ダイヤ「吸血鬼の噂」

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273 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:19:44.60 ID:ZRnZyA2Z0

聖良さんが空中で体勢を立て直しながら、こちらを睨みつけてくる。


千歌「爪っ!!」


千歌さんも対抗するために、爪を伸ばす。

睨み合いの中、聖良さんは言葉を続ける。


聖良「肉体強化や爪の変化は、超再生はともかく……精神リンク、血液操作、そして翼まで……。……特にダイヤさんの硬質化は驚きました。血液変化にあんな使い方があるなんて……。……強者が使う戦い方ではありませんが」

ダイヤ「…………」


真っ向から攻撃を受け止められたのに相当プライドが傷ついたらしい。

先ほど考察したとおり、種族特有の高い誇りが、ソレを許してくれないのでしょう。

最も、先ほど聖良さんに指摘された通り、わたくしの血液硬化も弱点がいくつかある。

一つは硬化中は全く動けなくなること。身体の先の先の毛細血管まで硬化してしまうので、身体の自由はほぼなく。移動したり、筋肉を稼動させる動作はほぼ無理です。

二つ目も聖良さんに指摘された通り……この能力には時間制限がある。血液を硬化するということは、血液の本来の『酸素の運搬』を阻害してしまう。なので、酸素の供給が絶たれた細胞たちは長時間血液硬化をしていると、壊死してしまうのです。

だから、先ほどのように一人のときにマウントを取られると実質詰み。この能力は千歌さんと言う矛と、わたくしという盾が両方揃っていないと、そもそも成立しない。

そして、三つ目の弱点。性質上、この能力は飛行しながらはほとんど使えない。

ですので、出来れば再び地面に引き摺り下ろしたいのですが……。


聖良「……この空で、闇に霧散する塵にしてあげますよ」


聖良さんが構える。

地上戦を望むのはもう無理かもしれない。

となると、


千歌「……さあ……行くよ!!!」


千歌さんに頼るしかない。

わたくしは序盤同様、後方からの二人分の目の役割をする。そのために、後ろに下がるのと同時に──


千歌「──!!!」

聖良「──!!!」


二つの夜の翼が、一気に加速し真っ向から、相対する。

一気に音の速度で肉薄した両者の爪がかち合う。

両者が鍔迫り合い、ワンテンポ遅れて、空気たちが思い出したかのようにビリビリとその身を震わせ、轟音をあげる。


聖良「……はぁっ!!!」

千歌「っ!!」


──ギィンッ!! と硬い音を立てながら、千歌さんが弾き飛ばされる。

ノックバックした千歌さんがすぐ顔を上げるが、


千歌「!? いない!?」


いつの間にか彼女の視界から姿を消した聖良さん。

──横ですわ!!!
274 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:21:39.97 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「はぁっ!!!」

千歌「!!」


聖良さんは、高速軌道で、一度千歌さんの視界にわざと外れてから、高速で切り返しその勢いを乗せた鞭のような蹴りを千歌さんに叩き込む。

精神リンクによる指示で、ギリギリ腕によるガードは出来たものの、


千歌「っ゛!!!」


──バキメキッ!! と音を立てながら、千歌さんの腕の骨が軋む音がする。


ダイヤ「っ!!!」


咄嗟に聖良さんの、背後から攻撃を加えようと、飛び出すが──


聖良「ふんっ!!!」

ダイヤ「っ!?」


聖良さんが背後に向かって爪で空気を引っ掻き衝撃波を飛ばしてくる。

わたくしは身を捻り回避をする。


ダイヤ「……読まれたっ!?」

聖良「相思相愛ですね!! 瞳に映ってますよ!!」

千歌「ぐっ!!」


──千歌さんの瞳に映りこんだわたくしの姿を見て、攻撃を察知された。

これが鏡だったらこうはいかないのに、吸血鬼の身体だと、吸血鬼の姿が映ってしまう。

これじゃ近付けない……!!

だが、注意を逸らしただけでも、聖良さんの攻撃の勢いは多少削げたようで、


千歌「くぉんのっ!!!」


千歌さんが折れた腕で、強引に聖良さんを押し返す。


聖良「くっ……!」


押し退けられ、空中を後退る聖良さんに、千歌さんが自身のひしゃげて血が噴き出す腕の傷口を向けると──

そこから、血で出来たナイフが3本飛び出す。


聖良「ぐっ!!」


ナイフは聖良さんの肩、わき腹、大腿にそれぞれ突き刺さるが、


聖良「こんな威力じゃ、止まりませんよっ!!!」


聖良さんは、翼による推進力で強引に千歌さんに再び肉薄し、


千歌「がっ!!!?」


千歌さんの首根っこをグラップして締め付けた。


ダイヤ「千歌さんっ!!!」
275 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:22:38.05 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしはすぐさま救出するために、接近しようとするが、

聖良さんはそれを許さないために、千歌さんを掴んだまま、高速で上昇していく。


ダイヤ「は、速いっ!!」


聖良さんは上昇しながら、千歌さんの首をギリギリと締め付けていく。


聖良「このまま、握りつぶしてあげますよ……!!」

千歌「ぐ、がっ……は、な、せぇぇぇぇ……っ……!!」


千歌さんは両手を使って聖良さんの手を引き剥がそうとしているが、

ケガの再生の真っ最中の片腕のせいか、力負けし徐々に首が絞まって行く。

千歌さんは脚もじたばたさせながら、必死にもがく。


ダイヤ「千歌さんっ!!」


わたくしはどんどん引き離されていく。

聖良さんの飛行速度が速すぎて追いつけない。

──どこ……!?


ダイヤ「!?」


千歌さんの声が頭に響く、


ダイヤ「どこ……!?」


千歌さんが何かを探してる……。

……!! そうか!!

──全神経を目に集中して、聖良さんを凝視する。

そして、精神リンクで、そのイメージを千歌さんに送る。

徐々に遠ざかっているから、どれくらい鮮明に送れるかはわからない、賭けだ。

──が、結果から言うと、この賭けには勝った。


千歌「くぉん、のぉっ!!!」


千歌さんの蹴りが、


聖良「ぐっ!!?」


聖良さんの大腿に突き刺さった血のナイフを捉え、押し込むようにして、そのまま更に深く突き刺す。


聖良「ぐ、ぅ……!! 悪あがきを……!!」

千歌「が、ぁぁぁぁ……っ!!!」


聖良さんが腕に力を込めてトドメを指そうとした瞬間、

──聖良さんの上昇が止まり、ガクリと落ちる。


聖良「!? なっ!?」


聖良さんが、驚きの声を上げる。
276 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:23:47.65 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ニシシ……チカたちの作戦勝ち……!!」


