【マギレコ】 最後の世代の魔法少女たち

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1 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 22:38:46.99 ID:/ZKesHprO
マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝の二次創作です。
書き溜めたものを順次投下して、書き溜めた分が尽きたら不定期で
書き上げて投下する予定です。


時系列は第二部第十一章の後日を想定。
本編には登場しない魔法少女もとして美国織莉子、呉キリカが登場。
おりこマギカイベント My Only Salvationが少々絡んでいます。

拙い内容ですが、よろしくお願いいたします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1658756326
2 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 22:43:52.64 ID:/ZKesHprO


それは今でも忘れられない、在りし日の神浜市という街の記憶。


神浜市を取り巻く根深い歴史問題。

同じ街の魔法少女同士による東西抗争。

魔女化の宿命からの解放を目指すマギウスの翼が起こした騒動。

伝説の大魔女と呼ばれたワルプルギスの夜の討伐。


その後に待っていたのは、浄化システムを巡る新たな戦いの日々の幕開け。

神浜マギアユニオンの結成と、プロミストブラッドとの抗争と共闘。

時女一族との出会いと同盟、戦友の喪失、ネオマギウスの計画阻止。

午前0時のフォークロアとの邂逅、争い合っていた魔法少女陣営との和解。

そして、インキュベーターに掌握された浄化システムをついに奪還。


その後は、里見灯花と柊ねむの復活があった。


魔法少女たちを取り巻く状況と環境は、短い間に目まぐるしく変化した。
だが、数々の困難を乗り越えて、魔法少女たちは、ようやく一時の安寧を得ることができた。
そんなある日、みかづき荘へ一人の人物が訪ねてくる。
3 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 22:52:05.25 ID:/ZKesHprO
「ご無沙汰しています。環いろはさん」
「……織莉子ちゃん?」
「急に尋ねてごめんなさい。その節は大変ご迷惑をおかけしました」

彼女の名は美国織莉子。未来予知の能力を持つ魔法少女で、みかづき荘の住人は
織莉子と面識があったが、当時は八雲みたまを巡る戦いで、敵対関係にあった。
お互いに命を危険に晒し合ったものの、織莉子の謝罪により和解を果たした。

その後は交流がなかったが、数ヵ月振りの再会となる今日、彼女は深刻な表情で現れた。
未来予知の内容を伝えに来たという織莉子を、環いろはが玄関先で迎える。

「すみません。本日、みなさんはいらっしゃいますか?」
「今日はみかづき荘のみんなで、これから出かけるところなの」
「そうでしたか。それでしたら日を改めます。都合のつく日を教えて下さい。大事なお話なんです」

いろはは、後ほどメンバーの都合を聞き、織莉子に連絡することを約束し、お互いの連絡先を交換。
織莉子はみかづき荘を後にした。
4 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:00:37.83 ID:/ZKesHprO
「誰か来ていたの?」
「それが、織莉子さんが訪ねて来たんです。深刻そうな顔をして……」
「織莉子って……あの時の、美国織莉子よね……?」
「これから出かけることを伝えたら、日を改めると。急なんですけど、
 みんなの予定が空いている日はありますか?」
「そうね、ちょっと聞いてみるわ」

七海やちよは、由比鶴乃、フェリシア、二葉さな、環ういに日程を尋ねると、
最後にいろはの予定を尋ねて、織莉子に伝えるよう促した。
織莉子からはすぐに、週末の休日に来訪する旨の返信があった。

「やちよさん、織莉子さんに日程を伝えました」
「ありがとう。美国織莉子、みたまの時のことを思い出すわ……」
「みたまを襲ったときは何事かと思ったけど、あんなことをしたのは、
 よく分からないままだったなぁ」
「あん時、一緒にいた黒いやつには、手こずらされたぜ」
「あの時の魔法少女が、今度は何の用ですかね……」
「お姉ちゃん、織莉子さんはどんな用事が言ってた?」
「さっき、電話で少しだけ話を聞いたんだ。今度、織莉子さんが来た時に、
 全容を話してくれることになってるんだけど」
「電話で聞いた話だけでもいいわ。どんな話を聞いたの?」
「それが……」

いろはは、先ほど織莉子と電話で交わした、会話の一部始終を語った。
話し終えたとき、話を聞いていた全員が呆れたような、怪訝な表情のまま、視線をいろはから逸らした。
5 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:07:02.38 ID:/ZKesHprO
ショッピングモールのポイント10倍デーに備えて、出発準備が整っていた住人は、
居間で着席はせずにいろはの報告を聞いた。

織莉子によれば、全人類が死に絶える未来を予知したという。
それを止められる可能性にかけて、みかづき荘を訪ねたとのことだった。
かつて、いろはたちと対峙した際、いろはの他者との絆を信じる前向きな姿勢に、
救世の可能性を感じたとも。

「率直に言うと半信半疑ね。みたまの時のことは謝罪を受け取ったから、
 当時のことをフィルターにかけたりはしないけど」
「でも、今日のことは電話だけで、今度は直接話すわけですし、
 いくらなんでも与太話ってことはないと思います」
「そうよね。そんなことするような人じゃないでしょう。今度の休みなのだけど、
 全員、一日予定を空けてちょうだい。もし本当に未来が危ないという話なら、
 真剣に聞きたいのよ」
「お姉ちゃん。今日のことなんだけど、私からもいいかな?」
「うい?」
「未来にかかわることなら、灯花ちゃんたちも呼びたいんだ」
「なんでアイツらまで呼ぶんだよ?」
「星屑タイムビューワ」
「なんだそりゃ?新手のウワサか?」
「今はもういないウワサだよ。桜子ちゃんの裁判があった日なんだけど、
 あの日、時間が来るまで、星屑タイムビューワで未来を一緒に見たの」
「中央区に行った時のことだね。覚えてるよ」
「だから、灯花ちゃんたちにも来てほしくて」
「分かったよ。私から連絡しておくね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「やちよさん、一旦部屋に戻ります」
「分かったわ」

いろはは自室に戻ると、灯花に電話で連絡を取った。
灯花はすぐに電話に出ると用件を聞き、いろはは先ほどの内容を伝えた。
6 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:09:25.39 ID:/ZKesHprO
『未来のことかー。わたくしも興味あるし、ねむと桜子、あとは書記を連れて行くね。
 場所はみかづき荘でいいの?』
「うん。午前十時には織莉子さんが来るから、間に合うように来てほしいんだ」
『分かった。ねむたちにも言っておくね。それじゃ、またその日にね』
「よろしくね、灯花ちゃん」

いろはは灯花との連絡を終えると、やちよに報告し、目的地であるデパートへ出発した。


後日、美国織莉子は改めてみかづき荘を訪れた。
みかづき莊の居間には、みかづき荘の住人と里見灯花と柊ねむ、柊桜子、
書記として連れてこられた佐鳥かごめの、計十名が揃っていた。

「あなたが美国織莉子だね。はじめまして。わたくしは里見灯花」
「僕からも、はじめまして。僕は柊ねむ。こっちはウワサの柊桜子、
 書記として来てもらった佐鳥かごめ」
「|はじめまして。桜子でいい|」
「こ、こんにちは……佐鳥かごめです」
「みなさん、どうもご丁寧に。本日、予知で視た未来をお話しさせていただく、
 美国織莉子よ。私のことは織莉子と呼んでいただければ」
「そうさせてもらうね」

時間通りに全員が揃った場で、織莉子の話が始まろうとした前、かごめが挙手。

「かごめさん、でしたね。どうされました?」

かごめは魔法少女の記録をまとめた『マギアレコード』へ、記録を残すため、
後ほど織莉子への取材を希望し、主旨を理解した織莉子から快諾を得た。

「魔法少女の取材記録とは、大きな目標を掲げているんですね。
 せっかくだから、キリカも連れて来れたらよかったわ」
「そういえば、キリカちゃんは今日、来てないの?」
「これからお話しすることと関係していますが、別件で動いてもらっているんです。
 今頃は、ミラーズで調査をしているはずです。私は予知の内容を伝えに来ました」
「その予知のことだけど、いろはから未来に脅威が訪れると聞いているわ。
 どんな未来を視たのかしら?」
「少し話が長くなってしまいますが、お時間は大丈夫ですか?」
「この場にいる全員に、今日一日の時間を空けてもらってるわ」
「未来にかかわるとなると、一日かかってもおかしくないと思ったんだ」
「ありがとうございます。では、お話しします……」
7 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:15:27.74 ID:/ZKesHprO
織莉子が語る内容を簡潔にまとめると、彼女が視た未来には、世界にアリナ・グレイ以外の
魔法少女が存在しない。そこに生きている人類はアリナ以外におらず、世界には魔女とも
使い魔とも言えない異形が蔓延っている。

その世界でアリナは、巨大な魔女と思わしき存在と融合して力を振るっており、全人類を
人ではないものへと変え、互いに争わせ、その様子を見て狂笑を浮かべているという。

「異形の正体は、アリナ・グレイによって、姿形を変えられた人類の成れの果てでしょう。
 何らかの対策を打たなければ、人類の未来は永遠に閉ざされてしまうかもしれません」
「未来でアリナさんがそんなことを……」
「話を聞く限りだと、アリナが人類を滅ぼすように聞こえるわね」
「人間を化け物に変えてるってことかな?アリナだったら、やりかねないけど……」
「ですが、あくまでも可能性にすぎません。惨状の原因がアリナだとは断言できないんです」

それを聞いて、織莉子の一番近くに座るいろはが、質問のために手を上げて口を開く。

「仮定形で話してたけど、アリナが原因ではない可能性がある、ってことかな?」
「恥ずかしながら、断言できない理由は、私の予知能力にはぶれが生じるんです。
 自信の能力でありながら制御しきれなくて、それ故、重要ではない情報も私の
 意思とは関係なく予知してしまうという有様。それでも大筋は予知通りになる。
 未来で人類に滅亡の危機が迫るのは確かなんです」
「分かったわ。続けて」

いろはの隣に座る七海やちよは、いろはの質問で中断した説明の先を促した。

「キリカがアリナの身辺を調査中ですが、判明していることとして、彼女は自分専用のアトリエを
 願いで手に入れたことが分かっています。アリナの関係者と遭遇した際に知ったようですが、
 行方不明中のアリナは、そこに潜伏している可能性が高いと思われます」
「だったら、アリナのアトリエを見つければ、大事に至る前に解決しそうよね」
8 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:21:12.50 ID:/ZKesHprO
「それが、キリカと一緒にアリナに関係する場所を巡っていますが、成果は上がっていません。
 今のところアトリエを特定する方法も、侵入する手段も見つかってないんです」
「探せば見つかるような場所じゃない、ってことかな。それじゃ手の打ちようがないんじゃ?」

やちよの隣に腰かける鶴乃は、織莉子の説明が始まる前に、やちよが全員に用意した麦茶を
一口飲んで、喉を潤して尋ねた。

「アトリエが願いで手に入れたものなら、恐らくですが、アリナ本人しか辿り着けない
 場所であることも考えられます」
「それが本当なら、究極の自分専用だなぁ」
「アリナのアトリエは、超時間的、超空間的な場所に存在するのかもしれません。
 キュウべぇに聞けば、ヒントくらいは得られるかもしれませんが、神出鬼没です。
 探しても肝心な時に見つからない。こちらから接触するのは難しいでしょう」
「しょーがねーって、キュウべぇだし」

鶴乃の向かいに腰かけるフェリシアは、両手を頭の後ろで組んで不満を露にし、
ソファの背凭れに体を預けて脚を組んだ。

「だけど、あんなことがあった後で、キュウべぇが取り合ってくれるんでしょうか」
「た、多分、話くらいならしてくれるかも……」

浄化システムのコアとなった日を思い出しつつ、ういは心配そうに呟いた。
9 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:25:47.21 ID:/ZKesHprO
「こんなんじゃ、一度隠れたら、隠れた本人が自分から出てこない限り、どうにもならないね」
「こっちから乗り込んで、怖いねーちゃんを叩けねーってことかよ。ずりぃ」
「そうだ。キモチ石の時みたいに、灯花ちゃんからキュウべぇに接触できないかな?」
「そうしたいところだけど、まだ電波望遠鏡の修理は完了してないんだよ。
 しばらく機械たちも動かしてなかったから、稼働試験もしないとだし」
「こちらからキュウべぇに接触するのは、一旦は保留しておこう。今はアリナのことが気になるよ」
「アリナは、何らかの手段を用いて、アトリエで時間の経過を待つつもりなのでしょう。
 それがどのような方法かは分かりませんが、アリナを発見する方法がないのなら、
 鶴乃さんが仰る通り、彼女が自発的に現れるのを待つしかないでしょうね」
「未来でアリナが現れるのを待つしかないんですね。どれくらい待てばいいんでしょうか?」

織莉子はやや顔を俯かせて言い淀んだが、意を決したように顔を上げて答えた。

「……おおよそですが、百年弱です」

織莉子の返答を聞いて全員が絶句し、フェリシアの隣に座るさなは目を見開いた。

「ひ、百年って……冗談じゃ……ないんですよね?」
「……予知で視えたビジョンに、それくらいの時間経過を示すものがありました」
「百年なんて……仮にそこまで生きてても、その頃の私たちは全員、おばあちゃんだよ……」

さなの隣に座る環ういは、アリナ・グレイに対峙する、魔法少女姿の老婆集団を想像して落胆した。
そこへ、柊ねむ、里見灯花、柊桜子が言葉を続ける。
10 : ◆3U.uIqIZZE :2022/07/25(月) 23:36:30.63 ID:/ZKesHprO
「アリナが目指す、ベストアートの完成が目的なのかもしれない。自分以外に魔法少女が
 存在しない時代であれば、誰の妨害なく悲願を成就できると考えたのだろうね」
「混乱のどさくさでアリナを逃したのは痛手だったよ。困ったことになったにゃー……」
「|だからといって、アリナを全く放置するわけにもいかない。
  何か手を打つ必要があるけど、一旦休憩を挟むことを提案する|」

桜子の提案を受け入れた一同は、十五分後に会合を再開した。
各々、思い思いに休憩をとっていたが、灯花は休憩中から何かを考え込んでいた。
会合再開直後、いろはが灯花へ質問を投げる。

「灯花ちゃん、何か方法はあるかな?私たちじゃ何も思いつかなくて……」
「うーん……提案は……あるにはあるんだけど……」

灯花が語る未来を襲う脅威への対策方法は二つ。
一つは鏡の魔女結界に存在する無数の鏡から、目的の時間へ繋がる鏡を見つけ出し、
アリナが事を起こす未来へ渡ること。もう一つは、要員を選定してコールドスリープで
未来へ送ることだった。

「提案しておいてなんだけど、ミラーズを使う方法は、現実味の薄い方法なんだよね」

前者は目的の時間に通じる鏡が、存在することを前提とした方法だった。
だが、これまで未来の時間に繋がる鏡を、発見したという記録はない。
株分けの魔女の性質上、仮に以前に発見していたとしても、鏡を壊せばその記憶自体が消える。
未来に通じる鏡が存在する可能性はあるものの、どの鏡が目的の時間に通じているかは分からない。
それが発見できても、無事に未来へ渡れる保証も、未来から帰れる保証もない。

「それに、ミラーズで未来と現在を行き来できても、それはそれで別の問題があるんだよ」
「どういうこと、灯花ちゃん」
11 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:40:07.03 ID:/ZKesHprO
「わたくしたちが暮らす現在を世界α、百年後の未来を世界βと仮定してお話するね。
 未来へ行って現在に帰ってくることは、わたくしたちにとっては世界αと世界βを
 往復しただけ。これは分かるかなにゃー?」
「うん」
「だけど、宇宙の視点からすると、それはまた別の意味を持つの。世界αは、世界βを
 経由した時間旅行者を内包する世界α’となるんだよ。百年後の未来である世界βは、
 世界αからの時間旅行者を内包していた世界、世界β’となる。これもいい?」
「ちゃんとついていけてるよ」
「これが何を意味するかというと、世界α’では百年後の未来までの間に起きる
 すべての出来事は、世界β’に繋がるよう、世界α’が調整されるかもしれない、
 ということなんだよ」
「え、えっと……ごめん、ちょっと混乱してきた。世界βと世界β’はどう違うのかな?」

そこへ、ねむが灯花の説明の捕捉に加わる。

「いろはお姉さん、僕たちがミラーズを経由して、百年後の未来である世界βに渡ったと考えて」
「うん」
「世界βに到着したら、脅威を払拭するまでは、世界βに滞在することになるよね。
 この時点では、世界βはまだ世界β’になっていない。これはいい?」
「大丈夫、ついていけてるよ」
「脅威を払拭して世界βから世界α……つまり、現在に戻ってくる。すると世界αは
 世界α’となり、世界βは、僕たちが去った時間以降が世界β’となる」
「そっか。私たちが未来へ渡ったとして、現在に帰ってくるまでは、どちらの世界も
 ダッシュには変わらないってことだね」
「その通りだよ。世界βが世界β’に変わるのは、現在である世界αに到着した時。
 その時、はじめて世界αは世界α’になり、世界βは世界β’になる」

