アンチョビ「一万回目の二回戦」

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2 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:29:55.42 ID:l6pE73h60

『フラッグ車、P40、走行不能!』

 審判長の声が響く。
 自車の白旗が見え、辺りを見渡して確認すると、アンツィオの車両からは全て同じものが揚がっていた。

 みんな怪我はなさそうで安心はしたけれど――、

『大洗女子学園の、勝利!』

 つまり、アンツィオ高校の敗北。敗北だ。
 アンツィオは今年も二回戦を突破できなかった。

 口からは無意識に「うあー」と声が漏れる。

 もしかしてとは思った。
 このままではとも思った。
 けれど実際にその瞬間を迎えてしまうのは悔しかった。

 ――あぁ、本当に、胸がきつく締め付けられるようだ。
 私たちには何が足りなかったのだろう。
3 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:32:36.30 ID:l6pE73h60

「姐さん、すみませんでした」

 頭を下げるペパロニに、「お前のせいじゃないさ」と返す。

 アンツィオは強い。
 そう信じてここまで突っ走ってきた。
 だからこの敗北は、指揮を執った私の責任なんだ。

「……あー、ここまでかあ」

 そうやって言葉にしてみると、少し心が晴れた。
 ぱんぱんと頬を軽くはたいて気分を入れ替える。

「ペパロニ。食事の準備、始めるぞ」

「はいっ! ドゥーチェ!」

 元気に返事をするペパロニへ笑顔を返す。
4 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:34:26.83 ID:l6pE73h60

 さーて、と大洗の西住隊長の元へ向かい挨拶すると、彼女は「勉強させていただきました」と言ってくれた。
 それが嬉しくて、私は少しだけ照れ隠しに顔を逸らした。

 フィアットから食材やパスタ鍋を運び出し、ペパロニとカルパッチョの指揮でうちの生徒たちが次々に料理を完成させる。
 初めは困惑していた大洗の連中も、パエリアやフリット、パスタが並べられていくのを見て次第に目を輝かせていった。

 私が「さあ遠慮なく食べてくれ!」と手を広げると、一年生らしき子たちが、わっと料理へ駆け寄る。
 西住や隣に立っていた黒髪の子が続いて、あとは一斉に。
 うちの生徒も混じって宴会が始まった。
5 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:35:39.04 ID:l6pE73h60

 せっかくなので西住と話をしてみると、驚くことがあった。
 私と同じく転校組の彼女は、てっきり大洗女子の戦車道復興のために招聘されたのだと思っていたが、そうではなく、むしろ戦車道から逃げるために転校を選んだとのことだった。

 しかし今は戦車道を楽しめているのだ、と心なしか自慢げに言う彼女の姿は、とても好ましかった。
 アンツィオの敗北も、まぁ仕方ないかと思えた。

 それでも悔しいものは悔しいんだけど、その気持ちは胸に隠して私は笑った。
6 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:37:02.36 ID:l6pE73h60

 宴会が終わって、大洗の連中と別れて会場を離れると、残った食材で二度目の宴会を始めた。
 今度は、アンツィオの生徒だけだ。

 あの場では言えなかった言葉を口にしてみると、ペパロニたちが「わたしもっすねー」と同調して、私は少し安心した。
 食事にしか興味がないように見えるけど、勝利への執念は彼女たちにも確かに宿っているのだ。

 アンツィオのみんなと一緒に食事をとるのは楽しい。
 いつしか何に囚われていたのかも忘れて、夜は更けて、目蓋は重く、睡魔に襲われた私は抗うことなく眠りに落ちた。
7 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:39:39.37 ID:l6pE73h60

 目覚めると、背中に柔らかな感触があった。

「ん〜……?」

 体を起こすと目の前には灰色の壁。
 目線を下げると見慣れた机が鎮座している。

 私が寝そべっているのは二段ベッドの上、どう見てもここはアンツィオ高校女子寮の自室だ。

 昨夜は、宴会のあとそのまま外で睡魔に襲われた覚えがあるのだが、気のせいだったか。

 ……まぁ、実際こうしてここにいるのだから、覚えていないだけで学園艦には戻ってこられたということだ。
 私以外のみんなもきちんと帰ってこられたか心配だし、身支度をしたら点呼を取っておくか。
8 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:42:21.73 ID:l6pE73h60

 二段ベッドの柵から首だけ出して下を覗くと、ペパロニが幸せそうな表情でかーかーと眠っていた。

 彼女を起こさないようにゆっくり階段を下り、クローゼットからアンツィオの制服を取り出す。
 さっと着替えて、机の横に置いた籠からポーチを手に取ると、私は部屋を出た。

 廊下で他の子とすれ違うたび「おはよう」と挨拶を交わし、洗面台に辿り着くと、アマレットとパネトーネが眠そうな顔で歯を磨いている。

「ドゥーチェ、おはよーっす」「っす」

「おー、おはよー」

 言うと、パネトーネが水を含んで口の中をゆすぐ。

 私はその隣に立って、蛇口を捻り手のひらに水を貯めた。
 じゃぶんと顔をつけると気持ち良い。
9 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:43:53.11 ID:l6pE73h60

「今日は遅いっすね。もしかして朝練はなしっすか? だぜ」

 顔を上げたパネトーネが言う。

「昨日の今日だしなー。まあ朝練は休みにしておこう」

「あ? 昨日の今日?」「なんのことっすか?」

 アマレットとパネトーネが揃って不思議そうな表情を浮かべる。

「なんのことって、大洗との試合の話だが」

「だから、なんつーか、大洗と試合するから練習頑張んなきゃって話なんじゃないんすか?」

 んー?
10 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:46:13.73 ID:l6pE73h60

「あのな、お前たち、悔しいけど我々は負けたんだ」
「幸い、今年は無限軌道杯も復活する。負けは負け。そのことをきっちり認識して、前に進まないとな」

「ドゥーチェ、おかしくなっちゃったんすか?」

 諭すように私が言っても、二人は怪訝な表情を返すばかりだ。

「いや、じょ、冗談だろう? そんな顔をされると本当に私の方がおかしいみたいじゃないか」

「そう言ってんすよ、な?」

「ああ、ドゥーチェおかしいっす、だぜ」

 ――本格的に、話が噛み合っていないようだ。
11 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:47:52.83 ID:l6pE73h60

「私たち、昨日、大洗と試合をしたよな?」

「してないっす」「夢じゃないすか? だぜ」

「宴会は? 大洗との宴会は覚えてないか?」

「してないっすって」「やっぱ夢すね、だぜ」

「お、大洗との試合は、いつの予定なんだ?」

「来週っすよ」「ドゥーチェが言ったんじゃないすか」
12 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:50:07.82 ID:l6pE73h60

