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淫魔の国と、こどもの日
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491 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/08(日) 00:43:12.52 ID:4Xnn6X4s0
――――敗北より、死より受け入れがたい淫辱の刻。
――――かねて恐れるまでもなく、考えさえしなかったものが、戦乙女を襲っていた。
――――死は、相手に懇願するものではない。
――――それでも、願わずにはいられなかった。
――――どうあっても、此処から……逃れたい、と。
サキュバスA「ふむ。……少々虐めすぎたかしら。それじゃ――――次で、終わりにしてあげるわ」
ワルキューレ(……え…………)
サキュバスA「そのような事ですので――――どうぞ」
ワルキューレは、もう一人の気配に気付く。
それは、まるで幻影のように唐突に。
ベッドの上に座っていた、人間の男だった。
年の頃は、青年と言っていい。
しかし、細身ながら鍛えられた肉体にはいくつもの傷が刻み込まれ――――その戦いの日々を雄弁に語る。
その表情は、昨日に畜舎で出会った子供に似てはいるが――――精悍かつ優しい、整った顔立ちのものだ。
サキュバスA「……見える?ほら……貴女の痴態を見て、あんなに立派に……ふふっ」
ワルキューレ「っ……うぅ……!」
492 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/08(日) 00:43:40.44 ID:4Xnn6X4s0
裸身の立像のように立つ男へ向け、ワルキューレは首輪を引かれながら、体を起こされた。
細いはずの鎖が、ワルキューレの脱力した体を頸で支え、その身体を――――ふわふわと起き上がらせた。
自然、目の前には隆々と反り立つ、男のモノが突きつけられた。
ワルキューレ(いや、だ……こんな、もの……近づけ、る、な……イヤ……っ)
血管の浮き立つそれへ、嫌悪感を覚え――――その質量と、咽返るような雄の存在感に気圧された。
堪え切れぬほど濃密な匂いが、鼻の奥にまで飛びこんで来る。
心に湧いたのは、嫌悪感、ただそれだけ……の、はずだった。
サキュバスA「フフっ……そんなに匂いを嗅いで。我慢できないのかしら?」
ワルキューレ「んっ……は、ふ……ふ、ぅぅんっ……!」
何故、そこまで匂いを、存在を感じ取れたのか――――ワルキューレは気付く。
それは、至極単純に。
単純に――――鼻先を突きつけるように、“嗅いで”いたからだ。
ワルキューレ「は、っ……はっ、ふぅ……♪」
サキュバスA「……行儀の悪い事。まったく――――もっと、きちんと仕込んで差し上げるには時間が足らないようね」
ワルキューレ(嘘だ……嘘、だ……こんなの……嗅いで、なんか……いない……)
493 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/08(日) 00:44:14.46 ID:4Xnn6X4s0
いくら否定しても、事実は変わらない。
ワルキューレは。
高貴だったはずの戦乙女は、流れる金髪を汗だくで振り乱し、白肌を紅潮させ、前傾する体を支えてぺたりと座る犬のようなポーズで。
――――瞳の奥を濁らせながら、男のモノの放散する匂いを、必死に嗅ぎ取っていた。
サキュバスA「ご挨拶をなさい」
ワルキューレ(挨、拶……っだと……?)
サキュバスA「……口づけでしょう?そんな事、分かるでしょう。まぁ、でも……身体はずいぶんと正直になったかしら」
ワルキューレ(何……そん、なの……いや、だ……やめ……)
必死に押し留まろうとする心に反し、彼女の恍惚の表情は、段々と――――段々と。
ワルキューレ「はっ……はっ……♪……ご、あい……さつ……口、づけ……」
段々と、尖らせた唇は――――その黒光る切っ先へと吸い寄せられていく。
意識が引き剥がされ、俯瞰するように、ワルキューレは――――ただ、見ているだけしか、できなかった。
ワルキューレ(いや、嫌だ……やめ……やめて、くれ……!)
