いてしまう。


千歌「だって……もともと、なりやすかったんでしょ。ならしょうがないかなって」

ダイヤ「しょうが、ない……って、そんな……!!」

千歌「いやでも、改善してくようにはするよ? 不便なのはイヤだもん」

ダイヤ「そういう話、では……」

千歌「そういう話だよ。考えようによっては、なんかちょっと困った体質みたいなものでしょ?」

ダイヤ「そう……でしょうか……」

千歌「そうだよ。それにちゃんと対策すれば、ちょっと不便に感じる程度までは改善出来るってヨハネちゃんも言ってたし!」

ダイヤ「…………」

千歌「あ、そういえばね、日焼けクリームもちょっといろいろ見ておいた方がいいかなって……絶対効果ありそうだもん!」

ダイヤ「…………」

千歌「それとね──」


もう、聞きたくなかった。

脳がこれ以上聞くことを拒否していた。

千歌さんが……自分が吸血鬼であることを、受け入れようとしていることを──わたくしは上手く受け入れられなかった。

学校に着くまでの間、ずっと千歌さんは喋り続けていましたが……果たして彼女が何を喋っていたのか、わたくしは全く理解が出来なかった。





    *    *    *





お昼休み。

気付いたら千歌さんの教室に足を運んでいた。

キョロキョロと教室を見渡す。
186 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:49:40.79 ID:ZRnZyA2Z0

梨子「あれ? ダイヤさん」

ダイヤ「梨子さん……千歌さんは?」

梨子「あ、えっと……なんかお昼休みと同時にどっか行っちゃって……。それより昨日、大丈夫でしたか?」

ダイヤ「昨日……ええ、千歌さん……少し疲れていただけみたいなので」

梨子「そうなんですか……」

ダイヤ「それはともかく……千歌さん、探してみますわ、ありがとうございます」





    *    *    *





──なんとなく千歌さんの行き先には見当がついていた。

そして、見当通りの場所で──


千歌「…………くぅ……くー……」

ダイヤ「…………」


千歌さんは昼寝をしていた。

ここは保健室。わたくしが千歌さんが吸血鬼になってしまったことを初めて知った場所。


ダイヤ「…………」


ベッドに腰掛けて、彼女の頭を優しく撫でる。


千歌「…………ん」


彼女は眠りながら、時折苦しそうな表情をする。


千歌「…………ぁ、っぃ……ょぉ……」

ダイヤ「…………」


寝言から……きっと悪夢を見ているんだとわかるけれど、

起こしちゃいけない気もする……。

千歌さんは……絶対に今朝はほとんど寝ていないはずだ。

……いや、吸血鬼化が続くのなら、眠れないのはこれからもだ。

だから……休み時間の間はせめて、寝かせてあげないと……。


千歌「…………ぁ……っ……ぃ…………ぁ……っぃ…………」





    *    *    *





果南「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー……。ストップ」


果南さんが手を止める。
187 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:50:25.17 ID:ZRnZyA2Z0

果南「ダイヤ、大丈夫……? へろへろだけど……」

ダイヤ「え……? ……ああ……まあ、はい」

果南「……全然大丈夫じゃなさそうだけど……」

ダイヤ「…………」


大丈夫なわけがないでしょう。

思わずそんな言葉が口から飛び出しそうになり、口を噤む。

頭がガンガンする。

寝不足のせいで、思考がまとまらない、気持ち悪い。

一度そう思ったら、もうダメだった。


ダイヤ「……ぅ……」


思わず口元を押さえて蹲る。


千歌「ダイヤさん!?」


千歌さんが、いの一番に駆け寄ってくる。


ダイヤ「……千歌……さん……」

千歌「大丈夫……? 気分悪い……?」


なんで、わたくしは千歌さんに心配されているのでしょうか。

立場が逆ではないですか……。


千歌「……ちょっと、ダイヤさん保健室に連れてくね」

ダイヤ「………………」


もう何かを言う気力もなかった。

考えたくなかった。





    *    *    *





保健室のベッドに横になって。


千歌「ダイヤさん……何か欲しいものある?」


千歌さんがわたくしを見下ろしている。


ダイヤ「…………」

千歌「……眠い? 目の下、隈酷いよ……?」

ダイヤ「…………」


ああ、そうだ……眠いのですわ。

軽く目を瞑る……。


ダイヤ「…………」
188 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:51:16.43 ID:ZRnZyA2Z0

だけれど、眠れる気がしなかった。

頭の奥がずっとチリチリとしているような感覚がする。

眠くて、頭がガンガンしているのに、何故か眠れる気がしない。


千歌「…………ごめん、チカのせいだよね」

ダイヤ「…………違います」

千歌「……あのね、もう心配しなくて……大丈夫だから」

ダイヤ「……なにが……?」

千歌「……ちゃんと受け入れる覚悟……したから」

ダイヤ「…………」

千歌「……これからもいっぱいダイヤさんに迷惑掛けちゃうかもしれないけど……ちゃんと頑張って生きてくから……」

ダイヤ「……千歌さん、迷惑なんかじゃ……ない、ですわ……」

千歌「……うん、ありがとう……」

ダイヤ「……千歌さんは……もう決めたのですわね。吸血鬼として……生きていくことを……」

千歌「……うん」


あっさりと肯定されて。

もう悲しいとか、虚しいとか、やるせないとか、そういう気持ちにもなれなかった。

頭が回ってないのも原因かもしれない。

彼女が、自分で決めたのなら……わたくしも、覚悟を決めないと、いけないのかもしれません。


ダイヤ「ちか……さん……」

千歌「……なぁに?」

ダイヤ「……ずっと……そばに……」

千歌「……っ……。……うん……っ」

ダイヤ「…………すぅ……すぅ……」

千歌「……おやすみなさい、ダイヤさん──」





    *    *    *


189 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:52:16.92 ID:ZRnZyA2Z0


──6月4日火曜日。


千歌「えへへ、見て見て」

ダイヤ「まあ、ストッキングですか?」

千歌「うん! 脚が露出なくていいかなって思って履いてみたんだけど……思った以上に履き心地よくって!」

ダイヤ「とても似合っていますわ」

千歌「ホント? えへへ……これからはストッキング女子になるのだ!」





    *    *    *





──6月5日水曜日。


千歌「ダイヤさん、学校って帽子被って行っても平気?」

ダイヤ「登下校の間なら問題ありませんわ。あまり派手なのは、困りますが……」

千歌「えっと、これ……なんだけど……」

ダイヤ「可愛らしいつば広帽ですわね」

千歌「これ……被って行っていい?」

ダイヤ「ええ、いいですわよ」

千歌「やった! えへへ」





    *    *    *





──6月6日木曜日。


ダイヤ「手袋ですか……?」

千歌「うん。ちょっと日差し気になっちゃって……白手袋ならおしゃれかなって」

ダイヤ「……いいと思いますわ」

千歌「ホントに?」

ダイヤ「ええ……きっと似合いますわ」

千歌「えへへ……」





    *    *    *


190 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:54:18.30 ID:ZRnZyA2Z0


果南「ねぇ……最近千歌、変じゃない……?」

曜「もう熱くなってきたのに……ずっと冬服着てるよね……」

梨子「急にストッキングになったし……いっつも帽子被ってるし……。なんか手袋してるし」

善子「そういえば、昨日いいアームカバー知らないかって聞かれたわね。なんか、日焼け対策に目覚めたらしいわよ」

花丸「え、千歌ちゃんが……? 珍しいこともあるずらね……」

ダイヤ「…………」





    *    *    *





曜「はぁ……」

果南「どしたの、曜?」

曜「私……千歌ちゃんになんかしちゃったかな」

果南「なんかあったの?」

曜「千歌ちゃん……最近声掛けても、一人で行動したがるというか……」

梨子「……たぶん曜ちゃんだけじゃないよ。教室移動のとき声掛けても、気付いたら一人で先に行っちゃってたりするし……」

曜「私たち避けられてる……?」

果南「考えすぎじゃない……? ……あ、でも言われてみれば最近回覧板も持ってきてくれないなぁ……」

ダイヤ「…………」





    ♣    ♣    ♣





千歌「…………」


千歌「なんで部室、ガラス張りなんだろ」


千歌「…………今日はちゃんと映ってる……」


千歌「あ、はは……考えすぎかな……」


千歌「あ、はは……」


千歌「…………ぐす……っ……」


千歌「…………なんで、チカだけこんな目にあうの……?」


千歌「………………もう、やだ…………やだよ……っ……」


千歌「…………誰か…………っ…………助けて…………っ……」




    *    *    *


191 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:57:48.37 ID:ZRnZyA2Z0


千歌さんは徐々に口数が減っていき、一週間もしないうちに、誰とも話さなくなっていった。

梨子さんや曜さん曰く、授業中はずっと寝ているらしい。

昼休みは、すぐに教室から居なくなって……保健室で寝ているようです。

放課後の練習も、次第に無断で休むことが増えていった。

メンバーはしきりに心配して声を掛けているけれど、千歌さんは『なんでもない』の一点張り。

わたくしが話しかけても、ぼんやりと相槌を打つばかりで。

……土曜の夜に、血だけ飲ませに彼女の家に行くが。

吸血を終えると、


千歌「ありがと……おやすみなさい」


その言葉を残して、千歌さんとの時間は終わる。

そして……6月18日火曜日──

それ以降、ついに千歌さんは学校にすら来なくなった。





    *    *    *





──6月20日木曜日。

十千万旅館、千歌さんの部屋の前。


ダイヤ「千歌さん……起きてる?」


返事はない。


ダイヤ「……家の人にあげてもらいました。……入りますわね」


戸を開けて、部屋に入る。

彼女の部屋の中はどこから持ってきたのか、衝立のようなものがあちこちに置かれていて、部屋の中は日中だと言うのに、薄暗い。

そして、そんな部屋の中の隅っこ。ベッドの上で、千歌さんは毛布に包まって、縮こまっていた。


千歌「……何……?」

ダイヤ「……学校、来ませんか?」

千歌「……行きたくない」

ダイヤ「……そうですか」

千歌「……ダイヤさんこそ、サボり?」

ダイヤ「……ええ、そうですわね」

千歌「……生徒会長なのに」

ダイヤ「……そうですわね」


千歌さんが居る方に歩を進めようとして──


千歌「来ないで」


制止される。
192 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:00:21.64 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「…………」

千歌「…………」

ダイヤ「……血、足りていますか……?」

千歌「…………」

ダイヤ「土曜にあげて以来ですわよね……」

千歌「……吸血鬼って思ったより頭悪いみたいでさ」

ダイヤ「…………?」

千歌「……一度餓えると、おもちゃの手錠も外せなくなるんだよ。鍵の使い方わかんないみたい」

ダイヤ「…………そう」

千歌「…………」

ダイヤ「…………もう、外に出ないつもりですか……?」

千歌「…………外は人間が生きる世界だよ」

ダイヤ「……っ! 貴方は人間ですわ!!」

千歌「違うよ。私は吸血鬼、化け物だよ」

ダイヤ「……っ」

千歌「日光が怖い。水にも触れない。鏡にも映らない。人を襲う。化け物」

ダイヤ「違いますわ!!! 貴方は人間ですわ!!!!」


思わず、千歌さんの元に駆け寄る。

駆け寄って、手を握る。


ダイヤ「貴方は……人間ですわ……」

千歌「……ダイヤさん……もう、いいよ」

ダイヤ「よくないですわ……!!!」

千歌「……バチが当たったんだよ」

ダイヤ「バチ……?」

千歌「私ね、せっかく一度人間に戻れたのに……ずーっと思ってたんだ」

ダイヤ「……?」

千歌「また、吸血鬼に戻れないかなって」

ダイヤ「…………」

千歌「そしたら……また、ダイヤさんが私のそばに居てくれる……ぎゅってしてくれる。……私の大好きな、大好きな、ダイヤさんが私のことだけ考えてくれる、私だけ見てくれる、私のこと守ってくれる、私に優しい言葉を掛けてくれる、私は……」


千歌さんは悲しげに言う。


千歌「──……醜いね」

ダイヤ「そんなことありませんわ……」

千歌「あるよ……迷惑掛けたくないとか言ってた癖に……ホントはダイヤさんを縛り付けたかっただけなんだって」

ダイヤ「……千歌さん……貴方がそう言うのなら、わたくしも貴方に謝らないといけません」

千歌「……なに?」

ダイヤ「……わたくしも、貴方が吸血鬼でなくなってしまったとき……すごく、寂しかった。貴方の傍に居る口実がなくなってしまうのが、悲しかった。……貴方を抱きしめる理由も、手を握る理由も、すぐ傍でいろんなことをお話する理由もなくなってしまうと……ずっと思っていた」

千歌「…………」

ダイヤ「わたくしたちは……一緒ですわ、同じ気持ちですわ、千歌さん」


千歌さんを抱きしめる。
193 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:03:17.97 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さん……大好きですわ……心から……貴女のことが大好きですわ」

千歌「…………」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「……く、くく……あはは……」


急に、千歌さんは笑い出す。


ダイヤ「千歌……さん…………?」

千歌「……吸血鬼って怖いね、自分の思い通りだね」

ダイヤ「え……な、なに、言って……」

千歌「ダイヤさんが私のこと好きなの……チャームのせいでしょ」

ダイヤ「!!!!? そ、そんなこと……!!?」

千歌「ないって言い切れる?」

ダイヤ「それ……は……」

千歌「……私自身にも……制御が出来ない、魅惑の能力に掛かってたんじゃないって……言い切れる?」

ダイヤ「…………」


力強く抱きしめたはずだった腕から力が抜けていく。

自然と腕が下がる。


ダイヤ「この気持ちが……嘘……?」


思わず、自分の両手を見つめる。

今まで何度も彼女を、自分の意思で抱きしめ、繋いだはずの手が──震えていた。


千歌「……ごめんね。チカがダイヤさんの心も壊したんだ」

ダイヤ「…………嘘」

千歌「自分に都合の良いように捻じ曲げて、自分のことを好きになるように仕向けて」

ダイヤ「……嘘」

千歌「……洗脳した」

ダイヤ「嘘よっ!!!」


掻き消すように、声をあげた。


ダイヤ「千歌さん!!! 好き!!! わたくしは貴女が好きです!!! 大好きですわ!!!!」

千歌「……ごめん、そんなこと言わせて……」

ダイヤ「……っ……ち、がう……わたくし……は……」

千歌「……人を惑わす……化け物なんだ、私」

ダイヤ「…………っ」

千歌「……だから、もう私に構わないで……ダイヤさんは……元の世界に、人間の世界に……帰って……ね?」

ダイヤ「…………」


何か言わないと、と思うのに、声が出ない。


千歌「……ありがと、ダイヤさん……。ここまで、チカを支えてくれて──ありがと……っ……。……ばいばい──」


194 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:05:00.23 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





──あのあと、気付いたら自宅の自分の部屋に居た。

どうやって家に帰ったのか、記憶がない。

それくらい、ショックだった。

やっと千歌さんに気持ちを伝えたのに、大切な気持ちを、大好きな人に伝えられたのに。


ダイヤ「嘘……だった……」


──全部、嘘だった。


ダイヤ「……滑稽……ですわね……」


自分が大切にしていた気持ちは……作り物だった。紛い物だった。


ダイヤ「……っ……ぅ……っ……、……わた、くし……っ……」


涙が溢れてきた。

きっとこれが生まれて初めて流す、失恋の涙というものなんだと思う、だのに──

この涙も……紛い物だ。


ダイヤ「…………ぅ、ぐ……うぅ……っ……。……ぁ、ぁぁ……っ……」


……それが紛い物だとわかった今でも──悲しさが自分の中で渦巻いて、どうにも出来なかった。

なら……もう、涙と共に……全部流してしまおう。


ダイヤ「ぅ、ぁあぁぁ……っ……!! ぁぁぁ、ぁあぁ……っ……」


声をあげて泣くなんて、いつ以来だろう。

激情に反して、何故か頭の隅っこでは、そんな自分を俯瞰したような思考が浮かんできた。

自分でも驚いてしまうくらい久しぶりに……心の底から悲しくて泣いていた。

……今、泣いて……忘れてしまおう。

泣いて、忘れて……終わりに、しましょう……。





    *    *    *


195 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:06:07.73 ID:ZRnZyA2Z0


──6月21日金曜日。

心が空っぽだった。

抜け殻のようになるというのはこういうことなのかもしれない。

授業を受けていても、全てが頭を素通りしていく。

途中果南さんと鞠莉さんが話しかけてきた気もするけれど、内容はよく覚えていない。

空っぽの頭の中で、時折考えるのは、


 『ダイヤさん』 『ダイヤさん!』 『ダイヤさん……』 『ダイヤさん!?』 『ダイヤさん……っ』


千歌さんのこと、だけ。

頭の中で、記憶の彼女が……わたくしの名前を呼んでくれる。

……気付けば、放課後だった。


ダイヤ「練習……生徒会……」


……やらなければいけないことがあるのに。

……どうでもよかった。

千歌さんが居ないなら……もう、どうでもいい。

わたくしはカバンを持って下校した。

生まれて初めて、生徒会を無断でサボった。





    *    *    *





家に帰っても、何もやる気は起きなかった。

ただ、ぼんやり、何をするでもなく座っている。

手持ち無沙汰で……何気なくポケットに手を入れると、

硬いものが手に当たる。


ダイヤ「……?」


手に取ってみると、


ダイヤ「……ロザ、リオ……」


打ち上げのとき、善子さんから預かった、ロザリオだった。返し忘れていた。


ダイヤ「……や、やだ……っ……」


千歌さんと過ごした時間を思い出して、また、勝手に涙が溢れてくる。


ダイヤ「き、気分転換をしましょう!!」


自分に言い聞かせるように立ち上がる。

こういうときは──


ダイヤ「そうですわ!! 好きなものを見て、ストレスを発散して──」
196 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:07:16.17 ID:ZRnZyA2Z0

棚を見て、手に取ったのは──


ダイヤ「……っ!」


いつの日か、千歌さんと一緒に見た。スクールアイドルフェスティバルのDVD。


ダイヤ「……また、一緒に……見たかったですわね」


思わず呟いて、


ダイヤ「! ……い、いけませんわっ!!」


ぶんぶんと頭を振る。

少し顔を洗った方がいいかもしれない。

──洗面所に行った。

千歌さんと一緒に覗き込んだ鏡があった。

──厨房に行った。

千歌さんが飲んでいた、トマトジュースのダンボールが置いてあった。中を見ると、最後の一本だけ残っていた。

飲んだ。

トマトジュースの味がした。

──千歌さんとの思い出がない場所に行きたかった。

縁側に行った。

琴があった。

いつか千歌さんに聴いて欲しかったなと、想った。

──家から飛び出した。

千歌さんと歩いた道があった。

千歌さんと見た海があった。

千歌さんが生きてきた──町があった。

──わたくしの心の中に、千歌さんが居ない場所なんて……もう──


ダイヤ「──どこにもあるはず……ないじゃない……っ」


それくらい、寄り添った。抱き合った。手を繋いだ。言葉を交わした。心を寄せた。

なのに、なのに……これは嘘で、紛い物で……。


ダイヤ「わたくし……っ……わたくしは……っ……」


もう、どうすればいいのか、わからなかった。

自分の気持ちがわからなかった。





    *    *    *





ダイヤ「…………」
197 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:08:45.60 ID:ZRnZyA2Z0
近くの砂浜でぼんやりと海を見つめていた。

波の音だけ聞いて、出来るだけ考えないように。

──ザザーン、ザザーンと言う音だけ聞いて……。


 「……はぁ、はぁ……こんなところに居た……」


背後から声がした。


ダイヤ「…………」

善子「はぁ……はぁ……ダイヤ…………」


善子さんだった。


善子「皆、探してるわよ……?」

ダイヤ「……どうして?」

善子「どうしてって……千歌に続いて、ダイヤもいなくなったからに決まってんでしょ!」

ダイヤ「……そう、ですか……」

善子「普段……無断で練習休んだりしないのに……連絡入れても全然反応ないし……何かあったんじゃないかって……」

ダイヤ「……そう」

善子「……何かあったの?」

ダイヤ「……そう、ですわね……」

善子「…………そう」


善子さんは、わたくしの隣に腰を降ろす。


ダイヤ「…………善子さん」

善子「ん?」

ダイヤ「自分が信じられなくなることって……ありますか……?」

善子「……この堕天使ヨハネが自分を信じられなくなるなんてこと、ありえないわ」

ダイヤ「……そうですか」

善子「…………。……あるわよ、いっぱい」

ダイヤ「…………」

善子「自分の気持ちなんて、わかんないことだらけよ。きっと皆そうよ」

ダイヤ「………………」

善子「……それが今のダイヤが悩んでることなの?」

ダイヤ「……自分が、大切にしていたはずの気持ちが……偽物だとわかったら……どうすればいいのでしょうか」

善子「偽物……?」

ダイヤ「大切だと……想っていたのに……それが、紛い物だったら……どうすればいいのでしょうか」

善子「……よくわかんないけど」

ダイヤ「…………」

善子「自分の気持ちに偽物も本物もないんじゃない?」

ダイヤ「……え?」

善子「だって、それを想ってるのは自分なんでしょ?」

ダイヤ「…………」

善子「何を基準に偽物とか本物とか言ってるのかはわかんないけど……。そう想ってる自分が居るなら、それ以上のことってないんじゃない?」

ダイヤ「…………そう想ってる自分」
198 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:10:09.98 ID:ZRnZyA2Z0

善子さんの言葉を聞きながら、ぼんやりと海の先を眺める。

太陽が沈もうとしていた。


善子「……はー、生徒会長様はなんか難しいことで悩むのね……大変そうだわ」


善子さんは呆れたような口振りで、砂浜に勢いよく寝そべる。


ダイヤ「…………」


日が沈んだ。


善子「…………」

ダイヤ「善子さん……わたくしは……」

善子「…………」

ダイヤ「……? 善子さん……?」

ヨハネ「……ロザリオ、返しなさい」

ダイヤ「え?」

ヨハネ「……封印が弱まって困ってるのよ」

ダイヤ「……ヨハネさん……?」

ヨハネ「……この前ぶりね。調子悪そうじゃない」

ダイヤ「……お陰様で……」

ヨハネ「……さっさと元気になってくれないかしら」

ダイヤ「どの口が言うのですか……」

ヨハネ「吸血鬼周りの問題で凹まれると、善子に波及する可能性があるでしょ。困るのよ」

ダイヤ「……そんなこと、言われましても」

ヨハネ「……んで、何さっきの青臭い若者みたいな悩みは」

ダイヤ「……なんで聞いているのですか。普段は寝てるのでしょう?」

ヨハネ「ロザリオ返してもらわないとだから、善子の中から聞いてたのよ。んで? さっきのは何よ」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「自分の気持ちが紛い物だったとか、何言ってんだかって感じ。自分の気持ちにくらい自分で責任持ちなさいよ。これだから、人間ってめんどくさい」

ダイヤ「……貴方たちはいいですわね。気持ちを作れる側で」

ヨハネ「気持ちを作れる……? 何の話?」

ダイヤ「チャームで……人の心を操れるではないですか」

ヨハネ「……は」

ダイヤ「……元からそうなら……悩まないのかしら」

ヨハネ「……く、く」

ダイヤ「……?」

ヨハネ「……く、ぷぷぷ……! もしかして、あんたが悩んでるのってそんなこと?」

ダイヤ「……そ、そんなことですって!? わたくしは真剣に!!!」

ヨハネ「あんた、チャームのこと……根本的に勘違いしてるわよ」

ダイヤ「……え?」





    *    *    *

199 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:11:21.66 ID:ZRnZyA2Z0



──十千万旅館。

千歌さんの部屋の前。


ダイヤ「千歌さん!!! 入ります!!!」


戸を開けて、衝立を押しのけて、中に入る。


千歌「!? な、なんでまた来たの……!!」


千歌さんは手錠をして、それをベッドの脚に括りつけて、床に蹲っていた。

たぶん、夜になったから、吸血欲求への対抗策としてだろう。

だけれど、今はそんなことはどうでもいい。


ダイヤ「千歌さん!!」

千歌「な、なに……?」

ダイヤ「好きです」

千歌「……!」

ダイヤ「貴女が好きです。誰よりも好きです。大好きですわ」

千歌「……」

ダイヤ「わたくしの……嘘偽りない、心からの気持ちですわ」

千歌「……そんなこと言いに来たの」

ダイヤ「ええ、大切な気持ちなので」

千歌「チカが作った……嘘の気持ちの癖に」

ダイヤ「嘘ではありません、わたくしが自分で考えて、自分で想って、自分で辿り着いた、わたくしの気持ちです」


千歌さんの前で膝を折り、近くに置いてあったおもちゃの手錠の鍵を拾い上げて、鍵穴に差し込む。


千歌「…………チャームがここまで言わせるの……? ダイヤさんにここまでさせるの……?」


手錠が外れた手を擦りながら、千歌さんがわたくしを睨みつけてくる。

だけれど、わたくしは彼女に伝える。


ダイヤ「千歌さん……よく聞いてください」

千歌「……?」

ダイヤ「千歌さんのチャームに人の心を操るような効果は……ありませんわ」

千歌「……え?」

200 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:13:47.19 ID:ZRnZyA2Z0

──────
────
──


ダイヤ「勘違いとは……どういうことですか……?」

ヨハネ「高位の吸血鬼ならともかく、吸血鬼もどきの千歌に洗脳効果のあるチャームなんて使えるわけないじゃない」

ダイヤ「……!? そ、そんなはずありませんわ! わたくしは実際にチャームを受けて……」

ヨハネ「性的快感はあるだろうし、その場で軽い催眠に近いものは発生するかもだけど……せいぜい長くて10秒くらいでしょ?」

ダイヤ「…………そ、それは」

ヨハネ「そんなの洗脳なんて言わないわよ。マジの吸血鬼の洗脳ってもっとヤバイわよ? 完璧に心酔しきって、平気で自分の命投げ捨てるようになるレベルのものなのよ?」

ダイヤ「それでは千歌さんのチャームは……」

ヨハネ「……ドーパミンとか、そういうのが分泌されたりはしてるかもしれないけど……せいぜい吊り橋効果レベルのものだと思うわよ? それがでかいと感じるか、小さいと感じるかは、個人の感性による気もするけど……──」


──
────
──────



先ほど、ヨハネさんから聞いたことをそのまま話すと……。


千歌「ほん……と……?」

ダイヤ「ええ……本物の吸血鬼に聞いたのですから、間違いありませんわ」


千歌さんは目をパチクリとさせる。

わたくしは──千歌さんの両肩を抱くようにして。


ダイヤ「改めて、言いますわ……。千歌さん、好きです」

千歌「ぁ……」

ダイヤ「貴女のことを……世界で一番、想っていますわ……」

千歌「……ダイヤ……さん……っ……」


千歌さんの目から涙が溢れ出して、ポロポロと零れ落ちる。


ダイヤ「……千歌さんは?」

千歌「っ……!! わたしも、すき……っ!! ……だいやさん、が……すき゛……っ……! ……だいすき゛ぃ゛……っ……!!」

ダイヤ「……なら、やっぱり……わたくしたちの気持ちは、同じですわ……」

千歌「ぅっ……だいやさ゛ん……っ゛、すき、だいすき゛……、ぇっぐ……せ゛かいでいちばん、すきなのぉ゛……っ……」


千歌さんは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、泣きすぎて震えた声で、想いを告げてくれる。


ダイヤ「ふふ……嬉しい……今わたくし……幸せですわ」

千歌「わた゛し゛も……うれし゛ぃょぉ……っ……」

ダイヤ「もう……可愛い顔が台無しよ? 笑ってください」

千歌「ぃぐっ……ぇっぐ……だいや、さん……っ……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「だいや、さぁん……っ……」

ダイヤ「ふふ……ここに居ますわ。ずっと……貴女の隣に……」

千歌「ぅぇぇぇ……っ……」
201 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:14:49.68 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしはやっと想いが通じ合った貴女を──千歌さんをぎゅっと抱きしめたまま。

千歌さんが泣き止むまでの間、彼女を撫でながら、愛を伝え続けたのでした。





    *    *    *





千歌「…………ぐすっ」

ダイヤ「落ち着いた?」

千歌「…………うん……」

ダイヤ「ふふ、よかった」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「酷いこと言って……ごめんね。ダイヤさんの気持ち……嘘だなんて言って……」

ダイヤ「……正直、かなり傷つきましたわ」

千歌「!? ご、ごめんなさい……」

ダイヤ「だから……責任取って、ちゃんと傍に居てください。傍に居させてください……」

千歌「ぁ……ダイヤさん……」

ダイヤ「いいですわね?」

千歌「……うん」


ぎゅーっと抱きしめる。

気付けば……部屋の中はもう真っ暗だった。


ダイヤ「もう……すっかり夜ね」

千歌「うん……あ、あの、さ……」

ダイヤ「? なんですか?」

千歌「……その……血、吸って……いい……?」

ダイヤ「……もう、仕方のない人ね……」


今さっきまで、それをしたときに起こる現象について、あれこれ言い合っていたところなのに。


千歌「あの……ね……ダイヤさんの血が欲しい……」

ダイヤ「……それは吸血鬼的な愛の告白なのかしら?」

千歌「そうかも……」

ダイヤ「……わかりました。ただ、今吸ったら1日フライングだから、次の土曜まで我慢ですわよ?」

千歌「うん……」


千歌さんの手を引いて、ベッドに腰掛ける。


ダイヤ「千歌さん……来てください」

千歌「……うん」


ベッドに腰掛けるわたくしに対面で跨るようにして、千歌さんが抱き付いてくる。

そして──
202 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:15:32.36 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「血……いただきます。……ぁむっ」