 血の気が引くのを感じた。

 ポーチもそのままに、二人へ背を向け廊下を駆け戻る。

 自室へ入り、日めくりカレンダーを確認すると、破り捨てたはずの一週間がそこに蘇っていた。

「な、なんだこれは……」

 2015年、6月26日、金曜日。

 大洗との試合は、7月5日の日曜日だったはずだ。
 つまり、時間が、一週間以上も巻き戻っている。

 ――――。

「そ、そんな馬鹿なことが、あってたまるかあっ!」

 私が叫ぶと、寝起きのペパロニが「うるさいっす、ドゥーチェ」と背後でぼやいた。
13 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:53:34.81 ID:l6pE73h60

 私の想像に反して馬鹿なことというのは起こるもので、時間が巻き戻ったのはカレンダーだけの話ではなかった。
 スマホでニュースサイトを眺めても、アンツィオのみんなに訊いてみても、いま私がいる時間は大洗との試合の一週間以上前とのことだった。

 どうやら私は、タイムスリップというやつを体験してしまったらしい。

 逃避するように朝練に打ち込んだが、いつになっても元の時間に戻る様子はない。
 このままもう一度、大洗戦が終わるまで時を過ごすしかなさそうだ。
14 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:55:46.81 ID:l6pE73h60

 あっという間に一日が終わって、翌日、土曜。

 さて今日も戦車道の練習だ、という段になって、ふと思った。

 ――大洗ともう一度試合ができるということは、つまり、前回の雪辱を果たすことができるのでは?

 いや、正しくは『前回』など存在しない。
 すでに、大洗戦の敗北はなかったことになっている。
 まだ、アンツィオは負けていない。

「ふ、ふふふ……」
15 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:57:20.78 ID:l6pE73h60

 全身が、かっと熱く燃え上がった。

 まだやれる。まだやれるのだ。
 アンツィオの夏はまだ終わっていない。
 大洗に勝利して二回戦を突破し、さらには優勝へ――。

「はーっはっはーっ!」

「ドゥーチェー、ほんと昨日からおかしいっすよ。医者に診てもらった方が良いんじゃないすか?」

 半ば本気で心配そうな表情を浮かべるペパロニの肩を、がっしりと掴む。

「やるぞ、ペパロニ。我々の手で、アンツィオの総力を尽くして大洗から勝利をもぎとるんだ!」

 私が言うと、ペパロニは笑った。

「何言ってんすかー。当たり前じゃないすか」
16 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 21:59:23.01 ID:l6pE73h60

 大洗と試合をした経験は私の中に宿っている。
 これまで通りやれば大洗に敗北してしまうことを、私は知っている。

 戦術を変える必要がある。

 一回戦のマジノ女学院との試合は、ノリと勢いで勝ったようなものだ。
 CV33で相手車輌を攪乱している内に、セモヴェンテでフラッグ車に奇襲をかけ、間一髪、討ち取った。

 だから大洗も同じ戦術で行こうとしたのだが、どうやら大洗はそこまで甘くないらしい。

 P40が手に入ったことに浮かれてしまっていたのだろうか。

 あの西住流が隊長というから、攪乱には弱いと踏んだんだけどな。
 実際は、西住流とは似ても似つかない戦い方だった。

 生徒会長の角谷杏もどうにも食えない子だし、智将が多いのだろう。
 半端な陽動は見破られる。
17 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:02:06.89 ID:l6pE73h60

 ――だとすれば、どうする?

 簡単だ。奴らの思いもよらぬ策を打ち立てれば良い。

 向こうの車輌編成や戦い方は前回の戦いで頭に叩き込んだからな。
 対策は立てられる。

 まあ残っているはずのない記憶を利用するのは少し狡いかもしれないが、偵察はルールブックで認められているわけだし、それと情報の入手経路が違うだけ、戦車道に反してはいない。

「カルパッチョ」

「はい、なんですか、ドゥーチェ」

 名前を呼ぶと、足早にカルパッチョが寄ってくる。
18 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:03:32.99 ID:l6pE73h60

「二回戦は、一回戦とは戦術を変えようと思う」

「これからですか? もう試合まで一週間ですよ」

 カルパッチョが眉をひそめる。

「一週間あれば十分だ。これまで通りやっても、勝てなければ意味がない。向こうも我々のノリと勢いは知っているはずだ。イメージ通りの戦法は動きが読まれてしまう」

「……確かに、そうかもしれませんね」

 少しだけ考え込んだ後、カルパッチョが頷く。
 私はそれに応じるようににやりと笑った。

「そうと決まれば作戦会議だ! いくぞ、カルパッチョ!」

「はい、ドゥーチェ。ペパロニも連れてきますね」

 練習メニューをアマレットらへ言い置き、私はカルパッチョとペパロニと共に戦車道準備室へと篭もった。
19 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:06:00.00 ID:l6pE73h60

 練り上げるのに半日かかったが、出来上がった作戦は完璧だった。

 初めからフラッグ車へ奇襲をかけるのはやめだ。
 今回はその真逆、各個撃破を行う。
 一輌一輌、確実に落としていき、最後に残ったフラッグ車を包囲して仕留める。

 知識と経験をフル動員し、大洗の全ての車輌へ完璧な対策が出来ている。
 これならアンツィオの勝利間違いなしだ。

 出来上がった作戦の全貌をみんなに伝えるのには難儀した(すぐに理解してくれなかった)が、やがて歓声が場を包み、ドゥーチェコールが巻き起こった。

 ふふふ、さあ、これで準備は万全だ。負けるはずがない!

 私はコールに応え、右腕を掲げて高笑いを上げた。
20 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:07:31.64 ID:l6pE73h60

「ドゥーチェ、この後どうすんでしたっけ」

「あぁあああこっちに戻ってくるなあぁあああっ!」

 試合の結果は、散々だった。

 あれほど言い聞かせたのに、特にペパロニは一緒に作戦を考えたというのに、みんな作戦を全て忘れてしまっていた。

 緻密に練り上げた作戦なので一カ所が崩れればあとは脆い。
 戦線の穴をあっさりと突かれ、次策に移る余裕もなく、開始一時間足らずでアンツィオは大洗に敗北を喫した。
21 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:09:48.00 ID:l6pE73h60

 せっかくチャンスを与えられたというのに、またしても。

 ――もっとみんなの性格を計算すべきだった。

 作戦を忘れるのには困ったものだけど、アンツィオの持ち味はそこじゃない。
 あぁ、そうだ。ノリと勢いがあれば強い。
 つまり、それを殺すような緻密な作戦は、アンツィオには不要なのだ。

 だから、私のせいだ。
 チャンスを生かすことができなかった。

 二度目の敗北は、初回よりも一層辛かった。
 胸の奥が苦しくなって呼吸が乱れるのを感じた。
22 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:11:39.36 ID:l6pE73h60

「ドゥーチェ……」

 深刻な表情を見られてしまったのか、背後からカルパッチョの呟きが聞こえる。

 いけないいけない、こんなことでは。

「ん、大丈夫だ。心配するな」

 息を整え、カルパッチョへ言葉を返す。

「食事の準備を始めてくれ。アンツィオの戦車道は、試合だけじゃないぞ」
23 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:13:13.58 ID:l6pE73h60

