nubewo ◆sQkYhVdKvM<>sage saga<>2012/01/16(月) 23:43:44.99 ID:wrqG6LRb0<>このスレはArcadiaでこれまで連載してきた同名のSSの最新話を投下していくスレです。
ここで書きたまり次第、加筆修正を行って、Arcadiaに投稿するというスタイルをとっています。
これはこのようなやり方が、最も更新速度を速められるとの判断に基づいています。
どちらの規約にも反していないと私は判断していますが、何か問題が有りましたらご指摘願います。

あらすじ
上条当麻は不良に襲われているところを、ひとりのお嬢様に助けられた。
佐天涙子は伸びない能力に向き合うため、ひとりのお嬢様に助けを求めた。
常盤台中学が誇る空力使い(エアロハンド)、"トンデモ発射場ガール"がヒロインのお話。


まとめて読めるところ
Arcadia(ttp://www.mai-net.net/)
ボーイ・ミーツ・トンデモ発射場ガール【とある禁書目録・超電磁砲】【再構成】
ttp://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=etc&all=19764&n=0&count=1

前スレ
ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1296986869/ part1
ttp://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1305653856/ part2

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1326725017(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)
<>【禁書】ボーイ・ミーツ・トンデモ発射場ガール【本編再構成】 part3 nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/16(月) 23:45:30.65 ID:wrqG6LRbo<> 前スレが埋まってきたんで作りました。
本当はちゃんと投下出来る量が書き溜まってからにしたかったのですが、間に合いませんでした。
申し訳ない。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2012/01/17(火) 00:18:21.08 ID:eOEVmZYG0<> >>1乙
吹寄のssもいいけど、たまにはこっちも頼む <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)<>sage<>2012/01/17(火) 07:07:56.21 ID:9V/LqjXAO<> >>1乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/01/17(火) 07:13:12.08 ID:MLjnbj/Yo<> 再構成はヤメ時がむずかしいな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage saga<>2012/01/17(火) 12:09:21.50 ID:D8ztz7fN0<> >>1乙
応援してる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)<>sage<>2012/01/19(木) 17:26:28.48 ID:HiOz0hJAO<> >>1乙。
楽しみに待ってるよ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(岡山県)<>sage<>2012/01/21(土) 21:03:40.11 ID:sH946luyo<> >>5
最後までやればいじゃないか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/01/22(日) 02:04:24.58 ID:M80+o+dDO<> >>1乙!
楽しみに舞ってる!! <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/24(火) 13:18:21.81 ID:2R2PRxMEo<>
「あ……あ、あ、ああああアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「エリ、ス?」

垣根の前で、優しく可愛らしい少女の、大切な思い人であるエリスが、声を張り上げた。
それはおよそ言語とは呼びがたい叫び。直前に一瞬の愕然とした表情を見せたが、それすらも消えた。
今エリスの顔に浮かぶのは、獰猛な、乾きを覚えた獣の表情。
垣根は伸ばした手を硬直させた。エリスの豹変を前にして、それは仕方のないことだったのかもしれない。
だが、その躊躇は。

「くっ! エリス!」

落下する垣根と、不思議な力によって落下を阻まれたエリスの間を、ほんの少しだけ引き離した。
手の届く距離から、絶対に届かない距離へ。

「俺を見ろ! エリス! エリス!」
「アァァァァァアアアア!!!!」

エリスの手がわななく。何かを渇望するその仕草は、垣根のいる階下ではなく、上を狙っていた。
視線も、もう交わらない。エリスは、はるか上を見つめているから。
垣根は虚空を掻くように、手を振りかざした。無策に手で空を掻いているわけではない。
垣根はその振る舞いの裏で未元物質を操り、エリスへの接近を試みていた。
万物の元を操る垣根にとって、できないことというのは少ない。だが、不得手はあった。
今、エリスのもとへと向かおうとしているその応用、「飛翔」もその一つだった。

「クソッ、邪魔だ!」

天へと落ちていく逆巻きの瓦礫。それを縫うように避けながら、垣根は未元物質を噴射する。
地球を脱するスペースシャトルは、下に向けて噴射する大量の可燃物ガスから受ける反作用で空へと向かう。それと同じ機構で垣根は空を飛んでいた。
空力使いでもない能力者が飛翔をするのは十分に賞賛されるべき応用だが、
鳥のように優雅に、合理的に飛ぶことができないことは、急を要する今はただもどかしいだけだった。
エリスとの距離が、離れていく。

「エリス! 行くな!」

視界が、閉じていく。コンクリートの断裂が姿を消し、秩序を取り戻していく。
垣根の目の前に、なんでもないごく普通の塾の廊下が、天上が、形を取り戻していく。
エリスの姿が、見えなくなった。同時に、どこの階かもよくわからないが、垣根は三沢塾内部のどこかに降り立った。

「チッ、なんなんだ、あれは……!」

訳もなく、壁を殴りつける。ぞわりと不安が這い上がる。
エリスのあの様子は、尋常ではなかった。何かを渇望するような悲鳴。それも、およそ獣じみた。
薬物中毒だとか、そういう尋常なる異常の範疇に、あの様子は当てはまらない。
薬や病害で人が醜悪に成り下がることはあっても、人を辞めるようなことは、人には出来ない。
あの叫びは、人並みの心を捨てていない人間に、人であることを辞めさせるような響き。
……垣根は、エリスに対して悪意を向けた誰かがいることを、理解していた。
一瞬、毒気が抜けたかのように腕を弛緩させ、見えない上階を見上げた。

「……無事に生きては帰さねえ」

どこかそれは他人事のような呟きだった。ポツンとこぼれたその言葉には、裏腹に持て余すほどの静かな敵意が満ちていた。
垣根の元をエリスが離れたのは彼女の本意ではなく、そして、誰かがエリスを、傷つけようとしている。
戸惑いや不安、そういった垣根の中でただ渦巻いていた感情が、流れ込む先を見つけて志向性を帯びていく。
それは初めてのことだったから、酷く緩慢な変化しかもたらさない。
……自分以外の人を傷つけられて、こんな風に怒りを感じたことなんて、なかったから。

「これを、どうやって成した?」

壁に触れる。何処から何処まで、普通のコンクリート壁だ。大崩壊の爪あとなど、微塵もない。
垣根は手を振り上げ、壁をはたくように振り下ろした。ガツッと硬質の音を立てて、コンクリートの破片が飛び散る。
それは金属より硬く重い未元物質を作れる垣根にとっては、どうということのない行為と結果だった。
――もし、それが三沢塾という異界でなかったならば。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/24(火) 13:19:04.97 ID:2R2PRxMEo<>
呼吸を整え、アウレオルスは吸血鬼がこの場にたどり着くその瞬間を、じっと待っていた。
内心に湧き上がっているはずの期待をあえて横から眺め、心を揺らさず、万が一の抜かりもないように。
ひたりひたりと、というにはあまりに暴力的で直線的な進攻だが、金髪の吸血鬼の少女は今もアウレオルスに近づきつつあった。

「む……?」

自らの支配下においた学生の動きを意識の外に追いやる。そうして建物の中の「動くもの」の中から侵入者を探し出す。
ずっと注視している吸血鬼の少女の動向は把握済みだ。
基本的には階段などの人間用の通路を使っているが、障害となる扉などを破るのに躊躇はなかった。
取り繕うことを辞めて、欲求に忠実となったが故の無表情を、顔に浮かべている。
だが、アウレオルスの意識に止まったのはそちらのほうではなかった。
インデックスが現れる可能性のある、建物入り口付近からでもない。
場所はどうということはない、ビルの5階辺りの、何もない区画。

「ビルの復元が行われている……?」

あるべきカタチを常に保てと、自動修復するよう設定したばかりだ。
それは地上にいるであろうローマ正教の尖兵への対策のつもりだったのだが。

「疑念。超能力者があの破壊を生き残ったか」

破壊前にはそこに、姫神が指摘した高位の能力者がいたことは事実である。その死は確認していない。
意識をめぐらし気配をたどれば、確かにその男が、健在でいるらしかった。

「あの程度の破壊ならば。脅威と数え上げることもない」

壁など何度壊してくれても構わない。というか、破壊という行為だけならいくら好きにやってくれてもいいのだ。
この異界の支配者たるアウレオルスにとっては、それは瑣末なことでしかない。
だからアウレオルスはこれ以上の注意を払う気もなく、垣根帝督という存在を、無視しようとした。

「……? なん、だ?」

魔術師アウレオルスには、超能力者を正しく見積もる目がない。
その過小評価を動揺という形で、アウレオルスは支払うことになる。





地味な色の壁を背に、垣根はふっと呼吸を、一息ついた。焦りをほぐすように丁寧に呼吸を整える。
行動を、垣根は急がなかった。焦ることはむしろ目的を果たすまでにいたずらに時間をかけることになりかねない。
先ほど壊したはずの壁にもう一度触れる。そこには破壊に伴った亀裂や粉塵化などは一切もう見られない。
今起こった現象は、時間を逆流させたといっていいような完全なる復元だった。
――ガツッと硬質の音を立てて、コンクリートの破片が飛び散る。垣根は同じ事を、もう一度繰り返した。
破片は物理に従い飛び散って地に着こうとする。だが、それよりも前に、これまた先ほどと同じように修復を始めた。
もう、三沢塾という異界はその異形を隠したりはしなかった。そして垣根も、それを理解し観察することの意味を感じていた。

思考をめぐらせる。どのような超能力なら、コレを成せるか。――答えは、ない。そのような能力など、到底有り得ない。
応用性の広さと規模の点で、この建物の支配者がレベル5以上の演算力を持っていることになるのは確実だ。だがそんな能力者は7人の中にはいない。
思考をよぎるのは、魔術という言葉。エリスに教えられても、頭のどこかで垣根はその概念を受け入れられなかった。
今この状況に陥っても、未だ魔術を受け止めることは、垣根には難しい。だけど、それでも結論はシンプルだった。
――人は完全なカオスを扱うことは出来ない。無秩序を成すのに、どこかで秩序、法則、ルール、そう言うものを必要とする生き物だ。
ごくシンプルな時間発展の微分方程式、例えば流体力学の方程式がカオティックな乱流を生み出すように、
この不可解な、超能力では到底記述の出来そうにない現象にも必ず法則はある。
そして、だからこそ、突きくずせるポイントがある。

「ブチ抜け」

垣根はポケットに手を突っ込んだまま、上階にを睨みつけてそう呟いた。
直後、グワッッシャァァァァァ!!!!!! とコンクリートをすり潰すような、奇妙な音が壁から起こった。
そしてまるで水滴が壁から染み出るかのように、金属光沢を持った鈍い朱色の物体が浮き出した。
壁を構成するコンクリートと同じ空間座標に、垣根は未元物質を出現させたのだった。

「テメェがどんな敵なのかもまともにしらねーがな、物質(モノ)の取り合いで俺に勝てるとは思うなよ」

未だ顔さえ見えぬ敵に、垣根は冷酷な顔で告げた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/24(火) 13:19:58.84 ID:2R2PRxMEo<>
侵される。理路を整然と並べ、完美を体現したはずの錬金の塔が。
黄金練成(アルス・マグナ)によって作られたこの場所は、アウレオルス・イザードが砂埃の一粒に至るまで支配した場所だ。
なのに。

「戻れ」

その言葉に、従わぬ場所がある。元の形を失いぐしゃりと変形した、ある一角。アウレオルスが戻れと言ったのだから、そこは元に戻るはずなのだ。

「……戻れ」

二度言葉を繰り返す、その時点でおかしいのだ。黄金練成は完全であるが故に黄金なのだ。僅かな判例でもあれば、それは卑金に成り下がる。

「何を成した、能力者……!」

苛立ちが、言葉に篭もる。
自らの手からまだ零れ落ちていない、その変形した場所の周辺に意識を集中し、事態を把握するための情報を集める。

「これは、水銀、いや銅か……? 否、貴金ではない」

金属光沢を持ち、鈍い朱色といえば銅だ。だが錬金術師たる自分が、まさか貴金属の目利きで間違いを犯すなどありえない。
これは、断じて金属ではない。アウレオルスが知る、地球上に存在する金属のどれとも性質が異なる。
超能力によって物性を歪められたのだという仮定を否定することは出来ないが、アウレオルスは直感で、
相対している能力者が、そんなチャチな小細工で挑んでいるのではないことを理解していた。
アウレオルスが見ている「それ」はもっと、錬金術という魔術を根底から覆すような、恐ろしい能力の片鱗に違いなかった。

「――く。まさか、虚数物質の類だとでも言うのか」

錬金の理の、埒外に存在する物質。自乗で負になる数のように、自然の摂理に逆らった空想上にしかありえないはずの物質。
成る程、超能力というのは自然を超える能力のことだ。そんなものがあっても、無理はないのかもしれない。
そして。それがアウレオルスの知の埒外にあるモノであるならば。

「解さぬ物を操れる道理は錬金には無い」

錬金術師としてのプライドなどというものでアウレオルスは動いているわけではない。
黄金練成の完成など、自分の本当の願いから見ればただの道具に過ぎない。
ただそれでも、錬金、その中興の祖パラケルススの末裔たる彼にとって、その一言はまごうことなき敗北宣言だった。
もう何度目か、右手に持った鍼をアウレオルスは首筋に打ち込んだ。

「敢然。而して立ち向かうべきは、能力者ではなく――」

アウレオルスはそこで言葉を切った。
しつらえのいい校長室の入り口の扉がギッと軋む音を立てた。程なくして、それはバギンという木製の扉の壊れる悲鳴が聞こえた。
その奥から音も無く現れたのは、薄い微笑を口の端に浮かべた、金髪の清楚な少女。その瞳は本能に根ざした欲求にあまりに忠実すぎて、澄んでいた。

「歓迎しよう。吸血鬼の少女よ」

値踏みを擦るように見つめてくるエリスに、アウレオルスは作り笑いを浮かべた。
この少女を奪還するつもりであろうあの少年がたどり着くまで、時間をとるつもりは無かった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/24(火) 13:20:38.65 ID:2R2PRxMEo<>
「クソ、進まねぇ」

舌打ちをして、焦りを歪めた唇に浮かべる。自動修復の壁というのは厄介だった。
大規模な爆発を起こすことも垣根の能力なら可能だが、修復されるのならあまり意味はない。
未元物質を壁材に混ぜ込んでやればどうやら相手のコントロールからは外れるらしいが、
これは進行速度の観点からすると大した成果は上がらなかった。
効果的に使えば、階段のために遠回りするよりいくらかマシ、という程度だった。
エリスの行き先にも確証を得ているわけではない。
下手をすれば最上階近くになってから、また先ほどと同じようなかくれんぼをやる必要があるかもしれないのだ。
時間のなさが容赦なく書きたてる焦燥を、垣根は必死に押し殺す。

「……何だよ」

久々に、塾生とすれ違った。そういえば崩壊後は初めてだ。
別に見た目におかしなところなんてない。ただ垣根をジッと見つめているだけだ。
だが垣根は、その瞳になにか、感化できぬものを感じ取っていた。
何せ、つい今しがた、廊下をぶち抜いて階下から飛び出してきた男を見つめるにしては、驚きがなさ過ぎた。
黒髪のおさげに丸眼鏡の、まるでこんな異様な場所からは縁遠いような凡庸な顔の少女。
その異様さに僅かに意識をと時間を割いた垣根が、再び自らの行動に移ろうとしたその一瞬に、少女が何かを呟いた。

「罪を罰するは炎。炎を司るは煉獄。煉獄は罪人を焼くために作られし、神が認める唯一の暴力――――」

垣根はその言葉の意味を汲み取れない。だが言葉以外の別の感覚で、垣根はその言葉がもたらす結果を理解していた。
少女の眉間の辺りに、ピンポン球くらいの青白い球体が火を灯す。

「テメェが黒幕、ってことはないか――」

おそらくその予想は正しいだろう。だからこんな雑魚相手に時間なんて潰したくはない。
だが、攻撃されれば、迎撃せざるを得なかった。

「寝てろ」

野太い柱を生成し、垣根は少女の腹を突いてやった。ごほ、と息や胃の中身を逆流させるような音を立てて少女はぐしゃりと崩れ落ちる。
同時に飛んできた火球を、空いているほうの手で振り払う。
――パキン、と子気味良い音が手のひらから響いた。

「……未元物質を割った?」

異様な感触だった。未元物質も物質の一種であり、作り方によっては酸に侵されもするし、壊れることも風化することもある。
だが今、振り払う手にあわせて作った未元物質が割れた瞬間のあっけない感触は、そうした変化とは違う。
まるで能力を打ち消されるような感覚。というか、相手のうちはなった火球とそもそも存在自体が相容れなかったかのような、不自然な反応だった。
この少女は何者だろうか。そう探る目を垣根が向けると、少女は吐瀉物を床に撒き散らし、汚れた口を隠すことなく垣根を見つめていた。
意志の見えない顔だった。そしてまた、垣根に分からない呪文を、紡ぎ続ける。
少女がもたらすのは取るに足らない脅威だ。だから垣根はもう捨て置こうと、そう思ったのだが。
ばじっ、と。
少女の頬が、まるで皮膚の裏に仕掛けた爆竹でも爆発させたように吹っ飛んだ。

「暴力は……死の肯定。肯、て―――は、認識。に―――ん、し―――」

自らの傷を少女は意に介さず、さらに言葉を続ける。指や、鼻や、服の内側で続けざまに爆発は生じ、少女は少女としての形を壊していく。
そうした代償と引き換えに、ちっぽけな火球が再び宙に浮いた。

「何度やっても、結果を変えるほどの威力じゃねえよ」

言い聞かせるように垣根はこぼす。それは思いやりに近かった。
だがその慰めを聞き届ける相手はいなかった。少女の耳が弾け飛んでいなくとも、聞く意志がなかった。
垣根は十数秒のそのロスを歯噛みしながら、階段の先を見つめた。
恐らくはあとは能力で建物を壊すような真似をせずともこの階段を上りきれば良いはずだった。
その階段から、低い呟きを幾重にも重ねた、呪いの声のようなものが聞こえた。

「――操られたのは一人、ってわけじゃねえか」

その様に、垣根は怖気を走らせた。傍らの少女や、階上の学生達を哀れんだからではなかった。
この壊れ行く少年少女達に、エリスを重ねたから。
だが、垣根は。

ぐしゃり、と。少女の額に浮いた火球を、少女の顔面ごと蹴り潰す。

未元物質でコーティングした靴は、パキンという音と共にそのコーティングを壊しただけで、後は特に変化はなかった。
垣根帝督は、エリスを救うためにここに来た。
他の誰も彼もを救えるような、博愛主義の持ち主ではない。
それでいいと、垣根は思っていた。自分は英雄ではないのだから。

「悪いが、歯向かうなら手荒く退ける」

雨の様に降り注ぐ火球を見て尚冷静に、垣根はそう告げた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/24(火) 13:21:36.28 ID:2R2PRxMEo<>
「さて、少女よ。私の名は、アウレオルス・イザード。錬金術師の端くれだ」
「……」

アウレオルスは、目の前の少女を「測る」。
吸血鬼というのは、どれほど人から乖離した生き物だろうか。
元が人間で、協力者の少女に言わせれば人間と何も変わるところがないという。
ならば、話し合いも可能だろう。……つい先日までは、そういう予測の元に動いていた。

「ここに君を呼んだ理由を単刀直入に話そう。君に協力してもらいたいことがある」
「……」
「ある少女を救うために、君達、カインの末裔の知恵、あるいは術を教えてもらいたい」
「……」
「君達は人間と同じ容れ物に、無限の命と、そして無限の記憶を蓄えている。
 どうやって、それを成しているのか、それを聞かせて欲しい」
「……」

金髪の少女、エリスがぼんやりとアウレオルスを見つめた。
この部屋にある他のもの、たとえば高給そうなソファだとか机だとかよりも、
喋る人間のアウレオルスのほうがまだしも注目を惹き付ける存在だった。
だが、エリスの関心はその程度だった。もとより話の中身など、エリスには届いていなかった。

「当然。やはり、あれだけの吸血殺しの匂いに触れては、もはや理性は残っていないか」
「……どこなのかな?」

独りごちるエリス。確かに、匂いはここから漏れていたはずなのに。
その匂いの元、根本、それ自体がここにはなかった。
目の前のニンゲンからは普通の匂いしかしない。違うのだ。
あの、たまらなく芳しい椿の香りを身に纏った、巫女服の少女とは。

「こっちかな」

部屋には、扉が二つある。それらの部屋も調べてみれば、見つかるかもしれない。
緑髪の長身の男性、アウレオルスを無視して、エリスは隣の部屋へ続くドアのノブに手をかけた。

「悪いが、君を死なせるわけにはいかないのでな。吸血殺しとの接触は禁じさせてもらう」
「開かないか。もう、邪魔なドアが多すぎるよ、この建物」

グッと、エリスはドアノブを握り締め、強引に力を込める。
その細腕からは想像も出来ない膂力で、ドアに軋みをかけた。

「開かんよ。ただの物理的な封鎖ではないからな」
「おかしいなぁ。もう!」

――ギギギギギギギギギ!!!!!と、黄金練成が課した「絶対に開かれるな」という言葉と、それにエリスの魔力が抗う音がした。

「吸血鬼に単純な方法で打ち勝つのは、黄金練成といえど不可能か。
 ――――音速で這う水銀の弦にて敵を拘束せよ。数は1000」
「えっ?」

ぎゅるりと、水のような銀のような、不思議なストリングがエリスを絡め取った。
不意打ちというか、まったく眼中になかった相手だったから、エリスは対応できなかった。

「最大速度で魔力を吸引せよ」
「あ……」

ごくん、と。自分の中の魔力が誰かに飲み込まれる音を、エリスは聞いた。
まるで誰かの胃の腑の中にいるような、生暖かい胎動。
自分を吸っているのは、きっと、この建物そのものだ。
気持ち悪いはずなのに、不思議と、眠たくなる。

「吸血鬼はこれで死ぬことはない。後で血が必要なら、いくらでも階下から調達しよう。
 しばらく窮屈を強いるが、我慢願おう。禁書目録はもう私の傍まで来ている。
 時ほどなくして、私は私の願いを全うし、君にも可能な限りのことをする」

あっけない、幕切れだった。
いや、そもそも吸血鬼を、人を殺戮するための狡知に長けた生き物だと思うほうが間違いなのかもしれない。
長閑に生きてきた少女にしてみれば、むしろ悪意に満ちた生き物は人間のほうだ。
見下ろすアウレオルスの前で、エリスはすうっと瞳を閉じ、うなだれた。
アウレオルスはさらにその体を丁寧に水銀の糸で巻いた。

ふう、と一息つく。間に合ってよかった。
アウレオルスは自分が乱戦に弱いことを自覚している。
命令を細かく設定しなければならない黄金練成という能力は、一対多の戦闘には向いていないのだ。
だから、吸血鬼をさっさと眠らせてしまえたのは行幸だといえた。

「エリス!!!」

この、得体の知れない物質を扱う少年を、次に相手しなければならないことを考えに入れたならば。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/24(火) 13:22:26.33 ID:2R2PRxMEo<>
暗がりで、姫神秋沙はジッと息を潜める。
呼吸をするのも恐ろしかった。扉一枚向こうに、あの子がいるから。
出来ることなら心音も止めてしまいたいくらいだった。
吸血鬼なら、自分の居場所をそれくらいの物音で見つけ出すのも、無理じゃない気がするから。
ビクリと、姫神の体が震えた。
ガチャガチャ、ギギギギと扉を乱暴にこじ開ける音がするから。
アウレオルスの所作でないのは確実だ。
部屋の隅の、死角になったところでぎゅっと丸くなりながら、姫神はただ願う。
音にならぬ声で、唇だけで祈る。

「アウレオルス。お願い……。うまく」

無限に長い時間を、ガタガタと震えながら過ごす。
祈るしか出来ない。惨めな自分を呪いたくなる。
いや、呪い続けて生きてきたのだから、それは今に始まったことではないけれど。

「静かになった……?」

事が上手く行っていれば、アウレオルスは一言告げてくれるだろう。
期待と疑念が心の中で渦巻く。一秒、二秒と時間を心の中で数える。
アウレオルスの声は、姫神に掛からなかった。
外からの返事は、アウレオルスの声ではなかった。

「エリス!!!」
「垣根……帝督」

姫神は走り出したい衝動に駆られた。
アウレオルスが、垣根を説得できるはずはない。
自分だってできるかは怪しいが、それでもアウレオルスよりはずっと望みがある。
何も、自分達はあの子を傷つけるつもりなどないのだ。
ほんの少し協力してくれたら、あとはむしろあの子のためになんでもする覚悟がある。
だから、私達は、争うべき相手ではないはずなのに。

「……なんで。私は」

姫神は、垣根と交渉することはできない。
だってその部屋には、エリスも傍らに存在しているから。
傍らに置いた短剣を、姫神は握り締めた。それはお守りだった。
いつでも、必要とあれば自害が出来るようにと、持った剣。
これ以上あの子のような境遇の吸血鬼を死なせたりなんてしない。
もう一度、姫神は誓いを呟きにする。

「もう一度誰かを殺すくらいなら。私はその前に命を絶つ」

その短剣の重みは姫神の手に良くなじんでいた。
ここ数日は毎日手入れをし、丁寧に研ぎ澄ませた剣だ。
細く長く、姫神のあばらの間からきちんと差し込めて、間違いなく心臓に到達する。
どの骨と骨の間を通せばいいのか、その時の手の角度はどんな風がいいか、そんなことはもうちゃんと考えてある。
真っ暗な部屋で、ドクリドクリと波打つ自分の心音にすがりながら、じっと姫神はその時を待った。
誰かを殺す恐怖に怯えた毎日を、終えるその時を。
その結果に自分の死か生か、どちらがくっついてくるかは、分からなかったけれど。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/24(火) 13:25:54.59 ID:2R2PRxMEo<> 久々の更新ですみません。。。。
次はアウレオルスVSていとくん戦ですね。さあどういうことになるやら。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/01/24(火) 17:07:16.59 ID:sAKOHTkDO<> ついに来たか

この世のものすべてを扱う錬金術と、この世にない物質を生み出すていとくんって対比があったことにようやく気づいた

そしてすべてを無に返す上条さんというジョーカーもあるのね <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/01/24(火) 21:24:06.19 ID:L3lFv/cSO<> >さあどういうことになるやら。

……さては考えてねぇな? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(京都府)<>sage<>2012/01/24(火) 23:41:04.14 ID:mqMQ47dg0<> 乙なんだよ! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2012/01/25(水) 02:59:22.48 ID:irpB2IWxo<> おつ! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)<><>2012/01/25(水) 17:01:19.47 ID:oCx2XGGW0<> つまらなすぎてもう駄目だわ
こんなゴミみたいな作品をいつまで続ける気なのか
原作者や原作を読んでる人間に申し訳ないと思わないのか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(新潟・東北)<>sage<>2012/01/25(水) 17:41:39.87 ID:UPbtALwAO<> もう愛知のこれに献身すら感じるな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県)<>sage<>2012/01/25(水) 18:01:31.50 ID:lc9ZLUt4o<> この愛知、ステマじゃね? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東日本)<>saga sage<>2012/01/25(水) 19:48:49.97 ID:ONc6q7x80<> いやよいやよも好きのうち <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)<>sage<>2012/01/25(水) 21:36:35.94 ID:pupPf6Fx0<> 久々の更新乙
ここは上条さんと婚后さんは絡んでこないのかな…… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/01/25(水) 23:14:07.71 ID:ivwPhSyo0<> >>1乙
せっかくだから光子や佐天さんの活躍ももっと見たいぞ
がんばってくださいね

それから、愛知さんも乙
これは次回更新も近いな
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/26(木) 12:06:06.40 ID:jOM5ZcDYo<>
「エリス!!!」

垣根は強引に破られたらしい校長室の扉から、躊躇いなくその中に進入した。
無警戒な訳ではない。ただ、自分の身を案じるための時間は、エリスを助けるための時間の浪費だと考えていただけだった。
まず初めに目に入ったのは、緑髪の長髪の西洋人。年恰好は垣根とそう変わらないが、その紳士的な服装と顔の裏に、狂気めいたものを感じ取っていた。
垣根は、それこそがエリスを傷つけようとしている敵なのだと、直感的に理解した。

「エリスをどうした」
「案ずることはない。さほど手荒くはない手で、先ほど眠ってもらったところだ」

アウレオルスが垣根の真横を指差した。視線が相手から外れるのは好ましくなかったが、エリスの安否を確認したい欲求には抗えなかった。
エリスは膝を僅かに曲げたくらいの姿勢で、立っているというか、つるされていた。
十字架に掛けられたどこぞの宗教の教主のように、手を広げている。
腕全体と手首、そして胴や腰、足に、銀色の糸の束が幾筋にも分かれ、絡まっていた。
出来損ないの繭みたいなそれに、エリスは囚われている。
うっすらと開いた目は、意識を保っている証拠のように見えるのに、その目の焦点はどこにもあっていない。
それはまるで、蜘蛛に掴まり、捕食される寸前の状態の蝶の様で。
銀の糸もエリスの金の髪も、あらゆるものが美しい部分で構成されたはずのそのオブジェが、垣根にはおぞましく見えた。

「放せ」
「靦然。私とて目的があってこれをなしたのだ。おいそれと願いを聞くことはできん」

互いに相手が誰なのかと問うようなことはなかった。相容れぬことを、その雰囲気で察したから。
そしてどちらも饒舌さなどとは縁遠い。視線だけの交錯は、ほんの一瞬だった。
アウレオルスが鍼を首に突き刺し、引き抜く。僅かに空白の時間を置いてから、垣根に手をむけながら告げる。


「少年よ。君に恨みはないし君に落ち度もないが、君の願いは聞き届けられない。故に死――」
「テメェが死ね」


キュァア! という悲鳴を空気に上げさせながら、突如として虚空に乳白色の三角錐が出現する。
この世のどんな物質とも異なる、アウレオルスの埒外の物質。
垣根がアウレオルスの通告に言葉を重ねながら、殺意を物質に変換した。
細長く尖った錐上のそれは、回転をかけながらアウレオルスに迫る。

「鎗突を防げ。円盾を彼我の間に――!」

後手に回ってしまったことに囚われぬよう、アウレオルス目の前の事実のみに集中する。
奇妙な、いやある意味で当然の事実にアウレオルスは驚嘆を禁じえなかった。
錬金術として、この黄金練成<アルス・マグナ>は用意にはたどり着けぬ高みにある。
その魔術が成しえる神秘と、目の前の少年、学園都市でも高位の能力者らしい彼の成している奇跡、それらのなんと似ていることか。

垣根の錐が、アウレオルスの盾に突き刺さる。
瞬間。パキィィィンと軽い音を立てて、両者はひび割れ、砕け散った。
まるでその存在同士が、矛盾することを証明するように。

「――ハ。テメェも、か」

四つ五つと、垣根は眼前に球状の未元物質を作る。それは今アウレオルスに向けた錐の「種」だった。
この錐は、垣根にとって一番作るのが簡単で大量に用意できる攻撃だった。それでいて、充分な威力を誇る。
未元物質はあらゆる能力の制御をほとんど受けつけない。未知の物質を演算に取り入れられる能力者などいないのだ。
だからこの攻撃に対する対処は、逃げ回るか、どこからか盾になる物質を持ってくるくらいしか、ないはずなのだ。
だから今まで、垣根は対峙したあらゆる能力者に対し無敵だった。だが目の前の男は、その垣根の一撃をまったく別な手で防いだ。
垣根以外の超能力者にはない、「無から物質を呼び出す」という対処法で、男は盾を用意した。
そう、この目の前の魔術師とやらは、他のどんな超能力者より自分に似ていた。

「先の手順を複製! 数は十、すべての刺突を迎撃せよ」

襲い掛かる錐に立ち向かうよう、古代ヨーロッパの面影を残す円状の盾がアウレオルスの前にいくつも浮かぶ。
同心円をいくつも重ねたデザインで、その意匠には円形に作られた古代都市の町並みが模されている。
そうして町を守る外壁と同等の守りが付与された盾を、垣根の未元物質は相打ちという形であっけなく破壊していく。

「――彼の能力と黄金練成は、噛み合いすぎるな」

アウレオルスは迎撃の方法を選び間違えたことを理解した。
超能力は自然の法則に逆らう自然現象だと漠然と思っていた。だから魔術的な盾を作り、それで防御を行うことは最も理にかなっていると思っていた。
だが、この相対した少年の能力は違う。断じてアレは自然ではない。故に魔術の盾と彼の錐は矛盾し、相克する。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/26(木) 12:07:23.68 ID:jOM5ZcDYo<>
「――床及び側壁より石壁を構築。それを以って盾と為せ」

瞬間、床が泥のように流動し、垣根とアウレオルスの間に立ちふさがる壁になって屹立した。
ゴリッという音と共に未元物質の錐はその壁を貫通するが、そこで勢いを失い、アウレオルスには届かない。

「千日手を回避するのは良いが、有限の材料に頼るとどこかで詰むぞ?」

それは何度も垣根がやった詰め将棋だ。例えば石や大地を操る能力者は確かに垣根の錐を防ぐ壁を作れる。
だが一度はそれで防げても、際限なく降り注ぐ未元物質の攻撃を、どこかで防ぎきれなくなる。
壁に加工できる材料なんてのは、周りに無限にあるわけではないからだ。
……ついでに言えば、垣根の攻撃方法はこんな単調なものに留まるわけもない。

だがアウレオルスは垣根の忠告に答えなかった。答える暇がないからだ。
黄金練成に、厳密には言葉による命令は必要ない。アウレオルスが望めばあらゆる出来事が具象する。
だが言語化という過程を挟まずに術式を発動させると、どうしても不安定な結果が生まれるのだった。
それは黄金練成という術式の問題ではなく、言語というものを使わないと思考ができない、人間という生き物の限界だ。

「石壁を複製。数は5枚」

アウレオルスは、この膠着を問題視していなかった。
能力者というのは、一人で何種類もの力を身につけることは出来ないらしい。
壁向こうの少年の能力はこの未知の物質を生み出し、操ることだろう。
おそらく、他人の精神に干渉するような真似は出来まい。
それが、勝機だ。

「石壁を複製。数は10」
「後がなくなって来たぞ」

垣根はじわじわと責めていく。弄ぶためではない。攻撃のシンプルさは物量作戦を可能にする。
相手を防戦一方にすることが確実に勝つための手段として最良なだけだ。
床には瓦礫と化したコンクリートが散乱し、部屋のあちこちで床が抜けている。

「後一手か、二手か」

この先の展開を垣根は冷淡に教えてやる。焦りがミスを生めばそれだけ儲けになるからだ。

「石壁を複製。数は10」

アウレオルスもまた、その詰めにチェックメイトまで付き合う気だった。
この石壁を破られれば、アウレオルスは自分の周囲から材料を失う。
自分の足で離れたところまで逃げ、垣根に相対することになる。
勿論先手は向こうに取られるはずだから、恐らくは防御が間に合わず、自分はそこで詰む。

――ガリガリガリ! と掘削機のような音を立てて、最後の壁が崩壊した。
僅かな隙間を通して、垣根とアウレオルスは視線を交わした。
どちらの目にも、大きな感情の起伏はない。互いに、互いを殺すことをもう心に決めていたから。

「終わりだな」

確認するように垣根は呟く。いつの間にかポケットに突っ込んでいた手を出すこともなく、
淡々と、アウレオルスの命を奪うための錐の種を、空に浮かべた。
コンマ一秒後には、アウレオルスは致命傷を追う。
だがアウレオルスはそれを恐怖などしていなかった。なぜならば、それこそが勝機だから。

眼前で余裕をもって見下ろすこの少年には、あらゆる物理的な干渉が届かない。
モノのぶつけ合いではアウレオルスは垣根に届かない。手続きに時間の掛かる黄金練成よりも、未元物質創生のほうが早いからだ。
だが、逆に物質を扱うことに囚われた少年には、防げないものがある。

勝利を確信しているのは、垣根ではなくアウレオルスだった。
どれほどの痛手を負っても、一言「治れ」といえば済むことなのだ。故に自らの追う傷の大きさなど問題ではない。
アウレオルスは自らに向けられた錐に見向きもせず、垣根の姿だけを目で追った。
一言、他でもない垣根という人間自身に向かって、「死ね」という命令を与えるために。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/26(木) 12:09:30.71 ID:jOM5ZcDYo<>
「ハァハァ、エレベータ位は動かしておいて欲しかったんだけどね」

ステイルは大きく息をつきながら、最上階に向かって階段を駆け上がる。
敵の胃の中にいる以上は、エレベータだろうが階段だろうが危険度なんぞ変わらない。
エレベータがあれば本当にそれに乗ってやるくらいのことはしたかもしれないが、そもそも動いていないのなら体を動かすしかない。

「ステ、イル。あとどれくらい、なの?」
「あそこを上れば終わりだよ」

先導するステイルに連れられインデックスはアウレオルスに肉薄するところまで来ていた。
不安は、ずっと心の中を這い回っている。
いつだったか、確かに自分は言ったのだ。先生のことを忘れたくないよ、と。
その自分の願いは、半分だけ叶った。アウレオルスを先生と呼んでいたことを、あの日の思い出を、確かに持っている。
だけど、その思い出に対する実感だけは、インデックスはもう二度と得られない。
先生の望んだインデックスは、もういない。
それはどれほどの裏切りだろう。恐らくは、自分を助けるためにこんなことまでしてくれた先生に対する、最悪の仕打ちだろう。
恨まれるくらいのことは覚悟していた。せめて、先生がこれ以上誰かの敵にならないよう全力で止める、インデックスにできるのはそれくらいだった。

「インデックス」
「どうしたの?」
「あれを」

最上階の、一つ下の階。その廊下をステイルは指差した。
そこには夥しい数の人が倒れ、血で廊下が彩られている。

「っ! これ……」
「フン。どうやら、アウレオルスは随分好かれているようだね」
「え?」
「これだけ人形が壊されてるって事は、すでに僕ら以外に侵入者がいて、ここまで来たって事だ」

イギリス清教と、ローマ正教と、そしてもう一つはどこの勢力か。
無意識にタバコを探して胸の辺りを探るステイルに、インデックスがきつい目を向けた。

「ステイル。この人たちは人形じゃない」
「知ってるよ」
「この人たちは、人形じゃないんだよ」
「……だから? 助けたいのかい? 僕らの知らない誰かは、雑魚を殺さない程度の良心はあるらしいね。
 まあ、僕の魔力がすっからかんになるまで回復魔術を使えば、助けられるかもしれないね」
「……私は」
「君がどうしてもと頼むなら、考えてもいい。だが回復すれば彼らはまた襲ってくるだろう。下の階の連中みたいにね。
 そうすればアウレオルスを目前にして僕も君も死ぬだろうけど、それが君の望みかい?」

ステイルは、朝から学園都市で戦っている。光子と一緒に学園都市の機械を相手にしたのだ。
そして今さっきは、この下の階で襲ってくる学生たちを退けた。
その時にだって、たくさんの学生を傷つけてここまできたのだ。
インデックスは、ステイルにそうやって罪を押し付けてここまで来た。ステイルはそれに文句一つ言わない。
こうやって意味もなくなじる様な事をしたインデックスに対しても、怒りを微塵にも見せない。

「ごめんね、ステイル」
「謝られる理由がないんだけどね。僕は、そして君も、必要悪の教会の人間だろう?
 綺麗に誰かを救う生き方をするために、僕はここにいるわけじゃない」

汚れることには慣れている。人形と茶化した言い方をしていながら、本心まではその軽薄な考えに染まりきっていなかった。

「もう一つ上にあがろう。アウレオルスさえ止めてしまえば、彼らをどうにかすることだって出来るんだ」
「うん。そうだね」

インデックスに背中をみせて呟くステイルに、インデックスは短く返事をし、立ち上がった。
そして、何気なくアウレオルスがいるはずの上に向かって、天井を眺めた、その時だった。

ぬるり、と。まるで泥のようにコンクリートの天井が波打ち、
――ガリガリガリ! と掘削機のような音を立てて、天井が崩壊した。

「なっ?! 上は交戦中か!」

ステイルが慌ててインデックスに駆け寄る。
頭にでもぶつかれば無事ではすまない大きさの瓦礫が穴から降り注ぐ。土ぼこりが部屋を埋め尽くし、視界を奪っていく。
その中に、インデックスは懐かしい姿を見た。きっちりとしたスーツに身を包み、緑の髪をオールバックにした、長身の青年。
記憶にあるその姿よりいくらか凛々しくなった、アウレオルス・イザードが、階上にいた。
インデックスは、叫ばずにはいられなかった。止めるためにここに来たのだから。
私はもう大丈夫と、もう私のために何かをしてくれなくても良いと、そう言いに来たのだから。

「――先生!!!!」

息苦しいほど埃の舞うその場所から、ありったけの声で、インデックスはアウレオルスに呼びかけた。
誰かを探していたアウレオルスの視線が、抗いがたい誘惑にひきつけられるように、インデックスのほうを向いた。
よかった、とインデックスは思った。だって、これだけの時を経て尚、先生は、自分の声に応えてくれたから。

――――次の瞬間。乳白色の錐が何条も、アウレオルスの体を貫いた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/26(木) 12:11:53.56 ID:jOM5ZcDYo<> なかなか当麻と光子が出て来れないですねー。
吸血殺し編は超電磁砲側と違って関係者の数を増やしにくい。

ほのぼのした雰囲気まではまだ遠いですね。。。
しばらくは修羅場をお楽しみください。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage saga<>2012/01/26(木) 13:06:57.66 ID:DP8oQmVV0<> 乙っす
長いこと更新が無いと不安になるわ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/01/26(木) 20:43:43.54 ID:Laypooxe0<> 乙乙! とうとう遭遇したか・・・ある意味、上条さん以上の力押しにどうなる、先生 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県)<>sage<>2012/01/26(木) 20:59:13.35 ID:LR3oSE7Y0<> 更新おめでとう。
何よりありがとう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(京都府)<>sage<>2012/01/26(木) 23:20:19.35 ID:sInXs3rq0<> インデックスを見たことにより動揺してモロに食らったかな?
先生大丈夫かな・・・ <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/28(土) 00:49:51.32 ID:X3tzfDHQo<>
「ご、ぼ―――」

見上げるインデックスの目の前で、何か言葉を紡ぐようにアウレオルスが唇を動かした。
こぼれたのは、血の塊。胴や手足に何本錐が突き刺さっているのだから当然だ。
人がそのように殺害されかけているのを、インデックスは見たことがない。
例えて言うなら、毛糸の編み針で小ぶりの人形を串刺しにし、地面に縫いとめたようだった。
ゆるゆるとその乳白色の錐が血で染まっていくのが、生々しかった。

「せん、せ――先生!」

くぐった修羅場の数がそうさせたのか、インデックスが呆けたのはほんの一瞬だけだった。
死の淵に引きずりこまれそうなアウレオルスを繋ぎとめるように、大きく呼びかける。

「クッ。上にまだ誰かいるんだぞ」

ステイルは苦々しい顔で、アウレオルスに近づこうとするインデックスを抱きとめた。
その長身で彼女を覆い、姿の見えぬ敵の射線上に自らの体を置いた。
見上げる先では、百舌の早贄の如く四肢を貫かれたアウレオルスが、震える手で何かを握り締めていた。
恐らくは、東洋医学に用いられる、鍼灸用の鍼。
アウレオルスはそれを、ほとんど自由の効かない腕で持ち上げ、首にあてがおうとする。
受けた傷は死に至るに充分だが、しかし即死には届かない。あの少年に止めを刺す気があれば、恐らくは間に合うまい。
だがそんなことは、今のアウレオルスにはどうでもいい。死ぬかもしれない、なんて可能性を考えたりなどしなかった。
紛れもなく、階下に見えるは捜し求めた少女。その彼女が、他の誰でもない自分を案じ、先生と呼んでくれたのだ。

「――ボ、は、ハハは」

一体何年ぶりだろう。こんな風に朗らかな笑いが自分の口からこぼれるのは。
なぜ、インデックスが自分のことを思い出してくれたのか。それは確かに重要な問題なのだろうが、傷を追ったアウレオルスはそれを考えなかった。
このどうしようもない状況を、なんとしてもひっくり返したいと思う気持ち。
もしインデックスがここに現れなければ、それは執念と呼ばれるものだっただろう。
だがそれよりももっと峻烈な、希望という名の感情がアウレオルスを満たしていた。
そんなアウレオルスを見下ろすように、垣根が傍に歩み寄った。

「下か。……誰だ、そこにいるのは」
「それは僕らが聞きたいところだけどね」

垣根は、いつでもアウレオルスを殺せるタイミングにいながら、決定的な一撃を加えぬまま下を見つめていた。
売られた喧嘩は倍返しを基本にしてきたから、誰かを死なせたことはあるのかもしれない。半身不随までは自覚がある。
だが、明確に垣根は誰かを殺害したことはない。別に、誰かを殺さないといけない局面になど出くわしたこともないのだから。
必要なら焼死体をダース単位で作るくらいのことはやってきたステイルに比べて、それは甘い考えだった。

「ん?」
「あなたは……」

照明がいくつか機能を失ったせい見えにくかったが、インデックスは、自分達を見下ろしているその青年が、決して知らない相手ではないことに気がついた。
完全記憶能力などというものに頼らなくとも、忘れることはなかっただろう。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/28(土) 00:51:03.38 ID:X3tzfDHQo<>
「エリスの、彼氏さん……」
「テメェは上条の所のガキか。随分とブッ飛んだ衣装だとは思ってたが、お前もこういう連中の一味か」
「貴方が先生と戦ったの?」

そう問うインデックスの瞳は、揺れていた。この状況は、双方に混乱をもたらしていた。
エリスを苦しめる敵と、エリスの友人が知り合いらしい。
先生を傷つけた敵が、親友の想い人だった。
敵対すべきなのか、あるいは、何かの間違いなのだと確認をするべきなのか。

「悪いが口を挟ませてもらう。君は、どういう目的でここにいる? なぜその男を攻撃した?」
「……」
「僕らはその男と知り合いだが、味方じゃない。その男がやろうとした凶行を止めに来ただけさ」
「……で?」

ステイルの呼びかけに、垣根は多くを答えなかった。ベラベラと喋れば不利になる可能性だってある。

「僕らはここに囚われているであろう、ある少女を保護し、その男を捕まえることが目的だ。
 それさえ邪魔をしないのなら、僕らは君に干渉しない。君がここにいる理由を教えてくれ」
「コイツを生かして捕まえるのか、それとも死体の回収か。それと女をテメェらが連れ去りたい理由は何だ」
「その男の生死は、僕はどちらでもいいけどね。それと少女の保護であって誘拐じゃない」
「――ハ」

ステイルは、正直に誠実に、意図を伝えているつもりだった。囚われの少女、姫神秋沙を保護し吸血鬼から遠ざけるのが目的なのだから。
垣根帝督は、裏の透けた言い分を鼻で笑うしかなかった。囚われの少女、エリスがどんな女の子かなんて、自分が一番知っているのだから。
――――事実はかくしてすれ違い、互いへの無理解が敵意へと変わっていく。

「お願い。先生から離れて」

インデックスは、そう言わずにはいられなかった。
いつしか、先生の体から流れた血が天井から滴り、ぴちゃりとインデックスのいるフロアを汚していた。
今すぐに助けなければ、長くは持たないことは明らかだ。
だが、そのインデックスの懇願に垣根は一層、不信感を募らせた。
何故この少女はエリスに近づいた? その理由が、コレだとしたら?

「どうしてエリスを苦しめる奴と、お前が知り合いなんだ」
「えっ……?」

とぼけたインデックスを見て、垣根はそれ以上を、問うのを辞めた。

「コイツは危険だ。悪いが生きてもらっちゃ困る」
「待って! お願い!」

垣根がアウレオルスを見下ろした。もう、呼びかけるインデックスには答えない。
僅かな時間のうちに、垣根の目が据わっていくのを、ステイルは感じていた。
それは殺しになれていない人間の覚悟する瞬間。自分にも覚えのある逡巡だった。
垣根がその余分な時間を取っている間に、ステイルもまた、自分に問いかけていた。
きっと自分一人なら、アウレオルスを見殺しにしただろう。
これだけの魔術を成すのに、アウレオルスが手を汚したことは間違いないのだ。そんな錬金術師をステイルは救う理由がない。
仮に、傍にインデックスがいなければ。
見殺しにすれば、インデックスは悲しむだろう。誰がその死を呼んだのか、間違いなく彼女は自分を責めるだろう。
自分は何のために、生きて死ぬと誓ったのだったか。

「じゃあな、死――」
「魔女狩りの王<イノケンティウス>!!!」

不本意だった。本当に不本意だった。こんな錬金術師、死んでしまえばいいのだ。
ステイルの魔力が生み出す炎塊の巨人、魔女狩りの王が垣根とアウレオルスの間に出現した。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/01/28(土) 01:00:46.64 ID:X3tzfDHQo<> なんかトンデモはステイル君結構頑張ってるほうだよね。
>>31 すまん。待っててくれて本当にありがとう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/01/28(土) 07:25:21.86 ID:WPn+V99SO<> 頑張りの割りに報われてないのは原作通りだけどな… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/01/29(日) 09:15:39.41 ID:qsSb5E7do<> 乙ですた!

いあ、ステイル頑張ってるよねww
原作ではいまいちぱっとしないけどさww

そしてていとくんの叫び、覚悟が恰好いい!
でもステイルは既にそこははるか昔に通り過ぎた階梯……

このエピソードをあえて上条さん抜きで進めることの重要さが見えた気がしました。
うん、お流石。

いや、次回も楽しみにしてますよー
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(千葉県)<>sage<>2012/02/01(水) 09:54:46.68 ID:yYmqunUA0<> 乙
ひっそりsage進行だと更新に気付かないぜ… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東日本)<>sage<>2012/02/01(水) 19:39:22.52 ID:z/QDzue+0<> だが、それがいい <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)<><>2012/02/17(金) 08:59:19.27 ID:ZDe7PstW0<> しかし恥ずかしくないのかね
こんなつまらない作品を書いていて
原作者にも原作ファンにも失礼だわ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/02/17(金) 09:00:41.66 ID:vft5Wqepo<> とりあえず下げますね。乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(新潟・東北)<>sage<>2012/02/17(金) 16:36:39.19 ID:CAFRfmqAO<> 愛知さん今日も宣伝乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東日本)<>sage<>2012/02/17(金) 22:49:57.61 ID:LiVoTWTw0<> 縦読みじゃないのか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/03/05(月) 21:17:48.24 ID:YWPMfmG10<> 光子好き、技術的・科学的説明好きな
正に俺得SSなのに・・・、更新されない。
おっぱいが佳境なので我慢してるけど、
早く早く続きを。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/06(火) 01:13:49.85 ID:gX+s5fBNo<> すまん。勢いだけで書けるから、ついあっちばかりになってるな。
こちらもいろいろとネタは溜まりつつあるんだけど、ちょっと余裕がね。。。
このバトル乗り切ったらまた佐天さんとか動かせるから、更新しやすいかもだけど。。。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)<>sage<>2012/03/06(火) 02:00:44.17 ID:1gzPFo1AO<> >>47
どちらも楽しく読んでます。
気長に待ってますよ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/03/12(月) 00:05:31.20 ID:WfD9SqiDO<> 佐天さんが出てくるとは予想外だな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/03/18(日) 09:08:29.84 ID:AqvqSc5IO<> 次は何編なんでしょうかね
ここの佐天さんはかっこかわいいので佐天さん超期待です <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/24(土) 14:57:20.81 ID:Ohk9msjIo<>
「何っ?!」

それは、初めて体験した出来事だった。魔女狩りの王が、ステイルの制御に対して極端に鈍くなった。
自然界のものなら、それが土であれ金属であれ、魔女狩りの王に取り込んでも問題にならない。
今までだって銃弾なんていくつも受け止めてきた魔女狩りの王が、得体の知れない物質に、毒されていた。

「――ク!」

体内に練り混ぜられた未元物質という毒を、掻き出すように魔女狩りの王が体を手で抉る。
ぐちゃりと地面に打ち捨てられたその泥は魔女狩りの炎のように消えることなく、緩やかに冷え固まりながらそこに残った。
身の自由を取り戻した魔女狩りの王は、再び垣根をさがすように、ぐるりと当たりを見渡した。

「トロくせぇ」

つまらなさそうな顔でつぶやき、垣根が手を振った。危険すぎるはずのその炎塊を一瞥さえしない。
垣根の視線は殺すべき相手、つまりアウレオルスに向けられている。
血を流すその錬金術師の隣に寄り添うインデックスを、垣根がどうするつもりなのかはわからなかった。
垣根が何かを言おうとインデックスを見据えた瞬間。
不意に掻き消えた魔女狩りの王が、元の場所から離れた虚空に現出し垣根に襲いかかる。

「邪魔だって言ってるだろ!」

声に応じて、未元物質の錐が虚空に鋭く聳え立つ。だが貫いたのはまたしても虚空だけだった。
魔女狩りの王が居場所を転移するのに、特に回数制限なんてない。
垣根は外した相手を仕留めるために、さらに手を振るった。

「僕の手元にあるのがそれだけだとは思わないことだね」

魔女狩りの王を睨む垣根の背後から、ステイルが垣根に襲いかかった。
手にした炎剣も、垣根を殺すには十分すぎる武器だ。それをステイルはためらわずに降りおろす。
躊躇などしては、この敵は容易に攻撃をかいくぐりステイルを殺すだろう。
全力で向かう他に、方法はなかった。

「―ーハ。手数が増えた程度で俺に勝てると思っているのか。おめでたい頭だな。
 時間をいたずらに消費するな。どうせお前は死ぬ。エリスに手を出さずに逃げ帰るなら、追いはしない」
「……エリス?」

襲いかかる錐が魔女狩りの王を貫く。そして垣根を燃やすはずのステイルの剣は、何かに阻まれた。
それは真っ白な、湾曲したプレートだった。デザインからしてそれは盾だったが、現代の警察が持つような機能性一点張りの、無骨な作りだ。
ステイルの炎剣は燃え散ることなく、その縦に拮抗する。大柄なステイルの体重が乗った一撃は、垣根とて全身に力を込めて耐えるほかない。
だがその姿勢からでも、垣根の未元物質は攻撃を可能とする。

「クッ!」

縫いとめられた魔女狩りの王を再び動かしながら、ステイルは追撃の錐を体を捻って回避する。
ステイルと垣根、二人は生身の人間であり、身体的な強さは同格だった。
各々の持つ攻撃力に対して、その体は脆弱すぎるということだ。
魔女狩りの王とタッグを組むステイルに、垣根は手数の多さと多彩さで応戦する。
いずれそのバランスは崩れるのかもしれないが、互いの手の内を知り尽くす前においては、ステイルと垣根の戦いは拮抗状態にあった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/24(土) 14:57:59.57 ID:Ohk9msjIo<>
「――先生! 先生!」

垣根たちが戦うその傍で、インデックスはアウレオルスの震える腕に、手を添えていた。
インデックス自身の手もそれにより血で濡れていくが、そんなことは気にしない。
体が示す明確な死の兆しに反し、アウレオルスの心が死んでいないことを、インデックスは分かっていた。
血に濡れた細い銀の鍼が、平時よりもずっと大きくその先端を揺らがせながら、アウレオルス自身の首筋に突きつけられつつある。
それが打開策なのだろう。そして、この状況を覆したいという強い意志が、アウレオルスの瞳に乗っていた。
先端が狙い定めた先へと向かうように、インデックスは手を添える。

「イ――クス」

肺から空気がこぼれるせいで、アウレオルスの声は声にならない。だけど、自分の名前を呼びかけてくれていたと、わかる。
その必死さに応えるように、インデックスはアウレオルスの為そうとしていることの意味を、探り当てる。
――首筋に鍼の跡がある。これで心を……消して、るんだ。
東洋医術についてもインデックスは心得がある。それは先生と一緒に学んだものだ。
アウレオルスの突こうとしている経絡は、鎮静効果のあるものだ。
だがこんなやり方では、心を落ち着かせるなんてレベルじゃなくて、感情の起伏をねじ伏せてしまう。そんな強引な術だった。
何度もやれば、人らしい喜怒哀楽など、失われてしまうだろう。
これはきっと、黄金練成という、不可能とされる術式の代償。

「……」

反射的にごめんなさいと言いかけて、インデックスはそれを口にできなかった。
それはどういう意味を持った謝罪だろうか。口にするのにどんな資格が必要な謝罪だろうか。
インデックスに、アウレオルスが優しく微笑んだ。
その鍼を突き刺せば、インデックスに会えた喜びすらも押さえつけ、機械に成り下がる。
それをアウレオルスは分かっていた。今はそれでいい。
とりあえず目の前で白い錐を振るうその男を始末して、ステイルを説得すれば、全てが解決するのだから。
再び、あの無垢な笑顔を向けてくれるインデックスと、共に歩んでいけるのだから。

「行くね、先生」

コクリとアウレオルスは頷き返す。その弱々しい反応をインデックスは読み取って、手に力を込めた。
鍼が、ずぶりと首筋に突き刺さっていく。
ひと呼吸おいて、脳に広がり始めた穏やかな快感と、冷徹になる心を自覚しながら、アウレオルスは命じた。

「治れ」

ぎゅるりと、機械で何かを巻き取るような音がしたのを、インデックスは聞いた。
手のひらから、ゆっくりと先生の血が逃げ始めた。
地に落ち、這い、アウレオルスの体へと近づいていく。
土ぼこりと交じり合い、どす黒く汚れたはずの血が鮮やかさを取り戻していく。
今まで伝い落ちた錐を血が這い上がり、その体へと戻っていった。
その遅さに、アウレオルスは少し苛立つ。
体に錐が突き刺さった状況からの復帰は思ったより大変だった。
錐が、現実に存在する物質だったら一瞬で済んだだろう。
思考をクリアにするために、もう少し、血液が必要だった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/24(土) 14:58:50.20 ID:Ohk9msjIo<>
「何だ?」

体中を貫かれたまま、ジリジリとアウレオルスが立ち上がった。
垣根が、その動きに一瞬視線を奪われる。

「超能力でもこれくらいできるだろう?」

戦いの最中に、その驚きは大きな隙を生む。ステイルはそれを逃さなかった。
自身は垣根に側面から炎剣を振るって襲い掛かりながら、魔女狩りの王に正面から突撃させる。
その瞬間、自分の置かれた位置関係に、垣根は戦慄した。
相対している敵との関係にではない。
自分が今背にしている未元物質の錐の束、先ほど緑髪の男を殺すためにつきたてたそれらの奥に、
銀色の糸で出来た繭があることに、気がついたのだった。
エリスの包まれた銀の繭に、禍々しい姿をしたマグマらしき塊が向かっていることに。

「チイッ!」

魔女狩りの王に向けるはずだった錐をステイルに向けて突き出し、垣根は身を翻した。
読みどおりそれで炎塊の拳は軌道を逸らし、繭からは射線を外して垣根を追いかけた。
勿論、それは危険な動きだった。無理な体勢からの回避は、その動きの幅が小さい。
垣根は余裕を持って逃げ切るための足を遺していなかった。
そして、魔女狩りの王の殴打は、掠めただけでもダメージは免れない。
ジッ、と小さな音を立てて垣根の右上腕が、その熱気と接触した。

「――――づ、あぁぁぁ!!」

激痛に、声を漏らさずに居られなかった。
痛みという情報で沸騰する脳を蹴っ飛ばして、体を確認する。幸い指まできちんと動く。腕が失われたわけじゃない。
だが左手で触ったそこには、真っ黒に炭化して何かがパラパラ崩れる感触があった。
それが、ジャケットの燃えかすだけであって欲しいと願う。
後ろを一瞥すると、エリスの眠るそこは無事だった。だが、それにホッとする気持ちは湧かなかった。
膨れ上がるのは、ただ、殺意。

「エリスは、別に壊れててもいいわけか!」
「一体何を。……それにその名は」

荒れ果てた戦場で、ステイルは錐の聳え立つ一角の向こうに人が、否、吸血鬼が眠っていることに気付いていなかった。

「待て。話を聞いてくれ」
「今更命乞いはいらねえよ」
「違う!」

攻撃の手を緩めたステイルに、垣根は容赦なく錐を突きつけていく。

「クッ! 話を聞けといっているだろう!」
「ならテメェの四肢を串刺しにしてから聞いてやる!」
「僕らが探している少女は別人だ!」
「あぁ?! <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/24(土) 15:00:29.47 ID:Ohk9msjIo<>
だけどその声は、届けるには少し、遅すぎた。
真横に伸びた、特大の未元物質の錐。それが魔女狩りの王と、その後ろの壁までを、滅茶苦茶に破壊した。

「僕らが探しているのは、異能の少女、姫神秋沙だ」
「じゃあエリスは」
「……僕も面識がある。悪いが、彼女は無関係だよ」

そうであれば、事態はハッピーエンドをここで迎えたのかもしれない。
ステイルは、まさか日中に共闘すらしたあのエリスが吸血鬼だなんて、考え付かなかった。
垣根帝督は、まさか夕方にすれ違ったあの少女の名前をここで聞くとは、思ってもみなかった。
だから、二人は油断していた。

「……よかった、見つけたよ」

垣根がたった今壊した壁の向こうに、姫神がいた。
絶望にまみれたその表情の意味に、二人は気付かなかった。

「まず……い」
「先生?」
「一メートル後方へ転移。すぐさま治癒を完遂させよ」

アウレオルスが、貫かれた体をかき消して、少し離れた位置へテレポートした。
インデックスがそれに気付いたときには、もう傷が癒えていた。

「先生!」
「インデックス。あの吸血鬼の少女は、お前の友なのか?」
「えっ……?」

アウレオルスが指し示した先に、エリスが繭に囚われていた。
だが、アウレオルスの言葉の意味は、良く分からないままだった。
だって、エリスは友達だ。だから吸血鬼だなんてわけがない。
論理を無視して、インデックスの脳裏に浮かんだのはそういう思いだった。

「何を言ってるの?」
「知らなかったのか。エリスと言うらしいが、あの少女は吸血鬼だ」
「えっ……?」

じわじわと、その現実が心にしみこんでくる。
ぼんやりとエリスの傍の壁に開いた大穴を長めると、そこにはもう一人の知り合いの姿があった。
エリスと姫神の姿を、同時に視界に納められることの意味に、インデックスは咄嗟に気付けなかった。




カタカタと手が震える。ナイフを握り締めた手にいくら力を込めても、その振るえが収まらない。

「どうして……」

姫神は、不意に光の差した壁の向こうを、絶望を持って見つめる。
面識のない赤髪の神父と、垣根が対峙している。離れたところではインデックスと、アウレオルスが寄り添っている。
でもそんなのは今は重要じゃない。だってその場には、あのエリスという少女がいるはずなのだ。
ぎゅっと、体を縮こめる。全くの無駄だ。自分の体から広がる吸血殺しという名の香りは、確実に吸血鬼の少女に届いてしまう。
こんな至近距離で、なんの遮りもなくなってしまったら、もうどうしようもない。

「あ、ァ――――アァァァァァァァァ!!!」

姫神は、自分に見えない死角でエリスあげた叫び声を、聞いた。
耳にナイフを突き立ててしまいたいくらい、それはどうしようもなく、恐ろしい現実だった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/24(土) 15:01:58.18 ID:Ohk9msjIo<> やっべしくじった……
ごめんなさい。次のレスを>>51の前に挿入してください。
本当に申し訳ない。

>>56
>>51-54
この順で読んでもらえると助かります。
すみませんでした。。。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/24(土) 15:02:32.13 ID:Ohk9msjIo<>
「――それがテメェの答えか」

垣根の生み出した白色の錐が魔女狩りの王を貫く。
キィィンという澄んだ音と共に、超能力で出来た物質と、魔術の炎がぶつかり合う。
その、およそ加熱だとか燃焼だとかで生まれる音とはまったく違う響きに、ステイルは困惑した。
超能力を使って飛ばされた植木鉢くらいなら受け止めたことがあるが、超能力そのものとぶつかったのは、これがはじめてだった。

「僕は君と話をしたいだけだ。君が矛を収めてくれないなら君を無力化して話をする必要がある」
「この状況で交わす言葉なんてねえよ」

ステイルはインデックスを抱え、積み重なった瓦礫とむき出しの鉄筋をたどって垣根とアウレオルスの立つ階へと上がった。
垣根の、こちらを見る目が冷酷さを帯びていく。ステイルは不審者から敵へと格上げされたのだろう。
魔女狩りの王を見て眉一つ動かさないその男に、ステイルは危険を感じざるをえなかった。
それが虚勢なのかそれとも本当に魔女狩りの王を意に介さないのか、その違いは分かっているつもりだ。
……学園都市の、ただの学生のはずなのに。目の前の男はたぶん後者だった。

「邪魔だ!」

垣根が腕を横に薙ぐ。それだけで魔女狩りの王を貫く白い錐が倍に増えた。
あまりに突き刺された場所が多くて、魔女狩りの王は形を保てなくなり、霧散した。

「ハン、随分と弱えな」
「火に定まった形を求めないほうがいい」
「っ!」

術者であるステイルを狙おうとした垣根に、ステイルは淡々と言葉を返す。
ステイルと垣根を結ぶ直線、そこから僅かにずれた位置に魔女狩りの王を再び顕現させた。
それくらいのことは、いくらでも出来るのだ。
魔女狩りの王が、垣根に抱擁を捧げるべく、肉薄する。
パチパチと何かの爆ぜるような音を立てながら、その炎塊は垣根の命を脅かしに掛かった。
だが。

「純度は気にするクチか?」

自分の身長を越える炎の塊が至近距離にあれば、人間は本能的な恐怖に襲われるのが普通だ。
なのに、垣根は体を動かさない。そして垣根の見上げた天井と、そして足元から再び未元物質の錐が鋭く突き立った。


――――ジュアァァァァッッ!!


