狐娘「妾は老いることも死ぬこともないケモノじゃ」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/30(日) 16:11:19.95 ID:J4stKT7ro
期待
104 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:20:37.38 ID:2pIRRCgF0
続きを投下していきます。
105 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:21:29.54 ID:2pIRRCgF0
ーーー数日後ーーー

狐娘「」パチ

男「んー……」スッ

狐娘「王手。これで最後かの」パチ

男「………」

狐娘「いくら睨んでも盤面はひっくり返らんぞ」

男「…参りました」

狐娘「ククッ。のう主よ、真面目にやっておるのか?ルールを知っておると言うから少しは期待していたのじゃぞ?」

男「ルールは知ってますけど…」

狐娘「その様子じゃと定跡すらまともに知らんな?あぁ実に嘆かわしい、時代が変われば楽しみ方も変わっていくものじゃのう」ヨヨヨ

男「…元はと言えば狐娘さんが何か遊びがしたいって言うから、これにしたんですよね」

男「狐娘さんができるの古い遊びばっかりでしたし、お互い分かるものってことでやっと将棋になったのに」

狐娘「伊達に長く生きとらんからの。暇潰しに何度嗜んだことか」

男「狐娘さんが圧倒的に有利じゃないですか」

狐娘「なんじゃ負けず嫌い。妾に教えを乞うというなら、手ほどきも吝かではないぞ?」クスッ

男「………じゃあ、お願いします」

狐娘「敬意が足りん。却下じゃ」

男「なんなんですか!?」

狐娘「クハハッ!」

男(今日の狐娘さんはなんかいつもと違う気がする)

男(どこが、と聞かれるとはっきりは出てこないんだけど、いきなり遊びたがったり、笑う回数がいつもより多かったり)

男(…ん?むしろこれっていいことかな)
106 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:25:02.37 ID:2pIRRCgF0

狐娘「ならば主の得意分野で勝負してやろうではないか。何でもよい、言うてみ」

男「そう言われるとすぐには……うーん」

男「じゃんけん、とか」

狐娘「……主、あまり妾を笑わせるな、クフッ……腹が痛い」プルプル

男「い、今のはなんでもないです!つい口から出ちゃっただけですから!」

男「…今日、やけに機嫌がいいですね。元気というか生き生きしてるというか…」

狐娘「む?なに、妾も主らのように記憶に価値を持たせようと思うてな」

狐娘「思い出、と言った方が伝わるか?」

男「!」

狐娘「無為に過ごしているうちはなかなか気付かなんだが、思えばここも悪くない場所じゃった」

狐娘「せっかくじゃからの、忘れられぬようなことでもしておきたい」

狐娘(…今日が最後じゃからな)

男「……」

狐娘「ほれどうした、妾はまだまだ満足しておらぬぞ。妾を楽しませるのが主の使命じゃろ?それともご自慢のじゃんけんで盛り上げてくれるのかの」

男(……よし)

男「じゃあ、出掛けませんか?」

狐娘「ほう」

狐娘「趣向を変えて表で、とな。悪くない。池で水浴びでもするか?あそこの水は綺麗に澄んでおる」

男「いえ、町に行きましょう」

男「思い出になることいっぱいできますよ。色んなお店があって、知らないものも、見たことない食べ物もきっと…僕の持ってきたお菓子なんて比じゃないくらい!」

狐娘「……」
107 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:26:15.09 ID:2pIRRCgF0

狐娘(こやつは……妾が何故人目につかぬこの森で、人除けを張り巡らせてまで隠れ住んでいるのか忘れたわけでもあるまいに)

狐娘(…だが)

狐娘「行く当てがあるのじゃろうな?」

男「! はい、もちろん!これでもよく遊びに行くんですよ!」

狐娘(ここまで輝いたお主の目を見るのは初めてじゃ)

狐娘(無闇に人前へ出るのはよろしくないが、感覚さえ研ぎ澄ませば不審な輩は気配で分かる。妾が気を張っておればそれで済む話)

狐娘(…ふっ、とどのつまり妾も好奇心には勝てぬということか)

狐娘「そうか、ならば」



狐娘「しかとエスコートしておくれよ?」




108 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:28:01.55 ID:2pIRRCgF0
ーーーーーーー

装束男「…くそ」

装束男(思っていた以上に広いな。たった二人でカバー出来る範囲ではない)

装束男(あの女の手を借りるのもない話ではなかったな)

装束男「おい、お前の方はどうだ」

装束女『異常なーし。不格好な木とよく分からん草がボーボー。…あっ!』

装束男「なんだ!何があった!」

装束女『きゃひひ!ブッサイクな鳥!近付いても逃げないし!ねぇ殺っちゃっていい?どんな声で鳴くかね?』

装束男「……無駄なことはするな」

装束男(これで腕は優秀なのがタチが悪い。使えない奴なら迷わず捨て置けたのだが)

装束男「ん…?」



(根本から折れた草)



装束男「………」

装束男「聞け、森の監視は中止だ」

装束女『へ?なんで?別に鳥の一匹くらいいいじゃん』

装束男「奴らが外へ出た可能性がある」

装束女『…へえ』

装束男「それからあの女にも伝えておけ。あいつなら男の方の居場所くらい把握出来るだろう」




109 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:29:18.10 ID:2pIRRCgF0
ーーー部屋ーーー

幼馴染「………」アオムケ

幼馴染「………」

幼馴染「……男……」



ーーーーー

男「あのさ、姉さん話があるんだけど」

男「例の姉さんと暮らすって話もう少しだけ考えさせてもらってもいいかな」

男「やっぱりここを離れるの寂しいっていうか、引越し先が決まってからまた改めて――」

ーーーーー



幼馴染「…なんで…」

幼馴染「なんで私から離れようとするの」

幼馴染「何したら男が喜ぶか、何されたら悲しんで、何したら泣いちゃうのかみんなみんな知ってるよ?」

幼馴染「全部全部、全部男のために使って、磨いて、棄てて」

幼馴染「男を守ってきたのは私なのに」

幼馴染「……私の、でしょ……?」

幼馴染「どうして私の言うことが聞けないの…?」

幼馴染「………」

幼馴染「………」
110 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:29:49.23 ID:2pIRRCgF0



ピリリリリ!



幼馴染「…はい」

装束女『お、出てくれた〜♪朗報だよ朗報!あのね――』

幼馴染(…!)

幼馴染「そう、なんだ」

装束女『つーわけで、見つけたらよろしく頼むよぉ』

プツッ

幼馴染「……」

スッ、スススッ

幼馴染「……」ジッ

幼馴染(………)



バッ

ガチャ、タッタッタッ




111 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:31:01.73 ID:2pIRRCgF0
ーーー駅 ホームーーー

ザワザワ

「今日お祭りなんかあったっけ?」

「さぁ何かの帰りじゃない?」

「でも隣の男の子は普通の服装だよ」

ガヤガヤ

男「め、目立ってる…」

和服の女「……」ソワソワ

男「狐娘さん、狐娘さん」

和服の女「! なんじゃ、でんしゃとやらはもう来るのか?確か向こうからじゃったな?」

男「いえそうじゃなくて。その服、どうにかなりませんか?」

和服の女「服じゃと?」

男「すごく浮いてるんです…。他の洋服とか持ってないんですか」

和服の女「これだけじゃが。和装なぞ今でも普通であろう」

男「…それがやたら見られてて…」

和服の女「ふむ…」

和服の女「妾は見せ物ではないぞ、散れ」

「わぁ、聞いた今の喋り方!」

「なんか面白い人だねー?」

男「ばっ、なんで…!普通に喋ることもできましたよね!?」

和服の女「おぉうっかりしておった。主とばかり話しておったからかのう」ククッ

男「…と、とりあえず場所変えますよ」グッ

和服の女「これ、何をする。乗らぬのか?」

男「別の乗車口から乗ります」

男「それと最初の行き先が変わりました」

和服の女「ほう、今になって出してくるとは。さては妾を驚かせるつもりじゃったな?して、その場所とは」

男「服屋です」




112 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:31:59.76 ID:2pIRRCgF0
ーーー大手衣料品店ーーー

和服の女「噂には聞いておったが、どこも巨大な建物ばかりじゃな…」

男「人についての最低限の知識は持ってるみたいなこと前に言ってませんでしたっけ?」

和服の女「情報は仕入れておる。が、実地へ赴くわけではないのでな」

和服の女「ん?おいお主あそこの派手な店はなんじゃ?ちょいと様子を見に――」

男「喋り方は百歩譲って目を瞑るとして、服装整えるまでは目立つ行動禁止です」グイグイ

和服の女「あぁこら!後で絶対寄るからな!」ズルズル

男(まさかこんなに手を焼かされるなんて。どれだけ珍しいものに目がないんだこの人は)

男(ともあれ狐娘さんの服か。今の人の姿に似合う服……うーん)



.........