そこまでの説明で、会合出席者の一部は、首を傾げて考え込み始める。
出席者のうち、頭を抱えて困惑するフェリシアの様子は、一際目立っていた。
12 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:43:47.25 ID:/ZKesHprO
「本来、未来は常に変動しているの。現在よりも先の時間であり、世界であり、
 数多の可能性の中から選ばれた一つの可能性。現在を生きるわたくしたちの
 行動次第で、いくらでも変えられるものなんだよ」
「だけど、僕たちが未来へ渡って現在に帰ってきたら、つまり、世界βへ渡って
 帰ってきて、世界αが世界α’に、世界βが世界β’になったら、この宇宙は、
 世界β‘に時間が辿り着くまでの間、修正を働かせるかもしれない」
「その修正っていうのが分かりにくいな……」
「そうだにゃー……みんなは、歴史の修正力という言葉を聞いたことはあるかな?」
「SF映画とかで聞いたことあるよ」
「SFものだと割と定番よね」
「私には馴染みがないよ……」
「しゅーせいなんて、殴るくらいしか知らねーや」
「すみません、私も漠然としたイメージしかないです」
「過去で誰かを助けても、未来は変わらないとか聞いたような……」
「私は、過去を変えようとすると働く大きな力だと認識しています」
「一つ例え話をするよ。ある一人の人間の未来を変えようとして、仮にZさんとするね。
 Zさんが不慮の事故に巻き込まれる瞬間を助けて、歴史を変える行動をとったとする。
 その行動によって、本来は死ぬはずだったZさんが助かるけど、それは一時的な死の
 回避でしなかないの。ここまでいい?」
「おう、続けていいぞ」
「その後、歴史による修正力が働くことで、歴史の辻褄合わせが起こる。
 一度は助かったZさんが、別の形で死んでしまって、結局、Zさんの
 未来は変わらないってことだよ」
「そ、それは、今回の話と、どう繋がるのでしょうか……」
「僕たちが世界βに渡ったという事実が消えないように、この宇宙が世界α’の中で
 生きる人々の、あらゆる行動を世界βへと収束させ、時間が世界β’へ繋がるよう、
 歴史を修正すると思われる」
13 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:47:50.36 ID:/ZKesHprO
「それって、何かよくないことになるのかしら?」
「未来が変わって世界βに時間が繋がらなくなるとい、時間の連続性が失われちゃう。
 宇宙による歴史の修正が働かなかったら、最終的に人類が理解する時空間の崩壊を
 引き起こすかもしれない。タイムパラドックって言えば分かるんじゃないかにゃー?
 そうならないように、宇宙は何らかの形で、干渉するかもしれないってことだよ」
「つまり……時間旅行が齎す結果は、未知数ということね」
「そうだね。未来でわたくしたちが暮らすというなら、話はまた変わってくるけど、
 それもベストとは言い切れないの」
「未来で暮らす私たちの姿は……想像できないわね。もう一つの方法というのは?」

後者は、前者よりも実現性の高い方法だったが、膨大なコストがかかるという問題があった。
未来へ送る要員と人数は限られ、付随する問題として、送り出された要員は行ったきりとなる。
コールドスリープは、一方通行の時間旅行でもあった。

そこへ、考え込んでいた織莉子が顔を上げ、ねむに疑問を尋ねる。

「コールドスリープで未来へ送られた人が、ミラーズから過去に戻ることは可能ですか?」
「時間は過去から未来へ一方通行で流れていて、それは覆らない。
 ミラーズで未来へ渡った場合も、戻って来れるかは分からないんだ。
 だから過去に戻ることはできないと、言いたいところだけど……」
「わたくしたちの世界には魔法が存在する。そのせいで原因と結果が逆転して、
 因果律の矛盾が発生することもあるし、事例もなかなか説明しにくいんだよ」
「一方通行のはずの時間の流れに、逆らえることがあるかもしれないと?」
「それも、分からないとしか答えられないんだけど、過去へ戻れたとしても、
 それはそれで問題があるんだよね」
「過去に戻れたとしても、戻った先の過去が、出発元の現在であるとは限らないからね」
14 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:56:01.42 ID:/ZKesHprO
「それどころか、未来から要員が出発元の現在に戻って来れた場合、
 さっきも言ったけど、タイムパラドックスが発生する可能性が高いの」
「出発元の時間と、そうではない時間。具体的にはどのような違いが?」
「出発元の過去ではない場合は、出発した時代とよく似た歴史を辿った、
 別の世界に到着すると思う。その世界に要員との同一存在がいた場合、
 その世界の自分に成り代わるかもしれない。或いは、その世界の自分と
 同時に存在することも考えられるね」
「同一存在がいない場合は、そこは別の世界の自分が既に死んでいるか、
 そもそも最初から存在していないのかもしれない」
「いずれにせよ、一度未来へ送り出された要員が過去に戻ることは、
 ミラーズを使うよりも危険と言わざるを得ないの」
「というより、異なる時間を行き来すること自体が、既にリスクなんだけど」
「さらに、過去に無事に到着しても、そこで生活ができるかは別問題だよ」
「では、戻った先の過去が、出発元の世界の過去だったときはどうでしょうか?」
「一つの世界に同じ人間……とは言っても、厳密には異なるんだけど……
 同じ人間が複数同時に存在すると、宇宙が不安定になるかもしれないの。
 仮に未来から出発元の時代に帰ってきたとすると、そこには現在の自分と、
 百年後の自分が同時に存在することになる。これは本来はありえないこと。
 そんな事態に対して、宇宙がどう対応するのか、まったく分からないんだよ」
「現時点で、コールドスリープで未来へ送られた要員が、ミラーズを通じて
 現在に戻ってきたりしていない。これを宇宙視点から見た場合、僕たちが
 存在する現在の世界は、未来から戻ってきた要員を内包する世界ではない、
 ということ。一応確認するけど、ここまでついてこれてるかな?」
「はい。整理もできています」
15 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/25(月) 23:59:18.49 ID:/ZKesHprO
「それじゃあ、話を続けるよ。未来へ送られた要員が過去へ戻ってきたら、その世界は、
 未来から戻ってきた要員を内包する世界へ、上書きされるということ。でも、時間の
 連続性の観点からすると、上書き前の世界から過去に戻ってきたという事実に対して、
 矛盾が生じてしまうんだ」
「その矛盾について、もう少し詳しくお話を聞かせて下さい」
「未来から戻ってきた要員は、上書きされる前の世界から、未来を経由して過去へ
 戻ってきたともいえるね。だけど、過去へ戻ってきて世界が上書きされたことで、
 上書き前の世界は消える。これは、戻ってきた要員が出発した世界が消えてしまう、
 ということでもあるの」
「……未来から戻ってきた人が、どうやって過去に辿り着いたのか分からなくなる。
 帰って来れるはずがないのに帰ってきているのはおかしい、ということですか?」
「その解釈で間違ってないよー。それがタイムパラドックス。これが起きるということは、
 宇宙が矛盾に耐えられなくなった時、フェイルセーフが発動する可能性があるの」

それを聞いて、フェリシアが頭を抱えながら疑問を口にする。

「宇宙がカマンベールってなんだ?」
「フェイルセーフだよ。なんでチーズが出てくるのかにゃー?」
「しょーがねーだろ。そう聞こえたんだからよ。なんとかセーフってなんだ?」
「……フェイルセーフ。本来の言葉の意味としては、機械装置の操作を誤ったときや、
 機械装置に故障や異常が発生した時、周囲に危険が及ばないよう予防動作をさせて、
 危険を回避する機構を指す」
「もうちょっと分かりやすく言ってくんねーか?」
16 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 00:01:35.51 ID:DJtq/vHtO
「じゃあ、例え話をしよう。昔の機械装置は、大きな電力が一気に流れ込んだ際、
 機械がそれで壊れたりしないよう、ヒューズという部品が未然に故障を防いだ。
 ヒューズが飛ぶなんて表現、聞いたことないかな?」
「それなら聞いたことがある気がする」
「規定を超えた電力で、機械装置が壊れないようにするために、ヒューズが飛んで
 電気の流れを断つ。これもフェイルセーフの一種さ」
「ここでいうフェイルセーフは、宇宙が矛盾に耐えられなくなった時、自己消滅するか、
 歴史を改変するかもしれないということだよ」
「それって、宇宙が自[ピーーー]るってことになるのかな?」
「そういった可能性も無きにしも非ずだね。宇宙が正常な形を維持し続けるための、
 特定の波長というかパターンがあるの。人間の体で例えると脳波が近いかにゃー。
 異なる時間を行き来することによって、その波長に影響があるかもしれないの。
 最悪の場合、宇宙が崩壊してしまうことも考えられる。その後、崩壊した宇宙は
 崩壊したままなのか、再構築されるのか。どちらにしろ、何かが起きたその先で、
 わたくしたちが知る現在の宇宙は、存在しないんだよ」
「他に可能性があるとしたら、過去に戻ってきた要員に免疫ができる可能性だね」
「免疫って、人体の仕組みでいう免疫のことかな?」
「考え方の一つだけど、時間を渡った人間には、宇宙が歴史の辻褄合わせをするため、
 歴史の変化による影響が及ばない。或いは、未来から戻ってきた人は、異世界から
 渡ってきた姿形が同じ別人という扱いになるかもしれない」
「宇宙が崩壊しちゃうかもしれないから、試すこともできないけど」
「未来から過去へ戻ろうとすると、何が起きるか分からない以上、未来へり出された人は、
 そのまま未来で生きていくことが、無難な選択のですね」

そこで思わず、鶴乃が呟くように言葉を口にした。
17 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 00:04:39.53 ID:DJtq/vHtO
「頭がずっと混乱してる。こんなことなら、もっとSF物の漫画でも読んでおけばよかった」
「疑問を抱いているのは、鶴乃だけじゃないはずだ。どう説明しても頭の混乱は避けられない。
 日常生活で宇宙と時間の連続性を考えたり、タイムトラベルなんて意識しないはずだからね」
「分からないことがあれば、どんどん聞いてね」

それを聞いて、いろはが困惑した表情とともに灯花に尋ねる。

「灯花ちゃん、ねむちゃん。悪いんだけど、また休憩を取ってもいい?
 少し頭を整理する時間が欲しくて」
「いいよー。再開するときは声をかけてね」

休憩を告げられると、出席者は思い思いに休憩を取り、会合を再開する。
異なる時間の行き来が齎す危険性の説明が終わり、議題はコールドスリープへ戻った。
コールドスリープマシンを開発すると仮定して会合は進行するが、未来へ送る要員に
百年後の問題を押しつけるも同然の方法は、出席者全員から疑問が上がった。

「未来に送るのは、誰でもいいわけでもないですよね……」
「かかるコストを考えると人数も限られる。誰を送るのかも考えることになるわね」
「募集かけても、志願者が現れることは期待できないと思う。選ぶほうが早いのかも」
「オレは絶対やらねーよ……。だって、百年も経ったら、誰も知ってるやつがいねーじゃん」
「現在と比べて環境が全く変わってるはずですし、別の世界に旅立つのと変わらないかと」
「私も百年も経った世界で生きていくのは、ちょっと想像できないよ……」
「無理もないと思うよー?わたくしも、百年も先の未来で生活するなんて現実味がないからね」
「それでも、今後を見据えて、コールドスリープマシン開発は、視野に入れるべきだと思うよ。
 要員の選定も必要になるし、万が一の備えとして、実現する手段を考えても損はないはずだ」
「|ねむの言う通り、私も今すぐ決める必要はないと思う。まずは、考えられる限りの方法を
  列挙してからでも遅くはない。私は、魔法少女の能力を組み合わせで、未来へ渡る方法を
  探ることを提案する|」

いろはたちが未来へ渡る方法を考える横で、書記として議事録をまとめていたかごめが
コネクトを通して織莉子に呟いた。

(なんだか、本当にSFみたいな話ですね……)
(魔法少女の存在自体が、ある意味ではSFかもしれませんよ)
18 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 00:06:44.10 ID:DJtq/vHtO
二人の視線の先では、コールドスリープを選択した場合に備え、
百年後の未来へ送る要員の選定を巡って、議論が続いている。
織莉子自身も思案を巡らせた。

未来へ送り出されてしまえば、宇宙存続の問題が絡むことから、
過去(現在)へ戻ることはできない。送り出された要員は、未来で
生きていくこととなり、そのための財と資源が必要となる。

だが、どの程度の財と資源が必要になる?
それを未来までどのように守り続ける?
未来へ送る要員の人数と選定方法は?

柊桜子が提案した方法は、組み合わせる能力次第で、未来へ渡れる可能性がある。
未来へ渡ることはできなくても、他の方法と組み合わせれば応用が利くかもしれない。

(いずれにせよ、一朝一夕で答えは出ないわね……)

議論すべきことは多くあったが、時間が押してきたため、会合は日を改めることとなる。
正午に始まった会合だったが、気付けば夜の帳が下りようとしていた。

「すみません。こんなに長い時間、お邪魔してしまって……」
「気にしないでちょうだい。私たち全員、今日一日予定を空けていたのよ」
「やちよさんの提案で、未来にかかわることなら、纏まった時間が必要になるからって」
「そうだったんですか。お気遣い、痛み入ります」
「それより、織莉子さん。かごめさんの取材の件、帰る前で悪いのだけど……」
「とんでもない。それでは、約束通りに……」
19 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 00:11:54.83 ID:DJtq/vHtO
織莉子は帰路に就く前、約束通りかごめの取材を受けた。
取材の場で織莉子は、自身が世界に存在する意味と、自信の能力を以って、
自分が何を成すべきかを悩んだ日々を語った。

自分の目的のために、関係ない少女を巻き込んで魔法少女にしてしまったこと、
みかづき荘の住人と対峙したが、いろはが他者との絆を信じる姿を見て救世に
対する考えを改めたこと、自身の心の声に正直になろうと決めたことを語った。

取材を終えた後、織莉子はみかづき荘を後にしようとしたが、ねむが呼び止めた。

「すまない。大事なことを一つ言い忘れた」
「なんでしょうか?」
「今後、僕たちはミラーズを使うことはできない」
「柊さん、それはどういうことかしら?」
「アリナがミラーズに隠れている可能性を考えてみた。ミラーズは僕たち魔法少女の
 記憶を読み取れる。未来で人類が滅ぶ原因がアリナだとしたら、鏡の魔女と利害が
 一致しているともいえるよね」
「……仰りたいことは分かりました。今日の情報を、ミラーズのコピーがアリナに
 伝えるかもしれない。そうなればアリナが完全に雲隠れしてしまって、私たちは
 アリナ発見を断念することになる」
「察しがいいね。そういうわけで、この場にいる全員、今日限りでミラーズに入ることは
 出来なくなってしまった、ということだよ」
「ど、どうしましょう、やちよさん。私たちじゃ、鏡の魔女を倒せなくなったも同然ですよ」
「み、皆さん、申し訳ございません。私、予知した未来のことで手一杯になってしまって、
 そちらのことは全く考えていませんでした……」
「待って。起きてしまったことを責めても、どうにもならないわ。それに、あなたは危機を
 未来の危機を知らせに来たのであって、魔女退治の邪魔をしに来たのではないもの。
 あなたは悪くないから、気にしないでちょうだい」
「……そう言ってもらえると、助かります」
20 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 00:17:29.55 ID:DJtq/vHtO
「だけど、事実困ったことになったにゃー。これで浄化システムを、異世界に広げるのは難しくなったよ」
「元々、浄化システムを広げる方法も、まだ判明していないんだけどね」
「オレたちがミラーズに入れないなら、他のヤツに頼るしかねーな。でも、どう言い訳すりゃいいんだ?」
「それについては、追々考えましょう。今日はもう日が沈みかけてることだし」
「あの、私からもいいですか?もう手遅れじゃないかと思ったんですけど……」
「二葉さん、手遅れとは一体…?」
「今日のお話が始まる前、織莉子さんは、キリカさんがミラーズの調査をしているはず、と仰いましたよね?」
「……あっ!!」
「織莉子さん、もしかして、相方の人に今日の話は……?」
「……既に話をしてあります。二葉さんのおっしゃる通り、あの子に別件で動いてもらっていたというのが、
 ミラーズの調査のことですので」
「あちゃー……」
「お、織莉子ちゃん、済んだことは仕方ないよ。悪気があったわけじゃないし」
「アリナ発見は難しくなるでしょうけど、事実は受け入れるしかないわ」
「本当にすみません……なんとお詫びを申し上げればいいのか……」
「どうせバレちゃってるんだし、ミラーズには、これからも入れるって思えばいいよ」
「余計な言い訳を考えなくていいんだ。だから気にすんなよ」
「それは違うと思います」
「私もそう思うな」
「なんでだよ?」
「鶴乃、フェリシア。織莉子さんがキリカさんに調査を依頼したのは、ここに来る前。
 読み取られた記憶に、今日の会合のことが含まれているはずがない。だけど今は、
 会合を行った後で、今後をどうするかを考えている」
「あ、そっか……。会合のことを知られた時点で、バレるって言ってたよね……」
「それじゃ、やっぱりオレたち、ミラーズにはもう入れないのか……」

フェリシアが肩を落として呟くと、居間を沈黙が包んだ。
しかし、その沈黙は次に口を開いた出席者によって、一瞬で破られる。
21 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 00:18:22.09 ID:DJtq/vHtO
本日はここまでです。また明日以降に。
22 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 19:44:26.24 ID:vGK5oIj1O
>>20からの続き

「……あの」
「かごめちゃん、どうしたの?」
「横からすみません。あの……方法なら、あると思います……」
「どんなだよ?」
「フェリシアさんの能力……」
「……なるほど!」
「えっと、なんで通じてるみたいに?」
「いろはさん、フェリシアさんの能力は忘却です。どうしてもミラーズに
 入らなきゃいけないときは、今日の会合のことを忘れさせるんです」
「それなら確かに、記憶を読み取られる心配もないね」
「だけど、狙った記憶を忘れさせることって、フェリシア側からできるんだっけ?」

それを聞くと、やちよが自分の考えを述べた。

「過去を顧みるに、魔法を受ける側が意識してる記憶が消えるんだと思うわ」
「ということは、フェリシア側から特定の記憶を狙うんじゃなくて、記憶を消される人が
 消したい記憶を意識して、その間にフェリシアが消すと?」
「あくまでも私個人の考えよ。実際に試さないと分からないもの」
「忘れさせたら、今度はミラーズを出た後、会合の内容を思い出さないとダメだね」
「……オレの魔法、忘れさせたらそれっきりだ」
「思い出す方法も考えないといけませんけど、今日はもう時間が遅いですし……」
「今後のことを考えるなら、ミラーズのことも考える余地がある。
 ただ、それについては次回だね」
「…………せめて、少しでも皆さんの力になれるよう、今後は何らかの形で助力します」
「気持ちだけ受け取っておくわ。……と言っている間に、日が沈んでしまったわね。
 引き留めてしまってごめんなさい。今日のところは、今度こそお開きよ」
「……本日は、失礼いたします。お邪魔しました」
23 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 19:48:55.65 ID:vGK5oIj1O
いろはとやちよは、玄関先まで出て織莉子を見送った。
織莉子が駅方面へ向かうのを確認すると、居間へ戻り、灯花から宿泊の申し出を受ける。
やちよは突然の申し出に驚いたものの、滅多にない機会として承諾。灯花の意向により、
ねむ、桜子、かごめも、宿泊を促され、やちよはこれも承諾した。

四人はその日、みかづき荘に一泊することになり、部屋割りは、いろはの部屋に四人と
ういが加わり、布団が人数分用意された。夕飯の席はいつもの日常と変わらなかったが、
部屋に入ると灯花が落胆した様子を見せる。

