海未「幽明境が一になる」

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39 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:28:46.32 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇

ザ---ッッッザ---ッッッッ


花陽「ご、く……」


バチッッ


花陽「へ、停電!?!?」

花陽「な、ななななんで!? でもでも病院での停電はすぐに予備電源が……」

花陽「……」


花陽「……」ドキドキ…



シ----ン…………

花陽「……ご、く」

花陽「あ、め……やんだ?」

花陽「こんな、一瞬で?」


ドクドク


花陽「な、に……首筋、あつ、い?」

花陽「あつい、あつい……あついっ」


花陽「はっ、はっ……なにこれ、なにこれ!?」

花陽「かがみ、かがみっ……」


ガシッッッ!!!!


花陽「ひっっっ」

花陽「あっ……ぁぁ……なにこれっ、手が手がっっ!!!」

 首筋の急激な暑さを確かめようとカバンに手を突っ込んだ時でした、それを阻むようにして地面から――手が生えてきていた。


 真っ黒で、ゆらゆらと、人の手でした。
40 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:29:17.79 ID:qVjd7KIq0

 掴まれた個所は万力に掴み潰されたように感じ、また、灼熱の釜に入れられているようにも感じられた。

花陽「あ、つ……ぁっ゛゛゛」

花陽「やめて、ゆるじて、ゆるじてぇ」


 願いが通じたのかどうか、ふっとその手が離れた瞬間に私は震える四肢に力を込めて、扉の方へ。

 停電は復旧しない。

 静かすぎる。

 おかしい、おかしい。

 私はいまどこにいるの?

 ここは、現実、それとも?



 吹き出す汗をぬぐって、がちゃがちゃと扉に手をかける。

 引き戸、鍵なんか誰もかけてないんだから開かないはずがないの。でも。


花陽「あかないっ、あかないっ、なんで!?」

花陽「あいて、あいてよっ!!!!!」ガチャガチャッッッ


凛「――かよちん」


花陽「え」

 聞き慣れた声、パニックに陥りかけた私を救ってくれるかのような優しく甘い声。

花陽「凛ちゃん?」

 ベッドに眠っていた凛ちゃんは、その場にゆらりと起き上がっていて……ゆっくりとベッドから足を踏み出す。

 俯いていて、前髪がだらりと落ちていて表情は見えない。

凛「かよちんと、りん、ずっといっしょだよね」

花陽「う、ん」

花陽「目が覚めたの? 痛いところは!? くびとか」
41 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:29:56.02 ID:qVjd7KIq0
凛「だから凛を無視して逃げようだなんて、おもったりしないよね」

花陽「え、あ」

凛「ちがうの」

花陽「そ、そうじゃなくてさっきのは」

凛「ちがうんだ」


 距離は一歩のところまで迫っていた。気がつけば扉に追い詰められるような形になっていて。

花陽「ど、どうし」

凛「チぃ゛がヴん゛だぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」ガシッッッ


花陽「ひぃぃっっ」


花陽「あっ、がっ……」

凛「ぎ、ぎぎぎィ……っっ」


 それはもう凛ちゃんじゃありませんでした。

 目全部が黒く染まり、肌も焼け焦げたように黒く爛れ落ち、私の首を締め付ける。

 ばりんっっと、窓が割れました。

 そこから這うように、うねうねと大量の赤黒い腕が私目掛けて飛んできました。

 一本巻きついて。

 もう一本が巻きついて。

 何本も灼熱のそれが巻きついたところで意識が白む。

 最後に凛ちゃんがドロドロの黒い塊になって、私にのしかかってきてそこから――。
42 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:31:57.33 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇


海未「…………」

にこ「こうやって病院にいたって、何も変わらないでしょ」

海未「わかっています」

にこ「あなただけじゃないの、もうきっと私たちの問題にまでなってる。だから何か気になったことがあったら私たちにも相談して」

海未「はい……」

にこ「ね、元気だしなさい。明日、みんなで話し合ってみんなでお寺に行って、解決の方法が見つかるはずよ」

海未「だと、いいのですが」

にこ「そうって信じなきゃダメに決まってるでしょ」

にこ「私はもう帰るわね、また明日」

海未「ええ……さようなら」

にこ「穂乃果外で待ってるみたいよ。あんまり待たせないように」

――

穂乃果「大変なことに、なっちゃったね」

海未「ええ……」

海未「花陽の喉のアザ、朝見た時はあんなものなかったと思うくらいには薄かったようです。それが、あんなにどす黒く……胸を掴むように細くのびていく……気味が悪い……」

穂乃果「絵里ちゃんも花陽ちゃんも凛ちゃんも……みんなアザがあった。不思議なのは……誰もそのことに気がついていないこと……」

海未「監視カメラの映像では、花陽は自ら掻きむしって悲鳴の一つもあげずに倒れたと言います」

穂乃果「……きもちわるい」

穂乃果「一体なにが、起きてるの……」

海未「わかりません……でも、絶対、守りますから……」

穂乃果「海未ちゃん……」
43 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:33:04.51 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇


海未「全く穂乃果ったら……今日は大切な日なのに呑気に寝坊だなんて……」

ことり「……」フラ…

海未「ことり?」

ことり「あ、ううん……」

海未「顔が白いですよ……無理だけは」

ことり「一人でいるより、いいから……」

海未「……」


ドタドタドタッッ


穂乃果「やばいやばいっ!!! ごめんふたりとも!!!!」

海未「もう穂乃果!!」

穂乃果「うぅ、ごめんなさいっ!!」

海未「全くリボンもつけずに……ぼさぼさですよ」

穂乃果「時間なくて……」

海未「よく眠れたようですね……



穂乃果「ことりちゃんもおはよっ、大丈夫?」

ことり「うん」アハハ

海未「では行きましょうか」




雪穂「――お姉ちゃん部屋のエアコンついてるー!!!!!」


穂乃果「うわぁっ! ごめん雪穂消しておいてっ!!!!!」

ことり「あはは……」

海未「いくら暑いからって」


穂乃果「そういう時もあるよ!!」




雪穂「もう……」

雪穂「……あれ、暖房」
44 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:33:46.88 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇
部室



ことり「……そんなことが」

にこ「ことり、しっかりして?」

ことり「わたしだ、わたしだ……」




にこ「?」

ことり「次はわたしだ……次はわたしだ……次はわたしだ次はわたしだ次はわたしだ」ブツブツ

海未「ことり……」

海未「大丈夫ですよ……今日はみんなで除霊しに行きますから」

ことり「ことりのあざ、おっきくなってるの。胸に向かってどんどん。あの黒くてこわいの、近くにいるの」

海未「え」

ことり「呼んでるの……ことりのこと、こっち、こっちって……」

海未「……」

希「もう行こう? 早い方がいい気がする」

海未「……ええ」

穂乃果「ことりちゃん、歩ける?」
45 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:35:13.61 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇

