SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:13:41.08 ID:c4Axoe8J0<>初めに謝っておきます。これは以前に立てたものの、途中で落としてしまった話です。
なので今更……なのですが、途中まで読んでくださっていた方に申し訳ないので最後まで上げさせていただきます。

前半(再掲部分)は、モブの表記など一部修正しています

・まどかSS、マミと杏子の前日譚的な話です。二人が時に共闘しつつ、魔女がらみの事件を解決していく!みたいな話をちょっとずつ書いていくつもりです
・マミ杏子以外の魔法少女は出ません。筋の都合上、固有名詞のある独自キャラが一部出ます
 同様の理由で、独自設定なども出てきます。あしからずご了承ください
・話は暗めです。エログロは(多分)出ません。ご容赦ください<>マミ「杏子……」 SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:14:18.11 ID:c4Axoe8J0<>  6月も終わろうとしていたある日の昼下がり。見滝原中学の屋上から見渡せる街並みの上には、雨雲が低く垂れ込めていた。

「授業たりー。このままここでさぼっちゃおうか」

 屋上の片隅にあるベンチに腰掛けていた女生徒がそう言うと、隣に座っていた眼鏡の女生徒が手を目の高さにかざしながら言った。

「もうすぐ期末試験だよ。それにほら、雨……」

「ちっ。教室戻るか」

「あれ?」

「どした?」

「あそこで誰か寝てる」

 眼鏡の女生徒が指さす先には、一人の男子生徒が仰向けの姿勢で、手足を投げ出すようにして横たわっていた。

「ずぶ濡れになんぞ。起こしてやるか。……にしても酷い寝相だな、おい」

「そう……だね」

「……?」

「なんだか、まるで死んでる……みたい……」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:16:01.05 ID:c4Axoe8J0<>  巴マミが教室を覗くと、中には誰もいなかった。

(あれ……?教室が空っぽだ。移動教室かしら……?でもあの子の机は畳んだままになってるし、やっぱり今日も……)

「うちのクラスになんか用?」

 突然後ろから声をかけられてマミが振り向くと、気の強そうな女生徒が立っていた。

「あんた、確かとなりのクラスの……巴さんっていったっけ」

「ええ、そうよ。私は巴マミ。このクラスの青梅さんに借りていたノートを返しにきたんだけれど……お休みみたいね」

「へえ、あんたあいつの友達なんだ」

 女生徒はそういうと意地悪そうにマミの顔を見た。

(何なの、この子。人の顔をジロジロと……感じ悪いわね)

「あいつなら当分こないってさ。何かややこしい病気で入院してるらしいから」

「入院……?」

「なに?友達なのに知らないの」

 それだけ言って教室に入ろうとする女生徒をマミは呼び止めた。

「待って。入院って、どういうこと?」

「知らないよ。他の人に聞けば」

「そういえばこの教室、あなたの他に誰もいないみたいだけれど……」

「みんな屋上。あたしは血とかそういうの、苦手だから」

「屋上?」

「なんだ、あんた聞いてないんだ」

女生徒がそう言うと、マミは少しだけ口ごもってから言った。

「さっきまで図書室にいたから……。何かあったの?」

「屋上で2年が血流して倒れてんだって。自分で手首切ったらしいよ。あ、救急車来た」

「自分で?自殺、ってこと?」

「そうなんじゃないの。まだ生きてるかも知れないけど」

「でもそれって……」

「そ。今月に入って二人目。しかも両方2年。呪われてんじゃないの、うちの学校?」

 女生徒はそう言って笑った。

(呪いだなんて……冗談じゃないわ)

 そのとき、ものすごい勢いで誰かが階段を駆け降りてきた。

「おい、お前何してんだよ。すぐ屋上来いよ!」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:16:33.78 ID:c4Axoe8J0<>  どうやらマミの相手をしていた女生徒を呼びに来たらしかった。

「何なのよ。だからあたしは見たくないって……」

「屋上で倒れてんの、Kなんだよ!」

「え?」

 名前を聞いた瞬間、女生徒の表情が凍り付いた。

「Kが……?どういうことよ?」

「いいから早く来い!」

 呼びに来た男子生徒に引っ張られるようにして、女生徒は階段を駆け上がっていった。

(どうやら、あの子の知り合いだったみたいね。……そんなことより)

「キュゥベえ。聞こえる?近くにいたら返事して」

「僕はここだよ、マミ」

 その声とともに、猫のような白い身体がぴょこん、とマミの足下に現れた。キュゥベえと呼ばれたその不思議な生き物は、テレパシーでマミの心に直接語りかけた。

「話は全部聞いていたよ」

「どう思う?これってやっぱり……」

「立て続けに二人の生徒が自殺、か。魔女の仕業かも知れないね」

「とにかく私たちも屋上に行ってみましょう」 <> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:17:55.02 ID:c4Axoe8J0<>  雨の屋上には既に救急隊員が到着していた。生徒たちは傘もささずに、その様子を遠巻きに見守っている。

「これじゃあ私は近寄れないわ。キュウベえ」

「了解だよ」

 言うが早いかキュウベえはチョロチョロと人混みの間をぬけ、倒れている男子生徒の傍らでしばらく様子を観察すると、すぐにまた戻ってきた。

「どうだった?」

「当たりだよ、マミ。『魔女のくちづけ』だ」

「やっぱり……」

「あの子はもう、とても助かりそうにないね。手首をバッサリだ」

「そう……なの」

マミの顔が僅かに曇る。

「どっちにしても、今のところこの辺りに魔女の気配はないみたいだ。落ち着いて対策を考えよう」

 マミが戻ろうとすると、男子生徒を乗せた担架が階段の方に向かってきた。

(……?)

「どうしたんだい、マミ?」

「いえ、あの子……」

 ちょうどすぐ傍らを運ばれていった男子生徒の顔に、マミは何かしら引っかかるものを感じた。

「マミの知り合いかい?」

「そういうわけじゃ、ないんだけれど」

(気のせいかしら。よく考えれば、同じ学年なんだから顔に見覚えがあっても当然だし。でも……)

 見世物は終わったとばかりに、屋上の生徒は三々五々教室に戻っていく。雨足は少しずつ強くなって行くようだった。誰もいなくなった屋上で、マミはひとり、物思いに沈んでいた。 <> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:18:43.08 ID:c4Axoe8J0<> (入院だなんて……どうして私に何も教えてくれなかったのかしら)

 午後の授業が始まっても、マミは全く身が入らなかった。屋上での出来事も気にかかったが、それよりもその前に聞かされた事実の方がマミにとっては衝撃的だった。

(まあ、仕方がないかも知れないわね。幼なじみとは言っても、この頃は……ほとんど話をする機会もなかったし)

 マミは傍らで丸くなっているキュゥベえをちらりと見た。何を考えているのか分からない赤い瞳を今は閉じて、気持ちよさそうに眠っている。

(私が魔法少女をやっているなんて知ったら、あの子どんな顔、するんだろう。やっぱり、羨ましいって言うのかな……)
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:19:33.16 ID:c4Axoe8J0<>  巴マミと青梅あきは子供の頃からとても仲が良かった。小学校に入ったころは二人でよく遊んだ。しかし、やがて高学年になると、少しずつ疎遠になっていった。もともと大人しい性格だったあきは、クラスが離ればなれになってしまったマミに積極的に会いに来るようなことはなかった。それでもマミの方は、新しい友人たちとのつき合う一方であきの事も気にかけ、時々遊びに誘ったりもしていた。

 ……あの事故が起こるまでは。

(もし……なんて考えても仕方のないことだけれど)

 交通事故に遭い、失われる筈だった命をつなぎ止めることと引き替えに魔法少女になったマミは、二つのものを同時に失った。

 家族と、ふつうの少女としての青春とを。

 それまでクラスの人気者だったマミは、事故の後、だんだんと自分が周囲から浮いた存在になっていくのを感じた。

事故で一度に家族を失った悲劇の主人公にうまく接していくには、マミの友人たちはまだ幼すぎたのだった。

もちろん、それだけなら時間が解決してくれたのかも知れない。孤独の影をひきずりながらも、一人の十代の少女として、人並みの青春を送れていたのかも知れない。

 しかし、自分一人助かったことの代償に、マミは他の誰も背負ったことのない、過酷な運命を課されることになった。

(もし、もし魔法少女になんてなっていなければ、まだあの子と仲良しでいられたのかな)

 魔法少女として魔女と命がけの戦いをするようになったマミの目には、かつての友人たちはもはや違う惑星の住人のように見えた。ほんの少し前まで、自分もその輪の中で同じように笑いあっていたのだということが、どうしても信じられなかった。

 誰もマミに近づこうとしなかったし、マミも誰にも近づこうとはしなかった。学校にいるあいだ、空き時間は読書をして過ごした。そして、あきに声をかけることもまた、なくなったのだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:20:19.16 ID:c4Axoe8J0<> 「で、これからどうする気だい、マミ?」

 放課後、黄色い傘をさして家路につくマミの肩にしがみつきながら、キュゥベえは尋ねた。

「今日の事件が魔女の仕業だと分かった以上、放っておくとまた次の犠牲者がでることになるよ」

「ええ、分かっているわ」

 マミは言った。

「でも、魔女の居場所も分からないとあっては、ね。まずは何かとっかかりを見つけないと」

「そう言えば、前の事件というのはどういう状況だったんだい?」

「私も人づてに聞いただけだから、詳しくは……。2週間くらい前に、2年の女子生徒が自殺したって話だけど」

 ぴょん、と肩から飛び降りたキュゥベえは、大きな目でマミを見上げながら言った。

「もしその事件が今回と同じ魔女の仕業なら、何か共通点が見つかるかも知れないよ。調べてみる価値はありそうだ」 <> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:21:35.39 ID:c4Axoe8J0<> 「あったわ。小さく記事になってる」

 見滝原市立図書館の閲覧室で、マミは一人目の生徒の自殺を報じた新聞記事を見つけた。

「『……10日朝9時頃、見滝原市のショッピングセンター△△の屋上で、少女が血を流して倒れているのを警備員が見つけた。倒れていたのは見滝原中学2年のSさん(14)で、すぐに病院に運ばれたが既に死亡していた。少女の右手首には切り傷があり、警察では自殺を図った可能性もあるとみて捜査を進めている……』ですって」

「どう思う?」

「同じ魔女が関係していることはほぼ間違いないでしょうね。場所こそ違うけれど、どちらも建物の屋上で手首を切るっていうやり方が同じだもの。それにしても……」

マミは新聞を畳み、替わりに地図を取り出した。

「ずいぶんと奇妙だわ。どうして部屋の中じゃなくて、わざわざ屋上におびき出してそんなことをさせるのかしら」

「どうしてだろうね。それは魔女に聞いてみないと」

「え?」

「いや。それはともかく、少しだけ手掛かりを得たってことになるのかな?」

「どうかしら。これだけじゃまだ、雲を掴むようなものよ」

 地図を指さしながらマミは言った。

「いい?見滝原中学の場所がここ。で、一人目の子が死んでたショッピングモールというのがここなの。直線距離で言っても1キロ以上離れているわ。これじゃとても魔女の居場所を割り出す事なんてできない」

「魔女は移動しているのかな」

「だとしたら、そうとう逃げ足の早い相手ね。今日私たちが屋上に行ったときにはもう、気配の痕跡さえ感じられなかったんだもの」

「でも、もし遠く離れた場所から二つの事件を起こしたのだとしたら、それはそれで手強い相手だよ、マミ」

「ええ、分かってる。いずれにしても、これ以上は魔女の居場所を知る手がかりはなさそうね」

マミは立ち上がった。

「当面は、地道にパトロールするしかないみたい。かなり広い範囲を警戒しなくちゃいけないけど……」

「……」

「?どうしたの、キュゥベえ」

「……何でもないよ。とりあえず他に方法はなさそうだね。うまく使い魔でも見つけられるといいけれど」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:23:12.58 ID:c4Axoe8J0<>  図書館から出ると、雨はますます激しくなっていた。遠くからは微かに雷の鳴る音も聞こえてくる。

「ひどい雨……。キュゥベえ、魔女も気になるところだけど、今日のところはひとまず家に帰りましょう」

 マミは制服のスカートの裾をひらひらさせながら言った。

「この雨じゃ、こんな格好であまりうろうろするわけには行かないもの」

「君にまかせるよ、マミ」

「向こうの道を通れば、屋根があるわ」

 そう言うとマミは、歩いて5分ほどの距離にある商店街のアーケードの方角に歩き始めた。

(魔法少女なんていっても、雨から身を守ることさえ自由には出来ないなんてね)

マミは心の中でそう呟きながら苦笑いした。

 もちろん魔法を使えば、雨よけのシールドを作り出すことなどたやすい。しかし、そんなささやかな術であってもソウルジェムを濁らせるとあっては、迂闊に魔力を使うわけには行かなかった。

(何をするにも代償、代償……。どこまでだって飛んでいける羽根を持っているのに、籠に閉じこめられてしまった小鳥のようなものね)

 商店街の入り口で傘を畳みながら、マミは暗い空を見上げた。

(あき。魔法少女なんて、所詮こんなものよ。あなたが知ったらきっとがっかりするんでしょうね……)

「マミ!」

 その時、キュゥベえが突然心の中に話しかけてきた。

「気配を感じるよ。このすぐ近くだ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:24:11.99 ID:c4Axoe8J0<> 「!」

 マミはすぐにソウルジェムを取り出すと、辺りの気配に意識を集中した。

「この感じは……おそらく使い魔ね」

「あの路地の辺りだ」

 キュゥベえは、商店街の本通りから一筋離れたところにある暗い路地を指し示した。

「今回は逃がさないわよ」

「待つんだ、マミ」

 マミが路地に向かって駆け出そうとすると、キュゥベえが待ったをかけた。

「僕に考えがある」

「何なの?モタモタしてると、また逃げられてしまうわ」

「だったら逃がしてやろうよ」

「?」

「ここで使い魔を倒しても、魔女の本体を捜し当てる手掛かりにはならない。でもこっそり気配を追っていけば……」

「駄目よ」

 マミはキュゥベえの言葉を遮った。

「もし見失ったらどうするの?やっつけるチャンスがあるのに、みすみす街の人たちを危険にさらすわけにはいかないわ。それに、あの使い魔の本体が昼間の魔女だとは限らないわけだし」

「でも……」

「絶対に駄目」

 しばらく沈黙したあと、キュゥベえは言った。

「……分かった。実際に戦うのは君だからね。君の考えを尊重するよ、マミ」

「ありがとう、キュゥベえ」

 言うが早いか、マミはソウルジェムを目の前にかざした。ジェムから放たれた黄色い光がマミの身体を包み込む。

「まずは、お手並み拝見ってとこかしら」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:25:50.34 ID:c4Axoe8J0<>  光の中から現れたマミは、もう見滝原中学の制服などまとってはいなかった。

 白いブラウスに、髪の毛と同じ色のリボンとスカート。ブラウンのコルセットに、戦いにはやや不似合いなベレー帽。「魔法少女」としてのいつものマミのスタイルだった。

「油断は禁物だよ、マミ。どんな相手かよく分からないからね」

「分かってる」

 マミが路地に駆け込むと、そこには思った通り結界が張られていた。

(あまり強い魔力は感じない……。使い魔は……あそこね!)

 路地の奥の方に、醜い雛鳥のような姿をした異形のものが蠢いている。

「一気にカタをつけるわよ!」

 マミはそう叫ぶとベレー帽を空中高く放り投げた。ふんわりと空中に描かれた放物線の上に、美しい装飾を施した白いマスケット銃が次々と現れる。

(この距離なら……負けない!)

 激しい轟音とともに、夥しい数の砲身から一斉に銃弾が放たれる。それらは一つ残らず使い魔の身体に命中した。

(やっつけ……た?)