噛み付いた。

──ブスリとキバが突き刺さってくる。


ダイヤ「……ぁっ……♡」

千歌「……ん、ちゅぅー…………」

ダイヤ「…………は、ぁ……♡ ……ちか、さ……♡」


快感が背筋を走る。吐息が漏れる。


ダイヤ「……はっ……はっ……♡ ちか、さ……♡」

千歌「…………ちゅぅーーー…………ちゅぅー…………」

ダイヤ「んっ……♡ んぅ……っ……♡」


快感で力が抜けて、千歌さんの体重を支えきれなくなり、そのままベッドに背中から倒れこむ。


ダイヤ「はっ……♡ はっ……♡ ちか、さ……ん……♡」

千歌「……ちゅ、ちゅぅ…………ちゅぅぅ…………」

ダイヤ「……んぅっ……♡」


千歌さんに押し倒される形で吸血される。


ダイヤ「はっ♡ はっ♡ ちかさん……♡ おいしい……?♡」

千歌「……おぃひぃ……♡」

ダイヤ「よか、った……♡」

千歌「……ちゅぅー……」

ダイヤ「……ひ、ぁぁ……♡」


千歌さんの背中に回した腕に力が篭もる。

ぎゅっと抱きしめて、彼女の温もりを感じながら、血を与える。

──程なくして、


千歌「……ん、ぷは」

ダイヤ「ん゛っ♡」


吸血が終わり、キバが引き抜かれた。


千歌「は、は、ごちそうさま……♡」

ダイヤ「は、は……♡ ちか、さん……♡」


そのまま千歌さんを抱きしめる。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「……は、ふぅ……」


抱きしめたまま、少し待っていると、吸血の余韻も収まってくる。
203 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:16:48.79 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「今の吸血……今までで一番幸せだったかも……」

ダイヤ「ふふ……わたくしも同じことを想ってましたわ……」

千歌「えへへ……おんなじ……」


千歌さんと顔を見合わせて微笑みあう。

目の前に、可愛らしい顔があった。


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「ん」

ダイヤ「……目、つむって」

千歌「……うん」


千歌さんが目をつむった。

そのまま──


ダイヤ「──……んっ」

千歌「んっ……」


──接吻を交わした。

ファーストキスは──鉄の味がした。

目を開けると、


ダイヤ「ふふ……///」

千歌「……ほぁ///」


至近距離で再び目が逢う。


千歌「……ダイヤさん……/// もっと、ちゅー……/// したい……///」

ダイヤ「……わたくしも……同じ気持ちですわ……/// ん……っ」

千歌「……ん……っ」


幸せな時間に、心が満たされていく。

日も完全に落ちきって、部屋の中も暗いけれど、

至近にいる貴女の顔を確かめながら、何度も何度も口付けをする。

もう、何も遠慮する理由もないから。

わたくしたちの心は通じ合っているから。

ただ想うがままに……お互いを求め合うのです──。





    *    *    *


204 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:21:50.02 ID:ZRnZyA2Z0


ダイヤ「んぅ…………」

千歌「くぅ……くぅ……」


目が覚めると、千歌さんがわたくしの胸の中で、可愛らしく寝息を立てていた。


ダイヤ「ふふ……」


なんだか、嬉しくなってしまう。

千歌さんと……恋人同士になったのだと改めて実感する。

恋人と迎えた、初めての朝ですわね……。


ダイヤ「……そういえば時間は」


部屋の壁掛け時計に目をやると──時刻は11時を指していた。


ダイヤ「寝坊ですわね……」


今日が土曜日でよかった。


千歌「むにゃむにゃ……」

ダイヤ「ふふ……幸せそうな寝顔」

千歌「……らぃぁさぁん……」

ダイヤ「ふふふ、はぁい」

千歌「……しゅきぃ……」

ダイヤ「わたくしも好きですわよ…………ちゅ」


眠ったままの愛しい人のおでこにキスをした。


千歌「……えへへ……」

ダイヤ「ふふふ……」


全く幸せそうだし……わたくしも幸せな気持ちでいっぱいですわ……。





    *    *    *





昼過ぎに二人で起き出して。


ダイヤ「千歌さん……わたくし、ずっと考えていたのですが……」

千歌「? なぁに?」

ダイヤ「人間に戻る方法……やっぱり、もう一度探してみませんか?」


そう提案をした。
205 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:25:49.77 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「…………人間に」

ダイヤ「……はい。ヨハネさんは元に戻る方法はないと言っていましたが……本当にそうなのでしょうか」

千歌「……っていうと?」

ダイヤ「千歌さんは一度……完全に吸血鬼性がなくなるところまで、人間に戻っていますわよね」

千歌「うん。それがなんかすごい他の吸血鬼? の影響で元に戻っちゃったんだよね」

ダイヤ「ええ。……ですが、わたくしヨハネさんの口振りに……実は少しだけ引っかかるところがありまして」

千歌「引っかかるところ?」

ダイヤ「はい。……ヨハネさんの口振りでは、一度吸血鬼化した人間は、時間を掛けて血が薄まっていく以外の方法では吸血鬼性を薄めることすら出来ないようなニュアンスで言っていた気がするのですわ」

千歌「……言われてみれば」

ダイヤ「ですが、千歌さんが以前、人間に戻った方法は……違いましたわよね?」


そう……血を薄めたのではなく、吸血鬼の部分を太陽の光で焼き尽くしたのです。

ヨハネさんはこの方法については一言も言及しなかった。

危険な方法なので、あえて触れなかったという可能性も十分ありますが……。


ダイヤ「ヨハネさんは……吸血鬼部分だけを燃やせるということを知らないのではないでしょうか?」

千歌「……そんなことあるのかな? ヨハネちゃん本物の吸血鬼だし……」

ダイヤ「知っていたら知っていたで、それから諦めても遅くないでしょう……確認してみる価値はあるとは思いませんか?」

千歌「それはそうかも。わかった、聞いてみよう」

ダイヤ「ええ!」


さて、問題は……ヨハネさんとのコンタクト方法ですわね。

昨日砂浜で会ったときに、ロザリオは返してしまったので、また封印状態になっていると思いますし……。


ダイヤ「夜の時間帯に……どうにか善子さんを呼び出して、ロザリオを外してもらうしかない」

千歌「……それなら、チカにいい考えがあるよ!」

ダイヤ「いい考え……?」





    ♣    ♣    ♣





──時刻17時。

沼津の駅前で辺りを伺いながら待つ。


 「え? 駅前の……どこよ?」

千歌「! きた!」


声のする方を見ると、善子ちゃんが電話を片手に駅前を歩いている。


善子「……だから、どこよ!? 駅の樹のところって!? 待ち合わせ下手か!?」


タイミングを見計らう。


善子「駅の正面側から見て真っ直ぐって……えーっと、一旦駅の方を……え──」
206 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:27:07.27 ID:ZRnZyA2Z0

善子ちゃんとばっちり目が合う。

このタイミング──


千歌「!!」


私は脚に力を込めて、駆け出す。


善子「ちょ!? 千歌っ!!? 待って!!!! ごめん、ダイヤ!!!! あとで掛けなおす!!!!」


善子ちゃんが電話を切って、追ってくるのを確認しながら、振り切らないように、でも追いつかれないようにダッシュする。


善子「千歌っ!!!! 待って!!!! 逃げないでっ!!!!」


沼津の駅前から、一気にさんさん通りを南下していく。

ここから約1kmの徒競走……!!


千歌「はっ!! はっ!! はっ!!」


久しぶりに思いっきり身体を動かしている気がする。

でも、意外と身体はしっかり動く。

吸血鬼化のお陰で体力が増えてるのかもしれない。


善子「千歌……っ!! ……げほっ!! 待って……!!!」

千歌「……おとと」


ちょっとペースを上げすぎた。

不自然にならない程度に少しペースを下げながら走る。

大通りを一直線に走りぬけ──目的地が見えてきた。

ここらへんで──


千歌「はっ……はっ……」


疲れた振りをして、ペースを一気に落とす。


善子「!! 超加速!!!」


その瞬間、善子ちゃんが一気に走りこんでくる。


千歌「……ふふ」

善子「千歌ぁぁぁぁっ!!!!」


そのまま、善子ちゃんにタックルされるように捕獲された。
207 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:29:37.12 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「あ、あちゃー……捕まっちゃった……」

善子「はぁっ!! はぁっ!! 捕まっちゃったじゃない……わよっ!! あんた学校にも、来ないで……っ! どこ行ってたのよ……っ!!」

千歌「えっと……自分探しの旅?」

善子「皆心配してるのよっ!?」

千歌「あはは……ごめん」

善子「は……はぁ……もう……。……まあ、元気そうで、安心した」

千歌「……うん。善子ちゃん、汗だくだね」

善子「あ、当たり前……じゃない……駅前から、全力疾走、してきたのよ……ってか、あんた……なんで、全然汗、かいてないの、よ……」

千歌「鍛え方が違うので」

善子「同じメニューこなしてるわよ!? ちょっとやめてよ、ヨハネがサボってるみたいじゃない!」


善子ちゃんと問答をしているところに──


ダイヤ「善子さーーん!!」


ダイヤさんがやってくる。よし、打ち合わせ通り。


善子「ダイヤ!?」

ダイヤ「はぁ……はぁ……善子さんが走ってるところが見えたので……」

善子「あ……ごめん。でも、あんたが待ち合わせ下手なのがいけないんだから……って、それどころじゃないわよ、ダイヤ!」

ダイヤ「……あら、千歌さん」

千歌「やっほー」

善子「……へ? なんで、驚かないのよ、あんたたち……?」

ダイヤ「あら……言ってませんでしたっけ、最初から千歌さんも呼ぶ予定でしたのよ?」

善子「は? ……あ、いや、だから沼津の駅前に……? ……いや、でもなんで逃げるのよ」

千歌「追いかけてくるから?」

善子「逃げるんじゃないわよ!? あーもう……汗かき損じゃない……」

千歌「まあまあ♪」

ダイヤ「どちらにしろ、善子さんの家にお邪魔するつもりだったので」

善子「え、そうなの?」

千歌「うん♪ 私たち二人で“ヨハネ”ちゃんに会いに来たんだからね♪」

ダイヤ「ええ」


私とダイヤさんは二人で、“ヨハネ”ちゃんに向かって、ウインクをしてみせた。





    *    *    *





──津島家。


善子「ごめん……ちょっと、シャワー浴びてくる。部屋で待ってて」

千歌「おかまいなく〜」

善子「あんたのせいで汗だくなんだから、少しは申し訳なさそうにしなさいよ!? 部屋のもの勝手にいじらないでよね……」
208 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:31:05.90 ID:ZRnZyA2Z0

そう言って、善子さんはシャワーを浴びに部屋を出て行った。


千歌「……うまく行ったね」

ダイヤ「あとは、察してくれるかどうかですが……」


──数分後

部屋の扉が開き、部屋の主が戻ってくる。


ヨハネ「……待たせたわね。人間ども」

千歌「! ヨハネちゃんだよね?」

ヨハネ「はぁ……あんまり何度も何度も呼び出さないでよね。記憶が飛ぶ分、善子に違和感が残るんだから」


どうにか、うまく行きました。

シャワールームに入る際はさすがにロザリオは外すでしょうから。

ロザリオを外したら、あとはヨハネさんが外に出て来てくれるのを待つだけという寸法です。


ダイヤ「すみません……ですが、どうしても確認したいことがあって」

ヨハネ「確認したいこと……? まさか、またチャームの……」


ヨハネさんがわたくしたちをじーっと見つめて。


ヨハネ「……へー」

千歌「ん……な、なにかな///」

ダイヤ「……コホン///」

ヨハネ「そんなにぴったりくっついておいて、どうもこうもないでしょ……ま、そっちに関してはうまくいったみたいね」

ダイヤ「まあ……お陰様で」

千歌「えへへ……///」

ヨハネ「……んで、聞きたいことって何?」

ダイヤ「吸血鬼から……人間に戻れるかについてですわ」


わたくしは話を切り出す。


ヨハネ「……だから、そんな方法ないわよ。じっくり、血の割合を減らしてくしかないって言ったじゃない」

ダイヤ「本当ですか? 本当にそれしか方法はないのですか?」

ヨハネ「はぁ……今更隠す理由もないでしょ。ないわよ。それ以外は微塵もない、存在しないわ」

千歌「!」


やはり……ビンゴでした。


ダイヤ「……もし、その方法があると言ったら?」

ヨハネ「……はぁ?」

ダイヤ「そもそも……千歌さんはどうやって一旦、吸血鬼化を解除したか、知っていますか?」

ヨハネ「極力吸血我慢して、血を薄めたんでしょ……?」

ダイヤ「違いますわ」

ヨハネ「……なんですって?」

千歌「私は……日光で吸血鬼の部分を焼き尽くしたんだよ」

ヨハネ「は……?」
209 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:32:56.83 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネは千歌さんの言葉に、目を見開いて驚く。


ヨハネ「はぁ!!? そんなことしたら、燃え尽きて……。……いや、待てよ……千歌の吸血鬼化は本当にレアケースもレアケース……」


ヨハネさんはしばらく考えた後、


ヨハネ「ちょっと詳しく聞かせてもらえないかしら」


目論見通り、わたくしたちの話に食いついてきました。





    *    *    *





ダイヤ「──という風に、吸血鬼性を日光で焼き尽くしたのですわ」

ヨハネ「…………」


わたくしたちは、ヨハネさんに日光を使った吸血鬼化の解除の方法をお話しました。

その間、彼女はわたくしたちの話を興味深そうに聞いていました。


ヨハネ「……なるほどね」

ダイヤ「一通り聞いてみて、どう思われましたか?」

ヨハネ「……まあ、まず思ったのは、めちゃくちゃなことするわねってことかしら」

千歌「あはは……確かに、死ぬほど熱かった」

ヨハネ「でしょうね。普通の吸血鬼だったら、絶対死んでるわ」

ダイヤ「普通の吸血鬼だったら、とは?」

ヨハネ「吸血鬼にとって、日光ってのはホントに弱点中の弱点なのよ。吸血鬼状態で日光に当たると細胞単位で燃えるように出来てるの」

ダイヤ「確かに吸血鬼は日光で灰になると言いますからね」

ヨハネ「ただ……千歌は吸血鬼もどきで、しかも人間の部分もまだかなり残ってたから……燃えたのは表面の吸血鬼の細胞だけだった。だから、その下から残った人間が出てきたと考えられなくもない」

ダイヤ「他の吸血鬼はこういう方法を試したりはしないのですか?」

ヨハネ「そもそも……吸血鬼から戻れるって発想がなかったからね。しかも太陽の光を浴びるってのは文字通り自殺行為だから……。……その上でどうして千歌が助かったのかの考察をするなら」

千歌「するなら?」

ヨハネ「吸血鬼性の発現する血が身体に入り込むとするじゃない。その血を端に徐々にそれが身体に伝染してくものって考えて欲しいんだけど……その吸血鬼の血は全身を巡りながら、徐々に身体の細胞を吸血鬼の細胞に置き換えていくの」

ダイヤ「……なんだか、ウイルスのようですわね」

ヨハネ「感染病と同視されるイメージのせいかもね。それに引っ張られてこういう発現方法なのかもしれないわ。──えっと、話戻すわね。その細胞だけど……人間部分が多い吸血鬼もどきなら、吸血鬼部分が燃え尽きても、十分人間としての部分が残ってたってことなんじゃないかしら」

ダイヤ「少々曖昧ですわね」

ヨハネ「まあ、私も考えたことがなかったから……。ただ、出来たって言うのは大きい。せいぜい、千歌とダイヤ、あんたたちの常識の範囲内では、吸血鬼もどきはそれで人間に戻れるというイメージが定着したってことになる」

千歌「イメージが定着した?」

ヨハネ「一度出来たってことは、たぶんまた出来るってこと。前にも言ったけど、私たち吸血鬼はイメージの存在だから、常に性質そのものは人からどう認識されてるかで書き換わっていくのよ」

ダイヤ「なら、もう一度同じように吸血鬼の部分だけ消せば……」

ヨハネ「……まあ、また元に戻れるとは思うわ」

千歌「ホントに!?」

ヨハネ「ただ……元に戻っても、更にまた吸血鬼に戻ることがあるってのも事実よ」

ダイヤ「……そうですわね、その事実もわたくしたちは認識してしまっている」

千歌「じ、じゃあ……吸血鬼化するたびにやれば……」
210 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:33:49.05 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「それでもいいけど……やっぱりリスクがでかい方法だとは思うわ。たまたま、うまく行っただけで、もし身体の重要な器官が吸血鬼化してたら、それが焼き切れて死ぬ可能性は十分にあるわ。それに……」

千歌「それに……?」

ヨハネ「そのたびに死ぬほど熱い思いするのに耐えられる?」

千歌「……無理かも」

ダイヤ「…………ヨハネさん」

ヨハネ「ん?」

ダイヤ「もしかして、なのですけれど……吸血鬼性って、そもそも極限まで血が薄まれば、普通の人間レベルのものには戻るのですか?」

ヨハネ「戻るわよ。ただ、因子が残ってる以上、何かの拍子に一気に吸血鬼化しちゃうってことがあるってだけ。今回の場合は圧倒的に強い吸血鬼に引っ張られて血が覚醒しちゃうってことね」

ダイヤ「……でしたら、千歌さんを吸血鬼の方に引っ張ってくる原因を絶てば、千歌さんは実質人間に戻れるのではないですか?」

ヨハネ「……まあ、理論上はそうだけど」

ダイヤ「けど?」

ヨハネ「…………」


ヨハネさんは黙り込んでしまう。


ダイヤ「……方法があるなら、教えて下さいませんか?」

ヨハネ「……理論上あるにはあるけど……実現不可能なことは方法とは……」

ダイヤ「教えて下さい……本当に出来るか否かは、聞いてからでも判断出来ますし……」

ヨハネ「……。…………外的影響を受けて吸血鬼化するってことはよ?」

千歌「うん」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「自分より、明確に大きな存在だから、そういう影響を受けちゃうってことじゃない?」

ダイヤ「ええ、そうですわね」


今回の話は相互作用ではなく、強い個体に引っ張られて血が覚醒してしまうと言う話です。


ヨハネ「……なら、自分たちが影響を受けないほど、大きな存在になればいい」

千歌「……? どういうこと?」

ヨハネ「……まあ、簡単に言っちゃうなら、自分を吸血鬼化させてる吸血鬼を超越しちゃえば、そいつから影響を受けることはなくなるんじゃないかって話」

ダイヤ「……なるほど」

ヨハネ「ただ……妖気だけで、周りを覚醒させるって、ホントに半端じゃない個体だと思うのよね……。そいつらを超えることなんて……」

ダイヤ「ちなみに超える……というのは」

ヨハネ「……いろいろあるとは思うけど……明確に上下の優劣が着くことで上に立ったほうがいいから、戦って勝つとかかしら」

ダイヤ「個人戦ですか?」

ヨハネ「……? 千歌が持ってる、吸血鬼性の要素が上回るかが問題だから……個人戦じゃないかしら」

ダイヤ「……言い方を変えますわ。……もし、千歌さんの能力で眷属化した個体の力は……千歌さんの能力として数えられますか?」

ヨハネ「……は……? あ、あんたまさか……」

ダイヤ「どうなのですか?」

ヨハネ「……それが千歌の能力で作られた眷族なら、千歌の吸血鬼性と考えて問題ないと思うわ」

ダイヤ「そうですか……安心しましたわ」

千歌「どういうこと……?」

ヨハネ「……つまり、ダイヤは──あんたと協力して、ヤバイ吸血鬼を倒そうと思ってるってことよ」


211 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:35:20.10 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





ダイヤ「……あとはその吸血鬼が誰かの特定ですわね」

ヨハネ「…………」

ダイヤ「何か、わかりませんか……?」

ヨハネ「ねえ、話を進める前に……ダイヤも千歌も……本当に何倒そうとしてるかわかってる?」

ダイヤ「……わたくしたちより遥かに強い吸血鬼ですわ」

ヨハネ「二人掛かりだからって、勝てる相手じゃないわよ?」

千歌「んー……でも、それが出来たら全部解決するんだよね?」

ヨハネ「んまあ、そうだけど……」

千歌「なら、やってみる価値はあるよ。それに……」

ヨハネ「……それに?」

千歌「……ダイヤさんと二人なら……なんか、出来ちゃう気がする」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさんとなら……なんでも出来る気がする。なんか一緒にいるだけで、勇気とパワーが無限に溢れてくるというか……!」

ダイヤ「ふふ……そうですわね」

ヨハネ「…………」


ヨハネさんはわたくしたち二人を交互にじーっと見つめた後に、


ヨハネ「…………まあ、もしかしたら、もしかするかもね」


そう言った。


ダイヤ「ヨハネさんからお墨付きをいただけたので……改めて、その吸血鬼の特定を致しましょう」

ヨハネ「別にお墨付きってほどのものじゃないけど……宝くじで1等当てるくらいの確率はあるかもねって話よ」

千歌「でも、ゼロじゃない!」

ヨハネ「……ま、いいわ。んで、吸血鬼が誰かだっけ?」

ダイヤ「ええ。……もうこれは虱潰しで当たっていくしか……」

ヨハネ「虱潰しねぇ……」

ダイヤ「ルビィは候補から外れますので……5人の内の誰かだと思うのですが……」

ヨハネ「5人……? ……いや、Aqoursの中にはいないわよ」

ダイヤ「え……!? で、ですが身近に千歌さんに大きな影響力を持っている人間なんて……」

ヨハネ「いやだって……千歌の吸血鬼化が解けてから、また発現するまでの間に毎日接してるのに、なんであのタイミングだったのよ。Aqoursメンバーだったら、吸血鬼化が解けてもまたすぐに吸血鬼化してるはずじゃない」

ダイヤ「……あ……」


言われてみれば単純な話でした……。

千歌さんに影響力のある人間と言う話だったので、勝手にAqoursメンバーだと思いこんでいましたが……タイミングが合っていません。


ダイヤ「タイミング……?」


逆に言うなら……あのタイミングに出会った人物なのでは……?
212 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:37:32.50 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「あのタイミングと言えば……」

千歌「あ、スクールアイドルフェスティバル……!」

ヨハネ「……確かに、スクールアイドルフェスティバルに参加してたスクールアイドルなら、千歌に対して影響力を持っているって言えるわね」


ですが……。


ダイヤ「スクールアイドルフェスティバルの参加ユニットは数十組……その中から更にメンバーとなると、数百人以上……この中から、絞りきるのは……」

ヨハネ「まあ、その中でも強いチームだとは思うけどね」

ダイヤ「強いチームですか?」

ヨハネ「強い吸血鬼って、とんでもないカリスマ性を持ってるのよ。……わかりやすく言うと、無差別チャームみたいな……。見てる側が自然と魅了されるくらいの圧倒的な存在感を持ってるって感じかしら」

千歌「確かに有名なチームには、そういう人っているよね……」

ヨハネ「あとは、もっといかにもな特徴があればねぇ……」

千歌「いかにもな特徴?」

ヨハネ「ほら……結局普段は吸血鬼性を隠す工夫をしなくちゃいけないわけじゃない? 善子だったらロザリオを身に付けてるとか……。まあ、目に見えない封印術だったらお手上げだけど……いっつも大蒜、首から提げてるスクールアイドルとかいないの?」

ダイヤ「居るわけないでしょう……」

ヨハネ「聖水携帯してるやつとか」

千歌「いないよー……」

ヨハネ「あとは……名前縛りとかかしらね」

ダイヤ「名前縛り……?」

ヨハネ「実物より効果は薄いけど……名前を付けることで封印することも出来るのよ。名で縛るとか言うでしょ? 大蒜とか十字架って名前のスクールアイドルいないの?」

ダイヤ「居るわけないでしょう!」

千歌「スクールアイドル……聖水」

ダイヤ「千歌さんまで……」

千歌「……セイントアクア……」

ダイヤ「いや……聖水はHoly water……え?」

千歌「……あ、あれ……?」

ダイヤ「よ、ヨハネさん!!」

ヨハネ「ん?」

ダイヤ「名前による封印って……どれくらいの自由度があるのですか!?」

ヨハネ「……象徴性がしっかりしてれば、割と自由度は高い思うけど……。……あ」


居ましたわ……名前で吸血鬼を縛っている、スクールアイドル……!
213 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:39:22.13 ID:ZRnZyA2Z0

千歌・ダイヤ・ヨハネ「「「Saint Snow!!」」」

ヨハネ「『Saint Snow』⇒『聖なる雪』⇒『聖雪』……雪は溶ければ水になるし……確かに、効果はありそうね」

千歌「Saint Snowなら存在感もこれでもかってくらいあるし……」

ダイヤ「彼女たちの象徴である雪の結晶も……確か聖なるものの象徴として、神性を見出す解釈がありましたわよね」

千歌「あ……それ、なんか学校で聞いたことあるかも」

ヨハネ「さすがミッションスクールの生徒ね……。雪の結晶構造が自然物だと思えないほど綺麗な幾何学模様としてるところからって話よね……。Saint Snowの象徴が雪の結晶だって時点で、それも名前に内包したダブルミーニングだと思うわ」

千歌「あとSaint Snowって衣装によっては十字架とかもつけてたよね」

ダイヤ「つまり……」

ヨハネ「たぶん、ビンゴよ」

千歌「やったぁ!」

ダイヤ「後は……これが聖良さんなのか、理亞さんなのか……」

ヨハネ「……徹底的に名前で縛ってるなら、聖良かしらね。両方って可能性もあるけど……」

ダイヤ「……それでは……確認をしましょう!」

ヨハネ「……確認?」

千歌「どうするの?」

ダイヤ「実際に会いに行きます!!」





    *    *    *





善子「……ねえ、なんで私、函館に居るの?」

千歌「昨日一緒に行こうって約束したじゃん!」

善子「そうだっけ……?」

千歌「そうだよ!」

善子「……言われてみればそうだった気も……」

ダイヤ「どちらにしろ、旅費はわたくし持ちなので、気になさらないでください」

善子「……まあ、そういうことなら……」


本日6月23日日曜日。わたくしたちは突貫で函館まで訪れていました。


千歌「それにしても……ホントに函館に来ちゃうなんて……」

ダイヤ「善は急げと思ったので……。それより、千歌さん、聖良さんたちに連絡は付きましたか?」

千歌「うん、大丈夫。19時半ごろに聖良さんたちのお家に行くって伝えてあるから……」

ダイヤ「ありがとうございます、千歌さん」

千歌「うんっ♪」


お礼を言いながら、頭を撫でてあげると、すごくご機嫌になる。

わたくしの彼女……可愛いですわ。


善子「……なんかいちゃいちゃしてる。……ってか、このタイミングで函館居て……明日学校行けるのかしら……?」


214 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:43:55.19 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





……さて、何故19時半に行くと連絡したかと言うと……。


 ヨハネ『会うなら日が沈んでからにしなさい。そうじゃないと、ヨハネが外に出られないから』


とのこと。

確かにわざわざ善子さんを連れて来たのに、ヨハネさんが出られないのでは来て貰った意味がほとんどない。

付いてきて貰って、実際外に出るのはヨハネさんと言うのは、善子さんには申し訳ないですが……。

日没時間は19時15分頃。なのでこの時間に設定しました。

件の時間になって──今は鹿角姉妹のご実家の甘味処の前に居ます。


ヨハネ「……あー……これ違和感バリバリ残るわよね……。あんたたち、どうにか後でフォローしておいてよ……?」

千歌「お任せを!」

ダイヤ「承知しました」

ヨハネ「それじゃ……行くわよ」


3人で店へと入っていく……──。


聖良「いらっしゃいませ──皆さん、ようこそいらっしゃいました」

理亞「ん……来たんだ、いらっしゃい」

千歌「聖良さん、理亞ちゃん、こんばんは!」

ダイヤ「スクールアイドルフェスティバル以来ですわね」


まずは友好的に──


ヨハネ「んで、どっち?」

千歌「!?」

ダイヤ「!? ヨ、ヨハネさん!!」

理亞「どっち……? 何が?」

聖良「…………どういう意味でしょうか」

ヨハネ「……反応からして姉の方ね。空間内にダダ漏れだから、まどろっこしい話は抜きでいいかなって」

理亞「は……? 善子、あんた今日は輪を掛けてキャラきついけど……」

聖良「……どうやら、私にお話があるみたいですね」

理亞「ねえさま……? 善子のいつものアレだから、気にしなくても……」

聖良「理亞、ちょっと私の部屋にお通しするから、店番お願いしていい?」

理亞「え……わ、わかった……」

千歌「その間、理亞ちゃんは私とお話しよ?」

理亞「……? まあ、いいけど……」


千歌さんがそう言って、カウンター越しの理亞さんの前に腰を降ろす。

千歌さんはヨハネさんの提案で、一先ずは会話には参加しないと言うことになっている。

もし、姉妹のどちらかが──もうほぼ確定しましたが──故意に千歌さんを吸血鬼化しているのだとしたら、密室で相対するのは危険だと言うことだったので、千歌さんは残った姉妹とのお話担当ということになっている。
215 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:46:05.52 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「ダイヤさんと……ヨハネさんとお呼びした方がいいんですかね? どうぞ、こちらへ」