──千歌さんが蹴りによって、ナイフを深く突き刺したのは、ただの攻撃のためじゃない。

“自分の血に触るため”だ。


ダイヤ「血に触れれば、再び操作の対象になる、そして──」

聖良「んなっ!?」


聖良さんはそこでやっと気付いた。

千歌さんが脚で押し込んだ血のナイフが──自分の脚を貫いて背後に回っていることを、


千歌「薄く長く伸ばした血を、無理矢理翼まで伸ばしたよ!!」


そして、形を変えた血のナイフが──


聖良「翼が……っ!!」


──彼女の翼を、根元から切り落としていた。

驚いて聖良さんが怯んで腕の力が弱まった瞬間。


千歌「うぉりゃああぁぁっ!!!!」

聖良「がっ!!!?」


千歌さんが頭突きを食らわせる。

その衝撃で、聖良さんの手がぱっと離れて──


聖良「くっ、ぐ……!!」


揚力を完全に失った聖良さんは一人で自由落下を始める。


聖良「翼、くらい……また、すぐに……!!!」


彼女は言いながら、再び翼を展開しようとするが──


聖良「!? 翼が!? 出ない!? 何故!?」


翼は伸びてこない。


ダイヤ「無理ですわ……ソレの頑丈さは、貴方も知っているでしょう」

聖良「……!?」


聖良さんの切り落とされた翼の生え際は──千歌さんの固まった血が蓋をするようにコーティングしていた。


聖良「さっき翼を切った血!? つ、翼が!!!?」

ダイヤ「この高さまで、逃げてきたのが……仇になりましたわね」


千歌さんの元に近寄り、


千歌「……かぷ」


四度目の吸血回復をしながら、落ちる聖良さんに目を向ける。
277 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:24:43.29 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……んく、んく……」

ダイヤ「……勝負、ありましたわね」

千歌「……ん……ぷはっ! 私たちの勝ちだよ!!」

聖良「──くっそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」


似つかわしくない汚い言葉を吐いた後、聖良さんは地面に激突し──動かなくなった。





    *    *    *


──────
────
──


──決戦の日の前日。


ダイヤ「……ふぅ」


訓練を終え、トマトジュースを飲みながら、一人で休憩をしていると……。


ヨハネ「ダイヤ、今いい?」

ダイヤ「ヨハネさん?」


ヨハネさんが顔を出した。


ダイヤ「ええ、今千歌さんも呼び戻しますわね」


千歌さんはベッドのある部屋でゴロゴロしていたいとのことだったので、呼んで来ようとすると、


ヨハネ「いや、ダイヤだけでいいわ」


そう言う。


ダイヤ「……? はい」


ヨハネさんがわたくしの目の前に掛けた。


ヨハネ「……これで、概ね、訓練は終了よ。よく頑張ったわね」

ダイヤ「あ、ありがとうございます……でも、そういうことは千歌さんにも言ってあげた方が……」

ヨハネ「さっき言ってきた。……だから、ダイヤにも」

ダイヤ「そ、そうですか……」


彼女なりに最後の労いの言葉は一人ずつ、言ってくれているのかもしれない。


ヨハネ「……ただ、ダイヤには、それとは別に、最後に一つお願いがあるの」

ダイヤ「お願い……ですか?」

ヨハネ「ええ」


ヨハネさんはゆっくりと息を吸い込んでから──


ヨハネ「……千歌のこと、お願いね」
278 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:25:49.91 ID:ZRnZyA2Z0

そんなことを口にする。

お願いって……。


ヨハネ「そんなこと言われなくてもって顔してるわね」

ダイヤ「それは……まあ……」


恋人ですし……。


ヨハネ「……あのね、千歌って優しいでしょ」

ダイヤ「え、あ、はい」

ヨハネ「あの子は……戦うことを無意識に躊躇すると最初から思ってたのよね」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「だから、訓練の間……ずっと、千歌の道徳観念を壊す教え方をした、わざと」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「敵の骨を砕き、肉を裂き、身体を潰して、勝ちを取れって。それが吸血鬼の戦いだって」


ヨハネさんは俯き気味に言葉を続ける。


ヨハネ「自分の身体が千切れて、血が噴き出して、骨が砕けて、身体が潰れても、戦う意思を諦めるなって、何度でも立ち上がって、敵を叩き潰せって」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「絶対必要だと思ったから、そうした。あの子が人間に戻るために、絶対必要だと思ったから……だけど、人間に戻ったあとは、私は何も出来ない」

ダイヤ「…………なるほど」

ヨハネ「だから、ここで歪んじゃった千歌は……また貴方が、ダイヤが繋ぎ止めてあげて。……無責任かもしれないけど」

ダイヤ「……いえ、ありがとうございます……わたくしたちの為に、そこまで考えてくださって、教えてくださって……」


ヨハネさんは後ろめたいと思いながらも、わたくしたちのために全力で稽古を付けてくれていたと言うことですわね……。


ヨハネ「……あ、あんたたちの為じゃないし……千歌が変になっちゃったら……善子が哀しむから……」

ダイヤ「……ふふ、そうですか」

ヨハネ「……なんで笑うのよ」

ダイヤ「ヨハネさんは、善子さんのことが、本当に大切なのですわね」

ヨハネ「……当たり前よ。……あの子は、私なんだから……」


ヨハネさんは、何かに想いを馳せるような……そんな表情をしながら、


ヨハネ「私はあの子の影だから……私がやったことで、あの子が哀しむなんて……あっちゃいけないことだから」


そう言う。


ダイヤ「……そうですか」

ヨハネ「ええ。……ま、そういうことだから、お願いね。戦いの最中もだけど……戦いの後も──千歌の傍に居てあげて」

ダイヤ「はい……誓いますわ」


わたくしは力強く、頷いた。
279 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:26:31.27 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「あと最後に」

ダイヤ「?」

ヨハネ「吸血鬼と戦うときの一番大切な心構えを言っておくわ」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「吸血鬼と戦うときは──」


──
────
──────



千歌「はぁ……はぁ……」

ダイヤ「……ふぅ……」

千歌「……ダイヤさん!!」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「勝ったよ……!! 私たち、やったよ!! やり遂げたよ!!」

ダイヤ「ええ……全て、終わりましたわね……」


これでやっと……終わる。

長かった戦いが、これで全て収束したのだ。


千歌「ぅ……っ……ぐす……っ……」

ダイヤ「ち、千歌さん!?」


千歌さんが突然目の前で泣き始めて、吃驚してしまう。


千歌「いや、その……ご、ごめん……っ……安心したら、なんか涙が……っ……」

ダイヤ「……そうですか……。よく頑張りましたわね……」


千歌さんの頭を撫でる。


千歌「うぅん……全部、ダイヤさんが居てくれたからだよ……」

ダイヤ「いいえ……貴女が最後まで戦い抜いたからですわ」

千歌「……うぅん、チカ一人じゃ……絶対無理だったよ……」

ダイヤ「いえ、貴女が為したことですわ」

千歌「……あははっ」

ダイヤ「ふふふ……」


おかしくて二人で笑ってしまう。


千歌「じゃあ……二人のお陰」

ダイヤ「ふふ……そうですわね」


ここまで、二人で支えあって、辿り着いた勝利。
280 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:27:19.15 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……えっと、これからどうするんだっけ」

ダイヤ「とりあえず、ヨハネさんに報告した方がいいのかしら……?」

千歌「……ねえ、ダイヤさん」

ダイヤ「……なぁに?」

千歌「聖良さん……死んじゃったのかな……?」

ダイヤ「いえ……ヨハネさん曰く、戦闘不能にしても、死ぬと言うことはほぼないと言っていましたわ」

千歌「そっか……よかった」

ダイヤ「戦闘不能まで追い込めば、さすがに勝敗はついたと言っていいでしょうしね……」


言って、戦闘不能になった、地上の聖良さんに目を向ける。


ダイヤ「……?」


──目を向ける。


ダイヤ「あ、あら……?」

千歌「……? どしたの?」


キョロキョロと見回す。

何度も、視線を泳がせながら確認する。


ダイヤ「聖良さん……は……?」

千歌「……え?」


──先ほど墜落して、動かなくなったはずの聖良さんが……いない!?