お寺


穂乃果「それ、簡単に言うと……憑いてるってことですか?」

「おそらくは」

ことり「っ」

海未「ここでなんとかして貰うことは、出来ますか?」

「いえ……強い怨念は、払おうとすればするほど、憑いたから離れようとしません。今のまま払おうとしても、怨念が暴走する危険にも繋がりかねません」


海未「そんな……」

希「なんとかできないんですか?」


希「もう私たちの周りで、三人も意識を失って目を覚まさない子がいるんです!!」

「……園田さんと言いましたか」

海未「はい……」


「あなたのそのネックレス……危険な何かを感じます。そのネックレスに心当たりはありませんか?」

海未「これは……」


海未「――私の姉がくれたもので……」


海未「姉さんは……少し前に、亡くなって……その形見として」

「……」

海未「姉さんが……姉さんが?」


海未「――姉さんが私たちに何かしているというんですか!?」


海未「そんな、ふざけないでください!!! 姉さんはっ!!」


穂乃果「海未ちゃん……」

海未「はぁ……はぁ……」


「夢に出てきた、というのなら……関連はあるかもしれません」


にこ「でもそんな、ありえるんですか? 夢が影響を与えるだなんて……」


「強い怨念は、何が起こるか予測もつきません。世の中の摩訶不思議と言われる出来事全てが事象のうちに収まると言っても、過言ではありません」


にこ「……」

海未「どうすれば解決出来るんですか」

「怨念の元になっているものを、なんとかするしか……」

海未「姉は交通事故で亡くなりました……だとしたら、その現場にいけば何か変わりますか?」


「失礼ですが……お姉さんはどちらで」



海未「……静岡県です」
46 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:35:57.81 ID:qVjd7KIq0

「お姉さんの怨念ではなく、お姉さんの強い想いが宿っているもの、別の怨念と結びついて……形見であるそのネックレスに宿ってしまっているのかもしれません……」


ことり「……」


海未「別の怨念……」


「そこまではわかりかねます。詳細を教えて頂ければ、違う寺を紹介することも可能かもしれません」



◇――――◇


静岡県 沼津市


にこ「いやまさか……静岡まで来ることになるなんてね……」

真姫「同感」

希「まあだけど……沖縄とかじゃなくてよかったやん?」

真姫「それはそうだけど」

花陽「沼津市……ここは何が有名なの?」

にこ「お魚らしいけど」

希「港だしねー」

穂乃果「食べたい!」

海未「こら、観光に来たんじゃありませんよ」

海未「目的地はここではなくて、南の内浦方面にあるそうです」

海未「……絵里と凛の意識が戻ったら、また来るのもいいかもしれませんね」


にこ「だったら近くの熱海の方がいい!」

真姫「……確かに」

海未「とにかく、バスに乗りましょう」
47 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:36:45.42 ID:qVjd7KIq0


◇――――◇

海未「ここみたいですね……」

希「ひゃー、すっごい田舎だね」

穂乃果「こんなところ久しぶりに来たよー」

海未「ことり、平気ですか?」

ことり「う、ん……」

海未(ほとんど眠れていないようですね……)

海未(はるばるこんな田舎のお寺まで来たんです……何かわかると、いいんですが……)

トコトコ…

海未「あの……すみません、ここのお寺の方でしょうか?」

「……ずら?」

穂乃果「……いくつですかー?」


「お、おら……えと」アワアワ

「――何か御用でしょうか」


「爺ちゃん」ササッ…


海未(……男性のご老人。この方が――国木田さん?)


海未「ご紹介に預かっていると思うのですが……園田と申します」

国木田「ああ……お待ちしておりました、うちの孫がどうも」

花丸「……」ペコリ…ササ…

国木田「人見知りなもので……」

海未「私も小さな時はそうでした」

国木田「そうですか……ではお入りください」
48 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:38:55.23 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇


国木田「お姉さんは沼津市の辺りで亡くなられた、と」

海未「はい」


国木田「……南さんをはじめとする数人が火傷跡のようなアザ……」


ことり「……」

海未「何か、わかりましたか?」

国木田「心当たりが」


海未「本当ですか!?」


国木田「……沼津市は、あるところでは、祟りと怨念の街と呼ばれています」


海未「――え?」


国木田「その昔、人が大勢亡くなりました」

国木田「……現在の沼津駅の近くには沼津藩の城である沼津城がありました。今では跡形も無くなってしまっていて、所々に石碑が建っている程度ですが」

海未「沼津城……」

花陽「駅の近くあんなところに、お城が?


国木田「ええ、ここまで跡形も無く撤去された城は全国を見ても珍しいと言われています」


国木田「跡形も無くなってしまったのは撤去されたからですが……その昔、沼津城は災害に襲われました」


国木田「幕末に起きた安政東海地震。現在警戒されている南海トラフ地震のような、百年に一度と言われる超巨大地震が当時の沼津城を襲いました」


国木田「今よりさらに未熟な建築技術、土木をメインに採用した家屋は倒れ、城はことごとく損傷し、津波が押し寄せ、大規模な火事が起こりました……」


国木田「大量の人間が亡くなりました」

海未「……」


国木田「さらに1500年頃に起きた、千年に一度と言われる明応東海地震。今後二百年は人が住めないとまで言われるほど、悲惨なものであったようです」


国木田「この二つだけではなく、沼津市は幾度となく大地震に襲われ……人が亡くなって来ました」





国木田「人の死の元に死を重ねて、沼津市はそういった積もり積もった人の怨念が集まる場所ということです」
49 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:40:36.53 ID:qVjd7KIq0
国木田「知らないだけで、こういった忌み地は全国に存在しています」


国木田「園田さんのご友人のような症状を、この沼津では何件か見たことがあります」

海未「……」


海未「その大地震の祟りだと、そういうことですか?」


国木田「……」コク…


国木田「園田さんのお姉様は、おそらく園田さんのことを想って亡くなったのでしょう」

国木田「現世の人間に会いたいと、現世に留まりたいと強く願う気持ちが……幽明境を一にする……。震災で亡くなった何世代もの、数多な想いとつながってしまった」

海未「……」


希「地震で亡くなった人たちの、祟り……」

国木田「祟り、と呼べるのかはわかりません」

国木田「死にたくないという純粋な想いでしょうから」

国木田「そのネックレス……形見だそうですね。形見に想いが強く残るというのはよくある話です」


海未「姉さんの意思……」

国木田「それか、そのお姉様の持ち物であったネックレスに触れた方にだけ強い怨念が降りかかるとも考えられます」

にこ「……確かに私は触ってない」

希「ウチも」

花陽「ことりちゃんは?」

ことり「触った……かも」


海未「しかし……それなら、私にはなんの被害もありません。どうして私の友達ばかりが」


国木田「……わかりません。それはお姉様の意思がそうさせているのだと思います」

海未「姉の意思……」


国木田「強い怪奇現象が起きたのは、雨の日ではありませんか?」


海未「雨……」

花陽「……そうです、雨の日です!!」


花陽「凛ちゃんがおかしくなったのも、海未ちゃんの家に泊まりに行った日も……」

真姫「……ええ、そうだった」


国木田「雨の日は幽と明の、現実の境が曖昧になると言われています。怨念や祟りにのって、お姉様の意思があなた方の意識により溶け込んだのかもしれません」


海未「……なるほど」


海未「雨が降り始めたら突然、雨がやんで……」


国木田「――繋がった瞬間、なのかもしれません」
50 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:41:19.96 ID:qVjd7KIq0
真姫「その繋がったって時に、海未が絵里に襲われて凛が花陽を襲ってって考えたら。――この世じゃない場所でおきたことだから、他の人は誰も気がつかな買ったってことだとしたら」



