都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達…… Part13

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689 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 04:56:42.19 ID:GfiqYR6Do
 

「次世代ーズ」は当然ながら、これまで学校町を舞台として投稿された連載や単発、そのなかで語られた表現や考察に多くを負っています
改めて、になりますが、この場を借りて今一度感謝申し上げます。ありがとうございます









「次世代ーズ」、冗長に語りすぎる部分と
明らかに言葉(と理解)が足らずに誤解を招く部分が多いので
これからはこうした課題と、向き合っていきたい……

学校町週末トレンディドラマみたいな展開が続いた「次世代ーズ」ですが
37、38以降はようやくドンパチ始まることになりそうです

 
690 : ◆John//PW6. [sage]:2022/04/01(金) 16:03:55.98 ID:GfiqYR6Do
 

今回も花子さんとかの人に土下座申し上げます orz
次世代ーズの日常(学校)回となると、日景君への言及が出てきます
次回の「聞き込み side.B」も日景君、そして幼馴染グループへの言及予定です……

いっそのこと流れで島添星冠についても登場させた方がいいのかどうか考えていますが
迷いと焦りが高まっている、気がします

次世代ーズは【9月】分をそろそろ終えて、【10月】へ移行する頃合い
あとは【11月】に追いつくのだわさ

 
691 :案の定別件で忙しい花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:04:27.19 ID:pb6sOp5L0
乙でしたのー
遥やら幼馴染グループへの言及書く上で情報足りないとか気になる事ございましたら、こちらなり避難所なりで聞いてくだされば答えるとです






さて
ものすごくお待たせしたブツ、投下させていただきます
時間軸的には「ピエロの夜」とかと同時間軸か直後辺り
「甘い頭痛と先への備え」よりは前の時間軸のお話になります
では、GO
692 :「宴」の夜  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:06:40.29 ID:pb6sOp5L0

 何かおかしい、と。
 感じた時にはもう遅い。






「……うん?」

 部屋の外から何か聞こえた気がして。「凍り付いた碧」が一人、藍は部屋の扉へと視線を向けた。
 聞き逃してもおかしくないような。小さな、小さな音。
 小さな違和感ではある。大したことではないかもしれない……しかし、同時に。放っておいていてはいけない事だ、と感じた。
 立ち上がり、扉を開こうと手を伸ばしたのと。

 集めていた子供達の叫び声が耳に届いたのは、ほぼ、同時だった。

693 :「宴」の夜  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:08:53.92 ID:pb6sOp5L0



 時刻は、ほんの少しだけ遡る。
 廃工場の中でも広い空間。この工場が現役で稼働していた頃には、大きな作業機械がいくつも置かれていたであろう場所。
 今でも、かつて使われていた機械の一部やら、何かよくわからない金属片やらがあちこちに散らばっている。
 そこに、子供達は集まっていた。特別に理由があったという訳ではないのだろう。
 「凍り付いた碧」に集められた、保護された子供達。それが集まって遊べるような広い空間としてちょうどよかった。
 ただ、それだけの事だろう。
 何人かの子供達が鬼ごっこしている。大人から解放されて、もう怖いものなんて何もないとでもいうように、無邪気に、恐怖もなく。

「つーかまえた!」

 鬼役の子供が、一人の子供の背中に軽く触れる。捕まっちゃった、と、背中に触れられた子供は振り返って。

「え?」

 振り返ったその先、自分の背中に触れた鬼役の子供には。首が、なかった。それはそのままとさりと倒れこむ。
 壁から、手が。大きな、鬼のような手が、伸びていて。その手の中に、鬼役の子供の頭がある。
 壁から、ずる、と大きな、大きな、鬼が現れる。肩に人形らしきものが乗っていたが、子供の視線はただただ、鬼へと注がれる。
 その現場にいた子供達の視線が、鬼に集中する。
 鬼は、視線が自分に集まっている事を気にしていない様子で。

「いただきます」

 ぱくり、と。手の内に合った子供の頭を口の中に放り込み、ぱきりと噛み砕く。
 広がる血の臭いと、明らかなる捕食者。
 敵だ。間違いなく。
 子供達は、「ネクロマンシー」によって与えられた力で持って迎え撃とうとする。

 子供達にとっての誤算は、鬼にだけ注目してしまった事。
 かすかに聞こえ始めた音に気づけなかった事。

 鬼が、鬼の肩に乗った人形が暴れ出すのと、ほぼ同時。
 工場中の金属製品が。ふわりと浮かび上がり、暴れ出し。
 それらは容赦なく子供達へと襲い掛かり、傷つけ殺し、鬼と人形を傷つけられぬよう守り始めた。

694 :「宴」の夜  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:10:53.49 ID:pb6sOp5L0
 聞こえた叫びに、すぐさま扉を開こうとして……開かない。何か、外側からがっちりと固定されてしまっているかのようだ。

「これは一体…………っ!?」

 何か、金属の塊のような物が背後から飛んできて。藍が咄嗟に避けた事でそれは扉へと激突して大きな音を立てた。一歩間違えば、藍の頭部は金属塊の直撃を受け。下手をすればそのまま即死だったかもしれない。
 …………何が起きている?
 思考しようにも、部屋の中に運ばれていた数々の金属塊が、鉄材が。
 いくつものいくつもの金属が、まるでポルターガイストでも発生したかのように荒れ狂う。

「「そうぶんぜ」」

 その言葉を唱え、自身が契約している都市伝説の能力を発動させる。視界の範囲内だけではあるが、荒れ狂っていた金属はぼとぼとと床に落ちる。

「っく!?」

 が、あくまでも「視界に入る範囲」だけだ。
 背後から、視界に入らぬ視覚から。金属は次から次へと藍へと遅いかかってくる。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け。
 「そうぶんせ」で無効化できたならば、これは都市伝説による能力。で、あれば、自分なら対処できる。

 壁に背をつける事で背後からの攻撃を受けぬようにしながら、藍は事態へと対処すべく、思考を回転させた。




「…………程々食べたら、戻って来いよ」

 男はそう独り言ちる。
 携帯端末で、仕掛けさせた隠しカメラの映像を確認しながらも己の契約都市伝説の力を使い続ける。
 ひとまず、厄介な奴……都市伝説能力を無効化してくる相手は、扉を外側から太い鉄線で固定し、さらに重たい金属塊をいくつも積み重ねて置くことで封鎖しある程度は足止めできるはず。
 それまでの間に、どれだけ食事させられるかが勝負だろう。

「………………ん」

 と、ふと。
 いくつかの映像の中、見覚えのある少女たちの姿を見つけて。
 さてどう動くかと。九十九屋九十九はかすかに口元を得実の形に歪ませた。





to be … ?
695 :はい(はい)な花子さんとかの人  ◆7JHcQOyXBMim [sage saga]:2022/04/23(土) 21:14:49.47 ID:pb6sOp5L0
大変長らくお待たせいたしました
鳥居の人様への全力土下座なブツでありました
696 : ◆John//PW6. [sage]:2022/05/04(水) 04:08:38.34 ID:G/oZu+keo
花子さんの人投下お疲れ様でした
「凍り付いた碧」側の被害が一方的かつ深刻になりそうだが
状況的に九十九屋九十九との真っ向勝負になりそうな……
避難所ではこの襲撃で九十九屋さんの都市伝説の開示くるかも、という予告もあったが
これはいろんな意味で今後の展開が恐い

>>691
乙ありです、確認すべき情報は恐らく現状で問題なしです!
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 18:37:19.62 ID:ihDcxAkHO
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2022/05/09(月) 18:50:58.16 ID:oDm0bztK0
澪とキラには無事でいてほしい
でも2人とも真白の操り人形にもなってほしい
優と唯には女のドロドロした地獄のような戦いをしてほしい
咲夜は最終的に女として立ち直れないレベルで辱められてほしい
千十とありすも魅了に憑りつかれて性的に服従してほしい
そんな光景を見たかなえのメンタルはばきばきに壊れてほしい
そんな光景を見た藍には心折れて泣きじゃくりながら逃亡してほしい
でもみんな無事生き延びてほしいしバッドエンドを迎えてほしい気持ちもある
心がいっぱいある〜
699 : ◆John//PW6. [sage]:2022/06/15(水) 20:45:17.57 ID:goAEdk+/o
1ヶ月以上振りです
>>698
「凍り付いた碧」戦と「狐」本戦がどうなるか、私もドキドキですが
しかし! 藍さんに関してはどうでしょうね!? 彼女は聡明かつ冷静な印象なので
万が一そういった事態になっても落ち着いて打開策を見出しそうなイメージがあります
あと千十ちゃんと日向ちゃんへの言及もありがとうございます
しかし!! ここで言われる魅了が「狐」を想定しているなら、残念ながら二人とも「狐」関連のイベントには一切関与しない(断言)ので
……隣町のサキュバスお姉さん達との絡みがあれば良いですね……期待しないで待ってておくれ
700 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/08/02(火) 21:37:33.49 ID:WHqcEnLzo
・スレが進んでいて嬉しいのです。
 一気見ですよ。引きこもる夏ですからね!

・ピーターパン、永遠の子供。
 子供の状態で固定されちゃったから異常にも気付かないとかそんな感じで妖精が黒幕じゃないですかこれ

・体が固くなっているので腕のいいマッサージ師のお世話になりたいもんです

・加速系都市伝説のレースのビジュアルがカオス
 物理攻撃仕掛けてくるのでレギュレーション的にレースに参加しなかったおばあちゃんたちといい、じいちゃんばあちゃん

が高速移動する都市伝説が多いのはなんなんだろうね
 ドナルド、ちょっと聞かなくなってしまった。今の子、知ってるんだろうか。

・単純に命のストックになる臓器の記憶が欲しいぜ
 臓器に記憶消去できるような話があれば
 といったところでお風呂坊主の少女の残り湯が効くんじゃないかとひらめいたわけですよ私しゃ

・ぺろぺろ君がこの行為に自覚的になってヤバい性癖に目覚めたらペロペロハーレムできあがりじゃないか!
 そもそも性格が通常の高校生男子と違いすぎてそうなる流れが見えないけど


・【犬面人】、【犬面人】じゃないか! 不埒な悪行三昧だな!
 だがTさんのエロを書かせた功績で全ては不問だ!(だったよね? たしか……あれ、シャドーマンの人だっけ?)
 俺はな!

・バロメッツは植物なのか動物なのか
 極まったヴィーガンに意見を聞きたいものだ

・UFO好きだ。
 無生物っぽいのが情を見せると弱いのよ

・FOXGIRLS いいぞ! 狐ダンス踊ってちょうだい!
 ざしき様もメンバーに加えようぜ!

 魔法少女お狐仮面の痴女スタイルが推しです
 推し活のために都市伝説契約者になって毎週女児向けアニメでちょっとご近所に迷惑かけることやっては撃退される悪役ポ

ジになります!

・招き猫のアイトワラスちゃんみたいにちょこんといるマスコットが大物なのも性癖です

・かごめかごめちゃんは社会性を得る前に化け物になってしまわれたか。
 悲しい

・無限廊下の先生といい、学校街の先生はやっぱりちょくちょく何かしら強いというか、特殊な先生が居ますな
 もちろん性癖も。
 ともあれ、狂犬伝説はどの世代の狂犬か、とか、名門大に進学した奇跡の人はあの子かとか、ちょっと歴史が見えますねえ


・脩寿くん、ちょっと巫女姉妹の件については詳しく話をしてくれないとダメだと思うのよ
 おん? ちょっとヒロイン多いっすね? 三枚目っぽい役回り多めだけどちゃっかりクレバーだししっかり二枚目決めてらっしゃるよね?
 しっかりセキニンとらないと、ね?

 いやもう、彼ったらケリをつけなくちゃいけない相手多すぎて刺されちゃいそう★


・ジャイアントカンガルー、というかカンガルーと言えばボクシングっていうのはどこ由来のミームなんだろう

・さて、アイドルとは別の「狐」様はそろそろ……といったところでしょうか。
 内部でもドロドロっとしてるあたり傾国ですわ
 時間軸的には前後するけどいろんな組織の坩堝になってる診療所こええよ……
 誰の思惑が一番結果を残すのだろうと思いを馳せつつ、今晩はおやすみなさい。



・エッチな事をしないと出られない部屋の契約者は手厚く保護されなければならないと脳内閣議決定されましたのでその旨よ

ろしくお願いいたします
 サッパン・スックーンとか柿男とかサキュバスの営む女の子の下着屋さんを併設したりとか、その辺りとか集めてなにか、こう、新しい組織を……あ、ショッピングセンターレイプ

みたいなのはちょっと毛色が違うと言いますか……いや、この話はやめようIQに悪い
701 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/12/05(月) 00:00:05.75 ID:dwh4TGCy0
信じようと、信じまいと―

「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」スレには創作の為のガイドラインが幾つか存在するが
明文化されていない最初期のルールとして、「架空の都市伝説を新規創作しない、登場させない」というものがあった
表向きは「現実に存在しないオリジナル都市伝説の登場がOKなら何でもありになってしまう」という創作上の理由によるものだが
本来実在しない都市伝説の出現を防ぐ呪術的意味が含まれていることはあまり知られていない

信じようと、信じまいと―
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/12/25(日) 01:23:44.13 ID:TRVU1ftko
>>700

感想ありがとうございます、嬉しいです
ようやく続きがいけそうなペースに戻ってきたので地味に進めます
色々面白い……興味深い話題が出たので拾っていきたいです

ちょっと普段とは別のところに居ますが今夜はこれを投げます
703 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:24:45.10 ID:TRVU1ftko
 



 商店街の洋菓子屋さんが例年通りクリスマスケーキを山ほど販売するらしい
 そのバイトを募集しているって話をお母さんから聞いた
 なんならお母さんはボクがバイトをやるもんだという前提で既に応募したらしい

 というわけでボクはクリスマスイブ、夕方の商店街でサンタの格好をしてバイトしていた

 商品の陳列(?)とかもあるけどメインは接客(?)と呼び込み(?)だ
 正直こういう仕事どころかバイト自体これが初めてなんだけど、いいんだろか
 ていうかこんな沢山のケーキなんて本当に売れるんだろか
 大体こういうのって完全予約販売とかで売れ残りが出ないようにするものなんじゃないだろか