ヨハネ「……ダイヤ、行くわよ」

ダイヤ「……はい」


二人で聖良さんの部屋へと進んでいく。


ダイヤ「……先ほどの口振り、ヨハネさんの正体には勘付いていますわね」

ヨハネ「向こうが格上だからね……封印状態解いてたら隠すのは無理よ」


こそこそと二人で話していると、


聖良「大丈夫ですよ、心配しなくても、何もしてこなければ、何もしませんから」


と、聖良さんが前を歩きながら、わたくしたちに向かって言葉を向けてくる。流石吸血鬼……耳が良い。


ダイヤ「…………」

ヨハネ「そりゃ、何よりね」

聖良「……ここが私の部屋です。どうぞ」


聖良さんの部屋の中に通される。


聖良「好きな場所に腰掛けてください。……まあ、ゆっくりお茶でも飲みながらする話をしにきたわけでもなさそうですけど」

ヨハネ「話が早くて助かるわ」

聖良「それで、何用ですか? あまり理亞の前でその話はしないで欲しいのですが……」

ヨハネ「……理亞は吸血鬼じゃないの? あんた、かなり血濃いでしょ?」

聖良「理亞も吸血鬼ですが……本人は知りません」

ヨハネ「……ちなみに血の濃さって聞いたら答えてくれるの?」

聖良「両親共に75%の吸血鬼ですので、私も理亞も75%ですよ。理亞は自覚がないですし、かなりきつく吸血鬼性を封印しているので、ほとんど影響はないですけど」

ダイヤ「……聖良さんは影響があるのですか? 日中はどうやって……」

聖良「函館の日差しなら、燃えた先から再生すれば間に合うので……」

ダイヤ「え」

ヨハネ「吸血鬼ジョークよ、真に受けない」

ダイヤ「…………」


なんとわかり辛いジョークなのでしょうか……。


聖良「私も基本的に、きつめの封印をしているので……」


聖良さんはそう言って、服の内側からロザリオを取り出す。
216 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:47:25.37 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「ユニット名も含めて……何重にも封印してるのね」

聖良「やたらめったら人に知られていいものでもないですからね……ただ」

ダイヤ「……ただ?」

聖良「パワー全開なら、ホントに燃えてる先から再生しても間に合いますけど」

ダイヤ「……こ、これも吸血鬼ジョークですか?」

ヨハネ「……これはたぶんマジのやつね」

ダイヤ「…………」

聖良「それで……遠路はるばる、函館まで何をしに?」

ヨハネ「単刀直入に言うと、千歌があんたの影響で吸血鬼化した」

聖良「……そうだったんですか」

ヨハネ「その口振りだと気付いてなかったわね?」

聖良「スクールアイドルフェスティバルの会場内に何人か吸血鬼の気配がしていたのは気付いてましたが……わざわざそれが誰かまで詮索するつもりもなかったので。それにしても、近くに居ただけで吸血鬼化するとは、千歌さんは随分感応性が高いんですね?」

ヨハネ「それに関しては、まさにその通りね……超希少種ってレベルだと思うわ」

ダイヤ「あの……聖良さん」

聖良「なんですか?」

ダイヤ「千歌さんを……元の人間に戻すことは出来ないでしょうか?」

聖良「無理ですね」


即答される。


ダイヤ「…………」

聖良「こちらから、何かアクションを起こしているというならまだしも……勝手に影響を受けて吸血鬼化してしまった人に、私が出来ることは、何も……」

ヨハネ「ま、それは無理よね……」

聖良「それはともかく……お二人は私に何を話しに来たんですか? 今後吸血鬼化しないように、千歌さんに近付かないで欲しいという話でしょうか」

ヨハネ「……そうね、それもありかもだけど」

聖良「けど?」

ヨハネ「……千歌とダイヤはもっと根本的な解決を望んでるわ」

聖良「ほう……」

ヨハネ「あんたの影響を受けても、吸血鬼化しない……元の人間に戻ることを望んでる」

聖良「……つまり、果し合いを申し込みに来たと……」


聖良さんの目が赤く光った気がした。


ダイヤ「……はい。聖良さん、貴方に勝って、千歌さんと一緒に人間の世界に戻りたいと思っていますわ」

聖良「……わかりました」

ダイヤ「……いいのですか?」


思いの外、あっさり了承されて、拍子抜けする。
217 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:49:08.25 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「ただ……内容が内容なので、一切手加減できませんけど……」

ヨハネ「ま……手加減されて勝ったとしても、相手を超越したことにならないしね……」

聖良「ダイヤさん」

ダイヤ「な、なんでしょうか……」

聖良「最悪、死にますよ」

ダイヤ「……!」

聖良「いえ……違いますね。……十中八九、貴方も千歌さんも死ぬことになると思います」

ダイヤ「……」

聖良「それでもいいと言うなら、お相手します」


死ぬ……。

あまりに軽々しく、その単語が出てきて、反応に窮する。


ヨハネ「……最終判断は千歌とダイヤに委ねるとして、日取りをこっちから指定していいかしら?」

聖良「どうぞ」

ヨハネ「7月3日水曜日の深夜0時で」

聖良「7月3日ですか……」


聖良さんが部屋に掛けてあるカレンダーに目を配る。


聖良「なるほど、いい日取りですね……承知しました」

ヨハネ「じゃあ、交渉は終わりね。……さっさと撤退するわよ」

ダイヤ「え、で、ですが……」

聖良「もう帰ってしまうんですか?」

ヨハネ「ええ、これからこいつらを鍛えないといけないみたいだから」

ダイヤ「え?」


ヨハネさんはわたくしを指差しながら、そう言う。


聖良「そうですか」

ヨハネ「ただ、言っておくけど……」

聖良「?」

ヨハネ「たぶん、千歌もダイヤも化けるわよ」

ダイヤ「……ヨハネさん……?」

聖良「……それは楽しみですね」

ヨハネ「帰るわよ、ダイヤ」

ダイヤ「は、はい……失礼します、聖良さん」

聖良「はい、また今度」


わたくしたちは、話を終えて、聖良さんの部屋を後にした。





    *    *    *


218 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:50:27.63 ID:ZRnZyA2Z0


理亞「──そ、ルビィ頑張ってるんだ……」

千歌「うん、それでねー……あ! ダイヤさん、ヨハネちゃん、お帰り」

ダイヤ「ええ、ただいまですわ」

理亞「話、終わったんだ」

ヨハネ「ええ、邪魔したわね」

理亞「別に……邪魔だとは思ってないけど」

ヨハネ「今日はこれでお暇するわ」

理亞「……あんたたちホントに何しに函館まできたの?」

ヨハネ「いろいろよ」


そう言って、ヨハネさんはさっさと店から出て行ってしまう。


ダイヤ「千歌さん、行きましょう」

千歌「あ、うん。……あ、えっと、これ代金ね。白玉ぜんざいおいしかったよ、ごちそうさま」

理亞「ん……次来るときは……ルビィも連れて来てよね……」

ダイヤ「ええ、そうさせて頂きますわ」





    *    *    *





──夜の函館をホテルまで歩く道すがら。


ダイヤ「あの、ヨハネさん」

ヨハネ「ん?」

ダイヤ「先ほど言っていた……鍛えるというのは……」

ヨハネ「……ああ」


ヨハネさんは、わたくしの質問に思い出したかのように声をあげる。


ヨハネ「あんたたちに、吸血鬼戦のやり方を叩き込もうと思って」

千歌「吸血鬼戦の……やり方?」

ヨハネ「……戦い方を知らなかったら、あんたたち一瞬で肉団子にされるわよ」

千歌「に……!?」

ダイヤ「教えてくれるのは有り難いですが……どうして、そこまで協力的なのですか?」

ヨハネ「ん?」

ダイヤ「その……今更言うのもなんなのですが……。ヨハネさんはわたくしたちを助けなくても、困らないのではないかと思いまして……」

ヨハネ「まあ……そうね……。気まぐれっちゃ気まぐれなんだけど……」


ヨハネさんはわたくしと千歌さんの前に歩み出てから振り返る。
219 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:51:43.20 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「……高を括ってる、高位吸血鬼をぎゃふんと言わせたいな、なんて思ってね」

ダイヤ「ぎゃふんと……ですか」

ヨハネ「本来吸血鬼って下克上とかしないのよ。お互い干渉しないし、あんまり群れないし、基本バレないように生きてるから」

千歌「そうなんだ……」

ヨハネ「だから、ホンキで取りに行くって言うモノ好きたちに力を貸して、ホントに出来るのか見てみるのも……悪くないかなって。あと……」

千歌「あと……?」

ヨハネ「あんたたちには……それだけのことを出来る可能性が、ある。……私の直感はそう言ってる、それだけ」

ダイヤ「そうですか……。ならば、その期待に応えないといけませんわね」

千歌「うん!」

ヨハネ「じゃ……ホテルに帰ったら早速特訓ね」

千歌「え、今日からやるの!?」

ヨハネ「当たり前でしょ……そんなに時間ない上に、今のあんたたちクソザコなんだから」

ダイヤ「クソザコですか……手厳しいですわね」

ヨハネ「あと……死ぬほどきついから、覚悟しておいてね」

千歌「臨むところだよ!!」


さあ、Xデーまで、あと9日……。





    *    *    *





ヨハネ「まず千歌、出来ることを増やしましょう」

千歌「出来ること?」

ヨハネ「今のままじゃ戦闘技術が少なすぎる。吸血鬼の能力は応用が利くから、いろんな技を教えるわ」

千歌「わかった!」

ヨハネ「ただ、その前に……喉渇いたから、トマトジュース買ってきてくれない?」

千歌「了解であります、コーチ!」

ヨハネ「ゆっくりでいいからねー」


千歌さんはトマトジュースを探しに、ホテルの部屋を飛び出して行った。


ダイヤ「……この近くにトマトジュースなんて売っているのでしょうか?」

ヨハネ「ま、だいぶ探さないとない気がするわね」

ダイヤ「…………何かわたくしにしか出来ない話でも?」


千歌さんを遠ざけたと言うのは、そういうことでしょう。
220 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:53:12.85 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「いや、ホント話が早くて助かるわ。……あんたがホンキで首突っ込むつもりなのか、最後の確認をしておきたくて」

ダイヤ「最後の確認……?」

ヨハネ「……わかってると思うけど、あんたも千歌と同じ吸血鬼もどきになる。もし、聖良に勝てなかったら……仮に生き残っても、千歌と一緒に吸血鬼として余生を送ることになるわ」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「訓練の時点で……吸血鬼にしか出来ない技をいくつも教えるから、千歌には強めの吸血鬼化をしてもらうし、その際に正しい眷属化のさせ方も教える。そうなったら、後戻りは出来ない」

ダイヤ「そうですか……」

ヨハネ「自分は千歌と体質が違うとかは思わない方がいいわよ。眷属化は、かなり強く結び付くことになるから、千歌の吸血鬼化が進行したら、それに釣られてダイヤも吸血鬼化することになる」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「あんたがいくら一人で、吸血鬼の世界から逃げおおせても、千歌が吸血鬼化したら、あんたも千歌に引っ張られて吸血鬼化する。そういう風になる覚悟はある?」

ダイヤ「もちろんですわ」

ヨハネ「……即答ね」

ダイヤ「わたくしは……もう逃げないと決めたのです。千歌さんと一緒に最後まで戦い抜くと、そして一緒に帰ると……約束したのですわ」

ヨハネ「…………野暮なこと聞いたわね。わかった、じゃあ手加減しないわ。……ダイヤ」

ダイヤ「なんですか?」

ヨハネ「……あんたたちは私が責任を持って強くしてあげるから……絶対やりきりなさい」

ダイヤ「ありがとうございます……よろしくお願いしますわ!」


さぁ……特訓開始ですわ──

221 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:53:40.47 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *










    *    *    *


222 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:55:43.18 ID:ZRnZyA2Z0


──7月2日火曜日。

時刻は──20時。


千歌「わ! 高いたかーい!」

ダイヤ「もう……はしゃぎすぎですわよ」


今は千歌さんと二人で函館山をロープウェイで登っているところです。


千歌「でも、これから、私たち戦うんだよ? アップしないと!」

ダイヤ「ロープウェイ内でくらい静かになさい……」


騒がしい千歌さんに嘆息しながらも、ロープウェイの窓から空を眺める。

暗闇の中に──闇に溶けるように存在する、丸い輪郭。

本日は新月です。



──────
────
──


ヨハネ「まず、戦闘を行う日は新月よ」

ダイヤ「新月ですか?」

千歌「満月じゃないの?」


吸血鬼がフルパフォーマンスを発揮出来るのは満月だと思うのですが……。


ヨハネ「確かにあんたたちが一番パワーを発揮出来るのは、満月の夜だけど……。それは向こうも同じ。加えて純度が違うから強化倍率も桁が違う」

千歌「どれくらい違うの?」

ヨハネ「あんたたちが満月で10倍パワーアップするんだとしたら、聖良は1万倍くらい強くなるわ」

ダイヤ「なるほど……それはまさに桁違いですわね」

ヨハネ「ただ、吸血鬼はとにかくピーキーな怪異よ。吸血鬼の性質が強ければ強いほど、新月による能力低下倍率も大きくなる。あんたたちのパワーが10分の1くらいになるとしたら、聖良のパワーは100分の1くらいになるわ。これがホンキで戦う聖良に対して勝機を見出せる要素の一つ」

ダイヤ「それでも、10倍しか違わないのですわね……」

千歌「せっかくなら、低下倍率もサービスして欲しい……」

ヨハネ「文句言わないの。それに強さの絶対量が違いすぎるから、これでもパワーで逆転出来るなんて思っちゃダメよ?」

千歌「はーい」

ダイヤ「承知しましたわ」


──
────
──────



千歌「それにしても……ヨハネちゃんの特訓、きつかったなぁ……」

ダイヤ「千歌さん、泣いてましたものね」

千歌「ダイヤさんも泣いてたじゃん」

ダイヤ「あれはたぶんまともな精神構造をしていたら、誰でも泣きます」

千歌「だよねぇ……」
223 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:56:59.98 ID:ZRnZyA2Z0

普段なら反論しているところかもしれませんが、もうそういうレベルではなかったので。

苦しいとか、きついとか言う次元ではなく。

その日の訓練が終わったときに、自分が泣きながら訓練を受けていたことに気付く、そういうレベルです。


千歌「ま、でも……」


千歌さんが身を寄せてくる。


千歌「ダイヤさんが一緒に居てくれるから……頑張れたよ」

ダイヤ「ええ……わたくしも同じ気持ちですわ」

千歌「うん……♪」


ロープウェイは──間もなく、山頂に到着します。





    *    *    *





千歌「わーーー!!!! 絶景ーーーーー!!!!」

ダイヤ「これは……確かに絶景ですわね」


函館山の山頂から見える夜景は観光名所としても有名ですが……。

これは本当に綺麗ですわね。

二人で並んで夜景を眺めていると──


千歌「えっへへ……」


千歌さんが寄り添ってくる。


ダイヤ「ふふ……」


その肩を抱く。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「ダイヤさんと一緒に居たら……チカ、無敵だから」

ダイヤ「ふふ、頼もしいですわね」



──────
────
──


ヨハネ「千歌、ダイヤ、あんたたち、訓練以外は基本的に二人で過ごしなさい」


沼津に戻っての特訓一日目でヨハネさんにそう言われた。
224 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:58:21.21 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「出来るだけイチャイチャしてなさい」

千歌「いちゃいちゃ……///」

ダイヤ「何故、それを命令されているのでしょうか……」

ヨハネ「……勝機があるとしたら、こっちは二人ってことよ。これは圧倒的なアドバンテージと言ってもいい」

ダイヤ「圧倒的、ですか?」

ヨハネ「何度も言ってるけど……吸血鬼はイメージで性質が決まる。だから、自身の強さを信じてくれるパートナーが居るってことは、お互いを強化出来るファクター足りうる」

千歌「なにそれ!? じゃあ、チカたち無敵じゃん!! ダイヤさんと一緒にいたら、絶対負けないもん!!」

ヨハネ「そう! その意気よ、千歌! お互いを信頼して、支え合って、鼓舞し合うことによって、どこまでもビルドアップ出来る。だから、パートナーをよく見て、知って、良いところをたくさん褒め合いなさい。そしたら、あんたたちは無敵だから!」


──
────
──────



ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん?」

ダイヤ「目、つむって」

千歌「えっへへ……このままキスしたら、歯ぶつかっちゃいそうだね」


確かに今はお互いキバが生えているから、気をつけないと……。


ダイヤ「気をつけますわ」

千歌「うん、上手にシてね……」


二人っきりの展望台で、千歌さんを抱き寄せて──


ダイヤ「……ん」

千歌「……ん」


口付けを交わした。


千歌「……えへへ」

ダイヤ「千歌さん……好きよ」

千歌「うん……私も、大好き」


函館山の夜景をバックに、二人で抱きしめ合う。

……数時間後には死線の中に居るであろうに、なんだか不思議な感じですわね。

いえ……だからこそ、でしょうか。


千歌「ヨハネちゃん……今も準備してるのかな」

ダイヤ「きっと、気を遣ってくれたのだと思いますわ……」


ヨハネさんは日が落ちてすぐに、


 ヨハネ『人払いの結界の準備するから、あんたたちはデートでもしてきなさい』


と言われ、今こうして二人っきりで過ごしている。
225 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:00:33.95 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「それにしても……ヨハネちゃん、人払いの結界なんて作れるんだね」

ダイヤ「本物の吸血鬼恐るべしですわ……実は善子さんのやってる儀式もバカに出来ないのかもしれませんわね……」

千歌「全部終わったら、ちょっと真面目に教えてもらおうかな……」

ダイヤ「ふふ……それもいいかもしれませんわね」


──ブッブ。


ダイヤ「あら?」

千歌「ん、携帯?」

ダイヤ「ええ……。……鞠莉さんからですわ」

千歌「なんて?」

ダイヤ「生徒会の仕事の報告ですわ」


前回聖良さんに宣戦布告をしたあと──沼津に帰りはしたのですが……。

日が沈んだら特訓を開始、日付変更と共にヨハネさんの指導が始まり(善子さんが就寝するので)、夜明けと共に泥のように眠り、起きたら日が沈みかけている。

そんな日々の繰り返しだったので学校に行く余裕など全くなかったため、千歌さんとわたくしは季節外れのインフルエンザと言うことで学校を休んでいます。

その間、鞠莉さんは文句一つ言わず……ずっと、わたくしの仕事を代わってくれていたようで……。

今回の一件。鞠莉さんにはずっと影で支えてもらってばかりでしたわね。

いつか、ちゃんと恩返しがしたいですわ……。


ダイヤ「千歌さんには皆さんから、連絡来ていますか?」

千歌「うん、毎日来るよ。チカが引きこもってた間も……毎日来てた」

ダイヤ「そう……」

千歌「今はちゃんと返事してるよ。来週くらいからはちゃんと登校出来るって言ってある」

ダイヤ「ふふ、では、ちゃんと帰らないといけませんわね」

千歌「もっちろん!」


──時刻はそろそろ22時が迫ってきている。


ダイヤ「……そろそろロープウェイが終わってしまいますね……下山しましょうか」

千歌「うん」


夜景を後にして、下山をする。

約束の時間は0時──刻一刻と戦いのときが迫ってくる。





    *    *    *





千歌「──……ちゅぅー……ちゅぅー……」

ダイヤ「……ん……っ……千歌さん、おいしい……?」

千歌「んー! ……ちゅ、ちゅー……っ……」

ダイヤ「ふふ…………♡」
226 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:02:11.82 ID:ZRnZyA2Z0

今は一旦ホテルに戻ってきて──最後の吸血の真っ最中。

この戦いが終わった後は……訓練のためにかなり強くなった吸血鬼化をゆっくり抜かなければいかないため、今後も何度か血を与える行為は続けることになりそうですが……。

とはいえ、吸血鬼化を維持するような頻度で行う吸血行為はきっとこれが最後でしょう。

訓練中は何度も血を飲ませていたので、さすがに刺激にも慣れてきた気がします。


ダイヤ「……千歌さん……」


ぽんぽんと背中を叩く。吸血を終わって欲しいという合図。


千歌「……んー……ちゅー…………」


ですが、千歌さん無視して血を吸い続けている。


ダイヤ「……千歌さん、吸いすぎですわ」

千歌「……ん、ぷはっ……ちぇ」

ダイヤ「ちぇ……では、ありません……。この後のこともあるのですから、少しは遠慮してください」

千歌「はーい……それじゃ、そろそろ行く?」

ダイヤ「いえ……その前に……」

千歌「?」


わたくしはホテルに備え付けてある、冷蔵庫を開いて、中からソレを取り出す。

真っ赤な液体の入った瓶。


千歌「!? そ、それは……!!」

ダイヤ「一本16,200円……最高級トマトジュースですわ」

千歌「買ったの!? え、飲んでいいの!?」

ダイヤ「ええ、戦いの前に祝杯と致しましょう。……あーあと……ヨハネさんが夕食を用意しておいたからと言っていましたわ。戦いの前に食べるようにと……えーっと……」

千歌「ごはん、ごはんっ!」

ダイヤ「これですわね……」


ヨハネさんが用意したらしい、ビニール袋の中からパックに入れられたソレを取り出す。


千歌「……ん、なにこれ?」

ダイヤ「……大量の鳥レバーと豚レバー……」

千歌「……つまみみたい」

ダイヤ「トマトジュースのつまみですか……あ、あと野菜もあると……」

千歌「あ、サラダもあるなら多少はアッサリして……」


同じようにビニール袋の中から、取り出したソレは……。
227 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:03:44.44 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……ほうれん草の缶詰ですわね」

千歌「ポパイじゃないんだから!!!」

ダイヤ「戦闘前に鉄分を補給しておけということでしょうか……。まあ、頂きましょうか」

千歌「もっとなんかオシャレなご飯がよかったなぁ……グラタンとかさ……」

ダイヤ「まあ……せっかく函館に居ますしね……」

千歌「蟹グラタン!」

ダイヤ「ふふ、いいですわね」

千歌「蟹、蟹食べたい!」

ダイヤ「全部終わったら食べに行きましょうね」

千歌「うん!」


とりあえず、千歌さんとわたくしの二人分、グラスにトマトジュースを注いで。


千歌・ダイヤ「「いただきます」」


トマトジュースを一口煽る。


千歌「ほぁ……!!」

ダイヤ「まぁ……!」


二人揃って感嘆の声が漏れる。


千歌「めちゃくちゃおいしい……!! さすが最高級!! 16,200円!!」

ダイヤ「本当においしいですわ……トマトジュース特有の癖みたいなものが全然感じられない……」


多少ドロリとはしていますが、甘味と酸味が程よい感じで混在し、何よりコクがある。味はしっかりと感じるのに、トマトジュース特有の青臭さがほとんどなく、非常に飲みやすい。


ダイヤ「これは……いくらでも飲めてしまいそうですわ」


今の自分の味覚が吸血鬼に寄っているとは言え、そういう贔屓目なしにしたとしてもこれはおいしいと言える。


千歌「はぁーーーー!!! おかわりっ!!!!」

ダイヤ「ふふ、味わって飲んでくださいね」


奮発してよかったかもしれませんわね……。

飲み物ばかりじゃなくて、レバーにも手をつけないと……そう思いレバーを口に運ぶと、


ダイヤ「……! これも随分良いレバーですわね……」

千歌「ホントに? ……あむ……。……わ、確かに……おいしい」


焼きたてではないのに、柔らかいし、レバー特有の血なまぐささが比較的抑えられている。


ダイヤ「ヨハネさん……良いモノを選んできてくれたのかもしれませんわね」

千歌「っ……! なんか、泣けてきちゃうなぁ、もぉ……」

ダイヤ「ふふ……そうね」


短い間だったとは言え、なんだかんだでここまで付き合って、わたくしたちを鍛えてくれた、いわば恩師です。

そんな恩師からの最後の餞別と言うことなのでしょう。


千歌「きっと……このほうれん草も……」
228 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:06:30.40 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんが缶詰の中にフォークを突き刺して、取り出したほうれん草を口に運ぶ。


千歌「……普通のほうれん草だ」

ダイヤ「ふふ……わたくしにもくださいな」


二人でのんびりと、最後の食事を楽しみ──食べ終わった頃には時計は23時半を指し示していた。

……わたくしたちは、最後の戦いに臨むために、身支度を整えてホテルを後にします……。





    *    *    *





──今回、戦闘を開始するのに指定した場所。

旧函館区公会堂前に向かう道すがら、


ヨハネ「ん」


ヨハネさんが街路灯に、もたれかかって待っていた。


ヨハネ「来たわね。……似合ってるじゃない、その衣装」

ダイヤ「ふふ、ありがとうございます」

千歌「うん! 自分たちでもそう思う!」


──わたくしたちは、この戦闘に備えて、衣装を用意していました。

千歌さんが着ている服は、いつぞやの堕天使スクールアイドルのときに着ていた、ゴスロリ衣装。

リボンも黒、トレードマークのヘアピンも黒を基調にハートをあしらったデザインで上半身は黒一色。

脚は真っ黒なクロス・ストラップ・シューズに、真っ白なフリルハイソックスで飾っている。

そして、あのときは衣装を着ていなかったわたくしも、ゴシック調の肩出しのプリンセス・ドレスに、黒のオペラ・グローブ。

脚には真っ白なフリルサイハイソックスと、真っ黒なストームパンプスでコーデし、おまけに頭にはゴスロリ衣装で使うブーケのようなミニハットを被っている。


ダイヤ「なんだか……本当にリトルデーモンになったみたいですわね」

千歌「うん! なんかゴスロリ衣装してると、ホント悪魔っぽいというか、吸血鬼っぽいなって!」

ヨハネ「ふふ、そう思えるのはいいことだわ。間違いなく、千歌とダイヤの吸血鬼性にプラスの方向に働くはずよ」


吸血鬼としてのイメージをより強固にするために、こうして今日のために用意したのです。

いわば、これがわたくしと千歌さんのバトルドレスということですわね。


ヨハネ「二人とも、訓練中も散々言ったけど……殺す気で戦いなさい」

千歌「……うん」

ダイヤ「わかっています」

ヨハネ「それくらい相手は強い、格上の吸血鬼。ホンキで殺すつもりで行って、やっと勝てる可能性が僅かにあるってくらいの賭けなんだからね」


ここまで、文字通り血を吐くような訓練をして来ました。

それでも尚ここまで念を押されるというのは……そういうことなのでしょう。

心して挑まなければならない。
229 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:08:16.27 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「……あと、この一帯の結界は張り終えた。結界内で壊したものとか建物は……あとで妖気で修復出来るから」

千歌「お、おお、便利……」

ダイヤ「最後まで、ありがとうございます……」

ヨハネ「ま、最悪全部終わった後に聖良にも手伝わせるつもりだし……気にせず思いっきり戦ってきなさい」


ヨハネさんはそう言っておどけたあと、


ヨハネ「……千歌、ダイヤ。教えられることは全部教えたつもりだから」

ダイヤ「はい」

千歌「……うん!」

ヨハネ「後は……勝って来なさい」


そう激励してくれる。


ヨハネ「んでもって……ちゃんと、帰って来なさい。戻ってこないと……善子が哀しむから」

千歌・ダイヤ「「はい!」」

ヨハネ「それじゃ……行ってらっしゃい」

千歌「行ってきます!」
ダイヤ「行ってきますわ」




    *    *    *




──二人でぎゅっと手を握って、踏みしめる。

一歩一歩、踏みしめて。


ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん」

ダイヤ「本当に……いろいろなことがありましたわね」

千歌「だね……濃密すぎて、ここ2ヶ月くらいで何年分くらいの経験したんだろって思うよ」

ダイヤ「ふふ、そうね……ですが、そんな長かった戦いも……これで終わりですわ」

千歌「うん。……なんかさ」

ダイヤ「はい」

千歌「終わるって思ったら、ちょっと寂しいね」

ダイヤ「ふふ……同じことを考えていましたわ」

千歌「あんなに大変だったのに、変なの」

ダイヤ「うふふ……ホントにね。……千歌さん」

千歌「なぁに?」

ダイヤ「勝ちましょう」

千歌「うん」

ダイヤ「勝って……一緒に、元の世界に──帰りましょう」

千歌「うんっ!!」
230 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:10:24.00 ID:ZRnZyA2Z0

