偽ミステリ『リルぷりっ』最終回記念<>saga <>2011/04/09(土) 02:39:32.45 ID:bjkclqc70<>・クロスSS
・元ネタは明言しません。気になった方に調べてもらえれば本望。
・レイラが主人公となっており、かなりの補正とオリジナル設定が加えられています。
では。
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「もしかしたら36525枚じゃないかもしれない」
おとぎの国の女王さまが、新しい衣装カードをくれた。彼女たちの周囲に浮かび上がる、三次元的配列のそれを見て、魔ペットのドラゴン、リョクが言った言葉。
『一日一枚着ても、百年はもつぜ』
『それだと、単純計算で36525枚だね。たったの33.2キュービックで足りちゃうよ。もっとあると思うな』
「一日一枚、百年でそう計算したけど、よく考えたらわたしたち三人組だから、109575枚なのかも」
ちなみにそれだと48枚キュービックだね。そう言って、少女ははあどけなく笑った。
彼女の魔ペットであるヤマネは、何か難しそうな話をしてるですぅ、以上の感想もなさそうにビスケットをほおばっている。
「ダイちゃん、ちょっと食べすぎだよ」
「ああぅ、ひめさま殺生なぁ」
ビスケットをつまみあげ、何か憂うような視線を机に向ける。
そこに置かれた控えめながらも趣味のいい封筒には、流麗な筆跡で『高城レイラ様』と書かれていた。
『招待状 真賀田四季』<>レイラ「さようなら、真賀田博士」
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/04/09(土) 02:41:05.76 ID:BvaBFfU/o<>
∩ ∩
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/ 一 ー \
/ (・) (・) |
| ○ |
\__ ─ __ノ
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 02:44:39.86 ID:bjkclqc70<>
「ちょっと教授! 真賀田博士からの招待状なんていつもらったの!? ていうかこんなところにほったらかしにして!」
ツタの蔓延る――室内にまで蔓延る洋館。中学生の女の子が、黒い背広をまとってソファに転がる大きなゴキブリに興奮気味に喋りかける。
「大丈夫だよ、どこにあるかはわかってるんだから。亜衣ちゃん、もとの場所に戻しておいてね」
「え、行くの? 教授のことだから、真賀田博士は知ってると思うけど……」
困惑気味に問いかける亜衣。『すごいごちそうがありますとか書いてあるの?』とでも言いたげだ。
しかし彼――『名探偵』夢水清志郎は、黒いサングラスの向こうで目を眇めた。
「彼女は……今も赤い夢の中にいる人だからね」
助けたいと思っているのか――うらやましいと思っているのか。
亜衣には、彼が何を考えているのか、わからなかった。
『皆様を、私のパーティにご招待します』
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 02:48:39.84 ID:bjkclqc70<>
「こねこ?」
金髪のコウモリヘアーが、かわいく傾げられる。
「そう。神浜港で、こねこが集まってるの。みーみー鳴いてて、どうしたんだろうって」
「なんでわたしに言うの?」
予想だにしていなかったことを聞かれたのだろう、猫の髪飾りまで驚いたように揺れる。
「え? いや、うーん、カノンちゃんと話したかっただけなんだけど」
「バカ」
「ひどい」
「真賀田博士から? すごいじゃないか、ママ」
「ええ、ご家族も一緒にどうぞですって。タモツ教諭にも来てるわよ、招待状」
「それは光栄だなあ」
「ドクトル、あなたにも来てますよ」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 02:53:40.45 ID:bjkclqc70<>
「先生、話したいことって何ですか?」
今日の彼女は、紫色のコーディネートだった。ヒールから口紅、いつもに比べると控えめなピアスまで。
対する彼は、いつもと同じ、ジーンズにシャツ。ぼさぼさの髪型まで。実は毎朝きちんとセットしているんじゃないか、
そう思って、鏡の前で真剣に髪を乱す犀川を想像した萌絵は吹き出しそうになった。
こんな風に益体もないことを考えるのは、自分が緊張しているからだろうか、と思う。
「楽しそうだね」
「わかりますか?」
「これが届いたんだ」
言って、デニーズのテーブルににすいと置く。指先の動きが少し優しすぎるように見えたのは、彼女がすぐに差出人の名前を読み取ったからだろうと自己分析する。
「まあ、真賀田博士から。それが今日の御用ですね」
「そうなんだけど……君何か怒ってる?」
「いえ、全然。そう見えますか」
犀川は軽く息をついた。ため息をつきたいのは私の方だ、と思う。
だが、何を期待していたのだろう、とも同時に思うのだ。
「でも、どうして私に? ……先生は、私に博士と会っていたことを仰らなかったのに」
「言わなかったわけでは、ないんだけど……」
困ったように頭を掻いて、煙草に火をつける。指と目線で促されて、萌絵は招待状を手に取った。
「それ、君宛にも来てるんだ」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:01:29.98 ID:bjkclqc70<>
某所、国立研究所の寮。
「沙羅、何か届いてるわ」
「……招待状? 真賀田博士から……」
「知ってる人?」
「この世界にいて、あらゆるジャンルの人間に彼女を知らない人は、いないでしょうね。
一度、真賀田研究所へ行ったことがあるわ。だけどそのときは、博士には会えなかった……」
言いながら、青髪をさらりと流してデスクにペーパーナイフを探る。
彼女の信条を表すようなシンプルなそれは、引き出しの中から見つかった。
沙羅のジュエルペット、サフィーは心配そうな目をパートナーへ向ける。
「パーティなんて、沙羅、大丈夫?」
「何が?」
そう言いながら、彼女は不安に揺れる瞳を、虚空へ向けた。
「あかり……」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:05:34.69 ID:bjkclqc70<>
レイラが取りだした封筒を見て、青いインコが首をひねって言う。
「マガタシキはかせ……ですぞ?」
「すごーい、パーティーの招待状なんて初めて見るよ」
「ブ、ブロッコリー」
「何言ってんの、リョク」
「それでね、お父さんもお母さんもその日は海外にいて、どうしても来られないんだけど、ひとりだけでパーティーに行くのって無理だと思うの。
わたし子供だし。人の多い所って、あんまり得意じゃないし……」
「んー、でもその日もお店あるし……」
「おじいさまたちに聞いてみようか」
「りんごちゃん、名月ちゃん、いっしょに来てくれない?」
「えっ、いいの? 行く行くわたし行きたーい!」
期待していたのだろう、りんごはくりくりした瞳を輝かせて諸手を挙げた。
「名月ちゃん、お願い」
「でも、そんなのはかせに迷惑じゃない?」
「んーとね、多分博士はそのつもりなんだと思うの。わたしのこと知ってるはずだし、ほら」
そう示して見せた招待状には、コンピュータ出力であろう丁寧な文面の下に、封筒のものと同じ筆跡でレイラへの文句がしたためられていた。
『どうぞ、お友達とお越しください。あなたに最適な環境を用意することが、私の目的でもあるのです』
「知ってるはず? レイちゃん会ったことあるの?」
「そりゃ、なかったら招待状なんて来ないんじゃない?」
「最適な環境って何なんだ?」
ブロッコリーになりきっていた緑色のドラゴンがふと呟いたが、それに答えることができるものはこの場にいなかった。
「もし都合がつかないようなら、俺が保護者としてついていくよ」
「クリス!」
窓枠に立っていたのは、魔法の時計を持ったウサギ。突然現れるのも、何故か事情を把握しているのも、少女たちにはいつものことで、驚くことはない。
「プリンセスたちを守るのも、俺の使命だからな」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:10:09.86 ID:bjkclqc70<>
名月の祖父たちは、その日は新しい着物のお披露目会があるので保護者として行けそうになかったが、孫やその友人が子供だけでパーティに参加するのを是としなかった。
りんごの両親も、店を閉めてついていこう、という。りんごや、名月、それ以上にレイラにとってありがたくも心苦しい申し入れだ。
そこでクリスがWishの姿で登場し、自分が責任を持って、そう、アイドルWishとしてではなく、本名、クリスとして(もちろんおとぎの国の王子として、なんて電波は撒かなかったが)
彼女らを無事に連れて帰ると約束した。それで全員の保護者からの許可が下りたのには、しかし人気アイドルとしての彼の社会的地位も多分に関係している。
身元の知れないイケメンが突然現れて、小学生の娘たちを『責任持ってパーティへ連れていく』などと言い出してはそれこそ警察沙汰である。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:15:14.62 ID:bjkclqc70<>
「えぇっ、船上パーティに、わたしが!?」
「すごーい、ステキステキ! あかりちゃん、どんな服着ていく?」
ジュエルランド。突拍子もない提案に動揺するあかりと、テンションのあがるウサギのルビー。
「無理無理、そんな、沙羅をエスコートなんてわたしには無理だよぉ……」
しかし、沙羅もサフィーも真剣だった。
「あかりは、そこにいてくれるだけでいい……。あかりがいるだけで、わたしは頑張れるから」
「お願いあかり。ちょっと前の沙羅だったら、いくら憧れていた博士からの招待状でも、怖くて行けなかったと思うの。
だから……」
言葉に詰まる。サフィーにとってみれば、自分の存在意義を否定するにも等しいことだからだ。
しかし、彼女が、数字や数式だけでなく――彼女がそれに没頭するのは、しばしば不健康な方向、
恐怖からの逃避としてであることを、サフィーは知っていた――彼女にレアレア(人間)の友達を持ってほしいというのは、
サフィーの願いでもある。だからこそ、ジュエルペットとして、あかりにこうして頼んでいる。
「あかり、お願い」
「お願いあかり」
「あかりちゃん……」
「ラブ……」
しばらくあかりはおろおろしていたが、やがて一度大きく瞬いて、意を決した風に沙羅へ向き直った。
横目でうかがっていたレオンとディアンは、何も言わず唇を少しだけ歪めて笑う。しかし、ディアンは逆を向いて、隣に座る小さな女の子に声をかけた。
「どうしたんだ、ミリア?」
「ううん、なんでもないわ。でもちょっと、面白いことになりそうね」
ミリアのジュエルペット、サンゴが、小さくにゃーん、と鳴いた。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:20:11.94 ID:bjkclqc70<>
「こ、これは……思ったよりも多いわね」
ひきつった半端な笑顔を浮かべるカノン。
「でしょ? もうこれは神浜キルミンズの出番だよね」
「もう……それならあなたたちで勝手にやってればいいじゃないの」
みーみーと鳴く、こねこ。
数十匹はいるだろうか、港に群れるにしてもこねこばかりこの数というのは不自然だ。
「まあまあそう言わないで……リームー! ケーン! タマオくーん! こっちこっちー!」
「リコ、はやーい……置いていかないでよー」
「ポチ姉は?」
「そう、あのね、なんかパパに呼ばれたんだって。わたしたちも早く帰ってきなさいって」
「えー、んー、じゃあ、しょうがないかぁ。カノンちゃん、また今度ね」
「ねえケンくん、また誘ってね」
「お、おぅ」
「ひどい」
「リコ」
小さな声で、そっぽを向いたままカノンは言う。
「またね」
「……うん、ばいばい」
「ママ?」
「お帰り二人とも」
「どうしたのその荷物……また出張? パパまで」
「あなたたちも準備してちょうだい。パーティにいくから」
「パーティ?」
双子の可憐な声が、揃って疑問を発した。
「そう。何日か、泊まりでね」
喜ぼうかどうしようか、突然すぎて困惑するしかなかった。もう少し説明してくれたっていいじゃないか、と思うのだ。
だから、双子はドクトル――パイプをくわえた眼鏡のカメ――の荷物を、姉が用意しているのに気付かなかった。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:24:50.62 ID:bjkclqc70<>
「本当に伊藤さんは来られないの?」
「ごめんなー、亜衣ちゃん、どうしてもセ・シーマの他の仕事で、都合があわへんかってん。
夢水センセには、メールと電話で連絡取ってくれるようお願いしておいたから……。
ま、招待状も来てへんことやし。無理に参加することもないやろ。相手方に迷惑かけたらあかんしな」
「ほら、聞いたレーチ。これが大人の対応ってやつよ」
亜衣のドレスをじろじろ見ていた長髪の少年は、突然話を振られて硬直した。赤くなった顔をごまかすように頬を掻き、よそを向いて嘯く。
「先生に招待状が来たんだろ? だったら探偵助手のこの俺も招待されたと考えるのが論理的思考ってやつさ」
「だったらタイぐらいちゃんとしなさいよ、もう……」
「ば、やめろ! 触るな! わかった、わかった自分でできるっつーの!」
「はいはい、もう、ごちそうさまよね」
美衣は車酔いでダウン、いつもならふたりで亜衣とレーチをからかうのだが、真衣ひとりでは少々食あたり気味だった。
「ほななー」
「伊藤さんありがとー」
あの車には何か名前があった気がするが、どうもその分の記憶はこれまでのドライブで振り落とされてしまったらしい。
ぴかぴかのワゴンはすさまじいスピードで埠頭を去って行った。
ひょろ長い体にいつもの黒ずくめの恰好をした教授と、彼を見習ったのであろう少し丈の長いタキシードの背の低い少年は
見送りもそこそこに、係留されている巨大な客船へ向かって歩いていく。
今回、教授は美衣に止められるまでもなく、何故か『パーチー』にいつも着て行く怪獣の着ぐるみを用意していなかった。
「どうして?」と尋ねると、彼はまた、底の知れない風に軽く微笑んで、「今回の目的は、パーティじゃないよ」と答えるのだ。
「真賀田博士に会いに行くことだからね」
「夢水清志郎様ですね。他に、助手の方が一名と、お連れの方が三名……でよろしいですか?」
「保護者です」
亜衣は緊張でそれどころではないうえに、完璧な接客をする豪華客船のスタッフというシチュエーションで自らを保護者と名乗れるほど豪胆ではなかったのだが、
常からしつけ係を自任する美衣は、むしろ誇らしげにそうお姉さんに言ってのけた。
大物なのか何なのか、よくわからない。レーチは助手として認められ、夢水も特に否定しようとしなかったので有頂天になっている。
お姉さんは表情一つ変えることなく、むしろ美衣を無視しているのではないかというほどの鮮やかさで「どうぞ」と一行を促した。
「間もなく、本船は花咲町へ向けて出港いたします」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:29:21.08 ID:bjkclqc70<>
「わたしたちが最初の……えーと、お客? みたいね」
ふらふらしながら美衣が言う。
船体は特に飾り立てられていなかった。外から見る限りではパーティの会場とは予想もできない。しかし、ひとたびキャビンに入るとその装いは一変する。
円筒形をしたテーブルが広いホールを囲むように、一見無秩序に並べられ、その上には豪勢な料理がゆとりを持ってきらびやかに盛り付けられている。
毛足の長い絨毯の敷き詰められたフロアの中央は、ごく自然に、テーブルが違和感を与えることなくその密度を減らし、ダンス・ホールの様相を呈している。
さりげなく壁に掛けられた絵画の数々や、場を乱さない完璧な調和で並べられた生花。
ステージに置かれたグランドピアノとオーケストラのセットは、これからの演出を想像するに余りあった。
そしてこれが船上パーティだということを鑑みると、最も驚くべきは高い天井において光を放つそれにあった。
「シャンデリア……ほんものだー!」
かつて教授が言っていたことを思い出す。船の上では、落下する危険のある大きな照明器具は使わない。
「ねえ、教授。あれ落ちてきたりしないの?」
「はん。亜衣、見ろよ。あれ、吊り下げられてないだろ」
「何よ。どーゆーこと」
「つまりあれは、据え付けのシャンデリアなんだ。天井に埋め込まれてるから、落ちてくるはずがない」
つまり、この会場のテーマを統一するために大規模な改装を行ったということ。
「ていうか、あれ? 教授は?」
「あっち」
バーのようになっているコーナーで、カウンターのお姉さんに何か聞いている背広の男。
信じがたいことに、様になっていた。
しかしその雰囲気はすぐに霧消し、彼はこちらに戻ってくる途中、背広の内ポケットから何かを取り出す。
お気に入りの、持参の、箸。
「ちょっと教授! 今回の目的はパーティじゃないんじゃなかったの!?」
「博士はまだ、姿を見せないそうだよ。そしてここには一級の料理の数々。亜衣ちゃんは僕に、彼らの呼び声を聞き流せというのかい? それこそ――料理に対して失礼じゃないか」
彼が人間の言葉を解したのは、これが最後だった。
箸を構え、きちんと両手を合わせて、あいさつ――「いただきます」
そして男は、野獣になった。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:34:37.25 ID:bjkclqc70<>
その日、レイラたちは最寄りの港へタクシーで向かった。既に一隻、ばかばかしいほど大きな客船が停泊しており、漁業関係者の視線を集めている。
大きな橋の上から写真を撮っている人影も見えた。
船に注目している人たちから見えないよう、人間形態で長くいるためにぬいぐるみとしてりんごに抱かれていたクリスは物陰でWishに変身する。
「ごめんね、わざわざありがとう、ウィッシュ」
「しばらくは、この姿でも俺はクリスだ。プリンセスレイラ、何も心配することはない。君には俺も、二人のプリンセスもいる」
「えへへ。なんだかややこしいね。レイちゃん、招待状持ってきた?」
「え?」
聞かなくてもいいようなことをりんごが尋ね、本気で失念していた風にレイラが応える。
「こんなこともあろうかと、ボクがしっかりもってきたですぅ……あれ」
「あ、ダイちゃんの荷物に混じってたから、忘れないようにトランクに入れてきたよ。えとね」
ある意味で魔ペットの功労とも言える。彼女は最早小さなクロゼットのようなトランクをひっくり返し、招待状を掲げ上げた。
「あった!」
「高城レイラ様ですね。他に、保護者の方が一名と、お連れの方が二名……でよろしいですか?」
「はい」