 蜂の巣にされた使い魔はしばらくその場でもがいた後、声一つ上げることなく掻き消えた。周囲に巡らされた結界がみるみる崩壊していく。

「さすがだね、マミ」

 キュゥベえが足下に近づいてきて言った。

「相手に反撃の暇を与えないなんて」

「え、ええ……」

 マミは変身を解きながら、あまりにあっけない勝利に微かな違和感を覚えた。

(反撃させなかったというより……相手に攻撃の意志を感じなかった)

「でも、事態は少しばかりやっかいになってきたね」

「え?」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:26:34.35 ID:c4Axoe8J0<>  問い返すマミを見上げながらキュゥベえは言った。

「君の学校から見ると、ここは一つ目の事件が起こった場所のちょうど反対側だろう?この使い魔の本体が何であるにせよ、これで僕たちがパトロールしなくちゃいけない範囲はますます広くなったと言わざるを得ない」

「それはまあ、そうかも知れないわね」

「……きみ一人で対応できるのかい?」

キュゥベえがそう問いかけると、マミの目元がわずかに険しくなった。

「……どういう意味?」

「言葉どおりの意味だよ、マミ。これだけの広い範囲を、君一人だけでカバーするのにはやや無理がある。今回の件に関しては助っ人がいた方がありがたいんじゃないかな」

「あの子のことを言ってるの」

 マミはキュゥベえを睨みつけるようにして言った。しかしキュゥベえはそれに動じた様子もなく言葉を続ける。

「彼女なら、君もやりやすいだろう?一度は一緒に戦ったこともある仲間なんだし、それに……」

「あの子が協力してくれるわけがないわ」

 吐き捨てるようにマミが言うと、さすがのキュゥベえも黙った。

「たとえ来てくれたとしても、前みたいに、なんて……」

「それは僕には何とも言えないね、マミ。でも、彼女の実力は……」

「あの頃とは違うのよ!」

 マミは叫びが薄暗い路地にこだました。降りしきる雨の音が、しかしすぐに辺りを包み込む。

「……あの子はもう、昔のあの子とは違う」

力なくマミは呟いた。

「私の知ってる、佐倉杏子とは」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:28:07.34 ID:c4Axoe8J0<> 「なんであたしが出ばらなきゃなんないのさ」

 鯛焼きをかじりながら、マミの顔も見ずに佐倉杏子は言った。

「あの街はあんたの縄張りじゃなかったのかい?巴マミ」

「杏子……私はそんな話をしにきたんじゃないわ」

「じゃ、何だってのさ」

 杏子は鯛焼きを食べ終えると、包み紙を丸めてマミに投げつけた。

「!」

「あんたはあんた、あたしはあたし。ついこの間、『話しあい』で決めたばかりじゃないか。忘れたのかい?」

「……」

「全く。ほんとに相変わらずだねえ、あんたと来たら」

 そう言いながら杏子は立ち上がった。

「とにかく、あたしの方には話すことなんか何にもないんだからね。用が済んだらとっとと帰りなよ」

「杏子……!」

 マミは唇を噛みしめて押し黙った。

 マミが訪ねて行ったのは、見滝原の郊外にある打ち捨てられた教会だった。

 石造りの聖堂の中の空気は冷たく、降り続く雨の音も聞こえてはこなかった。

 杏子が歩み去っていく足音が、重苦しい静寂の中で響きわたる。マミは俯いたまま、握りしめた拳を震わせていた。

「待つんだ、佐倉杏子」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:28:55.32 ID:c4Axoe8J0<>  沈黙を破ったのはキュゥベえだった。杏子は振り返ることなく、ぴたりと足を止めた。

「君の力が必要だ」

「知ったことじゃねーっつーの」

 冷たい空間に杏子の声が響き渡る。

「あたしはね、もう他人のためには金輪際戦わないって決めたのさ。何度も言ってるだろう?」

「それは僕もわきまえているつもりだ」

「じゃあ何かい?それ相応の見返りって奴を用意できるってのかい」

 キュゥベえは俯いたままのマミをちらりと見てから言った。

「戦いで得られたグリーフシードは君が持っていっても構わない」

「ハッ」

 杏子は、お話にならないとばかりに両手を広げた。

「グリーフシードだって?そんなもの間に合ってるよ。あたしはマミと違って効率のいい稼ぎをしてるからね。こっちからお裾分けしてやりたいくらいさ」

 言い捨てると、杏子は再びその場を立ち去ろうとした。

「杏子……あなたは私が憎いの?」

 その時、マミが絞り出すような声で言った。

「私が……私の事が憎くて、あなたは……」

「馬鹿か、てめーは」

 杏子は舌打ちした。

「これはあたしの生き方の問題なんだよ。他人は関係ない。あんたも含めてね、マミ」

 杏子はマミに向き直ると、正面からその瞳を睨みつけながら言った。

「だいいち、あたしのことが許せないって言ったのはあんたの方だろう?だからあたしはおとなしく『縄張り』を譲ってやったんじゃないか。それを今さら助けてくれだなんて、虫がいいにも程があるってもんさ」

「……」

「辛気くさい顔してんじゃねーよ。分かってんでしょ?もうあの頃には戻れないってことくらい。正義の味方気取って、一緒に仲良く魔女をやっつけて、あんたの淹れた紅茶飲みながら二人で夢を語りあって……なんてやってたあの頃にはさ」

 それだけ言ってしまうと、今度こそ杏子は振り返ることもなくその場を後にした。

「杏子……」

 残されたマミは、杏子の消えた方向を見つめたまま、ただその場に立ち尽くすだけだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:29:41.08 ID:c4Axoe8J0<>  期末試験が始まった。

 試験期間中もマミはなるべく時間を作って街をパトロールするようにはしていたが、さすがに普段と同じというわけには行かなかった。

「あまり無理はしないほうがいいよ、マミ」

 気遣ってくれているのか、キュゥベえがいつもと表情こそ変えないものの、そんな言葉をたびたび口にした。

「大丈夫よ。ありがとう、キュゥベえ」

 無理をするなと言われるたび、マミは決まってそう答える。

 しかし、実際は相当の披露が蓄積していることを本人も十分承知していたのだった。

(見えない敵を相手にするというのは、想像以上に応えるわね……。本当は試験勉強なんかやっている場合じゃないのかも知れないけど)

 期末試験も終わろうとしていたある日の放課後、一人図書室で自習をしていたマミは、ペンを走らせる手を止めて窓の外に目をやった。

 試験期間前から続く梅雨空を背に、見滝原の街並みがシルエットのように浮かび上がっている。

 雨は小やみになっているようだったが、帰るころにはまた降り出すかも知れないとマミは思った。

(ノート……夏休みまでに返そうと思っていたんだけど)

 マミは手元に置かれている灰色のキャンパス・ノートに目を落とした。

 表紙には小さな小さな文字で「青梅あき」と記名されていた。

(私、頑張ったんだから)

 そっと表紙に触れ、マミは目を閉じる。

(そう言えば、あの日はあの子がこの席に座ってたのね……)
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:30:30.34 ID:c4Axoe8J0<>  それは5月の中頃のことだった。

 昼休み、いつものように一人で図書室にやってきたマミは、お気に入りの窓際の席が誰かに取られているのを見てほんの少しがっかりした。

(あ、先客だ)

 しかしすぐに、その小柄な後ろ姿にどことなく見覚えがあることに気づいた。

(あれ?この子、もしかして……)

 相手も気配に気づいたのか、振り返ってマミの顔を見た。

 そして一瞬の間をおいた後、にっこりと笑みを浮かべて、言った。

「ひさしぶりだね、マミ」

 それはマミの幼なじみのあきだった。

「あき!本当、ずいぶんと久しぶりね。図書室に来るなんて珍しいのね」

「えへへ」

 あきはあどけない顔を崩して笑う。昔とちっとも変わらないな、とマミは思った。

「勉強していたの?」

 机の上にノートと辞書が置かれているのを見てマミが聞くと、あきは少し決まりが悪そうな様子を見せた。

「ん……まあ、そんなとこかな……」

 よく見ると、辞書はイタリア語の辞書だった。

「!イタリア語を勉強していたの?すごいわ。憧れてるって言ってたものね、イタリア留学」

 あきの父親は会社を経営していて、家は比較的裕福だった。

 小学生のマミがあきの家に遊びに行くと、きれいな母親がいつも美味しいお菓子と紅茶を出してくれるような、そんな家だった。

 家族でよく海外旅行もしていて、中でもイタリアが一番好きだと、あきはいつも言っていた。

「うん……」

 笑みこそ浮かべていたが、あきはあまり元気がなかった。

 マミが言葉に詰まっていると、あきは急に思いついたように言った。

「ねえマミ。屋上、行こ」

「え?」

「今日、すごくお天気いいし。ね、屋上行こ」

 そう言うとマミの返事も待たずに机の上を片づけ始める。マミは戸惑いながらも窓の外を見た。

 確かに、とても爽やかな5月の空が広がっていた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:31:48.98 ID:c4Axoe8J0<> 「うわぁ。やっぱり外は気持ちいいね、マミ」

 屋上のベンチに腰掛けたあきは、空を見上げながら気持ちよさそうに伸びをする。マミはその様子を見ながら、くすっ、と笑った。

「本当に変わらないのね、あき」

 そういいながらマミは、ほっとするような、胸がちくりと痛むような、何とも言葉にし難い気持ちになった。

 小学生のころはマミとあきの体格はほとんど同じくらいだったのに、今はマミの方が頭半分くらい高くなっている。

 体つきも、マミはずいぶんと女らしくふくよかになっているのに、あきはとても華奢だった。

 黒く透き通った瞳と、首筋から肩に流れる美しい髪の毛がなければ、痩せこけた男の子のように見えたかも知れない。

「マミはずいぶん変わったね」

「え?」

 その一言にマミはどきりとする。

「すごく色っぽくなったよ。お姉さんって感じ」

「もう。からかってるの?」

「えへへ。ばれた?」

「あきったら……!」

 マミは笑いながらあきを軽くこづいた。冗談だよー、と言ってあきも笑い始める。

 空は鮮やかに晴れ渡っていた。

 遙か頭上で、一羽の鳶が円を描きながら宙を舞っている。

 校庭で遊びに興じる生徒たちの笑い声が、風に乗って微かに聞こえてきた。

「でも、ほんとにマミはきれいになったよ」

 そう言いながらあきは、ブラウスの袖から伸びる白くて細い腕をマミに見せた。

「私なんて、こんなにやせっぽちだし。いつまでたっても何だか子供みたい」

「そんなこと気にしてるの」

 マミは言った。

「だいじょうぶ。あきはもともと美人なんだし、それに……」

「それに?」

「ふと気づいたときには、変わってしまっているものよ、人って。たとえ望んでいなくたってね」

 それを聞くとあきはしばらく神妙な顔をしていたが、やがてくすくすと笑いだした。

「?どうしたの?私、何かおかしなこと、言ったかな」

「ううん。ただ、何だか本当に、お姉さんみたいって思ったの。私よりもずっと先のほうを歩いてるって感じ……」

「そんなこと、言わないで。寂しくなるじゃない」

 笑いながらマミは言った。そこで会話は途切れた。

 屋上を渡る風の匂いは、マミにはとても懐かしく感じられた。

 もうずいぶんと長いあいだ、マミにとって記憶とは、思い出すのも辛い悲劇が暗い影を落とす暗渠のような場所でしかなかった。

 けれどもそのときマミの鼻先をくすぐっていった風は、確かに、かつてほんとうに幸せだったころの何かを象徴しているように思えた
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:32:29.93 ID:c4Axoe8J0<> 「ねえ、マミも勉強してみない?イタリア語」

 そろそろ戻りましょうか、とマミが促そうとしたとき、あきが唐突に言った。

「え?」

「ね、そうしよ。きっと楽しいよ。それに、そしたら来年一緒に勉強できるかも知れないし」

 見滝原中学では、3年になると総合学習の一環として第二外国語のカリキュラムを履修することができる。

 しかし、もちろんマミはそんな先のことなど考えたこともなかった。

「別に、興味がないわけじゃないんだけれど……。私は、あきみたいにイタリア留学することなんてないだろうし」

「えへへ。ほんとは、私もきっとムリなんだ。夢は夢のままで終わりそう」

 あきは力なく笑いながら、言った。

「あんまりうまく行ってなくて。私の家」

「そう……なの?」

 あきは俯いたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。

「お父さんがあまり家に帰ってこないようになって……。お母さんもそれでふさぎ込んじゃって、最近じゃ私が家事なんか全部してるの」

「そうだったの……」

「別にそれはいいんだよ?お母さんが辛いときは、私が支えてあげなくっちゃ、って思うし。でも、イタリアに行きたいなんて、とてもじゃないけど」

「でも、イタリア語の勉強をしてるってことは、あきらめてないってことでしょ?」

「そうだね。っていうか、それをやめちゃったら本当におしまいになっちゃいそうな気がして……。それが、怖いの」

 あきはベンチに両手をついて空を見上げた。マミもつられて空を見た。どこまでも青く、そして高い空が、そこには広がっていた。

 やがてあきは囁くように言った。

「マミ。夢ってほんとに、遠いんだね」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:33:05.42 ID:c4Axoe8J0<>  その夜。

「危ないマミ!」

 キュゥベえの声で、マミはすぐ脇に迫っていた使い魔の攻撃をかろうじてかわした。

「こっの……!」

 マスケット銃の台尻でその一匹を殴り飛ばすと、すぐさま持ち替えて後ろから襲いかかってきたもう一匹に弾丸をお見舞いする。

「しつこいんだから!」

 空中から次々と銃を取り出しては乱れ打つマミの華麗な攻撃の前に、使い魔たちは一匹、また一匹とその数を減らしていった。

「これで終わりよ!」

 その叫びと同時に、マミの周囲に浮遊していた無数のマスケット銃が一斉に吼哮する。

 残っていた使い魔どもは跡形もなく消し飛んで行った。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:34:28.26 ID:c4Axoe8J0<> 「ふう……」

 マミは変身を解くと、大きく息をついた。

「どうしたんだいマミ?」

 いつの間にか足下にすり寄っていたキュゥベえが、マミを見上げながら話しかけた。

「なんだか集中できていないように見えたよ。疲れているんじゃないのかい」

「大丈夫よ。ちょっと油断しただけ」

「だといいんだけど」

 キュゥベえはそう言うと口をつぐんだ。

 空にはぼんやりとした月が浮かんでいた。雨は結局降らなかったらしい。

 昼間、図書室で知らぬ間にうたたねをしてしまったマミは、キュゥベえが止めるのも聞かずにパトロールを決行した。

 疲れているのは自覚していたが、何らかの形で、睡眠で無駄にした時間の埋め合わせをしなければいけないと思ったのだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:34:59.05 ID:c4Axoe8J0<> (それにしても……今日も「はずれ」だったわね)

 マミにはむしろそのことが気がかりだった。

 確証はなかったものの、先日路地裏で相対した使い魔を送り込んで来た相手こそ、目下その行方を追っている、二人の中学生を自殺に追い込んだであろう魔女だと睨んでいた。

 事件のあったその日に遭遇したということもあるが、死んだ生徒の首筋にあった「魔女のくちづけ」に残されていた魔力の痕跡から微かに拾うことのできたパターンと、路地裏の使い魔のそれが似ていたからだ。

 だが、先ほど片づけた使い魔は大きくパターンが異なっていた。

 無関係ということだ。

(今日も手がかりなし、か。やっぱり、一人では少し荷が重すぎたのかしら)

 その心の内を見透かしたかのように、キュゥベえが語りかけてくる。

「マミ。もう一度考え直して、佐倉杏子に助太刀を頼んでみたらどうかな」

 マミはそれには答えず、ゆっくりと歩き始めた。

「やれやれ」

 キュゥベえは呆れるように言った。

「いったい何にこだわっているんだい、巴マミ。僕にはわけが……」

「行くわよキュゥベえ」

 キュゥベえの言葉をマミは遮った。

「大丈夫、これくらいで音を上げたりするもんですか」

 小さくため息をつくキュゥベえを後ろに従えて、マミは家路につくのだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:35:51.46 ID:c4Axoe8J0<> 「あ、巴さん」

 期末試験最終日。エントランスに向かうために保健室の前を通り過ぎようとしていたマミは、中から出てきた誰かにそう呼び止められた。

「今、帰り?」

「あら……久しぶりね」

 1年生のときに同じクラスにいた女生徒だった。

 そう仲がよかったわけではないが、今でも会えば立ち話くらいはする。

「どうしたの?体の具合でも悪かったの?」

 マミがそう尋ねると、女生徒は保健室の奥を顎で指し示しながら言った。

「ううん。私じゃなくて、彼女がちょっとね。保健委員だから、私」

 何気なく奥のベッドで横になっている生徒を見たマミは、それが先日あきにノートを返しに行ったときに話をした少女であることに気づいた。

「……?あの子……」

「なに?巴さんも、Mさんの知り合い?」

「あ、ううん。そういうわけじゃ、ないんだけれど……。」

 マミは、ひょっとしたら何か糸口が掴めるかも知れないと思い、切り出してみた。

「ねえ、ちょっと歩きながら話さない?保健室の前で立ち話するのもどうかと思うし」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:36:34.47 ID:c4Axoe8J0<>  女生徒がマミに話してくれたところによると、保健室で寝ていたMという少女は、このところずっと様子がおかしかったのだという。

「で、今日は試験中に気分が悪いからって抜け出して保健室。さっき話した感じじゃ、大したことはなさそうだったけど」

「もともと身体が弱いの?あの子」

「全然。普段は元気だよ、気強いけど。それが、最近ずっと暗い顔しててね。ま、ムリもないなーなんて、みんな思ってたんだけど」

「ムリもない、というのはどういうことかしら」

 マミがそう聞くと、女生徒は声を落とした。

「ほら、先月あったじゃん、屋上で」

「自殺……のこと?」

「彼女、死んだK君と幼なじみだったのよ」

「!そうだったの」

 あのとき少女が、自殺した生徒の名前を聞いたとたんに血相を変えて駆けだしていったのをマミは思い出した。

「朝も一緒に登校したりとか、仲よかったみたいだからね。精神的に来るのはわかるんだけど」

「……二人は、おつきあいしていたのかしら」

「それは違うんじゃないかな。自殺したK君には別に恋人がいたって話だけど」

「うちの学校の人?」

 マミがそう尋ねると、女生徒の表情がわずかに曇った。

「そこまではちょっと……。まあ、あの子なら知ってると思うけど」

 女生徒は、保健室の方をちらちらと振り返った。

 そして何か言いかけたが、思い直したのかそのまま口ごもってしまった。

「?どうしたの?」

 マミが水を向けると、女生徒はためらいがちに口を開いた。

「う、うん。これはあまり人には言わないで欲しいんだけど、実はこのことで妙な噂があってさ……」

 その時だった。

「お、保健室に行ってくれてたのか。どうだった、様子は?」

 女生徒のクラスの担任がちょうど階段から降りてきたところに鉢合わせした。

 そのまま二人は立ち話をはじめてしまったので、マミはその場を立ち去らざるを得なかった。

(何かしら。噂というのも気になるけれど)