やがて。
――――ちゅ――――と、
服従の口づけを交わす、自らの姿を認めた時。
意識は、暗黒へと沈んでいった。
494 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/08(日) 00:44:43.62 ID:4Xnn6X4s0
*****
ワルキューレ「っあああぁぁぁぁぁっ――――!?」
がばっ、と起き上がった場所は、昨晩に目を閉じたのと同じ部屋だ。
淫魔の居城と思えぬほど落ち着き整頓された客間、そのベッドは簡素の一言に尽きる。
垂れ下がる繭糸のような幾重ものカーテンも、心細い雪原のような広さもない。
葡萄酒を暖めたような香も漂ってはいないし、己以外の何者かがいた残り香もなかった。
ワルキューレ「っ、何だ……何だ、あれはっ……?」
びっしょりとかいた汗を拭いながらベッドから立ち上がると、すっかり朝を迎えていた事に気付く。
慌てて見回せば、脱いだ武具も、服も眠りにつくまでのまま置かれており、夢中で感じた身体の重さもなく。
そして――――腹部に覚えていた、鈍い打撃の痛みも、泡のように失せていた。
彼女は、慌てて着替えて、武具とブーツを身に着けていく。
がしゃがしゃと慌ただしく鳴る音は、さながら戦場の朝のように響き渡り、のどかな小鳥の声と不釣り合いに混じる。
彼女は、しかし――――未だ、気付かない。
シーツと下着に滲み、べっとりと濡れた――――“夢の置き土産”の蜜に。
495 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/08(日) 00:45:24.23 ID:4Xnn6X4s0
*****
――――――――
ワルキューレ「ふざけるなよ、貴様、ふざけるな!私に何をした!!」
サキュバスA「あら、怖ぁい。暴力はいけないのよ?」
ワルキューレ「貴様っ……!」
サキュバスA「どうしたのかしら。落ち着きなさいと言っているの。……何かあった?」
ワルキューレ「……!」
飛び起き、城内で“淫魔”の姿を見つけた瞬間、歯止めは聞かなくなり――――掴みかかり、問い詰める。
あの夢の中に出てきた淫魔は間違いようもなく、サキュバスAだったから。
本来なら、夢で起きた事を現実で当人に問い詰めるなどバカげている。
だが、ここは淫魔の国。
そして、彼女は淫魔なのだ。
サキュバスA「…………続きは、また今度ね?今度は……夢ではなく」
ワルキューレ「っ……貴様、やはり……!」
勇者「落ち着け。何が……」
幾分か冷えた頭を働かせ、聴き慣れぬ声のもとへ、目を向ける。
そこには――――
496 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/08(日) 00:47:12.16 ID:4Xnn6X4s0
ワルキューレ「……あっ……ぅ……!うぅ……!」
勇者「?俺が、どうか……」
夢の中で、服従の口づけを交わした――――紛れもない、あの人間の男がいた。
どこか虚ろだった夢中の表情とは違い、血の気の通う表情に困惑を浮かべ、サキュバスAへ掴みかかるワルキューレをなだめていた。
更に、追い討ちをかけるようにサキュバスAは、ひそひそと耳打ちする。
サキュバスA「……“試戯”は、あそこまで。……私達は、夜毎――――あの恵みを頂いておりますのよ。……羨ましいかしら?