色が、これまでの錐とは違っていた。これまでより濃い、金属光沢のあるねずみ色だった。ステイルが咄嗟に理解したのはその程度だ。
だが顕著な違いがあることに、すぐに気づかされた。
魔女狩りの王に突き刺さったその錐は、受け渡された熱によって、どろりと融解を始めた。
そして、突き刺していたはずの魔女狩りの王の胴体と、溶け合っていく。魔女狩りの王と未元物質の境目が失われていく。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/24(土) 15:05:26.78 ID:Ohk9msjIo<> 本当にすみません。読んでいただいているのに混乱をきたす真似をしてしまって。。。

>>49
次は基本的に妹達編ですよ。
その前に佐天さんの受験勉強の話とかしようかなとは思ってるんですけど。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/03/24(土) 16:20:06.41 ID:QzYRQRAfo<> 乙!!
エリス間に合うかなぁ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(鹿児島県)<>sage<>2012/03/24(土) 22:22:27.46 ID:lMoWYMmio<> 婚后砲発射よーーい(弾頭:上条さん) <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/03/27(火) 00:42:10.55 ID:xTmaWH3B0<> 救いが見えない。
インデックスの歌か、アウの錬金術か、
カッキーの未元物質か、そげぶなのか?
そもそも戻ってこれるのか?
次の投下と光子が待ちどおしい。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/28(水) 23:47:48.08 ID:n796mXoLo<>
銀の繭に絡めとられた、金髪のあどけない少女。
純朴そうな、悪性とは縁のなさそうな顔を見せるはずのその少女が、体が覚える渇きを余すところなく表情に乗せて叫ぶ。

「あ、ァ――――アァァァァァァァァ!!!」

そこに邪悪さを見出すのは、欲望に忠実であることを嫌うニンゲンという種族の性だろうか。
エリスが見せたその表情は単に獣じみているだけであって、きっと悪意なんてものはない。

「エ、リス――」

呆然と、垣根はエリスを見つめる。そして弾かれたように垣根はエリスに歩み寄った。

「エリス! 俺の声が聞こえるか?! エリス」

銀の繭に手をかけ、エリスの頬に触れて垣根は叫ぶ。だがエリスは、確実に視界に垣根を収めているのに、垣根を見ていなかった。
この場、この瞬間においてエリスという吸血鬼を埋め尽くしているのは、ただ、たまらないほどに芳しい、椿の香り。
濃密だった。嗅覚が他の五感すらも刺激するほどに、その香りは余りにも、エリスを恍惚とさせる。
垣根は繭を払いのけ、あるいは引き千切ろうと手をかける。だが、魔術的に強化されたその糸は垣根の力ではどうにも出来なかった。

「アウレオルス。彼女が、そうなのか」
「ああ。そちらの事情は先ほど耳にした。『吸血殺し(ディープブラッド)』の保護だったな」
「そうだ。君には僕を邪魔立てする理由はあるかい?」
「返答は否だ。どのような軌跡の果てにかは知らないが、私の目的は既に叶っているようだからな」

アウレオルスは、傍らにいるインデックスに微笑みかけた。
三年前、あの日分かれたときよりもずっと大きくなった。
子供から少女へと羽ばたくその片鱗を見せるに過ぎなかったあの頃と比べ、ずっと、女らしさをその表情に纏わせていた。
自分は変わらぬ微笑をインデックスに向けられただろうか。微笑みなんて、ずっと前に強張らせたままだから思い出せなかった。
たぶん、上手くは行っていないのだろう。こちらを見つめ返すインデックスの表情は、以前のように大輪を咲かせてはくれなかった。

「インデックス」
「……先生?」
「久しいな。三年という時間は無常に流れていったというのに、振り返れば、随分と長かった」
「あの……ごめんなさい」
「何故謝る?」
「忘れて……ごめん、なさい」
「お前から思い出を奪ったのは、紛れもない私だ。謝る道理がない。それに」

アウレオルスは、自然と微笑んだ。
そうしてしまう自分を、止める術がない。

「私とお前の、止まっていた時はまた動き出したのだ」

アウレオルスはそう告げながら、エリスと垣根を見据えた。
あの二人を片付ければ、あの穏やかに幸せだった日々がまた、始められるのだ。
そんなアウレオルスの顔を、ステイルは色のない顔で見つめた。
インデックスは、何も言えずに俯いた。

「インデックス。今一度問う。あのエリスと言う少女はお前の友なのか」
「……そうだよ。エリスは、友達だから」
「では、死なせたくはないのだな?」
「えっ?」
「手短に言おう。『吸血殺し』はあの奥にいる」

アウレオルスが指を差したのは、壊れた壁の向こう側。この広い校長室の隣にある、校長の私室らしかった。
良く見ると、そこには地面に座り込んだ、長い髪の少女。震える体を抱きしめ、鈍く光るナイフを手にしている。
その少女もまた、インデックスにとって他人ではなかった。

「テメェは……」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/28(水) 23:48:56.11 ID:n796mXoLo<>
垣根もまた、姫神に気付いたらしかった。
その恐怖に歪む表情を見て、垣根は姫神を敵と認識すべきなのか、エリスと同じ境遇と見るべきなのか、迷った。

「銀の繭よ、その数を倍加せよ。吸血鬼の少女を霊的に完全に拘束せよ」
「なっ?!」

垣根は、自らの失態にそれでようやく気付いた。
言葉の上で、少なくとも赤毛の神父とインデックスという少女はエリスに手を出さないと言った。
だがこの緑髪の青年は? 一言も、エリスにこれ以上手出しをしないとは言っていない。
すっと、心を凍てつかせる。怒るほどに冷える心に逆らわず、垣根は再び錐を細く長く、尖らせる。

「その判断は焦燥だ。それはその少女を守るための策だ」
「口を閉じろよ。もう一度喋れない人形にしてやる」
「やめて! 話を聞いて! それでエリスは傷ついたりはしてないから!」
「じゃあなぜ」
「エリスを、止めなきゃいけないの!」

垣根はちらりとエリスを振り返る。もう、顔から上以外は完全に銀の鋼糸に覆われていた。
インデックスは垣根に何かを言わせるタイミングを与えず、さらに言葉を繋ぐ。

「貴方は知らないかもしれないけど、エリスは……普通の人間じゃないみたいなの。
 学園都市の超能力者に言っても信じてもらえないかもしれないけど、エリスは、吸血鬼だから」
「……で?」
「今、エリスは暴走しそうな危ない状態なの。だからお願い、私の言うことを信じて、従って。
 エリスを呼び戻すには、きっと貴方の声が必要だから」
「……」

垣根は黙って後ろを振り返った。そしてうつろな目をしたエリスを見つめる。
そっと頬に手を添える。暖かく、柔らかいその質感が人間以外の何かだといわれても、垣根には信じられなかった。
そしてそのインデックスと垣根の対話の裏で、エリスと垣根から距離をとりながら、ステイルが姫神に近づいていた。

「大丈夫かい」
「……あの子は」
「今、何とかしているところだ」

とりあえず、こちらには怪我一つなさそうだった。少なくともアウレオルスは丁重に扱ってはいたのだろう。
酷く怯えているのは、十年前にも、吸血鬼に変わり果てた村人を丸ごと葬り去ったからだろうか。
ステイルはそう思案しながら、魔女狩りの王を召還するためのルーンを姫神の周囲にも刻んでいく。

「エリスは、元に戻るんだろうな?」
「それは……」

二人からは死角になるところで、垣根はインデックスとアウレオルスを睨みつけていた。
元に戻らないといわれたら、最低でもアウレオルスは殺す気だった。
だって何の落ち度もないエリスは、絶対に元通りの生活を手にしなければいけないのだから。
それが為されることこそ、正義だろう。
エリスに寄り添うようにしながら、垣根は戸惑いを顔に浮かべるインデックスを見つめる。
その表情が意味するのは何か。アウレオルスの無表情が意味するのは、何か。

「っ! 避けて!!!!」

インデックスが不意に、驚愕に目を見開いて垣根に声をかけた。
意味が分からず、垣根は僅かに重心を落とすくらいしか出来なかった。
だが、インデックスが視線を向けているのは自分ではなくその後ろだと気付いた瞬間、垣根は弾けるように身を投げ打った。
愛する人、エリスから距離をとるように。

「――つっ!」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/28(水) 23:49:52.27 ID:n796mXoLo<>
肩口に鋭い痛みが走る。反射的に触れると血がゆるゆると流れ出す感触がした。
振り返ると、食べようとしていたお菓子を目の前で取り上げられた子供のように、残念そうな顔をしたエリスがいた。
ただ、その口元は淑やかそうにものを食べる普段と違って大きく開かれていて、鋭利そうな犬歯が覗いているのが生々しかった。

「エリス……?」
「エリスに近づいちゃ駄目! エリスは、今――」

きっと、『吸血殺し』に影響されているのだろう。
でなければ、友達のインデックスがいる前で、恋人の垣根提督に、牙を剥いたりなんてしない。

「先生! 黄金練成でエリスを止められないの?」
「既に試した。単なる空腹なら欺けるが、あの状態はそんなものではない」

『吸血殺し』という能力で、強制的に狂わされているのだ。
あまりに限定的な効力しか持たないその能力は、その対象に対しては、黄金練成よりもはるかに強力だった。
その言葉を聞きながら、垣根はただ、エリスを見つめる。
残念そうな、ぼんやりとした目がだんだんと澄んでいくのが分かった。
僅かなりとも理性を取り戻そうとしているのかもしれないと、垣根は、そしてインデックス達もそう期待するほかなかった。

「エリス……」
「帝督、君」
「エリス! 俺が分かるのか?!」
「うん……」
「良かった。エリス、エリス……!」

名前を呼ぶと、微笑んでくれた。それが嬉しくて、垣根は何度も名前を呼ぶ。

「良く分からないけど、ちょっとお前の様子がおかしかったからそんな窮屈なことになってるんだ。
 大丈夫そうならすぐ取り払わせる。体は、なんともないのか?」
「うん。……あの人たちも、私を傷つける意図はなかったみたいだから」
「そうなのか」
「あのね、帝督君」
「エリス?」

その、エリスの穏やかさは何を意味していたのだろうか。垣根は他意なく、単に疲労でもしているのだろうと思っていた。
だけど、違うのだ。例えば大事なテストの日に寝坊して、ひとしきり愕然とした思いを味わった後の、あの諦念のような、そういうものがエリスを支配していた。
ただ一言、エリスは垣根に伝えるために、口を開いた。



「――――ごめんね」



静まり返るその部屋で、その言葉は誰の耳にもしっかりと届いた。
垣根も、他の皆も、言葉の意味を図りかねていた。
だって、静かに生きていただけのところを誘拐された立場であるエリスが、謝る理由なんて何処にもない。
例外はただ一人。その言葉に息を呑み手にしたナイフを心臓に向けてそっとあてがった、姫神秋沙だけだった。

「……こんなことには。ならないはずだった」
「なんだって?」

隣の垣根が、その仕草を見てギョッとなる。何故、姫神が自害を試みているのか。

「……お願い。あの子を止めて。私が邪魔なら。私は死ぬから」

それは前から覚悟を済ませたことだ。これ以上誰かを死に追いやるなら、その前に自分が死ぬと。
エリスと言う少女がつぶやいたその謝罪の言葉の意味を、姫神はよく理解していた。
だって、それは10年前に耳にして、それからもうずっと脳裏にこびりついて離れない言葉だから。

「もうあの子は。自分の意志では止まれないから」

その影で、エリスが銀の糸を力任せに引き千切る音がした。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/28(水) 23:53:38.21 ID:n796mXoLo<> >>60
この物語は垣根とエリスにとって、一方通行が打ち止めを助けたときとある意味で対応する話だからなー。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/03/29(木) 12:59:06.19 ID:oaNUxlbH0<> 相変わらず糞だね
原作を侮辱している糞作品
原作者に恥ずかしいと思わないのだろうか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/03/29(木) 16:03:34.70 ID:eO773F290<> もう春か
愛知県はあたたかいですか? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/03/29(木) 18:12:29.54 ID:i81lfB87o<> お前も愛知じゃないかww

いやードキドキやな
原作でもインフレ具合からそろそろ吸血鬼出るんじゃないのと言われてるし
ついに姫神さんが真のヒロインになる日も近いで <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/31(土) 15:17:42.62 ID:yEGuytGBo<>
「エリス? 一体どういう――」
「ごめんね、帝督君」
「謝られても意味がわかんねぇよ!」

エリスを前に、垣根は声をかける以外の行動ができなかった。
バツン、と金属の糸を無理矢理引き千切る歪な音を、エリスの細い指が立てる。
声が諦めを混ぜた静かな響きをしているのと、矛盾した暴力的な音だった。
その指の動きは、ただ単に助かろうとして敵から逃げようとする行動とは、違って見える。
エリスの声や表情と動きの間にある齟齬が、本来ならば何を差し置いてもエリスを助けるはずの垣根を、動けなくさせていた。

「……止めて」
「あん?」
「私を止めて」
「いや、え? 何でだよ?」

困惑で必死さが空回りする。なぜか乾いた笑みがこぼれる。そんな垣根を前に、エリスは変わらず淡く微笑む。

「言う通りにしてあげて。お願い」
「……理由を言え」

目を伏せ、震えながら嘆願する姫神に垣根は言い返す。

「私の香りに中てられて、その子はもう吸血衝動を抑えられないの。
 さっきまでは理性まで持っていかれてたけど。もう違う。
 それより悪化して堕ち着くところまで行ってしまったから」

姫神は、もう何人となく吸血鬼を滅ぼしてきた。何度となく、吸血鬼が自分という毒に堕ちていく様を見てきた。
香りを嗅いですぐは、その衝動に引きずられて獣同然になる。
そして、やがては理性が回復し、本能的な行動との間にある矛盾のせいで、酷く精神状態が不安定になる。これが第二段階だ。
だけどそれを乗り越えた最後には。
冷静さと理性を残しながら、体は明確に姫神を狙うようになるのだ。
そしてこの段階に至った吸血鬼は皆、同じ言葉を残してきた。

――ごめんね、と。

分かっているのだ。それがいけないことなのだと。
吸血なんて行為は、普通の人間は一度たりともやったことがない。
なのに、求められずにはいられない。それを止められない。
だから、怯える姫神に謝罪の言葉を口にするのだ。
抗えずにごめんなさい、怖がらせてごめんなさい、と。
姫神の母親ですら、そうだった。

「――戻せよ」
「……」
「エリスを戻せ」

垣根は、ただ憎憎しげな目で、姫神を見つめ返した。黙って、姫神はそれを受け止める。
憎しみを向けられるのは姫神にとって喜びですらあった。無実の人に死刑を下すより、誰かに断罪されるほうがはるかに幸せだ。
だけれど、姫神は正直な、たった一つの答えを垣根に返す。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/31(土) 15:18:27.77 ID:yEGuytGBo<>
「――――そんな方法は。今まで誰も知らない」
「ハ。どうせテメェが知らねえだろうが」

垣根は、そんな絶望を信じない。
エリスに向かって、できる限りに優しげな顔を作って、声をかける。

「止めて欲しいなら、とりあえずは止めてやる。心配するな。
 学園都市第二位ってのは、エリスみたいな普通のヤツじゃ太刀打ちできないんだよ」

エリスが、笑みを深くした。だがそれは希望を見出した笑みには、見えなかった。

「帝督君。大好きだよ」
「俺もだ」

未元物質で壁を補修する。物量ならお手の物なのだ。
エリスを、千切れかけの繭ごとさらに外から未元物質で覆っていく。
その高度はダイアモンドを超える。これだけの厚みと質量のものを破壊するのに必要な応力は、ダイナマイトの爆発力を軽く凌駕するだろう。
チンピラにでもこんなことをやってやったなら、きっとすぐに絶望して、負け犬の目を見せるだろう。
だが今は違う。焦燥と無力感が苛むのは、垣根の心のほうだった。

「もし、私があの人を襲いそうになったら――」

誰に聞いたわけでもない。だが、エリスはもう理解していた。
こんなに自分を惹き付ける血が、普通の血の筈がない。今まで血液を貰ってきたどんな人とも、あまりに違うその香り。
きっと、それは猛毒なのだと思う。自分にとって良いものではない。恐らくは死をもたらすような、何かなのだろう。
だがそう分かっていてなお、それを求めることをやめられない。

「帝督君」
「やめろ」

ぞくりと悪寒を感じて、垣根はそう言い返した。

「私は帝督君に、死なせて欲しい」
「訳のわかんねえ事を言うなエリス!」
「これでも心だけは、化け物じゃないつもりなんだよ。――でも、あの人を、食べたら、私は」

「させねえよ。現にお前は身動きできてねぇだろうが!」
「……」

そうだ。何も悲観することはない。膠着状態なら、現に垣根は簡単に作れている。
この時間を使って、エリスを苛むこの問題を解決すればいい。
例えば、その元凶をこの世から取り除いてしまったりして。
姫神は、垣根がこちらを再び見つめたのに気がついた。さっきより温度の下がった、冷たい目線。
恐れはなかった。だって、垣根の考えていることは、自分自身が考えていることと一緒。
最悪、自分が死ねば問題は解決する。もうとっくに心に決めた最後の選択枝だった。

「先生……」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/31(土) 15:19:08.56 ID:yEGuytGBo<>
インデックスは懇願の目をアウレオルスに向ける。
吸血鬼を呼び寄せたのは、そもそもはアウレオルスだ。
だったら、この事態にも打開策を持っているかもしれない。そうあって欲しい

「エリスと、あいさを助けて」
「……」
「先生!」
「『吸血殺し』を死なせない策なら講じよう。だが、吸血鬼を救うというのは私の手には負えんよ。まず止めることができん」
「だったら、ステイルとあの人にも手伝ってもらって!」

ステイルはフンと言ってそっぽを向いた。イエスを意味する返事だった。
垣根も、こちらが信用できるのかと見透かすような目だったけれど、敵対することはなかった。
ここにいる皆が、手を合わせれば。何とかなるかもしれない。そうあって欲しい。

「助けて、その先はどうする?」
「え?」
「イギリス清教に属する修道士なら吸血鬼はむしろ滅ぼして自然。その少女を今死なせなかったとして、次はどうなる?」
「それは……」
「そしてインデックスよ。助かったあの少女をどうするのだ。匿うことも出来まい。この街にいても、外にいてもな」

吸血鬼なんていう、とびきりに希少でしかも危険な生き物を、一体何処に連れて行けばいいのか。
その脳に詰まった沢山の禁書以外に何も力となるものを持たないインデックスには、何も出来ない。
だけど。

「あの人やステイル、それにみつこやとうまだっている。みんなと一緒ならきっと何とかなる!」
「……」
「今、ここで二人を助けないとその先はないんだよ! だからお願い、先生」

真摯ではあったけれど、その請願にはどこか、インデックスの甘えがあった。
そうしたインデックスの願いを、一緒にいた頃のアウレオルスは微笑んで引き受けてくれたから。
だから心のどこかで、怒られることはあっても、断られないだろうと思っていた。

「――ミツコ、トウマとは誰だ」
「えっ?」

瞬間、インデックスは答えを失った。
ジトリと、背の低いインデックスを見下ろすその視線が重たくなった。
その名をアウレオルスは聞き流せなかった。
アウレオルスはインデックスを救うために、黄金練成を完成させ、吸血殺しを匿い、吸血鬼を呼び込んだ。
不幸を背負ったその少女が救われればいいと、そう思って代償を払いながらここまで来た。そのつもりだった。
だが、それは少し違う。
インデックスが救われるだけではなくて、再び自分の下へと戻ってきてくれること、そこまでがアウレオルスの願いだった。
それをアウレオルスは、自分でははっきりとは自覚していなかった。
処理の出来ない苛立ちを視線に載せて、インデックスを見つめる。
それにすぐに答えるべきだったのに、インデックスは答えに窮していた。
不用意に出した、光子と当麻の名。それが、裏切りの証だったから。
アウレオルスという人が自分を助けようと三年と言う時間を費やし、
たくさんのものを失いながらここまでやってくれたのに、自分はもう、助かっているのだ。
そしてあろうことか、あれほど仲睦まじく一年を過ごしたというのに、
アウレオルスという人は今、過去の自分が愛した人という、それだけの人でしかないのだ。
旧い恩人、それ以上の人としては、看做せないのだ。
こんなに薄情なことは、ないだろう。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/31(土) 15:22:59.73 ID:yEGuytGBo<>
「インデックス。お前という人間の性質上、常に『管理者』が隣に付いているだろう。
 ――今、お前にパートナーはいるのか」

一歩、アウレオルスはインデックスに踏み込んだ。

「あ……」
「お前は、私のことを思い出してくれたのだろう? 短くも、思い出深いあの日々を」

その一年は、アウレオルスの未来を書き換えた、あまりに意味のありすぎた一年だった。
インデックスにとっても、きっとそうだろう。
だってあれほどアウレオルスと過ごす時間を喜び、それがなくなることを悲しみ、忘れたくないと、言ってくれたのだから。
それを思い出したのなら、また、インデックスは笑いかけてくれる。そうでなくては、あの日々は、嘘になってしまう。

「インデックス」
「――っ!」

アウレオルスが、優しくインデックスの頭を撫でようとした。
記憶に何度もでてくる、それは懐かしい行い。過去の自分はその不器用な手つきが、大好きだった。
少しも忘れることなく、自分の記憶の中にその事実はしまわれている。
だけど。
――インデックスは、半歩、足を後ずさりさせた。
僅かにアウレオルスの手は、インデックスに届かない。

「……何故、拒む」
「私は……」
「やめておくんだね、先々代の管理人」

ステイルが、姫神の傍からアウレオルスに笑いかけた。
シニカルな笑みだった。きっとその笑みは、ステイル自身にも向けられていた。

「その子は全てを思い出したんだ。これまでの全てをね。
 つまり、君だけじゃないんだよ。彼女と忘れがたい一年を過ごし、そしてその記憶を封じてきたのは」
「――何が言いたい」
「君にとってあの一年が替えの効かない重みを持った一年だって事は、想像は付くさ。
 だけどこの事とっては、もうそんなことはないんだよ。一年に一回繰り返した、恒例行事さ」

インデックスは、そう笑って言うステイルのほうを向くことが出来なかった。
薄々、感づかれていたのだろう。自分が、かつての自分と同じようにステイルに好意を向けていないことに。

「それで良いじゃないかアウレオルス。僕らは、あの子の幸せだけを願って、そのために生きた。
 願いはちゃんと叶っただろう? あの子は過去を思い出した。もう一年に一度のリセットはしなくて良い。
 僕らの夢は、既にハッピーエンドに到達しているんだよ」
「それで貴様が、これから先のインデックスの所有者というわけか」

そう確認するアウレオルスに、ステイルは笑いかけた。同病相哀れむ、そういう意味だった。

「違うよ。あの子を助けたのは別人で、だからあの子のパートナーは僕らじゃない。
 共に酒でも酌み交わそう。彼女にとっての『その他大勢』に成り下がったことを祝おう。
 あの子がそんな沢山の知り合いを作って忘れないでいられるなんて、なんて幸せなことだろうってさ!」

ステイルは、それを言わずにはいられなかった。
振られた男のみっともない言い分を、笑い飛ばさずにはいられなかった。
インデックスと、そして同じ境遇のアウレオルスの前で言ったのは、ステイルが少しだけこぼした、恨みと妬みと、悔しさだった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/31(土) 15:25:34.08 ID:yEGuytGBo<>
「ステイル……」
「エリスを、救うんだろう。姫神秋沙を連れて逃げるんだ。
 吸血鬼を狂わせる元凶を遠ざけた後なら、解決の手立てだって見えるかもしれない。
 アウレオルスと話し合うのは後でも出来るだろう」
「……」

インデックスは、恐る恐る、アウレオルスを見上げた。
恨まれても仕方ないと思う。だけど、恨まれているという事実を確認するのは、怖かった。

「そうか。お前は、お前なりに幸せを見出したのだな」
「先生……」

アウレオルスはインデックスに微笑みかけた。
だけどそれは優しげな、あのときの笑顔ではなくて。
歪な笑いだった。インデックスのために笑い方を忘れた男の、泣き笑いのような、引きつった笑顔。

「は、はは……はははははははははは!」

こんな風に馬鹿笑いをしたのは、一体何年ぶりだろうか。
そんなことも思い出せないくらい、この三年間、インデックスのために生きてきた。
それが可笑しい。笑う以外のどんな方法で、今の気持ちを表せるだろうか。

「先生……!」
「吸血鬼を救うのだろう? 頑張るといい。邪魔などせんよ。私は、お前の敵ではないのだから」

もう、何もしたくない。努力が無為に終わった今この瞬間に、さらに努力なんてしたくない。

「お前は勝手に救われたのだろう、インデックス。ならばその吸血鬼も勝手に助けてやれば良いだろう。
 私はもう、何も知らん。はは。どうでもいい」

懐にしまっていた鍼をアウレオルスは地面に投げ捨てた。
くつくつと笑いながら、どかりとソファに腰掛ける。
そして一振り、手を振った。

「銀の繭よ、消えろ」

アウレオルスは、もう何もしない。吸血鬼を押し留めたりしない。
吸血鬼を生かしては、ただでさえあちこちの魔術結社に睨まれている自分が、さらに追われる身になる。
死んでくれるならそれが一番いいのだ。ついでに『吸血殺し』も自害する気だろうし、ちょうど良い。
そんな風に心の中で呟きながら、アウレオルスはエリスを眺める。

「――あの野郎、クソッ、エリス!」
「ああ……」

悲しい顔を、エリスがした。
エリスの体と、外から覆う未元物質の間にあった銀糸が掻き消えたことで、束縛が瞬間的に緩んだ。
その隙を、エリスの体は逃さない。

「帝督君、逃げて」
「エリス?!」
「シェリーは、帝督君を避けたりしない」

エリスの指が三沢塾の壁を走る。
それは正規の手続きではなかったが、それをものともせず、魔術が発動する。
魔術師が使う魔力が水道の蛇口を捻るようなものだとするなら、
吸血鬼という存在が個として振舞う魔力は、ダムから放水された水のようなものだ。
あらゆる不都合を洗い流して、暴虐的に、それは成立する。

――――メキメキメキメキィィッッ、と。

コンクリートを破壊する音を立て、このフロアを滅茶苦茶に壊しながら、巨大なゴーレムがビルの最上階に現れた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/03/31(土) 15:27:35.50 ID:yEGuytGBo<> >>67
原作で吸血鬼でてきたら設定ズレで困っちゃうね。うん。

吸血殺し編もそろそろ終盤になってきましたなあ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/03/31(土) 16:19:48.17 ID:Ib9nl9Gd0<> ほんとつまらないな
原作者に謝って欲しい
よくここまでつまらなくしたものだ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage saga<>2012/03/31(土) 17:25:29.45 ID:AC0DPwkY0<> もうすぐ光子や佐天のターンか。
吸血殺し編もいいが、それも楽しみだな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/03/31(土) 20:56:59.90 ID:D5MR987k0<> 帝督とエリスの物語もついに佳境か・・・・先生は逆ギレしなかっただけ、原作より前向き? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/03/31(土) 21:10:14.50 ID:na+gZPhb0<> ヘタ錬アウ君、超小物。
器ちいせぇ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/03/31(土) 22:58:01.60 ID:6UvOVFlSO<> いや、とっても人間らしいと思うよ? <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:04:52.05 ID:fh2SAm/eo<> 久々に執筆ペースが上がってきた。
誰かを酷い目に合わせると執筆しやすいってのはどうかと思うけれど。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:05:55.98 ID:fh2SAm/eo<>
「シェリー……」

目を瞑って、エリスはゴーレムから顔を背けた。
シェリーは、離れ離れになった親友の名を冠した、言わば友達代わりの存在だ。
これまでエリスは、何度も誰かに見られぬようこっそりと小さく召還し、声をかけて慰みを得ていた。
自らの思考することはないゴーレムは、当然、エリスを裏切ったことなどない。
だけど今は、別だった。召還された目的どおりに、シェリーは動く。

「エリス!」
「帝督君。私から離れて」
「あん?」

直後。シェリーはエリスを潰しかねないような勢いで、自らの拳をエリスを覆う未元物質へと突き立てた。
物質はただのコンクリートで、未元物質よりずっともろい。
だが大質量を充分な高度から落とす威力は、未元物質を上回るだろう。
崩壊する瓦礫と土ぼこりで視界が悪い。だが垣根はエリスの拘束が外れてしまったことを確信していた。

「エリス! 聞こえてるなら返事しろ!」
「……出ちゃった」
「そうか。抱きしめてて欲しいならすぐにやってやる」
「自分の体では、だめだよ」

そんなことをされたら、きっとエリスは垣根を欲してしまう。
単に血を欲するだけじゃすまない。絶対に、垣根を自分の「伴侶」にしてしまう。
生き場のない、吸血鬼に変えて。

「インデックス! 姫神秋沙を連れて逃げろ」
「ステイル?!」
「君の能力が活躍する場はない!」

シェリーというゴーレムは、つくりは馬鹿みたいに単純だ。
問題なのは、単に流し込まれた魔力量が莫大なだけだ。
そういうのと戦うのに必要なのは、禁書目録という知識ではない。単に物量だった。
だから姫神秋沙を逃がすのに、ステイルを充てるのはミスマッチだ。
そうしたことを、ステイルとインデックスは目線を交わすだけで理解しあう。

「分かった。……先生」

成金趣味とは言え、あれほど綺麗に整っていた室内が、今は見る影もない。
土ぼこりにまみれところどころが裂けたソファに腰掛け、アウレオルスは穴のあいた天井から星空を見上げていた。
インデックスの呼びかけには答えてくれなかった。
もう、説得したり、関わっている暇はない。振り切るようにインデックスは背を向けて、
恐怖のせいか顔を青ざめさせた姫神に駆け寄り、手を引いた。

「……あいさ。逃げよう」

地べたにへたり込んでいた姫神は僅かに頷いて、ふらふらと頼りげなく立ち上がる。
だが問題はここからだ。下へ降りるための階段は、エリスとシェリーの向こう側にある。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:06:46.16 ID:fh2SAm/eo<>
「彼女を食い止める。逃げ出す隙は見逃さないのでくれよ。
 ――垣根帝督、だったね。名前は」
「軽々しく名前を呼ぶな」
「あの吸血鬼を死なせずに止めたい。利害は一致しているだろう?」
「テメェらが俺の邪魔をしなければいいだけの話だ」
「君一人で止める気かい」
「誰に聞いてるんだ?」

傍らに立つステイルを一瞥もせず、垣根は手を振るう。
土くれの塊のほうなら、容赦する必要はない。
直径一メートル、長さが五メートルに達するような長い錐を作り出し、五本、六本とゴーレムの体にぶち込む。
ステイルは魔女狩りの王を召還し、その光景に手を出さずに見守った。
ステイルが後ろに控える意味は二つある。一つは垣根帝督と共にエリスを止めるため。
そしてもう一つは、エリスを助けるために、垣根が姫神秋沙を殺そうとしたならば、それを止めるためだった。

「エリス。悪いが、お前じゃ俺を押しのけて先には進めねぇよ」
「……そう、だったらいいな」

瓦礫の向こうには、未元物質で出来た巨大な六角柱。その中にエリスは埋め込まれていた。
ただの人間の女の子なら絶対に脱出なんて出来ない。
だが、ビシリと、その結晶にヒビの入る音が断続的に聞こえる。
エリスが、人間並みの膂力しか持ち合わせていないというのはあまりに楽観的だった。

――バキィィィィィィィン!!!

未元物質が、音を立てて割れ爆ぜる。
それは垣根が作れる、一番硬い物質だった。

「――エリス、ちょっと馬鹿力すぎるぜ」
「……」
「エリス?」
「そう、だね」

軽口を返してくれなかったエリスに、不審なものを感じる。
その表情は、どこか感情に乏しかった。嫌な予感に、垣根は心を締め付けられる。
エリスの心さえもが、壊れていっているのではないかと。

「シェリー」

ゴーレムに呼びかけながら、おっとりとした足取りでエリスはこちらに近づいてくる。
垣根はもう一度、エリスを足止めするために、未元物質を生成する。
だがエリスに狙いをつけようとしたところで、視界が遮られた。

「再召喚か」

白い錐にぶち抜かれたゴーレムが、瓦礫へと戻っていく。

「チャンスだ! そこの二人さっさと逃げろ!」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:07:25.13 ID:fh2SAm/eo<>
インデックスは垣根の叫びに従い、姫神の手を引く。
崩れたゴーレムがいたその場所から、瓦礫を伝って階下へ向かう気だった。

「降りちゃえば階段もあるから!」
「うん」

二人とも、運動をするには不向きな服で、足場の悪い崖を下る。
その後ろでは、再び垣根が出来かけのゴーレムを未元物質で貫く音がした。

「エリス! 悪いがコイツはもう活躍できねーよ」
「……」

垣根はそう言って、再びエリスを未元物質に閉じ込めようとした。
足元から、白い結晶がエリスを取り込みながら成長していく。
だが二度目は、大人しくそれを待つことはしなかった。

「アアアァァァァ!」

自分の靴すら引き千切りながら、エリスは足を振るって未元物質を破壊する。
そして周囲の瓦礫に向かって、腕を振るう。どれもこれもが原始的な行いだった。

「――! くそっ!」
「チッ!」

瓦礫が、そして崩壊した未元物質の破片が、垣根とステイルに襲い掛かった。
垣根は未元物質で、ステイルは魔女狩りの王を立てにしてそれぞれ防ぐ。

「こちらを先に潰す気になったみたいだね」
「テメェも働けよ」
「そのつもりさ。だが、分かっているだろうね?」
「あ?」
「吸血鬼は手足を焼かれたくらいじゃビクともしない。だから僕は、それくらいは平気でやる」
「テメェ!」
「激昂する前に君こそ覚悟を決めるんだね。説得が無理で、単なる拘束も無理なんだろう?
 殺さない程度に自由を奪う以外に、いい選択肢があるなら提示することだ」
「……」

苦々しい顔で、垣根はステイルを睨みつける。
代案はない。でも、だからといって恋人の体に、怪我をさせるなんて。
――その逡巡が、余計だった。

「っ! 来ているぞ!」
「何?」

バキバキと、エリスが垣根の作った盾を引き裂いて、すぐ目の前に現れた。

「魔女狩りの王<イノケンティウス!>」
「シェリー!」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:08:01.92 ID:fh2SAm/eo<>
そのエリスを止めようと、炎の塊が襲い掛かる。
だがその動きは、地面から突如生えた泥の腕につかまれ、目的を果たせない。

「帝督君、逃げて――」

言葉と裏腹に、エリスの拳が垣根に迫る。

「エリ、ス」

垣根は、先手なら取れた。未元物質でエリスの体を貫けばよかった。
だけどそんな凶刃を振るう手を、垣根は持ち合わせていない。
一番大好きで、一番守りたい人に、垣根はそんなことをできなかった。


ざくんと、エリスの爪が垣根の肩口から腹の方へと走った。


「つ、ああぁぁっ!」
「帝督君……ごめんなさい、ああ……」

強引に引き裂いた傷口から、鮮血が溢れる。
傷は深刻なほどには深くない。だが立ち上る血の香りは、エリスの体をさらに高揚させる。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

ガチィィィン、と金属質な音を立てて垣根はこめかみを掌打で打ち抜かれる。
くるりと90度傾く世界を、垣根はただ見つめるしかなかった。

「あ、が……」

腕だけ召還されたシェリーから魔女狩りの王を奪還し、ステイルはエリスに襲い掛かる。

「くっ!」

ステイルは手に炎の剣を携え、エリスに襲い掛かった。
エリスの背後から、魔女狩りの王にも狙わせている。
振り下ろされる炎剣を、エリスは何も対策を講じずただ手のひらで受け止めた。
ジィィィィッ、と肉の焼ける音と、そして匂いがする。
ステイルにとっては、慣れた音と匂いだった。それは人を焼き殺したときと変わらない。

「やめ、ろ――!」

地べたに這いつくばった垣根が、誰にも届かないかすれた声で叫ぶ。
四肢を奪いに、魔女狩りの王がエリスの両足を鷲づかみにした。
垣根はそれを見つめることしか出来なかった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:08:41.52 ID:fh2SAm/eo<>
「ギィアァァァァァァァ!!」
「エリス!」

エリスが、人ならざる声を上げる。同時に、ステイルは炎剣を振りぬいた。

「エリス、エリス……!」
「こんな程度で吸血鬼はどうにかならないさ。これで大丈夫だから困るんだけどね。
 おい、能力は使えるのか? ならこのままこの子を拘束するんだ!」
「何を……!?」
「ゴーレムを呼ぶための指先と自分で動くための足を壊した状態で動きを封じれば、逃げ出せないはずだ!」

そう言って、ステイルは倒れこんだエリスの左手を踏み潰す。炭化した右手のほうは大丈夫だろう。

「早く! 僕の魔術じゃ吸血鬼を押さえ込めるものは作れない!
 それともジリ貧覚悟で延々とこの子を焼かせたいのか?!」

垣根はその言葉に答えて、未元物質を作り出す。再びエリスをその結晶の中に閉じ込めるために。
そして、もう一条。

「クッ! おい――」
「当ててねぇだろ」

ステイルはすんでのところで垣根の錐を避けた。
それが必要なことだからと言われたって、垣根は、エリスを傷つける男を許す気にはなれない。

「僕に当たる暇があるならさっさとこの子を封じるんだ」
「やってるだろ」

にらみ合う二人の足元で、エリスがその手を這わせる。
ステイルはその手の動きの意味を、すぐに理解した。

「ァ、ァ――――」
「早く封印しろ! チッ!」
「やめろ!!」

ステイルが、ゴーレムを召還しようとするエリスの腕を踏み砕こうと、足を上げる。
そして垣根は、それを制した。見ているだけなんて、出来なかった。

「馬鹿か君は!」
「テメェこそエリスに恨みでも――」

それ以上を垣根は言えなかった。エリスがシェリーを呼び出したからだった。
そしてシェリーはその巨体から躊躇なく拳を真下に振り下ろす。

「何を……おい! やめろォォォォォ!」

ゴーレムは、固まりかけの未元物質に包まれたエリスにその拳を突きたてた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:09:26.24 ID:fh2SAm/eo<>

――――グシャアァァァァッッ


瞬間。いい加減に限界を迎えてたフロアの床全てが、崩落した。

「エリス! ……エリス!」

崩れ落ちる瓦礫の中、垣根は視線を散らしてエリスを探す。
だが負った傷のせいで、肝心の体に力が入らない。
未元物質の行使も、自分自身を落下から守るので精一杯だった。

「――いた。さすが化け物、と言っておこうか」
「何ッ?」
「もう五体満足らしい。これじゃすぐに……まずい!」

焼け焦げて短くなったスカートを履き、瓦礫の中をはだしで歩く少女。
体中がすすけているけれど、足取りに不安定なところはない。
向かう先には、足に怪我を負ったらしい姫神と、賢明にそれを支えようとするインデックスがいた。
この崩壊に巻き込まれたのだろう。女二人の足取りだからか、思ったほどは逃げてくれていなかった。

「クソッ!!」

ステイルは魔女狩りの王を再び顕現させる。
だが構築した結界の中に生み出す魔術である魔女狩りの王は、この崩壊する建物の中ではそろそろ出現させるのも難しくなっていた。

「おい……止めてくれ!」
「それは見送って彼女の死を見届けろということかい?」

垣根の言葉に取り合わず、ステイルは次善の策を目指す。

「魔女狩りの王! その子に取り付くんだ!」

間に合ってくれ、とステイルは瓦礫を走り降りる。自分とて、魔女狩りの王には劣っても戦力にはなる。
だが。
フロアをぶち抜き姿勢を崩していたゴーレムが立ち上がる。そして、ステイルに向けて容赦なく、腕を振り払った。

「しまっ――――」

魔女狩りの王で時間を稼ぎ、回避することは出来たかもしれない。だけどそれではエリスに届かない。
だからステイルは呼び戻さなかった。そしてスイングの射程外に逃げ込むため、一人身を投げ出した。

「ゴハァッッッ!」

ゴーレムの人間よりも太い手が、ステイルの背中を掠めた。
バットで殴られたように、重たい衝撃が体を走り抜ける。肺からは息が搾り出され、ステイルは一瞬気が遠くなった。

「だ、め……だ」

意識だけは、必死に繋ぎとめようとする。それを失っては魔女狩りの王が消えてしまうからだ。
だがその努力も、むなしく終わる。
ゴーレム=シェリーが、ステイルと傍らにいた垣根を弾き飛ばすように、もう一度腕を振るった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:10:16.96 ID:fh2SAm/eo<>




熱を帯びて体重を支えられなくなった片足を引きずりながら、姫神は階下を目指して少しずつ、進んでいた。
後ろで、何かが壊れること、誰かが傷つく音が何度も聞こえた。それを振り返らず、一歩でも、せめて遠ざかろうと進んだ。

「あ――」

支えてくれていたインデックスが、息を呑む音がした。
……後ろで物音がしなくなった。

「急ごう。あの子が。追いかけて来る前に」
「……」

それがある種の逃避であると、インデックスは分かっていた。
きっと姫神も気付いてはいるのだろう。
だけど、認められなかったのだ。

「――追いついちゃった、ね」

もう、エリスという名の吸血鬼が、すぐ傍にまでやってきてしまっていることを。

「エリス……」
「ごめんね」
「謝らないでよ」
「うん。謝らないで済ませたかった」

そう言いながら、エリスは後ろに目線をやった。
その向こうでは、不自然な姿勢で崩れ落ちた垣根とステイルと、静かに仁王立ちするゴーレムの姿があった。
血でどす黒く赤汚れた垣根の服が、痛ましい。

「あの人――!」
「うん……おねがい、助けてあげて。私が壊しちゃった、帝督君を」

エリスが瞳から、一粒涙をこぼした。
だけどその体は姫神を庇うインデックスの前に立ち、威圧するように見下ろしていた。

「そこを退いて、インデックス」
「出来ないよ。そんなことをしたら、エリスが」
「……うん。きっと、死ぬんだね?」
「分かってるなら」
「分かってても止められないの」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:11:41.04 ID:fh2SAm/eo<>
それが、吸血殺しの毒の、最もおぞましいところだった。
インデックスを退けるためだろうか。エリスが腕を、振り上げた。
その瞬間、後ろから声をかけられた。

「ありがとう。守ろうとしてくれて」
「あいさ?」
「その子を殺すくらいなら。私は自分を殺す」
「えっ……?」

姫神が、ずっと手にしていた短刀を、逆手に持っていた。
右手でぎゅっと柄を握り締め、左手を添え、切っ先は左胸、つまり心臓に向けられていた。

「あいさ――? 駄目!」

咄嗟に、インデックスは姫神を止めようと体を捻った。
だがそこに、容赦のない手での打ち払いがインデックスを襲った。

「あっ! ……ぐ、ぅ」

がつんと鈍い音を立てて、インデックスは成すすべなく弾き飛ばされる。
エリスの膂力は、女らしいレベルをはるかに超えて、インデックスを1メートル以上は跳ね飛ばしていた。
そしてそのまま姫神に手を掛け、顔を肉薄させた。

「――ごめんなさい」
「っ! やめて。その言葉は。聞きたくないよ」
「貴女を傷つけて、ごめんなさい」
「傷つけてるのは。いつも私のほう」

だから、死のうと思ったのだ。
吸血鬼よりもずっと化け物みたいな、おぞましい自分が死ぬべきだと思ったのだ。

「あなたこそ。謝らなくていい」

姫神は巫女服の胸元に切っ先をねじ込む。後は一呼吸、突き入れるだけだった。
エリスは、濃密過ぎてクラクラするほどの椿の香りがする姫神の胸元に、唇を触れさせた。

「やめろエリス……!」
「クッ、間に合え。――顕現しろ、魔女狩りの王<イノケンティウス>!」

ほんの数秒、気を失っている間に消えたそれをステイルは再び呼び出す。
垣根はもう、止める手段を持っていなかった。

「お願い止めてエリス! あいさも、死なないで! 駄目!!!!」

そう叫んで、傍で見つめていたインデックスはぎゅっと目を瞑り、顔を背けた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:12:49.09 ID:fh2SAm/eo<>


救いの手はなかったんだなと、エリスはむしろ穏やかな気持ちでそう思った。
ただひたすら、この目の前の女性に申し訳ない。こんな化け物のおかしな衝動につき合わされて。
そして垣根には、もう謝ろうとは思わなかった。
感じるのは優越感。きっと、この先垣根を愛するほかのどんな女性よりも、自分は垣根帝督という人の心に自分を刻めたと思う。
大好きな人を、自分みたいな不自然な生き物につき合わせるのは、引け目を感じていた。
だけどもうそんなことはないのだ。死んだら、死んだ者勝ちだ。
あ、の形にエリスは口を開く。そっと頚動脈の位置に鋭い犬歯をあてがう。後は、押し込むだけだった。


ナイフの切っ先のちくりとした痛みを正しい部分に感じて、姫神は薄く笑った。
吸血鬼の少女が肉薄している。薄い笑みの中に、隠しきれない喜びが混ざるのを、おぞましい思いをして見つめる。
姫神に噛み付く前に、誰もが謝罪を口にする。それでいて、最後の最後には、この、本能のままの笑みを見せるのだ。
これまではそれを、見つめることしか出来なかった。灰になって、姫神の前に積もっていくさまを見つめることしか出来なかった。
だけど今は違う。自殺マニュアル、他殺マニュアル、そんなものを見開き、勉強して、たった一突きで自分の心臓を止められるようになったのだ。
それは、姫神の復讐だった。こんな能力、いや呪いが自分の体に宿ったのは一体誰が願ったからか。
それが誰かは知らないけれど、今ここで自分が死ぬことで、この理不尽な運命に、抗える。

遠くでアウレオルスが無表情に見つめていた。
赤髪の神父が、悔恨に表情を歪ませた。
傷つけられた垣根帝督が、声にならない声で精一杯、吸血鬼の女の子を呼んでいる。
そして、ほんの少しの間だけ友達だったインデックスが、傍らでこちらを見つめている。
短い時間の中でそれらに微笑みを返し、姫神は、グッと、渾身の力を腕に込めた。



「――――駄目えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!!!!」





インデックスは、叫ばずにはいられなかった。
届かない。自分のありとあらゆる知識と能力が、ほんの一メートル先の二人に、届かない。
ぴくりと一瞬だけ姫神の体がこわばった後。
ざくりと、二つの傷が、姫神の体についた。


頚動脈まで突きたてられた、牙の跡と。
心臓にまでつきたてられた、ナイフの後が。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:14:01.75 ID:fh2SAm/eo<>








「あ――」

軽い声を姫神が上げた。死へと向かい速やかに機能停止を始めた体が、精一杯に発した驚きの声だった。
ごくりと、エリスの喉元が鳴ったのを、姫神は聞き逃さなかった。
だってそれは、とても深刻な意味を持っているから。

「う、そ」

姫神は一瞬、自分が躊躇したことに気がついた。
そんなはずはなかった。一体何度、死ぬことの意味を考えてきた?
それが怖い事だなんて疾うに分かっていて、だけど躊躇を死ないようにと、何度も何度も、死の間際の心のありようを考えてきた。
死ぬ覚悟なんて、出来ているはずだった。すくなくとも直前まで、それは完璧だったはずだ。
なのに。

「ア、ァ、ァ」

薄れ逝く意識の中で、姫神はエリスの声を聞いた。
吸血鬼という生き物が、吸血殺しで滅びていくときの、お決まりの声だった。
それがどんな理由で発せられるのかは分からない。自分の血の味は、果たして美味いのか、不味いのか。
だけどこの声をエリスが発しているということは、つまり。

――ほんの一瞬、躊躇したその隙に、自分はまた、吸血鬼を殺してしまったということだ。

「あぁ……」

どうしようもなく、愚か者だ。
これ以上誰も死なせたくないなんて思うのなら、どうしてもっと前に死んでおかなかった?
こんなにも周囲の人を巻き込んで、傷つけさせて、挙句の果てには公言どおりに死ぬことすら出来ないなんて。
結局自分は、死ぬのが怖いから、ここまで死を先延ばしにしてきたのだ。
そんな自分が、死にたいと思った瞬間に、思い通りに死ねるわけなんてない。
それだけのことだった。

「ご――め、……」

最後まで、謝罪の言葉は口に出来なかった。
急激にブラックアウトしていく視界の中、姫神秋沙は、駆け寄るインデックスの姿を見ながら意識を亡くした。




<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/02(月) 01:15:28.32 ID:fh2SAm/eo<>
「エリィィィィィス!!!!」

そんな叫び声をエリスが聞き届けたのは、姫神の体から、自分の体を引き離した瞬間だった。
ごくんと、自分の喉が姫神の血を嚥下したその瞬間、エリスは自分の体の自由を取り戻していた。

「ていとく、く――」
「?! エリス!」

自由になったはずの体が、またすぐに言うことを聞かなくなる。
理由はさっきより分かりやすかった。だって手足がしびれてきて、冷たくなる感じがするのだから。
幸い目は、すぐにやられたりはしないみたいだった。
こちらに、自由にならない体を引きずって、垣根が近づいてきていることが分かる。
コフ、コフとエリスは咳き込む。
その口元から、どろりと血が吐き出た。胃から食道にかけてがあまりに熱くて涙が出た。
それでようやく、エリスは悟った。
自分が、もうすぐ死ぬのだと。

「……や、だ。嫌」

一瞬、自分の口から出た言葉を、エリスは自分で信じられなかった。
だけど呟いてはじめて、実感が湧いて出てきたらしい。
これで、自分の人生が終わりなんて。
もうどこかで遊ぶことも、誰かとおしゃべりすることもないなんて。
そして、垣根と一緒に過ごす未来がないなんて。
手足の冷たさが、その未来のなさに、オーバーラップしていく。
周りを傷つけてごめんなさいと、謝ったはずの自分の気持ちがあっという間に嘘に変わっていく。
生きたい。死にたくない。助かりたい。
その利己的な思いに、エリスは囚われていく。
自分は化け物だから、死んでも仕方ないだなんて、嘘っぱちだ。
心の奥底ではそんなことを微塵にも思っていやしない。
自分は、化け物になったって、人並みの幸せがほしいのだ。
垣根に愛されたいのだ。尽くして欲しいのだ。
そう理解して、あまりに自分が醜いことに気付いて、それでも尚、エリスは自分が死ぬことだけが怖かった。

「エリス……エリス!」

垣根が、あと少しというところまでエリスに詰め寄った。
そこにむけて、精一杯にエリスも手を伸ばした。
いずれ手は届くだろう。だけど、エリスの意識は、それに間に合わなかった。

「エリス! しっかりしろ!」

垣根の目の前で、エリスは体を弛緩させ、だらりと床に体を伸ばした。
もう、垣根の声も、姿も、エリスの心には届かなかった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<><>2012/04/02(月) 01:16:29.23 ID:fh2SAm/eo<> 姫神さん能力フル活用で大活躍ですね。。。
さて続きはまた。 <> 58<>sage<>2012/04/02(月) 01:21:21.26 ID:w9+zfTOSo<> 投下乙です
ここからどうやって収拾付けるのか楽しみです <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/04/02(月) 08:03:21.44 ID:7WHPpeEb0<> 原作のキャラをここまで改悪するとか
原作者に申し訳無いと思わないのか
あまりにつまらなすぎて情けなくなってくるよ
最低の作品だな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/04/02(月) 15:31:40.19 ID:CUWeJaD90<> いい加減こんな文章書くのやめろよ
ちまちまとこんな作品続けて、
おもしろくないっての
つーか原作に失礼とか思わないの?
で、まだ続くの?
すこしも面白くねーよ、もうやめろ。
! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/02(月) 17:40:58.52 ID:h2hgHHUSO<> よりによって同じ愛知かよ
面倒くさいなw <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(沖縄県)<>sage<>2012/04/02(月) 19:52:13.45 ID:9gkzXzU1o<> 自演だろ、どうせ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)<>sage<>2012/04/02(月) 20:27:59.51 ID:Kzsslb2Do<> >>96





き <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<><>2012/04/02(月) 22:53:25.27 ID:AVeyh51k0<> 乙乙! とうとうエリス退場か?! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東日本)<>sage saga<>2012/04/03(火) 01:12:43.52 ID:KteVjmL00<> >>98
sageをわすれるなっつってんだろが、このど素人がっ!
(伊藤静風に) <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/04/03(火) 11:17:30.98 ID:cCchElqU0<> 少なくとも自分にとっては楽しい
乙!エーリスーー!!! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/03(火) 13:06:42.19 ID:hn/ebIsAo<> エリスがシェリーの初恋の相手だと思っていた時期がぼくにもありました <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/04(水) 01:26:15.12 ID:9UgLaOvio<>
友達二人が、瀕死で崩れ落ちている。
それをインデックスはただ見つめていた。思考を回転させるという思考が、インデックスから消えていた。

「嘘、だよね……」
「全くだね。死んでもいいなんて覚悟は、いつだって嘘っぱちさ」
「――っ!」

傍らに、ステイルが立っていた。瓦礫の中から拾ったらしい廃材を杖代わりにして。
その表情は全くいつもどおりの、誰かの死に対してさえ無感動な、そんな顔だった。

「ステイル……」
「僕らは、誰だい?」

すがるようにかけたインデックスの言葉に被せる様に、ステイルは問いかけた。
淡々としたステイルの目線に、インデックスの揺らぐ視線が交差する。
その目の、そして投げかけられた言葉の意味するところを、インデックスは悟った。
数瞬を置いて、瞳から揺らぎを消し、震える感情の色を消していく。

「私たちは魔術師」
「そう」
「この場に奇跡を呼ぶために、私たちはそれを手にした」
「そういうことさ。インデックス。振るおう。君は知識を。僕は力を」

インデックスを、そんな風に立ち直らせることは、きっと上条当麻と婚后光子には出来なかっただろう。
死に日常的に触れているステイルだから、それは出来たのだ。
パートナーではなくとも、きっと居場所はある。
ステイルはそう信じ、インデックスの力になるために、隣に立つ。

「ステイル! エリスの喉を焼いて」
「……分かった」
「お、おい――!」
「黙って! 吸血鬼はそんなくらいでは死なない! それよりも毒を絶つほうが先!」
「止めろ――」
「私を信じて!!!」

混乱する垣根を、インデックスは叱り飛ばす。
そして魔女狩りの王がエリスの喉に手を添えるその間に、姫神に手を添える。

「あいさ! 私がわかる?!」

応えはない。無理もないだろう。血流が止まれば、人間は速やかに意識が混濁する。
インデックスは崩れた姿勢で転がる姫神を、そっと仰向けにする。
ナイフを引き抜いてしまわないように気をつけながら、握る手を、丁寧に引き剥がした。

「……あいさは、ステイルなら助けられるよね」
「君の助力があればね。まあ、魔力が尽きかけてて危ないけれど」
「ナイフで傷ついた心臓さえ復元できれば、あとはきっと」

この町の病院なら何とかしてくれるだろう。姫神については、それでいい。
だけど、エリスは。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/04(水) 01:27:21.02 ID:9UgLaOvio<>
「エリスは?!」
「……さっきみたいに復元はしないよ」
「っ!」

見るも無残な、有様だった。
あちこち服は焼け焦げ、手足にも酷い黒ずみが目立つ。
それでも五体満足なエリスだったが、今、最後につけられた喉もとだけは、戻らなかった。
顎から鎖骨にかけてが無残に黒こげている。周囲の皮膚も赤く爛れ、引き攣れていた。
だけど、それでもまだマシだ。伝承通りなら、もう灰に還ってしまってもおかしくないのだから。

「体の崩壊は?」
「ないね。今のところ」

インデックスはエリスの手を取り、指先から丁寧に触れていく。
まるで死んだみたいに冷たくて、それが怖かった。
『吸血殺し』は即効性だ。飲んだらすぐ死ぬはずなのだから、少なくともその最悪の段階よりは手前にいるのだろう。
とはいえ、エリスに意識を取り戻す兆候はない。
インデックスは、破れかけの服を裂いて、エリスの胸に耳を当てる。
どんなに耳を済ませても、そこに心臓の音はなかった。

「インデックス?」
「心臓が止まってる」
「――おい」

垣根が顔をこわばらせた。だってそれは、誰が聞いても最悪の言葉にしか聞こえない。
だがインデックスはむしろそれに意味を見出していた。

「吸血鬼を吸血鬼たらしめるのは、心臓なんだよ。それが止まってる」
「何が言いたいんだ」
「私たちがするべきなのは、心臓の復元。本来不死身の吸血鬼は、心臓さえ健在ならあとは四肢が千切れたって治るんだよ」
「インデックス。次はどう動く」
「ステイルはあいさを助けて」
「いいのかい?」

その確認には、特別な意味が込められていた。
インデックスの思い通りになる魔術師は、ステイルしかいない。
それを姫神秋沙に割り振るということは、エリスを助けるための力は別に用意しなければならないということだ。
つまり、インデックスのその指示は、姫神をエリスより優先するような、そんな言葉に近い。

「……何かを創る魔術師じゃないステイルには、吸血鬼は手に負えないんだよ」
「フン。ルーン使いは万能であるべきなんだけどね」

誰かを殺したり、何かを壊したりするために、ステイルは魔術を磨いてきた。
だからステイルにとっては、普通の人間が負った致命傷を治癒するのだって充分に大変なことだ。
ステイルは魔女狩りの王をかき消した。もう、今日は再び召還することは出来ないだろう。
そのリスクを頭の片隅に追いやりながら、ステイルは倒れた姫神の傍に、膝を付いた。

「ねえ」
「……なんだ」
「エリスの体のこと、どれくらい聞いたことがある?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/04(水) 01:28:31.22 ID:9UgLaOvio<>
インデックスはエリスの下着も取り去って、その胸元をはだけさせる。
そして何かを探るように指を左胸あたりに滑らせた。
ほとんど鳩尾に近いその辺りで、手を止める。

「エリスの心臓は、普通じゃない物質で出来てる」
「――! 詳しく話して!」
「何とかなるのか?!」
「何とかするために知りたいの!」

垣根は、その少女を信用していいか分からなかった。
だって当然だ。たかが中学生か小学生にしか見えない少女の、何を信じろというのだ。
だが、その真摯な瞳に睨まれて、垣根は喋るほかの選択肢を失った。
だって、すがれるものはもう目の前の、インデックスなんて変な名前をつけられた少女しかいないのだから。

「第五架空元素」
「えっ?」
「エーテル、宇宙の構成物質、アリストレテスが見出した」

いつだったか、エリスが明かしてくれた話。
荒唐無稽で、とてもじゃないけれど、全て記憶なんて出来なかった。
だけど断片的な言葉なら思い出せる。

「それで分かるか?」
「……」
「なあ」
「分かるよ。そっか。そういうものを体に備えた人を、吸血鬼って言うんだね」
「どうやればエリスは助かる?」
「……第五架空元素って呼ばれてる、『それ』を作れれば、エリスの心臓の修復は出来ると思う」
「じゃあ」
「でも」

絶望に、打ちひしがれてしまいそうになるのを必死に押さえて、インデックスは考える。

「その完全な作り方は、分からない」
「……」

魔道図書館と呼ばれたインデックスにとっても、それは不可能なことだった。
過去の叡智を、インデックスは蓄えている。だが、誰一人としてそれを作り上げた人間がいないのであれば。
新しいものを創造するための特別な力や才能は、インデックスには備わっていなかった。

「練成する方法なら、文献があるの。だけど、必要な材料が手に入らない。純粋な『世界の力』の塊を、誰も作れないの」
「世界の力?」
「魔力だとか、地脈だとか、そんなのだよ。だけど世界にあるものには全て色付けがされちゃってる。
 どれだけ精製しても、今まで純粋な『世界の力』を手にした人はいないの!」

インデックスはエリスの手を再び取り、自分の手で包んだ。
それは全く無駄な行為だった。その手の冷たさで、更なる絶望感を覚えただけ。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/04(水) 01:29:30.17 ID:9UgLaOvio<>
「……きっと、完全なものは得られないけど。それでも時間を稼ぐことは出来るかも」

ほんの少し、ステイルに手伝ってもらって魔力を練り上げられれば、後のことはインデックスにも出来る。
だがそれはあまりに拙い策だった。無色の魔力の精製は、これまで高名な錬金術師達が生涯をかけて練り上げ、失敗してきたものだ。
それを急場でこしらえたって、きっと満足いくものは得られるはずがない。
そうしたインデックスの心を見透かしたのだろう。垣根が苛立ちを見せた。

「友達が死ぬかもってときにお前は実験でもする気かよ!」
「私だってしたくない! だけど、他に手立てなんてない。
 吸血鬼なんて特別な生き物を助けることは、そんなに簡単なわけがないんだよ」

下唇を、血の味がするくらい噛み締める。
惨めだ。こんな時に、誰かを救える知の宝庫であるために、インデックスは禁書目録<インデックス>であるはずなのに。
焦りで空回りを繰り返しながら、救いの手を必死に捜す。
助けたい。こんなにも無残な姿で床に転がる友人を、もう一度、笑って太陽の下に立てるように戻してやりたい。
こんなにも愛してくれる恋人がいて、きっと、幸せな毎日をエリスは送っていたはずなのだ。
それを取り戻したい。また、一緒に、なんてことはない日常を過ごしたかった。

「お前の力じゃ助けられないのか?!」
「助けたいよ! だけど!」
「俺は!? 俺じゃ力になれないのか?」
「無理に決まってる! 魔術と超能力は相容れない!
 あなたの学んだ知識はアリストテレスの理論<テオリア>も実践<プラクシス>とも関係ない。
 そこから発展した錬金の体系とも関係ない! ヘルメスもパラケルススもあなたの知識には出てこないでしょ?!」
「だったら教えろ!」
「教えたって、どうしようもないんだよ!」

焦りをインデックスにぶつけてくる垣根が煩わしかった。
だって、どんな優れた超能力者か知らないが、魔術を使えない人間に魔術の講釈をして何になると言うのだ。
後ろでは、ステイルがインデックスの指示に応えるための準備をほとんど終えている。
姫神にだって時間を割かないと、助からないのだ。どうしていいか分からないまま、エリスにすがっているわけにはいかない。

「なん、で。エリスがこんな目に逢うんだ! コイツは平穏しか望んでない、普通の女なのに」

その、切実な垣根の目が苦しい。滅び行くエリスを見つめるのが苦しい。
そしてその二人を放り出して姫神を助けるほうに意識を割かないといけないと、冷静に頭の片隅で考えている自分が憎らしい。
こんな、救われない状況にでも答えを見出すために、自分という人間は、『禁書目録<インデックス>』を背負ったのに。

「わたし、は――」
「窮まっているようだな」

冷淡な命の取捨選択を、垣根に告げようとしたその時だった。
魔術の準備に追われるステイルと、打ちひしがれたインデックスと垣根の傍らで、アウレオルス・イザードが皆を見下ろしていた。

「先生……」
「何をしに来た」

さあっと、垣根の目に殺意が立ち上る。
エリスにとっては、こんな状況を作り出した全ての現況。悪魔そのものだ。
ステイルは、アウレオルスの心境を判っているような顔をして、すぐに自分の仕事に戻った。
インデックスだけは、どうしていいか分からず、ただ見上げるしかなかった。
恨みを言い募りに来たのか、この状況を笑いに来たのか。
あるいは、ただの希望的観測かもしれないが、自分達を助けに来てくれたのか。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/04(水) 01:33:29.54 ID:9UgLaOvio<>
「何をしに来たというほどの事も無い。ここは私の城だ」
「なら消えろ」

舌打ちをして、垣根が視線を外した。
つまらない問答をする時間が惜しい。係わり合いになどなりたくもない。
だが、インデックスは、そのアウレオルスの目に先ほどのような濁りが見えないような気がしていた。

「助けて、くれるの?」
「それはできんよ。……こんなものを練成できるなら、私は吸血鬼などそもそも必要なかった」

それは真実だった。魔術師の未だ届かぬ高み、第五架空元素。
こんな物質が手に入れられるならアウレオルスはこれを使った神秘でも探したことだろう。
『黄金練成』と『吸血殺し』で吸血鬼を誘い込むなんて方法より、よっぽど確実だ。

「じゃあ、どうして」

先生は、ここに来たのだろう。本当にただの冷やかしだと言うのだろうか。
インデックスの目をじっと見つめ返してから、アウレオルスは目を閉じた。
三年前を思い出す。あの日、インデックスに必ず救ってやると誓ったその日のことを。
なぜ、こんなにも茨で覆われた道をアウレオルスは歩んだのか。

「その少女を、救いたいのか」

既にインデックスに尋ねたことのある質問を、アウレオルスは繰り返した。

「――うん」
「なぜだ」
「友達だから」

答えはいたってシンプルだった。そして、そう真っ直ぐに答えるインデックスの声は、あの日の呟きと、同じ響きだった。
「忘れたくないよ」と、インデックスは言った。アウレオルスという人を想った言葉だった。
いつだって、このインデックスという少女は、誰かのために真剣に生きている。
その心があまりに尊くて、自分は、インデックスを救うと誓ったのではなかったか。

「学園都市の能力者よ」
「――――あ?」
「例えば、吸血鬼を助けるためにお前が魔術を使えば、最悪死ぬ」
「だから? 諦めろとでも言うのか」

その目には、アウレオルスへの紛れもない憎しみがある。
だけど、その奥には想い人である吸血鬼の少女を助けたいという、強い意志がある。
その目は、きっとあの日自分がインデックスに向けたものと、同じであるはずだ。

「アウレオルス・イザード」

顔だけをアウレオルスに向けて、ステイルが短く呟いた。
ステイルには全て分かっていた。彼もまた同じ立場だったのだ。
――――救いを求める人に、手を差し伸べる人でありたい。
そうあろうとするインデックスに寄り添う自分達もまた、そう願わずにはいられなくなるのだ。

「突っ立っていないで、さっさと救いの手を差し伸べろ」

ステイルはそれだけ言って、インデックスを呼んだ。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/04(水) 01:35:43.98 ID:9UgLaOvio<> >>101 どうもエリスは本当は男の子っぽいようです。TSを狙う気は別になかった。

さて、次が難産なんですが、ていとくん頑張ってくれそうです。 <> 58<>sage<>2012/04/04(水) 11:30:25.49 ID:tXP94dPvo<> これは…… かませ帝凍庫とヘタ錬先生のタッグの予感!
ここの垣根はかっこよすぎて帝凍庫と呼べないなぁ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/04/04(水) 20:05:51.90 ID:Oj/cL/7V0<> 乙乙! はじめての共同作業、未元物質と錬金術士が合わさると不可能ってあるのか? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/04(水) 21:04:22.18 ID:RJeuZITbo<> 主役には、なれない <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/06(金) 00:42:19.62 ID:0Q1fxNAHo<>
「さあ、姫神秋沙の心臓の構築、手伝ってもらうよ」

ステイルの声にインデックスはすぐには応えず、アウレオルスを一瞥した。

「先生」
「――君の力はそちらに貸すといい。私の作り上げた結末だ。せめて失敗したら、そこの男に命くらいはくれてやる」
「……ありがとう」

その礼を、アウレオルスはほんの少しだけの淡い笑みで受け取った。
そして、もう余命いくばくもない吸血鬼の少女と、傍らの能力者に目を向ける。

「この世にない物質を創生する能力、それが貴様の能力だろう」
「ああ」
「喜べ。この少女を救えるのは、貴様くらいだ」
「……」
「当然、分の悪い賭けに勝った上での話だがな」
「賭け? 自分の意志でどうにかできるものを賭けとは呼ばねぇよ」

垣根はエリスの手に触れる。指先からもう肘を越えた先まで血の気を失い、真っ白だった。
崩れ落ちてしまうのではないかと思わせる危うさ、つまり死がエリスに目に見えて迫っていた。

「今から、無色の『世界の力』に最も近いものを作ってやる」
「……で?」
「出来上がったものは純度の足りない、使い物にならないものだ。
 貴様はそれと同じものを、自身の能力で作れ」
「模倣か。……どう、コピーをしろってんだ。見た目、質感でいいのか」
「逆だ。本質さえ真似てあれば、形質なぞ瑣末に過ぎん」

アウレオルスの指示には矛盾があった。本質的に同じ物を作ることを、模倣するとは言わない。
そしてその言葉にはひどく深遠な問いかけが含まれていたことに、二人は気付かなかった。
超能力が生み出す『未元物質<ダークマター>』と、魔術の極みにある『第五架空元素<エーテル>』は、一体何が違うのか、ということに。

「……その『世界の力』ってのは何で出来てるんだよ」
「科学を基盤にすえた貴様には絶対に理解できまい。大地を流れる竜脈、人体を流れる生命力、そう呼ばれるようなものだ」
「俺には作れないと、そう言いたいのか?」
「この学園都市の、能力者の常識では作れないだけだ」
「謎かけやってる時間はねぇよ!」

苛立ちを垣根はぶつける。だが、錬金における教えとは基本的には回りくどく、暗喩に富んでいる。
それは本質的な理解を促すために、そして初学者に安易な実践と失敗を起こさせないために必要なものだ。
垣根の言葉を受けて、アウレオルスはそうした気遣いを取り払う。今教えている相手は弟子ではない。
この場、この瞬間に奇跡を求める人間だ。

「……物を創るという行いは、錬金に通じる。お前も複雑な物の創造を行うときには、ある種の『式』を用いるのだろう。
 錬金から化学が派生してからも、その根にある基本思想は引き継がれているのだからな」
「……ああ」
「ではその大元に、お前が入れたことのない物質を代入しろ」

アウレオルスはそれだけ告げて、虚空に手をかざした。
そして一瞬後。フゥゥン、という静かな音と共に、ぼんやりと光る毬のようなものが浮かび上がった。

「これが私に創れる最も純度の高い魔力だ。とはいえ、私が私から創った以上、私の色が付いている」
「――――なん、だよ。これ」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/06(金) 00:43:03.70 ID:0Q1fxNAHo<>
分からない。今までもどうやって為したのか、さっぱり説明の付かない「現象」ならば見てきた。
あらゆる他人の超能力はそういうものだし、能力でなくとも、崩壊するビルがムービーの巻き戻しのように復元する様を、今日この目に見てきた。
だが、何から出来ているのかが全くわからない「物質」を見たのは、初めてだった。

「これを、練成式の反応物として代入しろ」
「――っ!」
「やらなければその少女が死ぬ」

そんな無茶は、低レベルな能力者のする行為だ。
自分の能力を理解せず、振り回す数式を把握せず、ただ、値の入る函(はこ)に値を放り込むだけ。
レベルが上がるほどに、その行為は恐ろしくなる。どれほど危険か分かるが故に。
だが、垣根はその愚行を躊躇いはしなかった。アウレオルスの挑発を糧に、ためらいを見せる理性を吹っ切った。

「……時間は有限なのだろう。急げ」
「黙れ」

感じていたはずの焦りから、瞬間的に垣根は解放された。ただ目の前の、その不思議な白色の光に吸い込まれる。
触れずとも静かな温かみを感じる。生命の躍動感とでも言うべき、力強さの塊。
それを、垣根は何かの言葉で表現することが出来なかった。垣根の学んだ科学にそれを指す言葉はなかった。
だというのに、何故だろう。こんなにもこの光の存在感には『説得力』がありすぎる。
科学が認めないものだというのに、何故に、こうもリアリティがあるのか。

「――練成式とやらを、説明しろ」
「いいだろう」

垣根は続きを促す。練成式なんて名前は垣根は使ったこともないが、きっとそれは化学反応式の前身となった何かだろう。
アウレオルスが、手元の羊皮紙に恐ろしいスピードで書き連ねていく。絵のような、文字のような、時に数式のような何かを。
それが魔術書と呼ばれるものの断片だとは、垣根は気付かない。

「基本的な概念はこうだ。地、水、火、風。四大元素よりなるこの大地から、
 純粋な風を用いてこの魔力塊を高みへと昇華させる。
 そして純粋な炎を用いて、結晶へと転華させる。第五架空元素は天体を成す物質だ。
 故にこの星に囚われた地と水の属性からは分離されなければならない」

そして続けて、アウレオルスがその魔術式の意味を説明していく。
文字ではなく絵で描かれた式の意味や、見慣れない文字の読み方、定義を錬金の言葉で説明する。
それはアウレオルスにだからこそ、垣根に伝えることが出来る。
古代、アリストテレスの知恵を中世に再結実させ、近代、そして現代の化学の礎を築いた希代の錬金術師、パラケルスス。
その末裔であるアウレオルス・イザードだからこそ、『科学と地続きの魔術知識』を伝えられるのだ。
垣根は、その荒唐無稽な魔術式を全て呑み込んで、脳裏に化学式をでっち上げる。そして初めての函に、強引に数値を叩き込んだ。
その、瞬間。


――――ブシュッ、という音と共に垣根の眉間から血が噴き出した。


<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/06(金) 00:44:20.48 ID:0Q1fxNAHo<>
「が、ぁっ?!」

ハンマーで殴られたような痛みと共に、混乱が垣根の意識を襲う。
――何が起こった? 誰かに攻撃を喰らったのか?!
だが、最も信用のならないアウレオルスでさえ、ただ静かにこちらを見ているだけだ。