(それよりも、ベッドで寝ていたあの子……やっぱり自殺した男子生徒と面識があったみたいね)

(うちの生徒が立て続けに同じ魔女の犠牲になったのは、単なる偶然なのか、それとも……。とにかく、彼女ともう一度話をする必要がありそう)

(さすがに保健室に乗り込んでいくのははばかられるけど……夏休みが始まるまでに話をするチャンスはあるのかしら)
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:37:25.65 ID:c4Axoe8J0<>  その日の午後。マミは一人で(正確にはキュゥベえを引き連れて)繁華街をぶらついていた。

「学校の試験とやらも終わったんなら、少しは息抜きをしたらどうだい」

と言うキュゥベえの言葉に従ったのだった。

 キュゥベえがそんなことを言うのは珍しかったが、よほど今の自分は疲労をため込んでいるように見えるのだろう、とマミは思った。

(実際、かなり無理をしているのは確かだし……。変に意地を張って、また佐倉杏子の名前を出されても鬱陶しいものね)

 マミはそう考え、久々に羽根を伸ばすことにしたのだった。

 街は華やかだった。

 このところ、パトロール以外の目的で街を歩くことなどほとんどなくなっていたマミにとって、新しくできたカフェや服飾店などが立ち並ぶ様子は刺激に満ちていた。

 舗道沿いのショーウインドウは、大胆な胸元のワンピースや色とりどりのシャツが鮮やかに彩っている。

(そういえば、夏服も欲しいところね……)

「ねえ、キュゥベえ」

「ん?なんだい、マミ」

「私、新しい服を買いたいの。つきあってもらえるかしら」

 マミがそう言うと、キュゥベえが不思議そうに聞いた。

「どうしてだい?衣服なら既にたくさん持っているじゃないか」

「持っていても、欲しいの。私だって女の子なんだもの」

「改めて言われなくても君の性別くらい承知しているつもりだよ。まあ、確かに最近のマミは、肉体の成長度合いと比較して若干衣服のサイズが小さすぎるとは思っていたけれど」

 マミは思わず顔を赤くした。

「ばっ……。そんなことまで言わなくていいわよ」

「何を怒っているんだい?正直なところ、僕にはそのくらいしか、君が新しい衣服を買う合理的な理由が思いつかないんだけれど。それに、一体なんだって僕が……」

「もう、うるさいわね!黙ってついてくればいいの」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:38:34.01 ID:c4Axoe8J0<>  試着室の中では、ライトブルーのキャミソールを試着したマミが、鏡を前に考え込んでいた。

(ううん……デザインは、とても素敵だと思ったのだけれど)

(私には似合わないのかしら……。人が着ているのを見たらきっと綺麗だと思うのに、自分だと何だか気後れしてちゃってダメだ)

(それに……やっぱりこの胸元はあんまりよね。いくら何でも大胆すぎるもの)

「いいんじゃないかな、マミ」

 いきなり後ろからキュゥベえに声をかけられて、マミは危うく叫び声をあげるところだった。

「……キュゥベえ!いきなり入ってこないでよ!」

 マミがテレパシーでそう伝えると、キュゥベえはまた不思議そうな顔をした。

「どうしてだい?入っていかなきゃ、君がどんな格好をしているか分からないじゃないか」

「だからって、いきなり女の子の着替えを覗くなんてマナー違反よ」

「君たちのマナーはよく知らないけれど、そもそもつき合って欲しいと言ったのは君のほうだろ?」

「そ、それはそうだけど」

「その衣服はなかなかいい選択だと思うよ、マミ」

「……そ、そうかしら?」

 腹を立てていたことを忘れてマミが思わずそう聞き返すと、キュゥベえは言った。

「そうとも。気温や湿度が高くなりがちなこの国の風土によく適しているし、肩関節を覆うものがないからとても動きやすそうだ。難をあげるとすれば物理的な耐久力に乏しい点だけど、まあ君たち魔法少女は戦闘に際しては変身するわけで……」

 マミは大きくため息をついた。

「はぁ」

 またしてもキュゥベえは怪訝な様子をして言う。

「一体なんだというんだい、マミ。僕はこうして肯定的な見解を述べているのに、何が気に入らないのかな」

「いえ、何でもないわ。無理を言って付き合わせた私が悪いんだものね……」

 疲れはてた様子でマミはそう言うと、キュゥベえを試着室から追い出すのだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:39:29.44 ID:c4Axoe8J0<>  結局キャミソールをあきらめたマミは、書店に立ち寄った後、駅の近くの小さなカフェに入った。

「ここの紅茶はとても美味しいのよ。それにマドレーヌも」

「へえ、マミがそう言うということはよほどなんだろうね」

 キュゥベえはそう言ってくれるものの、果たしてどこまで興味があるのかよく分からない。

(本当に、何を考えてるのかよく分からない子……)

 マミは窓際の席に腰掛けると、鞄からさっき買ったばかりの書物を取り出した。

 それは、真新しいイタリア語の辞書だった。

(本格的に勉強するなら、これくらいの辞書がなくちゃ、ね)

「お待たせしました」

 ウェイトレスが紅茶を運んでくる。

 その香りを楽しみながら、マミはさらに鞄から灰色のノートをとりだした。

(とりあえず、あなたのノートのおかげで初等文法はマスターしたつもりよ、あき。あなたがくれた”進級試験”にだって、今なら答えられるわ)

 マミはマドレーヌの欠片を紅茶に浸すと、それをそっと口に運んだ。甘く物憂い香りが、目を閉じたマミの鼻腔の奥深くでゆっくりと広がっていった。 
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:40:51.44 ID:c4Axoe8J0<>  あの日の屋上。

 マミは、別れ際にあきから一冊のノートを受け取った。

「イタリア語の初歩的な文法について、自分なりにまとめてみたの。その辺で売ってる参考書より、きっと分かりやすいと思うんだ。だからこれでマミも勉強してみて」

「でも、いいの?ノートがなかったら、あきが困るんじゃないの」

「大丈夫だよ。私はもう基礎のところは頭に入ってるし、それに……」

 あきがそこまで言ったとき、可愛らしい電子音が鳴った。

「あら?」

「!あ、ごめんマミ、ちょっと待ってて」

 そう言うとあきは後ろを向いて携帯をいじり始めた。

 どうやらメールが着信したらしい。

 マミはそっとあきの横顔をのぞき込んだ。

 驚きと喜びの入り交じった表情で、あきは懸命に返信メールを打っている。

(そういうこと……か)

 マミは胸の奥の方からわき起こりそうになる寂しさをどうにか押し隠して、わざとらしいほどに明るくあきの携帯をのぞき込んだ。

「どうしたの?いったい誰からのメール?」

「わ!ダメだよ恥ずかしい」

 滑稽なほどに取り乱したあきが、あわてて携帯を隠そうとする。

 その僅かな一瞬に、男子生徒と二人並んで写った写真が待受に設定されているのがマミには見えた。

「あら?その写真は誰なのかしら?」

「もう、マミったら……!」

 そう言うとあきは俯いてしまった。

 どうやら本当に恥ずかしがっているらしい。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:41:44.24 ID:c4Axoe8J0<> 「マミには今度話すよ……。また時間がある時にでも」

 そのとき、昼休みの終了5分前を告げる予鈴が鳴った。

「あ、昼休み終わっちゃう」

 あきは急に現実に引き戻されたように顔を上げて言った。

「教室に戻らなくちゃ」

「そうね。じゃ、また……」

 マミがさよならを言いかけると、あきはマミの目を正面から見つめてきた。

「……?」

「マミ」

「どうしたの?」

「マミ、また二人で遊びに行こう?その時までに、ちゃんとそのノートで勉強しといてね」

「え?でも、私……」

「約束だよ」

 マミの返事も聞かずに、ノートを強引に押しつけてあきは立ち去ろうとした。

 しかし、急に何かを思い出したのか、

「あ、そうだ。ちょっとノート貸して」

 と言うと、あきはペンを取りだしてノートの最後のページに何かを書き付け、改めてマミにノートを手渡した。

「えへへ。「進級試験」をつけといたよ。ちゃんと勉強したかどうか、分かっちゃうんだからね!」

 あきはそれだけ言うと今度こそ一人さっさと階段の方へと走って行った。

(もう。強引なんだから……)

 後に残されたマミは、手にした灰色のノートを見つめながら、屋上でひとり小さく呟いた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:42:41.43 ID:c4Axoe8J0<> 「どうしたんだい、マミ」

 キュゥベえの声でマミは我に返った。

「冷めてしまった紅茶は嫌いじゃなかったのかい」

「あら……」

 窓の外に目をやると、街はすっかり夕暮れに染まっていた。

 窓枠が店の中にひょろりと長い影を落とす。

 キュゥベえが言うとおり、マミの目の前の紅茶はすっかり冷めてしまっていた。

(もうこんな時間……)

 そろそろ帰らないと。

 そう考えながら、マミは手元のノートを何気なくめくった。

 かすかに黒く汚れたページの上に、あきが綴った小さなアルファベットがびっしりと並んでいる。

 その時だった。

(!あの子……)

 店のすぐ前を通り過ぎようとしている少女の姿がマミの目に止まった。

 昼間、保健室で寝ていたMという少女だった。

(ちょうどよかったわ。話を……話をきかないと)

「キュゥベえ!行くわよ」

 言うが早いか、マミは机の上の辞書やノートを鞄に押し込むと、少女を追うために店のドアへと向かった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:44:11.83 ID:c4Axoe8J0<> 「よっと」

 佐倉杏子が当て身を食らわせると、そのOL風の女性は小さな呻き声を上げてからその場に崩れ落ちた。

「しばらく眠ってな。あんたにゃ、ちょっとばかし刺激が強すぎるだろうからね」

 言いながら杏子は、気を失っている女性の髪をそっとかきあげ、「魔女のくちづけ」が確かに刻印されていることを確認する。

「さて、と……」

 杏子は立ち上がって周囲を見回した。

 そこはビルの地下駐車場だった。

 居並ぶ車が、非常口のランプに照らされて無機質な影をアスファルトに落としている。

「とっとと出てきなよ。あたしが片づけてやるからさ」

 杏子の声が無人の地下空間ににこだました。

 低い機械音のほか、何一つそれに応えるものとてない、と思われたその時。

 何もなかった空間に突如裂け目が走ったかと思うと、そこから浸み出すように現れた異様な風景がたちまち辺りを包みこんだ。

 魔女の「結界」だった。

「へへ、おいでなすったね」

 杏子は指にはめたソウルジェムを目の前にかざして目を閉じた。

 指輪から放たれた光は杏子の全身を包みこみ、やがてそれは深紅のドレスへと変わっていく。

 最後に空中から現れた、自らの武器である長い槍を手にすると、「狩り」を行う時のいつもの杏子のスタイルが完成した。

「さっさと片づけさせてもらうよ。せっかくの食い物が冷めちまうからね」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:45:24.12 ID:c4Axoe8J0<>  杏子にとって今夜の「狩り」は、ちょっとしたハプニングだった。

 いつものようにふらふらと買い食いをしていると、目の前を魔女に魅入られたとおぼしき人間が通りがかった。

 「狩り」をするつもりはなかったものの、獲物をみすみす逃すのももったいない、そう考えた杏子がこっそりその後をつけてみると、この駐車場まで来たところで案の定魔女の気配と遭遇した、というわけだった。

「そこか!」

 杏子の槍が一閃する。2、3体の使い魔が身体を両断されて断末魔の叫びを上げるが、本体に一撃を食らわせることはできなかったらしい。

「すばしっこいヤローだな」

 油断なく杏子は周囲に目を配る。

 目まぐるしく変化する結界の景色の中から、突然巨大な鋏が現れて杏子の眼前に迫ってきた。

「!」

 すんでのところでその攻撃をかわしざま、後ろから槍を見舞う。今度は手応えがあった。

「てめえが本体か……!」

 反撃の暇を与えず、一気に決着をつけようと考えた杏子は、そのまま踏み込んで更なる一撃を加えた。

 しかし、そこにもう敵の姿はなかった。

「……?」

 杏子が槍で突いたあたりの空中には黒い穴があき、やがてそれが爆発的に広がったかと思うと、周囲の光景は元の駐車場に戻っていた。

(ちぇ……)

 杏子はため息をつきながら槍をしまうと、変身を解除した。

(逃げられたか)
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:46:11.33 ID:c4Axoe8J0<>  不意打ちこそ食らいかけたものの、一太刀交えた感じでは、さほど強力な魔女ではないようだった。

 だからこそ、一気に屠り去ってしまおうと畳みかけたのだが、魔女の方も形勢の不利を敏感に感じ取ったらしい。

「はぁ、全くやってらんねーっての。ムダ足踏ませんじゃねーよ、雑魚が」

 そう毒づきながら立ち去ろうとした杏子は、足下で倒れているOLの存在を思い出した。

(あ、そうだった)

 どうしたものか思案しながら杏子は辺りを見回す。

(別に、このまま放置しても大丈夫っしょ。凍え死ぬ、って季節でもないしねー)

 その時、OLの右手に何かが握られているのが目に入った。

(……?)

 それは、赤く錆び付いたカッターナイフだった。

(!そうか。こいつ、これで手首を切るつもりだったんだな)

 杏子が後ろから声をかけたとき、OLはかがみこんだまま自分の左手首をじっと見つめていたのを思い出した。

(間一髪だった、ってことか。それにしても……)

 気を失ったままのOLの手からナイフをもぎ取ってから、杏子は記憶の糸を手繰る。

(この前、巴マミが探してた魔女のやり口ってのも、確か、理由もなく手首を……)

 その時、遠くの方から車のエンジン音が聞こえてきた。

 人が来る前にこの場を立ち去らなくてはならない、と杏子は思った。

(……どっちだ?)

 杏子は指輪をかざし、魔女の逃げた方向を探る。

 2、3秒の間杏子は目を閉じていたが、やがて小さく舌打ちした。

「……ちっ」

 暗い地下駐車場の片隅で、杏子は声に出して呟く。

「まったく、めんどくせーことになってきやがったな」

 ソウルジェムは、見滝原の市街地の方を指し示していた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:47:39.07 ID:c4Axoe8J0<>
以前に上げていたものはこの辺までだったと思います。

ここからはその続きです <> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:49:05.60 ID:c4Axoe8J0<> 「ちょっと、離してよ」

 保健室の少女―Mは、とりつくしまもないといった体でマミの手をふりほどいた。

「巴さん、だったよね確か。なんであんたがそんなこと嗅ぎ回ってるわけ」

 傍らを行き交う人々が、好奇の目を二人の方に向けながら通り過ぎていく。

 日は暮れかかっていたが、ネオンの灯り始めた繁華街は昼間とは違う賑わいを見せ始めていた。

「もちろん、不躾な振る舞いだということは重々承知しているわ」

 マミは相手の剣幕にひるむことなく、まっすぐに目を見つめ返しながら言った。

「ただ、どうしても気になることがあって」

「はぁ?気になることって、何」

「関係、と言えばいいかしら。立て続けに生徒が自殺したことについて、何らかの……」

 マミがそこまで言うと、少女の顔色が変わった。

「だから。あんたの知ったことじゃないだろ?てか、頭おかしいんじゃないの。なんであたしにそんなこと聞く訳」

 それだけ言って立ち去ろうとするMの背中に向かって、マミは叫んだ。

「待って!」

「?」

「あなたを助けたいの」

 Mは足を止めた。

「あなた、怯えているんでしょう?」

 マミは思い切ってこう問いかけてみた。

 一種の賭けだった。

 少女の攻撃性のうちに、何者かに対する恐怖が潜んでいると感じたマミは、鎌をかけてみたのだ。

「……?あんた、どこまで知ってるの」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:49:58.32 ID:c4Axoe8J0<>  Mの態度が、完全な拒絶から、不審と疑念に変わったのをマミは見て取った。

「いいえ、私は何も知らないわ。でも、あなたを恐れさせているものの正体についてなら、ひょっとしたら私の方が詳しいかも知れない、というだけ」

「ちょっと。マジ意味わかんないんだけど」

 きつい言葉とは裏腹に、Mはマミの言葉を聞くつもりになり始めたようだった。

 やはり何かに怯えているのだ。マミはそう感じた。

「……あなた、亡くなったK君と親しかったんですってね。なにか、その……思い当たることってあるのかしら、彼がああいう形で……」

「だからないって」

 Mはマミの目を見ずに答えた。 

「あたしが聞きたいくらいだし。……てか、あんたやっぱり知ってて聞いてるんじゃないの?」

「だから私は何も……」

「とぼけないで。あんた、あいつと仲いいんでしょ。Kたちのこと恨んでるとしたらあいつしかいないんだし、それに……」

 少女の言葉をマミは遮った。

「ちょっと待って。あいつ……って、あきのこと?それに、Kたちって……」

 Mは軽く舌打ちした。

「とにかく、あたしは関係ないでしょ?あんたも、何にも知らないんだったらこそこそ嗅ぎ回るのやめてよ」

 それだけ言うと、Mは今度こそ振り返ることもなく走り去ってしまった。

「!ちょっと……」

 マミが追いかけようとしたとき、キュゥベえが心の中に話しかけてきた。

「マミ!」

「?何なの、キュゥベえ。早く追いかけないと……」

「魔女だ。すぐ近くまで来ている」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:51:00.60 ID:c4Axoe8J0<> 「え……?」

 あわててマミはソウルジェムをかざした。

 確かに、魔女の反応があった。

 しかし、マミを驚かせたのはそのことではなかった。

「!キュゥベえ、これは……」

「君も気づいたかい。似ているね」

(あの時の……)

 男子生徒が自殺した日、雨の降りしきる路地でマミが片づけた使い魔が示していた魔力のパターンと、それは酷似していた。

(だとしたら、これが探していた……魔女?)