何度も、何度も、繰り返し……とろとろ、とろとろ、飲み切れないほどに……フフッ」
囁きの内容に、ぼぅっと顔が赤くなり、勢いを削がれる。
更に、すぐ近くに夢の中の、あの男がじっと見つめている事実。
胸ぐらを掴んでいた手に、やがて力が入らなくなり、力無く垂れた。
ワルキューレ「う、うるさい、何でも無い!元に戻れたのなら私は帰る!世話になった!」
そう、一息に言い残して彼女は走り去る。
赤面する顔と、意識してしまった瞬間から止まない胸の高鳴りと、――――今にも再び燃え広がりそうな、身体の芯にくすぶる火を抑えこむように。
――――――天界へ帰ってからも、数日の間。
――――――彼女の悶々とするばかりの気分は、晴れる事がなかった。
497 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/08(日) 00:51:04.88 ID:4Xnn6X4s0
おまけ三つめ終了です
あと一つ、何か落として終わりにしましょう
まだ決めあぐねている……
では、火曜日あたり、多分
>>473
ギャグになってしまう
>>474
だからこそ貴重
>>475
聞こえない
何も聞こえない
>>476
傷つけないようもがいたり、暴れたりしないよう必死でこらえるあたり充分にデレてはいるのです
498 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/08(日) 02:06:29.41 ID:9cxds+Oh0
乙
暴れてたらナニがもげてるだろうし
しかしこりゃワルキューレが堕天するのは時間の 問題ですかねぇ
499 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/08(日) 02:16:23.16 ID:b/IIorEH0
乙!
いつか見た、サキュAの"サキュバスらしい"尋問を思い出した
500 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2018/07/08(日) 10:14:51.60 ID:EOapPrI40
Aを…どうかAを…もう2ヶ月彼女を待ってるんだ…
501 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2018/07/08(日) 23:37:05.67 ID:+MC6v35o0
ワルキューレの奇行に乞うご期待ってか
502 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2018/07/09(月) 00:38:08.63 ID:MLfcZQZ5O
狐女将キボン
503 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2018/07/10(火) 08:14:15.72 ID:RTFRo/l70
最後は搾り取られたい
504 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:08:55.87 ID:+0CLZbpp0
お待たせ
まだ火曜日だ、いいね?
最後のおまけ短編投下いたしますー
505 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:10:32.15 ID:+0CLZbpp0
*****
今日もまた、寝物語を読み終えた。
ほどよくやってきた眠気を逃さぬよう、銀細工の栞を挟み、ランプの灯を静かに消し、窓から差す月光を頼りに机を離れ、ベッドまでの道のりを歩く。
外からはまだ、宵越しの酒を交わす声が遠くに聴こえる。
とうに寝てしまった母を起こさぬよう、そっと歩き、ベッドへ身を横たえた彼女の肌は、月光に映えて白い。
多くの同族のような青色の肌は持たず、翼もなく、短い尾と角だけを残した彼女の種族は、弱い。
多くの同族のような瞬発力や筋力、魔力も持たず、更には寿命自体も――――無論人間と比べればずっと長いが、
淫魔族の中では短命の部類に入る。
寒さにも暑さにも弱く皮膚も過敏で抵抗力も弱いため、いつも肌の露出は少なく抑えねばならない。
人と比べてすら弱く、寿命しか秀でているところのない――――そんな、種族だった。
人界へ行けば一人では戻ってこられない。
隣国の淫魔でさえ、往復できる程度の魔力はあるのに――――彼女の種族は、人界から戻ってくる魔力が残らない。
そんな種族の宿命を担う、淫魔の国の書店の一人娘は――――寝物語の風景を心へ浮かべながら、しめやかに眠った。
