◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:02:36.14 ID:kkMp+c67o<>   プロローグ


 その日、俺は深夜まで事務所兼自宅で仕事を片付けていた。

「ふう……」

 仕事も一段落ついたところで時計を見る。

「2時を回ったか。こりゃあ確実に朝までかかるな」

 仕事が終わればベッドに直行、そこで惰眠をむさぶろう。いや、その前にシャワーを
浴びたほうが気持ちがいいか。

 パソコンの画面を見続けたせいでクラクラする頭で考えつつ、小さく伸びをした。

「うーん、腹もペコちゃんだし、夜食でも食って一息つくか」

 独身の独り暮らし。家に買い置きなどあるはずもないので、俺は近所のコンビニまで
買い物に出かけることにした。

 こういうとき、深夜も開いているコンビニは便利だ。


   *



「いらっしゃいませー」

 マンションを出て、コンビニへと入った。深夜にも関わらず、店内には数人の買い物客が見える。

 コンビニへは、雑誌やコーヒーなどを買うくらいしか寄ることがないので、こうして食べ物を買うのは
久しぶりかもしれない。

 何か軽く食べられるもの。そう思って店内を物色する。

 カップヌードルってんじゃないしな、オニギリだけってのもな……。

 インスタント食品コーナーを軽く見てから、惣菜コーナーへ。深夜でも開いているスーパー
が出現したせいか、最近のコンビニフードは色々と充実しているような気もする。<>孤独の魔法少女グルメ☆マギカ〜井之頭五郎と魔法少女の物語〜
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:05:52.89 ID:kkMp+c67o<> 「『うずらと牛肉の中華風』か……」俺は小さな惣菜のパックを手に取り、つぶやいた。

 こういう小さなおかずはいい。これをいくつか買っていこう。そう思い、おしんこや

卵焼き、それにキンピラゴボウなどのパックをいくつか手にとってみる。

「ん……」

 ふと周りを見ると、買い物かごを持った客の姿が目に入った。

「かごか……」

 コンビニでかごを使うという発想はあまりなかった。これまで一つや二つくらいの物を
買う用事しかなかったからだ。

 俺は買い物かごを取ろうと、入口近くに向かおうとしたけれど、よく見ると惣菜コーナーの
近くにもかごが置いてあった。それを見て俺は、客の行動を把握して作られた店内構造に関心する。

 かごを取ると、さきほど選んだものをかごに入れる。しかし、大きなかごに対して
この量はちょっと寂しい。

 もう少し買うか。

 そんな気持ちになって俺は、別の棚を見て回ることにする。

 コンビーフ。そういうのもあるか。昔はよく食べたっけな。

 懐かしい気持ちになりながら、俺はコンビーフの缶詰をかごに入れた。

 バランスを取るため、ついでに野菜の煮物もかごに放り込む。

 先ほどまでスカスカだったかごは、商品で一杯になってきた。

 こうなったら汁モンもほしいな。

 何となくエンジンがかかってきた俺は、インスタントみそ汁の棚に脚を運ぶ。

 豚汁もいいけど……、ここはナメコ汁で決めよう。そう思い、俺はナメコ汁の容器に手を伸ばした。



 その時―― <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:07:39.30 ID:kkMp+c67o<> 「あっ」

 誰かと手が触れ合ってしまう。一瞬だったけれど、すごく柔らかい手に思えた。

「なんだよ」

 ふと横を見ると、赤みがかった長い髪を後ろで束ねた活発そうな少女がこちらを
睨んでいる。

 どうやらこの子もナメコ汁を買おうとして、俺と手が当たったらしい。

 しかしなんでこの少女は、口にお菓子のポロツキーを咥えているのだろう。

「失礼……」

 別にどちらが悪いというわけではないが、俺はとりあえず謝っておく。

「ふん」

 少女は、強引にナメコ汁を手に取り、それを買い物かごに入れると、レジへと向かっ

た。

 彼女はパーカーにショートパンツ姿。比較的薄着だが寒くはないのだろうか。

 俺は少女の後ろ姿を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:10:23.49 ID:kkMp+c67o<>

      第一話 大食


 コンビニからマンションまでの間をしばらく歩く。

 春先だというのにまだ夜は肌寒い。

 帰り際におでんまで買ってしまったので、合計が二千円を超えてしまった。コンビニ

でここまで金を使ったのは久しぶりかもしれない。

 たまった仕事のことを考えると気が重いけれど、今は家に帰って何から食べようか、

それだけを考えることにしたら、気持ちが落ち着いてきた。

 ふと、立ち止まる。

 どういうことだろう。

 普通ならもう、マンションへ到着しているはずだが。よく見ると、俺がいつも歩いている歩道と違う。
明るかった街灯の光が、不気味な赤や紫がかった光を放っていた。

「おいおい、どこだここは……」

 寝不足で頭がおかしくなったのか?

 足元を見ると、ここでも怪しい光がぼんやりと見える。

 顔の前を何かが通り過ぎた。

「蝶?」

 蝶にしてはあまりにも大きく、蛾と呼ぶにもおかしい形の生き物(?)が飛び交う。

「ケケケケケケッ」不気味な笑い声が耳に響く。

 出っ歯のお笑い芸人の笑い声を彷彿とさせる実に不快な声だ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:12:25.46 ID:kkMp+c67o<>  見たこともない犬のような大きさの動物たちが行列を作ってどこかへと向かっている。
ピンク色の小さな象が空中を暴れまわる。

「なんだこの世界は」

 まずいな、逃げないと。

 俺の本能がそう呼びかける。しかしどこへ逃げればいい?

 交番などはない。

 どの方向へ行けば安全なのか。

 だめだ、こういう場所で闇雲に動き回って迷ってしまうのはいつもの悪い癖だ。

 しかしじっとしていても状況がよくなる兆しはない。

 俺は慎重に歩きはじめた。ぐにゃりと、嫌な感触が靴を通じて足の裏に伝わってくる。

 いやだ、早く逃げ出さなければ。大きく息を吸い、心を落ち着かせて歩き続ける。
この先に何があるのかわからない。

 焦るんじゃない、俺はただ家に帰りたいだけなんだ。

 しばらく歩くと巨大な赤の光が二つ、目の前に現れた。

 信号? 太陽?

 いや、違う。

 よく見ると、光の後方に巨大な影が見える。その影は……、目だ。それも特大の目。

 暗闇に目が慣れてくると、そこに現れた二つの赤い光が巨大なハエの目であることが

わかった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:14:12.89 ID:kkMp+c67o<> 「ぬわっ!」

 ハエの頭と羽根、そして獣の身体を組み合わせたような、とにかく巨大で気持ちの
悪い化け物がいた。

 これは不味い。

 先ほどまで足元でうごめいていた小さな生き物どもとは比べ物にならないほどのヤバ

さだ。脚が震える。

 逃げないと。

「グオオオオオオオオオ」ハエの化け物が吠える。

 羽根を振わせると、まるでヘリコプターのように激しい風が起こり、吹き飛ばされそうになる。

 ベルゼブブ……。

 巨大なハエの化け物は、大学時代に本の挿絵で見たことがある悪魔、ベルゼブブにそっくり

なことを俺は思い出す。

「くそっ!」

 俺は、化け物と距離を取りながらジリジリと後ずさった。こういう時、背中を見せて

逃げてはいけないと、何かで見たことがあったからだ。


 だがベルゼブブには効果がない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:15:56.66 ID:kkMp+c67o<>
「グオオオオオオオオ!!!!!」

 再び巨大な咆哮を上げると、襲いかかってきた。巨大な化け物とは思えない素早い
動きだ!



「――伏せろ、オッサン!!」


 聞き覚えのある声に、俺は身を屈める。

 バニラの香り?

 俺の頭の上を、誰かが通り過ぎて行く。

 顔を上げると、そこには長めの髪を後ろで束ねた、あのコンビニで会った少女が立っ

ていた。

 しかし服装が違う。フリルがついた赤い服、そして手には巨大な槍を持っている。

「なかなかの大物、いただくぜえ!」

 少女が槍を一振りすると、そこで眩しい光が発生した。

「ぐっ」俺はあまりの眩しさに目を顰める。

 少女は、ベルゼブブの前足をかわすように懐へ入り、頭を攻撃しようとしているところ
まで見えた。

 金属がぶつかりあうような、そんな高い音から激しく思い音まで聞こえてくる。

 いずれにしても凄い衝撃があることは間違いない。音とともに、衝撃波がこちらまで伝わっ

てくる。

《何をやっているんだい、早く下がって》

 何者かの声を俺の頭の中に響いた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:17:56.71 ID:kkMp+c67o<> 「誰だ?」

 目の前で行われている激しい戦闘に気を取られているため、周りのことがよく
わからない。

《こっちだよ、もっと後ろへ》

 俺は必死になって声に従った。後から考えて、もしこの声があの化け物の手下による

ものだったら、俺の命はなかっただろう。

 しかし、その時はそんなことを考える余裕はなかった。ただ助かりたい一心で、その場を
歩き出した。


 どこまで歩いたのか、どれくらい歩いたのかよくわからない。それでも俺は、必死になって
歩き続ける。

 しばらくすると、小さな光が見えた。

 根拠はないが、明るい場所にいけば無事な気がした。

 懸命に歩を進めると、光がどんどんと大きくなる。

 出口か……?

 目の前に広がる光。もしかしたら、この先は「あの世」なのかもしれない。

「あ……」

 気がつくと、俺はさっき買い物をしたコンビニの前にいた。

「ありがとうございましたー」

 店員の声とともに、水商売風の女性が店から出てくる。

「なぜ、俺はこんなところにいるんだ?」

「チッ、取り逃がしたか」

「ん?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:19:56.32 ID:kkMp+c67o<>  聞き覚えのある若い、少女の声が聞こえる。

 振り返ると、そこには先ほどベルゼブブと戦っていた赤い髪の少女がいるではないか。

 しかし服装は、先ほどの赤いフリルのついた妙なものではなく、コンビニの店内で
見たときのような、ショートパンツにパーカー姿であった。

「キミは……」

「ああ? さっきのオッサンか。ってか、何で“魔女の結界”の中に入れたんだ?」

「え、あの……」

《どうやら彼には、不思議な能力があるみたいだね》

 まただ。

 あの化け物を見た時に、頭の中に響いた声。 

 一体誰の声なんだ。周囲を見回すけれど、赤髪の少女以外人影は見られない。

 いや、人影?

《ここだよ》

「ん」

 視線を落とすと、そこには白い身体に赤い瞳を持った犬か猫のような形をした生物が

ちょこんと座っていた。大きなシッポだけでなく、耳から毛のようなものも生えている。

 今までに見たこともない生物だ。

《やあ、僕の名前はキュゥべえ》

「喋った」

 声がする、というよりも頭の中に直接話しかけられている感じだ。

「一体、何者なんだ……」

 先ほどの不思議体験と合わせて、俺は頭が混乱してきた。

《少し、場所を変えよう》 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:21:07.57 ID:kkMp+c67o<>    *



 俺は、謎の少女と、そしてキュゥべえと名乗るもっと謎の生物と話をするため、近所

の誰もいない公園へと場所を移した。

《ところで、まだ名前を聞いていなかったね》

 キュゥべえと名乗る謎の生物は俺の顔を見てそう言う。

「俺は、井之頭、五郎……」

 相手が何者かよくわからないので、俺は最低限の名前だけを喋った。まさか、名前を

書かれると死んでしまうノートの持ち主でもあるまい。

《僕はキュゥべえ、そしてこの子はアンコ……》

 キュゥべえが、赤髪の少女に視線を向ける。

「あんこって言うな! アタシは杏子(きょうこ)だ!」

「なんで“あんこ”なんだ?」

「杏子(あんず)のアンと書いてキョウコだからな。そう呼ぶ奴もいる」

「……よろしく、あんこ」

「あんこって言うなっつってんだろう!」

 この子は、気は強そうだが根は単純かもしれない。そう思いつつ、俺は謎の生命体に

視線を戻した。

「それで、この状況をどう説明してくれるんだ?」

《さて、どこから説明したらいいかな》 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:22:15.42 ID:kkMp+c67o<> 「とりあえず、キミたちは何者なんだ」

《彼女は魔法少女だよ。魔女を狩る者さ》

「魔女? 魔法少女?」

《魔女っていうのは、さっきキミが遭遇したあの巨大な生き物のことだよ》

 俺はあの巨大なハエの化け物のことを思い出して、少し寒気がした。

 あれを魔女と呼んでいいものなのだろうか。まあ、ハエの性別とかは素人が見ても普通は
わからないので、もしかしたらあれはメスのハエなのかもしれない。

《魔女は周囲に絶望や怨嗟をまき散らす。そんな魔女を狩る者、それが彼女たち魔法少

女なんだ》

 そう言って、キュゥべえは杏子のほうを見た。

《そして僕は、“魔法少女を生みだす者”だよ。僕と契約することで、普通の少女は魔法少女
へとなるんだ》

「契約ってなんだ?」

《僕は、どんな願いでも一つだけかなえることができる。その代わり、少女は魔法少女

として、魔女と戦う使命を科せられるのさ》

「なるほど、願いをかなえる代わりに、魔法少女として戦えと」

《そういうこと。理解が早いね》

「魔法少女とか魔女とか、漫画やアニメの話だと思っていたが……」

《通常、魔女も僕の姿も普通の人には見えないはずなんだ》

「ん?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:24:20.51 ID:kkMp+c67o<> 《魔女の結界ってわかるだろう?》

「あの、変な生物がいた空間のことか?」

《そう、五郎がいた場所だよ。あそこは普通、魔法少女か、その才能をもった子しか
入れないはずなんだ》

「……」

《それに僕の姿だって、普通の人には見えないよ。彼女のように、魔法少女になるか、

またはその才能がある少女にしか見えない》

「俺は見えるぞ。声も聞こえる」

《だから不思議なんだよ。不思議ついでに言えば、キミには特別な才能があるようだね》

「特別な才能?」

《うん。“魔女を引き寄せやすくする能力”だよ》

「なに?」

《五郎、今まで魔女を見たことは?》

「あるわけないだろう」

《そうか、眠っている才能が目覚めたってことだね。僕の予想だと、佐倉杏子と接触した時に、
その能力が覚醒してしまったのかもしれない》

 俺はコンビニの店内で杏子という少女と手が触れ合ったときのことを思い出す。

 まさか、あの程度で俺の変な能力が発現してしまったというのか?

「じゃあキュゥべえよ。このオッサンに魔女やアンタが見えるようになったのは、アタシに
触れたからっていうことになるのか?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:26:04.63 ID:kkMp+c67o<>  少しの間、黙っていた杏子が、駄菓子を食べるのをやめて口を開いた。

「オッサンっていうなあんこ」

「あんこって言うなオッサン!」

《やれやれ、それよりもこれからが大変だよ五郎》

「大変? どういうことだ」俺はキュゥべえに聞く。

《キミには、魔女を引き寄せやすくなる能力が付加されてしまった。これから、さっきの
魔女みたいなのが寄ってくるかもしれない》

「おい、だとしたら……」

《今夜みたいな事態がまた起こるかもしれないってことだよ》

「……」

《しかも、魔女は絶望をまき散らす存在だ。キミだけでなくキミの周囲の人間も巻き込

んでしまう》

「巻き込む? 見えないのにか?」

《原因不明の自殺や交通事故、それに犯罪なんかがたまにあるだろう? あれは大抵魔

女の仕業さ。魔女は結界の奥に隠れて、一般人の絶望や悲しみを得ようとするからね》

「……どうすればいいんだ」

《どうすればって》 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:27:39.04 ID:kkMp+c67o<> 「あ、なるほどな」

「ん?」

 どうやら杏子が何かを思いついたらしい。嫌な予感しかしない。

「アタシがこいつの用心棒をやりゃいいんだよ。そうすりゃ解決だ」

「はあ?」

「アンタは魔女を引き寄せる。アタシはその魔女を狩る。実に簡単だ」

《なるほど、それは名案だね》

「いや、ちょっと待て」

「そうだな。報酬は、メシを食わせてくれればいいよ」

「だから待てと言っている」

「なんだよ」

「だいたい、なんで俺が中学生くらいの少女に用心棒をやってもらわなきゃならんのだ」

「だったらオッサン、アンタは自分であの魔女を何とかできんのかよ」

「それは……」

《今のところ五郎の能力を消す方法はわからない。僕も色々と調べてみるけれど、
それまでの間、杏子に護ってもらうのが一番じゃないかな》

「なんだと……」

《僕としては、珍しい例だし、もう少し五郎のことを調べて見たいんだけど》

「さっきのハエみたいな魔女、取り逃がしちまったからなあー。また襲ってくるかも
知れねえなー」

 なぜか棒読みの杏子。

「俺は、どうすればいいんだ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:30:36.58 ID:kkMp+c67o<>
《いつも通り生活をしてくれればいいよ。その間に僕が色々と調べてくるから》

「よろしくな、オッサン」

「オッサンはやてくれないか」

「気にしてるのか?」

「ん……」

 気にしていないと言えばうそになる。

《どうして人間は、年齢のことについて気にしてしまうんだろうね。訳がわからないよ》

 白い生物がやたらと癪にさわる喋り方で言ってきた。こいつ、踏みつけたらアイスクリーム
みたいにグシャッて潰れるんじゃないのか?

「わかったよ、オッサンがダメなら五郎って呼ぶよ」

「いきなり下の名前か」

「だってアンタの苗字、えーと……」

「井之頭」

「そう、イノガシラ。言いにくいじゃん? アタシのことも、杏子でいいからさ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:31:31.35 ID:kkMp+c67o<> 「……わかった」

 とほほ、どうやらほかに選択肢はなさそうだ。

「んじゃ、契約成立だね」

 そう言うと、杏子は右手を差し出す。

「ん?」

 握手でもするのかと思ったら、彼女の右手にはポロツキーという細長いチョコ菓子の

箱があった。コンビニにいたとき、彼女が咥えていた菓子だ。

 食べかけらしく、箱の中の袋は開いており、そこから数本のポロツキーが見える。

 その菓子を差し出した状態で、杏子は言った。





「食うかい?」





   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:32:02.07 ID:kkMp+c67o<>    【次回予告】

 ある日、彼は偶然寄った浅草のとある甘味屋で別の少女と出会うことになる。


「あらためまして、井之頭五郎さん。私は巴マミと申します」

「キミも、魔法少女なのか?」

 五郎と接触するもう一人の魔法少女――

 
 次回、孤独の魔法少女グルメ☆マギカ

  第二話 嫉妬 〜前編〜

     見てね! <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:32:57.01 ID:kkMp+c67o<>    【解説】

 ● 井之頭五郎(いのがしら ごろう)

 ご存じ、『孤独のグルメ』の主人公にして、このスレでも主人公。

 個人で輸入雑貨の販売を営む傍ら、仕事ついでに色々な場所で飲み食いをする。

 ルックスも良く、いい身体をしていることでも有名。

 作中の五郎は、原作よりも少し若い設定。あと、諸般の事情により煙草も吸わない。
(原作ではヘビースモーカーだよ) <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/05/27(金) 21:39:45.54 ID:+B51WalDO<> これまた珍妙な組み合わせだな
しかし期待 <> イチジク
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/27(金) 21:39:46.45 ID:kkMp+c67o<>  みなさんごきげんよう。前作『魔法少女まどか☆イチロー』を読んでくれた方、お久しぶりです。

 イチジクです。

 今回は、イチローさんに比べて物凄い地味な主人公です。

 しかも当スレの対象年齢はかなり高めの設定になっております。もう、本当に誰得なんだって
話なんですけど、地味に続けて行くつもりです。

 それでは、おやすみなさいませ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/27(金) 21:45:31.41 ID:ntRxBd1Ho<> なんと、イチローの人だったのか
前作も楽しく読ませてもらったわ

あと何か改行が気になる……何の端末から書き込んでるんだ?
末尾oだからPCだろうけど……ただのこだわり? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(宮城県)<>sage<>2011/05/27(金) 23:17:38.16 ID:Bc74SlEn0<> 乙です!小山力也ボイスでゴローちゃんの脳内再生余裕でしたww
QBにイラッとしたときの「こいつ、踏みつけたらアイスクリームみたいにグシャッて潰れるんじゃないのか?」って例えは原作っぽくてとても良かったです。アイスクリームだったらグシャッ、じゃなくてベチャッ、て感じかも知れないですな。
個人的にQBは固めのマシュマロみたいな感触だと思う。食べ物を用いない表現なら低反発枕。あの固いんだか柔らかいんだかよくわからん感触は好きになれないww
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/28(土) 00:05:35.51 ID:/MldVSrto<> お疲れ様でした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/05/28(土) 12:16:43.03 ID:cM3qwLgIO<> イチローさんの人か、これは期待できそうだぞ。
だがゴローちゃんを地味と言うんじゃあない…… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(三重県)<>saga sage<>2011/05/28(土) 13:00:04.42 ID:mWF4Ej+f0<> 魔女にアームロック仕掛けてる五郎を想像した
期待してます <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/28(土) 14:57:51.57 ID:7gSEr71Go<> それ以上いけない! <> ◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:38:56.55 ID:mC4OjpKGo<>  みなさんごきげんよう。雨の土曜日、いかがお過ごしでしょうか。

 筆者はバッティングセンターとトレーニングジムをハシゴしました。

 トレーニング後のプロテインがうまい!

 というわけで、少し早いですけど、第二話いきたいと思います。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:39:28.86 ID:mC4OjpKGo<>


     第二話

   嫉妬 〜前編〜 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:40:23.48 ID:mC4OjpKGo<>  コンビニの近くで魔女と呼ばれるわけのわからない化け物に襲われそうになってから
数時間後、俺は自宅兼事務所に戻っていた。

「なんでお前がここにいるんだ、杏子……」

「はあ? だって一緒にいなきゃ用心棒できないじゃん」

「一応、俺は男の独り暮らしなわけなのだが」

「なんだよ、襲おうってのか?」

「いや、別にそんなつもりはないが」

「それはいいけど、それ食おうぜ。せっかく買ってきたんだし」

「ん? ああ」

 どうやら俺は相当食い意地が張っているようで、化け物から逃げている間も、必死に
コンビニで買った食料を守っていたらしい。

 お湯を沸かし、買ってきたカップみそ汁を作る。

「なんだよ五郎、おでんと卵焼きで卵が重なってるじゃねえか」

「悪かったな」

「あ、うずらの卵もある。よく考えたら焼きプリンも卵だよな」

「コンビニでの買い物は慣れてないんだ」 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2011/05/28(土) 17:40:53.40 ID:K2gC1BHI0<> バトルものでもない作品がクロスとは…
ちょっと期待しちゃうじゃないか。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:41:40.82 ID:mC4OjpKGo<>
 無意識に食べ物を選んでいると、どうしても何かに偏ってしまうのは俺の悪い癖だ。
この前も、豚汁とブタ肉炒めで豚がダブってしまったことがある。

「コンビーフうめえ」

「おいコラ、それは俺のだ」

 なぜだかわからないが、深夜の自宅で杏子と二人、軽いパーティー状態になってしまった。

「それで、聞きたいことがあるんだが」

「ん? なんだよ」

 デザートのプリンを食べながら杏子はこちらに視線だけ向ける。この娘は小さい身体を
しているわりに、本当によく食べる。

「こんな時間に出歩いて、ご両親は心配しないのか」

「……っ」

 一瞬、杏子の動きが止まった。

「どうした」

「別に。親はいない」

 シンプルな答え。

「ウソだろ?」

「ウソついてどうすんだよ」

「だったら、親代わりの人とか」

「そんなのもいない。アタシは一人で魔法少女やってたからな。魔翌力がありゃ、多少のことは
できる」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:43:24.63 ID:mC4OjpKGo<>  魔法少女とはいえ、中学生くらいの少女が深夜に出歩くことができるなんて、
不思議だと思った。

「学校も行ってないのか?」

「そうだよ、別に行く必要ないし」

「しかし……」

「ああうるせえなあ! オメーにゃ関係ねえだろう? アタシのことなんてどうでも
いいじゃねえか」

「どうでもいいって、おい」

「アンタは自分の心配してろよ。魔女を引き寄せやすい体質になっちまったんだぜ。
アフリカのサバンナでいつも首から生肉をぶらさげているようなもんなんだからな」

「それは」

 確かにそれは困る。今は、自分の身を守ることが最優先だとは思う。

 けれど。

「ああ、なんか久しぶりに動いたら汗かいちまった」いつのまにかプリンを食べ終えた杏子は
立ち上がる。

「なに?」

「シャワーあるだろう? ちょっと借りるぜ」

「おい、何を勝手に」

 杏子は上に来ていたパーカーをソファの上に投げ捨て、浴室へと向かう。

「あ、そうだ」

 しかし、すぐに立ち止まり、こちらを向く。

「覗いたら両目、潰すからな」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:45:01.86 ID:mC4OjpKGo<>
「覗くわけないだろう」

 そう言うのはもっと発育してから言え、と思ったけれど無駄なトラブルを避けるために
何も言わなかった。

 そういえばアイツ、着替えとか持っていたのだろうか?

 ふと顔を上げると、時計は午前四時。

「ああっ」

 思わず声をあげる。

 少し休むだけのつもりだったが随分時間が過ぎてしまった。

 考えて見れば仕事の途中だったのだ。

 俺は急いでデスクに戻り、仕事の続きを始める。今日は色々あったので、
正直かなり辛いけれど、ここでやめるわけにはいかない。

 しばらくすると、シャワーを浴び終わった杏子が出てきた。

「よう五郎、仕事か?」

 ほんのりとシャンプーの良い匂いが漂ってくる。こういう匂いは久しぶりかもしれない。

「というかお前、着替え――」

 言葉が止まった。

「何着てるんだ」

「はあ? ああ、これか。ちょっと着るものがなくてさ」

 杏子の着ているのは、俺のワイシャツであった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:48:31.36 ID:mC4OjpKGo<> 「俺のワイシャツ……」

「男ってさ、こういうの好きなんだろう?」そう言うと、杏子はシャツの袖を持ってクルリと一回転する。

「何勝手に着てるんだ」

「だって着るもんねえじゃん」

「だからって、俺のシャツ着ることないだろう」

 しかもよりにもよって、クリーニングから戻ってきたばかりのやつを着ていやがる。

「別に、アタシはこれから寝るから、何でもいいんだよ」

「……、ちょっと待ってろ」

 きつく言っても、多分この娘には聞かないだろう。そう思った俺は別の部屋に向かった。

「何を考えてんだ? まさか裸で寝ろと――」

「奥に女物の服があったはずだ。それを着たらいい」

「なんで五郎が女物を持ってんだよ。まさか、女装癖……」

「そんなわけあるか。前に付き合っていた女が着ていたものだ」

「なんでそれがあるんだ?」

「別れる時、俺が買ってやったものは、いらないって全部返してきたんだよ」

「へえ、バカな女だね。そりゃ」

「まあ、嫌がらせという意味では十二分に効果はあったけどな」

 女物の服など、独身の男が持っていても何の役にも立たない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:51:03.46 ID:mC4OjpKGo<>  しかもやたら高い服もあったので、捨てるに捨てられず、こうして物置の奥にしまい
こむことになったわけだ。

 洋服ダンスを調べると、運がいいことにパジャマも出てきた。サイズは大きめだが、
これから寝るだけの杏子には十分だろう。

「うおっ、これシルクじゃん」

「そうだったかな」

 なんで女にパジャマまでプレゼントしてたんだろうな。俺は昔の俺に問いかけてみる。
けれども、答えなど返ってくるはずもない。

 杏子に服を私た俺は、再び仕事場に戻り仕事を再開した。




 午前七時――

 ようやく仕事も一段落したころには、夜はすっかり明けていた。眩しい光が目を刺激する。
この年で徹夜はキツイ。あたまがキンキン痛むのは、昨夜のトラブルのせいだろうか。

 リビングに行くと、ソファの上に毛布がかかっており、その毛布がゆっくりと上下している。

 杏子が寝ているらしい。

 俺は物音を立てないようにそっと彼女に近づいた。

 近づいたら、彼女が持っていたあの変な槍みたいなので突き刺されるのではないかと、
少し警戒したけれどもうそういうことはないようだ。

 杏子は静かに寝息を立てていた。

 寝顔は本当に子どもだな。

 杏子の無邪気な寝顔を見ていると、とてもあのハエの化け物を相手に戦っていた少女と
同一人物とは思えなかった。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:53:15.66 ID:mC4OjpKGo<>
 それから、俺と杏子との奇妙な共同生活がはじまった。

 宿なしだという杏子は俺の家に住みつき(まるで野良猫のようだ)、仕事の時は一緒に車に
乗って同行することもあった。

 ただし、荷物運びを手伝うわけでもなく、時々どこかへ行っては、食事時には戻ってきて、
俺にメシをたかるという具合だ。

 杏子と接触したことで俺は魔女を引き寄せやすい体質になったといけれど、最初のうちは
あまり自覚症状はなかった。

 ただ、普段人が見えないようなものが見えるようになったのは確かだ。

 図鑑にも載っていないような奇妙な形の動物が空を飛んでいるが見えたりする。

「あれはなんだ、杏子」

 車を運転しながら、助手席に座っている杏子に聞いてみる。

「ありゃ魔女の使い魔だよ」

「使い魔?」

「子分みたいなもの。魔女の近くにいるやつは、魔女を守るために。魔女から離れたやつは、
独自に魔翌力を吸収していずれ魔女に成長する」

「なんだか蟻みたいだな」

「そうか……?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:54:53.82 ID:mC4OjpKGo<>
 現代社会でいえば、魔女は会社の社長といったところだろうか。

 そして、使い魔は会社の従業員。

 俺は差し向き、主人から離れた、あの空にふわふわと浮かんでいる野良の使い魔
と同じような存在なんだろう。

「狩らなくていいのか?」

「なにが」

「いや、使い魔だよ。使い魔も成長すれば魔女になるんだろう?」

「別に……、面倒だからいい」

「なんだって?」

「使い魔は弱いし、大して害も出ないさ。それに、“アレ”も持ってないから狩るだけ無駄」

「アレって、なんだ」

「ん……、まあいずれわかるさ」

 そう言うと杏子は、お菓子の包みを破り、スナック菓子を食べ始めた。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:56:43.80 ID:mC4OjpKGo<>  杏子と行動をともにするよになってから数日、時々使い魔が出現する程度で、
最初に会った時のような巨大な「魔女」と遭遇することはなかった。

 魔女を引き寄せやすいというだけで、必ず魔女を引き寄せる、というわけでもないようだ。

 これで本当に彼女と一緒にる意味があるのだろうか。

 杏子は仕事の手伝いもせず、すっと一緒にいるだけなので凄くつまらなそうだ。商談で、
2・3時間もかかれば、文句を言ってくる。こちらは仕事なのだし、これで食費(もちろん
杏子の分を含む)を稼いでいるわけだから文句を言われる筋合いはないはずだ。

 俺は本当に、魔女を引き寄せやすい体質なのだろうか?

 そんな疑問が浮かんできた。

 思えば、最初のうちはあの恐怖の記憶が鮮明に残っており、多少なりと緊張しながら
過ごしていたけれど、時間が経つにつれて、少しずつ忘れてきていたのかもしれない。



 そしてある日、杏子は「ちょっと用事を思い出した」と言って仕事先からどこかへ行ってしまった。

 正直俺も、杏子の文句にうんざりしていたので久しぶりに解放された気分になる。

 その日、俺は浅草にいた。

「ああ、そう言えば腹が減ったな」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:57:57.47 ID:mC4OjpKGo<>  いつもなら昼時に、杏子がメシを食べに行こうと言うので、それで昼食を食べていたのだが、
この日は彼女がいなかったためか、食事を食いそびれてしまったのだ。

 あいつは俺の時計か?

 いつの間にか自分の生活のサイクルの中に組み込まれてしまった杏子の存在を思い、
俺は苦笑する。

 それにしても腹が減った。

 そんな時、以前客の女性から聞いた甘味屋のことを思い出す。

 浅草のある店にある「豆かん」というものが美味いらしい。豆かんとは、豆とカンテンだけの
実にシンプルな食べ物だ。

 酒の飲めない自分は、甘いものに目がない。特に和菓子系の甘いものが好物である。

 いつしか俺の足は、話に聞いていた甘味屋に向かっていた。

 甘味処なら、お雑煮とか煮込みうどんとかあるだろう。それで腹を満たしつつ、デザートに
オススメと言われた豆かんをいただく。

 ふむ、完璧なスケジュール。

 そんなことを考えながらしばらく歩くと、店の前に「高級甘味」書かれた例の甘味屋を発見した。

 甘味屋でありながら男一人で入っても違和感がない。そんな雰囲気の店だ。

 いかにも甘味って感じの店は、男一人では入り難いからな。

 のれんをくぐると、店の主人が声をかけてきた。

「いらっしゃい」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 17:59:22.78 ID:mC4OjpKGo<>  店はそれほど広くなく、カウンターと座敷のテーブルがいくつかあるだけである。
客はわりと入っていたけれど、満席というほどでもなく、ほど良い混み具合といった感じだ。

 俺はカウンターに座り、そこに置いてあるメニューを見た。

 さて……、何にするか。うんうん、どれもこれも食ってみたいが……、
とりあえず空腹を満たすののが先決だ。

 俺は焦る気持ちを抑えるように、メニューを眺める。

「ん?」

 なんだ、この「煮込み雑炊」ってのは。うん、よしこれだ。これはいい。

 雑炊とは気がきいているじゃないか。

「スイマセン、この『煮込み雑炊』をひとつください」

「あ……、ごめんなさい。それ、先月までなんですよ」

「……」

「ごめんなさいね」

 がーんだな。出鼻をくじかれた。

「じゃ……、この『煮込み雑煮』を」

「ですからごめんなさい。お雑煮も先月までなんですよ。冬場だけのメニューでしてどうも」

「……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:01:19.58 ID:mC4OjpKGo<>  とほほ。結局、腹にたまるものはなかったわけだ。
 モチを使ったメニューもあるけれど、一人前では物足りない。二皿注文するもの何だし。

 かといって、今から店を出てどこかで食って戻ってくるのもおかしい。

 ここはさっと食って、別の店でドスンと何か食うか。

「じゃ、豆かんください」

「ハイ、豆かん一丁」

「ハイ」店の主人の奥さんらしい女性が返事をした。

 それにしても腹が減ったな。俺はお茶を飲みながら空腹を誤魔化そうとしたけれど、
俺の空腹はその程度でごまかせるレベルではなかったようだ。

「ハイどうも。お待ちどうさま」

 豆かんはすぐに出てきた。

 豆かんとは、豆とカンテンを黒蜜で味付けした実にシンプルなものだ。

 一口食べて驚く。

 これは美味い……!

 豆とカンテンだけなのに、どこまでも食べ飽きない。

 ああ、美味い。


「隣、よろしいですか?」

「ん?」

 豆かんに夢中になっているところで、誰かが声をかけてきた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:02:22.25 ID:mC4OjpKGo<>  顔を上げると、どこかの学校の制服を着た中学生か高校生くらいの少女がこちらに
声をかけてきたらしい。

「隣……」

「ああ、どうぞ」

 俺はそう言って、椅子を少しずらす。

 不思議な雰囲気の少女だった。大人っぽくもあるけれど、幼い面影も残している。
 
「私も豆かんひとつ」

「ハイ」

 少女は俺と同じ豆かんを注文する。

「ここの豆かん、美味しいですよね」

 ふと、少女はそう言って俺に笑いかけてきた。

「あ、うん。……そうだね」 

「へえ、そういう反応」

「ん?」

「いえ、何でもありませんよ」

 少女は、何かを誤魔化すような仕草で、口元に手を当てた。

 クルクルと巻いた長い髪の毛を見ていると、なんだか「ごきげんよう」とか言うお嬢様学校を
想像してしまう

 中学生なのか? <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:03:59.88 ID:mC4OjpKGo<>  俺は少し気になった。しかし、見ず知らずの女子中学生に色々と聞くほど、俺は勇気を
持ち合わせていない。

 俺は、何か心に引っかかるものを残しつつ、店を出ることにした。


 店を出てもまだ空腹は収まらない。

 どこかに食べるところはないかな。そう思ってウロウロしていると、不意に見覚えのある
パーカー姿の少女が目に入った。

「杏子か?」

「五郎……」

 間違いなく、佐倉杏子であった。

「どうした、こんなところで。用事はどうした」

「メシ」

「ん?」

「アタシ、昼飯、食いそびれちまってさ、それで……」

「そうか、それじゃ」

「ん?」

「オムライスでも食いに行くか」

「本当か?」

「実は俺も、昼飯を食いそびれた」

「なんだよ、五郎はわりとおっちょこちょいだな」

「そうかな」

 嬉しそうな顔をする杏子を見て安心する自分がいる。

 どうしちまったんだろうな、俺は。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:05:28.49 ID:mC4OjpKGo<>    *


 
 自分が魔女を呼び寄せる特別な体質である。俺はそう言われたことに疑問を抱き
はじめていた。 

 しかし、浅草の甘味屋で、謎の美少女と出会った翌日。俺は再び魔女と遭遇する
ことになる。

 この日、俺は商談が長引いたので、杏子を先に帰らせることにした。ここ最近、
まったく魔女が出てきていなかったので、油断していたのかもしれない。

 駅から自宅へ戻る途中、早くも忘れかけていた嫌な感覚を思い出してしまう。

「この感じ、まさか」

 周囲の光景が変わる。間違いない。魔女だ。

 俺の脳裏に、あの巨大なハエの化け物が思い浮かぶ。

 杏子は今いない。くそっ、こんな時に。

 周囲から使い魔どもが浮かび上がってくる。しかも今度の使い魔は、街で見た野良の
使い魔よりも攻撃的だ。

「くそっ」

 俺はカバンを持ったまま走りだす。こんなところで留まっていたら奴らの餌食になってしまう。

 しかし―― <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:06:29.40 ID:mC4OjpKGo<>  俺は走って魔女から逃げようとしたけれど、結界の中で感覚が狂ったのか、
俺は魔女から離れるのではなく魔女に近づいていた。

 巨大で赤い二つの光が闇から浮かび上がってくる。

「ベルゼブブ……」

 俺が名付けた魔女の名前。ハエの頭と羽根、そして獣の身体を持つそれは
とにかくでかい。そして嫌悪感を抱かせる。

「くそっ」俺は踵を返し、逆方向へと逃げようとする。

 しかし、目の前で使い魔と思しきコバエがぶんぶんと飛び回り上手く進めない。

 地面が揺れる。

 背後からドスンドスンと、巨大なものが近づいている音が聞こえる。

 逃げないと――

 自分の力ではどうすることもできない現実。

 杏子……!

 俺は初めて、心の底から彼女を必要だと思ってしまった。



「そこまでよ――」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:07:46.63 ID:mC4OjpKGo<>  誰かの声が聞こえた。それと同時に俺は身を屈めた。

 すると、俺の周囲にいる使い魔どもが弾けて消えてしまった。

 何があった?

「危ないところでしたね。早くこちらへ」

 ふと、闇の奥から人影が見える。

 杏子か?

 いや、杏子にしては少し背が高い。

「誰だ……?」

「昨日会いましたね、井之頭五郎さん」

 間違いない。昨日、浅草の甘味屋で俺の隣に座った少女だ。
 しかもあの時のように学校の制服ではない。

 黄色を基調とした派手な服装は、まるで杏子と同じ……、


 魔法少女――


「なぜ、俺の名前を」

「それについても、色々話をしたいのですけど……」

 少女は言葉を切る。

「まずは、一仕事」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:09:58.25 ID:mC4OjpKGo<>  黄色い服の少女はさっと右手を振る。すると、地面にいくつもの銀色の銃が突き刺さっていた。
映画でしか見たことがないような、マスケット銃だ。

「早く、私の後へ」

「あ、ああ」

 俺は駆け足で、彼女の後方へと向かう。

 振り返ると、巨大なハエの化け物がいて、その周囲には無数の使い魔がたかっていた。

 これを倒すのは、杏子でも難しそうだ。


「いくわよ」

 少女はマスケット銃を手に取り、それを片手で撃つ、撃つ、撃つ。撃った銃はその場に捨てて、
また新しい銃をとって撃つ。撃っては捨て、また撃っては捨てる。

 銃の精度は良く、ほとんどの弾が使い魔に命中しており、弾が直撃した使い魔は空中で爆発して、
消えて行った。

「ぬわっ」

 何匹かの使い魔が弾幕をかいくぐってこちらに接近してくる。

 これは不味いかもしれない。

 そう思った瞬間、

「せいっ!」

 黄色の服の少女は、見事な回し蹴りで文字通り使い魔を“一蹴”した。

「近接戦闘だってできるんだから」

 周囲の使い魔を駆逐した彼女は、再びマスケット銃を現出させる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:11:22.22 ID:mC4OjpKGo<>  そうこうしているうちに、ベルゼブブの周囲にはほとんど使い魔がいなくなってしまった。

「グオオオオオオオ」

 使い魔を失って焦っているのか、ベルゼブブは吠える。そして、ドクロの紋様のある
半透明の羽根を大きくばたつかせた。

「ぐふっ」

 まるで台風か竜巻のような物凄い風が周囲を襲う。

 俺も風でよく前が見えない。

 しかし、俺の目の前で戦う少女はひるまなかった。

「そんなのは子どもだましね。佐倉さんにやられたキズ、まだ治っていないようじゃない?」

 佐倉? 杏子のことか?

 次の瞬間、彼女の前に巨大な大砲のようなものが出現した。

「これでトドメよ」

「え?」

「大丈夫ですよ、五郎さん。すぐに終わらせますから」そう言って、彼女は軽くウインクした。




「ティロ・フィナーレ!!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:13:08.75 ID:mC4OjpKGo<>  少女の言葉とともに、大砲から巨大な光、それに衝撃波が発せられる。

「うおわ!」

 ベルゼブブの起こす風など比べ物にならないほどの衝撃だ。

 そして、周囲の後継が壊れる。

「これは……」

 結界が、なくなっていくのだろうか。壁が崩れて行くと、そこには見覚えのある街並みと、
夜空が見えてきた。

「ああ……」

 言葉にならない、とはこのことだ。

 俺は、いつも電車を使う時は通っている歩道にいた。

「おどろかせてしまってごめんなさいね」

 誰かが俺に近づいてくる。

 先ほどの、魔法少女の姿ではなく、昨日見た学校の制服を着た少女がそこにいた。

「あらためまして、井之頭五郎さん。私は、巴マミと申します」

「キミも、魔法少女なのか?」

「ええ」

 巴マミと名乗る少女は、そう言って笑顔を見せた。




   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:14:01.42 ID:mC4OjpKGo<>    【次回予告】

 突然現れた巴マミという名の魔法少女。
 彼女の目的はなんなのか。
 そして、同じ魔法少女である佐倉杏子は何を思う。

「なんだよ五郎、その女は。アタシというものがありながら!」

「その誤解を生むような表現はやめろ」


「あなたでは、きっと彼のことを守り切れないと思うわ。だってあなたにとって、五郎さんは、
魔女を狩るための手段(ツール)でしかないのだから」

 次回、孤独の魔法少女グルメ☆マギカ

 第三話、嫉妬〜後編〜
 
 見てください。  <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/28(土) 18:18:51.38 ID:/MldVSrto<> お疲れ様でした。 <> イチジク ◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/28(土) 18:19:08.29 ID:mC4OjpKGo<>  本日はここまででございます。

 やっぱり、甘いものは食後に食べたいですよね。

 筆者、お酒も好きですが甘いものも大好きです。

 みなさんはどうでしょうか。

 では、また第三話でお会いしましょう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/29(日) 00:27:03.18 ID:trDPI7LC0<> このマミ食すにあた……
ごめん、なんでもない乙 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:18:17.18 ID:RqlWRy44o<> 台風も通り過ぎたことだし、

今日も早めに投下します……。

以下、投下。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:18:45.38 ID:RqlWRy44o<>

    第三話


  嫉妬 〜後編〜 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:19:39.46 ID:RqlWRy44o<>
 俺が“魔女を引き寄せやすい体質になった”と言われてから数日。

 なかなか件の魔女が現れなかったので、もしかしてあの話はウソだったのではないか
と思い始めたある日。

 俺は帰り際に魔女に襲われた。

 その日、たまたま杏子は一緒におらず、一人でマンションへ帰ろうとしていたところで、
以前見た、俺がベルゼブブと名付けたあのハエの化け物が現れたのだ。

 そして、化け物から救ってくれたのは、杏子ではなく、彼女と同じ魔法少女という巴マミであった。

 マミが魔女を倒すと、魔女の結界は消え、俺はいつもの歩き慣れた歩道に立っていた。
 目の前にいるのは、杏子よりは若干成長していると思われる制服姿の少女が一人。

「巴マミさん……、か」

「はい、マミで結構ですよ、五郎さん」

 杏子もそうだが、なんで魔法少女ってのはファーストネームで呼び合おうとするかね。

「それはいいけど、なんで俺の名前を知っているんだ?」

「はい、キュゥべえから聞きました」

「キュゥべえ……」

 俺は怪しげなあの白い生物を思い出す。

「あなたは、魔女を引き寄せやすい体質なんですよね」

「正直、信じてはいなかったけど」

「実は私も、半信半疑でした。ですが、こうして今日、実際に魔女に襲われたわけですし、
何より魔法少女以外にもああして魔女の結界の中に入れる人はそうはいません」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:20:06.59 ID:RqlWRy44o<> 「あの時……、浅草の店で俺に話しかけてきたのは探るためだったのか?」

「ええ、まあ……」

「でっ」

「?」

「何が目的だ」

「目的?」

「そう。助けてくれたのはありがたい。だがキミにも目的があるんじゃないのか?」

「……そうですね。ここでは話しづらいので、場所を変えませんか?」

「場所……」

 確かに、歩道で立ち止まって話をしていたのでは目立ってしまう。

「わかった。どこか喫茶店にでも行こう」

 深夜でもやっている店なんて、あっただろうか。俺は少し考えた。

「あなたの家がいい」

「……」

「ダメですか?」

「……いや」

 まさか、中学生くらいの子どもにこんなセリフを言われるとは思わなかった。


   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:21:46.89 ID:RqlWRy44o<>  家に帰ると、杏子がしまむらで買ったジャージを着て、草加煎餅を食べながらテレビを
見ていた。

 例の高級パジャマはお気に召さなかったらしい。

「ただいま」

「ああ、おかえり。随分遅かったな。魔女に襲われてたのかと思ったぜ」

「そのまさかよ、佐倉さん」

 俺の後から、巴マミが彼女の前に姿を現した。

「あむ?」

 杏子は煎餅を咥えたままソファから転がり落ちる。やや鈍い音が聞こえた。

「いてて」

「おい、大丈夫か」

「ああ、それより」

「久しぶりね、佐倉杏子さん」

「巴マミか……」

「知り合いだったのか、二人とも」

 同じ魔法少女同士、ネットワークのようなものでもあるのだろうか。

 しかし、マミを見る杏子の目は、決して友好的なものではなかった。

「なんだよ五郎その女は。アタシというものがありながら!」

「その誤解を生むような表現はやめろ」

「私はキュゥべえから事情を聞いたの。あなたのこと、そして井之頭五郎さんのことも」

 そう言ってマミは俺のほうをチラリと見る。

「んだよ、あのクソ白ネズミ……」杏子は独り言のように呟いた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:23:13.87 ID:RqlWRy44o<> 《僕はネズミじゃないよ》

 杏子の独り言に、何者かがすぐに反論した。

 視線を上げると、窓際に白い犬か猫のような小動物がちょこんと座っている。

「キュゥべえか……」

 どうでもいいがこいつを見ると、江崎グリコのアイスクリーム、パナップのストロベリー味を
思い出してしまう。もちろん、2010年にリニューアルされる以前のパナップだ。

《やあ、久しぶりだね。といってもまだ数日だけど》キュゥべえは何も表情を変えず、俺たちに
話しかける。

「おいキュゥべえ! なんでマミにアタシたちのことを言ったんだ」

 杏子は立ち上がり、キュゥべえに詰め寄る。

《別に誰にも言うなとは言われていないよ。僕はキミだけを担当しているわけじゃないからね。
それに、マミに知らせておいて正解だったと思うよ》

「どういうことだよ」

「今日の帰り道、五郎さんが魔女に襲われたの」キュゥべえの代わりにマミが答えた。

「なに?」その言葉に杏子は振りかえり、マミのほうを見据える。

「これが証拠よ」

 そう言って、マミは何か小さな球のようなものを杏子に投げてよこした。

「これは……」

「あなたが取り逃がした魔女のグリーフシード」

「グリーフシード?」俺は聞き慣れない言葉に、思わず聞き返してしまった。

 もしかして、以前杏子が言っていた“アレ”というのはこれのことだったのだろうか。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:25:02.61 ID:RqlWRy44o<> 「グリーフシードというのは、魔女の卵のようなものなの。これが呪いや恨み、絶望など
人間の負の感情を集めたら、これが魔女になるの」

「これって、何かの役に立つのか?」

「普通の人には役に立たないわ。でも、私たち魔法少女には必要不可欠なのものなの。
ね、佐倉さん」

「ふん」

 杏子は、先ほどマミから投げられたグリーフシードを彼女に投げ返した。

「こうしてね」

 マミは、どこから取り出したのか、黄金色の光を発する大きな宝石ようなものを取り出す。

《あれは、ソウルジェム。魔法少女の魔翌力の源だよ》キュゥべえが、解説してくれた。


「このソウルジェムは、魔翌力を使うと、早い話が魔法少女として戦うとこんな風に濁ってきてしまうの」

 確かに良く見ると、彼女の持っているソウルジェムの光には、ぼんやりとした黒い点のようなものが
見える。

「その濁りを、このグリーフシードに移す」

 ソウルジェムをグリーフシードに近づけると、ソウルジェムの中にある黒い濁りがグリーフシードの
方へと移動して行ったのだ。

「こうすることによって、私たちは魔翌力を回復させます」

「はじめて知った……」

「私たち魔法少女が魔女を狩る目的の一つに、グリーフシードを集めて魔翌力を回復させることがあるの。
魔翌力が回復しないと、私たちは生きて行くことができませんから」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:28:04.90 ID:RqlWRy44o<>

 そうか。彼女たちは戦いたいから戦っているわけではないのだ。


 “戦わざるをえない状況”におかれているのだ。


「じゃあ杏子、お前が俺の用心棒になるって言ったのは」

「ああそうだよ……。五郎は魔女を引き寄せやすい体質なんだろう? だから五郎の近くにいれば、
楽に魔女が狩れると思ってたんだよ……」

 何だか強がって言っているように見える。

 一緒にいた期間は短いけれど、俺には彼女が根っからの利己的な人間には見えなかったからだ。

 しかし、そんな杏子にたいしてマミは冷たく言い放つ。

「でも実際は、そうはならなかったのよね。動機が不純だと、結果にもつながらないのかもしれないわね」

 何もそこまで言うことはないだろう、と俺は思ったけれど、杏子が俺を利用しようとしていたこともまた事実だ。

「何が言いたい」

「佐倉さん、五郎さんのことは私に任せて貰えないかしら」

「なにぃ?」

「あなたでは、きっと彼のことを守り切れないと思うわ。だってあなたにとって、五郎さんは、
魔女を狩るための手段(ツール)でしかないのだから」

「……!」

 マミの言葉に、杏子は一言も反論せず、そのまま黙りこんでしまった。

「……杏子」たまらず俺が声をかける。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:29:12.99 ID:RqlWRy44o<>  すると、

「ああわかったよ」

 そう言って杏子はジャージの上着を脱ぎ捨てる。

「どうした」

「五郎、今日でお別れだ」
 
「何だって?」

「アタシじゃ用心棒失格だからな。まあ、用心棒なんてのは建前で、本当は魔女をおびき寄せるための
エサとしてアンタを利用してただけなんだけど」

「おい待て杏子」

「これから着替えるんだから付いてくるな!」

 そう言うと杏子はリビングから出て行った。

 杏子は、初めて会った時にきていたパーカーとショートパンツ姿に着替え、そして何も言わず、
マンションを出て行ってしまった。

「……」

 あっけない別れだ。

 出会いも突然だったので、また別れも突然なのだろうか。
 



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:31:09.53 ID:RqlWRy44o<>  手首のスナップを利かせて小石を投げる。
 街の光に照らされた川面に大きな波紋が広がった。

「また宿なしか……」

 昼間は小学生たちがよく野球をやっている河川敷のグラウンドの近くで、杏子は体育座り
をしながら川に向かって小石を投げていた。

 別に何か目的があるわけではない。ただやることがないからこうしているだけだ。

 金はまだいくらか持っていたので、ホテルに泊まることもできる。しかし、どこか別の場所に
行こう、という気にはなれず、結局川に向かって石を投げていた。

 このままでは不味いことはわかっている。

 魔女、狩らないと。

 ここ最近、ほとんど魔女を狩っていないので、魔翌力の源泉であるグリーフシードが濁りはじめている。

「はあ……」

 溜め息を一つ付く。

 溜め息の原因はわかっていた。

 井之頭五郎。

 魔女を引き寄せやすい体質。それを利用したい、という気持ちは確かにあった。しかし、それと同時に、
なぜか彼に甘えたいという気持ちが出てきてしまった。理由はわからない。

 今までずっと一人でやってきたし、これからも一人でやっていける自信はあった。

 にも拘わらず、五郎に対して甘えたいと思ったのはなぜだろう。

 杏子は、もう一度石を投げようとした。

 その時、


 川面に、一、二、三、四、五と連続して波紋が広がった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:32:46.50 ID:RqlWRy44o<> 「ああ?」

 見覚えのある光景。“水切り”だ。平たい石を水平に投げて、川の表面をピョンピョンと
跳ねさせる遊び。

「上手いもんだろう。子どもの頃はもう少し多くできたんだがな」

「五郎?」

 振り返るとスーツ姿の男が小石を持って、それを川に投げた。

 再び石はピョンピョンと跳ねる。今度は四回だった。

「五郎? なんでこんなところに」

 スーツ姿の男は、先ほどまで彼女が考えていた男、井之頭五郎であった。

「なんでって、杏子。お前を迎えにきただろうが」

「はあ? 何言ってんだ」

「聞き返されるのはやっかいなんだが、もう一回言おうか?」

「いや、そういう意味じゃなくて。だいたいなんで、アタシがここにいるってわかった」

「彼女たちが教えてくれた」

 杏子は振り返る。

「ども」

 五郎の後方、数メートルの場所に、巴マミが申し訳なさそうな笑顔を見せる。

 そして、マミの肩の上にはキュゥべえもいた。

「杏子、お前は俺の用心棒をやるんだろう?」

「それはもう終わったことだ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:33:20.33 ID:RqlWRy44o<> 「終わってないだろう」

「え?」

「お前はあれからメシを食ったり文句を言ってるだけで、まだ一度も用心棒っぽいことを
していないじゃないか」

「それは、当り前だろう。アタシはアンタを利用していただけなんだから」

「そうだな。お前は俺を利用した。だったら杏子、俺もお前を利用させてもらう」

「何だって?」

「出て行くんだったら、用心棒らしいことをしていけ。じゃないと契約違反だ」

「契約?」

「俺は輸入雑貨を扱う商人なんだ。契約には煩いぞ」

「そんな……」

 一体何を言っているのだろう。

 大人はみんな身勝手で汚いやつらばかりだと思っていた。

 でも、この井之頭五郎という男はなんというか……。


「ん!?」


 五郎が、不意に何かに反応した。

「あ!」

 空が暗くなる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:34:20.29 ID:RqlWRy44o<>  いや、夜なので暗いのは当り前だが、街灯や店、それに家の光のような人工的な光が
遮断された状態の暗さだ。


 これは、魔女の結界――


「五郎さん! 佐倉さん!」

 マミの声が聞こえた。

「何か来るぞ!」

 五郎が叫ぶ。

 彼の言うとおり、川から巨大な蛇のような姿をした魔女が出現した。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:36:35.30 ID:RqlWRy44o<>  目の前の川から出現した巨大な蛇の化け物。

 しかも三つの目玉が闇の中で青く光る。実に不気味な光景だ。

 更に、大蛇だけでなく、その蛇の周りには、おそらく使い魔と思しき無数の小さな蛇
(普通の蛇よりは十分大きい)が次々に襲いかかってくる。


「ぬおっ!」

 家路で遭遇したベルゼブブ(ハエの化け物)の使い魔以上に、こちらの蛇は攻撃的な
使い魔を持っている。

 間一髪でかわすも、また別の蛇が襲ってきた。


「オラオラ!」


「杏子!」


 魔法少女に変身した杏子は、槍を持って次々に蛇を打ち払っていく。

「無事か! 五郎」

「何とか」

 遠くから、パンパンと発砲音が響く。どうやら巴マミも魔法少女へと変身し、魔翌力で作りだした
マスケット銃で、蛇の使い魔を撃ち落としているようだ。

「杏子、マミのところへ行くぞ!」

 個々に戦っていたのでは囲まれてしまう。この使い魔の多さは尋常じゃない。

「くそっ」

 俺は走りだし、杏子も使い魔を追い払いながら後へ続く。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:37:39.57 ID:RqlWRy44o<> 「五郎さん! 大丈夫ですか!?」

 マスケット銃を構えつつ、マミが聞いてくる。

「大丈夫だ。それより、態勢を立て直したい」

「どうすれば?」

「煙幕か何かで敵の目をくらませられれば」

「やってみます」

 そう言うと、マミはこれまで撃っていた銃よりも少し大きめのものを作りだし、
構えた。

「行くわよ。耳をふさいで」

 俺はマミに言われた通り、耳をふさぎ、身体を低くした。

 腹に響く音とともに、弾が発射された。着弾点からは白い煙が出てくる。
こういうこともできるのか。魔法というものは実に便利だ。

「杏子、壁を作れるか? 一定時間敵からの攻撃を防げればいい」

 今度は杏子に向かって頼んでみる。

「柵みたいのならできるが」

「それでいい」

「わかった。それっ」

 杏子の掛け声とともに俺たちの周囲には、規則正しく並んだ槍が張り巡らされた。
確かにこれなら敵の攻撃も防げそうだ。

「あまり長くは持たねえぞ」

「充分だ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:39:06.09 ID:RqlWRy44o<> 《なるほど、確かにこれなら少しの間だけでも安全が保てそうだ。
でもこれからどうするんだい?》

 足元を見ると、巴マミの肩からおりたキュゥべえが相変わらずの無表情で
そんなことを言っていた。

「杏子、マミ聞いてくれ」

「なんだよ」

「なんですか、五郎さん」

「恐らくあの化け物、キミたちの言葉で言う『魔女』はかなり強いと思う」

「んなことは分かってるよ。さっきは油断しただけだ。早く倒しに行かせてくれよ」と杏子は言う。

「待て杏子。お前一人で適う相手じゃない」

「なんだと?」

「キュゥべえ、どう思う?」

 俺はここで、キュゥべえに話を振る。魔女についてはこいつのほうが詳しいと思った
からだ。

《あの魔女は強力だよ。少なくともさっきマミが戦ったハエの魔女よりも数段強い》

「杏子とマミ。彼女たちが単独で戦って勝てると思うか?」

《魔翌力の総量から見ると、難しいかもしれない》

「そんな……」マミはショックを受けたようで、静かにそうつぶやいた。

「……」一方、杏子は黙っている。

「ということだ。つまり、二人が別々に戦うのは得策じゃない」

「だったら、私が佐倉さんと協力して戦えと?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:40:31.93 ID:RqlWRy44o<> 「その通り、飲み込みが早いな」

「アタシは嫌だね」

 しかし案の定、杏子は反対した。

「マミがいたって足手まといだ。アタシ一人でやる」

「杏子」

「魔法少女の魔翌力の差が戦力の決定的な差でないことを見せてやる」

「杏子!」

 俺は思わず語気を強める。

「……なんだよ」

 俺は一呼吸置いてから、彼女に語りかけた。

「マミと協力したら焼肉に連れて行ってやる」

「なに?」

 杏子の表情が変わった。本当は素直に協力したいけど、彼女の性格上すぐに「はい」
とは言えないのだろう。

「私は骨付きカルビが食べたいですね」

《僕はタン塩だね。レモン汁をつけて食べるんだ》

 どさくさに紛れてマミだけでなく、白い生物も一緒に食べようとしているけれど、とりあえず、
そのことは気にしないことにした。

「どうだ、杏子」

「……わかった」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:41:45.89 ID:RqlWRy44o<> 「そうか」

「けど、勘違いするなよ、巴マミ」

「え?」

「アタシは焼き肉のために協力するんだ。別にお前と仲良くなりたいとか思ってるわけ
じゃないからな!」

「ええ、わかってるわ」

 杏子の言葉に、マミは全てを理解したような笑顔で応じた。

「二人とも、作戦を説明する」

「はい」

「わかったよ」

 俺は杏子とマミの二人に、自分の考えた作戦を説明する。仕事でもそうだが、いくら協力する
といっても、事前の打ち合わせなしに協力できるほど甘くはないだろう。

「じゃあまず、マミ」

「はい」

「前に倒した、あのハエの魔女のことは覚えているよな」

「ええ、ついさっきのことですから」

「アレのトドメを刺した時、でっかい大砲みたいなのを出したろう」

「はい」

「あれは魔翌力を高めれば威力を増すことができるのか?」

「そうですね。でも……」

「でも?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:44:18.42 ID:RqlWRy44o<> 「威力を高めるためには少し時間をかけて魔翌力を溜めなければいけません。
その間無防備になってしまうので」

「最大威力だと、どれくらい?」

「それは……、1分……、いえ、50秒くらいでしょうか。それくらいあれば」

「わかった。じゃあ俺が囮になって時間を稼ぐ」

「え?」

「俺の身体は魔女を引き寄せやすいんだろう? だから、俺が囮になる。その間に
魔翌力を高めて、隙を見て魔女本体に撃ちこんでくれ」

「……はい」

「おい、それでアタシは何をすればいいんだ?」

 杏子が聞いてくる。

「杏子は、マミの護衛をたのむ」

「はあ?」

「さっきマミが言っただろう。魔翌力を溜めている間、彼女は無防備になるんだ。使い魔どもに
襲われたりしないよう、護ってやってくれ」

「おい、そしたら」

「どうした」

「そしたら五郎が無防備になっちまうじゃねえか!」

「俺は……、俺は大丈夫だ」

「本当だな」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:45:11.89 ID:RqlWRy44o<> 「ああ」

「約束だぞ、焼肉」

「わかった」

 大きな音とともに地面が揺れる。

 どうやら作戦タイムは終了らしい。

「たのむぞ、マミ」

「ええ、了解です。五郎さん」

「杏子も」

「死ぬなよ」

《僕は五郎に付いて行くよ》

 キュゥべえは、そう言って俺の肩に乗る。重さを全く感じない、本当に不思議な生物だ。

「お前、戦えるのか」

《僕は戦えないよ。でも、見張りくらいはできるかなと思って》

「そうかい」

《キミにはここで死なれては困るからね》

「なんだって?」

《なんでもないよ。さ、急ごう》

 杏子が魔翌力で作った、“槍の塀”が崩れた瞬間、無数の蛇がこちらに襲いかかってきた。

「くおらあああ!!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:46:29.37 ID:RqlWRy44o<>  その蛇どもを槍でなぎ払う杏子。

 一方マミは、目を閉じて精神を集中し始めた。

 こちらも役割を果たさなければならない。そう思い、俺は走りだす。

《五郎!、後ろからくるよ!》

「わかってる」

 追いかけてくる使い魔をかわしながら俺は走った。ただ、目標はこんな小物ではなく
魔女の本体だ。

「こっちだあ!! かかってこい!!」

 俺は腹から声を出して、魔女の本体に呼びかける。巨大な三つ目の蛇がゆっくりとこちらを向く。

「俺を食ってみろ! このノロマ!!」

 怖いという思いもあったけれど、大声を出すと多少の恐怖心が薄れる。


「シャアアアアアアアアアアアアア」


 蛇が巨大な口を開く。

 ハエの魔女、ベルゼブブに比べても段違いの迫力。これが魔女の強さというものなのか。

 俺は再び走りだす。

 後ろを振り返ると、複数の蛇が一つにまとまっていた。

「なんだ?」

 小さな蛇が一つにまとまると、それが巨大な蛇を形作った。思わず背筋が凍る。

 魔翌力の強さも段違いなら、使い魔の気色悪さも段違いだ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:47:57.28 ID:RqlWRy44o<> 「うおおおおおおお!」

 どれくらい走っただろうか。一秒が数分にも数時間にも思える。これが命がけの走り
というやつか。随分久しぶりの感覚だ。

 足がふらつく。頭がクラクラする。魔女の結界内にいるだけでも精神的に不安定になるのに、
使い魔や魔女本体から襲われ、それから全力で逃げているのだからなおさらキツイ。

 頭が変になりそうだ。

 俺は進路を変え、魔女の本体のいる方向に走り出した。

《何やってるんだ五郎、そっちは本体だよ!》

 キュゥべえが叫ぶ。

「わかってる」

「キシャアアアアアアアアアアア」

 不気味な音が聞こえる。三つ目の大蛇は俺の存在に興奮しているのか。

 キレイな女性が俺を見て興奮するのならまんざらでもないが、蛇に興奮されても嬉しくはない。

 水しぶきが飛んだ。


 きたぞ!