「はい、ドゥーチェ……っ!」

 駆けてゆくカルパッチョを背に、西住の元へ。

「いやー、負けてしまったな! 強かったぞ、大洗っ!」

 私が言うと、西住は照れ笑いを浮かべる。
 私はそんな彼女の手を取って、思い切りチークキスをした。

 西住から手を離し、背後へ視線をやるとペパロニのウインクが目に入る。
 食事の準備は万全。

「さあ、これがアンツィオの流儀だ! 受け取ってくれ!」

 私が叫び、宴会が始まる。
24 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:17:54.07 ID:l6pE73h60

 前回は西住とばかり話をしていたので、今度は角谷ら生徒会の面々に声をかけてみた。
 クールに見えた河島という子は、言葉を交わしてみるとアンツィオの子たちを思い起こさせる激情を備えていて驚いた。

 やはり、言葉を交わして、直に接してみて初めて気付くことというのは多い。
 宴会とは良いものだ。

 前回と同じく、大洗と別れた後はアンツィオの生徒だけで再び騒いだ。
 今度は言葉にしないでおこうと思っていたのだが、我慢しきれず一言だけ「悔しいなあ」と呟いた。
 ペパロニがしみじみと「そっすねー」と返し、私は少しだけ瞳を潤ませた。

 気付けば眠りに就いており、覚醒した私はベッドで身を起こした。

 カレンダーは、6月26日に戻っていた。
25 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:20:49.94 ID:l6pE73h60

 三度目だ。三度目である。
 つまり、私の身に起きているこれは、タイムスリップなどではなかったということだ。

 ループしている。

 大洗との試合を終えるまでの十日間をループしているのだ。

 何故だ? どうして私の身にこんなことが起こっている?

 まったく身に覚えがない。私が原因ではないのだと思う。
 けれどきっと、三度続けばこれはもう、四度目がくると考えて間違いないだろう。

 三度続き、四度続き、五、六、七、やがて、八九十と――、

「まさか、これは永遠に続くのではないか?」
26 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:24:22.06 ID:l6pE73h60

 途端に背筋が寒くなった。

 意気揚々と大洗との試合に臨んでいた自分を責めたくなってくる。

 記憶だけを有したまま、永遠に終わらない十日間の中へ放られる。
 いつまで経っても終わりはやってこない。
 ずうっとずうっと、途方もなく続く世界の中へ放られるんだ。

 もしかしたら死んだら終わりが来るのかもしれないが、そんな想像はしたくもない。

 ……けれど、死か永遠かという選択なら、前者の方が幾分かマシなのかも。
27 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:26:25.56 ID:l6pE73h60

「うぅ……ダメだダメだ! そんなこと、考えてはっ!」

 しかし、考えなければ答えには辿り着けない。
 だから陰鬱した気分になりながら必死に考えたのに、答えがどこに落ちているのかすら、私にはわからなかった。

 そして混乱のままに、再び大洗との試合当日を迎え、決戦。

 アンツィオは、三度、敗北を期した。

 考えが煮詰まっていたところに敗北のショックに襲われたせいか、私は軽々と限界を迎えた。
28 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:28:35.78 ID:l6pE73h60

「うわあぁああ今日は朝まで飲むぞーっ!」

「ドゥーチェ、テンション高いっすねーっ!」

 私は叫び、日付が変わるまで宴会を続けた。
 思考を切り離して、ただただバカになって、アンツィオのみんなと笑い合った。

 時計の短針が12を示す。

 目蓋を閉じ、再び開けば見える景色が変わっていた。

 灰色の天井。二段ベッドの上。
 ペパロニの寝息が聞こえるここは、学園艦の自室だ。

 一秒前までの喧噪は消え去り、私は一人、ぽつんとベッドに寝そべっていた。
29 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:29:37.23 ID:l6pE73h60

「あぁー……」

 自然と声が漏れて、ベッドへ体を放る。

 これで四度目。
 やはり、ループからは抜け出せていない。

「本当に、ずっとこのままなのか」

 ループに囚われて、脱出もできず、私は永遠に十日間を彷徨い続けてしまうのだろうか。
30 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:31:53.93 ID:l6pE73h60

 ――――。

 そう、そうだ。

 そういえば、前に読んだSF小説では、たしかループを脱出するのに条件が定められていた気がする。
 条件を満たした途端、元の時間の流れに戻されるのだ。

 だとしたら、もしかして、私のこれも同じなんじゃないか。
 条件が整いさえすれば脱出が叶うんじゃないか。

「……いや、駄目だ」

 だとしても、そんなものどうやって見つければ良いのだ。
 ヒントはどこにもない。考えてわかるものでもない。

 結局、私はこのままずっと、一人で――。
31 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:33:57.82 ID:l6pE73h60

 とんとん。

 と、ふいにドアがノックされた。

 朝早くに誰だろうとドアを開けると、カルパッチョだ。

 彼女にこんなへたれたドゥーチェの姿は見せたくない。
 顔を逸らして目尻にきっと力を入れると、再びカルパッチョへ向き直り、出来るだけ何でもない風な口調を装う。

「おー、カルパッチョ。どうした」

 カルパッチョはすでにアンツィオの制服に着替え、頭にはベレー帽を乗せていた。

 ふと自分の姿を見れば、こちらはまだパジャマのままだ。
 段々と恥ずかしくなってきて「さ、先に着替えてきても良いか」と確認する声が少しうわずってしまう。

 カルパッチョはそんな私の言葉など聞こえなかったかのように、真剣な表情で口を開いた。
32 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:35:31.75 ID:l6pE73h60

「ドゥーチェ、もしかしてこれで四度目ではないですか?」

 …………。

「四度目?」

「はい、ドゥーチェもこれで四度目なんじゃないかと思ったんです。違いますか?」

 四度目、四度目。
 突然そんな言葉を吐かれて何のことやら理解できる人間が、そうそういるはずもない。
 何が四度目なのやら。あまりに情報が足りていない。

 けれど私は例外だった。
 いま、この瞬間の私にはわかる。

 見当がつかないはずがない。
 まさかとは思うが、他に考えられないだろう。
33 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:37:25.62 ID:l6pE73h60

 私は頭が混乱してどう表現して良いのかがわからなかったが、何とか気を落ち着かせて、一言だけ絞り出す。

「お前もなのか?」

 カルパッチョはうっすらと笑みを浮かべた。

「やっぱりそうみたいですね。はい、私も同じです」
「一回目の繰り返しからドゥーチェの様子がおかしいなとは思っていたんですよ」
「でも、前回、やけになったドゥーチェを見て、ようやく確信が持てたので」

「本当に、お前もループしているのか」

「はい、私もループしているみたいです。二度も訊かなくても良いと思いますけど」
34 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:38:23.98 ID:l6pE73h60

 すうっと、背中に載っていた重荷が下ろされるのを感じた。
 真っ暗闇の夜道に光が灯った。

 そうか、私だけではなかったのか。
 一人ではなかった。私は孤独ではなかったんだ。

 状況は変わっていないけれど、少なくともそれだけのことが、とてつもなく尊かった。
35 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:39:27.60 ID:l6pE73h60