「どうぞ。本船は間もなく、那古野へ向けて出港いたします」
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:39:47.27 ID:bjkclqc70<>
「すっっ……ごーい!」
りんごが歓声を上げる。華やかながらごてごてしさのない、瀟洒な内装。吹き抜けのフロアを二階テラスがぐるりと囲み、そこここに甲板への扉が開いている。
潮風が吹きこんでくるなか、情報の少ない――そこには文字も記号も、いくらかの抽象絵画の他には存在しなかった――会場。
それが贅沢なものであることが、芸能界にいるクリスには理解できる。
誰かを称えたり、何かを発表したり、そういった目的によるパーティではない。
りんごはパーティに参加する、と親に相談したのだが、ドレスは、母親のものを仕立て直すにも、新しく購入するにもいかんせん時間が足りなかったため、
父親の友人が経営する貸衣装店から格安で何着か借りてきた。主力商品であるアップルパイを中心に詰め、手土産としてりんごもいっしょに挨拶に行ったのは先週のこと。
名月は祖父らによる手作り、なかなかにチャレンジャブルな『現代風アレンジ』の加えられた着物だ。
レイラはこういった場が苦手とは言っても、家柄もいいため、小さいころから参加する機会は多かった。
特に何かを新しく用意する必要はなかったが、それはものに限ってのこと。
こころは、そうはいかない。
「レイちゃん、だいじょうぶ?」
「平気だよ」
「でも、顔色が悪いわ」
魔ペットたちは、ぬいぐるみで通したリョク以外はケージに入って参加し、会場ではなく個室で待っている。
「……」
クリスは少し離れたところで、会場を観察している。レイラを気遣わしげに見るが、りんごと名月に任せることにしたのだろう、少し離れたテーブルへ向かう。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:43:03.99 ID:bjkclqc70<>
「ねえ、どうしたの? 気分でも悪いの?」
「ううん、パーティーが苦手なの」
レイラたちより少し年上の女の子が、心配そうに声をかけてきた。後ろの方では長髪を後ろで縛った少年が手持無沙汰にしている。
「少し休んでいたら? これから、まだ人、増えると思うし」
「だいじょうぶ、ちょっとしたら、なれるから……」
「ううん、レイちゃん、そうしよ」
「……うん」
素直に従い、レイラは壁際の椅子に腰かけた。
「あ、クリス」
「飲み物、持ってきた」
「ありがとう」
ちら、とクリスは女の子を見て、レイラの隣に小さなテーブルを運び、グラスを三つ置いた。一つ手に持って、壁にもたれるようにして立つ。
「岩崎亜衣です。教授……夢水清志郎がこのパーティに招待されて。あっちで料理食べ尽くしてますけど」
「クリスです」
「雪森りんごです。こっちは高城レイラちゃん」
「笹原名月です」
「亜衣、余計なこと聞くなよ」
「これ、レーチです」
「麗一だ」
「余計なことってなによ」
「お前今、誰が招待されたのか聞こうとしたろ」
「ごめんなさい、招待されたのはわたしです。よろしくおねがいします、亜衣さん、麗一さん」
亜衣は少し驚いた表情で、レーチは無表情だった。少女たちの誰かが招待客だと、予想していたのだろう。
だとすれば、わざわざパーティが苦手な友達を連れてくることもないはず。ある程度、レイラがそうだと導ける。
天才・真賀田四季に招待されるような少女が、パーティが苦手。
少なからず他人よりも、抜きんでて秀でたところを持つだろう少女。まだ会場には二組しかいないのに、パーティという空気だけでここまでつらそうなのだから。
これまでの人生、自分がその能力を有することで、かなり苦痛を覚えてきただろう――そう、計算できる。
それは決して理解には至らないものだが、彼なりの気遣いとも言えた。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:47:10.83 ID:bjkclqc70<>
「ねえ先生、私のドレスに、何か言うことがあるんじゃありません」
「白いね」
萌絵は『そんな答え、予想していましたよ』と言わんばかりに、大袈裟に肩をすくめて見せた。
彼女の執事である諏訪野が、トランクから大きな鞄を取り出してくる。
「ははぁ」
成程、と犀川は得心した。だからいつもの赤いスポーツカーではなく、クライスラーの大きなワゴンで来たわけだ。
「犀川創平様、西之園萌絵様ですね。どうぞ。本船は間もなく、神浜へ向けて出港いたします」
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 03:55:28.71 ID:bjkclqc70<>
「ヘリコプター?」
「そう、ヘリコプター。今回船は日本近海にいるらしいから、迎えに来てくれるって」
「インドから、日本海までヘリコプターだとちょっときついんじゃないかしら」
「どうかな……わたしには、真賀田博士は理解できないから」
ヘリコプターがどんなものなのか、予想できない、と言いたいらしい。
ジュエルランド経由なら、船の上にだって行けるのだが、それはあまりにも不自然だ。ありえない。少なくとも魔法に触れず暮らしている人々にとっては。
相手が迎えを寄越すと言っているのに、それを受けずに日本へ飛行機で向かうのも、何か悪い気がする。
かくして爆音とともに現れたのは、鋼鉄の翼を鉛直に向けて降下してくる影――ハリアーだった。ルビーが愕然として叫ぶ。
「VTOLじゃん! ヘリじゃないよ!」
「ラブ?」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:01:15.35 ID:bjkclqc70<>
「まあ、こねこが?」
「うん、港に集まってるの。こないだフーコ先生のとこにシュレディンガーを連れていったとき、気になってお話してみたんだけど」
「なんて?」
「うーん、なんか……待ってる? みたいだった。仲間とか……リーダーみたいな……誰かを」
「猫にリーダー? ……わかった、これから、少し早く行ってママもお話してみるわ」
「うん!」
神浜港。昨日と同じ場所に、やはり数十匹のこねこが集まって、海の方へみーみーと鳴いていた。
「はわわ……とりあえず写真とっとこ」
タモツがいるので、キルミンを使うわけにはいかない。目線を低くして、こねこたちに近づいていく。
――ねえ、お話させて。
――何を待っているの?
ハルカの青い瞳が水面のように揺らめき、彼女は薄く微笑んで動きを止めた。
ネコ科のキルミンを持つリコは、ネコ流――目を合わせず、相手に興味もない素振りで近づく会話を試みる。
キルミンを使っているうちに、精神構造が種族の垣根を越えつつある彼女たちは、思考体系までも言語に依存する頻度が低くなっていた。
ナギサが、はっ、として顔を上げる。ほぼ同時に、リコとリムもぴくんと震え、姉妹は目を見合わせた。
「女王様?」
「うーん……船の中みたい」
「ネコの王様みたいなのが見えたかも」
そのとき、周辺の船に注意を促す汽笛を上げて、大きな客船が入港してきた。
こねこたちが一斉に物陰へ飛び込むなか、ハルカと視線を合わせている一匹だけは、黒い毛並みに浮かぶ金色の瞳を動かさなかった。
――……。
ハルカが船に視線を向け、ゆるりと腕を上げて、その威容を指し示す。
黒いこねこは首を振り、ふいと向きを変えて、仲間の潜む小屋の裏へ走り去った。
去り際に、ハルカの手に尻尾を触れさせて。
「ママ、みんな」
ドクトルの乗った鞄を脇に置いて、タモツが呼ばわる。「お話は終わったかい?」
「御子神ハルカ様、御子神タモツ様、御子神ユウキ博士ですね。お連れの方が、三名……でよろしいですか?
どうぞ。間もなく本船は、日本海へ航海を開始いたします」
タラップが収容されていくなか、黒い影が船へ向かって波止場を蹴った。
遅れて、いくらかの小さな影も続く。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:04:41.51 ID:bjkclqc70<>
「真賀田博士はどうやら、まだ現れないつもりらしいね」
「また、でしょう? 博士がはじめから私たちの前にいたことなんて、ほとんどありません」
犀川はあたりを見回すと、小学生らしい女の子三人組に目を止めて、その対角線に位置するホールの端に移動して煙草に火をつける。
萌絵がグラスを二つ持ってきて、隣に腰を下ろした。
「先生、私にも一本頂けません」
「ほら、西之園君。見てごらん、あの女性」
「あの、女の子たちのところへ歩いて行く方? スタッフじゃないんですか?」
ふ、と笑って煙を吐くと、彼はそれには答えず、萌絵に煙草を差し出した。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:13:24.05 ID:bjkclqc70<>
「高城様」
制服姿の女性が、レイラの前で膝をかがめる。
「自室でお休みになりませんか。お加減がよろしくないのでしょう」
「いえ、だいじょうぶです。もうすぐ、なれますから」
女性はその答えを聞いて、目深にかぶっていた帽子を指でぐいと押し上げた。
その子供じみた所作も優雅に見せる、年齢不詳の美貌。
きらめく瞳。理知と、わずかに混じる、狂気の色を湛えた――。
その眼は、確かに、レイラの遠い記憶の中にも存在する、彼女の姿と合致する。
「真賀田……博士」
「あなたは、もう、既にこの空間を把握したはず。あと必要なのは、最適化の処理にかかる時間――。
その間、ここにいる必要はないのではありませんか?
あなたに限界を定めているのは、能力でも、年齢でもないわ」
「……恐怖」
「それを否定することは、私にはできませんけれど」
レイラは二、三度時間をかけて瞬いた。りんごも、名月も、クリスも、何も言わない。
「わかりました。ありがとう、そうします」
「まあ、嬉しい」
彼女は本当に、嬉しそうに笑った。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:13:49.65 ID:bjkclqc70<>
「すみません、夢水様」
「わぁわぁ、ごめんなさい! もう食べさせませんから」
「美衣ちゃん」
一冊の単行本に一度あるかないかの真剣な声で、夢水が制止する。
このひとこんなに最初から真面目丸出しで大丈夫なんだろうか、と、横でカタツムリをつついていた亜衣は思う。あっさりしていて、結構好みだ。レモンベースのソースがよく合う。
レーチは夢水が食い尽しているテーブルから逃れ、少し離れたところで皿に料理を積み上げながらこちらを見ている。
そして名探偵は、箸をきれいに揃えて置き、立ちあがって女性に一礼した。
「はじめまして、名探偵の夢水清志郎です」
「はじめまして。真賀田四季です。今日は、私の誘いに快く応えてくださって感謝します」
女性が帽子を取って華麗にお辞儀をすると、亜衣がむせた。
「こら、亜衣ちゃん」
「だって、教授! なんでいきなり真賀田博士が」
「ゲストのところへ挨拶に回ってくれているんだよ」
「いいよ、わかったよ、静かにしてるから」
博士とお話しててよ、と促す。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:17:41.06 ID:bjkclqc70<>
「ヒマですぅ」
「あああひめさまたちは大丈夫なのですぞ……!? セイは……セイはここで一体何を……ッ」
ごろごろするヤマネ、神経質に飛び回るインコ。
その小動物たちを、扉の影から見つめる小さな瞳。
「ねえママ、あのこねこたちが待ってたのってこの船なのかな」
「そうね……そんな風に言っていたわね」
「調べてきてもいい?」
ハルカは、少し困ったように笑って言った。
「必要ないところでキルミンを使っちゃだめよ」
「わかった! 行こう、リム! ナギサ姉!」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:24:53.92 ID:bjkclqc70<>
ばたばた、と騒がしい部屋がある。リムが聞きとったその情報から、姉妹はまずそこへ向かっていた。
「ネコですぞおおおお!」
「ぼくは美味しくないですぅぅぅぅ!」
少し開いていた扉を、バタン! と大きな音を立てて小鳥と小動物が飛び出した。それを追いかけて、一瞬で曲がり角の向こうへ消える影。
「あれ、さっきのこねこ!」
「大変、小鳥を追いかけてたわ!」
「助けなくちゃ……?」
「うん、きっと誰かのペットだよ」
「キルミンで変身しましょう」
「「「キルミン!」」」
――了解。キルミンフォーゼ・開始!
三色のパステルな光が、船の廊下に満ちた。
STAFF ONLY
固く閉ざされたその表示の前に追い詰められたセイとダイ。
こねこの瞳に踊るのは、幼いながらも本能に忠実な、ネコ科特有の喜悦の光。
そのまま前足を振り上げ――
「だめぇーーーっ!」
リムの叫びに、こねこはびくっと跳びあがった。セイ、ダイとこねことの間に、冠を載せたピンクのネコが壁を蹴って舞い降りる。
するとネコはマゼンダの光をまとい、キグルミの少女へ姿を変えた。
駆け出そうと向きを変えるこねこだったが、後ろにはイヌとウサギのキグルミ。
「聞いて、この子たちは誰かの大事なペットなの。だから狩っちゃだめ」
――にゃあ。
こねこはぴくりと耳を動かし、ひげをぴくぴくさせながらリコの方へ歩き出す。
「え、な、なに?」
こねこはSTAFF ONLY の扉に、かりかりと爪をたててもう一度鳴いた。にゃあ。
かちゃ、シリンダの回る小さな音がして、扉が開く。
現れた人物に、むしろ歓待するように抱き上げられるこねこ。
女性は、立ちあがった姉妹に優しい表情を向けた。
「逆進化推進装置――やはり完成していたのね。
あなたがたのご両親と、素敵なドクターにご挨拶させて頂けますか」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:29:35.27 ID:bjkclqc70<>
「あ、あかりちゃん! 見えたよ! あれが会場の船?」
「あれは漁船よ。あっちの船がそうだと思うわ」
青色のむくむくした犬のジュエルペット、サフィーが答える。ラブラは眠っていた。
意外にも広いハリアーの機内で、あかりと沙羅は並んで座っている。
「ねえ沙羅、わたし、どこかおかしくないかな? 何か間違えてない?」
パーツの多いドレスを着て、不安がるあかりに、沙羅は笑いかけて言う。
「すごくきれいよ、あかり」
「そんな、はずかしいよ……」
『間もなく着陸体勢に入ります。ベルトをお締めください』
コクピットから放送が入り、二人はそれぞれのパートナーを抱き寄せた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:33:48.30 ID:bjkclqc70<>
「セイちゃーん、ダイちゃん、どこー?」
「あ、ねえ、これあなたたちのペット?」
りんごたちの声を聞いて、抱いていたヤマネとインコが反応したのを見ると、リコは迷わず話しかけた。
キグルミモードの今、同じくらいであるはずの身長はりんごたちより少し低い。
「セイちゃん!」
「ダイちゃん」
それぞれ、自分のプリンセスへ飛びつく。
「ありがとう、どうして?」
「ちょっと、こねこに追いかけられていたの」
「あ、」
リムの後ろに立つ女性は、レイラにウィンクした。レイラは手を振り返し、三人は部屋へ入っていく。
「ありがとねー」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:37:36.16 ID:bjkclqc70<>
「あの方たちは、ネコに追いかけられていたわたくしたちを助けてくれたのですぞ」
「もう食べられちゃうかと思ったですぅ」
「そうだったんだー」
「あとでお礼言わなきゃね」
「でも、なんであんな恰好してたのかしら」
「あれから、ぶわわーっと光が出て、変身するんですぅ」
「それって、まさかひめチェン?」
「見間違えたんじゃないの?」
「間違いなくネコに変身していましたぞ!」
「きっとあの子たちも、何か秘密があるんだよ」
一言で片づけるレイラ。興味がないようにも聞こえるが、必要もないのに秘密をあさるのは単なる悪趣味で済ませられないと、彼女は知っていた。
「そっか……そうだね」
「わたしたちも、ひめチェン見られたら大変だもの。それでもリョクたちを助けてくれたんだし、感謝しなくちゃ」
まあ、あの子たちはセイちゃんやダイちゃんが話せるとは思ってないと思うけどね。
そう全員が思っていたが、別に誰も言わなかった。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:40:22.57 ID:bjkclqc70<>
――ママ
そうリコの声がした気がして、ハルカは振り返る。入口に、ちょこなんとしたネコのキグルミが覗いていた。
「どうしたの? わざわざ『お話』を使って呼ぶなんて」
「だって、このカッコじゃ入れないよ……あのね、この人が挨拶したいって」
女性は軽く会釈した。
「そう……わかったわ。あなたたちは、お部屋でヌグミンしていらっしゃい」
「お二人にお会いするのは、初めてですね。はじめまして、真賀田四季です。この度は私のパーティにお越しくださり、感謝します」
「御子神タモツです」
「御子神ハルカです。こちらはドクトル」
至って真面目に、カメを紹介するハルカと、それに応え、カメに握手を求める女性。
カメも、それに応えてパイプを揺らし、前足で握手をした。
「マリアンヌ博士のこと、大変残念です。
逆進化推進装置――完成されていたのですね」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:44:34.86 ID:bjkclqc70<>
「教授、亜衣、美衣! 何か来るよ!」
二階テラスの扉が、スタッフの手によって次々と閉められていく。
甲板でランニングをしていた真衣が、そこから飛び込んできて叫んだ。
夢水は食事に戻っていて、見向きもしない。
そして轟音。
「戦闘機のエンジン音がする」
「他の参加者じゃないかな」
窓へ駆け寄った萌絵が、振り返って笑う。
「わざわざ垂直離着陸機で? それって、とってもエレガントだわ」
帽子を押さえて、沙羅がステップを降りる。ラブラを抱いて降りたあかりが、差し出された手に応えて沙羅の手を取った。
エンジンを切ったハリアーは、艦載機仕様の主翼を折りたたみ、甲板の小ハッチへ収容されていく。
正面扉が開かれ、二人は二階テラスからホールへと降りていった。
「なーんーでカゴにはいんなきゃいけないの? こらー! 出ーせー!」
「ラーブ!」
「あきらめましょ、しょせんペットだもの」
サフィーは若干卑屈になっていた。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:50:45.09 ID:bjkclqc70<>
レイラが行こうと言うので、隣の部屋のクリスに声をかけてパーティ会場へ戻ることにした。
そして、彼女たちと出くわす。