「ミラーズのことは本当に盲点だったね。織莉子ちゃん、落ち込んじゃったし……」
「彼女なら、きっと大丈夫だと思うよ。今日が初対面だけど、きっと立ち直ってくれると思う」
「うん、そうであってほしい」
「それにしても、百年後のアリナか。星屑タイムビューワで視た未来とは、
 違う未来になりそうだにゃー……」
「これも、宇宙の意思がそうさせたものかもしれないね」
「でも、灯花ちゃんの言っていた通り、未来は私たち次第でいくらでも変わるんでしょ?」
「まだ何もできないって決まったわけじゃないし、みんなで考えれば何かできるはずだよ」
「|諦めるのはまだ早い。ユニオンだけじゃない。ユニオンと同盟を結んだ陣営にも、
  今日のことを話せば、もっと意見が集まるはず|」
「わ、私もそう思います。結論はまだ出ていないわけですし……」
「そうなんだけど、今日わたくしたちが泊ったのは、考えてることがあるからなんだよ」
「|どういうこと?|」
「昼はねむと一緒に話していたんだけど、他の魔法少女に話すのは待ってほしいんだ。
 考えがまだ纏まってないうちに話を広げると、余計な混乱が起きると思う」
「今日のことを明かすのは、各陣営の代表までにしておきたい。意見を求めるために
 話を広げても、それで収拾がつけられなくなったら、本末転倒だからね」
24 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 19:52:43.40 ID:vGK5oIj1O
「|灯花とねむがそう言うなら、私は何も言わない。でも、今後はどうするの?|」
「ミラーズを使う案は、危険性が高いから除外する。コールドスリープ案は保留かな。
 あとは桜子の言っていた魔法少女の能力を組み合わせる方法。それで駄目でも、
 別の方法と組み合わせることもできるだろう」
「分かりました。私も今日のことは、時期が来るまで他の人には伏せておきます」
「当分は他言無用ってことだよね」
「このことは、私からやちよさんたちに言っておくよ」
「|灯花、ねむ。コールドスリープが保留ということは、実現性があるの?|」
「今すぐとはいかないけど、やり方次第では、実現できる可能性が高い方法だね」
「現代の科学技術だけでは要素が足りないから、その分を魔法少女の能力で補うけどね」
「|そう……|」
「そのことは、明日以降考えておくよ。今夜はそろそろ頭を休ませたい」
「|分かった|」


自宅へ戻った織莉子を待っていたのは、彼女の帰りを待ちかねていたキリカだった。
その日一日の調査で得られた情報を聞き、得られた成果を確認すると、みかづき荘で
織莉子が伝えた内容を巡って、様々な議論が交わされたことを伝えた。
未来のアリナへの対抗策として候補に選ばれた一つと、ミラーズと自分たちの今後を
左右することになる問題と、会合は後日、再び行われること。
織莉子の話を聞き終えた後、キリカが口を開く。

「私も考えが及ばなくてごめん。ミラーズのことをよく知らなかったとはいえ、
 敵に私たちの考えを漏らすようなことを……」
「私も迂闊だったのよ。よく知らなかったのは、私も同じだったし……」
「未来のことは伝えられたみたいだけど、ミラーズのことはどうなるんだろう?」
「あなたに調査をお願いした時は、予知で視た未来の内容までは伝えてなかった。
 アリナという魔法少女を探して欲しいとだけ。でも、既にミラーズのコピーが、
 あなたがアリナを探していると彼女に伝えていたら、困ったことになるわね」
25 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:03:11.97 ID:vGK5oIj1O
「この分だと、今後は対策が練られるまで、ミラーズの調査はできないね。
 織莉子が探している敵が一番隠れてそうな場所なのに」
「ミラーズへの対処をどうするかは、これから考えることになったわ。
 次回があるけど、その時に話し合うことになってる」
「未来をどうする以前に、現在でやることのほうが多いね。」
「それで今度の会合だけど、キリカも一緒に参加してもらえる?」
「いいけど、ミラーズの調査結果でも話せばいいのかな」
「えぇ。それと、お願いしたいことがあるの」
「何をすればいいんだい?」

織莉子が話したのは、魔法少女の取材記録を残している、佐鳥かごめのことだった。
会合後の取材で自分が語った内容を語ると、興味なさげに返事をしたが、織莉子に
同行することは承知した。

「次の会合まで、私はどうすればいい?」
「栄総合学園の生徒に接触してほしいの。学び舎なら、アリナ・グレイに近しい人物が
 誰かしらいるはず。御園かりんという生徒が最有力候補なんだけど……」
「何か問題でも?」
「噂では行方不明らしいのよ」
「困ったものだね」
「栄総合学園の生徒と接触したら、アリナ・グレイと御園かりんの行方を尋ねてちょうだい。
 少しでもいい、情報が欲しいの。私も私で予知から何か探れないか、確かめてみる」
「分かったよ。だけど、無理はしないでおくれよ」
「無理は程々にしておくわ、キリカ」

その後、二人は遅めの夕飯を共にすると、一日を終えるのだった。
26 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:10:14.31 ID:vGK5oIj1O
それから数日後、思いもよらぬ方向へ事態は進む。
神浜市の外に、みかづき荘の住人が出かけていた時のことだった。
出先でインキュベーターの一個体が接触し、出会うなり一言告げた。




「ボクたちインキュベーターは、一部個体を残して撤退する」




突然すぎる宣言に、いろはが理由を問うと、エネルギー回収ノルマが突然達成されたという。
加えて、いろはたちに浄化システムを奪還された上に、神浜市に潜入していた個体がすべて消滅。
次の一手を打とうとしていたが、その必要がなくなったため、撤退することとなった。
魔法少女と人類種のその後を観測する、観測担当個体が、使用済みグリーフシード回収任務を兼任。
ほぼすべてのインキュベーターが星を去ると同時に、魔法少女の新規契約を恒久停止となることも告げられた。
しかし、一同は半信半疑で、インキュベーターへ次々に質問を投げる。

「信じられないよ、キュウべえ、本当にエネルギー回収は終わったの?」
「嘘をつく理由なんかないさ。僕たちは確かに、ノルマを達成した。
 本来、膨大な因果を背負った魔法少女が魔女にでもならない限り、
 こんな急なことは、起こり得ないんだけどね」
「一体、何が理由なのかしら?」
「それはボクたちも調査しているところだ。これが狙って起こせる事象なら、
 魔法少女システムに取って代わる、エネルギー回収方法となり得るだろう。
 ただ、特別なことでもなんでもない可能性もある。蓄積され続けた何らかの
 因果が満を持して実を結んだ、という可能性だって考えられる」
27 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:17:30.18 ID:vGK5oIj1O
「そんな都合のいいことが起きるものなの?」
「だから、ボクたちも驚いているんだよ」
「なーんか、裏がありそうだな。悪いことじゃなきゃいいんだけどよ」

「ボクたちがキミたち人類に、これ以上干渉する理由はない。エネルギー回収ノルマを
 達成してしまう量のエネルギー発生。これは、そう簡単に起こるようなものじゃないよ。
 これがキミたちに都合のいい理由で起きたことなら、今後はキミたち人類との関係も、
 今よりもいい関係になるかもしれないね」
「まったくだわ」
「ボクはまだ他に回るところがあるから、これで失礼するよ」
「な、なぁ、本当にこの星から出ていくのか?」
「観測担当個体は残るよ。グリーフシードの回収は、続けないといけない。
 だけど、それ以外の個体は数日中に撤退する。残る個体も、積極的に
 キミたちと接触することはないし、時期を見計らって撤退するよ」

最後にそれだけ言うと、インキュベーターは何処かへと去った。

「いろはさん。これって、織莉子さんの予知と何か関係があるんでしょうか?」
「ただの偶然とは思ないけど、判断はつかないな……」
「お姉ちゃん。キュウべぇちゃんは、何か企んでるわけでもなさそうだし、嘘は言ってないと思うよ」
「隠し事はしても嘘は言わないからね」

その後、みかづき荘に帰還したいろはたちは、思い思いに考えを述べた。
結論は出ないまま夕飯を迎えるが、新たな課題に直面したことに気づき、全員が表情を曇らせる。
28 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:22:16.86 ID:vGK5oIj1O
「大変ですよ、やちよさん。今後、新しい魔法少女が現れないということは、
 私たちは魔法少女最後の世代になってしまったということなんじゃ……」
「私も気づいた。この世界に残っているすべての魔女は、私たちで殲滅しないとまずいわ」
「私たちがいなくなった先で、魔女を倒せる人は出てこないだろうし、大仕事が降ってきたなぁ」
「軍隊だったら倒せそうだけど、都合よくいかねーよな。討ち漏らしがあったら、
 あの怖いねーちゃんが暴れる前に、人類全滅だぜ」
「未来の脅威もなんとかしないとですけど、今は目の前の問題が優先です」
「キュウべぇが撤退することは、キュウべぇがみんなに知らせてると思う。
 でも、残ってる魔女をどうするかまでは、話してないと思うんだ」
「残っている魔女の殲滅は、他の陣営の人たちも集めて、今後を話し合わないとね」
「それなら、いろはにはユニオン以外の代表との話し合いを任せる。私たちは、
 ユニオンの他のメンバーと、ユニオン以外の神浜の魔法少女に話を伝えるわ」
「分かりました。灯花ちゃんとねむちゃんにも相談して、今後のことを整理します。
 二人のところには、キュウべぇが行っていると思うので、すぐに話が分かるかも」
「ありがとう。あと、この前言っていた通り、時期が来るまで、他のメンバーには
 織莉子さんとの会合の内容は伏せておくわ」
「分かりました」

その日のうちに、いろはは灯花とねむに連絡を取り、後日、電波望遠鏡で話し合うことになった。
騒動で損傷した個所の修繕を進めていた二人は、いろはが訪れると作業を中断。
いろはは、電波望遠鏡に設けられていた灯花の私室に案内された。

「この前はお疲れ様。だいぶ修理が進んだんだね。きれいに片付いてる」
「ありがとう。ここまで直すのも大変だったんだよ。あちこちめちゃくちゃにされてたし」
「最初に荒れていた光景を目にした時、『そんがいばいしょーものだー!』って、憤慨してたからね」
「みかづき荘も留守にしていた間、ガラスが割られて侵入されてたんだ。
 私たちはガラスの修繕代を請求したよ。灯花ちゃんも機械の修理代を
 請求したほうがいいんじゃない?」
29 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:28:27.33 ID:vGK5oIj1O
「わたくしも、そうしたいところなんだけど、ここの機材はガラスの何十倍もするんだよ。
 請求しても壊した本人に払えっこないし、連帯責任として、ネオマギウスのリーダーに、
 別の方法で補填してもらうよ」
「どうするの?」
「マシン開発で魔法少女の能力が必要になるんだけど、それに協力してもらうんだよ」
「藍家ひめなの能力は合成。魔法少女同士の能力を合成できるんだ。機材の修繕代を
 請求したら払えそうな子は、何人か心当たりがあるけど、未来のことを考えるなら、
 能力で協力してもらうほうが都合がいいと判断したんだ」
「そうか、そういう方法で協力してもらうほうが、今後が楽だね」
「桜子から魔法少女の能力を組み合わせる話が出たけど、その意見を汲んだんだ。
 能力を組み合わせるだけではうまくいかないから、マシンと組み合わせることにしたの。
 ところで、お姉さま。今日は相談があるんでしょ?」
「そうだった。そのことなんだけど……」

いろはは、ユニオンと他陣営のリーダー同士による、会合の開催を相談した。
二人の元には、いろはの予想通りキュウべぇが既に訪れていたらしく、二人とも
これから同じ内容を、いろはたちに相談しようとしていたらしい。

現在世界に生き残っている、最後の世代となった魔法少女は、いずれ全員が世を去る。
その後に魔女が一体でも残っていた場合、誰にも魔女を倒せない可能性が考えられた。
世界に残っている魔女を殲滅するため、国内と海外の魔法少女と協力が必要になるが、
どのような計画を立てるべきが、考えが纏まらない。特に海外の魔女を殲滅するには、
国内以上の困難が待つことは予想していると伝えた。
30 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:32:41.07 ID:vGK5oIj1O
「まずは浄化システムを、最低でも惑星全土に広げないと、話は前に進まないと思うよ」
「全部の魔女を倒さなきゃだけど、グリーフシードが足りなくなるからね」
「ただ、最後の世代の全員が、すぐに戦えなくなるわけではない。時間の猶予はまだある」
「わたくしたちが今すぐできることは、素案を出すことくらいだにゃー。それでもいい?」
「助かるよ。灯花ちゃん、ねむちゃん」
「これは、僕たちの贖罪でもある。良かれと思って行ったことの多くが裏目に出た。
 みんなにかけてしまった迷惑を少しでも償いたい」
「わたくしも、ずっと守ってもらってばかりだったし、お姉さまの役に立ちたいからね」
「|ただいま、灯花、ねむ……いろは?|
「桜子ちゃん、こんにちは」
「|こんにちは。いろは、ういはいないの?|」
「ういは、やちよさんたちと一緒に別件で動いてて、今日は来てないんだ。
 私は二人に相談したいことがあって来たの」
「|そうだったんだ。でも、いろはと会えて嬉しい||
「桜子。頼んでいたものは揃ったかい?」
「|うん。これがそう|
「ありがとう。これで選定が進められるよ」
「選定?」
「ユニオンと他陣営の魔法少女の情報をまとめてもらった。 
 魔女殲滅とマシン開発に備えて、今後の計画に必要になる
 魔法少女の能力を、リストアップしようと思って」
「マシン開発は、まだ決まったわけじゃなかったような……」
「決まった時に備えての準備だね。いざマシン開発が決まってから
 用意をしていたら遅いし、もしマシン開発がお蔵入りになっても、
 別のことに転用できるから、時間は無駄にならないんだよ」
「流石だね、二人とも」
31 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:36:28.23 ID:vGK5oIj1O
「|灯花、ねむ。計画に名前を付けるのはどう?|」
「名前かー。確かに世界の魔女殲滅だとか、未来の脅威対策だとか、一々言うのも億劫だにゃー」
「前者の魔女殲滅は国内をW−1計画、海外をW−2計画、後者のコールドスリープはW−3計画、
 というのを考えてみたよ。思い付き程度だけど、どうかな?」
「|私はいいと思う|」
「わたくしも、それでいいかな。Wは何の由来?」
「W−1とW−2は魔女を意味するウィッチ、W−3は世界の未来を救うという意味で、ワールドから取ってみたんだ」
「私も、ねむちゃんの案で賛成だよ」
「じゃあ、それで決まりだね。今後はW−1、W−2、W−3で統一。この三つをまとめてW計画と呼ぶことにするよ」

その後、相談は終盤を迎えて織莉子との会合とは別に、会合の開催が決まった。
場所はみかづき荘、出席者は各陣営のリーダーとし、出席不可の場合は代理人が出席。
開催日はこれから決定するものとし、W計画を会合の議題とした。

「これから伝えることは、あくまでも素案だから、変更が加わることを想定しているよ。
 会合にいきなりで改めて決めてほしいな。草案が作成できるのが理想だけど、
 たった一日でそこまでいけるとは思えない」
「魔法少女とこの世界の運命が決まろうとしてるんだもん。いきなり結論は無理だね」
「とにかく、会合が散会したら、どんな案が出たか連絡が欲しい。
 僕たちが捕まらなかったら、桜子に連絡をしてくれてもいい」
「|いろはからの連絡は、いつでも受けられるようにしておく|」
「必要になる魔法少女の能力だけど、まだその中の誰にも承諾をもらってないし、
 交渉はお姉さまにお願いすることになるけど、それでもいいかな?」
「あまり広く話を広げると、余計な混乱が起きるかもしれないけど、話をしないことには前に進まないからね」
「これが素案だよ。帰る前に目を通してみて。どう交渉するかはお姉さまに任せるね」
32 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:39:06.30 ID:vGK5oIj1O
■W−1素案
浄化システムが惑星全土に広がった後にW−1、W−2を実行に移す。
国内の魔女殲滅であるW−1は、各陣営が各々のテリトリー内の魔女を殲滅。
殲滅完了後、テリトリーと隣接する地域の魔法少女と接触し、W−1の内容を伝えた後、
現地の魔法少女と協力して魔女を殲滅。一つの地域で殲滅完了、もしくは完了が近いと
体感的に判断次第、隣接する地域へ移動する。
魔女を倒した際、魔女がグリーフシードを落としたら相手側に譲るものとする。
ただし、相手側から譲られた場合のみ、受け取るものとする。
W−1完了、もしくは体感的に完了と判断次第、W−2へ移行。

「浄化システムのことだけど、広げる方法は分かったの?」
「それがまだなんだよ。バタフライエフェクトに、広げられる可能性があるとは
 睨んでるいるよ。どうやってそれを発生させるか、考えているところなんだよ」
「五里霧中の状態から暗中模索の段階には進んだかな。でも、解決への道筋は
 見つかっていないんだ」
「ここの修復が済んだら、小さいキュウべぇを調べて手掛かりを得るつもりだよ。
 今週中に修復を完了させて、来週中に稼働試験をしたら、借りてもいい?」
「私は構わないけど、帰ったらみんなに相談してみるね」
「浄化システムが広がった後なら、ドッペルを使いすぎない限りは安全だよ。
 現状、浄化システムの範囲外の魔法少女は、システムの存在を知らないか、
 知っていてもドッペルの存在は知らなかったり、ドッペルがどんなものか
 分からない子が多いはずだもん」
「グリーフシードは、ドッペルをなるべく使わずに済むようにするために譲るんだね」
「そのほうが余計な衝突は起きなくて済むはずだからね」
「W−2は国内と違って海外が舞台だ。海外で動くとなると様々な問題が立ち塞がる。
 それにどう対処するかは、W−2素案の中にまとめてあるよ」
33 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:41:14.05 ID:vGK5oIj1O
■W−2素案
公共の交通手段による移動は、経済的負担の高さから現実的ではない。
移動手段は魔法少女の能力で解決することを前提とし、言語の壁も同様とする。
現地で活動する際は、現地の魔法少女と接触して連携する。
行き先の選定は時差と文化、同行者を考慮し、日常生活に支障が出ない範囲で
魔女殲滅にあたり、可能であれば国内で行き先となる国の出身者の協力を得る。
グリーフシードの扱いは、W−1と同様とする。