ダイヤ「な、なんで!? 一体、どこに……!!」


焦る。

背筋を嫌な悪寒が走り抜ける。


 「……貴方達を舐めていました」


──突然、声がした。


千歌「……う……そ……」

ダイヤ「そん……な……」


声の方向──新月を背にした、闇の中に、


聖良「…………」


彼女は浮かんでいた。

立派な闇の翼を羽ばたかせながら──


聖良「さすがに……死んだかと思いましたよ」

ダイヤ「なん……で……」


あそこから、どうやって。
281 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:28:37.36 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「再生しました」

千歌「再……生……?」

聖良「貴方達もよく知る、吸血鬼の力で……再生しました」

ダイヤ「う、そ……でしょ……」


地上の建造物が豆粒に見える、そんな高さなのに。

そこから直下に向かって落下したのに。


聖良「この高さだと吸血鬼が死ぬなんて……誰に聞いたんですか?」


誰にも聞いてない。

むしろ、こう、言われた。


 『吸血鬼と戦うときは──絶対に相手の力を侮っちゃダメよ』


ヨハネさんに、こう、言われた。

呆然としていると──いつの間にか千歌さんの背後に回りこんだ聖良さんが、


千歌「がっ……!!」


千歌さんの首根っこを背後から掴む。


ダイヤ「!! 千歌さんっ!!」


やっと我に帰る。

まだ戦闘は──終わっていない……!!


聖良「……もう、貴方達をただの紛い物だなんて思いません。……対等な敵として、全力で──潰します」


言葉と共に、聖良さんが千歌さんを持ったまま、一気に飛翔する。


ダイヤ「!? お、お待ちなさい!!!」


──聖良さんは飛行速度をぐんぐんあげながら、この場を離れようとしている。

わたくしと千歌さんを引き離そうとしている……!?


ダイヤ「千歌さん!!!」


わたくしは前方、飛び去る聖良さんを、全速力で飛行し、追いかける──





    ♣    ♣    ♣





千歌「ぐ、ぅぅぅ……!! は、な……せぇぇ……っ……!!」

聖良「……いいじゃないですか、もう少し一緒に空の旅を楽しみましょう」

千歌「い、や、だ……!!」

聖良「……酷いですね」
282 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:29:51.72 ID:ZRnZyA2Z0

──ギリギリと首が絞められる。

だけど、これまでみたいに、押し潰そうとしていない。

今はダイヤさんと私を引き離そうとしているみたいだ。

こうなったら、自分一人でどうにかするしかない──

爪を伸ばして突き刺そうとして──


千歌「あ……れ……?」


気付く。

手首から先が──ない。


千歌「あ゛……!? っ゛!!?!?」


気付いて、激痛に襲われる。

いつの間にか、手首を切り落とされていた。

これじゃ爪が伸ばせない。


聖良「……手首ぐらいとっくに跳ね飛ばしてますよ」


そう言いながら、聖良さんは爪を見せびらかしてくる。


千歌「ぐ……ぅ……っ……!!」


──なら、血の武器……!!

切り落とされた手首の先からナイフを──


千歌「ん……っ!!! ん……っ!!! なんで出ないの!?」


何かが詰まったような感覚がするだけで、武器が出ない。

よく見ると、私の傷口は真っ赤に染まっているのに、血が流れ出していない。


聖良「先ほど、貴方に見せて貰ったので」

千歌「……!! 血で蓋!?」


聖良さんは自分の血液を固めて、私の傷口に蓋をしていた。

ダメだ……!! 打つ手がない……!!


聖良「もう貴方達を見くびったりしません……二人を切り離して、逃げ場のない空間に追い詰めて……殺します」

千歌「……っ!!!」


ホンキだ。

聖良さんが本当の本当に、ホンキで“勝ち”に来ている。

そして、そのために戦いの場を移している。

高速で飛翔する、聖良さんの行く先に見えたのは──高い塔。

あれは、知ってる。観光したときに見たことがある。


千歌「五稜郭タワー……!?」

聖良「ええ、よくご存知で」
283 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:30:49.86 ID:ZRnZyA2Z0

聖良さんはタワーの目の前で制止した、後──

振りかぶって、


千歌「や、やめっ……!?」

聖良「……死んでください」


私を思いっきり、タワー内部に向かって投げ飛ばした。





    *    *    *





──上空を必死に羽ばたきながら、聖良さんを追いかける。


ダイヤ「千歌さんっ!!!! 千歌さんっ!!!!!」


必死に名前を呼ぶ。

精神リンクで呼んでいるので、声に出す必要はないけれど、自然と声を張り上げていた。

それくらい切羽詰まっている。

ですが、もう距離が遠くて、精神リンクはほとんど切れている。

位置だけは把握出来るのですが……。


ダイヤ「とにかく!! 早くっ!!!」


全速力で翼から推進力を生み出して、聖良さんたちを追う。

千歌さんの気配を追いかけて、見えてきたのは──


ダイヤ「……五稜郭タワー……!? こんなところに、何を……!」


そのときだった。

丁度五稜郭タワーの目の前で制止した、聖良さんが振りかぶって──


ダイヤ「……!!!!! 千歌さんっ!!!!!!!」


千歌さんをタワーの展望階内部に向かって、投げ飛ばした。

──ガラスが砕け散り、轟音を響かせながら、タワーが揺れる。


ダイヤ「千歌さんっ!!!! 千歌さんっ!!!!!?」


絶望的な光景に、もう千歌さんのことしか考えられなかった。

聖良さんがすぐ傍にいるはずなのに、千歌さんの安否を確認することにしか、頭が回らなかった。

千歌さんが叩き付けられて砕けた外張りのガラスがあった場所からタワー内部に侵入する。


ダイヤ「千歌さんっ!!! 何処っ!? 千歌さんっ!!!!」


内部を奥に進むと、中央の大きな柱の辺りに──ボロボロになった千歌さんが転がっていた。


ダイヤ「!!!! 千歌さんっ!!!!」


すぐに駆け寄り、抱き起こす。
284 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:31:42.95 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さんっ!!!」

千歌「…………ぃ…………ゃ……さ……」


か細い声で千歌さんが喋る。

両腕はほぼ前腕部分が全て吹き飛んでいる。

右脚は複雑骨折を起こしてぐちゃぐちゃに曲がり、左脚に至っては膝より先が無くなっている。

全身にガラス片が突き刺さり、その衝撃で切れたのか、片耳が千切れかけている。

肩やわき腹、太腿にも大きな裂傷、腹部からも血が滲んでいる。

幸いなことに、胸部は無事ですが……何より出血が酷すぎる。


ダイヤ「千歌さん!!! 今すぐ血を!!!」


千歌さんの顔の前に首を差し出す。


千歌「ぅ……ん………………」


か細い声と共に、わたくしの首筋に噛み付こうとするが──


千歌「………………が、……ぼ……っ…………」


吐血した。

吐いた血がわたくしの首筋を真っ赤に染め上げる。


ダイヤ「……っ」


こんな怪我です。いくつか内臓が潰れていてもおかしくない。

いや、考えている場合じゃない……!!