113 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:32:35.03 ID:2pIRRCgF0

男「というわけで考えてみた結果、今の姿でも狐姿でも似合う服を一式揃えようという結論に至りました」

和服の女「む、そうか、うむ」

男「どうかしました?」

和服の女「なんだか…ここは眩しい。異世界にでも来た気分じゃ」

男「まぁ、そうですね。レディースの方は僕も普段は来ませんし」

和服の女「れ、れでぃ?」

店員「――お客様」シュバッ

和服の女「」ビクッ

店員「本日は何をお求めでいらっしゃいますか?」ニコニコ

和服の女「な、何奴…」

男「この人に似合う洋服を探しに来たんです。上下セットで一式、予算は…二万くらいで」

店員「まぁ!お客様とてもお綺麗ですから何を選んでも映えると思いますよ!ですが中でも強くお勧めしたいものがございます。是非こちらへ!」

和服の女「へ?いや妾はーー」

店員「ささ、彼氏さんもご一緒に」

男「はい」

和服の女「おい主…!」

男「行きましょう。どうせ僕だけじゃ女物の服には疎いですから一緒に選んでもらった方がいいですよ」




114 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:33:37.74 ID:2pIRRCgF0

店員「試着の方はお済みになりましたか?」

「あ、あぁ」

店員「ではカーテンを開けて、お見せください」

...シャッ

大人びた服の女「……」

店員「思っていた通り…!とてもよくお似合いですよ!」

大人びた服の女「…そうか?」

男「うん…びっくりするくらい。着る物が変わるだけでこんなに印象って変わるんだ…」

店員「どうでしょうお客様。こちらは次期トレンドとも噂される組合せです」

男(…確かにぴったりなんだけど、狐姿の方にも似合うかと言われると…)

男「店員さん、向こうの服も見てみたいんですが」





袖の広いワンピースの女「……」

店員「こちらも悪くはありませんが、少し個性的かもしれませんね」

男「ですね…」

男(こんな恰好で外歩いたら見た目とも相まってかえって人目を集めちゃいそうだ)

袖の広いワンピースの女「妾はこれでも良いのじゃが…」





店員「でしたらこちらなどはどうでしょう?」

フリル服の女「動きにくい…」

男「なかなか攻めましたね。でも着こなしてるのはさすがです」

男「あ!ならこんなのもいいんじゃないですか?」




115 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:34:20.07 ID:2pIRRCgF0

男「うん、いいですね」

パーカーの女「後ろのこれ、邪魔じゃな」

店員「なるほど。意外性がありますがこれはこれで…」

店員「ならば私も服屋の審美眼にかけてお客様にとって会心のコーディネートをご用意致しましょう!」

男「僕にも選ばせてください!」

店員「是非!」

パーカーの女「早う決めとくれ…」





店員「こ、これは…」

男「おぉ…」

コスプレにしか見えない女「主ら、完全に遊んどるじゃろ」

店員「そ、そんなことはございません!そのお召し物はむしろお客様でないと似合わないかと!」

男「本当にね。…特撮始まりそう」

店員「」ブフッ

コスプレにしか見えない女「覚えとれよ?」ジロ

男「て、店員さん、一番最初の服でお願いします」



.........




116 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:35:24.56 ID:2pIRRCgF0

洋服娘「全く、いきなり疲れたわい」

男「ごめんごめん、つい。着心地はどうですか?」

洋服娘「少々落ち着かぬが…もう慣れた」フッ

男(はっきりと言ってはないけど気に入ってくれたみたいでよかった)

男「帰ったら元の姿でも見せてくださいね」

洋服娘「尻尾との折り合いがつかなそうじゃ…」

洋服娘「で、今は何処に向かっておる?」

男「…狐娘さん」

男「ダーツって、やったことあります?」



.........




117 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:37:12.92 ID:2pIRRCgF0

男「」シュッ

ストッ

男「よしっ」

男(なんとか当たるようになってきた!まだ狙えるほどの腕じゃないけど、これで姉さんに馬鹿にされないくらいにはなったはず!)

洋服娘「この針を的に突き刺すゲームか」

洋服娘「良いぞ良いぞ。いつの世もルールはシンプルな方が興に乗れる」

洋服娘「三回投げて交代じゃな?」

男「そうです。もう一回説明すると、外側のサークルがダブルで得点二倍、内側がトリプルの三倍。一番高いのは20のトリプルですけどそこは難しいので真ん中の」

洋服屋「よいよい、要は中心に当てれば負けないのじゃろ?」

洋服屋「主が三本中二本当てた的。なら妾は全て中心へ放ってやろう」

洋服娘「……」カマエテ

ブンッ

ヘナ

洋服娘「……まぁ、感覚は掴めた」

洋服娘「……」カマエテ...

シュッ

カンッ!

男「綺麗なホームランですね」

洋服娘「……」

男「で、中心が何ですって?」

洋服娘「喧しいっ」
118 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:37:45.21 ID:2pIRRCgF0

洋服娘「黙って見ておれ。どうせ一発でひっくり返る点差…」カマエテ

シュッ

洋服娘(っまずい…!)スッ

――フワッ

男「!?」

ストン(+50)

洋服娘「……フッ」

男「いやいやいや」

男「今明らかに変な動きしましたよ。力、使いましたよね」

洋服娘「な、何を言う。妾のセンスが妬ましいからといって因縁をつけるのはよしてもらおうか」

男「見苦しいですよ狐娘さん。というかこんなところで力使っちゃダメじゃないですか。ここはスペースが仕切られてるからよかったものの」

洋服娘「う……どうせ見えはせぬよ。そも、呪(まじな)いも妾の立派な力じゃ。他者の手を借りるわけでもない。何がいけないというのか」

男「うわ、開き直ったよこの人。対等になりたいって言ったのは嘘だったんですか?」

洋服娘「お互い持てる力を使ってこその対等じゃ」

男「屁理屈言わないでください。大人気ないですよ」

洋服娘「おのれしつこいの!お主の針が的から逸れるよう呪いをかけてやってもよいのじゃぞ!」

男「堂々と反則宣言しないでください。ほら、リセットしてやり直しましょう」

洋服娘「あーー!なんてことを!」



周囲の客(うるさいなあそこのカップル)




119 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:44:29.08 ID:2pIRRCgF0





男(それから、僕らは時間を忘れたかのように遊んだ)

男(普段と全然違う狐娘さんの声や表情、仕草から何まで)

男(いつか夢見たこの人との外出は、当然の如く楽しくて)

男(きっとこれからもこんな日が何回もくるんだと思うと、それがこの幸福感に拍車をかけてくれる)

男(…狐娘さんも同じ気持ちだと、いいな)




120 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:45:42.93 ID:2pIRRCgF0
ーーー大通りーーー

洋服娘「…まだ耳がガンガン言うとる」

男「入りたいと言ったのは狐娘さんですからね。ゲームセンターはいつでもあんな感じです。耳がいいと大変そうですね」

洋服娘「しかし、妾の勝ち越しじゃな」

男「…お見それいたしました」

洋服娘「分かればよい」

男(軽く立ち寄ったゲーセンは、アクションに音楽ゲームに…ダーツでは分からなかった狐娘さんの身体能力の高さを実感させられる場所でした)

洋服娘「さ、そろそろ帰るか、主よ」

男「え…?もういいんですか?」

洋服娘「十分に満足じゃ。主のおかげでな」

洋服娘「これで……」

男「…?」

洋服娘「…のう、帰りは少し歩かぬか?」

男「もちろん、いいですよ」
121 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:46:23.64 ID:2pIRRCgF0



〜〜♪



男「あれ、姉さんから……あ、もうそんな時間か」

スッ...

男「もしもし。ごめん姉さん、やっぱり今日も見つかりそうにない」

『……』

男「そろそろ帰るから心配しないで」

『……』

男「姉さん?」

『見つけた』

男「え?」



――タッタッタッ

ガシッ



男「っ!?」





幼馴染「何してんの、男」




122 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:47:42.03 ID:2pIRRCgF0

男「……ねえさ……なんで、ここに…」

幼馴染「聞こえなかった?何してるの?」

男「ち…違うんだよ。この人はその、一緒に探すのを手伝ってくれた人で……前に申し出てくれてね……あの…」

幼馴染「……」

洋服娘(この人間は墓へ付き添っていた例の)

幼馴染「」ギロ

洋服娘(…嫌な気配。胸騒ぎがしよる)

幼馴染「帰ろっか」

男「姉さん…?」

幼馴染「戻っておいで」グイ、グイ

男「ち、ちょっと待って!話を聞いてよ!僕たちは本当に――」

幼馴染「私を騙すの、そんなに楽しい?」

男「…それ、は…」

洋服娘(やむを得まい。少々力業になるがここは)



装束男「間違いない、あれだ」

装束女「いいねぇ美味しそう♪」



洋服娘「チィッ!」

パッ

狐娘「」タタタッ

装束女「逃がすかよ!」ダッ

装束男「」ダッ

男「! 狐娘さんっ!」



.........




123 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:49:57.11 ID:2pIRRCgF0
ーーーーーーー

狐娘「」タタタタッ!

「きゃっ!?なに、びっくりした…」

装束男「」スタッ

装束女「♪」ダッ!

「映画の撮影か?」

「時代劇みたい!」

狐娘(迂闊じゃった。奴が近付いてきた時点で気付くべきじゃった)

狐娘(あの目…奴は妾のことを知っておったな)

狐娘「」バッ

装束男・装束女「「」」バッ

狐娘(むぅ、引き離せぬ)

狐娘(森にさえ戻れば人除けを隠れ蓑にすることが出来るのだが、ややも走らねばならぬ…)

狐娘(背に腹はかえられないか)



タタタッ...




124 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:51:12.51 ID:2pIRRCgF0

狐娘「っ」シュタッ

タタタッ

装束男「」スタタッ

装束女「ねーまだ鬼ごっこする気ぃ?」ピョンッ、ピョンッ

狐娘(走れど走れどどこまでも付いてきおる…!奴ら人間か?)

狐娘(しかし)



(人工林の入口)



狐娘(ここまで来てしまえば)

装束男「木々に紛れられると厄介だ」

フッ!

狐娘「」サッ

装束男「ちょこまかと!」

狐娘(吹き矢?目的は確実な捕縛…)

狐娘(やはり只者ではないな)

装束女「情けないねぇ、こうやんだよ!」ブンッ

狐娘(っ!)



――パシィッ!



狐娘「あ゛ぁっ!?」

装束女「よっしゃあ!」

装束男「取り押さえるぞ」

狐娘「っ…」...グッ

ザッザザッ

装束女「げっ、まだ動けんのかよ」

装束男「奴を追い込むことに集中しろ!」

タタタッ




125 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 20:51:47.47 ID:2pIRRCgF0

装束女「――あぁくそ!見えなくなった!」

装束男「奴の術中に逃げ込まれたな」

装束女「うざったいねぇ…!あのガキが居りゃあ引き摺り出させんのによ!」

装束男「…呪いの効力は術者の精神に大きく左右される」

装束男「心開き、全幅の信頼を寄せる相手ならばその効力から除外させることが可能だそうだ」

装束女「はっ?ってことは何、バケモノの癖して一丁前に人間様との色恋にうつつ抜かしてんの?」

装束女「そりゃ傑作だ!気持ち悪ぃ!」キャハハ

装束女「つーか知ってんじゃんお前。なんで黙ってたんだよ」

装束男「あの女に聞かせたくなかっただけだ。癇癪を起こされても困るからな」

装束女「嫉妬に狂ったお嬢ちゃんかぁ…ちょいと見てみたいねぇ」

装束男「一先ず、呪縛の札は貼れたのだ。奴が弱れば呪いも弱る。あとは時間の問題だ」

装束女「お前が矢を外してなきゃとっくに終わってたんだけどな」

装束男「…少し急いた。次は当てる」




126 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 21:09:09.29 ID:2pIRRCgF0
ーーー神社 境内ーーー

狐娘「……っ」

狐娘「ぐっ……」

狐娘(こいつは……まずい、の……)

狐娘「…ぅ…」フラ...