「ドゥーチェ、泣いてますか?」

「泣いてない! 嬉しいだけだ!」

「嬉しくて泣くこともあると思いますけど」

 カルパッチョの言葉に「うるさい」と返し、私は熱くなった目頭をおさえた。

 カルパッチョは、まぁいいですけど、と笑う。

「私を仲間に入れてください、ドゥーチェ」

「ああ、もちろんだ」

 涙を振り切り、私も笑顔で彼女に応えた。
36 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:43:08.30 ID:l6pE73h60

 しばらくのあいだ、戦車道準備室でカルパッチョとお互いの状況を共有しあった。

 カルパッチョの身に起きていることは私とまったく同じ。
 大洗と試合をした日の夜になると、毎度毎度、6月26日に戻されてしまうとのことだった。
 その間に起こったことも、全て私の記憶と一致している。

 私とカルパッチョが同じ十日間をループする運命共同体であることは間違いなかった。

 運命共同体、つまり、仲間。

「……ふふふ」

 やはり、仲間がいるというのは、嬉しいものだな。
 一人では無理でも二人なら何とかなるだろうと思えてくる。

 まったく、アンツィオにやってきて、カルパッチョと初めて出会った時のことが思い起こされる――。
37 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:44:18.30 ID:l6pE73h60

 と、再び感じ入ってしまったことに気付き、ぶんぶんと頭を振って考えを紛らわす。

 いけないいけない。時間がないのだ。
 思い出にふけっているような場合じゃない。

「さてっ! 改めて整理しよう!」

 私は立ち上がり、黒のボードマーカーを握りしめた。
 ホワイトボードへマーカーを走らせ、カルパッチョへ向き直ると、書いた内容を読み上げる。

「我々の目的、ループを脱出すること。ここまでは良いな?」

 私が言うと、カルパッチョが「ですね」と頷く。

 続けて、私はホワイトボードの目的欄の下に『次にやること』と記していく。
38 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:46:52.56 ID:l6pE73h60

「ではカルパッチョ。ループ脱出のためにやるべきことは、何かわかるか?」

「脱出条件の解明でしょうか」

 カルパッチョへ「その通りっ!」と私は指示棒を突きつける。

「脱出条件を達成するには、当然その条件を解明しなければならない」
「しかし、しかしだ。とにかく我々には情報が足りていない」
「解明もなにも、まだ取っかかりすら掴めていない状態だからな」
「まずは情報収集から始める必要がある」
39 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:48:52.78 ID:l6pE73h60

「……どうやって情報を集めましょう?」

「うーん、そう、そうなんだよなあ。私も色々考えてはみたが、何も思いつかなかったんだ」

「「んー……」」

 二人してうんうんと唸っていると、しばらくしてカルパッチョが「あ」となにか思いついたように顔を綻ばせた。

「これまでの共通点を探してみるというのはどうでしょう」
40 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:50:13.36 ID:l6pE73h60

「共通点? それはループ間のか?」

「はい。ループの脱出に条件があるなら、脱出に失敗したこれまでは一度もそれを達成できなかったということですから」
「これまでの共通点を探せば、自ずとわかってくることもあるんじゃないかと思ったんです」

 共通点……共通点か……。

「――ぉお?」

 瞬間、脳裏に稲妻が走った。

「我々は、大洗に敗北し続けている」

「――確かに、そうですね」
41 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:52:19.03 ID:l6pE73h60

 負けて、負けて、負けた。

 まさか、これか。これだったのか。
 なるほど、思いついてみれば腑に落ちた。

 三度繰り返して負け癖が染みついてしまっていた。
 それが当然と思ってしまっていた。
 我々は今回も負けるのだと、そう思ってしまっていた。

 しかし違ったんだ。逆だった。

 続ける度に負けているのではない。

「負けるから、続いているのか」
42 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:54:17.37 ID:l6pE73h60

 アンツィオが敗北するのは、間違っている。

 第63回戦車道全国高校生大会、二回戦、我々アンツィオ高校は勝利をおさめなければならない。

 だからこそ、我々はこんな状況に放られているんだ。
 勝てる試合に勝てていないから。

 どこの誰だかは知らないが、ともかく我々に言っている。

 大洗に勝て。

 そう言っているのである。
43 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/13(土) 22:57:58.10 ID:l6pE73h60

「はーっはっはっ!」

「ドゥーチェ、突然笑い声をあげないでください」

「笑わずにいられるか!」

 勝て、勝て、勝て。
 お前らアンツィオは勝てるんだ。
 勝つために繰り返しているんだ。

「だったら勝ってやろうじゃないか。アンツィオの、本当の力を見せてやる」

 試合を眺める何者かに。
 我々の姿を眺める何者かに。

「我々は、大洗に勝利して、ループを脱出する」

 私がそう宣言すると、カルパッチョは静かに頷いた。
44 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2019/07/13(土) 23:00:16.70 ID:l6pE73h60
キリが良いところまで進んだので、今日はここまでにします。(読んでる方いるのだろうか)
また、おそらく明日、再開します。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/13(土) 23:02:50.08 ID:+PyAXQVA0
乙ですー
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/13(土) 23:06:18.43 ID:1iD94EUKo
見てるぞ
47 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2019/07/13(土) 23:06:53.71 ID:l6pE73h60
>>45 >>46
いた! ありがとうございます!
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/14(日) 01:10:49.04 ID:+RVMuMt4O
見てるぞ
続き楽しみ
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/14(日) 01:35:41.16 ID:pGPKGYci0
乙乙です!
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/14(日) 04:59:21.49 ID:jzGzF1vGo
乙です
51 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2019/07/14(日) 11:39:35.15 ID:8naFKaaW0
ありがとうございます……。
なんとか三連休中に終わらせるつもりです。
まだ午前中ですが、再開します。
52 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:45:19.35 ID:8naFKaaW0

 アンツィオに難しい作戦は似合わない。

 一周目は確かに無策が過ぎた。
 けれど、二周目のような策を弄する必要はない。
 作戦なんて、ほんのスパイス程度で良い。

 ペパロニ率いるCV33群を正面から突っ込ませ、あたかもノリと勢いだけで行動しているように見せかける。
 大洗の連中は違和感を抱くかもしれないが、少なからずCV33の対処に追われるはずだ。
 しかし実際に正面突破を狙っているのはCV33だけ。
 手薄になった本軍を、残ったP40やセモヴェンテで挟撃し、フラッグ車を仕留める。
 電撃作戦だ。

 これならみんなも全力で臨めるだろうし、なにより、ウチの持ち味を生かせる。

 最高の策だ。
53 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:47:45.98 ID:8naFKaaW0

 ――最高の策だと、思ったのだが。

 結局、今回もアンツィオの敗北だった。

 おそらくは、ペパロニが敵の前で「せーぜー釣られてやがれ、どうせ姐さんがフラッグ車撃破してくれんだからな!」と口走ってしまったのが敗因だろう。

「ドゥーチェ」

「いいさ。また、次がある」

 カルパッチョに言葉を返し、五周目。

 前回の反省を生かし、ペパロニたちには作戦の内容を伝えないことにした。
 作戦の内容自体は前回と同じだ。

 これなら奇襲も成功するはず。そう思った。
54 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:50:52.06 ID:8naFKaaW0