海未「……肝心なことを訊かせてください。どうしたらこの怨念は、払えるのですか」

国木田「怨念の元になっているものと対話しなくてはならないでしょう。沼津の遺民達の怨念、そして、お姉様の意思」

海未「……」

国木田「今回のあなた方に降り注いだ祟りは、火傷ようなアザ、つまり地震によって起こった大火の祟り」

国木田「大火で亡くなった方々を、人々を祀ってある場所があります」

国木田「――大雨の日、危険は伴うかもしれませんがあの世とこの世の境が薄くなっている時……お姉様の意思と沼津の祟り、両方に触れることができるかも、しれません」


◇――――◇


ガタンゴトン…


海未「結局、解決は出来ませんでしたね……」

希「でも、原因がわかったんだからすごい進展。そうでしょ?」

海未「ええ……」

にこ「これからは静岡県の天気見てないとね」

海未「ええ……」

穂乃果「大丈夫?」

海未「……すみません、まさか姉さんが」

希「怨念とお姉さんの意思が結びついたってだけで、純粋なお姉さんの意思ってわけじゃない……だから気にしない方がいいと思う」

海未「そう、ですよね」

海未「ごめんなさいことり……怖い想いを、させてしまって」

ことり「ううん……」
51 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:42:08.20 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇

穂乃果の家


穂乃果「……」ギュッ…

海未「穂乃果……」

穂乃果「辛いよね」

海未「……いえ」

穂乃果「……そっか」

海未「すみません……」

穂乃果「どうして謝るの」

穂乃果「海未ちゃんは悪くないよ」

海未「……」


穂乃果「もう寝よう? 疲れてるでしょ」

海未「そう、ですね……」

海未「穂乃果はなんともありませんか?」

穂乃果「おかげさまで! ネックレスにも触ってないし……」

海未「よかった……」

穂乃果「絶対絵里ちゃんと凛ちゃんのこと、助けようね!!」

海未「ええ」



◇――――◇


 ばしゃばしゃ。ばしゃばしゃ。

 私がまどろみの世界から、現実の世界へ引き戻されたのは、深夜の2時を回った辺りでした。

 天気予報に覚えのない雨粒が、勢いよく窓に打ち付けられています。

 またあの日のような、大雨。おそらく、ゲリラ豪雨でしょう。


海未「雨……雨?」


 大雨の日。

 現実とあの世の境界が、薄くなる。

 怪奇現象が起きたのは、いずれも、大雨の日。

海未「ごく……」

 いえ、正確に言うならば。


シン……

海未「雨が、止んだ…………?」



 ――じゃあ、きょう、は?
52 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:43:22.28 ID:qVjd7KIq0

穂乃果「はっ……ん、ぅ……」

海未「穂乃果?」

 私の腕に抱きついて、小さな寝息を立てていたはずの穂乃果。胸の付近を抑えて、なにやらもがき苦しむかのように、胸板を激しく上下させていました。

 大粒の汗が額に浮かんでいるのは、暑さのせいだけでは、なさそうです。

海未「穂乃果、穂乃果!!!」

穂乃果「んっ……ぅ、海未ちゃん……」

海未「大丈夫ですか……?」

穂乃果「う、ん……」

海未「夢を見ていたんですか?」

穂乃果「多分……」

穂乃果「よく覚えてない……」

穂乃果「でもなんか、すっごく……息苦しくて……」

海未「……」


穂乃果「――なんか、寒い」


海未「寒い……風邪かもしれません。熱をはかりましょう」

 怪奇現象とは、無関係……?

海未「それとアザがないか調べて見ましょう」

穂乃果「だ、大丈夫だよ」

海未「念のためです」

 照明をつけて、少し赤くなりながら下着姿になる穂乃果。

海未「……よかった、ないみたいですね」

穂乃果「だから言ったのに」

海未「いえ、雨が酷いので」

穂乃果「……ほんとだ」

穂乃果「ねえ待って……前の大雨の日に、絵里ちゃんと凛ちゃんが……」



海未「……」


ピピピピッ

海未「36.6……平熱ですね」


穂乃果「だから大丈夫だってば」

海未「そうですか……」


バシャバシャッッッ

海未「また雨が……」

海未「はっ――ことり」



海未「ことりが!!」
53 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:44:09.75 ID:qVjd7KIq0
ブブブブブブ

海未「っ」ビクッ

 穂乃果の机の上に置いた、携帯のバイブレーションが響きました。

 こんな夜中に、電話?

海未「ことりから……」

穂乃果「え」

 まるで意図したかのようなタイミング。

 飲み込む唾液が重い。

 どこかから来る胸騒ぎ、それをかき消すように、私は携帯電話を手に取りました。

海未「――もしもし、ことりですか?」

「……」

 返事が、ない。

海未「ことり」

海未「ふざけているのなら、やめてください」


穂乃果「ごく……」

 10秒ほどの沈黙。

 ことりは、こんな風にふざける人ではない。ましてやこんな夜中、ということは、一体。

 悪い予感。堂々巡りする最悪の状況を思うと、口の中がからからに乾いてくる。

 そして。

 ぶつ。

海未「ことり、ことり!!」

 ことりとの通話が切れてしまう。

海未「どういう……」

穂乃果「なんにも出なかったの?」

 頷きながら、何気なく携帯電話の履歴を確認する。すると――。

海未「っ……」



 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。
 南ことり。



海未「ぅ……」


穂乃果「? ――ひっ…………」
54 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:45:09.26 ID:qVjd7KIq0
穂乃果「な、なに、これ……」

海未「はっ……はっ」

 着信履歴が、大量に、埋まっていました。私と穂乃果が眠ってから3時間程。
 ほとんど間髪入れずに、電話を入れていた、ということ?

 明らかに異常事態。

 そしてことりからのアクションは、電話だけでは、ないようでした。

海未「メール、も」



南ことり 23:22 ねえ海未ちゃん、なんだか怖いから……そっち行ってもいい?

南ことり 23:23 穂乃果ちゃんの家泊まってるんだよね? ことり、邪魔かもしれないけど……お願い

南ことり 23:23 雨降ってきた

南ことり 23:25 ねえ怖い

南ことり 23:27 なんかいる

南ことり 23:28 なにかに見られてる

南ことり 23:30 海未ちゃん怖い。こわい、やだ、やだやだやだ

南ことり 23:31 たすけてたすけて

南ことり 23:32 うごけないなんかいるなんかいるたすけえだめねあっほん



海未「はっ…………はっ」


 ことりのメールは、そこで終わっていました。それ以降は、先ほどの電話になっている、みたいです。

 ということは、ことりは私たちに助けを求めて、いた。

海未「……はっ、はっ」


海未「――姉さんだ……姉さんが、き、た………」ガクガク…


穂乃果「……海未ちゃん」

海未「ことりが、ことりが拐われた。ことりが、ことりが!!!」

海未「あ、ぁぁ……っ」


穂乃果「まだ絵里ちゃん達みたいになったって保証はないよ!! 行ってみようよっ、ことりちゃんの家!」

海未「そ、うですね」

海未「ことりはまだ、生きていますよね……」

海未「まだいつもみたいにしていますよね……」

海未「ああでもそうしたら、ことりのいえに行くのは迷惑な気が」


海未「ことり……」

穂乃果「っ、いいから行くのっ! 準備してっっ!!!」
55 : ◆wOrB4QIvCI [saga]:2017/11/20(月) 15:47:45.29 ID:qVjd7KIq0
◇――――◇