ダイヤ「千歌さん!! 頑張って!!」

千歌「…………ぁ……む……っ……」


千歌さんのキバの先がわたくしの首筋に触れる。

だが、食い込んでこない。


ダイヤ「千歌さん……!!」


頭を後ろから手で押すようにして、無理矢理食い込ませる。


ダイヤ「吸って!!」

千歌「…………ん……ちゅ……ぅ……ちゅぅ…………」

ダイヤ「!」


良かった……! ちゃんと吸ってくれた……!


千歌「ちゅぅ……ちゅぅ…………」


血を吸うたびに、千歌さんの身体は再生していく。

血を与えさえすれば、上昇した治癒力で後は勝手に出来るところまでは再生するはずだけれど……再生そのものには、まだしばらく時間が掛かる……。

そう思った瞬間──コツコツと何かが歩いてくる音が響いてくる。
285 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:32:20.49 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「……どうも」

ダイヤ「っ!!!」


誰かなんて言う必要もない。


聖良「……まだ生きていましたか。さすがですね」

ダイヤ「……千歌さんには……指一本触れさせません」

千歌「…………ん……くぷぅ……」


千歌さんの背中をポンポンと叩いて、吸血をやめさせる。

意識が朦朧としているようだけれど、どうにかその合図は理解してくれたのか、ゆっくりとキバが引き抜かれた。

わたくしは千歌さんを庇うように、目の前に立つ。

──が、立った瞬間、視界が揺れる。


ダイヤ「ぁ……?」


視界を覆う黒い靄のようなものと共に、意識が掻き消されそうになって、


ダイヤ「……っ!!!」


思いっきり脚を踏みしめて、堪える。


ダイヤ「ぁ……は……は…………はぁ…………」

聖良「もう、5回目の吸血……血が全然足りなくて苦しいんじゃないですか?」

ダイヤ「ぐ……ち、かさん……は……わた、くしが……まも、る……」


両腕を広げて、全身の血を硬質化させる。

ただでさえ血が足りないのに、更に血流を止める技だから、意識が朦朧としてくる。


聖良「……大した愛ですね……敬意を評して、拳で沈めてあげますよ」

ダイヤ「どう……も…………」


千歌さんが回復するまで、時間を稼がないと──

それがお情けだとしても、わたくしが聖良さんを引きつけて、聖良さんの攻撃に耐える。


聖良「……先ほどの、リベンジもありますから」


完璧に受け止められたことを払拭しようということらしい。そこに挑発を被せる。


ダイヤ「ふ、ふ……わた、くし……むて、きの……たて……ですの、よ……」

聖良「…………らしいですね」

ダイヤ「ち、か、さん……も、ほめ……て……くれ、た……ちか、さんが……しんじて、くれるなら……むて、き、です……わ」


どんどん意識が遠のいていく。

でも血液硬化は解くな。

死んでも攻撃を受けきる。

わたくしは無敵の盾。

お互いを信じることで強くなれる、わたくしたちが──千歌さんが認めてくれた、無敵の盾。

絶対に負けることはない。
286 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:33:13.19 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「…………」


聖良さんが脚を踏み込みながら、腕を引く。

──来る。


ダイヤ「……!!!!」


最後の力を振り絞って、全身をくまなく硬化させる。


聖良「──はぁっ!!!!」


──お腹に拳が突き刺さった。

ただ、弱い。

先ほどの殴っただけで、衝撃波によって周りを吹き飛ばすアレとは比べ物にならないほど、弱い。

弱──


ダイヤ「ごぶっ…………」


変な声が出た。

気付いたときには、胃から内容物を吐瀉していた。


ダイヤ「ぁ……?」


膝が落ちる。

膝が落ちたということは、硬質化が解けたということだ。

同時に、鉄の味とニオイが上ってきて、


ダイヤ「ご、ほっ……がぼ……っ……」


吐瀉に続いて、血を吐いた。


聖良「……なるほど、こうすれば攻撃が通るんですね」

ダイヤ「は……ぁ……はぁ……」

聖良「吸血鬼の力に頼るだけではなく……人間として身に付けた、武術や技術を応用する……。勉強させられました」

ダイヤ「……な、にを……いって…………」


ぼんやりとする頭で、至ったのは……。


ダイヤ「……よろい……どお……し……」


衝撃をロスなく伝えて、鎧などの上から内臓等に攻撃をする、武術の一つ。


聖良「やったことはなかったので……一撃で殺せなかったのは、申し訳ないです。苦しいでしょう」

ダイヤ「…………」


見様見真似で、ここまでやる時点で、天才ではないですか……。


聖良「……それでは」
287 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:34:15.59 ID:ZRnZyA2Z0

聖良さんが腕を振り上げる。

トドメでしょう。

でも、いい。


ダイヤ「──まに、あった」


わたくしを背後から飛び越えて、


千歌「──あぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!!!!!」

聖良「!!!」


躍り出てきた千歌さんの拳が──聖良さんに突き刺さった。

ロスだらけのデタラメの破壊力のパンチが聖良さんの立っていた足場ごと、一気に吹き飛ばす。


千歌「はぁ……!! はぁ……!!」

ダイヤ「ちか……さ、ん……」

千歌「ダイヤさん!!」


千歌さんはすぐさま、わたくしの首筋に噛み付いて──


千歌「ん、ぶ……」


血を注入してくる。


ダイヤ「……はぁ、はぁ……」


血を与えられ、暗くなっていた視界が少しずつ戻ってくる。

アッパーした、再生力でダメージを受けた内臓も再生していく。

わたくしは見据える──聖良さんの吹き飛ばされた先を。

半壊した五稜郭タワーの前で──


聖良「…………」


彼女は大きな翼で羽ばたいていた。


聖良「……本当に大したものですよ」


聖良さんは言いながら──片手の爪でもう片方の手首を切り落とした。

そして、そのままその傷口をこちらに向けてくる。


聖良「まさか、自分がこんな捨て身の……吸血鬼らしくない技を使うとは思いませんでしたが……貴方達には全力で勝ちたい……全て押し潰します」


──全て押し潰す。

何をしようとしてくるのか、直感的に理解できた。

血液操作で作った重鈍な血の塊で──押し潰すつもりだ。


千歌「……ふぅーーー!!!」


千歌さんが拳を打ち鳴らす。
288 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:35:13.07 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さん……!」

千歌「ダイヤさん!! チカを信じて!!」

ダイヤ「!」

千歌「チカ……ダイヤさんが信じてくるなら──無敵だからっ!!」


そう言って、千歌さんは笑う。

わたくしは立ち上がって、彼女の背中におでこをつける。


ダイヤ「もちろんですわ……信じていますわよ。千歌さん……」

千歌「うん!」


わたくしたちは、聖良さんと相対する。


聖良「…………」


聖良さんの傷口から──赤が膨張する。


千歌「……!!! いくぞぉぉぉぉぉ!!!!!!」


千歌さんが脚を踏み込む。


聖良「潰れろ……!!!」


聖良さんから、血の柱が飛び出してくる。


千歌「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」


──千歌さんの拳が、大血柱を正面から叩く。

両者のインパクトの瞬間に、衝撃波が生じ、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

建物が揺れる。

ただ、おでこをくっつけたままの背中は──揺れない。

わたくしの信じた貴女は──揺るぎない。


千歌「う、ぉ、ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


大血柱を受ける千歌さんの拳の先の皮が捲れる。

力を込めすぎた、腕の筋肉は血管が切れ、血を噴き出す。

ただ、わたくしは、

──信じている。

この人は──貴女は──千歌さんは。

わたくしと一緒なら。

──無敵だ。


ダイヤ「千歌さんっ!!!!!!! 勝ってっ!!!!!!!!」

千歌「おおぉぉぉぉっ!!!!! りゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


千歌さんが突き出した拳の先で──

──ビキィッ!!!!