 なにも分からない
 でもお店の店長も奥さんもめちゃくちゃ元気だしお客さんはめっちゃ来るし
 結構なペースで色々売れていくし補充のケーキが追加されるしで序盤からかなり忙しい


「今年もクリスマスケーキ販売しておりまーす! 是非お立ち寄りくださーい!」


 そしてボクの横で同じくバイトとして呼び込みしてるのは、同じ部活の先輩だった
 1コ上でボクよりちょっとだけ背が高くて若干押しがウザい先輩だ

 ボクはあんまり先輩の方を見ないようにしていた
 先輩はどっちかというと陽の者で普段はあんまり気にならないのに
 今日はサンタ服だし、スカート短いし、黒ストッキング履いてるし、大人っぽく見えるしで

 ドキドキする、あんまり見ない方がいいかもしれない

 でもそれだけじゃない
 別の意味でドキドキするものが今日はやたら目に付く


 「いらっしゃいませー、クリスマスケーキどうですかー」


 先輩に負けないように呼び込みのために声を張り上げていると
 物陰から放たれる剣呑な雰囲気を嫌でも感じてしまう
 ヤだな、今日でもう3人目だ

 夕方の商店街だから人の往来は多いけど
 ボクの背後の建物と建物の隙間の殺気に気づく人はさすがに居ないかもしれない

 周囲を見回して誰もこっちを見ていないことを確認した後、ゆっくり振り返って隙間の闇を見た
 途端に陰から伸びた手に捕まって、引きずり込まれた

 黒いサンタ服、獲物を品定めするような眼、獣のような顔つき
 ボクもよくは知らない、けどこの人は正確には人じゃなくて「ブラックサンタ」とか呼ばれる――


「おい小僧、サンタクロースにでもなったつもりか? ふざけやがって
 今宵この商店街は俺たち『サタンクロース』の支はいかに   「えいっ」   ドスッ   「ギャッッッ!!」   ばちゅん


 「サタンクロース」と名乗った「ブラックサンタ」は間抜けな音と共に一瞬で消滅した

 うう、何度やっても慣れないよこういうの
 「ブラックサンタ」、「サタンクロース」、「ルベルグンジ」――怪異とか都市伝説とか呼ばれるらしいけど
 そういう「人ではないモノ」がこの季節は特に跋扈しやすいらしい

 そしてボクはこの手の「人ではないモノ」を消すことができる力を一族単位で引き継いでいる
 って言うとなんかラノベっぽいけど要するにボクは「柊鰯」の契約者だ
 本当は節分のときに飾る、柊の小枝に鰯の頭を刺した魔除けなんだけど
 ボクのひいひいじいちゃんの代にこの魔除けと契約したらしくて、ボクの代に至るまでこの力が受け継がれてる
 契約の内容は「柊鰯の力を子々孫々まで伝えよ、語りを絶やすべからず」、「その代わりに柊鰯の『魔除け』の力を一族に授けよう」って感じらしい
 そのお陰か、ボクも兄貴もお父さんも、結婚して籍を入れたお母さんも「柊鰯」の能力を使うことができる

 「ブラックサンタ」に突き刺した柊鰯をサンタ服の内ポケットに隠した
 ボクが持ってるやつは葉を落とした枝だけの柊に鰯の煮干しを突き刺した簡略版だけど、これでも十分にヤバい力を発揮する
 でも「柊鰯」は魔除けであってそれ以上でもそれ以下でもないんだ。どこかのヒーローみたくなれるわけじゃない
 自分で怪異に向かって直接刺さないといけないしね、こんな怖いことはあまりやりたくない


「それにしても多いな……」

 
704 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:25:17.95 ID:TRVU1ftko
 

 バイト開始から「ブラックサンタ」もしくは「サタンクロース」とかち合ったのはこれで3人目
 普段はこんな頻度で遭遇するような相手じゃない
 危ないな、気を引き締めないと

 隙間の物陰から出てバイトに戻ろうとすると、先輩が変なのに絡まれてた


「キミかわいいね、その格好でデートしない?」

「あの、困ります。わたしバイト中で」

「じゃあさ道案内してよ、××医院って古いビル探してるんだけど。この辺でしょ? どこにあるか分かんなくてさ」

「あー、ナンパは止めてくださーい。道案内ならボクやりますよ」

「あ? なにお前?」


 なんかサイバーパンクだかスマホゲーに出てくるキャラだかが羽織ってそうな感じのコートを着た軽薄そうな人に先輩がナンパされてた
 なので割って入った
 ヤだな、こういうの得意でも好きでもないんだけど
 両手でその人を制しながらどうにか先輩から引き剥がして「道案内」をすることにした
 いやまあ目の前にいるこの人は人じゃないんだけど、「注射男」とかいうのなんだけど




 案の定、舌打ちしながら「注射男」はボクの後を付いてきたし
 何度か角を曲がってわざと人気のない所へ進んだら、急に物陰に引っ張り込まれた
 やっぱりなー


「お前マジふざけんなよ、急に割り込んできやがって」

「お、落ち着いてください。バイト中のナンパは迷惑なんで止めただけです。それより××医院に用があるんでしょ?」

「なワケねーだろバーカ! ったくンざけんなって……あオレやっぱ頭いいわ
 お前使ってあの子誘い出せばいいだけか、後はシャブ漬けにして……
 つーわけで今からお前の脳みそブッ壊すヤクを注しゃして   「せんてひっしょー、えいっ」   ドスッ   「ギャッッッッ!!!」   ぼちゅん


 危なかった、今のはほんと危なかった……!
 「注射男」はコートの内側からめっちゃ長い注射器を取り出してたし、こんな注射器どこで売ってんだろ
 でもボクの方が速かった。「注射男」はさっきの「ブラックサンタ」と同じく破裂するようにして一瞬で消滅した
 柊鰯を握る手が震える。きっとボクにはこういう怪異退治は向いてないんだ、うん

 あでも柊鰯を何度か使い回したからさっきより刺しが悪くなってる気がする
 そろそろスペアに切り替えなくちゃ。それに早くバイトに戻らないとだし
 震えてる場合じゃないな。今日はボクが先輩とお店を守らないと



























 
705 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:26:31.22 ID:TRVU1ftko
 

 そんなこんなでバイトが終わった
 最初考えたのと違った、もっとこうこじんまりとしたアットホームな感じのバイトかと思ってた
 まさしく戦場だった、いきなりお客さんが増えるしお会計で追われるしで大変だった
 それにあの後も魑魅魍魎の類は湧くし、用意した柊鰯も大分使ったし、普段から声出してないから喉はガラガラだし、とても大変だった


「やー、今日は大変だったな! もう足がパンパンだぞ!」


 帰り道、先輩と話しながら歩いて駅に向かっていた
 ボクは徒歩で帰れるけど、先輩は電車に乗らないといけない
 今夜はクリスマスイブ。バイト中のこともあるし何が起こるか分からないから、先輩を駅まで送ることにした

 先輩はバイトモードからいつもの部活のテンションに戻っている
 でも先輩はサンタ服のままだった。記念に衣装を貰えたようで、このままコートだけ羽織って帰ることにしたみたい
 ボクはさすがに恥ずかしいから制服に着替えた


「先輩、今日はカッコ良かったです。バイトが様になってました」

「だろ〜? もっと褒めてもいいんだぞ?」

「いえ、あんまり褒めると先輩調子に乗るから」

「なんだとこの〜」   グリグリ

「んっ、やめてください」


 いつもの部活のノリで脇腹をグリグリされたので変な声が出てしまった
 先輩はいつもこんな感じだ、大体はボクをこうやって突ついてくる
 先輩が大人びて見えてドキドキした、なんて素直に言えるわけない
 それで先輩が調子乗ったら、なんか悔しいし

 ボクはどっちかと言うとチビで童顔って言われることが多いけど
 ボクより背が少し高いだけでボクよりちょっと早く生まれただけで先輩面してくるこの人には
 実質ボクと同じチビなわけで、なぜだか分からないけど初対面のときから妙な対抗意識があった。今でもある


「それより先輩いいんですか、来年受験ですよね。バイトしてて大丈夫なんですか」

「あ〜! 何かお前は! アレか! 受験ハラスメントか! 先輩ハラスメントか! いけないんだぞそういうの!」

「ボクは純粋に先輩のこと心配してるんです」

「心配は無用だぞ! このまま成績を維持できれば推薦枠で志望校に挑むからな!
 今は保険で勉強してるけど! てゆーか勉強漬けで脳みそ茹で上がりそうだったから気分転換がてらにバイト応募したんだよ! 分かったか!」   グリグリ

「んんっ、ぼ、暴力はやめて」

「てゆーかお前寒くないのか? 制服だけって絶対寒いだろ? 震えてるぞ!? わたしのコート貸そうか?」

「ボクは平気ですよ、先輩が着てください。風邪引いちゃダメです」

「いやお前震えてるかな!? 手がガタガタ震えてるからな!? やっぱ寒いだろ、ほら! 手もこんな冷たいし!」   サワサワ

「いえ、あの、大丈夫ですから。あんまり触らないで」


 先輩にいきなり手を握られて、急に気恥ずかしくなってきた
 なんかしっかりばっちり指を絡めてきた。どうしよう、ドキドキしてるのバレちゃう




 不意に静かになった
 人ももうあんまり居ない時間だし、今通ってるここは住宅街だし、遠くでイルミネーションが点滅してる以外は、ほんと静かだった


「先輩?」


 いきなり黙りこくった先輩に声を掛けてみると、急に立ち止まった
 手を握られてるので、ボクもつられて立ち止まる


 
706 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:27:08.87 ID:TRVU1ftko
 

「やっぱお前、寒そうだぞ……。そ、そうだ。あの、あのさ。わたしが――ギュッってしてやろう! 今日のお礼も兼ねて! なっ!」

「えっ? いや、あの。な、何言ってるんですか」

「に……逃げるなって! 恥ずかしがりか! ほっ、ほらっ!! ――ギュッ」   グイッ

「ぎゃっ」   フニュ


 いきなり先輩に抱きしめられて、持ってたお土産のホールケーキの袋を落としそうになった
 先輩はコートを羽織ってるけど、文字通り羽織ってるだけだから前は開いてるわけで
 それでギュッてされたら、先輩と密着してしまうわけで

 先輩の匂いがする、甘い花のようなシャンプーの匂いが
 どうしても意識が肌に行ってしまう。先輩、こんな柔らかいんだ
 ダメだこんなの、もっとドキドキしちゃうよ


「今日、ありがとな」

「えっ? あの、いいえ。そんな」

「呼び込みしてるときさ、わたしナンパされそうになっただろ? あんなこと初めてでさ、怖かったんだ」

「あっ、あっ」

「でもお前が間に入って、助けてくれて、……カッコよかったよ」

「はひっ」


 せ、先輩に耳元で囁かれるなんて初めてだよ
 ていうか女の子にこんなことされるの自体が初めてだよ
 心臓がスゴいバクバクしてきた
 ボクと先輩は体の前面がほぼほぼ密着してるから、これじゃ絶対バレてる。心臓の音が絶対バレてる
 あっ前で密着してるってことは、つまり、つまり……!


「せっ、先輩!」


 先輩の肩を掴んで、一応なんとか優しく、ゆっくり身を引き剥がした
 多分今のボクはすごく顔が赤くなってるに違いない。だって顔面がめっちゃ熱いから


「その、……ゴメン」

「いえあの、先輩悪くないです。ただボクあの、こういうの初めてで。ドキドキしちゃって」

「……わたしだって初めてだぞ」

「ひえっ?」


 思わず変な声が出た
 あっでもそれより
 チビで童顔呼ばわりされて周囲から勝手に草食系扱いされてるボクだって男子なわけで
 だから、いくら部活の悪友じみた先輩だからって、抱きしめられて耳元で囁かれたりしたら
 股間の、その――   かたくなる


「んうっ」   モジモジ

「えっ、お、お前。えっと、大丈夫か……?」

「だっ、だいじょぶです……!」


 制服のパンツは割と余裕ある方なんだけど、変な当たり方してる所為で変な声が出てしまった
 どうしよう……! どこ見ればいいのか目のやり場に困って、先輩の顔を見た
 なんでだろ! 先輩の目がいつもよりウルウルしてる! しかも先輩も顔が赤くないかな!?
 思わず目を逸らした。具体的に言うとちょっと下を見てしまった。前が開いたコートの、先輩のサンタ服
 先輩って、意外と胸がおっきいんだな……じゃなくて!! 違う、違うったら!!
 ど、どうしよう……!! 変なとこ見ちゃった所為で! ぱおんが!!


 
707 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:27:44.02 ID:TRVU1ftko
 

「お前だいじょぶか……!? 腰が引けてるみたいだけど、お腹痛いのか……!?」

「だ、だいじょぶです。深呼吸すればなんとか」


 このままだと危ない。ボクの心臓はもうバクバクどころかバンバンだし、そのままだと股間もバンバンだし
 もう、こうなったらアレをやるしかない

 お父さんから伝授された、「柊鰯」の取説

 『いいか、俺たちは「柊鰯」と契約して魔性のものに対する強い抵抗力を獲得した。これはもう一般人とは比較にならないレベルでだ
  でも、それでも俺たちの中に魔性が入り込むことがある。いわゆる魔が差した状態ってやつだな
  もしもお前に魔が差して、抵抗できないほどの悪意に呑み込まれそうになったとき。その魔性を祓う方法を教える』


「先輩。立ったままだと寒いから、行きましょう」

「あっ……うん」


 先輩の手を取ってボクが先に進み始める
 もう躊躇なんかしてらんない。このまま股間が破裂しちゃうよりも先に、ケリをつける!