「魔女殲滅の部分はW−1と同じだけど、そこに至るまでが問題だね」
「ところで体感的っていうのは?」
「魔女殲滅が完了したかを明確にするすべがないから、そういう書き方になったんだ。
 最終的には、各地域の魔法少女が決着をつけるのが望ましい。土地勘のない場所で
 僕たちが活動を続けるのは危険だからね」
「そうだね…こっちの資料は?」
「それにはW−1、W−2で、協力を得たい魔法少女をリストアップしてあるよ」
「どちらも協力を要請する人は同じなの?」
「うん。そのつもりでリストアップしてみたんだ」

■W−1、W−2運営に必要となる魔法少女とその能力
・支援チーム
保澄雫  :空間結合
綾野梨花 :心変わり
若菜つむぎ:魔翌力吸収
胡桃まなか:伝搬
七瀬ゆきか:受難
竜城明日香:規律順守・人命救助
美凪ささら:悪を引き寄せる・人命救助
佐鳥かごめ:風の伝道師のウワサ

・戦闘チーム
環いろは
梓みふゆ
十咎ももこ
水波レナ
秋野かえで
34 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:43:59.14 ID:vGK5oIj1O
■能力選定の理由
空間結合:
海外の魔女殲滅には、現地への移動手段が第一の問題となる。
離れた地点間を瞬時に移動できる能力が、迅速な魔女殲滅に繋がることに期待できる。

心変わり:
魔女のターゲットを変更させることに期待できる。

魔翌力吸収:
魔女からの攻撃を吸収して変換した魔翌力が、魔翌力収集の手段になることに期待できる。

伝搬:
風の伝道師のウワサが翻訳した言葉を、自分たちと相手に伝搬させることで、
コミュニケーションの敷居を下げことに期待できる。

受難:
みふゆの報告によると、願った内容の影響でトラブルに巻き込まれやすくなっており、
日々の苦労が絶えないが、それにより隠れている魔女を引き寄せることに期待できる。
ただし、気質の影響で戦闘の激化を避けられない可能性が高い。魔女を炙り出した後は、
本人を極力、結界の外へ退避させることが望ましい。

規律順守:
海外の魔女殲滅は、魔法少女最後の世代逝去後、世界に魔女を一体も残さないためであり、
異国の魔法少女が持つテリトリーを侵害するものではない。異国の魔法少女との交渉時に、
双方のテリトリーを侵害しないこと、グリーフシードを譲ること等を決めた後、決め事を双方が
守るようにすることに期待できる。
35 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:46:23.12 ID:vGK5oIj1O
悪を引き寄せる:
七瀬ゆきかのトラブル気質と目的は同じであるが、魔女を引き寄せつつ戦闘の激化を回避し、
本人にも戦闘に参加してもらうという点では異なる。海外で戦闘を激化させてしまい、死者を
出してしまった際、責任の所在を巡って魔法少女同士の国際問題となってしまう。そのため、
問題発生時のリスクを抑えるべく、W−2への選抜理由となった。

風の伝道師のウワサ:
佐鳥かごめに憑依する当該ウワサが、異国の魔法少女の言葉を翻訳することで、
異国の魔法少女との意思疎通を、円滑に進められることに期待できる。
ただし、佐鳥かごめは魔法少女として契約間もないことに留意。

「魔女退治のために、飛行機や船で移動したり、現地に宿泊するのは
 現実的じゃなかったけど、雫ちゃんの能力なら解決できそうだね」
「僕たちは魔法少女全員の能力を、正しく把握しているわけではない。
 こういう能力だろうという予想が混ざっているから、実際の能力の
 確認が必要になるんだ」
「確認って言っても、説明してもらうだけでいいんだけどね」
「言葉の翻訳は風の伝道師のウワサに手を加える。翻訳の補助として胡桃まなかの、
 伝搬の能力が役に立つかもしれない。と言っても、伝搬の能力が、僕の予想通り
 であればの話だけど。かごめの取材も、きっと今より進むだろう」
「若菜つむぎの魔翌力吸収は、吸収出来る魔翌力が大きいなら、胡桃まなかを通じて
 協力を得たいね。どう吸収するかは分からないけど、もしマシンを開発したら、
 今度は稼働させるわけだし、そうなったら たくさんの魔翌力が必要になるもん」
「梨花ちゃんの能力はどういうこと?」
36 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:48:49.20 ID:vGK5oIj1O
「本当は敵意を向けてくる魔法少女相手に使って欲しいのだけど、そのような使い方は
 拒むだろうと考えたから、期待を込めてそのような書き方になった」
「梨花ちゃんだったら、きっとそう思う。W−2のメンバーだけど、少なくない?」
「あまり人数が多すぎると、相手にあらぬ誤解を与えるかもしれないから、
 少数精鋭で部隊を構成することにしたんだよ」
「規律厳守……明日香さんは道場があるし、ささらさんも来てくれるかな?」
「竜城明日香は、師範代としての立場もあるし、ずっと道場を離れるわけにもいかないはずだ。
 交渉に協力してもらうだけでも構わない。美凪ささらは、戦闘よりレスキューがメインだね」
「受難って、却って危ないことになりそうな気がする……」
「いろはお姉さんの気持ちも分かるよ。でも、確実に魔女を倒き切りたいから、協力を仰ぎたい」
「わたくしたちが置かれている状況を考えると、本人には災難だと思うけど、利用価値があるよ」
「ただ、本人は受難によるトラブル気質を酷く気にしている。交渉に赴くときは、みふゆが一緒だといいかもしれない」
「みふゆさんは、薬学部の受験を控えてなかった?」
「わたくしが作った模試もA判定が出せるほどになったから、駆り出してもいいよ。
 浪人で借りのある身分なんだから、こういう時は協力してもらわないとね」
「話は今日中に僕たちから通しておくから、いろはお姉さんの都合がつく日に、
 お姉さんからみふゆに声をかけてくれればいいよ」
「それなら、週末に交渉に行くつもりだから、帰ったらみふゆさんに電話する。
 私以外のみかづき荘のみんなは、どうするの?」
「国内に残って、七瀬ゆきかと共に、隠れている魔女の炙り出しをするんだよ」
「支援チームは、W−2で戦闘チームの移動や、交渉時の翻訳などを手助けしてもらう。
 戦闘チームはその名の通り、戦闘に専念してもらいたい。ただ、いろはお姉さんには、
 ユニオンの代表として、海外の魔法少女に、みふゆと一緒に交渉してほしい」
「分かった。こっちの案はマシンに関係するものだね」
37 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:50:37.74 ID:vGK5oIj1O
■W−3
・計画運営に必要となる魔法少女とその能力
環いろは :蘇生
七海やちよ:継承
由比鶴乃 :幸運
伊吹れいら:浄化
鞠子あやか:事実をジョークにする
御園かりん:物体に魔翌力を与える
粟根こころ:耐久
三栗あやめ:守護
阿見莉愛 :隠蔽
呉キリカ :速度低下
紅晴結菜 :対象変更
時女静香 :七支刀を構成する素材
藍家ひめな:合成
氷室ラビ :概念強化

蘇生:
損傷したソウルジェムを修復する回復力の高さは、コールドスリープ中に
ソウルジェムへ損傷が発生した際の対策として期待できる。

継承:
能力者本人は、死んだ仲間の力支えられて数多の戦いを生き延びた。
現在を生きる魔法少女は、脅威が訪れる未来までの間に、避けられぬ必然に直面する。
後述する対象変更により、要員が生き残れることに期待できる。
38 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:51:52.21 ID:vGK5oIj1O
幸運:
超長期間のコールドスリープは前例がない。
未来で無事に目を覚ませる絶対の保証もない。
幸運の能力は、有事回避の確率向上を期待できる。

浄化:
超長期間に渡るマシンの運用において、マシンの経年劣化は避けられない。
悪い状態を元に戻すという性質が、経年劣化したマシンを復元することを期待できる。

速度低下:
生きている以上、要員の身体の経年劣化もまた避けられない。
過去に対峙した際、発揮された効果を顧みるに、身体の老化を最大限遅延させることに期待できる。

事実をジョークにする:
マシンと要員の安全を確保するためには保険も必要となる。
各々の経年劣化とは別に、有事の際は有事をジョークとすることが期待できる。

物体に魔翌力を与える:
魔法少女の標準的能力の一つだが、選定対象となった魔法少女の能力は、
魔翌力を与えた物体を操る。魔翌力を付与したマシン操作の助けとするため、能力の応用が期待できる。

耐久:
本来、この能力は能力を持つ本人に対して発動する。
後述する対象変更を用いてマシンへ付与することで、耐用年数延長を期待できる。
39 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:52:53.35 ID:vGK5oIj1O
守護:
本来、この能力は能力を持つ本人に対して発動する。
後述する対象変更を用いてマシンへ付与することで、有事への防衛を期待できる。

隠蔽:
マシンを収容している場所を、外界から隠せることへ期待できる。

対象変更:
有形無形を問わず、行動結果を齎す先を変えられる能力は、過去に対峙した際、
発揮された効果を顧みるに、魔法少女の能力発動先も変えられる可能性がある。
前述した耐久と守護の能力を、マシンへ変更できる可能性に期待できる。

七支刀の素材:
マシン開発に必要な素材は、魔翌力を溜めることができる素材が望ましい。
歴代の魔法少女の魔翌力を蓄えてきた刀を構成する素材は、マシン製造に
必要な素材開発のヒントになることに期待できる。

合成:
上記能力を合成してマシンへ付与することで、超長期間稼働と
それに耐えうるマシン開発実現に期待できる。

概念強化:
合成する対象の能力を強化することで、マシンの完成度を高めることに期待できる。
40 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:54:49.21 ID:vGK5oIj1O
「私たちの能力が含まれてる?」
「うん。お姉さまの能力は、ソウルジェムを治せるくらい強力だからね」
「他の魔法少女の能力も、マシン開発に必須となると考えているんだ。
 ただ、全員の協力が得られるとは限らないし、僕たちの能力の解釈が
 間違っていたら考え直さないといけない」
「私は構わないよ。やちよさんと鶴乃さんは、多分協力してくれると思う。
 あとは他の魔法少女が協力してくれるといいんだけど、七支刀の素材は
 静香ちゃんと相談しないと難しそう」
「協力を得られなかった時も、別の方法を考えるしかないね。これは、
 あくまでも素案でしかない。変更が加わることを前提としているよ」
「これだけみると、マシン開発は決定しているように見えるね」
「まだ決定はしていないよ。万が一への備えとして用意しているだけだ。
 W−3は実行に移さなくても済むのなら、それに越したことはない。
 現在でアリナを発見さえできればだけど……」

アリナは依然行方不明。鏡の魔女結界は、記憶を読み取られる問題がある。
その対策もまだ立てられていないため、現状、調査に入ることができない。

日を改めて行われる、織莉子を交えた会合で上る議題は二つ。
一つはアリナ発見の方法、もう一つは鏡の魔女の記憶読み取り対策。
会合の結果次第で、W−3を実行に移すか否かが決まる。
アリナ発見の方法に結論が出るまでは、ねむは準備をするだけと言ったが、
アリナ発見に至らなかった場合、W−3を実行に移す可能性が濃厚だった。
41 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:56:28.68 ID:vGK5oIj1O
「考えてみたんだけど、マシンの開発を伏せたまま相談するのは、難しいと思うんだ。
 どうして能力が必要になるか問われたら、どう答えたらいいか分からないよ」
「……やっぱり、そうだよにゃー。この前の会合で、時期が来るまで伏せておくって
 言ったけど、誤魔化そうとしたら、却って失敗しちゃいそうだよ」
「…………仕方ない」
「ねむ?」
「……次の織莉子との会合で、アリナ発見を断念せざるを得なくなったら、
 マシン開発に踏み切ろう。W−3の存在は、マシン開発に協力が必要な
 魔法少女にのみ打ち明ける」
「ミラーズ対策のためだよね」
「その通り。W計画の存在自体、知ってる人は最小限に抑えたいもん」
「いろはお姉さん。帰ってみふゆと連絡を取ったら、W−1、W−2実行にあたって、
 協力を得たい魔法少女と交渉をお願いするよ」
「分かった。W−3は、織莉子さんとの会合の結果次第だね?」
「うん。マシン開発が決定したら、改めてみふゆと一緒に交渉してほしいんだ。
 何度か言ってるけど、もし断られたら、その時は別方法を考えるよ」
「あと、ミラーズのことなんだけど、会合の記憶を読み取られたら、この時代で
 アリナさんを見つけられなくなる。フェリシアちゃんの能力に頼る方法だけど、
 他に何かないかな。それに、全部の魔女を倒すなら、鏡の魔女は最後かな?」
「記憶の読み取りに対する対策は、深月フェリシアを頼る方法を保留している。
 他に方法があるかは分からないから、これから考えるしかない」
「出入りする人に結界を纏うとかで、記憶の読み取りを防げればいいのに……」
「お姉さまの言う通りだけど、それができる可能性があるのはアリナなんだよ……」
「困ったものだねー」
「魔女を倒す順番はミラーズが最後になるね。その辺りも計画をきちんと組まないと。
 記憶の読み取りへの対策もあるし、鏡の魔女を倒す人員も考えないとだよ」
「|三人とも。話し合っているところ悪いけど、もう日が傾いてる|」
「もうこんな時間だったんだ!?どうしよう、今日は私が帰りに買い物に行くんだった」
「それなら、今日はこれでお開きにしておこう。お姉さま、交渉の件はよろしくね」
「みふゆにはこれから連絡するよ」
「うん。それじゃ、私はこれでお暇するよ」
42 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:57:47.21 ID:vGK5oIj1O
灯花とねむに相談を終えると、いろはは電波望遠鏡を後にした。
里見メディカルセンターへ向かうと、最寄りの駅が終点のバスに乗車する。
バスに揺られている間、いろはは今後について一人思案を巡らせた。
ここ数日間で得た情報を整理し、それを基に優先順位を組み立てる。

W計画に協力が必要な魔法少女との交渉、鏡の結界の記憶読み取り対策、
行方不明中のアリナ捜索、W計画の遂行……

目の前に迫る問題として、まずは灯花とねむから受け取った素案を基に、W−1、W−2へ
協力を得たい魔法少女との交渉。織莉子との次回会合前に、各陣営のリーダー同士の会合を
みかづき荘で開催。会合の結果は灯花とねむに報告し、W−1とW−2のスケジュール作成。
アリナ発見を断念せざるを得ない場合は、W−3の保留を解除。その後は、W−3へ協力を
得たい魔法少女と交渉。と、そこで以前、灯花とねむと交わした会話を思い出す。

(マシン開発が決定したら、誰を未来に送るかも決めないといけないんだ……)

気付けばバスは終点に到着し、降りる頃には空が夕焼けに染まっていた。
バスを降りて電車に乗車すると目的の駅で下車し、新西区の商店街へ向かう。
その道中、背後から声をかけられた。

「やちよさん」
「いろは、おかえり」
「ただいま。やちよさんも、今帰りだったんですね」
「えぇ。みんなには先に帰ってもらって、私が買い物に来たのよ」
「すみません、今日は私が買い物担当だったのに」
「私こそ、配慮が足りなかったわ。でも、こうして帰路で会えるなんてね。
 このまま一緒に買い物をして帰りましょう」
「はいっ!」

やちよと合流したいろはは、二人で買い物を済ませて帰宅した。
夕飯の支度中、灯花とねむへの相談結果を報告する旨を告げると、
みふゆへ連絡後、お互いに成果を報告し合うことになった。

夕飯後、いろははみふゆに連絡し、交渉の件を切り出した。
43 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/26(火) 20:58:35.77 ID:vGK5oIj1O
本日はここまで。続きは明日以降に。
44 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 22:33:15.24 ID:1bYMbS4jO
>>42からの続き

『灯花から話は聞いています。今週の休日、一日空けておきますよ』
「助かります、みふゆさん」
『魔法少女との交渉を予定していると聞いていますが、もう少しお話を聞かせて下さい』

いろはは、電波望遠鏡で話し合った内容を伝えた。
W計画の内容と、計画運営に魔法少女の協力が必要で、その魔法少女と交渉したいこと。
みふゆは電話の向こうで考え込むように唸ると、やがて返答した。

『一人一人を個別にあたると、一日で終わりませんね。
 衣美里さんの休憩所に集まってもらって、そこで話をすることを提案します。
 本当は、みたまさんの調整屋で集まれるといいのですが……』

八雲みたまは和泉十七夜と共に戻って来たものの、取り込んでいたキモチの影響を
懸念して調整屋を休業しており、八雲みかげの心情を考慮して自宅で過ごしている。
和泉十七夜も自宅に帰っているが、みたまと同じくキモチの影響を考慮し、彼女は
魔女退治を控えていた。

「当日会いたい人たちには、私から連絡をしますね」
『水名学園の方には、ワタシから連絡しておきますよ』
「いいんですか?」
『ワタシは水名のOGですから、話も通しやすいと思います。
 いろはさんは、雫さんと梨花さん、ささらさん、かごめんさん、
 あとは衣美里さんに今日のことを話してもらえませんか?』
「分かりました」
『それから、一つ提案があります』
「なんでしょうか?」
45 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 22:35:24.79 ID:1bYMbS4jO
『やっちゃんとお話ししたいのですが、代わってもらっていいですか?』
「はい。それで、提案とは?」
『あの、ですから、やっちゃんと代わってもらえますか?』
「あ、はい…分かりました…」

その後、いろははやちよと電話を代わり、やちよがみふゆと電話で会話した。
みふゆの提案とは、灯花とねむの素案の確認、いろはと交渉内容の話し合い、
内容次第で代案の作成、みかづき荘での宿泊だった。
会話の中で、休憩所へ向かう前日、みかづき荘をみふゆが訪れることが決まる。
しかし、やちよは宿泊の必要性に疑問を呈した。

『灯花とねむが渡した素案を先に見ておきたいんです。あの二人のことですから、
 内容が人の心情を考慮しないものかもしれませんので』
「それは分かるけど、なんで宿泊まで?」
『話し合いは長時間になると思いますし、たまにくらいいいでしょう?』
「部屋はどうするのよ?」
『んー、ワタシ、やっちゃんと同じ』
「二葉さんと相談して相部屋してもらうわ」
『えー、ワタシはやっちゃんと一緒がいいのに』
「とにかく、二葉さんと一緒の部屋でお願いね」
『もう、分かりましたよ』
「夕飯はちゃんと用意してあげるから」
『楽しみにしていますね。おやすみなさい』