約束の場所に着くと──


聖良「……来ましたね」


聖良さんが、公会堂の門の前に立っていた。


千歌「こんばんは」

ダイヤ「ごきげんよう」

聖良「……さて、戦う前に……何か話したいことはありますか?」

千歌「うーん、そうだな……」


千歌さんは少し悩んだあと、


千歌「……全部終わったら、また同じステージで踊りたいな」


聖良さんにそう伝える。


聖良「……そうですか、それは素敵なお誘いですね」


聖良さんは肩を竦めて笑う。


ダイヤ「……そのために手加減なんてやめてくださいね? そんなことしたら……──聖良さん、死んでしまうかもしれませんから」


わたくしは不敵に笑う。


聖良「……言うじゃないですか。ホンキで私に勝てると思ってるんですね」

ダイヤ「もちろん。勝ちに来たのですから」


もう覚悟は決まっている。わたくしも、千歌さんも。


聖良「いいでしょう……なら、お互い全ての力を出し切って──殺し合いましょう」

千歌「……行きます……!!」


──時刻は、0時。

夜空にその輪郭だけを浮かべる真っ黒な新月に見守られる中、

最後の戦いが──始まった。


231 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:13:35.52 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





聖良「……それでは」


聖良さんが、服の中からロザリオを取り出し──投げ捨てる。

それと同時に、


聖良「この姿……人に見せるのは本当に久しぶりですね」


キバが生えてくる。それと同時に──


ダイヤ「……なるほどどうして」

千歌「…………」


とてつもない妖気があふれ出してくるのが、わたくしたち紛い物の吸血鬼でもわかる。

肌がビリビリとし、その存在感に思わず屈服しそうになる。


聖良「降参しますか?」

ダイヤ「それも吸血鬼ジョークですか?」

千歌「降参なんて、しないよ!」

聖良「そうですか……残念です」


聖良さんは肩を竦める。


ダイヤ「……千歌さん、どうぞ」

千歌「うん──ガブッ」


わたくしが合図をすると、千歌さんが躊躇なく首筋に噛み付き、血を──


千歌「……ん、ぶ……っ……」

ダイヤ「……ん……」


──わたくしに“注入”してくる。



──────
────
──


ヨハネ「吸血鬼戦において、これからあんたたちに教える主な要素は5つ。まず最初に眷属化について教えるわ」

ダイヤ「血を吸うことによって、吸われた対象が眷属化するのですわよね」

ヨハネ「ええ、眷属化の程度は、吸われた血の量や吸血回数に比例するんだけど……千歌はそれだけだと、強い眷属化は出来ないわ」

千歌「強い眷属化?」

ヨハネ「とりあえず、千歌。いつもみたいにダイヤに噛み付いてみて。……ダイヤ、覚悟はいいわね」

ダイヤ「ええ、いつでもどうぞ」


髪をまとめて右肩の前に垂らして、いつものように左首筋を露出する。
232 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:15:26.97 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「じゃあ、噛むね」

ダイヤ「はい」

千歌「──あむっ」

ダイヤ「……っ……」


──キバが突き刺さってくる。


ヨハネ「それじゃ、そのまま……吸うんじゃなくて、血をダイヤに注ぎ込んでみて」

千歌「ふぉふぇ!? ふぇふぃるろ!?」

ヨハネ「よーくイメージすれば出来るわ。噛み付いた部分から、自分の血液をダイヤに押し込む感じ。……ダイヤ、最初は痛いかもしれないけど、我慢しなさい」

ダイヤ「……は、はい……」

千歌「……やっふぇみゆ……──ん、ぐ……」


普段はここから、何かが抜けていくような感覚だったのですが──


ダイヤ「……っ゛!!」


何かが無理矢理侵入してくる違和感がする。


ダイヤ「な゛に゛……っ゛……!! こ゛れ゛……っ゛……!!」


侵入してきたものが首筋から拡がっていき──どんどん身体が熱を帯びていく。

それと同時に、全身が痙攣を起こし、


ダイヤ「い゛っつ゛……っ!!!!」


痙攣を起こした部分が全身に響くような鈍痛を生じ始める。


千歌「!! らぃぁしゃ……っ!!」

ヨハネ「千歌、やめるなっ!!」

千歌「!!」

ヨハネ「半端なことしたら、眷属化の完遂に時間が掛かるわ。ダイヤはとっくに覚悟して眷属化を受けてる。あんたが躊躇するな」

千歌「……っ」

ダイヤ「千歌……さ、ん……だい、じょうぶ……だから……!!!」


わたくしとヨハネさんの言葉を聞いて、千歌さんが頷く。

それと同時に── 一気に千歌さんの方から、何かが押し込まれてくる。


ダイヤ「ぃ゛……き゛……っ!!!」

ヨハネ「全身が眷属化を受け入れて……一気に吸血鬼の特徴が現出するわ。急激な身体の変化のせいで、痛みが走る。あともうちょっとだから、頑張りなさい」

ダイヤ「は゛……い゛……っ……!!」


ヨハネさんの言う通り身体が急激に変化しているのが、わかる。

筋繊維一本一本が強靭なものに発達し、骨が頑強に重鈍になっていく。全身の神経が昂ぶって、肌が髪が、この空間に存在する空気の形を認識している。

耳には、いつもは聞こえないような微かな環境音が届き、近くに居る存在全てに違うニオイがあることが嗅ぎ分けられる。

そして──メキメキと音を立てながら、急激に犬歯が伸び始めている。
233 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:16:44.79 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「……もういいわよ」

千歌「……ん、ぷはっ」

ダイヤ「……っ゛……」

千歌「ダイヤさんっ!!」


千歌さんのキバが首筋から離れると同時に崩れ落ちる。


ダイヤ「だ、大丈夫……です……」

ヨハネ「……それが、眷属化。ダイヤ、貴方は今完全に千歌の眷属になった」

千歌「ダイヤさん…………。ぁ」


千歌さんがわたくしの瞳を覗き込んで、声をあげる。


ダイヤ「……?」

千歌「ダイヤさんの目……紅い」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「それも吸血鬼の特徴よ。私も千歌も、元々瞳が赤っぽいから目立たなかったけど……ダイヤはわかりやすいわね」


吸血鬼は鏡に映らないので、わたくしに確認する術はないのですが……。どうやら、間違いなく吸血鬼化したと言うことですわね。


ヨハネ「眷属化によって、ダイヤ、あんたも吸血鬼化した。吸血鬼化すると、まず身体能力が著しく向上する」


そう言って、ヨハネさんは空き缶を放ってきたので、咄嗟にキャッチする。


ヨハネ「たぶん、空き缶程度なら、軽く握るだけで、ぺしゃんこになるわ」


言われた通り試そうとして──


ダイヤ「……あ、あら?」


気付いたときにはすでに、空き缶はぺしゃんこになっていた。


ヨハネ「眷属化した直後だからね。力の加減がまだわかってないみたいね」

ダイヤ「……これ、ものすごいパワーですわね」

ヨハネ「千歌のときと違って、無理矢理、急激な吸血鬼化をさせてるからね。ただ、ちゃんと加減出来るようになりなさい。気をつけないと、そのパワーで自分の身体を破壊しかねないから」

ダイヤ「……わかりましたわ」

ヨハネ「んで、千歌」

千歌「あ、はい!」

ヨハネ「今みたいにダイヤに血を与えるとダイヤは強化される。逆に、いつもみたいに血を吸えば千歌が強化される。これが相互で吸血鬼化を維持する基本よ。覚えておきなさい」

千歌「らじゃー!」

ダイヤ「わたくしが血を吸われたとき……わたくしの能力が弱体化するということは?」

ヨハネ「大丈夫よ、そういうもんじゃないから。むしろ吸われた場合でも多少血が混ざるから、吸血鬼化は進行するわ。あくまで、意図的に吸血鬼化を激しく進行させ、眷属化をさせるための方法ってだけだから」

ダイヤ「なるほど……わかりましたわ」

ヨハネ「ん。……それじゃ、次だけど──」


──
────
──────

234 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:17:58.37 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんから血が送り込まれて来て──身体が熱を帯びる。


千歌「……ぷはっ」

ダイヤ「…………」


吸血鬼の力が漲ってくる。


聖良「お互い準備万端のようですね。どうぞ、先手はそちらに譲りますよ」

ダイヤ「それはどうも」

千歌「……行くよ……!!」


千歌さんが身を沈める──

刹那。

彼女の踏み込んだ足元の石畳が音を立ててひしゃげる。


千歌「ふんっ!!!!」


下半身のバネを利用して、飛び出した千歌さんの拳は──

聖良さんの背後にあった公会堂の門を、一発で吹き飛ばした。


聖良「……なるほど」

千歌「っ!! 外した……っ!!」


──違う、回避された。

聖良さんは最小限の動きで、千歌さんの拳を避けた。


千歌「っ!!!」


が、千歌さんは門を吹っ飛ばした拳をそのまま、振り下ろすように次の攻撃に派生する。


聖良「……ちゃんと吸血鬼の力の使い方は身につけてきたみたいですね!」


聖良さんはその拳も身を捻るように躱し、回避の勢いで全身を捻るように回転させながら、


千歌「……!!!」


千歌さんの背中に回し蹴りをお見舞いする。


千歌「がっ……!?」


しなやかな体運びとは裏腹に──

やや上方から打ち付けるような蹴りを受けた、千歌さんの身体は、見た目からは考えられないような威力で、激しく石畳にたたきつけられる。


ダイヤ「千歌さん!!」


そのまま、千歌さんの身体は、石畳を割り砕きながら跳ねて──数メートル単位で浮き上がる。


聖良「…………」


聖良さんが腰を低くする。

追撃するつもりだ。

わたくしも脚の筋肉に一気に力を込め──千歌さんの方へ向かって、一直線に飛び出す。
235 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:20:11.10 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さんっ!!」

聖良「!! 来ますか……!! なら、まとめて潰します!!」


直後、聖良さんも弾けるように地を蹴って飛び出す。

わたくしは、空中で千歌さんを抱き留めながら、聖良さんに目を向ける。

──拳を引いて飛んで来る。

空中で身を捻る反動で、叩き付けようとしてくる拳を、


ダイヤ「はぁっ!!!」


わたくしは踵落としの要領で、彼女の拳を下方に向かって蹴り飛ばす。


聖良「!!」


空中で無理矢理拳を上からはたかれて、聖良さんの姿勢が崩れる。

そして、それと同時にわたくしが今し方、抱き留めた千歌さんが──


千歌「……爪っ!!!!」


わたくしの身体の陰から、聖良さんに爪の先端を向け──それが聖良さんに向かって一気に“伸びていく”。


聖良「……!!!!」



──────
────
──


ヨハネ「──吸血鬼の戦闘能力の中で、特に重要なのは肉弾戦と密接に関係している、肉体強化と肉体変化よ」

千歌「肉体強化と肉体変化?」

ヨハネ「そ。肉体強化ってのは、五感、筋力、瞬発力、動体視力、根本的な体力やスタミナ、皮膚や筋肉、骨と言った体組織の強靭化のこと。さっきダイヤが空き缶ぺしゃんこにしたみたいに、吸血鬼化さえしちゃえば常時発動するわ。ただ、これだけだと運動性能が飛び抜けてる頑丈な人間みたいなものね──飛び抜け方が人間離れはしてるけど」

ダイヤ「肉体変化というのは?」

ヨハネ「名前の通り、こんな感じに──」


気付くと、ヨハネさんの爪が伸び──


千歌「ひぃ!?」


千歌さんの首元に突きつけられていた。


ヨハネ「爪を伸ばしたり、本来とは違う形に身体の形状を変化させる能力よ」

千歌「こ、こわいこわいこわい!!」

ヨハネ「爪はあくまで一例だけど……」


そう言いながら、ヨハネさんは爪の長さを戻していく。


千歌「……っほ」

ヨハネ「あんたたちは二人とも、すでに肉体変化を経験してるわ」

千歌「ほぇ?」


言われて少し思案する。本来とは違う形に身体の形状を変える……。
236 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:22:41.46 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「…………キバですか」

ヨハネ「その通りよ」

千歌「あ、これか!」


本来、人間の歯は伸び縮みはしない。

ですが、吸血鬼性の現出とその解除のサイクルの中で、千歌さんの犬歯は何度も伸び縮みを繰り返していた。

これはどう考えても本来の人間の歯にある性質ではない。


ヨハネ「ただ、キバに関しては吸血鬼化してる間は勝手に変化しちゃう部分だけどね。コツはいるけど、同じような原理で爪とかも伸ばしたり縮めたり出来るわ」

千歌「どうやるの?」

ヨハネ「単純よ。伸びるようにイメージする」

千歌「伸びるように……イメージ……。……いや、伸びないんだけど」

ヨハネ「イメージが足りないのよ……。もっと爪先に神経を集中させて」

千歌「し、集中……」

ヨハネ「流れる吸血鬼の血が、爪の先一点の集まってくイメージよ」

千歌「…………いや、伸びないんだけど」

ヨハネ「もっと頑張りなさいよ……」


伸びる、イメージですか……。

わたくしは目をつむって、指先に集中する。

先ほど吸血鬼化したときに、全身を巡る血が、急激に自らの肉体を変化させていった感覚を思い出す。

千歌さんから与えられた吸血鬼の血の通った部分が、変わっていく感覚……。

キバが生えていくときと、同じような感覚で──

先端。指の先端をイメージ。一番先端なら……まず、中指……。中指の先端に血を、意識を集めて、それで爪を伸ばすような……イメージ。


ヨハネ「……へぇ」

千歌「え、すご」

ダイヤ「……出来ましたわ」


目を開けると、中指の爪が鋭利に伸びていた。


ヨハネ「大したもんね」

ダイヤ「先ほど、急激な肉体変化を経験したばかりでしたので……イメージがしやすかったのだと思いますわ」

ヨハネ「次は中指以外も同時にね。慣れれば爪なんかはかなり自由に伸び縮みさせられるようになるわ。肉弾戦において、鋭利な爪はかなり有効な武器になるから、絶対会得しなさい」

千歌「ら、らじゃー! 頑張る!」

ダイヤ「他に肉体変化出来る部位はあるのですか?」

ヨハネ「ん、んー……そうねぇ。本物の吸血鬼なら、肉体変化どころか動物に変化したりも出来るから、動物の特徴を身体に現出させることも出来るんだけど……」

ダイヤ「わたくしたちには無理ですか?」

ヨハネ「……無理ではないけど、習得するには時間が足りないわね。……それでも、一個は無理にでも習得させるつもりだけど。絶対に必要なスキルになると思うから。……ただ、今はとりあえず爪ね」

ダイヤ「わかりましたわ」



──
────
──────

237 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:24:18.45 ID:ZRnZyA2Z0

──千歌さんから伸びる鋭利な5本の爪は、空中で制御の利かない聖良さんを完璧に捉える。

この位置取りなら、回避は出来ない……!!


聖良「くっ……」


千歌さんの爪はそのまま、聖良さんの肩に突き刺さる。


聖良「っ!!」

千歌「……とりゃぁ!!!」


千歌さんはそのまま、腕を振るって、聖良さんの肩を切り裂く。

長く太い爪に弾かれるようにして、彼女の身体が後方に吹き飛んだ。

──ガシャンッ!


聖良「……ぐっ!!!」


そのまま、聖良さんは門柱に音を立てながら叩き付けられ、声をあげる。


千歌「ダイヤさん、ありがとっ!!」

ダイヤ「いえ、大丈夫ですか!?」


二人で着地をしながら、千歌さんが攻撃を食らった部位を見てみると、

もうすでに傷の再生が始まっていた。


千歌「うん、そんなに思いっきり食らったわけじゃなかったから……これくらいならすぐに再生出来るよ」

ダイヤ「ならよかった……」


これなら、応急手段を取る必要はまだない。

一方で聖良さんも、


聖良「なるほど……この短期間で随分しっかり、鍛えてもらったようですね……」


肩の大きな裂傷痕を再生しながら立ち上がる。

やはり、再生が早い。


千歌「……死ぬほど辛い訓練を受けたから……」

聖良「みたいですね……思ったより楽しめそうで、安心しています」


言いながら、聖良さんは千歌さんと同じように、爪を伸ばし始める。

ただ、先ほどの千歌さんの不意打ちの刺突とは違う。

伸びた10本の爪は、近接戦闘用に10cmほどに伸ばし、鋭利な形状を保っている。


千歌「ダイヤさん、下がって」

ダイヤ「はい」


そして、千歌さんも同様に10cmほどに両手の爪を揃えて、相対する。

238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/06(土) 22:25:21.52 ID:wxv81tKl0
なんかもうラブライブでやる必要性が皆無すぎるわ
239 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:27:24.46 ID:ZRnZyA2Z0

──────
────
──


ヨハネ「近接戦は基本的に千歌がすること」

千歌「ん、わかった」

ダイヤ「わたくしは前に出ない方がいいのですか?」

ヨハネ「基本的にはね」

ダイヤ「わたくし運動神経はそこまで悪くないのですが……」

ヨハネ「そうは言っても、近接戦は瞬発力と動体視力、反射神経の勝負だからね……肉体強化はあくまで強化だから、元の能力が高いほど、強化されたあとも強いわけだし。まあ、理由はそれだけじゃないし」

ダイヤ「というと?」

ヨハネ「あんたは千歌と違って、眷族でしかないから、千歌よりも再生能力が弱いのよ。だから、直撃を受けたらそれが一発で致命傷になりかねない」

ダイヤ「……なるほど」

ヨハネ「もちろん、それについても対応策を教えるつもりではあるけど……。あくまで基本的には千歌が前衛に出た方がいいわ」

ダイヤ「ちなみに……再生能力の違いというのはどれくらいですか? ……というか、そもそも千歌さんもどれくらいの再生能力なのか……」

千歌「あ、それは私も気になるかも」

ヨハネ「そうね……あんたたちの吸血鬼性だと……。千歌は手とか足の先なら千切れても、再生出来ると思う。内臓もある程度は大丈夫。ただ、身体が真っ二つになったら、さすがにきついでしょうね……」

千歌「丈夫だね……。……で、でも千切れるのはイヤだなぁ……」

ヨハネ「大丈夫よ、痛みに慣れるために何度か再生訓練で手足は潰すつもりだから」

千歌「え」


それは大丈夫なのでしょうか……。


ヨハネ「ダイヤの場合は切断部位の再生は無理だと思うわ。骨折とかが限界かしら」

ダイヤ「……わかりました。なら、腕の骨、折って貰っていいですか?」

千歌「ダ、ダイヤさん!?」

ダイヤ「慣れる必要があるのでしょう? ……なら、出来るだけ早い段階から始めて、慣れてしまわないと」

ヨハネ「いい心掛けね。……ただ、ダイヤ、あんたの場合は再生にもコツがいるから、それを説明してからにするわ」

ダイヤ「コツですか……?」

ヨハネ「特に骨折は再生にコツがいるのよ」

千歌「コツ……骨だけに!?」

ヨハネ「失敗すると、えぐいことになるから……」

ダイヤ「……詳細がよくわかりませんが、そういうことでしたら、話を聞いてからにしますわ」

千歌「え、ちょ、無視しないでよぉ!?」


──
────
──────



聖良「…………」

千歌「…………」


相対する二人の吸血鬼が、爪を構えて、じりじりとにじり寄る。


ダイヤ「…………」
240 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:29:38.78 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしはとにかく、聖良さんの動きに注力する。

膠着した状態から──


聖良「──」


一瞬、聖良さんの影が揺れる。

──右!!!


千歌「!!!!」


頭の中で叫ぶと共に、千歌さんが上半身を大きく右に逸らす。

──ヒュンッ!!!

風を切る音と共に、さっきまで千歌さんの上半身があった場所を聖良さんの大爪が薙いでいた。


聖良「……!!!」

千歌「で、りゃぁ!!!!」


攻撃を回避した千歌さんが、逸らした上半身を膂力で無理矢理戻しながら、その勢いを利用して、爪撃をやり返す。

──ザシュッ!!


聖良「ぐ!?」


鋭利な刃物で肉が切り裂かれる音と共に、千歌さんの斬撃が直撃した聖良さんの肩口から、鮮血が飛び出す。


聖良「っ!!」


痛みによろけるように、身を落とした聖良さんは──そのまま、思いっきり左脚で地面を踏みしめる。


ダイヤ「!」


──跳んで!!


千歌「!! やぁっ!!」


千歌さんが咄嗟に跳ねると、


聖良「!?」


今の今まで千歌さんが立っていた場所に、聖良さんの右脚によるローキックが放たれていた。

──ローキックとは言うものの、その威力は薙いだ先から、石畳が抉れるようなとんでも威力なのですが。

空中に跳んだ千歌さんは、先ほどのように再び自分の爪先を聖良さんに向け──


千歌「つ、めっ!!!」


──爪を伸ばす。

至近距離で勢いよく伸ばした爪は、今さっき切り裂いた、聖良さんの肩口の傷に突き刺さり、


聖良「ぐっ!!!」


そのまま、一気に身体を貫いて、背後の門柱の根元に突き刺さる。

──動きをホールドした!!!
241 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:31:43.15 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「……はぁっ!!!!」


が、聖良さんは気合いの掛け声と共に、フリーの右手で、肩を貫く千歌さんの爪をグラップし、

力任せに握りこむ。

──メキメキメキッ!!!


千歌「いっ!!?」


血管の浮き出る程の馬鹿力で握り込まれた爪は、相当頑丈で頑強なはずなのに、音と共にヒビが入っていく。


聖良「はぁっ!!!」


──バギンッ!!!

硬いものが崩れる音と同時に、


千歌「いった゛っ!!!!!」


千歌さんが悲鳴をあげる。

不安定な状態から、爪で相手を貫いたばかりだった、千歌さんは、爪が砕けた痛みに驚いて、


千歌「っ!!」


脚を滑らせ、後方に向かってバランスを崩した。


聖良「──ッ!!」


その隙を見逃さないと言わんばかりに、聖良さんが前傾姿勢になりながら、飛び出そうとした、

ところに──


ダイヤ「──……はぁっ!!!」

聖良「……がっ!!!?」


わたくしが、滑り込むように、千歌さんの前方に躍り出て、

飛び出そうとした聖良さんの頭部に掌底突きをあわせる。

勢いの乗った、聖良さんは躱すどころか、自らの勢いを利用されたカウンターの要領の掌底に顎が上がる。


聖良「……ッァア゛!!!」


──が、聖良さんは気合いで、すぐに顎を引いて体勢を戻す。


ダイヤ「それくらいは、やってきますわよねっ!!」


これくらいは読んでいる。

わたくしはそのときにはすでに身を屈ませていて、

──屈んだわたくしの頭のすぐ上、空を切りながら拳が伸びてくる。


千歌「ぉぉりゃぁ!!!!」


体勢を立て直した千歌さんが、わたくしの頭上から、体重を乗せた拳を、聖良さんの顔面に叩き込む──

──ドグムッ!!!

吸血鬼の膂力によって繰り出される拳が大きな鈍い音を立てて、聖良さんに直撃した。
242 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:33:10.27 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……入った!!」


……いや──


聖良「……はぁ、はぁ。やるじゃないですか……」

千歌「!?」

ダイヤ「!!」


聖良さんは千歌さんの拳を頭突きで相殺していた。

──わたくしはすぐさま、反転し、下半身に力を込める。


聖良「はぁぁっ!!!!」


わたくしの背後で聖良さんが足元の石畳に向かって両手を合わせて思いっきり、地面に叩き付ける。

その衝撃で、わたくしたちの足元が──バキバキッ!! とド派手な音を立てて、破壊され、砕かれた岩石が襲い掛かってくる。


千歌「わっ!!?」

ダイヤ「くっ……!!」


準備していたのが幸いだった。

そのまま、下半身のバネを利用して、千歌さんを抱えるようにして、一気に離脱する。


聖良「……避けますか」

ダイヤ「はぁ……はぁ……」


どうにか逃げおおせてから、背後を振り返ると、


千歌「じ、地面が……」


聖良さんが殴りつけた地面は、隕石でも落ちてきたのかと言わんばかりに、凹みを作っていた。

直撃してたら致命傷でしたわね……。逃げられてよかった……。


聖良「……大したコンビネーションですね」

ダイヤ「…………」

千歌「私とダイヤさんの、愛の力です!」

聖良「愛の力ですか……それはロマンチックですね。……随分深く眷属化で結びついているみたいですね。しかも、主従間で相互に」

ダイヤ「……バレてる……」


出来れば気付かれないに越したことはなかったのですが……。



──────
────
──


ヨハネ「はい、じゃ、一旦休憩」

千歌「は、はひぃ……」

ダイヤ「はぁ……はぁ……」


二人してヘタリ込む。
243 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:34:29.85 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「お疲れ様。再開は5分後ね」

千歌「ご、5分!?」

ダイヤ「や、休めない……」

ヨハネ「短期間でいかに体勢を立て直すかも訓練よ。ほら、さっさと休憩しないと時間なくなるわよ」

千歌「き、休憩になってないぃ……」


ええと……5分で出来ること……まず、水分……トマトジュース……。


千歌「わかった、持って来るね」

ダイヤ「お願いしますわ……」


──『増血剤も今のうちに飲んでおかないと……』


ダイヤ「増血剤、増血剤……」

ヨハネ「……?」

千歌「トマトジュース取ってきた!」

ダイヤ「はい、増血剤ですわ」

千歌「わ! チカが思ってることわかったの?」

ダイヤ「え? 飲んでおかないとと、言っていたではありませんか……」

千歌「え? 口に出てた?」

ダイヤ「ええ、よく聞こえてましたわよ。ねぇ、ヨハネさん?」

ヨハネ「……いや、言ってなかったわよ」

ダイヤ「え?」

ヨハネ「ついでに言うなら、トマトジュースのことも口に出てなかったわよ」

千歌「?? ダイヤさん、まずトマトジュースって……」

ダイヤ「……?」


千歌さんと二人、思わず顔を見合わせる。


ヨハネ「……ちょっと、二人ともいいかしら」

千歌「……? う、うん」

ダイヤ「なんでしょうか……?」


そう言って、ヨハネさんは、ポケットからトランプを取り出す。


千歌「トランプ?」

ヨハネ「動体視力の訓練に使おうと思って持ってきてたんだけど……ちょっと、別のことを試してみようと思って」


そういいながら、ヨハネさんはわたくしにカードを一枚だけ投げ渡してくる。


ダイヤ「? なんですか?」

ヨハネ「千歌は見ないように。ダイヤはそれに書いてある数字とマークを頭に思い浮かべてみて」

ダイヤ「は、はい……」

千歌「? わかった」


手渡されたカード……♣のK。
244 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:36:16.51 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「千歌、ダイヤの持ってるカードは何?」

ダイヤ「……は? い、いや、それはいくらなんでも……」

千歌「……♣のK」

ダイヤ「え!?」

ヨハネ「……次」


ヨハネさんはさらにわたくしに三枚のトランプを投げ渡してくる。

先ほど同様に見てみる。

──右から♥の3、♦の10、♣のQ。


千歌「♥の3、♦の10、♣のQ」

ヨハネ「右から? 左から?」

千歌「右から」

ダイヤ「!? う、嘘!? ど、どういうことですか!?」

千歌「なんか……ダイヤさんの見てるものがわかる……」

ヨハネ「じゃ、次は逆ね。千歌」

千歌「あ、うん」


千歌さんに5枚のトランプが手渡され、千歌さんがそれを手の中で開くと同時に──イメージが流れ込んできた。


ダイヤ「!? ……右から、♥のK、♠の10、♠の9、♦のJ、Joker」

千歌「あ、あってる……」


わたくしの解答を聞いて、驚いた顔をしながら見せてくれたトランプは──右から、♥のK、♠の10、♠の9、♦のJ、Jokerだった。


ヨハネ「あら、ストレートじゃない」

ダイヤ「い、いや、そういう問題ではありませんわ!!」

千歌「こ、これって、どういうこと……??」

ヨハネ「……精神がリンクしてるわね」

千歌「精神がリンク……?」

ダイヤ「精神が繋がってる……ということですか……?」

ヨハネ「ダイヤには前、話したと思うけど……吸血鬼の眷属化って主と従者の間で強い結びつきが生まれるの。その中でも一際強い信頼がある場合、主は従者の考えてることがわかるようになることがあるのよ。……そうね、言うなれば使い魔の見ている映像を遠目で見れるテレパシーみたいな感じかしら」

千歌「あ! だから、私はダイヤさんの見てるものとか、考えてることがわかるんだ……。……あれ? でもなんでダイヤさんもチカの考えてることわかるの?」

ヨハネ「……だから、これは本当に僥倖も僥倖……本当に、心の底から結びついている主従だと、従者から主の方向へも精神がリンク出来ることがあるの」


……つまり。


ダイヤ「わたくしと千歌さんは……///」

千歌「心の底から、結びついてる……/// ……な、なんか、照れちゃうね……///」

ヨハネ「全く、ラブラブで羨ましい限りね……善子だったらリア充爆発しろって言ってたところよ」


ヨハネさんはそう言って、肩を竦めた後、


ヨハネ「……ただ、これは本当に聖良には絶対にないアドバンテージよ、活かさない手はない」


トランプを床にばら撒く。
245 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:38:42.05 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「? トランプするの?」

ヨハネ「しないわよ」


気付けば、もう一箱新しいトランプを取り出していた。


ダイヤ「……? 何をするのですか?」

ヨハネ「千歌とダイヤは背中あわせになって。……まず、先に千歌ね。千歌はトランプがばら撒いてある方を向いて座って」

千歌「う、うん、わかった」

ダイヤ「……はい」


そして、ヨハネさんはわたくしの横斜め前に立って。


ヨハネ「今から私がトランプを投げるわ」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「ダイヤはそのトランプの柄と数字を目で追って」