「マミ!来るよ!」

 キュゥベえの言葉を待つまでもなく、マミは人目のない路地に飛び込むと、ソウルジェムを空中に放り投げ、「変身」を完了した。

「今日こそ……逃がさないわよ!」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:52:57.85 ID:c4Axoe8J0<>  マミが精神を集中して気配を探っていると、やがて周囲の空間が歪み始めた。

 「結界」に取り込まれたらしい。

 その凶々しい周囲の雰囲気におよそ似つかわしくない優雅さで、マミは両手を広げ、自分の周りの空間にマスケット銃を展開した。

 どの方向から敵が現れても先手を取る自信が、マミにはあった。

「マミ、油断は禁物だよ」

「分かってる」

 キュゥベえとやりとりをしながらも、マミの神経は研ぎすまされる。

 「それ」は、突然目の前に出現した。

「!」

 しかし、マミの反応は魔女の速度を凌駕していた。

 マスケット銃が一斉に火を吹く。

「現れたわね!」

 マミは即座に後ろに飛びすさり、相手との距離を確保した。

 数発は命中したようだが、致命傷には至っていないらしい。

 マミの目の前で苦痛に身悶えているそれは、巨大な鋏の姿をしていた。

「とどめを刺させて貰うわよ……覚悟して」

 そう口にしながら、マミはひときわ巨大な銃身の銃を取り出す。

 動きの鈍った魔女にマミが狙いを定め、勝負が決するかに見えた……その時。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:54:06.15 ID:c4Axoe8J0<> (……!?)

 突如として強い違和感がマミを囚えた。

 その一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。

「マミ!避けるんだ!」

 キュゥベえの声が響きわたる中、巨大な刃がまるでスローモーションのように自分の首筋に食い込もうとしているのを、マミは見た。

(やら……れる?)

 次の瞬間、激しい金属音とともにマミの身体が宙を舞った。

「ぐっ……!」

 そのまま地面に叩きつけられたマミの身体の周りに土煙が舞い上がる。

「マミ!」

 慌てて駆け寄ったキュゥベえが目にしたマミは、しかし深手を負ってはいなかった。

「!無事だったのかい?」

「っつ……。ええ、どうやらそのようね」

 全身を襲った苦痛に唇を歪めながらも、マミは身を起こして、自らの首筋に手をやった。

「危ういところだったけれど」

 そう言いながらマミは、前方でまさしく魔女にとどめを刺したばかりの人物に目を向けた。

「……どうやら、助けて貰ったようね」

「まったく、ボーッと突っ立ってんじゃねえよ。このウスノロが」

 結界が消えていく中、聞き覚えのある声が路地にこだまする。

「相変わらず、オママゴトみたいな戦い方してるみたいだねえ?巴マミ」

「あなたこそ、この街に来るつもりはなかったのではなくて?」

 マミは変身を解き、声の主を睨みつけながら、言った。

「佐倉杏子」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:54:58.75 ID:c4Axoe8J0<> 「とにかく、これで一件落着というところかな」

 キュゥベえの高い声が場違いに響く。

 二人の魔法少女は、お互いに顔を合わせることもなく押し黙っていた。

「君は町外れから魔女を追いかけてここまでやってきた。そうだね、佐倉杏子?」

「……そうだよ。さっき説明したじゃねえか」

「だとすれば、ずいぶんと行動範囲の広い魔女だったわけだね。もっとも、そういうタイプもいないわけじゃないが」

「あなた、魔女に襲われそうになったひとを助けたと言っていたけれど……」

 ようやくマミも口を開く。

「それって、私たちと同じくらいの年の女の子だったのかしら」

「いや?違ったね。大人だった」

(場所もずいぶん離れているし、狙われたのもうちの学校とはおそらく無関係の大人。だとしたら、うちの生徒二人が犠牲になったのは……単なる偶然?)

(それとも……)

 マミの心の奥の方で、何とも表現しがたいもやもやとした感情が渦巻く。

 それは、先ほどの戦いの最中、ともすればマミの命を奪いかねなかったあの突然の違和感と、目に見えない糸で繋がっているように思えた。

「まあ、次の犠牲者がでる前にしとめることができてよかったじゃないか、マミ。目立ちにくい手口だから、放っておけば誰にも気づかれないまま、犠牲が拡大していた可能性は高いわけだし」

「……え?ええ、そうね。これで一安心ね、キュゥベえ」

(そう……。そうだわ。魔力のパターンも同じなら、「手首を切らせる」という手口も同じ。とにかく、災いの芽はこれで摘み取られた……はず)
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:56:03.61 ID:c4Axoe8J0<> 「じゃあ、あたしはこれで失礼させてもらうよ。グリーフシードも手に入ったことだしね」

 二人の会話になど興味もないとばかりにその場を立ち去ろうとする杏子の背中に、マミは声をかけた。

「……今夜の借りは、いずれ返させて貰うわ、杏子」

「おめーになんか、貸しを作るつもりねーっつの」

 振り返りもせずに杏子は言い放った。

「そんなことより、自分の身を心配した方がいいんじゃないのさ、あんた?さっきみたいな戦い方続けてたらさ」

 杏子は語気を強めた。

「次に魔女に食われるのはあんただよ。巴マミ」

「……!」

 マミは言い返そうとしたが、もうその瞬間には杏子の姿はどこにもなかった。

 怒りとも悲しみともつかない表情を浮かべて立ち尽くすマミを、キュゥベえはいつもの無表情でただ静かに見上げていた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:57:22.71 ID:c4Axoe8J0<>  その晩、巴マミは夢を見た。

 夢の中でマミは、ふわふわとしたベッドの上で丸くなっていた。

 枕元には、子供のころ大事にしていた小さなクマのぬいぐるみが転がっていた。

 ―もう失くしたと思っていたのに。

 マミは身体を起こしてあたりを見回す。

 見覚えのある絨毯、壁紙、カーテン。

 そこは、マミが子供時代を過ごした部屋だった。

 ああ、やっぱりそうだったんだ、とマミは思った。

 ―やっぱり、何もかも間違いだったんだ。

 長い長い間、ずっと一人で、誰にも想いは届かず、誰の想いも届かない、そんな時間を過ごしてきたように感じていたけれど。

 ―それはただの夢で、私はやっぱり今でもこの部屋で幸せに暮らしているんだ。

 そう思った。

 心の底から安堵したマミは、夢の中で泣きそうになった。

 誰かが階段を昇ってくる音が聞こえる。

 母親に違いなかった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:58:24.02 ID:c4Axoe8J0<>  ―ああ、紅茶を淹れてくれたのね。

 マミは母親を笑顔で迎えようと、入り口の方へ振り返ろうとした。

 しかし、身体は動かなかった。

 ―?

 どれだけマミが力を込めても身体は言うことを聞かず、代わりに部屋がぐるぐると揺れた。

 ―どうして。

 ―どうしてなの。もうすぐママが起こしに来てくれるのに。

 マミが焦れば焦るほど、ベッドの中に身体は埋もれていく。

 足音がドアの前で止まった。

 ノックの音がするーそう思ったとき、唐突に呪縛が解け、マミは真正面からドアに向き合った。

 ―ママ……。

 音もなくドアが開く。

 ―ママ……?

 マミの笑顔はそこで凍り付いた。

 ドアの向こう側には―
 
 空洞が、何もないただ真っ白な空洞が広がっているだけだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 02:59:49.59 ID:c4Axoe8J0<> 「……!」

 声にならない叫びとともにマミは目覚めた。

 身体中にびっしょりと汗をかいていた。

(夢……)

 そこは、見慣れたいつもの寝室だった。

(本当に嫌な夢。私、ずっとこんな……)

 マミの胸の奥で、寂しさと虚無感が渦を巻く。

 誰もいない部屋の中で、いつしかマミは瞳に涙を溜めていた。

 そんな風に泣くのは、本当に久しぶりのことだった。

(やだ……。どうしちゃったのかしら、私)

(強くならなきゃ……もっと強くならなきゃいけないのに)

 ―次に魔女に食われるのはあんただよ。

 別れ際の杏子の言葉がマミの耳の奥で甦る。

「あなたに言われなくても……分かっているわよ」

 マミは声に出してそうつぶやくと、涙を拭った。

 ―負けるもんですか。

 いつもそうして来たように、マミは心の中で強がってみせる。

 それだけが、マミをこれまで支えてきたものだった。

 しかし、さらに心の奥の方から、囁くような声が聞こえてくるのを、マミは聞いた。

 ―もし、負けてしまったら。

 ―いや、そもそも、何に負けるというのだろう。

 ―私は、何に勝とうとしているのだろう。

 ―魔女?

 ―違う。

 ―私はー




「おはよう!マミ」

 思考の堂々巡りを断ち切ったのは、キュゥベえの甲高い声だった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:00:52.46 ID:c4Axoe8J0<> 「どうかしたのかい?なんだか、とても疲れているように見えるよ」

「―あ。ううん、何でもないの。ちょっと、嫌な夢を見ていただけ」

「ふうん」

 ぴょこん、とキュゥベえはベッドの上に飛び乗ってきた。

「マミは、悪い夢をよく見るのかい」

「え?ううん、そう言うわけでは、ないのだけれど」

「僕は夢というものを見ないんだが」

 マミの顔をのぞき込みながら、いつもの無表情でキュゥベえは言った。

「人間は、覚醒時に処理仕切れなくなった記憶や感情を、夢を見ることで処理するんだろう?」

「そ……そうなの?」

 聞いたことがあるような、ないようなことを突然言われて、マミは面食らった。

「だとしたら、マミは自分でも気づかないうちに、抱えきれないほどの負の感情をため込んでいるのかも知れない。注意した方がいいね」

 マミは思わず苦笑いした。

 キュゥベえはよくこんな風に助言をしてくれるし、それはいつも正しいのだけれど、往々にして役に立たない。

 人が他人に求めているものは、必ずしも正しさではないのだと―キュゥベえに説いたところで分かって貰えるとは思えなかったが、それでもマミはそう言いたくなることがよくあった。

「ありがとう、キュゥベえ。私は大丈夫」

 キュゥベえを右腕で抱き上げると、マミはベッドから身を起こした。

 そして、自分に言い聞かせるようにして、呟いた。

「負けるもんですか」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:02:49.32 ID:c4Axoe8J0<>  カーテンを開けると、朝の陽光が部屋の中に降り注ぐ。

 マミは紅茶を淹れてから、鞄を開け、中から灰色のノートを取り出した。

(真夏の夜の夢……イタリア語ではなんていうのかしら)

 そんなことをぼんやりと考えながら、マミは最後のページをめくる。

 そこには、あきがマミにあてた、3つの「進級試験」が記されていた。

 1、子どもの頃、あなたは何を夢見ていた?

 2、子どもの頃、私は何を夢みていた?

 3、あなたにとって、私は何?

 (全部イタリア語で答えてね!)

 ラジオからは、ゆったりとした調子のピアノ曲が流れてくる。

 マミは眼を閉じて、その旋律に耳を傾けた。

(あなたの夢。私の……夢)

 紅茶の香りがそっとマミの鼻先を撫でて通り過ぎていく。

(あの日、二人で空を見ながら語りあった、私たちの……)
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:04:10.13 ID:c4Axoe8J0<>  マミとあきが、子どもだった頃。



 その日、あきの家の屋上で、彼女はマミに囁きかけるようにして尋ねた。

「ねぇ、マミ。マミは大人になったら何になりたいの?夢ってあるの?」

「え?」

 ぼんやりと空を見ていたマミは、驚いてあきの方を見る。

 あきの黒くて深い瞳が、マミの顔のすぐ前にあった。

「私の……?」

 マミは思わずあきの瞳を見つめ返した。

 その、どこまでも透き通った大きな瞳に、マミはいつも見とれてしまうのだった。

「マミ……?」

「え?ああ、私の夢、だったわね……」

 訝る様子のあきの声に、マミは我に返った。

「私は……。ええと、まずあきの方から話してくれないと」

「ええ?どうして?」

「だって、はじめに言い出したのはあきの方じゃない」

「ふふ。そうだね」

 あきは笑って言った。

「じゃあ、言うけど……。私の二番目の夢は、イタリアで暮らすこと」

「二番目?一番目は?」

 マミが問いつめると、あきは照れくさそうに言った。

「それは恥ずかしくて言えないよ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:05:57.66 ID:c4Axoe8J0<> 「ええ?あき、ずるい」

「でも、マミはまだ教えてくれてないじゃない」

「一番を教えてくれなきゃ、意味ない」

「うーん……」

 あきは目を閉じ、しばらく考えてから、言った。

「……誰にも言わない?」

「言わない」

「約束してくれる?」

「約束するわ」

 その言葉を聞くと、あきは立ち上がり、空を見上げた。

 そして、マミが予想もしていなかったことを言った。

「私、魔法使いになりたいの」

「え……?」

 一瞬、マミはあきが何を言ったのかよくわからなかった。

 そして、しばらくの沈黙ののち、ようやく言葉がマミの頭の中で像を結んだ。

「魔法……って、あの、魔法?」

「やっぱり言わなきゃよかった」

 あきはそういうと、本当に恥ずかしそうに顔を覆った。

「これ言うと、いつも笑われるんだ」

「笑ったりは、しないけれど……。それは、将来の夢と言えるのかしら?」

 マミの言葉に、あきは覆っていた手の指の隙間から瞳を覗かせて、言った。

「言わないかな……?」

「ちょっと、違うような気がする」

「でも、私が一番なりたいものなの」

「どうして?」

 そうマミが聞くと、あきは何を思ったのか、両手を頭の上で広げ、再び空を見上げた。

「ねえ、今日みたいに晴れた日の空って、本当に綺麗だよね」

「え……?ええ、そうね。本当にきれい」

 言いながらマミも空を見た。

 あきの言うとおり、そこにはとても美しく澄み渡った、青い空間が広がっていた。

「私はね、マミ、この世界の中で、空が一番好き。今までに見た一番きれいな海も、空の美しさにはかなわない」

 少し舌っ足らずなその口振りからは、さっきまでの照れや恥ずかしさの色は消えていた。

「イタリアで暮らしたいと思うのも、今までに行った国の中で、イタリアの空が一番きれいだったからなの」

「そうだったの……」

「でも、こんな風に下から眺めるだけなんて嫌。私は、あの空を自由に飛び回ってみたいの。鳥みたいに、鳥よりももっと自由に」

「だから魔法使い、ってわけ?」

 マミがそう問いかけると、あきはまた顔を赤らめてしまった。

「だって……。魔法でも使わないかぎり、人間は空なんて飛べないでしょ?」

 拗ねるようなあきの言葉に、マミは思わず笑ってしまった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:07:09.67 ID:c4Axoe8J0<> 「ええ、そうね。でも、やっぱりそんなこといきなり言われたら、誰だってびっくりするわよ」

「やっぱり、笑った」

 あきは口をとんがらせて言った。

「それより、今度はマミの番よ。マミは、将来何になりたいの?」

「私?」

 私は―

 マミは一瞬、考え込んでしまう。

 私は、何になりたいんだろう―。

「私は……私は、普通の女の子でいたい……とかじゃ、ダメ?」

「ええ?何よそれ。マミこそずるい」

「でも、私、別になりたいものなんてないんだもの」

 マミは言った。

「それより、あきみたいな綺麗な瞳をした、普通の女の子になって、普通に恋をして、普通にお嫁さんになりたい……。それじゃ、ダメかしら」

「ダメだよ、そんなの」

 あきはそう言うと、その黒い大きな瞳で睨みつけてきた。

「マミはこんなに可愛いんだから、普通にお嫁さんなんてダメだよ。私が許さない」

「そんな……」

 言いながら、マミはあきの瞳の奥を覗き込んだ。

 ―ほんとうに、なんて綺麗な瞳をしてるんだろう。

(あきがイタリアで見た空は、この瞳よりも透き通っていたのかな)

(だとしたら、私も見てみたい)

(何よりも、深くて、透明で―)
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:07:51.13 ID:c4Axoe8J0<> 「……曲の途中ですが、ここで気象情報をお伝えします」

 マミを回想から引き戻したのは、ラジオから流れてきた無機質な声だった。

「大型で非常に強い台風6号は、日本の南海上を……」

 思わずマミは窓の外を見る。

 たった今まで思いを巡らせていたあの日のように、空は青く晴れ渡っていた。

(台風が来るようには見えないけれど)

「そろそろ支度しなくていいのかい、マミ」

 キュゥべえが足下に近寄ってきてマミに声をかける。

「今日も、学校とやらがあるんだろう」

「あら、もうこんな時間……。ごめんなさいね、キュゥべえ。ついぼーっとしちゃったわ」

 そう言うとマミはもう一度空を見た。

 やはり、嵐が近づいているようには思えなかった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:09:18.35 ID:c4Axoe8J0<>  マンションのエントランスを一歩出ると、けたたましい蝉の鳴き声が四方から降り注いできた。

(夏、ね……)