「御子神リコだよ。よろしくねっ」
「御子神リムです」
「ナギサです。はじめまして」
「高城レイラです」
「雪森りんごですっ」
「笹原名月よ」
「クリスです」
「あのねクリス、この人たち、さっきセイちゃんとダイちゃんを助けてくれたの」
「そうだったのか……ありがとう」
「あ、あのね、さっきの恰好のコトなんだけど」
「うん、おっきくなってるね」
「でも、別に気にしてないよ」
「わたしたちもしょっちゅう伸び縮みしてるし」
「?」
どこか達観したように笑うリルぷりっのメンバーに対し、不思議そうなキルミンの面々。事情を知らないのだから、無理もない反応だ。
連れだって、会場へ向かう。リコ達は初めて入る大ホールに眼を白黒させていた。
「あ、さっきのお姉さんだ」
「あ、ホントだ」
「レイラが元気になったって、お礼に行きましょ」
りんごは手を振ると、二人を連れてそちらへかけていった。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 04:55:47.89 ID:bjkclqc70<>
「そう言えばママ達は?」
「まだ、さっきの人とお話してるみたい」
「そっか、じゃーこっちで待ってよ。
……もー、それにしてもこの服着るの難しすぎなんだよねー」
「そう? 普通だと思うけど」
「そりゃナギサ姉は普段着がアレだからさ、慣れてると思うけどー」
「でもかわいいよ、このお洋服。わたしもこれ、いつも着たいかも……」
ほっ、よっ、とトングを使って料理を取ろうとするリム。しかしテーブルがほぼ目線の高さなので、真ん中の方のものはなかなか届かない。
テーブルの反対側でリコに料理をよそってあげていたナギサが向かおうとすると、リムの左から伸びてきた手が優しくトングを取り上げ、カップケーキを丁寧に彼女の手元の皿へ盛り付けた。
「これ?」
「あ、はい……ありがとうございます」
おどおどと、だんだん小さくなる声でお礼を言う。
茶髪の少女は、にこ、と笑って、後ろの方で待っている青髪の女の子のところへ小走りに戻って行った。
青い髪の子は何事かを囁きかけ、ごく自然な動作で腕を絡めあう。
「リム、ぼーっとしちゃだめよ」
「はっ! つい……」
そう言いながら、視線が彼女たちの繋がれた手に注がれる。
「なんか、イイ……」
「あれ、さっきの人だ。お話終わったのかな?」
制服を優雅にはためかせ、ドクトルにもう一度会釈をすると、彼女は青髪の子をまっすぐに見つめて歩いて行った。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 05:00:23.81 ID:bjkclqc70<>
「ようこそ、沙羅さん。はじめまして」
「はじめまして、真賀田博士。お招きありがとうございます」
「いえ、そう……確か二年八ヵ月前だったかしら……研究所にお見えになったことがありましたね」
「ええ、はい。そのときは博士にお会いすることはできませんでしたけれど……。お誘いくださって、大変嬉しく思っています」
「あのあと、あなたの書いた論文を読ませてもらいました。魔法の存在を仮定して、今の科学理論をほぼ全編にわたって考察し、
新たな力学系の存在する枠組みを描き出す……。力学系、熱系、素粒子系に次ぐあくまで科学的立地に基づいた魔法の導出……大変興味深かったわ」
沙羅は少し、驚いたようだった。
「光栄です」
「ふふ、ええ、確かにあの論文は学会では歯牙にもかけられませんでしたね……」
そして、女性は悪戯が成功した子供のような、可愛い微笑みを浮かべる。 <>
寝る<>saga<>2011/04/09(土) 05:04:21.22 ID:bjkclqc70<>
「真賀田博士、すっごくきれいな人だったねー」
「わたしと、どっちがきれい?」
「え? あの、別にそういう意味で言ったんじゃないっていうか、沙羅はすごいかわいいよ」
「冗談よ。ありがと」
「うぅ、沙羅のいじわる」
「あかり、沙羅は嬉しくて、ちょっとおかしくなってるの。気にしないで」
あたまの横で前足をくるくる回してみせるサフィー。そんなジェスチャーどこで覚えた。
「そっか……真賀田博士に憧れてたんだよね」
「目標のようなものよ。憧憬とは、全く別の感情だわ」
「うーん……よくわからないかも」
沙羅は軽く笑って、その話はおしまい。と言った。
「あかり、わたし、シャワーを浴びるから。あかりもルビーたちが拗ねてるんじゃない?」
「あ、そうかも! えと、沙羅、またあとでね!」
「うん……またあとで」
にやり、と沙羅が唇をゆがめる。盛装していたときは外していた眼鏡のレンズが、きらり、瞳を隠した。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/04/09(土) 05:15:29.45 ID:qFR9qwWOo<> 乙
教授たちと犀川たちしか知らないけど期待してる <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/04/09(土) 07:21:55.32 ID:UmYklb/yo<> 乙乙
こんなところで夢水清志郎の名前を見るとは <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 15:20:52.37 ID:bjkclqc70<>
「ほら、さっきの人だ」
「えっ?」
萌絵がそちらを向いたときには既に、犀川は立ちあがっていた。
「お久しぶりです、真賀田博士」
「犀川先生。今日はどうもありがとうございます。西之園さんも、よく来てくれましたね」
――真賀田四季。
萌絵は口の中でそう呟き、グラスに残ったワインを一気にあおると、一瞬で感情を切り替えた。
もっとも、その彼女のスキルが、この女性の前では思うように使えないのは実証済みだ。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 15:41:48.23 ID:bjkclqc70<>
きぃ。
彼女は、かすかな扉の音に座っていた椅子を回転させた。
のそり、と覗く爬虫類のシルエット。
煙とともに、そこに白衣を身に付けた矍鑠とした老紳士が現れる。
「まあ、博士。わざわざ会いに来てくださったの?」
「真賀田博士、此度のこの催事、何を思ってのことですかな」
女性は笑って答えない。
「集められたのは、自分で言うのもなんだが、控えめに言っても稀代の天才ばかり。
それも、探偵まで来ているとなれば……あなたの過去の事情を知る者からしてみれば、何かしらの想起をせずにはおられません」
「あなたたちは人間です。マイクロチップではない……。
私の企てが気に入らないのであれば、乗らなければいいだけのことでしょう?
御子神博士、あなたのような人間、私は思い通りに動かせるなど、考えていませんよ」
「人間とマイクロチップ……か。あなたにとってどれだけの差異があるのかは興味をそそられるところですが……。
まあ、それはいいでしょう。そんなことを言いに来たのではないですからな。
真賀田博士、この度のお招き、まことに感謝いたします。この老いぼれ、再びあなたのご尊顔を拝する機会を得ようとは夢にも思いませんでした」
「こちらこそ、御子神博士。生物学界の異端の天才ともう一度お話しする光栄に浴することができて、大変嬉しく思います。
……そう、ひとつだけ訂正を」
老人は眉を動かした。彼女は薄く唇を笑みの形に歪め、こう続けた。
「彼、探偵ではなく――『名探偵』だそうですよ」
一瞬口をあけてぽかん、とした老紳士はやがて呵々、と大笑して、「では、私もひとつ」
「この逆進化推進装置……実は頻用するには些か難な点がございまして……。
人間体へ戻るとき、服が全て脱げてしまいますのでな」
んばっ、と白衣の胸元をさらけ出すと、わけありげにひそめていた声を突然張り上げ、
「きぃぃぃるみぃぃぃいん!」
光がおさまったとき、部屋には女性、一人。そして扉の影に、カメなりに急いで姿を隠そうとするお茶目な博士の後ろ脚。
「ふっ、はははははっ! くくく……」
しばらく、彼女は肩を震わせていた。
「そう、その通りですよ。御子神博士……。あなたのお考えの通りです。
私の理解を、超えてもらわないと困るのですから――」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 15:44:01.93 ID:bjkclqc70<>
「あら、ドクトル。お帰りなさい」
「わはー! あ、ドクトル!」
「どこ行ってたのー?」
廊下から頭にタオルを巻いて、パジャマ姿の双子が駆け込んでくる。
仲良くひとつのベッドに飛び込んで、ハルカがテーブルへ抱き上げたドクトルへ笑いかけた。
「ナギサはどうしたんだい?」
「ドライヤーかけてるよ」
「そのあとパックしてた」
「そういえばナギサ姉、パックしたままわたしたち迎えに来たよね」
「時計塔の怪人のときだね、合流したらお姉ちゃんがいたから驚いちゃった」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 15:45:49.16 ID:bjkclqc70<>
「ふいー」
全身を弛緩させ、細い手足をゆらゆらと揺らして浴槽につかるりんご。レイラは隣で、ひたすらタオルで空気を包んで遊んでいる。
ぷくぷくぷく。
「名月ちゃん、シャワーかけるよー」
「はーい」
しゃわわわわ。艶やかな黒髪と幼いハリのある肌に、シャンプーの細かな泡が伝って流れていく。
ぷるぷると頭を振って、名月も湯船へはいった。
「お部屋にお風呂も付いてるなんて、すごいよねー」
「そう言えば、ここ船の中なのよね。こんなに水使ってだいじょうぶなのかしら」
「えっ、水無くなっちゃうの?」
「ならないよー」
にへ、と笑うレイラ。
ぷくぷくぷく。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 15:49:55.24 ID:bjkclqc70<>
ネット環境も、この船には備わっていた。キャビンに備え付けられていたモバイルコンピュータから、大学のイーサネットへアクセスする。
テルネットにログインして、自分宛てに届いていたメールのうち重要なもの二通にリプライ(返信)を書いて、残りをトラッシュボックスへ移した。
自分の研究室のものよりも、回線が早くてスムーズだ。
萌絵がコーヒーカップを持ってキッチンから歩いてくる。寝巻にガウンを羽織った格好だが、寝巻と表現したら怒られた。
「そろそろ、一区切りしたころかと思って」
「ありがとう」
「終わったら、私にも貸してください。もうすぐ、メールが届く予定なの」
勿論萌絵の部屋にも端末があるだろうと予想はできるが、犀川はその可能性を指摘しなかった。代わりに煙草に火をつける。
彼女が時として、合理性よりも重視するパラメータを持っていることを、彼は学習したのだ。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 15:55:26.36 ID:bjkclqc70<>
「ひろーい」
脚を伸ばして、湯船の中で伸びをする。家の風呂場では到底無理な体勢だった。
亜衣たち三人はダブル一部屋が与えられ、教授はベッドこそセミダブルだが、この部屋よりも豪華な客室があてがわれていた。
しかし彼は『落ち着かないから』と言って部屋をかえてもらい、更には十分食べて、それから数時間死体のように眠った後のそのそと起きだして、
図書室から両手いっぱいの本を抱えて戻るとシングルのシンプルな部屋にこもってしまった。
それを聞いて、『だったらわたしたちにその部屋貸してよ!』と騒ぎ立てたのは、彼がさっさと少ない手荷物を移動して眠りだした後。
当然、教授はその程度で目覚めることもなく、部屋はあっという間にクリーニングされてしまった。
厳正かつ厳粛なじゃんけん(三回勝負)の結果、美衣が初日のダブルベッドを獲得、今はまっているというフランス語の小説を、寝転がって半分眠りながら読んでいる。
どうも、聞く限りでは睡眠薬として使っているらしい。それがミステリーだと聞いた(しかもフランス語の読めない)亜衣としてはかなり複雑な気分だ。
真衣と亜衣は、五脚もあるソファの中からそれぞれ一つを選び、当座の宿として、その周辺に陣地を築いていた。
脱衣所を出て、ダイニングへ向かうと、美衣と真衣がぱっ、と振り返る。
「うぇ、何よ」
「ねえ、亜衣ちょっと玄関開けてみてよ」
「は?」
「いいからいいから」
訝しみながら適当に開けると、右手の握りこぶしを肩の高さまで上げた――ノックの体勢――恰好で固まっている、長髪の少年と真正面から眼があった。
「なにやってんの、レーチ」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:01:36.10 ID:bjkclqc70<>
「あー、疲れた」
「ずいぶん楽しかったみたいね、沙羅」
「……そんなことない。別に、楽しくなんて……」
「あかりはどうだった?」
「そう、それよ! もうあかりってば緊張しちゃって、すっごくかわいいの! リコたちのほうがよっぽど楽しんでたわ」
「ずいぶん楽しかったみたいね、沙羅」
「何怒ってるの、サフィー?」
「別に怒ってないわ。ケージに入れられてずっと沙羅の鞄しか見えなかったり、
あかりとパーティに出てて浮かれてる沙羅が実は私をケージから出すのを忘れてたりすることなんて、
私は全然気にしてないもの」
「あ、そうだ。サフィー、明日はサフィーが部屋にいることにしておけば、チャームに戻ってパーティ会場に入れるんじゃない?」
「えっ、マジ? あっ、マジだ! そっかアタシらってばジュエルペットだし!
でもその設定無印のだよね? 大丈夫かな? いいか! どうせ二次創作だし!」
ケージをがたがた揺らすサフィー。
「いつものサフィーじゃない……二次創作って何?
……あかりの部屋に行くわ」
「ようやく、パーティ本番ね!」
「わざわざ一人じゃ着られない脱げないドレスを見繕っておいた甲斐があるわ……。別に変なつもりはないけど」
「下着は?」
「もちろんおろしたて……別に、変なつもりはないけど」
「爪も切っておかないと。あかりに痛い思いをさせちゃうわ」
「何のことかわからないけど、抜かりはないわ」
「じゃあ私を早くいい加減にさっさとケージから」
「行ってくるわね、サフィー」
声とともに閉じられたドア。オートロックが機構の動作する音を立て、電気の消えた室内で、サフィーの深いため息が空しく沙羅の鞄に当たって砕けた。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:05:40.63 ID:bjkclqc70<>
「あー、キンチョーしたよー」
「でもでも、あかりちゃんはパーティーに出られたじゃん! いいなーいいなー」
「お料理おいしかったラブ」
「沙羅はなぜかずっと楽しそうだし、すごい勢いで料理食べてる人とか、カメ連れてるひととかいて、ふー」
緊張していた分をまくしたてて発散するあかり。しかしその中のひとつにルビーが超反応した。
「カメ!? ……カメいたの!? じゃあウサギもいいじゃん! やっぱ連れてけーっ!」
「ダメだよルビー。だってドクトルは招待客だって言ってたもん」
「招待ー? ずるーい」
「明日も料理持ってきてあげるから、機嫌直してよー」
からころーん。柔らかな鈴の音が、ドアベルのものだと気付くのに少し時間がかかった。この徹底した志向には、慣れるのに少し時間がかかりそうだ。
「はーい……あれ、沙羅」
「あかり、そういえば着替えられないんじゃないかと思って」
「あ、そっか……わからないかも。手伝ってくれるの? ありがとー……なんで明かり消すの?
あれ、なんでベッドに……きゃっ、ちょ、乗らないで沙羅……え、こうしないと脱げないの? ……ホント?
……ううん、信じてるけど……うん、沙羅を信じるよ……でもなんで沙羅まで脱ぐの?
あ、ちょ、変なとこ触らないで、くすぐったいよ……待って待って、ぁっ…………」
彼女の頼もしいジュエルペットは、超楽しそうに見ていた。機嫌は直ったようだ。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:13:09.72 ID:bjkclqc70<>
―――コ――ン.......
―――コ――ン.......
金属質な音の反響。
「コクトー。おい、コクトー」
「ああ、起きたのかい、式」
「始まるぜ、ようやく……」
「ようやく、ね……。それじゃあ僕までそれを待っていたみたいじゃないか。
僕は、また橙子さんの賃金の支払いが滞っていい加減生活が立ちいかないから、こうしてバイトをしているだけなんだから」
「俺は、その橙子から言いつかってわざわざこの船に忍びこんで、いかれた天才の持ち物の中から、アイツのものらしい”容れ物”を取り戻しに来ただけさ」
「忍び込んでっていうところがもともと君には向いてないんだ。現にこの通り、初日で見つかったじゃないか。
知り合いだっていうことで、初めは僕まで随分と疑われたんだぞ。結局君の分の食費や諸々まで給料から天引きだ」
「まあ、そうかっかするなよ、コクトー。老けるぜ」
「誰のせいだとおもってるんだ、まったく」
「そう言うな、これも何かの縁だ。お前だけは守ってやるさ」
「つまりまた、君や僕は危険な目に遇うわけだ」
「愚問だな。俺がなぜ向いてないスニーキングミッションなんてお使いを引き受けたと思う」
「……考えたくないね」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:18:22.43 ID:bjkclqc70<>
―――コ――ン.......
―――コ――ン.......
「玖渚、お前はパーティに出なくていいのか?」
「まあね、別に参加を求められたわけじゃないし。僕様ちゃんは僕様ちゃんで、いろいろすることもあるんだよ。
いーちゃんが出たいなら、出てもいいけど」
「まさか。ぼくは――ここにいるさ。
それにしても、また天才の集まるパーティとはね」
「一応以上に異常な天才、玖渚友ともあろうものがこうして誘いに応じるわけだから、ホストである四季ちゃんにはそれなりの見返りを求めないとね」
「その主な見返りであろうパーティに行ってねぇんじゃねえか」
「やーねいーちゃんったら。細かいこと気にしてると早死にするよ?
だからいーちゃん、髪梳いて。それが終わったら僕様ちゃんは二十時間ほど寝るからね」
「いいけど、そろそろシャワー浴びろよ。随分髪、青く染まってきたじゃないか」
「四季ちゃんにお呼ばれする前からだから……どのくらいになるかな。
まあ、もうしばらくすれば始まると思うし――いーちゃんは、気にしなくていいんだよ。
いーちゃんはいーちゃんのまま、いーちゃんらしく僕様ちゃんのそばにいればいい。
きっとそれが、一番幸せなことだからね」
「ふん……」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:22:33.87 ID:bjkclqc70<>
―――コ――ン.......
―――コ――ン.......