ダイヤ「……投げたトランプをですか」

ヨハネ「そうよ。そして、千歌は……そのまま、私が投げた柄と数字のトランプを手で払って頂戴」

千歌「え、後ろでやってたら、チカ見えないけど……」


なるほど。ようやく何をしようとしてるのかが、わかってきました。


ダイヤ「わたくしが見て、それを瞬時に千歌さんに精神リンクで伝達して……千歌さんがそのトランプを取るということですわね」

ヨハネ「そういうことよ」

千歌「あ、なるほど!」

ヨハネ「これによって、動体視力、瞬発力……そして、お互いの精神リンクによる意思疎通の訓練を同時に行うわ。トランプが半分になったらそこでリセット。そしたら、千歌とダイヤは役割を交代する」

千歌「わかった!」

ダイヤ「承知しました」

ヨハネ「百発百中になるまで、やるからね。覚悟しなさいよ──」


──
────
──────



その後の訓練でわかったのは、精神リンクによる意思疎通は、近くに居れば居るほど強くなるということ。

触れているときが最大、違う空間に居るとほとんどわからなくなる。

ただ、離れていてもお互いがどの位置にいるのかだけは、高い精度で認識することが出来ます。

制約があるため、万能なテレパシーとまでは行きませんが……言葉を交わす暇のない戦闘中でも意思疎通が出来るのは仮にバレてしまったとしても、十分なアドバンテージと言えるでしょう。


聖良「しかし、驚きました……。貴方たち、本当に吸血鬼もどきですか? すでに、下手な混血種よりも強いかもしれませんよ」

千歌「ふふんっ! すごいでしょっ」

ダイヤ「それは、光栄ですわね。光栄ついでに──」


聖良さんを見据えて、言う。
246 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:40:29.21 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「──本気を出していただけますか?」

聖良「……気付いてましたか」

ダイヤ「……いくらなんでも、弱すぎますわ。わたくしたちに毛が生えた程度の強さではないですか」

千歌「じ、自分で言わなくても……」

聖良「……軽く脅かして、諦めて貰おうと思っていたのですが……。……仕方ないですね」


そう言って聖良さんが両袖を捲くると──


千歌「……ひぃぃ!?」

ダイヤ「……ロザリオ」


先ほど投げ捨てたのとは別に、両腕にもロザリオが巻きつけてありました。ここまではロザリオ一個分の封印を解除しただけだったと言うことです。


聖良「……もう一度お訊ねしていいですか」

ダイヤ「……聞きましょう」

聖良「……本当に、死にますよ」


冷たく、言い放たれる、死の宣告。


千歌「死なないよ」

聖良「……」

千歌「だって、負けないもん」

ダイヤ「わたくしたちは本気の貴方に勝たないと、意味がない。どうぞ、本気で殺しに来てください」

聖良「…………残念です。ですが、その覚悟には──敬意を払います」


そう言いながら、両腕のロザリオを──最後の封印を聖良さんは引きちぎった。

──瞬間。


千歌「っ!!!!」

ダイヤ「こ、れは……!!!」


聖良さんから溢れ出す、妖気が──バヂバヂと、音を立てて空気中で爆ぜる。

これが、本物の──


ダイヤ「吸血鬼……!!」


他の吸血鬼なんて、ヨハネさんと、無自覚な理亞さんくらいしか見たことがありませんが……。

それでも、目の前の聖良さんがとてつもない強さだと言うことが直感で理解出来た。


聖良「……後悔しないでくださいね」


聖良さんが再び爪を伸ばす。

そして──腕を薙いだ。


千歌「ダイヤさんっ!!」

ダイヤ「!!」
247 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:41:46.49 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんが反射的にわたくしに覆いかぶさるようにして、一緒に地面伏せる。

次の瞬間──

聞いたこともないような、轟音と共に、背後の公会堂の2階部分が──消し飛びました。


聖良「…………」


これで、いい。彼女は間違いなく本気になった。


ダイヤ「さあ、ここからが本番ですわよ! 千歌さん!!」

千歌「うん!! 行くよ!!」


第一関門突破。本気の聖良さんとの戦いが始まりました。





    *    *    *





ダイヤ「はぁぁ……っ!!!」


伏せった姿勢のまま、手と腕に力を込めて、石畳に爪を立てる。

──バキメキという、音と共に指ごと、石に食い込んでいく。


千歌「爪っ!! 食い込めぇぇぇ!!!」


千歌さんも同様に、

食い込むほど前腕で踏み込んだまま、


千歌「ゴーーー!!!!!」

ダイヤ「はいっ!!!」


更に後ろ足によるパワーも乗せ、二手に分かれて、同時に飛び出した。

聖良さんの両側面を取るように、わたくしは向かって左側、千歌さんはその逆側に飛び出す。


聖良「……挟み撃ちですか」


丁度三人が一直線になる両側面を取って踏み込み、そこから鋭角に曲がるようにして、両側から聖良さんに飛び掛る。


ダイヤ「はぁぁぁぁっ!!!!」

千歌「うりゃぁぁぁぁっ!!!!」


両側から、爪撃による襲撃。

だが、聖良さんは、


聖良「はぁっ!!!」


左脚で思いっきり震脚をし、


千歌「いっ!!?」
248 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:43:08.85 ID:ZRnZyA2Z0

その反動で、飛び掛ってくる千歌さんの目の前に、畳替えしの要領で地面が捲り上がって聳え立つ。

石畳どころか、その下のコンクリートも纏めて捲り上げ、2メートル近い分厚い岩の壁が千歌さんの前に立ち塞がる岩畳返し──が、


千歌「──どりゃぁっ!!!!」


その岩壁は、一瞬で千歌さんの爪によって切り伏せられ、横薙ぎに真っ二つにされた、岩の壁の向こうに千歌さんが見える。

──だが、相手の狙いは防御ではない。


千歌「!!」


聖良さんは、岩を捲り上げた時点で、千歌さんの方には背を向けていた。


聖良「まずは貴方です!!」

ダイヤ「!!」


岩はあくまで、標的をわたくしに絞るための時間稼ぎ。

わたくしはこちらに向かってくる、聖良さんに向かって、爪を袈裟薙ぎに振り下ろす。

聖良さんも即座に爪を伸ばし──ギャギャギャと、耳障りな音が響き渡る。

お互いの斬撃が鍔競り合う。

──いや、鍔競り合ってのは、ダメだ。

正面からの攻撃による力比べは、千歌さんでないとまず勝ち目がない。

わたくしは──


ダイヤ「……ふっ!」


伸ばした爪を──瞬時に引っ込めた。


聖良「っ!?」


振り下ろされていたはずの爪が急になくなり、聖良さんの爪撃は斜め上方にすっぽぬける。

斬撃をギリギリで躱すように、身を屈め、摺り足で前方に身体を運びながら、一気に腕に力を込める。


ダイヤ「はぁぁっ!!!!」


勢いの乗った掌底突きを、彼女の腹部に叩き込んだ。


聖良「……ぐっ!!!」


いくら彼女が肉体を強化していると言っても、こちらももはや常人のパワーではない。

防御をしっかりしていなければ、ダメージは通る。

そして、更に──


千歌「どーーーりゃぁぁっ!!!!」

聖良「ぐっ!!!!」


背後の千歌さんの爪が再び、彼女の背中を斬り付ける。

聖良さんが背中から出血する。

確実に攻撃が届いている。

畳み掛ける──
249 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:44:20.16 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ふっ──」

千歌「やぁっ!!」


わたくしは勢いを殺さないまま立ち上がりつつ、軸足を使って回転し、裏拳で後頭部を──

千歌さんは前傾から爪で切り裂いた直後に、手で地面をついてから、体幹で強引に身を捻り、カポエイラのような蹴りを、聖良さんの右腹部に──

同時に叩き込む。


聖良「がっ、ぐっ!!!!」


真っ向からのパワーでは勝てない。

だけれど、コンビネーションによる手数ではこちらが圧倒的に有利。


聖良「な、め、るなぁっ!!!」


聖良さんは普段出さないような、荒々しい言葉遣いで叫びながら、


千歌「ぎゃわぁっ!!?」


腹部に刺さった千歌さんの右足首をグラップする。

──そのまま、一気に握力で握りつぶす。


千歌「──んぎゃあああぁぁあぁあっ!!!!!」

ダイヤ「!!! 千歌さんっ!!!!」


千歌さんの絶叫が響く。

が、助ける間もなく、


聖良「──……」


聖良さんの手は背後のわたくしにも伸びてくる。


ダイヤ「──っ!!」


わたくしは、咄嗟に摺り足で体勢を整えながら、後ろ手に伸びてくる彼女の手首を掴み──

極めながら引き摺り落とすにようにして、自分の横に向かって投げ飛ばす。

合気道の隅落しに近い投げ技です。


聖良「っ゛!!」


柔術ならパワーで劣っていても、相手の力を利用出来るので、攻撃が通りやすい。護身術として習っていてよかった。

転ばされた反動で、聖良さんのグラップした手が千歌さんの脚から離れる。

聖良さんの拘束を逃れた千歌さんは、


千歌「!! うおぉぉぉぉぉっ!!」


すぐさま無事な方の脚で強引に立ち上がり、

そのまま、逆の脚を振りかぶって──


ダイヤ「え!? 千歌さんっ!!!?」

千歌「くぉぉぉぉんのぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
250 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:44:58.33 ID:ZRnZyA2Z0

サッカーボールキックを倒れている聖良さんに炸裂させた。


聖良「がはっ──!!!?」


完璧に蹴撃が決まり、聖良さんが10メートル以上吹き飛ぶ。これは確実に大きなダメージだ。

──が、同時に、


千歌「いったぁぁーーーー!!!!? 足もげた!!!? 絶対もげた!!!!!」


握りつぶされたばかりの足で蹴り飛ばすから……!!!


ダイヤ「って、足がない!?」

千歌「いいいいいいい!!!?!? ホントにもげてるうぅうぅぅぅ!!!?」


さっき握りつぶされた、足首から先がキックの勢いと共にすっぽ抜け、足首があったであろう場所からは血がだらだらと流れ出していた。

わたくしはすぐさま、駆け寄り、


ダイヤ「千歌さん!!! 吸って!!!」


彼女の顔の前に首筋を差し出す。


千歌「ガブッ!!!!」


躊躇なく、噛み付いた、千歌さんは、


千歌「ちゅぅぅーーーー!!!!」


一気に血を吸い上げる。

──すると、


千歌「ぷはっ……はぁ……はぁ……た、助かった……」


ちぎれてなくなったはずの足首がみるみるうちに再生していく。

251 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:45:47.46 ID:ZRnZyA2Z0

──────
────
──


ヨハネ「再生訓練の前に、再生の知識として……他の吸血鬼性同様、この超再生は、千歌がダイヤから血を吸えば千歌の再生力は著しく強化され、逆にダイヤに血を与えればダイヤの再生力が強化されるわ」

ダイヤ「ということは……千歌さんが大きなダメージを受けたときは、わたくしがすぐに血を飲ませに行く必要がありますのね」

千歌「逆にダイヤさんが傷を負ったら、チカが血を注入する……」

ヨハネ「そうね。ただし、血を飲みすぎたら、当たり前だけど、ダイヤが貧血で失神するから、出来る限りダメージを受けないのに越したことはないかしらね……。まあ、そうも言ってられない激しい戦闘にはなると思うけど」

ダイヤ「回数の目安はどれくらいですか?」

ヨハネ「うーん……食事的な吸血だと一回50mℓくらいなんだけど……。ケガの治癒ってなると、かなり多めに吸う必要があるから、200mℓ近く吸われるとして……」

ダイヤ「致死量は800mℓ程度でしたか……」

ヨハネ「短期間だとそれだけ失血すると、失血性ショックを起こす危険があるわね……。まあ、かなり無茶して1ℓが限度だと思うわ」

千歌「えっと……1りっとるって、何みりりりっとる?」

ダイヤ「……1ℓは1000mℓですわ」

千歌「じゃあ、多くても5回が限度……チカがあんまりダメージを負いすぎちゃダメってことだよね……大丈夫かな」

ヨハネ「一番心配なのは、あんたの学力なんだけど」

ダイヤ「右に同じですわ……」


ヨハネさんと二人で嘆息してしまう。


ヨハネ「それはともかく……千歌、再生訓練するわよ」


ヨハネさんはそう言いながら、木槌を取り出す。


千歌「うっ……じ、持病の癪が……」

ヨハネ「大丈夫、そんなの忘れちゃうくらい痛いから」

千歌「え、癪って痛いの……?」

ダイヤ「癪って、胃痛や虫垂炎、胆石等の激痛のことですからね……」

千歌「へー……」

ヨハネ「……って言いながら、何逃げようとしてんのよ」

千歌「……ぅ、だって……」

ヨハネ「いくら再生出来るって言っても痛みはある。激痛に耐えられなかったら失神もする。もし、敵の目の前で失神なんてしたら、それこそミンチにされるわよ」

千歌「ミ、ミンチはやだ……」

ヨハネ「再生能力も慣れれば向上出来る。これは吸血鬼戦には絶対必要な訓練なの。覚悟決めなさい」

千歌「……わ、わかったよぉ……。……で、でも、ちょっと待って……心の準備を……」

ヨハネ「ていっ」


ヨハネさんが問答無用と言わんばかりに、木槌で千歌さんの足先を叩き潰す。


千歌「!!?!!??! んぎゃああああああああ!!?!? 足ぃ!!!? 絶対潰れた!!!!?」

ヨハネ「潰したからね。はい、再生を意識」

千歌「い、いいいい、い、い意識って言われてもぉ!!!?」

ヨハネ「はい、遅い不合格」


言いながら、今度は逆の足を叩く。
252 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:47:04.83 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「んぎゃあああああああっ!!!!!」

ヨハネ「死ぬ気で再生しなさい。10秒で元に戻ってなかったら、また叩くから」

千歌「鬼ぃ!!!!」

ヨハネ「吸血鬼よ。……はい、10〜」

千歌「再生再生再生再生再生っ!!!! 戻れ戻れ戻れ戻れっ!!!!」

ダイヤ「…………」


なんと過酷な訓練なのでしょうか……。

千歌さんは泣きながら絶叫していますが……実はこの訓練直前にヨハネさんから言われていたことがあって、


 ヨハネ『ダイヤ、千歌が傷つくのを見るのは辛いかもしれないけど……あんたは千歌の負傷状況を把握してる必要がある。眷属化の意思疎通にも限界があるし、辛くても絶対に目を逸らさないように、目を瞑らないように、慣れなさい』


わたくしは、千歌さんをしっかり見ていないといけない。


ヨハネ「──……はい、いーち」

千歌「待って、お願い、待って、許してっ!!」

ヨハネ「敵待ってくれませーん。はい、ゼロ」


──ドン。


千歌「んぎゃああああぁぁああぁああっ!!!??」

ダイヤ「…………」


確かにしんどいですわね……これ。主に千歌さんが……。というか、ヨハネさんがちょっと楽しそうな気がするのは、気のせいでしょうか……。

まあ、それはともかく……。


ダイヤ「……わたくしたちは、これが必要になるようなことを、為そうとしているのですものね……」


──
────
──────



千歌「……よし、ちゃんと動く」


千歌さんはすぐさま自分の足がちゃんと再生しているかの確認を済ませる。

訓練の成果か、痛みに対して動揺が随分減った。


千歌「ダイヤさん、いける?」

ダイヤ「ええ」


返事をしながら、わたくしは聖良さんの方から目を離さない。今は吹き飛ばした際に巻き上がった土煙のせいで聖良さんの姿は見えないが……油断は出来ない。

この戦闘に置いて、わたくしは二人分の目です。

ヨハネさんからも言われているのですが、状況判断能力は千歌さんよりもわたくしの方が高いと言うことから、基本の前衛肉弾戦を千歌さんに、後ろからの戦局判断をわたくしにという割り振りをしています。

ただ……コンビネーションでどうにか、凌いでるものの、封印を完全に解いた聖良さんのパワーはまさに段違い。


ダイヤ「そろそろ、わたくしが前に出る必要も出てくるかもしれません……」


わたくしにもヨハネさんから伝授された秘策がある。

それなら、リスクはあるが、一時的に彼女の攻撃を無力化出来る可能性もある。

わたくしがそんな覚悟を決める中、その端で千歌さんは、
253 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:47:59.29 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……だいぶ、さっきのケガで出血しちゃったな……もったいない」


ちぎれた足首の先から流れ出た、血溜まりを見ていた。


千歌「……この血は“使おう”」


千歌さんがその血に手を添える。

──刹那。

前方の土煙が揺れた。


ダイヤ「!! 千歌さんっ!!!」


──突如、土煙を切り裂いて、真っ赤な長い鋭利なものが飛び出してくる。

眼前に迫る、投擲物。

──ガインッ!!!

それはわたくしの目の前で、金属同士がぶつかる音が弾ける。


ダイヤ「っ!!!」

千歌「ふぬぬぬっ!!!!」


目の前に躍り出て、攻撃を受けながら踏ん張る千歌さんの足元が、その飛んできた投擲物のパワーで、音を立てながらひび割れる。


千歌「──うぉりゃぁぁぁ!!!!!」


が、千歌さんはその手に持った大きな得物でどうにかその投擲物を弾き返す。


千歌「ダイヤさんっ!! だいじょぶ!?」


千歌さんが──大きな真っ赤な剣を構え直しながら訊ねてくる。


ダイヤ「ええ、大丈夫ですわ!!」

聖良「……これも、防ぎますか」

千歌・ダイヤ「「!」」


弾き飛ばされて、ヒュンヒュンと風を斬りながら、宙を舞う真っ赤なソレ──血色の槍をキャッチしながら、

聖良さんが睨みつけてくる。

先ほど千歌さんが思いっきり攻撃を叩き込んだと言うのに、立ち上がった聖良さんの傷はもうほとんど再生していた。


聖良「……本当にヨハネさんは優秀な教官だったようですね。この短期間で血液操作まで教わったんですか」

千歌「へへんっ! 自慢の師匠なんですよっ!」


千歌さんは自慢げに鼻を鳴らしながら──血で出来た大剣の切っ先を聖良さんの方に向ける。

254 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:49:15.52 ID:ZRnZyA2Z0

──────
────
──


ヨハネ「さて……ここまで、最初に教えるって言った5つの要素のうち、眷属化、肉体強化、肉体変化、超再生の4つまで教えたわけだけど……次が最後の項目。血液操作よ」

千歌「けつえきそーさ……? DNAとか調べるやつ?」

ダイヤ「たぶん、その捜査ではなく……コントロールの操作だと思いますわ」

千歌「あ、そっちか」

ヨハネ「まぁ、正確には超再生と肉体変化について、まだ教えてないことがちょっとあるんだけど……これは扱えると、応用が利く技術だから、先に覚えて出来るだけ長めに訓練を積んで貰うわ」

千歌「わかった! それで、どんな技なの?」

ヨハネ「そうね……実際に見せた方が早いわね。よく見てなさい」


そう言って、ヨハネさんは自分の腕にキバを立てる。

そして、そのまま、キバの先で引っ掻くように、腕を傷つけた。


千歌「わっ!? ち、血が!」


千歌さんの言う通り、傷口から血が流れ出す。

ヨハネさんはその傷口に手を添え、引くような素振りをすると──


ダイヤ「!! それは……ナイフ……?」


彼女の手には真っ赤な血色のナイフのような形状のものが握られていた。

気付けば、傷口は塞がり、血は止まっていた。


ヨハネ「吸血鬼の血液は、ある程度自由に形状や硬さを操れるの。だから、こういう風にして武器として取り出せる」

千歌「か……かっこいい……!!」

ヨハネ「でしょう? しかも鉄より硬い」

千歌「え、血なのに?」

ヨハネ「ヘモグロビンって要は酸化鉄だからね」

千歌「……?」

ダイヤ「……酸化鉄の方が、鉄より硬いのですわよね。加工が難しいので貴金属のような工業用途にはあまり使われませんが……」

千歌「???」


千歌さんは意味がわからないのか、頭の上に疑問符を浮かべて首を捻っている。
255 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:51:20.72 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……とりあえず、硬い武器が血液から作れるくらいの認識でいいと思いますわ」

千歌「ふーん……?」

ヨハネ「……ただ、これにもデメリットはある。しっかりとした武器を作るにはかなりの血液が必要だから、その分消耗することになる。身体の外に血液を放出しちゃうわけだしね」

ダイヤ「なるほど……それは諸刃の剣ですわね」

千歌「血さえあれば、どんな武器でも作れるの?」

ヨハネ「ええ。もちろん、自分の血液限定だけどね。血液量に比例して、重く、大きく、複雑な武器が作れるわ。だから、重鈍で緻密な武器ほど、血液を大量に消耗する」

千歌「そっかぁ……じゃあ、めちゃくちゃでかい武器とかは難しいんだね」

ヨハネ「それだけじゃなくて……思った形に固定するだけでも結構コツがいるから、何度も試して練習する必要があるわ。あと……」

千歌「あと?」

ヨハネ「詰まるところ、これもイメージによって作り出す能力だから、イメージ力が一番大事。自分がイメージしやすい武器ほど作りやすいと思うわ」

千歌「なるほど! ちょっとやってみる!」

ヨハネ「え? ま、まあいいけど……最初はうまくいかないわよ」

千歌「──ガブッ!」


千歌さんは早速先ほどのヨハネさんのように、腕に噛み付き、キバで傷をつけて血を流す。


千歌「よしっ! それじゃ……やっぱり、武器と言えば剣!!」


そう言って、傷口に手を添えて……引っ張りだすような仕草をすると──


ヨハネ「!? う、うそ!?」

ダイヤ「まあ……!」

千歌「ニシシ……!」


千歌さんの手には血色の片手剣が精製されていた。


ヨハネ「い、一発で……? 爪は未だに全然出来ないのに……」

千歌「ふふんっ! 子供のころから、アニメとかゲームにある、身体から武器を取り出すみたいなの憧れてて、一度やってみたかったんだよね! まさか、ホントに出来る日がくるなんて思ってなかったよ!」

ダイヤ「幼き日の憧憬から、イメージしやすかったということですか……どんな形で人生の経験が役に立つのかわかったものではありませんわね」

ヨハネ「なんにしろ、習得が早いに越したことはないわ! この能力はイメージが働くなら、とにかく応用が利くわ! ガンガン幅を広げなさい!」

千歌「らじゃー!!」


これに関しては肉体変化と違って、千歌さんはかなり得意な様子です。


ダイヤ「それでは、次はわたくしですわね……」

ヨハネ「あ、うん。ダイヤにもやってもらうんだけど……」

ダイヤ「? けど?」

ヨハネ「あんたには別の血液操作も習得してもらおうと思ってる」

ダイヤ「別……ですか?」

ヨハネ「前にも言ったけど……あんたは再生能力が千歌に劣るから、前衛における対応策を教えるって」

ダイヤ「そういえば、言っていましたわね……」

ヨハネ「あんたは千歌以上に血液の保持が重要だしね。今から教える血液操作は、その欠点も補える。だから、ダイヤにはその操作方法をマスターしてもらうわ──」


──
────
──────

256 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:52:38.60 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「いっくぞぉぉぉぉ!!!!」


千歌さんが掛け声と共に腰が屈めながら、脚に力を込めていく。

その踏みしめだけで、地面が軋み、ヒビ入る。

──こちらもエンジンが入ってきたようです。


千歌「たりゃぁぁっ!!!!」


その踏みしめた脚の反動を利用して、千歌さんが一気に跳躍し、聖良さんに飛び掛る。

そのまま中空で、血の大剣を振りかぶり、


千歌「どっぜぇぇぇいっ!!!!」


思いっきり振り下ろす。


聖良「……」


一方聖良さんは冷静に、血の槍の柄の部分を前方に構える。

千歌さんの大剣が、槍の柄にぶつかると同時に、

──バキメキ!! とド派手な轟音を立てながら、地面が先に割れ砕ける。

吸血鬼同士の真っ向からのパワーのぶつかり合いによって、フィールドが先に耐えられなくなっている。

ですが、そんな攻防の中でも聖良さんは冷静だった。


聖良「……ふっ!!」


攻撃を受けている、槍の後方部分を掴んでいる方の手で叩くように、柄を斜めにし、


千歌「!!」


千歌さんの攻撃を受け流す。

力任せの縦方向の攻撃は、斜めになった槍の柄を滑り落ちて、

──ズガンッ!!! と言う音と共に地面にめり込む。


千歌「わっ!?」


千歌さんの身体がその衝撃に持っていかれる、

そして、聖良さんはその一瞬を見逃さない。


聖良「フッ!!!」


体勢を崩した千歌さんに向かって、今しがたフリーになった、彼女の片手から鋭利な爪が一気に伸張し襲い掛かる。


千歌「!!」


千歌さんも咄嗟に身を捻ろうとするが、間に合わない。

ですが、


ダイヤ「──はぁっ!!!」


千歌さんを飛び越えるように、後ろから跳躍したわたくしが、上方から踵落としで、叩き落す。

──千歌さんには触れさせない!!
257 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:54:08.67 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「防ぎますよね!! 知ってますよ!!」

ダイヤ「!?」


──読まれた!?

と、思った瞬間、槍の柄の途中から枝分かれするように、“更に柄”が飛び出して来た。


ダイヤ「嘘っ!?」


──防御!? 間に合わない!!?

避けようとどうにか、着地した直後の身体を強引に捻る。

だが努力も虚しく、そのまま高速で飛び出してきた、柄がわたくしの前腕を捉える。

──ボキッ。

嫌な音が身体中を響くように駆け巡る。


ダイヤ「──っ゛!!」


──激痛。

腕の骨が折れると共に、衝撃で後ろに吹っ飛ぶ。


千歌「くぉんのっ!!!!」


千歌さんは地面にめり込んだ大剣を、引き抜く勢いを利用したまま、振り上げる。


聖良「おっと、当たりませんよ」


が大振りな攻撃。

聖良さんは身体を逸らして回避する。


千歌「っ!! ダイヤさんっ!!」

ダイヤ「だ、いじょうぶ、ですっ!!」


地面を転がりながら、折られた腕を一瞬見る。

前腕が向いてはいけない方向に曲がって、ぷらぷらしている。

折られた部位を正確に把握し、更に明確な激痛が襲ってくる。

が──思考を止めるな。


ダイヤ「っ゛!!!!」


逆の手で、折れてぶら下がっている状態の部分を掴む。

──前腕、完全に宙ぶらりんになってるということは、前腕の二本の骨……尺骨、橈骨が両方逝ってる。この二本の骨は前腕の回転によって位置関係が変わってしまう。折られた瞬間の腕の向き、思い出して、戻せっ!!!