理事長室


理事長「そう……」

理事長「信じられない」

海未「……そう、だと思います」


 結果として、ことりは、絵里や凛と同じように病院に運ばれました。

 大雨の中穂乃果に手を引かれ、全力で走った先に待っていたのは、部屋で力なく倒れていることりでした。

 鬼気迫る表情であっただろう私たちを家に入れてくれた理事長も、その現場に居合わせていたため、後日である今日……事情を説明しました。

 案の定信じては貰えないようですが。無理もありません。

理事長「でも……それしか手がかりがないのなら……それに頼るしかない、わね」

海未「……」

理事長「私の方でも色々聞いてみるけれど……お願いね」

海未「はい」

海未「失礼します」

バタン

にこ「ことりまで……」

希「ことりちゃんはアザ、あったからね……」

真姫「ねえ、ちょっといいかしら」

真姫「……昨日ね、夢を見たの」

真姫「……熱くて、焼けるような熱さの中……何かが私のことを呼んだの」

真姫「……関係あるかはわからないけど、わたし、あの時変になった花陽に腕を掴まれてて」


海未「……真姫」



スル…



真姫「――私のことも、連れて行こうとしているみたい」


花陽「ひ……アザ」

海未「っ、な、なんなんですか一体!!!」

海未「どうしてっ、どうしてっ!!!」


希「……海未ちゃん」

希「明後日」

海未「……?」


希「――静岡県は大雨になるみたい」


海未「なるほど……」


真姫「なら、その大雨の中にネックレスを持って祟りを呼び寄せることができたら」




海未「――幽明境が一になる」
56 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:48:28.72 ID:qVjd7KIq0


◇――――◇


 国木田さんに教えられた場所は、低い山の中にあるとのことでした。


 申し訳程度に整備された狭く暗い参道には、ぐしゅぐしゅに湿り切った木の葉が層を成しており、踏みしめる度に力の抜ける様な感触が伝います。


 ぽつぽつと降っていた雨、いえ、今も降っているのでしょうが、高く密集した木々に遮られて私たちの元にはほとんど届いていません。


 同時に、陽の光も、ほとんど差し込んで来ません。元々ここへ入る時には沈みかけていた陽ですから、もう夜になってしまっているのでしょう。

 今ここにある灯りは、握りしめた懐中電灯のみ。


 出来ることなら、朝から昼間にかけて行った方がいいとのことでした。低い山の割には厳しい道のりである、と国木田さんが言っていたからです。詳しい人が言うのならそうなのだろうと、思ってはいましたが……出直すわけにもいかず。今日解決してしまわねば、また犠牲が増えるだけと、脅迫されているようにも感じました。


 大雨は、夜から降ると、そういう予報でした。


 静岡県はとにかく雨が少ないことで有名ですが、今日降ってくれる、それだけで幸運ではあるのですが……。



にこ「ほんと、長靴履いてきて良かった……」

穂乃果「暗いね……」



海未「ええ、気をつけてください」

57 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:49:32.30 ID:qVjd7KIq0
 この足場もそう。

 でも、本当に気をつけるべきことは、そうではないと、口にせずとも、みんな分かっていました。


 私の首には姉さんが遺してくれたネックレス。姉さんの想いがこもったネックレス。


 あの世とこの世の境界が薄くなる時、このネックレスを持っていることがどういうことか……。想いに引き寄せられるようにして、様々な危険なことが起こり得る……とだけ聞きました。正確なところは、起こってみるまでわからないのだと国木田さんは言うのです。


 ばしゃばしゃ。


海未「――雨が、強くなってきましたね」


 この先を少し行くと、小さな清流が見えてくるらしいのです。それを上流方面に行くと、大火慰霊の社が、見えてくる。


 清流に出てしまえば道はそこまで険しくなく、この申し訳程度の参道を抜けることが一番の試練だということらしいのです。


 木の葉に打ち付けた雨が、まとまって私たちに降り注いでいます。一つ一つが大きさを増したそれは、まるで滝のようにも感じられました。傘を持つ手に伝わる振動が激しい。

海未「……」


 小さな坂道を登って、そこには――。

海未「っ……!?」

海未「なん、ですか、これは……」


 血、血、血……。

 血の川……。

 清流と聞いていたはずの川。


海未「……」


 鮮やかな鮮血色に染め上げられているのが、眼前に飛び込んで来ました。
58 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:51:11.61 ID:qVjd7KIq0
穂乃果「なに、これ……」

にこ「……川が、赤い」

海未「ご、く……」

 この世の雨は止んでいました。

 しかし。

海未「……っ、雨もっ!!」


 傷口からの鮮血がぽたりぽたりと落ちて来ているかのような、あの世の雨。


希「なにこれ……これが――祟り?」


海未「……おそらく」

海未「世紀末のようです……」ゴク…

真姫「あ、っぐ……ぅぅ」

海未「真姫!?」

 血が降り注いでいるような異様な光景の中、後方から真姫のうめき声。視線を返すと、アザがある方の腕を抑えて、膝から崩れ落ちていました。

希「真姫ちゃん!?」


真姫「――あ、つい……っぐ、ぁあ゛あ゛っっっ!!!!」


 泥濘む地面など気にせずに、のたうちまわる真姫。目は血走るほど見開き、口の端が切れてしまいそうなほど大きく開きながら、絶叫しています。


海未「真姫っ、真姫!!」


穂乃果「熱いのっ!? 真姫ちゃんっ」


 熱い、熱い……?

 そうか、これが……大火の祟り……。ここは怨念の集結する場所、影響が、大きいのかも。


希「――ひっ、じめんからて、手がっ!!」


海未「え……」


穂乃果「あっ……ひっ」


 希が、穂乃果が、にこが、花陽が……真姫以外の全員が言葉を失いました。

 この世のものとは思えない、光景が今まさに、目の前で起きていました。

 地面から焼け焦げたような赤黒い手がいくつも出現。ゆらゆらとどこかへ連れていこうとしているのか迷いなく、真姫に手を伸ばし、ぐにゅりと全身を掴んでいます。


 何も動けない。


 真姫はさらなる絶叫を響かせると、少しずつ少しずつ……地面へと堕ちていっているようでした。

 堕ちる。
59 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:52:14.61 ID:qVjd7KIq0
>>58

 希が、穂乃果が、にこが、花陽が……真姫以外の全員が言葉を失いました。



 希が、穂乃果が、にこが……真姫以外の全員が言葉を失いました。
60 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:53:31.56 ID:qVjd7KIq0
 そう、意味がわかりません、


 土があるはずのそこから現れた無数の手が、真姫を奈落へと――この世ではない場所へと連れ込もうとしている、らしいのです。


真姫「ぁ……あっ」


 身体の半分ほどが、"どこか"へ連れて行かれた真姫は半身だけになった、化け物のようでした。


真姫「ぁっ、やだ、まっ、はっはっ」


 上半身だけになった真姫は地面に縋り付くように浅く息を吐いています。


 小さく震える指先、焦点がぐるぐると動き回って、助けを求めて、腕を伸ばす。

 穂乃果が後ずさり。


 肩が浅く激しく揺れている。


海未「真姫っ!!」

 手を掴む。
 
 予想以上の力にがくんと前のめりになって、膝から崩れる。

真姫「う、み……」


 小さく漏れ出した言葉は、私の絶叫の中に蕩けました。

海未「真姫っ、真姫っ……まきいっ……っっ」


 真姫が奈落の底へ消えたと同時に、赤黒い手も一緒に消えてしまいました。驚くほど静かに、先ほどまでの光景が嘘のように……ただ泥濘むだけの土を両手で持って、思い切り掻きました。何も無くなってしまった、変哲の無い地面を。