みふゆとの通話を終えた後、やちよは全員に会話内容を伝えた。
さなはみふゆとの相部屋を承諾したが、さなはやちよに理由を尋ねた。
46 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 22:37:01.56 ID:1bYMbS4jO
「みふゆと二葉さんは母校が一緒だから、共通の会話を見出せると思ったのよ」
「私の知らない、みふゆさん在籍時の水名のこと、聞けるかもしれませんね」

その後、その日の成果について、いろはとやちよは報告し合ったが、
進展するのはこれからという現状確認に留まった。

「こちらも、他のメンバーには伝え回ったわよ」
「私たちがみんなに会ったとき、キュウべぇの話はもう伝わってたから、
 話はしやすかったね」
「いろはは今日、あいつらに会ったんだろ?どうだったんだ?」
「W計画が何とかって聞きましたけど……」

いろはは、順番が前後したことを断ると、灯花とねむから受け取った素案を全員に渡した。
やちよから鶴乃、フェリシア、さな、ういの順番に素案が渡ったが、事前に素案のコピーを
取っておかなかったことを悔やんだ。

「壮大な計画ね。W計画を実行に移せるかは、浄化システムが惑星全土に
 広がげられるかにかかってるから、まだ始めることは出来ないけど」
「システムが広がらないことには、企画倒れになっちゃうよねぇ。
 計画が立ち上がったってことは、広げるあてが何かあるのかな?」
「電波望遠鏡が元通りになったら、小さいキュウべぇを貸してほしいって言ってました。
 キュウべぇが何か残しているかもしれませんし……」
「あいつがそんなことするタマかよ」
「でも、調べてみる価値はあるんじゃないかと思います」
「手掛かりって言ったら、小さなキュウべぇちゃんしか思いつかないもんね」
47 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 22:38:53.31 ID:1bYMbS4jO
「システムのことは、灯花ちゃんとねむちゃんに頼るしかないと思う。
 私たちは、システムが広がった前提ですけど、W計画をどう進めるかを
 考える方向で話ができればと思います」
「いろはの言う通りよ。私たちではシステムを広げる方法は思いつかない。
 小さなキュウべぇを里見さんたちに預けるのは、チームをみかづき荘を
 代表して許可するわ」

やちよ以外のみかづき荘の住人も、小さいキュウべぇの貸与に同意し、話はW計画に移った。

「それで、計画のことだけど、W−3にあるコールドスリープマシンの件。
 開発はもう内々定してると思う。私は開発に協力するわ」
「私も開発に協力するよ。誰が未来に送られるかは、まだ分からないけど」
「やちよと鶴乃はいいみてーだけど、他のやつらは協力してくれるのか?」
「時期が来てないからは話はできませんし、協力してもらえるといいんですけど……」
「お姉ちゃん。W−3…マシンの開発で交渉するのは、まだ先なの?」
「うん。まずは魔女殲滅が優先だから、そっちが落ち着いてからだって」
「魔女殲滅…国内の方はW−1って呼べばいいんだっけ。計画を進めるうえで、
 ウワサ調査の時のデータファイルが、再び役に立つかもしれないわ」
「ファイルの中に、インタビュー相手と相手の出身地の記録があるんだよね」
「怖いねーちゃんが見つかれば、マシンは作らなくていいんだろ」
「アリナのことは、織莉子さんの調査がうまくいけば、今後の負担も変わりますね」
「お姉ちゃん、織莉子さんとは、あれからどうなってるの?」
「アリナさんの件で、調査の進捗を連絡してくれてるよ。アリナさんが通ってる
 栄総合学園の生徒に、キリカさんが接触してるんだって。他にも実家や学校、
 美術館とか、国内や海外で旅行に行った場所とかもあたってるそうです」
「織莉子さん、海外まで探しに行ってくれてるの!?」
「アリナさんが行ったことがある場所は、現地に知り合いがいたらしくて、
 その方を通じて情報をもらったそうです」
「そこまでしてくれてたなんて……」
48 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 22:45:23.93 ID:1bYMbS4jO
「あとは、アリナさんの周辺人物で予知をしようとしてるみたいですが、
 アリナさんとは関係ないことばかり、予知してしまうと……」
「そこまでして見つからないなら、アトリエに引っ込んでるんじゃないなぁ」
「オレはミラーズの方が怪しそうだけどな」
「そのミラーズには、対策を立てるまで入れませんし……」
「そういえば、かりんちゃんから前に、アリナさんがミラーズで自分の記憶を
 探してるとか聞いたような……」
「そうなると、フェリシアちゃんの言う通り、ミラーズの方が怪しそうだよね。
 こっちの記憶を読み取って対策してくるとしたら、アトリエより確実かも……」
「ミラーズと言えば、鏡を通じて別の世界に行ってたりなんてしたら、
 それこそどうにもならないわね。……いや、まさかとは思うけど」
「やちよさん?」
「……アリナは既に、ミラーズを通じて未来に渡ってるんじゃないかしら?
 どうやって百年もアトリエで待つのか、ずっと疑問に思っていたんだけど、
 アリナだって年齢を重ねれば老いるし、いずれ寿命を迎えれば死ぬはずよ。
 仮にアリナが地道に百年を生きたとしても、ベストアートを創造する力が、
 アリナに残っているとは考えられない」
「ねむにミラーズの話をされたときは考えてなかったけど、アリナが未来に
 通じてる鏡を見つけてる可能性もあるんだよね……」
「誰にもつからないアトリエなんて話が出てから、そっちに気を取られてたぜ」
「ミラーズとアリナの利害が一致してるなら、やちよさんの考えも一理あります。
 アリナにミラーズが協力しているとしたら、時間を待たずに百年後へ渡れる」
「もしアリナさんが既に、ミラーズから未来に渡ってるとしたら、この時代に
 帰って来ないと思うんだ。もし、未来に繋がる鏡を見つけて破壊できるなら、
 織莉子さん予知した未来を、なかったことにできそうなんだけど」
「でも、まだそうとは決まってないし、これから交渉と会合もあるよ。
 アリナさんも発見できる方法も、見つかるかもしれない」
「アリナさんのことは、確定した話じゃないよね?」
「そうだよ、うい。私たちには今すぐやることがある。今はそっちに集中しよう」
「そうね。一応の方針が決まったところで、そろそろ夕飯にしましょう。
 今週の休日だけど、みふゆと一緒によろしくね、いろは」
「分かりました」
49 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 22:47:20.12 ID:1bYMbS4jO
その後、いろははW−1、W−2の支援チームとして名前が挙がった魔法少女に、
メールで連絡を取ると、希望日に全員の予定が空いていた。エミリーの休憩所で
全員と会いたい旨を伝えると、衣美里の了解を得られてからということになった。
いろはは衣美里にメールで通話の許可を得ると、衣美里に電話で連絡を取った。

『ろっはー、何かおっきなこと考えてるっぽい?』
「そんなところだよ。キュウべえがこの星から撤退なんて言うからドタバタしてて」
『聞いた!聞いた!今日なんか、珍しくあきらっちがチュンチュン連れてきてさ。
 なんか、あきらっちたちも、動いてるみたいなんだよね』
「常盤さんのグループが何かしようとしてるとか?」
『そうっぽいね。キュウべぇがいなくなるって言った日から、ヤのつく人の動きがヤバイって』
「私のほうでも、かこさんから聞いたよ。それで、今は自分たちに関わらないでほしいって」
『こっちにも、同じこと言いに来た。あきらっちたちは、裏のこと色々知ってるっぽい』
「魔女のことばっかりで、そっちのことは全然考えてなかったよ」
『魔女が絡んでんのかなー?あきらっちたちが、ずっと前から動いてるみたい。
 裏のことは任せちゃってもいいんじゃね?』
「その方がいいかもしれない。やちよさんにも、そのことは伝えてみる。
 それと、今日は急なお願いなのに、本当にありがとう」
『あーしはいいの!だけど、みんなにはもう相談してあんの?』
「うん。時間が分かれば、当日会ってくれるって、全員から返事をもらえたよ」
『それならオッケー。時間はメールするから、それじゃ、おやすみ』
「はい。おやすみなさい」

時間は衣美里に合わせて設定し、その時間に集まることを決め、衣美里との通話を終えた。
当日に集まる魔法少女に、集合時間をメールすると全員が承諾。
やちよたちにその旨を報告すると、予定が決まったところで、各々が自室に戻った。
が、いろははやちよを呼び止めて、やちよの部屋で二人で話したい旨を伝えた。
内容は、先ほどの木崎衣美里との会話で話題に上った、犯罪組織の件だった。
50 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 22:54:26.12 ID:1bYMbS4jO
「そういえば、ニュースで度々見かけるようになったわね。以前は、一個人の犯行が
 報道されることが多かったけど、最近は暴力団絡みの落命事件が増えたわ。それも、
 時期がキュウべぇが撤退宣言した頃と重なってるの」
「ご存知だったんですね」
「そちらまで気が回ってたわけじゃないのよ。ただ、本当に事件が増えたなって。常盤さんたちのほうが
 詳しそうだけど。これもキュウべぇの撤退と、何か関係してるのかしら?」
「偶然とは思えないタイミングですし、私は関係があると思います」
「これを機に、常盤さんたちとの会合の場も、一度持ちたいところだわ」
「学校で、かこさんと会ってみて、話ができないか確認してみます」
「お願いするわ。あとは、他に何かある?」
「お話ししたかったことは以上です。おやすみなさい」
「おやすみ、いろは」


翌日。
いろはは、通学先である神浜市立大附属学校にて、夏目かこの姿を探して声をかける。
同じ学び舎に通っているものの、会話の機会が少なかったこともあり、些か会話がぎこちなく、
本題を切り出すだけでも時間を要した。だが、犯罪組織の事件の話をすると、空気が変わった。
最初は言い淀んでいたが、いろはが衣美里に、かこと話をしたと言うと、呆れ気味に口を開いた。

「前から思ってましたけど、いろはさんって、強引ですね。見切り発車なんてよくないと思います。
 ブラフだなんて……。口止めされてる手前、多くは話せませんけど……」

かこ曰く、ユニオンが先の抗争の対応に追われている間、常盤ななかと静海このはのグループは、
神浜市内で暗躍する犯罪組織の動きを追っていたという。
51 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 22:57:41.21 ID:1bYMbS4jO
「これは、純美雨さんが魔法少女になった経緯とも関係があります。美雨さんの許可を
 得ていないので詳細は語れませんが、南凪区で数年前、警察と犯罪組織がグルになって、
 蒼海幇を追い込んだ事件がありました。最終的には、返り討ちにしたんですけど」
「初めて聞く話だよ……」
「いろはさんが神浜に来る前のことですから、知らないのは無理もないですよ。
 事件発覚当時は、大々的に報道された事件で、今でも特番が組まれることが
 あるくらいです」
「その時の犯罪組織が、最近頻発してる事件と関係してるのかな?」
「それらしい痕跡が見つかっています。まるで、見つかることを前提にしてるみたいな形で」
「調査されることを見越して事件を起こしてるのかな?」
「美雨さんの見解では、神浜市への復讐が目的ではないかと。お話しできるのは、これくらいです」
「ありがとう、かこさん」
「もう二度とブラフなんてしないでください。次は教えませんよ。ついでで、他に何かありますか?」
「今後を見据えて、常盤さんたちと一度、会合の場を持ちたいって思ってる。 かこさんから常盤さんに
 話をしてもらうことは出来るかな?」
「はぁ…。一応、話はしてみますけど、ななかさんの意向で、他の方を巻き込まないことになってます。
 断られるかもしれませんけど、それでもよろしいですか?」
「ダメな時は考えるよ。話をしてもらえると助かる」
「分かりました。放課後、屋上に来てください」

かことの会話を終えると、いろははやちよにメールを送った。
会合を断られた際は、相手の意思を尊重し、自分たちはW計画に注力するとの返信があった。
常盤ななかの回答は、その日の放課後、屋上でかこを通じて受け取ることになる。
神浜市で起きている暴力団絡みの、一連の事件の調査は、ななかたちで調査を進めるらしく、
いろはたちとの会合は断られてしまった。
52 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:03:09.22 ID:1bYMbS4jO
「そうですか、残念です」
「ななかさんの意向ですから仕方ないです。でも、言伝を頼まれました」
「なんでしょうか?」
「この事件は裏を辿れば、いずれは魔法少女に辿り着くかもしれない。
 時期が来るまでは、お互いにかかわらないほうがいいと」
「え!?」
「最近起きてる事件は散発的なものではなくて、計画的なものらしいんです。
 神浜市への復讐ではなく、蒼海幇への者である可能性が高い」
「まさか、蒼海幇を追い込んだ警察と犯罪組織が?」
「ほぼ間違いないと言える証拠が見つかったと、連絡がありました。
 ななかさんによれば、今の自分たちに関われば、収拾のつかない事態に
 陥る可能性があるので、距離を置かせてほしいそうです」
「分かった。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「いいえ。声をかけてもらっただけでも、ありがたいと仰ってました。
 それと、心許ないですけど、私もしばらくは距離を置かせてもらいます。
 フェリシアちゃんに、よろしく伝えて下さい」
「伝えるよ。気を付けてね、かこさん」
「はい。どうか、いろはさんも」

二人は屋上を後にすると、各々帰路につき、いろはは道中でやちよにメールで報告。
返信には、当面はW計画へ注力すること、仕事で帰りが遅くなる旨が添えられていた。


学び舎からの帰り、交差点を通りかかり、向かいのビルの屋外ビジョンに目が向く。
そこには、行方不明だった十代少女が、マンションの一室から救助されたと報道されていた。
事件には暴力団が絡んでおり、十代少女は誘拐されて監禁され、救助されたようだ。
しかし、その人数は一人や二人ではなく、十人を越えるという大事件だった。
いろはは、かこから先ほど聞いた話と事件の関連性を考え、一つの仮説を立てる。
53 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:05:39.43 ID:1bYMbS4jO
(魔法少女の存在は、既に裏社会で知られているんじゃ?
 行方不明だった十代少女は、もしかして……)

歩行者用信号が青色の灯火へ変わった頃、屋外ビジョンは別の事件を報道していた。
いろはは帰宅を急いで交差点を渡り、駅へと入っていった。


帰宅すると、みかづき荘にはフェリシアだけがいた。

「おう、いろは!」
「ただいま。やちよさんは仕事で遅くなるって言ってたけど、フェリシアちゃん一人だけ?」
「帰ってきたら誰もいなかったぜ。鶴乃は今日、親父さんの体調が悪くて来れないってよ。
 さなは今日の買い物担当だから、もう少ししたら帰ると思うぜ。ういはどうした?」
「今日は灯花ちゃんたちのところでお泊りなんだ」
「こういう日も珍しいな」
「そうだね。そうだ、かこちゃんからフェリシアちゃんによろしくって」
「かこが?何かあったのかよ?」
「それがね……」

いろはは、今日のかことのやり取りを伝え、今後のことを説明した。

「ななかのところは、別件で忙しいんだな。かこも付き合わされてたら無理もねーか」
「時期がくるまで関わらないでほしいって言ってたから、何かあれば、常盤さんたちから
 私たちに接触があると思う」
「なーんか、いっきにきなくせーことになってきたよな」

その後、さなが帰宅すると三人で夕飯を摂り、やちよは日付が変わる前に帰宅したが、
三人は既に就寝しており、やちよと顔を合わせるのは翌朝となった。
54 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:08:59.32 ID:1bYMbS4jO
エミリー休憩所へ向かう前日。
みふゆは予定通りみかづき荘を訪れて夕飯に同席し、やちよに近況を聞かれる。
最近の受験勉強の進捗は良好で、薬学部受験合格も現実味を帯びてきているという。
無理をしているのではないかと疑いをかけられるも、心配無用と一蹴し、食事は進んだ。
この日も鶴乃は父親の看病にあたっており、みかづき荘の住人にメールが届いていた。

「鶴乃さん、大丈夫でしょうか?」
「お父さんが季節外れの風邪にかかったらしいの。体調は少しずつ回復しているそうよ。
 大事をとって来週までは、こっちに来るのを控えるって連絡があったわ」

夕飯後、みふゆからW計画の素案を確認したいと希望があり、いろはは自室に移動する。
みふゆは素案をいろはから受け取ると、拳を顎にあてながら素案に一通り目を通した後、
眉間に皺を寄せて顔を上げて、困惑した表情を見せる。