 しかし、大洗はやはり甘くなかった。

 CV33の集団の中にセモヴェンテやP40の混じっていないことを見抜かれていたようで、フラッグ車に辿り着いた我々を待っていたのは、大洗全車輌による総攻撃だった。

「どうして我々の奇襲がわかったんだ?」

「――アンツィオの隊長は優秀な方だとうかがっています。ノリと勢いの強い気風とはいえ、大事な試合で、無策で突っ込むなんてしないと思ったんです」

 西住に認められるのは素直に嬉しかった。

 みくびられれば簡単に勝てるのは確かではあるが、我々をみくびるということはそれだけ脳天気な相手ということだ。
 大洗は賢しい。むしろ良かったと思うべきだろう。
 敵は強大な方が乗り越えた時の感動が増す。

 我々が本当に欲しいのは、勝利でなく、名誉なのだ。
55 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:53:22.02 ID:8naFKaaW0

 ――――。

 勝利でなく……勝利を目指さない……。

 ふいに思いついた。
 勝つための策でなく、負けないための策というのを考えてみてはどうだろうか。

 そう、負けなければ、いつかは勝てるのだから。

「ドゥーチェ、負けないための策というのは、具体的にはどんなものですか?」

「負けるというのは、フラッグ車が撃破されるということだ。だったら、フラッグ車さえ生き残れば負けはしない」

「それはそうですね」

「カルパッチョ。撃破されない戦車といって、思いつくものはなんだ?」
56 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:54:53.55 ID:8naFKaaW0

 カルパッチョは「うーん、そうですね」と首を傾げ、

「装甲の厚い戦車でしょうか」

「甘いっ! 甘いぞカルパッチョ!」

 私は指揮棒をカルパッチョに突きつける。
 カルパッチョはきょとんと目を丸くする。

「例えばセンチュリオンだってマウスだって600mm砲の前には無力だろう! いくら装甲が厚くとも撃破される可能性はある」

「600mm砲搭載の戦車なんて、戦車道連盟の認可が下りないと思いますけど」

「あくまで可能性の話だっ!」
57 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:59:09.17 ID:8naFKaaW0

 カルパッチョの突っ込みに言葉を返して、こほんと一息。

「話を戻すぞ。しかしそんななか、何をされても撃破されない戦車というものがある」

 そう、それすなわち、

「弾の当たらない戦車――見えない戦車だ!」

「ドゥーチェ……」

 カルパッチョが眉を落とす。

「そ、そんな顔をするな! もちろん見えない戦車というのは戦車に光学迷彩を施すわけではないぞ。もっと現実的な話だ」
58 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:01:05.41 ID:8naFKaaW0

「普通の迷彩ってことですか?」

「まぁ迷彩には塗るかもだが、それだけじゃない」
「――常々、ウチのCV33を生かす方法は他にないか考えていたんだ」
「機関銃しかないCV33には戦車を落とすことはできないが、機動力は十分にある」
「相手の攪乱にしか使えないのはもったいない」

「つまり――」

「そう、CV33をフラッグ車にする」
59 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:03:16.17 ID:8naFKaaW0

 乗るのはペパロニとアマレットだ。
 あいつらならCV33の操縦にも慣れているし、逃げ回るのも楽勝だろう。

 そもそも茂みにでも隠れておけば、CV33のサイズならそう簡単に見つかりもしまい。
 まさに見えない戦車だ。

「名付けてチーズフリット作戦! どうだ、カルパッチョ?」

「そうですね、少なくとも大失敗ということはないでしょうし、上手くいく可能性はあると思います。あとはペパロニの性格次第という気もしますけど……」

「そうだなあ。かっとなってしまわなければ、大丈夫だとは思うんだが。よく言いきかせておくしかないだろう」

 カルパッチョは渋い顔で頷いた。
60 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:05:37.29 ID:8naFKaaW0

「えー、なんすかそれ。性に合わないんすけど」

「そっすそっす、断固、拒否するっす!」

 案の定、ペパロニとアマレットの二人は難色を示したが、私はきちんと対策を考えていた。

「うーん、しかしこれはお前たちにしか出来ない作戦なんだよなあ」
「きっと大洗の連中は『CV33などいてもいなくても変わらない戦車だ』と思っている」
「いや、それどころか、戦車でなく軽自動車か何かと思われているかもしれないぞ」

「はー、なんすかそれっ!」

「アマレット。これはたぶんドゥーチェによる想像だ」

 とアマレットへ言ったうえで、ペパロニはこちらへしかめ面を見せ「ドゥーチェ、それマジに言われてんすか」と続ける。
61 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:06:55.17 ID:8naFKaaW0

「いや、お前の言った通り、私の想像だ」
「でも、そんなこと言われたくはないだろう?」
「CV33はやればできるんだと証明してやりたくはないか?」
「お前らなら、大洗の連中を翻弄することが出来るだろう?」

 私が言うと、二人は声を揃えて「もちろんっす!」と応えた。

「よおし、それじゃあ早速、特訓開始だ!」

 私が威勢良く拳を振り上げ、それに二人が続く。

 説得は成功だった。
62 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:08:28.27 ID:8naFKaaW0

 試合当日までの練習は、これまでとはまったく別メニューを組むことにした。

 なにせ、ペパロニとアマレットには特殊な立ち回りが要求される。
 これまでの二人の戦い方ともかなり違いがあるし、ある程度の慣れが必要だろう。

 そういうわけで、他のCV33を大洗の索敵に見立て、二人にはひたすら彼女らから逃げ回ってもらった。
 出来るだけ長く逃げ回り、撃破されないことが目的だ。
 機銃に一発でも当たったらアウト。
 かくれんぼ状態からのスタートだ。
63 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:11:49.22 ID:8naFKaaW0

 初めはすぐさま見つかった。開始五分。そして機銃で撃たれておしまい。
「おっかしーなー」とぼやくペパロニに、潜伏場所をもっと練るよう注意した。
 彼女は池のほとりにある木々の後ろに隠れていたのだが、水面に反射した車体が映っていたのだ。

 一週間ひたすらその練習を続けていると、ついにペパロニとアマレットは三時間の制限時間を逃げ切ることに成功した。

 もちろん、その間に私やカルパッチョはP40とセモヴェンテを乗り回し、大洗のフラッグ車を仕留めるための戦術を練り上げていた。

 万全は期した。
 迎えた大洗との決戦当日。

 やはり我々は負けた。
64 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:16:53.56 ID:8naFKaaW0

 負けないことと勝てることは似て非なるものだ。
 勝利のためには無数の策が打ち立てられるが、負けないためにはとことん堪え忍ぶしか方法がない。

 というか、実際いつか負ける。負けないなんてありえない。

 ペパロニの乗車したCV33を残して、うちの戦車は削られ続けた。
 セモヴェンテが殲滅、フラッグ車以外のCV33は全て消え、最後に私のP40まで落とされた。
 一輌残されたCV33だけではどうすることもできず、結局、大洗のフラッグ車へ突撃ののち自爆した。
65 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:18:14.50 ID:8naFKaaW0