狐娘(すまぬ……)

狐娘(……男……)



ドサッ




127 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/05/31(月) 21:10:34.68 ID:2pIRRCgF0
今回はここまでとなります。
128 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:20:16.63 ID:AJ3KwQIJ0
短いですが、続きを投下します。
129 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:21:42.75 ID:AJ3KwQIJ0
ーーー自室ーーー

男「痛っ、痛いよ、そんなに強く引っ張んなくても…!」

幼馴染「」グイッ!

男「っ」ヨロ

幼馴染「……」

男「姉さん…」

幼馴染「何か言うことは?」

男「……嘘、ついててごめんなさい」

幼馴染「そうじゃないよ。そんな言葉が聞きたいんじゃない」

幼馴染「男は私がいいって言ったとき以外外出るの禁止。それから携帯も変えよっか。余計な機能があっても使わないし」

男「な、なんでそんなことになるの」

幼馴染「言っても分からないんなら行動で示すしかないよね」

男「お願い、聞いてよ!あの人のこと話すわけにはいかなかったんだ。それが約束だから…」

幼馴染「人じゃないでしょ、あれ」フフッ

男「! 知ってるの…?」

幼馴染「ねぇ男、いい加減気付こうよ。あなた騙されてるんだよ?」

幼馴染「昔話に出てくるような化け物が人と仲良くすると思う?人に危害を加えるからそういう形で伝わってきたんだよ。何吹き込まれたか知らないけどさ、男は素直過ぎるから信じちゃったんでしょう?」

幼馴染「大丈夫、また私が守ってあげる。もう絶対目を離したりしないから」
130 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:23:42.94 ID:AJ3KwQIJ0

男「化け物なんかじゃないよ!狐娘さんだって僕たちと同じように考えて生きてる!」

男「楽しければ笑って、頭にきたら怒って、悲しかったら…きっと泣く」

男「人を傷付ける子たちもいたかもしれない。けど人だってそうじゃないか。聖人なんて呼ばれる人もいれば殺人を犯す人だっている。それと何も違わないんだ」

幼馴染「男……」

...ギュ

男「…?」

幼馴染「かわいそう……そんなになるまで思い詰めてたんだ。やっぱりもっと早く助けてあげるべきだった。でも安心して、あなたを困らせた悪い妖怪はいなくなるからね。私がちゃんと元に戻してあげる」

男「いなく……!?」

男「そうだ、あの二人は!?姉さんあの二人はなんなの!狐娘さんに何する気!?」

幼馴染「……」ギュ...

男「姉さん!」

幼馴染「」ギュー

男「……行かなきゃ」

(幼馴染の腕をほどく)

幼馴染「………」

男「帰ってきたら全部話すから、絶対。だからそれまで――」
131 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:25:34.19 ID:AJ3KwQIJ0



――ガシッ



幼馴染「いいって言ってないよね、私」

男「ね、姉さ…」

グッ...

幼馴染「おかしいなぁ……男は良い子のはずだよ」

幼馴染「言いつけをしっかり守れて、嘘も隠しごともしないで、私の隣に帰ってこれる」

幼馴染「私が大好きな男」

幼馴染「なのに」

ググッ...!

男「いた……や、やめ……」

幼馴染「ねぇ、いつになったら私のになるの?ずっと待ってるんだよ?」

幼馴染「いつもいつもそう。男の周りは邪魔ばっかり。だから消して消して消してきたのに今度は自分から離れようだなんて許されるわけないよね」

幼馴染「――それじゃあ男のお父さんお母さんが死んだ意味がないじゃない」

男「…どういう…?」

幼馴染「ふふっ、困ってる顔かわいい」

幼馴染「教えてあげるね。あなたの両親が私にくれたもの…」

幼馴染「あの日、男が長ーい家出をしている間に不審者が入って刺し殺された。帰ってきて自分で通報しないのは驚いたよ。真っ先に私に掛けてくるんだもの、私は嬉しかったけど」

幼馴染「それで私が通報したよね。犯人も捕まって悲しい事件の幕は下りた」

幼馴染「……本当はね、私も男の家に行ったんだ。男が帰ってくる何時間か前に」

男「え…」


132 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:26:31.16 ID:AJ3KwQIJ0
ーー事件の日ーー

幼馴染「ごめんくださーい!男遊ぼー!」ピンポン

幼馴染「……?」

幼馴染「男ーいないのー?」ピンポン

幼馴染「…おじゃましまーす」

幼馴染(っ!!)



男父「ぅ……」

男母「カヒュー…カヒュー…」



幼馴染「…男。男は!?」

ダダダッ

.........



幼馴染(家にはいないみたい)

幼馴染「……!」

幼馴染「そうだ、早く病院っ、病院に――!」



まって

この人たちはいつもわたしたちのじゃまをしてくるよ



幼馴染(……)



ねぇ、このままほっといたらさ

男はきっと

わたしだけに



幼馴染「……」

ーーーーー


133 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:27:37.62 ID:AJ3KwQIJ0

幼馴染「あのときにね、私が男をもらったの…♪」

幼馴染「私ご両親に嫌われてると思ってたんだ。男と遊ぶとき良い顔しなかったし習い事だの門限だのくだらないこと言って私から男を引き離そうとしてた。でも、最後に素敵なプレゼントをくれたから、今ではすっごく感謝してるの」

幼馴染「あなたは私が責任を持って一生面倒見てあげる」フフッ

男「……………?」

男(この人は一体何を言ってるんだろう)トクン

幼馴染「ねぇ男、私もっと深い繋がりが欲しいな…」

男(この人は誰なんだろう)トクン..トクン..

男(僕の知ってる"幼馴染"じゃない)ドクン..ドクン..

男(誰?何?)ドクン、ドクン

男(いやだ……怖い……っ!)バクン、バクン



――ドンッ



幼馴染「」ドサッ

男「はぁ…!はぁ…!」バクンバクン

男「」ダッ




134 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:30:00.90 ID:AJ3KwQIJ0
ーーーーーーー

男「は…!は…!」タッタッタッ

男(あの人は言っていた)

男(僕の家に来た、って。その時はまだ二人の息はあった、って)

男(助けてくれなかった。なんで)

男(見殺しにして、僕をもらった…?)

男(??)

男「はぁ…!ゲホッ…」タッタッ

男(じゃあ今まで僕を助けてくれた姉さんは?どんなに落ち込んでも傍にいてくれた幼は?)

男(お墓参りで泣いてる僕を慰めてくれたのは……)

男(分からない、もう)

男(なんで走ってるの。ちゃんと走れてるの?)

男(足元が、崩れて――)

タッタッ...

男「はぁ…!はぁ…!はぁ……はぁ………」

男「………」

男(……僕は……)

男「……あ」



(微かに見える人工林)



男「そうだった…今は僕のことなんかより」

男「狐娘さん…!」



タッタッタッ...




135 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:32:09.66 ID:AJ3KwQIJ0
ーーー神社 境内ーーー

男(お願い。どうか無事でいて)

男「!」



狐娘「」



男「……うそ……まさか……」

(駆け寄る)

狐娘「……ぅ……」

男「生きてる、生きてる…!」

男(けど、なんだか苦しそう)

男「狐娘さん聞こえますか!僕です!」

狐娘「………」

男(どうしよう、肩揺すった方がいいのかな。さっきの二人はいないけどなにかされてこうなっちゃったんだよね…?)

男(あれ?首元に変な紙が付いてる。お札みたいな…)

男「……」ソー
136 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:34:05.13 ID:AJ3KwQIJ0





白猫「やめておきなさい」





男「」ビクッ

白猫「それに触れれば貴方も悪夢に囚われてしまいますよ」

男「え、猫…?」

男(…! この真っ白な体、もしかして前に窓の外にいた…)

男(いや今はそんなことどうでもいい)

男「悪夢ってなんですか。この紙と関係があるんですか?」

白猫「呪縛の札、と彼らは呼んでいますね」

白猫「触れた者の意識を無限に繰り返す悪夢の中へ幽閉する。とても恐ろしい代物です」

男「…どうすれば助けられますか」

白猫「最も手早いのはこれを貼った当人に剥がしてもらうことです」

男「そんなの」

白猫「難しいのでしょうね」

男「……」

白猫「夢が同じ結末を見せ続ける限り、目を覚ますことはありません。それを断ち切るには結末を変えることのできる第三者の介入が必要です」

白猫「この子が見ている夢へ干渉し、救い出してあげればいいのです」

男「……なんですか、それ。結局僕には何もできないってこと…?」
137 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:34:56.33 ID:AJ3KwQIJ0

男「…あなたはその方法を知ってるんですよね?お願いです、狐娘さんを助けてください…!」

白猫「私が助けることは出来ません」

男「そんな…」

白猫「貴方を夢へ送り込むことなら可能です」

男「! やってください、今すぐ!」

白猫「ですが」

白猫「救出の成否に関わらず、貴方は夢の中で自身に起きた出来事を追体験することになります」

白猫「早い話、夢の中で死ぬことがあればこちらの身体も死ぬのです」

男「っ」

白猫「…元より貴方とは関係の無い存在です。助ける義務もないでしょう」

白猫「ここで引き返せば何事もない日々に戻れます。貴方は数多居る人間の一人として、余生を過ごすことが出来る」

男(………)



ーーーーー

狐娘「なら妾の為に死ねるか?」

ーーーーー



男(もう迷いません)
138 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:36:31.18 ID:AJ3KwQIJ0

男「やってください。僕を狐娘さんの夢に送ってください」

男「必ず助けてみせますから」

狐娘「……ぅ゙ぅ……」

白猫「そうですか。なら止めはしません」

白猫「最後に一つ、忠告をしておきます」

白猫「夢へ行き、救い出せるのはこの子だけです。夢は記憶と密接に結び付いています。本来あるべき未来を極端に変えてしまうような行動は、記憶の崩壊に繋がります。その事お忘れなきよう」

男「はい」

白猫「あちらに居られる時間は半日」





白猫「それでは」




139 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/03(木) 21:45:45.09 ID:AJ3KwQIJ0
ここまでとなります。
あと2回ほどの投下で完結させる予定です。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/04(金) 01:16:20.33 ID:xzTC1HaVo
期待
141 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:03:00.37 ID:UgQBOwmV0
続きを投下していきます。
142 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:04:34.56 ID:UgQBOwmV0
=======

男「……ん」

男(…暗い。ここが夢の中?)