「いろはさん、明日の相談で、どのように交渉を進めようと思いました?」
「えっと、システムが広がった後、魔女殲滅を始めるから協力してほしいと」
「そんな風に伝えようとしたんですか?」
「え、えっと……同じ陣営だし、あまり堅苦しいのもどうかと思って……」
「陣営が同じか違うかは問題じゃありませんよ。これをこのまま伝えたりしたら、
 協力して下さったとしても、いろはさんへの心証は悪くなってしまいますよ。
 ここに書いてあることを、いろはさんが言われてみて下さい。どう思います?」
「……軽く扱われてるみたいで、嫌な気分です」
「私だって、こんなこと言われたらカチンときますね。それに、これはシステムが
 惑星全土に広がったことを、前提としているじゃないですか。見切り発車としか
 言えないのですが、出来ることが限られている以上、これは仕方ないのでしょう。
 それはそうとして、このままでは、皆さんの協力を得るのは、難しいかと」
「じ、じゃあ、どうすれば……?」
55 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:12:11.99 ID:1bYMbS4jO
「この素案に並べられた言葉の数々は、どう贔屓目に見ても目上の人間が、目下の人間に対して
 用いる表現としか受け取れませんし、柔らかい表現に直しましょう。……と言いたいところですが、
 梨花さんへの要求は、出席者全員から反対されるでしょう。特に梨花さんと明日香さんは」
「どんなふうに反対されてしまうでしょうか?」
「魔女相手に能力を行使することは躊躇わないでしょう。ですが、今回の能力行使先は、
 協力を求める別の魔法少女です。相手が敵意を向けてくる可能性は別として、相手の
 意思を捻じ曲げてまで計画に協力させるのは、如何かと思うんですよ」
「それは、確かに……だけど、向こうが敵対的だったらと思うと……」
「他の地域の魔法少女が、余所の魔法少女から接触されたら、警戒心を持つのは当然ですよ。
 マギウス発足前の神浜だって、異なる地域の魔法少女同士が接触した時は、大変でしたし」
「神浜で魔法少女同士の争いが絶えなかったことは、やちよさんから聞いています」
「それに、いろはさんも初めて神浜に来た時、やっちゃんに神浜へ来ることを拒まれたでしょう?」
「そんなこともありましたね……」
「今後、初めて会う魔法少女は、最低でも警戒してくるのは当然だと思って下さい。
 神浜というだけで敵意を向けてくるのは、二木市という前例があります。それに、
 同じ神浜の中でさえ、ネオマギウスとの対立があった。だからと言って、相手の
 意思を強引に捻じ曲げるやり方では、ユニオン内からも反発が起きるでしょう」
「すみません。計画を進めることばかり考えてて……」
「なんだか、今のいろはさんを見ていると、昔の灯花たちを見ている気分になるんですよ。
 いろはさんがそんなことでは、ユニオンは忽ち瓦解してしまいますよ」
「…………」
「協力は能力ではなく、交渉によって勝ち得る。相手に敵意を向けられたら、
 相手の誤解を解くことを考える。それでも駄目なら、その土地での共闘は
 一旦諦め、他の土地に移動するというのも一つの手です。その時は共闘
 できなかったとしても、他の土地での実績が何れ功を奏すかもしれません」
「分かりました」
「あと、素案の表現を直すとして、これだけを持っていくのは、よろしくないかと」
「どうしてですか?」
56 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:14:37.38 ID:1bYMbS4jO
「心情とでも言いましょうか。人間とは男も女も感情の生き物ですからね。
 この素案だけを持って行って交渉したとしても、表現がどうであろうと、
 断られるかもしれません。梨花さんだけでなく、雫さんもどう出るか……」
「雫さんがマギウスにいたことは知ってますけど、どういうことでしょうか?」
「……こういうことを言えた立場ではないのですが、マギウスがまだ存在していた頃、
 雫さんには一定の対価と引き換えに、マギウスの計画に協力してもらっていました。
 彼女の持つ空間結合の能力で、遠隔地間の移動時間を短縮したりとかですね」
「そんなことがあったんですね……」
「梨花さんは、魔法少女を操るために都合よく利用されている、と受け取るでしょうね」
「それは……深く考えていませんでした……」
「他の方からも同様、何らかの反発があるかもしれない。明日まで時間はまだあります。
 休憩所に向かうのも午後ですし、今から代案を考えましょう」
「ありがとうございます。でも、他のみんなは一緒じゃなくていいんですか?」
「みなさんは、いろはさんに託したのですよ。ですから、ここはワタシといろはさんで
 代案を考えるべきなんです。やっちゃんたちには、形になった案をプレビューします」
「分かりました」

代案を話し合う前、みふゆは席を立ち、数分席を外すと断って部屋を出た。
みふゆは飲み物を持って戻ると、いろはとの相部屋に変えてもらう許可をやちよにもらったこと、
その旨を伝えにさなの部屋に寄っていたと告げた。
いろはとみふゆは、素案の表現修正から取り掛かり、その後、素案とは別に代案を出し合った。
協力を得られなかった場合も考慮し、魔法少女の能力に頼らない方法も案としてまとめていく。

気付けば、二人の話し合いは深夜にまで及んでいた。
57 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:16:27.00 ID:1bYMbS4jO
「もうこんな時間ですね。ワタシは大丈夫ですが、いろはさんはどうですか?」
「すみません、少し瞼が重くなってきました……」
「案は多すぎても却ってまとめられませんし、半日では時間が足りない。
 魔法少女の能力に頼る案、頼らない案で分けて、現実的な案を選ぶ。
 選んだ案は、明日の……と言っても、既に日付が変わってますけど。
 起きたら午前中に、やっちゃんにプレビューしましょう」
「分かりました」

二人が話し合った内容からまとめた案のうち、実行するには現実的ではないと
判断した案は除外し、取捨選択後に残った案は三つ。
素案通り魔法少女の能力に頼る案が一つ、頼らない案が二つに分かれた。

「付け焼刃な感も否めませんが、この短時間で二つも代案が残れば御の字でしょう」
「時間がもっとあればよかったんですけど……」
「それを悔やんでも意味はありません。それより明日の交渉、ワタシも同行します」
「え?でも……」
「半日で三つの案は多いですよ。一つの案でさえ時間を要するでしょう。
 皆さんの時間の都合を考えれば夕方六時が限度。日を改めるにしても、
 時間があまり空くと記憶が薄れます。衣美里さんが正午から休憩所を
 開けて下さるということは、時間は最長で六時間。限られた時間内で
 一人で全部を伝えるのは無茶ですよ」
「そう……ですね……」
「いろはさんは主催として、ワタシは副主催として明日に臨みましょう。
 それと、これ以上起きていては明日に差し支えますよ」
「はい……私も、そろそろキツくなってきて……でも、最後に一ついいですか?」
「何でしょう?」
「キュウべぇの撤退宣言を境に、犯罪組織による犯罪が増えてきたことをご存じですか?」
「んー……最近はニュースを見てなかったので、知りませんでしたね……」
「そうでしたか。すみません」
「他に何かありますか?」
「いいえ。本日はこれでお開きにしたいと」
「そうですね。では、また明日」
58 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:21:29.78 ID:1bYMbS4jO
いろはとみふゆが目を覚ました時、時間は午前九時を回っていた。
着替えを済ませて居間に移動すると、二人分の朝食が食卓に用意されており、やちよがソファに腰掛けてテレビを見ていた。

「おはようございます、やちよさん」
「やっちゃん、おはようございます」
「おはよう、いろは、みふゆ。朝ごはんは出来てるから食べてちょうだい」

他の住人は各々の用事で出かけており、みかづき荘に残っているのは三人だけだった。
いろはとみふゆは食事を済ませた後、やちよに昨晩の話し合いの結果を報告したいと
断りを入れたところ、やちよはテレビを切って快諾。
いろはが三つの案の概要をプレビューし、みふゆがフォローを入れ、やちよは最後まで
聞いていたが、プレビューが終わると疑問を呈する。

「これから休憩所に向かうところで悪いんだけど、支援チームとして協力を得る魔法少女は、これで足りるのかしら?」
「大人数で行くと、誤解されるかもしれないと言っていたので、大丈夫だと思ってたんですけど……」
「素案に挙がった魔法少女から、協力を得るつもりですが、やっちゃんからも何かありますか?」
「いろはに任せると言った以上、何も言わないつもりだった。みふゆの支援も、最初はそれを理由に断ろうしたのよ。
 でも、プレビューを聞いて色々気になった。休憩所に来る人たちから協力を得られなかったら、私も誰かをあたる。
 みふゆが一緒なら大丈夫だと思うんだけど……」
「ふーむ、万が一を考えての代案も、いろはさんと一緒に用意したのですが……」
「協力を得ていいのはその中の魔法少女からだけ、というわけでもないでしょう」
「灯花ちゃんとねむちゃんも、変更が加わることを前提としてましたし……」
「そうですね。もしもの時は、やっちゃんに頼らせて下さい」
「すみません、そろそろ時間です」
「では、エミリーの休憩所に向かいましょう。やっちゃん、いってきます」
「いってきます」
「えぇ、いってらっしゃい」
(……交渉事は、みふゆがいると心強いわね)

二人はクリアファイルにまとめた案を綴じ、準備を済ませて出発した。
59 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:23:51.72 ID:1bYMbS4jO
みかづき荘を出発した二人は、道中、特に何事もなくエミリー休憩所へ到着する。
開場と同時に着いたが、木崎衣美里の他に、W−1、W−2計画の支援チームに
名前が挙がっていた魔法少女が全員集まっていた。

いろはとみふゆが挨拶をすると、梨花が返事をした。

「おはようございます、みなさん。お待たせてしてしまったでしょうか」
「いんや、みんな今来たとこだよ。ウチらが少し早く着いただけ」
「おはよう、ろっはー。時間通りだね。それにみんなも、二階を空けてあるよ。汚さなきゃ好きに使っていっから」
「ありがとうございます」

一同は衣美里を除いて二階に挙がると、用意されていた席に着席。
昨晩の話し合い通り、いろはが主催、みふゆが副主催となり、W−1、W−2の素案を全員に配布。
W−3の存在は伏せて、計画運営に協力が必要な旨を伝えた。
しかし、出席者の全員が難色を示し、二人にいくつもの質問を投げていく。
保澄雫が最初に質問し、いろは、みふゆが順に答える。

「やちよさんから話は聞いている。協力は構わない。だけど、計画は私たち全員の
 承諾が前提よね。浄化システムのことは別として、もし断ってたらどうしたの?」
「もしもの時に備えて、代案も用意しています。お手元の資料にある、魔法少女の
 能力に依らない方法として、二つ用意しています」

昨晩、日付を超えて深夜まで練った代案は、一つは鏡の魔女結界から海外へ渡る方法。
もう一つは、経済的余裕がある魔法少女の協力を得て、公共の交通機関で海外へ渡る方法。
どちらの案も、向かう先が出身国の魔法少女がいれば、同行を推奨している。
これについては、魔法少女の能力で海外へ渡る場合も同じだった。
60 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:25:39.11 ID:1bYMbS4jO
しかし、二つの案は付け焼刃同然で作成したもので、とても代案とは呼べなかった。
あくまでも心情を考慮したものでしかなく、魔法少女の能力に頼るのが最適解だった。
二つの代案に視線を落としていた雫は、小さく肩で溜息をついて顔を上げる。

「……ミラーズは海外に繋がる鏡があるか分からないし、ミラーズを使うのはリスクが高すぎる。
 公共の交通機関も、片道の移動代だけでもコストが馬鹿にならない。魔女退治のために現地に
 宿泊するのも考え物。さっきも言った通り、私は協力するわ」
「あ、ありがとう、雫ちゃん」
「保澄さんの協力が得られるのは心強いです」

そこへ、綾野梨花が続いて質問する。

「私がメンバーに挙がってるのはいいんだけど、私の能力をどう使おうとしてるの?」
「魔女殲滅にあたって、魔女を対象に能力を使ってほしいんです。すべての魔女を
 倒すとなると、戦闘に割く労力は少ないほうがいいと思いました」
「一応言っとくけど、魔法少女相手に能力を使わないことが、協力の条件だかんね」
「今度、神浜の外で接触する魔法少女との協力は、交渉で得る方針だよ」
「それならオッケー」
「ありがとう、梨花ちゃん」

梨花が返事を終えると、七瀬ゆきかがおずおずと手を挙げた。

「梓センパイ。私のトラブル気質のことですけど、魔法少女のこれからを
 左右するというなら、私は関わらないほうがいいと思うんですけど……」
「七瀬さん。これは灯花とねむが必要と判断したものですよ。もちろん、いろはさんとも
 協議を重ねましたし、その上で七瀬さんの力を借りるべき、という判断に至りました」
「えっと……環さんって呼べばいいかな。本当なんですか?」
「はい。七瀬さんが困っているとは伺ったのですが、隠れている魔女を炙り出すため、
 W−1、W−2計画においては、プラス要素となると見込んでいます」
「気は進まないんですけど、役に立つなら協力してもいいかなぁ。
 だけど、私が巻き込まれるトラブルは面倒なことばっかりだし、
 どうなっても知りませんよ」
「助かります、七瀬さん」
「お礼を言われても困りますよ。本当に危険なことになると思いますし……」

ゆきかが遠慮がちに目を逸らした時、胡桃まなかが入れ替わりに質問した。
61 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:28:45.97 ID:1bYMbS4jO
「まなかの能力は伝搬ですが、どう協力すればいいのでしょうか?」
「W−2で海外に出たとき、かごめさんの風の伝道師のウワサが翻訳した言葉を、 その場にいる全員に伝えてほしいんです」
「なるほど。それですと……残念ですが、まなかは力になれそうにないですね……」
「それは何故でしょうか?」
「まなかの伝搬は、魔法の力を宣伝することで、敵にダメージを与えるというものなんです。
 ワルプルギスの夜が来たときにも使いましたが、使い魔をどうにかするので精一杯でした。
 残念ですが、お二方が望む形での協力はできかねます……」
「こちらこそ、まなかさんの能力を正しく理解しておらず、すみませんでした」
「それじゃあ、戦闘で協力していただくというのは……」
「そうしたいのは山々なんですけど、難しいですね。戦闘チームとして名前が挙がっている方々とまなかとでは、
 実力に雲泥の差があるので、足を引っ張ってしまうと思います。せっかく声をかけていただいたのに、本当に
 申し訳ありません」
「いいえ。お忙しい中、お時間を割いてお越し下さっただけでも、感謝しています」
「お昼で繁忙時間のところを、本当に来ていただいてすみません」
「これでも、まなかはユニオンの一員ですから。会合の途中ですみませんが、
 お店のほうが心配なので、失礼させていただいてよろしいでしょうか?」
「とんでもない。本日は、どうもありがとうございました」
「また、みかづき荘のみんなで食事に行きます」
「それは是非!皆さんの来店をお待ちしていますよ。それでは、みなさん。まなかは一足先にお暇します」

まなかが一礼して部屋を後にすると、若菜つむぎが挙手した。

「梓先輩。私は支援というより、戦闘に回ったほうがいいと思うんだけど、どうして支援に割り振られてるの?」
「魔翌力を吸収する能力が理由ですね。魔女の攻撃を吸収し、それを魔翌力へ変換する。
 その魔翌力を分けてもらうことは出来ないでしょうか?」
「その発想は悪くないけど、魔翌力は魔女の攻撃を食べて、初めて吸収できるんだよ。
 かといって限度もあるから、他の人に供給できる量となると心許ないんだ」
「そうでしたか……」
「悪いんだけど、私も力になれそうにないからこれで。本当にごめんね」
「とんでもない。急な呼びかけだったのに、お越し下さってありがとうございした」
「若菜さん、本日はありがとうございました」
「魔女退治は神浜の中で頑張るよ。それじゃ、お先に」

つむぎが片手をあげて部屋を後にすると、明日香が挙手して質問した。
62 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:33:23.18 ID:1bYMbS4jO
「私はどのように協力すればよろしいでしょうか?」
「異国の魔法少女との交渉時、ルールを決めて協力関係を結ぼうとしています。
 その際に結ぶ約束事を、ワタシたちと相手側の双方が必ず守るようにしたい。
 そのために規律厳守の能力をお借りしたいんです」
「分かりました。ですが、私も道場がある身。常日頃の協力は難しいです。それでも構いませんか?」
「異国の魔法少女と交渉する時、ご一緒いただくだけでも大丈夫です」
「ありがとうございます」

明日香が手を下げると、ささらが挙手した。

「私はレスキュー担当って認識でいいのかな?」
「はい。海外でも、魔女の口づけを受けてしまう人はいるはずです。
 戦闘は私たちが担いますので、バックアップをお願いしたく」
「分かった。海を渡る頃には、国内の魔女は少なくなってるはず。私も力になるよ」

ささらが発言を終えると、最後にかごめが質問した。

「私は、リィちゃんの言葉を伝えればいいんでしょうか?」
「はい。W−2が始まったら、海外にも足を延ばす予定なの。その時、異国の魔法少女の言葉をウワサに翻訳してもらって、
 かごめちゃんから私たちに伝えてほしいんだ」
「私は構いませんし、リィちゃんもいいって言ってます。海外の魔法少女にも、取材を申し込めるチャンスなので……」
「その時が来たら、よろしくね」
「はい、いろはさん」
「現在残ってらっしゃるのは、保澄さん、綾野さん、七瀬さん、明日香さん、ささらさん、かごめさんの六名ですね。
 最終確認ですが、W−1、W−2計画へご協力いただいても、本当によろしいでしょうか?」
63 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:37:36.14 ID:1bYMbS4jO
みふゆの確認に、全員が肯定の返事をした。
時期が来たら改めて連絡する旨を伝えると、残っていた六名も部屋を後にして解散となる。
いろはとみふゆは部屋に残り、肩の力を抜いて大きく息を吐いた。

「お疲れさまでした、みふゆさん。助かりました
「いろはさんもお疲れ様です。思いのほか、早く終わりましたね」

時間はまだ昼時で、代案を採用せずに済んだ結果に胸を撫で下ろした。

「こちらの誤解で協力を得られない方もいましたが、仕方ありません。
 片づけを済ませたら衣美里さんに声をかけて、みかづき荘へ戻りましょう。
 今日のことをやっちゃんに報告したら、食事にしたいです」
「私もお昼食べてないので、お腹空きました」

借りた部屋の片づけを済ませて部屋を後にすると、二人は衣美里に声をかけて、
今日のお礼を伝えてみかづき荘へ帰還した。やちよ以外の住人は戻っておらず、
やちよに成果を報告した。

「全員の協力は得られなかったのね。能力の誤解もあったから仕方ないと思うけど」
「ですが、今後の支障になるというほどでもないと思いますよ」
「やちよさんから誰かにあたってもらう話ですけど、そちらはもう気にしないでください」
「二人がそう言うなら、私は信じるわ。それじゃ、食事を用意するから、待っててちょうだい」

その後、やちよが食事を用意すると、二人は遅めの昼食に入るのだった。
64 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/27(水) 23:38:32.30 ID:1bYMbS4jO
本日はここまでです。続きは明日以降に。
65 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 19:58:51.26 ID:EEyFH7CuO
>>63からの続き

さらに翌週の休日。
いろはが主催となり、神浜マギアユニオン、プロミストブラッド、時女一族、ネオマギウス、
各陣営の代表者が出席する緊急会合が、みかづき荘で開催されることになった。

W−1、W−2実行にあたり、協力が必要な魔法少女から承諾を得られたこと、
ここ数日間、灯花とねむが小さなキュウべぇを調査した結果、浄化システムを
広げる方法の糸口が掴めたことで、会合開催に踏み切った。