「駄目、でしたね……」

「ああ。しかし、悪くはない作戦だった」

 アンツィオは全ての戦車をやられたが、こちらだって三突と八九式の二輌を落とした。

 どこかの歯車を一つ入れ替えてやるだけで、勝利をおさめられるような気がした。

「次もこれでいくぞ」

 私の言葉にカルパッチョは頷いた。

 七周目。八周目。九周目。
 さらに三度を繰り返したが、やはり我々の元に勝利の女神は訪れなかった。
66 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:21:51.16 ID:8naFKaaW0

 あと少し。あと少しなのに。
 すんでのところで勝利に手が届かない。

 まるで我々の勝利が何者かに邪魔されているかのようだ。
 こんな世界に我々を放り込んだ神様は、もしかして我々の勝利を望んでいないのではないかとすら思えた。

 延々と続く戦いはじりじりと私の心を蝕む。
 初めはみなぎっていたやる気も、少しずつ失われていった。
 ずぶずぶと沈んでゆき、永遠が大きな口を開けて私を待ち受けているように思えた。

 それでも、隣に立つカルパッチョだけが、なによりの救いだった。
 カルパッチョがいるから、私はドゥーチェとしてどうにか踏ん張れた。

 彼女は私が表情を曇らせてゆくなか、平気な顔でただ立っていた。
67 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:23:00.32 ID:8naFKaaW0

「大丈夫ですか、ドゥーチェ」

 こうやって、私を気遣ってくれさえする。

 私はそんな彼女のことが不思議だった。

 私は安斎千代美じゃない。ドゥーチェ、アンチョビだ。
 アンツィオのみんなを導かなければならない。
 だから弱音を吐いてはならない。気高く堂々としていなければならない。

 ――けれど、今だけ、カルパッチョにだけは甘えても良いんじゃないか。

 そうほんの少しだけ思ってしまって、私はぽつりと口にした。

「なあ、カルパッチョ、何度も同じ時間を繰り返して、お前は、その――辛くないのか」

 そう言ってから「私は辛いぞ……少しだけ」と付け加える。
68 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:29:09.90 ID:8naFKaaW0

 カルパッチョは「うーん」と首を傾げ、

「私の場合は――」

 そこで言葉を切ると、にこりと笑った。

「普段会えない相手に会えるから、かもしれませんね」

「普段会えない相手?」

「ええ。私は戦車道がやりたくてアンツィオへやって来ましたけど、彼女は戦車道のない学校に進学していきましたから」
69 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:30:12.40 ID:8naFKaaW0

 ……彼女……彼女。

 ああ、そうだ、そういえばカルパッチョは毎度毎度、試合の直前には必ず大洗の赤マフラーの子と言葉を交わしていた。
 カルパッチョが「たかちゃん」と呼ぶあの子のことだろう。

 カルパッチョはさらに「ですから」と、とびきりの笑顔で言葉を続ける。

「まさかこうして戦車道で戦えるなんて、夢みたいなんです」

「……夢みたい」

 ぶるっと、体の奥の方が震えた。
70 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:32:04.98 ID:8naFKaaW0

「ドゥーチェ、私は戦車道が楽しいんです」

「私だって、楽しいさ」

 口からは自然と言葉が漏れ出た。

 そうだ。楽しい。楽しいんだ。
 楽しいはずなのに、そのことを忘れていた。

 私はどうして戦車道をしているんだ。

 カルパッチョの言う通りだ。

 何が私を突き動かす。原動力は何だ。
 私の心に灯る火は、何を喰らう。

 何故、私はアンツィオを選んだのだ。
71 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:33:29.88 ID:8naFKaaW0

「カルパッチョ、我々は本当に勝てると思うか」

 私が問うと、カルパッチョは「そうですね」としばし思案する素振りを見せて答えた。

「あの頃の私は、アンツィオの戦車道がこんなに盛り上がるなんて、想像してませんでしたよ」

 あの頃。
 二人だけでCV33へ乗り込み、戦車道の宣伝をして回っていた、あの頃。
 あるいは、ペパロニを含めた三人で屋台を開き、戦車道の資金と人員を集めていた、あの頃。
72 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:34:14.73 ID:8naFKaaW0

「あーっはっはっはーっ!」

「また突然笑い出して、どうしたんですか、ドゥーチェ」

 私は快笑すると、脳みそをフル回転させ、カルパッチョへ向かって宣言した。

「作戦を変えるぞ、カルパッチョ」

 そう、次の作戦は、

「マカロニ作戦だ!」
73 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:36:17.50 ID:8naFKaaW0

 山岳と荒れ地ステージ。
 遮蔽物や潜伏場所が多く機動力が活きる山岳地帯と、遮蔽物が少なく向かい合えば技術力と戦車性能が浮き彫りになる荒れ地地帯とが対照的なステージだ。

 大洗の戦車は五輌。
 数だけで言えばアンツィオは十輌と大洗に勝ってはいるが、その内の六輌はCV33。
 性能で言えばほぼ同格といったところだろう。

 それにCV33の特徴を考慮に入れると、山岳地帯で戦うのがアンツィオ向きといえる。
74 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:37:53.61 ID:8naFKaaW0

 そして、ループも十週目に突入した私とカルパッチョにとって、もはや山岳と荒れ地ステージは庭のようなものだ。
 マップは全て頭の中に叩き込まれている。

 その上で、やはり結論付けられる要所は、中央に位置した十字路だろう。
 正面からやり合えば、ぶつかるのはここだ。

「しかし、だからこそ、我々はここを放棄する」

 悔しいが、我々は大洗に総合的な技量で負けている。
 正面からやりあってもアンツィオに勝ち目はない。

 ならば他に人員を割き、ここは最小限のリソースで済ませるべきだ。
75 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:39:17.36 ID:8naFKaaW0

「でも、そうしたら十字路を突っ切られてしまいますよね」

「いーや、そうはならない。デコイを配置するからな」

「デコイ……なるほど、戦車のハリボテを作るんですね。欺瞞作戦ですか」

 私が「そういうことだ」と笑うと、カルパッチョは「いけそうです」と小さく答えた。

 他のみんなにも作戦の全容を伝え、猛特訓。
 大洗の連中を機動力でもって包囲する必要があるし、そりゃあ練度は高い方が良い。
 時間を無駄にしている余裕はなく、瞬く間に決戦当日となった。
76 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:41:17.44 ID:8naFKaaW0

