高木社長「ねぇ、キミぃ…」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:03:42.60 ID:V4s4JV6AO
このSSはゲームや漫画、アニメの設定がごちゃ混ぜになってますのでご了承下さい

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1600772622
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:06:31.22 ID:V4s4JV6AO
00

 アイドル。この世知辛い世の中で生きる人々に希望を与え、なおかつ自分も希望を与えてもらえる存在。そんなアイドルが私は大好きだ。どれくらいかと言えば、自分で事務所を構える位には。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:07:09.28 ID:V4s4JV6AO
「ふぅ…」

 我が765プロダクションも気づけば大きくなったものだ。かつては雑居ビルの一室に事務所を構え、従業員も音無君と秋月君の二人だけだったというのに。まあそうは言っても移転した今もその二人にプロデューサーである彼を加えただけなのだけれど。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:08:14.08 ID:V4s4JV6AO
「社長、お疲れなんじゃないですか?」

「ははは、まだまだ大丈夫だよ。音無君」

 ちょうど書類の区切りがついたところで音無君からお茶を差し出された。たしかこれは萩原君が持ってきてくれたものだったか。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:09:16.10 ID:V4s4JV6AO
「今日は雪歩ちゃんが持ってきてくれた玉露を入れてみました。普段とは違いますけど…」

 それも彼女なりの気遣いだろう。細かなたころまで目が届く。世界中のどこを探しても彼女より素晴らしい事務員は居ないだろう。何せ私がそう思うのだから間違いない。そう、ティンときたのだ。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:10:46.99 ID:V4s4JV6AO
「…ありがとう」

 しかし、私はどうなのだろう。彼女たちの力を引き出せているだろうか。

「大丈夫ですか?なんだかぼーっとしているような気がしますけど…」

「はは…君には敵わないな、音無君…」

 アイドルのみんなと出会う前から一緒にいた彼女には隠し事は無理らしい。私は観念して懸念していたことを口にする。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:11:32.18 ID:V4s4JV6AO
「音無君は、ここで…765プロで本当に良かったかね?」

「え?」

 鳩が豆鉄砲とはこういう時に使うのだろうか。いまいち話の要領を得ていないであろう彼女に私は続ける。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:13:08.68 ID:V4s4JV6AO
「いや、君は有能だ。少人数しかアイドルがいないとはいえこの765プロの事務をほとんど一人でこなしてくれていることには感謝しかない」

 今更誤魔化しても仕方ない。少し照れる気持ちもあるが日頃の感謝とリスペクトを正直に言葉にした。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:14:05.15 ID:V4s4JV6AO
「けれど…いや、だからこそ思うのだ。君は…765プロで良かったのかと…」

「はぁ…」

 無理をさせている。彼女の有能さに頼り切りになってしまっている。せめてもと、昇給や人手を増やす話を持ちかけたこともある。そこまで余裕があるわけではなかったが、彼女には身銭を切ってもバチは当たらない。そう思って声をかけると彼女はいつもこう言っていた。

『そのお金をあの娘たちに回してあげてください』

『私なら大丈夫ですから』

 いつも、どんな時も彼女から返ってくるのはそんな言葉ととびきりの笑顔だった。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:15:03.53 ID:V4s4JV6AO
「思ったことはないのかい?ここよりも条件が良い場所に行きたいと…」

 アイドル事務所は他にも、いや、アイドル事務所じゃなくたって、彼女の能力ならばどこでも活躍できるだろう。きっと今よりも良い待遇で働ける。私と知り合ってしまったがために、私に情が湧いてしまったがために縛り付けてしまっているのではないか。そんな考えが浮かんだのは一度や二度ではない。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:16:09.17 ID:V4s4JV6AO
「ここより良い場所ってどこですか?」

「え?そりゃぁ、961プロとか、876とか…」

「社長、それ本気で言ってます?」

 久しく見ていなかった心底呆れたというような表情。黒井や石川ならば、彼女も知らぬ仲ではない。特に黒井は今でこそあんな態度を取っているけれど、私のことを抜きにすれば音無君をぞんざいには扱わないだろうというのに。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:17:35.39 ID:V4s4JV6AO
「いや、君に限ったことではないのだ…アイドルの諸君も、私が見つけてきた最高の原石だ…もしかしたら、こんなコネも金も無い私でなければ、もっともっと…」