男(どこなんだろう。よく見ると部屋みたいだ)

男(木造の床に大きな壺とか変な形の容器が何個も並べてある。普通の家じゃないのかな。お屋敷とか…?)

男(服も変わってる。さっきまで着てた洋服じゃなくてもっと質素な、甚兵衛?って言うんだっけ。よく覚えてないけど)



「――皆気がはやっててね、宴の準備も終わったそうだよ」



男「!」

男(うっすら声が聞こえる。外に誰かいるんだ)



「お前が選ばれて嬉しい。母として誇り高いよ」

「わらわを育てて下さったのは母様じゃ。全ての謝意は母様に捧げよう」

「ふふっ、お前は女王になるのだからもっと尊大であるべきだね」



男(女王…!ということは今話してる子供の声が、狐娘さん…?)



「儀は夕刻より始まる。それまで何も口にしてはいけないよ。その腹は白神様に捧ぐ神酒で満たす必要がある。そしてその神酒も、お前以外が触れてはいけない」

「はい」

「良い子だ。神酒はこの下だよ。緋色の、目立つからね、すぐに分かる。行っておいで」
143 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:05:19.62 ID:UgQBOwmV0



...トットットッ



男(! こっちに来る)

男(どこか隠れられそうな場所は…)

男「」サッ、サッ



キィ...



幼狐娘「…暗いの」

幼狐娘「緋色、じゃったか」

幼狐娘「……」トットッ



男(狐娘さんだ。間違いない。薄暗くてはっきり見えないこの部屋の中でも断言できる)

男(本当に綺麗な人だ)

男(…女王の儀。狐娘さんを不老不死の呪いに縛り付ける儀式)

男(今日がその日なら、今狐娘さんを止めればこれから先この子が孤独に苦しみ続けることはなくなるんじゃないか…?)

男(今、止めてしまえば…)



幼狐娘「雑多じゃな」

幼狐娘「あれか?」
144 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:06:06.55 ID:UgQBOwmV0

男(……それはやっちゃダメだ。明らかに、"未来を極端に変える行動"だ)

男(第一もしできたとしてもなんて言って説得すればいい?向こうは僕のことさっぱり知らない、ただの怪しい人間でしかないんだし…)



幼狐娘「」コトッ

トットットッ...



男「………」

男(行った、かな)

男(……女王の儀の日……)

男(確か、千年以上前だって言ってた。この服もこの時代に合わせたものになってるってことかな)

男(狐娘さんを救う…って言っても、何から助けてあげればいいんだろう。儀をやめさせるのは違うとして、これがあの人の見てる悪夢なら、この夢を悪夢たらしめてる何かがあるはず)

男(今日この日に起こること……狐娘さんが女王にされてから、何かが……)



ーーーーー

狐娘「人間が襲ってきた。どうやら儀を終え、女王となる個体が出来上がるのを待っていたらしい」

ーーーーー



男(それだ)

男(人間が来るんだ。だったらどうすればいい?僕にできることと言ったら……大声で村中に警告しようか?人間が襲ってくるから避難するんだ!って)

男(いや、馬鹿か。僕自身が人間じゃないか、逆に捕まりでもしたら終わりだ)
145 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:06:40.78 ID:UgQBOwmV0

男(……さっき狐娘さんが話してた相手、お母さんかな。助けていいのが狐娘さんだけなら、あの人も今日……)

男(………)

男(本当に見捨てなくちゃいけないの…?)

男(助けられる可能性が少しでもあるなら、例えそれが夢であっても僕は)

男「……」

男(…余計なことは考えちゃいけない。狐娘さん一人助けられる保証もないんだから、集中しないと)

男(人間が来るのは儀が終わってから。狐娘さんが女王になるのを止めちゃいけない。だったら、女王の儀が終わってすぐに狐娘さんを連れて逃げる。これしかない)

男(そうと決まったら、狐娘さんがどこにいるのかくらい把握しておきたいな。この建物のどこかなのか、もし違ったら…外に出歩くのはさすがに見つかっちゃうよね)

男「……」ソー

男(話し声は……しないね)

男(よし)



...キィ




146 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:07:12.33 ID:UgQBOwmV0
ーーーーーーー

男「……」ソロリ

男「……」スス...

男(結構広いな。誰かの家というよりは、お屋敷って言った方がしっくりくるような建物だ。僕のいた地下室も物置きとして使ってるにしてはそれなりの大きさだった)

男(出入口は今のところ一箇所しか見つかってない。それも裏口のような目立たない戸口。正面玄関はもっと別にあるんだろう)

男(そして、人のいる気配が全然しない…。僕がこれだけ歩き回っても狐娘さんを見つけるどころか他の人すら見かけないし、もうみんな外へ出ちゃったとかかな…)



「……これで……くは……」

「今では……残りも……」



男「…!」

男(あそこの襖の中からだ)

サッ、サッ...



「しかし惜しかったですわ。後数年早ければ私が選ばれていたものを」

「くはは!美しさっつー点ではあんたも引けを取らないが如何せん相手があの子じゃあな。まだ若いのにあれだけの色香を持っているのは宿命だよ」

「私では艶が足りないと?」

「そうじゃないさ。女王となるには全ての雄を魅了する素体でなければならん。俺はあんたに欲情しない」

「……最初に女王とまぐわうのは何方なのでしょう」

「長の御子息だろうな。強い雄から順に交配すると聞いている」



男(………)


147 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:08:22.43 ID:UgQBOwmV0

「でしたらお前様に番が回ってくるのは数十年先ですわね」

「あん?どう言う意味だ」

「深い意味はありませんことよ?」

「二人とも、下らない諍いはやめとくれ」

「母様。あの子は?」

「寝ているよ。儀が始まるまで休みたいと本人たっての希望だよ。貴女も有難うね。我らとは遠縁の仲だろうに」

「一族の未来を憂う者として、当然の事をしているまでです」

「帰りも頼んだよ」

「あぁ。あの子をこの部屋まで運んだら、皆に声をかける。そしたら俺らも宴に出ていいんだったよな?」

「そうさね」

「安心して下さいな。こやつが女王におかしな気を起こさぬようしかと見ていましょう」

「俺を何だと思ってる。そんな下劣な行為はしない」



男(…狐娘さんはこの中?確かめには行けないけど、女王の儀の後はここに戻ってくるんだ)

男(だとしたら、この辺りに身を潜められそうな場所を見つけておかないと)

...ミシ

男(!! やばっ…!)



「?」

「誰ぞそこにおるのか?」
148 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:08:54.43 ID:UgQBOwmV0



――ス(襖が開く)



「…気のせいか」

「どうせ家鳴りだろう。儀式の為のお屋敷という割に滅多に整備しないらしいじゃないか。床も朽ちるさ」

「白神様の御座す神聖な建物なのですから、易々と足を踏み入れるわけにはいきませんのよ」



男「……」

男(危なかった……この柱がなかったら今頃……)

男(一旦ここでやり過ごそう…)



.........




149 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:13:41.68 ID:UgQBOwmV0
ーーー夜ーーー

「気を付けて運ぶのですよ。薄氷に触れるよりも丁寧に、優しく」

「静かにしてくれ。これでも細心の注意を払っている」

スッ

「母様、女王をお連れした」

「よくやってくれた。お前達のおかげで白神様への御目通りも叶った。さ、もう行って良いぞ」

「……」

「どうしました?行きますよ?」

「…こいつが俺の妹じゃなければな」

「妹でなければ、お前はこうして儀に参列する事も無かったろうねぇ」

「はっ。そこだけは母様に感謝だな」



トットットッ...



「罪深い子だよ。実の兄でさえ焚き付けてしまう」

「お前はこれから、未来永劫一族の繁栄の為に生きていくんだ」

「…だがね、お前が女王になろうが、私はお前の母親だ。命尽きるその時まで、お前と共に在ろう」

「宴の時間に、また呼びにくるよ」



.........




150 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:14:24.72 ID:UgQBOwmV0



――ソッ



男(すっかり暗くなっちゃった)

男(電気はないのによく見える。月明かりってこんなに明るかったっけ)

男「……」

男「……」

男(この襖の向こうに…)



スー...



幼狐娘「」スゥ..スゥ..

男(……これが女王になった狐娘さん。寝顔なんて初めて見るな)

男(面影がある。このときから変わってないんだ。僕が最初にあの池で見かけた耳と、きっと尻尾も)

男(…いけない、見惚れてる場合じゃない。急いでここから連れ出さないと)

幼狐娘「」スゥ..スゥ..

男「……」

男(狐娘さんを抱えて逃げる、しかないよね。いくら子供だからって言っても人一人運んで動けるかな。こんなことなら運動部にでも入っておけばよかった)

男(そっと、そーっと…)

幼狐娘「……ん…?」

男「あ……」
151 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:15:23.88 ID:UgQBOwmV0

幼狐娘「……」

男「……」

幼狐娘「…人間?」

男「や、やぁ」

幼狐娘「何者じゃ、お主」

男「僕は……君のお母さんから世話を頼まれたんだ、代理として」

幼狐娘「ほう。して、わらわの寝込みを狙っておったと」

男「狙うだなんて。君を見守っていただけで」

幼狐娘「愚か者が。もう少しまともな嘘をつくのじゃな」

幼狐娘「まぁよい、母様を呼べば済む事」

男「わ、分かった!ちゃんと言うから!」

男「…君を助けに来たんだよ」

幼狐娘「……おい人間、わらわを童と見て舐めておろう?貴様一人昏倒させるくらい訳無いのだぞ」

男「本当なんだ!もうすぐここに人が攻めてくる!狐娘さん、あなたを奪うために!」

幼狐娘「!…何故、わらわの真名を知っている。それは母様とわらわしか知らぬはず…」

幼狐娘「お主、一体…」

男「だから君を助けに来たんだって!このままここにいたら君はずっとこの夢から抜け出せないんだよ!」

幼狐娘「な、何を言うておる…」

幼狐娘「ええい!母様!母様はどこじゃ!」

男「あぁ待って!君以外を呼んじゃ――」
152 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:16:37.28 ID:UgQBOwmV0



「いやぁ!!」

「に、人間が現れたぞ!!」



二人「!!」

男(まずい、こんなに早く来ちゃうなんて…!)