『これより、二回戦第四試合、アンツィオ高校対大洗女子学園の試合を、開始いたします』

 荒れ地のど真ん中、遠目に大洗の戦車が並ぶのが見える。
 作戦の確認をしているのだろう、大洗の隊長、西住みほが戦車の前でマップらしきものを広げていた。

「ドゥーチェ、危ないですよ」

「いつものことだろう」

 カルパッチョに諫められるなか、助手席から立ち上がりフィアットのフロントガラスへ足をかける。
 エンジン音を耳にしたのか西住らが顔を上げ、私はそれを合図に「たーのもーっ!」と声を張り上げた。
 角谷の軽口に言い返し、西住と握手をして、カルパッチョが楽しげに駆けていくのを見守る。

 いつもと同じ。
 これで十度目の風景。

 試合が始まる。
77 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:42:52.20 ID:8naFKaaW0

「まったく、二枚は予備だってあれほど言ったのになあ」

 デコイを全て置いてしまっては戦車の数が大会規定を超えてしまう。作戦も即バレだ。
 ペパロニもああいうところがなければ、度胸があって機転も利く凄いやつなんだが。

「まあ良い。過ぎたことを考えても仕方ない。今は目の前の相手に集中――」

 と、前方へ目を向けたところで、ふいにすれ違う顔があった。

 西住みほ。W号だ。

 後方では38(t)と三突も砂煙を巻き上げている。
78 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:44:32.81 ID:8naFKaaW0

「戦車停止! 敵隊長車とフラッグ車発見!」

 対するこちらはP40にセモヴェンテとCV33が一輌ずつ。

 戦力は互角かこちらの少し下といったところか。
 重戦車がいる分、こちらが上に見えなくもないが、P40を過信しすぎるのも良くない。
 なにせ重戦車とはいえ実際の性能は中戦車にも――て、いやいや! 試合中だぞ! 勝負に集中しろっ!

「カルパッチョっ!」

「はい、75mm長砲身は私に任せてください!」

「任せたっ!」
79 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:47:12.33 ID:8naFKaaW0

 カルパッチョ率いるセモヴェンテが旋回するのを見届け、こちらは残ったCV33と協力してフラッグ車を追う。

「一同! 大洗のフラッグ車を包囲するぞ!」

 敵は一時の方向、下り坂を走り抜けていく。

 道は荒れており、走行すると激しく揺れる。
 木の枝に頭をぶつける前に、私は車内に下りハッチを閉めた。

「ジェラートっ! 弾を装填しろ! フラッグ車を狙うぞっ!」

「木が邪魔で当たる気しないんすけど!?」

「だよなあ! だが撃つっ! 当たったら儲けものだ!」
80 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:48:54.55 ID:8naFKaaW0

 まずはフラッグ車の盾になっているW号を落とすべく、狙いをすませて装填と同時にグリップを握りしめる。
 と、私の腕が悪いのか、弾は車体をかすめて敵戦車の後方へと飛んでいく。

「次ぃっ!」

 ジェラートがすぐさま装填。私は再びグリップを握る。

 何度も何度も何度も、それを繰り返している内に、我々のでなくW号側の弾が、がつんとこちらの砲塔に当たった。

「いったぁ……っ」

「大丈夫っすかドゥーチェっ!」

「ああ、問題ないっ!」

 振動で頭をぶつけてしまったが、白旗は揚がっていない。
 まだ戦える。まだ負けていない。
81 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:51:16.02 ID:8naFKaaW0

「……ふふ」

 楽しい。

「楽しいなあっ!」

 砲音が聞こえる。車内に蒸した熱を感じる。火薬と油の臭いが鼻に漂う。
 ジェラートの息遣いが聞こえ、視界の端には忙しなく体を動かす操縦手の姿が見える。

 やがて敵車輌の撃破を諦め、ハッチを開けば、上半身に風が当たった。
 大洗のフラッグ車は木々の間を縫うように逃げてゆく。

 緩やかに進む風圧や、荒れ地を走行する戦車の振動、そういうのが全部、私の身に感じられる。

 あぁ、これが私の生きる戦車道だ。
82 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:53:11.78 ID:8naFKaaW0

「いやあ、良い試合だった!」

 私が言うと、西住は笑った。

 今回も敗北はしてしまったものの、気分は晴れやかだった。
 勝っても負けても関係ない、私は戦車道ができたのだ。それだけで十分じゃないか。

 それに、どうせ次がある。今回の負けは次のループで取り返せば良いんだ。

「宴会だーっ!」

 飲んで騒いで、大洗と別れてまた飲んで。

 そうこうしている内に、日は徐々に傾いて、いつの間にやら辺りは真っ暗。
 我々の囲うたき火だけが明かりを灯していた。
83 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:54:44.67 ID:8naFKaaW0

「カルパッチョ、いま何時だ?」

「11時50分ですね。もうすぐ日が変わります」

 ああ、もうそんな時間か。

「じゃあカルパッチョ、また次もよろしくな」

「はい、ドゥーチェ、こちらこそ」

 笑みを浮かべるカルパッチョの顔を横目に、私は草原に身を放り出した。
 ぽつぽつと夜空に輝く星々が綺麗だった。

 大きく息を吸い込むと、昼間よりも幾分か冷たい空気が鼻に入る。
 それが気持ち良くて、私は静かに目を瞑った。
84 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:56:35.40 ID:8naFKaaW0

 ――――。
 ――――。
 ――――。

「ドゥーチェ、ドゥーチェ」

 ぼんやりとカルパッチョの声が耳に届いた。
 目を開けば、カルパッチョの真剣な顔が映る。

「ドゥーチェ、大変です」

「ん、どうした? 何かあったのか?」

「日付が変わっています」

 そう言って、カルパッチョが懐中時計の盤面を見せる。
 確かに時計の針は12時5分を示していた。
85 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:59:31.11 ID:8naFKaaW0

「そりゃあ12時を跨げば日付が変わるのは当然だろう?」

「違います。ドゥーチェ、もしかして寝ぼけてます?」
「私たちは、ずっと日付が変わるのと同時に巻き戻っていたじゃないですか」
「7月6日――月曜日になるはずがないんです」

 言われてみて、ようやく事の重大さに気付いた。
86 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:00:37.50 ID:8naFKaaW0

 なるほど、つまりこれは。

「――ループしていないということか?」

「そういうことです」

「我々は、ループを脱したのか?」

「仔細は不明ですが、おそらくは」

 カルパッチョが頷く。

 終わりは、ひどくあっけなかった。
 若干の消化不良感さえ覚えるほどだ。

 何が正解だったのかはわからないが、ともかく我々の勝利がループ脱出の条件ではなかったというのは確かだろう。
 我々は今回もまた、大洗に敗北してしまったのだから。
87 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:01:45.79 ID:8naFKaaW0

 周りを見渡せば、私たち以外のみんなは一人残らずぐーすか寝息を立てていた。
 何人かは腹を出して眠っていたので、そっとブランケットを掛けてやる。

「ドゥーチェ、どうします?」

「どーもこーもないさ。みんな眠ってしまってるんだし、私たちも寝るしかないだろう」

 カルパッチョが「それだけですか?」と驚いたが、私は気にせずテントの中へ身を突っ込んだ。

 もう解決してしまったループの謎などどうでも良かった。
 良い試合が出来たのだから、それで十分だ。

 顔だけはテントの外へ出し、仰向けに夜空を見上げ、眠くなるまで、私はずっと星を眺めていた。
88 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:06:28.56 ID:8naFKaaW0