 ぐにゃぐにゃになった泥が爪に入り込み、激しさを待つ紅の雨が髪の毛を伝って地面へと流れ落ちる。何度も何度も掻き分けて、次第に力が込められなくなっていきます」


海未「はっっ、はっっ!!」


希「……海未ちゃん」


海未「……」


希「きっともう、ウチらはこの世じゃない場所に、来てる。多分……ここは今までとは違う世界……国木田さんが言うように、何が起こるかわからない、世界」


海未「真姫は……真姫が」フルフル…


穂乃果「祓すしかないよ……祟りが私たちのこと、狙ってるんなら……」
61 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:54:31.70 ID:qVjd7KIq0
穂乃果「きっと真姫ちゃんだって……みんなだって、戻ってくる」


海未「……それしか、ない、のですね」


にこ「しっかりして、あなたがお姉さんと話をしないとなんだから」

海未「ええ……」

海未「……行きましょう、奥に」


◇――――◇


 清流だったはずの、血色川のすぐ横を北上していきました。


 辺りは依然、おどろおどろしい。鮮血をそのままひっくり返したような鮮やかな川に、腐る寸前のどす黒い血を写したような空。奥にいけばいくほど木々はどす黒さを増し、新緑の安心感は、無くなって行きました。


 随分、歩いたような気がします。


 まるで、あの世へ向かっているようなそんな感覚が、より私たちの疲労を煽るのでしょう。


 また真姫が連れて行かれた時のような異常事態が起きるかもしれない、足元から横から、上から、あのどす黒く不気味な腕が絡みついてくるかもしれない。今を取り巻く状況全てに懐疑心が働いてしまう。


 そんな怪奇現象に対する過剰な警戒心とは裏腹に、私たちの歩を止めるようなことは一切起こっていませんでした。


海未「……」

にこ「ひっ……」

希「ただの草だよ」

にこ「変な形……」

海未「……!?」

穂乃果「誰かいる……」


希「……えりち?」


海未(あの金髪……)
 

海未「絵里!!」

絵里「……」


希「待ってっ!!」
62 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:56:12.91 ID:qVjd7KIq0
海未「な、なんですか……」

希「冷静になって……えりちが、いるわけ……」

海未「っ……」


ことり「――そんなこと言わないで、希ちゃん?」

希「っ……」


ガシッ…ドロ…

希「ひっ……」


 ことりの姿をした何か……。
 希の腕をがっちりと掴み、ことりのような柔和な笑みを浮かべる顔が――崩れる。

 チーズを熱に当てたようにどろりと顔の半分がとろけるようにして音を立てながら地面にへばりつく。

 続けて肩が、腕が、希を掴んでいる手が。


希「い、いや――」


 ことりのような何かは完全に人の形を失い、どす黒い塊になって、希を包みこんだ。


 助けようと動き出す暇もなく、一瞬の出来事でした。希を包みこんだ黒い塊は、地面に吸い込まれるようにして姿を消しました。



にこ「は、なしなさいっ!!!」


 希の突然消失に、唖然としている最中でした。にこの悲鳴に、視線を瞬時に移すと……無機質な表情を浮かべる凛と真姫、のような何かが……にこの腕を掴んでいました。

 先ほどの希のことが、フラッシュバック。


海未「――やめっ」


 ぐにゅ……ぼと、ほど……。

 一瞬でした。

 にこはふたりに包み込まれて黒い塊になったあと、ぼとぼとと音を立てて……どこかへ堕ちていって、しまいました。


海未「あ、あ……ぁぁ……」


穂乃果「のぞ、みちゃ……にこ、ちゃん……」
63 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:57:44.29 ID:qVjd7KIq0
穂乃果「いや、いや……」

海未「っっ……」


 視界の端で、鮮やかな金髪の髪の毛が、見えました。

 地面に向けていた視線を、横に。

 絵里のような何かから迫り来る腕を払いのけて、土を蹴る。

 ぐにゅりとした感触に、満足な加速は得られないものの、穂乃果の手を取って、走るのには十分でした。

海未「みんなが、みんなのことをなんとか出来るのは……もう、私たちしかいないんです!!!」

穂乃果「うみ、ちゃん……」

穂乃果「うん……行こう、絶対!!!」


◇――――◇

海未「はぁ……はぁ……」

穂乃果「ここが……慰霊の、社……」

 走り始めて少し、私の背ほどもない、小さな社が眼前に飛び込んできました。

穂乃果「小さい……」

 山の奥ということもあったのでしょう。川のすぐそばで、拓けているとは言い難い土地、大きな社を作るのは難しかったのかもしれません。

 しかし、小さいながらも神社の形を成しており、腐れかけた木材からは相当な年月が経っているのを簡単に読み取ることが出来た。

海未「……」


 空気が、重い。

 この辺りだけ、明らかに、異質な気配を感じます。

穂乃果「なんか、やな、感じ……」

トコトコ…


海未「……姉さん、いるんですか」

海未「私たちのこと……見ているんでしょう?」

海未「姉さん!!!!!」


 姉さんの形見のネックレスを、握りしめる。


海未「お願いです……私と話を――」
64 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 15:58:47.84 ID:qVjd7KIq0
ピシャシュルルッッッ


海未「え」

穂乃果「――っっぅ!!!」


 微かな水の音。

 奇妙な程静かな音の中に、穂乃果の声にならない声が紛れ込む。

 気がつくと穂乃果は、無数の細い腕に全身が覆われていました。

 血色川より伸びているそれは真姫たちを連れ去ったものよりも細く、そして青白い。

 口に被せるように、そして手足に巻きつき、肩に腹に全身に広がっていく青白い異形。


 唯一覆われていない目、畏怖に染まりきったそこと視線がぶつかる。


海未「穂乃果!!」

 私が手を伸ばすと同時、目にも止まらぬ速さで、穂乃果は川の中へと消えていきました。


海未「ぁ、ああ……」

 穂乃果は、穂乃果は……助けて、と……言っていた。

 あの目、この場には私しか助けられる人はいなかった、それなのにっ!!


海未「ほのか……ほのか」



海未「――なんで……なんでみんななんですか」



海未「どうして私は連れて行かないんですか!!!!」
65 : ◆wOrB4QIvCI [saga]:2017/11/20(月) 15:59:55.36 ID:qVjd7KIq0
海未「私に恨みがあるなら!! 私だけを連れて行けばいいじゃないですか!!」

海未「わたしがにくいのでしょう! うらめしいのでしょう!! だったら、だったらどうして……どうしてぇ……」


海未「どうして、どうして……どうしてどうしてどうして!!!!」

海未「っぅ……うぅっ……」


「海未……」


海未「……」


「海未」


海未「……?」







絵里「――ソぉぉんなにイきたいなら連れて行って、ァげるゥ♡」








海未「っっ……っっっは」

 ブロンドが揺れる。


 後ろから万力で持って、押さえ付けられる。


 ぐにゅりと、この世ならざる音が鼓膜を通って脳へ伝達される。みんなが連れて行かれる光景が嫌でも残っている中で、私はこの状況をすぐに受け入れることが出来た。

 私は連れて行かれるんだろう。

 どこへ?