506 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:10:58.96 ID:+0CLZbpp0
*****
書店主娘「はぁ……。人間界、どんな所……なんだろうなぁ」
翌朝、店を開いてからも寝物語の余韻は薄らぐことがない。
ぼんやりとした顔立ちの母に似ない切れ長の眼を持つ、落ち着きある風貌でまめな性格の彼女は、殊更に人間界への関心が深い。
生まれて一度も見た事のない人間の世界、そこに広がる無限の情景は夢想するしかできない。
人界の最果てに広がる光のカーテン、炎を噴き上げる山。
何も、かも――――書物を通してしか知る事ができないものだ。
母に訊いても、要領を得ない。
人間界に行った事は確実にあるはずなのに、まるでその事には無頓着だ。
全くもって満たされる事のないまま、彼女は人界について記した本を追う。
たまに、つい最近になって許された人界行きから帰ってきた淫魔が持ち込んだ本を買いつけながら。
人間達の天文学、生物学、魔法学、占術、流行りの娯楽小説、――――無論、最も多いのは艶本だ。
そんな彼女、書店主娘がかねて淡く想っているのは、生まれて初めて見た、人間。
――――今はこの国の王となった、勇者の事だった。
507 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:11:33.60 ID:+0CLZbpp0
書店主娘(……色々、お話、聞きたいんだけど。無理だよね。お忙しいだろうし……)
それを恋心と呼ぶのか、あるいは憧憬なのかどうかも彼女には分からない。
彼と直に話したいと思っても、その場、機会が無い。
実際には酒場にこっそりと来る事もあるがその度に彼女は後日それを知る事になるし、そもそも酒場そのものへあまり出向かない。
かといって“王”に会いに行けるような城への用事もなく、出会って交わせた言葉はすべて偶然によるものだった。
思い悩む間にも、書店主娘は窓の外、花曇りの憂鬱な空をちらりと見て浅く溜め息をつく。
書店主娘「……はぁ」
書店主「なぁに、どうしたの〜?お腹すいたかしら?」
書店主娘「いや、今さっき朝ごはん食べたでしょ……お母さん」
書店主「おやつにする?」
書店主娘「おやつもまだ入らないってば……。する事ないし、天気も悪いし……」
書店主「そうねぇ。それじゃ……お店はお願いね。私はおうちのほう掃除するわ」
書店主娘「はーい」
508 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:12:00.03 ID:+0CLZbpp0
*****
ほの暗く変わっていく曇天を見守りながら、湿気を含んだ空気でまとまりを欠く髪を梳かしていると、扉が開いた。
どっしりとした絹の装束を色とりどりに何枚にも合わせて重厚に着込んだ、黒髪の美女だった。
開けた扉から彼女のすぐ傍を通って流れて来る風は涼しく乾いて感じられるような、息を呑む優艶な美貌を持つ魔性だ。
書店主娘「いらっしゃいませ。狐女将さん」
狐女将「うむ。……久しいのぅ。済まぬが、冷やしコーヒーを一杯いただこうかの」
書店主娘「はい。……お好きな席へどうぞ」
と、声をかけるまでもなく狐女将は窓辺のテーブル席へ座り、小脇に抱えて入ってきた書物を卓上へ下ろす。
数分して、氷を浮かべたグラスになみなみと注がれたコーヒー、ミルクと砂糖の小瓶を手に書店主娘がやってきて、卓上の書物を見つめた。
書店主娘「お待たせいたしました。あれ、その……本、って?」
狐女将「人間界へ少し立ち寄っての。手土産じゃ、そなたへのな。店に出すも良いし、そなたが読むも構わん」
書店主の、起きてからずっと濁り憂鬱だった眼が輝きを放つ。
手土産、と称した書物はどれも真新しい装丁で、聞いた事のない――――おそらくは人界で最近出版されたものに違いなかったからだ。
509 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:13:37.69 ID:+0CLZbpp0
書店主娘「い、いいんですか!?」
狐女将「良い良い。……それにしてものぅ。千年前とは大違いじゃったな。今はもう、“世界を甲羅に載せて歩く亀がいる”など信じてはおらんようじゃ」
書店主娘「……あの、千年前にはいたんですか?それは……流石に……」
狐女将「ふむ、流石に信じていた者はおらなんだか」
書店主娘「見せていただいても良いですか?……伝記が多いですね。“飛行船開発秘話”。……人間界には、空を飛べる船があるんですか?」