 朝になると、「撤収っ!」の一言で素早く帰り支度を済ませ、みんなで学園艦へと帰った。

 アンツィオの生徒たちは負けた我々を笑顔で迎え入れてくれた。
 その日だけは、授業そっちのけで、再び宴会。
 本当に良い学校に来れたものだと思う。

 夏休みまで残り僅かではあったが、翌日からは改めて授業が開始。
 放課後になると、私はカルパッチョらと協力して大会の後始末を行った。
 すなわち、戦車の損傷の修復だ。

 想像していたよりもP40の損傷が大きく、修理費用はかなりの額になりそうだった。
 P40の購入に貯金は全部使ってしまったから、また一から貯金のし直しだ。
 幸いにもこれから夏休みなわけだし、まー、冬までには何とかなるだろう。
89 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:07:46.96 ID:8naFKaaW0

 ――そう、冬だ。

 今年は冬季無限軌道杯がある。
 夏の大会の負けは冬に取り返せば良い。

 しかしそのためには今のままでは駄目だ。
 夏の反省を生かして猛特訓をする必要があるし、P40の修理費用も稼がなければならない。
 そう思うと、夏休みに入っても遊んでいる暇などはなかった。

 アンツィオのみんなと忙しい日々を送っていると、ある日、ペパロニが怠そうな顔で「たまには遊びたいっす、海行きましょーよ、海」とぼやいた。
 私は「ここが海の上だぞ」と返したが、カルパッチョに諫められ、たまには良いかと、みんなで陸の浜辺へ行くことになった。

 砂の城を建造したり、ビーチバレーをしたり、水泳大会を開いたり、とても楽しかった。
90 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:10:37.19 ID:8naFKaaW0

 そして8月の第一週、忘れかけていた頃に大会の準決勝が始まった。

 大洗女子学園の対戦相手はプラウダ高校。昨年の優勝校だ。

 正直にいって大洗の分が悪いとは思ったが、それでも大洗ならプラウダ相手に勝利をおさめられるんじゃないかという期待もあった。

 会場は北国とアンツィオ総出で出向くには難しい距離で、それならと応援は学園艦の円形競技場にて中継で行うことにした。
91 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:12:06.47 ID:8naFKaaW0

 大洗は初めプラウダの車輌を三輌も撃破し、かなりの善戦を見せた。
 が、プラウダとの圧倒的な戦力差を覆すことは叶わず、結局、決勝へと駒を進めたのはプラウダ高校となった。

 足りない戦力差を知恵や連携で乗り切ろうと奮闘する大洗の姿はアンツィオのそれと重なる。
 大洗の敗北は、我が事のように悲しかった。
92 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:13:39.29 ID:8naFKaaW0

 試合が終わると、大量の食事を用意してそのまま大洗慰労会へと移った。
 肝心の大洗が不在なのはどうでも良かった。
 夜中まで騒ぎ、気付けば再び日付変更間近となっていた。

 8月2日から8月3日への日付変更、その瞬間。

 瞬きをすると見える景色が変わっていた。

「……はあ?」

 つい先ほどまでは夜闇のなか円形競技場で宴会をしていたはず。
 それなのに今見える景色はなんだ、灰色の天井が目に入るばかりじゃないか。
93 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:14:55.28 ID:8naFKaaW0

「どういうことだ、これは……」

 まさか? そのまさかなのか?

 急いでベッドを下り、日めくりカレンダーに残された日付を確認する。

「そんな馬鹿な」

 6月26日、金曜日。
 日付が巻き戻っている。

 つまり、私はまだ、ループの只中にいるのだ。
94 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:16:27.08 ID:8naFKaaW0

 何故、何故だ?

 ループが終わっていないなら、どうして大洗との試合当日に巻き戻りが発生しない?
 どうして大洗対プラウダの試合当日なんだ?
 そこになにか鍵があるのか?

 湧き上がる疑問が脳を駆け巡る。

 と、ふいにノックの音が響いた。

 おそらくはカルパッチョだろう、二度、三度と続けざまに扉をノックされる。
95 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:18:25.01 ID:8naFKaaW0

 あぁまったく、仲間がいなければ脳みそが弾けてしまいそうだ。本当にありがたい。

 急ぎ扉へ駆け寄り、ドアノブへ手をかける。

「すまないカルパッチョ、いま起きたばかりなんだ――」

 しかし、そこに立っていたのはカルパッチョではなかった。

「ハァイ、アンチョビ」

 にかっと笑う、金髪の女の名は。

 サンダース大学附属高校、戦車道隊長、ケイ。
96 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2019/07/14(日) 13:20:03.51 ID:8naFKaaW0
一旦、休憩します。
夜になったらまた来ます。
97 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:04:19.26 ID:8naFKaaW0
再開します。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/14(日) 21:05:15.76 ID:xgIBdAYoO
まってた
99 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:07:29.95 ID:8naFKaaW0

 サンダースの隊長ケイは、学校の制服に身を包み、肩には大きめのスポーツバッグを提げていた。
 アンツィオの女子寮にはまったく似合わぬ出で立ちだ。

 先ほどから疑問が増え続けるばかりで、もはや私の脳はショート寸前だが、気力でもってして一言だけ口にする。

「何故、お前がここに」

 しかし、ケイから返ってきたのは「とりあえず場所を変えましょ」というまったく回答にもならぬ返事だ。

 いや、いやいやいやいや。

「お、おい、ケイっ! 私がド忘れしてるとかじゃないよなっ? アポの連絡とか何ももらってないだろっ!?」
「どうしてそんなフランクに話を進められるっ!?」
「というか、ここはアンツィオの学園艦だぞっ!? どうやって侵入したんだあっ!?」
100 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:09:23.11 ID:8naFKaaW0

「そういう疑問にもぜーんぶ答えてあげるから」

「ほ、本当だろうなっ!?」

「イエースっ! ホントよ。手始めにどうやって侵入したのかってのを教えてあげると、アレね」

 言って、ケイが窓の外を指さす。

 首を伸ばして見ると、女子寮の庭に、サンダース印のヘリ、シコルスキーS-58が鎮座していた。
 運転席に座る短髪の子が、こちらの姿を認めるとひらひら手を振る。

 噂には聞いていたが、サンダースは無茶苦茶だな……。
101 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:11:22.25 ID:8naFKaaW0

「そんな顔しないで、アンチョビ。とりあえず待っててあげるから、着替えてきたら?」

 ケイの言葉に、私は絞り出すように「ああ、すまないな」と返して部屋へと戻る。

 ペパロニはいまだ寝息を立てたまま。
 私はその横で制服へと着替え、髪をとかし、リボンをつける。
 最後にマントを羽織り、それでようやく腹が据わった。

 疑問に答えてくれるというのなら乗ってやる。
 ケイも型破りな性格ではあるが、悪い奴ではない。なにも取って食われはしまい。
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