 俺は心の中で叫ぶ。

 これまで身体の約半分を水の中に沈めていた大蛇が、陸に上がってきたのだ。

 魔女の全身がその姿を現した。



 陸にのぼった、河童。そんな言葉を思い出す。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:49:32.86 ID:RqlWRy44o<>    *



 マミが精神を集中している間、杏子は彼女と自分に襲いかかってくる使い魔を叩き
落としていた。

 戦いはそれほど辛くない。むしろ楽な方だ。

 少し離れた場所で、五郎が自分の身を危険にさらして囮になっているからなのだろう。

「おいマミ、まだか!」杏子は叫ぶ。

 マミは今、精神を集中しているので返事を期待しても無駄。それはわかっていたけれど、
魔法少女でもない五郎が無防備な姿で必死に逃げていることを考えると、声を出さずには
いられなかったのだ。

「佐倉さん、私、貴方のこと誤解していたわ」

「え?」

 不意にマミが話しかけてきた。

「ごめんなさいね。あなたはとてもいい子よ」

「なに言ってやがんだ!」

「それじゃあ、あなたの“愛しの王子様”を救いましょうか」

「おい! だからなにを……」

 マミが胸元のリボンをほどく。すると、そのリボンは瞬く間に、巨大な大砲へと形を変えて行った。

「いくわよ、さがってなさい」


 不意に、水から出てくる魔女。


 絶好の的だと、杏子は思った。



「ティロ・フィナーレ!!!!!!!」




 眩しい光が、魔女本体を飲み込んだ。




    * <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:50:52.34 ID:RqlWRy44o<>
「はっ!」

 気がつくと夜空が見える。

 都会では珍しい星の瞬くキレイな夜空だった。

《いやあ、危ないところだったね、五郎》

「キュゥべえか」

 すぐ横に白い生物がいた。よく見ると、自分は地面に尻餅をついた状態でいたのだ。
実に格好の悪い状態だ。

《それにしても、キミは普通の人間なのに実に無茶をするんだね》

「別に……。それより杏子たちは」

《やれやれ、キミは自分よりもあの子たちの心配をするのかい? わけがわからないよ。
まあ大丈夫さ、彼女たちは生きているよ》

 そう言ってキュゥべえは視線を動かす。俺もその視線の先を目で追ってみた。

「おおい、五郎! 無事だな」

「大丈夫でしたか、五郎さん」

 杏子とマミの姿が見える。二人とも、魔法少女の姿ではなく、元の服、つまり杏子はパーカー、
マミは学校の制服に戻っていた。

「なんだ五郎、腰が抜けて立てねえのか?」

 杏子がニヤニヤしながら聞いてくる。

「今日はちょっと疲れたんでね」

「杏子ったら、さっきまで泣きそうな顔をしていたのよ」悪戯っぽい笑みを浮かべてマミが言う。

「してねえよ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:52:28.31 ID:RqlWRy44o<> 「それより魔女は」

「大丈夫さ。ホレ」

 そう言って杏子は、ポケットから黒い球のようなものを見せる。

「グリーフシードもバッチリだ」

 グリーフシードを落としたということは、魔女を倒したと理解していいのだろうか。

「グリーフシード、使わなくていいのか?」

「ん、そういえばそうだな」そう言って、杏子は自らのソウルジェムを取り出す。

 よく考えてみたら杏子のソウルジェムを見るのはこれが初めてかもしれない。

 杏子の持つそれは、彼女の性格の通り、燃える炎のような赤い光を放っていた。

「あ、マミ」

「なあに?」

「お前先に使えよ」

「どうしたのよ急に」

「マミが魔女を倒したんだろ? だから先に使えって」

「別に大丈夫よ。私は戦う前に使ったばかりだから」

「一番の功労者が先に使うべきだろうが」

「あら、あなたも心配しながら戦っていたから疲れたんじゃないの?」

「別に五郎のことなんて心配してねえよ」

「あら、私は五郎さんのことだなんて言ってないわよ」

「なにいい?」

 ついさっきまでいがみ合っているように見えた二人が、妙に仲良くなっているところを見て、
俺は少しだけ嬉しくなる。

 ただ、それを言うとまた杏子がへそを曲げてしまいそうなので、黙っていることにした。




   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:55:49.59 ID:RqlWRy44o<> 【次回予告】

 みなさん、こんばんは。ここでは、はじめまして。

 鹿目まどかです。

 さて、次回は五郎さんたちが川崎で焼肉を食べるお話だそうです。

 いいなー、私も食べたいなぁ。

 みなさんは、焼肉好きですか?

 私は大好き!

 一番好きなメニューは、センマイです!

 では次回も、見てくれたら、それはとっても嬉しいなって。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>sage<>2011/05/29(日) 16:57:03.83 ID:RqlWRy44o<>   【解説】

 ● 水切り(石投げ、石切りともいう)

 川でよくやる遊び。

 できるだけ平らな石を、広島東洋カープの林昌樹投手のようなサイドスローで投げることにより、
横回転で川面をピョンピョンと跳ねさせる。

 愛好家も多く、国際大会が開かれるほど。 <> イチジク
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/29(日) 16:58:52.46 ID:RqlWRy44o<>  今日はこれでおしまいです。

 明日からまた仕事。頑張りましょう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/29(日) 17:02:09.96 ID:K9parS+4o<> うお乙ン <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/05/29(日) 17:24:29.58 ID:wP8Qye6i0<> 乙でした
水切り、子供の頃は近所の一級河川でよくやったなぁ
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/29(日) 19:19:52.99 ID:AGulPWcho<> 甘味=「かんみ」じゃなくて「あまみ」、「あまみ」「あぁまみ」「あぁんまみ」「あんまみ」「あんマミ」……何言ってんだ俺は?
乙彼様でした こういう淡々とした文体は読んでて疲れないね、「孤独のグルメ」の原作もそんな良いマンガだった
大食いマンガも好きではあるんだけど <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/29(日) 19:23:17.04 ID:AGulPWcho<> ……前話への感想を言ったつもりがもう一話投下されていたたぁ思わんかった
五郎さんマジ女殺し <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(宮城県)<>sage<>2011/05/29(日) 20:08:18.85 ID:bMTNySv50<> 乙です!それにしてもここのゴローちゃん勇敢過ぎww
ジャック・バウアーかハクオロ皇かサコミズ王でも憑いてるのか? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)<>sage<>2011/05/30(月) 19:06:44.06 ID:oY4BId4AO<> 五郎さんロリコン疑惑 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:13:00.96 ID:U8SC6v4Lo<> こんばんは。今日は仕事をするのがもったいないくらいのいい天気でしたね。

というわけで投下します。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:13:30.03 ID:U8SC6v4Lo<>


   第四話

    淫欲 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:15:06.80 ID:U8SC6v4Lo<>


 ジャンボジェット機が随分と大きく見える。かなり低い高度で飛んでいるからだろう。

 羽田空港が近くにあるので当り前といえば当り前だ。

 自分が運転している自動車から外の様子を見ると、巨大な工場がいくつも見える。まるで
巨人の内臓がむき出しになっているようだ。

 目の前に広がる京浜工業地帯に旅客機が突っ込んだら、東京が終わるのも案外簡単
かもしれない。


 ふと、そんなことを思った。


「うはあ、もう腹ペコペコのペコちゃんだぜ。五郎、まだかよ」

「もう、落ち着きなさい杏子。焼き肉は逃げたりはしないわ」

 後部座席からは、二人の少女たちがこの日の昼食の話に花を咲かせている。

 俺は以前、焼肉を食べさせてやるという約束を果たすため、杏子とマミの二人を車に

乗せて川崎へと向かっていた。

 焼肉は都心でも食べられるけれど、どうせ皆で食べるなら、前から気になっていた川崎の
セメント通りにある焼肉屋で食べようと思っていたからだ。

 知り合いからも、あそこの焼肉は都心よりも本格的で美味いと聞いていた。

 目当ての焼肉屋の駐車場に車を止める。車のエンジンを停止させるやいなや、杏子が

飛び出した。

「ひゃっほうーい」

「こら杏子。危ないわよ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:17:14.21 ID:U8SC6v4Lo<>  ハイテンションで車から降りる杏子をたしなめるマミ。

 それにしても焼肉というだけであそこまで上機嫌になれる杏子が少し羨ましかった。

大人になると、あまりわくわくするようなことがない。

 昼間の焼肉店はあまり客がおらず、空いていた。しかも、12時から13時までの、
いわゆるランチタイムよりは少し遅くなったので、尚更だ。

「あたしは、朝から何も食べてないから腹へってしょうがないんだよ」

「朝食はちゃんと食べないとダメだって、言ったでしょう」

 駐車場でそんな会話をしている二人に対し、車に鍵をかけた俺は呼びかける。

「ほら、行くぞ」

「わかってるって。何食べよっかなあ」

 入口を入ると、きっちりとした制服を着た店員が出迎える。

「いらっしゃいませ」 

「予約していた井之頭だけど」

「お待ちしておりました」

「なんだ五郎、予約していたのかよ」

 杏子が俺の肩に飛びつくようにして言った。

「ああ、店が閉まってたら嫌だからな」

 食事をする時はいつも行き当たりばったりだった。ただ、一人の時はそれでいいけれど、
三人ともなればそういうわけにもいかないだろう。

 久々の予約は、少々勇気がいるものだった。

 この年になっても電話することに勇気を要する自分が情けない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:17:56.88 ID:U8SC6v4Lo<>  四人掛けのテーブルに、杏子とマミ。そしてその向かい側に俺が座る。

「何頼む?」

「そうねえ」

 嬉々としながらメニューを眺める二人を見ていると、自然と笑みがこぼれる。

「何笑ってんだ? 気持ち悪いな」

 杏子が俺の様子に気がついたのか、そんなことを言っていた。

「いや、何でもない」

「あ、そうか。五郎も焼肉楽しみなんだな。ジャンジャン食えよ」

「金を出すのは俺だ」

「そうだっけ」

 とりあえず、肉類は色々な種類のものがセットで食べられるものを頼むことにした。

「お飲み物は何になさいますか?」店員が聞いてくる。

「俺はウーロン茶で」

「アタシはオレンジジュース!」

「私はアイスティーで」

 それぞれが、好きな飲み物を頼む。

「それと白いご飯を」

 俺はご飯を頼むのも忘れない。酒が飲めない俺にとって、焼肉における白米は欠かせない。

「おっしゃー、食うぞお」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:18:54.54 ID:U8SC6v4Lo<> 「まずはタン塩ね」

 飲み物とともに、早速肉が運ばれてきた。最初は、軽くジャブのつもりでタン塩だ。

 レモン汁で食するタン塩はあっさりしていて美味い。

「うん、いいな」

 薄く切られたタン塩を口に入れると、レモンとコショウの香りが鼻腔を刺激する。
それと同時に、ほど良い塩加減のタン塩からピュルピュルと溢れる肉汁が何とも言えない

幸せな気持ちにさせてくれた。

「くう、これですよ、これ」

 何が“これ”なのかよくわからないけれど、肉を口にすることで焼肉屋に来たことを実感する。

「よっしゃ、カルビも焼こうぜ」

 どうやら杏子は肉が食べたくてウズウズしているようだ。

「はい、五郎さん。タレですよ」

「おう、ありがとう」

 マミがこちらにタレを渡してくれた。

 アツアツに熱せられたアミの上に肉がどんどんと乗せられていく。

「うん、こいつはなかなかいい肉だ」

「わかるんですか?」マミが聞いてくる。

「まあ色を見れば」

「……」

 杏子はじっと焼ける肉を見つめていた。

 しばらくすると、肉の色が変わりはじめる。

「よっしゃ、一番!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:20:04.58 ID:U8SC6v4Lo<> 「こら杏子」

 肉が焼けると真っ先に、カルビを箸で取る杏子。そして、それをタレにつけて口へと

運ぶ。

「くううう、ウメー」

 見ているだけで腹が減ってきそうな杏子の食べっぷりを見て、俺も負けずに肉を取る。

 タレに肉を半分ほど浸し、一気に口の中へ。

 モグモグと噛むとタレの味と肉から染み出るうま味が混ざり合って実に幸せな気持ち

にしてくれる。

「うん、うまい肉だ。いかにも肉って肉だ」

 ウーロン茶を一口飲んで、再び肉を口へ運ぶ。タレの味と肉の香りが口の中いっぱい

に広がって行った。

 確かに美味い。美味いのだが、大事なものが欠落している気がする。

「あれ、まだご飯こねえのかな」と杏子。

 そうだ、ご飯だ。確かに、酒を飲まない俺にとって焼肉でご飯は必需品だ。

「すいませーん、ご飯もう持ってきちゃってくださーい」

 俺は奥の店員に対して呼びかけた。

「ふう」

 食べていると暑くなってきたので、俺は上着を脱ぐ。

「お次はミノと行くか」

 いい具合に焼きあがったミノを口に運ぶ。

 このミノも美味い。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:21:44.41 ID:U8SC6v4Lo<>  不味いミノはゴムみたいな歯応えだが、ここの店のミノは良いものを使っているらし

く、しっかりと噛めて味も良い。

「おいマミ、そのロースはアタシんだぞ」

「うふふ、そうでしたっけ?」

 こういう場所では、マミのような上品そうな娘は取り残されるんじゃないかと少し心配
したけれど、彼女もわりとちゃっかりしているようなので安心した。

 いや、安心してはいられないか。

 皿の肉がどんどんと無くなって行く。若い力の消費量が半端ない。

 年頃の娘はダイエットだなんだと言って、あまり食べないのかと思っていた。


 しかしそんなことはなかった。

「五郎さん、お野菜も食べないといけませんよ」

「ん、ああ」

 中学生に注意されてしまった。しかし、焼肉で野菜を焼くのはどうも苦手だ。今も、

ネギを少し焦がしてしまった。

 もう、早くご飯よ来い。焼き肉といったらご飯だろう。

 このままいくと、ご飯が来る前に皿の肉がなくなってしまうのではないか。

「お待たせしました」

 俺の心配を知ってか知らずか、店員が山盛りのご飯を持ってきた。すでに肉は半分以

上なくなっている状態だ。

 こうなってくると、店員も狙ってやっているんじゃないかと疑いたくもなる。

 だが食事時にそんなことを考えるのは野暮というもの。

 俺は気を取り直してご飯を片手に、肉を焼いた。

 焼けたカルビにタレをつけ、それを白いご飯とともにいただく。

 カルビ、タレ、そして白いご飯。この組み合わせはもはや三種の神器と言っても過言

ではない。タレの味がご飯の持つ微かな甘味と混ざり合って俺の中の食欲を更に刺激す

る。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:22:44.30 ID:U8SC6v4Lo<> 「くーっ、いいですね」

 ご飯は炊きたてらしく、そのまま食べても十分美味しかった。

 なるほど、出てくるのが遅かったのはそのためか。俺は勝手に納得する。店員さん、

疑ってすまなかった。

 こうしてご飯を得た俺は、水を得た魚のごとく再び肉を焼きはじめる。

 川崎に焼肉が似合うということが、今日よくわかったよ。

 まるで俺の身体は製鉄所、胃はその溶鉱炉のようだ。

 ということは、肉が鉄鉱石でタレとご飯がコークスなのだろうか。

「骨付き肉もウメー」

 焼いた肉の三分の二は若い力に食べられてしまうので、たくさん焼かなければならな

い。

 夢中になって食べていると、大皿の肉はすっかりと無くなってしまった。

「なあ五郎、もっと食べようぜ」

 頬にご飯粒をつけた杏子が、まだ食べ足りないという顔をしながら追加注文を要求し

てくる。

「ああ、わかった」

 俺は店員を呼び、注文をする。

「上ロース、上カルビ、それぞれ三人前。それからサン、サン、……サンチュ」

「あ、サニーレタスですね」

「あ……そう、それそれ。あと……」

「なあ五郎」

「ん?」

 俺と同じようにメニューを持った杏子が呼びかける。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:24:21.68 ID:U8SC6v4Lo<> 「どうした」

「この、チャプチュっての、頼んでみようぜ」そう言って、杏子はメニューを見せる。

「わかったよ。じゃあそれ。あと、ウーロン茶」

「かしこまりました」

 しばらくすると、頼んだ品物が運ばれてきた。

 その中でも一際異彩を放っていたのが、やはりチャプチュだ。

「随分ボリュームがあるんだな」

 器もかなりデカイ。香りは、なんだかスキヤキのようにも思える。

「なんかうまそうだな」杏子が目を輝かして見ていた。

「ほら」

 俺は、チャプチュを小皿に取り分けて、杏子に渡した。

「おお、サンキュー」

 笑顔でそれを受け取る。

 俺も、チャプチュを一口食べた。

 匂いがスキヤキっぽかったけれど、味もかなりスキヤキに近い。ただ、スキヤキよりも
味は濃いめ。このため、ご飯のおかずにはとても合いそうだ。

 気がつくと、得盛りにしてあったご飯がすっかりなくなっていた。

「うーん、ご飯どうしよう」

 ふと前を見ると、杏子が汗をかきながら肉を食べている最中だ。

 えい、こうなったら。

「すいませーん、ライスもう一つくださーい」


 うおォン! 俺はまるで人間火力発電所だ! <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:25:58.97 ID:U8SC6v4Lo<>    *



「ああ、食った食ったあ」

 すっかり満腹になった俺たちは店を後にした。

「うへえ、こんなに肉食ったの初めてかもしれねえ」

 杏子も苦しそうにしているけれど、同時に嬉しそうでもある。

「なかなか良いお肉でしたね。このお店」

 マミのほうは、わりと平気そうな顔をしている。彼女も杏子ほどではないけれど、
かなり食べていたと思うのだが。

「マミは一体どこに食べ物が入ってんだ? 全部胸に行ってんのか?」

 杏子がマミの胸を見ながら言う。

「何を言ってるのよ杏子は」

 胸? 確かにマミの胸は杏子のに比べるとデ――

「いてっ」

 いつの間にか杏子が俺のすぐ側にきて、下段蹴り(ローキック)をかましていた。

「何すんだ」

「今、エロイこと考えただろうが、このスケベ親父」

「考えてない」

 ……少ししか。

「あらあら、五郎さんもまだお若いんですね。私も気をつけないと」

「俺はまだ現役のつもりだけどな」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:26:37.77 ID:U8SC6v4Lo<> 「バカなこと言ってんじゃねえよ」

「お前が言いだしたんだろうが杏子」

「さあ、帰ろうぜ」

「ふう」

 無益な言い争いをしていたら、余計に疲れたので俺は空を見た。

 飛行機が大きく見える。

「あら?」

「どうした、五郎」

「あの飛行機、なんか飛び方がおかしいような」

「はあ、着陸態勢に入ってるからじゃないのか?」

 杏子のその言葉をマミが否定する。

「いえ、違うわ。杏子、五郎さん」

「なに?」

「よく見て、あの飛行機!」

 マミは飛行機を指差す。


「あ!」


 思わず声をあげてしまう。


 飛行機に、何か得体の知れないモノがくっついている。それもかなりデカイ。


「マミ、まさかあれは……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:28:32.63 ID:U8SC6v4Lo<> 「魔女よ、間違いないわ」

 目を凝らすと、牛、羊、そして人間のような顔の三つを持った巨人が、
飛行機にまたがっている。

 手には大きな槍を持っており、後ろのほうでチラチラ揺れているのは尻尾だろうか。

 アスモデウスと呼ばれる悪魔にそっくりの形をしている。物語などでは、地獄の竜
(ドラゴン)にまたがっているというが、現在のアスモデウスは飛行機にまたがっている
というのか。

「大変よ、このままでは墜落してしまうわ」

「工業地帯に落ちたら大変なことになるぞ」

 俺は飛行機のすぐ下に広がる工場群を見ながら、最悪の事態を想像して背筋が寒く
なるのを感じた。

「そんなにヤバイのか?」

 危機感をあらわにする俺とマミに対し、杏子はイマイチ事態の深刻さを理解していない
ようだ。

「杏子、もしこの辺りに飛行機が墜落したら、しばらくここの焼き肉は食えなくなるぞ」

「……なにい? それは不味い」

「だから何とかしないと」

「なんとかって、あんな空の上にいるやつをどうすりゃいいんだ」

「……お前たち、飛べないのか」

「残念ながら、アタシたちは空を飛ぶことはできない。高くジャンプすることならできる
けど……」

「そうか、ならどうすれば……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:30:24.05 ID:U8SC6v4Lo<>

 悩む俺たちに対し、マミが何かを思いついたらしく声を出した。


「私にいい考えがあるわ!」


「……」

「……」

「どうしたの?」

「なんだかアタシ、すごく嫌な予感がする」

「奇遇だな、俺もだ」

 まさかこんな所で、杏子と気持ちが一緒になるとは思わなかった。

「そんなことを言ってる場合じゃないでしょう。ほら、どんどん高度が下がっていってるわ」

「うわ、ヤバイな。で、どうするんだよ」

「杏子と五郎さんが、あの魔女の近くまで飛んで行って、魔女を飛行機から引き離すの」

「ちょっと待てよ、アタシは飛べないって、さっき言ったばかりだろう」

「だから、私が協力するのよ」

「え?」

 そう言うと、マミは素早くソウルジェムを取り出すと、その光で魔法処女へと変身した。


「魔法少女巴マミ、華麗に参上」

 マミは変身と同時に、モデルのようにポーズを決めた。

 このポーズに意味はあるのか。

「……、一々ポーズ取らないといけないのか?」杏子は俺の疑問を代わりに聞いてくれた
ようだ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:32:31.70 ID:U8SC6v4Lo<> 「い、いいじゃない。こういうのは気持ちよ」

 マミは顔を真っ赤にしながら言い返す。

「まあ、そんなことはいいけど、これからどうするんだ?」

「あなたも魔法少女に変身しなさい、杏子」

「アタシも? まあ、いいよ」

 杏子は自身の真っ赤なソウルジェムを取り出すと、赤い衣をまとう魔法少女へと変身

した。

「五郎さん?」

「お、おう。なんだ」

「杏子の後に立ってくださる?」

「ああ。それがどうした」

 俺はマミの言われるがままに杏子の背後に立った。

「それっ」

 マミの掛け声とともに、黄色いリボンが俺の身体に巻きつく。しかも撒きついたのは、
俺の身体だけではない。なんと、マミの出したリボンで、俺と杏子の身体が互いに縛り
つけられてしまったのだ。

 それもかなり強力に。

 簡単に言えば、今の俺の状態は杏子を腹に抱えているようなものだ。

「おいっ、マミ! 何しやがる。動きづらいだろ!」杏子が暴れると、彼女の持ってい

る槍が頭や顔に刺さりそうで怖い。

「一体どういうことだ!」

 何かの冗談か? 俺はそう思いマミに声をかける。

 それに対してマミは、

      ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「だって、空中で離ればなれになったら危ないでしょう?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:35:14.06 ID:U8SC6v4Lo<> 「はあ?」

「もう一つ、それっ」

 再び掛け声を発すると、焼肉屋の駐車場に巨大な大砲のようなものが出現する。
マミが魔力で作った大砲だ。

「はい、これに入って」

「……これにって」

「この“至高の大砲(シュペルブカノン)”であなたたちを魔女の元へ飛ばすわ」

 人間大砲。最初にその言葉が頭に浮かんだ。

「俺が一緒に行く意味はあるのか?」

「あなたは魔女を引き寄せる体質なのよ。あなたが一緒じゃないと、逃げられてしまう
かもしれないわ」

「……」

「さあ、急いで。杏子も」

「うう……」

 俺たちはマミの魔力で作られた大砲の中に入る。

 中は案外狭いので、杏子がモゾモゾ動くと気になってしょうがない。

「変なところ触るなよ、五郎」

「こんな狭いんじゃどうしようもない」

 ふと、杏子の髪の毛の匂いが鼻腔を刺激する。

 焼肉を食べた後なので、焼肉臭いのかと思ったけれど、意外にも彼女独特のほんのりとした
バニラエッセンスのような香りが残っていた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:36:07.20 ID:U8SC6v4Lo<> 『いくわよ、二人とも』大砲の外からマミの声が聞こえる。

 もはや選択肢はない。

『角度48°、風向き、よし。行くわよ』

「ああ、ちょっとマミ」

『なに、五郎さん』

 どうしても俺は気になったことがあったので、聞いてみる。

「なんかお前、手慣れているようだけど、この技で人を飛ばしたことはあるのか?」

『……』

 しばしの沈黙。

「マミ?」

『ないわ』

「は?」

『ないけど、なんだかできるような気がするの』

「おい、ちょっと待て」

『もう時間がないわ。行くわよ』

 聞くんじゃなかった。

 俺は後悔をしながら耳をふさぐ。




『ティロ・フィナーレ!!!!!!』 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:37:49.41 ID:U8SC6v4Lo<>  物凄い音とともに身体に衝撃が走る。本物の大砲なら、身体が砕け散ってしまうところだが、
これは人を飛ばすための魔法。

 一瞬で目の前が明るくなり、激しい風が俺の身体を叩いた。

「いってええ」

「喋るな舌噛むぞ!」杏子が注意する。

 やはり魔法少女の身体は特殊なのだろう。俺と違って、空を飛んでいても怯むことがない。

「しっかり捕まってろ。結ばれてるからって、油断するな!」

「お、おう」

 俺は前にいる杏子の身体を抱きしめた。

 魔女と呼ばれる巨大な化け物と戦う彼女の身体は、思ったよりも小さく華奢であった。

 お、いかんいかん。子ども相手に何を考えているんだ。別のことを考えないと。

 ところで、俺たちはちゃんと魔女のもとへ飛んでいるのだろうか。

 俺は思い切って前を見る。激しい風で顔が痛いけれど、ある程度の空気抵抗は魔力で
防がれているらしい。

 さきほどまで、小さかった旅客機がすぐ目の前まできている。

 かなり大きい。そして、その飛行機にまたがっている魔女も巨大だ。


「おいクソ魔女! アタシが相手だ!!!」


 魔女についた三つの顔が同時にこちらを見る。

 気持ちが悪いのでこっちを見てほしくない。だが近くで見て俺は確信した。間違いなく
こいつの外見は悪魔のアスモデウスにそっくりだ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:39:21.89 ID:U8SC6v4Lo<>  魔女は、俺たちのほうに気がつくと、急に飛行機から飛び降りる。

 それと同時にグラリと揺れる飛行機。

 魔女が離れると、機体が安定したようだ。

 俺は心底ほっとする。この工業地帯に巨大な旅客機が墜落したら、乗客乗員の犠牲だけ
では済まされない大惨事になることだろう。

 しかし安心したのもつかの間、魔女はどこへ行ったのか俺は周囲を見回す。

 一瞬、辺りが暗くなった。

 雲か? それとも日食?

 そんなわけがない。

 上空を見上げると、巨大な何かが飛んでいるのが見えた。

 まさか……、

「竜(ドラゴン)!?」

 巨大な竜がいたのだ。

 バカな。飛行機に乗っていた魔女は、牛と羊と人間の顔を持つアスモデウスのような
化け物だったはず。

「なんだありゃ!」

 杏子も驚いている。

 竜は俺たちの上空を通り過ぎると、大きく旋回してこちらに向かってくる。

「あ!」

 先ほどまで飛行機にまたがっていた例の魔女、というか悪魔が竜の上に乗っている
ではないか。


 だったら最初から竜に乗ってろよ。何文明の利器に乗ってんだ! <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:41:09.48 ID:U8SC6v4Lo<>


「ヌオオオオオオオオオオオ!!!!!」



 耳障りな声を出しながら竜に乗った魔女が襲いかかってきた!

 手には、これまた巨大な槍を持っている。

 こいつで攻撃されたら厄介だ。

「杏子! あれは」

「五郎! よくつかまってな! 本物の槍の使い方をあの魔女に教えてやるぜ」

「な……!」

 いつの間にか槍を手にしていた杏子が、空中で槍を構える。

 どう考えても彼女の槍では敵には届かない。

「そりゃあああああ!」

「なに!?」

 杏子が槍を振ると、その槍は幾つか折れて、その間から鎖が出てきた。彼女の槍は、
柄の部分がいくつか別れており、それを鎖でつないでヌンチャクのような変則的な攻撃を
することもできるのだ。

 しかもその鎖が伸びる。

 明らかに質量保存の法則を無視したその鎖はどんどんと伸びて行き、魔女とその使い魔
らしい竜の周りに到達した。

「そらあああああああああああああ」

 杏子が掛け声をかけると、鎖が更にのびて、まるで人工衛星のように魔女の周りを
ぐるぐると回る。

「それ!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:42:26.78 ID:U8SC6v4Lo<>  杏子が手を引くと、数百メートル以上伸びたと思われる鎖が一気に緊張し、
魔女の本体は鎖で締め付けられてしまった。


「ヌグオオオオオオオオオ!!!」


 苦しそうな声をあげる魔女。


 しかし――



「危ない!」


 一瞬嫌な予感がしたので、俺は杏子の腕を掴んだ。

「何すんだおい!」

 手に持った槍の柄が落ちる。

 と、同時に目の前で火炎が通り過ぎて行った。

「くっそお……」

 魔女が口から炎を吐いたのだ。やつは槍による直接攻撃だけでなく炎で攻撃もできるらしい。

「杏子、正面からはダメだ!」

 たとえ炎がなくても、正面からいったらあの巨大な槍で俺たちの小さな体は潰されて
しまうだろう。

「じゃあどうすりゃいいんだよ!」

 どうすれば……。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:44:04.35 ID:U8SC6v4Lo<>  時間はない。先日戦った時のように作戦会議をしている時間はないのだ。
 
 恐らく後方から行ってもあの三つの顔のうち、どれかから炎が出てくるだろう。
あの長い尻尾も攻撃に使えるのではないか。


 だとしたら死角は――


 俺は目を見開く。

 くそっ、上手く行くかどうかわからないけれどやるしかない!

「杏子! またあの鎖を出せるか!?」

「ああ? 出せないことはないぞ」

「だったら、鎖を伸ばして魔女の首にかけろ!!」

「そんなことしてどうすんだ!」

「俺を信じろ!」

「……わかった!!」

 杏子は、一瞬で精神を集中させ、再び例の槍を現出させる。

 そしてその槍を、投げ釣りの竿のように大きく振る。


 シュルシュルと伸びる鎖。槍の先端がまっすぐと魔女の持つ三つの頭へと向かい、
そしてその中の一つ、牛の頭の近くへと到達した。

 杏子は魚釣りの竿を操るように、魔力で槍の先端を動かす。すると、先端はくるりと回り、
鎖が魔女の首に巻きついた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:45:27.00 ID:U8SC6v4Lo<>

「ヌグオオオオオ!!!!」またも聞こえる不気味な叫び声。


「へへっ、魔女が釣れたぜ!」


 ここからが本番だ。グズグズしているとまた火炎攻撃がくる。

「杏子! そいつを持ったまま一気に竜の腹の下へ移動する!」

「え? ああ。けん玉みたいなもんか」

「そうだ!」

「なるほど。よおし」

 杏子は反動をつけると、槍の柄を持ったまま勢いよく下へ落ちる。

 魔女の首に絡まった鎖はまだ解けない。


 頼むぞ!!


 物凄い勢いで、目の前に工場のむき出しになった銀色の配管が迫ってきた。

 遊園地のジェットコースターがまるで子供向けのゴーカートに思えるほどの迫力だ。

「うおおおおおおおおおおお!!!」

「うわあああああああああああああ!!!!!」

 恐怖心を押し殺すには、もう叫ぶしかなかった。

 鎖は竜の横腹に辺り、その反動で俺たちの身体は一気に上へと向かう。

 俺の目線の先に、今度は巨大な竜の腹が見えた。


 これが奴らの死角!! <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:48:14.11 ID:U8SC6v4Lo<>
 チャンスは一度、これを逃すと後はない。

「きょおおおこおおおお!!! 新しい槍だあああああああ!!!
 貫くぞおおおおおおおおおおおお!!!!」



「うわかったああああああああ!!!!!」


 杏子がもう一本槍を現出させる。


 今度の槍はかなりデカイ。そして、黄金色に輝いていた。

 
 まるで光の槍だ。


 杏子は、右手で鎖の付いた槍の柄を持ち、左手に新しく出した槍を持っている。

 片手はまずい。

 そう思い俺は、もう一本の光の槍を握った。

 手は熱くない。

 しかし、胸の中はとても熱い。

「ごろおおおおおおおおお!」

「いけええええええええええええ!!!!」

 杏子は鎖の付いた方の槍を手放す。

 それと同時に、地面を踏みしめているような衝撃を感じる。杏子が何か別の魔法を
使ったようだ。

 すると、まるでロケットのように凄まじい勢いで俺たちの身体は竜の下腹に真っすぐ
向かった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:49:28.67 ID:U8SC6v4Lo<>  杏子と俺の握る槍の光が更に激しく輝く。


「突きぬけろおおおおおおおおおおお!!!!!」


 激しい衝撃とともに一瞬の闇が訪れた。 

 闇の中では色々な人の悲しみや怒り、恨みなどが一気に俺の頭の中に流れ込んでいる。


 これが魔女の体内か?


 苦しい、辛い。


 だが、それは誰もが抱えているものだ。それを抱えてなお、走り続けなければならない。


 それが生きることだ。

 そうだろう? 杏子。


 気がつくと、俺の目の前には青空が広がっていた。


「突き抜けた……」


 足元を見ると、黒い霧のようなものが見える。あれが、“魔女だったもの”だろうか。

 ふと目の前に光るものが見えた。

 手を伸ばすと、まるで俺の手に吸いつくように、それを掴むことができた。

 丸い球のような物。これが魔女の卵、グリーフシードというものか。

 俺はそれを落とさないよう、握りしめた。

 しかしこれからどうすればいいんだろう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:51:10.05 ID:U8SC6v4Lo<> 「杏子?」

「う、うーん……」

 気を失っている……。

 もしかして本気でヤバイのではないか。

「おい、杏子!」

 俺は杏子を揺り動かす。

「……もう食えねえ……」

「食ってる場合か!」

 俺たちは、先ほど上昇した。

 地球に重力がある限り、下に落ちなければならない。これは万有引力の法則だ。

 あれだけ科学的な法則を無視して戦っていたにも関わらず、最後は普通に引力に
引かれてしまうのか?

 上昇を終えた身体は、ゆっくりと下降していく。それも段々と早くなっていく。

「おい、杏子! 起きろ!! もう夕方になるぞ!」

 物凄いスピードで落下していく俺たち。

 下を見ると川崎の街並みがどんどんと近くになってきている。

「ちょっと待てえええええ!!!」

 再び叫ぶ。

「ん?」

 気がつくと、俺の背中で何かがシュルシュルと音を立てている。

「あら?」

 どうやらマミが、俺たち二人が離れないようにと巻きつけたリボンが俺の背中でほどけて
いるようだ。

 どういうことだ? まさか死ぬのは俺一人ということか。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:53:05.29 ID:U8SC6v4Lo<>
「ああ」

 俺は天を仰ぐ。どうせ死ぬなら空を見て死にたい。そう思ったからだ。

 しかし、空には何か黄色い膜が張られていた。

 さっきまで青空だと思っていたのだが、もう夕方か?

 しかし、そうではなかった。

「はあ!?」

 なんと、マミが俺たちに結んだリボンが落下傘(パラシュート)のような形になっている
ではないか。

 単に俺たち二人を結びつけるだけでなく、着地する時のためにパラシュートを用意
してくれていたのだ。

 よく考えてみればそうだ。

 着地のことも考えず、飛ばすだけだったらただの殺人者だろう。

「おーい! 五郎さーん、杏子ー!」

 街の歩道で、既に魔法少女の服装ではないマミが大きく手を振っていた。

 本来のパラシュートなら、着地の際にかなりの衝撃になるはずなのだが、マミ特製の
黄色いパラシュートは、ゆっくりと俺たちを着地させてくれた。親切な設計だ。

 アスファルトの上に両足をつくと、役目を終えたマミの黄色いリボンは消えてなくなって
しまった。

「……ううん、っは! どうした? あれ、魔女は?」

 気がついた杏子が周囲を見回しながら聞いてくる。

「大丈夫、魔女は倒した。お前の手柄だ杏子」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:54:51.05 ID:U8SC6v4Lo<>
「そうよ、私も遠くから見ていたけど、凄かったわ」マミもそれに同意する。

「いやあ、それほどでもねえよ」

「そうだ。これはお前のものだ」

 俺は先ほど空中で拾った魔女の卵、グリーフシードを杏子に手渡した。

「お、こいつがあるってことは本当に倒したんだな、よかった」

「ああ、よかったな」

「あの……」

「どうした?」

 マミが恥ずかしそうにモジモジしている。一体どうしたというのだろうか。トイレにでも
行きたいのだろうか。

「ここ、マズいですよ」

「マズい?」

「何がだ?」

 俺たちは周囲を見回した。

「あっ」

 目の前にはソープランドと書かれた看板が……。

 俺たちが立っている場所は、焼肉屋のすぐ近くにある堀之内のソープ街であった。





   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:55:18.97 ID:U8SC6v4Lo<>    【次回予告】

 オッス! 美樹さやかです!

 やっと私の出番が来たね。え? 次回のお話ですか?

 ええと、マミさんと五郎さんが日曜日の石神井公園で二人……。

 これってデート!?

 くそう、私だって恭介とデートしたいのに……。

 うう、次回も見てください。後悔なんてあるわけない! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/05/30(月) 20:56:53.22 ID:svL2g94n0<> 乙でした
漫画版のまどか3巻買ったばかりなんで、あんこちゃんとマミさんがハノカゲ絵で脳内再生されちまったぜw <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:57:31.06 ID:U8SC6v4Lo<>    【解説】

 ● マミさんのリボン

 作中で最も汎用性の高い魔装具の一つ。

 基本的に柔らかいので、攻撃や防御など直接的な戦闘には不向きだが、相手を縛りつ

けて動きを封じるなど、応用は効きそうだ。

 魔力の使い方次第で、リボンの道を作ったり、落下傘や包帯などにして使うこともできる
とても便利なもの。

 姫ちゃんのリボンと違って、これを使っても他人に変身することはできない。


 ● 川崎市

 神奈川県の北東部に位置する都市。東京都と横浜市に隣接する人口約142万人の
政令指定都市である。

 京浜工業地帯の中にある、工業都市としても有名。

 また、堀之内と南町の風俗街は、関東第二位の規模と言われている。 

 ほかにも色々あるみたいだけれど、筆者は行ったことがない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 20:59:25.07 ID:U8SC6v4Lo<>  本日は以上でございます。

 余裕があれば、マミさんメインの番外編も書きたいと思います。

 それでは、おやすみなさいませ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/30(月) 21:00:01.58 ID:M0dr7lQro<> お疲れ様でした。 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/30(月) 21:21:13.67 ID:U8SC6v4Lo<> あと、言い忘れてたけど、ゴローちゃんはロリコンじゃないよ。

……多分。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)<>sage<>2011/05/30(月) 21:30:11.72 ID:oY4BId4AO<> いやあんこちゃん相手に変なこと考えた時点でもう・・・・・・

とりま乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(宮城県)<>sage<>2011/05/30(月) 21:44:59.42 ID:3vFoqY1v0<> 乙でしたー。
>うおォン! 俺はまるで人間火力発電所だ!
名言ktkr!焼肉食ってるシーンで腹の虫が鳴ったのは俺だけでいい。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/30(月) 22:44:42.80 ID:varcbcECo<> 乙です!


まどっちまだまだ……? <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 18:43:09.15 ID:caJxe4O5o<> 鹿目まどかの本格的な出演は、少し後になります。

ただ、本編とは関係のない番外編には出てきます。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 20:54:50.60 ID:caJxe4O5o<> よし、今夜も淡々と投下すっか
    ↓ <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 20:55:24.94 ID:caJxe4O5o<>


   第五話

    怠惰 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 20:56:42.87 ID:caJxe4O5o<>  春の眩しい光が木々の青さを際立たせる。

 東京都練馬区にある石神井公園は、井之頭公園や代々木公園とはまったく違う雰囲気を
かもしだしていた。

 近くに有名な観光地や繁華街が少ないせいか、ここを訪れる人々の顔ぶれも何か違って
見える。

 世間では日曜日のようで、訪れている人も夫婦や家族連れが多い。

「いい天気ですね、五郎さん」

「ん、ああ」

 そして俺はなぜか、この公園を巴マミと一緒に歩いていた。



 ――話は今朝に遡る。

 この日、俺は予定していた商談がキャンセルになったこともあって、暇を持て余していた。

 こまったぞ、せっかく早起きをしたのに。

 個人で商売をしていると、こういういおともままある。

 たまっていた事務仕事をやるのもいいのだが、どうも気乗りしない。

 奥の部屋で寝ている杏子は、まだ起きていないようだ。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。宅配便でも来たのか。

 しかし違った。

「おはようございます五郎さん」 

「マミか……?」

 杏子と同じ魔法少女の巴マミが朝から訪ねてきたのだ。杏子と違って、彼女にはちゃんとした
家があるので、俺の家に転がり込むようなことはしない。 

 それにしても今日の巴マミはいつもと様子が違う。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 20:57:51.12 ID:caJxe4O5o<> 「その服……」

「あ、変でしたか?」

「とりあえず、中に入ったら」

「では、お邪魔します」

 巴マミは、いつもの学校の制服姿ではなく私服姿だった。

 上着は彼女のイメージカラーである明るい黄色を基調としたコーディネートで、
ベージュのロングスカートが大人っぽさを演出している。

 まだ中学生のくせに。

「コーヒーくらいしか出せないけど」

「お構いなく」

「それで、今日は何の用できたんだ? 学校は?」

 マミは杏子と違い学校に通っていた。

「今日は日曜日ですよ、五郎さん」

「あ、そうか」

「それで、用なんですけど」

「うん」

「私と、お出掛けしませんか?」

「はい?」

「だって、せっかくの日曜日ですよ。しかもこんなにいい天気」

「いや、だってそんな急に言われても……」

 そんな話をしていると、杏子が起きてきた。

「ふああ、誰か来てんのか?」

 杏子はマンションでは相変わらず、ジャージ姿だ。そしていつものように髪を結んでいない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 20:58:37.94 ID:caJxe4O5o<> 「あら杏子、今お目覚め?」

「んだよ、なんでマミがいるんだ? 魔女か?」

「魔女じゃないわ」

「じゃあ何だよ」

「五郎さんとお出掛けをしようと思って」

「お出掛け? なんか子どもみたいだな」

 杏子はあまり感心なさげにつぶやく。

「五郎さんは今日、何か予定があるですか?」

「いや、予定はあったんだが、今朝キャンセルになった」

「じゃあ、丁度よかったじゃないですか」

「ああ、でも」

 俺は杏子のほうをチラリと見た。

「アタシはパス」

「ん?」

「今日スカパーで、見たいドラマが連続でやってんだ。それを見て過ごすことにするよ。
出かけるんなら、五郎とマミで行ってくりゃいいだろう」

「あら、いいの? 杏子」マミが少し微笑を浮かべながら言う。

「かまわんよ」

「五郎さん、いいですか? 私と二人でも」

「まあ、別にいいか」

「じゃあ、決定ですね」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 21:01:14.76 ID:caJxe4O5o<> 「ふむ……」

 なんだか変な展開になってきたぞ。俺はそう思いつつ、残ったコーヒーを飲みほした。



   *



「この公園に来たのは初めてです」

 公園の湖を眺めながらマミは言った。そよ風がふき、彼女独特のくるくると巻いた
長い髪が静かに揺れる。

「あら、どうしました?」

「いや、何でもない」

 憂いを含んだ瞳に見とれていた、なんて言えるはずもない。

「ここの公園は、来たことがあるんですよね」

「15年くらい前にな」

「誰と来たんですか?」

「……誰だっけ。家族だったような」

「家族……」

「どうした?」

「いいえ、何でも」

「マミの家族はどうしているんだ?」

「はい?」

「いや、家族。親御さんとは」

「ああ、そういえば話していませんでしたね」

「ん?」

「私の……」

「どうした」

「いえ、何でもありません」

 マミは、その場を取り繕うように、軽く笑って見せた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 21:03:08.15 ID:caJxe4O5o<>    *


 自動販売機で、俺はチェリオのメロン味を買う。

 昔、映画館などで買ったことがあったからだ。当時はビンだったチェリオも、
今はペットボトルになっている。

「マミも何か飲むか?」

「いえ、私は」

 マミは遠慮したようだ。ここが杏子とは違うところか。

 俺はペットボトルのキャップを開けて、一口飲む。

「変わらないな。このわざとらしいメロン味」

 かき氷のシロップのような味はまだ健在だったようだ。

「なんだか不思議な表現ですね」

「そうかな」

「ちょっといいですか?」

 そう言ってマミは俺からボトルを受け取る。

「あ……」

 彼女は、俺と同じようにチェリオを一口飲んだ。

「確かに、わざとらしいメロン味ですね」

 そう言って、マミはボトルを返す。そして、黄色のハンカチで口元を上品に拭いた。

 関節キスというやつだろうか。マミはそれほど気にしている様子はない。ということは
俺のほうが気にしているのか?

 とほほ、これじゃどっちが大人だかわからないじゃないか。

 同じ魔法少女でも、杏子と違ってマミとの距離の取り方がよくわからない。

 彼女のことをあまり知らない、ということもあるのだろうか。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 21:04:10.69 ID:caJxe4O5o<>

 そういっても、俺は杏子のこともあまり知らないのだが。


 石神井公園には休憩所のような場所がある。
 座敷になっており、そこで食事をすることもできるのだ。

 ちょうどお昼時ということもあって、俺とマミはそこで昼食をとることにした。

 休憩所からは公園の緑がよく見え、また心地よい風が通る。ちょうどいい季節だと思った。
もう少し早かったら、寒く感じたかもしれない。

「いい場所ですね」

「ああ……」

 俺は、外の自販機で買ったチェリオの残りを飲みながら風を感じた。

 周囲を見回すと、家族で来ている客が多い。風に乗って家族の会話が聞こえてくる。

「向こうの木にムラサキサギが来ているんだってさ」

「へえ、珍しいの? パパ」

「アオサギの仲間で、珍しいらしいよ」

「アオサギ、アオサギ」

「たっくんも見たいんだね」

「ああ、ビールもう一本もらっていいかしらあ」

「もうママ、飲み過ぎだよ」

「ノミスギ、ママ、ノミスギ」

 そういえば、まだ注文をしていなかった。 

「あ、すいません」

 近くを通る女性を呼びとめる。お盆を持っているので店員で間違いないだろう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 21:05:51.75 ID:caJxe4O5o<> 「カレー丼ください」

「カレーライスじゃなしに、カレー丼のほうね?」

「はい。マミはどうする」

「じゃあ、私はきつねうどんを」

「はい、わかりました」

 注文を聞き終えた店員が足早に厨房のほうへと向かった。

「こういう所ですまないな。もう少しいい店とかを知っていたらいいんだが」

「いえ、大丈夫ですよ。むしろこういう所で食べてみたかったんです」

「こういう場所で食べた経験は」

「あ……、ありません」

「なんかマミは育ちがよさそうだから、家族でこういう場所に来たりはしないんだろうな」

「……ん」

「どうした」

「あ、いえ」

 家族の話をすると、彼女は考え込んでしまう。一体、何がいけないのだろうか。

 家族と不和なのか?

「気に障ったんなら謝る」

「いえ、そんな。気にしないでください」

「でも……」

「お話しますね。家族のこと」

「え、ああ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 21:07:49.76 ID:caJxe4O5o<> 「私の両親は、とても忙しくてあまり私に構ってくれませんでした」

「……」

「だからこういった場所に来ることもなかった。少し前の私なら、あんなふうに楽しげに
団らんしている家族連れをみていたら辛くなっていたかもしれません」

 マミの視線の先には、若い両親と、中学生くらいの少女。そてに1〜2歳くらいの子ども
が座って、何かを食べている光景があった。

 こういった場所には、ありふれた場面だ。

「ある日、めずらしく私の両親が私を連れて食事に行こうと言ったんです。数年ぶりの
家族での食事に、私はとても嬉しくなりました。もう、本当に。でも――」

「でも?」

「その時、私たちの家族の乗った車は、交通事故に巻き込まれてしまい、運転席で運転していた父と、
助手席に乗っていた母は死亡。私も瀕死の重傷を負ってしまったのです」

「そんな……」

「その時、私はキュゥべえと出会いました」

「キュゥべえと?」

「私たち魔法少女は、キュゥべえと契約する際に、何でも一つだけ願いをかなえることができるんです」

「ああ、それなら聞いたことがある」

「私の願いは、自分の命を救うこと」

「……」

「考えている余裕なんてなかった。でも、自分の命は救われたけれど、私にはもう両親は……」

「すまないマミ」

「え?」

「色々と悪いことを言ってしまった。知らなかったとはいえ、キミの前で家族の話なんて
してしまって」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 21:09:01.32 ID:caJxe4O5o<>
「いえ、いいんですよ。誰だって家族は大切ですからね。私だって……」

「……マミ」

「……」


「お待たせしましたあ」
 

 沈黙を破るように、店員が先ほど頼んだものを持ってきてくれた。

 ある意味ナイスなタイミングだったのかもしれない。

 目の前には、食欲をそそる香りをはなつカレー丼がある。

「とりあえず、食おう。マミ」

「え? はい」

 出されたカレー丼は、やや黄色味が強く、鶏肉が入っていた。あと、やたらグリーンピース
が多い。

 だがそれがいい。

「ほー、うまそうだな」俺は割り箸を取り出す。

「あ、五郎さん。七味を」

「あ、ああ……」

「……」

 気持ちの良い風が吹く。

 とてもゆっくりとした時間が流れてはいるけれど、何か気が重かった。

 原因はわかっている。食事の前にあまり重い話はするべきじゃないんだ。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/05/31(火) 21:15:45.70 ID:caJxe4O5o<> Janeの調子がおかしく、上手く書き込みができませんので、もうしわけございませんが今宵はここまでとします。


 後半へつづく <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/31(火) 21:16:17.86 ID:qyg2aTSv0<> 乙かれー丼 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/05/31(火) 21:50:20.02 ID:cXHhSluQ0<> 乙カレー!
さりげなく鹿目さんご一家が・・・ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/05/31(火) 21:50:52.88 ID:5CmpQaPRo<> 乙
鹿目さん一家がゲスト出演してたな。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/05/31(火) 22:17:08.06 ID:VaCi1s+Fo<> 乙カレー空間
言った端から鹿目一家(?)が!アリシャス! <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:17:58.88 ID:uDVhcngXo<> 本来、今日はお休みする予定だったのですが、昨日のトラブルで今夜後半投下です。 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:18:53.26 ID:uDVhcngXo<>    *


「ごめんなさい」

 来た道を戻っていると、急にマミが声を出す。

「どうしたんだ急に」

「私のせいで、暗くなってしまって」

「いや、気にすることじゃない」

「だって、五郎さんて食事の時間を楽しみにしているんでしょう?」

「そりゃ、まあ」

「あんな話、こんなところでするべきじゃなかったですよね」

「いや、そんなことは」

 どう言えばいいんだ?

 確かにいい気持ちではなかった。それはそうだろう。悲しい話を直接聞いて、上機嫌に
なる奴のほうがおかしい。

 それに、悲しい事情なんて誰だって抱えていることだ。

 ……いかん、そんなことを言っても慰めにはならんな。

 大人ぶってはいるけれど、彼女はまだ子どもなのだ。

 俺たちのように心が鈍感にはなっていない。自分と同じ風に考えていは行かん。

 ではどうすればいいのか?

 そもそもなぜ俺が悩まなければならんのだ。

 よく考えて見たら、他人のことでここまで気を使ったのは久しぶりかも知れない。

 かける言葉がない。今はただ、こうして黙って歩いているしかないのかな。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:19:30.02 ID:uDVhcngXo<> 「あ……」


 くそっ、こんな時に。

「五郎さん」

「ああ、わかっている」

 空が急に暗くなる。夕立ではない。

「こんな人が多いところに出没しやがって」

「周囲の人たちにも被害が出ますね」

 俺の目の前には、先ほどとは違う光景が広がった。

 魔女の結界。

 それはそうなのだが、今回のは一味違う。

「なんだこりゃ」

 先ほどは見られなかった巨大な建物がそこにあった。

 古い洋館のようにも見えるそれは、まがまがしい空気を発している。

「この中に魔女が」

 ほっといて帰る、というわけにはいかなそうだ。

「五郎さん、私いきます」

「ちょっと待てマミ。相手がどんなやつかもわからないのに」

「それはいつものことです」

「だが、無暗につっこむのは不味い。ここは様子を見るか、そうだ。杏子を呼ぼう」

「そんな時間はありません! グズグズしている間に、ここにいる人たちが被害を。
小さい子どもだっているのに……」

「マミ?」

「……ごめんなさい。ちょと取り乱してしまって」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:20:17.26 ID:uDVhcngXo<>  マミは大きく息を吸った。

「こんなにも瘴気を発している魔女です。少しでも始末が遅くなれば被害は拡大する
でしょう。それに――」

「それに……?」

「さっき見たような家族が、離ればなれになってしまうようなことは……、嫌です」

「……」

「だから私、行きます」

「わかった」

「五郎さん」

「俺も行く」

「え?」

「だから俺も一緒に行くって言ってるんだ」

「危ないですよ」

「その危ないところにお前は行こうとしてるんじゃないか」

「私は魔法少女ですから」

「俺だって何回か実戦は経験した。足手まといにはならない」

「でも……」

「危険なことをするのは、本来大人の役目だ。だから――」

「……わかりました」

「マミ……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:20:55.66 ID:uDVhcngXo<> 「でも、絶対に死なないでくださいよ。あなたにもしものことがあったら」

「大丈夫だよ」

「杏子に怒られてしまいますからね」

「そうかな」

「ええ」

 こうして、俺たちは古い洋館のような形をした魔女の結界へと突入することになった。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:22:51.02 ID:uDVhcngXo<>
 建物の中は意外と広い。

 いや、広いのか狭いのかよくわからな。とにかく何がどこにあるのかわからない。

 ヒラヒラと舞う蝶のようなものが襲ってきた。

 マミは素早くそれらを撃ち落とす。

「マミ! 奥の方から嫌な感じがする」

「はいっ! わかりました。五郎さん、私から離れないでくださいね」

「ああ、わかった」

「行きましょう」

 マミはそう言って手を出す。

「ん?」

「だから手を。離ればなれになったら、いけないでしょう?」

「ああ」

 人と手をつないで動くなんて、いつくらいぶりだろう。小学校か幼稚園以来か。杏子の
手も柔らかかったけど、マミの手はなんだか細く感じる。

 使い魔をかわすため、早足での移動。ついて行くだけで精いっぱいだ。

 マミは魔法少女の状態なので、身体能力が強化されているのだろうけど、それでも
大人として、また男としてのプライドが頭の隅をちらつく。

 思わず、手が離れそうになったとき、俺は彼女の手をぎゅっと握りしめる。すると、
マミのほうも、強く握り返してくれた。

 心配しなくてもいい。

 言葉を交わしたわけではないけれど、そんな風に思っているのではないかと、
俺は勝手に解釈した。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:23:51.30 ID:uDVhcngXo<>  くそ長い廊下を走りきると、目の前に巨大な扉が現れた。

 床が揺れる。

 ああ、この奥に何かがいる。恐らくこの結界の元凶がいるのだ。

「大丈夫ですか五郎さん」

「ああ、大丈夫」

「では、行きます」

「せーのっ」

 俺とマミは、二人同時に扉を蹴り開けた。

 扉は物凄くやかましい音を立てて開く。すると、扉の奥から生温かい風が吹き出して
きた。

 気分が悪い。

 それでも意を決して中に入る。こいつを除去しない限り、多くの犠牲が出てしまうかも
しれないからだ。


「な!」


 頭に牛のような角を生やした巨大な人型の魔女が、椅子に座っている。

 部屋もデカイが魔女も巨大だ。

 靄(もや)みたいなものがかかっており視界が悪い。人の呪いや恨みといったところだろうか。

「五郎さん、さがって!」

 マミは俺を後ろに下げる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:24:41.75 ID:uDVhcngXo<> 「何の罪もない家族の団らんを邪魔する魔女は、許さないんだから。この巴マミが、
おしおきしてあげる」

 そう言って、マミは複数のマスケット銃を現出させた。

 床に突き刺さった何十本とあるマスケット銃の姿は何度見ても壮観だ。

 マミは銃を抜き去ると一発、また一発と打ちこむ。魔女の周囲にある靄に紛れたハエの
ような使い魔を一匹一匹確実にしとめていく。

 だが魔女本体には、未だ効果的な打撃は与えられていない。

「グフウウウウ」

 魔女がその太い腕を大きく振り上げた。

「マミ!!」

 そして腕が振り下ろされる。激しい衝撃が世界を揺らす。

「ゲホッ、ゲホッ」

 土埃が立ったけれど、マミの姿がない。

 どこだ?