「能力者が魔術を使う代償だ。無理なら今諦めろ。中途半端にリタイヤすれば、お前もあの少女も死に至る」
「――!」

アウレオルスの視線に誘導され、エリスの体を見つめる。
もうその体は、肩の近くまでと、太ももの半分くらいまでが蝋のように真っ白だった。
四肢のあちこちが、垣根の血を浴びていた。その血が皮膚の中へと、しみこんでいく。
それは普通の肉体にはありえない現象だ。日常のエリスの肌だって、そんなことは起こさなかっただろう。

「え――?」
「触れるな。何処まで灰化したか分からないが、貴様は少女の形を崩してしまいたいのか」

ドキリと、その言葉に心臓を鷲づかみにされる。
見ればエリスの指先からは、少しずつ何かがサラサラと吹き流れていっていた。
それはエリスが喪われていくことの象徴だった。
既に死の淵にあるエリスが、越えてはいけない川を渡ろうとする証左。

「させ、ねえよ!」

させない。エリスを死なせることだけは、絶対に。
垣根は、依然として自分の行為に不審を抱く自分を黙殺した。
能力、あるいは魔術かもしれない、自分が行使しようとする何かをさらに推し進める。
ガンガンと頭痛と言う形で脳が訴える危険を、垣根は省みない。

「オ、オ、オ、オ――――」

魔力と呼ばれるものを未元物質の一種として作ったつもりでいながら、同時に、自身の体力を削っているようなおかしな印象がある。
それがまぎれもなく魔術を行使するということだった。勿論垣根はそれを知る由もない。
練られた魔力を、精製の段階へと送り込む。大気素(アーエール)で昇華し、燃素(フロギストン)で燃やしていく。
科学がとっくに捨てたはずの、架空の物質を未元物質で代用し、プロセスを踏んでいく。
――ボン、という濁った音と共に垣根の体のあちこちが弾ける。血が失われていく。
だけど、そんなことはどうでもいい。エリスを、喪わないで済むのなら。

「はじめて、惚れた女なんだ」

誰にでもない。自分に言い聞かせるように、垣根は呟いた。

「コイツ以上に大事なものが、俺にはないんだ」

高位の能力者にありがちな、小さい頃からの孤独感。
垣根を苛むそれは学園都市においては陳腐なものかもしれない。
だけど、それは真実の言葉だった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/06(金) 00:45:53.81 ID:0Q1fxNAHo<>
「だから――――」

少量では意味がない。ありったけの魔力を精製し、垣根は自分の創ったことのない物質を、創製する。
第五架空元素、エーテルと呼ばれる何かを。
そして叫ぶ。痛みや迷いに縛られないように。

「おおおおおおおおおおオォォォォォォォォ!!!!!!!」

垣根やアウレオルスの身長よりも高くに浮いた光に、あてがうように手をかざす。
ビキビキと体中が軋むのが分かる。見開きすぎた眼が、はじけそうなくらい痛みを訴える。
垣根には予感があった。ぼんやりと実体のない光が、結実するであろうことが。
それはかつてない機能を持つ物質だろう。人類、いや、学園都市が未だたどり着かない世界の真実の断片。
かつてエーテルと言う名で想起された、神秘の物質。その誕生の予感に、場違いに垣根の心が高揚する。
だがその時、不意に垣根は気付いた。
金より高貴なその結晶に、この世界のあらゆる卑しい物質は、触れることを許されない。
この世に産み落とされれば、たちまち穢されてしまう。エリスの心臓へと収まるより前に。
それでは、意味がない。

「――成るか」

アウレオルスが、垣根と同様にどこか期待を感じているような顔で呟いた。
ふつふつと光が揺らめき始めた。ある一つの形へと、収束を始める。
止めることは出来ない。だが裸のままの第五架空元素を顕現させることは許されない。
だから。





――――ばさりと、何かが羽ばたく音が、した。





「えっ……?」

インデックスが、それ以上の言葉を失った。
ステイルとアウレオルスも、それぞれが、その光景に思考を停止させていた。

「お、お、お、ああああああぁぁぁぁぁぁ!! 具現化しろォォォォォォォ!!!!!」

叫ぶ垣根以外に、誰一人として、第五架空元素の誕生を見届けることが出来なかった。
垣根の背中から突如として生えた一対の羽根が、その光を覆っていたが故に。

「嘘……」
「天(あめ)の、御遣い――?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/06(金) 00:47:14.70 ID:0Q1fxNAHo<>
垣根が意図したのは、未元物質で第五架空元素を多いこの世界から隔離すること、それだけだった。
なぜ自分が羽根を生やすという方法でそれを成したのか、分からない。分かる気もない。それよりも大切なことは他にあるから。

「エリス、今、助けてやる」

超然とした笑みを浮かべ、垣根が倒れたエリスの左胸に触れた。
布一つ隔てない裸の乳房を埃を払うように軽く手で撫で、そっと、何かを包んだ羽根をその上に近づけた。

「――」

アウレオルスや、ステイルやインデックスでさえ手を止め息を呑み、その光景に釘付けになる。
超能力と呼ぶにはあまりに宗教的で、神秘的なその営み。
垣根は羽で優しくエリスの胸に触れる。それだけで鋭利な刃物で切ったかのように、羽根がエリスの胸の中に沈み込む。
エリスの血で朱に染まる羽を、インデックスたちはただ美しいと、そう思うことしか出来なかった。

「もう、大丈夫だ。また笑ってくれ。叱ってくれ。お前がいれば、俺の世界はそれだけで花が咲いたみたいに、綺麗になるんだ」

優しげに、垣根が微笑んだ。
そして羽根を、すっ、と引き抜いた。
胸に開いた真っ赤な切り口へ、金よりも高貴な金色をした正八面対の何かが滑り落ちていくのが、一瞬だけ見えた。

「あ……」
「なん、て」
「美しい」

この世界のありとあらゆるものより、それは美しく見えた。
それを巡って血なまぐさい争いが起こっても理解できるほどに。

「……帰って来いよ、エリス」

そう、垣根が呟いた。
それが引き金だったかのように、エリスの体が復活を始めた。
ぽっかりと開いた胸の傷が、たちまちに閉じていく。
灰化しかけていた四肢に、血の色が戻り始める。赤みが差していく。
垣根が真っ黒に焼け焦げていたはずの喉元に手を触れると、焦げた炭の下から瑞々しい肌が現れた。
エリスが、壊れてしまう前の姿を取り戻していく。

「はは、良かった。良かった……!!」

泣きそうな声で、垣根が素直な喜びを漏らす。
だって、こんなに嬉しいことはない。
好きな人が、ちゃんと戻ってきてくれる。
そのために、自分の能力を振るうことが出来る。

「……見事」

アウレオルスが一言、そう賞賛した。

「そちらも障りはないな」
「当然だ。救われるべき人を救うのが僕らの仕事だからね」

ステイルは誰より早く我に返り、姫神を助けるための術式を発動させていた。
こちらも、恐らくは問題なく助けられるだろう。

「エリス、エリス……! はは」

繰り返し、垣根は想い人の名前を呼ぶ。
目は覚まさずとも、穏やかに寝ているかのような息遣いをエリスが取り戻したのを見れば、それで充分だった。
その垣根から背を向け、アウレオルスは呟いた。

「貴様は、錬金術を越える高みの、その片鱗を手にした。それは賞賛すべきことだ。
 だが代償は安くはあるまい。ツケはきっちりと支払うのだな。
 ――それと、お前は心臓という器官の求める『完全性』に苦しむだろう。
 永く現世で寄り添いたいのであれば、さらに先へと手を伸ばすことだ」
「あ……?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/06(金) 00:48:45.31 ID:0Q1fxNAHo<>
水を差すようなアウレオルスの言葉に、垣根は不愉快そうな顔を見せた。
発した言葉の意味を、垣根はこの場で全て理解することは出来なかった。
ただ、留めることすら出来ずフェードアウトしていく意識の中、近づいていく床だけが垣根の目に映った。

「……先生?」

どしゃりと崩れ落ちた垣根を一瞥すらせず、アウレオルスは静かに歩き出した。
インデックスの声に、一度だけ足を止めた。

「今のお前に私は必要ないのだろう」
「っ……!」
「ではな」

その背中に、インデックスは何も言うことが出来なかった。
裏切り者の自分に何かを言う資格なんてあるだろうか。
……本当は、それでも言い募るべきなのかもしれない。行かないで、と。
だが、インデックスはその言葉を告げる事はできなかった。

「……息災に、過ごせ」
「先生は、どうするの?」
「さあ。誰かに追わせる生活になるやも知れんが、それでもいい。
 私は私のなすべきことをするだけだ。
 ――我が名誉は世界のために<Honos628>
 私はそう生きると、その名に誓って決めたのだからな」
「先生。私……」

背を向けるアウレオルスに、インデックスは小さく頭を下げた。

「今まで、ありがとうございました」
「そんな言葉を聞きたくて、こんなことをやってきたわけではない」
「――っ」
「謝罪など、無意味だ」

ふっと、アウレオルスが笑ったらしかった。

「もう会わないことを祈っているよ」
「私たちはそうあるべきだろうな」

ステイルのその餞別の言葉に、むしろアウレオルスは面白そうに返事をした。
そしてもう二度と、インデックスたちを振り返ることはしなかった。

「インデックス」
「……」
「君を救うことに失敗した馬鹿に、追い討ちをかけるようなことを言うのは野暮さ」
「馬鹿なんて、言っちゃ駄目だよ」
「馬鹿さ。あいつは、そして僕は、やり方を間違えていたんだ。それだけさ」

多くを、ステイルは語らなかった。
そして傍らに倒れた姫神の額に手をやった。
姫神からも、既に死の兆しは消えていた。

「ほら、祝おうじゃないか。死なせたくない人を、君は死なせずに済んだんだろう?」

そのステイルの言葉に、インデックスは微笑を返した。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/06(金) 00:52:03.42 ID:0Q1fxNAHo<> ということで、吸血殺し編はエピローグを残すのみとなりました。

>>109
その『不可能』が、今後の重要な流れの一つになります。
詳細はエピローグで。 <> 58<>sage<>2012/04/06(金) 01:58:35.85 ID:sU4bhxulo<> 投下乙です!
天使化ktkr!! 一方さんよりだいぶ早いな
「不可能」が重要? また意味深なことおっしゃる
次回の投下も楽しみにしてます! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/06(金) 08:30:13.70 ID:aLYFT9uDO<> 乙乙! 思わず手に汗握ったわ。
エピローグ楽しみです <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/04/06(金) 09:37:17.68 ID:3Zr2euyG0<> ほんとつまんないね
原作をここまで駄作に貶めたSSなんて存在していいのだろうか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)<>sage<>2012/04/06(金) 19:17:33.54 ID:H3kqWD7s0<> 乙でしたー
原作でも復活フラグ立ってるし、頑張れ第二位 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/07(土) 03:03:20.06 ID:KnGmOmAbo<>
カタンと音を鳴らして、インデックスは病室の扉を開いた。

「終わったかい?」
「うん。私は、大した怪我じゃなかったから」
「それは良かった」

室内は、かろうじて表情がわかる程度の光に抑えられている。
その中で、ステイルが安堵の表情を浮かべたのが分かった。
それが申し訳ない。
だって、心配してもらうほど、自分は戦場の最前線に立ったりはしなかったのだから。
代わりに、沢山の傷を負ったのはステイルだったのだから。

「まあ、座りなよ」
「……うん」

インデックスは、ステイルの隣の椅子に腰掛けた。
その安物のパイプ椅子は、隣に置かれたベッドに眠る人を、見舞うためのものだ。

「まだ目を覚ましていないの?」
「そうだね。まあ、自分で心臓に届くほどにナイフを刺したんだ。
 体は救えても、心はどうかは分からないさ」

ステイルは眠り続ける姫神秋沙に目をやった。
小さく動く胸元を見れば、生きて呼吸をしていることは分かる。
だが、それ以上はどうかは分からない。
果たして目を覚ますかどうか。
そして目を覚ましたとして生き続ける意志があるかどうか。
もう一度死を望むとしたら、その時はステイルは止める気はない。

インデックスが、ほつれた姫神の髪をそっと手で直した。
ステイルとの間に流れた沈黙が、耐えづらかったからだった。

「……あのね、ステイル」
「なんだい?」

言わないと、いけない言葉があった。
出来ればそれは、ずっと隠し続けていたかったのだけれど。

「ごめんなさい」
「何がだい?」
「ステイルと、かおりを……騙していて」
「何のことかな?」
「分かってるでしょ。あの時、先生の前で言ってた」

インデックスは、二年前に共に過ごしていた頃のことを思い出していながら、そのインデックスとは別人なのだ。
思い出の内容は、甘く優しいものだった。ただそれはテレビで見たお菓子のように、インデックス自身には甘さをもたらさない。
そんなことになっていながら、インデックスはそれをステイルに伝えなかった。
それは裏切りだ。過去、自分達と過ごしたインデックスを取り戻すために、ステイル達は頑張ったのに。

「……上条当麻と、婚后光子」
「えっ?」
「彼らのことを、君は好きかい?」
「……うん」
「君の思い出にいるあのときのインデックスが、僕らを好きでいてくれたくらいに?」
「……きっと、そうだと思う」
「そうかい」

ステイルは、ポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。
すぐに病室にいることを思い出し、苦い顔でライターを仕舞った。
火をつけない咥えタバコで、ため息を一つついた。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/07(土) 03:04:24.32 ID:KnGmOmAbo<>
「それで、いいんだよ」
「……」
「君は変わらないね」
「えっ?」

当麻と光子、その前はステイルと神裂、さらに前はアウレオルス。
自分自身を『管理』するはずの人と、インデックスは深い愛情で繋がってきた。
近しい人を大切に想い、邪な意図で無辜の人々に仇なす魔術師を打ち破る知識の宝庫として生きる。
愛する人を変えたのは、インデックスの悪意や気まぐれのせいじゃない。
だから、ステイルは今の自分の立ち居地を、喜びを持って受け入れる。
自分は今、文句一つないハッピーエンドを生きている。
ただ、ほんの少し、ほろ苦い感傷を噛み締めているだけだ。

「さて、君に異常がないことも確認できたし、そろそろ動かないとね」
「……これから、どうするの?」

ここに、エリスはいない。姫神と居合わせられるはずもないから当然だった。
垣根と共に別の病院に行ったと聞く。
そして、姫神についてだって。

「とりあえずはイギリスに蜻蛉帰りかな。本来なら君に渡そうと用意していた十字架が、出来上がったらしいからね」
「それって」
「外部からの干渉に対する防御力はゼロだ。その点で君の『歩く教会』には劣る。だが結界としての機能だけはそれと同等さ」

それを、姫神の首から掛けさせるつもりだった。
一生、肌身離さずつける運命になるが、それでも今よりずっとマシだろう。
ステイルはそれを取りに、本国の『必要悪の教会』に戻る気だった。
書置きを残し、ステイルは椅子から立ち上がった。

「さっき電話をしていたね」
「うん。とうまに怒られちゃった」
「そうかい。なら、ここでお別れしておこうか」
「わかった。――またね、ステイル」
「僕らは会わないほうが幸せさ。そういう場所に、僕らは生きているだろう」
「……でも。私はステイルにまたねって言いたいんだよ」
「君らしいね」

またねと、ステイルのほうから返してくれることはなかった。
ただ、扉を開ける直前に、そっと呟いた。

「最初から気付いていたよ」
「えっ?」
「二年に渡る付き合いだったんだ。君が過去の君ではなく今を生きているんだって事くらい、見ればすぐ分かったさ。
 神裂もそうだろうね。アウレオルスも、時間があればそれを悟ってもっと穏便に受け入れてただろうさ。
 まあ、言っても詮のないことだ。それじゃあね」

インデックスに返事をするタイミングを与えず、ステイルは姫神の病室を後にした。
アウレオルスには、結局あれから会えず終いだった。
夥しい数の救急車が集まる三沢塾の建物から、誰にも見つからずに忽然と姿を消したらしかった。
また会えるのかは分からなかった。

「先生……」

どれくらい、自分はあの人を傷つけただろうか。
もっと酷い罵倒を浴びせられても仕方ないはずだった。
だけど、最後の最後にアウレオルスはエリスを助けようとしてくれた。
ありがとうの言葉は、受け取ってくれなかったけれど。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/07(土) 03:06:16.73 ID:KnGmOmAbo<>
「あいさ、また来るから」

ここにいても仕方なかった。
当麻を待たせて心配させるのは、嫌だった。
今、自分の傍にいて、幸せを共有してくれる人だから。
インデックスは病室を後にした。

夜の暗い病棟を抜けて、夜の街へくぐり出た。
真夏の熱気は、この時間になっても引く気配がない。
重い足取りでインデックスは駅のあるほうへと向かう。

「遅いぞ、インデックス」
「とうま……」

携帯電話を手にした当麻が、目の前に立っていた。
こんなところまで、迎えに来てくれたのだろう。

「……浮かない顔だな」
「うん。そうだね」
「ステイルと喧嘩でもしたのか」
「違うよ」

病院から出てきたということは、何かがあったということだ。
それを当麻はすぐには追求しなかった。

「ステイルにも迷惑をかけたし、先生にもひどいことをしちゃった」
「先生?」
「ステイルより前に、私の面倒を見てくれてた人。
 私を助けようと、頑張ってくれてたんだ」
「そうか」

あの日当麻と光子に助けてもらった時から、過去がインデックスにとって記憶でなく記録に過ぎないことを、二人には打ち明けていた。
だから、インデックスがそれ以上説明せずとも、インデックスが何に苦しんでいるのかを悟ってくれた。
そして当麻は何も答えず、ただ、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた。
そのぞんざいな仕草はいつもなら煩わしいのに、今日はやけに暖かい感じがして。
――ぽふ、と。
インデックスは当麻の胸におでこをぶつけた。まるで光子が、時々そうしているみたいに。

「今日は弱ってるな」
「いろいろあって、疲れたんだよ」
「そっか、じゃあ帰ろう。その様子なら、とりあえずは解決したんだろ」
「え?」
「お前は、何かを解決できないままに残して、こんな風に甘えたりするヤツじゃないからな」

そういう責任感の強い少女だということは分かっている。
だからインデックスが弱みを見せたということは、弱みを見せてもいい状況に落ち着いたということだ。
当麻はインデックスの肩を抱き寄せ、軽く抱きしめてやった。

「ほら、泣くなら今だぞ」
「むー、馬鹿にしないで」

泣くのは違うと思う。今、当麻の胸で泣くのは、ステイルと、アウレオルスに悪い気がした。
上条の着ているTシャツにこっそり噛み付いて、インデックスは離れた。

「帰ろう、とうま」
「そうだな。光子も待ってるし、とっとと帰ろう」

インデックスが微笑んだ。それは少し、気持ちが上向いた証拠だろうと思う。
もう一度ぽんと頭を叩いて、当麻はインデックスと帰路についた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/07(土) 03:07:08.39 ID:KnGmOmAbo<> とりあえずステイル・インデックスのエピローグでした。
あとは姫神と、エリス・垣根ですね。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/04/07(土) 03:39:13.18 ID:vil9f27Qo<> これが終わるとサテンサンパートか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/07(土) 06:55:32.01 ID:LKwQwF2SO<> 御坂さんが苛められるパートですね <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)<>sage<>2012/04/07(土) 10:48:30.21 ID:JCiMgeH10<> もう言葉も無いほどにつまらん展開だわ
これが面白いと思ってるなら終わってる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(沖縄県)<>sage<>2012/04/07(土) 10:58:53.78 ID:B/RvWaVwo<> つまらないといいつつ粘着
どんだけ好きなんだよww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/07(土) 13:53:06.20 ID:3ihJRTm00<> もう愛知のは様式美だよ <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/07(土) 14:52:50.17 ID:KnGmOmAbo<>
深夜の、病室。
目を開けて訳の分からないままに状況確認をした姫神が、自分は何処にいるのかと考えた予想がそれだった。
恐らく間違いではあるまい。腕には点滴が繋がり、胸にはバイタルデータ確認用の素子が貼り付けられている。
着ているものも、薄緑の手術着だった。

「私……」

なぜ、ここにいるんだったか。
あまりに脈絡なくベッドに横たわっていたせいで、起きる前の記憶が思い出せなかった。
たしか。いつもみたいに散歩をしていたら金髪のあの子と会って。

「――っ!!」

ギリギリ、と心臓が締め付けられる。
取っ掛かりを得れば思い出すのは早かった。
エリスと呼ばれていたあの子をアウレオルスのいた最上階まで案内し、
そして、どんなアクシデントがあったのかは分からないけれど、
きちんと傷つかないようにと捉えていたはずの少女が暴走した。
そして最後は。
姫神の首元へと、優しく噛み付いたのだった。
そっと手をやると、ガーゼが貼られていた。きっと10年前みたいに噛み傷がついているのだろう。

「あの子は」

どうなったのだろう。もう、生きてはいないのだろうか。
だけど灰になったところを姫神は見届けていない。一縷の望みを、姫神は捨て切れなかった。
ナースコールを探しながら、ふと、ベッドサイドのテーブルに目をやると、小さな紙片が無造作に置かれているのに気がついた。
手に取ると、どうやらあの赤髪の神父かららしい、伝言が記されていた。

『気分は如何かな。
 君がまた死にたいと言うのでないなら、僕達は君を預かろう。
 と言っても修道女になれというわけじゃない。
 君を外界から秘匿する十字架を贈ろう、って話だけさ。
 それで君の能力は防ぐことが出来る。
 新たな吸血鬼を呼ぶことはなくなるだろう。
 受け入れるかどうかは君の勝手だけれどね。
 いずれにせよ、二三日は君は入院する予定だ。
 退院までには必要なものを携えて君を訪れる。
 待っていてくれ』

そんな提案が、書かれていた。
きっと魅力的な内容だから、昨日までの自分ならすぐにでも飛びついた気がする。
だけど、今はそんな気持ちになれなかった。
救われたいと思えるほど、自分が綺麗な人間ではないことを思い知った後だから。
紙片には、続きがあった。

『P.S.
 君のナイフは返しておくよ。ベッドの中に隠したから探ってみるといい。
 それと、あの少女は、無事に命を取り留めた。
 僕は君に甘い夢を見せる義理なんてないから、死んだなら遠慮なく死んだって言う。
 証明しようにも君は二度と会えないからどうしようもないけれど、
 僕を信じる気があるなら、信じてくれ』

素直に信じるには、やはり姫神はステイルのことを知らなさ過ぎた。
心を苛む重荷が少し軽くなったけれど、それだって今一番大切なことではない。

「私が生きていたら。また」

誰かを、死なせることになる。
そうなる前に命を絶つと決心してさえ、自分は失敗したのだ。

「ナイフ……」

姫神はベッドのシーツをまさぐった。すぐに、硬い感触に突き当たる。
何かの皮が刃に巻かれた状態の、姫神のナイフ。
簡単に手入れが済ませてあるらしく、柄に汚れはなかった。
これならすぐにでも、もう一度使えるだろう。
姫神は、右手にナイフを握り締め、刃を仕舞った皮を、取り払った。
今、死ぬのが一番だ。そうすれば誰ももう悲しませない。
家族すらも殺した自分なんて、もう、誰からも見向きもされないのだから。
月明かりが、ナイフに反射する。
その鈍い光はこれまで姫神を勇気付けるものだった。
必要ならば命を絶つのだと、最後の選択肢が自分の手の中に在るのだと。
だけど、今はもう違っていた。
カタカタと、手が震えだす。胸に切っ先を向けようと腕を動かしたいのに、腕は頑なにそれを拒んだ。
怖かった。たまらなく、自分が死ぬのが怖かった。
あの時は怖いと思いながらも、心臓にまでナイフは届いたというのに。
二度目は、もう無理だった。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/07(土) 14:53:48.10 ID:KnGmOmAbo<>
「こんな。ことって」

姫神はもう悟ってしまった。自分を殺すことは、出来ないと。
そしてまたきっと、誰かを殺してしまうだろうと。
自分と言う生き物が、おぞましい。
どれほど生き汚い、浅ましい人間なのだろうか。
二三日待てば、姫神の能力を封じる十字を赤髪の神父が持参するという。
もう、それにすがることしか出来なかった。それともいっそ、その場であの神父に殺してもらおうか。
たまらなく視界が褪せていく。何もかもがもう、どうでもいい。
ナイフを握った腕から、姫神はだらりと力を抜いた。




――――コンコンと、扉をノックする音が聞こえた。

「感極まっているところ、失礼する」




医者か誰かだろうと、思っていた。
だから答える事もなく、暗い病室で誰かが姫神の視界に納まるまでじっと待っていた。

「……え?」

現れた男は医者ではなかった。そんなことは風貌で分かる。
中肉中背の、典型的な南欧系の白人だった。背丈や体格は日本人と大差ない。
金というには色の濃い、茶色のくせ髪。髭は丁寧に剃っているらしかった。
年は三十には届かないだろうか。日本人とは違う顔立ちだから、うまく見積もれなかった。

「予後の体調は如何かな、姫神秋沙」
「貴方は誰」

身につけた服は、洋装とは言えまい。上下共に麻で出来た服らしかった。
色が白く編みの細かいものを下に、灰や茶交じりの荒いものを上に重ね着している。
胸にはヒスイの首飾り。弥生か縄文時代の日本をコンセプトにしているように見えた。
そういえば、言葉はネイティブであろう、流暢な日本語だった。

「名は沢野忠安という。君にこれを渡そうと思ってね」

顔に似合わぬ純和風の名前をした男、沢野が懐から何かを取り出し、姫神に示した。
六芒星をあしらった、銀のペンダントだった。

「……陰陽師?」
「安倍氏のシンボルならば六芒星ではなく五芒星だ。日本にも籠目といって六芒星を利用した魔除けはあるがね、
 通常、このように円の中に六芒星を配置することはない。これは典型的な『ダビデの星』というヤツさ」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/07(土) 14:54:34.65 ID:KnGmOmAbo<>
饒舌に、そして友好的に沢野は姫神に説明する。
姫神は手にしたナイフをぎゅっと握り締め、その男を見つめる。

「怖がる必要はない。そうだろう? お前は死んでもいいと思っている訳だから俺を警戒する理由がない」
「……」
「一人でいても、お前はいたずらに吸血鬼を殺すだけだ。あと人生で何度、そういう思いをしたい?」
「私は」
「あの神父は信用に値するのか? ……これはまあ、俺にも言えることか。押し売りの営業だしな。
 いいか。このペンダントはイギリス清教の神父が持ってこようとしているものと同じ力を持っている」
「……」
「今ここで、お前にこれを渡そう。身につければ、外を歩いても吸血鬼が寄ってくることはなくなる。
 信じられないならシステムスキャンでも受けてみろ。晴れてレベル0の無能力者になって、放校だな」
「どうしてそこまで学園都市に詳しいの?」
「どうして、と言われてもな。この街に魔術師が入ることは、不可能なことではない。
 そして一旦入ってしまえば後はこの程度の情報を得るのは難しいことではないさ」

沢野は、手のひらに乗せたペンダントを摘み、首にかけるチェーンの留め金を外した。
そして目で姫神に問うた。どうする、と。

「どうして私に接触したの?」
「吸血鬼に触れさせない形で、お前の力を利用したいからだ」
「そんなこと――」
「出来るはずがないと? そんなことはない。我々は他にも『場形成』タイプの原石を見つけて仲間にしている」
「えっ?」
「お前が形成するのは飛び切りの特殊な『場』だ。吸血鬼にしか影響がないとくる。
 だがそうでない、他の『場』を作る原石というのは結構あるんだよ。
 俺達はそういう原石、生まれもって能力を持った人間を探し、集めているんだ。
 悪いようにはしないさ。だから、俺達についてこないか」

この男の真摯な目は、信じられるだろうか。詐欺師だって、そんな目くらいは出来るだろう。
吸血鬼を集めるために自分を利用したアウレオルス。納得ずくで自分は付き従ったが、もう二度とはやりたくなかった。
赤髪の神父たちも、どういう理由で自分を匿おうとするのかは、分からない。
いや、教会の人間なのだから、いずれ吸血鬼と敵対したときの切り札にでも、するつもりかもしれない。
それに比べれば、目の前の人間の言うことは、悪くない。正直に信じれば、だけれど。

「判断は早くしてくれ。急かして悪いが、アレイスターを出し抜ける時間はごく短いんだ。
 ――俺達を受け入れるなら、髪を上げてくれ。ペンダントを通そう」

姫神は、ナイフを膝の上に置いた。
それがいいことなのかどうか、正常な判断はもう出来なかった。
慎重さを姫神は欠いている。自覚はあるけれど、止めるつもりになれなかった。
だってどう生きたって、この世界は自分に優しくない。
目の前に差し伸べられた手に、姫神はすがりつきたい弱い気持ちを押さえるが出来なかった。

「あなたたちは、誰?」

最後に、姫神は訪ねた。
しまった、という顔をして、沢野が軽く笑った。

「これは失礼。紹介が遅れたな。私はとある魔術結社の人間だよ。
 名は血族、つながりを意味するヘブライ語を冠して、『絆<イェレフ>』という。
 正式名称はもっと長いんだが、それはおいおい紹介する。
 ――――では、姫神。我々は、君を歓迎する」

姫神が手で髪を救い上げる。真っ白な首元が、露わになった。
白磁のように滑らかでいながら、首筋には、噛み傷が一つ。
それを見て淡く笑いながら、沢野がそっと、ペンダントを姫神にかけた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/07(土) 14:58:09.51 ID:KnGmOmAbo<> ふぅ、長いこと温めていたオリキャラを出してしまった。
エリスが半オリキャラだったのに対し、こっちは完全にオリジナルですね。
どういう立ち回りかは、おいおい分かると思います。
そして姫神さんは上条君に惹かれなかった結果、こんなことに。

さて、エピローグ最後はエリス・垣根編ですね。
またしばしお待ちを。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(滋賀県)<>sage<>2012/04/07(土) 17:34:51.73 ID:0UUjppuwo<> 乙っす。
オリキャラは苦手だけど、
>>1なら良いキャラにしてくれると信じてるよ! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(千葉県)<>sage<>2012/04/07(土) 18:27:23.95 ID:/MXk7J6No<> 良くも悪くも展開が気になるところですな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/07(土) 19:56:04.31 ID:LKwQwF2SO<> ここでオリキャラか
設定広げていつ終わるのかいよいよ分からなくなってきた

俺が生きてるうちに完結するかなぁ… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/07(土) 21:10:20.46 ID:f0H4VT9DO<> 乙乙! ああ、またドSの餌食が増えるのか。
すでになってるか <> 58<>sage<>2012/04/08(日) 00:23:20.87 ID:XXcq341Bo<> 投下乙です
やっぱエリス×垣根編が一番面白そうですね
次の投下も待ってます! <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 01:52:09.78 ID:eEfCYrlZo<> ふう、一気に書いてしまった。
勢いでそのまま上げちゃいます。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 01:52:54.45 ID:eEfCYrlZo<>
「……おはよう、帝督君」
「よう、エリス」

なんてことのない挨拶を、二人は交わす。
場所は病室。ベッドで体を起こし、本を読んでいたエリスを垣根が訪れた形だった。

「調子は、どうだ?」
「大丈夫。もう、心配しすぎだよ」

エリスが死の淵をさまよってから、もう数日が経つ。
垣根に助けられてからは体調不良なんて一度もないのに、毎日、エリスを心配する垣根の顔が真剣すぎる。
過保護さがくすぐったくて嬉しいけれど、それだけ心配をかけたのだと思うと、申し訳なくなる。
それに、垣根の体だって充分に傷ついている。

「帝督君の怪我、あんまり治ってないのかな」
「そりゃ、あんだけ赤毛の野郎に追い回されちゃな。火傷は時間が掛かるんだ」
「……それにシェリーも、帝督君を傷つけたから」

覚えがある。シェリーが腕を払い、垣根とステイルと弾き飛ばしたところに。
エリスが目を伏せると、ふん、と馬鹿にするように垣根が笑った。

「アレで俺がどうにかなると思うんなら、それは舐めすぎってもんだ。
 それともエリス、結構あのでかい人形にプライド持ってるか? だったら悪いけどよ」
「うーん、シェリーの造り方は友達に教わっただけで、私は専門じゃないから。
 大切なものなんだけれど、強さとか、そういうのにプライドはないよ」
「なら気にしないことだ。俺を殺したいんならもっとえげつないものを用意するんだな」
「しないよ。帝督君の馬鹿」

しまった、と垣根は反省した。
意思に反してでも、自分が垣根を傷つけたことをエリスは気にしているらしかった。
そのエリスに殺すだのなんだのと言うのは良くなかった。

「悪い、エリス」
「私こそ、言いすぎちゃってごめんね」
「いいって」

垣根がエリスの髪を撫でた。
気持ちよさそうに、エリスが目を瞑る。
夏真っ盛り、窓から差し込む朝日は力強い。

「なあエリス、今日はこれから検査だったよな?」
「うん。また大変なやつみたい」
「そうか」
「麻酔が要るみたいだから、また、傍にいてくれる?」
「いいぜ。つまんねーことをしようとするヤツがいるなら、俺がぶちのめす。
 だから安心して眠ってろ」
「うん。帝督君がナイトだったら、安心かな」
「そんな上品な生き方はできねーがな」

時計を見上げると、ちょうど朝の十時だった。もう準備は済んでいる。
エリスは、垣根にキスをねだった。最近はもう、見上げるときの雰囲気だけでそれが伝わるようになっていた。
そんな気安さと、他人には分からない秘密のサインを共有できたことが嬉しかった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 01:54:37.96 ID:eEfCYrlZo<>
「ん……」
「愛してる、エリス」
「私もだよ、帝督君」
「目が覚めたら、また話をしような」
「うん。しばらく私の楽しみはそれしかなさそうだから」
「そうか。また、来るよ」
「どうしたの? 帝督君」
「何がだよ」
「いつもはぶっきらぼうな帝督君が、やけに優しいことを言ってくれたからびっくりしただけ」
「俺はいつだってお前にだけは優しいつもりだぞ」
「あは、そうかも」

名残惜しそうに、エリスは垣根と唇を離す。
垣根がきたのがギリギリだったのが残念だった。そうでなければ、抱きしめてもらうくらいは出来ただろうに。
定刻になった瞬間、病室の扉がノックされた。

「エリスさん、おはようございます。今日の検査を始めますね」
「はい」
「頑張れよ」
「私は寝てるだけだよ」
「それでもさ。体力とか、持ってかれるだろ」
「それくらいは仕方ないよ。あの、付き添いの人を今日も……」
「分かりました。構いませんので、検査室まで付いてきてください」
「ほら、エリス」
「うん。よいしょ、っと」

垣根に肩を借りながら、ベッドから降りる。
院内用のスリッパを履いて、ゆっくりとエリスは検査室に向かった。

「あんまり人前くっつくなよ」
「あー、病人にそういうこと言うんだ」

頬をべったりと垣根の胸元にくっつけていたら、文句を言われてしまった。
ナース達は視界の端でこちらを見て、クスリと笑ったらしかった。
別にいいじゃないかと思う。入院しているときくらい、恋人に甘えたって。
だが、検査室までの道のりは遠くない。大してくっつく暇もなく、たどり着いてしまった。
この部屋に来るのはこれで二度目だ。前回はベッドごと移動だったから、それに比べても随分と回復した。

「やあ、おはよう。エリスさん」
「おはようございます。よろしくお願いします」
「うん。それじゃ、することは前回と同じだから。早速やっちゃおうか」
「はい」

若い男性の医師だった。微笑んでくれる相手に会釈をして、エリスはベッドに体を横たえた。
麻酔用の、透明なプラスチックマスクが顔にあてがわれる。
全身麻酔が必要な検査というのに疑問がないでもなかったが、垣根が傍にいてくれるから、平気だった。
そもそも、生物的には自分は簡単には死なない生き物なのだし。

「じゃあ、ガスを流すよ」

その言葉にコクリと頷くと、手を垣根が握ってくれた。ゆっくりと、深呼吸をする。
エリスが意識を手放すまでに、数分と掛からなかった。




数分後、力の抜けたエリスの体を眺めながら、垣根は医師に目をやった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 01:56:26.43 ID:eEfCYrlZo<>
「――では、後は手はずどおりに」
「ああ」

医師は先ほどの笑みを取り払っていた。もうエリスに対し興味を示してもいない。
男は、エリスの医師ではなかった。男が今日これから診るのは、垣根のほうだからだ。

「モニター越しに観察していることに文句は言わないでくれ」
「勝手にしろ」
「では後程。さあ撤収しよう」

エリスではなく、垣根の治療の準備をしていたナース達に声をかける。
程なく全員がその部屋から立ち去り、エリスと、垣根だけが残される。

「エリス」

眠り姫に垣根は声をかけ、髪を撫でる。もうマスクのせいで口付けは出来なかった。
そして、エリスの胸元に、垣根は手を這わす。一つ一つボタンを外して、胸元をはだけさせた。
許可を取っていないので見えてはいけないところまでは、服をはだけさせないように気をつける。
垣根が用があるのは、鳩尾の少し左の部分だ。それより横の、慎ましやかな膨らみのほうではない。

「悪いな。出来が悪くてよ」

そう先に謝っておく。努力はしているけれど、きっと今回も、足りないだろう。
シャツを脱ぎ、適当な机に投げ置いた。上半身は布地の少ないタンクトップになる。
ふう、と息を整えた。
数日前、三沢塾で経験したあの工程を思い出す。あれを再現するのは今日で二回目だ。
回数を重ねたことで、手続きはスムーズになった。かかる時間はきっと短縮できるだろう。

「ふっ!」

息を止める。次の瞬間、垣根の背中に二枚の羽根が現れた。
随分と簡単に出るようになった。前は、痛みにのた打ち回った挙句だったのに。

「……やるか」

腹はとっくに括ってある。
だから、躊躇わずに垣根は「それ」をはじめた。
『世界の力』とやらをでっち上げ、それを古臭い錬金術の言葉でしか説明できないようなプロセスで処理していく。
分かっていることだったが、それをきっかけにまた、体のあちこちが壊れ始めた。

「ぐ、あ、あ――――」

あっという間に体が血に濡れる。筋肉が爆ぜたのか、足に力が入らなくなる。
鼻から逆流した血のせいで、口の中は不愉快な味がする。
だけど構わない。四肢が壊れていこうとも、エリスを救うための羽根だけは傷つく気配がないから。

「――クソ、はやく、固まれよ」

燃やす。燃やす。勿論その言葉は概念的なものだ。
だけど垣根の意志がそう願うほどにぼんやりとした塊は過熱し、ある一つの結晶へと、昇華していく。

「……できた」

未元物質、いや、垣根の捏造した第五架空元素を羽根に隠し、垣根はエリスの胸元へそれを近づけた。
前と同じように胸元に羽根を刺し通し、そっと、今動いていた心臓と、新しい核を交換した。

「これで……いいだろう。頼む、エリス」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 01:57:37.28 ID:eEfCYrlZo<>
垣根の声が届くことのないはずの思い人にそう声をかける。
程なくして、今作った新しい心臓がすぐにエリスの体に適合したことが、なんとなく分かった。
代わりに取り出した心臓を観察すると、いくつか見過ごせないひび割れがそこには入っていた。
きゅっと握っていると、脆く崩れ落ちた。

「……24時間なら、問題なくもつな」

だが、48時間、72時間となってくると、指数関数的に危険は増していく。
垣根はそう見積もりながら、エリスの傍に崩れ落ちた。
それを見ていたのだろう。扉を開いて、医師たちが入ってきた。

「首尾はどうだい?」
「誰に聞いてんだよ」
「これは失礼。さて、治療を始めようか。次までに直せるだけ直して、体力をつけてもらわないとね」

その男は、垣根の開発を担当する人間の指示で動いている。
だから羽根のことも、男は何も聞かない。そしてただ、垣根を生かすために動く。
ただ、それに限界があることも当然わきまえていた。

「あと数回かな」
「……」
「打開策を考えたほうがいいだろう。このペースで彼女の心臓の修復をやるなら、君の余命は一ヶ月を切るだろうね」

垣根の体は、エリスを助けるたびに壊れていく。学園都市の医療をもってしても、自然治癒では回復が追いつきそうもなかった。

「ところで、化粧は必要かい?」
「あ……?」

一人で起き上がることも出来ない垣根をベッドに載せて、男は面白そうに尋ねた。

「そろそろ、君の怪我は完治していないと、その子に怪しまれる」
「……」
「偽装が必要なら言ってくれ。まあ、気休めにしかならないだろうけどね。それと」

そこで医者は言葉を切った。ナースと共に傷の手当てをしながら、後ろを振り返った。

「流石にこのまま君を死なせる気は上もないらしいよ」
「何が、言いたい」
「打開策を持ってきたらしいってことさ」

医師の視線の先には、病院に似つかわしくない派手なドレスを着た少女がいた。

「そこのベッドに倒れているあなたが、垣根帝督さんかしら」
「誰、だ」
「……ちょっと、これで大丈夫なの?」

困惑を見せながら、少女は手にした端末に声をかけた。
映像は映らず、男の声だけが機械から流れてきた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 01:59:11.37 ID:eEfCYrlZo<>
「まだ壊れないだろうさ。こっちの予想では、後二三回までは容認できる見通しだ」
「あっそう」
「それよりさっさと話を進めろ」

二三言の言葉をやり取りし、そのドレスの少女は垣根に近寄った。
年恰好は、たぶんエリスと同じくらい。ただ雰囲気が夜の裏町にあっているような、そんな水っぽさがあった。

「こんにちは。あなたの監視役よ」
「ハ。何を監視するって言うんだ。とっくに俺達はこの街のモルモットだろうに」
「あなたにはこれから、この端末の向こうの相手の手足になって動くことになる」
「どうやって俺に言うことを利かせる気だよ。テメェが俺の心を縛るってか?」
「あら、分かったの? 私が精神感応系の能力者だって」

本気で驚いたのか分からない顔で、少女はそうおどける。
垣根は少女の能力なぞ知ったところではなかったが、口ぶりからして、精神感応系なのだろうか。

「でもそういう力ずくではないわよ。結局そういうやり口はリスキーだと考えてるんじゃないかしら」
「……」
「とりあえず事情は分かってもらえたみたい。後は自分で交渉してよね」

面倒くさげに言って、少女は端末を垣根の横たわるベッドの傍に置いた。
自分自身は手近な椅子に座って、爪を気にしだした。

「さて、交渉内容だが」
「てめーは誰だ」
「さあな。それを知るのにお前は何を差し出す?」

愉快げな男の声が返ってくる。

「差し出すも何も、その不愉快さを止めるためにテメェの命を取りに行ってやったっていいぜ?」
「実際に来られると怖いだろうな。まあ、止めておけ。お前にだって悪くない話を持ってきているんだ」

男はそこで一旦言葉を切った。
そして垣根が聞く態度を見せたのを間で感じ取って、説明を始めた。

「エリス、だったな。お前の恋人は。随分と重病を患ってるらしいじゃないか。
 今のところはお前が救ってやってるとのことだが、それも一ヶ月で限界だろう」
「まるで見てきたような言い分だな」
「映像越しになら見ているし、細かいことはとある大規模計算機で予測済みだ。信じてくれていい」

チ、と垣根は舌打ちした。
相手の言うことが真実なら、『樹形図の設計者』にそんな計算をやらせられる立場だということだ。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 01:59:52.99 ID:eEfCYrlZo<>
「何故お前は、出来損ないの心臓しか、作ることが出来ないのだろうな?」
「――!」
「私は開発官でも能力者もないので受け売りの言葉しか口に出来ないんだがね、
 それは君の、能力上の限界だそうだな」
「ハッ、学園都市第二位を随分と過小評価してくれるな」
「何位であろうと、多重能力者にはなれん。君にも出来ないことがあるのは当然だ。
 さて、そろそろ本題に移ろう。君の恋人を助けるのに必要な能力者を、用意してやる。
 どんな能力者でもいいぞ。好きに言え」

その男の言葉に、垣根は笑うしかなかった。
バカな話だ。そんなもの交渉にすらなりはしない。

「得手不得手で言えば、俺は物質の創製については学園都市で一位だぜ。
 あのいけ好かねえ第一位ですらこの一点じゃ俺には勝てねえ。
 他の能力者を連れてきたところで、何の意味がある?
 交渉がやりたいんなら、もう少し賢くなることだな」

垣根の嘲りに、男は静かに笑った。
それは子供の稚戯を笑うような響きだった。

「そういう正攻法の提案ではないのだよ」
「――あん?」
「『能力乗算<スキル・インテグレーション>』をやれと、言っているのだ」

能力の掛け算。それは特定の場合を除いて、学園都市においては禁止されている行為だ。
「足し算」ならば日常的に行われている。誰かが発生させた能力に、誰かが別の能力をぶつけることだ。
念話能力者同士の会話は互いの能力の足し算みたいなものだし、
発火能力者の火を水流操作系能力者が水を動かして消せば、それも足し算の一種だといえる。
それとは対照に、掛け算とは、二人以上の能力者が互いの「自分だけの現実」を同期させることで能力を発生させることを指す。
例えば、発電系能力者と発火系能力者を同期させ、一人ずつでは到底作りえない、高密度高温度のプラズマ塊を作ると言った風に。
それは誰もが思いつき、そして夢のような結果をもたらせる方法論だが、同時に危険もあるが故に、禁じられている。
異なる人間の「自分だけの現実」を溶け合わせるがゆえに、自我の崩壊や精神の不安定を招きかねないのだった。

「……俺に合わせれば、相手が壊れるだろうな。たとえレベル4でも」
「構わんよ。この町は随分と成熟した。レベル4なら使い捨てられるくらいにはな」

垣根は、傍らのエリスの顔を眺めた。
こんなやり方をすれば、きっとエリスは悲しむだろう。
誰かの犠牲の上に成り立つなんてのを、好むわけはない。
だけどこれを呑まなければ、エリスの死は確定する。

「どんな能力者でも良いと言ったな。レベル4以下なら、誰でも連れてこられるってんだな?」
「ああ。約束しよう。学園都市とて普通の街だ。毎日交通事故は起こるし、死者も出る。
 何処の誰だって、不運な事故に会うことはあるものだからな」

男の言葉は、ひどく危険な内容を含んでいる。
やろうとしていることの非道さの話ではない。
男の口ぶりは、路地裏に救う無能力者<スキルアウト>とは身分が違う、もっと、学園都市の中枢に近い人間であることを示唆していた。
つまり、男のやろうとしていることは、学園都市が暗に容認している、ということだった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 02:01:41.30 ID:eEfCYrlZo<>
「――テメェの条件を言え」
「物分りが良くて助かる。何、君なら充分やれるさ。この街には中にも外にも敵が多い。
 具体的にこれをやれというのは今はないが、とりあえず、君には掃除係をお願いしたくてね」
「随分と簡単そうな仕事じゃないか」
「そうだろう? 楽に構えていてくれ」

恐らくは、言葉とは裏腹な現実があるのだろう。
実際、垣根が相対したアウレオルスという敵は、危険な力を持っていた。
魔術なんて言う名前の付いた、学園都市とは違う力を手にした敵。
垣根は、きっとそう言う人間の排除に使われると、そういうことなのだろう。

「とりあえずは、君の恋人の救命に取り掛かってくれて構わんよ。
 こちらは先払いでも、問題はないのでね」
「エリスはいつでも狙えるってか?」
「邪推をするなよ。そう人の腹を疑うものじゃない」

この街からエリスを連れ出すことは、どれくらい難しいだろうか。
一生追っ手から逃げるのは、どれほどの困難を伴うだろうか。
相手が余裕を見せるのは、垣根達が逃げ切れないと確信していることの裏返しだった。

「さて、そろそろ話をまとめようじゃないか。伸るか反るか、どちらにする?」
「選択肢を下さってアリガトウ、とでも言ったほうがいいか?」

どうせ、拒む手はないのだ。この病院で得ている安全だって、ここでノーを返すだけで危険へと裏返る。

「――テメェの手のひらの上で、踊ってやるさ」
「交渉成立だな。いや、手早く言って良かったよ。
 では、君が必要としている能力者を言いたまえ。彼女の完全な心臓を作るためのね。
 捕縛は君にやってもらうかもしれないが、見繕うのはこちらですぐにやろう」

ベッドの上で、垣根は目を瞑る。
垣根が作ったエリスの心臓は、数日で崩れてしまう。元の心臓が五年以上動き続けたのと対照に。
なぜかは、分かっていた。端末の向こうの男が言ったように、原因は垣根の能力の限界だった。
垣根は、この世にはない物質を創製する能力者だ。第五架空元素などという訳の分からないものですら、垣根は作ることが出来る。
だが、形を作ることについては、不十分だった。
人間の目に見えるレベルなら、何の問題もない。最新鋭の車だろうと船舶だろうと飛行機だろうと、その形を作ってみせる。
だがそれよりもずっと小さな、ナノの領域では垣根はコントロールが効かない。だから垣根はパソコンの基盤などは作れない。
エリスの心臓を作るに当たってはその、制御の不完全性が問題となっていた。
魔術で作ったなら、それは現れないはずの問題だった。
吸血鬼の核をなす第五架空元素。その結晶構造、原子配列には一部の隙すらあってはならない。
自然界の結晶が本質的にもっているような規則性の破綻、所謂格子欠損は、ただの一つもあってはならないのだ。
その状態は、エントロピーがゼロと言う、自然界においてはあまりに理想的な条件を要求している。
垣根はそれに、応えられていなかった。第五架空元素の粒子ひとつひとつを制御するだけの精度は、垣根は持ち合わせていない。

「……環境制御の能力者がいい」
「ふむ。どういうものだ?」
「揺らぎを排斥できる能力。典型的には温度の制御か。厳密に場の温度を一様に保てるような能力がいいな」
「他には?」
「もっと言えば、エントロピーの制御。まあ、能力よりはレベルが重要だろうしな。こんな条件で当てはまるヤツはいるのか」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 02:03:32.53 ID:eEfCYrlZo<>
返答は、数秒遅れた。

「温度の制御ならいるようだな。君に勧められる人材のように思われる」
「レベルは?」
「レベル1だ」
「そんな役に立たない低能力者なんぞいらねえよ」
「そうでもないさ。お前は随分と常識に縛られているようだな。もっと視野を広く取ってはどうだ?」
「視野を外道なほうにも広げろってか?」
「そうだな、それも必要だ。レベルが低いなら、上げてやればいいのだよ。
 さて、今日のところはもう話は充分だろう。とりあえず治療を済ませることだ。
 明日にでも、また連絡を入れよう」

傍らの少女が、やっと話が終わったかと言う顔をして、端末を手に取った。

「これからは一緒にお仕事をすることもあるだろうし、よろしくね。第二位さん」
「……テメェはただのメッセンジャーじゃないのか」
「あなたと真正面から戦える力はないけれど、役に立つとは思うわよ」
「そーかい」
「あら、写真が送られてきたみたい」

ドレスの少女が、端末に映る一人の能力者の情報を眺める。

「おい、まだ聞こえてるのか」
「ああ。どうかしたかね?」

垣根は端末の男に、問いかける。

「狙って簡単にレベルを上げる方法なんて、あるのかよ」
「当然だ。お前だって名前くらい知っているだろう」
「あ?」
「幻想御手<レベルアッパー>なんてものが、あるらしいじゃないか」

男は、そう告げて回線を切った。
少女が抱えた端末を見上げると、花飾りをした中学生くらいの少女が、映っていた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/08(日) 02:08:03.64 ID:eEfCYrlZo<> 以上で吸血殺し編は終わりです!
後の展開へバリバリと伏線張った感じになりましたね。
ていとくん暗部堕ち、未元定規、帝春ペアも出来そうですし。

>>118
錬金を未元物質の合成で模したがゆえに、
自然の手に逆らえない構造欠陥を生じることになってしまった。
排斥の難しいエントロピーをどうにかするために、垣根はある少女を必要とする。
……という展開でした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/04/08(日) 02:25:41.42 ID:qvZ6uEteo<> 乙

ウ、ウイハルー!!(AA略
いやぁ、使い道が全く見えなかったあのしょぼい能力をここに繋げますか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/08(日) 07:21:06.67 ID:S7S1OvMIO<> エリスと初春と帝督の修羅場か、
胸が熱くなるな…… <> 58<>sage<>2012/04/08(日) 08:30:35.16 ID:XXcq341Bo<> 投下乙です!
ていとくんの暗部落ちに自然な動機付け、毎度ながらお見事です

>>149
結晶のエントロピーか…… 確かに科学で再現したら避けられない要素ですね
1年のときに履修した熱力学、もう一度やり直そうかな(展開予測のためにwwww)

次回の投下も楽しみにしてます! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東)<>sage<>2012/04/08(日) 10:50:41.92 ID:d8NdEwLAO<> >>152
なんで毎度毎度コテ付けて自己アピールしてんの? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/08(日) 20:49:10.76 ID:j9yIk0Oso<> そいつ、愛知の別人格だよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)<>sage<>2012/04/08(日) 21:20:44.67 ID:/ooUFjzAO<> こういう繋がりか……。
乙です。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/04/09(月) 12:27:18.62 ID:uLHEjCK50<> ほんとつまらないな
原作の良さが欠片も見当たらない駄作
読んでて失笑しか沸かない <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/09(月) 14:41:25.50 ID:1l2EWgOso<> もうオレは愛知が見たくて来てるのかもしれない <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/09(月) 23:13:11.91 ID:TUhOvvISO<> 作者が愛知で愛知が作者で <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/10(火) 02:26:41.87 ID:YGNHDce4o<> 煽りは気にすんな。楽しみに待つ!乙! <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/11(水) 23:53:27.11 ID:Ja3QFReXo<>
朝。
ジジジジ、と家の外で騒ぎ始めたセミの声が引っかかり、インデックスの意識が緩やかに眠りの淵から引き上げられていく。

「ん……」

場所は当然黄泉川家の一室、光子の部屋だった。
ぼんやりした眼で時計を眺めると、目覚ましの鳴る七時までにはもう少し時間がある。
隣に敷いた布団で、光子はまだ寝息を立てていた。

「もう暑いんだよ……」

これまた黄泉川家のしきたりで、クーラーは既に切れている。
外が明るい時はエアコンはつけない決まりなのだった。
薄暗い部屋の片隅にあるガラスケースでは、とぐろを巻いたニシキヘビの「エカテリーナちゃん」が静かにたたずんでいる。
昨日はラットを二匹も平らげたので、きっとおなかが一杯なのだろう。
さすがに襲ってくる不安を覚えることはないが、まだ光子のように可愛いと思える心境にはなかった。

「どうしようかな」

中途半端に目が覚めてしまった。
今から起きたところですることは別にない。ただ寝なおすと、目覚ましがなるタイミングで寝覚めが悪くなるような気もする。
ひとしきり考えて、インデックスはとりあえず光子の布団にもぐりこむことにした。

「みつこ」
「んん……インデックス?」
「えへへ」
「もう。今何時ですの?」
「もうすぐ七時だよ」
「まだ七時前ですのね? もう、時間までは寝かせて……」

光子の声が可愛かった。インデックスの前では大抵お姉さんぶっているのだが、こういうタイミングでは甘いところを見せてくれる。
……まあ、インデックスの眼前であっても、当麻とイチャつく時にはベタベタに甘えた態度を取っているのだが。
インデックスの頭を光子が抱え込んだ。ちょっと息苦しくてむせそうになる。なんというか、反則的なくらい自分との間にはスタイル差があった。

「んー、みつこー」
「おやすみ、インデックス」

そう言いながらも、光子はインデックスの髪を丁寧に撫でてくれた。

「流石に暑いわねー……」
「そうだね」

光子の声がいつもより間延びしている。
眠いせいで隙を見せる光子を見てつい、インデックスは立場を逆転させてみたくなった。
布団の中で体をゆすり、位置をずらす。
そしてさっきと反対に、光子の頭が自分の胸元に納まるようにして、光子を抱きしめてみた。

「どうかな」
「ふふ。悪くありませんわね。インデックスお姉さま?」
「あは」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/11(水) 23:55:41.11 ID:Ja3QFReXo<>
抱きしめられながら、インデックスの華奢さを光子は実感する。
普段自分をこうやって抱きとめてくれるのは当麻だ。その胸と比べると、薄くて、そして柔らかい印象だった。
当麻も自分を抱きしめて、同じようなことを思っているのだろうか。

「あー、みつこ。とうまの感触と比べたでしょ?」
「えっ? そ、そんなことは……」
「みつこはわかりやすいから」
「もう」

インデックスが髪を撫で始めた。手つきがなんとなく、当麻のそれに似ている気がする。真似ているのだろうか。
……そういえばインデックスだって当麻に抱きしめられたり、髪を撫でてもらったりしていたなと思い出して、ちょっとチクリとなる光子だった。
そして、そうやって当麻のことを二人で思い出していたせいだろうか。

「……あれ、二人とももう起きてるのか?」
「えっ?!」
「あ、とうま。おはよ」

扉越しに、想い人の声がした。
昨日の記憶を漁ってみると、そういえば当麻はこの家に泊まっていったのだった。
光子が無理矢理病院を出た日、つまりはテレスティーナ率いる先進状況救助隊と一戦やらかしてから数日、
最近は黄泉川の帰りが遅くなった日は寮に戻りそびれて泊まる、というパターンが結構多いのだった。
その日の夜にはインデックスの周りでもうひと騒動あったようだが、そちらも一応は丸く収まったらしかった。
この数日で、曇った顔を見せていたインデックスもようやく心が前を向いてきたようだった。

「とうま、何してるの?」

声に警戒感を含ませ、インデックスが当麻に尋ねる。

「おいおい、何って朝飯の準備だよ。つーかインデックスさんはいったい何をご心配で?」
「とうまが私と光子の寝起きを覗こうとしてないかって疑ってるんだよ」
「……光子はともかく、なんでお前の寝顔見なきゃいけないんだ。よだれ垂れてるぞ」
「垂れてない! って言うか、ドア越しに見えるわけないんだよ!」
「あの、当麻さん」

少々バツの悪い想いで、光子は当麻に声をかける。

「おはよう、光子」
「ええ、おはようございます。その、ごめんなさい」
「え?」
「朝の準備をさせてしまって」
「いいって。まだ目覚まし鳴る前だろ? 俺も起きちまったから勝手にやってるだけだしさ」

朝は基本的に和食だ。パンにするとコストがかさんで大変になるほど食べる住人が約一名いるせいだった。
漬物やノリ、納豆などの手の掛からないおかずと大量のご飯、あとは切り身の魚を適当に焼いて、味噌汁を作る程度だ。
準備はもう大体済んでいる。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/11(水) 23:56:48.37 ID:Ja3QFReXo<>
「で、とうま。いつまで私達の部屋の前にいるの? なんかとうまがそこにいると、急に扉が外れて倒れそうなんだよ」
「上条さんの能力はそういう超常現象を起こす力はありません。つーかその心配はなんだよ」
「なんだよ、って真顔で聞けるとうまがわからないよ……」

冗談みたいなタイミングで当麻に際どいところを見られた経験は、インデックスにも光子にもあるのだ
ついでに言えば、この家にはもう一人女性がいる。こちらは犠牲者と言うか、なんと言うか。

「上条? お前もう起きてるのか?」
「あ、先生おはようございます……って! 先生、前、前!」
「あー悪い。忘れてた」

黄泉川が自室から廊下に顔を出し、上条に声をかけたらしかった。
それも、ジャージの前を留め忘れて、とんでもないサイズの胸を仕舞うブラを覗かせた状態で。
基本的に上条を男として見ていないので、色々とガードのゆるい黄泉川だった。
あまりに回数が多いせいで耐性が出来たのか、はたまた眠いのか、光子の気炎は大して上がらなかった。
きっと心の帳簿に、メモはしておいたのだろうけれど。

「今日は朝も急ぎだから、さっさと朝飯食べるじゃんよ。お前らは急がなくてもいいけど。悪いな」
「あ、もう準備できてますから並べます」
「サンキュ。お前がいると助かる、上条」

その会話が光子もインデックスも面白くない。
なんだか黄泉川の見せる素っ気無い感謝と上条の甲斐甲斐しさからは、働いている夫婦の朝、という雰囲気がにじみ出ていた。

「じゃ、二人とももう朝ご飯にしちまっていいか?」
「はい。構いませんわ」

流石にもう、眠気は飛んでいた。
仕事をしようと待ち構えていた目覚まし時計をオフにして、光子はうんと伸びをした。

「さ、着替えましょうか」
「うん」
「髪は……大丈夫そうですわね。軽く梳くだけで済みそう」

二人とも髪の長いほうだから、酷いときは本当に酷い。
幸い今日は湿度が低いのか、跳ねた髪は見当たらなかった。
布団を畳み、その上に服を広げる。光子はいつもの常盤台の制服、インデックスもいつもの修道服だ。
横に並んで、プツプツとパジャマのボタンを外す。ズボンも脱いで、二人とも下着姿になった。
光子はシルクの、水色の上下だった。インデックスは綿の可愛らしいヤツだ。ブラにも、ワイヤーは入っていない。
インデックスの下着は上下でセットになっていないので組み合わせは毎日変わっているのだが、
光子が上下で不ぞろいなのを着ているのは見たことがなかった。
以前共に暮らしていた神裂火織はそもそも上半身にブラを付けていない人だったので、光子が普通なのかどうかは分からなかった。
黄泉川は下着も同じものをまとめ買いしている人なので組み替えているかはわからないし。

「……むー」
「インデックス?」
「ちょっと汗かいちゃった」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/11(水) 23:58:44.42 ID:Ja3QFReXo<>
寝汗で、ブラの感触が少し気持ち悪い。綺麗に乾いている服を上から着たくなかった。

「なら替えればいいですわ。夏はすぐに乾きますし」
「そうだね」

光子のやつのようにカップはなく、チューブ状をしているブラを押し上げ首から引き抜く。
軽く畳んで布団に投げ置き、インデックスは新しいブラに腕を通した。

「開けていい?」
「ええ、大丈夫ですわ」

二人とも着替え終わったのを確認して、インデックスは部屋から出た。
廊下のほうが、部屋よりはひんやりしていた。

「お、出てきたか」

いつもどおりの服装の当麻が、黄泉川のお茶碗と味噌汁を持ってこちらを見ていた。
自分達の分はその後に控えているのだろう。光子は何も言わずに手伝った。
インデックスが何も言わずに食卓に座ったのは、これも役割分担と言えばいいだろうか。

「婚后、お前今日は何をするんだ?」
「今日は佐天さん達と一緒に春上さんのお見舞いに行って、そのまま勉強会ですわね。
 佐天さんの編入試験日まで、もう日がありませんし。それに、当麻さんはいませんから」
「……あー、その、すみません」

当麻が縮こまるようにして謝った。
今日は、あの小さくて可愛らしい担任に呼び出しを喰らって、補習なのだ。
こないだ見たときに光子は絶句してしまった。まさか、自分より見た目が幼いだなんて。
しかも頬を赤らめて「上条ちゃんは入学してすぐからいろいろありましたからねえ」なんていわれた日には、
いくら担任という立場だから上条の恋愛対象ではないと分かっていても、色々と面白くないのであった。

「上条。彼女が出来ても、いや出来たからにはこれまで以上に真面目に頑張るじゃんよ」
「あー……。はい。真面目に通います」
「たぶん盆の頃には丸々休みが取れるだろうさ。うちら先生側だって休みたいしな」

上条から受け取った白米を早くも平らげながら、黄泉川はそう言った。

「悪い。あたしはもう行く。上条、見送ってくれなくていいぞ」
「え? あ、はい」

したほうがいいのかなと思って、新婚妻よろしく朝いるときは毎日見送りをしている上条だった。
今日はいいと言われたので箸を置かず、健啖なインデックスを眺めた。
炊いたご飯の量から逆算して、あと三杯は余裕で渡してやれるだろう。

「じゃ、行って来る」
「はい。後のことはやっときます」
「行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃい、あいほ」

変則的ながら、穏やかな家族の朝がそうやって過ぎていく。

「佐天ってさ」
「はい」
「常盤台、受かりそうなのか?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/12(木) 00:03:11.41 ID:r4TWLdhfo<>
かなりの頻度で光子が口にするからだろう、当麻がそんなことを聞いてきた。
隣でインデックスが黙々とテレビを見ながらご飯を食べているせいか、なんだかすごく夫婦らしい会話な気がする。

「かなり、見込みはあると思いますわ。そもそも常盤台の受験資格はレベル3以上で、佐天さんはまだ届いていませんけれど、
 明日受ける予定のシステムスキャンで、レベル3に上がるのはほとんど確実ですわ」
「それ、かなりすごいよな。だって確か俺達が付き合い始めた頃にはまだ、レベル0だっただろ?」
「ええ。事実上、一ヶ月に満たない時間でレベル0からここまで来ましたから」
「天才ってヤツか?」
「レベル3で天才と呼ぶかという問題はありますけれど、このペースで4まで伸びたら天才クラスですわね。レベル5まで行ったら正真正銘の天才ですけれど」
「そうなれば、光子越えか」
「あら、私だって伸びしろはまだまだありますわよ」

危機感を感じないことはないが、レベルが全てではない。
超能力を使いたいと願ってこの街に来たのであって、能力のレベル争いをしたくて来たわけではない。
教師達が競争を煽っているところもあり、学園都市では忘れられがちなことだった。

「盆休みの予定、そろそろ立てないとな」
「えっ? ええ、そうですわね」

その一言で、光子はドキリとなった。
いつかは口約束だけで終わっていたが、当麻やインデックスと一緒に、学園都市の外で遊ぼうなんて話をしていた。
そしてついでに、当麻の両親に会う話も。

「光子ってその辺の話、もう親としたのか?」
「はい。少なくとも二日は実家に帰って、家族で集まる予定ですわ。当麻さんは?」
「何にも決めてない。そろそろ電話でもするかなって感じ」
「もう……」

だって、その電話で話す内容は、とっても重要だというのに。
目でそう訴えると、当麻は分かってくれたらしかった。

「今日の夜にでも、連絡入れる」
「……はい」
「その時に、まあなんだ。彼女と一緒に遊ぶかもって話は、しておくから」
「はい。その、変なことは仰らないで下さいね?」
「変なことって?」
「私が当麻さんの前で失敗した話だとか、そういうの」
「なんでそんな話するんだよ。しないって」
「ならいいんですけれど」

笑う当麻に内心でほっとしながら、光子は味噌汁の椀を口元に運ぶ。
やっぱり、初めて両親に紹介される時には、見栄を張りたいものだ。

「ふー、ごちそうさま」
「早いな、インデックス」

会話にいそしんでいた二人を差し置いて、倍は食べたインデックスのほうが先に食事を終えてしまった。
麦茶もあっという間に飲み干して、さっさとテレビにかじりついた。

「……本当、家族の団欒みたい」
「光子?」

インデックスを長めていた光子が、隣で笑った。そのまま当麻の肩に頭を乗せる。
光子としても、お行儀が悪いのは今だけはセーフなのだった。

「今日もなるべく、早く帰ってくるから」
「はい。夜に、また」

そんな幸せな約束を取り付けて、当麻と光子は微笑みあった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/12(木) 00:05:10.45 ID:r4TWLdhfo<> 久々に起伏のない日常を書いたなー。この三人組の話は、妹達編を乗り切ったらちゃんとやろうと思います。
>>157 たまには本編のことを思い出してあげてください <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/04/12(木) 00:07:28.42 ID:Y1q35WlYo<> 投下乙です!
久しぶりのほのぼの日常パート、いいですねぇww
次回の投下も楽しみにしてます! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/12(木) 17:20:20.24 ID:daMOQeySO<> いかん
向こうのスレのせいか光子さんと制理さんがかぶる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/04/12(木) 19:20:31.75 ID:ydpu6a/k0<> もうつまらなすぎて言葉も無いわ
こんな駄作を書いてて羞恥心も湧き上がらないとは
ほんとに原作を読んでるのか疑うレベル <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/04/12(木) 19:21:39.81 ID:ydpu6a/k0<> もうつまらなすぎて言葉も無いわ
こんな駄作を書いて羞恥心も沸き上がらないのだろうか
ほんとに原作読んでるのか疑うレベル <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/04/12(木) 21:26:43.62 ID:Jpcar2zXo<> 水色のってセガプライズの光子さんが(ry <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/12(木) 21:43:24.17 ID:CGQ8AxN2o<> 愛知はもはや様式美 <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/13(金) 02:15:07.34 ID:TvVGR4RIo<>
コンコン、と軽快に扉をノックする音が聞こえる。
部屋で本を読んでいた春上は顔を上げ、扉の向こうの相手に返事をした。

「どうぞなの」
「こんにちは、春上さん」
「あ、初春さん」

ぴょっこりと、花飾りが扉から見えた。当然のことながらそれに続いて初春の顔が見える。
その後ろには佐天もいた。ついでに久々に見るけれど、光子の姿もあった。
光子とは、あの大事件があった前日に初春と一緒に即席レッスンを受けて以来だった。

「春上さん元気してるー?」
「私は大丈夫なの。もうほとんどなんともなくて、今週中には退院できるって」
「そうなんだ! よかったねぇ。枝先さんは?」
「絆理ちゃんも、そろそろ立ってリハビリしようってお医者さんが言ってたの」
「快復に向かっているようで何よりですわね」

それでこそ、自分も体を張った甲斐があるというものだ。
高速道路上でステイルと二人で残され、そこから上条たちに合流するのに随分と格好の悪い苦労をしたのは内緒だった。
隣では初春が着替えを春上に渡し、枝先にも挨拶をしていた。
まだ長く起き上がっているだけの体力はないし、会話も結構な疲労になるらしい。
だがほんの数日前と比べても、肌の艶や張りが増し、骨ばっていた四肢に柔らかさが出てきたように思う。