 ボクはパンツのポケットに手を入れ、スペアの柊鰯を探ると
 それとしっかり握って、先輩にバレないように――自分の胸に突き刺した


「うっ――ふうっ、ふうっ」

「な、なあ! ほんとにだいじょぶか……!?」

「――はい、大分ラクになりました。ありがとうございます」


 心臓のバクバクが嘘のように引いていった。それだけじゃなくて股間のバンバンも収まった
 よ、良かった。柊鰯を自分に刺すなんて普段は怖くてできっこないけど
 さっきよりもすごく落ち着いた気分だ、ようやく冷静なボクが戻ってきたような感じがする
 凄いな「柊鰯」、こんな使い方もできるんだ


「なあ、お前…… っっっ!! ちょっ、ちょっっっっっと待て!!」

「えっ、どうかし  「お前!! 胸!! 血!! 血が出てるぞ!!」


あっ先輩にバレちゃったみたいだ


「おいお前!! なんか胸に突き刺さってるぞ!? 大丈夫じゃないだろこれ!!」

「あっ、あの、痛くはないんですよ。へいちゃらです」

「平気なわけあるか!! はっ、早く病院に行かないと!!」

「だいじょぶ、だいじょぶなんですほんとに、気にしないでください」










 その後
 ボクはパニックになってる先輩をどうにか落ち着かせて
 いきなり抜いたら逆に危ないし、ちゃんと手当するからと説明した後に、なんとかして駅に押し込んだ

 パニックになってたけどいつもの先輩のテンションに戻ったようでちょっと安心した

 いやでもほんとは「来年は先輩も受験ですね、もう部活に来れなくなっちゃいますね」「そうだな……」みたいな
 先輩をしんみりさせるような話をして、寂しそうな先輩の横顔を眺めながらにんまりする予定だったんだけど
 どうしてこうなっちゃったんだろう…… まあいいか


 
708 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:28:57.02 ID:TRVU1ftko
 



 そしてそのまま家に帰ると、まずお母さんにビックリされた
 帰りが遅くなったことじゃなくて、柊鰯を胸に刺したまま血だらけで帰ったことだ

 素直に事情を説明したらお母さんにも呆れられたけど、なぜかお父さんにも呆れられた
 お父さんが「お前……そこまで行ってその娘をラブホに連れ込まないのはおかしいだろう! 押し倒せ!」
 「そもそもクリスマスイブってのはだな、そういういい感じになったところで素直に男女の欲望に忠実に」と話した辺りで
 お母さんはお父さんの後頭部をしこたま殴りながらガミガミ説教を始めたのでそれ以上は聞けなかった
 兄貴は「なんというか、お前らしいよ」と呆れながらも笑ってくれた










 でもこの先何があろうと先輩のあの表情と柔らかさは絶対忘れないと思う

 あ、クリスマスケーキ美味しかったです





















































 
709 :単発「Deck the Halls」 [sage]:2022/12/25(日) 01:29:37.99 ID:TRVU1ftko
ここまで
710 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2023/04/27(木) 21:55:25.35 ID:cpCWscUG0
投下乙でした
先輩も後輩君も可愛い。柊鰯、その手があったか……
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2023/07/15(土) 20:14:18.07 ID:sAc/qBvL0
君たちはどう生きるか。
季節はもう夏である。一夏の出来事で少女が女へと変貌する時期である。
若き契約者諸君、ビキニを着用して海に出よ。ナイトプールでも良い。
スケベだ、スケベせよ。スケベを繰り広げよ。この際男同士でもいいし女同士でもいい。
君たちはエロスに生きよ。現場からは以上だ。
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2023/07/15(土) 23:22:07.99 ID:sAc/qBvL0
飲みながらネット見るもんじゃないな…
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2023/09/10(日) 21:55:52.34 ID:x6GvhMes0
すっかり何もないままおっさんになってしまったぜ
714 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:01:08.42 ID:sOQ3PWjdo
 

職場で「(確かホラー映画の話題で)テディベアなんてかわいいもんだろ、今やこの国は各地でリアルクマが出没してんだからよ! ガハハ!」みたいな会話を聞き、ハヒッ、ハヒィッ となりました
18ヶ月振りの投下となる、「次世代ーズ」でございます


>>700
感想ありがとうございます……!

> 脩寿くん、ちょっと巫女姉妹の件については詳しく話をしてくれないとダメだと思うのよ

どっちだ……!? 飛騨の方か!? 穂張の方か!? となりましたが、恐らくこれは飛騨の方ですね
飛騨高山(岐阜)の小学生巫女ちゃん姉妹に早渡相手にわちゃわちゃする……お察しの通り未発表のエピソードになります
飛騨の話も穂張の話も機を見て投下したいのですが、次世代ーズはまさかこの箇所にご意見を頂くとは一切予想していなかった!!
ありがとうございます


> ジャイアントカンガルー、というかカンガルーと言えばボクシングっていうのはどこ由来のミームなんだろう

これについては気になって調べました
19世紀後半から20世紀にかけて、カンガルーを人間と戦わせる見世物の開催が一般的だったようですが
そんななか1891年に風刺漫画雑誌「メルボルン・パンチ」に掲載された「ファイティング・カンガルーのジャック VS (人間の)レンダーマン教授」というイラストでは
カンガルーがボクシンググローブを装備して人間と打ち合っている姿が!!

https://trove.nla.gov.au/newspaper/page/20441476

これ以降、映画等で「ボクシングするカンガルー」が人気を博し、そのイメージが定着していった……ようです
今ではオーストラリアの国民的イメージとして馴染んでいるんですね、いやあ勉強になった


【参考】
 ボクシング・カンガルー
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%BC

 Boxing kangaroo
 https://en.wikipedia.org/wiki/Boxing_kangaroo

 Fighting Jack: Melbourne’s first boxing kangaroo
 https://blogs.slv.vic.gov.au/such-was-life/fighting-jack-melbournes-first-boxing-kangaroo/



単発の話ですが、以前避難所で「エッチな事をしないと出られない部屋」の話は書きたいと申告しました
あれはエイプリルフールまでに書いて、エイプリルフール当日に投下すべきだったと後悔しています……が

ともかく長引いた「次世代ーズ」の「聞き込み side.B」をやります



 
715 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:02:17.46 ID:sOQ3PWjdo
 

○前回の話
 >>681-686
 次世代ーズ 36 「聞き込み side.A」


 これは作中の【9月】の話です


○三行あらすじ
 早渡脩寿が自らに掛けられた変質者の容疑を晴らすため、真犯人を探す
 彼の幼馴染、遠倉千十も真犯人特定のため情報収集を始める
 具体的には高校の友人はじめ、人脈を活用して聞き込みだ



 
716 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 1/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:02:54.08 ID:sOQ3PWjdo
 



 まずはありすちゃんから聞いた情報を整理しよう


 今日はいつもより早めに起きて、早めに準備を済ませた
 自分とお姉ちゃんの分のお弁当も用意したし、後は登校するだけ

 でもその前に

 携帯のメモアプリを開く
 前もってありすちゃんから聞いた変質者の情報を、昨日のうちに一通り書き出しておいた
 大き目のサイズのクマのぬいぐるみの姿をしていて、二足歩行しながら、黒い触手を生やしてくる
 ぬいぐるみとは別にそれを操作する契約者がいて、その変質者は最近現れるようになった露出魔かもしれない
 そして、露出魔がよく現れるのは東区から南区にかけて

 一度深呼吸した

 昨日脩寿くんと電話で話したとき、何気なしに言ったけど
 確かにクマのぬいぐるみを使う変質者だなんて、すぐ話題になる気がする
 だけどクラスでもそんな話を耳にしたことがない

 それに、露出魔が現れるようになった、って話も直接誰かが見たって話じゃなくて
 HRのときに先生が話してた内容が基になってるかもしれない
 ちゃんと確認をとらなきゃダメだ


「……確認しなくちゃいけないこと、結構多いかも」


 私自身、歩き回るクマのぬいぐるみや露出魔に遭遇したことは、まだない
 どの辺りに出没しているのか、もう少しその情報がほしい。東区、南区といっても場所が広いし
 変質者なんて絶対に遭いたくないし考えるのも怖いけど、でも少しでも脩寿くんの役に立てるように頑張らないと

 今は不思議とあまり怖い感じはしなかった
 普段なら変質者とか契約者とかのことはあまり考えないようにしてるし
 もし自分が遭遇しちゃったら、なんてことは怖くて考えたくない

 あまり怖く感じないのは脩寿くんとありすちゃんのお陰かもしれない

 二人とも
 仲直り、できるといいけどな


「千十ぉぉぉ!! 私の携帯見なかった!? どこ探しても無いのぉぉぉ!!」

「うひゃあっ!?」


 お姉ちゃんの突然の大声にビックリした
 あ、朝からそんな大声出したら、お隣さんに迷惑だよ!!


「千十ぉ! 私の携帯鳴らしてぇぇ!!」

「お姉ちゃん帰ってきて携帯ほったからしにしてたの!?
 鞄の中に入れっぱなしなんじゃないの!? ちゃんと探したの!? もう!
 仕方ないなあ、鳴らすよ?」

「あっあっ! 鞄からだぁ! 昨日充電切れかけたのに! 置きっぱだったぁぁ!!」

「もー、お姉ちゃんちょっと静かにしてよ……」


 家から出るギリギリまで充電しようとしてるお姉ちゃんを見て、思わず溜息が出る
 学校町に引っ越してきたばかりのときはしっかりしてたのに
 年を追うごとにだんだんダメなお姉ちゃんになってる気がする

 はあ、私がしっかりしなくちゃ


「お姉ちゃん、今度は携帯置き忘れないように気をつけてね」

「大丈夫! お姉ちゃんの脳内ToDoの一番は携帯回収だから!」


 ……やっぱり不安だ、私がしっかりしなくちゃ





 
717 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 2/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:03:40.52 ID:sOQ3PWjdo
 








「せっちゃん、おつかれなの?」

「うん。ちょっと」


 二時間目の授業が終わってアヤちゃんに心配された
 そんなに顔に出てたのかな

 結局あの後、お姉ちゃんは予想通りというか携帯を置き忘れたままお家を飛び出して
 慌てて追い掛けて携帯と充電器を押し付けたけど、そのお陰で登校が結局いつもと同じ時間になってしまった

 本当はいつもと同じ時間どころか、ちょっと遅刻しそうになったんだけど

 ……お姉ちゃんには、もうちょっとしっかりしてほしい
 できれば学校町に来たばかりの頃の緊張感、ちょっとだけでも思い出してほしい



 ほんの少しだけ、ありすちゃんの方を見た
 ありすちゃんは携帯と睨めっこしてるけど、どこかぼんやりした感じだった

 HRが終わった後で細かい話を聞こうとしたんだけど
 何度話し掛けても上の空みたいだったし、心配で肩を叩いてみたらすごくビックリされた

 昨日のこと、引き摺ってるのかな
 でも帰りに付き添ってもらったときはそんな感じでも無かったのに

 一応ありすちゃんのことはそっとしておくことにした
 でもやっぱりお昼休みにもう一度声を掛けてみよう



「あの、アヤちゃん。知ってたら教えてほしいんだけど」

「うん? どしたの?」

「最近学校町を徘徊してる変質者のことなんだけど
 ……クマのぬいぐるみを、持ってるらしいんだけど、聞いたことない?」

「えーなにそれ」

「千十、かやべえ。何? 変質者の話?」

「千十ちゃん、なんの話をしてるの?」


 アヤちゃんに変質者のことを尋ねてみると、宇女(うめ)ちゃんと栞(しおり)ちゃんも加わってきた
 私は思い切って三人に訊いてみることにした
 でも三人とも都市伝説や契約者については知らない。だから少し誤魔化さなきゃ


「テディベア、ねえ。聞いたことないな」

「そのテディベア、一体何に使うんだろうね……」

「多分ファンシーなテディベアの内側に淫具でも仕込んでるんじゃね?」

「い、淫具って……」

「ちょっ! ヒル山、男子にも聞こえてるんだからアンタ、自重しなさいって」

「でも千十、どっからそんな話聞いたん? 変質者の話題って苦手じゃなかったっけ」


 宇女ちゃんがそんなことを訊いてきて、一瞬固まった
 どうしよう、いきなりそれを訊かれるのは考えてなかった


「え、ええと。別のクラスの子が、そんな話してるの、耳にして。本当だったら怖いなって思って」

「変質者で思い出したけど、確かかやべえと栞は夏休み前にもヤバ目の変態と遭遇したって話してなかったっけ? 千十も居たんだっけ?」

「そういやあったねそんなこと……、せっちゃんととシオりんと、かやべえの三人で目撃しちゃったんだけど」


 
718 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 3/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:04:13.40 ID:sOQ3PWjdo
 

 あう、話が脱線しちゃった
 夏休み前にも変質者を見たんだけど、そっちは勿論テディベアの変質者とは別人、だと思う
 ……あのときの出来事はあんまり思い出したくない。夏休み前に遭った変質者も都市伝説みたいだったし


「栞、どういう変質者だったか説明してもらえる? LINEでかやべえに訊いても教えてくれなかったし。私だけ仲間外れ感ひどくない?」

「私の口からはとても言えません……!」

「ヒル山変なこと聞くな! あれは正直トラウマ級なんだから!!」


 とにかく、三人はテディベアの変質者について知らないみたい
 新しい情報があったわけじゃないけど、テディベアには遭遇してないわけだから少し安心できた


「せっちゃん、もしかしなくても不安だよね……?」

「う、うん。ちょっと」


 私のことを心配したのか、アヤちゃんが私の肩に手を回してくっついてきた


「だーいじょうぶっ! 心配しないで。せっちゃんのことは、かやべえが守ったげるからね」

「んっ、ありがと……」


 そのままアヤちゃんにされるまま、ゆったりとした横揺れに付き合うことになる
 アヤちゃん、いつもはちゃらんぽらんに見えるけど、いつだって優しい。中学のときから、ずっと



 でも、だから、都市伝説とか契約者とかの怖い世界には関わってほしくない

 でも、そのせいで、一葉さんのことをアヤちゃんには話せない



 絶対に混乱させてしまうから



 あんなに仲良しだったのに





「せっちゃんそんなに不審者のこと怖かったんだね、だいじょうぶだよ!」

「でも……でも、もし本当にテディベアを持った変質者がいるのなら、ちょっと見てみたいかも」

「へっ? あっ、栞ちゃんダメだよ!? 変質者は危ないから見かけたら逃げてね!!」

「そうだよシオりん、せっちゃんの言う通りだよぉー」

「ん? 栞? 今なんかエロい妄想でもしてたん? ん? 正直に言ってみ?」

「えっ!? ち、違うの三人とも! 聞いて! 今のは単に、もしもの話なわけで、そう! これは仮定の話であって――!!」
















 
719 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 4/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:05:02.77 ID:sOQ3PWjdo
 