 朝方とは言え、強い陽射しが容赦なく照りつける。

 なるべく日に灼けなくてすむよう、マミは少し遠回りになるのを承知で、木陰の道を通って学校に向かうことにした。

「どうしたんだい、マミ。いつもと違う道を通るのかい」

 キュゥベえが疑問をぶつけてきたが、マミは適当にあしらった。

 説明したところで、今度は「なぜ日焼けが嫌なのか」などと質問してくるに決まっていたからだ。

(あきは……いつ退院できるのかしら)

 期末試験の返却期間が終われば、もう夏休みだった。

 できることなら、マミはあきを誘ってどこかに遊びに行きたかった。

(懸案の魔女は倒したのだから……しばらくは、大丈夫よね)

 昨夜、佐倉杏子が退治した魔女。

 あれは、本当に―。

「おや?なにか騒がしいみたいだ」

 その時、キュゥベえが異変に気付いた。

 少し先にあるビルの前に、救急車が止まっている。

(まさか)

 なぜか嫌な予感がして、マミは走り出した。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:10:05.59 ID:c4Axoe8J0<>  救急車の周りには、野次馬たちが群がっている。

 その中には、通学途中の見滝原中学の生徒も何人か混じっていた。

「はい、担架通りますから下がってー」

 救急隊員の声に、人垣が崩れる。

 マミはその隙間に潜り込むと、ビルの入り口の方を覗き込んだ。

 ちょうど、誰かを乗せた担架が運ばれてくるところだった。

「ねえ、あの子、屋上で手首切ってたらしいよ」

「え?それって……またなの?」

 周りの生徒たちがそんなことを口々に噂するのを聞いて、マミは鼓動が速くなるのを感じた。

(まさか……?いえ、あの魔女はもう……)

「はい、下がってくださいー」

 救急隊員に担がれた担架が、マミの目の前を通りすぎる。

 その瞬間、マミは自分の楽観的な見方がやはり誤りであったことを知った。

 救急車の中に消えていったのは、昨日マミの手を振りほどいて夕暮れの街に消えていった少女―Mだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:13:23.02 ID:c4Axoe8J0<>  見滝原病院は、市民はもちろんのこと、近隣の自治体からも患者が多く訪れる巨大な総合病院だった。

 近代的だがどこか無機質なその建物の中は、ふだんは見舞客や患者でごった返していたが、日も暮れかかる時間ともなると、さすがに少し落ち着いた雰囲気を取り戻しつつあった。

「とにかく、たいした怪我じゃなくてよかったわ」

 夕日の差し込む病室で、マミはベッドの上の少女と向かい合っていた。

「……何があったのか、話して貰えないかしら」

 Mは、黙って俯いていた。

 真新しい包帯が巻かれた右手首が痛々しい。

 朝、マミが通りかかったビルの屋上で、やはりMは自らの手首を切ろうとしていた。

 刃物を突き立てるか突き立てないかというところで、たまたま屋上にいたビルの管理人が取り押さえたため、ほとんどかすり傷ですんだらしい。

 しかし、管理人の目の前で、Mは突然気を失い、救急車で運ばれたのだった。

「あなた、何か知っているのよね?うちの生徒が次々と……その、手首を切って……」

「ねえ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:14:30.08 ID:c4Axoe8J0<>  マミの言葉を遮るようにしてMは口を開いた。

「昨日も聞いたけど、あんたどうしてこんなことやってるの。探偵みたいにこそこそ嗅ぎ回ったりしてさ」

「私は……」

「あたしを助けたい、とか言ってたけど、そんなの嘘じゃん?ぜんぜん面識ないんだからさ」

 マミはため息をついた。

 たしかに、彼女にとってほとんど見ず知らずの人間であるマミを信用しろという方が無理があるかも知れない。  

「……そうね。私も、何も説明せずに色々と聞いたりして悪かったわね。ごめんなさい」

 マミがそう言って頭を下げると、Mは気勢をそがれたように俯いた。

(やっぱり怯えているんだ)

 その弱々しい表情を見て、マミはそう確信した。

 マミを問いつめる口振りにも、昨日のような刺々しい攻撃性は感じられなかった。

(何とか、話を聞けるかも知れない)

 そうマミは感じた。

「確かに、あなたを助けたいなんて言ったのは、半分は嘘ね。でも、半分は本当なのよ?私はあなたを助けたい。でも、あなただけを助けたいわけじゃない」

「……?」

「昨日も言ったことだけれど……私は、あなたをこんな目に遭わせた存在について、ふつうの人よりも少し詳しいの。信じて貰えないかも知れないけど……」

「それって、なんかオカルトじみた話……?」

「どう説明すればいいのかわからないけれど、たぶん、あなた自身も薄々感じ取ったはずよ。今朝、あのビルの屋上で……」

「わかんない」

 弱々しい声で少女は言った。

「いきなりそんなこと言われても、あたしだって自分に何が起こったのかわかんないんだもん。どうしてあたしたちが、こんな……」

「知り合いなのね?亡くなった生徒たちと」

「……ああ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:16:26.48 ID:c4Axoe8J0<> 「屋上で亡くなっていたK君……あと、その少し前になくなったSって女の子のことも知ってるの?」

「そうだよ」

 俯いたままMは答えた。

 とにかく、これで死んでいった生徒たちの間に一つのつながりが見つかった。

 マミはそう考えて、質問を続けた。

「実は昨日も隣町で自殺未遂があったのだけれど……その人はどう?うちの生徒じゃなくて、20代の女性なのだけれど」

「昨日?いや……わかんない。大人の知り合いなんてほとんどいないし」

「じゃあ、あなた自身について聞くわね。思い出すのもつらいかも知れないけど……今朝、何があったの」

 Mはうつろな目でマミを見た。

「だから、あたしにもわかんないんだよ。いつもどおりに学校に行こうとして、道を歩いているうちに……なんだか屋上に昇りたくなって」

「そして、手首を切りたくなったの……?」

「わかんない」

 少女は両手で顔を覆った。

「思い出せない。なんだか急に自分が自分じゃなくなったみたいになって、頭がくらくらして、それで……気がついたら病院にいた」

(やはり、魔女の仕業ね)

 Mの話で、マミは確信した。

 だが、だとすると佐倉杏子が倒した魔女はなんだったのだろう。

 Mの話が確かだとすれば、これまでに魔女に魅入られた人たちのうち、昨日手首を切ろうとしていたOLだけが彼女と繋がりがないことになる。

 昨日の魔女は、では全く無関係な別の魔女だったのだろうか。

 魅入られた人間が手首を切りたくなる、という点が偶然一致していたというだけで……。

 マミは窓の外を見た。

 まもなく訪れるという嵐の気配は、まだ感じ取ることができない。

 夏にしては冷たい風が窓の隙間から吹き込んで、静かにカーテンを揺らしている。

 部屋の中に目を移すと、テーブルに置かれたリンゴが沈みゆく太陽の光を受けて、病室の床に不吉な長い影を落としていた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:17:34.40 ID:c4Axoe8J0<> (……やはり、聞かないわけにはいかないでしょうね)

 次に何を少女に尋ねるべきか、マミにはわかっていた。

 昨日彼女と話した時から、ずっと心のどこかに引っかかっていたのだ。

 無意識裡にマミはそれについて考えるのを避けていたのだが、ここまで来て聞かずに引き上げることはやはりできない、と覚悟を決めた。

「あきとはどういう関係なの?あなた、昨日……」

 あきの名前を出した途端、Mの肩がぴくり、と反応した。

(……やっぱり)

 マミは質問を続けた。

「昨日、あなた言ってたわよね。あきがK君たちのことを恨んでいる、って。どういうことなの?K君「たち」というのは、亡くなったSさんも……」

「全部あいつの仕業だ!」

 唐突に少女が叫んだ。

「みんな、あきの呪いなんだ。そうじゃなかったら、あたしたちだけがこんな……」

 そう言いながら顔を覆って今にも泣きわめき出しそうなMの取り乱しようを目の当たりにして、マミは少なからず驚いた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:18:51.68 ID:c4Axoe8J0<> 「どういうこと?呪い?あきの?いったいどうして……」

「あんた、本当に何も知らないの?」

 マミの目を見てMは言った。

「あいつ―あきは、死んだKのことが好きだったんだよ」

「!そうだったの……」

「って言っても、完全な片思いだけど」

 少し落ち着きを取り戻して、Mは話を始めた。

「Kって誰にでも優しいから、ちゃんと彼女いるのに、あきのことも構ってやったりしてさ。それを勝手に勘違いして、あいつ……」

 少女は忌々しそうに顔を歪める。

「まるで自分がKの恋人、って態度だったんだよね。それでムカついて……」

「ムカついて、どうしたの?」

 マミが問いつめると、やや間を置いてMは答えた。

「……Kが彼女といるところに、鉢合わせさせてやったの」

「鉢合わせ?」

「自分の目でそういうシーンを見たら、いくら何でも身の程を知るかと思ってさ。Kと世間話してる時に、たまたまデートの待ち合わせ場所と時間を知っちゃったから思いついたんだけど。昼休み、Kが携帯を置いて教室の外に出たときに、こっそりそれを借りて「会いたい」ってあきにメールしたわけ。Kが彼女と待ち合わせしてる場所と時間を指定して」

「酷いことをするのね」

「……」

「で、その目論見はうまく行った訳ね」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:20:36.70 ID:c4Axoe8J0<> 「その待ち合わせ場所を知ってる人間はあたししかいなかったから、すぐKはピンと来て、その場で謝ったらしいけどさ。たぶんあたしの悪戯だって。そしたらあきはその場は笑って帰ったらしいけど……」

 そこでMは一瞬言いよどんだ。

「けど?」

「……週明けになっても、学校に来なかったんだよ、あいつ。何か病気ってことになってるけど、ひょっとしたらそのことと関係あるのかも、って……」

「!」

「あたしだって、そこまで傷つけるつもりはなかったんだ。あいつのこと嫌いだったけど、Kから離れてくれたらそれでよかった。なのに……結局、Kはあたしと口も聞いてくれなくなったし」

「当たり前じゃない!当然の報いだわ。あなたはそれだけのことをしたのよ」

 マミがそう詰ると、Mは黙り込んだ。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:21:43.16 ID:c4Axoe8J0<>  親友のあきがそんな目に遭わされたことにマミは激しい怒りを覚えたが、その時、ふとあることを思い出した。

「……それって、いったいいつ頃の話?」

「2ヶ月くらい前だったと思う」

 そう聞いて、一つの推測がマミの頭の中に浮かび上がった。

 ひょっとして、あの日屋上であきが受け取ったメールは、この少女が送ったものだったのではないだろうか。

 マミは懸命に記憶を手繰った。

 そう考えてみれば、あわてて隠そうとするあきの手元から一瞬覗いた携帯の待ち受け画面に写っていたのも、屋上で自殺していたKという男子生徒だったような気がする。

 担架で運ばれていく面識のないはずの男子生徒の顔に、なぜか引っかかるものを感じたのも、そうであれば合点が行った。

「……どうしてそんなことをしたの?」

 Mは答えなかった。

 病室の前の廊下を、看護師たちが何か談笑しながら通り過ぎていく。

 その笑い声が遠ざかってしまうと、再び沈黙があたりを支配した。

「あなたも、好きだったのね?K君のこと」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:22:18.42 ID:c4Axoe8J0<>  マミが問うと、Mは微かに頷いた。

「だからと言って、到底許されることではないわ」

「我慢できなかったんだ。他の子ならともかく、あきみたいな地味なのがKにつきまとってくるなんて……」

 マミはため息をついた。

 屋上であきが見せた、あの嬉しそうな照れ笑いがマミの脳裏に甦る。

 たぶん、Kの方から会いたいと言われたのはあの時が初めてだったのだろう。

 それが、真っ黒な悪意を乗せたメールであるとも知らずに。

 目の前の少女に対する怒りを抑えることができずにマミは唇を噛みしめた。

「……とにかく、それが理由なのね?呪いだなんて考えたのは。そのことで、あなたやK君のことをあきが恨んでいると思いこんだ訳ね」

 ばかばかしい、とマミは思った。

 あきは何も悪くない。それなのにこの少女は、自分たちに訪れた災いについてあきを逆恨みしている。

「確かに、呪われても仕方のないことをあなたはしたのでしょうね。でも、初めに亡くなったSさんはどうなの?何か関係があるとは思えないのだけれど」

「大ありだよ」

 Mは言った。

「あたしが鉢合わせするように仕向けた、Kの彼女っていうのが……そのSなんだ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:26:09.44 ID:c4Axoe8J0<>  病院から出る頃には外はすっかり暗くなっていた。

 心なしか風が強くなっているように、マミは感じた。

 ついに嵐が近づきつつあるのかも知れない。

 ―呪い。

 少女はその言葉を口にした。

 あきが、屋上で手首を切った生徒たちを呪っていたのだと。

 もちろん、すべてはあのMという少女の思いこみに過ぎない。

 彼女は、あきに向けて放ったおのれ自身の暗い悪意の影に苛まれているだけなのだ。

 マミはそう思いたかった。

 しかし。

 ―魔女は、人の呪いや悪意から生まれてくる存在だ。

 キュゥべえから何度となく聞かされた、魔女の本質についての定義が脳裏をよぎる。

 だとしたら―

(あの子が……魔女を生んだというの?)

 そもそも、魔女がいったいどのようにして生まれてくるのか、正確なところをマミは知らなかった。

 人の心の中から、悪意に染まった魂のようなものが抜け出して魔女となるのか。

 負の感情を抱いた人間が、ある時魔女へと姿を変えるのか。

 その時、元の人間はどうなってしまうのだろう。 

 仮に―もし、仮に、見滝原の生徒たちを次々に自殺へと追いやった魔女の出現にあきが関わりを持っているのだとしたら―今、あきは無事でいるのだろうか。

 5月に偽のメールの一件があって以来、あきが学校に姿を見せていないという事実が、マミの心に重くのしかかる。

 いったい、あきはずっと家に引きこもっているのだろうか。それとも―
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:27:51.17 ID:c4Axoe8J0<>  矢も盾もたまらず、マミはあきの携帯に電話をかけてみた。

 だが、電源が切れているのか、やはり繋がることはなかった。

(お家の方にかけてみようかしら)

 マミは逡巡しながら、何とはなしにポケットから一枚のメモを取り出した。

 今後も何か連絡をとることがあるかも知れないと、別れ際にMからメールアドレスを聞き取ってメモしたのだ。

 初めは本人に書いて貰うつもりでペンとメモ用紙を手渡したのだが、Mは利き腕に包帯を巻いていたので、マミが聞き取ってメモしたのだった。

(彼女に聞いても、何も知らないだろうし……)

 やはりあきの家の方に電話してみよう、そう考えて携帯からかけてみたが、あいにく外出中らしく、留守番電話に繋がった。

 簡単に用件を録音して携帯をしまおうとした時、マミは妙なことに気づいた。

 Mの右手に巻かれた包帯。

 なぜ、あの少女は利き腕に包帯をしていたのだろう。

 右利きの人間が自分の手首を切るのなら、右手に刃物を持って左の手首を切るのが普通ではないのだろうか。

 絶対に誰もがそうするとは断言できないが、マミは不自然さを感じた。

 もし、魔女の影響によるものだとしたら―

 その時、携帯の着信音がなった。

 あきの家からだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:29:06.62 ID:c4Axoe8J0<>  マミがマンションに帰り着くのと、雨が降り出したのはほとんど同時だった。

「おかえり。遅かったんだね、マミ」

 真っ暗な部屋の中から、いつもと変わらないキュゥべえの声がした。

「ずっと病院にいたのかい。それとも、どこかに寄り道をしていたのかな」

「……ちょっと、図書館に寄っていたのよ」

 マミは部屋の灯りをつけると、キュゥべえと目を合わさずに言った。

「勉強かい?それとも、今回の件で何か調べ物をしていたのかな」

 マミは返事をしなかった。キュゥべえはそれには構わず言葉を続ける。

「実は、僕の方でも気づいたことがあるんだ」

「……何かしら?」

「これを見てくれるかな」

 テーブルの上には、見滝原市の地図が広げられていた。

 ところどころに、ペンで印がつけられている。

「今朝の件を含めて、同一の魔女の仕業と思われる自殺、もしくは自殺未遂の起こった場所を、僕は地図に落としてみたんだ。一見、規則性はなく、距離もお互いにかなり離れているように見える。でも……」

 キュゥべえはぴょん、とテーブルの上に飛び乗って、言った。

「ねえマミ、君は昨日の一件……あれをどう思う?」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:30:43.38 ID:c4Axoe8J0<> 「どう、と言われても……」

 マミの応えはどこか歯切れが悪かった。

「もし、あの魔女がここ最近の一連の事件の元凶だったとしたら、もう一件落着のはずだ。だって、佐倉杏子が倒してしまったんだからね。にも関わらず、今朝、また同じような事件が起こった。となると、考えられる可能性は二つしかない」

「……」

「昨日の事件が他の件とは無関係であるか、でないとしたら、今朝の事件が無関係であるか。そのどちらかだ。ここに僕の見解を付け加えさせて貰えるなら……」

 キュゥべえはマミの目を見た。

「イレギュラーなのは、昨日の事件の方だろうってことだ。それは、他の3人が君の通う学校の生徒であるという共通点を持っていることもあるけれど……」

 話をしながら、キュゥべえは地図を前肢で指し示す。

「佐倉杏子が人間を助けたという駐車場―、それをこの地図から除外する。残る3つの点を通る円を頭の中で描いてごらん。すると、その中心にある施設が……」

「……見滝原病院」

 マミが呟くようにそう言うと、キュゥべえは驚いたようだった。

「へえ。君も気づいていたのか。さすがだね、マミ」

「……」

「以前にも言ったことがあると思うけど、病院というのは魔女に狙われやすい場所だ。ましてや、見滝原病院ほどの大きな病院ともなると、相当強力な魔女が根城にしていても不思議じゃない。君の学校の生徒たちを自殺に追いやった元凶は―きっとここにいる。もっとも、実際に手を下したのはこいつの使い魔じゃないかと僕は睨んでいる。おそらく、この病院から手下を操って、次々に人間を毒牙にかけているんだ」