 わからない。


 けれど……もしそこにみんながいるのなら、それもいいのかも、しれない。
66 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:00:52.35 ID:qVjd7KIq0


◇――――◇


海未「ん…………」

海未「う、ん……あ、れ」

海未「私は一体」

海未「!? ここは……一体……」キョロキョロ…

海未(人がたくさん……でも、みんな――着物を着ている?)

海未(家も……いえ、ここは商店街のような場所……? 呼び込みのようなものが)

海未(時代劇のような町屋……江戸時代の、よう)

海未(いえ、ここは……)


海未「江戸の時代……?」


ザワワ…


海未「み、見られている?」


海未(そうだ……もしここが江戸時代だとするならば、私のこの制服なんて……ただの不審な人物にしか)ゴク…


海未(でも、どういうことなのですか……)


海未(私は絵里のような何かに、引きずり込まれて……)

海未「……」


海未(とりあえずここはどこなのか、江戸時代なのか……聞いてみて)

海未「あ、あの」
67 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:01:59.55 ID:qVjd7KIq0
海未(……逃げられてしまいました。そもそも、この人たちが何を話しているのかもほとんどわかりません……強烈な訛りとでもいえばいいのでしょうか……)

海未(これではどうすることも……)

「貴様」

海未「え、あ……」

海未(侍……!!)


「その身なり、何奴じゃ! 曲者、間者の類であるか? 申せ」


海未(か、刀に手が……っ)


海未「い、いえ誤解です! 私は怪しいものでは!!」


「……?」

海未(あまり伝わっていない、ようですね)

海未(まずい、です……)ダラダラ……



 周囲の視線が集まる。
 頂点に登っていない陽光が、手にかけられた鞘より覗く刃に反射した。


 切られる。

 鈍色の太刀筋が閃くのを、予見した時でした。

 ぐらり。

 膝がよろける。


海未「っ!?」


 どうして?

 立っていられない。

 そしてそれは、私だけではありませんでした。

 目の前の武士が、周りにいるたくさんの人たちが、困惑の声をあげる。


 ――地面が、揺れていた。

 地震。

 辺りの喧騒が、ぎしぎしと音を立てながら崩れる建物の音に掻き消された。

 続けて、悲鳴。

海未「っ」
68 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:05:39.42 ID:qVjd7KIq0
 誰かが潰された。

 次々に家屋が倒壊する。

 まるで、紙のように。

 逃げ遅れた人たちが、次々潰されていく。


海未「ひ……」


 長く続いた揺れが落ち着くと……事態の深刻さが、まざまざと私の目に飛び込んで来ました。

 潰れた家屋に挟まり下半身が潰れてしまった子供、引っ張り出そうとする母親、地震の影響か火の手があがり、瞬く間に火の海が広がる。


海未「っ、ぁ……」


 そこは、その街は、一瞬にして地獄のような景色に変貌してしまっていた。


 再びの揺れ。

 断続的な地震が襲う中、私はなんとか地面を蹴った。

海未「大丈夫ですか!!」

 小さな子供が倒れてきた建物に、脚を挟めてしまっていました。


海未「いま助けますからっ」


 肌を突き刺すような寒さだったはずが、今ではじりじりと焼けるような熱さに汗が吹き出して来ます。火の海が、すぐそこまで迫っていました。

 子供の手を取って、引っ張りますがびくともしません。


海未「くっ……」


 子供に火の手が迫る。

 一向に助け出せないまま、目の前で、炎に包まれてしまいました。

海未「あ、ぁぁ……」


 耳をつんざくような絶叫。皮膚が灼け爛れながらのたうちまわるのを、見ていることしかできませんでした。

海未「ひっ……」


 黒く、黒く焼け焦げ爛れ切った手が、私の脚を力なく掴みました。

 これ、は……。



 ――みんなを、連れ去った……。
69 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:06:26.08 ID:qVjd7KIq0
海未「……っ」


 強烈な既視感に、ぞわりと鳥肌が立つ。逃げなければ、ここにいたら私までもが炎に飲まれてしまう。そんな至近距離にいるというのに、それなのに……。



海未「はっ、はっ」

海未「祟り」


海未「こうやって、焼け焦げた人達の祟りが……私たちのことを、そういう、ことなのですね」


 子供の腕を静かに退けると、辺り一面に視線を向ける。


たすけて


たすけで

タスけて

タスケテ

タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ


海未「ぁ……ぁっ」
 

 あちこちで炎があがり、助からないであろう人々が、絶叫している。

 家屋の下から伸ばされる絶命寸前の、無数の腕が炎熱と共に揺れている。


 そうやって焼死した人たちが、最後まで助けを求めて手を伸ばしたその姿が……嫌という程焼きつきました。



 この人たちが、私たちのことをここに連れて来たのでしょうか。

「水を消せ!!!!」

「早くしろ!!!!」


「井戸の水を使え!!!!」

「井戸の水が、急激に減って!!!」


 唇を噛みしめる。

 助けようという人々が走り回り怒声をあげています。そんな中。



穂乃果「――海未ちゃん!!」
70 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:08:18.14 ID:qVjd7KIq0
海未「ほ、穂乃果!?」


海未「無事だったのですか!?」


穂乃果「え、あ……うんっ。なんかついさっき、気がついたらここに居て!」

穂乃果「なんなのこれ!! こんな、こんなっ」


海未「――祟りの中心。そういえば、いいのかもしれません」


穂乃果「え……どういうこと……ここ、どこなの? 何が起こったの!?」

海未「とにかく、みんなもここに居るかもしれません! 探し出して――」


ドンッッッッッ


海未「!?」


 崩れている建物の向こう、海鳥達が飛んで来た方角より……地を響かせるような轟音が聞こえてきました。

 ――大砲の、音?



穂乃果「ぅ、ぁっ……海未ちゃ……」


海未「?」

 

海未「っぅ……」


 音に気を取られていた私の後ろを、指差します。

 振り返った時、そこには異形の赤黒い塊が大量に蠢いていました。人の形をした何かが、私たちに向けて手を伸ばしている。


「ぁ゛ぎィ……ヒ、ひ……」ヨロヨロ…
71 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:09:05.75 ID:qVjd7KIq0
 呻き声をあげながら、足取りは遅く、しかし確実に迫ってくる。後ろは炎。

 逃げ場は無い。

海未「……」



海未「穂乃果、絶対、絶対……私の後ろに居てください」


海未「道を開けます」

穂乃果「な、なに言って……」

穂乃果「や、やだよ、穂乃果も」

海未「……」ダッ

穂乃果「海未ちゃん!!」


 突っ込む。

 肩からぶつかって、異形の者たちが群がるそこに脱出路を切り開く。

海未「早く!!」


 腕が、足が、強烈な熱で持って灼け爛れるのを感じる。


海未「あ゛゛あ゛ぁぁぁっ!!!!!」


 そしてまた、堕ちていく。


穂乃果「海未ちゃん!!!」

 穂乃果、私は……。
72 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:10:08.97 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇

「海未」

海未「……ん」

「海未」


海未「……」

海未「姉……さん?」



海未「――姉さん!!」


海未(ここは、夢で一度見た……白い、空間)