「千十、悪い。それはそっちでいいから。あっ、ごめっ、こっち……持ってくれる!?」

「あっ、はいっ、今行きますっ」


 昼休み、担任のみゆ先生に捕まった
 先生の担当は二年生の古文、だから普段は授業で関わることが無い、んだけど
 今日は図書室から借りっぱなしの教材を返すためにお手伝いを頼まれた
 教材といっても紙の古語辞典、それもクラス分運ぶことになるから、……お、重い


「はーっ、千十ありがとう! 二年に頼もうとしたら皆逃げちゃってさー」

「それはそうですよ、大体辞書を借用したまま返却しないのは教師としてあるまじき、です」

「なにおー、雪子コイツコイツー」

「く、くすぐったいです! 暴力反対!」


 みゆ先生に引き寄せられて脇腹を揉まれてるのは、二年生で図書委員の小野木雪子(おのぎ ゆきこ)さん
 図書室でいつもお世話になってる。年齢は一つしか違わないのにすごく年上のお姉さんっぽくて、中学の頃から憧れてる


「お昼時間、うわっ。もう20分経ってる。千十ごめん、お昼何か奢ろうか?」

「あっいえ! お弁当持ってきてますから!」

「うー、悪いね本当。いつかお礼するから」

「御小柴(みこしば)先生? 生徒を食べ物で丸め込もうとしてはいけませんよ?」

「ちーがうって、雪子もう! 意地悪言うのやめて!」


 バツが悪そうな顔して口を尖らせるみゆ先生を見ながら、雪子さんはクスクス笑っている

 みゆ先生は先生に成り立てらしくて、四月には「皆と同じひよっこ」と自己紹介してた
 親しみやすい人ではあるんだけど、仕事終わりにお姉ちゃんと居酒屋で飲んだりしたこともあって
 公務員がそんなことしていいのか、ちょっと不安になることもある

 こんな良い雰囲気のときに変質者の話は出さない方がいいかも
 ……って思ってたら


「千十さん、今日は何か浮かない顔してるけど、何かあったの?」

「あっいえ、そういう訳じゃ」

「何か話したいことあったら、話していいのよ? 御小柴先生も居るしね」

「へ? 千十なんか悩みあるの? 担任としてほっとけないな、言ってごらん?」


 どうしよう、雪子さんに見透かされたような気がする。それにみゆ先生まで乗ってきた
 雪子さんには中学の頃から、丁度今みたいに私の考えてることを覗かれてるような気がする
 そんなに表情に出てたのかな? でも、促してもらったのなら


「あの、実は。ちょっと気になることがあって。HRのときに先生が話してた変質者のことで
 東区から南区にかけて露出魔が出没してるって話なんですけど、目撃情報とか、あるんでしょうか?」

「んー、いや? あれはね、警察署から回ってきた話をそのまま皆に通知しただけなんだけど」

「実は、その。変質者がクマのぬいぐるみを連れてるって話を聞いて。ちょっと怖いなって思って、話題になってないかなって。気になっちゃって」


 とりあえず当たり障りのない範囲で伝えて様子をうかがった
 みゆ先生と雪子さんは顔を見合わせている





 
720 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 5/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:05:46.96 ID:sOQ3PWjdo
 

「んー、職員会議でも特にうちの生徒が変質者を目撃したって話は上がってないし、実は変質者の注意情報も、噂かそこらのレベルだと思ってたんだけど」

「先生、それはそれで危機意識低すぎじゃないですか? 千十さん怖がってますよ?」

「あ、いや。襲われたって話が無いならそれに越したことは無いって。ただそれだけの話だから!」

「そう、ですよね」


 先生も雪子さんもそんな話は聞いたことがない、といった様子だ
 ダメかあ……。少しでも情報があったら、と思ったんだけど、これは調べるに時間掛かるかもしれない


「ふむ、千十さんはその話をどこから聞いたのかな?」


 雪子さんに質問された
 この質問に「友達が襲われました」なんて正直に答えるわけにはいかない。ちょっと誤魔化さなきゃ


「それは……、別のクラスの子がそんな話してるのを耳にしたんです。それで、気になっちゃって」

「一番良いのはその話をしていた人を見つけて直接話を聞くことね
 あくまで仮定の話だけど、その変質者が出没しているとして、現段階では目撃情報がまだ少ない、とも考えられるわね
 もしくはあくまで噂、あるいは誰かが面白半分で話を大げさに盛っただけかもしれない
 まあ悪い想像は幾らでも膨らむものだから、あまり気にしない方がいいと思うな
 千十さん、こういう類の話は苦手だったでしょう?
 大丈夫。人通りの少ない道は避ける、回り道になっても安全な道を使う。それだけでも危険を回避できるから」


 うう……、雪子さんの言葉はとても正しい
 話を誤魔化してまで情報を集めようとしてる私が間違ってるかもしれない
 でも正直に話すわけにはいかない。みゆ先生はともかく雪子さんは一般人だから


「そうですよね、すいません。こんな話をしちゃって」

「いいのよ、不安になるのは仕方ないことだもの。ねっ、御小柴先生!」

「おっ、ああ。そうそう。何かあったら遠慮なく相談しなよ?」

「はい……」


 先生に促されて図書室から出る
 退室間際に雪子さんに頭を下げた。雪子さんを心配させちゃったかもしれない


「千十、お昼大丈夫? カロリーメイトか何か渡そうか?」

「あっいえ! 私は大丈夫ですから! 先生こそちゃんと食べてくださいね!」


 みゆ先生と途中まで一緒に歩いていく
 私は教室に戻らなくちゃ


 先生は契約者だけど、ありすちゃんが問題のテディベアに襲われたことは、まだ話さない方がいいかもしれない
 一学期の頃も都市伝説が出没したとき、先生は気負って倒れる寸前まで見回りを続けたりしてたから
 話すとしたら、ありすちゃんに前もって相談してからにした方がいいかもしれない












 
721 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 6/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:06:41.68 ID:sOQ3PWjdo
 



 そして、放課後
 私はオカ研の部室にお邪魔していた

 お昼休みの間、ありすちゃんは教室に居なかった
 五時間目の開始直前で戻って来たけど、やっぱりどこかぼんやりしていた

 心配になって話し掛けようとしたけど、HRが終わるといつの間にか居なくなっていた
 大丈夫かな? 大丈夫じゃないかもしれない。後でメッセージを送ろうかな


「テディベアを操作する変質者、で、契約者、ね……」


 対面に座っているのは、中学からの友達の泉花(いずか)ちゃん
 私も泉花ちゃんも元々は自分が契約者だったことを知らなかった同士だ
 色々あって仲良くなって、他の人に話せない都市伝説や契約者のことも、泉花ちゃん達になら話せる


「使うのがテディベアってところがなんか生々しいよね。あ、千十ちゃん、豆大福食べる?」

「うん、ありがとう」


 すずなちゃんから貰った豆大福を、淹れてもらったお茶と一緒に食べた
 私はオカ研のメンバーじゃないんだけど、この場所は不思議と落ち着くな


「そんな変質者の話は聞かないし、私達も目撃したことないな。部長が知ったら飛びつきそうだけど」

「だよねー、エロ触手とか絶対ウタちゃん好きそうだもんねー」

「……泉花ちゃん、そういえば唄さんは?」

「ああ、部長は御小柴先生に捕まってる」


 どうせまた変なことして先生からかったんでしょ、うんざり顔で泉花ちゃんはそう言った
 みゆ先生は私達の担任で、オカ研の顧問でもある。もっと言うとオカ研のOGらしい
 オカ研は全員、契約者か、都市伝説や契約者について知っている
 だから話そうと思えば全部の経緯を話せるんだけど


「ねえねえ千十ちゃん、この話ってウタちゃんにどれくらい話しても大丈夫なやつ?」

「……私が話したってことは、今は伏せてほしいな」

「千十、大丈夫。察した」

「うふふ、察しましたよー。ありすちゃん絡みかな」

「……今はノーコメントでお願い」

「わかった。一応オカ研でも何か情報掴んだら共有するね」

「期待しないで待っててー。でもウタちゃんが知ったら自分が捕獲するって勇んじゃうかも」

「二人とも、ありがとう」


 オカ研の部長――足助唄さんは勘が鋭い
 そのうえありすちゃんとは、あまり仲が良くない
 険悪ってわけではないけど、決して仲がいいってわけでもない
 だから、ありすちゃんが変質者に襲われたって話を知ったら、確実に唄さんはありすちゃんに突撃して根掘り葉掘り聞こうとする

 ありすちゃんの今の状態で、唄さんに突撃されたら、色々と良くない気がする

 それに、正直に脩寿くんのことまで話したら、多分唄さんだけじゃなくて、すずなちゃんにまで色々勘づかれちゃう、気がする

 うん、黙っていよう





 
722 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 7/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:07:23.12 ID:sOQ3PWjdo
 



「でもそうなると相手の契約能力の詳細が知りたくなるね。千十は何か心当たりある?」

「ううん。黒い触手を操るっていうから、何かしらの生き物みたいなのと契約してるのかなって、思ったんだけど」

「まあ触手に見せかけた別の何かって線もありそうだからねー」

「とりあえず登下校は普段より気をつけた方が良さそうね」



 ふと時計を見る
 約束の時間まではまだまだ余裕があるけど、もうそろそろ高校を出た方がいいかな


「あっ、そういえば千十。久しぶりにかなえから連絡があったんだけど
 皆でお茶でもしないかって。ついでだし、かなえにも聞いてみようか?」

「えっ? かなえちゃんから?」


 紅かなえちゃん。私達と同じ東中出身で高校は別々になった女の子だ
 彼女は今、中央高校に進学している。日景君達と同じ高校だ

 ちょっと、考えてしまう
 かなえちゃん、こういう話は苦手だったはず


「泉花ちゃん、ありがとう。でもかなえちゃんには訊かないことにする
 次に会うときは明るい話題にしたいって決めてて。だから、ごめんね」

「ん、わかった。それまでに変質者の問題、解決してるといいね」




















「せーとにゃーんっ!!」

「ひゃあっ」


 オカ研を後にして高校から出ようしたら、後ろからいきなり抱き付かれた
 び、ビックリした……。相手は誰なのかわかる。一個上の莉子(りず)さんだ


「お、お久しぶりです、莉子さん」

「千十にゃんほんとおひさだにゃ! 元気だったかにゃ?」

「な、なんとか」





 
723 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 8/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:08:08.23 ID:sOQ3PWjdo
 

 独特な語尾の人だけど、普段はあくまで普通で「猫を被ってる」状態らしい
 親しい相手の前だけ素の口調で、語尾に「にゃ」を付けて話す、そんな変わった人だ

 そして莉子さんも契約者だ
 特に中学時代は私も泉花ちゃんも、何度も莉子さんに助けてもらったことがある
 「こーはいを守るのは、あたしのミッションなのにゃ!」というのが莉子さんに言われたことだった


「実は千十にゃんが図書室でクマのぬいぐるみの変質者について、雪にゃんとみゆにゃんせんせーに質問してるのを聞き耳立ててたのにゃ!」

「えっ? あっ! い、居たんですか? 図書室に?」

「うにゃ、上の階から聞いてたにゃ。にゃーの耳は地獄耳なのにゃー」


 切り揃えた前髪を揺らして、内緒話をするように顔を近づけてくる
 ふわっと何か果物のような香りがした


「実は一週間くらい前、クマのぬいぐるみが東区の二丁目あたりを南区に向かって歩いてるのを見たにゃ」

「っ!? ほ、本当ですか!?」

「うん。でもそのときは、あたしもただぼんやり眺めてただけだったし、特に変態的なことしてるわけでも無かったから、単に見送っただけだったにゃ」

「東区の、二丁目ですね!? ありがとうございます、情報が全然なくて」

「でもにゃー。千十にゃん、そのときは単にそこに居ただけで、いつも出没する場所ってわけじゃ無さそうだにゃ
 それに、どうしてその変態ぬいぐるみのことを調べてるのかにゃ? なんか理由ありそうな気がしてにゃー。あたしで良かったら話聞くよ?」


 そう尋ねながら、私の耳元でふんふんと鼻を鳴らした。何だかくすぐったい
 莉子さんになら話しても大丈夫かな?


「それは……、実は私の友達がその変質者だって疑われてしまって。友達同士で険悪な感じになってるんです」

「にゃんと?」

「それで、その。友達の疑いを晴らしたくて情報を集めてたんですけど、あまり上手くいかなくて」

「そういうことならお任せにゃ! あたしが学校町のネコちゃんに訊いて回ってみるにゃ!」

「えっ、でも。そんな」

「いいのいいの、ここんとこずっと生活費のためにバイトに明け暮れてたのにゃ。心は砂漠にゃ
 ここらへんでちょっと猫になりきって心と体のお洗濯をしてくるにゃー、そのついでと思ってくれればいいにゃ!」

「あのっ、ありがとうございます……!」

「いいのにゃ! 千十にゃんのためなら頑張るにゃ!」

「あっ、でも、あまり無理はしないでくださいね……!?」

「にゃふふ……千十にゃんは優しいにゃー。バイト先も優しさ溢れる職場なら良かったのににゃー、あははー」


 ど、どうしよう
 見るからに莉子さんが落ち込んでるように見える
 目がすごいどんよりしてる……


「あたしの心配なら無用だにゃ! 千十にゃん、帰るときは安全な道を使って帰るのにゃ! じゃーねー!」

「あっ、り、莉子さん……!」


 莉子さんの体が私から離れた、その途端に
 莉子さんの姿が消えるようにいなくなってしまった。は、速い……!