 彼女たちの実力、才能は本物だ。そんなもの誰が見てもわかる。けれど私はどうだ。業界にほんの少し長く居ただけ。日高舞が引退し、表に立つ者も裏で支える者も多く辞めていったあのアイドル冬の時代に、しぶとく生き残っただけでしかない。こんな男の事務所で無ければ…彼女たちももっと…
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:18:29.91 ID:V4s4JV6AO
「はぁ…そんなに言うなら聞いてくればいいじゃないですか」

「ん?どういうことだね?」

「だから!アイドルの娘たちにも聞いてみたらいいんですよ!765プロで良かったのかどうか!」

「君ぃ…それができれば…」

「できればもへったくれもないですよ!ほら!お仕事はできるところやっておきますから!聞いてきてください!」

「ちょ!?音無君!?」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:19:23.25 ID:V4s4JV6AO
01

 変なところですぐに行動に移せる実行力は母譲りだろうか。社長室から叩き出されながら、『全員に聞くまで戻ってきたらダメですよ』と言われ、あれよあれよと言う間に鍵までかけられてしまった。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:20:35.78 ID:V4s4JV6AO
「むぅ…困ったねぇ…」

 これではどちらが雇い主なのかわからない。そんなことを考えていると…

「あれ?社長?どうしたんですか?」

「おぉ、天海君」

 ちょうど事務所にやってきたばかりの天海君に声をかけられた。道中、バレてしまわないように変装しているのだろうか、トレードマークのリボンは帽子に隠れ、いつもはしていない眼鏡をかけているが彼女の魅力に変わりはない。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:21:44.75 ID:V4s4JV6AO
「いや、音無君に締め出されてしまってね…」

「えぇぇぇ!?ど、どういうことですか!?」

「いやいや、私が悪いんだ」

 トップアイドルと言われるようになって尚、こんなくたびれた中年に自然体で話しかけてくれる純真さが眩しい。そんな彼女だからこそ、やはり思う。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:22:35.88 ID:V4s4JV6AO
「時に天海君。君は…765プロに入って良かったと思えるかね?」

「はい?」

「いやだから…他のプロダクションならばよかったと…思ったことはないかい?」

 こんな状況ですら、トップアイドルになった彼女だ。きっと他の事務所ならば、日高舞など目ではない。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:23:21.74 ID:V4s4JV6AO
「えっと…他の事務所も何も、私765プロにしか受からなかったんですけど…」

「え?」

 てへへ、と言いながら頬をぽりぽりとかく天海君は恥ずかしそうに照れている。どうして?彼女ほどの逸材が何故…
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:24:10.36 ID:V4s4JV6AO
「私、ダンスも歌も苦手だったから…スクールの成績も良くなかったんです…だからオーディションの時も目立つところにはいませんでした」

 そう語る彼女の目はどこか遠くを見つめているようだった。

「…社長だけでした。オーディションで他の子には目もくれず、端っこにいた私に『ティンときた!』って言ってくれたのは」

 私からすれば、彼女の他には居なかった。どんな状況でも希望を忘れずに前を向き続ける目をしていたのは彼女だけで、その目は今でも変わらない。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:25:19.43 ID:V4s4JV6AO
「だから、私にとっては765プロ以外なんて…考えられないんですよ」

 ニコッと笑った彼女の笑顔がその言葉が嘘ではないことを証明していた。

「そうか…ありがとう天海君」

「はい!社長」

「ん?どうしたんだい?」

「あの…ありがとうございます!」

「うむ…」

 そのお礼は何に対してだろうか。わからないまま、天海君は次の仕事へ向かって行った。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:26:52.86 ID:V4s4JV6AO
02

「〜♪」

「む?この声は…」

「え?社長?」

「やっぱり君だったか、如月君」

 手持ち無沙汰になった私は、風に当たろうと屋上に向かった。そこで聞こえてきた美しい声の持ち主を間違えるはずがない。如月君だ。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:27:49.69 ID:V4s4JV6AO
「どうしたんですか?こんなところで…」

「いや、何、少し風に当たろうと思ってね…」

「そうなんですか…私も…少し練習の環境を変えたくて…」

 彼女の美しい声。これは誰の目から見ても、いや、誰の耳から聞いても明らかな才能だ。アイドルにして初めてオールドホイッスルに出演した。本場のアメリカでレコーディングもした。彼女ならば、どこでアイドルをしても、いや歌手でだってきっと成功しただろう。だからこそ、気になる。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:28:54.14 ID:V4s4JV6AO
「如月君、君は…他のプロダクションならばよかったと…思ったことはないかい?」