海未姉「……海未」

海未「……姉さん、本当に姉さん、なのですよね」

海未姉「……ええ」

海未「……不思議な気分です」


海未「未だにこれが現実なのか、夢なのか……わかりません」


海未「ここは、祟りの中心という解釈で良いのですか」

海未姉「ええ」


海未「姉さんに会えて、嬉しいです……でもっ聞きたいことがあります……あなたが、私の友達を……酷い目に遭わせたのですか」


海未姉「……」フルフル

海未「違うのですか?」

海未姉「……私は、ここで一人……泣いてただけ」

海未「……」


海未姉「最初は死んだってこともよくわからなかった。でも、ここにしばらくいるうちに……なんとなく私はあの時に死んだんだって、わかった」


海未姉「天国かと思った。天国にしては、何もないけれど」

海未姉「ある時、声が聞こえた」

海未「……」


海未姉「酷い、無念後悔怨念……死んだことを認められない人たちの声だった」


海未姉「そんな言葉を延々と一人で聞いていると……私も、なんて思っちゃったの」


海未姉「ほら、聞こえるでしょう? 色んな声が」


ァァアア゛ア゛アア゛
73 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:11:06.79 ID:qVjd7KIq0
海未「……先ほどの、地震の時の」

海未「こんな悲鳴を、ずっと」

海未姉「……あなたには、あなたの友達には、とても悪いことをしたね」

海未姉「私がまだ死にたくないって、現世に留まりたいって感情が……そして、あなたに最後に会いたいって気持ちに……ここの祟りは力を与えてくれたわ」

海未姉「ダメだってことは……わかってた。私が会いたいと思えば思うたび……あなた達に対して、私の意思とは関係なく、祟りが形となって襲いかかったんだと思う」

海未姉「ごめんなさい……」

海未「……」

海未「みんなは、無事なのですか」

海未姉「……うん、きっとあなたが目が覚めたら、近くにいる」



海未「……よかっ、た」



海未姉「私は最後にあなたに会えて……これで私がここに留まる理由が――私と祟りとを結びつける力が……無くなる」

海未「……どうして、どうして……姉さんだったんですか!!!」

海未姉「……さあ、きっと偶然ね」

海未姉「私が思う以上に……現世に未練があったのかも」

海未「……」


海未姉「――あなたに、謝りたかった」


海未姉「好き勝手遊んで挙句の果てには勝手に出て行って、園田の名前をあなた一人に、背負わせた」

海未「そんな、こと……もう、気にしていません!!」

海未姉「……」


海未「姉さんが、私のことを本気で気にかけてくれていたのは……わかっていますっ!!」

海未「小さい頃は、恨んでいました……なんで私ばかりがって、私も他の子みたいに好きに遊びたかった」


海未「でも姉さんが……出て行って……結婚して幸せそうで、私はそれでいいって、素直に思えました」


海未姉「……出来すぎた妹ね」

海未「そうでもありません」
74 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:13:35.25 ID:qVjd7KIq0
海未姉「もう私が気にかける必要はないみたいね、あなたは時々しか見れないテレビの箱の中の煌びやかな世界の人達みたいになりたかったんだもの」


海未姉「恥ずかしがり屋で引っ込み事案で、それがあなたの本質。だからきっと今していることは運命だったのね。いつか抱いた……その夢はいつも胸にあって、消えないはず、あなたは生きて、それを叶えるの」


海未「……恥ずかしいことを言わないでください」

海未姉「誰にも言ってない」


海未「当たり前です……そんな、こと姉さん以外に言えるわけ」


海未「またどこかへ連れて行ってください……また色んな話を聞かせてください……私の話も、たくさん聞いて……私が、私が全部全部話せるのは……姉さん、しか……」


海未姉「大丈夫、辛くなったら友達に話して? あなたにはとても大切な人がいるでしょう?」


海未「……っ」


海未姉「さあ――ここで、お別れね。あなたは戻るの、私の分まで……生きてね」


海未「っ……ねえさん」

ゴオォ…


海未「な、なんですかこれは……火が」


海未姉「さっき言ったでしょう? 私はあなたに会えたから……私と祟りとを結びつけるものは無くなった」


海未「じゃあ姉さんは」

海未姉「……」


海未「……っ。なるほど、だからお別れ」


海未「でも、私は幸せです。最後にこうやって、姉さんと話すことが、出来て」

ギュッ


海未「私、姉さんの妹で、幸せ、でしたっ……」


海未姉「甘えん坊は治らないわね」ヨシヨシ

海未「……」


海未姉「時間よ、行きなさい」


フワ…

海未「ぁ……」


海未「姉さん……」


ゴゴゴゴ…
75 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:14:26.69 ID:qVjd7KIq0
海未(姉さんの周りを、亡者の怨念が……黒くて黒くてドス黒い……大量の手が……ああ、あれが人の想い……私たちがいま、生きている世界への、想い……)


海未「っっ」


海未「ありがとうございます!!」


海未「私は、私は……何度だって言います! 姉さんの妹で、姉さんと共にあれて――私はっ、幸せでした!!!」


海未「絶対、絶対……精一杯生きてみせます!! 姉さんの分も、そして、こうやって失意の中亡くなっていった方々の分も!!」

フワ

海未姉「……」


海未「さようなら……」

海未「ぅ……ぅっ」




海未姉「きっとこれから辛いことも苦しいことも、たくさんある。でも、でもね、私は」










海未姉「――いつでもあなたのそばで、見守っているから」





フワ…
76 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:15:19.46 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇

海未「……」



 合掌を終え、ゆっくりと瞼を持ち上げると、姉さんが眠っている墓石が再び目に入る。園田の墓に正式に入れられた姉さんの魂。一度は勘当された身でありながら、結果としては、許された形になるのかもしれない。


 姉さんがなくなってから少し。あの日泣いていた母さんの気持ちを汲み取ろうとすれば、姉さんがここに眠っているというのも納得出来る話でした。


 姉さんとの対話が、大火の祟りの中心であった日が酷く昔のように感じられました。


 まだ二週間と少ししか経っておらず、夏休みすらも終わっていない。


 幽明境を一にした摩訶不思議で奇々怪界な出来事、一夏の思い出としては、十分すぎる出来事ではありましたが。


 あの日、正常な姿を取り戻した清流の心地よい音で目が覚めました。陽光が木々の間から差し込み、風に揺られた木の葉がひらひらと舞う中、私のすぐそばであの場にいたみんなが眠っていました。


 夜はいつの間にか終わっていた。


 必死に穂乃果を希を真姫を、起こしました。労せずしてみんな意識を取り戻して、それぞれの言葉に耳を傾けると、揃って口にしたのは何も覚えていないということでした。


 何か黒い空間の中に、朧な意識で持って佇んでいた。


 それだけでした。つまり異形の何かに飲み込まれてから、目が覚めるまでの間をほとんど覚えていないというのです。


 しかし穂乃果だけは、私といた時間があったはずでした。



 失われた江戸時代の時間、私が飲み込まれてからすぐに、穂乃果は記憶を失っていました。
77 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:16:13.11 ID:qVjd7KIq0
 穂乃果だけが私と同じく江戸時代へと連れて行かれたのだと思います。理由は、わかりませんが。


 程なくして真姫が声をあげました――アザが消えている、と。私も同様で。


 祟りは消えた?