 
724 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 9/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:09:36.51 ID:sOQ3PWjdo
 



 高校を後にして向かったのは、中央高校の近くにある落ち着いた雰囲気の喫茶店
 きっと忙しいと思ってダメ元で連絡を取ってみたら、「絶対に時間作る!」ってすぐに返事がきた

 少し申し訳ない、という気持ちと一緒に嬉しさも込み上げてきた
 一学期の頃も色々助けてもらったのに、その後ちゃんとお礼も言えてなかったから



「千十ぉ! こっちこっち!!」



 喫茶店に入るなり大声で私を呼ぶ声に、ビックリしてしまった
 相手は既に席を取っていた。約束してた待ち合わせの時間より30分も早いのに



「お久しぶりです、久慈さん」

「やあやあ、六月振りだったかぁ!? ちゃんとメシ食ってたか? 痩せてないかよ?」



 佐川久慈(さがわ くじ)さん、「組織」の黒服さんだ
 一人称が「俺」で、最初の印象は怖い人だったけど、すごく気さくで優しいお姉さん


 私は「組織」に所属している契約者
 といっても、自分が契約者だということが未だによくわかっていないんだけど


 最初の頃は「組織」がどういう組織なのか、とか
 他にはどんな人達がいるのか、とか
 私みたいな人もいるのか、とか、そういったこともわからなかった

 今では「組織」が人間社会で害のある都市伝説を退治する人達、というのは何となく理解してるけど
 例えば私と同い年の人達も所属してるのか、とか、そういうことは今でもよくわからない

 久慈さんに「組織」のことを色々聞いたら教えてくれそうだけど
 今日の大事な用事はそっちじゃない。しっかりしなくちゃ



「あの後から体に違和感残ったりとかしなかったか?」

「あっ、いえ。お陰様で、大丈夫です。はい」

「それなら良いんだけど、あのときは状況が状況だったろ? キルトさんは問題ないって言うけどさ、俺も一応心配してて
 あっ、そうだ! 七月にも変態とカチ遭ったって聞いたぜ!? そういうときは迷わず黒服を呼べよ!? 絶対遠慮すんじゃねーぞ!?」

「あのときはすぐ連絡しました、はい。あの後からそういうことには遭ってないから、多分大丈夫です」



 最初、「組織」の人達に声を掛けられたのは中学一年の頃だった
 お姉ちゃんはまさか芸能事務所のスカウト!? ってかなり警戒してたし
 説明を受けた後も、当時は「組織」が何をしている組織なのか全く理解できなかった
 お姉ちゃんは後から、「『七尾』のANクラスみたいに超能力かなんかの研究してる人達なんじゃない?」って言ってたけど

 結局、「学校町内で目撃した『都市伝説』と呼ばれる存在について、報告してくれるだけでいい」という内容で
 「組織」に所属することになったんだけど、所属してる実感なんて全くなかった

 お姉ちゃんが最初の職場でセクハラされてから、そこを辞めて新しいお仕事を探してる最中だったし
 報告すれば実績に応じて報酬金がもらえると聞いて、私も覚悟を決めて頑張った

 最初にお金が振り込まれたとき、お姉ちゃんと一緒にその額にビックリしたけど
 本当にこんなことでお金をもらってもいいのか、すごく不安だった
 それでも私が頑張らないと、そう自分に言い聞かせて、危険だと感じる場所に自分から足を運ばないといけなかった

 最初に声を掛けてきた人達――「黒服」さんは、こっちの質問には一切答えてくれなかった
 ただ一方的に不定期のメッセージ連絡を送ってくるだけで
 それも専門用語が多くて、その意味を何となく理解できるようになったのは大分後になってからだった



 
725 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 10/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:10:22.50 ID:sOQ3PWjdo
 

「店員さん、この子にホットケーキセットを! 俺は……エビピラフセットで! 悪い、昼食ってくる余裕なくって」

「わ、私は大丈夫ですから!!」

「遠慮すんなし! こういうときに他人の財布で一番高いもん頼むもんだぜ?」

「ああうう……」



 「都市伝説」
 黒服さんからその話を聞いたとき、多分アレかもしれないという感覚はあった
 アレ――「七尾」にいた頃は見なかったのに、学校町に引っ越してきてから急に見えるようになった、怖い影
 最初は影のような黒い塊だと思っていたけど、よく見るとまるで漫画や映画に出てくるモンスターのような存在だった

 私は最初、それがストレスの所為なんだと思ってた
 「七尾」の学校が急に閉鎖することになって、中学から学校町に引っ越すことになって
 環境が急に変わったからその所為で変なものが見えるようになったんだって、自分にそう言い聞かせてた
 お姉ちゃんには相談できなかった。お姉ちゃんもいっぱいいっぱいなのに、私のことで心配させたくなかったから



「俺はてっきりさぁ、千十に嫌われてるんじゃないかと思ってたんだぜ? 夏の間も連絡無かったしさぁ」

「あの、いえ、そういうわけじゃ……」

「冗談だよ! そういや『ラルム』のバイトは忙しいか? あんま無理すんなよ? 前も過労気味だって医者に言われてたしな」

「きっ、気をつけてますっ!」



 「組織」のお仕事もあって、「都市伝説」を目撃する機会はそれなりに増えていったけど
 最初の頃は自分から危ない場所に行かなければ、そういう怖い存在に遭遇することは無いって、そう思っていた

 危ないと感じる場所に行かなければ、危ない存在に出遭うことはない
 危険な場所や相手には、自分から近づかなければ、危ない目に遭うことは無いんだって、そう信じていた

 でも、違った
 この学校町に、安全な場所なんか無かった
 この学校町にいる限り、危険はすぐ隣にあるんだって、何度も思い知らされることになった



「『ラルム』の方にも顔出したかったんだけどなー、ちょっっっと、『ラルム』のメニューは高くってさ」

「あ、あはは……」

「だけど今日は俺が奢るからな! そう決めて来たんだ! あっそうだ、なんか追加で注文しときたいものってある?」

「へっ? あっ、あの、そんな。悪いです」



 学校町、そのなかを徘徊する「都市伝説」、そして学校町内に存在する「契約者」
 私は最初、自分が直感的に危険だと感じる場所にだけ、そういう存在がいるんだって、ずっとそう思っていた
 でもそれは間違いだった。私の通う中学にも「契約者」はいた。それも、何人も

 日景君、荒神君、獄門寺君、花房君、双子の広瀬さん、大門さん
 あのグループのことが、わけもわからず怖かった
 何より日景君、同じクラスにいるだけで震えが止まらなかった

 私はてっきり、自分の頭がおかしくなったんだと思った
 「七尾」から出て、学校町に来て、心が参っちゃったんだ、そう思って

 でもそうじゃなかった
 私は「都市伝説」や「契約者」のことが怖いんだって、後になって気づくことができた



「本当なら俺も今頃現場でバリバリ働いてたのかもしんないけどよ……」

「え? 何か、あったんですか?」

「別にそんな大したことじゃねーよ? えっと、実は俺、まだ新人研修中でさ、若葉マークが外れてねーんだよな……」

「あっ、もしかして、忙しいときに呼び出しちゃいましたか!? す、すいませ」

「ああ違う違う! 千十には感謝してる! 研修って息苦しいからこうやって外の空気に当たらねーと、ちょっとキツくて」



 
726 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 11/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:10:57.01 ID:sOQ3PWjdo
 



 お姉ちゃんと二人で「人肉ハンバーガー」の契約者に襲われたとき
 私達を守ってくれたのが「組織」の久慈さんと、キルトさんだった

 私が「組織」所属だと知った二人は色々と話を聞いてくれて、教えてくれた
 そのお陰で「都市伝説」が何なのかを、そして「契約者」や「組織」についてようやく理解できた

 「都市伝説」は人が今までに噂したりネットで一人歩きしてるような怪しい話が具体的な姿をとって現れたもので
 元の噂や話に由来するような不思議な力を持っていることがある存在

 そして「契約者」はそんな「都市伝説」と「契約」という関係で結ばれた人で
 「契約」による「拡大解釈」のおかげでより強力な不思議な力、「契約能力」を使うことができる

 「都市伝説」や「契約者」は普通の人間のように、良い人や悪い人もいて、なかには人間を襲うような危険な存在もいる
 「組織」はそんな危険な「都市伝説」や「契約者」を取り締まって、人間社会を混乱させないようにその存在を隠す仕事をしている

 私の理解が間違ってなかったら、キルトさんの説明はこんな感じだったと思う
 このお陰で、私が怖いのは「都市伝説」と「契約者」だったんだって、ようやく気づけた



 学校町に来てからは「都市伝説」や「契約者」に怯えてばかりだったけど
 慣れない学校町での中学生活で、私に声を掛けてくれたのがアヤちゃんや、一葉さんと咲李さんで

 確かに中学のなかにも「契約者」はいたし、私は怖がってばかりだったけど
 「都市伝説」に追いかけられてたとき、一緒に逃げてくれた泉花ちゃんや、私達を守ってくれた莉子さんのことは怖くなくて

 普段の生活のなかで、「組織」のお仕事のなかで、恐ろしい「都市伝説」や「契約者」に遭遇することもあったけど
 そんなとき私やお姉ちゃんを助けてくれたのが、「組織」の久慈さんとキルトさん、そして隣町の下着屋さんの店長さんやクロワさんで



 思い返せば、学校町に来てからもずっと、誰かに助けてもらいっぱなしだったな



 勿論、怖がってばかりじゃいられないって、勇気を振り絞ることもできて
 日景君達のことを怖がってばかりじゃ、相手に対しても失礼だなって思って
 少しでも慣れることができるように挨拶から始めて、声を掛けるのを頑張ろうって目標を立てたり
 それが原因で女の子達から勘違いされたり、アヤちゃんから「アイツらのことは気にしない方がいいって!」って言われたりしたけど

 それに、「都市伝説」や「契約者」のことを知って、他にも気づけたことがあった
 「七尾」にいたとき、私を助けてくれた男の子、脩寿くんも「契約者」だったんだ、ってことにそのとき気づいた
 そのことに気づけたとき、私は少しだけ――ほんの少しだけ、だけど、怖さが和らいだ気がした





「おっ来たぞホットケーキ!」



 店員さんが持ってきたのは、「ラルム」でお出しするような小さいふわふわしたパンケーキではなくて
 フライパンで焼き上げたような、大きくて何枚も重ねられた、そんなホットケーキだった



「おう遠慮すんな食え食え、千十はもうちょっと食った方がいいぞ? あっ、俺のも来たな」

「うう……、すいません。頂きます」



 久慈さんに満面の笑顔で勧められると、断れない
 うう、こんなに食べたら、もう夕飯は要らないかもしれない





 
727 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 12/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:11:41.75 ID:sOQ3PWjdo
 



「んうむ、そういや千十。キルトさんにも言われて確認しておきたいことがあってよ」


 サラダを食べ終えた久慈さんに質問された


「千十の担当黒服って――あの、携帯でしか連絡してこない奴な。最近は何か連絡してきたか?」

「いえ、それが……。四月以降はずっと何の連絡もなくて」

「そっか、やっぱり」


 担当の黒服さん、多分最初に私をスカウトしてきた人達だと思う
 あの人達は最初に会ったきりで、それ以降は携帯の一方的な連絡以外にやり取りがない
 私はこういうものなのかなって、ずっと思ってたけど、キルトさんが言うには「ありえないレベルで不審すぎる」らしい

 久慈さんも難しい顔してるし、どうしよう


「本当は口止めされてるんだけどさ、千十の状況はちょっと良くないらしくて
 あっ! 良くないってのは担当黒服の方な! 千十自体に問題があるわけじゃねーからな?
 で、まあ、とにかく状況が良くなるように、裏でキルトさんとか上司が動いてるみたいで、もう少しの辛抱だからな」


 状況が良くないってどういうことなんだろう
 漠然とした不安はあるけど、正直今の担当の黒服さんはこっちが聞きたいことにも答えてくれないから
 今の状況が良くなるんなら、その方がいいのかもしれない

 って、自分のことばかり考えてたけど!
 今日の用事はそっちじゃない! 久慈さんにも変質者のことを確認しなくちゃ!

 思わず周囲を見回す
 けど、今の時間帯は私達しかいないみたいで店内が空いてる
 このお店は「組織」関係の人がよく利用するお店で、ちょっとした会議とかにも使われるらしい
 だから、都市伝説関連の話をしても――無関係のお客さんとかに聞かれない限りは――大丈夫らしい


「あの、久慈さん。実は今日は、私からも確認しておきたいことがあって
 最近学校町に出没してる変質者のことなんですけど
 クマのぬいぐるみを操作する契約者みたいで、なにか目撃情報とか不審者情報とかって『組織』で把握してませんか?」

「えっ? 何だって? クマの、ぬいぐるみ?」


 私は問題の変質者の特徴を久慈さんに説明した
 変質者が契約者なら、「組織」で何か情報を掴んでるかもしれない
 そんな感じで当たりをつけてみたんだけど



「ちょっ、っとそういう話を聞いてねえや」


 久慈さんは知らなかったみたいだ
 ……ど、どうしよう


「キルトさんとか――外回りの黒服なら何か知ってるかもしれないから、後で確認しておくな」

「すいません、お願いします!
 実は友達がその変質者に襲われたみたいで、それで別の友達が変質者じゃないのかって疑われてて
 友達同士で険悪な状況になっちゃってて……、それを早く解決したくて、早く真犯人が捕まってほしくて」

「はぁっ!? 今そんなことになってんの!? オーケー! 事情はわかった! 俺に任せろ!
 夜になるかもしんねーけど、必ず連絡するからな! ……ところでその友達って、二人とも契約者?」

「えあっ!? あっ、それは、その」

「ああいや! 答えづらいなら無理して答えなくていいから! 千十には『組織』のこと嫌いな友達も居んだろ?
 俺も『組織』のことは正直嫌いだから気持ちはわかるし、その子のことかちょっと気になっただけだから!
 でもこのクマのぬいぐるみの変質者って奴ぁ相当ヤバそうな感じするな、とっとと捕まえねーと」


 
728 :次世代ーズ 36 「聞き込み side.B」 13/13 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:12:28.13 ID:sOQ3PWjdo
 

 ちょっと待ってろ、久慈さんはそう言うと自分の携帯を引っ張り出して物凄い勢いで操作し始めた
 久慈さんに負担を掛けることになるかもしれない、けど私も退けない

 脩寿くんとありすちゃんがあんな風にぶつかっちゃうなんて思ってなかったから、早く問題が解決してほしい
 せめて、脩寿くんが犯人じゃないってはっきりすれば、ありすちゃんも納得してくれると思うから

 ありすちゃんには前々から「『組織』に自分のことは秘密にしてほしい」って言われてたから
 今までも久慈さんにはありすちゃんのことを伏せているし
 久慈さんも気を遣ってくれたのか、ありすちゃんのことを「匿名希望の『組織』嫌いな契約者」として理解してくれた

 脩寿くんはどうなんだろう
 「組織」に脩寿くんのこと、伝えても大丈夫なのかはまだわからない
 脩寿くんに前もって相談しておけば良かったかな。ちゃんと確認できるまでは伏せておこう

 今夜にでもメッセージか電話で私のことを話しておいた方がいいかな
 ……ううん、やっぱりまた会えた時に直接話そう
 携帯越しだと上手く説明できる自信ないし

 今までずっと、脩寿くんのことを片想いしてきたけど
 私、脩寿くんのことを何も知らないや
 私のことも、何も伝えられてないや



「うっし、キルトさんにメッセ打っといた! あでも今ちょっと会議中だから返事は遅くなるかも」

「すいませんありがとうございます!」

「しっかしそうなってくると、俺もそろそろ外回りに入れるように手を打たねえとなー
 ……いっそのことミッペのグループに混じって警邏した方がいいかな? いやとなると教官の目を誤魔化さねーと」

「あっ、あのっ、無理はしないでくださいね……!?」

「千十は心配すんなって! こういうときこそ『組織』が動くときだからな!
 それに俺が捕まえた方が却って長引いた研修が終わりそうな気がしてきたぜ!!」



 そう言いながら大きく伸びをする久慈さんを見ながら
 退けない思いと、やっぱり申し訳ない思いがぐるぐる渦巻いた


 ごめんなさい、私に戦う力があったらもっと協力できたのに


 もう少しで喉から飛び出しそうになったその言葉を
 すんでのところで飲み込んだ

 だって
 もうそれはずっと前に、零してしまった言葉だから


(そんなこと言うんじゃねーよぉ! 千十は感知担当! 実力担当は俺ら黒服! 適材適所ってやつだよ!! 気にすんなって!!)