「推測に過ぎないわ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:31:38.47 ID:c4Axoe8J0<>  マミがきつい口調でそう言うのを聞いて、キュゥべえはまた意外そうに言った。

「どうしたというんだい、巴マミ。確かにこれは僕の推測に過ぎないけれど、一連の事件に終止符を打つための大きな手がかりになるかも知れないじゃないか。なぜそんな無碍に否定するんだい」

「別に……否定するわけじゃないのよ。でも……」

「それよりも、君の方で得た手がかりについても聞かせてくれないかな。図書館には、何を調べに行っていたんだい?」

 キュゥべえは、いつも通り表情を浮かべないままでマミに問いかけてきた。

「初めの事件についての新聞記事を、もう一度確かめに行っていたの」

 マミは言った。

「気になることがあって」

「どういうことかな」

 ここでキュゥべえに話すべきか否か、少しの間マミは迷った。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:32:21.67 ID:c4Axoe8J0<> (でも、この子は私と一緒にいつも戦ってくれている……。隠し事なんて、すべきじゃないわ)

 マミは最終的にそう考え、口を開いた。

「夕方、病院に行ったの。今朝救急車で運ばれていった女の子に話を聞くために」

 それからマミは少女から聞いた話をかいつまんで話し、最後に、病院からの帰り道でふと脳裏をよぎった疑問について、キュゥべえに告げた。

「うろ覚えだったけれど、初めに死んだ女の子も右の手首を切っていたと記事にあった気がしたの。調べてみたら、案の定……」

「学校の屋上で死んでいた男の子も右手を切っていたね」

 キュゥべえがこともなげにそう口にするのを聞いて、今度はマミが驚く番だった。

「あなた、そんなことまで覚えているの?」

「もちろんだよ。僕の脳は人間と違って、認識した事実はすべて記憶として保持できるようになっているからね。でも、それは何か重要なことなのかい?君たちにとっては、どちらの腕を傷つけるかという選択には何か特別な意味が付随するものなのかな」

「そうじゃないわ」

 マミは自分の右手をひらひらさせた。

「単純に、生物学的な問題よ。私たちの大半は右腕が利き腕だし、もし刃物を使って自分の手首を切るのなら、利き腕じゃない方を切るのが自然だから……」

「なるほど、そういうことか」

 ぴょん、とキュゥべえはテーブルから飛び降りた。

「それは僕も気づかなかった。確かに不自然だ。これは大発見かも知れないよ、マミ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:32:58.06 ID:c4Axoe8J0<>  マミは答えなかった。

 俯いたまま、何か考え事をしている。

 それを見て、キュゥべえが理解できないといった口調で問いただしてきた。

「本当にどうしたんだい、マミ。魔女の居場所の当たりもついたし、思いがけない手がかりも得た。真相に多少なりとも近づいた気がするんだが、君はまだ何か気にかかることがあるのかい」

「……魔女に魅入られた人たちの行動と、魔女を生み出した呪いとの間には、因果関係があるのかしら」

「それなりにある、と考えるべきだろうね。もちろん、なぜ右腕を傷つけるのかという理由が分からない限り、核心には迫れないだろうが」

 キュゥべえは言った。

「呪いを生み出した当の人間の習性が、魔女の性質を決定づけるというのは、言ってみれば当然のことだからね。そこから探ってみるのもいいかも知れない」

 マミはそれだけ聞くと、小さな声で、分かったわ、と言い残して寝室に引き上げていった。

 その後ろ姿を、キュゥべえは表情も変えずにただ見つめていた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:33:46.23 ID:c4Axoe8J0<>

 あきの母親が電話で伝えてくれた話によれば、5月のある日、いつになく沈んだ表情であきが帰宅したのだという。

「家の中がこの頃うまくいっていないから、きっとそのせいだと初めは思ったの」

 とあきの母親は言った。

 夕食の時間になっても部屋から出て来ないのを心配して覗いてみると、誰もいなかったため、慌てて家中を探すと屋上で意識を失っていたのだという。

「!意識って……あの、まさか自分で自分を、その……」

 マミは思い切ってそう聞いてみたが、母親は否定した。

 嘘をついているようにも思えなかった。

 その後、すぐに救急車で運んだものの、今日に至るまで意識が戻らないらしい。

 回復したら見舞いに行きたいから連絡して欲しい、と告げて、マミは電話を切ったのだった。

(少なくとも、あきは生きている)

(だとしても……魔女を生んだのは彼女なの?)

(もしそうなら……私は魔女を倒すべきなのかしら。もし魔女を倒せば彼女の意識が戻るのだとしたら。でも、もし逆に……)

 マミの頭の中を様々な思考が駆けめぐった。

 ふと傍らを見ると、ベッドの上に投げ出された鞄から灰色のノートが飛び出しかけている。

(……)

 マミはそのノートを手にとってめくった。

 全体的に薄くかすれた、しかし綺麗な筆致。

 ―あなたにとって、私は何?

 最後のページに綴られた、あきからマミへと向けられたあの問いが脳裏をよぎる。

(あき。あなたは)

(私にとってあなたは―)
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:34:42.21 ID:c4Axoe8J0<> 「なるほど。君の様子がおかしかったのはそういうわけか」

 突然背後からキュゥべえの声がして、マミは驚きのあまり声をあげた。

「キュ、キュゥべえ!いきなり話しかけないでよ!びっくりするじゃない!」

「いや、すまなかった。あまりに君の様子が普段と違ったものでね、マミ」

 そう言いながらキュゥべえはマミの正面に回り込んだ。

 マミが手にしているノートを見上げる形で、キュゥべえは言った。

「君は、そのノートの持ち主が今回の件に関わりを持っているんじゃないかと疑っているんだね」

 マミは息を飲んだ。

 薄暗い部屋の中で、キュゥべえの丸い瞳が赤く光っている。

「そのノートの持ち主は左利きだ。違うかい?」

「ど、どうしてそんな……」

 努めて冷静さを装いながら、マミは問い返した。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:35:25.43 ID:c4Axoe8J0<>  そんなマミの内心を知ってか知らずか、淡々とキュゥべえは言葉を続ける。

「君たちは文字を左から右に書くだろう?マミのノートも見せて貰ったことはあるけれど、ページがそんなに薄汚れたりはしていなかったはずだ。それは君が右手で文字を書くからだよね。でも、もし左手で書く人間だったら、必然的に文字は自分の手で擦られて、ページ全体が汚れてしまうだろう」

 キュゥべえは耳の先でノートを指した。

「ちょうど、そんな風にね」

「た、確かに……」

 マミは必死で言葉を振り絞った。

「確かに、あきは左利きだったわ。そういう意味では、さっきの話と符号してくるのかも知れない。でも、そんなもの手がかりとも呼べないわ」

「もちろんさ。さっき僕は、魔女を生み出す原因となった人間の習性が魔女の特質を規定し、ひいては魔女の犠牲者の行動に影響を及ぼすかも知れない、とは言った。でも、それは可能性の問題に過ぎないし、それに…」

 キュゥべえは何か言いかけたが、ふと思い直したように、マミに問いを投げかけた。

「そうだ、その前に確認しておきたいんだが。その子は今、どこにいるのかな?」

 マミは答えなかった。

 強い風が窓をガタガタと揺らす。

 徐々に激しくなりつつある雨の音が、部屋の中の沈黙を包み込んだ。

 キュゥべえは何も言わず、しっぽを振りながらただ返事を待っている。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:36:32.11 ID:c4Axoe8J0<> 「……ねえ、キュゥべえ」

 やがてマミは口を開いた。

「教えて欲しいの。魔女は……魔女は、いったいどうやって生まれるのか」

「心当たりが、あるんだね?」

 マミの目をのぞき込むようにして、キュゥべえは言った。

「聞かせてごらん、マミ。僕が答えを示してあげられるかも知れない」

 キュゥべえの視線から逃れるようにマミは目を閉じ、そして話し始めた。

 夕方、病院で少女から聞き出したこと。

 あきとマミの関係。

 そして、あきがこの2ヶ月見滝原病院に入院していることも。

「なるほど……。とても興味深い話だね」

 話を聞き終えたキュゥべえは言った。

「君のその友達は、昨日の事件以外の被害者すべてと面識がある。ちょうど事件が起こり始めたころから、見滝原病院に入院している。付け加えると、そこは魔女の本拠地と思しき場所でもある。そして、被害者たちはなぜか左手に刃物を持って自分の右手首を傷つけているわけだが―」

「あきは、左利き」

 マミはキュゥべえの言葉を引き取った。

「ねえ、あなたはどう思うのかしら。どれも断片的な事実ではあるけれど、あきと今回の魔女との関わりを示しているようにしか、私には思えない。あの子が生み出した呪いが、こんな……」

 だが、キュゥべえの答えはマミにとって意外なものだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:37:20.46 ID:c4Axoe8J0<> 「いや、それはないだろうね」

「え?」

「確認するけれど、君のその友人は、この見滝原の住人なんだね?マミ」

「そう……だけど」

「君の問いはこうだろう。その、あきという子の呪いから今回の魔女が生まれたのか、否か。もちろん、一般論から言えば、魔女はそう言った呪いから生まれるわけだが……今回の件に関して言えば、魔女は君の友人が生み出したものではないと思う」

「そ……そうなの?」

 マミはキュゥべえの言葉に内心ほっとしつつも、同時に訝しく思いもした。

「どうして……そんなことが分かるのかしら」

「魔女の発生には、ある特有のメカニズムが存在する。詳しい説明は省くけれど、僕の知る限り、君の友人がそのメカニズムに関与したという事実はない」

「じゃあ、あきは無関係ということ?」

 キュゥべえの言葉にひっかかりを感じてはいたが、あきが今回の件に関わりがないという可能性が示されたことで、その違和感はマミの心の中で後景に退いてしまった。

「いや、話にはまだ続きがある」

 だが、キュゥべえの見解は、マミの希望を根底から打ち砕くものだった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:38:16.25 ID:c4Axoe8J0<> 「僕の推測はこうだ。始まりの魔女はおそらく、昨日佐倉杏子に倒された奴だろう」

「始まり……?」

「そうさ。昨日の魔女がどこからやってきたのか、僕には分からない。だけど、マミ、僕たちがこれから倒さなくてはならない魔女がどうやって生まれたかなら想像がつく。あれは、昨日の魔女が産み落とした使い魔が成長したものだ」

「あ……」

 キュゥべえの言わんとするところが、マミの頭の中でおぼろげに像を結びつつあった。

「これは希にあることなんけれどね、マミ。使い魔がその成長過程で人間を餌にした場合……被捕食者の精神の在りようが、魔女の特質に影響を及ぼしたりする。魔女は人間の魂から産まれた存在であると同時に、人間の魂に惹かれる存在でもあるから、餌にした人間の精神と相互作用を生じることがままあるんだよ。強い指向性を帯びた魂をその内に取り込んだとき、自らの……」

「ありえないわ!」

 立ち上がってマミは叫んだ。

「だって、あの子は―あきは、今も入院しているのよ!使い魔に食べられたはずなんて……」

「そこは僕にも分からないところだ。でもね、マミ」

 表情を浮かべずにキュゥべえは言った。

「人間は常に本当のことを言っているとは限らない。君の友人の母親が嘘をついていないと、君はどうして分かるんだい?」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:39:12.77 ID:c4Axoe8J0<> 「ど、どうしてって……。そんな嘘、つく必要ないじゃない……」

「どうだろうね。ただの家出だと思っているとしたら?人間というのは、身内のそういう行動を隠したがるものじゃないのかな」

「そ、そんなこと……」

 マミは口ごもりかけたが、急に何かを思いついたように言った。

「そ、それに、もしあきが入院しているのが嘘だとしたら……魔女が病院を根城にしていることに必然性はなくなるわ。あなたの推測は整合性を欠いているんじゃない?キュゥべえ」

「まあ、病院というのはもとより魔女が好む場所ではあるからね」

 キュゥべえはマミの言葉をそれほど意に介した様子もなく言った。

「僕が注目したいのは、一連の被害者に負の感情を抱き、かつ被害者たちがなぜか利き腕でもない左手で自らを傷つけるという謎に一つの答えを与え得る存在が、ちょうどこの2ヶ月のあいだ人前から姿を消しているという、その事実の方だ」

「……」

「とにかく、確認して見れば分かることだ。これから、君の友人が入院しているという病室に向かってみよう。僕の推測が正しければ、魔女の弱点を知るうえでの重要な手がかりとなり得るし、違っていたとしても、病院で魔女を見つけられる可能性は高い」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:39:48.89 ID:c4Axoe8J0<>  マミは返事をしなかった。

 わずかに俯いたまま、何もない虚空をだだ見つめている。

「……?どうしたんだい、マミ。準備はいいのかい」

「……少しだけ」

「え?」

「少しだけ、考える時間を頂戴。なんだか頭の中が混乱しているの」

「でも、マミ……」

「お願い」

 キュゥべえの目を見ることなくマミは言った。

 マミの言葉に、更に何かを言い掛けたキュゥべえだったが、あきらめたように首を縦に振った。

「わかったよ、マミ。君がそんなことを言うなんて初めてのことだね。行きたくないというのなら無理強いはできない。とりあえず、僕の方で様子を見に行ってみることにするから、落ち着いたらまた声をかけて貰えるかな」

 マミは何も言わなかった。

 窓越しに聞こえる雨音はますます激しくなっていた。

 何かがぶつかるような音が、風の轟音に混じって遠くから聞こえてくる。

 近くの舗道で看板でも倒れたのかも知れなかった。

「左利きの魔女、か」 

 キュゥべえはマミの傍らから歩み去りながら、独り言のように呟いた。

「そんなささやかな仕草の名残りでさえも、君たちは魂の欠片と呼ぶのかな。だとしたら―」

 空間の中に溶けていくようにキュゥべえの姿は消えていき、その声だけがマミの頭の中で微かに響く。

「―この戦いは君にとって、いくぶん辛いものになるだろうね。巴マミ」




 誰もいなくなった部屋の中で、マミはなおも座ったままで目の前の中空に視線を漂わせていた。

 ぼんやりとした照明の光が、黄金色のマミの髪の毛に照り返されて僅かに揺れていた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:41:16.82 ID:c4Axoe8J0<>
 
 崩れ落ちた壁や屋根の隙間から、雨風が容赦なく入り込んでくる。

 佐倉杏子はかろうじて濡れずに済む場所に腰掛けて、かつて父親のものだった教会の中を見渡していた。

(こんな嵐があと何回か来たら、跡形もなく崩れちまうかも知れないな。こんなボロ教会)

 もしそんなことになったら自分は泣くのだろうか。

 考えながら、杏子は手にした林檎を齧った。

 口の中に、甘い蜜の味が広がる。

 ―禁断の果実。

 昔、父親が教えてくれた聖書の話を思い出す。

(だとしたら、これが罪の味ってやつか)

 さらにもう一口。

 それは本当に、どうしようもなく甘かった。

 かつて魔法少女になったばかりの頃、思い描いていた夢のように。

 あの甘くて遠い日々。けれども本当は罪にまみれていた背徳の日々。

 もし今という時間が、その罰を与えられるために存在しているのだとしたら―

「……幸せになんか、なれるはずねえよなぁ!」

 突然、杏子は齧っていた林檎の芯を何もない暗闇めがけて投げつけた。

 いや―

 そこは、何もない空間ではなかった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:42:07.70 ID:c4Axoe8J0<> 「いきなり酷いじゃないか、佐倉杏子」

 いつの間にか、キュゥべえが現れていたのだった。

「僕に何か恨みでもあるのかい」

「いきなり人ん家に踏み込んで来るからだよ。とっとと帰りな。今は機嫌がよくないからね」

「あいにく、そういうわけにはいかないんだ」

 キュゥべえは言いながら杏子に近づいてきた。

「巴マミの身が危ない」

 杏子の肩がピクリと反応する。

 しかし、口に出してはこう言った。

「ふぅん。あたしの知ったこっちゃないね」

「それは君の本心かい?」

 キュゥべえの問いに、杏子は答えなかった。

「まあ、別に何でも構わないけれどね。僕としては、巴マミにむざむざ死なれては困るから、こうしてお願いに来たんだ」

「マミが……?」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:42:59.15 ID:c4Axoe8J0<>  杏子が話に食いついてきたと見て、キュゥべえは状況を説明した。

 しばらくのあいだ杏子は黙って聞いていたが、やがて苛ついた様子で口を挟んだ。

「ちょっとちょっと。そんな話、あたしに聞かせてどうすんのさ。要するに、マミの奴の問題だろ。追っかけてた魔女に自分の親友がとって食われたってんなら、つまりは仇じゃねえか。あたしなら真っ先に飛んでって片づけてやるところだけど、何でそうしないのさ、あいつ」