「こっちよ、魔女さん」

 天井を見ると、マミは天井から伸びているリボンにぶら下がっている状態であった。左手はしっかりと
リボンを握り、右手にはマスケット銃を持っている。

「くらいなさい!」

 マミは射撃を開始する。

 いつもより魔力を込めているらしく、一発一発が強力だ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:26:16.73 ID:uDVhcngXo<> 「ウガアアアア!!」

 魔女の叫び声。顔の辺りをやられて苦しんでいるようだ。顔は女の命。魔女もそうなの
だろうか。と言っても、この魔女は筋骨隆々だし、どう見ても女には見えないのだが。

 顔を上げた魔女がマミに対して拳を突き出す。

 しかし、のれんに腕押しとはこのこと。マミは素早くリボンから手を離すと、床に着地。
すかさず敵の足元に向けて射撃を行い、そして駆け出す。

 危ない!

 魔女は巨大だ、踏みつぶされるかもしれない。それでもマミは、打ち終わった銃を逆側に
持ち、魔女の脚の、それも“弁慶の泣き所”と呼ばれる脛の部分にブチ当てる。

「ゴウオオオオオ!!!!」

 確かにこれは痛いかもしれない。俺は少し魔女に同情した。

 しかし魔女の攻撃はここでは終わらない。

 素早く離脱しようとするマミに対して、敵は再び使い魔を現出させてきた。

 複数のハエが高速でマミに襲いかかる。サッカーボールくらいの大きさのハエだが、あれに
当たると痛そうだ。

 マミは素早く走って逃げるけれど、ハエはまるで追尾型のミサイルのようにしつこくマミを追いかける。

「くっ」

 マミは振りかえり、現出させたマスケット銃を発射した。しかし弾幕が足りないのか、
撃ち落とせなかったハエが一気に彼女の元へ迫る。

 次の瞬間、大きな爆発音が部屋に響いた。

 爆発の後に煙がもくもくと立ち上る。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:26:59.15 ID:uDVhcngXo<> 「マミ! 無事か!!」

 思わず声を出す。

「ええ、無事よ!」

 マミの声が聞こえた。

「ちょっとやられちゃったけどね」

「マミ!!」

 よく見ると、先ほど爆発があった場所の床がめくれている。

 そして、マミはその場所から数十メートル離れた場所にいた。

 彼女の服は、変身したばかりのようなキレイなものではなく、爆発に巻き込まれたのか、
ホコリや煤などで汚れていた。

「負けないわよ」

 魔女の強烈な拳がマミを襲う。

 彼女はそれを素早く避けると、射撃を行う。

 まずいな。これじゃジリ貧だ。

 再び例の追尾した後に爆発するミサイルみたいなハエを出されたらただじゃすまない。
現にマミの様子を見れば、少なからずダメージをくらっているようだ。

 しかも敵は巨大。
 細かい攻撃をいくつ当てても勝てるとは思えない。

 もっと大きい攻撃を。

 俺は、以前杏子とマミが協力して魔女を倒した時のことを思い出す。

 いかん、あの時と違って杏子がいない。

 だがここで俺が何もしなければマミの命が危ない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:27:53.20 ID:uDVhcngXo<>  せっかく助かった命なのに。両親が死に、一人きりになってしまう。それでも助かった命。
戦う運命を課されたとしても、生きようとした彼女の命。


 ここで失わせるわけにはいかないだろう!


 気がついた時、俺はもう走り出していた。

 最近はいつも走っている気がする。

 再び魔女が五匹の使い魔を出す。相変わらずハエの形をしたものだ。

 ハエは大きく弧を描くように飛ぶと、そのままマミめがけて突っ込んで行く。


「こっちだ!!」


 俺はハエの真後ろに立って叫ぶ。

 来るのか?

 来ないのか?

 正直賭けだった。

「はっ」

 俺の声が聞こえたのか、五匹のハエは大きく上昇すしてからこちらの方向を向いた。

「五郎さん!?」

 マミの声が聞こえる。

 しかし今はそれに答える余裕はない。

「こっちだ!」

 俺は再び走りだした。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:29:46.33 ID:uDVhcngXo<>  俺にはマミのように使い魔を撃ち落とす手段はない。だが、頭は使える。

 走りだす方向は決まっていた。本体のいる方向。そう、魔女の本体に向かって
走り出したのだ。

「グオオオオオ」

 腹に響くような不快な鳴き声を出した魔女がこちらの存在に気づき、攻撃しようと
してくる。

 しかし、素早く飛び回るハエとは違い、魔女の動きはやや緩慢だ。そこに勝機が
あるかもしれない。

「来い!」

 俺は巨大な魔女の脚元に飛び込むように走りだす。

 そして股の間を走り抜ける。

 すると、後方から爆発の衝撃と音が鳴り響いた。

 俺はその爆発に思わず倒れこむ。魔女の脚元には煙が立ち上り、敵は片膝をついた。

 ザマー見ろ。だが安心したのもつかの間、誘爆に巻き込まれなかった二匹のハエが
こちらに向かってきた。

「くそっ」

 もう一度片膝をついている魔女の股下を抜けるわけにはいかない。

「うおっ」

 気がつくと、いつの間にか俺の胴体には黄色いリボンが結びつけられており、俺の身体は
宙を舞った。

 二匹のハエが壁にぶつかって爆発する。俺はそれを、空中で眺めていた。

 爆発自体は小さいけれど、あんなのが身体にぶつかったらただではすまないだろう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:31:47.83 ID:uDVhcngXo<>  俺の身体が床に着地すると、目の前にマミが立っていた。

「五郎さん! 下がってって言ったじゃないですか!」

 マミは珍しく感情をあらわにして怒る。

「すまない、どうしても心配で」

「でも」

 再び魔女が立ちあがり、こちらに向かって足をのばしてきた。俺たちを踏みつぶそうというのか。
だが動きはまだ遅い。

「こっちです!」

 マミに手を引かれて魔女の攻撃から逃れる。

 だがどうする? 今のマミでは攻撃は効きそうにない。かといって杏子はここにはいない。

 出入り口の方を見ると、先ほどの爆発に巻き込まれたのか、崩落していた。

 ここから出られそうにない。グズグズしているうちに俺たちは閉じ込められてしまったのか。

 だったら、もうあれを倒すしか方法はない。

 何か効果的な方法。


 弱点――


 そうだ、どこか弱点はないのか。

「マミ! 魔女に弱点はないのか」

「何か核になる部分はあると思います。でも」

 人に弱点があるように、魔女にも必ず弱点はあるはずだ。今まで全体をぶっ飛ばしていたけれど、
もっと効率の良い戦い方もあるのではないか?

 弱点、魔女の弱点。俺は逃げながらも、横目で魔女の身体を観察する。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:32:35.03 ID:uDVhcngXo<>  2本の大きな角、巨大な手足、そして尻尾。顔には不快な仮面のようなものがついている。
尻には尻尾。

 背中は?

 背中はどうだ。

 俺は魔女の背中をまだじっくり見てはいない。

 どこかに魔力の源泉のようなものがあるのではないか?

 俺は思考を巡らす。

 例えば、魔法少女にとってのソウルジェムのようなものが魔女にあるとすれば。

 不意に目の前に爆発が起こる。

「きゃあ」

「うわ」

 くそ、出られない、倒せない。これではどうしようもうない。

「マミ! 目くらましは出来るか」

「え? はい」

「すぐにやってくれ」

「はい!」

 マミは銃を現出させ、それを魔女に向けて撃つ。

 眩しい光が顔の前で発せられた。

「グオオオオオオ」

 魔女は顔を抑えて苦しむ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:33:34.44 ID:uDVhcngXo<>
「今だ! こっちへ」

 俺は魔女の後方に回り込む。注意して見ろ、何かがあるはずだ。

 背中、いや、その上。俺は巨人の首筋にぼんやりと光る黒紫色の光が見えた。

 もしかして、あれが?

「マミ! 見えるかあの首筋の」

「あれが弱点ですか?」

「わからん、だが狙ってみる価値はありそうだ」

 しかし、マミが射撃を始める前に魔女は復活し、振りかえる。これでは目標が見えない。

 それと同時に、ハエ型の使い魔をまた飛ばしてきた。今度はさっきよりも数が多い。

「逃げます! 五郎さん!!」

「おお!」

 俺たちは壁際を走りだす。だが敵もバカではないようで、魔女本体が俺たちの逃げる
方向を先読みして、攻撃してきた。巨大な拳が俺たちの前方で壁を突き破る。

 二人は急きょ方向転換をして、魔女本体の方向へ向かった。だが敵も同じ行動を何度も
やらせてはくれない。

「くらいなさい!」

 マミはいつの間にか現出させた銃で魔女の顔を狙う。

 閃光弾。

 眩しい光が再び魔女の視力を奪った。しかも威力はさっきよりも強力のようだ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:36:39.03 ID:uDVhcngXo<>
 
 チャンス!


 俺たちは素早く魔女の後方へと行く。今度こそ狙いを付けて弱点を。

 だがここで、俺たちは大事なことを忘れていた。

 ハエの使い魔がまだ残っていたのだ。

「危ない!」

 激しい爆発が俺の身体を吹き飛ばす。だが、痛みはない。手榴弾のような破片はあまり
出ないので、直撃を避ければ何とかなるのか。

 だが、うつ伏せの状態で床にたたきつけられたはずなのに、柔らかい感触があるのはなぜだろう。

 目を開くと、目の前にはマミの胸があった。

「くはっ」

 俺はマミの胸に顔をうずめていたのだ。

 だが恥ずかしがるよりも先に、彼女の身に起こった異常に気付き、俺は血の気が引いた。

「マミ、目が!」

「大丈夫です」

 マミは目から血を流している。顔を負傷したようだ。

「傷は魔力で回復できます。だから今は」
 
「目が見えないんだろう!」

「う……」

 マミの目線が明らかに別の方向を向いている。

 ハエの使い魔はいなくなった。魔女はまだ動けない。チャンスは今しかないというのに。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:37:57.23 ID:uDVhcngXo<> 「マミ、お前の銃は俺には使えないのか」

「無理です五郎さん。私の武器は私にしか」

「だったら――」

 もうすぐ魔女は立ち上がる。ハエの使い魔も再び出てくるだろう。

 その前に――


「だったら、俺がお前の目になる」


 昔読んだ漫画の中にこんな展開があったはずだ。

「え?」

「銃を出してくれ。俺が狙いを付ける。目標はすぐそこだ」

「は、はい。わかりました」

 そう言うと、マミは帽子の中から銃を現出させ、構える。

「よし、そのまま」

 俺はマミの後ろから彼女を抱きかかえるようにして支える。そして、銃の狙いを魔女の
首筋へと固定した。

 魔女はゆっくりと立ち上がる。こちらを向く前にやるしかない。

「五郎さん」

「なんだ」

「ドキドキします」

「……俺もだ」





 カチッ




 引き金が引かれた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:38:30.66 ID:uDVhcngXo<>
 眩しい光の筋が、真っすぐに魔女の首筋へと向かう。

 かなり激しい衝撃に驚いた。あの大砲ほどではないけれど、さっき撃っていた銃に、
これほど威力があっただろうか。

 弾道は、一瞬で魔女の首筋に到達する。

 それと同時に、何かガラスが割れるような音が頭の中に響いた。

 マミの銃から発せられた光の筋は、魔女の首筋を突き抜けて天井をも突き破り、
外まで伸びて行く。

 あれはどこまで行くんだ。

 茫然としながら、その様子を眺める。

 予想通り。

 あの黒紫色の光を発する部分が、敵の弱点だったのだ。

 周囲の色が褪せ、結界が消えて行く……。

 とりあえず、俺たちは助かったらしい。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:39:42.66 ID:uDVhcngXo<>  夕闇に染まる公園のベンチで、俺とマミは座っていた。

 傷が魔力で治るという話は本当らしい。

「ごめんなさい、本当に。色々面倒をかけてしまって」

「いや、むしろこっちが助けられたくらいだよ」

「でも……」

 マミは疲れた表情をしている。あれだけ激しい戦いをすれば当然か。

「そういえば、例のアレは見つからなかったな」

「そうですね」

《お探しのものは、これかな?》

 急に、脳内に聞き覚えのある高い声が響いてきた。

「キュゥべえ……」

 犬なのか猫なのかよくわからない形の白い生物、キュゥべえが公園の茂みの中から
登場した。

 キュゥべえの尻尾の先には、黒い球のようなものが乗っている。

《受け取って、キミたちのものだよ》

 尻尾の上から器用に球を飛ばす。

「んっ」

 右手で受け取り、その中を見ると予想通りグリーフシードであった。

《あの魔女も随分強力なやつだったんだけど、一人でよく倒せたね、巴マミ》

「確かに強いやつだったわキュゥべえ。でも」

《でも?》

「一人じゃなかったわよ」

 そう言ってマミは俺のほうを見た。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:41:17.65 ID:uDVhcngXo<> 《井之頭五郎か。キミは本当に不思議な人間だよ》

「俺にとってはお前のほうがよっぽど不思議な生き物だけどな」

《キミたち人類にとってはそうかもしれないね》

「話はそれだけか?」

《今日は特に何もないね》

「俺の体質を治す方法は?」

《まだよくわからないよ。でも、キミは観察し甲斐がありそうだ》

「俺はお前の被観察対象になった覚えはないけどな」

《それもそうだね。とりあえず、僕は失礼するよ。じゃあね、五郎、そしてマミ》

 そう言うと、キュゥべえは再び茂みの中に入って行った。

 俺たちも帰ろう。


   *


 帰りのバスに乗ると、バスの振動が心地よかった。

 気がつくとマミが俺の肩にもたれるようにして寝息を立てている。夕日に照らされた
彼女の顔は、さきほどまで戦闘でボロボロになっていたとは思えないほどキレイな肌を
していた。

 今日は色々あって疲れたのだろう。精神的にも、肉体的にも。

 バスが目的地に着くまで、あと五分くらい。その間だけでも寝かせてあげよう。

 俺は窮屈なのを我慢して、彼女を起こさないようじっとしていた。





   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:41:43.46 ID:uDVhcngXo<>    【次回予告】


 みなさんおはようございます! 早乙女和子です!

 今日はみなさんに大事なお話があります。

 目玉焼きとは、堅焼きですかそれとも半熟ですか

 ハイ! 井之頭五郎さん!!

「え? えっと、どっちでもいいんじゃないかな」

 結婚してください!

「はあ!?」


 イインデス、ココニナマエヲカイテクダサルダケデイインデス

 オネガイシマス

 チョットダケデイデスイカラ、ワタシ、メダマヤキシカツクレマセンケド

 タスケテー!!!


 (中略)

 さて次回は、五郎さんたちが秋葉原に行くというお話です。

 お楽しみに! <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:44:36.48 ID:uDVhcngXo<>    【解説】

 ● シティーハンター

 週刊少年ジャンプで連載されていた北条司のハードボイルド漫画。
 裏の世界bPスイーパー(始末屋)の冴羽 リョウが主人公。
 現実ではありえないようなガンアクションや毎回美女の依頼人が出てくる。

 そのストーリーや設定は、後の作品に大きな影響を与える(ファントムとかを見るかぎり、虚淵玄も
その例外ではないだろう)。

 1985年から1991年まで連載。漫画だけでなく、テレビアニメにもなる。
 ちなみに、実写映画は金曜ロードショーで何度か見た。最近やらねえな。

 テレビアニメ版では、EDへの入りが当時全盛期だったTMネットワークの曲とマッチして、
とても印象的なものになっていたように思える。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/01(水) 20:46:15.66 ID:dmngMDS3o<> お疲れ様でした。 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/01(水) 20:46:32.44 ID:uDVhcngXo<>  これにて第五話、終了でございます。
 カレー丼、美味しいですよね。

 では、第六話でお会いしましょう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/01(水) 21:47:32.61 ID:KXcdC7Qf0<> 乙

>実写映画
それは黒歴史……。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(中部地方)<>sage<>2011/06/01(水) 22:20:10.48 ID:vu+4fFy1o<> 乙

ジャッキーのチュンリーは黒歴史 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/01(水) 22:25:55.90 ID:K+pT9sxF0<> 乙カレー!
シティーハンターと言えばゴーゴーヘヴンだろjk <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/02(木) 07:01:06.93 ID:g/qw0caDO<> 実写版はただのジャッキー映画 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:00:21.37 ID:JBz0hJnOo<>  今日はリポ●タンDを飲んで頑張りました。
 色々試したけど、安い奴の中ではこれが効くような気がする。

 というわけで、今夜も淡々と投下↓ <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:02:19.90 ID:JBz0hJnOo<>



   第六話 貪欲 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:04:02.31 ID:JBz0hJnOo<>

 欲望が支配する街。



 そう言うとカッコイイかもしれない。とはいえ、六本木や新宿の街ならその欲望も
理解できないこともないが、この街の欲望はよくわからない。本当にわからない。

 東京、秋葉原。

 十数年前に来た時はまだ「電器街」として有名だった。

 当時から、そして今も電子機器には疎い俺にとって秋葉原は縁遠い街だ。

 しかしその秋葉原も今はもっと縁遠いものになってしまった。

「おかえりなさいませー、ご主人さまー」

「新作、まどか☆イチローのDVD、ブルーレイが入荷しましたあー!」

「新人アイドル、サクライリホちゃんのスペシャルライブです! 是非一度ご覧ください!」

 頭がクラクラする。

 街を行き交う人々の服装も、ここでは独特なものが多い。あれはゴスロリと言われる
ファッションだろうか。全身黒の服で統一している若者がいると思えば、街中なのに、
なぜか白衣で歩きまわっている青年もいる。

「俺だ、何? 本部のサーバが攻撃を受けた?」

「厨二病乙」

「オカリーン、待ってよー」

 以前来たときですら理解不能だったのこの世界が、余計に理解不能なものになっている。

 電器店には、大きな垂れ幕だ。やたら目の大きい女の子の絵が描かれている。

 よくわからんな。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:05:02.69 ID:JBz0hJnOo<> 「なあ五郎、なんでこんなところきてんだ?」

 俺の隣には、いつもの杏子がポロツキーをくわえながら歩いていた。

「ちょっとな、携帯電話が古くなったんで新しい機種を見ようと思ってさ」

「そうか。アタシは携帯とかよくわかんないからなあ……。あ、そういやマミは?」

「学校だろう?」

「学校?」

「そりゃ、マミくらいの年なら学校行くのは当り前……」

「学校か……」

「悪い」

「べ、別に気にしてねえよ。学校なん面倒くせえだけだし。それに……」

「それに?」

「学校行ってたら、こうして五郎と一緒にいられなくなるじゃねえか」

「そうかい」

「バカ、何言わせんだ。アタシは外で待ってるから、アンタはさっさと携帯でも何でも
買ってくりゃいいだろう」

「ああ」


   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:06:11.81 ID:JBz0hJnOo<>  正直携帯電話のことはよくわからない。昔から電子機器は苦手なのだ。仕事の都合上、
電話とメールは使えないとまずいので、新しいものを買おうと思う。

 スマートフォンとかは、正直俺の手に余る。

「ありがとうございましたー」

 無事に契約を終えた。機種変更の手続きには少し時間がかかるようなので、俺はとりあえず
店の外に出て食事でもしようかと考えた。

 俺が店の外に出て見ると、杏子が誰かに話しかけられていた。

 頭にバンダナを巻き、チェック柄のシャツをジーンズの中に入れている太った男だ。

「き、キミ可愛いでござるね。どこかのアイドルグループのコでござるか?」

「はあ? 何言ってんだテメー」

「ウヒョー、そういうキツめのキャラ、たまりませんなハアハア」

「うるせえな。キモイんだよ、近づくな」

「デュフフフフ、もっと罵ってください、もっと、アッー」

「うわあ……」

「俺の連れに何の用だ?」

 俺は二人の間に割って入るように言った。

「何者でござるか」

「こいつの保護者だよ」

「ふひゅ、親子、というほどには見えませぬな。恋人同士ですかな」

「こ、恋人!?」杏子は驚いている。

 さすがにそれはないだろう。

「とにかく、彼女に近づくな」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:07:01.48 ID:JBz0hJnOo<> 「うひゅひゅ、援助交際とかいうやつでござるか。おまわりさーん」

 うわ……。

「はい、警察の者だが」

 いつの間にか制服を着た警察官二人組が俺たちの近くに来ていた。

「お、お巡りさん。こいつら不審者ですぞ、フヒュヒュヒュ」

「わかった」

「え?」

 まずい。こんな平日の昼間から中学生くらいの女子を連れまわしているなどと言われたら
言い訳できないぞ。

「とりあえず、話は署で聞こうか」

「ふひゅ」

 こうして、デブのバンダナは警察官に連れて行かれた。

 どうやら助かったようだ。

「やれやれ。秋葉原ってのは、あんな変なのが多いのかね」

 杏子は疲れた様子でつぶやく。

「全員が全員ではないと思うが」

 少なくとも、スーツ姿の俺は浮いてしまう。そんな街だ。

「あれ、携帯はどうしたんだ?」

「ああ、更新するのに少し時間がかかるんだ。一時間くらいしたら受け取りに行く」

「そうか。じゃあ小腹もすいてきたし、どっかで何か食おうぜ」

「そうだな」

「確か、駅前にラーメン屋なかったっけ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:07:45.29 ID:JBz0hJnOo<> 「あそこか……」

 俺は駅前の様子を思い出す。

「確か行列作ってたよな」

「そういえばな」

「並んでまで食うってのもな」

「それもそうだが……」

 この街には“食欲”というものが欠乏している。

 いや、確かに飯屋は多いのだが、何か食べることが二の次にされている気がするのだ。

 まるで、パソコンの中の世界にいるような感覚。

「あーあ、マミだったら色々知ってたかもな」

「マミは秋葉原に詳しいのか?」

「なんか、真空管を買うのによく行ったとか」

「真空管……」

 何のために使うのだろう。

 食べ物屋を探し、特に当てもなく歩いていると、目の前に「肉の万世橋」が見えた。

「お、あれは」

「なんだ?」

「肉の万世橋」

「なんだそりゃ」

「あそこのカツサンドは美味いんだぞ」

「そうか、じゃ、それ食おうぜ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:09:09.91 ID:JBz0hJnOo<> 「いいのか?」

「五郎が言ったんだろう?アタシは五郎が食いたいものが食いたい」

「そうか、じゃあ行こうか」

 俺のような古い人間にとって、変わりゆく世界の中で変わらないものがあるということは、
安心できることだ。

 店の前にくると「特製カツサンド」の写真が出されていた。

「うん、これこれ」

「美味そうだな」

「ああ。別にこれだけじゃなくてもいいぞ。こいつはお土産にして、他に何か食っていくことも」

「そんなに我慢できねえよ。すぐ買おう、すぐ食おう」

「お、おう」

 俺はカツサンドを三つ買って、店を出た。俺と杏子と、あとはマミの分だ。

 他人の分を買う、なんてことは今までほとんどやらなかったことだけども。

「どこか食べるところはないかな」

 そういえば、以前は駅の近くにバスケットコートなどがある広場があったのだが、今はもう
なくなったようだ。

「確か、こっちに公園があるぜ」

 杏子に連れられて、俺は再び駅の近くまで戻る。

 確かに、公園があった。

 かつては、日当たりの悪いジメジメとした場所だっと思ったけれど、今は前よりも比較的
明るい公園になっている。樹木はそのまま残されていた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:10:07.47 ID:JBz0hJnOo<> 「お、ラッキー。ベンチ空いてる。ここで食おう」

 あまり数の多くないベンチが空いていたため、俺は杏子と並んでそこに腰を下ろした。

 日射しが気持ちいい。木漏れ日の光が優しく俺たちを照らす。その光景は、一瞬だけ
ゴチャゴチャとした秋葉原の街並みを忘れさせてくれる。

 俺はゆっくりと、膝の上に載せた万世橋カツサンドの蓋を開ける。

 ふわりと、ソースの香りが漂ってくる。このカツサンド、カツが厚くパンは薄めだ。
野菜等は入っていない。ソースとマスタードがしみ込んでいるカツも、しっとりしたパンも
実に俺好みだ。

「うめぇな、このカツサンド」

 先に食べはじめた杏子も気に入ってくれたようだ。

 俺も一つ手に取る。しっとりとしたパンの感触が指を伝う。

 口に入れると、マスタードの香りがソース味と絡まって食欲を刺激する。

「うん、上等上等」

 俺はそう言いながら、買ってきた缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲む。

 冷たいコーヒーが美味しい季節になってきた。

 杏子は炭酸飲料を飲んでいるようだ。これが若さ、なのだろうか。

「こういうの好きだな、シンプルで。ソース味って男の子だよな」

「ソース味はアタシも好きだぞ? 男の子ってなんだ?」

「女にはわからんかな」

「そうか」

 そんなあまり意味のない会話を繰り返しつつ、俺たちはカツサンドを頬張った。
そして、たくさんあったはずのカツサンドは、いつの間にかキレイになくなってしまった。

「ふへえ、美味かったな、五郎」

「ああ……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:12:16.46 ID:JBz0hJnOo<>  俺は箱の中に入っていた小さなウェットティッシュで指先を拭きながら、奇妙な満足感に
浸っていた。

 さて、そろそろ携帯電話を受け取りに行こう、そう思った瞬間、目の前に二羽のカラスが
通り過ぎて行った。

 カラス?

 いや、カラスなど東京では珍しくもないはずだ。

 しかし……、なんだろうこの胸騒ぎは。

 心の中でざわざわとした物を感じた。

「杏子?」

「んが?」

 杏子は俺があげた分のカツサンドを口に咥えている所であった。

「何か様子がおかしい」

「そういえば」



 魔女の結界?


 そう気づくのに少し時間がかかった。

 少々油断していたのかもしれない。

 自分の体質を甘く見ていた。俺は、魔女を引き寄せやすい体質なのだ。そして、こういった人の多い
ところでは呪いを集めやすくなるのではないか。

 俺は色々な所をに注意をしながら立ち上がる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:13:02.36 ID:JBz0hJnOo<>  これまでと結界の種類が明らかに違う。

 以前、結界といったら元いた場所とは別世界のような印象があった。

 だがこの結界はどうだ。

 元の秋葉原と寸分違わぬ光景だ。

 ただ違うのは、空が暗いこと、そして人がいないことだろう。

「杏子、移動するぞ。ここにいたら袋のねずみだ」

「お、おう」

 最後のカツサンドを飲み込んだ杏子がそう返事をする。

 俺たちは公園から移動した。

 道路に出るも、車はすべて止まっている。走っている車は一つもない。

 気がつくと、ぼんやりとした光が見えた。

 なんだあれは。

 よく見ると、人の形をしているようにも見える。だが彼らには手がない。
 頭と胴体と、脚だけの不気味な光る人型の化け物が複数こちらに向かってくる。

 なんだこいつらは。

「へ、まとめてぶっ飛ばしてやるぜ」

 杏子は自らのソウルジェムを手の平に出し、魔法少女へと変身した。

 そうして素早く前進する。

「とりゃあああああ!!!」

 大きく槍をなぎ払うと、数人の光る人型はまるで草刈り機で刈られた雑草のように
消えて行く。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:14:18.05 ID:JBz0hJnOo<> 「へっ、口ほどにもねえ」

「杏子! 上だ!」

「おっと」

 杏子の上から、数羽のカラスが急降下してくる。見た目はただのカラスだが、結界の中で
動いているからにはただのカラスではないのだろう。

「せいっ」

 数羽をなぎ払う杏子。しかし時間差で、別のカラスが襲いかかってきた。

「くっそ!」

 更に数羽のカラスに囲まれる杏子。

 そうこうしているうちに、先ほどの腕のない人型の化け物が再び現れた。

「てりゃああ!」

 杏子は周囲に集まったカラスを一気に叩き落とす。

「杏子、移動だ! このままでは囲まれるぞ」

「くそっ、わかった」

 俺は杏子を呼び戻す。どちらにせよ広い所での戦いは不利だ。かといって、狭い場所で戦った
ところで追い込まれる可能性がある。

 こんなことになるならもう少し秋葉原の地形を把握しておくべきだった。まさか、結界の内部が
本物の秋葉原と同じようなものになるなんて。

 俺たちは走り、狭い通りに入ろうとする。すると、そこにも腕なしの人型がビルの隙間から這い
出てくる。

「くそっ、こっちにも出てきやがったか」

 そう言って、杏子は人型をなぎ払う。

「五郎、アタシから離れんじゃねえぞ。こいつらどっからでも出てきやがる」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:15:08.46 ID:JBz0hJnOo<> 「おう、でも」

「なんだよ」

「俺がいたら邪魔じゃないのか?」

「バカにすんな」

「え?」

「アンタ一人護りながら戦えないほど、アタシは弱くない」

「……そうか」

「いくぞ。この結界の中のどこかに魔女の本体がいるはずだ。そいつをぶったおす」

「ああ」

 そうはいったものの、魔女の本体はどこにいるのか?

 本物の秋葉原と同じでここは広い。何かヒントがあるはずだ。

 そうだ、最深部。大抵魔女は結界の最深部に隠れている。

 だとしたら、秋葉原の最深部に行けば。

 いや、でも最深部ってどこだ?

 まさか地下というわけでもあるまい。

「あぶねえ!」

 色々考えていると、数羽のカラスがビルの谷間の上空から急降下してきた。

 それも真っすぐに落ちてきたのだ。普通のカラスの動きではない。

「う?」

 足元を見ると、金色のスライムのようなものが出てきた。

 人型の化け物と違って、こちらは決まった形がないので、窓の隙間やマンホールなどから
ドロドロと出てくる。上空、地上、そして地下からも敵が出てくる。気の抜けない場所だ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:15:58.18 ID:JBz0hJnOo<>  あるいはそれが敵の狙いなのかもしれない。常に緊張状態にさせた上でこちらを
疲れさせる。

 だとしたら早いところ本体を見つけるしかない。

 だがどうやって見つける?

 こうやって狭い路地で戦っていたんでは限界がある。この辺りを全て見渡すのなら。

「杏子! 上だ! 建物の上から全体を見るんだ」

「なに?」

「下でチマチマ動いていても本体は見つけられない。どこかに源泉があるはずだ」

「なるほど。おっし、上行くぞ」

「ああ、じゃあこっちの階段を」

「おいおい、何言ってんだ」

「いや、建物の屋上に」

「そんなことやってる暇なんてないだろう」

 杏子はカラスを一羽打ち落とした。

「ってことは……」

「五郎、アタシに掴まれ」

「やはりか」

「さっさとしろ、囲まれるぞ」

「ああ」

 俺は杏子を後ろから抱き締めるように手を回す。以前、川崎で戦ったときと同じような格好だ。
だが今度は二人を結ぶものはないので、しっかりと掴んでいなければならない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:17:23.73 ID:JBz0hJnOo<> 「しっかりつかまってろよ」

「わかっている」

 杏子の首筋から香るバニラエッセンスの匂い。なぜこんな匂いがするのだろう。

「それっ」

「ぐっ」

 身体全体に、物凄いGがかかる。腕2本で自分の身体を支えることがこれほど辛いとは
思わなかった。

 目を開くと、秋葉原の景色が大きく広がった。けれども、よく見ると万世橋の向こう、
神田川の向こう岸が見えない。あそこが境界か。

 結界の広さが何となくわかり、俺は少しだけ安心した。しかしだからといって助かるとは限らない。

 薄暗い空を見ながら、俺たちはビルの屋上に立った。

「何か分かるか?」

「ちょっと待ってくれ」

 俺は目を皿のようにして周囲を見回す。

 結界の範囲は秋葉原の電気街から半径数キロといった具合か。魔女の結界としてはかなり広い
部類に入るだろう。

「くるっ!」

 杏子が身構えた。

 こちらに数羽のカラスが物凄いスピードで接近してきたのだ。

 杏子がなぎ払うようにカラスどもを落とす。しかし落としてもなお、別のカラスが向かってくる。

 本体はどこにいる。早く見つけないと、この建物もやがて不気味な人型の光やスライムに浸食されて
しまう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:17:53.66 ID:JBz0hJnOo<>
 駅か?

 それともラジオ会館?

 もしかしてあのホテルか?

 それらしい建物に目を向けて見るが何もわからない。

 身体の中にゾワゾワとした感覚が走る。

「あぶねえ!」

 俺のすぐ近くにカラスが飛んで行った。まるでロケットのような速さだ。

「大丈夫か五郎!」

「ああ、問題ない」

 俺は立ち上がり、再び本体を探す。

 だいたいこのカラスはどこから出てきているのだ?

 使い魔は、大抵本体から分離しているはず。

 だとしたら――

「まさか……」

「どうした?」

 俺は空を見上げた。

 雲が見える。それだけならいい。だがその雲をよく見ると、まるで台風のように丸い
ドーナッツ型をしていた。

 あの中心。よく見えないが、怪しい。

 と、気がつくとまた数羽のカラスが飛んできた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:18:48.17 ID:JBz0hJnOo<>
 間違いない、奴らは雲の中から出ている。

「五郎?」

「杏子! わかったぞ! 魔女の本体はあの雲の中だ」

「なに?」

「雲に隠れてわからないが、恐らくあの中にいる。だからあの雲を散らして、本体を叩くんだ」

「でも……」

「ん?」

「ここで、アタシがあそこまで行ったら、五郎はどうなるんだよ」

「俺の心配はするな。とにかく、本体を倒さないと、とんでもないことになるぞ」

 俺は、頭の片隅にあった秋葉原での無差別殺傷事件のことを思い出す。

「五郎! お前は少し自分の心配をしたらどうなんだ!」

「なに?」

「魔女を倒したって、五郎が死んじまったら意味ねえだろう!」

「……杏子?」

 次の瞬間、雲の切れ目から数羽のカラスが猛スピードでこちらに迫ってきた。

「杏子! 後ろ!!」

「え?」

 構える杏子、だが一瞬だけ動作が遅れた。

「……!」


 間に合わない―― <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:19:29.20 ID:JBz0hJnOo<>
 一瞬の爆発音。


 聞き覚えのある音だ。

 よく見ると、こちらに猛スピードで迫ってくるカラスはすでに形を失っていた。



「戦闘中によそ見をするなんて、感心できないわね」



「!?」

 振り返ると、隣のビルでマスケット銃を持ったマミがいた。

「マミ!」

 マミは軽々と、ビルとビルの間を飛び越えこちらに来る。

「巴マミ、華麗に参上」

「マミ、お前学校があったはずじゃあ」

「……、学校は午前中で終わりだったの」

「おい、今一瞬間が開かなかったか?」

「そ、そんなことより、今は魔女を倒すことが先決でしょう? 杏子一人じゃ難しいんだから」

「んなことねえよ! アタシ一人でもやれたさ。ただ,五郎がいたからやり辛くて……」

「はいはい、無理しないの。お姉さんが手伝ってあげるから」

「マミ」

「あの雲を取り除けばいいんでしょう? 五郎さん」

「ん? ああ。あの中に魔女が隠れている気がする」

「まかせて」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:20:29.87 ID:JBz0hJnOo<>
 マミは大きめのマスケット銃(というか砲)を現出させる。

「いくわよお」

 俺は少し身を引いて耳をふさぐ。



「ティロ・トルナード!!」


 
 魔法による弾丸が空に向けて発射され、その閃光が雲の中に吸い込まれていく。すると、
雲の中がかき回されるように大きく回転をはじめた。

 そして、数分もしないうちに、空に漂う雲がすっかり散らされた。

「思った通りだ……」

 先ほど雲のあった上空には、一つの巨大な影が見える。

 禍々しい気が離れている場所にいても伝わってきた。

「あれが魔女の本体だな……」

「すげえな、五郎の言った通りだ」杏子がつぶやく。

 だが言った通りになったからといって嬉しいことはない。むしろこれからどうやって倒すかが
問題だ。

 目を凝らすと、本体の姿形がよく見える。

 身体は人間のそれに近いが、顔は双頭のカラス。そして背中には黒く大きな羽根が生えていた。

 双頭の悪魔、マモンに似ている。マモンは元々堕天使の一種とされる悪魔なので、あの黒い翼は
堕天使を象徴するもののように思える。

「マミ、あのデカイのはアタシがやる」

「わかったわ。私は周りの使い魔を倒しておくから」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:21:32.20 ID:JBz0hJnOo<> 「杏子」

「あん?」

「死ぬなよ」

「ふん、死なねえよ」

 そう言って、杏子は飛び出した。 

 杏子は高くジャンプする。

 あそこまで飛べることができるのなら、空を飛ぶこともできるんじゃないのか。

 俺は小さくなる彼女の姿を眺めならがぼんやり考えていた。

 だが、俺の思考を断ち切るように発砲音が響く。

「五郎さん、危ないですからあまり前に出ないでください」マスケット銃を構えたマミが
呼びかける。

「ああ」

 魔女本体の姿が暴露したからといって、それで終わりというわけではない。むしろ
本番はこれからだ。

 姿を見られたマモンの形をした魔女は、自身の身を守るためなのか、これまでよりも
多くの使い魔を召喚してきた。

 放射状に広がる光の筋は、その全てが彼奴の使い魔なのだろう。一つ一つが黄金色に
輝くカラスだ。

 それらが、二手に分かれる。一方は、本体に接近する杏子へ、もう一方は俺たちの方に。

「次から次へとうっとおしいわね」

 マミはいつの間にか現出させた50本以上あろうかというマスケット銃を一本一本取って
カラスを撃ち落とす。

 一方杏子は、ビルの屋上を伝って本体へと接近していた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:22:45.61 ID:JBz0hJnOo<> 「ていっ、ていっ!」

 迫りくるカラスやスライムの類を一気になぎ払う。

 不意に、空中に赤い魔法陣のようなものが見えたと思ったら、杏子の身体が垂直に飛び
上がる。どうやら魔法で空中に地面のような台を現出させ、それを踏みしめて飛び上がった
ようだ。

 川崎で戦った時も、下に地面もないのになぜか上に向けて加速したことがあったけれど、
あの魔法を使ったのかと俺は納得した。

「そりゃあああああああああ」

 杏子の叫び声がここまで聞こえてくるような気がした。

「ふんっ!」

 しかしこれだけ広い結界と使い魔を有する魔女だけあって、そう簡単にやられてはくれないらしい。

 魔女は、黒光りする剣を現出させ、杏子の槍をはじく。

 がんばれ杏子、がんばれ。

 俺は心の中で叫ぶ。

「そりゃそりゃそりゃそりゃあああ!!!」

 杏子は休まずに攻撃を繰り出していく。しかし魔女本体のほうもそれを受け流し、距離を取ると
使い魔を召喚して遠距離攻撃をしかけてくるのだ。

 一瞬、光が発せられたかと思うと、その直後に空気が震え、爆発音が俺の耳に届く。

「杏子!」

 空中で爆発が起こり、黒い煙が漂っていた。

 しかしその中から杏子が飛び出してくる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:23:39.92 ID:JBz0hJnOo<>  そうだ。彼女は魔法少女なんだ。そう簡単に死にはしない。わかってはいるけれども、
見ているだけで身体中から嫌な汗が噴き出そうだ。

 杏子が真っすぐに槍を突き出す。

 しかし魔女はそれをいつの間にか現出させた盾で防ぐ。

「これならどうだ」

 一旦ビルの上に着地した杏子は、再び飛び上がる。今度は、槍の柄から鎖を出し、
変則的な攻撃を繰り出すようだ。

「どりゃああああああ」

 鎖が伸びて、彼女の周囲を覆う。

 杏子を攻撃しようとした複数の使い魔がその鎖に触れて消えて行く。

「グオオオオオオオ!!」

 相変わらず不快な鳴き声を出す魔女が、いつの間にか大きくした大剣で杏子に襲いかかった。

「!!!」

 槍を分離させていたことと、使い魔を叩き落としていたことで杏子の防御が一瞬遅れる。

「あっ!」

 大きく振りかぶった魔女の攻撃が杏子にぶつけられた。

 当然彼女の小さな身体は吹き飛ばされ、地上にあるビルの屋上へと激突する!

「……!」

 声が出ない。

 これは不味いんじゃないのか。

「マミ! 杏子の所へ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:24:34.51 ID:JBz0hJnOo<> 「危険だわ五郎さん!」

「構わん、早く!」

「んもうっ」

 俺はマミに抱きかかえられて、杏子が激突したビルへと移動した。

「杏子!」

 屋上には大きな穴が開いており、その中止に杏子がいた。

「イテテテ」

 五体は満足のようだ。普通の人間なら身体が潰れているところだが、やはり魔法少女は
特別なのだろう。触った感じはあんなに柔らかいのに。

「杏子無事か!」

「何でこっちに来てんだよ、危ないだろう」

「危ないのはお前のほうだ」

「んだよ」

「杏子、立てるか」

「楽勝よ」

 そう言って杏子はぴょんと立ち上がり、服についたホコリを払った。

「杏子、マミ、聞いてくれ。彼奴の力はとても強力だ。まともに打ち合ったのでは太刀打ちできない」

「じゃあどうすんだよ」

「例によって二人で協力する」

「具体的には?」マミも聞いてくる。

「マミは周囲の撹乱。その間に杏子は、敵の胴体を狙え」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:25:21.02 ID:JBz0hJnOo<> 「胴体?」

「ああ、俺の見たところ、脚元や腕からは魔力が出ているらしい。ただ、胴体からは特に
何も感じない。やるとしたそこだ」

「なるほど、ボディを狙えってことか」

「マミもいいか」

「了解よ五郎さん」

「杏子は無理するなよ」

「わかってる」

「いい子だ」

 そう言って俺は杏子の頭を軽く撫でた。

「やめろよ五郎、アタシは子どもじゃないんだから」

 と、いいつつも杏子は俺の手を振り払うようなことはしなかった。

「二人とも、行くわよ」マミがリボンから銃を現出させる。

 しかも今度の銃はこれまでのような単発式ではなく銃身がいくつもまとまっている形のようだ。

 空を見上げると、魔女本体だけではく複数の使い魔もこちらに迫ってきている。

 マミは静かに精神を集中した。




「ミトラリャトリーチェ!!!」




 マミの銃口から機関銃のように連続して弾が発射される。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:26:20.64 ID:JBz0hJnOo<>
 今度の弾はライフル弾のように貫通するものではなく、三式弾(榴散弾の一種)のように
空中で炸裂するタイプのようで、空中で爆発が起こった。

 次々と落ちて行く使い魔どもは、まるで地球に落下する際に大気摩擦で燃え尽きる隕石の
ように形を失っていく。


「今よ! 杏子!!」


「うりゃあああああ!!!」


 杏子が勢いをつけて飛び上がる。

 彼女の視線の先には、爆発で一瞬だけ怯んだ魔女本体の姿があった。



「いっけええええええええええええ!!!!」



 杏子は大きく振りかぶり、そして――



 真っ二つだ。

 魔女の身体は胴体から上と下が真っ二つになった。

「いやったあ!」

 思わず叫び声が出る。


 が、しかし。

 魔女はまだ死んではいなかった。

「しまった!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:27:46.05 ID:JBz0hJnOo<>  杏子の声が聞こえた。

 魔女の胴体の上半分はまだ生きていたのだ。

 暗黒の剣を手にした双頭のマモンが重力の力を利用してこちらに向かってきたのだ。

「下がって五郎さん!」

 マミが銃を構える。

「それっ!」

 空中で激しい爆発が起こる。

 だが、肩腕を失ってなお、魔女は俺たちに向かってきた。

「五郎さん!」

「五郎!」

 二人の声が聞こえた気がした。

 俺は本能的に激突を避けようと逃げる、だが。


 激突――


 魔女本体の胴体上半分がビルに直撃して、それと同時に大きな爆発が起こった。

「ああ」

 俺の身体は宙に舞う。

 ここはビルの屋上だったはず。

 気がつくと俺の目の前には俺の姿があった。これはビルのガラス窓だ。自分の姿が
ガラスに映っている。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:28:32.04 ID:JBz0hJnOo<>  それを見て、やっと俺は現状を理解した。

 俺はビルの上から落ちているのだ。

 これで死ぬのか。

 空が見える。先ほどまで薄暗かった空から、微かに光がさしているのがわかった。

 結界が壊れようとしているのだ。

 俺は、目を閉じる。

 随分とあっけない終わりだったな。もっと悲しくなるのかと思ったけれど、なんとなく
セックスをした後のような気だるい気持ちに包まれていた。

 死ぬ直前、これまでの人生が走馬灯のように見ることができる、と言われていたけれど
何も見えない。

 ただ、一つ見えるとすれば、


 杏子の顔。


 随分優しい顔をするようになったじゃないか。

 出会った頃はもっと刺々しい感じもあったのに。

 なあ杏子。


「手間、かけさせんなよ五郎」

 すまない――

「謝るな、お互いさまだろう」

「え?」


 目を開く、すると俺の目の前に杏子の顔があった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:29:30.21 ID:JBz0hJnOo<>  これは夢か?

 いや、違う。

 俺の身体はゆっくりと浮かんでいた。

 杏子が俺の身体を抱いていたのだ。そして彼女の背中には、10メートルくらいの大きな
白く輝く翼があった。

「杏子、お前」

「ああ、これか。なんか、必死に追いかけてたら出てきた」

 俺たちはゆっくりと着地する。

 それと同時に、彼女の背中に生えていた大きな翼は形を失い、その翼の羽根はまるで
雪のように秋葉原の街に舞った。

 俺は立ち上がり、杏子の顔を見る。

「なんだよ」

 杏子はやや恥ずかしそうに俯いた。

「杏子、キレイだったぞ」

「はあ? 何言ってんだ」

「いや、さっきの翼」

「あ、そうかよ。うん、そうだよな」

「どうした」

「何でもねえよ」

 舞い散った白い羽根は、アスファルトの上に落ちると牡丹雪のように消えてなくなり、
しばらくすると全て無くなっていた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:30:34.83 ID:JBz0hJnOo<>  そして最後の一枚が消えたその場所に、グリーフシードが落ちていた。

「ごろーさーん、きょうこー」

 遠くから呼ぶ声が聞こえる。この声はまず間違いなくマミだ。

「おお」

 いつの間にか結界はなくなっており、俺たちは先ほどまでいた秋葉原の歩道の上に立って
いた。

 通りに多くの車や人々が行きかっている。

 不思議な感覚だ。

 先ほどまで命がけで戦っていた場所だとはとても思えない。

 本当に夢だったんじゃないか、とすら思えてくる。

《夢ではないよ、五郎》

 頭の中に声が響く。

「キュゥべえか」

 歩道と車道を分ける白い柵の上に、これまた白い謎の生物がちょこんと座っていた。

《凄い戦いだったね、五郎》

「戦っていたのは彼女たちだ。俺は見ていただけだ」

《いや、それでも凄いよ。彼女たちの力をこれほどまで引き出すことができるのは、キミの力だよ。
本当に凄い》

「あまり嬉しくはないな」

《どうしてだい?》

「……大人として、男として」

《訳が分からないよ。魔法少女は戦う力があるんだから、戦わせればいいじゃないか》 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:31:29.16 ID:JBz0hJnOo<>
「彼女たちはまだほんの子どもだ」

《子どもが戦うことがなぜいけないのさ》

「そりゃ……」

 子どもはもっと、遊んだり勉強したり、子どもらしいことをするべきなんだ。

 命がけの戦いなんて、大人でもやりたくはないのに。

《本当に面白いね、五郎。キミという存在は》

「……」

《でも彼女たちは魔法少女だ。戦いの運命から逃れることはできないよ。それに、今日も
そうだし、以前にもキミの命が助かったのは、彼女たちが戦ったおかげなんだよ》

「くっ……」

 俺は唇を噛んだ。

 こんなのはおかしい。おかしいんだ。

 自分に言い聞かせように、俺は心の中でつぶやく。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:32:16.21 ID:JBz0hJnOo<>

 色々あって忘れかけていたけれど、携帯電話を受け取りに行かなければならない。

 俺は店に行き、先ほど購入した携帯電話を受け取る。

「おお、やっと来たか」

「携帯代えたんですね、五郎さん」

 店の前では、杏子とマミが待っていた。

「そういえばまだ五郎さんの番号とアドレス、聞いていませんでしたね」

 ふと、マミが言いたす。そういえばそうだったか。

「ん、ああ」

「交換しましょ」

「おう」

 そう言って、マミは赤外線で自分のプロフィールを送信してきた。俺も同じように、
番号とアドレスを送る。

「これでいつでも連絡できますね」

「ああ……」

 俺たちのやりとりを、杏子はつまらなそうに眺めていた。

「杏子」

「なんだよ」

 機嫌が悪いな。

「ほら」

 そう言って、俺は携帯電話を一つ差し出す。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:33:47.65 ID:JBz0hJnOo<> 「なんだこれ」

「お前のだ」

「え?」

「連絡、取れないと色々面倒だろう? 機種変更をするついでに、もう一台買っといたんだ」

「ほ、本当か?」

「俺のアドレスはもう入れておくから、何かあったら連絡するんだぞ」

「あ……、うん」

 杏子は、顔を赤らめつつ買ったばかりの携帯電話を見つめていた。

「最新機種とかは、高くて買えなかったけど」

「じゅ、十分だよ。アタシ、ケータイなんて持ったことなかったし。家にもなかったから」

「そうか」

「あら杏子、もっと嬉しそうにしてもいいのよ」マミが微笑みながら言う。

「べ、別に携帯くらい」

「じゃあ、いらないの?」

「い、いるよ」

「だったら、お礼くらい言ったらどうなの?」

「え? うん。……ご、五郎」

「ん?」

「ありがとうな」

「どういたしまして」

 そういえば、杏子からこんな風に礼を言われたのは、はじめてだったかもしれない。


 


   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:34:28.05 ID:JBz0hJnOo<>    【次回予告】

 ご指名ありがとうございます! ショウです。

 さて、今夜もバカな女をだまくらかして、沢山稼ぐぜ!!

 prrrrrr

 あ、はいもしもし。

 お母さん?

 あ、うん。そうだね。親父、元気にしてるか。病気、まだあれだろう。

 仕送り足りないのか? いやいいって、俺が好きでやってることなんだから。

 ケンジが会社リストラされたって聞いたから。

 大丈夫だよ、10万くらいな。あ、うん。貯金してたからさ。

 そうそう、夜勤だから儲かるんだ。

 それと、この前送ってくれた大根、美味しかったよ。

 じゃあ、元気でな、母さん。身体に気をつけて。


 ピッ

 ヘイ、そこのお嬢さん。俺と楽しい時間を過ごさないかい?

 さて、次回はゴローちゃんがハンバーグランチを食べるらしいぜ。


 次回も見てくれたらサイコーだぜ! <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:35:25.90 ID:JBz0hJnOo<>    【解説】

 ● ティロ・○○

 マミの必殺技名。ティロ・フィナーレというフレーズはあまりにも有名。

 マミの蹴り、いわゆるマミさんキックのことをティロ・フィナーレ(物理)と呼ぶこともある。

 ちなみにティロ・フィナーレの意味は、最後の砲撃とか銃撃とか、多分そんな感じ。

 アニメでは、自分の技に名前をつけているのはマミだけである(漫画版では違う)。

 当スレではアニメの基準を踏襲し、技名を持つ者をマミだけにしている。

 なお、今回使用した「ティロ・トルナード」、「ミトラリャトリーチェ」という技は、いずれも
イタリア語。意味は、前者が竜巻、後者は機関銃。

 ちなみに第四話の「至高の大砲(シュペルブカノン)」はフランス語。

 理由は、イタリア語よりもそっちのほうが言葉の響きがカッコよかったから。

 マミの攻撃は、通常弾だけでなく閃光弾や煙幕弾なども使えてわりと多彩。

 器用貧乏とか言わない! <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/02(木) 21:36:55.71 ID:JBz0hJnOo<> 本日はこれにておしまい。今週もあと一日。頑張りませう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府)<>sage<>2011/06/02(木) 22:09:30.12 ID:HwGF4Tvl0<> 乙です <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)<>sage<>2011/06/02(木) 22:39:29.79 ID:zvCweD9AO<> 比喩じゃなしにこの言葉を使う日が来ようとは・・・・・・

あんこちゃんマジ天使! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/02(木) 22:48:20.53 ID:N53HAdf2o<> 乙
キモヲタ出現時に一瞬でもダルだと思ったオレが馬鹿だった……比べ物にならないゲスだったな
こっちだと魔法少女ってみんな羽出せるのか……?ゴセイジャーみたいだな 色も合うしwwwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)<>sage<>2011/06/03(金) 00:09:36.90 ID:L8/Xho2AO<> ショウさんが微妙に良い人だ・・・・・・

このショウさん相手だとさやかはどんな反応するかな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<><>2011/06/03(金) 00:50:26.45 ID:3CNY8v6z0<> りほっちがデビューしちゃったのか…橘さんは誰を攻略していたんだよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)<>sage<>2011/06/03(金) 01:44:56.95 ID:68+LK7QMo<> 次はいよいよ閣下降臨か… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/03(金) 04:22:50.77 ID:h7PW90d9o<> 投下速度ハイペースで所々小ネタ入れるのも上手いし
ゴローちゃんの使い方も凄く上手い
一般人だからこそ知恵で魔女討伐の協力しかできないよな
あとは魔法少女を覚醒させるキーパーソンでもあるのか
まどマギ原作本編に入る前に終わりそうだけど
最後はスッキリするハッピーエンドに期待してる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/03(金) 08:42:16.49 ID:7mrlWfWDO<> 乙
やはり援助交際に見えるか。
ここのゴローちゃん30前後ぐらいかな。
着々とフラグ積み重ねてるけどQB的にはおいしいだろうな魔女化的な意味で。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/03(金) 14:51:43.13 ID:gvqq3lzk0<> >170
安さなら、ユン●ルの粉状がおすすめ。
1パックでの疲労度の回復量は、リポ●タンの比じゃない。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(空)<>sage<>2011/06/03(金) 16:04:43.66 ID:+Ir7Mq5c0<> 杏子は能力的に何やってもおかしくないからな

<>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:01:23.82 ID:skeHMvKbo<> 体調は……、大丈夫です。なんたって、週末ですから。 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:01:57.61 ID:skeHMvKbo<>




   第七話 傲慢 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:03:27.61 ID:skeHMvKbo<>

 その日、いつもより早く目が覚めたので、そのまま起きることにした。

 台所に行くと人の気配がする。

 杏子が早起きして朝食でも作っているのだろうか。

 そう思い、とりあえず洗面所で顔を洗っていると、鼻歌交じりの歌が聞こえてきた。

「〜ほんとめったに二人、ケンカをしない♪

 そう秘訣はね、あさごはんなの♪」

 随分と懐かしい歌が聞こえる。

「マミが作る オムレツをー、一度たーべたらー♪

すきやきも、しゃぶしゃぶも、とても、とても、かなわない♪」

 ん?

 台所に行くと、そこには杏子ではなく、学校の制服姿にヒラヒラのついたエプロンを
付けたマミがフライパンを持っていた。

「マミ?」

「オムレツ上手は料理上……、あ、五郎さん。おはようございます」

「いや、ああ。おはよう。どうしたんだ」

「どうしたって、朝ごはんを作っているんですよ」

「いや……、なんで?」

 どっから入ってきた。

「杏子に聞いたんですけど、五郎さん朝食をあんまり食べないって」

「いや、まあ」

 面倒だから食べないことが多いだけだ。

「いけませんよ。朝食は一日の始まりなんですから。重要なんです」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:05:19.17 ID:skeHMvKbo<> 「はあ……」

「杏子も起こしちゃってくださいよ」

「そうか」

 最近はマミがウチのマンションに来ることも多くなった。杏子も年の近い友達がいれば
それなりに気分転換にはなるだろう(勝手に入ってくるのは勘弁してもらいたいものだが)。
 
 別にそれが嫌だというわけではない。むしろ、嬉しいとさえ思っている。

 自分が彼女たちのいる生活に慣れてきているのだ。仕事で疲れていても、杏子やマミの
笑顔を見ているだけでホッとすることがあるのだ。


 俺はこの日常をずっと続けたいと思っているのだろうか。


 いや、ダメだ。このままではダメなんだ。

 彼女たちと過ごす日々の心地よさに流されてしまいそうな自分の気持ちを振り払う。

 一歩間違えれば俺たちは死んでしまうような、危うい戦いを続けている。

 今まで生き残ってこれたのは、単に運が良かっただけなのかもしれないのだから。

 いい加減この生活にピリオドを打つ打開策を考えなければならない。

 キュゥべえはどうだ。

 正直あの生物は信用できない。何かを隠しているような気がする。

 だいたい幼い少女たちを戦いに駆り出させる連中に良心があるだろうか。俺はそうは思わない。

 俺のこの“魔女を引き寄せやすい体質”だって、本気で治そうとしているように見えないし。

「朝っぱらから何しけた面してんだ、五郎」

「ん?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:06:35.56 ID:skeHMvKbo<>  杏子が食パンをかじりながら俺の顔を覗き込む。

「いや、まだ寝ぼけてるのかな」

「そんだけコーヒー飲んでもまだ眠たいのか?」

「ん? ああ」

 気がつくと俺のコーヒーカップは空になっていた。

「五郎さん、コーヒーのお代わりはいかが?」マミが笑顔で聞いてくる。

「ありがとう、頼む」

「変な奴だな」そう言って杏子はミニトマトを口に運んだ。

 奇妙な日常だ。

 それでいて心地よい。

 だがその心地よさが、薄いガラスのように簡単に、



 脆く崩れやすいこともわかっている。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:07:40.71 ID:skeHMvKbo<>

 この日、午前中の商談が長引いてしまい昼食の時間を大きく過ぎてしまった。

「何やってんだよ五郎。ランチタイム過ぎちまうぞ」

 空腹で機嫌の悪くなった杏子が言う。

 そんなに腹が減っているなら、自分で食いに行けばいいのに、彼女は律儀に俺のことを
待っていてくれる。少し前までそんな人間は自分のペースを乱すうっとおしい存在だと思って
いたけれど、今は少し嬉しくなっている。

「すまんな」俺はとりあえず謝った。

 東京都板橋区大山町。特にどこで食べるという予定はなかったけれど、近くに洋食屋らしき
小さな店があったので、そこに入ることにした。

 時刻は12時50分、ランチタイム、ギリギリ滑り込みセーフだ。

「腹減ったな五郎」

「ああ」

 店のドアを開けると、ソースか何かの匂いが漂ってきた。食欲をそそる匂いだ。

「……しゃい」

 髪を短く刈り込んだ体格の良い主人がこちらをチラリと見て、そうつぶやくように言った。

 初めて入る店だが、なんだか雰囲気が微妙に重いような気がする。

 そんな違和感を覚えつつ、俺と杏子はカウンターの席に座った。

「おい」

 調理をしている主人が、奥で皿を洗っている若い店員に声をかける。

「あ……、イライシャイマセー」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:09:20.67 ID:skeHMvKbo<>  見た目は黒髪だが、発音がちょっと日本人とは違う。おそらくアルバイトにきている
外国人留学生だろう。

「どうぞ」

 若い店員が、俺たちにお冷(水)の入ったガラスコップを差し出す。

 それを受け取ろうとした時、店の主人がそのコップを横からかすめ取るように手に取った。

「ホラ! こんな石鹸の泡のついたコップで水を出しちゃダメだろ!?」

「ハイ、スイマセン」

 主人は乱暴に、コップの中の水を店員の足元に捨てる。

「それとお前、50分になったら表の看板引っ込めろって言っただろ?」

「あ……、スイマセン」

「ったく、いちいちそこで時計を見なくたっていいだろう」

「ハイ、スイマセン」

 どうやら、ランチタイムは終わっていたらしい。ギリギリセーフだと思っていたのだが。

 俺はいたたまれなくなり、その場で立ち上がった。

「あ……、いや。いいですよ。また来ますから」そうカウンターの奥に声をかける。

「あ、いえ。まだいいんですよ」主人は先ほどの店員に対しての不機嫌そうな顔から一転して
笑顔になり、水を差し出した。「ハイ、お水」

「あ……、そうですか」

「……」

 杏子のほうを見ると、彼女も不機嫌そうな顔をして黙っていた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:10:19.85 ID:skeHMvKbo<>  ここはさっさと注文して、さっさと食って出て行ったほうがいいかもしれない。

「ええと、じゃあ」

「ニトロハンバーグランチが当店のオススメですが」

 酷いネーミングだ。

「じゃあ、俺はそれで。杏子は?」

「……同じのでいい」

「じゃあそれ2つ」

「ハイ、シャフトランチツー入りまーす」

 さっきと名前が違うのは気のせいか?