 そして、そのとき
 久慈さんには、そう返されたから


 だから、結局久慈さんには甘えてしまう形になったけど
 私は、私のできることをやっておきたい

 私はいつも助けられてばっかりだから
 せめて、こういうときだけでも誰かの力になりたい
 そしてきっと、これが「組織」所属である私にできることだから

 だって
 都市伝説を前にして、怖がったり怯えたりするだけの自分は、もう嫌だから

 それに
 ううん、それ以上に

 小さい頃からずっと好きだった男の子の前では、少しだけでも胸を張って話せる自分でいたいから









□□■
729 :次世代ーズ おまけ 1/2 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:13:58.19 ID:sOQ3PWjdo
 



@猫ちゃん聞き込み💓 ニャンニャニャン💓


りず「よっし! それじゃーさっそく聞き込みをやってくにゃー!」
りず「頑張るにゃ!」 ニュニュニュ.... ☜ 頭頂から発現するふわふわの三毛耳と、スカートを際どく持ち上げながらスルッと現れる三毛模様な猫しっぽ

りず「あっっ! あそこにいるのは中学校辺りを縄張りをしてるボスにゃんじゃないかにゃ」
りず「これは幸先よさそうにゃ💓 さっそくとつげきにゃー!!」



Aボス猫突撃💓 ニャニャニャニャン💓


ボス「久しいな、ヒト混ざりのメス猫よ……」 ☜ 超低音ボイス
りず「ボスにゃん! おひさだにゃ! 今日はちょっと訊きたいことがあって来たのにゃ!」

りず「かくかくにゃんじかでー、二足歩行するクマのぬいぐるみを見なかったかにゃー?」
ボス「ヒト混ざりのメス猫よ……、俺に何かを要求するならば……!」

ボス「対価を! 支払うのだ!!」 バァァァァン!! ☜ 超低音イケメンボイス

りず「もちろんそれなりの見返りはあるにゃー! ちょっと待って……」 ゴソゴソ


りず「なんと! 高級グレードのちゅーるだにゃ!!」 ジャーン!!

ボス「ほう……、話がわかるようだな……」


ボス「最初に言っておくが、俺はそのクマのぬいぐるみを見ていない」 ハフハフッッ ペロペロッッ
りず「えぇー!? 見てないのぉー!?」 ☜ ちゅーる絞り出し係
ボス「だが……ウマイ、他の猫が、東区で、ウマイ、奇妙な契約者を見た、と……アアウマイ!!」 ペロッペロペロッッ
りず「奇妙な契約者?」
ボス「うむウマ、黒い触手のようなものを、ウマッ、操る不審者だったそうだ、オオウマイ……」 レルレルレルッッ
りず「黒い触手……」
ボス「脇に、テディベアを抱えていたそうだ……ウッウマイ!!」 ハァッハァッッ

りず「!? ほんとかにゃ!? そっ、それはどこで!?」
ボス「東区の、二丁目あたりだウマイ、奴はおそらくアアウマイ……東区から、南区にかけてをウマ、縄張りとしているウマイッッ!!」 ニャァァァァ ガジガジガジッ
りず「やっぱり東区二丁目……あの辺りかぁ」
ボス「ふう、堪能したぞ……」

ボス「俺はもう往かねばならん。さらばだヒト混ざりのメス猫よ、縁があればまた会おう」

りず「ボスにゃんありがとにゃー! ……となると、前にあたしが見たところからほとんど移動してないってことかにゃー……?」



B道行く猫にも💓 フニャフニャン💓


 於 学校町 東区 二丁目


りず「というわけで二丁目に来たにゃ! ここはお日さまのあるうちから静かな住宅街にゃ」
りず「静かといっても住宅街だから、人の目はあるのににゃー……」
りず「こんなところで不審行為をしてたとしたら、かなり大胆な変質者だにゃ」


りず「あっ! ネコちゃん発見にゃ! 見ない顔だにゃー、でもとつげきしてみるにゃ!」


りず「あのー、ネコちゃーん。今ちょっといいかにゃー?」
ネコ「フオッ? ニャアアア??」

りず「聞きたいことがあるにゃ。二足歩行するクマのぬいぐるみを探してるんだけど、この辺りで見なかったかにゃ?」
ネコ「ニャァァァアアアオゥゥゥゥッッ!?!?」 フシャァァァァァァッッ!!

ネコ「噂には聞いていたが……っ! ヒト混ざりのメス猫が本当にいようとはな……っ!!」 ☜ 全身の毛を逆立てて警戒

りず「ええっ? あたしのこと噂になってるのかにゃ?」

ネコ「即刻消え去るがいい!! この混ざりモノめがっ!! あまりの気持ち悪さに反吐が出そうだわっっ!!」 ギシャァァァァァァッッ!!
りず「きっ!? 気持ち悪くなんかないよ!?」

ネコ「呪いあれ!! ヒト混ざりのメス猫に呪いあれぇーっっ!!」 ダッッッ ☜ 全速力で脱走
りず「あっ!! 待つにゃ!! あたしの話を聞いてにゃー!! 待ってよー……!!」


 
730 :次世代ーズ おまけ 2/2 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:14:47.90 ID:sOQ3PWjdo
 



C猫じゃ猫じゃ💓 と仰いますが


 於 学校町 南区


りず「二丁目辺りで粘ってみたけど……、散々だったにゃー」
りず「あの後もなぜかネコちゃんたちに警戒されたにゃー」
りず「なんでにゃー……、今までこんなことなかったのにー……」 ションボリ...

茶猫「東区のあたりはー昔っからプライド高いというかー、こっちとは違う気質のネコが多いからねー」 ムニャ...
茶猫「最近は 『狐』 の影響なのかー、他所からも学校町に入ってきてるネコも増えてるみたいだしー」 ゴロゴロ...

りず(『狐』……、アレの行方も気になるにゃ。また戻ってきてるって話は耳にしたけど……)

妻猫「りずちゃん元気出して。それで誰を探していたのかしら?」
りず「んあっ!? ああ……、二足歩行するクマのぬいぐるみだにゃ。ちょっとした変質者っぽくて、色々あってマークしてるのにゃ」

妻猫「それって……」 ☜ 旦那さんの猫ちゃんの方を見る
夫猫「多分アイツだな」 ☜ 奥さんの猫ちゃんの方を見る

りず「!? 見たことあるにゃ!?」
夫猫「最近になって東区から南区にかけてを徘徊してるコートの不審者だよ」
妻猫「契約者なんでしょう……? 雰囲気が普通の人間じゃなかったわ」
夫猫「クマのぬいぐるみを持っているようだが、周囲の人間は不思議と気にしていなかったな……。恐らく『角隠し』か何かの結界を使っているかもしれない」
りず「ほんとかにゃ!? これは大収穫だにゃ! ありがとにゃ!! やっぱり持つべきものはネコともだにゃー!!」

夫猫「でも注意した方がいい。ヤツは並の契約者とは異なる、異様な雰囲気を纏っていた」
りず「異様な雰囲気……」
夫猫「恐らくまだこの近辺に潜伏しているかもしれない。日没前後にしか姿を見せないんだが」
妻猫「誰か人を探している様子だったわね」
夫猫「りず、戦う気か? お前が強いのは知っているが、悪いことは言わない。ヤツに限っては避けた方が良い」
りず「そんなにヤバいヤツなのかにゃ……!?」

りず「オッケーにゃ! こーはいにも注意するように言っておくにゃ」
茶猫「それがいいよー、『賢き猫、危うきを冒さず』って昔っから言うからねー」 ムニャー...

妻猫「そういえばりずちゃん、今日もお仕事なんでしょう? 時間は大丈夫かしら?」
りず「そうだったにゃ……、もうすぐ人間砂漠のバイトが始まるにゃー……」
妻猫「うふふ、りずちゃん頑張って」
りず「みんな、ありがとにゃー!!」



りず(クマのぬいぐるみの行動範囲は東区二丁目から南区にかけてでほぼ確定だにゃ)
りず(バイトで心も体も潰れる前に、せとにゃんに連絡入れるにゃー……!)
りず(もうひと頑張りだにゃー) ☜ 使い古しの携帯を取り出す


















□□■
731 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:20:10.04 ID:sOQ3PWjdo
 

●南区商業高校の登場人物

 波越 沙也花(なみこし さやか)
   商業一年、早渡クラスの委員長
   女子レスリング部所属

 戸塚 銀士(とつか ぎんし)
   商業一年、早渡と同じクラスで部活はしていない
   映画マニアで、校外の映画評論サークルに属している

 藤巻(ふじまき) / 吉岡(よしおか) / 水谷(みずのや) / 秋山(あきやま)
   早渡と同クラス、このうち藤巻と水谷は東中出身
   秋山は東中出身ではないにも関わらず、中央高校の荒神憐と日景遥に並々ならぬ関心を抱いている

 敷嶋 敏己(しきじま としき)
   早渡とは別クラス、東中出身
   高校進学後に幼馴染の多崎京と付き合い始めた

 兒玉 金治(おだま きんじ)
   商業高校の生徒指導担当、教科は世界史

 赤星 嘉主馬(あかぼし かずま)
   商業高校の生徒指導担当、教科は女子体育
   ギャグ枠、商業の男子生徒から危険人物扱いされている

 多民沢 丞(たみざわ たすく)
   商業高校の教諭、教科担当は古文・漢文
   どこを見てるのか分からない顔つきが特徴
   「組織」Tナンバー関係者ではない



●東区高校の登場人物

 茅部 綾子(かやべ あやこ)
   千十、ありすと同じクラスで東中出身
   名前で呼ばれるのを嫌がり「かやべえ」と呼んでもらいたがる

 蒜山 宇女(ひるぜん うめ)
   千十、ありすと同じクラス
   ありす、かやべえからは「ヒル山(ひるやま)」と呼ばれる

 真庭 栞(まにわ しおり)
   千十、ありすと同じクラスで出身中学は学校町外
   かやべえ、ヒル山、栞は大抵一緒にいる

 小野木 雪子(おのぎ ゆきこ)
   東高の二年で東中出身の眼鏡さん
   図書委員で、誰が呼んだか「図書室の番人」

 御小柴 みゆ(みこしば みゆ)
   東区高校の教諭、担当教科は古文
   同校のOGで、元オカ研所属の現オカ研顧問
   「組織」Mナンバー関係者ではない

 泉花(いずか) / すずな
   千十、ありすとは別クラスの一年
   二人ともオカ研部員、泉花は東中出身で契約者

 足助唄(あすけ うた)
   千十、ありすとは別クラスの一年
   オカ研部長で契約者

 莉子(りず)
   東高二年で東中出身、契約者
   苗字で呼ばれるのを嫌がり名前で呼んでもらいたがる
   クラスメイトの前では普通に話すが、親しい相手には「〜にゃ」の語尾が出る

 多崎京(たさき きょう)
   千十、ありすとは別クラスの一年で、東中出身
   幼馴染の敷嶋敏己のことがずっと好きだったが
   進学する高校が別と知ったときはショックを受けた



●「組織」

 佐川 久慈(さがわ くじ)
   「組織」Pナンバー所属の黒服
   ちょうど千十が中学一年の頃に「組織」に加わったのだが
   未だに研修期間中の新人扱いをされている

 
732 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/03(金) 22:20:59.41 ID:sOQ3PWjdo
 

花子さんの人、そしてはないちもんめの人に謝意を表します orz

そして、マジカル☆ソレイユのリスペクト元は単発「魔法少女マジカルホーリー」と以前告白しましたが
今回初出となるオカ研部長の「足助唄」は、次世代ーズが「都市伝説」スレにはじめて来た頃に投稿されていた
西区工業高校を舞台とした作品「噂をすれば」に登場する、「足助透」氏から姓を拝借しました
この場を借りて謝意を表します…… orz

世間的には三連休ですが、次世代ーズは土日お仕事です
せめて37の「組織」サイドの掌編までは投下したかった

 
733 :次世代ーズ 37 「事前準備」 1/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:43:03.34 ID:/8cLRL+Ao
 