幼狐娘「人間が……お主が手引きしたな?」キッ

男「違うよ、僕は君を守るためにここにいる。奴らに君が捕まらないように!」

男「お願いだよ!信じて欲しい…!」

幼狐娘「……」



「死ねっ!ケモノ共!」

「あ゙がっ……」

「耳付きは見つけ次第殺せ!女王は死なねぇからすぐ分かる!」



幼狐娘「」ビクッ

幼狐娘「…わらわはどうすればいい」

男「僕についてきて。このお屋敷から離れよう」

ギュッ

幼狐娘「!…」

男「手、離しちゃダメだからね」
153 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:17:13.66 ID:UgQBOwmV0



...ドッドッドッ



男(足音が…もう中まで入ってきた?)

男(! そっかあっちは裏口の方だ。向こうへは行けないな…)

男(残りは正面口か、まだ見つかってない出入口か……こんな土壇場になって逃げ道も分からないなんて……それにどこも見張られてるかも…)

男(…弱気になるな。僕がやらずに誰がこの人を救い出すんだ)

男「行こう」



タッタッタッ...




154 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:18:05.85 ID:UgQBOwmV0
ーーーーーーー



ゴォォ

ボワッ!



男「うぅ…!」

幼狐娘「おいっ」

男「だ、大丈夫、ちょっと煙吸っちゃっただけ」

男(火の回りが早い……全部木だからかな…?)

男(…いや、変な油の臭いがする。奴らが火をつけて回ってるんだ…)

男「ゲホッ、ゲホッ……ね、玄関以外の出口って分かる?」

幼狐娘「分からぬ。わらわもここへ入ったのは初めてじゃ…」

男「玄関ならこの先なんだよね?」

幼狐娘「うむ。だが…」



(燃え盛る炎)



男(…こんなの、下で燃えてる木片さえどかしちゃえば)

男「」ドカッ!

男「〜〜痛った…!」

幼狐娘「な、何をしとるか。この程度の火などわらわで治められるっ」

シュウゥ...

男「ごめん、ありがとう」ハハ...

幼狐娘「……」
155 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:18:45.27 ID:UgQBOwmV0



バキッ、ズシンッ!

「おい居たか!?」

「はずれだ!こっちは空だ!」



男「急ごう」

幼狐娘「あぁ」

タッタッタッ



――、――!



幼狐娘「」ピタッ

男「おっ、と…狐娘さん?」

幼狐娘「…母様の声」

男「え?」

幼狐娘「母様じゃ。まだ無事だったんじゃ…!」ダッ

男「あっ!ダメだよ勝手に行っちゃ!」

タッタッタッ

男「待って!止まって!危ないよ!!」タッタッ

幼狐娘「」タタタッ

男(聞こえてないみたいだ。くそっ、今出会い頭に奴らに見つかりでもしたらひとたまりもない…!)

男(! 向こうに開けた場所が見える。中庭…?そうじゃない、そんなのどうでもいい。狐娘さんが向かってる先がまずい。あんなの自分から捕まりに行くようなものだ)

男(くっ、そぉ…!)
156 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:19:21.78 ID:UgQBOwmV0

タッタッタッ――

幼狐娘「母さ――ぐむっ!?」

男「」ヒシッ!

幼狐娘「ん!んー!」

グイ、グイッ

幼狐娘「ぷはっ…!離さぬかっ!」

男「しっ!よく見て」



「「「……」」」



男「人がいっぱいいる」

幼狐娘「だが、母様が…!」



「てめぇが女王だ?」

狐娘母「そうさ。妾では不服かえ?」ククッ

「ぎっひひ。結構な上玉じゃんのぉ」

狐娘母「其方らの目的は妾なのだろう?さぁ悲願は叶ったよ、妾は逃げも隠れもしない。この不毛な略奪から手を引いておくれ」



幼狐娘「母様…何を…?」


157 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:20:34.20 ID:UgQBOwmV0



「なぁ、あんたが本当に不死身の女王様だってんなら」

「――首を落としても死なんよなぁ?」



男(…嘘だろ、あいつらまさか…)



「おい」

「待ってました待ってました待ってましたよぉ。女の首を刎ねる機会なんざ一生に一度あればいいと思っとったが!」

「さて女王様よ。御身の証明のため、こいつの欲望のため」

「一遍殺されてくれや」

狐娘母「……」

狐娘母「やってみるがいいさ」フッ



幼狐娘「ゃ……」

男「っ…」(目を逸らす)





――ザシュッ





...ゴトッ




158 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:22:02.30 ID:UgQBOwmV0

「嗚呼…最高だぁ…」

「けっ、こいつただのケモノか」

「まだ分からんぞ。数刻後に息を吹き返すかもな」

「おいお前、これを見ていろ」



狐娘母「」



幼狐娘「……………」

男(………)



ーーーーー

男父「」

男母「」

ーーーーー



男「……」ギリッ

男「…狐娘さん」

幼狐娘「……母、様……」フラ...

男「狐娘さん…!」ギュ

幼狐娘「…手を離せ」

男「……」

幼狐娘「奴ら共々、殺すぞ」

男「命を張ってでも止めるよ」

幼狐娘「っっ!」
159 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:22:42.01 ID:UgQBOwmV0

男「だって、死にに行こうとしてるでしょ」

幼狐娘「…わらわは死なん」

男「生き返るとしても、捕まっちゃう」

幼狐娘「……母様の元に……行きたい……」

男「……よく聞いて」

男「お母さんは最後、君を逃がそうとしてくれてた。気持ちは痛いほど、苦しいほど分かるよ。でも僕らがいったところで同じように殺されてしまう。頼む、君が見つかったら本当におしまいなんだ…!」

男「逃げよう、お母さんのためにも」

幼狐娘「………」




160 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:23:22.27 ID:UgQBOwmV0
ーーーーーーー

タッタッタッ

男「はぁ…はぁ…」タッタッ

幼狐娘「は……は……」タッタッ

男(人を見かける回数は減ったけど、火の手は確実に広がってる)

男(さっきから回り道ばっかりさせられてるせいで方向感覚も分からなくなってくる。もうすぐ玄関のはずなのに。もしかして僕たち、ぐるぐる同じところ回ってやしないよね…?)

幼狐娘「あ…!」

ズテッ

男「大丈夫!?」

幼狐娘「…気にするでない、行くぞ」ハァ..ハァ..

ミュルミュル

男(擦り傷が塞がっていく…。そうだ、不老不死なんて言っても怪我をしないわけじゃない。傷は治っても痛みは感じるし、心は消耗する)

幼狐娘「はっ……はっ……」タッタッ

男(そして心に刻まれた傷は)

男(どれだけの時間が経っても…)

男「…!」

男「玄関口だ、見えてきた!」
161 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:24:38.16 ID:UgQBOwmV0



ボォォ!



男(す、すごい火…燃えてないところを探す方が難しいくらい)

男(おかげで人の姿が見えないのが不幸中の幸いだ。あとはここから誰にも見られず出ていけば)

男「狐娘さん、あそこの火を少しだけ弱め……」



「見つかったんか!?」

「いんやまだだ!何匹か殺ったが全部違ったらしい!」



男(――! 玄関の外から…。よく目を凝らせば、今にも焼け落ちそうな戸の向こうに人だかりが見える)

男(それはそうか、狐娘さんがいると分かってる建物だ。総出でここを監視しててもおかしくはない)

男(……ここまで来たのに……!)

幼狐娘「はぁ…はぁ…」

男「もう少し、こっちに」

幼狐娘「はぁ…」ソッ...

男(ひどく疲れ切った顔)

男(僕はこの子がどんな様子かも気付かないでこの子の力を頼ろうとしたのか)

男(……考えろ、考えるんだ)
162 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:25:07.50 ID:UgQBOwmV0

男「………」

男(火にまみれた屋敷)

男「………」

男(四面楚歌の人だかり)

男「………」

男(……どうすればこの子を……)

男「……………?」

男(油の臭いだ。また奴らが撒いたのか…?)

男「…ん」

男(違う。あっちの部屋からだ。あそこはまだ燃えてない。となるとあの部屋の…)

男(…壺?例えばあの中が全部油だったり…)

男(やばいやばい、だとしたらこんなとこすぐに離れないと危な)

男(……いいや)

男(一か八か)

男「ねぇ、まだ走れる?」

幼狐娘「……」コク

男「うん」

男「いいかい?今から僕の言う通りにしてくれ」



.........




163 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:26:59.87 ID:UgQBOwmV0



ゴォォ...

パチ、パチ



「なぁそろそろ焼け落ちちまうぞ」

「そうだな。こりゃやっぱ」

「見ろ!誰か出てくる!」




男「女王を捕らえたぞ!」

幼狐娘「……」



「おぉあれが!」

「美しい…本当にこの世の生き物か?」

「でかした!早う連れてこい!」



男「あぁ!今行――」

幼狐娘「」グイッ!

男「! こら、暴れるなっ!」

男「誰か、手を貸してくれ!」



「てぇへんだ!」ダッ

「腕を折れ!大人しくさせろ!」ダッ
164 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:27:33.49 ID:UgQBOwmV0





ブワァ!





「おわぁ!」

「あちぃっ!」

「な、なんてこった」



パチッ、バチッ

ドシィン!



「…火に飲まれちまった…」

「ひ、引きずり出さねぇと」

「「「……」」」

「何しけた面してやがる。むしろ好都合じゃねぇか。女王は死なねぇんだ、火が消えてから引っ張り出しゃいいだろうが」

「男の方はどうでもいい。おら、ボーッと突っ立ってんなら水でも持ってこい!」




165 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:28:10.80 ID:UgQBOwmV0
ーーーーーーー

タッタッタッ

男(なんとか上手くいった)

男(狐娘さんの姿を晒してから、予め撒いておいた油に引火させて僕たちが火に巻かれたように見せる)

男(言葉にすれば簡単だけど、下手すれば二人とも本当に死んでいた)

男(成功したのはこの子が僕の意図を正確に汲んでくれたから。僕を信じてくれたから)

男(さっきの騒ぎで向こうへ人が流れていれば多分…)

男「……」



..ザッ..ザッ



男(……思った通り、裏口に人影は見当たらない)

男「」ソー...