しかし、午前0時のフォークロアは湯国市へ赴いており、参加不可との返事があった。
撲滅派との交渉を目的に、里見太助と那由多も同行しており、当分は戻れないという。

「それで出席者は四人というわけねぇ」
「交渉が正念場らしいので、ラビさんたちの意思を尊重しました」

会合の出席者は、環いろは、紅晴結菜、広江ちはる、宮尾時雨。
広江ちはるは時女静香、宮尾時雨は藍家ひめなの代理として参加した。

「ちはるちゃん。静香さんはどうしたの?」
「それが、水徳寺の分寺が時女の里に建つことになってね。工事説明とか立会いとかで、
 静香ちゃんの手が離せなくなっちゃったんだ。悪いとは思ったんだけど、すなおちゃんの
 判断で、私が代理で出てほしいって言われたの」
「急にお寺が経つなんて、どうしたんだろう?でも、それなら仕方がないね。時雨ちゃん。
 藍家さんは今日、どうしたの?」
「今日は補習で予定が埋まってことを思い出して、どうしても来れないみたい。
 だから急遽、僕が代理を引き受けたんだ。これでも一応は創始者だし……」
「ひめなさん、そんなことになってたんだ。ちゃんと進級できるといいんだけど……」
「姫からの伝言で、『いろりん、ごめん。今度埋め合わせするから』って預かってる」
「う〜ん、気持ちだけいただいておくね……」
「まぁ、出席者の確認が取れたのだし、会合を始めましょう。時間が惜しいわぁ」
「それもそうですね。では、これより、W計画会合を始めます」
66 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:02:21.86 ID:EEyFH7CuO
出席者は一度、全員上体を前傾させて頭を上げ、前者から話を始めた。
発言の順番は、環いろは、紅晴結菜、広江ちはる、宮尾時雨と決まり、
いろはが他陣営の出席者の質問に答える形で会合は進められた。

「私から発言させてもらうよぉ。世界中の魔女を殲滅する前に、浄化システムの範囲を
 拡大するべきでしょうね。魔女を倒す上で穢れの蓄積は常に付きまとうもの。だけど、
 システムさえ広がってしまえば、穢れの蓄積も、グリーフシードの残量を気にしなくて
 済む上に、目的が果たしやすくなる。システムの範囲拡大は必須事項よねぇ」
「浄化システムを広げる方法は、ユニオンで結論が出ているの?」
「まだだけど、既に灯花ちゃんとねむちゃんが取り掛かってるよ。話を聞いた限りだと、
 広げるあてがあるみたいなの」
「それは頼もしい限りだわぁ」
「なら、話すことは、浄化システムが広がった前提で、世界中に残っている悪鬼を
 どうやって殲滅するか、異国の巫とどう協力し合うかだね」
「国内と海外じゃ情勢も違うし、魔法少女が抱える事情も考えも違うはず。
 願いを叶えたきっかけも、願いの内容も、平和的とは言えないと思うよ。
 国内と同じ感覚で接すると、こっちが利用されるかもしれない」
「なら、なおのこと浄化システムの範囲拡大は急ぐべきねぇ。取引材料として、
 これ以上の代物はないでしょう」
「取引?交渉じゃないの?」
「ユニオンは浄化システムを管理している。言い方を変えるなら魔法少女の命綱を握っている。
 同じ魔法少女相手に、これ以上のイニシアチブはないわぁ。宮尾時雨の言葉を借りて言うなら、
 国内と海外では考え方が違う。こちらが優位になる材料は必要よ」
「みんながみんな、友好的とは限らない。敵対的とも限らないけど、優位な立場がいいよね」
67 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:05:47.35 ID:EEyFH7CuO
「その通りよぉ、広江ちはる。環さんは、みんなを尊重するけど、他はそうとは限らない」

現に私たちは浄化システムを奪おうとしたことがある。

時女一族はシステムを分けてもらおうとした。

ネオマギウスは掲げた理念に従うものにだけ、システムを使わせることにしていた。

フォークロアはそもそも諦めていた。

「みんなで協力し合う考えには賛同だけど、私たちに対するような接し方をするのは危険ねぇ」
「国内の巫はまだ大丈夫だと思うけど、海外の巫は本当に分からないもんね」
「環いろはの考え方自体が稀有、というか奇跡だよ。ライフラインを握るってことは、
 それだけで他者を支配する側に立つことと同義。これから取引を持ち掛ける相手は、
 素性が全く分からない。利害の一致で協力するつもりで接したほうがいいかも」
「それに、海外となると別の問題が絡んできますが、ユニオン内で何人か協力を取り付けています」

いろはは、W計画について、エミリーの休憩所で得られた成果を報告。
それを聞いた結菜は、魔女殲滅までの過程で付きまとう問題が、いくつか解決すると安堵した。

「行先、順番、行軍日程、移動手段、言葉の壁、要員選別。このうち、後半三つは解決したわね」
「海外の魔法少女のことですが、アシュリー・テイラーさんの協力を得られればと思っています。
 あの人がいれば、同じ出身地の人が相手なら、話が通しやすいかも」
「アシュリー……初めて聞く名前ねぇ」
「私も初めて聞いたなぁ。外国の人の知り合いは、フェリシアちゃんしかいないや」
「ちはるちゃん。フェリシアちゃんは日ノ本出身だよ」
「そうだっけ?ごめん、勘違いしてた」
68 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:08:12.58 ID:EEyFH7CuO
「アシュリー・テイラー…思い出したよ。彼女は、僕と同じ学校に通ってる転校生だ。
 といっても、僕は彼女と殆ど交流がないんだよね。以前、ホラースポットがどうとか
 聞かれたことがあって、会話したのはそれくらいだったような……」
「実は、私も名前を知ってるくらいなんだ。だから、どう接したらいいか分からなくて。
 もしもの時は、アシュリーさんに会わせてもらうことはできるかな?」
「同じ学校にいるから、多分、話くらいはできると思う。彼女と知り合いの別の
 魔法少女がいれば、その人を通して話ができればスムーズかもしれない」
「時期が来たときは、お願いするね」
「う、うん……」
「海外のことを話していたけど、まずは国内が優先ねぇ」
「私も、国内の悪鬼殲滅を優先したほうがいいと思うな。自分たちの国が不安定なまま
 海の向こうへ渡っても、心に引っかかったままになっちゃう。海の向こうの巫たちの
 足手まといになっちゃったら、国内の魔法少女全員の印象が悪くなる」
「浄化システムは灯花様とねむ様ならきっとできるはず。魔女殲滅は国内を優先する。
 海外のことを考えるのは、それからでもいいと思う。アシュリー・テイラーへの相談も
 考えておくよ」
「みんな、ありがとう。魔女殲滅についは、こんなところかな」
「あと、未来の脅威がどうとか言ってたよね?何かを協力するって話だけど、
 それついても聞かせてもらえるかな」
「そういえば、そんな話もあったわねぇ。その話も聞きましょうか」
「思ったよりも早く、会合が進みましたね。未来の脅威のことですけど……」

いろはは、先日、みかづき荘で行われた会合の議題について話した。
実現性が高いとして、コールドスリープマシン開発が視野に入っていること。
もし、開発が決定した場合、科学技術だけでは足りない要素を補う必要があること。
その要素は魔法少女の能力と多くの魔翌力であることを説明した。
69 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:17:38.30 ID:EEyFH7CuO
必要となる要素は、桜子の提案と合わせて灯花が、W−3に手を加えた案にリストアップを済ませていた。
魔翌力を収集する方法と溜め込む方法は、ねむの提案を素案とした。
また、鏡の魔女結界の記憶読み取りと、それによるアリナの完全な雲隠への懸念から、W−3の存在は
リーダーおよび、代理人レベルに留めている旨を説明した。

「ミラーズの記憶読み取りは厄介よねぇ。そっちの対策は何かあるの?」
「それがまだ、考案中なんです。結界を被膜代わりにする案が出ましたが、
 アリナさんじゃないとできなくて……」
「求める能力を持ってるのが、何とかしようとしてる相手だなんて皮肉な話だわぁ。
 ミラーズの記憶読み取り対策も、追々考えるとして……W計画は、殆どが神浜の
 魔法少女の能力で占められてるのねぇ」
「もしかしたら、最低でも全国が選定対象になるかもって言われたんですけど、
 そこまでする必要がなくて、意外だったと言っていました」
「もう一つの資料は何かしら?」
「遠征と魔翌力収集の際に協力が欲しい、魔法少女の能力がリストアップされています」
「遠征は分かるけど、魔翌力収集って、具体的にどんなことをするの?」
「マシンの開発に魔翌力がたくさん必要になるなら、何らかの媒体に溜めこむってことかな?」
「魔翌力収集は、時女一族の七支刀をヒントに、媒体を開発しようって話になってるんだ」
「さっきから思っていたんだけど、誰かの協力を前提とした計画なのはわかったわ。
 W−3で名前が挙がっている魔法少女と、事前に話はついてるのかしらぁ?」
「いいえ。今度、別の会合があるんですけど、その会合の結論次第で話が確定します。
 先ほどもお話したことですが、ミラーズ対策の目途が立つまでは、W−3内容は
 他言無用でお願いします。ミラーズへの立ち入りも避けて下さい」
「七支刀がヒントって言われても、私じゃ決められない。今日の会合、
 すなおちゃんが出席したほうがよかったかも」
「これは素案だから、『これから協力をお願いしたいけどいいかな』っていう、
 確認をしようとしているんだよ。これを元に形を整えるが目的のはず」
「説明が足りなくてごめん。時雨ちゃんの言う通りだよ。今日の会合で何もかもを
 確定するわけじゃないの。それに向けての第一歩だと思ってほしいんだ」
70 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:26:19.00 ID:EEyFH7CuO
「そういうことなんだね。今日の話は持ち帰って相談するけど、静香ちゃん、すなおちゃんには、
 どうしても話をする必要があるよ。ミラーズ対策は分かるんだけど、それでもいい?」
「それは仕方ないと思う。ただ、話をする際にミラーズ対策のことも伝えてもらっていい?」
「分かったよ」
「環さん」
「なんでしょう?」
「あなたは私たちと対峙していた時、、独断で動いて味方を混乱させたことがある。
 さくやが存命だったころ、いつだったが、私たちとの交渉で、何をしようとしていたか
 覚えてるはず。あの時のことは、私たちもあなたたちも、深い傷跡を残しているわ。
 そして、その傷はまだ塞がっていない」
「それは……自覚しています……」
「まあ、今日の会合が今後を決めるための最初、ということなら問題ないのよ。
 あなたの独断で何もかも決める場ではない。その確認を取りたかっただけ」
「心配させてすみません」
「分かっていればいいのよ。それじゃ、W−3の資料に目を通しましょうか」
「誰と誰の能力が必要になるのかな?」
「……かごめちゃんの名前が入ってる?」
「うん。かごめちゃんも魔法少女になったんだ。自動浄化システムに未来永劫、
 干渉できないようにするってことで」
「そんな願いを、キュウべぇもよく叶えたわよねぇ」
「灯花ちゃんたちの願いも叶えたくらいだし、キュウべぇは契約さえ取れればいいんだよ。
 後に起きることは深く考えてないんだと思う」
「ここに名前が挙がってる巫とは、決定してから話をするんだよね?」
「うん。本音としては、W−3は実行せずに済めばいいと思ってる。
 アリナさんを発見できればいいけど、発見する方法が分からない。
 あの人の後輩の、かりんちゃんも行方不明だし……」
「コールドスリープが決まったら、誰かを未来に送ることになるよね……」
「今度の会合はまだこれからだから、本格的に考えるのはその後だけど」
71 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:36:38.20 ID:EEyFH7CuO
「海外の魔女殲滅までの過程は、これならなんとかなりそうねぇ」
「W−2は神浜の巫だけでチームが固められてるね」
「自分たちが言い出しっぺだから、なるべく自分たちの陣営だけでと思ったんだ。」
 懸念があるとすれば、現地の土地勘かな」
「地の利は常に、その土地と馴染み深い側にある。土地勘は、現地の魔法少女頼みねぇ」
「壮大な計画になるね。七支刀のことは、二人に話してみる」
「マギウスの計画の時より大掛かりかも。今日のこと、どうやってみんなに話そうかな。
 ミラーズの記憶読み取りの件もあるし、W−3は伏せるとして……」

その後、全員がすべての資料に目を通し終え、会合も終盤となる。
解決すべき課題が見えてきたところで、四陣営の代表者による会合は解散。
いろはを除く各陣営の代表者および、代理人は帰路につき、いろはは自室へ戻った。

「やることが山積みだ……」

ベッドに腰掛け、天井を仰ぎながら、いろは溜息とともに呟く。
会合後、報告を受けた灯花とねむは、会合で決定した内容をもとに計画を立て始めていた。
課題解決には、相当の時間を要するだろうと予想。
会合を振り返る中で疑問も生じ、外出していた他の住人が帰ってくるまで、それは続くのだった。


リーダー同士の会合から数日後、織莉子がキリカを伴ってみかづき荘を訪れた。
その日の議題は、行方不明中のアリナ発見方法と、鏡の魔女結果の記憶読み取り対策。
最初の議題に入る前に灯花とねむが宣言した。

「今日の会合だけど、結果次第でW−3……コールドスリープを実行に移すかが決まるよ。
 万が一に備えて準備を進めていたし、要員の選定も済ませてきたよ。だけど、あくまでも
 最後の手段のつもりなの」
「ミラーズの記憶読み取り対策は、僕と灯花で考えてきた。だから、今日はアリナ発見の
 方法だけを議題として、会合を進める。時間いっぱい、よろしくお願いするよ」
72 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:43:04.27 ID:EEyFH7CuO
コールドスリープマシンの開発は、織莉子との最初の会合時点で、既に視野に入っていたが、
準備は進めても実行は保留としていた。実現性はあったが、倫理とコスト上の問題がある。
W−3は準備だけで終わることが望ましいとして、会合は丸一日を使って行うこととなる。
思い付き程度でも構わず案を出し合い、出席者たちは議論を交わす。
だが、有用な案が出ないまま時間だけが過ぎていく。

議論を交わす中、キリカによるアリナの行方調査結果も、芳しくないと報告があがった。
アリナと所縁のある場所を虱潰しに廻って得られたのは、アリナを取り巻く現状だった。
栄総合学園の生徒に話を聞いたところ、アリナは登校しておらず、出席日数と単位の不足から、
このままでは留年が確定するという。

「現状だと、アリナ・グレイが進級するには、ほぼ毎日の補習が必要になるらしいよ。
 大学進学を予定していたらしいんだけど、それどころじゃなくなるだろうね。でも、
 ベストアートってのと比べたら、本人には些細なことなんじゃないかな」

また、他に得られた情報として、御園かりんが鏡の屋敷で倒れているのが発見された。
現在は里見メディカルセンターへ運ばれ、入院しているようだ。

「私たちの目が届かないところで、そんなことになってたなんて……かりんちゃんも……」
「こうなると未来の脅威の正体は、アリナで確定していいんじゃないかしら」
「まだそうと決めつけるのも危ないと思うけどなぁ。あとで違ってました、
 なんてことがあったらマズイよ」
「そうか?もう、あの怖いねーちゃんが、脅威の正体でいいんじゃね?」
「状況証拠みたいなものですからね。鶴乃さんの言う通り、もし違ってたら大変なことになりますし……」
「こんな時に言うのもなんだけど、私、アリナさんには命を助けられたことがあるんだ」
「あのアリナが……何があったんですか?」
「私が魔法少女になったばかりの頃、穢れの回収を止められなくて、魔女化しそうになった時に結果を張ってくれたの」
「|だけど、それとこれとは話が別。線引きは大事|」
73 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:45:56.65 ID:EEyFH7CuO
なお、前回の会合から今日までの間、織莉子は鏡の魔女結界を調査していた。
W計画を知らない知人に、鏡の魔女結界の調査を依頼していたという。
魔法少女のコピーを捕縛し脅迫、部屋同士を隔てる壁を破壊、結界の深い階層への侵入。
何れもアリナ発見には至らなかったが、それまで予想でしかなかったアリナと鏡の魔女の
結託が、コピーから得られた情報により、事実であることが判明した。

その後、会合は終盤に差し掛かり、ようやく出た案は三つ。

一つ目の案は”アリナを発見した未来”を予知すること。
二つ目の案は”目的の時間に通じる鏡を発見する未来”を予知すること。
だが、結論を言えば、織莉子はどちらの未来も予知できず、すぐに望みは潰えてしまう。

最後の案として、インキュベーターへ接触するという案が出た。
灯花は過去にインキュベーターのシステムへ干渉したことがある。
その経験を基にキュウべぇにアリナの居所を尋ねようと試みた。
しかし……

「あんなことをしておいて、よく連絡を取ろうなんて思えるね。その気持ちの割り切り方は
 称賛に値するよ。それはそうとアリナが願いで手に入れたアトリエのことだけど、あれは
 本人以外が辿り着くことは不可能なものだ」

という答えが返ってきた。そのうえ、

「アリナを引きずり出す願いで、誰かを契約させることも駄目だよ。
 魔法少女の新規契約を恒久停止することは、既に伝えただろう?」
灯花の先を読んだ答えが返ってきた。

百年後の未来を襲う脅威のことは
「それはキミたち人類の問題だ。ボクたちのエネルギー回収ノルマは達成された」

という答えが返ってきた。

そんなインキュベーターの対応を見かねて、織莉子が口を挟む。
74 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:50:51.51 ID:EEyFH7CuO
「キュウべぇ。古今東西、魔法少女はエネルギー回収ノルマ達成のために利用されてきた。
 願いを対価に魔法少女になったとはいえ、一応はあなたたちに協力してきた身でもある。
 全面的に協力をしろとまでは言わないけど、残された魔法少女と人類に、少しくらいは
 忖度があってもいいでしょう?」
「美国織莉子。忖度とは政治家の娘らしい言葉を使うね。そんなことを言うのなら、
 ボクたちは魔法少女にも人類にも、充分忖度をしたと言える。有史以前の年月、
 キミたち人類は何をしていたか」
「洞窟で暮らしていて、キュウべぇがいなかったら人類の発展はなかったのでしょう」
「その通り。キミたちは洞窟で身を寄せ合って暮らし、小さな火で夜の暗闇から逃れ、
 理解できない物事に恐怖する日々を送っていたんだよ」
「…………」
「そんな人類にボクたちインキュベーターは、この宇宙を延命させるという、
 極めて重要な任務を、奇跡への対価として与えた。今日までに魔法少女の
 多大な犠牲はあったけど、その甲斐もあっただろう。人類は多くの知恵を
 手に入れることができて、社会、文明を築いて、その恩恵を受けている」
「だ、だけど」
「それに、キミたち魔法少女の長い夜もようやく明けた。浄化システムは今や、キミたちの手中にある。
 ボクたちとしては、本当はそれを放っておきたくないんだけどね」
「だったら、どうして?」
「エネルギー回収ノルマを達成したことで、魔法少女の新規契約が不要になったからさ。
 キミたちとは、いざこざが絶えなかったが、有史以前から協力してくれていたことも事実。
 次の一手を打つことをやめたのは、お礼のつもりさ。これでもまだ何か足りないのかい?」
75 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 20:59:58.72 ID:EEyFH7CuO
「未来を襲う脅威の正体は、アリナ・グレイだと確信している。だけど、私の予知はぶれがある。
 私自身、正直なことを言えば自信がない。それでも何もしないままでは、人類に未来はないわ。
 せめて、脅威の正体を正確に知りたい」
「それなら、全面的な協力とまではいかないけど、せめてもの協力として、キミの予知能力を安定させよう。
 魔翌力消費も今よりは抑えられるようにもしておく。反映には時間を要してしまうけどね」
「どれくらいかかるの?」
「最長でも十年以内には反映されるよ」
「十年!?なんでそんなに?」
「一度、魔法少女に付与された能力に、後から手を加えるような試みは前例がないんだ。
 まったく別の能力へ変化させるわけではないから、それより難しくはないだろう。だけど、
 慎重にやらないとね。反映が完了したら際は、織莉子が変化に気付けるようにもしておく」
「分かったわ」
「これがボクたちができる、キミたち人類への最後の忖度だ」
「……そこまでしてくれて、どうもありがとう、キュウべぇ」