頭の中で、激しく思考しながら、ぷらぷら状態の腕を折れる以前と同じ位置に引き寄せる。


ダイヤ「──っづぅ!!!!」


もちろん、この動作でも激痛が走る。

が、これは絶対必要なことなのです。

──次の瞬間には、腕の骨は癒着し、元に戻っていた……間に合った。

258 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:55:48.47 ID:ZRnZyA2Z0

──────
────
──


ヨハネ「そんじゃ、ダイヤ。超再生の教えてなかった項目について教えるわ」

ダイヤ「千歌さんはいなくてもいいのですか?」

ヨハネ「千歌は肉体変化の補習中。せめて、爪が自由に伸ばせないと話にならないから」


ここでも補習させられるのですか……不憫ですわ。


ヨハネ「それに、千歌には超再生についてこれ以上詳しく教えてもあんまり関係ないしね」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「そもそも、超再生って言っても、再生の仕方には2種類あるの」

ダイヤ「2種類?」

ヨハネ「そ、2種類。細胞再生と復元再生よ。ただまあ、名前だけ言われてもあんまりピンと来ないと思うけど……」

ダイヤ「え、ええ……何が違うのか全然わかりませんわ」

ヨハネ「違いを簡単に例えると……細胞再生は治癒、復元再生は巻き戻しに近いかしら」

ダイヤ「巻き戻し……?」

ヨハネ「ちょっと考えてみて欲しいんだけど……もし治癒力が著しく上昇したとしても、切断された手や足が元に戻ると思う?」

ダイヤ「……言われてみれば、戻るわけないですわよね……トカゲやヒトデじゃないのですから」


目の前で何度も千歌さんがやられてるのを見ていたから麻痺していたけれど……。

そもそも人間にそんな能力は備わっていない。いくら治癒能力が向上していたとしても、なくなった部位欠損が元に戻るはずがない。


ヨハネ「ただ、吸血鬼の治癒力はそれを可能にする。その仕組みは概念の組み直しにある」

ダイヤ「概念の組み直し……ですか……?」

ヨハネ「『もともとこういう形であった。だから、こういう形に戻る。』それによって、壊れた部位を、元のイメージに戻す。だから──」


ヨハネさんは、言いながら爪を使って服の上から自分の肩を軽く切りつける。

すると──


ダイヤ「! 元に戻っていく……!」


肩の傷が、ではない。

一緒に切った服が“元に戻っていく”。


ヨハネ「これが復元再生。“元の形に戻す”超再生よ。だから、吹っ飛んだ手首だろうが、足だろうが……それどころか、身体でなくてもいい。身につけてる道具や、着ている服、応用すれば建物さえも“元に戻す”ことが出来る」

ダイヤ「……あの」

ヨハネ「何?」

ダイヤ「これって再生と言うより……」

ヨハネ「創造よね」

ダイヤ「は、はい……」

ヨハネ「ダイヤの言う通り、これは厳密には再生ではない。吸血鬼の不死のイメージが作り出した、同じ物を“作り出す力”よ。だから“復元”なの」

ダイヤ「な、なるほど……」

ヨハネ「ただ、この復元再生はそもそも強い吸血鬼性が要求される。だから、眷属のダイヤには安定して出来るか微妙なのよ。……まあ、頑張れば服くらいなら元に戻るかもしれないけど」

ダイヤ「! わたくしは再生力が弱いと言っていたのはそういうことでしたのね」

ヨハネ「そういうこと。千歌は十分な領域まで吸血鬼性が達してるから、ある程度までは勝手に復元再生される。だから、そもそも細胞再生について教える意味がないのよ」
259 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:58:22.50 ID:ZRnZyA2Z0

つまり回復能力に関しては千歌さんはわたくしの上位互換ということだ。


ダイヤ「それで、その細胞再生というのは……?」

ヨハネ「細胞再生は根本的な治癒能力の向上。切れた皮膚の傷口がすぐに塞がったりするのは見たことあると思うけど……。これは筋繊維や骨と言った生命維持活動の上で代謝・修復・治癒されるものの速度と能力を爆発的に向上させる再生能力のことよ」

ダイヤ「こちらはまさに治癒なのですわね」

ヨハネ「ただその性質上、細胞再生だけだと、厄介なことがいくつかあってね」

ダイヤ「厄介な事?」

ヨハネ「普通骨折したら、どうする?」

ダイヤ「えっと……」


普通骨折したら、固定して、癒着するのを待つ──


ダイヤ「……! 固定する前に骨細胞が修復を始めてしまう……!!」

ヨハネ「正解。さすがの理解の速さね」


つまり、骨が折れて腕が曲がってはいけない方向を向いてしまったとき、細胞再生による超再生が働くと、腕がその方向のまま固定されてしまうということ。


ヨハネ「骨は筋肉にも密接に繋がってる。一個がいい加減な再生をすると、それに連動して身体のあちこちに不具合が生じる。最悪戦闘外でなら、一個ずつ砕くのと再生を慎重に管理すれば治せなくはないけど……ま、死ぬほど辛い思いすることになるけどね」

ダイヤ「骨折の再生にはコツがいると言っていたのは、そういうことですか……」

ヨハネ「ええ。だから、骨折したら、すぐに自力で元の位置に戻して骨を癒着させる必要がある」

ダイヤ「…………」


ただ、これは……つまり。


ヨハネ「当たり前だけど、痛覚がある。折れた痛みを感じながら、ちゃんとどうすれば骨が正しく癒着するかを判断する必要がある」


そういうことですわよね……。


ヨハネ「まあ、骨折しなければいい……って言いたいところだけど、吸血鬼戦はパワーが桁違いだから、攻撃が掠っただけで骨折なんて当たり前の世界。やらないわけにいかない」

ダイヤ「……お願いしますわ」

ヨハネ「!」


腕を前に出す。


ダイヤ「やるしかないのなら……やりますわ」

ヨハネ「……いい度胸ね。きっと、再生訓練に関しては千歌よりも、ダイヤの方がきついわ」

ダイヤ「……話を聞いているだけで、そんな気がしますわ……ただ……ちょっと、待ってください……」

ヨハネ「…………」


息を深くする。

呼吸を落ち着けねば……。

これから、骨を折る。

恐らく激痛だろう。

覚悟をして、臨まねばいけ──バキッ。


ダイヤ「……え?」


思考を中断する音が聞こえて、目を開けると──右前腕が変な方向を向いて、ぷらぷらとしていた。
260 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 22:59:23.37 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「──ッづあぁぁああぁぁあぁぁ!!!!?!!??」


自覚した瞬間、激痛が走り、絶叫する。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!


ヨハネ「遅い!!!」


そう言って、ヨハネさんが折れた前腕の先を持って、無理矢理もとの場所に戻す。


ダイヤ「いぎぃぁぁぁぁぁあぁぁっっ!!!!!!」


自分でも聞いたことのないような、絶叫が腹の底から飛び出てくる。


ヨハネ「……再生が始まるから、直に痛みは治まるわ」

ダイヤ「ぐっ……あっ……は、はっ……はっ……はっ……」


気付けば、ぼろぼろと涙を流し、飲み込みきれなかった唾液やらなんやら、いろんな液を流しながら、わたくしは床に横たわっていた。


ヨハネ「……悪いわね、不意打ちで」

ダイヤ「はっ……はっ……はっ……はっ……」


ヨハネさんの言う通り痛みはすぐに治まってきたはずなのに、呼吸が全く落ち着かない。

……千歌さんだって不意打ちで慣らす訓練をしていたのに、わたくしのときだけ心の準備をする時間があるわけなかった。

考えが甘かった。


ヨハネ「ただ、痛みでのた打ち回ってたら、あっと言う間にへびの玩具みたいになるわよ。折れたと認識したら、反射で腕を元の場所に戻すくらいの気でいなさい」

ダイヤ「はっ……はっ……は、い……」

ヨハネ「じゃ、続けるわよ」

ダイヤ「は、はい……っ」


立ち上がろうとして、

脚に力が入らない。


ダイヤ「はっ……はっ……はっ……」


自分の意思に反して涙が溢れてくる。


ヨハネ「……心を折るのが目的じゃないからね。10秒あげるから、ちゃんと自分の脚で立ちなさい」

ダイヤ「はっ……はっ……は、い……っ……!」


無理矢理、自分を律して、立ち上がる。


ヨハネ「……4秒で立ったわね。上出来よ」

ダイヤ「はっ……はっ……はっ……」


自分が恐怖で泣くなんて考えたこともなかった。

でも……それでも……わたくしは覚悟をしたはずだ。


ダイヤ「ふーーーーーっ…………!!!!」


思いっきり息を吐いて、呼吸を無理矢理落ち着かせ──ボキッ。
261 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:00:12.55 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ぐ、ぎっ、ぁぁっ!!!」


──折れた腕を、すぐ、確認。

折れてる。折れてる。折れてる。


ダイヤ「折れてる、腕、骨、折れて」

ヨハネ「……ダメ、不合格」


再びヨハネさんに無理矢理元に戻される。


ダイヤ「ぎぃぃぃぃっ!!!!!!」


戻してもらったときの痛みで蹲る。

──ダメだ、折れてることを認識しただけでは。そこからどうしなくてはいけないのか判断しないと。


ヨハネ「自分の中で、何がダメだったか反省しながら、繰り返すわよ。立ちなさ──」

ダイヤ「──お、ねがい……しま……す……っ……」

ヨハネ「……よし、よく立った。続けるわよ」

ダイヤ「っ……はいっ……!」


──
────
──────



地獄のような訓練のお陰で、腕は無事です。


ダイヤ「千歌さんは!?」


すぐに前方に視線を戻す。


千歌「くぉんのっ!!!」

聖良「ふっ!!!」


──ガキン、ガキンと硬い音を響かせながら、

千歌さんと聖良さんは得物で打ち合っているところだった。

今のところは無事……ですが、


聖良「はっ!!!」

千歌「くっそぉっ!!!」


──ガインッ!!


千歌「とぉりゃぁぁっ!!!」

聖良「ふっ!!!」


──ギィン!!!


聖良「はぁっ!!!」

千歌「くっ!!!」
262 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:01:23.02 ID:ZRnZyA2Z0

──ガキッ!!!

聖良さんの方が余裕がある。

千歌さんの攻撃は見切られ気味だし、聖良さんの攻撃を受け流すのも精一杯と言った様子。

だけど、どうする……?

前に出ても、あの得物は形を変えて襲ってくる。

威力はそこまでではないにしろ、わたくしが前に出ても、またすぐに骨を折られる。

そんなことを考えている間に、


聖良「はっ!!!!」


──ガ、キンッ!!!


千歌「わぁっ!!?」


千歌さんの大剣が弾き飛ばされてしまった。


ダイヤ「千歌さんっ!!!」

聖良「そこですっ!!!!」


──左っ!!!


千歌「ぐ、ぎぃぃっ!!!」


その隙に突き出される、槍の刺突を、わたくしの視界からの思考共有によってギリギリ躱す。

身を捻った体勢から、


千歌「爪ぇ!!!」


前方に腕を突き出して、近距離で爪を伸ばす。

──が、


聖良「当たりませんよ!!」

千歌「っ!!!」


聖良さんは爪が伸びてくることを予測していたのか、最小限の動きで完璧に回避し、


聖良「ふんっ!!!」


槍を横なぎに振るって、


千歌「がっ!?」


それが千歌さんのわき腹に命中し、吹っ飛ばされる。


ダイヤ「千歌さん!!!」


わたくしは、全速力で千歌さんが吹き飛ばされた先に、急行する。


千歌「ぐ、ぅ……だい、じょうぶ……」


千歌さんは槍による攻撃を受けて、わき腹から大量の出血をしているが、どうにか内臓までは届いてないようだ。
263 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:02:39.62 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「血を!!」

千歌「うん……っ……──ガブッ!!」


これで、吸血再生は2回目……。


聖良「……当たる直前に、吹っ飛ばされる方向に自分で飛んで、威力を殺しましたか。良い勘ですね」


言いながら、聖良さんが槍を構えてゆっくり迫ってくる。こちらは先ほどから不意打ちが多いことから、一応様子を伺っているのかもしれない。

──さあ、どうする?

一旦離脱して、攻撃の隙を伺った方がいいかもしれない。

読まれることはあっても、選択肢の多い中からの不意打ちなら、まだ通るには通るはず……。


聖良「……もう爪の不意打ちは通りませんよ」

ダイヤ「!」

聖良「千歌さん、肉体変化が完璧じゃないですよね? 爪を伸ばすとき、『爪』と叫ばないと伸ばせないんじゃないですか?」

千歌「ぅ……」

ダイヤ「っ……」


不味い、バレてる。

──そう、千歌さんは結局肉体変化に関してだけはどうしても完璧な習得は出来なかったのです。

ヨハネさん曰く、


 ヨハネ『吸血鬼の能力は結局イメージ出来るかどうかだから、どうしても出来ないものは出来ないのよね……。逆に能力のイメージとどれくらい相性がいいかによって得意能力も決まるんだけど……──』


そして、代替案として出されたのは発声することによって、無理矢理イメージを固めるという手法。

これは逆に千歌さんと相性がよく、これまでの修得状況からは考えられないくらいスムーズに肉体変化を出来るようにはなったのですが……。

逆に言うなら手の内を晒さないと千歌さんは、肉体変化が出来ない。いずれバレるとは思っては居ましたが……。

どうする……こちらは手数勝負なのに、攻撃の癖がバレているのは厄介なディスアドバンテージです。


千歌「ダイヤさん」


思考を中断したのは、千歌さんからの耳打ち。


ダイヤ「? なに?」

千歌「……真っ向勝負しよう」

ダイヤ「…………」

千歌「このままじゃジリ貧だよ。大火力を叩き込まないと、再生も追いつかれる」


確かにそうかもしれない。


ダイヤ「大火力の確保はどうするのですか?」

千歌「チカに考えがあるよ!」

ダイヤ「……わかりました、なら信じますわ!」


わたくしは立ち上がり、


ダイヤ「──ふんっ!!!!」


両脚を力の限り踏ん張り──地面に自分の両の足をめり込ませる。
264 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:04:32.50 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「……観念したということですか?」


聖良さんは大槍を突撃刺突体勢に構える。

──これから千歌さんが、大火力による攻撃をするまでの時間を稼ぐ。

わたくしの秘策を使えば、恐らく可能です。

リスクはありますが……最初からリスクを背負わずに勝てる相手ではない。


聖良「……まさか、貴方が私の攻撃を受け止めるつもりですか?」

ダイヤ「ええ、そのつもりですわ」

聖良「……本当に死にますよ?」

ダイヤ「そのちんけな槍でわたくしが殺せるとお思いなら、どうぞ一思いに突き殺してくださいな」

聖良「……いいでしょう、その挑発──乗ってあげますよっ!!!」


聖良さんが地面を蹴って飛び出した。

さあ──タイミングを計れ……!!

これから、わたくしは──盾になりますわ!!!


聖良「はぁぁぁっ!!!!!」


聖良さんの大槍による、刺突が……わたくしを捉えた──

──ズンッ!!!

聖良さんの刺突の衝撃は激烈なもので、その威力は刺突対象だけでなく、発生した扇形の衝撃波で周囲の地面すら捲り上げる。

──わたくしの背後を除いて。


聖良「──なっ……!?」

ダイヤ「…………」


聖良さんの槍は、完璧にわたくしに身体に切っ先をぶつけたまま──静止していた。


聖良「そ、そんなバカなっ!?」


初めて、聖良さんが本気で驚いた顔をした気がした。


──────
────
──



ダイヤ「体内で血を固める……?」

ヨハネ「ええ、そうよ」


千歌さんが端で血液操作の修行する中、わたくしに提案されたのはそのようなことでした。


ヨハネ「何も血液は外に出てなくてもいい。身体の中にある血液だって、自分の血液なんだから操作対象になるわ」

ダイヤ「え、ええ……まあ、理屈の上ではそうだと思いますが……」

ヨハネ「これなら、ダイヤは失血のリスクは負わなくていい。再生の不十分さを補うための、防御の向上にもなる」

ダイヤ「それでうまくいくのですか……? 血液は体内に流れているのですから……体内の血を固めても肉体を守る術にはならないのでは?」


攻撃が血管に届くまでの部位が犠牲になるのではあまり意味がないような……。
265 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:05:44.23 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「ダイヤ、よーく考えなさい」

ダイヤ「?」

ヨハネ「血なんて、薄皮一枚先まで切れたら流れ出てくるのよ」

ダイヤ「…………まさか、毛細血管」

ヨハネ「そういうこと」


人間の身体は太い血管だけでなく、全身の細胞一つ一つに酸素を運ぶために、微細に枝分かれした大量の血管が張り巡らされています。

つまり、ヨハネさんが言いたいのは……。


ダイヤ「全身の毛細血管の血液までくまなく硬質化させろと言うことですか」

ヨハネ「ええ。これは全身に毛細血管が張り巡らされてることをちゃんとイメージ出来ないと実現出来ないけど……出来れば絶対防御にもなりうるわ」

ダイヤ「……絶対防御……魅力的な響きですわね」

ヨハネ「硬度10のあんたには、ぴったりだと思わない?」

ダイヤ「誰が硬度10ですか──と、言いたいところですが……ええ、わたくしにぴったりの戦法ですわね……!」



──
────
──────


ダイヤ「──わたくしは……盾ですわ。絶対に壊れることのない、無敵の盾!!」


自信があった。

自分の硬さには。

イメージ出来た。

どんな矛にも負けない無敵の盾が。

世界一硬い、ダイヤモンドの名を冠する盾になれる、自負があった。


聖良「……っ!!」


聖良さんが再び驚いたような表情をした。

ここまででなんとなく気付いたのですが、吸血鬼は理不尽なほど、自身の強さや能力に自信を持っている。

これはヨハネさんにも該当することで、基本的に自分が優れていると言う高圧的な部分が存在する。

それは自分が吸血鬼と言う種族から来る驕り。

だから、真っ向から挑発すれば確実に乗ってくると踏んでいた。

だがその上で、それを真っ向から止められたら……どうなる?


ダイヤ「動揺してますわね」

聖良「!! くっ……!!」


聖良さんが槍の切っ先を引いた。

──背後から、千歌さんの気配。


ダイヤ「タイミング、完璧ですわ!!」

聖良「!?」


言うと同時に、わたくしは硬質化を解除し、その場に伏せる。

そして、その瞬間、頭上を──巨大な血色の大槌が、
266 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:07:20.76 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「っ!!!?」


横薙ぎに聖良さんに叩き付けらた。


千歌「かーーーっとばせーーーーっ!!!!!!」


10mはあるであろう、とてつもない長さの柄に、先端には不恰好な血色の巨大な塊。

完璧に直撃した、聖良さんは、


聖良「が、ぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!!!」


腕がひしゃげ、肩まで骨ごと砕かれ、持っている血の大槍も一緒に割り砕かれながら──


千歌「いーーーーっけええええええーーーーー!!!!!!!!!」


──ヒュンと、風切る音と共に、吹き飛ばされ、

先ほど2階が消し飛ばされた公会堂の1階に叩き付けられた。

──だけでは済まず、その威力でガラガラと、音を立てて公会堂が崩壊を始め、彼女はガレキの山に飲み込まれた。


千歌「よっしゃ!! ホームラン!!」

ダイヤ「や、やった!!」


しかし、大火力を用意すると言った千歌さんを信じはしましたが……まさか、ここまでの大火力とは……。


千歌「ニシシ……! すごいでしょ!!」

ダイヤ「ええ! しかし、この大槌、どうやって作ったのですか!?」


この重量、威力、大きさ……どう考えても千歌さんの血液だけでは足りない。


千歌「えっと、実はね、このハンマーの中には……」


そういいながら、千歌さんがハンマーヘッドの辺りの血液を少しずつ、減らしていくと、


ダイヤ「……!! 千歌さん……貴女、天才ですわ」

千歌「えへへ、でしょでしょっ!!」


血色の塊の中から──大きな瓦礫が顔をだした。

恐らく、聖良さんが戦闘中に割り砕いた、大量の石畳やコンクリートです。

それを集めて、薄く延ばした頑強な血液の塊で風呂敷のように包み、長い柄をつけて、円心力を乗せて叩き付ける……。

ハンマーヘッドのサイズは一辺が2メートル以上もある……。詳しい重量はぱっと出せませんが、コンクリートの比重を考えると、この大きさなら5t近いはず。

それを吸血鬼の筋力、10mもある柄によって生まれる遠心力、そして5tもある巨大な塊で殴りつけられたら……いくらわたくしたちより強い混血の吸血鬼だってひとたまりもない。

これを思いつきで、作ったのは、まさに千歌さんの自由な発想だからこそ、実現した必殺の一撃……!


ダイヤ「千歌さん!! 貴女は本当にすごいですわ!!」

千歌「えへへ〜!! ダイヤさ〜ん!」


勝利を讃える抱擁を交わそうとした──刹那。


千歌「っ!!」
267 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:08:30.12 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんが突然、ビクリと肩を竦ませた。

──何かと思いましたが、わたくしも一瞬遅れて、理解する。

禍々しいほどの殺気が、こちらに突き刺さってきていることに。

──ドンッ!!

前方から突然押される。


ダイヤ「!?」


千歌さんがわたくしを両手で思いっきり突き飛ばしていた。


千歌「避けてぇぇぇ!!!」


わたくしと千歌さんの間に出来た、空間に──


ダイヤ「!?」


真っ黒な何かが、ゆうに音速を超えるであろう速度で、

衝撃波と共に、通り過ぎる。


ダイヤ「っ!!!!」


音の壁を突き破って、至近で空気の爆縮が起こり、轟音に晒された鼓膜が破れる。

それだけではない、前方を通り過ぎる影こそ避けたものの──

──バギリッ!!

衝撃波に掠った、右脚の骨が曲げ折られる。


ダイヤ「っ゛!!!!」


背中から、地面に落ちた瞬間、折れた脚に目を向ける。

──右脚が脹脛の辺りから折れた、下腿の骨、頚骨・腓骨、重要な骨、頚骨優先っ!!

手を添えて、思いっきり、脚の骨を元の位置に戻す。


ダイヤ「ぐ、ぅっ!!!」


──ヨハネさんと確認した人体構造によれば、腓骨は頚骨と骨間膜で繋がっている、太い頚骨さえ繋がれば、腓骨も付随して正しい位置に戻るっ!!

頭の中で激しく思考しながら、骨折を修復し、破れた鼓膜も意識を集中して、秒で再生する。


ダイヤ「っ……!! 千歌さんっ!!!」


わたくしを突き飛ばした、千歌さんの方を確認する。


千歌「っ……!!」


千歌さんはすでに、上空に飛び去る高速の飛翔体を目で追っていた。

脚や胴体は無事なものの──わたくしを突き飛ばすために、前に突き出していた両手首より先が消し飛んで、大量に出血していた。


ダイヤ「!! 千歌さんっ!!」


わたくしはすぐに吸血による回復を行うために、身を起こそうとして、
268 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:09:39.88 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「来ちゃだめ!!!」

ダイヤ「っ!!」


制止される。


千歌「今すぐ血固めてっ!!」

ダイヤ「ですがっ!!」

千歌「いいからっ!!!」

ダイヤ「っ……」


言われて、全身の血液を硬質化した瞬間──

──ギィンッ!!!

大きな音ともに、巨大な斬撃が全身の表面を撫でる。


ダイヤ「っ!!!」


驚いて思わず、目を見開く。

千歌さんの言うことを聞いていなかったら、細切れにされていた。

そして、見開いた目で、上空の──開かれた闇の翼を見る。


聖良「──……本当に丈夫ですね……辟易します……紛い物の癖に……」


聖良さんが煌々と星が瞬く夜空をバックに、真っ赤な瞳でわたくしを見下ろしていた。

その背に大きな蝙蝠のような翼を背に生やして──。



──────
────
──


ヨハネ「──次で私から教えるのは最後の項目よ」

千歌「や、やっと最後……」

ダイヤ「……前に言っていた肉体変化の言っていないことですか?」

ヨハネ「ええ、そうよ」

千歌「肉体変化……うー、苦手なんだよなぁ」


千歌さんは言いながら頭を抱える。


ヨハネ「まあ、それは頑張ってもらうしかないわ。……話戻すけど、肉体変化の説明をしてる際に動物の特徴を身体に現出させることも出来るって言ったじゃない」

ダイヤ「ええ、言っていましたわね」

ヨハネ「原種の吸血鬼が変化出来る動物は狼、犬、猫から昆虫とかまで、いろいろ出来るんだけど……あんたたちに身につけて欲しいのは、最も吸血鬼のイメージに近い動物──」

千歌「あ、コウモリだ!」

ヨハネ「そう、正解」


確かに吸血鬼と蝙蝠のイメージはかなり密接な気がしますわね。
269 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:12:59.30 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「わたくしたちは蝙蝠に変身出来るようになればいいのですか……?」

ヨハネ「いや、完璧な変身はあんたたちには恐らく出来ないわ。だから、習得して欲しいのは──蝙蝠の翼よ」

千歌「翼……」

ヨハネ「ここまでいろいろ能力を揃えて来たけど……もし相手が翼で空を飛べた場合、ほとんど勝ち目がなくなる」

ダイヤ「確かに……相手が自由に飛び回れるのでしたら、手が出せなくなってしまいますからね」

ヨハネ「だから、あんたたちの吸血鬼性からすると……ちょっと無茶振りかもしれないけど、蝙蝠の翼はどうにか習得してもらうわ」

千歌「わかった! でもどうやるの?」

ヨハネ「ただ、イメージするだけよ。自分の背中に翼が生えるのをイメージして」

千歌「わかった! ……ふぬぬ……」


千歌さんが顔を赤くしながら唸り始める。背中に力を入れているのだろう、たぶん。


ダイヤ「……しかし、イメージと言われても、本来わたくしたちに、翼は生えていないですから、イメージがし辛いですわね……」

千歌「ふ、ぬ、ぬ、ぬううううう!!!! ……ダメだ、無理だ」

ヨハネ「ま、そうだろうと思ってたから……見本を見せるわ」


ヨハネさんはそう言いながら、わたくしたちに背を向ける。


千歌「……見本?」

ヨハネ「よーく、見てなさいよ」


ヨハネさんがそう言った──瞬間。

──バサッと音を立てながら、


ダイヤ「!」

千歌「ほ、ほわぁ!!!」


ヨハネさんの背中に大きく立派な蝙蝠の翼が生えていた。


ヨハネ「こんな感じよ」

千歌「ヨ、ヨハネちゃんすごい!!」

ダイヤ「随分立派な翼ですわね……」

ヨハネ「もともとヨハネがよく翼を生やすコスプレしてるせいもあって、イメージの相性がいいのよね。私が一番得意な吸血鬼の能力なの」

千歌「そうなんだ!」


吸血鬼はイメージのしやすさによって、習得しやすい能力が変わると言っていましたが、それは本物の吸血鬼にも同様の性質のようです。


ダイヤ「……ちょっと近くで見てもいいですか?」

ヨハネ「いいわよ」


ヨハネさんに許可を貰って、翼を近くで観察する。

特に翼の根元……生え際を見ると、服を破って生えてきている。

まあ、服自体は復元再生で繊維が元の形に戻ろうとするため、翼の根元に吸着しているのですが……。

服の上からシルエットを見る限り、肩甲骨の辺りから生えてきている。

確かに人の形に翼を生やすならここが最適だろう。
270 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:14:07.33 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「触ってもいいですか?」

千歌「え!?」

ダイヤ「形をしっかり確認したくて……」

ヨハネ「別に私はいいけど……」

ダイヤ「……けど?」

ヨハネ「あんたの彼女は不満そうよ?」

ダイヤ「え?」


言われて振り返ると、


千歌「……むー」


千歌さんがむくれていた。


ダイヤ「え、えっと……千歌さん?」

千歌「ダイヤさん、他の子の身体に触りたいんだ」

ダイヤ「!? ち、違いますわ!? これは訓練の一貫であって……!」

千歌「そーだよね、訓練訓練……むぅ」

ダイヤ「ぅ……」

ヨハネ「いやーなんか大変そうね」


言いながら、ヨハネさんがケラケラ笑う。


ヨハネ「ま、いいから触ってみれば?」

千歌「……」

ダイヤ「…………」


背後から千歌さんの不機嫌オーラが漂ってくる。

というか、精神リンクのせいで千歌さんの不機嫌な感情が直で流れ込んでくる。

や、やりづらい……!


千歌「ふーんだ……どうせ、チカはめんどくさいやつだもん」

ダイヤ「そこまで思ってないですわ!」

ヨハネ「ほらダイヤ? さっさと習得しないと恋人の機嫌がどんどん悪くなってくわよ?」

ダイヤ「ぐ……」

ヨハネ「ほーらほーら、翼周りの筋肉の形まで、手が覚えきるまで、じっくりねっとり触っていいのよ?」

千歌「……………………ダイヤさんの変態」

ダイヤ「だから、わたくしはそのようなこと考えてませんわ!? ヨハネさん、貴方さては楽しんでますわね!?」

ヨハネ「くくく……恋人のために、せいぜい必死に頑張りなさいよ──」


──
────
──────



──当初の予定通り、聖良さんは飛行手段を持っていた。

こうなると、わたくしたちも飛行戦闘に切り替えねば──

翼を展開するために、血液硬化を解こうと思った瞬間、
271 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:15:24.11 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「まだ、解いちゃだめっ!!!」


再び響く千歌さんの大声、

それと同時に──


聖良「──はぁっ!!!!」


わたくしに向かって、聖良さんが急降下して、拳を叩きこんでくる。


ダイヤ「っ!!!!!」


硬化したままの身体が接地している、フィールドが音を立てて割り砕ける。

──またしても、千歌さんの判断に救われた。相手が思った以上に速く、硬化を解除していたら、お腹に風穴を空けられていた。


聖良「……千歌さんの勘は大したものですね、動物並の危機察知能力ですよ?」


実際、千歌さんは訓練中から既に、とにかく勘がよかった。

所謂、野生の嗅覚と言われるものが強いのかもしれません。だからこそ、分析判断が追いつかないときは千歌さんの判断に従った方がいい。

その方針のお陰でこの短時間に二度も命を救われることになった。


聖良「そして、その血液硬化……理不尽なほどの強度ですね」


そのまま、マウントを取るような形で、聖良さんが拳を振り下ろしてくる。

拳のインパクトと同時に、衝撃で周囲の地面が音を立てて陥没していく。


ダイヤ「っ……!!」

聖良「これだけ攻撃しても砕けるのはフィールドばかり!! ただ、その能力……弱点がありますよね」

ダイヤ「…………」

聖良「全身を硬化するということは、動けないということ!!」


再び拳が振り下ろされる。

どんどん、身体が地面にめり込んでいく。


聖良「そして……時間無制限ではないですよね?」

ダイヤ「!!」


──不味い、欠点もバレてる。

聖良さんが、みたび拳を振り上げる──

が、その瞬間、


千歌「──ダイヤさんをぉぉぉぉぉぉ!!!! 放せえぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」


千歌さんが跳び蹴りで突っ込んでくる。


聖良「……っち──」


聖良さんは、千歌さんを認識すると、すぐさま飛び立って回避する。

──聖良さんに攻撃を透かされた千歌さんは、キックの勢いで地面をぶっ壊しながら着地すると、すぐ様反転してわたくしの元に駆け寄ってくる。
272 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:18:15.57 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ダイヤさん!! 大丈夫!?」

ダイヤ「ええ、お陰様で!! それより、千歌さん!! 血を!!」

千歌「うん! ──ガブッ!!!」


わたくしが硬化を解除すると同時に、千歌さんがわたくしの首筋に噛み付き、三回目の吸血治療を行う。

すでに素の再生能力によって、再生しかけていた両手が、吸血によるバフによって完璧な形へと徐々に戻っていく。

これで一安心──


聖良「隙だらけですよっ!!!!」


──が、息吐く暇もなく、上空から聖良さんが攻撃を仕掛けてくる。


千歌「!?」

ダイヤ「っ!!」


──まだ、吸血が終わっていない……!!