 淹れたばかりのコーヒーを啜り、カップを脇に置く
 嘆息が漏れるのはこれで何度目だ、まったく


 「組織」Pナンバー所属、“メイプル”は今、自分のデスクで頭を抱えていた


 悩みの種は現在手元にある二通の書類だ
 一通は「組織」所属の契約者に関するもので、もう一通はPナンバー所属の、自分の部下でもある黒服に関するものだった

 暫く目頭を指で押さえていたメイプルは、観念したように書類の一通へ再び視線を向けた

 不安そうな表情が如何にも気の弱そうな印象を与える、そんな少女の顔写真の横には「遠倉千十」と印字されている
 メイプルはこの契約者の処遇について、直属の上司から判断を委ねられていた
 無茶振りにも程がある、そのうえあと数時間で答えを出さなければならない





 Pナンバーが彼女の存在を把握したのはおよそ三年ほど前の話だ
 遠倉千十、そして彼女と同居する義姉が、悪意ある契約者数名に襲われかけていたところを保護したことが切っ掛けだった
 当時彼女らを保護したのはPナンバーの“キルト”と、「組織」に加わって間もない新人研修中の佐川久慈だ
 そして遠倉千十が都市伝説契約者であったため、Pナンバーで事情聴取を実施することになった

 その際、遠倉千十自身の申告により彼女が「組織」所属であることが発覚する、のだが
 彼女は自分自身が契約者である自覚もなく、そして何と契約しているのかも不明だという状況だった
 自分が契約者であるという申告も、その実、遠倉千十を勧誘した「組織」の黒服からの受け売りに過ぎないという
 基本的に契約者にとって初契約時のエピソードは比較的重要なものとして記憶に銘記されるはずだが、遠倉千十にはそういった記憶がなかったのだ

 加えて、遠倉千十は自身が「組織」所属と申告したものの、所属部署や担当黒服については「わからない」と回答した
 その代わりに彼女は携帯に登録されていた担当黒服の連絡先やアカウント情報を提供した
 そこから「少なくとも『組織』で使用されているであろうアカウントである」ことは確認できた
 しかし、当時はそれ以上の情報がまったく出てこなかった

 この時点で聴取を担当したキルトと、情報の裏付けをおこなったPナンバースタッフの疑念は、「一旦様子見で済ませる」というレベルを軽く超えていた
 彼女の申告した情報から一応「組織」所属と思われるが、どの部署に属しているのか、そもそも本当に「組織」所属なのかはっきりしなかったからだ
 当然、遠倉千十という存在と彼女の置かれた状況についてはPナンバー管理者らにも報告が上がり調査の対象となった



 調査のうえで明確にすべきは二点あった
 「組織のどの部署所属なのか」、そして「何の都市伝説と契約しているか」である



 まず「遠倉千十が『組織』のどの部署に所属しているのか」について
 繰り返しになるが、先の事情聴取から彼女の申告、そしてそこから推察できる状況を見るに、非常に不明瞭な点が多すぎた
 キルトが初期の段階で提示した疑念、つまり「遠倉千十は『組織』暗部で利用されているのではないか」という点を早急に払拭する必要がある
 仮に暗部で利用されているとすれば、「組織」としては迅速に暗部の活動を捕捉し、同時に遠倉千十の身柄保護に動かなければならない

 最初期の調査で彼女がPナンバー所属ではないことは明確になった
 続いて実施されたのは「組織」所属契約者データベースでの照会だ

 「組織」内で穏健派が優位に立ったことで
 これまで、特に過激派・強硬派のなかで常態化していた、所属契約者を巻き込んでの不正や規定違反行為ができないように穏健派は次々と手を打った
 「組織」所属契約者データベースの整備もその一環だ
 これは「組織」所属のすべての契約者を一元的に管理することを企図したものだ
 情報の閲覧にはセキュリティクリアランス、権限がなければアクセスできない規制は存在するものの
 「組織」への所属自体を隠蔽したり欺瞞工作を施したりすることが実質不可となったのだ

 では遠倉千十の情報はというと、データベース上でヒットしなかった
 といってもここまではさほどおかしい話ではない
 彼女の所属情報にプロテクトが掛けられている可能性はあるし、そもそもこのデータベースは未だ整備中のものだ
 「組織」内には様々な事情でデータベースへの反映が遅れている部署もあれば、データベースへの登録を渋る部署も存在する

 というわけで、ここからはやや強引な手段に出ることになった
 具体的には、別のナンバーへ秘密裡に協力を取り付け「組織」内全データベースへの全文検索を実施することになった
 しかし当時は「狐」の捜査――学校町の東区中学で生徒連続自殺を引き起こした、あの悪夢のような事件の後の話だ――や
 その後の余波と思われる事件の処理等で、どのナンバーもその対応に追われていたため、調査のための根回しに存外な時間を要した




 
734 :次世代ーズ 37 「事前準備」 2/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:44:36.23 ID:/8cLRL+Ao
 

 紆余曲折ありながらも、全データベースへの検索調査をおこなったところ
 件の所属契約者データベース上に、未公開設定の、下書きのまま放置されたと思しき遠倉千十のプロファイルが発見される
 といっても、顔写真画像と氏名、連絡先情報、身体情報、口座情報のみが記載されたあまりにも簡易なもので、意図的とも思われる情報未登録も目立った
 なお、プロファイルのフォーマットは強硬派で利用されているそれと一致していたため
 上位管理者経由で強硬派に照会を掛けたが、強硬派担当からは「こちらには遠倉千十なる契約者は所属していない」という回答が寄越された


 ここまでの調査経緯を踏まえ、遠倉千十の置かれた状況についてPナンバー管理者らが推測したのは次の2パターンだ
 まず、@穏健派の秘密部隊で遠倉千十が運用されているパターンである
 しかしこれはありえない話で、間もなく候補から除外された
 何故なら、仮に穏健派所属ならば件のデータベースに登録自体はされているであろうし
 それ以上に、Pナンバーが独自調査を始めた時点で、より上位の立場から直接的なストップが掛かるはずだ
 そして今回そういった横槍は発生していない

 続いて考えられたのは、A「組織」暗部関連で遠倉千十が運用されているパターンで、管理者らはこちらの可能性が高いと判断した
 そうであるならば、彼女の境遇を放置することはあまりにも危険すぎる
 加えて仮に暗部所属であった場合、問題なのは彼女を勧誘した動機が不明であることだ
 現在進行中のなんからの実験に巻き込まれている、という線も否定できない
 これらの潜在的リスクを踏まえ、管理者らは遠倉千十の身柄を一時的にPナンバーで預かることとした

 無論、遠倉千十の所属部署の特定と並行して、担当黒服特定の調査も進められていた、が
 通信ログや通話記録から情報を洗い出したものの、「組織」の規定とは異なる暗号化が施されていたり
 担当黒服に関するアクセス情報が空白と化していたりと、担当黒服ならびに所属部署の特定は困難を極めた
 意図的な情報隠蔽がおこなわれたのではないか、という声も上がったが、真相は未だに闇の中だ
 いずれにしてもこの不可解な状況が明らかになったことで、遠倉千十の勧誘に暗部の関与があったことが疑われる事態となった

 ひとまず遠倉千十はPナンバーで保護しつつ、問題の担当黒服から彼女に送付される連絡はすべてモニタリングされることになった
 その解析を進めることで担当黒服と部署の特定を試みているが、現在に至るまで目立った成果は上がっていない
 これ以上の決定的証拠がないため、現状「彼女を勧誘した担当黒服と部署は不明だが、暗部が関与している可能性が高い」とみなされている



 続いて「遠倉千十が契約している都市伝説は何か」についてだ
 最初期の事情聴取の後、この点についても簡易的な調査が実施された、が
 彼女は待機出力が低すぎる――要は契約者としての気配があまりにも薄すぎるのだ
 当時、自分は契約者だと自信なさげに申告する遠倉千十を観察したキルトは申告そのものを疑っていたし
 現に調査を担当したPナンバースタッフ内にも、果たして彼女は本当に契約者なのか、という疑念の声を上げた者もいた

 この時点では、契約都市伝説の特定には至らなかったし、特定する必要性も薄かった
 初期の頃は彼女がどの部署に所属しているのか不明であり
 こちらで勝手に検査を進めると、彼女が所属している部署から干渉と捉えられる恐れがあったためだ
 加えて、彼女は契約者としての気配が薄すぎるため、特定には精密な検査と長時間の拘束が必要になる
 一応、簡易検査によって少なくとも彼女は都市伝説ないし契約者による精神干渉や洗脳施術を受けていないことは確認できた
 また、彼女は「組織」への不安感、もしくは不信感を抱いている印象があったため、遠倉千十への負担も考慮し一旦保留扱いとなった

 再調査の必要性が高まったのは遠倉千十の所属、つまり彼女を勧誘してきた担当黒服の所属が「組織」暗部ではないか、という疑念が生じて以後だ
 「暗部」による勧誘の動機が彼女の契約都市伝説にあるのならば、Pナンバーとしてもその詳細を正確に把握しておく必要があった

 だが、この段階で待ったを掛けたのがキルトだ
 曰く、遠倉千十は未だに「組織」に警戒感や不安感を抱いており、無理に調査を強硬すればこれまで築いてきた関係が壊れる可能性もある
 精密な調査は一定以上の信頼を構築してからの話で現段階では時期尚早だ、とこのように主張してきたのだ
 確かに報告によると、遠倉千十は「組織」に――というより、厳密には都市伝説や契約者、そして黒服という存在に――恐怖感を抱いているようだった
 そうであれば、彼女を安心させたうえで協力を取り付けるのが筋だろう、ということでPナンバーの幹部らも一応それに合意した


 以上の経緯があり、遠倉千十に対する精密調査は延期となり、信頼関係の構築はキルトら現場の黒服に一任されることになる
 これ以上の調査は当分先の話になると思われたが、事態が大きく動いたのは今年の六月に差し掛かった頃だ
 遠倉千十のバイト先が呪詛汚染の被害に遭う事件が発生し、特に彼女が強い影響を受ける事態となった
 この事件そのものについては割愛するが、呪詛汚染は人為的なもので未だに犯人は捕まっていない
 ともかく、遠倉千十は「組織」の管轄する病院に搬送され除染治療を受けることになったが
 これこそ彼女の精密検査を実施するのにまたとない機会であると判断したPナンバー管理者により、彼女の治療と検査は同時に進められることになった

 集中的な専門検査に掛けた結果、遠倉千十は高い確率で現象型「トイレの花子さん」と契約していることが判明する
 それと同時に、彼女は非常に稀な「先天性能力発現不良」であることも発覚した
 先天性能力発現不良――非常に低い確率で「契約自体はできるが」「能力が発動できない」という先天的欠陥が発生することがあり、彼女はそれに該当する
 検査担当者は「欠陥というよりも、これはもはや才能の領域」とコメントしたが、決して肯定的に評価できるものではない
 要するに遠倉千十は契約者であるため都市伝説的な影響を知覚可能な状態だが、能力を扱えないため都市伝説や契約者に対抗する術がない
 おまけに契約による身体能力の向上も見られず、唯一彼女が得られたのは都市伝説的存在の感知が並の契約者に比して鋭敏という点のみだ

 先に触れた遠倉千十を勧誘した担当黒服に関する疑念も踏まえて総合的に検討すると
 「組織」暗部が稀少な彼女の体質を利用して何らかの実験を進めているのではないか、という疑念を抱いたPナンバー管理者は
 改めて遠倉千十の身柄をPナンバーで一時保護することにしたのだ




 
735 :次世代ーズ 37 「事前準備」 3/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:45:32.47 ID:/8cLRL+Ao
 



 そして話は現在に戻るのだが、上司から“メイプル”に振られたのは
 このまま遠倉千十を正式にPナンバー所属として本決定しデータベースへ登録するか判断せよ、というものだった

 頭痛の種はそれだけではない
 上司はこの話と同時に、Pナンバー内に蠢く不穏な影についても話を振ってきたのだ



 Pナンバーは歴史的経緯から「瑕疵ある穏健派」と呼ばれていた
 かつて過激派・強硬派が優位だった時代「ダークエイジ」の頃に、Pナンバー内の一部が独走した挙句
 過激派・強硬派の一部と結託して、「組織」に対する背任を働くという暴挙に及んでいたのだ

 当然、背任が発覚した当時の管理者とその関係者は厳重に処罰され
 穏健派が形勢を逆転しつつあった頃に、Pナンバー内一桁ナンバーを一新して新体制へ移行
 そのうえで信頼回復に向けて全力を傾けることになるのだが、現在に至るまで完全な回復には至っていない状況だ
 要するに「組織」上層部において、Pナンバーの地位と発言権は低くはないものの、決して高くもないのだ

 これがPナンバーが現在においても「瑕疵ある穏健派」と呼ばれている所以なのだが
 その現在においてもなお、Pナンバーの黒服のなかに未だ暗部と繋がりのある者が存在すること、そして
 近頃になってそうした黒服が不穏な動きを見せていることが、内部調査により明らかになったのだ

 穏健派が「組織」内で優位になっていくのと同時に、「組織」暗部はより地下へと潜伏していった
 この所為で暗部の凶行が過去に比して一段と陰湿化、隠匿化していると言われている
 尻尾が掴みにくくなった暗部を捕捉するため、現段階では暗部との繋がりが疑われる黒服を敢えて泳がせているようだが


(遠倉千十をPナンバー所属としたとすれば、暗部とパイプのある黒服が接触してくる恐れは十分にあるぞ)


 上司から告げられたその言葉は、もはや脅迫にしか聞こえなかった
 遠倉千十をPナンバー所属にしたとしても、そうした黒服により彼女が暗部へ引き込まれるリスクは払拭できない、というのだ


「じゃあどうしろってんだよ……」


 Pナンバー以外の部署に所属させる、という手もあったが
 そうするとどの部署が安全なのかという話になるし、穏健派内であっても暗部と繋がりのある黒服が接触してくるリスクは依然として存在する


 この時点で、メイプルの頭は既に茹で上がっていた
 回答の期限は刻一刻と迫っているものの、具体的な案がまとまらない


 しばらくの間メイプルは両手で顔を覆っていたが、焦りを振り切るように顔を上げるともう一つの書類を睨みつけた
 不貞腐れたような仏頂面にダブルピースを添えた、そんな女の顔写真の脇には「佐川久慈」と印字されている
 そう、コイツが頭痛の種その二、部下であり問題児でもある未だ新人の黒服だ