「沈んでいる___」
ベッドの上で、レイラはひとり。
きんいろの髪をさらりとふるわせ、レイラはひとり。
ベッドライトのうすぼんやりとした黄色い光が、白磁のように透き通る肌を妖しく色づかせる。
「この船は、沈んでいる」
ベッドの上で、レイラはひとり。
そう呟くと、横を向いて小さな眠りに落ちた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:28:02.64 ID:bjkclqc70<>
「先生、先生。起きてください」
「……どうしたの、こんな時間に」
「星が……違うんです」
萌絵に連れられてデッキへ出る。夜空一面に広がる、満天の星空。
「ああ、これは……南半球の空だね」
「先生、わかるんですか?」
「子供のころに、星座板をもらったんだ」
「どうして……赤道以南へ来たってことですか?」
「この状況で導ける、一番シンプルで確実に現状を説明した答えだね」
「でも、日本海側にいたのに数時間でなんて……ありえません」
「そう、だから僕たちは、この状況を疑ってかからないといけない。
確かなのは、この空が南球のものであるということだけだ」
「……」
「さてと……僕はまだ、少し寝させてもらうよ」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:32:29.97 ID:bjkclqc70<>
「レイちゃんおはよー」
「おはようりんごちゃん」
「名月ちゃんもおはよー」
「おはよ、りんご、レイラ」
「おはよう、名月ちゃん」
「セイちゃん、だいじょうぶ? どうしたの?」
「ひめさまに潰されたんですぞ。なんの問題もございませんですぞ」
「ダイちゃん、どうする? もうちょっと寝る?」
「おぅ、斬新な起こし方ですぅ……そう言われると起きざるをえないですぅ」
「おはよ、リョク」
「おう」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:37:58.68 ID:bjkclqc70<>
「ねえ、教授ー? 朝だよ、起きてる?」
「ゲストとして恥ずかしくないようにしてよー」
ドアを開いたのは、教授ではなく見知らぬ女性だった。
「……え」
「夢水さんなら、先ほどお休みになられましたよ。
……あ、私、栗本其志雄と言います」
「は、はじめまして」
「やあ、亜衣ちゃん、美衣ちゃん。おはよう」
「ちょっと教授! どういうことなの説明してよ!」
「ちゅーがくせー三人もはべらせといて、パーティで女の人連れ込んでいいと思ってるの!?」
落ちつけ美衣。
「結局亜衣も朝方帰ってきたし……もぅいやぁ」
「ちょ」
落ちつけ美衣。
「栗本さんはこの船の調理スタッフでね。ぼくが食事を終えたとき、話しかけてきてくれたんだよ。そしたらいつのまにか意気投合してね」
「お部屋で、料理をさせてもらっていました。それを二人で食べ終わったのが、少し前で」
「教授が、女の人と食事!?」
ありえない。そう呟く。ついうっかり相手の皿から奪い取るくらいのことはしかねないのに。
「ていうか、つまり教授は船に乗ってから既に三度、満足するまで食事をしたことになるわね」
そう、亜衣たちが一緒にいた昨晩のパーティでは、栗本が教授へ話しかけたりするようなことはなかったのだから。
「まあ、そういうわけだから。そうだね、正直眠いけれど……朝ごはんの後に寝ることにしようか」
そして彼は、昨日と同じにしか見えない背広を整えながら、四度目の給餌を催促するのだった。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:42:05.58 ID:bjkclqc70<>
「…………」
「弥栄、あかり。よく眠れた?」
「あ、沙羅……ぁぅ……ぉはょぅ」
「どしたの?」
覗きこむ沙羅の視線を避けるように、そっぽを向くあかり。諦めて(諦めたふりをして)沙羅が背を向けると、
彼女は視線をそらしたまま、そのドレスの裾を摘まんだ。
「……行こう、あかり。今日はサフィーも連れてきたの」
「……あ、わたしも。ルビーとラブラを、チャームで、ほら」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 16:50:21.03 ID:bjkclqc70<>
そして、参加者が会場へ集合した。
食堂を兼ねるそのホールは、照明が変えられ、ステージをさりげなく強調するように陰影をつけられている。
ステージの上へ、長髪の女性が登場する。
両側からショートカットのスタッフに付き添われ、丈の長いドレスを翻して。
一切のハウリングなしにスピーカが起動し、低周波の駆動音が会場を満たす。
『お早うございます。こうして皆様へご挨拶をするのは初めてですね。
私の招きに快く応じてくださったこと――心より感謝申し上げます』
そして、優雅に一礼。細くやわらかな黒髪が流れ、集中したスポットライトと視線を乱反射する。
このころから、眼が比較的良く、かつステージへ注目していた何人かが違和感に気付きだす。
そしてその正体を見つける前に――異変が起きた。
『突然不躾な招待状を送りつけ、この船へご足労願った理由――それは――』
突然膝を折り、崩折れるように倒れ伏す女性。慌てた様子で後ろに控える二人が駆け寄る。
ざわめきが起こる。マイクにごぼ、という音が入り、突然に切れた。
背広の男がステージへ飛び上がる。制止するスタッフよりも頭一つ背が高く、棒人間のような印象を与える男はその場で膝を折り、男性スタッフ二人に拘束された。
金髪で長身の女性が、近くで呆然としていた小学生の女の子三人を抱きしめ、その視界をふさぐ。
それを見た、よく似た中学生ほどの娘は、妹たちの名を呼んで同じように胸に抱いた。
髪に紫の部分がある女性が、ひっ、と息を吸うような悲鳴を上げる。
その隣にいた眼鏡の男性は、よろめいた女性の肩を抱いて支えながらも、ステージへ鋭い視線を向ける。
ステージの前端から、黒々とした液体が、粘度の高い液特有の重力に逆らうかのような挙動で、流れだしてきていた。
そして、最早誰が見ても鮮やかなことに、
彼女の頭部は、黒ずんだ断面を晒す細く華奢な首と、ホルターネックの紐が解け、床に押し付けられた胸元や肩甲骨のラインが浮き出たなめらかな背中と、
完全に分かたれていた。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 17:07:25.46 ID:bjkclqc70<>
「コクトー。おいコクトー。説明しろ、何がどうなっている」
「どうもこうも……真賀田四季博士――ホストの名前だけど――が、壇上で挨拶しているときにいきなり死んじゃったんだ」
着物に皮ジャンという奇特な格好の少女は、へぇ。と興味なさそうな返事をしながら、裏腹に唇を吊り上げた。
「それで?」
「警察に電話もできない。何故か無線も繋がらないみたいだ。仕方がないから、救難信号だけ発信し続けてるよ。
参加者の犀川さんと西之園さんによると、夜空からしてここはオーストラリア近海の可能性があるらしい」
「……そりゃ、ありえないだろ」
「僕もそう思うよ。ただ、夜空が確実にそうだった、っていうんだ。
GPSも切れてる、海図は機能しない、羅針盤はめちゃくちゃ。航行は全自動のまま。
船はいま、どこかもわからないところを、通信機能が全部途絶えた状態で、自動航海中ってわけさ」
「ああ、なるほどね。確か真賀田四季は、工学博士だっけかな」
「肩書きはね。どんなジャンルにも精通した、オールラウンダーな天才だったって話だよ」
「だった?」
「だから、死んだんだって」
「……死ねば、天才じゃなくなるのかよ?」
「さあね。でも、もう天才としての新たな業績は残せない」
少女は今度こそ興味をなくし、帯にはさんでいる小刀をかちゃかちゃと揺らして遊び始めた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 17:13:26.47 ID:bjkclqc70<>
「まったく……玖渚のために少しは情報を集めて来ようかと参加してみたらこれだよ。
昨日のオープニングセレモニー……――形式的なものさえなかったらしいけど――に出てないぼくは自然アウトロー、
とどめに玖渚友が招待されて、参加していることを知っているのが真賀田四季本人だけと来たもんだ」
招待状を玖渚の鞄をひっくり返して見つけ出し、ようやく参加者だと認められたのがつい先ほどのこと。
ちなみに受付嬢が思い出してくれたのはその直後だった。
「なるようにならない最悪(イフナッシングイズバッド)……なんて、まったく大した戯言だよな」
何も知らず、玖渚という名の天才は昏々と眠り続けていた。
二十時間。自ら宣告した通り、寸分の違いもなく彼女は目覚めるだろう。
そして何も変わるまい。彼にはそれが手に取るようにわかった。
自らがゲストとして招待されたパーティの、主催が死んだとしても何も思わない。
なぜなら何も関係がないのだから。
それが玖渚友であり、
それが、彼の理想とするありかただった。
彼は、理想を体現した存在がそこに生きて、青色として在ることを決して認めようとはしないのだが。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 17:19:31.76 ID:bjkclqc70<>
「わたしが剖検します」
レイラがそう言った時、ほとんどの大人が難色を示した。
招待客、そしてすなわち技術者は全部で八人と一匹。
工学博士『犀川創平』、大学院生『西之園萌絵』、科学者『沙羅』、
生物学者『御子神タモツ』、動物セラピスト『御子神ハルカ』、カメ『ドクトル』、
名探偵『夢水清志郎』、技術者『玖渚友』、医学博士・数学者『高城レイラ』
よりにもよって医学関連の技術者が小学生しかいないという状況に、参加者は戸惑う。
ちなみに医師免許は父の母国であるドイツで取得したが、あまりにも年齢が低すぎるためにレイラには国内での免許が下りていない。
そのかわりにと日本で受け直した医大のゼミが、『法医学教室』
完璧すぎるほどおあつらえ向きの、小学生の女の子。彼女にいかにして剖検をさせないか、が、彼らの目下の議題だった。
彼女の死に様は明らかに殺人であり、警察に連絡がつかない以上早めに解剖して状態をとっておきたい。
「船医とか、いるんじゃないかしら?」
萌絵が言うが、男性スタッフは首を振った。
「ウチの医療スタッフにできるのはせいぜいが薬を出すことと、そうですね、傷口を縫うくらいしか」
「十分じゃありません?」
「うん。いくら法医学の知識がないとはいえ、一級客船に常駐している船医だからね。技術はあるはずだよ。
それに船舶の手術室は大学の解剖室よりもかなり特殊化されているというし。僕が助手を務めよう」
タモツが萌絵に同調して言う。微生物専門だが、生物学の教鞭を執る以上基本的な解剖学的知識は持ち合わせている、ということらしい。
レイラや犀川に言わせてみれば技能があれば年齢など関係ないのだが、自らも親である御子神ハルカが怒りだしそうな雰囲気だったので言わない。
情操教育上、殺人死体の解剖などさせたくないという意見にも十分賛同できる。
「では、案内します。既に博士は運び込まれていますので」
ハルカがドクトルに何事か語りかける。カメは答えず、パイプを揺らした。
「……その前に、博士を見せてもらえませんか」
「僕も。まだ彼女に黙祷を捧げていない」
「ああ、そうだね。あまりのことに忘れていた……」
教授と犀川が言い出したそれに、萌絵だけが少し眉を寄せた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 17:27:07.15 ID:bjkclqc70<>
「…………」
玖渚を除く――同伴者によると、最初に船に乗り込み、真賀田博士に挨拶をして以降彼女は部屋にこもりきりで、
今は眠っているという――招待客全員が狭い手術室に並び、手を合わせる。
「……」
萌絵が薄眼を開けて伺うと、案の定言い出した二人は素早く手を合わせ、形ばかりの礼を捧げると死体へ寄って行った。
教授は体を改め始め、犀川は目蓋を押しあける。
シュールで、倒錯していて、冒涜的な光景だった。
恐らく全員が気付いているだろうが、何も言わない。
名探偵という肩書きに、そういった行動を許容させる働きでもあるのかもしれない。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 17:34:50.97 ID:bjkclqc70<>
「剖検が終わったら、冷蔵室で安置します」
塩漬けよりは少し肉寄りな処理だな、と犀川は思う。
内臓組織や筋繊維の委縮崩壊は、塩漬けの方が防止できるのだが。
断首による即死だと(あの衆人環視の中、一瞬で行われたという不可思議な点はあるにせよ)見解が一致している以上、
毒殺や自然死を隠蔽するための損壊といった物的証拠を残すための冷蔵というよりは、
腐らせず、かつ船が寄港したときに弔えるようにという人道的な理由からくるものだろう。
そこまでいくと、犀川には関係のないことだ。
何しろこれは――真賀田四季ではない。
誰かはわからない――しかし、『これ』は違う。
彼の脳髄に強烈なインパクトを与え、鮮烈なイメージをインプリンティングした彼女ではなかった。
瞳を見た瞬間に、その確信が彼の中に生まれていた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 17:41:09.55 ID:bjkclqc70<>
「船のシステムを見せてもらえますか。何か分かるかもしれない」
「玖渚なら一応そういうのが専門なんですけど……あいつ、夜まで起きないと思います。
起きたら、あいつにも見せてやってください」
「じゃあ、わたしが手伝うわ」
犀川と萌絵、そして沙羅とあかりがコントロールルームへ向かう。
夢水は部屋にこもってしまった。御子神ハルカも娘たちを連れて自室へ戻った。高城レイラたちも一緒らしい。
「ああ……彼女だ。これは、復旧はしばらく無理でしょうね」
扉を開いた瞬間、脇のコンソールをちらりと見て犀川は言う。
ディスプレイには黒をバックに、赤い文字が立体フォントでくるくると回転していた――
『RED MAGIC ver.10.00』
しばらくDDOS画面を見ていた沙羅も、お手上げといった風情で首を振る。
「僕の部屋の端末から、このネットワークへアクセスできるようにできますか。
一応、解析をしてみましょう」
室長は参加者全員の端末にアクセス権を譲渡すると約束した。
明らかな殺人が起こっている現状、かなり杜撰な管理ともとれるが、彼がそれだけRED MAGIC を理解しているのだ、と犀川は一人で合点した。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 17:48:50.62 ID:bjkclqc70<>
彼女の首を切り落とすことが『直接物理的に可能な位置』にいた二人の女性は、軟禁状態にある。
一応参考人的にね、と誰かが遠慮がちに言い出したのに対して、近くのスタッフが提供したのが、空の物置のようなシンプルな部屋。
当時数名が感じた違和感は、近くに寄ってみれば即座にその姿を明らかにした。
一人が、長めの前髪の奥、眼に当たる位置にぐるぐると包帯を巻いていたのだ。
<>
二日目 昼 すげーおなかすいた。休憩<>saga >>33 >>34<>2011/04/09(土) 17:56:13.04 ID:bjkclqc70<>
事件発生当時室内にいたスタッフ、そして参加者、同伴者、医療スタッフには船長から緘口令が敷かれ、
まだ会場内にいなかった楽団や歌手、他のスタッフに事件を悟られないよう、パーティは続けられることになった。
何を思っての行動かといえば、つまり、解決である。
いかれている、とあかりなどは思うのだ。
現状どこに浮かんでいるのかさえわからないこの船の上で起こった殺人事件が。
それを解決するなどと言い放つ自称名探偵や、先生が解決する、私が解き明かすなどという西之園とかいう院生も。
人が死んだステージの前で談笑している今の状況も。
人が首を落としたステージの上で演奏をするオーケストラも。
そして目の前にいる――三人目の魔法学校生徒もだ。
「どうしたのあかり。なんだか暗いわよ?」
普段着からしてパーティドレスみたいな恰好の、八歳の少女は色素の薄い貌にきらきらした瞳を訝しげにきらめかせ、
沙羅の後ろでおびえるあかりに詰めよった。
「いい加減にして、ミリア。あかりが怖がってるわ」
「なによなによ! わたしが怖いですって!?」
「そんなこと言ってない」
「あ、あのさ、そう言えばミリア、どうしてここに?」
「ママがここのパーティで歌うの!」
心から嬉しそうな笑顔を浮かべ、意味もなくくるりと回ってステップを踏むミリア。
「船上パーティの影の主役と言っても過言じゃないわ!