 注文を取り終えた若い店員は、厨房を出ようとする。

「看板入れてきます」

「おい待てよ、今こっちが上がるから」

「ア、ハ、ハイ。スイマセン」

「…………」

「ったく、2人しかいねんだから考えろよちょっとは」

「ハイ」

「バカ、それはファントム焼きの皿だろ。いつになったら覚えるんだ!? とにもォ……」

「スイマセン」

 店内を見回すと、常連らしき客が数人食事をしたり、新聞を読んだりしている。
 誰も主人と店員のやりとりを気にしている様子はない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:11:16.68 ID:skeHMvKbo<>  壁を見ると、店のことが描かれた記事の載った雑誌か何かの切り抜きと、
瓦割りをしている男の写真が飾ってあった。

「看板を……」

 そう言って、出て行く店員。

「……ったく」

 しばらくすると、店に電話がかかってきた。それを取る主人。

「ハイ、あ……、シンボウさん。……いいっすよ、沙耶定食3つね。ハイまいど」

 店員が戻ってくると、主人が彼に言う。

「出前入ったぞ。沙耶スリー」

「しかし……、時間」

「お前がモタモタしてるからだよ。ランチ出るぞ」

「ハイ」

「……」

「お待たせシマシタ」

「ハイどうも」

 注文のハンバーグランチが出てきた。

 鉄板の上にハンバーグと目玉焼き、人参、ポテト。そこにご飯とみそ汁がついて550円である。
実に安い。

 ほー、いいじゃないか。こういうのでいいんだよ、こういうので。

 俺は割り箸を割り、ハンバーグを口に入れた。ケチャップベースのソースが食欲をそそる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:12:08.87 ID:skeHMvKbo<>  杏子も同じように食べ始めたようだ。さっきからよっぽど腹が減っていたのか、一言も
口をきいていない。

「おい、洗いものはいいから弁当箱。あとナマコとゴーヤ」

 厨房の主人の声が響く。

「しかし……、ナマコ。あとひとつの半分しかなくって」

「じゃあ沙耶定食なんてできないだろう。お前どうして言わないんだよそういうことを! 
注文取れないだろう!?」

「スイマセンスイマセン」

「お前、シンボウさんに電話しろ」

「……」

「できないって!」

「……」

「黒(ヘイ)さんよォ、国ではどうやってたか知らないけどさ。日本じゃそんなテンポじゃ
やっていけねぇんだよ」

「ハイスイマセン」

「こっち来て勉強しながらで、そりゃあ大変だろうがこっちはな!」

「ヘイ」

 その時、別の席に座っていた二人組が立ちあがった。

「ごちそうさまー」

「お勘定」

「あ……ハイ、どうもありがとうございました。えーっ650円、650円で……1300円に
なります」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:13:22.46 ID:skeHMvKbo<> 「人の話を、聞け!」

「うっ」

 どうやら主人が、店員の腕に手刀(いわゆるチョップ)を打ったようだ。

 外国人の店員は小刻みに震えていた。後ろを向いていたので表情はよくわからない。

「ハイ毎度ありがとうございまーす。ハイご一緒でちょうどお預かりします」店員の代わりに
主人が代金を受け取る。



「ごちそうさま」別の客も立ち上がった。

「毎度ありがとうございまーす」

「毎度どうもー」

 こうして、店の中の客は俺と杏子の二人だけになる。

 厨房の二人が気になって、鉄板の上のハンバーグを見る。半分も食べられなかった。

 あんな風に怒鳴ることはないだろう。

 そう思うと俺の中で、長らく忘れていた怒りのようなものがふつふつとわいてきた。

 その時、

「おいオッサン!」

 隣で黙って食べていたと思っていた杏子が立ちあがった。

「杏子?」

「え?」

 “オッサン”とは、どう考えてもここでは店の主人のことだろう。

 主人は、いきなり呼ばれて少し戸惑っているようにも見える。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:14:19.59 ID:skeHMvKbo<> 「人が食ってる前で、あんなに怒鳴らなくったっていいだろうがよ!」

「……」

「今日は腹減ってたのに、ゆっくり食うこともできなかったじゃねえか」

「なんだあ? お前文句あんのか」

「あるからこうして言ってんだ!」

「お前がどう残そうが食おうが、こっちには余計なお世話だ。帰れ帰れ」

「客の気持ちもわからずに、何がメシ屋だ! お前なんかやめちまえ」

「なにい? ガキのくせにふざけたこと言いやがって」

 杏子のその言葉に理性が切れたのか、主人が厨房からこちらに出てきた。

「出て行け! ここは俺の店だ!」

 まずい。

 主人が手を伸ばした瞬間、俺の身体はもう動いていた。

 腕を掴み、ヒジの関節を決める。かつて何度も練習した技だ。

「その子に手を出すな」

「があああああああ!!」

「おい、五郎……」

「痛いいいい、お、折れるううう〜〜〜〜」

「あ……、やめて」

「ん?」

 店員がカウンター越しに呼び掛けてくる。

「それ以上いけない」

「……」

 虚ろな表情で話しかける店員の目を見て、俺はなぜか、物悲しくなった。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:15:03.67 ID:skeHMvKbo<>  結局ほとんど昼食を食わない状態で、俺たちは店を出ることになってしまった。

「すまねえ五郎。アタシがあんなこと言ったばかりに」

 杏子なりに責任を感じているようだ。

「なに、気にするな。お前が言わなかったら、俺が言ってたところだ」

「でもさ、五郎。こんなこと言うのもなんだけど」

「ん?」

「アタシを守ってくれた時、カッコ良かったぜ」

「……そうか」

「ああ……」

「別のところで、メシを食うか?」

「そうだな。そういやアタシ、腹ペコペコだったんだよ」

「はは」

 そうだ。確かにあの時、杏子が言っていなかったら俺が自分で言っていたと思う。



   *
  <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:15:57.88 ID:skeHMvKbo<>  

 この日も、納品や商談が長引き遅くなってしまった。

 夕闇に染まる景色の中で、制服姿の中学生や高校生が下校している姿が見える。

 そんな生徒たちを見つめている杏子の姿は、どこか寂しげに思えた。

 やはりこれくらいの年ごとの少女には学校に行かせるべきだよな。杏子の横顔を見る
たびに俺は思う。

 こんな男と一緒にいたのでは得られない、大事な経験があるはずなのだ。

 彼女が魔法少女でなければ。俺がこんな体質でなければ。



 最後の仕事を終えた頃には、もうすっかり日は暮れていた。

 俺は軽く伸びをして、車に戻ろうとすると、杏子は建物の前で待っていた。

「どうした。車で待っていればよかったのに」

「いや、早く帰りたかったからさ」

「そうか。どっかメシ食って帰るか?」

「いや、なんか家で食べたい」

「あ、そうか」

 成長期の彼女にあまり外食ばかりさせるのもアレだ。俺のように劣化のはじまった身体と違い、
彼女たちはまだ成長しなければならないのだから。

 店屋物は味も濃いし、毎日食べ続けるには限界もある。

 帰りにスーパーで買い物でもして帰るか。そう思った矢先、道の先に人影が見えた。

 ここいらは都内ではあるけれど、暗くなるとあまり人が通らなくなる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:17:15.49 ID:skeHMvKbo<>  よく見ると、制服を着た中学生くらいの少女だった。だいたい、杏子と同じくらいの年齢
だろうか。

 髪は肩くらい、セーラー服型の制服でやや茶色がかった髪の毛は、どこにでもいるような
女子中高生といった感じだった。

「あ、あの……」

「どうした? もう暗くなるから早く帰らないと」

 杏子やマミたちと一緒にいたせいで、若い少女に対する警戒心がやや薄れてきていたの
かもしれない。

「五郎待て! 様子がおかしい!」杏子が叫ぶ。

「様子?」

 俺が振り返り杏子のほうを見る。

「下がれ!」杏子が叫ぶ。

 再び少女のほうを見た。

 先ほどの制服姿ではなく、紫色のフリルのついた服装に変わっていた。

 この姿は――


 魔法少女!?


 少女は、柄の長い斧、いわゆる戦斧(バトルアックス)のようなものを持っていた。

「……みんな、みんな、死んでしまえ」

 少女は訳の分からないことをブツブツとつぶやきながら、戦斧の柄を両手に持ち、ゆらりゆらりと
こちらに近づいてくる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:18:29.97 ID:skeHMvKbo<> 「おいどうした! 何を言っている! 俺たちは敵じゃない!」

 こちらも呼びかけてみるが、その声は届きそうにない。

「下がっていろと言った!」

 いつの間にか魔法少女に変身した杏子が俺を押しのけるように前に出て、自身の槍を
叩きつける。

 激しい衝撃波に思わず目を閉じる。

「大人しくしろ! こいつ」

 周囲が真っ暗になる。魔女の結界?

 あの紫色の魔法少女が出しているのか?

 明確な敵意を持って俺たちに襲いかかってくる魔法少女。ちょっと待て。俺は魔女を引き
寄せる体質ではなかったのか。

 なのになぜ、魔法少女を引き寄せているんだ。しかもその魔法少女は、明確に俺たちに
対して敵意を持っている。

「いい加減に、しやがれ!」

 杏子は槍の柄を分離させ、鎖を使った変則的な攻撃で相手の動きを止めようとする。
しかし相手も魔法少女であるためか、そういった魔力を使った動きを先読みし、鎖を断ち切る。

「な!?」

「杏子!!」

 俺の叫びとほぼ同時に、紫色の魔法少女の首筋にあるソウルジェムらしき宝石が眩しい光を
放つ。


 何があった。


 ソウルジェムの放つ鮮やかな光は、次第に黒く染まって行き、そして砕けた。

 激しい風が俺たちを襲う。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:19:27.20 ID:skeHMvKbo<> 「ぐっ、杏子……!」

「五郎!!」

 風で吹き飛ばされそうになる杏子の身体を俺は捕まえる。

 風と言うにはあまりも激しい、まるで重力が逆転したような感覚だ。

「五郎、これは……」

「わからん。でも、これは」



 魔女と遭遇した時と同じ感覚だ――


 


 俺たちの前にいるのは、すでに魔法少女ではなく、魔女なのか。

 先ほどまで魔法少女の姿をしていた少女は、すでに巨大な天使になっていた。ただし、
その姿はどこまでも黒い。

 まさに堕天使。または黒天使と言ってもいいだろうか。

「杏子、こいつは……!」

「そうだよ、こいつは魔法少女じゃねえ」

「杏子?」

「魔女だ!」

 杏子が槍を構えなおし、未だ人間の面影を残す黒い天使を睨みつけろ。

「よせっ!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:20:29.39 ID:skeHMvKbo<> 「下がってろ」

 俺は止めようとしたが身体が動かない。

 そうこうしているうちに、杏子は槍を振るい黒い天使を攻撃する。

 天使もまた、大きな西洋風の戦斧を持って対抗しようとした。

 先ほどのような斬り合いがはじまるのか。


 しかし――

 


 勝負は一瞬だった。

 いつの間にか杏子は天使の後方にいた。いつの間に後ろに回り込んだのか、と思ったけれど、
次の瞬間黒い天使の身体がまるで伐採された木のように肩から脇腹にかけて斜めに、
いわゆる“袈裟斬り”のような形で斬られていた。

 杏子がやったのか。

 天使の消滅とともに、結界はなくなり、俺たちは元いた場所に立っていた。

「杏子……」

 俺の数メートル先に杏子がいた。そんなに遠くないはずなのに、俺には彼女との距離が
とても遠いような気がしたのだ。

「あれは、魔女なのか?」

《間違いなく、あれは魔女だよ五郎》

「キュゥべえか?」

 いつの間にか、キュゥべえがまるで猫のように塀の上で座っていた。

「だが、少し前まで魔法少女のような格好をしていたのだが」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:21:21.46 ID:skeHMvKbo<> 《そうだよ。彼女は魔法少女だったよ》

「!?」

「どういうことだ」

 いつの間にか俺の前にきていた杏子が、キュゥべえの首筋を掴む。

「おい杏子」

 俺の呼びかけに杏子は答えない。

「どういうことかって聞いてんだよキュゥべえ!」

 杏子に前から首を掴まれているにもかかわらず、キュゥべえは平気な顔をしている。
というか、この生物から表情を通じて感情を読みとることは難しい。

《さっき言った通りだよ。君たちが倒した魔女は、つい先ほどまでキミと同じ魔法少女だったんだ》

「魔法少女が魔女になっちまったっていうのか!?」

《その通り。この国では、大人になる前の女性のことを少女と言うんだよね。だから、魔女に
なる前のキミたちのことは、魔法少女と呼ぶべきじゃないかな》

「じゃあアタシも、魔女になるってのか?」

《そうだね》

「そんなの聞いてねえぞ!」

《別に言う必要はないと思ったからさ》

「なんだと……」

《魔法少女が魔女になるなんて、実に当り前のことじゃないか。何をそんなに怒っているんだい。
訳が分からないよ》

「キサマ……」

 魔法少女が魔女になる。そんな話は俺もはじめて聞いた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:22:24.37 ID:skeHMvKbo<>  杏子たちにしてみれば、今まで狩っていた魔女が将来の自分の姿だと思うならば、
これほどショックなことはない。

 俺だって堕天使ならばともかく、ハエの化け物なんかにはなりたくない。

《杏子、キミのような魔法少女が魔女になることはほぼ必然なんだ。途中でソウルジェムを
破壊されない限りは、遅かれ早かれ魔女になる》

「……」

 杏子は無言のままキュゥべえを持っていた手を放す。

 キュゥべえは特に音もなくアスファルトの上に着地するとこちらを見上げた。

《そんなに魔女になるのが嫌かい?》

「当り前だろう」

《だったら、自分のソウルジェムを破壊すればいい。そしたら、キミたちは死ぬ。魔女にならずに
済むよ》

 正直、この白い生物が悪魔に見えてきた。

 今まで見てきたどの魔女よりも凶悪な悪魔に。

《ずっと魔女を狩り続けてもらってもいいし、魔女になってもらっても構わない。いずれにせよ
僕たちにとっては好都合なのさ》

「……」

《これは宇宙のルールだからね。ルールを根本から変えない限り、逃れることはできないだろう》



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:24:16.45 ID:skeHMvKbo<>  帰りの車の中で、杏子は終始無言だった。
 いつかのように、どこか遠くへ行ってしまうのではないかと思っていたけれど、彼女は
帰ろうという俺の言葉に素直に従ってくれたのはありがたい。

 しかし、家に帰ってからも杏子は水を飲む以外はほとんど食べ物を口にせず、終始
黙ったままぼんやりとテレビを見ていた。

 これからどうなる。

 自分の身に起こる将来。それは絶望しかない。

 遅かれ早かれ魔女になることがわかっているのに、明るく元気でいることなんてできる
はずがない。ましてや杏子はまだ子どもだ。

 何がルールだ、くそっ。

 俺は自分の子ども時代のことを思い出す。

 決して可愛げのある子どもではなかったものの、将来に対する希望みたいなものは
何となく持っていたと思う。

 当時はまだ女性に対する憧れのようなものも持っており、結婚して二人ほど子どもを作り、
郊外の家でのんびり暮せたら楽しいだろう、などと考えていた。

 そんな希望、今はもう欠片も持ち合わせてはいないけれど、出来れば若い連中には
持ってほしいものだ。

 こんなくたびれた干物のような大人は俺だけでいい。

《何を考え込んでいるんだい、五郎》

「キュゥべえか……」

 どうやってここまで上がってきたのか知らないが、窓からキュゥべえが入りこんできた。

《佐倉杏子の件、気にしているのかい?》

「ああ、どうして“あのこと”を黙っていた」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:26:07.63 ID:skeHMvKbo<> 《あのことって?》

「魔女になることだよ」

《別に黙っていたわけじゃないよ。僕たちにとっては瑣末な問題だったので、言う必要は
なかっただけさ》

「瑣末な問題?」

《だってそうだろう? 人は生まれたからには必ず死ぬんだ。それが早いか遅いかの違いだよ。
むしろ彼女たちは幸運なんじゃないかな。魔女としてその次の生き方をすることができるんだから》

「……」

《地球が生まれてから約46億年、最初の生命が約40億年前、そしてキミたち人類の祖先が
生まれたのが約700万年前だ。そんな時間の流れの中で、人の一生なんて大したことじゃない。
そうは思わないかい?》

「思わないね」

《どうして》

「例えば象だ」

《象?》

「象にとっては小さな小石でも、昆虫の蟻にとっては大きな障害物になりうる」

《なるほど。つまり象に蟻の気持ちはわからないと》

「……」

《キミは実に面白いね。そうやって自分を相対化してみせるなんて。僕が今まで会ってきた
少女たちは、そこまで冷静に物を考えてはいなかったよ》

「それは子どもだからだ」

《そうだね。だから僕たちは多くのエネルギーを得ることができる》

「お前たちの目的はなんだ。なぜ彼女たちを戦わせる」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:28:22.52 ID:skeHMvKbo<> 《僕の目的は、少女たちの魂をソウルジェムに変えることさ》

「ソウルジェムっていうのは、確か魔法少女たちにとっての魔力の源泉だろう……」

《そうだよ》

「いや、ちょっと待て。だったら彼女たちの身体はどうなるんだ?」

《身体? 契約を終えた魔法少女の身体は、それ以前よりもずっと便利になる》

「便利?」

《そうだよ。壊れやすい人間の身体ではなく、ソウルジェムに魂を移すことにより、いくら
彼女たちが傷ついたとしても、それを魔力で修復することができる。とても便利だろう?》

 俺は魔力で自分の傷を癒していたマミのことを思い出す。魔法なら何でもアリだとは
思っていたけれど、考えてみれば身体の再生なんて、そう簡単にできるものではない。

「ということは彼女たちの身体は……」

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《まあ、さし向き魔法少女として戦うための道具と、いったところかな》

「道具……」

《道具というのは言い過ぎかもしれないけど、“普通の人間の身体”では、ないよね》

「そんな……」

《どうしてキミたち人間は魂のありかにこだわるのかな》

 正直、この生物とは根本的な部分で分かりあえないだろう。そう感じた。

「それで、彼女たちの魂をソウルジェムに変えてどうするんだ。まさか、それ自体が目的
というわけでもないだろう」

《僕たちは、別に誰かの意図に沿って活動しているわけじゃない。宇宙のルールに従って
いるんだ》

「宇宙のルール……」

《そう。人が食べ物を食べる、息をする。鉄が錆びる、生物が死ねば微生物により分解され、
土に還る。これがルールさ》 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:30:05.55 ID:skeHMvKbo<>
「……」

《全てのものは秩序から無秩序へと流れている。簡単に言えば、泥団子を作っても、
それをしばらく放置していれば形が崩れてくるだろう? 巨大な岩だって、何年も風雨に
晒されていけば形を変える》

「まだ成長しきれていない少女たちが戦い続ければ、どうなるかわかっていたのか」

《そうだね。精神的に成長しきれていない彼女たちが戦いを繰り返せば、いずれ肉体的にも
精神的にも、崩壊する》

「…………」




《その時、ソウルジェムは完全に濁りきり、グリーフシードへと変化して魔女となる》





「ん……」

《僕たちの目的は、魔法少女たちの戦いや、少女たちが魔女となる瞬間に得られるエネルギーを
回収することさ。そのエネルギーが宇宙の糧となる》

「それがルールか」

《そうだよ。ルールだよ。キミは実に理解が早い。さすが大人だ》

 褒められても少しも嬉しくない。

《さっきも言った通り、僕たちはルールに従って動いているだけさ。この流れは代えられない》 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:31:26.16 ID:skeHMvKbo<>  俺はキュゥべえを睨みつける。

《ただ、ルールが変わるのならば、話は違うかもしれない》

「ルールは変えられるのか?」

《僕にはできないけど、それが可能な人間が一人いる》

「本当だろうな」

《僕はウソをつかないよ。というか、つく必要性がないからね》

「宇宙のルールを変える……、本当にそんな奴が存在するのか?」

《もちろんだよ》

 そこでキュゥべえはひと呼吸置いた。




《鹿目まどか。それが宇宙のルールをも改変させる可能性を秘めた少女の名前だよ》




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:32:50.91 ID:skeHMvKbo<>

 俺が様子を見に来た時、杏子は照明のついていない部屋でソファの上に体育座りをして、
テレビの画面を虚ろな目で眺めていた。

 テーブルの上にはほとんど手を付けていないスーパーで買った弁当がある。

「杏子……」俺は静かに声をかけた。

「五郎か」杏子はこちらを見ずに答える。

 俺は彼女の向かい側のソファに腰を下ろした。

 これから何と声をかければいいのか。色々と考えていたら、杏子のほうから声をかけてきた。

「五郎」

「なんだ」

「頼みがあるんだ」

「頼み?」

「ああ。聞いてくれるか?」

「言ってみろ」

「もしも……、もしもアタシが魔女になりそうになったら」

「……」

「魔女になる前に、アタシのソウルジェムを破壊してくれ」

「杏子」

「アタシが魔女になったら、やっぱほかの魔女と同じように五郎を襲うと思うんだ」

「……」

「アタシは五郎のことを殺したくないよ……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:34:42.54 ID:skeHMvKbo<>  不意に顔を伏せる杏子。そして数秒してから彼女は再び顔を上げ、今度はこっちを見て
言った。



「アタシさ、五郎のことが好きだから」



「……!」

 一瞬言葉が出なかった。その代わり、俺は歯を食いしばり拳を握り締める。

「杏子!」

「なんだよ」

 俺は立ち上がり、歩いて彼女の前に立つ。そして両手で彼女の両肩を強く握る。

「痛いよ、五郎……」

「杏子、諦めるな。まだ道はあるはずだ」

「道って……」



 大人が希望を持たず、どうして子どもに希望を持たせることができるだろうか――



「お前を魔女になんかさせない。マミもそうだ。ほかの魔法少女たちだってそうだ」

「五郎……?」

「いいか、希望を捨てるな。俺も絶対に諦めない」

「……うん」

 杏子は俺から目をそらしつつ、俺の右手の上にそっと自分の手を乗せた。



   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:35:15.23 ID:skeHMvKbo<>    【次回予告】

 みなさんお疲れ様です。上条恭介です。

 僕の好きなタイプは、どちらかと言えばおっとりとした優しい人です。

 タレントでいえば、桜井リホちゃんなんかが好きです。

 歌はオンチですけどそこがまたいいと思います。

 さて、次回はついに五郎さんたちが見滝原に来るそうですよ!

 そこで遭遇する魔法少女とは、一体誰なんでしょう。

 次回も見てくださいね。うんがっんっん……。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:36:02.33 ID:skeHMvKbo<>
   【解説】

   ● ロックン・オムレツ〜マミさんバージョン〜

 森高千里の名曲、ロックン・オムレツをマミ(水橋かおり)が歌ったもの。

 ポンキッキーズのテーマ曲でもあったんですぞ。

 なお、マミが歌った場合、歌詞の中の「ママ」の部分が「マミ」に自動変換される。  <> イチジク
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/03(金) 21:40:39.78 ID:skeHMvKbo<>  これにて、グル☆マギ第一部(東京編)を終了させていただきます。

 引き続き、第二部(見滝原編)をよろしくお願いします。

 なお、土曜日は本編とは全然関係のない、番外編を投下したいと思います。

 こちらも、読んでいただければ幸いです。

 日曜日は、野球を見に行くのでお休みさせていただきます。

 また月曜日から、本編を再開いたします。

 それでは、今夜は失礼します。イチジクでした! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/03(金) 21:41:25.58 ID:jZOhhLVSo<> 乙
今回は素敵なネーミングのランチやら、黒の契約者なバイト君やら、アームロックやらでネタ満載だったなww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/03(金) 21:42:57.75 ID:IwzBZEDOo<> お疲れ様でした。

淫”ロリコン”獣のQBさんは・・・・・まったく・・・・・・。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/03(金) 22:08:09.29 ID:nzRCLe4Mo<> 乙カレー空間
親戚の球児の応援に行って「兄ちゃん良い身体してるね」になるんですかわかりません><




「繋いだこの手をずっと離さずにいるから、見えない明日の闇を恐れないで」

魔法少女ともグルメとも無関係のロボアニソンの歌詞だけど、何か思い出したので。
カラオケ(少なくともDAM)には入ってないんだよね、「また あした」共々追加されれば良いのにな無理だろうけど…… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/04(土) 01:51:16.40 ID:EzHvRShVo<> 番外編でドラマCDみたいにゴローバウアーを見てみたい <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(宮城県)<>sage<>2011/06/04(土) 13:56:51.34 ID:6MHtapQ60<> >>248
あれには吹いたww
でもここのゴローちゃんも勇敢でカッコイイよな。バウアーほどアグレッシブってわけじゃないけど。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/04(土) 14:20:22.28 ID:48DzqGeMo<> 漫画家:谷口ジローさんが仏勲章受章
フランス芸術文化勲章シュバリエの受章が決まった漫画家の谷口ジローさん=鳥取市提供
ttp://mainichi.jp/enta/art/news/20110604k0000m040082000c.html
<> イチジク
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 18:26:34.61 ID:kCEFXT2Wo<> なんか言うの忘れてたけど、今回の小ネタには有名な週刊少年ジャンプのキャラが出ます。
というか、そいつが主役だってばよ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/04(土) 20:50:02.98 ID:Kpv21B/p0<> キリスト七つの大罪の悪魔が出そろったらそこで終わる物かと思っていたが、遂には第二部に以降か。
更なるグルメを求め、このスレを見ながらのズボラ飯が今日もうまいぜ <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:10:16.22 ID:kCEFXT2Wo<>  みなさんごきげんよう。イチジクです。

 今日は本編とはまったく関係のない、少年ジャンプのあのキャラクターがまどか☆マギカの世界に登場します。

 先週の土曜日の朝にふと思いついたネタなので、広い心を持ってご覧いただければと思います。

 それでは。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:12:06.36 ID:kCEFXT2Wo<>






              週末特別編









 魔法少女まどか☆マギカ

                 VS

                       究極!! 変 態 仮 面 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:13:15.22 ID:kCEFXT2Wo<>
 彼の名は色丞狂介(しきじょう きょうすけ)。

 拳法部に所属するごく普通の高校一年生である。しかし彼には、誰にも言えない秘密が
あった。

「あ、きょうすけお兄ちゃん」

「ん?」

 ある日、狂介は駅前のショッピングモールに、読書感想文の課題図書『ひよこのピーちゃん』
を探しにきていると、近所に住む中学生の女の子と出会った。

「やあ、まどかちゃんか」

「うふふ、奇遇だね。こんなところで」

 彼女の名前は鹿目まどか。狂介の家の近所に住む中学二年生だ。

 狂介の家は母子家庭であったため、昔母と知り合いだったという鹿目家の両親には色々と
お世話になっており、今でも家族ぐるみでの付き合いがある。

「そっちの子は、さやかちゃん?」

「お、お久しぶりです」

 まどかの友人、美樹さやかも一緒にいた。

「今日はどうしたの?」

「CDショップに来たの。さやかちゃんが行きたいっていうから」

「そうなんだ」

「お兄ちゃんは?」

「俺はちょっと本をね、読書感想文用に」

「そうなんだ」

「じゃあ、俺はこれで」

「またね」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:14:36.33 ID:kCEFXT2Wo<> 「あ、お兄ちゃん」

「ん?」

「また泊まりに来てね」

「あ、うん」

 まどかの家は広いので、たまに狂介は母親と一緒に泊まらして貰うことがあったのだ。


   *


「これでよし」

 辞書を何冊も重ねたような酷い厚さの課題図書を抱えて、狂介は書店を後にした。

 今夜はずっとこれを読まなければならないと思うと気が重くなる。

 そんなことを考えながら歩いていると、嫌な予感がした。

(これは、誰かが助けを求めている?)

 色条狂介の父は警察官であった。狂介が小学生のころに殉職してしまったのだが、とても
正義感の強い刑事であったのだ。

 彼の父は正義感の塊であり、困っている人や悪い奴を見ると放ってはおかない。

 それは息子の狂介とて同じである。

 確か、ここにはまどかとその友達の美樹さやかが来ていた。これはまずいな。胸の奥に不安を
抱えつつ、狂介は走る。

(確かこの先は)

 ショッピングモールの中でも、改装中で立ち入り禁止の区域がある。人の気配があるので、
ここで何かが行われているかもしれない。

 狂介は意を決してその中へと突入していく。


 すると―― <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:17:03.58 ID:kCEFXT2Wo<>  目の前に広がるのは、ショッピングモールではなく、不気味な光景であった。

 変な花や動物、それに虫などが飛び交う狂った光景だった。なんだここは。こんな部屋を
設計した建築士はクビにするべきだ。そう思いつつ狂介はモールの中へと足を踏み入れる。

「きゃあ!」

「何あれ」

 狂介の耳に、女の子の声が聞こえてきた。

(今の声は、まどかちゃん)

 間違いなく鹿目まどかの声。狂介はそう確信して、更に奥へと走る。

(待ってろまどかちゃん。俺が必ず助ける)

 だが次の瞬間、目の前で大きな爆発が起こった。

「うおわ!!」

 その爆発で狂介の身体は吹き飛ばされてしまう。

「くそお……」

 なんとか受け身をとった狂介は起き上がる。これくらいでへこたれるようなやわな正義感は
持ち合わせていない。

 だが彼の目の前には巨大なナマコと海牛を掛け合わせてそれに触手を付けたような生物が現れた。
そしてその奥には鹿目まどかと美樹さやかがいる。

 今にも彼女たちが襲われそうになっているのだ。

(まずい!)

 狂介は思った。この化け物は明らかに強いと。拳法が得意な狂介であるだけに、相手の強さは
よくわかる。

 まともに立ち向かっても、恐らくあの化け物には敵わない。だが、時間を稼いで彼女たちを逃がす
ことはできるだろう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:18:48.91 ID:kCEFXT2Wo<>  目の前に広がるのは、ショッピングモールではなく、不気味な光景であった。

 変な花や動物、それに虫などが飛び交う狂った光景だった。なんだここは。こんな部屋を
設計した建築士はクビにするべきだ。そう思いつつ狂介はモールの中へと足を踏み入れる。

「きゃあ!」

「何あれ」

 狂介の耳に、女の子の声が聞こえてきた。

(今の声は、まどかちゃん)

 間違いなく鹿目まどかの声。狂介はそう確信して、更に奥へと走る。

(待ってろまどかちゃん。俺が必ず助ける)

 だが次の瞬間、目の前で大きな爆発が起こった。

「うおわ!!」

 その爆発で狂介の身体は吹き飛ばされてしまう。

「くそお……」

 なんとか受け身をとった狂介は起き上がる。これくらいでへこたれるようなやわな正義感は
持ち合わせていない。

 しかし、そんな彼の気持ちをへし折るかのように、巨大な敵がそこにいた。

「なに!?」

 目の前には巨大なナマコと海牛を掛け合わせてそれに触手を付けたような生物がいたのだ。
そしてその奥には鹿目まどかと美樹さやかがいる。

 今にも彼女たちが襲われそうになっているのだ。

(まずい!)

 狂介は思った。この化け物は明らかに強いと。拳法が得意な狂介であるだけに、相手の強さは
よくわかる。

 まともに立ち向かっても、恐らくあの化け物には敵わない。だが、時間を稼いで彼女たちを逃がす
ことはできるだろう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:20:40.03 ID:kCEFXT2Wo<>  狂介は頭の中でそう分析して立ち上がろうとした。

 すると、彼の右手が何かを掴む。

(ん?)

 布のようなものだ。ハンカチか何かだろうか。

 彼は手に取ったものを見た。

 それは……

(パ、パンティ!?)

 それは女物の下着であった。しかもちょっと見覚えがある。

 広げて見ると、小さく「MADOKA」という刺繍がなされてた。

(これは、まどかちゃんのパンティじゃないか! なんでこんなところに)

 以外な場所での以外な落し物に狂介は混乱する。

 しかしそれ以上に――

(いかん、被りたくなってきた。バカ、何を考えているんだ! 相手は中学生じゃないか。
それも家族ぐるみで付き合いのある家の娘さん、いやしかし……)



「き、気分はエクスタシー」


 説明しよう。色条狂介は、女物のパンツを被ることで、父親から受け継いだ正義の血と、
元SM嬢の母から受け継いだ変態の血が同時に覚醒し、正義の味方、「変態仮面」へと
変身するのだ!

 服などいらん、とばかりに制服を脱ぎ捨て、ブーメランパンツに網タイツという姿で飛び出す。



「フオオオオオオオオオオオ!!!!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:21:12.56 ID:kCEFXT2Wo<>
 狂介、いや、変態仮面は化け物に対して強力なキックをお見舞いする。

「ギャウワアアアア」

 化け物は、そのキックが効いたようでのたうちまわる。

 そして変態仮面は、化け物に襲われそうになった女子中学生二人の前に立った。

「大丈夫か君たち」

「いやあああああ!!」

「変態だああああ!!!」

 化け物に襲われたときよりも更に激しく叫ぶする二人。

「そう、私は変態仮面」

 決まった、変態仮面はそう思いポーズをとる。

「うえーん、たすけてー」

 さやかは泣きだしていた。

 可哀想に、よっぽど怖かったんだね。勝手にそう判断した変態仮面は、化け物に正対する。

「いたいけな女子中学生を襲うとは許さん、この変態仮面がお仕置きしてやる」

「ギュワワ……」

 なぜか戸惑っている化け物を相手に、変態仮面は更に本気モードを発動する。

 彼は、履いているパンツの両端を伸ばし、それを肩にかけた。

「あたあ!」

 股間が引き締まる思いで、変態仮面は再びポーズをとる。

「うぐぐぐ……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:22:04.42 ID:kCEFXT2Wo<> 「さやかちゃんしっかり!」

 後ろの二人を安心させるため、変態仮面は化け物に向かっていく。そしてどこから
取り出したのかわからない鞭でもって、ナマコの化け物をビシビシと叩きまくった。

「ギヤアアアアアア」

 さらにのたうちまわる化け物。

「む、これは!」

 変態仮面は近くに、工事現場でよく見るトラロープ(黄色と黒で色分けされたロープ)を発見した。

 そのロープを手に取ると、素早く化け物に投げる。

「ギャ!!」

 ロープは一瞬にして撒きつき、化け物は亀甲縛りにされてしまったのだ!

 そして高くジャンプした変態仮面は、勢いよく自分の股間を化け物にぶつけた。

 まさに捨て身の攻撃!

「いやああああああ」

 化け物からまるで少女のような叫び声が聞こえたかと思うと、いつの間にかその姿は溶けて
なくなってしまった。

 どうやら倒したようだ。


「成敗!!!」


 再びポーズをとる変態仮面。

 決まった!

 彼は心の中で再び思う。

 しばらくすると、不気味な生物が飛び交う光景は、普通の工事中の建物の中にもどっていた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:22:59.83 ID:kCEFXT2Wo<>  この世界は一体なんだったのだろう。

「……」

 まどかたちを見ると、二人は軽い放心状態であった。

 無理もない。あんな化け物に襲われたら誰だってそうなる。

「君たち! ご両親が心配しているから、早く帰りなさい」

 そう言うと、変態仮面はその場を後にした。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:24:34.76 ID:kCEFXT2Wo<>  まどかたちから少し離れた場所で、狂介は先ほど脱ぎ捨てた制服を拾い集め、それを
着ていた。

「一体あの化け物はなんだったんだ。それにあの変な世界も」

 そんな風に思いつつ、手に握りしめられたパンティを見る。

(これがないと危ないところだった)

 不意に人の気配を感じた。警備員か?

 そう思い足音のした方向を見ると、一人の髪の長い少女がこちらに歩いてきている。
年齢は、まどかと同じくらいだろうか。

「キミは?」

「暁美ほむら」

「ほむら?」

 確か、まどかが話をしていた転校生だろうか。

「その手に持っているものを渡しなさい」

 ほむらと名乗るその少女は、そう言って右手を出す。

「な!」

 狂介が今手に持っているもの、それはまどかのパンティ以外ありえない。

「べ、別にこれは盗んだとかじゃなくて、偶然拾ったものなんだ」

「わかっているわ」

「え?」

「それは私が落としたものだから」

「なぜキミがまどかのパンティを持っているんだ」

「それは秘密」

「……」

「いいからさっさとその、まどかのパンティを渡しなさい!」

 なんだか様子がおかしい。狂介はそう思った。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:25:28.65 ID:kCEFXT2Wo<>    【次回予告】

 色条狂介の前に突然現れた少女、暁美ほむら。彼女の目的はなんなのか。

「どうしても渡さないというなら仕方ないわね」

「待て、どうするつもりだ!」

「百万円までなら出すわ。これで手を打ちましょう」

「おい」

 そして、彼の前に新たなる変態少女が――

「あの、巴さん?」

「巴なんてやめて! マミでいいわ!
 いえ、名前なんてもったいない。メス豚と呼んでください!
 薄汚いメス豚と罵ってください!!」

 果たして狂介とまどかたちの運命やいかに。

「はっ、そうか! 私がまどかのパンティーを使ってほむほむ仮面に変身すれば!」

「いや、無理だから」







 ※つづきません。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/04(土) 21:29:14.36 ID:kCEFXT2Wo<>  本日も週末のためか、通信状況が悪く、一部が二重投稿になってしまいました。
 もうしわけありません。
 やはり、週末は避けた方が無難でしょうか。

 というわけで、変態魔法少女、いかがだったでしょうか。

 みんなも知っているジャンプキャラでしたよね?

 変態ほむらは結構ほかのSSでもよく出ているので、あえて自分が書こうとは思いません。
 今夜のことは、悪い夢でも見たと思って忘れてください。

 では、今度こそ第二部でお会いしましょう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/04(土) 21:29:23.08 ID:wFJSJL6IO<> 魔女の中でも一番不運な倒され方だwww
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2011/06/04(土) 22:07:00.99 ID:a2YN/xVJ0<> 歳がばれるぞww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/04(土) 23:11:07.43 ID:EzHvRShVo<> こんな倒され方は嫌だなww
魔女に同情するわww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/04(土) 23:13:20.39 ID:eXecMF/Wo<> お疲れ様でした。

これ、倒されたのが、魔法少女が堕天した魔女だとしたら、
切なすぎますね…………。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/04(土) 23:16:39.21 ID:rrEZaHLHo<> ゲルトルートちゃん可哀想です(´;ω;`)
乙ですた <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/05(日) 02:18:37.72 ID:XPQPU78m0<> うっかりリロードし忘れていたらなんて物が投下されていたんだw <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/05(日) 06:45:08.20 ID:Qe01gXYLo<> 乙
これはひど…素晴らしいww
紳士と淑女の間には引き合う引力があると言う事か。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2011/06/05(日) 19:19:32.32 ID:M8kGOoNh0<> 魔女といえど所詮は女性!男の色気には敵うまい! <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:38:39.46 ID:DVwpjUl1o<> 変態仮面好きの紳士が多くて嬉しいですね。

それでは第二部、投下でございます。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:39:05.67 ID:DVwpjUl1o<>


   第八話 憂鬱 〜前編〜 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:40:08.69 ID:DVwpjUl1o<>
 俺と杏子が都内某所で名も知らぬ魔法少女に襲われたあの日から数日後、俺たちは自動車
に乗って群馬県へと向かっていた。

 群馬県の見滝原という場所に、キュゥべえの言っていた「鹿目まどか」という少女がいるという
情報を掴んだからだ。

 群馬県に行くということで、この日はいつも俺が乗っているボルボではなく、アウディA8の
防弾装甲仕様車、「A8Lセキュリティ」を借りて、それを運転している。

「群馬県……、大変な場所ね」

 後部座席に乗っているマミが携帯電を眺めながらつぶやく。

「何が大変なんだよ」隣に座る杏子が聞いた。

「群馬県は非常に危険な所よ」

「危険?」

「あそこは日常的にライフルやライフル弾が売買されているし、対戦車火器や携帯式対空ミサイル
なんかも出回っているって話よ」

「はあ?」

「都市部は比較的安全だけど、農村部や山間部では匪賊の活動が活発で、政府の車両や施設などが
しょっちゅう銃撃されているらしいわね。
 住民も、自衛のためにライフル等で武装しているから各地で銃撃戦が絶えないわ」

「そこって、日本なのか?」

「群馬県よ」

「すげえな群馬県」

「ソマリアかシオラレオネ並みの危険度があるから注意しなさい」
 
「携帯電話通じるのか?」

「群馬県では、都市部以外で有線通信をすると、通信線を盗まれてしまうから、逆に携帯電話や
無線通信の技術が発達したそうよ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:41:48.98 ID:DVwpjUl1o<>
「なるほどねえ」

 そうこうしているうちに、群馬県の県境付近に到着した。

 県境では、89式小銃で武装した県境警備隊が俺の身分証を確認する。

 県境を抜けると、道のすぐ近くには「危険、山間部への立ち入りを禁ず」とか「この先地雷原」
などという看板がいくつも見られた。すでにここは群馬県なのだ、ということをいやが上にも
感じさせられる。

「お前ら、ちゃんとシートベルトしろよ」

 俺は後ろの二人に呼びかける。

「なんだよ、高速道路でもないのに」杏子は文句を言ってきた。

「ちゃんと閉めておきなさい。あと、ここからはあまりお喋りはしないほうがいいわね」それを
たしなめるマミ。

 俺は二人がポップコーンなどを持っていないことを確認してからアクセルを踏み込んだ。

「うわっ!」

 通常の道なら、スピードを出し過ぎると危ないのだが、ここは群馬県だ。むしろスピードを出さない
ほうが危ない。

 ノロノロ走っていたら匪賊の餌食になってしまう。


 こうして俺たちは、約1時間かけて「前橋都市群」へと到着した。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:43:01.90 ID:DVwpjUl1o<>
 群馬県では、通常の都道府県と違い、各都市が集まって都市群を形成しており、そこで
行政や治安の維持などを行っている。

 前橋都市群は、旧前橋市を中心とした都市の集まりだ。俺たちの目的地である見滝原は、
そんな都市群の中の一つで、主に情報通信技術が発達している地域であると聞いている。

 見滝原の近未来的な街並みは、技術力の高さとその技術から生み出される豊かさの象徴
なのだろう。とても数十キロ先には、リアル世紀末状態の密林や荒野があるとは思えない。

 車をホテルの駐車場に止めた俺たちは、早速情報収集のために市街地へと出た。

「そんで、手掛かりはあるのか五郎」

 ショッピングモールのカフェテリアでジュースを飲みながら杏子は聞いてくる。

「鹿目まどかの一応のプロフィールは調べてある。ただ、具体的な住所まではわからなかった」

「どうすんだよ。直接学校に問い合わせるか?」

 しかし杏子の提案をマミは止める。

「待って杏子。直接中学校に言った所で取り合ってくれる可能性は低いわ。私たちはその、
鹿目さんという人と何の接点もないのよ」

「ふむ、確かに……。あと気になる情報があるんだ」

 俺は鹿目まどかに関する情報の書かれた紙をスーツの内ポケットに入れながら、同行の二人に
報告をする。

「なんだ?」

「なあに、五郎さん」

「実はこの街にはすでに魔法少女がいるらしい」

「なんだって?」

「それは不味いわね……」マミが少しうつむいて考え込む。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:43:54.95 ID:DVwpjUl1o<> 「どういうことだよマミ」

「よく考えてごらんなさい、杏子。もしも、あなたがここで狩りをしている魔法少女だと
して、他所者が入ってきたらどう考えると思う?」

「ああ、狩り場を横取りに来た、とか」

「そう。そういう誤解を受ける危険性があるわね」

「五郎、この街の魔法少女に関する情報はないのかよ」

「残念ながらそれはわからない。知り合いの探偵も、魔法少女に関しては専門外だからな」

「だったらキュゥべえはどうなんだ? あいつなら教えてくれるんじゃ」

「あいつはいない。連絡方法もわからない」

「いつも、勝手に出てきて勝手にどこかへ消えているからわからないわねえ」マミも困り顔だ。

「くそう、肝心な時に……!」

「とりあえず魔法少女に関しては後回しだ。俺たちは鹿目まどかを探そう。こちらのほうが
身元もしっかりしているからな」

「って、鹿目まどかってどんな奴なんだ?」

「見滝原の制服を着ている生徒に、『鹿目まどかさんを知っていますか』って聞いたら
いいじゃないかしら」

「まあ、名前だけ知ってりゃいいか。鹿目って、結構珍しい苗字だし」

「そうだ、とにかく今は鹿目まどかだ」

「……あのう」

「ん?」

 誰かが話しかけてきた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:44:47.58 ID:DVwpjUl1o<> 「すみません」

 俺は杏子とマミの両方の顔を見る。どちらも俺の顔を見てキョトンとしている。

「あの、私に何か用でしょうか」

「え?」

 声のした方に、俺たちは一斉に顔を向ける。

「あ……」

 そこには、やや長めの髪を二つに束ねて赤いリボンを結んだ中学生くらいの少女が立って
いた。

 制服は、見滝原中学の制服だ。

「鹿目まどかさん?」俺は聞いた。

「はい。そうですけど」

「いたー!」杏子が急に立ち上がる。

「ひっ」

「静かにしろ」俺は杏子を押さえつけた。

 するとマミがすかさず鹿目まどかの前に立つ。

「驚かせてごめんなさい。私たち、東京から来たの。私は巴マミといいます。あなたが、
鹿目まどかさんね」

「……はい」

 どこにでもいそうな普通の中学生だ。

「このスーツの男性は井之頭五郎さん。そして、こっちの気の強そうな女の子が佐倉杏子よ」

「はあ……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:45:28.37 ID:DVwpjUl1o<> 「実は私たち、あなたに用があってきたの」

「東京の方が、私に何の用でしょうか」

「これに、見覚えがある?」

 そう言うとマミは、自分の指にはめている指輪をソウルジェムの形に変える。

「これは、ソウルジェム……?」

「ええ、そうよ」

「アタシも持ってるぜ」

 そう言って杏子も自身の赤いソウルジェムを出して見せた。

「あなたたち、魔法少女なんですか?」

「そうよ」

「そこの男の人も?」

「……いや、俺はただの保護者だ」

「そうなんですか」

 マミは話を続ける。

「あなた、魔法少女のことは一通り知っているみたいね」

「はい、キュゥべえから色々と聞いていたので……」

 それを聞いて杏子が身を乗り出す。

「なら話は早いな」

「待て杏子」

 俺は杏子を抑えた。

「んだよ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:45:59.21 ID:DVwpjUl1o<> 「ことを急ぐな」

「だって本人が目の前にいるんだぜ」

「ちょっと黙ってろ」

 俺は鹿目まどかの顔をじっと見た。

 どこからどう見ても普通の女子中学生だ。

 とても宇宙のルールを変えるほどの力があるとは思えない。何かの間違いではないか?

「え? あの……、私に何か」

 不安そうな表情でまどかが聞いてくる。

 俺は確かに杏子やマミを救おうと思っている。だからといって、彼女のような子どもを
魔法少女にさせてしまっていいのだろうか。

「キミは、まだ魔法少女にはなっていないんだよね」

「はい……。でも……」

「でも?」

「これから魔法少女になろうかと思ってるんです、私」

「え?」

「なに?」

 杏子とマミが身を乗り出す。

「お前たち、落ち着け」

「ごめんなさい」

「悪い」

 そう言って二人は座り直した。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:46:43.21 ID:DVwpjUl1o<>
「鹿目さんだったね。キミはどうして魔法少女になろうと思ったんだい?」

「あの……、今、私の友達が大変なことになっていて。彼女を元に戻そうと思ったんです」

「元に戻す?」

「はい。私の友達、美樹さやかちゃんっていうんですけど。彼女、魔法少女なんです」

「……!」




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:48:19.19 ID:DVwpjUl1o<>
 その後、俺たちは鹿目まどかから、美樹さやかに関する詳しい話を聞いた。

 美樹さやかはまどかの親友であり、またまどかと同じように魔法少女になる才能を
有していたらしい。

 彼女には、幼馴染でヴァイオリニストの上条恭介という男の子がいた。けれども、彼は
交通事故で大けがをしてしまい、指が動かなくなってしまったらしい。そこで、さやかは、
上条恭介の手が治ることを願い、キュゥべえと契約した。

 しかし話はここで終わらない。

 さやかの契約によって奇跡的に怪我が治った上条恭介は、無事に退院したのだが、
さやかではなく別の女子生徒と恋愛関係になってしまったのだ。

 そのことにショックを受けたさやかは、自暴自棄になり急速に心を壊して行ったという。

「バカな女だね、そいつ……」

 まどかの話を黙って聞いていた杏子は、開口一番そうつぶやいた。

「そんな、さやかちゃんはただ、上条くんのことを思って」

「でもその思いは、男には通じなかったってことか?」

「それは……」

「杏子――」俺は思わず声を出す。

「わかってる」

 しかし杏子は俺の言葉を制止した。

「わかってるよ五郎……」

 そう言って杏子はひと呼吸置く。

「なあ、まどかっていったな」

「え? はい」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:50:40.67 ID:DVwpjUl1o<>  杏子がまどかの顔をじっと見つめる。

「助けてやるよ。そのさやかって友達を」

「え?」

「助けてやるっつってんだよ。同じ魔法少女としてな」

「本当ですか?」

「ああ。全て元通りってわけにはいかねえけど、このまま壊れさせやしねえさ。
そうだろう?」

 そう言って俺たちのほうを見る。

「もちろんよ」マミは即答した。

 俺は少し考えたが、やはり答えはマミと同じだった。

「当然だ。必ず助ける。ここで終わりにはさせない」

「そういうこと。そんじゃ、とりあえず顔写真とか持ち物とか、手掛かりになりそうなものは
全部教えてくれ」

「はい」

「ケータイのアドレスと番号、教えておくから何かあったらすぐ連絡な」

「わかりました、えーと、佐倉さん?」

「杏子でいいぜ」

「え?」

「キョーコ」

「杏子さん」

「さん付けとかやめてくれ。柄じゃない」

「じゃあ、杏子ちゃん」

「……まあいっか」

 成り行きではあるけれど、俺たちの美樹さやか捜索は、こうして開始されたのだった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:51:46.97 ID:DVwpjUl1o<>
   *



 市内の公園――

 俺と杏子は、噴水の前のベンチに腰かけていた。

 マミは情報収集を兼ねた買い物に行っており、俺たちは公園で待つことにしたのだ。
 本当は手分けして探したほうがいいのかもしれないけれど、この街にはやたら魔女の
気配がするので、安全のためにまとまって行動することにすることにしている。

「なあ杏子」

「なんだよ」

「どうしてその、鹿目まどかの友達を助けるとか言い出したんだ?」

「意外か?」

「まあ、マミならともかくお前が言うとは思わなかった」

「そうかもな」

 そう言うと、杏子はまどかから貰った美樹さやかの写真を高く上げて眺める。

 写真には、短めの髪型の活発そうな少女が、まどかと一緒に写っていた。

「この美樹さやかって女」

「……ん?」

「幼馴染を助けるために、キュゥべえと契約したんだよな」

「そうだな」

「その幼馴染のこと、好きだったから」

「ああ……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:52:35.46 ID:DVwpjUl1o<> 「ちょっと、アタシと似てるかな」

「……、なに?」

「あ、焼き餅?」

「いや、そういうわけじゃ」

「やっぱ女は、男に嫉妬されるくらいじゃないとダメだよなあ」

「……」

「怒った?」

「別に……」

「アタシはね、家族のため、特に父親のために願ったんだ」

「父親……」

「でも結局上手くは行かなかった。家族は崩壊し、アタシは一人きり。だからさ、もう他人
のためじゃなくて、自分のために生きよう、そう思ったのさ」

「……そうなのか」

「その美樹さやかって子が、アタシみたいに切り替えができればよかったんだけどさ。
実際は違うんだろうな。人はそう簡単に切り替えなんてできやしない。

 まあ、アタシだって、五郎と出会ってなかったら今頃……」

「杏子?」

「なんて、冗談」

「冗談、か」

 杏子の目を見ていると、冗談を言っているようには見えなかった。

 しばらくすると、マミが買い物から戻ってくる。

「二人とも、オヤツ買ってきたわよ」

 マミの手には紙袋が握られていた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:53:15.79 ID:DVwpjUl1o<> 「おお、なんかいい匂いがするな」杏子は身を乗り出す。

「よいしょ」

 そう言うとマミは、俺と杏子が座っているベンチの真ん中に座った。

「おい、なんでそこに座るんだよ」

「あら、杏子は今まで五郎さんを独り占めしていたんだから、今度は私に譲ってくれたって
いいでしょう?」

「そこは指定席なんだよ」

「オヤツ、あげないわよ」

「……ちょとだけだぞ」

「よろしい」

 マミはそう言うと、片目を閉じて笑顔を見せた。

「はい、どうぞ」

 マミは、紙袋からやや大きめな、モチのようなものを出す。

「なんだ、これ」

「焼きまんじゅうですよ。表面に味噌が塗ってあるらしいですから、こぼさないようにね」

「焼きまんじゅうか……」

 焼きまんじゅうというのは、群馬県内ではわりとメジャーな庶民のオヤツらしい。

 ただ、実物を食べるのはこの日が初めてだ。

「おお、意外と甘いな」

 マミの隣に座る杏子が、さっそく食べて足をばたつかせていた。

「じゃ、俺もいただきますか」

 包みから出して一口食べる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:54:15.50 ID:DVwpjUl1o<> 「これは……」

 甘い。味噌だれが甘い上に、中に餡子まで入っているから余計に甘い。複雑な甘さだ。
“スゴイ甘い”と言ってもいい。

 見た目からして、ちょっとは塩味が効いているのかなと思っていたから、この甘さは余計に
俺の舌を刺激した。

 なんだかお茶が飲みたくなる食べ物だ。それも思いっきり渋いお茶が。

「ねえ、五郎さん」

「ん?」

「口、ついてますよ」

「あ、そうか?」

「動かないで」

 マミは、ハンカチを取り出して俺の口元をぬぐう。

「……」

 これはちょっと恥ずかしい。

「それで、美樹さやかさんのことなんですけど」

「ん? ああ。そのことか」

「杏子はああ言っていますけど、勝算はあるんですか?」

「勝算?」

「本当に、彼女を助けられるんでしょうか」

「魔法少女から元の人間に戻す、という点では今の俺たちでは無理だ。ただ……」

「ただ?」

「壊れゆく時間を、少しでも先に引き延ばすことくらいは、出来ると思う」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:57:25.69 ID:DVwpjUl1o<>
「それが根本的な解決にならなくても?」

「今、俺たちに出来ることはそれくらいしかない。だから、出来ることに全力を尽くそうと
思う……」

「五郎さん……」

「ん?」

「あなたはやっぱり、私の見こんだ通りの人ですね」

 マミは俺に身体を寄せ、肩にもたれかかった。

「おいマミ」

「ふふふっ」

「あー! マミ、そこまでは許してねえぞ!」

「あらあら。早い者勝ちよ」

「なんだそりゃあ!」

「ああ、うるさいぞ。とにかく出発だ」

 その後、俺たちは夜遅くまで美樹さやかを探して歩き回った。

 鹿目まどかから貰った写真を頼りに、人の集まりそうな場所を探してはみたけれども、
なかなか彼女につながるような手掛かりはなかった。

 普通の人間と違って、魔法少女は食物による栄養を補給する必要がないという。

 だがそうなると、生命維持のために魔力を消費する。魔力を消費すると、ソウルジェムに
穢れがたまり、魔女化への時間を加速させてしまうらしい。

 時間がない。

 恨みはさらなる恨みを呼ぶ。

 恐らく一度呪いを集め始めると、後は雪だるま式に集まってしまうだろう。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 20:58:27.95 ID:DVwpjUl1o<>

 夕食を食べ終えた後も、しばらく捜索を続けたけれど、結局本人はおろか手掛かりさえ
見つからなかったため、そろそろホテルに戻ろうかと考えつつ、公園で休憩することにした。

「ああ、疲れた」

 公園のベンチに深く腰掛けた俺は、空を見上げた。

「だらしねえぞ、五郎」杏子はまだ元気そうだ。

「ダメよ杏子。五郎さんは普通の人間なんだから。無理をさせちゃ可哀想よ」マミも元気そうだった。

 普通の人間、か。

 魔法少女というのは、本当にタフだ。いや、命がけの戦いをしているのだから、タフでないとやって
いけないのだけれど。

「そろそろホテルに戻ろう。今日は一旦切り上げだ」

「……しょうがねえな」

「そうね。疲れた状態で探しても仕方がないわ」

 空を見ると、いくつか星が確認できた。

 プラネタリウム、というほどではないけれど、東京よりはそれなりに星が見える。

「はあ……」

 一息つく。溜め息をつくと幸せが逃げる、と誰かが言っていた。しかし疲れた時はどうしてもついて
しまうものだ。

 そんなことをぼんやりと考えていた時、背中に悪寒が走る。

「杏子! マミ!」

「え?」

「なに?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 21:00:53.16 ID:DVwpjUl1o<>  二人は気づいていないのか?

「何かくる!」

 自分は魔女を呼び寄せやすい体質。

 そのためなのか、最近は魔女の存在にやたら敏感になってきているのだ。

 公園の水銀灯に照らされて、粉のようなものがキラキラと光っている。

「あ!」

 どうやら、巨大な蛾の化け物がすぐそこまで接近していたらしい。

 それほど強大な魔力は感じなかったため、おそらく魔女の使い魔だろう。それでも
かなりの呪いを吸っていたようで、大分成長している。

「マミ!」

「了解」

 マミは素早く魔法少女に変身すると、すかさずマスケット銃を現出させ、蛾の怪物に
向かって発砲する。

 しかし本体には当たらず、光る鱗粉が舞い散るだけであった。

「下がってな、アタシが処分してやんよ」

 杏子も魔法少女に変身し、槍を構える。

 大きく旋回した蛾の化け物がこちらへと向かう。

 相手は確かにデカイが、今の杏子の敵ではないだろう。俺にはそんな確信があった。

 しかし、杏子の前にくる直前に、


「ギャシャアアアアアアアアアア」


 蛾の化け物は真っ二つに斬られてしまった。

「杏子?」

「アタシ、何もしてないぞ」

「なに?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 21:02:51.00 ID:DVwpjUl1o<>
 杏子が攻撃する前に、蛾の化け物は誰かにやられていた。

 一体どういうことだ。


「……魔法少女?」

 暗闇の中から声が聞こえた。

 まさか――

「まさかこいつが……」杏子は身構える。


 暗がりから出てくる、髪の短い少女。青を基調とした服を着た彼女の姿は、まさに魔法少女
であった。

 しかし、全身からはまるで魔女のように禍々しい空気を出している。杏子やマミたちとは
まるで正反対の空気。

 呪いを集め出したというのは本当らしい。

 彼女の出す瘴気にやられて頭がクラクラしてきそうだが、それでも俺は勇気を振り絞って
声を出した。

「お前が、美樹さやかか!?」


「……だれ?」


 ゆらりと、まるで幽鬼のように動く身体。そして彼女の右手には先ほど使ったとみられる
片手剣が、公園の外灯に照らされて怪しく光っていた。



   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 21:03:20.06 ID:DVwpjUl1o<>


  【次回予告】

 はあい、元気?

 鹿目詢子だよ。元気がないな、諸君。恋をしているかい?