「はい?」

「いや、君はそもそも歌手志望だっただろう?私はアイドルのプロデュースしかできないから、君にもアイドルとしてデビューしてもらったが…」

 如月君が、アイドルの活動に気乗りしていなかったことは知っていた。それが原因で番組のスタッフや、プロデューサーの彼と衝突したということも。もしもアイドルではなく、最初から歌手としてデビューしていれば、そんなことも無かったのではないか。私は思ったことをそのまま伝えることにした。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:30:02.98 ID:V4s4JV6AO
「そう…ですね…確かにそうだったかもしれません…」

 如月君は私の話を聞いた後、考えながら絞り出すように返事をしてくれた。

「けれど、今の私があるのも765プロのおかげです」

 そう言った如月君の目はあの時とは違っていた。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:31:02.43 ID:V4s4JV6AO
「もう一度歌えたのも、過去を乗り越えられたのも…母と…和解できたのも、765プロのみんなと一緒だったから…みんなが支えてくれたから…そして、それに気づかせてくれたから…」

 話すことが得意では無い彼女。けれど、それでも必死に言葉をかけてくれる。まるで私に『伝えなければならない』と思っているかのように。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:31:45.95 ID:V4s4JV6AO
「だから、今度は私の番なんです…その…上手く言えないですけど…私はここを守りたい」

「如月君…」

「だから、私は…今はもう、ここ以外は考えられないですね」

「…っ」

 あぁ、彼女はこんな風に笑うのか。そんな風に笑える場所に私の事務所はなっていたのか。まだまだ自信とは言えないけれど、少し心は晴れた気がした。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:33:07.85 ID:V4s4JV6AO
「ありがとう、如月君」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

 如月君も、天海君と同じように逆にお礼を返してくる。それが何に対してか聞き返す前に、彼女は自主練に戻ってしまった。私は大人しく室内に戻ることにした。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:33:55.20 ID:V4s4JV6AO
03

「う、うーん…むにゃむにゃ…」

「おや?ソファに誰かいるのかね?」

「ん?うーん…あ、社長…おはようなの…」

「あぁ、おはよう美希君」

 ふわぁ、と大きな欠伸をしてソファから起き上がったのは美希君だ。何かと一芸に秀でた者が集まるこの事務所で、『天才』と言えば彼女のことを指す。彼女も成功するべくして成功したと言えるだろう。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:34:41.29 ID:V4s4JV6AO
「時に美希君。少し、変なことを聞くようだがね…君は…他のプロダクションならばよかったと…思ったことはないかい?」

「うーん…無いよ?」

「ははは、そうか。即答とは嬉しい限りだね」

 彼女は迷うということをしない。それが彼女の天才たる所以なのだろうが。確かにこと彼女においては『辞めずに今ここにいる』ということが、765プロ以外考えていないということの証拠なのだろう。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:35:32.17 ID:V4s4JV6AO
「けれど、辞めたくなったことはあるんじゃないかね?」

「うーん、確かにそれはあるの」

 美希君は事務所随一の気分屋だ。今でこそプロ意識の高さも他のアイドルと変わりないが、最初の方は割と彼女に振り回されることも多かった。かくいう私も彼女のおにぎりを間違えて食べてしまい、辞める辞めないの大騒動を引き起こしてしまったことがある。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:36:23.80 ID:V4s4JV6AO
「でもね、それはアイドルそのものを辞めようとしただけなの。多分他の事務所にまで行って、美希アイドルやらないよ?」

「ほぅ、それはどうしてかな?」

 彼女の天才性は黒井好みだ。もしも961プロにいたらと思うと恐ろしい。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:37:39.80 ID:V4s4JV6AO
「だってここじゃないと楽しくないの」

 返ってきた答えは彼女らしく至極簡単な答えだった。

「君のスタイルなら、例えば黒井とも上手くやれるかもしれないよ?」

「冗談キツいの。ミキあそこには絶対行かないの」

 なんかジメジメしてそうだし。と彼女らしい表現の仕方をする。彼女にそう言われると、黒井がどこか湿っているように思えるから不思議なものだ。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:38:51.30 ID:V4s4JV6AO
「ミキね、大体のことはできるの」

 これが嫌味ではなく事実なのが彼女のすごいところだ。

「でもね、ここにはミキが敵わない人がたくさんいるの」

「そうかい?」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:39:50.14 ID:V4s4JV6AO
「歌は千早さんに敵わないし、ダンスは真くんや響に勝てないでしょ?うーん、おっぱいも自信あるけど貴音やあずさに勝てないの」