「佐天さん」
「ん?」
「昨日初春さんが、佐天さんは忙しいからあんまり来れないかもって言ってたけど、大丈夫なの?」
「平気平気! 友達のお見舞いに来る暇くらいあるよ」
「来週には常盤台を受ける、って人の言うことじゃない気もしますけど」
「んー、でも。こういうことを後回しにして勉強するって、なんかちょっとやだな」
「しかも明日はシステムスキャンを受けるんですよね?」
「うん。でもそっちは今から勉強するようなものじゃないし」
「でも会場は常盤台なんでしょう? 同じ立場の子達もいるんじゃ?」
「それは調べてないから知らないけど」

佐天の能力の規模を測るには、もう柵川中学の設備では無理があった。
柵川中学の測定装置ははレベル2相当までなら問題なく対応できているので、佐天はそれ以上なのは確実だ。
きちんと測定を行おうということで上位校に佐天を紹介する必要が出たので、
どうせならと担任の先生が常盤台中学に依頼を出したのだった。
向こうとしても、転入試験の願書を提出した学生をチェックする機会が増えるのは歓迎だろう。

「今日も授業、するの?」
「ええ。佐天さんには筆記試験の勉強をやってもらいませんと」
「これでも理数はなんとかなってきたんですけど、常盤台って国語、英語に社会、あと能力の概論みたいなのもいるんですよね」
「ほら、やっぱり大変そうじゃないですか」

柵川中学は、若干の能力者を囲いつつも結局は外の学校とそこまで大きくは変わらない。
常盤台の学生になるのに求められる知識を、受験を決意してからの一週間で何とかしようというのだから、
想像を絶するような努力が佐天には必要とされている気がするのだが。

「常盤台は校風として幅広い知識を求めるところはありますけれど、結局は能力次第ですわ。
 佐天さんが実技できちんと力を発揮できれば、合格も夢ではありませんわ。勝率は六割はある、と踏んでいますわよ」
「すごいの」

呆ける春上の隣で、小さく枝先も頷いていた。

「それで、何の勉強を教えてもらうつもりだったんですか?」
「能力の概論の予定だよ。試験勉強にもなるし、能力の改善に役立つかもしれないしでお得だから」
「科学というのはひょんなところでつながりが出来たりしますものね」

看病に必要なことは、初春がもう済ませてしまったらしかった。
毎日来ているから、手馴れているし、することも少ない。
光子は手に提げたクッキーの折り詰めを傍らの机に置いた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/13(金) 02:17:16.42 ID:TvVGR4RIo<>
「あの」
「はい? ああ、クッキーを広げたほうがよろしい?」
「えっと、食べたいけど、そうじゃないの」
「はあ」

物欲しそうな目をする春上のために、光子は袋をてきぱきと開ける。
自分で開けるのはちょっと変な気分になるが、春上にインデックスを重ねるとなんだか納得してしまうのだった。
ただ、これとは別に春上には言いたいことが有るらしかった。

「婚后さんの授業、また聞きたいの」
「え?」
「ここで出来るんだったら、私にも教えて欲しいの」
「ええまあ、そういった内容の話があれば披露しますけれど……」

光子も、そして部屋の皆も戸惑いを感じているようだった。
だって春上が、こんなに能力のことについて積極的になるなんて。

「私、もっと能力を伸ばしたいの。今は受信専門で、絆理ちゃんの声を聞くことしか出来ないから」

春上衿衣は変わり種の精神感応能力者だ。他のテレパスの『声』を聞くことに特化している。
枝先の声ならレベル4相当の受信感度だし、それはそれですごいことだ。
だが、自分からは意志を発せないのを、残念に思っていた。
いつも聞くばかりの受身。それは自分からは何も出来ない自分らしさを象徴するような能力だ。
春上はそれを、変えたかった。
今度は自分が、枝先に声を届けられるようになりたい。
光子はその真摯な目を見て、とても好ましく思う。佐天のときのように助けてやりたいとは思う。

「お手伝いできることがあればやりたいんですけれど、その、精神感応は私の専門外ですから……」
「空力使いですもんね、私たち」
「物理系と精神系の壁ですね」

能力者を区分けする概念は色々とあるが、一番根深いのがこれだ。
カリキュラムも全く違うし、互いに互いの能力の本質を理解しあうのはほとんど不可能なペアといっていい。
流石に光子も、春上の指導は不可能だった。

「婚后さん」
「はい?」
「ちょっと質問なんですけど」
「お聞きしますわ。佐天さん」

ちょっと決まりの悪そうな顔で、佐天が光子を見ていた。
これは知っとかないとまずいかなあ、という苦笑いだった。

「物理系と精神系って、何が違うんですかね?」
「と言いますと?」
「私たち、物理世界に干渉する能力者って、能力の背後にある理論が分かりやすいと思うんですよね。
 結局は未来って言う不確定なものが潜在的に持っている、低確率にしか置き得ない『奇跡』を手繰り寄せてる訳じゃないですか。
 でも精神系の能力って、一体なんなんだろうって。そもそも物理じゃ精神とか心って呼ばれるものが出てこないし」

その質問に、光子がぽんと手を叩いた。

「春上さんは説明できますの?」
「え? その、よくわからないの」

精神感応は物理的な変数を使った演算をあまりやらない。というか、数式として取り扱うのが難しいのだ。
だから物理系の能力者が良く口にする、ハイゼンベルグの不確定性原理に基づいてどうのという議論がいまいちピンと来ない。
その答えに光子が頷く。ちょうど良いトピックだろう。この話は常盤台を受けるレベルなら必修だろうし。

「ではこの辺りの話を、かいつまんで紹介しますわね。
 結論を先に言うと、量子力学に対する解釈の違いが、カギですわ。
 物理系の能力者が頼る解釈を多世界解釈、精神感応能力者が頼る解釈を多精神解釈と呼びますの。
 これが、精神系と物理系の能力者を分けている根本的な要因です」

いきなり難解な言葉を口にした光子に、枝先と春上が置いていかれそうになり、初春が習ったことはなかったかと頭を捻り、佐天が面白げにふんふんと頷いていた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/13(金) 02:19:33.99 ID:TvVGR4RIo<> 次は授業やりまーす。

>>167
俺も若干思ってた。でも光子のほうが年下だから甘え上手な印象。

>>170
ググって把握したw <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/04/13(金) 03:01:18.16 ID:8mMqwglRo<> 投下乙です!
禁書世界に理論的な背景を与えるさまは毎度ながら見事としか言いようがありません
原作で小萌先生がインデックスに教えていたのはおそらくコペンハーゲン解釈で、私には違和感があったのですが、
ここで言われるようエヴェレット解釈なら、「都合のいい世界の可能性を無理矢理引き寄せる」という解釈が成り立ちますね
多精神解釈という単語は初見なのでwikipedia引いてます

次回の投下も楽しみにしてます! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/13(金) 13:14:31.59 ID:HsUF7rlOo<> つまり、フォラーディオ的な理解でいいんだよな? <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<><>2012/04/13(金) 14:16:51.77 ID:txWojiAl0<> >>175
ほめてくれたのに悪いんだけど、ちょっと多世界解釈じゃなくてコペンハーゲン解釈でいこうかなと考え直し始めた。。。
ネタがそのほうが膨らみそうなんで。

>>176
フォラーディオって調べたけど分からんかった。
いつものように分かったような、分からないようなで充分です。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/13(金) 18:20:06.28 ID:8jlWYJpSO<> 本編より筋が通った理論ならいいや <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/04/13(金) 23:19:05.49 ID:osuAZh27o<> あー、自分だと一部の例外を除いて
全部「脳に干渉できる能力者=精神系能力者」にしちまってるな。
これだと美琴がみさきちの能力を防げる理屈がもの凄く単純化できるんで。

でも「異世界法則の流入」って結構見るガジェットだよな。
禁書にマテパに、型月はどうだったか。……元祖は誰なんだろうか? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(秋田県)<>sage<>2012/04/13(金) 23:23:55.00 ID:xVfMo4Pbo<> 光子先生の授業パートktkr
大好きです <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/04/14(土) 05:47:36.12 ID:KdY0RC6Wo<> 多精神解釈って位置づけとしてはエヴェレット解釈を少しだけ発展させたみたいな感じじゃなかったっけ?
多世界解釈の方をエヴェレット解釈の意味で使っていくと「量子力学に対する解釈の違い」がそんなに言うほど大きくないような

量子力学は門外漢な上に5年以上前の記憶だから勘違いだったらごめん <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/14(土) 14:15:14.62 ID:reysgsU0o<> すごく説明臭い会話なので、推敲に時間まだかかるかな。ごめん。

>>179
どうやって脳に干渉するのか?を物理的に考察しだすとせっかくの「精神系」の能力がどんどん物理臭くなるんだよね。
そこがたぶん好みじゃなくて、こういう能力の解説になるんだと思う。

>>181
俺も量子は専門じゃなくて、読み齧った知識で書いてるから怪しい。
多精神も多世界も所詮は解釈だから、現実の物理にとっては大差ないと思うんだけど、
能力者にとってはそうでもないんじゃないかなあと思っています。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/04/15(日) 01:29:14.45 ID:g5UBH48Xo<> なるほどなるほど。
まあ精神系能力者自体は学園都市ではごくごくありふれたモノらしいしね。
あとは「ほとんどは紛い物で、極稀に『ホンモノ』の精神系能力者がいる」とするか、
そもそも「精神系能力者は他の能力者と違うフォーマットで動いている」とするか。

自分、『精神』というモノに夢を見過ぎているんだろうか。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/18(水) 23:48:26.37 ID:nnlyTjQzo<> 今から続き投下しまっす。
申し訳ないけど、後からの修正をさせてください。
>>173 の最後の5行を、以下のように変更します。



「ではこの辺りの話を、かいつまんで紹介しますわね。
 結論を先に言うと、量子力学に対する解釈の違いが、カギですわ。
 物理系の能力者が頼る解釈は、ほとんどの人が標準解釈、たまに多世界解釈といった感じですわね。
 一方、厳密な意味での精神感応能力者が頼る解釈は多精神解釈と呼ばれていますわ。
 これが、精神系と物理系の能力者を分けている根本的な要因です」

いきなり難解な言葉を口にした光子に、枝先と春上が置いていかれそうになり、初春が習ったことはなかったかと頭を捻り、佐天が面白げにふんふんと頷いていた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/18(水) 23:49:13.73 ID:nnlyTjQzo<>
「まず初めに言っておきますけれど、ここでいうテレパスというのは、感じでは精神感応と書くほうの能力です。
 念話、つまり遠くの人間と単なる発声以外の方法でコミュニケーションを行う能力とは少し違います。
 分類が難しいせいで学園都市内でも混乱が見られますけれど、この違いは把握していますの?」

この問いには春上もこくんと頷いていた。それはまあ、自分が「厳密な」ほうのテレパスだし、専門だから当然だろう。
むしろ佐天のほうが自信なさげだった。初春がそういえば、という顔をして天井を見上げた。

「念話のほうだと、風紀委員の人に空気の性質を制御して、遠くの人間と会話できる能力者がいると聞いたことがあります」
「いい例ですわね、初春さん。その方は念話能力をお持ちですけれど、精神感応と呼ぶには演算が物理寄りですわね。
 他にも、御坂さんあたりなら携帯電話の電磁波をコピーすることで脳からダイレクトに携帯へとメールを送信するくらいのことはやってのけそうですわね。
 こういう風に、能力としては物理的ですけれど、それを応用することで会話以外の意志の疎通方法を持っている人が念話能力者の中にはいます。
 そして、これとは全く別に、物質世界には何の影響も及ぼさずに、他者と心を通わせられる能力者がいます。
 佐天さんも常盤台に来るのなら、当然覚えてらっしゃるでしょう? その、純粋な意味での精神感応能力者の頂点を」
「えっと、御坂さんのほかにもう一人いるレベル5、学園都市第五位の能力者さんですよね」
「ええ。その方を筆頭に、枝先さんや春上さんも、念話が可能な能力者ですが、物理に頼らない点で特別視されています。
 まだ制御と能力開発の方法が確立しているとは言いがたく、そして他の系統の能力者と根本的に異なっていると言う点で」

そこまで言って、光子はクッキーを一つ手にとった。何とはなしに春上に渡してみる。
戸惑いながらも礼を言って、春上は袋を開けクッキーにかじりついた。
光子はそれをクスリと笑い、もう一つ手に取った袋を佐天に投げた。

「えっ?! わ、とっ。あの、婚后さん?」
「ナイスキャッチ、佐天さん。どうして受け止められましたの?」
「はい?」

そりゃ不意打ちとはいえ、飛んでくる所を見ていたのだ。飛ぶ先に手を出せば、そこに収まるのは当たり前のことだ。
変な顔の佐天をひとしきり楽しんで、光子は先を続ける。

「私たちの世界は、予測可能なことで溢れています。今のクッキーの軌道がそうですわ。 
 これまでの軌跡を見ることで未来が予測可能だからこそ、佐天さんはあらかじめ手を出しクッキーを受け止められた。
 あらゆる球技は放たれた球の軌道がおおよそ予測できるからこそスポーツとして成り立ちます。
 勿論サッカーの曲がる弾道のように、開発を受けていない方の演算能力では予想しきれないために、予測不可能性がゲームを面白くすることもありますけれど。
 なんにせよ、計算ができれば未来はきちんと予測できる、というのがマクロな世界の常識です。
 でもこれは厳密には成り立たないことを、当然皆さん習っていますわよね? 初春さん?」
「はい。ハイゼンベルグの不確定性原理により、未来は一つに定まらないんですよね」
「そういうことですわ」

この時点で、春上がついていけない顔になった。枝先もそうなのだろう、声を出さずに会話した二人が、苦笑していた。

「ニュートンの運動方程式、というのがあります。物理の基礎の基礎ですわね。
 これは投げられたボールが今この時点でどんな位置と運動のベクトルをもっているかが分かれば、
 それを元に少し先のベクトルが計算できる、という式になっています。
 言うなれば、現在の情報から唯一つの確定した未来を予測できる式です。
 私たち人間のスケールでは、この式はほぼ完全に正しいと言ってよろしいわ」

だから、飛びながら曲がっていくボールでも、回転速度や空気との摩擦が分かれば軌道が予測できる。
でも、と一言置いて光子は扇子を弄ぶ。

「ミクロな世界では、これは成り立たないことが知られています。
 20世紀になって、ニュートンの運動方程式は、もっと正確な別の方程式、
 シュレーディンガーの波動方程式の近似式でしかないことが分かりました。
 佐天さん、これはどんな式でしょう?」
「位相空間の確率密度分布が方程式の解である波動関数の二乗により求まるんですよね」
「……ええ。かなり正確なお答えなんですけれど、この場ではちょっと不親切ですわね」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/18(水) 23:52:22.82 ID:nnlyTjQzo<>
でも、ほんの一ヶ月前の佐天なら、きっと春上よりもこうした知識に興味を持っていなかったに違いない。
佐天はたぶん、能力を使うときに波動方程式を演算したりはしていないだろう。
だからきっと、この辺のことは自分で頑張って勉強したのだ。

「ニュートンの運動方程式は完全な決定論、つまり未来が唯一つに決まると考えていたのに対し、
 より正確なシュレーディンガーの波動方程式からは、起こりうる未来の『確率表』しか手に入りません。
 外の世界での天気予報みたいなものですわ。学園都市じゃ的中率が高すぎますから例として不適切ですけれど、
 あれって、降水確率が80パーセント、なんて言い方をしましたでしょう? あっ……。ごめんなさい」
「いいの」

光子は、そこまで言ってすべき気遣いを出来なかったことを恥じた。
枝先と春上は、置き去り<チャイルドエラー>だ。外の世界を二人は知らない。

「もっと教えて欲しいの、婚后さん」
「……ええ。では、続けますわね。雨は降るか降らないか一つの未来しか起こらないのに、
 天気予報は80パーセント、なんて言い方で二つの可能性を提示する。
 波動方程式の解も同じ。この先に起こる出来事の選択肢を挙げて、それぞれ起こる可能性をパーセントで提示するのですわ」

ここで光子は一息ついた。思ったよりもまだ回りはついてきてくれているらしい。
ありがたいことだ。本番は、ここからなのだし。

「さて、話のお膳立てがようやく済みましたわね。精神系と物理系をわける量子力学の解釈、その話に入りましょう。
 前日の夜に見た天気予報が、降水確率80パーセントだったとします。でも実際にその日に自分が見た結果は雨という結果でした。
 この場合、予想の段階では80パーセントだったものが、ある意味で100パーセントになったと言うか、結果が一つに収束していますわね?
 量子力学の言葉で言えば、未確定だった未来が、『観測によって一つに収束した』と言えるわけです。
 そしてここに、量子力学が未だ明らかにできていない、重大な問題があります。佐天さん、それが何かしら?」
「え、えっ?」

今度の質問には、佐天は答えられなかった。
波動方程式の演算も練習としてやったことがあるが、こんなところで疑問を覚えたことは佐天にはなかった。

「あの、すみません。問題ってなんですか?」
「波動方程式を『使う』人間にとっては問題になりませんのよ。
 むしろその式のさらに奥に本質が隠れていないかと探求する人間にとって、興味があることなのですわ。
 雨の降る確率、曇りか晴れになる確率。そういうものが与えられていたのに、観測によってその中からただ一つが選ばれる。
 ――――どうして、たった一つの未来が選ばれますの? 選ばれなかった残りの可能性は、どうなりましたの?」
「……えっと」

問いかけに、佐天はうまく答えを返せなかった。
だって未来は一つだろう。自分がまさか二つに分かれるわけにも行くまい。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/18(水) 23:53:58.65 ID:nnlyTjQzo<>
「この疑問に対する答えは、量子力学の枠組みでは説明できません。まあ、未解明ということですわ。
 だから量子力学の『解釈』なんて名前が付けられています。では、ここからは能力と絡めて解釈の話をしましょうか。
 まずは大半の物理系能力者、私や佐天さんや、たぶん初春さんもそうですわね。このケースから話をしましょう。
 私たちは、標準解釈、またはコペンハーゲン解釈と呼ばれる立場に基づき、演算を行っています。
 この立場は、先ほどの質問に対しては無頓着な立場と言えるかもしれませんわね。佐天さんもそうではなくて?」
「あ、はい。だって、未来が二つに分かれるって、パラレルワールドかって話ですよね。
 そういうことがあっても少なくとも今ここにいるあたしは、どっちかの世界にしかいないんだし」
「ふふ。歴史を見事に遡るご回答でしたわ。パラレルワールドなんて概念を佐天さんが持っているのは、
 コペンハーゲン解釈の問題点を指摘するために生まれた多世界解釈という解釈が、やがて小説や映画にとりこまれていったせいですから」
「言われてみれば、そうですよね」

佐天は自分自身でそんなことを想像できる人間ではない。
並行世界というのは、たぶん、子供のころに見た未来のネコ型ロボットの映画で知った気がする。

「宝くじのたとえ話をしましょうか。当たれば配当は大きいけれど、ほとんどの人はハズレしか引かない、そういうくじってあるでしょう?」
「年末ジャンボとかですか?」
「ごめんなさい。その名前は存じ上げませんわね」
「たぶんその設定で大丈夫です。一等が当たるの、日本人の中から毎年一人か二人とかですから」

初春がそうフォローをした。話をこんなところで折られるのもつまらない。
光子はそれに頷き返す。

「なら、そのジャンボとか言いますのを考えてくださいな。
 くじを買っても普通の人は、たいていハズレを引く。配当金が当たる人は一握りの人だけ。それが宝くじ。
 ここで、当たりのときの配当をお金ではなくて現実世界で起こる『奇跡』に置き換えてみましょう。
 どんな未来を引き当てられるかが書かれた確率表には当選確率がほとんどゼロみたいな未来も挙げられています。
 普通の人は未来を観測すると、ごく当たり前の結果しか引き当てられません。
 ボールが予測を裏切り突然方向転換したり、テレポートしたりなんてことはありませんでしょう?」

春上に問いかけると、こくんと頷いた。

「奇跡と呼ばれるような、手繰り寄せるのが困難な未来は、普通は観測されません。
 ですが、何らかの方法でその引き当てるのが難しい未来を見つけ、自分の意志で掴み取れる人間がいます。
 それが、学園都市で開発を受けた能力者という人々です。
 静かに空気の流れるこの病室の未来には、常識では考えるのも馬鹿らしいくらいの低確率で、
 空気の中に渦が生まれる可能性が内包されています。ほとんどの人はそんな未来に出会いませんが、
 例えば空力使いと呼ばれる人は、その可能性を自ら手繰り寄せられます」

目で指示されたので、佐天は渦を手のひらに作る。
饅頭くらいのサイズのを、かなり高圧にしてやった。屈折率を変えて渦を可視化するためだ。

「こんなふうに、ですわね。これをコペンハーゲン解釈に基づく普通の能力者の解釈で説明すると、
 選ばれにくい可能性へと物質世界を収束させた、という表現になります。
 物理学は『有り得ないなんてことは有り得ない』が大原則ですから、原則的にはどんな奇跡でも、起こしうる可能性があります。
 ――その奇跡のような出来事を、観測する『目』があれば、ですけれど」

佐天は、空気に渦を作るような奇跡ならば、観測することが出来る。だから空力使いなのだ。
そしてそれ以外の奇跡を観測することは出来ない。

「ちなみに、奇跡の規模が大きいほど、常識から外れているほど、その奇跡の起き難さが上がります。
 ボルツマン統計、あるいはフェルミ・ディラック統計がその基礎付けになりますわね。
 そういったより不自然な現実を観測する優れた感覚を持った人間が、高レベルな能力者なのだということですわ」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/18(水) 23:58:33.52 ID:nnlyTjQzo<>
佐天はこの間まで、手のひらに小さな渦が生まれる未来までしか感じ取ることが出来なかった。
だけど今は、もっともっと異常な、例えば手のひらの上に100気圧に及ぶ高密度な渦が生まれる未来を手繰り寄せられる。
光子の言葉を、佐天は実感として理解していた。

「……解釈の話に戻しましょうか。私や佐天さんは、超能力を起こすということを、
 あまねく可能性の広がる未来というものの予想図を、望ましいたった一つの現実へと収束させると捉えています。
 ですがこの解釈に異説を唱えた人がいます。エヴェレットという名の方ですが、彼はこう考えました。
 未来は一つに収縮なんてしていない。ただ、世界が分岐したのだ、と。
 観測により未確定なイベントが確定していく毎に、もつれ合った沢山の世界線がほどけ、分岐し、互いの関連性を失っていく。
 そういう解釈を、多世界解釈と呼んでいます。この解釈では、未観測な状態のもつれ合いの取り扱いがうまく行くので、
 量子効果が強く影響する能力の持ち主がよく使うそうです。有名どころではやはり第四位でしょうね。詳しくは知りませんけれど」

学園都市第四位の能力者は、電子の粒子性と波動性、あるいは不確定性の制御に関わる能力だと言われている。
レベル5の能力者と言うのは、誰も彼も、世界の本質に深く根ざした能力を持っている。
劣等感ゆえに言い訳かも知れないけれど、空力使いにレベル5がいない理由を、能力としての底が浅いせいだと思ってしまうことが光子にはあった。

「さて、それじゃようやくここまで来ましたから、多精神解釈の話までしてしまいましょうか」

春上が再び、興味を持ったらしかった。

「多世界解釈は、標準解釈の穴である『未来が一つに収縮する理由が説明できないこと』に、一応の答えを与えることが出来ました。
 ですがこの解釈にも、不完全な部分があります。というかあらゆる解釈が全て不完全だからこそ、理論ではなく解釈という名前が付くんですけれど。
 多世界解釈の問題点は、観測が世界の分岐を促すところです。
 人間の意識が現象を観測することで世界がいくつにも分岐していくなんて、誇大妄想みたいだとは思いませんこと?
 観測という行為が物理学で重要視されるようになって、意識とは何か、心とは何かという問いかけが、哲学ではなくて物理の問題になったんですの。
 そこで生まれたのが、多精神解釈です。分岐するのは世界ではなくて、人間の心のほうだと考えたのですわ」

佐天は、首をかしげた。
心が分岐すると言われても。佐天の心は能力を使ったって多重人格にはならないし、そもそも、
心の問題とは言うけれど確かに目の前の世界は佐天の能力で変容する。

「軽い例えで話をしましょうか。佐天さん、今日の初春さんの下着の色はご存知?」
「え?」
「へ、え? えっえっ?」

初春は、信じられないことを聞いた気がした。
だってあの、常盤台のお嬢様であるところの光子の口から、自分の下着の話が出るなんて。

「いやー、今日は確認できてないんですよ。ちゃんと履いてる?」
「ななな何言ってるんですか急に! 履いてます! っていうか婚后さん、なんでそんなことを?!」
「いえ、御坂さんと白井さんから、お二人はそうやってスキンシップをすると聞いておりましたので……」
「佐天さんの一方的な意地悪です!」
「意地悪って、酷いよ初春!」
「酷いのは佐天さんです! その渦、絶対に使っちゃだめですからね!」
「え?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/19(木) 00:05:44.87 ID:wmJm0viro<>
初春が佐天のほうを睨みつけながら、手のひらに目をやった。
さっきまでは屈折率のゆがみが映る佐天の手のひらの形を曲げていたというのに、今はそれがない。
くっきりと、何の変哲もない佐天の手のひらが見えていた。


――次の瞬間。
ぶわっ、という音と共に初春のスカートが持ち上がった。
……だって、そういえば今日は確認してなかったな、なんて思ってしまったから。


「佐天さん」
「おー、今日は黄色かぁ。なんかいつものより高そう」
「佐天さん、言うことはそれだけですか」
「あ、ごめんごめん。ちゃんと良く似合ってて、可愛いよ」
「もう……」

なんだか脱力して、初春は怒る気にもなれなかった。今回は周囲に女性しかいないし。
苦笑した光子が、話を続ける。

「佐天さん。初春さんの下着の色は?」
「黄色でした」
「これで誰も観測していなかった初春さんの下着の色が、一つに収束しましたわね。
 多世界解釈で言えば、これは初春さんの下着が黄色の世界と水色の世界に分岐した、といった感じに表現できます。
 多精神解釈だと、佐天さんの心が、『初春の下着は黄色だ』と思った部分と『初春の下着は水色だ』と思った部分に分裂した、と表現されます」
「えっと。この場合世界は分岐しないんですか?」
「分岐しません。というか、佐天さんが世界だと考えているようなものがそもそもありません」
「はい?」
「佐天さんが世界だと考えているもの、つまり初春さんの下着が黄色の世界だとか水色の世界だとかっていうのものは存在しません。
 あるのはそれらが全て溶け合ったスープのようなものだけ。その一部を適当に掬い取って味見するごとに、佐天さんの感想が分岐するだけですわ」
「へー……」

そろそろ、佐天もついていけなくなりつつあった。
逆にこの話だけは、春上がなんとなく分かると言う顔をしていた。
少し喉の渇きを覚えながら、光子は締めくくりに入る。

「さて、じゃあおさらいをしましょうか。
 私や佐天さんのような標準解釈に頼る人にとって能力を発現するということは、
 無数にある未来の可能性の中から、普通には絶対に起こらないような低い確率の未来を選び出し、それを現実に起こすことです。
 そして多世界解釈に頼る人、例えば学園都市第四位などにとって能力を振るうということは、
 自分が今いる世界線とは極めて関連の低い別の並行世界へと今の世界を接続することです。
 そして多精神解釈に頼る人、例えば春上さんや枝先さんのような精神感応能力者にとっての能力行使とは、
 観測によって異なる現実を認識した自我を今ここにある自我と入れ替えるということです」

初春の下着が黄色だと認識した佐天の心を、初春の下着が水色だと認識した佐天の心と入れ替える。そういうことだ。
枝先は、「絆理ちゃんの声を聞いた」と思わない春上の心を、「絆理ちゃんの声を聞いた」と思う春上の心で置き換える。
そうすることで、春上に自分の意識を伝えているのだった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/19(木) 00:09:00.66 ID:wmJm0viro<>
「これらの能力は全て、たった一つの量子力学という学問に沿って説明することが出来ます。
 だから全く違う精神系の能力も、私たちの能力と地続きではありますのよ」

魔術などという、まるで説明の付かない奇跡とは違って。
……その言葉は流石に光子は口にしなかった。
ぱん、と扇子を畳んで光子は微笑んだ。これで講義は終了と言う合図だった。

「どう? 佐天さん」
「え? いやー、すみません。理解するうえで取っ掛かりになる知識で、すごくためにはなるんですけど、
 流石に理解できたかというと……」
「まあ、そんなものでしょうね。こういうのは結局は自分で良く考えてみないと身に尽きませんから、
 どこかで決心して、きちんと独学なさることですわね」
「はい」

となりで春上も、コクコクと頷いていた。

「あの、ところで婚后さん」
「はい?」
「さっきの初春のパンツの色の例えで、水色が出てきたのってなんでなんですか?」
「べ、別に深い意味はありませんわ」

光子はスカートの裾を押さえながらそう言い返した。
今日自分の履いている下着の色、というだけのことだった。

「さて、授業はこれくらいでよろしい? 一応、今日はこの後少しだけ佐天さんの実技を見る予定ですの。明日はシステムスキャンですし」
「あ、確か私たちの学校じゃなくて、別のところでやるんですよね?」
「うん。柵川中じゃ、もう設備的に無理だからって」

柵川中学にはレベル2までしかいない。料理用のグラム秤で人間の体重を測ることが出来ないように、佐天の能力を測るには設備があまりに小さすぎるのだ。
だから、ちゃんと強能力者以上の能力を測れる場所に測定を依頼し、測定を行うことになったのだった。

「何処に決まったんですか?」
「常盤台だよ」
「えっ?」
「先生がさ、常盤台の寮監と知り合いらしくて。常盤台を受験する学生の測定だったら、むしろ喜んで引き受けるって」

転校試験の受験者の能力を吟味する機会が増えるので、メリットが常盤台側にもあるのだった。

「じゃ佐天さん、明日は常盤台に行くんですか?」
「うん。婚后さんが案内もやってくれるって言うし、百人力だよね」
「私は佐天さんだけの案内ではありませんわよ。測定参加者みなさんの、ですわ。
 たぶん明日は佐天さんのライバルもいらっしゃるでしょうね」

そう焚きつけて、光子は佐天の顔を見る。

「比べても仕方ないって、婚后さんがよく言ってるじゃないですか。
 あたしそんなに賢くないし、やれることを、やるだけですって」

そう告げる佐天の顔は、自然体でありながら自信を感じさせるものだった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/19(木) 00:10:04.44 ID:wmJm0viro<> 『interlude15: 「観測」に対する能力者のスタンス』ここまで。
次も光子と佐天さんの話かなー <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(愛知県)<>sage<>2012/04/19(木) 00:27:02.36 ID:uvV/lsCSo<> これ、量子力学の常識を感覚的に理解してないとどんだけわかりやすく説明しても理解しにくいだろうなあww

あと、婚后さんが世界線という単語を間違った方の意味で使ってるのにすごい違和感がある
世界線っていうのは四次元(あるいは一般にもっと高次元)のリーマン空間内の粒子の軌跡のこと
禁書世界だと例えば黒子がテレポートするときに通った十一次元時空内の軌跡が「白井黒子の世界線」という感じ
それぞれの平行世界のことを世界線って呼ぶのはSFがそれを誤用してるんだよね

佐天とか初春とかなら後者の意味しかしらなくても不思議じゃないけど、
年末ジャンボも知らないほど世間ずれしてない婚后が前者を知らず後者を知ってるってのはありえないと思う <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/19(木) 00:40:55.23 ID:wmJm0viro<> 良く分かってる人の鋭い突っ込みが来ちまったww
一応、世界線の使い方が学術的には正しくないようだとは認識してたんだけど、
並行世界を取り扱ったアニメで世界線って単語使ってたし、
それ使ったほうが興味を持ってくれる読者の方が多い気がしたので、気にせず使うことにしました。
本当はダイバージェンスという言葉も出したかったけど、どうにも整合性が取れなかったのでやめました。

リーマン空間か……。きちんと大学レベルの数学を押さえてないから、やっぱりその辺は不確かだなー <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(山口県)<>sage<>2012/04/19(木) 00:42:38.58 ID:cPBXfkr4o<> よくわかってない俺には
何も問題ない! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/04/19(木) 01:52:56.78 ID:w1tUgLYJo<> 婚后さんの下着が水色ってことはわかった <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)<>sage<>2012/04/19(木) 02:29:40.67 ID:uvV/lsCSo<> >>193
佐天に世界線って言葉を使わせれば両立できただろうね、今更言ってもどうしようもないけどww

リーマン空間がよくわからんなら、相対論で考えた場合の粒子の軌跡(空間だけでなく時間座標も考えたもの)って言えばわかりやすいかね
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)<>sage<>2012/04/19(木) 02:46:18.86 ID:q9owLs8wo<> リーマン空間と言われても
朝の通勤電車みたいなものしか思いつかない…… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/04/19(木) 04:08:10.48 ID:4i7JphZqo<> ワロタww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/19(木) 17:01:42.01 ID:5FPU2ljh0<> 確かに通勤電車はまごうことなきリーマン空間だw <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県)<>sage<>2012/04/19(木) 23:31:19.36 ID:KWLeqIjEo<> つまり電車の中のリーマンの動きの軌跡が世界線なんだな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/19(木) 23:34:29.99 ID:/UrN6k1Vo<> しかしなんだな
言葉を連ねるほどに本質から離れていくような気がするわ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/04/20(金) 12:29:23.90 ID:ugvDBPLao<> うん <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)<>sage<>2012/04/21(土) 08:28:20.36 ID:4OgDPgNNo<> 乙ですた!

先生モードの光子さんと甘えんぼさんな光子さんがギャップ萌え!
そしてビリビリがメール直接送れるとかで、セミの鳴き声が迷惑メールとして携帯に飛ぶことがあるみたいな話を思い出したww

真偽は知らんけど <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(田舎おでん)<>sage<>2012/04/21(土) 10:02:56.87 ID:+J37kwPB0<> 多世界解釈だけど、分岐した世界の数が仮に100だとすると
そのうちの八割は雨が降っていて、他の二割は雨以外の別の天気になっているってことでいいのかな?
多精神解釈は雨を見ている自分以外に、晴れや曇り、雷、etcを見ている自分がいて、
その中の一人が今の自分になるってことかい? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東)<>sage<>2012/04/21(土) 11:32:11.52 ID:ErHs8R4AO<> マジレスすると降水確率は雨の降る地域面積の割合で算出されるのではなかったか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)<>sage<>2012/04/21(土) 13:36:23.79 ID:jhRKdxjzo<> >>204
婚后さんが言ってる多世界解釈はそれであってる
本来の多世界解釈(エヴェレット解釈)はちょっと違うんだけど、>>1はSF的な方の理解でやるらしいからここではそれでいい
で、雨の世界に来ちゃったからこの世界の未来を2割の晴れの世界につなげてしまおう、というのが多世界解釈による能力

多精神解釈はそれだとちょっと違うかな
あくまで自分は1人しかいない
で、心の一部(8割)では今の天気は雨だと思ってるし、心の一部(2割)では晴れだと思ってる
その状態で今日の天気のことを考えた場合にどっちを引き当てるかはわからない
それを10割全部晴れだと思ってる心に変えてしまうのが多精神解釈による能力

>>1
っていう説明してみましたけど合ってます? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/21(土) 20:11:53.95 ID:da3CqtvFo<> 台詞長すぎワロタ <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/21(土) 22:27:34.01 ID:Dq2sren+o<> 俺、専門じゃないんで正解は聞かないでおくれ。正確さを期そうとすればするほど、どつぼにはまるしね。
読んだ本によると、多精神解釈においては心ってのは自分達が普段意識している「自分」の集合体なんだよね。
だから「10割全部晴れだと思ってる心に変えてしまう」じゃなくて、
「雨を観測した自分」と「晴れを観測した自分」っていう心を入れ替える能力、かなあ。

参考にしたのは、
『量子力学の哲学 -非実在性・非局所性・粒子と並の二重性-』
森田邦久著 講談社現代新書(2011年9月20日)
という本です。
成田空港で12時間フライトの暇つぶしにと買った本だったんだけど、面白かった。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(青森県)<><>2012/04/21(土) 23:39:27.66 ID:IwBxZyjb0<> 乙です。続きまってます!
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/27(金) 17:31:41.68 ID:WpiAJlOpo<> さっき最初から読み始めたんだけど誤字とか見つけたら報告したほうがいいのか? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/27(金) 20:41:05.92 ID:+B2W1g7g0<> 理想郷の方でも直ってないのならすればいいんじゃない? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/04/28(土) 20:15:42.91 ID:eXzce7lJo<> じゃあ一応報告
「prologue 06: 彼氏の家にて」の
>この小学生並みの慎重と容姿を誇る学園都市の七不思議教師
これそうだよな? <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/04/28(土) 22:01:58.29 ID:z3OoLm6Co<> ごめん、気付くの遅れた。
arcadiaのはここのを修正して出してるので、あっちでの間違いの指摘は大変助かります。
ただ、aricadiaの修正の話をこちらでやると嫌な人がいるかもしれないし、
どっちかって言うとarcadiaの感想掲示板に書き込んでくれたほうがいいのかも。

ちょいGW中は忙しいので反応が遅れるかも。すみません。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)<>sage<>2012/05/19(土) 00:21:03.96 ID:FAWydyZQo<> 保守しておきましょうか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2012/05/21(月) 16:14:43.38 ID:kYvPRULBo<> 2か月はいらないから大丈夫なんだよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)<>sage<>2012/05/21(月) 20:44:29.66 ID:CUUlF/lRo<> いや、1ヶ月だよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)<>sage<>2012/05/24(木) 22:00:42.08 ID:jTqu29vVo<> 生存報告って何週間以内だっけ? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県)<>sage<>2012/05/27(日) 12:30:20.67 ID:l8Z6JvIj0<> 毎日してくれたら、とっても嬉しいなって <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<><>2012/05/28(月) 21:43:49.23 ID:tEcIb/2IO<> つづきはよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方)<>sage<>2012/05/29(火) 23:35:01.20 ID:ps/9Lbyw0<> 原作の連載の方でも光子大活躍でかわいいからこっちも楽しみ <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/05/31(木) 01:11:32.28 ID:tM9hy8Azo<> とりあえず生存報告。
ちょっと五月は忙しかった。。。マイルが溜まる溜まる。
続きの執筆もがんばりまっす。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/05/31(木) 02:10:53.25 ID:YmJi6LK0o<> 待ってる。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/06/02(土) 22:15:44.29 ID:QmeqhLSAo<> >>222
待ってるよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/06/04(月) 23:14:18.95 ID:BP8YPTxs0<> 連載の婚后さんが、なんかいい子過ぎるんですが。なんぞこれ。
アニレー見たことないけど、なんかこうもっと分かりやすいお嬢様キャラなのかと思ってたぞ。
目下、黒子を差し置いてみこっちゃんの親友ポジションに最も近いと思うのだけど、この後みさきちになんか弄られるとかそういうオチじゃないよな。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(兵庫県)<>sage<>2012/06/04(月) 23:37:19.93 ID:wfOHz9xp0<> 超電磁砲の漫画版の婚后さんはかなりいい子だぜ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)<>sage<>2012/06/04(月) 23:47:24.44 ID:Jey/JRoVo<> というか婚后さん同い年だからな美琴と
対等という意味には一番近い <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(沖縄県)<>sage<>2012/06/05(火) 07:21:26.77 ID:DJAoOTsNo<> アニメは天然分強いけど友人思いっていう部分は共通してる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/06/09(土) 21:00:52.67 ID:BM+9mF04o<> 風神雷神ww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage saga<>2012/06/19(火) 10:44:30.10 ID:47+ATRok0<> 頭悪いなりに解釈したけど、
世界線てのは、今まで未来におこりうる可能性(世界)を歩いてきた自分の足跡みたいなものなのかな

多精神解釈は『自分が信じた/信じたい自分』、
解釈問題でこれは邪推だけど、ソフト面がそうでもハード面の身体の反射的なものでエラーだしたら、どうエラー処理するんだろうね

第四位の能力での解釈は『起こらない事を起こらないようにする』でいいかな
でも自分の前の言葉の裏を言えば、不確定要素を拡大させて、相手の能力を暴走、誤爆できる能力にもできる可能性もある

気持ち悪い長文と話題を掘り返して、ごめん <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/06/19(火) 21:38:04.96 ID:l3aY2yKbo<> 謝るなら書くな

書くなら謝るな <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:13:22.38 ID:74uODDdso<> 漫画版で随分と光子が良い子になってるからそっちに乗っかってるところはあるなあ、最近。

>>229
世界線のSF文学的な解釈はそれでいいんじゃないかな。
前に言ってた人もいるように学術的には正しい使い方じゃないんだけどね。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:15:44.52 ID:74uODDdso<>
「佐天さん、それくらいで結構ですわ」
「あ、はい」

光子の声で、佐天は集めていた渦球を慎重に歪ませていく。
最近佐天が取り組んでいたのは、渦を開放するときの手続きの改善だ。
等方的に圧縮空気とエネルギーをまき散らすのでなく、両刃槍のように互いに反対向きのベクトルを持った二箇所の噴出口に絞って、開放していく。そうすることで、出口を絞った分威力を増加させるのが目的だ。
本当は出口は一箇所に絞りたい。だが二方向に出口を作る様式以上に、一箇所からの開放は形状としての対称性が低く、制御が難しかった。

「ふぅっ。えと、こんな感じです」
「悪くはありませんわね。集められる気体の量や密度の伸びに比べると、この制御はなんだか苦手な分類のようですけれど、それでもレベル3としては悪くないでしょう。緊張で失敗でもしない限り、明日のことはあまり悲観することはなさそうですわね」
「はい。ありがとうございます」
「では、今日はこんなところにしましょうか。初春さんも待っていることですし」

光子が傍で眺めている初春に視線を移すと、初春は二人にパタパタと手を振って応えた。

「あ、私のことは気にしなくていいですよ。こないだも見てましたけど、改めて佐天さんの能力、すごいですね」
「へへ。ちょっとは、能力を利用して色々やれるくらいにはなってきたからね」
「ちょっとどころじゃなかったですよ、佐天さん」

つい先日のことなのだ。まだ鮮明に、初春は覚えていた。
人間の身長の何倍もあるような大型工作機械を相手にして、それを破壊してのけたこと。
そしてあの御坂美琴の超電磁砲<レールガン>のエネルギーを丸ごと、自分の渦に取り込んでしまったことを。
そんなこと、普通ならレベル3でも4でも、そうはできっこない。
レベルだけでは測れない佐天の凄さを、初春は感じていた。

「佐天さんを見てたら、私も頑張ろうって気になってきます」
「へへ。でも初春が触発されたのはむしろ、春上さんの方じゃないの?」

それを佐天は察していた。同い年だけれど、なんとなく、姉と妹に近いような立場の差がある二人だ。
初春が負けられないと思うのはむしろ春上に対してな気がする。
問われた初春は、少し気恥しそうに笑って、視線を外した。
三人がいるのは人通りの少ない河原だ。別に必要ないくらい佐天は伸びていたが、最終チェックを佐天に請われたのだった。

「ちょっと、焦っちゃうこともあるんですよ」
「え?」

不意に初春がそんなことをこぼした。

「佐天さんは自分の道を見つけて伸びてるし、春上さんもどんな風になりたいかの方向は決まってるじゃないですか。
 それに比べると、私、どんなふうになりたいんだろうって思っちゃって」

佐天の伸びが見たくて付いてきた初春だったけれど、文字通りレベルの違うその能力の規模を見せつけられて、何も思わないでは居られなかった。
その初春の悩みを、佐天は心の中で淡く笑った。そんな優越感が綯い交ぜになった気持ちを初春には見せたくなかったが、
同じ悩みをかつて自分も感じ、光子にぶつけたことがあったのを思い出したのだった。

「こないださ、婚后さんにいろいろヒントもらったって言ってたじゃん」
「え?」
「あの日、なんか初春嬉しそうだったし、やっぱりそういうところにヒントってあるんじゃないかな」
「確かに視野が広がった気がして、いろんなことを考えるきっかけにはなったんですけど……。
 でも、佐天さんみたいには、なかなか伸びませんよ」
「……」 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:17:04.62 ID:74uODDdso<>
苦笑めいた表情の中に薄く劣等感と悔しさを含ませて、初春はそう言った。

「あたしは、ズルしてこうなっただけだから」
「そんなことないですよ。幻想御手(レベルアッパー)を使った人のその後って調べたことありますけど、
 佐天さんみたいに伸びた人、他にいませんから」

巷に広がる情報では、あの事件をきっかけにレベルを上げた人間の話はほとんどなかった。
そういう危険な裏技を求める学生が増えるのを危惧して、情報が意図的に隠されているのかもしれない。
そう思ってもっと深いところまで初春は探したことがあったが、調べた限り、佐天はかなり特殊な例のようだった。

「佐天さんを育てはのは、婚后さんですよ。きっとあの事件がなくたって、佐天さんはここまで来ていたと思います」
「そうかな」
「いつも陽気で嫌なことはすぐ忘れる佐天さんらしくないですよ」
「うん。ありがと、初春」
「私がどれほど力になれたのかわかりませんけれど、きっと卑下することなんてないのですわ。ところで、初春さん」
「はい」
「あれから、何か変わりはあって?」
「えっ? いえその、あまり……」

光子と、春上と一緒に能力の話を聞いたのは数日前だ。
その時に自分のこの先について光明が見えた気もしていたのだが、だからといって急に伸びることはなかった。
『演算能力は高いけれど、センスがない』
それが初春に与えられている評価だった。
あなたは秀才ですと言われながら、実際に与えられたレベルはたったの1だ。
劣等感を初春が持っていないと言えば、嘘になる。

「佐天さんが異常だったのは事実ですわ。だから、別に大きく変わったことなんて無くて普通ですわよ。
 でも例えば、ほかの誰にもわからない自分だけの現実というのが、本当はどんな姿なのかを見つめ直すのは悪いことではありませんわ」
「え?」
「本当に深いところまで、初春さんを理解できる人間は、初春さん自身以外にはいませんわ。
 やっぱり、自分は熱、または温度を制御する能力者だと、そうお感じになっていますの?」

どうだろう、初春には、わからなかった。
そこに何かしら、何でもいい、確信が得られていればもっと自分は伸びている気がする。
エントロピー、あるいは情報。
自分が本当に見つめているものはそれではないのか、と光子に指摘されてから、
初春はますます、自分がどんな能力者なのか、わからなくなっていた。

「あのさ初春」
「佐天さん?」

ためらいがちに声をかける佐天の目が、余計な言葉ではないかと疑いながら、それでも何かを伝えたそうにしていた

「よかったら、どんな風に初春が能力を発動してるのか、教えてよ」
「えっ? あの、どうしてですか」
「初春のこと、もっと知ってみたいなっていうのもあるし、それに、そうやって自分を見つめ直すのって結構アリだと思うんだ」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:18:18.28 ID:74uODDdso<>
低レベルな能力者同士の集まる柵川中学のような学校では、あまりそういう話というのはしないものだ。
人に言うのが恥ずかしい程度の、弱小な力の持ち主ばかりだから。

「……あの、たぶん佐天さんや婚后さんと違って、すごく簡単なことしかしてないんです」

初春はまず、そんな予防線を張った。
きっとこの二人は自分のことを笑ったりはしないだろう。
それでも、言わずにはいられなかった。低能力者は皆同じだった。

「設定が下手なので手で触らないと駄目なんですけど、こうやって触ることで、触った物の表面に境界を作るんです」
「境界?」
「あ、物理的な意味じゃなくて、あくまで私の演算上の設定です。
 私が演算するのは、物体をくるむように作った閉じた曲面上だけなんです。
 その曲面を、熱が通り抜けないように検知して、排斥してます」
「へー……」

佐天はその能力の性質上、『境界』にも『面』にもとんと疎かった。
能力が及ぶ果て、つまり渦の外殻というのは、自分の演算の限界によって自ずと決まるものであり、
初春の言ったように明確に設定するものではない。

「それを簡単にやってのける人って、私に言わせれば羨ましくて仕方ないんですけれど」
「え、どうしてですか?」
「いえ、別に普通のことですし、私が苦手なだけですけれど」

光子はそういって、手をかざした。
その、固体の何もない虚空に、気体を集める面を設定し、空気を集める。

「あ……」

初春が不思議そうに首をかしげる隣で、佐天は何が起こったのかを感じ取っていた。
ただ、大したことはなさそうだった。光子が本気で空気を集めたら、こんなレベルじゃない。
屈折率が変わって、空気レンズが出来上がるはずだ。

「婚后さん、固体表面じゃなくてもできるんですか?」
「……これが限界ですわ」

直後、バシュッという気の抜けるような音がして、僅かな風が初春の花飾りと佐天の髪を揺らした。
少し光子が拗ねた感じだった。

「私は気体を集める面というのを設定して、そこに気体を集め、放出する能力者ですけれど、
 この面というのを、固体表面以外の場所に設定するのが非常に苦手なんですの。
 だから、1トントラックを空に飛ばすくらいは造作もありませんけれど、
 虚空に突風を生み出すのは、大の苦手なんですわ。空力使いですのにね」

初春は佐天と一緒に、そんな自分の弱点について話す光子をあっけに取られて見ていた。
それは純粋な驚きだった。まさか、こんな簡単でくだらない設定すら、できないレベル4がいるなんて。
自分と違って、とんでもない量の物質を操れるし、とんでもない体積の空間を制御できる人なのに。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:20:48.31 ID:74uODDdso<>
「ふふ。驚きました?」
「あ、はい……。その、レベル4の人でも苦手ってあるんだなって」
「境界面の制御なら初春さんのほうが上かしら?」
「えっと。はい。それは私、問題ありませんから」

控えめに言ったけれど、初春には明白に自分のほうが優れている自覚があった。
光子は今までの観察結果から考えるに、基本的には平らな表面に気体を集めるのだろう。
きっと極端な球面は苦手なはずだ。自分は、それと逆で複雑な境界面の設定だって何の造作もない。

「話を逸らしてごめんなさい。それで、境界面を設定するのはいいですけれど、
 そこからどうやって温度を保ちますの? 熱の検知って仰いましたけれど……」
「そこが全然ダメだから、レベル1なんですよね。
 例えばこないだ春上さんのお見舞いで持って行った鯛焼きがあるじゃないですか」
「ええ、美味しかったですわね」
「え? 婚后さん食べたんですか? 初春、ずるいよ」
「佐天さんはすぐ買えるじゃないですか」

佐天の非難を、初春は軽く一蹴する。話の腰を折ったのが分かっているからか、佐天はそれ以上は口を挟まなかった。

「それで、鯛焼きって出来立ては周りの温度より高いじゃないですか。
 放っておくと室温との差を利用して熱が外に流れちゃうんですけど、
 私は設定した境界面に触れた部分の温度が感覚的に分かるので、熱の流れを演算するときに、
 無理矢理境界面の温度を室温と同じってしちゃうんです。
 そうすると、温度差がないから外に熱が流れる理由を失うので、中身の温度は保たれます」
「成る程」

その説明を聞いて、割とクリアに、佐天と光子は初春の演算を理解できた。
温度分布も、熱の流れも、どちらも流体を解く者には必須の知識だからだ。

「でもその方式で、輻射熱の散逸って演算できるの?」

素朴な疑問を、佐天は初春にぶつけた。初春は首を横に振り、答える。

「出来ません。といっても、そもそも手で触れるくらいの温度までしか制御できない私にはあまり関係ないんですよね」
「あと、完全な固体はいいですけれど、鯛焼きみたいに水分などの蒸発がある場合も大丈夫なんですの?」
「いえ、そこが今、一番の弱点なんです」

輻射熱は、光として物体から逃げていく熱だ。
火に手をかざして暖を取るときには、この熱を手に受けている。まさか燃えた物質に直接触れて暖を取る人間はいまい。
温度は熱を伝える分子の運動エネルギーの強さだ。だから、物質ではなく光が伝える輻射のエネルギーには温度というものはない。
それ故に、初春の設定した境界面を通過するときに輻射熱は検知できない。エネルギーは保存せず、中身は温度を下げていく。
この問題は『定温保存』と名づけられた自らの能力にとっての大きな欠点のように見えるが、
実態としては、室温程度の物質が出す輻射熱はごく小さいので、初春は問題にしていなかった。
むしろ問題は光子の指摘した、物質の流れを伴う熱の散逸だった。
鯛焼きに含まれた水分は、鯛焼き自身の熱を奪って気化し、逃げていこうとする。
境界面でこの物質の動きを検知し、ベクトルを操作して元の鯛焼きへ戻せばいいわけなのだが、初春にとっては、これが厄介な問題だった。
熱、つまりはエネルギーだけならいいのだ。温度を初春は感知し、操れるから。
だが物質の流れがそこに加わると、初春のキャパシティを超え始める。
境界面をまたごうとする質量の流れとエネルギーの流れ、この二つを同時に解くのが初春には困難だった。
御坂美琴のような『場』を操る能力者と、春上のような精神系の能力者以外は、
ほとんど誰しもがこの両方の流れを難なく計算できないといけないのに。
それが、初春をレベル1に留まらせている理由だった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:21:50.72 ID:74uODDdso<>
「流体屋さんに言わせれば馬鹿みたいなことだと思うんですけど、
 質量流と熱流を同時に解くのが、すごく苦手なんです」
「うーん」
「普通の空力使いなら、そんなこと問題なくこなしていますわね。確かに」

含みのある光子の言葉の真意は、こうだった。
佐天はあまり、熱のことで困らない。空気の粒の運動エネルギーがそのまま温度になるからだ。
そして光子は気体の流れを直接制御しない、要は「ぶっ放す」能力者なので、あまり関係ない。
まあ、どちらも空力使いとしては異端ということだ。

「色々演算式はいじってみて、改良する努力はしたんですけど、うまく行かなくて」
「まあ、改善というのは失敗がつきものですけれど……」

少し、言うべきかどうかを光子は逡巡した。
今までの初春の努力を否定するようなことは、良くないかもしれない。
光子は全く違う系統の能力者だから、助言が初春のためになるとは限らないからだ。
だけど、感じていることを伝えなければ、初春にプラスになることはない。

「例えばなんですけれど」
「はい?」
「どうして質量と熱、エネルギーは別物だとお考えなの?」
「どうして、って言われても……。あ、流石に特殊相対性理論の式くらいは分かりますよ?」

たぶん、ずっと前から佐天より勉強家なのだろう。初春はあっさりとそう言った。
特殊相対性理論。エーテルを物理から排除したその理論はその最終的な帰結として、極めて美しく、シンプルな式を打ち立てた。
エネルギーは質量と等価である、ということを指し示したその式は、やがてウランの核分裂反応という現実の例が見出されたことで、
原子力を利用した爆弾と発電施設というテクノロジーを人間にもたらした。
とはいえここではそんな物騒な話は関係なくて、物質も究極的にはエネルギーなんだから、
質量流と熱流などと分けずに、全てエネルギーとして扱って解けと言っているのだった。
もちろん流体工学や伝熱工学の常識から言えば暴論もいいところだが、
そういう常識ばかりではうまく行かないのが能力というヤツだった。

「初春さんの素質が空力使いや水流使いに近いなら、普通に熱と物質の流れを解けば良いと思うんですけれど。
 ……ご自分でそう思ってらっしゃる?」
「それが分かったら苦労はしないんですけどね」
「ごめんなさい。その通りですわね」

かすかに自虐がちらつく初春の苦笑を見て、光子は反省した。
レベル4とレベル1の人間が、能力についてあれこれ話すというのは、きっと心穏やかではいられないこともあるだろう。

「役に立つかは分からないですけど、世界の見方について、時々考えることがありますの」

光子は、視点を変えるようにして、そう切り出した。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:25:01.03 ID:74uODDdso<>
「この世に本当に存在するものって、なんでしょうか?」
「え?」
「例えば人間が、直接に感じられるものは『物質』と『力』ですわよね。
 だけれど力を積分することでポテンシャル、つまりは『エネルギー』になる。
 そしてエネルギーは『物質』と等価だとアインシュタインによって示されました。
 『物質』『力』『エネルギー』一体これの、どれが本質でしょうか?」
「……なんか、哲学っぽいですね」
「高度な科学技術は魔法にしか見えない、と喝破した人がいましたわね。
 高度な科学理論は哲学にしか見えないものですわ。きっと」

そう言って、光子は足元の石を拾い上げた。それを川に向かって投げる。
水面に触れる直線で、突然の加速を見せた石は、何度も何度も水面を跳ねて悠々と対岸まで渡りきった。

「私は、エネルギーを本質と見る能力者ですわ。私は力と質量をあらわに解かないといけない運動方程式を使いません。
 エネルギー、そして統計と確率。そういう概念で世界を見る能力者です。一方佐天さんは『力と質量』の典型ですわね。
 ちょっと話は逸れますけれど、きっと春上さん達精神系の能力者にとっての世界の本質は『精神』なのでしょう」
「じゃあ、私にとっては……」

どれだろう。なんとなく、エネルギーは近い気がする。
光子は、答えを溜めるかのように、口をつぐんでこちらを見つめていた。

「唯情報論って、ご存知?」
「えっ?」
「20世紀に生まれた物理学の新理論は、人類が持っていた世界観そのものを塗り替えるようなインパクトを持っていました。
 唯情報論は、統計力学が最後に示したその新しい世界観のうちの1ピースですわ。
 力や物質、エネルギーと呼ばれる物質世界のあらゆるものは、『情報』と等価である。
 この世界に唯一つある本質、それは情報である、という考えですわね。発想が逆説的というか、いろいろ批判もありますけれど」

空気には、暖かいところと冷たいところがある。圧力の高いところと低いところがある。
そこには、たしかに情報がある。違う性質を持つ場所があるということは、そこに情報があるということだ。
光子の言う言葉が、概念が、やけに心に引っかかる。初春は夏の川原の熱気に汗ばんだ手を握り締めて、思考に没頭する。
咀嚼できない。理解できない。そのまま自分に適用できない。だというのに、無視できない。
ただ無表情で、何かを飲み込もうとする初春を、佐天はじっと見守っていた。

「たとえば量子力学は、シュレーディンガー方程式の解である『波動』とは何か、という疑問に答えを出せていません。
 複素関数である波動の絶対値を二乗すれば、存在確率分布という物理的意味を獲得しますけれど。
 でも、世界の本質は物質である、という唯物論的な考えを止めて、世界の本質は情報だと思えば、
 波動とは情報そのものであると捉えてしまえます。これはまあ、詭弁だと私も思っていますけれど」
「……」

あまり初春は量子レベルの物理に踏み込んだことはない。そんな細かくて厳密な計算をしたら、実在世界における計算規模が小さくなる。

「ごめんなさいね、初春さん。それに佐天さんも」
「え?」
「ごめんなさい、って、私もですか?」
「私も、って。今日は佐天さんのために集まったんじゃありませんか。
 初春さん。あれこれ沢山と話をしてしまいましたけれど、あんまり深刻に受け止めなくて結構ですわ。
 私が尊敬している先生の言葉ですけれど、十を聞いて三くらい理解してくれればいいんですのよ」
「あ、はい。その、ありがとうございました! ちょっと自分の中で整理できてなくて……。でもすごくためになりました!
 これをヒントにして佐天さんみたいに伸びたらいいな、って思うんですけどね」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:26:44.51 ID:74uODDdso<>
腰をしっかりと折って、初春は丁寧に光子にお辞儀をした。とても好感の持てる態度だった。
その後で見せた苦笑は、光子にも苦笑を誘うようなところがあった。
佐天のように、は無理だろう。自分で導いておいてなんだが、もはやこの状況は、奇跡と言っていい出来だ。
一ヶ月に届かないこんな短期間で、レベル0が3にまで肉薄するなんて。

「佐天さんも、すみません。本当はもっと佐天さんに時間を割くべきだったのに」
「気にしなくていいよ初春。あたしもそんなにじっくりチェックして欲しいわけじゃなくて、
 やっぱり、最後に婚后さんに励まして欲しいなー、って思ってたところもあるし」
「あら、私をそういう軽い気持ちで呼び出しましたの?
 明日のこともありますし、あまり暇並ではないんですけれど?」
「えっ? あ、いやいや、そういう意味じゃなくてですね……」

あわてて佐天が弁解するように、こちらを見た。勿論冗談めかして言っているだけだ。
ちょっと呼び出されるだけでも、嬉しい。やっぱり頼られるのは光子としても悪い気がしないし。

「学校の先生には悪いですけど、やっぱり、あたしの能力を引き出してくれた人は婚后さんですから。
 その人に、ちょっとでいいから見てもらえるって、なんだか安心するんです」
「そう言ってもらえると、弟子を取った甲斐がありますわ。ふふ。私の楽しかったから、きになさらないで、佐天さん」
「はい。ありがとうございます。あと、初春の能力の話が出来たのも、面白かったです」

きっと、一ヶ月前にはそんな風には思えなかっただろう。
光子の言うことなんてほとんど理解もできなかっただろうし、レベル1の初春の能力の話を、
レベル0だった自分は聞く気になれなかったかもしれない。

「佐天さんにはあっという間に追い越されちゃいましたけど、頑張ってまた追い抜き返しますよ」
「お、じゃあライバルは初春かなっ」

佐天と初春は、そういって互いに不敵に笑いあった。
その心の奥には、互いに気遣いがあったことは否めない。
だがこんな感じに笑い合えるのは、嫌じゃなかった。

「ね、初春」
「はい?」
「初春の能力のこと、あたしあんまり聞いたことなかったじゃんか」

春上と光子に能力についてあれこれ説明したすぐ後くらいになって初めて、佐天も初春の能力について教えてもらったのだった。
だけど、その時もそこまで詳しく話してくれたわけじゃなかった。

「まあ、変な能力だって自覚はありますし」

常盤台を受けようか、という佐天の能力とは違う。
初春の能力は温度というごく自然でありふれた変数を扱うものながら、
他に同じような能力者は滅多にいないという変り種なのだった。
一般的な能力を好む常盤台とは、あまり相容れないほうだろう。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:27:34.80 ID:74uODDdso<>
「初春の能力ってさ、ケータイとかでも温度を保てるの?」
「え? そりゃ出来ると思いますけど」

素朴な感じに問いかけられた、その佐天の質問の意図を初春は理解していなかった。

「ケータイの中には電池が入ってて、ボタンを押せば電気エネルギーを消費して通話とかゲームとかするわけじゃん?
 その時に出る廃熱って、どうなるのかなって。熱が出て、外にそれが逃げなかったらケータイの温度上がるよね?」
「えっと、そう言われてみたらそうですけど」
「熱分布があるものを能力で保護したら、どうなりますの?」
「え?」

それは流体を扱う能力者にしてみたら当然の疑問だ。能力を使わなければエネルギーは保存するのだから。
だけど、境界面での制御しか考えていなかった初春は、あまり深く考えてこなかったことだった。
『定温保存』したものの中で発熱が起これば、果たして定温に保たれるのか?
『定温保存』で冷めかけの鯛焼きを保護したなら、皮が冷めていて中がホクホクの状態は保たれるだろうか。それとも温度は均一になるだろうか。

「……わからないです。私、境界面以外で温度とかを見るのがうまく行かなくて」

文句の一つも言いたい気分ではあった。こちらはレベル1なのだ。
アレもこれも分かるような、便利な能力なんかじゃない。スプーン曲げ位に、役に立たない能力のほうが多いのがこのレベルなのだ。
『定温保存』と名づけられたこの能力も、実際はそこまで優れたものじゃない。
何時間も能力を維持していると、徐々に熱は漏れて温度は室温に近づいていくし、境界面での温度検知だっていい加減なものだ。
0.1度くらいの小さな差を検知することは出来ない。能力で作ったセンサーなんてそんな程度の精度だった。
だが、そんな初春の内心を、光子はまるで見てはいなかった。

「初春さん」
「はい?」
「今日これから、お暇?」
「え?」
「よろしかったら、うちに来ませんこと?」

目線を初春に合わせることなく、何かを考え込んだ光子がそんな提案をしてきた。
晩御飯を食べようという提案だろうか、なんて初春の予想とは裏腹に、
光子が脳裏に思い浮かべているのは、つい最近、黄泉川が貰ってきた電卓だった。
勿論その辺で売っているようなものではない。
警備員<アンチスキル>という役職に付いた黄泉川は、他の教職員よりも優遇されていて、いいマンションに住んでいる。
そしてそこには、定期的に学園都市最新の面白い製品が送られてきて、モニターとなったりするのだった。
光子が気にしている電卓も、その一つだった。

「あの、急にどうしたんですか」
「超伝導回路で作った、発熱量がほぼ理論下限値になる超省エネ電卓なんてのがありますの」
「はあ」
「ちょっと、それを試してみたくて」
「あの、それを私が使えばいいって話でしょうか……?」
「初春」

話を遮るように佐天が声をかけた。

「どうしてもの用事がなかったら、行ったほうがいいよ」
「え?」
「あたしも行くから」

初春を促すように、佐天は微笑んだ。
光子の提案を呑むべきだと思った理由を、佐天は説明しにくかった。直感に近かったからだ。
だが、きっと初春にとって、プラスになるような気がしていた。
それは自分を導いた人への信頼だけではなくて、上手く説明できないけれど、
光子のやろうとしていることに意味がありそうだと、心のどこかで感じていたのだった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/06/24(日) 11:29:25.42 ID:74uODDdso<> 佐天さんの話を書こうと思ったら初春の話になったでござるの巻。
次あたりから妹達編が始動かなー <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/06/24(日) 13:45:48.56 ID:JL3nplTuo<> 待ってたよー <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/06/24(日) 15:11:58.97 ID:7rvm/XjXo<> 理屈話も面白いけど、能力ってそういうの超えたところにありそうだよな
かえって自分だけの現実をせばめるんじゃねって思った <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(茨城県)<>sage<>2012/06/24(日) 17:27:33.68 ID:UUsYlgdj0<> 来てた。待ってましたよ、俺得SS。
光子の活躍が見れるのはここだけ。
だけどもこんなに上質なSSなので幸せです。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/06/25(月) 23:56:53.18 ID:HnlgbbODO<> 乙乙! この三人は読んでてほっこりするな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)<>sage<>2012/06/28(木) 08:56:01.92 ID:iOdKf1QAO<> 待ってました!
次も楽しみです。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/03(火) 23:03:51.01 ID:nRwcwA2Fo<>
インデックスは、だらっとソファに寝そべったまま、当麻を見上げた。
アニメが終わって余韻に浸りつつ、空腹を訴え始めた体を休めているのだ。
ご飯を作ってくれる当麻はといえば、なんだか良く分からないけれど光子と電話で話をしているらしかった。

「わかった。じゃカレーでいいよな。とりあえず鍋二つ分作るから。材料は大丈夫だ。
 ……ん。じゃあすぐ作りはじめるから。炊飯器も山ほどあるし、心配要らない。それじゃ」

当麻は電話を切ると、少し呆れたようなため息をついて、台所を見つめた。

「とうま。どうしたの?」
「光子がさ、友達を連れてくるって」
「え?」
「なんかよくわかんないけどさ、うちでやりたいことがあって、ついでに晩御飯も食べてくらしい」
「ふーん」
「ほら、お前もこないだ会った佐天と初春さんだって」
「えっ? あの二人が来るの?」

それはちょっと嬉しかった。あんまり喋ったわけじゃなかったけれど、特に佐天には浴衣を着付けてもらった。
一緒に喋って遊べるのは、悪くない。……とそこまで考えて。

「でもとうま。カレー足りなくなるよ」
「……5リットル鍋いっぱいのカレーと5合炊きの炊飯器をフル活用して、
 それでようやく一食にしかならない普段のウチをおかしいと思いなさい。
 心配するな。今日は鍋二つと炊飯器二台だ。なんとかなる」

二つ目の鍋は小さいからそこまで大量には出来ないが、炊飯器は大丈夫だ。
この家の主が炊飯器であらゆる料理を済ませようとする人だったおかげで、
台数だけは二台どころではない。ご飯だけは同時に三十合くらいは炊ける。

「二人も増えるけど、それで足りるかな?」
「お前みたいな馬鹿食いはしないだろ。あの二人は」
「馬鹿食いって人聞きが悪いんだよ!」
「平均的な男子高校生の上条さんより沢山食べるお前にはピッタリの言葉だろ」

当麻はインデックスの相手をしつつ、台所に向かう。
食材は充分にある。とりあえずはフル回転で野菜を切って炒める事になる。
お腹を空かせた女子中学生達のために、当麻は調理を始めた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/03(火) 23:04:37.45 ID:nRwcwA2Fo<>
「お、お邪魔します……」

扉を開けてにこやかに微笑む光子の隣を、佐天は恐る恐るすり抜けて中に入る。
光子の寄宿先がどこだったか、気付いた故の反応だった。
表札には、「黄泉川」と書いてあった。それだけじゃ勿論分からなかっただろうけれど、
初春から説明されて、ここが有名な警備員の家であるとついさっき知ったのだった。

「先生はまだ帰ってきてらっしゃらないようね」
「そうなんですか?」
「靴がありませんもの。まあ、最近はほとんど夕食時には帰ってきませんけれど」
「へー……」

後ろで光子が扉を閉めた。中からは、何かを炒める音がする。
夕飯はカレーで良いかと聞かれたから、きっとカレーの準備なのだろう。
そこで佐天は気になった。誰が料理をしているのだろう?
確かインデックスとかいう変わった名前の女の子が一緒に暮らしているらしいから、あの子だろうか。

「お、いらっしゃい」
「え、えっ? あの。こんにちわ」

初春は、廊下の先からひょっこり顔を出した当麻に声をかけられて飛び上がった。
だってまさか、男の人がいるなんて。

「……婚后、さん?」
「はい?」

混乱して廊下ですっかり足を止めてしまった初春の隣で、佐天は困惑気味に光子を見つめた。
だって、こんなの、聞いてない。
っていうか、これは果たして中学生に許されていい人生だろうか?