 今日も元気に働いてお酒を飲む。

 私は実に幸せ者よ。

 さて、次回はまどかの友達が大変なことになるようだね。

 どうなることやら……。

 それじゃ、次も見てちょうだいね! <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 21:05:09.78 ID:DVwpjUl1o<>    【解説】

  ● 群馬県

 日本のソマリアと呼ばれるほど治安が悪い場所。

 AK47やRPG7、それに84ミリ無反動砲カールグスタフなどの個人携帯用火器が
普通に流通している。

 某アニメに出てきた「防弾跳び箱」は群馬県のとある企業が製造している。

 伝統的に米の収穫が難しい地域だが、地雷原の拡大により、余計に耕作が難しく
なっているようだ。

 県中央部では異常に科学技術が発達しており、近未来都市を形成している。なお、
県民の所得格差は全国平均の500倍以上とも言われている(山間部は治安が
悪すぎるため、正確な調査ができない)。

 また、群馬県の男性は茨城県や匪賊との抗争に備えて、県境警備隊に徴集される
可能性が高い。このため、従軍義務のない女性の社会進出が進んでおり、主要産業の
多くは女性が支えていると言っても過言ではない。

 男性は普段、ホストとか専業主夫とかをやっている者が多い。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/06(月) 21:06:13.45 ID:DxZsbQu2o<> お疲れ様でした。 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/06(月) 21:07:14.70 ID:DVwpjUl1o<> 今夜はこれで終わり。筆者は群馬県に行ったことがないので、想像で書きました。
群馬の人がいたら、本当に申し訳ありません。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/06(月) 21:12:56.20 ID:5RwXc/Bmo<> 群馬は大体そんな感じです
今日も苦労して種もみを運びました <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/06(月) 21:13:55.93 ID:46/eMeMVo<> グンマーwwwwwwwwwwwwwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/06(月) 21:21:47.72 ID:j2IZRRlT0<> 前橋はまだいいほうだよ。
伊勢崎は野生の吸血鬼がでるからな。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/06(月) 21:28:21.39 ID:TJ9Q4lv5o<> 乙
群馬県って怖い所なんだな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/06(月) 21:49:14.02 ID:7rU6JvFjo<> まさかの群馬wwwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(京都府)<>sage<>2011/06/06(月) 22:24:07.33 ID:/fHCoqBj0<> 千葉の海鳴市クラスにヤバい群馬県の見滝原市wwwwwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2011/06/06(月) 22:44:02.62 ID:3tCdchc5o<> 群馬県の現状を書き表してしまった>>1の無事を切に願いつつ乙
次回が投下出来れば良いけど 夜道には気をつけるんだぞ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(宮城県)<>sage<>2011/06/06(月) 22:49:46.24 ID:3M7tSpQz0<> 群馬怖えーww
MOTHER2のどせいさんの「ぐんまけん!」は「群馬県は危険だから近寄るな」という意味だったのかww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)<>sage<>2011/06/06(月) 23:54:19.27 ID:AqezqisAO<> 俺明明後日に群馬に出張なんだけど…… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/07(火) 03:53:37.61 ID:uggnh4rIO<> 五体満足で帰れるといいな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国)<>sage<>2011/06/07(火) 10:26:22.72 ID:HKQi7XoAO<> さやかのこともたまには思い出してやってください <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)<>sage<>2011/06/07(火) 19:05:04.59 ID:ygAp8CKAO<> さやかってあれだよな?

緑色の髪のやつ <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/07(火) 21:02:51.62 ID:yDBGjxIZo<> >>309
節子、それさやかちゃう。沙耶や!

というわけで、さやかヒロイン回(?)、後編開始。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/07(火) 21:09:11.02 ID:yDBGjxIZo<> の、予定でしたが、今宵は通信状態があまりにも悪いので中止とさせていただきます。

いや、本当申し訳ない。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/07(火) 21:31:49.89 ID:1cis4ULqo<> 霧が濃い日はしょうがない。
明日以降を楽しみに待ってます。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)<><>2011/06/08(水) 02:23:54.47 ID:TUFt77BAO<> アトリームだって通信不良がありましたよ
地球とは比較にならないほど大規模なものがね… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/08(水) 08:24:36.94 ID:s9Ibr1QU0<> でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 20:49:04.09 ID:kKuJVhQho<> 今日こそはやれる……、と思いたい。 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 20:49:32.53 ID:kKuJVhQho<>



    第九話 憂鬱 〜後編〜 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 20:50:20.30 ID:kKuJVhQho<>


 夜の公園で、尋常じゃない瘴気を放つ少女。

 昼間に鹿目まどかから貰った写真を思い出す。短い髪、身長などから見て、美樹さやか
本人で間違いないだろう。

「マミ、鹿目まどかに連絡を」俺は小声でマミに伝える。

「わかったわ」マミは素早く携帯電話を出す。

「杏子」

「わかってる」

 杏子は主要武器(メインウェポン)である槍を構える。

 俺は杏子のすぐ側で、美樹さやかと思われる魔法少女に声をかけた。

「美樹さやかさんだね」

「……」

 少女は答えない。

「キミの友達、鹿目まどかくんに頼まれている。キミを迎えに来たんだ」

「……まどかに?」

 少女の肩が小さく揺れる。親友の名前はまだ脳裏に刻まれているようだ。

「一緒に来てくれないか」

「……どうして」

「どうしてって」

「私はもう、戻れない……」

「何?」

「戻れないって、言っているの。私のことは放っておいて!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 20:51:28.94 ID:kKuJVhQho<>
 一瞬、強い風に襲われる。

「五郎!」

 杏子が俺の前に立つ。

 いつの間にか、美樹さやかは白刃を振い、杏子に斬りかかっていた。

「杏子!」

「五郎、いいから下がってろ! こいつはアタシが制圧する! マミも手だし無用だ!」

 二度、三度と剣が振るわれる。不気味な光を放つ片刃の剣を、杏子は槍の柄で素早く
払いのけた。

 杏子の動きも早いが、さやかの動きはそれ以上に早く見える。

「五郎さん、こっちへ」

 俺はマミに手を引かれ、杏子の戦いを離れたところから見守ることにした。

「連絡は?」

「したわ。すぐこっちに来るって」

「そうか」

 鹿目まどかへの連絡も重要だが、今の俺たちの関心の九割は杏子とさやかとの戦いである。

「大人しくしろ、このっ!」

「うるさい、私の街から……出て行け……!」

 剣が振るわれる度に、黒い靄(もや)のようなものが見える。

「くっそ、話は聞いてもらえそうにねえな」

 大丈夫か、杏子。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 20:52:36.98 ID:kKuJVhQho<>
「少々手荒なことになるが、我慢しろよっと」

 そう言うと、杏子は自らの槍の柄を分離させる。柄と柄の間は鎖で繋がれており、この
鎖による攻撃や牽制もできる。

 その鎖を見てさやかは飛ぶ。

 魔法少女らしく彼女も身体能力は飛びぬけているようだ。

「逃がすか!」

 杏子は鎖ガマのように、槍の先端をさやかに投げつけた。しかし空中で機動を変えつつ、
さやかは杏子の攻撃をかわす。

「悪いが、アンタの得意な土俵で戦うほどアタシはお人好しじゃないんでね」

 杏子の槍のほうが、さやかの剣よりも若干リーチが長い。

 攻撃力が高くても、その攻撃が届かなければ意味がない、ということか。

 杏子は槍を元に戻すと、先ほどよりも柄をやや長めに槍の再構成して、さやかに対し
攻撃を仕掛ける。

「せいや!」

「……!」

 さやかはそれをなぎ払う。しかし、はじかれた槍は、柄の部分が分離し、鎖が出てくる。

「……」

 暗くてわかりにくいが、さやかの顔から戸惑いの表情が見えたような気がした。

「これまで戦ってきた魔女は、こんなしたたかな戦いはしていなかったでしょうからね」

 マミは、まるで自分のことのように得意気につぶやく。

 確かに。杏子はこれまで、俺と出会う前も後も、数え切れないほどの戦いを経験してきた。
ありとあらゆる戦闘パターンを知っているはずだ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 20:54:03.58 ID:kKuJVhQho<>  
 並みの魔法少女では、敵うはずがない。


 だが――


 さやかの左手が光る。

「杏子! 左だ!!」

「え?」

 さやかの左手からほう1本の剣が現出し、杏子の顔を狙う。

 紙一重でそれをよけた杏子は、再び槍を構え体勢を立て直そうとするが、さやかは物凄い
スピードで距離を詰め、一気に畳みかけるように攻撃をしかけてきた。

 文字通り、目にもとまらぬ速さで繰り出される剣筋に背筋が凍る。

「くっ!」

 二刀流か。

 単純に考えれば手数は二倍。

「調子に、乗るな!!」

 杏子が脚力を利用して大きく槍を振う。目に見える形で衝撃波がさやかを襲うも、彼女は
持っていた2本の剣を十字に構えそれを防ぐ。そして、再び距離を詰めて攻撃を繰り返す。

 下?

 体勢を低くしたと思ったら、足払いのように剣を低く、真横に払うさやか。

「のわっ!」

 そのあまりの素早さに思わず杏子は体勢を崩してしまう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 20:57:35.08 ID:kKuJVhQho<>
 なんとか槍の柄で攻撃を防ぐ杏子。しかし、倒れずに無理に立った状態の杏子に対して、
さやかは無常にも剣を振り下ろす。

「ちいっ」

 ギリギリで攻撃を避けた杏子だが、先ほどから行動が後手に回っていることは明白だった。

 このままではやられる……?

 俺の中で嫌な光景が掠める。

 そんな俺の不安を加速させるように、さやかの身体から禍々しい妖気が立ち上っているのが
見えた。

 まずいな……。

「そろそろ、終わりにするわ……」

 ポツリと、さやかはつぶやく。

「なにい?」

 再び剣の攻撃。

「くっそ!」

 杏子の顔に焦りの色が見え始めた。

 明らかにさやかは、杏子を殺しにかかっている。そんな相手に対し、あわよくば無傷で生捕りに
しよう、などと考えていたのでは敵うはずもない。

「マミ! やむを得ん」

「仕方ないわね」

 さやかの連続攻撃に、杏子が吹き飛ばされた。チャンスだ! やるなら今しかない。

「それ!」

 杏子が体勢を崩したところを更に畳みかけようとするさやかの左腕に、マミが自分の魔力で
生成したリボンを飛ばし、そしてさやかの腕に巻きつける。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 20:58:36.92 ID:kKuJVhQho<> 「大人しくしなさい」

「……」

 しかしさやかは無言で、マミのリボンを掴むと、素早く引っ張った。

「え?」

 マミの身体が宙を浮く。

 なんと、マミは自分のリボンに振りまわされて公園の反対側の広場にある石畳の上に
激突したのだ。

「マミ!」

 信じられない光景だった。同じ魔法少女であるはずのマミを、いとも簡単に投げ飛ばして
しまうとは。

「大丈夫か!」

 俺はマミを助けようと、彼女の元へ走る。

 しかし、

 俺よりもはるかに早く、美樹さやかはマミの前にいた。

「邪魔しないで……」

 さやかはすでに、右手の剣を逆手に持った腕を振り上げていた。

「やめろ!!」俺は走りながら叫ぶ。

 次の瞬間、さやかのすぐ近くに、赤い影が迫っていた。

「そりゃぁ!!!」

 一瞬の光とともに、十数メートル先に吹き飛ぶさやか。眩しくてよく見えなかったけれど、素早く
間合いを詰めた杏子が魔法による技を繰り出したようだ。

 ズンと腹に響くような音が鳴る。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:00:04.83 ID:kKuJVhQho<> 「他所見してんじゃねえぞ!」

 そう言って、杏子は胸を張った。

「杏子、無事だったか」

「あのくらいでやられるかっての」杏子は片目を閉じる。

 ただ、余裕を見せている杏子だが、彼女の服はボロボロだし、肩や腕などに傷も目立つ。

「ったく、手を出すなって言っただろう。呪いにやられたらどうすんだ。立てるか」

「ごめんなさい」

 杏子に手を引かれて、マミが立ちあがる。

「それで、美樹さんは?」

「ん? アタシが一撃くらわせて――」

「!!」

 先ほど杏子に不意打ちをくらわされ、倒れたはずのさやかがすでに立ち上がっていた。

 公園の灯りに照らされたさやかの身体には、脇腹辺りに大きな傷が見える。だが血は
出ていない。

 そして、彼女の身体にあったはずの無数の傷が、まるでビデオの巻き戻し映像のように
ジワジワと治っていく。

「おい、デタラメだな、こりゃ」その光景を見ながら杏子は眉をひそめた。

「邪魔……、しないで……」

 理性を失った瞳がこちらを見据える。

「マミ、五郎を連れて下がってな。今度こそ」

「おいよせ、杏子」俺は杏子を止めようとする。


「いいから、下がってろよ! 邪魔なんだよ、戦えない奴は」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:01:16.58 ID:kKuJVhQho<>
「……!」

 そう言われると弱い。

「アナタたち……、本当、邪魔」

 さやかが再び剣を現出させる。

 まずい……!

 しかし、ここで聞き覚えのある声が夜の公園に響いた。

 周囲が暗闇のため、音がよく通る。

「さやかちゃーん」

「ん?」

「さやかちゃん!」

 見覚えのあるツインテールの少女は、さやかの親友の鹿目まどかだった。

「!」

 一瞬顔を歪めたさやかは、身をひるがえし、どこかへと去って行った。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:02:03.05 ID:kKuJVhQho<>


「くそっ、逃げたか」

 杏子が槍を構えて追撃をしようとする。

「よしなさい杏子、あなた大分ダメージをくらっているでしょう」そう言ってマミが止める。

「しかし……」

 そうこうしているうちに、鹿目まどかが俺たちのいる場所に到着した。

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 息を切らしているところを見て、家からここまで走ってきたのだろう。

「彼女の姿は見た? 美樹さやかで間違いはないかい?」

「あの子ですか? はい、間違いありません」

「本当に?」

「間違いありません」

「……そうか」

「あの……、さやかちゃんは」

「大丈夫、まだ、大丈夫だ」

 そう、まだ魔女化はしていない。

「それより、杏子ちゃん、大丈夫ですか?」まどかが心配そうに見つめているのは、右腕を
抑えた杏子だった。

「そういえば」

「平気だって、アタシは。それよりさやかのことだろう。早く……イテテ」

「ほら杏子、無理しないで」今度はマミが杏子の肩を支える。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:03:52.52 ID:kKuJVhQho<> 「今日は戻ったほうがいい」

「なんでだよ。あのまま放って置けば、さやかはっ……」

 そこで杏子は言葉を切る。

 友人のまどかの前で、魔女化の話をすることにためらいがあったのだろう。それに関しては
俺も同じ気持ちだった。

「今はお前の怪我を治すことが先だ。マミ、できるか?」

「はい。できますよ」

 マミには癒しの力があるようで、自分や他人の怪我を治すことができる。

「時間がないことはわかっているが、ここは一旦体勢を立て直そう」

「ん……」

 杏子は不満そうな顔をしているけれど、さやかからくらったダメージは小さくなかったので、
結局の俺の言葉に従ってくれた。

「マミ、まどかくんを送ってあげてくれ。俺たちは先にホテルに戻るから」

「はい、わかりました」

「まどかくん」

「その……」

「『まどか』でいいですよ。なんだか言い難そうでしたし」

「あー」

 たしかに「マドカクン」とは言いにくい。だからといって「まとかちゃん」とか「まどかさん」と言うのも
なんだか抵抗があった。

「わかった、じゃあまどか」

「はい、なんでしょう五郎さん」

「キミのお友達、美樹さやかは必ず助ける。だからキミも早まった真似は、しないでくれ」

「……はい」

 まどかは、小さく頷いた。


   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:04:46.35 ID:kKuJVhQho<>


 翌日も俺たちは美樹さやかを探す。

 杏子の怪我は、マミの魔法で何とか治ったけれど、精神的な消耗が大きいように見えた。

 俺はさやかのもっていた剣から立ち上る黒い靄のようなものを思い出す。

 恐らく呪いの類が、攻撃に加わることによって、表面上の傷以上のダメージを杏子に与えて
いるのではないだろうか。

 とりあえず、昼間のうちは杏子をホテルで休ませておき、俺とマミだけで探索を続けることにした。

「杏子、大丈夫でしょうか」

 不安そうな表情のマミ。

「怪我は治ったんだろう?」

「ええ、傷や骨折は治しておきました。でも……」

「でも?」

「わたしも、美樹さんに少しだけ触れたんですが」

「ああ、あの時」

 俺は昨夜、マミがリボンを出して美樹さやかの動きを封じようとした場面を思い出す。結果は、
動きを封じるどころか、逆にリボンを引っ張られてマミ自身が宙を舞ってい待ったのだが。

「自分の身体が闇に沈んでしまうような寒気を感じたんです」

「寒気か」

「あれが呪いというものなんでしょうか」

「恐らく……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:05:47.17 ID:kKuJVhQho<>
 空を見上げると真っ白だった。曇り空。たしか天気予報では、明日まで曇り空が続くと
言っていた気がする。

「なんだかこんな話をしたら、寒くなってきましたね」

「そうか?」

「あったかいものでも食べましょうよ五郎さん」

「あったかいもの?」

「ほーら」

 そう言ってマミは俺の手を引いた。この先にはデパートが見える。

 エレベーターで屋上まで上ると、そこにはいくつかの店と、100円を入れたら動く遊具の
ようなものがあった。

 さすがに平日らしく、この日は人がまばらだ。

 ここからは町の様子が一望できる。これで晴れていたらもう少し気持ちが良かったの
かもしれないけれど、贅沢は言ってられない。

「五郎さん、何か食べたいものはありますか?」

「いや、特には」

「じゃあ、あの手打ちうどんっていうのを食べましょうよ」

「手打ちうどん?」

 マミが指差す先には、のれんに「本格讃岐うどん」と大きく書かれたうどん屋があった。

「うどん好きなの?」

「ええ、とっても」

「意外だな」

「どうしてですか?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:07:49.79 ID:kKuJVhQho<>
「マミはもっとこう、パスタとかクレープとかそういうのが好きなのかと思ってた」

「パスタも好きですよ。でもうどんも好きです」

「そうなのか」

 なんかまた一つマミのことを知った気がした。彼女ともそれほど長い付き合いではない
ので、まだまだ知らないことが多くありそうだ。

「それじゃ、並びましょう」

 屋上のうどん屋は、カウンターでうどんなどの食べ物を受け取り、それを屋外に置いて
あるテーブル席やベンチに座って食べる方式のようだ。

 俺はマミに席を取らせておき、彼女ご所望の月見下ろしうどんを買って二人で食べる
ことにした。

「うわあ、おいしそうですね五郎さん」

「七味(唐辛子)は入れなくて良かったのか?」

「ええ、これだけでも十分あったまりますよ」

 天気が良かったら汗をかいてしまいそうな、温かいうどんを俺とマミはすする。

 月見おろしうどんは、たっぷりの大根おろしと揚げ玉、それに生卵と入っているのに350円
と安いのが魅力だ。しかし値段のわりに、お汁もうどんのボリュームがある。

「このうどん、カドが立っていて、いかにも手打ちって感じなのがいいですよね」

 うどんの話をするマミはなぜかとても嬉しそうだ。

「そうだな」

 俺は静かに汁を飲む。出汁も美味い。

 卵とおろしの組み合わせというのはよくわからないけれど、出汁の味の染みた大根おろしや、
汁の熱で白くなってきた卵の味はなかなかいいものだ。麺もコシがあって美味い。

 あー、外でうどんなんか食べるのはいつ以来だろう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:08:39.84 ID:kKuJVhQho<>
 うどんを食べ終えて一息つく。

 なんだか落ち着いた。ここ最近全然落ち着いていなかったような気がしていたからだ。

 俺は杏子やマミたちを助けることを決意して車を走らせた。危険を承知で、この街に
やってきた。

 そこで出会った鹿目まどかという少女。

 世界を変え、宇宙のルールですら変える可能性があると言われた女の子。

 彼女の友達が魔法少女になったというので、俺たちは助けようと考えた。彼女の友達も
助けられないようで、どうやって杏子たちを助けられようか。

 しかしどうすればいいだろうか。

 俺たちの行動は行き詰った。

 美樹さやか。彼女を取り押さえて鹿目まどかに会わせよう、などと考えたけれど甘かった。

 彼女は予想以上に手ごわい。

 そして俺は、予想以上に無力だ。


『いいから、下がってろよ! 邪魔なんだよ、戦えない奴は』


 杏子の言葉が俺の心に突き刺さる。

 俺は戦えない。なのになぜ俺はここにいるのだろうか。

「五郎さん、五郎さんっ」

「え? ああ」

「もう、さっきから呼んでいるのに、どうしたんですか」

「いや、ちょっと考え事をしていて」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:09:48.99 ID:kKuJVhQho<>
「美樹さんのことです?」

「ん、まあ色々」

「あまり考え込まないでください。気持ちを楽に」

「そうだな」

 俺は一つ、大きく息を吸ってからマミに聞いてみる。

「なあ、マミ」

「なですか?」

「俺って、役立たずかな……」

「え……?」

 マミの表情が曇る。

 いかん、変なことを聞いてしまった。

「あ、すまない。忘れてくれ」

 俺は何のためにこんなことを言ったんだ。

 慰めて欲しかったのか?

 そうじゃないだろう。こいつらを助けようとしているのに、俺が弱気になってどうするよ。

「五郎さん」

 キッと、マミが俺の目を見据える。

「ん……」

「あなたは、私たちにとって必要なんです」

 言いきった。マミは何の迷いもなくそう言い切った。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:11:14.12 ID:kKuJVhQho<>
「だから、自分が役立たずなんて言わないでください」

「いや、でも俺は戦えないから。その点では……」

「守りたいものがあれば、人って強くなれるものですよ」

「なに?」

「私も杏子も、あなたを守りたいと思ったから、ここまでやってこれたんです」

「……」

「あの時、魔法少女の行く末を知らされた時……、正直ショックでした」

 それはそうだろう。あの杏子もかなりショックを受けていたのだから。

「でも、五郎さんが絶対何とかするって言ってくれたから、私は今もこうして生きている
ことができるんです」

「そうなのか……」

「だから私、五郎さんならあの美樹さやかっていう子も、絶望から救い出してくれるんじゃ
ないかって、勝手に思ってしまって」

「俺が、彼女を?」

「ええ。でも無理しなくてもいいですよ。前衛は私と杏子で何とかしますから」

「……」

 美樹さやか――

 俺が彼女を救う。

 どうやって救えばいいのだろう。

 やり方は……。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:13:30.45 ID:kKuJVhQho<>


 夕方になると、ホテルで休んでいた杏子が合流した。

 相変わらずさやかの居場所はわからないけれども、だいたいの見当はついてきた。

「建設中のビルか……、なんかいかにもって感じだな」

「身体はもういいのか」

「ああ、へっちゃらよ」杏子は笑顔で応える。

 俺たちの目の前には建設中の建物。敷地内にはなぜか人がいない。

 街の噂だと、この現場では今年に入ってから十数人のけが人と二人の死者がでたという
ことで、呪いの現場として有名であった。

 どうもここでは人間の負の感情が集まりやすいようだ。

 ということは、魔女化しつつある美樹さやかも、この場所に引き寄せられやすいかもしれない。
何より、魔女を引き寄せやすい体質の俺がいるのだ。

 もちろん、美樹さやかではなく全然別の魔女が寄ってくる危険性もあるけれど、その時は
その時だ。

 日が暮れると、建設現場ではいかにもという感じの雰囲気を出してきた。

 コツコツと階段を上る。内装は出来ていないけれど、外側はほぼ出来上がっていると見て
いいだろう。

 エレベーターがないので、いちいち階段であがらなければいけないのが面倒だが、そんな
贅沢も言っていられない。

 一つ一つのフロアーを確認しながら登って行く。そして、最上階に近くなってきたところで、
嫌な予感がした。

「いるかもしれない……」

「え?」

「ソウルジェムも反応しているわ!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:14:33.41 ID:kKuJVhQho<>
 マミの持つソウルジェムが光を強くした。

「この上に……!」

「屋上か?」

 俺たちは既に最上階にいる。この上ということは、もう屋上しかありえない。

「魔女という可能性は?」

「いいや、この感覚、あいつ以外ありえねえぜ」そう言って杏子はニヤリと笑った。

「……」

 俺たちは無言で屋上へとつながる階段を上り、そしてドアを開けた。

 いた……。

 マントが風でなびく。

 青い服をきた魔法少女姿の美樹さやかがそこにいた。

 昨晩と違い空は暗く、星は出ていない。ただ、街の光だけは今日も輝いている。

「美樹さやか……」

 俺は一歩踏み出る。

「誰……?」

「井之頭五郎。昨日も会ったよな」

「……」

 さやかは答えない。

「おい、五郎。ここはやっぱりアタシが」

「杏子」

 前に出ようとする杏子を、俺は手で制した。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:16:07.37 ID:kKuJVhQho<>
「なんだよ五郎」

「前に出るな。ここは俺がやる」

「五郎?」

「危険よ五郎さん」マミも心配そうな声を出す。

「ああ、わかっている。だが、俺にやらせてほしいんだ」

「どうやるんだよ」

「わからない」

「わからないって……」

「頼む」

 ここで杏子は一息つく。

「ああ、わかったよ」

「杏子」

「だが、危なくなったらすぐ止めるからな。本当、無茶すんなよ」

「ああ……」

 俺は二人の顔を見てから、再び美樹さやかと向き合った。

「……」

 彼女は無言のままだ。

 一歩一歩進む。

 星や月の灯りがないために、彼女の表情を上手く確認することができない。ただ、悲しい
空気だけは伝わってくる。


 怖くない、なんて言えばウソになるだろう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:17:18.66 ID:kKuJVhQho<>
 ただ、俺は大人なんだと言い聞かせた。子どもたちを守らなければならないと、心の中で
必死に言い聞かせた。

「……美樹さやか」

「……こないで」

 夜の暗さに目が慣れてきたのと距離が縮まってきたことで、彼女の表情が見えるようになる。

「こないで」

 彼女も恐れているのか。

 明確な敵意というか、攻撃の意志は見られない。ただ、彼女の目は小動物のように恐れを
抱えている。

「キミが何かに絶望するのは勝手だ」

「……やめて」

 俺は歩くことをやめない。

「だが、キミ一人だけが不幸なんてことはない」

「やめてってば」

「事故で両親を失った子どもの気持ちが分かるか? まだ大人になっていないのに、独りで
生きて行かなければならなくなった子の気持ちがわかるか?」

「やめてよ……」

「キミは、キミを大切に思っている人のことを忘れないでほしい」

「わかってるよそんなこと……。でも私の身体は……」

 美樹さやかの身体から、昨晩のような黒い靄が出てくる。これが呪い。

「近づかないで、私のことは放っておいて!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:18:17.75 ID:kKuJVhQho<>
 呪いが強くなる。

 あの時と同じだ。都内某所で会った名の知らぬ魔法少女が、魔女になった時の。

 させるか。

「五郎!」

「五郎さん!」

 二人の声が聞こえた。

「来るな!」

 俺は大声で叫ぶ。

「来るんじゃない」

 犠牲になるなら、俺一人で充分だ。

「こないで。私はもう……」

「甘えるんじゃない!」

「いや!」

 さやかは剣を現出させる。杏子とやり合い、使い魔を一刀両断にしたあの剣だ。

「近づかないで!」

 身体からあふれ出る瘴気。ダメだ、どうすればいい?

 考えている暇なんてない。

「五郎!!!」


 遠くで杏子の声が聞こえた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:19:24.24 ID:kKuJVhQho<>

 俺は目の前にいる美樹さやかを抱きしめる。


 それと同時に、俺の腹部に激しい痛みが走った。

 ああ、刺さったのか。自分の今の状況はよくわからないけれど、さやかの持っていた剣が、
自分の腹を貫いたことだけはわかった。

 熱いな。

「や、やめて……」

 もう後には引けない。

「やめてよ、死んじゃうよ」

「戻ってこい、美樹さやか……」

 喉の奥から熱いものが込み上げてきた。これはヤバイ。もうダメかもしれん。

 なんで俺はこんな無茶なことをしてしまったんだ。

「戻ってこい!」

 もう、この言葉しか出てこない。

「やめて! 死んじゃう。早くしないと」

 彼女の身体から得体のしれない妖気があふれだすのを感じる。

 熱い。火傷してしまいそうなくらい熱い。そして冷たい。

「早くしないと、手遅れに……」

 さやかは涙声で叫ぶ。

「血がいっぱい出てる。血が出てるんだよ。熱いよ! やめてよ! 私なんかのために……、
もうやめて!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:20:08.58 ID:kKuJVhQho<>
 意識が遠くなる。

「死なないで、お願いだから。私なんかのために! もう、もう……」

 遠くで誰かが呼んでいる気がする。

 誰の声かもわからない。

「……ごめんなさい」

 さやかの声が聞こえた。

「ごめんなさい」

 俺は抱きしめていた腕を放し、そしてさやかと向き合う。

 彼女の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっている。でも、あの初めて会った時の無表情よりも
何倍も可愛いと思えた。

「ご、ごめんなさい……」

 さやかはもう一度謝る。

「いい子だ……」

 俺はそう言って、さやかの頭をそっと撫でた。

 そこで意識が途切れた。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:21:31.43 ID:kKuJVhQho<>

 

 どれくらい眠っていたのかわからない。

 けれども、それほど長い時間でないことだけはわかる。

 ここはどこだろう。見覚えのある天井を見た時、そこが自分の泊まっているホテルだと
いうことがわかった。

 美樹さやかに刺された、右わき腹のあたりをさする。

 傷跡が、ない?

 シャツの一部は破れていたけれども、傷らしい傷はなかった。

「あ、気がつかれましたか」

「ん?」

 窓際を見ると、俺のベッドのすぐ隣に人影が見えた。

 髪の短いその影は、杏子でもマミでもない。

「ごめんなさい。起こしちゃいましたか」

「キミは……」

「改めまして、美樹さやかです」

 鹿目まどかと同じ見滝原中学の制服を着た少女はそう自己紹介をする。

 魔法少女の姿しか見たことのなかった俺には、少しだけ新鮮に映った。

「杏子たちは?」

「マミさんは、部屋で休んでます。杏子は……」

 そう言ってさやかは、俺のベッドに視線を向ける。

「ん?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:22:55.35 ID:kKuJVhQho<>
 視線を下ろすと、杏子が俺のベッドに伏せるように寝ていた。

「交代で様子を見ようって言ったんですけど、彼女、ずっとここにいるって、聞かなくて」

「そうか」

 杏子らしいといえば、杏子らしいのかもしれない。

「あの……、本当に色々と迷惑かけてしまって、すみませんでした」

「……俺の傷」

「傷のほうは、治しました。けど、シャツが破れてしまって。弁償しますので」

「いや、気にしなくていい」

「あの……、私」

「ん?」

「本当にありがとうございます。なんか、すごく嬉しかった」

「嬉しかった?」

「なんていうか、大人の人の安心感っていうか……、包容力っていうんでしょうか。
すごく癒されたんです」

「……」

「私の周り、こんな風に叱ってくれたり優しくしてくれたりする大人の人って、あんまりいなくて、
……その」

「キミたちはまだ子どもだ」

「え?」

「まだ足りないものが沢山ある」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:23:52.24 ID:kKuJVhQho<>
「……はい。その通りだと思います」

「だから、その足りない者を補うのが、俺たち大人の役割だと思う」

「……はい」

 そう言ってさやかは笑顔を見せる。目に涙をためていたけれど。

「そ、それで……、あの」

「なんだ?」

「お願いが、あるんですけど」

「お願い?」

「ええ。もしよかったら、あの時みたいに、もう一度私を抱きしめ――」





「それくらいにしておけよ、泥棒猫」




「ん?」

「ひっ!」

 俺のベッドに顔を伏せていた杏子がゆっくりと起き上がる。

「杏子っ」

「ったく、五郎。無茶すんなって言ったろう」

 杏子は腰に手を当てて、少し困ったような顔をした。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:25:06.24 ID:kKuJVhQho<>
「ああ、すまな――」

 俺が言葉を言い終る前に、杏子は俺に抱きついた。彼女からは、ほんのりとバニラの香り
がする。

「心配したんだぞ……」

「すまない」

 俺は、そっと杏子の頭を撫でる。

「それとさやか」

 ふと、杏子が俺に抱きついたままさやかのほうを見た。

「この五郎は一人用だ。お前の分はない」

「んんんん〜〜〜!」

 杏子のその言葉に、さやかは顔を赤くする。

「ああ、杏子。そういえばまだ決着をつけていなかったね」

「あん? やんのか」

「やったろうじゃないの」

「おい、お前ら」

 部屋のドアが開く音が聞こえる。ここは確かオートロックのはずだが。

「あらあら、気がついたのね五郎さん」

 マミが、何かコンビニの袋を持って戻ってきたようだ。

「ふざけんなよテメー」

「あーあ、下品なこと」

 睨みあっている二人を無視するように、マミがペットボトルに入ったミネラルウォーターを
差し出す。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:26:33.23 ID:kKuJVhQho<>
「どうもここは騒がしいようですね。向こうの部屋で私と一緒に休みましょう?」

「はい?」

「おい、ふざけんなマミ!」

「抜け駆けですか? 抜け駆けなんですかマミさん」

「こらさやか、最初からオメーはレースに参加してねえだろう」

「ふう……。お前らいい加減にしろ!」

 俺は少し頭を抱えた後、とりあえず全員部屋から追い出した。

 一人になったところでまた一息つく。まだちょっと頭が混乱しているけれど、とりあえず
美樹さやかは助けることができたらしい。最も、魔法少女でいる限り、また魔女化の危機
はやってくるだろうが。


《それにしても無茶をするね。五郎》


 頭の中に声が響く。どこだ?

 周囲を見回すと、部屋に備え付けてあるテーブルの上に白い猫のような生物がちょこんと
座っていた。

「キュゥべえか……。今までどこに」

《こっちも色々と忙しかったものでね。とりあえず、美樹さやかは救えたようだね》

「まあ、この様だけどな」

 俺は、破れたシャツをキュゥべえに見せる。

《一歩間違えたら即死だよ。よくそんな危険なことをするね。無駄なことだとは思わないのかい?》

「無駄なこと?」

《遅かれ早かれ、彼女は魔女になるんだ。なのに、あれだけの労力を使って、それを阻止する。
本当に訳がわからないよ》 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:27:42.14 ID:kKuJVhQho<>
「……自分でもわからん」

《まあ、僕は鹿目まどかと契約が結べれば、それでいいんだけどね》

「結局そこか……」

 どうやらキュゥべえは、かなり鹿目まどかという存在にこだわっているらしい。それほど
凄い少女なのか、彼女は。

《でも気を付けて、この街には美樹さやかのほかにも、もう一人魔法少女がいるんだ》

「もう一人……、だと?」

《その魔法少女は、鹿目まどかと僕が契約を結ぶことを嫌がっている》

「嫌がっている?」

《理由はよくわからないけれど、僕が契約を結ぼうとしたら、何度も邪魔をしに来るんだよ》

 魔法少女になるための契約を邪魔する。

 考えてみれば当たり前だ。もし、自分の大切な人が魔法少女になろうとしているのなら、
絶対に止める。

「待てよ、ということはその子は、魔法少女の“なれの果て”を知っているのか」

《恐らくね。僕自身は教えたつもりはないけど》

 肝心なことは教えない。本当に胡散臭いやつだよ、こいつは。

《ともかく、彼女には気をつけた方がいいよ。キミたちも、鹿目まどかと接触したんだから、
その魔法少女も警戒しているだろう》

「待てキュゥべえ、その魔法少女の名前は」

《……確か、暁美ほむら、だったかな》



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:29:16.15 ID:kKuJVhQho<>


 翌日、美樹さやかはいつものように登校することになった。

 俺たちは、そんな彼女の様子を遠くから眺めている。

「さやかちゃん!」

 彼女の姿を見るなり、鹿目まどかは飛びつく。

「もう、心配したんだよ……」

 さやかを抱きしめながらまどかは涙声で言う。

「ごめんねまどか、ごめんね」さやかも泣きながら謝っていた。

 とりあえず、日常の一部は戻った。ただ、これは応急処置にすぎない。

「めでたしめでたしってやつか?」

 二人のやり取りを遠くで眺めながら、杏子はつぶやく。

「いや、違う」俺はそれを否定する。

「まだまだこれからよね、五郎さん」とマミ。

「ああ……」

 さて、これからどうするべきか。

 俺が頭の中で考えを巡らせていた時――

 黒髪の少女が俺たちの前に現れた。

 気配を感じなかった。いつの間に現れたんだ?

 まるで瞬間移動でもしたように、見滝原の制服を着たその少女は俺たちの前に立って
いたのだ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:29:55.78 ID:kKuJVhQho<>
「気を付けろ五郎、こいつ魔法少女だ」

「五郎さん」

 杏子とマミが俺の前に立って警戒する。

「……佐倉杏子、巴マミ」

 少女は、静かに彼女たちの名前を呼ぶ。

「知り合いか、杏子」

「あんな奴、知らねえよ」

「私も知らないわ」

 この子がキュゥべえの言っていた、もう一人の魔法少女。

「鹿目まどかにかかわるのは、やめなさい」

 ほぼ無表情のまま、黒髪の少女はそう言い放った。





   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:30:32.85 ID:kKuJVhQho<>

   【次回予告】


 まどかは私の大切な友達。

 どんな手段を使ってでも、守ってみせる。

 彼女に害を与える者は、誰であろうとも許さない。


 次回、孤独の魔法少女グルメ☆マギカ

 第十話 虚飾

 まどか、アナタは必ず私が救う。

 たとえこの身がどうなろうとも。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:31:15.94 ID:kKuJVhQho<>


   【解説】

 ● オルタナティヴ・さやかちゃん

 通常の魔法少女の状態から、呪いを集めて半ば魔女化したさやかのこと。

 攻撃力が通常の三倍になるほか、魔法少女としての能力もかなり強化されている。

 一方、防御力が極端に低くなるけれども、それは超回復で補うことができる。

 なお、痛みはほとんど感じない。

 つまり不感症。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/08(水) 21:32:12.55 ID:U6TGFstyo<> 乙カレー空間
また一人落としたか……ゴローさんマジギャルゲ


しかしほぼ毎日これだけの量投下できるってすごいよな……ほんとうに、お疲れ様です <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/08(水) 21:34:30.68 ID:kKuJVhQho<> 雨にも負けず、エラーにも負けず、膝の痛みにも負けず、なんとか投下終了。

ゴローちゃんイケメン過ぎたな。

ちなみにマミさんのうどんネタは前作から引き継いだ中の人ネタです。

それでは、ごきげんよう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/08(水) 21:36:28.09 ID:U6TGFstyo<> げぇぇっ、割り込んじまったか
本編投下後って事でさ、許してねっねっ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)<>sage<>2011/06/08(水) 22:24:58.80 ID:pm595J1AO<> 不感症wwwwwwww

>>1乙! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/08(水) 23:00:18.99 ID:s9Ibr1QU0<> 不感症wwwwwwww

ほむらが落とされるのも時間の問題か…! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/08(水) 23:13:35.36 ID:J8eRLL4Po<> 乙乙。
ゴローちゃんはダンディすぎるからしょうがないね。
だが不感症は自重wwwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/08(水) 23:28:39.34 ID:UV9QzLfFo<> ほむほむもすぐに自分からアームロックをかけてもらいに来るようになるよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/09(木) 00:21:12.28 ID:fzY6LSUmo<> ゴローちゃんが小山力也の声で再生されてイケメン度うpしてる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2011/06/09(木) 09:59:58.97 ID:oJjKSfpi0<> 全てが終わったら、是非覇王樹の鉢植えを買って欲しいと思う。
うどん喰った後あれを買うシーンは個人的に好きだったが、カットされてしまったか <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:21:43.41 ID:vDKi4wqHo<> 今日は足が疲れたね。あと、近所の犬が煩い。

では、投下開始。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:22:21.26 ID:vDKi4wqHo<>



   第十話 虚飾

  <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:24:07.45 ID:vDKi4wqHo<>
 
 彼女の第一印象は、キレイな黒髪だと思ったことだ。

 しかしその瞳は多くの憂いを含んでいるようにも見えた。

 一昨日までの曇り空とは違い、さわやかに晴れたその日の朝、初夏を匂わせる強い日差し
の中でその少女は俺たちの前に姿を現す。

「暁美ほむらか……?」

「そうよ。あなたは」

「井之頭五郎」

「イノガシラ、ゴロー……」

 暁美ほむら。美樹さやかの時のように、話が通じない相手、ということはなさそうだ。

「おい、どういうつもりだ」

「待て杏子」

 ほむらに歩み寄ろうとする杏子を制し、俺は彼女たちの前に出た。

「五郎さん」

「心配するな」

 俺はマミや杏子たちの姿をチラリと見る。二人とも心配そうな顔をしている。

 ただ、こんな朝早くから周りに人もいるのに、いきなり刺されるということはないだろう。

 多分……、恐らく。

「俺のことは知っているのか」

       、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「少しだけ。あなたも私と同じイレギュラーな存在のようね」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:24:33.65 ID:vDKi4wqHo<>
「どういう意味だ」

「それを知る必要はないわ」

「鹿目まどかに係るなと言ったが」

「その通りよ」

「なぜ」

「あなたに理由を教える義務はないわ」

「まどかを守るためか?」

「……」

 ほむらは答えない。

「俺たちには彼女の力が必要なんだ」

「彼女の力を使えば、どうなるかわかっているの?」

「その言い方だとキミはわかっているようだな。魔法少女のなれの果てを」

「……ええ。わかっているわ」

「だったら尚更」

「彼女には何もさせやしない。まどかを守るのは、私なんだから……!」

 ほむらは歯を食いしばる。

 ギリッという音が聞こえてきそうなほど、彼女の意志が伝わってくる。

「なぜキミはそれほど」

「答える義務はないわ」

 そう言うとほむらは、まどかたちと同じ方向へと歩いて行った。

「おい待ってくれ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:25:09.43 ID:vDKi4wqHo<>

「……」

 俺の呼びかけに、ほむらは応えることなく、ずんずんと学校へ向けて歩いて行くの
だった。

「なんだあの女」

 杏子の声は不機嫌そうだ。

「感じ悪いわね」と、マミも続く。

 暁美ほむら、彼女は何者だ?

 鹿目まどかとどのような関係なんだろうか。一度、まどかにも直接聞いてみたほうが
いいかもしれない。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:26:43.49 ID:vDKi4wqHo<>

 その日の夕方、俺は駅前のショッピングモールでまどかと待ち合わせをすることになった。

「ごめーん、待ったー?」

「え? おい」

 急に腕に絡みついてくる人の感触。

 え? 鹿目まどかってこんなに積極的だったか?

 一瞬頭が混乱したけれど、よく見ると腕に絡みついてきたのは髪の短い少女。

 俺の知っている鹿目まどかの髪型ではない。

「……さやか」

「えへへ、一度やってみたかったんだ」

「あ、ごめんなさい。お待たせしてしまって」二つに束ねた髪に、赤いリボンを付けた制服姿
の女子生徒が軽く会釈をする。

 俺のすぐ側にいるのは、まどかの友人の美樹さやかであった。そして件のまどかは、
彼女から数歩後方に立っていた。

「さやか、なんでキミがいるかな」

「あれ? なんていうか、付き添い?」

「まあいいけど、離れてくれないか。色々と誤解されると不味い」

「え、誤解ってなに? もしかして、あたしたちが付き合ってるとか」

「それはない、仮にそうだとしたら俺が捕まるから、やめてくれ」

「うへえ、冷たいなあ」

「さやかちゃん、五郎さんに会うって言ったら、ずっとこの調子で」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:28:42.78 ID:vDKi4wqHo<> 「ちょっとまどか!」

 随分にぎやかな二人だ。

 美樹さやかにしても、初めて会った時はこんな明るい子だとは思わなかった。

 ふと思い出すのは、俺を刺したあの顔。死んだ目をした少女が今は親友とはしゃいで
いる。

 魔法少女である限り、いつかああなってしまう。

 ああ、いかんいかん。

 俺は頭の中の嫌なイメージを振り払う。今はそんなことを考えている場合じゃない。

「ところで、ほかの二人はどうしたんですか?」

 まどかは周囲をキョロキョロと見回しながら聞いてくる。

「ちょっと二人で買い物に行って来るとか言って、どこかへ行ってしまった。さっきまで
一緒にいたんだけどな」

「そうなんですか……」

「なに、会おうと思えばすぐに会えるさ」

「そうですね」

「そんなことより、早く行きましょうよ五郎さん」さやかはそう言って俺の手を引っ張る。

「行くって、どこに」

「オシャレなカフェテリアが出来たんです。そこでパフェでも食べながらお話ができたらなと思って」

 俺は別にショッピングモールのフードコートでも構わないのだが、彼女たちが行きたいというのなら
それに従おうと思った。

 どうせ支払いは俺なのだから。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:29:30.98 ID:vDKi4wqHo<>


 オシャレなカフェテリアというのは、確かにそうだった。内装もピンク色などの柔らかな
色彩が中心で、店員の制服も可愛らしいものである。

 ただ、客の大半が女子中学生や高校生、それにOLなどの女性ばかりでスーツ姿の
俺は明らかにこの店の中では浮いていた。

「それで、話って言うのは……」

 注文を終えて、少し落ち着いたところでまどかが聞いてきた。

「実は、暁美ほむらという女子生徒のことなんだが」

「ほむらちゃんが何か」

「知り合いなのか?」

「同じクラスなんです。少し前に転校してきて」まどかよりも前に、さやかが割り込んで答えた。

「転校生?」

「ええ、不思議な子ですよ」

「どこが?」

 確かに、初めて見た時は不思議な雰囲気を持っていた気がする。

「なんていうか、重い心臓病でずっと入院していたのに、やたら頭がよくって落ち着いていて、
それに運動神経も抜群。まあ、魔法少女なんだから当然ですよね」

「彼女が魔法少女だって、キミたちは知っていたのか?」

「え、はい。実は、ほむらちゃんに助けてもらったことがあって」今度はまどかが答える。

「助けてもらった?」

「はい。この近くで私がはじめてキュゥべえと会った日なんですけど……」

「うん」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:30:36.29 ID:vDKi4wqHo<>
「知らず知らずのうちに、魔女の結界に迷い込んでしまって。そこで魔女に襲われそうに
なったところを、ほむらちゃんに助けてもらったんです」

「なるほど」

「でもその後、彼女がキュゥべえを攻撃しようとしたから、それで怖くなって逃げ出して」

「キュゥべえは、キミと契約を結ぼうとしたんだな」

「え、はい。でもほむらちゃんがそれを阻止したんです」

「まあ、結果的に言えば、ほむらって子の判断は正しかったんですけど」そう言ったのはさやかだ。

「……」

「私があんな風になっちゃったのも、キュゥべえと契約して魔法少女になったからであって。
もし、まどかが契約したと思うと……」

 実際の経験が伴ったさやかの言葉は、俺だけでなくまどかの心にも重く響く。

「しかしなんで、ほむらという子は、キミを……、まどかを守ろうとしたのだろう」

「……わかりません」

「彼女との接点は?」
 
「それは……」

「……」

 まどかの顔をじっと見つめると、何かをしっているような表情をしたけれど、ためらいの色も
見せた。何かを迷っているようだ。

「言ってごらん」

 俺はなるべく彼女を警戒させないよう、優しく問いかける。

「笑いません?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:32:30.10 ID:vDKi4wqHo<>
「笑わない」

「……夢の中で、会ったような」

「夢?」

「はい。ほむらちゃんが転校してくる以前に、私の夢の中に彼女とそっくりな女の子が戦って
いる夢です」

「……ふむ」

「それがすごくはっきりしていた夢で、彼女の顔の特徴とか、キレイな髪の毛だとか、そういうの
が凄く印象に残ってて。それで、ある日転校生として紹介されたほむらちゃんの姿を見て、
驚きました」

「ほかに接点は?」

「うーん、……やっぱりありません。とにかく、夢の中では、物凄い強そうな敵と戦っていたんです。
今思うと、あれがキュゥべえの言ってた魔女なんだなあって、わかるけど。それでも、今までに
見た魔女とはけた違いの強さだったような」

「そんなに強そうな魔女だったのか?」

「え? はい。もう街中が滅茶苦茶になるくらい、強そうな敵でした」

「そうなのか」

 魔法少女になる才能があるまどかの夢だ。

 何か特別な意味があるのかもしれない。

 やはり、暁美ほむら本人に話を聞かなければわからないかもしれない。

「ほら、早く……」

「ん?」

 マミの声が聞こえた。

「あ、マミさん」さやかが立ちあがる。

「マミさん?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:33:38.58 ID:vDKi4wqHo<>
「その格好……」

 なんと、マミは東京にいる時の制服ではなく、まどかたちと同じ見滝原中学校の
制服を着ているではないか。

「どうかしら、五郎さん」そう言ってマミは軽くポーズをとってみせる。

「むっちゃ似合ってますよマミさん」

「さやかちゃん、鼻息荒いよ。それはともかく、凄く似合ってますよマミさん」

 まどかも笑顔で言う。

「五郎さん」

 俺のコメントも期待しているのか。

「ああ、似合ってるよ。とても」

 というか、マミはスタイルがいいので何を着ても似合うだろうな。

「それはいいが、どうしたんだ、その制服」

「制服の販売店に知り合いの人がいたもので、お願いしたらくれたんです。ほら、
こっちでは地元の制服を着ているほうが何かと動きやすいと思って」

「お前、こっちに知り合いがいたのか」

「ええ、実は……」

「へえ、やっぱマミさんは何を着ても似合うなあ。アタシもあれくらいスタイルが良かったらなあ」

「ええ? さやかちゃんも十分スタイルいいよお」隣のまどかが笑顔で言う。。

「そうでもないんだ。最近下腹が……って、五郎さんの前で何言わせるんだよまどか」

「はははは……」

 買い物に出かけると言っていたけれど、こんなものを調達していたのか。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:34:41.57 ID:vDKi4wqHo<>
 そういえば、杏子はどうしたのだろう。さっきから姿が見えないのだが。

「ところで杏子はどうした。一緒にいたんだろう?」

「ええ、杏子ならそこにいるんですけど……」

 マミは店の入り口付近を見つめる。

「あの、お客様?」

 店員が入口付近で誰かに声をかけていた。

「あ、はい。私の連れです」マミはそう言って駆け寄る。

「あ……」

 恥ずかしそうにモジモジしながら店内に入ってきたのは、杏子だった。

 それもマミと同じように見滝原の制服を着ている。

「杏子……?」

 一瞬、誰だかわからなかったけれど、顔を見れば間違いなく杏子だった。

「ああ、杏子ちゃん可愛い」まどかは身を乗り出す。

「おおお、杏子もウチの制服着たのか」さやかも続く。

「そんなに恥ずかしがらなくていいのよ。とってもよく似合ってるわ」

「べ、別い恥ずかしがってなんかねえよ」

 言葉とは裏腹に杏子の顔は真っ赤だ。

「じゃあ、五郎さんの前に来て」

「ん……」

 俺から目をそらしつつ、近づく杏子。こんな恥ずかしそうな姿をする杏子は初めてかもしれない。
とても初めて家に来たとき、下着の上にワイシャツ一枚で俺の前に出てきた女の子と同一人物
とは思えない。

「杏子……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:35:11.16 ID:vDKi4wqHo<>
「な、なんだよ。笑いたければ笑えよ。マミが勝手に」

「似合ってるぞ」

「……」

「どうした」

「バカ五郎」

 そう言うと走りだす杏子。

「ちょっと杏子!」

 なんであんなに照れる必要があるのだろう。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:36:28.26 ID:vDKi4wqHo<>



 まどかが帰宅した後、俺たちは別の店で作戦会議をすることにした。

「どうして着替えたの杏子」

「別にいいだろう? 制服とか、窮屈なんだよ」

「ええ、でも似合ってたのになあ」

「ってか何でさやかがいるんだよ。帰れよ家に」

 なぜか知らないが、某中華料理店で開かれた夕食兼作戦会議にはさやかも同席していた。

「私だって魔法少女の一人だよ」

「あんまり、家の者に心配させるなよ」

「大丈夫だって、まだ早いから」

「むう……」

 なんだかこの日の杏子は不機嫌なご様子。

「私、八宝菜がいいなあ」

 対してさやかのテンションは高い。

「それで、食事もいいけどこれからのことを話し合いましょう。私たちだって、いつまでもここに
いられるわけじゃないのだから」

 マミが本来の目的を述べる。こういう人間が身近にいたら楽かもしれない。

「そっか、五郎さんたち、行っちゃうんだよね……」

 ふと、さやかは寂しげな表情を見せる。

「……」

 一気に食事の場が、まるでお通夜のようにしんみりしてきた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:37:34.02 ID:vDKi4wqHo<>
「マミは学校のほう、大丈夫なのか?」

「もうすぐ連休だし、大丈夫だと思います。五郎さんこそ、仕事のほうは?」

「ん、問題ない。二週間くらいは休むって言っておいたから」

「そうですか。では、この先のことについてですが」

「はーい、さやかちゃん、質問いいですか?」

 さやかが軽く手を挙げて質問してきた。

「なあに」それにマミが応じる。

「五郎さんたちは、結局何のためにこの街に来たんですか?」

「え……?」

「な……」

「ん……?」

 俺、杏子、マミの三人は顔を見合わせる。

 そういえば、ここに来て色々あって忘れかけてしまったけれど、俺たちの目的は鹿目まどか
なのだ。

「それについては、私が説明するわ五郎さん」

「マミ……」

「いい? 美樹さやかさん」

 マミはここで一呼吸置いた。










「私たちは、“円環の理”に逆らうため、ここにきたの」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:38:48.48 ID:vDKi4wqHo<>
「……」

「……」

「煙缶? マミは煙草でも吸うのか?」

 なぜそんな専門用語を知っているんだ杏子。

「え? あの……。違いました?」

「お待たせしました。餃子定食と唐揚げ定食、それに八宝菜でーす」

 店員が注文した品を運んできた。

 どうするんだこの空気。

「あの、マミさん」さやかが再び軽く手を挙げた。

「なあに」

「“エンカンノコトワリ”ってなんですか?」

 聞くか、それを聞くか。

「え、わからないの?」

 そう言ってマミは俺のほうを見た。

 俺は反射的に目を逸らす。

「杏子は?」

「いや、だから灰皿がどうしたんだよ……」

「ああ、さやか。俺のほうから説明する」

 俺は、キュゥべえから知らされたことをかいつまんで説明した。

「率直に言えば、俺たちは宇宙のルールを変える」

「変えるって」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:40:34.30 ID:vDKi4wqHo<>
「キミたちのような魔法少女が魔女になるような世界、つまり今のような世界の仕組みを
変えるんだ」

「……なるほど。円環のナントカとか言われてもわからなかったけど」

「……シュン」

 落ち込むマミを杏子が慰めていた。珍しい光景だ。なかなか優しいところもあるじゃないか。

「で、私たちの運命を変える能力がまどかにあるってことでいいんですよね」

「ああ……、だが問題はいくつかある」

「暁美ほむら、ですね」

「さきほどのまどかの話しだと、キュゥべえとの契約を何度も邪魔しているらしい。彼女は
何らかの理由で、まどかを巻き込むことを恐れているように思える」

「私だって、まどかが魔法少女になることは反対です。でも、今の状況を打開できるのなら」


 今の状況。彼女たちが戦い、傷つき、そして壊れて行く。

 そんな現実がルールならば、俺はそれを壊す。

「マミ、杏子。頼みがある」

「ん?」

「どうしたの、五郎さん」

「暁美ほむらのことに関しては、俺に任せてくれないか」

「あん?」

「五郎さん、危険よ」

「五郎、お前さやかの時のこと忘れたわけじゃねえだろうな」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:42:30.54 ID:vDKi4wqHo<>
「ん……」自分の名前を出されて落ち込むさやか。

「気にするなさやか」

 俺はそう言ってさやかの頭を撫でる。

「えへへ」

「チッ」

 杏子は更に不機嫌そうな顔になった。

「彼女にどういう事情があるのかはよくわからない。ただ、まどかやさやかたちを助けた
こともあるし、まだ理性は残っているだろう。もう一度会って話を聞こうと思うんだ」

「……勝手にしろよ」

「杏子、そういういい方はないでしょう」年上らしくマミが杏子を注意する。

「五郎さん、なんなら私も」さやかが身を乗り出した。

「さやかも下がっていてくれ。俺一人でやりたい」

「杏子、さやかさん。わかってあげて。五郎さん、こう見えて結構強情だから」二人をたしなめる
ようにマミは言う。

「何理解者みたいな振りしてるんだよ、マミ。お前だって心配だろ? コイツ、いつも無茶ばっかりして」

「そりゃあ心配だけど……」

「大丈夫だ皆。俺は大丈夫だから」

 周りだけでなく、自分自身に言い聞かせるよう、俺は言葉を発した。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:43:26.95 ID:vDKi4wqHo<>


 魔女を引き寄せやすい体質ということはつまり、魔法少女も引き寄せやすい体質になる
のだろうか。

 そこら辺はよくわからない。

 ただ、何か運命のようなものを感じたのは事実だった。

「こんな時間に中学生が出歩くのは感心しないな」

「家の近くで待ち伏せする大人には言われたくないわ」

「まあそう言うな。キミに用があるんだ、暁美ほむら」

「……私には、用はないわ」

 外灯の光に照らされたその黒髪の美少女は、まるで舞台の上でスポットライトを浴びる
舞台女優のようにも見えた。

「話だけでも、聞いてもらえないか」

「……どうして」

「それは、キミにも協力してほしいからだ」

「協力って、何を?」

「キミたちを救いたい」

「……」

 ほむらは黙って歩きはじめ、そして俺とすれ違った。すれ違いざまに香ったシャンプーの匂いは、
杏子のとはまた違った印象を俺に残す。

 ダメか。

 ほむらの後姿を見つめていると、不意に彼女が振り返った。

「何をしているの」

「え?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:43:55.56 ID:vDKi4wqHo<>
「家に来て。こんな所で立ち話をしていると、変に思われるわ」

「……ん、いいのか?」

「大丈夫、家には誰もいないから」

「っぷ」

「今変なこと考えた?」

「考えてない」

「ならいいわ。もし変なことを考えたら、この場でハチの巣にするところだったから」

「……」

 表情の読めないほむらの言葉は、どこまでが冗談でどこまでが本気だかわからない。

 しかし、ロボットのような非人間的な冷たさは感じられなかった。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:47:22.64 ID:vDKi4wqHo<>

 暁美ほむらの家は、外部から見たものと内部とではまるで印象が違う。

 生活感のないその空間は、まるでモデルハウスのようでもある。ただ、モデルハウスと
違うのは、そこら中に魔女や魔法に関する文献、コピーなどが散らばっているところだろうか。

 見覚えのある姿形をした化け物の絵も張ってある。柘植久●の本が置いてあったのはご愛敬。

 広いのか狭いのかすらわからないここで、彼女は何を思って暮らしているのだろうか。

「これはお土産」

 そう言って、俺は箱を差し出した。

「……」その箱をじっと見つめるほむら。

「別に毒ではないさ」

「……よくわからないけれど、女の子へのお土産にシウマイはないんじゃないかしら」

「すまない。中華料理屋で夕食を食べていたもので……」

「……」

 不意に立ち上がるほむら。

 やはり気に入らなかったか。

「飲み物を取ってくるわ」

「ん?」

「シウマイだけじゃ、食べ辛いでしょう?」

「そうか。でも俺、酒は飲めないぞ」

「……私、一応中学生なんだけど」

「あ、そうだった」

 身体は小さいけれど、妙に大人びたほむらの態度に、どうも調子が狂う。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:48:21.33 ID:vDKi4wqHo<>
 しばらくすると、ほむらはお盆に2本の缶とコップを持って戻ってきた。

「なんだい、それ」

「インカコーラよ」

「インカコーラ……」

 建物の構造もよくわからんが、飲み物のチョイスもよくわからん。

 本当に不思議な娘だ。

 とりあえず、俺はシウマイを箱から取り出した。

 どうやらこのシウマイ、加熱機能が付いている箱のようだ。

「これはジェットだな」

「ジェット?」

「ああ、説明書きがあるな。このビニールテープを引くと……」

 俺は、説明書きにある通り、箱についているビニールテープを引っ張ってみる。すると、
箱から勢いよく蒸気が立ち上り始めたではないか。

 加熱機能付きの箱、通称ジェット。

 いやしかし……。

 シュウシュウと立ち上る蒸気で、部屋中がシウマイ臭くなってしまった。

「……」

 ほむらは相変わらず無表情ではあるけれど、シウマイの蒸気に少し不快感を表している
ようにも見える。

「フタでもしてみるか」

 気休め程度にしかならんと思いつつ、俺はシウマイの箱にフタをしようとした。

「あっち!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:49:35.94 ID:vDKi4wqHo<>
 しかし勢いのある蒸気は止められない。

「くう、失敗した」

 俺は軽く火傷した指を舐めつつ、己の行動の軽率さを反省。

「……!」

 ふと、顔を上げると暁美ほむらは顔を伏せ、小刻みに肩を震わせている。

「あ、いや。ニオイが気になると思ってさ、フタをしようとしてみたんだけど」

「ん……〜〜!」ほむらは口元を押さえる。

「おい、大丈夫か」

 俺が声をかけると、ほむらは急に立ち上がり、俺に背中を見せた。

 そして大きく深呼吸を二回すると、再び元のポーカーフェイスに戻り、向き直る。

「どうかしたか」

「な、なんでもないわ」

 若干顔を赤らめたほむらは、インカコーラの缶を開けてそれをコップに注ぐ。

「金色とか書いてあるけど、黄色だよな、それ」

「……そうね」

「……」

 会話が途切れる。

 そして部屋の中には、柱時計のカチコチという音とシウマイのジェットの音、そしてインカコーラ
から発せられる炭酸のはじける音が響いた。

「……あの、暁美さん」

「なに」

「……俺の目的は、キミも含む魔法少女全員を救うことだ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:50:26.68 ID:vDKi4wqHo<>
「……どうやって」