狐女将「そのようじゃな。流石に見る事は叶わんかったが、いずれ乗ってもみたいもの。まぁ、妾も此度はただ降りただけじゃ。
本どもは、そこを偶然通った商人から買い受けたのじゃ」
書店主娘「す、姿を見られちゃったんですか!?」
狐女将「かどわかす気分でも無かったでな。それに、あのような腹の突き出た……。
妾はもっと、こう……嗅ぐだけで満ち足りる可愛げのある童が良いわ。
……でなくば骨身が軋むほどに抱かれ、厭らしく哭かされ、狂い合うてみたいものじゃ」
書店主娘「……聞こえません。何も聞きませんでした。……それにしても真新しい本ばっかり……本当によろしいのでしょうか?」
狐女将「構わん、妾はもう読んだしの。……それに、巷に書物が溢れるも道理。人の世は、またしても“魔王”との戦を制した。
兵どもの物語はこれより増え、語り継がれるであろうよ」
510 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:14:03.85 ID:+0CLZbpp0
――――――コーヒーを飲み終えると、狐女将は雨のちらつかぬ内にと、さっさと出てしまった。
飲み干すまでの間に語ったのは、いくつかのこの国の近況。
とりわけ、今は――――話半分に聞いていた流言についてだ。
曰く、“王”は幼い男の子の姿へ変わってしまい、今もって、戻る手立てを探していると。
そんな荒唐無稽を確かめるためだけに城へ向かってみよう、とも思えないのが彼女の奥ゆかしさだった。
だが、それより今は――――厚みを増した灰色の雲にも目もくれず、没頭するものがあった。
記された人々の物語を読むごとに、瑞々しい感動が胸中に押し寄せてくるのを彼女は味わう。
文章の一節一節を味わい、噛み締め、そこに綴られた物語は、人間界の近況に他ならない。
読み進むごとに、没頭すればするほどに、知らず知らずの眠気は彼女を蝕んでいた。
こくん、こくん、と首が傾き、瞼はとろとろと重くなる。
しかし、まだ――――読んでいたい。
そう思っても、彼女は読んだはずの文章へ何度も、何度も、目を滑らせてしまった。
意識を取り戻す、文字を追う、眠気に落ちる。
その繰り返しを続けるうちに、だんだんと傾く首は深くなる。
微睡みはやがて、沼のように深くなり――――彼女を眠り姫へ変えるのに、そう長くはかからなかった。
入り口に面したカウンターで、しとしとと降るささやかな雨の音に耳を傾けてしまっていたのも拍車をかけた。
机に突っ伏すように切れ長の目を閉じて、細い寝息を立て、心地良い午睡へ彼女は落ちた。
511 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:14:30.51 ID:+0CLZbpp0
*****
書店主娘「っ……い、け……ない……寝ちゃった……みたい……」
どれだけ眠ったか分からぬ頃――――扉が開かれ、鈴の音と足音で目を覚ます。
眠気で重い身体を起こしても、そこには誰の姿もない。
確かに扉の開く音が聴こえたはずなのに、誰もなく――――しかし、扉近くの床は濡れていた。
書店主娘「え……?どなたか……いらっしゃってるんですか?」
濡れた足跡は、確かにある。
だがカウンターから店内を見渡しても、そこには人影がない。
奥の書架にまでは濡れた足跡は続いておらず――――彼女の表情に緊張が走る。
書店主娘「ど、どなたか!?いるんですか?」
ごん、ごん、と――――ふと正面、カウンターの向かいから確かに足音が二つ響く。
だがそこには誰もいない。
書店主娘「ひっ……」
がたん、と音を立てて立ち上がると――――今まで見えなかったカウンターの対面、死角になっていた場所に何者かの姿を見つける。
見えたのは、かすかに濡れた髪と、背負う小剣。
勇者「待ってくれ。……俺だ。驚かせてごめん。落ち着いてくれ」
512 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:14:56.84 ID:+0CLZbpp0
*****
書店主娘「まさか……本当、だったんですか?陛下が……」
勇者「ああ、見ての通り。……何が起こったんだか」
書店主娘「……正直に申しますと、単なる悪い噂かと……ごめんなさい」
勇者「いや、一夜明けたら子供になってたなんて、すんなり信じられないだろ。気にしなくていい。それより……なにか……」
書店主娘「あ、はい。何か、暖かいものでも……」
勇者「頼む、それと……この身体だと、あまり苦いものは受け付けないみたいだ」
小雨に降られて頭を濡らした少年は、この国の王と名乗った。
市井を賑わす噂の通り、彼は本当に――――何らかの要因で、子供の姿に変わってしまったのだ。