オーケストラを引き立て、オーケストラをドレスにして、ママはライトの中心、ステージの上に立って歌うのよ!」
「すごーい、すてきだね!」
「でしょでしょ! それで、わたしもいつかクイーンオブポップになって、こんな素敵なパーティのステージに立つの!」
<>
二日目 夜<>saga<>2011/04/09(土) 21:02:03.61 ID:bjkclqc70<>
「先生、博士の死体を見て、何かわかったんでしょう? 教えてください」
「だから、何度も言っているだろう。僕は真賀田博士の死体なんて見ていないって」
「別に言いふらしたりしませんよぅ。子供じゃないんだから。それに他の人たちも気づいてたと思いますし」
「隠してるわけじゃ、ないんだけどね」
しばらくは、この方法で言い逃れしよう。しかし、萌絵だって決して頭は悪くない。むしろ良すぎるくらいだ。
いつか、必ず思い至る。
それまでに――彼女に会わなくては。
「空が……違いますね」
「ああ。グリーンランドあたりの空だ」
「真賀田博士は、何をしたがっているのでしょう」
「案外ただ、僕たちを驚かせたいだけかもしれない」
「……」
「それとも、このありえない状況が、彼女からのヒントなのかもね」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 21:39:53.31 ID:bjkclqc70<>
眼の前で人の首が落ちる。
そんな状況に耐えられるような、子供たちではなかった。
りんごもレイラも、熱を出して寝込んでいる。レイラはまだ、法医学教室で見慣れている分、ましだった。
名月などは、少し落ち着くたびにトイレへ駆け込んで嘔吐している。既に腹の中は空で、喉は胃液でぼろぼろになっていた。
せきこんではその痛みに悶え、気を失うように眠りに落ち、目覚めるたびに吐き戻す。
ハルカにも、ナギサにも、そしてクリスにも、それをただ、見守ることしかできなかった。
リコとリムは黙り込んで、肩を寄せ合ってベッドの上で俯いている。一言も話さない。
意思が抜け落ちた瞳の先に並べて置かれたコンパクトの画面に、グルミンが流動的でコミカルな動きをしていた。
そのピンクの光に照らされ、クォーターの少女たちの整った顔に影が落ちる。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 22:11:45.22 ID:bjkclqc70<>
「ダメだよ沙羅、こんなときに……」
「こんなときだからよ。あかりが怖がるのは、もう見たくないの」
「そんな……だって」
「ねえ、あかり。眼を閉じて」
「ダメ……だったら……」
「いい子ね……そう、力を抜いて。全部忘れさせてあげるから」
「ダメ……そんな、わたしたちまだ子供なのに……こんなコト……いけないんだよ……?」
もう、沙羅は答えない。
押し倒されるまま、形ばかりのあかりの抵抗は、弱弱しく、やがて互いに求め合うものへと変わる。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 22:47:26.30 ID:bjkclqc70<>
爆音。
「――来た!」
傍らのナイフを引っ掴み、跳び起きた式はコンテナの間を疾駆する。
大きなハンドル式の閂は、黒桐が毎回緩めている。蹴りの一発で勢いよく開いた。
そこには既に、男性数人が駆け付けていた。
和服に皮ジャンという奇矯な姿をした式は否が応にも注目を集める。
「開かないのか?」
「だれ?」
「どいてろ」
――直死の魔眼。
一閃、扉は両断される。
開放されたその向こうへ、一瞬吸い込まれるような感覚。
黒焦げに、荒れ果てた室内。
ミドルショートの女性と、ショートカットに、奇異の目を引く、顔に巻かれた包帯の女性。爆発によるものか、その包帯は弾け飛んでいる。
その顔が潰されて、二つ、転がっていた。
「両義式。密航者だ」
惨状を背に、言い放つ彼女。
呆れたような視線は、もう彼女には届かない。
「いーくん、それは?」
「鍵のようですね。随分ひしゃげてますが、爆発によるものでしょうか」
「この部屋を、犀川先生に見てもらった方がいいかもしれない。
僕は、また仕事が増えたようだね。娘たちは、大丈夫かな……」
「まあ、するべきことはわかったところで。自己紹介でもしますか。
ぼくは名探偵、夢水清志郎」
「招待客、玖渚友の付き添いです。名前なんてあってもなくても似たようなものですから、
いーくんでもいの字でも、『そこの』とかでもお好きなように」
夢水はサングラス越しに飄々と名乗り、壁にもたれて口をつぐんだ。
「…………」
黒眼鏡に、死体が映る。
しばらくして身を起こすと、背伸びをして扉から出ていった。
「さて、栗本さんに何か作ってもらおうかな」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 23:12:06.63 ID:bjkclqc70<>
「先生?」
「そこ……その隅だ。何か乗っていたみたいだね。激しい爆発があったみたいなのに、ここだけ焦げていない」
「犀川先生、研究室のレントゲン装置でキーホルダーの文字解読できました。やはりこれは、この部屋の鍵です」
沙羅はそれだけ言って、部屋の外からうかがっているあかりへ駆け寄った。
「鍵は室内、マスターキーは船長室、貸出記録はなし。そして顔を潰された死体が二つ」
「密室……ですね」
「だから、そこに何かが乗っていたんだってば。
移動しているものがある以上、それを密室とは呼べないよ」
「何かわかったんですね?」
「さてね。今この船には名探偵もいるんだ。僕がわざわざかき回すこともないだろう?」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 23:19:26.01 ID:bjkclqc70<>
「Vanity Fair」
「……えっ、レイちゃんなに?」
「Vanity Fair 。John Bunyan作、The Pilgrim's Progressの中に、いつでもバザーが開催されている街があるの。
まるで……今の、この船みたいでしょ」
「うーん……パーティのこと?」
「わたし……真賀田博士が考えてること、わかるよ」
「え、ほんと? すごい」
「うん……なんだかね、わたしと博士は、似てるのかも」
「死線が、同じだった」
「え、何」
「あの部屋にあった死体、二つとも全く同じ死線だった。心臓に、同じ角度で直線が三本。
多分、あれが橙子の容れ物か……それによる人形だ」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/09(土) 23:54:59.52 ID:bjkclqc70<>
「まず、みなさんにお聞きしたいのは」
「待った」
夢水が、犀川を遮って言う。萌絵が露骨にむっとした。
「なぞ解きを始めるときは……すべからく、この言葉から始めるべきです」
「ああ、成程。様式美ですね」
「すばらしい! わかってくれる人に出会えてとてもうれしいよ」
そして犀川は咳払いをひとつ。人差し指を立て、
「さて――
まず皆さんにお聞きしたいのは、爆音によって皆さんが集まってきたとき、そこに爆発はあったのかということです。
誰も、直接それを見たわけではない。ただ扉が開かず、爆音が聞こえ、扉を破ってみると爆発した痕跡があったというだけ」
「あれは爆発ではなかったということ?」
「端的にいえば。しかしあの部屋が少なくとも一度の爆発に晒されたのは間違いないでしょう。爆心は部屋の中心。恐らく床に置いた爆薬によるものです」
ただし。と、彼は続ける。
「ただし、それは皆さんが集まってきた時のものではなかった。そして、死体が焦がされたのも爆発によるものではない」
タモツが一同を見回す。
「確かに、言われてもう一度検分してみるまで見落としていたんだけど、爆発による圧縮や、変性のあとが全く見られなかったんだ」
「そう、恐らくはしばらくの間だけでも、顔を潰し、部屋の中で爆発を起こして殺したと思わせたかったのでしょう。
あの距離であの規模の爆発では、熱による破壊に眼を取られ、小さな圧力変性は気をつけて見ないと見落としてしまっても不思議はない」
「そのためにわざわざ、焼いたって言うのか……」
「意外と情にもろいね、いーくん。解剖結果では、彼女らは『顔を潰され、焼かれる前に死んでいた』ことになっている」
「!」
「自然死だよ。少なくとも殺人は存在しなかったんだ。死体損壊はあったけれどね。
まあ……意味もない情報です。
さて、次に爆音ですが。皆さんはそれぞれ学者であられるわけですから、水の化学式はご存じでしょう」
「そうか……水素爆鳴気」
沙羅がはっ、と呟く。
「その通り。水素と酸素を容積比2:1で混ぜ合わせ、火花を散らすと爆音とともに勢いよく水が生成し、全てが水蒸気になったとしてもその体積は三分の二になる。
西之園君、6m×5m×4mでは?」
「120 000 000ml。12000Lで、標準状態なら535.71429molの気体が入ります。その全てが水素爆鳴気だったとすれば、発生するH2Oは357.14286mol、全て気相なら容積8000Lですね」
「実際にはいくらか凝縮相になりますから、実際には更に体積は小さくなるでしょう。
扉が開かなかったのは、その圧力によるものです。人を引き付け、鍵を内側に残し、密室を作りたかった……ただそれだけのことです」
「でも、どうしてそんなことを……」
「それは、僕の仕事ではありません。
名探偵なら、何かわかっているのでは?」
夢水はきょとん、として、困ったように頭を掻いて笑った。
「あ、いや、それがどうも全然……あはは」
「そうですか、それは残念。本物の名探偵、見たかったんですけど」
失礼、そう言って犀川は煙草をくわえ、夢水へ眼鏡越しに視線を送る。
二枚のガラスを越えて、届いただろうか。
<>
◆3feiQFueVc<>saga 寝る<>2011/04/09(土) 23:56:49.76 ID:bjkclqc70<>
「まず、みなさんにお聞きしたいのは」
「待った」
夢水が、犀川を遮って言う。萌絵が露骨にむっとした。
「なぞ解きを始めるときは……すべからく、この言葉から始めるべきです」
「ああ、成程。様式美ですね」
「すばらしい! わかってくれる人に出会えてとてもうれしいよ」
そして犀川は咳払いをひとつ。人差し指を立て、
「さて――
まず皆さんにお聞きしたいのは、爆音によって皆さんが集まってきたとき、そこに爆発はあったのかということです。
誰も、直接それを見たわけではない。ただ扉が開かず、爆音が聞こえ、扉を破ってみると爆発した痕跡があったというだけ」
「あれは爆発ではなかったということ?」
「端的にいえば。しかしあの部屋が少なくとも一度の爆発に晒されたのは間違いないでしょう。爆心は部屋の中心。恐らく床に置いた爆薬によるものです」
ただし。と、彼は続ける。
「ただし、それは皆さんが集まってきた時のものではなかった。そして、死体が焦がされたのも爆発によるものではない」
タモツが一同を見回す。
「確かに、言われてもう一度検分してみるまで見落としていたんだけど、爆発による圧縮や、変性のあとが全く見られなかったんだ」
「そう、恐らくはしばらくの間だけでも、顔を潰し、部屋の中で爆発を起こして殺したと思わせたかったのでしょう。
あの距離であの規模の爆発では、熱による破壊に眼を取られ、小さな圧力変性は気をつけて見ないと見落としてしまっても不思議はない」
「そのためにわざわざ、焼いたって言うのか……」
「意外と情にもろいね、いーくん。解剖結果では、彼女らは『顔を潰され、焼かれる前に死んでいた』ことになっている」
「!」
「自然死だよ。少なくとも殺人は存在しなかったんだ。死体損壊はあったけれどね。
まあ……意味もない情報です。
さて、次に爆音ですが。皆さんはそれぞれ学者であられるわけですから、水の化学式はご存じでしょう」
「そうか……水素爆鳴気」
沙羅がはっ、と呟く。
「その通り。水素と酸素を容積比2:1で混ぜ合わせ、火花を散らすと爆音とともに勢いよく水が生成し、全てが水蒸気になったとしてもその体積は三分の二になる。
西之園君、6m×5m×4mでは?」
「120 000 000ml。12000Lで、標準状態なら535.71429molの気体が入ります。その全てが水素爆鳴気だったとすれば、発生するH2Oは357.14286mol、全て気相なら容積8000Lですね」
「実際にはいくらか凝縮相になりますから、実際には更に体積は小さくなるでしょう。
扉が開かなかったのは、その圧力によるものです。人を引き付け、鍵を内側に残し、密室を作りたかった……ただそれだけのことです」
「でも、どうしてそんなことを……」
「それは、僕の仕事ではありません。
名探偵なら、何かわかっているのでは?」
夢水はきょとん、として、困ったように頭を掻いて笑った。
「あ、いや、それがどうも全然……あはは」
「そうですか、それは残念。本物の名探偵、見たかったんですけど」
失礼、そう言って犀川は煙草をくわえ、夢水へ眼鏡越しに視線を送る。
二枚のガラスを越えて、届いただろうか。
<>
◆3feiQFueVc<><>2011/04/10(日) 00:01:43.88 ID:+E5s1dll0<> うぉ、二重投稿
事件はひとまず、用意された分が終了しました。
予想以上のペースで書き溜めが減っていきます。百レス行かないかも <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/04/10(日) 01:48:19.90 ID:j75Z8aqSO<> Fになる面白いよね。続きも楽しみです <>
◆3feiQFueVc<>saga<>2011/04/10(日) 14:02:05.08 ID:+E5s1dll0<>
「ふーん。僕様ちゃんが寝ている間に、随分と面白い催し物が始まっていたんだね」
「どうだ、玖渚。何か分かりそうか?」
「さてね。このRED MAGICっていうOSは、どうも外側からのアクセスをかなり神経質に遮断しているよ。
いくら僕様ちゃんがまごうかたなき天才と言っても、絶対に書き上げられてからはアクセスできないブラッ
クボックスには手出しできないかな」
「殺人事件についてはどうだ?」
「四季ちゃんの話? それとも……そのスタッフたちとやらの話かな?」
ぼくが答える前に、玖渚は椅子をくるりと回して画面に目を向けた。
「探偵役は、いーちゃんの役目じゃなかったかな。これまでずっと、さ」
「……この船には、どうもぼくの居場所はないようだけれど」
……ま、いつものことだけどさ。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 14:03:39.42 ID:+E5s1dll0<>
双子はいつしか、手を繋いで眠りに落ちていた。
精神の防衛反応が働き、周辺へアニマリアンの血がもたらす感応領域が広がっていく。
ナギサとハルカはそわそわと落ちつかない様子で、しきりに双子の頬を撫でたり、汗を拭いたりしている。
船の巨大な躯体さえ包み込まんとするその精神のスクリーンに、いくつもの影がイメージの泡沫として浮かび上がる。
船の中で見かけた黒い子猫と、彼が見る、感じるもののイメージ。
新しい友達の友達で、新しい友達のインコとヤマネはそれぞれのお姫様が心配で眠れない。
好奇心に満ちた、滑らかに光るイメージ。
警戒と興味を全面に押し出す、小さなきらきらとした無数のイメージ。
雄大にして壮麗、厳然とした存在をそこに知らしめる、圧倒的なイメージ。
共感して飲み込まれないようにしていたナギサとハルカは、そこに至ってあることに気が付き、顔を見合わせた。
白鯨レヴィヤタンは、船体の上を悠然と泳いで行ったのだ。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 14:04:17.91 ID:+E5s1dll0<>
「見てごらん、西之園君。船体を貫く、超伝導コイルだ」
機関室で、彼は嬉しそうに声を上げた。
「え、なんですか?」
「そうか、君たちの世代ではもう、開発中止していたかな……。
超伝導電磁推進船だよ、この船は。海水中のイオン濃度が一定でないことから、出力を保つのが難しいことが分かって歴史に埋もれた夢の技術だ」
スタッフに軽く頭を下げて機関室を出ると、すばらしいね。そう言って犀川は、久しぶりに笑った。信じられない、そんな表情で、萌絵は煙草に火をつける彼を見つめる。
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 16:15:52.70 ID:+E5s1dll0<>
「この事件に、名探偵の出番はない――違いますか、栗本さん」
「さあ。わたしには――わかりません」
栗本其志雄は首を傾げ、わずかに下を向いて、はかなげに微笑む。表情が陰りを帯びた。
「あなたは、一体、誰なんです?」
「わたしは、真賀田四季――真賀田四季は、わたし――そして、僕は真賀田四季の兄で、透明人間でした。
でも、それらはすべて、彼女に作られた記憶に過ぎない。わたしは、その記憶を与えられて作り上げられた、栗本其志雄という名前の一人の人間。
それだけですよ」
「それが、真賀田博士が与えた、あなたの自己認識ですか」
栗本其志雄は答えない。
「もし、そうだというのなら。僕は彼女を許せない。決して彼女を許さない。
……だけどそうじゃない、栗本さん、あなたは既に、博士の赤い夢の中だけの存在じゃない、
……だって、あなたの料理には、あんなに暖かなこころが満ちていた」
栗本其志雄の微笑みが、かすかに揺らぐ。瞳に映る光が、波打つようにも見えた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 16:16:25.21 ID:+E5s1dll0<>
「博士は今も、赤い夢の中にいる――最初は僕も、それを羨ましく思うところがあった。それは僕が求めてきたことで、
それは僕が成せなかったことだから。だけどこの船に来て、博士に会って、一目見た瞬間にわかったことがある。
彼女は、望んで赤い夢の中に生きているわけではない。勿論、最初は世界に絶望したところだってあるに違いない。
それを誰にも否定できないほどに、真賀田博士は超越した天才だった。
生きて、眼を覚ましている誰一人として、彼女を理解できて、彼女を抱きしめてあげられるひとはいなかった。
そして彼女は赤い夢に沈み――今はもう、囚われている。誰も、手を伸ばして届くようなところでなく、深く、深い、夢に」
「あなたは、助けてくれますか、わたしを――僕の妹を」
「……そう、助けたいと、おこがましくも僕はそう思っている。
あなたたちを、この船から――こんなにも大きく育ってしまった、あなたたちの赤い夢の中から」
さらに、栗本其志雄の微笑みが姿を変える。
小さな妹を見守るような、優しく、さみしげで、眩しそうな――慈愛に満ちた微笑みに。
大きな瞳から、一粒の涙がこぼれた。
「眼を閉じていてください、名探偵。
あなたは、もうわたしを救いあげてくれた」
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 16:17:01.76 ID:+E5s1dll0<>
息を呑んだ教授は、サングラスを外し、きっと唇を引き結んで眼を閉じる。
何か、クリスタルが砕けて流れ去るような、名状しがたい音が聞こえた――あるいは、そんな幻。
薄いエメラルドグリーンのそんな音の後、教授がサングラスをかけ直して目蓋を開く。
そこにはもう、栗本其志雄の姿はなく。
長い髪から漂っていたウィステリアの残り香と、
テーブルの上に、繊細で典雅な、金粉をまぶした飴細工の添えられた、
小さなルーヴル・フロマージュが一つ。
淹れたてのエスプレッソとともに。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 17:04:20.91 ID:+E5s1dll0<>
「沙羅、何か怖がってる?」
ベッドの中で、沙羅の手を取ったあかりが問う。
「あかりには……なんでもわかっちゃうね」
そう囁いて、沙羅はあかりを抱き寄せて口づける。
そしてその胸元へ額を触れさせて、甘えるように身を寄せると続けた。
「真賀田博士は……自殺するつもりだよ。そして、それを――止めて欲しいのか、執行してほしいのか、見届けて欲しいのか、わからないけれど――
わたしたちの前で、行おうとしてる。天才、鬼才、奇才、忌才の真賀田四季。
彼女の最後の大舞台、その観客に選ばれたことが――すごく、怖い」
「それ……みんなわかってるのかな」
「少なくとも、博士に招待された人たちは全員、その結論に一度は達していると思うわ。
それをどう受け止めているのかまでは、わからない……けれど」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 17:09:10.26 ID:+E5s1dll0<>
――そうか……。
機関室を出て、廊下の端。犀川は煙草を揉み消す。
理論は全て理解できた――。決して易しくはない、けれど明らかに難問でもなかった。
演習問題のような。
与えられた条件と、その単元で習った公式から、いくらかの手間をかけるだけで導き出せるような。
これが、こんなものが、天才・真賀田四季がこれほどの舞台と演出を整えてまで実行するに至った筋書き?