巨大な血の柱に、ヒビが入った。
289 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:36:04.83 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ぶ、っこわれ、ろおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!!!」


千歌さんの雄叫びと共に──巨大な血の塊は、

音を立てながら、粉砕されたのでした。


千歌「……は……はっ……はっ……」

ダイヤ「千歌さん……っ」


思わず、彼女の背中に顔を押し当てる。


千歌「……まだ……」

ダイヤ「……!」


そうだ、まだ戦いは終わっていない。

わたくしは顔をあげる。

もうボロボロになってしまった、展望室の外では、相変わらず聖良さんが羽ばたいていた。


聖良「……ふふ、ははは……そうですか」

千歌「……防いだよ」

聖良「……そうですね」

千歌「……何度でも防ぐよ」

聖良「……そうなんですか」

千歌「……ダイヤさんが居てくれる限り、私は無敵だから」

聖良「……そうなんですね」


聖良さんは呆れたように肩を竦めた。

──次の瞬間、千歌さんの目の前に出現し、首根っこを掴む。


ダイヤ「!! 千歌さん!!」

千歌「…………」

聖良「…………」


そのまま、二人は睨み合う。


聖良「何度殺しても、復活しますね」

千歌「ダイヤさんが、傍に居てくれるから」

聖良「愛の力と言うやつですか」

千歌「はい」

聖良「そうですか……」


聖良さんは千歌さんの首根っこを掴んだまま、


聖良「それでは……もう次で最後にしましょうか」


そう言うと同時に──直上に向かって超高速で飛び出す。


ダイヤ「っ!?」


千歌さんごと──空へ、タワーの天井を突き破って、空へ──
290 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:37:07.84 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さんっ!!!!!」


わたくしも追いかけるために、空へと飛び出す。

──羽ばたけ、翼を動かせ!!!!

風を切り、雲を抜け、どんどん上昇していく。

高度はぐんぐんとあがり、気温が下がり、酸素が足りず苦しい、吐息が凍りつく。

でも、止まるな。

千歌さんの傍に──千歌さんの傍に……!!

千歌さんの居る場所に!!!





    *    *    *





辿り着いた上空で、聖良さんは止まっていた。


聖良「……千歌さん、ダイヤさん」


語りかけてくる。


聖良「どうして、吸血鬼は下克上をしないのか、知っていますか」


聖良さんは独りでに話す。


聖良「……下位吸血鬼は、上位吸血鬼に絶対に勝てないからです」


聖良さんは一人で話す。


聖良「……何故だか、わかりますか?」


聖良さんは問うてくる。


聖良「それは……再生能力が違うからです」


聖良さんは答える。


聖良「吸血鬼は何度でも甦る。私は、貴方達が死ぬ回数よりも、多く死んでも死にません」


聖良さんは続ける。


聖良「酷い傷でも、死にません、身体がぐちゃぐちゃになろうが、粉微塵になろうが、死なないんです」


聖良さんは悲しそうに、


聖良「死ねないんです」


言う。
291 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:39:30.14 ID:ZRnZyA2Z0

聖良「……きっと、私はどこかで死ねる人たち羨み、嫉妬していたのかもしれません。普通の人間として、生きることが出来る人間たちを。私のそんな曲がった心が貴方達を吸血鬼の世界に──引き摺り込んだ」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」

聖良「だから、最後は……死に比べで、違いを明確にして、終わりにしましょう」

千歌「死に……比べ……」

聖良「……ここは高度1万メートルほどの上空だと思います。ここから、地上に向かって、千歌さんごと急降下します」

ダイヤ「!!」


そんなことしたら、千歌さんの身体も、聖良さんの身体も、バラバラになる。


聖良「……そうしたら、紛い物の千歌さんは再生出来ず──死ぬでしょう」

ダイヤ「や、やめてくださいっ!!!」

聖良「……ただ、私は……死なない。……再生する」

千歌「私は──私たちは負けないよ」

聖良「そうですか……その諦めの悪さ、私の知ってる千歌さんで安心しました」


聖良さんが、千歌さんの首を掴んだまま、下方を向く。


ダイヤ「やめてっ!!!!」


わたくしは、千歌さんを掴む手を放させるために、聖良さんの腕に掴みかかる。

──が、ビクともしない。


聖良「貴方達は……本当に強い、吸血鬼ですね。身も、心も……貴方達二人揃えば、その力は……私以上だと認めてあげてもいいでしょう」

ダイヤ「……!」

聖良「ただ、貴方達の命は、眷属化していても……別々です。再生力も二人で一つだったのなら、勝ち目はありませんでした。ですが、それは一つに出来ない」

千歌「…………」

聖良「最後に勝敗を決するのも、吸血鬼の血の濃さなんですよ。それが──吸血鬼なんです」


翼が、大きくしなった。


聖良「……さようなら──」


首を掴まれた千歌さん、聖良さんの腕に組み付くわたくし、

そして、吸血鬼──聖良さん。

三人の闇の翼は、上空1万メートルから真下に向かって──射出された。





    *    *    *





──音よりも速く、落下していく。

地上に衝突するまで後30秒もないだろう。


千歌「……ふぅぅぅぅーーーー!!!!!!」
292 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:43:04.59 ID:ZRnZyA2Z0

落下する中、千歌さんが腕を伸ばす。

聖良さんの肩を掴んで──


聖良「まだ、抵抗しますか? もうこの速度に乗ったら、貴方達の揚力では逃げられませんよ」

千歌「ぐ、ぐ、ぐ……!!!」


聖良さんの腕の力に抵抗しながら、顔を聖良さんの方に近付けていく。


聖良「結局最初から貴方達に勝ち目なんかなかった。ただ、それだけのことです」

千歌「ぐ、ぬ、ぬぬ……!!!」


千歌さんの顔が──聖良さんの首筋に辿り着き、


千歌「──ガブッ!!!!!!」


噛み付いた。


聖良「…………」

千歌「ぐ……ぶゅ……」


血を聖良さんに注入し始める。


聖良「眷属化しようと言うことですか……無駄ですよ、貴方一人の吸血鬼性は私より劣っている。自分より下位の吸血鬼の力では眷属化は出来ません」


──そう、下位の吸血鬼では、血を注ぎ込んでも吸血鬼化は出来ない。


ダイヤ「その通り、ですわ……!!」


わたくしも落下する中、聖良さんの腕から、肩へと手を移し変え、


聖良「……? な、何を……」


千歌さんの逆側、聖良さんの、


ダイヤ「──……ガブッ!!!!」


首筋に──噛みついた。


聖良「!!!?」


貴方は言っていましたね。


 聖良『貴方達は……本当に強い、吸血鬼ですね。身も、心も……貴方達二人揃えば、その力は……私以上だと認めてあげてもいいでしょう』


千歌さん一人の吸血鬼性では足りない……だけれど、

──二人でなら、吸血鬼性が上回っていると……!! 聖良さんはそれを認めた……!!