「彼氏さんと、同棲中だったんですか?」
「ち、ちがいますわよ佐天さん。というかここは黄泉川先生の家ですわ。
 当麻さんは、うちで暮らしているというわけではありません。それに、インデックスもいますし」
「……みつこ。私をとうまのおまけみたいに言わないで欲しいんだよ」

同棲中という言葉が嬉し恥ずかしくて、光子は顔を赤らめながらそっぽを向いた。
だが当麻の様子はその説明には似つかわしくなく、明らかに台所仕事に慣れていた。
当麻もそうだが、ジトリとこちらを見つめるインデックスの立ち居地がさっぱりわからない佐天と初春だった。

「でも、彼氏さん……上条さんでしたっけ、なんか専用っぽいエプロンしてますけど」
「あーうん、まあ、ウチで料理に一番慣れてるの、俺だしな」
「さ、最近は私も頑張っていますわ」

玄関からは見えないけれど、台所の片隅には、当麻と色違いのエプロンが掛かっているのだ。
光子は硬直する二人を促し、リビングへと案内した。

「ひさしぶりだね、るいこ、かざり」
「え? あ、うん。久しぶり」
「お久しぶりです。えと、インデックス……さん?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/03(火) 23:05:17.31 ID:nRwcwA2Fo<>
初春が自信なさげに名前を呼んだ。まあ、何せ辞書に載っている英単語そのままの名前だ。
ただ、いかにも、と言う感じでうなずいた感じからしてこの修道服の少女は間違いなくインデックスさんなのだろう。

「今日はどうしたの?」
「なんだか婚后さんが初春の能力開発で試したいことがあるからって」
「ふーん」

興味あるのかないのか、良く分からない相槌をインデックスが打った。
もしかして、能力開発のこともよく知らないのだろうか。返事からそう佐天は感じていた。
一緒に暮らしているということは光子から聞かされているが、どんな境遇の子なのか、二人は全然知らないのだった。

「当麻さん、お手伝いは……」
「ん? 大丈夫だよ。だいたいもう終わったし」
「あっ、あたしもお手伝いを」
「いいっていいって。何かしたいことがあって光子が連れてきたんだろ?
 お客さんはゆっくりしていってくれよ」

当麻が苦笑して、佐天にそういった。実際もうすることはほとんどない。炒め終われば、カレーは煮込むだけだ。
佐天も料理は得意なほうだから、手伝うことが確かになさそうなのは、見ていて予想が付いた。

「ごめんなさい、当麻さん。全部させてしまって……」
「気にしないでいいって。なんか、光子が友達連れてきてるの見るの、楽しいし。いつもと違う感じが」
「もう。恥ずかしいですわ」

ちょっと嬉しそうな当麻の表情を見て、つい、光子は口を尖らす。
そんな光子の仕草はこの家では勿論普通の反応だけれど、佐天と初春の前では、滅多に見せるものじゃない。

「……いいなぁ」
「えっ?」
「羨ましくない? 初春」
「はい。やっぱり男の人とお付き合いするって、こういう感じなんでしょうか」
「ちょ、ちょっと佐天さんも初春さんも……。もう」

羨ましいに決まっている。
優しくて理解のある彼氏さんが、家に帰ったら頑張ってご飯を作ってくれているのだ。
しかも光子がからかわれたり拗ねたりする時のイチャつきっぷりが、これまたイラッとするくらい幸福そうなのだ。
中学生の少女達にとって、目の前の光景は、かなり得がたく、また垂涎の的であるのは間違いなかった。
彼氏の当麻がどんな人かを詳しく知っているわけじゃないけれど、
自分達と、春上やその友達が危険な目に逢っていたあのとき、助けに来てくれたのは、上条だった。
だから、二人の中での当麻の評価は悪くないし、むしろ結構カッコイイ側に分類されている。

「黄泉川先生がいないときって、やっぱゆっくりイチャイチャしてるんですか?」
「べべ、べつにそんなことはありませんわよ。インデックスもいますし」
「……見栄を張っても駄目なんだよ、みつこ。毎日毎日、ちょっと時間が空いたらすぐとうまとベタベタしてるくせに」
「インデックス!」
「とうまに最近ひきずられすぎなんだよ、光子は。エッチなのはよくないよ」
「もう! どうしてこんなところでそういう事を言いますの」
「ねえ、インデックス、さん」
「インデックスで呼んでくれていいんだよ、るいこ」
「じゃあ、インデックス。婚后さんて、彼氏さんの前だとどうなの?」
「すっごい甘えてばっかりだよ」
「……お願い、インデックス。もうそのあたりで許して」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/03(火) 23:06:25.31 ID:nRwcwA2Fo<>
楽しげに次々と暴露話をするインデックス。顔を真っ赤にしてそれを遮ろうとする光子。
そんな光景をドキドキとニヤニヤが半分くらい混ざった顔で見つめる初春と佐天。
……そして当麻はといえば、そんな女の子トークが炸裂する空間で、酷く居心地の悪い思いをしているのだった。

「じゃあさ、上条さんって、どんな人なの?」
「え? とうま?」
「あのー……俺もからかいの対象にされるんでしょうか」
「自業自得なんだよ。いつもいつもエッチなことして! しかも私にも!」
「え」
「ちょーっと待った! それは恥ずかしいとかじゃなくて俺の尊厳に関わる悪口だから!
 初春さんに佐天さん、言っとくけど女の子に変なことしたりなんかしてないからな。その、光子以外には」
「当麻さんっ!」

若干引き始めた二人に、当麻は必死で弁解した。
光子は彼女だから、キスは当然オッケーだしお尻くらい触ったって犯罪じゃないだろう。
他の女の子に対しては、少なくとも当麻のほうから手を出して何かを起こしたことはない。

「えっと……上条さんは、インデックスさんとどういう関係なんですか?」
「どうって、とうまは私の大切な人なんだよ」
「えっ……?」

一瞬にして、佐天と初春の空気が気まずいものになる。
だってきっと当麻は光子にとっても大切な人のはずだ。
そして、三人が一緒に暮らしている、というのは。

「妻妾同衾……?」
「え?」

ぽつりと、佐天がそうこぼした。瞬時に意味を理解できなかったのか、インデックスがぼんやりと首をかしげる。
そして少しの時間を置いて、ぽん、と顔が赤くはじけた。

「さささ佐天さん! 何を言ってるんですか!? 失礼ですよ!」
「ちがうもん! そんなことが言いたかったんじゃないもん!」
「そうです佐天さん。インデックスの大切な人っていうのはそう言う意味ではなくてもっと、家族らしいと言いますか」

その点については、光子はそんなに心配していない。
だってこの一ヶ月弱のインデックスの態度を見ていれば、当麻に恋心を持っているわけではないらしいことくらいは分かる。

「あー、コイツは俺と光子の同居人だから。分かりにくい関係だとは思うんだけど、俺と光子は付き合ってて、
 そこに一緒にコイツが暮らしてるって関係だから。別にそれ以上のことはないんだ」

どう収拾をつけていいのか分からない酷いドタバタを前に、自分へのおかしな誤解をもたれないといいなと真剣に願う上条だった。

「えっと……まあ、婚后さんがそれで納得してるんだし、そういうことなんですよね」
「そうなんだ。頼むから、信じてくれ。そうじゃないと俺の人生がヤバい」
「あはは……」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/03(火) 23:07:22.45 ID:nRwcwA2Fo<>
まあ、こんなに堂々と二股をかけているのなら、確かに大問題だろう。

「じゃあ話戻すね。上条さんって、どんな人なの?」
「とうまはエッチなんだよ」
「話を戻す気ないですねコノヤロウ」
「だってほんとのことだもん! こないだだって私がお風呂から上がったところを」
「だからアレは黄泉川先生がいきなり扉を開けたせいだろ!」
「あいほの裸も見てた!」
「おいばかやめろ! あれは先生が服をちゃんと調えずに部屋から出てきたのが悪い! 俺のせいじゃないぞ!
 ……なあ。俺のこと、たぶんものすごく評価が下がってるとは思うんだけどさ、
 お願いだから、不可抗力だったってことを分かってくれないか……?」

なんかもう、二人からドン引きされてもしょうがないような、そんな気に当麻はなってきた。
困惑と苦笑いの混ざった顔をしたまま、二人は曖昧な答えを返した。

「自分は悪くない、って顔をされていますけれど、一体どうやったらあんなに何度も、
 そういう『ラッキー』にめぐり合われるのかしら。それも、私以外の女の人についても」
「ラッキーじゃないって。毎回めちゃくちゃ怒られてるだろ? 光子やインデックスに」
「怒られて当然です! 私以外の人を見るのが悪いんですわ」

つーん、と口を尖らせて光子がそっぽを向いた。
そろそろ、佐天と初春はこのやり取りに食傷気味になってきたところだった。
はたを見ると、インデックスが言うだけ言って溜飲が下がったのか、ふうとひとつため息をついて落ち着いた口調で語りだした。

「とうまはね、優しいんだよ」
「え?」
「私がどうしようもないことになっていたとき、みつこと一緒に、私を助けてくれたんだ」
「インデックス」

光子がそう呼びかけ、目じりのラインを柔らかくした。
当麻は馬鹿みたいに恥ずかしいのでどこかに行きたい気分になった。
だって、別にやるべきだと思ったことをやっただけのことだ。
確かに、結構酷い怪我も負いはしたけれど。

「だから、とうまは困った人だけど、大切な人なんだよ」
「そうですわね。当麻さんは、本当に困った人ですわ」

ふふ、と光子はインデックスに微笑みかけた。
やっぱり惚れた相手を褒められると、嬉しい。
……だが、インデックスはただ褒めるだけでは済まさなかった。いたずらっぽい表情が顔に浮かぶ。

「あと、みつこに優しいのはいつもだよ。私には意地悪ばっかするけど。
 みつこがご飯を作る日は、絶対に隣で一緒に作ってるし、あいほが帰ってこないうちは、
 ソファでずっとくっついてるもん。私の前でも、時々キスするし」
「インデックス! もう、何度やめてって言ったらやめてくれますの? 恥ずかしいのに……」
「恥ずかしくて人に言えないようなことをしてるみつこととうまが悪いんだよ」

はー、と。ただため息を漏らすしか、初春と佐天には出来ることがなかった。

「さっきも言いましたけど、こんな同棲生活をやってるって、すごすぎますよ」
「私たちよりも大人だなって思うのも、無理はありませんよね」

毎日、一日の終わりの時間を恋人と過ごすのだ。
その時間の濃さと長さは、きっと普通の中学生・高校生カップルが得られる経験なんかじゃまるで及ばない。

「あたしも、彼氏を作るとか考えてみようかな」
「えっ?! さ、佐天さんがですか?」
「初春妬き餅焼いちゃった? 今まではずっと初春一筋だったから、仕方ないかな」
「わ、私一筋ってなんですか佐天さん」
「今までの態度でわかって欲しいな、飾利」
「もう、変にかっこつけないで下さい佐天さん」

すごく羨ましい関係の光子と当麻だったが、自分が同じような境遇になることには、ピンとこない佐天だった。
そんな光景を見て、上条が大人びた笑いをふっと浮かべた。さらに光子がその横顔に気付いて、微笑む。
そうして、互いの視線に気づきあって少しのアイコンタクトを交わしてから、場を仕切りなおすように、上条が口を開いた。

「……さて、そろそろご飯できるけど。この話はこの辺にして、もう食べないか?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/03(火) 23:23:39.47 ID:nRwcwA2Fo<> また話がやけに膨らんで、光子が弄られる回になりました。

>>244
だいぶ今回はほっこり路線だったかなー

>>242
「自分だけの現実」は定式化できるほど明確なものじゃない、ってのはある意味真実かもしれない。ただ、逆に定式化してやらないと再現性がない気がする。
ここの佐天さんだと、『空気の粒が揺らめいて渦を作る』というパーソナルリアリティを流体力学的なモデルで括ってやることではじめて、何度も安定して作れるものになるように思います。
そういう定式化をしないと、毎回能力が安定せず、また作れる能力の規模も結果として小さくんじゃないかな、と。
あくまで想像ですけどね。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/07/04(水) 00:05:37.40 ID:0uHNGO1fo<> ああ、これはなんつーか、もげろww

というか、憧れのあの先輩とか師匠がそんなにベタ惚れということはフラグががががww
コミュニティ内で高評価な異性は自然……というのは定説ですし。
まあ、久々可愛らしい光子さんがきゃわわわわ。
先輩とか師匠としての威厳とか保とうとしても上条さんラブで乙女できゃわわわわわ!

えと、次回も楽しみにしてますよー <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/04(水) 02:55:14.19 ID:h8IFE4p3o<> しっかり頼む。楽しみなんだぜ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/07/04(水) 19:56:41.21 ID:xwH9mNzA0<> 乙乙! もげろ。

佐天さん、俺ならいつでも(ry <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/05(木) 20:49:53.67 ID:++H8QODGo<> >>252がキモすぎて笑えた <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:01:10.82 ID:7gmImHdEo<>
作るのは時間が掛かるが、食べるのはあっという間。それが料理というものだ。
見慣れた大食いシスターに加えて、遊びに来た二人も中々の健啖っぷりだった。
普通に食べてもらえるくらいには好評だったことに男子高校生としてほっと胸をなでおろしつつ、
当麻は空になった炊飯器と鍋を見下ろした。

「ごちそうさまでした。当麻さん、洗いものは私がしますから、どうぞおくつろぎになって」
「あの、なんだったらあたし達で」
「そうですよ。何から何までしてもらって、その、申し訳ないですし……」
「いいって」

そう申し訳なさそうに言う二人を見て、いい子だな、と当麻は心の中で呟く。
いっても詮のないことだが、一番食べた誰かさんは、満足げにぽんぽんとお腹を叩いているのだった。
こっちを見てすらいない。

「光子。さっき聞き忘れたけど、やりたいことがあってここに皆で集まったんだろ?
 やっぱりあんまり遅くなってからこの子達を帰すのはよくないし、すぐやったほうがいいんじゃないか?」
「そうですわね。流石に日が落ちきるまでには終わらないでしょうけれど……」

早めの晩御飯だったから、外はまだギリギリ、夕日が顔を覗かせている。
中学生の帰宅時間としては、もうそろそろいい時間だった。

「じゃあ、初春さん。ちょっと試してみましょうか」
「あ、はいっ」

緊張した面持ちで、初春は背筋を正した。
カレーと言うこともあってちょっと食べ過ぎたことを、いまさらながらに後悔する。
光子はなにをするのだろうかと探してみたら、当麻に「いいから」と言われ、髪を撫でて貰っているところだった。
たぶん、食事の後片付けを当麻にさせたくなくて言い募ったのに、優しくあしらわれてしまったのだろう。
なんというか、お世話になる先輩なのに、可愛らしい。そして羨ましい。
なにも当麻が特別好きなわけではないが、あんな風に彼氏に撫でられるシチュエーションなんて憧れに決まってる。

「ごめんなさい初春さん。それで、これが話をしていた超省エネ計算機、というものなんですけれど」

光子が手に差し出した端末を、佐天と初春は見つめた。
当麻は奥の台所で洗い物を、インデックスはソファで時々こちらを見つつ、テレビにかじりついていた。

「原理を先に説明したほうが良いでしょうね。初春さん、よく聞いて下さいな。分からないことがあればすぐ聞いて」
「はい!」
「超伝導材料くらいは分かるわね?」
「それくらいは。電気抵抗がゼロの伝導体のことですよね? 車輪が浮いてるバイクとかに使われてる……」
「そうですわ」

普通の導電性の物質、例えば銅線のようなものは必ず電気抵抗を持っており、電気を通すと発熱し、エネルギーのロスが起こる。
だがある温度を境として、それより低温では電気抵抗がゼロになる物質というのがある。それが超電導物質だ。
抵抗がゼロというのはまさに夢のような性質だが、ネックとなるのは温度で、たいていの物質はマイナス200度以下の超低温でしかこの性質を示さない。
学園都市の外の世界では未だ、液体窒素で冷やさないと超伝導状態にならない材料しか存在しないが、
この街では既に、室温で超伝導となる物質が存在しているのだった。
その応用例の一つが超伝導リニアバイクと言うヤツで、なんとバイクの車輪がシャフトと物理的に接触しておらず、
磁気で車輪がホールドされているという代物だった。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:02:20.06 ID:7gmImHdEo<>
「とにかく端末からの発熱を減らしたい、という一心で作成された端末だそうですわ。
 単純に電気が通るだけの部分は全部超伝導材料で構築して、
 演算に必要な半導体も論理反転に必要な仕事を極限まで減らしたそうですわ
 私はどちらかと言うとエンジニア寄りな嗜好を持っていますからつい面白くて話を聞いたんですけれど、
 値段を聞けばこれが酔狂の産物だということが良く分かりました」

誰も求めていないレベルにまで無駄を削った、超高性能コンピュータ。
それも計算が速いとか軽いとかではなく、エネルギーのロスが少ない方向の改良だ。
はっきり言って、学園都市製の普通のパソコンでもエネルギーロスなんてあってないようなレベルなので、
この努力は「売る努力」としては全く無駄と言い切っていい。

「製作チームの自慢、というか自己満足は、理論限界とほぼ同程度のオーダーまで発熱が減っていることだそうですの」
「理論限界、ですか?」
「ええ。計算機は計算をすれば必ず、ある一定以上の発熱を伴います。能力を使わない限り、この理論上の下限を下回ることは出来ません。
 ……まあ厳密に言うとそんなことはありませんけれど、良くある古典的な例については事実です。ここまではよろしい?」
「えっと、その理論上の下限っていうのがどうしてあるか、よくわからないんですけど……すみません」
「謝らなくていいんですのよ、初春さん」

光子が労わるようにそう微笑む。だって、パソコンが熱を出すなんて、当たり前のことだ。
熱のロスを減らし続けてもどこかで限界が来ると聞かされても、
現実のパソコンはその限界よりもずっと多くの熱をロスしているのだから、
あんまり現実味のない話なのだ。

「結局はマクスウェルの悪魔の話なんですけれど、具体例で説明したほうが早いわね。
 初春さん、ちょっとその端末でプログラムを組んでくださる?」
「はい。どんなのですか?」
「別に何でもいいんですけれど……そうね。
 メモリの端から順に、数字の1、2、3と値を書き込んでいくプログラムを組んでくださいな」
「え?」

それはつまり、ただの数字の羅列でメモリを埋めてしまうだけのゴミみたいなプログラムだ。

「そして最後に、確認のインターフェイスを出してから、メモリを全部解放する様に組んで頂戴。
 初春さんなら簡単ですわよね?」
「はあ……それはもちろん、すぐに出来ますけど」

困惑顔で、初春はさっさとプログラムを組む。
どうってことのない繰り返し文が一つと、最後にメモリ解放の指示を出すだけの、ほんの20行のプログラム。
実行して1秒もあればプログラムは手続きを全て終えるだろう。
流れるような手つきで、初春はコードを打ち込む。
そちらの作業も15秒くらいしかかからなかった。

「できました」
「え、もう? なんていうか、初春のそういうスキルはほんとに別格だよね」
「まったくですわね」

光子とて、こんな初歩的なプログラムくらいなら問題なく書ける。
ただそのための時間は、たぶん3分くらいかかるだろう。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:03:55.90 ID:7gmImHdEo<>
「それで、これで何がわかるんですか?」
「今から説明しますわ。初春さん、このメモリに蓄えられたデータは一体いくらでしょうか?」
「えっと……メモリいっぱいいっぱいの数字なので、1テラバイトらしいです」
「1テラバイトということは……1兆ビット強ですわね。室温を27度、つまり300ケルビンとすると、
 このメモリに蓄えられた情報をエネルギーに換算すると一体何ジュールになるでしょう?
 初春さん、計算式はご存知?」
「こないだ言われて、勉強したんで大丈夫です。だいたい25ナノジュールくらいです」
「……ええと、たぶん正解ですわね。さて初春さん、もう一度聞きますわ。
 このプログラムの演算に必要な最低限の発熱量って、どんな値だと思います?」
「え? もしかして、このエネルギーが下限値ですか?」
「ええ、そうですわよ」

メモリに情報を書き込み、それを解放し、忘れる。
そのために必要な最低限のエネルギーは、メモリから失われた情報量そのものだ。

「なんていうか、ほとんどゼロみたいな熱量ですよね」
「そうですわね。たかだか1テラバイト程度の情報量では、現実世界に影響はほとんどないということですわね」

1グラムの水の温度を1度上げるのに、大体4ジュール必要なのだ。
ナノジュールというエネルギーはその1億分の1くらいの小ささでしかない。

「さて初春さん。本題に入りましょう。準備はよろしい?」
「はい」

初春が、改めて背筋を真っ直ぐ伸ばした。
その態度に満足げに微笑んで、光子は言葉を続ける。

「コントロールに難ありの初春さんの能力で、こんな微小な発熱を感知することは可能?」
「無理です」
「そうね。ということはつまり、『定温保存』を発動させながらこのプログラムをまわすことは、きっと可能なはずですわね?」
「そう、なりますね」

初春が検知できるより小さな熱の発生を、初春は止める術がない。

「では、それを実際に試してみましょうか」
「え?」

気負いなくそう告げた光子に、初春は困惑を返すほかなかった。
『定温保存』を使ったって、きっとプログラムは走る。そして熱を出す。
だけど、その熱は馬鹿馬鹿しいくらいに小さくて、自分には感知できない。
だから結局、『定温保存』を使っていてもいなくても、同じ結果が出るだけだろう。
そのはずなのに。

「えっと、これを持ったままで能力を発動して、演算させてみればいいってことですよね?」
「そのとおりですわ。簡単でしょう?」
「はい。なんだか簡単すぎて、逆に変な感じがして」
「そうかしら? 物理の実験なんて、シンプルなほどいいものだと思いますけれど」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:05:39.92 ID:7gmImHdEo<>
初春は、手にしたその端末に目を落とす。
普通の端末よりいくらか重たくて、大きい。だがそんなに風変わりなものにも見えないのだ。
だから、自分がいつもと違って、特別なことが出来るなんて思わない。
……そんな期待を持ってしまえば、裏切られたときの落胆が、怖い。

「初春」
「佐天さん」

励ますでもなく、佐天がこちらを見て微笑んでいた。
笑みの中には、自分を応援していてくれるような、そんな色があるように思う。
気を利かせてくれたのだろうか、あるいは見たい番組が終わっただけかもしれないが、インデックスがテレビを消した。
たぶんそれに気付いてだと思うけれど、台所の当麻が水道のコックを閉じて、皿洗いを中断した。
初春の集中をそぐものをそうやって削ってくれたのだろう。
そんな、周りの変化に気付いてにわかに心が緊張しだす。

「初春さん」
「はい」
「この導き方は、初春さんの本来の能力ともしかしたら違っているかもしれないし、もしかしたらピッタリかもしれません。
 開発官でもない私の思いつきですから、間違いはあるかもしれません。けれど」

光子が言葉を切った。
そして、噛んで含めるように、初春に最後の説明を聞かせる。

「この端末は、情報処理と物理現象、それらが厳密には分けられなくなるようなシステムですわ。
 自分が一体何を操り、変容させる能力者なのか、自分だけの現実を良く見据えて、このシステムを『定温保存』して御覧なさい」

その言葉に、初春はコクリと一つ、頷いた。そして手にした端末に、意識を集中させる。
プログラムはもう最後の一ステップまでは終わっていて、あとは、
「メモリ消去?」と書かれたメッセージボックスにYESのコマンドを返せば、それでメモリは解放される。
0と1が書き込まれた半導体はその情報を忘却し、それはすなわち、エントロピーの増加と、発熱という物理的な変化を世界にもたらす。
それは別に、特別な出来事ではない。
この現象は、見方によれば、電気を通して機械に仕事をさせたから熱が出るという、それだけのことなのだ。
それをわざわざ、エントロピーだと情報だのと難しい言葉を出して、再解釈しているに過ぎない。
だけど、その「世界の見方」はとても大事なことなのだと、薄々初春は悟り始めていた。
多くの人と同じように、普通なやり方で世界を捉えることは、別に大事でもなんでもない。
能力者を能力者たらしめるのは、他の誰とも違う自分だけのヴィジョン、「世界の見つめ方」なのだ。

「……」

よし、と心の中で呟いて、初春は『定温保存』を発動した。
見た目に、何も変化はない。佐天以上に地味なのが自分の能力なのだ。
そして地味だからという理由以外にだって、自分の能力が嫌いな理由ならいくらでもある。
その一番が、その二つ名に反する、能力の不完全さだった。
『定温保存』の境界面、そこで初春はエネルギーの出入りをコントロールしている。
だけど、その制御は大雑把で、本当は中身を『定温』に『保存』することなんて、できやしない。
感じ取れるより小さいレベルで少しずつ熱は漏れ出していく。それが低能力者、初春飾利の限界だった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:08:16.21 ID:7gmImHdEo<>
光子は、集中し始めた初春から視線を外し、台所のほうをそっと見た。
洗いものを中断した当麻が、そっとこちらを見守っていた。その気遣いに、そっと目で礼を言う。
帰ってきたのは、優しげな想い人の微笑だった。
隣でそういう仕草に気付いて、羨ましいなあと佐天は心の中でため息をつくのだった。
とはいえ今は初春が頑張っているのだ。そう思いなおし、佐天はすぐに視線を初春に戻す。

「……初春?」
「な、なんでもないです」

初春の顔に困惑のようなものがにじみ出ているのに、佐天は気付いた。
理由は突然にスランプに陥ったためだった。
これまで使えたはずの、あのちっぽけな能力すら発動しない。
理由はたぶん、分かっている。いつも自分がやっていることと似ているようで違うことをやろうとしたから。
例えばバスルームで体を洗うとき、普段は意識なんかしなくてもできているのに、
いつもとは違う手順で洗おうと意識した瞬間、元の洗う手順すら分からなくなって、混乱してしまった感じに似ている。
体なら適当に洗ったって構わないけれど、能力はもっとデリケートだ。

「初春さんが今手にしているのは、演算機です。そうですわね?」
「……え?」

光子が、気がつけば斜め後ろくらいに立っていた。戸惑いを隠せずにいると、そっと背中に手を触れられた。
しばしの沈黙。それは光子の逡巡だった。
自分は初春の能力になんて責任をもてない。彼女の「自分だけの現実」をいたずらに歪め、かき回すだけかもしれない。
初春という素直な子の女の子に、害しかもたらさない可能性だってある。
だが、光子はそういった懸念に、そっと目を瞑った。それは正しい態度ではない。
初春の開発官、きっとその人は大量のレベル0と1を抱える柵川中学の先生だろう。
忙しいであろうその人に掛け合い、自分の考えを伝え、時間をかけて初春を導くことこそが、きっと王道だ。
だけど光子は、それを待てなかった。能力が花開く「その時」というのがある。
今この機を保留することがいいとは、限らないのだ。だから。
善意で、悪魔の言葉を、光子は初春に囁いた。

「貴女が手にしているそれは、『物理』ではありません」
「どういう、ことですか」
「その計算機からは演算以外の余計な熱なんてほとんど出ません。
 だから、初春さん、貴女はその端末の中にあるものは、唯の情報だと思えばいいんですのよ
 貴女なら、その端末が、一体どんな処理をしているかなんて、全てわかるでしょう?」

無茶苦茶だ、と初春は思った。
だって、自分が握っているのは間違いなく物理的な「もの」だ。
絶縁体、半導体、超電導体、それらで出来ていて、電子が流れている、間違いなく「機械」なのだ。
情報処理をしているからといって、自分の『定温保存』とそれは、関係ない。そのはずなのだ。
その苦悩を感じ取って、光子もまた、苦しい思いだった。
佐天の能力なら、もっと見通せたのに。佐天の「自分だけの現実」がいかにオリジナルであろうと、
共感できないまでに、かけ離れてはいなかったのに。
初春の底を、光子は見通せない。
ゴールはあっちだなんて指し示しておきながら、自分は初春の手を引いて暗闇に飛び込むことは出来ない。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:10:03.29 ID:7gmImHdEo<>
「初春さんがYESのコマンドを返せば、メモリは解放されます。
 私たちはメモリの中身を今は既に知っていますが、それが、失われますのよ。
 情報の喪失。そしてそれは放熱という形で、世界のエントロピーを増大させます。
 それで、よろしいの?」

よろしいも何も、それはごく自然なことじゃないかと、初春は思った。それが自然現象なのだから。
光子が自分にどうさせたいのかが、分からない。心の中に、さざなみのように苛立ちが広がっていく。
何も出来ない自分に、あるいは自分の行き先をうまく照らし出してくれない光子に。
そして、隣で見つめる佐天への嫉妬や劣等感もあった。
同じように導いてもらっているのに、自分は何も出来ないような気がする。
佐天のように才能がないからだろうか。光子との相性が悪いからだろうか。

「初春」
「大丈夫です」

硬い声で、心配してくれた佐天に声を返した。
その自分の声に、初春はどきりとした。あまりに、余裕のないその響きに。

ふう、と息をつく。

焦ったって何も手に入らない。分かりきったことだった。
まず一つ、押さえておかなければならないのは、光子のアドバイスには限界があると言うことだ。
佐天のように、手取り足取りは教えてもらえない。当然だ。光子の能力は『空力使い』なのだから。
だから、先を見通すのは、自分でやらないといけないことだ。
自分で、「自分だけの現実」とはどんなものなのか、そのシステムの全体像を理解しないといけない。

「……直交座標系<カーテシアン>で世界を捉えなきゃいけない理由なんて、ないんですよね」
「え? ええ。それはそうですわね」

唐突な呟きに、光子は戸惑った。初春の言っていることはあまりに基本的すぎた。
物体の位置を把握するのに、直交する三つのベクトルを用いる必要はない。
X軸とY軸が直角にならないような座標系で捉えたって構わない。
他にも円筒座標系や球座標系でもいいし、そもそもそういう現実の空間をフーリエ変換した座標系で捉えたっていい。
それは、演算の些細なテクニックでしかないのだから。
だから、初春の言い出したことの意図が、分からない。

「世界を、多角的に捉え、機構を推測する――」

初春は、そう口にした。別に誰かに言って聞かせたかったからではない。
よくよく考えれば、それは自分の「得意技」なのだ。
『守護神<ゲートキーパー>』と、学園都市のハッカーに囁かれるまでに達しているその情報処理技術の根幹にある、初春の技能。
なんらかのシステムを花に見立て、さまざまな角度から捉え直し、その全体像を把握する方法論。
その技術を磨いてきた相手は、誰かの創ったハッキングプログラムだとか、そういうものばかりだった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:12:59.60 ID:7gmImHdEo<>
今、初春はそれを『世界』に適用する。
――――見通せ、見通せ、見とおせっ!
あらゆる角度から、『世界』を見つめなおす。
子供のころから、自分の五感を使って培ってきた世界観。
世界には光があり、音があり、匂いがあり、そしてどうしようもなく、「もの」で出来ている。
そんな現実を一度、初春は捨てる。五感なんて信じない。
だから空間座標だとか、そんなものは現実にはないと決め付ける。
それは計算上の都合だ。質量があるなんてのも、光があるなんてのも、全部嘘だ。
なぜそんな不確かなものを、自分は信じる?
目がなければ、耳や鼻や、皮膚がなければ感じ取りさえ出来ないものが「ある」なんて。
本当の本当にあると信じられるものは、『自分の心』だけ、それだけなんだ。

初春は、目を瞑った。
その意図をうかがう周囲の人間を、忘却する。
そこに人間なんていない。自分と同じ『心』を持った存在なんていない。
そこにあるのは全て、物理現象だ。ニンゲンと自分が定義した、物理現象。
――否。物理現象という言葉もまた、ある一つの世界観に縛られた言葉だ。
世界に本当に「ある」のは、きっと情報という言葉が最もそれらしいであろう、何かだ。
そう思った瞬間、初春は「情報」という言葉が嫌いになった。
そんな陳腐な言葉で、この実感は括れない。
あまりにその言葉は使い古され、さまざまな意味を獲得し、手垢が付きすぎている。
違うのに。この世界の根源にあるのは、それじゃないのに。
もどかしい思いをしながら、言葉に出来ない何かを、初春は手繰り寄せられたような、わずかな手ごたえを感じていた。

もう一度、手にした計算端末に目を落とす。
さっきまでとは、それは別物のような気がした。
物が変わったわけじゃない。初春の見方が、変わっただけだろう。
メモリを構成する半導体の結晶格子にトラップされた、電子の揺らぎを感じる。
ディラックコーンを形成した質量ゼロの電子が、超伝導回路上を流れる音を感じる。
あたかも、風に揺れ、地から命の源を吸い上げる花のように。
そのヴィジョンは、単に計算機のシステムを植物という生態系のシステムに見立てたという、そんな陳腐なものではなかった。
世界そのものを、たぶん自分は花になぞらえて捉えているのだろう。初春はそう感じていた。
もちろん、全知でも全能でもない自分が、完全に世界を掌握などできはしない。
だけど、それでも良かった。自分が新たに作った「世界の見方」を、初春は好ましく思っていた。

「……行きます」
「え?」
「初春?」

ぽかんとする二人の声を聞いて、初春は口の端で笑った。
きっとこの結果を見れば、佐天はもっとぽかんとするだろう。

――タン、とYESのコマンドを返す。0.1秒と掛からず、端末はその指示を実行する。
すなわち、メモリにあった情報の忘却、世界へとエントロピーを吐き出すその命令を。

「……できました」
「あの、初春?」

顔を上げると、さっぱり分からない顔をした佐天と目が合った。
何が起こったのかを知ろうと、端末を覗き込んでくる。

「……プログラムは正常に実行されました、ってあるけど」
「確かに実行はしていましたよ」
「え? あの、初春。それに婚后さんも。あたし、何が起こったのか全然わかんないんですけど」
「私も、結果の説明を聞くまではなんとも……」
「ちょっと待っててください」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:14:29.85 ID:7gmImHdEo<>
初春は、新しくプログラムを書き、それを実行する。
中身はさっき以上に簡単だった。
今、メモリに格納されている値を、そのまま画面に吐き出すだけ。
それを実行して、佐天に見せた。

「……えと、これ消したはずのデータだよね?」
「はい。プログラムはこのデータの消去を実行しました」
「でも、消えてない?」
「はい。私がこの『情報』を『保存』しましたから」

気負わず、初春はあっさり言った。
それは、本来極めて思い価値を持っている言葉のはずだった。
初春飾利の能力は『定温保存』のはずなのだ。

「ということは、初春さん」
「……正解は分からないですよ」
「え?」
「こういうやり方でも、私は能力を発動できちゃいました。それだけです」
「熱や温度の保存では、ありませんでしたのね?」
「違います。だって、言ったじゃないですか。私には、25ナノジュールなんていう極小の熱を、保存できるような精度はないって。
 だから精度って意味じゃちょっとすごかったのかも知れないですけど、逆に規模で言うとレベル1もあやしいですよね、これ」

だって、スプーン曲げなんかよりもずっとずっと地味な能力だった。鯛焼きの温度を保つよりも、くだらない能力だった。

「そうですわね。まあ、レベルダウンというのは制度としてありませんからレベル0に逆戻りはありえませんけれど。ねえ初春さん」
「はい」
「今までの貴女の能力と、今発動したこの能力、別物というわけではないんでしょうけれど、結局、どちらがお好き?」

その質問に答えるのを、初春は躊躇った。その隙に、佐天が初春の背中から抱きついた。

「さ、佐天さん?」
「うーいはる」

咄嗟にスカートの心配をしたのだが、両手で自分を抱きしめているのだから、捲くられる心配はない。

「あたしは自分の能力が発動した瞬間、これしかないって思った」
「え?」
「直感って、たぶん大事だよ」

初春が悩んでいることに、佐天は気付いたのだろう。
手に入れてすぐの、真新しい演算方法。
ほとんど新しい能力と呼んでもいいくらいに変容してしまったそれを、認めていいのか、自信がなかったのだ。
だけど。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:16:31.62 ID:7gmImHdEo<>
「もう一度聞きますわね。本質そのものを捉えなおした、新方式の能力。初春さんは、これのことをどう思いますの」

その質問に、初春は意を決して答える。

「嬉しかったです。私の能力はこれなんじゃないかって、思えました。前から比べてさらにちっぽけで、大したことなかったんですけど」
「そっか。なら初春。それがきっと、初春の能力なんだよ」

かちんと、何かが嵌ったような感覚を、初春は覚えた。
半信半疑だった何かを、初春が受け入れた音だったのかもしれない。
情報量の保存。それを物理に反映した結果としての、定温保存。
初春の心は、それが本当なのだと、納得し始めていた。

「じゃあ能力名も変えちゃう? 『定温保存<サーマルハンド>』じゃ不正確ってことになるんだよね?」
「しばらくはそれでいいですよ、佐天さん」
「えー、なんで?」
「今私が出来るのは、たぶんそれくらいがせいぜいですから。もっと伸びたら、また考えます」

すぐさま変えるほどに自信がないと言うのも、理由の一つだった。
今の自分の実感は、気の迷いかもしれない。

「佐天さんこそ、そろそろ自分の能力名とか考えたらどうなんですか?」
「え? いや、あたしは『空力使い』で充分だと思うんだけど」
「でも普通の『空力使い』とは随分違いますよね?
 ほら、たまに婚后さんが言う『爆縮渦流<インプロージョン・ボルテクス>』とかどうですか? かっこいいじゃないですか」
「ちょ、ちょっと止めてよ。まだレベル2なのにそんな名前つけたら恥ずかしいじゃん!
 って言うか、婚后さんは自分の能力に名前とかつけないんですか?」
「100気圧越えの空気爆弾を作れる人が謙遜しなくても良いと思いますけれどね。
 私も考えたことがないといえば嘘になりますけれど、もう少し、考えてからにしようかなって思っていますの」

トンデモ発射場なんていう不名誉な二つ名を払拭しようと考えたこともあったのだが、悔しいことに的を射た表現でもあるのだ。
光子は、集めた気体をぶっ放すだけではない、幅の広さを身につけてからちゃんと名前を考えたいと思っているのだった。

「ね、初春」
「なんですか? 佐天さん」
「どんな風に、初春の中で変わったの?」
「え?」
「能力の質を変えるってすごいことじゃんか。そういうの、どうやってやったんだろうって」
「べ、別にそんな大した変化があったわけじゃ……」
「そんなことないよ。それと、結構真剣に、知りたいんだ」

疲れてソファに座り込んだ初春を佐天は案じてくれているようだったが、目は確かに真剣だった。
能力の開発は難しい。時に自分の能力の伸びが袋小路に迷い込んだとき、
一旦バックしてからやり直すのは、とても心に負担が掛かることだ。
それをやってのけた初春に、佐天は聞いてみたかったのだ。
どうやって、それを成したのか。いずれ自分が行き詰ったときのために。
その気持ちが伝わったのだろうか、初春は、一度も佐天に、いや、誰にも語ったことのなかったことを、教えてくれた。

「花に見立てる、っていうことを。やり直したんです」
「え?」
「私の一番得意なことです。プログラムだとか、システムだとか。そういうものを花に見立てるんです。
 外界から活動の源を集めてくる根っこ、全体を支える幹や茎、そして集大成としての花。
 そういうシステムが持っている細かな役割を植物の機能になぞらえて把握して、全体像を理解していくんです。
 私の一番の得意技なんですけど、能力とは今まであまり噛みあってこなくて。
 だからさっき、もう一度、この世界を花になぞらえて、把握しようとしてみたんです。まあ、完璧には程遠かったですけど」

初春はあまり自分の能力のことを他人に話すのが好きではなかった。底が知れる不安もあるし、あるいは陳腐だと思われるかもしれないからだ。
だけど、周囲の反応はそんな感じじゃなかった。

「すごい! 初春なにそれ、すっごくかっこいいじゃん!」
「え?」

原点に戻る、か。確かに有効そうだ。ベタベタなのかもしれないけど、それは王道だからベタなのだ。
自分にとっての回帰点はどこだろう。それは佐天にはまだよく分からない。確固たる物は自分にはない気もした。
それにカッコイイ点は、もう一つ。

「生花をあしらったカチューシャってのがさ、名前にも、自分の原点にもかけてあるってのがすっごいかっこいいじゃん!」

似合いすぎていると思う。管理は大変だろうに、枯らしたり元気ない花を飾ってあるのなんて、見た事がない。
それだけきっと、その髪飾りが自分というものを表しているのだと、自負しているのだろう。

「なんのことですか?」
「えっ?」
「えっ?」

褒められた初春を含め、その場にいる誰もが首をかしげた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/08(日) 01:19:59.60 ID:7gmImHdEo<> ふう。佐天さんと違い、ああいう劇的な進化は初春にはない、という考えのもと書いた話でした。盛り上がらないかなぁ。。。

>>252
あんまり初春と佐天に男の影をかんじないんですよねー。百合って訳でもないですけど。
まあどうなるかは、今後にご期待ということで。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(沖縄県)<>sage<>2012/07/08(日) 08:27:43.21 ID:BPZdIB2Eo<> 乙
スケジュール的に次は学芸都市編か <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/07/08(日) 14:16:53.25 ID:IDgGyOku0<> 乙乙! 手に汗握るねぇ、かわいいねぇ <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/11(水) 10:42:34.35 ID:r1sPVazFo<>
「それじゃ、失礼します。今日は有難うございました」
「そんなに何度もお礼は無粋ですわ。それじゃあまた、何かありましたらお教えくださいな、初春さん」
「はい」
「佐天さんも、明日の朝に寝坊だけはされませんように」
「えっ? アハハ、やだなあ、しませんよ」

ちょっと痛いところを突かれた様な佐天の顔を見て、苦笑交じりに光子はため息をつく。
まあ、光子も朝にそう強いほうではないので、気をつけなければならないのだが。

「上条さんも、インデックスも、夜にお邪魔してすみません」
「いいって。なんか光子がお姉さんぶってるトコみれて楽しかったし」
「もう! 当麻さん!」
「今度はゆっくりしていってね、るいこ、かざり。あと、当麻に襲われちゃだめだからね」
「だーかーらお前は、洒落にならねーんだよその台詞は」
「だって私は本当に心配してるんだもん」
「しなくていい! つか、光子以外の子に手を出すわけないだろ」

夜の帰り道は、まあ物騒と言うこともないだろうが万が一ということはある。
ちゃんと二人の寮の近くまでは、女の子だけで歩かせないほうがいい。
そういう判断で、当麻が二人を送ることになっていた。
内心、家に残されるインデックスと光子にはちょっと面白くないところはあるのだった。

「その言葉が本当だったらどれだけよろしかったことか……」
「ちょ、光子まで。俺のこと疑うのかよ」
「だって。当麻さんったら何度も何度も。……まあ、裏切られるなんて心配を、しているわけではありませんから。
 お願いですから当麻さん。あとお二人も。アクシデントにはお気をつけて」
「えっと、はい。あの、別に二人でも帰れますよ? 場所も分かりますから」
「この時間に女子中学生だけで返すのはアウト。ビリビリくらいに実力があるんならまあ、別かもしれないけど。……いてっ!」

二の腕を光子につねられた。責めるようにインデックスにも睨まれていた。
たぶんインデックスは、事情を知らずに光子が怒っているからという理由で怒っている。

「そういうアクシデントにも絶対に遭わないで」
「別に御坂のヤツに会うわけないだろ。常盤台の寮と全然場所違うし」
「どうして知っていますの?」
「どうしてって。前に光子が住んでる場所が気になって……」
「私がそちらの寮には住んでおりませんでした!」
「いや、そんなの調べる前にはわかんねえって」

別にもう美琴に含むところはないが、それでも妬き餅を焼くなと言われても無理なのが光子だった。

「ほ、ほら。遅くなっちゃ良くないし、さっさと行ってくる。ごめんな、二人とも」
「いえいえ。なんか婚后さんの痴話喧嘩みるのってちょっと楽しくなってきましたし」
「佐天さん! もう、からかわないで」
「ごめんなさい。それじゃ婚后さん、また明日」
「ええ。頑張ってね、佐天さん」

一瞬だけ、師弟の顔で、言葉を交わす。
レベルアップを疑わない顔の師と、気負いを見せない顔の弟子。
そういう緊張感のあるやり取りが、佐天には嬉しかった。
二人の愛の巣、もとい黄泉川家の玄関をくぐり、佐天と初春、そして当麻は熱気の篭もる夏の夜へと歩き出した。
見送りが見えなくなるところでもう一度、インデックスと光子に手を振り、三人はマンションの建物から外に出る。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/11(水) 10:43:35.09 ID:r1sPVazFo<>
「あちーな」
「ですねー。ところであの、上条さん」
「ん?」

佐天は、光子の恋人に素朴な質問をぶつける。

「またこの家に戻ってくるようなこと、さっき言ってましたよね」
「ですよね」

初春も横で相槌を打った。どうやら、相当気になっているらしかった。

「ああ、そうだけど。それがどうかしたか?」
「それってやっぱり、お泊りなんですか?」
「もも、もしかして、黄泉川先生が残業で午前様とか、下手したら徹夜して帰ってこないとか」
「……あー」

興味津々な二人の、その視線の理由を当麻はようやく理解した。
つまり、二人は当麻が光子と一緒の家に、黄泉川抜きで泊まるのかどうかが気になっているのだった。

「惚気でわるいけどさ」
「はい」
「このまま俺が自分の家に戻ったら、光子が不安になるだろ。
 俺がそのまま佐天さんと初春さんと一緒にどっかいっちゃったことになるわけだから」
「え?」
「いやもちろん、バカな話なのは分かってるけど。でも光子を不安にさせたくないから、一回光子のところに帰るんだ。
 それだけだよ。黄泉川先生は帰ってこなかったことは今のところないし、そうならたぶん俺の携帯にメール来るから」

二人に見せるように携帯をチェックすると、黄泉川からそろそろ帰る旨の連絡が入っていた。

「えっと、もし帰らなかったら、婚后さんが、上条さんがあたし達と遊んでるかもって不安になるってことですか?」
「そ。もちろんそこまで光子が疑い深いわけじゃないし、光子が悪いんじゃないけどさ。
 でも彼氏なら、やっぱ疑わせるような、しんどくなるようなことはさせたくないし」

つまり当麻は、そういう些細なことのために、わざわざまた黄泉川家に戻るらしい。

「いいなぁ」
「へ?」

そう漏らした初春と、同意するように頷く佐天に当麻は戸惑った。

「あたしも上条さんみたいな彼氏さん、欲しいなって思い始めました!」
「え? お、おう。頑張れ、佐天さん」

だってそんな風に自分を大切にしてくれる人がいるって、羨ましい。
……まあ、当てがこれっぽっちもないのが問題だが。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/11(水) 10:44:31.50 ID:r1sPVazFo<>
「これはまたちゃんと、お二人の馴れ初めを聞いて勉強しないといけませんね」
「やめてくれ……。光子、そういうの隠せるタイプじゃないの知ってるだろ」
「だから聞くんじゃないですかー」
「やめてくれって。こりゃ次に佐天さんと会うのは怖いな」

苦笑いの当麻と、ニヤニヤ笑いの佐天の視線が交錯した。

「初春さん、疲れてるか?」
「えっ? いえ、大丈夫です。ちょっと考え込んじゃってただけで」
「そっか、ならいいんだけど。やっぱ能力が伸びた瞬間ってそうなっちまうのかね」

その言葉で思い出す。たしか上条当麻のレベルは、ゼロだ。
ただ。

「上条さんの能力のこと、たまに婚后さんが不思議なことを言うんですけど」
「ん?」
「あの、嫌なこと言ったらすみません」
「いや、いいよ。というか大体どういうことかは分かるし」

別に気にするほどのことでもない。だから、当麻は佐天に続きを促した。

「上条さんはレベル0なのに、そんなはずはない能力を持ってるって」
「どうなんだろうな? 生まれてこの方、変な右手とずっと付き合ってるだけだ」
「生まれて……? え?」
「上条さんって、もしかして『原石』なんですか?!」

驚いた顔で、初春がそう尋ねた。

「初春、原石って何?」
「俺も聞いたことないんだけど」
「ネットの深いところを見てると時々見つかる単語です。
 生まれながらにして、超能力を持っている人のことみたいです」
「へー、そういう言葉があるのか」

きっと姫神秋沙も、その一人なのだろう。今更ながらに自分と姫神が似ていることに当麻は気付いた。

「たぶん、俺はその原石ってヤツなんだろうな」
「そうなんですか?」
「学園都市の測定機器は、小さい頃からずーっと俺のレベルを0って判定してる。
 ただまあ、俺の右手、結構変わり者でさ」

気負いなく上条はそんな話をする。別に、誰にも隠したことはない。クラスメイトならだいたい知っている話だ。

「佐天さん。ためしに渦、作ってみてくれよ」
「え? はい」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/11(水) 10:45:36.75 ID:r1sPVazFo<>
キュッと音がして、佐天の手のひらに空気が集まった。

「初春さん、俺の後ろに回ってくれ」
「はい」
「で、佐天さんはその渦、こっちに投げてくれ」
「え? でもこれ、当たったら結構痛いくらいの威力になってますよ?」
「大丈夫。当たらないから」
「あの、当たらないって」
「まあまあ、投げてみたら分かるって」

自信があると言うか、まったく気負わない風の上条の態度を見て、佐天は決心する。
まあ、当たったところで大怪我はしないだろうし。
そう思いながら、佐天は当麻の体の数十センチ前に向けて、渦を放り投げた。
当然それを解放すれば爆発し、当麻に尻餅くらいはつかせるだろう。
そう思って、心の中でカチリとトリガーを引く。
それにあわせたのだろうか、ごく自然に当麻が右手を突き出した。

――瞬間、三人の周囲に暴風が吹き荒れる。バン、と急激な密度差に空気が軋む音がする。
だというのに。

「……えっ?」

声を上げたのは、佐天だった。
そしてその戸惑いの声で、初春も異常に気付く。
上条の背で遮られているからとはいえ、余りにも自分に風が吹いて来なかった。

「なんで、あれ?」

砂埃で、視覚的に確認する。
佐天の渦は同心円状に砂埃を巻き上げているのに、当麻のいる辺りから後ろには、それがまったく届いていなかった。
まるで、当麻が爆風を打ち消してしまったかのように。

「一体どうやって……」
「こういう『異能』を無力化するのが、俺の右手なんだよ」

ニギニギと右手を動かして当麻は佐天に見せた。誰がどう見ても、何の変哲もない右手だった。

「え、え、それってもしかして」
「上条さん! あの、先月の中ごろ、セブンスミストっていう洋服屋さんに行きませんでしたか?!」

佐天が聞こうとしたのは「どんな能力も打ち消す能力を持つ男」の都市伝説の話だったのだが、初春に遮られてしまった。

「セブンスミスト? んー、行った覚えはあるな」
「そこで事件に巻き込まれませんでしたか?」
「ああ、そういえば」
「私と小さい女の子と、御坂さんを助けてくれたのって」
「あー、あれ初春さんだったのか。そういや風紀委員なんだもんな」
「やっぱり……!」

今、当麻は不自然なくらいに自分の周りから超常現象を消し去ってしまった。
その光景は、あの時に見た爆破後の痕跡と良く似ていた。
セブンスミストで遭遇した、『量子変速<シンクロトロン>』の能力者による爆破テロ事件。
やがて幻想御手<レベルアッパー>事件の一端であることが分かり、ここから事態は急展開したのだった。
爆破跡を見た白井が「あれはお姉さまがやったのとは違う気がしますの」と呟いていたが、その理由がこれで説明が付いた。

「あの時は、有難うございました」
「いや、別に右手突き出しただけだしな。別にいいって」
「でもおかげでみんな怪我しなかったわけですし」
「御坂のヤツが何とかしてたんじゃないかって気もするけどな。まあ誰が助けたとかは別にいいだろ。
 ああいう荒事にいつも立ち向かってる風紀委員の初春さんのほうがすごいって」
「私はおつとめですから」
「それでもすごいって。流石はあたしの初春だけあるね」
「あたしの、って。どういう意味ですか佐天さん」

茶化した佐天にため息を一つついて、初春は笑った。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/11(水) 10:46:53.57 ID:r1sPVazFo<>
コトン、とやや荒い音を立てて、光子はマグカップをテーブルに置く。

「当麻さん、もう帰り路についたかしら」
「……五分に一回そういうことを言っても、まだまだなんだよ、みつこ」
「べ、別にそれくらい分かっていますけれど」
「それにとうまはなんだかんだ言って、ちゃんとみつこのこと大事にしてるし、すぐに帰ってくるよ」
「勿論信じてはいますわよ」

ただ、信じている思いとは別に、どうしても気になってしまうのが彼女というものなのだ。

「今日の話、ちゃんとは分からなかったけど、超能力の開発の話をしてたんだよね?」
「ええ、そうですわ」
「かざりって変わった能力を持っている人なの?」
「……ええ。たぶん」
「そうなんだ」
「興味がありましたの?」

光子の能力に、インデックスが特に興味を示したことはなかったと思う。
無関心というわけではないのだが、込み入った話はどうせ分からないからと、突っ込んできたことはないのだった。
なのに、どういう風の吹き回しだろうか。

「えっと、なんだか、世界とか、自分自身を花に例えるような話をしてたと思うんだけど」
「ええ。初春さんはシステム、何か機能を持った集まりを植物、特に花に見立てるのが得意だそうですわ」

それが能力とは無関係な、初春の得意技らしかった。無関係だったのはもしかしたら昨日までかもしれないが。

「その概念は、どこか魔術みたいな感じがするんだよ」
「え?」
「世界樹とか生命の樹って、聞いたことない? 北欧には世界を貫く世界樹ユグドラシルの神話があるし、
 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を貫く旧約聖書には生命の樹、セフィロトがでてくるんだよ。
 セフィロトの樹は特にカバラ数秘術と絡めて、人としての位階を上げていくための神秘を構築してるし」

カバラを現代の知恵を用いて再解釈し昇華させたのは、『黄金の夜明け団』という魔術結社であり、
20世紀最大にして最悪、そして災厄の魔術師、アレイスター・クロウリーがかつてそこに所属していた。
……という話を脳裏に浮かべたが、どうせ光子は知らないだろうから、インデックスは口にしなかった。

「……宗教の時間に、その樹の名前は聞いたことがあるような気がしますわね」

国際的に活躍できる人であれという精神から、常盤台では宗教学もカリキュラムに入れられている。
あまり興味はないけれど、耳に入れた覚えくらいは光子はあった。

「でも、初春さんお得意のモデリング技術は、別に魔術というわけではありませんでしょう?」
「それは当然そうだよ。だって、魔術と超能力は、同時に身につけることはできないんだもん。でも」

そこでインデックスは、言葉を区切った。
改めて、自分の脳裏にある、10万3000冊の知の宝庫に問いかけるように。

「私も知らないんだよ。超能力と魔術、その境目が、どこにあるかなんて」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/11(水) 10:47:38.37 ID:r1sPVazFo<>
明かりで照らされた自分達の寮を背にして、初春と佐天は頭を下げる。

「送ってもらっちゃってすみませんでした」
「ありがとうございました」
「いいって。それじゃ、またいつか」
「はい。拗ねてる婚后さんに何をしたか、また明日聞いておきますね」
「やめてくれよ」

いたずらっぽく言う佐天に、当麻は苦笑しつつ踵を返す。
それを見送って、二人は軽く息をついた。
別に緊張する相手ではないけれど、やっぱり高校生の男の人と一緒というのは、気を使うところもある。

「上条さんって、いい人だね」
「そうですね。優しかったですし、婚后さんが好きになる理由も分かった気がします」

同級生と比べて、格段に大人っぽいし、余裕がある。
それに、もうひとつ、すごくかっこいいところを佐天は見つけていた。
佐天の渦を完全に無効化してしまうような、そういう滅茶苦茶な能力の持ち主なのに、それを誇るようなところがなかった。
それはまるで自分の一部だと言わんばかりだった。
無能力者と低能力者の集まりだからか、やっぱり柵川中学の学生には、大した能力でもないのにそれを鼻にかけたような学生が結構いる。
そうした嫌な同級生達とは、当麻はまるで違っていた。
かっこいい、と思う。佐天の心にあるのは、そんな当麻と一緒にいたいというよりは、そんな風に自分もなりたいという、憧れに近かった。

「……まだ数が足りないかな」
「え?」
「渦を作った数が、さ」

一日に、せいぜい100個くらい。それをまだ一ヶ月くらいしか作っていない。
だから、自分が作った渦なんてせいぜい数千個だろう。まだまだだ。
食事、つまり自分が箸を使った回数だって、もう一万回は越えているのだ。
それにすら及ばないようじゃ、息をするように能力を振るうなんて、到底できやしない。
佐天はそう自戒しながら、流れるように、渦を作ってみた。
初めの頃には真剣に頑張ってようやく作れたような規模の渦を、軽い一息で。
佐天の振る舞いに気付いた初春は、同意するように微笑んだ。
だが、ふと、戸惑いにその笑みが崩れる。
何かが、見えた気がした。

「佐天さん」
「どしたの?」
「その渦、あんまり強くないですよね?」
「え? そりゃ適当に作っただけだし……」

気圧も2気圧とか、その程度だろう。特筆するようなことは何もない。
だが、じっと初春がそれを見つめていた。初春の視線の先を手繰ってみると、たぶん、そこには渦の中心があった。
初春には、空気の渦なんてものは、目に見えないはずなのに。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/11(水) 10:49:36.79 ID:r1sPVazFo<>
「……あの、佐天さん。ちょっとそれ、貸してくれませんか?」
「それって、この渦? え、初春?」
「失敗したらすみません。でも、お願いです、すぐ渡して欲しいんです」
「べ、別にそれはいいけど……」

期待とも、予感とも付かない何かが、初春を急きたてる。
見えるはずのない渦が、そこにあるのが分かる気がする。
別に、空気の流れが見えているわけじゃない。分子の動きが分かるわけじゃない。
だけど、そこには渦があるのが、分かるような気がするのだ。

「はい、初春」
「どうも」

ぐるぐる巻く風、それは渦だった。
佐天から初春の手に渡る一瞬でそれは乱れ、大きく精度を落とす。
だが、まだ渦はその巻きを捨ててはいなかった。
そっと、初春は両手で包み込むようそれを手にする。
一瞬後に、何が起きるだろう。示し合わせたわけでもなく、二人ともが同じ予想を共有していた。
そしてその予想は、実現と言う形で結果を二人に示した。

「解けない……」

佐天の手を離れた渦は、速やかにその密度が周りと同じになるまで、暴発して広がるものなのだ。
だけど渦は、その自然な帰結に至らなかった。
終わりを感じさせず、渦は初春の手の中でぐるぐると回り続けていた。

「初春。これって――」
「やっぱり、そうなんですよ」
「え?」
「私が保存してるの、温度だけじゃないんです」

あっさりと、初春はそう告げた。事実を、佐天にと言うよりも、初春自身に言い聞かせているような感じがした。
その結果は、さっき黄泉川家でやった実験の成果よりも、ずっと大きな意味があった。
『定温保存』なんて名前を、明らかな間違いにするくらいの、能力の拡大。「自分だけの現実」の拡大だった。
渦が遺失されれば、渦という風の特異点が持つ情報が損ねられ、世界のエントロピー増加を招いてしまう。
自分はたぶん、それを禁じているのだ。だから渦は、消えない。

「それが初春の、本質なんだね」
「そうですね」

自身の能力の深いところにまで手を触れられた初春を見て、佐天は感動にも似た何かを感じ、呟かずに入られなかった。
それはたぶん、自分がそれを成し遂げたときの気持ちを、思い出したからに他ならなかった。
初春は初春で、佐天には短い答えしか返さなかった。答えるのが億劫だったからだ。
やがて渦をコントロールできなくなってしまう数分後まで、初春はただじっと、自らが『保存』した渦を眺め続けていた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/11(水) 11:01:04.29 ID:r1sPVazFo<> >>266
学芸都市編って、原作第3, 4, 5, 6巻の後だからまだまだ先ですね。
作中の時間では、わずか三週間先なんですけど。。。

さて、ついでなんでArcadiaに書くつもりのあとがきものっけちゃおう。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/11(水) 11:02:11.83 ID:r1sPVazFo<> 初春のやった計算を一応詳しく書いておきます。
ボルツマン定数 k = 1.38e-23 (1.38の10の-23乗)
温度 T = 300 [K (ケルビン)]
として、
1ビットの情報が持つエネルギーEは
E = kT ln2
と書けます。
メモリ容量が1テラバイト = 8,796,093,022,208(=約8兆8千万)ビットなので、
これをEに掛けてやる事で、25ナノジュールという値が出てきます。

ディラックコーンの下りは特に説明せずに話に出しましたが、これについてちょっと解説します。
 21世紀に入り、革新的な超伝導物質があまり報告されなくなっていましたが、2008年、東京工業大学の細野教授らが鉄系超電導物質と呼ばれる、鉄を含んだ超電導物質を作った事でまったく新たなメカニズムに拠る超電導物質が誕生し、物理学の世界では大ニュースとなりました。古典的な超電導物質が超伝導性を示すメカニズムは、1972年にノーベル賞の対象となったBCS理論により「とりあえず」説明が付いていましたが、鉄系ではまるでこれでは説明が付きませんでした。そこで、なぜ、鉄系で超伝導が現れるのか、その理由を説明できるメカニズムの解明・提唱が望まれていました。
 2010年、東北大学原子分子材料科学高等研究機構の高橋隆教授と同大学大学院理学研究科の佐藤宇史助教らの研究グループにより、鉄系超電導物質中において、「ディラックコーン」と呼ばれる質量がゼロの特異な電子状態が実現していることが確認され、これが超伝導性を示す原因であると示唆されました。本作中でのデイラックコーンの下りは、この研究成果をミーハーな気持ちで拾い上げて書かれています。
どちらの成果もNatureやPhysical Review Lettersという超有名科学雑誌に載るような成果です。もし鉄系の超電導物質がブレイクスルーとなって、作中に出したような、室温で超伝導性を示す物質が作られるようなことがあったなら、細野教授はノーベル賞をとってもなんら不思議ではないでしょうね。

ちなみに、こうした理系ネタを拾ってくるために、私は月に一回くらい、理化学研究所と科学技術振興機構のウェブサイトにあるプレスリリースにアクセスして読んでいます。学術振興会も時々見ますね。「なるほど、わからん」という内容がほとんどですが、キーワードをここで仕入れておくと、たまに別のところで知識を仕入れる機会があったりするので、役に立ちます。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(沖縄県)<>sage<>2012/07/11(水) 12:30:22.79 ID:tSJoWR5Xo<> >>275
ああ、妹編と『御使堕し』編終わってませんものねww
すっきり忘れてた <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/07/11(水) 21:28:25.43 ID:092H47Oq0<> 乙乙! うわぁ、初春がすごいことになっちゃったぞう

>>275
ミサカ地獄はこれからなんだね…… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/07/11(水) 21:47:11.00 ID:c2GwsD/Q0<> 右手とグラビトン事件についてどこでやるのかなと思ってたらここでやりましたかー
んでもって上条さん、原石の事完全に忘れてらっしゃるw <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/12(木) 00:47:37.20 ID:6dW2Gbtwo<> 楽しみにしてます。乙。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(千葉県)<>sage saga<>2012/07/13(金) 19:44:25.94 ID:kF5wNRNX0<> 乙乙
最近更新頻度が戻ってきて嬉しいばかりだ

ここでの初春の能力ヤバくね?鍛えていったらLEVEL5も夢じゃないレベルにヤバくね? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/13(金) 23:23:06.08 ID:fQrZM+uAo<> 乙
スゴく初春さんらしい能力になりましたね。
これはていとくんにも朗報ってことかな??
けど、ここのていとくんにはまだ直接交渉権を欲する動機なさそうだしな……
いずれにせよ、近いうちにていとくん動きだしそう!! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/14(土) 05:51:39.15 ID:AgL5jZ2SO<> これは佐天さんと初春の合体技、螺旋丸ができるようになる日も近いで <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/07/19(木) 00:05:52.15 ID:P2HqXuLg0<> 最近は愛知のやつ見ないな
元気にしてるんだろうか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/19(木) 01:21:46.33 ID:HDpK00Jho<> 理想郷死に体で活字不足なんだ
更新はよ <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/19(木) 01:33:33.25 ID:aFduz55Bo<> 理想郷なんかやたら重たいな。
続き書けてないんで、またちょっとお待ちください。

>>279
上条さんって自分が原石だってこと知ってたっけ?