男(戸口の向こうにも、誰もいない)

幼狐娘「は……ケホッ…」

男「立てる?」

(肩を貸す)

幼狐娘「……なぜ……しは……」

男「? どうしたの?」

幼狐娘「…何でもない」

男「もう少しだからね」



ザッザッザッ...




166 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:28:41.81 ID:UgQBOwmV0
ーーー森の高台ーーー

男「はぁ……ふぅ……」

男「ここまで来れば、平気かな」

幼狐娘「……」

男「……すー……はー……」

男「…僕たち、生きてるんだよね」

幼狐娘「……」

男(狐娘さんも、こうして助け出すことができた)

男「……よかった」

ガクッ

男「っとと」

男(膝が笑ってる。全部終わったんだって思ったら、一気に体が重くなった気がする)

男(はは…もう動きたくないや)

幼狐娘「……」

男「狐娘さん?」

幼狐娘「………」



(眼下で燃え盛る小さな村)



幼狐娘「……燃えていく……村が……皆が……」

幼狐娘「母様が……」

男(………)
167 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:30:19.54 ID:UgQBOwmV0

幼狐娘「なぁ…教えてくれぬか、主よ…」

幼狐娘「わらわたちが何をした…?ただ、静かに暮らす事を望んでいた。母様が、人間に害を成したか?」

幼狐娘「奴らは何故、嗤いながら殺す…?」

幼狐娘「あらゆる生命を育てるこの大地で、あらゆる命を奪うお前達人間こそ、本当に居なくなるべきではないのかっ!?」

男「……」



――ポタッ



幼狐娘「!」

男「…ごめんよ…」

男「人間は自分勝手だよね…。自分さえ良ければ、自分が気に入らないから、平気で他人を傷付ける。その他人が自分だったら、なんて想像もしない…」

男「でもね、お願い」

男「人間を恨まないで欲しいんだ」

幼狐娘「っ…抜かすなっ!奴らはわらわたちの全てを奪った…!」

男「僕のことも憎い?」

幼狐娘「そ、れは…」
168 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:30:47.75 ID:UgQBOwmV0

男「許してくれとは言わないよ。けど、どうか恨みに駆られたまま生きないで欲しい」

男「君が擦り減っていく」

男「それに、君に幸せになって欲しいと願ってる人もいるんだよ。君を待つ未来が、少しでも良い時間になってくれるよう、自分勝手に、独りよがりに、願ってる」

幼狐娘「……」

幼狐娘「…お主は、阿呆じゃな…」

男「うん…そうみたい。よく言われる」

幼狐娘「………」

幼狐娘「ならば……わらわの幸せを願うのならば……」

幼狐娘「わらわと共に居ておくれ」

男「…!」

幼狐娘「わらわを…ひとりにしないでくれ…」

男「……」

男(……)

男「…分かった」
169 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:32:08.98 ID:UgQBOwmV0



...スー



男「っ…」

男(意識が……まさか、これで時間切れ…?)

男(最後の会話が守れない約束だなんて……)

男(……いつか………かなら……ず……)



――フッ



幼狐娘「……主……?」

幼狐娘「どこじゃ…?主よ…!」

幼狐娘「返事をせぬかっ!」

幼狐娘「……」

幼狐娘「……」

幼狐娘「………」



幼狐娘「……うそつき……」



=======


170 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:32:48.62 ID:UgQBOwmV0
ーーーーーーー

狐娘「――!」

狐娘(…ここは、妾の神社か)



(散り散りになったお札)



男「」スー..スー..

狐娘「…世話をかけたの」

(そっと頭を撫でる)

狐娘「……お主は」

狐娘「或いは、こうして妾を見つける為にここに迷い込んだのかもしれぬな」

狐娘「律儀な奴よ…」

男「……?」

男「!」バッ

男「狐娘、さん…?」

狐娘「どうした、顔も忘れてしまったか?」

男「…お待たせしました」

狐娘「そうじゃな。一千年は待ったようじゃ」クスッ

男「もう、いなくなりませんから」

狐娘「あぁ」

狐娘「さっき聞いた」
171 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:33:31.17 ID:UgQBOwmV0

二人「……」

狐娘「フフッ、酷い顔だぞ」

男「体、もうなんともないんですか…?」

狐娘「案ずるな。妾が目を覚ました時点でこいつの力は失くなっておる。今はただの紙屑じゃ」

狐娘「主こそ、見栄張って蹴り飛ばした右足は無事か?」

男「あ、あの時は必死だったんです」

狐娘「クククッ…!」

狐娘「…のう主よ、同じ事を問うてもよいかの」

狐娘「主は何故、妾と関わろうとする?」

狐娘「話がしたいという動機だけで己が人生をさえ賭するのはさすがに釣り合っておらぬじゃろう。主を突き動かすその原動力が、妾は気になる」

狐娘「…否、ちと違うな」

狐娘「お主にとって、妾とは何じゃ」

狐娘「答え合わせをさせとくれ、数奇者」

男「……」

男(……僕にとっての狐娘さん……)

男「そう、ですね」

男(なんて口ごもってみたけど、答えははっきりしてる)

男(僕がこの人の元を訪れる理由)

男(初めてこの人を見かけた次の日、性懲りもなく神社に足を運んだのも、どれをあげれば喜ぶ顔が見られるか考えながらお菓子を選んだのも、自分勝手にこの人を幸せにしてあげたいと思ったのも)

男(みんな同じ。男の子が女の子のために頑張れる理由なんて一つしかない)

男(…やっぱりずるい。狐娘さんはそれを分かって、待ってるんだ)

男「僕が言ったら狐娘さんも教えてくださいよ」

男「僕は……あなたが」





装束女「お取込み中ごめんねぇ?」




172 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:34:25.48 ID:UgQBOwmV0

男・狐娘「「!」」

装束男「…チッ、さっさと仕掛けるべきだった」

装束女「なんだい、じゃあほんとにくっちゃべってただけか」

狐娘「…貴様ら…」

装束女「あれ?なんでって顔してる?気付いてなかったんだ、あんたの人払いとっくに切れてんの」アハハ

装束女「てっきりうなされてると踏んで来たのに起きてっからさ〜。無駄に警戒しちったじゃん」

装束女「面白いねぇどうやって剥がした?」

狐娘「」サッ――

装束女「おっと動くな」シャッ

(吹き矢を構える)

装束女「あたしはこいつより吹くのが上手い。現代兵器たるピストル様にゃ劣るが、この距離ならまず外さない」

装束女「はい次、お前の見せ場ね」

装束男「……交渉だ」

装束男「大人しく俺達に付いてくるなら、その男は逃がしてやろう。我々にとっても、お前が協力的な態度を見せてくれるのであればそれが最も楽だからな」

装束男「従わなければ男は殺す。お前にも今後身体的自由は無いと思え」

狐娘「…それで交渉のつもりか。笑わせてくれる」

装束女「あんたご自分の立場理解してる〜?こーんな仏様の慈悲をかけてやってんだ。地べたに額こすり付けて100万回感謝ぐらいしろよ」
173 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:36:21.41 ID:UgQBOwmV0

男(やっぱりこの人たち……。どうする……ただ狐娘さんの足枷になるだけ…なんて冗談じゃない)

男(刺されてもいい、一瞬だけでも、こいつらの気を逸らせれば狐娘さんの逃げる隙くらいは)

装束男「早く選べ」

男「…狐娘さん、僕…」

狐娘「黙っておれ、今考えとる」ボソッ

装束男「……」

狐娘「……」

男(……狐娘さん……)

装束女「……飽きた。終了ー」

装束女「あたし待つって行為嫌いなんよね」

装束男「下らん茶番だったな」

装束女「さーて、いい声で啼いてちょうだいねぇ♪」

狐娘「っ…」

タタタッ

装束男「…!?」





幼馴染「」ブンッ!





装束女「がっ…!」バキッ!

男「ね、姉さんっ」
174 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:38:17.49 ID:UgQBOwmV0

幼馴染「男に何しようとしてたの?」

装束女「…痛いなぁ…♪」

装束男「小娘…!面倒だな」

狐娘「――今じゃ走れ」ダッ

男「え…あっ!」...ダッ

装束男「!」

幼馴染「待って!男っ!!」

装束男「おい、娘の始末は後だ!」

装束女「どっち向いてんのさ」グッ...!

幼馴染「邪魔っ!」

装束女「いいねぇその顔…。ヤる?」イヒッ

装束男「肝心な時に…!」

(吹き矢を拾い上げる)

装束男「逃がしてなるものか」シャッ



シュッ



男「! 危ないっ!」ドン

狐娘「っ!」ヨロ...



――プスン


175 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/10(木) 19:39:25.44 ID:UgQBOwmV0

男「っ……がぁ゙あ゙あ゙…!」

幼馴染「!!?何してるのよっ!!」

幼馴染「嫌…男ぉ!!」ダッ

狐娘「…お主…」

男「い゙、ぁ゙……に…逃げて…!」

狐娘「!っ…」

男「は…や゙ぐっ……!!」

狐娘「」ダッ!

装束男「おのれ愚図共がっ!」ダッ!



.........




176 : ◆YBa9bwlj/c [sage saga]:2021/06/10(木) 19:41:18.40 ID:UgQBOwmV0
今回はここまでです。
次回の投下で完結します。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/10(木) 22:13:41.81 ID:eA9zzMEO0
なんで無意味に小出しするんだろ?
寸止めして愉悦に浸りたいんかな
その気になれば一時間足らずで書き出せる内容をチマチマ書き込むとか性格の悪さが滲み出てるよな
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/10(木) 22:47:08.88 ID:gvfQ3u2DO
おつ
投下するのも疲れるんだよなあ…
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/13(日) 16:38:55.27 ID:V5K6hS7So
乙乙
待ってます
180 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 01:53:11.99 ID:ZPgdfMxA0
こんな時間ですが、投下していきます。
181 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 01:54:11.30 ID:ZPgdfMxA0
ーーー病院ーーー

幼馴染「……」

叔母「……」

幼馴染「……、」カツ..カツ..