ダイヤ「……ぶ……ぐ……」


わたくしも千歌さん同様に、血を注ぎ込む。


聖良「まさか!!!? 二人で一人の対象を眷属化!!!?」
293 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:44:20.00 ID:ZRnZyA2Z0

──今更気付いても、もう遅いですわ。

貴方は油断したのです。

自分の強さに驕って、血に驕って、わたくしたち“二人”の持つ可能性を──見落とした。


千歌「……ぐぅ……!!!」
ダイヤ「…………ん、ぐぅぅ……!!!」


二人で血を流し込む。千歌さんとわたくしの血を……!!


聖良「やめっ!!!!? や、やめてくださいっ!!!!」


聖良さんが焦って、わたくしたちを引き剥がそうとしますが、


聖良「ぐ、く……ぁ……!!!」


もうここまでくれば感覚が“それ”を理解させてくる。

彼女は、聖良さんは──千歌さんと、わたくしの、眷属になった。


聖良「そんな……そんな、バカな……こと……」

千歌「ぷはっ……!! だから言ったじゃないですか、私は──私たちは負けないって……!!」

ダイヤ「ぷは……。……聖良さん、覚えておいてください。吸血鬼と戦うときは──絶対相手を侮ってはいけないんですよ」

聖良「っ!!!! あぁあぁあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」


聖良さんが、絶叫する中、


ダイヤ「千歌さんっ!!!」

千歌「うんっ!!!! 伸びろ爪ぇ!!!!」


二人で爪を伸ばし、身体を捻りながら、千歌さんの首を絞めていた聖良さんの手首を、切り落とす。


聖良「あぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


わたくしは解放された千歌さんに抱きつき、


千歌「ダイヤさんっ!!! 跳ぶよ!!!」

ダイヤ「ええ!!!」


千歌さんと同時に、聖良さんを踏みつけるようにして──跳ねた。


聖良「……くっそおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」


聖良さんを踏み台にして、跳ねて、二人で羽ばたく。

だが、それでも揚力が足りない。

下方に向かってついた勢いを殺すのにはパワーが足りない。


千歌「あがれ!!! あがれ!!!! あがれぇぇ!!!!!」

ダイヤ「あとちょっとなの!!!! お願い!!!!」
294 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:44:51.24 ID:ZRnZyA2Z0

二人で懸命に羽ばたく。

だけれど、空の中を落ちていく。

どんどん地面が近付いてくる。

羽を必死に羽ばたかせる。

お願い、お願い、お願い──!!!

でも、速度は全然殺せない、


千歌「ぐ……くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

ダイヤ「……っ!!!!!」


──もう、ダメですわ。

わたくしは千歌さんを庇うために、腕を伸ばして──


ダイヤ「千歌さ──」

千歌「ダイヤさんっ!!!!」


逆に千歌さんがわたくしを庇うように、抱きしめてくる。

ああもう──わたくしたちは、このようなときでも……同じ気持ちなのですわね。

……せっかくここまで来たけれど、あと少しだったけれど……。

最期に隣に貴女が居てくれて──よかった。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさん……」

 千歌「──大好きだよ──」
ダイヤ「──大好きですわ──」
295 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:45:24.62 ID:ZRnZyA2Z0

……………………。

……………………。

……………………。

………………?


──衝撃はいつまで経ってもこなかった。

わたくしたちは……死んだの……ですか……?


──バサ、バサ。


大きな翼が羽ばたく音が聞こえた。


 「──全く……最後まで、世話が掛かる子たちなんだから」

千歌・ダイヤ「「……!!」」


ああ、この声は……。

目を開くと、

力強い、大きな翼を広げた──わたくしと千歌さんの恩師が、わたくしたち二人を抱きかかえて、闇夜の中を飛んでいた。


千歌「……ヨハネちゃん……っ!!!!」
ダイヤ「……ヨハネさんっ!!!」

ヨハネ「──二人とも……よく頑張ったわね」

千歌「ぅ……っ……ぇぐっ……よはねぢゃぁぁぁん……っ……!!!」

ヨハネ「って、わああっ!!!? 鼻水つけるんじゃないわよっ!!?」

ダイヤ「ふふ……っ……もう、良いところ、持って行くのですから……っ……」


闇夜の中、世界一頼りになる、大翼に抱かれながら、

わたくしたちは地上に──元の世界へと、戻っていくのでした。





    *    *    *


296 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:47:00.06 ID:ZRnZyA2Z0


──地上に戻ってくると……。


聖良「…………」


聖良さんが地面に横たわっていた。

すでに完璧にいつもの姿に再生している。

本当に恐ろしい回復力です。


聖良「……私は負けたんですか?」

ヨハネ「ま……実質負けかしらね。あんたがこの二人より下位の吸血鬼になったのには間違いないし」

聖良「そう……ですか……」


聖良さんは返事をしながら、空を仰いだ。


千歌「あ、あの……聖良さん……」


千歌さんが聖良さんの方に歩み出ようとして、


ヨハネ「……千歌」


ヨハネさんが、それを止める。


千歌「ヨハネちゃん:……?」

ヨハネ「あんたは勝って人間に戻るんだから。……もう吸血鬼のこいつと関わらなくていい」

千歌「え、な、なんでそんなこと言うの……!?」


千歌さんが抗議の声をあげる。


聖良「……千歌さん、ダイヤさん」

千歌「!」

ダイヤ「……」

聖良「次は、スクールアイドルの舞台で、会いましょう……人間の舞台で」

千歌「……!」


それっきり、聖良さんは口を閉ざしてしまった。

わたくしたちは、人間に戻るために……彼女の吸血鬼としての威厳と尊厳を奪ったのです。

あと出来ることがあるならば……この世界から立ち去り、次会うときは人間として、接して欲しい。

吸血鬼側の視点では、そういうことなのかもしれません。


千歌「……わかりました、次はまた一緒にスクールアイドルとして……」


少ない言葉でしたが、千歌さんにも何か感じられるものがあったのかもしれません。

それ以上は深く追求はしませんでした。


ヨハネ「……さて、あんたたちは先に二人で帰りなさい」

千歌「え? ヨハネちゃんは……?」

ダイヤ「ヨハネさんはきっと……後始末が……」
297 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:47:51.04 ID:ZRnZyA2Z0

