男「大将! 油マシマシのアチアチラーメン一丁」

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17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/05(日) 09:07:46.34 ID:sGoLw9kr0

 箸を振り上げた大タヌキに、ナナフシが組み付く。いくらやせ細ったといっても、大タヌキとナナフシでは決着は明らかだ。だが、ナナフシはその細い身体のどこに宿したものか、あらんかぎりの力で大タヌキの食事を阻止している。争う二人を前に、店主の思考はゆっくりと回り始めていた。

 大タヌキは言う「命をかけてラーメンを食う」と。対してナナフシは「命をかけて救う」と宣う。二人の人間が、それぞれの心情を前に命をかけてみせた。店主は、どちらに味方するでもなく二人の争いをただ見守ることしかできていなかった。二人のあまりの気迫に、自らがどこか場違いな人間であるかのように感じてしまっていたのだ。いや、大タヌキの目の前に置かれたラーメンは、それこそ店主がこの三か月の間、命を削って作り上げた新作なのである。ならば、この二人の物語に割って入る権利が俺にもあるはずだ。店主は、そう思いなおしこそすれ動けずにいた。

 せっかく作ったラーメンだ。誰かに食べてもらわなければ報われない。だが、もし大タヌキがこのラーメンを食べ、もろもろの結果死に至るとしたらどうだろうか。店主は、自らの命をかけてラーメンを作れこそすれ、誰かを殺す覚悟迄は持ち合わせてはいなかった。店主は、あまりの情けなさに泣きそうになっていた。ここは、店主の城「来々軒」であるというのに己だけが蚊帳の外にあるようで寂しくなったのだ。

 「ここは、俺の店なのに。俺がルールなのに」

 そう、この店は「雷来軒」。提供するのは、自慢の「こってりラーメン」のみ。完璧なバランスで生み出されたラーメンには、店主以外の如何なるものも手を加えてはならない。だから机には、辛子高菜もニンニク醤油もコショウすら置かれていない。


 朝九時の一杯目のラーメンの出来次第では、店の扉は開かれない。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/05(日) 09:08:13.39 ID:sGoLw9kr0

 店主のハートがふと燃え上がった。

 「何人たりとも俺の店で好き勝手にされてたまるか。何が『命をかけてラーメンを食う』だ。俺の作った味には、如何なる者も手を加えちゃいけねえんだ。客の命なんてもん絶対にかけさせねえ。かけていいのは俺の命だけだ。それに、何が『私が代わりに食べてやる』だ。こいつは、朝九時一杯目のラーメンなんだ。食していいのは俺だけだ!」

 店主は、二人の間に無理やり割って入る。二人ともすごい力ではあるが、朝早くから徒歩で山を登ってきた身である。とても店主の腕力には適わず、ドンブリを奪われてしまった。店主は、恐ろしい勢いで麺をすすり、スープを飲み、燻製の玉子をかじった。みるみる失われていくドンブリの中身に、大タヌキがすすり泣き、ナナフシがあんぐりと口をあけてその様子を眺めている。

 店主は、ずずずっと最後の一滴までスープを飲み干し空のドンブリをドンっと机に置いた。


 「今日のラーメンはいまいちだ。帰ってくんな、今日はもう店じまいだ」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/05(日) 09:08:40.38 ID:sGoLw9kr0
??

 とある昼下がり、店に暖簾は掲げられていない。カウンターには、三人の男。店主に、ナナフシ。そして、いまや大タヌキの名を返上した『細タヌキ』だ。

 「どうだい。来々軒新作の『あっさりラーメン』は」

 ナナフシが、店長を讃え感嘆の声を漏らす。

 「いや、さすがです店主。『こってりラーメン』とベクトルが違うこそすれ、その絶妙な味のバランス感覚は十二分に発揮されている」

 対して、細タヌキはどこか不満げだ。

 「あーあー大将よお。すっかり丸くなっちまって。いや確かにうめえよ。全盛期の俺なら替え玉5玉はいけただろうよ。だけど、俺は『こってりラーメン』のほうが食いてえんだ。あのパンチ力のある味に恋い焦がれてるんだ」

 「パンチ力ねえ……」
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/05(日) 09:09:07.74 ID:sGoLw9kr0

 「だめですよ、もう少しの辛抱なんですから我慢してください。それに、店長は病み上がりの貴方に負担をかけないためにわざわざこの新作を作ってくれたんですよ。感謝こそすれ、文句を垂れるとは何様ですか」

 ナナフシに諭され、細タヌキは拗ねた子供のようにそっぽを向く。

 「でも、ありがとうよ大将」

 照れくさそうに感謝の意を告げる細タヌキを前に、店主がニヤリと口角をあげ厨房の奥へと引っ込んだ。しばらくして、戻ってきた店主の手には透明な小瓶が握られていた。カウンターにコトリと置かれた小瓶の中には、灰色の粉末がいっぱいに詰まっている。細タヌキとナナフシが、驚いて顔を見合わせた。

 「おい大将……こいつはコショウじゃねえか」

 「どういうつもりですか。客には何もかけさせないのが雷来軒のルールでは?」

 
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/05(日) 09:09:34.48 ID:sGoLw9kr0

 「まあ、命をかけられるよりはマシってもんさ」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/05(日) 09:10:00.96 ID:sGoLw9kr0

卍卍卍卍卍卍卍卍

    おわり

卍卍卍卍卍卍卍卍
  
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/05(日) 19:14:00.65 ID:P6zeRPLQO
読みやすいし面白かった、乙
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/07(火) 01:52:14.70 ID:CUY1jcYc0
良いねぇ!!
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/07(火) 11:10:05.70 ID:MpsHL5OU0
腹が減ったぜ……
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/10(金) 05:41:51.67 ID:PilxKjpq0
やるじゃん
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/12(日) 02:05:55.67 ID:V3f7pyAw0
美味そう
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