吸血の刺激のせいで、力が抜けているが、気合いで全身の筋肉に力を込める。

吸血したままの千歌さんをお姫様抱っこで抱えて、全身の筋肉をバネにし、受身の要領で強引に跳ねる。


聖良「はぁぁぁっ!!!!」


爪を構えた聖良さんが迫る。

跳ねた軌道の先は、死地。

だから、わたくしは──軌道を変えるために、羽ばたく。


聖良「なっ!」


すんでのところで、聖良さんの爪撃を躱す。

わたくしは、千歌さんを抱えたまま──


聖良「……翼まで」

ダイヤ「さぁ……ここからは空中戦ですわ」


大きな黒い翼を背の生やし、羽ばたいていた。


千歌「……ん、ぷはっ!」

ダイヤ「大丈夫ですか、千歌さん」


吸血を終えた千歌さんに確認する。


千歌「うん! ありがと、助かった!」

ダイヤ「無事でなによりですわ」

千歌「こっからは自分で飛ぶ! ──翼ぁっ!!」


千歌さんが大きな声で叫ぶと同時に、彼女の背中にも黒い大きな翼が生えてくる。

翼も爪同様、肉体変化への苦手意識のせいで、千歌さんは声に出さないと展開は出来ない。

ただ、翼は爪と違って、何度も頻繁に出したり引っ込めたりはしないので、そういう意味では相性がいい。


聖良「…………全く、この短期間でいくつ技を仕込んできたんですか?」
273 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:19:44.60 ID:ZRnZyA2Z0

聖良さんが空中で体勢を立て直しながら、こちらを睨みつけてくる。


千歌「爪っ!!」


千歌さんも対抗するために、爪を伸ばす。

睨み合いの中、聖良さんは言葉を続ける。


聖良「肉体強化や爪の変化は、超再生はともかく……精神リンク、血液操作、そして翼まで……。……特にダイヤさんの硬質化は驚きました。血液変化にあんな使い方があるなんて……。……強者が使う戦い方ではありませんが」

ダイヤ「…………」


真っ向から攻撃を受け止められたのに相当プライドが傷ついたらしい。

先ほど考察したとおり、種族特有の高い誇りが、ソレを許してくれないのでしょう。

最も、先ほど聖良さんに指摘された通り、わたくしの血液硬化も弱点がいくつかある。

一つは硬化中は全く動けなくなること。身体の先の先の毛細血管まで硬化してしまうので、身体の自由はほぼなく。移動したり、筋肉を稼動させる動作はほぼ無理です。

二つ目も聖良さんに指摘された通り……この能力には時間制限がある。血液を硬化するということは、血液の本来の『酸素の運搬』を阻害してしまう。なので、酸素の供給が絶たれた細胞たちは長時間血液硬化をしていると、壊死してしまうのです。

だから、先ほどのように一人のときにマウントを取られると実質詰み。この能力は千歌さんと言う矛と、わたくしという盾が両方揃っていないと、そもそも成立しない。

そして、三つ目の弱点。性質上、この能力は飛行しながらはほとんど使えない。

ですので、出来れば再び地面に引き摺り下ろしたいのですが……。


聖良「……この空で、闇に霧散する塵にしてあげますよ」


聖良さんが構える。

地上戦を望むのはもう無理かもしれない。

となると、


千歌「……さあ……行くよ!!!」


千歌さんに頼るしかない。

わたくしは序盤同様、後方からの二人分の目の役割をする。そのために、後ろに下がるのと同時に──


千歌「──!!!」

聖良「──!!!」


二つの夜の翼が、一気に加速し真っ向から、相対する。

一気に音の速度で肉薄した両者の爪がかち合う。

両者が鍔迫り合い、ワンテンポ遅れて、空気たちが思い出したかのようにビリビリとその身を震わせ、轟音をあげる。


聖良「……はぁっ!!!」

千歌「っ!!」


──ギィンッ!! と硬い音を立てながら、千歌さんが弾き飛ばされる。

ノックバックした千歌さんがすぐ顔を上げるが、


千歌「!? いない!?」


いつの間にか彼女の視界から姿を消した聖良さん。

──横ですわ!!!
274 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:21:39.97 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「はぁっ!!!」

千歌「!!」


聖良さんは、高速軌道で、一度千歌さんの視界にわざと外れてから、高速で切り返しその勢いを乗せた鞭のような蹴りを千歌さんに叩き込む。

精神リンクによる指示で、ギリギリ腕によるガードは出来たものの、


千歌「っ゛!!!」


──バキメキッ!! と音を立てながら、千歌さんの腕の骨が軋む音がする。


ダイヤ「っ!!!」


咄嗟に聖良さんの、背後から攻撃を加えようと、飛び出すが──


聖良「ふんっ!!!」

ダイヤ「っ!?」


聖良さんが背後に向かって爪で空気を引っ掻き衝撃波を飛ばしてくる。

わたくしは身を捻り回避をする。


ダイヤ「……読まれたっ!?」

聖良「相思相愛ですね!! 瞳に映ってますよ!!」

千歌「ぐっ!!」


──千歌さんの瞳に映りこんだわたくしの姿を見て、攻撃を察知された。

これが鏡だったらこうはいかないのに、吸血鬼の身体だと、吸血鬼の姿が映ってしまう。

これじゃ近付けない……!!

だが、注意を逸らしただけでも、聖良さんの攻撃の勢いは多少削げたようで、


千歌「くぉんのっ!!!」


千歌さんが折れた腕で、強引に聖良さんを押し返す。


聖良「くっ……!」


押し退けられ、空中を後退る聖良さんに、千歌さんが自身のひしゃげて血が噴き出す腕の傷口を向けると──

そこから、血で出来たナイフが3本飛び出す。


聖良「ぐっ!!」


ナイフは聖良さんの肩、わき腹、大腿にそれぞれ突き刺さるが、


聖良「こんな威力じゃ、止まりませんよっ!!!」


聖良さんは、翼による推進力で強引に千歌さんに再び肉薄し、


千歌「がっ!!!?」


千歌さんの首根っこをグラップして締め付けた。


ダイヤ「千歌さんっ!!!」
275 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:22:38.05 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしはすぐさま救出するために、接近しようとするが、

聖良さんはそれを許さないために、千歌さんを掴んだまま、高速で上昇していく。


ダイヤ「は、速いっ!!」


聖良さんは上昇しながら、千歌さんの首をギリギリと締め付けていく。


聖良「このまま、握りつぶしてあげますよ……!!」

千歌「ぐ、がっ……は、な、せぇぇぇぇ……っ……!!」


千歌さんは両手を使って聖良さんの手を引き剥がそうとしているが、

ケガの再生の真っ最中の片腕のせいか、力負けし徐々に首が絞まって行く。

千歌さんは脚もじたばたさせながら、必死にもがく。


ダイヤ「千歌さんっ!!」


わたくしはどんどん引き離されていく。

聖良さんの飛行速度が速すぎて追いつけない。

──どこ……!?


ダイヤ「!?」


千歌さんの声が頭に響く、


ダイヤ「どこ……!?」


千歌さんが何かを探してる……。

……!! そうか!!

──全神経を目に集中して、聖良さんを凝視する。

そして、精神リンクで、そのイメージを千歌さんに送る。

徐々に遠ざかっているから、どれくらい鮮明に送れるかはわからない、賭けだ。

──が、結果から言うと、この賭けには勝った。


千歌「くぉん、のぉっ!!!」


千歌さんの蹴りが、


聖良「ぐっ!!?」


聖良さんの大腿に突き刺さった血のナイフを捉え、押し込むようにして、そのまま更に深く突き刺す。


聖良「ぐ、ぅ……!! 悪あがきを……!!」

千歌「が、ぁぁぁぁ……っ!!!」


聖良さんが腕に力を込めてトドメを指そうとした瞬間、

──聖良さんの上昇が止まり、ガクリと落ちる。


聖良「!? なっ!?」


聖良さんが、驚きの声を上げる。
276 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:23:47.65 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ニシシ……チカたちの作戦勝ち……!!」


──千歌さんが蹴りによって、ナイフを深く突き刺したのは、ただの攻撃のためじゃない。

“自分の血に触るため”だ。


ダイヤ「血に触れれば、再び操作の対象になる、そして──」

聖良「んなっ!?」


聖良さんはそこでやっと気付いた。

千歌さんが脚で押し込んだ血のナイフが──自分の脚を貫いて背後に回っていることを、


千歌「薄く長く伸ばした血を、無理矢理翼まで伸ばしたよ!!」


そして、形を変えた血のナイフが──


聖良「翼が……っ!!」


──彼女の翼を、根元から切り落としていた。

驚いて聖良さんが怯んで腕の力が弱まった瞬間。


千歌「うぉりゃああぁぁっ!!!!」

聖良「がっ!!!?」


千歌さんが頭突きを食らわせる。

その衝撃で、聖良さんの手がぱっと離れて──


聖良「くっ、ぐ……!!」


揚力を完全に失った聖良さんは一人で自由落下を始める。


聖良「翼、くらい……また、すぐに……!!!」


彼女は言いながら、再び翼を展開しようとするが──


聖良「!? 翼が!? 出ない!? 何故!?」


翼は伸びてこない。


ダイヤ「無理ですわ……ソレの頑丈さは、貴方も知っているでしょう」

聖良「……!?」


聖良さんの切り落とされた翼の生え際は──千歌さんの固まった血が蓋をするようにコーティングしていた。


聖良「さっき翼を切った血!? つ、翼が!!!?」

ダイヤ「この高さまで、逃げてきたのが……仇になりましたわね」


千歌さんの元に近寄り、


千歌「……かぷ」


四度目の吸血回復をしながら、落ちる聖良さんに目を向ける。
277 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:24:43.29 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……んく、んく……」

ダイヤ「……勝負、ありましたわね」

千歌「……ん……ぷはっ! 私たちの勝ちだよ!!」

聖良「──くっそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」


似つかわしくない汚い言葉を吐いた後、聖良さんは地面に激突し──動かなくなった。





    *    *    *


──────
────
──


──決戦の日の前日。


ダイヤ「……ふぅ」


訓練を終え、トマトジュースを飲みながら、一人で休憩をしていると……。


ヨハネ「ダイヤ、今いい?」

ダイヤ「ヨハネさん?」


ヨハネさんが顔を出した。


ダイヤ「ええ、今千歌さんも呼び戻しますわね」


千歌さんはベッドのある部屋でゴロゴロしていたいとのことだったので、呼んで来ようとすると、


ヨハネ「いや、ダイヤだけでいいわ」


そう言う。


ダイヤ「……? はい」


ヨハネさんがわたくしの目の前に掛けた。


ヨハネ「……これで、概ね、訓練は終了よ。よく頑張ったわね」

ダイヤ「あ、ありがとうございます……でも、そういうことは千歌さんにも言ってあげた方が……」

ヨハネ「さっき言ってきた。……だから、ダイヤにも」

ダイヤ「そ、そうですか……」


彼女なりに最後の労いの言葉は一人ずつ、言ってくれているのかもしれない。


ヨハネ「……ただ、ダイヤには、それとは別に、最後に一つお願いがあるの」

ダイヤ「お願い……ですか?」

ヨハネ「ええ」


ヨハネさんはゆっくりと息を吸い込んでから──


ヨハネ「……千歌のこと、お願いね」
278 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:25:49.91 ID:ZRnZyA2Z0

そんなことを口にする。

お願いって……。


ヨハネ「そんなこと言われなくてもって顔してるわね」

ダイヤ「それは……まあ……」


恋人ですし……。


ヨハネ「……あのね、千歌って優しいでしょ」

ダイヤ「え、あ、はい」

ヨハネ「あの子は……戦うことを無意識に躊躇すると最初から思ってたのよね」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「だから、訓練の間……ずっと、千歌の道徳観念を壊す教え方をした、わざと」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「敵の骨を砕き、肉を裂き、身体を潰して、勝ちを取れって。それが吸血鬼の戦いだって」


ヨハネさんは俯き気味に言葉を続ける。


ヨハネ「自分の身体が千切れて、血が噴き出して、骨が砕けて、身体が潰れても、戦う意思を諦めるなって、何度でも立ち上がって、敵を叩き潰せって」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「絶対必要だと思ったから、そうした。あの子が人間に戻るために、絶対必要だと思ったから……だけど、人間に戻ったあとは、私は何も出来ない」

ダイヤ「…………なるほど」

ヨハネ「だから、ここで歪んじゃった千歌は……また貴方が、ダイヤが繋ぎ止めてあげて。……無責任かもしれないけど」

ダイヤ「……いえ、ありがとうございます……わたくしたちの為に、そこまで考えてくださって、教えてくださって……」


ヨハネさんは後ろめたいと思いながらも、わたくしたちのために全力で稽古を付けてくれていたと言うことですわね……。


ヨハネ「……あ、あんたたちの為じゃないし……千歌が変になっちゃったら……善子が哀しむから……」

ダイヤ「……ふふ、そうですか」

ヨハネ「……なんで笑うのよ」

ダイヤ「ヨハネさんは、善子さんのことが、本当に大切なのですわね」

ヨハネ「……当たり前よ。……あの子は、私なんだから……」


ヨハネさんは、何かに想いを馳せるような……そんな表情をしながら、


ヨハネ「私はあの子の影だから……私がやったことで、あの子が哀しむなんて……あっちゃいけないことだから」


そう言う。


ダイヤ「……そうですか」

ヨハネ「ええ。……ま、そういうことだから、お願いね。戦いの最中もだけど……戦いの後も──千歌の傍に居てあげて」

ダイヤ「はい……誓いますわ」


わたくしは力強く、頷いた。
279 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:26:31.27 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「あと最後に」

ダイヤ「?」

ヨハネ「吸血鬼と戦うときの一番大切な心構えを言っておくわ」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「吸血鬼と戦うときは──」


──
────
──────



千歌「はぁ……はぁ……」

ダイヤ「……ふぅ……」

千歌「……ダイヤさん!!」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「勝ったよ……!! 私たち、やったよ!! やり遂げたよ!!」

ダイヤ「ええ……全て、終わりましたわね……」


これでやっと……終わる。

長かった戦いが、これで全て収束したのだ。


千歌「ぅ……っ……ぐす……っ……」

ダイヤ「ち、千歌さん!?」


千歌さんが突然目の前で泣き始めて、吃驚してしまう。


千歌「いや、その……ご、ごめん……っ……安心したら、なんか涙が……っ……」

ダイヤ「……そうですか……。よく頑張りましたわね……」


千歌さんの頭を撫でる。


千歌「うぅん……全部、ダイヤさんが居てくれたからだよ……」

ダイヤ「いいえ……貴女が最後まで戦い抜いたからですわ」

千歌「……うぅん、チカ一人じゃ……絶対無理だったよ……」

ダイヤ「いえ、貴女が為したことですわ」

千歌「……あははっ」

ダイヤ「ふふふ……」


おかしくて二人で笑ってしまう。


千歌「じゃあ……二人のお陰」

ダイヤ「ふふ……そうですわね」


ここまで、二人で支えあって、辿り着いた勝利。
280 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:27:19.15 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……えっと、これからどうするんだっけ」

ダイヤ「とりあえず、ヨハネさんに報告した方がいいのかしら……?」

千歌「……ねえ、ダイヤさん」

ダイヤ「……なぁに?」

千歌「聖良さん……死んじゃったのかな……?」

ダイヤ「いえ……ヨハネさん曰く、戦闘不能にしても、死ぬと言うことはほぼないと言っていましたわ」

千歌「そっか……よかった」

ダイヤ「戦闘不能まで追い込めば、さすがに勝敗はついたと言っていいでしょうしね……」


言って、戦闘不能になった、地上の聖良さんに目を向ける。


ダイヤ「……?」


──目を向ける。


ダイヤ「あ、あら……?」

千歌「……? どしたの?」


キョロキョロと見回す。

何度も、視線を泳がせながら確認する。


ダイヤ「聖良さん……は……?」

千歌「……え?」


──先ほど墜落して、動かなくなったはずの聖良さんが……いない!?


ダイヤ「な、なんで!? 一体、どこに……!!」


焦る。

背筋を嫌な悪寒が走り抜ける。


 「……貴方達を舐めていました」


──突然、声がした。


千歌「……う……そ……」

ダイヤ「そん……な……」


声の方向──新月を背にした、闇の中に、


聖良「…………」


彼女は浮かんでいた。

立派な闇の翼を羽ばたかせながら──


聖良「さすがに……死んだかと思いましたよ」

ダイヤ「なん……で……」


あそこから、どうやって。
281 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:28:37.36 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「再生しました」

千歌「再……生……?」

聖良「貴方達もよく知る、吸血鬼の力で……再生しました」

ダイヤ「う、そ……でしょ……」


地上の建造物が豆粒に見える、そんな高さなのに。

そこから直下に向かって落下したのに。


聖良「この高さだと吸血鬼が死ぬなんて……誰に聞いたんですか?」


誰にも聞いてない。

むしろ、こう、言われた。


 『吸血鬼と戦うときは──絶対に相手の力を侮っちゃダメよ』


ヨハネさんに、こう、言われた。

呆然としていると──いつの間にか千歌さんの背後に回りこんだ聖良さんが、


千歌「がっ……!!」


千歌さんの首根っこを背後から掴む。


ダイヤ「!! 千歌さんっ!!」


やっと我に帰る。

まだ戦闘は──終わっていない……!!


聖良「……もう、貴方達をただの紛い物だなんて思いません。……対等な敵として、全力で──潰します」


言葉と共に、聖良さんが千歌さんを持ったまま、一気に飛翔する。


ダイヤ「!? お、お待ちなさい!!!」


──聖良さんは飛行速度をぐんぐんあげながら、この場を離れようとしている。

わたくしと千歌さんを引き離そうとしている……!?


ダイヤ「千歌さん!!!」


わたくしは前方、飛び去る聖良さんを、全速力で飛行し、追いかける──





    ♣    ♣    ♣





千歌「ぐ、ぅぅぅ……!! は、な……せぇぇ……っ……!!」

聖良「……いいじゃないですか、もう少し一緒に空の旅を楽しみましょう」

千歌「い、や、だ……!!」

聖良「……酷いですね」
282 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:29:51.72 ID:ZRnZyA2Z0

──ギリギリと首が絞められる。

だけど、これまでみたいに、押し潰そうとしていない。

今はダイヤさんと私を引き離そうとしているみたいだ。

こうなったら、自分一人でどうにかするしかない──

爪を伸ばして突き刺そうとして──


千歌「あ……れ……?」


気付く。

手首から先が──ない。


千歌「あ゛……!? っ゛!!?!?」


気付いて、激痛に襲われる。

いつの間にか、手首を切り落とされていた。

これじゃ爪が伸ばせない。


聖良「……手首ぐらいとっくに跳ね飛ばしてますよ」


そう言いながら、聖良さんは爪を見せびらかしてくる。


千歌「ぐ……ぅ……っ……!!」


──なら、血の武器……!!

切り落とされた手首の先からナイフを──


千歌「ん……っ!!! ん……っ!!! なんで出ないの!?」


何かが詰まったような感覚がするだけで、武器が出ない。

よく見ると、私の傷口は真っ赤に染まっているのに、血が流れ出していない。


聖良「先ほど、貴方に見せて貰ったので」

千歌「……!! 血で蓋!?」


聖良さんは自分の血液を固めて、私の傷口に蓋をしていた。

ダメだ……!! 打つ手がない……!!


聖良「もう貴方達を見くびったりしません……二人を切り離して、逃げ場のない空間に追い詰めて……殺します」

千歌「……っ!!!」


ホンキだ。

聖良さんが本当の本当に、ホンキで“勝ち”に来ている。

そして、そのために戦いの場を移している。

高速で飛翔する、聖良さんの行く先に見えたのは──高い塔。

あれは、知ってる。観光したときに見たことがある。


千歌「五稜郭タワー……!?」

聖良「ええ、よくご存知で」
283 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:30:49.86 ID:ZRnZyA2Z0

聖良さんはタワーの目の前で制止した、後──

振りかぶって、


千歌「や、やめっ……!?」

聖良「……死んでください」


私を思いっきり、タワー内部に向かって投げ飛ばした。





    *    *    *





──上空を必死に羽ばたきながら、聖良さんを追いかける。


ダイヤ「千歌さんっ!!!! 千歌さんっ!!!!!」


必死に名前を呼ぶ。

精神リンクで呼んでいるので、声に出す必要はないけれど、自然と声を張り上げていた。

それくらい切羽詰まっている。

ですが、もう距離が遠くて、精神リンクはほとんど切れている。

位置だけは把握出来るのですが……。


ダイヤ「とにかく!! 早くっ!!!」


全速力で翼から推進力を生み出して、聖良さんたちを追う。

千歌さんの気配を追いかけて、見えてきたのは──


ダイヤ「……五稜郭タワー……!? こんなところに、何を……!」


そのときだった。

丁度五稜郭タワーの目の前で制止した、聖良さんが振りかぶって──


ダイヤ「……!!!!! 千歌さんっ!!!!!!!」


千歌さんをタワーの展望階内部に向かって、投げ飛ばした。

──ガラスが砕け散り、轟音を響かせながら、タワーが揺れる。


ダイヤ「千歌さんっ!!!! 千歌さんっ!!!!!?」


絶望的な光景に、もう千歌さんのことしか考えられなかった。

聖良さんがすぐ傍にいるはずなのに、千歌さんの安否を確認することにしか、頭が回らなかった。

千歌さんが叩き付けられて砕けた外張りのガラスがあった場所からタワー内部に侵入する。


ダイヤ「千歌さんっ!!! 何処っ!? 千歌さんっ!!!!」


内部を奥に進むと、中央の大きな柱の辺りに──ボロボロになった千歌さんが転がっていた。


ダイヤ「!!!! 千歌さんっ!!!!」


すぐに駆け寄り、抱き起こす。
284 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:31:42.95 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さんっ!!!」

千歌「…………ぃ…………ゃ……さ……」


か細い声で千歌さんが喋る。

両腕はほぼ前腕部分が全て吹き飛んでいる。

右脚は複雑骨折を起こしてぐちゃぐちゃに曲がり、左脚に至っては膝より先が無くなっている。

全身にガラス片が突き刺さり、その衝撃で切れたのか、片耳が千切れかけている。

肩やわき腹、太腿にも大きな裂傷、腹部からも血が滲んでいる。

幸いなことに、胸部は無事ですが……何より出血が酷すぎる。


ダイヤ「千歌さん!!! 今すぐ血を!!!」


千歌さんの顔の前に首を差し出す。


千歌「ぅ……ん………………」


か細い声と共に、わたくしの首筋に噛み付こうとするが──


千歌「………………が、……ぼ……っ…………」


吐血した。

吐いた血がわたくしの首筋を真っ赤に染め上げる。


ダイヤ「……っ」


こんな怪我です。いくつか内臓が潰れていてもおかしくない。

いや、考えている場合じゃない……!!


ダイヤ「千歌さん!! 頑張って!!」

千歌「…………ぁ……む……っ……」


千歌さんのキバの先がわたくしの首筋に触れる。

だが、食い込んでこない。


ダイヤ「千歌さん……!!」


頭を後ろから手で押すようにして、無理矢理食い込ませる。


ダイヤ「吸って!!」

千歌「…………ん……ちゅ……ぅ……ちゅぅ…………」

ダイヤ「!」


良かった……! ちゃんと吸ってくれた……!


千歌「ちゅぅ……ちゅぅ…………」


血を吸うたびに、千歌さんの身体は再生していく。

血を与えさえすれば、上昇した治癒力で後は勝手に出来るところまでは再生するはずだけれど……再生そのものには、まだしばらく時間が掛かる……。

そう思った瞬間──コツコツと何かが歩いてくる音が響いてくる。
285 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:32:20.49 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「……どうも」

ダイヤ「っ!!!」


誰かなんて言う必要もない。


聖良「……まだ生きていましたか。さすがですね」

ダイヤ「……千歌さんには……指一本触れさせません」

千歌「…………ん……くぷぅ……」


千歌さんの背中をポンポンと叩いて、吸血をやめさせる。

意識が朦朧としているようだけれど、どうにかその合図は理解してくれたのか、ゆっくりとキバが引き抜かれた。

わたくしは千歌さんを庇うように、目の前に立つ。

──が、立った瞬間、視界が揺れる。


ダイヤ「ぁ……?」


視界を覆う黒い靄のようなものと共に、意識が掻き消されそうになって、


ダイヤ「……っ!!!」


思いっきり脚を踏みしめて、堪える。


ダイヤ「ぁ……は……は…………はぁ…………」

聖良「もう、5回目の吸血……血が全然足りなくて苦しいんじゃないですか?」

ダイヤ「ぐ……ち、かさん……は……わた、くしが……まも、る……」


両腕を広げて、全身の血を硬質化させる。

ただでさえ血が足りないのに、更に血流を止める技だから、意識が朦朧としてくる。


聖良「……大した愛ですね……敬意を評して、拳で沈めてあげますよ」

ダイヤ「どう……も…………」


千歌さんが回復するまで、時間を稼がないと──

それがお情けだとしても、わたくしが聖良さんを引きつけて、聖良さんの攻撃に耐える。


聖良「……先ほどの、リベンジもありますから」


完璧に受け止められたことを払拭しようということらしい。そこに挑発を被せる。


ダイヤ「ふ、ふ……わた、くし……むて、きの……たて……ですの、よ……」

聖良「…………らしいですね」

ダイヤ「ち、か、さん……も、ほめ……て……くれ、た……ちか、さんが……しんじて、くれるなら……むて、き、です……わ」


どんどん意識が遠のいていく。

でも血液硬化は解くな。

死んでも攻撃を受けきる。

わたくしは無敵の盾。

お互いを信じることで強くなれる、わたくしたちが──千歌さんが認めてくれた、無敵の盾。

絶対に負けることはない。
286 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:33:13.19 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「…………」


聖良さんが脚を踏み込みながら、腕を引く。

──来る。


ダイヤ「……!!!!」


最後の力を振り絞って、全身をくまなく硬化させる。


聖良「──はぁっ!!!!」


──お腹に拳が突き刺さった。

ただ、弱い。

先ほどの殴っただけで、衝撃波によって周りを吹き飛ばすアレとは比べ物にならないほど、弱い。

弱──


ダイヤ「ごぶっ…………」


変な声が出た。

気付いたときには、胃から内容物を吐瀉していた。


ダイヤ「ぁ……?」


膝が落ちる。

膝が落ちたということは、硬質化が解けたということだ。

同時に、鉄の味とニオイが上ってきて、


ダイヤ「ご、ほっ……がぼ……っ……」


吐瀉に続いて、血を吐いた。


聖良「……なるほど、こうすれば攻撃が通るんですね」

ダイヤ「は……ぁ……はぁ……」

聖良「吸血鬼の力に頼るだけではなく……人間として身に付けた、武術や技術を応用する……。勉強させられました」

ダイヤ「……な、にを……いって…………」


ぼんやりとする頭で、至ったのは……。


ダイヤ「……よろい……どお……し……」


衝撃をロスなく伝えて、鎧などの上から内臓等に攻撃をする、武術の一つ。


聖良「やったことはなかったので……一撃で殺せなかったのは、申し訳ないです。苦しいでしょう」

ダイヤ「…………」


見様見真似で、ここまでやる時点で、天才ではないですか……。


聖良「……それでは」
287 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:34:15.59 ID:ZRnZyA2Z0

聖良さんが腕を振り上げる。

トドメでしょう。

でも、いい。


ダイヤ「──まに、あった」


わたくしを背後から飛び越えて、


千歌「──あぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!!!!!」

聖良「!!!」


躍り出てきた千歌さんの拳が──聖良さんに突き刺さった。

ロスだらけのデタラメの破壊力のパンチが聖良さんの立っていた足場ごと、一気に吹き飛ばす。


千歌「はぁ……!! はぁ……!!」

ダイヤ「ちか……さ、ん……」

千歌「ダイヤさん!!」


千歌さんはすぐさま、わたくしの首筋に噛み付いて──


千歌「ん、ぶ……」


血を注入してくる。


ダイヤ「……はぁ、はぁ……」


血を与えられ、暗くなっていた視界が少しずつ戻ってくる。

アッパーした、再生力でダメージを受けた内臓も再生していく。

わたくしは見据える──聖良さんの吹き飛ばされた先を。

半壊した五稜郭タワーの前で──


聖良「…………」


彼女は大きな翼で羽ばたいていた。


聖良「……本当に大したものですよ」


聖良さんは言いながら──片手の爪でもう片方の手首を切り落とした。

そして、そのままその傷口をこちらに向けてくる。


聖良「まさか、自分がこんな捨て身の……吸血鬼らしくない技を使うとは思いませんでしたが……貴方達には全力で勝ちたい……全て押し潰します」


──全て押し潰す。

何をしようとしてくるのか、直感的に理解できた。

血液操作で作った重鈍な血の塊で──押し潰すつもりだ。


千歌「……ふぅーーー!!!」


千歌さんが拳を打ち鳴らす。
288 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:35:13.07 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さん……!」

千歌「ダイヤさん!! チカを信じて!!」

ダイヤ「!」

千歌「チカ……ダイヤさんが信じてくるなら──無敵だからっ!!」


そう言って、千歌さんは笑う。

わたくしは立ち上がって、彼女の背中におでこをつける。


ダイヤ「もちろんですわ……信じていますわよ。千歌さん……」

千歌「うん!」


わたくしたちは、聖良さんと相対する。


聖良「…………」


聖良さんの傷口から──赤が膨張する。


千歌「……!!! いくぞぉぉぉぉぉ!!!!!!」


千歌さんが脚を踏み込む。


聖良「潰れろ……!!!」


聖良さんから、血の柱が飛び出してくる。


千歌「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」


──千歌さんの拳が、大血柱を正面から叩く。

両者のインパクトの瞬間に、衝撃波が生じ、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

建物が揺れる。

ただ、おでこをくっつけたままの背中は──揺れない。

わたくしの信じた貴女は──揺るぎない。


千歌「う、ぉ、ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


大血柱を受ける千歌さんの拳の先の皮が捲れる。

力を込めすぎた、腕の筋肉は血管が切れ、血を噴き出す。

ただ、わたくしは、

──信じている。

この人は──貴女は──千歌さんは。

わたくしと一緒なら。

──無敵だ。


ダイヤ「千歌さんっ!!!!!!! 勝ってっ!!!!!!!!」

千歌「おおぉぉぉぉっ!!!!! りゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


千歌さんが突き出した拳の先で──

──ビキィッ!!!!