インキュベーターとの交信を終えると、出席者はそれまで得られた情報を整理。

現状を顧みて出した結論として、ついにアリナ発見を断念することになった。
W計画の存在は知られていないとはいえ、アリナは鏡の魔女と結託している。
これではアリナ発見は不可能と判断せざるを得ないと、全員の考えが一致した。

結局、W−3こと、コールドスリープが正式に採用された。
76 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 21:02:22.64 ID:EEyFH7CuO
「W−3の実行、決定しちゃったね……」
「僕も、薄々そうなる気はしていたんだ。だから、今朝も言った通り、準備も少しずつしていた。
 要員の選定だって、既に済ませてあるよ。あとは、誰を未来に来るか発表するだけだ」
「ミラーズとアリナがグルになってることを考えたときから、こうするしかないだろうって思ってたんだよね……」
「まさか、本当にアリナさんとミラーズが繋がってたなんて……。みんなで考えることなのに、
 灯花ちゃんとねむちゃんにばかり、負担を押し付けてるみたいでごめんね」
「それは気にしないで、お姉さま。気にするのは、これからのことなんだよ」

いろはたちが会話をしている間、織莉子は用意された麦茶を飲んで、一息ついた。

「……それにしても、十年以内ですか。今すぐ変化が反映されたとしても、
 未来で脅威が訪れることに、何の変わりもないのでしょうね」
「仕方ないと思うわ。あのキュウべぇが譲歩しただけでも奇跡ですもの」
「私たちがやることは、これからに目を向けることだよ、織莉子。前を向かなきゃ」
「美国織莉子。予知能力が安定したら、あなたにまた予知をお願いすることになるけど、それはいいかにゃー?」
「構いません。私も、もう少しはっきりした未来を視て、内容を伝えたいですし……」
「ありがとう。それと、わたくしはねむと一緒に、少し席を外させてもらうよ」
「いろはお姉さんの部屋を借りるね。そんなに時間はかからないよ」

そこで灯花とねむは一時離席。
出席者は休憩をとりつつ、灯花とねむが選定した要員の発表を待つことになった。


灯花とねむは、いろはの部屋を借りて持参したノートPCを操作。
いくつかのドキュメントを印刷して、クリアファイルに綴じていく。
人数分のクリアファイルの用意が揃うと、二人は居間に戻り、会合を再開。

「もういいの?」

いろはから尋ねられると、二人は小さく頷き、先ほど用意したクリアファイルを
出席者全員に配布し、灯花が未来へ送る要員を発表すると宣言した。
77 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 21:10:34.65 ID:EEyFH7CuO
「今配ったファイルは、W−1、W−2の草案。これは次回の会合で原案まで
 漕ぎつければと思っている。浄化システムは、広げる目途が立つまで時間が、
 まだがかかりそうなんだ。各自、あとで目を通してほしい」
「W−3のことだけど、コールドスリープする人数は三人、全員がユニオンメンバーだよ」
「どのような基準で選定を進めていたか、そこから説明させてもらうよ」

ねむは先ほどまで操作していたノートPCを、プロジェクターと繋ぐ。
スクリーンに画面を投影すると、データーベースを見せ、内容を説明する。
このデータベースには、マギウスの翼発足当時から今日に至るまでに収集した、
ユニオンと面識がある魔法少女の情報が登録されている。かごめの取材記録も
登録されおり、二人は以前から、このデータベースに登録された魔法少女全員を、
未来に送る要員を吟味・評価の対象としていたことを説明。

「全く面識がない魔法少女は、交渉に時間がかかっちゃうし、何かと都合が悪いんだよね。
 だから五陣営以外の魔法少女は、国内・異国を問わずに不可にしたの」
「かといって面識があっても、交流次第で信用・信頼の度合いも異なる」

交渉相手は交流の頻度が高く、お互いに信用・信頼を築いている魔法少女が望ましい。

その魔法少女は、戦闘力と能力、固有魔法、心理状態の健全度が優れていることが必須。

限られた資源と時間の都合上、人数は少人数で、選定条件をすべて満たしていなくても、

一つでも多く満たしていればよいとし、熟慮を重ねた結果、未来へ送る人数は最終的に
三名となり、先に述べた理由から三名とも、ユニオン内から選んだとのこと。

そこまで話を聞くと、やちよは恐る恐る尋ね、ねむが答えた。

「それで、その三人というのは……誰なの?」
「それは……」










由比鶴乃、二葉さな、柊桜子だった。
78 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 21:12:16.88 ID:EEyFH7CuO




その場の全員が沈黙した。
選出された三名に全員が視線を向け、視線を向けられた三名は困惑の表情を浮かべる。
そこへ、やちよが口を開いて沈黙を破り、いろはがねむに尋ねた。

「マシン開発に必要な能力といい、未来へ送る要員といい、都合よく神浜の魔法少女が選ばれるわね」
「ねむちゃん。これって本当に前から決めていたの?」
「……さっきも言った通り、W−3が決まった場合に備えて、要員の選定も進めていたよ」
「ユニオン内から選んだ理由は分かったよ。三人を選んだ理由を教えてもらえるかな?」
「鶴乃とさなを選んだ理由は、選定の基準とした内容を満たしていることの他に、
 ウワサと融合した経験があることと、融合した後も心身ともに健康だからだよ。
 ドッペルを発動できることは勿論、融合中はウワサの力も行使できたからね」
「桜子ちゃんが選ばれた理由は?」
「未来で目覚めた鶴乃とさなのために、桜子にはトレーナーになって欲しいんだ。
 百年もコールドスリープをした後では、戦線離脱して時間が経っている現状も
 踏まえると、まともに戦闘をこなせない可能性が高いし、他にも理由がある」
「|それは、どんな理由?|」

自身が選ばれた理由に触れられた桜子は、神妙な表情を崩さずねむに尋ねた。
79 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 21:15:04.27 ID:EEyFH7CuO
「桜子は調整次第で、他のウワサたちの力を取り込める」
「|どういうこと?|」
「……今まで言うまいと思っていたけど、僕の命は、もう長くない」
「|……!?|」
「自分の体のことは自分で分かるさ。みんなだって気付いているだろう」
「|…………|」
「いろはお姉さんは、ウワサを僕の本から、サーバへ移す検証をしたこと、覚えているかな?」
「さなちゃんがウワサと同化した時のことだね。でも、あの時は二度とやらないって……」
「そのつもりだったけど、事情が変わった今、それを撤回することにしたよ」
「これから、どうするつもりなの?」
「まずは、桜子を安全に本からサーバに移すために、アイ、キレーションランド、
 風の伝道師以外のウワサを、すべて力に還元。その力を桜子のサーバに与える」
「それって、他のウワサたちは納得するのかな……?」
「すんなり納得はしないだろう。反発は覚悟の上さ」

そこへ、俯かせていた顔をわずかに上げ、組んでいた脚を解いてフェリシアが口を開く。

「残れないウワサにとっちゃ、死刑宣告じゃねーか。なんでそんなこと、簡単に言えるんだよ」
「これは僕が死んだ後も、桜子を世界に存在させるために必要なんだ。
 それでウワサたちが僕を恨むなら、その怨嗟をこの身で受け止めるだけだよ」
「|ねむ、簡単に言わないでほしい。消される側にとっては深刻な問題|」
「…………」

フェリシアが口を開いたのをきっかけに、他のメンバーも再び口を開く。
さなが力に還元しないウワサについて、疑問を口にする。
80 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 21:16:53.86 ID:EEyFH7CuO
「風の伝道師のウワサは、かごめさんを守るために残すんですよね。
 アイちゃんとキレーションランドのウワサは、どうするんですか?」
「アイはさなと、キレーションランドは鶴乃と融合させる。鶴乃は融合状態で
 活動していた過去を顧みるに問題ない。さなにもウワサとの融合経験がある。
 だけど、限定的な状況だった上に、アイの性質上の問題も手伝って、さなが
 アイとの融合に完全に慣れるには、時間を要するだろう」
「あの時は、とてもざわざわした感覚がありました」
「電磁波の影響がそうさせたのだろう。影響を時間をかけて最小限にしてもらう。
 本当は皆無にできることが望ましいけど、融合状態の性質上の問題で最小限が
 限界だと思う。それまでは、精神的な負荷の高さに悩まされるはずだ。環境を
 変えないと、日常生活に支障が出てしまうだろうね」
「……というと?」
「みかづき莊のみんなには申し訳ないけど、さなには北養区への移住をお願いしたい」
「あ、あの……それって……私は、みかづき荘を出て、生活する必要があるということですか?」
「北養区の一角に、さなが生活する場を用意するよ。本当に申し訳ないが、これは必須事項だ」
「|ねむ、ウワサを魔翌力に還元する話だけど|」
「なんだい?」
「|ウワサのみんなは、仮初とはいえ生きている。私のために消されると知って
  平気でいられるはずがない。ウワサたちをどう説得するつもり?|」
「僕の勝手で生み出して、僕の勝手で消すようなことはしたくない。だけど……
 桜子も含めて、ウワサたちは僕の命が尽きれば消えてしまう。」
「|それは分かってる。だけど……|」
「遅かれ早かれ、ウワサたちの未来は、創造主たるボクが決めないといけなかった。
 今回の一件で時期が早まったに過ぎないよ」

そこへ、フェリシアが不満を挟む。
81 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 21:19:32.24 ID:EEyFH7CuO
「なぁ、さなが家を出なくても済む方法はねーのかよ?」
「アイと融合した状態のさなは、電化製品が近くにあるとそれだけで影響を受ける。
 騒音が流れるヘッドホンをつけたまま生活するのも同じだ」
「ストレスを少しでも軽くするには、ねむの提案が一番だと思うよ」
「さなも、常にそんな状態では未来で不便を被ると思う。アイとの融合状態を
 オンオフできるように、ウワサを書き換える必要もある」
「本当にどうにもなんもねーってことか?」
「悪いけど、これはどうにもならない。さなは、みかづき莊を離れて一人で暮らすことになる。
 その代わり、さなの生活は僕がバックアップさせてもらうよ」
「さな……」
「ウワサをサーバに移すには、ウワサを書き換える時間が必要になる。
 住居の用意もすぐとはいかないから、みかづき荘を出るのは、今すぐという話ではない。
 マシンの開発も含めて準備が色々と必要だ」
「そうですか……。あの、本当にウワサをサーバへ移しても大丈夫なんですか?」
「言いたいことは分かるよ。過去の検証で起きたことは忘れていないさ。
 危険と判断して止めたけど、ウワサとの融合は二人も成功例を得られた。
 だから、そちらの研究は続けていたんだ。もっとも、シミュレート上での
 研究しかできなかったけどね。それから……」
「なんでしょう?」
「アイとの融合は、さなが一般人から姿を認識されない状態に、変化を齎せるかもしれない」
「それって……!」
「再びさなが魔法少女以外からも、認識されるようになるかもしれない。
 ただ、あくまでも可能性でしかないから、期待はしないで欲しい」
「だ、だけど、少しでも可能性があるなら、やっぱり期待はしたいです……」

さなはそこで会話を終えて、ういが入れ替わりに口を開く。
82 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 21:26:30.45 ID:EEyFH7CuO
「浄化システムは私がいないと消えちゃう。どうして私がメンバーに選ばれなかったのかな?」
「それは既に手を打ってある。いつか灯花が開発したゲームが役に立つ」
「リトルバケーションを覚えてるかにゃー?」
「あ……最近、すっかり忘れてた……」
「リトルバケーションに、ういのアバターを作って、紅晴結菜の対象変更でコアをアバターのういに移す。
 あとは設定を弄って、相応の環境と機材、電力を確保するんだよ。これについては、わたくしとねむで、
 あてがあるから大丈夫だよ。ミラーズ対策も考えておいたからね」
「そうだ、記憶読み取り対策!どんな方法?」
「能力の解釈が間違っていたら考え直しだけど、梢麻友の中止の能力だ。聞いた限りでは、
 この能力は、相手の行動を止めさせることができるらしいんだ。だけど、相手がこちらを
 再度認識した場合は、効果が切れてしまうみたいなんだ」
「だから、何かの能力と合成できれば、記憶の読み取り対策もできるかもしれない」
「合成かぁ。梢さんと藍家さんの能力と……まだ足りないんだよね?」
「意外かもしれないけど、春名このみ能力と合成すれば、いけるかもしれない」
「私と同じ附属の先輩だ。どういう能力を持ってたかな?」
「手元にある情報では、文字通りの意味で花を添える能力だよ」

灯花が春名このみの能力を説明すると、フェリシアが疑問をぶつけた。

「待て待て。花が何の役に立つんだよ?」
「確かにこの能力単体だと、だから何としか思えないよー」
「本当にただ花を添えるだけらしいからね」
「だけど、花を添える能力に中止の能力を合成すれば、花を記憶読み取り防止の
 装飾品にできる可能性はある。花がW計画協力者の目印にもなるだろう」
「記憶が読み取られたかどうか、判断する方法はないんだよねー。気休め程度にしか
 ならないかもだけど、何もしないよりはマシなんだにゃー」
「それじゃあ今度、梢さんと春名さんに連絡しないと」
「いろはさんは梢さんと面識がないと思いますから、同じ学園に通う私が接触してみます。
 代わりに、いろはさんは春名さんへ依頼していただけますか?」
「分かったよ。ありがとう、さなちゃん」
83 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 21:47:26.49 ID:EEyFH7CuO
「流石は里見さんと柊さんね。ミラーズ対策も考えてるんですもの」
「あまり期待されると、それはちょっと困るにゃー。希望的観測の領域は出ていないし……」
「ねむちゃん。話は戻るんだけど、桜子ちゃんを安全にサーバに移せる保証はあるのかな?」
「理論上では、ウワサの力を付与したサーバであれば、安全に移せるよ。
 検証を止めた日以来、知古辣屋零号店のカカオマスには、再び魔翌力を溜め込んでいるんだ。
 その魔翌力を使ったところで、カカオマスの役目も最後となってしまうけど」
「寂しくなるね……」
「ウワサを移す件だけど、当時の失敗を顧みて、手順を練ってから実行に移すよ」

鶴乃も続いて口を開いて、ねむに質問をする。

「それで本当に、あのアリナを何とかできるのかな?
 まだ脅威がアリナだとは断定できてないけどさ」
「断定はできてないけど、未来で再びアリナが現れると仮定する。その時のアリナが、
 どれほどの力を有しているのか、現状では全く分からないんだ。だけど、アリナに
 勝てる可能性を少しでも高めたいと考えている。故に、先に述べたウワサ以外を、
 すべて魔翌力へ還元して、桜子を世界に繋ぎとめる糧とするんだ。僕の存在なしで、
 未来で桜子が実体を維持するには、他に方法がない」
「|……ねむ、灯花。対価を用意するって言ってたけど、具体的にどうするつもりなの?|」
「可能な限り本人の意思を尊重して、僕たちにできる限りの範囲で願いを叶えるよ」
「キュウべぇにしかできないようなことは、さすがにわたくしたちでも無理だけどね」

そこへ、織莉子も再び口を開いて、未来へ要員を送る手段に疑問を投げた。
84 : ◆3U.uIqIZZE [sage]:2022/07/28(木) 21:48:27.39 ID:EEyFH7CuO
「灯花さん、マシンは実現するための技術が、まだ存在しないはずでは?」。
「あなたの言う通り、技術はまだ存在しないよ。一朝一夕で用意なんて、いくらわたくしでも
 無理なんだにゃー。遺体を冷凍保存するのとは違って、現在の技術では、生きている人間を
 安全にコールドスリープさせることは、できないんだよ」

そこへ、疑問を抱いたいろはが灯花に尋ねる。

「冷凍保存とコールドスリープって、どう違うの?」
「前者は死んだ人間を保存して未来の技術で蘇生させるもので、クライオニクスともいうよ。
 後者は生きている人間を、生存に必要な資源を節約すると同時に、身体の老化を極限まで
 遅らせようというものなんだよ」
「もののついでだけど、ハイパースリープや人口冬眠も同じ。言葉は違うけど意味は一緒だよ」
「もっとSFに触れておけばよかったな……。遺体を蘇生するって、そんなことが可能なの?」
「あくまで未来の医学技術に期待するものであって、絶対に蘇生ができる保証はないよ。
 医学技術が発展していることが前提だし、無駄に終わる可能性もあるからね」
「では、どうやって計画を実現させるのですか?」
「世界中の魔法少女の能力を調べた結果、能力の組み合わせ次第で、今すぐではないけど実現可能だよ。
 どうしても準備に時間はかかるけど、なるべく早く用意を整えるよう、善処はするからね」
「私の予知が、今よりも正確性が高くなってからでは遅いですか?」
「わたくしもそれがいいとは思っていたけど、最長で十年近くもかかるのを待つのは無理かな。
 魔法少女の魔翌力は、年を経ると回復しにくくなるし、今も力が落ちてきている魔法少女がいる。
 絶好調の魔法少女もいるけど理由は分からない。これまでがこれまでだし、悪い予感がするよ。
 それを考えると、準備ができたら、すぐに未来へ送り出すしかないんだよね……」
「……無理を言ってすみません」
「気にすることは、未来へ行く三人のことだよ」
「そう……でしたね……」
「|…………|」
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