 佐川久慈、裏社会では名の知れた長野の「飯綱使い」、名家佐川家の令嬢
 ……令嬢と呼べば多少聞こえはいいが、この佐川久慈に関してはとんだ問題児だった
 いや個人的には自爆バカと呼びたい。正面から突っ込むのが大好きな戦闘スタイル、単純バカな性格、そして独断で独走する傾向
 未成年だった頃のメイプル自身に非常によく似ている、という点はもう棚に上げる

 佐川久慈が「組織」に加入したのはおよそ三年前
 件の遠倉千十が中学一年生として東区の中学に入学した――奇しくも「狐」が学校町で凶事を引き起こした、あの――年だ
 久慈自身も「飯綱使い」、つまり「管狐」と契約した能力者だったのだが、無謀にも高位霊格の「管狐」と追加契約を試みたことで黒服へと変貌したらしい
 現役の「飯綱使い」であり佐川家の当主である彼女の高祖母から「力に溺れるなどとは末代までの恥」、そして
 「己の自業自得で黒服と成り果てたのであれば、せめて『組織』で修行を積んで心身を戒めるべし」と言い渡され、佐川家から勘当されたのだ
 不幸中の幸いというべきか、本人の地力が高いためか悪運が強い故か、黒服に変貌する以外のペナルティは免れたようだ

 こうして「組織」へとやってきた久慈はPナンバー所属が決定した後、多くの新人黒服と同様に教育部門で新人研修を受講することになる
 根が単純っぽいのでまあまあ御しやすい、新人研修担当の黒服は当初そのように見ていた、のだが
 先輩黒服と組んで実施される現場研修の段階で、久慈の問題行動が次々に露呈することとなった

 元々久慈の「管狐」は占術や読心、呪詛、呪詛返しといった、どちらかというと支援向きの能力だ
 強いて戦闘に活用するとなると「管狐」を“飛ばす”遠距離戦向けの戦い方になるのだが
 あろうことか久慈は突撃することを好み、真正面からの殴り合いに持ち込もうとする傾向にあった

 それだけではない、久慈も現場で暴れに暴れたと思えば必ず重傷を負っては医療チーム行きとなった
 力こそパワーと言わんばかりの肉弾戦に終始するものの、別に久慈は体格に恵まれるわけでも殴り合いに優れるわけでもない
 「管狐」を使役する呪力を自身の体術向上に利用しているようだが、現場で害性の都市伝説や契約者と殴り合っては必ず自身も自爆負傷して帰って来たのだ
 しかもなんというべきか負傷の回復だけはやたら速く、医療チームにブチ込まれた翌日には何ともない顔で新人研修に混ざっている、というのはザラだった



 
736 :次世代ーズ 37 「事前準備」 4/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:46:34.87 ID:/8cLRL+Ao
 

 さらには、初期の頃は「高木から降りれなくなった猫ちゃんを救助するために樹木を縦に断裂する」程度で済んでいたのだが
 「害性の都市伝説を討伐しようとアスファルトを深々と抉り取る」、「しかも人払いの結界を破るレベルの能力を市街地でぶっ放す」
 「制止させようとした研修担当者に『こっちの方がはるかに効率的でしょォ!? 人命が懸かってるんスよ!?』と盾突く言動ばかり取る」
 「修繕や隠蔽に駆り出される『組織』スタッフのことを軽視したような被害を起こす」……といった形で問題行動がエスカレートしていったのだ

 当然ながら現場で起こしたトラブルは大問題として取り沙汰された
 メイプル自身も研修担当者から「一体どうなってるんだこの新人は!?」「上司であるお前はこの責任、どう感じてるんだ!?」と盛大にキレ散らかされた
 正直、上司とはいえ自分が研修に直接関与しているわけではないので自分に怒りが向くのは理不尽そのものだが、研修担当には反論しなかった。だって怖いし
 そして久慈の問題行動は、Pナンバー管理者でもある一桁ナンバーの耳にも入ることになった
 P-No.1は「とってもいいと思うわぁ♥ 花丸をあげちゃいます♥ 久慈ちゃんは次世代を担う新星になるわぁ♥♥」と評していたようだが
 「現場に迷惑かけまくりの問題児を飼うことになって今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?」とP-No.6から直接絡まれた日には胃に穴が開くかと思った
 てかあの人、ことあるごとにアタシにパワハラじみた発言してないか? あれ出るとこ出たらアタシ勝てるか? 勝てるんじゃないか?

 ……話が逸れた
 とにかく、佐川久慈のトラブルメーカーじみた一連の問題行動が解消されない限り新人研修修了程度とは認めない、という決定が下った
 この決定の裏では件の新人研修担当者がかなり張り切っていたらしく、再教育の徹底が必要ということで新人研修期間が延長されてしまった
 そこから現在に至るまで、つまり久慈は三年経った現在も「新人」のままである

 そのうえ「こちらでやれることはもう無い」、「あとは君の裁量で何とかしろ」と、久慈は教育部門からも弾き出されメイプルに押し付けられる羽目になった
 一応この四月からは久慈と比較的相性のいいキルトのチーム「応援部隊」に(仮)配属する形で無期限の現場研修に組み込みつつ
 様子を見ながら現在研修中の新人黒服と混ざる形で新人研修の“補習”を掛けている状況なのだが

 正直なところ現場の負担が増えている、メイプルはそう判断している。たとえキルトや応援部隊の面倒見が良いとしても、だ
 そしてこちらが気を揉んでいるのを知ってか知らずか、とうとう久慈も未だ自分が新人扱いされる処遇について不満を表し始めたのだ
 なにが「俺、いつまで新人扱いなんスか? もうこれで四年目っスよ?」だ、お前の自爆特攻する傾向を改めない限り若葉マークが外れるわけないだろうが
 飲みの席で説教を飛ばしたりもしたが、響いているのかそうでないのか非常に微妙なところだ


(久慈を∂ナンバーへ一時的に移籍させるというのはどうだ?)


 このタイミングで上司からの助言を思い出した


(キルトのいる応援部隊だって同じPナンバーなわけだから、良くも悪くも久慈は慣れてしまっている
 奴の視野を広げて実力を養成するために、問題行動を改善するためにも、一度Pナンバーとは異なる環境に置くのがいいんじゃないか?)


 ∂ナンバー、比較的歴史の浅い新設の部署だ
 成立の経緯からして穏健派だけではなく、過激派や強硬派の出身者も混在している
 とはいえPナンバーを始めとした古株の穏健派からモニタリングを受けており、仮に暗部の者が潜伏していたとしても表立った行動は取りにくいだろう
 加えて、ボスである∂-No.0は元Pナンバーでもある羽金夏李(はがね なつり)さんだ。メイプル自身も新人の頃は羽金さんに面倒を見てもらった頃がある
 佐川久慈を新たな環境に投入するとすれば、これほどお誂え向きな部署もそうないだろう……なのだが
 これで久慈が∂ナンバーに多大な迷惑を掛けて、∂ナンバーとPナンバーの良好な関係が悪化してしまったとしたら

 いや、それ以前に
 あの優しい羽金さんから「Pナンバーの問題児をこちらに押し付けてどんな気持ちですか? さぞかし清々したでしょうね」などと冷えた眼差しで言われてしまったら
 ……耐えられない!! 羽金さんにそんなこと言われたら立ち直れない!! まだP-No.6の陰湿パワハラの方が百倍マシだ!!

 いかん落ち着けアタシ、今は目の前にある案件に集中しろ
 ……その案件の所為でこうも掻き乱されてるんだ、どうすればいいんだ


「どうすればいいんだ……!!」


 何か、何か自分を助けてくれるものはないか
 縋るように視線を彷徨わせた先に、業務用のタブレット端末

 数秒間凝視した後、メイプルはそれに手を伸ばした






 
737 :次世代ーズ 37 「事前準備」 5/5 ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:50:06.17 ID:/8cLRL+Ao
 



『クジっちと千十は仲良いですよ、多分千十は自分よりクジっちに懐いてんじゃないかと思いますね』
「マジか」
『最初は千十が怖がってるんじゃないかって不安だったんですが、相性的には抜群だと思います』
「マジか」
『それにクジっちも千十の前だと、なんというかお姉さんっぽくなるんですよね。普段より落ち着いた雰囲気になるというか』
「マジか……!!」


 部下であるキルトに相談してみたところ、意外な反応が返ってきた
 遠倉千十と久慈は相性が良いらしい
 これを聞いたとき、メイプルは安堵感で泣きそうになっていた
 もうこれは答え出たようなもんじゃないかまったく! あれこれ悩まずキルトに確認するべきだった!


「妙案を思いついた。遠倉千十の担当黒服を久慈にしよう」
『えっ!? 新人研修が修了してないスタッフって、確か契約者を担当できないんじゃ?』
「そこは管理者権限でなんとかするつもり。そもそも新人“四年目”ってのが前代未聞なわけだしな」
『でもそれが可能なら、多分今のところ一番理想的じゃないかなと思いますよ』
「キルトもそう思うか!」


 現場の意見には耳を傾けるに限る
 メイプル自身も上司から「現場の黒服や所属契約者とは会話したり直接様子を見たりした方が良い」と言われていたが
 普段の業務の多忙さにかまけて、なかなか現場の様子を直接見に行くことをやっていなかった
 その結果として数時間もこの案件で悩む羽目になったわけだから、次回以降は必ず現場の視察に行こう。ついでに遠倉千十とも直接会話しよう
 メイプルはそう反省しつつ、キルトとの会話で自身の判断を整理していった


『それで、千十は引き続きPナンバーで面倒見ることになりますか? それなら是非久慈を自分らの応援部隊に正式配属してほしいんですけど』
「いや、実は∂ナンバーに移籍させようと思ってる。部長からも久慈をPナンバーに置きっぱにするのは良くないって言われたからな」
『あー……、そうなっちゃうんですか?』
「そうなっちゃうな、個人的には∂ナンバーに迷惑掛けないかとても不安だが」
『実は先日羽金さんと会話する機会があって、何となく「クジっちが∂ナンバーに移籍したいって申告したらどうするか?」みたいな話になったんですよ』
「……羽金さんの反応はどんな感じだった?」
『「できることなら是非ともうちに来てほしい」って話してました。思った以上にクジっちの面倒を見たい様子で。なのでそういう心配は不要じゃないかと』
「これはいいぞ!!」


 これはいいことを聞いた。やはり現場の声には耳を傾けるに限る!

 決まりだ、久慈には∂ナンバーで修行してもらうとしよう
 それにキルトの話によると、久慈も遠倉千十の前では多少落ち着くようだ。彼女も守る者ができればやたら自爆を繰り返す悪癖が矯正されるかもしれない
 それに不安要素のあるPナンバー内より、立ち上げ間もないとはいえ比較的安全な∂ナンバーの方が、遠倉千十の安全も確保できるだろう
 いざとなったら久慈に体を張って守ってもらおう! それに応援部隊はじめPナンバーが∂ナンバーと関わる機会を増やせばさらに安心だ!
 我ながらいい案じゃないか! これで決まりだな!


『それで、クジっちの∂ナンバー移籍ってすぐ実施されるんですか?』
「ん? ああ、いや。こっちも色々別件で忙しいし、それが落ち着いてからになると思う。多分11月か12月くらいになるんじゃないかな」
『ということはそれまでの間は引き続き、応援部隊に籍を置きつつ新人研修修了を目指す……って感じですかね』
「まあそうなるな……、現場の負担はもう少し続くだろうけど、悪いが辛抱してほしい」
『いえ! 負担なんて全然! それにクジっちも自分のクセをようやく自覚してきたのか、突撃グセを改善できそうな感じですよ』
「そりゃいいな、できれば∂ナンバー在籍までに若葉マークが取れると最高だよ」
『話は変わるんですが、実はぷーたんが千十と会ってみたい様子なんですよ。友達になりたいって言ってて。会わせても問題ないですかね?』
「ん? 全然問題ないよ。それに久慈が∂ナンバーに移籍したら応援部隊も∂ナンバーと合同で動いたりする機会を増やそうと考えてるし」
『本当ですか!? やったぜ!! ∂ナンバーの子たちと交流する機会が増えればアクアの仏頂面も多少はマシになると思うんですよ!!』


 意外とキルトも嬉しそうだな、アタシもようやくこの案件から解放される
 そんなことを思いつつ、部下のはしゃぐ様子をタブレット越しに眺めながらメイプルはコーヒーを啜る
 回答提出までまだ時間的余裕はあるな、よし


「後はそうだな……、久慈の現場で暴走する悪癖を抑える、とどめの一手があれば良いんだけど」
『実は秘策があるんですよね、クジっちは嫌がりそうだけど。興味あります?』
「ほう?」


 キルトには久慈を抑える手があるという
 その詳細を聞き出したメイプルの表情は、やがて薄気味悪いほど満面の笑みへと変貌した

 方針は決定した。あとは実行あるのみだ!








□□■
738 :次世代ーズ ◆John//PW6. [sage]:2023/11/15(水) 21:50:55.55 ID:/8cLRL+Ao
 

メイプル
  「組織」Pナンバー所属の黒服、キルトや佐川久慈の上司にあたる
  現世代編(20年前)より後になって「組織」に加わったので、そこまで古株な人員ではない
  個性豊かな上司と個性豊かな部下に挟まれストレスにまみれながらも日々戦う下位管理職


遠倉千十(とおくら せと)
  「組織」所属契約者、東区の高校に在籍する高校一年生
  学校の怪談「トイレの花子さん」(現象型)と契約しているようだが、本人は最近までその自覚がなかった
  「先天性能力発現不良」により都市伝説の気配や契約者の力を知覚できても彼女自身は能力を発動できない難儀な状況にある


佐川久慈(さがわ くじ)
  「組織」Pナンバー所属の黒服、元「飯綱使い」(「管狐」の契約者)
  「組織」加入は大体四年くらい前だが、未だに新人研修を修了していない若葉マークの女子
  いろいろあって一応この年の春にキルトら「応援部隊」の配属になった(正式なメンバーではない)


キルト
  Pナンバー所属の黒服、「応援部隊」のリーダー
  褐色肌にエルフ耳という明らかに日本人離れした容姿で、仕事がデキる雰囲気のお姉さん
  新人研修の頃から後輩である久慈の面倒を見つつ可愛がっている




 
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