「キミも知っての通り、魔法少女は遅かれ早かれ魔女になってしまう。だから、そうならない
ようにする」

「そうならないように? 魔力が尽きたら消滅するようにでもするの?」

「いや、違う」

「……」

「魔法少女そのものをなくす」

「……!」

 ほむらの表情が曇る。無理もない、彼女も魔法少女なのだから。

「正確に言うと、魔法少女という概念を消すんだ」

「概念を消す?」

「つまり、この世から魔法少女という存在を消し、そして別の秩序を構築する」

「そんな、無茶よ」

「無茶なのはわかっている。だが、この世界は間違っていると俺は思う」

「どこがどう間違っているの?」

「キミのような女の子が戦っていることがだ」

「……」

「年頃の娘は、もっとほかにやることがあるだろう」

「そうはいうけれど、この宇宙のルールには逆らえないわ」

「だから鹿目まどかに会いに来た」

「……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:51:33.60 ID:vDKi4wqHo<>
「彼女には、宇宙の秩序すら変える力があると聞いたから」

「ダメよ」

「ん……」

「あの子を魔法少女になんかさせない」

「いやしかし」

「もしあなたの言うとおりに、まどかが願ったら、あの子の存在はどうなるの?」

「魔法少女が魔法少女という存在そのものを否定することになるのよ。最悪、あの子は……」

「それは……」

 しばしの沈黙。

 確かに魔法少女の存在そのものを否定した場合、それを願った者はどうなるのだろう。

 本人は助かるのか、それとも消えるのか。


 魔法少女という概念をなくす→その願いを叶えて魔法少女になる。


 この願いは矛盾する。

 願いをかなえる力が強ければ強いほど、大きなゆがみを生じさせてしまうかもしれない。

「ちょっと、コーラ貰ってもいいかい?」

「どうぞ」

 俺はとりあえず落ち着こうと思い、ほむらの持ってきてくれたインカコーラを手に取った。水滴の
付いたアルミ缶は、よく冷えた証拠だ。

 プルタブを引くと、プシュッという炭酸飲料独特の音が響く。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:52:26.82 ID:vDKi4wqHo<>

 そしてそれをコップに注いだ。どう見ても“ウコン”のごとくまっ黄色だが、このコーラは
金色と言わなければダメらしい。

「黄金の都、インカ帝国にちなんだ黄金のコーラか……」

「……」

「……黄金の味」

「!!」

「って、そりゃ焼肉のタレか」

「〜〜〜〜………!!!!」

 いきなりほむらが口元を押さえてもだえ始めた。

「どうした、気管にでも入ったか」

「んー! んー!」

 ほむらは右腕をぶんぶんと大きく振る。近づかないでとアピールしているようだ。

「一体何があったんだ」

「かはっ、はあ、はあ、はあ……」

 またもほむらは後ろを向き、大きく肩で息をしている。

「おい、発作か? まさかこれも魔法少女としての副作用……」

「断じて違うわ」

「じゃあどうして」

「あなたのせいで、ちょっとペースが狂ってしまっただけよ」

「ペース?」

「……まあいいわ。話を戻しましょう」

「いや、戻すのはいいけど」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:53:21.18 ID:vDKi4wqHo<>
 どこまで話をしただろうか。今まで話していた内容を思い出していると、あることに気が
ついた。

「あ、そういえば」

「どうしたの」

「暁美さん。なぜキミは、鹿目まどかにこだわるんだ?」

「え?」

「まどか本人から聞いた話だと、キミと彼女はそれほど接点がないそうじゃないか」

「……」

「それとも、いつかどこかで彼女と会ったことがあるとか」

「……それは」

 ふと、ほむらは寂しげな表情を見せた。

 人には言えない、因縁みたいなものでもあるのだろうか。彼女の話を聞いている限り、
鹿目まどかに対する思いは純粋のような気がする。

 別に意地悪で俺たちに彼女と関わるな、と言っているわけではなさそうだ。

「俺にはなぜ、キミがそこまで鹿目まどかにこだわるのかがわからない」

 俯くほむら。

 これ以上追及しても無駄か。

 俺はジェットで温まったシウマイを二つほど口の中に放り込んでから帰ろうとした。

 しかしその時、

「……私は、……約束したの」

 訥々と、彼女は話し始めた。

「約束?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:54:31.42 ID:vDKi4wqHo<>
「ええ、彼女を、鹿目まどかを守ると」

「誰に」

「自分自身によ」

「……」

「私の願いは、鹿目まどかとの出会いをやり直す。そして、彼女に守られるのではなく、
彼女を守る自分になること」

「キミは、やはり鹿目まどかと会ったことがあったのか」

 俺は昼間、まどかの言っていた言葉を持い出す。


 夢の中で会ったような――


 彼女の夢は、やはりただの夢ではなかった。

「会ったことはあるわ。でも、“今の”時間軸ではない」

「“今の”時間軸?」

「そう、私は時とさかのぼり、そして繰り返しているの。それが私の力」

 ということは、まどかが見たというあの夢のことも、実は別の時間軸の光景だった、ということか。

 それなら、話がわかる。

 彼女が、暁美ほむらが魔法少女の“なれの果て”を知っていることも納得できる。

「時間を遡っているということは、この先何が起こるかもわかるってことか?」

「だいたいは。でもイレギュラー要素もある」

「イレギュラー?」

「それがあなた」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:55:21.71 ID:vDKi4wqHo<>
「なに?」

「少なくとも、この時間軸におけるイレギュラー要素は私一人のはずだった。時間を逆行させた
原因は私自身なのだから。でも、その私でもこの時間軸はいつもと違うものだと認識できた」

「俺が……、いたからか?」

「そう。別の時間軸で私は貴方とは接触しなかった。そして、あなたと一緒にいた巴マミや
佐倉杏子は、もっと早くこの街にくるはずだった」

「バカな……」

「私も信じられない……。でもそうなった原因は予想がつくわ」

「原因?」

「そうよ。あなたをここに連れてきた原因を作った者」

「まさか」

 俺の脳裏にあの、白い生物の姿が思い浮かぶ。

「キュゥべえ……。またの名を、インキュベーター」

「孵卵器……」

「魔女の卵を孵化させる、そういう意味では正しいかもしれないわね」

「……」

「インキュベーターの目的は、鹿目まどかと契約を結ぶこと。そしてそれを達成するために、
あなたたちを利用したの」

 まあ、胡散臭いやつだとは思っていたが。  

「だが、たとえ利用されたとしても、俺たちの目的は変わらない」

「どんな理由があっても、私は……、まどかを守る」

「どうしてそこまでまどかのことを」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:56:08.12 ID:vDKi4wqHo<>
「あの子は……、私のたった一人の、大切な友達だから……」

「たった一人?」

「そうよ、悪い?」

「いや、だけど一人だと寂しくないかなと思って」

「何を言っているの?」

「二人だけの世界でも築こうというのか?」

「別にそんなんじゃないわ」

「もっとほかに、友達がいてもいいだろう」

「友達なんて、いないわ」

 不意に物音が聞こえる。





「だったらアタシが友達になってやるよ」





「え?」

「あ……」

 振り返ると、そこには杏子がいた。

「へへ……」

「どうも」

「お邪魔してまーす」

 後ろにはさやかとマミもいる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:56:57.85 ID:vDKi4wqHo<>
「あなたたち、どうやってこの中に」驚愕の表情を浮かべるほむら。

「アタシらは魔法少女だぜ。あんなチンケな結界なんて楽勝で超えられる」

「杏子、本当は五郎さんのことが心配で仕方なかったのよ」

「んなことはねえよ! 五郎のことだから、また勝手なことをしてるんじゃねえかと思って」

「あ、シウマイ美味しそう」さやかはマイペースだった。

「あなたたち……」

 混乱が少し収まったところで、杏子がほむらの前に出る。

「アタシらはこれから未来を作るんだ。そのまどかって子も、アンタも、助かる未来が
あってもいいだろう?」

「そんなこと……」

「できるさ」

「どうして、そう言えるの?」

「みんなで力を合わせれば、不可能も可能になる。五郎はそれを教えてくれた」

「……」

 ほむらは振りかえり、俺の顔を見た。

「……」

 俺は何も言わない。彼女の行動を見守るだけだ。

「……わかったわ。協力する」

 そう言うとほむらは立ち上がり、杏子に手を差し出す。

「へへっ」

 杏子も手を差し出し、互いに握手を交わした。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:58:19.70 ID:vDKi4wqHo<>
「よろしくね、暁美さん」笑顔で挨拶するマミ。

 それに対し、ほむらは照れくさそうに目をそらし、

「ほむらでいいわ……」

「改めてよろしくな」

 さやかも続く。

「よろしく」

 そういえば、魔法少女が四人も揃うなんて、凄いことじゃないだろうか。

 よくわからないけど。

「というか、これだけ魔法少女が集まればもう怖い者なしなんじゃないかな」さやかは
嬉しそうにのたまう。

 まあ、その気持ちはわからんでもない。

 しかし、そんな浮ついた空気を打ち消すようにほむらは言葉を発した。

「そうでもないわ」

「ん?」

「ほむら……?」

 全員が、ほむらの顔に注目する。

「ワルプルギスの夜……。明後日、街を飲み込む最悪の魔女がここに現れる」

「え?」

「鹿目まどかは、その魔女に殺されたの」

 まどかが殺された。その言葉を聞いて、一瞬言葉を失ったのは、俺だけではないようだ。





    つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:58:48.33 ID:vDKi4wqHo<>


   【次回予告】

 どうも、鹿目知久です。

 あまり知られていませんが、まどかの父です。

 今日もミニトマトがよく育って嬉しい限り。

 お弁当の色どりのために、パセリもいれましょう。

 まどかはあまりパセリが好きではありませんけど、好き嫌いはいけませんね。

 さて、次回は、何だか見滝原が大変なことになるようです。

 大型の台風でしょうか。

 それでは、お楽しみに!  <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 20:59:57.45 ID:vDKi4wqHo<>


   【解説】

 ● 煙缶(えんかん)

 自衛隊用語の一つで、煙草の吸殻や灰を入れる缶。

 作り方はいたって簡単。まず、業務用などで使う大きい缶詰の空き缶を用意する。

 次にラベルをはがし、上側に、太めの針金を付けてバケツのような取っ手を作る。

 最後に、赤ペンキで周りを塗れば完成。

 演習では、この赤い缶の周りでみんなが集まって喫煙する。

 ちなみに、個人で買った灰皿のことを「私物煙缶」と呼ぶ。

 自衛隊や防衛大学校では本来、決まった場所以外での喫煙をしてはいけないので、
部隊長の点検とかがある場合は、私物煙缶を隠さなければならない。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/09(木) 21:00:26.19 ID:w4+BCHRco<> 乙
ゴローの親父ギャグはホムホムの頑な心も解きほぐすのか。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/09(木) 21:03:02.78 ID:vDKi4wqHo<>  ジェットのおかげで、歯車がかみ合った……。

 そんな物語があってもいいじゃない。というわけで、今回は最もゴローちゃんらしい話だと
筆者は思います。オヤジギャグも含めて。

 次回も見ていただければ幸いです。それでは、おやすみなさいませ! イチジクでした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/09(木) 21:08:06.22 ID:8a7akrCk0<> 乙でした
パセリは小麦粉を卵でといた衣をまぶしてサっと揚げると美味しいですよ
以前行った川崎のコロッケ屋で大将が即興で作ってくれました <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/09(木) 21:17:03.51 ID:y34Tlr1Ho<> お疲れ様でした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県)<>sage<>2011/06/09(木) 21:59:54.49 ID:5ityZi/Oo<> シウマイが打ち解けるきっかけとか憎い筋書きやってくれるじゃないの乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方)<>sage<>2011/06/10(金) 15:19:46.87 ID:Npg50WLD0<> 乙!必死に笑いを堪えるほむほむかわいいよ! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/10(金) 16:09:24.28 ID:w5QAsRHDO<> 一気に読んでしまった、雰囲気が素晴らしいですねー。
梅むらの豆かんは確かに美味、そして今は煮込み雑炊はメニューにすらなかったりしますww

知り合いの探偵…猟犬専門の方ですね? <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:07:05.46 ID:ZuHc8EUYo<> こんばんは。こちらは雨が酷いです。
というわけで、今夜も投下していきたいと思います。

ちなみに知り合いの探偵ですが、元警察官でゴローちゃん以上のイケメンでござる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:08:09.98 ID:ZuHc8EUYo<>





   第十一話 憤怒 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:09:17.89 ID:ZuHc8EUYo<>

 暁美ほむらの自宅。

 リビングに集まっていた俺たちは、黙ってほむらの話を聞いていた。

「……」

 食べ物を見れば、とりあえず手を伸ばす杏子が、目の前にあるシウマイにまったく手を
付けず、じっとしている。

 ワルプルギスの夜。

 ほむらがそう呼ぶ魔女は、これまでの魔女とはまったく異なる最強の存在らしい。


「そんなの、アタシ一人でも楽勝だよ」


 杏子は最初、そう言っていた。

 だが、淡々と語られるほむらの言葉に、杏子だけでなく集まった魔法少女たち全員が
言葉を失ってしまう。

 ワルプルギスの夜は結界を必要としない。

 具現化しただけで大規模な嵐を起こし、街は壊滅状態になる。

 魔女の従える使い魔も、通常の魔女並みに強い。ほむらはあらゆる時間軸で、いくどとなく
その魔女に挑み、そして敗北した。

 絶対的な強さと魔力を持つ魔女。それがワルプルギスの夜。

「鹿目まどかは、そのワルプルギスの夜から街を守るため、魔法少女となり、そして……」

「ちょっと待ってくれよほむら」

 そこで杏子が口を挟む。

「なに、杏子」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:11:01.30 ID:ZuHc8EUYo<>
「鹿目まどかって、キュゥべえの話だと、滅茶苦茶凄い魔法少女らしいじゃないか。
だったらなぜやられたんだよ」

「それはわからない」

「わからないって……」

「何度か時間軸を繰り返していくうちに、ワルプルギスの夜を倒せるほどに魔力が増して
いったことだけは確かよ。でもその代わり、最強の魔法少女は最悪の魔女となって、
この世界を壊す……」

「つまり、そのワルプルギスの夜と戦うために、鹿目まどかさんが魔法少女になったら、
不味いってことよね」

 マミがほむらの言葉を先読みするように言う。

「その通りよ。あなたたちが宇宙の法則を変えようとすることはわかる。でもその前に、私はあの
魔女を倒さなければいけないの」

「ちょっと待てよほむら」

 杏子はほむらの言葉を止めた。

「“私は”、じゃなくて、“私たちは”、だろ?」そう言って片目をつむる。

「杏子……」

「そうよ、ほむらさん。私たちがいるわ」マミも杏子の言葉に続く。

「この正義の魔法少女さやかちゃんがいる限り、負けませんよ」

「オメーは補欠だ、さやか」

「なんですってえ?」

「うるせえ」

 杏子とさやかの二人が喧嘩をはじめた時、

「……クスッ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:11:50.63 ID:ZuHc8EUYo<>
「ん?」

 全員が再びほむらの顔に注目する。

 目を細めている彼女は、明らかに笑っている。

「ほむら?」

「ごめんなさい。バカにしているわけじゃないの。ただ、あなたたちが騒いでいるのを見て
いると、久しぶりに楽しい気分になってしまって」

「なんだ、ほむらも笑うんだな」

 そう言った杏子もなんだか嬉しそうだ。

「どういう意味よ」

 ちょっと怒ったような感じだったので、俺はフォローを入れておくことにした。

「暁美さん、キミは笑顔のほうがずっと可愛いってことだ」

「……!」

 一瞬、全員の動きが止まった。

「……ケッ」杏子はそう言って顔を背ける。

「あーあ、そういう人だとはわかっていたけど」なぜかさやかも不機嫌そうな顔になった。

「おい、何があった」

 俺はマミのほうを見て聞いてみる。

「五郎さん……」

「なんだ」

「女心にはもっと敏感になってもらわないと」

 女心? <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:13:00.47 ID:ZuHc8EUYo<>
「へ……変なこと言わないで」

 ほむらも、杏子と同じように顔をそむけた。

 しかし耳まで真っ赤なのはなぜだろう。風邪か?

「暁美――」

「……ほむら」

「ん?」

「呼び方、ほむらでいいわ」

 ほむらは、俺と目を合わせることなくそう言った。

「ああ、そうなのか。わかった。じゃあよろしく、ほむら」

「……よろしく」

 俺は杏子がそうしたように、ほむらと握手をする。

 大人っぽい雰囲気とは裏腹に、まるで小さな子どものように柔らかい手の感触であった。



    * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:14:07.81 ID:ZuHc8EUYo<>

 翌日――

 午後の昼下がり、俺たちは人のあまり寄りつかない橋の下に集まっていた。ドラマでは
よく見る場所だけど、群馬にもあるんだな。

「こんな所に集めてどうするんだ五郎」いかにもダルそうに杏子は言う。

 ここ数日、杏子の機嫌はあまりよくない。

「待って、杏子。五郎さんにも考えがあるのよ」

 俺の考えを多少は理解してくれるマミがフォローをする。結局、昨夜みんなが不機嫌に
なった理由は教えてくれなかったけど。

「明日は決戦なのよ。どうする気?」

 当然、ここにはほむらも来ている。

「おーい、遅くなってすいませーん」

 制服姿のさやかが大きく手を振りながら登場した。

「学校は大丈夫だったのか、さやか」

「ええ、病気になったみたいだから帰りますって言っときましたんで!」

 随分元気そうな病人だ。

「これで全員集まったけれど、一体これからなにをするの五郎」とほむらは聞く。

「ああ、今から話そう」

 俺は、とりあえず全員を集めた理由を発表することにした。

「今日は集まってもらってすまない。明日は大事な決戦だが、その前に『演習』をしておこうと
思う」

「演習?」

 マミ以外の三人の、驚きの声が聞こえる。当然と言えば当然の反応だ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:15:35.03 ID:ZuHc8EUYo<>
「昨日、ほむらから色々と話を聞いた限り、ワルプルギスの夜という魔女は強い。それも
けた外れの強さだ」

「……」

「ぶっつけ本番で勝てる相手とは思えない。だから、これから戦いに備えて演習をしようと
思う」

「演習ってのはその、修行みたいなものか? 五郎」

 杏子は腕を組み、少し首をかしげながら聞いた。

「ああ……、だいたいそんなところだ」

「じゃあ、アタシの魔力が10倍になる演習とかあんのか?」

「いや、そんなものはない」

「じゃあどうすんのさ」

「杏子、あと皆もよく聞いてくれ。後1日しかないのに、急激に強くなるということは恐らく無理だ。
 だから、全員の力を合わせることで巨大な敵に対抗していきたいと思う」

「全員の力を合わせる? 具体的にどうするんですか?」さやかも聞いてきた。

「ああ、とりあえず連携の確認をする」

「連携?」

「個々の力が小さくても、協力し合えば強くなることもある」

「アタシの力が弱いってことか?」

「そうじゃない、よく聞け杏子。いいか、お前は今まで、少なくとも俺と出会ってから何回か魔女と
戦ってきているけれど、自分一人の力で全部を倒したか?」

「それは……」

「もちろん、お前一人でも倒せることはあったけれど、マミと連携することによって、かなり効率的
に敵を倒せたんじゃないか?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:16:37.32 ID:ZuHc8EUYo<>
「確かに」

「ほかの魔法少女と連携することによって、その戦闘力を上げることができる。連携が
うまく行けば、2倍どころじゃない。それこそ4倍、6倍の力の力を出すことも可能だ」

「ん……」

「杏子とマミは、これまで何度か一緒に戦ってきたけれど、今回はさやかがいる」

「え? 私!?」

 急に名前を呼ばれて驚くさやか。こいつ、人の話をあまり聞かないタイプか。
 顧客にもいるな、こういうの。

 ちゃんと契約内容の話をしたのに、後から聞いていないとか言って文句いってくる。

 いかんいかん、今はそんなことを考えている場合ではない。

「さやかと俺たちは、まだ一緒に戦ったことがないので、今から演習をして、本番で少しでも
上手く連携が取れるようにする」

「なるほど」杏子は大きく頷いた。

「わかりました、五郎さん」さやかは不動の姿勢を取って、挙手の敬礼をしてみせる。

「それで、相手は誰だ? 魔女か?」

「そう都合良く、魔女は現れてくれそうにないから、今回は魔法少女同士で戦ってもらう」

「なるほど。じゃあ、マミとさやかが一緒に組んで、その相手をアタシがやると」

「いや、違うぞ杏子」

「じゃあ、ほむらとさやかの連携か? それとも、三人同時」

「それも違う」

「ん?」

 首をかしげる杏子。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:17:59.36 ID:ZuHc8EUYo<>
「杏子、今回の演習はお前とさやかの連携を確認するためのものだ。二人で、マミと戦って
もらう」

「はあ?」

「どういうことですか、五郎さん」

 さやかも驚いているようだ。

「俺が見たところ、さやかは杏子と同じ前衛タイプだ。マミは、杏子との戦いで、前衛との連携は
十分に慣れていると思う」

「はい、当然です」マミは大きく頷く。

「だが、杏子とさやか。お前たち前衛同士の連携はまだ経験がない。だから、この演習で二人の
連携を確認させてもらう」

「なるほど……」

 どうやら納得してくれたようだ。

「ところで、私は何をすればいいの?」

 そういえば、ここには暁美ほむらもいたのだ。

「じゃあ、ほむらはコーヒー買ってきてくれる?」

「ふざけてるの?」

 ほむらは、どこからともなく大型拳銃、デザートイーグルを取り出す。こんなものがあるなんて、
さすが群馬県。

「いやいや、冗談だ」

「……そう」

「ほむらは、結界のようなものは張れるか? 人目につかないように」

「ええ、一応できるわ。でも半径は50メートルくらいしかないけど」

「それだけあれば十分だ。演習が始まったら、その結界を張ってくれないか。周辺に被害が出たり、
人目についたら大変だから」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:19:01.67 ID:ZuHc8EUYo<>
「わかったわ」

「よし、それじゃあこれから演習をはじめるぞ。まず、杏子とさやか。お前たちはまず
マミから50メートルくらい離れろ」

「わかった」

「はいっ」

 杏子とさやかが返事をする。

「足引っ張るなよさやか」

「アンタこそ、足手まといにならないでよね」

 何となく不安にさせる言い合いをしながら、二人はその場を離れて行く。

 俺はその間に、マミのそばに歩み寄った。

 実は、マミとはもう、午前中に演習に関する打ち合わせを済ませていたのだ。

「マミ、一応打ち合わせ通りにやってもらいたい。だが、本当に大丈夫か?」

「愚問ですよ、五郎さん」

「愚問?」

「五郎さんは、私ができると思ったからこそ、頼んだんでしょう?」

「ん、まあ」

「あなたが私を信頼してくれる以上に、私はあなたを信頼していますから。ねっ」

 マミは笑顔で片目を閉じた。

「……ありがとう」

「……」

 その様子をすぐ近くでじっと見つめていた暁美ほむらの姿に気がつく。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:19:39.73 ID:ZuHc8EUYo<>
「そろそろ、はじめてもいいかしら」

「ん、ああ。そうだな。おし」

 俺は、随分離れた場所に行った、杏子とさやかの二人に対して、大きく手を振った。

 ほむらが結界を張った瞬間に、演習はスタートすることになっている。


 佐倉杏子 ・ 美樹さやか  VS   巴マミ


 この両者による模擬戦闘が、今始まる。



   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:21:13.05 ID:ZuHc8EUYo<>

「時間ね……」

 魔法少女に変身したほむらがどういう原理かはわからんが結界を発動する。

 こうして、周辺から隔離された結界が出来上がったらしい。半径は約50メートル、
時間にしておよそ5分。

「状況開始!」

「それっ」

 目の前のマミも魔法少女に変身する。

 橋桁で見えにくいけれど、50メートル先の杏子とさやかも変身したようだ。

 遠距離攻撃主体のマミを相手にするには、二人はそこから距離を詰めなければならない。

「行くぜマミイイイイ!!!」

「でりゃあああああああ!!」

 物凄い気合いで、赤と青の二人がこちらに接近してくる。

「さあ、いらっしゃい」

 いつの間にか現出させた銀のマスケット銃を取り出し、射撃をはじめるマミ。まるで機関銃か
自動小銃のように素早く撃ちまくる。

 当然、対する二人もその攻撃は読んでおり、ジグザグにかわしながらこちらに接近する。

「まずは、一人目」

 そう言って、マミは狙いを定めた。

 目標は、さやか――

 一際大きな光を放つ弾が、さやかに近づく。

「ぐっ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:22:08.47 ID:ZuHc8EUYo<>
 さやかはそれをよけようとするも、次の瞬間弾丸は大きくはじけ、まるで蜘蛛の巣の
ようにリボンが広がった。

「ああああんっ!!」

 ここから約20メートル先でさやかの叫び声が聞こえる。身体重にリボンが巻きついて、
動きを封じられてしまったのだ。

 だが、もう一人の魔法少女はまだ動いている。

「もらったあ!」

 さやかの動きを封じている間に、槍を大きく振りかぶった佐倉杏子がマミのすぐ近くに
まで接近していた。



「……甘いわね」


「え?」

 マミの身体が、まるで踊るように回転する。

 そして杏子の槍は空を斬る。

「せいっ!」

 気がつくと、マミは上段回し蹴りを放っていた。久しぶりに見たが、随分とキレイな蹴りだ。

「ぬわあああああ!!!」

 まったく警戒していなかったのか、杏子はマミの蹴りが見事にヒットして、5メートルほど
吹き飛ばされてしまった。

 タンッ、とまるでステップを踏むように着地したマミは、軽くスカートをつまみお辞儀をした。

「状況終わり!!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:22:58.78 ID:ZuHc8EUYo<>
 俺は大きく叫んだ。

 ほむらが魔法少女の変身を解除した途端、張っていた結界も解除される。

 今まで張り詰めていた空気が一気に弛緩するのが分かった。

「大丈夫? 杏子」

 マミが杏子の元に駆け寄る。

「イテテテ、油断した」

 顔の辺りを抑えながら杏子は立ち上がった。

「助けてええええ」

 すでに魔法少女の変身は解けているのに、美樹さやかは地面の上でジタバタしていた。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:24:07.11 ID:ZuHc8EUYo<>

 テストの後に答え合わせがあるように、演習の後には反省会である。

 変身を解除した魔法少女の四人が集まる。

「さて、今回の演習の反省点だが……」

「……」

「ん……」

 明るい表情のマミと、不機嫌そうな杏子とさやか。二者の顔色は実に対照的だ。

「まず杏子、お前はなぜやられたと思う」

「ちょっと油断しただけだ……」

「ちょっと?」

「マミが近接戦闘ができるなんて、聞いてねえし」

「杏子、お前は油断と言ったが、もしこれが演習ではなく実戦だったらどうなる」

「それは……」

「マミが近接戦闘もやれることを知らなかったと言うけれど、もしお前が敵と戦う時に、
自分の手の内を見せるか? 見せないだろう?」

「……」

「それから、なぜさやかを助けなかった」

「そりゃ、足手まといになるから」

「その結果、お前は一人で突っ込んで行き、マミにやられた」

「うぐ……」

「杏子、この演習は連携を確認するためのものだ。さっきも言った通り、一人では
敵わない相手でも、二人、三人なら勝てることもある。だがお前は一人で突っ込んだ。
これでは意味はない」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:25:07.19 ID:ZuHc8EUYo<>
「くそっ、だったら次は……」

「次があると思っているのか?」

「ん……」

「実戦で失敗したらおしまいだ」

「……」

「普通の怪我で済めばいい。だがソウルジェムを破壊されたら、もう元には戻せない
というじゃないか」

「……せえ」

「ん?」

「うるせえよ、くそお!」

「おい、待て!」

 杏子は、その場から駆け足でどこかへ行ってしまった。

 少し強く言い過ぎたか。いやしかし……。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:26:03.93 ID:ZuHc8EUYo<>


「五郎……」

 ほむらが声をかけてきた。

「どうした」

「確かにあなたの言うことは正しいわ。でもキツ過ぎるのではないかしら」

「そうかな……」

「それに、あなたは彼女たちに戦ってほしくはないのでしょう? なのに、なぜ今さら戦い
のやり方を教えようと思ったわけ」

「確かに俺は、杏子には戦ってほしくない。もちろん、マミもさやかもだ」

 俺は三人の顔を見回す。マミは少し照れくさそうに、さやかはバツの悪そうな顔をしている。

「だがそれ以上に、死んで欲しくはないんだ」

「……」

「死んでしまっては意味がないからな。だからこうして、生きる術を教える。多少キツイことを
言うようだが、あいつに嫌われるよりも、あいつに死なれるほうがもっと嫌だから」

「五郎……」




    * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:27:16.11 ID:ZuHc8EUYo<>
 どこかのビルの屋上で、杏子は風に当たっていた。

 上州のからっ風、という季節ではないけれど、今の自分にはどんな風でも骨身にしみる
ような気がした。

「こんなところにいたんだね、杏子」

「ん?」

 振り返ると、髪の短い少女が立っていた。

「さやか……」

「探したよ」

 彼女の手には、通学用のカバンではなく紙袋のようなものが見える。

「一緒に食べようよ」

「焼きまんじゅう……」

「知ってるの? 有名なんだなあ、やっぱり」

 地元の人間が思っているほど、ご当地の名物は全国では知られていない、ということは
黙っておこうと思った。

「おいしいなあ」

「……」

 屋上の上でもくもくと焼きまんじゅうを食べる二人。傍からみているとなんだか妙な風景なの
だろう。

 味噌ダレの良い匂いが風に流されていく。

「杏子ってさ、やっぱり凄いよね」

「どうしたんだよ、急に」

「だってさ、ずっと戦ってきたんでしょう? すごく強い魔女と」

「ま、まあ……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:28:07.49 ID:ZuHc8EUYo<>
「私なんて、戦闘の才能ないのかな。一体倒すだけでも随分苦労してさ」

「……」

「さっきの模擬戦闘だって、私はマミさんに動きを封じられちゃったのに、杏子はマミさん
のところまで到達できたじゃん」

「でも結局やられた」

「むしろよかったんじゃない?」

「なんでだよ」

「だって、実戦ならやられてたんでしょう? 練習でやられといてよかったじゃない」

「ん……」

「それに、五郎さんあんなに真剣だったし。ちょっと羨ましいと思ったな」

「羨ましい? どこが」

「そりゃあ、キツイ言い方されるのは嫌だけど、それだけ杏子のことを思ってたんでしょう」

「それは……」

「だいたい杏子たちのことを思ってなきゃ、わざわざ東京からこんなところまで来ないよ」

「……アタシは」

「ん?」



「弱いな」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:28:50.12 ID:ZuHc8EUYo<>
「だったら杏子よりも弱いさやかちゃんはどうなるのさ」

「もっと弱い」

「酷いな」

「ふふふ……」

「はははは」

 二人で笑っていると、なんだか悩んでいるのがバカバカしくなってきた。

 こういうのが友達っていうのだろうか。杏子はふと、さやかの横顔を見ながら思うのだった。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:36:06.41 ID:ZuHc8EUYo<>
 杏子たちから少し離れた場所にあるビルの屋上で、ほむらはサイトロンの軍用単眼鏡を
覗いていた。

 わざわざ三脚まで使用した監視のやり方がやけに板についている。まるでプロの兵士か、
もしくはストーカーのようだ。

「あの二人は、問題ないようね」

「まあ、とりあえず良かった」

「安心した?」

「そこまで心配はしていない」

「強くなるためには、自分の弱さと向き合うことも大切ですからね、五郎さん」

 そう言ってマミが妙に俺の傍にすり寄ってくる。

「近いぞマミ」

「だってここ、風が強くてちょっと寒いんですから」

「だったら下で待ってなさい、巴マミ」

 双眼鏡で杏子たちの様子を見ながらほむらは言う。

「あら、ほむらさん。羨ましいの?」

「……」

「無視しないでよ」

「基本的に魔法少女は精神的に弱い者が多い」

 独り言のように、ほむらはつぶやく。

「どういうことだ」

 マミを見ているとなんとなく納得できるけれど、とりあえず俺は聞いてみることにした。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:36:43.11 ID:ZuHc8EUYo<>
「奇跡や魔法に頼るというのが、そもそもの弱さの証拠」

「……」

 ほむらの言葉を聞き、マミは俯く。

「本当の強さとは、どんな辛い現実も受け止めること。だから――」

「……だから?」


「一番弱いのは……、私」


 しばしの無言。

 俺の耳には、風が耳に当たるボコボコという音が響く。

「――!!」

「どうしました五郎さん?」

「結界だ。魔女の結界それもかなり近い」

 あまり嬉しいことではないが、最近つとに“こういう感覚”が鋭くなってしまった。

 携帯電話を取り出す。

「もしもし杏子か」

『はあ? 何だよ急に』

「魔女だ」

『!』



    * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:37:37.68 ID:ZuHc8EUYo<>

 市内の陸上競技場に俺たちは集まっていた。

 これまで、河川敷とか街中とか、色々な所で戦ったことがあるけれど、ここは比較的
恵まれている場所かもしれない。広いし。

 競技場の中に一歩足を踏み入れると雰囲気は一変した。

 まるで、別世界に入ったような違和感。

 数日ぶりなはずなのだが、随分と久しぶりに感じる、魔女の結界。


「今回のは、随分と大きいわね」いつの間にかデザートイーグルを両手で持っているほむらが
つぶやく。一体その武器はどこから出した。

「決戦は近いけど、こんな大きい奴を放置しておくわけにはいかないわ」

 マミはそう言うと、自らのソウルジェムを取り出す。

「ああ、わかってるぜ。決戦の邪魔をされたらつまらんもんな」杏子も、同様に赤いソウルジェム
を取り出した。

「よーし、さやかちゃんも、がんばっちゃうよお」

 競技場の長い廊下を抜け、グラウンドに出る。

 そこはまるで、プラネタリウムのような空間だった。

 空がない。

 代わりに見えるのは、無数の化け物。

「来るぞ」

 俺のその言葉で、一斉に魔法少女へと変身した。

 俺たちの存在に気づいた、動物や虫の姿をした使い魔らしき化け物が次々と押し寄せてくる。

 しかしそれらは、こちらに近づく寸前で弾け飛ぶ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:38:15.31 ID:ZuHc8EUYo<>
「五郎さんには、指一本触れさせないんだから」

 マスケット銃を両手で構えながら、マミは言う。

「へっ、こっちだって負けねえぜ」

「私たちもやりますか」

 杏子とさやかも、各々の主要武器を振い次々に使い魔を倒していく。

「待てみんな! 雑魚をいくら叩いたところで意味がない。本来を見つけなければ」

「え?」

「本体……?」

 常に結界の最深部で隠れているという魔女の本体。

 どこかにいるはずだが。

 俺は周囲を探る。

 必ずどこかにいるはずなのだ。

 どこだ?

「何をしているの、五郎」

「本体を探しているんだ」

「探せるの?」

「ああ、なぜかわからんが、わかる」

 自分でも何を言っているのかよくわからなくなってしまった。

「デタラメな能力ね」

「キミほどじゃない」

「え……?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:39:17.50 ID:ZuHc8EUYo<>
「見たところ、時間を止められるようだな」

「あ……」

「違うか?」

「どうしてそれが」

「キミの持っている銃、弾が無くなっている。しかし俺はまだ銃声を一度も聞いていない」

「……」

 ほむらは、全弾撃ち尽くしてスライドが開いた状態になっている拳銃を、腕につけた円盤
のようなものの中に入れる。あそこが四次元ポケットみたいになっているのか。
つくづくデタラメな魔法少女だ。

「それで、場所はわかったの?」

「今探している」

「五郎さん、キリがないわ!」

 マミの声が聞こえた。確かに、使い魔の数が半端ない。杏子やさやかたちも全力で狩って
いるけれど、その数は減るどころか逆に増えているようでもある。

 どこだ、本体はどこだ?

 競技場の中だ。街中での結界よりも本体は探しやすいはずなのだが。

 そうだ、使い魔はどこから出てきている。使い魔が本体から分離して出てくるのなら、
その使い魔の出所が本体のいる場所のヒントになっているはず。

 しかし、使い魔がどこから出てくるのか探していると、壁だったり観客席だったり、事務所だったり
トイレだったりと、とにかく色々な所から出てきている。

 これでは出所が特定できない。

 なぜだ。

 秋葉原の時は雲の中に隠れていたけれども、ここではどこに隠れている。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:40:29.67 ID:ZuHc8EUYo<>
 いや待てよ。

「くそう! どこに隠れていやがる!」

 杏子がキメラのような怪物を槍で突き刺す。

 隠れている?

 そうだ。俺はずっと魔女が隠れていると思っていた。だが本当にそうか?

 そしてこの結界の中。

 陸上競技場だ。俺たちがここに来たとき、競技場の内部は見えなかった。本当にこれは、
あの競技場なのか?

 魔女の結界というのは、時間とか空間を無視したデタラメなものだったはず。だとしたら、
こいつはやけに完成度が高い空間……。

「マミ!」

 俺はマミを呼ぶ。

「何? 五郎さん」

 空を飛ぶ目標が多いため、それを撃ち落とすマミは忙しそうだ。

「すまないが、今から俺の指定する場所を破壊してくれないか」

「破壊?」

「待って五郎!」

 後ろからほむらが声をかけてきた。

「ほむら?」

「破壊なら私に任せて」

 ほむらの手には、白い紙ねんどの塊のようなものが握られていた。俺の記憶が正しければ、
あれはC4プラスチック爆弾だと思う。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:41:56.87 ID:ZuHc8EUYo<>
 数分後、時間停止の魔法を使用している間、複数の場所に仕掛けたプラスチック爆弾が
一斉に爆発する。


「うわあああああ!!!」

「ぐう!!」

 俺は耳をふさぎ、そして頭を押さえた。

 競技場なので、天井が降ってくる危険性はないけれど、かなりの破片が飛び散る。

 しかしその破片も、しばらくすると消えてなくなってしまった。

「競技場が消える……?」

 目を開けると、ジワジワと夏場のアイスクリームのように、競技場自体が溶けていく光景が見えた。

「思った通りだ」

「え?」

「この競技場自体が魔女の擬態なんだよ」

「擬態?」

「使い魔が出てきていたところを中心に、物理的に破壊してみたら案の定」

 だが、嫌な予感は収まらなかった。

 競技場が亡くなり、使い魔が見えなくなったと思ったら、こんどは俺たちの目の前い巨大な影が
現れた。

 擬態を解除した魔女の本体が現れたようだ。

「まいったな、予想以上にでかい」


 恐らく今まで見た中でもトップレベルの大きさの本体がそこにいた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:43:09.02 ID:ZuHc8EUYo<>
 形こそ人間のようにも見えるけれど、顔は鬼のように鋭い牙がある。頭には巨大な角が2本、
腕は合計6本ほど。また、胴体にはいかにも硬そうな鎧だ。



「ウゴオオオオオオアアアアアアア!!!!」



 地面が揺れるほどの大声を出した敵は、背中にある巨大な翼を大きく開いた。全長100メートル
以上はあろうかと思われるその黒い翼は、空を覆う夜の帳(とばり)のようにも見える。

 魔女の持つ複数本の手にはいつの間にか剣や槍、こん棒、モーニングスターなどが握られていた。

 やばいかもしれない。


「ゴオオオオオアアアアアア」


 ドシンドシンと大きな音を立ててこちらに近づく魔女本体。

「シャレにならん」

 こんなに強いなら、変に擬態などせず、最初から襲ってくればいいのに。

 俺は一瞬そう思った。

 しかし、すぐに考えを改める。

 やはり、この姿にも弱点があるのではないか。さもなければ、こんな面倒な擬態などするはずがない。

 俺は敵の姿をじっくりと見る。


 こいつにも、弱点はある。


 ふと、顔の部分に目が行く。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:44:06.32 ID:ZuHc8EUYo<>
「おい! 何ボーッとしてんだ五郎!」

「一旦引くぞ」

「はあ?」

 ここは魔女の結界。逃げ場なんてないことくらいわかっている。

 俺たちは全力で走った。時々使い魔が襲ってくるけれど、その数は圧倒的に少ない。
擬態している時のほうが使い魔を沢山だせるのか。

 そんなことを思いながら、再び魔女の顔を見る。

 目?

 二つの大きな目から、怪しい黒紫色の光が漏れ出ていた。この光には見覚えがある。

「マミ! 目を狙えるか。敵の目だ」

「やってみます!」

 マミは走るのを止め、敵の目を狙って銃を構えた。

 そして銃弾が発射される。

 しかし、その弾は6本の腕によって阻まれてしまった。正面からの攻撃というのは実は
一番難しいのかもしれない。それでも敵を攻撃しなくては。

「やはり直接狙うしかないか……」

 俺は決意する。

「杏子! さやか!」

「ああ? なんだ五郎!」

「はい、なんでしょうか」

「奴の弱点は、おそらく目だ。しかし、どちらの目が正解なのかわからない」

「え?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:45:24.16 ID:ZuHc8EUYo<>
「だから、お前たち二人が同時に奴の目を攻撃してほしい」

「……わかった!」杏子は強く頷く。

「了解です、五郎さん」さやかも同様だ。

「よし、マミ! ほむら! お前たちは二人の援護を」

「わかったわ五郎さん」そう言ってマミは、多数のマスケット銃を現出させる。

「了解……」ほむらも、円盤の中からAK−47を取り出した。

「さやか、杏子! 二人の連携が大事だぞ」

 俺がそう言うと、さやかは元気に返事をした。

「はい、頑張ります!」

 しかし杏子は返事をしなかった。

 その代わり、

「……」

 グッと親指を立てて見せた。

「いくわよ二人とも、援護するわ」

 マミは連続で射撃を開始した。硬そうな鎧で守られた胴体はいくら狙っても無駄だ。

 魔女は六本の腕を使って向かってくる二人を追い払おうとする。そこに、マミやほむらが
射撃をしかけて邪魔をする。

「うおおおおおお!!!」

「でりゃあああああ!!!」

 杏子とさやかの二人はジグザグに動きながらも、確実に本体に向けて前進する。もちろん、
敵も黙って前進させてくれるわけがない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:46:01.17 ID:ZuHc8EUYo<>

「ゴオオオオアアアアア!!!」


 魔女が吠えた。

 そして次の瞬間、魔女の持っている剣が飛ぶ。

「きゃあ!」

 敵の投げた剣がさやかのすぐ近くに突き刺さった。

「さやか!!!」

 予想外の攻撃に、一瞬バランスを崩すさやか。

 そしてそれを敵は見逃さなかった。

 マミたちの援護射撃をものともせず、別の剣を持っている腕を大きく振り上げた。

 まずい、よけきれない!

 俺は一瞬、彼女たち二人を突入させてしまったことを後悔した。

 だが、


「へっ、この程度の攻撃かよ」


 !?


 よく見ると、地面からまるでタケノコのように、複数の槍がと生えてきているではないか。
その槍が集まり、まるで壁のようになっている。

「杏子!」

 間違いなくあれは、杏子が現出させた槍だ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:47:02.56 ID:ZuHc8EUYo<>
「いくぜええええ!!」

 槍の束が壊れ、そこから白く光る翼が出てくる。

 その翼が、一瞬強い光を放ったかと思うと、さやかを抱えた杏子が飛び出してきた。

「さやか!」

「おう!」

 杏子は、抱えたさやかを離すと槍を構えた。

「どりゃああああああああ!!!!」

 さやかも剣を振りかぶる。

「おわりだあああああああ!!!」

 二人が一斉に、敵の顔をめがけて飛び込み、攻撃を加える。

 槍と剣が刺さる音がここまで聞こえてくるようだった。


「グオオォ…………」


 魔女は、力無く吠える。

 どうやら、俺の予想は当たったようだ。

 空から、オレンジ色の光が差し込んでくるのが見える。


 結界は、崩れた。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:48:11.36 ID:ZuHc8EUYo<>

 

 夕日に染まる競技場の前に、俺たちはいた。

 昼間とは打って変わって、明るい表情の杏子とさやかが楽しそうに話をしている。

「いやあ、助かったよ杏子」

「貸しにしとくぜ、さやか」

「なんだよ、マミさんに蹴られた顔を治療したのは誰だったかなあ?」

「あの程度、唾つけときゃ治る」

「女は顔が命だよ、杏子」

「命あってのものだねだろうが」

 二人の連携はある程度改善されたようだ。

 しかしこれで勝てるかと言えば……。

「かなり厳しい戦いになるわよ、五郎」

 ほむらは冷静だった。

「わかっているさ」

 不安の種は尽きない。

 だが雰囲気は明るい。どんなに困難な状況でも、明るい雰囲気があることは良いことだ。

 暗い雰囲気では、できるものもできなくなる。


   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:48:53.20 ID:ZuHc8EUYo<>
 その日の夜、俺はホテルの屋上で一人、夜景を眺めていた。

 星は出ていない。この日も曇り空の夜だ。

《眠らないのかい? 五郎》

 これまた随分と久しぶりに声を聞いたような気がする。

 振り返ると、給水塔の近くに小さな影が見える。闇の中で赤く光る二つの目が不気味だ。

《よいしょ》

 キュゥべえは音もなく走り寄り、そしてまるでスズメか鳩のように上手く柵の上に乗った。

《明日、この街にかなりとても巨大な魔女が出現することは、もう聞いてるよね》

「ああ……」

《逃げないのかい?》

「逃げても無駄だろう。俺がいる場所に、多分そいつは現れる」

《わかっているじゃないか》

「……」

《ねえ、五郎》

「なんだ」

《五郎の望みは、魔法少女という概念を“消す”ことだよね》

「ああ……。叶えてくれるのか?」

《残念ながら大人の、それも男性の願いは聞き入れられないよ。でも――》

「ん?」




《本当にそれがキミの願いなのかい?》 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:49:51.38 ID:ZuHc8EUYo<>
「……どういう意味だ」

《だってさ、もし仮にキミの望み通り、魔法少女という概念が消えた世界が出来上がったら、
キミは魔法少女たちと接点がなくなってしまうんだよ》

「接点?」

《そう、端的に言えば、キミは魔法少女たちと、具体的には佐倉杏子や巴マミたちとは、
出会わない》

「……それがなんだ。むしろそれが俺の望みじゃないか。平穏な生活に戻れる」

《キミは本当にそれでいいのかい?》

「何が言いたい」

《いやね、今のキミが、彼女たちとの生活を気に入っているように見えてさ》

「気に入ってる?」

《なんだか、楽しそうだ》

「……あいつらには、感謝している」

《感謝?》

「ああ。俺が忘れてしまっていた、大切なものを思い出させてくれたから」

《それなら、ずっと一緒にいればいいじゃないか。彼女たちも、きっとそれを望んでいるよ》

「そういうわけにもいかない。いや、ダメなんだ。俺のエゴに巻き込むわけにはいかない。
彼女たちは――」

《魔法少女なんだよ。“普通の人間”ではないんだ》

「……わかっている。だからこの生活もニセモノだ」

《生活に偽物も本物もあるのかい? 本人たちが幸せなら、それでいいんじゃないかな》 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:50:40.40 ID:ZuHc8EUYo<>
「そうでもない」

《やれやれ……、訳がわからないよ》

「そうだな……」


 俺にだってわからない――




   *



 キュゥべえがいなくなってもなお、俺は夜景を眺めていた。夜が更けて行くにつれて、
静けさを増していく。

 考えたって答えは出ない。何度も何度も繰り返すだけだ。

 部屋に戻ろう。

 そう思って振り返ったとき、そこには杏子がいた。

「どうした、杏子」

「部屋に行ったらいなくて、多分ここじゃないかと思ったから」

「そうか、それで何か用か?」

「……なあ、五郎」

「ん?」



「アタシのこと……、好きか?」



   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:51:48.25 ID:ZuHc8EUYo<>
   【解説】

 ● 佐倉杏子の翼

 秋葉原での戦い(第六話)で杏子が初めて現出させた、魔力によって生成される翼。
色は白く、また輝いている。
 彼女の翼と、その白く輝く羽根は希望と喜びの象徴。逆に魔女の持つ黒い翼は、
絶望と悲しみの象徴である。

 基本的に魔法少女に飛行能力はない。空中で機動する場合は、魔力によって空中に
地面や壁を作り、それを踏んで跳躍する。いわゆる二段ジャンプである。

 これを応用することによって、空を飛ぶような動きができるわけだ。

 ただし、跳躍に頼るため、複雑な動きや旋回などはできない。

 その点、杏子の翼は鳥のように比較的自由な飛翔が可能。

 当スレにおいては、飛行能力があるのは今のところ杏子のみである。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/10(金) 21:54:53.31 ID:D2aOjodwo<> 劇団乙カレー


杏子ちゃん完全にゴセイジャーに、もしくはジェットマンに……古く言えばガッチャマンになったのね……
この力で奇跡を起こしちゃうのかしらん <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/10(金) 21:55:07.88 ID:ZuHc8EUYo<> 本日はこれにておしまい。
次回はいよいよ(ティロ)フィナーレです。ただし、エピローグがあるんで、最終回ではありません。

あと、スピンオフの構想はあるんですが、蛇足になりそうだなあ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2011/06/10(金) 22:19:08.21 ID:PmGEi8GVo<> 冷やし中華や静岡おでんとかの単行本未収録メニューの出番は…… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2011/06/10(金) 22:20:02.54 ID:adJxtuxvo<> お疲れ様でした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/10(金) 22:48:04.45 ID:7Y1Sqxeho<> 前衛・後衛・参謀とバランスのとれたパーティー乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2011/06/11(土) 00:41:39.97 ID:38/WwXgq0<> やっぱ谷口さんのおじさんキャラは哀愁と良い感じの男臭さがあってタラシでも違和感が無いな。
ただブランカと良い、「犬を飼う」と良い、五郎さんが量産されている感じな気になる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2011/06/11(土) 13:21:34.12 ID:hClom2yWo<> いよいよもってMASTER:井之頭・キートン・五郎になってまいりました。ワクワクするねえ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/11(土) 13:59:35.13 ID:66Fspslv0<> 次は通りすがりのサラリーマンな五郎さんになるのか <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:33:28.77 ID:c8TMX/uIo<>  さて、いよいよ最終回なわけなのですが、色々と考えた結果、今回はちょっと長いので、
前半(Aパート)と後半(Bパート)にわけることにしました。

 今夜はAパートだけです。

 それでは、よろしくお願いします。

  <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:33:56.41 ID:c8TMX/uIo<>



   第十二話 決戦 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:34:47.81 ID:c8TMX/uIo<>
 時間が経つにつれて、徐々に風が強くなってくるように感じる。

 そんな真夜中のホテルの屋上で、俺は杏子と正対していた。


「……なあ、五郎。……アタシのこと……、好きか?」


「なにを……」

 神妙な面持ちで唐突な質問をしてくる杏子に、俺は少し戸惑ってしまった。

「いきなり何を言ってるんだ」

「だって、聞いておきたいんだ。五郎の気持ち」

「俺の気持ち?」

「明日、どうなるかわからないから。なあ、アタシのことどう思ってる?」

「いや……、好きだぞ。杏子のことは」

「……じゃあ、アタシたち、恋人同士か?」

「え?」

「違うのか」

「いやちょっと待て。なんでそうなるんだ」

「だって、男と女が好き同士なら、恋人同士なんだろう? さやかも言ってたぞ」

 さやかめ……。

「恋人同士には、なれないのか?」

「落ち着け杏子」

 俺が杏子に歩み寄る。離れている時は暗くてよくわからなかったけれど、近くに行くと
彼女の小さな肩が小刻みに震えているのがわかった。

 彼女はとても不安なのだろう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:35:58.63 ID:c8TMX/uIo<>
 俺ですら不安で眠れないのだ。当然かもしれない。

 だが杏子の目は真剣だ。不安定で、不器用で、それでいて純粋な目。

 俺は大きく息を吸った。

 そして、彼女の顔を真っすぐ見据える。

「杏子、よく聞け」

「うん?」

 涙を溜めた瞳が俺の顔を見上げた。

「お前とはまだ、恋人同士にはなれない」

「それは……、アタシが魔法少女だからか?」

「そうじゃない、よく聞けよ」

「……」

「恋愛っていうのは、対等な男と女の間であるべきなんだ」

 もちろんそれは理想論だ。対等な男女交際なんて、俺の周りでも数えるほどしかなかった。

「俺は大人で、お前はまだ子ども。正確に言うと、大人になりかけた子どもだ。まだ大人じゃ
ない」

「大人じゃない……」

「だから、俺と恋人同士になりたかったら、まず大人になれ。話はそれからだ」

「大人になるって、どういうことだよ」

「焦らなくてもいい。友達と遊んだり、勉強したり、運動したり、色々なことを知って、感じて、
そして、少しずつ大人になっていけばいいんだ」

「……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:36:58.99 ID:c8TMX/uIo<>
「そうやって過ごす毎日が、お前を素敵な大人にする」

「じゃあ、アタシが大人になったら、五郎と恋人同士になれるんだな」

「……まあ、そうかな」

「わかった」

 杏子の顔に笑顔が戻る。

 なんだか憑き物が落ちた、というような感じだ。いや、それはちょっと言い過ぎか。

「五郎っ」

「どうした」

「アタシ、周りがうらやむような超凄い大人になってやるぜ」

「そうか」

「だから」

「ん?」

「ちょっと耳貸して」

「なんだ?」

 俺が身体を屈めると、急に杏子が首に腕を巻きつけてきた。




 柔らかい感触が、俺の頬に伝わってきた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:37:26.72 ID:c8TMX/uIo<>

「へへっ」

「杏子……」

「前払いだよ。じゃあな」

 そう言うと、顔を真っ赤にした杏子は、屋上の出入り口まで走って行った。

 俺は彼女に口づけされた頬を触りながら、誰もいない屋上にしばらくたたずんでいた。

 すると、頭の上にポタリと雫が落ちる。

 空を見上げると、暗い雲から大粒の雨が降り始めたようだ。

 夜半から降り始めた雨は、翌日の朝になると激しい雷雨となって見滝原の街を覆った。




    * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:38:20.92 ID:c8TMX/uIo<>


 激しい雷雨のため、この日、市内の多くの学校が休校となり、住民の多くは体育館などに
避難することになっていた。

 街は昼間にも関わらず、暗く重い。大きな雷と強い風は、まるで台風のようでもある。
 
 避難所になっている市の体育館に、鹿目まどかとその家族が避難していると聞いて、
俺たちはそこを訪ねた。

 ただし、マミとさやかは別の場所で待機しているので、実際に彼女のもとに行ったのは、
俺と杏子と、それにほむらだ。

 しかしなぜか、ほむらはまどかの前に行くことを遠慮して、結局彼女と面会したのは
俺と杏子との二人だけであった。

「本当に大丈夫なんですか? 五郎さん」

 心配するのも無理はない。激しい雨の音が体育館の中にも響いているからだ。

 これも、魔女がくる兆候なのだろう。

「ああ、大丈夫だよ」そう言って俺は彼女の頭を撫でた。

「えへへ」

 少しは安心してくれたようだ。ただ、今更なのだが中学生の頭を撫でるというのもどうなん
だろう。小学生ならまだしも。

「心配すんなって、アタシらがいれば問題なし」

 杏子はそう言って胸を張る。

「杏子ちゃんも無理しないでね」

「大丈夫だよ」

「さやかちゃんやマミさんにもよろしく」

「おうっ」

「あとそれと……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:39:08.10 ID:c8TMX/uIo<>
 そう言ってまどかはポケットから何かをごそごそと取り出した。

「ん?」

 彼女の手には、神社で売っているようなお守り袋が五つほどあった。

「お、お守りです……」

「お守り?」

「私にできることといったら、これくらいしかなくて……」

 申し訳なさそうにお守りを差し出すまどかに対して、杏子は言った。

「へっ、お守りなんて無くたって、アタシは平気さ」

「杏子」

「でも……」

「え?」

「まどかの気持ちは、しっかり受け取ったぜ」

 そう言って、杏子はまどかからお守りを受け取る。

 実に嬉しそうな顔だ。

「まどか」

 俺もまどかに声をかける。

「後ろめたい気持ちなんて持たなくてもいい。キミたちは俺たち大人にとって、生きている
だけでも希望なんだから」

「はいっ」

「じゃあ、そろそろ行くか杏子」

「そうだな」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:40:12.72 ID:c8TMX/uIo<>
「もう、行っちゃうんですか?」

「ああ、時間が迫っている」

「また、会えますよね」

「もちろんだ、なあ。五郎」

 杏子が俺のほうを見る。

「ああ、もちろんだ」

 俺も力強く頷いて見せた。

 本当は不安で今にも押しつぶされそうだが、杏子は精一杯の笑顔を見せてくれた。

「それにしても、まどかのくれたお守り、『恋愛成就』とか『安産祈願』とか、変なお守り
がいっぱいあるな」

「少なくとも、戦いに行く奴に持たせる物じゃないな」

「あいつ、いい子なんだけど、どこか抜けてるところがあるねえ」

「そうかもな」

 体育館のロビーでは、制服姿の警察官やずぶ濡れになった県境警備隊の隊員が
せわしなく物資の搬入などを行っていた。そんな慌ただしい空間の一画に、制服姿の
ほむらが待っていた。

「お待たせ」

 杏子が声をかける。

「遅かったわね」

 相変わらずの無表情で、ほむらは答えた。

「まあな。ところで――」




「ほむらちゃん!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:41:00.09 ID:c8TMX/uIo<>

 杏子の言葉を遮るように、少女の声が響き渡った。

「まどか」

「やっぱり来てたんだね、ほむらちゃん」

「いえ、これは……」

「大丈夫?」

「……」

 ふと、ほむらは俺たちのほうを、チラリと見る。

 何を言っていいのかわからなかったので、俺は小さく頷いて見せた。すると、ほむらも
小さく頷く。

「大丈夫よまどか。この街も、あなたも、護ってみせるわ。今度は一人じゃないもの」

「ほむらちゃん」

 その後、二人だけで数分ほど話をしていた。

 話の内容は気になるけれど、それを聞くのは野暮というものだ。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:42:11.57 ID:c8TMX/uIo<>
 県庁近くの河川敷公園。ここが決戦の場所だ。

 避難区域に指定された場所は、風はあったけれども不思議と静かであった。

 そうだ、雨が降っていないのだ。

 台風の目みたいなところか? もちろんこの状況は台風などではないのだが。

「来たわね、みんな」

 既に巴マミと美樹さやかは準備万端といった表情で待ち構えていた。

「だ、大丈夫大丈夫」さやかは、やや緊張しているようだ。

「五郎」俺の右隣にいる杏子がこちらを見た。

「ああ、じゃあ皆、聞いてくれ」

 俺はその場に集まった杏子、ほむら、マミ、そしてさやかたちの前で説明をはじめた。

「作戦をもう一度確認する。前衛右翼は杏子」

「おう」

「前衛左翼はさやか」

「は、はい」

「後衛中央にマミ」

「はい」

「直衛兼伝令にほむら」

「了解……」

 配置、というほどではないけれども、それぞれの役割に合わせた位置取りで敵にいどむ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:43:03.94 ID:c8TMX/uIo<>
 簡単に図にすると、以下の通りだ。




  ワルプルギスの夜(敵)



さやか(左)    杏子(右)



       マミ


    五郎・ほむら <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:44:13.63 ID:c8TMX/uIo<>
 攻撃のポイントは、もちろん機動力の高い杏子。

 翼を使った飛行能力で、あわよくば敵の後方へと回り込んで攻撃する。

 近接戦闘を余儀なくされるため、さやかと杏子に関してはなるべく正面から当たらず、
側面、もしくは後方からの攻撃をメインとさせる。

 一方、中央で敵を迎え撃つのが巴マミだ。真っ正面から当たるので、遠距離攻撃型の
武器が主体のマミといえども、その負担は並大抵のものではない。

 そのため、更に後方からほむらの持つ通常兵器による援護射撃も必要に応じて行う。

 また、ほむらの時間制御能力には制限があるため、いざという時のためにとっておく。

 俺自身は、魔女を引き寄せやすいという体質を持っているため、魔女や使い魔に
集中的に狙われる可能性があるため、できるだけ避難所から遠ざかるように移動する
必要があるだろう。

 陣形というほど大したものでもないし、敵の力が強大であればすぐに崩れてしまうかも
しれない。それでも、少しでも時間を稼いで、その間に、これまでの戦いであったような、
敵の弱点が見つけられれば勝機はある。

 例え敵がどんなに強大でも、所詮は魔女だ。

 必ず、弱点はあるはず。

 そう信じたい。

「……来るわ」

 腕時計を見ながらほむらがつぶやいた。

 いよいよ、現れる。


 風が強くなった。

 空の一部が明るくなる。日が差している、というわけではなさそうだ。

 光の中から、いくつかの黒い影が見える。

「あれが、ワルプルギスの夜……?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:46:49.37 ID:c8TMX/uIo<>
「違うわ。あれは使い魔よ」ほむらがすぐさま否定する。

「……」

 よく目を凝らすと、ピエロや魚、それに奇妙な動物の形をした使い魔が出てくる。ただし、
今までの使い魔と違うところは、それらの持つ魔力が段違いに強いことだろう。

 奴らの魔力の強さが空気を伝って肌を震わせているようだ。

「あの中央」

 ほむらが指をさす。

 コマか?