叔母「……」

幼馴染「…っ…」カッ、カッ

叔母「…幼、少し落ち着きなさい」

幼馴染「は…?落ち着けるわけないじゃない、男がどうなるかも分かんないのに!叔母さんにとっちゃどうでもいい他人かもしれないけどさ、私は叔母さんよりずっと――」

叔母「幼」

幼馴染「っ」

叔母「静かに。あんたが騒いだら男くんは良くなる?」

叔母「それにね、私が何年あの子を育ててきたと思ってるの。赤の他人じゃないわよ」

幼馴染「……ごめんなさい」

コツコツ

看護師「男さんの身内の方ですか?」

幼馴染「!」

看護師「先生がお呼びです」




182 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 01:56:12.84 ID:ZPgdfMxA0

医師「……厳しい状況にあります」

叔母「……」

医師「これでも色々な事例を担当してきたのですがね、彼を蝕む毒は今のところ全く未知のもので、データベースへの照会では判明に至っておりません」

医師「その道の権威にも助力を仰いでいます。現在は対症療法で苦痛を和らげてはおりますが…毒の回りが早いようでして」

幼馴染「男は、助かるの?」

医師「正直に申し上げてしまいますと……回復される可能性の方が、低いかと」

叔母「そう…ですか…」

幼馴染「……あいつらを見つけないと」

幼馴染「見つけて引っ張り出して、解毒の方法聞けばいいんだよね」

医師「それだけはおやめ下さい」

医師「警察も言っていましたが、奇妙な恰好に加えて今回の事件、その人物が危険思想を持つテロリストの疑いもあります。彼らのことはプロである警察に任せましょう」

幼馴染「……」ギリ...

医師「私共も手を尽くします。どうか吉報を、お待ち下さい」




183 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 01:56:43.57 ID:ZPgdfMxA0
ーーーーーーー



……………



真っ暗だ。
ここはどこだろう。



……………



体を動かしてる実感がない。それどころか体も見えない。
――死後の世界?



白猫「半分です」



あ…覚えてる。狐娘さんを助けてくれた猫さん。
半分って?



白猫「助けたのは貴方ですよ」

白猫「貴方はまだ生きています。ですがもう間も無く、確実に死に至る」



…そっか。
教えてください、狐娘さんは無事なんですか?



白猫「貴方の提示した"無事"が、追跡者から逃れる事が出来たという意味であれば、肯定します」



よかった。
それが一番気がかりだったから。


184 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 01:57:25.95 ID:ZPgdfMxA0



白猫「……」



欲を言えば姉さんとも話したかったな。怖くなって逃げちゃって、ちゃんと向き合ってあげられなかった。



白猫「貴方は可哀想な人間です」



僕が?



白猫「貴方は死ななくてもよい人間でした。それが、たった一度、不要な寄り道をしたせいで呆気なく崩れ去ってしまった」

白猫「貴方は可哀想な人間です」



狐娘さんの方が、ずっと可哀想だよ。
だってあの人は死ぬこともできない、これまでもそしてこれからもまた一人きりで過ごしていかなきゃならないんだから。
せめてさ、僕が生きていられる間くらいは一緒にいたかったよ。
あぁ、それも心残りだなぁ。



白猫「あの子をひとりにしたくないと?」



うん。
そう、約束したんだ。
結局守ってあげられなかったけどさ…。



白猫「その望み、叶うとしたら?」



え?



白猫「貴方を包むあの子の影がその資格足り得る」

白猫「但し――」




185 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 01:58:08.81 ID:ZPgdfMxA0
ーーーーーーー

幼馴染「……」

幼馴染「……私が……もっと……れば……」

叔母「…幼、そろそろ帰るわよ」

幼馴染「男……」

叔母「病院、もう閉まっちゃうって。また明日の朝来ましょう。私も付き添うわ」

幼馴染(……私が、あの時部屋に鍵を掛けてれば、止められた)

幼馴染(男が電話で言ってた人工林の神社のことを、もっと詳しく訊いていれば)

幼馴染(図書館で勉強なんていう嘘をもっと強く咎めていれば)

幼馴染(男を、もっと早く繋ぎ止めておけば)

幼馴染(こんなことにはなってなかった)

叔母「ねぇ幼、最近あんたあんまり元気がなかったわよね。昨日、事件の起こる前もちょっと様子が変だった」

叔母「おかしな二人組が男くんを襲ったって言ってたけど、本当は幼も何かされてたんじゃなくて?私、あんたなら平気だとたかを括って何もしてあげられなかったわ。昨日までにあったこと、帰りながらにでも聞かせてくれないかしら」

叔母「あんたのそんな顔、見たくないのよ」

幼馴染「……」

幼馴染「別に、何もないよ」
186 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 01:58:40.22 ID:ZPgdfMxA0



受付「え…!そう」

看護師「それで先生は…」



叔母「? どうしたのかしら」

幼馴染「…帰る前に男に会いたい」

叔母「会いたいって…」

幼馴染「男の病室、少し入るだけならいいでしょ」

幼馴染「すみません」

看護師「! はい、なんでしょう?」

幼馴染「男の顔が見たいです。どこに行けば会えますか」

看護師「えーと…それは…」

幼馴染「一瞬でいいですから」

看護師「いえ、ご案内すること自体に問題はないのですが…」

幼馴染「じゃあなんですか?」

幼馴染「…もしかして、男に何かあったんですか?」

看護師「……」

幼馴染「教えてっ!男はどうなってるの!死んでないよね!?ねぇ!?」

看護師「わ、分かりません」



看護師「男さんがいなくなったんです」




187 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 01:59:38.17 ID:ZPgdfMxA0
ーーーーーーー

狐娘「……」スッ

狐娘「一先ずはこれでよいか」

狐娘「ここの人除けも一日は保つじゃろう。あまり頻用出来るものでもないが、奴らがどこに潜んでおるか掴めぬ様ではな」

狐娘「…ちと、疲れた」



ーーーーー

男「死ぬのは勿論嫌です。でも、また狐娘さんが一人になるくらいなら…僕の時間をいくらでもあげます」

ーーーーー



狐娘「………」

狐娘「…死にたくはないと、言っておったじゃろう……阿呆……」

狐娘「よりによって妾を庇いおって……妾は死なんのじゃぞ……」

狐娘「………」

狐娘「すまない」

狐娘「こうなる事を予想出来て然るべきであった。俗世と、人との関わりを断つと決めたはずじゃったのにな」

狐娘「主のくれる"時間"に、甘えていた」

狐娘「…本当の阿呆は己という訳じゃ」

狐娘「千年は生きた。然しそれだけ。何一つ賢くなっておらぬではないか」

狐娘「……」ミアゲ



(夜空に浮かぶ小さな月)



狐娘「月見には向かぬ夜じゃ」

狐娘「…そちらに行けば、未来永劫ひとりでいられるかの…」

狐娘「何者との繋がりも無く、静かに、無限の時を揺蕩う……」
188 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:02:13.73 ID:ZPgdfMxA0





男「月にだって、人は来ますよ」





狐娘「………!?」

男「知らないんですか?アポロ11号」

狐娘「……亡霊……か?」

男「生きてますよ。ほら、足があるでしょ」

狐娘「何故ここが……お主、矢に仕込まれていたモノは……」

狐娘(…!)

狐娘「」スクッ

スタスタスタッ

狐娘「主よ、少し我慢しろ」

男「?」

――ピッ

男「いっ!」ツー...



...ニュルリ



男「わ…傷が塞がるのって、ちょっとくすぐったいんですね」

狐娘「おい」

狐娘「これは………どういうことじゃ」

男「……」ポリポリ

男「僕も狐娘さんと同じにならないといけないんだそうです」

男「その、不老不死、ですか」

狐娘「――っ」

男「男なので女王は名乗れませんが」ハハ...
189 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:03:36.88 ID:ZPgdfMxA0

狐娘「……………」



ボゴッ



男「ぐふっ!?」

狐娘「お主は…!何なんじゃ!!何をしておるかっ!?」

男「ちょっと…!」ゴッ

狐娘「妾と同じだと!?お主の頭はそこまで腐ったか!!」

男「やめ」ガッ

狐娘「死なないことがどれ程の苦行か分からぬかっ!?時と共に老いることが、如何に自然で恵まれておるかっ!?」

狐娘「信じられぬ…!正気の沙汰ではない…!」

狐娘「そうまでして……そこまでする程、お主は……」

男「……」

男「言ったじゃないですか。いなくならないって」

狐娘「五月蝿い口を開くな息をするな愚か者が」

男「ひ、ひどい」

狐娘「……妾のせいじゃ……」

狐娘「主を…生命の正しき道から引きずり落とした…」

男「…何が正しいかなんて、自分で決めます」

男「そうなんです、ここまでするほど僕はあなたが好きなんです」

男「人だとかそうじゃないとか関係ない。好きな相手と一緒にいたいって思うのはそんなに愚かなことですか?」

狐娘「………」
190 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:04:23.70 ID:ZPgdfMxA0

狐娘「………」

男「それに、いいと思いませんか。永遠に一緒なんて、ロマンチックな歌詞みたいで」

ボスッ

男「うぐっ」

男「…一応、言い訳もさせてください。僕あのままだったら本当に死んでたんですよ」

狐娘「…素直に死んでおれ」

男「嫌です」

男「いつか言ってましたよね。自分の1年の価値は僕の1分よりも劣るって。それはやっぱりひとりで過ごしているからだと思うんです。何も変わらない時間の中生きていれば、希薄にもなります。そんなの…考えるだけでも恐ろしいですよ」

男「でもあなたがいるから」

男「だから僕は、辛い選択をしたとは欠片も思っていません」

狐娘「……気が触れておる……」

男「そうかもしれません。正直自分がこんなことするなんて、想像もしてませんでした」

男「こんな僕は嫌いですか?」

狐娘「………」

狐娘「いや」

...ギュ

狐娘「嫌いなものか…」

男「……」ギュ
191 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:04:59.30 ID:ZPgdfMxA0

狐娘(こそばゆくて暖かい)

狐娘(情を向けられるこの感覚は、二度と手にすることは無いと思っていた)

狐娘(嗚呼そうであった。思い出してしまったよ)

狐娘(遠い遠い昔、あの悪夢の日より、頑なに他者を遠ざけていたのは――失う事に怯えていたから)

狐娘(妾もお主と同じ、身勝手な生き物じゃ)

狐娘「…ありがとう…」

男「…うん」



.........