「ははは、そう言われたらそうかもしれないね」

 もしかすると、美希君にとって『誰かに勝てない』というのは貴重な経験なのかもしれない。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:40:33.04 ID:V4s4JV6AO
「番組の司会も春香みたいに上手くできないし、デコちゃんみたいにツッコミもできないの」

「…」

 水瀬君には黙っておこう。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:41:36.29 ID:V4s4JV6AO
「律子さんみたいに周りを見て動けないし、亜美真美みたいに面白いことも言えないの」

 いつもは『律子…さん』と言っているけれど、その実ちゃんと尊敬しているのはみんな知っている。水瀬君よりもよっぽどツンデレだ。

「雪歩みたいにお淑やかでも無いし、やよいみたいにお料理もできないの」

「ほう…」

 ちゃんと見てるじゃないか。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:42:25.12 ID:V4s4JV6AO
「だからね、みんなのいいところをいーっぱい見せてもらって、ミキはもっともっと輝くの」

 他の人の良いところまで自分のものにする。できると信じ、実際にできる。だから彼女は『天才』なのだ。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:43:10.49 ID:V4s4JV6AO
「社長、ありがとね」

「ん?何がだい?」

「zzz〜」

「ちょ…君ぃ…」

 答えをもらう前に、美希君は夢の世界にもう一度旅立ってしまった。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:44:05.63 ID:V4s4JV6AO
「ふむ…しかし、こうしているとステージとは別人だね…」

 年相応の彼女の寝顔に少し安心する。けれど、年頃の女の子が寝ているところにこんな中年がいるのはいただけない。私は美希君に仮眠用の毛布をかけた後、別の部屋に移動することにした。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:44:56.61 ID:V4s4JV6AO
04

「あ、社長!おはようございます!」

「うむ、おはよう菊地君」

 部屋を出たところで菊地君に出会った。空手をやっていたという彼女の竹を割ったような性格はアイドルを通り越して人としての魅力だ。ランニングの途中に水を取りに来たらしく、非常にスポーティな格好をしている。
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:45:45.35 ID:V4s4JV6AO
「どうしたんですか?こんなところで」

「いや、何、みんなに少し聞きたいことがあってね…」

「聞きたいこと?」
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:46:25.74 ID:V4s4JV6AO
「菊地君、君は…他のプロダクションならばよかったと…思ったことはないかい?」

「うーん…ありませんね」

 彼女もまた即答だった。即断即決とは美希君とは違った意味で彼女らしい選択だ。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:47:11.24 ID:V4s4JV6AO
「どうしてか…なんて、聞いてもいいかな?」

「え?だって普通の事務所なら売れるかどうかもわからないアイドル候補生の父親の説得なんてしてくれないでしょ?」

「はは、そんなこともあったねぇ…」

 菊地君の父親は、彼女のアイドル活動に反対していた。そんな父親の説得に音無君と二人で出向いたのは今ではいい思い出だ。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:48:08.87 ID:V4s4JV6AO
「多分父さんが、紛いなりにもアイドル活動を許してくれてるのは、あの時社長が来てくれたからだと思うんです」

 菊地君の父親は、今でもそこまで彼女のアイドル活動に乗り気ではない。ことあるごとに彼女を空手の道に戻そうとしているということも彼女から聞いている。それでも、形だけでも許してくれたのは、あの時我々の熱意が伝わったからなのだろうか。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:49:08.13 ID:V4s4JV6AO
「だから僕決めたんです。社長みたいに、真っ直ぐ、心でアイドルをするって…」

「ははは…菊地君…」

 知らない間に、彼女はそんな風に思っていたのか。思っていてくれていたのか。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:49:48.98 ID:V4s4JV6AO
「だから…社長、僕はここ以外でアイドルなんてできません」

「…」

「社長!いつも、ありがとうございます!」

「…こちらこそ」

 私が返事をするかしないか、そんな僅かな間に菊地君は走り去っていってしまった。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:50:44.48 ID:V4s4JV6AO
05

「あれ?社長?」

「おぉ、萩原君」

 少し話疲れた私は、お茶を飲もうと給湯室に入ると萩原君がいつものようにみんなにお茶を入れていた。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:51:30.09 ID:V4s4JV6AO
「あ、社長もお茶飲みますか?」