「それは、僕にはよく分からない。ただ推測するに―マミは、自分の友人が死んだことを認めたくないんじゃないかな。二つの意味でね」

「二つ?」

「親友が使い魔に食べられてしまったなんて事実を知るのが怖い、というのが一つ。そして、仮にその事実を受け入れたとして、次にマミは……」

 キュゥべえは杏子を見上げながら言った。

「こんな風に考えるだろうね。魔女の中で、今なおその親友は生きているのかも知れないと。何せ今回の魔女は、その習性の内に生前の友人の面影を宿しているらしいから」

「けっ」

 冷たく言い放つキュゥべえに嫌悪感を抱きつつ、杏子は言った。

「だからその魔女と戦わないってか?だとしても、なおさらあたしの知ったことじゃないね。だいたい、やり合う気がないってんならマミの身が危ないも糞もねえじゃねえか。そのせいで見滝原がどうなろうが……」

「いや、マミは戦うよ。そして魔女に破れるだろうね」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:44:01.32 ID:c4Axoe8J0<>  キュゥべえはきっぱりと言った。

 その物言いにまたしても苛立ちを覚えた杏子は食ってかかった。

「はあ?何でそんなことが言えんのさ」

「彼女は―巴マミは、とても使命感が強い。というより、魔法少女として魔女を倒すことが、そのことだけが―マミにとって唯一の、自分の存在理由なんだ。だから、魔女を放置するなんて選択肢は、彼女にはない。かといって―」

 おどけたようにキュゥべえは尻尾を振った。

「魔女と戦う時にすべての迷いを捨て去るほどの強さもまた、マミは持ち合わせていない。僕の推測どおり、今回の魔女が彼女の親友をその内に取り込んで成長した魔女だとしたら……マミは、迷いながら戦い、そして死んでいくだろう。自分が対峙している相手が憎むべき仇なのか、それとも親友のなれの果てなのか、それさえ見極めることができずにね」

(こいつ……)

 キュゥべえの冷徹な分析に、杏子は薄ら寒いものを感じた。

(いったい、何を考えてやがる……?マミが危ないなんて言いながら、とても身を案じているようには思えねえ)

「もちろん僕としては、そんな結果が分かっているのにマミをむざむざ死なせる訳にはいかない。そこで君にお願いに来たわけだ」

 杏子の心中を知ってか知らずか、キュゥべえはそう言ってのけた。

「どうだろう。協力をお願いできないかな」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:44:51.94 ID:c4Axoe8J0<> 「おい」

 ドスの利いた杏子の低い声が、真っ暗な教会の中に響きわたった。

「てめえ、何を考えてやがる……?いや、そんなことはどうでもいい。どっちにしろ、あたしが手を貸すと思うか?もし、マミの奴の安否を持ち出せばあたしが動くとでも思ってんなら……」

「もちろん、そんなことは考えていないさ。佐倉杏子」

 その声から真意をまるで読みとることのできないキュゥべえの無機質な声が、杏子の言葉を遮る。

「でも、見滝原が君のテリトリーになるとしたら……それでもこの話に乗る気はないかい?」

「ああ?」

 杏子は思わず声をあげた。

「そりゃいったいどういうことだ?そんなの、巴マミが認めるわけがないだろうが」

「認めるも認めないもない。僕は、マミの資質についての話をしているんだよ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:45:33.45 ID:c4Axoe8J0<>  自分をにらみつける杏子の視線に物怖じする様子もなく、キュゥべえは話を続ける。

「もちろん、今回の件を独力で解決できるなら、見滝原は当分マミのテリトリーであり続けるだろうね。でも、君の手を借りなければならないようなら話は違ってくる。そんなことになれば、そう遠くない将来、マミは魔法少女を続けられなくなるだろうと僕はにらんでいる。さっきも言ったとおり、彼女を戦いに駆り立てているのは使命感だ。それは、君のように私利私欲で戦っている魔法少女が決して持つことのない強さを、マミに与えてきたわけだが―今回のように、使命感だけでは割り切れない事態に遭遇した途端、あっさりと機能しなくなる。魔法少女としては致命的な弱さを同時に抱えているということでもあるんだ」

「……」

「もしマミが死ねば、他の魔法少女たちも見滝原を自らのテリトリーにしようと一斉に集まってくるだろう。戦いは避けられない。でも君が今回の魔女を倒してしまえば、おそらくマミは魔法少女としてやっていくことに自信を失って、そのうちドロップアウトするんじゃないかな。そうなれば、佐倉杏子、君は自然な成り行きでマミのテリトリーを引き継ぐことができるよね」

 杏子はなおもキュゥべえをにらみ続けていた。

 風がますます強まったのか、先ほどまでは雨の降り込まなかった一角にも、嵐はその触手を伸ばしつつあった。

 杏子の身体もいつのまにかすっかり濡れそぼっていたが、当人はまるで気づいてはいない。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:46:15.29 ID:c4Axoe8J0<> 「ちっ」

 やがて杏子は口を開いた。

「しゃあねえな。要するに、巴マミが使いものにならないから、あたしに尻拭いを押しつけようってわけだろ。ま、いずれあいつのテリトリーは頂くつもりだったし」

「ありがとう、佐倉杏子」

「勘違いすんじゃねえよ。言っただろ、あたしはただマミのテリトリーを貰い受けに行くだけだ」

「もちろん分かっているとも」

 キュゥべえは言った。

 しかし、その後に続けた囁きは、響きわたる雨と風の音にかき消されて、杏子の耳に届くことはなかった。

「―そういうことにすれば、君が動いてくれるだろうということくらいね。僕は君がしたいと思っていることに、君のプライドを傷つけない理由を用意してあげただけだよ、佐倉杏子。君がマミを失いたくないと思っているように、僕も彼女を無為に死なせるわけにはいかないからね」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:47:49.04 ID:c4Axoe8J0<>

 普段なら静まりかえっているであろう夜半の病棟も、今夜は嵐の喧噪に包まれていた。

 佐倉杏子は、キュゥべえの指定した病室に向かうため、見滝原病院の最上階に侵入していた。

(とりあえず、魔女の気配はないな)

 巡回するナースの姿もないことを確認すると、杏子は目指す病室の入り口付近に忍び寄った。

「まず、そこに誰が入院しているか確認して貰いたい」

 杏子は、キュゥべえの言葉を思い出していた。

「病室にマミの友人が居たら……僕の推測は間違っていたことになる。いずれにしても魔女が病院の中にいる可能性は高いが、この場合はマミも戦いを厭わないだろう。でも、もし病室が空か、あるいは他の人間が入院していた場合は―考えていたとおり、マミの友人は使い魔に食べられてしまったと見るべきだろうね。その事実を知れば、マミはきっと……」

 暗がりの中で、杏子は病室のプレートを確認する。

 そこにははっきりと「青梅あき」と記されていた。

「なんだよ……。生きてるじゃねえか」

 杏子はそう毒づきながらも、内心ほっとしていた。

 とにかく、マミが追っている魔女は、彼女の親友とは無関係なのだ。

 キュゥべえの推測は外れた訳だが、この病院のどこかに潜んでいることが確かならば、マミと二人で探せばいずれ見つけられるだろう。

(って言うか……)

 そこまで考えて杏子は気づいた。

(もうあたしがしゃしゃり出る理由なんてねえんだな。あきって奴が魔女と無関係なんだって分かったら、マミは自分一人でなんとかするだろうし)

 キュゥべえの下らない取り越し苦労に付き合ってしまったことを後悔しつつ、杏子は踵を返した。

(もっとも、マミの奴が甘ちゃんだってことには同意するけどな。こんなことじゃ、いずれ……)

<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:51:20.25 ID:c4Axoe8J0<> その時だった。

 廊下の向こうからドアの軋むような音が聞こえて来たかと思うと、微かに風が吹き込んできたのに杏子は気づいた。

(……?)

 誰かが、屋上へと出る扉を開けたのだろうか。

 杏子は後にしようとしていた病室に忍び込み、ベッドの様子を確認した。

(誰も……いない)

 では、先ほどの音の主はあきという少女なのだろうか。

 こんな夜中に。

 外は嵐なのに。

(どういうことだ……?)

 嫌な予感がする。

 そう感じた杏子は、そっとソウルジェムをかざすと魔法少女姿に変身した。

(魔女の……気配はないけどな)

 用心しながら廊下を進み、やがて音の発生源と思われる扉にたどり着く。

 扉の前の床を見ると、雨が降り込んだ跡があった。

 やはり、誰かがこの扉を開けたのだ。

(……)

 杏子はドアノブに手をかけ、音をたてないよう慎重に扉を開いた。

 たちまち、強い雨が横様に杏子の顔や身体に襲いかかる。

(この天気で外に出るなんてあり得ないか……?)

 そう考えかけた杏子だったが、次の瞬間、広い屋上の端で、手摺りにもたれ掛かるようにして立っている人影を見いだした。

 暗いのと雨のせいでよく見えないが、身体つきからして少女らしい。

(あいつがマミの……?いったいこんな雨の中で何を……)

 杏子は気配を探るが、やはり魔女の存在は確認できない。

 不可解ではあるが危険はなさそうだと判断して、もう少し近づいてみようとした時、不意に足下から声がした。

「油断は禁物だよ、佐倉杏子」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:52:23.11 ID:c4Axoe8J0<> 「わっ?」

 危うく杏子は大声をあげてしまうところだった。

 いつの間にか、キュゥべえがそこにいたのだ。

「てめえ……!びっくりするじゃねえか。ついて来てたんなら先に言え」

 小声で凄む杏子を気にかける様子もなく、キュゥべえは屋上の少女の後ろ姿を凝視している。

「どうやら、僕の推測は外れていたようだね。でも……彼女はどことなく、様子がおかしい」

「魔力の反応は全くないぞ。何かおかしいってのは同意するけど、魔女の仕業じゃないんだったら、あたしらには……」

 そこまで言った時だった。

 全く突然に、周囲の光景が切り替わった。

「な……!?」

 と同時に、何もない地面から突然マグマが噴き出したかのように、いきなり強力な魔力の反応が現れる。

 事態が理解できないまま、杏子は槍を構えた。

「どういうことだ……?一瞬前まで、全く気配すらなかったのに……」

「気をつけて!これは強力な結界だ。僕たちはすでに魔女の手の中に捕らえられた」

「言われなくても分かってるっつーの、んなこと」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:53:53.14 ID:c4Axoe8J0<>  そう言葉を交わす間にも、杏子とキュゥべえを取り囲む景色は目まぐるしく変わっていく。

(どこから来る……?)

 槍を握る手が汗ばんでくるのを感じながら、杏子は懸命に敵の気配を探ろうとした。

 上か、下か。

 それとも正面から向かってくるのか。

 どんな方向から攻撃されたとしても初撃を捌く自信が杏子にはあったが、しかし魔女は一向に攻撃してくる気配を見せなかった。

(……?)

 やがて、周囲の光景も移り変わることをやめてしまうと、杏子とキュゥべえは薄青い空間の中でただぽつんと取り残されていたのだった。

「何のつもりだ……?」

 杏子の呟きに答えるようにして、キュゥべえは言った。

「君の魔力が強力だと見て、どうやら敵は持久戦に持ち込むつもりのようだね」

「持久戦?」

「要は、結界の迷路をさまよわせて、少しでも弱らせてから勝負を仕掛けるつもりなんだろう。とりあえず、奥に進むしかない」

「おいおい、そんなめんどくさい勝負はごめんだよ」

 杏子はうんざりした様子でそう言ったが、キュゥべえは首を横に振った。

「僕らにそれを選択する権利はないだろうね。それにしても、こんなに強力な結界を展開する魔女は珍しい。しかも、全く気配を感じることができなかったにも関わらず」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:54:45.77 ID:c4Axoe8J0<> 「いったいどういう相手なんだ?こいつ」

「僕にも分からない」

 キュゥべえは首をひねった。

「何かからくりがあるはずなんだが」

「ま、相手がかかってこないんじゃどうしようもない。こっちから叩きのめしに言ってやるか」

 そう言うと杏子は歩き始めた。

(それに、さっきの……屋上にいた女はどうなったんだ?あいつがマミの親友のあきって奴だとして……何か関係があるのか?)

 杏子は後ろに付き従ってくるキュゥべえの顔をちらっと見た。

(こいつには……何か当たりがついてるのかねえ)

 もちろん、キュゥべえの表情からは、何一つ読みとることはできなかった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:55:23.21 ID:c4Axoe8J0<>

 ともすれば半日ほども結界の中をさまよい歩いただろうか。

「杏子、気をつけて」

「分かってる」

 杏子とキュゥべえは、ようやく魔女の本体が待ち受けているであろう結界の最深部へと到達していた。

「基本的には、この前君が倒した魔女と攻撃パターンは類似しているはずだ。まず間違いなく、あの時の魔女が産み落とした使い魔が成長した個体のはずだからね」

「だけど、魔力は桁違いに強いじゃねえか。どうなってやがんだ?」

「手にかけた人間の数が思いのほか多かったのか、それとも……」

「来るぞ!」

 杏子は叫びざま、槍を地面に突き刺した反動を利用して跳躍した。

 まさにその瞬間、巨大な刃物が空を切り裂いて杏子の立っていたあたりに突き刺さる。

「やっぱりこないだの奴と……」

 しかし、安堵している余裕はなかった。

 杏子が前方に視線を転じると、間髪を入れずに二撃目、三撃目が唸りをあげながら迫って来ている。

「ちっ……!」

 瞬時に杏子は空中に結界を張り、それを足場に方向を転じると同時に、襲いかかる刃を槍で叩き落とした。

「本体は……どこだ?」

 雨のように降り注ぐ夥しい数の刃物の攻撃を、尋常ならざる槍捌きでかわしながら結界の中心に向かって切り込んでいく。

 やがて、それは姿を現した。

「な……?」

 思いもかけなかったものを目の当たりにして、ほんの一瞬だけ、杏子の集中力に乱れが生じた。

 それが命取りになった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:56:19.36 ID:c4Axoe8J0<> 「うわッ……!」

 杏子の左足を、凶々しい光を放つ刃が切り裂いた。

 体制を崩した杏子に、さらに激しい魔女の攻撃が浴びせられる。

「く……そ」

 それでもなお、杏子は驚異的な粘りで凶刃をかわし、弾き返し、反撃のチャンスを伺っていたが、もはや戦いの趨勢は明らかだった。

「踏ん張りが……利かねえと……」

 捌き損ねた一撃が杏子の肩を抉る。

「ぐっ!」

 あまりの激痛に杏子は槍を取り落としてしまった。

「し……まった……ちくしょう」

 杏子は傷口を押さえながら、結界の中心に目を遣る。

 魔女―であるはずのもの―は身動き一つせず、こちらを見ていた。

「あんた……いったい……」

 うめくように呟く杏子の目の前に、ゆっくりと鎌首をもたげるようにして、ひときわ巨大な刃がとどめを刺すべく迫っていた。

「へっ……。まさか、こんなところで……」

 覚悟を決めた杏子の脳裏に浮かんだのは、死んだ妹の笑顔だった。

(思ったより早く、会えそうだね。あたしも……)

 祈るように目を閉じた……その時。

 杏子は、黄金色に輝く閃光が、自分の身体を包み込むのを見た。

(何……だ?)

 ぼんやりとした視界の中で、その光がきらめくたび、魔女の刃は次々と叩き落とされていく。

(ちぇっ……。幻覚を見るようじゃ……もう……)

 だが、次に聞こえてきたのは幻聴ではなかった。

「諦めるなんて、あなたらしくないじゃない」

(……?)

「意外にすぐ、借りを返すことができたわね。佐倉杏子」

 それは確かに、とても聞き覚えのあるあの声、力強くて暖かいあの声だった。

「いいえ……佐倉、さん」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:57:34.80 ID:c4Axoe8J0<> 「てめえ……」

 杏子は笑った。

「遅えんだよ……!元はと言えば、てめえがぐだぐだしてやがったからじゃねえか。おいしいとこだけ、持ってくつもりかよ……!」

「ごめんなさいね。でももう大丈夫」

 その言葉とともに最後の刃が撃ち落とされる。

「この魔女を倒すのは……私」

 杏子は声の主を見上げた。

 そこには、確かに先刻自分の身体を包み込んだ黄金色の光をその身に纏った、巴マミの姿があった。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:59:02.31 ID:c4Axoe8J0<>

 マミは、覚悟を決めてこの場所に来た。

 例えどんな結果が待ち受けていようと、自分は魔女を倒すのだと。

 けれども、マミが目の当たりにしたのは、想像していたよりももっと残酷な現実だった。

「来てくれたんだね、マミ」

 キュゥべえが物陰から姿を現す。

「戦えそうかい……?」

「ええ。心配は、いらないわ」

 それでもマミは、目をそらすことなく、正面からじっとその現実を見つめていた。

「こういう事態は……ちょっと予想していなかったけど」

 声が震えそうになるのを懸命にこらえながら、マミは言った。

「僕も驚いているところだよ。こういうケースは初めてだけど、何が起こったのか、推測なら立てられる」

 キュゥべえは、結界の最奥からこちらを見ている存在に目を向けながら言った。

「魔女はずっと……彼女の内側に結界を張っていたんだ。その身体を餌にすることなく、ね。すぐ近くにいながら、気配を感じることができなかったのはそのためだ」

「どういうことだ……?」

 傷口を押さえながら、杏子が問いを投げかける。

「あいつは……」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 03:59:46.72 ID:c4Axoe8J0<> 「初め彼女は……心の隙をつかれて、使い魔に魅入られたんだろう。だが彼女には、ふつうの少女にはない素質があったんだろうね。魔力を涵養する、器のようなものとしての素質とでも言うべき何かが。それに気づいた使い魔は、彼女を殺しもせず、餌にすることもせずに、その中に棲むことに決めたんだろう」

 キュゥべえが話をする間、マミは表情一つ変えずに、目の前の「魔女」を見ていた。

「この2ヶ月、彼女の内側に隠れ潜んで、魔女は機会を伺っていたんだろうね。宿主の魂を内側から喰らい、さらにいくたりかの人間を手にかけた魔女は、膨大な魔力を蓄えて、ついに自らの結界を外の世界に展開した。それが―今僕たちがいる、この場所だよ」

「キュゥべえ……一つ聞いてもいいかしら」

 マミは静かに口を開いた。

「あれは……魔女なのね?」

「そうだ」

「あんな姿をしているのに?」

「今は、抜け殻になってしまった少女の身体を被っているに過ぎないよ。ぬいぐるみを被るみたいにね」

「そう……」

 マミは言った。

 「魔女」はじっとこちらを見ているだけで、攻撃を仕掛けている様子はない。

 キュゥべえはその様子とマミとを交互に見ながら、言った。

「やはり、相手があの姿では戦えそうにないかい、巴マミ?佐倉杏子も戦闘できる状況にないし、ここは一度撤退して……」

 少しの間、沈黙が流れた。しかし、やがてマミはきっぱりと言った。

「それは駄目よ」

「マミ……」

 杏子は心配そうにマミの顔を見る。

 だがその眼差しには、凛とした決意の色が宿っていた。

「あんなに強力な魔女をこれ以上野放しいにするわけには……いかない」

 そしてマミは一歩、二歩と歩を進めた。

 視線の先には「魔女」の姿があった。

 幼いころからいつも眼差しを交わし合い、夢を語り合い、そしてともに笑い合って来た親友―青梅あきの姿が。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:01:03.59 ID:c4Axoe8J0<>

(あき……本当にあなたは、もうどこにもいないの?)