>>282
ていとくんには朗報ですが、けっしてトータルで見て幸せな展開ではないですねー <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/07/19(木) 19:43:36.53 ID:6oNupgsBo<> >>286
『interlude08: 電話をする人しない人』のときにブリか鯛みたいで嬉しくねーと宣ってますがなw <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/19(木) 23:29:51.17 ID:aFduz55Bo<> やべっw自分でやっといて忘れてたか。修正しておきます。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/19(木) 23:35:09.36 ID:kreBvwlCo<> 愛知さん…… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/20(金) 00:53:54.91 ID:y5xdiZN80<> 「愛知今日も元気だなw」
って自分が愛知に帰省してるのを忘れてレスしたのが懐かしいぜ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/07/21(土) 00:44:04.92 ID:qXi/5Osx0<> 最後にやつを見たのは4月か
いなくなってみるとあんな奴でも恋しいものだなw <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/21(土) 19:42:42.99 ID:Sn5tJ/vTo<> 愛知さんがいないと、こんなにもスレががらんどうなんだ <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/25(水) 23:34:25.46 ID:QpHVPdtwo<>
「――――これで三件目です!」
「今日は相当にハイペースですネ」
「落ち着いてる場合ではありませんよ! それで、樹形図の設計者<ツリーダイアグラム>で"彼女"の行動予測をするプランはどうなったんです?」
「蹴られました。予想していたことですガ。ジェーン・ドゥ<名無し>が誰かも分からないようでは仕方もありませんネ」

執務室に飛び込んで着た研究者に柔和な笑みを返しながら、掘りの深い顔をした白人の男性が訛りのある日本語で返事をする。
彼は担当するプロジェクトである『絶対能力進化』において、重要なポストを占めるリーダーの一人だった。
彼らは今、窮地に立たされている。誰とも分からない人間に研究拠点を襲撃され、こっぴどく破壊されているのだ。
今日に至っては、なんとそれぞれに離れ、独立していた三つの施設を再起不能にまで追い込まれた。
被害総額なんて、想像するのも恐ろしい。たかが1000万円やそこらの自分の年収で払えるようなちっぽけな金額ではない。

「名無しなどと貴方が申請したのが問題では?!」

詰め寄る日本人研究者は、相当焦っているようだった。それもそうだろう。
あまり自分で研究を進められる脳のある人間ではない。ここで切られては、再就職は難しいだろうから。
だがそんな冷淡な査定を表情にはおくびにも出さず、リーダー格の白人男性は落ち着いた微笑を浮かべ続ける。

「プロジェクトの申請書の内容は誠実であるべきでス。実際、これが本当に貴方の言うように"彼女"の仕業なのか、
 それとも対立するチームの妨害工作なのか、我々も判断しかねているわけですかラ」
「状況証拠からして明白ではありませんか!」

襲撃者の手口はシンプルにして強力だ。
施設進入前に、ハッキングで施設内のセキュリティを全て外し、堂々と進入する。
そして進路上にあるありとあらゆる電子的なセキュリティを無効化しながら、
大電流によると思われる短絡<ショート>で施設の電子機器を全てお釈迦にしていく。
侵入者の人数は明らかに少人数、下手をすれば一人。
こんなことをやれるテロリストなんて、一体"彼女"以外に誰がいるというのか。
目の前で悠然とたたずむこの男だって、御坂美琴以外の誰かを、頭に思い描いてなどいないだろうに。

「……まあ、樹形図の設計者<ツリーダイアグラム>の利用は些か無謀な申請でしたね。
 例え"彼女"の名前を書いていようと、利用申請は受理されなかったと思いますヨ」
「では一体どうするんです?! あと我々の施設は二つだけですよ? 明日にも落とされます!」
「我々だけではどうしようもありませんネ。助力を誰かに願わねバ。ふム……」

考える不利をして、白人の男は考えをめぐらす。
考えているのは今後どうすべきかではなくて、最善と思われる案がどれ位の資金を持っていくか、
そして研究を続けるのに必要なお金が残るかどうか、それだけだった。
それにしたってもう何度か見積もっていた。幸い、そうした人材の派遣が得意な人間と、懇意にしている。

「必要な手を、打ちましょウ」
「では」
「ええ、いい増援に心当たりがありますので、明日の夜には配置しまス。心配せず、研究を続けてくださイ」

電話の向こうの相手が誰なのか、正体を知っているわけではないが、
どうやら女性らしいその相手が寄越す増援の実力が折り紙つきなのは疑っていなかった。
自信ありげ微笑む男を見て、焦りを隠せなかった日本人の研究者は、いくらか不満を静めたらしかった。
立ち去る後ろ姿に侮蔑を込めながら見送り、男は一人、自分のデスクでため息をついた。

「さて、事態がつつがなく進むことを祈るばかりですネ」

そう言って、必要な連絡をするために、受話器を取り上げた。
だがその男も、まさか迎撃のために次の日に寄越される手駒の中に、学園都市第四位の兆能力者が含まれているなんてことは予想は出来なかった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/25(水) 23:35:34.63 ID:QpHVPdtwo<>
「よし、っと!」

人目に付かず、また敵のセンサーからも逃げ切った路地の一角で、美琴は安堵するようにため息をつく。
眠気とも集中力の途切れとも付かない、フッとした意識の断線を感じて、慌てて心を引き締めなおす。
こんなところで倒れてしまえば、きっと疑われる。明日から動けなくなる。

「……電話、しないと」

美琴はポケットに入れていた携帯を取り出し、ボタンを押して耳に当てる。
共闘できる人間がいることは、幸せだろうか。
あのギョロ目の先輩のニコリともしない顔を思い浮かべながら、コールの数を数えた。

「Good evening. 調子はどうかしら?」
「悪くないわね。また一つ、潰したわ」
「そう。Congratulations.(おめでとう) それで次はどうするの?」
「今日はこれが限界ね。続きは明日やるわ」

残りの施設は今いるところからはかなり遠い。移動の時間を含めればもう時間は足りないだろう。
それに、次が恐らく仕上げになる。その時の体力を温存しておきたかった。

「これで残りは二つね。そっちの首尾は?」
「予想通りと言えるわね。明日、研究所に私も行くわ」
「そう」
「私が呼ばれたのはSプロセッサ社。もう一つは近くの製薬会社だったわね。そちらよりはこっちを優先して潰すべきでしょうね」
「どうして?」
「私を招く気だからよ。それも急に、明日になんてね。
 あちらにしてみれば破壊活動で仕事に支障をきたしている時期に研究者を呼び戻す理由はない。
 私の招聘には、恐らく事故の責任を私に取らせて自分達は雲隠れでもする意図があるのでしょう」

布束は電話越しに、そんな予想を美琴に伝えた。
初めて美琴<オリジナル>と対面して数日後、二人は再び出会い、そして共闘関係を結んでいた。
といっても施設の破壊には布束はほとんど関わっていない。実働は美琴がすべて行っていた。
布束の仕事は一つ。
再び妹達を教育する『学習装置<テスタメント>』にアクセスし、彼女達に「ある感情」を仕込むこと。
それは美琴にはできない、妹達全てに変容をもたらすプラン。
『学習装置<テスタメント>』の開発者にして、妹達の情操面での育ての親である布束にしかできない仕事だった。

「アンタがコッソリ仕事をするのに好都合ってことね」
「Exactly. あなたと時間を上手くあわせて動けば、恐らくは目的を遂行できるでしょう。
 セキュリティは今日の比ではないと思うから、良く休んでおきなさい」
「セキュリティなんて私の前にはいくらあったって同じよ。どうせ壊すだけなんだから」
「ならいいけれど。では明日、もう一度連絡するわ」
「分かった」
「良い夢を。Good night.」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/25(水) 23:37:00.57 ID:QpHVPdtwo<>
その言葉を最後に、電話は切れた。
美琴の足は、繁華街にさしかかろうとしている。もう夜遊びをする普通の悪い連中と見分けは付かないだろう。
はあっとため息をついて、携帯を持った手をだらりと力なく下げる。
いい夢なんて、もう随分見ていない。随分といっても二週間程度の話だが、それでも美琴の心は安息を許されず、磨り減りつつあった。
当たり前のことだと思う。そんな軽い罰で済んで、むしろ幸せなくらいだ。
今も死に続けているかもしれない、あの子たちの比べれば。
沈み込み始めた感情を奮い立たせるように頭を振り、美琴は目の前のホテルに堂々と入った。
夕方に借りた一室に、制服が置いてあるのだった。何食わぬ顔で預けたキーを受け取り、部屋に入る。
シャワーを済ませ、制服に戻って倒れる。
程なくまどろみ始めた自分にハッとなって、起き上がった。

「そろそろ帰らないと、黒子にまた怒られるわね」

また夜遊びですのお姉さま、という白井の決まり文句を脳裏で反芻する。
最初は咎めるような口調だったのに、今日さっき貰ったヤツは、はっきりと心配する響きを含んでいた。
明日で全てを終わらせれば、これ以上の心労はかけないで済むだろう。
風紀委員の可愛い妹分が、自分を探して危険に巻き込まれるようなことは避けたかった。
ホテルを引き払い、学生寮へと足を向ける。そして帰り道をショートカットするために、通いなれた公園を横切った、その時だった。
自分の発している電磁場の、奇妙な共鳴。チリチリと細波のような不快感が広がると同時に、美琴はそこに誰がいるのか、悟った。

「アンタ――――!」
「ごきげんよう、お姉さま。とミサカは数日振りにお会いしたお姉さまに丁寧な挨拶を送ります」
「なんで、ここにいるわけ?」
「今日は自由行動が許されていますので特に意味はありません」

目の前には、いつもと同じように、美琴と同じ制服を着た、美琴と同じ顔、それどころか遺伝子全てが同じ少女がいた。
個体名はない。ただ通し番号のみで個々を管理されている。
美琴は、目の前の少女が今日は死なないらしいと知って、安堵した。
そして同時にその安堵を蹴っ飛ばしたくなるような、後悔に苛まれた。
――何をホッとしてんのよ。だって、この子が死んでなくたって、代わりにきっと、誰かが。

今日実験に投入されたのは、10010号までの妹達だ。
大規模な実験に投入されるため現地の実況見分にきたものの、自分自身が投入されるのはまだ先だろう。
施設内でやっていた実験と違い、市街での実験は時間が掛かる。
勿論、そんな細かな事情を美琴に教えるわけには行かない。
怖い目でこちらを見つめてくる姉を、彼女――10032号は無表情に見つめた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/25(水) 23:38:17.31 ID:QpHVPdtwo<>




光子は、着信を伝えてくる携帯を取り出し、カチカチと慣れた手つきでチェックした。

「とうまから?」
「ええ。今送り届けたから、すぐ戻るって」
「ふーん。この時間なら、遊んで帰ってきたって事はなさそうだね」
「そんな風に疑っては当麻さんが可哀想ですわ」
「みつこだってほっとしたでしょ」
「べ、別に私は」

図星だった。インデックスには、完全に読まれているらしかった。
必死になんでもない風を取り繕いながら、光子は部屋を見回した。
黄泉川はまだ帰ってこない。今日も多分、深夜まで残業なのだろう。
台所の片付けは済ませた。洗濯は帰りの遅い黄泉川の仕事だ。

「インデックス、お風呂が沸きましたわよ」
「んー、この番組が終わったら」
「気持ちは分かりますけれど、片付きませんから」
「終わったら一緒に入ろう、みつこ」
「もう、わかりましたわ」

お姉さんというよりはお母さんみたいだな、とため息をつきながら、光子は携帯を机にそっと置いた。
当麻が戻ってくるまで30分もないだろう。そんな風に、光子は考えていた。



<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/25(水) 23:39:53.23 ID:QpHVPdtwo<>
背中にかいた汗を不快に思いながら、当麻は帰り道を一人、歩く。

「夜になってもこの温度か。30度以上あるんじゃないのか、これ」

いくら学園都市といえど、熱力学が与える理想効率を越えるようなエアコンは存在しない。
あちこちで廃熱を撒き散らすファンが回っているせいで暑いという夏定番の事情は、学園都市の中と外でも変わりはないのだった。
ちょっとでも風があるんじゃないかと根拠のない期待をして、当麻は公園を突っ切るルートを選ぶ。
暗がりには不審者がいるという噂もあるが、まあ、女の子ではないし大丈夫だろう。
ついでだから自販機で飲み物でも買うか、と歩みを進めたときだった。

「……ん?」

言い争うような声が、聞こえた。
一瞬身構えて、そして警戒が不審に変わった。
声は二つとも良く似ていて、そして女の子の声だった。
不良に絡まれているような雰囲気ではない。
視界の広がるところまで進んでそちらを見ると、争う女の子達が来ている服は、どちらも良く知っているものだった。
光子と同じ、常盤台の制服。というか、良く見れば女の子『達』の顔に、当麻は見覚えがあった。

「御坂?! って、何で二人?」

美琴に姉妹がいるなんて話は、聞いたことがない。
光子という彼女がいて常盤台には縁がある自分だから、知っててもいい話だろうに。
片割れを睨みつけているほうの表情には、覚えがあった。いつもの美琴そのものだ。
もう一方は、良く分からない。感情に酷く乏しくて、存在感が明らかに美琴と違う気がした。
その、美琴だと思われるほうが相手に向かって怒りをぶつける。

「なんで……ッ! わかんないわよ! なんでそんな平気な顔してるのよ!」
「なぜ、という問いには答えかねます。お姉さまと違って、私はそのために生まれた存在ですから、
 とミサカは自分とお姉さまの本質的な違いを指摘します」
「説明になってないわよ! あんな酷い目に合わされるのなんて、一回だって許せるものじゃないでしょ!?」
「そうは言いますが、お姉さま。実験に投入されるために生み出されたのが、私達ですから」

当麻はその会話を、余すところなく聞いていた。
申し訳ないと思う。きっと、プライベートな話だろうから。
だけど美琴っぽいほうの美琴が、苛立ちをぶつけているように見えて、あまりに辛そうで、ただの姉妹喧嘩には到底見えなかった。
だから、つい、足を止めて聞いていた。
美琴が、ガクリとその場にへたり込んだ。口元を手で押さえて、吐き気を必死で抑えているみたいだった。

「お姉さま。体の調子が――」
「触んないで!」
「お姉さま」
「やめてよ」
「ですが今のは明らかに」
「やめてって言ってるでしょうが!」

辞めてと言う言葉を、美琴の妹と思わしき少女は素直に受け取ったらしい。
伸ばしかけた手を、止めた。だけど引っ込めることも出来ずに、指先に戸惑いを見せていた。
横から推察していたって、きっと妹は姉を心配しているのだろうと、そう思えた。
だが美琴は、そんな仕草を見ていなかった。追い詰められた目で、地面を見ていた。
当麻は知る由もない。
目の前の少女が数日もすれば死ぬであろう事も、少女がそれをなんとも思っていない事も、
美琴が必死にそれを止めようとしている事も、それが上手く行っていないことも、
そしてこんな出来事のきっかけを作ったのが美琴自身であることも。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/25(水) 23:41:26.19 ID:QpHVPdtwo<>
「アンタ達は、命に代えたって私が絶対に助ける。だから、その貼り付けた能面みたいな顔を止めなさい。
 その顔で、その声で、その姿で……。誰かに虐げられて生きるのを止めなさい。お願いだから止めて、よ」
「……ですがお姉さま。ミサカはそのために作られた生き物ですから」

ひどく薄い感情しか見せない妹の顔に、困惑が浮かんでいる気がした。
事情は分からないが、きっと誠実な答えを返しているつもりなのだろう。
だが美琴は、その言葉でむしろ我慢の限界をぶちきったらしかった。

「アンタはそれでも人間かぁっ!!」
「種族としてではなく、哲学的な意味での回答をお望みでしょうか。そうであるならば、ミサカは――」
「そんなこと聞いてない! なんで、なんでそんなこと……ッ!」

もう「なんで」を何度繰り返しただろうか。最後は、吐き捨てるような呟き声にしかならなかった。
妹にはきっと、歩み寄る努力はあるのだが、歩み寄る余地がなかった。
沈黙が二人の間を吹きすさぶ。夏なのに、冬の冷気みたいに重たい空気が公園に広がっていた。

「なあ、二人ともさ」

当麻は、呟かずにはいられなかった。

「え?」

驚きに目を開き、二人がこちらを一斉に見つめた。
まだあどけなさを残す少女の顔。美人といって間違いないその顔は、二人とも瓜二つだ。
だけど美琴が見せたのは困惑で、隣の妹からかろうじて読み取れるのは警戒感だった。

「なんで、アンタがここにいるのよ」
「ちょっと用事があってさ。その帰りだ。別に変なことはないだろ。
 高校生が出歩いててもおかしな時間じゃなし、ここはウチの近くなんだしさ」
「お姉さま。この方は知り合いですか」
「アンタはちょっと黙ってなさい。……聞いてたの?」

その質問の返事を、二人はじっと耳を傾けて待った。
返答次第では、対応を良く考えないといけないから。
当麻も二人の緊張感は感じ取れただろう。だけど、答えは至極あっさりしたものだった。

「ああ。聞いてたぞ。そっちの妹が殺されるとかどうとか、実験がどうとか」
「――他愛もない冗談よ。姉妹喧嘩に口出しは要らないわ」
「御坂」

真っ直ぐ、当麻が自分を見つめていることに、美琴は気がついた。
何一つはぐらかさない、そしてはぐらかせないような、そんな目だった。
知れず、糾弾されるのを美琴の心は怖がった。
人殺しだと、許せないといわれるのが怖かった。
だけど。

「あの時、お前が辛そうだったのは、このことだったんだな?」
「え……?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/25(水) 23:43:45.31 ID:QpHVPdtwo<>
思い出すのは、もうずっと前のことのように感じられる、あの日。
初めて『一方通行<アクセラレータ>』に出会い、敗北し、妹達の死を知った日。
薄汚い姿で途方にくれた自分を、当麻は励ましてくれたのだった。
――――ズキンと、その後のことを思い出して心が軋んだ。

「御坂。全部話せよ」
「何をよ。喧嘩してるだけだって、言ってるでしょ」
「隣の子のことだ。実験とか、その子が死ぬとかって話だよ」
「だからそんなの売り言葉に買い言葉で出て来ただけの言葉だから――」
「嘘は止めろよ」
「嘘じゃない」
「ならなんで、そんな自分を殺したような顔、してるんだよ」

目の奥に、光がない。美琴のあの快活さが、微塵にも伝わってこない。

「お前が黙ってるんなら、そっちの妹に話を聞くだけだ」
「……貴方は、お姉さまのお知り合いなのですね、とミサカは状況に困惑しつつ確認を取ります」

計画が外にばれるのはまずい。だからここで拉致し、薬物で記憶を破壊するのが最善の手のはずだろう。
だが、10032号は当麻の存在をネットワークに知らしめ、そんな手はずを整えさせるのを躊躇っていた。
もとより自分以外の人間を傷つけることは忌避するよう設定されているのだ。美琴の知り合いなら、尚更だった。

「俺はコイツの知り合いで、上条だ。妹さん、名前は?」
「ミサカの名前はミサカです」
「いや、苗字じゃなくて、下の名前のほうだよ」
「……ありません、とミサカは返せるギリギリの答えを返します」
「ありません、って、え?」

双子の妹にだけ、名前をつけないなんてことがあるのだろうか。

「何も聞いてないんじゃない。アンタ」
「あんな途中からの会話で全部わかるわけないだろ」
「なら忘れてこっから消えなさい。これは中途半端な気持ちで、関わっていいことじゃない」

苛立ちが募る。それを吐き出すように、鋭い言葉を当麻に投げかけた。
そんな風に尖ってしまう自分を、美琴はまた嫌いになる。
見上げた当麻の瞳に自分への怒りか何かを見つけようとして、見上げた。
……当麻の瞳は、やっぱり真っ直ぐだった。

「中途半端な気持ちなんかじゃない」
「どこがよ。他人事に本気になんてなれるわけないじゃない」
「他人事ならそうかもな。だけど、お前は違うだろ」

馬鹿みたいに、心臓が高鳴る。
無意識に期待した何かなんて、与えられることは無いと分かっているのに。
それを、あの時いやというほど味わったというのに。

「御坂、そんな顔をしてたお前を、俺は見ないふりなんて出来ない。しない。
 だから話してくれ。お前一人で抱えるには重荷なら、俺が半分背負うからさ」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/25(水) 23:45:38.88 ID:QpHVPdtwo<>
一人で、誰にも迷惑をかけずに済ませたかった。それがけじめだとも思っていた。
だけど二度は、耐えられなかった。助けてやると言ってくれた当麻の言葉を、二度拒むことは出来なかった。

「後悔するわよ」
「しねえよ。後悔するとしたら、ここでお前を見捨てた時だ。
 そっちの……御坂妹。お前も文句はあるかも知れねーけど、聞かないからな」
「……お姉さまが話すと決めたことを、ミサカは止める権限がありません。
 ですが、お姉さまの言ったとおり、後悔を伴う可能性が高いことをミサカは指摘します」
「じゃあ聞かせてくれよ。場所は、ここでいいのか? ジュースくらいならそこで買えるけど」
「ここでいいわよ。どうせ制服じゃ、どこの店にもいられないし」
「そうか」

小銭を確認しながら、当麻がすぐそばの自販機に向かう。その背を見ながら御坂妹が呟いた。

「お姉さま。ミサカにもスケジュールがあります。許される時間は、今日はもう多くありません」
「知らないわよ」
「お姉さまの都合には関係のないことでしたね。
 では、ミサカはこれで立ち去りますので、あちらの方とお話を続けてください」

今帰れば、何事もなく終われるだろう。
美琴自身のことも、美琴の友人らしいあの少年のことも秘密にしたまま、計画を遂行できる。
そのはずだった。

「……何言ってんのよ」
「え?」
「今アンタを帰したら、アンタは死にに行くんでしょ?」
「それがミサカに与えられた使命ですから、とミサカは改めてお姉さまにお伝えします」
「認めない」
「お姉さま?」
「アンタが死にに行くのを、私は認めないって言ってんのよ――!」
「当たり前だ」

美琴と、そして隣にいる少年が強い瞳で10032号を射抜いた。
10032号はただ、混乱するほかになかった。
死ぬなと強い口調で言われたことなんて、今までに製造された20000体の個体の誰一人として、経験したことはなかったから。





二人で過ごすには大きすぎる黄泉川家で、光子は風呂上りのすぐに携帯を手に取った。
当麻はそろそろ、帰ってくるはずだ。行きと同じ時間掛かるなら、後三分もあれば帰ってくる。

――――メールには素っ気無く、「ちょっと用事が出来たから遅くなる」とだけ書いてあった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/25(水) 23:47:47.29 ID:QpHVPdtwo<> さーて『妹達』編、いよいよスタートです!
美琴がいきなり当麻に助けられた状態から始まります。
まあ、これからどれほど想いが募っても、当麻に届くことだけはないんですけどね。
いい感じに原作とは違う流れになってきて良かったです。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(高知県)<>sage<>2012/07/26(木) 00:15:25.50 ID:gEOI12yRo<> とうとう上条さんの妹達編の参戦か。
続きが楽しみだぜ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/07/26(木) 00:41:34.58 ID:NH+wyzMTo<> 投下乙です!
上条さんがこんなに早くから実験知ってるってのは新しい展開wwktk期待wwww <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/27(金) 10:20:39.45 ID:aDqS1UNmo<>
静かな公園のベンチに腰掛けて、美琴は当麻を見上げる。
少し離れて隣に座る妹は、視線を自分と当麻の間で往復していた。

「つまり、そっちの御坂妹はお前の妹って訳じゃなくて、同じ遺伝子から出来たクローンだと。
 しかもその妹はコイツだけじゃなくて、他にも全部で2万人いる。で――」

当麻は聞いた話をまとめて、美琴に確認を取っていた。
時折美琴は言葉を詰まらせ、黙って端末を差し出すこともあった。
段々と、厳しくなる当麻の眼に、自責の念を感じた。
後戻りできないところまで、当麻を堕としてしまう様で。

「もう1万人くらいが殺されて、お前自身が殺される日も、もうすぐってことなんだな?」

コクリと御坂妹が頷いた。それが、『絶対能力進化<レベル6シフト>』と呼ばれる実験の実態だった。
あまりの大きな規模に、当麻は現実感を見出せずにいた。まるで冗談にしか聞こえないような、そんな話。

「御坂。お前はこれを止めるためにこんな夜に出歩いてるのか?」
「夜でもなきゃ、研究施設の破壊なんて出来ないでしょ」

昼間は無関係な人も巻き込みやすいし、顔を見られやすい。

「成功したのか?」
「……」

チラリと、美琴は妹の方を見た。
妹を救うために美琴は動いているが、その妹は、実験のために生きている。
ここで話せば、その情報を誰かに漏らさないとも限らなかった。

「誰にも喋ったりはしません、とミサカはお姉さまの懸念に回答します」
「どうして?」
「話せばお姉さまと上条さんに危害が加えられる可能性があるからです」
「……それの一体何が、アンタにとって問題なわけ? 学園都市の学生が高々二人、死ぬだけの話でしょ?
 まあおいそれとやられる気はないけど」
「私と違って、お姉さまや上条さんは造られた人ではありませんから。替えの利かない人を、危険にさらすわけには行きません、
 とミサカは自信の行動理念を表明します」
「アンタは、替えが利くからいいって?」
「そのとおりです。単価18万円、必要な機材と薬品があればボタン一つで自動生産できる、それがミサカです
 作り物の体と借り物の心しか持たない人形である我々は、正しく替えの利く存在です」

だからこそ、消費されて良いのだ。実験のために。モルモットのように。
実験動物が殺されるのは正しいことだ。善悪に如何を問うような難しい問題ではあるけれど、それで救われる人間の命は数知れない。
この実験だって、学園都市の悲願を達成するために、学園都市そのものが推進するプロジェクトなのだ。
御坂美琴というかけがえのない人の変わりに、自分たちが消費されるのは、正しいことだ。

「御坂妹」
「はい」
「歯、くいしばれ」
「え、ちょっとアンタ」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/27(金) 10:22:05.81 ID:aDqS1UNmo<>
上条が妹の前に立って、手を振り上げていた。
それをどういう意味だと思ったのかは分からないけれど、妹は指示に、ただ従っていた。

――ベチンッと、当麻の指が御坂妹のおでこを叩く音がした。

「……あの」
「自分を大切にできねーようなヤツには、もれなく愛の鉄拳制裁だ。それが黄泉川家の掟なんでな」

自分を含め、光子やインデックスも居候組で殴られた人間はいないのだが、
警備員、黄泉川愛穂といえばスキルアウトの間では愛ある暴力で有名なのだ。

「私は今、叱られたのでしょうか?」
「ああそうだ」
「理由がわかりません、とミサカは自身の混乱を端的に伝えます」
「そうか、わかんねーか。なら、分かるまで考えろ。あと死ぬな。お前の姉妹を死なせるな」

横で見ていて、美琴は、出来るならそれは自分がすべきことだったのだと、感じていた。
自分自身を当麻や美琴と同じ人間だと捉えていないのなら、それが間違いなのだと、教えてやらなければいけなかったのだ。
偉そうなことを言えなかったのは自分に負い目があったから。だけど、それに目を瞑ってでも、言うべきだったのだと思う。

「御坂。次に動くのはいつだ」
「それを知って、どうする気? レベル0の足手まといなんて、いらないわ」
「お前ほどなんでもできるわけじゃない。けど、能力によって起こされた現象なら、どんなことでも俺は無効化できる。
 お前の超電磁砲<レールガン>だって例外じゃない。いつだったか、見ただろ?」
「敵として学園都市の学生が出てきたことなんてないわ。だから、アンタが活躍する場所なんてない」
「……そうか、ならバックアップに行く。お前が怪我して逃げづらくなったら、背負って走るくらいのことはしてやれる」
「そんなヘマ、私はやらないわ」
「手伝うなんて言って、結局できるのはこれくらいなんだろうけどさ。それでもいざって時の準備はしたほうがいい」

例えば拠点を守りに、一方通行が来るかもしれない。既に美琴は一方通行には勝てないと判断しているらしい。
自分だってまず勝てるわけはないだろうが、それでも相性の問題で、逃げるくらいはできるかもしれない。
なにより、精神的に追い詰められている美琴を、少しでも楽にしてやるのが重要な気がしているのだった。

「明日のことは、とりあえずそういう予定にしておこうぜ。それで、むしろ大事なのは、御坂妹を今からどうするか、だな」
「……そう、ね」
「どうするか、とはどのようなことを指すのでしょうか、とミサカは自らの処遇が分からず疑問を呈します」
「俺達が放って置いたら、今からお前はどうするんだ」

質問の糸がつかめず、御坂妹は回答に少し時間を置いた。

「もといた拠点の一つに戻ることになるでしょう。ミサカの居場所は、そこですから」
「悪いけど、それは駄目だな」
「……そうね。結局はそれも、偽善みたいなもんだろうけど」

目の前の、10032号の少女を匿ったって、実験は止まらない。誰かの死を回避できるわけではない。
だけど、それは目の前の少女を死なせても良いという理由にはならない。

「ホテルは……駄目か。制服はウチのを着てても、IDまでは誤魔化せないでしょ」
「はい。もとよりそのような行動を取れるようなIDは持っていませんから」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/27(金) 10:23:34.23 ID:aDqS1UNmo<>
街中で買い物をしたり、警備員の簡単な職務質問にくらいは対応できるようなIDカードは与えられている。
だがホテルとなると話は別だ。夜に、寮などの決められた場所以外に宿泊した記録が明確に残り、所属する学校に送られるのだ。
御坂妹たちに与えられたIDは、何でも誤魔化せるような高等な偽造IDではなかった。

「御坂。お前の住んでるところは、まずいよな」
「当たり前じゃない。いきなり双子の妹です、なんて紹介できるわけないでしょ」
「となると」
「……アンタ、何考えてるわけ?」
「お前の考えてることそのものだと思うぞ。ウチに泊めるかどうか、考えてた」
「ちょ……っ! 駄目に決まってるでしょうが! ほらアンタもなんか言いなさい!」
「私はそもそもお二人に迷惑をかける気はありません。ですが、仮に上条さんの家に泊まるとして、
 それが問題となる理由はなんですか、とミサカはお姉さまに質問します」
「だって男女が一晩屋根を共にするなんて、駄目に決まってるでしょ?!」

それは許せないことだった。当麻が、女の子と一つ屋根の下なんて。
それも、自分と瓜二つの体を持った女の子と一緒なんて、絶対に駄目だ。
だが美琴のその怒りをいなすように、当麻は苦笑した。

「別に心配は要らないって。まあ、御坂に手伝ってもらう必要はあるけど」
「え?」
「俺は別の家で寝るから、御坂、妹と一緒にウチで夜を明かしてくれ」
「……はぁ?」

当麻のプランはこうだった。
ホテルなんかには泊まれない御坂妹を、上条家に泊める。
監視役としてどちらかが残らないといけないが、もちろん男女ではまずいので、美琴に泊まらせる。
そして自分はというと、最近の常であるように、黄泉川家で眠ればいい。
それを説明すると、渋々ながら美琴は納得してくれたようだった。
ただ。

「黄泉川先生の家って、婚后さんのいるところ、よね?」

ぽつんと、美琴が呟いた。当麻に確認を取る感じとも少し違って、自分自身の心に語りかけるような感じだった。

「インデックスって、ほら、こないだの夏祭りでお前とまとめてお面を買ってやった女の子も住んでる。
 女所帯なのは事実なんだけど、別に変なことはしてないぞ。んなことしたら黄泉川先生にボコボコにされるし」
「そう」

返事が、急に不機嫌そうな響きに変わった。
それに戸惑っていると、ため息をついて美琴は頭を振った。
顔つきが、すぐにさっきのものに戻った。

「朝に一回、常盤台に戻る必要があるわね」
「そうか。まあ、こっちは明日は朝から時間取れるし、そっからは俺が交代するさ。
 御坂妹。そういうわけで、文句はあるかも知れねーけど、俺と御坂でお前が出て行かないように監視するから。
 俺達を振り切ってでも、お前は実験に参加したいか?」
「……それはミサカの、存在理由です」
「ちげーよ。何言ってんだ、馬鹿」

取り付く島もなく、ばっさりと当麻はそう返した。
理屈を懇々と説くよりも、それが正しいのだと直感的に思っているが故の対応だった。

「ほら、それじゃあウチに行くぞ。あんまり長いことここにいると、ややこしいことになる」

夜の見回りの担当者の一人はもしかしたら、黄泉川愛穂かもしれないし。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/27(金) 10:24:32.82 ID:aDqS1UNmo<>
上条家は公園からそう遠くない場所にあった。部屋の中は、想像していた最悪のケースよりはずっとましで、小奇麗といえるレベルだった。
間取りを二人に案内すると、上条はすぐさま出て行った。その後、洗濯機と洗剤を勝手に借りて、二人は服を洗濯しながらシャワーを浴びた。
パジャマはその辺にあるもんでよければ使ってもいいなんて言われたけれど、美琴は結局、洗って乾かした自分のTシャツにした。
今日の襲撃で、幸いに敗れたりはしなかったので問題はなかった。
妹は当麻のシャツを拝借したらしかった。それを見て、なんとも言えない気持ちになる気持ちを慌てて追い払った。

「電気消すわよ。一応手錠かけるから、起きたいなら私も起こしなさい」

一つしかないベッドに、妹と二人、腰掛ける。
自分とそっくりな顔を、未だ好きになることは出来ない。
そして信用も出来ないから、能力で即席の手錠を作り、自分と相手を縛った。

「ミサカが錠を壊して逃げるとは思わないのですか?」
「気付かれずに壊せるようなものじゃないわよ。こんだけ磁化した鉄を、力で引き千切るのは無理だから」

隣で『電撃使い<エレクトロマスター>』としての能力を使われれば、美琴だって気付く。

「それじゃ、お休み」
「ええ。お姉さまも、いい夢を」

カチカチと音を鳴らして電気を切った。
慣れない部屋の、慣れないベッド。かすかに、アイツの匂いがした。
否応なしにその香りのせいで当麻のことを思い浮かべてしまう。
このベッドに眠る意味を考えてしまう。
例えば、当麻と恋人になって深い関係になったなら、こんな風に眠ることがあったのかもしれない。
もしかしたら、光子は、このベッドで眠ったことがあるのかもしれない。
そんな考えが、ズキンズキンと音を立てて美琴を苛んだ。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/27(金) 10:27:09.00 ID:aDqS1UNmo<> ガチャリと、黄泉川家の扉を開く。
エントランスでオートロックをあけてもらうときに光子に声をかけたから、部屋の鍵は開けられていた。

「ただいま」
「……お帰りなさい、当麻さん」

いつもより笑顔が5割減の光子が出迎えてくれた。
何せ、元の帰宅予定時間よりも二時間近く遅れたのだ。
ただ佐天と初春を送って帰るだけで、こんなに時間がかかるわけがない。

「ごめんな」
「何がありましたの?」
「ちょっとさ、替えの服を取りに家に戻ってたら、そのまま土御門のヤツに捕まってさ。
 新しい家具を買ったとかで、部屋の片付け手伝わされてたんだ」

当麻は、用意していた嘘を、光子についた。
後ろめたさは、ないわけじゃなかった。だけど本当のことを言うわけにもいかなかった。
女の子を泊めたことを隠したいんじゃなくて、学園都市の暗部と言ってもいいその事件のことを、光子に言いたくなかったのだ。
言えば、きっと光子も関わろうとするだろう。どうせ明日で全てが終わるなら、黙っておきたかった。

「こんな夜に、ですの?」
「おおかた夕方に受け取ってから、掃除でもしてたんだろうさ」
「すぐ戻るなんて仰ってたんですから、こんなに掛かるとは思っていませんでした」

光子は当麻に不満をぶつけながら、かすかな引っ掛かりを覚えていた。
だけど、そんなの自分の杞憂だろう。妬き餅焼きだから、あれこれつまらない心配をしてしまうのだ。
もちろん、一番悪いのは当麻だけれど、当麻の重荷になるような疑いなんて、持ってはいけないとも思う。

「佐天さん達とはすぐ別れましたのね?」
「ああ。普通に送ってって、それで分かれた」

たぶんそれは正しいのだろうと思う。
家に着いた佐天から「上条さんにもありがとうございましたって伝えてください」とメールが着たのは、予定通りの時刻にだった。

「当麻さん。つまらないことで拗ねて、ごめんなさい」
「な、なんで光子が謝るんだよ」
「こんなに当麻さんに大切にしてもらってるのに、帰りが遅れたくらいでイライラした自分が、みっともなくて」
「いいって。そういうところも、可愛いんだしさ」

当麻がそう言って、笑って髪を撫でてくれた。
随分とそれで、ささくれ立っていた心が穏やかになる気がした。
黄泉川先生はまだ帰ってこない。短くなってしまったけれど、今日これからの時間を、大事に過ごそう。

「それじゃ俺、風呂に入るわ」
「かなり汗、かいてらっしゃるものね」

当麻に付き従って、部屋の奥に戻る。
ふと、当麻の後姿、お尻に辺りが気になった。泥で薄く汚れているらしいのだ。
その汚れ方には見覚えがある。いつだったか、当麻の家の近くの公園でデートしたときにも、そんな汚れをつけていた。
きっと、あそこの植え込み近くに座ったせいだったのだろう。
今、当麻の服についている汚れがそれとは限らない。むしろ当麻の言い分が正しければ、そんなはずは有り得ない。
いや、帰りに公園を横切って、ジュースでも買って飲んだのかもしれない。暑い夜だから無理もない。
だから、それは矛盾とすらいえない、些細な違和感のはずなのだ。
だというのに、それは棘のように引っかかって、光子の頭から消えてなくならなかった。

「……光子、今日はごめんな」
「えっ?!」

不意に、当麻が謝った。それがむしろ、光子を不安にさせる。

「夜にもっと一緒にいられたはずなのにさ、時間を削っちまって悪かったなって」
「……当麻さんにだってお付き合いがあるのは、分かっていますもの」
「これからも含めて、頑張って埋め合わせするから」
「はい」

微笑を作って、当麻に返す。不自然には思われなかっただろうか。
そのまま当麻は、洗い場のほうへと曲がって、消えて行った。

「……気にしすぎ、ですわ」

妬き餅焼きの、駄目な自分の憶測が脳裏から消えてくれなかった。
公園で座り込むようなことがあるとしたら、きっとそれは誰かと話すときだ。
飲みながら歩くのを、多分当麻は恥ずかしいとは思わないだろうから。
そして、光子にそのことを話さない理由は、相手が女の子だったからかもしれない。

嫌な汗が額を伝う。光子はエアコンのほうに近づいて、冷気を直に浴びた。
当麻に早く上がってきて欲しい。抱きしめてもらえば、こんな気持ち、すぐに飛んでしまうだろう。

仮定を積み上げた、馬鹿げたストーリー。
だけど、光子の想像の中で、当麻の相手として出てくる女の子は、たった一人だけだった。
自分と同じ常盤台の制服を着た彼女を思い出して、光子は何かを吐き出すようにため息をついた。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/27(金) 10:27:41.09 ID:aDqS1UNmo<>
御坂妹――10032号は、傍らで眠りだした姉の寝顔を眺めていた。
よほど疲れていたのだろう。ミサカネットワークにアクセスし状況を探ると、
どうやら今日は三箇所ほど、研究施設が破壊されたらしかった。
狭いベッドに無理矢理二人で寝ているから、互いの距離は酷く近い。
そして互いの腕は、適当にその辺の鉄材で作った手錠が嵌められている。
その状況を、妹は奇妙な心持ちで観察していた。

「どうしてここまでするのですか」

何度も、口にも出して説明したことだ。
自分はほんの18万円で「買える」存在だ。そんなものを大切にしてどうするのだ。
こんな風に、まるで普通の人間と同じみたいに扱われれば、混乱せずにはいられない。

「お姉さまも、そして上条さんも」

おでこを叩かれた、あの感触をまだ覚えている。愛の鉄拳制裁と当麻は言っていた。
暴力に愛があるというのは、おかしな事のはずだ。
実際、一方通行に体を破壊された記憶ならいくらでもある。殺された記憶もある。
だけどあの一撃は、それとは違っていた。妹達の破壊を目的としたものじゃなかった。
叩かれることに、恐怖はなかった。叩かれた後にも、恐怖はなかった。

「……考えても、私には分からないことでしょう」

自分は、人形なのだから。所詮普通の人が持つ、普通の感情の事を理解することは出来ない。
そう一人で呟いて、御坂妹はシーツを手で引き上げた。
熱いだろうからと、美琴のお腹の辺りまで、そっと掛けなおす。

「……」

不意に自分が何故そんなことをしたのか、分からなくなった。
取った行動の合理性には自信がある。だけどそれをしようと思った動機は?
御坂妹はその瞬間に、疲れ果てあどけなく眠った姉に自分が親愛の情を覚えたのだということは、理解できなかった。
もう少しだけ、穏やかな美琴の寝顔を見つめる。
こんな悪夢みたいな現実に直面しているけれど、多分、彼女が今見ている夢は悪夢ではなさそうだ。
そう確認して、やがて自分も、目を瞑った。

<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/07/27(金) 10:30:30.23 ID:aDqS1UNmo<> とりあえず美琴サイドの話は一旦ここまで。
次は佐天さんのシステムスキャン@常盤台です! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/27(金) 10:41:02.20 ID:ir1RDlwbo<> 乙!
しかし舞さんはどうなってしまったのか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/27(金) 12:15:57.06 ID:f2B1KE3C0<> 佐天さんや初春が覚醒してるし、
ここのフレンダはテレポートで爆弾を大量に召喚しそう
vsアイテムの難易度があがってそうだな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/07/27(金) 20:34:01.48 ID:poubJaLT0<> 乙乙! 修羅場戦争で学園都市がやばいww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)<>sage<>2012/07/27(金) 21:15:08.88 ID:wVa8RrA3o<> おつおっつん <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)<>sage<>2012/07/27(金) 22:36:23.87 ID:B4j46+FKo<> システムスキャン後にガールズトークはありますかね?
婚后さんの半同棲生活とか上条さんの都市伝説とか    美琴ちゃんの都市伝説とか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(広島県)<><>2012/07/28(土) 17:59:38.92 ID:9BsTuBhSo<> >>311
舞さん新婚だからなぁ。しばらくarcadiaは見れないのかもねぇ。

>>312
フレンダがテレポートってそんな設定あったっけ?

>>315
まあスキャン終わったらみんなで集まる予定はあるよー <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>sage saga<>2012/07/28(土) 18:00:21.54 ID:9BsTuBhSo<> 出先からノートで書いてるからコテわすれてた。。。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/28(土) 22:40:49.26 ID:8dRS/mz50<> >>316
漫画でフレンダが明らかに持ちきれない量のぬいぐるみ爆弾や液体火薬、
爆破テープ、発火器具を取り出してたから、
ssではテレポートやアポート能力者になることがあって、
このssでもそうなるのかなと思っただけ。
原作ではどんな能力かは不明 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/07/30(月) 00:55:18.68 ID:VquqII/Q0<> UP乙です。
これから佐天さんと一方通行が絡む展開があるのかな?

<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/02(木) 12:06:42.53 ID:DHtpsRmeo<>
部屋の窓辺で、朝日をいっぱいに浴びる。
んーっと声をだしながら大きく伸びをして、佐天は一回目の決戦の日を迎えた。
一回目、つまりシステムスキャンが今日だった。ここでレベルが上がらなければ、常盤台の受験資格は無いに等しい。
とはいえ師匠の光子は太鼓判を押してくれているし、多分大丈夫だろう。
本戦である常盤台の編入試験が正念場だが、まあまだ数日ある。
暑くなったのでさっさと窓際から離れ、台所に向かった。
寝起きの気分は悪くなかった。思ったよりもリラックスして眠れたのも大きい。
出発までゆうに一時間半派ある。何度か行った場所だから、道に不安もない。

「これで調子に乗って優雅な朝ごはん作ると後で焦るかなー」

日曜日だとかなら、ベーコンと目玉焼きとサラダ、そしてドリップコーヒーくらいを用意して、
とても中学生の朝とは思えないような優雅な朝食だって食べたりする佐天だが、さすがに今日はそうもいくまい。
結局はいつもどおりのトーストを用意した。

「あ、初春もう起きてるんだ」

携帯を確認すると、数分前に初春からメールが来ていた。
返事をしなかったらきっと心配して起こしに来るだろうから、さっさと電話をしてしまう。

「――もしもし」
「おっはよー初春。頭のお花は元気してる?」
「おはようございます、ってどんな挨拶ですか……。もう、こんな日でも佐天さんは元気なんですね」
「あはは。でもちょっと緊張でハイになってるところはあるかも」
「佐天さん、何時ぐらいに出発ですか?」
「え? あと1時間ちょっとしたらかな」
「わかりました。あの、そのときお見送りに行っていいですか?」
「もっちろん! 初春はそのまま春上さんのところでしょ?」
「はい」
「あたしのぶんのお見舞いもよろしくね」
「もちろんです! 春上さんと枝先さんと一緒にお祈りしてますから。
 それじゃ、そろそろ切りますね。佐天さん、また後で」
「うん、また後で」

出発前に余計な時間を取らせないためだろう、初春はさっと電話を切った。
朝から初春に励ましてもらって、佐天は鼻歌交じりに朝食を済ませた。
来ていく服は制服だ。中に着込むものも昨日のうちから全部用意してあるから、あとは袖を通すだけ。
パジャマを脱ごうとして、佐天は手を止めた。そしてじっと手のひらを見つめる。
トラブルなく、ごく自然に手のひらで渦が巻いた。一応それにホッとため息をつく。
そして洗面所の扉を少しだけ開けて、隙間に渦を固定した。

「二分で充分か」

夏場の洗面所というのは、恐ろしい湿度と温度を誇る場所だ。
鏡の前で身だしなみを整える女子にとって、その環境は最悪といっていい。
普段なら髪を梳かすくらいだから面倒くさがって何もしないが、今日は晴れ舞台だ。
鏡の前で時間をとっても汗をかかずに済むよう、人力エアコンで熱を取る気だった。
威力を増した佐天の渦は、二分あれば洗面所をキンキンに冷やせる。
なにせ風速が扇風機の強モードくらいにはなるのだ。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/02(木) 12:07:15.76 ID:DHtpsRmeo<>
テレビの音声を聞くでもなしに聞きながら着替えを済ませ、心地よくひんやりと冷えた洗面所で丁寧に髪を梳き、
お気に入りの髪留めできちんと留めた。寝癖だとか、あるいは肌荒れなんかはないかとひとしきり鏡を見てから、
歯を磨いて準備を済ませた。
鞄にはシステムスキャンの案内と筆箱が入っている。別にそれ以外に必要なものはなかった。
余った時間を少しだけぼうっと過ごして、気負いなく、佐天は家を出た。

「おはようございます、佐天さん」
「おはよ。今日も初春は可愛いね」
「もしかしてまだ昨日の、引っ張ってるんですか」

階下へ降りると、日陰で初春が待っていた。
ちょっと呆れ顔なのは、自分が褒めたからだろう。佐天としては、ポロっともれた本音なのだが。

「お付き合いを考えようにも、常盤台って女子校ですよね?」
「あのー初春。別にあたしはそんなつもりじゃなかったんだけどね。
 でも、別に常盤台でも彼氏さんは作れるでしょ。婚后さんは、そうなんだし」

昨日、ここまで二人を送ってくれた当麻の顔を思い出す。
多分あのあと、もう一度黄泉川家に戻って光子とイチャイチャしたのだろう。

「――佐天さん」

改まった声で、初春が佐天を呼んだ。
見れば背筋もきちんと伸ばしていた。

「初春」
「応援してます! バッチリレベル3、取ってきてください」
「うん! それじゃ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」

病院への道と、常盤台への道は交わらない。
佐天は初春に背を向けて歩き出した。
だけど、それは別れを意味するようなものには、感じられなかった。
学校が同じになるとは限らないけれど、きっといつか、初春も自分と並ぶ日が来るような、そんな気がするから。
いつもと変わらない道を歩き、常盤台を目指す。暑さだけはどうにもならず、額の汗をタオルで拭った。
そして道すがらに、見知った公園を横切ったときだった。不意に、声をかけられた。

「ルイコー。今から常盤台だって?」
「あ、アケミ。おはよう」
「おはよ」

公園の日陰に、クラスメイトが立っていた。会いたいなら部屋を訪れたほうが確実だろうに。
だけど、この場所を選んだアケミの気持ちが、分かってしまう。
ここは、アケミや仲のいいクラスメイトを誘って、佐天が幻想御手<レベルアッパー>を使った場所だった。
あの日の喜びを、苦い思い出と一緒に今でも覚えている。
自分は彼女たちに負い目を作った側だ。幸いにして、誰も目を覚まさないようなことはなかったけれど。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/02(木) 12:09:01.25 ID:DHtpsRmeo<>
「調子どう?」
「バッチリ」
「そか。よかったな」

アケミの、少しよそよそしい笑顔。昨日までは普段通り、ただの友達だったのに。
もちろん理由はわかっているのだ。
幻想御手<レベルアッパー>なんてものを使ったせいで、意識を喪失して病院に収容され、
以降は先生や周囲の人間にもおかしな目で見られることだってあった。
そんな代償のかわりに得たのは、一時の夢。あの日一日限りの、ちっぽけな能力だけだった。
唯一、佐天を除いては。

「ちょっとルイコの渦、見せてよ」
「え?」

アケミたちの前では、一度も誇示したことはなかった。
そもそも、レベル0と1の集まりの柵川中学で、能力を実演する機会はほとんどない。
だからアケミのお願いの意図が分からなくて、佐天は戸惑った。

「……わかった」

ふう、と呼吸を整えて、軽く手をかざした。
佐天はもう駆け出しの能力者ではない。息をするように、あっさりと渦は集まり、手のひらの中で安定した。

「出来たけど、見えないよね」
「そっか。空力使いの能力って、見えないんだよね」
「見せるのには向いてないね」

苦笑いして、渦を木立の中に投げ込んだ。
バン! という空気が膨張する音が聞こえ、大量の木の葉が舞い、枝で休んでいた鳥だちが一斉に飛び去った。
その様子をアケミは驚いた顔で見つめ、何かを諦めるように笑った。

「アンタはすごいわ、ルイコ」
「……」

アケミが立ち上がり、口ごもった佐天のもとに近寄った。
そのまま、軽く抱きしめられる。

「そんな顔しないでよ。ルイコだって自分がそんなキャラじゃないってわかってるでしょ」
「……アケミはキャラにあってるね」
「そ。このグループの姉御は私だかんね」

いつも明るく振舞うくせに、割と小心者で、気にしすぎなタイプの佐天を分かっていて、
きっとアケミはここにいてくれたのだ。だってこんな早朝に、こんな公園にいる理由なんてそれしかない。

「ありがとね、アケミ」
「ばか。水臭いって」
「うん。じゃあ今度マコちんとむーちゃんに内緒でパフェおごったげる」
「やった! マジで!? ルイコ、ちゃんと約束は守ってもらうからね。忘れないでよね」
「忘れないって。あたし、義理堅い方だし」
「うん。それは疑ってない。それじゃ頑張ってきなよ」
「ありがと」
「常盤台の制服着たルイコに、パフェおごってもらうの楽しみにしてるかんね。
 それじゃー私帰るわ。こんなとこにいたら溶けちゃうし」
「うん。それじゃまたね、アケミ」

さばさばと、普通に街で会った時と同じように。
そんな風に別れてくれたアケミの優しさが、嬉しかった。
昨日電話をしてくれたマコちんとむーちゃんの優しさも、ちゃんと佐天の胸に残っている。
もう授かってしまった力なのだから、伸ばせるだけ、伸ばしていこう。
それは、アケミ達を見捨てることとは意味が違うんだ。
少しだけ軽くなった足取りで、佐天は決戦の舞台へと、再び足を向けた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/02(木) 12:09:33.95 ID:DHtpsRmeo<>
常磐台の校門付近で、光子は扇子をパタパタとやりながら、気休め程度の涼をとる。
そろそろシステムスキャンの受験生が集まってくる頃だろう。
学内の生徒向けには夏休み開けに開催されることもあって、今日集まる受験生は大半が学外の生徒だった。
もちろん全員女だ。そもそも学舎の園の中にある常盤台には、女子しかアクセスできない。

「では婚后さん、私たちは学舎の園の入口に待機しますから」
「ええ、よろしくお願いしますわね、湾内さん、泡浮さん」

二人を微笑みながら見送り、光子はこっそりため息をついた。
学生寮から出て暮らしているせいか、はたまた事件に巻き込まれて慎み深いとは言えない生活を送っているからか、
光子は常盤台の生徒の中でも、どうやら目を付けられているほうだ。
それを帳消しにさせようとでも言うかのごとく、光子はこういう雑用を押し付けられたのだった。
本来は、こんなもの全て風紀委員の仕事だろうに。

「全く、あなたがたの怠慢ではありませんの?」

シュン、と特有の音をかすかに立てて近くに出現した生徒に、光子は嫌味をぶつける。
暑さもあいまってか、その相手、白井黒子は露骨に嫌な顔をした。

「学外の生徒の誘導なんて、指折り数えられる数しかいない我々風紀委員<ジャッジメント>だけでは
 人手が足りるわけありませんでしょう?」
「そうかしら。人数だって百人もいませんのに」

電撃使い<エレクトロマスター>や空力使い<エアロハンド>、発火能力者<パイロキネシスト>などの
よくある能力を持った学生が、だいたいひとつの能力につき10人ずつ位やってくる。
学舎の園から中の道のりなんてそう間違えようもないし、案内係なんて二人もいれば足りるだろう。
学校内に入ってからの試験に関わる部分は当然常盤台の先生たちが担当するわけだから、
学生の手なんて必要とされている部分はたかが知れていると思うのだが。

「風紀委員の実態を知らない人の典型的な勘違いですわね。
 勝手の知らない場所で、人がどれほど無茶をやらかすのか、
 風紀委員のトラブル対処マニュアルでもお見せしたいくらいですわね」

うんざりしたようにため息をついて、白井がその場所を後にする、

「ここから外はお任せしますわ。何かあれば、連絡をくださいまし」
「ええ。つつがなく誘導を済ませられるようにしますわ」

光子も、そしてもちろん白井もやらなければいけないことを蔑ろにはできない性格だった。
だから仕事の部分だけはきっちりと意思の疎通を図り、すり合わせておいた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/02(木) 12:10:49.52 ID:DHtpsRmeo<>
時間通りに学舎の園の門をくぐり、佐天は常盤台の校門前へとたどり着いた。
目の前には、見知った顔。自分のためではなくて、受験者全員の応対を担当しているのは知っているけれど、
それでも知り合いがいるのは嬉しかった。

「おはようございます、婚后さん」
「ごきげんよう、佐天さん。昨日は良く眠れまして?」
「はい。自分でもびっくりですけど、バッチリでした」

おや、と思いながら佐天は答えを返した。少し、光子の言葉に含みがあるように感じたからだ。
――上条さんに迷惑かからないようにと思ってすぐメールしたんだけどな。
光子の機嫌がわずかにナナメというか、そういう陰りを感じさせていた。
もちろん佐天以外にはわからないだろうし、佐天だってどうこう思うほどではない。
まあたぶん、帰ってから当麻と喧嘩でもしたのだろう。

「上条さん、光子が待ってるから、なんて言って昨日はすぐ帰っちゃいましたよ」
「……そう、ですの」
「え?」

いつもみたいに惚気けてもらったら機嫌も直るかなー、位のつもりで言ったのだが、逆効果らしかった。

「どうかしたんですか、昨日」
「別に、大したことではありませんけれど」
「上条さん、帰ってこなかったとか?」
「いえ、もちろん戻ってはこられましたけど、ずいぶん遅くて……」

語尾を濁して光子が地面を見つめた。内心怒ってるんだろうなぁ、と感じさせる口ぶりだった。
促すと、ちらほらと事情を語ってくれた。当麻が男友達の片付けを手伝わされたらしい。
試験の当日に、校門前でする会話じゃないななんて思いながら、短い愚痴を佐天は聞き届けた。

「婚后さんは心配しすぎですって」
「まあ、そうなのは分かってはいますけれど」
「こういうのってお付き合いしてると見えないかもしれなせんけど、
 上条さん、相当婚后さんのこと好きだと思いますよ」
「そうかしら」
「うちのお母さんもお父さんによく起こってましたし、カップルって喧嘩するものじゃないですか」
「……まあ、うちでもそういうところはありましたわね」

気軽に笑い飛ばす佐天を見て、だんだん気が楽になってくる光子だった。
言われてみれば、そのとおりだ。遅れたのは怒っていいと思うけれど、心配するほどのことではないだろう。
重たい嫉妬や心配で束縛するほうが、よっぽど当麻に嫌われそうだ。

「ごめんなさい、佐天さん。こんなところで変な話をしてしまって」
「つい昨日まで助けてくれたんですから、そのお礼です。それじゃあたし、そろそろ行きますね」
「そうですわね。まだ時間に余裕はありますけれど、それがよろしいわ」

すこし、光子のほほえみが柔らかくなったようだった。
それに安堵して、佐天は教室を目指す。

「佐天さん」

後ろから、名前を呼ばれた。

「どうしました、婚后さん?」
「楽しんでらっしゃい」

にっこりと、いつものおっとりとした笑顔で光子が微笑んだ。
ニッと、自分も笑みを返す。

「はい、楽しくやってきます」

初春、マコちん、そして光子。そうした人々に、優しく送り出してもらった。
とても幸せなことだと思う。半ば不正に、能力を伸ばし出した自分にとっては。
気負わないようにと思いながらも、そうした応援を背負って試験に挑もうと、佐天は心に決めていた。
今までとは違う特別な意味で、佐天は常盤台の敷地に足を踏み入れた。
それが、佐天涙子の長い一日の、始まりだった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/02(木) 12:14:50.78 ID:DHtpsRmeo<> >>318
なるほど、そういうことか。個人的には彼女はレベル1か0くらいだと思うので、そういう設定にはしないかなー

出張中にもうちょっと書けるかと思ってたけど時間あんまりなかった。ごめん。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(鹿児島県)<>sage<>2012/08/03(金) 00:11:27.46 ID:ufXlmZldo<> 乙
まあ、無理せずに。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/03(金) 23:50:35.12 ID:Jk9QZzkb0<> >>325
アイテムの役目は上層部の「狗」だから、
4人全員が能力者なら、キャパシティダウンで簡単に管理できると思ったので。

忙しいときはリアルを優先して、体を大事にしてください。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/08/04(土) 00:52:21.18 ID:CPviqu6y0<> 乙
原作でもだけど、佐天さんたち4人って苗字呼びなんだよな(美琴⇔黒子以外)
今回登場したアケミたちと比べて、やっぱ少し余所余所しいな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/08(水) 09:30:37.47 ID:Bx1Xch2I0<> 相変わらず最低の作品だな
こんな駄作を生み出して原作者に申し訳ないと思わないの? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/08(水) 13:44:47.30 ID:ESScUi3qo<> >>329
久しぶりだな、元気か? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/08(水) 20:06:23.19 ID:kJclVpMQo<> >>329
心配したぞ、もっと顔見せろよな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/08/09(木) 12:39:08.24 ID:CoUjPGFY0<> >>329
本物か?本物ならちゃんと愛知県から発言してくれよ
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/08/09(木) 12:40:34.13 ID:YqvOrRPro<> 夏休みで旅行中なのかも <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県)<>sage<>2012/08/09(木) 13:37:06.90 ID:bJJFYEjMo<> 旅行先からレスだなんて流石のツンデレだな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)<>sage<>2012/08/09(木) 14:10:39.98 ID:VqIKz3O3o<> お前らwwwwww >>329人気過ぎわろwwwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/09(木) 23:21:27.86 ID:t26Ualm6o<> 愛を知ればこそ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/10(金) 14:21:03.91 ID:KvZqfGbZ0<> 仲いいなあwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/14(火) 22:41:36.42 ID:1sevpQ2fo<> もう愛知が見たくて来ている <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 00:37:06.08 ID:DKbADqQio<>
受験者がちょうど収まるくらいの大講義室に案内されると、しばらくして一日の簡単な流れの説明が始まった。
普段と大して変わるわけでもない手続きの説明だが、常盤台にいるせいか、受験者みんなが真剣だった。

「――ということで、今から口頭面接をして、その後、実技に移ります。
 実技の合間にお昼を挟みますから、昼食の用意が無い方は、学食を利用してくださいね」

佐天は少し落ち着かない自分を自覚しながら、当たりを見渡す。
何度かほかの学生と視線がぶつかって気まずくなった。
目が合うということは、他のみんなもそわそわしているのかもしれない。
佐天が座っているのは教壇から扇形に広がった座席の一つ、壁に近いところだ。
名前を言うと座席を指定されたから、もしかしたらすぐ周りにいるのが、同じ系統の能力者なのだろうか。
すぐ隣の学生と目が合うと、軽く笑って会釈をしてくれた。あわてて佐天も返す。

「それでは、アナウンスはこれで終わりです。各自、案内があるまではここで待機していてください」

担当らしき40代くらいの女性がそう言ってマイクを切った。
同時に、名前を呼ばれた数人が出ていった。おそらくは、面接のためだろう。
この面接というのは、レベルアップの合否を決めるためのものではなくて、
今日一日、どんな試験をしていくかの相談に近い。
佐天なら『空力使い』だから、きっとそれに沿った試験になる。
だがもちろん、佐天の能力の他の誰とも違う側面を図るために、特別なプログラムが組まれるかもしれない。
そういうところを詰めるのが、この面接だった。

「それではまず、列の先頭の方からどうぞ」

名前を呼ばれた数人が立ち上がり、講義室から出ていった。
佐天の番まで、もう少し時間が掛かりそうだった。
手持ち無沙汰な時間ができて、さあどうしようかと軽いため息をつく。
また、隣の子と目があった。

「待ち時間、長いと嫌ですね」

おずおずと、間を埋めるように佐天に話しかけてきた。
座っているからわかりにくいが、背は佐天とそう変わらないだろう。
少し癖がついた黒髪が枝先をゆるくカールさせながら、頬の当たりまで伸びている。
胸の感じは初春並みで、焦げ茶の四角縁の眼鏡が、理知的な印象を与える。

「そうですね。でも、普段と違う学校で受けるスキャンだから、面接長いかもですよね」

初対面の相手だし、年もわからないから佐天も敬語で返す。

「あの、学年、おいくつなんですか?」
「あたしは一年です。あ、名前は佐天です。お名前聞いてもいいですか?」

名前を聞こうと思って、その前に名前を名乗る。
おそらくは学年の方が理由で、ほっとしたのだろう。少し顔が緩んだ。

「私も一年です。おんなじなんですね。私は綯足(なふたり)って言います。よろしくお願いします」
「こちらこそ。あの、綯足さんって、空力使い<エアロハンド>とかだったりしますか?」
「えっ? いえ、違いますけれど……」

綯足が眼鏡の奥の瞳を困惑に揺らした。同時に、佐天は予想が外れてちょっと恥ずかしくなる。
もしかして、学年別で分けたんだっただろうか。

「ごめんなさい、変なこと聞いちゃって。学生の並びが、能力ごとなのかなって思ったんですけど」
「ああ、そういうこと。佐天さんは、空力使いなん……ですか?」
「えっと、うん」

同学年だし、敬語は変だなと思って、佐天は苦笑混じりに綯足にほほえみかけた。
意図をすぐ察したようで、いくらかリラックスした口調で返してくれた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 00:38:56.75 ID:DKbADqQio<>
「たぶん、佐天さんの予想は正しいと思う。私も流体系の能力ではあるから」
「そうなんだ。じゃあ、水流系の能力者なの?」
「うん、だいたいそうかな」

おおっぴらに話したくないのか、綯足は曖昧に肯定した。
別に直接対決することはないが、ここにいる学生たちは基本的に、この夏の編入試験を受けて常盤台を目指す学生ばかりだ。
自分の能力のことをあけすけに喋るのは、あまり得策ではないだろう。

「それにしても、人多いね。今日受けない人も本番の編入試験にはくるんだろうし、狭き門だよね」

つい、当たり障りのない会話に話を持っていってしまう。
だが佐天のそういう心境を綯足も分かっているらしかった。

「これ受けないで常盤台を受験する人、ほとんど居ないみたいだよ」
「え? そうなの?」
「うん。十分受かる実力の人は四月から入学してる訳だし、
 ここにいるのは、能力が伸びてギリギリ常盤台に受かるかもって人たちだから。
 ってことは、選んでもらうためには自分の将来性をちゃんと見てもらわないといけない。
 審査の回数が少ない人のことってよくわからないから、
 受かる人はちゃんとシステムスキャンもここで受けてるんだって」
「へえーっ、そうなんだ」

そういうことを深く考えずに、単にレベル上げのために佐天はここに来ていたので、
そういう受験テクというか、合格率を上げるための努力というものがあることに少し驚いていた。

「だからまあ、上がる見込みはないんだけど、私も受けに来たんだよね」

苦笑して、綯足は髪を軽く手で弄んだ。
上がる見込みが無くても常盤台を受けるということは、レベル3以上なのは確実だ。

「綯足さんって、レベルいくつなの?」
「え? んと、4だけど」
「4って」

そりゃ上がるわけない、と佐天は心の中で突っ込んだ。
上がったら見事『第八位』の出来上がりだ。
そんな能力者が、常盤台に入らずこんな時期にくすぶってるなんてありえない。

「佐天さんは?」
「あたしは綯足さんと逆だねー。崖っぷちの2ですよ」
「ってことは、今日レベルアップ確実?」
「それはわかんないけど、上がらなかったらそこで試合終了だね」

レベル2のままでは常盤台の受験資格自体がそもそもなくなってしまうのだ。
だからタイミング的にはまさに崖っぷち。
だが、レベル3なら余裕だと光子も言っていたし、実際その実感はあった。

「嫌な風に受け取らないで欲しいんだけど、お互い、頑張ろうね」
「だね。ポカだけはやらかさないように気をつけないとね。綯足さんも頑張って」
「うん」

頷きあったところで、ちょうど面接のタイミングがやってきたらしかった。

「佐天涙子さん、綯足映花(なふたりえいか)さん、面接会場に移動してください」
「はい」
「わかりました」

短時間で醸成された少しの連帯感を目配せで再確認しながら、二人は別々の部屋へと移動した。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 00:44:36.52 ID:DKbADqQio<>
目の前にあるごく普通の引き戸を、佐天はノックする。
何気なく配置されたそれは、一枚板の木材を切り出したものだ。普通の学校にありがちな合板などではない。
ノックに答えて軽やかな音を引き戸が鳴らし、中にいる人がどうぞ、と返事をした。

「失礼します」

知らない人を相手に面接を受けるなんて、人生でも数えるほどにしか経験がない。
それなりに緊張して、体が変に強ばっているのを自覚しながら、佐天は面接室に入室した。
眼前に座っているのは、いかにも補佐らしき若い女性と、面接の相手であろう壮年の女性だった。
振り返ってもう一度目礼すると、友好的なほほ笑みを浮かべて、二人は佐天に会釈をした。

「こんにちは。お名前をフルネームで伺ってよろしいかしら?」
「あ、はい。佐天涙子です」
「学校は?」
「柵川中学の一年です」
「はい。よろしくね、佐天さん」
「こちらこそ、その、よろしくお願いします、」

柵川中学の先生たちより、ずっと理知的な印象がある先生だった。
ブラウスにスーツというフォーマルなスタイルだからというのもあるだろうが、
学園都市で五指に入る名門で教鞭を振るっている女性の、自信に裏付けられた微笑みに気圧されているのも否めない。

「あなたが佐天さんね」
「え?」
「婚后さんからちょくちょく話を聞いていたわよ」

目の前の女性は、名前を告げると同時に自らが婚后光子の開発官でもあることを告げた。
だから緊張することはない、と冗談を交えながら佐天に話しかけてくれた。
残念ながら佐天はあまりうまく返せなかったけれど。

「大まかな話はもう聞いてあるわ。普通の空力使いとは駆動方式が違うのよね。」
「はい。流れを小さな空間に分割して、それぞれのセルの流れを解く方式じゃなくて、
 流れを仮想粒子の集団とみなして、粒子の運動を解く方式です」
「いわゆる格子気体法の亜種なのかしら。どっちかって言うとDPD(散逸粒子動力学法)に近い?」
「格子気体法に近いです。格子ボルツマン法を元に理論を組んでるので。
 もしかしたらDPDの方が合ってるのかも、とは思うんですけど」
「あら、じゃあどうして格子気体法寄りなの? ……ああ、もしかして」

散逸粒子動力学法(Dissipative Particle Dynamics, DPD)は本当に流体を離散化して粒子集団として解く方法だが、
格子気体法の流れを組む手法は、セルオートマトンに様々な制約を課すことで、
流動という物理現象を再現できるように無理やり形を整えていくような方法だ。
佐天のように直感的な操作を好むタイプには、DPDの方が向いているかもしれないという思いはあった。
そちらに手を付けていない理由は、面接官の思い至ったそのとおりだろう。

「最初にこういう方法があるって教えてくれたお師匠様が統計屋さんだったんですよね」
「婚后さんは完全にそちらよりだものね」

光子はマクロに流体を操るのではなく、ミクロに、分子に本来とは違う性質を付与することで、
統計的な性質を間接的にコントロールする変り種の能力者だ。
直感的な操作で能力をコントロールするのが下手な反面、能力の「見た目」に左右されない変幻自在さを持っている。
佐天とは、空力使いとして正統派ではないという意味では共通しているが、
能力の本質的なところでは、やはり異なった面があるのだった。

「じゃあ、佐天さん。婚后さんから一通り聞いてはいるんだけど、
 あなたの言葉であなたの能力のことを聞きたいの。説明してくれるかしら?」
「わかりました」 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 00:46:17.01 ID:DKbADqQio<>
共通の知人がいるおかげか、短い会話で佐天はいくらかリラックス出来た。
そして聞かれるだろうと思って用意してきた答えを、佐天はよどみなく口にした。
『空気の粒』を操ることが出発点。
この粒はある一点へと収束する指向性を持ちながら、同時に揺動することで球状の渦を形成する。
そして巻きを強く、取り込んだ空気を多くすることで渦の持つエネルギーは増大し、開放した時の破壊力を増す。
最後に、熱を集める性質もありエアコン替わりにも使える便利な能力だ、と少し笑いを取りに行って、佐天は説明を終えた。

「ご苦労さま。よく纏まっていましたね」
「ありがとうございます」
「これも婚后さんの教育方針かしら」
「あ、はい。よく説明してみるようにって、言われるんです」
「うぬぼれじゃなければ、それは私の指導方針を踏襲しているのね。
 だからだとは思うけれど、佐天さんの能力はとっても好みだわ。
 私は編入試験のほうには関与していないから逆に言えるけど、
 合格してくれれば是非あなたの能力開発に関わらせて欲しいわね」
「えっと、頑張りますとしか言えないんですけど、そんな風に言ってもらえて嬉しいです」

その話を聞いて、失礼ながらに、佐天はまるで「おばあちゃん」と話をしているような気分になった。
普段面倒を見てくれている師匠の、そのまたお師匠様に当たる人なのだ。この人は。
年齢でも祖母に近いから、尚更そう感じるのかもしれなかった。
面接官の女性はコメントを手元の紙に書き込んでから、再び顔を上げて佐天を見た。

「佐天さん、今日のこととは直接関係ないんだけれど、一つ聞かせて欲しいことがあるの」
「はい。なんでも聞いてください」

すっと、面接官の女性の顔が真剣になった。年齢相応の柔和さを消して、研究者の顔で佐天を見つめた。

「あなたにとっての能力のゴールはどんなもの?」
「え?」
「レベル5になったら、あるいはそれより先の高みにたどり着いたら、どんな能力者になりたいの?
 ここで聞きたいのは『みんなから尊敬される能力者になりたい』なんて答えじゃなくて、
 どんな演算で、どんな物理現象を起こせる能力者になりたいのかが知りたいってこと
 佐天さん、どうかしら? 具体的なビジョンは持っているのかしら?」

そのストレートな質問を、佐天はうまく打ち返せなかった。
光子にも似たような質問は何度か受けていたけれど、やっぱり、答えを自分の中で固められないのだ。

「こうなりたい、って明確な姿はなかなか見つからないんですけど」
「それで構わないわ。聞かせて頂戴な」
「大雑把な演算モデルは、基本的に今のから変えたくないんですよね。シンプルだし、あたしに合ってる気がするし」
「なるほど」
「でもそうすると、あんまり能力に変化がつかないんですよね。
 今は、もっと制御できる領域を大きくしたくて、空気をどのように認識するか、
 って部分をもっと大切にしたいんですけど」
「……ふむ」

能力者は何も多彩である必要はない。だが、応用力の低さは光子ともども、悩みの種ではあるのだった。
美琴のような例を見るにつけ、根本から能力を組み立て直して汎用性を身に付けたほうがいいのかと考えてしまうのだった。
とはいえそんなアドバイスを貰えばとんでもない苦労をするから、望んではいないのだが。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 00:47:32.54 ID:DKbADqQio<>
「佐天さん。質問があるんだけれど」
「あ、はい」
「佐天さんの渦って、もっと圧縮したらどうなるの?」
「え?」
「そこまで想定してない?」
「……モデルとしては、そうです。あたしの演算の中には、あくまで普通の空気の演算しか想定されてません」
「その言い方だと、例外を経験したことがあるみたいね?」

それは、一度っきりの経験だった。
まだ記憶は鮮明に残っている。とある研究施設の地下深く、大切な友達の能力を模倣して放たれた一撃。
音速の八倍で進み、身に余る摩擦熱を獲得したプロジェクタイル。

「小さい金属片が気化した蒸気を渦にしたことがあります」
「金属蒸気? ……そうか、あなたの能力だと熱量を失うことなく取り込めるから、そんなものでも渦に出来るのね。
 それにしてもそんなもの、どこで用意したの?
 失礼だけどあなたのレベルじゃ中々用意してもらえないと思うんだけれど」

低レベルの能力者に危険な実験をさせることはまずない。そのための施設自体が、そもそも常盤台のような有力校にしかないのだ。
佐天は、本当ではないけれど、嘘とは言い切れない答えを口にする。

「あたし、御坂さんと友達なんです。それで、あたしに向けて撃ったんじゃないんですけど、御坂さんが超電磁砲<レールガン>を使ったのを、横から」
「御坂さんのアレを受け止めたの?!」
「……はい。そう言って、嘘にはならないと思います」
「そう。それは、面白いわね」

挑戦的な笑みを浮かべ、佐天を見つめる。
そんなふうに期待を持って見られたことがないせいか、恥ずかしくて居心地が悪いくらいだった。

「要は、あなたはプラズマ位なら制御できるってことね」
「短時間のことだったし、そこまでは言い切れないですけど」
「まあ今日は試すのは無理だけれど、是非見てみたいわ。
 さて、それで質問の続きだけれど、例えばあなたの渦の規模を、
 質量とエネルギーの両方の意味で大きくしていった時の話に戻すけれど、
 とりあえずプラズマにはなりうると。それじゃ、その先は?」
「え? 先、ですか?」

分子の電離までは、佐天は体験していた。だから想像できる。
だけど、その先って、一体何だろう?
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 00:48:57.42 ID:DKbADqQio<>
「次はやっぱり、核融合でしょ?」

面接官の女性は、気負うことなくそれを口にした。

「はい?」
「もちろんずいぶんハードルが高いから、口にするのはためらわれるかもしれないけれど。
 あなたの能力の将来に、これは有り得そう? それともなさそう?」
「えっと、勉強不足ですみません。空気を圧縮したら核融合が起きるってことですか?」
「空気というか、軽い原子同士の衝突によって重い原子ができる核融合ってプロセスによって、
 この宇宙は出来上がった訳でしょう? 創世<ビッグバン>後と同じ高密度・高エネルギーを再現してやれば、
 酸素や窒素からもうちょっと重たい原子も出来るんじゃないかって、単純な思いつきなんだけれど」
「はあ……」

それに必要な温度と圧力はどれほどのものか。多分、自分の今いる領域よりも文字通り桁がいくつか違うだろう。

「もう一つ気になったのはブラックホール生成かしら。
 ナノサイズのブラックホールを作って、ホーキング放射を制御できれば、
 あらゆる質量を直接エネルギーに変換する超高効率エネルギー炉になれるわね。
 汎用性で楽に太陽を超えるわよ。水素しか食えない天体より上ね」

自分の思いつきを面白気に語るのを見て、佐天は取り残された思いだった。
良くはわからないけれど、そんなのできっこない。
プラズマですら、自分では作れなくて、誰かにエネルギーを入力してもらわないといけないのに。

「佐天さん。今みたいな応用、もちろんすぐには手に入れられないし、考えるだけ無駄かもしれないわ。
 でもどこにたどり着きたいのか、行き先をある程度考えておかないと、能力を伸ばすときにも苦労するわ」
「はい」

それは、光子にも言われたことだった
たとえば、ブラックホールというのは自分の能力の極限だろう。
そういう意味では憧れないわけでもない。

「ホーキング放射ってのは、よく知らないんですけど」
「まあ細かいことは今は知らなくていいわね。ブラックホールは、質量から見ると、
 一度入ったら逃げ出せない罠みたいなものだけど、実は『蒸発』してるの。
 質量をエネルギーに変換して、逃がしているのよ。これがホーキング放射。
 小さなブラックホールだと質量を吸い込む速度とエネルギーを逃がす速度が同じオーダーになってくるから、
 上手くコントロールすれば、質量をエネルギーに変換できるって訳。
 こんなの学園都市でも実現していないけれど、もしできたら人類は無限のエネルギーを手にすることになる。
 基礎研究くらいはどこかでやってるだろうから、そこに加わればあなたは第一人者になれるかもね」

要は、空気を集め、とんでもないレベルにまで圧縮すると、
集めた空気がそのままエネルギーに化けるということだ。
原子爆弾が示すとおりに、少量の質量でもとてつもないエネルギーに変換される。
それを考えれば、確かに面白い応用ではあるのだろう。

「まあ、地球をパチンコ玉位に圧縮できるような能力が必要なんだけど」

……結論から言って、無理そうだった。

<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 00:53:10.44 ID:DKbADqQio<> またオリキャラだしちゃった。彼女が活きてくるのはもうちょい先ですが。
とりあえずこっからは具体的なシステムスキャン描写を続けていく予定です。

>>328
でも佐天さんが「美琴さん」「黒子」「飾利」とか呼ぶの想像できんなw
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/08/18(土) 01:09:51.35 ID:BdcBayoNo<> >>345
もっと仲良くなれれば! ……その展開が大変そうだけどwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/08/18(土) 01:45:20.97 ID:AB0VRMvp0<> 乙!
ふたなりさんに見えた俺は死んでいいwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/08/18(土) 01:46:14.25 ID:BdcBayoNo<> >>347
俺がいるorz <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/08/18(土) 07:46:06.46 ID:5pSVYII00<> 安心しろ、俺もだw <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 11:30:20.85 ID:DKbADqQio<> その発想をしておくべきだったかっ…… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県)<>sage<>2012/08/18(土) 13:43:34.34 ID:52C5Lt120<> 乙乙! 説明の半分も理解できん^^;

>>347
よう、俺ww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(高知県)<>sage<>2012/08/18(土) 13:46:46.86 ID:V1mpz1ZWo<> ふたなりさんに佐天さんが貫かれちゃう想像をしてしまったぞ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)<>sage<>2012/08/18(土) 14:00:54.65 ID:GAoG0/9Do<> 乙ですた!
いつも通り、「なるほど、わからん!」けどなんかすげえ!核融合ですよ!
理系の知り合いが言うには、どんな超能力も結局はエネルギーとしての利用が現代社会では一番無難。発火能力だろうが念動力だろうが、発電所に勤めるんだよ!
なんて言ってたのを思い出しました。こちらの作品ではそれ以外に色々研究職としてのお仕事もあるのだなと。

・師の師は和菓子も同然!