「あぁ、いただこうかな」

 そう言って、手際よくもう一人分のお茶を用意する。こうして彼女がお茶を入れてくれるのは765プロでは見慣れた光景だ。彼女はオフィスに行き、音無君、律子君、そしてプロデューサーの彼の席にお茶を置いた後、私と共にソファに腰をかけた。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:52:05.10 ID:V4s4JV6AO
「はい、どうぞ」

「うむ、ありがとう」

「今日は玉露を入れてみたんですけど…」

「あぁ、美味しいよ…」

「ふふ、良かったぁ…」

 思えば音無君が入れてくれたお茶も彼女の持ってきてくれた玉露だった。私はそんなに、誰の目から見てもわかるくらい疲れた顔をしていたのだろうか。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:52:47.73 ID:V4s4JV6AO
「萩原君は、いいお嫁さんになるね」

「え、えぇ!?」

「はは、ごめんごめん。今はこういうのもセクハラになるんだったね…」

「い、いえ、そうじゃなくて、わ、私が男の人と結婚なんて…想像できなくて…」

「そうかい?」

 彼女が男性を苦手にしているのは知っている。むしろそれを克服するためにアイドルになったのだから。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:53:40.85 ID:V4s4JV6AO
「君はもう十分、強くなったと思うけれど」

「わ、私なんて、まだまだダメダメですぅ…」

「いやいや、君が強くなっていることはみんなわかっているよ」

 以前ほど男性を拒絶しなくなった。今こうして私と話ができているのが何よりの証拠だ。苦手だった犬もある程度克服した。最初は緊張で動けなかったライブでも、今ではしっかりアピールできる。この765プロで一番成長したのはもしかすると彼女なのかもしれない。しかし、そんな彼女の成長に私は応えられているのだろうか。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:54:41.70 ID:V4s4JV6AO
「萩原君…君は…他のプロダクションならばよかったと…思ったことはないかい?」

「え?うーん…無い…と思います」

 不安そうに、しかししっかりとした口調で答える彼女からは芯の強さがうかがえる。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:55:29.91 ID:V4s4JV6AO
「もちろん、辛いこともありましたけど…でも、いつだってみんなが励ましてくれて…」

「ほぅ…」

「私…ダメダメだから…できないことも多くて…今まで…学校なんかじゃ『ぶりっ子』とか『あざとい』とか言われたこともあったんです…」

 確かに彼女の可憐さは男性を惹きつける魅力だ。しかし、それは同時に同年代の女子からのやっかみも引きつけることになるのかもしれない。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:56:40.56 ID:V4s4JV6AO
「でも、765プロのみんなは違いました…そりゃあできないことで怒られることもあったけど、誰もバカにしたり、意地悪を言ったりしなかったから…」

 そこで言葉を区切った萩原君は、大きく息を吸い込んで、続ける。

「だ、だから私!765プロで良かったです!もう一度…いいえ、例え何度アイドルを始める前のあの瞬間に戻っても、私は765プロを選ぶと思います!」

 普段大声を出すことなんてそうそうない萩原君のその叫びは、私の心の深くに突き刺さった。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:57:26.08 ID:V4s4JV6AO
「…って、ごめんなさい!私ばっかり喋って…お茶も…ぬるくなっちゃいましたね…入れなおしてきます」

「…いいや、これをいただくよ」

「え?でも、これぬるくなって…」

「いいんだ」

 そう言って、私は湯呑みに入った玉露を一気に飲み干す。少しぬるくなっていたおかげで玉露の甘みをより一層感じることができた。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:58:16.35 ID:V4s4JV6AO
「うむ!美味しい!ありがとう、萩原君!」

「いえいえ、私の方こそありがとうございます」

 お茶のお礼をするのはこちらなのだが、またしても逆にお礼を言われてしまった。何に対するありがとうなのかを聞こうとしたが、それを聞く前に萩原君は私の湯呑みを片付けるために給湯室に下がってしまった。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/09/22(火) 20:59:03.34 ID:V4s4JV6AO
06

「ただいま!スーパーアイドル伊織ちゃんのお帰りよ!」

「おぉ、水瀬君。おはよう」

「あら?社長しかいないの?…というか珍しいわね、社長がこんなところに座ってるなんて…」

 仕事終わりで事務所に戻ってきたのは水瀬君だ。今日も朝早くからラジオの収録があった。華々しい外見、言動とは裏腹にこうした地味でキツい仕事も地道にこなし、手を抜かないのが彼女の魅力だ。
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