腰に穿いて歩けたはずの小剣は、背追わねば持ち歩けない。
森の賢人達から贈られた襤褸切れのように変わり果てた外套は、まるで旅をして今ここへ迷い込んだような雰囲気を醸し出していた。
そんな彼を迎え、濡れた髪を拭うための布巾を差し出し、書店主娘は暖かい飲み物を供しようと、席を外した。
513 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:16:01.06 ID:+0CLZbpp0
二人目、そして意外すぎた来客者のために入れたホットチョコレートを手に戻ると
その少年は一人目の来客者が置いていった書物の一冊を手に取り、ぱらぱらと頁をめくっていた。
序文程度しかまだ記されていないはずの頁を、さぞ嬉しそうに、懐かしむように。
――――誰かと、再会したかのように。
書店主娘(……ああ。そういえば……そう、なのでした。この方は……)
そこに綴られているのは、もと在った世界の物語。
救った世界で何が行われていたのか。
ともに世界を生きた人々の物語と、“その後”が綴られているに違いないのだ。
書店主娘「……どなたか、ご存知の方がお書きになった本でしたか?」
勇者「あ……っと、すまない。つい――――いや、直接は知らない人だ。だけど、まぁ。……この本に書かれてる、“飛行船”には乗った事がある」
書店主娘「えっ……!ど、どんな乗り心地でした……!?」
勇者「いや、といっても……空の旅をゆっくりと楽しめた訳じゃなかった。でも、……”この世界に生まれてよかった”、と思ったよ」
そう言うと、勇者は一度本を置き、卓上に遠ざけてからホットチョコレートのカップを取り、冷ましながらゆっくりと口をつけた。
514 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:16:39.96 ID:+0CLZbpp0
――――不思議な事に、書店主娘に幾度か彼と会った時の緊張感はなかった。
姿が少年だから、気張らずに済むという事もあるが――――何より、共通の話題が今はある。
勇者「……いきなり来て、すまない。ただ……少し、気分を変えたかった。酒場にはしばらく行けないし、
淫具店なんかもっと行けない。落ち着けそうな場所がここしか思い付かなくて……」
書店主娘「いえ、光栄です。……大したおもてなしもできませんが、ごゆるりとなさってください。雨もまだ、もう少し続きそうですから……」
勇者「すまない。それで……この本は?」
書店主娘「はい。そちらは、狐女将様から譲っていただきました。……陛下、如何なさいました?」
勇者「い、いや……別に、うん。……懐かしいな、本当に懐かしい。そうか。……きっと、みんな元気なのか」
不倒の拳豪の生涯を綴った伝記、飛行船開発に苦心したある夫妻の幼年期からの手記、いくつもの民話と噂話をまとめ上げたものまである。
中には、牢獄で出会った不敵な怪盗との壁越しの語らいを面白おかしく詩にしたものまで。
それは、きっと――――彼にとっては、己がその世界で送った生涯の、後日談だったのだ。
515 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:17:38.46 ID:+0CLZbpp0
書店主娘「陛下。お訊ねしても良いでしょうか。少し、考え込んでいた事がありまして……」
勇者「……構わないけど、期待に応えられるかは分からないよ」
書店主娘「ありがとうございます。それでは――――」
小雨の粒が窓を弱く叩く音の合間を縫い、書店主娘は、他愛もない質問を口にした。
書店主娘「陛下。……人間界では確か、かつて世界は一枚のテーブルの上に広がると考えられていたのですよね」
勇者「ああ……俺の生まれるずっと前だ。今はもう、世界は丸いとみんな知ってる。……端っこまで行っても、海から世界の外へ落ちる事はないさ」
書店主娘「……その時代、“星”とは何だと思われていたのでしょう」
勇者「星?」
書店主娘「夜空に輝く星々は、いったい何の光と思われていたのでしょう。……自分達の住む世界も数多の星々のひとつだと知らなかった頃。
……その星々にも世界が広がっていると、知らなかった頃です」
516 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:18:31.37 ID:+0CLZbpp0
勇者「……それは、寂しいな」
書店主娘「……暗い空に描いた星座は、せめてその寂しさを埋めようとした戯れだったのかもしれません」
勇者「としたら、星々を結んだ人達はきっと優しかったのかもしれない」