 最初、そう思った。コマを反対にしたような形。

 だがそれは間違いであったことにすぐ気がつく。

 女だ。スカートをはいた巨大な女の形をしている。ただし、頭と足が反対で、また足元には
2本の脚の代わりに巨大な歯車が回っていた。

「キヒヒヒヒヒイイイ」

 不気味な笑い声が街に響く。

 普通の人たちには、どんな風に聞えるのだろう。

 迷っている暇はない。

「杏子、さやか、マミ、戦闘開始だ」

「了解、戦闘開始」

 俺はほむらを通じて全員に指示を出す。魔法少女同士は、“念話”と呼ばれる、いわゆる
テレパシーのようなもので意志の疎通ができるらしい。俺にはそれが無理なので、
ほむらに伝令を頼むほかない。

「いくぜええええええええ!!!」

「そりゃあああああああ!!!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:48:16.88 ID:c8TMX/uIo<>
 ほむらとさやかが飛び出していくのが見えた。

「シュバアアア」

「シギャアア」

「キャハハハハハ」

 不気味なピエロどもが二人に襲いかかる。

「マミ、援護だ」

「はい、五郎さん」

 マミの足元には、いつもの数十倍ものマスケット銃が刺さっていた。

「二人の邪魔は、させないんだから」

 マミは文字通り、目にも止まらぬ早さで銃を取り、そして撃ちまくった。

 撃っては投げ、投げては撃ち。

 狙いは恐ろしいほどに正確。初めて会った時から射撃の正確性は高かったけれども、
今日はそれ以上に正確だ。しかも威力が強い。ほとんどの使い魔を、一発で仕留めている。

「こっちも本気で行くぜ」

 杏子の翼が見えた。人がいなくなり、そして太陽が厚い雲で覆われた街の中で彼女の
翼が放つ光は、一際眩しく見えた。

「杏子、さやか。使い魔に構うな。杏子は後方、さやかは側面から攻撃態勢」

「わかってるって」

「や、やってみる」

 ピョンピョンと跳ねるさやかに、大きく旋回する杏子。

 使い魔の攻撃はなんとかかわしてるようだが、問題は魔女本体の動きだ。今はまだ
直接攻撃を行っていないけれど、この先どうなるのか。

「ワルプルギスの夜の恐ろしさは、その攻撃力だけでなく、防御力の高さも厄介よ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:49:46.64 ID:c8TMX/uIo<>
 ほむらは言う。

「こちらの攻撃をまったくと言っていいほど受け付けない、その防御力の高さが、立ち向かう
者を無力感による絶望へと追い込む」

 聞いているだけで鬱になってしまいそうな相手だ。

 奴に近づく杏子はさやかたちはどう思っているのだろうか。

「さやかが攻撃予定地点に到達したわ」

 ほむらからの報告が入る。

「杏子は」

「まだ、使い魔に邪魔されているみたい」

 背中に冷たいものが流れる。

 嫌な予感がする。

「杏子、そのまま攻撃だ。さかも。マミは攻撃を魔女本体へ」

「了解」

 ほむらは俺の言葉通り、それぞれに指示を出す。もちろん、空中の使い魔をドラグノフで
狙撃することも忘れてはいない。つくづく器用な子だ。

 杏子とさやかによる、一斉攻撃が始まった。

「とりゃあああああ」


「せいやあああああああ」


 杏子の槍、そしてさやかの剣による攻撃。


「キヒヒヒイヒ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:50:38.50 ID:c8TMX/uIo<>
 一瞬、魔女本体がグラリと揺れた。

 効いている、のか?

「危ない!」

 隣にいたほむらが飛びつく。

 目の前で光の柱が見えたと思ったら、直後に恐ろしくデカイ音の爆発が起こった。

 雷?

 ゾワゾワと、皮膚に嫌な感触が走った。

 落雷の直後に起こる静電気のようなものか。

「大丈夫かほむら」

「私は大丈夫……、でも」

「杏子やさやかは。マミ!」

 俺は大声を出す。

「五郎さん! さやかが」

 俺は前方を見る。すると、先ほどまで見えていた使い魔の姿が消え、大きな雲が出来ていた。

「あいつ、姿を隠したか?」

 隠したってバレバレの巨大な雲は、中から雷を出したようだ。

「杏子、さやか、無事か」

「待って五郎。今連絡を取るから……」

 ほむらが頭に手を当ててコンタクトを試みる。が、しかし――

「くっそ!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:51:08.80 ID:c8TMX/uIo<>
 俺は走りだす。

「どこ行くの五郎!」

「魔女をおびき出す。ここで留まっていても仕方ない」

「待って! あなたは私たちの“要”なのよ」

「俺がいなくても、お前たちは戦える」

「落ち着きなさい! あの子たちは大丈夫だから」

「……」

 俺は立ち止まり、そして空を見上げた。

 黒い雲の中から、再び使い魔が漏れ出てきた。

 こちらを攻撃するつもりか。

「五郎さん、あいつらは私に任せて!!」

 銃を構えたマミが叫ぶ。

「マミ!」

「だからあなたは安全な場所へ」

「お前を残していけるか!」

「いいから! 早く!」

 そう言うと、マミは両手に銃を持ち、対空射撃を行った。威力は落ちているのかも
しれないけれど、それでも何匹かの使い魔が落とされていく。

「杏子、さやか……」

 二人の名前をつぶやきながら、再び動き出す。

「こっちよ五郎」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:52:12.18 ID:c8TMX/uIo<>
 俺はほむらに手を引かれ、川沿いを走りだす。

 ほむらは、魔女やその使い魔から距離を取ろうとしているのだろう。

 カチリ、と何か音が鳴った気がした。

 すると、マミの撃ち漏らした使い魔が空中で爆発する。

「ほむら、また能力を使ったのか」

「仕方ないわ。使わないとあなたがやられるもの」

「俺の心配より、魔女を倒すことを優先しろ」

「……わかってるわよ」

「いや、すまん。俺のことを心配してくれたのに」

「別にいいわ。あなたの言っていることは正しいから。それに、あなたのことなんて、
心配なんかしていないんだから」

「……」

 ここでツンデレか……?

「来る!」

 ほむらは、素早くAK−47を取り出し、連射(フルオート)で掃射した。

 弾倉の弾はすぐになくなり、次の弾倉を装填する。

 あっと言う間に、100発以上撃ち尽くしたほむらは、銃本体を捨てた。
 後で問題にならなければいいが。

 いや、大丈夫か。ここは群馬県だし。

「ほむら、やはりここは魔女本体に近づいたほうがいい」

 俺はほむらの腕を掴み止まる。

「どういうこと、あなた死にたいの?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:53:14.08 ID:c8TMX/uIo<>
「本体をおびき出して倒さないことには、この戦いは終わらない。それに――」

「それに?」

「結界の奥に隠れる必要のないはずの、ワルプルギスの夜が雲の中とはいえ姿を隠して
いるんだ。何か意味があるはずだ」

「それは……、確かにそうだけど」

「行こう」

「わ、ちょっと」

 今度は、俺がほむらの手を引っ張って走りだした。

 しばらく走っていると、公園の東屋の近くで使い魔を撃ち落としているマミを発見した。

「マミ!」

「五郎さん、なぜ戻ってきているの?」

 近接戦闘もしていたのか、マミの服は所々汚れていた。

「これから魔女本体に接近する。援護してくれ」

「本気ですか?」

「本気だ」

 俺はマミの目を真っすぐ見据えた。こういう状況下で目をそらすような真似をしたら、仲間に
不安が伝染してしまう。

 勝算は少ない。だが、彼女たちの前で自身のなさそうな顔をするわけにはいかないのだ。

「わかりました。五郎さんがそう言うのなら、援護します」

「ありがとう、マミ」

 そう言って、俺は彼女の頭を撫でる。柔らかい髪をしていた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:54:08.70 ID:c8TMX/uIo<>
「どういたしまして」

 そう言うと、マミは素早く俺に抱きついた。

「おい……」

「ふふふ……」

 すぐに離れたマミは照れくさそうに笑う。

「これで勇気百倍ですよ、五郎さん」

 どっちが勇気百倍なんだろう。そう聞いてみたかったけれど、時間が惜しい。

「たのむぞ、マミ」

 俺は走りだした。

「了解です、五郎さん」


 俺とほむらは、使い魔の攻撃を避けながらなおも前進する。

「二人と連絡は」

「まだ取れない」

 頭を押さえながらほむらは首を振る。

「ここら辺りは、なんというか魔力の妨害があって」

「あっ」

 地面が黒い影に覆われたかと思い、空を見上げると、そこにはカラスの頭を持った人型
の化け物が両手に剣を持ってこちらに襲いかかってきていた。

 不味い――

 そう思った。完全な油断だ。


 ほむらの能力も間に合わない……!! <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:56:09.86 ID:c8TMX/uIo<>

「ぐっ!!」


 思わず目をつぶる。

 だが。



「ひゃあ、ギリギリセーフだな、こりゃ」



 え?

 聞き覚えのある声に、目を開けて見上げる。


 白く輝く翼と赤い衣装、それに大きな槍を持った少女がそこにいた。

「杏子!」

「五郎、何こんな危ない所まできてんだよ」

 槍を持っていない左腕には、青い服を着たさやかが抱えられていた。

「えへへ、さやかちゃん苦戦してしまいました」

 杏子に抱えられてはいるけれど、さやかにもまだ笑えるだけの元気はあるようだ。

「五郎、ごめんなさい。私が油断したばっかりに」ほむらが謝る。

「いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。とにかく移動だ。体勢を立て直す」

「わかったわ」

「杏子、さやか。とりあえずマミと合流するぞ」

「おう」


   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:57:42.41 ID:c8TMX/uIo<>  ワルプルギスの夜の動きはやや小康状態になったようだが、魔女本体はまだまだ健在だ。

 黒雲に隠れた状態から、再びあの忌まわしい姿を現そうとしている。

 ほんのわずかな時間ではあるけれど、怪我を回復させ何らかの対策を立てなければならない。

 俺たちはワルプルギスの魔女本体の動きを警戒しつつも、建物の影に隠れて即席の作戦
会議を実施することにした。

 しかしどうすればいい。

 魔女本体の強さもさることながら、その周囲を守る使い魔の強さも半端ではない。

 マミの遠距離攻撃やほむらの物理攻撃が効いているようには見えなかった。

 では、杏子とさやかの攻撃はどうなのか。

「杏子、さやか」

「ん? なんだ」

「ワルプルギスの、魔女本体に接近したときの状況を聞かせてくれ」

 とにかく、一時的に意志の疎通ができなくなっていた。その時の状況も含めてよく聞いてみる
必要があると思ったからだ。

 まずは杏子からの報告。

「五郎に言われた通り、右側から旋回して奴の後に回り込もうとしたんだけど、目の前から凄い勢いで、
使い魔が襲ってきてなかなか進めなかったんだ。

 そうこうしているうちに、攻撃の指示がでたから、その場で攻撃。そしたら、急な風と雨と、
そして雷が鳴り響いて魔力が一時的に制御できなくなっちまって。

 そんで、やられそうになっているさやかを回収してたら、五郎たちと会った、と」

「なるほど。次はさやか」

「え、私? ああ、私はその、攻撃地点まで動いていたら後ろから変な使い魔に追いかけられて、
それでそいつらを倒しながら魔女を攻撃したら……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 21:58:46.38 ID:c8TMX/uIo<>
 俺は考えを巡らす。

 使い魔の動き……。

「……ん。待てよ」

「何かわかったの、五郎」ほむらが聞いてくる。

「いや、もしかしたら……」

 俺は自分の中に生まれた仮説を確かめるため、もう一度杏子に確認を取る。

「杏子。敵の使い魔が襲ってきたのは、主に正面からか?」

「ん? ああ。なんか、物凄い数の使い魔が来て、なかなか前に進めなかった」

「さやか、お前はどうだ?」

「私は、後ろから追いかけられるように攻撃されて」

「マミ」

「え、はい」杏子の治療をしていたマミが顔をこちらに向ける。

「お前が撃墜した敵の方向は、右側と左側、どっちが多かった?」

「え? 私は……、確か右」

「五郎、つまりどういうことなんだよ」

 杏子がこちらに近づく。

「使い魔の動きには、ある種の流れがあると思う」

「流れ?」

「つまりこういうことだ」

 俺はメモ帳に図を描いて見せた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 22:00:00.62 ID:c8TMX/uIo<>

  ● 総攻撃時の位置と使い魔の進行(攻撃)方向




                        使い魔
                         ↓
 さやか    ワルプルギスの夜    杏 子
  ↑
 使い魔





          マミ ← 使い魔 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 22:01:33.99 ID:c8TMX/uIo<>


「これは……」ほむらもどうやら気がついたようだ。

「そう、つまり、ワルプルギスの夜の使い魔の動きには、一種の法則性がある。
 それは、右回転、つまり時計周りに動いているということだ」

「だから、右側にいた杏子には、正面からの攻撃が。左側にいたさやかには
後ろからの攻撃が激しかったと」

「そして正面に構えていたマミには右側からの攻撃が多かった」

「それがわかったからって、どうだっていうんだよ」と杏子。

 実に最もな意見だ。

 使い魔の動きに法則性があろうがなかろうが、敵が強大であることには変わりない。

 ただ、使い魔は魔女の分身だ。その動きには、必ず何か意味がある。

「杏子」

「ん? なんだ」

「俺と一緒に飛んでくれ」

「ああ、いいよ」

 俺の唐突な頼みに、彼女はあっさりと応じた。

「今日は川崎の時みたいに人間大砲しなくてもいいからな。へへ」

「五郎、何をするの」ほむらが心配そうに聞く。

 ほかの二人も不安そうな顔をしている。

 だから俺は、彼女たちに心配をさせないよう、できるだけはっきりと答えた。

 聞き返されるのはやっかいだ。

「“強行偵察”だよ」




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/11(土) 22:03:52.38 ID:c8TMX/uIo<>  今夜はここまで。Bパートに続きます。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2011/06/11(土) 22:04:52.45 ID:ub3KSeKdo<> お疲れ様でした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/11(土) 22:05:03.14 ID:vJTmvIoLo<> 乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)<>sage<>2011/06/11(土) 22:36:12.98 ID:btARz+rAO<> あんこちゃんが可愛すぎて死にたい <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2011/06/11(土) 22:55:15.70 ID:tmx7hMIjo<> 杏子 100%↑
マミ   85%
ほむら 50%
さやか  40%
まどか  10%?

陥落率はこんな感じなんだろうなぁ
完全にデレッデレや
乙彼 もうクライマックスかぁ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2011/06/11(土) 22:56:06.90 ID:wX7fLTrHo<> ここに来て名セリフw <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県)<>sage<>2011/06/11(土) 23:34:41.14 ID:s246Xvtj0<> いつもほむらが1ヶ月という短期間であれだけの武装を
どうやって集めてるか疑問だったが・・・
そうか、あそこはグンマーだったな。納得 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2011/06/11(土) 23:35:52.98 ID:s246Xvtj0<> いつもほむらが1ヶ月という短期間であれだけの武装を
どうやって集めてるか疑問だったが・・・
そうか、あそこはグンマーだったな。納得 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2011/06/11(土) 23:44:07.03 ID:s246Xvtj0<> 重複した。すまん <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 09:09:41.51 ID:yodFAbRko<>  某ゲーム風に好感度を表現するならこんな感じでしょうか。

 第1位 佐倉杏子  やる気十分
 第2位 巴 マミ   やる気十分
 第3位 美樹さやか やる気十分
 第4位 暁美ほむら やる気まあまあ
 第5位 鹿目まどか やる気まあまあ

 井之頭五郎 【知的リーダー】→【熱血リーダー】 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/12(日) 14:44:52.02 ID:DGcATCOf0<> 五郎が鈍感なのは一時的な思春期の気の迷いと思っているのと、中年のおっさんの大人の理性が働いているから、いい年こいたおっさんが中学生の少女にマジになるのは傍から見るとドン引きものだし、本人もそれを理解しているだろう。
あと、変態仮面にやられたゲルト姉さんに合掌。魔女とは言え年頃の少女にあの技はきつい。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:05:57.70 ID:yodFAbRko<> 今夜は日曜日なので早めに投下。
あとがきも含めた長丁場ですぜ旦那。
以下Bパート開始
↓ <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:07:19.92 ID:yodFAbRko<>
 

「これでよし」

 巴マミのリボンによって、俺は再び杏子と結ばれることとなった。

 だが今回は、川崎での状況と違い、俺が前で杏子が後ろだ。

 身長差があるので、俺が杏子をオンブしているように見えなくもない。

「相変わらず、動き難いな」そう言いながら杏子は足をバタバタさせる。

「そう思うなら、あまり動かないでくれるか」

「飛べば問題ねえよ」

 杏子は、そう言って後ろから顔を近づける。彼女の柔らかい頬が俺の肌に当たり、あの
彼女独特のバニラエッセンスのような香りが久しぶりに鼻腔を刺激した。

「五郎さん、無理をしないでくださいね」

 マミは俺の手を両手で握り、じっとこちらを見つめた。彼女の瞳から、不安が見てとれる。

「わかってる」

「奴が動き出すわ!」

 魔女本体の動きを監視していたほむらが報告してくる。

「五郎、気を付けて。あいつの目標は、恐らく住民の避難場所となっている体育館。
多くの人々を襲うことで、恨みや悲しみを集めようとしているの」

「わかった。それまでに必ず何かを見つけてくる」

 正直確信はなかった。だが何かをやらなければならない。それだけは確かだ。

「いくぞ、五郎。舌噛むなよ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:08:25.34 ID:yodFAbRko<>
「んぐっ」

 マミの大砲で飛ばされるよりは幾分マシだが、杏子の飛翔もなかなか衝撃がキツイ。
秋葉原で助けられた時は、ゆっくりとした動きであったけれども、こんな素早い動きも
できるのか。

 まあ、そうでなければ空中を高速で動く使い魔とは戦えないのかもしれないが。

 俺たちは低空から魔女本体に迫る。

 途中、何度か空飛ぶピエロや耳のデカイ象の使い魔が襲ってきたけれども、杏子はそれを
槍でなぎ払う。

 雑魚に構っている暇はないけれど、こいつらを叩き落とさなければ邪魔でしょうがないことも
確かだ。

 ワルプルギスの夜。その本体の右斜め後方に俺たちは接近しつつあった。

 この先には鹿目まどかたちの避難している体育館もある。行かせるわけにはいかない。

 使い魔の攻撃が激しさを増す。

 そしてその動きは、俺の推測通り魔女本体を中心に時計周りだ。

「杏子、左側だ! 左!あっちから旋回しながら徐々に近づく」

「わかった」

 このまま右斜め後方から接近しても、正面からの攻撃をモロに受ける状態になるので、
後方からの攻撃というリスクを背負ってでも、なるべく正面衝突の少ない道を進もうと
思ったのだ。

 つまり、使い魔の流れに乗って、少しずつ敵に近づく。

 その動きに法則性あるのならば、それを利用しない手はない。

「デカイなあ……」

 俺は思わず、声に出してつぶやいてしまう。

 ワルプルギスの夜は、近くで見ると本当に大きく見える。といっても、魔女や魔法少女にとって、
遠近感などあってないようなものなのかもしれない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:09:29.31 ID:yodFAbRko<>
 こんな巨大な敵に、ほむらは一人で挑もうとしていたのか?

 いくら、彼女が時を止めることができるという、アドバンテージを持っていたとしても、
この魔女を相手にするには少々無謀すぎるように思える。

 使い魔から放たれる光線のようなものが俺たちの横を掠めた。

 くそっ。

まるで南の島のスコールが横から降ってくるような激しい攻撃を前に、杏子は光る翼を
巧みに操って少しずつ本体に近づいていく。

 一体、どこでこんな飛び方を覚えたのだろうか。

 ん?

 ふと、何か音を感じた。

 あるスポーツ選手の話では、極限状態になったとき頭の中に音楽が流れるというが、
これは違う。確かに感じている。耳で聞いているのとも違う。

 背中?

 そうだ。

 心臓の鼓動だ。俺のものとは違うもう一つの鼓動が背中を通じて俺に感じさせているのだ。

 杏子の鼓動。

 かつてキュゥべえは言っていた。彼女たち、魔法少女の身体は戦うための“道具”だと。

 だが、今杏子の鼓動とぬくもりは俺に伝わっている。

 誰が何と言おうと、彼女は生きているんだ。

「おい、五郎」

「どうした」

「風が、止まった……」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:10:36.02 ID:yodFAbRko<>
「!!」

 すぐ近く……、すぐ近くにワルプルギスの本体がいる。これだけ接近しているにも関わらず、
敵は攻撃してこない。そして使い魔どもも、周囲をぐるぐると回っているだけで、こちらを攻撃
しようとする素振りすら見せない。

「これは……」



 人間の目でいえば盲点?

 いや、むしろ台風の眼と言ったほうが正しいかもしれない。




「五郎、この場所なら……」

 杏子がそう言いかけた瞬間、グラリと魔女本体が揺れる。その後は、再び先ほどと同じような、
いや、それ以上の攻撃や雷が加えられてきた。

「くっそ」

「一旦もどるぞ!」

 杏子と俺は、全速力でワルプルギスの夜から離れた。

 あれだけ強大な魔女であっても、弱点がないわけではない。

 まったく攻撃の及ばない空間。

 仮に“緩衝空間”とでも呼ぼう。俺の推測通りその空間は、確実に存在することがわかった。

 それだけでも大収穫だ。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:11:26.35 ID:yodFAbRko<>


 ワルプルギスの夜から少し離れた場所で俺たちは集合する。

 恐らく、時間的にもこれが最後の作戦会議(タイムアウト)になるだろう。

「魔力の緩衝空間……、本当に存在したのね……」ほむらが噛みしめるように呟く。

「そこから直接攻撃できるってわけだね」

 さやかが嬉しそうに言った。怪我はもう治ったらしい。

「でもどうやって攻撃するの?」マミは周囲の警戒をしつつ聞いてくる。

 恐らくあの場所へ、全員到達して一斉攻撃、というのは現実的ではない。むしろ難しい
だろう。

 だからあそこに行けるのは一人だけ。

 確実に倒せるという保障はないけれど、この街の人たちを、そして目の前にいる魔法少女たち
を守るためには決断をしなければならない。

「時間がない。作戦を説明する」

 俺は意を決して声を出した。

 全員の視線が俺に集まる。

 迷いのない目だった。なぜ彼女たちはこれほどまでに強い視線を持つことができるのだろうか。

 魔法少女だからか?

 いや、多分そうじゃないだろう。

「突入組は、杏子」

「よっしゃ、任せとけ」

「ほむらは、攻撃地点までのサポート」

「わかったわ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:12:35.08 ID:yodFAbRko<>
「マミは、杏子とほむらを援護」

「はい」

「さやかは、ここに残って伝令だ」

「ええ? 五郎さん、私も行けるよ」

 さやかは、正直あの攻撃の中でやっていけるとは思えなかった。杏子のことだから、
一緒に連れて行くとまたさやかを助けるために時間をロスしてしまうかもしれない。

「ダメだ。お前はずっと俺の傍にいろ」

「え……!」

「以上だ」

「あ、でも私まだ中学生だし。でも、五郎さんがそう言うなら、私……」

 なんだか、さやかは盛大な勘違いをしているようだけれども、面倒なのでつっこまないでいた。

「杏子」

 俺はこれから突入しに行く杏子に声をかける。

「五郎」

 だが杏子は、俺の言葉を遮るように名前を呼ぶ。

「さやかと戦った時、戦えない奴は邪魔、とか言ってごめんな」

「な、そんなこと」

 気にしていたのか?

「あれは間違ってた。五郎は立派に戦っているよ」

「実際に戦っているのはお前たちだろう」

「違うよ。五郎がいるから戦えるんだ。だから」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:13:16.40 ID:yodFAbRko<>
「……」

「だからアタシは必ず戻ってくる」

 杏子は笑顔だった。

「そうだな。必ず戻ってこい。待ってるから」

「おうよ」

 ふと、ほむらがこちらを見ている。

「どうした、ほむら」

「罪な男ね、井之頭五郎」

「ああ、確かに。キミたちを危険な目にあわせて、俺は悪い男だ」

「……そうじゃないわ」

「ん?」

「まあいいわ、いくわよ、杏子」

「ああ、準備は万端だ」

 こうして、最後の作戦が決行された。


 杏子とほむらが勢いよく飛び出す。二人は手を握り、一瞬消えたかと思うと、着実に魔女
本体へと接近していた。

「11時の方向、射撃開始!」

 マミも大量に出したマスケット銃を持って射撃を開始する。

 杏子……。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:14:42.74 ID:yodFAbRko<>



 時間を止める、というのはそれなりに便利な能力だと杏子は思う。

 ただ、その能力にも限界がある。

 何より、暁美ほむらには魔法を使った有効な能力がない。

 一人で立ち向かうには限界があるだろう。

「ほむら、ありがとう。ここでいいよ。アンタは皆のところに戻りな」

 杏子はワルプルギスの夜本体を見据えたままそう告げた。

「杏子、でも」

「勘違いするなよ。アタシは必ず戻ってくるよ。五郎にもそう伝えてくれ」

「……」

 ほむらは、不安そうな目をしつつもコクリと頷く。

 握った手を離す。そして時は動き出した。

 重力に逆らうことなく、暁美ほむらは落下していくけれど、杏子は違った。背中から光の翼を
現出させ、敵の攻撃が及ばない“あの場所”を目指す。

 魔女本体が動けば、その空間も動く。だが、ある程度の法則性は見えた。

 これも五郎のおかげだろうか。そう思うと胸が熱くなる。

 自らを犠牲にして敵を倒す。そんな展開、誰も望んじゃいない。何より、杏子には理想とする
未来があった。

「必ず、戻る」

 そう呟き、飛ぶ。

 次々に襲い来る使い魔。そして魔女本体からの攻撃。

「ウェヒヒッヒッヒヒ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:16:04.85 ID:yodFAbRko<>
 不気味な笑い声が暗い空と街に響き渡る。

 人々の悲しみや苦しみを望む笑い声。最悪の声だ。

 杏子は心底腹が立った。

(こいつは絶対に倒す……)

 心の中で何度もつぶやく。

「おっと!」

 後ろから高速で飛んでくる、角の生えた鳥をかわし、空飛ぶ馬を叩き落とし、彼女は
進む。

 途中、稲妻が腕を掠める。

「くっ」

 大したことはない。かすり傷だ。巧みな飛行で、何度も敵の攻撃を避ける杏子だが、全ては
さばききれない。マミが後方から援護射撃をしてくれるからといっても限界がある。

 大きな光の柱が彼女の左側に見えた。

「うぐ!!!」

 思わず声が出る。

 左の翼に当たったらしい。翼がその形を失い、大量の羽根が空に舞う。

『杏子! 大丈夫なの?』

 念話でほむらの声が聞こえてくる。恐らく、マミやさやかも聞いているだろう。

(あいつらのことだから、少しでもヤバイ仕草を見せれば、アタシを助けにくるだろうな。
それはそれで嬉しいけど、だがこの仕事はアタシがやる)

「大丈夫だ。まだ余裕」

 杏子は魔力で翼を再構成させ、再び飛び続ける。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:17:06.48 ID:yodFAbRko<>
 五郎との強行偵察で、概ね緩衝空間の場所は把握できる。ほむらが、途中まで誘導して
くれたおかげで、大分魔力も節約できた。翼が一度砕かれたのは誤算だったけれど、
それでもそれでも、魔女本体に接近することができた。


 頼む――


 杏子は祈るような気持ちで魔女の下側にもぐりこむ。

 魔女の軸が見えるほんのわずかな空間。

 そこに勝機がある。いや、そこにしか勝機がないと言っても過言ではない。

「行くぜ五郎……」

 杏子は、魔力を高めてその空間へと突入した。

 なんの変哲もない場所。

 だがそこは“無風”だった。

 ほんの一瞬現れる奇跡の場所。

 どんなに攻撃をしても効かない魔女を倒すための、おそらく最後の道しるべだ。

 杏子は自身の持つ槍を握りしめる。


 最大限に魔力を高めると、光が槍を覆った。


「今まで、五郎が私を支えてくれた。だから今度は、アタシが五郎を支えるんだ」



 もう一度、大きく息を吸う。



「五郎だけじゃねえよ。マミ、さやか、ほむら。それに……、まどか。アタシの力は、アンタたちから
貰ってるんだ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:17:36.20 ID:yodFAbRko<>

 身体が加速する。

 重力に逆らい、他のあらゆる物理法則に逆らい杏子は上昇する。

 いつしか、槍や翼だけでなく身体全体が光を帯びた。







「突き抜けろおオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 







  

 ワルプルギスの夜が、すぐそこまで迫った。





   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:18:48.95 ID:yodFAbRko<>    *


 大きな光の柱が出来る。

 まるで、魔女本体を串刺しにするような黄金色の光の線は、空高く、雲の上まで達して
いた。

「杏子おお!!!!」

 叫んだって届かないことくらいわかっている。だが叫ばざるを得ない。

「杏子! しっかり!!」

 隣にいるさやかも叫ぶ。

「杏子! 頑張って!!」

 銃撃を止めたマミも声を大にして応援する。

 ここで応援することしかできない自分の無力さを感じている余裕もない。ただ、杏子のことが
心配で、不安が胸の中で溜まっていた。

「見て! 五郎さん!!」

「な……!」



 ワルプルギスの夜が、墜ちる……?

 光の線が突き抜けた後のワルプルギスの夜は、震えるようにしてゆっくりとその高度を下げて
行った。

 それと同時に、雲が消えて行く。

 雲の切れ目から、太陽の光と青空が見えた。



「やった……、のか」



 あれだけウジャウジャ飛んでいた魔女の使い魔が、いつの間にかいなくなっている。数匹見ることも
できるが、太陽の光に当たるとまもなく消えて行く。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:19:31.45 ID:yodFAbRko<>

 同様に、地上に落ちた巨大な魔女本体も、明るい光に晒されると同時に、その姿を消して
行った。

「や……、やったよ五郎さん! 杏子がやったんだ!!」

 そう言ってさやかが飛び上がる。

「五郎さん!」

「マミ……?」

「やったわ!」

 マスケット銃を投げ捨てたマミは、そのまま飛び上がって俺に抱きついた。

「あ! ズルイよマミさん! 私も!」

「うお、ちょっと待て!」

 確かに、巨大な敵を倒したことは嬉しいけれども、俺にはまだやることがある。

 全員の無事を確認しなければならない。

「ほむらは! ほむらは無事なのか?」

「え? それは……」さやかが困ったような顔を見せる。

「探さないと」

「その必要はないわ」

「あ……」

 俺の視線の先には、多少服が破れて汚れてしまったけれども、五体満足に立っているほむらの
姿があった。

「無事だったんだな、ほむら」

「お陰さまで」

 これでほむらの無事を確認できた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:20:29.23 ID:yodFAbRko<>
 そして後一人。

 一番気がかりな少女だ。

「さやか、マミ、杏子と連絡は」

「それが……」

「ん……」

 二人とも目を伏せる。

「ほむらは」

「ごめんなさい。途中までは一緒だったんだけど、最後の攻撃の時には……」

「いや、別に皆を責めてるわけじゃない」

 今度こそ探しに行かないとダメか。



「おおおおい!!」



 遠くから声が聞こえる。

 幻聴、ではなさそうだ。

 空を見上げる。そこには輝く太陽があった。上空を覆っていた暗い雲は少しずつ消えて
行き、代わりに青い空が大きくなっていく。

「おーい、五郎!」

「杏子!」

 その場にいる全員が一斉に上空を見上げる。

 太陽を背にしているのでよく見えないけれど、そこに大きな翼の影があった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:21:05.54 ID:yodFAbRko<>
 白い雲のように見えたものは、翼だったのだ。

「杏子!」俺はもう一度叫ぶ。

「わかってるよ!」

「杏子!」

「杏子……」

「キョーコ!!」

 皆も呼びかける。

 無事だった。幻なんかじゃ、ないよな。

「お待たせ」

 大きな白い翼を広げた杏子は、ゆっくりとこちらに向けて降下してきている。

 彼女の表情がはっきりと見て取れた。

「……」

 俺は無言で両手を広げる。

 純粋に思いっきり抱きしめてやりたい、そう思ったからだ。

 こんな小さな身体に無理をさせてしまって……。

「五郎……」

 杏子も俺の意図を察したのか、笑顔で両手を広げる。




「約束通り、もどって――」



「あっ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:22:31.66 ID:yodFAbRko<>
 杏子の声が途切れた、と思った瞬間、彼女の背中で広がっていた翼が、まるでシャボン玉
が壊れるように砕け散った。

 それと同時に、身体が重力に従って落下してくる。

 俺はそれを正面から受け止めた。

 中学生くらいの女子の体重が俺の両手に直接伝わり、思わずバランスを崩しそうになる。

「杏子! どうした」

「……」

 返事がない。

「杏子? どうしたの、冗談だよね……」

 さやかが心配そうに話しかける。

 わざと、ではない。

 人は意識を失うと、身体のバランスを取らなくなり抱えづらくなるのだ。眠っている人間を抱えたら
重く感じるのはそのためだ。

 いつの間にか、魔法少女の衣装はなくなり、いつも私服姿に戻っていた。

 もう、あの姿を維持することもできないほど魔力を消費しているというのか。

「杏子、どうした、杏子」

 俺は彼女を抱いたまま、彼女の身体をゆする。

 しかし反応がない。

「五郎、ソウルジェムを!」

 ほむらが言うので、俺は彼女の手に握られているソウルジェムらしきものを取り出す。

「こいつは……」

 鮮やかな赤い色が輝いていた杏子のソウルジェムは、黒く濁っていた。魔力を使い過ぎたのか。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:23:46.66 ID:yodFAbRko<>
「マミ! グリーフシード」

「は、はい!」

 マミは予備のグリーフシードを杏子のソウルジェムに近付ける。

「ダメ! 五郎さん、グリーフシードが“穢れ”を吸わない」

「ほかのやつはどうだ」

「……、やっぱりダメ」

「くそ! なんだってんだ!」

「そんな、杏子! 私だよ、さやかだよ! わかる?」

 さやかも、杏子に対して必死に呼びかけるけれど、杏子の反応はない。

「……五郎」

「ほむら?」

 一際感情を押し殺した声で、ほむらは俺に語りかける。

「残念だけど、佐倉杏子はもう間に合わない」

「……!」

「だから、このまま魔女にさせないために――」

「ほむら? あなた何を」

「ちょっとほむら!」

 冷酷な言葉。

 だがほむらの考えは正しい。もしここで、杏子が魔女化してしまえば、再び戦わなければ
ならない。

 すでにワルプルギスの夜との戦いで疲弊した彼女たちにとって、それは辛い。何より、
魔女になったとはいえ、知り合いを討つことは精神的にも辛いだろう。

 俺は、この街に来る前に杏子から聞いた言葉を思い出す。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:24:40.12 ID:yodFAbRko<>



 もしも……、もしもアタシが魔女になったら――



 魔女になる前に、アタシのソウルジェムを破壊してくれ――



 アタシが魔女になったら、やっぱほかの魔女と同じように五郎を襲うと思うんだ――



 アタシは五郎のことを殺したくないよ……




 俺は強く目を閉じる。そこには笑顔の杏子がいた。


 五郎――


 ふと、目を開けると、杏子の目に光が戻っていた。

「杏子!? 気がついたか」

 俺のその言葉に、その場にいる全員の視線が集まる。

「杏子、俺がわかるか!」

 だが、杏子は、すでに声を出すことすらできなくないらしい。

 口が、彼女の口がわずかばかり動く。


 ゴ・ロ・オ <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:25:54.94 ID:yodFAbRko<>
「ああ、そうだ」

 今にも消えそうな弱々しい瞳の光。


 ヤ・ク・ソ・ク


 杏子は、自分の運命を悟っているのか。

「……」

 ア・タ・シ

「杏子……」

 シ・ア・ワ・セ

「ッ…………!!」

 言葉にならない声。俺は血が出そうになるくらい拳を握り締め、歯を食いしばった。

 杏子はゆっくりと目を閉じ、そこから涙が一筋流れて行く。

「五郎、私が……」

 そう言って銃を取り出すほむら。

「ほむら、それは俺がやる」

 俺は彼女に手を差し出した。

「でも……」

       、、、、、、、、、、、
「いいから、これは大人の仕事だ」

「……」

 無言のまま拳銃を差し出すほむら。銃はコルトガバメントだった。実銃を握るのは
随分久しぶりだ。ズシリとくる重さは、人を殺傷するための道具であることを感じさせる。

 俺は、杏子の右手に握られてるソウルジェムを受け取り、それを地面に置いた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:26:50.23 ID:yodFAbRko<>
 これを破壊すれば、杏子は死ぬ。

 こんな石が。未だに信じられないことであるけれど、だが。

「やめて五郎さん! まだ何が方法があるはずよ」

 マミが俺の肩を掴む。

「そうだよ五郎さん、なんで杏子を」

 さやかも涙目で訴えた。

 いい友達だな、杏子。

 だが、彼女たちも犠牲にするわけにはいかない。

「みんな……、すまない」

 俺は拳銃の引き金に指をかけた。

 ここまで苦労してきたのに、こんな運命があるのか?



















 待って、五郎さん――














 俺は顔を上げる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:27:42.20 ID:yodFAbRko<>
 ほむらでもさやかでもマミでも、ほかの誰でもない声が俺の動きを止めた。

「鹿目……、まどか」

 見滝原の制服に身を包んだ、赤いリボンの少女。

 鹿目まどかが、確かにそこにいた。

 そして、隣には例の白い生物が座っていた。

「どうしてここに」

「キュゥべえに連れてきてもらったの」

「キュゥべえに……」

 俺は赤眼の白い生物を見る。奴は相変わらず無表情のままだ。

「五郎さん、杏子ちゃんを助けてあげて」

「いや、しかし……」

「私、あなたの願いを叶えます」

「まどか……?」

「だって五郎さんは、私の友達や私たちの街を救ってくれたんだもの。だから今度は、
私が五郎さんのために」

「いいのか……」

「迷っている暇はないよ、五郎さん」

 視線を落とす。杏子のグリーフシードは今にも壊れそうだ。




 俺の、願いは――







   つづく <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:30:20.97 ID:yodFAbRko<> Bパート終了。引き続きエピローグをお楽しみください。 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:31:56.26 ID:yodFAbRko<>
   エピローグ


 不思議な夢を見た。

 そこには俺がいて、俺の周りに十代くらいの少女たちが集まり談笑している。

 実に楽しそうな光景ではあるけれど、そんな状況はありえない。

 俺には子どもはいないし、結婚すらしていない。最後の恋人と別れてもう数年になる。
ずっと一人だったはずだ。

 学校の教職員でもないかぎり、こんな風に子どもたちに囲まれているということはない
だろう。

 一人の少女が笑いかける。長い髪を後ろに束ねたその少女は、ちょっと生意気そう
だけれども、とても癒される笑顔を見せていた。

 ふと、バニラエッセンスの香りがした。

 夢の中でも匂いは感じるんだな。


 いつもより早い朝。変な夢を見たり、早起きをしてしまったりしたのは、慣れないホテルの
枕が悪かったからだろうか。

 この日、俺は仕事のために群馬県になあるホテルに泊まっていた。多忙な顧客に合わせて、
朝早く商談を行うために、こうして前日に現地入りしていたのだ。

 しかし起きる時間が早すぎた。せっかく、前日入りしたのだからもう少し寝ていたかったの
だが、なぜか眠れなかった。

 仕方なく、俺は着替えをして朝の散歩をすることにした。

 季節は春。

 冷たい空気が心地よい。

 今年は例年に比べて春の気温が低く、群馬県内では桜の開花が遅れたというニュースを
聞いたことがある。


 だがそのおかげで、俺は満開の桜を見ることができた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:32:29.04 ID:yodFAbRko<>
 東京の桜よりも、やや赤みがかった花びらを散らせた桜並木を俺はゆっくりと歩く。

「おはよー」

「花、きれいだね」

 中学生らしい制服姿の生徒たちが何人も見えた。どうやらここら辺りの道は、学校の
通学路になっているらしい。

 この先に中学校があるのか。

 俺は元来た道を引き返すことにした。

 学校は、今の俺にはまったく縁のない場所だ。これまでも、そして恐らくこれからも。

 前を見ると、制服を着た二人組の女子生徒が歩きながら話をしている。

「昨日もちょっと話したけど、新しく来た転校生が、ウチの部活に入りたいんだって」

「確か、あの下の名前みたいな苗字のやつだよな」

「そう、苗字がアケミで、下の名前がホムラ」

「なんで、ウチの部活に」

「パスタしか作れないから、色々な料理を習いたいんだって」

「ウチはうどんかお菓子しか作らねえけどなあ」

「これを機に、新しいものを作らせてもらいますか。ハハハ」

 女子生徒の一人は、長い髪を後ろで束ねており、もう一人は短めの髪だった。

 どこにでもいるような、普通の中学生。

 そんなことを考えながら彼女たちとすれ違った時、


 ――バニラエッセンス?


 バニラの香りをさせる少女を、俺は知っていたような気がする。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:33:37.65 ID:yodFAbRko<>  俺は立ち止まった。


「どうしたの、キョウコ」

「あ、いや……」


 もしも、俺がここで振り返ったら、彼女も振り返る。

 なぜか知らないけれど、そんな確信があった。けれども、名も知らぬ少女と相対して、
何と声をかければいいのだろう。

 俺は心の中で踏みとどまる。



 俺たちは、出会ってはいけない――



 なぜかわからないけれど、そんな思いが頭の片隅に残っていた。

 心地よい春の陽だまりなんて、俺には似合いませんよ。

 再び俺は歩き出す。さて、そろそろ頭を仕事モードに切り替えなければ。

「ふにゃあ!」

 他所事を考えていると、何かが俺の胸、というか腹の辺りに当たった。

「なに?」

 俺の目の前に、尻餅をついた女子中学生らしき少女がいた。やや長めの髪の毛を左右に
縛った髪型に、赤いリボンを付けた姿がやけに印象的だった。

 どうやら、考え事をしている俺とぶつかってしまったらしい。

「だ、大丈夫か」

「平気です。ゥェヘヘヘ」

 俺は少女の華奢な手を引いて、助け起こした。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 18:34:26.04 ID:yodFAbRko<>
「ごめんなさい、単語帳見ながら歩いてたもので」

「いや、いいんだ。俺も少し考え事をしていて」

 少女が、パンパンとお尻の辺りを払っていると、俺の後ろから誰かが声をかけてきた。

「おおい、まどか。何をやってんだよ」

「あ、キョウコちゃん。おはよう」

「おはようじゃないだろう、人にぶつかっておいて」

「えへへ」

 俺の目の前には、もう一人の少女が現れた。

 さっき、俺とすれ違った少女の一人だ。

「キミは……」

「ん?」

 俺は、そのキョウコと呼ばれた少女に何と声をかけていいのかわからなかった。

「うーん、友達が迷惑かけたな」

「いや、別にそんなことは……」

 俺と向かい合ったその髪の長い少し気の強そうな少女は、少しだけ考えた後に、なぜか
お菓子の箱を取り出して、俺に差し出す。

「なに?」

 箱には、数本のポロツキーが入っている。

 それを差し出した状態で、彼女は唐突に言った。


「……食うかい?」







   お わ り <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/12(日) 18:39:34.92 ID:nCCco4tjo<> 乙!
最後まで楽しませてもらった


「魔法少女と言う概念の消滅」を願ったんだろうけど……
魔境グンマーから群馬県になってるのも結構凄いかもwwwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/12(日) 18:45:26.09 ID:hi7h5V9m0<> 乙でしたー!
ラストが桜の季節というのは定番だけど良いですな
ゴローちゃんやみんなのこれからに幸あれ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/12(日) 18:45:54.33 ID:FYEp90aFo<> お疲れ様でした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東)<>sage<>2011/06/12(日) 19:04:07.07 ID:tgptekuAO<> トリコ☆マギカ!? <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 19:23:19.86 ID:yodFAbRko<>  こんばんは。夕食も終わりましたので、これから蛇足という名のあとがきを書いておきます。

  <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 19:25:47.80 ID:yodFAbRko<>    あとがきに代えて


 ● ストーリーの特徴

 今回グルメ☆マギカは、前作まどか☆イチローと違って、一からストーリーを組み立てたので、
わりと楽しくできました。

 結果的にストーリーが膨張してしまったのでかなり長くなってしまいましたね。

 前作が、魔法少女たちの視点からイチローさんを見ていたのに対し、今回は一部をのぞき、
ほとんど主人公の五郎視点で話を進めました。つまり、第三者から見た魔法少女たち、
といったところです。

 ただ、ストーリー云々よりも、いくつかレスを頂いたように、本作は雰囲気を楽しむという部分が
大きいと思います。それは原作の孤独のグルメがそうであったから、というのもあるのですけれど、
まど☆マギの世界にはないシュールな雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。
 


 ● テーマ

 第一部は、孤独のグルメをベースとした井之頭五郎を中心とするお話です。

 この話は、単なるパロディネタだけではなく、ある程度のテーマも用意しておりました。
 そのテーマとは、「失われた感情を呼び戻す」というもの。
 原作での五郎は、どこか冷めたものの見方をする人物として描かれているけれども、確かに大人に
なると子どもの頃に持っていた感情を色々と失ってしまうものです。

 そこで彼が、杏子やマミと出会うことによって、今まで忘れかけていた“熱い心”を取り戻していきます。

 同時に、杏子やマミたちも、家族を失った喪失感を五郎との出会いによって、癒されていきました。

 ただそれは、傷をなめ合うような感覚ではなく、互いに誰かのために頑張ろうと思う成長の形として
見ていただければ幸いだと思います。

 そもそも教育とは、上から目線で「教えてやろう」というものではなく、教える側も教えられる側も、
共に成長する“共育”であることが理想だという筆者の考えです。

 五郎と魔法少女たちの出会いと、ともに戦ってきた経験によって、互いに成長したからこそ、
魔法少女が魔女化するという絶望的な未来に対抗する勇気が出てきたものと考えております。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 19:28:02.38 ID:yodFAbRko<>
 ● 大神隊長は偉大だった(第二部のテーマ)

 第二部では、魔法少女同士の友情にもスポットをあてました。

 正直言うと、アニメでの魔法少女同士は、どうもあまり仲が良かったようには見えません。
いや、むしろ険悪だったと言ったほうが良いでしょう。

 なぜ彼女たちが良好な関係を気付けなかったのか、と考えたとき、やはり根本的に
合わない部分があったことは否めません。さやかと杏子は、最終回で友達になった、
と言われていましたが、それまでの展開を見る限り杏子の「片想い」のようにも見えました。

 マミにいたっては、自ら関係性を壊しています。

 一人一人の能力は高いけれど、バラバラ。これではいくら魔法少女が集まったところで、
烏合の衆となってしまい、とてもワルプルギスの夜には敵わない。

 そこで、彼女たちを結びつける“触媒”の存在がいれば、関係がうまく行くのではないかと
考えました。モデルとしたのは、テレビアニメ版『サクラ大戦』の大神一郎隊長です。
米田中将(大神の上司)によれば、彼は個性派揃いの乙女たち(もちろんカンナも含む)が
集う帝國華劇団をまとめ上げるための、触媒としての役割を期待されました。


 大神隊長は、その役割を見事に果たし、仲があまり良くなかった神埼すみれと桐島カンナとの
仲を良好にさせ、また、ほかの隊員たちも互いに協力し合える体制を構築しました。

 大神隊長のような存在として、五郎を間に挟むことによって、それまであまり良好ではなかった、
ほむらとマミ、それにさやかなど魔法少女同士を何とか結びつけることができたのではないか、
と考えております。

 組織として動く以上、仮に仲が良くなくても互いに協力し合うことは不可欠ですが、仲間同士が
信頼しあえることで、より高い能力を発揮できることは言うまでもありません。

 残念ながら、展開の都合上、さやかと杏子との関係しか描けませんでしたけれど、改編後の世界
では上手くやっていたかもしれません。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 19:29:38.24 ID:yodFAbRko<>


 ● 大人と子どもの関係

 大人と子どもとの関係というのは、いつの時代も難しいものです。

 特に思春期に差し掛かった少女たちとの関係は、実の親でも難しい。

 これくらいの年頃の子どもは、大人から離れて自立しようという心と、未だ自立できない
自分の未熟さの中で葛藤するもの。

 まどか☆マギカのアニメを見て筆者は、この物語には圧倒的に「大人」が足りないと
思いました。

 漫画やゲームなどでは親がいない(死んだ、もしくは海外出張)などという設定はよくある
ことですけど、実はこういう難しい年齢であるときこそ、しっかりとその未熟さを含めて支えて
くれる大人の存在は重要だと思うのです。

 もちろん、まどかの母親や、学校の先生などもいましたけど、時には心強い協力者として、
また時には乗り越えるべき障害として存在している大人には少し足りない気がいたしました。

 ゆえに今回は、そういう大人の役割を五郎に演じてもらったのです。

 憧れの存在としての大人。たとえばスポーツ選手や職人さんには憧れるものです。
こういう大人になりたい、と思うからこそ子どもは成長しようと思うもの。


 杏子の場合は、五郎と対等な立場で恋愛をしたい、という気持ちが彼女の成長を促しました。   <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 19:31:53.33 ID:yodFAbRko<>
 ● キリスト教の七つの大罪と悪魔

 筆者は、映画の『セブン』が好きだったので、それをテーマにサブタイトルを考えました。

 本来、前作と同じくらいの7話+最終話で終わらせる予定だったのですが、なぜか
展開を詰め込んでいるうちに、全12話+エピローグとなってしまいました。

 七つの大罪は、人間の持つ罪ということで魔女のモチーフにぴったりだと思ったからです。
中にはどう見ても女に見えない魔女もいましたが、それはご愛敬。

 登場する魔女は、すべて七つの大罪に対応する悪魔、たとえばルシファーとかマモンなどを
モデルにしました。

 第一話で登場したベルゼブブの姿は、色々な漫画で、赤ん坊だったりペンギンだったりしますが、
ハエの形で描かれることが多いと思います。

 しかし、ハエにされた魔法少女はちょっと可哀想ですね。まあ、使い魔が進化して魔女になった
というルートも考えられますが。

 あと、関係ないけど映画のセブンで、主人公役のブラット・ピットはシワシワのシャツに無精ひげを
生やしていました。しかしそれでもカッコ良かった。

 筆者が同じような格好をしたら、失業者と間違えられることは確定的に明らか。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 19:33:58.72 ID:yodFAbRko<>  ● 改編後の世界について

 五郎の願いを受けて、鹿目まどかが改変した後の世界についての描写が不十分であること
は認めざるをえません。

 実は色々と考えていたのですが、どれもしっくりこなかったのでそこら辺を曖昧にすることに
しました。ちなみに、改編後の群馬県は、リアル世紀末状態ではなく普通の平和な田舎町と
なっております。それと同時に、近未来的な都市もなくなりました。


 具体的な世界観として、宇宙エネルギーを得るため、スポーツ選手を利用する世界、などと
いうことも考えました。

 イチローさんのような、トップアスリートの持つ強大なエネルギーを回収するのが、キュゥべえ改め
“球ベえ”の役割だとか。

 あと、まどかの父親や早乙女和子先生、それにホストのショウさんが魔法少女の代わりに、
魔法戦士として戦う世界というのも、途中まで考えて書きました。

 しかし、その世界に出てくるキュゥべえが、「子持ちのオッサンやホスト、それにアラサーが戦う
世界なんて、誰も望まないよ」などとほざいたため、お蔵入りとしました。

 ちなみに改編後の世界では、杏子とさやかは家庭科部に入部しております。

 もちろん、部長はマミで、転校してきた暁美ほむらもそこに入部します。前作で、スパゲティしか
作れなかったほむらは、ほかの料理を作れるようになるのでしょうか。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/12(日) 19:37:24.89 ID:yodFAbRko<>
 ● 気になる恋愛関係は?

 今回は、前作と違って恋愛感情を全面に押し出しました。基本的にほむらとまどかを除き、
三人の魔法少女が五郎に対して恋愛感情に近いものを抱いておりました。

 しかし、五郎自身は親愛の情は持っていても、恋愛感情は最後まで持つことはなかったと
思います。というのも、彼女たちのことを、保護すべき未成年と見てしまったからでしょう。

 妹とか、娘に抱くような感情に近いと思います。

 ただし、改編後の世界についてはわかりませんがね。

 ちなみにラストシーンは秒速5センチメートルを意識しました。


 ● おしまいに

 本作を最後まで読んでいただきありがとうございます。

 孤独のグルメとまどか☆マギカのコラボレーションという普通ではあまり考えられない組み合わせ
ですが、お楽しみいただけましたでしょうか。

 ストーリーの都合上、とりいれられなかったエピソードもまだ数多くありますけれども、物語は
一応ここで終わりとさせていただきます。

 五郎は、杏子やマミたちと、一体どんな関係になってしまったのでしょうか。

 興味は尽きませんけども、筆者(イチジク)は、まどかたちとここでお別れしたいと思います。

 他人の褌で相撲を取るのも飽きてきたというのもありますが、そろそろ潮時だと思います。

 それでは、またいつかどこかでお会いしましょう。

 今度はオリジナル小説でお会い出来れば、筆者としては嬉しいんですけどね。

 

 イチジクでした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/12(日) 20:09:37.68 ID:Wz9qMFOa0<> >>1乙

十分に楽しめた、感謝する <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西・北陸)<>sage<>2011/06/12(日) 20:19:55.36 ID:coyLd1AAO<> >>1乙

欲をいえばエピローグのその後も見たかったが、作者が満足したならそれでいい

本当に面白かった
もう一度言おう、>>1乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/12(日) 21:15:33.00 ID:6ZFPG3duo<> 乙
両作品のマッチングが絶妙で面白かった
料理ネタ以外にも小ネタが多かったの楽しめたわ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/12(日) 21:21:13.41 ID:/E6MoSk8o<> 乙でした。
EDはちょっと物足りないぐらいが丁度いいって昔聞いた気がする。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2011/06/12(日) 22:44:32.68 ID:MmGHbqZi0<> うーん…どれも面白い。しかし全然もの足りんぞ
スイマセーンッ 追加で井之頭五郎の次回作ください!大盛りでね!! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/13(月) 02:12:28.76 ID:3hxCsvrJ0<> >1otu! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/13(月) 07:03:08.00 ID:e85dgRfqo<> 原作がアレだから完全にスッキリとまで行かないEDだけど
これはこれでハッピーエンドかな? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/16(木) 00:20:00.55 ID:r+Zl2dpn0<> >>1乙
こんなんあった
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1702782.jpg.html
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(中国・四国)<><>2011/06/16(木) 07:19:32.37 ID:rPfKUVdAO<> それ以上いけない <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2011/06/16(木) 22:46:43.35 ID:/VFE+V6z0<> 乙!
ゲッターの早乙女研究所ってグンマーかナガァノの境のアサマゥ山の麓に在りましたね。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2011/06/16(木) 23:10:49.06 ID:zAoJYjDA0<> 一気に読んでしまった乙! <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 20:40:43.86 ID:GMhBNJobo<> 本日21時から、読み切りをやりまっす。 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 20:49:46.17 ID:GMhBNJobo<>



 今から約100年前、帝都中心部およびその周辺に甚大な被害をもたらした戦いがあった。

 太正4年(19154)4月4日、「降魔」と呼ばれる強大な力を持った怪物が帝都の日本橋付近に
出現する。



 降魔戦争――



 後にそう呼ばれる戦いで、帝國陸海軍は甚大な被害を出しつつも2年後に降魔を鎮圧する
ことに成功する。


 そして時は流れ、21世紀。


 急速な科学の発達により、人々は降魔のことも、またそれを倒すための剣と術式についても
忘れようとしていた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 20:50:13.25 ID:GMhBNJobo<>







     I S〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦




            第 零 話

          騒 乱 の 胎 動 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 20:52:09.49 ID:GMhBNJobo<>

 春の上野恩賜公園は桜の花が満開だ。

 花見客も多く、彼女は少し落ち着かなかった。

 それにしてもなんでこんな場所で待ち合わせなどしようと言いだしたのだろうか。

 IS学園の制服を着た篠ノ之箒は、そんなことを考えながら舞い散る桜の花びらを
見つめていた。

(やはり、私服に着替えてきた方がよかっただろうか……)

 今更ながらそんな後悔をする箒。

 彼女の通うIS学園とは、IS(インフィニット・ストラトス)と呼ばれる特殊な空中機動型
パワードスーツを操る方法を学ぶための学校だ。ISはその高い機動性と応用性の高さ
から世界中の政府や民間軍事企業(PMSC)から注目されている。

 ただし、普通の兵器と違うのは、それが若い女性にしか使えないというものである。

 IS学園は、そんなISの操縦者を教育訓練するための世界唯一の教育機関なのである。
ゆえに、そこには世界中からIS操縦者の候補者が多数集まってくる。

 箒もその中の一人として日々勉強や訓練に励んでいるわけだけれども、当然ながら
競争は厳しい。

 元々IS操縦者適正の低かった彼女は、周りのライバルに負けまいと必死に努力しなければ
ならなかった。

 IS学園に入学してから約一年。彼女は夏休みも冬休みも関係なく勉強や訓練を続けていた。

 IS適性は相変わらず入学当初と変わらぬC+のままであったけれど、なんとかこの一年間、
脱落することなくやってこれたのは、単衣に彼女の努力の賜物だ。IS学園の日々はとても厳しく、
すでに一年のときのクラスの半数は、操縦者不適正と判定され、学校を去っている。

 厳しい環境の中で、彼女は必死にもがいていた。

 そんなある日、あまりに根を詰める箒の姿を見かねた担任教諭の織斑千冬が、気分転換に
出かけて見てはどうだ、と提案をしてきた。基本的に厳しさが服を着て歩いているような千冬が
そのような提案をすることはありえない。


 しかしそれには理由があった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 20:54:43.97 ID:GMhBNJobo<>
 織斑千冬の弟は、箒の小学生のころの同級生で、名を一夏(いちか)と言う。今は藍越
(あいえつ)学園という、IS学園と妙に名前が似ている普通の高校に通っている。

 箒がIS学園の生徒であることを知った一夏が、久しぶりに会いたいと言ってきたそうな。

 ゆえにこの日、上野公園で彼と会うことになった。

「こ、これはデートというものなのか……。七年ぶりに会ったというのに、いきなり」

 この話を聞いて箒は俄かに興奮した。

 しかし、五反田という彼の同級生も一緒に来ると聞いて脱力してしまった。

 箒は中学時代、居合いと剣道に打ち込み、全国大会で優勝するまでになった。
 そして高校に入ってからは、IS学園の生徒として厳しい勉強と訓練の日々。
 とてもじゃないが、同世代の少女たちのように恋などしている暇などない。

 だがそんな彼女にも人並みに好意を寄せる異性はいた。

 それが一夏だ。

 初恋と呼べるものかどうかはわからない。というか、仲の良い異性は彼しかいなかったの
だから。

「べ、別にあいつに会えるから嬉しいと思っているわけではないぞ。ただ、あいつがどうしても
会いたい、というからこうやって忙しい中、わざわざ会いにきたのだ」

 箒はブツブツと独り言を言う。

 傍から見れば完全に怪しい女だ。

 しかも彼女の手には、母方の祖父から受け継いだ日本刀、「霊剣荒鷹(れいけんあらたか)」
が布に包まれた状態で握られている。

 箒は、どこか遠くに行くときはいつもこの剣を持っている。

 これを持っていると心が落ち着くのだという。

 真剣を持つ女子高校生。

 普通の人間なら銃刀法違反のところだが、IS学園の生徒ということで特別に認められている。
 IS学園の生徒は、日本国内ではある意味特権的な地位を持っているのだ。

 ただし、いくら特権的な身分だとはいえ、無免許運転は認められない(念のため)。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 20:55:54.86 ID:GMhBNJobo<>
「まあ、色々考えても仕方ないか」

 箒は考えるのをやめ、周囲の風景を見渡した。

 春の日差しと風が心地よい。彼女の後ろで束ねられた長い髪の毛が風でゆれる。

「はあ……。しかし、少し早く来すぎてしまったか」

 時間は午前11時。ちなみに待ち合わせの時間は午後1時(13時)である。 
 
 どう見ても舞い上がっています。ありがとうございました。

 激しく何かに負けた気がした箒は、とりあえずどこかで暇をつぶそうと歩きはじめた。


 その時――

「キャアアアアアア!!」

 少女の悲鳴が聞こえる。

「なんだ?」

 ドラマの撮影、といった様子でもなさそうだ。

 IS学園での訓練と、武道で鍛えられてきた感覚が、何かを警告する。

 引ったくりとか露出狂とか、そんな類のものではない。もっと何か危険な……。



「はっ……!」


 彼女の目の前にいたもの。

 それは今まで見たこともないような生き物であった。

 巨大な身体、鋭い牙、そして爪。

 化け物――

 まさに化け物と呼ぶにふさわしい不気味な姿。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 20:57:18.97 ID:GMhBNJobo<>
 箒はその姿に見覚えがあった。小さい頃、祖父の家の蔵で偶然見つけた書物に
描かれていた怪物の絵にそっくりなのだ。

「降魔……」

 “降魔”と呼ばれる魔物。

 古来より人の集まる場所に現れ、悪をなす怪物。

「キャアアアア」

「助けてくれえええ」

 突然の怪物の登場に、花見にきた人たちや観光客がパニックになっていた。

「落ち着いてください! 通してください!」

 箒は、人の流れに逆らうように化け物のいる場所に向かう。

 100年前にも出現したという化け物、降魔。箒は自分の中の記憶を手繰り寄せる。

(私の記憶が確かなら……)

 箒の懸念を他所に、数人の紺色の制服を着た警察官数人が降魔の前に集まる。

「ここは俺が食いとめる、早く民間人の避難を!」

「しかし主任!」

 怪物に向かって立ち向かっていこうとしているのは何も箒だけではなかった。

 拳銃を持った制服警官が、降魔に対して銃口を設ける。 

「いけない!」

 箒の叫びは、乾いた38口径の発砲音にかき消された。

「なっ……!」

「銃が効かない?」

 降魔相手に、“普通の武器”は通用しない。それは既に、100年前に立証されたものだ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 20:58:53.75 ID:GMhBNJobo<>
 箒は軽く息を吸うと、腹に力を入れて前に出た。

「お巡りさん、さがっていてください」

 するっと、愛刀を包んだ布袋の紐をほどく。

 まだ鞘に収まったままではあるけれども、その美しい反りのある姿は周囲を圧倒する。

「キ、キミ! なんで日本刀なんか……!」

 警官の一人が叫ぶ。当然と言えば当然の反応。

「私はIS学園の生徒です! ……ご容赦を」

 箒は、はじめに強く、そして後に優しくそう言った。

「……確かにその制服は。あ、IS学園なら仕方ない」

 そう、IS学園なら仕方ないのである。


「グルルルルル……」


 酸性の涎を垂らしながら、降魔がこちらを威嚇する。

 こんな牙で噛みつかれたら、恐らく一瞬で死んでしまうだろう。普通の人間なら、かすり傷を
負っただけでも死んでしまいそうだ。

 どうしよう……。

 警察官を押しのけて颯爽と登場した箒。

 しかし、心の中では不安で一杯であった。確かに真剣を使った訓練は何度もやっている。
ISを使った訓練も繰り返しており、大人の男性が数人がかりで襲ってきても、それを撃退できる
だけの自身はある。

 だが今度の相手は降魔だ。

 一度も戦ったのことのない相手。かつて、自分たちのご先祖様が幾度となく戦ってきた敵では
あるけれども、自分が対峙すののは初めて。

 このままこの化け物が暴れ出したら花見客や観光客、それに周りにいる警察の人たちを含め、
多数の犠牲が出てしまうだろう。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 20:59:57.06 ID:GMhBNJobo<>
 話し合いの通じる相手でもなさそうなので、ここで倒してしまうしかない。

 箒は鯉口を切ると、ゆっくりと刀を鞘から抜く。

 日の光を浴びて輝く愛刀は、文字通り“白刃”である。

 箒の母親の実家は、代々破邪の血筋として様々な術式を受け継いでいたという。

 その身体を流れる血が、降魔を前に逃げ出すことを拒否した。

(やれる! 私ならきっと)

 箒は正眼に構えた。


「グオオオオオオオ!!!!!」


 この世のものとも思えない叫び声をあげ、化け物はこちらに向かってくる。

 速い!!