巨大な血の柱に、ヒビが入った。
289 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:36:04.83 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ぶ、っこわれ、ろおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!!!」


千歌さんの雄叫びと共に──巨大な血の塊は、

音を立てながら、粉砕されたのでした。


千歌「……は……はっ……はっ……」

ダイヤ「千歌さん……っ」


思わず、彼女の背中に顔を押し当てる。


千歌「……まだ……」

ダイヤ「……!」


そうだ、まだ戦いは終わっていない。

わたくしは顔をあげる。

もうボロボロになってしまった、展望室の外では、相変わらず聖良さんが羽ばたいていた。


聖良「……ふふ、ははは……そうですか」

千歌「……防いだよ」

聖良「……そうですね」

千歌「……何度でも防ぐよ」

聖良「……そうなんですか」

千歌「……ダイヤさんが居てくれる限り、私は無敵だから」

聖良「……そうなんですね」


聖良さんは呆れたように肩を竦めた。

──次の瞬間、千歌さんの目の前に出現し、首根っこを掴む。


ダイヤ「!! 千歌さん!!」

千歌「…………」

聖良「…………」


そのまま、二人は睨み合う。


聖良「何度殺しても、復活しますね」

千歌「ダイヤさんが、傍に居てくれるから」

聖良「愛の力と言うやつですか」

千歌「はい」

聖良「そうですか……」


聖良さんは千歌さんの首根っこを掴んだまま、


聖良「それでは……もう次で最後にしましょうか」


そう言うと同時に──直上に向かって超高速で飛び出す。


ダイヤ「っ!?」


千歌さんごと──空へ、タワーの天井を突き破って、空へ──
290 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:37:07.84 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さんっ!!!!!」


わたくしも追いかけるために、空へと飛び出す。

──羽ばたけ、翼を動かせ!!!!

風を切り、雲を抜け、どんどん上昇していく。

高度はぐんぐんとあがり、気温が下がり、酸素が足りず苦しい、吐息が凍りつく。

でも、止まるな。

千歌さんの傍に──千歌さんの傍に……!!

千歌さんの居る場所に!!!





    *    *    *





辿り着いた上空で、聖良さんは止まっていた。


聖良「……千歌さん、ダイヤさん」


語りかけてくる。


聖良「どうして、吸血鬼は下克上をしないのか、知っていますか」


聖良さんは独りでに話す。


聖良「……下位吸血鬼は、上位吸血鬼に絶対に勝てないからです」


聖良さんは一人で話す。


聖良「……何故だか、わかりますか?」


聖良さんは問うてくる。


聖良「それは……再生能力が違うからです」


聖良さんは答える。


聖良「吸血鬼は何度でも甦る。私は、貴方達が死ぬ回数よりも、多く死んでも死にません」


聖良さんは続ける。


聖良「酷い傷でも、死にません、身体がぐちゃぐちゃになろうが、粉微塵になろうが、死なないんです」


聖良さんは悲しそうに、


聖良「死ねないんです」


言う。
291 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:39:30.14 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「……きっと、私はどこかで死ねる人たち羨み、嫉妬していたのかもしれません。普通の人間として、生きることが出来る人間たちを。私のそんな曲がった心が貴方達を吸血鬼の世界に──引き摺り込んだ」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」

聖良「だから、最後は……死に比べで、違いを明確にして、終わりにしましょう」

千歌「死に……比べ……」

聖良「……ここは高度1万メートルほどの上空だと思います。ここから、地上に向かって、千歌さんごと急降下します」

ダイヤ「!!」


そんなことしたら、千歌さんの身体も、聖良さんの身体も、バラバラになる。


聖良「……そうしたら、紛い物の千歌さんは再生出来ず──死ぬでしょう」

ダイヤ「や、やめてくださいっ!!!」

聖良「……ただ、私は……死なない。……再生する」

千歌「私は──私たちは負けないよ」

聖良「そうですか……その諦めの悪さ、私の知ってる千歌さんで安心しました」


聖良さんが、千歌さんの首を掴んだまま、下方を向く。


ダイヤ「やめてっ!!!!」


わたくしは、千歌さんを掴む手を放させるために、聖良さんの腕に掴みかかる。

──が、ビクともしない。


聖良「貴方達は……本当に強い、吸血鬼ですね。身も、心も……貴方達二人揃えば、その力は……私以上だと認めてあげてもいいでしょう」

ダイヤ「……!」

聖良「ただ、貴方達の命は、眷属化していても……別々です。再生力も二人で一つだったのなら、勝ち目はありませんでした。ですが、それは一つに出来ない」

千歌「…………」

聖良「最後に勝敗を決するのも、吸血鬼の血の濃さなんですよ。それが──吸血鬼なんです」


翼が、大きくしなった。


聖良「……さようなら──」


首を掴まれた千歌さん、聖良さんの腕に組み付くわたくし、

そして、吸血鬼──聖良さん。

三人の闇の翼は、上空1万メートルから真下に向かって──射出された。





    *    *    *





──音よりも速く、落下していく。

地上に衝突するまで後30秒もないだろう。


千歌「……ふぅぅぅぅーーーー!!!!!!」
292 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:43:04.59 ID:ZRnZyA2Z0

落下する中、千歌さんが腕を伸ばす。

聖良さんの肩を掴んで──


聖良「まだ、抵抗しますか? もうこの速度に乗ったら、貴方達の揚力では逃げられませんよ」

千歌「ぐ、ぐ、ぐ……!!!」


聖良さんの腕の力に抵抗しながら、顔を聖良さんの方に近付けていく。


聖良「結局最初から貴方達に勝ち目なんかなかった。ただ、それだけのことです」

千歌「ぐ、ぬ、ぬぬ……!!!」


千歌さんの顔が──聖良さんの首筋に辿り着き、


千歌「──ガブッ!!!!!!」


噛み付いた。


聖良「…………」

千歌「ぐ……ぶゅ……」


血を聖良さんに注入し始める。


聖良「眷属化しようと言うことですか……無駄ですよ、貴方一人の吸血鬼性は私より劣っている。自分より下位の吸血鬼の力では眷属化は出来ません」


──そう、下位の吸血鬼では、血を注ぎ込んでも吸血鬼化は出来ない。


ダイヤ「その通り、ですわ……!!」


わたくしも落下する中、聖良さんの腕から、肩へと手を移し変え、


聖良「……? な、何を……」


千歌さんの逆側、聖良さんの、


ダイヤ「──……ガブッ!!!!」


首筋に──噛みついた。


聖良「!!!?」


貴方は言っていましたね。


 聖良『貴方達は……本当に強い、吸血鬼ですね。身も、心も……貴方達二人揃えば、その力は……私以上だと認めてあげてもいいでしょう』


千歌さん一人の吸血鬼性では足りない……だけれど、

──二人でなら、吸血鬼性が上回っていると……!! 聖良さんはそれを認めた……!!


ダイヤ「……ぶ……ぐ……」


わたくしも千歌さん同様に、血を注ぎ込む。


聖良「まさか!!!? 二人で一人の対象を眷属化!!!?」
293 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:44:20.00 ID:ZRnZyA2Z0

──今更気付いても、もう遅いですわ。

貴方は油断したのです。

自分の強さに驕って、血に驕って、わたくしたち“二人”の持つ可能性を──見落とした。


千歌「……ぐぅ……!!!」
ダイヤ「…………ん、ぐぅぅ……!!!」


二人で血を流し込む。千歌さんとわたくしの血を……!!


聖良「やめっ!!!!? や、やめてくださいっ!!!!」


聖良さんが焦って、わたくしたちを引き剥がそうとしますが、


聖良「ぐ、く……ぁ……!!!」


もうここまでくれば感覚が“それ”を理解させてくる。

彼女は、聖良さんは──千歌さんと、わたくしの、眷属になった。


聖良「そんな……そんな、バカな……こと……」

千歌「ぷはっ……!! だから言ったじゃないですか、私は──私たちは負けないって……!!」

ダイヤ「ぷは……。……聖良さん、覚えておいてください。吸血鬼と戦うときは──絶対相手を侮ってはいけないんですよ」

聖良「っ!!!! あぁあぁあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」


聖良さんが、絶叫する中、


ダイヤ「千歌さんっ!!!」

千歌「うんっ!!!! 伸びろ爪ぇ!!!!」


二人で爪を伸ばし、身体を捻りながら、千歌さんの首を絞めていた聖良さんの手首を、切り落とす。


聖良「あぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


わたくしは解放された千歌さんに抱きつき、


千歌「ダイヤさんっ!!! 跳ぶよ!!!」

ダイヤ「ええ!!!」


千歌さんと同時に、聖良さんを踏みつけるようにして──跳ねた。


聖良「……くっそおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」


聖良さんを踏み台にして、跳ねて、二人で羽ばたく。

だが、それでも揚力が足りない。

下方に向かってついた勢いを殺すのにはパワーが足りない。


千歌「あがれ!!! あがれ!!!! あがれぇぇ!!!!!」

ダイヤ「あとちょっとなの!!!! お願い!!!!」
294 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:44:51.24 ID:ZRnZyA2Z0

二人で懸命に羽ばたく。

だけれど、空の中を落ちていく。

どんどん地面が近付いてくる。

羽を必死に羽ばたかせる。

お願い、お願い、お願い──!!!

でも、速度は全然殺せない、


千歌「ぐ……くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

ダイヤ「……っ!!!!!」


──もう、ダメですわ。

わたくしは千歌さんを庇うために、腕を伸ばして──


ダイヤ「千歌さ──」

千歌「ダイヤさんっ!!!!」


逆に千歌さんがわたくしを庇うように、抱きしめてくる。

ああもう──わたくしたちは、このようなときでも……同じ気持ちなのですわね。

……せっかくここまで来たけれど、あと少しだったけれど……。

最期に隣に貴女が居てくれて──よかった。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさん……」

 千歌「──大好きだよ──」
ダイヤ「──大好きですわ──」
295 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:45:24.62 ID:ZRnZyA2Z0

……………………。

……………………。

……………………。

………………?


──衝撃はいつまで経ってもこなかった。

わたくしたちは……死んだの……ですか……?


──バサ、バサ。


大きな翼が羽ばたく音が聞こえた。


 「──全く……最後まで、世話が掛かる子たちなんだから」

千歌・ダイヤ「「……!!」」


ああ、この声は……。

目を開くと、

力強い、大きな翼を広げた──わたくしと千歌さんの恩師が、わたくしたち二人を抱きかかえて、闇夜の中を飛んでいた。


千歌「……ヨハネちゃん……っ!!!!」
ダイヤ「……ヨハネさんっ!!!」

ヨハネ「──二人とも……よく頑張ったわね」

千歌「ぅ……っ……ぇぐっ……よはねぢゃぁぁぁん……っ……!!!」

ヨハネ「って、わああっ!!!? 鼻水つけるんじゃないわよっ!!?」

ダイヤ「ふふ……っ……もう、良いところ、持って行くのですから……っ……」


闇夜の中、世界一頼りになる、大翼に抱かれながら、

わたくしたちは地上に──元の世界へと、戻っていくのでした。





    *    *    *


296 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:47:00.06 ID:ZRnZyA2Z0


──地上に戻ってくると……。


聖良「…………」


聖良さんが地面に横たわっていた。

すでに完璧にいつもの姿に再生している。

本当に恐ろしい回復力です。


聖良「……私は負けたんですか?」

ヨハネ「ま……実質負けかしらね。あんたがこの二人より下位の吸血鬼になったのには間違いないし」

聖良「そう……ですか……」


聖良さんは返事をしながら、空を仰いだ。


千歌「あ、あの……聖良さん……」


千歌さんが聖良さんの方に歩み出ようとして、


ヨハネ「……千歌」


ヨハネさんが、それを止める。


千歌「ヨハネちゃん:……?」

ヨハネ「あんたは勝って人間に戻るんだから。……もう吸血鬼のこいつと関わらなくていい」

千歌「え、な、なんでそんなこと言うの……!?」


千歌さんが抗議の声をあげる。


聖良「……千歌さん、ダイヤさん」

千歌「!」

ダイヤ「……」

聖良「次は、スクールアイドルの舞台で、会いましょう……人間の舞台で」

千歌「……!」


それっきり、聖良さんは口を閉ざしてしまった。

わたくしたちは、人間に戻るために……彼女の吸血鬼としての威厳と尊厳を奪ったのです。

あと出来ることがあるならば……この世界から立ち去り、次会うときは人間として、接して欲しい。

吸血鬼側の視点では、そういうことなのかもしれません。


千歌「……わかりました、次はまた一緒にスクールアイドルとして……」


少ない言葉でしたが、千歌さんにも何か感じられるものがあったのかもしれません。

それ以上は深く追求はしませんでした。


ヨハネ「……さて、あんたたちは先に二人で帰りなさい」

千歌「え? ヨハネちゃんは……?」

ダイヤ「ヨハネさんはきっと……後始末が……」
297 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:47:51.04 ID:ZRnZyA2Z0

言いながら、傍らの塔──五稜郭タワーを見上げると……。

展望階がなんの大災害に襲われたのかと言わんばかりの惨状に見舞われていた。


ヨハネ「そうよ、これから夜明けまでに直さないといけないんだから。聖良、あんたも責任持って手伝いなさいよね」

聖良「…………」


まあ、確かにわたくしたちは、このレベルのモノの復元再生は絶対に出来ないので、もう後は本物の吸血鬼のお二人に任せるしかない。


千歌「でも、朝までどうしよっか……」

ダイヤ「ホテルに戻りますか……?」


飛行機までは時間もあるし……。


ヨハネ「いや、あるじゃない」

千歌「? あるって、なにが?」

ヨハネ「あんたたちには……空を飛べる翼が」

ダイヤ「!」

千歌「あ……」

ヨハネ「……もう、二度とこの世界には戻ってこないんだから、最後に二人で楽しんできなさい」

ダイヤ「ヨハネさん……」

千歌「……うん! 行こう! ダイヤさん!」


そう言って千歌さんが走り出す。


ヨハネ「ダイヤ」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「あと……よろしくね」

ダイヤ「はい、お任せください。ヨハネさんも、お元気で」

ヨハネ「そういうのいいから……いつも居るわよ、善子と一緒に」

ダイヤ「……はい!」


わたくしも千歌さんが走って行った方向に歩き出す。


千歌「──ダイヤさーん!! はやくはやくー!!」

ダイヤ「……はーい! 今行きますわー!」


そして、駆け出した。

千歌さんの元へ──千歌さんの、傍へ。
298 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:49:11.14 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「…………」

聖良「…………」

ヨハネ「……行っちゃったか……」

聖良「……情でも湧きましたか?」

ヨハネ「まさか」

聖良「……そうですか」

ヨハネ「……ええ、そうよ」

聖良「……ヨハネさん」

ヨハネ「あん?」

聖良「私は……これからどうなるんでしょうか」

ヨハネ「……さあね。吸血鬼モドキの眷属化された混血なんて聞いたことないし。……しかも一人の対象を二人で一緒に眷属化するってのも聞いたことないし。どうなるのかは、私にもわかんないわ」

聖良「まあ……そうですよね」

ヨハネ「ただ、事実として、あんたは眷属化された。それは揺るぎないんじゃない?」

聖良「……違いないですね」

ヨハネ「ま、今もこうしてすぱっと再生したんだし……序列が変わっただけで、そんなに変わることがあるとは思わないけどね」

聖良「……吸血鬼にとって序列は大きいんですけどね」

ヨハネ「それはそれよ……さ、早く起きて結界内の修復、手伝いなさい」

聖良「事前術式……組んでますよね?」

ヨハネ「さすがに組んでるわよ。なかったら、朝までに終わんないわよ」

聖良「わかりました、すぱっと終わらせましょうか」

ヨハネ「よろしくね。……終わったら、善子を沼津に送るまでやってもらわないとなんだし」

聖良「……私は随分コキ使われるみたいですね」

ヨハネ「横から突っついてきたことへの報いよ。いいから、敗者はキリキリ働きなさい。痕跡が残って困るのはあんたも同じなんだから」

聖良「……仕方ないですね」





    *    *    *


299 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:50:55.63 ID:ZRnZyA2Z0


千歌「えーっと……方角は……」

ダイヤ「大雑把に南ですわね。飛びながら微調整しましょう」

千歌「わかった! それじゃ……」

ダイヤ「……ええ」


差し出された、千歌さんの手を握る。


ダイヤ「帰りましょうか……内浦に」

千歌「うんっ」


──トンッと二人で地面を蹴って、飛び立つ。


ダイヤ「誰かに見られないように……一気に高度を上げますわよ?」

千歌「はーい」


そのまま、ぐんぐんと上昇していく。

すぐに、函館の町並みが遠ざかっていく。


千歌「わーー函館の夜景、ここからでも見えるねー!」

ダイヤ「深夜ですから、もう町の灯りはほとんど見えないですが、きっと時間帯によっては函館山以上の絶景なんでしょうね……。……それより飛ばしますわよ?」

千歌「え、ゆっくりお散歩したいなー」

ダイヤ「あまりゆっくりしていると、日が昇りますわよ。そしたら、二人で燃えることになりますけれど、いいの?」

千歌「よっしゃー!!! 全速前進!! 私たちのスピードは世界を取れる!! いくぞー!!!」

ダイヤ「ふふ、そうですわね」


──わたくしたちは空を飛翔する。


千歌「風がきもちいいーー!!!」

ダイヤ「今更ですけれど、わたくしたち……本当に空を飛んでいるのですわよね」

千歌「生きてる間に自分の翼で飛ぶ日が来るなんて思わなかったよ!」

ダイヤ「比喩以外では、普通一生ありませんからね」

千歌「……なんか、すごい経験だったね」

ダイヤ「……そうですわね」


まさか、吸血鬼の噂を鞠莉さんから聞いたとき、こんなことになるとは思ってもみなかった。


千歌「なんか、死ぬほど大変だったけど……終わってみると、案外楽しかったかも」

ダイヤ「……では、もう少し吸血鬼として頑張ってみますか?」

千歌「それは、いいや……やっぱり人間に戻りたい」

ダイヤ「ふふ、そう」

千歌「人間として……大好きなダイヤさんと一緒に過ごしたい」

ダイヤ「千歌さん……ええ、わたくしも同じ気持ちですわ」

千歌「うんっ」


二人で大空を駆けながら、故郷へ帰る方角に目を向けると──
300 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:51:52.05 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「うわぁーーーー!!! 見て、ダイヤさん!!」

ダイヤ「……!! はい……!!」


丁度、その方角には、まるで水平線に向かって流れ落ちていくかのような、縦に走る巨大な運河がそこにはあった──ミルキーウェイですわ。


千歌「天の川…………!!」

ダイヤ「……こんな綺麗な天の川を見たのは……生まれて初めてですわ……!」

千歌「えっへへ……学校の屋上でした約束、果たせたね」

ダイヤ「ええ……」


指差して、天の川をなぞる様に。


ダイヤ「天の川を上の方に登っていくと──わかりますか」

千歌「うん! 彦星!」

ダイヤ「ええ」


──わし座のアルタイル。そして天の川を挟んで、右上方に、こと座のベガが見える。


千歌「あれが織姫様で……天の川を滝登りしていった先にあるのが……カササギ座!」

ダイヤ「ふふ……はくちょう座ですわよ?」

千歌「チカ的には、はくちょうより、カササギがいいの!」

ダイヤ「そうなのですか?」

千歌「うん! 白い翼じゃなくて、黒い翼がいい!」

ダイヤ「あら……吸血鬼の感性になってしまったのかしら?」

千歌「そうじゃないけど……あのね! チカ、実は気付いちゃって!」

ダイヤ「? 何がですか?」

千歌「あのね! 織姫様って実は──吸血鬼だったんじゃないかって!」

ダイヤ「まあ? ……それは新説ですわね? でも、どうして?」

千歌「ほら、天の川が間にあるでしょ? だけど、吸血鬼だから怖くて近寄れないの。だけどね……黒い翼が架け橋になって、彦星様に会わせてくれるんじゃないかなって……!」

ダイヤ「ふふ、なるほど。では、カササギはヨハネさんですか?」

千歌「うん! と言うか、きっと実はコウモリなんだよ!」

ダイヤ「あれはこうもり座だったのですわね? うふふ、それは大発見ですわね」

千歌「それでね! それでね! 織姫で吸血鬼のチカをね、迎えに来てくれるんだよ!」

ダイヤ「うふふ、わたくしは彦星様ですのね」

千歌「うん! ダイヤさんは……私の彦星様だよ……」


千歌さんが繋いで手をぎゅっと握ってくる。
301 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:52:21.52 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「やっと……会えたよ、彦星様と」

ダイヤ「……ええ」

千歌「何度も、泣いてるチカを見つけてくれて……ありがとう」

ダイヤ「貴女が泣いていたら……何度でも見つけて、抱きしめますわ」

千歌「うん……ダイヤさん……」

ダイヤ「ふふ……なぁに……?」

千歌「これからも、ずーーっと……一緒だよ」

ダイヤ「ええ……傍に居ますわ。いつまでも……──」


わたくしと千歌さんは、二度と経験することがないであろう、夢のような夜空の中で──

愛を語らい、確かめ合い、笑い合って、飛び続けるのです。

いつまでも、どこまでも続く、この星空のように……永遠に──

302 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:52:48.33 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *










    *    *    *


303 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:53:57.89 ID:ZRnZyA2Z0


──8月も終わりに近付いて来て、蝉の声が五月蝿い今日この頃。

夏休みも終盤に差し掛かっている中でも、Aqoursは練習を続けています。

ただ、午前中だと言うのに、このうだるような暑さ……。

さすがに今日は皆さん、朝の自由参加はパスしているかもしれませんわね。

わたくしはお気に入りの日傘の影から、晴天を見上げて──


ダイヤ「──本当に……今日もいい天気ですわね」


そうぼやきながら、バス停から学校への長い坂道を歩く。

…………。

浦の星女学院に着いて、一先ず屋上へと足を運ぶと……ガラガラの屋上の中に先着が居た。


ダイヤ「今日もやっているのですか?」


軽く呆れながら、声を掛ける。

屋上の床に大の字になって寝ている、貴女に。


千歌「んー……だって、気持ち良いんだもん」

ダイヤ「いや……なんか、この季節にやられると、干からびて引っくり返ったカエルを見ている気分になるのですけれど……」

千歌「えー、酷いなー」


千歌さんはぷくーっと頬を膨らませる。


千歌「だってさ……お日様がこんなに元気に輝いてるんだよ? いっぱい浴びないと損じゃん」

ダイヤ「……ふふ、そうですか」

千歌「ダイヤさんもやらない?」

ダイヤ「……そうねぇ」


以前だったら、日焼けしたくないので、絶対断っていましたが……。


ダイヤ「少しだけよ?」


まあ、たまにはいいでしょう。


千歌「やった! 横にどうぞ!」


そう言って、千歌さんの横にごろんと転がる。

全く、他の人が居たら、はしたなくて、こんな姿見せられませんわね。

──寝転がると、空からご機嫌な太陽の光が降り注いでくる。

確かに気持ち良いけれど……暑い。


千歌「……えへへー、ダイヤさーんっ♪」


何故か、横で一緒に転がっている千歌さんが抱き付いてくる。
304 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:54:37.89 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……暑いですわ……」

千歌「イヤ?」

ダイヤ「……半々くらい」

千歌「そこはイヤじゃないって言ってよー」

ダイヤ「……千歌さん、汗すごいではないですか」

千歌「あははー……仕方ない。人間だから」

ダイヤ「もう……」

千歌「……すんすん……ダイヤさんも汗かいてるね」

ダイヤ「人間ですからね。……というか、ニオイを嗅がないでください」

千歌「ダイヤさんは人の汗のニオイ嗅ぐくせに」

ダイヤ「……意外と根に持つタイプなのですわね?」

千歌「ねーねー」

ダイヤ「もう、今度は何?」

千歌「……ちゅーしよ」

ダイヤ「……晴天の下で?」

千歌「うん」

ダイヤ「真剣な目ね」

千歌「ダイヤさんとお日様の下に居られることは……絶対幸せなことだから」

ダイヤ「幸せ繋がりということ?」

千歌「うん」

ダイヤ「……じゃあ、仕方ないわね」


横に居る千歌さんに手を添えて──


ダイヤ「ん……」

千歌「ん……」


軽くキスをした。


千歌「……えへへ」

ダイヤ「……それでは、練習しましょうか」


そう言って、起き上がる。


千歌「って、えー!! それだけ!? 余韻的なのないの!?」


千歌さんも釣られるように起き上がりながら文句を言ってくる。
305 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:55:33.03 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「余韻も良いですけれど……」

千歌「?」

ダイヤ「千歌さんと二人で練習する幸せも……わたくしは欲しいですわ」

千歌「わっ何その殺し文句……めちゃくちゃ嬉しい……」

ダイヤ「千歌さんと、二人で喋って、二人で手を繋いで、二人でご飯を食べて、二人で一緒に笑い合って、たまに二人でケンカして、二人で泣きながら仲直りして……」

千歌「えへへ……ダイヤさん」

ダイヤ「なんですか」

千歌「チカも同じ気持ちだよ」

ダイヤ「ふふ、知ってますわ」


不意に、千歌さんに顔を近付けて、もう一度軽くキスをした。


ダイヤ「それでは……始めましょうか」

千歌「はーい!」


──晴天の中、千歌さんと二人で踊っていると、やっぱりあのときの出来事は、夢物語だったんじゃないかと思うときが今でもあって。

だけれど、今千歌さんの隣に居られるのは、あの夢物語が実際にあったからに他ならなくて。

……いや、どうなのでしょう。

もしかしたら、そんなことがなくても、今は当たり前のように隣に居てくれる貴女と、どこかで結ばれていたのでしょうか。

それがどうだったのか確かめる術はないけれど……。

きっと、大事なことは……歩いてきた道の先で、乗り越えてきた壁の向こうで、今貴女とこうして一緒に、貴女の隣で踊っていることなのでしょう。

だから、そんな当たり前の幸せを噛み締めながら……わたくしたちは、太陽の下で、今日も笑い合うのですわ──


306 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:57:19.57 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *





 我らが学び舎、浦の星女学院──この学校には、こんな噂があります。

 深夜の校舎内、場所は保健室。

 そこから、夜な夜な、『血……血……』……と、血に餓えた呻き声が聞こえてくるそうです。

 そう、これは、もしかしたら、実はアナタの隣で何食わぬ顔をして紛れ込んでいるかもしれない。

 そんな──────吸血鬼の噂、ですわ。





<終>
307 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:59:03.37 ID:ZRnZyA2Z0
終わりです。お目汚し失礼しました。


明けて七夕なので、もしよかったら、夜空を見上げて天の川と夏の大三角を探してみてください。

ここまで読んで頂き有難う御座いました。

また書きたくなったら来ます。

よしなに。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/07(日) 18:52:21.70 ID:VerAi3frO
乙です!
めちゃめちゃ好みの話でした
また次の話も楽しみにしてます!
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/09(火) 00:22:03.79 ID:v+gkbmxY0

途中の吸血鬼化が進んでいく過程に緊迫感と焦燥感あって良かった
あと深く事情を聞かない鞠莉ちゃんいい子
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 04:46:19.18 ID:AnmgRPZMo
急にバトル展開になって笑った
銀刀とか持ち出すかと
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/05(月) 00:11:05.95 ID:LkpKfY4R0
元ネタまったく知らないけど読んでよかった。
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