俯き、疑問を口にしていた書店主娘は、その意外な言葉へ顔を上げた。
勇者「……星座を考えた人達は、空の星が、ひとりぼっちで光っているように見えた。だから、近くの星と繋ぎ合わせて――――獣、鳥、道具、乗り物、
そして神話の怪物や英雄の姿にしてあげたんだ。……自分達の今いる世界も、“星”のひとつだと知らなくても。
それでもひとりぼっちで光っていた星ひとつひとつを、放っておけなかったんだ」
その答えは、きっと――――彼だけが、持てた答え。
闇に飲み込まれて行く世界で、それでも照らそうとする綺羅星のような者達との出会いがあったからだ。
出会い、ともに戦えた者。
出会えずとも、その戦いを知る事ができた者。
その輝きの軌跡を辿り、旅路へとした、彼だからだ。
517 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:18:59.49 ID:+0CLZbpp0
勇者「……答えには、多分なってないか」
書店主娘「いえ、……素敵なお答えをいただき、ありがとうございます」
勇者「なら、良かった。さて……。まだ少し雨が続きそうだ。……そうだ、せっかくだから……本の読み聞かせでもしてくれるかな」
書店主娘「え?……読み聞かせ……でしょうか?」
勇者「頼む、できればこの国の童話、おとぎ話か何かを。……念のため言うけど、その、普通の……“人間の子供”に聞かせられるようなのを」
書店主娘「かしこまりました、私で良ければ、僭越ですが……。では、おとぎ話の本を持ってまいります。……確か……あそこに……」
――――小雨の降る、淫魔の営む小さな古書店の一角。
――――おとぎ話を詠う声は、眠気を誘うように淑やかに続けられる。
――――やがて、静かな寝息を立て始めたその少年の表情は。
――――かつて、本当に“子供”だった時のように、穏やかだった。
完
518 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:22:26.68 ID:+0CLZbpp0
今回のスレへの投下は、これで終了といたします。
二ヶ月間にわたりお付き合いいただき、ありがとうございました。
日曜〜火曜を目安にHTML化依頼を出す事とさせていただきます。
それまで一日一度は参りますのでご質問、ご要望などございましたらどうぞお願いいたします
ひとまず、今夜はここまでとします
ありがとうございました
519 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 01:23:48.70 ID:eEV4B2l50
お疲れさまでした!!
今作もめっちゃ楽しかったです!
520 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/13(金) 01:24:08.90 ID:+0CLZbpp0
それと、今回貼り忘れてしまいましたがこちらが私のtwitterとなります
https://twitter.com/inmayusha
521 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 01:30:39.66 ID:ZD7UL/cd0
2ヶ月間、乙でした!
以前、感想に書いた書店主娘とのティータイムが実現して嬉しい
物語の最初のほうの風呂場で、サキュBの甘えに埋もれたい人生だった…
522 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 01:45:12.36 ID:oZsAp0Du0
乙でした
勇者以前のお話たちが出るとまた読みたくなるなぁ
523 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 03:24:25.51 ID:ImW/QSzUo
サキュA今回は濡れ場なかったなぁ
ドSな部分も好きだけどドMなぶぶんもすきよ
524 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 05:20:25.34 ID:CpwT8uUFO
勇者「としたら、星々を結んだ人達はきっと優しかったのかもしれない」
ここにすごい感銘を受けた。何かの詩みたいに綺麗で美しいなぁって。
今回も最高に面白かったです。お疲れ様でした。
525 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 05:21:48.39 ID:CpwT8uUFO
主おつ!!!今回も最高に面白かったよー!!!!!!!!!