言いながら、傍らの塔──五稜郭タワーを見上げると……。

展望階がなんの大災害に襲われたのかと言わんばかりの惨状に見舞われていた。


ヨハネ「そうよ、これから夜明けまでに直さないといけないんだから。聖良、あんたも責任持って手伝いなさいよね」

聖良「…………」


まあ、確かにわたくしたちは、このレベルのモノの復元再生は絶対に出来ないので、もう後は本物の吸血鬼のお二人に任せるしかない。


千歌「でも、朝までどうしよっか……」

ダイヤ「ホテルに戻りますか……?」


飛行機までは時間もあるし……。


ヨハネ「いや、あるじゃない」

千歌「? あるって、なにが?」

ヨハネ「あんたたちには……空を飛べる翼が」

ダイヤ「!」

千歌「あ……」

ヨハネ「……もう、二度とこの世界には戻ってこないんだから、最後に二人で楽しんできなさい」

ダイヤ「ヨハネさん……」

千歌「……うん! 行こう! ダイヤさん!」


そう言って千歌さんが走り出す。


ヨハネ「ダイヤ」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「あと……よろしくね」

ダイヤ「はい、お任せください。ヨハネさんも、お元気で」

ヨハネ「そういうのいいから……いつも居るわよ、善子と一緒に」

ダイヤ「……はい!」


わたくしも千歌さんが走って行った方向に歩き出す。


千歌「──ダイヤさーん!! はやくはやくー!!」

ダイヤ「……はーい! 今行きますわー!」


そして、駆け出した。

千歌さんの元へ──千歌さんの、傍へ。
298 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:49:11.14 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「…………」

聖良「…………」

ヨハネ「……行っちゃったか……」

聖良「……情でも湧きましたか?」

ヨハネ「まさか」

聖良「……そうですか」

ヨハネ「……ええ、そうよ」

聖良「……ヨハネさん」

ヨハネ「あん?」

聖良「私は……これからどうなるんでしょうか」

ヨハネ「……さあね。吸血鬼モドキの眷属化された混血なんて聞いたことないし。……しかも一人の対象を二人で一緒に眷属化するってのも聞いたことないし。どうなるのかは、私にもわかんないわ」

聖良「まあ……そうですよね」

ヨハネ「ただ、事実として、あんたは眷属化された。それは揺るぎないんじゃない?」

聖良「……違いないですね」

ヨハネ「ま、今もこうしてすぱっと再生したんだし……序列が変わっただけで、そんなに変わることがあるとは思わないけどね」

聖良「……吸血鬼にとって序列は大きいんですけどね」

ヨハネ「それはそれよ……さ、早く起きて結界内の修復、手伝いなさい」

聖良「事前術式……組んでますよね?」

ヨハネ「さすがに組んでるわよ。なかったら、朝までに終わんないわよ」

聖良「わかりました、すぱっと終わらせましょうか」

ヨハネ「よろしくね。……終わったら、善子を沼津に送るまでやってもらわないとなんだし」

聖良「……私は随分コキ使われるみたいですね」

ヨハネ「横から突っついてきたことへの報いよ。いいから、敗者はキリキリ働きなさい。痕跡が残って困るのはあんたも同じなんだから」

聖良「……仕方ないですね」





    *    *    *


299 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:50:55.63 ID:ZRnZyA2Z0


千歌「えーっと……方角は……」

ダイヤ「大雑把に南ですわね。飛びながら微調整しましょう」

千歌「わかった! それじゃ……」

ダイヤ「……ええ」


差し出された、千歌さんの手を握る。


ダイヤ「帰りましょうか……内浦に」

千歌「うんっ」


──トンッと二人で地面を蹴って、飛び立つ。


ダイヤ「誰かに見られないように……一気に高度を上げますわよ?」

千歌「はーい」


そのまま、ぐんぐんと上昇していく。

すぐに、函館の町並みが遠ざかっていく。


千歌「わーー函館の夜景、ここからでも見えるねー!」

ダイヤ「深夜ですから、もう町の灯りはほとんど見えないですが、きっと時間帯によっては函館山以上の絶景なんでしょうね……。……それより飛ばしますわよ?」

千歌「え、ゆっくりお散歩したいなー」

ダイヤ「あまりゆっくりしていると、日が昇りますわよ。そしたら、二人で燃えることになりますけれど、いいの?」

千歌「よっしゃー!!! 全速前進!! 私たちのスピードは世界を取れる!! いくぞー!!!」

ダイヤ「ふふ、そうですわね」


──わたくしたちは空を飛翔する。


千歌「風がきもちいいーー!!!」

ダイヤ「今更ですけれど、わたくしたち……本当に空を飛んでいるのですわよね」

千歌「生きてる間に自分の翼で飛ぶ日が来るなんて思わなかったよ!」

ダイヤ「比喩以外では、普通一生ありませんからね」

千歌「……なんか、すごい経験だったね」

ダイヤ「……そうですわね」


まさか、吸血鬼の噂を鞠莉さんから聞いたとき、こんなことになるとは思ってもみなかった。


千歌「なんか、死ぬほど大変だったけど……終わってみると、案外楽しかったかも」

ダイヤ「……では、もう少し吸血鬼として頑張ってみますか?」

千歌「それは、いいや……やっぱり人間に戻りたい」

ダイヤ「ふふ、そう」

千歌「人間として……大好きなダイヤさんと一緒に過ごしたい」

ダイヤ「千歌さん……ええ、わたくしも同じ気持ちですわ」

千歌「うんっ」


二人で大空を駆けながら、故郷へ帰る方角に目を向けると──
300 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:51:52.05 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「うわぁーーーー!!! 見て、ダイヤさん!!」

ダイヤ「……!! はい……!!」


丁度、その方角には、まるで水平線に向かって流れ落ちていくかのような、縦に走る巨大な運河がそこにはあった──ミルキーウェイですわ。


千歌「天の川…………!!」

ダイヤ「……こんな綺麗な天の川を見たのは……生まれて初めてですわ……!」

千歌「えっへへ……学校の屋上でした約束、果たせたね」

ダイヤ「ええ……」


指差して、天の川をなぞる様に。


ダイヤ「天の川を上の方に登っていくと──わかりますか」

千歌「うん! 彦星!」

ダイヤ「ええ」


──わし座のアルタイル。そして天の川を挟んで、右上方に、こと座のベガが見える。


千歌「あれが織姫様で……天の川を滝登りしていった先にあるのが……カササギ座!」

ダイヤ「ふふ……はくちょう座ですわよ?」

千歌「チカ的には、はくちょうより、カササギがいいの!」

ダイヤ「そうなのですか?」

千歌「うん! 白い翼じゃなくて、黒い翼がいい!」

ダイヤ「あら……吸血鬼の感性になってしまったのかしら?」

千歌「そうじゃないけど……あのね! チカ、実は気付いちゃって!」

ダイヤ「? 何がですか?」

千歌「あのね! 織姫様って実は──吸血鬼だったんじゃないかって!」

ダイヤ「まあ? ……それは新説ですわね? でも、どうして?」

千歌「ほら、天の川が間にあるでしょ? だけど、吸血鬼だから怖くて近寄れないの。だけどね……黒い翼が架け橋になって、彦星様に会わせてくれるんじゃないかなって……!」

ダイヤ「ふふ、なるほど。では、カササギはヨハネさんですか?」

千歌「うん! と言うか、きっと実はコウモリなんだよ!」

ダイヤ「あれはこうもり座だったのですわね? うふふ、それは大発見ですわね」

千歌「それでね! それでね! 織姫で吸血鬼のチカをね、迎えに来てくれるんだよ!」

ダイヤ「うふふ、わたくしは彦星様ですのね」

千歌「うん! ダイヤさんは……私の彦星様だよ……」


千歌さんが繋いで手をぎゅっと握ってくる。
301 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:52:21.52 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「やっと……会えたよ、彦星様と」

