最上静香の「う」_五杯目_

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1 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2021/04/04(日) 20:58:37.77 ID:Tpk3HJgw0


ミリマスSSです。
一応地の文形式。

あまり繋がりはありませんが、続き物です。
もがみんがうどんを食べるだけのSS。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1617537517
2 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2021/04/04(日) 21:00:28.50 ID:Tpk3HJgw0

 三月になると、暖かい日が増えるようになった。年明けから厳しい冷え込みが続き、このまま氷河期に入るのではないかと誰かが冗談めかして言ったものだが、北風は次第に東風となり、お天道様は春を忘れずに連れてきた。陽光眩しく、花の蕾も膨らみつつある。

 季節の移ろいを感じながら、最上静香は通りを歩いていた。衣服も先月まではウールのコートを着て手袋やマフラー、時にはニット帽に耳当てまで身に着け、雪達磨のような出で立ちであったが、今日は薄いジャケットを羽織る程度で十分である。

 春の到来を肌で受けながらも、なお静香はうどんでも春を味わいたいと思った。静香はうどんをこよなく愛する十四歳の少女である。
3 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2021/04/04(日) 21:01:20.93 ID:Tpk3HJgw0

 芸能事務所に所属している静香だが、この日はオフであった。普段であれば春日未来や伊吹翼、北沢志保などの仲間たちと出掛け、共にオフを過ごすことも多いが、あいにく今日は皆が仕事であった。さらに両親も仕事や用事で夕方まで帰宅しないとのことである。

 こうして家にいては手持無沙汰であったため、十一時を過ぎて静香は家を飛び出していた。散歩をして外の光景をゆっくりと眺め、春光の温かさ、春風の湿っぽさを受けては、静香は春がやって来ていることを実感していた。しかし、腕時計が十二時を差そうというとき、腹の虫がぎゅるりと鳴いた。どうやら体の内側からも静香は春を感じたいようである。

 彷徨から一転、静香はうどん屋へと邁進した。春を味わえるうどん屋は近くに当てがあった。
4 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2021/04/04(日) 21:02:17.97 ID:Tpk3HJgw0

 色褪せた暖簾をくぐると、「あら静香ちゃん、いらっしゃい」と女将の威勢のよい声を受けた。客の入りはまばらである。静香はカウンター席の端に座った。引き戸が開けっ放しのせいか、うどんを茹でる窯では湯が滾っているにもかかわらず、店内の空気は爽やかであった。店内に置かれたテレビからはニュースが流れているが、内容も相まって乾いたように聞こえる。

 女将がやって来てお冷のグラスを置いた。

「久しぶりねえ」

 女将は静香に話しかける。静香は小さい頃から両親に連れられている、常連であった。
5 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2021/04/04(日) 21:03:12.47 ID:Tpk3HJgw0

 女将は静香に話題を様々に投げかけた。元気だったかい、今日は一人なのね、この前の歌番組見たわよ、可奈ちゃんという娘はおっちょこちょこちょいなんだねえ、とお節介な性格ゆえ話し始めるとキリがない。

 自らに関わる事柄を根掘り葉掘り聞かれるのはあまり好まない静香であったが、年少にも人懐っこく接するこの女将となると話は別で、頬を緩めた。寂しさを紛らわせるために外に出たのだから殊更である。こうしてしばらく話していると、

「母さん、早う注文取らんかい」

 と窯の前で陣取る大将に諭されるのが、最近の常であった。
6 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2021/04/04(日) 21:04:07.36 ID:Tpk3HJgw0

 今回も女将は大将に諭され、静香に注文を訊ねた。

 すでに決めていた静香は、お品書きを見ずに答えた。

「野菜天ぶっかけうどんと、しそおにぎりを一つ下さい」

「温かいのでいいかしら?」

「はい、お願いします」

 静香の注文が厨房に通ると、大将は流れる手つきで麺を湯がき始めた。女将も冷蔵庫から野菜を取り出し、具材の準備に取り掛かる。

7 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2021/04/04(日) 21:05:43.47 ID:Tpk3HJgw0

 静香はまず、ぶっかけうどんを頼んだことに春を感じた。冬場はうどん屋へ向かう間に体が芯から冷えてしまう。それゆえ、温かい出汁がたっぷりと入ったうどんや沸々と土鍋の中で煮えた鍋焼きうどんを頼みがちであった。ぶっかけうどんを頼むということは、こうした冬場の心理的な制約から解き放たれとことと同義であった。なお、季節が夏に近づくにつれ、冷えたうどんを次第に頼みがちになるのだが。

 ぶっかけうどんは岡山または香川で発祥したとされている。どちらが元祖か白黒つけるのは野暮であろう。茹で上げたうどんに具材と薬味を盛り、そこに少し濃いめの出汁を打ちかける。一聞すれば乱暴なようだが、麺の魅力を最大限引き出す食べ方であり、それゆえうどん屋の真価が問われる。夏場は麺を冷水で締め、冷やした出汁をかけることで、また違った趣を楽しむことができる。静香は先日も岡山出身の陶芸を特技とするアイドルとこのうどんの話で意気投合したこともあり、ゆえに今日はぶっかけうどんを特別求めていた。
8 : ◆kBqQfBrAQE [saga]:2021/04/04(日) 21:06:30.86 ID:Tpk3HJgw0

 途端、入り口からわっと人波が流れ込んできた。オフィス街も近いこの店は、正午を過ぎ昼休みに突入すると途端に混雑し始める。ワーカーたちもうどんに飢えたうどん人(びと)である。静香の存在など目もくれず、テーブルに座るとお品書きを眺め始めた。平和で穏やかであった店内は途端に一秒たりとも気を抜けぬ乱世の様である。それまで丼を洗っていたパートの女性が、前掛けで手を拭きつつ流し台から彼らのもとへパタパタと駆け寄った。

 静香は幸いにも店が込み合う直前に注文したお蔭で、うどんが運ばれてくるのは十分とかからなかった。

「はい、お待ちどおさま。野菜天ぶっかけとしそおにぎりね」

 女将がカウンターに皿をごとりと置いた。口調はのんびりとしているが、次々と押し寄せる注文を捌くため女将の動作はテキパキとしており、翻って厨房に戻ると海老に衣をつけて揚げ始めた。
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