ツイッターに載せてる小話もすごい好きだからそっちも楽しみにしてるよ〜
526 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2018/07/13(金) 06:46:44.35 ID:XckHqmv00
本当に乙
AのドMも見たいものだ
527 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2018/07/13(金) 06:51:12.13 ID:XckHqmv00
おつです!
AのドMも見たい……
528 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 08:07:51.50 ID:xWK4dLWuo
A超人気だな、自分もA推しだけど
529 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 13:00:12.95 ID:cZN/uJFUo
乙!!
530 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2018/07/14(土) 01:56:14.75 ID:FphsQJbH0
乙
読みやすくエロく相変わらずで良かったです。
個人的にはポチの出番も読みたい。
531 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/14(土) 03:02:08.32 ID:g351QgRt0
一夜明けてこんばんは
今回、サキュバスAは出番はあっても濡れ場無かったのは今さらちょっと惜しいけれど、タイミングがなかなか掴めず……。
色々、書いてみたいエピソードは割とバラバラとあるんですよ
・サキュバスC、昔の人間界で従順な虜を増やそうとしてみるが何故か舎弟ばかり増えて苦悩する
・サキュバスAに首絞めックスを求められて本気で引く勇者
等
どこかで場所をつくって、二週に一度とか定期的に盛り込みづらかった短いエピソードを落としてみるとか漠然と考えてはいるかな
死ぬほど今さらだけど、一年に一度のスレ立てしかない、ってのはいくらなんでももどかしいかなとも
532 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/14(土) 03:05:47.78 ID:XAN88sQIo
スレ立てだけしといて、それこそこのスレでもいいけど気紛れに書きたいときに自由にかけばよろしいのではないでしょうか
誰に決められたわけでもありませんから
533 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/14(土) 03:47:11.70 ID:HBmWPN4/0
今はTwitterもあるし、そういうので告知とかしてもらえれば飛んでくるヨ
個人的に、無理に投下するよりは美味しい仕上がりの料理を美味しく頂きたい(?)感じはする
それはそうと、サキュCのエピソード案が見出しだけで面白そう
534 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/14(土) 05:04:20.99 ID:X5YQrLp0o
スケバンか
535 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/15(日) 08:36:40.82 ID:utO4iyxwo
乙
ワルキューレの本番は何時になるのやら
勇者と堕女神のあにロリも見たかったのぉ…
536 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/16(月) 00:43:55.87 ID:uMujHoQN0
たった今、HTML化の依頼を出して参りました
重ね重ね、今回もお付き合いいただきありがとうございます
>>532
それも考えたけれど……メドもないまま皆さまを待たせるのも心苦しい故
>>533
>>534
ぱらぱらと浮かぶシチュエーションはあれど、約十万字使う1スレ分には中々届かず難しくて
多分Cのはそのうち書く……と思います
>>535
ロリ堕女神と、ってのをやるにも
体格差以外は結局普段と何も変わらないのでは、と思って……申し訳ない
それでは、また次回
というか多分、割と早くに次のアクションを何か取ると思いますのでしばしお時間をいただきます
今回もありがとうございました
537 :
◆1UOAiS.xYWtC
[saga]:2018/07/16(月) 00:45:05.12 ID:uMujHoQN0
ああ、そうだ
たまにはTwitterででもケツを叩いてくれるとちょっと嬉しいかな
538 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
:2018/07/16(月) 05:42:29.81 ID:HruwcurDO
Aのケツ叩きがなんだって?
539 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/16(月) 20:04:01.58 ID:ZnJKHUNIo
ケツ叩かれて悦ぶマゾAときいて
540 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage]:2018/07/23(月) 18:52:41.86 ID:ytPfZIkQO
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