ダイヤ「……ええ」

千歌「何度も、泣いてるチカを見つけてくれて……ありがとう」

ダイヤ「貴女が泣いていたら……何度でも見つけて、抱きしめますわ」

千歌「うん……ダイヤさん……」

ダイヤ「ふふ……なぁに……?」

千歌「これからも、ずーーっと……一緒だよ」

ダイヤ「ええ……傍に居ますわ。いつまでも……──」


わたくしと千歌さんは、二度と経験することがないであろう、夢のような夜空の中で──

愛を語らい、確かめ合い、笑い合って、飛び続けるのです。

いつまでも、どこまでも続く、この星空のように……永遠に──

302 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:52:48.33 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *










    *    *    *


303 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:53:57.89 ID:ZRnZyA2Z0


──8月も終わりに近付いて来て、蝉の声が五月蝿い今日この頃。

夏休みも終盤に差し掛かっている中でも、Aqoursは練習を続けています。

ただ、午前中だと言うのに、このうだるような暑さ……。

さすがに今日は皆さん、朝の自由参加はパスしているかもしれませんわね。

わたくしはお気に入りの日傘の影から、晴天を見上げて──


ダイヤ「──本当に……今日もいい天気ですわね」


そうぼやきながら、バス停から学校への長い坂道を歩く。

…………。

浦の星女学院に着いて、一先ず屋上へと足を運ぶと……ガラガラの屋上の中に先着が居た。


ダイヤ「今日もやっているのですか?」


軽く呆れながら、声を掛ける。

屋上の床に大の字になって寝ている、貴女に。


千歌「んー……だって、気持ち良いんだもん」

ダイヤ「いや……なんか、この季節にやられると、干からびて引っくり返ったカエルを見ている気分になるのですけれど……」

千歌「えー、酷いなー」


千歌さんはぷくーっと頬を膨らませる。


千歌「だってさ……お日様がこんなに元気に輝いてるんだよ? いっぱい浴びないと損じゃん」

ダイヤ「……ふふ、そうですか」

千歌「ダイヤさんもやらない?」

ダイヤ「……そうねぇ」


以前だったら、日焼けしたくないので、絶対断っていましたが……。


ダイヤ「少しだけよ?」


まあ、たまにはいいでしょう。


千歌「やった! 横にどうぞ!」


そう言って、千歌さんの横にごろんと転がる。

全く、他の人が居たら、はしたなくて、こんな姿見せられませんわね。

──寝転がると、空からご機嫌な太陽の光が降り注いでくる。

確かに気持ち良いけれど……暑い。


千歌「……えへへー、ダイヤさーんっ♪」


何故か、横で一緒に転がっている千歌さんが抱き付いてくる。
304 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:54:37.89 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……暑いですわ……」

千歌「イヤ?」

ダイヤ「……半々くらい」

千歌「そこはイヤじゃないって言ってよー」

ダイヤ「……千歌さん、汗すごいではないですか」

千歌「あははー……仕方ない。人間だから」

ダイヤ「もう……」

千歌「……すんすん……ダイヤさんも汗かいてるね」

ダイヤ「人間ですからね。……というか、ニオイを嗅がないでください」

千歌「ダイヤさんは人の汗のニオイ嗅ぐくせに」

ダイヤ「……意外と根に持つタイプなのですわね?」

千歌「ねーねー」

ダイヤ「もう、今度は何?」

千歌「……ちゅーしよ」

ダイヤ「……晴天の下で?」

千歌「うん」

ダイヤ「真剣な目ね」

千歌「ダイヤさんとお日様の下に居られることは……絶対幸せなことだから」

ダイヤ「幸せ繋がりということ?」

千歌「うん」

ダイヤ「……じゃあ、仕方ないわね」


横に居る千歌さんに手を添えて──


ダイヤ「ん……」

千歌「ん……」


軽くキスをした。


千歌「……えへへ」

ダイヤ「……それでは、練習しましょうか」


そう言って、起き上がる。


千歌「って、えー!! それだけ!? 余韻的なのないの!?」


千歌さんも釣られるように起き上がりながら文句を言ってくる。
305 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:55:33.03 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「余韻も良いですけれど……」

千歌「?」

ダイヤ「千歌さんと二人で練習する幸せも……わたくしは欲しいですわ」

千歌「わっ何その殺し文句……めちゃくちゃ嬉しい……」

ダイヤ「千歌さんと、二人で喋って、二人で手を繋いで、二人でご飯を食べて、二人で一緒に笑い合って、たまに二人でケンカして、二人で泣きながら仲直りして……」

千歌「えへへ……ダイヤさん」

ダイヤ「なんですか」

千歌「チカも同じ気持ちだよ」

ダイヤ「ふふ、知ってますわ」


不意に、千歌さんに顔を近付けて、もう一度軽くキスをした。


ダイヤ「それでは……始めましょうか」

千歌「はーい!」


──晴天の中、千歌さんと二人で踊っていると、やっぱりあのときの出来事は、夢物語だったんじゃないかと思うときが今でもあって。

だけれど、今千歌さんの隣に居られるのは、あの夢物語が実際にあったからに他ならなくて。

……いや、どうなのでしょう。

もしかしたら、そんなことがなくても、今は当たり前のように隣に居てくれる貴女と、どこかで結ばれていたのでしょうか。

それがどうだったのか確かめる術はないけれど……。

きっと、大事なことは……歩いてきた道の先で、乗り越えてきた壁の向こうで、今貴女とこうして一緒に、貴女の隣で踊っていることなのでしょう。

だから、そんな当たり前の幸せを噛み締めながら……わたくしたちは、太陽の下で、今日も笑い合うのですわ──


306 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:57:19.57 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *





 我らが学び舎、浦の星女学院──この学校には、こんな噂があります。

 深夜の校舎内、場所は保健室。

 そこから、夜な夜な、『血……血……』……と、血に餓えた呻き声が聞こえてくるそうです。

 そう、これは、もしかしたら、実はアナタの隣で何食わぬ顔をして紛れ込んでいるかもしれない。

 そんな──────吸血鬼の噂、ですわ。





<終>
307 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 23:59:03.37 ID:ZRnZyA2Z0
終わりです。お目汚し失礼しました。


明けて七夕なので、もしよかったら、夜空を見上げて天の川と夏の大三角を探してみてください。

ここまで読んで頂き有難う御座いました。

また書きたくなったら来ます。

よしなに。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/07(日) 18:52:21.70 ID:VerAi3frO
乙です!
めちゃめちゃ好みの話でした
また次の話も楽しみにしてます!
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/09(火) 00:22:03.79 ID:v+gkbmxY0

途中の吸血鬼化が進んでいく過程に緊迫感と焦燥感あって良かった
あと深く事情を聞かない鞠莉ちゃんいい子
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 04:46:19.18 ID:AnmgRPZMo
急にバトル展開になって笑った
銀刀とか持ち出すかと
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/05(月) 00:11:05.95 ID:LkpKfY4R0
元ネタまったく知らないけど読んでよかった。
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