 ゆっくりとマミは「魔女」へと―その少女へと近寄って行った。

(魔女の魂と混ざりあってしまったのだとしても……あなたの心は、まだどこかに)

 人間らしい表情はその顔からすべて抜け落ちてしまっていたが、それでもマミを見つめる少女の黒く透き通った瞳は思い出の中と同じ深みをたたえていた。

(私のこと、分かっているんでしょう?だって、あなたの産んだ使い魔は、あの時……)

 マミは、以前に見滝原の路地で使い魔と遭遇したとき、最後まで攻撃してこなかったことを思い出していた。

(そんな姿になっても、きっとあなたは……)

「……おい。マミの奴、本当に大丈夫か?」

 杏子は傍らにいるキュゥべえに話しかけた。

「あいつ、あんな無防備にふらふらと……。やっぱりまだ、割り切れてないんじゃ……」

「僕には分からない。今はただ、マミが自分の使命を忘れたりしないよう、祈るしかない」

「でも……」

 「魔女」はいまだに攻撃してくる気配はない。

 しかし、マミと「魔女」との距離はどんどん縮まっていく。

「もし今先手を打たれたら……避けきれないぞ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:01:37.01 ID:c4Axoe8J0<>  杏子が呟いたとき、マミは立ち止まった。

 沈黙があたりを支配する。

(マミ……)

 緊張のあまり杏子が唾を飲み込む。

 やがて、マミが口を開いた。

「あき……。そんな姿になっても、あなたは私を攻撃しようとしないのね」

 「魔女」は返事をしなかった。

 表情一つ、動かす気配はない。

 マミは目を閉じた。

「でも、私は」

 ゆっくりと両腕を広げると、空中に無数のマスケット銃が現れる。

 それを見ても、「魔女」は身じろぎ一つしようとしなかった。

「あなたを倒す。それが私の―」

 白く輝く銃身が、静かにその照準を少女に合わせていく。

「魔法少女の―使命だから」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:02:42.83 ID:c4Axoe8J0<>

 マミのマスケット銃が火を噴くのと、地面から無数の刃が出現したのとはほぼ同時だった。

「……!」

 反射的にマミは身を翻す。

 放たれた銃弾は、すべて刃に弾かれてダメージは与えていないようだった。

 少し距離をとったところで姿勢を立て直し、再びマスケット銃を展開する。

(聞こえているかしら、あき。あなたの宿題に、答えておかなきゃね)

 魔女の周囲を取り囲む刃がその向きを変え、マミに狙いを合わせ始めた。

(私がなりたかったものは……"una ragazza comune")

 凄まじいスピードで迫りくる刃を、マミは逆手に持った銃の台尻で正確に叩き落としていく。

 攻撃がやむと、マミは空中高く跳躍し、その場に浮遊したまま下を見下ろした。

 自らが出現せしめた、冷たく光る刃に囲まれて、まるで檻に囚われているかのような少女の姿が、そこにはあった。

(あき。あなたがなりたかったものは……)

 マミは胸の前で両手を広げる。

 黄金色の光の中から、真っ白に輝くとてつもなく巨大な砲身が姿を現し始めた。

("una ragazza magica")

 檻の中の少女が、ゆっくりと顔を上げる。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:03:23.34 ID:c4Axoe8J0<>  マミはその黒い瞳に向き合いながら、巨大な銃の照準を合わせた。

(もし、お互いが抱いた夢が逆だったなら……私たちは、幸せになれたのかしら)

 銃口が魔力で強い光を放ち始める。

(さよなら……あき)

 一筋の涙が、マミの頬を伝って流れ落ちた。

("La mia migliore amica―")

 大きな唸りを上げながら、白い砲身が閃光を放とうとしたその瞬間―

 少女は、自分の方に落ちてきた一粒の涙の滴にそっと手を伸ばそうとした―

 ように見えた。

 その姿をかき消すようにしてあたりを光が包みこみ、そしてマミは―

 引き金を引いた。

「ティロ……フィナーレ!!」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:04:07.17 ID:c4Axoe8J0<>

 銃口から放たれた凄まじい光が真っすぐに伸びていく。

 光の先端が、まさに少女を飲み込もうとしたその時―

「な……!?」

 声を上げたのは杏子だった。

 マミの放った光弾は、少女の頬をかすめるような軌道を描き、そのまま背後の壁に命中した。

「外した……!」

「いや」

 しかし、キュゥべえは冷静だった。

「見てごらん。佐倉杏子」

「……?」

 杏子は空中のマミを、続いて地上の少女を見た。

 二人とも、身動き一つしない。

「もう、勝負は終わったよ」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:04:39.18 ID:c4Axoe8J0<>  キュゥべえの言葉が終わるか終わらないかのうちに、少女の背後の壁に光の亀裂が走った。

「!結界が……」

 見る間にその光は広がり、あたりを包み込んでいく。

「マミは結界そのものの破壊を試みたんだ。持てる魔力のすべてを費やしてね」

 轟音とともに結界が崩れ落ちる。

 その隙間から差し込む、外の世界の光。

 魔力で作り出した偽りの空間が、現実に飲み込まれていく。

「おい、外は―」

 杏子が言いかけて、息を飲む。

 結界に迷い込む前、街は嵐の中にあった。

 ずっと降り続いていた筈の雨はしかし、既にやんでいた。

 そこには―

「晴れて……」

 マミの、杏子の、キュゥべえの、そして少女の頭上には、空が―

 青く澄み渡った空が広がっていた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:05:28.39 ID:c4Axoe8J0<>

 そこはある晴れた日の、病院の屋上だった。

 変わった点と言えば、過ぎ去った嵐の痕跡がところどころに残っていることと、そして―

「あなたに魅入られた生徒たちが、どうしてみんな屋上で死のうとしていたのか……私には分かる気がするわ」

 巴マミは、黒く深い瞳で空を見上げている少女に話しかけた。

 佐倉杏子が小声でキュゥべえに話しかける。

「おい、マミの奴大丈夫か……?まだ魔女は生きてるかも知れねえじゃねえか」

「いや、もう力は残っていないだろう。結界の外では……魔女は生きられない。ありったけの魔力で展開した強力な結界を破られた今、あの魔女はただ消えていくのみさ」

 キュゥべえは言った。

「抜け殻だけを後に残して、ね」

「……」

 杏子はマミを見た。

 その表情には、この上ない悲しみと慈しみが同居しているかのようだった。

「それはあなたが……空を見たいと願ったからでしょう?魔女に魂を乗っ取られる、その最後の瞬間まで、いつか見た美しい青空の面影を追い続けたからなのでしょう?あなたの強すぎる願いは、歪んだかたちで―」

 マミが言い終えるより前に、少女は静かに膝から崩れ落ちた。

 その身体を、マミはそっと抱き留める。

「ねえ、見てよ、あき……」

 マミの肩は震えていたが、その表情は隠れてしまって杏子には見えなかった。

「今日も、こんなに空がきれいよ。あなたが憧れていたイタリアの空に、少しでも似ているかしら……」

 あきの身体を抱きしめまま、マミもまたゆっくりと崩れ落ちる。

 杏子はその背中をただ黙って見守っていた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:06:19.29 ID:c4Axoe8J0<>

「さあ、これで大丈夫」

 マミは杏子の傷口にかざしていたソウルジェムをしまった。

「私は治癒の魔法に強いわけじゃないから、この程度が限界だけれど……」

 そう言いながら、マミは杏子に手をさしのべる。

「立てる?」

「ありがとう、マミさ……」

 言いかけて、杏子は思わず顔を真っ赤にした。

「あ、いや、その……助かったよ、マミ」

 マミはくすっと笑った。

「私の方こそ。まさかあなたが戦っているとは思ってもみなかった」

「べ、別にあんたを助けるためにやってたわけじゃ……。あたしはただ、自分のために……」

「分かってるわ。佐倉さん」

 照れ臭そうにしている杏子の手を、マミはそっと握る。

「お、おい、自分で立てるってば」

「そうは見えないけれど」

 マミに手を引かれて、杏子はよろけながらも立ち上がった。

「あたしのことより……あんたは大丈夫なのかよ、マミ」

「私は大丈夫」

 にっこりとマミは笑みを浮かべる。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:07:43.50 ID:c4Axoe8J0<> 「私がしっかりしていれば、あなたをこんな目に遭わせなくてすんだのに、ね」

「だ、だからあれは……。結局、あたしが足手まといになっちまったし」

「そんなことはないわ」

 しどろもどろになる杏子に向かって、マミは言った。

「昨日の夜……キュゥべえが出て行った後も、私は部屋の中でただ悶々としていたの。真実と向き合いたくないという気持ちと、魔女を倒さなくてはならないという気持ちとのあいだで板挟みになって。気づいたら、眠ってしまっていたわ。朝になって、ようやく覚悟を決めて駆けつけてはみたものの、もしあなたが私の替わりに戦ってくれていなければ……」

 マミは、少し離れたところで横たわっているあきの亡骸に目をやった。

「きっと、逃げ帰っていたわ」

「マミ……」

「私が戦えたのは、あなたのおかげなの。だからもう一度お礼を言わせて。ありがとう、佐倉さん」

「あ、あたしは……」

 その時、杏子はまだマミに手を握られていることに気づいて、慌てて引っ込めた。

「と、とにかく、無事でよかったなっ」

 そのまま二人は黙りこんでしまった。

 台風が過ぎ去った後の澄み切った風が、マミと杏子のあいだを吹き過ぎていく。

 お互い目を合わせることもできないまま、当人たちにとってはとても長く感じられる時間が流れた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:08:25.01 ID:c4Axoe8J0<> 「佐倉さん、もしよかったら……」

「あのさ、あんたさえよければ……」

 二人が口を開いたのは、ほとんど同時だった。

「え?」

「あ、いや……」

 お互いに相手の言葉を聞き取ることができないまま、また沈黙が訪れる。

 だが今度は、杏子が先に口を開いた。

「じゃあ、あたし……そろそろ行くわ」

「そう、ね……」

 マミは杏子と目を合わせずに言った。

「あなたには、あなたの街があるものね」

「そ、そういうこと。早く傷を直さねえと、すぐに魔女どもがはびこってくるからな」

「大丈夫よ」

 そこでマミは正面から杏子に向き合った。

「あなたなら大丈夫。すぐに現役復帰よ。でも……」

 言いながら、屋上から見渡せる見滝原の街並みに視線を向ける。

「無理はしないで頂戴。……いつか、私にもしものことがあったら……あなたにこの街をお願いしなくちゃいけないんだから」

「な、何を……」

 杏子はばつが悪そうに俯いた。

「言われなくても、そのつもりだっつーの。今回だって、あわよくばあんたの縄張りを頂戴するつもりで来たんだしな。心配しなくても、あたしが後釜を引き受けてやるから……」

 そこまで言うと、杏子はマミに背を向け、屋内に戻る扉に向かって歩き始めた。
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:08:55.81 ID:c4Axoe8J0<>  マミはその背中を寂しそうに見つめる。

 昨夜の雨のせいでできた水たまりを杏子が飛び越えるたび、微かに水面が揺れて、太陽の光がきらきらと反射した。

 やがて扉にたどりついた杏子は、ドアノブに手をかけたままその場で立ち止まった。

「だから、さ」

 振り返ることなく杏子は言った。

「お願いだから、そんな縁起でもないこと、言わないでくれよ」

「佐倉さん……」

「あーあ。ったく、とんだ骨折りになっちまったぜ」

 そう言いながら、杏子は扉の向こうに消えた。

 マミは口元に笑みを浮かべながら、そっと囁く。

「ありがとう。私、頑張るわ」

 そして深い親愛の情を込めながら、去って行った友の名を口にした。

「杏子……」
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:09:46.46 ID:c4Axoe8J0<>

「僕らも引き上げようか、マミ」

 足下にはキュゥべえが立っていた。

「君もかなり消耗しただろう」

「ええ、そうね。でも少しだけ待ってもらえるかしら」

 マミはそう言うと、あきの亡骸に歩み寄って静かに目を閉じた。

(あき……あなたを守って上げられなくて、ごめんなさい。私、もう弱音は吐かないわ)

 屈み込んで目を開け、あきの黒髪にそっと手を触れる。

 それは生きていた頃と同じように、とても滑らかで、そして瑞々しかった。

(……さよなら)
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:10:20.27 ID:c4Axoe8J0<> 「お別れは済んだかい」

 キュゥべえがマミに声をかける。

 マミは立ち上がった。

「……ねえキュゥべえ」

「なんだい」

「この子の……あきの素質が、魔女をその身体の内に宿らせることになったゆえんだって、あなた言ってたわよね」

「推測に過ぎないけれどね」

「もしこの子が……私よりも先にあなたと出会っていたら、あなたはこの子と契約していたのかしら?」

「どうだろうね」

 キュゥべえは首を傾げた。

「そうなったかも知れないし、ならなかったかも知れない。僕には分からない。どっちにしても、確かに言えるのはね」

「なに?」

「今、ここに魔法少女として存在しているのは、他ならぬ君だということだけだ。巴マミ」

 その言葉を聞いて、マミは小さく笑う。

「ええ、そうね。私は魔法少女……」

(決して望んだ未来ではなかったけれど)

 横たわるあきの顔に視線を落とし、それから頭上に広がる空を見上げて、マミは言った。

「……私は負けないわ」

 その時、一羽の白い鳥が、マミをかすめるようにしてあきの傍らに舞い降りた。

 それはしばらくのあいだ、あきに寄り添うようにしてその場に佇んでいたが、やがてまたもと来た空へと飛去って行った。

 マミはその向かう先を、強い決意を秘めた眼差しでいつまでも見守っていた。

―完
<> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage saga<>2011/12/23(金) 04:11:17.51 ID:c4Axoe8J0<> 以上でおしまいです。

ここまで読んでくださった方、ほんとうにありがとうございました <> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage<>2011/12/23(金) 05:17:34.92 ID:zd4W+ixJo<> 乙
途中で終わって気になってたけど最後まで読めてよかった
2人と1匹の微妙な関係がすごくいいな <> 名無し<>sage<>2011/12/23(金) 22:42:29.69 ID:6rJopjsSO<> 乙です。続き気になってたから見れてよかった。 <> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage<>2011/12/26(月) 15:58:34.78 ID:8NIPstx5o<> せつねえ・・・ <> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage<>2011/12/29(木) 11:27:50.08 ID:JJv7ShRQ0<> 乙乙
いいお話でした <> SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)<>sage<>2011/12/30(金) 15:48:28.10 ID:NlPqc5jZo<> 乙
小さいころのマミ思い出した <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/01/09(月) 15:34:44.28 ID:lJaT9i3DO<> 素晴らしいクォリティだ
こんなのが埋もれてたとはな
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<><>2012/01/24(火) 22:02:57.33 ID:DiD4kgJm0<> マミ「今日も紅茶が美味しいわ」668からの分岐改変が起きない平行世界
もし改変が起きない平行世界のマミがシャルロッテに死ななかったら OR マミ死亡後にまどかがマミ、qbの蘇生願いを願ったら
魔法少女全員生存ワルプルギス撃破
書いてくれたらそれはとってもうれしいなって
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)<><>2012/01/25(水) 00:06:56.35 ID:AuIe8OGx0<> 完結してたのか!乙!! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<><>2012/01/26(木) 18:55:14.71 ID:cwKiceAf0<> マミ「今日も紅茶が美味しいわ」作者本人?
文体が違う気がするけど。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/01/27(金) 04:32:49.17 ID:ByXjx5PIO<> コピペだそそれ <>