 いえ、そうではないのでしょう。

 姉さんとの対話を終えて、私たちが祟りの対象から外れたというだけなのだと思います。



 しかし、ひとまずこれは一件落着であるとの見方は間違っていないようでした。携帯電話を見るとことり、絵里、凛、花陽からの連絡が入っていたからです。意識が戻ったようでした。


 吉報に胸を撫で下ろす私たち。

 みんな揃いも揃って、泥だらけでした。


 その足で帰ってしまうより先に、私たちは国木田さんの元へと、事の顛末を報告しに行きました。


 やはり、祟りは無くなっていない。私の予想が当たっていました。あの祟りは、晴らせるものではないのだということでした。これから先も、あそこで人が死に、死に続け、強い想いと結びついてしまったら、今回私たちに起こったようなことが起きてしまうのだと、国木田さんは言いました。

 忌み地は、全国に数多くある。


 有名な場所ならいざ知らず、存在事態を知られていない場所ばかりらしい。そう言った場所は今でも怨念が、そこかしこに漂っている。


 亡くなった無念が、それを忘れないで欲しいという純粋な想いが、そうさせているのでしょう。


 亡くなって言った人達のことを認識し続けられる強さがあれば……きっと、亡くなった人達の手向けになるのだと思います。
78 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:17:50.93 ID:qVjd7KIq0
 ――姉さん。

 姉さんは今どう思っているのでしょう。



 あれだけの短期間では、姉さんの真意を知ることなど到底出来はしないこと、わかっているつもりです。

 何もかも私より出来たあなたのです、きっと私の考える範疇では捉えきれないことなどわかっています。

 だから、話したかったんですよ。いつまでだって、あなたと話していたかったんです。

穂乃果「……終わった?」


 傍らで、穂乃果が微笑みながら覗き込んで来ます。


 姉さんが居なくなってしまったように、そのままであり続けることなど、ないのですから。


海未「ええ」


 姉さんのお墓に来る時は一人でいいといつも言っているのに、穂乃果は付いてくるの一点張り。あの事件があってから最初の一回は、一人にして貰えましたが……それは正解でした。


 姉さんが亡くなった現実を受け入れられないまま過ごしていた私が前に進むには、ここで思い切り、泣いてしまう他なかったからです。そんな姿は、見せられませんから。


 姉さんに最後に会えて、幸せでした。


 悪い影響も、沢山ありました。ことりや絵里や凛や花陽、半分トラウマ化してしまったことはまだ少し時間がかかりそうです。身内のことでみんなに、迷惑をかけました。


 それでも、みんなは許してくれました。

 

 でも、私は姉さんとあの場で話せたから……こうやって、穏やかな気持ちで、お墓参りに来れるのだと思います。


海未「祟りはなくならない」


穂乃果「……」


海未「あの日あの時命を失った人達の想いは、いまでもあの忌み地に漂っているのでしょう。いまこの瞬間にもあの祟りによる被害者がでているのかも、しれません」


海未「私たちができることは少ないですが……それでも」


 ふと、私が今この瞬間、命を落としたとして……あっさりと受け入れることが出来るのでしょうか。


 死とは回帰であり、あるべきところに帰るという考え方もあります。


 では、私のあるべき場所。そこはどこ?
79 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:18:49.20 ID:qVjd7KIq0
 私の記憶が訴えかけるのは、今生きている、ここだけ。

 青い空が広がって、人々の雑多な声が聞こえて、葉を踏みしめて、空気を吸い込んで、そして隣に穂乃果や、みんながいる。

 そんな今いる場所があるべき場所でないのだとしたら。……姉さんも被災者の皆様もあんな風になる必要はなかったはずなのに。

 それとも自身が認識できない魂が、死を受け入れるのか。

 答えの出ない問いを胸にかかえて。

 無常の風は時を選ばず、私達に吹き荒ぶ。最期の散り時にも、穏やかな心で迎えられるように。
 


海未「――行きましょうか」



穂乃果「うんっ」

穂乃果「一件落着だし……ね、ラブライブのことだってあるしみんなでがんばろーねっ!」

穂乃果「ラブライブでみんなに見られてっ! 海未ちゃんの夢も叶っちゃう!」クス…


海未「もうっそんなわけないでしょうっ」


 そうやって形見のネックレスを握りしめてみれば、いつでも姉さんが私のそばに居てくれる気がして。いつでも見ていてくれる気がして。

 からりと澄み切った、どこまでも広がる空。きっとあの空みたく、いつでも私のそばに居てくれているのですよね。


穂乃果「……早くいこ!」


海未「ええ」

 私と穂乃果の声が溶け込んでいく。


 雨の予報は、今後しばらくは無いらしいのです。
80 : ◆wOrB4QIvCI [sage]:2017/11/20(月) 16:22:59.16 ID:qVjd7KIq0

◇――――◇


千歌「んしょ……んしょ」


千歌「ふぁぁ……つかれだぁ……」

ダイヤ「だらしない声をあげませんの」

千歌「だってえ……」


千歌「これが慰霊の社……思っていたよりも小さいかも」

花丸「地域ごとにこういうのが細かくあるからこんなものだよ」

千歌「そうなんだ……」ナム…

千歌「よしっ、トレーニングも兼ねての慰霊だったわけだけど……沼津の方に寄っていこうよ!」

ダイヤ「遊びに来たわけではないと何度も」

ダイヤ「先代の犠牲に成り立っている今日であるということを理解せねば」

千歌「んー……わかってるつもりだけど」


花丸「少し前にね、ある所の女子高生が大火の祟りの影響を受けて、ウチの爺ちゃんのところに相談に来たらしいずら」

千歌「え、ほんとに祟りなんてあるの!?」

花丸「あるよ」

千歌「ぅ」

花丸「それはそれは大変なことだったらしいけれど……マルも正確には聞いてないし、驚かせただけかもしれないけれど、本当にあったってことだけは」


ダイヤ「なんにせよ……軽々しく扱うのはいけません」

千歌「そんな軽々しくなんて……」

花丸「じゃあ沼津に向かうバス停に行くあたり、そうだね……この清流を海側に下った場所にもう一つ社があるずらみんなと待ち合わせる間にそこにも行ってみよ」

千歌「もう一つ?」


花丸「そう、ここは大火の社で、この清流の下流にあるもう一つは」








ダイヤ「――津波の社」







花丸「流石ダイヤさん」

ダイヤ「当然ですわ」

千歌「じゃー早いところそこに行こ!!」ダッッ



ダイヤ「ちょっと千歌さん!! こんなところを走ったら――」








おわり。
81 : ◆wOrB4QIvCI [saga]:2017/11/20(月) 16:24:11.91 ID:qVjd7KIq0

見てくれた方はどうもありがとうございました。


良かったら前書いた↓もどうぞ。


千歌「うぅ……今日も千歌の"コレ"お願いします」ウルウル…ピラ…
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1508742461/
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 17:30:50.55 ID:B7hslSzsO
良かったって書こうとしたら前作で全部吹っ飛んだんやけど
どないしてくれんのこれぇ
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 19:26:17.93 ID:ndhUcoJpO
乙、誘導ありがとね!
表現力がすごいなぁ…羨ましい
いや、本当に乙でした!
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 20:21:02.25 ID:sDHXkPk5o
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 20:37:03.65 ID:U0x96aCXO
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/11/21(火) 01:06:42.25 ID:ZLRuibinO
トラックが活躍できない場所がない
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2017/11/21(火) 17:27:56.24 ID:J2Sxw3Vu0
前作も読んでただけに内容のギャップに驚いてる
どっちも面白かった乙
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/11/22(水) 11:37:16.87 ID:64/OsOF9o
おつおつ

>>55
かよちんがいるgkbr
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