実証は、必要か――否。
そう、いわば、これは――例題。
隣で暇そうに立つ萌絵を、必要以上に意識する自分に気がつく。
自分の中で暴れ出しそうな別の自分。
論理的で。原初的で。そして多分に、感情的。
彼は、真賀田四季を喪いそうなことについてどのように結論するだろう。
今ここにいる犀川のように、彼女の決断を尊重するべきと看做すのか。
それとも――今ここにいる犀川のように、彼女を死なせたくないと思うのか。
とんだ論理的思考もあったものだ、と、自嘲する。
そして彼は、最後の一本ごと煙草の箱を握りつぶした。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 17:43:57.82 ID:+E5s1dll0<>
りんごは何か怖い夢から眼を覚ました。
「うぇ〜、汗きもちわるいー」
着替えを取りに行こう、ついでにシャワーも浴びよう。寝起きの茫洋とした頭は生理的な不快感によってその結論を導き出し、
若干ふらつきながら矮躯を扉の外へと連れ出していった。
名月は喉の痛みで眼を覚まし、おぼつかない足取りで扉を開け、ふらふらと姿を消すりんごをなんとなく見送る。
寝惚けてるのかな……あー、喉痛……。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 17:58:39.00 ID:+E5s1dll0<>
「名月ちゃん、わたしたちに何かできることってないかな」
「何かって、何よ。人が死んでるって言うのに、歌ってどうなるって――ぅぇっ」
貫頭衣型の下着姿で脱衣所の椅子に腰掛け、くるくるふわふわの赤毛をタオルではさんで、小さな手でたたきながら、どこか遠くを見るような眼で。
答える名月は洋式便器にしがみつき、口元はてらてらとぬめり、疲弊の色が浮かぶ瞳はそれでも意思の強さを表すように爛々と輝いていた。
「そうだけど……でも……」
「だから、それにリルぷりっなんて招待されてもいないし、場にそぐわないでしょ。浮くわよ」
「そだね、∞ワンダーガールとかね……」
「けほっ……ぃ……ぎ……」
「プロスペクトとかね……」
「……っは、夢とか希望とか諦めないで進もう、なんて……ねえ」
「じゃさ、レイちゃんには何かしてあげられないかな」
「……ぇげっ」
「もう吐くこと自体が癖づいてるね、薬で止めた方がいいかも」
「……」
名月は黒ずんだ血痰を吐き、トイレを流すと立ちあがった。
魔ペットたちを抱いて、心配をかけないよう、クリスやハルカのいる部屋へ戻る。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 17:59:19.94 ID:+E5s1dll0<>
レイラは布団の端をつかみ、眉をしかめて、少し早い呼吸を繰り返しながら眠っていた。
絞ったタオルでレイラの額を拭い、前髪を軽く払うと、りんごは底抜けに透き通った優しい微笑みを浮かべる。
セイは静かにりんごの肩にとまり、ダイはレイラの枕元に身を丸め、リョクはおとなしく名月に抱かれていた。
ぽん、と、リョクがベッドへ投げ出される。くるんと一回転して、ドラゴンは名月を見上げた。彼女はそのまま、自分もそこへもぐりこんでくる。
「おやすみ」
「おやすみ。名月ちゃん」
「……あたしたちはさ、……りんごはさ、そのままでいるのがいいと思うわ」
「……」
「こんなときなんだし、子供同士くらい、いつもみたいにぽよぽよしてようよ」
「…………」
「……そのほうが、レイラだって安心できるんじゃないかな」
「ん……」
「たぶんね」
「……うん」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 18:52:24.70 ID:+E5s1dll0<>
「さてと……橙子の容れ物はどこにあるのかな……っと」
『公認密航者』という微妙な立ち位置である式は、犀川たちのように自分の能力と立場を拠り所にしておおっぴらに捜査するわけにはいかない。
それに、式が行おうとしているのは捜査ではなく、捜索だ。
だから彼女は、自分の能力だけを拠り所として、与えられた仕事を遂行する。
人形作りの魔術師からコレクションをかすめ取るような、それも世界に名だたる大天才、真賀田四季博士が、
自分の求める『敵』であることを願いながら。
「ほら、コクトー。鍵」
「怒られるのは僕なんだぞ、まったく……」
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/04/10(日) 19:03:48.91 ID:sX4dTAcDO<> 赤って文字が見える度にいつあの人が登場するか気になってしまう <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 19:27:32.53 ID:+E5s1dll0<>
「ゆーれい」
「そう、ユーレイ。昨日、あんたたちがしっぽりしっとりずっぽりねっとりやってる頃に、聞こえてきたのよ。
廊下を歩く、騎士甲冑の足音が……カツーン、カツーン...ってね!」
落ちつけ美衣。
「もう一昨日だな」
「あんたは……それ以外に訂正するところがあったでしょうが」
どうやら真衣は聞き役を決め込んだようだった。
「それにしても……こないだは亜衣がレイキだのなんだの言いだして……ちっとも学習しねーのな」
「亜衣は怪奇ミステリなんてどういうジャンルだかわかんないもの読み漁ってるから、とうとう精神に変調をきたしちゃったのよ! 売り文句通りにね!
あたしはその点、知的で迅速、何物にも縛られない――つまりインテルルィジェンスでスプィーディ、ルルィベラルな情報媒体だから」
「西洋かぶれの成金みたいね」
「なによ亜衣、英字新聞のスクラップっていう高尚な趣味に文句でもあるの?」
「わたしはそのわけわかんない口調について言ってんの! 美衣こそなによ、読書という悠久の歴史の中で培われた高雅な趣味が理解できないのかしら?
真逆本当に、読めば一度は気が狂うなんてノンセンスなコピィを、そっくりそのまま鵜呑みにしちゃったわけじゃあないでしょうね? そこの間抜けなカエルみたいに?」
「おい、誰を指して言ってるんだそのカエルってのは」
「あぁら亜衣お姉さま、口調が端の黄ばんだ文庫本みたいになっていらしてよ!? それもへったくそな翻訳の! うちの可愛いペルシャ猫だって、まだ詩的な訳をしますわ!」
「やめてくんないかな、ペルシャ猫〜でこっち見るの」
「おい、ゝ、彌ゐくン、ちょっとばかり待ってくれ給えよ。それじゃア君は何ダイ、ぼくのこの、極めて學術的にして斬新極まりナイ論調を――エー、
君の処の、たッた今灰の中からでも転がり出でみたような、薄汚い四ツ足の猫畜生なんぞと較べやう等と云ふ訳かネ?」
「亜衣の勝ちだな」
「そうね。今じゃ出版コードに引っ掛かりまくることをよくもまあべらべらと……。
というか、美衣のそれもうおフランスでも華のイターリアでも」
「……待って」
美衣が突然遮って言う。
「もう日付変わってたし、やっぱ昨日だわ、この話」
ブゥウウウゥ―――――――――ン―――――――
「御兄様ァ、御兄様ァ……って、やらせんなっ!」
「やだレーチ、モヨ子似合うー!」
「もっと鬼気迫る感じにできないの、それ?」
「首筋に手の痕なんてつけてみたりして!」
「ぁ……」
彼女たちの思考の推移が、もう、手に取るように火を見るよりも明らかにわかった。
ああ、くそ。これだから女ってのは。
お、意外に便利な言葉。嫌われるわけだ。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga >>68 >>81<>2011/04/10(日) 19:51:10.88 ID:+E5s1dll0<>
「クローズドサークル、って知ってるかな」
「ああ。推理小説の言葉だろう? 吹雪の山荘、陸の孤島、絶海の孤島――そして漂流船」
「さて、そこで考えて欲しいのだけど。どうしてこの僕様ちゃんに対してそんな状況を作ることができたのか――」
そう言って、玖渚は背もたれに寄りかかってさかさまにぼくを見る。横に投げ出された手に握られた、それは――。
「そうか、成る程ね……。船自体が、っていうわけだ。流石は天才工学者といったところなのかな」
「ふふん。まるで子供だね」
さあ、できた。玖渚は息を吐くようにそう言うと、リターンキーを気軽に押し込んだ。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga >>68 >>81<>2011/04/10(日) 19:53:58.96 ID:+E5s1dll0<>
「一番海水中でイオン濃度が安定しているのがどこかわかるかい」
「南極とかですか?」
「南極にも潮流はあるよ。まあ、それは置いておいて。超伝導電磁推進船を実用に至らしめるには、イオン濃度を一定に保つ必要がある。
精製室の逆浸透装置はさっき見たね」
「ええ、真水をつくる部屋ですよね」
「それもあるね。イオンより小さく、水分子より大きい穴の開いた膜を二つの水槽の間に張り、一方に海水を満たして圧力をかける。概念としてはこれだけだ。逆浸透法という方法だよ。
すると浸透圧の関係でH2Oが圧力の低い側へ移動して、真水が得られる。さて、もう一方には何が残る?」
「濃い海水――ですか?」
「その通り。恐らく、ほぼ間違いないだろうけど、この船はそれを使って超伝導コイルの中にあるイオンの濃度を一定にしているんだろう。
コイルに入ってくる水のパラメータを取って、イオンが足りなければ濃縮海水を足し、逆に濃ければ真水を足す。
開放型のコイルを使っていないのはそのためだろうね。さて、次は映写室を探そうか」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 20:02:17.97 ID:+E5s1dll0<>
「素敵な船です、真賀田博士。これがあなたの赤い夢――あなたが求めた幻想――」
「お見事、名探偵」
「あなたは……?」
中世ヨーロッパの、正統派エプロンドレスをモチーフにした制服姿の女性スタッフは、俯かせていた顔を教授へ向けた。
鮮やかで目を引く灼熱の赤い髪。
真っ赤なルージュに、輝く赤い瞳。
ともすればその服装とミスマッチになりそうなものなのに、衣装さえも飲み込んで彼女色に染め上げてしまう――。
「ちょっとした、名探偵のようなものだよ。ただしオネーサンは、荒事と、ぜんぶ終わった後の解決編が専門……ねっ☆」
御一緒させてもらってもいい? 『史上最強の赤色』は、そう言って見事なウィンクを飛ばした。
「まさしく、『名探偵が多すぎる』だね……コーヒーと紅茶は、どちらがお好きですか?」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 20:03:34.64 ID:+E5s1dll0<>
「気に入らないわ」
「何が、かしら、ミリア」
「あなたがあかりにしていること全部よ、沙羅」
「あなたは知らなくてもいいことよ、わたしはあかりが怖がるのを見たくないだけ」
「はぁ……。何があったのか、それを知っている人にはだいたい見当がつくわ……誰も教えてくれないけど。
どうして? わたしが子供だから?」
「それもあるかもしれないわね」
それを言ったら、あなただって怖がるでしょうから。純粋な優しさから沙羅はそう言ったのだが、いかんせん、言い方が悪かった。
「……。あかり、こっち来て」
「え……でも……」
「何よ! あかりはわたしよりも沙羅の方が好きなの!?」
「そ、そんなこと言って……」
「あかり。耳を貸す必要はないわ」
「黙っててよ沙羅! あんたじゃあかりを守れないわ!」
「あなたなら、何ができるっていうのかしら、ミリア?」
「っち……!」
整った幼貌にそぐわない、激しいいらだちを込めた舌打ち。
その視線の交錯を、震える声が断ち切った。
「ふたりとも……やめてよ……っ」
もう、あかりは半分以上泣いていた。
「せっかく、二人と仲良くなれたのに……沙羅とミリアも、友達になれたのに……こんなのヤだよ……」
それがどうやら自分のせいだというのも、悲しくて、悔しかった。
「……。いいわ。ミリア、何があったのか教えてあげる」
「……ホント?」
「沙羅……」
「ええ。本当よ。ただし協力してもらうわ。
あかり、待ってて。――わたしが解決してあげる」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 20:11:49.82 ID:+E5s1dll0<>
「ねえ、レイちゃん……あのね、あの……」
「……………………」
眼を覚ましてからこっち、ずっと何かを黙って考え込んでいるレイラ。その横にちょこんと座って、一生懸命いつもどおりににこにこと話しかけようとするりんご。
それを見ている名月。
「…………探そう」
「え?」
「ねこ。そう……こねこがいるはずなの。真賀田博士が……わたしと同じことを考えていたら」
「こねこ……?」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/10(日) 20:15:12.13 ID:+E5s1dll0<>
調査するぞ、そう言いだしたレーチはずんずん船の奥へ歩いて行く。驚いたのは、『夢水清志郎の助手です』という言葉で招待客同様、ほとんどすべての場所への侵入が許されたことだ。
亜衣が尋ねると、『夢水様からお話は伺っております』『およそゲストの望むことはすべて叶えられるように、と真賀田博士から言いつかっております』という。
本当に、教授はこんなにかっこよくて大丈夫なのだろうか。
「古い学校なんかで、夜に何かが歩き回るって噂があるだろ。あれと同じ理屈なんだよ。向こうは昼間暖められた建材が夜になって冷やされ、収縮する。
金属の梁やなんかと、床材の木では温度によって体積が変化する割合が違うから、床や壁がミシミシ音を立てるんだ。つまり温度という外的要因によって、副次的に圧縮という現象が現れるわけだけど……。
今回の場合、美衣が聞いた足音っていうのも要はそれだ。圧縮された構造体――つまりこの船全体のことだけど、あらゆる交差部、フリンジやリベット、溶接部といった構造的に不安定なところがその力を受けて鳴るんだよ。つまり――」
「無線なら切断すればいい、海図なら破壊すればいい、羅針盤なら狂わせればいい。それこそ全てRED MAGICってひとつのOSで管理統括されているんだから、真賀田博士がその気になればこんな状況、簡単に作り出せる。
でも玖渚、お前の持っている携帯電話はそうはいかない。当然のことながら博士のOSに接続なんてしていない、およそ地上のあらゆる場所で圏外なんてありえない――」
「さて、そこから導き出される結論やいかに?」
「そう――」
同じ時間、異なる場所で。
探偵は、ひとつの真実を観客へ示して見せる。
「――この船は、深海にいる」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<><>2011/04/10(日) 20:27:42.17 ID:+E5s1dll0<>
「その通り」
レーチが自信満々に推理を言い放つと、物陰から拍手が聞こえてきた。髪をところどころ紫に染め、同じ色のマニキュアを塗った女性が隣で煙草をくわえて眼を丸くしている。
「あ? あー、えーと、確か犀川……教授でしたっけ」
眼鏡の男性は頷いて、
「正確にはこの船に溶接や工具接合はほとんど用いられていないようだけどね。金属部は鋳造、削り出しの一体構造、機関部は高分子材料に弾性セラミックス。接合方法はほぼすべて、日本型の組み合わせ構造や、可動部に至るまでフルスクラッチで徹底されている。
構造的に不安定なところ、というのも、計算されつくしてのことだろうね」
そこまで一息に言うと、「しかし、」と続ける。
「しかし、素晴らしい洞察力だ。夢水さんも、良い助手を持ったね」
「どうも、第一助手の中井麗一です」
すかさず名刺を差し出すレーチ。犀川は特段関心もなさそうに受け取ったが、しばらくそれを光にすかしたりして眺めていた。
「バカ」
「あ? なんだよいきなり」
「さて、西之園君。もうわかったね」
「ええ……。深海、ですね。考えてみれば、なんて単純……」
「でも、先生たちは夜空を見たって――」
「うん。じゃあ、その秘密をいっしょに見に行くとしようか」
そして亜衣たちの前に立って歩き出すと、犀川は隣の萌絵へ小声で話しかけた。
「どうも、子供に先生と呼ばれるとむずむずするね」
「やだ、先生。それ、問題発言ですよ」
<>
おりこ☆マギカの入荷日は未定になったんだろうか以前行ったときはお姉さんが15日には入ると思いますって言ってたんだけど ◆3feiQFueVc<>saga<>2011/04/10(日) 20:45:31.74 ID:+E5s1dll0<> 激しく眠いから今日はこれまで。
クロスオーバーという性格上、誰かにスポットを置きにくいためにただ表面をなぞるような感じになっているのが多少心残り。もっと内面の描写とかにも挑みたい
書き溜め3/4程度を消費。一応ラストまでの構想はあり。平日の更新は夕方〜夜になります。
<>
尼で見たけどかずみとおりこが5/12でまどかは未定らしい ◆3feiQFueVc<>saga<>2011/04/11(月) 16:44:39.95 ID:PM1bvkg90<>
「なるほどね。確かになかなかショッキングな出来事みたいじゃない」
「これが最初の事件よ。そのとき博士の近くにいた二人を空き部屋に閉じ込めて、次の事件が起きた」
「沙羅、あなた、わかってるんでしょ? 首を切られた瞬間に、どろっと黒ずんだ血が流れ出すわけないわ」
「わざわざ、あかりの前でそんなことを言うことはないと思っただけよ。あの場では確かに驚いたけれど、あとになって考え直してみれば単純なこと。
わたしが言うまでもなく招待客は全員気付いているでしょうね」
「次の事件について聞こうかしら」
「それについて、御子神先生に一つ頼みごとをしてあるの……行きましょう」
そう言って、沙羅はパーティションの向こうのあかりを呼ばわった。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/11(月) 16:45:18.61 ID:PM1bvkg90<>
「玖渚、まだ始まらないのか? 完成したんだろう?」
「ひとつひとつ、描き直しているんだよ。彼女の存在をね。
まあ、ゆっくり待とうじゃない――すべてをFにするまで、さ」
「……ひとつ、解決しておこうと思う」
「聞いてあげてもいいよ。僕様ちゃんは今結構暇してるから」
「そう、気づいてしまえば簡単なことだ。あまりにも非人道的、非人間的なことだから、考えないようにしてしまう可能性――。
あの包帯は、『内側から』爆発に晒されていた」
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/11(月) 16:45:45.62 ID:PM1bvkg90<>
「多分、あの時舞台に上がった包帯の女性と、部屋の中で死んでいた包帯の女性は別人よ。