・柵状粒子うんたらかんたら→ミノフスキー粒子?ホワイトベースくる?というより万能ジャミングくるか!(うろ覚えだけどそんなんじゃなかったっすけ)

なんて思いました。

次回も楽しみにしてますよー
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/18(土) 14:51:30.85 ID:dW2rAMFpo<> >>347-349,351
なんだ、俺がたくさんいるな
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 18:03:17.29 ID:DKbADqQio<>
面接を終えて出てくると、綯足もちょうど終わったところらしかった。

「綯足さん」
「お疲れさま、佐天さん」
「どうだった? 面接」
「能力のことを根ほり葉ほり聞かれた、って感じかな」

面倒だったと笑いながら語る綯足には余裕が見えて、これがレベルの差から来る経験の差かな、
なんて邪推をしてしまう佐天だった。

「佐天さんの方は?」
「あたしも能力のこと、演算をどうやってるだとかを細かく聞かれた感じ。
 知らない人に説明することってほとんどないから、ちょいと疲れちゃったね
 いつもと同じシステムスキャンなのに、すっごく面接が丁寧でびっくりした」
「そうだよね。すっごい長かった」
「これからすぐ、最初のテストだっけ」
「だね。佐天さんは空力使いだし、私とは別の集合場所かな」
「あたしはあっちの方の教室だって」
「私はグラウンド。ってことはまた別々だね。お昼に会えたら、一緒にご飯行こうよ。
 常盤台の学食ってどんなのか、楽しみだったんだよね」
「うん。それじゃあたし、終わったらさっきの部屋に顔出してみるから」
「ありがと。それじゃ、またあとで」
「うん。お互い頑張ろう」

常盤台に知り合いの少なくない光子だが、今日はそんなに会いたいとも思えない。
やっぱり既に常盤台に合格した人間と今日の気持ちを共有するのは、難しいから。
綯足はレベルはかなり違うが、少し親近感を感じられる相手だった。

「さて、最初は何のテストだったかな」

リラックスしたつもりでつぶやいた独り言が硬い声だったことに気づいて、佐天はうんと伸びをした。
さっき、面接室を出る前に言われたことが、気になっていた。
――曰く。「普通の空力使い向けのテストも受けてもらうから、覚悟して受けなさい」だそうだ。
オーソドックスな空力使いではない佐天の能力を図るには、普通のテストだけでは不十分だ。
というか、そういうテストで計られては、自分のレベルが正しく評価されない。
それを分かった上での指示らしかった。
普通と自分がどう違うのか、その違いが何に由来しているのか、そしてその違いをどう「良さ」につなげられるか。
それを考えるための切っ掛けを得ろと、面接官は佐天に諭すように説明してくれた。

「ごきげんよう。空力使いの方よね」
「え? そ、そうですけど」
「ごめんなさい。さっきの教室での話を横から聞いていましたの。お互い、頑張りましょうね」

いかにも先輩という感じで、教室前でテストを待つ生徒の一人が佐天に挨拶をした。
編入試験のこれまでの傾向を考えると、空力使いの中から合格するのは、三学年あわせてせいぜい一人か二人だ。
つまり、ここで待っている空力使いの少女たちは、その全員が佐天が蹴落とすべきライバルだと言っていい。
とはいえ、特に三年の夏からの編入志望者はよっぽどのことがないと採用されないので、
一年の佐天はスタート位置という意味では有利だ。レベルも、ほとんどの人は3らしい。綯足や光子みたいな例外もいるにはいるが。
そのライバル達を眺めると、来ている服はもちろん常盤台のではない他校のものだが、品が良いというか、雰囲気が常盤台に居そうな感じだった。
それだけ、意識しているのかもしれない。逆に佐天は常盤台には似つかわしくない方だろう。
まあ、サバけ具合では全校生徒憧れのお姉さま、御坂美琴もいい勝負だが。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 18:03:54.10 ID:DKbADqQio<>
「みなさん集まっていますね? これから、ここでは大気操作系の能力者のシステムスキャンを行います。
 もし場所を間違えた人が入れば、速やかに手を挙げて伝えてください。
 なければ、呼んだ順にテストを受けていってもらいます。よろしいわね?」

佐天の後ろから、さっきとは別の先生が現れた。
さっと指示を飛ばして場を掌握し、実験に移る。
普通くらいの教室を前から後ろまで占める複雑な形をした細い筒、
ダクトに軽く触れて、その先生は周囲を見回した。

「実験の内容はよくあるものですから、説明は不要かと思いますが。一応、知らない人は挙手してください」

どうしよう、と佐天は思った。目の前にいる15人位の生徒が誰一人手を挙げなかった。
だけど当然、佐天はこんなテストを受けたことがない。
よく考えれば、レベル1の時にはこんな大掛かりなテストをうけるほどの実力はなかったし、
レベル2に上がったときは試験無しで上がってしまったのだ。知らないのは、自分が悪いからではない。

「あの」
「はい?」
「あたしこのテスト受けたことがないので、知らないです」
「受けてない? あなた空力使いよね?」

どこか険のある尖った表情の先生が、不審げに佐天を見た。

「空力使いであってます。だけど、受けたこと無いんです」
「……そう」

ちらと紙面に目を落とし、先生は何かを確認した。そして納得したように頷く。
たぶん、佐天のレベルを見て、事情を推察したのだろう。

「では改めてテストの意図を説明します。
 ここにあるダクトは、真っ直ぐでなくうねった形をしていて、さらに内壁には抵抗の大きい不織布を貼っています。
 みなさんにはここに空気を通してもらいます。その間、こちらで入口と出口の差圧を測り圧力損失を求めます。
 やることはそれだけです。気流をきちんとコントロールできれば抵抗なく風を流せますから、損失は小さくなるでしょう。
 コントロールが悪ければ、制御無しの時に得られる圧力損失の理論値に近づきます。
 この理論値より如何に圧力損失を小さく出来るかで、皆さんの能力を計ります」

普通に入口からファンか何かで空気を流せば、曲がりくねったダクトのあちこちに風はぶつかり、その推進力、すなわち動的圧力を失っていく。
能力で制御すれば、そのロスは抑えられる。つまりは空力使いの風のコントロール力を試す試験なのだった。

「質問は……ありませんね。あなたも直前の人たちのしていることをよく見て、すべきことを理解しなさい」
「あ、はい……」

佐天は、いきなりこのテストが自分にとっての鬼門であることに気づいた。
こちらを奇妙なものを見る目で見ていた生徒たちが一人づつダクトに手をかざし、風をコントロールする。
蛇のようにうねるその筒の形どおりに風をうねらせ、エレガントに通していく。
さすがは、レベル3以上の生徒たちだった。今までに見たことがないくらい、誰もが、正確なコントロールを行なっていた。
当然、優れたコントロール力を持っている学生達の圧力損失は小さく、時に「すごい」と誰かがこぼすのが聞こえた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 18:12:15.83 ID:DKbADqQio<>
「佐天涙子さん。あなたの番よ」
「はい」

もう一度だけ、よく考える。自分に勝ち目があるかどうかを。
しばしの黙考で出てきたのは、自分の努力不足に対する反省だけだった。

「それでは、始めてください」

先生に促されるままに、ダクトの前に佐天は立った。
ほかの生徒なら、ここからダクトに手を添えて、外から空気を呼び込むのだろう。
自分にできるのは、それではない。
ガッと勢いよく音を立てて、佐天は手のひらの上に、空気を蓄えた。

「へぇ」

誰だっただろう、後ろの生徒の一人が声を漏らした。
能力者ではない先生には見えないだろうが、後ろの生徒にしてみれば、佐天のやったことは丸分かりだ。
手のひらに渦巻く気流を、はっきりと見つめていることだろう。
とはいえ、威力が求められる試験じゃないから、佐天だって本気は出していない。
だって、さすがにダクトを壊したら怒られるだろうから。

「……いきます」

集めた渦を、佐天はダクトの入口に突っ込んで開放した。
できる努力は、無秩序に開放せず、せめて、両刃槍のように尖った方向を作って風を噴出させることだけ。
直後。
ビリビリとダクトを震わせて、渦から放たれた風がダクトを満たした。
その様子は、はっきりとエネルギーが失われ、散逸していることがわかるものだった。
複雑な軌跡を要求するダクトの中を繊細に通す感じからは程遠く、
細い管に口をつけて、ほっぺたを膨らませながら無理矢理息を吹き込むような稚拙さだ。
とても、気流を制御する能力者のやることとは思えない。そんなふうに、先生や周りの学生の顔に書いてあった。
気まずい空気が流れる中、無機質にコンピュータが測定結果を報告した。

『測定結果。圧力損失は1.15kPaでした。理論値からの差はプラス0.60kPaです』
「プラス……?」

圧力損失の理論値は、上限の値だ。これより小さいほど優秀な値であり、
マイナスの値にしか測定されないはずなのだが。
そう、誰もが一瞬訝しんだ。

「たぶん、入口に渦を置いたせいです。理論値って、多分入口にファンか何かを置いて計算した値ですよね」

佐天がそうフォローした。学生たちはそれで一様に納得したように頷き、
先生も、測定結果の詳細なログを眺めて納得したらしかった。

「入口にこんな圧力がかかるのは想定外ね、確かに。ついでに言えば入口から外に空気が漏れるのも。
 さて、中々面白い結果が出たけれど、時間がないから次に行きましょう」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 18:12:59.05 ID:DKbADqQio<>
先生は何かを書き込んで、次の生徒を促した。
ここで点数を告げられるようなことはないけれど、まあ、自分は0点だろう。
だって佐天は、ダクトの中を走る空気のコントロールなんて、これっぽっちもできなかった。
理論値以上にロスの大きな結果を出しても点数がマイナスになることはないだろうけれど。
ふうっとため息をついて、佐天は結果のことを忘れるようにした。どうせ、もとから点をとれたテストではない。
それより、テストを通して気づいた、もっと大事なことに心を配るべきだ。
佐天は、渦を開放するとき、どこかに投擲したことがある。
例えばそれは、大型の工作機械の、エンジン給気口だった。
そういう時に、自分はどうやって渦を「投げた」のだろうか。
渦だって気流の一部なのだから、普通の物体のようには投げられないはずだ。
それを投げられるということは、自分が渦を、手から離れたあともコントロール出来ることを意味している。
これに気づいてもっと技を磨いていれば、ダクトの中を渦を通して、もうちょっとマシな対処を出来たのではないだろうか。
もちろんそのアイデアはテストを裏技でクリアするようなものだが、そういう邪道も王道なのがシステムスキャンだ。

「これで全員終わりましたね? では次のテストに移ります。
 次からは屋外テストですのであちらの更衣室で着替えて、15分後に下のグラウンドに集合して下さい」

担当の先生は事務的にそう告げ、教室からすぐの更衣室の鍵を開けてどこかへ行った。
学生達はなんとなく顔を見合わせ、順に更衣室に入った。
更衣室といえば鉄製の細長いロッカーの並ぶイメージだが、ここは全てのロッカーが木製だった。
壁に並ぶベンチもなんだかお洒落だ。ここは本当に学校なのだろうか。そう思わずにはいられない。
だが、そういう驚きは入り口を入ってしばらくすると全員の頭から消えたらしかった。

「あつ……」
「まったくですわね」

先ほど佐天に話しかけてきた、年長らしい生徒がため息をついた。
エアコンはあるようだが、稼動していない。そもそも夏休みの更衣室だから仕方ないのかもしれないが。
真夏に風のない部屋に大人数で篭もり、さらには今から着替えようというのだ。
それを歓迎する顔は一つもなかった。

「窓、少し開けてみてくださる?」
「え?」
「学舎の園の中ですわよ、ここ。外の視線に神経質になる必要はありません」

別に窓の近くにいたわけでもないのだが、お願いされれば動かないのも感じが悪いだろう。
頼まれたとおり、佐天は窓を15センチほど開けてみる。外はすぐに別の建物があるらしい。そちらから覗かれる心配もなさそうだった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 18:18:26.89 ID:DKbADqQio<>
「換気はできそうね」
「あ、風なら私が」

ここにいるのは全員が空力使いだ。風がなくて暑い場所に来て考えることなんて、皆一緒だ。
一人の生徒がくるりと部屋を循環するように気流を描き、窓の外と繋げた。
この程度のことは別に誰でも出来るからだろう。誰も文句を言わず、ただ、チラリと能力を使った少女の顔を確認した程度だった。
佐天は扇風機方式、つまりは気流を作ることで体の放熱効率を上げるやり方よりも、
エアコン方式で部屋の温度そのものを下げるほうが得意なので、そういう流儀の違いにちょっと面白さを感じていた。
適当にロッカーを一つ決めて、鞄を放り込む。ついでに中からいつもの体操服を取り出した。
周りでもさっさと着替え始めているので、同じように体操服の下を履きながら、スカートを腰から落とす。
普段は同学年の子しかいない場所で着替えるのに比べ、年上がいるからだろうか、普段よりもスタイルの良い子が多い気がした。
あまり意識していないが、そういう少女達をさしたる感慨もなく眺められるくらいに佐天のスタイルはいいのだった。

「随分と余裕がおありね」
「え?」

佐天の隣で着替えていたあの年上の少女が佐天を見てクスリと笑っていた。

「先ほどのテストの様子を見て思いましたけど、貴女、普通の空力使いとはかなり違っているんではなくて?」
「え、ええ、まあ。そうですかね」
「わたくし達と同じテストで比べても、正当な評価は出来ないでしょうに」
「そうかもしれないですけど、さっきの面接で同じテストも受けるように言われちゃって」
「へえ。どういう考えなのかしらね、常盤台の先生方は」
「それはあたしにも……」

二人して、着終わった服をハンガーに掛け、髪を整える。
佐天より僅かに長身のその少女は、僅かに佐天を見下し、呟いた。

「この中から合格者なんて一人か二人ですわ。まだ一年で、他にチャンスがおありだから余裕なのね」

佐天が答えを返すより先に、少女は部屋を後にした。
やや尖った空気をかもし出したその一角を無視するように、他の少女達は着替えを続ける。
佐天は、また反省した。
自分向きのテストじゃないからと、気を抜いてやしなかったか。
さっきのあの人の嫌味は、嫌な感じよりも、本人の必死さが伝わるような感じがした。
「やっぱり駄目だった」なんて、友達に言いたくない。高みを目指したい気持ちで、別に周りに負けてるなんて思ってない。

「まーがんばりなよ」

部屋を出ようとした瞬間、佐天を揶揄するような声で、面白がるように誰かが呟いた。
続いて、くすくすとそれを笑う声が続く。
振り向いても、声の主が誰かは分からなかった。
佐天はそれを意に介さず、踵を返して扉を開いた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 19:27:31.86 ID:DKbADqQio<> >>351
あんまり細かいことを分かってもらう気がなく書いてるからなー
しかも格子ボルツマンとか教科書もあんまりしっかりしてないんだよね。
和書で一冊、それも必ずしも良書じゃないというのがうちの研究室の見解だし。

>>352 
その展開はこれからもないぞ。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/18(土) 19:54:38.87 ID:Jv9b0SYk0<> 乙!
あ、ちょっと聞きたい事があるんだけど、書き手として長文の感想をどう思ってる?
感想を書くと性格上どうしてもあれこれ全部書き込んでしまうので時々感想がクソ長くなってしまうことがあるんだけと、やっぱり長すぎると「うわーないわーマジ引くわ」って逆にモチベーション下がったりするのかな。
時々『やっちゃった』後「いっそROMる方がいいかも…」と思ったりしちゃうので、よければ書き手側の意見を聞かせてくれないかと思って。こんなの恥ずかしくて2chくらいしかきくところがないんだ。
P.S:なぜか改行できないけどブラウザいじり過ぎたのかな。見づらかったらごめん。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/18(土) 19:58:41.58 ID:eCdr5rtJo<> 読み手としては、ウザイな
愛知を見習え <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/18(土) 20:04:51.20 ID:AtQNslPgo<> それ以前にここを2chだと考えてる方が <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/18(土) 20:39:34.07 ID:aSEzSRLio<> >>361
この作品に限った話なら、Arcadiaのほうで感想書けばいい
ちゃんと感想欄も準備されてるんだから <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(秋田県)<>sage<>2012/08/18(土) 22:38:10.08 ID:1Dh1ceGmo<> >>361
まあ他の読み手が見て辟易とする可能性が高いから辞めておくのが無難だろう
そういう書き込みの後って大抵スレが荒れるから、書き手にも読み手にもプラスにならん <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/18(土) 23:29:47.08 ID:DKbADqQio<> >>361
感想は長けりゃ長いほど俺は嬉しい。書き手のやる気って感想の数、文量にかなり影響されるし。
ただ他の読者の人が嫌がるみたいだからなぁ。Arcadiaに書いてくれるのがベストなのかもね。特定の読者の人と文通状態になるのは避けたいし。
ただ、感想の中身で困るのもあって、「〜はしないで欲しい」系の否定の要望は来ると辛い。
「美琴はアンチが湧くから出すな」とか「佐天さんのパート以外はつまんないから光子と当麻のシーンとか書かないで」みたいなの。
意見そのものは尊重できるし、他所で言う分には構わないんだけど。

>>362
「愛知を見習え」はないだろう。
ああいうのを歓迎できない書き手の気持ちをもうちょっと汲んでくれないか。頼んます。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/08/19(日) 00:17:02.65 ID:g9HUueXY0<> 乙乙! 選抜試験っぽいノリになってまいりましたなぁ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)<>sage<>2012/08/19(日) 10:54:30.29 ID:GiUnkOtJo<> 投下乙

しかしこのコントロール技術って空力使い(要接触)じゃなく風力使い(非接触)の領分じゃなかろうか
風力使いは全然別系統からの派生だから佐天さんはもちろん婚后さんでも習得できない技術だと思う
こまけえことはいいんだよ、ならそれはそれでいいんだがww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/21(火) 01:22:16.25 ID:+ymbAgDa0<> 投下乙です!!
システムスキャンと聞いて「佐天さんレベル3(4)おめでとう」位に考えていたけど
>>367 が言うようにプレ選抜試験になってきましたね。話が深い。
佐天さんが他の生徒の度肝を抜くシーンとかあるのかなあ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/21(火) 02:21:35.93 ID:B9yLTkv2o<> こういう展開は意外だったがじっくりと面白い。楽しみに待つ。乙。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/21(火) 12:50:38.37 ID:4OmNKDXy0<> 乙ー
やっぱこの作品すきだわ <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/22(水) 10:55:37.69 ID:BbKtUVKAo<>
>>368

風力使いのこと失念してた。加筆修正でちょいと対応しました。またarcadia見てください。
ただ、原作設定とはちょっと違う解釈をしたいなー、と思います。
長いんだけど以下。

空力使い<エアロハンド>と風力使い<エアロシューター>は厳密な区分ではない、と考えることにします。
読んで字の如く、空気を集め固めて運用するタイプは空力使い、空気を流して風そのものを運用するタイプは風力使い、と分類されることが多いという考え方です。
この分類でいくと、固体表面に空気を集積させる光子も、渦に空気を集める佐天も空力使い、窒素装甲と窒素爆槍も空力使い寄りでしょうね。
一方通行との関連性を考えるに、絹旗・黒夜は原作的には風力使いかもしれませんが。
カマイタチ使いの結標の友達は風力使いだそうですが、カマイタチを空気弾と看做せば空力使いですが、風の流れの一部に密度断層を作っていると解釈すれば風力使いとも見れると思います。
個人的にはこのような解釈のほうが、色々と整合性が取れているように感じるので、この解釈の下にストーリーを作っていこうと思います。
ですので、能力の区分が原作とはずれていく可能性があります。ご注意ください。
ぶっちゃけかまちーもそこまで分類を深く考えてないような。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/22(水) 10:56:23.15 ID:BbKtUVKAo<>
「さて、定刻になりましたので次のテストを行います。これもオーソドックスな物体運搬の試験ですが、詳しい説明は必要ですか?」
「はい。お願いします」
「わかりました」

佐天は正直に手を上げた。ふっと誰かが鼻で笑ったらしいのが聞こえた。
たぶん、佐天の自意識過剰なんかではないだろう。誰とは言いにくいが、受験者の中に佐天を下に見ている人間がいるらしかった。
馬鹿なことだと思う。佐天を見下して、自分が上に上がることなんてないのに。
佐天の知り合いの常盤台の生徒には、そんな性根の人はいなかった。
……一番その傾向が強い例で、まあ、お師匠様の光子みたいな人もいるけれど。

「まず、こちらの箱に、今から申請してもらったとおりの重りを入れておきます。
 それを、能力を使えばどのような方法でもいいので、指定位置へと動かしてもらいます。
 移動できた重量と指定位置までの距離、そして置き場所の正確さで評価をします。
 この際、最も評価されるのは狙った位置におけることで、次に重量、そして距離となります。
 貴女はこの試験も、受けたことはないのね?」
「はい、ありません」
「では重量と目標距離はどう決めますか? 貴女のレベルの標準設定は、だいたい重りが10キログラムで距離は10メートル。
 レベル3向けには50キログラム20メートルくらいが良くある数字だけれど」

佐天は一瞬、思案する。
重さは、別に50キロで問題ない。自分の体浮かせたことくらいはあるからだ。
だが、狙い通りのところに、渦ではなく渦をぶつけた物体を飛ばすというのは、物凄く困難なことだろうと思う。

「正確さが大事なんですよね?」
「ええ」
「じゃあ、10キログラム10メートルでいいです。あたしの番まで、グラウンドの隅っこで練習してもいいですか?」
「ええ。構いませんよ。もう10分くらいしかないと思うけれど」
「わかりました」

奇妙なものを見る目でこちらを見つめる受験生達を意に介さず、佐天は10キロの重りを一箱借り受け、必死に手で運んだ。
光子は多分、この試験が大得意だろう。重さは1トン、距離は100メートルくらいは平気なんじゃなかろうか。
それでいて狙った位置に的確に落としそうだ。
それに比べると、自分は不慣れなせいもあるが、不利だった。

「では始めてください」

後ろで、テストの始まる声が聞こえた。テストの流れを知るため、一人目だけ観察する。
一番目の受験者は、ごくオーソドックスな風力使いらしい。風を重りの下に差し込んで、風圧で持ち上げた。
僅かに前後左右にと触れているが、全体として安定した挙動だった。
重さは、風圧から推測するに50キログラムやそこらだろう。まさに平均値だ。
それを、50メートルくらい先のサークルに向かって動かす。
コントロールは重りが自分から遠ざかるほどにあやしくなり、少し危うさを感じさせる挙動で、何とか重りを置いた。

『記録。50メートル23センチ。指定距離との誤差23センチ』

その結果をたたき出した少女は嬉しそうな態度は見せなかった。
レベル3なら悪い数字ではないはずだが、実力を出し切れなかったと言うことだろうか。
こちらが眺めているところに気付かれて、少しきつい目でにらみ返された。
既に申告した値の関係で、彼女の記録を超えることはまず無いと思うのだが。

「眺めてる時間は、無いよね」

自分で、佐天は言い聞かせた。そして傍らの重りに目をやる。
気流系の能力者向けだからだろう、底は下駄を履いたように隙間が作ってあって、そこに空気を流し込めそうだった。

「まず、渦をこの下で解放して上空に飛ばすと。で、渦を次々ぶつけて動かして、最後に地面から吹き上がるヤツで捕集すればいいか」

仕上げの渦だけ、球状の渦ではなく、自然界にある竜巻型で作る。そしてその内部に重りが入れば、後は台風の目に重りは落ち着くだろう。
佐天はその練習を時間いっぱいまで行った。考えていた時間を除いたら、結局練習なんて五分できたかどうかだった。

「次。佐天涙子さん」
「はい」

名前を呼ばれ、すぐに先生の前に向かう。
目の前のグラウンドには、砲丸や槍投げ用と思わしき、放射状に広がるガイド線と距離を示す同心円状の線が描かれていた。
そう遠くないところ、正確には佐天の申告した10メートル先に、ゴールを示す円が書かれていた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/22(水) 10:57:01.18 ID:BbKtUVKAo<>
「あそこを狙って落としてください。準備はいいですね?」
「はい」

傍に置かれた重りを確認し、そして手を握って開いてを繰り返し、能力の調子を確かめた。

「では、始めてください」

その声を合図に、佐天はガッと空気を手に集める。
そして、その一つ目の渦のために集まった空気がさらに周りの空気を渦巻かせるのを、片っ端から意識の中で捕まえる。
周りの学生の視線を見るに、渦の種がいくつも固定化されたのに気づいているらしい。
それを感じながら、一つ目の渦を使って、佐天は重りを空に打ち上げた。

――――バンッッッ!!!!

砂埃が重りの下から弾け飛ぶ。同時に、もっと鈍重な慣性を纏って、ゆらりと重りが打ち上がる。
緊張のせいか、あるいは不慣れなせいか、佐天は自分が少し失敗をしたことに気付いた。
佐天の目の高さくらいにまで浮いた重りが、ゆるく回転を始めていた。
直方体の重りだから、平たい面を何処に向けているかは、かなり重要なことだ。
回転はその狙いを難しくする。特に、次の渦をぶつけるときに回転を消すために重心を貫こうとする時には大問題だ。

「ふっ!」

佐天に、渦で正確に一点を狙う技術はない。渦の生成そのものとは関係が無い技術だし、センスを養ってこなかったから当然だ。
だけど、この場でそれは結果を著しく歪めていく大きな弱点になる。
バンッ! という音とともに第二撃が加えられる。なんとか底面に当てられたが、重りは望ましい方向からは軸をずらして飛んでいく。
回転も、減じるどころか早まる一方だった。

「うわー、大変そ」

誰かが囁く言葉に、僅かに動揺を誘われる。
名前も知らない相手なのに、どうせ、一緒に常盤台に通うことはまずない相手なのに。
自分が気にしなければいいだけなのに。

「――くっ」

佐天は、底面に渦をぶつけることを諦めた。目標地点に向かって重りが飛ぶように、少し離れたところで渦を爆散させる。
渦そのものでなくて、渦から生まれた気流をぶつければ回転の影響はあまり気にしなくて済む。ただ、望むほどの推進力は得られない。
急造の渦を次々とぶつけて、目的地の当たりまで重りを届ける。10メートルにしておいて良かったと思う。
重りのたどった軌跡は、酔っ払いの足取りみたいにあちこちに振れていて、美しさの欠片も無い。

「最後――!」

心の中で、開始時点から意識の片隅に待機させていた渦の種のトリガーを引く。
砂を巻き込みながら上昇気流を生じ、ゴール地点の上空に向かって、竜巻が生じた。
その中へ向けて、重りが転がり込む。
底がどっち向きだったかさっぱり分からなくなるくらいぐるぐると回転して、重りは、目標のあたりに落ちた。
尖った一角を下に向けて落ちたせいで、着地後にも重りが酷く暴れた。
その結果が。

『記録。10メートル55センチ。指定距離との誤差55センチ』

書かれた着地点の円から体半分くらいはみ出た状態で重りは落ち着いた。
先ほどの50メートル飛ばした人よりも、さらに誤差が酷い。
てんで駄目な、結果だった。
悔しくて、ずっと重りを睨みつけていた。それを止めたら、回りの生徒の何人かの、笑いをかみ殺す顔に突き当たった。
――下を向いてちゃ駄目だ。
佐天は、自分にそう言い聞かせる。テストのほうは、最後の人まで終わったところらしかった。

「これで全てですね。では、運搬のテストは終わります。次は飛翔のテストですので、プールサイドに移動してください」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/22(水) 10:58:39.00 ID:BbKtUVKAo<>
更衣室のある棟をくぐらず、プールサイドの金網に取り付けられた簡易ドアを抜けて、プールの横のコンクリートに踏み出す。
汚さないようにと靴裏を洗ってから、靴と体操服のまま、佐天と他の能力者たちはプールサイドに立った。
そのプールは飛び込み用らしい、深さのかなりあるものだった。ついでに言えば、柵川中学の敷地では望めないくらいに、広い。
対岸の一番離れたところでは、別のグループがテストをしていた。
佐天にはこれもはじめてみる光景。学生が皆、順番に水面を歩行していた。

「あちらでは水流系の能力者が水面歩行測定をしています。
 あちらはこちらと違って面積をそう必要とはしませんが、接触事故を避けるためにも近づかないで下さい。
 さて、今から実施するテストについて説明します。先ほども言ったとおり飛翔のテストです。
 つまり、ここでは皆さんに、自分自身を風力で浮かせ、移動してもらいます。
 大移動が可能な方は、プールの上を飛んでください。この際高さはあの飛び込み台の一番上を上限とします。
 また苦手な場合、あちらのマットの上も選択できます」

いつだったか光子が言った事だ。空力使いや風力使いは、誰でも空を飛べるというわけではない。
能力の特性によっては得手不得手が出てくる分野であった。
飛べる人間は、プールに溜めた水と言う緩衝材の上で実技を見せる。
苦手な人間はあの厚手のマットの上で、恐らくは一メートルそこそこ浮くのだろう。
恒常的に飛び回ることができなく立って、用途によればそれで十分ということは山ほどある。

「空間中に描いた飛翔距離、滞空時間などで評価を行います。質問が無ければ、早速はじめましょう」

淡々と、試験は進む。一人目の人間が早速マットを希望したらしく、その準備が始まっていた。
佐天は再び、対岸でテストをする一団に目をやった。
試験のペースが速いらしく、難なく歩き回る人、長い距離を歩こうとして水に落ちる人、初めから諦め気味の人、いろいろだった。
水に浮くというと、やはり水流を足の裏にぶつけて重力を相殺するような方式だろうか。
佐天の想像力ではあの試験の「解き方」がそれしか思い浮かばなかった。
自分達の試験に目を戻すと、二人目か三人目にさしかかっていた。
試験はあちらよりはずっと派手だ。飛翔というのは、ある意味で気流操作系の能力者の花形と言っていい。
今試験に挑んでいる子は、目いっぱいに能力を解放している、という顔でプールの上に浮いていた。高さは5メートルくらい。
これくらいの高さによって空気の性質なんてそう変わらないから、5メートル浮けるならもっと高くに行けそうなものだが、
彼女はそれ以上の行動をほとんど取れずにいた。何らかの理由で、それが彼女の限界なのだろう。まさか高所恐怖症は無いと思うが。

「あっ」

階段を踏み外すように、ぐらりと空中で体勢を崩した。そして、なすすべなく地上に墜落する。
あまりにあっけなく、彼女はプールに頭から突っ込んだ。

「あのやり方じゃアレが限界だよね」

そんな風に話し合う声が聞こえた。別にそうやって馬鹿にする連中に合わせる気はないが、確かに良くない方式だろう。
人間は縦に風を受けるより、横に受けるほうが効率がいい。断面積の問題だ。
足裏に必死に風を当てて「浮く」よりも、背中にでも風を受けて「吹き飛ぶ」ほうが風からエネルギーを貰いやすいのだ。
溺れはしなかったらしいが、落ちた子の救出が始まるため、こちらの試験は一旦中断らしかった。
佐天はもう一度、水流操作系の能力者試験に目をやった。
何気なく向けた視線の先に、見知った少女がいた。

「綯足さん……やっぱ水流系なんだ」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/22(水) 11:00:27.45 ID:BbKtUVKAo<>
落ちたらプールを泳ぐことになると言うのに、縁の大きな眼鏡をかけたままだった。
そのせいか運動が得意な印象は無いのだが、まあ、落ちる心配はないと言うことだろう。
余裕のある感じが、瞳の奥に透けていた。
プールサイドでしゃがみ、綯足は水温でも確かめるように手を触れた。
そしてコクリと頷いて、試験官に合図を貰って歩き出した。

「……あれ?」

綯足が他の人と同じように、水の上を歩き出す。
だが、そこにある違和感に、佐天は思わず呟かずにいられなかった。
水の様子が、おかしかった。
さっきまでは、歩みを進めるたびに水面はさざなみを打っていた。
水面下に流動を感じさせるものが見えていたはずなのに。
綯足の周りの水は、自然に出来るはずの揺らぎさえ消して、のっぺりと水面が広がっていた。
整った水面で太陽光が反射して、眩しい。
同じようにいぶかしんだ学生達が見守る中、綯足はさっさと課題になっている距離を歩ききって、陸に上がった。
もう一度プールを見ると、水面はまた、いつもどおりの表情をしていた。

「レオロジー制御系かしら」
「えっ?」

佐天の隣にいた学生の呟きに、佐天は振り返った。まだ話したことのない人だった。
おっとりとした感じのその人は、佐天に友好的な笑みを浮かべて言葉を続けた。

「あれはレオロジー、つまりは粘性や弾性の制御だと思いますわ。大方、水を高弾性のゲルにでも変えたのではないかしら」

水といえば、サラサラとしていて、手に掬えばこぼれていく流体だ。
だがこの性質を、例えば佐天が昨日食べた、カロリーゼロの夜のおやつゼリーに変えたらどうだろう。
ゼリーはスプーンで掬っても形を変えない流体だ。だけど口の中で、咀嚼という形で力を加えると、流動を始める。
そういう風に性質を変えて、綯足は「ゼリーのプール」の上を渡ったのではないか、というのが彼女の予想らしかった。

「そういうの、見てすぐ分かるんですか?」
「違いますわ。知り合いに似たような能力者がいたからですわ」
「あ、そうなんですか」

少し佐天はホッとした。自分が駄目なだけ、というわけでもないらしかったから。

「あの、さっきから少し気になっていたんですけれど」
「はい?」
「貴女のレベルって、もしかして……」

聞きにくそうに言葉を濁したので、佐天のほうで答えてやった。別に、隠すことも無い。

「あ、レベル2ですよ」
「そうだったのね」

佐天は、試験を受けていない学生達がこちらを見ていたり、見ていなくても耳がこっちを向いているのに気がついていた。
誰だって、周りにいる学生のレベルは、気になる。みんなライバルなのだから。

「とてもレベル2には見せませんわ」
「そう、ですかね?」

今までの試験で見せた結果なんて、酷い有様だったのに。

「レベル2でレベル3以上が対象のテストを受けて様になっているんですもの、充分ですわ」

自分がレベル2の時なんて、といってその人は苦笑いを手で隠した。
後ろで、試験官の先生が次の生徒をコールした。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/22(水) 11:02:19.91 ID:BbKtUVKAo<>
「では次の方」
「あら、私ですわね。じゃあ行ってきますわ」
「あ、はい。頑張ってください」
「貴女もすぐでしょう? いい? 貴女をみて笑っている方がいらっしゃるけど、そんなの気になさらないほうがよろしいわ。
 自分の能力の良し悪しより他人の結果が気になる人なんて、結局たかが知れていますわ。レベルもどうせ、3でしょう」

別に見知らぬ佐天を庇い立てする理由もないが、彼女なりに、不愉快を感じていたのだろう。
揶揄された苛立ちが、空気の中から感じ取れた。
それにしても、最後の一言は結構きつい言葉だった。ああ言い放った彼女のレベルは、いくつだろうか。

「では行きますわ」

試験官にそう告げて、佐天に微笑んだその少女は空に舞い上がった。
足を伸ばし、つま先を下に向けている。腕を大きく伸ばし、羽ばたくように動かしている。
その様子は、鳥とはいかずとも、確かに空駆ける人にふさわしい所作のように見えた。

「すごい……」

佐天とは違う、気流操作系能力者の高みを見せつけられた思いだった。
斜め下から吹き上げる風が、彼女を空へと押し上げる。能力と、そして手足の向きをコントロールすることで、巧みに空を舞い上がる。
さしたる時間も掛けずに、彼女はゴールへとたどり着いた。
プールの上で直線的に最も離れた、飛び込み台の最上段に。
彼女は振り返って、こちらに向かってお辞儀をした後、笑って手を振った。
自分のほうを見ている気がしたから、佐天も少し、手を振りかえした。

「では次の方、佐天涙子さん」
「えっ? あ、はい!」

後ろでは、もう次の人が試験を終えていた。高くは飛べず、プールサイド近辺を少し飛んで終わったらしい。
佐天は靴の調子を確かめた。さっきしっかり結んだから、脱げる心配は無い。
ほんの少しだけ落ちていた靴下をたくしあげ、佐天は長い髪をゴムで縛った。

「準備が出来次第はじめてください」
「はい」

背中に、やっぱり視線を感じる。もちろん皆が見ているからだが、それ以上に、視線の中に佐天の無様な失敗を願うものがある気がした。
分からないでもない。今、飛び込み台から梯子でゆっくり降りているあの人は、多分レベル4だろう。
そういう人に、馬鹿にされたのだ。レベル3の癖に、下にいる人間を笑う余裕があるなんて、と。
しかも笑っていた相手の佐天は、本当にレベルが下の、2なのだ。順当に佐天が失敗してくれないと、これでは面子が保てなくなる。
そういう事情を、佐天は分かっていた。だけど、だからこそ笑う。

「それじゃ、行きます」

これは今日はじめての、佐天向きの科目なのだった。
正確には、佐天がやろうとしているのは「飛翔」と言えないかも知れない。
だけど。


佐天は、さっきまでよりずっと強力に、手のひらに渦を集めた。
その威力を見て、周りの警戒感が強まるのが分かった。その渦をレベル2の能力者が生み出したとは、誰も思えなかったから。
佐天は高揚する気分を隠しきれないまま、その渦を虚空に向かって投げ上げた。
自分と、レベル2の能力者が目指すにはあまりに高い頂、飛び込み台の頂点を結ぶ直線のちょうど真ん中に。


――刹那。空気が引き千切られるバァンという音が、プールに響き渡った。


気流・水流関係なく、全ての生徒がその音に視線を引き寄せられる。
そして誰しもが、その行動の意味を理解できずに首をかしげた。
空を飛ぼうというときに、虚空で渦を爆発させてどうするのだ、と。
理由は簡単だった。佐天が欲したのは気流の乱れ。渦の核。
建物の並びによって比較的風が少ないここでは、渦を作るのが難しい。
だから、自分で渦を作ってやったのだ。
結果は上々。たわわに実ったブドウのように、あちらこちらに渦が出来ているのが、佐天には容易に見て取れた。
その中から、自分のルート上にあるおあつらえ向きなヤツを探し、さらに育てる。
もうそれは、何度か試した行為だ。それも練習じゃない。あの日、悪意に晒された高速道路の上でだって、何度も佐天はそれをやったのだ。
助走をつけて、佐天はプールの上の空気に向かって、足を振り上げた。
そして何も無いそこを、踏みつけていく。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/22(水) 11:03:54.34 ID:BbKtUVKAo<>
「……っ!」

声にならない怨嗟が、プールサイドから響いた。
レベル3の学生達は、ただ佐天の行為を見上げることしか出来なかった。
――能力とテストの相性問題があるから、自分には出来なくても仕方が無い。あの子は相性が良かっただけ。
そんな慰めを心の中で呟く。
能力で渦を作り、その爆発的なエネルギーを丸ごと踏みつけることで、佐天は空へと駆け上がる。
バン、バンと小うるさい音を立てて進むその姿は、彼女達にとって理想でもなんでもない。そこにエレガントさは無かった。
でも、自分達よりも確実に、あのレベル2の少女は高みにたどり着くだろう。
システムスキャンは結果が全て。反則でなければ、王道だったか邪道だったかは評価の対象ではないのだ。

「……別にこの試験一つじゃないっての」

遠く離れた佐天には聞こえないところで誰かがそう呟いた。それもまた、事実。
見上げた先では、佐天が無事、飛び込み台の先にたどり着いていた。

「うわー、これ怖いなー」

佐天は下を見下ろしてそう呟いた。高所もジェットコースターも大好きなほうだが、飛び込み台というのはそれと違った怖さがある。
真下に何も見えない、そこはプールに向かって突き出た場所なのだった。

「次の人の邪魔だし、帰りますか」

ふうっと、佐天は息をついた。充実したため息だった。
使った渦は、20個くらい。上った距離は15メートルくらいだろうか。4階建ての建物と同じくらいの高さだ。
そこまでの距離を、佐天は渦を使って駆け上がったのだ。
難しいとは、思っていなかった。だってやったことのある行為だ。
自分の体重なんて、木山のスポーツカーに比べたら綿みたいなものだ。
コントロールだって、高速道路上でテレスティーナに振り落とされたときと比べたら欠伸が出る。
だけど、テストという場で望みの結果を出せたことは、佐天の自信に繋がっていた。
カンカンと踵で小気味いい音を立てながら、梯子を降りる。
その先には、佐天の直前に飛び込み台に上った、あの人がいた。

「お疲れ様」
「あ、お疲れ様です」
「すごいわね」
「え?」

やったことは、二人とも同じなのだが。

「レベル4と同じことをしてその顔なの? まったく、寝首を掻こうって顔してるあちらの人たちより、貴女のほうが怖いわ」

それだけ言って、すぐに佐天の元から立ち去ってしまった。その苦笑には、どこか緊張感が漂っていた。
その少女は佐天に背を向けつつ考える。実際、昼からは能力者別の試験に移るのだ。
あの佐天とかいう風変わりな能力者が、自分のためのテストを受けてどれだけ点数を稼ぐのだろう。
集団に戻ると、試験が全て終了したらしかった。

「それでは飛翔の試験を終了します。また、少し早いですがこれで午前のテストを終了し、昼休みに入ります。
 次の威力試験は13時ちょうどからグラウンドではじめますので、遅れないよう集合してください。
 また今日の始めにも通達しましたが、昼食の準備の無い方は学食を利用してくださって結構です。
 それでは、解散とします」

佐天はその声を聞いて、少し肩の力を緩めた。
太陽が真上から、猛威を振るっている。それでも優雅な空気の消えない、常盤台のお昼休みの始まりだった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/22(水) 11:05:42.57 ID:BbKtUVKAo<> >>369
たしかにプレ選抜になってきたねー。佐天さんもこっからもうちょっと頑張ってくれると思います。

>>371
ありがとう! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/08/22(水) 11:15:59.10 ID:CpEhAXNDo<> 久々のリアタイだー 乙ー
渦20個で15m上るってことは、一つあたり平均75cm
人間の体重にそれだけ位置エネルギー与える(しかも爆散する渦でそれ)って、
佐天さん、どんだけ高エネルギーの渦作れるほど成長したんだよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/08/22(水) 12:57:09.04 ID:iPnM5cz3o<> おつ!
しかしすげえ怖そうな移動法だなww
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>saga sage<>2012/08/22(水) 16:27:20.31 ID:RDrggOK+0<> 最近見かけないと思ってたら、sageてたのね

乙です
これって試験じゃなくてシステムスキャンなんだよな?
緊張感がヤバいな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(高知県)<>sage<>2012/08/22(水) 19:37:59.91 ID:fE81/61Co<> 爆縮渦流とか前にあったけど、縮めなかったら竜巻くらいにできるのかなあ?
背中から竜巻発生させて飛ぶ佐天さん、素敵! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/08/22(水) 21:03:40.46 ID:Na5AsP0z0<> 乙乙! 佐天さんの試験はこれからだ!

テレスティーナ戦に比べたらそりゃぬるい罠ww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)<>sage<>2012/08/24(金) 02:08:08.92 ID:0t2q2KkAO<> なんか、今まで以上に興奮するな……。読んでてわくわくする。 <> sage<><>2012/08/25(土) 13:03:16.71 ID:abCG4yIB0<> 佐天さんガンバレ!

ところで婚后さんと佐天さんてもみあげちゅか顔の横の髪の処理よく似てるよね。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(新潟県)<>sage saga<>2012/08/25(土) 15:17:33.47 ID:TNQYYxG40<> sageはメール欄に入れるんだぜ

>>1には悪いけど佐天さんパートが面白過ぎてヒーローが空気 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<><>2012/08/26(日) 00:10:29.53 ID:TIqqRyDy0<> ヒーローは出てきたら、もげろ!連呼だけどなww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県)<>sage<>2012/08/26(日) 00:11:10.47 ID:TIqqRyDy0<> ごめん、マジごめん・・・sageが消えた <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 10:22:37.37 ID:R6bEo/IEo<>
「綯足さん、お疲れ」
「あ、佐天さんも、お疲れー」

安全のためにプールサイドから速やかに立ち去るようにと常盤台の先生に促され、来た道を戻る途中で、
佐天は少し前を歩いていた綯足に声をかけた。もとより昼は一緒に摂る約束だった。

「午前はどうだった?」
「まあ、悪くは無かったかな。えっと、佐天さんは?」

少し聞きづらそうに綯足が返した。
そりゃまあ、レベル4がレベル2にそういう話を振る時には、どうしても気遣ってしまうのだろう。

「いやー、なかなか厳しいね。ちょっと慣れてないテストが多くて」
「そうだったんだ。やっぱり常盤台に来るとテストって変わるものなのかな?
 水流系のテストは普通すぎるくらい普通だったけど」
「気流系のテストも普通だったんだと思うよ。皆そんな顔してたし。
 あたしにとっては慣れてないのが多かったってだけでさ」
「そうなんだ」

そう言いながら綯足が佐天の制服を眺めた。たぶん、それで学校の品定めをしているのだろう。
柵川中学の制服は、学園都市の外で言うところの、普通の公立中学の制服みたいなものだ。
デザインに奇抜なものは無い。学区内に見分けの着かない制服の学校が五つはあるだろう。
一方綯足の制服は、どこか質が良いと言うか、目立たない制服でいながら品がいいのだ。
そういうところにも、掛かっているお金というか、能力のレベルの差が反映されるのだった。

「学食、行ってみる? あたしはご飯用意してないからそのつもりなんだけど」
「私も用意はないから、そのつもり。せっかくだしこのお嬢様ライフを楽しんでいかないとね」
「あはは」

言いたいことは分からないでもない。光景を説明すれば、初春あたりは羨ましがるだろう。

「せっかく一時間半も休みがあるんだし、ゆっくりしたいよね。
 ほら、ああいう感じに言葉遣いも変えて、『佐天さん、お昼はなににされますの?』なんて言っちゃってさ」

綯足が目配せで示した先では、常盤台の生徒が、食堂の場所などを丁寧な声で何度も紹介していた。
その口調も常盤台らしいというか、いかにもな感じだった。

「やっぱりお淑やかな人が多いのかな。そこはなじめない不安もあるよね」
「……だそうですよ? 白井さん。」
「なにが言いたいんですの? 佐天さん」

勿論綯足は知らなかったわけだが、校内でこういう仕事に借り出されるのは第一に風紀委員であり、
つまりそこにいるのが白井でも、おかしいことなんてなにもない。
知り合いにあったからか、ジトっとした素の表情を一瞬浮かべて、白井は佐天に抗議した。

「え? 佐天さん?」
「びっくりさせちゃったね。あたし、こちらの白井さんと友達なんだ」
「へぇー。……あの、こんにちは」
「ごきげんよう。昼からもテスト、頑張ってくださいませ。それで、今からどちらへ?」

営業スマイルも半分入っているのだろう。綯足に友好的な笑みを浮かべ、白井はそう問いかけた。

「あたし達は学食です。こないだ食べ損ねたパフェに手を出そうかなって。白井さんは?」
「私は見てのとおりお仕事ですわ。受験者の皆さんが試験を再開してから、交代でゆっくり頂きますからお構いなく」
「あ、そうなんだ。それじゃあ、また今度、ですね」
「そうですわね」

白井とそう微笑を交わし、佐天と綯足は邪魔にならないよう、再び学食まで足を動かした。
勝手が分かるほどではないが、ここは佐天にとって知らない場所ではない。
人の列をたどりながら、間違わずにさっさと学食にたどり着く。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 10:23:32.34 ID:R6bEo/IEo<>
「さっきの人って、知り合いなの?」
「うん。白井さんっていって、あたしたちと同じ一年の人」
「そうなんだ。その、常盤台の人と知り合いなんだね」

驚いたというニュアンスを込めて綯足がそうこぼした。無理もない。
既に常盤台に入学できるだけの実力者と未だレベル2の佐天が接点を持っているというのは、それなりに珍しいことだろう。

「白井さんって風紀委員でさ、あたしのクラスメイトとよく一緒に行動してるから」
「そういうことかぁ」

常盤台の制服とその倍くらいの他校の制服が彩りよく混じった食堂へと、トレイを持って入り進む。
そのトレイも佐天の学校にあるような安っぽい樹脂製とは違うので、本当にここは住んでる世界が違うという感じがする。
小洒落たランチプレートを二人で注文し、宣言通り佐天は横にパフェを載せて席に着く。

「白井さんとここに来たことがあるの?」
「え?」
「さっき、そのパフェを以前に食べそびれたような話をしてたから」
「ああ、えっと」

サラダをつつくフォークを止めて、少し佐天は話すのをためらった。
白井とはまた別の、常盤台の知り合いの話をしないといけないから。
あたしにはこんなに常盤台の友達がいるんだぞ、なんて自慢に取られるのも面白くない。

「白井さん以外にも知り合いがいてさ、おなじ空力使いの人なんだけど。その人に案内してもらったんだ」
「佐天さん、常盤台の知り合い結構いるんだね」
「うん。ひょんな縁がありまして。それもあって、無茶かもしれないけど、ここ受けようって思ったんだ」

綯足と比べれば、ずいぶんハードルは高いだろう。
そういうニュアンスを込めて綯足に苦笑いを見せたのだが。

「キツイかも、みたいなこと佐天さん言ってたけど、そうでもないんじゃない?」
「え?」
「あの飛び込み台に登ったの、15人くらいいる内の4、5人だけだよね」

綯足が見たのはあの試験だけだ。そして、その成績だけならきっと、佐天は上位三分の一に入る。
気流系の能力者があれをどう評価するのか知らないが、佐天はあの中でもトップといっていいくらい、危なげなかった。
まあ、飛翔の試験で佐天がやったのは「跳躍」だったけれど。

「あのテストは悪くなかったかも知んないけど、はじめの二つは散々だったからなあ。
 それに、レベルが上がったって3だからね。今日あたしが目指すべきは、スタートラインに立つことなんだよね」
「あれできるんなら大丈夫でしょ」

綯足はそう一蹴し、冷たいじゃがいものスープを口にした。

「佐天さんは、高密度の空気を操る能力者なのかな」
「うん。空気の渦を操る能力、ってとこかな。綯足さんのも、不思議な能力だったね」
「あ、やっぱり見てたんだ」
「そりゃ同じ場所にいたからね」

先程の光景を思い出す。
水面歩行というのは、水流の「制御」の試験だろう。みんな慎重そうな動きで歩いていた。
その中で、綯足は全く違って、足取りが普通すぎた。まるでコンクリートの上を歩いているみたいに。

「どんな能力か、わかった?」
「あたしにはさっぱり。でも隣の人が、レオロジー制御の能力じゃないかって呟いてた」
「ま、わかる人にはすぐわかるよね」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 10:25:28.78 ID:R6bEo/IEo<>
首をすくめて、綯足は肯定した。システムスキャンを受けるということは、自分の能力の紹介をするようなものだ。

「レオロジー制御って、よくわかんないんだけど、水流使いになるのかな?」
「んー、正確にいえば気体は操れない流体使い、かな」

佐天は首をかしげた。流体とは、気体と液体、すなわち流れる性質を持った二つの相の総称だ。
そのうち期待を扱えないのなら、それはまさしく水流使いだと思うのだが。

「ごめん、よくわかんない」
「佐天さん、もしかしてレオロジーって科目勉強したことない?」
「うん」
「そっかー。……こんなこと言って悪いんだけど、たぶん、あとの本試験で苦労すると思うよ、それ」
「げげ」

苦笑いで綯足が告げた言葉に、思わず佐天は顔をしかめた。
座学もどんどん面白くなる今日このごろだが、尽きることのない学問の深みに、やや食傷気味でもあった。
手でパンをちぎりながら、綯足は思案した。どう説明したものか。

「佐天さんに問題です」
「えっ? はい」
「スライムって作ったことある? あれは流体だと思う? それとも固体?」

その質問に、佐天は窮した。
スライムは水みたいに再現なく広がったりしない。だけど、力を加えたらすぐに形を変える。

「スライムは……ゲル!」
「いや、えっと。そのゲルが固体か流体かって話をしてるんだけど」
「どっちでもありどっちもでないっ!」

どうせわからないし、あてずっぽうだ。というか、答えなんてあるのだろうか。
そう思っていたら、綯足が我が意を得たりという顔で頷いた。

「佐天さん、最後ので正解だよ。固体を固くて動かないものだと思えば、ゲルは流体になる。
 自然と流れ出すものを流体だとするなら、ゲルは固体ともとれるけど。
 私はそういうものの制御も出来るってこと。水だけじゃなくてね」
「へぇー!」
「佐天さんや普通の水流使いはニュートン流体が専門で、その流動を細かく制御できるでしょ?
 私は流れの形の制御はそうでもないけど、非ニュートン流体、例えばダイラタント流体とかチキソトロピック流体でも、
 ニュートン流体と同じように扱える。だから、プールの水に、ゴムみたいな弾力を与えるくらいは簡単」
「なるほど、そうやって水の上を歩いたんだ」
「そういうこと」

食べ終えて綺麗になったプレートの上にスプーンを置きながら、綯足は頷いた。
素直に佐天が感心してくれるので、つい、喋りすぎてしまった。
もちろん今の説明程度で、自分の能力の全貌を見透かされることはないだろうけれど。
目の前の佐天が既にパフェに手を付けているのを見ながら、綯足は紅茶に口をつけた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 10:26:25.08 ID:R6bEo/IEo<>
綯足と別れ、再びグラウンドに立つ。
試験再開までもうすぐだから、ほぼ全員の気流操作系の能力者が集合していた。
共通テストの最後のは、威力試験というらしい。やっぱり名前のとおりの試験なのだろうか。
良くはわからないが、なんとなく、佐天はストレッチをして体をほぐした。

「腕力試験じゃないっての」

小馬鹿にするような声がまた、聞こえた。だけど賛同するような笑いだとかは、あまり起こらない。
佐天を笑えるのは、その実力があって、かつ、嫌味な連中だけだ。どうやらそういうのは多くないらしかった。

「渦投げるのに、肩作っとかないといけないんだ」
「は? だっさ」

気まぐれに佐天は相手をしてやった。
それが余裕の表れだったか、虚勢だったかは、佐天自身にもわからないところがあった。
だがそのおかげで言い返した相手の顔がわかった。意地の悪い顔をしていて、佐天はすぐに嫌いになった。
……特に髪型や背格好が、アケミに似ていたから。友だちとちょっと似てるのが、なおさら不愉快だ。
例えば佐天が、あんなきっかけじゃなくて、ジリジリとレベルを上げていたら、
目の前の少女のような心の持ち主になっていただろうか。
佐天は、その可能性を否定できなかった。自分は、そういうところで弱い心を持っている人間だ。

「ええと、皆さん揃っていますね?」

試験官の先生が着たらしかった。
振り向くと、午前中の先生じゃなくて、佐天の面接をしてくれた先生だった。
部屋で見た姿と違い、軽装に着替えて帽子をかぶっていた。

「それでは、午後の試験を始めます。試験内容の説明は端折りたいんだけれど、よろしい?」
「あ、あの」
「どうかしたの、佐天さん?」
「あたしこの試験受けたことなくて……」
「そうなの? ……あら、貴女、レベル0から1へのレベルアップしたあと、
 一回もシステムスキャンを受けてないのね」

ざわり、と周囲の生徒たちを取り巻く空気が音を立てた。
学生なら、学期ごとに一回は受けるのがシステムスキャンというものだ。
それを、レベル1に上がったあと、一度も受けていないというのは。
学生たちは、どういうケースなのか思案を巡らす。
それは、目の前のおかしな能力の少女が、まさか一学期に満たない短期間で、
レベルを0から2まで上げ、それどころかレベル3に手を届かせようとしているとは考えられないからだった。

「じゃあ説明しましょうか。と言っても、威力試験は『なんでもあり』の試験だからね。
 今から図るのは、皆さんの能力の規模です。エネルギー的にでも、体積的にでも構いません。
 希望者がいれば時間的な規模でも測ります」

とにかく、強く大きい能力を発動させてみろ、ということだ。ついでに言えば、一瞬でなくずっと続くほうがなおいい。

「ぶつける対象が欲しいって人が例年多いから、あちらのグラウンドの隅に土嚢(どのう)を積んであります。
 まあ、試験はあちらでやりましょうか。それと土嚢以外の対象が必要であれば自己申告するように案内してありましたけれど、
 今回は誰も申請しなかったようね。それで間違いはありませんね?」

そういえば、佐天のシステムスキャンの申し込みは柵川中学から届いているはずだが、
その時にそんなことをちらっと行っていた気がする。
先生の問いかけに、誰も異議を唱え無かった。

「よかった、今回は手間が少なく済みそう。三月の編入試験は大変だったのよ。
 覚えている子もいるかしら。合格した受験生だったんだけれど、
 長距離輸送用のコンテナに土嚢を五トンほど詰めたのを用意してくれって言い出したのよね。
 それを空に向けて打ち上げて砲撃にするなんて言うもんだから、仕方なく二三学区まで出張して、
 わざわざあの子のためだけに試験をやったのよね。
 まあ、あれが空を飛んだのを見るとちょっと景気のいい気分になったけれど」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 10:28:38.70 ID:R6bEo/IEo<>
……佐天は、苦笑いをしながら髪を掻き上げた。
誰のことかなんて言うまでもない。
というか、そんなことをやったら、そりゃあ『トンデモ発射場』なんて呼ばれたっておかしくないだろう。
そのあだ名が、光子を嫌う人間が付けたわけじゃなくて、光子の行いを見た人間が自然と付けたものであろうことを、佐天は悟った。

「愚痴はこのへんにしておいて。
 この試験をやるたびに私は上から、常盤台にふさわしくないなんて小言をいただくんですけれど、
 それでもこれは非常に重要な試験だと思っています。繊細な制御を教えることは後でも出来ますが、
 結局のところ、能力の伸びを決めるのはパワーです。それを私に見せつけてください」

面接のときから思っていたけれど、このおばあちゃんは、なかなかに破天荒だ。
おそらく編入試験をこれまでに受けて、落ちてきた生徒も中にはいるのだろう。
そういった生徒からも人気の高い先生らしかった。
佐天も、なんだかやる気をもらってしまった。
自分で出せる自己ベストを更新してやろう、と心に決める。

「それじゃ、はじめましょうか」

その一言で、最後の共通試験が、始まった。





他の系統の能力者たちが、何事かという顔をしながらこちらを見つめている。
そりゃそうだろう。グラウンドの端近くで、壁の方に体を向けて、近所迷惑な試験をしているのだ。
さっきから「どごーん」だの「ばーん」だのと、騒音をこの一角はまき散らしている。

「はぁっ!!」

カマイタチ使いの少女が、持てる最大威力、最大の数で土嚢に切り掛かる。
疾走する高密度の振動空気が化学繊維の袋を引きちぎり、中身の土をぶちまける。
1メートルくらいうずたかく積まれた土嚢の壁には、ざっくりと爪痕が残った。

それを見届け、隣では別の少女が体の脇に太い筒を抱くような格好で腕を広げ、風を流した。
それなりに高密度に束ねられた風がゴウゴウと音を立てながら土嚢にぶち当たる。
あおりを受けて、積まれた土嚢の、上のほうの数個が転がり落ちた。

次に控えた少女が、風で作った槍を握り占め、土嚢に突き刺した。
ザクリとそれは突き刺さったあと、何かを引きちぎるような耳障りな音を立てながら、
厚みも同じく1メートルくらいあるその土嚢を突き破った。

それを見ながら、壮年の試験官は測定値を記録していく。と同時に、風の流れ等を映像としてまとめておく。
この試験は、評価が複雑だ。圧力損失の大きさだとか、指定位置からのずれだとか、
そういうシンプルなデータでの評価ではない。
まず重要なのは、操れる空気の量と速度だ。それが無くては威力は上がらない。
だがそれだけでは測れないのが、風の威力だ。物体を物体にぶつける力学的な現象と違い、
空力学においては、かならずエネルギーのロスがそこにはある。
空気は物体にぶつかれば、自らの形を変えほかのところに逃げてしまう。
それを如何に許さず、伝えきるか。
風そのものの威力と、物体への伝達効率、それらをあらゆる測定データから評価するのが、この試験の趣旨だった。
土嚢に刻まれた試験結果を記録しながら、試験官の女性は思案する。
目の前で能力を発動したこの三人の中には、レベル4の生徒もいた。だがそれほど自分の気を引くほどの結果ではなかった。
あくまで自分はシステムスキャンの監督であり、編入試験の採点には関与していないので権限はないのだが、
心の中で、目の前の三人には不合格を出した。
常盤台は、充分な人材を入学試験で既に採っている。編入で受け入れたいのは平凡な能力者ではない。
目の前の生徒たちは平均的な常盤台の空力使いと比べてそう悪いことはないが、それくらいの学生は、必要ない。
常盤台が追加で欲しいと思えるだけの人材が欲しい。そして自分の目の前でその力を見せつけ、納得させて欲しい。
半年前の突飛な人材を思い出しながら、そう思案する。
編入後も周囲になじむのにやや苦労があったり、今も学外からの通学となったりと問題児なところがあるのは否めないのだが、
婚后光子を合格させた時の、ああいう納得感を試験官の女性は欲しているのだった。
手元の紙面に眼を落とすと、次の受験者はその光子の弟子だった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 10:32:22.74 ID:R6bEo/IEo<> さて、次もちゃちゃっと修正して早めに上げたいと思います。

>>383
竜巻も作れますよ。とはいえ建物なぎ倒して1km走るような、ああいう規模のは無理ですけどね。

>>387
ヒーローが自分ひとりでヒロイン助ける展開が今まで一度も無いからなあ。
確かに空気感は否めないw ヒロインが一人に固定されてるし。


<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)<>sage<>2012/08/26(日) 11:05:14.76 ID:wuuci0oAO<> 乙です。

ここで切るかwww
続きが気になる……。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/08/26(日) 12:58:09.51 ID:iZp+8q+X0<> 乙です。

佐天さん無双が始まる・・・のか?
wktkが止まらない。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/26(日) 13:05:51.51 ID:tsnodwX/0<> 乙です

最後はパワー勝負ですか。
佐天(携帯取り出し)「御坂さ〜ん、いま常盤台でシステムスキャン
やっているんですが、一発自分にレールガン打ってください〜」
だったら他の試験生逃げ出すな。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/08/26(日) 14:53:03.30 ID:TIqqRyDy0<> 乙乙! 何を起こすか楽しみだなー <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 21:54:25.56 ID:R6bEo/IEo<> 今日は筆の乗りが良かった。続きいきます。

>>398
そうやってエネルギーを用意してもらわないといけないってのは、
この試験官の先生としては大きな減点対象なのです。マジレスしますと。 <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 21:55:48.58 ID:R6bEo/IEo<>
「さて、次は佐天涙子さん、貴女ね」
「はい」

緊張した面持ちの佐天を見て、微笑んだ。彼女は何をしてくれるだろう。
光子と同じような突飛な準備は用意してこなかった。まあ、今はレベル2なのだから、それも当然といえば当然なのだが。

「準備はいい?」
「大丈夫です」
「そう。じゃあ、始めて頂戴。頑張って」
「わかりました」

ほかの人よりも、かけてもらった一言多かった。
婚后さんの知り合いだから気にかけてもらってるのかな、なんてことを考えながら、佐天は呼吸を整えた。
時刻は昼を過ぎ、一日の温度が最も高くなるころに差し掛かっている。
それは佐天にとっては好都合。温度差というエネルギーがあちこちに眠っているから。
土嚢の周りは他の人のテストのせいでもう空気が混ざりきっているが、問題なかった。
これまでの受験者たちよりも、20メートルくらい土嚢から離れる。
佐天はうだるような日差しを浴びながら、大きく息を吸い込んだ。
夏の乾いた土埃の臭い。かすかに香る、遠い食堂の臭い。
あちこちから聞こえてくる、システムスキャン中の生徒たちの声。騒音。
落ち着いた集中が広い世界観を与えてくれる感覚を、佐天は覚えていた。
こんな穏やかな精神状態を保てるのはきっと、あの高速道路の上で稼いだ貯金のおかげだった。
あの時は、自分が伸びているだとか、そんなことを振り返る暇なんてなかった。
全てが終わったあとで、あれが自分の成長の瞬間だったのだと、思い出すことしかできなかった。
でもそのおかげで、今がある。
今から披露するのは、誰かの都合にあわせて、歪に歪められた条件で出す事前の結果じゃない。
自らの意思が、結果の最後の最後までを操り尽くすのだ。
自分は万全だ。緊張の糸を残したまま、佐天の世界は適度に緩み、広がる。
グラウンドの上で陽炎が笑う。ゆらゆらと揺らぐ空気の中に、いくつものほつれを見出した。
それは、渦の種。一つ一つを心の中で数え上げると、世界は、自然と佐天の意思を『記録』した。
生まれては消える運命の渦が、定めに抗い、蓄積されていく。
数は、きっかり30個。今から始まる試験の中で、佐天はそれを弾の上限とした。
再現なく渦を補給するのは不可能ではないが、やったところで待っているのは劣化だ。
それよりも、今手元に用意したものだけを、育て、操りこなすことに決めた。

「それじゃ、いきます」

土嚢を見つめたまま、佐天はそう宣言した。始まりは、至極あっさりとしたものだった。
その声に、試験官は不思議と期待感を誘われた。周りの学生達も、気負わないその声に、何かがおかしいと感じていた。
グラウンド上に存在するすべての空気を背負って引っ張るように、佐天が腕をぐいっと前に突き出した。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 21:57:26.43 ID:R6bEo/IEo<>

――――直後。背面に広がる空の上で、雲が醜く引き攣れた。


「え――?」

その場にいるすべての空力使い・風力使いが、空を見上げた。
だってその高さに、レベル2の能力者なんかが届くはずがないのだ。
雲は、気流操作系の能力者にとっての、ひとつの憧れ。
そこに能力が届くというのが、レベルの高さの、何よりわかりやすい指標だからだ。
その雲に、空から槍を突き刺したみたいに孔がいくつもあいた。
その穴から雲がこぼれる。地面に向かって落ちていく。
槍の正体は、竜巻だった。
それは熱い地表と冷めた上空の温度差を埋めるために生まれた。
渦巻くダウンバーストが地面に向かって螺旋を描いて落ちていく。
空が吸い寄せられ、地が吸い上げられる。その流れの中心にあるのは。佐天の渦。
遠慮知らずに、貪欲に、その渦は空気を飲み込んだ。
際限なく渦の中に風が巻き込まれ、押しつぶされる。
それを見ながら、周囲の学生達は佐天が今まで本気を出していなかったことを理解した。
ダクトに風を通すにも、50キロに満たない佐天の体を持ち上げるのにも、このレベル2の少女は本気を出す必要がなかったのだ。
渦は、すぐに試験官の目にも見えるようになった。屈折率を変化させ、渦の向こうの景色が歪んだからだ。
そんな風に景色をゆがめる風というのは、多くの能力者を見てきた試験官にもはじめてのものだった。
ニヤリとした笑みが広がるのを試験官は抑えられなかった。こういう、こちらの思惑を超えるものを見るのが、学園都市の醍醐味だ。
対照的に、周囲の学生達は呆然と佐天を見つめることしか出来なかった。

「ふっ」

そんな渦の一つを手のひらの上で作り上げ、佐天は土嚢に向かって投げつけた。
狙ったのは、土嚢と土嚢の間にある隙間。


――――バァァァァンン!!!!!