 その巨大な身体に似合わず、降魔の動きは早かった。地を這うというよりも、滑るような
スピードで箒との距離を詰める降魔。しかしそれは彼女にとってはある意味思惑通りであった。

 現在のところ日本刀一本しか攻撃方法のない箒にとって、近距離攻撃よりはむしろ、
中・長距離攻撃のほうが怖い。

「来い!」


「ゴオオオオオオ!!!!」


 降魔が腕を振り上げる。そして巨大な爪が彼女のすぐ近くまで迫った。


「……っ」

 箒は腹に力を込め、一挙動で素早く横に身をかわす。彼女の目の前に降魔の爪が通り過ぎる
のが見えた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:01:35.05 ID:GMhBNJobo<> 「せいっ!」

 霊験荒鷹を一気に斜めに斬り払う箒。

「ギィシャアアアアアアアアアアア」

 驚くほど柔らかな手ごたえの後、巨大な爪のついた腕が地面に転がる光景が見えた。

 右腕を斬られ、苦しんでいるようにも見える降魔。

「すぐ、楽にしてやる」

 人間もそうだが、降魔も腕を斬ったくらいでは死にはしないだろう。

 だったら、首を斬るまで!

 箒は左脚を前に出し、八相に構えると、一気に踏み込む。


 しかし――


「……ヒイ!」


 子供!?


 公園の茂みのすぐ側に、逃げ遅れたのか5.6歳くらいの女の子が泣きながら立っていた。

 腕を斬られ、半ば自棄になった降魔がその場で暴れはじめる。

「いけない!」

 戦闘に夢中で周囲のことにまで気を配れなかった。

 ここで例え致命傷を与えたとしても、降魔の身体であの女の子は……。

 一瞬の迷いで行動が遅れる。

 戦闘中の迷いは厳に戒めるものだと、織斑千冬から何度となく言われているはずなのだが。

 その時――

「うおおおおおお!!!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:02:24.58 ID:GMhBNJobo<>  誰かの声が聞える。

「そりゃああああ」

「キシャアアアアアア!!!」

 降魔が振り下ろした腕の下に、子どもはいなかった。

「どういうこと?」

 よく見ると、視線の先には二十歳くらいの男性の姿が。腕には、先ほど泣いていた女の子
が抱かれていた。

「こっちは大丈夫だ!」

 男性は叫ぶ。

「はいっ!」

 箒は思いっきり返事をすると、再び刀を構えた。

 今度こそ――

 勢いよく地面を蹴って、一気に降魔との距離を詰める箒。しかし、降魔もその動きを
読んでいたのか、残ったもう一方の腕で箒の身体を攻撃する。

「ぐっ!」

 固い爪を刀で受ける箒。

 なんとか衝撃は受け流したものの、さすがに人間の力とは比べ物にならない。

 ビリビリと痛む右腕を我慢しつつ、彼女は再び構えようとした時、

 光が見えた。

「いかん! 避けるんだ」

 再び聞える声。

 とっさに身体を横に動かすと、すぐ近くに物凄いスピードで何かが通り過ぎた。

 そして後方での爆発。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:03:25.44 ID:GMhBNJobo<>
 降魔が口から光の弾を出したと気がつくのは、それからすぐであった。

 爪や牙、それに尻尾だけでなく口から奇妙な光すら出す。

 右腕を斬り落としたことで育ちつつあった彼女の自信はいっきに崩れそうになる。

「危ない!」

 箒の動揺に付け入るかのごとく、左腕の爪を振り下ろす。

「うおっ」

 バックステップでかわす彼女に対し、降魔は立て続けに口から光の弾をはきだした!

 目の前の爆発で吹き飛ばされて身体が宙に浮くのを感じる。

(しまった!)

 空中で上手く身動きが取れない。

 このままだと地面に叩きつけられてしまう。受け身を取らなければ。

 刀を持った状態で、箒は顎を引き衝撃に備えた。


 しかし、予想していた衝撃が来ない。

 それどころか、彼女の身体は暖かい感触に包まれた。

――潮の香りがする。

「ふう、なんとか間に合ったぞ」

「え?」

 なんと、誰かが彼女の身体を地面に落ちる直前で受け止めたのだ。

「あなたは……!」

「ああ、さっきの子は無事だよ」

 先ほど、降魔に襲われそうになった子どもを助けた一人の男性であった。短めの黒髪に、
切れ長の目が印象的な青年だ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:04:01.50 ID:GMhBNJobo<>
「それよりあの化け物だ」

 男性の見つめる先にあるのは、先ほどの降魔。

「だ、大丈夫です。ありがとうございます。少し、さがっていてください」

 箒はその男性から離れるとゆっくりと前に出る。

「グウウウオオオオオ……」

 身体が熱い。だが、頭の中は奇妙なほど冷めていた。

「行こう!」

 再び剣を構える。

 今なら、何でも出来そうな気持ちになった。

 祖父から受け継いだあの技も。

 箒は息を吸う。

 そして、


「破邪剣征――」


 風で花びらが、揺れる。


「――桜花放神!!!」


 強い踏み切りと共に、身体中の霊力が剣先に注ぎこまれる。


「うわあああああああああああ!!!」


 そして、 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:04:31.17 ID:GMhBNJobo<>

「ギシャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 この世のものとは思えないほど不快な叫び声が聞こえる。

 そして、降魔の首どころか、胴体が真っ二つに斬れていたのだ。

「やった……」

 その場に崩れ落ちそうになる箒。

「だ、大丈夫かい?」

 しかし、倒れる寸前に先ほどの青年に支えられた。

「大丈夫です……」

 気が抜けてしまった箒は、そう言うのが精いっぱいであった。

「よかった」

 その黒髪の男性の笑顔に心底安心した箒は、その場で気を失ってしまった。

 その日、箒がやってしまった失敗はいくつかあったけれど、一番大きな失敗はと問われれば、
見ず知らずの男性の腕の中で気を失ってしまったこと、と答えるだろう。




    * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:05:37.48 ID:GMhBNJobo<>



 気がつくと、白い天井が見えた。

(ここは、どこ?)

 どうやらベッドに寝かされているらしい。消毒の匂いが微かに鼻腔を刺激する。

「あ……」

 視線の隅に、見知った顔が見えた。

 黒のスーツ姿が凛々しい女性と、隣には眼鏡をかけた女性も見える。

「織斑先生……?」

「お、気がついたか」

「大丈夫ですか、篠ノ乃さん」

 一年生の時の担任で、現在は学年主任をしている織斑千冬と、担任の山田真耶であった。

「ここは……」

 記憶喪失、とういほどではないけれども、ここに来たときの記憶はない。

「上野の病院だ」

「私は、一体……」

「“降魔”相手に生身で戦ったんだろう? まったく無茶をする」そう言って千冬は苦笑して見せた。

 厳しさが服を着て歩いているような千冬の微かな笑顔に箒は安心する。

「やっぱり、あれは降魔だったんですね」

 千冬も降魔のことは知っていたようだ。教師なのだから当り前かもしれないが。

「しかし、刀一本で降魔を倒すとはなかなかやるじゃないか。やはり血筋というやつか」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:06:40.43 ID:GMhBNJobo<> 「そう、なんでしょうか……。あ、霊剣荒鷹……」

 そういえば今、病院にいるということは、自分の愛刀はどうしたのだろう。

「お前の刀なら、そこにちゃんと置いてある」

 ベッドのすぐ横の棚の上に、布の袋に包まれた霊剣荒鷹がしっかりと置かれていた。
袋越しにも、あれが本物であることは箒にはわかる。

「よかった」

 この刀は箒にとって、命の恩人である。これなしに、降魔に勝つことはできなかった。

「でもなんで先生たちがここに」

「いや、実は私たちも政府から呼び出しがあって」

「政府から?」

「詳しくは言えないが……」

「あの降魔のことと関係があるんですか」

「まあ……、そうだ。近いうちに、話す時がくるだろう」

「……はあ」

 織斑千冬との会話が一段落したところで現在担任の山田麻耶が、たゆんたゆんしながら
話しかけてきた。

「篠ノ之さん、大丈夫ですか?」

「え? はい。身体のほうは」

 布団の中で手や足を小さく動かしてみるけれど、どの部位も正常に機能しているようだ。

「医者も身体には何の異常もないと言っていた。恐らく篠ノ之は、降魔との戦いで精神的に
疲れてしまったのだろう」

 千冬はそう付けたす。確かにそうだ。

 降魔との戦いは、本当に緊張した。あんな化け物を相手に戦うのだから……。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:07:13.90 ID:GMhBNJobo<>
 いや、待って。

 ここで箒は思い出す。戦ったのは自分一人ではなかったと

「あの、織斑先生」

「なんだ」

「上野公園で、降魔と遭遇したとき、私を助けてくれた人がいたんです」  
 
「助けてくれた人?」

「え、はい。小さな子どもを救ったり、吹き飛ばされそうになった私を……」

 やさしく受け止めてくれたり、と言いかけて箒は言葉を止める。

 あの時の状況を思い出すと急に恥ずかしくなってきたからだ。

「残念ながら、上野恩賜公園での状況はよくわからない。私たちは、お前が病院に運ばれた
ことを聞いて、ここに来たのだからな」

「そうですか」

 潮の香りがする青年だった。漁師だろうか。

 あの時の男性の声、匂い、そしてぬくもりを思い出すと箒は胸が痛くなった。

「うっ」

「どうした」

「いえ、なんでもありません」

「ところで、残念だったな」

「え?」

「いや、だから。一夏と、あ、いや。弟と会う約束をしていたのだろう?」

「え、それは……」

「危険だから家に帰らせたのだが、あいつも心配していたぞ」

「そうですか……」

 織斑一夏のことは、正直忘れていた。それほど衝撃的な出来事だったのだ。




    * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:08:41.50 ID:GMhBNJobo<>

 
 織斑千冬の行っていた「近いうち」というのは思った以上に早く訪れた。

 とある放課後、箒は校長室に呼び出されたのだ。

 校長室など、入学以来初めて訪れる場所である。エリートの集まる学園とはいえ、箒の
ような平凡な生徒が校長室に入るということはまずありえない。

 呼び出されたのは箒だけでなく、彼女も含めて三人であった。

 一人は箒と同じクラスでイギリスからの留学生、セシリア・S・オルコット。長い金髪と青の
カチューシャが特徴的な少女。イギリスの代表として強いプライドを持っていることでも知られる。

 もう一人は中華人民共和国からの留学生の凰鈴音だ。

 セシリアとは対照的に、小柄な彼女は長い髪をツインテールにしているのが特徴といっていい。
 小学生のように小さい身体だが、その性格はやたら攻撃的で、ISの操縦にも性格が表れている。

「わざわざ放課後に呼び出して、どんな用ですの?」とセシリアは言う。

「そうよ、大したことない用だったら怒るわよ」鈴音もそれに続く。

 校長室だというのに、この二人の態度はデカイ。

 二人とも、国の代表として並々ならぬプライドを持っている上、性格にかなり難があるため
教師陣も手を焼いている。

「静かにしろお前たち、もうすぐ校長がこられる」

 三人の前にいるのは、直接彼女たちを呼び出した織斑千冬教諭である。

 しばらくすると、ドアが開き校長が入ってきた。

「おう、集まっているなお前ら」

「お疲れ様です校長」

 千冬は背筋を伸ばし、素早く頭を下げる。

 常に腕組みをして、この世に怖い者など何もない、という空気を発している千冬がかしこまる相手、
それがIS学園の校長だ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:10:06.19 ID:GMhBNJobo<>
「そう緊張すんな。いつも通りでいい」

 眼鏡をかけた、六十代に近い男性がのしのしと部屋の奥に入って行き、そして「校長」
と書かれた机の後にある椅子にどっかりと腰を下ろす。

 米田一紀(よねだかずのり)、それがIS学園校長の名前。

 もとは陸上自衛隊の陸将(中将)で、自衛隊IS部隊の創設者でもある。

 しかし目の前にいる男は、どう見てもそこらの居酒屋でイカの塩辛を肴に焼酎を飲んでいる
オッサンにしか見えない。

「校長、この三人が話にあった者です」

「ほう、なかなか可愛いじゃねえか」

「校長」

「おっと、千冬が一番美人だぜ、へへ」

「……」

「わかったよ、無言で睨むなよ。まったく、シワが増えるぜ」 

「……私が話をしましょうか」

「ああ、待て待て。彼女たちには俺から直接話す」

 校長というのは、実質的に学園のトップなのだが、その軽いノリに、箒を含めた三人は拍子抜け
してしまう。

「お前さんたち、先日学園の適性検査を受けたのは覚えてるな」

「はい」

「あの面倒な検査のこと?」

 数日前、急に授業が中止となり、学園生徒全員が血液を採取されたり、変な光を見せられたり
したことがある。

「あの検査は、“対降魔霊力”を測定するためのもんなんだ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:11:07.02 ID:GMhBNJobo<>
 対降魔霊力?

「おっと、焦るな。すぐに教えてやる。対降魔霊力ってのは、降魔に対抗する能力って意味
だ。お前ら、降魔は知っているな」

 そう言うと、米田校長は机の引き出しから、雑誌か新聞のコピーのようなものを出す。

「先日、上野公園に出現した化け物。あれも降魔だ。お前らもニュースで知っていると思うが」

「一体降魔って何なのよ。最近よく聞くけど」

「あら鈴さん、日本の滞在期間が長いのにそんなことも知らなくて?」

「うるさいわね」

「静かにしろ お前たち!」

 千冬の一喝で鈴とセシリアは大人しくなる。

「話、続けるぞ。降魔ってのはな、大昔から世界中に出現している化け物の総称だ。その時代に
よって、色々と姿形を変えているが、基本的に人間社会に害をなしている、という点では変わらん」

「……」

「記録では一番新しい降魔の出現は約百年前、パリ、ニューヨーク、上海、そして帝都東京だ」

 帝都での降魔出現は聞いたことがある。

「降魔を倒すには、普通の武器ではダメだ。対降魔霊力という特別な“力”を持った人間が
必要になる。そいつらが戦ってはじめて降魔が倒せるんだ。
 すでに、自衛隊と警察で対降魔霊力を持った人間を集めて部隊を編成している」

 箒は段々話が読めてきた。

「しかし問題があってな」

「問題?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:12:04.86 ID:GMhBNJobo<>
「そうだ。対降魔部隊を編成したのはいいが、そいつらの中にISを使える奴がいない
んだ」

「?」

「元々ISを使えるやつは少ねえが、その上に対降魔霊力を持つ奴は更に少ない。
それで、先日学園内で検査をやったんだ。そしてお前たちが選ばれた」

「それはつまり……」

「お前たちは、ISを使えてなおかつ、対降魔霊力を持つ人間ってことだ」

 そこから話は校長から千冬が変わる。

「先日、政府からのIS学園から対降魔部隊を作るよう要請があった」

「そんで、アタシたちは何をすればいいのよ」鈴は聞いた。

「ISを使って降魔と戦ってもらう。もちろん、一般の部隊では対抗できない降魔が現れたら、
という条件付きだが」

「IS学園対降魔部隊ってところだな。へっへっへ……」校長が付け加える。

「もちろん無理にとは言わない。お前たちはまだ未成年だからな。引き受けるか否かは、
自分で決めろ」

「私はやります!」

 ここで、今までずっと黙っていた箒が思い切って声を出す。

「篠ノ之さん?」

「やらしてください……」

 IS操縦者としては、並みの実力しか持ち合わせていない。箒は自分でもわかっていた。
自分がいなくても代わりはいくらでもいる。

 しかし、ISに乗ってあの化け物と、降魔と戦えるのは自分以外でもごくわずかしかいない。
彼女の奥底に流れる破邪の血が何かを訴えかけているような気がした。


「なら私もやるわ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:14:24.05 ID:GMhBNJobo<>
 凰鈴音も一歩前に出る。

「降魔退治って、なんか面白そうじゃない? 学園には骨のある奴も少ないし、ちょっとは
楽しめそうね」

「あら鈴さん、私を忘れてもらってはこまりますわね」

 セシリアはそう言って胸を張る。

「セシリア……」

「IS適性レベルCの篠ノ之さんが戦って、このセシリア・オルコットが何もしないというのでは、
格好がつきませんわ。ノーブレスオブリージュですわよ」

 ノブレスオブリージュ。意味は、高貴さには義務が伴うというもの。

 世界中から選ばれたエリートとしては、戦うべきときに戦わなければ立場はないだろう。

 日本の武士道にも近い。

「よし、決まりだな。部隊の詳細については後から説明する。それと、このことは無暗に人に
言うな」校長はヒザを叩く。

「どうしてですの?」

「当り前だろう。降魔との戦いはあまり大っぴらにできるもんじゃない。それに、これはまだ推測の
段階だが、ここ最近の降魔の出現が何者かの意図によるものかもしれない。だとすれば、
降魔討伐の切り札である、お前たちやその家族が危険にさらされることにもなりかねん」

「……そうね」

「そうですわね」

 鈴とセシリア、二人の表情が暗くなる。

「まあ、そういうわけだ。今日はゆっくり休め。以上だ」

 とりあえず、この日はこれで解散になるはずだったのだが。

「ああ、篠ノ之。お前は待て」

 箒は、千冬から呼びとめられた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:15:29.27 ID:GMhBNJobo<>
「はい、なんでしょう織斑先生」

「実は、校長からお前がこのIS部隊に参加すること承諾したら、あるものを渡すよう
頼まれている。ちょっと、私と一緒に来てくれるか」

「は、はい」

 連れて行かれた先は、地下格納庫である。ここでは量産型のISや訓練用のISが
多数格納されている。

「あの、先生……」

「ついた。ここだな」

「これは……」

 周囲の量産型や訓練機とはまったく違う、空気を発するISがそこにあった。

 赤い機体。

「紅椿(あかつばき)だ……。篠ノ之箒、お前の専用機になる」

 専用機……。

 専用機とは、読んで字のごとく、その操縦者専用の期待のこと。ISはその圧倒的な
戦闘力の一方で、量産が非常に難しい機体であり、数が限られている。ゆえに、一つの
機体を数人で使いまわすのが通常だ。

 当然、専用機ともなれば、この日校長室に呼ばれたセシリアや鈴のように、国を代表する
エリート中のエリートしか持つことが許されない。

「でも、私なんかのために専用機なんて……」

「一度戦ったことのあるお前ならわかるだろう。降魔との戦いは何が起こるかわからん。
だから、我々としてもできる限りのことはやろうと思う」

 夢にまで見た専用機。

 だが今は不安のほうが強い……。




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:17:03.28 ID:GMhBNJobo<>

 翌日の放課後、箒は早速自身の専用機を起動させることになった。

 通常、ISの起動には面倒な手続きが必要だけれども、対降魔部隊として特別に選出された
ためなのか、簡単に訓練場の使用許可とISの起動許可が下りた。

「お付き合いいただき、ありがとうございます、山田先生」

「いいんですよ。生徒を教育するのが私の仕事ですから」

 時間外にも関わらず、担任の山田真耶教諭が初起動に付き合ってくれる。

 ちなみに彼女の機体は訓練用量産機の打鉄(うちがね)だ。

 量産機とはいえ、彼女の腕は確かで、入学当初、天狗になっていたセシリアと鈴を二人まとめて
打ち負かした時は痛快だった。

 ISは機体の性能よりも乗り手に左右されることを教えてくれた人でもある。

 私生活では少々抜けていることもあるけれど、面倒見のよい先生だと箒は思っている。

「では、制限装置(リミッター)解除しますね」

 リミッターを解除され、箒は自身のISを初めて起動させた。

「これが……、専用機」

 訓練機の時とは明らかに違う手ごたえに箒は少しだけ焦る。しかし、その焦りを包み込むように、
紅椿は次々に箒の頭の中に情報を流しこむ。

 まるで背中に翼がついたような感じ。

 あるIS乗りはそう表現したという。箒は今、その感覚がよくわかった。

「飛びます」

 出力調整がまだよくわからないけれども、とりあえず彼女は飛ぶ。ISが飛びたいと感じている
ようだったからだ。

「ちょっと篠ノ之さん!」

 真耶の声が遠くなる。

「ふんっ!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:17:51.70 ID:GMhBNJobo<>
 急速なターン。

 飛行機ではありえないような三次元起動もISなら可能だ。火力にばかり目が行くIS
だが、その強さの源は何と言ってもその機動力にある。

 この機動力ゆえに、世界中のあらゆる兵器が束になってかかってきても敵わないと
言われるほどの機体となったのだ。

 次々と変わる風景がそれこそ手に取るようにわかる。

(これなら降魔相手にも……)

『篠ノ之さん! 聞えますか』

 通信が入る。真耶からだ。

「は、はい」

『序盤から飛ばし過ぎです。出力を抑えて、自分で調節するようにしてください』

「すいません……」

 少々調子に乗っていた箒を戒める山田真耶。普段は頼りな下げに見える彼女も、やはり
教師である。

 ある程度機動を確認した箒は、次に武器を取り出す。

「これは……」

『どうしました?』

「いえ」

 武器は一種類しかない。

(刀か)

 紅椿の持つ武器、それは大きな日本刀型の剣だ。

 銃器系統の武器の扱いはあまり得意ではなかったので、むしろこれだけのほうがよかった
のかもしれない。箒は自分にそう言い聞かすように、武器を起動させる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:18:27.20 ID:GMhBNJobo<>
 光を帯びた刀身が姿を現す。

 まるで、霊剣荒鷹をはじめて持った時のような感覚。不完全だけど、それでいてどこか
懐かしい。

 しかし、この剣はどれほどの力があるのだろう。

 機動と違って試してみるというのも難しそうだ。

『篠ノ之さん、私が攻撃を受けますよ』

「山田先生?」

 意外な申し出に箒は戸惑う。彼女の得意武器は確か遠距離用の射撃武器だと思ったのだが。

『こう見えて近接戦闘もできるんです。なんたって私は先生なんですから』

 そう言って取り出したのは、薙刀を思わせる、柄のついた武器であった。 

 確かに、色々な武器を使いこなさなければ、教育などできないだろう。ISには様々な形の
武器があるのだ。

「わ、わかりました」

『あなたのISのデータを取るのも、今回の目的ですから遠慮せずにかかってきてください』

「ありがとうございます」

 箒は礼を言うと、真耶の乗るISと同一高度に合わせ、そして剣を構える。

「いきます」

 真耶も薙刀を構えた。

「でりゃああああああ!!」

 思った以上に加速する。

 一瞬で距離を詰めた箒だが、真耶もそれに反応して大きく機体を旋回させた。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:19:40.43 ID:GMhBNJobo<>
 動きに関しては問題ないけれど、戦闘行動は初めて。相手のISがいる状態でこの紅椿
はどれほど動けるのか。

 とにかく、今までの訓練を思い出しできることをやろうと、箒はそう思った。

「そこ!」

 右上に逃れる相手の機体に向けて、斬りかかる。

 近接戦闘型の武器を持つ箒にとって、機体の機動性や加速性もまた大きな武器の一つだ。

 まるでISそのものを武器にしたような戦い。

 しかし、真耶の機体はひらりと横にそれ、そして箒の右肩部分に薙刀を当てる。

「ぐわ!」

 ビリビリと電流が走るような痛み。

 シールドパワーの減少量はそれほどでもない。損害は軽微。

 そう判断した箒は再び体勢を立て直そうとするも、山田機は更に距離を詰めてこちらに斬り
かかった。

「ふんっ」

 一瞬、間に合わないかと思ったけれど、機体の機動力は思った以上に高く、真耶の薙刀は
大きく空を切る。

『え?』

 入れっぱなしにしていた通信チャンネルから彼女の戸惑いの声が聞こえてきた。

 箒は思う。

(そうだ、こいつは訓練用の機体ではない。紅椿なんだ。紅椿には紅椿の乗り方があるはず――)

 機体性能は確かに高いけれど、訓練機に慣れた箒は紅椿を“訓練機のように”乗っていたのだ。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:20:36.22 ID:GMhBNJobo<>
(悔しいが今は、機体のポテンシャルに頼るしかない)

 箒は機体を一気に加速させた。

 これ以上はダメなんじゃないか、知らず知らずのうちに彼女は自身の能力に限界を設定
していた。だがそれは昨日までの話。まだいけるはず、もっと上を目指せるはず。

 そう思いつつ機体を動かす。

「そこっ!」

 箒は機体を旋回させ、山田機の後方を狙う。

『旋回の距離はスピードに比例すると教えたはずですよ』

 その声とともに、山田機は減速。超高速に慣れた箒は一瞬の低速に対応できず、機体を
見失ってしまう。

 後ろ――

 いつの間にか後方を取られる箒。さすが元代表候補生だけあって、戦い方にそつがない。

 箒は機体の速度を上げる。単純な速度比べなら、量産型には負けないはず。だがそれは
広い荒野ならばできることであり、広さに限りのあるアリーナでは限界があった。

 押してダメなら引いてみろ。

 箒の頭の中にそんな言葉が浮かんだ。

(加速度が武器になるなら――)

 急速な減速。

「うおおおおおお!!!」

 減速は時に加速以上に危険である。強烈な重力が身体を襲う。耐Gシールドがあってもなお、
身体に負担がかかってしまう。

 だが、それだけのリスクを負うからこそ、チャンスもめぐってくる。

 真耶の驚く声が聞こえてきそうだった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:21:32.61 ID:GMhBNJobo<>
 今なら自分の動きも相手の動きも手に取るようにわかる
 
「そこおおおお!!!!」

 箒は剣を伸ばす。彼女の目の前には、山田機の後方が見えた。

 しかし、次の瞬間ISの無線に緊急警報が鳴る。

「警報!?」

 学園内において全ての活動を停止し、出動待機をしなければならない第一種警戒態勢の
警報音だ。

『篠ノ之、山田先生、聞えるか?』

 無線越しに、織斑千冬の硬質な声が聞こえてきた。

「織斑先生?」

『訓練は中止、今すぐ地下司令室に集合だ』

「地下司令室?」

『山田先生が知っている、今すぐ一緒に来い』

「は、はい」

 一体何事なのか。

「篠ノ之さん、行きましょう」無線ではなく、直接山田真耶は呼びかけた。

「は……、はい」


 

   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:22:45.80 ID:GMhBNJobo<>

 学園の地下室の一部は入室制限がかけられている。

 生徒はもちろん侵入禁止。職員の中でも入ってはいけない区域は決まっている。

 そんな場所に、箒は真耶の案内で入って行った。

(学園にこんな場所があったのか……)

 エレベーターのカードリーダーに、山田真耶が自分のIDカードを通すと、制限区域まで
行けるのだという。

 真耶と箒は、訓練着のままそこに向かっていた。

「ここが地下司令室ですよ、篠ノ之さん」

「はあ」

 未来的な無機質な扉が開くと、映画で見るような地図や大きなモニターのある部屋が現れた。

「遅いわよ、何してたのよ」そこにはIS用の戦闘服を着た鈴と、

「私を待たせるとはいい度胸ですわね」セシリアが待っていた。

「来たな、篠ノ之。では校長」

「おう……」

「はっ」

 箒たちの目の前に現れたのは、自衛隊の第一種制服に身を包んだ米田校長であった。
 胸に光る防衛き章やレンジャーバッチが眩しい。

「お前たち、そこに座れ。緊急事態だ」

 指令室の椅子に、箒たちが座ると、壁にある大きなモニターに山奥のような場所が映し出
された。

「昨日の今日で悪いんだが、早速お前たちの出番がきたようだ」

「それはどういうことですの?」セシリアが立ちあがる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:26:15.08 ID:GMhBNJobo<>
「落ち着け、これを見てみろ」

「これは……」

 高感度カメラで撮影されたと思わしき映像。

 その中心に映し出されているものは、

「IS……?」

「そうだ。自衛隊武器学校で試験中の遠隔操作型空中機動歩兵、飛燕にきわめて近い
形状をしている」

「自衛隊の兵器が暴走したってこと?」鈴も聞いた。

「いや、違う。自衛隊からは、装備が消えたという報告は入っていない。恐らく、自衛隊の
武器をまねたものだろう。それで、このISのような物からは、“降魔反応”が出ている」

「降魔反応?」今度は箒が立ちあがった。

「お前さんたちが知っている降魔とは大分違うだろう。だが、こいつはむしろ降魔らしい姿
なのかもしれん」

「降魔らしい姿? どういうことですかそれは」

「降魔は通常、何らかの兵器に自らを模すことで攻撃能力を持っていた。百年前の記録では、
人型蒸気や戦車に模した降魔が出現した。これをご先祖様は、“魔装兵器”と呼んだ。
魔装兵器とはいわば、魔物と機械が融合したキメラみたいなもんだな」

「キメラ……。ということは、今の時代なら」

「そう、最強の“兵器”と呼ばれるISに模した姿の魔装兵器が出現してもおかしくはない」

「我々を対降魔部隊に入れたのは、そういうことだったんですか?」箒は聞く。

「ああ、そうだな。ISに対抗できる者はISだけだ。いくら対降魔部隊とはいえ、IS型の敵を
相手にするのは難しい」

「ははん、ということは早速アタシたちの実戦ってことね」

 鈴は、右手の拳を左手の手のひらに打ちつける。パンと、小気味良い音が部屋中に響き
渡った。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:27:52.82 ID:GMhBNJobo<>
「わたくしの初陣には少々物足りない気もいたしますが、よろしいですわ」セシリアも
自信満々に言う。

「……」一方、箒は何も言わなかった。

「昨日の今日で、心の準備とかはまだかもしれんが、お前たちにとっては初めての実戦だ。
わかってるな」

「愚問ですわね」そう言ってセシリアは立ち上がる。

「そうよ。準備なんてとっくに出来てるわ」鈴もそれに続いた。

「や、やります」

 自信はなかったけれど、箒も答えた。

「よし、じゃあ出動だ。場所は神奈川県の山麓、現場付近まではヘリで送る。
現場の指揮は、千冬!」

「はっ」

 これまで黙っていた織斑千冬が姿勢を正して返事をする。

「現場の指揮はお前が執れ」

「はっ」

「くれぐれも、犠牲を出さないようにな」

「了解しました」




   * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:29:15.77 ID:GMhBNJobo<>

 
 現場までの時間はほんの一瞬のように感じた。

 気持ちを整理する余裕がない。喉が渇く。唇を唾で濡らすけれど、それだけでは収まら
ない。

 CH−47、通称チヌークから指揮通信車に乗り換え、更に件の現場へと接近する。

 本当なら学園から直接ISで飛んだほうが早いのだけれども、降魔との戦いにIS学園の
生徒が絡んでいることは表向きは秘密とされているため、彼女たちも目立った行動は
できない。

 すでに現場には、陸上自衛隊の部隊が展開しているため、彼らとの調整も千冬が
やらなければならないようだ。

「ご苦労様です」

 現場で監視を続けていた迷彩服姿の自衛官が千冬に対して挙手の敬礼をする。

 自衛官から説明を受けた指揮通信車の中に戻る。車内では、すでに戦闘態勢を整えた
箒たち三人のIS乗りが控えていた。また、サポート要員として山田麻耶も控えている。

「お前たち、状況を説明する」

 三人は息をのんだ。

「IS型の降魔だが、今朝から動きはない。昨夜、陸自の攻撃ヘリ、AH−64と交戦した
らしいが無傷だ。一方ヘリのほうは大破。幸い乗務員は無事のようだったがな」

「……」

 すでに戦いは始まっていたのだ。

 千冬の話しでは、IS型の魔装兵器にこちらの攻撃はほとんど通用しなかった。ただ、
対降魔部隊の結界には反応を示したようなので、出来るなら今夜のうちに仕留めて
おきたいとのこと。

「編制を確認する。凰」

「はい」鈴が返事をする。

「お前は前衛だ。そしてオルコット」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:30:58.86 ID:GMhBNJobo<>
「はいですわ」セシリアも答えた。

「お前は後衛で援護射撃を担当しろ」

「わかりました」

「あの、私は……」箒は恐る恐る質問する。

「お前は凰のサポートに回れ」

「サポート、ですか?」

「正直、お前の機体の性能はまだこちらがわも完全には把握しきれていない。まだ試運転
の状態だ」

「……はい」

「不満か」

「いえ」

「よろしい。ではすぐに出発だ。指示は随時こちらから出す。周辺には、宮藤先生と坂本先生
がISに乗って待機しておられるから安心しろ」

「わかりました」

 こうして、箒たちの初出撃が始まった。

 これは訓練ではない。

 緊張が高まる。

「ほら、篠ノ之、さっさと行くわよ」

「篠ノ之さん、脚を引っ張ったら承知しませんわよ」

 鈴とセシリアの二人が心底めんどくさそうな顔をしながら箒に声をかけた。

 入学以来どうしてもこの二人は苦手だ。

「あ、篠ノ之さん」先ほどまで通信車の中に搭載されているモニターを見ていた山田真耶が
声をかけてくる。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:31:44.39 ID:GMhBNJobo<>
「はい、何でしょうか」

「あなたはやればできますよ。先ほど少しだけ手合わせをしましたが、実力は相当なもの
です」

「ありがとうございます」

 お世辞でもそう言ってもらえてうれしい。

「大丈夫です。自信を持って」

「はい」

 山田真耶はちょっと天然だがいい女である。なぜ恋人ができないのであろうか。

 ふと、箒はそんなことを思った。



   *




 高度120、気温21度、湿度40%。

 コンディションは悪くない。

「そろそろ現場付近ね」

 前にいる鈴の機体が揺れる。

「見えたわ」

 レーダーで捉えてはいるけれど、問題のIS型魔装兵器を見るのはこれが初めてだ。

(思ったよりも大きい)

 自衛隊のISはあまり見たことはないけれど、箒が以前習志野で見たものよりも一回り大きい
ような気がした。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:32:52.41 ID:GMhBNJobo<>
 どうする、ここで様子を見るのだろうか。

「先手必勝、一気にやるわよ」鈴は気合い十分で、オーバーヒートしそうだ。

 ここで無線通信が入る。
 
『凰、待て。相手の手の内がわからない以上、無暗に突っ込むのは危険だ。ここはセシリア
に任せろ』

「……わかりました」

 鈴は不満そうだが、一応千冬の指示には従う。

「私の出番ですわね」そう言ってセシリアは大きなライフル型の武器を構えた。

 箒たちは彼女の射線に入らないよう、機体を大きく横に逸らした。

 いくら魔装兵器とはいえ、セシリアの攻撃をまともにくらって無事な者がいるだろうか。

 セシリアは、入学当初こそ驕っていたところもあったが、ISの操縦に関してはひたむき
であった。

 そして、射撃の腕前も恐らく山田真耶などの教師陣を除けば今のところナンバーワン
かもしれない。

「さあ、お逝きなさい――」

 エネルギーを充填し終えた銃砲で、狙い撃つ。

 眩しい光とともに、光線が放たれた。

 大きな爆発。実際、訓練用アリーナや演習場以外でセシリアの銃撃を見るのは初めて
だがこれほどの威力があったとは。

 だが、

『反応なし、上か』

「え?」

 いつの間にか、IS型魔装兵器は空高く飛び上がっていた。

「どういうことですの!?」

 まるで瞬間移動でもしたかのような素早い機動に箒たちは圧倒される。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:34:02.74 ID:GMhBNJobo<>
「ボケっとしている暇はないわ、行くわよ!」

 そう言って鈴は青龍刀型の武器を構える。

「でりゃああああああ!!!」

 黒のISは光る剣を持って鈴に切りかかった。
   
 激しい光が発せられたかと思うと、少し遅れて音がこちらに達した。金属を打ち合わせた
ような高い音に頭が痛くなる。

「こいつ、なんてパワーなの?」

 人の形はしているけれど、人が乗っている気配はない。黒いIS型魔装兵器は頭部の
センサーのような場所が怪しく赤い光を放っていた。

「鈴さん、一旦離れなさい!」

 セシリアが再び狙撃用のビーム兵器を繰り出す。

「くっ」

 鈴は逆噴射で魔装兵器から離脱した。

 再び光線。

 しかし当たらない。

「バカセシリア! どこ狙ってんのよ!」

「うるさいですわ!」

『仲間を責めてる場合か! 凰、戦いに集中しろ』

 千冬からの通信。だが、

「きゃあ!」

 黒のISが再び鈴に接近する。そのあまりの加速に、鈴の反応が一挙動送れる。

 大きく振りかぶった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:35:59.58 ID:GMhBNJobo<>
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 物凄い衝撃が箒の身体を襲う。

 箒は、自らのISを超加速で敵の機体にぶつけた。

 紅椿の驚異的な加速性能はもうすでにわかっていた。だから、この機体で体当たりを
すれば、間に会う。彼女はそう判断したのだ。

 そしてその予想は当たった。

「fiagutgargbpojmba!!!!」

 耳では聞き取れないようなノイズが頭の中に響く。

 こんな痛み、祖父との稽古に比べたら大したことはない。

「な、なにやってんのよアンタ! 死にたいの!?」

 せっかく助けたのに罵倒する鈴の態度に腹が立つが、今はそんなことを気にしている
場合ではない。

『来るぞ、お前たち!』千冬の無線通信からは焦りのよう気持ちが伝わってきた。

 空中で体勢を立て直したIS型魔装兵器。

 鈴も箒も武器を構える。

 しかし今度はこちらに接近してこなかった。その代わり、背中から子機のようなものを出す。

「小型誘導兵器だ!」  

 自衛隊の装備、14式誘導弾「吹雪」にきわめてよく似ている。

 吹雪は、不規則な動きでこちらを翻弄し、付属のビーム兵器で攻撃して最後には体当たり
するという、かなり厄介な兵器だ。

「もう、しつこいわ」 

「くっ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:36:38.70 ID:GMhBNJobo<>
 前衛の二人に、まるでコバエのように襲いかかる吹雪をかわしつつ、本体を攻撃するのは
難しい。

「先にこいつらを叩くしかないのか」

 箒は白刃を振って、吹雪の一つを叩き落とした。

 一つ、二つ……。

 だが素早く動く浮遊兵器を刀一本で落とすのは難しい。三つ目を狙ったところで、箒の刃は
空を切った。

 それと同時に、まだ無事だった吹雪の付属ビーム兵器が彼女の背後を狙い撃つ。

「ぐわっ!」

 後方シールド、損害率30%

(くっ、まだいける……!)

『凰、篠ノ之! “コバエ”はオルコットに任せろ!』

 千冬の指示で箒と鈴はその場を一旦離れる。

「一気にいきますわ」

 セシリアがビームエネルギーを充填して、空中の吹雪を一気に焼き払った。

 しかし、さすがに全滅させることはできなかった。もしそんなことをしたら、鈴や箒も巻き込まれて
しまうだろう。

「これくらい減れば十分よ!」そう言って鈴は再び青龍刀を振って黒のISに襲いかかった。

「ま、待て!」

 とっさに箒は叫ぶが鈴は聞かない。

 IS型魔装兵器は再び光の剣を出すと、鈴に襲いかかった。

「そんな馬鹿正直に突っ込むわけないでしょう!」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:37:45.68 ID:GMhBNJobo<>
 鈴は敵の前に接近すると素早く旋回して、相手の下を通り後方を取った。

「もらったわ!」

 激しい光と音が混じり合い空気を揺らす。

 大きく振りかぶった鈴の攻撃は間違いなくIS型魔装兵器にとどいた。

 攻撃は通じた。どうやら鈴に対降魔霊力があるという検査結果は本当だったのだろう。

 いやしかし……。

 再び鈴と向かい合ったIS型魔装兵器は何事もなかったかのように、剣をふるった。

「もうっ! 少しはひるみなさいよ」

 恐らく、損耗率が90%を超えても、この“機械”は平然と動き続けるだろう。

 再び警報音が鳴り響く。

 セシリアが射撃体勢に入ったようだ。

「今度こそ当てますわ!」

 再び光の道――

「当たった!?」

 確かに当たった、だが左足にだ。

 左足のないISは不憫だが空中に浮いている限り、脚をつかうことはないだろう。
あんなものは飾りなのだという名言は、偉い人にはわからないかもしれない。

「ダメージ来てる!」

 確実に敵の損害は増している。

 このままやれば勝てるはず……。箒はそう確信する。だが心の中の不安はぬぐえない。

『凰! 篠ノ之! お前たちは一斉攻撃だ。個別にやっていたのでは埒が明かない』 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:38:51.63 ID:GMhBNJobo<>
「了解よ」

「了解しました」

 セシリアはそのまま次の射撃までエネルギー充填、鈴と箒は左右から一斉攻撃をする
ことになった。

「アンタはアタシにタイミングを合わせなさい」

「それは……」

「アンタはアタシのサポートなんだから当然でしょう?」

「くっ……、わかった」

「1、2、3でいくわよ。それ、1……、2……、3!!!」

「でりゃああああああ!!」

 鈴の青龍刀と箒の日本刀が同時に魔装兵器に接近する。

 だが敵もそう簡単に攻撃を受けてはくれない。

 魔装兵器は急上昇をすると、そのまま斜め前に降下した。

「逃がさないわよ!」

「……!」

 それに合わせて鈴と箒も動く。

 ある程度ダメージを受けた状態で、二人の一斉攻撃をくらえば、いくら魔装兵器といえ
どもタダではすまないだろう。

「とりゃああああ!!!」

 鈴の青龍刀が振り下ろされる。しかし、IS型の魔装兵器はそれをかわす。


(読み通り!)


 魔装兵器の動きを予想していた箒が、自身の剣をふるった。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:40:29.13 ID:GMhBNJobo<>
「そりゃ!」

 剣を振り抜くと、IS型魔装兵器の腕が斬り落とされているが見えた。

(やった……!)

 一瞬の油断。

 再び動き出す魔装兵器。

「な……!」

 魔装兵器は箒たちの攻撃には目もくれず、一番“厄介な敵”を狙っていた。

「……え?」

「セシリア!!」

 超高速で向かった先は、狙撃を狙っていたセシリア・オルコットの機体。

「きゃあああ!!」

 何とか直撃は避けたものの、セシリア機が大きな損害を負ったことは明白だった。

『オルコット機ブルーティアーズ、損害率68パーセント!』

 無線から山田真耶声が聞こえた。

『オルコット! 引き上げだ! 下がれ!!』無線を通じて千冬が叫ぶ。

「まだ行けますわ……!」

 無線から聞こえるセシリアの声に、ISの発する警報音が混ざっていた。

『いいから下がれ! 命令だ!』

 命令により強制的に戦闘領域から排除されたセシリア。

(私がここで仕留めていれば……!)

 箒は唇を噛むが、ここで後悔していてもはじまらない。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:41:14.71 ID:GMhBNJobo<>
「行くぞ!」

 基本武器の刀を握り直す。

 そして敵と高度を合わせる。

「ちょっとアンタ、何をする気なのよ!」

 鈴が横から叫んでいるが気にしている暇はない。

 ISに乗った状態でも、あの技が使えるならば……。

 箒は気合いを高める。

「破邪剣征……」

 だが、

 黒のIS型魔装兵器の胴体部分が開く。

「な……!」

 上野公園で見た、あの光の弾が箒を襲う。

「くっ……!」

 ギリギリで光をかわす箒。

 あの光は口から出ていたが、この魔装兵器は胴体から出している。やはりこいつはIS
ではなく降魔なのだ。
 
「なにボケッとしてるのよアンタ!」

「すまない……」

「セシリアはもういないんだから、アタシたち二人でやるわよ」

「あ、ああ」

「アタシが彼奴の動きを止めるから、アンタ、トドメを刺しなさいよ」

「え?」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:42:25.52 ID:GMhBNJobo<>
 いつも“美味しい部分”を持って行こうとする鈴が、そのような提案をすることに箒は
驚く。   

「アンタの刀のほうが良く斬れそうでしょう?」

「……わかった」

 確かに魔装兵器に右腕を斬り落としたのは鈴ではなく箒だ。

「行くわよ!」

 鈴は超高速で魔装兵器に接近する。

「そりゃ! でりゃ!」

 連続攻撃で敵の動きを封じようとする鈴。しかし、敵はこちらの考えを読んでいるのか、
鈴の攻撃を巧みにかわすと、箒の機体に接近してきた。

「な……!」

(焦るな! むしろ好都合だ!)

 箒は大きく旋回しながら気合いをこめる。一つの場所でじっとしているよりも難しいが、止まれば
的にされてしまう。

「待ちなさいよ!」

 鈴も敵を必死に追いかける。

 箒は、放課後に行っていた真耶との訓練を思い出した。

「ここっ!」

 空中で急停止する箒。

 自分の頭の上を、鈴と魔装兵器の二体が通り過ぎて行く。

 その後大きく旋回してこちらに向かってくると思われた魔装兵器。だが、急に方向を変えると、
鈴の機体に襲いかかった。

 片手一本で鈴と打ち合う魔装兵器に対し、箒は急接近をして刀を構える。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:45:49.26 ID:GMhBNJobo<>
(ここで倒して見せる!)

 だが、敵は再び箒を狙う。

「な!」

 至近距離で、敵の胴体が開く。

 箒は急速に旋回するが間に合わない。


 一瞬の衝撃――


 だがその衝撃は、敵からではなく真横からきた。

(鈴!?)

 鈴が箒の機体に体当たりをしたのだ。当然彼女のいる場所は、敵の射線上であった。

 眩しい光が鈴の機体に当たるのが見える。

 セシリアと違って、今度は直撃だ。

 一瞬、箒には鈴の声が聞こえたきがした。

「なにやってんの、早くやりなさい!」

 箒は敵を見据える。

 今度は迷わない。


「破邪剣征――」


 剣を持ち振りかぶる敵、

 だが、


「 桜 花 放 神 !!!!」


 凄まじい衝撃とともに、光が敵の魔装兵器を包んだ。

 IS型魔装兵器は、その本体が真っ二つに斬れた後、爆発した。






    * <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:46:37.57 ID:GMhBNJobo<>


 翌日、IS学園地下司令室―― 

「初出動はかなり苦戦したみてえだな」

 対降魔IS部隊の司令官にして、IS学園校長の米田はそう言った。

「申し訳ありません、校長」

 神妙な面持ちで頭を下げる千冬。

「報告は読んだ。セシリアは機体調整で二週間ほどIS搭乗不可、鈴は念のため二週間
入院だってな。無事なのは篠ノ之箒だけか」

「全ては私の責任です」

 確かに件のIS型魔装兵器は撃破できた。しかしその代償は非常に大きなものになって
しまったと千冬は考えていた。

「なあに、機体は壊れても人が無事ならそれでいい。機体は修理すればまた使えるからな」

「しかし校長」

「なんだ」

「もしオルコットたちが再び戦列に復帰できるまでの間に、またIS型の魔装兵器が出現したら……」

「まあ、そういう心配はあるな」

「それと、彼女たちの連帯にも問題がありました」

「そうだな。個性の強い連中ではあるからなあ。へっへっへ……」

「誰か、リーダーシップを取れる人がいれば」

「その点なら考えがある」

「え?」

「こいつを見ろ」 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:47:52.76 ID:GMhBNJobo<>
 そう言うと、米田は一枚の髪を千冬に渡して見せた。

「これは……」

「自衛隊の中で対降魔霊力を持った奴を探す時に偶然見つけたんだ」

「IS適性と、対降魔霊力を同時に持つ自衛官……?」

「ああ、そうだ」

「しかしこの人は……」

「防衛大学校主席。今度海自の幹部学校を卒業するというから、急きょIS学園に赴任
させるよう、手を回しておいた」

「しかし校長」

「なんだよ」

「彼は、“男性”ですけど」

「ああそうだ。だがこいつの血筋を見ると、別に珍しくないと思ったね」

「血筋……。この人はもしかして……」

「大神宗一郎――」

「……」

「あの、帝國華劇団花組の初代隊長にして、華劇団二代目司令官、大神一郎の直系の子孫だよ」







   つづく……? <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/19(日) 21:51:41.28 ID:GMhBNJobo<>  読み切りはこれでおしまいです。

 これは、もしもサクラ大戦の100年後の世界がISだったら、という仮定に基づいております。

 そのため、ISの設定はかなりいじっております。

 そして、仮に本編(第一話)をやるとすれば、大神さんの子孫(四代目)にあたる宗一郎くんが
主役となります。

 くっ……、身体が勝手に。

 それではごきげんよう。見てくださいましたかた、ありがとうございます。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2011/06/19(日) 21:53:34.21 ID:V0xwX9ZOo<> お疲れ様でした <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)<>sage<>2011/06/20(月) 00:00:52.01 ID:jtHNbEhFo<> これはいい

続き期待 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2011/06/20(月) 00:01:57.19 ID:jtHNbEhFo<> これはいい

続き期待 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/20(月) 00:02:02.22 ID:vqpl6PTDo<> まさかサクラ大戦とISのクロスとか俺得すぎる
是非とも連載化してほしいぜ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/20(月) 00:03:14.65 ID:vqpl6PTDo<> まさかサクラ大戦とISのクロスとか俺得すぎる
是非とも連載化してほしいぜ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2011/06/20(月) 01:33:14.33 ID:OL31Cqnuo<> 大事なことだったんだなw <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/21(火) 19:26:37.77 ID:OJNQWipDo<> みんなあんま大神さんのこと知らないかな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)<>sage<>2011/06/21(火) 19:46:02.96 ID:Hzjzimm+o<> 隊長の中の隊長を知らないなんて、まさかそんなわけ・・・・

まぁここで続けるのもいいが、落として別にやるのもありかと
続くなら <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/21(火) 19:52:18.81 ID:RvYn6FlTo<> >>586
サクラ大戦は4までが俺の青春だった <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2011/06/21(火) 22:10:06.64 ID:lLwx8Rgjo<> パチスロ打ちには有名 <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/27(月) 18:54:47.21 ID:5m8T0yclo<> 先日の脳内会議の結果、
「新連載の場合は新スレを立てる」ということが決定いたしました。

なお、このスレはボツネタ投下用、および経過報告用スレに再利用しようと思います。
(ただし、新スレが立ったら落とします)
それでは。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2011/06/27(月) 19:25:39.96 ID:ZOVhSVjqo<> 業務連絡乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/06/27(月) 19:27:15.15 ID:iUzip5Svo<> 新スレ立った時は誘導してくれると有難い <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/27(月) 20:37:44.34 ID:5m8T0yclo<> 了解です。
スレ立てに成功したら誘導いたします。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/06/27(月) 20:50:28.96 ID:5m8T0yclo<>  ただ、書けた場合はスレ立てをしますが、書けなかった場合は謝ります。


 さて、ここでボツになった企画を少々。
 これはボツ企画なので、誰かやりたいという人がいたらやってください。


   大神さんシリーズボツ企画

 ● 大神さんがエヴァンゲリオンに乗るようです。

 シンジくんの代わりに、大神さんがエヴァに乗る話。

 →コアなエヴァファンの怒りを買いそうだったのでボツ。
  あと、シャワーシーンばかりになりそうだったのでボツ。


 ● 大神さんがストライクウィッチーズの隊長になるようです

 大神さんがウィッチーズの隊長になる話。

 →筆者がストパンのことを全然知らなかったのでボツ
  あと、風呂を覗くシーンばかりになりそうだったのでボツ

 ● 大神さんが学園都市に来たようです

 大神さんが学園都市に来る話

 →来て何をするっていうんだよ    <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/03(日) 14:03:02.17 ID:5ZhejlNko<> とりあえず鈴が戻ってくるところまで書いた。

シャルは難しいなあー。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2011/07/08(金) 03:12:25.61 ID:e2dQc/qNo<> 頑張れ超頑張れ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/07/08(金) 19:56:26.65 ID:21KAnEQio<> 期待して全裸待機しとく <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/08(金) 23:02:34.11 ID:WGk+9UTRo<> シャル編マジキツイ。でも今週末中にケリをつけるぜ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)<>sage<>2011/07/12(火) 01:46:14.01 ID:0Zuu1ZOXo<> どうなったんでしょう <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/12(火) 19:29:29.43 ID:grtR2ciGo<> おかげ様で第六話までは書き終えました。
個人的には何度も書き直したりして、一番書くのがキツイお話だったのですが、
何とか乗り越えることができたと思います。

残りは、わりと楽しく書けると思います。
あと、ラウラは可愛いですね。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/12(火) 23:24:50.46 ID:grtR2ciGo<>  第七話もとりあえず完成です。

 わりと順調。

 あと、IS原作ファンには少し残念なお知らせですが、登場ヒロインはテレビアニメで
出てきた五人のみとさせていただきます。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/07/13(水) 00:29:26.79 ID:5C5zsREno<> >>601
全話書き上げて投下する気なのか
相変わらず素晴らしい
ヒロインの数は原作どおりでも問題ないぜ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2011/07/13(水) 00:49:58.94 ID:DJm+E19Go<> 主人公は名前違うけど、大神さんを意識して読めばいいのかな? <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/13(水) 05:39:32.62 ID:WdJbUzQLo<> 主人公は、大神さんの子孫ですが、生まれ変わりといっても過言ではない姿です。
祖母曰く、顔も性格も瓜二つ。

ちなみにキャラは、漫画版サクラ大戦を参考にいたしました。
大神さんの持つ適度なキモさが表現できれば幸いです。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2011/07/14(木) 13:27:38.89 ID:70hBBhSlo<> おk

結構楽しみだな、投下はいつ頃になりそう? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(中国・四国)<>sage<>2011/07/15(金) 19:16:01.83 ID:LbDT6COAO<> お、書ける <> ◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/16(土) 20:13:20.01 ID:FCmkU3rPo<> みなさんごきげんよう。
2日間の出張から帰ってまいりました。
ゆえに書き溜めはできておりません。
出張先も暑かったが家に帰っても暑い。もう逃げ場がない。


なお、投下に関しては、七月中の完成、八月初めの投下を目指したいと思います。 <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/24(日) 21:38:02.17 ID:Mfr/pIKHo<>  とりあえず本編完成。映画撮影でいえばクランクアップです。

 いや、辛かった。本当に辛かった。

 これより校正と編集をした後、7月30日(土)、サーバの状況によっては31日(日)までに
投下する予定でございます。

 ちなみに今回、テキストの容量が本編のみで363KBでございます。

 参考までに孤独の魔性少女が291KB、まどか☆イチローが142KBですから、本当、キ●ガイ
ですね。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2011/07/24(日) 22:08:43.42 ID:Lq0Ddq66o<> なげぇwwww
楽しみに待ってる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(兵庫県)<>sage<>2011/07/25(月) 00:01:36.42 ID:3xc9iB73o<> すげぇwwwwwwwwww そこそこ厚みのある文庫本並じゃないかwwwwwwwwwwwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/07/25(月) 00:56:10.48 ID:Ep+GP7RNo<> 終わりまで完成してからの投下って地味に凄いと思った
何はともあれ期待してるぜ <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/25(月) 18:49:35.91 ID:5TE6zMAbo<> モノを書く時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われなきゃあダメなんだ
独りで静かで豊かで……


 というのは冗談だけど、筆者はメンタルが弱いんで、横から色々言われると心が折れてしまう
可能性があるんですよ。だから完成させてから投下するのです。

 カレーのように、一晩置いたら文章にもコクが出るかもしれないし。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/07/26(火) 10:45:39.02 ID:N4L/dA1so<> ようやく11話まで読んだ
ほむほむきたと思ったら描写がパねえっす

柘植さんの本とかリアルな話でほんとほむほむ持ってそうww

プロの兵士かストーカーって褒めてんのかいちゃもんつけてるのかww

ゴローちゃんカッコかわいい <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/27(水) 21:01:07.98 ID:feoBX+8Co<> 推敲と校正はとりあえず終了。

思った以上に長い。一日じゃ終わらんかった。

自分でハードル上げといて、今更言い訳がましいけど、序盤はちょっと退屈かもしれん。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2011/07/28(木) 23:29:33.40 ID:Ap3WQwjeo<> >>614
期待してるぜ <>
◆tUNoJq4Lwk<>saga<>2011/07/30(土) 20:10:46.44 ID:qJ5PnGe/o<>  遅くなりましたが、新スレ立ちました。

 グルメ☆マギカともども、よろしくお願いします。

 IS 〈インフィニット・ストラトス〉 大戦
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1312022058/ <>