恐らく、舞台に上がった方は――真賀田四季、本人」
「沙羅くん、一応簡易だけど……結果は出たよ。でも、これは一体……」
「ありがとうございます。やはり、同じだったんですね?」
「うん。完全に」
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/11(月) 16:48:25.70 ID:PM1bvkg90<>
「眼窩に爆弾を仕込んでいたんだ。死体の顔が潰されているとき、そこに存在する理由は――
その顔を見たくない、見ていたくないほどに嫌い。
あるいは、その顔を、見られたくない。大別してこの二つ」
「興味深いね」
「よく言うよ。そして二人の顔を重ねて、爆破。その爆発力は、部屋に影響を与えない程度のものでいい。
どうやら顔面の骨にまでは大きな損傷は与えていなかったらしいから、初めに破裂した後は燃えるだけでもいいだろう。
あらかじめ彼女たちに燃料を――揮発性のものなら、爆発によるものにも見せかけやすいかな――かけておくなりすれば、それだけであの状況は作り出せる」
「誰が?」
「誰でもいいさ。そう、ぼくだってやろうと思えばできたことだ。あの爆発音はこのときのものではなく、その後密室状態を演出するために使われたものなんだから。
でも、玖渚。お前にはわかっているんじゃないのか? 『誰がクック=ロビンを殺したのか』」
「わたし、とすずめがいいました。『わたしがこの手のちいさい弓で、彼の心臓射ち抜いた』」
「あとは動機だけど……それこそ、ぼくの知る所じゃない。天才の考えることなんて、ぼくには理解できるとも思えないからね」
そう、玖渚、お前の考えていることだって。なんて、くだらない戯言。
「ふふん、嘘ばっかり」
「どうして、真賀田博士はあんなことをしたんだ?」
「死ぬためだよ」
「自殺したっていうのか?」
「自殺したがっていたっていうのさ。ところでいーちゃん、顔が潰されている理由について、納得のいく説明がされていないようだけど」
「……そう……情報が足りないのかな。それとも、ぼくの考えが足りないのか」
「じゃあ、そこのお客さんに説明してもらおう。いーちゃん、ドア開けて」
「あん?」
扉を開く。青、茶、金、と、鮮やかな色の眼が並んでいた。ぼくは――白衣の少女に目を奪われる。
青い髪――蒼い、瞳。ぼくが壊した――蒼色サヴァンと同じ。劣性遺伝の象徴。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/11(月) 16:53:23.12 ID:PM1bvkg90<>
「ここ」
レイラがそう言って立ち止まったのは、これまで一度も姿を見せていない登場人物の牙城――船長室。
シンプルなタグ、普遍的なノブ。何の装飾も施されていない蝶番は、音もなくその扉を開いた。
「これって……」
絶句する名月。
「船長室の、中……だよね?」
辛うじて疑問を呈するりんご。
「そうだよ。そして――いばらひめのお城――」
二人へ振り返り、微笑みかけるレイラ。
遥か彼方に小さく見える、絵本にあるような城――そして、行く手を阻むどこかはりぼてじみた茨の蔓は、王子を迎え入れるように――開いていく。
バタン! ひとりでに大きな門扉が開く。あっという間にいばらのおかを後にして、城の中へ飛び込む――そこは。
「ケーキやさん……?」
「そう。船長になってみたい、おひめさまになりたい、ケーキ屋さんになりたい、きれいなドレスが着てみたい。……人形使いのパントマイマー、なんていうのもあったかもね」
ケーキ屋の奥にある、もう一方の扉から出る。そこはきらびやかな衣装が、何着も壁にかかっている、長い長い廊下。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<><>2011/04/11(月) 16:54:39.09 ID:PM1bvkg90<>
「基本的にはいーくんの推理に間違いないわ。だからわたしは、その理由づけについて説明する。沙羅」
目配せ。応えて、
「これは御子神先生に頼んで分析してもらった、三種類のデータ――最初に首を切られた、真賀田博士と思われる人物のもの、次に顔を潰された、疑われていた二人のもの。
筋組織の組成、毛髪の蓄積成分……。ゲノム解析までは時間が足りなかったけれど、スペクトル測定はしてもらったわ。
どうかしら。このデータを見て、何か気がつかない?」
「…………」
ぼくも、玖渚も、答えない。答えなど求める必要はないだろう、それほどまでに――歴然だった。
金髪の少女が受けて、
「そう。この三人の、科学的なパーソナルデータは――ほぼ完璧といっていいほどに重なるの。それこそ、同一人物でもないとありえないくらいにね」
「……できた。いーちゃん、理解できたね? それじゃ、始めようか」
少女たちは何か頷きあって、玖渚が手元のマイクを引き寄せる。ぶつん――。一瞬のハウリングのあと、鼓膜に圧迫感を与えるスピーカの駆動音が船体に満ちる。
「あー、あー、マイクテスっ。これより本船は――この僕様ちゃんが制圧する。操舵室操舵室、システムグリーン。アン――you have control」
そのセリフと同時に船が一度大きく振動し――停電、すぐに復旧する。蒼色が――玖渚友が、この船を完全に掌中に収めた瞬間だった。
「あれ、さっきの子たちは……」
「彼女たちがするべきことをしに行ったのさ。さ、こっちはこっちで忙しくなるよ」
「そう――忙しくなるでしょうね。私に、船を、返さないといけないのだから」
<>
どういうわけか橙子さんの脳内ビジュアルが長いこと草薙少佐<>saga<>2011/04/11(月) 17:11:47.78 ID:PM1bvkg90<>
「お前が根源か――真賀田四季」
「何と答えようとも、あなたの行動に影響できそうにありませんね、両義式?」
船窓の向こう側――船倉――その奥。
一角を切り開いて作られた、ダクトスペースの中の忽然と開けた空間。
何かの駆動する音や、何かの回転する音に満ちている。
「…………」
右手を着物の帯に添え、ゆるりと重心を崩して立つ式。力なく下げられた左手から、年代物の革製トランクが滑り落ちて開く。
閃光。ジ―――――……カタカタカタ...............という、どこか郷愁を誘う懐かしげな音。
ダクトやバルブ、式と四季の影が鞄を中心にして放射状に広がる。
そしてその光の中心、影なく屹立する――魔術師の影。古いフィルムのようにノイズを走らせながら、彼女はにやりと笑んで唇を開く――
「それはわたしの大事なコレクションの一つでね。それに買い手が付いている。返してもらうよ――」
間違いなく惑いなく揺るぎなく、他愛なくとめどなく比類なき、赤色の魔女がそこにいた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/11(月) 17:13:23.18 ID:PM1bvkg90<>
「白鯨――ゼルガイゼル」
がばっ、飛び起きた双子はどこか焦点の合わない眼でその名を問う。
「どこ……? どこにいるの?」
「何をわたしたちに求めているの?」
o r a n g e & s o d a
そして、リコとリムの、グミのようにつやつやした美しい瞳に意思の光が灯り、今一度互いの手を握り直し。
声を揃えて叫ぶ、
「わたしたち、あなたの力になりたい!」
感嘆したように息を吐き、ハルカが誰にともなく囁く。
「名のある鯨に出会ったのね……。人に依らず、自ら個を持った海獣の長……」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/11(月) 17:13:57.35 ID:PM1bvkg90<>
「すごいな……RED MAGICをハッキングしたのか……」
それは彼にとって、理解できるかできないかという次元を超越した驚きだった。
真賀田四季は彼にとって絶対で、ある種の信仰、そう言って差し支えないほどに彼の存在に大きく侵蝕し、犀川創平の根幹に、確実にその影響を――例えその片鱗しか感覚することができないとしても、だ――人格の形成にまで及ぼしている。
そして彼女が構築してきたこの舞台が、玖渚友という少女の手によって書き換えられていく。
どこからが逆転なのか。どこまでが正転なのか。
どこまでいけば真賀田四季に追いつける? どこまで走れば真賀田四季から逃れられる?
真賀田四季はどこまでを予測し、そして観測しているのか。
ああ――届かない。
どこまで行っても、何にも届かない。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/04/11(月) 17:22:03.68 ID:CuGCM1em0<> 頑張んな <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga >>100 否定命令? 感嘆?<>2011/04/11(月) 17:27:45.15 ID:PM1bvkg90<>
「信じられない、これが映写機による映像なんて……」
プラネタリウムのような専用の施設ではない、開閉式の、非接合型非一体構造の、総排水量百十万トン、全長三千四百八十メートルに及ぶ巨大客船の天井だ。
外郭と、この映写室がある艦橋の一番上、互いに作用する振動の影響を意識されないほどにキャンセルして、星空を、青空を、海面を、その変遷を全天に及び映し出す。
最早常軌を逸した技術だった。
「これを止めるのは惜しいな」
「でも、止めないといけないわ」
「萌絵さん、どうしてなんですか?」
「この映像が映し出されているのが、空だけとは限らないでしょう? それに天井にも、何かこの状況を打開するヒントがあるかもしれない」
「ふむ、どうやら端末の電源装置はなさそうだね。……このフロアの配電盤を探そうか」
いくらRED MAGICが素晴らしいOSでも、いくら天才による設計でも、実装し、運用するからには経時によって指数関数的にリスクは増していく。
すべてを一つの母体からだけの指示に依存して、ハード的な安全策を講じないなど、現実的にありえない。そんな風なことを犀川は言った。
「だからソルバルウは飛び立ったわけだし、R−システムが必要だったのさ」
「犀川先生ってゲームとかするんですねー」
「それがわかるらしい美衣がわからないわ」
「人生、世界、宇宙、すべての答えは42……ってことですね」
「あ、私もそれ読んだよ」
犀川と美衣、萌絵と亜衣。必然、レーチと真衣。
「いや、斬新過ぎるだろ、この組み合わせは」
「いいから早くスイッチ探しなさいよね」
「なにちょっと怒ってんだよ」
「だってなんか、余ってるみたいじゃない」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/11(月) 17:56:59.35 ID:PM1bvkg90<>
操舵室へ駆け込み、リムが叫んだ。
「ぶつかる! ゼルガイゼルさん、逃げてっ!」
リコも叫ぶ。
「左に曲がって!」
乗組員たちの視線が集中し、それはすぐに乱される。
玖渚の手によって彼らへ明け渡されたコントロールが、巨大な障害物への接近を示すソナーのけたたましい警報音を鳴り響かせたことによって。
取り舵一杯。いまだ海図は機能せず、GPSは玖渚の衛星電話と同様の理由で意味をなさない。ソナーと、鯨たちから与えられる情報頼りの、目隠しにも等しい航海が始まった。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<><>2011/04/11(月) 17:58:42.25 ID:PM1bvkg90<>
船が大きく傾ぐ。その刹那、式は弾けるように駆け出していた。刀を握った時ほどではないものの、三間の間合いを一瞬のうちに詰める。
しかし、四季は揺らぐこともなく、まっすぐに立ち、笑みさえ浮かべて式を見つめていた。船にまっすぐ立ち、船とともに十三度傾いて。
懐から、小刀を抜き放つ。同時に一閃、返す刀で更に踏み込む。血飛沫さえなく、真賀田四季の死が切り裂かれる。
心臓から、同じ角度で直線が三本
「――――!」
なぜ気付かなかった!? 確かに視て、そこを狙って切りつけているのに――こいつも、人形――!
後ろへ倒れる四季の胸元から、エメラルドグリーンの軌跡が走る。ちょうど清涼飲料水の缶くらいの大きさの、両端に金属製の蓋のついた透明の円筒。
中で気泡が揺れる、粘性は低そうに見える。式は驚きを押し殺し、空中でそれを掴み取ると振り返った。
「橙子、これだな。お前の探し物ってのは」
魔術師は放って寄越されたそれを片手で受け取り、軽く眼を眇めると首を振った。その表すところは――否。
「確かにこれが、私の説明した通りのものだがね……。ああ、確かに液体の入った容器と説明した――。しかしこれほど早く彼女があれの使い方を見つけ出すとは。さすがは天才というべきか……。
いや、実はあれの本体はその中に浮かぶ大きなビー玉みたいなものでね。魔術も知らぬ人間に取り出せるわけもないだろうと高をくくっていたのだが」
「ふん……驕りも甚だしいな。それとも卑下か? そんな奴が、如何に天才と呼ばれようと、だ、あのアトリエから魔術遺跡を盗み出せるわけがないだろうに」
「そう、……その通りだな。この際だ、お前も知っておいた方がいいだろう」
再度、容器を式へ放り投げる。蓋の円周に描かれた精緻な文様が、鞄の中の幻灯機から光を受けて輝く。
ドグラ・マグラ
「あれは、名を物思う脳髄という。瓶の中の小人――ホムンクルス研究が最も盛んな時代にゴールデンドーンが生み出した最高傑作の一つさ。
姿は小さな薄緑色の球体――完全な球体だ。そう、時は産業革命真っただ中、魔法信仰から科学信仰へと世界が大きく振れた世だ。
工場は黒煙を上げ、蒸気機関が吠え、空はスモッグに覆われた。そんなところに妖精は住めない――だからこそ、こんなものが生まれたのかもしれない。
この液体は安定剤だ――あらゆる意味でのね。ここに入れるとあれはその活動を停止し、休眠に入る。逆に取り出すと活性化し、成長を始める。
正しく使えば、完璧な自我を持った人形を作ることさえ可能だ。自分が被造物だという意識を持って尚、崩壊しない自我をだよ」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/11(月) 18:11:58.20 ID:PM1bvkg90<>
「まがいものはお呼びでないけれど――最早自分でもわからなくなっているのかな?
四季ちゃんはそんなに愚かじゃないと思っていたのだけれど――その人形は、そうでもないみたいだね」
そして机をけって、くるくるくる、回りながら言うのだ。
「いーちゃん、足止めよろしく」
「……無茶言うなよ……」
こえー。超こえー。美人が殺気立つと三割増しでこえー。
ちなみに無言で更に二割増し、瞳や唇に浮かぶわずかな微笑で二割増しだけどこれはどんな表情でも怖いかな。
ここで真賀田博士があっちょんぶりけとか言ってみろ、多分ぼくは泣く。
「まがいもの……ってことは、この真賀田博士も今まで死んだみたいな、クローン四季ちゃんなのか!?」
「クローンっていうのはどうにもエヴァのイメージが先行するよね……」
しねーよ。三人目まであっさり死んでるじゃねーか。
「四季ちゃんサバイヴなんてどう?」
もう意味がわからない。
「僕様ちゃんの進化は、光よりも速い――」
「それは別のシリーズだ」
まったく……。そして、ぼくは、律儀にも待っていてくれた彼女へと向き直る。
「はじめまして、真賀田博士。史上最弱欠陥製品、戯言未満の戯言使い――です」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/11(月) 18:12:46.80 ID:PM1bvkg90<>
「ようこそ、玖渚友さん。この度は私の船へようこそおいで下さいました」
無視、だった。あらゆる意味で戯言使いにとって致命的で、最も効果的な対処法――これを続けられると、ふつう戯言使いは泣く。
「あんまりいじめないでもらえますか――根が弱いもので。玖渚には、あなたをよろしくと言付かっています」
「皆様に突然不躾な招待状を送りつけ、わざわざご足労願った理由、それは――」
「おい、玖渚! 会話も成立しないじゃないか!」
玖渚も回転をやめて、じっ、と真賀田博士――のにせもの――を見ている。三半規管の丈夫なやつだ。
「様子がおかしいね……そんなに焦っているのかな?」
「それは、君がRED MAGICを書き換えたからだ。真賀田四季たちにとって、それは自己の存在に等しい――わかってやっているのだろう?」
「…………誰かな」
「通りすがりの魔術師さ、覚えておきたまえ」
「失礼」
突然かくんと顎を下げ、真賀田博士は玖渚のパソコンへ向かった。しかし、そこで静止する。
「……しょせんはにせもの、まがいものだよ。僕様ちゃんがどうこうするまでもない、こんな哀れな――。
悪いけど、インストールさせてもらったよ。『中止ボタンがしいたけに見えて困る』アドオン」
真賀田博士の――いや、そのにせものの目が激しく震える。手が、歯が、がたがたと震えだす。
そこにはもう、天才と呼ばれた女性の姿はなかった。
ピシピシ、彼女の全身に一斉に罅が走り、エメラルドグリーンの光輝を残して真賀田四季のにせものは砕けて消えた。
「そいつも人形――もう、何だっていい。俺はいらいらしてるんだ。玖渚友――お前は俺の敵か?」
反応さえ待たずに、密航者が疾駆して玖渚へ斬りかかる。
着物の胸元から取り出した短刀の切っ先が鋭く空中を走り、突き刺さって――血潮とともに貫いた。
「ぐぅ……ッ!」
ぼくの左手を。
<>
おいのふつれさん来てるじゃないかここ見てるもの好きはそっち行くべきだぞ ◆3feiQFueVc<>sage<>2011/04/11(月) 18:33:46.35 ID:PM1bvkg90<>
彼女の夢を通り抜けた。
さまざまに、子供っぽく色鮮やかな、コスチュームの間をくぐりぬけて。
そして、最後の扉。
「お嫁さん――だね」
両側にウェディングドレスを着たトルソーが立っている。
『まがた しき』
赤いドア。カラフルなプレート。真鍮のノブに、レトロな形の鍵穴。
「この先に、真賀田博士がいる……でも」
「でも……?」
「真賀田博士はねこなの。わたしが扉を開けるまでは、真賀田博士はおひめさまで、ケーキ屋さんで、かわいいドレスを着て……。
でもわたしが、それを壊す――真賀田博士の夢の、全部を――」
「……レイラ」
「レイラ」
座り込んでしまったレイラの前に、降り立つ王子。アリスのウサギ――名を、クリス。
「君たちは正真正銘のプリンセスだ、レイラ。りんご、名月。彼女は、夢見るアッシェンプッツェル――。迎えに行ってあげるといい。きっと待っている」
「クリス……」
頷きあう。それだけで、心が通じる。
「どうしてここがわかったの、クリス?」
「俺はおとぎの国の王子だからな。こういう場所が、専門なんだ」
「そっか」
笑って。手首に巻いたシュシュを叩く。光とともにシュシュがバトンへと変化した。
――プリパルプレパルプリリンプッチ! ひめチェン!
エンジェリック・フロウライト
――『天使の祝福』!