空気そのものが風船みたいに破れる音を立てて、振動を学校中にまき散らす。
周囲の学生もビリビリと自分達の服や、髪や、皮膚が震えるのに耐えながら、その光景を見つめる。
それはあまりに圧縮されすぎた空気が、開放の瞬間に音速を超えた証拠だ。
その威力を保証するように、積み上げられた土嚢が空へと舞い上がり、いくつも虚空を突き進む。

「危ないっ!」

誰かが鋭く叫んだ。30キロはくだらない土嚢が、自転車より速いスピードで佐天に向かって飛んでくる。
その心配を佐天は笑う。これをやったのが誰だと思っているんだろう。
土嚢は、偶然に飛んできたんじゃなくて飛ばされてきたのだから、心配なんていらないのに。
それともまさか、この一撃で自分のテストが終わりだとでも思ったのだろうか。
空を見れば一目瞭然だろう。まだ、これと同じものがあと29個もあることなんて。
口の端で佐天は笑う。楽しくて仕方なかった。

佐天は頭を軽く降った。それだけで向かってくる突風が佐天の髪を束ね、背中に回した。
空のてっぺんに向けて指を突き上げ、渦に心を通わせる。それらは全て、もう外に向けて弾ける準備を整えきっていた。
準備は、これでばっちりできた。満足げに佐天はそう判断した。
そして、タクトを振るう指揮者のように、ついと腕を降り下ろした。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 21:58:14.97 ID:R6bEo/IEo<>
「い――っっっけぇぇぇっ!」

29個の、渦という名の鉄槌が降り下ろされる。
一つ一つの渦の向かう先には、ぴったり対応する数だけの土嚢が、まさに落下しようとしている。
手始めは目の前に迫ったひとつ。打ち返すバッターのつもりで、佐天は渦をそれにぶつけた。
凝縮された時間の中で、佐天は渦がブチブチと化学繊維を捻り破くのを見た。
そして裂け目はあっという間に土嚢全体に広がり、土をまとめるという役目を果たせなくなる。
そこにぎゅうぎゅうに押し固められていた空気がぶつかり、そして、弾けた。
同じことが、あちこちで起こった。あらかじめ演算しておいたとおりに飛んでいく土嚢に渦が追いすがり、接触する。

――――バァァァァンン!! バァァァァンン!! バァァァァンン!!

フィナーレに向けて盛り上がった花火のように、とめどなく爆発音が響きわたった。
色彩は花火と比べれば地味で汚いけれど。なにせ、はじけたのは全部土くれだ。
20秒に満たない短時間の中で、学舎の園という優雅な世界を完全に台無しにしながら、1トンもの質量を佐天は弄んだ。

「……ふう」

全てが終わったあとのグラウンドは、寒々とするほどに無音だった。
誰一人として、声を上げることが出来ない。呼吸すらも、し辛い緊張感が在った。
視界が晴れると改めて、その結果の異常性が目に飛び込んでくる。
ほんのついさっきまで、地面には黄土色の土と積まれた白い土嚢があったはずなのだが、
今そこにあるのは、焦げ茶色をした土と元のグラウンドの土の、まだら模様だった。
そして打ち捨てられたレジ袋みたいに、中身を失った土嚢の化学繊維が地面に点在している。

「――28、29。壊した土嚢は29であってるかしら?」
「はい」
「そう。50個くらい置いたんだけど、もうこれでなくなってしまったわね」

見ていたものの硬直を破るように、試験官が声を出した。
佐天の前の10人が使った結果として、だいたい20個の土嚢が消費されていた。
それらは部分的に破れたり、あるいは地面にぽつんと落ちたりしている。
そして残りが、ご覧の有様というわけだ。

「コントロール力のアピールもなかなか気が利いてて、面白いじゃない」

面白がるような声で、試験官の先生が佐天を褒めた。
佐天がまき散らした土は全て、学生や先生に掛からないように吹き飛ばされていた。
仮に失敗したって、周りには風を操れる能力者ばかりだからよけてくれるという打算もあったので、
心置きなく佐天は土嚢の中身をぶちまけたのだった。
放心するような生徒の多い中、試験官が厳かに進行を告げた。

「準備をしますので、次の人の試験まで10分ほど休憩とします。木陰には行ってくれて構わないけれど、
 あちこち歩いたりはしないでくださいね」

それが佐天にとっての、共通試験の終わりの合図だった。
そしてもう誰も、振り返った佐天に見下すような笑みを向ける学生はいなかった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 22:00:52.71 ID:R6bEo/IEo<>
パタンとロッカーの扉を閉め、当たりを見回す。

「忘れ物は……大丈夫かな」

渦の圧力測定、集めた空気の量の測定、定常状態の維持時間の測定。
まるでいつかの光子がしてくれたような試験を経て、佐天は今、全ての試験を終えたところだった。
あとは、はじめの教室に戻って休憩しながら、結果を待つだけ。
直ぐに帰って結果を後日聞いてもいいらしいが、やっぱり今ここで知りたいのが学生の本音だ。
周りには四、五人、佐天と同じタイミングで個別試験を終えた生徒たちが着替えをしていた。
午前にここを訪れた時と違い、もう、佐天を笑う声は聞こえなかった。
その理由を佐天はちゃんと理解していた。自分が、実力で黙らせたのだ。
能力の規模が全てじゃないだろうけれど、それを評価する試験で、佐天はかなりの高得点を叩き出したはずだ。
それを気持ちよく思っている自分を、否定できない。
優劣に一喜一憂するのは格好のいいことじゃないかもしれないけれど、誰にも文句なんて言わせない結果だった。
廊下に出ると、ちょうど、教室に向かっている綯足の背中が見えた。

「綯足さん」
「あ、佐天さん」
「お疲れ」
「佐天さんもお疲れ様。テストのとき、すごい音だったね」
「え? あー」

思い返して、そりゃあ学校中に響き渡っただろうなあ、と佐天は今更に迷惑だったかと反省した。

「あれ、誰がやったの?」
「え?」

その聞き方からして、佐天がやったと言う可能性を、綯足はまったく考えてないようだった。
可愛らしく、きょとんと首をかしげた。

「えと、近所迷惑の主は、あたしです」
「えっ……?」
「いやー、なんとしてもレベルは上がって欲しいしさ、ちょっと無茶やっちゃった」
「一体何をしたの?」
「えっとほら、こうやって作れる渦をとにかく何個も何個もぶつけてみたの」

手のひらに渦を巻いて、綯足の肌の近くに持っていった。
風を感じて、綯足は考え込んだ顔をした。

「あんな音、すぐには出ないよね。っていうか、音速といい勝負の風速が出ないとあんな音しないはずだし」

たかだか台風程度の風速では、空気が震えたりはしない。それより一桁は大きい風速だろう。
そんな威力を持った渦を、何発も用意したって?

「なんでレベル2だったの?」
「え?」
「それだけあれば、今までに普通にレベル3に上がれたと思うんだけど」

レベルも3くらいからは、「2よりちょっと上」と「4よりちょっと下」の差というものがかなり開いてくる。
佐天の実力は、断片的に見立って、「2よりちょっと上」なんて段階じゃない。
だから、とっくの昔にレベル3くらいとってたっておかしくないはずだ。

「えっと、レベル2になったのも割と最近だから」
「……そっか。佐天さん、いま伸びてるんだね」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 22:02:16.67 ID:R6bEo/IEo<>
綯足は注意深く、佐天への評価を改めた。
編入試験の合格者のパイは大きくない。
そこそこ近い流体系の能力者同士だから、食われる可能性がゼロとまでは言えないのだった。
とはいえ、まだ自分と同じ高みにまでは来ていないと思う。綯足は、そう判断して気を取り直し、微笑を浮かべた。

「佐天さんは今からどうするの?」
「あたしは結果、聞きに行こうとおもって。綯足さんも?」
「うん、まあ一応ね」

綯足が肩をすくめて頷いた。尋ねておいて思い出したが、そういえば綯足はレベル4だ。まずレベルは上がるまい。
そう考えたのは、レベル5誕生なんて非常識なことが起こるとは佐天には思えなかったからなのだが、
きっとその感想を佐天と一緒に試験を受けた人間に聞かせたら顔をしかめることだろう。

「試験官の先生がコメントくれるかもーって思って」
「あ、それが目当てなんだ」
「うん。やっぱり常盤台の先生だからね、結構いいこと言ってくれるんだよね」
「なんかそれいいね。あたしも何か言ってもらえるのかな?」

綯足に向かって、疑問顔で佐天はそう返した。
だがちょうどそこに通りがかった常盤台の先生が、あら、という顔で佐天を見た。

「もちろん言いたいことがあるわよ。色々ね」
「え? あっ!」

面接を受け持ってくれたあの先生だった。
ただ、向けられたのは佐天をねぎらってくれるような微笑みではなく、どこか不満を感じさせる顔。

「まずは、お疲れ様」
「ありがとうございます。それで、あの……」
「演算の規模は決して悪くないのに、ちょっと応用力の低さが目立つ結果だったわね」
「……」

前置きも無く告げられたその言葉は、佐天を突き放すような言葉に聞こえた。
目の前がさあっと暗くなる。だって、もし「そう」なら、自分は常盤台を受ける資格がないことになる。

「流体の圧縮も、貴女の演算能力でまだいけたはずでしょう。渦になったって気流は気流、
 いつだって流れの枝分かれの取り扱いはついてまわるんだから、
 普通の空力使いの演算の勉強をおろそかにすべきではないわ」
「はい……すみません」

手にした紙をペラペラとめくり、佐天の評価が書かれた紙を先生は見直す。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 22:03:41.13 ID:R6bEo/IEo<>
「あえて普通の空力使いと同じ試験を受けさせたのは、特異な演算方式の能力者でも、
 応用と工夫次第で、普通の能力者にできることもちゃんとカバーできるからよ。
 それを確認したんだけれど、特に午前のテストは散々だったわね」
「そう、ですか」

自覚は、確かにあった。できなかったという思いを佐天は間違いなく心に抱えていた。

「渦の基本性能についても、液体密度以上に圧縮してくれたら、もうちょっと加点のやりようもあったんだけど」
「はい」

曇っていく佐天の表情を、どうしていいかわからずに綯足は横から見つめる。
ただ、納得行かない部分もあった。やけに採点が厳しい気がするのだ。
つけている注文が、レベル2相手とは到底思えない。

「とりあえず本番まで、まだ日にちはあるから。弱点を埋めてきなさい。言ったこと全部よ。いいわね?」
「はい……って、えっ?」
「何?」
「あの、本番って」
「本番は本番よ。あなた、転入試験受けるって言ったじゃない」
「え? でも」

佐天は混乱して、先生が何を言っているのか分からなかった。だって。

「レベルが上がらなかったら、あたし受験資格ないじゃないですか」
「え?」
「えっ? あの」

先生も、佐天の反応をみて何か勘違いが有ると気付いたらしい。
困惑がもたらす空気の停滞を挟んで、ああ、と先生が手を打った。

「まさか、レベル3に上がれない心配なんかしていたの?」
「え? は、はい。だってその、レベル2ですし」
「もう、違うわよ」

呆れたように先生はため息をつき、髪を掻き上げた。そして佐天を安心させるように微笑んでくれた。
そしてプリントを一枚、手にした束から引き抜いた。

「分かっていたでしょう? それだけ演算能力があればレベル3が取れることくらい。
 私が文句を言ったのは、飛び級が失敗したっていうこと。
 もう一ヶ月くらい時間をかけて練習していれば、今日ここでレベル4になっていたんだろうれど」

大して字も書かれていないプリントが、手渡された。隣から覗き込む綯足と一緒にそれを見る。
初めにびっくりしたのは、佐天涙子宛てになったそのプリントに、
とても繊細で華やかな常盤台中学の判が押してあることだった。
不思議と、それが感慨深かった。

「おめでとっ! 佐天さん」
「え?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 22:04:30.68 ID:R6bEo/IEo<>
綯足が、急にそんな風に労ってくれた。まだ内容を読んでいなかったのでびっくりしてしまう。
慌てて目を通すと、そこには、佐天涙子をレベル3と認定するという趣旨が書かれていた。

「あ……」
「これで、ライバルになっちゃったね」

冗談交じりにポーズをとって、綯足がそう言った。そうだ。レベル3なら、自分は常盤台を受ける資格がある。

「嬉しいのは当然だろうけど、レベル4を取り逃したことの反省もして欲しいわね。
 これで編入試験に落ちるようなつまらない真似だけはやめて頂戴」
「えっ? あ、はい。それはもちろん頑張りますけど」

そんな風に、佐天に目を掛けてくれるようなことを常盤台の先生が言うのが信じられなかった。

「貴女は私が面白いと思えるだけの結果を出してくれたわ。だから私は貴女に常盤台に来て欲しい。
 貴女には教えたいことが沢山あるし、やらせたいことが沢山ある。
 もっと今より能力を伸ばして、もっと面白いことが出来るように導いてあげるわ。
 だから、うちに来なさい。弱点を埋めて本番に臨みなさい。いいわね?」
「はい。あの、頑張ります!」
「いい返事ね。それじゃ、また新学期に会いましょう」

それだけ言って、先生は佐天たちを追い越してさっさと教室に向かった。
かけられた言葉の意味を受け止めるのに、佐天はぼうっと立っていることしか出来なかった。
きっとあれはリップサービスだ。ああいう言葉を他にも何人かかけているに違いない、と心に言い聞かせる。
だけど、それでも。

「佐天さん、あの」
「あたし、常盤台に受かりたい」
「え?」
「あの先生みたいな人たちのいる学校で、勉強したい」
「……そうだね。あの先生面白いね」

佐天の瞳の中に宿った輝きを見つめ、綯足は笑った。
常盤台中学が女子の中学生達の中で最も人気がある中学なのは、そこがお嬢様学校だからじゃない。
そこに、最高の教育があることを知っているからだった。

「佐天さん、今からどうする?」
「え?」
「私はその紙もらいにあの教室に行くけど、佐天さんもう用事無いよね」

そういわれてみれば、もうレベルアップ通知も、先生からのコメントも貰ってしまった。
けれど。

「綯足さんについてっていい?」
「いいけど、どうして?」
「今日せっかく仲良くなったんだし、お互い最後まで見届けようかと」
「最後って。別に私はレベルアップは期待してないからねー」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 22:06:08.11 ID:R6bEo/IEo<>
苦笑いしながら、綯足は歩みを再開した。佐天もそれに合わせて教室に進む。
綯足にも常盤台に受かって欲しいなと、そう佐天は思えた。
綯足は、気取らないし嫌味なところもないし、いい子だと思う。
そういえば合格すれば白井も、泡浮も湾内も同級生だから、友達の数に困ることは無いだろうけれど。

「あ、先生もう来てる」

扉をくぐり、綯足がそう呟いた。恐らくは視線の先にいるのが水流系の能力者の試験官なのだろう。
朝と同じ席に二人して座ると、間もなくして、綯足が試験官に呼ばれて行った。
流石になれない場所で知らない人たちとずっといると、気疲れする。僅かなため息をつくと、またすぐに誰かに声をかけられた。

「佐天涙子さん、でお名前あっているかしら?」
「えっ? あ、はい。そうですけど」

振り返ると、声をかけてきたのは見覚えのある顔の学生だった。
一つ目の試験を終えて着替えているときにきつい言葉を投げかけてきた人だった。
その隣には、これまた見覚えのある、飛び込み台に向かって飛んでいく試験のときに話をした人がいた。
制服を見てみると、どうやら二人は同じ学校の、それも同級生らしい。

「廊下の奥で先生と話しているのが見えましたけれど、結果はどうでしたの?」

きついタイプの先輩のほうが、佐天の鞄を見ながらそう聞いた。もう、紙が手元にあるのを知っているのだろう。
となりのちょっと優しい先輩も、興味があるらしく頷いていた。

「一応、レベル3になりました」
「そう。おめでとう、佐天さん」
「おめでとう」
「あ、その……ありがとうございます」

礼を言うのに少し戸惑いを感じた。二人は一応、自分のライバルでもある。
そして、その鋭いライバル心を向けられたこともあるから。

「レベル4になるのかなって、思ってたんだけど」
「あ、それにはまだまだ応用力とか、足りないところがあるって言われちゃって」
「……あの先生がそう言ったの?」
「はい」
「ふうん」

その相槌には、警戒感があった。
編入試験を何度か受けたことのある二人だから、知っているのだ。
あの先生は、見込みの無い学生にそんな駄目出しはしない。

「佐天さん。朝言ったこと、覚えていて?」
「はい」
「あの時、つい棘のある言い方になったこと、謝りますわ。ごめんなさい」
「え? いえそんな」
「ただ、内容については、撤回する気はありません。
 最後に見たあの試験を振り返れば、貴女の演算能力なら、
 もっと工夫の仕様があっただろうにって思いますから」
「先生にも言われました」
「そう。まあ、初めてのテストで戸惑ったのかも知れませんけれど」

試験が終わったからだろうか、二人の態度はさっきよりも柔らかい気がした。
そういえば、二人は佐天を陰で笑ったりはしなかった。
きっと、それだけの余裕がある人たちなのだと思う。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 22:06:47.32 ID:R6bEo/IEo<>
「そういえば、どの試験も初めて受けたようなこと言っていたけど、本当?」
「はい、そうですけど」
「それにしてはレベル3にしても充分すぎる出来だったわよね」
「たしか先生が呟いていたと思うのだけれど、レベル2に上がるときも試験免除だったらしいわね」
「あ、はい」
「レベル2までは、システムスキャン無しで昇格ってのもたまにある話だけれど……。
 それにしても、上がってからスキャンを受けていないって言うのは、かなり早いペースでレベルアップしてるのかしら」
「ねえ。レベル2に上がったのっていつなの? あ、嫌なら別に言わなくてもいいけど」

話の内容が、また受験者として互いを比べるような流れになったからだろう。
二人の先輩達が気遣うような顔をした。
まあ、話しても佐天が困ることは無い。

「上がったのは3週間くらい前です」
「え」
「3週間……?」

二人の少女は、思わず絶句した。それは、一体どんな滅茶苦茶なペースだろうか。
システムスキャンは学期ごとに受けるものだから、レベル2に上がったのが五月以降であることは二人にも予想がついていた。
だけど、3週間なんて。

「レベル1から、よくこんなところまで上がりましたわね」
「そうね。レベル1の下積み期間はどれくらいだったわけ?」

佐天はまだ中学一年だ。可能性として、例えば学園都市に来たのがそもそも今年の四月、なんてのもありえる。
そういう意図の質問だったのだが、答えはまたも、二人の予想を裏切った。

「そっちは2週間くらいです。あたし、7月の中ごろまでレベル0でしたから」

完全に自慢に聞こえてるだろうな、なんて思いながら佐天は質問に答えた。
佐天の答えを聞いて、二人は完全に固まっていた。その答えが、まるで嘘にしか聞こえなかったのだ。
それもあざとい嘘じゃない。見え透いた嘘とはったりを言ってるんじゃないかとしか思えない。
だって、たったの一ヶ月で、レベル0から3だって?

「本当、なの?」
「はい」

それ以上、何を言っていいか二人にも分からなかった。
これが真実なら、佐天涙子は編入試験のダークホースだ。誰も注目していなかったのに、誰も彼もを差し置いて合格しかねない。
空回り気味だった頭が正気を取り戻してきて、二人は気付いた。
自分達と佐天が話しているだけだと思っていたけれど、回りの学生達に、会話が無かった。
聞き耳を立てているのが丸分かりだった。

「もし良かったらIDを見せて?」
「え? いいですけど」

少し固い顔で、優しいほうの先輩がそう要求した。
逆らう理由も無く、佐天はパスケースからIDカードを取り出し、手渡した。
作られたばかりの真新しいカードなのは、見れば分かった。
少女は手首を捻って裏面を見た。

「カード発行日、たしかに2週間前ね。しかも、その前の発行日が3週間前」

裏には最近のことが5行ほど書かれているのだ。
そこにはレベルアップのことは明記されていないが、カード発行の記録があった。
もちろん、それは紛失による再発行などではない。
学園都市側が、佐天涙子のステータスが変わったことを理由に発行しなおしたのは間違いなかった。
まるで、この一ヶ月で二度、レベルアップを果たしたかのように。
そのログは佐天の言葉以上に雄弁だ。
疑いを消しきることは出来ないけれど、でも、あるはずが無いなんて否定するには、重みがありすぎた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 22:07:46.27 ID:R6bEo/IEo<>
「一ヶ月でレベルを0から3に上げてきた、ってことね」

確認するように、佐天の目の前の少女が呟き、佐天の瞳を覗き込んだ。
それはもう、油断を見せられない相手、格下などでは断じて無い相手への視線だった。

「おーい、佐天さん。おわったよー」

綯足の穏やかな声に佐天はホッとした。

「それじゃ、あたしはこれで」
「ええ。次に会うときもよろしくね」
「えと、はい。失礼します」
「ごきげんよう」

佐天は頭を下げ、教室の後ろの生徒達を見上げた。いくつか、ばっちりと目線が合う。
そちらにも軽く頭を下げてから、佐天は綯足のほうへと逃げるように歩み寄った。

「すごい空気だったね」
「うん、まあ」
「佐天さん、完全にライバル視されてた」
「負けるつもりは無いけど……びっくりした」

だって、一ヶ月前にはこれっぽっちも考えられなかったことだ。
まさかレベル3や4の人たちが、自分を敵だと看做すなんて。

「さて、それじゃお互いに終わったし、そろそろ出よっか」
「そうだね。綯足さんはもう家に帰る?」
「うん。そのつもり。佐天さんの家ってどのへん?」
「あたしは割と近いよ。第七学区内だし」
「そっか。じゃあ学舎の園の入り口まで一緒に帰ろうよ」
「うん。綯足さんって家どこなの?」
「制服じゃわかんなかったか。私、この中の学校の生徒だよ」
「えっ?」

言われて、改めて制服を見つめる。
そういえば学舎の園の中で、何度か見た制服だった。

「綯足さん、じつはお嬢様……?」
「そだよー。えっと……肩が凝るから嫌いなんですけれど、一応言葉遣いも含め、そういう教育を受けておりますわ」

居住まいを糺し、綯足はおしとやかな身のこなしで佐天に微笑んだ。
ああいう仕草を佐天あたりがやっても嘘臭くなるだろう。綯足は本当にお嬢様学校の出らしかった。

「ごめんね。気付かなくて」
「もう、なんで謝るかなー」

綯足は笑って、佐天と歩みを並べた。
ちらほらとすれ違う常盤台の先生や生徒に挨拶をしながら、二人で校門をくぐった。
佐天は、階段を下りて常盤台の敷地を振り返る。

「よし、来週またくるぞー!」
「おー! って、次の学期もだよ。佐天さん」
「九月から毎日来るから覚悟しろー!」
「もう。人が見てるって」

そう咎めながら、綯足もお腹に手をあてて笑っていた。
前に来たときより、今日の朝より、佐天はこの学校のことが好きになっていた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/26(日) 22:10:52.35 ID:R6bEo/IEo<> 今日はここまで。佐天さんもだいぶ高レベルになってきましたなあ。
佐天さんが格好よくかけてるといいんだけど。

.次あたり、そろそろ妹達編に戻っていきたいと思います。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/08/26(日) 22:27:57.64 ID:3zQVngG3o<> 投下乙です!
佐天さんの底が見えねぇwwwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/26(日) 22:29:20.89 ID:aV31gDEEo<> おつー
佐天さんマジパネェ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(高知県)<>sage<>2012/08/26(日) 23:07:08.50 ID:DRNHH0eVo<> このペースだと1ヶ月後には建物を破壊しながら移動する竜巻ぐらい作れるようになるんじゃねえの?www

そういやもうすぐアイテムvs美琴&上条さんタッグか。楽しみだぜ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/08/26(日) 23:08:29.39 ID:TIqqRyDy0<> 乙乙! 佐天さんマジ佐天さんww

そして>>1の愉悦祭りがついに開催か・・・っ! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/08/26(日) 23:19:44.57 ID:x0Ghmvhko<> 佐天さんヤバ過ぎワロタww
この感じだとこの話しが完結する頃には当たり前のようにレベル5の仲間入りしてそうだww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(新潟県)<>sage saga<>2012/08/27(月) 01:45:34.42 ID:uZ1rP2iy0<> ヒーロー&メインヒロインの空気っぷりときたら…

効果範囲と出力はレベル4及第点、コントロールで取り逃がしたのね
佐天さんが土嚢にぶつけたのは手元で圧縮した渦ってことでいいのかな?投げるって言ってたし
ていうか渦を圧縮してぶつけるって完全に螺○丸じゃないですかーやだー! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/27(月) 02:05:26.15 ID:mW8AiDfMP<> 姫神さんがらみの話の主人公の座をていとくんに取られちゃったから、まだ原作1巻にあたる話でしか活躍できてないんだよね。<ヒーローさん
妹達編できっと活躍してくれるって信じてる。

過去の話読み返してみたら佐天さんと初春がいつか雲を能力で動かしてやる、って話してて吹いた。
なんというか感慨深いな。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)<>sage<>2012/08/27(月) 03:41:37.09 ID:7BUUwTUAO<> 来てたー!
乙です。
佐天さん成長したなあ……。

<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(山形県)<>sage<>2012/08/27(月) 05:46:04.34 ID:wGcdSIeK0<> 佐天「圧縮圧縮空気を圧縮ゥッ」 <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/27(月) 10:31:22.81 ID:tDq9Zlo0o<>
「じゃあ、またね、綯足さん」
「また来週ね、佐天さん」

アドレスを交換して、学舎の園のゲート前で二人は別れた。

同じ制服の生徒がいるせいで、綯足はあっという間に雑踏にまぎれる。
夕日はまだまだ赤みが差すには早い時間だが、長くなった影が夏の終わりを感じさせた。

「さて、それじゃ帰りますか」
「そうですわね」
「……あれ、白井さん?」

振り返ると、穏やかな顔で白井が佐天を待っていた。
ゲートの内側には白井だけしかいないが、外側で、ぶんぶん手を振ってくれている友達もいた。

「初春……。それに春上さんも!」
「みんなで一緒に帰るんだって、初春から連絡がありましたの。
 それで私も風紀委員の仕事を済ませてすぐ、こちらに来ましたの」
「そうなんだ。……その、ありがとうございます」
「お世辞なんて水臭いですわ。もうじき同級生かもしれない相手に向かってですから、尚更ね」

二人でゲートをくぐり、初春、春上と合流する。

「お疲れ様です!! 佐天さん!」
「お疲れ様なの」
「二人ともありがと」
「それで、そのっ、結果は……?」
「あー、うん」

わざと言葉を濁して、佐天は困った顔を作って頭を掻いた。
答えるのを躊躇って帰り道を歩き出す。
その反応に、初春を筆頭として皆が言葉を失った。

「演算能力足りてないって」
「えっ?」
「応用力もまだまだだし、もっと磨いて来いって怒られちゃった」
「それ、って……」

初春が、まるで自分が落第したみたいに、暗い顔をした。
かわいいなあ、と佐天は思う。こんなに心配してくれるなんて。
繁華街に通じる道を歩きながら佐天は思わずにやけた。

「だからレベル3しかあげられないってさ」
「へっ?」
「……意地が悪いんではなくって? 佐天さん」
「あはは」

同じ事を常盤台の先生にやられたのだ。ちょっとくらいいいじゃないか、と思う。
ようやく佐天の引っかけに気付いた初春が、口をぷくっと膨らませて抗議を始めた。

「ひどいです佐天さん! 落ちたのかって、落ちたのかって思ったじゃないですか!!!」
「やーごめんごめん。初春が可愛いからさ、つい」
「そんなの理由にならないですよ!」
「そうかなあ」
「そうかなじゃありません!」
「佐天さん。レベル3になったの?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/27(月) 10:32:34.98 ID:tDq9Zlo0o<>
怒る初春からさらにワンテンポ遅れて、春上がそう聞きなおした。
優しくそれに頷き返し、佐天は答える。

「うん。ほら」
「あ……レベル3って書いてあるの」
「でしょ? これで、あたしも常盤台の受験資格はギリギリ手に入れました。
 みんな、応援してくれてありがとう」

初春の顔を見て、最初に心に湧き上がった感情を佐天は言葉にした。
支えてくれる人がいたから、自分はここまで来た。

「婚后さんにもお礼が言いたかったんだけど」
「婚后光子はまだ仕事中ですわ」
「風紀委員が先に帰っていいんですか……?」
「だって先生が指示されたことですもの。私の身分がどうこうという話ではありませんわ」

呆れ顔で突っ込む初春にしれっと答えを返して、白井は歩みを緩めた。
四列並んで歩いていたのを崩して、二列にする。傍を自動車が走り抜けて行った。
佐天は、白井に合わせて後列に並びながら光子は今どうしているか、思い浮かべた。
なんとなく、光子に仕事を与えた先生はあのおばあちゃん先生ではないかという気がするのだった。

「春上さん」
「どうしたの?」
「ごめん、あんまり自然だから聞くの送れたんだけど、その、退院できたの?」

よく考えれば、春上は昨日までは入院中だったはずだ。
どうして今、ここにいるのか。

「お昼から夕方までは外出許可が出たの。ちょっとずつ慣らすんだって」

もとより春上は身体的な怪我はほとんどない。復帰が早いのは自然ではあった。

「それに絆理ちゃんにも、外の景色とか教えてあげたいから」
「そっか」

枝先は、流石にまだまだ入院生活が続くだろう。
早く快復して仲良く学校に通うようになるのを、佐天は願わずにはいられなかった。
その時に、自分はいないかもしれないけれど。
心に隙間風のようにさしこむ寂しさに目を瞑って、佐天は前を向く。
そこはもう、美琴と白井の住む寮と、佐天たちの下宿の分岐路に当たる公園だった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/27(月) 10:34:24.49 ID:tDq9Zlo0o<>
「そういえば、御坂さんは?」
「お姉さまはお忙しい用があるそうですの。『おめでとう』という言葉を言付かっておりますわ」
「おめでとう、って。合格するの前提ですか」
「事実レベルアップされたではありませんの」
「まあそうですけど。それじゃ、御坂さんに会うの、もしかしたら常盤台に合格後かもしれないんだ」
「そうですわね……って」

そこは、まさに別れ際となるある一角。
また今度と別れの挨拶を切り出そうとした、ちょうどその時だった。

「お姉さま……?」

猫でも追っていたのだろうか。茂みのほうに向かって、常盤台の制服を着た御坂美琴らしい少女が立ち尽くしていた。
忙しいはずのお姉さまがどうしてここにいるのか。そして、どうしていつもとまったく違う雰囲気を纏っているのか。
うまく処理の出来ない違和感を抱えながら、白井はその少女を見つめる。

「おー、いいタイミングじゃないですか。おーい、御坂さん」
「あ、お待ちになって佐天さん!」

佐天は、ちょっとハイな気持ちのまま、その少女の下に駆け寄る。
どうやら今日は頭に、いかついゴーグルを乗せているらしい。
どういう趣味なのか。どういう事情なのか。きっとつついたら面白い話が聞ける気がする。
そんな気持ちで、佐天は少女の腕を取り抱き込んだ。

「会えてよかったです、御坂さん。聞いてくださいよ、あたし――」

それ以上を、佐天は言えなかった。
御坂美琴のはずの、それ以外の人間ではありえないはずの少女が、まったくの無表情で、静かに佐天を観察していた。

「すみませんが、人違いです。とミサカは見知らぬあなたに答えを返します」
「お姉さま……では、ありませんの?」
「どうしたの?」
「白井さん、佐天さん、どうしたんですか?」

やや遅れていた初春と春上も、何かがおかしいことに気付いたらしかった。
その少女の前に、四人は集まった。

「失礼ですが、貴女は常盤台の生徒ではありませんわね。お姉さま、御坂美琴その人でないと言うならば」

白井は直感で、それが美琴の演技などではないと気付いていた。
なんらかの能力による擬態か、あるいは。

「クローン……?」

それを呟いたのは佐天だった。この中で一番、噂好きで、都市伝説なんかも大好きな少女。
そんなはずは無いと、誰もが心の中で呟いた。

「御坂さんじゃ、ないんですか?」
「人違いです、とミサカは先ほどの答えを繰り返します」

その時、その場にいた誰一人として気付かなかった。
この出会いが、どういう意味を持っているのかを。
どれほどほの暗い、学園都市の深淵をのぞきこんでいるのかを。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/27(月) 10:37:31.62 ID:tDq9Zlo0o<> これで佐天さんも事件に巻き込まれはじめました。

>>414
「アイテムvs美琴&上条さんタッグ」などと誰が言ったのかね?

>>418
地味な伏線回収に気付いてくれて嬉しい<雲
本当にこれは張っていた伏線?でした。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/27(月) 11:30:46.48 ID:LAaOud/U0<> リアルタイムで更新発見
乙です。

「アイテムvs光子&上条さん(&超電磁砲組)」ですね、わか(ry <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(鹿児島県)<>sage<>2012/08/27(月) 12:28:13.50 ID:l2cQX9Wmo<> いやここは、アイテムVS光子&上条さんwith
ていとくん&エリスと禁書・超電磁砲組(先生含む)ですねわかります。

ん、やりすぎww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)<>sage<>2012/08/27(月) 14:42:29.33 ID:ywrzhx0To<> ここで関わってくるとは意外
これは残骸事件の展開も色々と変わってきそうだ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/08/27(月) 17:08:11.41 ID:hfMCWAiqo<> 投下乙です! 更新ペース速いっすね! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県)<>sage<>2012/08/27(月) 17:39:02.42 ID:J/yE8Y4go<> 野郎、予想を裏切ってきやがったなwww
嬉しい裏切りだがな! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/27(月) 18:14:16.88 ID:m4oc+wPBo<> 「アイテム&光子 vs 上条さん(性的な意味で)」ですね、わk(ry <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/27(月) 19:06:25.24 ID:C5uGfzD40<> 佐天さんカッコイイのはいいんだけど、暗部に目をつけられちゃう(既につけられてる)んじゃないかとちょっと心配>< <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/27(月) 19:36:37.03 ID:zlF9k94DO<> そういえば、スカイダイビングでは落下速度が時速200〜300km(秒速56〜83m)くらいで空気抵抗と重力加速度が釣り合うらしい。
いくらか条件が違うとはいえ、飛翔するときには同程度の風を受ける必要があるはずでありその上、飛翔の試験では、体操服を着用していた。
つまり、飛翔の試験は、プールに落ちて濡れて透けた体操服と、風圧により浮き上がる体のラインとが存在すr…ウワ、ナニスルヤメ… <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/27(月) 20:41:33.36 ID:g69fsuY+0<> 投下乙です

まずは佐天さんレベル3おめ。
しかしここで電磁砲組は妹達に遭遇ですか。学園上層部のブラックリスト入り確定ですね。
佐天さん対一方通行orアイテム戦で又能力上げそうだ。佐天VS絹旗が見たいなあ。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(静岡県)<>sage<>2012/08/27(月) 20:48:12.85 ID:rSTB0DiT0<> 乙乙! レベルアップキャラ必須の御坂妹遭遇編か。
佐天さんはあるかもとは思ってたけど、まさかこの四人組とはお釈迦様でも分からんわぁ・・・

>>427
衛星が落ちてないから残骸事件自体あるかどうか微妙だね、これじゃ <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/31(金) 02:02:32.82 ID:dCSxF+Ioo<>
上条家。最近は家主が別宅に入り浸っているせいで生活感にやや欠けていたそこが、今日に限っては様子が違っていた。
と言っても、楽しい空気が漂っているわけではない。
一晩の宿を求め、次の日の夕方を迎えた今も、御坂美琴と御坂妹の間には隔意があった。

「とりあえず、家の準備は出来ただろ」
「そうね。この子がどうこうしない限り、電波はここには届かない」
「……」

昼間に当麻が買い込んだアルミホイルが、家中の壁と言う壁に張られていた。
おかげで部屋の中は銀一色、ギラギラとしていて照明をつけるのが躊躇われるくらいだった。
そんなことをした理由は単純。電磁波遮蔽のためだ。
妹達は、脳の活動によって生じる電流が生み出す電磁波を増幅し、それを受発信することで情報をやり取りしている。
それを遮断するための最も原始的な方法が、御坂妹を導電体、例えばアルミの薄膜で覆った部屋の中に閉じ込めることだ。
完全に電磁波を遮断するには1ミリ程度の穴でさえ見つけ出して塞がねばならないが、幸い、御坂美琴がいればその問題は難なくクリアできる。

「……手錠、されたい?」

部屋の真ん中に御坂妹は座っている。ネットワークから物理的に遮断された経験はこれまでに無い。
だからだろうか、襲ってくる孤独感にジワジワと蝕まれているような気がした。
自分が製造された目的に照らし合わせれば、なんとしてもこんな状況から脱し、実験へと再び身を投じなければならない。
それが正しいことだと思っているはずなのに、御坂妹は行動を起こすことが出来なかった。

「もう、いいだろ。何度も話したことだろ」
「アンタはアンタで信用するのが早すぎるわよ」

そう、このアルミホイルの檻の作成も、そこに自分が幽閉されることも、
そして、その状況で二人が実験を止めるために夜の街に出かけることも、もう何度も話し合われ、既に決まったことだった。
実験の被験者である自分は、二人に外出を禁じられた。
それは、外に出て他の個体とリンクすれば、当麻や美琴の意志よりも誰かの命令を優先して、死へと赴くかもしれないという懸念からだった。
その懸念は間違っていない。だって、そうすることが、正しいことのはずだから。
やれといわれたら、きっと自分はやるだろう。
だけど、だからといって二人の用意したこの檻を壊し、外へ出ようと思うかというと、
自分の心は、いや、心などという高尚なものが自分にあるのかは分からないが、御坂妹は外へ出ようというアクションを起こせないでいた。
その理由は分かっている。昨日の夕方からの、24時間。その間に投げかけられた言葉が、自分を動けなくしているのだった。
彼女のお姉さまは、死ぬなと言った。死ぬのは許せないと言った。死ぬことはやってはならないことだと言った。
上条当麻という青年も、死ぬなと言った。死んでいいはずがないと言った。絶対に死なせる気はないと言った。
そんな自分が死ぬのは、良いことだろうか、悪いことだろうか。
ヒトは喪われてはならないもの。ヒトガタの自分は、そんなヒトの代わりに失われるべきもの。
そのはずだった。そう刷り込まれて自分は短い生を生きてきた。
じゃあ、ヒトにお前は喪われてはならないと宣告されたヒトガタは?
御坂妹は、思考をそれ以上前に進めることが出来ないのだった。

「どうする気なのか、正直に言いなさい。アンタが嘘をついたって私にそれを調べる術はない。
 だから……私はアンタの言ったことを信じる。信じるなんて言っても、本当は信じないって選択肢が選べないだけだけど」

せめて、紡がれた言葉が欲しかった。口約束なんて不確かなものに意味なんて無いけれど。
表情に乏しい御坂妹の瞳と、毅然とした表情の中でどこか揺れている美琴の瞳が視線を交わらせる。

「お二人が戻るまでここにいます、とミサカは誓います」
「……わかった」
「いいのね?」
「善悪の判断を、ミサカはつけられませんでした。判断保留が決して有益でないことは承知していますが、
 今は状況を見据えたいと、ミサカは偽りの無い気持ちを言葉にします」
「そう。なら、絶対にここに戻ってくるから。だから、お願いだからそれまで、ここにいて」

御坂妹に背を向け、扉へと歩き始めながら美琴はそう宣言した。
今から、今日これからで全てに決着をつける。こんな馬鹿げた実験なんて終わらせて、許されない死を、ここで終わりにしてやる。

「メシは炊いてある米と冷蔵庫の中身で何とかしてくれ」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/31(金) 02:03:21.63 ID:dCSxF+Ioo<>
ぽんぽんと頭を叩いて、ツンツン頭の少年が美琴に続いた。
今から危険な場所へ赴くというのに、なんて場違いなことを言うのだろう。
だけどそれを指摘する気持ちが湧き上がらなかった。
きっと、食事なんて摂る気になれない気がする。自分が選んだこの選択肢は、何処までも「停滞」を意味している。
死地へ向かう二人を止められず、刷り込まれた価値と二人の言葉の齟齬に判断を下すことも出来ず、
自分はただ、ここに座っていることだけを選んだのだ。
それが今の、御坂妹の限界だった。

「じゃ」
「行ってくる」

一瞬だけ、家の扉が開いた。
赤い夕日の色が部屋に差し込み、一瞬後、御坂妹は誰もいない部屋に一人、閉じこもった。





夕日が眩しい通学路を、光子はとぼとぼと歩く。
風紀委員の白井黒子でさえ帰ったというのに、最後まで仕事を手伝わされた結果がこれだった。

「……夕食の準備は、私ですわね」

今日は当麻は、黄泉川家に来ない。朝は一緒に過ごしたけれど、夜は用事があるらしい。
詳しい内容を聞くことが出来なくて、隣人の土御門と一緒らしいということしか知らない。
その名前は昨日も聞いた名前だった。確か片付けの手伝いだったか。
昨日と同じ相手と一緒にいるというのが、当麻の言葉の信憑性を高めているような気もするし、逆に言い訳であることの証拠のような気もした。

「疲れているのかしら。こんなつまらないことで、ウジウジと悩んで」

声に出して、自分を非難する。だって当麻は一度だって自分を裏切ったりしたことはない。
いつも自分が不安がって、疑心暗鬼になっているだけで、当麻はずっと光子のことを見ていてくれた。
だから、変な不安なんて捨ててしまえばいいのだ。
そう分かっていても、なかなか光子の心は晴れなかった。

「いっそ、当麻さんの家に寄れば」

悪くない気がした。自分は彼女なのだ。合鍵だって貰っている。
会いたいから会いに行って、悪いことなんて無いはずだ。
気恥ずかしい思いをさせるかもしれないけれど、それくらいは付き合っているんだから、いいはずだ。

「……どうせ買い物のついでにちょっと足を伸ばすだけだもの」

そう決めてしまえば、頭に浮かぶのは、いいイメージばかりだ。
男友達と話している当麻の所に自分が押しかければ、きっと冷やかされる。
当麻は照れるだろうけれど、嫌な顔をしたりはしないだろう。
そしてきっと自分のために席を外してくれて、二人っきりの時間を少しだけ取ってくれるだろうと思う。
「どうして来たんだ」「当麻さんのお顔が見たくて」
それだけで、もう自分のつまらない不安なんて消し飛んでしまうのだ。
なんだ、それでいいじゃないか。
そんなことで済んでしまうような悩みを、どうして自分は晴らしてしまえなかったのだろう。
光子は大通りを曲がって、スーパーへの道を、少しだけ遠回りするルートに変えた。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/31(金) 02:04:33.19 ID:dCSxF+Ioo<>
「準備はいいのか、御坂」
「ええ。アンタこそ」
「俺はこれで大丈夫だ」
「……服のことを聞いてるんじゃ、ないわよ」

美琴は制服姿ではなく、昨日着ていた短パンとTシャツの出で立ちだった。
当麻も当たり障りのない、大手量販店の品で固めた私服。
部屋を出てエレベータに乗り、階下へと下っていく。

「アンタには、本当は関係のないことなんだから」
「何度言わせるんだよ」
「これが最後よ。だって、この先まで行っちゃえば」

もう、やっぱり関わるのは止めなさいなんて言えなくなる。
今が最後の引き際なのだ。

「俺は、お前や御坂妹の事情をもう知ってるのに、それを放り出してどっかになんて行けない。
 他人事じゃない。それを見なかったことになんて、出来ない」
「……アンタに大したことが出来るって期待はしてない。けど、今ここで引き下がらないんなら、
 私はアンタにも、役に立ってもらう気でいるから」
「ああ。そうしてくれ」

チンとベルを鳴らし、エレベータが到着したことを伝えた。
シャワシャワと夏の終わりの蝉時雨が騒ぎ立てる中、二人は雑踏の中へと、静かに歩き出した。
未だ視界に入らぬ、妹達を作る工場を睨みつけながら。





「え……?」

最後の角を、ちょうど曲がったその時だった。
数十メートル先には、当麻の住む寮のエントランスがある。
手の平にはもう、当麻の部屋の合鍵だって用意してあったのに。

――――眼前には、エントランスから出てどこかへ消えていく男女の影。

見たことのある背格好と髪型、見たことのある服。
男が当麻なのは、見間違えなどでは有り得なかった。
じゃあ、女性のほうは?
目深にキャップを被っていて、顔は半分くらい隠れていた。
どうしてそんな変装じみたことをするのだろう。まるでそれじゃ、浮気現場みたいだ。
……それが誰なのか、考えたくもなかった。だけど、背格好で、すぐに分かった。
一つ一つ特徴を確認するまでも無い。自分の直感を、光子は疑わなかった。

「なん、で」

疑問の言葉だけが脳裏をリフレインする。
今日は、当麻は男友達と用事があるらしいのだ。
もしかしたら、用事なんて大層なものじゃなくて、ゲームでもしているのかもしれない。
そういう予定の、はずなのに。
夜の街に、女の子と、御坂美琴と二人きりで繰り出すなんてこと、あるはずが無いのに。

「当麻さん」

呟いたその名前の空虚さに、光子はゾッとした。
そうやって呼んでいるのは自分だけじゃないかもしれない。
愛されていると思っていたのに。その裏で、美琴は自分を笑っていたのだろうか。浅はかな女だと。
クラクラと揺れ動く視界の中で、光子は思わず壁に手をついた。
その間に、光子の視界の外に、あっという間に二人は消えていった。

「嘘……嘘」

――――口の中に湧き上がった裏切りの味に、光子は押さえ切れない吐き気を感じて、そこにうずくまった。
余りにも酷い現実は、泣くことも嗚咽を漏らすことも、許してはくれなかった。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/08/31(金) 02:06:50.47 ID:dCSxF+Ioo<> ……ふう。今回は美琴じゃなくて光子を可愛がってしまった。

>>432
佐天さんが失敗してプール落ちしてたら、確実にエロ回でしたね。残念。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(中部地方)<>sage<>2012/08/31(金) 03:24:56.80 ID:7YB+TMwLo<> 乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)<>sage<>2012/08/31(金) 05:00:05.53 ID:W+lH7IfX0<> 乙です。
不幸体質の上条さんが浮気してバレないはずがない。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/08/31(金) 07:21:50.37 ID:ExlpDv1DO<> 乙乙! 嫁の友情フラグまでばっきばきに折るなんて、流石上条さんやで。

部屋に入ってたら、は見たいけど <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/08/31(金) 08:19:04.16 ID:rlOXsmmqo<> SYU☆RA☆BA☆
SYU☆RA☆BA☆ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(高知県)<>sage<>2012/08/31(金) 12:19:39.13 ID:ElTqskS7o<> 角界的な可愛がり好きだなwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/02(日) 18:11:05.81 ID:5W4z3uYR0<> 乙です
光子ちゃんガンバ。
上条さんに付き合うのだったらこの程度は覚悟しないと・・・なあ。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/09/02(日) 23:42:53.72 ID:FxgLtgLco<>
「――――ということで、5分ほどで到着するだろう。彼にも説明をしておいてくれ」
「わかったわ。話はそれだけ?」
「ああ」
「そう。それじゃ」

傍らに置いた端末をパタンと閉じて、少女は軽くため息をついた。
装飾の少ないナイトドレスからすらりと伸びた四肢を丸め、片膝を抱くようにしてソファに座る。
学園都市内でもそこそこの高さのビルの、窓際に置かれたそのソファからは都市内の夜景が綺麗に映っていた。
それに見とれることも無く、少女は日課であるマニキュアの補修を行っていた。
足の親指から順に、剥げ易い爪の先に足すように塗り広げていく。
暗みがかったワイン色のマニキュアが似合うような年ではなく、事実、娼婦と見るにはあまりに体の線が若すぎるが、
妖艶さというよりは危うさを感じさせるその雰囲気が不思議と少女には似合っていた。
あるいは、『心理定規<メジャーハート>』と呼ばれる彼女の能力を利用した「副業」と関係があるのかもしれない。
不意に、少女が顔を上げフロアの奥を見た。そちらにあるのはエレベータだ。

「あら、随分と早い……違うわね。彼のほうかしら」

エレベータが開くと、現れたのは青年だった。
フロアの調度に対し似合ってなくもない、それなりにフォーマルな服を着ている。
彼ともなれば所持金はいくらでもあるだろうから、一ヶ月前までならこのフロアで食事くらいは出来ただろう。
ここは、つい先月夜逃げしたばかりのレストランの跡地なのだった。

「お早い出勤ね、包帯男さん」
「誰が包帯男だ」
「体から薬品の匂いをさせているんだもの。服の下はどうせそうなんでしょ?」
「……」

目の前の長身の青年、垣根帝督が不機嫌そうに顔をゆがめ、少女から離れたソファにどかりと体を預ける。
その際についた呼吸が、少し震えていた。

「とうとう隠し切れないレベルになってきたのね」
「あ?」
「体のほうよ」

少女は一度目の当たりにして知っている。
垣根提督は恋人らしき少女を助けるために無茶な能力行使をし、そして、理由は分からないが代償として体を損傷させている。
治るよりも壊れる勢いのほうがいくらか早いせいで、垣根は会うたびに消耗していっている。
寿命はもって今月末ということだから、やせ我慢などせずに労わっていればいいだろうに。

「これくらい何でもねーよ。別に俺は体が動かなくたって大して問題ない」
「そう。あなたがそう言うならそれでいいけど。私はね」
「あん?」

フゥンと小さな音を立てたエレベータにもう一度目をやる。階下に下って行ったということは、おそらく、来たのだろう。

「いつものエージェントは、かなり心配しているみたいよ」
「お前の中で心配って言葉はどんな意味だよ。あの男がしそうな行為なのか?」
「彼は自分の手元で動かせる人間のメンテナンスには気配りしそうなほうだと思うけれど。
 それで、今日あなたを呼んだ理由だけど」

少女はポーチにマニキュアを仕舞い、ソファから立ち上がった。
そしてエレベータホールのほうに歩みを進める。
垣根のほうをじっと見つめて、相手をこちらに振り向かせた。
不機嫌な目と無関心な目が交錯すると同時に、チン、と音が鳴った。

「新メンバーが加入することになったから、その顔合わせをするわね」

そこから出てきたのは、お嬢様学校の制服に身を包んだ女子中学生だった。
短めに切りそろえられた髪に黒縁眼鏡。野暮ったいとまでは言わないが、平凡ではある。
巷の評価なら可愛らしいなどといったものもあるだろうが、学園都市の暗部にいる人間としては、不似合いすぎた。

「お二人が『スクール』の人たちですか?」
「……『スクール』?」
「あれ、え、ちがいます?」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/09/02(日) 23:44:07.07 ID:FxgLtgLco<>
垣根の露骨な不審顔に、穏やかな顔で返す。その様子は天然っぽくも合ったが、どちらかというと打算な気がした。
事実、偶然や何かでこんな場所にはこれやしない。
ドレスの少女は、小出しに与えられる情報のせいでさらにイライラを募らせた垣根にフォローを入れてやる。

「私たちを運用するのにグループ名がないんじゃ不便ってことで、エージョントが指定してきた名前よ。
 だから彼女の言っている事は間違ってないわ」
「……そうかよ」

名前などどうでも良かった。『スクール』などという安直な名前のせいで、命名の理由を聞く気にもなれない。

「私は元々体を動かす能力者じゃないし、あなたも怪我で不安が残る。
 そういうことでエージェントが連れてきたのが彼女って訳。
 よろしくね。いきなり、あなたには色々動いてもらうことになると思うけれど」
「別にそれは構いませんけれど。あ、自己紹介が遅れました」

スタスタとローファの音を響かせ、少女は二人の手前までやって来る。
適当なソファに少し膨らんだ鞄を置いて、丁寧にお辞儀した。

「綯足です。レベル4の流体制御系の能力者です」
「垣根だ」
「よろしくね」
「……ええと」

垣根は名前だけ、もう一人のドレスの少女のほうは営業スマイルだけだった。
綯足は困った顔を返す。まあ、ある程度はエージェントから聞いているから、知らないわけでもない。
それに。

「垣根さんって、第二位、『未元物質』の垣根帝督さんですよね?」
「ああ」

こちらをもう見もせず、垣根はぞんざいに返事をした。

「先月くらいまで、こっちの業界で垣根さんのお名前を聞いた覚えはなかったんですけど。
 やっぱり、こないだの三沢塾の一件、あれに関係していたんですか?」
「……そんなことを聞いてどうする?」
「すみません、興味です。それより、今日は顔合わせで終わりですか?
 一応私、それなりに真面目な学生なので帰れるならすぐ帰りたいんですけど」
「……まあ、別に今日何かやれとは言われてないけど。
 そうね、私たちの初仕事の内容、聞いてる?」
「いいえ」
「そう。ならこれを見ておいて」

ドレスの少女が、綯足に封筒に入った写真を手渡した。
開けて中身を覗き込む。

「……可愛らしい髪飾り」
「それが私たちのターゲット」
「どうすればいいんですか?」
「生きたまま誘拐」
「分かりました」

綯足は何枚かある写真を一つずつ見ていく。
中には制服を着ているものもあった。

「このセーラーだと公立、それもレベルは低そう」
「能力のレベルは1。どんな能力かは知らないけど、それが障害になることはないでしょ。……なにかあるの?」
「あ、すみません。今日ちょっと話した子の制服に似てるなって」
「どこにでもあるデザインじゃない」
「ですね」
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/09/02(日) 23:44:59.04 ID:FxgLtgLco<>
すみません、と目で謝りながら綯足は写真を封筒に戻した。

「だいたい一週間以内には捕まえたい。実働はほとんどあなたになる予定よ。
 そっちの第二位さんはちょっとお疲れみたいだから」
「疲れてようがレベル1を捕まえるくらいなら関係ねえよ」

綯足など必要なかったと言うように、垣根が面白くなさそうに呟いた。
その態度に苦笑を返して綯足は説明する。

「誘拐って結構根気要りますよ。相手の場所も掴まなきゃいけないし、拉致るポイントも大事ですしね」
「そうかよ」
「あ、でも今回は偉い人に通じてるから、結構楽かな。この子の居場所ってわかります?」
「IDがスキャンされた場所は追えるらしいわ。だから大体はわかる」
「そうですか、じゃあ、機を見て動きます。今日すぐにじゃなくていいんですよね?
 とりあえず自分の生活もあるので」
「一週間が目処ね」
「分かりました。サポートが必要なら電話すればいいですか?」
「……ええ。そろそろ下部組織も整うって噂だから、できればそちらを動かして対処して。
 誘拐の手伝いをやれなんて、面倒以外の何者でもないし」
「結局は全部私の仕事ですか」

半笑いで綯足はため息をつく。確かに、垣根帝督を運用するにしては随分と仕事が小さすぎる。

「あなたがここに連れてきてからが私の仕事よ」
「わかりました」

話は、これで終わりのようだった。
もとよりここにいるのは暗部の人間。仲良くなるための時間なんてとったりはしない。
必要が無ければ接触することも無いのがこの業界の常なのだ。
綯足は置いた鞄をまた持ち直し、帰る準備を整えた。

「……この子の情報、まだあるんですか?」
「名前は初春飾利。それ以外のことは面倒だからあのエージェントに聞いて」
「分かりました。それじゃ、また」
「ええ」

垣根は挨拶すらくれなかった。それに気を悪くするでもなく、また一人でエレベータに乗り込んだ。
そして誘拐すべき少女のことについて、頭で再確認する。

「初春飾利、レベル1。おそらく中学生」

別段、その少女に思い入れもない。サッと捕まえればいいだろう。
その後の彼女の人生について、自分の関与するところではない。

「とりあえず電話しなきゃね」

そう言いながら、綯足はエレベータが地上に着くのをそっと待った。
彼女は、この後エージェントから情報提供を受けたその後も、知ることは無かった。
初春飾利が、数時間前に自分が仲良く話していた佐天涙子の親友だということは。
<> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/09/02(日) 23:47:20.36 ID:FxgLtgLco<> また別サイドの短い話でした。
これで一方通行、妹達、アイテム、美琴+当麻、超電磁砲組、スクールがそれぞれの思惑を持ったまま動いていくことになりますね。
……絡まりすぎて書いてるこっちが管理できなくなりそう。。。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/09/02(日) 23:48:02.39 ID:twNZXaoNo<> 投下乙っす! まーた話が複雑になってきたwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/03(月) 00:18:20.05 ID:WGW7JVwDO<> 乙乙! どういうことだってばよ・・・!?

絡まりすぎて展開が読めんwwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/03(月) 11:24:27.92 ID:Yk7Sq13p0<> やけに綯足が佐天と絡んでいると思ったら、こういう展開になりましたか。
当麻とはまた違ったSYU☆RA☆BAになりそう <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage <>2012/09/03(月) 19:49:22.88 ID:H1F7uKXl0<> で、佐天さんに倒されると <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/04(火) 05:40:10.94 ID:PuW9G63DO<> 修羅場とは少し違うが、御坂もかなりキツいな
妹達の件を解決したとして、その後の対応(主に正妻への弁解)が難しい
語り過ぎれば学園都市の闇に巻き込み、黙っていれば最悪、友人関係を壊しかねない <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)<>sage<>2012/09/04(火) 15:10:27.17 ID:R6nfUavh0<> そもそも学園都市の闇自体が一朝一夕で片付く問題じゃないしな
上条の嫁を名乗るならその闇に関わらずに済むというのは難しいだろうな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/04(火) 17:10:57.30 ID:IGeZYfOIO<> まとまってる所の誤字って指摘したほうがいいですかね <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/09/04(火) 18:16:37.73 ID:0JkLUEY3o<> >>455
>>210-213 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/04(火) 19:49:25.30 ID:IGeZYfOIO<> >>456
ありがとうございます <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/04(火) 21:23:53.59 ID:KMqBfuJw0<> 投下乙です。
これでレベル5が4人。食蜂さんが見ていたら大笑いの展開になりましたね。
単純に一方通行VS超電磁砲組と思ったらバトルロワイヤル状態に
今回のダークホースは誰だろう。春上あたりだと面白そう。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/04(火) 21:38:19.27 ID:AFYvURAt0<> 乙です。
なんか成田作品みたいな複雑な群像劇になりそうな展開だなぁ。
どう見せてくれるのか期待してます

>>458
ダークホースはやっぱ初春じゃね? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)<>sage<>2012/09/05(水) 00:41:36.28 ID:501AP9Mz0<> 圧縮ゥからのプラズマ対決もな。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県)<>sage saga<>2012/09/05(水) 03:15:53.92 ID:chMTsM0H0<> プラズマ対決とかまーたヒロイン差し置いて佐天さんがおいしいとこ持ってっちゃうじゃないか

それにしても垣根久しぶりの登場だな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/05(水) 08:25:43.65 ID:8/ZfY8tk0<> 相変わらずほんとにつまらないな
原作の足元に及ばない最低の二次作品だわ
もう一度原作読み直した方がいいよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(沖縄県)<>sage<>2012/09/05(水) 08:31:16.38 ID:XS2qnC+Co<> 相変わらず叩きコピペしかできんのか、ゴミww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/05(水) 14:33:30.18 ID:Oia2MXSDO<> サテンさんカッコイイので一話から読み直し開始
いや、おもしろいわ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/05(水) 14:58:38.53 ID:tvna3dYPo<> 愛知じゃないだと…

まあアンチが住み着くのは良スレの証拠と思って>>1はめげないでいて欲しい <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(大阪府)<>sage<>2012/09/05(水) 19:31:59.21 ID:uwPnDfu8o<> 批判するにしても何がダメなのか指摘すれば良いのに <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/05(水) 20:38:51.78 ID:tvna3dYPo<> というか「原作の足元にも及ばない二次作品」って別に変じゃないよな、よく考えたら。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方)<>sage<>2012/09/05(水) 23:43:15.57 ID:6M7hZ5b6o<> 「二次創作が原作超えてる」なんて作者はもちろん読者も内心どう思ってようが絶対言っちゃいけない類の発言だからね
二次創作作者に最も迷惑かかる発言の一つだと思う <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/08(土) 19:35:01.38 ID:QNN6wzcFo<> 愛知が相変わらず愛知で安心した。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/09/10(月) 20:52:21.29 ID:Ubv9cLojo<> 乙ですた
サテンさんの活躍にすごく爽快感がありました。
正しく成長するヒロインですね。その才能の圧倒的さ。

「佐天半端ないって!もぉ〜。アイツ半端ないって!!竜巻めっちゃ雲まで届くもん!!何か土嚢全部破裂さすもん!そんなん出来ひんやん普通・・・」

きっと同じ試験を受けた人はインタビューでこう答えるのでしょうね。
いや、半端ない。

関係ないけど、視界が揺らぐほどに風を操る彼女はもう、風王結界を顕現させているということですかww
かの騎士王の宝具レベル(ランクC)までその力が及んでいるというのは凄いですねww

お師匠様は風王鉄槌を使えそうですがww

ちなみに風王結界。『Fate/unlimited codes』ではセイバーの超必殺技として登場してます。
相手を巻き上げて上方に大きく飛ばす。
この技にはコンボヒット数による重さの増加とバウンド制限をリセットする効果があり、コンボの中に組み込むことで魔翌力の続く限り攻撃し続けることができ、通称ストライクループと呼ばれているそうですww
きっとサテンさんなら実装してくれるに違いないww

次回も楽しみにしておりますよー
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/10(月) 23:37:55.05 ID:1gdLQc+d0<> つまらなすぎて泣けてくるわ
あの原作をこんな駄作に仕上げるとか恥ずかしくないのかね
原作を汚すレベルだわ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/10(月) 23:45:45.82 ID:9I7nP2Zno<> 愛知が所在地隠しを覚えただと……? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/09/11(火) 00:44:24.61 ID:aXwSzYfMo<> 触んな <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/11(火) 08:32:55.02 ID:Junw68K10<> 次いつ投下するかを書いていてくれるとなおありがたい <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/11(火) 18:17:21.85 ID:SLTGkaq8o<> 座して待とうや <> nubewo ◆sQkYhVdKvM<>sage<>2012/09/11(火) 19:09:21.87 ID:hrqlzgnj0<> >>455
大歓迎

>>474
続きが一切書けてないから見通し立ってないな。ごめん。
いつ投下するか宣言するとプレッシャーかかるから明言はしにくいんだけど、
今週はちょっと忙しくて投下は厳しい見通しです。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/09/11(火) 20:12:50.99 ID:pFjHxilEo<> >>476
来るときは一気に来ますし、心平らかにしてお待ちしていますww
リアル大事に! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/11(火) 21:36:16.72 ID:94+NAZLKo<> お、愛知来てたか
乙 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/11(火) 22:02:17.55 ID:ug1aiP2L0<> 荒らしは脳内NGで

ゆっくり書いていってね! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(東京都)<>sage<>2012/09/12(水) 00:04:22.74 ID:vsPGO/F0o<> うんこに触ったらうんこ付くよ

乙です

続きたのしみー <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/27(木) 00:26:48.41 ID:fsU98PqPo<> 愛知は愛知じゃなくなったのか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(滋賀県)<>sage<>2012/09/27(木) 00:47:52.17 ID:3Xa9bQ9No<> 愛知は愛知であるが故に愛知なのです。
例外はありえません。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/09/27(木) 00:49:02.76 ID:fsU98PqPo<> そっか、俺たちの愛した愛知は愛知のままなのか <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/02(火) 21:08:35.67 ID:6gTwjt570<> 待ってます <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)<>sage<>2012/10/02(火) 22:47:34.02 ID:sDXLVSy00<> 待ってます、愛知 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)<>sage<>2012/10/03(水) 22:27:08.28 ID:zipc+Ndyo<> >>366を読もうか

共通の話題で参加した気になりたいのもわかるけどさ
>>1の意向を無視して[田島「チ○コ破裂するっ!」]してると更新が遠のくよ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(埼玉県)<>sage<>2012/10/04(木) 04:47:37.95 ID:4Ozg5aZG0<> ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷpぷぷぷぷぷぷぷぷぷ、



プラズマーー!!! <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/05(金) 01:02:15.86 ID:wtmpgti4o<> 愛! <> nubewo
◆sQkYhVdKvM<>saga sage<>2012/10/06(土) 19:28:56.33 ID:jqLskw8zo<> いや申し訳ない。ちょっと学業が修羅場で、
家に帰ったら目がしんどくて字見たくない状態でして。
<> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(高知県)<>sage<>2012/10/06(土) 19:32:50.62 ID:xmraAsJjo<> Arcadiaのほうも鯖が糞重いし、ちょっと体を休ませろよ。
長期連載、しかもタダの趣味なんだしなwww <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/08(月) 02:49:17.14 ID:yZSXAFyeo<> こうして定期的に生存報告さえしてくれれば問題ないと思うよ。
いきなり音沙汰なくなると不安になるのは確かだし。

まあ無理せず体休めといてください。 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/10/23(火) 21:08:45.50 ID:Fnjhn8+a0<> 祝超電磁砲2期決定!
丁度タイミング的にここの話と同じ時間軸ですね。
本家の佐天さんはあまり出番は無さそうですが・・・ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)<>sage<>2012/11/03(土) 11:41:11.52 ID:QQvDM3F2o<> こっちも期待 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/06(火) 19:48:44.19 ID:7KyGIpkGo<> 2 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/09(金) 21:47:24.48 ID:AbxJJHDwo<> 3 <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(広島県)<>sage<>2012/11/25(日) 22:43:06.99 ID:V1IxAPda0<> ほ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/11/30(金) 16:15:59.63 ID:VPr6nMEo0<> 体調崩さないようにね。待ってる <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/12/06(木) 20:11:23.02 ID:YCIxeLnv0<> ほつ <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/12/06(木) 20:16:11.52 ID:XvDdng8mo<> あれ? 2ヶ月経過してしまった? <> VIPにかわりましてNIPPERがお送りします<>sage<>2012/12/06(木) 20:35:40.14 ID:94bNMgcHo<> 今日来ないなら依頼だね <>