192 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:06:03.09 ID:ZPgdfMxA0

男「白神様、ですか」

狐娘「そうじゃ。毛並みの白い猫の姿に、何より命の理を逸脱させ得る存在など、彼の一柱をおいて他におらぬ」

男「それって狐娘さんを不老不死にした…?」

狐娘「うむ。…如何な理由でお主に目をつけておったのじゃろうな。供物が無ければ代価をくれることも無い筈じゃが」

男「おんなじ神様から同じ能力をもらえるなんて、なんか姉弟みたいですね」

狐娘「お主のような兄弟なぞいらん」

男「即答…」

狐娘「…兄弟では嫌じゃ…」

男「はい?」

狐娘「何も」

男「僕も姉弟なんかじゃ、不満です」

狐娘「聞こえているではないかっ」

男「わっ…!暴力反対!」

狐娘「……ふぅ」

狐娘「しかし気の利かぬ男じゃ。布団の一枚でも持ってきていればいいものを。この先暫くは野宿じゃぞ?」

男「せめて買い物くらいしていきませんか?」

狐娘「阿呆。連中に見つかったらどうする。そも、金はあるのか?」

男「…ないです」

狐娘「妾もだ。社に戻れば幾許かの端金は残っておるが」

狐娘「ま、そういうことじゃ。これが主の選んだ道じゃからの、辛抱せえよ?」

男(そう告げる狐娘さんは、言葉の割には嬉しそうで…)

狐娘「さて、どこへ行こうか」

男「! あの、狐娘さん」



男「一箇所どうしても寄りたいところがあるんです」




193 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:06:59.90 ID:ZPgdfMxA0
ーーー真夜中 自室ーーー

幼馴染「……」ジッ

スマホ『01:22』

幼馴染「……」

スマホ『01:22』

幼馴染「……」

スマホ『01:23』

幼馴染(来ない)

幼馴染(まだ見つからないの)

スマホ『01:23』

幼馴染(苛立たしい…何もかも。どうして私と男を引き離そうとするの?)

幼馴染(私は男だけいてくれればいいのに。私から男を盗らないでよ…)

スマホ『01:24』

幼馴染(…やっぱり、私が探しに行かなくちゃ)



コンコン



幼馴染「」バッ

幼馴染(なに…こんな時間に)

幼馴染(もしかしてあいつらが――!)
194 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:07:52.48 ID:ZPgdfMxA0



「姉さん」



幼馴染「!!」

タッタッタッ

シャッ(カーテンを開ける)

男「やっぱり起きてた」

幼馴染「男…!戻ってきてくれたんだ…!」

幼馴染「待ってね、今…」グッ

幼馴染(? 窓が開かない)

男「そのまま聞いて欲しいんだ」

男「僕ね、姉さんがいてくれて本当によかったと思ってるよ。両親がいなくなってから今日までずっと、姉さんに育ててもらったって言えるくらいお世話になってさ」

男「あの事件で姉さんが明かしてくれたことには驚いたし、頭がぐちゃぐちゃになるくらい悩んだけど、それでも姉さんは僕の恩人だから」

男「最後に、お別れだけしておきたくて」

幼馴染「…何言ってるの…?」

男「僕死なない体になったんだよ、すごいでしょ」

幼馴染「ねぇ…」

男「人としての"男"はもういない。だから――」

幼馴染「ねぇってば!」

男「…だから、僕のことはどうか忘れてください」

男「じゃあね」

幼馴染「駄目…行かないで…!」

幼馴染「なんで開かないのよ…!?」ガタ、ガタッ
195 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:08:36.29 ID:ZPgdfMxA0



狐娘「もうよいのか」

男「…はい」



幼馴染(っっ!!)

幼馴染「お前が!」バンッ

幼馴染「お前さえいなければ!」バン、バンッ!

幼馴染「私たちはずっと幸せでいられたのに!!」

幼馴染「男を返してよっ!化け物っ!」

狐娘「……」

狐娘「お主の好いた者は、妾と同様不老不死の化け物となった」

狐娘「こやつも同じようにーー奴らに頼み、処分するか?」

幼馴染「――っ……」



(去り行く二人の背中)



幼馴染「………ぅ………」

幼馴染「ああぁぁ……!」ポロ、ポロ

叔母「幼!すごい音がしたけど何が…」

幼馴染「うぁ…ぁあぁ…!」ポロポロ

叔母「どうしたの!?ねぇ幼…!外に、誰かいたの?」



.........




196 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:09:07.21 ID:ZPgdfMxA0





.........




197 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:09:56.69 ID:ZPgdfMxA0
ーーーーーーー

茶髪「悪い悪い、待たせたな」

角刈「やっと来たか。10分は待ったぞ」

茶髪「最後に雑用押し付けられちまってよ」

眼鏡「課長っすか?なんか今日ずっと目付けられてたっすよね」

茶髪「そ。虫の居所が悪いんだか知らんけど俺ら平に当たるなってんだよ。んで、いつもの居酒屋でいいんだよな?」

角刈「いや今は満席だとさ」

茶髪「えぇ?んだよーなら決めといてくれよ」

眼鏡「茶髪さんなら良い店知ってるんじゃないかって、待ってたんすよ」

茶髪「俺?あー……うし分かった。この前見つけた穴場、連れてってやるよ」

角刈「本当にあんのか」

眼鏡「流石茶髪さん!」



幼馴染「ちょっと、道開けてくれない?」



角刈「!」

茶髪「主任…!すいません」

眼鏡「お疲れ様です…!」

幼馴染「はいお疲れ様」ニコ

角刈「…あの主任!俺らこれから飲みに行くんですけど、よかったら主任もご一緒にどうでしょうか!」

茶髪「お、おい…!」

角刈「主任の仕事の仕方とか、自分憧れてまして、その、お話でも聞かせて頂けたらと!」

幼馴染「私に?」

幼馴染「ふふっ、ありがと。でもごめんなさい、今日も早く帰らないといけないから。いつか機会があればね」



トットットッ


198 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:10:28.70 ID:ZPgdfMxA0

茶髪「……お前、マジか?」

角刈「なんだその目は」

茶髪「や、確かに綺麗な人だけどよ、主任だけは無いべ」

茶髪「あの見た目で男の話の一つも聞かねーし、いつも決まった時間までに帰るからだーれも詳しく話をしたことがない」

茶髪「しかも噂に聞くと、付き合った奴は例外なく謎の失踪を遂げるとか何年も誰かを探し続けてるとか、どう考えてもありゃ地雷案件だろ」

角刈「お前はそんな下らん噂を鵜呑みにしてんのか。いいか、噂なんぞ誰かが面白おかしくする為に広めるデマだ。あの若さで主任だぞ?今まで相当苦労してきたに違いない。だからこそ社会の闇に揉まれ、荒んでしまった彼女をだな」

眼鏡「でも主任ってそろそろ30に…」

角刈「ばかもん!女性は20代後半が最も美しいんじゃ!」

茶髪「はいはいよー分かりやしたよー。じゃ、残りは飲みの席で聞かせてもらいましょーか。ほい行くぞ」

角刈「だーからお前たちは本質がなんも――」



テクテクテク...


199 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:11:00.11 ID:ZPgdfMxA0

男「……」

狐娘「…あまり変わっておらぬようじゃな」

狐娘「容姿も、あやつの執着癖も」

男「もう10年以上経つんですけどね…。僕なんかよりもっと色んなものに目を向けて欲しいです。幸せなんて気付かないだけでそこら辺にたくさんあるんだよって、伝えておけばよかった」

狐娘「お主のお人好し病もいつまで経っても治らぬの」

男「だって人生は短いですから」

狐娘「……そうじゃな」

狐娘「声だけでも、掛けてゆくか?」

男「いえ」

男「それだけは駄目です。絶対に」

狐娘「………」

男「………」

男「行きましょうか」




200 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:12:52.97 ID:ZPgdfMxA0
ーーー人工林 池のほとりーーー

男「おぉ…これですよね?」

狐娘「うむ。間違いない」



(一本の広葉樹)



狐娘「立派なものじゃ」

男「見違えましたね」

狐娘「社があの惨状じゃったからの、半ば諦めておったが…」

男「流石にあいつらも狐娘さんが木を植えるとは思ってないんでしょう」

男「神社が無くなっちゃったのは寂しいですけど、それがきっかけで奴らは捕まって、僕たちがこうして戻ってこれたんです。黙祷の一つでも捧げないといけませんね」

狐娘「元々妾が作った社だがな」

男「じゃあ、狐娘様々で」

狐娘「苦しゅうない。そう畏まらずとも良いぞえ」

男「…クスッ、妙に様になってる」

狐娘「伊達に永く生きとらんからな」フフン

男「そこで得意げになりますか」

狐娘「………」

狐娘「…のう主よ」

狐娘「後悔していないか…?」

男「後悔するくらいなら今ここに立っていませんよ」

狐娘「…!」

狐娘「そうか」
201 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2021/06/15(火) 02:14:04.34 ID:ZPgdfMxA0



...サァァ



男「また涼しい季節になりますね」

狐娘「うむ」

男「今度は南に、行けるところまで行ってみるのはどうです?」

狐娘「暑いのは苦手なのじゃが」

男「その膨れ上がった尻尾でも整えればマシになりそうですけど」

狐娘「むっ」

狐娘「…主が手入れをしてくれるなら」

男「え、いいんですか?」

狐娘「二度は言わぬ」

男「やりますやります!やらせて下さい是非!」

狐娘「……♪」

男「狐娘さん」

狐娘「な、なんじゃ?別ににやけてなど…」

男「これからもよろしくお願いします」

狐娘「……あぁ」



狐娘「こちらこそじゃ」ニコリ





ー終わりー
202 : ◆YBa9bwlj/c [sage saga]:2021/06/15(火) 02:16:06.75 ID:ZPgdfMxA0
以上で完結となります。
遅筆で申し訳ありません。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
177.81 KB Speed:0.1   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)