その瞳は黒曜石のように鋭く。髪は青みを帯びて流れる墨の如くして。
その眼は優しい日輪の赤を湛え。髪は燃えるように赤く、されど柔らかく。
その双眸は美しく澄んだ碧玉の蒼。髪はその一本まで透き通る至高の白金。
天使たちはもう一度、軽く笑みを交わして。
扉を開いた。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>sage<>2011/04/11(月) 19:07:08.81 ID:PM1bvkg90<> エリンの再放送とか寝不足とか遊戯王ぜあるとかで今日はこれまで。
のーひゅーち。 <>
◆3feiQFueVc<><>2011/04/14(木) 00:04:28.03 ID:tnZ2j9Of0<> あ、一応、投げるつもりはないです
ちょっと詰まってるけど <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/15(金) 00:15:02.53 ID:DU6qgPFb0<>
真衣はその蓋を開いて、ちょっと自信なさげに喜んだ。
「あったー……かな?」
「正解だよ、真衣君。さて……」
黙り込むと、犀川は一拍置いて一番大きなレバーを下におろした。ガコン――
全員が、周囲を取り巻くアクリルドームを見上げる。更に透過して、輝く日本海の夜空を。
見る見るうちに星空は小刻みに振動を始め、そして振れ幅が大きくなり、唐突に――消えた。
闇。それを切り裂いて、一基あたりの光量一万三千ルクス、計二十四基の純白色光が周囲を照らす。スペクトルの別れる光では、海水中の不純物にそれぞれ違った散乱を起こして観測に支障をきたす。
それは、彼女の夢の結晶が、真実今浮かんでいる場所。深海四千三百メートル、日本海溝の景色だった。
「液晶――!」
萌絵が理解して、悲鳴のような歓声を上げる。
「映写機ではなく、スタビライザだったというわけか……。解像度も異常だけど、機械的な微動をキャンセルするなんていう、フレキシブルでデリケートな映像処理を三日に渡って続けるなんて……。……この船の技術は、外よりも三世紀以上先を行っているね……」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/15(金) 00:15:36.43 ID:DU6qgPFb0<>
「やっぱり、潜水艦だったわね」
「なにが『やっぱり』だか。もう、いいからさっさと始めましょ。『わたしたちにできること』ってやつを」
「ええ。……あかり」
「…………うん!」
キラキラ☆アイ・ラブ・ガーネット!
スイーツ大好き! サンゴにゃん!
きらめくサファイア、あふれる友情!
輝く勇気はルビーのしるし!
宇宙のちから、ラブラトライト!
ジュエルペットは魔法の存在。自己の意義を定型句によって宣言することで、魔法を知らない周囲の世界に、これからの不条理を実行するための素地を作りだす。
魔法を構成するための、構造を。
「てぃんくるてぃんくるマジカルチャーム! うぃんくるうぃんくるジュエルフラーッシュ!」
マジカルチャーム ジュエルフラッシュ
魔法の宝石、それはパートナーの種を表す言葉であり、宝石の輝きは奇跡の名前。
そこにあり、かしこにある、形而下に顕在する奇跡の宣言。
物理法則を否定し、エントロピーを収縮へ転じ、創世の秘術さえもその手に握る、
想いの力が奇跡の力、魔法少女がそこに在る。
<>
おやすみ ◆3feiQFueVc<>saga<>2011/04/15(金) 00:16:08.58 ID:DU6qgPFb0<>
視覚情報の確保。船舶運用上、決して蔑ろにできない揺るぎなき重大事項。
しかし、それは少し遅すぎた。
右舷の水中翼が、岩盤を削る。船体に衝撃が走った。そして巨鯨の咆哮。
岩山の影、ゼルガイゼルの巨躯がその質量を身じろぎさせる。
「うきゃあっ!」
「リム!」
バランスを崩し、転がっていくリム。リコが飛びかかって抱きかかえると、いっしょに床にたたきつけられ、双子は軽く跳ねて息を詰まらせた。
「ぃひっ……ぐ……!」
「リム、大丈夫?」
「うん……リコこそ」
「へへ、あたしは平気……」
そして、微笑みあって。手を握る。ただ深海に棲み、深く、深く、考え続ける彼へと再び語りかけるために。
<>
◆3feiQFueVc<>saga<>2011/04/15(金) 23:09:49.52 ID:DU6qgPFb0<>
「何のつもりだ」
「ぼくは……玖渚友の、付き人だからね」
ものすごくいてえ。あってめえ両義こら抜こうとするな待て待て待て、
「いってえええええええ!」
「俺は殺すつもりで刺したんだけどな」
「…………本当に?」
「ほう」
両義の隣に立っている女性が眉を上げた。気になっていたけど言わないようにしてたんだ。くそ、あなた少し透けてますよね?
「……どういう意味だ」
「両義式……君は鋼鉄製の扉をナイフの一振りで両断した。力じゃなくて技だとか言うかもしれないけど、鉄だって摩擦は持ってる。
技でできるのはせいぜいがパイプの切断とかそのくらい、なら君は、ぼくの腕だって玖渚の首だって軽々両断できるはず」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/15(金) 23:10:30.15 ID:DU6qgPFb0<>
「まあ、できるけど。でもそれは力じゃない、この眼の所為だ。俺の目には、“物体の死”が見える。鋼鉄製のドアでも、真賀田四季の人形でも、おまえやその蒼色でもな」
「やっと秘密を話してくれたね……。多分、隠すつもりもなかったんだろうけど。その異能、扱うのに技術が要らないなんて言わせないよ。
君は相当以上の努力をしたはずだ。それこそ言ってしまえばそれは、君が一番殺したくないものを、ますます殺しやすくなるためのものだっただろう」
「……」
「この眼の所為だと言ったね。眼の力でもなく。自分の能力でもなく。それ……制御できないんじゃないのか」
「…………」
「どんな気分だ? 自分の守りたい相手の“死”が見えるってのは。そこを突けば殺せるのか? それともただ単純に、そこなら簡単に切れるって程度なのか?」
「……おい」
「さてそれならば、だ。ぼくが玖渚を庇って出したこの手……簡単に切り落として、玖渚を敵かどうか確かめるまでもなくその首刎ねて、そのまま立ち去ることだってできたはずだ。
いや、『そうするべきだったんだ。君は』。真賀田四季を探している君は。そうだろう、式!」
「………………」
「お前は殺せない。決して、絶対に、間違いも迷いもためらいもなく言える。
式! お前は誰も殺せない!」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/15(金) 23:10:56.44 ID:DU6qgPFb0<>
「……………………」
「いーちゃん」
「……玖渚」
「だめだよ、式ちゃんを壊しちゃ。式ちゃんは一応、味方なんだからね」
「……ああ、悪い。つい、かっとなって」
「でも」
玖渚が、立ち上がった。蒼い髪をなびかせて。蒼い瞳の軌跡さえ浮かばせて。かつて死線の蒼を名乗った彼女は……死線を見る彼女へ対峙する。
「敵かどうか、だって? そんなこと決まってる。僕様ちゃんはつねに、全人類の味方だよ――ただ一種類の例外を除いて、ね。
そんな糞くだらない理由でいーちゃんを傷つけた式ちゃんがこの青色の前に存在していること――
私は認めない」
誰も、何も、言わなかった。
ただ、両義が横を向いて――もう一度、ナイフを振るっただけ。
「うぉわっ!?」
「……痛みと出血を殺した。後で治療してもらえ」
「へえ……便利なもんだな」
「うるさいんだよ。お前なんかの戯言が、この俺に届くか。言葉だって生きてるんだ、だから相手に響く。
――生きているなら、神様だって殺して見せるさ」
「……」
そして両義は完全にぼくたちに背を向ける。
「わかってるんだよ、そんなことは。それでも俺は、殺し続けるしかないんだ」
<>
◆3feiQFueVc<>saga<>2011/04/17(日) 15:42:21.00 ID:e2AHbzIn0<>
「真賀田博士……あなたの最後の夢を」
「…………」
こねこが二匹、転がっていた。ちらり、レイラを見上げ、尻尾を丸めて目を閉じる。
真賀田四季は、幼い少女の姿をしていた。
「行きましょう。博士、あなたに終わらせてもらわないといけないの」
「……お姉ちゃん」
ばさ、翡翠色の、妖精を喚起させる蝶の羽が、立ち上がった四季の背中から姿を現す。
胸元に光が集まっていく。四季はワンピースの胸元を押さえ、顔を歪めて膝をついた。
「んッ……く……ぁ」
肩紐がずるりと滑り落ち、部屋に満ちる柔らかな光は鎖骨の影を妖艶に描き出す。
「あああぁぁぁぁぁああ゛あああ゛あぁぁぁああああああ!」
苦悶の声が子供部屋に満ちて――切り裂かれた。
「見つけたぜ、ドグラ・マグラ」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/17(日) 15:49:55.57 ID:e2AHbzIn0<>
「てぃんくるてぃんくるラングーラウィード!」
魔法を構成する最初の要素、起動の詠唱。命令術式、ラングーラ。単純上位、ウィード。
魔法の呪文には命令を終了する語彙がない。術者の意思が続く限り、そこには魔法が存在し続ける。
巨躯を震わせ、白鯨が啼く。
魔方陣が展開し、船全体を仄かなピンクの光が包み込む。
魔術力場。物理法則に縛られない、第三階梯の力。
空中に比べれば酷く遅く感じられる勢いで、重力に従い岩のかけらが降り注ぐ。
遠近感さえも錯覚に支配され、その質量を見紛うばかりの巨岩。
沙羅の魔法が、ひとつづつ、丁寧にその軌道を操っていく。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/17(日) 16:05:25.68 ID:e2AHbzIn0<>
「船が……」
「止まった……?」
慣性を無視した挙動に、艦橋で双子がよろめいた。そして目を合わせて、確認のように囁き合う。
超電導電磁推進エンジンの冷却機関が唸りを上げ、コイルに流れる電流が磁場と干渉してローレンツ力を生みだし、イオンが加速する。
リアルタイムで濃度を調整された水が勢いよく船体の中心を通り抜け、その反作用が未知の力によって打ち消される。
相殺ではない。
圧倒的な力で、その場に固定されていた。
「ゼルガイゼルさん……聞こえる?」
「…………」
北洋を居とする海生哺乳類が、周囲の海中に集まっていた。
鯨の歌が船を叩く。
「さようならって……言ってる」
「……うん」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/17(日) 16:17:44.80 ID:e2AHbzIn0<>
そこは、何の変哲もない船長室の中だった。
大きな樫の執務机、背後の壁には大きな海図、キャビネットはしっかりと固定されていて、中は空。
ねこが二匹、天使がみっつ、そして少女と、魔術師。
式が特別製の左手を突き出し、四季の胸元の光を掴んだ。輝きが一層激しくなり、四季は身を反らせて痙攣する。
「……ぁ……ぐ……」
――生きているなら、神様だって殺して見せる。
死を視る目が、魔術の結晶、その光を射殺す。
しなやかに腕が伸びて、心臓を貫いた。
悲鳴を上げたのは、誰だったか。
ドグラ・マグラは、あっさりと両義式の手中へ収まった。
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/17(日) 16:31:07.50 ID:e2AHbzIn0<>
玖渚の趣味に合わせて真っ白な部屋は、嵐の後のように、静けさだけがうるさく反響していた。
「なんだったんだ、まったく……」
「いーちゃんは、理解できない事象に直面したとき、どうする?」
「思考停止する」
「嘘だね」
改行すらはさまずに否定された。
「いーちゃんは、未知を未知のままにしておけない。自分が無知だと知っているのに、だよ」
まあ、それがいーちゃんのかわいいところなんだけどね。
ほっとけ。
「ハァイいーたん、そろそろ帰る時間だよん」
「ええ、そろそろ来るころだと思ってましたよ……哀川さん」
<>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/17(日) 16:34:32.10 ID:e2AHbzIn0<>
「教授」
「やあ亜衣ちゃん。どうだい、捜査の方は」
「そんなの、レーチに聞いてよ。わたしはなーんにもわかんないまんまなんだから」
「そう……。ところで亜衣ちゃん」
「なに?」
「そんなことよりおなかがすいたよ」
「寝てなさい」
<>
◆3feiQFueVc<>sage<>2011/04/20(水) 19:30:37.55 ID:zc7Tt6Fp0<> 寮のインターネット接続更新願を出し忘れていてあぶないところでしたが続けます
明日から <>
◆3feiQFueVc<><>2011/04/22(金) 17:27:23.15 ID:Rh4RDPr10<> 「艦橋の後ろ……この部分は、構造上なんの必要もない部分。そして、一番効率よく船全体に情報を伝えられるところ……」
真賀田四季がその小さな手をかざして、ノックする。
こーーん、こーーーーーん、と、響いた。
二、三度、確かめるように打ち鳴らすと、続けてリズムを取るように叩き始める。
激しく、柔らかく、律動的に。
そして四十秒ほどして、その振動が大きく震えを伴って、船全体に伝播し始めた。
轟、
ミシミシと唸りを上げて、軋む船体。
そして、停電。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<><>2011/04/22(金) 17:29:01.12 ID:Rh4RDPr10<> 一瞬にして復旧。
しかしそれは、今までとはあらゆる意味で違っていた。
「空が……」
「……海も」
RED MAGICの初期化、及び最適化。
物理的アプローチによって、真賀田四季は再び君臨する。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<><>2011/04/22(金) 17:29:28.31 ID:Rh4RDPr10<> 「さようなら、真賀田博士」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<><>2011/04/22(金) 17:30:49.25 ID:Rh4RDPr10<> 「さようなら、お姉ちゃん」
真賀田四季のその答えに、レイラは悲しそうに笑った。
ずっとあとからついてきていたこねこが、ふい、とどこかへ歩き去る。
式は、少女たちと一緒にそれを見送ってから、廻転を続ける映写機の蓋を閉じた。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/22(金) 17:32:57.71 ID:Rh4RDPr10<> 海図は海底図に自動更新され、完璧に等しい航行プログラムも復旧した。
自動的に船が、最適な内圧を保ちながら浮上していく。
「…………」
白鯨ゼルガイゼルの声は、聞こえない。
集まっていた鯨たちも、もういなくなっていた。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/22(金) 17:43:59.92 ID:Rh4RDPr10<> 「さてと……。
説明を求めるような野暮は致しますまい。
どこで降りられるおつもりですかな……真賀田博士?」
煙と共に――こねこが消えた。
現れたのは、痩身麗躯をまったく晒した、真賀田四季の姿。
「私の発明……逆進化推進装置、通称キルミン。気に入っていただけたようで何より」
そう言いながら、白衣をそっと真賀田四季の肩へ回しかける。
「ありがとうございます、御子神博士。
そうですね……私は、しばらく姿を消しましょう。この船といっしょに……。
……かつて、息子の面影を追い求めて、世界最高とも言われる人工知能を作り上げた女性科学者がいました。
そのコンピュータの名は、RD。
…………いいえ、関係のない話です」
「そのキルミンは差し上げましょう。ただし、連続して99分以上、アニマルモードを使用しないように……。あなたなら、そう危惧することでもないかとは思いますが」
「では、ありがたく頂戴していきます。さようなら、御子神博士」
「……さようなら」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/22(金) 17:47:25.71 ID:Rh4RDPr10<> 船は何事もなかったかのように巡航を終え、それぞれの町へ寄港した後に、太平洋側へ姿を消した。
海上保安庁の記録によると、その未登録船がレーダーから消失するまでの間に、甲板ハッチから離陸した二つの機影が確認されたという。
一つはハリアー、もう一つは、真っ赤なスポーツカーだった、そんな噂は、すぐに忘れ去られていった。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/22(金) 17:49:53.17 ID:Rh4RDPr10<> 「…………」
「先生、先生?」
「僕は……どうして彼女に呼ばれたんだろう」
「真賀田博士のことですか?」
「…………」
はぁ、と、聞こえないように息をついて、わざと必要以上に明るく声を上げる。
「先生、今度、マジックショウを見に行くことになったんですけれど……」
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VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/22(金) 17:51:06.65 ID:Rh4RDPr10<> 「ありがとう、あかり。助けてくれて」
「ううん、わたしは何にも……沙羅こそ、守ってくれてありがとう」
「……」
「ミリア、ありがとう」
「なによ……」
「ううん、なんでもない」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/22(金) 17:52:58.38 ID:Rh4RDPr10<> 「どうして真賀田博士は小さくなってたのかなあ」
「……そうだね、ちいさくなってた。言ったでしょ、最後の夢なんだ……博士の」
「レイラ……」
「お姉ちゃん、って、言ってみたい。お姉ちゃんを呼んでみたい。
それから……猫になってみたいな、なんて」 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/22(金) 17:57:07.86 ID:Rh4RDPr10<> 船から降りてからというもの、ツタの這った洋館に棲みつくゴキブリはますますその生態を謎多いものにしていった。
セ・シーマの名探偵食い倒れ紀行に締め切り通り無難な船のグルメリポートを寄せてから、一度も出てこない。
「これは聖戦よ」
美衣が割烹着の帯を締めながら、宣言する。
「救助じゃなかったの?」
「清掃が先!」
「もうしばらく、そっとしておいてもいいと思うんだけどな……」
「亜衣はあれから教授に甘すぎなの! 突撃!」
洋館の扉が勢いよく開かれ、最早粉塵と呼称を改める必要に迫られるような埃が、一気に道路へと飛び出した。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県)<>saga<>2011/04/22(金) 18:00:42.49 ID:Rh4RDPr10<> 「ねえママ、ゼルガイゼルさんって何歳くらいなのかな」
「さあねえ……ママにもわからないかな」
「ねえドクトル、真賀田博士とどんなお話したの?」
「…………」
「はぁ……ま、いいや。わたしカノンちゃんと遊びに行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
玄関を開けて、階段を飛び下りる。
門扉を抜けて右を見ると、ばっさばっさした金髪が慌てて隠れた。
ネコの髪飾りが楽しげに跳ねて、リコは物陰の彼女に抱きつく。
「ただいま!」 <>
◆3feiQFueVc<><>2011/04/22(金) 18:03:18.51 ID:Rh4RDPr10<> あ、どうも、終わりです。
御迷惑おかけしました。
またどこかで、お目にかかることがありましたら。 <>
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/04/22(金) 19:33:09.62 ID:5DZaGWPw0<> 乙!
すべてがFになるか、懐かしいなあ。
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